てきとー試し書き (十八)
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伝承族は超機人の夢を見るか(プロローグ)

アマニ主人公で、母星で生まれてから地球で死ぬまでの物語を思いつく
 →ンなの書けるか!と実力の壁にぶち当たッて投げる
 →じゃあいっそ転生者系主人公にして、最後にどんでん返しを……
 →ンなの書けるかい!と実力の壁にぶち当たって砕ける
 →放棄しようと思ったが、長い間こねくり回してたおかげで愛着が沸いてしまう(new)

 と言う訳で、オーバースペックキャラを投入する系最低SSです。
 魔改造アマニな主人公が、盗んだ四凶で走りだしたり、VRMMOで口説かれたり、スクールの脱落者をハイエースしたりします。




cap.5billion 伝承の終焉

 

 

 宇宙戦艦“カミオの箱舟号”――銀河屈指の戦闘力を備えるその巨艦の艦橋で、一眼三足を備えた巨大なメロンが一人気勢を上げていた。

 彼のみならず、艦内の多くを占めるメロンに良く似たそのシルエット、二枚貝の様な構造を持つ珪素系知的生命体“カミオ星人”。その中で、一人檄を飛ばし続ける男は、銀河に名立たる“死の商人”ガッハ・カラカラ。

 この宇宙における珪素系知的生命体種は、彼等の敵たる伝承族の“銀河砲計画”に不適合である事から、その情報操作を受け、長く“下賤な石っころ”と蔑まれていた。

 その偏見が生んた、捕獲・改造され、安価な兵器として使い捨てられると言う珪素生命体たちの地獄を、その逆境を駆け抜け、今や銀河豪商と呼ばれるまでになった希代の豪傑。血と硝煙の中を這いずり、金を集めて、同胞を、文字通りに砂粒を一粒一粒拾い上げる様にして救い続けていたカミオ人の英雄。銀河統一の旗印、勇者“風巻く光(ダイナック)”の“十人衆(マップス)”の一人。

 そんな彼をして、現状は、まさに最低。敵の奇襲に王手を取られてその解法も見つからず、艦隊全てが葬儀の様に沈み込んでいた……が、しかし、そんな最悪にあってなお、ガッハはその程度ピンチとも言えぬと、一人嘯き、檄を飛ばし続ける。

 状況は、控えめに言って最悪。勇者の故郷である伝説の地、今や銀河融和の象徴となった青の円卓“地球”と、敗北に備え、僅かな確率でも生存者を残せればと作られた箱舟宇宙船――その二つ共が、伝承族の長である巨大生体コンピュータ“神帝ブゥアー”の手に落ちた。

 本来は立ち向かうべき統一軍も、旗印である勇者と多くの仲間達が、同一性を保ちつつ分子間距離を極限まで開き、その存在を希釈すると言う超技術による奇手で、地球諸共、文字通り手の届かない状況へと隔離されて混乱状態。そこに、ブゥアーを我が物にせんとする伝承族の反逆者達の思惑が重なり、状況は想定された最悪の底を突き抜け、口を開けた奈落へと転がり落ちていく。

 だが、伝承族を打たんと集まった各文明圏の勇士が、敗北の確信に打ちひしがれうなだれる中でも、彼が膝を折る事はない。

 

「ブゥアーの原子を探知するでも、奴らと同じサイズに拡大するでも、どっちでも構わねぇッ!

 探せっ! 銀河中の頭脳が集まってるんだ、必ずその方法は見つけ出せる」

 

 叱咤し、激励、座り込む尻を蹴り飛ばす。お前たちが石ころと蔑んだカミオ星人ですら、その程度の逆転はしてのけたぞと、英雄の一角足る彼は叫び続けて、しかし……。

 

《……では》

 

 気炎を上げるガッハの耳に、終に届いたその返答は、彼の望んだ物ではなかった。

 

《その手段、この私が提供するとしましょうか》

 

 それは、こえ。それは、地球が消え空白となったその宙域そのものを震わせる、巨大な、強大な、思念(こえ)

 文字通りに脳を震わす、その響きにまず聞いた全てが息を呑み、一拍遅れて艦隊のオペレータ達が、異句同音に恐れを含む言葉を吐き出す。

 

「ぜ、前方に惑星規模か……い、いえ、これは伝承族です!」

 

 ――伝承族。

 彼らの敵。才能の有る生命を自らの遺伝子で侵食同化する事で増える、宇宙を喰らう怪物。

 想像しうる最強の超能力者の脳組織を極限まで強化した細胞を、惑星サイズまで培養したら同じような存在に仕上がるだろうか?

 永遠にも等しい寿命、真空中でも問題なく生存可能な細胞、強大な再生力。その知覚力は全てを捉え、少なくとも宙域一つを素粒子の運動からエミュレートする演算力、念動で空を歪め星を砕き、ただ近付いただけで惑星が崩壊する。それは、この宇宙でも最強の生命体と目されるもの。

 目の前のスクリーンに映し出されるその姿に、ガッハは思わずと言った風に驚きを漏らした。

 

「なっ、アイツはっ!」

 

 分断された彼らの前に伝承族が現れる、それ自体は想定外ではない。

 しかし、その個体は……スクリーンに映し出されたものに、ガッハが咥えていた煙管めいた形のデバイスがポロリと落ちる。

 一般的に巨大な生首と言った形状をした伝承族の中では、間違いなく異端であるその姿。

 彼等の目の前に聳え立つ物は巨大な鋼。その上端を残して二つに分かれたその形を擬えるなら、原始宗教のシャーマン達が被る巨大な仮面。

 その実際の機能はと言えば、攻撃型双胴空母、或は、移動型宇宙要塞と言った所か?

 

「アマニ、アマニ・オーダック、だと?」

 

 伝承族反乱軍、自称、伝承族一の機械工学者、アマニ・オーダック。

 嘗て彼等と戦い敗退、完全破壊された筈の敵が、その身から夥しい艦船を吐き出しながら、彼等の艦隊に相対止していた。

 

《ほほほほほほほほほほほほほほほほ………》

 

 そんな彼らの驚きに気付いたかのように、目の前の巨大な仮面から放たれたけたたましい狂笑が、宙域全体を埋め尽くす。

 強大な力を持つが即応性に欠ける伝承族の、隙を埋める戦力を備えたかつての強敵。

 その精神に狂気と驕りさえ無ければ、或は、彼等を打倒していたかもしれない存在。

 

《お久しぶりですね、ガッハ・カラカラ。

 まずはカミオ人解放条約締結おめでとう、と言っておきましょうか》

 

 その機械への狂愛を除けば、同族以外の知的生命体を侮蔑する典型的な伝承族であった敵の、投げかけた意外な言葉にガッハが一筋の汗を垂らす。いや、実際には珪素生命体である彼が汗を垂らす事は無いのではあるが、ともあれ、人に擬えればその様な反応を彼は示した。

 宇宙一つのエミュレートすら可能とする演算力を持つ伝承族、あの脳髄の怪物達にとって、人間一人などシャーレの上の細菌一匹程度の存在にすぎない。それが銀河統一軍の将帥とは言え、ガッハ・カラカラと言う一個体に、それも統一軍の戦力分析とは殆ど関わりない内容について話しかけたのだ。

 それがある種の示威行動なのか、或は、本当に何の気なしに放った社交辞令なのかはわからない。けれど、どちらにしても、目の前のアマニは、以前正対した時の程彼らを侮ってはいない。かつて、手加減しその虎の子の戦力を温存しながらも彼らを半壊せしめた敵が、だ。

 しかし、果たして目の前のそれは、本当にあのアマニなのか?――その様子からガッハの疑問に気付いたか、先のオペレータが再びその口を開く。

 

「ESP波のパターン解析終了。間違いなくアマニ・オーダックです。

 ……周囲の艦船のエネルギー反応増大。計測値、少なくともA級コレクション以上」

 

 そして続く報告に、流石のガッハも思わずその息を飲み込んでいた。

 自称機械工学者、実態は宇宙船コレクターであったアマニは、その蒐集品を持てる攻撃力で区分けしていたが、A級とはその区分けの最上位カテゴリ。恒星破壊級……そう、最低でも単艦で、星系規模を破壊し尽くせる艦の集まりだ。自軍以上の数の、しかも、以前の収集物を適当に出しただけと言った風な有様とは異なり、明らかな同一規格艦で構成されたそれが、今ガッハの目の前で見事な艦隊行動を見せていた。

 対し、ガッハ等率いる艦艇は、その大半がアマニ基準ではBクラス、単艦で惑星破壊が可能なレベルにとどまっている。それが数でも劣り、先の奇襲で士気すら下がっていると来れば、まるで勝ち目が――いや、それ以前に向うに敵対意志があれば、既に先制の一撃で終わっていただろう。

 

「テメェ、どうやって生き延びた!」

 

 それにそもそも、目の前で笑うこの男は遠の昔に死んでいる筈なのだ。それも、ガッハの目の前でだ。

 かつて矛を交えたこの伝承族は、仲間であった筈の伝承族反乱軍の策動でその最強戦闘艦“リプラドウ”に捕えられ、彼等諸共生贄にされかけた所を、一計を案じた統一軍に完膚なきまでに破壊されており、その残骸もまた、資材或は研究材料として利用され尽くしている。

 その後処理を担った軍需企業の社長こそが、銀河豪商ガッハ・カラカラ。だから彼は、最後の爆発に紛れて逃げ出したにしては、アマニの残した残骸の量が多すぎる事を知っていた。

 あり得ない事が起きている――だからその思いは、遺体から根こそぎ剥ぎ取った彼が一番強く感じていたのだろう。今の意図より先に、どうやってと、過去の手段を問うた彼に、しかしアマニは笑声を答えとした。

 

《……ほほほほほほ、驚くほどの事でもないでしょう。あのリングロドにもできたことです。

 尤も、私は彼のような考えなしではありませんから、あらかじめその用意を整えていましたが》

 

 伝承族、惑星リングロド、いまや十人衆の一人、惑星規模艦“メタルビーチ”となった伝承族の反乱者。

 銀河砲計画のピースとして殺されそうになった彼は、惑星崩壊の衝撃に紛れてテレポートする事で、自らの死を偽装し逃げ去ったことがある。だが残留物の問題に加え、そもそもあの時のアマニは、伝承族の念動を超える力を持つラドウに捕えられ、動けなかったはずだ。

 

『……ッ、どうやってあのラドウから逃げた?』

 

《それこそ愚問。私が、どれだけ長い間“伝承族唯一の機械工学者”を続けていたと思っているのですか?

 この機械混じりの体が見えぬとでも?当然、オプタの一族とも当然親交がありましたし、反乱軍などよほど多くを知っていますとも。

 そして、近い条件であれば、“脳”の質量が多い方が勝つのは必然です。

 なにしろ、ブゥアーになりたがっていたガタリオンやオプタの者達とは違い、私は自らを改造する事に躊躇などありませんからねぇ》

 

 ガッハが思い浮かべたそんな疑問を見越したか、或は、超能力で文字通り読み取ったのか? 嘯くアマニに、ガッハと、そして、脈絡もないその答えを理解できた極少数の顔が更なる驚愕に歪んだ。その台詞を言葉通りに理解するなら、目の前に在るものは、200mクラスの宇宙船のサイズで惑星大の伝承族を超える能力を発揮したラドウを、より優れた技術で改修し惑星大まで拡大した存在に等しい。

 それがこう呑気に話をしている以上、敵意があると言う可能性はほぼなくなったわけだが、しかし……。

 

《……まぁ、積もる話は幾らでもありますが、生憎互いに忙しい身の上です》

 

 そんな思考を巡らせるガッハの前で、アマニがぽつりと、こう続けた。

 その内容に、統一軍を戦慄が走る――そして、

 

《ここはまず、互いの要件を済ませてからと言う事に致しましょうか》

 

 その宣告が終わるや否や、両軍は瞬をも置かずに動き始めた。全力回避、統一軍が敵手を窺いながら、しかし一様の焦燥をもって逃げるその目の前で、ゆっくりとした前進を始めた巨大仮面のその表面に、幾重かの光のラインが走る。続いて悠然、進み始めるアマニ艦隊。そんな対手とは裏腹、軽減しきれぬ反動に揺れる艦橋の真ん中で、ガッハは確かに見た。ラインが集まる仮面の瞳、その位置に納まる二基の機動要塞の中心から、ほとばしった数条の光が、統一軍と仮面との挟間、その中間辺りに孤を穿つ(・・)その様を。

 そう、穿った(・・・)。その光線は穿った(・・・)のだ、(くう)を。双の巨眼より放たれたその光は、到達した空間の一点を突き抜け、その辿る円弧の狭間に、奇妙に渦巻く空間が割け、開いて行く。そしてその先は……。

 

「一体、テメェ一体、どういう心算だ」

 

 ……目を見開いたガッハの口から、思わず、と言った風な震える呻きが漏れた。

 開けた口のその先は、戦場。その輝きが円弧を繋ぐと同時、統一軍データリンクの途絶していた輪が復旧。先のブゥアーに巻き込まれた艦を示すその信号に、無数の艦橋が驚愕、歓喜、畏怖……様々な情を湛えたどよめきに飲み込まれていく。

 しかし、そんな波にかき消され意味を失ったその言葉を、虚空を隔てたその者は確と聞き取っていた。

 

《ほほほ、先に言っておいたはずですよ。その手段、私が提供しましょう、と……。

 その先が、貴方が行きたがっていた戦場――今現在、隔離されたあなた方のお仲間は、そこでラドウ量産機達と戦っています》

 

 勿論、信用しろとは言いませんが……紡がれるその言葉と同時、アマニ艦隊全軍加速。それらは一つの生き物の如くに整然と、しかし、統一軍のそれとは一線を隔する速度と勢いとで奔り始めた。狭間へと、目の前の空隙へと、その巨大な仮面は無数の艦船を率いて、殺到する。

 

《そして、今こそ我らの動く時! 我ら、第九軍……敗残者達の群れ。今この時より参戦し、暴走するブゥアーを停止する》

 

 そして続く、アマニの、こえ。高らかに、空間を響かせる、思念(こえ)

 その後に幾多の雄たけびが轟く。真空の壁を経て、耳には聞こえない、けれどガッハには、そんな気がした。

 統一軍を、世界を守る、勇者を旗頭にそれが為に集まった戦士たちを、倍する熱意と勢いを以て、第九軍が、自称・敗残者たちの群れが、その巨大な奔流が、目の前の穴へと流れ込んでいく。

 

《そう、私は、我々は、五十億年この時を待ったのだ!》

 

 




○伝承族
 惑星大の生首の様な宇宙人……と、思われているが、実際には、条件を満たした炭素系生命体を生体改造する事で生まれる巨大な強化生体。
 永遠に等しい寿命と不死身を思わせる再生力、膨大な演算力に、それが齎す強力な超能力を備えるが、その本質は、不可避の滅びに瀕していた宇宙が、後世にその足跡を残す為に作られたモニュメント“神帝ブゥアー”の増設メモリである。
 宇宙最強の進化者の名を恣にする怪物だが、その規模の巨大さ、寿命の長大さに比例した時間感覚の鈍さが欠点。


○アマニ・オーダック
 伝承族反乱軍の一員として登場したサイボーグ?で、自称・伝承族最高の機械工学者。
 もっとも、物語内の描写は完成品をコレクションするばかりで自己改造以外には蒐集した技術を生かしている様子は見当たらない為、機械工学者の肩書はただの自称か、或は、伝承族になる前は機械工学者だっただけだと思われる。
 惑星リングロドの言葉によると、自身やアマニを含む一般市民は、伝承族の敵の存在を信じており、その打倒手段としての銀河砲計画、それからの救済手段である宇宙のデータ収集に従事しているが、その異端者であったアマニは、銀河砲計画に対して宇宙船を用いた通常戦力の増強による敵対勢力の打倒を訴え続けた為に冷遇されていた。
 その為にやさぐれてしまった彼は、唯一自分の主張を認めてくれた伝承族反乱軍の煽てに乗り、その捨て石として生を終える事になる。
 神帝ブゥアーの手足兼増設メモリでもある彼等伝承族の成体には、何らかの枷がかけられていると思しき描写が散見されますが、彼は、“おそらくは、何らかの不良によるその狂気故に”、それを無視した行動をとっている希少な個体です。 



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伝承族は(ry 一章一話 そしてあまねく、目を覚ます

 ――そうして、目を覚ます。

 

「……って、なんでマップス!」

 

 そんな、極めて漫画的な叫びと共に、青年、大滝周(おおたきあまね)は、ベッドの上で身を起こした。

 寝巻代わりにスウェットを着たその姿は、高校生か、大学生か……その年の頃は、十代後半から、どう高く見積もっても二十の半ばには届くまい。眠たげに眇めた目で華奢な中背を猫背に屈め、伸びかけの柔らかそうな髪にガリガリと爪を立てると、はぁと欠伸とも溜息ともつかぬ息を吐く。

 

「しかも、俺がアマニかよ。まさか名前か?名前なのか?」

 

 そんな彼、アマニ・オーダックならざるアマネ・オータキが見ていた夢の舞台は、長編SF漫画“マップス”。

 謎の宇宙民族“さまよえる星人”が地球に残した宝の、争奪戦に巻き込まれた主人公“十鬼島ゲン”が、その過程で手に入れた宇宙船“リプミラ・グウァイス”で地球を旅立ち、やがて銀河を飛び出す迄の物語。

 夢の中の主人公、そして、彼でもあったアマニ・オーダックとはその登場人物で、物語中盤の山に登場する敵の中ボス――主人公の敵である“伝承族”の反乱分子の一人で、ゲンの仲間達と真の力を初お目見えする伝承族反乱軍の最高戦力“リプラドウ”の引き立て役と言う役回り。マップスにおける彼は、仲間だった筈の反乱軍に裏切られ、主人公達諸共生贄にされかかった所を、その計略を切り抜けたゲンの仲間達に粉砕されて死んでいる。

 それが実は、伝承族とその反乱軍、ゲンの率いる銀河統一軍、それらの全てを騙す為の欺瞞であり、最後の最後、一番良い所で、嘗て伝承族に挑んだ敗残兵達の軍勢を率い、横っ面を引っ叩きに行くと言うのが、今の今まで少年の見ていた夢……。

 

「あー、なんかスゲェ疲れた」

 

 それは、長い、長い、とても長い――大長編どころではなく、文字通り五十億を超える歳月を重ねた永過ぎる夢だった。

 伝承族が、今はもうない別の宇宙に居た頃から始まり、故郷の宇宙を滅ぼされ、その身を改造されたアマニが、しかし消された記憶を取り戻して復讐を誓い、狂ったふりをしながら、反伝承族の敗残兵たちを拾い集め、自らの敵を打破しうる戦力を創り上げる。

 そうして挑んだ最後の戦いの中、アマニは伝承族の行動目的にしてその保有する最大の宝である“情報化した宇宙”を、僅かでも回収せんと、原作では小物の脇役であった宇宙船“ゼルルゼ・リップ”をお供に、専用に創り上げた電子戦闘艦で敵首魁の懐深くに飛び込み……。

 

「……それからどうなったんだっけ?」

 

 それまでは、アマニの故郷の習俗から(・・・・・・・・・・・)コレクションした艦一隻〃の構造まで(・・・・・・・・・・・・・・・・)明確に思い出せるのに、そこから先の記憶(・・)だけが何故か曖昧だった。

 

「アクセスに成功して、勇者(ゲン)ラスボス(ガタリオン)の争いの隙をついて、末端から掌握に入ったんだよな?

