ロビーの冒険 (ゼルダ・エルリッチ)
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1、かなしみの森のおおかみ

 あなたたちの世界から、どのくらいのねん月と場所が、はなれているのか? 著者のわたしにもわかりませんが、おとぎのくにというものは、たしかにそんざいしているのです。

 

 そこでは、わたしたちの見たこともない木々がしげり、ふしぎな実がえだいっぱいにみのり、住人である動物たちは、それぞれすばらしい社会をきずいていました。かれらは、おたがいにささえあい、助けあいながら、人間も犬もねこも、鳥もうさぎも、きつねもくまも、みんな、自由な暮らしを送っていたのです。

 

 ですが、動物の種族の住人たち、それは、おとぎのくにに住んでいるさまざまな生きものたちの、ほんの一部にすぎませんでした。住人の中には、(そしてこれが、おとぎのくにのすばらしいところなのですが)こちらの世界に住んでいるわたしたちにとって、とてもきみょうにうつるすがたかたちをしている者たちも、たくさんいたのです。

 どんな住人たちが住んでいるのか? そうぞう力ゆたかな読者のみなさんでしたら、わたしなんかよりも、もっとたくさんの、ふしぎで、みりょく的で、おかしな住人たちを思い浮かべることができるでしょうが、とにかく、その一部をあげてみるだけでも、全身が色とりどりのもみじの葉っぱでできた、森のたみ。身長が一フィートほどしかない、小人の種族。つめもののされた、生きているぬいぐるみ。空飛ぶねこの種族。岩でできた、巨大な顔だけの種族。などなど、じつにたくさんで、にぎやかな種族の者たちが、このおとぎのくにには住んでいました。 

 

 

 さてさて、物語は、そんな世界からはじまるのです。

 

 

 このおとぎのくにの、ずっと北の果てに、かなしみの森とよばれる暗い森がありました。そこに住んでいる生きものたちは、みんな、かなしげな顔をいつもしていたのです。かなしみを持った者たちがこの森に集まってきたのか? この森にきたからかなしくなったのか? 今ではぜんぜんわかりません。じっさい、この森に住んでいる者たちでさえ、なぜ、自分がこんなにもかなしいのかは、説明できないことでしょう。しかし、いくらかなしいといっても、それは、朝からばんまで、ずっと、なげき、かなしんでいたいほどの、強いかなしみではなくて(もしそんなだったら、だれもこの森には住んでいないでしょう!)、ほかのくにの人々と同じように、森の住人たちは、それなりに、へいわな暮らしを送っていたのです(もちろん、歌っておどってというぐあいにはいかないでしょうけど)。

 

 そんなかなしみの森に、ひとりのおおかみが住んでいました。おおかみは、このかなしみの森の中でもいちばんといっていいくらいに、かなしげな目をしていました。いつもひとりぼっちで、森のはずれにあってすみかにしているほらあなから、めったに出かけることもありませんでした。ですから、森の住人たちも、めったに、このおおかみのすがたを見ることはなかったのです。ただひとり、森でゆいいつの、「ざっか屋および食りょう品店」の店主、あなぐまのスネイル・ミンドマンだけが、文ぼうぐや食りょう品など(お茶や砂糖やコーンビーフなどでした)をときどき買いにくるおおかみと、会話をしたことがありましたが、それでも、しはらいのときにおこなう、すこしばかりのあいさつでしかありませんでした。

 

 そんなふうでしたから、住人たちは、このおおかみについて、さまざまなうわさ話を立てたのです。このおとぎのくにからはちがう世界からまよいこんできた、旅人なのだとか、遠い南のやばんなくにからついほうされた、けものの軍隊のうちのひとりなのだとか、あることないこと、つぎつぎに、うわさが飛び出していきました。けれども、住人たちにとっての問題はただひとつ。このおおかみが、敵か味方か? ということにつきたのです。

 

 なにしろ、このかなしみの森には、おおかみいがい、強くてこわそうな住人は住んでいませんでした。うさぎやたぬき、あなぐま、しか、りす、ビーバーに、あらいぐま、そのほか。とにかくかれらは、ひっそりとおだやかに暮らすことを好む者たちでした。ですから、もし、おおかみが悪いやつであったとしたら、自分たちのせいかつがあやぶまれるのです。今は、なんのひがいもほうこくされていませんでしたが、いつなんどき、さいしょのぎせい者があらわれても、おかしくないわけでした。

 

 ですけど、だからとはいえ、森の住人たちは、このおおかみを森から追いはらったりするようなことは、しませんでした。悪いやつだときまったわけではなかったし、今のだんかいでは、森の住人のひとりとして、受けいれるほかはなかったのです。それに、もし追い出したりなんかしたら、おおかみがかわいそうだという意見も、すくなからずありました(こわがりなばっかりに、おおかみのことを遠ざけてしまってはいたものの、住人たちは、ほんとうは、心やさしい人たちばかりだったのです)。

 

 さて、おおかみ自身はといいますと、これは、多くの住人たちのおくそくとはうらはらに、とてももの静かで、おちついた、しんしであったのです。加えて、とてもやさしく、だれよりもへいわを好むおだやかな心を持っていて、そのうえ、けんきょでした。おおかみがあまり出かけなかったのも、じつは、自分のせいでみんなをこわがらせてしまうことを、おそれてのことからだったのです。

 

 このおおかみの生い立ちについては、これからの物語の中で、すこしずつ語られていくことになります。だいじなことは、このおおかみが、まだずっと小さかったころに仲間のもとからはなれ、そしてあるときから、ひとり、この森で暮らしはじめたということでした。

 

 とはいえ、おおかみは、そんなにとしを取っていたというわけではありませんでした。からだも大きく、するどいきばも生えておりましたので、としより大人に見えてしまうこともありましたが、みなさんの世界のねんれいでいえば、まだ十五さいくらいの、少年だったのです(ちょっと、いがいですね!)。 

 

 はっきりとしたねんれいは、かれにしかわからないでしょうし、ひょっとすると、かれ自身、わからないのかもしれません。ただひとついえることは、かれがまだまだ、弱さやもろさをその心の内がわに持っている、子どもなのだということでした。かなしみの森のはずれの、暗くてさびしいほらあなの中で、かれは、なんどもなんども、ひとりぼっちのかなしみにうちひしがれていたのです。 

  

 これは、かれくらいのねんれいの少年には、どんなにかつらかったことでしょう。ですけど住人たちは、みな、おおかみがそんなとしであるとは、ぜんぜん知りませんでしたし、そもそも、おおかみという種族のことも、よく知らなかったのです。ですから住人たちは、おおかみの、大きなからだや、するどいきば、そんなところばかりを見て、とても強くてこわいという、イメージを作り上げてしまっていました(そのうえおおかみは、いつも、黒のズボンに黒のシャツを着て、黒のマフラーまでしておりましたから、なおさらこわそうに見えたのです。ほんとうは、黒い服しか持っていなかっただけなのですが……)。

 

 ところで、いつまでもおおかみのまんまじゃ、みなさんも、そっけなく感じることと思いますので、このあたりで、かれを、その名まえでよんであげたいと思います。かれの名まえは、ロビーといいました。小さかったころのかれのきおくは、ほとんど残っていませんでしたが、この自分のロビーという名まえだけは、はっきりとおぼえていたのです。ロビーは、この自分の名まえを、とても気にいっていました。そして、とても、ほこりに思っていたのです。しかし、かなしみの森には、かれの名まえを知る者は、ただのひとりもいませんでした。それもそのはず。かれは、人とおしゃべりをするどころか、めったに人とさえ会わなかったんですから、とうぜんのことなのです(なにしろ、自分の家のほらあなにさえ、ひょうさつを出していなかったのですから。これはつまり、だれもかれの家をおとずれてくる者が、いなかったからなのです。ざっか屋のスネイルだって、このお客さんの名まえは知りませんでした)。

 

 だれにも、名まえすら知ってもらえていない。それは、ロビーにとって、とてもつらいことでした。とてもかなしいことでした。ロビーは、できることなら、みんなとお話しして、なかよくしたいといつも思っていましたが、自分のせいで、森のへいわがみだれるようなことがあってはならないと、ぐっとこらえていたのです。だれもたずねてくることのない、森のはずれの暗いほらあなに、いつもひとりでいたとき。ロビーはさびしくてなりませんでした。

 

 このほらあなに、たくさんの友だちをよんで、パーティーができたら、どんなにかすてきだろうな。ロビーはいつも、そう思っていました。そしてそれが、かなえられない願いだとわかっておりましたから、かなしみは、よけいに、大きなものとなったのです。

 

 しかしロビーは、いつもかなしんでばかりで日々をすごしていたわけでは、ありませんでした(そんな毎日じゃ、ぜんぜん楽しくありませんもの)。ロビーには、とても大きな、のぞみがあったのです。

 

 そののぞみとは、「姓」を受けつぐことでした(せいとは、みょうじのことです)。ロビーは、こののぞみをぜったいに果たしてやろうと、ちかいを立てていたのです。みなさんは、まだ、ごぞんじないことかと思われますが、この世界のおおかみ種族の者たちは、みょうじをとても、ほこりに思うのでした。どんなおおかみの家にも、りっぱなみょうじがあって、それは代々、受けつがれてゆくものだったのです。もしもだれかに、自分の家のみょうじをぶじょくされれば、おおかみたちは、いのちをかけてでも、みずからのほこりと、そのそんげんを、守ろうとします。そのくらい、それは、だいじなものでした(わたしたちの世界でいえば、ちょうど、きぞくのほこりのようなものでした)。

 

 さきほど申しました通り、ロビーは、おさなくして、家族とはなればなれになってしまっておりましたので、自分のみょうじをおぼえていませんでした。ゆいいつ、ロビーという名まえだけを、おぼえていたのです。もちろん、このロビーという名まえだって、じゅうぶんに、りっぱでほこらしいものだと、かれは思っていましたが、やはり、自分の血すじをあからしめる、姓というものは、それ以上に重要なものでした。ですからロビーにとって、これは、たいへんな問題だったのです。成人になったおおかみは、成人しきのおいわいの日に、はじめて、自分の家の姓を正式に受けつぎます。これは、いちにんまえになって、血すじを守るべき者としてふさわしいとみとめられた、あかしでもあるのでした。それが、自分には、かなわなかったのです。

 

 ロビーは、そのことをいつも、かなしんでいました。ロビーは、おおかみ種族の者の中でも、とくに、ほこりをそんちょうする人でしたから、その気持ちは、痛いほど、かれの心をしめつけたのです。ロビーにとって、こののぞみは、ぜったいに果たしてやろうとちかうのに、じゅうぶんなのぞみでした。

 

 そしてロビーは、もう、待つことはできなくなっていました。ひそかにこの森を去り、みずからのそののぞみを、たっするため(たとえ、せいこうののぞみがわずかであったとしても)、旅に出ることをけっしんしていたのです。

 

 旅に出る。旅に! 思いこがれ、あこがれつづけた旅です。自分を取りもどす、自分を自分とするための旅なのです。

 

 かれは、ずいぶん成長しました。はじめてこの森にやってきたときのかれは、今ほど、からだがじょうぶでもなかったし、大きくもなかったのです。ロビーにとって森のそとは、危険な未知の世界であるといえました。まだ小さかったころ、自分がどうやって、このそとの世界を越えてきたものか? ロビーにはけんとうもつきませんでした。きおくはつぎはぎにしか残ってなく、はっきりと思い出せるものは、ほとんどありません。河がありました。大きな河が。そして、高くてけわしい山々。それがどこなのか?まったくわかりません。そしてロビーは、そのときは、ひとりではなかったように思うのです。自分のそばには、自分と同じ、おおかみ種族の者たちがいたように思います。なん人くらいいたのかまでは、わかりません。二、三人でしょうか? それとも、もっとたくさんいたのかもしれません。みんな、馬に乗って……。そう、馬です。ロビーはそのとき、馬に乗っていました。大きな広い背中にゆられながら、どこか遠くのくにを、進んでいたようなのです。自分のうしろには、大きな男の人がひとり、自分のことを守るようにして乗っていました。そして、その男の人が、自分のことを、こうよんだのです。ロビーと。

 

 その人は、ロビーのお父さんなのでしょうか? しんせきかもしれません。それとも、ただの知りあいなのでしょうか? そのすがたも、もはや、影のようなえいぞうにしか、ロビーのきおくの中にはうつりませんでした。

 

 こうしてロビーは、それらのわずかな思いでのことをたよりに、この森を出ていこうとしていたのです。それらは、旅の手がかりとしては、まったくとぼしいものでした。ですから、ロビーにとってこの旅は、大きな冒険であったのです。なにが待ち受けているのかも、まったくわかりません。そして、じっさいこのころ。このおとぎのくには、未知なるきょうふに、おびやかされていました。なにかがくらやみの中を動いているのが、このかなしみの森の中にまで、伝わってくるのが感じられました。それがなんであるのかは、住人たちにも、ロビーにも、まったくわかりませんでした。しかし、それは、たしかにそんざいしているのです。なにか、よからぬことが、このくにに起こりはじめているということでした。もしかしたら、もうすでに、ひどいことになっているのかもしれません。ですからロビーは、自分の目で、そのしょうたいをつきとめたいとも思っていました。そしてその中で、自分にも、みんなのために、なにかできることがあるかもしれないと。ロビーは、このかなしみの森の、暗いほらあなの中で、日に日に、その思いをつのらせていったのです。

 

 

 そしてついに、その日は、やってきました。それは、冬も近い、ある秋の日のことでした。ロビーが、旅への出発にむけて、さいごのあとかたづけをはじめていたころです。夕方でした。かなしみの森のかなしみの力が、もっとも強くはたらく時間でした。

 

 ロビーが自分のほらあなの入り口で、わきに作られたそうこから、だんろに使う、まきを、はこぼうとしていたときのことです。つめたい北風が吹きすさび、なにかのさけび声のようなひびきが、空の上高くから、きこえてきたように思えました。ロビーは、まきをかかえながら、空を見上げました。夕暮れにそまった空が、あるだけでした。それは、とてもきれいで、そしてまた、おそろしげでもありました。

 

 ふたたび、しせんを森の中にむけてみますと、ずっとむこうの方から、なにか、地面がゆれているかのような音がきこえてきました。そしてそれは、だんだんと、こちらの方へ、むかってきているようだったのです! ロビーは、背すじがぶるっとしました。寒さと、そして、すくなからずのきょうふのためでした。

 

 そうしているうちにも、音はますます近づいてきて、やがてあるときから、それは、馬のひづめの音なのだと、わかったのです! ロビーはびっくりしました。遠いきおくの中の、馬の思いでが、よみがえってきたのです。まさか、この森の中で、ふたたびそれをきくことになろうとは、まったくもって、思ってもいませんでした。住人のだれひとりとして、これまでいちどだって、この森の中で、馬のかける音をきいたことなんて、なかったはずなのです。

 

 ロビーは大あわてで、自分のほらあなにかけこみました。とつぜん、思いもよらないものがこちらへせまってくるとわかったら、だれだって、身をかくそうとするはずです。ロビーもそうしました。入り口の古びた木のとびらをぴったりとしめて、ロビーは、こうしのはまったげんかんわきのまどから、そーっと、そとをのぞいてみました。

 

うすくくもったガラスまどのむこうに、三頭の馬たちが立ちつくしていました! みな、荒々しい息使いをしていて、つかれているようすです。ずっと遠くから、休みなしにかけてきたような感じでした。馬たちのうちの二頭は、はい色で、もう一頭は白い馬でした。それらの馬たちは、とてもりっぱなかざりのついた、くらを乗せていました。そして、それらすべてのことよりも、まっさきに注意のそそがれるものが、そのくらの上にまたがっていたのです。

 

 

 おおかみです! おおかみがふたり、それぞれのはい色の馬の背に乗っていたのです! 

 

 

 かれらは、かれらの馬と同じくらい、りっぱな服そうをしていました。美しいししゅうのされた、はい色のジャケットを着ていて、腰には、ぴかぴかかがやく、銀色のベルトをまいております。白いマントをなびかせて、そしてそのマントの下に、ちらちらと、腰におびた剣が、見えかくれしていました。さらに、ジャケットの下には、これまたみごとな、銀色のくさりかたびらを着こんでいたのです。

 

 かれらが、どこかのくにのゆうかんな騎士たちであるのだということは、ロビーにもすぐにわかりました。顔立ちもりっぱで、どうどうとしています。ですがその顔は、なにか、深い心配ごとがあるかのように、くもっても見えました。そしてこれは、重要なことですが、かれらのかみの毛としっぽの毛の色は、ロビーのような黒ではなくて、はい色でした。それは、はい色といっても、暗いはい色ではなくて、全体に光を放っているかのような、つやつやとした、明るいはい色だったのです。

 

 そして、もう一頭の白い馬には、白く美しい服を着て、白のマントをひらめかせた、ひつじの種族の者がひとり、乗っていました。ロビーは、ひつじというものを本などで読んで知っていましたが、じっさいにほんものを見たのは、これがはじめてでした(すくなくとも、かれのきおくの中でははじめてでした)。そのひつじは、おおかみたちにくらべたら、だいぶ小がらで、はだの色はすき通るように白く、かみの毛は、ふわふわさらりん。風にそよぐ、美しい銀色のかみでした。腰にまいた茶色のベルトには、おおかみたちのものにくらべれば、これまただいぶ小がらでしたが、小さな短剣がさしてあります。見たところ、男のようでしたが、とても美しい顔立ちをしているため、はっきりしません。ですが、ねんれいは、ほかのふたりよりも、ずっと若いようでした。

 

 こういったものを、ロビーは、自分のほらあなの、その小さなまどから見たのです(見れば、ぱっとすぐにわかることを、文章で書くというのは、けっこうたいへんです)。そしてかれらは、馬をせいしておとなしくさせると、さっと身をひるがえして、馬の背から地面におり立ちました。それから、なんてこと! このほらあなの入り口に、やってくるようだったのです! ロビーはなんだか、こわくなってしまいました。今までだれひとりとして、この自分のほらあなにやってくる者などなかったのです。そのうえそれが、馬に乗ってやってきた、よろいや剣に身をかためた、おおかみの騎士たち(とひつじ)だなんて、いったいだれが、よきできたことでしょう。

 

 ですがロビーは、こわがるのと同時に、強いこうき心をもおぼえたのです。自分と同じおおかみ! 自分のことを知る、ぜっこうのきかいであるかもしれません。しかしながら、そんなことに気をまわすよゆうは、今のロビーにはありませんでした。ひょっとしたらかれらは、自分に害をなすためにやってきた、悪者たちであるかもしれなかったのです。ちょうど、かなしみの森の住人たちが、ほかならぬロビーに対して、そう感じていたのと同じように。ロビーはおそれました。

 

 なに者なんだろう? なにをしに、このぼくのところまでやってきたんだろう? ロビーはとてもきんちょうしてきました。手には、あせがにじんでおります。ほらあなの中は、そんなロビーの胸の中とはたいしょう的に、しんと静まりかえっていました。自分のしんぞうの音だけが、大おんきょうのこだまとなって、ロビーのからだの中にずんずんとひびき渡っていました。

 

 そしてついに、かれらが、げんかんのそのとびらの前までやってきたのです。

 

 

 どん! どん! どん!

 

 

 とびらがたたかれました。おおかみのうちのひとりが、とびらをノックしたのです。ロビーはすっかりこわくなって、床にちぢこまってしまいました。げんかんのとびらが、まるでおそろしいかいぶつであるかのように、ロビーには感じられたのです。

 

 

 どん! どん! どん!

 

 

 ふたたび、とびらがたたかれます。ロビーは勇気を出して、それにこたえるべく、とびらに近づきました。

そのとき。とびらのそとから、よくひびくたくましい声が、ロビーのことをよばわったのです。

 

 「北のくにのおおかみどの! お目通り願いたい! われらは、南のくにのおおかみです! あなたにぜひにも、お願いがあってまいったのです!」

 

 ロビーはとてもおどろきました! なんとかれらは、自分のことを知っているようだったのです(そしてどうやら、かれらが悪い人たちではなさそうだったので、ロビーはすこしだけ、ほっとしました)。

 

 そうしているうちに、ふたたび同じ声がひびき渡りました。

 

 「お目通り願いたい! いらっしゃることはぞんじております。われらに力を、ぜひにも、お分け与えください!」

 

 それから、すこしあいだをおいて、さらに大きく声がひびきました。

 

 「お目通りを!」

 

 そしてついに、ロビーは意をけっして、そのげんかんのとびらに手をかけたのです。大きな木のとびらが、ゆっくりと内がわにひらきます。そして、そのすぐそとに。さきほどロビーが目にしました、ふたりのおおかみたちと、もうひとり、白いひつじの種族の者が立っていました。さきほどは、はっきりと顔を見られませんでしたが、近くで見ると、やはり、このひつじの種族の者が美しく気品のある顔立ちをしていたということが、よくわかりました。そしてやっぱり、このひつじは男せいです。それでやっぱりとしは若く、まだロビーと同じくらいのねんれいであるかのようでした。

 

 おおかみの騎士たちが、ロビーに深々とおじぎをしました。右手が胸にあわされ、ロビーはあとで知ったことですが、これは南のくにのおおかみたちの、敬礼にあたるものでした(ふたりのうしろでは、ひつじの少年が同じようにおじぎをしておりましたが、これはひかえめでした)。

 

 まず、さいしょのおおかみの騎士が口をひらきました(この騎士は、もうひとりの騎士よりも年上で、この三人のうちのまとめやくといった感じでした)。

 

 「おはつにお目にかかります、北のくにのおおかみどの。そして、お目通り、心よりかんしゃいたしますぞ。」

 

 ふたり目のおおかみも、同じくかんしゃの気持ちをあらわしながらいいました。

 

 「お目通りかんしゃいたします、北の同ほうよ。お会いできてなによりでした。」(どうほうというのは、祖国を同じくする、家族のような仲間のことをさす言葉です。)

 

 そして、さいしょのおおかみが、ふたたび口をひらきました。

 

 「われらは、南の地、ベーカーランドよりの使者であります。わたくしは、王の騎兵師団にぞくしております、ベルグエルムと申す者。メルサル家です。」

 

 ふたり目も同じく、じこしょうかいをします。

 

 「同じく、フェリアルと申します。ムーブランド家の長子です。」(ちょうしとは長男のことです。)

 

 そして、ベルグエルムがうしろをさししめし、残るひつじの少年のことをしょうかいしました。

 

 「これなるは、ひつじのくに、シープロンドよりつかわされました、ライアン・スタッカートであります。」

 

 おおかみたちのうしろから、ひつじの少年が進み出て、ちょこんとおじぎをしました。

 

 「やっとお会いできました。ぼくはライアンといいます。このかなしみの森から南東にくだった地。うつしみ谷のすそのの白きひつじたちのくに、シープロンドより、あなたをおむかえにあがるべく、やってきたしだいです。ぼくらはあなたを、ずっとさがしていたのです。つまり、北の地にたったひとりだけの、黒のウルファを。そして、いい伝えはほんとうでした。ついにぼくらは、あなたを見つけることができたんだもの。」

 

 いい伝え? たったひとりの黒のウルファ? このおかしならい客たちのことを前にして、ロビーはすっかり、こんらんしてしまいました。それで、わけもわからず、話の内ようもつかめないままに、この三人のことを、自分のほらあなの中へとまねきいれてしまったのです。思わず、気がどうてんして、騎士たちの言葉使いのいりまじった、おかしなへんじまでしてしまって。

 

 「ごていねいなるじこしょうかい、きょうしゅくのいたりにございます。ぼくは、ロビーと申しました。さあ、長旅で、さぞやおつかれのことでしょうから、こんなきたないほらあなで、たいへん失礼かとぞんじますですが、どうぞ、お上がりくださればとぞんじます。」

 

 ベルグエルムがいちれいをして、そのロビーの言葉にこたえました。

 

 「これは、まことにかたじけない!」

 

 

 それから、ライアンを先頭に、ベルグエルム、フェリアルとつづいて、げんかんにつながっていた居間の、木の長テーブルに、三人は腰をおろしたのです(この長テーブルは、ロビーが住みついたこのほらあなに、もともとあったものでした。ロビーひとりで使うのには大きすぎましたが、これでようやく、ほんらいのやくめを果たしてくれたわけです)。いっぽうロビーはといいますと、とつぜんのらい客にすっかりあたふたして、だいどころをかけまわっていました。なにしろ、お茶のじゅんびをしようにも、まったくなんの用意もしていなかったのです。大急ぎでお湯をわかし(居間のだんろの火に鉄のやかんをかけ、さっきそとから持ってきたまきを全部くべました)、お茶をそそぐカップをさがしましたが、ティーカップはふたつしか、だいどころにはありませんでした。あとは、大きな木せいのジョッキがひとつあるだけで(これは、ロビーがいつも自分用に使っているものでした)、そのほかでなんとか、かわりになりそうなものはといえば、底のわりと深い、スープ用のおわんしか、ここにはなかったのです。

 

 ですけど、ほかにしようがありませんでしたので、ロビーはライアンとフェリアルにはティーカップを、ベルグエルムには木のジョッキを、そして自分用には、(いちばんみっともない)スープ用のおわんを使いました。そしてなにか、お茶菓子をさがしましたが、これもまったく、まともなものはなく、なんとか食べ残して取ってあった、はちみつがけのポップコーンをすこしと、かんそうしたくだもの(ほしぶどうとほしたプラムでした)を、ほんのわずか、お皿に取って出すことができたのです。

 

 こうしてじゅんびがすみますと、ロビーは自分もテーブルについて、三人とならびましたが、とたんにとても、はずかしくなってしまいました。それもそのはずです。テーブルについている三人を見てみますと、三人ともみんな、りっぱないで立ちで、とても品かくのあるお客さんでありましたのに、そのテーブルに乗っているものときたら、カップはばらばら、お菓子はさんざん。しかも、なんのかざり気もありません。ロビーはすっかり赤くなって、いすにちぢこまってしまいました。

 

 「ほんとうにはずかしいです。こんなものしか用意できずに……。みなさん、どうかゆるしてください。」

 

 ですが、ベルグエルムはまったく気にもしていないようすで、与えられた木のジョッキから、おいしそうにお茶を飲み、お菓子をいただきました(見れば、みんな同じく、よろこんでお茶をごちそうになっているようでした。ライアンなどは、あっというまにお茶を飲んでしまって、「すいませんが、おかわりを。」といったくらいです)。

 

 「なにをおっしゃいますかロビーどの。どうか、お気づかいなさらないでください。とつぜんにおしかけたわれらこそ、あなたにおゆるしを願わなければならない方です。お心くばり、まことにきょうしゅくです。われら一同、心よりかんしゃいたします。」

 

 ベルグエルムは、そういって、右手を胸においていちれいしました。フェリアルとライアンも、それにならいます。

 

 こうして、このおかしなお茶会は進んでいきました。

 

 

 しばらくのあいだ、一同はおしだまってお茶を飲み、お菓子をつついていましたが、それも、わずかばかりの時間でしかありませんでした。つまり、お皿のお菓子は、もうすっかり底をついてしまいましたし、お茶の葉っぱも、そんなに多くは残っていなかったのです。しかし、そんな問題よりも、もうひとつのべつの問題の方が、このお茶会にひとまずのまくをおろすために、がんばっていました。その問題とは、つまり、ロビーのきょうみとぎもん、その気持ちが、どんどんと、大きくなっていったということです。ぼくをさがしていただって? いったいなんのために? それに、さっきいっていた、いい伝えって? それらのぎもんは、まだ、なにひとつ、あきらかにされていませんでしたから。

 

 そして、がまんができずに、ロビーが口をひらこうとした、まさにそのとき。ベルグエルムが、この静けさにつつまれた空気を、ふいに破りました。

 

 「ロビーどのが気にかけていらっしゃることは、まったくとうぜんのことです。話を切り出せずにおりましたことを、どうぞおゆるしください。あまりに長く、しんこくな話のゆえ、どこからお話ししてよいものか? そのことを考えておりました。ロビーどのがおゆるしくださるのであれば、そろそろ、わたくしどものことを、語らせていただきたくぞんじますが。」

 

 もちろんのこと、ロビーはその申しいれを、よろこんで受けいれたのです。

 

 「もちろんですとも! ぜひ教えてください! ぼくは、あなたたちのことが、気になってしかたありません。どうして、こんなぼくのところまで、はるばるやってきたんですか? いい伝えって? 黒のウルファって? 教えてください!」

 

 ロビーはすっかりこうふんして、さっきまでの話し方(この南のくにのりっぱな騎士たちのような、ていねいでおちついた話し方です)から、うって変わったいい方で、いっきに胸のつかえをはき出してしまいました。するとベルグエルムは、フェリアルとライアンの方を見やって小さくうなずくと、ロビーにあらためてむきなおり、両手を前にくんでから、ゆっくりと話しはじめたのです。

 

 「われらがこの地をおとずれたのは、ロビーどの、あなたにお会いするためです。」

 

 ベルグエルムの話しぶりは、ゆっくりかつていねいでした。そしてその声には、なにか人の心をおちつかせる、ふしぎなこうかがあるように感じられました。これから、かれのその話を、できるだけくわしく、語っていきたいと思いますが、ちょっと長くて、むずかしい話になるかと思います。でも、すごくだいじな話ですから、ゆっくりとすこしずつ、きいていってくださいね。

 

 

 「われらは、あなたをさがしておりました。それもすべて、南のくにに伝わる、ひとつのいい伝えによるものなのです。それは、われらおおかみたちのくに、レドンホールの、古きいい伝えです。」

 

 そういって、ベルグエルムは、とあるひとつのうたを口にしました。それは、とてもみじかいうたでしたが、きく者の心にしみいる、ふしぎな力のあるうたでした。

 

 

   西の白き王、かぞえて第四の治世のさなか、

   世界はやみにおおわれた。

   はらうはだれぞ、光はどこぞ、

   それは北の地ゆいいつの、われらが黒き同ほう。

 

   自分がだれかもわからぬ者が、南の地へとくだりゆく。

   黒き同ほうつばさにゆられ、

   深きやみへとはいりゆく。

   すべては古き、おのが運命のみちびきのままに。

    

   そして光はよみがえる。空に、山に、みずうみに、河に。

   とうときぎせいを乗り越えて、わかれたものはひとつにもどる。

   よろこびは心に、人々は家に、

   あるべき場所へと帰りゆく。

 

   自分がだれかを知り得た今は、

   黒き同ほうかれもまた、

   あるべき場所へと帰りゆく。

 

 

 おしまいまでいうと、ベルグエルムは静かに目をとじました。そして、「ほうっ。」と大きく息をつくと、目をあけて、ふたたび、話をつづけたのです。

 

 「そして今、まさしくこのいい伝えの通り、このアークランド世界をやみがおおいつくそうとしているのです。われらが祖国レドンホールは、今や敵の手中に落ち、王はやみにとらわれております。それもすべて、かの山の魔法使いめのためなのです。」

 

 魔法使いという言葉に、ロビーはとてもきょうみをひかれました。いぜん読んだことのある本の中に、魔法使いのことが書いてあったのです。魔法使い、まじゅつし、魔女、けんじゃ、いろいろなよび名がありましたが、かれらの中には、よい者もいれば、悪い者もいるのだと。遠い遠いくにには、おそろしいかいぶつや、悪い魔法使いがいて、人々のことをこまらせているのだ、とも。今、話に出てきた魔法使いは、とびきり悪いやつのようだとロビーは思いました。

 

 「今よりさかのぼること七年前のこと。このアークランドの北東の果て、なにものをもよせつけぬ、怒りの山脈。そこにひそむ魔法使いめが、レドンホールの北のくに、ワットの王に取りいって、かれらと手をくみました。ワット国は、がんらい、よくの強い人間たちによっておさめられておりましたが、かの魔法使いめは、そこにつけこみました。人間たちの心のすきをうまくりようして、魔法使いめのとくいとする、たぶらかしのじゅつをもちいて、かれらを意のままにあやつりはじめたのです。ワットの王、黒の王アルファズレドは、今や、このアークランドでもいちばんのぼうくんとして知られるようになり、配下の強力な軍勢をひきいて、れっこくをつぎつぎとしんりゃくしております。

 

 「ですが、そんな黒の軍勢に、たいこうする勢力があらわれました。それは、レドンホールの西のくに、アークランドにおいては南のくににあたる、ベーカーランドの白き勢力です。ベーカーランド国の王、白き王、アルマーク王は、ワットの悪ぎょうにたえかね、せいえいぞろいの騎兵師団をけっせいして、ワットのしんりゃくをおしとどめようとしました。そして、たび重なる戦いののち、ベーカーランドの白き勢力を相手にして、ワットの黒の軍勢は、しだいにその力を弱め、うばい取った土地も、もとにもどされるようになったのです。こうして、ときを重ねるにつれ、いくつもの小国が、ワットのしんりゃくからかいほうされることとなりました。

 

 「しかし、ワット国は、それだけでは終わらなかったのです。かの魔法使いめと、黒の王アルファズレドは、なおいっそう、よこしまないんぼうをくわだてました。魔法使いめは……、ああ、なんたることか! ワットの南に位置するわれらが祖国、ぜんりょうなるおおかみたちのくに、レドンホールにまで、その悪しきやみの力をはたらかせたのです!

 

 「魔法使いとアルファズレドは、レドンホールの王、われらが王、ムンドベルク・アルエンス・ラインハットへいかにつめより、へいかによこしまなるけがれた魔法をかけ、へいかを黒のやみに落としこんでしまいました。それまで、せいなる山々のごとくほこり高く、大河の流れのごとくゆうだいであったへいかの心は、やみにむしばまれ、へいかは、そのけがれなきおん目から、ちつじょの光を失われてしまったのです。」

 

 ベルグエルムは思わず、目頭をあつくしてうなだれました。

 

 「なんというひげきでありましょう!」フェリアルががまんできずに、声を張り上げました。ライアンはただだまったまま、うつむいて、かなしげな表じょうをしていました。

 

 ベルグエルムが深く息をついて、さらに話をつづけます。

 

 「へいかを失ったレドンホールは、なすすべもなくワットの手に落ち、くには、晴れることのないやみにおおわれました。かつての美しかったフレイムロンドの王城は、今や、見る影もありません。くにたみはみな、ワットのしはい下におかれ、兵士たちは、ワットのほりょとしてつれていかれました。

 

 「しかし、そのよこしまなるやみの力から、からくものがれ、レドンホールから西へ、のぞみをつないだ者たちがあったのです。それが、われら、はい色のウルファたちでした。ウルファというのは、われらおおかみ種族の者たちのことをさす、種族のよび名です。

 

 「レドンホール国には、ふたつのしゅるいのおおかみたちがいます。ムンドベルクへいかをふくめる、黒のウルファたち。そしてわれら、はい色のウルファたちです。われらはい色のウルファたちは、まったくのぐうぜんにより、魔法使いのやみの力からのがれ、レドンホールとかねて親しくむすばれていた、ベーカーランドへと、すくいをもとめてうつりゆきました。そして、ベーカーランド王アルマーク王は、われらをこころよく、受けいれてくださったのです。

 

 「われらは、ことのしだいをアルマーク王に伝え、じたいのしんこくさを伝えました。レドンホールは今や、よこしまなるやみにおおわれ、ムンドベルクへいかもまた、やみにとらえられ、魔法使いの手に落ちてしまったということ。そしてなにより、レドンホールの土地を手にいれた黒の軍勢が、急そくにその力をたくわえ、今では、おそろしい魔物の軍隊までむかえいれて、いぜんにもまして、強力な勢力になってしまっているということ……。

 

 「かのじゃあくなる魔法使いめが、そのすべてのはいごに立ち、黒の軍勢をしはいしているといいます。しかし、魔法使いめのしんのもくてきは、ここからだったのです。

 

 「ベーカーランドの力のみなもとたる、青き宝玉。これこそが、魔法使いめのほんとうのねらいでした。宝玉は、このアークランド世界の力のバランスをたもち、ぜんなる者たちに、大いなる力をさずけてくれるもの。その力を、かの魔法使いめはほっしているのです。なんという、ばちあたりなことでしょうか!

 

 「ベーカーランドは代々、この大いなる宝を守りついでゆくべき国家として、このアークランド世界のことをささえてきました。宝玉は、ベーカーランドの王城にあってかたく守られ、そしてその力によって、ベーカーランドのくに自体も、あつく守られていたのです。

 

 「しかし、魔法使いめのさくりゃくによって、今、アークランドの力のバランスは破られつつあります。そして、宝玉のかがやきも、じょじょに失われつつあります。魔法使いめは、宝玉の守りのうすれつつある今をねらい、ベーカーランドをほろぼし、宝玉の力をわがものにせんとたくらんでいるのです。宝玉が魔法使いの手に落ちれば、そのときこそ、このアークランド世界のすべては、よこしまなるやみにおおわれてしまうことでしょう。それですべては、終わってしまいます。すべてののぞみは、ついえてしまいます。

 

 「それを防ぐためにも、われらは力をけっそくさせ、黒の軍勢に立ちむかわなければなりません。げんざいわれらは、ベーカーランドの兵とはい色のウルファたちとでけっせいした、白の騎兵師団を作り上げておりますが、このアルマーク王の白の騎兵師団の力をもってしても、せまりくる黒の連合軍をうちはらうことは、かなわぬでしょう。ですからわれらは、われらのすくいとなる、新たなる力をもとめているのです。この世界をおおいつつあるやみを、うちはらう力を。

 

 「そしてわれらは、祖国レドンホールに古くから伝わる、ひとつのいい伝えにのぞみを見い出したのです。くにを追われて逃げおおせたわれらは、この古いいい伝えのことをも、アルマーク王に伝えました。そしてアルマーク王は、このいい伝えが、まことに正しいものであるということを、かくしんされたのです。

 

 「それもそのはず。いい伝えのさいしょのいっせつである、西の白き王、かぞえて第四の治世とは、ほかならぬ、アルマーク王ほんにんのことを、さししめしていたのですから。

 

 「ベーカーランドの治世がはじまっていらい、白き王とうたわれ、人々のそんけいをその身に一身に受けるようになったさいしょの王は、今より三だいむかしの世の、しょだいの白き王、イェヒュリー王です。そして、げんざいの白き王。それこそが、第四の治世をおこなう、アルマーク王なのです。

 

 「いい伝えの内ようは、このやみにおおわれはじめた今のアークランド世界のことを、まさに、さししめしております。そしてアルマーク王は、わたくしに大いなるやくめを与えられました。それは、いい伝えのしめすところの、『北の地ゆいいつの黒き同ほう』をさがし出すことでありました。黒き同ほうとは、われらが祖国、レドンホールの黒き同ほう。すなわち、黒のウルファのことを、まさしくさししめしていたのです。」

 

 なんだって! ロビーは心の中でさけびました。ひょっとして、ぼくがその、黒き同ほうだっていうんじゃないだろうか? いやいや、そんなことはない。きっとなにかの、まちがいだ。

 

 ベルグエルムがロビーの顔を見つめました。ロビーは、どきっとして、思わず下をむいてしまいました。

 

 さらに、ベルグエルムの話はつづきます。

 

 「われらはひそかに、この大いなるやくめを果たすため、かぎられたわずかな者たちばかりをひきつれて、いい伝えのしめすところである北の地をめざすべく、出発しました。ベーカーランドから東へ。大河ティーンディーンをさかのぼり、切り分け山脈のふもとを通り、そして、長い道のりのすえ、われらは、うつしみ谷のふもとにある、ぜんなるひつじたちのくに、シープロンドへと、たどりついたのです。ここでわれらは、ことの一部しじゅうを、ひつじの種族たるシープロンの王、メリアン王に伝え、力を貸していただけるよう願いました。そしてメリアン王は、われらに進んで、協力してくださったのです。」

 

 「すばらしき王です。わがシープロンのほこりであります。」ライアン・スタッカートが、ほこらしげに、そして、ひかえめにいいました。

 

 「そうです、メリアン・スタッカート王は、すばらしい人物でありました。その通り、これなるライアン王子の、父上でいらっしゃいます。メリアン王は、北の地のそうさくを、一手にひき受けてくださいました。そしてついに、いや果ての北の森、土地の者からは、かなしみの森とよばれているこの森に、ひとりの黒ウルファが住んでいるとのほうこくを受けたのです。」

 

 やっぱり! ロビーのよかんはてきちゅうしました。こまったぞ、この人たちは、とんでもないかんちがいをしているんだ! ぼくが、そんないい伝えに、かんけいあるわけがないもの(ところでライアンは、ひつじのくにシープロンドの、王子さまだったんですね。どうりで、気品にみちた顔立ちと、たたずまいをしているはずです)。

 

 ロビーはおろおろしてしまいましたが、ベルグエルムはそれにおかまいなしでした。

 

 「われらはよろこびいさんで、これなる武勇すぐれまするフェリアルと、そして、シープロンドをだいひょうして、ライアン王子に、この旅のさいしゅうもくてき地へのともをお願いしたしだいであります。そうしてわれらは、ついにここに! いい伝えの黒のウルファを見つけることができたのです!

 

 「ロビーどの! ロビーどの! ぜひにわれらに、力をお貸し与えいただきたい! このアークランドを、やみからすくっていただきたい! それができるのは、あなただけなのです。われらに残された光は、もはやほとんど消えかけております。ロビーどのの助けが、ふかけつなのです。ぜひに、われらとともにお越し願いたい。ベーカーランド国のアルマーク王のもとまで、お越し願いたいのです。どうか、お願いであります!」

 

 「お願いでありますロビーどの! どうか、世界をすくっていただきたい!」

 

 ベルグエルムとフェリアルは、そろっていすから立ち上がり、ロビーの横にひざまずいてお願いしました(そしてライアンもまた、そのうしろについてひざまずきました)。 

 

 ですけど、すっかりこまってしまったのはロビーです。なにしろ自分は、ただの少年でありましたし、そんなごたいそうな力など、持ちあわせているはずもありません。ロビーはあわてふためきながら、いすから立ち上がって、三人にむかって、なんとかとりつくろおうと努力しました。

 

 「ちょっと待って! 待ってください!」ロビーは、なかばひめいのように、声を張り上げました。 

 

 「お願いです! お願いです! どうかそんなに、かしこまらないでほしいんです! 

 「あなた方のお話は、よくわかりました! いや、ほんとうは、むずかしくて、全部はりかいできなかったのだけど……、でも、南の地でおそろしいことが起こっているんだっていうことだけは、よくわかったつもりです。このくにが、そんなたいへんなことになっていたなんてこと、ぼくはぜんぜん、思ってもいませんでした。」ロビーは、むがむちゅうになって、三人につめよりました。

 

 「とても重大で、しんこくで、たいへんな問題だって思います。でも、ですけど! あなた方は、大きなかんちがいをしているんです! なにかのまちがいですよ! ぼくには、そんなりっぱな力なんてありません。ただの、ふつうのおおかみです。たとえぼくが、つるぎを持って敵の前におり立ったとしたって、あっというまに、うち負かされてしまうことでしょう。そんなぼくに、いったいどんな力があるっていうんですか!」 

 このくにに起こっているという、おそろしいわざわい。おそろしい軍隊に、やみの魔法使い。それらのものが、自分の前に、とつぜん、みんなまとめてつきつけられたのです。ロビーの心は、まるで、しなびたりんごのようにちぢこまってしまいました。すっかりおそろしくなってしまったのです。ですけど、だれにロビーのことを、せめることができるでしょうか? あらそいや戦いなどとは、むえんのせいかつをしてきた、まだ十五さいほどの少年が、とつぜん、世界のきゅうせいしゅだなんていわれたって、ぴんとくるはずもありません。おそろしい話におびえて、身をちぢこませてしまうのが、ふつうのことなのです。

 

 三人のほうもん者たちにも、それはよくわかっていました。よくわかっていましたが、かれらもここで、ひき下がるわけにはいかなかったのです。

 

 「ロビーどのがそうおっしゃるのも、むりはありません。しかし、まちがいではないのです。北の地には、あなたいがい、黒のウルファはひとりもいないのですから。」

ベルグエルムがいいましたが、ロビーには、まだぜんぜん、それを受けいれるだけの気持ちのせいりがついていませんでした。なにがなんだか? わけがわからなくなって、頭の中がごちゃごちゃになってしまっていたのです。

 

 そんなロビーに、もうひとりのおおかみの騎士であるフェリアルが、さらにつめよってきました。じつはこれは、あんまり正しいはんだんではありませんでしたが、ロビーになんとか、いっしょにきてもらいたいと、かれもやっきになっていたのです。

 

 「お願いですロビーどの! ロビーどのの身は、われらがいのちにかえても、お守りいたしますゆえ!」

 

 この「いのちにかえても」という言葉が、ロビーの心に、ぐさっとつきささってしまいました。どうしたって、いのちの危険はさけられないと、いっているようなものでしたから。ロビーはさらに、こわくなってしまいました。

 

 そんなロビーのことをさっして、ベルグエルムがいいました。

 

 「ロビーどの、われらはあなたを、いくさの場に投げ出そうとしているのではありません。すくいの力は、武力だけであるとはかぎらないのです。あなたには、その力があるのです!」

 

 ベルグエルムのいうことは、ロビーにはよくわかりました。まったく正しいことをいっているのだということも、よくわかったのです。ぼくにできることがあるのなら、立ち上がらなくてはいけない。みんなのやくに立てるのなら、前に進まなくてはいけない。それもよくわかっていました。ですけど! からだがどうにも、ついていきませんでした。ロビーは、自分のからだがぶるぶるとふるえているということに、気がつきました。いったいどうすれば、このふるえがおさまるのか? ロビーは自分でもわかりませんでした。ロビーは、とてもなさけない気持ちになりました。でも、どうしたらいいのか? わからなかったのです。

 

 それからしばらく、ふたりのおおかみの騎士たちは、なんとかロビーのことを説得しようとがんばりましたが、しだいにかれらも、言葉を失っていってしまいました。いやがる者をむりにつれ出していくことが、はたしてほんとうに正しいことなのか? 自信がなくなってきてしまったのです。これが運命なら、われらはその運命に、したがうしかないのか? と。

 

 ベルグエルムはなにもいえず、うつむいたままでした。さまざまな思いが、その胸の中にうずまいているようでした。

 

 フェリアルもまた、大きく首をうなだれて、力を落としてしまいました。

 

 われらはつとめを果たせないのか……? かれらの頭の中に、そんな思いが生まれはじめていたころでした。

 

 

 ちがいます! あきらめるのは早すぎです!

 ロビーはそんな、弱虫なんかじゃありません!

 

 

 ただ、あまりにもとつぜんに、あまりにも多くの問題におそわれたがために、心が一時的に、ぺちゃんこになりかけてしまったというだけなのです! ロビーは、ほこり高きおおかみの種族です。ロビーのことを、信じてあげてほしいのです。

 

 ロビーのばかばか! なにをやっているんだ! おまえはそんなに弱虫なのか? さあ、立ち上がれ! おまえのあこがれた、旅に出るんじゃないか!

 

 ロビーはずっと、心の中で、自分にそういいきかせていたのです。こわさと戦っていたのです。きょうふに負けているときなんかじゃないぞ。そんなことじゃ、ぼくはこのさき、ずっと、ただの負けおおかみだ。しっかりしろ!  

 

 そしてロビーが、かれの心をぐるぐるまきにしていた、そのきょうふに、あとちょっとで、うち勝とうかというそのとき。

 

 みなさんは、さきほどからひとりの人物が、ロビーの説得に加わっていないということに、お気づきでしょうか? それは、そう、ライアン・スタッカートです。かれは、ふたりのウルファたちがけんめいになってロビーの説得にあたっているのを、じっと見守っていました。ですが、ただ見ていたというだけではありません。かれには、考えがあったのです。ここにきてライアンは、その考えを、じっこうにうつしました。というより、ここしかないと思ったのです。

 

 ライアンは、そっと、ふたりのウルファたちの耳になにかをささやきました。それをきいて、ウルファの騎士たちは、とてもびっくりしたようですが、やがて小さくうなずくと、そのまま、ライアンのうしろについて、したがうことにしたのです。

 

 ライアンが静かに、ロビーに歩みよりました。そしてかれは、こんな、いがいなことを口にしたのです。

 

 「おじゃましました。わたしたちは、これで失礼します。あなたは、わたしたちがさがしている人ではなかったようです。ごきげんよう。」

 

 そういうと、ライアンは、ふたりのウルファたちのことをしたがえて、げんかんのとびらから出ていってしまいました。そして、とびらがばたんととじられると、あとにはただ、ロビーひとりだけが残されたのです。ロビーには、もう、わけもわかりませんでした。ほうもん者たちは、帰ってしまったのです!

 

 

 ひとりになると、部屋の中は、まったく、もとのがらんとしたほらあなにもどってしまいました。ロビーは、テーブルの上を見ました。四人ぶんのカップやお皿が乗っていました。ロビーはなんとも、やるせない気持ちになってきました。

 

 そのとき、げんかんのとびらのそとで、馬のいななく声がひびきました。かれらが、馬たちに乗ったのでしょう。つぎは、馬たちのかける足音が、遠くに去っていくはずです。

 

 帰ってしまう! ロビーは心の中でさけびました。

 

 

 「だめだ! 帰らないで!」

 

 

 ロビーは、そうさけんで、大あわてでとびらに走りよりました。そしてむがむちゅうで、そのとびらをあけ放つと、ぜんそくりょくで、そとにかけ出たのです。

 

 馬たちが三頭、そのまま木につながれて待っていました。だれも乗っておりません。ええっ? ロビーはあっけに取られてしまいました。そして、げんかんのわきを見てみますと……、そこに、三人のほうもん者たちが、きれいにならんで立っていたのです。きょとーんとするロビーのことを見て、ライアンが、くすりと笑いました。ベルグエルムとフェリアルは、なんとも申しわけなさそうな感じで、気をつけのしせいを取っております(まるで、先生に怒られているせいとのように)。

 

 「こんばんは。お会いするのは、これで二ど目ですね、ロビーさん。」

 

 ライアンが、にこにこしながらロビーにいいました。ロビーはそこで、ようやく気がついたのです。自分はライアンに、はかられたのだと。

 

 そうです、つまりライアンは、しりごみしていたロビーの背中をたたいたわけでした。もうすぐロビーさんは、自分から「いっしょにいきます」といってくるだろう。でも、そのほんのちょっと前に、こちらからそういわせるようにしむければ、ロビーさんのけっしんは、よりいっそう、強いものとなる。それに、ロビーさんはまだ、こわがってる。ロビーさんの心は、今、ぼくが、ほぐしてあげなくちゃいけないな。

 

 ライアンは、このみじかい時間の中で、ロビーという人物のことを、すっかりかんさつしてしまいました。このロビーという人は、ほんとうは、しんの強い、せいぎ感にあふれた人物であると。ライアンの目には、このロビーこそが、いい伝えのきゅうせいしゅにまちがいないとうつったのです(ただ、ちょっとおくびょうで、ぶきようなところがあるみたいだな、とも思っていたのですが)。ですから、ほこりとそんげんを失ったままで、ひっこんでいられるはずがない。きっと、自分の作戦に乗ってしまうことだろうと。けっかは、みなさんに見ていただいた通りです。

 

 「あなたなら、ぜったいに出てくるだろうと思いました。ぼくにはわかっていました。」ライアンが、自信まんまん、とくいげにいいました。ですが、すこしもいやみなところはありません。かえってロビーは、そんなライアンのことが、いっぺんに好きになりましたし、また、とても、すがすがしい気持ちにもなれたのです。 

 

 「申しわけありません、ロビーどの。こんなまねは、したくはなかったのですが……」

 

 ベルグエルムとフェリアルは、すっかりきょうしゅくして、ロビーに頭を下げ通しでした。かれらは、王さまにつかえる騎士でしたので、目上の人には、とても気を使うのです。この場合では、もちろん、ロビーがその、目上の人でした(ですから、もしほうもん者たちがかれらふたりだけなら、こんな作戦は、ぜったいに思いつかないことでしょう。かれらは、しょうしょう、まじめすぎるところがありましたから。こんなまねをしたことが、あとで王さまに知れたら、きっと怒られるだろうと、かれらはひやひやしていたのです。いっぽうライアンは、王子という身分にあるわりには、ずいぶんと、自由なせいかくなようですね)。

 

 さて、ロビーはもう、すっかりしてやられてしまったわけです。こんな手に乗ってしまったからには、もう、笑うしかありません。ロビーはとてもおかしくなって、「あははは!」と、大声で笑ってしまいました(どうやら、ロビーの心をほぐそうとしたライアンの作戦は、すばらしく、ききめまんてんだったみたいですね。よかった)。そしてそれから、ようやく、口をひらいたのです。

 

 「すみませんでした、みなさん。みっともないたいどを取ってしまって。ぼくは、自分がはずかしい。まったく、なさけないです。ぼくに、あなた方のそのりっぱさの、半分でもあったらいいのにと思います。」

 

 ロビーはまず、ぺこりと頭を下げて、みんなにおわびをしました。それが、今の自分のすなおな気持ちだったのです。そして、自分の気持ちがようやくおちつくと、ロビーは、そのあとにすぐ、みんなにむかってこういいました。

 

 「それはそうと。そとは寒いですよ! さあ、中にはいってください。お願いしますから。」 

 

 その言葉をきいて、ベルグエルムとフェリアルは、ここぞとばかりにロビーにつめよりました。

 

 「おお! それではロビーどの。われらとともに、お越しくだされますのか?」

 

 ですが、ロビーがそれにこたえる前に。ライアンが口をはさんだのです。

 

 「あたりまえじゃない。もうかれは、こたえをしめしているよ。かれは、いい伝えのきゅうせいしゅ。ウルファの中でも、とびきりにほこり高い人なんだから。ね? ロビーさん?」

 

 ライアンが、いたずらっぽいまなざしをして、ロビーのことを見上げてきました(ひつじの種族のライアンは、おおかみ種族のロビーよりも、一フィート以上も背がちっちゃかったのです)。ロビーはちょっと、こまってしまいました。出かけるけっしんはついている。ライアンのそのはじめの言葉は、たしかにあたりでしたが、あとの半分(ロビーがほこり高ききゅうせいしゅなのだということ)は、ロビーが自分できめられることでは、ありませんでしたので(「そう、ぼくはとびきりにほこり高い、きゅうせいしゅなんです。」なんて、けんきょなロビーが、自分からいいっこありませんもの)。

 

 ですからロビーは、しんちょうに言葉をえらんで、つぎのようにこたえるのでせいいっぱいだったのです。

 

 「ええと、その、みなさん。ぼくは、みなさんのきたいしているような力を、なにも持っていないかもしれません。それどころか、ぎゃくに、とんでもないごめいわくをかけてしまうかも……。ですから、あんまりかつぎ上げられては、こまるんです。」

 

 ロビーはそこで、おそるおそる、みんなの顔を見渡しました。ですが、みんなはいたってしんけんに、ロビーの話をきいてくれているようでした。

 

 「でも、ぼくがその、きゅうせいしゅであるかどうかは、べつのこととして。それでも、ぼくがいくことで、なにか、みなさんのおやくに立てることがあるのなら。このくにに、ぼくが、なんらかの助けをもたらすことのできる、かのうせいがあるというのであれば。ぼくは、よろこんで、みなさんとともにいきたいと思います。いえ、ぜひとも、おともさせてください。」そういって、ロビーは、また、ぺこりと頭を下げました。

 

 これをきいたふたりの騎士たちの、よろこびようったらありませんでした。

 

 「おお! ありがたい!」ベルグエルムが声を張り上げていいました。

 

 「光がおりた! きぼうの光だ!」フェリアルもたまらずに、全身でよろこびをあらわにしました。

 

 さて、ライアンはどうでしょうか? 

 

 

 「やった! やった!」

 

 

 その声にみんながふりかえると、ライアンは、うしろの方で、ぴょんぴょんとびはねながらよろこんでいました。どうやら、このライアンという少年は、思っていた以上に、むじゃきなようですね。さきほどまでは、ちょっと、大人びてみせていたようですが、うれしいときには、すなおに、そのままのライアンにもどってしまうようです(おかげで、あんまりはしゃぎすぎて、石につまずいて、地面に、べちーん! フェリアルに手を貸してもらって、ようやく、起き上がりましたが)。

 

 「さあみなさん。中にはいってください。お話しのつづきは、それからにしましょう。」

 

 ロビーが、げんかんのとびらの横に立って、みんなのことをまねきました。そしてみんなは、ロビーにおじぎをして、ふたたび、しきりなおし。「かたじけない。」とか、「きょうしゅくです。」とか、「おじゃましまーす。」とかいいながら、それぞれの席へともどっていったのです(ちなみに、さいしょのせりふはベルグエルム。二番目がフェリアル。そしてさいごは、いわなくてもおわかりですよね。ライアンでした)。

 

 さて、ふたたびみんなが、居間の木の長テーブルにつきますと、こんどはそこは、かいぎの席となりました。つまり、これからみんながどうするのかを、ロビーにちゃんと、説明しておく必要がありましたから。

 

 しかし、それは、長くはかかりませんでした。たんじゅんめいかい。みんなの取るべき行動は、かいつまんでいえば、つぎのようなものだけだったのです。

 

 

 われらはこれより、ベーカーランド国へとむかう(ただしとりあえずは、ここからいちばん近いつうか点である、シープロンドへとむかうことになる)。

 

 ベーカーランドへついたなら、ただちにアルマーク王に会い、王からの新しいしじをあおぐことになる。その内ようは、そのときになってはじめてあきらかにされる。

 

 

 はっきりいってしまえば、これだけでした。つまり、ベーカーランドについてみなければ、そのあとになにをするのか? ということまでは、ベルグエルムたちにもわからなかったのです。かれらのにんむは、いい伝えのきゅうせいしゅのことを、ぶじに、ベーカーランドまでつれて帰るというものでしたから。

 

 しかし、これだけはいえました。いくら、もくてきはたんじゅんだとしても、ベーカーランドまでの道のりは、そんなにかんたんなものではないと。このアークランド世界のじょうきょうは、今このしゅんかんにも、こくいっこくと変わっているのです。やみがどんどん、広がっているのです。アルマーク王が、こんかいのにんむにベルグエルムたちをえらんだのは、正しいはんだんでした。かれらは、白の騎兵師団の中でも、ぴかいちの勇士たちでありましたから。 

 

 説明がすむと、白の騎兵師団の長、ベルグエルムが、話しをつづけました(ベルグエルムは、白の騎兵師団の中の隊長だったのです)。

 

 「ロビーどの、われらはすぐに、旅立たねばなりません。出発には、だいぶおそい時間ではありますが、いたしかたありません。たとえ、夜がふけようとも、進めるかぎりは進まなくては。もちろん、安全にはじゅうぶんに気をくばってまいります。どうぞわれらを、お信じください。」そういって、ベルグエルムはフェリアルの方を見ました。フェリアルは、それにこたえ、右手でこぶしを作って、胸の前にあわせてみせました(これは、「おまかせください。」という意味でした)。

 

 ベルグエルムがつづけます。

 

 「われらはこれより、ひつじの種族たるシープロンのくに、シープロンドへとむかいます。じゅんちょうにゆければ、馬の足で三時間ほどの道のり。シルフのこくげんのころまでには、たどりつけることでしょう。」(シルフのこくげんとは、この世界の時間をあらわす言葉で、だいたい、午後の九時ころをさしています。)

 

 「われらのけいかくは、このようなものですが、ロビーどののお考えはいかがでしょうか?」 

 

 ベルグエルムがたずねました。そしてロビーは、ここにきてひとつだけ。ですが、いたってまとをいた、しつもんをしたのです。

 

 「あの、そんなに急がないといけないんでしょうか? もう、夜になっていますし、みなさん、だいぶ、おつかれのようすです。朝になってからの方が、いいんじゃないでしょうか? こんなほらあなで、すいませんが、ぜひとも、とまっていってくだされば……」ロビーはそこまでいいましたが、ベルグエルムの表じょうは、かたいままでした。どうやらなにか、じじょうがあるようだったのです。

 

 「ロビーどののお心は、よくわかります。このような時こくに旅立とうなどと、まこと、じょうしきにはずれているということも、しょうちしております。しかし……」ベルグエルムは、そこでいったん、言葉をにごしましたが、やがて、けっしんしたかのように、話をつづけました。

 

 「ロビーどのに、これ以上いらぬ心配を与えるべきではないと思いましたが、やはり、お話ししておかなくては。じつのところ、われらにはもう、時間がないのです。じつは、さきほどわたくしが話しました中では、あえてふれずに、ふせておいたことがあるのです。申しわけありません。」

 

 ベルグエルムが頭を下げ、ロビーにあやまりました。そしてかれは、こんな、おそろしい話をつづけたのです。

 

 「われらがベーカーランドを出発する、ほんのすこし前のこと。ワットのくにより、使者がまいったのです。それは、ベーカーランドがこうふくに応じなければ、近く、ベーカーランドに全軍をもって、せめいるとのたっしでありました。もちろん、そんなこうふくになど、応じられるはずもありません。今ごろワットの使者は、そのへんじをたずさえて、黒の王、アルファズレドのもとへと、帰りつくころでありましょう。かれらはすぐにでも、行動を起こしてくるはずです。黒の連合軍がせまりくるのです。

 

 「そしてさらには、使者のいうことには、そのさいごの戦いにおいて、かのよこしまなる魔法使いめが、われらのさいごのきぼうをもうちくだくべく、そのいちばんのまがまがしきやみの力を、くだしてくるということでありました。それがどんなものであるのか? そこまでは、使者の口からも語られることはありませんでしたが、おそろしいきょういであることに、ちがいはありません。

 

 「ですからわれらは、手おくれになる前に、いっこくも早くベーカーランドへともどり、それらの悪の力にたいこうするすべを、ととのえなくては。このアークランド世界のそんぼうは、われらの手に、かかっているのです。」

 

 なんてことでしょう! ロビーのそうぞう以上に、じたいはしんこくをきわめていたのです。ロビーはこんなにひどい話は、ほかにないと思いました。今までに読んだ、たくさんの旅の物語。それらはみんな、ふしぎで、楽しくて、心おどって、はらはらして。そしてさいごは、かならず、ハッピーエンド。ですからロビーは、旅というものに、心からあこがれるようになったのです。でも、それらはみんな、本の中だけのお話にすぎないのだということを、ロビーはここで、あらためて、思い知らされました。今、ロビーがげんじつにきかされた、この話は、そんなロビーの、りそうの物語たちとは、ほど遠いものだったのですから(あなたの住んでいるくにが、とつぜん、おそろしい敵にこうげきされるときかされたら、あなたはどう思いますか? 戦おうとするか、逃げたくなるか? どっちにせよ、こんなにおそろしい話はないはずです。今のロビーも、同じ気持ちでした)。

 

 「じたいのしんこくさはよくわかりました。そして、旅の重要さも。ぼくたちは、すぐに、旅立たなくちゃならないんですね。だいじょうぶ。もう、ぼくは、かくごをきめています。」

 

 ほんとうは、ロビーはまだまだ、こわい気持ちでいっぱいでした。ですけどロビーは、もう逃げません。みずからのしめいのため、そして、ちかいのために、ロビーは旅立つのです。

 

 ロビーはここで、自分のことを話しておくべきだと思いました。旅立ちの前、今が、そのときだと思ったのです。かれらには、すべてを話しておきたいと思いました。

 

 「みなさんは、とてもりっぱな人たちです。みなさんのような方々と、ともにゆけることを、ぼくは、とてもこうえいに思います。」ロビーはそういって、右手を胸にあわせ、かれらのまねをして敬礼のしぐさを取りました。みんながそれにこたえて、ロビーがつづけます。

 

 「旅立つ前に、みなさんには、ぼくのことを、みんな話しておくべきだと思う。ぼくには、やりとげなければならないとちかった、しめいがあるのです。みなさんもお気づきのことでしょうが、ぼくには、みょうじがありません。ただ、ロビーという名まえだけを、おぼえているだけなんです。ぼくは、まだ小さかったときに、どこか遠いところから、このかなしみの森にやってきたようなんです。それからたったひとりで、この森に住むようになっていました。どこからきたのか? なんのためにきたのか? ぼくにはまったくわかりません。きおくもほとんど、残っていません。」

それからロビーは、すこし考えてからつづけました。

 

 「だからぼくは、自分がなに者であるのか? 知りたいんです。なぜ、こんなことになっているのか? 知りたいんです。そして、ちゃんと、姓を受けつぎたい。ぼくは、おおかみ種族です。ぼくにだって、ほこりはあります。

 

 「この願いを果たすこと。それが、ぼくのちかいであり、しめいなのです。どうあっても、たとえ、この身をほろぼすことになろうとしてもです。みなさんにくらべれば、ちっぽけなしめいかもしれません。ですが、ぼくにとっては、これもまた、大きなしめいなんです。みなさんにならわかってもらえると思って、お話ししました。旅ゆく前に、知っておいてもらいたくて。」

 

 話し終えると、ロビーはみんなの顔を見まわしました。世界のいちだいじの前に、つまらないことをいってしまったんじゃないか? ロビーは、そう心配したのです。

 

 ですが、みんなはいたってしんけんに、ロビーの話を受けいれてくれました。ベルグエルムがその先頭を切って、こうふんぎみにこたえます。

 

 「ロビーどのの高きおこころざし、われら一同、深く感じいりました。われらはみな、あなたのほこり高きちかいをうやまい、ささえ、おともいたします。そのちかいの果たされるときまで、われらは力のかぎり、お助けいたしますぞ。そしてきっと、ちかいは果たされましょう!」

 

 ベルグエルムもまた、ほこり高きウルファ種族の者。ですからかれもまた、ロビーのちかいを、心からうやまいました。ほんとうに、ウルファという種族は、ほこりをだいじにする種族でした。仲間がちかったことならば、まるで、自分のちかいのように思ってくれるのです。それはフェリアルも、そして、種族はちがっても、ライアンとて同じことでした。

 

 「まこと、ベルグエルム隊長のいう通りです! ロビーどののちかいは、かならずや、果たされることでありましょう。どんなくらやみのときであっても、光は、かならずおとずれます。のぞみは、いつでも、みずからのそばにあるのですから!」

 

 フェリアルの言葉は、とてもたのもしく、きぼうを感じさせてくれるものでした。

ですが、今のロビーにとって、いちばんうれしかったのは、つづくライアンの言葉だったのです。

 

 「だいじょうぶ! きっとうまくいくから。ぼくたちがついてるじゃない。みんなでがんばればさ、なんだってできるよ。もう、ロビーひとりじゃないんだから。ぼくも、ベルグも、フェリーもいるよ。もう、ぼくたちは、仲間なんだから。」

 

 ロビーは、このライアンの言葉に、心の底から助けられました。ずっとひとりで、ひとりぼっちで、くる日もくる日もすごしてきたロビーにとって、こんなにも心あたたまる、すてきな言葉もなかったことでしょう。ロビーは胸があつくなって、こみ上げてくるものをおさえることも、できませんでした(ちなみに、ライアンはなかよくなった相手のことを、ニックネームでよんでしまうようですね。ベルグエルムならベルグ、フェリアルならフェリーといったように。でも、ロビーはもともとロビーでしたので、それは、そのままなのでした。それにライアンは、親しい相手に対しては、とってもくだけた話し方をするみたいです。はじめにこのほらあなにきたときのライアンとは、ぜんぜん感じがちがってしまいましたので、ロビーはちょっと、びっくりしてしまったものでした)。

 

 「ありがとう、みなさん、ありがとう。」ロビーは、感きわまっていいました。

 

 「みなさんの気持ちは、ぼくはけっして忘れません。このさき、どんな危険が待ちかまえていようとも、ぼくは、みなさんとともに乗り越えてゆけます。立ちむかってゆけます。」

 

 それが、出発のあいずとなりました。そして、ベルグエルム、フェリアル、ライアンの三人は、ロビーのその言葉にあわせて、高らかに、せんげんしたのです。

 

 「南へ!」べルグエルム、フェリアルがいいました。

 

 「しゅっぱ~つ!」ライアンが、右手を天につき出してつづけました。

 

 そしてロビーは、それに負けないくらい高らかに、力強くこたえました。

 

 「南へ! ともにゆきましょう!」

 

 

 こうして、ここ、かなしみの森の、暗くてさびしいほらあなの中で、かれらの同めいはむすばれたのです。それは、せまりくるやみの敵に立ちむかうための、大きな同めいでした。

 

 しかし、かれらがそうしているあいだにも。南の地では、新しいやみが、広がりつつあるところだったのです。

 

 

 




第2章「騎乗の旅立ち」に続きます。

週に1章ずつくらいのペースで投稿していきたいと思います。

読んでくれてありがとう! またね!


