ブラックブレット:破滅の風 (i-pod男)
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Stage I : The Samurai

新年の新作です。以前からちょっとずつ書いていたものです。

友人の家へ遊びに行った時にメタルギア:ライジング・リベンジェンスをプレイした時にサムKAKKEEEと思って妄想が膨らんだ末に出来てしまった駄作です。できる限り原作には沿うつもりですが、ネットで見つけた英訳されたものを翻訳しつつ執筆している上フォーカスがオリ主なので見切り発車同然という有様です。



西暦2021年、世界各地で地球に存在する全生物の天敵が突如として現れた。

 

名を『ガストレア』と言う。ガストレアウィルスに感染し、遺伝子を強制的に書き換えられた、生物の範疇を逸脱した醜悪な外見と赤い目、そして異常過ぎる再生能力を持つ、御伽話の中でしか出て来ない、『怪物』としか形容出来ない存在だ。

 

既存の兵器では全く歯が立たず、核兵器も人類の活動領域内では使用出来ない。各国が保有する軍事組織、国防組織が死力を尽くして張った防衛線により、ガストレアの侵攻は辛うじて防ぐ事が出来たが、世界中に点在する八十億と言う膨大な数の人間は瞬く間にその数を十分の一にまで減らされ、人類の活動領域が大きく狭まった。

 

これが後に『ガストレア大戦』と呼ばれる、人類が大敗を喫した歴史的な出来事である。

 

このガストレア戦争の最中、一つのプロジェクトが持ち上がった。人体を一部機械化してガストレアを葬れる兵士を作り出す、機械化兵士計画と呼ばれる物だ。

 

 

 

 

 

 

朧げな意識の中で冷たい手術台に横たえられた少年は手術用の服とゴム手袋を付けた人影にクリップボードに付いた二つの紙切れを見せられた。

 

「やあ少年。右胸から先と内蔵が酷い有様だ。左目も・・・・うん、角膜に酷い傷があるな。手短かに言おう。君から見て右の書類が死亡届、左がそうじゃない奴だ。死神が代わりに決断してしまう前に決めたまえ。どちらが良い?」

 

応急処置を施されて出血その物は止まっているが、血を流し過ぎて意識も思考も五感も曖昧になっていた。どっちが右でどっちが左か等と言う単純な事も皆目見当がつかなくなってしまっている。しかし、残った血塗れの左手を挙げたが、その動作が精一杯だったのか、ガタンと音を立てて手術大の上に落ち、少年はぐったりと動かなくなった。しかし、その指先は確実に左の書類の端を捉え、血判にも見える血痕を残していた。

 

 

 

 

 

 

「これが死。これが戦場・・・・素晴らしいッ!!!」

 

黒とニッケルプレートのゴテゴテした二丁拳銃を引っ下げた二メートルはあろうかと言う痩身の男がガストレアと人間の死骸で築かれた数ある山の上の一つでそう叫んだ。臙脂色の見るからに高そうなパーティースーツに身を包んだ彼は、吐き気を催す様な戦場では酷く場違い且つ不気味だった。

 

「そうは思わないかね、君は?」

 

男は振り向き、得物の刀を研いでいる青年に同意を求めた。長い髪を後ろで纏めた彼の服は至ってシンプルなチャコールグレーの作業着で、袖を腰回りに結んでいた。タンクトップから見える右胸から先は黒い機械となっており、生身の左側に比べて一回りは大きく、かなりアンバランスな見てくれをしていた。

 

「別に素晴らしいとは思わないが、これだけ殺したり殺されたり死んだりを繰り返してりゃ抵抗も無くなるさ。」

 

ようやく研ぎ具合に納得が行ったのか、刀身から顔を上げてスーツの男の問いにそう答えた。

 

「それよりお前は良いのか?」

 

「何がだい?」

 

「弾だよ、弾。もう打ち止めだろ?銃だけに。」

 

「それについては心配無用だよ、何も拳銃しか扱えないと言う訳じゃない。私はこれが気に入っていると言うだけだ。」

 

スーツの男は青年のつまらない洒落を喉の奥で笑いながら足元の袋から自動小銃と大量のマガジンを取り出して見せた。ガストレアの血や体液と思しき物に塗れているが、本体は全く無傷だった。

 

「んじゃ、コイツはついでだ。」

 

青年は傍らの小さなリュックから黒いポーチを取り出し、スーツの男に投げて寄越した。

 

「ベレッタ対応のマガジンだ。二十発入り二本、十五発入り四本だ。銃の使い方なんざ知らねえし、使わねえのも勿体無いからやるよ。」

 

「ではお言葉に甘えてありがたく使わせて貰うよ。射撃ぐらいは私が教えても良いんだがね。思っている程難しくはない。動いているとは言え、あんな大きな的だ。余程壊滅的でなければ君でもどうにかなるさ。」

 

「来るぞ!!第二波だ!!」

 

迷彩服の自衛官があらん限りの声を上げて叫び、途端に空気が張り詰めた。二人の周りにいる者達も戦闘準備に入った。

 

巨大な砂嵐の様に土や瓦礫がガストレアに蹴立てられ、無数の真っ赤な目が近付き、大きくなって来た。巨大な昆虫を幾つも合成した様なガストレア達の輪郭が双眼鏡越しに見え始める。

 

「お喋りはここまでの様だね。到達まで後三十秒と言った所か。」

 

銃の点検と初弾の装填を手早く済ませ、スーツの男は死体の山から大道芸人の様に軽やかに飛び降りた。

 

「言うだけ無駄かもしれないが、一応名乗っておこう。私は蛭子影胤だ。覚えなくても良い。」

 

「変な名前だな。ガキの頃に漢字書くの苦労したろ?」

 

「良く言われる。それと、10歳になった頃にはもう慣れたし、書き順もしっかり覚えた。」

 

「俺だけ名無しの権兵衛ってのも格好がつかないから俺も名乗らせてもらう。姓は桐生、名は正宗。縮めてサム。同じく別に覚えなくていい。ま、縁が有ったらまた会おうぜ。」

 

「無ければ?」

 

「問題無いさ。地獄で会おう。」

 

二人はそれぞれの得物を手に、悠然とガストレアの方へと向かって行った。

 

そして大戦から、約十年の月日が流れた————

 

 

 

 

 

春の夕暮れ時、沈みかける太陽が大きなビルの屋上にあるベンチで寝そべるビジネススーツ姿の正宗の影法師を作っていた。

 

「暇だ・・・・・・」

 

整った顔立ちはだらしなく半開きにした口と目で台無しになっていた。本人はそんな事などお構い無しに体勢を変えて大きく欠伸をし、惰眠を続けようとした。

 

「おーい、正宗ー!」

 

しかしそれも勢い良く開かれた屋上のドアの向こうから己の名を呼ぶ相棒である小学生位の少女によって阻まれた。膝小僧が隠れる程丈の長いモッズコートとそれに付いたフードを目深に被っている為顔は見えない。

 

「何だ、真由。始末書と大量の書類整理で疲れてんだが。」

 

「しゃちょーが来てくれって、大至急。」

 

「未織が?あいつが何だって?」

 

「アレが完成したってさ。」

 

再び寝返りを打ってその少女———真由に背を向けようとしたが、彼女の言葉で眠気があっと言う間に吹き飛んだ。まるでとんでもなく豪華なプレゼントを目の当たりにした子供の様に目が輝き、満面の笑みが顔を占める。

 

「本当か?」

 

「ん。詳しい事は良く分かんないけど、正宗の期待通りに仕上がった筈だって。今は勾田高校にいるよ。」

 

「良く報せてくれた。行くぞ。」

 

先程までの気だるさはどこへやら、正宗は飛び起き、階段を何段も飛ばしながら駆け下りた。真由も小柄ながらもその後を付いて行く。社員専用の駐車場に置いてある自前のハーレーに飛び乗ると、勾田高校を目指して走り出した。丁度放課後だから教師は多くても生徒はそうはいない筈だ。

 

逸る気持ちを抑えられず、明らかにバイクが通るには無茶がある様な裏路地や街道を抜け、車線上にいる車両の間を縫って行く。後ろで抗議の声を上げる真由の言葉も全く耳に入らない。校舎の中には生徒も教師も殆どおらず、運良く遭遇する事も無く生徒会室に辿り着いた。ノックをしてから入ると、桃色の振り袖姿の生徒が二人を出迎えた。

 

彼女こそが巨大兵器会社『司馬重工』の社長令嬢にして開発研究にも携わっている偉才、司馬未織である。

 

「正宗君、真由ちゃん、いらっしゃい。えらい速かったな。」

 

「親父の形見預けてまで作った武器が完成したって聞いたら急がん訳が無いだろう。道路交通法に抵触するすれすれでバイク飛ばして来たんだ、早く見せてくれ。」

 

「せっかちやねえ、もう。ま、ええわ。ほな隣行こか。」

 

高校の生徒会室に似つかわしくない高級感溢れる木製のドアを開くと、生徒会室の倍以上はある部屋に通された。そこには様々な機材が揃っており、秘密の研究室らしい雰囲気に真由は興奮を隠せず辺りを見回していた。

 

「これか?」

 

「これや。」

 

端のテーブルに鎮座している大きなケースを未織は指でトンと軽く叩いた。

 

「搭載する機能ははっきり分かっとったし、プロトタイプの為に使う物もあったからそっちは問題無かったんやけど、あんなリクエスト初めてやったし、本体の強度も視野に入れなあかんかったから手間取ってしもうて。堪忍な。」

 

「構わない。」

 

ケースのラッチを外して蓋を開けると、一振りの太刀が中に入っていた。しかし通常の刀の見てくれを遥かに逸脱した、SF映画にでも出て来そうなデザインだった。

 

「コイツは凄いな。」

 

「やろ?高周波ブレード『HFムラサマ』。鞘はM16アサルトライフルを意識してるんよ。トリガーを引いたら炸薬でパイルが刀の鍔を打って飛び出す仕掛けや。飛び道具にもなる様に柄の先端に軽〜くスパイク付けといたからな。勿論、切れ味は元のまんまや。」

 

鞘から抜くと、赤い刀身が露わになった。

 

「流石、良い仕事するね。」

 

「それだけやないで。生体認証のロックが掛かってるから、正宗君しか使えん様になっとるんや。正宗君やなかったら高周波の機能も使えんし、抜く事も出来ひんよ?」

 

「しかし、持ち運びはどうする?」

 

総重量が多少上がる事は慣れれば良い事だが、鞘がここまでゴツくなってしまうと普通の太刀の様に佩くのは物理的に不可能だ。しかし、未織はまさにその質問をするのを待っていたとばかりに笑みを浮かべた。

 

「言うと思ったわ。心配ご無用やで?ほい。」

 

ケースの中に残っている機械のアームが付いたベルトを取り出した。アームの先端には丁度ムラサマが収まるラックの様な物が付いている。

 

「腰にあると邪魔になる時もあるかもしれへんから、アームで背中辺りに固定する事も出来るんよ?動きは阻害せえへん様になっとるわ。ベルトは防刃繊維で簡単には切れへんし。」

 

正に至れり尽くせりの出来映えである。

 

「パーフェクトだ未織。」

 

「補強目的で念の為に炭窒素チタンでコーティングはしてあるけど刀身が耐え切れて且つ大抵の物を斬れる高い周波数に合わせるん、ほんに大変やったんやで?こんな年代物壊してしもたら勿体無いどころの騒ぎやあれへんし。」

 

「十六世紀の戦国時代に作られたらしい。でもプロトタイプ製作の為に虎徹と同田貫を渡しておいたから幾らか楽だったろう?」

 

「せやけどあんな値打ち物を修学旅行先で買うた木刀みたいにポンポン使てくれ言うて出されたから別の意味で疲れたわ。どれも壊れずに上手く行ったからええ様な物の・・・・・」

 

その時の苦労を思い出したのか、未織は顔を顰めてこめかみを抑えた。

 

「まあ兎に角、これでお互い取引の条件を果たした。俺は製作期間中の雇われ人、その間に未織に最高級の武器を作って貰った。」

 

「じゃあうちの民警部門、もうやめるん?」

 

未織は寂しそうに目を伏せた。

 

「最初はそのつもりだったが、案外社宅の居心地が良くてな。安定した給料とたまのボーナスが出る間は当分世話になってやるよ。」

 

未織の肩を軽く叩き、その場を後にした。

 

「正宗、これからどうすんの?」

 

「決まってるだろ?試し切りだ。モノリスの外に出るぞ。俺は今頗る機嫌が良い。この方角なら現在地から一番外周区に近いな。」




こんなめっちゃくちゃな拙作ですが、評価・感想・誤字脱字の報告などなど、お待ちしております。

それでは良い2017年をお過ごしください。


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Stage II : The Lotus Boy

第二話、Let's go!!!