 ゼルルゼのサポートで、掌握部分を切り離し歪曲空間に突っ込んでって、それで……」

 

 因みにお供のゼルルゼさんは、勇者の船リプミラや反乱軍のリプラドウを含むリープタイプ宇宙船の規格外品で、自分も含む周囲一帯のあらゆる稼働中のコンピュータのデータを消去すると言う一種の特攻兵器なのだが、周の夢の中ではその機能をまっとうに強化され、強力な電子戦闘艦へと生まれ変わっている。

 尤も、物理攻撃能力が乏しいのは相変わらずで、だから、ある意味一番危険なハッキングのお供に駆り出されたわけなのだが……。

 

「んー、ブゥアーの自爆対策はきっちりしてあるし、ゼルルゼもいる。ファイアーウォールに引っかかったとかでも銀河の外に飛ばされるくらいで済むと思うけど、んん?」

 

 隔靴掻痒。何かがおかしい……けれど、それが何なのかがわからない。

 

「あー、まぁいいか、どうせ夢だ」

 

 周はそう呟いて、今は何時だと、傍らの時計へと念を飛ばした。

 寝起きがあまり良くない彼が、寝ぼけて消さないようにと机の上に置いた目覚ましが宙を飛び、延ばした手の中へ音も無く納まる。

 

「んー、まだ五時か」

 

 そう呟いて机に戻し、ああ、別に取らずとも遠隔視(リモートヴューイング)で良かったんだなぁと思った所で、はたと気付いた。

 

「遠隔視でいいじゃねぇだろ、そんな事出来るかって、できたよ!?」

 

 出来ないではなく、出来る筈がない。自分と言う存在が削れてそこに他のナニカが差し込んだような、誰かが自分の墓場を歩いている様な、そんな奇妙な心持ち。敢えて念動を避け他の選択を選んだ周の頭に、視覚で捕えたものとは明らかに異なる、三百六十度全方位の光景が同時に知覚された。

 

「………ッ」

 

 圧倒的なその光景に、息をのむ。いやむしろ、見えたその光景に圧倒されなかったからこそ息を飲んだのか?

 ただ視界外を知覚できただけではない。情報量が違った。モノの輪郭を捉える事も難しい近眼乱視の人間が、生まれて初めて健常域まで視覚を補正する眼鏡を手に入れたような、2Dドット絵表示のゲームが、突然現実と遜色ないレベルのVRに切り替わったような……。そんな極端な譬えですら遠く追いつかぬ色づいた現実が、目の前どころではなく三百六十度全方向に広がっている。

 世界が広さと、その厚みを増やす。色彩はより細やかに、距離はより正確に、空気の流れが、その振動が、伝わる化学物質の流路が、五感全ての感覚が、本来知覚されぬはずの存在が、総てバラバラに、統合されて目の前にあると言うこの矛盾。無くしてしまった小物の位置が分かる。本棚の奥にしまい込んだ小説と、その中で動く細菌による紙質の劣化進行が手に取れた。棚の上のポータブルプレイヤーの、バッテリー内の化学変化とそれによる逐電量の変化を感じ取り、その充電はおろか、劣化を回復すらできた。心の手さえ延ばせば、どんな事でも漏れなく解り、操れる――そんな確信。

 そしてそれらが、自己の存在の理解を裏打ちとして得て、世界は異なる物に変化する。

 人間の脳ではとても扱いきれないと思える情報の渦、それを理解し、操り……自分が、世界という巨大な流体に溶けて行く気がした。

 同時に、自分が個であると痛いほどに強く理解していた。異常な感覚に、これが解脱か、梵我一如とはこういう事かと、ふとそんな風に思う。そして、梵我一如とはなんだと、それを思い出す自分に違和を感じ、それとほぼ同時に小学生の頃学校の課外授業で出かけた寺で、住職の部屋に置かれていた本の一ページが、有り得ない程の精緻さで脳裏に像を結んだ。

 妄想か、あるいは現実か? 文字通り人知を超えたそれを体感していると言う異常――けれど、何より恐ろしいのは、周にとって、いや、伝承族アマニ・オーダックにとって、それは同時に有触れた、ごく普通の感覚だと言う事実だ。。

 宇宙最強の進化者、伝承族の感じる宇宙。世界の全てを捉え、演繹し、未来を計算してそれに合わせて動く彼らにとっての、日常。

 なるほど、彼等が通常の知的生命体の個を無視するようになるはずだと、そう感じながら、周は再び“目”を、“耳”を閉じた。

 “目”を開く前より明らかに色を増し、厚みを帯びて、しかし、開いていた時と比べれば、全ての感覚を同時に失ったに等しいその光景に、重い溜息を吐く。

 

「なんでだ、コレ」

 

 頭が眩つく。なぜ今迄、これ程の差を無視していられたのか? 断絶の眩暈に、額を抑えた。

 心の芯に沈み込む、強い全能感――いや、実際に物質的には全能と言って良い状態だったのだろう。

 サイボーグ化による補助・強化を受けたアマニ・オーダックの超能力制御は、通常の伝承族のそれを超えている。流石に、銀河一つをそこに棲む全ての生物毎、エネルギーから生成してのけた伝承族の支配者“神帝ブゥアー”には及ばないだろうが、その遺伝子を組み込まれた兵器の最終型(ジェンドラドウ)と同等以上、原子を組み替え、一瞬で全長200m級の宇宙船を創造する程度の芸当であれば片手間にやってのけるレベルに……。

 

「……って、まさかそっちもか?」

 

 ……と、その気付きに、再び“目”を、“耳”を、内側に限定して開いた。

 アマニの五十億を数える歳月の記憶と、その情報を問題なく保持できている以上、見た目は人間であっても、この体は伝承族――最低でも、その遺伝子に侵食された生命が完全なそれに至る中途にある、一齢か二齢の幼生体と呼ばれる存在に近いものなのだろう。

 だが、それだけと言うには、この身に宿る知覚力、それを操る制御力は、余りに高すぎるようにも思えた。

 最強の種族と謳われた伝承族の成体が、更に数十億の時を掛け自己改造を続けた果てにある異端の、その記憶の中の光景と目の前の光景との間に、ギャップが無さ過ぎるのだ。

 

「そうかもとは思ってたけどさ……」

 

 そして予想通りと言うべきか、やはりこの体は、伝承族由来の細胞組織で構成されている。しかもその構造は、通常の伝承族やその派生形ではなく、擬態以外の全てがアマニの中核部分そのもの。岩石型惑星大の巨大さを持つ伝承族の成体は、絶大な力と引き換えにした活動サイクルの遅さと致命的に隠密行動に向かないと言う二つの欠陥を抱えているが、本来それを補うはずの力がアドバンテージにはならない同族達を敵とした夢の中の彼が、それを克服すべく創り上げた、数名の側近を除けば誰も知らない筈の、それ。

 最終的にアマニは、原作に登場した伝承族評議会議員ギツアートや、メインコンピュータを船体から独立して構築するビメイダーシップ、リプラドウ、続編のネクストシートに登場したブゥアーの後継者等を参考に、自己の一部を切り離しサイボーグ化、そちらに自我を移動して意思決定機関とし、残る大部分を生体コンピュータとして改造、外付け増設機器として運用すると言う手段でこの問題を克服。原作のアマニが死んだ銀河統一軍戦も、中核部のみが脱出する事で死を偽装し生き延びている。

 そして今、外見、服装こそ変わり、オプション兼バックアップの本体?や、コレクション、仲間達と言ったアマニの力の大多数こそ伴ってはいないものの、そんな超存在の中枢の全てと記憶の最後で保持していた内在する歪空間が、機能十全な状態で今、人間、大滝周としてここにあった。

 

「しかし、こりゃ一体どういう事だ?」

 

 この体はアマニ、SF漫画マップスの登場人物(わきやく)ではなく、彼の夢の主人公であったアマニ・オーダックそのものであり、その知識も技術も能力も、感覚すらをも十全に備えている。けれども同時に、この体の主体は、地球人・大滝周と言う自己認識とそれに付随した記憶と感覚を持ち、それらは、アマニの情報と境無く連動していた。

 加えて、その疑問に掘り起こされたアマニの過去にも、明らかな違和がある。この体、アマニ・オーダックの頭脳体は、ギツアートや、ブゥアーの後継者の構造を参考に作られていた。だが、伝承族評議会議員のギツアート、ましてや、ブゥアーが有事に備え残したバックアップ要員に、ドロップアウト組の彼が親交を持てる筈も無く、実際、それらを目にした記憶など全く残ってはいない。

 それがあるのは周の記憶の中だけ、そして、それ以前の話として、どうして夢の中のアマニは、物語のアマニと分岐したのか?

 アマニの中に【周の記憶】の記憶はないのに、その理由もまた、周の頭の中の【アマニの記憶】には見当たらない。

 

 ――不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。

 

 ふと、周の頭の中をそんな一節が過った。果たして私は、周なのかアマニなのか、それとも、そのどちらでもないのか、両方か?

 かつて、宋の思想家荘周は、胡蝶の夢を語り、自分が胡蝶であっても、胡蝶が自分であっても、どちらでも同じ自分だと、在るがままに生きれば良いのだと説いたと言う。小さな知恵に囚われ、振り回される事こそ愚かであると。けれど、けれども、卵が先か、鶏が先か、周がアマニなのか、アマニが周なのか?――賢人ならざる彼の胸の奥には、そんな答えの無い疑問がべっとりとへばりついて離れない。

 がりと、人間・大滝周と寸分変わらぬ、或は、狂い、アマニの体と思い込んでいる周の身体の、奥歯を軋らせ頭を掻きむしる。それから彼は、長く、長く、重い息を吐き出した。既に呼吸を必要としないアマニの体だったが、変わりなくあるその身体感覚は、彼の心に相応の効果を齎したらしい。一瞬ぎゅっと目を瞑ると、ベッドの上から立ち上がる。

 

「……一つ一つ、可能性を潰して行こう」

 

 そう呟くと、彼は自室の扉に手を掛けた。

 勢いよくそれを開いてまだ暗い廊下へと足を踏み出し――暗転。

 

「ッ!?」

 

 ぬるりとした感触と圧力。一瞬、何か暗くて狭い所を押し出されたような、そんな感触があった。

 怪訝に眉を顰めるが、目の前にあるのはいつも通りの自宅の廊下で、背後もまた、先の通りの彼の部屋である。

 しかし、何かが違う。確たるものはないが、何か、ボタンを掛け違えたかのような、違和感。

 

『……立て続けに何だってんだ』

 

 まず彼は、その気持ち悪さに口元を抑えて、直ぐに、力で確認すればいいと思い至った。

 

『身体を動かしたりなんかは、自然にやってるんだがなぁ』

 

 人とは異なる組成のこの体。主な用途が全知に近しい同族に対する隠密活動だけに、単体行動時の動きは、暗順応やらなにやら、刺激に対する反応迄もが完璧にエミュレートされている。通常アマニは、そう言った肉体からのフィードバック以外にも、センサーやら超能力やらによる情報を重ね合わせて俯瞰的に外界を観測しており、そう言った無駄にも思える凝った偽装も全く問題にはならないのだが、今その主体となっている大滝周はと言えば、持てる力を十全に使いこなせるようではあっても、その判断基準自体は普通の人間のそれに準じている。

 だからだろうか? 確かに自分のそれの様に使えるのにもかかわらず、意識せずに行使できるのは、体の制御を除けばごく単純な物に限られ、且つ、そもそも咄嗟には、能力を使ってどうこうしようと言った判断を取りにくい。

 起き抜けには今よりも自然に力が使えていたようだが、さて?――そんな疑問を弄びつつ、彼は再び異なる感覚を開いた。目の前で、たちまちその色彩を、重厚さを増してく世界……。

 

「なっ……」

 

 それらの情報が忽ち明らかにした違和の根源に、周は上げかけた叫びごと息を飲み込む。

 彼の目に映る景色、同じような建売が連なる住宅街の何の変哲もないその一角、見慣れた自宅の二階の廊下、その構造、材質、配置……それらは見た目ほぼ同一に見えた。見た目だけは。貼り付けられた壁紙の、合板の上のプリントの、色柄が同じで、そこで過ごした人々が刻み付けた生活の痕跡が近似。けれども、ただそれだけ。材質が違う。構造が違う。形は似ていても、その細部に宿る洗練が違う。そして……。

 

「……なんだ、これ?」

 

 そしてなにより、背にした部屋を覗きこめば、一目でわかる違いの数々があった。“オタク趣味に片足を突っ込む大学生”、少なくとも彼の記憶ではそうであった大滝周の、所持する本やゲーム、それから、教科書、家電類、携帯……そう言った持ち物が、記憶の中のそれとは全く違っている。

 少なくとも、先に“目”を開いた際部屋にあった物は、大滝周の記憶と同一だったのにもかかわらず、だ。

 

『……ッ!』

 

 無言、感知をパッシブからアクティブへ。開いた“目”を、“耳”を、その力を更に強めた。素粒子の振動から空間構造迄、この世の全てを知覚し万年単位の未来予知すら可能とする伝承族の“超”感覚が、この家を、都市を、列島を、惑星を、瞬時に通り過ぎ、月軌道を通過した辺りでそれを停止。累て、過去視。二つの観測結果を重ね合わせて現れたその結果に、彼は口中、罵りの声を上げた。

 

『糞っ、気付いたその時、どうして過去を見なかった(・・・・・・・・)!』

 

 どうやら彼は、あの奇妙な感触を受けたその瞬間に、この場所へと放り出されたらしい。しかも、その痕跡と現状を重ね合わせるに……。

 

「……並行世界移動、か」

 

 ……溜息を吐き、頭を抱える。神に擬えられる程の知識と力を誇る伝承族だが、主に思想的な理由から、時間・並行世界移動関連技術を禁忌としており、その嫌悪は、影響範囲内における技術の萌芽を徹底した情報操作で完全に摘み取るほどであった。それにより、全てをありのままに記憶する神帝ブゥアーその人を除いて、伝承族自身もそれら技術には疎く、反逆者であるアマニその人とて例外ではない。

 尤も、アマニの場合、それは神帝ブゥアーに植え付けられた、遺伝子(プログラム)に刻まれた禁忌意識ではなく、同族の徹底した時空間干渉技術警戒網を前に、そちらからのアプローチを放棄せざるを得なかったのだが、どんな理由をつけたとて、現状の技術力不足が覆るわけではない。

 ともあれ、現時点でわかるのは、この世界が故郷とは異なる歴史を歩んだ地球の、未来に当たる時代である事、そして、周はこの世界の自分と入れ替わる形で、今この場所に移動してきた事の二つと、空間に残された並行世界移動の痕跡と思われるもの。そして……。

 

「異世界の自分だと――馬鹿馬鹿しい、まさか、アマニもそうだったとでも?

 その上、どっちも(・・・・)お話の世界ときてやがる」

 

 新西暦181年、アイドネウス島、メテオ3、EOTI機関、アラビア半島のサイコバリア、世界中に散在する超能力駆動の生体機械群、南極の古代遺跡、月地中の巨大戦艦、etcetc――そんな、現状には全く関係はないが、オマケと言うには余りにアレな情報の数々に、この世界ではアマネ・オオタキと言うらしい彼は、げんなりとした表情を作った。

 

「マップスの次は、スパロボOGってか、ふざけんな!」

 

 スパロボOG、スーパーロボット大戦OriginalGenerations。自己評価ではライトなオタである彼が、ディープな部類に入る“マップス”を知る切っ掛けになったタイトルの、シリーズの一つ。アニメやマンガ、ゲームに登場したロボットがクロスオーバーするお祭りゲームのオリジナル要素のみを抽出・統合したシミュレーションRPG。今はまだ、物語が始まっておらず比較的平穏だが、今後この世界には、幾つものゲームで語られた世界の危機が、毎年のように波状攻撃を掛けてくる事になる。

 

「……WCOPとか冗談じゃねぇよ。どうせ入れ替わるなら、日常系か競技系の世界にせぇっつーの」

 

 因みに、この世界のアマネはと言えば、162年生まれの何の変哲もない大学生であるらしい。仕事で父がエルピスに赴任し、母がそれに同行した為に、現在は北関東の実家に独り暮らしをしているようだ。まぁ、これからはなにかと厳しい時代がやってくるが、ここは特に物語中に取り上げられた場所ではない。物語通りに話が進むのであれば、だが、大人しく身を潜めていれば何とかやり過ごせ……。

 

「……まてよ? 親父がエルピスに赴任中?」

 

 人類初の密閉型スペースコロニー“エルピス”。彼の記憶通りであれば、その場所の名は今後幾度か、この世界の歴史に刻まれる事になるが、中でも最初に発生する重大事件が、コロニー独立反対派に使嗾されたテロリストが184年に起こす、毒ガス散布による大量殺人――通称エルピス事件。

 これは、単純に重要事件と言うだけではなく、今後この世界の歴史に大きくかかわる人物の複数に、無視できない影響を齎す事になるのだが、ざっと予知してみた結果、やはりこの世界でも、彼が何もしなければエルピス事件は発生し、どうやらアマネの両親も、それに巻き込れて死ぬようだった。

 

「……まいったね、これは」

 

 一通りの演算を終えて、周は目を閉じる。事件を阻止する事自体は容易だ。エルピスに限らず、事件の芽自体を潰して廻って、より生き易い時代に変える程度であれば、それほど難しくもないだろう。限定された能力しか持たない幼生体の時点でさえ、惑星一つの全ての存在の全ての感覚器官(センサー)に、同時に完璧な幻覚を見せる程度なら、片手間にやってのけるのが伝承族と言う生き物だ。それが更に強化されたこのアマニの体で、万全の準備を行って対処できない可能性を持つモノ等、彼をここに送り込んだ――仮にアンノウンとでもしようか――その存在と、後は破滅の王と呼ばれるクロスゲートの向こうから現れる存在、それから、敵となるなら、だが、全ての終着点となるらしいクロスゲートの創造主くらいだろうか?