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2、騎乗の旅立ち

 かなしみの森の中に、大きな馬のいななき声がひびき渡りました。日は、もうとっぷりと暮れてしまって、空はいちめん、黒のカーテンをしきつめたかのようにまっ黒でした。それというのも、急にわき起こってきた暗い雲が、かすかに光を放っていた星々をも、そのえじきにして飲みこんでしまったからなのです。つめたい風が、ぴゅうぴゅうとかなしげな音を立てて、森の黒い木々のあいだを通りすぎていきます。木々の葉っぱはざわざわとゆれ、まるで、すがたの見えないらい客をむかえいれているかのように、くらやみの中で、すぎてゆく風の声にこたえました。

 

 そんな、ふきつとも思える夜の空の下に、今、三頭の騎馬たちが、その主人たちとともにたたずんでいました。それらの馬たちは、このうす暗さの中でもはっきりとわかる、美しい毛なみを持っていました。二頭は、銀のような美しさのはい色。もう一頭は、おひさまの下にかがやく白い花のようにいんしょう的な、白い馬でした。そして、それらの馬たちの背には、あわせて四人の人物たちが、馬たちと同じくらい美しい、りっぱなくらにまたがっていたのです。

 

 二頭のはい色の馬たちには、それぞれひとりずつ、きらびやかな衣しょうに身をつつんだはい色のおおかみの者たちが乗っていました。そしてもう一頭の白い馬には、この馬と同じくらいに白くて美しいすがたをした、白のひつじの種族の者がひとりと、そして、それとはとても対しょう的な、全身まっ黒の衣服に身をつつんだ、黒のおおかみ種族の者がひとり、乗っていたのです。この黒のおおかみのかっこうは、ほかのふたりのおおかみたちにくらべて、やや見おとりする感じで、着ているものにもなんのそうしょくもありません。黒のジャケットに黒のズボン、黒のマフラーをしていて、そしてその上から、全身をおおうようなかたちで、大きなぼろのような黒のマントをはおっていました(これはもう、なん年もたんすのおくにおしこんであったものを、あわててひっぱり出してきたものでした)。そのほかには、肩からくたびれたかばんをひとつ下げているだけで、これも、とてもきちょうな品であるとは、とうていいいがたいものだったのです。 

 

 ですが、だからといって、この黒のおおかみのことをかんたんに「みすぼらしいおおかみ」ときめつけてしまうのは、まちがったことだといえるでしょう(いいかえれば、ほかの三人の者たちの身なりがりっぱすぎるのです)。すくなくとも、おおかみらしいじょうぶなからだを持っているという点では、ここにいる三人のおおかみたちは、それぞれおんなじくらいりっぱでした。でもやっぱり、じゃっかんではありましたが、黒のおおかみの方がほかのふたりのおおかみたちよりも、ひとまわりくらい、小がらであるといえると思います(せいぜい二インチていどでしょうけど)。ですが、そんなことをくらべっこしてもしかたありませんし、意味のないことだといえることでしょう。だって、もうひとりのひつじの種族の者は、この大きなおおかみ種族の者たちとくらべて、ふたつもみっつも、小がらでしたから(白い馬一頭にふたりが乗れるのも、そのためでした)。

 

 さて、この騎乗の者たちがだれであるのか? みなさんはすでにごぞんじでしょうから、このあたりでかれらを、かれらの持つ、ほこり高き名まえでよんでいきたいと思います。

 

 

 「ロビーどの、旅立ちのじゅんびは、すっかりおすみになられたでしょうか?」

 

 口をひらいたのは、はるか南の地、ベーカーランド国の白の騎兵師団の長、ベルグエルムでした(ベルグエルムは、そういいながらも、はやりたつ馬をせいするので手いっぱいでした。ベルグエルムの乗る美しいはい色の騎馬は、「早くいこうよ」といった感じで、主人であるベルグエルムのことをせかし立てつづけていたのです)。そしてロビーは今、出発の前に、かばんの中のにもつをもういちどかくにんしているところだったのです。

 

 「なにもかもすみました。このほらあなの中にあった、ぼくのたいせつな品物は、すべて、このかばんの中にはいっています。着るものと、食べるもの。インクに、まんねんひつ。本が二さつに、ペンダントがひとつ。このペンダントだけは、ぼくの首にかけてありますけど。みんな持ってきました。もう、このほらあなの中には、持っていくようなものは、なにも残されていません。それいがいは、ただ、くらやみばかりがつまっているだけです。」

 

 ロビーはそういって、長い時間をすごした自分のほらあなのことをながめやりました。今は、とざされた重い木のとびらが、なに者であろうと、その中へまねきいれることをこばんでいるのです。そのとびらのわきには、すすけてうすよごれたガラスのはまった、小さなまどがありました。中はまっくらでした。ついさきほどまでは、ロビー自身が、そのまどの内がわにいたのです。それが今では、このほらあなは、もうなん年もうちすてられていたかのように、まったく人のけはいを感じさせないものになっていました。

 

 「もう、なにも残っていません……」

 

 ロビーはもういちど、だれにいうともなくつぶやきました。なぜだかはわかりませんでしたが、ロビーはふいに、なにかいちばんたいせつなものを中においてきてしまったのではないか? という気持ちになったのです。ですがそれは、品物ではありませんでした。しいていうのであれば、それは、このほらあなそのものでした。ひとりぼっちで毎日をすごしてきた、自分のほらあな。自分がいなくなれば、あとはただ、くち果て、荒れていくだけでありましょう。ロビーはなんだか、とてもかなしくなってきました。かなしみの森の、かなしみの力のせいかもしれません。思いもかけず、なみだがあふれ出てきました。ロビーは自分にとって、とてもたいせつな人が去っていってしまうときのような、そんな気持ちになったのです。ほらあなの気持ちになったのです。

 

 いつか、もどれるときがくるだろうか……。ロビーは心の中で思いました。

 

 でも、たぶん、もどれることはないだろうな……。

 

 いちどもだれもおとずれることのなかった、自分の家(今日きたみんなのことはべつとして)。そして、さいごのひとり、自分自身が去ろうとしている家でした。ですがそれは、ロビーにとっての、大いなるしめいのためなのです。ほこりとそんげんのためなのです。そのためならば、きっと、この暗くてさびしげなほらあなも、やさしく、主人を送ってくれることでしょう。旅立ちとは、そういうものなのです。そして、人が旅立つことは、だれにもとめられないのですから……。

 

 ロビーはげんきを出して、わが家にさいごのおわかれのまなざしを送ると、ゆっくりと、前にむきなおっていいました。

 

 「さあ、いきましょう。」

 

 

 そして、三頭の馬たちはかけ出していきました。もうすっかり、夜のとばりにおおわれてしまった暗い森の中を、まようことなく、はっきりと、かれらは進んでいったのです(ベルグエルムを先頭に、ライアンとロビーの白馬がすぐうしろにつづき、フェリアルがさいごにつきました。これは、守るべきたいせつな人をまん中にすることで、前とうしろの守りをかためることができるためなのです)。

 

 ロビーにとって、馬に乗ったのは、これがはじめてといっていいものでした。せいかくには、小さかったころの遠いむかしに、乗ったきおくがあるわけですが、それは、ただのきおくでしかなく、馬に乗ったけいけんとよぶのには、ほど遠かったのです。ですからロビーは、まったく馬というものになれていませんでした。とうぜん、馬をあやつるなんてことはできっこありませんでしたし、じっさい、この馬にまたがるときにだって、そうとうくろうしたのです(みんなの手をかりて、よいしょよいしょ! ひとしごとでした)。

 

 ですから、これまたとうぜんのことながら、たづなを持って馬を走らせているのは、前にすわっているライアンで、ロビーはライアンのからだにしがみついて、うしろにまたがっていました。そのおっかなびっくりにしがみついているすがたは、ちょっとおかしくも見えましたが、ロビーにとっては、そんなことにかまっているよゆうなどはありませんでした。つまり、なんとかふり落とされないようにがんばることだけで、せいいっぱいだったのです(ライアンの方は、大きなおおかみのロビーにしがみつかれて、う~ん、といった感じでしたけど)。

 

 こうして一行は、夜の森の中を進んでいきました。いくつものしげみをぬけ、急な坂道をのぼり、おり、たくさんの広場を越えました。森の住人たちは、もう自分のすみかにもどって夕ごはんのしたくに取りかかっているころあいでしたので、森の中には、だれも出歩いている者はおりません。もっとも、馬のかける大きな音にびっくりして、みんなどこかに、ひっこんでしまっているのかもしれませんが。ロビーはそのことも考えて、なるべく人の家のそばはかけていかないようにとお願いしていました(かれのやさしさと気づかいが、よくあらわれていますね)。

 

 しばらく進んでいくと、やがて、ひとつのあけた広場に出ました。ここは、森の街道が重なりあうところで、住人たちが集会をひらいたりおしゃべりをしたりするのに使っているところでした。切りかぶをりようしたベンチがいくつもならんでいましたが、そこに腰かけている者は、今の時間ではだれひとりとしていません。そして、すぐにわかるこの広場のとくちょうが、ひとつありました。この広場の地面は、ほかの広場とちがって、すみずみまで草がきれいにかり取られていて、手いれがよくゆきとどいていたのです(これまでにも広場はいくつも越えましたが、どれもみんな、草がぼうぼうに生えておりましたから。そのちがいは、この暗い森の中でもすぐにわかったのです)。

 

 さて、それはなぜかといいますと、この広場のすみには、ほかの広場にはない、あるとくべつなものがあったからでした。それは、いっけんの家でした。そしてそれは、ただの家ではなかったのです。お店でした。そう、それは、かなしみの森の中でゆいいつのお店。「ざっか屋および食りょう品店」である、スネイル・ミンドマンのお店だったのです。店のまわりには、手いれのよくゆきとどいた大きな花だんがあって、花だんは色とりどりの花々でかざられていました(ざんねんながら、今は暗くてよくわかりませんでしたが)。そしてその手いれのよさが、店のまわりのみならず、この広場全体にまでゆきとどいていたのです。

 

 この広場がよく手いれがされてぴかぴかなわけ。それはつまり、店主であるあなぐまのスネイル・ミンドマンの、人のよさと、草木に対する深いじょうねつのためでした(なにしろかれのお店には、ありとあらゆる庭いじりの道具や、なえどこが、そろっているくらいでした。おかげで、一部の気心の知れた住人たちからは、「スネイルのえんげい用品店」という店の名まえに変えたらどうだ? とからかわれていたのですが)。

 

 そしておりしも、ロビーたちがこの広場にやってきたちょうどそのとき。このスネイルのざっか屋および食りょう品店は、店じまいの時間をむかえたところだったのです。つまり、野うさぎのこくげん(みなさんの世界でいえば午後の六時くらいでしょうか?)にあたりました。そのため、店のまわりにあかりはなく(暗くなってから店がしまるまでは、店のまわりにランプのあかりがともされています)、入り口からもれる店内のしょうめいだけが、ぼんやりと、広場をうすくてらしていたのです。空はまっくらでした。暗い雲はどんどんと立ちこめていって、ほんらい星空のあるべき場所にじんどって、あつくたれこめていました。そして、そんな暗い空の下。店のそとでは、ちょうど、店主であるスネイルほんにんがいて、店じまいのしたくにあたっているところだったのです。

 

 スネイルが馬のかける音に気づいてこちらをふりかえり、ロビーたち一行とはちあわせたのは、ロビーたちがこの広場にはいったのと、ほとんどいっしょのときでした。ですから、もしロビーがスネイルのことに気がつかなかったのなら、ロビーは馬の背に乗ったまま、自分がこの広場を通ったということにすら気づかないうちに、この場所を通りすぎてしまっていたことでしょう。それほど、一行の馬ははやくかけていたのです。

 

 「すいません! どうか馬をとめてください! すこしのあいだだけ、とめてください!」

 

 ロビーは大声を上げて、みんなに馬をとめてくれるようにたのみました。ロビーの声にこたえて、三頭の騎馬たちは、それぞれ「ひひん!」と大きくいなないて、そのかけ足をとめます(といっても、あまりにはやかったので、とまったころにはこの広場を大きく越えてしまって、それからひきかえしてきたのですが)。

 

 ロビーは、この森を去ってゆく前に、どうしても、そのことを森のだれかに伝えておかなければならないと思いました。それは、自分のためにみんなにこわい思いをさせてしまったという、つぐないの気持ちからでした。どういうかたちにせよ、自分が森から出ていけば、森の人たちは、このさき、安心して暮らしていくことができるでしょう。ロビーはそのことを、だれかに伝えておいてもらいたいと思ったのです(いずれしぜんとうわさが広まるとは思いますが、今いっておけば、もっと早く安心できるでしょうから)。

 

 それには、このあなぐまのスネイル・ミンドマンにたのむのが、いちばんだと思われました。なにしろここは、森でゆいいつのお店でしたので、森中からお客さんがやってくるのです。ですから、まっさきにうわさ話が広がるのも、この場所からでした(そのうえ、スネイルはロビーと話しをしたことのあるゆいいつの森の住人でしたので、ロビー自身もかれに対して、話しがしやすいということもありました)。

 

 ですが、とうのスネイル自身は、これはもう、おどろきときょうふでいっぱいになってしまっていて、とてもれいせいには、ロビーたち一行に対してせっすることができずにいました。それはつまり、スネイルが明るい店の前にいたのに対して、ロビーたち一行は、はんたいに、そとの暗がりの中にいたからでした。それってどういうこと? これは、じっさいにたいけんしてみればよくわかるのですが、暗い場所から明るいところにいる人は、よく見えるのですが、明るいところにいる人からは、そとの暗がりの中のようすは、はっきり見て取ることができないのです。ですからスネイルには、とつぜんにやってきたこのしっ黒の騎乗の者たちが、どういう者たちであるのか? ぜんぜんわかりませんでした。とうぜんそれが、森はずれのほらあなに住んでいるおおかみだなんてことは、このときのスネイルには、まったくわからなかったのです。スネイルにとっては、なにかとてつもなくおそろしげな魔王の使いかなにかが、自分に害をなさんとして、とつぜん、このくらやみの中からあらわれたかのように思えました(はじめ、ロビーが自分のところにやってきたベルグエルムたちに対して、おそれをいだいたときのことを、思い出してみてください。ちょうど、あんな感じだったのです)。

 

 「みなさん、すこしの時間だけ、かれにおわかれのあいさつをしてくることをゆるしてください。」ロビーは、みんなにことわって馬からおりると、スネイルの方に静かに歩みよっていきました。しかし、これできょうふがさいこうちょうにたっしてしまったのは、スネイルだったのです。なにしろ、顔の見えないまっ黒で大きななにかが、同じくしょうたいのわからない仲間たちのことをしたがえて、自分のもとへと近づいてこようとしていたのですから、それもそのはずでした。

 

 スネイルは、思わず身がまえて、えんげいの道具るいを見やっていちばん「武器」になりそうなものをえらんでひっつかむと(さきの分かれた長いすきでしたが)、きょうふにかられてさけんでしまったのです。

 

 「そこでとまれ! とまるんだ!」スネイルは、あらんかぎりの声でさけびました。ロビーは思わず、びくっとして、その場に立ちすくんでしまいます。

 

 しばらくおいて、スネイルがふたたびどなりました。

 

 「おまえたちがなに者であろうと、わしの家をきずつけるようなまねは、だんじてさせんぞ! だんじてだ! 今すぐ帰れ! さもないと、このすきのいちげきをくらわせてやるぞ!」

 

 スネイルは、自分の持つ勇気のそのさいごの一てきまでふりしぼって、このしょうたいふめいのやみの者に立ちむかいましたが、そういいながらも、からだ中ががくがくふるえて、顔はあせでびっしょりになってしまっていました。

 

 このスネイルの反応には、ロビーだけでなく、うしろにいるベルグエルムたちも、とてもびっくりしてしまいました。じっさい、ベルグエルムとフェリアルは、ロビーのことを守ろうと、もうすこしで腰の剣に手をかけて、ふたりのあいだにわってはいろうかとしたほどです。しかしそれも、ロビーが口をひらいたつぎのしゅんかんまでの、ほんのつかのまのことにすぎませんでした。ロビーは、さいしょはびっくりして、思わずしりごみしそうになってしまいましたが、すぐに、相手の気持ちを考えてものごとをおこなおうとする、自身のその思いやりの気持ちを、はたらかせたのです。つまり、スネイルの気持ちをおしはかって、かれをこわがらせないように、すぐにごかいをとこうとつとめました(これには、ベルグエルムたちのごかいをとくこともふくまれていました)。

 

 「待って! 待ってくださいスネイルさん!」ロビーは両手を大きくかかげて、けんめいになっていいました。「ぼくは、森はずれのほらあなの、おおかみです! ぼくは、あなたをきずつけようとしているのではありません。あなたにお話ししておきたいことがあって、こうして、やってきたわけなんです。どうか、ごかいなさらないでください!」

 

 これをきいて、スネイルはさいしょ、いぶかしげな、うたがわしげな顔をして、この声のもととなる人物のことを、じろじろながめやっていましたが、やがて、どうにかなっとくしたかのように、こわごわ口をひらきました。

 

 「森はずれの、おおかみさんですって? これはこれは、いったい、どういったわけなんです? 近ごろじゃ、めったに、買いものにだってお見えにならないというのに。それも、こんなおそくに。」

 

 そういって、スネイルは持っていたすきをおろしました(それでもすこしだけ、まだ用心しながら、そのすきをにぎりしめていましたが)。

 

 ロビーは、やっとのことで胸をなでおろして、スネイルのそばに歩みよりました(ねんのため、両手は頭の上に高くかかげたまま、ゆっくりと近づいていきましたが)。近づいていくにつれ、スネイルの顔からはきょうふの色が消え、もとの人のいい、あなぐまのスネイル・ミンドマンにもどっていきます。そしてかれは、ロビーのことを見上げると(ロビーの背たけは自分の二ばいほどもありましたから)、それがまぎれもなく、自分の見知っている森はずれのおおかみであるとかくにんして、大きく肩で息をつきました。

 

 「ふう! わたしはまた、なにか、どこかの魔王の手さきかなにかがやってきたのかと思いましたよ。ほんとうに、きもをひやしましたぞ。もうちょっとで、わしは、あんたと、さしちがえるかもしれないところだった。」

 

 スネイルは、なかば怒ったような口ちょうでいいましたが、じっさいに怒っていたというわけではありませんでした。ですが、言葉の中身はほんとうのことで、スネイルは、それがごかいだということがわかって、今、心の底からほっとしていたのです。そしてロビーはといいますと、これは、思いもかけず、スネイルのことをこわがらせてしまったことで、すっかり申しわけない気持ちになってしまっていました。ですけどどうにか、ごかいもといてもらえたようなので、その点にかんしては、ロビーはスネイル以上に、ほっとしていたのです。

 

 「ほんとうに申しわけありませんでした、スネイルさん。あなたをこわがらせるつもりは、ぜんぜんなかったんです。ほんとうにすみませんでした。」ロビーはぺこぺこ頭を下げて、スネイルにあやまりました(それでもスネイルの背がちっちゃいので、ロビーの頭はまだ、スネイルのずっと上にありましたが)。

 

 「ぼくがここにきたのは、スネイルさん、あなたにぜひとも、しらせておきたいことがあったからなんです。つまりぼくは、もう、この森を去らなくてはいけません。去らなくてはいけないときが、やってきたんです。南の地へむかうときが、やってきたんです。」

 

 これをきいて、スネイルはとてもびっくりして、目をまるくしてしまいました。そしてかれは、たじろぐような、ひるむような、そぶりを見せながら、しばらくぼうぜんとしていましたが、やがて、すべてになっとくがいったかのように、なんども小さくうなずいて、ロビーの手を取っていいました。

 

 「お、お、なんということだ……。なんということです。やはり、そうでしたか。旅立つときが、やってこられたのか。」

 

 スネイルはロビーの手をにぎりしめながら、すっかり感きわまってしまっていました。ですが、この反応にすっかりおどろいてしまったのは、ロビーです。なにしろ、自分が旅に出ようとしていたことなんて、もちろん、だれにも話しておりませんでしたから、それもそのはずでした(もちろん、ベルグエルムたちが前もって、スネイルに話したわけでもありません。どうしてスネイルが、そのことを知っていたのでしょうか?)。 

 

 「さあさあ、中へおはいり。火のそばへ。あたって、話しをしよう。」

 

 スネイルはロビーのことをひっぱって、店の中へあんないしようとしましたが、ロビーには、それにこたえることはできませんでした。ロビーはふりかえって、ベルグエルムたちのことを見ました。かれらはただだまって、こちらのようすを見守っておりました(ですが、ロビーとスネイルの話は、すべてかれらの耳にもとどいていました)。

 

 ロビーは、この旅がさきを急ぐ旅であるということを、じゅうぶんにしょうちしていました。ですからここで、あんまりぐずぐずしているわけにはいかなかったのです(今もむりをいって、時間をもらっているのですから)。ロビーはスネイルのさそいをていちょうにことわって、「さきを急がなくてはならない」ということを伝えました。

 

 「申しわけありません、スネイルさん。ぼくは、さきを急がなくてはなりません。あそこにおります、ゆうかんなる旅の友人たちといっしょに、南の地へとむかうんです。ですから、スネイルさん、どうか森のみんなに、よろしくお伝えくださるようお願いしたいんです。」

 

 これをきいて、スネイルはとてもざんねんそうに、ロビーの手を放しました。

 

 「そうか……、ざんねんだ。もうすこし、あんたの話をききたかったのだけど。」

 

 しかし、そこでスネイルは、急にとてもだいじなことを思い出したらしく、手をぱん! と大きくたたいていったのです。

 

 「そうだった! そうそう! あんたに、ぜひ、渡したいものがあるんだ。ちょっと、待っててくれよ。そのくらいならよかろう?」スネイルは、そういって、店のわきにあるものおき小屋の中にかけていきました。

 

 小屋の床にはところせましと、じゃがいものふくろや、とうもろこし、らっかせいのふくろなどがつまれていました(そのため、なんどとなく、スネイルはふくろに足をひっかけて、ころびそうになっていましたが)。そして、たくさんのなえどこや若木のたばを乗り越えた、そのさき。いちばんおくのたなの上に、大きくて長いがんじょうそうな鉄のはこがひとつおかれていて、それには、これまたがんじょうそうな、大きなじょうまえがひとつかけられていたのです。

 

 「ほい、かぎは? と。どこいった?」

 

 スネイルはあちこち飛びまわって、いったりきたりをしていましたが、やがて、かぎをかくしておいたえんとつのすきまのことを思い出すと、その場所から、まるでこわれものでもあつかうかのようにしんちょうになって、そのかぎを取り出しました。それは、すすけてほこりだらけになってはいたものの、美しいししゅうのはいった青いぬのにくるまれていて、だいじにしまってあったようでした。スネイルは、そのぬのの中から銀色にかがやく大きなかぎをひとつ取り出すと、その手ざわりをしばらくたしかめたあと、それをはこのじょうまえにさしこみました。かぎがまわり、はこがひらきます。それからスネイルは、大きく「ほおーっ。」とため息をついてから、その中にだいじにしまってあったものを取り出しました。

 

 それは、ひとふりの剣でした。そうしょくはひかえめでしたが、にぶくふしぎなかがやき方をするさやにおさめられていました。スネイルは両手でそれをかかえ(その剣は小さなスネイルにとっては大きすぎました)、そしてそれといっしょに、肩にはじょうぶそうなリュックサック(これまたかれには大きすぎるものでした)をひとつしょって(というよりも、ほとんど地面にひきずって)、ようやく小屋の中から出てきたのです。そして、ロビーのところへひょこひょこやってきますと、かかえた剣をロビーにむかってさし出しました。

 

 「ほら、こいつだ。」

 

 ロビーはびっくりしながら、おそるおそる、その剣を手に取りました。長すぎもせず、重すぎもしません。それは、ロビーにぴったりのつくりになっていました。ロビーはつかをにぎって、その剣をすこしだけぬいてみましたが、そのやいばはとても美しく、そしてすこしだけ黒っぽく、かがやいていました。まるで、やいば全体が、つめたいきよらかないずみの水にひたっているかのように、にぶく、そして、こうごうしく、光っていたのです。

 

 「どうだね? りっぱなもんだろう? じつは、こいつをおまえさんに渡すようたのまれて、わしは、もう、なん年ものあいだ、ずっとあずかっていたんだよ。おまえさんが南の地へ旅立つという、そのときに、渡してほしいとな。もし、これを渡すそのきかいがなければ、こいつはこのさき、ずっと、このわしの家に眠らせておいてもかまわないということだったんだがね。だが、とうとう今日、ついに、そのきかいがおとずれよった。」

 

 剣を手にしたロビーのことを見て、スネイルはすっかり、こうふんしてしまっていました。それにくらべて、ロビーの方は、なんとも、きまりが悪そうです。

 

 「これはいったい、どういうことなんでしょう? なぜ、ぼくにこんなものを? いったいだれが、なんのために、おいていったんでしょうか?」

 

 剣をもてあましながら、ロビーがたずねました。するとスネイルは、ちょっとのあいだ、頭をひねっていましたが、やがて、やっと思い出したようで、こんなふしぎな話をはじめたのです。

 

 「あれは、今から三年前の、冬の日のことだったと思うが。それとも、四年前だったかな? そう、こんな、暗い夜のことだったよ。わしが、店のかたづけをはじめたころだ。だからやっぱり、野うさぎのこくげんだったんだな。ふいに、くらやみのむこうから、なにか、地面をたたくような音がきこえてきた。すぐにそれは、馬のかける音だとわかったんだが、その音は、まばらな感じだった。わかるかね? まばらなんだ。地面をかけたり、とびあがったりしているかのように、まばらだった。そしてすぐに、それは、わしの店の前までやってきた。まっ黒な馬と、まっ黒な騎士だったよ。わしはもう、おそろしさに、ふるえ上がったもんだ。それらは、まるで影のように、ゆらゆらと、やみの中でゆれておった。わかるかね? まるで、だんろにかかったやかんの湯気みたいに、ゆれてるんだ。わしは、もしかしたら、まぼろしか夢でも見てるんじゃないかと思ったんだが、すぐに、そうじゃないということが知れた。そいつが、口をひらいてしゃべったからだ。

 

 「そいつは、からだ中をまっ黒なマントでおおっていて、顔もまったく、見えなかったが、しゃべっている、その口もとだけは、見て取れたんだ。ひげがあったように思ったかな? そうじゃなかったかもしれんが。とにかくそいつが、わしに話しかけてきた。それは、思っていたよりもずっとおだやかな口ちょうで、わしはびっくりしたもんだった。こういったんだと思うよ。

 

 「『わたしは、南のくにの者です。あなたに、ぜひ、たのみたいことがある。』そういうと、そいつは、ゆっくりと、マントのすそを広げた。マントの中には、ひとふりの剣があった。そいつの腰にさしてあったんだ。そいつは、静かにその剣をはずすと、わしにさし出して、こういうんだ。

 

 「『この剣を、あずかってほしいのです。わたしのくにの剣です。見つからないように、どこかにしまっておいてくださればけっこう。』そして、おまえさんが今持っている、その剣を、わしにあずけていったんだ。わしは、ひと目で、それがひじょうにすぐれた、かちのあるものだと、わかったよ。だから、いってやったんだ。『こんなだいじなものを、見ず知らずのわしに、たくしてしまっていいのかね? わしは、これを、お金にかえてしまうかもしれんぞ。』ってな。するとそいつは、ひるみもせずに、こうこたえたんだ。

 

 「『あなたがそうされたいのなら、そうしてくださってけっこう。すべて、あなたにおまかせしよう。それは、あなたにたくしたものだから、売ってしまおうと、すててしまおうと、あなたしだいです。それと、わたしはあなたに、もうひとつ、たのみたいことがある。』

 

 「『この森のはずれに、ひとりのおおかみが住んでいる。かれは、今はまだ子どもだが、いずれ、このくにをになう者となるだろう。そして、かれが南の地へ旅立つときが、きっとやってくる。そのとき、かれに、その剣を渡してやってほしい。きっと、助けになるだろうから。ぜひ、そうしてやってほしい。』

 

 「そのあいだ、わしは、だまってきいておったが、なんともいえない、ふしぎな感かくにおそわれたもんだった。まるで、わしの心が、そいつのからだの中に、すっぽりすいこまれてしまったかのような、からっぽな気分になったんだ。そいつはつづけた。

 

 「『だが、もし、あなたにそうする気持ちがないのなら、それはそれでよろしい。剣は、あなたのものだ。売ってしまうのもよいだろう。それに、かれが旅立つ、そのきかいに、あなたが出会えなければ、それもまた、さだめというものだ。そのきかいがなければ、剣は、とこしえに、あなたの家のそうこに、眠らせておいてもかまわない。すべては、運命のみちびくところによるものだから。』

 

 「それだけいうと、そいつは、ふっと、音もなく馬をあやつって、もときたくらがりの中へと消えていった。あとに残ったわしは、ただ、ぽかんとして、その場につっ立っておった。すべて、夢の中のできごとだったんじゃないかと思ったよ。だが、自分が手にしている剣の重みが、夢じゃなかったということを、ゆうべんに語っておった。わしは、その剣を手にしているうち、これは、わしにたくされた、しめいであるにちがいない、と思うようになった。これは、だいじにしまっておかなければならない。手放すわけにはいかない、とな。なぜ、そう思ったのかは、わしにもわからん。しいていうならば、剣がそれをのぞんでおった、とでもいうほかない。だからわしは、この剣を長年に渡って、だいじにしまいつづけた。いっとうがんじょうなはこにいれて、いっとうねだんの張るとつべつなじょうまえをかけた。このじょうまえには、ふしぎな力があって、対になるかぎをもちいないかぎりは、はこはぜったいにひらかんようになっとるんだ。

 

 「これが、わしとこの剣との、いきさつだよ。そして、剣はあんたのものだ。ぜひ、受け取ってくれ。剣もそれを、のぞんでいるはずだ。」

 

 そのころには、ベルグエルムたち三人もロビーのそばへやってきて、その場にいたぜんいんが、ねっしんに、スネイルの話にききいっていました。そして、スネイルの話が終わると。ロビーはとてもおちついて、ゆっくりと、スネイルにむかっていったのです。

 

 「この剣は……、きっと、ぼくを助けてくれるものと思います。大きな危険の中で、きっと、やくに立ってくれると思う。スネイルさん、あなたはとてもりっぱな方だ。あなたのような方に、この森で出会えて、ぼくはとてもしあわせでした。」

 

 ロビーは、自分でも知らず知らずのうちに、ウルファの敬礼のしぐさを取っていました。そのすがたはいげんにみちており、その場におりましたベルグエルムたちみんなにくらべても、なんら、見おとりすることはありませんでした。

 

 「わしはただ、自分が正しいと思ったことをしたまで。わしのかってでしたことだよ。こんなきかいがなければ、おまえさんに、さいごのわかれをいうこともできなかっただろうね。それはそうと、もうひとつ。これは、わしから、あんたにおくりたい。持ってってくれんか。」

 

 スネイルはそういうと、肩にしょっていたリュックをおろして、ロビーに手渡しました。

 

 「旅に出るのなら、こういったものがいり用だろうからね。」

 

 リュックの中には、旅に必要な品々が、いろいろつまっていました。ロープや、くさびや、火を起こすための小ばこ。ランプに、油に、せんめん用具。ナイフに、はさみに、紙にペン。ばんそうこう、ほうたい、きずぐすり、などなど。ふわふわであたたかそうなもうふも、ひとつはいっていました。しかも、どれもねんいりに手いれがなされてあって、それもいちばん上とうなものを、えらんであったようでした。

 

 「いつかおまえさんが、あの騎士のいうように、旅に出ていこうというのなら、なにかわし自身としても、手助けしてやれることがないかと思っていたんだが、あいにくこんなものしか、わしにはおくってやれん。だが、これでも、わしの店でいちばんの品ばかりを集めたつもりだよ。」

 

 ロビーは感げきのあまり、言葉も出ませんでした。まさかこの森で、自分のことをこんなにも気づかってくれている者がいようとは、思ってもいませんでしたから。

 

 「わしはいつも、おまえさんのことを心配しとったよ。みなは、おまえさんのことをごかいして、こわがっておるが、わしにはどうしても、そんなような者には見えんかったな。いつも、さびしそうな目をしとったからね。こんな目をした者が悪いやつだとは、とうてい思えんよ。だからといって、わしがどうこうできることでもなかったから、なにもいえずにいたんだが、今日、こうして、おまえさんと話しができて、うれしいよ。

 

 「だが、もう、いかなきゃならんようだな。これ以上、ひきとめるわけにもいかん。さあ、ゆきなされ。おまえさんの旅の安全を、わしは願っておるよ。」

 

 ロビーはもう、胸がいっぱいになって、声も出せませんでした。ただただ、このあなぐまのスネイル・ミンドマンに対しての、かんしゃの気持ちで、いっぱいになっていたのです。ひとみをまっ赤にはらして、ロビーはしゃくり上げて、泣いてしまいました。

 

 「ありがとう……、スネイルさん。ありがとう……」ただ、それだけ、そういうので、せいいっぱいでした。

 

 そしてロビーは、スネイルからのおくりものをしっかりと身につけて、ライアンの乗る白馬にまたがったのです(やっぱり手伝ってもらって)。それからロビーは、ふたたび、スネイルにむきなおって、深くおじぎをしました。

 

 「さいごに、」スネイルがいいました。「あんたの名まえをきいときたいんだが。」

 

 ロビーは、馬上からせいいっぱいの敬意をあらわしながらこたえました。

 

 「ロビーです。」

 

 「ロビー、たっしゃでいけよ。わしは、おまえさんのことを、忘れはしないよ。げんきで、そして、できることなら、ふたたび、ここへもどってきておくれ。そのときには、わしは、おまえさんのことをみなにふれてまわって、おまえさんをかんげいできるようにしておくよ。」

 

 ロビーは出発しました。そしてスネイルは、あとを見送って、さいごにひとこと、大きな声でよばわったのです。

 

 「ロビー! おまえさんは、ひとりじゃないんだ。ひとりだと思ってはいかんぞ。それを、忘れんようになあ!」

 

 ロビーはふりかえってさけびました。

 

 「ありがとう!」

 そして、三頭の騎馬たちは、ふたたび、夜の森の中をかけていきました。

 

 

 しばらくのあいだ、四人はだまってかけていきました。森の街道はまっくらで、人っこひとり見あたりません。道はばはせまく、そのため、馬はいちれつになって進んでいきました。やみはますますたれこめるばかりで、十ヤードさきのようすですら見通せません。ですが、先頭をゆくベルグエルムの騎馬は、まるで道をすべておぼえているかのように、まがりかどのひとつひとつを、すいすいとかけぬけていきました。

 

 かどをまがるたびに、ロビーは、腰におびた剣のそんざいを感じました。今ではすっかり、剣は、そこになじんでいるかのようでした。まるで、あるべきところにもどったかのように、剣もロビーも、そこにそれがあることがあたりまえのことだというように、おちついていたのです。これは、ロビーにとってもふしぎなことでしたが、「この剣に守られている」という気持ちと同時に、「この剣を守らなければならない」という気持ちが、心の中で、しだいに、大きさをましてきていました。剣は、ロビーの腰にあって重すぎず、かといって、かるすぎずに、新しい主人であるロビーに、そのそんざいをうったえかけているかのようでした。

 

 ロビーはもういちど、やみの中で、腰の剣にさわってみました。ひんやりとした、つかの感しょくが伝わってきます。そしてそれは、同時に、まるで生きているかのように、ロビーの手の中でふしぎないのちの力を感じさせました。

 

 「その剣には、」ふいに、前にいるライアンが口をひらきました。「なにか、ふしぎな力があるような気がするね。」

 

 見ると、ライアンは、静かにさきを見つめたまま、まじめな顔をしているのです。

 

 「ぼくも、そんな気がする。まるで、わたしを手放してはならないと、剣がぼくに、語りかけてきているかのようなんです。ふしぎな感かくです。」ロビーが、剣のことに目をむけながらこたえました。

 

 「シープロンドについたら、ぼくの父に、その剣を見せるといいよ。父はもの知りだから、その剣について、なにかわかることがあるかもしれない。」

 

 ライアンの言葉に、ロビーはうつむいて、旅のことを考えました。どこまでいって、なにが待ち受けているのか? ロビーには、まだ、なにもわからなかったのです。

 

 「ぜひ、お願いします。ぼくも、それを知りたいから。」

 

 ロビーは、そういってまた、ライアンのことを見やりました。白いマントのむこうに、ととのった顔立ちが見て取れます。しかし、その表じょうは、つねになにか考えごとをしているかのように、くもって見えました(さきほど、ロビーのほらあなでは、あんなにもむじゃきでしたのに)。ロビーは、そんなライアンのことを見て、すこし、心がさみしくなってきました。

 

 「スネイルさんという人は、しんせつな人だね。」ライアンが、そんなロビーの心をさっしたかのように、やさしくほほ笑んでいいました。ロビーはまた、スネイルのことを思いました。胸にあついものが、ふたたび、こみ上げてきました。

 

 「ぼくは、また、この森にもどってこられるだろうか? 気がかりです。いつか、また、かれにもういちど、ちゃんとしたおれいがいいたいのだけれど。」ロビーがいいました。

 

 ライアンはだまったまま、こんどはなにもいいませんでした。ロビーは、ライアンがだまっていることの意味を、りかいしていました。この旅には、このさき、安全の保しょうなど、どこにもないということだったのです。ロビーがそうぞうできることの、きっと、なんばいも、ライアンはさまざまなことを知っているのでしょう。遠いくにのことや、旅の道のりのこと。そして、たくさんの危険のことも。

 

 だいぶたってから、ライアンはようやく、口をひらきました。

 

 「なんともいえない。ぼくたちは、さきの見えない道を進もうとしているんだから。じたいはますます、しんこくになっていくばかりだもの。きのうまでの道が、今日は安全だという保しょうも、どこにもないんだ。」

 

 ロビーはうつむいてしまいました。気持ちがしずみかけていきそうでした。そんな気持ちをふりはらうかのように、ロビーはまっすぐ、前を見すえましたが、そこにはただ、やみがあるばかりで、さきのようすはまったく見えませんでした。

 

 そのときには、すでに、ベルグエルムやフェリアルの騎馬たちでさえ、はっきりとすがたを見て取ることができなくなっていました。ただ、たしかにそこにいるのだということをしらせる馬のひづめの音だけが、くらやみの中に、ひびいているばかりだったのです。

 

 「でも、きぼうはいつも、ぼくたちとともにある。フェリーもいってたね。うん、そんなに深く考えこむのは、よくないね。ぼくも、すこし、悪いふうに考えすぎちゃった。ごめんねロビー。」

 

 そういうとライアンは、また、ロビーのほらあなで見せたような、むじゃきな笑顔を見せました。それは、ロビーのしずみかけていた心を、やさしくいやしてくれる笑顔でした。ロビーはかんしゃしました。そしてそれと同時に、ライアンも自分と同じに、おそれや不安を感じているのだということを、知ったのです。ロビーは、自分がライアンにたよりすぎていたということを、はずかしく思いました。

 

 「ごめん。ぼくの方こそ、しっかりしなくちゃいけない。ありがとうライアンさん。おかげで、げんきが出ました。きみがいっしょにいてくれて、ぼくはうれしい。みんなでがんばりましょう。」

 

 ロビーの言葉に、こんどはライアンがはげまされた番でした。

 

 「どういたしまして。こっちこそ、ロビーみたいな仲間がいてくれてうれしいよ。いい伝えのきゅうせいしゅが、こんなにもやさしい、ふつうの少年だったなんておもしろいね。でも、だからこそ、世界をすくう力があるのかもしれない。」ライアンは、そこで思わず、「ふふふ。」と笑いました。「悪い意味じゃないよ。ほんきでそう、思ってるんだから。ロビーなら、きっとやってくれると、信じてる。」

 

 ロビーは、ふくざつな気持ちになりました。自分にそんな力があるとは、まだ、どうしたって、思えませんでしたから。でも、なにごとも、やってみるまではわからないですものね。はじめからあきらめていては、なんにもできないのですから。ロビーはあらためて、気持ちを強くかためました。

 

 「ぼくは、さきへ進みたい。そしてこの目で、さまざまなくにを見てまわりたい。こまっている人たちを助けたい。」ロビーは、そっと、ですが力強く、自分のすなおな気持ちをいいました。おおかみたちのくに。人間たちのくに。きっと、自分のことを知る手がかりも、そこにあるはずです。

 

 「ぼくも、同じ気持ちだよ。ぼくの力は小さいけれど、やれるところまではやってみたい。」ライアンも同じく、力をこめていいました。

 

 「ロビーなら、うまくやれるさ。気持ちの強い人だもの。」

 

 そしてふたりは、ふたたび、やみの中へとむかって馬を走らせていきました。

 

 

 かなしみの森は、もうすっかり、夜になっていました。かなしみの力がはたらくのか? それとも、もともとなのか? だれにもわかりませんでしたが、この森の夜は、ほかの森の夜にくらべて、ことさら暗いように思えます。そのうえ、今日はとくに、それに追いうちをかけるかのように暗く見えました。暗い雲はどんどんとひきよせられるいっぽうで、まったく、吹きちっていくそぶりを見せません。風がぴゅうぴゅうと吹いていました。北の、名まえも知らない山々から吹きおろされるつめたい風が、馬上にいる四人には、ますますきびしいものとなってとどきました。

 

 それからまた、どのくらいのきょりを走ったでしょうか? 一行は、ふいに、水音のひびき渡る川の流れのふちにたどりつきました。足もとは、もう、水ぎわにまでたっしていて、あやういところで、馬はそのまま、川の深みの中にまで飛びこんでいってしまうところだったのです。

 

 みんなはあわてて馬の足をとめると、流れのふちに立ちつくしました。水ぎわは、このまっくらな森の中でもぴかぴかとかがやいて見える、きれいな小石やじゃりに、おおわれております。そのため、馬が足をふみしめるたびに、ざくざくという、ここちのよい音を立てました。

 

 さきに立つベルグエルムとフェリアルは、しばらく、ふたりでよりあって言葉をかわしあっていましたが、やがて、ロビーとライアンの白馬に歩みよっていいました。

 

 「この場所は、よそうがいです。わたしたちがはじめにここにきたときには、ここは、あさせであったのに、今ではすっかり、水かさがましてしまっている。これでは、馬で渡ることはむりです。なにか、ほかの手を考えなくては。ロビーどの、なにか、よいお考えはないものでしょうか?」

 

 ベルグエルムは、すっかりこまって、川の流れを見渡しました。水音は、ごうごうとはげしく、水の流れは、まるで、おしよせるたきのようでした。そのうえ、川の上流も下流も、くらやみの中へと消えているばかりで、まったく見通すことができなかったのです。まわり道をしようにも、いったいどこに、この川を渡れるようなところがあるものか? まったくけんとうもつきませんでした。

 

 ですが、この川のことをよく知っている者が、かれらの中にはひとりいたのです。それはロビーでした。知っているというよりは、ロビーはこの場所のことを、よく「おぼえて」いたのです。なぜかといいますと、ロビーはいぜんに、この川にきたことがあったからでした。去年とおととしの夏のことでしたが、ロビーはこの川に、魚つりに出かけてきたことがあったのです。あまりつれなかったものですから、くやしくて、よくおぼえていました(ですから、今年の夏はほかの川へいきました。ちなみにロビーは、自分のほらあなからずっと歩いてここまでやってきましたので、ずいぶん遠くに感じていましたが、その川にもう、ついてしまったということを知って、今、いささか、おどろいていました。あらためて、馬という生きものの足がはやいのを、思い知らされたものだったのです)。

 

 さて、ロビーはこの川のことについて、森の住人たちがうわさ話をしているのをきいたことがありました(それはもちろん、スネイルのお店ででしたが)。つまり、この川は森の精霊たちのしはいしているところなのであって、川の水の流れは、その精霊たちの力によって、さまざまに表じょうを変えるということらしいのです。このあたりに住んでいる精霊たちは、水をなによりもあいする、水の精霊たちであり、とくに、この川のきよらかな流れを好んでいました。まいばん、自分たちの力のもっとも強くはたらく時間には、精霊たちはより集まって、はるか上流にあるというみずうみから、かがやく水のしずくをはこんでくるといいます。そのため、夜の川の流れはいきおいをまし、水かさは、ひるまとはうって変わって、ふえるのだそうでした。そして精霊たちは、その流れのエネルギーを、みずからの力としてたくわえるのだということです(あくまでもうわさ話でしたので、ほんとかどうかはわかりませんが。それにロビーは、そんなにしっかりと話をきけたわけでもありませんでしたし。それはつまり、ロビーがそばによったら、住人たちはこわがって、逃げてしまったからなのです)。

 

 「この川の流れは、この森に住む精霊たちの力によって、いきおいをましているそうです。たぶん、ですけど……。夜のあいだには、この流れがおさまることはないと思う。でも、ここで朝を待つわけにはいかないから、やっぱり、ほかの方法を考えなきゃならないと思います。」ロビーは、せいいっぱいの言葉をえらんで、そうこたえました。

 

 ロビーの言葉をきいて、それからみんなは、しばらく、じっと水の流れに目をこらして考えこんでいました。なにか、川を渡るうまい手は、ないものでしょうか?(みなさんならどうしますか?)

 

 そんなみんなの目に、川の水しぶきがいたずらっぽく、きらきらとかがやいてうつりました。ふしぎなことに、その水しぶきは、このかなしみの森の、このまっくらな夜のやみの中でも、はっきりと見て取ることができたのです。まるで、水そのものが、いのちを得ているかのように、空中で、はねとび、まいおどり、あちらこちらへとちっていきました。

 

 そのようすをもっともねっしんに見つづけていたのは、白きシープロンの王子、ライアン・スタッカートでした。ライアンは、まるでそこになにかがいるかのように、水しぶきのひとつひとつを目で追いやりながら、ながめていましたが、ふいになにかを思いついたかのように、馬の背から、水ぎわの美しいじゃりの上へとおり立ったのです(残されたロビーも、あわてて、馬の背から地面に飛びおりました。ひとりで馬に乗っていたら、落っこちるかもしれなかったからです。ライアンは思わず、「あ、ごめん。」といいました)。

 

 水ぎわの美しいじゃりの地面と、負けないくらいに美しく気品のある、ライアンの白馬。そして、白の衣服に身をつつんだ、美しいライアンほんにん。その光景は夢のようにげんそう的で、まるでそこだけ、夜のやみが取りのぞかれてしまったかのようでした(これぞまさに、ファンタジーの光景! ポスターにしてかざっておきたいくらいです)。

 

 その中に立って、ライアンは、その美しい白いきぬの衣服のポケットから、なにかのふくろを取り出しました。それは、見たこともないような、ふしぎな生きものの羽から作られた、白くふわふわとしたふくろでした。そしてライアンは、ふくろの口をあけて、中のものを取り出しながらいいました。

 

 「ロビーのいったことは、まったく正しいね。この川の流れは、精霊たちの力によるものだよ。精霊の力には、ぼくたちの力ではかなわないんだ。たとえ、いちばんゆうかんな兵士が、たばになってかかったとしてもね。精霊たちの力を、けがしてはいけない。」

 

 ライアンはそういって、仲間たちの方をふりかえりました。

 

 「つまり、精霊たちの力は、強さだけじゃ、はかれないってことだよ。だから、ぼくらのやることはひとつ。精霊たちの言葉に耳をかたむけ、かれらに話しかけて、この川を渡らせてください、って、心からお願いすることだね。」

 

 そしてライアンは、ふくろの中身をかかげたのです。それは、美しくかがやくすいしょうの小びんでした。びんの中には、さまざまな色に変わって見える、とうめいなえきたいがおさめられております。ライアンは、それを頭の上に高くかかげると、川の流れの前にさし出しました。

 

 「このびんの中には、シープロンドの聖地、タドゥーリ連山の源流からくまれた、わき水がはいってる。ぼくたちは、これを、土地の精霊たちとの交流のために使ってるんだ。水の精霊に対しては、ききめがあると思うよ。この水の力をかりて、この川にいる精霊たちと話しができるか? やってみる。」

 

 ライアンはそういって、川の流れに近づきました。白いブーツのつまさきが水についてぬれるくらい、水ぎわのすぐそばにまで歩いていきます。みんなは、そのようすをうしろからじっと見守っていましたが、ふしぎなことに、ライアンのいるそのまわりだけ、なにか、かげろうが立っているかのように、ゆらめいたり、ぼやけたりして見えました。その中でライアンは、手にしたすいしょうのびんを流れの中にむけてかかげ、なにかをてらし出しているかのように、その位置や、むきを、なんども変えていたのです。

 

 しばらくすると、もっとふしぎなことが起こりはじめました。びんの中の水が、きらきらとした青いかがやきを放つようになったのです。そしてそのかがやきは、やがて、びん全体をつつんでいくほどに強くなりました。びんを持つライアンのまわりには、青と白にかがやく、たくさんの光がまいちっています。その光は、まるでダイアモンドのこなをちらしたかのように、きらきら、ぴかぴかと、またたいていました。

 

 そして、よく見てください。その光の中を美しいかがやきにつつまれながら飛びまわっているのは、まさしく、この森に住むという、水の精霊たちではありませんか!(そのすがたはとても小さなもので、ひとりひとりの精霊の大きさは、ほんの一インチにもみたないのでした。)かれらは、びんの中のきよらかな水の力にひきつけられて、ついには、ロビーたち旅の一行の前に、そのすがたをあらわせるほどまでに、その力を大きくさせていたのです。それほど、ライアンの持つ、このせいなる源流のわき水の力は、たぐいまれなる、「くらい」の高いものでした(みなさんは精霊というものを見たことがないかと思いますが、それはとうぜんのことでした。精霊というものは、空気の中にひっそりとかくれ住んでいる者たちなのであって、わたしたちの目には、見えなかったのですから。よっぽど、その精霊が力にあふれていないかぎりは見えません。ここで、ロビーたちの目に精霊たちが見えたのは、この精霊たちの力が、ライアンの持つせいなるわき水の力によって、それほどまでに強くなっていたからでした)。

 

 精霊たちは、ライアンのまわりにより集まって、その手もとからあふれる水の光を、からだいっぱいにあびようと、あっちへすいすい、こっちへふわりと、その小さな美しい青い羽をはばたかせていきます。

 

 

   りる、る、る、りる、きれいだな。

   らり、ら、ら、らり、ら、いいきもち。

   りる、る、る、りる、いいよいいよ。

   らり、ら、ら、らり、みずをおくれ。

 

 

 光の中から、小さな小さな歌声がきこえてきました。それは、とてもかすかな、ささやきのような歌声でしたが、その声はとても美しく、まるで、心の中にちょくせつひびいてくるかのようでした。そしてその歌声は、ひとつまたひとつと、あちらこちらからさそわれて、つぎつぎとわき起こっていったのです。

 

 

   いいよいいよ、みずをおくれ。

   きれいな、そのみずをおくれ。

 

 

 今や、あたりはたくさんの美しい光と、その中を飛びまわる水の精霊たちのすがたで、あふれかえってしまいました。青白くかがやくその光は、どこまでもすみきったきよらかさを、放っております。そしてその光は、ただしんしんと、目にうつす者の心の中にしみこんでいきました。

 

 ベルグエルムもフェリアルも、もうとっくに馬からおりて、この美しい光景に見いってしまっていました(たとえだめだといわれても、とてもがまんができなかったでしょう)。かれらは精霊というものを、今までいちども見たことがなかったのです。それは、この森に長らく住んでおりましたロビーであっても、同じことでした。しかも、こんなにたくさんの精霊たちをまのあたりにすることができるなんて、思ってもいないことだったのです。さらに、さきほどまでは水のしぶきにしか見えませんでしたが、川の水めんではねまわっているものが、すべて、精霊たちのまいおどっているすがたなのだということを知ったときの、三人のおどろきようったらありませんでした。

 

 かれらはただ、口をぽかんとあけたまま、なにもいうことができませんでした。それにひきかえ、とうの精霊たちは、そんなかれらにはまったくおかまいなしに、歌っておどって、まるでせいだいなダンスパーティーでもひらいているかのように、にぎやかに楽しくやっていたのです(かなしみの森のかなしみの力なんて、この精霊たちにはまったくききめがないみたいですね)。 

 

 そして、さあ、それではいよいよ、ライアンとかれらの話しあいがはじまるようです(じつのところ、精霊たちとの交流にはなれているはずのライアンでさえ、こんなにもはっきりと、しかも、たくさんの精霊たちに出会えるなんて、思っていませんでした。ですから、かれもまた、ほかの三人のウルファたちと同じに、感げきとおどろきの気持ちでいっぱいになってしまっていて、精霊たちのことを、ただ、ぼーっとながめてしまっていたのです。ほんとうなら、もうとっくに、かれらに話しかけてもいいころあいでしたのに、なかなか話しあいがはじめられなかったのは、こういうわけがあったからでした。もちろんライアンは、みんなにそのことを気づかれないように、いたってれいせいなようすをよそおっていましたが)。

 

 ライアンは、自分にきたいしている三人のウルファたちのあついしせんに、目くばせしてこたえると、まずは、「おほん。」と小さくせきばらいをしました(これはまあ、「ぎしき」みたいなものですから)。そしてライアンは、すいしょうの小びんを両手でしっかりと持ち、それを自分の胸の前にさし出してから、ゆっくりと語りはじめたのです。

 

 「せいなるタドゥーリの名において、かなしみの森の、水の精霊たちよ。このきよらかなる流れの守り手たる、水の住人たちよ。われの語りかけに、耳をかたむけたまえ。この声をききたまえ。」

 

 ライアンは、いげんにみちたいい方で、おごそかに精霊たちに話しかけました(まるで、今までのライアンとはべつじんのようだと、ロビーは思ったものです)。すると、あたりの空気が、いっしゅん、波が立ったかのようにざわめきました。さきほどまで、あっちへふらふら、こっちへふわふわと、ただまいちっているだけであった精霊たちが、あきらかに、ライアン自身に対して、心をかたむけはじめたのです。歌声のようにきこえていたささやきが、はっととまりました。それからすぐに、そのささやきは、なんともきき分けることのできないふしぎな言葉による話し声に、取ってかわっていったのです。

 

 いくつかの精霊たちのグループが、かたまりとなって集まり、ひそひそという話し声が、あちらこちらからきこえはじめてきました。その中でライアンは、精霊たちのグループの中で、いちばん大きく、いちばん強い光を放っていた者たちに、目星をつけると、いしきを集中させ、さらに言葉をつづけていったのです。

 

 「水の精霊たちよ、わたしたちは旅の者です。そして、わけあって、さきを急がなければなりません。そのためには、あなた方のこの川を、どうしても今、渡らなければならないのです。わたしたちには、ここで朝まで、あなた方といっしょにすごす時間がないのです。すぐにでもこの森をぬけ、南の地へとむかわなければなりません。ですからどうぞ、お願いです。わたしたちにこの川を、渡らせてください。」

 

 ライアンは、せいいっぱいの気持ちをこめて(そして、すっごくわかりやすく)、精霊たちにお願いしました。

 

 さあ、精霊たちのこたえは?

 

 精霊たちはライアンの言葉を受けて、しばらくのあいだ、ざわざわとゆれ動いていました。それが、そうだんなのかなんなのか? そこまでは、ライアンでさえもわからないことでした。そして、そうするうちに。ついに、精霊たちからのへんじがあったのです。はじめはやはり、小さなささやきでしたが、そのうちそれは、はっきりと耳にきこえるようになりました。かれらのその歌声のような声は、つぎのような言葉にきき取ることができるようでした。

 

 

   いいよいいよ、きれいなみずよ。

   きれいなみず、みんなこのむ。

   みんなこのむ、みんなこのむ。

 

 

 そして、それにひきつづいて。まるでせきを切ったかのように、まわりの精霊たちがいっせいにしゃべりはじめたのです。

 

 

   いいよいいよ、きれいなみずよ。

   きれいなみずを、くれるんならね。

   とおしてあげる、とおしてあげる。

   みんなこのむ、そのみずをおくれ。

   きれいなみずを、おくれ、おくれ。

 

 

 もう、あたりは精霊たちのおまつりさわぎでした。かれらのめざすものはただひとつ。ライアンの持っているすいしょうの小びんです。せいかくには、その中にはいっている、せいなるわき水の力をもとめているのです。ライアンのまわりは、われさきにと水をもとめる、なん百なん千といった数の精霊たちで、あふれかえっていました(そのせいで三人のウルファたちから、ライアンのすがたがほとんど見えなくなってしまっているほどでした)。そしてライアンは、そのまっただ中で、手にしたすいしょうのびんの口をあけたのです。

 

 とたんに、びんの中から、まるでスノーボールの中の雪のように、さらさら、きらきらと、小さな水のつぶが空中にまいちっていきました。そしてそれは、あっというまにあたりいちめんに広がっていって、ライアンのまわりを、すっかり、おおいつくしてしまったのです。そしてさらに、その中をよくながめてみますと、まいちる水のつぶの、そのひとつひとつを、精霊たちがしっかりと両手にかかえながら飛んでいるということが、わかりました。

 

 「ここに、われらシープロンをだいひょうして、かなしみの森のきよき水の精霊たちに、敬意をひょうし、このせいなるわき水をおくります。この水の力は、あなた方を助け、この川の流れを、ますます、きよらかなるものとしてくれることでしょう。あなた方がこの川を守ることを、やめないかぎり。」

 

 ライアンはそういって、びんのふたをしめました。びんの中にはもう、いってきの水も残っていません。せいなるわき水は、すべて、空中をまう精霊たちの手によって、はこばれていったのです。そして精霊たちは、ひとりまたひとりと、いずこともなくすがたを消していきました。おしまいには、ほんのすこしの精霊たちだけが、ちらちらとただようだけとなり、やがてそれも、どこかへと消えていってしまったのです。

 

 

 それとときを同じくして。

 

 目の前の川におどろくべきことが起こりました。

 

 ライアンの立つその水ぎわから、むこうのきしにかけて、どうどうと流れる水のいきおいが弱まっていき、まるでそこだけ、いっぽんの橋がかかったみたいに、道がひらけていったのです! みんな(ここでいうみんなとは、ライアンをのぞく三人のことです)はただただびっくりして、口をぽかんとあけたまま、目の前の光景に心をうばわれるばかりでした。なにしろ、道がひらけたその場所「だけ」が、わずか一インチほどの深さのあさせになっていて、その上流と下流には、いぜんとして、いきおいをました水の流れが、そのままごうごうと流れていたのですから! こんなにふしぎなことって、ほかにあるでしょうか?

 

 「さあ、今のうちだよ。みんな、早く馬に乗って。出発しよう。ここを越えれば、森の終わりまでは、すぐそこだから。」

 

 ライアンがみんなによびかけると、みんなははっとわれにかえって、あわてて、それぞれの騎馬たちにふたたびまたがりました(あまりのできごとに、みんな気もそぞろになってしまって、ロビーだけでなく、ベルグエルムやフェリアルでさえ、じょうずに馬にまたがることができないくらいでした)。そして、みんなの騎馬たちは、そろそろと、おっかなびっくり、この新しくひらけたあさせの橋の上を渡っていったのです。

 

 馬の足のふむ場所からは、かたい地面の上を歩いているかのように、しっかりとした感しょくが伝わってきます。そして、さらにびっくり。見れば、ひづめのいっぽいっぽの落ちる、ちょうどその部分だけ、まるで待っていたかのようにぽっかりとまるく水がひいて、川底のきれいなじゃりが、そのすがたをあらわしていきました!(つまり、馬の足はまったくぬれていませんでした!)