「はあ?お前が俺達の応援に駆けつけた民警だぁ?」

 

殺人課に所属する強面の私服警官が胡散臭そうに目の前にいる制服姿の男子高校生を値踏みする様に睨んだ。

 

「まだガキじゃねえか。」

 

名を里美蓮太郎と言うその男子高校生はやかましく鳴きながら巣へと戻って行く鴉を羨ましそうに見上げた。本音を言うと、自分もさっさと帰りたい。

 

「ガキなのは仕方無いだろ。俺が民警だよ、刑事さん。」

 

侮った物言いに蓮太郎は皮肉っぽくそう返した。

 

「銃もライセンスもある。社長にここに行けって言われた以上仕方無いんだよ。」

 

「チッ、今時ガキでも民警ごっこかよ。ライセンス出しな。後、俺は刑事でもヒラじゃねえ。警部の多田島だ。覚えとけ。」

 

蓮太郎は懐から運転免許証ほどの大きさがあるカードを取り出してみせた。それに載った顔写真と蓮太郎の顔を見比べると、小刻みに体が震え始める。笑っているのだ。

 

「ガハハッ、お前、良く見りゃ結構な不幸顔だな!」

 

余計なお世話だと内心噛み付きたかったが、我慢した。

 

「にしても、天童民間警備会社、だっけか?聞かない名前だな。」

 

そう言いつつ多田島はライセンスを投げ返した。

 

「大手じゃねえし、知名度も大して高くないからな。急かして悪いけど、仕事の話しねえか?」

 

蓮太郎は多田島の後ろに建つ六階建てのマンション、『グランド・タナカ』に目を向けた。古ぼけたそのマンションは所々罅が入っており、金属部分にも軽い腐食や錆びが見られる。お世辞にも目を引く様な所でも、増してや自分から住みたいと思う様な所ではなかった。

 

「102号室の住人が通報してな。雨漏りでもしてるかの様に血が滴ってるんだと。情報を総合するとガストレアで間違い無いらしい。やれやれ、お前さんが来てやっと入れるぜ。」

 

多田島は鼻を鳴らしながら、わざとらしく『やっと入れるぜ』を強調してマンションに足を踏み入れた。

 

その無礼な態度に、蓮太郎は怒りよりも驚きの方が大きかった。

 

街の治安を守っているのは紛れも無く警察だが、それはあくまでガストレアが絡んでいなければの話だ。ガストレア大戦の後、警察官の殉職率を少しでも下げる為に彼らがガストレア関連の事件現場に警察官が踏み込む事は今や法によって禁じられているのだ。踏み込みが可能となるのは、その場に民間警備会社の人間がいる時だけである。

 

しかし、いくら自分達の命を救う為の措置とは言え、その法律に良い顔をする警察官は一人もいなかった。

 

「そう言えば、お前の相棒の『イニシエーター』はどうした?民警の戦闘員は二人一組で戦うのが基本だろ?」

 

「あ、あいつの手を借りるまでもないと思ってな。」

 

多田島のその質問に蓮太郎はぎくりとしたが、まさか『置いて来た』などとは口が裂けても言えない。急がなければ仕事が別の警備会社に回ってしまう為、自転車を息せき切って飛ばして来た、その時に彼女を見捨てたのだ。場所は彼女も分かっているから今は迷っていない事を祈るしか無い。

 

現場の202号室の前に着くと、既に大勢の警察官がドア付近に待機していた。

 

「何か変化は?」

 

「す、すみません・・・・・たった今、我々のポイントマン二人が懸垂降下して窓から突入・・・・その後、連絡が途絶えました。」

 

特殊装備に身を包んだSAT隊員の言葉に多田島の目は吊り上がり、胸ぐらを掴んだ。

 

「馬鹿野郎!何で民警が来るまで待たなかった!?」

 

「こんな奴らに手柄を横取りされたくなかったんですよ!!」

 

「・・・・どけ、俺が突入する。」

 

もう手柄がどうの縄張りがどうのと言っている場合ではない。蓮太郎の言葉に多田島はあごを突き出し、二人のSAT隊員が壁に身を寄せてドアの両端に立った。ベルトからスプリングフィールドXDを引き抜いて安全装置を外すと、身構えた。

 

「行くぞ。」

 

SAT隊員がショットガンでドアの蝶番を破壊するのと蓮太郎がドアを蹴り破ったのはほぼ同時だった。夕日に照らされた六畳の部屋は窓から差し込む夕日の色に染まっていたが、壁や床はもっと暗い、もっと赤い物で染まっていた。無視出来ない程に濃い、噎せ返る程の鉄の臭いが血だと言う事を物語っている。

 

突入した二人の警官は可部付近で折り重なる様に倒れており、既に息はなかった。だが問題はそこではない。問題は、部屋の中心に立っている燕尾服に身を包み、シルクハットを被った二メートル弱はある舞踏会で付けるマスケラで顔を隠した痩身の男だ。ガストレアで無い事は間違い無いが、常人の人間とは違う異様な雰囲気を醸し出している事から、蓮太郎は更に警戒心を強めた。

 

「やあ。随分遅かったじゃないか、民警君。」

 

「なあ、あんた・・・・・同業者、なのか?」

 

「確かに私も感染源ガストレアを追っていた。が、同業者では無い。何故ならこの警官二人を殺したのは、私だ。」

 

蓮太郎は即座に反応し、掬い上げる様な拳の一撃を放った。角度もタイミングも申し分無いが、いとも容易く仮面の男にいなされた。

 

「ほう、やるじゃないか。」

 

嬉しそうに言いながら彼も反撃した。繰り出した拳は蓮太郎の胸に沈み込み、吹き飛ばした。蓮太郎はリビングのガラステーブルに背中から叩き付けられた。息が出来ない。

 

痛みに顔を歪めながらも蓮太郎が片目を開けた時には仮面の男が正に拳を振り下ろさんとしていた。テーブルから転がり落ちて距離を取った所でガラスが粉々に砕け散る音がした。

 

しかしそこに移動する事を読んでいたのか、狙い澄ました回し蹴りがこめかみ目掛けてが飛んで来た。蓮太郎はそれを辛うじて受け止める事が出来た物の、その蹴りの凄まじい勢いに押し負けて今度は壁に叩き付けられた。

 

長身とは言え、あんな細身の体のどこからこれ程の膂力を生み出しているのだろうか?そもそも、この男は何者だ?

 

蓮太郎は必死に食らい付いてはいたが、二人の力の差は歴然だった。

 

嘲る様に鼻を鳴らした仮面の男は蓮太郎から視線を外し、着信音を鳴らす携帯を取り出した。

 

「小比奈か?ああ、うん。これから合流する———」

 

「こっちだ、化け物!仲間の仇だ!」

 

部屋の入り口で警官達が仮面の男に向けて銃を構えていた。だが彼らが引き金を引くより速く仮面の男も腰の銃を引き抜き、警官達に銃弾を浴びせた。それも、全く彼らの方に見向きもせずに。青いSATの突入服から鮮血が吹き出し、玄関先の壁を彩って行く。

 

倒れながらも追い打ちの銃撃を浴びせられ、更に三人の警官が凶弾に倒れた。

 

「隠禅・黒天風!」

 

蓮太郎が放った回し蹴りは顎を反らすだけで回避されたが、蓮太郎は軸足を変えて二撃目を放った。

 

「隠禅・玄明窩!」

 

狙い澄ました上段蹴りがマスクに当たり、仮面の男の首は絞られた雑巾の様に捩じれていた。手応えはあった。しかし、男は手を頭に載せて、捩じれた方向とは逆に力一杯首を捻った。ボキボキと耳を塞ぎたくなる様なおぞましい音と共に頭が元の位置に戻ると、手に持った携帯を保持したまま何事も無かったかの様に会話を続けた。

 

「いや、何でも無い。直ぐにそっちに向かう。」

 

携帯を仕舞い、仮面の男は蓮太郎を凝視した。仮面の位置を直すと小さく笑う。

 

「お見事!油断していたとは言え、まさか一撃貰うとは思っていなかったよ。本当なら今ここで殺しておきたいのだが、ちょっと用事があってね。」

 

仮面の奥で、面白い玩具を見つけた子供の目に灯る様な輝きを見て、蓮太郎は血が凍りついて行くのを感じた。

 

「君の名前は?」

 

「・・・・・里美蓮太郎だ。」

 

里美、里美、と呟きながら男はベランダまで足を運び、欄干に飛び乗った。

 

「縁があったらまた会おう、里美君。」

 

「お前・・・・一体何なんだ?」

 

「私は、世界を破壊する者。誰にも私を留める事は出来ない。」

 

言うや否や、男はそこから飛び降りて姿を消した。

 

体中を駆け巡るアドレナリンによる興奮で蓮太郎は暫く動く事も喋る事もままならなかった。世界の破壊者を自称する仮面男があのまま帰ってくれたから良かった様な物の、もし本腰を入れていたら恐らく自分も無事では済まなかった。

 

重傷を負った警官達の弱々しい呻き声でようやく我に帰り、振り向いた。救急隊員が彼らを担架に乗せて運んでいる最中だった。恐らく多田島辺りが連絡を入れたのだろう。同僚達が彼らの名を呼びながら付き添っている。

 

「・・・・・ガストレアはどこだ・・・?」

 

先程の戦闘でかなりの時間を浪費してしまったが、依頼された仕事はまだ終わっていない。全ての部屋を探し回ったが、ガストレア程の大きな生き物が隠れられる様なスペースは無い。それに仮面男が立っていた所にある血は明らかに致死量だった。しかし彼の物ではなかった。

 

「なあ、多田島警部。」

 

「んあ?」

 

「ここの住人、一人暮らしか?」

 

「ああ。妻と子供とは別居中だ。一応箪笥の中を見たが、子供や女用の服はねえからそれは確定だぜ。・・・・ん?何だありゃ・・・・」

 

多田島の視線は天上に縫い付けられていた。そこには緑色のゲル状の物体が張り付いている。蓮太郎は飛び上がってそれに指で触れて、指先を擦ってみると非常に粘着性が高かった。その出所不明の物体のあまりの気色悪さに多田島は不快感にくしゃっと顔を歪めた。

 

「被害者は間違い無くここで襲われた。その後、多分あの窓から逃げて助けを求めに言ったんだろう。これだけ血を流して、二階から落ちて、それでもまだまともに動けるって事は・・・・」

 

多田島は緊張した面持ちでポケットを探り、煙草をくわえて点火しようとしたが、手が少しばかり震えて火花を出せる程の勢いでに鑢の部分を回せなかった。しかし、すぐ目の前にジッポライターを持った手が現れ、多田島の煙草の先に火が点いた。

 

「じゃあ感染源も感染者も町中を彷徨いてるってのか?」

 

「まあここにいないなら消去法でそうなるな。」

 

答えを返した声は蓮太郎の物ではなかった。そう言えば先程煙草に火を点けたライターの主は誰だ?

 

ライターを差し出した腕の持ち主は、正宗だった。

 

「何だぁ、お前?おい、コイツを現場に入れたのは誰だ?」

 

「騒ぐな、俺も民警だよ。」

 

文句を言われる前に正宗はライセンスをちらつかせた。

 

「司馬重工民警部門所属・・・・」

 

事細かに記載されている項目に目を通し始めた多田島の手からライセンスをもう充分見せたとばかりに奪い取った。

 

「偶々通りかかってな。何があったかちょいと見に来たのさ。心配しなくても捜索の邪魔はしない。」

 

ああ、そうかよと蓮太郎は鼻を鳴らした。今はこの闖入者に構っている場合ではない。

 

「多田島警部、直ぐにこの辺り一帯を封鎖してくれ。近隣の人間にも避難勧告を。パンデミックを防ぎ損ねて降格処分なんて嫌だろ?」

 

「分かってるよ、こちとら昨日今日始めた仕事じゃねえんだ!」

 

皆が慌ただしく退室して感染源及び感染者捜索の為に動き出した。正宗以外は。

 

「真由、聞こえてたな?感染者でも感染源でも良い。探してくれ。」

 

誰もいない部屋で声を張り上げると自分もその場を後にした。

 

「もうやってるよ。」

 

正宗には聞こえないが、グランド・タナカの屋上で瞑想でもするかの様に胡座をかいて目を閉じている真由がそう答えた。暫くの間その場を動かずにいたが、やがて目を開けた。風でフードが外れ、焦げ茶色の短髪の少女の顔が露わになった。その髪はまるで自分で切った様に不揃いだったが、不思議と彼女には似合っていた。

 

そして人間にはある筈の無い、鱗に覆われた肌の一部が露わになった。

 

「・・・・・・見つけた。」

 

直ぐにスマートフォンをモッズコートの内側から取り出して正宗に連絡を入れた。

 




感想、評価、お待ちしております。


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Stage III: The Office (Part 1)

蓮太郎がガストレアとの交戦に入ったのは、グランド・タナカを出てから凡そ十五分程後だった。その場には既に藍原延珠———不慮の事故で自転車から振り落として放置してしまった相棒———がいる。

 

「延珠、大丈夫か?!」

 

互いに向かって駆け寄った二人だが、延珠は両手を広げた蓮太郎の股間を力一杯蹴り上げただけだった。

 

「ぐぉ、ぉぉお〜〜、く、ぉ・・・・・」

 

股間を抑えながら蓮太郎の額は自然に地面へと落ちた。女には一生理解出来ないその激痛に身を捩りながら歯を食い縛る。

 

「全く・・・・妾を自転車から振り落としておいて何事も無かった様に振る舞う蓮太郎が悪いのだぞ?」

 

「お、怒ってるのかよ?」

 

「当然だ!」

 

「仕方無かったんだよ。この仕事取り逃してたら木更さんにぶっ飛ばされてるとこだぜ?」

 

「妾を見捨てて行ったから妾もぶっ飛ばす。」

 

「じゃあ俺にどうしろってんだよ!?」

 

夫婦漫才宛らの会話を一発の銃声が遮った。多田島が黄色と黒の斑点模様と四対の紅色の複眼を持ったガストレア モデル・スパイダーに向けて発砲したのだ。

 

「おいお前ら、漫才でアレを倒すつもりか?とっとと仕事しやがれ!」

 

被弾した箇所から血が流れ始めたが、その傷はみるみる治って行き、やがて減り込んでいた38口径の弾が弾き出されてアスファルトに転がり落ちた。ガストレアは多田島の方へ向き直り、耳を劈く咆哮を上げた。

 

その間に蓮太郎は彼を押しのけて、自分のスプリングフィールドを引き抜いた。

 

「何しやがる!?」

 

「ガストレアに普通の兵器は効果ねえんだよ。無駄に興奮させるだけだからやめとけ。」

 

「ならどうすんだ?」

 

「見てろ。」

 

彼のスプリングフィールドXDから放たれるバラニウムで出来た黒い銃弾はモデル・スパイダーを貫いては弾け、紫色の体液を撒き散らした。続け様に撃ち続けたが、十数発撃った所で銃のスライドが後退したまま動かなくなり、弾切れを報せた。

 