 その三者の中でも、少なくとも破滅の王については、その侵入口に念動力で干渉出来る事が判っており、創造主についても、こちらは恒星破壊規模艦を幾らでも量産できる身だ。OGシリーズ登場機体で対処可能なのであれば、どうとでもなるだろうと言う楽観がある。だから今一番の問題は、残るアンノウン、特にその隠密性だった。通常の観測でも過去視でも、アマネが消失し、周が出現した現象とその際起きた空間の変動こそ観測できたものの、その現象を齎した存在やその干渉の実際は全く観測できていない。つまり、現状ではどんなに巧く事を廻していも、突然別世界に移送されてそれでご破算になってしまう可能性が否めないのだ。

 この世界の宇宙は複数の恒星間文明圏と、それ以上の破滅要因が蠢いている……どころか、隣接世界からホイホイやってきたり、異世界同位体の記憶が流入したりと非常に忙しい。その為、下手に甘やかして弱体化させるとその時点で詰む可能性が高く、しかもこの世界の地球は一応統一府らしきものが存在するが、一つにまとまっているとはとても言いがたい上、現時点でも割と潜在敵に懐に入られてる。

 なので、技術だけ渡して自分で何とかしてねともできない状況だった。出来る力があって、拾い上げられる命がある。そして、それに大した労力を使わないのなら、助けたいと考えるのが人情だ。その気になれば、地球の生命全てを残らず幸せにできる能力を持たされ、否応にもなく救う命を選択しなければならない状況に陥った青年は、その重さと軽さとに蹲って重い息を吐く。

 

「……感覚は今迄よりずっと現実(リアル)なのに、全く現実感ねぇぞ、クソ。いっそ人類補完計画でもシジマってやろうか」

 

 周はそう呟いて、ふと、もうあれらの続編は見られない、遊べないのだなと、そんな事を思った。しかし、それはすぐに否定、頭の中に絡み着くナニか、それを振り払う様に激しくその首を横に振る。そんな取捨選択糞喰らえだと、胸の奥から湧き上がるモノを吐き出した。

 一体何がどうしてこんな状態になったのかはわからない。だが、力を持たされたからと言って、それで他人の為に滅私奉公しなければならない義務などなければ、全く無関係の人間まで救ってやるような義理も無い。

 

「アマニだか周だかなんだか判んなくとも、俺が俺なのは変わりねぇだろがよッ。俺は親でも神様でもねぇッ!

 俺は絶対帰るぞ! そして、誰がやったか知らねぇが、絶対一発殴ってやる、絶対にだ」

 

 帰るべきは何処なのか、何故帰るのか、そんな事は彼自身にも判らなかったが、少なくともそれで方針は決まった。周は宣じて立ち上がり、目先の優先事項をリストアップする。やるべきことは変わらない。アマニの時と同じ事、ディバインクルセイダーと同じ事だ。

 周の手により世界が幸せになったなら、それで減った逆境の分、本来それを乗り越える者達が弱くなってしまう。ならば、その分自分が逆境になればよい。自分がいなくなった時の事を考えて、そのギャップを埋める組織を作ればよいのだ。幸い、その人員の当てもあった。

 そもそもアマニは、ビメイダーと呼ばれる人間をはるかに超えた能力を持つバイオドロイドを、文字通り幾らでも生産できる能力を持っている。それに加えて……。

 

『マッド共に乗っ取られた地球連邦政府のPT(ロボット)パイロット養成機関が、もうすぐ生まれて沢山の子供達を使い捨てる』

 

 スクール――主に、孤児を生徒とした、ロボット兵器のエリート搭乗員養成施設に、何故かマッド共が群がって人体実験の宴を催す胸糞悪い事件が、もうすぐ起こるのだ。その脱落者達を回収治療し、連邦機の改良発展型に乗せてやれば、関係者達がさぞや想像を逞しくしてくれる事だろう。

 尤も、マッド共に弄繰り回され死にかけた子等を、治療の上とは言え戦争に引きずり出す真似はしたくはないし、実際に矢面に立つのは外見を似せた遠隔制御の生き人形になるのだろうが……。

 

『……ホントはそれすらしたくはないんだがな』

 

 とは言え、目的不明のアンノウンを考慮に入れれば、現地人の構成員はリスク減少の為には絶対必要になる。どういう訳か、人型兵器が絶対のアドバンテージを持つこの世界で、未だ生まれたばかりのそれを十全に扱える人材となれば、余り手段を選んでられないのが正直なところだ。

 

『集めた人員入れる基地と使わせる装備――は、なんとでもなるが、問題なのは、俺がいなくなってもやってけるだけの経済基盤だな。

 それから、現地勢力だけで強化・運用可能な決戦戦力、と……』

 

 ロボットアニメモチーフのシミュレーションゲームだけあって、彼我共に決戦兵器と言うか、特記戦力と言うか、そう言った規格外品がふんだんに存在し、それらは一般戦力では倒しきるのが難しいバランスになっている為、一般機以外にもそれらに対抗する戦力が必要になるだろう。

 こちらは、その勢力の技術や思想、能力を反映したものになる事が多い為、適当にありものを改造と言う訳にもいかないのが難だ。隔絶しすぎず、運用可能で、組織のカラーにあったモノを採用する必要がある。

 

『地球の組織を装うと、パチれるほど特機の数が無い上に一点ものが多すぎる。

 妖機人は辺りは、古くから知られてはいるから、技術をパチって鋼機人ベースの特機でもでっち上げるのが無難かねぇ。

 パイロットの方も、作ろうと思えば作れるし――いっそ四凶でも盗んできて調教するか?』

 

 連想――この世界の地球に存在する、怪しい中華風超能力兵器群を思い出し、周はそんな言葉を吐き出した。それで、中国の伝説の怪物、四凶の内、饕餮と窮奇をモチーフとした悪趣味な超能力生体?兵器が、解き放たれ連邦兵を食い散らかす、あの“みんなのトラウマ”グロイベントが回避できるなら、チャレンジする甲斐もあるかもしれない……と、独り言ち、逸れ掛けていた思考を軌道修正。

 

『ま、そっちについてはまだ時間もある。取り敢えずはまずハコ……あ、ハコと言えばあの問題もあったか』

 

 状況に流されすっかり念頭から外していたが、よく考えれば一番の大問題が残っていたと頭を抱え、重い溜息を吐き出した。

 

「取り敢えず、ハコ作って出しちゃうか」

 

 それから、取り敢えず機能優先、シンプルに、そう彼は決めて、力を行使する。そのまま床を擦り抜けて、落下。どうせ一人暮らしだ、だからいいやと無精した。天井、床、土、基礎、そしてまた土……それらをまるで、幻かなにかのように透過して、真直ぐ突き抜ける。それから、基礎の下に埋まった大岩、その下に隠れたハッチと抜けて、入り込んだ先の巨大な縦穴の中、彼は空中で制止した。

 分厚いエアロックに封じられたそこは、幽かな光すら届かない真闇。しかし、超常の目を備える周には、光の有無など大きな問題ではない。自らの作の出来栄えを、確かめるべく周囲を見渡し、うむと一つ、頷いた。

 彼の目に映ったモノ、それは、直系100mは有ろうかと言う巨大な金属の円筒。その内周には、巨大な八本の金属柱が等間隔に立ち並び、それを繋ぐ円弧と渡された八角の骨が等間隔に連なって、空間を無数の階層に区切っていた。

 だがその特筆すべきはその構造の巨大さよりむしろ、それらの繋がりに、一つの継ぎ目も見当たらない事だろう。余りに巨大なそれは、未だ微小な物ですらこの世界の人類には作り得ない、原子の配列から設計され創造された、巨大な合金一体成形……。

 

「……ヤベェな、俺。つぅか、これがスゲェと感じられねぇのが一番ヤベェ」

 

 目の前に広がるその光景は、周にとって驚嘆すべき域。それを成した力の評価は、もはや言うまでもないだろう。だがしかし、彼の中のアマニにとって、目の前のそれはとるに足りず、成したことも大したことには思えず、凄まじい、空恐ろしいと判ずる周の理性に、実感なく脅威に慣れ切っていたその情動は応えない。それは、ただの人間の意識が、その力を十全に扱える副作用だろうか? 内面で軋みを上げる、思考と情動の不協和――彼は、気持ち悪げに顔を歪めると、直ぐに続けて力を念じた。バリアと身体強化、そして、念動。支えを外し、更に、動力降下(パワーダイヴ)。高さ数十キロを数えるその立坑を、超音速で下り行き、最早今の彼の目では届かぬ穴底の先へと意識を向けた。

 

『……ちゃんとできてる、と良いんだがな。流石にあそこまで複雑だとな』

 

 しかしそんな中途半端も、数えればたったの二分足らず。ほぼ間をおかずに底へと降り立つと、周は目前に聳える分厚い巨大な門を見上げた。

 その全高、実に六十メートル強。様々な可能性を考慮し、今後この世界に登場する特機と呼ばれる大型機動兵器が通れるサイズで創造したそれは、その先に蔵するモノが決して奪われぬようにと設えた、文字通りの巨人の城門だ。実の所、二十一世紀人にとっては豪壮が過ぎるこの建築物だが、伝承族としては有触れたもので、欲を言えばもっと大きな、そう、中型の宇宙船が通れるスケールに作りたいところなのだが、流石にその規模となると恒常的にその存在を誤魔化し続ける為に掛かるコストが割に合わず、彼はこのサイズで妥協している。

 とまれ、OGシリーズに登場するバラルと呼ばれる超能力者集団を警戒した対超能力防御機構を備えるこれを、無理に力で通り抜けるのはアマニにとて簡単ではなく、だから周は、今度は普通に城門脇の通用門へと歩みより、それを開いた。二枚の巨大な隔壁、その狭間の短い通路と両端のエアロックとを、余計な“力”は使わず二本の足通り抜け、その先に辿り着いた場所は、巨大と言う評ではまだ生温い規模の空虚。それは、マントル上層部に設えた即席の秘密基地。今はまだ、直径三万㎞(・・・・)ほどの球形の巨大空洞でしかないもの。アマニの目で見て、初めて球形と読み取れるその空間の、中腹に張り出した特機サイズのキャットウォークで、周はほうと安堵の息を吐いた。

 

「……うわぁ」

 

 そして、続けてその口から漏れだした感嘆が、呆れと恐れが複雑に組み上がったものであったのもまた、無理からぬ話であった。

 探知疎外の壁を乗り越え、周が見渡し設計通りと確認したそれの、外径は直径にして百m余。しかし内径の直径は、大凡地球二個分に及ぶ。

 無論、これは伝承族的には大した技術ではなく、その気になれば同じサイズの内側に最大級の恒星を飲み込ませる事すら可能であったが、そんな伝承族の常識も、流石にこの異常に対する地球人の驚嘆を押し込められる程のものではなかったらしい。

 だが、そんな人間には過剰過ぎるサイズの空間ですら、アレを吐き出すにはギリギリのサイズであった。それどころか……。

 

「……これしか救い出せなかったんだな」

 

 ……それですら、本来救おうとしたものと比べれば欠片でしかない。周は再び溜息を吐くと、目の前の空間を吐き出したそれで満たした。

 神帝ブゥアー、その欠片。手乗りサイズで一つの文明圏の全ての情報を宿すに足るそれが、幾多の宇宙を飲み込み肥大した果ての、ほんの一滴。

 先の戦いのドサクサで掠め取ったそれが、何故か収納された歪曲空間ごと保持されていたのは、果たして幸運なのか、それとも? 判然とせぬままにそれを吐き出し、目の前に現れたそれを周は見上げる。それは、人間の目には巨大な肉質の塊としか見えなかっただろう。惑星大の脳味噌ですら、その総体にとっては小さな小さな増設メモリでしかない、伝承族の祖にして本体たる宇宙を喰らう怪物。

 この小さな欠片の中に入っている情報はどれ程のモノだろう? 宇宙一つか、十かあるいはそれ以上か? とまれ、周はこれをどうにかしなければならず、そして、そのまま保存する、と言う手段をとれない理由があった。と言うのも、神帝ブゥアーはその莫大な記憶能力、演算力を維持し、且つ、外界の全てから内包する全ての宇宙を守る為に、多量のエネルギーを消費し続けており、ほんの一滴でしかないこれですら、支えるのは尋常な事ではない。尤もそれは、宇宙全ての情報を生きたデータとして、その演算能力でいつでもシミュレートして未来を紡ぎ出せる状況に置いているからであり、記録された情報を圧縮して刻み込む事で、必要な容積や維持するのに必要なエネルギー量を大きく減らす事が出来た。

 これから周は、それを行わなければならない。主体を失ったとは言え、高度な防御機構が組み込まれた、既知宇宙最高の生体コンピュータを解析し、吸い出した宇宙複数個を超えるだろう情報を整理圧縮、最も小さく強固な形に作り直して保存すると言う気の遠くなるような作業を……。

 そうして、必要なエネルギー量を減らしつつ、余剰となった部位をエネルギーに還元、それを繰り返し、これを本当の意味で失われた過去の宇宙の慰霊碑へと作り替える――それこそが、アマニ・オーダックが目指した終着点であり、マップスと言う物語を愛し、嘗てアマニだったかもしれない大滝周にとっても、やるべき事、やりたい事の一つであった。

 だが……。

 

「……一人でやるのか?これを」

 

 無論、アマニもそれを行う算段は立てていて、その知識は彼の中にちゃんと残っていた…のだが、それはあくまでも伝承族アマニ・オーダックとして、同じ意志を持つ仲間達と行うべき仕事であり、強化されているとは言え、人間サイズの肉体一つで行うのは非常に難しい。

 

「まぁ、掌握が進めばブゥアーの処理能力が使えるから、わざわざ人目に付くアマニの本体を作る必要はないだろうが……」

 

 問題は、これとこれからこの星に襲い来る幾多の破滅への介入を両立しなければならないと言う事実だ。迫るタイムリミットと、これ自体の危険性を考えれば、後回しにすると言う選択肢は取れず、かと言って外界を無視してブゥアーの解析を進められるには、彼はスーパーロボット大戦OriginalGenerationsと言う物語に愛着を持ち過ぎている。となれば、二つを同時進行するしかないのだが……。

 周は堅く目を瞑り、そしてすぐに開いた。二度、三度と深呼吸。

 

「ここで止まってても、なにもはじまらねぇし」

 

 弁解するように呟くと、目の前のブゥアーへと心の手を延ばす……と、その次の瞬間、彼の目が大きく見開かれた。

 

 




○ビメイダー
 マップスの作中における、自我を持つ高度人工知能一般の呼称。自然発生人に対して、作られたものの意。

○リープタイプ宇宙船
 伝承族の一派、オプタの一族が、銀河に生命を撒く搬種船を名目に建造した宇宙船群。女性型の天使の様なフォルムを持ち、よく“天使型宇宙船”と呼称される。
得られた経験や知識を元に自己を改造し、状況に適応強化する機能を持つ進化する宇宙船で、宇宙船本体と、頭脳体と呼ばれるインターフェイスユニットを兼ねたビメイダーの二つに分かれており、本体が壊れれば頭脳体が、頭脳体が壊れれば本体が、それぞれを修復する能力を備えている。

○リプラドウ/ジェンドラドウ
 リープタイプ宇宙船の一隻。オプタの一族の真の目的の為に、全てのリープタイプの情報・能力を統合し進化させた個体を、更に伝承族の遺伝子で強化したもの。 
 ジェンドラドウは、その量産機の中で、オリジナルラドウの全ての記憶を受け継ぎ、人工進化させた個体を言う。

○リップタイプ宇宙船
 リープタイプ宇宙船が、進化の過程で本来の目的に不向きな機能、構造に進化してしまった規格外品。

○ゼルルゼ・リップ
 リップタイプの一隻で、二機のリープタイプが抱きしめ合っているような形状。
 リープタイプを含めたこの種の宇宙船の中で唯一の双子船。自分を含め、周囲一帯の稼働中のコンピュータのデータを消去する能力を持つ一種の自爆兵器であり、能力を使用する際、片一方がその制御を行い、もう片方は自閉状態で記憶を保護すると言う役割分担になっている。


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伝承族(ry 一章二話 アマニとゼルルゼと船

ペルセウス腕に根拠があるバルマーに対し、共和連合は版図の記述が見つからなかった為、地球と同じくオリオン腕を主な版図とする勢力と言う事にしてあります。
 後、ゼルルゼは出番があまり多くないし台詞も少ないんで、ほぼオリジナル。
 同時に何かしゃべってるイメージが無いのと、いつも相方とべたべたしているイメージがあるんで、そう言う感じにキャラになりました。


 間髪入れず空間転移。現れた同じ(うつほ)の中、手製の頭蓋と納めた巨大な脳髄との狭間で、周は愕然、眼下の物体を見下ろした。

 地平線成す肉の大地に、全長四百を超える巨大な楔型が突き立ち、その左右には、双子の女天使が組みついている。

 

「……随分と過保護らしいな、アンノウンさんは」

 

 そう、呟いた。

 目の前にある自ら(アマニ)備品(オプション)部下(なかま)――対ブゥアー用クラッキングツール“アマニの爪”と、接続された“ゼルルゼ・リップ”の姿に、強くその歯を噛み締める。

 ブゥアーが内に存在した事はまぁいい。そも件の最終決戦において、彼は掌握したブゥアーの一部が一定量になるごとに切り離し、その力を用いて生み出した亜空間に幽閉隔離していたのだから。彼を移動した際にそれが付いてきたと言うのも、理解できない話では無かった。

 けれども、その時確実に彼の外側にあったアマニの爪とゼルルゼまでもが、何故切り離した細胞と同じ空間(ばしょ)に取り込まれていたのか?