 

 「こんなことははじめてだ! わたしは、なんてすばらしいたいけんをしているんでしょう!」声を上げたのはフェリアルでした。

 

 「このことは、長くのちの世まで、守り語りついでいかなくては。この川も精霊たちも、すばらしい、しぜんのおくりものです。こんなにすばらしいものは、だれにもけがさせるわけにはいきません!」

 

 そして、フェリアルのいう通り、このたいけんは、長くかれの子やまごのだいにいたるまで、語りつがれていくこととなったのです。そしてそれは、人々の心に、しぜんのすばらしさ、しぜんを守ることのたいせつさを、いつまでも伝えていくこととなりました(ほんとうにすばらしいことです。ところでフェリアルは、けっこういろんなものごとに、はげしく心が動かされやすいみたいですね。ベルグエルムのおちついたもの腰とは、ちょっと、たいしょう的なところがあるみたいです)。

 

 しばらくののち、三頭の騎馬たちと四人の仲間たちは、ぶじに、この川の流れを渡ることができました。するとどうでしょう! 今さっきまで水がなくなって、あさせの橋になってくれていた場所が、あっというまに、また水に飲みこまれてしまったではありませんか! 今ではいぜんと変わらないくらい、いえ、シープロンドのせいなるわき水の力をさらに得たぶん、水の流れはますます強く、そしてますます美しく、なっているかのようでした。

 

 川を渡り終わったところで、ライアンはふりかえって、もういちど、精霊たちにさいごのおれいの言葉をのべました。

 

 「水の精霊たちよ、ありがとう!」

 

 すると、川の中ほどに、ひとつの青い光が上がったかのように見えました。それはしばらくゆらめいたあと、ふっと、水の流れの中に、そのすがたを消していったかのようでした。

 

 

 きれいなみずを、ありがとう。

 

 

 ライアンには、そうきこえたように思えました。

 

 

 そして、三頭の騎馬たちは、今ふたたび、つづく森の街道にそって進んでいったのです。あたりに生きもののすがたはまったくなく、やみはたれこめつづけ、つめたい風はますます、そのいきおいをましていっているかのようでした。森の黒い木々たちのざわめきが、すぎてゆく景色の中にあらわれては、消えてゆきます。その中を四人は、ただひとつのものにむかって、気持ちも新たにまっすぐかけていきました。そして、ちょうどそのころ。かれらの頭の上から、しんしんとしたつめたいものが、落ちはじめてきたのです。それは、くらやみをかける四人にとっては、なにか、ふきつなしらせであるかのように感じられました。道のゆく手をはばみ、からだのねつをうばい、つかれを大きくさせる、やっかいな相手でした。

 

 雨がふり出しました。いやな雨でした。

 

 

 

 




第3章「セイレン大橋」に続きます。


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3、セイレン大橋

 アークランドというくにの北のはずれ。ものさびしい荒れ野が広がる土地の、さらに北に、まっくらでうすきみ悪く見える森が広がっていました。東は、はるかむこうのゆうだいでけわしい山々にまでとどき、西は、果てしなく光のとどかないかなたまでつづいているかのような、とても大きな森でした。その森は、日の落ちた今では、まったく光を受けいれることをこばんでいるかのようでした。そして、まるで森全体が、そとからの生きものの立ちいりをこばんでいるかのように、中にはいろうとする者の気持ちをしずませるのです。

 

 このなんともさみしげな森を、みなさんの感じょうであらわすのなら、どんな言葉がぴったりくるのでしょう? ぜつぼう? そこまではいきません。きょうふ? これもちがいます。そんなにおそろしげなものでもないのです。もっとささやかなもの。おおげさすぎることもなく、小さすぎることもないもの。そう、「かなしみ」です。この森には、かなしみという言葉がぴったりでした。雨にぬれて立ちつくしている森の木々も、水をあびて生き生きとというよりは、つめたい雨にうたれて、しょんぼりしているように見えます。まるで、よくないしらせにかなしみ、しずんでいる者たちが、より集まって肩を落としているかのように。そんなかなしみに、この森はつねに、つつまれていました。

 

 さて、物語は、そんな森の南の終わり。そして北へむかうのならば、森の入り口でもありました、ものさびしい岩だらけの荒れ野からつづいてゆくのです。

 

 雨はいぜんとして、さあさあとふりつづけていました。寒すぎるというほどではありませんでしたが、このつめたい雨のせいで、気温はじっさいよりもだいぶひくく、感じられたのです。そしてさらに、はるかな山々から吹き下ろされるつめたい風が、雨に味方して、あたりのいごこちをますます悪いものにしていました。

 

 そんなさびしい荒れ野に、いっぽんの古い街道が走っていました。南北にずうっとのびていて、南ははるか切り立った岩山の中へと消えていき、北は暗くしずんだかなしみの森の、そのせまい入り口の中のやみへと消えている、そんな道でした。

 

 この道は、街道といっても、馬車のいきかうようなかっきのあるものではなくて、石やでこぼこのまじりあう、すたれた道でした。もう、なん年もだれも通ったことがないかのように荒れ果てていて、馬車のあとはおろか、ひとつの足あとすらも見受けられなかったのです(もっとも、この道をもしだれかが通っていたとしても、その足あとはすべて、この雨によってあらい流されてしまっているでしょうけど)。それほどこの道は、だれからも忘れられてしまったかのように、ただひっそりと、消えかかりながらのびていました。

 

 しかし、じつは、この道をごくさいきんになって通った者がいたのです。せいかくにいえば、「通った者」ではなくて、「通った者たち」。はっきりいってしまえば、三頭の騎馬たちと、三人の騎乗の者たちでした。かれらは南の方からこの街道にそってやってきて、そして、まよいなく、このかなしみの森の中へと進んでいったのです。それは、今からすこし前のこと。日のしずむ前。かなしみの森のかなしみの力が、今よりもっとうすかった時間。雨のふり出す前のことでした。そして今、その森の中から、かれらはふたたび、この荒れ野へともどってきたのです。いぜんと変わらぬ、まよいのない心をいだいたままで。ただひとつ変わったところはといえば、かれらが今では、三人ではなく、四人になっているというところでした。

 

 かれらは、どこにむかうのでしょう? なんのもくてきがあって? 読者のみなさんには、もうおわかりですよね。かれらは、この古い街道を越え、丘を越え、山を越え、南の地へと旅ゆくところなのです。世界のやみを、晴らすために。

 

 

 ロビーたち旅の者たちは、騎馬をとめ、目の前の景色を見やりました。まっくらな森の中から出てきた四人には、そこはまるで、ひるまのような明るさに思えたことでしょう。そしてロビーにとっては、ひさしぶりの、ほんとうにひさしぶりの、森のそとの世界でした。これが、こんなにしんこくな旅のとちゅうでなかったのだとしたら、ロビーは、このそとの世界を、どんなにかかんげいしたことでしょう。ですが、ざんねんながら、今はとても、そんな気持ちにはなれませんでした。この寒空の下、つづくこの道のさきに、どんな危険が待ち受けているのか? それはまったく、わかりませんでしたから。 

 

 空はあいかわらずまっ黒で、つめたい雨はあいかわらずふりつづけていました。四人は、マントのフードを深くかぶって、このいやな雨をさけていましたが、それも、ほんの気休めにしかなりませんでした。つまり、もうぜんいんが、からだじゅう耳の中までぐっしょりになってしまっていたからです(動物の種族であるかれらは、耳の中がぬれるのが、いちばんきらいだったのです)。かれらはいったん、耳をぴんぴんとふるわせて水てきを飛ばし、しっぽをぎゅっとしぼって水を切ると、馬をよせて、まるく輪になりました。

 

 「あの丘のむこうまで、これから進んでいきます。丘を越えると、そのさきには、大きな河が流れています。セイレン河とよばれる河です。いや、むしろ今では、そうよばれていたといった方がいいでしょう。かつての美しいセイレン河は、今やすっかり変わり果て、いやなにおいのする、どろの河になり下がってしまったのです。」ベルグエルムがそういって、くやしそうにこぶしをにぎりしめました。 

 

 「それもすべて、かの魔法使いめのしわざなのです。セイレン河のはるかな上流は、魔法使いのすみかとなっている、怒りの山脈にまでたっしているのです。魔法使いは、そこで、よこしまなじっけんや、悪さをおこなっていて、セイレン河の水をでたらめによごしているのだ。なんたる、おうぼうだろうか!」

 

 ベルグエルムが、感じょうもあらわにいいました。しぜんのはかい。美しいもののはかい。このアークランド世界の中で、今それがおこなわれているのです。この世界をあいする者たちにとって、それは、たえがたいくるしみでした(ベルグエルムも、フェリアルも、ライアンも、みんな同じ気持ちでいました。そしてロビーも、これを読んでいるあなたも、今のアークランドのそのじょうきょうのことを知れば、もちろん同じ気持ちになることでしょう)。

 

 「この世界は、いっこくも早くすくわなければなりません。」フェリアルがつづけていいました。「その思いは、日を追うごとに、ましていくいっぽうだ。わたしたちは、とにかく、急がなければなりません。」

 

 ベルグエルムがこたえます。

 

 「その通り、われらは、急ぐ上にも急がなければならぬ。そのためには、すくなからずの危険も、かくごしてゆかなければならないだろう。」

 

 ベルグエルムはそういって、みんなの顔を見ました。みんなは、「それはじゅうぶんにしょうちしている」といったふうに、ただだまって、うなずいてみせました(ほんとうは、ちょっとだけ、ベルグエルムの言葉に、ロビーはびくっとしたのですけど)。

 

 ベルグエルムが前方の岩山のことを見つめます。それは、ごつごつとした、いやな感じの岩山でした。

 

 「ロビーどの、このさきは、岩だらけの危険な道となります。じゅんちょうに進めればよいのですが、なにが起こるのかはわからない道のり。気を張ってゆかねばならない道のりです。ロビーどののぜんなる光の力が、われらとともにありますように。」

 

 ベルグエルムがそういって、右手を胸においていちれいしました。しかしロビーは、またしてもこまり顔です。しめいのために、世界をすくうために、大いなるこころざしを持って出発したのはたしかでしたが、まだまだ、きゅうせいしゅだとか、光の力だとかいわれても、どう受けこたえしたらいいものか? わかりませんでしたから。ですからロビーは、ただ、自分のすなおな気持ちをもって、それにこたえることにしたのです。

 

 「ぼくはまだ、自分になにができるのか? ぜんぜんわかりません。でも、ぼくで、みなさんの助けになれることがあるのなら、よろこんで、力になりたいと思うから。」

 

 ロビーの言葉に、ベルグエルムはやさしく、にこやかにこたえました。

 

 「そのお心づかいが助けとなるのです。あなたには、ご自分が思ってらっしゃるよりも、はるかに大きな力がおありだ。その力は、遠からず、かならずこの世界の助けとなることでしょう。今はただ、いつも通りのロビーどののままでいてくださればけっこう。それでわれらには、じゅうぶんな力となりましょう。」(そのあとライアンが、「ま、かたく考えなくていいんじゃない?」といって、ロビーの腰をぽんとたたきました。「きらくにいこうよ、きらくに。そのまんまでさ。」)

 

 そうして、旅の仲間たちはふたたび騎馬を走らせ、このものさびしい荒れ野の、忘れられた街道の上を、急ぎ進んでいったのです。そのとき、すこしはなれた岩山の上に、そんなかれらのことを見つめる、なにかの影がよぎったかのように思えました。それは、鳥のような、馬のような、まっ黒なけもののすがたと、まっ黒な人影のようでした。そしてそれらの影は、旅の仲間たちが走り去ってゆくと、そのあとを追うかのように、くらがりの中へとすがたを消していったのです。

 

 

 そこからの道のりは、とてもさびしいものとなりました(今までの森の道のりも、じゅうぶんさびしかったんですけど、それよりさらにさびしくなりました)。まわりはごつごつとした岩だらけで、街道は、その岩のあいだをぬうように、くねくねとうねりながらつづいていたのです。そのため旅の仲間たちには、ことさらの注意と、安全への気くばりが必要となりました。まがりかどのそのひとつひとつのさきから、なにがとつぜんにあらわれるか? わかりませんでしたから(それが、仲のいい友だちだったのなら問題はないんですけど)。

 

 先頭のベルグエルムをはじめ、うしろのフェリアル、そしてライアンも、危険をいつでもむかえうてるようにと、けいかいをおこたりませんでした。ベルグエルムとフェリアルは、腰の剣に手をかけつづけ、ライアンも、あたりをきょろきょろ、ゆだんなく見張りつづけていたのです。そしてロビーも、そんなかれらにならって、あたりにぴりぴりと気をくばりながら、スネイルにもらったおくりものの剣のつかをにぎりしめました。

 

 そして、しばらくじゅんちょうに歩みを進めていったときのこと。まったくとうとつに、先頭のベルグエルムが手をかざして、みんなに「とまれ」のあいずを送ったのです。三頭の騎馬たちは、ひっそりと、なるたけ音を立てないように、岩かべの影に身をよせて集まりました。そして、みんなが小さくなって集まったところで、ベルグエルムが小さな声で、仲間たちにささやいたのです。

 

 「なにか物音がきこえる。敵かもしれない。」

 

 みんなの顔に、きんちょうが走りました。ロビーは思わず、背すじをふるわせます。

 

 「それだと、やっかいなことになる。わたしはここから馬をおりて、さきのようすをしらべてくる。わたしがもどってくるまで、みんなは、ここで待っていてほしい。音を立てないように。ロビーどのも、どうか、ここでお待ちを。」

 

 そういって、ベルグエルムは馬をおりました。その手は、ゆだんなく、腰の剣のつかにかけられております。ベルグエルムのその身のこなしには、まったく「すき」がありませんでした。このベルグエルムという騎士が、ひじょうにすぐれた勇士なのだということは、戦いにはしろうとのロビーの目から見ても、あきらかでした。

 

 「お気をつけて、隊長。」ベルグエルムの馬のたづなをあずかりながら、フェリアルが小さくささやきます。ベルグエルムは、それにうなずいてこたえると、さいごにひとこと、ロビーの方を見ていいました。

 

 「なに、すぐにもどってきましょう。」

 

 ベルグエルムがいってしまうと、あたりはますますものさびしくなりました。三頭の騎馬たちと自分たちの、息使い。そして、ふりしきる雨の音いがいには、なんの物音もしません。フェリアルもライアンも、それいがいの音になんて気がつかなかったようでした。ほんとうに、なにかきこえたのでしょうか? ですがみんなは、ベルグエルムのことをとてもしんらいしておりましたので、かれの耳を信じ、言葉を信じて、待ったのです(ロビーははじめ、「ベルグエルムさんは耳がいいんですね。」とふつうの大きさの声でしゃべってしまい、フェリアルに「しーっ、お静かに。」と注意されてしまいましたが)。

 

 それから、どのくらいの時間がたったのでしょうか? ロビーには、ベルグエルムがもう、なんマイルもさきにまでいってしまったかのように思えてきました。じっさいには、それほど時間はたっていませんでしたが(せいぜい十分くらいでしょう)、つめたい雨のふりしきる、この荒れ野の岩影にかくれて、じっとしているのは、とてもこたえることだったのです。そして、ロビーにとってはもう、なん時間もたったかのように思えて、ベルグエルムの身が心配でならなくなったころのこと。さきの岩の影から、ようやくかれがもどってきました。ベルグエルムのからだには、どうやらなにごともないようでしたので、みんなはとりあえず、ほっとしたものだったのです。ですが、じたいはそんなに、安心のできるようなものではありませんでした。もどってきたベルグエルムの表じょうはかたく、また心配げでした。そしてベルグエルムは、みんなのそばまでそっとやってくると、大きくこきゅうをととのえてから、ようやく口をひらいたのです。

 

 「このさきの岩場のしゃめんに、動くものがある。ガイラルロックだと思う。」

 

 「ガイラルロック!」フェリアルがさけびました(もちろんみんなから、「しーっ!」と注意されてしまいましたが。フェリアルは気まずそうにせきばらいをしました)。

 

 「かれらはとてもきょうぼうで、戦いを好むかいぶつだときいておりますが。」(フェリアルがこんどは、小さな声でそっといいました。)

 

 フェリアルのといに、ベルグエルムがこたえます。

 

 「そういわれている。だが、それがすべてとはかぎらない。しかし、そうであっても、かれらとの交戦は、きょくりょくさけなければ。今は、とくにだ。かれらにかかわっているよゆうなど、われらにはまったくないのだから。」

 

 ふたりの会話をきいて、ロビーは思わず、背すじをふるわせました。ロビーにとって、この冒険での、さいしょの大きな危険のときがせまっていたのです。ロビーはそんなかいぶつのことなんて、ぜんぜん知りませんでした。ですから、まったくしぜんに、こんなしつもんをしたのです。

 

 「そのガイラルロックというのは、どういう人たちなんですか? 悪者なんでしょうか?」

 

 ベルグエルムとフェリアルの会話をすこしきいただけでも、このガイラルロックというのが、かなり危険で、きょうぼうなかいぶつであるということが知れましたが、それでもロビーは、そんなかれらのことを、すべて悪いやつだときめつけることはできませんでした。これは、長年ひとりぼっちだったロビーの生い立ちが、大きくかかわっていました。かれもまた、自分の見た目のすがただけで、おそろしくてこわい者というあつかいを受けてきたのです。ですからロビーは、だれかがそんなあつかいを受けるということが、なによりつらいのでした。たとえそれが、おそろしいかいぶつであったとしてもです。 

 

 このロビーのといに、ふたりの騎士たちはすこし、めんくらってしまいましたが、そんなふたりのかわりにこたえたのは、ライアンでした。

 

 「このあたりの岩山に、むかしから住んでる、岩のかいぶつなんだ。からだはなくって、おっきな岩の頭だけのすがたで、ちゅうにぷかぷか、浮きながらいどうするんだよ。それで、岩をまるで、りんごみたいに、ばりばりかじって食べるんだ。」

 

 ロビーはぎょうてんしました。そんな生きものがいたなんて! ロビーはあらためて、そとの世界の大きさを感じたものだったのです。

 

 ライアンがつづけます。

 

 「日の落ちる前、ロビーをたずねにいくときにも、ここは通ったんだけど、かれらのすがたは見られなかった。だから、このあたりには、かれらはこないんじゃないかと思ったんだけど、あまかったみたいね? ベルグ。」

 

 「かれらは、夜こうせいなのです。」ベルグエルムがこたえていいました。「ひるに動きまわることもあるが、それは夜にくらべたら、ものの数ではない。だから、わたしはできれば、ここは通りたくなかったのだが、ここをうかいしていけば、シープロンドまではなん日もかかってしまう。それは、さけなければならない。たしょうの危険をおかすことにはなるが、われらは、どうしても、この道をゆかねば。」

 

 どうやらかれらは、このあたりの道が、ガイラルロックたちに出会うかのうせいの高い、危険な場所であるということを、しょうちしていたみたいでした(フェリアルは知らなかったみたいですけど。「さきにいってくださいよー!」とフェリアルは、ちょっとべそをかいていました)。ベルグエルムは本などを読んで、ガイラルロックたちのことをよく知っておりましたし、ライアンにいたっては、じっさいに、かれらに会ったことさえあったのです(といっても、遠くからそっとながめただけでしたが。すぐ逃げましたから)。

 

 さて、みんなはどうするのでしょうか? しかし、みんなの気持ちはすでにかたまっていました。かれらは急いで、さきへ進まなければなりません。となれば、やることはひとつ。ベルグエルムのいった通り、たとえ危険な道だとわかっていても、みんなはここを、通っていくしかなかったのです。

 

 ですけど、ただやみくもに進んでいくというのは、あまりにも危険でした。こんなんに対しては、それにうちかつためのそなえが、なによりたいせつです。そのこたえを出したのは、ライアンでした。かれは、さきほどから空を見上げて、ふりしきる雨をながめていましたが、ふいに、なにかを思いついたかのように、にっこり笑って、空をゆびさしていったのです。

 

 「こういうときは、この雨を、味方につけちゃうことだね。」

 

 みんなはびっくりしました。雨を味方につけるとは、どういうことなのでしょう? 

みんながそのしつもんをする前に、ライアンがふたたび口をひらきました。

 

 「かれらは、鼻がいいんだって。こんな雨の中でもね。それに、夜でもよく、目が見えるらしい。このままうまくかくれて進んでいけたとしても、かれらに見つからずにこの岩場を通りぬけることは、むずかしいと思う。」

 

 かれらのことをよく知っているベルグエルムが、静かにうなずきます。

 

 ライアンがつづけました。

 

 「だから、この雨の力をかりて、ぼくたちのにおいとすがたを、わかりにくくさせるんだ。いい? 見ててね。」

 

 ライアンはそういうと、右手を目の前にさし出して、ひとつふたつ、空中になにかのもようをえがいていきました。するとどうでしょう。その空中に、水色にかがやく毛糸のような光の線があらわれて、それがライアンのまわりを、くるくると、まわりはじめたではありませんか! そして、見てください。その光の線にさそわれるかのように、ライアンのまわりにふりしきっていた雨が集まって、ライアンのからだをすっぽりと、おおいかくしてしまったのです! それはまるで、中を見ることのできない、水のバリアーのようでした。近づいてよくよく見れば、それが作りものなのだとわかってしまいましたが、ちょっとはなれて見るのであれば、そこにライアンがいることすらも、ぜんぜんわからないほどだったのです。これはすごい!(それにこのバリアーは、においがそとにもれることも防いでくれるのでした。鼻のよくきく相手に対しては、まさにうってつけだったのです。)

 

 「ぼくには、しぜんの力をかりるわざがあるんだ。しぜん、ほんらいの力をかりるんだよ。」水のバリアー(とりあえずこうよぶことにします)の中から、ライアンの声だけがきこえてきました。 

 

 「だからその力は、しぜんのそれ以上でも以下でもない。もらうわけでもしはいするわけでもない。ただ、かりるんだ。

 

 「みんなのこともつつんであげる。近くによって。あんまりはなれると消えちゃうから。」

 

 そしてライアンは、さらにいしきを集中させて、三人の仲間たちと三頭の騎馬たちをも、そのすがたを消せる水のバリアーでつつんでくれたのです(それぞれひとりずつ、一頭ずつを、バリアーでつつんでいきました。その方が、みんなまとめてつつむよりも、バリアーの大きさをさいしょうげんにおさえることができて、敵の目からものがれやすかったのです)。

 

 中にはいった三人が、まずおどろいたことは、そとからは中のようすがぜんぜん見えないのに対し、中からは、そとのようすがよく見えるということでした(これにはみんな、とてもほっとしました)。そしてさらに、このバリアーの中からは、ほかのバリアーの中にいるみんなのことも、よく見えたのです。じつに、ふしぎな力です(それから、もうひとつのとくちょう。これはあんまりうれしくないものでしたが、このバリアーは、雨そのものを防いでくれるというわけではありませんでした。だって、このバリアーの中にも、しっかりと、雨はふりつづけていましたから。みんなは、バリアーの中にはいればこれ以上ぬれずにすむかと思っておりましたので、ちょっと、がっかりぎみでした。そんな三人に対して、ライアンは、「ぜいたくいわないの!」とぷんぷんいいましたが。

 ちなみに、このバリアーのききめはみじかくて、一日にせいぜい三十分がげんかいだということでした。このバリアーを張りつづけるのは、とても集中を必要とするさぎょうなのだそうで、ライアンのいうことには、「こんなのずっと張ってたら、ぼくはつかれてたおれちゃうよ!」とのことだそうです)。

 

 「さあ、これでもう、できることはみんなやったから、あとは、こううんをいのるだけだね。」

 

 ライアンがそういうと、みんなはもういちど(バリアーの中から)顔を見あわせて、出発の意志をたしかめあいました。

 

 「なに、いざとなったら、わたしの剣がやくに立ってくれることだろう。」ベルグエルムがじょうだんぎみにそういって、ここにきてはじめて、笑顔を見せました。それは、みんなを勇気づけ、気持ちをおちつかせてくれる、たよれる笑顔でした。

 

 そして一行は、ゆっくりとしんちょうに。それでいて、いっぽいっぽをかくじつに。この危険へとつづく岩の道を、進んでいったのです。

 

 

 しばらくいきますと、一行はなだらかなしゃめんのある丘の前にやってきました。ここが、ベルグエルムのいっていたその場所のようです。みんながベルグエルムの顔を見ますと、ベルグエルムは、だまって小さくうなずきました。そして、しゃめんの方を見てみますと、そのまん中あたりに、ごつごつとした岩のかたまりがふたつ、よりそっているのが見えたのです。そしてやっぱり! それらの岩は、ただの岩ではありませんでした。動いているのです! あっちの岩からこっちの岩へ。空中をすべるように、すいすいと進み、その大きくてがんじょうそうなあごを動かして、岩の山に、がぶり! おいしそうにかぶりついていました(それも、とってもおぎょうぎ悪く、食べこぼしの岩をぼろぼろとこぼして)。これはまさしく、さきほどの話に出てきました、ガイラルロックというかいぶつたちにまちがいありません。

 

 みんなは、ここでいったん足をとめ、あたりのようすをもういちどうかがいました。ベルグエルムは、ガイラルロックたちに気づかれずに通りぬけられそうな道を、もういちどさがしましたが、やっぱりだめでした。どうしても、岩のかいぶつたちからよく見えてしまう、この目の前の道を進んでいくほかは、なかったのです(頭の上にあるがけの上の場所まで、三頭の騎馬たちといっしょに、ぴょん! 四十フィートほどジャンプできれば、かれらをやりすごすこともできるのですが)。

 

 「さいごまで身をかくしながらゆける道は、ざんねんながらここにはない。」ベルグエルムが小さな声で、みんなにいいました。「みんなかたまって、ひそかに通りぬけるほかはないだろう。かれらが立ち去るのを待っている時間は、われらにはないのだ。ライアンのおかげで、われらのすがたとにおいは感づかれにくくなってはいるが、それでも、かれらに見つかるかのうせいは大きい。もし見つかったなら、かれらはうむをいわさず、おそいかかってくるだろう。かれらは、からだを持った生きものたちのことを、にくんでいるのだ。しかし、そうなっても、かれらと戦うのはさいしょうげんにとどめなければならない。むだな戦いは、できるだけ、さけなければ。」

 

 岩から岩へ。一行は、かくれながら地面をはうようにして、進んでいきました。道のりのいっぽいっぽが、重く長いものに感じられます。たづなをひいてつれている騎馬たちが、とてつもなく大きなものに思えました(じっさい、かくれて進むのにいちばんやっかいなのは、この騎馬たちでした。からだの大きさはみんなのなんばいもありましたし、そのうえ、旅の者たちがどんなに静かにしんちょうに歩いたとしても、馬のひづめの音だけは、かんぜんにはかくしようがなかったのです。ライアンがバリアーでつつんでくれたあと、馬の足音を消すために、それぞれの馬たちのひづめには、ベルグエルムが、持っていたぬのを破ってまきつけていましたが、それでも、まったく音がしないというわけではありませんでしたから。ひづめが小石をふんで、がりっ! という音を立てるたびに、みんなはきもをひやしました)。

 

 そうして一行は、いよいよ、岩のかいぶつたちのそのすぐ近くにまでやってきたのです。かれらが岩をばりばりかじる音が、おそろしげにひびいてきました。そしてその音にまじって。かれらがなにやら、ぶつぶつと話しあっているのがきこえてきたのです。それはどうやら、ふたりの(人とよべるかどうかはわかりませんが)ガイラルロックたちが、岩の味についていいあらそいをしている声のようでした。

 

 「やい、ねぼすけ! うそばっかりいいやがって。ここの岩はさいこうにうまいときいたから、おれははるばる、東の岩山からやってきたんだぞ。これなら、おれたちの岩山の岩の方が、よっぽど美味だってもんよ!」

 

 「でこぼこ! おめえの舌がどうかしてんじゃねえのか? ここの岩場は、どこの岩山にも負けはしねえぞ。アークランドでだっていちばんだ。このぜつみょうな鉄のまじりぐあいが、東のばかもんにはわからねえってのかい?」

 

 「いいや、ちがうね。鉄は、もっと多い方がうまいんだ。おめえは知らねえのか? 鉄ってのは、多ければ多いほどいい。おれはよ、鉄だけってのを食ったことがある。考えられるかよ? そのもの、鉄だけだぜ? あのまろやかな舌ざわりと、うっとりするほどのかぐわしいかおり! こたえられねえや。」

 

 ねぼすけとでこぼこというのは、このふたりのガイラルロックたちの名まえのようです。そして、かれらの声はひくくくぐもっていて、まるで地面の底からひびいてくるかのような、なんともおそろしげなものでした(それに、そのかなりらんぼうで品のない言葉使いも、そのおそろしさに、ひとやく買っていたのです)。

 

 かれらの会話はつづきます。

 

 「信じられねえな。おめえの作り話じゃねえのか? でこぼこ。いくらよくできた岩だって、鉄だけなんてぐあいにゃ、いかねえぞ。」

 

 「こたえはな、ねぼすけ。『人』よ。あいつらは、鉄を道具として使うって話よ。それも、いろんなもんに、かたちを変えちまってよ。剣だのよろいだの、ってすんぽうよ。やつらはむかし、おれたちのからだをうばっていった。おれたちに手足がねえのもよ、みんなあいつらのせいよ。あいつらはゆるせねえれんちゅうよ。そしてこんどは、おれたちのもんだった鉄まで、うばおうってのよ。しかも自分たちは、そのよく動く手足を使ってよ、その鉄を好きほうだいに変えちまってるのよ。こんなことはゆるせねえ。だからおれは、れんちゅうの持っている剣やらよろいやらってもんをよ、残らず食らいつくしてやるのよ。」

 

 かれらのからだを、ほんとうに人がうばったのかどうか? それを知るためには、遠い遠い、神話のじだいにまでさかのぼらなければならないことでしょう。今となっては、だれにもわからないことです。いちばん長生きの種族の、いちばん長生きの長老でも、知らないでしょう。いちばんちえのあるけんじゃの持つ、いちばん古い書物をひもといてみても、そのことはのっていないでしょう。それは、それほどに古い、はるか大むかしのできごとだったのです。

 

 ですけど、鉄をかれらから人がうばっていったというのは、たしかに、じじつであるといえなくもありません。ですが、それもまた、遠いむかしのことです。それに人々だって、「うばった」などとは思っていないことでしょう。文明が進めば、いろんなものがなくなってゆくのです。ガイラルロックたちの暮らしから、鉄が失われていったように。 

 

 こんなふうないいあいをききながら、一行はさらに進んでいきましたが、その道のりは、じゅんちょうなものではありませんでした。しばらくゆくと、道はどんどんとたいらなものになってしまって、おしまいには、身をかくせるような岩影が、まったくなくなってしまったのです(ですが、それははじめから、わかっていたことでした。さきのようすは、ちゃんと見えていましたから)。このさきに進むためには、どうしたって、岩のかいぶつたちのその目と鼻のさきを、そのまま通りすぎるほかありませんでした。

 

 一行は、さいごの岩の影にかくれて、身をよせあいました。おそろしい岩のかいぶつたちは、かれらのすぐさきのしゃめんから、ぜんぜんはなれそうにありません(かれらはなん時間でも食事をつづけるのです)。あいかわらず岩をかじりながら、岩の味と人のことについて、ぎろんをかわしつづけていました。

 

 「進みやすいたいらな道が、これほどうとましく思えたことはない。今では、岩だらけのでこぼこ道の方が、よっぽど、われらに必要とされているのだから。」身をかくすところのない、目の前のたいらな道をにらみつけて、フェリアルが思わずいいました(とっても小さな声で)。

 

 「きみのいう通り、ひにくなものだな。」ベルグエルムがこたえてそういいます(とっても小さな声で)。「だが、これも野の道のさだめ。しかたのないことだ。のぞみのままにことが進むとはかぎらない。すべてが、しぜんのなりゆきのままに動くのだから。」

 

 フェリアルは、ゆうもうかかんな騎士でしたが、野山をゆくことにはなれていませんでした。かれはほんらい、騎士をひきいて戦う騎兵師団のしょぞくでしたから、とうそつやきりつといったものを、もっとも重んじるのです。そのはんめん。きてんをきかせたり、野山の中に分けいったりするというようなことは、ちょっとにがてなようでした。

 

 それとは対しょう的に、ベルグエルムの方は野山のことにとてもくわしいようでした。ここまでの道のりにおいても、かれのあんないなくしては、そうかんたんにはさきに進めなかったことでしょう。かれは、この旅の仲間たちの、よきみちびき手であり、よきそうだん相手であるといえました。ですからみんなは、ベルグエルムのことを、とてもしんらいしておりましたし、今もかれが、どのようなはんだんをくだすのか? そのけつだんを待っているところだったのです。

 

 「かれらは、とうぶん、立ち去ってくれそうにないだろう。ここまできたのなら、あとはこのまま、乗りきるほかはない。進むべき道は、ほかにないのだ。」

 

 ベルグエルムのこたえは、たんじゅんめいかいなものでした。ですが、今のこのじょうきょうでは、もっともれいせいで、それでいて、もっともよいはんだんであると思われました。

 

 「雨が強くなってきた。ぼくのバリアーも、力をましてくれると思うよ。」ライアンが、空を見上げていいました。

 

 「もし見つかったら、すぐに馬に乗ってかけるのだ。戦いは、のぞむものではない。うまくいけば、ついげきをかわして、丘のむこうまでのがれられるかもしれない。そうすれば、あとはまっすぐ、セイレン河まで、道はつづいてくれることだろう。」ベルグエルムがさいごにいいました。

 

 

 そして一行は、とうとう、この危険なつな渡りのような道へと、ふみこんでいったのです。すぐそこにまで、岩のかいぶつたちがせまっていました。みんなは、このふりしきる雨を、どんなにありがたく思ったことでしょう。ライアンの水のバリアーがなかったなら、とても、こんなところを歩いてなどはいられませんでしたから(あなたが、ひるねしているライオンの目の前を、そうっと通りぬけようとしているところを、そうぞうしてみてください。今がまさに、そんな感じだったのです)。

 

 みんなは、ガイラルロックたちがこのまま食事にむちゅうになっていてくれることを、願いました。こっちを見ないでくれよ、という気持ちが、声になって出そうなくらい、大きなものとなっていました。

 

 「ゆるせねえれんちゅうよ……。生かしておけねえれんちゅうよ……」

 

 おそろしい話し声が、旅の者たちの耳にひびいてきます。さいわいなことに、岩のかいぶつたちは、ずっとぎろんをつづけ、食べることをつづけていました。

 

 雨のバリアーは、すばらしいこうかをはっきしていました。どうやら岩のかいぶつたちには、ロビーたち一行のすがたやにおいは、とどいていないみたいです(いちどかにど、ガイラルロックのひとりが、ちらっとこちらを見たように思えて、仲間たちは、ひやっとさせられましたが、かれらには、こちらのすがたが見えていないようでした)。

 

 そしてそのまま、ときはすぎていき……。

 

 このままなら、ぶじにむこうの岩場までたどりつけそうだ。危険な道のりも、あとちょっとで終わりというころ。もうだれもが、このまま安全な岩場までたどりつけると、そう思ったころのことでした。

 

 ベルグエルムはゆだんなく、あたりのようすをうかがっていました。フェリアルも、ベルグエルムのはんたいがわを受け持って、気をくばりつづけていました。ライアンはずっと集中して、水のバリアーの力をたもちつづけていました。

 

 そしてロビーは……、ロビーはどうしているのでしょう?

 

 安全な岩場を前にして。早くたどりつきたいと心の底から願っていた、その岩場を前にして。ロビーはなんと、岩のかいぶつたちのすぐそばで、立ちどまってしまったではありませんか! みんなはびっくりぎょうてんして、あわてて、ロビーのそばに近よりました。

 

 「どうされたのです! すぐにでも身をかくさねば。危険すぎますぞ!」ベルグエルムもフェリアルも、小さな声でささやいて、ロビーのことをせかしました。しかしロビーは、いっこうに、動くそぶりを見せません。

 

 そして、ロビーがついに、口をひらいてこんなことをいったのです。

 

 「ここはいけない……。あの岩場へいってはいけない。みなさん、馬に乗って、あのしゃめんにかけるんです。すぐに! 助かる道は、それしかない!」

 

 ガイラルロックたちのいるしゃめんへむかって、かけるですって? みんなはもう、なにがなんだか? わかりませんでした。かいぶつたちの、そのまっただ中につっこんでいくだなんて、それこそ、危険きわまりないことでしたから。ですが、ああ、なんたること! みんなはつぎのしゅんかんには、ロビーの言葉がまことに正しいものであるということを、知ることとなったのです。  

 

 それは、おどろきの光景でした。一行がまさにたどりつこうとしていた、岩場の岩が。たくさんの、安全に身をかくせたはずの、その岩のすべてが。一行の目の前で、ぐらぐらと、動きはじめたのです! そして、それらの岩のすべてが、地面から空中へ、ゆっくりと浮き上がっていきました! 

 

 両方の目がぱっちりとひらき、大きな口が、がばっとひらきました! そしてそれと同時に、なん十ものおそろしいうなり声が、あたりいちめんにひびき渡ったのです。

 

 

 そう、旅人たちがめざしていた岩場。その岩場の岩は、すべて、ガイラルロックたちのかたまりだったのです!

 

 

 これでは、いくらゆうかんなる騎士たちといえども、とても、たちうちできるものではありません。みんなはすぐさま、それぞれの騎馬たちに飛び乗りました。

 

 「全力でかけるんだ! あのしゃめんへ!」ベルグエルムがただ、それだけ、いうのでせいいっぱいでした。

 

 それからあとのことは、もう、なにがなんだか? わかりませんでした。丘のしゃめんでも、追いかけてきたガイラルロックたちが、たくさん、一行の前に立ちふさがったのです。ベルグエルムは馬でかけながら、なん回も、岩のかいぶつたちに剣をふりおろしました。フェリアルも休みなく剣をふりつづけました。ライアンとロビーの白い騎馬は、なんどもなんどもかいぶつたちのあいだをすりぬけ、身をかわしつづけました。そして、三頭の騎馬たちは、丘のしゃめんをかけのぼり、さいごに立ちふさがったガイラルロックの一体をふりきると、いちもくさんに、セイレン河へとつづく街道へとむかってかけていったのです。

 

 

 この戦いで、たくさんの者たちがひがいをこうむりました。ベルグエルムは、左肩にけがを負いました。せまりくるかいぶつたちのこうげきを、防ぎきることができなかったのです。ですが、急所をはずれていたのがさいわいでした。動かせないほどではなかったのです。フェリアルはなんとか、かすりきずていどですみましたが、自分の剣をおってしまいました。ガイラルロックたちのかたいからだに切りつけたときに、剣のまん中ほどから、ぽっきりおれてしまったのです(おれた剣のやいばは、ガイラルロックのひとりが飛びついて、あっというまに食べてしまいました)。

 

 ライアンとロビーは、こううんにも、むきずでなんをのがれることができましたが、かれらの白い騎馬が、かいぶつのはき出した岩のつぶてを受けて、大きなきずを負ってしまいました。首のつけねのあたりに痛々しいきずを負って、白く美しいその毛なみを、赤い血でよごしてしまったのです。

 

 敵の方にも多くのひがいが出ました。あのねぼすけとでこぼことよばれていた、ふたりのガイラルロックたちは、まっさきに旅人たちにおそいかかり、そして、ゆうかんなる騎士たち、ベルグエルムとフェリアルの、その剣の前に、やぶれ去ることとなったのです。ねぼすけはその目をつかれ、こんごのその岩の人生を、ずっと片目のままですごすはめになりました。そしてでこぼこは、なんども切りつけられて、でこぼこしたその顔をもっとでこぼこにしたのち、にどと起き上がることはなかったのです。

 

 そのほかのガイラルロックたちも、ふたりのゆうかんなる騎士たちを相手にして、たくさんの者が切られ、つつかれ、いのちを落としました。あちらにもこちらにも、今ではもはや動き出すことのなくなった、岩のかたまりが、ばらばらになってちらばっていました。ですから、この丘のしゃめんは、こののち長くに渡って、ふしぜんなまでに岩だらけのふしぎな場所として、知られるようになったのです。ですが、その中の岩のひとつが、かつて、でこぼこという名まえの岩のかいぶつだったなんてことは、このさきにおいても、だれも知る者はないでしょう。こうして、四人の旅の者たちは、くるしい戦いののちに、このたいへん危険なさいしょのこんなんを、乗り越えることができました。

 

 

 雨がどんどんと強くなってきました。風もぴゅうぴゅう、吹きつづけています。旅の一行は、セイレン河へとつづく古い街道をひた走っていました。このあたりの道は、道はばも広く、三頭の騎馬たちがならんで走っても、まだあまるほどでした。ですからみんなは、横にならんで、ともにおたがいのことをたしかめあいながら、かけていったのです。

 

 とくに今では、またべつの、新たな問題も生まれてしまっていました。それは、ライアンの白い騎馬のことです。ライアンの騎馬は、さきほどの戦いで、ひどくきずついてしまっていました。ライアンが自分の服のかえを使って、すぐにきず口をしばりましたが、それでも血がとまりませんでした。ですからライアンが、しぜんの風の力をかりて、きずのまわりを空気のまくでおおうことで、ようやく血がとまって、ゆっくり走れるくらいにおちつけることができたのです(このわざは、いってみれば「ばんそうこう」みたいなものでした。そしてそれは、ベルグエルムの肩にもほどこされたのです。べつに、ついでというわけではありませんよ、もちろん。

 ちなみに、水のバリアーはもう消えています。こんな戦いのあとでしたので、バリアーがあった方が、このさきもちろん、安全ではありましたが、ライアンもつかれてしまって、今日はもう、バリアーを張れるようなじょうたいではありませんでしたので)。

 

 しかしそれでも、あまり長く走らせるわけにはいきません。むりをすれば、ゆっくり走ることさえできなくなってしまうことでしょう。ライアンは、この馬をメルと名づけ、小さいときからずっとかわいがってきました。ですからかれにとって、この馬を失うなんていうことは、とても考えられないことだったのです。

 

 とにかく今は、メルのためにも、いっこくも早くシープロンドまでたどりつかなければならないときでした。シープロンドには、鳥や動物たちのための、せんもんのお医者さんたちもいたのです。ゆうしゅうなお医者さんたちにみせれば、メルもきっと、げんきになってくれることでしょう。

 

 「あまり、むりをさせてはならないだろう。」ベルグエルムが心配して、ライアンに話しかけました。「このさきは、なだらかな走りやすい道だから、ふたんはすくなくてすむだろうが、それでも、そくどは、もっと落としてゆかなくては。」

 

 そんなベルグエルムの言葉に、ライアンはにっこり笑ってこたえます。

 

 「ありがとう。でも、シープロンドにつくまでならだいじょうぶ。強い馬なんだ。ぼくといっしょに、もうなんども、こんなんを乗り越えてきたんだから。」ライアンはそういって、メルの首をなでてやりました。

 

 しかし、そうはいっても。ライアンがメルのことをとても心配しているのだということは、だれの目にもあきらかでした。とくにロビーには、ライアンの気持ちが、痛いほどよくわかったのです。長年つれそってきた友人を、失ってしまったとしたら……、こんなにかなしいことはありません。ですがロビーには、なにもしてやれることがありませんでした。ですからロビーは、よけいに、つらかったのです。早くシープロンドにたどりついてほしい。そう願うほかはありませんでした(さいしょロビーは、けがをしたメルに乗るのをことわりましたが、ライアンに「だいじょうぶだから。」といわれて、しぶしぶ乗っていったのです。メルは、ライアンいがいの者にはたづなをにぎらせようとはしませんでしたし、かといって、ほかの二頭の馬たちの一頭に、大きなウルファがふたり乗っていくと、重すぎて、走ることができなくなってしまいました。ライアンはそのことを、よくわかっていたのです)。

 

 「このままもうしばらく進めば、じきにセイレン河に出る。河を渡ることができれば、シープロンドまでは、すぐそこだ。旅のつかれも、そこでいやされることだろう。」 

 

 ベルグエルムがそういって、みんなに笑顔を見せました。しかしかれもまた、メルと同じく、かなりのがまんをしていたのです。ガイラルロックたちにおそわれたきずが、ずいぶん痛むようでした。ライアンの手あてによって、だいぶ、痛みはおさえられてはいましたが、騎馬がときどき大きくゆれるたびに、大きな痛みが走るのか? 声をおさえて、くつうに顔をゆがませたのです。 

 

 「だいじょうぶですか? ベルグエルムさん。むりはしないでください。ぼくにはとても、見ていられない。」ロビーが心配して声をかけました。ロビーは、さきほどからずっと、仲間たちのからだのことを気づかっていたのです。自分にけががないぶん、その気持ちはさらに、強いものとなっていました。仲間のくるしむすがたを見るのは、ロビーにとって、なによりもたえがたい、くつうだったのです。できることなら、自分がかわってやりたい。それがロビーでした。

 

 ベルグエルムは、そんなロビーの心配にかんしゃして、静かにほほ笑みかけると、心をこめてこたえました。

 

 「ご心配にはおよびません。このていどのきずは、わたしはなれておりますので。いくさではたくさんの者たちが、もっと重いきずを負うことも、しばしばあるのです。ありがとう。」

 

 ベルグエルムは大きく息をついて、こきゅうをととのえました。まことに、このベルグエルムという騎士は、勇士とよぶのにふさわしい人物でした。痛みやくつうにたえる、強いせいしん力と、肉体を、かねそなえていたのです。

 

 「ロビーどの。」こんどはベルグエルムが、ロビーにたずねました。それはだれもが、ふしぎに思っていたことでした(きっと、読者のみなさんもそう思っていただろうことです)。

 

 「さきほどの戦い、あのときどうして、あの岩場が危険であるとわかったのでしょう? わたしもみなも、あの岩場を注意深く見張っておりましたが、なんの物音も、生きもののけはいすらも感じられなかった。よもやあの岩場が、ガイラルロックたちのかたまりであるなどということは、夢にも思っていなかったことです。

 

 「つまりかれらは、われわれのことに、さいしょから気がついていたのだ。かれらは思った以上に、頭が切れるらしい。それで、ただの岩のふりをして、われわれが近づいてくるのを待っていたのです。おそらく、しゃめんにいたあの二体のガイラルロックたちも、われわれのことをさそい出すための、おとりだったのでしょう。うかつなことでした。ロビーどのがとめてくれなければ、われらはそのまま、かれらの中に飛びこんでいって、ひとたまりもなくやられてしまっていたはずです。ほんとうに、あやういところでした。」

 (ベルグエルムのいう通り、じつはあのガイラルロックたちは、旅の者たちがあのしゃめんにやってきた、そのずっと前から、一行のことに気がついていました。それは、ガイラルロックたちの、あるとくべつなのうりょくのためでした。ガイラルロックたちは、地面にひびくかすかな「ゆれ」を、まるでレーダーのように、空中で感じ取ることができたのです。その力は強力なもので、ふりしきる雨の中、たとえ百ヤードはなれたところをりすが歩いていたとしても、わかってしまうほどでした!

 

 ですから、ベルグエルムがどんなに静かに歩いたとしても。ライアンがどんなにじょうずにすがたをかくしてくれたとしても。みんなのことは、ガイラルロックたちには、つつぬけだったのです。そして、その力のことを知っていた者は、このアークランドに住む者の中では、ほとんどいませんでした。かれらのことにくわしいべルグエルムも、ライアンも、知らないことだったのです。もちろん、フェリアルとロビーも。

 

 目もいいし鼻もいい。そのうえ、地面のほんのわずかなゆれまでをも感じ取ることができる。ほんとうにガイラルロックというのは、おそろしい生きものです。)

 

 ベルグエルムの言葉に、ロビーは深く思いをめぐらせました。

 

 あのとき……。

 

 ロビーはたしかに、ふしぎなものを感じ取りました。しかし、せいいっぱい考えましたが、それは自分でも、説明のできないことだったのです。あのときはただ、こわくて、とてもれいせいな気持ちなどではいられませんでしたから。ですからなぜ、危険が知れたのか? それはロビーにもわからないことでした。

 

 「ごめんなさい。ぼくにもわからないんです。ただ、あの岩場には、ほかとちがう感じがあったということしかいえません。まるでそこだけ、まっくらなやみにおおわれているかのような、そんな感じがしたんです。ぼくの中で、だれかがさけんでいるような気がしたんです。あそこへいってはならないと。それ以上のことは、ぼくにもわかりません。りかいすることもできないんです。」

 

 みんなは、マントのフードから耳だけをぴんとのばして、ロビーの言葉にききいっていました。みんな、ロビーのふしぎな力のことに、あれこれ考えをめぐらせているようすです。でも、けっきょくこたえは出ずじまい。ロビーほんにんにもわからないのですから、むりもありません(ちなみに、さきを急がなければならないみんなは、そのしつもんをロビーにするのをシープロンドにつくまでは待とうかと思っていましたが、やっぱりだめでした。それでベルグエルムが、いちばんにロビーにたずねてしまったのです)。

 

 「とにかく、」ベルグエルムがいいました。「わたしたちはロビーどののおかげで、いのちびろいをすることができたのです。このていどのけがですんだのが、きせきというほかありません。ロビーどのがいなかったのなら、この旅も、あの場でついえてしまっていたことでしょう。まことに、かんしゃの言葉もありません。」

 

 ベルグエルムはそういって、ロビーに深くいちれいしました。フェリアルもそれにつづき、そしてライアンも、「助かったよ。いいしごとしたね。」とロビーのからだをぽんとたたきました。

 

 「そんな、やめてください。ぼくは、なにもしていません。危険を乗り越えることができたのは、ゆうかんなみなさんのおかげなのですから。あんなおそろしい相手になんて、ぼくではとても、たちうちできませんもの。ぼくの方こそ、おれいをいわなければならないです。」

 

 ロビーはそういって、頭を下げましたが、みんなはすでに、ロビーのそのけんきょなせいかくのことをりかいしていました。ロビーは今まで、ずっとひとりぼっちでおりましたから、だれかにほめられたり、みとめられたりすることなどに、なれていなかったのです。みんなはいい伝えのことをぬきにしても、そんなロビーのことを、とても好きになっていました。

 

 「ロビーどの、われらは仲間です。」ベルグエルムのとつぜんの言葉。その言葉に、ロビーは思わず、どきんとしてしまいました。

 

 「われらには、それぞれに力があるのです。わたしとフェリアルには剣が。ライアンにはしぜんの力をかりるわざが。そしてロビーどのには、そのやさしさと、この世界のきゅうせいしゅたる、大いなる力がある。それぞれが助けあって、はじめて、われらは仲間としてなり立つのです。ロビーどの、あなたはもっと、ご自分を信じていいのですよ。」

 

 ベルグエルムの言葉は、ロビーの心に大きくひびき渡りました。自分の力を知り、自分を信じ、それぞれが助けあうことで、はじめてみんな仲間となり得る。

 

 

 みんなのために、ぼくはなにをするべきなんだろうか? ロビーは考えました。

そしてロビーは、このさき、このことをずっと、心の中に持ちつづけることとなったのです。

 

 

 「もう、すぐにあたりは、もっと暗くなってしまうことだろう。」ベルグエルムがいいました。

 

 「だいぶ、時間をくってしまった。夜がこくなれば、それだけ危険もます。これからは、今まで以上に気をくばってゆかねば。」

 

 

 それから、しばらくの時間がすぎていきました。雨はずっとふりつづけ、風もますます、強くなっていくいっぽうです。そしていつからか、それらに加え、もうひとつのものまでもがあらわれはじめるようになっていました。いなずまです。遠くの空がぴかぴか光り、ごろごろといういなずまの音が、なんどとなく、頭の上になりひびいていました。

 

 みんなは、またいくつかの岩場や丘を通りすぎましたが、さいわいそれらの場所では、一行はなにごともなくさきへ進んでいくことができました。そこからまたしばらくゆくと、道は大きな岩にはさまれた、せまい道に変わりました。そのため一行は、いちれつになって進んでいきましたが、ロビーはどうしても、この道が好きになれませんでした。岩かべの上から、だれかにのぞかれているような気がしてならなかったのです。ロビーはなんどとなく、上を見上げました。ですが、そこにはまっ黒な空があるばかりで、だれもいるはずもなかったのです。

 

 道はなんどもおれまがって、えんえんとつづいております。ですからこの道は、じっさいのきょりよりも、はるかに長く感じられました。そしてロビーが、早くこの道をぬけてしまいたいと、心の底から思いはじめたころ。岩かべにはさまれたこのまがりくねった古い街道は、とつぜんに、その終わりをむかえることとなったのです。

 

 それは、まったくとうとつにあらわれました。まるで、暗くてせまいトンネルの中から、急にそとの大平原の中へと飛び出していったかのように、あたりはいっしゅんにして、ひらけた場所へと変わったのです。

 

 

 一行の目の前にあらわれたもの。それは、大きな河でした。

 

 そう、みんなは、ベルグエルムの言葉に出てきた、そのセイレン河のほとりへとやってきたのです。

 

 

 みんなはいったん立ちどまって、あたりのようすをうかがいました。ざぶんざぶんと、水の流れる音がきこえております。ふりしきるこの雨のせいで、河の水はだいぶふえているようでした。

 

 道はまっすぐ、いっぽんの巨大な石づくりの橋へとむかっていました。セイレン大橋とよばれる橋でした。まず思ったことは、あたりが変に明るいということでした。もう夜もだいぶすぎていたというのに、おひさまがまだしずみきっていないんじゃないか?というくらいに明るかったのです。そしてそのこたえは、すぐに知れました。橋が光っているのです。それはまるで、ほたるの光のように、ぼんやりとあわい光でした。そしてせいかくにいうと、橋がというより、この橋に使われている石が光っていたのです。それは、こがね色がかったみどり色の石で、その光が、河の流れやあたりの道を、ぼうっとてらし出していました。

 

 右と左には、セイレン河の流れにそって、どこまでもつづくかと思われるじゃりの道が、果てしなくのびていました。河の上流も下流も、そのさきはまっくらなやみの中に消えていて、いったいこの河がどこまでつづいているのか? まったくそうぞうすることさえできないくらいでした。

 

 ベルグエルムが馬を進め、橋のそばまで近づいていきます。河の流れはおそろしいほどに、そのいきおいをましていました。もしこの流れにまきこまれれば、どんなにおよぎのじょうずな者であったとしても、ひとたまりもなくおぼれてしまうことでしょう(とくに、ロビーはおよげませんでしたので、なおのことおそろしく感じたのです)。

 

 「これこそが、かつてのきよらかなるめぐみの河、セイレン河なのです。ところが、まさにごらんの通り。今やすっかり、その流れはけがれてしまった。ごみや、へどろや、そのほかのよごれたもののすべてが、この美しき流れをだいなしにしてしまったのです。」

 

 まさしく、ベルグエルムのいう通りでした。ロビーは、こんなにもよごれている河は、今までに見たことがありませんでした。水の流れというよりも、「きたならしいへどろがより集まって、それがうねりをなして進んでいる」といった方があてはまると思います。見れば、その中のあちらこちらには、さまざまなものがまじって流されていました。ガラスのびんや、たるのこわれたもの。かわでできたよろいや、かぶとや、われたたて。くさったくだものや、食べ残しのパンや肉。そんなものは、まだましな方です。なんだかわけのわからない、ぶきみな色をしたかたまり。人の手の骨。そして、もとがなんであるのか? わからないほどにくずれた、大きな生きもののなきがらが流されてきたのを見たとき、ロビーは思わず、言葉を失ってしまいました。

 

 「だれがこんなことを……。とても、見ていられない……。これじゃ、あんまりです。」

 

 ロビーは、ふりしぼるようにつぶやきました。この河を見れば、あなたも、ほかのだれもが、ロビーと同じ気持ちをいだくことでしょう。そして、はげしい雨のふりしきる中でもわかる、この河のひどさをけっていづける、あるものが、ここにはあったのです。

 

 それは、においでした。この河からのぼるひどいにおいが、あたりいちめんに立ちこめていたのです。そのにおいは、まるで、へどろがくさったかのような、それはそれはひどいにおいでした(みなさんは、ひあがったどぶ川のにおいをかいだけいけんがありますでしょうか? それに、生ごみのつまったバケツの中のにおいを足してみれば、この河のにおいに近づくと思います。それほどひどいにおいだったのです)。

 

 「これがげんじつなんだよ、ロビー。ひどいでしょ?」目の前のことがとても信じられないといったようすのロビーに対して、ライアンが静かに声をかけました。

 

 「この河のことには、みんなが心を痛めてる。ぼくたちシープロンたちは、とくに。ほんの数年前までは、この河はとても美しかった。すみきった流れを通して、川底のきれいな石が、おひさまの光をあびてきらきらかがやいてた。」

 

 ライアンの声は、とてもさびしげでした。思わずロビーは、ライアンの顔を見ました。ライアンはじっと、セイレン河の流れを見つめていました。雨に流されてわかりませんでしたが、ライアンのそのひとみからは、きっと、なみだがこぼれていたことでしょう。ロビーはなにもいえませんでした。

 

 「ぼくとメルは、よくこの河にまで、水あびにきていたよ。だからメルも、この河のことは、よく知ってる。かつてはたくさんの動物たちが、この河にきていたんだ。河べりには、色とりどりの花がさいていて、たくさんのちょうもやってきていた。それがどうして、こんなことになっちゃったんだろ。」 

 

 ライアンはそういって、メルの首をやさしくなでました。メルは首をうなだれたまま、河の方を見ようとしません。変わり果ててしまったセイレン河のことを見るのが、メルにはつらかったのでしょう。ロビーはなんとも、やるせない気持ちになりました。

 

 ロビーにとって、これは、このアークランド世界に広がりつつあるやみの力を、自分の目で見た、さいしょのたいけんでした。ですが、ライアンは、ベルグエルムは、フェリアルは、きっと、もうなんどもなんども、こんなたいけんをしてきたのでしょう。見たくないものを、たくさん見てきたのでしょう。ロビーは、なにも知らずにいた自分を、はずかしく思いました。

 

 「つらいことですが、今はどうすることもできません。今のわれらにできることは、のぞみを信じて、さきへ進んでいくことだけなのです。」ベルグエルムがいいました。ロビーの心をさっしての言葉でした。

 

 ロビーは思いをかためました。早く、さきに進まなくては。いっこくも早く、こんなことは、やめさせなければならないんだ。

 

 「いきましょう、みなさん。」ロビーは静かにいいました。しかし、その言葉は力強く、そして、とても重たいものだったのです。みんなは、このときのロビーの顔を、ずっと忘れることはありませんでした。

 

 

 それからみんなはいちれつになって、セイレン河にゆいいつかけられた石の橋、セイレン大橋のもとへと、その歩みを進めていったのです。橋は石づくりのがんじょうなもので、また、とほうもなく大きなものでした。全体が光っているせいで、その橋はまるで、はるかなやみの中へとのびる、光のかいだんのようにも見えました。橋の石だたみは、やみのむこう、ずうっとさきにまでのびております。もし橋の石が光っていなかったのなら、橋の終わりはやみにつつまれたまま、とても見通すことなどできないことでしょう。それほどに、この橋は大きいのでした(さすが、大橋というだけのことはありますね)。

 

 こんなに大きくてりっぱな橋を、いったいいつ、だれがつくったのか? じつはそれはまだ、わかっていませんでした。ですが、この橋が気も遠くなるほどの大むかしにつくられたのだということだけは、たしかなことです。東の地から人々がこの地にうつり住んで、さいしょの街道がつくられたころには、もうすでにこの橋は、この河にかかっていました(それが今から二千年ほども前のことです)。そののち、ひつじの種族であるシープロンたちが、この地に王国をまとめ上げ、シープロンドというみやこをうつしみ谷の中にきずき上げたとき。この橋もかれらのくにの一部となりました。きよらかで美しいセイレン河の流れ。その流れにみごとにとけこんでいるこの美しい石の橋は、まことに、かれらのほこりそのものだったのです(ですから、シープロンであるライアンにとって、この河に起こったひげきは、ことさらにつらいものだったのです)。

 

 セイレン河がけがされてしまった今。ですが今でも、この橋の美しさだけは失われていませんでした。とくに、その石にほどこされているちょうこくは、かんたんには、ほかのものとはくらべることもできないくらいに、じつにみごとなものだったのです。まるで、ほんものの木のみきかと思われるほど、木そっくりにほられたはしらが立ちならび、そしてそれぞれのはしらには、今にもはらはらとまいちりそうなくらいによくできた、いちまいいちまいの葉っぱがほりこまれていました。橋のらんかん(らんかんとは橋の手すりのことです)には、つたのつるがまきつき、さまざまな花がきそってさきほこっております。そして、そういったもののすべてが、こがね色がかったふしぎなみどり色の石からほり出されていました。

 

 今がおひさまの光のふりそそぐ、気持ちのいいひるさがりだとしたら、この橋の美しさが、もっとよくわかることでしょう(河のよごれはまたべつの問題として)。ですが今は、この橋をながめるのには、いちばん悪いときであるといえました。なにしろ、ざあざあぶりの雨のふる夜なのですから。しかし今は、そんなことをいっている場合ではありませんでした。旅の者たちは、この橋の美しさにもろくすっぽ気をまわさず、まわしているよゆうもなく、ただ一点、橋のむこうがわの地をめざして、かけていかなければならなかったのです。

 

 石の橋の上に、馬のひづめの音がひびき渡っていきます。ふりしきる雨のせいで、あたりははっきりとは見えませんでした。ロビーは橋の終わりの方を見ましたが、むこうぎしは、はるかかなたにあるかのように思えました。じっさいには、いくら大きな橋とはいえ、橋がそんなに長くつづくものではありません。ですがロビーには、この橋が、深いならくの底にまで、どこまでもつづいているかのように思えてなりませんでした。

 

 ふりしきる雨はようしゃなく、一行のことをうちつけてきます。強い風は騎馬たちをあおって、そのまっすぐな走りをさまたげつづけていました。ごろごろといういなずまの音は、いつしか、旅の者たちのそのすぐそばにまでやってきていました。そしてそのうなり声は、まるで、せまりくるかいぶつのなき声であるかのように、この場所のすみずみにまで、おそろしげにひびき渡っていくのです。

 

 水かさをましたセイレン河のだくりゅうが、橋げたにあたって、ばしゃんばしゃんと大きな音を立てて、くだけちっていきました。らんかんのあいだを通りぬける風は、ひゅうひゅうと、すすり泣きのような音を立てていきます。ロビーにはそれらのものが、なにか、大きなひとつの生きものであるかのように感じられました。悪意を持った巨大なかいぶつが、セイレン河の水の中から、自分のことをつかまえにやってきているのではないか? そんなふうにさえ、ロビーには感じられたのです。

 

 ロビーは、セイレン河のだくりゅうの中を見ました。もちろん、そんなかいぶつがいるはずもありません。しかしロビーは、この場所に、なにかほかの、もっとべつの大きな危険があるような気がして、なりませんでした。

 

 ロビーはふいに、空を見上げました。雨のつぶが、たくさんのしずくの矢となって、自分の顔にふりかかってきます。空はまっ黒でした。なにも見えるはずがありませんでした。ですがロビーには、そこに、たしかに、おかしなところがあるように感じられたのです。さきほどガイラルロックたちと戦った丘でも感じた、やみが動いているかのような、いやな感じ……。それも、ひとつだけじゃなくて、いくつか。 

 

 前にいるライアンも、さきをゆくベルグエルムも、なにも感じてはいないようでした。ロビーはうしろをふりかえりました。フェリアルの騎馬がついてきていました。フェリアルにもなにも、おかしなところはありません。ロビーはなんだか、いてもたってもいられなくなってきました。暗く不安な気持ちは、ますます広がっていくばかりです。そしてとうとう、ロビーはたえきれなくなって、ライアンにその思いをうちあけました。

 

 「ライアンさん、なにかがくる。なにかがきます。空が、空が動いてる。やみが動いてる。ここにやってくる。おそろしいです。くらやみの中からぼくにむかって、ほのおのようにゆれる赤い光が、むかってくるような感じです。目には見えないけど、たしかに感じるんです。」

 

 ロビーはおそろしさのあまり、小さなライアンにしがみついてしまいました。ライアンはびっくりして、ロビーのいった空を見上げましたが、それらしいものはなにも見えませんでした。

 

 「どしたの? ロビー。なにも見えないよ? なにがくるの?」 

 

 ロビーはもう、空を見ることができませんでした。マントのフードを深くかぶって、ライアンにしがみついているのが、やっとだったのです。

 

 「わかりません。わかりません。早く、ここを渡ってしまいたい。とてもたえられない。」

 

 ベルグエルムもフェリアルも、ロビーのいへんに気がつきました。それでふたりとも、橋のまわりや河の上流下流にいたるまで、注意深く目をこらしましたが、なにもおかしなところを見つけることはできなかったのです。

 

 すくなくとも、目には。

 

 そのとき、いへんは耳に感じられました。それも、空の上の方から。 

 

 さいしょはなにか、鳥のはばたきのような音がきこえてきました。ですが、こんなざあざあぶりの雨の中を、しかも、こんな夜のやみの中を、飛びまわる鳥がいるでしょうか? もし「夜こうせい」の鳥かなにかがいたとしても、この雨風の中をかいくぐってきこえるほどのはばたきならば、そうとうの大きさがなければならないことになります。人間くらい、いや、この騎馬たちくらいの大きさがなければ……。

 

 「みんな、馬をとめるんだ!」

 

 さけんだのはベルグエルムでした。それと同時に、三頭の騎馬たちは前足立って大きくいななき、セイレン大橋のその石だたみの上に、歩みをとめたのです。そして……。

ふりしきる雨の中。四人の旅の者たちは、そのやみの中にそいつを見ました。そいつは大きくゆっくりとはばたいて、橋のまん中ほどに静かにおり立ちました。

 

 それは、これまでにだれも見たこともないような生きものでした。まっ黒なからだに、まっ黒な羽を持っております。その羽は鳥のようでもあり、こうもりのようでもありました。からだは馬のようでもあり、大きなとかげのようでもありました。長い首を持ち、そのさきについているぶかっこうな頭には、大きな赤い目と、もっと大きな口があって、その口には、おそろしいきばがたくさんならんで生えていました。