足、目などを吹き飛ばされたモデル・スパイダーは残った足で胴体を守る様に丸まり、ぴくりとも動かなくなった。ゆっくりと用心しながら蓮太郎は近付いたが、ガストレアの銃創は撃った弾の半分も無く、加えて命中した物はどれも急所から外れていた。

 

次の瞬間モデル・スパイダーは立ち上がり、蓮太郎に向かって走り出した。脚を欠損しているとは言え、脚が八本あった頃と比べても殆ど速度が変わっていない。不意をつかれた蓮太郎は反応出来ず、目を閉じて身を堅くした。

 

だが、いつまで経っても襲いかかる筈の激痛が来ない。目を開けると、目の前にビジネススーツに身を包み、髪を無造作に後ろで纏めた男が立っていた。仮面男との戦闘の後に現れた正真正銘の同業者の男だ。イニシエーターも連れていない彼の言葉はどこか嘘くさかったが、今それが違うと確信を持って言える。

 

何故なら彼の真後ろには飛び蹴りを放とうとした延珠の脚を片手で真っ向から受け止める子供がいたからだ。顔は膝まであるだぼついたモッズコートのフードに隠れて見えないが、延珠と同じ澄んだ赤色の双眼が奥から見えたのでイニシエーターである事は間違い無い。

 

男の右手にはモデル・スパイダーの目の如く赤く発光する太刀が握られており、新手のイニシエーターに気を取られていた所で撃発音を聞いて再び視線をガストレアに戻すとそこにはステーキの様に切り分けられたガストレアだった気色悪い肉塊がアスファルトに横たわっていた。

 

しかし彼はガストレアよりも得物の刀の方が気掛かりらしく、刀身をあらゆる角度から検分していた。

 

「試し斬り、どうだった?」

 

「刃毀れ、歪み、無し。アームの動きとパイルの機構も問題無し。パーフェクトだ。」

 

そう呟きながら太刀の血を払って鞘に収めると正宗は屈託の無い笑顔を見せた。

 

「悪いな、ムラサマの試し切りが待ち遠しかったから、お前の獲物盗っちまった。」

 

多田島は開いた口が塞がらなかった。実際にガストレアとの戦闘はこれが初めてなのだから無理も無いが、あの二人は、小柄ながらも明らかに人間という種族ではありえない身体能力を有していた。

 

地面が抉れる程のジャンプが出来る子供がいるだろうか?

 

それ程の勢いがついた蹴りを真っ向から、それも片手で受け止められる子供がいるだろうか?

 

どちらも、否である。

 

「あれが・・・・・・イニシエーター・・・・」

 

そして刀を持ったあの男の力量もそうだ。銃と言う便利な武器が重宝される昨今、今時近付かなければ相手に届かない刀を使う輩等そうはいない。いるとすれば命知らずの馬鹿か余程腕に自信があるかのどちらかだが、彼は明らかに後者だ。六十キロは軽くある筈のモデル・スパイダーを瞬きする一瞬の内に食材を切り分けるかの様に四分割した。明らかに人間の身体能力の範疇を越えている。下手をすればイニシエーター並みだ。

 

しかし呆気に取られた多田島などお構い無しに延珠は真由に噛み付いていた。

 

「何故邪魔をした!?この依頼を受けたのは妾達だぞ!」

 

「正宗が試し斬りしたいって言ってたから。高級オイルサーディンの缶詰十五個が報酬。」

 

理由などそれで十分だとばかりにフードの奥からくぐもった声が返事をした。

 

「此奴め、言わせておけば・・・・・後からしゃしゃり出て来た癖に・・・・・!!」

 

「延珠、やめろって。格下のステージ I 相手に油断してたのは俺だし、結果的に助けて貰ったんだ。手柄、貰っていいんだよな。」

 

正宗は無言で頷き、ほうけた顔の多田島を顎で小さく指し示した。

 

蓮太郎は背筋を伸ばして多田島に敬礼をした。

 

「2031年、4月28日、16時30分、イニシエーター藍原延珠並びにプロモーター里美蓮太郎。ガストレア殲滅、完了しました。」

 

「お疲れさん。」

 

あくまで形式的な物だが現場指揮官としての立場もある為、多田島も敬礼を返した。

 

「なあ、蓮太郎。早くタイムセールに行かなくて良いのか?」

 

「あ。」

 

延珠が引っ張り出したチラシを見ると、蓮太郎の顔から一瞬にして血の気が失せて真っ青になった。

 

「やっっっべええええええぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜!!!!!一袋六円のもやしぃぃ〜〜〜!!!」

 

夕日の逆光で後ろ姿が影絵の様になった二人は実に絵になる光景だった。あの叫び声が無ければの話だが。

 

「正宗、帰る?」

 

「いや、先にここの後始末を済ませる。獲物を分捕ったけじめって奴だ。え〜っと多田島警部、だっけ?」

 

「ん?お、おぉ、おう。」

 

「事後処理、出来る所は手伝うが、良いか?」

 

「そりゃ別に構わねえが・・・・あんた、一体何者なんだ?あんなでっけえ化け物をなます切りにしちまうなんて、ただもんじゃねえ。」

 

「こう見えても足腰が立つ時から二十年程剣術をやってた。親父も警察官だったし。ああ、そうそう。あの二人に払う筈だった報酬、貰えない?俺の腕と所属に免じて。」

 

司馬重工は超一流の兵器会社として名高いが、民警部門にも事業を展開しており、統率の取れた選りすぐりの民警ペアを雇い入れている。信頼に足るブランド名としては十分過ぎる。

 

「・・・・・まあ、漁父の利とは言え実質倒しちまったのお前だしなあ・・・・わーったよ。俺が出来る限りフォローしておく。署まで付いて来な。」

 

 

 

 

 

 

 

「死ぬ前に何か言い残したい事はある、里美君?」

 

社に戻った蓮太郎は鋭い目付きで睨め付ける天童民間警備会社の社長にして己の上司、天童木更を前に冷や汗をかいていた。今日は全くもって厄日だ。

 

美人程怒れば恐ろしいと言われているが、彼女はそれをしっかりと体現していた。陶磁の様な透き通った白い肌は長い絹の様な黒髪と彼女が通う美和女学院の白いラインが入った黒い制服によってより引き立てられていた。

 

「・・・・す、過ぎた事はしょうがねえだろ?」

 

言うや否や、木更の拳が飛んで来たが、蓮太郎は迷わずに避けた。

 

「何で避けるのよ!?腹立たしいわね!」

 

忌々しそうに蓮太郎を睨んだ。

 

「無茶苦茶言うなよ!」

 

意地でも一発ぐらいは絶対殴ってやると木更は部屋中蓮太郎を追い回したが、やがて彼女の方が先に体力を消耗し切り、直ぐに諦めた。髪を肩越しに払い除け、再び高級感溢れるグランドピアノ程はあるデスクの後ろに回って革張りの座椅子に腰を下ろした。

 

財政が逼迫していると言うのに何故こんな物を買ったのか、今更ながら正気を疑う。何より絵になっていると言う事実が余計に腹立たしい。

 

「つまり君はタイムセールの商品を買う為に急いだら、警察から報酬を貰い損ねた事に気が付いた。連絡しても払って貰えず、それでもモヤシは二袋買って来た、と。」

 

「一人一袋までだったから、延珠と一緒で二袋せしめて来た。あんたも食べるか?木更さん。」

 

「仕事してる時は社長って呼びなさい!」

 

ドンとデスクを叩き、肩書きと名前を記したネームプレートが跳ねた。そして深く溜め息をつくと、がっくり項垂れた。

 

「ちょっと里美君、今月は収入ゼロよ・・・・!?誰の所為だと思ってるの?この甲斐性無し!最弱!おバカ!それと、君の中では社長への報告よりもタイムセールを優先させるの!?何より、どうして私にセールの事教えてくれなかったの?!」

 

そう言った瞬間、木更の腹の虫が盛大に空腹を訴えた。空き腹を抑えながら虚ろな目で椅子に崩れ落ちた。

 

「もう駄目・・・・ビフテキ、食べたい・・・・」

 

「・・・・・俺だって食いてぇよ、ミディアムレアで。」

 

「会社経営って思ったより大変なのね・・・・それもこれも、里美君が甲斐性無しのおバカな所為ね。」

 

「寧ろ俺は立地が大きな問題の一つだと思ってるんだけど?」

 

と言うのも、天童民間警備会社はマルチテナントビルの三階に設立されているのだが、一階にはゲイバー、二階にはキャバクラ、そして四階には闇金業者がそれぞれ店を構えている。そんな後ろ暗い連中がいる所に足を運んで仕事を頼みに行く人間等、いよう筈も無い。

 

「実績が伴ってる本当に良い会社なら、立地なんて些末な問題よ。」

 

確かにそうだ。

 

「あ、じゃあ木更さんがビラ配りをすれば良いんじゃないか?メイド服着て。」

 

彼女なら間違い無く似合う。十人中十人の男が必ず振り向く。広報は確実に成功する。だが木更はそのアイデアを聞き、顔を真っ赤にして背筋を伸ばした。

 

「この私に女給の真似事をしろって言うの!?それよか里美君が『天童民間警備会社ここにあり』って叫びながら衆人環視の中燃えるか爆発しなさい!!」

 

「それじゃ———」

 

「只の自爆テロだと思うぞ?」

 

蓮太郎は聞き覚えのある声に思わず振り向くと戸口に男が立っている。妙に機械的な、マガジンが突き刺さった鞘に収まった太刀を携え、顔には人を喰った様な薄ら笑いを浮かべたスーツの男だ。手には白い紙袋があり、もう一つの手には食いかけのメンチカツがある。おまけに、それに内包されたチェダーチーズの香ばしい匂いが部屋に充満し、木更と蓮太郎の腹の虫は更に胃を満たせと催促して来る。

 

本人に自覚があるかどうかは分からないが、これでは生殺しだ。

 

「あんたは・・・!!」

 

「よう。悪いな、立ち聞きしてたみたいで。説教の最中に入るタイミングって分かんなかったからな。えっと・・・・・堺屋松五郎だっけか?」

 

「誰だよそれ!?里美蓮太郎だ、僅か一文字しか合ってねえよ。で、何の用だ、ワザワザこんな所まで来て?」

 

「何の用とはご挨拶だな。大事な届け物だよ。ほれ。」

 

残りのメンチカツを口に放り込むと、茶封筒を上着の内ポケットから取り出し、アンダースローで投げた。綺麗な放物線を描くそれは、見事木更のデスクに置いてあるノートパソコンのすぐ隣に落ちた。封筒を見ると、そこには警視庁の三文字と桜の代紋の封がある。木更は封を切り、怖々と中を覗いた。ぎっしりと一万円札が詰まっている。

 

「え、これって・・・・・まさか・・・・?」

 

「ああ。社長の表現を借りて言うと甲斐性無しの最弱おバカが回収し損なった報酬だ。」

 

「やったぁぁ〜〜〜〜〜!!」

 

木更はデスクに飛び乗るのではないかと心配してしまう程に鬼気迫る歓喜の雄叫びを上げた。

 

「どこの誰かは知りませんけど、ホンッッッッッットにありがとうございました!はぁ、これで里美君は減給するだけで済むわ。」

 

「ちょ、おい!何でだよ!」

 

「当たり前でしょ!最初に報酬貰い損ねた諸悪の根源の癖に!」

 

「あ、ちなみに俺も民警な。桐生正宗だ。」

 

デスクの方へ大股で歩み寄り、ライセンスをそこに置いた。

 

「桐生、正宗・・・・・桐生?失礼ですけど、もしかして貴方のお父上って・・・」

 

「ああ、桐生三厳だよ。」

 

「是非内で働いてもらえませんか?」

 

「おい、木更さん!?よせって、こんな得体の知れない男を雇うなんて!」

 

ずいっ、と言う擬音が出る様に近付いた木更を蓮太郎は慌てて引き止めた。自分のミスの尻拭いをしてくれた事は悔しくも勿論ありがたい。だが、桐生正宗と名乗るあの男はどこか異様な雰囲気を醸し出している。それに中てられ、脳裏の警鐘がコイツには関わるなと言っているのだ。

 

「美人からの仕事の誘いを受けて断るのは心苦しいが、残念ながらもう雇われてる身でね。」

 

今度は袋の中から肉マンを取り出すと、大きく噛りついた。

 

「行儀悪いのは承知だが、勘弁してくれ。それを回収する前は書類整理やら始末書やらを片付けてたんだ。それも昼飯抜きで。」

 

「いえ、それは、別に、全然・・・・・お構い無く・・・・アハ、アハハハ・・・」

 

死ぬ程空腹である事を必死で気取られまいと後ろに隠した手で脇腹を全力で抓っている木更は、乾いた笑い声しか出なかった。

 

「で、もう一方は見つかったのか?」

 

「え?」

 

まさか正宗はこの状況で話を進めるつもりなのか?彼の用事は報酬を届けに来ただけの筈だ。かと言って貰い忘れると言う失態を犯した自分が用事が済んだなら帰れと追い出せる筈も無く、蓮太郎は言葉に詰まってしまった。

 

「多田島警部に確認を取ったが、あの時点でガストレアは感染源と感染した人間が変異した合計二体がこの東京エリアにいた。一つは社長さんの部下が倒した。報酬の大ポカは兎も角、それは本当だ。」

 

真っ赤な嘘をまことしやかに言いながら正宗は再び袋に手を伸ばし、今度はコロッケを取り出した。本人に自覚があるかどうかは分からないが、彼の食事は最早只の嫌がらせになっている。

 

「でもまだ警察の網にも引っ掛かってないから、見つけてそっちで始末したんじゃないかと思ってな。」

 

木更は首を横に振り、デスクに置いてあるパソコンの画面を正宗の方に向けた。

 

「それは里美君からの報告を聞いてからすぐ調べましたけど、撃破の報告は疎か目撃情報も全く無いです。」

 

「冗談キツいな。ま、良いや。今後とも同業者同士よろしく。」

 