 

「単なる御役所仕事。捕まったタイミングで俺に繋がってたの全部、備品と判断して雑に突っ込んだとかなら楽なんだが」

 

 突入当時、アマニはブゥアーの逆ハックを警戒し、頭脳体(いし)と惑星規模艦“アマニ・オーダック”との接続を切っていた。

 その為、記憶途絶時点でアマニの一部(オプション)と看做せるものは、アマニの爪、接続状態のゼルルゼ、そして、掌握済みのブゥアー細胞の三つ。だからもし、アンノウンが技術力程高い思慮を持たないか、そもそもこちらを歯牙にかけていないのであれば、雑な処理で意図せずこうなる可能性も無くはないと考えられた。

 勿論、それはそれで様々な疑問が発生するのだが、足枷に付けたブゥアー細胞(リソース占有攻撃)消化時間(タイムリミット)調整や、第九軍持ち込みは規模的に不可だが、“神帝ブゥアーの後継者”級の力が無ければ太刀打ちできぬ敵がいると言った理由より気楽なのは間違いない。

 尤も、その答えがどれであったとしても、現状は油断が許されるものではなく、また、アマニの記憶が文字通り総身に沁み込んでいる彼には、こういった状況下で手を緩める判断はとても下せないのだが……。

 

『アマニの爪もゼルルゼも、停止状態』

 

 ……と、そんな算段を巡らせながらも、意識の一部を目の前の船に飛ばしていた彼の脳裏に、その内側の情報が浮かんだ。延ばされた念の触指は、気休めではあれ対伝承族用ESP防護壁が施されていた筈の船を容易く貫通、その構造の洗いざらいを浚いあげ、そうして構成された頭の中の二隻を、アマニは矯めつ眇めつ。取り敢えず、仕掛けられた装置の類は見当たらない。流石に中のデータに手が加えられているか迄は、停止状態では分からないが、とりあえずは安全とみていいだろう。だが……。

 

『直接お目にかかるのは初めてだが、これが時間停滞場(ステイシスフィールド)ってやつか』

 

 繋がる三艦と中の一人とを停止させているモノの正体に、重い息を吐く。ステイシスフィールド――範囲内の時流を停滞させる力場。保存、防御、拘束と、単純な使い道だけでもその効果は多岐にわたる、古めのSFではおなじみのガジェットだ。先にも少し触れたが、宇宙を蒐集記録し、不滅のブゥアーの中で久遠の物とする至上命題を掲げる伝承族にとって、歴史改変を招く時間移動関連技術は禁忌。それらが低いレベルで抑え込まれたその干渉区域において、この種の技術を目にする事は希だ。

 所謂、ウラシマ効果を防止する時滑り装置、特定の物体に対する時間の流れを高速化する加速時粒子砲……伝承族の影響下でお目にかかれる時間操作技術と言えばその程度が限度。大規模な時間停止技術が使える者等、ブゥアーその人を除けば、伝承族評議会の極一部位なものだろう。

 それは、反乱者達にとっても同じ事、自身その研究を試みた事でも判る通り、それらの技術は伝承族にとっての盲点(セキュリティホール)足り得るものであり、それはあの時あの戦い、ブゥアーのクラッキングと言う最大級の難事に掛かりきりになっていたあの瞬間であれば尚の事、アマニを捕まえた技術がこれだと言うのは、それなりに納得のいく話ではあった。

 

『停滞場を維持している物は見当たらない……と言うより、場そのものが、自律してるのか』

 

 そして面白い事に、どうやらこの時間停止の“場”は、それ自体がある種の恒常性を持ち、時間を停止させる事で自らの存在を維持しているらしい。流石に、外部からエネルギーを取り込む機構迄は持っていなかったが、この機能により停滞場は、外部に何らかの装置を据える必要なく、内在するエネルギーを使い尽くすまでの間はその存在を維持できるようになっていた。

 

「単に必要が無かったのか、自分達に繋がる物を残したくなかったのか――それとも、教材のつもりなのか?」

 

 スパロボOG世界には、クロスゲートや時流エンジン、ラースエレイムと言った、伝承族であるアマニの死角となり得る世界移動や時間に関わるテクノロジー、それに関連する存在がかなりの数存在する。そう言った前提と“アンノウン”が今迄にこちらに対して行ったアプローチの痕跡とを考えると、それらの内のどれが答えでも、あるいはどれの複合でも有り得そうだった。

 

「………」

 

 そうして周は、そこにある“場”と、それが与える影響、そこから推察される自分の知識を越えた時空の相互作用について、記憶し、考察を深めつつ、目の前の場に念動の糸を伸ばした。時空を停滞させるその構造とエネルギーの流路を知覚し、それに念の糸を絡みつかせる。そうして、その構造に更なる力を注ぎこみながら、内側に囚われた一部を場の外へと動かした。そうしてその中に転移する。アマニの爪の艦橋部、自分の席へと滑り込み、動きを取り戻したシステムへと接続。

 やはり、“アンノウン”の干渉を受けたその瞬間からずっと止められたままだったのか?

 

「接続ポート融解! 思念波に載せたたいりょ……ッ、アマニッ!」

「接続ポート融解! 思念波に載せたたいりょ……っ、アマニッ!」

 

伝わる警報に、驚きの余りか?珍しく二つの筐体が同時に声を上げたゼルルゼを、

 

《話はあとだ!まずは直近のログの整理と解析を行う》

 

 まずはそう、投げかけた思念で黙らせた。

 それと同時に機体を掌握――すると、まず分かったのは先の彼女の叫びの通り、ブゥアー側へのアクセスポートとそれに繋がる回線が物理破損している事実だった。アマニとそのオプション艦が備える強化改造された伝承族の脳組織ですら、処理しきれないほどの情報の奔流が、物理現象を起こすほど強い思念に乗ってこの船に叩き込まれていたのだ。それは情報の流路を物理的に融解させながら内部に侵入していき、システム直結でクラッキングを行っていたアマニの所で止まっていた。

 

『巨大な思念波に載せられた、物理破損を起こすほどのデータのオーバーフロー?

 ……ッ! ブゥアーが最後に使ったアレか!?』

 

 マップスの最終回、万策潰えたブゥアーの意志が、主人公(ゲン)その船(リプミラ)を排除する最終手段として用いたのが、自己に内在するデータを思念波に載せて直に叩きつけると言う捨て身の戦法だった。ブゥアーにとって何を措いても守るべき、もはや存在しない宇宙の全てと言って良い情報(モノ)を、内包する全てが失われるよりはと外部に放出、叩きつけたのだ。

 しかしどういった理由でか、本来主人公(ゲン)に対し用いられるはずのそれは、直結回線を通じてアマニの爪へと雪崩込む。そしてアマニは、想定をはるかに超えた情報の暴流を、直接その精神に叩きつけられた。

 

『……けれど、本体側にバックアップがあったアマニがそこで食い止めた為、サポートをしていたゼルルゼは無事生存。

 それとほぼ同時にアンノウンが干渉――アマニは大滝周の部屋で、何故か周として目覚めた?』

 

 或は、アンノウンの工作がその想定外を発生させたのかもしれない。兎も角その衝撃で、アマニの自我は甚大なダメージを受けたわけだが、譬えそれで主体となる自我が死を迎えても、体を構成する伝承族の細胞が死に絶えるわけではない。一旦は脳組織が破損しても、すぐに自己修復して機能を取り戻す。けれどもそれで、破壊された自我が回復するわけではないから、アマニ中枢体は本体側にリブートされるまでは、精神死した生ける屍か、あるいはそれに近い状態に陥る筈だった。

 

『それをアンノウンが、周としてリブート――いや、それとも、アマニは初めから(・・・・・・・・)周だった(・・・・)、のか?』

 

 アマニの記憶を辿っても、決して答えの出てこない謎がある。何故彼は、原作のそれと分岐したのか? 記憶を奪われ、伝承族になった直ぐ後に、自分が改造された事を認識し、行動できた理由は? ギツァートやブゥアーの後継者達の、知る筈もない情報を持っていたのは?

 それらの謎は、アマニが初めから周であったと考えれば、ある程度納得は着く。単体では再起動されない筈のアマニが、今周として目覚めたように、この体の何処かに、通常の記憶情報とは別に周のそれが蓄積されており、有事にはそれが起動すると考えれば。

 伝承族にされたその時も、何処かに保存されていたそれが、空白となった伝承族の幼生体の頭に上書きされたのではないのか? ギツァートやブゥアーの後継者の情報がアマニの記憶の中に見つからないのも、通常の記憶とは別枠で存在するそれを、読み込んでいるからではないのか?

 ではそもそも、周とはだれなのか? 初めからアンノウンに作られたものではないのだろうか? あの部屋は、大滝周の生きた世界とは、本当に実在するモノだったのか?

 重く脳裏に降り積もる、証明できない問いと答えとを、彼は吐息と共に吐き出して、己が額に右手を置いた。

 

「セルルゼ……とりあえず、現状を説明する」

 

 そして、己が席の左右前方、二つに別れて座る一人に、そう声をかける。

 ゼルルゼ・リップ――リープタイプ唯一の双子船と言う触れ込みの、彼女。

 周の言葉に、色素の薄い真直ぐな長髪が、二つ同時に振り返り、

 

「ああ、アマニ、お前なんでそんな姿してるんだ?」

 

「それって確か、前に仮想空間内で使ってた(・・・・・・・・・・・・)化身(アバター)だろ?」

 

 二つは僅かな時間差を付け、こちらに一つの疑問を投げかける。

 椅子に逆向きに正座し、その背凭れに両手を掛けた、小柄で薄い白人少女。全く同じ二つの白皙、同じ服装、同じ声。表情と仕草だけを微妙にずらして、双子の様な一人の四つの瞳が、周のそれを見据えた。

 ゼル・リップとルゼ・リップ――双子の美少女と言った態のこの二体だが、その実態は、二つの体を操る一つの意志、ゼルルゼ・リップである。船体が自爆兵器と化してしまったが為に、一人が二つに分化し片方をバックアップに出来る様に進化した、リープタイプの中でも、最も特異な個体の一隻だ。アマニが原作改変を行う中で、正史において艦船コレクターであった彼が保有している時期の有る“リップタイプ”“キャプテン・ヒィ”と言った物語の主要人物とは、物語の陰で協議を重ね、裏では概ね友好関係を結ぶに至っていた……のだが、その中で、どういう訳かアマニと一番馬があったのが、彼女、ゼルルゼであった。

小物同士のシンパシーか? 最終的にはアマニの秘書か副官じみた立ち位置をせ占めていた彼女のそれぞれを、周は僅かな安堵と強い罪悪感を抱えて交互に真直ぐ見返す。

 

「データで見たとおり、頭を焼き切られて再起動したみたいなんだが、その時何かの干渉を受けたらしくてな。

 気付いたらこの姿だし、ハードとのマッチングも巧く行ってない」

 

 尤も、確かに言葉通りの記憶もアマニの中にあり、周こそが原作と分岐した理由であった可能性も高まっているわけではあるが。

 

「それから、どうやら俺達は、ブゥアーの逆撃を受けた瞬間に、なにものかに捕獲されたらしい」

 

 その後、ついでの様にそう付け加えて、ゼルルゼに先に取得したこの世界のデータを転送した。

 二つの口が全く同時、うげぇ…と些か品の無いハモりを上げる。

 

「現状は見ての通り、今現在我々のいるこの惑星は、ブゥアー級の能力を備えた存在が創り上げた仮想空間、或は、平行世界移動技術を持つ文明圏に接する、別の世界の地球であると思われる」

 

 さもなくば、かつて周がネットでSRWを検索した際に、幾つか目にした二次創作の類だろうか?

 

「……前者であった場合、正直どうしようもないので、今後は、とりあえず後者であると仮定して行動する事になる」

 

 尤も、流石に書き手に普通の神経があれば、スパロボOGに伝承族を持ち込むような暴挙は働かないだろう。また、仮にそうであったとしても、その登場人物である彼の現在が、何か変わると言う訳でもないから、そう言った可能性は取り敢えずは考えない事にしておく。

 

「並行世界?」

 

「……何を言っている? そんなものあるわけないだろう?」

 

 そんな周の説明に、彼女が疑問の声を上げた。作者自らが描いた準公式同人により、並行世界の存在する世界観である事が確定的なマップス世界だが、伝承族の情報操作により、その住人は並行世界の存在しない宇宙モデルを真実だと考えている。

 搬種船として作られ、エージェントとして銀河の住人に直接接する立場であったリープタイプもそれは同じで、当然と言った風にそう反論するゼルルゼに、彼はいいやとその首を振った。

 

「世界の記録を至上目的としていた伝承族は、歴史の書き換えをタブーとし、その影響下にある宇宙に徹底的な情報操作を施して、時間移動技術を排除していた。だから、あの宇宙で一般的に知られていた宇宙モデルは間違ったものなんだよ」

 

 いうなれば、観測結果を弄られ星迄の距離を誤魔化された結果、天動説の周転円宇宙モデルが科学的常識になってしまった様なモノ、と言って分かるだろうか?

 

「……う、」

 

「宇宙全体って」

 

 流石に、そこまでの情報操作は想像の埒外だったのだろう。少女が並んだ細面をげんなりとさせると、周も嫌な顔で吐き捨てた。

 

「あの宇宙で止めるまで、それを幾百幾千の宇宙で繰り返してきたんだぜ? 笑えるだろ?笑えよ?

 宇宙のありのままを記憶するって、情報操作してる時点でありのままじゃねーっての」

 

 そもそも“最適解の世界”みたいなとこに行きついたらどうするつもりだったんだろな――そう、件の物語で混交(クロスオーバー)した、時間及び平行世界移動アリアリの宇宙を思い出し、内心溜息を吐く。そんな青年を変な目で見る彼女に気付き、アマニらしくなかったかとその頬に手を当てた。

 

「なんか、再起動してから人格変わってないか?」

 

「まぁ、いつも通りと言えばいつも通りだけどさ」

 

 それ程自信は無かったのだが、どうやら一番親しかった彼女が見ても、彼と狂気を装っていない素のアマニは似通っているらしい。

 それで僅かに認められたような、胸の内がほんの少し軽くなった様な気分で、周は安堵の吐息を溜息の如くに吐き出した。

 

「……ふむん。正直な所を言えば、かなりの量の記憶が記録になってしまったからな。

 確かに、精神年齢と言う意味では大分若返っているだろうが、基本のアーキテクチャはそれほど変わってはいない……はずだ」

 

 尤も、それはアマニが周であったと仮定した場合の話ではあるが……。

 その頼りない答えに、セルルゼは仕方ないとばかりに溜息を吐いた。

 

「ま、船は、船長の指し示す方に飛ぶだけさ」

 

「……いつも通り、舵はアマニに任せるよ」

 

 しかし、続いて、彼女の二つの口から紡ぎ出されたその言葉は、予想とは異なる、アマ二への信頼を示すもの。

 それは――元々アマニは自分だったのかもしれない――抱きかけていたその安堵で緩んでいた周の心を、ハンマーの如くに打ち据えた。

 口元から、ひゅうとか細い息を吐きだし、右手で己が心臓の上を押さえる。シートに片手を突いて、揺らぐ上体を支えた。

 

「……なんだよその反応は」

 

 信頼の表明にこれ程の驚きを返されては、流石に気分も良くないのだろう。口を尖らせる彼女に、周はなんとか苦笑を返した。

 

「いや、ちょっと前までリープタイプに混じってた()にそんな事言われたら、流石に驚くさ」

 

 そうして捻りだしたその言葉に、姦しい姉妹たちを思い出したゼルルゼの、頬が真っ赤に染まった。

 搬種と進化を目的に、単独行動を前提として作られた為か、どうにもリープタイプには道具として課せられた制約が緩く、彼女らが自らの意志で船長を選んだ場合、それは概ね、性愛的な意味での好意を意味したり、後にそう発展したりする場合が多い。

 勿論それは、そう言った風潮があると言うだけの話なのだが、虜囚の身から解放された盛り上がりもあり、私もカッコいい船長が欲しい等と騒いでいる姉妹達に、ごく最近まで混じって居た彼女にそう言われると、もしかしてとか考えてしまうのも一抹の真実であった。

 

「ちょ、アマニ、別にこれはそう言う意味じゃ!」

「ちょ、アマニ、別にこれはそう言う意味じゃ!」

 

 概ねの誤魔化しに微妙な本音が混じり、奇妙な説得力を帯びるそんな言葉に、少女は流石に慌てたか、二つの動きを重ねて言い訳がましい叫びを上げる。

 

「ああ解ってる、解っているとも」

 

 そして、そんな彼女を愛でる様に、青年はくつくつとその形だけ笑って見せた。

 酷く胸が痛む。他人の席を掠め取っているようなその罪悪感は、その相手が好きな物語のそこそこ気に入っている登場人物だけに、ただの小市民でしかない青年の胸に強く突き立った。

 この痛みは、元々アマニが周だったと知ったら、消えてくれるのだろうか?――そんな事を思いつつ、彼女を宥めて言葉を連ねる。

 

「まあ、それはさておいて、当面やらなければならない事が幾つかある。

 まずはブゥアー関連――コイツは予てからの計画通りに事を進める。前準備は消えてなくなったが、伝承族のいないこの宇宙なら、都合するのはそう難しくはないし、それさえ整えば、ある程度は自動で進められる。これがまず、最初の仕事だな」

 

 オリジナルのブゥアーは、宇宙をエネルギーに還元して食わねば自己を維持出来ない程に肥大化していたが、それはあくまで、情報化宇宙の維持やその未来の演算の為であり、ただ記録し読み出すだけを目的に整理・圧縮するのであれば、あれ程の規模やエネルギーは全く必要ではなかった。エネルギー問題だけではなく、今後の情報保全や、失われた知識、ブゥアーのみが保持していた技術等の回収等を考えても、これは直ぐにでも始め無ければならない、必要不可欠な作業である。

 

「次に、時間及び、並行正解移動技術の確立。これは、俺達をここに移動させた者達に対抗し、故郷に帰る為には必要不可欠だ。

 先に言った通り、この世界には他世界の干渉や時間操作の痕跡が散見される為、まずはそれらの調査と、研究から始める事になる」

 

 これもまた必要な作業だが、ブゥアー解析の準備とは異なり、制限時間が切られていない為、その優先度は若干低下する。勿論今後の干渉に備え、出来るだけ早く防備を整えなければならないのではあるが……。

 

「最後に、今後この世界はかなりの期間にわたって、外宇宙や並行世界の武装勢力の襲来に起因する戦禍に晒される。

 ……正直言って無視しようと思えばできる案件なんだが、時期的に考えて、俺達をこの世界に放り出した“だれかさん(アンノウン)”の目的がこれ絡みである可能性は低くない。なので、その様子見もかねて、この戦いに干渉しようと思う」

 

 そうして最後に、これは反対されるかと覚悟しながら続けると、ゼルルゼは見透かしたようにその肩を竦めて見せた。

 

「ま、いいんじゃない。アンタが小心者なのは今に始まった事じゃなし」

 

「それに助けられた側としては、何か言うつもりはないわ。それで、どうするつもり?」

 

 そんな彼女の姿に、周はその口元に苦笑を浮かべた。“優しい”や“お人よし”ではなく“小心”と評する辺り、アマニ(わたし)は理解されていたのだろうと。それが少し妬ましく、そう思う自分が疎ましく、青年は一つ、溜息を落とした。

 

「単純な戦力なら俺達だけでお釣りがくるが、所詮骨を埋める気の無い外様だ。それに、“だれかさん(アンノウン)”の事を考えると、変に甘やかして現地戦力を弱体化させるのも考え物でな、そこで、主に現地人の戦力を主体とした組織を立ち上げたいと考えている」

 

「ふむ、装備はアマニがでっち上げれば、どうとでもなるとして」

 

「面子はその戦乱が始まってから集めるのか?」

 

 その問いかけに、いやと首を横に振る。スクールのドロップアウト組の保護に先行して、まず彼らを受け入れる人材を探さねばならない。

 それに……。

 

「……初期の人員は幾らかだが当てがある。それに、向うと違ってこっちじゃ時間移動を控える理由はないからな。

 追加人員は、そっちから探す方向で考えてる」

 

 過去この世界の地球で起きた戦い――バラルと百邪の戦いや機人大戦、OGシリーズの前史である竜虎王伝奇とその外伝で描かれた暗闘の中で、死んでいった者達や兵器等を回収・説得する。場合によっては戦いになるかもしれないが、少なくとも、その中の一大勢力であるバラルに属する妖機人や地機仙は、思想や信仰、カリスマで忠節を誓ったとは到底思えない者達だった。こちらの強さや払う対価によっては充分に引き入れられると感じられたし、正直なところを言えば、妖機人や超機人たちの構造などにも興味があった。

 

「……とは言え厄介な奴らがいなくなった以上、その辺りは全部こっちの領分だからね。

 取り敢えずは、俺の補助をしながらこっちが作ったカバーに合わせて生活してくれればいい」

 

 当面、周はその“脳力”の大半を、研究やら分析やらに費やす事になる。彼女はその補助に加え、何かあった時の対処や護衛をしてもらわなければならない。彼がそう告げるとゼルルゼは、大げさな仕草で肩を竦めて見せた。

 

「……って事は、暫くの間は四六時中アンタの傍に侍ってなきゃならないってわけだ」

 

「こりゃまた、随分と熱烈なカップルらしいね。その三人は……」

 

 先の言葉の仕返しか、そんな言葉を吐く少女達の姿に、青年はその顎に手を当て考え込むような、仕草。

 

「嫌なら、陰からスニーキングしてくれてても構わないが?」

 

 効率は落るが、周が裏で行う作業に裂く処理能力を下げて、彼女とリンクする端末(センサー)を持ち歩くようにするだけで事は足りる問題だ。地球人としての感性を残す彼にはあまり好ましい事ではないが、なんなら、警護・介助用に新しい人造人間(ビメイダー)を作ったっていい。こう、情報収集に向いた古の時代のギャルゲーめいたお助けキャラ系のネアカな奴を。尤も、性能充分に作ったとしても経験が足りない者に丸投げするのは難しい。暫くの間は、ゼルルゼにバックアップを頼む事になるが。

 

「物陰からこそこそとか」

 

「それこそ願い下げだよ」

 

 うんざりした表情でそう答える彼女に対し、重い溜息を吐いた。

 

「……それと、お前らの戸籍は一つしか都合しないから、どっちにしろ片割れは、物陰からこそこそしてもらうことになるぞ?