 

 それはまるで、悪夢そのものが、あらしの空からまいおりてきたかのようでした。しかも、その生きものは、いっぴきだけではなかったのです。一行のゆく手をふさぐようにおり立ったさいしょのかいぶつにつづいて、二ひき目のかいぶつが、こんどは、一行のはいごをふさぐようにおり立ってきました。そしてさらにもういっぴき。そいつが、さいしょのかいぶつのとなりにおり立ったのです。

 

 今や旅の者たちは、三びきのこの悪夢のようなかいぶつたちに、すっかり取りかこまれてしまいました! 橋の上では、まったく逃げ道はありません。どうしたって、戦って切りぬけるほかはなかったのです(相手が敵でないのであればべつですが、どう見てもそうは見えません)。

 

 四人はみな、あわてふためいて、かいぶつたちのことを見渡しました。ベルグエルムもフェリアルも、すでに腰の剣をぬき放っていました(剣のおれてしまったフェリアルは、「よび」としてしまってあったみじかい剣をぬきました)。ライアンも、よらばうたんと、しぜんの力をかりるそのわざを使うじゅんびをしております(どんなわざを使うのかは、まだわかりませんでしたが)。そしてロビーも、もういちどもとの勇気をふるい起こして、スネイルにもらったそのおくりものの剣に手をかけて、いつでもそれをぬけるようにと、身がまえました(剣で戦ったことなんて、いちどもありませんでしたけど)。

 

 かいぶつたちが、ゆっくりとすこしずつ、一行の方へ近づいてきます。そしてよく見れば、それは、そのかいぶつたちだけではありませんでした。まるで、馬にまたがる騎士たちのように、かいぶつたちの背中には、かいぶつたちと同じくらいにまっ黒なすがたをした、人間たちが乗っていたのです。それぞれのかいぶつたちの背中に、ひとりずつ。

 

 かれらは、まっ黒なよろいを着て、まっ黒なかぶとをかぶり、まっ黒なマントをはおっていました。ですから、旅の者たちはさいしょ、かれらがこのやみの中からあらわれた、悪霊かなにかなのではないか? とさえ思ったのです。それほどに、かれらのすがたはおそろしいものでした。ですが、たしかにかれらは、生身のからだを持った人間たちだったのです(かといって、かれらが悪霊よりおそろしくないとはいいきれませんでしたが)。

 

 かいぶつたちに乗ったこの黒の騎士たちは、旅の者たちのそばまでやってくると、そこでいっせいに、腰の剣をぬき放ちました(かれらが敵であるということはこれできまりでした)。そして、かれらのうちのひとりが、旅の者たちにむかって、大声でこうよばわったのです。

 

 「しょくん! ざんねんながら、しょくんらの旅もここでついえることとなろう。なぜなら、このセイレン大橋の上が、しょくんらのふみしめる、さいごの場所となるのだから。すくなくとも、生きてはな!」

 

 黒騎士はそこで、ぶきみな笑い声を上げました。

 

 「われら、ワットのディルバグ黒騎士隊が、じきじきに、しょくんらをほうむり去ってくれよう。あとはたっぷりと、あの世での旅をつづけるがいい。」

 

 まことに、一行の前に立ちふさがったこの黒の騎士たちは、かの悪名高き、ワット国の者たちであったのです! かれらは、かなしみの森から出てきた旅の者たちのことを、空の上から見つけると、そのあとをずっと、つけねらってきていました。そして、逃げ場のないこのセイレン大橋の上まで、一行がたどりつくのを見はからってから、ついに、そのすがたをあらわしたというわけだったのです(さきほどのガイラルロックたちとの戦いのときも、かれらは遠くから、高見のけんぶつをしていたのです。なんていやらしいれんちゅうなのでしょう!)。

 

 黒騎士のひとりが、ふたたび大声を張り上げていいました。

 

 「はい色ウルファどもが、こんな北の地でなにをしていた? こたえろ!」

 

 しかしもちろん、こんなといかけに、われらが仲間たちが応じるはずがありません。ベルグエルムは、その手ににぎったせいぎの剣を、その黒騎士につきつけていいました。

 

 「こたえるぎりはなし! われらはせいぎ。おまえたちは悪だ! 悪がさかえることなど、いつの世にもあり得ぬ! そうそうに立ち去るがいい!」 

 

 これをきいて、黒騎士たちはみんなそろって大笑いしました(ほんとうにいやなれんちゅうです)。

 

 「まあいい。おまえたちがなに者であろうと、知ったことではない。だれであろうと、われらが主君、アルファズレドへいかにはむかう者は、われらディルバグ黒騎士隊が、うち果たしてやるのみだ。ベーカーランドの負け犬どもめ! かくごするがいい!」

 

 その言葉が、戦いのあいずとなりました。黒騎士たちは、いっせいにふわっと空にまい上がると、ベルグエルムとフェリアルの騎馬たちにむかって、まっしぐらにむかってきたのです。かれらの乗るディルバグとよばれるかいぶつが、その大きな口をいっぱいにひらいて、ぎゃあぎゃあというきみの悪いさけび声を上げました。そのおそろしいことといったら! どんなにきものすわった者であったとしても、腰をぬかしてしまいそうなくらいです。ですが、ここにいるのは、ただの者たちではありません。ベーカーランドの白の騎兵師団の長をつとめる、ベルグエルム・メルサル。そして、そのもっともしんらいのおける友、フェリアル・ムーブランドの、両名なのですから。

 

 「われら、アルマーク王あずかり、白の騎兵師団! 祖国レドンホールの名にかけて、悪しきやみをうちはらわん! メルサルの力、思い知るがよい!」

 

 ベルグエルムが大声でさけびました。そして、むかってくるかいぶつのしゅうげきをひらりとかわし、つづく黒騎士の剣を、その自身の剣で受けとめたのです。あらしの夜に、はげしいきんぞく音がひびき渡りました。そしてはんたいがわでは、同じくフェリアルが、みじかい剣ではありながらも、じつにみごとな戦いぶりをくり広げていたのです。

 

 「いやしきワットのしんりゃく者どもめ! おまえたちのよこしまなる剣などに、ムーブランドの血はけがされぬ!」

 

 フェリアルもなんどとなく、せまりくるかいぶつの前足をかわし、するどいきばをかわし、悪意にみちた黒騎士の剣をふりはらいました。

 

 まことに、この両名の勇士たちの戦いぶりは、すさまじいほどのものでした。そのあまりのいきおいには、さすがの黒騎士たちもおじけづき、ひるみを見せたのです。かれらの乗るディルバグというかいぶつたちも、なんどとなく切りつけられましたが、このかいぶつはひじょうに生命力が高く、あまりこたえてはいないようでした。そしてじっさい、いちばんやっかいなのは、このディルバグたちだったのです。

 

 剣と剣の戦いだけであるのなら、ベルグエルムとフェリアルのうでまえには、ワットの黒騎士たちも、とうていかなわないことでしょう。それほどに、このふたりの勇士たちは、剣のたつじんたちであったのです。ですが、かれらが黒騎士たちにうちかかろうとする、そのすんでのところで。このディルバグというかいぶつがじゃまをして、ちゅう高くまい逃げてしまいました。そして黒騎士たちも、まっこうからの勝負に出てはかなわないと知ると、これまたずるがしこく、きょりを取りつつ、相手をつかれさせるという作戦に出たのです。

 

 これには、さすがのベルグエルムとフェリアルの両名も、くるしめられました。敵は空から、なんどとなく、すきをうかがってうちかかってきます。これに対するには頭上を見上げながら戦わねばならず、さらにはふりしきる雨が、そのしかいをさえぎってじゃまをしました。

 

 「このワットのひきょう者どもめ! せいせいどうどうとかかってくるがよい!」

 

 たえかねて、フェリアルがさけびました。しかし、黒騎士たちは大声であざ笑うばかりです。

 

 「これは心外。みずからの持つゆうりなじょうけんを、さいだいげんにいかして戦うことこそ、いくさのならわしではないのかね? われらに急ぐりゆうはない。おまえたちをほうむり去れれば、それでいいのだからな。」

 

 かれらは、手出しのできない者たちをじわじわ痛めつけるのが、大好きでした。なんてひれつな! しかし今は、まさに、れんちゅうの思うつぼだったのです。手出しもできず、逃げられもせず。旅の者たちはまるで、かごにとじこめられて出られない、小鳥のようでした。

 

 そのとき! ライアンがこんしんの力をこめて、しぜんの力のエネルギーを黒騎士たちにむかってぶつけました! そのエネルギーは、ぐいんぐいんとうずをまいてのぼっていって……、ぼしゅーん! 黒騎士たちの乗るディルバグのかいぶつのからだにあたって、くだけちります! ですが……。

 

 ディルバグはまったくこたえていません。からだがすこしよろけたばかりで、ほとんどききめがなかったようでした(黒騎士は「ふん!」と鼻をならして相手にしません)。

 

 ですがそれは、ライアンが弱いからというわけではありませんでした。ライアンのわざは、あやつろうとしているしぜんの力が、その場所の力の大部分をしめている場合に、そのいちばんの力をはっきするというものだったのです。さらにいえば、あやつろうとする力ではない、べつのしぜんの力が、その場所の力の大部分をしめている場合、あやつった力はその大部分のほかのエネルギーに消されてしまって、ものすごく弱い力になってしまうというものでした(ちょっと、ややこしいんですけど……)。

 

 そして、この場所にあるあっとう的なまでに「大部分」の力。それは雨、つまり、水の力だったのです。

 

 ライアンは、バリアーを張るなどの水の力による「ぼうぎょの力」なら使うことができましたが、それをこうげきのためにあやつるということはできませんでした(いくらライアンでも、なんでもできるスーパーマンというわけではありませんでしたから)。風ならば、あやつってこうげきに使うことができましたが、さきほど説明いたしました通り、これほどたくさんの雨がふっているところでは、いくら風の力が強かったとしても、あっというまに大部分の雨の力にその力がかき消されてしまって、その半分もいりょくが出せなかったのです。

 

 ですから、ライアンの放った風のうずのこうげきは、ディルバグのからだにとどく前に、すっかり弱まってしまって、かいぶつにダメージを与えることができませんでした(はじめから半分以下の力でしたが、ディルバグのもとへととどくまでに、その力はさらに弱いものとなってしまいました。なんと、もとの力の百ぶんの一くらいにまで弱まってしまっていたのです! ライアンははじめから、そのことをよくわかっていました。ですけど、なにもしないよりはましだと思って、だめもとで、この力を使ったのです。ライアンのくやしさは大きかったことでしょう)。

 

 フェリアルは、剣をぎりぎりとにぎりしめてくやしがりました。ベルグエルムも歯をくいしばって、頭上の敵たちをにらみつけることしかできませんでした。

 

 そして、そんなかれらに見切りをつけたかのように、黒騎士たちは、こんどは、ライアンとロビーの騎馬の方にねらいをつけてきたのです。

 

 黒騎士のひとりが、ライアンとロビーの方に近よってきました。その黒騎士は、この三人の黒騎士たちの中でも、いちばんいかめしいよろいを着ていて、いちばんおそろしげなかぶとをかぶっていました。その手には、黒いやいばを赤でふち取った、なんともおそろしげな見た目の剣をにぎっております。どうやらこの男が、この黒騎士たちの隊長であるかのようでした。そしてその男が、ライアンとロビーの頭上から、ふたりにいったのです。

 

 「おかしなお客がいるとは思っていたが。なぜ黒ウルファが、こんなところにいる? 黒のウルファはひとり残らず、わが軍のしはいを受けているはずだぞ。もちろん、おまえたちのあるじ、ムンドベルクもな。同めいなどといえばきこえはいいが、しょせん、かれらはすべて、ワットのしもべにすぎん。ムンドベルクなど、アルファズレドへいかのあやつり人形もどうぜんの、あわれな男よ。」

 

 これをきいて、われらが仲間たちはげきどしました。

 

 「へいかをぶじょくする者はゆるさぬ! われらはかならずや、へいかを悪のじゅばくからとき放つ! そうなれば、きさまたちなど、われらせいぎの敵ではないぞ!」

 

 ベルグエルムがさけびましたが、黒騎士の隊長はひるむそぶりも見せず、ますますいきおいづいて、旅の者たちにあくたいをつくばかりだったのです。

 

 「せいぜいほえることだ。おまえたちがいくらあがこうとも、もうどうすることもできまい。おまえたちのむかうべき道はただひとつ。ほろびの道のみよ!」

 

 そういうと、黒騎士はライアンの騎馬にむかってつき進んできました!

 

 「ベーカーランドにかたんするとはふとどきなやつめ! まずはおまえから、ほうむり去ってくれよう!」

 

 黒騎士は、黒のウルファであるロビーのことをねらってきたのです! ロビーに、けつだんのときがやってきました。ベルグエルムもフェリアルも、助けにくるのにはまにあわないきょりにおりました(ほかのふたりの黒騎士たちが、助けにいかせまいと、ずるがしこくそのじゃまをしてきたからでした)。ライアンも、このじょうきょうでは、そのほんらいの力をはっきできないままです(この雨さえふっていなければ!)。

 

 しかし、いつまでもかれらにたよりっぱなしでいるわけにはいきません。このままでは、前にいるライアンまでをも、まきぞえにしてしまうのです。

 

 

 ライアンもメルも、これ以上きずつけさせるわけにはいかない!

 

 ぼくが、守らなくては!

 

 

 ロビーはけつだんしました。そして白馬の上から、セイレン大橋のそのかがやく石だたみの上へと飛びおりると、ロビーは、せまりくる黒騎士にむかって走ったのです。

 

 「ぼくはここだ! おまえなんかに負けるもんか!」

 

 そして、黒騎士とかいぶつがせまりくる、まさにそのとき。ロビーは、腰におびたその剣をぬき放ちました。

 

 すると、どうしたことでしょう! 剣からなんともまばゆい光が飛び出して、いっしゅんのうちに、あたりいちめんを青白くてらし上げてしまったではありませんか! 

 

 黒い空も、橋も、河の流れも。木々も、岩も、はるかむこうのやみまでも。すべての色が、青と白のかがやきにつつみこまれていってしまいました。そのまん中。ロビーのいる場所などは、もう、目をむけることもできないくらいのまぶしさです。そこにいるぜんいんが、なにが起こっているのか? 見きわめようと努力しましたが、すべてはあっというまのできごとで、正しくりかいのできた者はだれもいませんでした。

 

 ロビーが剣をさやからぬいた、そのしゅんかん。あふれる光とともに、もうひとつのものが、その剣のさきから飛び出したのです。それは、えものにむかっておそいかかる、もうじゅうのごとくのいきおいで飛び出した、青白い光のいかずちでした。そしてそれは、まさしくでんこうせっかのはやさで、せまりくるディルバグのかいぶつのからだを、まっすぐにつらぬいたのです。

 

 ディルバグは、あっというまに、青白いほのおにつつまれたかたまりとなって、セイレン河へむかって落ちていきました。そして、その背に乗っていた黒騎士の隊長も、全身を青白いほのおにやかれ、さいごのひめいをわめきながら、まっさかさまに、セイレン河のそのだくりゅうの中へと落ちこんでいったのです。

 

 これを見て、残ったふたりの黒騎士たちは、大こんらんとなりました。なにが起こったのか? それすらもわからないまま、あわてふためいて、ほうがくもさだめることもできず、ほうぼうのやみの中へと、いのちからがら逃げ出していったのです。

 

 

 夜のあらしはいぜんとして、はげしくつづいていました。空にいなずまが走るたびに、逃げてゆくディルバグのすがたがやみの中に浮かび上がりましたが、やがてそれも、見えなくなっていきました。

 

 ロビーはわけもわからないまま、ただぼうぜんと、ふりしきる雨の中に立ちつくしていました。あたりはすっかり、もとのようすにもどっております。ロビーの手には、剣がにぎられたままでした。そのやいばは、まだかすかに、青白い光をやどしていました。

 

 ベルグエルムとフェリアルが、ロビーのもとにかけよってきます。ライアンもやってきて、三人は急いで馬の上からおり立つと、ロビーのそばにかけよりました。

 

 「ロビーどの! ごぶじか!」ベルグエルムがまっさきに声をかけました。しかしロビーは、なにがなんだか? わからないといったふうにその場に立ちつくしているだけで、仲間たちがやってきたことにすら、まったく気がついていないようすだったのです。

 

 「ロビーどの!」

 

 ふたたびよばわるベルグエルムの声。ロビーはそこでようやく、はっとわれにかえり、仲間たちの方にむきなおりましたが、その顔はおそろしさでいっぱいになっていて、からだはがたがたとふるえていました。

 

 ロビーはふりしぼるように、おそるおそる口をひらきました。

 

 「なにが……、なにが起きたのか? わかりません……。ぼくは、あの黒騎士とさしちがえるくらいのかくごで、この剣をぬきました。みんなを守れるのなら、たとえいちげきでも、むくいてやろうと思った。だけど、まさか、こんなことになるなんて……」

 

 ロビーは、自分の手ににぎられている剣のことを見つめました。剣の光は、もうほとんど消えかかっていました。

 

 「この剣は、いったいどんなものなんでしょうか? こんなものは、とてもぼくにはあつかえない。どこかへやってしまいたい。」

 

 ロビーはそういうと、ふるえる手で、剣をゆっくりとしんちょうに、もとのさやの中へとおさめました。しかし、剣をもどしてしまっても、ロビーの気持ちまではもとにはもどりません。自分がひき起こしたことが、まだ信じられないといったようすでした。

 

 そんなロビーに、ベルグエルムがいいました。

 

 「その剣にどんな力がひめられているのか? それはわたしにもわかりませんが、これだけはいえます。その剣は、あなたを助けるためにたくされたものだということです。それは、あなたが持っていなくては。げんにこうして、その剣は、われらのことを助けてくれたではありませんか。その剣をおくってくれたスネイルどののことをお考えください。どうしてその剣が、じゃあくなものでありましょう。」

 

 ロビーはスネイルのことを思い出しました。やさしくて、どこまでも人のいい、えんげい好きの、あのスネイル・ミンドマンです。この剣は、そのかれが、なん年もたいせつに守ってくれていたものでした。それが、自分や仲間たちに害を与えるようなものであるとは、ロビーにはやっぱり思えませんでした。この剣は、ぼくたちのことを守ってくれるものなんだ。ロビーはここで、あらためてそう思ったのです。

 

 「ありがとうベルグエルムさん。あなたのいう通りです。」ロビーはそういって、ぺこりと頭を下げました。しかしそうはいっても、ロビーの気持ちは、まだかんぜんには晴れたわけではなかったのです。こんなできごとのあとですもの、いきなりげんきを出せといっても、むりな話というものでした。

 

 そんなロビーのことを、仲間たちはせいいっぱいの気持ちで、はげましてくれたのです。

 

 「ロビーどの。ロビーどのの勇気、このフェリアル、しかと見とどけさせていただきました。まこと、あなたのゆうかんさは、われら白の騎兵師団にも、まったくおとるものではありません。」フェリアルはそういって、ウルファのあつき敬礼をロビーにおくりました。

 

 「あんなすごいわざを持ってるなんて、ずるいよ! ぼくの出番まで取っちゃうなんて。ぼくにもあとで、やり方教えてよね。」ライアンがそういって、ロビーのわきばらをつっつきました(これはライアンが、だれかをげんきづけようとするときによくやることでした。ライアンは、むじゃきな子どものようにふるまいますが、おちこんでいる仲間に対しては、いつにもまして、心をくばってくれるのです。もっとも、わきばらをつっつかれるのは、あまりかんげいできませんでしたが……)。

 

 「隊長、かれらのことが気がかりです。」フェリアルが、こんどはベルグエルムの方にむきなおっていいました。「われらの旅のもくてきに、かれらは気づいていたのでしょうか?」 

 

 もっかのところ、敵、つまりワットの黒の軍勢の者たちに、自分たちの旅のもくてきと、いい伝えのきゅうせいしゅたるロビーのそんざいが知られてしまうことは、もっともさけなければならないことでした。フェリアルは、そのことを心配していたのです。

 

 ベルグエルムはしばらく、黒騎士たちが去っていったかなたの空の方をながめながら考えこんでいましたが、やがてゆっくりと口をひらきました。

 

 「いや、かれらのようすを見たかぎり、それはないだろう。かれらはたんなる、ワットのていさつ隊にすぎない。今やこのアークランドには、いたるところにかれらのようなていさつ隊がいて、人々の動きをさぐっているのだ。もっとも、こんな北のはずれの地にまで、かれらがいるとは思っていなかったが。

 

 「しかし……」ベルグエルムは、そこでいったん言葉を切って、ロビーの方を見つめました(ライアンがまだしつこく、ロビーのわきばらをつっついておりましたが)。

 

 「逃げていったあのふたり。かれらを逃がしたのは、われらにとって大きな痛手となってしまった。ロビーどののことが、敵に知られてしまったのだ。ずるがしこいかれらのことだ、黒のウルファがこの地にいたことを、あやしむことだろう。もしかしたら、レドンホールの古きいい伝えにまで、たどりつくかもしれない。そうなれば、けっかとしては同じことになる。もし、ロビーどのがいい伝えのきゅうせいしゅであると、知られてしまったのなら、敵はひっしになって、われらのことをさがしにかかることだろう。そうなれば、われらはますます、ぐずぐずしてはいられなくなる。もっとも、そこまで考えるのは、いささか、考えすぎであるのかもしれないが。そうだと願うばかりだ。」

 

 北の地にいた、黒のウルファであるロビー。そのロビーのことが、レドンホールに伝わる古きいい伝えのきゅうせいしゅであるのだと、敵に知られてしまったのではないか? これが、こんなひじょうじたいのときでなかったとしたら、ベルグエルムのその心配も、ただの考えすぎであるといえるのですが、いかんせん、相手はあの、ずるがしこくてひきょうなワットの者たちなのです。とくに、「そうだいしょう」であるアルファズレドのおそろしさといったら、なみたいていのものではありません。そしてもちろん、その影にひそむ、魔法使いのそんざいも。ですから、ベルグエルムが心配しすぎるのも、むりもないことでした(それに、いい伝えのことはぬきにしても、自分たちにはむかったふとどき者たちのことを、かれらがこのまま、放っておくはずもありません)。南の地をめざす旅の者たちにとって、ここでワットの者たちに出会ってしまったことは、それほどまでに、やっかいなことだったのです。

 

 ベルグエルムは話しを終えると、ロビーの方をもういちど見やりました。ロビーはじっと、雨の中に立ちつくしているままでした(そして、つっつかれているままでした)。

 

 「ロビーどの、だいじょうぶですか?」ベルグエルムが心配になって、もういちど声をかけました。ロビーはうつむいたまま、腰の剣のことをにぎりしめております。剣はまったく、重さも長さも、なにひとつ変わってはいませんでした。そしてロビーは、ベルグエルムにというよりも、まるで自分自身にいっているかのように、静かに口をひらいたのです。

 

 「この剣は、これからはけっして、あんいにもちいることはしません。みんなを助けるために、ほんとうに必要になったときにだけ、ぼくはこの剣を使うようにします。この剣は、ぼくのことを助けてくれる。でも、けっして、かるがるしくあつかってはいけないものなんだ。」

 

 

 ひとだんらくがついてみると、旅の者たちは急に、げんじつの中にひきもどされてしまいました。あたりはいぜんとして、ざあざあぶりの雨。いなずまのなりひびく夜のあらしの、そのただ中であることに、変わりはありませんでしたから。

 

 そのうえ、メルをふくめる三頭の騎馬たちは、さきほどの戦いのショックで、とてもおちつきを取りもどせるようなじょうたいではなくなってしまっていました(とくにメルは、とりわけこうふんしてしまっていて、ライアンがいくらなだめてもおとなしくなりませんでした)。さきを急ぐ旅であるということは、みんなじゅうぶんにしょうちしていました。しかし、安全をあまりにおろそかにしてしまっては、旅をつづけるどころの話ではありません。そのことをよくわかっていたのは、旅のけいけんほうふな騎士、ベルグエルムと、このあたりの土地のことにくわしい、シープロンドの王子、ライアンでした。

 

 「ねえ、このあらしでは、このさきの道はとても危険だよ。このさきはがけの道だし、あらしがすぎるまで、どこかで雨やどりをしていった方がいいと思う。」ライアンがベルグエルムにいいました。 

 

 ベルグエルムは橋のむこうぎしをながめながら、しばらく考えこんでいましたが、やがて、みんなのことを見渡していいました。

 

 「ライアンのいう通りだ。やむを得ないが、今は進むべきときではないだろう。」

そしてベルグエルムは、それからまた、あたりのようすをうかがっていましたが、やがて考えがまとまったようで、みんなにつぎのようなていあんをしたのです。

 

 「この橋の下には、広いかせんじきがある。そこへ身をかくして、休むのがいいだろう。あらしからも身を守れるし、空からでも見つかることもない。さっきの黒騎士たちなら、だいじょうぶ。しばらくは、もどってくることもないだろうから。どっちにせよ、今日はもう、さきに進むのはやめておいた方がいい。この雨でぬかるんだがけの道を夜にいくのは、危険が大きすぎる。橋の下で朝を待ち、日の出とともに、シープロンドへとむかうべきだろう。」

 

 そしてみんなは、ベルグエルムのこのていあんにさんせいしました(このさい、このひどいにおいはがまんするしかありませんでした)。それから、三頭の騎馬たちと四人の旅の者たちは、セイレン大橋のむこうぎしへと渡り、そこから、橋の下のその広いかせんじきの中へと、ひそかにおり立ってゆくこととなったのです。

 

 空がぴかぴか光って、いなずまが大きな音とともに、どこかに落ちたときのことでした。

 

 

 

 




第4章「あらしの夜の出会い」に続きます。



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4、あらしの夜の出会い

 その夜、アークランドの北の地は、はげしい雷雨に見まわれていました。もう夜のやみも、すっかりこくなってしまったころのことです。さいしょしとしととふり出した雨が、しだいにそのいきおいをまして、そのころにはもう、いなずまをともなったざあざあぶりの雨へと、変わってしまっていました。それはまさしく、あらしでした。そのときのあらしのことをおぼえている数すくない住人たちのうちのなん人かに、わたしはいぜん、話をきくことができましたが、かれらはみな、いちように口をそろえて、同じようなことをいったものです。

 

 「あんなあらしは見たことなかったね。おれはもう、なん十年とこの土地に住んでいるけど、あんなのははじめてだよ。どしゃぶりの雨に、おそろしいかみなり。あのきせつにあんなあらしもめずらしいんだが、それだけじゃあない。あれは、ただのあらしじゃあなかった。うまく口では説明できないんだが、おれはこう思ったんだ。あれはだれかが、よからぬもくてきのためにひき起こした、よくないあらしなんだって。」かれはそこで、ぶるっとからだをふるわせるしぐさをしてみせました。

 

 「そして、おれは見たんだ。そのあらしのただ中を、おそろしいばけものが飛びまわっていたのを。つばさを持った、ばかでかいやつらだ。なんびきいたのかまではわからなかったけど、いなずまの光が空をてらすたび、そいつらのすがたがやみにうつった。もう、おそろしいったらなかったよ。そいつらは、しだいに空のかなたのやみの中へと消えていったんだが、ことはそれで、おしまいじゃあなかった。

 

 「光だ。あらしの夜のまっくらな空を、ふかしぎな光がつつみこんだんだ。いなずまの光じゃあない。もっとしんぴ的で、ふしぎな光だ。青白くて、力にあふれてて……。それから、おそろしいかいぶつのさけび声。どこからひびいてくるとも知れない、おそろしいさけび声だった。たぶん、ほうこうからいって、セイレン河のあたりだったんじゃあないかな? それとももっと、さきの方だったかもしれない。今となっては、もうはっきりしないね。」

 

 そこまで話すと、かれはわたしにほほ笑みかけて、さいごにこういったものです。

 

「もっとも、そんなことはおれにはかんけいないし、知りたいとも思わないけどね。悪いれんちゅうは、みんなどこかへいっちまったんだから。今は、なにごともないおだやかなこの暮らしに、とてもまんぞくしているよ。」

 

 かれはそういって、口にくわえたパイプを大きくふかすと、わたしにお茶のおかわりをそそいでくれました。

 

 

 旅の者たちは、そのあらしのただ中にいました。そして今、一行は、セイレン河にゆいいつかかる石の橋であります、セイレン大橋のたもとへと、ひそかにおりていくところだったのです。そんなかれらを背中から見送るものは、おっかないいなびかりと、それにつづくいなずまの音ばかりでした(どちらもまるで、かんげいできない相手ですけど)。

 

 橋の下につづく小道は雨がどんどん流れこんで、まるで川のようでした。しかも、道はばはせまく、急で、馬をつれている一行にとって、おりるのはひとくろうだったのです。そのうえようやくおり立ってみますと、橋の下ではセイレン河のそのひどいにおいが、輪をかいてひどく感じられました(これにはみんなうんざりしてしまって、けっきょくライアンが、みんなの鼻と馬たちの鼻に、空気でこしらえたまくをかぶせてくれました。全身をおおうバリアーとちがって、このくらいだったら、つかれているライアンにも新たに作り出すことができたのです。すでに、メルの首とベルグエルムの肩にも、このまくを作っておりましたので、ライアンのふたんはけっこう大きかったんですけど。でも、こんなひどいにおいのところにそのままずっといるのは、もっとふたんが大きかったですから)。

 

 旅の者たちは、ぜんいんすでに、へとへとにつかれきっていました。それもそのはずです。とちゅうの岩場で、ガイラルロックたちとのたいへんな戦いを、やっとのことでくぐりぬけてきたばかりだというのに、そこへ加えて、おそろしいかいぶつたちに乗ったワットの黒騎士たちの、しゅうげきを受けたのですから。こんなことは、めったに起こり得ることではありません。いくらかれらが、つわものぞろいの勇士たちであったとしても、こんかいばかりはみんな、へとへとにつかれきってしまったのも、むりもないことだったのです(とくにロビーは、はじめての旅に出たばかりで、こんな目にあったのです。みなさんが同じ目にあったとしたら、やっぱりロビーと同じく、へとへとな気持ちになってしまうと思いますよ)。もう旅の者たちはみんな、すぐにでもあたたかいもうふにくるまって、眠りたい気分でした。

 

 橋の下にはベルグエルムのいう通り、一行が休むのにじゅうぶんなだけの広さがありました。そこで四人はまず、たおれている石のはしらを見つけますと、それぞれの騎馬たちをそこにロープでつないで、急ぎ、野宿のじゅんびに取りかかったのです。大きな石のはしらが、うまいぐあいに、このあらしの風をかなり防いでくれました(けがをしているメルは、いちばん風のあたらないいちばんいい場所につながれておりますので、安心してください。ライアンがにんじんをいっぽん、自分のかばんから取り出して、メルにあげました。ほかの騎馬たちにもいっぽんずつ)。しかし、それでもなお、橋のあいだを吹きぬけていく風は、おそろしいうなり声を上げて、みんなの心をいたずらにおびやかしていくばかりだったのです。

 

 そしてみんなが、たき火のじゅんびをし、ぬれた服をしぼり、にもつのかくにんやら、耳やしっぽの手いれやらに、いそしんでいたときのこと。ロビーがふいに、なにかを見つけたのでした。それは、橋げたの影になって、こちらがわからでは、さいしょは見えませんでした。ですが、あるものがそこに生まれたおかげで、はじめてみんなは、そのそんざいに気づくことができたのです。

 

 それは小さなあかりでした。ランプのあかりのようなのです。橋げたのその影によりそうようにして、いっけんの小さな木の小屋がたっていました。それは風でがたがたとゆれ、今にもくずれてしまいそうなくらいにぼろぼろの小屋でしたが、今の旅の者たちにとっては、願ってもないほどにありがたい、かいてきそうな寝床に見えました(おなかがすきすぎているところに、チョコレートのはこを見つけたときみたいに)。そしてたしかに、その小屋の中から、あかりの光がもれていたのです。

 

 かいぎをひらくまでもありませんでした。みんなはもう、「まんじょういっち」で、その小屋をたずねることにさんせいしたのです。もしかしたら、とってもこわーい人が中にいるのかもしれないという心配はありましたが、そんなことにかまっているよゆうもありません。それに、相手がどんな者であったとしたって、あんなにおそろしいワットの黒騎士たちよりかは、ましなはずです(たとえ、もっとこわいのがいたとしても、みんなはそこへいったでしょう。かれらの頭はもう、あたたかい寝床のことでいっぱいでしたから)。みんなはつかれ果てておりましたが、それでも用心だけは忘れないようにして、その小屋にゆっくりと近づいていきました。

 

 小屋の前までやってきますと、かれらは入り口のとびらのわきに、木の板をぶっきらぼうに張りつけただけのひょうさつがかかっているのを、見つけました。どうやらここは、だれかの家のようです。そしてそのひょうさつには、ナイフでらんぼうにけずってきざんだ文字で、こう書いてありました。

 

 

「ただのカピバラの家」

 

 

 みなさんは、カピバラという動物をごぞんじでしょうか? 河のほとりのひらけた草原などにむれをなして住んでいる、草食動物のことです。ぼーっとした顔をしていて、どこを見ているのか? わからないような切れ長の目を持っていて、とてもおよぎがじょうずですが、水の中で暮らしているわけではありません。そんな動物です。そしてもちろん、このおとぎのくにアークランド世界のカピバラ種族の者たちは、みなさんの知っているカピバラたちとは、ちがっていました(見た目はだいぶ、にているところが多いのですが)。

 

 アークランド世界のカピバラたちは、手さきがとってもきようなことで、知られていたのです。こまかいさいくものや、そうしょく品などを作るぎじゅつは、このアークランド世界の中でもぴかいちといわれるほどのものでした。それだけでもすごいのですが、じつはかれらは、それよりももっとすごいわざを持っていたのです。それは、家やたてものをつくる、けんちくのぎじゅつでした。じっさい、このアークランドにたっているたてもののほとんどすべてに、かれらのぎじゅつが使われているほどだったのです。

 

 ですが、そんなにすごいわざを持っているかれら自身のことは、あんまり、いえ、じつはほとんど、知られていませんでした。それはなぜか? といいますと、かれらはあんまり、よその種族の者たちとつきあうのが、好きではなかったからなのです。かれらは仲間をとってもだいじにするのですが(なにしろ、よその家の赤ちゃんであっても、わけへだてなく子育てしてしまうくらいなのです。それほど、仲間いしきが強いのでした)、そとからはいってくる人やものを、好ましく思いませんでした。ですから、アークランドの住人たちはみな、カピバラ種族の者たちのことは、名まえだけはよく知っているものの、どこでどんなせいかつを送っているのか? じっさいには、ほとんど知らなかったのです(そのため、カピバラというのは、とってもがんこで、へんくつのわからずやで、近づこうとすれば石を投げつけてくるなんていう、あらぬうわささえ流れているくらいだったのです)。

 

 さて、旅の者たちが目にしたそのひょうさつには、そんなさまざまなことを思い起こさせる、カピバラという文字がきざまれていました。どうやら、そのカピバラ種族の者たちのうちのだれかが、この小屋には住んでいるようなのです。

 

 旅の者たちは、ここでいったん集まって、話しあいました。ただ今わたしがみなさんに説明いたしました、カピバラ種族の者たちのことを、かれらはいったい、どのくらいまで知っているのでしょうか? かれらの言葉に耳をかたむけてみましょう。

 

 「カピバルたちのことについては、わたしも耳にしたことがある。」ベルグエルムがいいました。カピバルというのは、カピバラ種族の者たちのことをあらわすよび名です。ロビーたちおおかみ種族の者たちのことをウルファ、ライアンたちひつじの種族の者たちのことをシープロンとよぶように。

 

 「かれらは、たてものをつくるぎじゅつにひじょうにたけているときく。じっさい、いくつかのくにでは、かれらの手によって城がきずかれたともきいている。それがほんとうなのかどうかはわからないが。しかし、かれら自身のことについては、うわさできく以上のことはわたしも知らない。かれらが、はるか遠い東のくにからこのアークランドにうつり住んできたとか、ほかの種族の者たちのことを毛ぎらいしているとかいううわさもあるが、それもどこまで、ほんとうのことなのかどうか。」

 

 どうやら、旅の仲間たちの中でもとくにもの知りである、ベルグエルムをもってしても、カピバルたちのことについてわかるのはこのくらいのようでした。では、ほかの仲間たちはどうでしょう?

 

 「カピバルたちのことについては、わたしもほとんど知りません。たてものをつくるぎじゅつにすぐれているそうですが、はたしてほんとうにそうなのでしょうか……?」これはフェリアルでした。フェリアルはそういって、目の前の小屋のことを見たのです。なるほど、こんなにもみすぼらしいぼろぼろの小屋を見れば、「たてものをつくるぎじゅつがすぐれている」というひょうかを、うたがいたくもなるはずです。

 

 フェリアルがつづけます。

 

 「でも今は、かれらのぎじゅつがどうだとか、カピバルというのがどんな者たちであるのかなどということよりも、この小屋に住んでいる者にかぎっての話をするべきです。つまり、この小屋に住んでいるだろうカピバラ種族の者が、われらに寝床をていきょうしてくれるものかどうか? そっちの方が問題です。」

 

 これはまったく、げんざいの一行のじょうきょうについて、じつにまとをいた言葉でした。ですから、仲間のひとりであり、かれのいちばんの友人でもあるベルグエルムも、フェリアルの肩に手をおいて、こういうばかりだったのです。

 

 「まったくきみのいう通りだ。わたしも早く、だんろの火にあたりたくてしかたがないよ。」

 

 あれこれ話しあってみてもむだなことでした。もうこのさい、かんげいをきたいするのはやめにしなければなりません。中にいるのがどんな者であれ、すなおにお願いして、とめてもらわないと。それでみんなは心をきめて、小屋のとびらをノックすることにしたのです。それは、さいごにロビーのいった言葉に、だいぶ勇気づけられてのことでもありました。

 

 「ぼくは、このカピバラの人はいい人だと思う。カピバラ種族の人たちのことはぜんぜん知らないけれど、すくなくとも、この小屋に住んでいる人はいい人です。ぼくは、ずっとひとりですごしてきたから、気持ちがよくわかるんです。こんなさびしい場所に住んでいるのも、なにかのじじょうがあってのことだと思う。それに、このひょうさつにはこう書いてあります。ただのカピバラって。ただのだなんてひょうさつに書くくらいなんだから、悪い人だとは思えません。とてもけんきょで、さみしい気持ちがあるからこそ、こう書いたんだと思います。だれか、気持ちをわかってくれる人がたずねてきてくれるのを、待っているのかもしれません。」

 

 とびらをノックするのはだれがいいか? 顔を見あわせたけっか、ライアンがいいだろうということになりました。それはつまり、中にいるだろうカピバラ種族の者の身長にあわせてのことだったのです。とびらをあけて、いきなり目の前に大きなおおかみ種族の者が立っていたら、相手もびっくりして、たいどを強めてしまうかもしれませんでしたから(カピバラの種族カピバルの身長は、みんなせいぜい、四フィートというところでした。そしてライアンたちシープロンの身長は、だいたいみんな、五フィートもないというところだったのです。とくにライアンは、まだ少年でしたので、それよりもっと小さいのでした。ですから、とびらをノックするのには、相手をこわがらせてしまうおそれのすくないライアンが、まさにうってつけだったというわけなのです。

 ちなみに、ロビーたちウルファの身長は、へいきんでも六フィートほどもありました。ロビーはまだ、それほど大きくはありませんでしたが、それでもライアンにくらべたら、大人と子どもほどもちがいがあったのです。ライアンは、小さいといわれて、「そんなに小さくないよ!」とすこしむくれておりましたが。けっこう気にしていたみたいですね)。

 

 そうして、ライアンは静かに、それでいてはっきりと、とびらを二回ノックしました。

 

 

  とん! とん!

 

 

 みんなはしばらく、そのまま待っていたのですが、家の中からはなんの反応もありません。雨つぶのまじった強い風が、みんなの顔に吹きつけてきます。ランプのあかりはあいかわらず、ちらちらとまどのむこうでゆれていました(まどはまっ黒けによごれていて、中のようすはぜんぜん見えませんでした)。

 

 ライアンはもういちどとびらをノックして、こんどは声をかけてみることにしました。

 

 「あのーう、すいません。ごめんください。どなたかいませんかー?」

 

 ですが、まだへんじがありません。それでライアンは、こんどはもっと大きな声で、さけんでみることにしました(この場所なら、ごきんじょめいわくになることもありませんからね)。

 

 「あのーう! すいませーん! だれかいませんかー!」

 

 すると……。

 

 小屋のおくの方で、なにか、がちゃがちゃという物音がきこえはじめたかと思うと、それは、しだいにすごく大きな音となって、入り口のとびらのそのすぐむこうにまで、せまってきたのです!

 

 

  がらん! がらん! がちゃん! がちゃん!

 

 

 それは、このあらしのいなずまの音にも負けないくらいの、そうぞうしい「きんぞく音」でした。仲間たちはとっさに、腰の剣に手をかけて身がまえたほどです。ぼろぼろの木の小屋から、こんなに大きなきんぞく音がきこえてくるなんて、いったいだれがよそうできたことでしょうか? 

 

 そして、一行がおどろいているそのあいだに、ついに、小屋の中の住人からへんじがかえってきました。へんじがかえってきたというよりも、とびらの方がいきおいよく、ばーん! とひらかれましたが(ライアンはびっくりして、そのまましりもちをついてしまいそうになりました。うしろにいたフェリアルがとっさにかかえたので、ころばずにすんだのです)。

 

 小屋の中に立っていたのは、全身ぼろぼろの衣服に身をつつんだ、ひとりのカピバラ種族の者でした(ぼろぼろのみどり色のチョッキを着ていて、同じくはい色のズボンをはいていました)。せいべつは男せいです。顔はぼうぼうのはい色のひげにおおわれていて、そのひげは、顔の半分くらいをおおいかくしてしまっているほどでした。そのうえ、そのもじゃもじゃのまゆ毛のせいで、目もほとんど、かくれてしまっていたのです(カピバラ種族の者たちは切れ長の目がとくちょうでしたので、もとからあんまり、その目をはっきりと見ることはできませんでしたが……)。

 

 そして、これはいったいなんなのでしょう? そのカピバラ種族の者とおんなじくらいにいんしょう的な、あるものが、入り口のとびらのわきに立っていました。

 

 それは、このうす暗い小屋の中でもぴかぴかとかがやいて見える、ふしぎなきんぞくでできた、一頭の馬でした。その馬はとてもよくできていて、さまざまな部品がふくざつにくみあわさってできているみたいだったのです(さまざまなかざりがついているうえに、上にまたがるためのくらまでついていました)。大きさは子馬ほどでしたが、この小さな小屋の中で見ると、それはとても大きなもののように見えました(そのカピバラ種族の者がとても小がらでしたから、くらべられてよけいに大きく見えました)。

 

 そのきんぞくの馬は、今は静かに立っているだけでしたが、どうやらさっきのがちゃがちゃという音は、この馬が立てていた音にまちがいないようです。けれど、はじめてそれを見た一行には、この馬がいったいどうやってあんな音を立てていたのか? ぜんぜんわかりませんでした。なにか、ぜんまいでもまくと、がちゃがちゃ動くのでしょうか? しかし、そんなことを考えている時間は、みんなにはまったくありませんでした。だって、入り口のとびらがひらいてからみんながそのカピバラと馬のことを見て、そしてそのカピバラの男せいが口をひらくまでのあいだは、じっさいには、ほんのいっしゅんのあいだのできごとだったのですから(文章に書くといろんな説明が加わってしまいますので、あいだが長く感じられてしまいますが、それはごかんべん願います。では、説明はこのくらいにして、さきをつづけましょう)。

 

 カピバラの男せいが、大きな声でいいました。

 

 「なんと! おまえさん方! ひつじに、おおかみまでいっしょとは、なんて取りあわせなんじゃい! それも、ひい、ふう、みい、よ、全部で四人も!」

 

 どうやら、こっちがおどろいている以上に、このカピバラの方がびっくりしているみたいでした。さしずめ、目をまるくしてといったところでしょうか?(でも、どんなに目をまるくしても、その切れ長の目はあいかわらずそのまんまでしたが。)

 

 カピバラの男せいがつづけます。

 

 「いったいぜんたい、こんなあらしの夜に、おまえさん方はこんなところでなにをしとるんじゃ? 見たとこ、そっちのふたりは騎士のようなかっこうじゃな? じゃが、それにしてもひどいありさまじゃわい。それに、あんたはけがまでしているようじゃな?」 

 

 カピバラ種族の男せいは、ベルグエルムの肩をゆびさしていいました。肩のけがの手当てのようすを見て、そういったのです。

 

 さて、みなさんにはもうおわかりになったかと思いますが、このカピバラの男せいは、若くはありませんでした。はっきりいってしまえば、かれらの種族の者の中でも、かなりのおとしよりだったのです(おまけにちょっと、耳も遠いようでした。それでさいしょは、ライアンのよびかけにも、すぐには気がつかなかったのです)。そして、ロビーの思った通りでした。このカピバラの老人は、旅の者たちをむげに追いかえしたりするほど、気むずかし屋ではなかったのです。 

 

 カピバラ老人の言葉に対して、ベルグエルムがせいいっぱいの敬意をこめて、とてもれいぎ正しいたいどを取っていいました(かれらのような騎士たちは、目上の人のほかにも、自分より年上の人をとてもうやまうのです。それがおとしよりなら、なおのことでした。みなさんも、おとしよりはたいせつにしてますよね)。

 

 「このような夜ふけに、まことにきょうしゅくです、ご老人。わたくしたちは、わけあって、ここから南東にくだりました地、うつしみ谷のシープロンドまでの道のりを急ぐ、旅の者です。ですが、このあらしでは、どうにも、山道をゆくことはままなりません。それで、このセイレン大橋の下へと、なんをのがれて、やってまいったしだいなの

です。」

 

 ベルグエルムはそこまでいって、カピバラ老人のようすをうかがいました。老人はベルグエルムの顔をじろじろと見つめ、そしてそれから、ほかのぜんいんの顔をじゅんばんにながめやっております。ひとりひとりをじっくりと、まるでその心の中を品さだめしているかのように、じろじろ見ているのです。そのため、しょうじきなところ、みんなはあんまりいい気持ちにはなれませんでした(とくにロビーは、こんなふうに長いあいだ、まっしょうめんから人にじろじろ見つめられるなんてことは、はじめてでしたから、かなりはずかしかったのです)。ですが、今はただ、このカピバラ老人のへんじを待つしかありませんでしたから、みんなはなにもいえず、じっとがまんをしていました。

 

 そして、しばらくののち。カピバラの老人がとつぜん口をひらいたのです。

 

 「うむっ! ほんとうのようじゃなっ!」

 

 それはとんでもないほどの大声で、じっとだまって立ちつくしていたみんなは、飛び上がってしまいそうなくらいびっくりしてしまいました(急にだれかにうしろから、「わっ!」と声をかけられたときみたいに)。

 

 そんなみんなにはおかまいなしに、カピバラの老人がつづけます。

 

 「おまえさんたちの顔からは、悪だくみのけはいは感じられん。ほんとうに、なんぎをしているだけの旅の者たちに、ちがいないようじゃ。こんなところに住んでおれば、すこしは人をうたがうこともせんと、自分の身があぶないでな。悪く思わんでくれ。じゃが、そうときまれば、さあさ! 中へおはいり! ぬれた服をかわかして、からだもあたためんと。こごえ死んでしまうぞい。」

 

 これはほんとうに、旅の者たちにとってありがたい言葉となりました。冬も近いこのあらしの夜に、橋の下のたおれた石のはしらの影で、ちぢこまってひとばんを明かそうとしていたのですから、みんながよろこんだのもむりはありません。

 

 「ありがたい! お申し出、われら一同、心よりかんしゃいたします!」ふたりの騎士たちはよろこびのあまり、頭で考えるよりもさきに頭を下げ、心からのかんしゃの言葉を老人におくっていました。ロビーとライアンも、あわてて深々と頭を下げて、それにならいます。

 

 そして、ベルグエルムがもういちど口をひらいて、つぎの言葉を伝えたときのことでした。このカピバラの老人に、思いもかけないへんかが起こったのです。

 

 「カピバルのあつきごこうい。われら、ベーカーランド国にかわりまして、あつくおんれいを申し上げます。」

 

 この言葉をきいたとたん、カピバラ老人はなにかにとりつかれたかのように、わなわなとふるえはじめました。そして、その切れ長のはっきりしない目を大きく見ひらいて、老人はベルグエルムのことを、くいいるように見つめてきたのです。

 

 「ベーカーランドじゃと……! おまえさん、今、ベーカーランドといったか?」

 

 カピバラ老人はそういって、ベルグエルムにつめよりました。そして、そのふるえる両手で、ベルグエルムのおなかのあたりをがっしりとつかんだのです(ほんとうは肩をつかみたかったのですが、背たけがたりなかったのです)。

 

 ベルグエルムはびっくりして、この老人の変わりようを心配しながらこたえました。

 

 「は、はい。いかにも、わたくしとこの者の両名は、ベーカーランド王、アルマーク王につかえし者です。白の騎兵師団にぞくしております。」

 

 これをきいて、カピバラ老人はとてもショックを受けたようでした。すっかり取りみだしてしまって、ベルグエルムをつかむうでに力をこめて、はげしくゆさぶったのです。

 

 「おお……! あなたたちが、白の騎兵師団なのですか! それがほんとうならば、このわしには、つらすぎるしんじつです。もう、今となってはおそすぎました。もっと早く、あなたたちの助けがほしかった!」

 

 そういうと、カピバラ老人は、声を張り上げて泣き出してしまいました。地面にぺったりとくずれ落ちて、両の手で顔をおおって、わあわあと泣きさけんでしまったのです。

 

 これを見て、みんなはとてもびっくりして、カピバラ老人のそばに集まりました。そして、ベルグエルムがカピバラ老人のうでを取って、その泣いているわけをたずねたのです。

 

 「いかがなされました、ご老人! わたくしたちに、いったいなにがあるというのですか?」

 

 カピバラ老人は、ベルグエルムのうでにだき起こされると、ようやくおちつきを取りもどして立ち上がることができました。そして、それからまたようやくのことで、ふたたび口をひらくことができたのです。

 

 「……なんとも、めんぼくのないことです。つい、取りみだしてしまって……。さあ、とにかくまずは中へ。それからみんな、あなた方にもきかせてあげよう。わしのこと。わしたちのくにに起こったこと。なにもかもすべてじゃ。」

 

 

 小屋の中はじつにそっけないもので、なんのかざり気もありませんでした(ゆいいつ、きんぞくでできた馬のつくりものはべつです。なんでこんなものがあるのか? あとで老人にきいてみましょう)。小屋のまん中には、むき出しの木のはしらがまがったまま立っていて、かべにはところどころに、板のつぎはぎがしてありました。家具らしい家具もほとんどなく、木をらんぼうによせ集めて作ったぼろぼろのテーブルと、がたのきたベッド(のようなもの)がひとつずつあるだけです。てんじょうはやねの板がそのままむき出しになっていて、今にも風で飛んでいってしまいそうに見えました。

 

 ですが、ふしぎなことに、小屋の中はそとがあらしであるということも忘れてしまいそうなくらいに、静かだったのです。やねからも、雨もりのしずくのいってきさえ、落ちてきません。かべにうちつけてある木の板も、見るからにらんぼうに張りつけてあるだけのように見えましたが、すきま風のひと吹きさえも感じられませんでした(これはじつは、カピバルたちのその名声の通り。一見ぼろぼろに見えるこの小屋にも、かれらのすぐれたわざが使われていたからなのです。いいかげんにくみあわせてあるだけのように見えるかべやてんじょうの木の板も、水や風を通さないように、たくみに計算されてくみあわされていました。さすがはカピバル。そのわざは、やっぱりすごかったのです。フェリアルも、これならなっとくですね。びっくり)。

 

 そのため小屋の中は、そとのようないやなにおいがありませんでした。これはほんとうに大助かりで、ライアンはみんなの鼻に作った空気のまくを、はずすことができたのです(さすがにせますぎでしたので、馬たちを中にいれることはできませんでしたが)。

 

 ですが、旅の者たちにとってそれらのことよりもなによりも、まずまっさきに心ひかれるものが、そこにはありました。それはだんろでした。もう火がほとんどもえておらず、わずかな残り火がくすぶっているだけでしたが、このひどい天気のそとからやってきた旅の者たちにとって、それはほんとうにすてきで、みりょく的なものに見えたのです。

 

 「わしはちょうど、このだんろの火を起こしなおそうとしていたところでな。そこで、あなた方の声に気がついたんじゃよ。」カピバラ老人はそういって、みんなのために、たっぷりのまきをだんろにくべてくれました(ライアンが「お手伝いします。」といって火の力をかりて、その力をまきに伝えてくれたおかげで、火のいきおいはたちまち大きくなりました。しぜんの力をかりるわざというのは、ほんとうにべんりです)。

 

 「みんな、つかれきっているようすじゃからな。ミルクをあたためてあげよう。そのあいだに、ぬれた服をぬいで、火にあてるといい。もうふならいくつかあるから、それを使っておくれ。」

 

 そして老人は、テーブルの上のランプを手に取ると(このランプはロビーにこの小屋のそんざいを気づかせてくれた、きっかけとなったものでした)、部屋のおくに張り出してつくられていたものおきから、もうふを四まい持ってきてくれたのです(おせじにもきれいなもうふではありませんでしたが、まさかもんくはいえませんよね。四まいあっただけでも、ありがたいことなのですから)。

 

 さて、旅の者たちはぬれた服とにもつを火にあてて、カピバラ老人が貸してくれたもうふにくるまると、やっとのことできゅうそくを取ることができました。もうみんな、話すこともおっくうなくらいにつかれておりましたので、かべを背にして、床にちょくせつすわりこんでいたのです(この小屋の中には、ほかにすわれるようなところもありませんでしたから)。そして、だんろにかけたミルクがあたたまると、カピバラ老人はそれをカップにそそいで、(砂糖をたっぷりいれて)みんなにくばってくれました。それはもう、ほんとうにおいしくて、あったかで、旅の者たちにこのうえないやすらぎを与えてくれるものとなりました(ちょっと本をおいて、あなたもあたたかいミルクを作ってみてはいかがでしょうか? それを飲みながらつづきを読めば、みんなの気持ちが、さらによくわかるんじゃないかと思います。お砂糖多めを忘れずに)。

 

 みんなはミルクを飲みながら、カピバラ老人の方を見やりました。すっかりおちつくことができて、老人の話に耳をかたむけるころあいになったからです。カピバラ老人はそれにうなずいてこたえると、自分のベッドのはしに、ゆっくりと腰を下ろしました。そして、「ふう。」と大きなため息をひとつついてから、静かに話しはじめたのです。

 

 「わしはもともと、このセイレン河のはるかな上流、セイレンのみずべとよばれる土地にきずかれた、カピバラのくにの住人じゃ。」

 

 老人は、まどのそとをぼんやりとながめながらいいました。遠いふるさとのことを、思い出していたのでしょう。

 

 「カピバラのくにには、名まえなどない。ただ、ゆたかなしぜんと作物のみのり、そして、われらくにたみ。仲間たちがおれば、それだけでじゅうぶんじゃった。その点からいえば、わしたちのくには、まさにりそうきょうじゃった。みな日々を楽しみ、おだやかな時間の流れを楽しみ、それにまんぞくして、人生を送っておった。

 

 「そんなわしらのくにには、このアークランドでもいちばんといっていいほどの、あるとくべつなわざがあった。あなた方もぞんじておるかと思うが、そう、ものづくりのわざと、けんちくのぎじゅつじゃよ。わしらカピバルの一族は、代々、その家に伝わるひでんのわざを受けついできた。そのわざは、それぞれのカピバルの家によってさまざまじゃ。ぜったいにくずれることのないれんがのかべをつくれる者や、たおれることのないはしらをたてられる者もおった。しぜんのならわしにさからった家をたてることのできる者もおったし、光を自分で生み出せるまどやてんじょうをつくれる者もおった。それらはすべて、その一族の者たちいがいには、そうそうまねのできるようなものではなかった。わしの一族のわざはといえば、ほれ、そいつじゃ。」

 

 老人はそういって、入り口のわきにずっと立ちつくしていた、あのきんぞくせいの馬をゆびさしてみせました。さあ、それではいよいよ、このなぞの馬のしょうたいがわかるときがきたようです(みなさんも気になっていたことでしょうが、旅のみんなもみなさんに負けないくらい、この馬のことを知りたがっていました。とくにライアンとロビーは、つかれも忘れて、思わず身を乗り出してしまったくらいだったのです)。

 

 老人はそれから、四本のゆびをひょいひょいと動かして、「おいでおいで」のしぐさをしてみせました。すると……。

 

 

  がらん! がらん! がちゃん! がちゃん!

 

 

 これはすごい! きんぞくでできていたはずの作りものの馬が、老人のあいずにこたえて、まるでほんものの馬であるかのように、なめらかに、そしてゆうがに、四本の足をがちゃがちゃと動かして、老人のそばまでかけよっていったのです!(ちょっと音はうるさいのですが、それはきんぞくだからしかたありませんね。そしてやっぱり、あのがちゃがちゃという音は、この馬が出していたのです。)

 

 旅の者たちはほんとうにびっくりして(あのれいせいなベルグエルムでさえ、思わず、口にしたミルクをぶっ! と吹き出してしまいそうになったほどです)、そのあとはただただ、へえ! と感心するばかりでした。こんなみごとなさいくものは、もちろんだれも、今まで見たこともありませんでしたから。 

 

 「こいつはな、ただの鉄ではない。生きている鉄なのじゃよ。」老人はそういって、馬の首のあたりをなでました。すると馬は、頭を老人にすりよせて、あまえるのです。

 

 さてさて、みんなはこれだけでもじゅうぶんすぎるほどにおどろきましたが、じつはこの馬のひみつは、これだけではありませんでした。いえ、むしろそっちの方が、旅の者たちにとっては(そしてみなさんにとっても、たぶん)、さらなるおどろきのひみつだったのです。

 

 「おどろいとるな? そうじゃろう。これは、わしらカピバルたちしか知らんことじゃからな。あなた方を心からしんようしとるから、わしはこのひみつを見せたんじゃよ。ではもうひとつ、とっておきのひみつを見せてあげよう。じゃが、このわざは、ぜったいのひみつじゃ。人にはもらさんでおいてほしいんじゃが、やくそくできるかね?」

 

 もちろん! 旅の者たちは首をおもいっきり、なんどもたてにふりました。こんないい方をされたら、だれだって、きかずにはいられませんもの。

 

 「よろしい。では……」老人はそういうと、馬の顔の前に手をかざして、それから、ぱちん! とゆびをならしてみせました。すると、とつぜん! 

 

 

  がらがらがらがら、がっちゃーん! 

 

 

 なんとなんと! 馬はみんなの目の前で、とたんにばらばらになって、床にくずれ落ちてしまったではありませんか! 

 

 大きな部品に小さな部品。鉄のぼうがなん本も。はぐるまの大小がいっぱい。そして、小さなねじのいっぽんいっぽんにいたるまで。馬はかんぜんに、ばらばらになってしまったのです。 

 

 今やこの小さな小屋の床は、すみずみまで鉄の部品がちらばって、いっぱいになってしまいました。これをもと通りにもどすことは、どうやってもむりでしょう。なにがどこにくっついていたのかも、もはやまったく、わからないのですから(そうじするだけでもたいへんなはずです)。ですが、老人はまったく、心配するそぶりも見せませんでした。自分のだいじな馬がこんなことになってしまったというのに、なぜなのでしょうか? でも、そのこたえは、このあとすぐにわかりますよ。

 

 「おどかして、すまなんだな。この馬は、わしのめいれいひとつで、すみずみまでばらばらにすることができるんじゃ。じゃが、ばらばらにするだけだと思うかね? そう、こいつのほんとうのひみつは、ここからなんじゃよ。」

 

 そしてカピバラの老人は、にこりと笑うと、床にちらばった鉄の部品たちにむかってひとこと、こういったのです。

 

 「起きろ!」

 

 みんなは、目の前で起こっていることをとても信じられませんでした。ですがこれは、かくじつに、自分の目でじっさいに見ている、げんじつのできごとなのです(ライアンはあんまりおどろいたので、これは夢じゃないか? と思いました。ですからかれは、フェリアルのほほをつねって、これが夢じゃないということをたしかめたのです。もちろんフェリアルは、「自分のほほをつねってくださいよ!」とぷんぷんいいましたが)。

 

 そうです、みなさんもそうぞうされたことと思いますが、その通り。ばらばらにちらかっていた鉄の部品のひとつひとつが、老人の言葉に反応して、がらがらと音を立てて、もとの馬のかたちにもどっていったのです!