空になった紙袋を丸めてゴミ箱に捨てると、小さく手を振ってオフィスを後にした。

 

「なあ、あの桐生って男、そんなに凄いのか?」

 

正宗の足音が遠ざかってから蓮太郎は木更に尋ねた。

 

「里美君が知らないのは無理からぬ事かもね。私みたいに剣術を嗜むか警察官やってたら知らない人はいないわ。交番勤務の巡査から警視にまで上り詰めた叩き上げの鑑よ。で、あらゆる剣道大会の表彰台に登った新陰流の達人で、警視庁でも師範をやっていたの。事故で片目を失明したらしいけど、そんなハンデを物ともしない技量と気迫から『柳生十兵衛の再来』とまで言われた人よ。悔しいけど、天童式の武術よりもよっぽど古い、由緒ある家系なの。」

 

「柳生十兵衛の再来、ねぇ。」

 

歴史にはあまり詳しくない蓮太郎だが、柳生十兵衛の名は時代劇や時代小説で登場人物として良く使われている事位は知っていた。あれはあくまでフィクションだが、ガストレアを秒殺した正宗の強さは本物だった。それに恐らくあの時の彼は本気を出していない。

 

そう言えば、多田島が提示されたライセンスを見て司馬重工民警部門所属と言っていた。一応木更に伝えておくべきかと一瞬思ったが、直ぐにこの案を却下した。ステージ Iのガストレアに苦戦するわ報酬を貰い損ねるわ貰い損ねた報酬を別の民警に届けてもらうわと踏んだり蹴ったりの厄日だった。もうこれ以上自分から地雷を踏みに行く気など更々無い。

 

それに、もし自分がこの事を言えば、この場にいない正宗に変わって自分に木更の怒りと八つ当たりの矛先が向く事は容易に想像出来た。

 

今はとりあえず黙っておこう、と蓮太郎は決めた。



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Stage IV: The Office (Part 2)

昨日ブラックブレットのライトノベル(既刊)を全て購入しました。これでもう少し執筆がスムーズになればなと思っております。


天童民間警備会社を去ってから程無くして正宗は未織から司馬重工本社に呼び戻された。マルチテナントのワンルームオフィスとは格から何から既に比べ物にならない。

 

「どうした、未織?」

 

「用事は三つや。一つはHFシリーズのプロトタイプ製作に使っとった刀の最終調整が終わったから受け取りに来て欲しかったんよ。もう一つは何で木更の所におったんか、や。」

 

口は笑みの形を作っていても、それは刺す程に冷たく、目も全くもって笑っていなかった。

 

「・・・・・そういや天童のお嬢とは蛇蝎の如く互いを嫌い合う仲だったな。」

 

そう言えば以前彼女が普段の落ち着いた雰囲気など欠片程も無く愚痴を零していた事があったな、と正宗は思い返した。あの時に確か木更の名が出た様な。

 

「間違ってもあんな所に移籍したらあかんえ?」

 

「いや、出自の事を答えたら是非ウチで働かねえかってオファーがゼロコンマ一秒後に来た。」

 

勿論断ったがな、と何か言われる前に急いで付け足した。社長令嬢の小言を拝聴するのはもうごめんだ。

 

「さよか。ならええわ。」

 

「三つ目は?」

 

「ご要望の外骨格(エクサスケルトン)がようやく完成したからテストをして貰いたいんよ。フルカスタム仕様のとんでもない額を一括払いした小切手見てうちのお父んもえらいびっくりしてたえ?億単位の額でよう不渡りにならんかったなぁ、て。」

 

「十五の時から十年間、ほぼ1日も休まずに高位、下位問わずガストレアを殺しまくって手に入れた金だ。出費を切り詰める為に風呂便所なしのボロアパート住まいを続けた甲斐があったぜ。」

 

「そないな事せんでもローン組めばええのに。」

 

だが正宗は小さく笑いながらそれは駄目だと首を横に振った。

 

「買い物ってのは品の値がどんなに高くても全額を一息に払うのがポリシーでね。行こうか。」

 

 

 

二人はエレベーターで地下深くにある戦闘訓練や新武装が行われるだだっ広い空間へと潜った。そこは映画のCGに使われるグリーンスクリーンの様な緑色のパネルがドーム状のその空間一杯に埋め込まれている。

 

「コイツがそうか。」

 

部屋の中心に置かれた台車の上に赤いラインが幾筋も走る白い機械の鎧が今腰に差しているムラサマと同じ形状の鞘に収まった二振りの刀が鎮座していた。鎧も戦国武将の甲冑の様な物ではなく近未来的かつシンプルなデザインだ。

 

「コイツはどの程度の攻撃を防げるんだ?」

 

「殆どが膂力を底上げするパワーアシストに機能を回しとるからなあ。可能な限り急所や当たったら動きに支障が出る様な所の防御機能は高めてあるんやけど、流石に戦車の砲弾が直撃したら無事では済まへんえ?」

 

「まあ、そりゃ当然だな。生憎と俺は普通の人間だし。」

 

「四方八方から飛んで来る銃弾を避けたり切り落とせたりする人を世間一般の皆様は普通とは呼ばへんのやで?」

 

今でこそ何時もの事だと流している未織だが、働き始めた頃に映画の中でしかあり得ない様な芸当を正宗が顔色一つ変えずにやってのけた時は思わず目眩で椅子から転げ落ちそうになった。

 

「うるさい。」

 

「あ、リクエストされた酸素カートリッジとマスクはしっかり搭載されとるから何時でもベストの状態で戦えるで。」

 

「了解。着替えるから管制室に上がっててくれ。」

 

「はいはい。ほな準備出来たら言うてな〜。」

 

外骨格(エクサスケルトン)の着心地はまずまずと言った所だった。肉体の電気信号をより正確に読み取る為に先にウェットスーツの様な物を着てから装着する事になったが、蒸れる様な事は無く、重量も一般的な衣服と殆ど変わらない。

 

ムラサマを腰から抜いて台車に載せると、代わりにHF正国と鞘に刻印された刀を取り上げ、台車をエレベーターの方へ押しやった。

 

「良いぞ〜。」

 

「ほな行くえ?」

 

ドームの上に付いた窓から未織が手を振り、管制室の精密機械を操作し始めた。一瞬にして景色が破壊された市街地に変わった。正宗は腰を軽く落とし、HF正国の柄に手をかけ、気を巡らせた。

 

殆ど二発の銃声が同時に鳴り響き、正宗は抜刀して背後から飛んで来た銃弾を叩き落とした。再び刀を鞘に収めて敵がいると思しき方向に向かって走り出しながら鞘の引き金を引いた。先程の銃声よりも遥かに低く、重い撃発音と共に刀が鞘から矢の如く飛び出した。正宗は音速で空を切るそれを難なく掴み取り、遮蔽物ごと後ろにいる敵兵を真っ二つに叩き斬った。

 

更に別の方角から重武装した敵兵十人が二代の装甲車両で突撃して来た。全員防弾ベスト等の防具を身に付け、二台のルーフにはそれぞれM2ブローニング重機関銃が搭載されている。

 

「いざ、参る。」

 

短距離走の選手の様にクラウチングスタートの姿勢に入り、パワーアシスト機能をフル稼動させて地面が抉れる程強く蹴った。機関銃とその他の重火器から浴びせられる銃弾を弾き飛ばしながら肉薄し、装甲車のルーフに飛び乗った。M2の銃口を向けられる前に銃と兵士、そして車両を細切れにすると残った一台に飛び移って同じ事をした。

 

破壊された車両と死体はポリゴンになって消えて行き、更に兵士が現れた。全員ボディーアーマーや鉄帽などの防具で身を固めているが、誰一人として銃を持っていない。ナイフやスタンバトン、鉈、大型ハンマー、更には剣を持っている。

 

「良いねえ、ちょっと燃えて来た。」

 

正国の柄を拳で軽く叩くと、正眼に構え直した。外骨格(エクサスケルトン)の胸辺りに収納されていたマスク部分が顔に張り付き、酸素を開放した。深呼吸をすると普段より遥かに呼吸が楽になり三度目の深呼吸で息を大きく吸うと、吐き出さずにそこで止めた。

 

擦れ違い様に何人かを得物ごと斬り捨てた。小さく、鋭く息を小出しにして吐きながら深く腰を落とし、得意の居合いの構えに入る。

 

「絶刀。」

 

再び撃発音と共に勢い良く飛び出す刀を掴み取り、一太刀で更に数名がポリゴンと化した。

 

「酸素濃度、マスク動作、問題無し。HF正国、振動速度、振動数良好、と。」

 

しかし、まだ終わりではなかった。自分を取り囲む兵士達を撫で斬りにして間も無く、高層ビル程もある巨大な二足歩行のロボットと二十機前後の軍用ヘリが正宗が立っている辺りに深い影を落とした。

 

全ての敵を倒し終えた頃には日はもうとっぷりと暮れていた。酸素カートリッジによってスタミナ切れをある程度阻害する事が出来るが、流石の正宗も顔に疲労を色濃く見せていた。構えは残心の為に保ったままだが、顔は汗で光っている。外骨格(エクサスケルトン)の下も汗塗れになっているだろう。

 

『ほんまに凄いなあ!!流石ウチの民警部門の大物新人や。この難易度でクリア出来る人、そうはおへんえ?』

 

「だろう、な・・・・・」

 

残心を解いて刀を収めると、正宗は刀を台車に戻し、スーツを脱いだ。

 

「刀とスーツ、家に届けてもらえないか?流石に俺も疲れた。」

 

ある程度の余力はどうにか残している物の、HFムラサマに加えて更に二振りの刀と外骨格(エクサスケルトン)を持ってバイクで帰宅するだけの自信は無かった。加えて慣れていない外骨格(エクサスケルトン)の試運転が思いの外体力を削ったのだ。

 

『ええで〜、お疲れさん。あ、溜まってる書類も一緒に送るから提出よろしゅうに。』

 

「まだあるのかよ、畜生め。分かった。」

 

全身の軽い筋肉痛を無視しながら正宗はバイクを二十分程走らせ、二階建ての木造住宅の前で止まった。コンクリ—トジャングルとも呼ばれる東京エリアではどこか場違いなその家は和のテイストが強く、小振りな武家屋敷にも見える。

 

バイクをガレージに押し込んで家に入ると、台所からバターを溶いた味噌汁の独特なまろやかさを孕んだ匂いが玄関まで漂って来ていた。

 

「あ、正宗お帰り〜。」

 

真由がしゃもじを片手に藍色と深緑のタータンチェック柄のエプロン姿で出迎えた。室内だからかモッズコートは着ておらず、Tシャツと少しだぼついた膝丈のズボンを穿いている。その為露出している肌からエプロンの深緑よりも濃い色の鱗や鱗板がびっしりと生えているのが見える。

 

「目刺がもうすぐ焼けるからちょっと待って。あ、それと、刀とスーツと書類が詰まった箱が速達で来てるから。」

 

「ああ。悪いな、外骨格(エクサスケルトン)の試運転で料理当番替わって貰って。」

 

「正宗が料理すると野菜と肉と魚とその他の比率が5:1:1:3ぐらいになるから別に良い。」

 

テーブルの方を見ると、確かにそこには肉、魚を使った料理が多く、野菜は漬け物と味噌汁の具に使った青ネギ程度しか無い。

 

「本来なら肉と魚を使い過ぎだと言いたい所だが、まあ、今回は丁度筋肉痛だからありがたいよ。先に食ってるぞ。」

 

「ん。」

 

欠伸をしながら席について手を合わせると、まず漬け物に箸をつけた。程よい歯応えと噛めば噛む程滲み出る味に満足し、咀嚼して飲み込んだ所で握り飯を手に取った。ごま塩の簡単な味付けだが、その単純さ故の深い旨味が楽しめる。加えて試運転で汗をかきまくったので、塩分補給には丁度良かった。

 

焼けた目刺を一匹爪楊枝の様に銜えてもぐもぐしながら残りを載せた皿をテーブルに置き、真由も黙々と食べ始めた。

 

食事を終えた頃には皿は全て空になっており、片付けを済ませてから二人は浴室と洗面所以外がぶち抜かれた大きな畳が敷かれた和室で大の字に寝そべっていた。

 

「・・・・食い過ぎたな。」

 

「うん。今更ながら反省・・・・・」

 

無遠慮なげっぷが二人の口から漏れた。

 

「まあ良いさ、このカロリーは明日消費すりゃ良い。ああ、そうそう。お前、昼飯何食った?」

 

「大盛り卵かけ牛丼二杯とけんちん汁三杯。」

 

「聞いただけで胃がもたれそうだな。本当は駄目だが、今回は特別にこのまま寝る。」

 

自宅で神経を解してからどっと疲れが押し寄せて来て、俄に正宗の瞼が重くなり始めた。まだ九時にもなっていないし、片付けなければならない書類が箱一杯に残っている。まだ寝る訳には行かないと思いつつも、強力な睡魔はやる気と体を動かす力をどんどん奪って行った。

 

「火事か空き巣かガストレア侵入じゃない限り起こすなよ。」

 

「おやすみ〜。」

 

 

 

 

 

 

やかましく且つしつこく鳴る携帯の着信音に二人は目を覚ました。液晶には未織の名がある。

 

「もしもし?」

 

携帯に一番近い真由が目を擦りながら電話に出た。

 

『あ、真由ちゃん?』

 

「ん。おはよーしゃちょー。」

 

『おはようさん。言うてももう十時過ぎなんやけどね。起き抜け早々で悪いんやけど、正宗君と防衛省に大至急行ってくれへん?久し振りの大仕事や。正宗君以外にも後二組ぐらい送るつもりなんやけど、代表として先に行って貰いたいんよ。』

 

「りょーかい。伝えとく。」

 

『ほな、お気張りやす〜。』

 

通話が切れると真由は正宗を揺すり始めた。

 

「正宗〜、しゃちょーの呼び出し。」

 

「分かってる、聞こえてたよ。防衛省だろ?」

 