 双子設定より、二人一役の方が色々都合がいいしな」

 

 記憶から何から改竄できる為にバレる心配こそなかったが、地球連邦が成立しているこの世界にあっても、日本国内に双子の白人美少女がいたら相当目立つ。ただでさえ能力下限で過ごさなければならないと言うのに、自らトラブルを引き込むような真似は御免だった。

 ゼルルゼからのブーイングには等閑に手を振る事で答え、周は捏造した来歴データを船体を通じて二人に投げ渡す。

 

「ふぅん、ネットで知り合って、サークル結成、ねぇ」

 

「……ゲームの同人サークルから起業って、コレ本気で言ってるの?」

 

 斜め読みしたデータに顔を顰める彼女に、青年は軽く、本業だろと答えた。

 

「人員を受け入れるにもカバーは必要だし、現状、問題なく切り売りできる技術はプログラミングしかないんだ。

 それに、ブゥアーのサルベージデータを元にゲームでも創れば、自然に滅ぼされた宇宙の情報を広められるだろ?」

 

 生体コンピュータとして究極的な存在である伝承族の肉体を持つ周に加え、元特攻機とは言え電子戦仕様のゼルルゼは、そちらの方面には相応に詳しい。単純な質で言うなら、目的に対して究極的なシロモノを、機材無しで幾らでも量産可能な面子が揃っていた。

 加えて、かつて存在した宇宙を何らかの形で伝え残すと言う大目的にも合致し、地球側の重要人物にはゲーム好きが多いと言うオマケ迄ついている。実際、そっち方面から何故かロボット開発にスカウトされた人物迄存在する位で、プログラミングや設計のセンスがあるとみられれば、彼等とのコネクションを繋げる可能性すらあるとのだから、これを利用しない手はなかった。

 

「それに、使えそうなデータもプログラムも億年分揃っているからな。今こそ(アマニ)の宇宙船アーカイブが火を噴く時だ」

 

 なにしろ、滅びた文明のデータを使用するのが前提なのだから、宇宙を駆けるゲームを作るのは最早義務である。そして、唯一無二の自分の船ほど心を震わすモノは有り得ないのだから、やはりオリジナル宇宙船作成プログラムは凝るべきだと、アマニ……もとい、周はその口元を緩めて含み笑いを漏らした。

 

「ところで、VR体験版第一号はやはり、宇宙船設計システムのさわりと創った船を乗り回すのにすべきだと思うんだが、どう思う?」

 

「……好きにしてくれよ、旦那」

 

 最早、諦めの境地と言った風情で投げやりな返事をよこす自分の船(ゼルルゼ)に、彼はうんうんと満足そうな頷きを返す。

 

「んじゃ、とりあえずHP作って、いきなり本編ブッパはあれだから、とりあえずは体験版とムービーと、他に幾つか便利そうな自作フリーソフト載せて、タイムテーブルとかいじくって、適当なとこに情報投げてと……」

 

「って、もう始めてるのかい?」

 

 驚く相棒を他所に、書き込みに気付いた数十人の興味をほんの少しだけ煽り、ダウンロードさせるところまでは持ち込んだ。ゲームとしての質(おもしろさ)は兎も角、VRの質は他より上げてある為、後は放っておいても情報が拡散するだろう――周はそうほくそ笑む。

 

「そうだよね、幾ら若返ったってアマニだもんね」

 

 そうして勝手に驚き、納得するゼルルゼに首をひねりつつ、今できる一通りの改竄と処理とを終えた。これで暫くは、画面写真や舞台となる宇宙の情勢などを小出しにして場を持たせられるだろう。他にも、今後長期的に用いるモノ、種が芽吹くのに時間が必要なモノ等は、今のうちに士魂で置いて研究の腰を折られる事は避けたいが……。

 

「……仕事に入る前にやっておいてほしい事はあるか? 何か装備が欲しいとか?」

 

 周はそう尋ねるが、そもそも、基礎となる技術レベルが、この地球や周辺の宇宙文明圏より高い彼女達だ。しかもリープタイプは、頭脳体単独で自己の船体の改良再建が可能に創られている事もある。中でも暗殺機として運用されていた彼女は、船体と資源さえそろっていれば、よほど特殊な物を除いて大抵は自作が出来た。

 

「基地、ぐらいか?」

 

「それから船体は、早めに出しておいてほしいな」

 

 如何に人の形をした頭脳を持っていても、彼女たちの本質は宇宙船である。船体を閉鎖空間に繋ぎっぱなしで宇宙(そら)も飛べないのではストレスも溜まると言うもの。また、リープタイプは基本的に単独での長期運行が可能な仕様だが、使える港湾施設があるに越したことはないのも確かだ。

 

「銀河外縁方向に創るのと、地球圏内に創るのとどっちがいい?

 圏内なら動かすのは最小限、圏外なら、行き来は小型高速艇になるが、向うで動かす分には多少派手にやってもかまわない」

 

 地球圏に接するこの宇宙の星間勢力は、オリオン腕を主な版図とし、ゲスト(ゾガル)インスペクター(ウォルガ)と言った勢力が属する共和連合と、ペルセウス腕を主な版図とし、「それも私だ」で有名なユーゼス・ゴッツォを派遣したゼ・バルマリィ帝国が存在するが、どちらも地球を最辺境とし、主に銀河中心方面に勢力が分布すると言う点で共通している。

 なので、大っぴらに動ける拠点を作るのであれば銀河外縁方向、中心方向に作るのであれば、地球圏内であろうがなかろうが隠密航行が基本となるだろう。

 

「その条件なら圏内だね」

 

「ああ、船体から離れるのはやはり落ち着かない」

 

 そんな周の問いかけに、ゼルルゼは迷いなくそう答えた。とすると、現地人構成員の受け入れ施設も共同で、地球上に作るのが一番手間が無い。そう思案を巡らせて、青年は口元に笑みを浮かべた。

 

「……なら、海底に都市艦でも作るか」

 

 宇宙船にするであれば、何億年もの間にアマニが設計し、多くの場合は歴史との乖離を恐れて涙を飲む事になった多量の船のデータが活用できるし、地球連邦を本格的に敵に回したり、地球人類が敗北したりと言った、恒星間移民船が必要になるケースも考えられる。大前提として、表向きの本拠地には、銀河間移民船としての能力は必要だろうと一人頷く彼に、その船は、ウンソウダネと、生返事を返した。そうだろうそうだろうとそれに頷きを返し、周は必要な要素をリストアップする。

 大前提として必要なのが、銀河間航行機能と、中型艦――ここでいう中型は、数百m級の宇宙船を言う――複数の製造・整備が可能な桟橋、或は、ドック。それから、最低限万人を超える人類が生活可能な都市機能と、それ以上の人間を収容可能な運搬能力、地球及びその歴史、技術情報のアーカイブは必要だ。また、これが移民星の首都として何千年と用いられる可能性もある事、構成員たちを地球勢力と敵対させる可能性がある事などから、閉鎖的である事は望ましくなく、また、棲む者達が誇りとするような偉容(ワンダー)も持たせたい。

 そんな条件を元に宇宙船フォルダを検索すると、幾つか該当しそうな船体や技術データを発見できた。それを頭の中でこねくり回して、完成したデータを脳内シミュレータで運用テスト、そのデータをもとに更なる改良を施して……。

 

「よし、これで行こう!」

 

 そう決断を下して、彼がゼルルゼにデータを投げ渡したのは、それからたっぷり一時間ほど後だった。因みに、都市艦の設計時間と考えると異常なほどに短いが、ブゥアー基準のフルスペックに近い改造伝承族の能力を勘案すれば相当な時間である。

 

「……アマニ、これ、本当に造る気?」

 

「いや、アンタの言う事だから造れるだろうし、性能も高いんだろうけどさ」

 

 その艦は半径一㎞の半球型で、平面部の縁には高さ百mほどの壁が、中心からは半径と同じ高さの塔が突き出していた。

 平面上に都市があり、塔の頂上から外縁迄を力場固定された透明な液体金属の天蓋が、丁度ガチャポンのカプセルの様に覆っている。

 

「都市の天蓋が威圧的だと、中の人が息苦しいだろ? だから、バオンの流体操作と、レインの液体金属固定型船体を組み合わせたんだ。

 出入りする船に都市艦と同期する簡易型の力場発生器と流体操作器を装着する事で、蓋を開けずに出入りできるし、バリアー伝導装甲を兼ねた液体金属固定力場の出力は要塞艦基準だから、星系規模破壊攻撃位なら普通に耐えられる」

 

 周は、上機嫌な様子で水中環境適応型リップタイプ、液体金属船体のリープタイプを挙げ、艦の説明を始めた。内心“透けた天井は心許無く感じられるのでは”と思うゼルルゼだったが、かなり長い付き合いなだけに、ここにコメントを差し挟む愚は心得ている。

 

「機能的には半球部に攻撃機能、塔とその基部に空母機能が集約された大型攻撃空母になる。

 塔とその周辺区画、外周を六分割した区画が、それぞれが独立した恒星間航行能力を持っているので、状況に応じて分離合体して配置を組み替え、間隙を液体金属で繋げると言った運用も可能だ」

 

 そして、彼女のそんな悲しい適応を、彼はアマニと同様に、話を聞いていると判断したようだった。ゼルルゼは、弁舌滑らかに捲し立てる青年のその顔を、眺めてわずかに口元を歪める。餓鬼っぽい…と言うか、見つからにオタクな彼が密かに抱える悩みを知ったなら、きっと今の彼女はただの一言、“お前が、アマニ以外の何者かであるものか”と、斬り捨ていた事だろう。

 

『悪くない船長なんだが、話の長さと船への拘りの強さがな』

 

 左右共に同じく困ったような笑みを浮かべて、ゼルルゼはその話が終わるのを待った。彼女の船長も、無意味にただ自慢話をしている――もちろん、それも密かな楽しみなのだろうが――わけではない。無味乾燥のデータではなく、実際の運用や目指す物のイメージを伝える事で、異なる視点発想からの評価を、特に、工作側、攻略側からのそれを、ゼルルゼ・リップに求めている。だからと、与えられた多量のデータとその運用イメージをすり合わせ、評価し、攻略法を考えていた彼女は、それを聞き逃した。

 

「……と、言う事なんだが、良いんだな?」

 

「へ?」

「へ?」

 

「聞いてなかったのか? ゼルルゼ号の話だよ」

 

 これから制作する基地の話かと思えば、まさかの自分の船体(からだ)の話。キョトンと並ぶ二つの顔に周はその口元に苦笑を浮かべた。

 

「ごめん、基地艦の事考えてた」

 

「一言で言うと、ゼルルゼ号は天蓋に対応してないし異質過ぎて目立つから、ガワ被せて偽装して良いかって話だ」

 

 新規設計艦なら兎も角、最終決戦仕様の真ゼルルゼ号――反乱軍や統一軍に出向中は、偽装に旧型艦を使っていた――に、低スペックの流体制御や液体金属固定力場関連機構を押し込むのは、無駄な上に無理が大きい。元よりゼルルゼ号には火器の類は少なく、通常の戦いには向かない事もある。必要な装備や汎用的な武装を積んだ偽装を、上に被せても構わないかとの問いかけに、彼女は良く考えずに頷いた。

 

「ん、じゃあ、コイツと切り離して……いや、こっちでやった方が早いか?」

 

「わかった手動操作装置を立ち上げるよ」

 

 ゼルルゼが、二つに分かれた身体を爪から切り離し、それぞれの手動制御装置を立ち上げると、

 

You have control(いつでもどうぞ)……」

 

 周が、その二つを同時に掴んだ。

 

「……I have(掌握した).」

 

 双子の天使が肉の大地に突き立つ楔を手放し、滑る様に宙を飛び上がる。そうして向かい合う形で片手を伸ばし、その掌を繋いだ。すると、その周囲に陽炎が揺らめき、それは瞬時に形を成して機械の触手の如くに天使を取り巻き、絡めとる。

 

「ファッ!」

「ファッ!」

 

 幾ら生身の肉で構成された人形であっても、ゼルルゼは船の頭脳体と呼ばれる種のビメイダーだ。船はその体そのものであり、そちらに何かがあれば、それは感覚として彼女にも伝わる。

 その意外な有様と、その視覚的・触覚的衝撃にゼルルゼの二つの体がピンと立ち上がり、全く同時に驚きを上げると、その船体(からだ)を取り巻く機械の触手は、収縮してその体を這いずり、双子の天使を包み込む一つの船体を形作った。

 

「ヒィアン!」

「ヒィアン!」

 

 少女が自分の体を抱きしめ、悲鳴とも拒絶とも嬌声ともつかぬ奇妙な声を漏らす。重ねて言うが、二体の船体は彼女の体だ。船体が受けた刺激は、感覚を人間のそれに変換、頭脳体に共有される。それに対して周が今行った事は、偽装(ふく)を着つけると思っていた少女の体に組み付き、その深い所に自分を押し込んで繋ぐと言う、人間に例えれば何とも言い訳の使用が無い醜行であった。

 

「よし終わっ……」

 

 そうして再び艦橋に視線を戻した青年が見たモノは、その床に座り込み己が体を抱きしめ涙目で震える二つの少女の姿。

 

「……どうし」

 

 その有様に疑問符を浮かべ、そう尋ねかけた青年の余りのデリカシーの少なさに、ゼルルゼがその二つの身体で本気の一撃をくれる気になったのは当然と言って良い。(ましら)の様に――と評するのは女性に対して失礼かもしれないが、蹲っていた二つの一人は、まさにそのように、人間を越えた身体能力で壁となく天井となく足場にすると、周を挟み込んで攻撃を仕掛けた。

 尤も、不老超再生の細胞に未来予知、念動障壁と、彼女の知るアマニにはこの程度の攻撃など欠片も通じる筈もなく、また、長く人間を離れていた為に暴力に鈍感でそう言った機微にも疎い所がある。だからこれは、二人にとっては、凄く怒ってますよと言うデモンストレーションに過ぎなかったのだが、今のその体の主体である周にとっては当然そうではなかった。

 

『危ない!』

 

 そのように感じた彼の、思念(いし)が念動の防壁を形成する。それは、無防備にも飛び込んできたゼルルゼの体を受け止め、小枝でも折り取る様にバラバラに――する前に、気付いて止めたが、その時すでに、彼女は空中に縫い止められていた。

 攻撃姿勢のままに二つの顔を蒼褪めさせる少女と、そんな彼女の姿に蒼褪める青年と……。

 誰からともなく三つの溜息が連なり、丁重に降ろされ、並べられたゼルルゼに、周がその頭を下げる。

 

「正直まだ飲み込めてないんだが、なんかやらかしてたみたいですまん。

 ……だが、正直まだハードとソフトのマッチングが完全じゃないんだ。余りこちらを驚かさないで貰えると助かる」

 

 そう伝えながら記憶を掘り起こすと、どうやら頭脳体化直後の、人間らしい感覚をほとんど失ったポンコツを相手にしていた経験が、彼女達の対応をセメント化させていたらしい。まぁ、相手が不老超再生の細胞組織を持つ超級超能力者だけに致し方なしと言った所だろうか?

 

「いや、こちらこそ、ごめん」

 

「わたしの知ってるアマニのままじゃないって事をすっかり忘れてた」

 そう、頭を下げ返す彼女を身振りで制し、青年はこう言葉をつづけた。

 

「大分迷惑かけてたみたいだが、今の俺は、人間時代に仕込んだ当時の人格データと記憶を元にリブートされているようだ。だから、普通の人間を相手にしている心算で対応してもらえるとありがたい。

 ……それから、その、俺は一体、そんなに怒らせるような何をやらかしたんだ?」

 

 言葉の最後、付け加えられたその問いかけに、ゼルルゼは自分と寄り添い、互いを守り合う様に身体を抱きしめた。その顔が、赤い。アマニの記憶の中には無いその表情。

 

 ――恥じらっている?