 

 はぐるまが空中にまい飛び、鉄のぼうがかしんかしん! とそれにくっついていきました。ねじがいっぱい集まって、空中を波のようにざざあっ! と流れていきました。そしてそれらのねじはどんどんと、もともとはまっていたねじあなに、くるくるまわってとじられていったのです。みんなはあんまりおどろいたので、口をあんぐりとあけたまま、なんにもいうことができませんでした(人って、あんまりおどろいたときって、ぎゃくになんの反応も取れなくなってしまうものです。まさに今、みんなはそんなぐあいでした)。

 

 それらは、ほんの十数びょうほどのあいだのできごとでした。さいごに、馬の頭をかざっていた部品がくるくるとちゅうをまいおどってから、かしん! くっつくと、これでもと通り。さっき見たあの鉄の馬が、ふたたびみんなの前にすがたをあらわして、がちゃがちゃいいながら、小屋の中をげんきよく歩きはじめたのです。

 

 みんなの反応を見て、カピバラの老人はまんぞくげに、「ほっほ。」と笑いました。してやったりといった感じです。ですが、ちょっとくやしいですけど、みんなは老人の思い通りの反応を取ることしかできませんでした(みなさんもじっさいに見てみれば、かれらと同じ反応をすることと思います。お見せできないのが、わたしもひじょうにざんねんです)。

 

 「こいつはな、作り手であるわしのめいれいひとつで、ばらばらにしたり、くみあわせたりすることができるんじゃよ。それもすべて、この生きている鉄と、一族のわざがあってこそじゃ。この馬に使われている鉄はな、それをくみあわせて作ったものを、生きもののように動かすことができるばかりではなく、いちどくみあわせてそのくっつき方をおぼえさせると、あとはこんなふうに、好きなようにばらばらにしたり、もとにもどしたりすることができるようになるんじゃよ。まさに、生きている鉄じゃろう? そのくっつき方までも、ずっとおぼえているんじゃからな。」老人はそういって、こんどは馬の背中をぽんとたたいてみせました。すると馬は、頭のいい犬がそうするみたいに、足をおりたたんで、床にぺたっとふせてみせるのです。

 

 「わしらのくにでは、このわざをけんちくにもくみあわせて、毎回好きなようにかたちを変えられる部屋や、かいだんなんかをつくっておった。わしらのくにではこんなふうに、それぞれの一族がそれぞれのわざを、おたがいのためにおしみなく分けあっておったのじゃ。だれやかれやとかまうことはない。必要とされれば、よろこんで、自分たちのわざをみなにていきょうした。それが、わしたちのくにのすばらしきところであったし、同時にそれは、われら仲間うちの、けっそくのあかしでもあったのじゃ。」

 

 老人はそこまでいうと、とつぜん顔をくもらせました。なにか、とてもいやなことを思い出しているかのようでした。そしてその通り。かれの話はここから、とても暗くて、とてもおそろしい、いやなお話の中へと進んでいくことになるのです……。

 

 「あるときからじゃ。」老人がふいにいいました。「わしたちのくにの中で、動きが起こった。それまでは、かたくなに、そのすばらしきわざの数々を自分たちのくにからそとにもらさないように、つとめてきたのじゃが、だんだん、そうもいかないしだいになってきた。それはつまり、わしたちのくにが、さかえすぎたということなんじゃ。くにが大きくなって、それまであちこちにちらばっていた仲間たちが、どんどんと集まるようになってきた。もちろん、はじめのうちは大かんげいじゃった。仲間がふえるのは、うれしいものじゃからな。じゃが、仲間がふえればふえるほど、しだいに自分たちの力だけでは、くにをささえきれなくなっていくものじゃ。じっさい、心配した通りそうなった。もはや、みなをやしなっていくだけの力を自分たちのくにの中だけで生み出すことは、ふかのうになっておった。

 

 「わしたちは話しあったけっか、いくつかのぎじゅつをほかのくににもたらすけつだんをした。それはけっして、のぞんだことではなかった。じゃが、いたしかたなかったのじゃ。わしたちはきびしいきまりごとを作って、それにしたがって、かぎられた中でのみ、ほかのくにと取りひきをおこなうことにした。じゃが、それでも、それはわしたちにとって大きなまちがいであったのじゃ。たしかに、取りひきによって、わしたちのくには一時的にはとてもゆたかになった。たくさんの品物やお金が、どんどんとはいってきた。くに中の人々がみんな金持ちになって、せいかつはうるおいにうるおった。じゃが、わしたちは、それにおぼれてしまった。目さきのよくにおぼれたのじゃ。そんなことになったらどんなときだって、ろくなことにはならないというのに。わしらはそのことを、すっかり忘れてしまっていたのじゃよ。そして、そんな中のことじゃ。あのいまわしきできごとが起こったのは……。

 

 「忘れもせん。その日、わしらセイレンのみずべのくにに、めずらしくあらしがおとずれた。ちょうど、今夜のような、強くてふきつでおそろしげなあらしじゃった。こんな日にこんな話をするのも、きっとなにかのいんがじゃろうな。ひるまじゃというのに、空はまるで夜のように暗く、いくどとないいなずまが、わしらのくにの中をおびやかしておった。そして、そんな中じゃ。やつらが……、やつらがあらわれたんじゃよ。」

 

 カピバラ老人はそういって、かたく目をつむりました。おそろしい思いでが、頭の中いっぱいによみがえってきたのです。老人はそれにあらがおうとして頭をふりましたが、ききめはまったくありませんでした。

 

 「それはな……、それは大地をうめつくさんばかりの、大部隊じゃった。まっ黒なよろいを着こんだ、おそろしげな兵士たちじゃ。頭にはみな、見た者をふるえ上がらせるのにじゅうぶんなほどのおそろしげなかぶとをかぶり、手には、長いやりをかまえておった。そしてそいつらは、わしらのほこる美しいくにの中に、ぶさほうきわまりない方法ではいりこんできた。美しい庭えんも、小川のせせらぎも、花ばたけさえも、やつらはおかまいなしにふみ荒らしてきたのじゃ。それをとめようとしたひとりのカピバルの青年が、騎馬に乗った黒い騎士の手にかかって殺された。」

 

 なんてことを……! 旅の者たちは言葉もありませんでした。おどろきと、怒りと、かなしみと……、さまざまな思いがあふれかえってきて、胸が今にも張りさけそうなくらいでした。

 

 そんな旅の者たちのことを、カピバラ老人は、手をかざしてせいしました。ほんとうなら、このカピバラ老人の方がよっぽどつらかったでしょうに。老人のたいどは、とてもりっぱでした。

 

 「……そしてついにそいつらは、わしらのくにの長である、しっせいどののいるたてものにまでやってきたのじゃ。そのときその場には、大勢のぎかんたちがおった。その日はちょうどそこで、くにのゆくすえをきめるための、だいじな話しあいがおこなわれていたからじゃ。かくいうわしも、そこにおった。わしは、しっせいどののそうだんやくとして、かれにおつかえしていたんじゃよ。」

 

 しっせいという言葉は、あまりききなれないことかと思いますが、これはつまり、くにのせいじをとりおこなう、いちばんのせきにん者のことをいうのです(いってみれば、そうりだいじんみたいなものです)。カピバラのくにでは、いちばんえらいだいひょう者のことを、しっせい。そのほかのいっぱんのせいじ家たちのことを、ぎかんとよんでいました。このカピバラの老人はその中でも、くにのいちばんのだいひょう者で

あるしっせいさんのことを、助けるしごとをしていたのです(ですから、かなりえらい身分にあったはずです)。それがなぜ今は、セイレン大橋の下の、こんなそまつな小屋に住んでいるのか? それはこれから語られることになります。

 

 「やつらはあらしの中、わしらのいるたてものを取りかこむようにじんどった。それはまさに、悪夢のような光景じゃった。じゃが、中にいるわしたちには、どうすることもできん。ただもう、おそろしさにがくがくふるえるばかりじゃ。そしてしばらくすると、その兵士たちのあいだから、六人の黒ずくめの騎士たちが進み出て、わしらのもとへとやってきた。そいつらの、おそろしげだったことといったら! 思い出したくもないわい! じゃが、むりなんじゃ。どうやっても、この頭からはなれん。そして、その黒騎士たちの中でも、もっともおそろしげだった男が、しっせいどのをよばわって、こういい放ちよったのじゃ。

 

 「『ごきげんうるわしゅう、カピバラのしっせいどの。それにみなさん方も、おげんきそうでなにより。』そいつはそこで、きぞくがやるような、大げさな身ぶりのおじぎをしてみせよった。もちろんそんなものは、たて前だけのことじゃ。そいつは、こうつづけた。『ほんじつはみなさんに、すてきなおくりものをさし上げたいとぞんじましてな。よろしいか? おこたえしだいでは、みなさん方にとって、とても得となるお話をさせていただこう。しかし、もしいうことをきかないのであれば……、そのときは、このくにの、こんごのほしょうはできんがね。』

 

 「そういって、その男は笑い声を上げたのじゃ。それは胸につかえるような、むなくその悪い笑いじゃった。そいつの言葉は、おもてむきでは上品さをよそおってはおったが、その心のおく底たるや! まさに悪そのものじゃ! 悪がよりかたまって、あいつを作り上げたのにちがいないわい。そしてそいつは、ますますちょうしに乗って、こうつづけたのじゃ。

 

 「『われらはワットの者だ。アルファズレド王、ちょくぞくのしんえい隊である。王はもちろん、このアークランドのじっけんをにぎるお方だ。それはわかっておろうな?

それをきもにめいじて、おききあれ。』

 

 「そいつは、その場をわがもの顔に歩きまわり、わしらひとりひとりの顔をじろじろながめやりながらいった。『わがくには、今やこのアークランドでも、いちばんの強国である。だが、ざんねんながら、それでもまだかんぜんではない。わがくにの力をかんぜんなものとするために、われらはこうして、はたらいているわけだ。そして、きくところによると……』

 

 「そいつはそこで、しっせいどのの、のどもとに、手にした剣のつかをおしつけよった。そんなことに、なんの意味がある? ただの悪意じゃ! そしてそんなことをしでかしておきながら、そいつはいけしゃあしゃあと、こんなことをいい放ちよったのじゃ。

 

 「『みなさん方は、ひじょうにすぐれたわざの数々をお持ちとか。ぜひわれらに、そのわざをお教えいただきたく、こうしてまいったしだいというわけだ。アルファズレド王も、みなさん方のわざのすばらしさには、たいへんなかんしんをよせていらっしゃる。ワットの力となれるのだ。カピバルの名も、いちだんと上がるというもの。めいよなことだぞ。どうだ? アークランドに、こうけんしたくはないかね?』

 

 「もちろん、こんな悪のさそいに乗るほど、わしたちはばかではない。こんなやつらのいいなりになれば、どんなひどいけっかを生むか? 火を見るよりあきらかじゃ。しっせいどのはもちろん、こんな悪のおどしなどにはくっしなかった。かれはだれよりもゆうかんで、そうめいなお方じゃった。しっせいどのは剣のつかをはらいのけて、おくすることなくいったのじゃ。

 

 「『あきらめて帰ることだ。おまえたちなどには、われらのわざはなにひとつあつかえん。われらのわざは、われらのようなきよい心に対してのみはたらくものだ。おまえたちのような、どす黒いくさった心を持つようなやからには、まったくやくには立たん。』とな。

 

 「これをきいた黒騎士のたいどは、いがいなものじゃった。申し出をことわられて、ひるむなり怒るなりするかと思いきや、そうではなかった。しっせいどののそのこたえを待っていたかのように、そいつはおもしろがって、高らかな笑い声を上げよったのじゃ。そしてそいつは、こういいよった。

 

 「『じつにゆかい! それならば、話は手っ取り早い。もう、おまえたちなどに用はないというものだ。どこまでもおろかなれんちゅうよ。われらがせっかく、きかいを与えてやったというのに。おまえたちはみずから進んで、めつぼうの道をえらんだわけだ。じつをいえばな、しっせいどのよ。われらにとってこんな小国などは、どうでもいいそんざいなのだ。いくらかけんちくのわざがあるようだが、そんなものは、わがワットにとっては、あってもなくても同じこと。おまえたちはさいきん、やたらといきがって金をもうけているようだが、だれのきょかを得ているのかね? われらのほんとうのもくてきはそれなのだ。ようするに、おまえたちのそんざいがじゃまなのだよ! ワットになんのあいさつもなしにいい気になっているようなれんちゅうを、われらが主君、アルファズレド王が、おゆるしになるとでも思っているのか? 王はたいへんにごりっぷくだ! それでわれらが、こうしてやってきたというわけなのだよ。だがまあ、安心したまえ。くにたみのうちのいくらかは、ワットのためにはたらかせてやる。この土地は水もほうふだから、あとの心配もしなくてよいぞ。黒の軍勢のために使ってやるよ。』

 

 「わしらの怒りは、そこでちょうてんにたっした。ぎかんたちのうちのなん人かが、われを忘れて黒騎士にいどみかかった。じゃが、それはむぼうじゃった。ぎかんたちはわしの目の前で、黒騎士に切りつけられて、むざんなさいごをとげた。そして黒騎士は、さいごにこういった。それが、話しあいのさいごの言葉となったのじゃ。

 

 「『おまえたちをワットのはんぎゃく者としてしょばつする! かくごしろ!』」

 

 

 夜のあらしはそのとき、セイレン大橋のそのまうえを通りすぎてゆくところでした。まどやとびらに、風で飛ばされてきた木のえだがうちあたって、ばしんばしん! と大きな音を立てていきます。ふりしきる雨のすごさは、橋の下のこのカピバルのわざによってたてられた小屋の中にいても、はっきりと感じられるようになっていました(ですから、よっぽど強くふっているのです)。たえまなく起こるいなずまの光と音が、それに力を貸して、みんなの心を深くしずみこませました。

 

 カピバラ老人は、ほそい切れ長の目をもっとほそくして、まどのそとをぼんやりとながめていました。その目からは、いつからか、大つぶのなみだがあふれていました。

 

 「……それからあとは、もう、目もあてられんようなありさまじゃ。黒騎士のごうれいいっか。配下の兵士たちがわっとなだれこんできて、わしらにおそいかかった。ていこうはむなしいものじゃった。ぎかんたちはつぎつぎといのちを落とし、そしてさいごまでゆうかんに戦った、しっせいどのも、ついには、やつらのそのよこしまなるやいばの前にたおれたのじゃ。」

 

 老人は、みどり色のチョッキのすそで、そのあふれるなみだをぬぐいました。気がつけば、旅の者たちもみな、目を赤くはらしていたのです。

 

 「わしは、さいごにひとり残された。もう、ていこうするすべはなにもなかった。しきをとっていたあの黒騎士がみずからやってきて、じゃあくな笑みをいっぱいに浮かべながら、わしに剣の切っさきをむけた。わしは部屋のいちばんはしまで追いつめられた。もう、あともない。黒騎士は、そうしたければいつでもわしを殺せた。だがやつは、わしをいたぶるのを楽しんでおったのじゃ。

 

 「それからやつは、わしにこういったのじゃよ。あなたたちには、つらいことかもしれんがの。

 

 「『おまえがさいごのひとりだ。おろか者め。おとなしくしたがっていれば、殺されずにすんだものを。せいぜい、いのちごいでもしてみるがいい。だが、われらはそれほどあまくはないぞ。黒の軍勢にかなう者など、このアークランドにはいないのだ。今やわれらにたてつくものは、ベーカーランドの白の騎兵師団とやらのみ。腰ぬけのアルマーク王なぞにつきしたがっている、むりょくなれんちゅうよ。どうだ? 白の騎兵師団に、助けてくれと願ってみろ。その声がやつらにとどくかどうか? ためしてみるがいい。やつらなど、しょせんはそのていどだ。かわいそうに、おまえがこうして死に、このくにがほろびるのが、いいしょうこではないか。』」

 

 「ふざけるな!」フェリアルが立ち上がって、たまらずにさけびました。かれはまだ、若くけっきさかんなところがありましたので、もう、いてもたってもいられないくらいに、こうふんしてしまったのです。ベルグエルムがとめなければ、フェリアルは今すぐにでも、このあらしの中をワットにむかって飛び出していってしまったことでしょう。しかし、そういうベルグエルムにしても、こんな話をきかされては、とてもれいせいでいることなどはできませんでした。なんとか、かれのけいけんと、しりょの深さが、かれ自身のことをおしとどめていたのです。

 

 「あなたたちのせいではない! どうか、おちついてくだされ!」カピバラの老人はそういって、ふたりの騎士たちのことをなだめました。「これも、運命というものじゃ。世の中には、どうにもならんこともあるのじゃよ。それがどんなに、りふじんなことでもな。」

 

 騎士たちは老人の言葉にぺこりと頭を下げて、そしてふたたび、床にすわりこみました。ロビーとライアンは、かれらの肩を手でさすってあげました。ふたりとも、こんなにこうふんしたフェリアルとベルグエルムのことを見るのは、はじめてのことでした。

 

 騎士たちがようやくおちつきを取りもどしてきたころ。カピバラ老人がさいごの話をしてくれました。それは、そう、カピバラ老人のそのごのことです。どうしてカピバラ老人が助かったのか? そしてどうしてこの場所にいるのか? そのことについてでした。 

 

 「追いつめられたわしは、ただひとつきぼうが残されていたことを思い出した。そいつじゃよ。」老人はそういって、部屋のすみに立っているあの鉄の馬をゆびさしました。「そいつが文字通り、わしの助け馬となったのじゃ。そのとき、わしのいた部屋の近くには、わしの作ったこの鉄の馬がしまってあった。この馬はほんらい、まつりのときなどに使うもので、ふだんから出しておくようなものではない。それがたまたま、わしのいた部屋のすぐそばにしまってあったわけじゃ。わしはそのことを思い出すと、すぐにこいつをよびよせた。もちろん、れんちゅうにはわからん方法でな。そしてわしは、やつらにいったのじゃ。

 

 「『すべておまえたちの思い通りにはならんということを、教えてやろう。せいぎはけっしてほろびたりはせん。悪がはびこる世界などには、けっしてさせん。けっしてな!』

 

 「わしは、かけこんでくるこの馬に飛び乗った。そして、わき目もふらずに走った。むかったさきは、たてものの二かいじゃ。たてものの入り口はワットの兵士どもによって、すっかりふさがれてしまっておったからな。そしてわしは、広間のかいだんをかけのぼると、大声でさけんだ。『かいだんよ、とじろ!』

 

 「そう、そのかいだんはカピバルのわざによってつくられておったのじゃ。あい言葉をいうことによって、おりたたんでしまえるようにできていたんじゃよ。

 

 「『逃がすな! とらえろ!』はいごから黒騎士のさけぶ声がきこえた。わしはふりかえることもせず、そのままむがむちゅうでひた走った。そして二かいのバルコニーにまで出ると、そこから、みずうみの上につくられた空中どうろの上へとむかって、かけ出していったのじゃ。」

 

 カピバラのくには、セイレンのみずべとよばれる土地にきずかれていて、そこには、みずうみや川やいずみなどが、たくさんありました。そしてカピバルたちは、その水の上にまでも、たくさんのたてものや、庭えんや、広場などといったものを、つくっていたのです(もちろんそれは、カピバルたちのすばらしきわざがあってこそのものでした。そうそうまねのできることではありません)。

 

 その中でもとくにすばらしいものが、空をうめつくす「空中どうろ」でした。カピバラのくにには、すくない土地をゆうこうに使うための空の道が、たくさん走っていたのです。それらの道は、とうめいなガラスでつくられていて、見た目にもとても美しいものでした。その空中どうろが、カピバラ老人のいたたてものの二かいから、みずうみの上へとむかってのびていたのです(みずうみの上をじゅうおうむじんに走る、美しいガラスでできた空の道。そうぞうできますでしょうか? わたしもいちどでいいから、そこを歩いてみたかったものです)。

 

 「わしは、そのままみずうみの上をかけぬけて、むこうぎしへと渡っていった。ワットのれんちゅうも、さすがにそこまでは追ってこれなかったようじゃ。じゃが、そのとちゅうで見た光景を、わしはけっして忘れないじゃろう。ワットのれんちゅうは、あろうことか、なんのつみもない人々の家にまでつぎつぎと火を放ちよったのじゃ! それは、おそろしいほのおじゃった。ただの火ではない。血のような色の、ばけもののようにゆれ動く、まがまがしい火じゃ。その火は、あらしなどものともせずにもえさかり、カピバルのすばらしきわざのけんちくぶつをどんどんともやしていった。じゃが、わしにはどうすることもできなかった。わしは、逃げなくてはならなかった。カピバルのわざを、これでたやすわけにはいかなかった。わしがやらなくてはならなかったのじゃ。わしはそのとき、なみだで前も見えないほどじゃった。

 

 「そしてわしは、みずうみから流れ出るいっぽんの川にそって、逃げ落ちていった。その川こそが、そう、このセイレン河のみなもとなのじゃよ。わしは、なん日もなん日も走りつづけた。そうして身も心も果てたころ、わしは、この巨大な石の橋にまでたどりついたのじゃ。セイレン大橋という名まえを知ったのは、それからだいぶあとになってからのことじゃった。

 

 「わしは、動きまわった。なんとかわれらの助けとなってくれる者たちがおらぬかと、力のかぎりさがしてまわった。じゃが、みなワットの名まえをきいただけでふるえ上がり、手を貸してくれる者はだれもおらんかった。わしはしだいに、すいじゃくしていった。やまいにたおれることもあった。気力はどんどん、失われていくばかりじゃ。わしももう、としじゃでな。それ以上動きまわることは、むりじゃった。」 

 

 「シープロンドにきてくれればよかったんです!」

 

 たまらずにそういったのは、ライアンでした。ライアンはセイレン河をだれよりもあいしていました。ですから、セイレン河の上流、このカピバラ種族の者たちのくにに、そんなできごとが起こっていたのだということを知って、もう、いてもたってもいられないくらいになってしまっていたのです。

 

 「ありがとうよ、ひつじの少年よ。」そんなライアンに、カピバラ老人は静かにこたえました。「じゃが、その気持ちだけでじゅうぶんじゃ。わしもはじめは、くにのことをすくおうと思った。じゃが、それはかなわぬことじゃと、わしにはさいしょからわかっておったんじゃよ。やつらのいうことは、ざんねんながらじじつじゃ。黒の軍勢には、とうてい手出しができん。かえりうちにあうのは目に見えておる。これ以上のぎせいを出すわけにはいかんよ。きみのくににまでそんなふこうをしょわせることが、どうしてわしにできようか? きみも知っておるじゃろう? このセイレン河の上流が、今どうなっているのかを。」

 

 ライアンは言葉につまってしまいました。セイレン河の上流、そこで今、なにがおこなわれているのか? ライアンは、よく知っていたからです(その地がまさか、かつて、このカピバラ種族の者たちのくにだったなんて!)。

 

 「そう、わしはあれからいちど、セイレンのみずべへと、ひそかにもどってみたことがある。そこでわしが見たものは、なんともみにくいありさまじゃった。かつてのくにの美しさは、見る影もなくなっておった。やつらはあの地を、よこしまなもくてきのための、工場やじっけん場に変えてしまったのじゃよ。」

 

 「でも……!」

 

 ライアンの気持ちはおさまりませんでした。なにもできない自分が、くやしくてならなかったのです。セイレン河の上流でおこなわれていること。それはもうずいぶん前から、ライアンは知っていました。ですが、くやしいかな、カピバラ老人のいう通りです。シープロンドのひつじの者たちが、たばになってかかったとしても、黒の軍勢の者たちのやっていることをとめることはできないでしょう。いくら、しぜんの力をかりるわざがあるとはいえ、かれらはもともと、戦いにはむいていない種族だったのです(かれらのわざは、ほんらい、身を守ったり、だれかを助けたり、しごとのやくに立てたりすることなどに使われているものでした。ですからライアンのように、しぜんの力をこうげきに使えるというような者は、シープロンドにも、数えるほどにしかいなかったのです)。それは、シープロンの王子であるライアンにも、よくわかっていたことでした。ですから、よけいにくやしかったのです(そしてカピバラ老人も、シープロンの者たちが戦いにむいていない種族なのだということは、よくりかいしていました。ですからなおのこと、かれらのことを、あらそいごとにはまきこみたくなかったのです)。

 

 「わしらのくにはほろんだ。それはもう、じじつじゃ。じゃが、安心してくだされ。カピバルのたましいまでは、ほろんではおらん。それだけは、やつらにもうばうことはできなかったのじゃ。」

 

 老人はそこで、チョッキのえりの中からあるものを取り出して、みんなに見せました。それは、かわのひものさきにむすばれた、ほんのりと水色にかがやく、小さなひとつのすいしょうのかけらでした(ネックレスになって、老人の首にかかっていたのです)。

 

 「これが、わしらカピバルのたましいじゃ。」そういって老人は、そのすいしょうのかけらをつまんで、目の前にかざしてみせました。すると……!

 

 すいしょうの中からたくさんの光があふれ出て、その光が、空中にさまざまな絵がらやずけいをえがき出していったではありませんか! それはなにかの、せっけいずのようでした。そしてそれは、つぎからつぎへと、あらわれては消えてをくりかえしていったのです。

 

 「このすいしょうの中にきろくされているもの。これこそが、わしらカピバルのたましいなのじゃよ。カピバラのくにの、わざのすべてが、ここにつまっておる。わしはいつも、はだ身はなさず、これを持っておった。それが、さいわいしたんじゃ。わしはどうしても、これを守らなければならなかった。じゃからこそ、やつらにつかまるわけに

は、ぜったいにいかなかったんじゃよ。」

 

 そう、老人の持っているこのすいしょうのかけらこそが、カピバラのくにの、そのいのちともよべる、いちばんの宝物でした。このすいしょうの中には、カピバラのくにの、ぶんか、れきし、わざ、それらのすべてがきろくされていたのです(その中身はびっくりするくらいたくさんで、小さなとしょかんだったら、まるまるいっけんぶんくらいの本のじょうほうがつまってしまうほどだったのです!)。

 

 カピバラのくにの人々は、自分たちのわざがいたずらにそとにもれてしまうことを防ぐために、そのわざのきろくを本に書くことはしませんでした。ですから、もしあなたが、カピバラのくにの中をすみずみまでしらべ上げていたとしても、かれらのことをきろくした、本や書きつけなどといったものは、ただのひとつも見つけられないことでしょう。それらはすべて、そのままでは見ることのできない、とくべつなすいしょうの中にかくされていたのですから。

 

 老人の見せてくれたそのすいしょうは、カピバラのくににいくつかあったすいしょうの中でも、とくに重要なものでした。その中にはいっているきろくは、カピバラのくに中の人々から、長いねん月をかけて、すこしずつ集められたものだったのです。もし、お金を出して買おうとしたって、とてもねだんのつけられるようなものではありません。こんなにだいじで重要なひみつを教えてくれたのも、カピバラ老人が旅の者たちのことを、心からしんようしているからこそのことだったのです(読者のみなさんも、しーっ! どうかみんなには、ないしょにしててくださいね。これは、かれらカピバルたちの、いちばんのひみつなのですから)。そして、このすいしょうを守り、つぎの代へと受けついでゆかせること。それこそが、カピバラのしっせいにつかえていた、老人のやくわりでした。

 

 老人は、そのすいしょうを静かににぎりしめました。すると、空中に広がっていたたくさんのずけいや文字なども、ふっと静かに消えていったのです。

 

 「さいごにわしができることは……」カピバラの老人は、手にしたすいしょうをいつくしむように両の手でつつんで、いいました。

 

 「このすいしょうを守りぬき、このセイレン河を、静かに見守ることだけじゃ。」

老人はそういって、まどのそとに流れるセイレン河のことを見やりました。黒くすすけたまどからは、その流れをはっきりと見て取ることはできませんでした。しかし今は、それでよかったのかもしれません。きっと老人の目には、かつての美しい、きよらかな流れのセイレン河が、見えていたはずなのですから……。

 

 そのとき、部屋のすみにいたあのきんぞくでできた馬が、老人のそばに歩みよりました。老人が、自分でよびよせたのでしょうか? しかし、旅の者たちには、馬が心を持って、みずからの意志で老人のことをなぐさめにきたように、思えてなりませんでした。たとえそれが、きんぞくでできた作りものの馬であると、わかっていたとしても。

 

 老人は、そんな馬の頭をだきよせて、たくさんなでてやりました。老人の表じょうは、今はとても、おだやかなものになっていました。

 

 「わしは、このセイレン大橋の下に小屋をたてて、ここをついのすみかとすることをきめた。かつての美しい、河の思いでとともにな。この河はもう、セイレン河ではなくなってしまったかもしれん。じゃが、わしにとっては、この河がセイレン河であることに、ちがいはないのじゃ。わしのふるさとの、あの美しいくにのみずうみから流れ出る、きよらかなるセイレン河にな。わしは、この河とともに、このしょうがいをとじるつもりじゃよ。」

 

 そうして、カピバラ老人の話は終わったのです。

 

 

 あらしはしだいに、セイレン大橋の上から通りすぎていくようでした。いくぶんか、雨の音も弱まっているように思えました。

 

 旅の者たちは、しばらくは言葉を口にすることができませんでした。なんといっていいのか? どうにもすぐには、口をひらくことができなかったのです。

 

 そして、さいしょに口をひらいたのは、旅の者たちのみちびき手であり、白の騎兵師団の長でもある、ベルグエルムでした。そんなかれでさえ、ようやくのことで、言葉をしぼり出すことができたのです。

 

 「なんといっていいものか……、言葉もありません……。あなた方のくにに、そんなぼうきょがなされていたなどとは……。わたしは、自分がはずかしい。われらの力が、およばなかった。おわびのしようもありません……」

 

 ベルグエルムは、こぶしをかたくにぎりしめました。そのこぶしは、怒りと、かなしみと、くやしさで、ふるえていました。かれの心の中を、そのこぶしが、ゆうべんに語っていました。きっと、百の言葉で語るよりも、はっきりと。

 

 そして、ベルグエルムは、いったのです。

 

 「あなたのお気持ち。カピバルのほこりとたましいを、われら白の騎兵師団、しかと受けとめました。よこしまなる悪のおこないは、われらがかならずや、うち破ってみせます。剣にちかう!」

 

 ベルグエルムはみずからの剣をかたくにぎりしめ、それを胸の上にあわせました。これは、かれらのような騎士たちが、いのちをとしてでもみずからのちかいを守るという、そのけついをあらわすときに、おこなうことでした。そして、その気持ちはもちろん、その場にいる旅の者たちぜんいんも、同じだったのです。フェリアルもベルグエルムと同じく、剣を胸にあわせてちかいました。そして、ロビーもライアンも、こぶしを胸にあわせて、思いをかたくちかったのです。

 

 「そのお気持ちが、わしにはなによりのすくいですじゃ。」カピバラ老人はそういうと、旅の者たちにむかって深々と頭を下げました。「わしらのような運命をたどる者が、これ以上ふえることのないように、わしは心から願っております。」

 

 老人の言葉に、みんなも深々とおじぎをして、せいいっぱいの気持ちでこたえました。

 

 そしてさいごに、ベルグエルムがいいました。

 

 「この世界は変わってしまいました。力いっぱい正しく生きている者たちが、ひどい目にあい、よこしまなる悪のやからどもが、大きな顔をしてのさばっているのです。わたしたちは、ともに協力しあって、みんながびょうどうで安心して暮らしてゆける世界を、取りもどさなければなりません。種族のちがいなど、そんなものはかんけいない。みんなが、このアークランドの住人なのですから。アークランドのぜんなるたみたちが、力をけっそくさせなければならないときは、まさに今なのです。」

 

 ベルグエルムはそういって、みんなの方を見渡しました。ですが、みんなの気持ちはもはや、いうまでもないことだったのです。かれらは大きくうなずいて、それからそれぞれが、おたがいの手を取りあって、その心をかたくたしかめあいました。

 

 「われらはかならずや、この世界をすくってみせます。この剣と、そして、カピバラ

のくににちかって!」

 

 カピバラ老人の心は、今とてもおだやかでした。あとをたくすことのできる、すばらしき者たちに、出会うことができたのですから。そして、みずからの、くにを思うこの気持ちが、けっしてむだではなかったということを、あらためて知ることができたのです。

 

 「わしは、今日あなたたちと出会うために、このいのちを長らえさせてきたといえるじゃろう。でなければ、あのときわし自身も、くにとともにほろんでおったはずじゃ。わしは、まんぞくじゃよ。あなたたちになら、安心して、この世界をたくすことができる。白の騎兵師団と、くにを思う者たち。この世界のきぼうじゃ。」

 

 カピバラ老人は、そういって静かに立ち上がると、だんろにまきをいくらかくべなおし、ランプのあかりを消しました。あとには、だんろにもえるげんそう的なほのおの光だけが、小屋の中をゆらゆらと、てらし上げているばかりでした。

 

 「さあ、夜もふけた。ゆっくり休んで、明日にそなえなされ。戦う者には、きゅうそくが必要じゃ。」カピバラ老人がそういって、だんろのすみにおいてあった鉄のなべのふたをあけました。

 

 「なにか食べるのなら、わしの作ったシチューがありますでな。よかったら……」

 

 「いただきます!」

 

 じつは、みんなはすっごくはらぺこで、しかたがなかったのです。ミルクだけではちょっと、たりませんでしたから(ライアンだけは老人の話をききながら、こっそりバターキャンディーをなめていましたが)。

 

 みんなはそのあと、がつがつ食べました(老人の作ったシチューなどは、あっというまにからっぽになってしまったくらいです)。パンのかたまりをまるごとに、バターをたっぷりつけて。ミルクのおかわりをたくさん。チーズをなんかけらも。こんなぐあいでした。ウルファの三人などは、持ってきていた食べものの八わりくらいを、いっきに食べてしまったのです(もしものときにそなえてとっておいた、ほし肉やコーンビーフのかんづめまでも、みんな食べてしまいました。もともとかれらウルファたちは、いっぱい食べるのでゆうめいでしたが、こんなに食べちゃったら、あとあとこまることにならなければいいんですけど……)。ライアンは、「いくらなんでも食べすぎだよ!」といいましたが、そんなかれでさえ、クッキーのふくろを三つもあけてしまいました。それほどみんな、今日の旅がこたえていたのです(ちなみに、ライアンはあまいものが大好きでしたので、かれのかばんの中には、お菓子ばっかり、ぎっしりはいっていたのです。ほかのものがほとんどはいっていないくらいに……)。

 

 みんなはすっかり食べ終わると、そのままどろのように横になりました(ちょっとおぎょうぎが悪いですけど、かんべんしてあげてくださいね)。だれもなにもいわず、もの思いにふけっていたようでした。そしていつしか、いちにちのつかれがからだをしはいしていって、そのまま夢も見ないほどの深い眠りの中へと、かれらのことをひきこんでいったのです。

 

 ロビーはさいごまで起きていました。かれがさいごに見たのは、ベッドで身を起こしたまま、まどのそとをながめている、カピバラ老人のすがたでした。ふるさとのくにのことを、老人はこうして、まいばん思っていたのでしょう。

 

 

 ぼくは早く、前に進まなければ。こんなやさしい人が、これ以上、つらい目にあわなくてすむように。

 

 

 ロビーは、うすれていくいしきの中で思いました。そしてそのまま、かれもまた、深い眠りの中へと静かにさそわれていったのです。

 

 

 もうぜんいんが眠りについてしまったころ。ロビーの持つ剣のさやのすきまから、かすかに青い光がもれ出しました。そしてその光は、なにかをうったえかけるかのようにしばらくその場をてらしたあと、ゆっくりとふたたび、もとのやみの中へと消えていったのです。だれもそのことには、気がつきませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 




第5章「シープロンド」に続きます。





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5、シープロンド

 あざやかな朝やけが、静まりかえった空にはえていました。その中にふっと一羽二羽、小さな点のような鳥たちが、どこかをめざして飛び立っていきました。木々は雨のしずくをはらうのにいそがしく、大地はよろこびいさんで、ふりそそがれる光をからだいっぱいにあびようと、その身を大きく広げております。木、岩、土、すべてのものが、長いやみの果てにようやくおとずれたその光をかんげいして、新しいいちにちの新たなこきゅうを、はじめているところでした。

 

 アークランドに朝がやってきたのです。きのうのあらしが、まるでうそであるかのような、それはそれは美しい朝でした。風はそよ風ほどに吹いていました。ですがそれは、すこしもつめたくなく、ここちよく、この朝をむかえた者たちすべてに対してのおくりものであるかのように、吹いていたのです。空には、すじのようにほそい雲が流れていました。それは朝やけの光にてらされて、赤とこがね色のかがやきに美しくつつまれていました。そしてその雲は、まるで遠いくにへとむかう旅人たちの一行であるかのように、ゆっくりと、南の方へと進んでゆくのです。

 

 それは、まったくのへいわそのものでした。このまますべてが、ありのままに変わることなくつづいてゆくのだと、うたがうよちもないくらいに。ですが今、このおとぎのくには、すこしずつ、そしてかくじつに、むしばまれていっているのです。悪意にみちたやみに、おおわれていこうとしているのです(まるで、虫歯のあなが気づかないうちに、すこしずつ大きくなっていくみたいに)。南の方から、ゆっくりと。

 

 

 旅の者たちは今、すっかりじゅんびをととのえて、みずからの騎馬たちをひいて、この美しきセイレン大橋のもとをあとにしようとしていたところでした。衣服もにもつも、すっかりかわかすことができました(それはもちろん、カピバラ老人の家のだんろのおかげでした)。そして、えいようときゅうそくも、まったくじゅうぶんとはいかないまでも、必要なぶんはとることができたのです(床にちょくせつもうふをしいて寝ましたので、しょうじきなところ、あんまり寝ごこちはよくなかったのです。でも、やねの下で眠れただけありがたいと思わなくっちゃ!)。

 

 かれらの騎馬たちもまた、長旅で走り通しのからだを休めることができただけ、げんきを取りもどしたようでした(ざんねんながら、橋の下にはかれらの食べものである草があんまり生えておりませんでしたので、そのぶんおなかはへっているようでしたが。ですから、またライアンが、かれらににんじんをいっぽんずつあげました。そしてにんじんは、それでおしまいでした。ライアンもそんなにたくさんは、にんじんを持ってきていなかったのです。お菓子はどっさりあったんですけど。でも、馬のよろこぶようなものではありませんでしたので)。ライアンのたいせつな白馬メルも、いくぶんか、けがのぐあいがよくなったみたいです。しかしもちろん、このけがは長くは放ってはおけません。いっこくも早いちりょうが必要なことには、いぜんとして、変わりはありませんでした(ライアンは朝起きてすぐに、メルのようすを見にいったくらいでした)。

 

 旅の者たちは出発にあたり、さいごに、カピバラ老人におわかれのあいさつをおくろうとしているところでした。ベルグエルムとフェリアルが深々とおじぎをして、あらためて、そのけついを老人に伝えます(ちなみに、ライアンとロビーはゆうべ歯もみがかないで寝てしまいましたので、今そのことを思い出して、大急ぎで歯をみがいているところでした。ライアンが、「みがき終わるまで、ちょっと待ってて!」と騎士たちにはお願いしておいたのですが、どうやらかれらは、さきにあいさつをはじめてしまったようですね。ベルグエルムとフェリアルは、ライアンとロビーが起き出してくる前に、すでに朝いちばんで歯をみがいていたのです)。

 

 「ほこり高きカピバルのたみよ。われらは今ふたたび、ここにちかいます。あなたの思いを、けっしてむだにはさせません。かならずや、この世界のやみを晴らしてみせます。すべてのくにのたみがひとつとなって暮らしていけるように。そのために、われらはさきへ進みます。」

 

 カピバラ老人の表じょうは、晴れやかなものでした。長年の思いが、ついにみたされたのですから。かれはもう、ひとりではありません。あとをたくすことのできる者たちを、きぼうそのものを、かれは得たのです。かれの思いはここから飛び立って、さまざまな者たちの心にひびいていくことでありましょう。ですから、もうかれは、ひとりではないのです。

 

 老人は静かに大きくうなずいて、このほこり高きふたりの騎士たちに、カピバルの敬礼をおくりました(ひたいに手をあて、それから胸に手をあてるというものでした)。

 

 「このくにをたのみます。あなたたちに、のぞみはかかっておりますのじゃ。わしは信じておりますぞ。あなたたちのほまれ高き心が、きっと、悪をうち破ることじゃろう。」

 

 そして、旅の者たちはそれぞれの騎馬にまたがりました(おくれてやってきたライアンとロビーも、ここでいっしょになりました。「待ってっていったのにー!」とライアンはぷんぷんいって、ふたりの騎士たちのことをぽかぽかたたいておりましたが)。

 

 「ベーカーランドへついたならば、ことのしだいをすべて、アルマーク王にお伝えします。あとはわれらに、おまかせください。」ベルグエルムが騎馬の上からそういって、ぺこりと頭を下げました。

 

 「たのみましたぞ。それとひとつ。南の地にわれらカピバルの者を見かけることがもしもあったら、わしのことを話してやってくださらんか。くにのほこりは、守られているということも。」(カピバラ老人の持つカピバルのほこりであるすいしょうのかけらについては、いずれときを見て、ふさわしい場所にうつすのがよいだろうということになりました。それまでは、やはりこのすいしょうは、カピバラ老人の首にあるのがいちばんふさわしいということになったのです。)

 

 カピバラ老人がさいごにいうと、ベルグエルムは大きくうなずいてこたえました。

 

 「しょうちしました。かならず伝えます。どうぞご安心ください。」

 

 そして三頭の騎馬たちは、いせいもよく、つづく新たな道のりへとむかってかけ出していったのです。

 

 さあ、旅のさいかいです。きぼうへとつづく、新しい道のりへとむかって。

 

 

 セイレン大橋からシープロンドへ。つづく街道をかけながら、ロビーはさいごにうしろをふりかえりました。朝の美しい光の中に、すぎ去ってゆくセイレン大橋のすがたが見て取れます。こがね色がかった橋の石が、光をあびて、ぴかぴかとかがやいていました(やっぱりこの橋を見るのは、明るいときにかぎります)。ですがそれも、あっというまに小さくなって、ロビーのしかいからそのすがたを消していきました。ロビーはなんともいいようのないさみしさをおぼえました。このセイレン河でのたいけんを、かれはしょうがい、忘れることはないでしょう。セイレンのみずべのようなひげきは、あとにもさきにも、にどとあってほしくはないと、ロビーは強く思いました。

 

 ロビーはそれから、まっすぐ前を見すえました。ここからさきへ進んでいけば、ロビーの見たこともきいたこともないだろう土地が、広がっているのです。すべてがよき力に守られているとは、かぎりません。きっと、危険な場所も、悪しき力のしはいする土地も、たくさんあるのでしょう。ですがロビーは、そんな場所でさえ、残らず自分の目で見てまわりたいと今は思うようになっていました。この世界をすくいたい。そのためには、目をそむけてはならないことがあるのだと。ロビーは、このはるか大むかしから受けつがれた、美しいセイレン大橋のかかるいにしえの地で、それを学んだのです。

 

 

 広い街道が、ゆるやかにのぼりながらつづいていきました。まわりは、いちめんの森です。とちゅうたびたび、木々でさえずっていた鳥たちが、馬の足の音にびっくりして、ばさばさと大空へ飛び去っていきました。そのたびに、みんなは用心して空を見上げました。もしかしたら、きのう出会ったあのおそろしいディルバグのかいぶつが、またやってくるんじゃないかと思ったのです。ですが、おだやかに晴れ渡ったこの朝の空は、あいかわらず、美しくかがやいているばかりでした。

 

 しばらく進んだころ。森のずっとむこうに、そのいただきを雪におおわれた青くかがやく山が、見えはじめてきました。その山はとてもこうごうしく、りんとしてそびえていたのです。そして、その山のふもとのあたり。その場所こそが、ほかならぬ、うつしみ谷とよばれる谷でした。

 

 遠目に見るだけでも、すばらしいところだということがはっきりとわかりました。冬も近い今ごろのきせつであるにもかかわらず、その場所だけ、まるで春らんまんといった感じに、みどりがあふれているのです(ですから、よほどのへそまがりでもないかぎり、いいところだとだれもが思うはずです)。そして、ライアンのふるさとシープロンドも、そのうつしみ谷の中にありました(ですからこれまた、すばらしいくににきまっています)。

 

 ロビーはそのみどりの谷を見て、すこし、気持ちが晴れやかになりました。こんなにも美しい場所が、この世界にはまだまだあるのだと、自分の目でたしかめることができたのですから。

 

 「とってもきれいれひょ、うつひみ谷って。」

 

 ライアンが、そんなロビーの心を読み取ったかのようにいいました。きのうもそうでしたが、ライアンって、人の心をさっするのがとくいみたいです(ちなみに、かれは今また、バターキャンディーをなめていました。さっき歯みがきしたばっかりですのに!言葉が舌たらずなのは、そのためなんです)。

 

 「もうじきらよ。早くロビーにも、見せてあげたいな。」ライアンが、にこにこしながらつづけます。

 

 「楽しみです。はじめておとずれるくにがライアンさんのくにで、ぼくはうれしい。きっと、すばらしいところなんでしょうね。」ロビーはそういって、メルの背中をなでました。

 

 「メルも、もうすぐ自分のくににつくんだってわかってるみたい。早くついて、けがをなおしてあげたいね。」

 

 ロビーのその言葉をきいて、ライアンはちょっと、どきっとしてしまいました。ライアンは、じつはやっぱり、メルのけがのことが気がかりでならなかったのです。ロビーによけいな心配をかけさせないようにと、かれはあえて、気楽な感じをよそおっていましたが、ロビーはもうとっくに、そのことに気づいていたというわけでした。

 

 ライアンは、ロビーに対しては、もっとすなおになった方がいいと思いました。出会ってまだ、いちにちさえたっておりませんでしたが、なんだかもうロビーのことが、ずっと前からの友だちであるかのように、ライアンには思えたのです。ライアンは、そんなロビーのことをごまかそうとしていた自分が、ちょっとはずかしくなりました。

 

 「ありがとう。」ライアンは前をむいたまま、それだけいいました。それは、多くを語るよりも、もっと気持ちのこもったひとことでした。

 

 「きっと、すぐげんきになるよ。」

 

 ロビーの言葉に、ライアンはだまって、こくんとうなずきました。

 

 

 それからすこしたって、あたりはまた、岩にかこまれた山道へと変わっていきました。ですがこの山道は、きのうまでの岩の道とはあきらかにちがっていました。このあたりの岩は、ガイラルロックたちがいた場所のような、からからのかわいた岩とはちがって、色あいもくっきりあざやかで、水もたくさんふくんでいたのです。それは、このあたりの土地が、うつしみ谷から流れ出るきよらかなわき水によって、大いにうるおっているからでした。このあたりの土地の感じを、もし言葉でいいあらわすとしたら、なんといったらいいのでしょうか? いってみれば、「今を生きるエネルギーにみちているところ」といった感じだと思います(わたしのつたない表げんできょうしゅくなのですが)。この場所に立っているだけで、足のさきから、そしてからだ全体から、力がはいりこんでくるかのような、そんな感じをおぼえるところでした。

 

 そして今までの道のりとはちがう、いちばんはっきりとしているところがあります。それは、その岩場やあちこちの地面に、たくさんの花やみどりが生いしげっているというところでした。なにしろ、ガイラルロックたちが集まっていたあのおそろしい岩場では、花などはおろか、かれ草のいっぽんでさえ、見つけるのがむずかしいほどだったのです。ですからこのちがいは、だれの目にもあきらかでした。道のまわりをかこむ岩には、たくさんのすきまがあって、そのひとつひとつから、たくさんの葉をつけたつたのような植物がのびております。そしてそのつるには、とてもあざやかな、赤やむらさきやもも色の花々が、きそってさきほこっていました。

 

 「ルィンビスの花だよ。とってもいいにおいでしょ。」ライアンがいいました。なるほどかれのいう通り、さきほどから、あたりはとてもいいにおいでみちていたのです。それは、この岩場に生えている、このルィンビスとよばれているらしい植物の花のせいでした(ところでライアンは、今はキャンディーをなめるのをひとまずやめていました。著者のわたしにとっては助かります。ライアンの言葉がずっと舌たらずのまんまじゃ、書きづらくてしかたありませんから! それに読者のみなさんだって、きき取りづらいですよね)。

 

 「シープロンドでは、この花から、こう水や絵の具なんかを作るんだよ。一年中さいてるから、あちこちで手にはいるしね。それにね、食べてもとってもおいしいんだよ。」

 

 ライアンの言葉に、ロビーはびっくりしてしまいました。花を食べるなんて、ちょっと変わっておりましたから。

 

 ライアンはそういうと、メルをかべぎわによせて走らせながら、手をのばして、さいている花をひとつかみ、ぱしっともぎ取りました(ちょっとかわいそうでしたけど)。花のひとつをかるくはらって、口にはこびます。

 

 「あまずっぱくておいしいよ。ロビーもどうぞ。」ライアンは花をみっつばかり、ロビーに渡していいました。

 

 「ありがとう。」ロビーはおれいをいって、その花をひとつ、口にいれてみたのですが……、そのときのロビーの表じょうといったら! 思い出しただけでもおかしいです。つまり、ひつじの種族であるライアンにとっては、その花はとてもおいしいものでしたが、おおかみ種族であるロビーにとっては、まったくそうではないということでした(ようするに、まずいってことです)。 

 

 「おいしいでしょ。もっと食べる?」ライアンがたずねてきました。かれはまったく、ウルファの味の好みのことなんて、このときは知りませんでしたから、ただじゅんすいに、しんせつ心からそういってくれたのです。ですけど、ロビーにとってはもうたまりません。

 

 「いやっ、もういいです! これでじゅうぶん!」ロビーは「ははは……」と笑ってうまくごまかしましたが、ライアンに気づかれないように、花をぺっぺっとはき出すのにくろうしたのです……。

 

 「楽しみにしててね。シープロンドについたら、みんなのぶんも山ほどあるから。」

 

 ライアンの言葉に、ロビーはひきつって笑うばかりでした。

 

 

 さて、そんな(楽しい)やりとりをしつつ、一行の騎馬たちはさらに進んでいきました。こんなふうにほのぼのと進めるのも、この場所がへいわで安全な土地だからこそなのです(あんなにこわかったきのうの道のりのあとですもの、ちょっとくらいこんな道のりがあってもいいですよね)。

 

 道はそれから、切り立つがけにそったゆるやかなのぼりの道へとつづき、谷のおくへおくへとどんどんはいっていきます(ここは第三章の終わりに、セイレン大橋の上でライアンがいっていた、そのがけの道でした。今は明るくおてんきもよかったので、この道も安全に通ることができていましたが、やっぱりライアンのいう通り、あらしの夜にこのがけの道を通るのは、とても危険なことでしょう)。

 

 しばらくいったころから、道のわきやまわりの岩のすきまから、たくさんの小さな水の流れがわき出しているのが目につくようになりました。それらはあちこちに小さないずみを作っていて、すみきった水をたたえております。そしてその水を飲みに、りすや、岩うさぎや、そのほか白くてふかふかした変わった生きものたち(これはユピユピとよばれている、まるっこくておくびょうな生きものたちでした)などが、やってきていました。

 

 「もう、シープロンドはすぐそこだよ。ここをのぼりきれば、シープロンドの北の入り口につくからね。」

 

 そしてライアンのいう通り、そこから半マイルもいかないくらいのところ。さいごの坂を越えたところで、一行の目の前に、白いれんがづくりのりっぱな門が、とつぜんにあらわれたのです。

 

 旅の者たちは、ついにシープロンドへとやってきました(せいかくにいえば、シープロンドのくにの中にはすでにはいっていましたが、ここでいうシープロンドとは、シープロンドのそのみやこのことをさしているのです。くにの名まえとみやこの名まえがおんなじでしたので、ちょっとややこしいんですけど)。みんなが今いるところは、北の土地からやってきた者たちにとっての、シープロンドのみやこの中へとはいる、ゆいいつの谷の門だったのです。

 

 この場所は、シープロンドのくにの中でも、いちばん高いところにあたりました。ずっとゆるやかにのぼってきましたので、あんまりよくわかりませんでしたが、ここはもう、うつしみ谷の、そのてっぺんだったのです(もっとも、シープロンたちがせいなる山とあがめているタドゥーリ連山は、ここからでもさらにそのすがたを見上げなければならないほど、はるかな高きをほこっていましたが)。

 

 そのうつしみ谷のてっぺんに、街道のはしからはしまでをつなぐようなかたちで、シープロンドのみやこの北門がつくられていました。ですから、門のそとのここからでは、まだそのみやこの中を見ることができなかったのです。シープロンドのみやこは、この門のむこうにあるのですから。ですが、この門を見た者には、ただそれだけで、シープロンドというくにのみやこのすばらしさがわかってしまうことでしょう(じっさいロビーがそうだったのです)。それほどに、その門は美しいのでした。

 

 まずまっさきに目をひかれるもの。それは、この門をつくるのに使われていた、白いれんがでした。いや、れんがといえるのでしょうか? それは、ガラスのような、こおりのちょうこくのような、すいしょうのような、なんともいえない美しさを持つ、半とうめいのふしぎなしろものだったのです(おどろいているロビーにむかって、ライアンが「この門はね、こおり砂糖でできてるんだよ。」といったので、ロビーはすっかり信じて、「へええ!」と感心してしまいました。もちろんそれは、ライアンのじょうだんでしたが、ロビーはしばらく、信じきってしまっていたのです。あとでうそだとわかったので、ちゃんと怒りましたけど)。

 

 そのふしぎな白いれんが(とりあえず白いれんがとよばせてもらいます)でできた、とりでのような門のまん中に、同じく白い、ふしぎな木でつくられた大きなとびらがひとつ、つけられていました(ペンキがぬってあるわけではなく、この木はもともと白いのでした)。そしてそのとびらの上に、とんがりやねの小さな見張り台がふたつあって、そこにはなん人かのシープロンの者たちが、見張りに立っていたのです。

 

 かれらは、ライアンと同じような白くて美しい衣服をまとっていて、そして同じく、ふしぎなかがやき方をする白いマントをはおっていました。手には、流れるようなデザインの、こまかいさいくのなされたやりのようなものを持っていましたが、これは戦いにもちいるというよりも、かれらの見た目を美しくさせるために持っているものだったのです(じっさいかれらは兵士ではありません。シープロンの王、メリアン王につかえる者たちなのであって、だれかや自分の身を守るためいがいには、武器をふるおうとはしないのです)。そしてかれらは、もどってきた旅の者たちのすがたを見て取ると、大よろこびでさけびました。

 

 

 「王子たちがもどられた! ライアン王子がもどられた! みな、ごぶじだ!」

 

 

 かれらは、手にしたかざりやりを天高くかかげ、口々によろこびの声を上げました。そしてそれと同時に、旅の者たちをみやこの中へとむかえいれるその白い門が、ゆっくりと内がわにひらかれていったのです。

 

 大きくて重いとびらの、きしむ音が、こだまとなってあたりの山々にひびき渡っていきます。そして旅の者たちが門に進んでいくと、シープロンたちのよろこびの声は、いってん、おどろきの声へとかわっていきました。

 

 今かれらが見ていたのは、ライアンの白馬メルに乗っている人物でした。ですが、ライアンではありません。かれらは、そのうしろに乗っている人物。いい伝えのきゅうせいしゅであり、黒のおおかみ種族の者である、ロビーのことを見ていたのです。かれらは口々に、となりの者たちと言葉をかわしあっていました。「ほんとうだった。」とか、「すくいのぬしだ。」とか。中には、シープロンのでんとう的な言葉で話す者もいて、その場にいる三人のウルファたちには、なんといっているのか? わからないものまでありました。

 

 ロビーはなんとも、いごこちの悪い気持ちになりました。まるで、めずらしい生きものでも見ているかのように、たくさんの目が自分のことを、じろじろかんさつしていたのですから(ちゅうもくをあびたいと思う人は多いでしょうが、こんなふうにじろじろ見られるのは、ロビーでなくたっていやなものだと思います)。ロビーは思わず、うつむいてしまいました。

 

 そんなロビーのことを気づかって助け船を出してくれたのは、やっぱり、シープロンの王子であるライアンでした。ライアンは、シープロンドでは衛士とよばれているその見張りのシープロンたちにむかって、大きく右手をふり上げると、びっくりするくらいの大声でどなったのです(こんな小さなからだの、どこから出るんだというくらいに)。

 

 

 「気をつけーえ! れいっ!」

 

 

 どなられた衛士たちの、あわてふためいたことといったら! かれらは大あわてでからだをぴーん! とのばすと、そのままちょくりつふどうのしせいになりました。それから、みんないっせいにぺこりと頭を下げて、れいをしたのです(さすがはシープロンドの王子さまです。ちょっとライアンのことを、見なおしてしまいましたね)。

 

 「みんな! ここにいるのは、わがくにのだいじなお客さんなんだよ! こまらせたりなんかしたら、あとでおしおきなんだからね!」

 

 ライアンの言葉をきいて、衛士たちの顔はまっ青になりました。かれらは、ライアンのいう「おしおき」のことを、よく知っていたのです(どんなものなのかですって? それはとりあえず、読者のみなさんのごそうぞうにおまかせすることにしましょう。わがままな王子さまの考えつきそうなことだということだけ、お伝えしておきます)。

 

 それから大急ぎで、あたりに高らかなラッパの音色がひびき渡りました。これは重要な人物がきたということをしらせるためのもので、とてもかくしきの高いものでした。そしてその音色にひきつづいて、シープロンドのみやこの中から、同じラッパの音色がかえってきたのです(これで旅の者たちが帰ってきたということが、いち早くみやこの中へと伝わりました)。

 

 それから一行は、白い木の門をくぐりぬけ、ついにそのシープロンドのみやこの中へとはいりました(といっても、ここはまだシープロンドのみやこのそのはしっこで、たてものなどもほとんどありませんでしたが。人々が暮らしているせいかつの場は、ここからもうすこしはいった、みやこのまん中にあったのです)。門をぬけると、そこは石だたみの広場になっていました。しきつめられているのは門のかべに使われていたものと同じ、すき通るようなあの白いれんがです。そのうえ石だたみの下にも白い砂がしいてあるらしく、半とうめいのれんがを通して、その美しい地面を見通すことができるようになっていました(ですからはじめてここをおとずれたロビーは、はじめ、雲の上を歩いているんじゃないかと思ったほどなのです。さすがはシープロンド。「白きひつじたちのくに」といわれるだけのことはありますね)。

 

 その広場からみやこのまん中へとつづく、いっぽんの道があって(この道も広場と同じく、白い石のれんががしきつめられていました)、その両がわにはふたりの衛士たちが見張りに立っていました。そして今、その道から二頭の白馬たちに乗った者たちが、こちらへとむかってやってきたのです。

 

 白馬たちに乗っていたのは、シープロンドの衛士たちよりももっといんしょう的な衣服(ごうかな衣服といった方がわかりやすいかもしれません)に身をつつんだ、ふたりのシープロンたちでした。ひとめで、かれらがとても身分が高く、とても品のよい者たちであるということがわかりました。りっぱな身なりとゆうがで上品な立ちふるまいは、もちろんのこと。その高いちせいを感じさせる美しい顔立ちも、かれらのいんしょうを大きく高めていたのです(ほんとうはライアンだって、だまっていればそんな感じなのです。なにせライアンは、このくにの王子さまなんですから。ただし、おとなしくしていることが、かれにできればの話なんですけど)。

 

 かれらは旅の者たちの前にさっそうとやってくると、みごとな身のこなしで馬からおり立ちました。そして、とてもれいぎ正しくおじぎをしてから、まずはライアンにむかって、いったのです。

 

 「王子、ごぶじでなによりです。みな、心配いたしておりました。さく夜のうちに、もどられるはずだということでしたから。」

 

 それを受けて、ライアンがこたえました。

 

 「ありがとう、ルース、ホロ。ちょっと、よそうがいのことばっかり起こったものだから、おそくなっちゃった。でも、ぼくならだいじょうぶ。」

 

 ライアンの言葉に、かれらはひとまずほっとして、胸をなでおろしました。かれらはメリアン王のそっきんとして、シープロンドの王宮につかえている者たちだったのです(そっきんとは王さまのそばにひかえて、王さまの手助けをしたり、いろんなちえを出したりする者たちのことです)。かれらは王宮の中でも、とくに身分の高い者たちでした。ちなみに、ルースとホロというのはかれらのニックネームで、ほんとうの名まえはルースアンにホロウノースといいました。ニックネームでよんでいるのは、ライアンだけなんですけど。

 

 「それより、メルがたいへんなんだ。けがしちゃって。早く、ホーシアンのしんりょうじょにつれてってあげて。」ライアンはそういうと、メルの背から地面におり立ちました(あわててロビーもおりたのは、いうまでもありません。それを見て、ベルグエルムとフェリアルのふたりも、かれらにあわせて馬からおりました)。

 

 ライアンの言葉に、ルースアンとホロウノースのふたりは、すぐにもっともてきせつな行動を取ってくれました(ふたりはライアン王子がほんとうにこまっているときの顔を、よく知っていたのです。そして今、ライアンの表じょうはまさにそれでした)。ルースアンは衛士のふたりをよぶと、かれらにメルのことをたくしていいました。

 

 「王子の馬をたのむ。ホーシアンにつれていって、すぐにみてもらうように。」

 

 そして衛士たちは、きびきびと動いて、メルをつれて、つづくみやこのおくへと去っていったのです(ホーシアンというのは、動物せんもんのお医者さんがいるところなのです。このシープロンドのお医者さんたちは、アークランドの中でも、いちばんのいりょうぎじゅつをほこっていました。ですからライアンも、メルのことを安心して、送り出すことができたというわけだったのです。ほんとうならメルといっしょに、自分もいきたかったのですが、今はなによりもまず、きゅうせいしゅであるロビーといっしょに、お城へともどらなければなりませんでしたから。

 それはともかくとして……、よかった! これでメルも、ひと安心というものです。わたしもメルがけがをしてからというもの、早くこの場面をお伝えしたくてならなかったんです)。

 

 メルが足早に去っていくのをすっかり見とどけると、ルースアンとホロウノースのふたりは、ふたたび旅の者たちにむかっていいました。

 

 「らいひんの方々。ベルグエルムどの、フェリアルどの。たいへんな道中であったとお見受けいたします。王子の身をお守りいただいて、どうもありがとう。」

 

 かれらの言葉に、ベルグエルムとフェリアルのふたりは、ぺこりと頭を下げてこたえます。

 

 「そして……」

 

 ルースアンとホロウノースのふたりは、そこでようやく、ライアンのとなりに立っている人物のことを見やりました。おおかみ種族の者たちのくに、レドンホール。そこで起こったふこうなできごとのことや、みらいにのぞみをつなぐ、ひとつのいい伝えのこと。それらのことは、すでにかれらもよく知っていました。そして今まさに、目の前にいるこの人物こそが、そのいい伝えのきゅうせいしゅほんにんにほかならなかったのです。

 

 かれらはとてもおちついたもののいい方をする者たちでしたが、そんなかれらでさえ、すくなからずのこうふんをおさえることができませんでした。かれらが話しかけた人物。それはもちろん、この物語の主人公である、ロビーだったのです。

 

 「ごらいほうを心よりかんげいいたします。ようこそシープロンドへ。われらは、できるかぎりの協力をおしみません。」

 

 その言葉はひかえめなものでしたが、とても気持ちのこもったものでした。かれらはとても頭がよく、そして、場をわきまえることのできる者たちでした。かれらはロビーのようすを見て、この人物にはひかえめにせっするのがいちばんよいと、すぐにさとったのです(それができなかった見張りの衛士たちは、おかげでライアンに、どやされるはめになったわけですが)。そんなふたりの気づかいにかんしゃして、ロビーはせいいっぱいの心をこめていいました。

 

 「お心づかい、ありがとうございます。ルースさんに、ホロさん。ぼくはロビーといいます。あなた方のくににこられて、ぼくはとてもうれしいです。よろしくお願いします。」ロビーはそういって、まずはぺこりとおじぎをしました(ちなみに、ロビーはかれらのほんとうの名まえを知りませんでしたので、ライアンがよんだニックネームのことを、かれらのほんとうの名まえだと思ってしまいました)。

 

 「できれば、ずっといたいくらいなんですけど……」

 

 ロビーはそこで言葉をにごしましたが、ルースアンとホロウノースのふたりには、その意味がよくわかっていました。かれらは、旅の者たちのじじょうをよくりかいしていたのです。ロビーたちがあまり、ゆっくりしているわけにはいかないということを。

 

 「心得ております。ですが、すこしばかりのきゅうそくは、今のあなた方にはふかけつでしょう。とくに、ベルグエルムどの。その肩のきずは、すぐに医者にみせなくては。どうぞご安心を。わがくにには、うでのよい医者がおりますので。すぐによくなりましょう。」

 

 ルースアンはそういうと、旅の者たちをひきつれて、みやこのおくへとつづく白い小道にかれらのことをあんないしていきました。

 

 「ごあんないいたします。どうぞこちらへ。」

 

 

 それから、かれらのことを乗せたたくさんの騎馬たちが、広場からつづくその白い小道の上を、シープロンドの王宮へとむかってこうしんしていったのです(この小道はとちゅうでふたつに分かれていて、ひとつはみやこのまん中へ、もうひとつはシープロンドの王宮へとつづいていました。そしてかれらが進んでいくのは、その王宮への道なのです)。れんがの道をふみならす馬のひづめの音が、かろやかに、そして高らかに、シープロンドのくにの中へとひびいていきました(ちなみに、メルがいってしまったので、ライアンは今ルースアンの騎馬に乗っていました。どっちが前に乗るかで、ひともんちゃくあったのですが、けっきょくライアンの方がうしろにまたがりました。そしてロビーは、ホロウノースの騎馬に乗っていったのです)。

 

 みどりにかこまれた小道をゆくと、やがてまたべつの広場に出ました。そこはさきほどの広場よりも小さい広場でしたが、すみには白い石でつくられたベンチとテーブルがいくつかならんでいて、ひと休みができるようになっていました。そしてここにきゅうけいじょをつくった、いちばんのりゆうがありましたが、そのりゆうはだれの目にもあきらかだったのです。

 

 ここはこのシープロンドのくに中を見通すことのできる、てんぼう台でした。そして、その景色のすばらしいことといったら! じっさいにその景色を見ることのできた人は、ほんとうにしあわせな人だといえることでしょう。そしてだれもが思うはずです。ここは、らくえんにちがいないと(この景色をいいあらわす言葉は、なかなか見つからないと思います。ですけど、それでは読者のみなさんに申しわけが立ちませんので、なんとか、わたしのつたない言葉できょうしゅくなのですが、説明させていただきたいと思います。できるかぎり、きおくと頭をふりしぼりますので、どうぞごかんべんください)。

 

 広がっている景色は、まさにしぜんの美しさそのものでした。木々は、目もくらまん

ばかりのあざやかなみどりの葉にみちていました。あちらにもこちらにも、まんかいの花々がきそってさきほこっていました。そのあいだを、さまざまな宝石の色をしたちょうや小鳥が、楽しそうに飛びかっております。美しい水の流れが、あみの目のようにせせらいでいるのが見えました。かがやく銀のしぶきを上げる、たくさんのたき。そしていずみ。みどりの草原では動物たちがのんびりと草をはみ、あそび、くつろいでいました。

 

 それは、だれもが頭の中だけに思いえがいているだろう、らくえんのすがたそのものでした。それが今、そのままのかたちとなって、目の前に広がっていたのです。そしてその中に、それらのものにまったくとけこむようなかたちで、白いれんがづくりの家々がたちならんでいました。それらの家々は、木々の生えるのをさまたげず、水の流れるのをさえぎらず、ただしぜんのありのままのすがたにあわせて、たてられていました。まるで、すべてがあるべきところにあるといったように、それらのものは、そこにあったのです。

 

 みやこの中で大きくいんしょう的なのは、あちこちにたてられている、とんがりやねの大きな白い塔でした。これらの塔は、このシープロンドのみやこを(てっぺんからふもとまでじゅんばんに)おうぎじょうに大きく四つの部分に分けている、四つの白いじょうへきの上にたっていたのです。このじょうへきはもともと、そとからの敵のこうげきを防ぐための、守りのかべとしてつくられたものでしたが、ただのいちどでさえ、そのほんらいのやくめを果たしたことはありませんでした。つまりそれは、この美しいひつじたちのくにシープロンドを、こうげきしようなんて考えた者が、今までだれひとりとしていなかったからなのです(これはじつによろこばしいことです)。