何時もの気さくで人を食った様な笑みはどこへやら、安眠を邪魔された苛立ちが在り在りと顔に浮かんでいた。起き上がって胡座をかくと首を捻った。ポキポキと小気味の良い音がした。

 

「そうゆっくり朝飯は食ってられないか・・・・コンビニで適当に買ってくぞ。」

 

「ねぎとろ巻寿司とツナマヨ食べたい。」

 

「うん、あったらな。」

 

バイクを全速力で飛ばして昼の少し前に防衛省に着いた二人は、その場でばったりと蓮太郎と木更の二人に出くわした。

 

「あ。」

 

「あ。」

 

「おお。よう、お二人さん。お前らも呼ばれたのか?」

 

「まあな。昨日あんたの事を少しばかり先生に聞いてみたよ。」

 

「先生・・・・?ああ、菫先生の事か。そう言えば挨拶に行くの忘れたな、あの引き籠もりの色白い美人さんに。で?彼女は俺の事をどこまで話した?まあ俺が後で確認すれば済むが。」

 

「そんな立ち入った質問はしてねえよ。」

 

「そうか。」

 

「あのぉ、この子は・・・・?」

 

「正宗のイニシエーター。名前は入江真由。好きな物は肉と魚介類全般。よろしく。」

 

木更の質問に真由はモッズコートのフードの奥から欠伸で若干不明瞭な挨拶をした。

 

若干剣呑な雰囲気のまま、三人は第一会議室まで従業員に案内された。

 

小さいドアとは裏腹に会議室は想像以上に広かった。高級スーツに袖を通した民間警備会社の社長達は会議室の中心にあるテーブルに座っていた。その後ろでは何組ものならず者としか言えない様な出で立ちの民警ペアが左右の壁を背に並んでおり、プロモーター達は皆例外無く銃やバラニウム合金で出来た得物を何かしら携帯していた。

 

三人が入室した所で雑談は一瞬にして止み、主に木更と蓮太郎に敵意の視線が突き刺さった。

 

「おいおい、最近はガキまで民警ごっこか?部屋間違えたか?社会見学に来たんなら回れ右しろや。」

 

巨漢のプロモーターの一人が進み出て三白眼で蓮太郎と木更を睨め付けた。

 

鉄板の様な分厚い胸板を持った彼はタンクトップを着ており、炎の様な色の髪の毛を尖らせて顔の下半分を髑髏模様のスカーフで隠していた。

 

背中には十キロは間違い無くある身の丈程の黒いバスターソードを背負っている。

 

「用があるならまず名乗れよ。」

 

木更を庇う様に前に出ると言う蓮太郎の行動に男は神経を逆撫でされた。

 

「何だてめえ?随分貧弱そうだな?」

 

「人を見た目で判断するのはどうかと思うぜ?」

 

「胸糞悪ぃガキだな、ぶった切るぞコラ!」

 

入室早々空気が張り詰め始めた。

 

「下がれ、熊公。」

 

「ああ?」

 

蓮太郎達が揉めている反対側の奥の壁に凭れ掛かっている正宗が闖入した。

 

「IP序列や年齢はどうあれ、ここに通された以上彼らも歴とした民間警備会社の人間だ。少しはプロ意識を持てよ、筋肉達磨。」

 

薄ら笑いの嘲りに男の怒りは頂点に達し、背中のバスターソードに手をかけた。

 

「やめたまえ、将監。」

 

正に抜き放つ直前で座っている男の一人が良く通る声でそのプロモーターを制した。姿勢は疎か視線すら動かしていない。恐らく将監と呼んだプロモーターの雇用主だろう。

 

「冗談だろ三ヶ島さん!!」

 

「この場で流血沙汰を起こせば迷惑を被るのはお前だけではない。私の指示に従えないなら今すぐこの場を立ち去れ。それに、お前ではあそこにいる男には勝てない事はお前が一番良く分かっている筈だ。」

 

「・・・・・へいへい。」

 

不気味な程に落ち着いた将監は柄から手を放し、自分のプロモーターが立っている壁際まで大股で歩いて行った。

 

「桐生君、天童社長、我が社の者が申し訳無い事をした。何分気が短い性分でしてね。」

 

正宗は微笑を浮かべて何も言わずに部屋の奥へと進み、木更も小さな作り笑いのまま無言で会釈をし、入り口に一番近い席についた。

 

「一番端かよ・・・・」

 

蓮太郎は不服そうに呟いた。

 

「仕方無いでしょ、この場では私達は格下なんだから。」

 

木更は小声で文句を垂れる部下を窘めた。

 

「なら何でその格下の連中をここまで呼んだんだ?」

 

「すぐ分かると思うわ。それと里美君、さっきの大男、知ってる?三ヶ島ロイヤルガーター所属、IP序列1584位の伊熊将監よ。」

 

蓮太郎は喉の奥で小さく呻いた。彼でも知っている最大手の民間警備会社の一つで、手練のペアを何組も雇っている。

 

「千番台・・・・」

 

イニシエーター・プロモーター序列、通称IP序列は国際イニシエーター監督機構(IISO)がガストレア討伐やその他の戦績を元に設定したペアの実力を現す格付けだった。

 

「彼は世界に七十万以上存在するペアの上位一パーセント以内に属してるわ。」

 

そんな相手に喧嘩を売りそうになったのか。蓮太郎は嫌な汗をかいた手をズボンで拭った。もしあのまま戦闘に入っていたら、恐らく将監が脅した様にぶった切られていただろう。

 

「じゃあ、桐生は・・・・」

 

「三ヶ島社長の言い方じゃ、彼は間違いなくその更に上ね。」

 

しばらくしてから自衛官の制服を着た初老の男が部屋に入って来た。男は部屋を見渡し、テーブルの席が一つ空いているのに気付いた。大瀬フューチャーコーポレーションのプラカードが鎮座している。

 

「空席は一つ、か。依頼の詳細を話す前に、依頼を断りたい者は今直ぐに退席してもらいたい。警告しておくが、依頼を聞いてしまえば断る事は出来ない。」

 

軍服姿の初老の男の言葉に部屋は少しばかりざわついた。しかし誰一人としてその場を動く事はなかった。

 

「これより依頼の説明を行う。」

 

楕円形のテーブルに背を向けると、男は巨大なスクリーンに向けて一礼した。次の瞬間、二人の人間の姿が液晶に映し出された。

 

『御機嫌よう、皆さん。』

 

スクリーンの向こう側にいる人物を見て、社長達は居住まいを正し、背筋を伸ばして慌てながら急いで立ち上がった。

 

雪の如き真っ白い服を身に纏った少女はまるで御伽話の中から出て来た様な幻想的な雰囲気を身に纏っていた。肌は勿論の事、髪の毛も紡ぎたての絹の様な光沢を放っている。その横には見事なひげを蓄え、紋付袴を着こなした老人が控えていた。

 

聖天子と天童菊之丞。国家元首と補佐官御自らの依頼と言う事だ。不謹慎にも興奮でにやけてしまっている正宗だが、隠そうにも隠せなかった。菊之丞と木更の視線が交差した瞬間に火花が散ったのを見逃さなかったからだ。

 

「エリアを挙げての依頼だね。」

 

真由もフードの奥で笑っていた。

 

「しかも、天童社長は補佐官閣下の孫娘だ。益々面白くなって来たな。」

 

『依頼は二つあります。一つは昨日東京エリアで感染者を出した感染源ガストレアの排除。もう一つは、このガスとレアの体内に取り込まれているケースを無傷で回収する事。以上です。』

 

スクリーンにジュラルミンのスーツケースと報酬金額を現す数字が現れた。その莫大な額に、会議室は色めき立った。

 

「はい、質問。」

 

質問の許可を求める学生の様な軽い声音で正宗が手を挙げた。

 

『何でしょう?』

 

「こんなにゼロが多い報酬を提示するんだったら当然相応の危険が付き纏う事を暗に意味してる。ケースの中身には毛程も興味は無いが、せめて危険度をお教え願いたい。」

 

『残念ながらその質問には答えられません。』

 

「聖天子様、それではこちらも納得致しかねます。」

 

今度は木更が挙手と同時に発言した。

 

『貴方は?』

 

「天童民間警備会社、天童木更と申します。」

 

聖天子は驚きに少しばかり表情が崩れた。

 

『お噂は聞いています、天童社長。納得致しかねる、とは?』

 

「単一因子のステージ I ガストレアなら、我が社のプロモーターを一人向かわせれば充分に対応出来ます。それを何故東京エリアトップクラスの民警のお歴々に依頼をするのでしょうか?彼が言った様に、破格の報酬に見合う危険がケースにあるのでは?」

 

『それは知る必要の無い事です。中身についてもプライバシーの侵害に当たりますのでお答えする事は出来ません。』

 

どうあっても教えるつもりは毛頭無いと言う意思表示を強める為か、聖天子の語気が僅かばかり強まった。

 

それから数秒が経過し、部屋に大きな高笑いが響き渡った。

 

『誰です?』

 

「私だ。」

 

大瀬フューチャーコーポレーションの社長が座る筈だった椅子に、いつの間にか一人の男が脚をテーブルの上に伸ばして腰掛けていた。仮面を顔に張り付け、シルクハットを被り、ワインレッドのパーティースーツに身を包んだその男の姿に蓮太郎は目を見開いた。両隣に座っていた社長達は驚きのあまり椅子から転げ落ちた。

 

笑い声を上げるまでこの部屋にいる誰もが、全く彼の存在に気が付かなかったのだ。

 

男は椅子を後ろに倒し、勢いを付けて前に倒れ込む勢いを利用してテーブルの上に飛び乗った。

 

『名乗りなさい。』

 

「私は蛭子、蛭子影胤と言う。お見知り置きを、無能な国家元首殿。」

 

シルクハットを脱いで恭しく聖天子に向かってお辞儀をした。

 

「私の正体は、端的に言うと君達の敵だ。」

 

ゾクリと背筋が寒くなった蓮太郎は銃を引き抜いて構えた。

 

「お前・・・」

 

「ハハハ、久し振りだね里美君、私の新たな友よ。」

 

「どこから入ってきやがった!?」

 

「正面から堂々と。尤も、寄って来た蠅みたいなのは全部殺させたけどね。紹介しよう。小比奈、おいで。」

 

「はい、パパ。」

 

蓮太郎と木更の後ろを短いウェーブの掛かった髪の毛を持つ黒いワンピースを着た少女が通り過ぎた。背中には交差した鞘が二本あり、小太刀が二振り収まっている。彼女の声を聞くまで蓮太郎は彼女の存在に全く気付かなかった事に、蓮太郎は再び肌が泡立つのを感じた。

 

「よいしょっと。」

 

多少苦戦しながらもテーブルの上によじ登り、影胤の隣に立つとスカートをつまんで聖天子に向かってお辞儀をした。

 

「蛭子小比奈。十歳。」

 

「私のイニシエーターにして、娘だ。」

 

「おい。流石にガン無視は酷いな。ちょっと傷付くぞ。」

 

正宗もいつの間にかテーブルの上に載っており、真由もフードを脱いで顔を晒していた。

 

「これは失敬。久し振りだね。」

 

「ああ。元気そうだな、蛭子。派手好きな服の趣味も健在で何よりだ。その服と仮面、幾らした?」

 

「八百飛んで八万六千九百円だ。君も相変わらず刀がどんどん様になって行くね、正宗君。いや、もう何年も会っていないから親愛を込めてサム、と呼ぶべきかな?戦場の古き友よ。」

 

「ねえパパ、あいつ鉄砲こっちに向けてるよ。斬って良い?」

 

「よしよし、まだだよ。我慢なさい。」

 

銃口を向ける蓮太郎を凝視し、今にも背中の小太刀に手を伸ばさんと指を曲げ伸ばししている小比奈の頭にポンと手をやって窘めた。

 

「話を戻そう、国家元首殿並びに民警一同。私がここに来たのは、このレースに参加する事を伝える為だ。」

 

「レース?何の事だ?」

 

「『七星の遺産』は、私が手に入れる。」

 

それを聞いた聖天子は一度きつく目を閉じた。

 

「蛭子、説明よろしく。」

 

「本来ならそんな義理は無いが、旧友のよしみに免じて皆にも教えておこう。あのジュラルミンケースの中身だよ。」

 

「じゃあ、あの時あの部屋にいたのは———」

 

「ご名答。ガストレアを追っていたが上手い事逃げられてしまってね。手掛かりを探している最中に警察が窓から突入して来た。驚きのあまり反射的に殺してしまったよ!」

 

影胤は笑いながら仮面に隠された顔を手で覆いながら笑った。

 

人を殺した事に対して一片の悔いも見せない影胤に、蓮太郎は憎悪を禁じえなかった。

 

「では諸君、ルールの確認をしよう。勝敗を決するのは君達か私か、どちらがあのガストレアを見つけ出して七星の遺産を手に入れるかだ。賭け金は、そうだね・・・・・君達の命、で如何かな?」

 

「グダグダうるっせえんだよ!!!」

 

端の壁にいた伊熊将監は巨体とは裏腹にかなり敏捷で、一瞬の内に背中のバスターソードを抜いて影胤に肉薄していた。

 

「ぶった切れろや!!」

 

風を巻き起こす程の凄まじい勢いで振るわれる将監の一撃は距離もタイミングも完璧だった。

 

「嘘だろ・・・・!?」

 

しかしその一撃は、呆気無く止められた。

 

「刀身の幅が広くて助かったぜお。お陰で無刀取りがこんなにもすんなりと出来た。」

 

合掌する様に両手を合わせた正宗は影胤と将監の間に割って入っており、バスターソードを挟み込んでいた。その状態から器用に将監の手を蹴り上げ、バスターソードは宙を舞ったが、彼のプロモーターがそれを落下する前にキャッチした。

 

「てめえ・・・コイツの仲間か!!」

 

「ガストレア大戦時代の戦友、腐れ縁だ。後、止めたのが俺で良かったと思え。でなきゃ確実に血祭りに上げられてたぞ?」

 