 

 そんな風に感じて、周は首をかしげる。彼女が恥ずかしがる様なナニカが、あっただろうか? そう、考えた。しかし、覚えがない。

 何しろ、件のナニカが起きた瞬間の彼は、ゼルルゼの偽装に、合体分離が可能な通常動力艦を建造中だったのだ。覚えがある筈がない。

 

「いや、その……リープタイプ系列の船の頭脳体はな」

 

「船のセンサーが頭脳体とリンクしていて、受けた刺激が人間の、だな」

 

 言わずもがなの内容に怪訝な顔を作った周が、ハッと気づいたように口を大きく開いた。その顔が一気に上気する。

 ダード・ライ・ラグン――種族全てがマッドサイエンティストと噂される知性体“ライ族”の研究者が、リープタイプの番として作った、純戦闘用雄性体ビメイダー。

 彼が物語中に初めて登場したエピソードにおいて、彼の船体との合体を強いられたリプミラ号のコマには、それと重なる様に裸で抱きとめられるリプミラが描かれていなかったか? もしあれがリプミラの受けた感覚の表現だったとして、先の合体をそれに当てはめると……。

 呑み下した苦い空唾に、青年の喉がゴクリと鳴った。

 

「いや、ごめん。本当に……」

 

 朱に染まる顔を掌で抑えて、そんな言葉を絞り出した周に、ゼルルゼの顔もまたその色付きを深める。彼女にしてみれば、部屋飼いのペットの前で着替えだのなんだのしていたら、それが実は、姿を変えられた同族の男と判明、しかも元の姿に戻ったようなものである。

 その上彼女の場合、相手に自分のデータを何から何まで、下手すると本人よりも詳しく把握されている上に、漸くその意味に気付いたその男が、赤面したままこちらに目を合わせられないでいるのだから、それは尚更だ。

 向き合ったまま、互いに視線をそらし、何も言えずに押し黙る事、暫し……。

 

「……その」

 

 はぁと重い息を吐きだし、周は固まったままの彼女の顔にその視線を向けた。

 

「あ、うん」

 

 途中で途切れた言葉と、歯切れの悪い、その答え。

 青年はきまり悪げに、困ったような、歪んだ笑みを浮かべると、なんだな、そんな呟きを、やっとその舌に乗せた。

 そうして一旦舌が動けば、あとは何とか続けられる。始めは小さく、徐々に普通に、口が開いて、声が出た。

 

「なんだな……その、取り敢えず、先に、基地を造りにいかないか?」

 

 

 

 




ゼルルゼ「異種族のオモシロ黒人枠弄られ系船長だと思っていたら、年下の男の子にクラスチェンジしたでござるorz」


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伝承族(rya

感想があったので、お礼代わりに没にするか迷ってたのを取り敢えず投稿。
横道にそれたっきり変な方向に流れそうになったので、没にするか悩んでそこで止まってたんですよね。


 

 彼の通う大学、その校門前広場には、待ち人が三々五々と、いささか躁に偏る低い騒めきが、常にふらふらと行きつ戻りつ。

 目の前の、そんな光景に口元を緩めて、周はふと、空を仰いだ。強い春風も今日は収まり、空高くの薄曇りを除けば、そこには一面抜けるような青空が広がっている。うららか、というには少々そわ付くその雰囲気を、暖かに包むその空気が好ましい。

 尤も、改造伝承族の頭脳体(いま の かれ)にとっては、外気温が絶対零度であろうと、数十億度であろうとそう変わるモノではないのだが、それでも人間に合わせ調整されたその身体感覚は、行き過ぎる穏やかな風を好ましく感じさせた。その感性を失ってはいけないのだと、ふと、思う。自分は伝承族“アマニ・オーダック”ではなく、その力を持った人間“大滝周”なのだから。

 

「だいぶ暖かくなったなぁ」

 

 手持無沙汰な人待ち時、青年は同じように人待ちをする人々の中に紛れて、ほうと息を吐きだす。

 あれから、三か月の月日が流れた。とは言え、アマネを取り巻く状況は、まだあまり変化していない。

 ブゥアーの解析は順調に進んでいるものの、何しろ、一抱えで宇宙一つ記録できる惑星サイズのデータバンクだ。元のデータ量が膨大すぎる為に全体としてみれば、それは牛歩の歩みと言って良い。

 尤も、データの解析と吸い出しの済んだ細胞は、適宜処理に回している為、今後処理速度は加速的に増加していく……と言いたいところなのだが、そも最終決戦時点でのブゥアーはガス欠寸前な上、その能力の全開使用は余りに燃費が悪すぎた。情報処理は燃費重視で、それも処理の終了した細胞の一部をバランス良くエネルギーに変換し、食いつぶしながら進めなければ後が続かない。それでも、本来の運用と比べれば消費量は大幅に少なく、且つ、処理が進めば進むほど減少していく計算になる。補給無しでも多少は余剰が出る計算のが不幸中の幸いか。

 

『もう少ししたら一区切りは付く。そしたら一度戻って、色々と手を加えんとなぁ』

 

 地球における本拠地として設計した銀河間移民艦“アブズ”は、現在建造中。暫く付ききりになれば一息に建造する事もできたが、今はまだ、179年に立て続けに発生し、地球人にその存在を知らしめた異星文明の干渉事件から、まだ二年たっていない時期だ。

 対異星文明用に開発され、今後発生する多くの戦いを彩る人型兵器群も、その第一号(ゲシュペンスト)がトライアル中と言った状況で、人員補充の当てであるスクール設立まではまだ時間的余裕がある。

 そこまで急ぐ必要は感じられない為、自ら手掛けるのは基幹部分と艦体を統括するビメイダー達に留め、残りは自己修復装置に任せていた。なお、艦体の建造にビメイダーの全員は必要無い為、留守居と連絡役以外の個体は全て、軍を始めとした幾つかの組織に潜入させている。

 ゼルルゼの戸籍同様、記録の改竄に関係者への記憶の植え付けまで行って捩じ込んだ為、偽装がバレる心配はない。ないのだが、彼等がまだ、人生経験の経験値が少ない生まれたてである事実は変わりない。ある程度成長したビメイダーのデータを基に創りはしたし、性能的にみて大きく傷付く可能性はゼロに近しい。だがそれでも、定期的にしか手助け出来ない現状には、少々の不安がある。

 

「……はぁ」

 

 しかし、幾度見回したとてそれが減る筈もなく、彼が思わず溜息を漏らすと、軽い足音、ふうと重なる二つの吐息がそれを追い掛けた。

 

「よう、二人とも、意外と早かったな」

 

「リミッターさえ無ければ、もう少し早かったさね」

 

「……そう言う訳で、ここが男の甲斐性の見せ所だよ」

 

 振り返り、そう声をかけた視線の先で、瓜二つの白皙二つがにんまりと笑う。

 そうして、銀の髪の二つの一人は、手にした大きな紙袋、それぞれ一つの合計二つを、目の前の男へ差し出した。

 それを受け取り、ずっしりと指に食い込むその重量に僅かに眉を顰める。

 

「……これ、こんなに重かったか?」

 

 この世界の彼を知るため、その過去を観測した際には、もっと軽々運んでいるように見えたのだが……。

 

「さてね、私等は去年を知らない訳だし」

 

 返る言葉に、アマネならざる周は首をかしげながら、母校に今年進学してきた新入生二人を交互に見遣った。

 それ程堅苦しくはないが、非礼にならない程度に服装を整えたゼルルゼに、馬子にも衣裳だなと本日何度目かの苦笑を浮かべる。

 

「しかしまた、データで送れば済む物を、なんでこんな紙束にするんだろうねぇ」

 

「この惑星(ほし)の電子通信網や大規模情報記録媒体は、まだまだ脆弱で寿命も短いからね」

 

 アマネと周の二つの世界を分ける差異は多々あるが、裏を知らない一般日本人の視点でその分岐点を挙げるなら、まずは2011年、“東日本大震災(3.11)”との置き換わりで発生した“東京大震災”。そして、その翌2012年、モスクワとニューヨークに落着し、両都市を壊滅状態に陥れた、恐らくは地球外知的生命体の産物であろう二つの大型隕石“メテオ1”“メテオ2”及び、それに端を発し、世界中の電子通信網を分断、破壊、貴重なデータの多くを永遠に消し去ったネットワークインフェルノの二つだろう。

 この二つの事件、特にその後者により、こちらの日本では周の現実よりも、電子通信技術や記録媒体、大規模送電網に支えられた社会への不信が根強く、物質の情報に対する信頼が強かった。恐らく、SRW世界に自動兵器が少ないのも同じ理由なのだろうが、ともかくその結果、旧西暦にして22世紀の終わりにあたる今日でも、比較的、紙――流石にパルプ紙ではないが――の書類や本が幅を利かせている現実がある。

 特に、新しい技術や知識を開拓し、それを後世に残す事を本懐とする学術系組織にそれは顕著で、今日でも学期初めの大学生、特に先達との縦の繋がりができていない新入生は、多量の通達や資料、必修科目の教科書の山に悩まされるのが常だった。

 

「……そんなもんかね」

 

「そりゃ、もう二世紀近く前の話だし、不満に思ってる若者も多いだろうがなぁ。

 そもそも地球連邦そのものがメテオ1、2の被害から生まれたモノだし、可能性に備え、企業や個人にできない事をするのが政治ってものだ。

 ま、流石に宇宙じゃ、もう少し効率的になっているらしいがね」

 

 庶民感覚の政治などナンセンス。元より100年後、200年後を見据え、目先の利潤を追求する個人や企業にはできない、大局的な視点での資本投下を行うのが政治家の仕事だが、中でも各国政府の上位にある地球連邦という組織は、2012年の大災害を根源に誕生した歴史を背負っている。

 そう、国連と言う枠組みを壊し、より強固な地球連邦へと組み替えるだけの破壊が、その時に起きたのだ。

 あの惨劇を二度と繰り返さない――その堅固な意思は、設立二百年に迫るする今でもこの世界に根強く染みついている。

 

『コロニー自治の否定、メテオ3落着からのEOTI機関の設立、PT、AM開発、スクールの開設と人体実験容認の迅速な流れ、アースクレイドル、ムーンクレイドルの建造。

 あのEOT特別審議会の選択も、多分、それが根底にあるんだろうな』

 

 ――制宙権を握られた結果、どんなに恐ろしい惨劇が起きうるか?

 

 その経験を、この世界の人類は持っているのだ。

 2年前、地球外文明の産物であるセプタギン――第三の巨大隕石(メテオ3)と呼ばれるそれ――の落着を防げず、それが数段進んだ文明の産物と知れた時点で、彼等が逃げ腰になったのも当然と言えるだろう。

 誇りを守る為、人類絶滅の引鉄を引く可能性のある選択を採る等、一つ間違えば自殺と変わらないものだ。それを強く主張する政治家等は、ほとんどおるまい。

 

「で、これが(・・・)その政治の結果ってわけ?」

 

 二袋分の紙束に白い目を向ける二人の少女の姿に、周は頷く。

 

「……ああ。だがこれはむしろ、その結果の社会の歪みだな。

 羹に懲りて膾を吹く、そう言う奴だ」

 

 そう苦笑で答えると、彼はその表情を直ぐ渋面へと切り替えた。その傍ら、彼女の目にも微かな怯みの色が見える。

 式に出た学生達の、先陣を切り戻ってきたゼルルゼの、その姿はこの日本に在っては余りにも珍しい。色彩だけでも悪目立ちする二つが、更には鏡写しの眉目秀麗となればそれは尚更、広場を埋めるざわめきは、今や視線を伴い一所へと集まりつつあった。

 サークル勧誘区域が限定されている為、周囲は父兄ばかりで知り合いが見当たらないのだけが救いか。怯む青年と、そんな彼へと居心地悪げに身を寄せて、服の袖をつまんだゼルルゼと、二人三面、顔を見合わせ溜息を吐いた。

 

「……あー、取り敢えず場所を移そう」

 

「異議なし、急ごうよ……」

 

「……何だってアイツらは、こう人をジロジロとみるのかね?」

 

 どうやら、小心(ヘタレ)な彼女のあの先掛けは、注目される居心地悪さから逃れる為のものだったらしい。手を引かんばかりの二人を追って、周は脱兎、出来る限りの速足で校門を目指した。通常ならば、思念の投射で注意を逸らす事も叶うが、現在の彼はその能力のほぼ全てをブゥアーの解析に回している。ステルス系装備も持っていはするが、これとて衆人環視の中使える様なものではないと来れば、地道に急ぎ、その目を逃れるしか法はなかった。

 ほうほうの体で校門を過ぎ越して、取り敢えずはと一番近い角にまろび込む……と、その瞬間、ゼルルゼは彼に身を寄せ、周の腕を両側から抱え込んだ。余程視線が堪えたか、突然のその行動に、周の表情(かお)が変わる間すら置かず大跳躍。緊急時を除き、力を人間の範疇に抑えるリミッターを設けているゼルルゼだが、そんな彼女にとって、あの居心地悪い状況は緊急の内であったらしい。

 そんな三重の驚きを、周はどうにか声に出さずに飲み下し、用意していた遮蔽装置(ステルス)のスイッチを入れた。そんな彼を抱き寄せ引き上げ、二体のビメイダーは手直なビルの屋上へ向け飛び上がる。あるのはタンクとアンテナのみの、封鎖された屋上区画。音もなく着地した二つの一人は、投げ出すように主の腕を解き、涙目で胸を撫で下ろした。

 実戦部隊(リップタイプ)暗殺機(ゼルルゼ)(笑)……かつてそう悪ぶって演じる事で、どうにか罪悪感(ざいあく)を呑み下していた小心者(チキン)は、服が汚れるのも構わず屋上へ膝をつく。

 

「こんな事なら、護衛用の新入りを作らせて裏方に廻るんだった」

「こんな事なら、護衛用の新入りを作らせて裏方に廻るんだった」

 

「……そこまでか?」

 

 視線が嫌で、さくと用を済ませて一番乗りが、待ち合わせに向かう中途で遇ったが、手持無沙汰に群れ成す客引きの手だ。

 カモがネギ背負っての言葉通りの、目を引く美貌の女、二人連れ。敵なら倒すなり避けるなりとやりようもあるが、基本悪気ないお祭り騒ぎの中、けんもほろろに角を立てるも気が引け、力は制限され思うように体も動かずと、彼女は相当に面倒で怖い思いをしたらしい。

 漸く合流してほうと一息つけば、再びのあの視線。大学怖い…と、涙を流さんばかりに己が体を抱きしめる二体の一人に、周は困った顔で口を開いた。

 

「だが今更、人員追加は難しいぞ?」

 

 影武者程度であれば、まぁできない事も無いが――腕を組む青年に、ゼルルゼは鏡写に二つの右手()を振る。

 

「こっちのわがまま聞いてもらったのに、流石にそこまではして貰う訳にもいかないよ」

 

「ただ、送り迎えだけはしてくれるとありがたいかなって」

 

 縋り付かんばかりの上目遣い、そう弱弱しく答える彼女に、周は溜息を溢した。

 

「……まぁ、目的にはそっちの方が、都合が良いと言えば良いだけどさ」

 

 そもそも彼女の役目は不測の事態に備えた護衛である。バックアップにステルスドローンが控えているが、それはそれとして、彼女等は出来るだけ近くにいるのが望ましい。その為の、戸籍偽造に大学入学だったが。

 

「逆に悪目立ちするだろ、それ」

 

「そこはほら、髪と肌を目の色を変えて」

 

「帽子でも被ればそんな目立たないだろ」

 

 尤も、どう転んだにせよ彼は、学友たちからの詮索を受ける事になるだろうが。

 そんな未来を思い浮かべて、天を仰いで溜息一つ。ともあれ、ここでは駄弁っていても時間以外には何も進まない。

 周は手にした袋を床へと置いた。

 

「……服と化粧も変えて、双子には見えにくくすれば、まぁなんとかなる、のかな?」

 

 歯切れ悪くそう答えつつ、何もつけていない右手首へと左の指を這わせる。

 すると、触れた手首に幽かな金属音、天より目には映らない光が降り注いだ。そして、ふわり、彼らの体と2つの紙袋が宙に浮き上がる。

 捕獲光線(キャプチャービーム)空飛ぶ円盤(フライングソーサー)から降り注ぐ、SFでお馴染み(おやくそく)のガジェット。それが彼らを宙に吊り上げていた。洒落度100%のデザイン――荷を掴まえた自動警護機(ドローン)が、滑るかの様に宙を行く。

 

「ともあれ、一旦落ち着こう」

 

 その言葉に一度(ひとたび)唖然、直ぐに吊り下げるそれを見上げて、彼女は我に返ったか恥ずかしげに俯いた。

 

「まさか、アマニに落ち着けと諭される日が来るなんて……」

 

 そして周は、その予想外の返しに苦笑い。二人を下げた円盤は、そんなやり取りを続ける間にも一つ二つと区画を飛び越え、やがて町中を流れる小さな川の、その川沿いに居並ぶビルの古びた一つへと。その屋上へと一飛び近付き、そこで止まると、吊り下げた荷をゆっくりと下ろした。

 かつての持ち主の趣味だったらしい、緑化され小さな庭となったその屋上は、昔も今も、解放された公園めいたスポットになっている。尤も、その当人がいなくなった今では古び管理が行き届かずに、わざわざ来る物好きも珍しい、そんな場所になってしまっているのだが。

 ともあれそこは、この都市では貴重な、気軽に離着陸が行える場所であり、それが彼等がこの古びたビルを選んだ一番の理由になっていた。

 荒れ気味の屋上とは裏腹、こちらは掃除の行き届いた螺旋階段をコツコツと降り行き、一階入口手前側に据え付けられた店舗の扉を開く。

 キン…と、時代がかった鐘音が一つ。来客を告げるその澄んだ音に、入って右側、カウンターに立つ老爺がこちらへと目を向けた。

 

「おや、おそろいで」

 

「こんにちは、ダイキョーさん」

 

 会釈するマスターに、周がそう言葉を返すと、後に続いたゼルルゼも、無言、その頭を軽く下げた。

 そうして扉を潜ると、そこは古びた食堂車と言った佇まい。両端と四隅に扉のある細長い部屋に、低くアールの掛かった木板の天井。その両端を残し、入り口側にカウンター、奥側にボックスシートのテーブル席が、それぞれ据え付けられている。

 

 カフェバー、長距離列車(Longdistance-Train)

 

 かつて存在した路線の長距離特急を模したその内装は、騙し絵的に作られた部屋と映像により、ビルの前後より見るからに長く感じられた。

 ゴトン、ゴトンと、定期的にレールの継ぎ目を抜けるタイヤの音を慣らす床下スピーカーと、ボックス席側の窓――に見せかけた画面――に映し出される、かつて存在した路線の車窓の風景。

 老店主の道楽だと言うここは、特異な環境音をBGMとしたレトロな雰囲気を楽しむ、落ち着いた雰囲気の店だ。広い店舗を車両幅に合わせて仕切り、空いた空間に機材を仕込んだこじんまりとした造りで、モチーフと比べどうしても物足りない奥行きを、錯視を利用した構造や塗装と映像投影による拡張現実(AR)で、見た目だけ近づけている。

 二人は、そんな店の奥に進むと、近付けば判る様に作られた投影像と、その奥に見える壁とを迷わず踏み越えた。

 

「え?」

 

「を?」

 

 そんな彼らの姿に、店内幾つかの席から驚きの声が上がり、店主は苦笑、こう口を開く。

 

「狭いですし粗も見えますので隠しているのですが、そちらに幾つか、カウンター席があるのですよ。

 満員の時以外にはお勧めしないのですが、中には、舞台裏みたいで面白いとそちらを好まれるお客様もおられまして……」

 

 そんな説明を聞き流し、周達はカウンタ最奥の指定席に腰かけた。すると店主は、ほうほうと聞き耳を立てる物問いたげなお客様方に、苦笑のままに軽く一礼。さりげなく盗聴防止装置(・・・・・・)を作動させると、何食わぬ顔でカウンターに水を置き、メニューを手に取った。

 

「いらっしゃいませ、アマニ様、ゼルルゼ様」

 

 投影された虚像の向こう、そう恭しく頭を下げると、二人の前に水を置く。

 成功した老店主の第二の人生……と、言う事になっているこの店は、その実、構成員若干九名の新興零細組織の出先機関である。その店主も、本来はアブズを統括する頭脳体(ビメイダー)の一人であり、建造中の拠点や潜入工作中の仲間達との連絡要員及び、現状、能力の大半を封じられた彼等の創り主の補助を目的に、この店に常駐していた。

 

「ミックスサンドと珈琲。銘柄は任せるけど、苦くて甘いのを頼む」

 

「フルーツサンドとオレンジジュース」

 

「クリームサンドと、ホットの紅茶、お勧めで」

 

 口々に注文を告げる二人に、店主は手にしたメニューを手挟み、古風な紙の伝票にペンを滑らせる。音声認識やAR操作で注文が終了するこの世界、この時代にあって、これは凝り性の店主とその拘りの店を演出するただのパフォーマンスに過ぎない。だがそんな店主の姿に懐かしい故郷を感じて、周は微かにその口元を綻ばせた。本来、基地施設の機材や人の出入り、連絡通路の為の空間に疑念を持たせない為に考案され、今後、保護した人間の働き口になる可能性からと、真面目に行っているこの飲食店業だが、或はその本質は、彼の望郷にあるのかもしれない。