 

 しかし今では、このへいわで美しいシープロンドの中でさえ、けっして安全だというわけではありません。黒の軍勢のおそろしさ、ひれつさ、ひきょうさは、まこと、われわれのそうぞうからかけはなれていたのですから。

 

 ですけど、今はただ、このシープロンドのくにの美しさに見とれることにしましょう。守りのためにつくられたはずの白いじょうへきは、今ではこのシープロンドの美しさをいっそうひき立てるためのかざりものとして、その新たなやくめを果たしていました。白い塔にはすべて、銀色の地に水色のししゅうのなされた、きれいなはたがつけられていました。それらのはたは、そよ風を受けてひらひらとたなびき、ふりそそぐ朝日を受けて、きらきらとかがやいております。じょうへきの上にたちならんだ、それらのはたのついた白い塔を、しんじゅにたとえるのなら。白いじょうへきは、まるで、それらのしんじゅのついた首かざりのようでした。そしてシープロンドのみやこには、こんなにも美しい白い首かざりが、四つもかかっていたのです。

 

 これらのものが、うつしみ谷のてっぺんであるこのてんぼう台の、はるか下にまでむかって、ゆるやかなだんだんになってつづいていました。そして、いちばん下のじょうへきのむこうには(つまり四番目の首かざりのむこうには)、見渡すかぎりのはたけやまきばが広がっていたのです。たくさんの風車がゆうゆうとまわり、へいわでのどかなシープロンドのいんしょうを、ことさらに強めていました。

 

 この場にいる者たちの中ではじめてこの景色を見たのは、ロビーただひとりでした。ライアンはもちろん、ここの生まれなのですから、ほとんど毎日(たまのお出かけのときはべつとして)この景色を見て育ったのです。そしてベルグエルムとフェリアルも、すでにこのシープロンドにしばらくたいざいしているあいだに(つまりロビーが見つかるまでのあいだです)、この美しい景色をじっくりとながめることができていました(うらやましいかぎりです)。

 

 このシープロンドのすばらしい景色は、きっとなん時間見ていたって見たりないくらいに思うことでしょう。ですけど、このてんぼう台に夕方までゆっくりと、お茶とケーキをいただきながらとどまっているわけにもいきません(それができたらさいこうなんですけど)。ですからみんなは、なごりおしみながらも、このみりょく的な景色の広がる高台の小さな広場を、しぶしぶあとにしました(じっさいここにいたのは、時間にしてせいぜい一分くらいでした。なんてかわいそうなロビー! かれには、あとでまたゆっくりと、この景色を楽しんでもらいたいものです)。

 

 てんぼう台のある広場をすぎると、白いれんがの小道は、生いしげる木々の中へとつづいていきました。道の両わきには、はじけるようなみどりの葉をつけた大きな木が、すきまなくならんでおります。それらの木々ののばしたえだが、道の上にまで大きくせり出していて、みんなはさながら、森の中に切りひらかれたみどりのトンネルの中を進んでいるかのようでした。えだには、たくさんの鳥たちがとまっているのが見て取れました。朝の美しい光が木もれ日となって、そのえだのすきまからふりそそいできます。それらはまるで、おうごんの光のシャワーのようでした。その光のシャワーをあびながら進む一行のことを今、鳥たちのさえずる美しい音楽が、やさしくかんげいしてくれていたのです。

 

 「ずいぶんと、人になれているんですね。ぼくのいた森にも鳥はいたけど、ぼくのことをこわがって、ただの一羽だって、こんなそばにまでよってこなかったのに。」ロビーがそういって、にが笑いを浮かべました。ロビーのいう通り、このシープロンドの鳥たちは、こんなにたくさんの騎馬たちがすぐそばにまでこうしんしてくるというのに、まったく飛び去ってしまうそぶりすら見せなかったのです。馬の背から手をのばせば、すぐ手がとどいてしまいそうでした。

 

 「シープロンドの鳥たちは、ほかの生きものをこわがらないんだよ。かれらをおそう敵もいないから。みんな、仲間だと思ってるみたいだね。」ライアンがそういって、右手の人さしゆびを、頭の上のあたりにすっとさし出しました。するとそのゆびに、ぱたたっと一羽の小さな水色の鳥が飛んできて、とまったのです。小鳥はそこで、のんびりと毛づくろいをはじましたが、ライアンがそっとゆびさきを上げると、ふたたびもとの木のえだの上へともどっていきました(ためしにロビーも同じことをしてみたのですが、飛んできた鳥はロビーの頭の上にとまってしまいました。しかも、いちどに五羽も! あわてて首をふったロビーのことを見て、みんなは思わず笑ってしまいました)。

 

 まこと、このシープロンドにいるかぎり、危険はまったくかやのそとといった感じでした。きのうのおそろしいたいけんも、セイレン河のあの変わり果てたすがたも、みんな夢だったんじゃないかと思えるくらい、ここはへいわそのものに見えたのです。

 

 そしてみんなの心が、げんじつのそのおそろしさを忘れてしまいそうになっていたころのこと。不安やきょうふからかいほうされて、つかのまのへいわにひたりきっていた、そんなおりもおり。かれらのなごやかなこうしんを、とうとつにうち破るものが、道のゆく手からあらわれました。

 

 それは二頭のはい色の騎馬たちでした。乗っているのはそれぞれにひとりずつ、われらが騎士たちと同じ服そうをした、おおかみ種族の者たちです(かみの毛もしっぽも、もちろんはい色です)。かれらはこの白いれんが道を大急ぎでかけてきたらしく、ロビーたち一行にはちあわせしたときにも、すぐにはとまれず、いったん大きく通りすぎてしまってから、あわててひきかえしてきたほどでした。そしてみんなの騎馬たちは、この二頭の騎馬たちがあんまりとつぜんにかけてきたものですから、すっかりおどろいてしまって、そのためあたりはひととき、大さわぎとなったのです。騎馬たちは大きくいなないて、じたばたとあばれました。乗馬のけいけんゆたかな者たちがたづなをひいていなかったのなら、みんなはたまらずに、ふり落とされてしまっていたことでしょう(じっさいロビーはあわやのところで、馬から落っこちずにすんだのです。そのぶん、しがみつかれたホロウノースは、馬をあやつるのにだいぶくろうしましたが)。そのくらいのいきおいで、この新たな二頭の騎馬たちはあらわれました。

 

 それからようやく、ぜんいんの騎馬たちがおちつきを取りもどすことができたころ。新たにとうじょうしたその二名のウルファの騎士たち(これはもうどう見たって、ベーカーランドの白の騎兵師団の騎士たちだったのです)にむかって、口をひらく者がありました。それは、かれらのみちびき手である白の騎兵師団の長、ベルグエルムだったのです。

 

 「ハミール! キエリフ! これはなにごとだ! この美しい友人たちのくにを、かくも荒々しく馬でかけまわるとは!」

 

 ベルグエルムの(おしかりの)言葉に、ハミールとキエリフとよばれたふたりの若き騎士たちは、うやうやしく頭を下げて、失礼のだんをおわびしました。

 

 「申しわけありません! よんどころなきじじょうのゆえ、どうかごぶれいをおゆるしください!」

 

 いつもとてもれいぎ正しいはずのかれらのような騎士たちが、ここまであわてて、荒っぽくやってくるなんて、なにかよほどのじじょうがあってのことのようです。いったいどうしたというのでしょうか? かれらの言葉に耳をかたむけてみましょう。

 

 「よくぞごぶじでもどられました。ライアン王子も、よくぞごぶじで。それと……、おお! そちらのお方が、われらがきゅうせいしゅであられますか!」

 

 ふたりの騎士たちはまずあいさつをかわし、それから、ロビーのことを見ておどろきました。かれらのよく知っているあのいい伝えの黒き同ほうが、今こうして、目の前にいるのですから、それもとうぜんのことだったのです。ですがかれらには今、そんなロビーのことでさえ、じっくりかんさつしているよゆうすらありませんでした。それは、ここへきたほんらいのもくてき。この美しいシープロンドのくにの中を、ひじょうしきにも全力で馬を走らせるはめになった、そのわけが、今のかれらの心を、すっかりみだしてしまっていたためだったのです。

 

 「ベルグエルム隊長、フェリアル副長。わたくしどもにとっての、いちだいじたるできごとが起こりました。北門にあなた方がとうちゃくされたとのほうこくを受け、われらはいっこくも早くそのことを伝えるべく、はせさんじたしだいなのです。」

 

 かれらはベルグエルムとフェリアルの旅のともとして、ベーカーランドからいっしょにやってきた、騎士たちでした(つまり、かれらは四人でベーカーランドを出発したのです。ちなみに、フェリアルは隊長のつぎにえらい、副長だったんですね。どうりで、剣のうでも立つはずです)。

 

 この若き騎士たちのことをかんたんにごしょうかいしますと、ハミールはナシュガー家の長男で、なかなかの好青年です。そしてキエリフは、同じくアートハーグ家の長男で、これも負けないくらいの好青年でした。剣のうでも、隊長と副長にまではおよばないとしてもなかなかでしたし、頭もよかったのです。つまりひとことでいえば、ふたりとも、「りっぱな騎士」たちでした。ですから、こんかいのこの重要なにんむの旅に、かれらがえらばれたのも、しごくとうぜんのことだったのです。そしてそんなふたりの騎士たちが今、みんなが思いもよらない、たいへんなできごとのことを語りはじめました。

 

 「ついさきほどのこと。せいかくには、今から一時間ほど前のことです。メリアン王の王宮に、一羽のたかが飛んできたのです。それはまさしく、われらベーカーランドの者たちのもちいる、でんれい用のたかでした。そしてその足には、おそれていたことに、まっ赤なはたぬののしるしがくくりつけられていたのです。」

 

 若き騎士たちの言葉に、ベルグエルムとフェリアルのふたりは大きく表じょうをくもらせました。それはあきらかに、なにか悪いことが起こったということをあらわしているものでした。じつは、騎士たちの言葉にあったまっ赤なはたぬのというのは、かれらベーカーランドの者たちがもちいている、れんらく用のあいずのひとつだったのです。そしてそのあいずは、ごそうぞうの通り、とてもよくないことが起こったという悪いしらせをあらわすためのものでした(もしこれが青いはたぬのであったのなら、はんたいによいことが起こったということをあらわします。そのほか白やきいろなど、さまざまなものがありましたが、こんかいはその中でももっとも悪い、もっとも見たくない、赤いはたぬののしるしが、そのたかの足にくくりつけられていたというわけでした)。

 

 ベルグエルムの表じょうはこわばり、こわいくらいでした。ロビーは不安げに、そんなかれらの顔を見まわすばかりです。いったいなにが起きたのか? それは、騎士たちのつぎの言葉によってあきらかとなりました。

 

 「そのはたぬのには、手紙がついておりました。さし出しもとは、べゼロインのとりでです。それによれば、われらのふたつのとりでのうちのひとつ、リュインのとりでが、敵のこうげきによって落ち、うばわれたというのです。」

 

 「そんなばかな!」フェリアルが思わずさけびました。「われらはついこのあいだ、そのとりでを通ってここへきたんだぞ! とても信じられない。それはほんとうなのか?」 

 

 フェリアルのいう通り、かれらはベーカーランドを出発してから、ティーンディーンの大河にそってつくられた、それらふたつのとりでを通って、この北の地へとやってきたのです。それらのとりでとは、ひとつはべゼロインのとりで。そしてもうひとつが、リュインのとりででした。これらのとりでは、ワットの黒の軍勢のしんりゃくをおしとどめるためにベーカーランドがきずいた、大いなるとりででした。ふたつとも、このアークランドでもほかにるいを見ないほど、大きくてりっぱなとりでだったのです。もしこれらのとりでがなかったのなら、ベーカーランドの人たちはいちにちだって、安心して眠ることなどはできないでしょう。それほどに、これらのとりではかれらにとってだいじなものでした。

 

 そして、それらのとりでのうちのひとつであるリュインのとりでが、敵の手によって落ち、うばわれたというのです。ですからこれは、ベーカーランドだけでなく、このアークランド世界に住むすべてのぜんなるたみたちにとっての、いちだいじでした。フェリアルがうたがってかかったのも、むりもないことだったのです。とても、そんなことは信じられませんでしたし、信じたくありませんでしたから。

 

 ですがこれは、まぎれもないじじつでした。それは、つづく若きウルファの騎士、ハミール・ナシュガーの言葉によって、たしかなものとされたのです。

 

 「わたしも、信じたくはありませんでした。フェリアル副長のいう通り、まちがいであると信じたかった。しかしこれは、まちがいのないじじつなのです。それは、しらせを受けてリュインにかけつけたべゼロインの者たちによって、たしかなものだとかくにんされました。そして、そのべゼロインとりでへと、リュインのひほうをしらせるべく、手紙を送ったのは……」ハミールはそこで、言葉をつまらせました。となりにいるキエリフが、かれの肩に手をおいてはげまします。

 

 「でんれいのたかによってべゼロインへと手紙を送った者は、わたしのよく知っている人物であったのです。それは、レイミール・ナシュガー。わたしの、じつのおとうとです。」

 

 ハミールの言葉に、その場にいるぜんいんがおどろきの声を上げました。レイミールはハミールの若きおとうとで、ねんれいはまだ十二さいほどでした。レイミールは兄のハミールによくなついていて、くにの力になりたいとむりをいって、リュインとりでの見ならい兵士としてはたらいていたのです(ほんとうならまだ兵士になれるねんれいではありませんでしたが、ハミールがお願いして、とくべつに見ならいとしてきょかしてもらっていました)。

 

 レイミールのことはベルグエルムやフェリアルもよく知っていて、ずいぶんとかわいがっていました。じっさいここにくる前(せいかくには三日と半日前のことでしたが)、かれらはリュインとりでで、レイミールに会ったばかりだったのです。ですからかれらは、ことさらに心を痛め、心配しました。

 

 「レイミール! かれは、かれの身は? ぶじでいるのか?」ベルグエルムがまっさきにたずねました。そしてその思いは、ベルグエルムのみならず、その場にいるみんなが同じだったのです。

 

 そんなみんなの心配に、キエリフ・アートハーグがこたえました。ハミールはもう、おとうとのレイミールのことで胸がいっぱいで、とてもまともには、ものを話せるじょうたいではなくなってしまっていたのです。

 

 「それは……、なんとも申し上げることができません。かれが手紙を書いたときには、もうあたりはすっかり、敵にかこまれてしまっていたそうです。かれをふくむわずかな兵士たちのみが、さいごのふんとうをつづけるべく追いつめられ、そしてそのきぼうを、一羽のでんれいたかにたくしたとありました。べゼロインに送られたその手紙には、リュインがもしこのまま落ちるようなことがあったなら、そのことと、そして南への危機をただちにしらせるべく、兄のハミールのいるこのシープロンドへと、でんれいのたかを送るようにとのしじがなされていたのです。」

 

 ベルグエルムもフェリアルも、深くうなだれて思いをめぐらせていました。そして、自分たちのためにいちはやく大きな危険をしらせてくれたレイミールに、ふたりは深くかんしゃしたのです。

 

 キエリフがつづけます。

 

 「レイミールたち、残された兵士たちがどうなったのか? この手紙からだけではわかりません。ですがわたしには、かれらの身にまちがいが起こったなどとは、どうしても思えない! レイミールは兄ににて、とてもゆうかんで頭もいいのだから、きっとぶじでいてくれているにちがいありません。わたしは信じます。」

 (のちに語られることになりますが、このような戦いには、さまざまなきまりごとがきめられていたのです。追いつめたすくない数の者たちを必要以上におびやかすということは、そんなたくさんのきまりごとのうちのひとつとして、はっきりときんじられていることでした。ですが、ひれつなワットが、それをきちんと守るかどうか? 仲間たちにはかくしょうが持てなかったのです。あのカピバラのくにでのぼうきょを思い起こしてみてください。あれほどひどいことは、いくらワットといえども、そうそう起こし得ないことだと信じたいですが、ワットのことです。それに近いことでも、へいきでやりかねません。相手がたとえ、おさない者であったとしても……。ですから仲間たちは、残された兵士たちのことをあんじ、レイミールの身のぶじをあんじました。)

 

 キエリフの言葉に、その場にいる者たちぜんいんも、大きくうなずいてこたえました。それでハミールも、ようやく顔を上げて、みんなの方をむくことができたのです。レイミールのぶじをいちばん信じたかったのは、かれでしたから。そう、レイミールはぶじにちがいありません! 自分が信じてあげなくて、どうするのでしょう? ハミールは気持ちを強く持ちました。みんなのおかげで、もういちど、きぼうを取りもどすことができたのです。ハミールは頭を下げて、みんなに心からかんしゃしました。

 

 「ありがとうございます、みなさん。おとうとは、ぶじでいる。わたしも信じます。なにより、ぶじでいると感じることができる。」ハミールはそこで、はじめて笑顔を見せました。

 

 「もちろん、ぶじにきまってるよ!」これはライアンでした。

 

 「近いうちに、しょうかいしてよ。ハミーのおとうとさんなら、ぼくもきっと、いい友だちになれると思うから。なんてよぼうかな? レイミールくんだから……、うん! レミってよぼう!」

 

 ライアンはそういって、にっこり笑ってみせました。かれはひつじの種族でしたが、ロビーをふくめ、このみじかいあいだにはじめて出会ったおおかみ種族のかれらのことを、すっかり好きになっていたのです。ですからライアンは、かれらのために、自分のできるかぎりのことをしてあげたいと考えるようになっていました。この場でかれが、持ち前の明るさと心くばりでこんなふうにおどけてみせたのも、友であるおおかみ種族のみんなのことを、すこしでも、げんきづけてあげようと思ってのことからだったのです(ライアンはほんとうにいい子です)。

 

 「ありがとうございます、ライアンどの。」

 

 ハミールは、そんなライアンの心づかいにかんしゃして、深々と頭を下げました。ですがライアンは、さもいごこちが悪いといったふうに、手をふっていったのです。

 

 「やめてよハミー。そんなのいいからさ。ぼくのことは、ライアンでいいよ。キーフも、気をつかわなくていいからね。」

 

 ライアンはハミールとキエリフのふたりにいいましたが、そんなライアンの言葉に、れいぎさほうやけいしきを教えられてきた騎士であるふたりは、にが笑いしながら、おたがいの顔を見あわせました(ベルグエルムとフェリアルのふたりも、さいしょはライアンの立ちふるまいと自由ほんぽうさにとまどって、なれるまでには時間がかかったのです。騎士である自分が、はじめて出会ったちびっこ王子さまに、まさかいきなりニックネームでよばれるなんて、思ってもいませんでしたから。

 ちなみに、ハミーとキーフというのは、もちろん、ライアンがハミールとキエリフにつけたニックネームです)。

 

 こんなふうに、ハミールのことを思うたくさんの友人たちのおかげで、しずんでいたその場もふたたび、明るさを取りもどすことができました。ですが、リュインとりでが敵の手に落ちたということは、しんこくなじじつとして、いぜん残されたままであったのです。ですから、みんながつぎにやるべきことは、おのずときまってきました。

 

 「われらは急いで、これから取るべきおこないを話しあわなくてはならないな。」ベルグエルムがいいました。「もとより、そのつもりであったのだが、じたいはさらにしんこくさをましてしまった。これではふたたび、もとのようには、南の地におもむくことはできないだろう。リュインとりでが落ちたとなれば、敵はわがもの顔で、あたりの土地を歩きまわることができてしまう。」

 

 「それに、きのう出会った黒騎士たちのことも、やはり気がかりでなりません。」ベルグエルムの言葉に、フェリアルも心配げにこたえました。

 

 「わたしも、かれらのことが心配だ。」ベルグエルムがうなずいてつづけます。「われらのすがたをおおやけにさらすことは、どうしてもさけなければならないだろう。もしかれらにとらえられでもしたら、われらのにんむもおしまいだ。」

 

 ベルグエルムの言葉は、なんとも正しいものでした。敵につかまること。それはすなわち、われらがきゅうせいしゅであるロビーの身が、敵の手に渡ってしまうということを意味していたのです。ベルグエルムのいう通り、それだけは、なんとしてもさけなければなりません。ロビーのそんざいは、かれらにとって、さいごのきぼうだったのですから。

 

 「じゃあ、早くみんな、お城にいかなきゃいけないね。」ライアンがいいました。「父にそうだんして、みんなで話しあおう。みんなで話しあえば、いいこたえが出るはずだよ。」

 

 「かんしゃします、ライアンどの、いや……、ライアン。」ハミールが、深々と頭を下げようとしたのをとちゅうでやめて、かるいおじぎにとどめながらこたえました(さっきライアンにいわれたばっかりですものね。えらい身分の相手のことを名まえだけでよぶのには、まだちょっと、ていこうがありましたが)。

 

 「くにのゆくすえにかかわる、だいじな話しあいです。」さいごに、ベルグエルムがいいました。

 

 「われらの進むべき道を、みんなで考えよう。」

 

 

 そして、シープロンドにつどったこのせいぎの者たちは、いちろ、メリアン王の待つシープロンドの王宮へとつづく、白い小道を、足早にたどっていったのです。朝日はもう、すっかりのぼりきって、このおだやかな白きひつじたちのくにの中を、やさしくてらし上げていました。その美しさはいぜんと同じく、なにひとつ変わってはいませんでした。

 

 

 




第6章「進むべき道」に続きます。





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6、進むべき道

 ある朝のこと。十羽ほどの渡り鳥のむれが、青くかがやく山のいただきのむこうから飛んできました。新しくのぼったばかりのおひさまの光が、すべてのものを、きらきらとかがやかせていました。そして鳥たちは、その光の中、みずからのその身を美しいこがね色にかがやかせながら、山のすそのに広がるその谷の上を、いちろ、はるかな南へとむかって進んでいったのです。

 

 その谷は、見るもあざやかなものでした。谷中がみどりにあふれかえり、花々にみちあふれていたのです。それはおよそ、この世のらくえんとよぶのにふさわしいところでした。なんともいんしょう的な、白いふしぎなれんがでつくられたじょうへきが、その谷を美しくかざり立てていました。そして、そこにそびえたつたくさんの白い塔が、その谷の美しさをかんぺきなものにしていたのです。それらは人がつくったものであるはずでした。ですがそれらはまるで、はるかなしぜんのいとなみの中に、もともとそんざいしているものであるかのように、ありのままに、なんのふしぎもなく、この景色の中にとけこんでいたのです。

 

 谷は今、たくさんの水のしずくによって、きよらかにあらわれていました。夜明けまでに、かなりの量の雨がふったようです。木々の葉にかがやく宝石のような水の玉と、あちこちにできた水たまりの数が、そのことをよくあらわしていました。しかし、この谷に流れる水は、いぜんとしてやわらかく、やさしく、ここに住む人々の暮らしをうるおすばかりでした。これだけの量の雨がふったのにもかかわらず、せせらぎの水はあふれることもなく、にごることもなく、ただ変わらずに、きよらかな流れのままだったのです。

 

 そのひみつは、この谷のてっぺんにそびえる青くかがやく山にありました。つまりその山は、この地に住む人たちがせいなる山とたたえる、タドゥーリ連山だったのです。

なぜ谷に流れる水のせせらぎが、いつでもおだやかなままなのか? この山の名まえをきけば、このおとぎのくにアークランドに住んでいる者であれば、すぐにそのこたえがわかることでしょう。つまりそれは、この谷が、そのタドゥーリ連山に住むたくさんの精霊たちの力によって、強く守られているからでした。

 

 タドゥーリ連山に住む精霊たちは、このアークランドの中でもとくべつな、とても大きな力を持っていました。水の精霊、風の精霊、土の精霊に、火の精霊まで。この山にはじつにたくさんのしゅるいの精霊たちが、大勢住んでいたのです(ちょっとおそろしげなやみの精霊という者たちまで、そこには住んでいるほどだったのです)。ですが、じっさいにそのすがたを見ることのできるきかいは、山のふもとのこの谷に住んでいる者たちであっても、めったにあることではありませんでした(読者のみなさんは、そのりゆうをすでにごぞんじですよね。かれらのような精霊たちは、ひっそりとかくれ住んでいる者たちなのであって、われわれの目の前にはほとんどそのすがたを見せないのですから)。しかし目で見ることはできなくとも、この谷に住んでいる者たちは、精霊たちのその大いなる力を、しっかりとはだで感じることができたのです。

 

 そのため、谷の者たちは精霊たちのことをことさらにうやまい、かれらの住む山をせいなる山とたたえて、たいせつに守ってきました。そして谷の者たちのその心は、精霊たちの方にも、しっかりととどいていたのです。この谷のせせらぎが大雨でもあふれることなくおだやかなままなのは、この谷を守ってくれている、そんな精霊たちのおかげでした(ぐたい的にいいますと、水の精霊たちが谷に水のひがいを出さないように、あふれた水をひとしずくずつ、遠くのみずうみにまではこんでくれていたからでした。そのほか、風の精霊は強すぎる風で木々がいたまないようにと風を弱めてくれましたし、火の精霊はかじで森がやけないようにと、気をくばってくれていたのです。精霊たちがこの谷をどんなにだいじにしてくれているのか? よくおわかりでしょう。この谷の住人たちは、ほんとうにしあわせ者です)。

 

 暮らしの中に、まったくあたりまえのように、しぜんの美しさと精霊たちの力がとけこんでいる。それがこの谷のすばらしさであり、ほこりでありました。そして、この谷にあるなんともすばらしいそのくにの名まえを、みなさんはもうよく知っていますよね。そう、そこは美しき、白きひつじたちのくに。名まえは、シープロンド。

 

 

 渡り鳥の一羽が、シープロンドのくにの上空で、大きくばさっ! とつばさをはばたかせました。なんまいかの羽がふわりとまい上がって、それらはゆっくりと、地上へとむかって落ちていきます。やがていちまいの羽が、白くかがやく美しいれんがのしきつめられたその小道の上に、ふわっとおり立ちました。そして今、その道を全部で六頭の騎馬たちに乗ったおおかみとひつじの種族の者たちが、足早に、こちらへとむかってやってくるところだったのです。

 

 一行は、小道のつづくさきにある、ひとつのたてものをめざして進んでいるところでした。それは、このひつじのくにシープロンドの中でも、もっとも重要なたてものでした。それもそのはず。なにしろそのたてもののあるじは、このくにの中でいちばんえらい人。王さまなのですから。つまりそのたてものは、このシープロンドの王宮でした。王さまとその家族が住んでいるところであり、くにのせいじをとりおこなうところであり、そとからのたいせつなお客さまが、たいざいするところであったのです(ベルグエルムたちウルファの騎士たちは、今そのたいせつなお客さまとして、王宮にとどまっていたのです)。そしてみんなは今、その王宮でとてもだいじな話しあいをおこなうべく、急ぎ、その小道を進んでいるところでした。

 

 白い小道はゆるやかな下り坂となって、くねくねとまがりながらのびていました。とちゅういくつかの小さなたてものがあって、そこにはかざりやりを持ったシープロンの衛士たちが、それぞれなん人かずつ、見張りに立っていました。これらのたてものは、北門から王宮までの道を守るためのその見張りをおこなう、衛士たちがいるところでした。この白い小道は文字通りの小さな道でしたが、じつはおまつりのときなどに王さまが通ったりするための、とてもたいせつな道であったのです(もとよりこの道を通らないことには王宮へといけませんでしたので、はじめからたいせつな道であることに、変わりはなかったんですけど)。そのため、見張りの衛士たちがいつもいて、たえず道の安全を守っていました(ですけどこの道はいつも安全で、危険なことなんて今までいちどもなかったんですけど。かれらがいるのは、まあ、かたちだけみたいなものだったのです。

 

 ところで、ルースアンとホロウノースのふたりは、ここのせきにん者として、北門にいちばん近いたてものにきのうからとまりこんでいました。それは旅の一行を、いちはやく出むかえるためでもありました。かれらがまっさきに北門に出むかえにあらわれたのは、そのためだったのです。

 

 ちなみに、ハミールとキエリフのふたりも、一時間ほど前、でんれいのたかのしらせを受けてからというもの、「衛士たちといっしょに北門のそばでみんなのことを待っていたい」といいましたが、かれらはたいせつなお客さま。「どうか王宮にてお待ちください。」とシープロンたちにお願いされ、しぶしぶ、お城で待っていました。ですがやっぱり、旅の者たちが北門にとうちゃくしたとのしらせを受けて、かれらはいてもたってもいられず、騎馬たちに乗って飛び出していってしまったというわけなのです)。 

 

 六頭の騎馬たちは、さらにいくつかの広場と門を越え、木々のトンネルをぬけていきました。そして白い小道はついに、メリアン王のいるシープロンドの王宮の、その入り口へとつながったのです。 

 

 入り口のりっぱな門をぬけると、そこは王宮の中庭になっていました。あざやかなしばふがしきつめられていて、ところどころに、みずみずしい実をつけた木が立っております。そしてなんとも色とりどりの花々。それに集まるたくさんのちょうたち。まん中にはかがやく水をふき出す、みごとなふんすいもありました。

 

 それはため息をついてしまいそうなくらいの、美しい庭でした(ガーデニングの好きな人なら、あんまりすばらしい庭なので、ちょっとくやしいくらいに思うことでしょう。ロビーはこの庭のことを見て、すぐに、えんげい好きのスネイルのことを思い出してしまいました)。そしてその庭のむこうに。シープロンドの王宮がたっていたのです。王宮もシープロンドのほかのたてものと同じく、あの白くかがやくれんがでつくられていました。あちこちに白い塔がつき出ていて(これはだんろのえんとつなのです)、たくさんのバルコニーがつくられております。ですが、たてものの大きさ自体は、けっして大きなものではありませんでした。これは、かれらのひかえめなせいかくをよくあらわしていました。たとえ王さまの住む王宮であっても、必要以上にりっぱにするのは好ましくないというのが、かれらの考え方だったのです(これはほかのすべてのことにもいえることでしたが、ものごとには「ちょうどよいところ」というものがあるのです。シープロンドの人たちは、そのことをよく心得ていました)。

 

 一行はそのまま、美しい中庭を通って、王宮のたてもののその入り口の前へと騎馬たちを進ませました(しばふをよごさないように、中庭にはちゃんと、馬や人の通る小道もつくられていました)。入り口の前には王宮つきの衛士たちが、きちんとれつをなして、一行のことを出むかえております。そしてそのいちばん前には、ルースアンとホロウノースのふたりと同じ服そうをした、王のそっきんの者たちがふたり、立っていました。

 

 このふたりの者たちの名まえは、ルーベルアンにフォルテールといいました(ちなみに、ルーベルアンはルースアンのおとうとです)。ふたりはまずライアンにあいさつをしてから、旅の者たち、とくにロビーにむかっていいました。

 

 「ようこそ、シープロンドの王宮へ。どうぞ、よきごたいざいを。」

 

 そしてかれらは、ていねいに心のこもったおじぎをしてから、つづけたのです。

 

 「じょうきょうは、よく心得ております。さあ、どうぞ中へ。メリアン王がお待ちです。」

 

 

 王宮の中は、これまた白の世界でした。かべや床はもちろん、テーブルやいすや、かかっている絵のがくぶちまで、みんな白いのです。もしどこかに、どろのはねたのがいってきでも落ちていたのなら、ものすごく目立って見えるにちがいありません。それほど王宮の中は、どこもかしこもぴかぴかにみがき立てられていました(ですからロビーは、自分のかみやしっぽが黒いのが、なんだかとてもくすぐったく思えました。そんなロビーのことを見て、ライアンは、「ここにいたら、ロビーのかみもしっぽも、今よりもっときれいに見えるじゃない。いいことだよ。」といってあげました)。

 

 中にはいってすぐのところに、王宮の二かいへとつづく大かいだんがひとつあって、そのおどり場のかべに、ひときわ目をひく大きな絵がいちまいかかっていました。えがかれていたのは、ひとりのシープロンの女の人です。ねんれいはまだ若く、二十だいの前半くらいのようでした。その女の人はすき通るような美しいはだと、銀色にかがやくかみをしていて、さらさらと流れるような白いドレスをまとっていました。青い宝石のようなひとみをしていて、そしてそのひとみは、絵を見る者におだやかにむけられていたのです。

 

 ロビーはひとめで、この絵にみいられてしまいました。心がすうっと、すいこまれていくような感じがします。そのうえはじめて見た人なのに、ロビーはこの人のことを、すでにどこかで見たことがあるように思いました。

 

 「きれいな人でしょ?」

 

 ライアンの声に、ロビーははっとわれにかえりました。そしてライアンの顔を見たとき、ロビーのぎもんは晴れたのです。そう、この女の人は、ライアンにそっくりだったのです!

 

 「そう、ぼくのお母さんだよ。ぼくが小さいときに、なくなったんだ。」

 

 ライアンの表じょうは、ちょっとかなしげでした。そんなライアンの気持ちを思って、ロビーも同じく、心がしくしくと痛んできます(ちなみに、絵にえがかれていたのは、ライアンのお母さんが二十三さいのときのすがたでした。そしてこの絵がえがかれてから二年ごの二十五さいのときに、ライアンが生まれたのです)。

 

 それからロビーは、自分のことも考えました。自分にも、お父さんやお母さんがいるはずなのです。生きているのだろうか? そうだとしたら、今どこで、なにをしているんだろう? もうなんども思いえがいてきたことでしたが、ロビーは今また、そのことに思いをめぐらせていました。

 

 そのとき、かいだんのわきのろうかから、ひとりのシープロンの少女がやってきました。ねんれいはまだ十二ほどです。ロビーにはすぐに、その少女がライアンの身内の者であるとわかりました。だって、今見ていた絵の中の女の人が、そのまま小さくなったみたいに、そっくりだったのですから。

 

 「シープロンドへようこそ。新しいウルファのお客さま。」少女はとてもれいぎ正しくおちついた言葉使いでロビーにあいさつをすると、すっと静かにおじぎをしました(ライアンとは、だいぶせいかくがちがうみたいですね)。

 

 「みなさん、たいへんな道のりであったとおさっしいたします。まずはごゆっくり、旅のつかれをおいやしください。」

 

 「ありがとうございます。」少女の言葉に、ロビーはぺこりと頭を下げてこたえました。ベルグエルムたち、ウルファの騎士たちもそれにつづきます。

 

 騎士たちはこの少女のことを、すでにライアンにしょうかいされて知っていました。ですからロビーと読者のみなさんのために、ここでもういちど、ライアンにかのじょのことをしょうかいしてもらうことにしましょう。

 

 「この子はエレナ。みんな、エルってよんでるけどね。ぼくのいもうとだよ。」ライアンがロビーにいいました。なるほど、ライアンのいもうとだったんですね。見た目がそっくりなのも、うなずけます(せいかくは、だいぶちがうようでしたが)。

 

 「エル、かれはロビー。いい伝えのきゅうせいしゅなんだよ。でも、あんまりはしゃぎたてないようにね。かれは、そういうのいやがるから。」

 

 ライアンの言葉に、エレナはくすりと笑っていいました。

 

 「兄さまじゃないんですから、はしゃいだりなんかしませんわ。」

 

 思わず「う……」とたじろぐライアンに、その場にいる者たちは、みんな思わず、くすくすと笑ってしまいます(すかさずライアンは、「なにがおかしいの!」とそっきんたちをぎろりとにらみつけました。そっきんたちは、「いえ、なにも!」といってごまかしましたが)。

 

 それからライアンは、エレナに今までのことのしだいを手早く伝えました。これからみんなは、ライアン(とエレナ)のお父さんでもあるメリアン王に急いでじじょうを話して、できるだけ早く、これからの道のりのことをきめるための話しあいの場を、作ってもらわなければならなかったのです。ですが、エレナの言葉は、よそうがいのものでした。

 

 「父さまはもう、みんな知ってますわよ。兄さまにけががないということはもちろん。リュインとりでのことも、そのたいさくのことも。今ごろはもう、話しあいのための場が作られているはずです。」

 

 リュインとりでのことは、でんれいのたかがシープロンドについたことによって、もちろんメリアン王のもとにも伝わっていたのです。そしてみんながもどってくれば、これからの旅のことを話しあう必要があるというところまで、王さまはすでによきしていました(さすがはメリアン王です)。

 

 もうひとつの、「ライアンにけががない」ということは、ふたつのりゆうがあって、王さまはもうすでに知っていました。ひとつは、ラッパの音色です。旅の者たちがシープロンドにもどってきたときに吹きならされた、あのラッパの音色は、旅の者たちのようす(とくにライアンのぶじ)をあらわす音色で吹きならされていました(ベルグエルムにかんしては、「肩をけがしている」ということまで、あのラッパの音色はあらわしていました。ちょっとすごいですね)。

 

 ふたつ目のりゆうについては、ちょっと今ここで、すぐに説明することはむずかしかいのですが……、それはこのあと、数ページのうちにあきらかになります。そのためにライアンが怒ることになりましたが、それはなぜなのでしょうか? そうぞうしておいてみてください。

 

 「それならば、話は早い。さすがはメリアン王です。さっそく、王にお会いして……」

ベルグエルムがそういいかけた、そのとき。

 

 

 ばだーん! だんたん、たんたん! だんたん、たんたん! たたーん!

 

 

 かいだんの上から、なにかとんでもなくそうぞうしい物音がきこえてきました。そしてよくきけば、それはだれかがかけ足でこちらへとやってくる、足音のようだったのです。底のあつくてひらべったいくつをはいているために、白い石の床にそれがひびいて、すごく大きな音を立てていたようです(ちなみに、さいしょの、ばだーん! というのは、とびらがいきおいよくひらかれた音のようでした)。それにしても、こんなにおごそかでりっぱな王宮の中を、そんなぶさほうに、ばたばた走りまわるなんて! いったいだれなのでしょう? もしメリアン王に知れたら、大目玉をくうにちがいありません! 

 

 そして、その音を立てていたぬしが、みんなの見守るその大かいだんの上までやってきました。その人物は、そのまま大急ぎでかいだんをかけおりてきます。シープロンの男の人で、ねんれいは四十だいのなかばくらいでしょうか? りっぱな口ひげを生やしておりましたが、かみの毛はぼさぼさで、寝起きのまんまといった感じ。くしもいれておりません。かっこうは、王さまのそっきんたちに負けないくらい、りっぱな服そうをしておりましたので、身分の高い人であることにはまちがいないようでした。ですが、いかんせん、なんだか大あわてで着がえをしたみたいに、その服はくちゃくちゃにみだれていて、ボタンの位置までずれているありさまだったのです。

 

 その人はかいだんをおりきると、そのままいちもくさんにこちらにとっしんしてきました(まるで赤いぬのにむかっていく、とうぎゅうの牛みたいに)。そしてかれは、その場にいる者たちの中からただひとりをえらんで、その人物をがばっ! と両手で大きくだきしめたのです(その人物のとなりにいるエレナなど、目にははいらないといったようすで。ですからエレナは、いきおいあまって、はじき飛ばされそうになってしまったくらいだったのです)。

 

 そして……、その人物は、こうさけびました。

 

 

 「ライちゃーん! お父さん、心配したよー!」

 

 

 ええーっ! その場にいる者たちは、みんな、口をぽかーんとあけてかたまってしまいました。とくに、ウルファの騎士たちの顔といったら! ロビーがルィンビスの花を食べたときの表じょうの、十ばいくらいおかしかったものです。

 

 なんとなんと! その人物は、メリアン王ほんにんでした! そして、メリアン王がだきしめていたのは……、そう、ライアンだったのです!

 

 この(よそうがいの)出むかえに、いちばんあわてふためいたのは、もちろん、ほかならぬライアン自身でした。ですからライアンは、じたばたとあばれて、思わずさけんだのです。

 

 「わわーっ! ちょっと! やめてよ父さん! お客さんの前で、なにやってんのさ!」

 

 ライアンがいやがるのもむりはありません。力ずくで王さまのことをひきはがすと、そのまま、両手でどんっ! とつき飛ばしてしまいました。はずみで、メリアン王は、どってん! 床にしりもちをついてしまいます。それからメリアン王は、「いたたたた……」とおしりをさすって、なんともなさけない声でいいました。

 

 「だって、きのう帰ってくるっていってたじゃないか。父さん、寝ないで待ってたのにー。とちゅうで二回も危険な目にあってたし、すっごく心配だったんだよー。」

 

 メリアン王はそういって(ほとんどいじけてしまって)、自分の両手の人さしゆびをおたがいにつんつんとつっつきあわせました。なるほど、わが子を思う、親の心というものでしょうか? たとえ一国の王さまであるとしても、その気持ちはやはり、同じのようです。それはよくわかるのですが……、ちょっと、王さまの場合は、やりすぎといった感じですね……(ちなみに、メリアン王は自身のその言葉の通り、寝ないでずっとライアンのことを待っていましたが、ついに力つきて、明け方に眠ってしまいました。そうしてついさきほど、エレナとルーベルアンのふたりに起こされたのです。これはメリアン王があんまりぐっすりと眠っていたために、エレナたちが、王さまを起こすのをぎりぎりまで待ってあげていたからなのですが。そしてメリアン王はそれから、リュインのことや、ライアンたちがぶじにとうちゃくしたということなどを、もろもろしらされて、寝起きの頭をふりしぼって、あれこれのしじをみんなに与えたというわけでした。

 

 そのあと、「もうじき王宮にもどられますので、わたくしは出むかえにいってまいります。」というルーベルアンの言葉に、メリアン王は「わー、待って! わたしもいく!」といいましたが、エレナに、「そんな寝起きのかっこうで出られますか! ちゃんとしたくをしてからですよ!」とさとされて、大急ぎで、身じたくをはじめたというわけだったのです。でもやっぱりメリアン王は、したくもそこそこに、大あわてで飛び出していってしまったというわけでした。そのけつまつは……、今みなさんに見ていただいた通りです)。

 

 そんなメリアン王の言葉をきいて、ライアンは、はっとなにかに気づいたようでした(するどい読者のみなさんでしたら、きっと同じように気がついたことと思います)。

 

 「ちょっと待って! 二回も危険な目にあったって、なんで父さんがそこまで知ってるのさ? 旅の中でのできごとのことは、まだ、だれにも話していないのに。もしかして……、父さん、またぼくに、なにかしかけをしたんでしょ!」

 

 ライアンがそういうと、メリアン王はぎくっ! とした顔になりました。そう、じつはこれこそが、ライアンがぶじであるということを王さまが知ることのできた、ふたつ目のりゆうだったのです。

 

 メリアン王はライアンの身を心配して、ライアンの衣服のうらがわに、こっそりとあるものをぬいつけておきました。それは、とてもとても小さな、星がたのブローチでした(ちょっと上からさわったくらいでは、ぜんぜんわからないほど小さいのでした)。このブローチにはふしぎな力があって、それを身につけている人物が危険な目にあうと、もうひとつの対になるブローチがぴーぴー音を立てて赤く光るのです。もうひとつのブローチはもちろんメリアン王が持っていて、王さまはこれで、ライアンがとちゅうで二回危険な目にあっていたということを知ることができたというわけでした(その二回とは、ガイラルロックたちと戦ったときと、黒騎士たちにおそわれたときの、二回のことです)。

 

 そしてもうひとつ。このブローチの持ちぬしがけがをした場合、対になるブローチはそのけがのていどにあわせて、ずっと赤く光りつづけるのです。つまりこのためにメリアン王は、「ライアンにけががない」ということまでをも、あわせて知ることができていたというわけでした(ずいぶんと、べんりでふしぎな品物があるものですね。王さまはどこから、こんなものを手にいれたんでしょうか? なぞです)。

 

 さて、王さまがライアンを心配する気持ちはよくわかるのですが、その方法がいけませんでした。せめてひとこと、ちゃんとライアンにことわっていればよかったのですが……。どうもライアンは、メリアン王のその(ゆきすぎるまでの)心配しょうには、ちょっとうんざりぎみだったようです(そして王さまも、そのことをわかっておりましたので、ライアンに気づかれないように、こっそりと魔法のブローチをぬいつけておいたというわけでした。うっかり口がすべって、けっきょくばれてしまいましたけど)。

 

 「まーた、ぼくにだまってそんなことしてたの! やめてよって、いつもいってるじゃない! こないだだって、ちょっとピクニックに出かけただけなのに、こっそりあとから、見張りにつけさせてたでしょ。ぼく、知ってるんだからね。ぼくの部屋にもだまってはいるし。こんどかってにそんなことしたら、もう、口きいてあげないから!」

 

 さあたいへん。王子さまはすっかり、ごきげんななめのごようすです。王さまはなんどもあやまって、なんとかきげんをなおしてもらおうとがんばりましたが、ライアンはなかなかゆるしてくれません。

 

 そんなとき。ライアンにそっと近づいて、その手をぎゅっとにぎる者がひとりいました。それはいったいだれでしょう? それは、ほかでもありません。われらがロビーだったのです。

 

 「ライアン。」

 

 ロビーははじめて、ライアンを名まえだけでよびました(これはとてもいがいなことでしたので、かれのことをよく知っているベルグエルムとフェリアルのふたりは、とてもびっくりしたものだったのです)。

 

 「もう、ゆるしてあげて。お父さんは、きみのことを思ってしたんだから。きみがだいじでなければ、こんなことはしないんだから。」

 

 ロビーのいう通りでした。親やたいせつな人たちに心配されるということ。それはとても、めぐまれていることなのです。こんなにしあわせなことはないのです。ライアンはロビーにいわれて、はっとそのことを思いかえしました。それと同時に、ライアンはロビーがほんとうにじゅんすいな心を持っているのだということを、あらためて知らされたのです。ほんとうはライアンだって、王さまのことをほんきで怒っているというわけではありませんでした。ですから、じゅんすいなロビーにこういわれてしまっては、もう、王さまのことをゆるしてあげるしかなかったのです。

 

 「ロビーには、かなわないや。」ライアンが「ふう。」と大きな息をついていいました。

 

 「父さん、じゃあ、こんかいだけだからね。ロビーにめんじて、ゆるしてあげる。でも、これからは、ちゃんとぼくにいってよね。」

 

 これをきいたメリアン王の、うれしそうな顔といったら!

 

 「おお! ほんとかい?」メリアン王は大よろこびで立ち上がると、ふたたびライアンにだきついてさけんだのです。「ありがとう、ライちゃーん!」

 

 「こらっ! ちょうしに乗らないの!」ライアンがもういっぺん、王さまをひきはがしながらいいました。「これもみんな、ロビーのおかげなんだからね。ロビーがいなかったら、まだ、ゆるしてあげなかったんだから。父さん、ロビーにちゃんと、おれいをいいなよ。」

 

 そこで、メリアン王ははじめて、ロビーの方を見ました(今までは、ライアンのことしか見えていないといった感じでしたから)。シープロンドをたずねてきた、ベーカーランドの四人のウルファの騎士たちが、血まなこになってさがしもとめていた人物。それこそが、今ここにいる、ロビーという名の黒のウルファの少年だったのです。

 

 メリアン王は急にまじめな顔つきになって、ロビーのことをまっすぐに見つめました。そして王さまは、背すじをしゃきっとのばしてしせいを正すと、ロビーにかるいえしゃくをおくってから、いったのです。  

 

 「よくぞまいられた、きゅうせいしゅどのよ。」

 

 その声は、いげんにみちていました。さっきまでのメリアン王とはまるでべつじんでしたので、ロビーはちょっと、びっくりしてしまったものだったのです(ほんとうなら王さまというのは、ほんらい、これでふつうのはずなのですが……。かみの毛はぼさぼさでしたし、服のボタンもずれておりましたので、ちょっと、さまにはなっていませんでしたけど)。

 

 「ライアン王子と親しくしていただいて、れいをいうぞ。」王さまはそういって、深々と頭を下げました。ロビーは、えらい王さまにこんなに頭を下げてもらって、すっかりきょうしゅくしてしまいます。ですからロビーは、王さまよりももっとひくく頭を下げるのに、とてもくろうしました(なにしろ相手はひつじの種族の者でしたので、おおかみ種族の自分よりも、はるかに背がひくかったのです)。

 

 メリアン王がつづけます。

 

 「そうぞうよりも、はるかにお若いな。だが、ねんれいはかんけいない。たいせつなのは、そなたがなにを考え、なにをおこなうかなのだ。」

 

 王さまの言葉に、ロビーはちょっと考えこんでしまいました。自分はなにをするべきなのか? ちゃんと正しいことをおこなえるのだろうか? それはまだ、ロビーにもはっきりとは、わかりませんでしたから。

 

 「心配することはない。」そんなロビーの気持ちをさっしたかのように、メリアン王が心をこめていいました。

 

 「そなたは、自分の信じたことをすればよい。きゅうせいしゅとは、そういうものなのだからな。」

 

 メリアン王の言葉は、ロビーの心の中に深くはいりこんできました。さすがは王さまだと、ロビーは思ったものです。その言葉には、くにをおさめる者としてのひんかくと、ちせいが、そなわっていました(さっきまでの王さまは、そんな感じじゃありませんでしたけど……)。ひとことひとことが、深く重く、きく者の心に伝わってくるのです。

 

 「そなたたちの気持ちは、よくわかっている。」そしてメリアン王は、こんどは、その場にいる四人のウルファの騎士たちにむかって、同じく心をこめていいました。 

 

 「リュインとりでのかんらくは、とてもふこうなできごとであった。世界は大きく、変わっていくことになろうな。だが、それも、よきしていたうちのこと。みなが力をあわせ、乗り越えるのだ。」

 

 王さまの言葉に、ウルファの騎士たちもシープロンの者たちも、大きくうなずいてこたえました。

 

 「午後早くにみなで話しあいの場を持てるよう、てはいしておいた。そなたたちも、つかれておろう。それまでしばし、休まれよ。」 

 

 「父さま、わたくしがみなさんをごあんないします。」メリアン王の言葉に、エレナが前に出ていいました。そしてそのエレナを見たメリアン王は、あれっ? といった顔をして、こういったのです。

 

 「ん? なんだエル。おまえ、いつからいたんだ?」

 

 王さま、それはひどい! せっかく、いい感じでいげんを出しておりましたのに……。エレナはすっかりかんかんになって、メリアン王のことをぎろりとにらみつけて、いいました。

 

 「はじめからいます! ほんとうに、兄さまのことしか見えていないんだから! かほごにもほどがありますよ! みっともないからやめなさいって、いつもいっているでしょう! どうやらまだ、しつけがたりないみたいですわね!」 

 

 エレナのそのはくりょくには、さすがのメリアン王もたじたじです。王さまは思わず逃げ出して、ひっしでエレナにべんかいしました。

 

 「わー! ごめん! うそ! うそだよエル! じょうだんだってばー!」

 

 それから王さまは、大かいだんをかけのぼって二かいのはしらの影にかくれると、下にいるライアンにむかってさけんだのです。

 

 

 「ライちゃーん! エルにいってよー! じょうだんなんだからさー! 助けてくれー!」

 

 

 「あの……、さっきのりっぱな感じの王さまと、今の王さまと、どっちがほんとうのメリアン王なんでしょうか……?」ロビーが思わず、となりにいるベルグエルムとフェリアルのふたりに、たずねてしまいました。

 

 「いえ、あの……、わたしが知っているメリアン王は、こんな方ではなかったはずなのですが……」ベルグエルムがとまどいながら、こたえます。

 

 「わたしの知っているメリアン王も、とてもりっぱな方だったはずですけど……」フェリアルも、すっかりこんわくしてしまっていいました。

 

 そのころ。かいだんの上ではエレナに見つかった王さまが、「ひええ!」はしらの影から飛び出して、ふたたび、ろうかのおくの方へと逃げていくところでした。

 

 「ごめんなさい! もうしませんから! ゆるしてくれー!」

 

 ライアンははずかしさのあまり、顔をまっ赤にそめて、そのままなにもいうことができませんでした。

 

 

 それから旅の者たちは、午後いちばんの話しあいにむけて、ひとまずのきゅうそくを取ることができたのです。まずはライアンのていあんで、みんなはつかれたからだをいやすため、おふろにはいることにしました。

 

 「シープロンドには、しぜんのおんせんがあるんだよ! みんなではいろうよ!」

 

 そういわれて、みんなはお城からちょっとはなれたたてものの中につくられた、りっぱなおふろ場へとむかいました。みんなでおふろにはいるなんて、もちろんロビーは、はじめてのことでした。ですからロビーは、そのときのことを、このさきずっと、なつかしく思い出すこととなったのです(ほんとうはちょっと、人前ではだかになるのははずかしかったのですが。そんなロビーのことをしり目に、ライアンはぜんぜん気にしないで、はだかでぴゅんぴゅん、おふろ場を走りまわっていました)。

 

 お湯はとってもここちよく、旅でつかれたからだをぎゅんぎゅんいやしてくれました(このお湯にはけがをなおすとくべつな力がありましたので、とくにベルグエルムの肩のきずには、ききめまんてんだったのです)。そしてそのあとはごはんです。旅の者たちはきのうの夜、カピバラ老人の小屋でしこたまごはんを食べていましたが、まだ今日は朝ごはんをいただいていませんでした(ライアンだけは、道のとちゅうでバターキャンディーをなめていましたが。それとルィンビスの花も)。ですからみんな、もうすっかり、はらぺこになってしまっていたのです(とくに、前にもいいましたが、ロビーたちおおかみ種族の者たちはとってもよく食べますので、輪をかいておなかがへっていました)。

 

 エレナのあんないで、みんなは食堂に集まりました。出された食べものは、ごうかけんらん! ひつじの種族であるシープロンたちは、肉を食べることがありませんでしたので、それらはすべて、植物の根や、実や、くき、葉、たね、そういったもので作られていましたが、とてもそうは思えないくらい、じつにぜいたくな料理ばかりでした(もちろんかれらシープロンの者たちは、ふだんからこんなにぜいたくな食事をしているわけではありません。かれらのひかえめなせいかくは、食たくにもよくあらわれていたのです。こんなにごうかな食事を用意したのは、つまり、たいせつなお客さまであるロビーとウルファの騎士たち、みんなのためでした)。

 

 「うわあ、すごい!」ロビーは思わず、そういってしまいました。目の前にならんでいたのは、自分が今までに見たこともきいたこともない料理ばかりだったのです。こなをこねて作った、スパゲッティーやラビオリににた料理があり、色とりどりのやさいのうつわにとろりとしたスープをつめこんだ料理があり。中にはおおかみ種族のかれらのために、やさいをねりあわせてステーキみたいなかたちに作った料理までありました(そしてこれはじっさい、ほんとうのステーキみたいな味がするのです。ロビーはとてもびっくりしたものでした)。

 

 「どうぞみなさん、めし上がってください。おかわりもたくさんありますので。」

 

 「はいっ! いただきます!」

 

 エレナの言葉に、ウルファのみんなはがつがつ食べました(ほんとうにかれらおおかみ種族の者たちは、よく食べるものです。こんかいはとくべつですからしかたないとしても、これではしばらく、ダイエットの必要がありそうですね)。

 

 「あっ、そうだ。」とここでライアンがいいました(かれはごはんもそこそこにすませると、さっさとデザートのケーキを食べていました。しかもホールケーキをまるごと! ライアンにとってはこっちの方が、メインの食事のようですね)。

 

 「ねえ、ロビーにあれを出してあげてよ。さっきいってたやつ。」

 

 ライアンが、そばにいるはいぜんがかりのシープロンの女の人に、いいました。いったいなんだろう? そう思っていたロビーの前に出された、そのお皿に乗っていたものは……(読者のみなさんには、もうおわかりですよね)、そう、山もりにもりつけられた、ルィンビスの花だったのです!