「下がれ将監!!!」

 

三ヶ島の叫び声に将監はすぐ反応し、後ろに飛んだ。その直後、正宗と影胤二人に向けて社長達とプロモーターが弾切れになるまで死に物狂いで銃撃を浴びせ続けたが雷鳴の様な轟音と共に青白い光が迸り、バラニウム製の銃弾はどれも例外無く影胤と小比奈、そして正宗から三十センチ程離れた所で完全に静止していた。

 

部屋は奇妙な沈黙に包まれ、硝煙の匂いが強く鼻をついた。

 

「私に対しては構わないが、旧友を巻き添えにするのは出来ればやめて貰いたいんだがね。」

 

「バリア・・・?」

 

「正確には斥力フィールドだ。私はイマジナリ—・ギミックと呼んでいるがね。」

 

「お前、本当に人間なのか?」

 

「勿論人間だとも。ただこれを発生させる為に内蔵の殆どをバラニウムの機械に詰め替えてあるんだがね。改めて名乗ろう、里美君。私は元陸上自衛隊東部方面第七八七機械化特殊部隊、『新人類創造計画』蛭子影胤。」

 

「七八七・・・?対ガストレア用特殊部隊?!実在したのか・・・・!?」

 

「信じる信じないは、君達の勝手だ。」

 

影胤が指を鳴らすと同時に銃弾はバラバラと落ちて行き、テーブルに当たる度に小気味の良い音を立てて跳ね、床に散らばっていく。

 

「そうそう、里美君。君にプレゼントがある。」

 

マジシャンの様な鮮やかな手際で白い布を手にかぶせ、三つ数えて取ると、リボンを結び付けられた箱が現れた。それをテーブルに置くと、窓を蹴り破った。

 

「絶望したまえ、諸君。滅亡の日は近い。」

 

そう言い残し、影胤は小比奈と共に開通した穴から飛び出して姿を消した。

 

皆あまりの出来事に皆呆然としていたが、プロモーターの内何人かは銃に弾を込め直して正宗に向け始めた。蓮太郎もその内の一人だ。

 

「何の真似だ?」

 

「とぼけんな。あいつとは面識があるんだろ?あのアパートに来たのも、偶然な訳が無い!」

 

「俺があいつとグルだと?まあ、確かに状況的にはそう見えるか。だがあれは本当に偶然だ。影胤ともここ何年か連絡が取れていない。」

 

『皆さん、桐生さんの素性と先程の言葉の真偽については、私と私の補佐官が保証します。銃を下ろして下さい。』

 

プロモーター達は釈然としなかったが、東京エリア統治者に逆らう訳にはいかず、渋々銃を下ろした。

 

「た、大変だ!しゃ、社長が自宅で殺されてて、死体のく、首が見つからなくて・・・・!!」

 

会議室に飛び込んで来たのは、大瀬フューチャーコーポレーションの社長秘書だった。息をする度に肩が大きく動き、目も血走っていて錯乱しているのは誰が見ても明らかだ。

 

影胤が残して行った『プレゼント』の箱の底から血が滲み出したのを見て、蓮太郎は毒突いた。確認しなくとも分かる。箱のサイズからして恐らく中身は無くなっている社長の首だ。

 

『状況が変わりました。依頼達成の条件をもう一つ加えます。あの二人より先にケースを回収して下さい。ケースの中身は悪用されればモノリスの結界を破壊し、東京エリアに大絶滅を引き起こす、封印指定物です。』

 




久々に一万文字突破した・・・・・超気持ち良い!!!!


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Stage V: The Doctor

お待たせしました。


「で?今度は何の用かね?エッチで怠け者で臆病で壊滅的に射撃が下手な蓮太郎君?少しは改善したのかい?射撃の腕はのび太君レベルに上がったかい?」

 

防衛省で影胤が乱入してから間も無く、蓮太郎は勾田病院に向かい、地下室にいる知り合いの医者、室戸菫に会いに行っていた。

 

「それは最初に来た時にもう聞いた。いい加減にしてくれよ、もう・・・・」

 

室戸菫は研究室を自室としており、放って置けば世界が終わるか食料が無くなるまでそこから出る事が無い重度の引き籠もりだ。それ故肌は病的な程に白いが、不思議な事にそれは彼女の美貌を損なうどころか、濃く暗い髪の色も相俟って不思議と引き立てている。

 

防衛省での経緯を搔い摘んで話してから一息つくと、更に質問を重ねた。

 

「先生、桐生正宗の事についてもっと教えてもらいたい。」

 

「プライバシーの侵害に当たるから患者の個人情報を第三者に漏らす訳には行かないからどこまで答えられるか分からないが・・・・・彼がどうかしたのかね?」

 

「個人情報は別にどうでも良いんだ。ただ、新人類創造計画の一員かどうか。それと先生から見てどう言う奴なのか。それを知りたい。」

 

「一つ目の質問の答えはイエスだ。君同様、私が自ら執刀した。良く覚えているよ。子供だてらにガストレア数体を一人で相手取って倒したと運び込んで来た自衛官が言っていたからね。大小様々な打ち身、切り傷、骨折は軽微な物から重傷まで様々あったが、運び込まれた時に一番目を引いたのは右胸から先が内蔵や骨を含めてごっそりと無くなっていた事だね。それでも残った左手は死ぬか生きるかの選択をする時以外は刀を握り締めて離そうとしなかった。片目の角膜の傷も酷かったから目にも少しばかり手術を施した。成長につれて義手を新調する時以外は来なかったが、来る時は必ず何かしら手土産を持って来ていたよ。最近では但馬牛のビーフジャーキーだった。なかなか美味だったよ。」

 

「二つ目の答えは?」

 

「遊び心を持った理性ある獣、と言った所かな?」

 

菫の不思議な言い回しに蓮太郎は当惑した。

 

「改造手術を施した日を境に、彼は何かに取り憑かれた様に戦場へと繰り出していた。一度戦う事が楽しいかと聞いたら、彼は笑顔で楽しいと答えた。強い相手と戦うのが特に楽しいと。会いに来る度に血や汗、ガストレアの体液に塗れていてね。だが決して殺戮に狂って我を忘れる様な事は無かった。良い話し相手だよ。」

 

「それ、明らかに完全に頭ぶっ飛んでる奴の症状じゃないのか?」

 

菫の説明では正宗が幕末に生きていた人斬りの化身が乗り移った精神を病んだ男にしか聞こえない。

 

「確かにそうかもしれないが、人間なんて生き物は多少頭のネジが幾つか外れていてなんぼの存在だ。」

 

そう言われて蓮太郎は言葉に詰まって押し黙った。引きこもりで死体愛好家でもある菫にそれを言われてしまうと反論のしようが無い。

 

「あれは彼なりに正気を保つ為の措置だよ。精神科は私の専門外なのだが、人間が溜め込めるストレスの量は限られていると言う事ぐらいは承知している。中途半端に緩いネジをギリギリまで待って一気に取り払った結果、少しおかしいのが一周回ってああなっているんだと思うよ。」

 

「なるほど・・・・じゃあ、もう一つ。あいつのIP序列は?」

 

「正確には分からないが、最後に会った時はもう既に千以上だった。」

 

ドアが開く音がして、二人はそちらに目を向けた。大きなレジ袋を三つ程片手に携えた正宗だった。

 

「おお、山下達郎。」

 

「里美蓮太郎だ!最早ワザとだろ!?」

 

「悪い悪い。菫先生、久し振り。美味いモン持って来たよ。」

 

「何時も何時もすまないね。奥に業務用冷蔵庫があるからそこに入れておいてくれないか?」

 

「たまには外に出てくれよ。これより美味い奴がある所、幾つも知ってるし。奢るよ?昼でも夜でも。」

 

冷蔵庫にレジ袋の中身をしまいながら正宗が誘った。

 

「申し出はありがたいが、どうしてもと言うのなら出前を頼むかここで君が料理を作ってくれたまえ。私はここを出るつもりは無い。」

 

ナンパが今正に目の前で繰り広げられていると言う事実にようやく頭が追い付いた蓮太郎は口の端がピクピクと引き攣るのを感じた。

 

「所で、夕方に運び込まれたステージ I ガストレアは君が倒したのかい?君が銃を使わない流儀を曲げるとは思わないが、切り口や断面が相変わらずまるでメスだったからね。」

 

「オフレコで良いなら。」

 

菫は頷いた。

 

「ああ。俺だ。新調した武器の試し切りで獲物を分捕っちまったから手柄と報酬はそこの劣化版のび太君に譲ったがな。」

 

「お前・・・・またドアの外で聞いてやがったな・・・!?」

 

「聞こうと思って聞いた訳じゃねえよ、聞こえて来たんだ。妙に惹かれてな、お前の会話は聞いていて面白いんだ。まあ、許せ。で?コイツがここにいるのってやっぱり俺の素性を探る為か?」

 

「まだあんたを信用してる訳じゃないからな。」

 

「手厳しいな。まあそれ位の危機感があって丁度良いんだろうけど。」

 

食料を冷蔵庫に仕舞い終わて扉を閉めると、正宗は蓮太郎に向き直った。

 

「影胤とは確かに古い付き合いがある。なんせ同じ戦場で戦って同じ包みのレーションを食った仲だ。ガストレア大戦、第一次、第二次関東会戦と続けてな。その後暫くはフリーランスの民警として時折一緒に仕事をしていたが、ある日突然ぷっつりと連絡が途絶えた。念の為住んでいた所やもしもの時に用意していた隠れ家を調べたが全部引き払った後だった。更には仕事の時の為に控えた携帯の番号にも出なかった。あの日を境に会ってない。別にプライベートの付き合いがあった訳じゃないから探す義理も無いしな。それに、あいつは元々頭のネジが人一倍多く外れている節があった。自称健常者の俺が言うのもなんだが、影胤の考えてる事は本人の口から全てを直接聞かない限り分からん。まあ聞いたとしてもどこまでが本当でどこまでが嘘かも怪しい。お前も見たろ?あいつのイニシエーターの血まみれの武器。10歳児の娘があそこまでぶっ飛んでるんだ、そいつの父親なんぞ顔に止まった蠅を叩き潰すみたいに会議場にの奴らを皆殺しに出来る。」

 

思い出すだけでも背筋が寒くなる。新人類創造計画の改造手術を受けて生き延びた以上、一騎当千の戦闘能力を有している事は明白だった。おまけにあの斥力フィールドと言う全距離に対応出来る反則級の恐ろしい武器もある。あの時飛んで来た銃弾を跳ね返さずに去ったのは不幸中の幸いだった。容易に攻略は出来ないだろう。

 

「それは兎も角、一つだけハッキリさせておく。」

 

正宗の朗らかな明るい声は、一瞬にして底冷えする低い物に変わった。目の奥には明確な殺意が宿っており、薄ら笑いの表情が張り付いている所為で殊更恐ろしく見えた。影胤の飲み込まれる様な猟奇的な気配とは違う、全身を針で貫かれている様な気分だった。

 

「次に俺に武器を向ける時は引き金引くつもりで向けろ。迷えば、打ち身擦り傷程度じゃ済ませないぞ。」

 

研究室の扉が閉じるまでその殺気は辺り一帯を支配し続けた。それが完全に消え失せ、蓮太郎は身震いしながらほっと息をついた。下を見ると、自分の脚が気付かないうちに半歩後ずさっている事に気付いた。

 

「彼をあまり怒らせる様な事はしない方が良い。今の君では彼の脅し通り無様に殺される。根は良い奴なんだがね。小さい頃から綺麗な物より汚い物をより多く見て来て、尚且つ戦い過ぎて、殺し過ぎて、色々と歪んでしまっているんだ。」

 

「そう、だよな・・・・・」

 

人が化け物に食われる。人が化け物に変わる。人が化け物を殺す。日常からあまりにもかけ離れた凄惨な光景を目の当たりにし続けて心に闇を溜めない方がどうかしている。

 

「じゃあな、先生。また後で。」

 

「ああ。またおいで。木更にもよろしく伝えておいてくれ。」

 

 

 

 

正宗は勾田病院を後にすると、当ても無くバイクを飛ばしている内に、天高く聳え立つバラニウムで出来たモノリスの前に辿り着いた。東京エリアと最早人類が生活出来ない、ガストレアが犇めく地獄とを隔てる境目の標だ。このモノリスが東京エリアの中心から半径五十キロ圏内に幾つも建造されており、結界となってガストレアの侵入を防いでいるのだ。

 

正宗はバイクをその近くに止めると、結界の外へ足を踏み出し、どんどん奥へ奥へと進んで行く。一時間程歩いた所でようやくガストレアに出くわした。四足歩行の動物で哺乳類がベースなのは間違いないが、ネコ科の動物で目が八つあり、ヤマアラシのような針毛を持つ物は存在しない。

 

鞘の炸薬式パイルの機構を一切使わず、至極無感動に大口を開けて迫って来たそれの首を胴から切り離し、返す太刀で腹を掻っ捌いた。

 

「さあ来い、さあ来い、さあ来い、さあ来い。さあ来い!!」

 

肌が徐々に泡立ち始め、美酒に気持ち良く酔った時に似た高揚感に任せて声を張り上げ始めた。それに釣られて大小様々なガストレアが群がり始め、正宗はそれを片っ端から切り捨てて行く。三十分ほど経過してからハーレーに飛び乗ってエリア内に戻り、十分程待って軽く熱りを冷ますと再びエリア外に飛び出し、ガストレアの撫で斬りを再開した。

 

これを再三再四繰り返している内に日が暮れ始め、気が済んだ所で血路を開きながら東京エリア内へ取って返し、ツーリングがてらハーレーを走らせて自宅へと戻った。

 

そんな時に、ナビとして使う為にハーレーに固定されてあるスマートフォンが非通知番号からの着信を告げた。一旦脇道に反れてエンジンを切った。

 

『やあ、戦場の古き友よ。会議では碌に話もせずに遑をしてすまなかったね。』

 