 ともあれ、二人三体荷物を置いて、水を一飲み、ほうと息を吐き出した。

 

「あー、意外と疲れるね、コレ」

 

「あたしら裏方は、式典の類とは無縁だったしね」

 

 口々に言って、首元を大きく寛げるゼルルゼに、周は自然引き寄せられて、ついと目を逸らす。そんな船長の姿に、ゼルルゼは一瞬目を大きく丸めると、顔を朱に染め己が胸元を両手で抱えた。

 

「ちょっ、そう言う反応されると、恥ずかしいんだけど」

 

「そうだよアンタ、そもそも私等の裸なんて、見慣れてるだろ?」

 

 船体の改修に、頭脳体の調整、戦闘時の装備脱落等、アマニは幾度となく彼女等の裸を見ているし、そのデータを隅から隅まで持ってはいたが、昔と今では中身が違う。今の周の人格は、伝承族になって数十億の時を過ごして、最早人の感覚も失い果てたあの頃の彼では無かった。

 

「……わ、悪い」

 

 彼女のその可愛らしい反応に、彼は頬の朱を深め、結果二人は、互いに視線を逸らしたまま黙り込む。そのまま暫し、何万年遅れの思春期だと言うようなその反応は、彼等の部下が注文の第一陣、ジュースとサンドウィッチとを持ってくるまで続いた。

 

「お二人ともどうなされました?」

 

 何でもないよ…と、訝しむ部下に手を振って、二人、ばつ悪げに顔を見合わせる。

 

「この話題は不毛だから、もうやめよう」

 

「あたしも、今後はもう少し気を付ける事にするよ」

 

「……見てるのも、アンタだけとも限らないしね」

 

「ま、見た目さえ変えれば、今日みたいな事はもうないだろ」

 

「そう言うけどさ、あたしらが見た目を変えたり……」

 

「……別行動するって、あたしらにとってはあんまり良い事じゃないんだよ」

 

 ゼルルゼは、二つの体を持つ一つの意志だ。けれどもそれは、常に二つが繋がっていると言う訳ではない。二つの情報を定期的に交換し合って、均等に延ばしての二体一心。別の服装、別の行動は、各々の個性化を招き、統合時のノイズになり得るものだった。

 基本のアーキテクチャからそれ用に成長している彼女は、それ程軟な造りをしているわけではないが、それでも、日常から別の服装でバラバラに行動する事に対する忌避感自体はある。

 

「とは言え、必殺技(デンジャーノイズ)も機体構造も、もう原型とはかなり変わってる。別に分化して悪いってわけじゃあないだろ?」

 

 元々が、周囲一帯の活動中のコンピュータ全てのデータを消去する特殊兵装、“デンジャーノイズ”に適応する苦肉の策として生まれた二体一心だ。伝承族の技術と、アマニが独自に蓄えた数十億年の知識により魔改造が施された今のゼルルゼには、既に必要のないギミックではあった。今まで通りの、二つに分かれる一つの船ではなく、マップスの続編(ネクストシート)に登場したデニーとレニーの様に、一つに合体する二つの船と言う形式でも特に問題ないだろうと周は考える。

 

「こればっかりはね……」

 

「……これはもう、ゼルルゼの普通だからさ」

 

「ま、この世界には伝承族は居ないからな。セプタギンでパルマーは大体分かったから、後はゾヴォークの技術水準さえわかれば、向う側に察知や妨害されないリンク装置も作れるさ。解析が一段落したら、一旦戻って細々としたことを済ませるから、その時まで待ってくれ」

 

「いや、それはそれで……」

 

「……むしろそっちのが怖い気がする」

 

 分化にせよ、常時の標準化にせよ、存在の在り方を変えると言う意味では同じ事。身を抱えて体を震わすゼルルゼに、周は溜息を落とした。

 

「じゃあ、どうする?なにか案があるならそうするけど」

 

「いや、別に無茶振りしてるわけじゃないんだよ」

 

「……これはただの愚痴さね。大人しく聞いといてくれればそれでいいんだ」

 

「……そう言うもんかね」

 

 女の考える事は判らんと顔を歪めるその姿に、少女は少し困ったような、懐かしいような、そんな表情を作る。

 凝った作りの店の天井を眺めて、ふと、こう呟いた。

 

「人に戻っても、その宇宙船(のりもの)狂いと……」

 

「……人の心が判らない所は変わらないね」

 

 とは言え環境もあり、最近の興味はロボにシフト気味ではあるが……。

 

『……いいよね、プロジェクトTD機とか。

 変形・合体する理由がさっぱり分からないけど。

 重心がどうのったって負荷に見合わないし、作業用ならグラップ――ああ、いや』

 

 周は、隣の視線を追い掛ける様に、自分の設計した店の天井を見上げた。

 

「……。

 三つ子の魂百までと言うけどな。こればっかりは五十億年過ぎても変わらなかったよ」

 

 この店にしても、機材や隠し通路の為の空間を自然に確保する目的の構造だが、それに彼の趣味が全く関わっていないかと言われれば嘘になる。

 周は無言、顔を落とすと、いつの間にやら置かれていた珈琲へと手を延ばした。一口を口に含む。これは、マンデリンだろうか? 豆の甘みと深入りの苦みとを口の中で膨らませると、喉奥に送り込んだ。アマニであれば一瞬で判別がついたのだろうが、殆どの能力を解析している今の周には、曖昧に似た味を思い浮かべる事しかできない。けれど……。

 

「……変わらないんだ。きっと、その位では、さ」

 

 けれどもし周が、その能力を十全に扱えたとしても、いや、仮にその意識がアマニのままだったとしても、この珈琲の味を変わらず楽しめただろう。楽しんだだろう。その味を噛み締めて、そう呟いた。

 

「……そうだね」

 

「うん、きっとそうだ」

 

 それから二人、無言で目の前の物を口にして、食べ終えて、最後の飲み物を干してやっと息を吐く。

 

「さて、休憩はここまでだよ」

 

「アマニ、これからどうする?」

 

「報告を確認して、本部に変装道具の発注をしたら、後は上でいつもの作業だ。

 それとも、外に服でも買いに行くかね?」

 

「いや、流石に今からこのままで街中に出るのはね」

 

「大人しくユーザー対応でもしてるよ」

 

 そう苦笑いで答え、ゼルルゼは肩を竦めて大きな溜息。

 

「けどまさかあれに、あんな反響が出るとはねぇ」

 

 この星の人間は良く判らない――遠い目をする二体の彼女に、周はにやり笑みを返した。

 

「勝算が無きゃ、あんなことをは言いださんさ」

 

『そもそも、元々が、娯楽(ゲーム)の世界だしな』

 

 口に出さずにそう続け、浮かべた笑みを苦笑へと変える。

 

「流石に、ここまで食いつきが良いのは予想外だったがね」

 

 趣味と実益を兼ね、彼が幾つかのコミュニティにまいた種はあっという間に芽を出した

 とは言えたかだか三か月のこと、大きな動きと言えば、まだ小さなゲーム系サイトの取材を受けた程度だが、ソフトとその作り手への注目は順調に伸びているらしい。

 今月になって、体験版拡張パックとして配布した、PCとその母星系関連システムも好評で、これだけで十分遊べると、ダウンロード数は加速度的に伸び続けていた。

 試走の時間制限があり、惑星にもまだ降りられない程度のものだが、グラフィックの質が良く母星系自動生成システムのバリエーションも豊かな為に、宇宙航行シミュレータとして充分楽しめるのだそうだ。

 

「で、次のイベントも考えてるんだろ?」

 

「ああ、未来のチーキュ連邦を動かすのは君の船だ!キャンペーンってのを企画してる」

 

「なんだいそりゃ?」

 

「デフォルト母星系設定に地球モチーフが二種類あるだろ? 太陽系と、チーキュ連邦」

 

 これの前者は、大滝周の生きた地球を模した惑星で、偶然手に入れた異星文明の宇宙船で地球を飛び出す少年少女と言うレトロSFなシナリオの舞台。後者は、普通に恒星間文明に成長した地球を舞台としたノーマルシナリオが予定されているのだが……。

 

「チーキュ連邦の宇宙船を募集するんだよ。体験版の宇宙船製造システム使って作ってもらったのを、レギュレーションごとに区分けしてさ」

 

「ふーん、ま、いいんじゃない?」

 

 なお、賞を逃した船も、デフォルト船舶メーカーの船舶として登録されるかもしれないので、OKの場合は……とする予定である。

 別に全部周が設定してもいいのだが、同一人物の設計だとやはり思考が偏るからね。

 

「流石に一から設計する方で宇宙船応募してくる馬鹿はいないと思うけどねぇ」

 

 なお、結果から言えば馬鹿はいた、少なくない量の。

 そしてゼルルゼは、その優秀作品の中に、フィリオ・プレスティやロバート・オオミヤ、ジョナサン・カザハラ、ビアン・ゾルダークと言った名を見つけ、この惑星バカばっかりだと溜息を吐く事になるのだが、それはまた未来の話である。

 

 

 

 



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天地を掴むその両足に 冒頭部

下克上ニンジャアクション系モンハンファンタジー(予定)。


 ふと気が付くと夕暮れ時、祭囃子の中にいた。

 足下には石畳、周囲には一方へと歩む沢山の人々、遠くから花火の上がる音。

 周囲を見回すと、どうやら両脇を沢山の露天に囲まれた、神社の参道か何かを歩いているらしい。

 行く人ばかりで戻る者がいないのは、先に別の道があるからだろうか?

 奇妙なことに、連れだって歩く者たちは一組もなく、皆何かを探すように傍らの露天を眺めながら、ゆっくりと歩み、流れていく。

 

 ここは何処だったか、何故ここにいるのだろう?

 

 考えても、頭に霧がかかったようで答えは見つからず、けれども不安はなく薄明かりの中穏やかで――ふと、胎内巡りという言葉が頭に浮かんだ。

 それは、日本の仏教寺院の幾つかに存在する、輪廻転生の流れに見立て装飾した洞を巡る事で儀式的に生まれ直すと言う、一種のアトラクションである。

 その気付きに足を止め、周囲を眺めてみれば、周りを歩く者たちは皆一人、けれどもその顔は穏やかで、その瞳にはなにかの期待と微かな不安とを宿しているかのように見えた。

 そんな光景に、そうか、皆生まれ直すために一人で歩いているのか、だから戻る者はいないのだなと、奇妙な納得が心を満たして、何故だかとても嬉しくなった。

 そうしてなにか、ここを通った証がほしくなり、道々の店へと目を向ける。

 その喧噪にも関わらず、それらの店は客も店主も物静かで、何かピカピカしたコインをやりとりしているようだった。

 ああ、そういえばそんなものもあったかと、ポケットの中に手延ばす。

 そうしてつまみ出したものは、一枚の銀色のコイン。

 それは、暖かな灯明を受けピカピカと輝いて、片面にはスポーツウェアらしき服を着た若い男の胸像が、もう片方には生没年と思われる年号と、読めない文字で記された文章の一節が刻まれていた。

 見ていると何故か胸が痛くなるそれを、しっかりと手に握り込んで、建ち並ぶ露店を眺める。

 店員たちは皆、身体のラインを隠す揃いの服に、鉱物や動植物を象った面を被っていて、ここからでは性別や歳格好は見て取れず、彼らの座る毛氈の上にも商品らしきモノはなにも見あたらない。

 

 ……これではどの店に並んで良いのかわからない。

 

 困り果てて見回すと、人に溢れたこの参道に、ぽっかり空いた空隙が見て取れた。

 怪訝に思って近づくと、そこは一つだけ一人も客のいない露店の前。

 小柄な、鳥を象った仮面の店員が、他と同じく空っぽの毛氈の真ん中で、しょんぼらと俯いているのが見えた。

 

「……すいません、この露店は何を扱っているのですか?」

 

 たまらずそう声をかけると、小さな――本当に小柄だ。下手をするとまだ小学生くらいの子供かもしれない――店員がこちらに向かって頭を上げる。

 

「あ、はい、ここでは大地の杖の加護を授けております」

 

 そう答えた声もまた、外見の印象を裏切らない稚さ。

 仮面でくぐもり、男女の別も付かないが、もしかすると、外していても区別の付かないような年なのかもしれない、そう思った。

 

「籠、ですか?」

 

 そう返し、もう一度露店を見回すが、やはり商品らしきモノは見あたらない。

 

「いえ、籠ではなく加護ですよ」

 

 なるほど、神社のお守りのようなものか?

 家内安全とか、学業成就とか、この店の列は、それぞれ異なる加護を、参拝客に授けるものらしい。

 

「その、大地の杖というのは?」

 

「大地の杖の加護を得た者は、たとえどんな場所でも足を踏み外すことも、滑らせることなもく、常に盤石たる大地の支えを受けることができます」

 

「……それはまた、素晴らしい加護ですね」

 

 盛りすぎな感のある御利益だが、内容自体は素晴らしいものだと、素直に思った。

 けれども、その前の一瞬の沈黙と続く言葉とを、店主は逆の意味に捉えたらしい。

 

「ええ、そうですよね、地味ですよね……。

 あの、人気のある軍神や武神の加護がもう少し先にありますから、そちらに行かれたらいかがですか?」

 

「いえ、そう言う意味じゃなくてですね、こんなに凄い加護なのに、どうして他に客がいないのかなと……」

 

「気を使わなくても良いですよ。

 時折お客さんみたいな人が迷いこみますが、結局最後は、他に行ってしまいますから」

 

「いえ、本心ですよ?

 というか、アスリートとかはみんな欲しがるでしょう、これ?」

 

 何をやっているのだ――内心そう思いつつ、こればかりは本心からの釈明を続けると、ややあって店主は、また奇妙なことを言い出した。

 

「……だって、魔物と戦う役には立ちませんよ?」

 

 魔物、とはなんだろう?

 怪訝に思いつつ、一般論で言葉を続ける。

 

「魔物がどうとかは知りませんけど、常に足下がしっかりして最高のパフォーマンスを得られるって、これどんな戦いでも凄いことだと思いますよ? それとも、何か他に難点でもあるんですか?」

 

 問い返され、理解できないという風に首を捻る店主に、溜息を吐いて例を挙げた。

 

「実は地面がしっかりしてないと働かないとか、土じゃなきゃ駄目だから町の中では意味がないとか?」

 

「いえ、地面じゃなくても大丈夫ですし、たとえば元から姿勢が崩れている時とかでも、ちゃんと支えてくれますよ?」

 

「じゃあ、逆に支えられると都合が悪い時でも支えてしまうとか?」

 

「意志に反しては働きませんし、足にかかる衝撃は加護の方でも受け止めます。まず限界まで足を支えてかかる力を吸収した後、徐々に弱まって最後に、という形になると思います」

 

 ……盛りすぎだと思った御利益だが、どうやらまだ序の口だったらしい。

 聞けば聞くほど有用なその内容に、徐々に眉間に力が籠もり、皺が寄っていくのがわかった。

 

「柔らかい雪原とか泥沼だとどうなるんですか?

 足が沈んでから効果を発揮するのか、泥やフワフワな雪の上に立てるのかという事ですが」

 

「その、どっちもできます、けど、上に立つと普通より消耗が激しいので……」

 

「手は?加護が働くのは両足だけですか?

 後は例えば、木登りをしている時とか、船や吊り橋の上とかだと……」

 

「……逆立ちとかなら、たぶん大丈夫、でも、梯子とかだとなれないうちは……。

 足は、その、かかればだいたい働きますけど、その、やっぱり消耗が……」

 

 聞いた限りをまとめると、どうやらこの加護、力の続く限り、地に接した部分を支えてその反動を抑えるというもので、『地』は地面に限らず、基本的は足に働くが、これも慣れで変えられるらしい。

 質問を連ねると、うぅ…、だんだん小さくなる店主の口から、涙混じりの呻きが漏れた、が……。

 

「ああ、うん、なるほど……って、 何ですかそれ、むっちゃ使えるじゃないですかっ!

 つーか、そんなん有ったら俺が欲しいわっ!!」

 

 だがそんな有様に気づいたのは、余りにてんこ盛りなその内容にこらえきれずにそう叫んだ、その後の事だった。  

 

「ご、ごめんなさい! 地味でごめんなさいっ!」

 

 そんな叫びを投げ返し、空っぽの毛氈の上、店主が頭を抑えうずくまる。

 酷く怯えたその様に、昇った血の気が音を立てて引いていく。

 

「あ、いや、逆ですよ、逆!

 何で、そんな凄い加護なのに、誰も欲しがらないんだって話で!」

 

「うぅう、だから、ゴメンなさいって……」

 

 あわててそう宥めるけれど、どうにも店主にはこちらの言葉が届いていないようだった。

 ごめんなさいを繰り返す子に、困って周囲を見渡すが、一体どういう理由なのか、行き交う人々も周囲の露店の店主も、こちらを無視し、気にする様子を見せない。

 ああと息を吐いて、毛氈の上に膝を突き、小さな店主のその肩に、優しく両手を乗せた。

 びくり、身を震わせた子供に、怒ってないから大丈夫と、何度も何度も言い聞かせる。

 そうしてようやく顔を上げた――鳥面だが――店主に、平謝りで謝り通しどうにか落ち着かせると、ほっと溜息……。

 

「……ここのお客さんって、ほんっとうに見る目が無かったんですね」

 

 あきれてそう呟くと、目の前の人は気弱げに、いいえと首を横に振る。

 

「けど、魔物を倒せる力じゃありませんし……」

 

 この人のコンプレックスの源はこれなのだろうか?