 

 「まだまだいっぱいあるからね。たっぷり食べてよ。」ライアンはそういって、ケーキの大きなかたまりをばくり! 口にはこびました。

 

 「は、はは……。ありがと、ライアンさん。」ロビーはもう、かくごをきめて、にが笑いするしかありませんでした。

 

 

 さてさて、みんなはこんなふうに時間をすごし、そしてあっというまに、午後の話しあいの時間となったのです(せいかくには午後一時。子ぎつねのこくげんのころでした)。

 

 みんなが集まったのは王宮の二かいのおくにある、こぢんまりとした部屋でした。ここはもっぱら、かいぎなどの話しあいをおこなうために使われている部屋で、とびらをしめてしまえば、そとには中の話し声などは、ぜんぜんもれなかったのです(もっとも今までおこなわれたかいぎで、そとにもれてはこまるような話しあいなどは、ほとんどありませんでしたけど。ライアンのたんじょう日になにをプレゼントするか? 毎年ひみつのかいぎがおこなわれるくらいでした。もちろん、そのかいぎのしゅさい者はメリアン王です)。

 

 部屋には大きなテーブルがひとつとたくさんのいすがおかれていて、部屋の中はそれでほとんどいっぱいでした。ロビーのためにとくべついい席が用意されていましたが、ロビーはそれをことわって、旅のみんなと同じならびの席にしてもらいました。

 

 やがて席はどんどんとうまっていきました(ロビーたちはとくべつに早くきていたのです)。シープロンの四人のそっきんたち。そしてそれにつづいて、なん人かの新しいシープロンの人たちもやってきました。その中でとくにいんしょう的な人がいました。きれいなはちみつ色の服を着た、ひとりの美しいシープロンの女の人です。ねんれいは、二十だいの前半くらいでしょうか? すらりとしたからだに、ととのった顔立ち。ふちのないすてきなデザインのめがねをかけていて、とても知的な感じのする人でした。

 

 「わっ!」その女の人が部屋にはいってくるなり、ライアンの表じょうが変わりました。いったいどうしたというのでしょう? そうしているあいだに、その女の人がライアンのもとへとやってきました。そしてかいこういちばん。その人はきついものいいで、ライアンにいったのです。

 

 「王子、またお菓子を食べすぎていますね! いつもいっているでしょう! ケーキを食べすぎなのもわかってますからね。また虫歯になっても、知りませんよ!」

 

 ロビーはその人のあっとう的なまでのはくりょくに、思わずちぢこまってしまいました。見た目はとってもきれいでしたのに、どうやらかなり、きびしい人のようです。

 

 「わかってるってば! ちゃんと歯みがきしてるから、へいきだよ!」ライアンがあわてて、いいかえしました。そしてそのあと、ライアンは顔をそむけて、小声でそっとつぶやいたのです。

 

 「……あいかわらず、口うるさいなあ。」

 

 「今、なにかいいましたか!」すかさずついきゅうするかのじょに対して、ライアンは背すじをぴん! とのばして、いいました。

 

 「いえっ! なにも!」

 

 そして(話をそらせるために)ライアンは、ロビーのことを、その人にしょうかいしたのです。

 

 「リア先生、この人がさがしてた人なんだ。名まえはロビー。」

 

 とつぜん話をふられたロビーは、あわてていすから立ち上がって、ぺこりと頭を下げました(そそうをしたら、怒られそうでしたから)。

 

 「ロビー、この人はリア先生。ぼくのかていきょうしなんだよ。」ライアンがつづいて、ロビーに説明します(なるほど、この人は先生だったんですね。どうりで、知的な感じがすると思ったんです)。

 

 「まあ、あなたがきゅうせいしゅなのですね? こうえいですわ。わたしは、レシリア・クレッシェンドと申します。どうぞよろしく。」  

 

 リア先生というのは、もちろん、ライアンがかのじょのことをよんでいるニックネームでした。レシリアはライアンのせんぞくのかていきょうしとして、ライアンがまだ小さかったころから、ずっとかれのべんきょうを見てきたのです。もっとも、べんきょうだけならまだよかったのですが、かのじょはいわば、ライアンの「しつけやく」としてのやくわりが大きいのでした。そのしごとぶりはみなさんに見ていただいた通り、とてもきびしいものでしたので、ライアンはすっかり、レシリアのことがにがてになっていたのです(メリアン王ですら、かのじょには頭が上がらないほどでした。ほんとうは王さまは、今よりもっと、ライアンのことをあまやかしたかったのですが。レシリアとエレナの、ふたりのとってもこわ~い「かんしやく」に見張られていては、なかなかそうもいきませんでした。それでもじゅうぶん、あまやかしていたんですけど。そのため今日もエレナに、こっぴどくしかられてしまいましたよね)。

 

 「リア先生も、話しあいにさんかするの? めずらしいね。今日は先生、お休みの日じゃなかったの?」

 

 ライアンがいいました。ライアンのいう通り、レシリアはふだんは、お城からほど近い自分の家に住んでいて、ライアンのべんきょう(そのほか)を見るために、お城まで出かけてくるのです。わざわざお休みの日にまでかのじょがやってきたのは、それほどのりゆうがあってのことでした。

 

 「メリアン王によばれたのです。たいせつな話しあいがあるから、ぜひきてほしいと。もうあらかじめ、話の内ようはききましたけど。」レシリアはそういうと、急にとてもしんけんな顔になって、こうつづけました。 

 

 「王子、今日の話しあいは、王子が思っている以上に重要なものになりますよ。わたしは、わたしのするべきことをするつもりです。」

 

 レシリアの言葉には、なにか深い意味がこもっているようでした。そしてかのじょのいう通り、この話しあいがすっかりかたづくころには、かのじょにはとても重大なやくわりが、まかされることとなるのです。

 

 さあ、それでは話しあいのはじまりです。読者のみなさんも、じゅんびはよろしいですか?(トイレにいくのなら今のうちですよ。)席について、話しあいの場に加わりましょう。

 

 

 小さめの部屋の中は、人でいっぱいになりました(せいかくにはウルファの騎士たちが四人、ロビーとライアン、シープロンのそっきんたちが四人、レシリア先生、ほかにシープロンの人たちがあわせて三人の、ごうけい十四人の人たちでした)。そしてほどなくして、さいごのひとり。この話しあいのしゅさい者である、メリアン王ほんにんがやってきたのです(王さまは、こんどはきちんとしたかっこうをしていて、かみもきれいにととのえられていました。ですからロビーはさいしょ、だれかほかの人がはいってきたのかと思ったほどです)。

 

 メリアン王の表じょうは、とてもけわしいものでした。それはこの話しあいが、けっして楽しいものになるはずがないと、わかっていたからでした。そして王さまは、テーブルの正面の、みんなからいちばんよく見えるいちばんいい席につくと、ついにその重い口をひらいたのです。

 

 「じたいはきわめてしんこくなものである。」

 

 メリアン王はよけいな前おきもなしに、そう切り出しました。このようなだいじな話しあいのときには、かえって、かくしんの部分から話しはじめる方がよかったのです。

 

 「まずは、ベーカーランドからの客人であるベルグエルムどのに、これまでの旅のことについて、くわしくきかせてもらうことにする。」

 

 ベルグエルムが立ち上がり、みなにいちれいしました。そしてベルグエルムは、これまでにみなさんにお伝えしてまいりました旅のできごとのこともふくめ、今までの道のりのことを、みんなにすっかり話してきかせたのです。シープロンドを出発してからロビーのほらあなにいたるまでの道のりにはじまって、かなしみの森の精霊の川のこと。ガイラルロックたちとの戦いのこと。セイレン大橋の上での黒騎士たちによるしゅうげきの場面では、みんなはとてもおどろき、部屋の中はどよめきにつつまれました。そしてカピバラ老人のこと。セイレンのみずべでのひげきの場面では、たくさんの者たちの目になみだがあふれました。そしてさいごに、リュインとりででのできごとのことです。ここではベルグエルムのかわりに、ハミールが、そのあつき胸のうちを語ってきかせました。

 

 ふたたびベルグエルムがつづけます。

 

 「みなさんもごしょうちの通り、リュインとりでがうばわれたということには、とても重大な意味があるのです。たんに、とりでがひとつ落ちたというだけの話ではありません。リュインのとりでは、南の地のそのあたりいったいを見張るための、大きな目のやくわりを果たしていたのです。そのとりでがうばわれた今となっては、かの地はもう、ワットの黒の軍勢の者たちによって、すっかりしはいされてしまったと考えるべきでしょう。それほどに、このとりではたいせつなものであったのです。」

 

 ベルグエルムの言葉に、みんなはそろってとなりの者と言葉をかわしあいました。話しあいのさいしょにメリアン王がいった通りでした。じたいはみんなが思っている以上に、しんこくなものとなっていたのです。

 

 メリアン王が、そんなみんなのざわめきをせいするように手をかざして、ふたたび、かいぎのしきをとっていいました。

 

 「ベルグエルムどののいう通りである。今や黒の軍勢は、数の力で、このアークランドの多くの地をすっかりしはいしてしまった。リュインとりでの力は、南の地だけにとどまるものではない。南の地から、ここ北の地にいたるまでの道のり。その安全をも、かのとりでは守っていたのだ。」

 

 四人のウルファの騎士たちは、みな、いちように顔をくもらせました。かれらが通ってきたのは、リュインのとりでからこのシープロンドへとつながる、南の街道でした。その街道を安全に通ってこられたのも、リュインとりでをきょてんとするベーカーランドの者たちが、黒の軍勢に対して、にらみをきかせつづけてくれているおかげだったのです(げんかんにとってもこわそうな番犬がいて、こちらをにらみつけていたら、だれだってその家に近づこうとはしませんよね。それと同じことなのです)。

 

 メリアン王がつづけます。

 

 「こうなればこのあたりの土地とて、けっして安心していられるというものではない。げんに、ベルグエルムどのの話にもあった黒騎士たちのしゅうげきは、われらシープロンドの者たちにとっても、大きな意味を持つできごととなった。」

 

 メリアン王の言葉の意味を、ベルグエルムはすぐにりかいしました。かれはきのうからずっと、あの黒騎士たちのしゅうげきのことについて、考えをめぐらせていたのです。そしてメリアン王もまた、そのことを深く受けとめていました。黒騎士たちと戦ったのはだれでしょう? ベーカーランドの白の騎兵師団であるベルグエルムとフェリアル。黒のウルファであるロビー。そして……、そう、白きシープロンであるライアンでした。とにかく、黒の軍勢のおそろしさ、いやらしさときたら、それこそ、なみたいていのものではないのです。かれらにすこしでもはむかうようなことをすれば、かれらは大勢で、そのしかえしにやってくるのでした(ひきょうきわまりありません)。

 

 メリアン王の思いは、そこにありました。つまり、ワットの者たちが白きシープロンの者たちのことを、「自分たちにはむかった敵」と見なして、シープロンのみやこであるこの地を、こうげきしにやってくるかもしれないということなのです(このあたりにいる白きシープロンであれば、シープロンドの住人であることは、いわれるまでもなくわかることでしたから)。

 

 ベルグエルムはライアンの方をむいて、ぐっとくちびるをかみしめました。とんでもないことをしてしまった……。今はとにかく、ライアンとすべてのシープロンのみなさんに対しての、おわびの気持ちで、心がいっぱいになってしまっていました。

 

 「わたくしの考えがいたりませんでした……」ベルグエルムはそういっていすから立ち上がり、その場にいるみんなに深く頭を下げて、あやまりました。かれは、騎士の中でもとりわけまじめなせいかくでしたので、そのせきにんを重く感じて、心は今にも、おしつぶされそうなくらいだったのです。

 

 「なにいってるの。ベルグのせいじゃないよ!」ライアンが、そんなベルグエルムのことをかばっていいました。

 

 「運が悪かったんです。だれのせいでもありません。ぼくたちはみんな、さいぜんをつくして戦ったんです。ぶじでいられたのが、ふしぎなくらいでした。」

 

 ライアンも立ち上がって、それから、その場にいるみんなにせいいっぱいの気持ちをこめて、そうつづけました。そしてみんなも、そんなライアンの気持ちをよくわかっていたのです。もちろん、ベルグエルムの気持ちも。ライアンのいう通りです。これは、だれのせきにんでもありません。ワットの者たちに見つかってしまったことが、ただただ、不運だったのですから。

 

 「気になされるな、ベルグエルムどの。」メリアン王が、ベルグエルムの気持ちをくんでいいました。

 

 「ライアン王子のいう通りだ。これは、だれのせいでもない。それに、そのことにかんしてなら、もとより、心配にはおよばぬ。」

 

 メリアン王はそういって、(ふたつとなりの席の)ひとりのシープロンの男せいに目をむけました。その人はもう、かなりのねんぱいで、八十さいくらいでしょうか? とてもかくしきの高い、それでいてそぼくに見える、ゆったりとしたガウンをまとっていて、肩からは、大きなうすい水色のたすきをかけていました。そして頭には、ほそい金色の糸をいくつもたばねた、きれいなかんむりをまいていたのです。

 

 このような服そうをした人たちのことを、みなさんもよく知っていることと思います。それぞれのくにによってそのかっこうはさまざまですが、かれらにきょうつうしていること。それは、神さまにつかえる人であるということでした。つまりこの人は、教会のしきょうさまだったのです(しんぷさま、ぼくしさま、おぼうさま。いろいろな人たちがおりますが、しきょうさまというのは、その中でもとくにえらい人たちなのです)。その教会はシープロンドの北門からさらに高くのぼった場所、タドゥーリ連山の入り口のところにあって、そこはシープロンドの人たちにとって、とてもたいせつなところでした。その教会のしきょうさまが、このだいじな話しあいのために、とくべつにやってきてくれていたというわけだったのです(もっともロビーにはいわれるまで、そんなにえらい人だったなんて、ぜんぜんわかりませんでしたけど。あ、おじいちゃんもいるんだ、くらいにしか思っていなかったのです。ちょっと、ばちあたり?)。

 

 「その通りです、王さま。」しきょうさまが、王さまの目くばせにこたえていいました。

 

 「わがくには、神さまによって守られておりまする。手出しなどしようものなら、たちまち、かえりうちにあうだけでございます。」

 

 そしてじっさい、そのしきょうさまの言葉がまことに正しいものであるということを、のちにワットの者たちは、身をもって知ることとなったのです。かれらはみな、いちように口をそろえて、こういったものでした。

 

 「シープロンド? やめてくれ! もう、あそこだけはこりごりだ! かりに、どんな宝の山があったとしても、おれはもうあのくににはいかないぞ! いくらアルファズレドへいかのごめいれいだとしたって、できないことだってあるんだ!」

 

 かれらがシープロンドに歯が立たなかったわけ。それはこの物語のおしまいに近い方で、語られることになります。さきにひとつだけ、読者のみなさんを安心させておきたいので、あらかじめしゃべってしまいますが……、シープロンドはまったくのむきずのまま、その美しさをとわにたもちつづけることになりました。そのわけはいずれわかりますのであせらずに。今はゆっくりと、物語のつづきを楽しんでください(まだ、話しあいのとちゅうですから)。

 

 「ルエルしきょうのいう通り。われらのことは心配せずともよい。」メリアン王がいいました。ルエルというのが、しきょうさまの名まえのようです(ちなみに、ルエル・フェルマートというのがしきょうさまの正しい名まえでした。かれはこのあたりいったいの土地の中でももっとも名高い、フェルマート家の出身で、このシープロンドではかれのことを知らない者は、ひとりとしていなかったのです。そしてかれは、若いころさまざまな冒険の旅に出たことでも知られていました。きかいがあったら、そのうちのひとつかふたつの物語のことを、いつかみなさんにもごしょうかいできればと思います)。

 

 「そなたたちは、まこと、ゆうかんであった。このアークランドの、ほこりだ。あらためて、れいをいうぞ。」王さまはそういって、旅の者たちに頭を下げてくれました。

 

 ふさぎこんでいたベルグエルムは、この王さまのたいどをとてもりっぱだと思いました。そしてそれと同時に、かれはメリアン王に、心からかんしゃしたのです。

 

 「とくに、ライちゃ……、ごほんっ! ライアン王子。」おっとあぶない! うっかり地のままのメリアン王の方が、顔を出してしまうところでしたね(せっかく、ベルグエルムが感動しているところでしたのに)。 

 

 「そなたもじつに、よくやってくれた。こうしてぶじに、ウルファのきゅうせいしゅどのをつれ帰ってきてくれたのだからな。ほんとうにすばらしいはたらきであった。まこと、言葉でいいあらわすことができないくらい、りっぱであった。みなも、そう思うであろう?」

 

 王さまはそういって、シープロンのそっきんたちを「ん? ん?」と見まわしました(王さまはもう、ライアンのことをほめてあげたくてしかたなかったのです)。ですけどそっきんたちは、半分あきれ顔のまま、「王さま、それはよろしいですから、早くお話のつづきを……」といって受け流すばかりでした(かれらもこんなときの王さまのあつかいには、もう、なれっこになっておりましたので)。

 

 王さまは「ごほん。」とせきばらいをしてごまかしてから、ふたたび話をつづけました。

 

 「さきの話の通り、南への道はワットの者たちにしはいされてしまった。きゅうせいしゅどのをぶじにベーカーランドへと送りとどけるのに、もはやこの道は使えぬ。」王さまはそういって、レシリアの方を見ました。レシリアはそれにこたえて、静かにうなずきます(どういう意味があるのでしょうか?)。

 

 「すなわち、旅の者たちはべつの道をゆかねばならない。それは、西への道だ。」

 

 「西の道!」

 

 王さまの言葉に、ウルファの騎士たちはみんなそろってさけびました。かれらはその言葉の意味を、よくりかいしていたのです。西への道。それは、とざされた道、または魔女の道などとよばれている、とてもおそろしい道でした(そのほか、死者の道だとか、帰らずの道だとか、とにかくふきつな名まえばっかりがついていたのです)。

 

 しかし、ここ北の地で西の道のことをよく知っている者は、ほとんどといっていいくらいいませんでした。それはつまり、北の地に住んでいる者たちは、よほどのようじがないかぎり、南の地へと出かけていくようなことはありませんでしたし、南へゆくにしても、かならず、同じ安全な道を通っていくからなのです。それがすなわち、南の街道でした。その安全な南の街道が、今やワットの手に落ち、とても危険な道へと変わってしまったのです。

 

 敵の手に落ちたその街道をそのまま進んでいくということは、ひみつの旅の中にあるロビーたちにとって、まずいこときわまりありませんでした。かくじつに自分たちに害をなさんとしている者たちが大勢でじろじろ見張っているだろう道を通って、なん十マイルも進んでいくということを、考えてみてください。とても危険なことであるということが、わかっていただけるかと思います(ガイラルロックたちの岩場をこっそり通りぬけようとするのとは、こんどはわけがちがうのです)。

 

 ですがそれと同じくらい、西の道も危険であると思われました。なにしろこの道は、もうなん十年と、だれにも使われていないような道だったのですから。そのりゆうは今となっては、なにが正しくてなにがまちがっているのか? よくわからなくなっていました。いちばんたしからしいと思われるうわさのひとつが、その地に住むという、おそろしい魔女のうわさです。もうなん千年と西の土地に住んでいるということでしたが、そのすがたを見たという者は、北の地にも南の地にも、だれもいませんでした。ですから、「ぬまの中の巨大な塔に住んでいる」だとか、「ぬまに住むおそろしいかえるの種族の者たちのことをしたがえて、さまざまな悪さをはたらいている」だとかいううわさも、どこまでがほんとうのことなのか? だれにもわからなかったのです。

 

 とにかくひとつだけいえることは、その道をゆくことは、まったくのかけだということでした。もしかしたらすんなり通りぬけられて、ベーカーランドまでたどりつけるかもしれません。それとも南の街道をゆくよりも、もっと危険な目にあってしまうかもしれません。それはだれにも、わからないことでした。

 

 このようなことを、ウルファの騎士たちは知っていたのです。そしてもちろん、西の道のことを口にしたメリアン王も、そのことはよくわかっていました。

 

 「そなたたちの心配はむりもない。西への道は、まさに大きなかけといえよう。」メリアン王がウルファの騎士たちにいいました。「だが、きゅうせいしゅどのの身が黒の軍勢の手に落ちれば、そのときこそ、このアークランドのきぼうの光は、かんぜんについえてしまうことであろう。それこそ、われらがもっともさけなければならないことだ。」

 

 メリアン王のいう通り、西への道は、たしかに大きなかけでした。しかし、南への道がひじょうにあやういものとなってしまった今。ロビーの身を守るためには、それにかけるよりほかはなかったのです。そしてメリアン王の考えは、それだけではありませんでした。

 

 「旅の者たちよ、そなたたちは、ここに四人でやってきた。」メリアン王がつづけます。ここでの四人とは、ウルファの四人の騎士たちのことをさしていたのです(つまり、ベーカーランドを出発したときの、ベルグエルム、フェリアル、ハミール、キエリフの四人です)。

 

 「だが、帰りの道は、そなたたちは、四人ではともにゆけぬ。」 

 

 メリアン王の言葉は、いがいなものでした。四人いっしょでは帰れない? それはどういうことなのでしょう? ウルファの騎士たちは、そろって顔を見あわせました。

 

 「つまり、きゅうせいしゅどのを送りとどける者たちと、きゅうせいしゅどのを敵の目から遠ざけるための者たち。ふたつに分かれて、そなたたちはベーカーランドへとむかわなければならない。」

 

 なるほど! つまり旅の者たちをふたつに分けて、そのうちのひとつのグループを、敵の目をひきつけるためのおとりにしようということなのです。これはよい考えだと、みんなは思いました。ですが、このけいかくには、大きな問題もあったのです。それは、おとりとなる者たちの身を、とても大きな危険にさらしてしまうということでした。

 

 「まこと、こんかいの旅の中でワットの者たちに出会ってしまったことは、不運なできごとであった。」メリアン王がふたたびつづけます。「しかしわれらは、それをわれらにとってよいほうこうに、りようすることができよう。きゅうせいしゅどののそんざいには、かれらもまだ気づいてはいないと思うが、北のこの地にベーカーランドの白の騎兵師団の者たちと黒のウルファがいたということは、かれらに大きなきょうみを与えたはずである。かれらはそなたたちのことを、さがしてまわることであろう。われらはそれを、さか手に取るのだ。」

 

 「つまり、きゅうせいしゅたるロビーどのは、敵の目からのがれるために西の道へ。そして敵の目をひきつけるための者たちは、南への道をゆくということなのですね?」

 

 そうたずねたのは、ウルファの若き騎士、ハミールでした。ハミールのといかけに、メリアン王は静かにうなずいてこたえます。

 

 「さよう。かれらに、旅の者たちは南へ進んだのだと思わせるのだ。ウルファの者たちと、ひとりのシープロンとでな。だが、南へ進む者たちには、そうおうの危険がついてまわることとなる。敵の目をあざむくためには、いちどそのすがたを、わざと、敵に見せつける必要すらあるのだ。」

 

 メリアン王の言葉に、部屋の中にまたどよめきが起こりました。南への道は、みんなが思っている以上に危険なものであったのです。そんな中で、若きハミールとその友キエリフのふたりだけが、あたりのざわめきをよそに、とてもおちついていました。そしてふたりは、おたがいに顔を見あわせて、その大きなけついをともにたしかめあうと、力強く、メリアン王にいったのです。

 

 「王さま。われらはもとより、かくごをきめております。南への道のりをゆくそのおやくめ、このハミールとキエリフにおまかせください。」

 

 ハミールとキエリフは、自分たちのみちびき手であるベルグエルムとフェリアルのために力をつくし、その手助けをするという、みずからのその騎士としてのやくわりのことを、よく心得ていました。そしてもちろん、きゅうせいしゅのことをぶじにベーカーランドまで送りとどけるという、そのにんむの重要さも。ですからかれらは、南への道をゆくこの大いなるやくめは、まさに自分たちにこそふさわしいものであると、すぐにりかいしたのです(さらに、南への道のりをゆけば、そのさきにあるリュインとりでのようすもわかるかもしれません。レイミールのことも、なにかわかるかもしれませんでした)。危険をおそれぬ、その強いかくご。そして、友やくにのことを思う、その気高きせいしん。南への道をゆくそのにんむに、かれらほどてきした者たちもいないことでしょう。

 

 ハミールとキエリフは、そろってベルグエルムとフェリアルのことを見ました。そして同じく、かれらベルグエルムとフェリアルのふたりほど、この若き騎士たちのことをしんらいし、りかいしている者たちもいなかったのです。たのむぞ。ベルグエルムとフェリアルのふたりは、ただだまって、ふたりの若き騎士たちにうなずいてみせました。

 

 そんなウルファの騎士たちのかたいけっそくに、メリアン王はとても感心して、心からの敬意をこめていいました。

 

 「そなたたちの思い、このメリアン、しかと受けとめた。そなたたちは、まことの勇者だ。」

 

 メリアン王はそういって、ウルファの騎士たちにふたたび、深々と頭を下げました(そしてそれにつづいて、その場にいるシープロンの者たちも、みんなそろって騎士たちに頭を下げました)。

 

 「だが、そなたたちだけを危険な目にあわすわけにはゆかぬ。」

 

 そして王さまは、ここである人物に、席から立ち上がるようにと伝えました。それにこたえて立ち上がったのは……、あのレシリア・クレッシェンドだったのです。

 

 「みなに、レシリア・クレッシェンドをしょうかいする。よく知っている者もいるだろうが、レシリアはライアン王子のかていきょうしであり、そしてなにより、しぜんの力をかりるそのわざでは、わがくにでもいちばんといっていいほどのうでを持っているのだ。」

 

 しぜんの力をかりるわざのことについては、読者のみなさんもすでによくごぞんじですよね。これまでの旅の中でもライアンがたびたび使った、あのわざのことです。雨の力をかりてすがたを見えにくくしたり、空気の力をかりてきずぐちをおおったり(それから風のたつまきのこうげきも)。ライアンが使ったのは、そのほんの一部分にすぎませんでした(もっともライアンも、そんなに多くのわざを使えるわけではありませんでしたが)。そのわざをレシリアは、もっとじょうずに、しかもたくさん、あつかうことができるというのです(そしてじっさい、あつかえました)。

 

 「南へと進むその道のりには、かのじょのうでが大いにやくに立つことであろう。わがくにのだいひょうとして、このたいせつな旅をまかせるのに、レシリアほどふさわしい者もおるまい。」

 

 話しあいの前にレシリアのいっていた、「わたしはわたしのするべきことをするつもり」という意味深い言葉は、こういうわけからでした。レシリアはこの話しあいのはじまる前に、王さまからあらかじめ、そのとくべつな旅の内ようのことをきかされていたのです。そしてレシリアもまた、このアークランドのみらいを思う、ぜんなる住人たちのうちのひとりでした。

 

 「南のくにのみなさん。この旅にはまさに、このアークランドのみらいがかかっております。アークランドに住む者のひとりとして、そしてこのシープロンドのだいひょうとして、みなさんとともにゆけることを、わたしはひじょうにこうえいに思います。」 

 レシリアは力強く、はっきりとしたくちょうでいいました。そしてもちろん、この思わぬ心強き仲間のとうじょうを、われらがウルファの騎士たちは、大いにかんげいしてむかえたのです。

 

 「こんなにありがたい話もありません。」ともに南への道をゆくハミールが、こうふんぎみにいいました。

 

 「こちらこそ、ぜひともよろしくお願いいたします。」キエリフもまた、ぺこりと頭を下げてこたえました。

 

 「きゅうせいしゅどのとレシリアをいれて、これでそなたたちは六人。」メリアン王がいいました。「四人のウルファの騎士たちは、それぞれふたりずつに分かれて進むのであるから、西への道と南への道、今はそれぞれ、三人ずつとなるな。」

 

 これはすなわち、西へのひみつの道をゆく、ベルグエルム、フェリアル、ロビーの三人と、南への道をゆく、ハミール、キエリフ、レシリアの三人、それぞれのことをさしていたのです(西への道にベルグエルムとフェリアルのふたりがそろってむかうことにしたのは、たいせつなきゅうせいしゅであるロビーの身を守るためには、やはり、白の騎兵師団の隊長と副長であるベルグエルムとフェリアルのふたりが、そろっていった方がよいだろうという考えからのことでもありました)。

 

 「ひそかな旅をゆくのには、これでちょうどよい人数かもしれぬが、安全のためには、それぞれもうひとりずつ、ともに加える方がよかろう。」メリアン王がつづけます。

 

 「もとより、敵の目をあざむくためには、南へ進む者たちは、きたときと同じく、四人で進む必要がある。さいわいにして、わがくにには、ゆうしゅうなる者たちが大勢いる。みな、このアークランドをあいする者たちばかりだ。進んで、協力してくれることだろう。」

 

 それから王さまは、四人のシープロンのそっきんたちの顔を、じゅんばんに見まわしながらいいました。

 

 「ともにゆく者として、ふたり。だれか、名のり出る者はないか? そなたはどうだ? ルースアン。」

 

 「わたしでよろしければ、いつでも出発する用意はできております。」王さまにいわれて、ルースアンはほこらしげにこたえました。そしてその気持ちは、ほかのシープロンの者たちとても、みな同じであったのです。この旅はとても危険なものでしたが、それと同時に、とてもめいよな旅でもありました。それにさんかできることは、めいよとほこりをとくにたいせつにするウルファでなくとも、だれにとっても、ほこらしいことであったのです。

 

 さて、そんな話をしていたおりもおり。王さまとそっきんたちとのそんなやりとりを、まったくとうとつに、しかもまっぷたつに、うち破るものがありました。王さまもそっきんたちも、そのあまりのいきおいに、そのまま部屋のかべにまで、吹き飛ばされそうになってしまったくらいだったのです。

 

 

 「ちょーっと、待ってえーっ!」

 

 

 部屋のかべをびりびりとゆらすほどの大声! いったい、声のぬしはだれでしょう?(読者のみなさんには、だいたいおわかりかと思いますが……)

 

 それは、この物語のはじめからこんかいの旅に加わっている人物。このシープロンドからウルファの騎士たちとともに、ロビーのことをむかえにいった、そのたったひとりのとくべつな人物。そう、それはつまり、このシープロンドの王子さま、ライアンだったのです。

 

 「なにをかってにきめてんのさ! なんでぼくが、人数の中にはいってないの!」

 

 そうなのです、メリアン王ははじめ、旅の者たちは六人といいました。ロビーと四人のウルファの騎士たち、それにレシリアです。たしかに、全部たしたら六人でした。ということはライアンのいう通り、ライアンのことが、はじめのその人数の中に数えられていないのです。しかも今またふたり、新たに加えようとしているのは、シープロンのそっきんたち。自分ではありません。ですからライアンは、こんなにも怒りました(それに王さまは、シープロンドのだいひょうとしてレシリアのことをしょうかいしました。このこともライアンのごきげんをそこねた、りゆうのひとつだったのです。なんたってライアンは、シープロンドの王子さまなのですから。その自分がだいひょうにえらばれなかったことが、ライアンには、ふまんでなりませんでした。う~ん、なんてわがままな……)。

 

 さて、わが子のごきげんを(またしても)すっかりそこねてしまったメリアン王。王さまはおたおたしながら、いっしょうけんめいべんかいしようとつとめました。

 

 「だ、だって! ライちゃんはかなしみの森まで、きゅうせいしゅどのをむかえにいくだけ、ってやくそくだったじゃないか! それならそんなにあぶなくないと思ったから、父さんもおれてあげたのに。こんどの旅は、それよりもっと危険なんだよ? これ以上、ライちゃんを危険な目にあわせることなんて、父さんにはできないよー!」

 

 ああ、せっかくりっぱな王さまとして、話しあいのしきをとっていたメリアン王でしたのに……。とうとうみんなの前で、なさけない方のすがたをあらわしてしまいましたね。しかし、話がライアンのこととなってはしかたありません。だいじな人を危険な目にあわせたくないと心配する気持ちは、わたしたちにも、よくわかりますから。ですけど、こんかいばかりは、王さまにもライアンのことをとめることなどは、できそうにありませんでした。

 

 「危険なのは、みんなだって同じでしょ! ぼくだって、みんなの力になりたいんだ。ウルファの騎士さんたちのことも、考えてあげてよ!」

 

 ライアンはそういって、ウルファの騎士たちのことをゆびさしました。さて、われらが騎士たちは、いったいどうしたらいいのでしょうか? ベルグエルムがこまり顔で、みんなにいいました。

 

 「あの……、わたくしどもにとっては、心強き仲間がともとなってくれることは、まことにありがたいのですが……、しかし、シープロンのみなさんのうち、だれを仲間として加えるのか? それは、わたくしどもがきめられることではありませんので……」

 

 ウルファの騎士たちはみな、とてもまじめでしたから、こんなときにどう受けこたえしたらよいものか? わからずに、すっかりとまどってしまっていたのです。こうなっては、もうだれが、この場をまとめたらよいのでしょうか?(メリアン王もたじたじでしたし、シープロンのそっきんたちも、頭をかかえているばかりでしたから。レシリアでもルエルしきょうさまでも、ほかのシープロンのみなさんでも、このせんさいな問題をかいけつすることは、むずかしいみたいです。う~ん。)

 

 たよりとなるのは、やっぱりかれでした。きっとかれの言葉なら、だれもがなっとくするはずです。なにせかれは、この物語の主人公で、このアークランドのきゅうせいしゅなのですから。そう、それはもちろん、ロビーでした。

 

 「あの……、ぼくがこういっては、なんなんですけど……」ロビーがおそるおそる、口をひらきました。「ライアンさんには、人の心をまとめ上げる、ふしぎな力があると思います。ぼくたちは、ここにくるまでの道のりの中でも、なんども、ライアンさんに助けられました。それは、ベルグエルムさんも、フェリアルさんも、同じに感じていらっしゃると思います。だから、その、うまくいえないんですけど、ぼくたちには、ライアンさんが必要なんです。これからの道のりの中で、かれの力は、きっと、ぼくたちの大きな力になってくれると思う。」

 

 ロビーの言葉をきいて、みんなはただただ、だまってしまいました。ロビーはだんだん、不安な気持ちになっていきます。よけいなことをいってしまったのだろうか? ロビーはみんなの顔をおそるおそる見渡しながら、いすの上で小さくちぢこまってしまいました。そしてそんなとき。この部屋のちんもくを破ったのは、この部屋の中でいちばん年上の、あの人だったのです。

 

 

 「ほっほっほ! どうやら、王さまの負けのようですな。」

 

 

 声のぬしは、このくにの中でも王さまとならぶくらいにえらい、ルエルしきょうさまでした。そしてしきょうさまは、その場の空気を大きな笑い声で吹き飛ばすと、みんなにむかっていったのです。

 

 「ただ今のお言葉は、きゅうせいしゅどののお言葉です。だれに、はんたいすることができましょう? じつにすなおで、まごころのこもったお言葉ではありませんか。」

 

 しきょうさまの言葉に、ライアンも大きな声でさんせいしました。

 

 「しきょうさまのいう通りです! だれか、もんくのある人いる?」ライアンはそういって、みんなの顔をぎろぎろにらみつけます。

 

 こうなってはもう、口をはさめる者などは、だれもいませんでした。みんなはただだまって、首をぶんぶん、横にふるばかりだったのです(レシリアだけは頭をかかえておりましたが)。

 

 そんなみんなのようすを見て、しきょうさまがふたたび、メリアン王にいいました。

 

 「王さま、ライアンさまのご意志はかたいようですな。もはや運命は、だれにもとめられないのです。それにむかしから、『かわいい子には旅をさせよ』と申します。ライアンさまも、鳥かごの中の暮らしから飛び出して、ご自分の足で、歩きたくなってきたということでございますな。」

 

 しきょうさまにこういわれては、メリアン王ももう、なにもいいかえすことなどはできませんでした。王さまはただただ、「ぐむむむっ……!」と言葉を飲みこんで、その両のこぶしを、ぎりぎりとにぎりしめるばかりだったのです。

 

 「だいじょうぶだよ、父さん!」ライアンが、そんな王さまにむかっていいました。

 

 「危険なことはしないから。それに、みんながいっしょだよ。白の騎兵師団って、とっても強いんだから! ねっ?」

 

 ライアンはそういって、ベルグエルムとフェリアルのあいだにわってはいって、三人でなかよく肩をくんでみせました(騎士たちはちょっと、反応にこまっておりましたが)。

 

 ライアンは、みんなといっしょにまた旅に出られることが、うれしくてならなかったのです(思わずそのあと、ロビーに「やったね!」といってぎゅっとだきついてしまったほどです)。いっぽう。ぴょんぴょんとびはねてよろこぶそんなライアンのことをしり目に、メリアン王はがっくりして、さいごにただひとこと、こうつぶやくばかりでした。

 

 「なんてこった……」

 

 

 それからふたたび(もういちどしきりなおして)、さまざまなことが話しあわれました。まずさいしょにきまった大きなけっていごとは、南への道をゆく四人目のともとして、ルースアンがえらばれたということでした(ライアンはもちろん、ロビーたちとともに西への道をめざすことになりました。もっとも、ライアンが自分でかってにきめちゃったんですけど)。ルースアンもまた、レシリアやライアンと同じように、しぜんの力をかりるそのわざを使うことができたのです(そして精霊のあつかいにもなれていました)。

 

 それに、ひつじの種族の者にしてはなかなか背たけが高かったということも、かれがえらばれたりゆうのひとつでした(それでもせいぜい、五フィートとすこしでしたけど)。それはつまり、ルースアンにロビーの身がわりをしてもらうためだったのです。セイレン大橋の上で出会った黒騎士たちには、旅の者たちが四人で、しかもその中に、なぞの黒ウルファがひとりいるということが知られてしまっていました。ですから、遠まきに見たのではわからないように、ルースアンに、黒のウルファのへんそうをしてもらおうというわけだったのです。そのためには、背かっこうがあんまり小さすぎては、こまりました(レシリアは小がらなじょせいでしたから、ウルファのへんそうはぜんぜんむりです。ハミールかキエリフがへんそうすると、こんどは白の騎兵師団の数がちがってきてしまいます。けっきょく、ルースアンにたのむのがいちばんよいということにきまったわけでした)。

 

 そして、西への道をゆく者たちのその道すじのことです。ひみつの道をゆく者たちは、まずシープロンドの西の山がく地をぬけ、そのさきに広がるはぐくみの森という森を通って、西の地をめざすということになりました。そしてそのはぐくみの森の終わり。そこには、ひとつの大きなまちがあったのです。ですがそのまちは、ただのまちではありませんでした。そのまちがさかえたのは、もうずっとむかしのこと。今ではそのまちは、まったくのはいきょのまちへと変わり果ててしまっていたのです。

 

 そのまちは遠いむかし、ロザムンディアという名まえでよばれていました。ばら色の石できずかれた、花々のさきみだれる、それはそれは美しいみやこであったのです。ですがそれももはや、今から二千年ほどもむかしのこと(ちょうど、あのセイレン大橋のことが人々に知られるようになったころと、同じころでした)。そのころとほとんどときを同じくして、このまちはとつぜんに、なんの前ぶれもなくうちすてられ、人々はいずこともなくすがたを消していったのです。人々が去り、せわをする者のいなくなった花々は、はかなくかれていきました。

 

 なぜこのまちから人々がいなくなってしまったのか? 今となっては、それを正しく知る者はだれもいません。ですが、このはいきょのまちのひょうばんは、今でもむかしと変わらないくらい、高いものでした。

 

 ただひとつむかしとちがう点は、そのひょうばんが、今ではまったくぎゃくのものになっているというところでした。このまちのげんざいのよび名は、モーグ。「暗き墓場」という意味の、とてもおそろしげなものだったのです。

 

 

 「ぎゃあ!」

 

 

 小さな部屋の中に、とつぜんだれかのさけび声がひびきました! それはちょうど、話しあいの中で、モーグの名まえが出たときのことだったのです。いったいだれでしょう? みんなは「だれだだれだ?」とさわぎ出して、まわりを見渡しました。そしてその声のぬしがわかったとき。みんなはとてもびっくりしたのです。それは、いがいやいがい。白の騎兵師団の副長、フェリアルでした!

 

 「ちょっとフェリー、どうしたの?」ライアンが思わず声をかけました。ですが、ライアンはすぐに、ぴんとひらめいたのです。

 

 「……さてはフェリー。ひょっとして……、おばけがこわいんでしょ?」

 

 ライアンの言葉に、フェリアルはあわてていいかえしました。

 

 「なっ、なにをばかな! ウルファの騎士に、こわいものなどありませんっ!」

 

 ですが、フェリアルはなかばむきになっていて、その言葉にはぜんぜん、せっとく力がなかったのです。

 

 「なにも、はじることはない。人にはだれだって、にがてなものがあるのだからな。」ベルグエルムがフェリアルの肩にそっと手をおいて、いいました。

 

 「なにをいうんです、隊長まで! ちがいますったら!」

 

 とまあこんなことがあったのですが、それはつまり、「モーグにはおばけが出る」という、もっぱらのうわさがあったからでした。じつはフェリアルは小さいころ、お城でゆうれいを見たということで、それいらい、おばけのたぐいが大のにがてになってしまっていたのです。今でもそのときのことを思い出してしまって、夜ひとりでトイレにいけなくなってしまうくらいなのだそうでした(りっぱな騎士さんにも、いがいないちめんがあるものですね。

 

 ちなみに、セイレン大橋の上でさいしょに黒騎士たちのことを見たとき、その悪霊のようなすがたにフェリアルはいっしゅん、おばけかと思ってどきっとしてしまいましたが、すぐに人間だということがわかって気を取りなおしていました)。

 

 そんな(とってもこわい)モーグを、これから通っていかなくてはならないわけでしたが、そこを通らなければならないそのわけは、とてもたんじゅんなものでした。つまりこのまちは、西の道の「北の終わり」にあたるところだったのです。西の道にはいるためには、どうしたって、その入り口であるこのまちを通っていくいがいありませんでした(ほかにまわり道ができるようなところも、ありませんでしたから)。

 

 そして、モーグをぬけてからの道のりのことについては、メリアン王にもルエルしきょうさまにも、だれにもわからないことでした。お伝えしました通り、この西の道は、もうなん十年とだれにも使われていないような道だったのです。魔女がいるといううわさも、どこまでがほんとうのことなのか? わかりません。こればっかりは、じっさいにいってみるまでは、わかりませんでした。

 

 南へ進む者たちのことも、長い時間をかけて、ねんいりに話しあわれました。どんな道を通って、どんな行動を取るべきなのか? 旅のこまかなところまで、さまざまな意見が出て、ぎろんがかわされたのです。そしてさいしゅう的には、四人でそろって、そのままベーカーランドのアルマーク王のもとまで、むかうのがよいだろうということになりました(さいごの戦いにむけてはひとりでも多くの力が必要となりますから、やはりハミールとキエリフのふたりの騎士たちは、さいしょのよてい通り、ベーカーランドへともどらなくてはなりません。それにともなって、レシリアとルースアンのふたりも、騎士たちのともとして、いっしょにベーカーランドへむかうのがよいだろうということになりました。もとより、敵の手に落ちたリュインの地をぬけてベーカーランドの地へむかうことは、シープロンたちのしぜんの力をかりるわざがなくては、とてもむりなことでしたから、シープロンであるかれらがベーカーランドにむかうことは、しごくとうぜんのことだったのです。

 そしてそのあと、危険な地をふたたびふたりだけでもどるよりは、ベーカーランドの王城まで、そのままかれらも、ともにむかった方がよいだろうということになったわけでした)。

 

 話しあいは、午後おそくまでつづきました。そして、おひさまがすっかり西の地にかたむいていってしまったころ。このアークランドの運命にかかわる、なんとも重要な話しあいは、ついにその終わりをむかえることとなったのです。時間にして四時間近くにも渡る、長い長い話しあいでした。

 

 

 「眠れないの?」

 

 はいごから、声がしました。床にすわりこんでいたロビーがふりむくと、そこには、(パジャマすがたの)ライアンが立っていました。

 

 時こくは午後の十一時。黒やぎのこくげんのころでした。空にはうすい雲がかかっていて、その雲の切れまからは、きれいな月が顔をのぞかせております。ロビーはシープロンドの王宮のバルコニーで、その空をながめていました(旅の者たちが出発するのは、やはり朝を待った方がよいだろうということになりました。シープロンドから西に広がる山がく地は、切り立ったがけの道で、夜に進んでいくにはあまりにも危険が大きすぎると思われたためでした。日のあるうちにそこをぬけて、はぐくみの森まで、たどりつくのがよいだろうということになったというわけなのです。そして、南への道のりについても。敵の目をあざむくためには、やはり日のあるうちに動いた方が、つごうがよいのでした)。

 

 あたりはしんと静まりかえっております。そよそよとした風が吹いておりましたが、ここはそんなに、寒くはありませんでした。

 

 「ごめんなさい。かってにお城の中を歩いちゃって。」

 

 ロビーが、ぺこりと頭を下げていいました。ライアンはただだまって、ロビーの方へ歩みよると、ロビーとならんで、床にちょこんとすわりこみます。

 

 「きれいだね。」ライアンが、空にかかったお月さまを見ていいました。それからライアンは、ロビーの方を見て、いったのです。

 

 「けっきょく、わかんなかったね。その剣のこと。」

 

 ロビーは、スネイルからもらったあのおくりものの剣のことを、かかえていました。ロビーは自分でもよくわかりませんでしたが、今はなんだか、この剣を手にしていたいと思ったのです。

 

 「いいんです。すくなくとも、悪いものじゃないってことがわかったし。ぼくにとっては、だいじなものであることに、変わりはないから。」

 

 話しあいのあと。ロビーはメリアン王にお願いして、スネイルにもらったこのふしぎな剣のことを見てもらいました。メリアン王はとてももの知りで、とくに、ふしぎな力を持った武器や、防具や、道具のことなどについて、くわしかったのです(思えばライアンの服にこっそりつけていたブローチも、そんなふしぎな道具のうちのひとつでしたね)。しかしそんなメリアン王でさえ、ロビーのこの剣のことについては、ほとんどといっていいくらい、たしかなことはわかりませんでした。

 

 「魔法の剣については、わたしもさまざまなものを見てきたが、」メリアン王がいいました。「この剣は、わたしが今まで見てきたものの、どれともちがう。なんともふしぎな剣だ。

 

 「ふつう、魔法のかかった剣というものは、なにかしらのしるしを持っているものだ。火をあらわすしるしであったり、風をあらわすしるしであったり。だが、この剣にはそれがない。それでいて、この剣が、自身のその内がわに、おそろしいほどの力をひめているのだということがわかる。もしこれが悪用されでもしたら、とんでもないわざわいをひき起こすかもしれぬ。」

 

 メリアン王はそういって、剣をロビーにかえしました。

 

 「だが、これだけはいえよう。この剣は、悪しきものなどでは、けっしてないとな。正しき者が、正しきもくてきのためにこの剣を使えば、かならずや、この世界をすくう力となるであろう。きゅうせいしゅどのよ、これはまさしく、そなたのためにある剣だ。手放さず、だいじにするとよい。」

 

 

 それから数時間がたって、ロビーは寝床につきましたが、なんだか目がさえてしまって、ぜんぜん眠れませんでした。それでロビーは、ひとり、このバルコニーへとやってきたのです。

 

 ロビーとライアンは、しばらくだまったまま、空をながめていました。

 

 それからだいぶたって。ロビーがライアンにいったのです。

 

 「ライアンさんは、げんきでいいね。」

 

 ロビーにいわれて、ライアンはにっこり笑ってみせました。

 

 「笑ってても、かなしんでても、今日は今日だもん。だったら、げんきな方がいいじゃない。」

 

 ライアンの言葉に、ロビーも静かにほほ笑んでかえします。

 

 「ライアンさんは、すごいな。ぼくと同じくらいのとしなのに、ぼくなんかより、ずっと強くて。」

 

 「そんなことないよ。」ライアンがつづけていいました。「ぼくだって、ロビーと同じさ。とくべつなことなんてなにもないよ。みんながいるからげんきになれるし、みんながいるから、げんきになりたいと思うんだ。ぼくは、ぼくにできることを考えて、いっしょうけんめい、それをしてるだけなんだから。」 

 

 ロビーははっとしました。そうだ、ライアンさんだってがんばってるんだ。とくべつなことでなくてもいい。自分のできることでいいから、みんなのために、できるだけのことをすること。それが人にとって、いちばん、たいせつなことであるはずなんだから(ロビーは、セイレン河にむかうとちゅうの道の中でベルグエルムにいわれた、その言葉のことを思いかえしていました。自分の力を知り、自分を信じ、それぞれが助けあうことで、はじめてみんなは仲間となり得る。ですがロビーは、これまでそのことを、深くいしきしすぎてしまっていたのです。

 

 自分の力を知り得たけれど、ぼくの力はまだまだ小さい。だからぼくは、すこしでも多くみんなの力になれるように、もっとしっかりしなくっちゃ。

 

 ロビーはそんな気持ちばかりを、自分の中でからまわりさせてしまっていました。自分の力を大きくさせようという気持ちは、もちろんたいせつなことです。人はそうやって、すこしずつ、成長していくのですから。ですがロビーは、自分が背のびばかりしようとしていたということに気がつきました。むりをして自分の力以上のことをしようとしたとしても、うまくいきっこありません。ぎゃくに、みんなによけいなめいわくをかけてしまうかもしれないのです。

 

 ライアンの言葉をきいて、ロビーは今、心の中のもやもやとしたものが、急に晴れていったかのような感じがしました)。

 

 自分をかざらず、自分にできることをせいいっぱいやること。そのうえで、みんなのことを心からしんらいして、助けあうこと。それこそが、ぼくのやるべきことであり、進むべき道なんだ。

 

 ロビーはライアンにむきなおって、もういちどいいました。

 

 「やっぱり、ライアンさんはすごい。強くて、やさしくて。ぼくも、ライアンさんみたいに、強くなりたい。守りたいもののためにも。みんなのためにも。」

 

 そんなロビーに、ライアンはおどけていいました。

 

 「やめてよ、はずかしいからさ。それに、ぼくのことは、ライアンでいいってば。ベルグにも、フェリーにも、そうたのんでるんだ。」

 

 ロビーはもうすっかり、ライアンのことが好きになっていました。種族も背かっこうも、かみやしっぽの色まで、ぜんぜんちがいましたが、友だちになるのに、そんなことはなんの問題でもないのです。ロビーはこの夜のバルコニーで、ライアンにすっかり、心をひらいていました。そしてかれはこれいらい、ライアンのことを、名まえだけでよぶようになったのです。

 

 「ありがとうライアン。ぼくも、げんきになれそうだよ。」

 

 そのとき、ふたりのうしろから、小さな声でよぶだれかの声がきこえました。ふたりがふりむくと、うしろのはしらの影から、だれかがライアンのことをよんでいたのです。そしてよく見ると、それはフェリアルでした。ライアンが立ち上がって、フェリアルの方に歩みよります。そしてふたりはしばらく、はしらの影でなにやらぼそぼそと話しあっていましたが、やがてライアンが、バルコニーに残っていたロビーにむかっていいました。

 

 「ロビー、フェリーがトイレについてきてほしいんだって。」

 

 いわれて、フェリアルは大あわてです。

 

 「わわっ! ちょっと! ロビーどのにはいわないでって、いったのに!」

 

 そう、フェリアルはモーグの話が出てきてからというもの、すっかり、むかし見たおばけのことを思い出してしまっていました。

 

 そんなフェリアルに、ロビーは「あはは。」と笑ってこたえます。

 

 「なんだか、ぼくもいきたくなってきちゃいました。みんなでいきましょう。」

 

 

 つれ立って歩いていくとちゅう、フェリアルがふたりに、ねんをおしていいました。

 

 「ベルグエルム隊長には、ぜったいにいわないでくださいよ!」

 

 フェリアルのそのしんけんなたいどに、ロビーとライアンのふたりは、顔を見あわせて、声を上げて笑いました。

 

 月あかりが、シープロンドのみやこを銀色にそめた夜でした。

 

 

 

 

 




次回予告。

 「ぜったい、ぶじに帰ってきて……」
 
     「これは、はだしの足あとだ。」

 「た、たた、たいちょ……!」

     「そいつの目には気をつけろ!」


第7章「オーリンたちのむかしのなごり」に続きます。  


 


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7、オーリンたちのむかしのなごり

 そのろうかは、まっくらでした。そしてしゅーしゅーという、湯気のような、生きもののこきゅうのような、なにやらおそろしげな音がそこにはひびいていました。空気はとてもべたついていて、あつく、じっとりとしています。それはとても、まともな生きものたちのすうような空気ではありませんでした。

 

 いったいここはどこなのでしょうか? しかし、この場所がどこであったにせよ、ここにくるだれもがこう思うはずです。こんなところには、一分だっていたくはない! と。

 

 今そのろうかをひとり、だれかがむこうから歩いてきました。ふしぎなことに、その人物が歩いていくその場所にあわせて、まっ黒なかべにうめこまれていたつるつるとした石が、ぼんやりとした赤いかがやきを放って、道をてらし上げていくのです。

 

 やがてその人物は、ひとつの広間にやってきました。この広間のかべにも、さきほどのろうかにあったのと同じ、赤く光る石がたくさんうめこまれていて、広間全体をぼんやりてらし上げていたのです。ですが、この場所でまっさきに目をひくものは、そんなものではありませんでした。まずさいしょに目に飛びこんでくるもの。それは広間のまん中におかれた、赤い光を放つ、大きな四かく形の石だったのです。

 

 その石はなんともふしぎなことに、空中に浮かんでいて、ゆっくりとかいてんしていました。そしてにぶく光ったその赤いかがやきは、それを見る者に、血や、ぼうりょくや、はかいなどといった、おそろしげなものを思い起こさせるのです。

 

 その石のそばにひとり、こちらに背をむけるかっこうで、だれかが立っていました。その人は、全身をおおう黒いガウンのようなものを、頭からすっぽりかぶっております。ですから、どんな人なのか? 顔はおろか、手足のさきすらも、見て取ることはできませんでした。

 

 「ついにあらわれたの?」

 

 とつぜん、そのなぞの人物が口をひらきました。それは、さっきろうかを歩いてきた人がこの広間にはいってきたのと、ほとんど同じときでした。ですけど、口をひらいたそのなぞの人物は、あいかわらず赤い石の方をむいたまま、広間にはいってきた人の方には、まったく目をむけていなかったのです(まるでうしろに目がついていて、はいってきた人のことが、すっかり見えていたかのように)。

 

 この言葉に、広間にはいってきた人の方が、かしこまってこたえました。

 

 「……あなたさまのよきなされていた通りでした。かの者です。まちがいありません……」

 

 それをきいて、なぞの人物は「くっくっく。」といううすきみの悪い笑い方をしてみせます。

 

 「あなたも、かれを待ちのぞんでいたんでしょ? じつに、よろこばしいかぎりだね。むこうの方から、わざわざ、すがたをあらわしてくれたんだから。」 

 

 広間にはいってきた方の人が、ふたたびそれにこたえました。

 

 「……わたしは、自分のつとめを果たすまで。もはやかれは、わたしには、なんのかんけいもありません……」

 

 「だったらいいんだけどね。」なぞの人物がまた、「くっくっく。」ときみ悪く笑います。

 

 「しばらくは、およがせておけばいい。近いうちにかならず、むこうの方からやってくるから。それまでじっくりと、けんぶつさせてもらおうよ。」

 

 それから赤い石の前のそのなぞの人物は、なにやらごにょごにょと、口の中でつぶやきました。すると、それにこたえるかのように、ちゅうに浮かんでいた石が、みずからのそのぶきみなかがやきを、なおいっそうのこと強くさせたのです。そしてその石のかがやきを見て、なぞの人物は、なんともまんぞくげに、うれしそうに、いいました。

 

 「さて、どう出るのかな? おもしろくなってきたぞ。」

 

  

 「朝のたいそう、はじめ!」

 

 みどりのしばふの上に、みんなが集まっていました。みんなは今、そのかけ声にあわせて、いち、に! さん、し! 手足をまげて、たいそうをはじめたところだったのです。

 

 かがやく朝の光が、あたりいちめんをつつみこんでいました。ここは、シープロンドの王宮の中庭です。のぼったばかりのおひさまの光をからだいっぱいにあびながら、旅の者たちは今、お城のほかの人たちといっしょに、朝のたいそうをおこなっているところでした(シープロンドではみんな、けんこうのために、朝のたいそうをよくおこなうのです。ちなみに、みんなのお手本となってかけ声をかけているのは、シープロンドの王子さま、ライアンでした)。

 

 今日はとてもだいじな日でした。みんなそれぞれに、心にひめた思いをかかえていました。そのきんちょうをすこしでもやわらげようと、みんなはこの、朝のたいそうにさんかしていたのです(いい出しっぺはやっぱりライアンです。ライアンはみんながまだねぼけまなこのところにいきなりおしかけていって、なかば強せい的に、このたいそうにひっぱってきました。ですけどそれも、みんなの気持ちをほぐしてあげようという、かれの思いやりからのことだったのです。もっとも、みんながそれをかんげいしたかどうかは、わかりませんが……。とにかく、眠かったので)。

 

 つまり今日は、新たなる旅立ちの日でした。ほんとうなら、もっともっと、このシープロンドにとどまっていたかったんですけど、ざんねんながら、もうかれらには、そんな時間はなかったのです。西への道を進む者たちが敵の目からのがれるということもふくめて、旅の者たちはいっこくも早く、この地をはなれる必要がありました。

 

 旅立ちの時間は、あっというまにやってきました。じこくは午前六時。羽うさぎのこくげんのころです。王宮の入り口の前には、旅立つ者たちのことを見送るための、たくさんの人だかりができていました(ほんとうはもっと静かに出発したかったんですけど、そうもいきませんでしたので)。そして、メリアン王の乗るりっぱな白馬を先頭に、旅の者たちの騎馬たちと、見送りの者たちの乗るたくさんの騎馬たちが、王宮の入り口の門から、ついに出発したのです。かれらがめざすのは、シープロンドのいちばん下にあたる場所、南門でした。この南門から、旅の者たちは西への道と南への道、それぞれの道を進んでいくのです(ところで、ライアンの白馬メルは、もうすっかりげんきになっていました。こんなにみじかい時間でけががなおったのも、シープロンドのお医者さんたちがみな、すばらしくゆうしゅうだったからなのです。げんきになってほんとうによかった! それと、ベルグエルムの肩もすっかりよくなりましたので、ご安心を。べつに、ついでのほうこくというわけではありませんよ、もちろん)。

 

 一行は、白いれんがの道をゆっくりと進んでいきました。道の両がわには、たくさんのシープロンの人たちが、旅立つ者たちのことを見送りに出てきております。出発のことはひみつになっているはずでしたのに、どこでうわさが広まったものか? かれらにかくしごとをしておくことは、むりなようですね。

 

 「こんなにはでに見送られたんじゃ、こまっちゃうよね。黒騎士たちがまた、空から見張ってなければいいんだけど。」そんなかれらに手をふりながら、ライアンがじょうだんまじりにいいました。

 

 そして一行は、ほどなく、シープロンドのみやこのその南門へととうちゃくしたのです(南門はほかのくにぐにからシープロンドへ、さまざまな人や品物がはいってくるところで、そのため門も、ほかの門よりもだいぶ大きなものとなっていました)。

 

 門の前は大きな広場になっていて、そこはまさに、人であふれかえっていました。それらの人たちも、またみんな、だいじなだいじな旅へとむかうわれらが仲間たちの出発を、ぜひとも見送ってあげたいと集まった、心やさしき住人たちであったのです。

 

 一行が広場にはいると、人々のこうふんはいっきに高まりました。みな口ぐちに、

「きゅうせいしゅばんざーい!」だとか、「ライアン王子ばんざーい!」だとか、さけんでいたのです。しかし、みんなが心より見送ってくれるのはうれしいかぎりでしたが、これはやっぱり、ひみつの旅なのであって、あんまりさわがれてしまってはこまるのです(よけいなうわさまで、広がってしまいかねませんから)。そんなみんなのことを静めたのは、またしてもライアン……、ではなくて、こんかいはメリアン王でした。せっかく、いちばんえらい王さまがいるんですから、この場はやっぱり、王さまにおまかせすることにしましょう。

 

 「みなの者! 見送りを心よりかんしゃいたす!」メリアン王が大声でいいました。とたんにあちこちから、「メリアン王ばんざーい!」という声が、われんばかりにわき起こります(これではみんなを静めるどころか、ぎゃくこうかでしたね)。

 

 メリアン王は、(「う……」と気まずい顔をしたあとで)こんどは大きく手をかかげて、いいました。

 

 「せいしゅくに! これは、王の言葉である!」

 

 こんどは、こうかはばっちりでした。人々はとたんに静まりかえって、王さまのつぎの言葉を待ったのです。さすがは王さま。みんなからそんけいされているんですね(もうひとつの方の王さまのすがたをみんなが知ったら、どう思うかはわかりませんけど……)。

 

 メリアン王は「こほん。」とせきばらいをしてから、つづけました。

 

 「みなの思いが、旅の者たちのはげみとなろう。これはひじょうにたいせつな、ひみつの旅である。このアークランドのみらいがかかっているのだ。この旅のせいこうには、そなたたち、みなの力が必要だ。この旅のことは、このくにのそとには、けっしてもらしてはならぬ。みなでひみつを分かちあい、守りぬくのだ。

 わたしは、そなたたちのことを信じておるぞ。そなたたちは、わがあいすべき、シープロンドのくにたみ。わたしのほこりだ。」

 

 王さまの言葉に、人々からおしみないはくしゅがおくられました(さすがはメリアン王。すばらしいえんぜつでしたね。これなら、ひみつがもれたり、よけいなうわさが広がったりするようなこともないでしょう)。そしてそのはくしゅに送られながら、旅の者たちと見送りの騎馬の者たちは、大きくひらかれたその南門から、このシープロンドのみやこのそとの土地へとむかって、歩みを進ませていったのです(といってもまだそこは、シープロンドのくにの中。そこから、はたけやまきばが、ずっと広がっていたのですが)。

 

 門のそと。はたけやまきばの広がる土地の、そのむこうは、見渡すかぎりの大平原でした。ここをはるか進めば、南のくにやリュインとりでのある土地へと、たどりつくことができるのです。ロビーたちの進む西の方を見ると、はるかに、赤茶けたはだを持つごつごつとした山々がつらなっているのが、見て取れました。あの山を越えたさきに、はぐくみの森という大きな森が広がっているのです。そしてひみつの道は、さらにそのおくにありました。

 

 門をぬけると、メリアン王は門をいったん、とじるようにいいました(人々のあついしせんがあっては、ちょっといいづらいことがありましたから。それはやっぱり、ライアンへの見送りの言葉でしたけど)。そして門がとじられると。みんなは騎馬からおりて、それぞれに、さいごの見送りの言葉をかわしあったのです(ちなみに、旅の者たちの騎馬たちは、西をゆく者たちと南をゆく者たち、それぞれ同じく三頭ずつでした。一頭が白馬で、ほかの二頭がはい色というところも同じです。これはもちろん、敵の目をあざむくために、同じ馬の数と色にしてありました。ウルファの騎士たちは、ひとりにはい色の騎馬が一頭ずつ。ライアンとロビーが、けがのなおったメル。そしてレシリアとルースアンが、同じ一頭の白馬に乗っていくのです)。

 

 「ぜったいに! ぜったいにあぶないことはしないでね! やくそくだよ!」

 

 なんどもなんども、ライアンの手をにぎってくりかえしそういっているのは(読者のみなさんには、もういわなくてもおわかりですよね)、メリアン王でした。王さまはさいごまで、ライアンのことが心配でならなかったのです。

 

 「わかってるって。あぶなくなったら、すぐ逃げるから。」

 

 ライアンの言葉は、メリアン王がライアンにしつこくいったことでした。あぶなくなったらすぐに逃げる。これはなにも、おくびょうなことだというわけではありません。むしろそのぎゃくです。ひみつの旅にある者たちがその旅をなしとげるためには、まずは自分の身を守ることが、なによりもだいじなことでしたから(そのためには、危険なことからはできるかぎり、遠ざかっていなければならなかったのです。メリアン王はそのことにもじゅうぶん、考えをめぐらせていたというわけでした。もっとも王さまの場合は、ライアンの身の安全の方を、いちばんに考えていたようでしたけど……)。

 

 「それにさ、」ライアンがつづけて、メリアン王にいいました。「こんなにお守りがついてるんだもん。これじゃ、危険な目にあう方がむずかしいよ。」

 

 ライアンはそういって、ま新しいマントのすそを広げてみせました。そこを見てびっくり! マントのうらから、服のポケットから、ズボンにベルトに、ブーツにいたるまで。あらゆるところにじゃらじゃらと、ライアンの身を守るためのお守りがついていたのです! もちろんこれは、メリアン王がライアンのためにつけさせたものでした。メリアン王はライアンが旅に出ることをゆるすかわりに、自分の持っているありとあらゆる安全のお守りを、持たせたのです(もう、前みたいにこっそりつける必要もありませんでしたから。メリアン王の、ほんりょうはっきといったところですね)。

 

 そしてこれらのお守りは、やっぱり、ただのお守りではありませんでした。さいしょの旅で王さまがこっそりつけた、星がたのブローチはもちろん(これは今は、ほそいくさりにつけられて、ライアンの首にかかっていました)。危険から身を守るお守りや(これだけで二十こくらいもありました)、早く走ることのできるお守り。ピンチになったらほのおを吹き出して、敵をやっつけるもの。水の中でも息ができるもの。さらに、ライアンが今だいたいどのあたりにいて、どんな景色を見ているのか? など、そんなことまでわかってしまう、すごいものまであったのです(そのほか、たいおんやみゃくはくがわかるものとか、おなかがへっていないかどうか? わかるものとか、そんなものまでありました。ちょっとそこまでいったら、やっぱり、やりすぎですね。ですから王さまは、ライアンにはそこまでの説明はしないで、「ただのお守りだよ。」とごまかしていました。いったらたぶん、また怒られそうでしたから……。

 

 もっともライアンの方も、王さまのすがたが見えなくなったら、首のブローチはともかくとして、ほかのは全部、かばんにしまってしまうつもりでしたけど。だってこれじゃ、旅をゆくのに、じゃまでしかたありませんでしたから!)。

 

 そんなライアンのもとに、ひとりの少女が近づいてきました。それはライアンのいもうとの、エレナでした(もちろんエレナもまた、メリアン王とともに、ライアンのことを見送りにきていました)。エレナはだまってそっと、その手に持っていたものをライアンにさし出すと、とっても小さな声でいいました。

 

 「兄さま、これ……」

 

 ライアンが受け取ったもの。それは、小さなビーズをあんでひつじのかたちに作った、手作りの小さなお守りでした(このお守りはライアンににせて作られていました)。それは旅立つ兄のために、エレナが心をこめて作ったものでした。このお守りには、王さまが持たせたもののようなとくべつにふしぎな力などは、なにもありませんでした。ですがときとして、そういうふつうの品物の方が、それを持つ者に、とても大きな力を与えてくれるものなのです。

 

 ライアンは、なにもいえませんでした。いつものライアンでしたら、笑ったりおどけたり、してみせたものでしたが、こんかいばかりは、すなおに、いもうとのその気持ちを受け取ったのです。ライアンはそのお守りをにぎりしめて、ただ小さく、エレナにいいました。

 

 「ありがとう。だいじにする。」

 

 ライアンはそして、エレナのことをだきしめました。ふたりの目には、うっすらと、なみだが光っていました(それを見て王さまは、「ああっ! エル、ずるい!」といって、ふたりのあいだにわりこんで、ライアンにまただきついてしまいました。ですがライアンも、こんかいばかりは「しょうがないなあ。」といって、王さまのことをつき飛ばしたりはしなかったのです。やっぱりライアンも、家族とはなれるのは、さみしかったんです)。

 

 そんなライアンのむこうでは、ウルファの四人の騎士たちが集まって、言葉をかわしあっていました(ちなみに、ロビーもいっしょにその場にいました)。

 

 「けっして、むちゃをするなよ。おまえたちはまだ、若すぎるところがあるからな。たいせつな力は、ここぞというときまで取っておくことだ。」

 

 ベルグエルムがこうはいの若き騎士たち、ハミールとキエリフのふたりの肩をたたいて、じょうだんまじりにいいました。若き騎士たちに力がはいりすぎているのを見て、ベルグエルムは、そのきんちょうをときほぐしてやろうとしたのです。

 

 「はい。隊長の教えをきもにめいじます。どうぞお気をつけて。」ハミールとキエリフはそういって、ウルファの敬礼のしぐさを取ってみせました。

 

 それからハミールとキエリフのふたりは、こんどは、フェリアルにむかっていったのです。

 

 「フェリアル副長も、どうかごぶじで。こんどの旅では、わたしたちの方がらくな道でよかった。わたしはこわがりですから、とてもモーグなんかにはいけません。」

 

 「うぐっ……!」

 

 そういって顔をしかめるフェリアルに、ベルグエルムも声を上げて笑いました。

 

 「じつはわたしも、おばけが大きらいなんだ。たのもしいフェリアルがいっしょで、ほんとうによかったよ。」

 

 このような旅の前に、こんなふうに笑ってじょうだんをいいあえるのも、かれらがまことに、おたがいのことをうやまい、したい、しんらいしあっているからこそなのです。ふつうだったら、待ち受ける大きな危険や、そのせきにんに、心がおしつぶされてしまったとしても、おかしくはないくらいでしょう。もしかれらが、ひとりきりだったのなら。こんかいの旅は、まこと、おぼつかないものになってしまったにちがいありません。ですが、かれらはひとりではないのです。仲間が、家族が、たくさんの人々の思いが、かれらの心をささえていたのですから。

 

 「王子、しばらくは、べんきょうは自習にしておきますよ。」ライアンにそう声をかけたのは、レシリアでした。「ほんとうなら、わたしがいっしょについていって、べんきょうを見てあげたいところなのですが……」

 

 「うわっ! それだけはかんべんしてよ!」きびしい先生の言葉に、ライアンは思わず両手をふって、そうこたえます。

 

 「もどったらすぐ、算数とれきしのテストがありますからね。おくれはしっかり、取りもどしてもらいますよ。」

 

 そういうとレシリアは、急に、顔をくもらせました。そしてレシリアは、ライアンから顔をそむけると、ひとり、自分の騎馬の方にゆっくりと歩いていったのです。

 

 「どうしたの? リア先生。」ライアンがそういって、レシリアのことを追いかけました。レシリアに追いついたライアンが見たもの。それはかのじょの、泣いている顔でした。ひとみをまっ赤にはらして、レシリアは、ひっくひっくと、しゃくり上げて泣いていたのです。

 

 「リア先生……」

 

 ライアンはそんなレシリアのことを見て、言葉をなくしてしまいました。それははじめて見る、リア先生の泣き顔でした。気が強くて、とってもこわくて、おせっかいやきのリア先生。そんな先生が、ライアンとのわかれのつらさに、なみだを流して泣いていたのです。

 

 ライアンはなにもいえず、ただレシリアに、ぎゅっとだきついていました。うでに力をこめて、それからただひとこと、こうつぶやいたのです。

 

 「大好きだよ……」

 

 しぜんと、ライアンのひとみにも大つぶのなみだがあふれてきました。そしてレシリアは、そんなライアンのことをしっかりとだきしめかえして、こたえたのです。

 

 「ライアン……、ぜったい、ぶじに帰ってきて……」

 

 ライアンはレシリアのうでの中で、こっくりとうなずいてみせました。もう、顔はなみだで、ぐしゃぐしゃになっていました。ライアンは、それを先生に見られるのがいやだったのです。ふたりは長いあいだずっと、そのまま動きませんでした。

 

 そしてしばらくたったころ。レシリアはひとみをぬぐって、なんとかもとの顔をとりつくろうと、ふたたび、げんきな声でいったのです。

 

 「ほらっ、王子。もうみんな、待っていますよ。そろそろ、いかないと。」

 

 レシリアの言葉に、ライアンもひとみをごしごしとこすって、いいました。

 

 「うん。」

 

 それからライアンは、レシリアに手をふって、ロビーたちの方にぱたぱたとかけていったのです。

 

 「どっちがさきにベーカーランドにつくか、きょうそうだよ!」

 

 ライアンがふりむきざまに、レシリアにむかってさけびます。そしてレシリアは、またいつも通りのレシリア先生にもどって、げんきにそれにこたえました。

 

 「わたしがさきについたら、たくさんしゅくだいを用意しておきますよ。それがいやなら、おくれないこと! おそくなったら、どんどん、しゅくだいがふえていきますからね!」

 

 「ええーっ! かんべんしてよー!」

 

 こうして。旅の者たちはふたたび、それぞれのむかうべき運命の道の中へと、ふみ出していくこととなったのです。それはもうすぐ冬をむかえようという、秋深いある日のこと。おだやかに晴れた、ある朝のことでした。

 

 

 シープロンドを出発して、西へ。みどりの平原は、やがて、なだらかなのぼりのつづく岩の道となりました。この道はガイラルロックたちのいた場所ほどごつごつしてはいませんでしたが、かといって、ぜんぜんうるわしいというわけでもありませんでした。それはつまりこの場所が、もううつしみ谷からは、ずいぶんとはなれてしまっていたからなのです。ちらほらと、しげみや、ひくい木や、つるくさの葉っぱなどが、岩のすきまから顔をのぞかせておりましたが、うつしみ谷のあのみどりあふれるすばらしい場所にくらべたら、この場所はまるっきり、からからにひからびた、さびしいところでした(それでも今のきせつを考えたら、これがふつうでした。うつしみ谷とくらべるのが、そもそもいけないのです)。

 

 ロビーたち、西への道をゆく旅の者たちは今、馬の背にゆられながら、その岩の道をぱかぽこと進んでいるところでした。もうなん時間も、景色はまったく変わらないように思えます。あいかわらず、なだらかなのぼりの道が、あっちやこっちにまがりながら、どこまでもつづいていました。そして、もうすっかりおひさまものぼりきってしまって、旅の者たちがそろそろおひるごはんにしようかと思いはじめたころ。一行はとつぜんに、景色のひらけたがけの上につくられた、石づくりの見張り台のあるその場所へと、たどりついたのです。