「お前・・・・・どうやって俺の番号調べた?」

 

『君が思っている程難しくは無いよ。それに諜報活動は私の十八番だと言う事をお忘れかね?』

 

そう言えばそうだったな、と正宗は鼻をフンと鳴らした。

 

「で、何の用だ?俺の携帯番号と住所が分かったって自慢しに電話をかけた訳じゃ無いだろ?」

 

『話をしたいだけさ。君は相変わらずの快楽主義を貫いているのかい?』

 

「まあ節度を適度に守りながらな。人間命は一つしか無い。美味い物の飲み食い、美しい女との一夜、高価な物の購入・・・・やりたいと思った事は出来る内にやっとかなきゃ無駄な未練が残る。その後はどうせ糞して死ぬだけだ。人間いつどこでどうやって死ぬかを決める事はほぼ不可能に近いからな。楽しめるだけ楽しんだらとっととおさらばするさ。死後の世界があるのか無いのか、そこにどんな楽しみが待っているのか、考えて見るのも面白いしな。」

 

『確かに、それもまた一興だね。生憎まだまだ見たいと言う気は起きないが。この世界もあまりに楽しすぎる。早死にするのは勿体無い。』

 

「違いないな。この世界には強い奴がゴロゴロいる。ガストレアも、プロモーターも、イニシエーターも。楽しみがある内は死んでも死にきれない。」

 

『楽しんだ者勝ち、という事かい?』

 

「左様であ〜る。いつものあれ、頼むぜ。」

 

『抜かりは無いよ。こちらとしても面白い投資だと思っているからね。』

 

「じゃあ、レースで会おう。」

 

『会えなければ?』

 

「いずれ地獄で。」

 

お馴染みのやり取りの後に通話は途絶え、それを知らせるツーツーという音だけが続いた。

 



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Stage VI: The Real World

注意:原作と大して変わりありません。


「随分とお疲れの様子だね、里見君。」

 

蓮太郎の手は反射的に腰の銃に伸び、声がした方にそれを向けていた。ゆっくり背後を振り向くと、自分にも拳銃の銃口が鼻先に突きつけられていた。かなりの改造を施した銀色の銃は深夜の街を照らす街灯の光を反射し、剣呑な光を放っていた。銃の原型はベレッタらしく、マズルポートにはCQCで使うマズルスパイクが装着されていた。反動を抑える為の大振りなコンペンセイターには脱着可能な刃、そして装弾数が底上げされた延長マガジンもグリップの底から伸びているのが見える。スライドの左側には『Give life with dignity』、右側には『Otherwise, give death as a martyr』の文字があった。グリップ自体には邪神クトゥルフの姿が彫られたメダルがはめ込まれており、ネジも同じデザインが施されていた。

 

「随分と悪趣味な銃だな、蛭子影胤。」

 

「ヒヒヒ、こんばんわ、里見君。」

 

タキシード姿の仮面の紳士は銃を下ろした。驚いたことに、もう一方の手にも同じようにカスタマイズされた黒いベレッタが握られている。

 

「この黒い銃は『スパンキング・ソドミー』、銀は『サイケデリック・ゴスペル』。私の愛銃だよ。」

 

「何でここにいる?と言うかどうやって俺の居場所が分かった?」

 

「君と話がしたいだけだよ。それと、私は人を探すのが得意なだけさ。君が思っている程難しい事では無いのでね。銃を下ろしてくれないか?」

 

「断る。」

 

「おやおや。」

 

影胤は指を鳴らした。

 

「小比奈、あの邪魔な右腕を切り落としなさい。」

 

「はい、パパ。」

 

連太郎は即座に後ろに飛び、鋭い風切り音と共に先程立っていた所で一対の黒い刃が交差した。その持ち主は黒いドレスに身を包んでおり、影胤の隣に立った。小比奈の歪んだ冷笑を見て、蓮太郎の背筋を冷や汗が滴り落ち、肌が泡立った。

 

「動かないで。首、落ちちゃう。」

 

全くあの斬撃が見えなかった。あの時は運良く躱せたものの、次は間違いなく当てられる。再び土煙を上げて踏み込んで来た。しかし彼女の動きについて行けない蓮太郎は為す術無く目を閉じるしか無かった。

 

しかし当たるかと思った瞬間、空中で金属質な物同士が激しくぶつかり、擦れ合う音が夜の空に響いた。

 

「蹴れなかった?」

 

「あれ?斬れなかった?」

 

目を朱色に染めた延珠が蓮太郎の隣に降り立った。

 

「蓮太郎、此奴らは何者だ?」

 

「敵だ。」

 

小比奈は刀の切っ先を二人に向けたままジリジリと距離を詰め始めた。表情は少し前とは打って変わってしっかり足場を確保し、バラニウム製の黒い剣を交差させながら構えを取った。

 

「パパ、気をつけて。あの子・・・・強い。多分蹴りに特化したイニシエーターだよ。」

 

「ほう、小比奈にそこまで言わしめるとは、余程凄いイニシエーターなのだろうね。」

 

「そこのちっちゃいの、名前教えて。」

 

「お主だってちっちゃいであろう、無礼な!」

 

延珠は小比奈の呼びかけに顔を真っ赤にして飛び跳ねた

 

「妾は藍原延珠、モデル・ラビットのイニシエーターだ!」

 

「延珠・・・・覚えた。モデル・マンティス、蛭子小比奈。接近戦では私は無敵。あの兎、首だけにするから斬って良い?」

 

「何度も言っているだろう?愚かな娘よ。ダメだ。」

 

「ブゥ〜・・・・パパ嫌い。」

 

しかし小比奈はそう言いつつも影胤の側に立ち、動く事は無かった。

 

「さて、里見君。どうやら膠着状態に陥ってしまった様だが・・・・・本当にここで戦うつもりかね?」

 

相手が相手なだけに辺りを見回す間も、蓮太郎は決して警戒を疎かにする事は無かった。居住区でペア同士が戦えば被害は甚大なものになる。最悪巻き添えを食って死者が出るかもしれない。下唇を強く噛みながら、蓮太郎はゆっくりと銃を下ろした。

 

「言いたい事があんならさっさと言え、馬鹿野郎。眠い上に明日の小テストの為に復習しなきゃ行けねえんだよ。」

 

影胤は仮面の奥で小さく笑いながら銃をホルスターにしまい、月をバックに手を伸ばした。

 

「ならば、単刀直入に言おう。私の仲間にならないか?」

 

「はあ?」

 

「正直に言うと、何故だか最初に会った頃から君に興味が湧いてね。どうしても本気で殺そうと言う気が起きないのだよ。手を組むと言うのなら、命は取らないでおくが、どうかな?」

 

「・・・断る。」

 

「ではもう一つ。君はこの不条理な世界を変えてみたいと思った事はないか?東京エリアのあり方が間違っていると、そう思った事は一度も無いかね?」

 

その質問に蓮太郎は顔を伏せた。もし変える事が出来るなら勿論変えたい。今朝方の胸糞が悪くなる出来事が蘇った。

 

延珠の買い物に付き合わされて街に繰り出していた時、煤けた顔の少女が追われていた。継ぎ接ぎだらけの服と裸足である事から明らかに文明から離れた外周区に住んでいる事が見て取れる。しっかりと抱えた食べ物が入ったカゴの様に、服もまた盗んだ物なのだろう。帽子の奥から延珠と同じ赤い目をしている、『呪われた子供達』だ。

 

逃げる少女を数多の手が背後から掴むと、乱暴に彼女を地べたに放り投げた。明らかに骨が折れる音がしたが、彼女の追っ手はそんな事は意に介さない。手を離れた野菜や果物はカゴから飛び出し、蓮太郎の足元へ転がった。

 

「離せっ!!」

 

顔をアスファルトに押し付けられた少女は怒りに顔を歪ませながら歯をむき出し、野生の虎の様に腕を振り回して抵抗した。

 

「お前みたいな化け物は東京エリアのゴミだ!」

 

「ガストレアめ!」

 

「ギャーギャー騒ぐな、人殺しの化け物が!」

 

蓮太郎は口々に叫ぶ連中の一人の肩を叩いた。

 

「おい、何が–––––」

 

「何が、だと?このガキが盗みを働いて警備員が声をかけたら半殺しにして逃げやがったんだ!」

捕まった少女は延珠に手を伸ばしたが、蓮太郎はその手を払い除け、彼女を睨んだ。

 

–––––やめろ、延珠を巻き込むな、と。

 

やがて騒ぎを見て誰かが通報したのか、警察官が二人現れて野次馬をその場から退散させた。

 

蓮太郎はようやくリンチが終わると思い、小さくほっと胸を撫で下ろした。が、その警察官二人の対応が引っかかった。周りの人間にろくな事情聴取もせずに少女に手錠を嵌めてパトカーに押し込むと、彼らに礼を述べるとそのまま走り去ったのだ。

 

そして後を追った結果、その引っかかりは見事に最悪の形で的中した。パトカーは外周区で停められており、物音がした方向へ忍び足で向かった結果、その少女が警察官に銃弾を浴びせられる現場を目撃した。

 

普通の人間ならば頭に銃弾を喰らえば即死だが、少女はガストレアの因子をその身に宿している。バラニウムでない限り簡単に死ぬ事は無い。しかし彼女が浴びせられた銃撃の痛みは計り知れないだろう。何せ彼女はかろうじてだがまだ生きているのだから。出血でどんどん体温が下がっていく彼女を血で汚れるのも構わずに蓮太郎は彼女を抱き締めた。目も眩む様な怒りに歯がギリギリと軋り、体が震え始めた。

 

民警は無辜の民を守り、正義を保つ事が仕事のはずだ。なのに今自分は、子供が殺されるのを見殺しにした。蓮太郎は悔しさと情けなさで泣く一歩手前まで追い詰められていた。敵はガストレアであって『呪われた子供達』では無いはずだ。感情のやり場が見つからず、蓮太郎は少女を抱き上げ、走り出した。可能性は低いかもしれないが、彼女を救わなければ。

 

結果的に彼女は八時間にも及ぶ手術の末に命を取り留めたが、警察に届けるべきだと医者に進言された時には苦笑いを浮かべるしか無かった。

 

あの時の射殺されるかもしれないと言う恐怖をどこかで感じていた臆病な自分は生涯忘れる事は無い。

 

蓮太郎の躊躇いを感じ取った影胤は白い布をポケットから引っ張り出して地面に落とした。三つ数えてそれを取り払うと、その下から大きなスーツケースが現れた。

 

「聞いた所によると懐事情はそこまで芳しくないそうだね。」

 

それを蓮太郎の方へ蹴ると蓋が開き、ぎっしりと敷き詰められた札束が露わになる。

 

「私からほんの気持ちだ。」

 

「君は、延珠ちゃんを普通の子供のふりをさせて学校に通わせているそうだね?何故わざわざそんな事をする?彼女達はホモサピエンスを超えた次世代の人類だよ?大絶滅の後に生き残るのは我々力のある者達だけだ。私につけ、里見蓮太郎。」

 

答える代わりに蓮太郎はケースを力一杯蹴り返し、それに向けて三度銃を撃った。ケースは小さく跳ね、穴が空いた紙幣が紙吹雪の様に舞い、辺りに散らばった。

 

「君は大きな間違いを犯したよ、里見君。」

 

「ああ、分かってる。最初に会った時にお前を殺さなかった事だ!蛭子影胤!」

 

「君は愚かだ。君がいくら奴らに奉仕したところで、奴らは君を何度でも裏切る。」

 

両者はしばらく睨み合っていたが、パトカーのサイレンが近づいてくるのに気づいた。先程の銃声が聞こえたのだろう。

 

「水入りだ、里見君。明日学校に行ってみるといい。そして現実を見るんだ。」

 

そう言い捨て、影胤は小比奈と共に闇の中へ溶け込んで姿を消した。

 

「延珠、あのイニシエーターどう思う?」

 

「強いぞ。怖いぐらいだ。」

 

「もし戦ったとして・・・・お前なら勝てるか?」

 

「分からない。」

 

「そうか・・・・」

 



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Stage VII: The Manhole Children

連投、レッツゴー、ドキドキゴースト!

すいません、黙ります。言ってみたかっただけなんです。


イニシエーター、入江真由は暇だった。と言うのも、感染源ガストレアが未だに見つかっていない為、動こうにも動きようが無いからである。基本的にガストレアが出現せず且つ正宗が珍しく早朝から出勤している間、真由は出来る事が無い。家でゴロゴロはいつもしているが、正宗と組んでいる間一日一時間は必ず外出している為その癖が付いてしまった。かと言って司馬重工は建物の構造を熟知してしまう程何度もうろついている為、遊びに行った所で結局退屈してしまう。

 

ならばどこへ行こう?