 弱い、力が無いを連発する売り子に、そんな事はないと答えた。

 

「……と言うかこの加護、説明聞いた限りだと、空気とか水も踏んで歩けませんか?」

 

「え……いいえ、流石にそこまでは無理ですよぉ。

 あ、成長させればできるかもしれませんけど……」

 

 知らない要素がまた増えて、今度は追いつめぬようにと聞き出すと、どうやら加護とは、そのものだけでは大した力をもたない、ただのきっかけであるらしい。

 使う程にその人に馴染み、成長に併せて力を伸ばして、徐々に違うモノへと変化していくのだと。

 

「つまり、例えば剣神の加護なら、最初はみんな、何となく威力が上がったり、振りが早くなったりする程度なのが、使う人の意思や能力で変化して、切れ味が鋭くなったり、貫通力が上がっていったり、攻撃範囲が延びたりしていく……と」

 

 そのようにして姿を変えた、自分の加護を以て偉業を成し、認められると加護は派生し、増えていくそうだ。

 例えば、武神、剣神、軍神の三種は、すべて戦神の加護から派生したモノで、そして、大地の杖の加護は、戦う力が尊ばれる世界に於いては捨ておかれ、そのまま朽ちて消えて行くのだろうと、店主は寂しげに呟いた。

 そんな様を直ぐ側で見下ろして、溜息を吐く。

 気づいてからずっと、何か、胸の隅にこびり付くような、ボタンを掛け違っているような違和感があった。

 定まった胸の内、警告めいた、一度踏み出せばもう止まらない、そんな奇妙な予感が沸き上がる。

 けれどもそれ以上に、目の前で小さくなっているモノは見過ごせないーーそう感じて、俯く鳥面に銀のコインを差し出した。

 

「じゃあ、俺が『大地の杖』の凄さを知らしめてやるよ」

 

 驚き、顔を上げる店主に、気恥ずかしくなり頭を掻く。

 

「あ、もしかして、これだと足りなかったりするのか?」

 

 照れ隠しでそう続けると、店主は差し出されたそれに呆然と目を落とした、そんな風に見えた。

 それから首を横に振り、けれども差し出した手を握らせて、こちらに引き戻す。

 そうしてその手を掴んだままに、ありがとうと、そう告げた。

 

 ――そして、目を覚ます。

 

 

                   ◆◆◆

 

 六国からなる帝国の、その最辺境、地の果て、“化外の森”を切り開いた最新の開拓村で、その日、初めての命が産声を上げた。

 小さな村の中心広場、そこに面した小さな庵に、おわぁおわぁと元気な声が鳴り響き、それを聞きつけた男共が、口々に大きな歓声を張り上げる。

 

「やれやれ、こちとら疲れてるってのに、がさつな男共だよ」

 

 扉を挟んだその騒音に露骨に眉をしかめて見せて、産婆なのだろう恰幅の良い婦人が、寝台に横たわる少女の額を手拭いで軽く拭った。

 全身、玉のような汗。

 疲れて気を失ったか、目を閉じ荒い息を吐く彼女に、産婆はよく頑張ったと声をかけて全身を軽く拭うと、その傍ら、湯に洗われ布に包まれた赤くしわくちゃな嬰児を片手で抱き上げる。

 そうして彼女は、みっちりと肉の詰まったその掌を赤子の額に添え……

 

「……こりゃまた驚いた。随分とまぁ、強い加護を授かったものだ」

 

 ……元より丸い目を、更に皿にして、思わずといった風にそんな呟きを漏らした。

 そのままその口の中、二言、三言ともごもごと――すると抱いた赤子の額に、薄く一筋の光が走り、次いでその軌跡が象る形に、産婆は眉を怪訝に顰める。

 

「ふむ、これまた珍しい、始めて見る加護だね。

 とりあえずは、あの馬鹿お望みの戦神の系譜ではなさそうだが、

 だ、い、だいち、の、つ、え?――大地の杖か」

 

 そう象りを読みとくと、落胆の声が聞こえるようだね、彼女はそう微かに呟いて、傍らの少女を一瞥、赤子を抱えたまま部屋の外への扉を開いた。

 




木の梢の一番上の葉っぱの上に一本足で立って腕組む系主人公(予定)


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天地を掴むその両足に。 第一話その1

 かつていた“彼”は、走ることが、踏破することが好きだった。

 二本の足に、自転車、自動二輪。四輪以降については、乗っている感が強すぎてそれほどでもなかったようだが兎も角、彼は自分の体で、御する何かで、見えない目標に向かって駆けて行く、それが何よりも大好きだった。

 その理由も覚えている。

 “彼”の生まれ育ったのは田舎の街で、生家のすぐ裏側には、山脈と言うにはスケールの小さい、長い丘陵の帯が裏塀のように連なっていた。

 あの向こうにはなにがあるのだろう――必然、そう考えるようになった子供は、小学生になり、新しい自転車を手に入れたある日、それで裏山に挑む事を決意する。

 そこが、“彼”の源風景。

 結局、裏山の向こうには面白い物などなにもなく、痛くて、疲れて、お腹が減って、ピカピカだった自転車は、傷だらけの泥まみれ……。

 けれども、小さな山の尾根向こう、自転車を押し、半ば泣きながら進んだ獣道の先に、魔法のように開けた小さな草原とそこに差し込む午後の日差し、そこから見渡すなんの変哲もない風景のパノラマは、えも言われぬ達成感と共に、彼の中に焼き付いた。

 そしてその想いは多分、もはや“彼”ならざる今の“ぼく”にも、引き継がれているのだろう。

 彼の生きた小さな世界ではなく、本当にどんな人間も見たことがない場所へと駆けていける世界で、それができる力を貰って生まれたこの“ぼく”にも……。

 目の前に広がる黒い森、その向こうに顔を覗かす大山脈を眺めて、そんな事を想う。

 そして……。

 

『……いかんいかん、今はそんな余計を考えるな』

 

 ……彼方を想う悪癖の誘惑を、どうにか胸の奥へと抑えつけた。

 物事には順序というものが必要で、この世界で誰も見たことがない場所を見るためのハードルは、彼の世界でのそれと変わらないほどに高い。

 

『今の“ぼく”はまだ、そんな事を望めるだけの資格を持ってないんだ』

 

 そうして両の手を、地に着いた。

 足以外にも加護の力を顕すことは、両手に限ればそう難しいことではない。

 振れた指先を地に繋ぐと、両手両足に力を籠めて、身体全体を、強く、強く、撓める。

 クラウチングスタート、あたかも四足の獣のように、全身のバネで体を射出する、近代スポーツの一つの精華。

 その上更に、この世界の加護を重ねて、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、解き放つ。

 爪先でしか繋がっていない筈の大地は、しかし、加護の力で、どんなスターティングブロック(ささえ)よりも確かな、理論上しか存在しえない精度で足と繋がり、身体の“溜め”を抑える両腕は、投石機を繋ぎ留める張りつめた縄の様……。

 そうして狂おしいほどに溜めた力を、斧の一撃の如くに、解き放つ。

 両腕を繋ぐ鎖は、上体を打ち出す力へと変化、延び立つ体を両足と大地の反発の力とが前へ前へと押し出せば、則ち加速。

 地を踏む一歩一歩の全てが、踏み切板の様な反発で押し出されていく。

 羽のような身体とそれを跳ね跳ばす獰猛な力とを、何とか抑え、姿勢を保って、放たれた矢のように、加速。

 そうして、瞬く間に迫りくる森の外延、その茂みに向かって、足を踏みきり、跳んだ。

 

『この足が、足場を踏み外すことはない』

 

 今生に目覚め、過去を思い出し、共感し、走り初めて今まで、色々を試してわかったことがある。

 

『重要なのは、イメージだ』

 

 何をどうしたいのか、成功のイメージを内なる加護に伝えること。

 使い手の望みはなにか――そのイメージに合わせて、加護の力は、それを駆動させる内なる魔力は、働く。

 踏み切って、跳躍。

 高く持ち上げた足が、茂みの上を蹴って、更に踏み切る。

 茂み所か、相応の太さ堅さを持つ枝をすら蹴り抜く勢いの足を、茂みの枝の一番上の、細枝の先についた小さな葉先ががっちり支え、その反動で跳ね飛ばした。

 小さな身体が、宙を舞う。

 跳んだ先にそびえ立つ、大樹の樹皮に四つ足で飛びつき、そのわずかな出っ張りに手足を乗せて、身体を上へと跳ね上げ……様としたところで、その四肢の先がグリップを失った。

 強い脱力感、抜ける力を無理矢理込めて、手足で樹皮を挟み込む。

 失速、落下する身体をほんの少しだけその努力で押し止め、けれどもそれでバランスを崩した。背丈の三倍を超える高さからずり落ちて、したたかに尻を打つ。

 とっさに尻に加護を移したが、元より難度の高い四肢以外への発現、その上、残された力も搾り滓程度とあっては、気休めにもならなかっただろう。

 

「……気負い、すぎたか。

 もっと自然に使えるようにしないと、これはもうどうにもならんな」

 

 痛む尻を押さえながらそう呻くと、目を瞑って先の試しを思い返した。

 敗因は一つ、制御力不足による力の入れすぎだ。

 走り出しは悪くはなかった、ただ、二歩目からの加護の効果切り替えを、過剰に意識しすぎて力の制御を誤り、後に続く跳躍の勢い付けだった走りが、あたかもアクションゲームのような、半ば飛び跳ねて進む無駄な動きになっていた。

 そうして増えていく焦りと着地の衝撃とが、力み過ぎの加護と重なり、魔力の消耗を加速度的に跳ね上げていく、この悪循環。

 雪だるま式に膨れ上がるロスが、梢まで持つはずだった魔力を枯渇させ、“ぼく”はこうして尻を抱える羽目に陥ったわけだ。

 

「もう少し上手く行くかと思ったんだが……」

 

 繋ぎ合わせるのは初めてだが、パーツ自体は全て慣れ親しんだ動作である。

 できると思っていたそれの、想像を超える難度に、溜め息を一つ。

 魔力切れで重い体を、土の上に大の字に伸ばした。

 荒い息を整えて、大気を、その中の魔力を、意識して肺から取り入れていく。

 徐々に力を取り戻す体にほっと息を吐きながら、なるほど、“あの人”が嘆くわけだと、二つ目の溜息……。

 

「確かに、伝え聞く“内力系”と比べて、コスパも難度もかなり高いが……」

 

 単純な身体能力補助として考えるなら、非効率の極みと言っていいそれに、しかしぼくは、別の意味で顔をしかめた。

 

「……あの人、絶対気弱と口下手で損してるだろ」

 

 足場が悪くても転ばないとだけ説明された“大地の杖”だが、実際には、体の一部とそこに触れたものとの間に魔法的な結びつきを作り、その性質を変化させる加護だ。確かにその基本は、転ばぬように繋げ支える事にあるが、その為に必要な様々な要素を意識的に取捨選択すれば、多様な効果を発揮する高い応用性を備えていた。

 また、足だけではなく、腕にも比較的容易に加護を発現させられる為、例えば僅かな取っかかりを掴んで壁面を上ったり、何かを受け止めた衝撃を緩和したりといった使い方もそれほど難しくはない。

 ぼくが授かった加護は、一般的なそれと比べ強いと言う話なので、普通はこれほど楽に扱えないのだろうけど、あの鳥面の彼女にちゃんとした説明ができていれば、あそこにだけあれほどの閑古鳥が飛んでいることはなかっただろう。

 尤も、できていたとして、噂の軍神や剣神の加護ほどの繁盛が見込めたかと言えば、それはあり得ないと断言できる程度に難しい加護ではあったが。

 なにしろ……。

 

「“外力型”身体補助って時点で、繁盛しないのは目に見えてるけどな」

 

 ……加護は、主に保有者にその力が作用する“内力型”と、外界に作用する“外力型”に大別され、大地の杖は後者に属するが、一般的に外力型の加護は、体を動かすことと相性が悪いとされている。

 これは、単に体を動かせばそれに応じて働き、成長する前者に対し、後者は考えて操らなければならないことや、比較してコストが高いこと、そしてなにより、内力型の加護は無意識に誰でも行っている魔力による身体強化の延長にあり、その成長を促すが、後者はむしろ、阻害要因になりうると言う理由によるもので、現状この加護は、与えられる効果とその手段が噛み合っていない状態にあるわけだ。

 その上、この世界の人間は常に身体強化魔法を使った状態にあるわけだから、加護や術を使いすぎれば、一時的とはいえ能力そのものも弱体化する。

 今ぼくが禄に動けない状態に陥っているのも、その為だ。

 もちろん、外力型には外力型の強みがあり、その高いコストを抑える技術も存在する、のだが……。

 

「どっかに、魔法の先生とか転がってねーかな」

 

 ……問題は、それが稀少な専門技能であり、習得に長い修行と高度な専門知識が必要とされる貴重な技術者が、こんな最辺境に居着くはずもないと言うことだ。

 いや、大きな括りで言う魔術師ならどの開拓村にも一人はいるのだが、それは内力系の専門技能者であって、外力系の、いわゆる“魔術師”ではなかった。

 一応、その“村唯一の魔術師”である、内力系治癒術師のばあさまに、外力魔術の基本となる技法の概要は教えて貰ったのだが……。

 

「意識の界を広げるとか言われても、どうやって良いやらさっぱりわかんねーよ」

 

 そもそも、概要を知っている程度でモノになるのなら、外力系魔術師はそんな稀少な存在になってはいない。

 教えてもらったそれ以外、魔力の基本的な振る舞いや、加護と魔術の歴史は、力を制御する上で非常に役に立っているし、外力系加護を意識して活用できている時点で、魔術師になる第一のハードルは乗り越えているらしいのが救いだが、今の“ぼく”には、その先に有る筈の第二障害が、果てしなく遠くに感じられた。

 

「とは言え、加護を使い込んでロスを減らすにしても限度があるし、かといって器量はそう簡単に伸ばせるものじゃない」

 

 外力系加護の燃費の悪さは魔力の性質に起因するもので、加護を扱う技量を伸ばしたところで、節約できる量は多寡が知れており、溜めおける魔力の量――この世界では器量と呼ばれている――を成長させることも、同じ理由で難しい。

 

「魔力、か……」

 

 前世の“彼”なら鼻で笑いそうな言葉に苦笑して、“ぼく”はばあさまの教えを思い返した。

 

『……いいかい、坊。魔力とはね、濃い薄いはあっても、基本的には世界のどこにだって有るものなのさ。

 空気の中にも、土の中にも、もちろん、坊の体の中にだってね』

 

 彼女の言葉によると、魔力とは、全ての存在に浸透・同化し、この世界に偏在する力なのだと言う。

 この力は本来、見ることも触れることも感じることもできず、“在るだけ”なのだが、ただ二つだけ例外があり、その一つが生命体の意志に反応するという魔力の性質であるらしい。

 尤も、如何に人の意志に反応するとはいえ、相手は観測することができない幽霊じみた力だ。

 長い間、魔力を操る技術を持つ者達は非常に稀な偶然でしか生まれない存在だったのだが、ある時から人類は、神に加護を授かり、全てが魔力を操る術を手にするようになった。それ以降、研鑽していった技術を統合、派生して生まれたモノが、加護を超えて魔力を扱う術――魔術。

 ただし、だからといって誰もが魔術を覚え、その力を自在に使いこなせるわけではなく、大半の人間は、無意識に使用している自己の身体能力強化を除けば、授かった加護とそこから派生した幾つかの技能しか使うことができないようだ。

 だから、その選択は重要で、人は死して生まれ変わる際、それまでの全てと引き替えに、自ら次の生で共に歩く加護を求めることが許される。

 “彼”も歩いたあの参道で、前世の経験とそれで得た願いや悔いを次の生への力へと引き替え、人はまっさらな存在に生まれかわる――と、言うのがばあさまも属するこの国の宗教の教えだった。

 

『“ぼくは、“彼”を渡せなかったけれど……』

 

 ばあさまの言によれば、時折そう言う事があるらしい。

 人は生まれ変わる際に加護を選ぶが、その選択が余りに強い願い、斬新な発想に成された場合、売り子の判断で値引きができるらしい。

 元々加護は、神が与えたものだが、それは人と共に歩む内に、成長し形を変えていく。そうして新たな形を得た加護が神に認められたものは列聖され、神の僕となって死後はあの参道で、加護の配布とその相談、次の列聖者の選抜などに関わる。あの売り子達はそうした過去の列聖者で、彼等は自分の裁量で“次代の聖人候補”を選び、次に繋がる記憶の一部を残すことが許されるのだと……。

 まぁそれも、例の参道と人生の朧気な断片程度なのが普通で、別世界出身で記憶の大半を残している等と言うのは、流石には例がないらしいのだけれど。

 そんなわけで、どう言うわけか前世の“彼”の記憶をまるまま残して生まれてきた“ぼく”は、まだ自己が曖昧だった時期に、あの“参道の夢”をばあさまに話してしまって、聖人候補である可能性が露見して、今に至る。

 まぁ、この世界には魔法という便利な力の代償か、魔物と呼ばれる驚異も存在し、それに対処するために戦闘系の加護が尊ばれる土壌があるから、聖人候補と露見しなかった場合、どんな扱いを受けていたか怖くもあるのだけれど……と、話はそれた。

 兎も角、そんな稀少な本物の魔法には内力、外力の二系統があって、前者は自分と触れた生命の内側、後者は自分の外側に働く魔法。

 そして、“大地の杖”は、自分の身体に隣接した対象に力を及ぼす事から外力系に属し、外力系の加護は、基本的には非常に燃費が悪い。

 と言うのも、魔力には周囲に同化しようとする性質があるらしく、それを制御する意識の界の外側に出ると、すごい勢いで拡散していく、らしい。

 なので、自分の意識の界、つまり、生物の意志に反応する魔力にその身体の一部と認識される領域を広げられないと、体外の魔力に干渉したり、魔力で何らかの現象を起こしたりするのは難しいようだ。

 しかも、それができるようになると、今度は器量が成長しにくくなる=身体能力強化も弱くなるようで、ぼくが選んだ“大地の杖”は、ゲームで言えば魔術師系の加護なのに、効果は戦士系だと言う背反した状況にある。

 なお余談ではあるが、じゃあ武器に効果を及ぼす“剣神”の加護はどうなのかと言うと、アレは意識の界を操作するのではなく、手の延長として剣を扱えるようになった結果、剣まで意識の界が伸びると言う代物なので内力系の括りに入り、その反面、力に習熟するまでは生物由来の素材で作ったモノにしか力を通せないとか、少しずつ武器を馴染ませなければ効果が薄いと以下、そう言う制限が存在するそうだ。

 兎も角そんな理由で、この加護を最大限に生かそうと思ったら、魔術師を目指すのが一番早いのだが、魔術師自体が希少と言う事実を差し引いても、“ぼく”が魔術師になるのは難しい。

 と言うのも、実はうちの父親、この開拓村の開拓団団長兼村長兼自警団団長なのだ。

 僕らの村がある帝国は、魔物の領域に切り込んで三代以上維持し、且つ、その開拓範囲が一定を超えている村の長、或は、開拓団の団長を、その開拓地の領主として封爵すると言う一種の拡張政策を敷いている。勿論、誰でも好き勝手に切り開いていいと言う訳ではなく、村の規模が一定のラインを越えているか、あるいは、一定以上の規模と武力を持つ開拓団を組織している事、その人間の人品に問題ないと推薦する貴族階級の人間が存在する事が大前提。元々魔物狩人の一団を率いていた親父様は、魔物の研究をしていた好事家の大貴族と知り合う幸運を得てその条件をクリアしたのだが、問題は、この世界の慣習法では小領主は手勢を率いる戦士でなければならないと言う事。

 その為僕は、将来は村の統治者として正面に立って魔物や森と戦わなければならない立場にあり、余程戦闘系加護の優れた男子が次期領主とそのストック分生まれ育つ迄は、戦力の低下に繋がる魔術師への道を選択する事ができないのだ。

 そして、村で生まれた最初の子供、大事な長男、強い加護、でも、それは戦いに関係がなさそうで、正直どう扱っていいか戸惑っていた父さんは、ばあさまから受けた“聖人候補”の報告に、これは吉兆だと舞い上がっちゃったわけで。

 そのおかげで、良い扱い受けてるし、制限も緩いし、能力修練の時間を潤沢に貰えているわけなのだけど、本当に痛し痒し……。

 

「……と、そろそろ時間か?」

 

 ふと目端に移った太陽を見れば、もう大分時間が経ってしまっている。

 ぼくは、体内魔力の回復を確認すると身体を跳ね上げ(ヘッドスプリングで)立ち上がり、このささやかな秘密基地(ひろば)から、村の中心の広場目掛けて走り出した。

 

 



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