 

正宗は基本的に放任主義で出歩く時間に門限は無い(夜に出たい時は民間人や警察との面倒事を避ける為に随伴しているが)。あるとしても精々連絡義務で、行く場所、所在地の変更、帰宅後の報告を求める程度で、行ってはいけない所などの制限も無い。

 

仕事中でもプライベートでも東京エリアは練り歩いた。銀座、渋谷、赤坂などの都会の街並みから原子力、トカマク型、太陽光、水力、風力そして地熱発電所などが建てられた荒廃したビル街も見慣れている。

 

カレンダーを見ると、今日の日付に印が付けられていた。そして今日は届け物を運ぶ日だと言う事に気づいた。いつも通り、玄関に同じ大きさのケースが二つ置かれている。一つには縁まで一杯に敷き詰められた札束で、もう一つはコバルトブルーの薬液が入った大量の小瓶だった。それをリュックに押し込み、肩にかける。

 

これを届け終わったら何か思い浮かぶまで適当にそこら辺を歩いて行こうと決め、もはや自分のトレードマークと化しているカーキのモッズコートに袖を通すと、あても無く歩き始めた。動きやすさ重視のカーゴパンツと七分袖のシャツ、ワークブーツを身につけた姿は自分でもかなり気に入っているし、自慢の一つだ。正宗も最初に服を見繕って貰った時にスタイリッシュだと褒めてくれた。

 

ファーが付いているフードをかぶり、あても無くトテトテと歩き出した。春の朝はやはりまだ少し肌寒く、真由は小さく身震いをした。元来寒い天気や季節は嫌いなのだ。人が行き来する見慣れた風景を退屈そうに流し目で見ていると、丁度交差点で何時ぞやのプロモーターに出くわした。何やらただならぬ様子で自転車に飛び乗った所だった。よく見ると目が窪み、頬も少し痩けている。

 

「あ、里見浩太朗。」

 

「だから蓮太郎だっつってんだろ!・・・・って苗字は合ってるからまあ良いか・・・・え〜っと、入江真由、だっけ?」

 

「せいか〜い。何してんの?競輪のトレーニング?」

 

「延珠を探してるんだ。こいつだ。見てないか?」

 

携帯の写真を真由に見せた。

 

「見てないよ。何で?愛想尽かして出て行ったの?」

 

「違う!」

 

喰い気味に蓮太郎が否定した。

 

「あ〜・・・・そう言う事?」

 

ようやく理解が追いついたのか、真由は小さく何度も頷いた。

 

「秘密、()()()()()()んだね?」

 

蓮太郎は俯き、沈黙した。

 

「何でそこまで回りくどい事するかな〜?人間社会に溶け込むのは良いとして、これ、綱渡りだよ?バレれば後で余計面倒な事になるじゃん。お金から何から負担が増えるし、イニシエーターの為にもならないよ。」

 

「お前には関係ないだろ。それに、何が自分の為になるか、何がそうでないかを決めるのはお前じゃない、延珠だ。」

 

語気を荒らげて言い返したが、真由の言葉で蓮太郎ははっと思った。

 

「お前は・・・・・もしかして学校、行ってないのか?」

 

「ん〜ん。正宗が全部教えてくれるし、いない時は自習だよ?分からない所は正宗かグーグル先生に聞くから。今の世の中とりあえず読み書きと数学が一通り出来れば困らないからさ。まあ、偶に違う事も教えてくれるけど。あ、勘違いしないで。行かせて貰えない訳じゃ無くて、自分が行きたくないだけだから。ほら、行こ?」

 

「・・・・何処に?」

 

「イニシエーター、探すんでしょ?どーせ暇だから私も付き合う。外周区にもちょっと用事があるし。行く心当たりとかは?」

 

「ある。三十九区だ。」

 

蓮太郎は力強く自転車を漕ぎだし、真由もその後を追った。

 

二人が向かった先は東京エリアの中心街から最も離れている地区の内の一つで、人の気配は全く無かった。蓮太郎は記憶を頼りにマンホールの前に立つと、二、三度ノックした。

 

しばらく経ってから少女がマンホールを持ち上げ、顔を覗かせた。

 

「何〜?」

 

「人を探してるんだ。入れてくれるか?」

 

「ケーサツの方ですか?立退く気はありませんですので。のでので。帰って下さい。」

 

「いや、警察じゃねえよ。」

 

「じゃあせーはんざいしゃの方ですか?」

 

「それも違う。」

 

「マリア、マリア、違うから。」

 

これ以上会話が変な方向に脱線する前に真由が口を挟んだ。

 

「あ、まっちゃんだ!お久しぶりですので〜!」

 

「うん、久しぶり。後、まっちゃん言うな。大丈夫、その二択のどっちでもないのは間違いないから。長老、まだいる?」

 

「いるよ〜。入って入って。」

 

中に通されたはいいが、嗅ぎ慣れていない生活排水の悪臭に鼻が曲がりそうな程痛くなった。マリアと呼ばれた少女と真由は慣れているのか、身じろぎ一つしない。しばらく待っていると、撞木杖をついた背が低い白髪の老人がやって来た。還暦は過ぎているだろうが、長老と呼べる程歳をとっている様には到底見えない。

 

「里見蓮太郎だ。」

 

老人は彼が提示した民警ライセンスをしげしげと眺めるとははぁと頷いた。

 

「あの子が言っていた長老って、あんたの事か?」

 

「ええ、あくまで愛称なんですがね。本名は松崎健二と言います。」

 

「失礼だが、あんたは・・・・?」

 

「ええ、御察しの通り、この子達の面倒を見ている者です。大戦前は保育園の経営者兼園長をしていましてね。子供の扱いは得意なんですよ。貴方と一緒に来た真由ちゃんも元は私達と一緒に暮らしていたんですがね。」

 

一瞬だが松崎の目はとても悲しそうな物に変わった。

 

「元気だったかい?」

 

「うん。いつも通り。はい、これ。」

 

真由はリュックの中からケースを二つ取り出し、それを松崎に渡した。

 

「いつもすまないねえ。無くても生活には大して困っていないんだよ?」

 

「でもあって困るって訳でも無いんだから使ってよ。」

 

「ありがとう。正宗君にもよろしく伝えておいてね?」

 

「ん。」

 

松崎はフードの上から真由の頭を撫でた。

 

「子ども達は全員『呪われた子供達』なのか?」

 

「ええ、全員が全員感情を上手く制御出来る訳ではありませんから。いずれはここを出て普通の子供と変わらぬ人生を過ごしてくれれば良いと思っているんですが、赤い目が世間に晒されると厄介なので、私が出来る限り教えています。」

 

「松崎さん、あんただってその・・・・『奪われた世代』なんだろ?」

 

「私にそんな事は関係ありませんよ。確かに、我々は多くの物や人をガストレアの侵略によって失いました。彼女達とて例外ではありません。普通の人間として暮らす機会を理不尽に奪われた彼女達『無垢の世代』もまた『奪われた世代』と同じ被害者です。」

 

松崎の言葉と考え方に内心感服した蓮太郎は溜息をついた。もし誰もが彼の様な考え方を持てば。それだけでどれ程『呪われた子供達』の肩身が広くなるか。そう思ったが、自分の本来の目的を

思い出した。

 

「悪い、急いでるんだった。こいつがここに来なかったか?名前は藍原延珠だ。」

 

画像を見せられた松崎は首を傾げ、考える様な素振りをしたがやがて首を横に振った。

 

「残念ですがお力にはなれませんな。」

 

「そうか。」

 

逆にあっさりここで見つけてしまえば拍子抜けしてしまう。

 

「これからどこへ?」

 

「この区を虱潰しに探す、あいつはここ出身だったし。じゃあな。」

 

「じゃ〜ね〜、私はもうちょいここにいるから。」

 

「ああ。付き合わせて悪いな。」

 

「貴方は、どうやらパートナーに逃げられたイニシエーターらしい。」

 

去ろうとした蓮太郎はギクリと歩みを止めた。図星を突かれ、視線を泳がせた。

 

「民警のペアで性格の不一致は珍しくありません。ペアの解消または死亡の場合、IISOに連絡して新しいイニシエーターと契約を結ぶ事は可能です。序列は一旦大きく下がりますが、貴方の年齢なら実績を上げて返り咲くことも出来るのでは?」

 

「俺はイニシエーターとかプロモーターとか、そういう立場に関係なくあいつを探している。あいつは俺の家族だ!あんたは良い人だし、その考え方や姿勢は尊敬に値すると思ってる。けど、わかった様な口を聞くんじゃねえ!」

 

しかしその言葉を最後に、蓮太郎は腹に鋭い衝撃と痛み、そして吐き気を感じた。真由の拳が鳩尾にめり込んだのである。痛みに腹を押さえてうずくまった蓮太郎を、一対の赤い目が見下ろした。焼けた鉄の如く真っ赤でありながら、その視線は冷ややかだった。

 

「何も分かってないのはあんたでしょ。ここに来る前も言ったよね、あんたとそのペアの子がやってる事は綱渡りだって。今まで優しくしてくれた人が『赤眼』だってバレたら途端に掌を返すって事ぐらい分かってるでしょ?」

 

反論をしようにも、蓮太郎は口をパクパク動かしても痛みに呻く事しか出来ない。

 

「子供が普通の人間なのにガストレア呼ばわりされていじめられて、自殺したってニュースでやってたよ。大戦で重傷を負ってもなんとか生き延びた親を授業参観日で見て噂が一人歩きした、ただそれだけで。普通の人間であれだよ?イニシエーターがそんな風に何度も何度も裏切られたら、どうなるか想像出来る?自殺したくても傷の治りが早いから致命傷でもすぐ治る。死にたくても死にきれない。」

 

確かに蓮太郎もそんな記事を電車でサラリーマンが読んでいた新聞で偶然見た覚えがある。大体の内容を把握出来た直後に嫌悪感に目を逸らしたが。

「現実を見なよ。差別意識はそんなに早くは変わらない。あんたが長老ぐらいの年齢になってからようやく違いらしい物が見えて来るかもしれないけど。」

 

「真由ちゃん、もうその辺で。」

 

更に何か言おうとした所で松崎がストップをかけた。

 

「ここにはいないみたいだし、用が済んだんだったらさっさと帰って。」

 

蓮太郎は痛む腹を押さえながら立ち上がり、立ち去った。重い足を引きずりながら歩き始めた。確かに彼女の言葉は間違っていない。ガストレアという単語に過敏になっている昨今の社会は、赤眼であれば誰であろうと、何だろうと恐怖と嫌悪の対象としてしか見ない。学校ならまだしも、他の『呪われた子供達』の様に彼女がリンチに遭う事だってあり得る。そしてその可能性に少なからず恐怖を覚えていた。

 

そんな中で延珠を普通の人間として人生を謳歌させるは、あまりにもリスクが高すぎるギャンブルだ。しかしそれに踏み切り、今まで上手く行っていた。今日までは、だが。

 

いっその事、彼女の言う通りホームスクールの方が確実かもしれない。自分は高校生だし、小学校レベルのことなら教える事も出来る。

 

だが延珠のあの性格を考えればやはり学校へ行きたいと言うだろう。傷つくと分かっていても友達を、理解者を求めて手を差し伸べるだろう。

 

だったら自分はその意思を尊重するだけだ。

 

 

 

マンホールの上蓋が閉じる音がした所で真由は瓶が入ったケースを開き、薬液と共に入っている針が無い注射器を二つ取り出し、一つを松崎に渡した。

 

「どこからこんなに沢山の侵食抑制剤を調達してきているのか、毎回不思議に思うよ。」

 

『呪われた子供達』は皆例外無く体内にガストレアの因子を宿しており、緩やかだが確実に体を侵食されている。抑制剤はその速度を下げる為の物だ。しかしこの薬はIISOに管理されているイニシエーター達にのみ配布される物であり、そうでない上戸籍すらも無い彼女達が手に入れる事は実質不可能だった。

 

「それは秘密。あ、それとこれだけで三日分はあるから。」

 

真由は先程蓮太郎を見下ろしていた時とは打って変わって明るく悪戯っぽく笑った。

 

「じゃあ、みんな集まって二列に並んでね〜。」

 

「すぐ済むから怖がらないで良いよ。」

 

二十人近くいる子供達が恐々と並び、一人、また一人と抑制剤を打たれた。

 

「良い青年じゃないか。本当にあのまま一緒に帰らなくて良かったのかい、お嬢ちゃん?」

 

皆が集まっている灯りから離れた闇の中から、藍原延珠が沈んだ顔を覗かせた。

 

「ってそいついたの、長老?!」

 

「ごめんね、自分を探しに来る人が必ずここを尋ねるから知らない振りをしてくれと言われて・・・・のっぴきならない事情があったみたいだから深くは聞かなかったけど。」

 

真由はフードを脱ぎ捨て、苛立ちまぎれに短く切り揃えた亜麻色の髪をぐしゃぐしゃと掻き毟った。一部鱗に覆われた顔が苛立ちに歪む。松崎の子供好きな性格と面倒見の良さは美徳ではあるが、同時に子供に甘いと言う短所の裏返しでもある。

 

「良いよ、もう・・・・・今に始まった事じゃないし。私も用事済んだから帰るね?また何か必要だったら正宗に電話して。」

 

「え〜、もう帰るの〜?」

 

「もっと遊ぼうよぅ。」

 

他の子供達も口々に真由を引き止めた。

 

「じゃあ、もうちょっとだけ。」

 

正宗にもう少しここにいるとだけメールを送り、何をして遊ぶかを決め始めた。

 

 

 

 

一時間以上は遊んでから真由は帰り支度を整えて帰路に付いた。政宗に電話をかけ、愚痴を言いながらもその一部始終を話した。

 

『そりゃ災難だったな。そこまで怒ってたなら一発と言わず骨格変わるまでぶん殴ってやりゃ良かった物を。勿体無い。』

 

「あんなヤツ殺したって意味無いでしょ。それに長老に止められたんだよ。あの人に嫌とは言えないし・・・・・」

 

『まあ確かに、俺も十代の頃から知ってる人だし早死にはして欲しくないな。ああいう人間は貴重かつ希少だ。奥さんが生きてりゃもっと色々楽に出来るだろうに。』

 

「ねー、それよりさ、見つけたの?ガストレア。」

 

『いんや、まだだ。社長には何度か聞いたんだがな、やはりまだ足取りが掴めてねえらしい。高々蜘蛛の子一匹だってのにな。業を煮やしてマグナムオートぶっぱなしゃしねえか周りの人間は戦々恐々して冷や汗かいてるぜ。』

 

「案外空を飛んでたりして。」

 

『冗談きついな。ああ、それと松崎のおっちゃんから離れてお前について来た奴は?』

 

「いない。まだ、ね。」

 

『ま、()()だからな。ゆっくり焦らずやろうぜ。』

 

「バレたら洒落にならないよ、この綱渡り。あの里見って人がやってた事と変わんないよ?」

 

『そうならない様に上手く立ち回るのが俺達の仕事だ。で、これからどうする?』

 

「もうちょっとぶらついてる。昼は自分で何とかするから。何かあったら言って。」

 

『了解。入江真由は優秀であ〜る。』

 



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