 

 この見張り台は大むかし、このあたりの山に住んでいたオーリンとよばれるふくろうの種族の者たちが、つくったものでした。ですがかれらは今や、どこか遠くの地にうつり住んでしまって、今ではこのあたりの土地には、だれも住む者はなかったのです。ですから、オーリンたちのつくったこの石づくりの見張り台だけが、おとずれる者もなく、さびしそうに、このがけの上の広場にぽつんとたっているばかりでした(そしてその半分くらいは、すでにむざんにも、くずれ落ちてしまっていました)。

 

 「オーリンの見張り台か。わたしも、見るのははじめてだ。」ベルグエルムが、くずれた見張り台をしらべながらいいました。「かれらはもう、百年もむかしに、この地をはなれたときく。そのわけも、かれらがどこにいったのかも、南の地ではさだかではない。」

 

 「このあたりはがけばっかりであぶないし、シープロンドの人たちも、みんなこっちへは、ほとんどきたことがないんだ。」ライアンも、がけのふちに立っておっかなびっくり下をのぞきこみながら、いいました(ねんのため、ロビーの服のすそをがっちりつかんでいましたけど)。「だから、オーリンたちのことは、シープロンドの中にもほとんど伝わってないんだよ。それにかれらは、人づきあいが好きじゃなかったんだって。だから、よけいにみんな、知らないんだ。」

 

 「そしてどうやら、オーリンたちのかわりに、この地に住みはじめた者たちがいるようだな。」ベルグエルムが、くずれた石のひとつを持ち上げて、つづけます。「この石は、しぜんにくずれたものではない。なにか、とてつもなく大きな力で、こわされている。それも、ハンマーのような道具を使って。」

 

 ベルグエルムの言葉に、みんなはとてもおどろきました。

 

 「こんながんじょうな石のたてものを、こわしちゃう生きものなんて、いったいどんなやつなんですか?」ロビーがたずねます。

 

 そしてロビーのその言葉に、ベルグエルムはれいせいに、地面をゆびさしていいました。

 

 「これを見てください。」

 

 ベルグエルムのゆびさしたところには、なにかたくさんのあなのようなものができていました。そしてよく見ると、それはどうやら、なにかの生きものの足あとのようなのです。ですが、それが足あとであるのだとしたら、ひとつどうにも、信じがたいことがありました。大きすぎるのです。ひかく的たいかくのよいウルファの者たちでさえ、足の大きさは十一インチほどでした。ですがその足あとは、どう見ても、十五インチほどはあったのです!(ぞうの足あとをちょっと思い浮かべてみてください。この足あとの大きさは、たぶんそれに近いと思います。)

 

 「この足あとには、もうひとつ、大きなとくちょうがある。」ベルグエルムがさらにつづけました。「それは、くつをはいていないということです。これは、はだしの足あとだ。たぶんこれは、岩山に好んで住むという、岩の巨人たちのものだろう。」

 

 「巨人がいるの!」思わずさけんだのは、ライアンでした。「ここはシープロンドから、そんなにはなれていないのに。いやだなあ。」

 

 かれらはいぜん、ガイラルロックたちにおそわれておりましたから、ライアンのその気持ちは、みんなにもよくわかりました。だって岩の巨人っていうのは、あのガイラルロックたちに、からだと手足がそろっているんですから! しかもその手には、石のハンマーやら、こんぼうやらといったものまで、にぎられているのです。おまけにせいかくもきょうぼうで、あばれるのが大好きとあっては、とてもかんげいできないのも、むりもないことでした。

 

 「もちろん、かれらに出会わないことを願っている。まともにやりあって、かなう相手でもないからな。」ベルグエルムがいいました。

 

 「会ったって、うれしくないしね。」ライアンも、じょうだんまじりにつづけました。「ぜったい、かわいくないと思うよ。」

 

 「わたしはもう、剣をおられるのだけはこりごりですよ。」さいごにフェリアルが、頭を横にふりながらいいました。かれはついせんじつ、ガイラルロックたちとの戦いの中で、じまんの剣をおってしまっておりましたから(ちなみに、その剣のかわりはシープロンドで見つけることができました。シープロンの人たちには大きすぎて、フェリアルにはちょうどよい剣が、いっぽんだけお城のそうこにあったのです。

 

 それと、せっかくいい景色でしたので、出発の前にみんなはここで、おひるごはんをすませることにしました。時間がないので、急いででしたけど。それともちろん、あたりへのけいかいも忘れずに)。

 

 それから三頭の騎馬たちは、がけにそってのびている、そのいっぽんの道を、そろそろとしんちょうに進んでいきました。なぜかというと、この道ははばもせまく、しかもそのすぐわきは、ならくの底にまで落ちこんでいるという、まさにだんがいぜっぺきの道だったからなのです! ですからどうしたって、ゆっくりゆっくり進んでいくほかありませんでした(そのため一行は、この山道でずいぶんと、時間を取られてしまいました)。

 

 しばらく進んでいったころ、雲ゆきが急にあやしくなってきました。そしてそれにともなって、あたりもだんだんと暗くなっていったのです。

 

 「あのシープロンドでの時間が、うそみたいだ。」いちばんうしろを進んでいるフェリアルが、思わずそうもらしました。そしてみんなも、口には出しませんでしたが、思いはまったくフェリアルと同じだったのです。

 

 まず、この寒さがこたえました。もうだいぶ山道をのぼってきておりましたので、きおんはよけいに、ひくくなっていたのです。ことに、シープロンドからやってきたばかりのかれらにとっては、その思いがなおのこと、強く感じられました(シープロンドでは一年中おだやかなきおんがたもたれていて、たとえ冬のまっさかりでも、寒すぎるということはないのです。それはもちろん、シープロンドのことを守っている、精霊たちのおかげでした)。

 

 「雨がふってないだけ、まだましだよ、フェリー。」ライアンが、うしろをふりかえっていいました。たしかにライアンのいう通りでした。これでまた雨でもふられたら、それこそみんな、こごえ死んでしまいかねませんでしたから。

 

 道はずっと、くねくねとうねりながらつづいていました。あたりはどんどんと、暗くなっていくばかりです。空にはいつのまにか、いちめんに、あつい雲がたれこめていました。そして雨ほどではありませんでしたが、それと同じくらい旅の者たちの心をくじかせる、あるやっかいなものが、このころからあたりにあらわれるようになっていたのです。

 

 それは風でした。それも、ただのそよ風ではありません。びゅうびゅうと耳もとで泣きさけぶ、強い強い、山の風だったのです。

 

 かどをまがるたびに、旅の者たちはとっぷうにおそわれました。風は道のむこうから、うしろから、上から、下から、まるでめちゃくちゃに吹いてくるのです。ですからみんなはなんどとなく、がけの道のかべに張りついて、風がおさまるのを待つはめになりました。

 

 「もうっ! かみの毛ぐしゃぐしゃになっちゃうよ!」ライアンが頭をおさえて、吹き荒れる風にむかってもんくをいいました。みんなはマントのフードを深くかぶって、ひもでむすんでいましたが、それでもこの強風は、どんどん、すきまからはいりこんでくるのです(おかげで、ライアンのじまんのきれいな銀色のかみも、くしゃくしゃになってしまっていました)。

 

 「これでは弱ったな。」ベルグエルムもそういって、空を見上げました(もちろん、かみの毛がぐしゃぐしゃになってしまうことを心配していたのではありませんよ)。 

「もう、じきにすっかり暗くなってしまう。山の夜は、よけいに早い。なんとか、はぐくみの森まではたどりつけるかと思っていたのだが、こんなちょうしでは、今日中に、たどりつけるかどうか……」

 

 「ひとばん明かすにしても、どこか、よいところがあればいいんですが。」フェリアルが心配げに、つづけます。

 

 「とにかく、まだ明るいうちに、なんとかしなきゃね。」これはライアンでした。

「こんながけの道で野宿なんて、まっぴらだから。」

 

 とにかく。今はなんとか、前に進まなければなりません。それでも歩みはあいかわらず、いっこうにはかどりませんでした。風の弱まるのを待ち、進んで、そしてまた待つ。それのくりかえしだったのです。

 

 それからまただいぶ進みましたが、がけの道はまったく変わらず、果てしなく、どこまでもつづいているかのようでした(このままベーカーランドまでつづいてくれているのなら、だれももんくはありませんでしたけど)。そしてこのころになると、一行はたびたび、がけの下へとむかう分かれ道に出くわすようになりました。ためしにいちど、みんなはがけの下へとつづくその道を進んでみましたが、道はなんとも暗くて、いんきな感じのものだったのです。そしてがけの下は、それよりもっとおそろしげな感じでした(はいきょのまちモーグじゃありませんでしたが、いかにもおばけが出そうなふんいきでした。ですからフェリアルはすぐさま、「早くもどりましょう!」といって、みんなをせかしましたが)。

 

 そのうえ、がけの底ではたくさんのほらあなが口をひらいていて、それはまるで、そのほらあなが悪意を持って、えもののことをそこにおびきよせようとしているかのようでした。ひとりぼっちだったぼくのほらあなだって、あそこまではひどくないぞ。ロビーがそう思ったのも、とうぜんのことだったのです。

 

 みんなはのぼったりおりたり、かべに張りついたりしながら、それでもすこしずつかくじつに、前へと進んでいきました。そしてこのいやながけの道も、そろそろ終わりへと近づいてきたころ。がけの上から、とりあえずのもくてき地であるはぐくみの森の木々が、ちらちらと見えはじめてきたころのことでした。

 

 「あそこが、はぐくみの森です。やれやれ。もう今日はむりかと思っていたが、これなら日が落ちきってしまう前に、なんとかたどりつけそうだ。」ベルグエルムががけの上から、遠くに広がる森をゆびさしながらいいました。

 

 「よかった! ぼくもう、こんなところは早くぬけたいよ。」ライアンもそういって、(かみの毛をなおしながら)ほっと胸をなでおろしました。

 

 しかし……、これが旅の道の、そのいじわるなところ。うまくいきそうだと思っていても、ふたたび、こんなんな問題の前にひきもどされてしまうことだって、しばしばあるのです。

 

 みんなの心が、もう半分くらい、このがけの道からぬけ出してしまっていたころ。まがりかどをまがった一行の前に、それはとつぜん、あらわれました。いよいよ、岩の巨人のとうじょうでしょうか? いえ、かれらの前にあらわれたのは……、それよりもっと大きくて、しかももっとやっかいな、なんともとんでもないしろものだったのです。

 

 

   ぎし……、ぎし……、ひゅうう……、ぎし……。

 

 

 がけの道は、このでたらめな強風にあおられて、ぶきみな音を立てながら、ぐらぐら、ぐらぐら、波のようにゆれ動く、いっぽんのつり橋へとむかってつづいていたのです!

 

 「じょうだんじゃないぞ……」ふだんはれいせいなベルグエルムでさえ、思わずそうもらしてしまったほど、それはまったくひどい光景でした。もしこれが、あの石づくりのセイレン大橋みたいに、がんじょうでしっかりしている橋ならよかったのですが、そんなうまいぐあいには、どうしたっていきっこありません。このつり橋は、もうひとめで、とっても古くてがたのきた、危険きわまりない橋だとわかったのです。

 

 ベルグエルムをはじめ、旅の者たちはみんな、とほうにくれてしまいました。ほかにべつの道がないものかと、あたりの山はだをくまなく見渡してみましたが、そんな道は、どこにも見つかるはずもありませんでした。つまり、はぐくみの森へとつづくがけの上の道は、このつり橋いがいには、ひとつもなかったのです。

 

 「もう、道はひとつしかないみたいだね。」ライアンがいいました。

 

 さて、旅の者たちは、いったいどうするのでしょうか? もちろんかれらは、前に進まなければなりません。こんなところで足どめされている場合では、ぜんぜんないのですから。 

 

 そう、われらがゆうかんなる旅の者たちは、意をけっして、この危険きわまりないつり橋の上へと、ふみ出していったのです……、なんてことは、かんぜんにあり得ません!

 そんなの、むりにきまっていたのです!

 

 このつり橋は、とてもとても、騎馬たちをひきつれた旅の一行が通れるような、そんなしろものではありませんでした。ふみ板はところどころぬけ落ちていましたし、手すりも長い長い時間雨風にさらされていたおかげで、もうぼろぼろです。それもみじかい橋ならまだしも、そんなじょうたいのその橋が、えんえん百ヤードはあろうかというくらいに、つづいていました。

 

 つまり、ぎろんのよちなし! このつり橋をゆけば、旅の者たちはもう、旅をつづけることはできません。ならくの底にまっさかさま! フェリアルの大きらいな、おばけの仲間いりです(ヒーローたちが橋から落っこちてそれでおしまいなんて、そんなの、物語としてゆるされるわけもありませんよね)。

 

 では、さきほどライアンがいった「道はひとつしかない」という言葉は、どういうことなのでしょう? これはもちろん、つり橋をゆくということをさしているのではありません。わたしはさきほど、「はぐくみの森へとつづくがけの上の道は、このつり橋いがいには、ひとつもなかったのです」といいました。この中の、「がけの上の道」という部分にちゅうもくしてください。そう、はぐくみの森へとつづく道は、がけの上だけではなかったのです。つまり、がけの下。ちょっと前に、かれらがためしにしらべにおりてみた、あのおそろしげながけの下の場所がありましたよね。じつは、あの場所のさきにも、つづく道はありました(だったら、さいしょからそういってよ! と怒られてしまいそうですが……、まあこれも、物語をもり上げるための、えんしゅつということで。ごかんべんください)。

 

 もちろんみんなは、そんな道をいきたいわけでは、けっしてありませんでした(だって、見るからにこわそうでしたもの)。ですけど、道はもうそこしかないのです。ライアンはそのことをよくりかいしたうえで、道はひとつしかないといいました(かれだって、好きでそういったわけじゃないんです)。

 

 「さっきのところまでもどって、下におりていくしかないよ。」ライアンがつづけます。

 

 そしてライアンのその言葉に、ベルグエルムもうなずいてこたえました。

 

 「それしかないな。気のりはしないが、しかたない。今日中にはぐくみの森までたどりつくのは、もうあきらめるしかないだろう。」

 (これはつまり、いくら強い風が吹き荒れていたとしても、がけの上からもくてき地へ、まっすぐむかうことができるのと、がけの下までもどって、そのあとさきのわからない暗く危険と思われる道を、さぐりさぐり進んでいくのとでは、かかる時間も大ちがいだと思われたためなのです。まっくらな夜になってから進むのはあまりにも危険でしたし、それまでにはぐくみの森までたどりつくのは、とてもむりだと思われたための言葉でした。)

 

 「つまり、それって……」フェリアルがたずねます。「あのがけの下で、ひとばんを明かすってことですか?」

 

 そんなフェリアルのことを見て、ベルグエルムが大まじめな顔をしていいました。

 

 「強風の吹き荒れるこんながけの上で、寝るわけにもいかないからな。がけの下には、見たとこ、かいてきそうなほらあなも、たくさんあったじゃないか。」

 

 これは半分、じょうだんもはいっていましたが、ベルグエルムのいったことは、まったく正しいことでした。がけの上の道は、みんな道はばもせまく、とても三頭の騎馬たちをつれた旅の者たちが野宿できるような場所などは、なかったのです(それに、へたをしたら、寝ているあいだに風に飛ばされて、がけから落っこちてしまいかねませんもの!)。

 

 「なに、モーグにくらべたら、なんてことはない。いいよこうれんしゅうになるじゃないか、フェリーくん。」ベルグエルムがライアンのよび方をまねして、にこにこしながらいいました。

 

 「ああ、それと。すまないがフェリアル。がけの下では、きみが先頭をつとめてくれ。たまには、前後の守りをいれかえないとな。」

 

 もちろんこれは、ベルグエルムのじょうだんでした。こわがりのフェリアルをいちばん先頭で歩かせて、からかってみたいという、かれの(ささやかな)いじわるだったのです(もっとも、ほんとうにそんなことをさせるつもりは、たぶんなかったんでしょうけど……。あんがい、ほんきかも?)。

 

 「だってさ。フェリー。」ライアンが、フェリアルの腰をぽんとたたいてそういいます。「よろしくね。」

 

 「そ、そんなー!」なんともなさけない声でさけぶそんなフェリアルのことをしり目に、みんなはさっさと、馬を進ませはじめてしまいました。

 

 「ほら、早くしないと、夜になっちゃうよ!」

 

 いい放つライアンの言葉に、フェリアルは泣く泣く、そのあとを追いかけました。

 

 ベルグエルムさんって、けっこう、じょうだんきつい……。そんなみんなのやりとりをずっと見守っていたロビーが、心の中でそっとつぶやきました。

 

 

 風がびゅうびゅうと、岩のあいだからおそいかかってきました。それはまるで、目には見えない大きなへびのむれが、つぎつぎとこちらへ飛びかかってくるかのようでした。ここは、がけの下。みんながくるのをいやがっていた、あのおそろしいがけの下の道だったのです。

 

 がけの下ならいくらか風が弱まるかもと、きたいしていたみんなでしたが、それは大きくうらぎられました。がけの上みたいにあちこちからめちゃくちゃに吹いてくるということはありませんでしたが、そのぶん風は、前とうしろにそのゆくさきをしぼられて、ますますその力をまして、一行のことをはさみうちにしたのです(ライアンだけは、これ以上かみの毛がくちゃくちゃになるのをいやがって、みんなにはないしょで、空気のバリアーで風を防いでいましたが……)。

 

 ですけどこのさい、そんな風なんかにかまっている場合ではありませんでした。みんなはどんどん、さきに進まなくてはなりません。すこしでも多くさきに進んでしまわないことには、あたりはじきに、ほんとうにまっくらになってしまうのですから(このがけの下には、光もほとんどとどきませんでしたから)。

 

 「これじゃまるっきり、墓場と同じだ。」フェリアルがたまらずにいいました。フェリアルのいう通り、がけの下のこの道は、ぶきみに暗く、なんともうすきみ悪い感じの場所だったのです。

 

 ところでフェリアルは、ベルグエルムの言葉のように、ほんとうに先頭を進まされてはいなくて、いつもみたいにいちばんうしろについていましたが、いちばんうしろというのも、これはこれでこわいということに、気づいてしまいました(いきなりうしろからなにかがやってきたとしたら、それはたしかに、こわいですものね)。フェリアルはなんどもなんども、ちらちらと、うしろをふりかえっていましたが、そのたびに、くらやみの中になにかがいるんじゃないか? と胸をどきどきさせていたのです。

 

 はたしてそれは、そんなかれの心が作り出した、まぼろしだったのでしょうか? フェリアルがふたたび、うしろをふりかえったとき。かれは岩の影のくらやみの中に、なにかを見たような気がしました。そして三回目に、そんな感じをおぼえたときのこと。かれはたしかに、そのくらやみの中に浮かび上がる、青白いふたつの目を見てしまったのです!

 

 

 「た、た、た、たた、たいちょ……!」

 

 

 もうフェリアルは、しんぞうが口から飛び出してしまわんばかりでした。ひめいを上げることすらできなかったのです。こんなじょうたいでまともに言葉をしゃべれといったって、とてもむりというものでした。ですから、フェリアルの前にいるロビーとライアンのふたりには、フェリアルがなにをいっているのか? さっぱりわからなかったのです。

 

 「ど、どうかしましたか? フェリアルさん。」ロビーがメルの上から、フェリアルにたずねました。

 

 「ちょうちょがどうかしたの?」ライアンもわけがわからず、つづけてたずねました。

 

 そしてフェリアルは、まっ青な顔をして、ようやくのことで、言葉をふりしぼっていったのです。

 

 

 「ち、ちがう。隊長……、隊長をよんで。おばけ……、おばけがいた!」

 

 

 「ええっ?」

 

 ライアンとロビーはびっくりして、あたりを見まわしました。そしてそんなかれらのことに気づいて、ベルグエルムも騎馬をもどして、みんなのもとへとやってきたのです(ベルグエルムはつづく道のようすをたしかめるため、ちょっとさきの方までしらべに出ていました)。

 

 「どうした? なにかあったのか?」

 

 ベルグエルムがフェリアルにいいました。そしてフェリアルは、なんとか気持ちをおちつけようとひっしになりながら、それにこたえたのです。

 

 「み、見たんです! あそこ……、あそこの暗がりに、はっきりとおばけの目を!」

 

 ベルグエルムもさすがに、これにはびっくりしました。ですが、フェリアルはこんなときにうそやじょうだんをいうようなやつではないということを、ベルグエルムはよくりかいしていたのです。ですからベルグエルムは、馬からおりて、じゅうぶんに用心しながら、フェリアルのゆびさしたその暗がりの方へと、すぐさましらべにむかいました。

 

 「待ってベルグ、ぼくもいくよ。」ライアンがメルからおりて、いいました。とうぜん、ロビーもいっしょにメルからおりましたので、ついていくことにします。

 

 それからみんなは、フェリアルがおばけを見たという、その暗がりの中の岩場を、くまなくしらべてまわりました。そしてフェリアルは、ぶるぶるふるえながら、すこしはなれたところで、そんなみんなのようすのことを見守っていたのです。

 

 しばらくしてみんながもどってくると。フェリアルはくいつくようにたずねました。

 

 「ど、どうでした?」

 

 しかしみんなは、浮かない顔をしたままで、フェリアルのそのしつもんにこたえたのです。

 

 「ざんねんだが、おかしなところはなにもなかった。」

 

 ベルグエルムの言葉に、フェリアルはおどろいた顔をしていいました。

 

 「そんな! たしかに、見たんですよ! まちがいありません!」

 

 もちろんみんな、フェリアルのことをうたがっているわけではありません。信じているからこそ、みんなは今自分たちがおかれているじょうきょうのことを、正しく見きわめる必要があったのです(ふだんだったら、じょうだんまじりにフェリアルのことをからかったりもするんですけど、こういうまじめなところではべつだったのです)。

 

 「きみが見たものがなんだったのか? わたしにもわからないが、」ベルグエルムがつづけました。「じっさい、あの場所にはなにもいなかったし、足あとなども見つけられなかった。それに、もしなにかがいたのだとしても、わたしたちに気づかれずにあの場所から立ち去ることができるとは、考えにくい。それこそ、ゆうれいみたいに、消えてしまったのでなければ。」

 

 「じゃあ、やっぱり、おばけだったってこと?」ライアンが両手を下にたらして、おばけのまねをしてみせながらいいました。「うらめしやー。」

 

 「ちょ、ちょっと! やめてくださいよライアン!」けらけら笑うライアンに、フェリアルがやっきになっていいました。

 

 さて、こうなったら、けつろんを出すのはこの人しかいません。それはもちろん、ロビーでした。前にも同じようなことがありましたが、こういうときのロビーの意見って、じつにたよりになるんです。

 

 「ロビーどの。」ベルグエルムがロビーにむかっていいました。「ガイラルロックの岩場でも、セイレン大橋の上でも、われらはロビーどのに助けられました。フェリアルが見たもの。ロビーどのは、どう思われますでしょうか?」(これはつまり、「ロビーのふしぎな力で、なにか感じるところがないか?」という意味あいもふくめて、たずねていたのです。)

 

 「そうだよ、ロビーならわかるよね。」ライアンもつづけて、いいました。

 

 ですけど、そういわれてもやっぱりまだ、ロビーもこまってしまいました。たしかに、ガイラルロックの岩場やセイレン大橋の上では、なにか、せまりくるもやもやとした危険を感じ取ることができましたが、ここではロビーはなにも、感じることはできなかったのです(それは、やろうと思ってできることではありませんでしたから)。

 

 「はい、ええと、すいませんけど……」ロビーがこたえます。「たしかにここは、いやな場所だとは思いますけど、ぼくにはなにも、感じることができません。でも、フェリアルさんがなにかを見たのは、たしかなんですから、それはそのまま、受けとめるべきだと思います。ここには、なにかがいるってことです。」

 

 今のロビーにいえることは、それでせいいっぱいでした。でも、むりに背のびをしてみたって、よくありませんよね。それはロビーももう、学んでいたことなのですから。ですからロビーは、自分なりに、自分のできることをよく考えて、そういったのです(ですけどロビーの言葉って、あまり多くは語らないことはたしかなんですけど、いつもよく、まとをいているんですよね。これはやっぱり、きゅうせいしゅとしての、かれのさいのうなんだと思います)。

 

 「まったく、その通りだ。」そんなロビーの言葉にこたえて、ベルグエルムがいいました(ロビーの言葉はまたしても、みんなのことをみちびく助けとなったのです)。

 

 「目の前のことこそしんじつ。わたしは、それを見あやまってしまうところでした。」ベルグエルムはそういって、ロビーにぺこりと頭を下げました。

 

 「ロビーどののいう通り、しんじつを正しく受けとめれば、フェリアルの見たそいつは、なにかしらのりゆうで、われらの目をあざむいているということになる。ここには、そんなれんちゅうがいるということだ。」

 

 ベルグエルムの言葉に、みんなはごくりとつばを飲みこみました。信じたくはありませんでしたが、ベルグエルムの言葉、ロビーの言葉は、まことに正しいことをいいあてているようだったのです。つまりここには、すがたの見えない、なにかがいるってことでした(なんとも、おそろしい話ですが)。

 

 みんなは、あたりをきょろきょろと見まわしてみました。ですが今は、なんのけはいも感じられません。しかしかえってその方が、よけいにぶきみな感じがしました。出てくるんだったらいっそひと思いに、いっきに出てきてくれた方が、まだ気持ちがらくなことでしょう。いつ出てくるか? わからないというのは、ほんとうに胸にこたえるものだったのです。

 

 「とにかく今は、さきに進むしかない。進めるうちに、もうすこし進んでおこう。見えない敵からも、うまくのがれられるかもしれない。できればこのさきも、会いたくはないからな。」

 

 「わたしももう、にどと会いたくありません!」ベルグエルムの言葉に、フェリアルも、ぶるる! とからだをふるわせながらいいました。

 

 「見えない敵か。それじゃほんとうに、おばけだね。」さいごにライアンがいいました。

 

 「早く、このきもだめしの道が終わるといいんだけど。」

 

 

 それからみんなは、ふたたび、このおそろしいがけの下の道を進んでいったのです(フェリアルはもうずっと、あっちやこっちをきょろきょろしっぱなしです。こんなことのあとでは、むりもありませんでしたけど)。そしてあるとき。先頭を進んでいたベルグエルムがいったこの言葉で、みんなはついに、今日いちにちのつらい旅の道のりを、終えることにしました。

 

 「ここまでにしよう。これ以上進むのは危険だ。もう、じきにまっくらになる。さきほど、いくつかの安全そうなほらあなを見つけたから、今日はそこで休むとしよう。もちろん、用心はおこたらないようにしなければな。」

 

 みんながほらあなに身をよせたのは、もう、ほとんど夜になってしまったころのことでした。ほんとうは、そんなにはおそい時間ではありませんでしたが、ここは、ひるまでもなおうす暗い、がけの下。まさに、まっくらというひょうげんが、ぴったりだったのです(せいかくには午後六時。野うさぎのこくげんのころでした。ちょうど、スネイルのざっか屋および食りょう品店が、へい店する時間です。旅の者たちは朝の六時に出発しましたから、思えばこの山道だけで、十一時間以上の時間をついやしてしまったことになるわけでした。このがけの道が、どんなにやっかいな道のりであったのか? よくおわかりでしょう)。

 

 そんな場所でしたから、ほらあなの中はそれよりもっと、まっくらだったのです(これじゃ、フェリアルでなくたってこわいと思うはずです!)。ですからどうしたって、あかりは必要でした(ほんとうなら、危険なものをよびよせてしまうかのうせいがありましたので、あんまりあかりをつけるのはよくなかったのです。ですけど、こんなに暗いんじゃしかたありませんし、それにこの寒さです! 火を起こさないわけにもいきませんでした)。

 

 みんなはまず、小さなランプに火をつけて、ほらあなの中をしらべてまわりました。ベルグエルムが見つけたこのほらあなは、大きすぎず、かといって小さすぎることもありません。四人の旅の者たちがひとばんを明かすのには、まさにうってつけといった感じでした(さすがはベルグエルム。お目が高い。これでもうすこしきみの悪い感じでなければ、なおよかったのですが……、まあ、それは、ぜいたくすぎというものでしょう。

 

 ちなみに、かれらの騎馬たちは、ほらあなのそとの岩かべのあいだに、かくすようなかたちでつないであるのです。さすがに騎馬たちをみんな中にいれられるほどには、このほらあなも、大きくはありませんでしたから。そして、騎馬たちをみんな中にいれてもなおあまるほどの大きさを持ったほらあなは、ここにはひとつもありませんでした)。

 

 ほらあなはおくの方にまで、ほそくまっすぐつづいていましたが、そこはまもなく、いきどまりになっていました。ですけどみんなは、そこでちょっと、おかしなものを見つけたのです。このほらあなはしぜんにできたふつうのほらあなでしたが、そのおくの部分の地面に、人がつくったような、れんがやはしらのなごりのようなものが、ちらばっていました。みんなはそれらをひろってしらべてみましたが、とても古いものであるということいがい、たしかなことはよくわからなかったのです。

 

 「これらの石は、」ベルグエルムがいいました。「あのオーリンの見張り台、あれに使われていた石に、よくにている。ひょっとしたら、むかしオーリンたちが、このほらあなを使っていたのかもしれないな。」

 

 「オーリンたちなら、まだいいけどさ、」ライアンがつづけていいました。「まさか、岩の巨人たちが、ここをねぐらにしてるってことはないよね?」

 

 「いや、それはない。」ベルグエルムがこたえます。「わたしは、ほらあなのまわりや、ここの地面もよくしらべたが、なんの生きものの足あともなかった。それに、巨人だったら、こんなせまいほらあなには、きゅうくつではいれないよ。」

 

 「それならよかった。」ライアンがほっとしていいました。「ガイラルロックの親玉みたいなのが出てきたら、どうしようかと思ってたんだ。」

 

 そういってライアンは、手足をがおーっ! とのばして、おそろしい巨人のまねをしてみせました(ですけどどう見ても、巨人というよりは、いたずら好きの子ぐまといった感じでしたけど……)。

 

 それからみんなは、ようやくといった感じで、野宿のじゅんびに取りかかったのです。ベルグエルムがうまく火を起こしてくれたので、みんなはとってもありがたい、たき火の火にあたることができました(ライアンがすぐに、その火を大きくしてくれたのは、いうまでもありません)。そしてみんなは、持ってきていた食べものをその火であぶりつつ、まことにかんたんではありましたが、ささやかな夕食を楽しむことにしたのです(このときばかりはみんな、こわいのを忘れてしまいました。ウルファたちは、肉のはいったパンや塩づけのベーコンなどをあたためて食べ、ライアンは、やさいとこなをねりあわせて作った、ドーナツのようなほぞん食をあたためて食べたのです。ライアンの場合は、それでもやっぱり、メインはお菓子でしたけど……)。

 

 そのあとみんなは、歯みがきをして、これからの旅のことをすこし話しあいました。そして、それからほどなくして。旅の者たちぜんいんに、びょうどうに、今日いちにちのつかれがおとずれたのです(つまり、眠くなったってことです)。

 

 「みなの者! よは、シープロンの王子なるぞ! 早く、あたたかいベッドを用意せい!」ライアンがふざけていいましたが、みんなはさっさと自分のもうふを取り出して、すこしでもかいてきに寝られるようにと、寝床をととのえているばかりでした(「ちょっとー! ほったらかしにしないでよー!」相手にしてもらえなかったライアンが、ひとりでぷんぷんいっていましたけど)。

 

 そして旅の者たちは、そのまま朝までぐっすり、眠ることができました……、といえたらよかったんですけど。やっぱり、そううまいぐあいにはいかなかったのです(読者のみなさんもそう思いました? たぶんこれから、みなさんのごそうぞうに近いできごとが起こると思います。それはつまり、おばけ……、おほん! さてさて、いったいなにが起こるのか! では、つづきをどうぞ)。

 

 

 それから、どのくらいの時間がたったのでしょうか? たき火のほのおはもうすっかり小さくなって、わずかにちらちらと、ほらあなの中をてらしているばかりでした。ほのおの立てる、ごく小さなぱちぱちという音と、みんなの立てる、かすかな寝息。それと、風の泣く、ひゅうひゅうという音。ほらあなの中できこえるのは、そんな音たちでした。そして今、そんな音たちのひとつひとつにびんかんになって注意をこらしながら、耳をすませている人物がひとり、いたのです。それはだれかといいますと、おばけぎらいのあの人。そう、フェリアルでした。かれの頭からは、さっきそとの岩場の暗がりの中で見た、あのおそろしいふたつの目のことが、ぜんぜんはなれなかったのです。

 

 フェリアルはなんども、眠ろうとして目をきっ! とむすびましたが、どうしてもあたりのことが気になってしまって、眠ることができませんでした(すぐ近くで、ぐーすかいって、だらしない寝ぞうで寝ているライアンのことを、ひっぱたいてやろうかと思ったくらいでした)。しっかり寝ておかないと、明日の旅がつらくなるということは、よくわかっていましたが、どうにも目がさえてしまって、しかたがなかったのです。

 

 フェリアルは横になったまま、ほらあなの中を見まわしました。(寝ぞうのとっても悪い)となりのライアンのむこうでは、ロビーがもうふをきちんとかけて、すやすやとした寝息を立てております。そしてほらあなの入り口では、そとの見張りやくを買って出たベルグエルムが、岩に背をもたれかけさせたまま、こっくりこっくりやっていました。

 

 それらのようすを見るかぎり、問題はなにもないかのように思えました。しかしフェリアルはそこで、みょうな胸さわぎをおぼえたのです。なんだかだれかに、見られているような……、そんな気がしました。まさかまさか、また、さっきのおばけなんじゃないだろうか……! フェリアルのしんぞうは、ばくばくなりひびきました(しんぞうの音で、みんなが起きてしまうんじゃないか? というくらいに)。

 

 そしてフェリアルは、なんとなく、ほらあなのおくの方に目をむけたのです。そこはこのほらあなにはいったとき、さいしょにみんなが、むかしのれんがやはしらのなごりを見つけたところでした。そこは、ただのいきどまりでした。そんなところに、なにかがあるはずもありませんでした。

 

 しかしそのとき。そこでかれが見たものは……。

 

 

 くらやみの中で光る、たくさんの、目、目、目! さっきそとの岩場で見た、あの目とおんなじやつが、こんどはもう、いちダースくらいも集まって、こっちをじーっと見つめていたのです!

 

 

 「ぎ、ぎ、ぎ……」もうフェリアルは、おどろいたなんてものじゃあありません。のどのおくから声をふりしぼって、こんどこそ、やっとの思いで、ひめいを上げることができたのです。

 

 

 「ぎゃあああー!」

 

 

 とたんにみんなは、なにごとかと飛び起きました!(ベルグエルムは、とっさに剣をつかみ、ライアンはねぼけて、とっさに、寝る前に食べていたパウンドケーキのはいったふくろをひっつかみました。)そしてそして、みんなもすぐに、フェリアルの上げたそのひめいのわけを、知ることとなったのです。

 

 ひめいを上げるフェリアルのむこう。ほらあなのいちばんおくのくらやみに光る、それらのたくさんの青白い目のことを、みんなもここで、はっきりと見ました。こうなったら、もうこれは、おばけなんかではありません。それらの目は、たしかに、なにかの生きものたちの目でした。それもあきらかに、話しあいの通じる相手ではないみたいです。そいつらはのどをぐるぐるならして、今にも飛びかからんと、旅の者たちのことをしきりにいかくしていました。 

 

 「みんな! 気をつけろ!」

 

 入り口の方からベルグエルムが、こちらに走ってきていいました。その手にはしっかりと、剣がにぎられております。

 

 「ほのおよ! はじけろ!」ライアンがとっさに、たき火に残っていたほのおにむかって手をかざしながら、さけびました。とたんにほのおは、ごおーっ! といきおいよくもえ上がり、ほらあなの中をたちまち、オレンジ色の光でてらし上げてしまいます。そしてその明かりのおかげで、みんなは、このあやしげなたくさんの目のしょうたいを、知ることができました。

 

 ほのおのあかりにてらし出されたのは、身長が四フィートほどの、小がらなからだをした生きものたちでした。からだに毛は生えていなくて、木のかわみたいな、ごわごわしたはだをしております(衣服は身につけていませんでしたので、動物のような生きものなんだと思います)。手足がやたらに長くて、そのためひどく、ぶかっこうに見えました。ですがもっともいんしょう的なのは、なんといっても、その大きな青白い目だったのです。まぶたがなくて、半分くらいつき出ているその目は、なんともうすきみが悪く、なるほど、おばけに見まちがえてしまうのも、むりもないことでした。こんな生きものたちが、ほらあなのおくに五、六ぴきかたまって、旅の者たちのことを、ぐるぐるとおどかしていたのです。

 

 「グブリハッグだ!」

 

 さけんだのはベルグエルムでした。どうやらこの生きものたちの名まえは、グブリハッグというらしいです。

 

 「そいつの目には気をつけろ! 光の矢を飛ばしてくるぞ!」

 

 目から光の矢! ひええ、おそろしい! そして、ベルグエルムがみんなにそう注意した、つぎのしゅんかん。そのグブリハッグという生きものたちが、まさに、そのおそるべきこうげきのための力を、旅の者たちにむかって放ちました。

 

 びゅんっ! びゅんっ! 青白い目から、それと同じ色をした青白い光の矢が飛び出して、みんなにおそいかかります!

 

 「うわっ!」そしてその矢は、ほのおのそばにいるライアンのすぐわきをかすめて、ほらあなのかべにあたってはじけました!(ライアンにあたらなくて、ほんとうによかった!)

 

 これですっかり怒ったのは、ライアンです(まあ、とうぜんです)。

 

 「このやろー!」ライアンは(ちょっと品が悪かったですが)そうさけんで、ふたたび、たき火のほのおにむかって手をかざしました。

 

 「ほのおよ! かかれ!」

 

 ライアンがそういうやいなや。ほのおがふたたび、ごおーっ! と音を立てて、まっすぐ矢のようなかたちとなって、グブリハッグたちにむかって飛んでいきました!(矢には矢を、といったところでしょうか?)そしてライアンが放った、そのほのおの矢は……、おみごと! 先頭にいるグブリハッグのからだにめいちゅうして、かいぶつをほのおのうずに、つつみこんでしまったのです!(それにしても、ほのおの矢だなんて、いぜんに使った風のたつまきのほかにも、ライアンもかなり、おそろしいわざを持っているんですね。しぜんの力のじょうけんがそろえば、こんなにも強いこうげきの力だって、出せるみたいです。やっぱりライアンって、いろいろすごい。)

 

 「やった! どんなもんだい!」

 

 とくいになってはしゃぐライアンでしたが、これで相手は、なおいっそう、怒りをばくはつさせてしまいました。こうなってはもう、たまりません。グブリハッグたちはその長い手足で、ぴょんぴょん、ほらあなのかべをとびはねながら、つぎつぎに光の矢を飛ばしてきたのです。

 

 

  びゅんっ! びゅんっ! びゅんっ!

 

 

 「だめだ! みんな早く、このほらあなから逃げろ!」ベルグエルムが、せまりくる光の矢を剣でふりはらいながら、みんなにさけびました。

 

 「ひええーっ! やっぱり、こうなっちゃうのー!」ライアンが、こんどはほのおのかべを作って、それで矢をはじきかえしながら、いいました。

 

 「フェリアルさん! 早く!」ロビーが、半分腰をぬかしたままのフェリアルの手を取って、さけびます(フェリアルは、あまりのショックに、まだぜんぜん戦えるようなじょうたいではなかったのです)。

 

 「ひええー! みんな、待ってくれー!」フェリアルは地面にはいつくばったまま(なかばロビーにひきずられながら)、ほうほうのていで、ほらあなの入り口へとむかいました。 

 

 そしてみんなは、(にもつともうふは、逃げる前にあらかじめひっつかんできていたうえで)そのまま大あわてで、ほらあなのそとへとむかってかけ出していったのです。

 

 

 さいごにほらあなをふりかえったみんなが見たものは、追いかけてくるグブリハッグたちと、ほらあなのおくの、地面の中につづいているかいだんの下からのぼってくる、新たなグブリハッグたちのすがたでした。これでみんなは、この生きものたちが、なぜとつぜん、ほらあなの中にあらわれたのか? そのわけを知ることができたのです。つまりこのほらあなは、かれらの住むかくされた地下都市への、入り口だったのです! その地下都市へとつづいているかいだんが、ほらあなのおくの地面に、(じつにたくみに)かくされていたというわけでした(この地下都市は大むかし、ふくろうの種族であるオーリンたちがつくったもので、今ではすでに、はいきょとなってしまっているものでした。ですが、こんなにすてきな地下都市を、このままほったらかしにしてしまってはもったいない。そう考えたのが、今旅の者たちが出会った、このグブリハッグという生きものたちだったのです。もっともかれらにとっては、そこは都市というよりも、たんなる大きなほらあなにすぎませんでしたけど。かれらはほとんど、けものなみのちのうしか、持ちあわせておりませんでしたから)。

 

 ほらあなのそとに出たみんなを待っていたのは、これまた、グブリハッグたちでした! かれらは岩の影のやみから、つぎつぎとはい出てきたのです。そしてよく見れば、かいぶつたちは、岩影にかくされていた地下都市へとつづくとびらから、出てきていました。こんなところに、とびらがかくされていたんですね! これではおばけのように、あらわれたり消えたり、できるはずです!(そしてこのとびらは、ほんとうにみごとに岩にかくされていて、近くで見てもまったくわからないほどでした。ですからさすがのベルグエルムでも、このとびらのそんざいには、気がつくことができなかったのです。しかもかれらは、その長い手足を使って、岩から岩へ、ぴょんぴょんとびはねていどうするのです。そのため、地面に足あとも残らないのでした。まさに、ベルグエルム泣かせ! なんともやっかいな相手だったのです。)

 

 しかし、今さらなぞのこたえがわかったとしても、どうにもなりません。とにかく、ここから早く逃げなくては! みんなは、岩かべのあいだにかくしてつないでおいたそれぞれの騎馬たちに、あわてて飛び乗ると(騎馬たちがぶじで、ほんとうによかった!

じつはグブリハッグたちには、動物よりもちせいのある生きものたちのことを、好んでおそうというしゅうせいがあったのです。なんとおそろしい!)、そのまま、まっくらなやみの中へと、矢のようにかけ出していきました。

 

 グブリハッグたちが待て待てと、旅の者たちのことを追いかけて、なんどとなく光の矢をあびせかけてきます。ですがかれらの足も、旅の者たちのゆうしゅうなる騎馬たちの足のはやさには、とうていかないませんでした。いつしか、騎馬たちのあとを追うものは、あいかわらずにびゅうびゅう吹きつづける、谷間の風だけとなったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。

 「クルッポー! クルッポー!」

       「あなたたち、旅の人?」

 「われらはわけあって、さきを急がなければならない身。」

       「この剣は、ぼくたちのことを守ってくれる!」


第8章「はぐくみの森の子ぎつね」に続きます。


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8、はぐくみの森の子ぎつね

 むかし、どこまでも広がっているのかと思うほどの大きさを持ったその森は、大いにさかえていました。その森をおとずれる者たちは、みな、森のもたらすおしみないめぐみにかんしゃしながら、大いにくつろぎ、食べて、飲んで、楽しんだのです。そのため、ここをおとずれる人たちは、みな、旅のよていがすっかりくるってしまいました。いちにちすごすだけのつもりが、三日になり、四日になり。ついには、ふた月をまるまる、この森ですごすことになってしまったほどだったのです。

 

 それには、この森に住んでいる住人たちのせいかくも、深くかかわっていました。とにかくこの森に住む人たちといったら、明るくようきで、はじめて会った人であっても自分の家にいっしゅうかんくらい、わけなくとめてしまうのです。ですがそんなことは、この森の人たちにとっては、ごくあたりまえのことでした。それはつまり、この森が住人たちに対して、じゅうぶんすぎるほどのめぐみを、与えてくれていたからなのです。住人たちはあくせくはたらかなくても、いつでも食べものや飲みものを手にいれることができましたし、そのほか、お金にかえることのできるたくさんのきちょうな品物たち(ぐたい的にいえば、めずらしい花のみつであったり、宝石のつまった木の実であったり。ここにしか住んでいないという、ふわふわ森ペンギンの羽毛であったり、すばらしいかおりを放つ、森サンゴのえだであったり。そういう品物たちでした)も、この森の中では、かんたんに手にいれることができました。

 

 ですから、この森に住んでいる人たちはとても心が広く、毎日をすてきに、とっても楽しくすごしていたのです(じつにうらやましいかぎりです)。そしてこの森の住人たちのすばらしいところは、それらのめぐみをだれかれかまわず、みんなで分けあおうとするところでした。とかくせちがらい世の中では、お金でもなんでも、きちょうな品物を手にいれればいれるほど、それらを自分ひとりのところばかりにためこもうとするものです。しかし、この森の人たちにかぎっては、そんなこととはむえんでした。お金とか宝物とか、そういったものはひとしく、みんなのものであるのだと、かれらは考えていたのです(じつにすばらしいかぎりです)。

 

 みんなをだいじにするそんなかれらが、とくにたいせつにもてなしたのが、ほかのくにからやってくる旅人たちでした。この森がもっともさかえていたころ、西のくにぐにからはたくさんの旅人たちが、この地をめざしてやってきていたのです。そういった旅人たちのことを、この森の人たちは、まるで家族どうぜんのようにあつかいました。旅人たちに、かれらの見たこともきいたこともないような食べものや飲みものをふるまい、そして旅のきねんとして、自分たちのたくわえたきちょうな品物たちを、おしみなく分け与えたのです(ある旅人などは、全部あわせたら家いっけんをまるごと買えてしまうくらいのねだんになる、山のようにたくさんのおみやげをもらったほどでした。おかげでその旅人は、旅をつづけるのをやめて、この森に住んでしまうことにきめてしまったくらいなのです)。

 

 これで、この森をおとずれる人たちが旅のよていをくるわせてまで、ここにとどまってしまったりゆうが、よくおわかりいただけたかと思います。そしていつしか、だれもがこの森のことを、こうよぶようになりました。人々の暮らしをはぐくみ、心をはぐくむ。まさしくここは、はぐくみの森だと。しかし、今ではそれもむかしのこと。この森のはんえいは、思わぬところから、終わりをむかえることとなるのです。

 

 

 今、三頭の騎馬たちをつれた四人の旅の者たちが、その森のいちばん東の果てで眠りこけているところでした。かれらはもう、なかばなげやりといった感じで、地面の上にてんでんばらばらにちらばったまま、もうふをかぶってぐーぐー寝ていたのです。

 

 じこくはすでに、海つばめのこくげん。午前十時に近いころになっていました。かれらはいったい、なぜこんなところで、しかもこんな時間に眠っているのでしょうか? そのりゆうを説明するためには、ちょっと話の時間を、きのうの夜にまでもどさなければなりません。

 

 きのうの夜。すでにべつの場所で寝床についていたかれらは、夜ふけに、あるおそろしいかいぶつたちのしゅうげきを受けました。そのかいぶつたちの名まえを、みなさんはもうごぞんじですよね。そう、グブリハッグです。かれらは、このおばけみたいな見た目のおそろしいかいぶつたちに、へいわな寝床を追い出され、夜のやみの中をやむなく、逃げのびるはめになりました。

 

 あれから。旅の者たちは、夜のやみの中を走りに走りました(危険なのはもちろん、しょうちのうえでした)。ですがなにしろ、がけの下はまっくらなうえにも輪をかいてまっくらでしたから、そうかんたんには、正しい道をえらんで進むことは、できなかったのです。一行はなんどとなく、いきどまりの道や、べつのほらあなの中へとつづいていく道に、出くわしてしまいました。しかしそのたびに、みんなは力をあわせて、そのおそろしいがけの下の道からだっしゅつするべく、がんばったのです(いつまたそのへんの岩影から、新たなグブリハッグたちがあらわれないともかぎりませんでしたから!)。

 

 やがて、おそろしいがけの下の道もついに終わりをむかえ、一行が岩かべのあいだのほそいさけ目のようなすきまから、その森のはずれの中へと飛びこんだのは、もう空が明るくなってしまったころのことでした。かれらが、立ちのびるたくさんの木々を、どんなにかんげいしてむかえたか? ごそうぞうにたやすいことかと思います。それからかれらが取った行動は、ひじょうにたんじゅんめいかいなものでした。かれらは今、かれらがいちばんやりたかったことを、頭で考えるよりもさきに、すぐさまおこなったのです。それはつまり……、さまたげられたすいみんのつづきを、もういちどここで取るということでした! かれらは頭のさきから、つまさきまで、もうぼろぼろにつかれ果ててしまっておりましたので、森の中にはいったとたん、騎馬たちをつなぐのもそこそこに、もうふにくるまって、そのままどろのように眠ってしまったのです(だれだって、へいわに寝ているところをむりやり起こされて、そのまま夜のやみの中をかいぶつたちにおびえながら、なん時間も走らされるはめにあわされたのなら、心身ともにまいってしまうはずです)。

 

 つまりそういったわけで、旅の者たちは(もちろんこれは、ロビーたち、われらが旅の者たちのことをいっているのです。いうまでもないことですね)こんなところで、こんな時間に、眠りこけているというわけでした。でも、もうそろそろ、かれらに旅のつづきを、おこなってもらわなくてはなりませんね。なにしろかれらは、この物語のだいじなだいじなしゅやくたち。かれらがこのまま、ぐーぐー寝ているままでは、物語がさきに進みませんもの! さあ、旅のさいかいです!

 

 

 

 「クルッポー! クルッポー! 起キロー! 起キロー!」

 

 

 とつぜん、あたりにかん高い、なんともおかしなさけび声がひびき渡りました。いったいこれは、なんの声なのでしょう?(どうやら、人の声ではなさそうな感じですが。)その声は、旅の者たちのどまん中。かれらの中でもいちばんからだの小さな、ひつじの種族の者である、ライアンのいるあたりからきこえてくるようでした。

 

 

 「クルッポー! クルッポー! 起キロッタラ、起キロ! イイカゲン、起キロッ! コノヤロー!」

 

 

 だんだんと大きく(そして言葉使いもきたなく)なっていくその声が出ているのは、ライアンのそばの地面におかれた、あるひとつの小さなはこからのようでした。そしてようく見てみると、その声を出しているのは、時計のはりのついているそのはこの中から飛び出して、羽をばたつかせながらわめく、小さな小さな、白いはとのおもちゃだったのです。

 

 「う~ん……、あと五分……」ライアンはねぼけてそういいながら、はと時計のかたちをした小さな目ざまし時計にむけて、手をのばしました(なるほど、これはライアンがシープロンドから持ってきていた、目ざまし時計だったんですね。それにしても、ずいぶんおかしなものを持ってきたものです)。ですがこの時計は、どんなおねぼうさんでもぜったいに目がさめるように、ひじょうにきびしく作られていたのです。

 

 「起キナイヤツニハ、オシオキ! オシオキ! クルッポー!」

 

 時計のはとはそうさけぶと、羽をばたつかせて、ライアンのほほにむかって、(まるでラグビーのせんしゅみたいに)全身で体あたりをくらわせました! そしてそのあとは、するどいくちばしこうげきです! さんざんつっつかれて、こうなってはもう、起きないでいられる者などはいませんでした。

 

 「わわ、わかったよ! もう起きてるだろ!」ライアンがそうさけぶと、時計のはとはつっつくのをやめて、さいごにひとこと、こういって、すばこのかたちをした時計の中にひっこみました。

 

 「オハヨー!」(う~ん、にくたらしい!)

 

 こうして旅の者たちはここに、(さわやかな目ざめとはいえませんでしたが)新しい旅のいちにちのはじまりを、ふたたびむかえることとなったのです。みんなは、まずは三頭の騎馬たちがちゃんといるということをかくにんして、ほっとしました(きのうは見張りも立てず、あたりを気にかけることもなく、眠ってしまいましたので、騎馬たちがちゃんとぶじでいるかどうかと、かれらはまっさきに心配したのです。

 もっとも、かれらの騎馬たちはメルをはじめ、みんな強くてかしこい馬たちばかりでしたので、すこしくらいの相手であれば、わけなくやっつけてしまうほどの力は持っていましたが)。それからみんなは、あわただしくにもつをまとめると、地図を広げて今いる場所のことをかくにんしあい、今日いちばんの話しあいを、ここにおこなうことにしたのです。

 

 「よていより、ずいぶんとおそくなってしまったが、ようやくついたな。まさか、こんなところで野宿することになるとは、夢にも思っていなかったが。」ベルグエルムが、やれやれといった感じでいいました。

 

 「どんなところだって、あんなおそろしいところで寝るよりはましですよ。」フェリアルが、ぼーっとしてひきつった顔をしたままで、こたえました(フェリアルはずっと、おばけの夢にうなされて、しっかり眠ることもできずにいました。おかげで目の下にはばっちり、くまができていたのです)。

 

 「まだまだ、これからがほんばんなんらから、しっかりしてよ、フェリー。ほら、あーん。キャンリーあげるから。」ライアンがそういって、フェリアルの口の中に、ぼうつきのいちごキャンディーをいっぽん、つっこみます(もちろん自分も、同じものをなめていました。それは、かれの話し方でもわかりますよね)。

 

 「めざすモーグっていうまちは、ここからどのくらいあるんでしょうか?」ロビーがベルグエルムにたずねました(ロビーの口にもまた、ライアンからもらったキャンディーがはいっていましたが、かれはなるべく舌たらずにならないように、気をつけてしゃべっていました)。

 

 「このはぐくみの森は、とほうもなく大きな森なのです。」ベルグエルムがロビーに地図をしめしながら、こたえます。「そして、今わたしたちがいるのは、その東のはずれ。モーグはこの森をつっきった、西のはずれに位置しています。きょりにして、およそ十五マイルはあるでしょう。しかし、じゅんちょうに進めたとしても、この森の中では、やはり、なにが起きるか? わかりません。そのこともじゅうぶん、考えにいれておかなければ。」

 

 ベルグエルムはそれから、このはぐくみの森のむかしと今のようすのことについて、みんなに説明してきかせました。さいしょにお話ししました通り、このはぐくみの森というところは、かつて大いにさかえ、文字通り、あらゆる人たちの暮らしをはぐくんでいたのです。しかし今では、西の街道を使う者もいなくなり、モーグのおそろしいうわさも広まって、このはぐくみの森まで足をはこぶ者たちは、ほとんどいなくなってしまっていました。ここからいちばん近いみやこであるシープロンドに住む、シープロンたちでさえ、この森の今のことについては、ほとんどなにも知らなかったのです。

 

 「この森の中が、今どうなっているのか? どんな人たちが、今住んでいるのか? それはだれにも知られていない。むかしのように、この森が今でも、人々の暮らしをはぐくんでいればよいのだが。そう考え……、うぷっ!」そこまで話したところで、ベルグエルムの口になにかがつっこまれました。それは、そう、やっぱり、ライアンのぼうつきのいちごキャンディーだったのです(これで、四人ぜんいんの口にキャンディーがはいったわけです)。

 

 「あんまり深く考えたって、しょうがらいよ。いってみれば、わかることなんらから。どのみちぼくらは、この森を通っていかなくちゃ、もくてき地までいけないんらからさ。そうれしょ?」

 

 みんなはライアンにはかなわないなと思いつつ、かれの意見もまた、もっともだと思いました。たしかに、あれこれここで話しあっていたとしたって、旅がさきに進むというわけでもありません。

 

 「う、うむ。では、みんな、じゅんびをととのえて、さっそく出発することにしよう。」ベルグエルムがいいました。

 

 そしてみんなは、(口にはいったキャンディーをなめながら)手早く出発のじゅんびをととのえると、この果ての見えないほどの大きな森、はぐくみの森の中へとむかって、ふみこんでいったのです。

 

 「いら、ひゅっぱ~つ!」ライアンがひとこと、大きくかけ声をかけました(ちなみに、「いざ、しゅっぱ~つ」といいましたが)。天気はうすぐもり。ひゅうひゅうと風の吹く、ある朝のことでした。

 

 

 「ねえ、ここってほんとに、はぐくみの森なの?」

 

 森の中のものさみしい道の中を、馬でぱかぽこ進みながら、ライアンがつぶやきました。かれのいう通り、森の中にすこしはいっていっただけで、あたりのようすはまるっきり、変わっていってしまったのです。

 

 まず、いくらもいかないうちに、道はばが急にせまくなりました。それも、ただせまいだけならどうってことはありませんでしたが、その道を横切るかたちで、たくさんの木の根っこが、うねうねとからまりながら張り出していたのです。ですから、馬に乗っている者たちは、かけ足でびゅんびゅん! というわけにはいきませんでした。しんちょうに進んでいかなければ、根っこに馬の足を取られて、馬といっしょにすってんころりん! 地面に投げ出されてしまうのです。

 

 変わったのは道だけではありません(そしてそっちの方が、この森をゆく旅の者たちにとっては、かんげいのできないものでした)。まだ午前十時。海つばめのこくげんをせいぜいまわったころだというのに、森の中にはろくに光もとどかず、あたりはぶきみにうす暗かったのです(せっかく、あのうすきみの悪いがけの下の道からのがれられて、よろこんでいたところでしたのに)。しかも、木々のみきはふしくれ立っていて、

まるでいぼがえるのはだみたいにごわごわしていました。そしてそこからのびるえだといったら、てんでんばらばらに、あちらこちらへと、のびほうだいにのびていたのです。

 

 そんな場所でしたから、とてもまともな植物が育っているわけがありません。みどりあざやかな葉っぱのかわりに、かれかけたつる草のたばが、えだにぐるぐるからみついております。かわいらしいきれいな色のお花のかわりに、なんともどくどくしい色をしたきのこのむれが、地面にびっしり生えていました(ぜったいに食べてはいけません!どくきのこにきまっていますから!)。

 

 これでは、ほんとうにここがはぐくみの森なのか? とライアンがぼやくのも、むりもありませんでした。だってどう見ても、この森が人々の暮らしをはぐくんでくれるようには、見えませんでしたから。

 

 「西の街道がとざされてからひさしいが、そのえいきょうは、この森にまですっかり、およんでしまったようだな。かつてのはんえいのおもかげは、もうここにはないようだ。」先頭をゆくベルグエルムが、道をふさぐようにせり出している木のえだを、手ではらいのけながら、いいました。

 

 「はぐくみの森のことは、名まえくらいしか知らなかったんだけど、これじゃもう、名まえを変えた方がいいみたいだね。『おばけ大集合の森』、なんてのはどう?」ライアンが、フェリアルの方をふりかえりながら、けらけら笑ってつづけました。

 

 「やめてくださいよ! えんぎでもない!」フェリアルがむきになって、ライアンに手をふりかざしながら、いいかえしました(仲のいいこと)。

 

 「ぼくのいたかなしみの森も、そんなに明るい森じゃなかったけど、」そうつぶやいたのは、ロビーでした。「この森は、ひどいです。こんな森だったら、ぼくはたぶん、いっしゅうかんでひっこしますよ。」

 

 ロビーはそういって、顔のまわりによってくる小さな羽虫のむれを、手でぱたぱたとはらいのけました(みんなさっきから、この虫が顔のまわりをぷんぷん飛びまわるのが、気になってしかたなかったのです!)。

 

 「ぼくは、二日でギブアップだね。」ライアンが、ロビーにむかってそういいます。「だって、こんなさびしい森においしいお菓子屋さんがあるとは、とても思えないもの。」(ライアンのかいてきさのきじゅんって、おいしいお菓子があるかないかによるところが、大きいみたいですね……)

 

 「あ、そういえば。」ライアンの言葉に、ロビーが急にあることを思い出していいました。

 

 「スネイルさんのお店には、きんじょのおばあさんがやいた、おいしいホワイトケーキと、チョコクッキーがあるんです。そんなにお菓子が好きなら、あのとき、買っておけばよかったかな?」

 

 これをきいて、ライアンの目つきが変わります。

 

 「ええーっ! それをさいしょにいってよー! ホワイトケーキに、チョコクッキー! 食べたーい!」

 

 ライアンはよだれをたらしながら、ロビーのことをぽかぽかたたいていいました(なんとか、今からもどって買いにいこうとするのだけは、やめさせましたが……)。

 

 こんな感じで(ライアンの場合はあまいお菓子へのげんそうをいだきつづけたまま)、旅の者たちはしばらくのあいだ、このささくれ立った森の中の道を進んでいったのです。道はあいかわらずせまく、木の根はあいかわらずうねうねと、地面をはっていました。そのうえしばらくいくと、道はあつくつもった落ち葉の中に、しばしばうもれてしまっているようになっていました。そのたびにみんなは、正しい道のほうがくをさ

がしあてるのに、くろうしたのです。

 

 さらにこのあたりになってくると、見上げる空のほとんどいちめんを、まがりくねったえだのたばや、黒っぽい葉っぱのかたまりが、おおいつくしてしまっているようになっていました。ですから一行は、森のおく深くにはいってからというもの、ひさしく、おひさまのすがたを見ていなかったのです。たまにちらちらと、黒い葉のあいだから、そとの光を見ることができましたが、そのほかの大部分の時間は、みんなは暗くぶきみなこの森の中の道を、とぼとぼと、進んでいかなければなりませんでした。

 

 それでもなんとか、一行はめざすモーグのある西のほうがくへとむかって、すこしずつですが、きょりをちぢめていくことができました。しかし、やっぱりこれが、旅の道のいじわるなところ。そのさきの道は、今よりもっと、ひどいありさまとなってしまったのです。

 

 地面はどこもかしこも落ち葉にあつくおおわれ、どこに道があるのか? いよいよまったくわからなくなってしまいました。なんとかほうがくだけでも見さだめようと、ベルグエルムがほそい木を切って、そのねんりんをしらべてみましたが、なにせここは、日もろくにあたらない、うす暗い森の中。ほうがくはぜんぜん、わからなかったのです(これはボーイスカウトなどがおこなう、ほうがくをしらべるためのわざなのですが、みなさんはごぞんじでしょうか? 木にはねんりんというものがあって、それは日のよくあたるほうこうだけ、よく育っているものなのです。ベルグエルムはそのねんりんを見て、ほうがくを知ろうとしたのです)。

 

 「まいったな。この森は、よそう以上にやっかいだ。」ベルグエルムが、とほうに暮れながらいいました。「せめて光のむきだけでもわかれば、ほうがくがわかるかもしれないのだが、このあたりでは、どこにも、ひとすじの光さえさしていない。」

 

 「もうすぐ、おひるなんだけど、」ライアンが、にもつの中からあのはとの時計をひっぱり出して、つづけました。「これじゃまるっきり、夕ごはんの時間だね。どっちにせよ、ちょっとひと休みして、なにか食べようよ。今日はまだ、いちごキャンディーしか食べてないんだもん。」 

 

 そうして、旅の者たちはしかたなしに、手ごろな岩の上にすわりこんで、とりあえずのおひるごはんをとることにしたのです(張り出している木の根の上の方がすわりやすかったのですが、木の根の上にすわったら根っこをいためてしまうことになりますので、あえてみんなは、岩の上をえらんですわっていたのです)。みんなは食べながら、このさきの道のことについて話しあいましたが、正しい道を見つけるためのうまい方法は、ざんねんながら、なにも思い浮かびませんでした(ライアンのしぜんの力をかりるわざも、道さがしにかんしては、あまりやくには立ちませんでした。風の力をかりてみても、てんじょうにあつくしげったえだや葉っぱをまとめて吹き飛ばすまでのいりょくは、ありませんでしたし、ほのおの力では、なおさらだったのです。

 

 同じところになんどもくりかえしてわざをぶちこめば、あなをあけられないこともありませんでしたが、そんなことをそのつどしていたら、ライアンもつかれてしまって、旅をつづけるどころではなくなってしまうでしょう。そのうえ、そもそもそんなことをしたら森をはかいすることになってしまいますから、しぜんをあいするライアンにとっても、できればそんなまねは、したくはありませんでした)。せめて木にのぼって、

黒くおおわれたてんじょうの葉っぱの上に、顔を出すことができればよかったのですが、木の高さはみな三十フィートほどもあったうえ、しかもねじまがったそのみきは、上の方にいくほどほそくなって、そとにむかってそりかえっていたのです(いわゆる、ねずみがえしというやつです)。これではどんなに木のぼりのじょうずな名人だって、てんじょうの上に顔をのぞかせるなんてまねは、とてもできそうにありませんでした(じっさい、みんなの中でいちばん身のかるいライアンが、とちゅうまでのぼってみましたが、かれはそこで、こうけつろんを出したのです。「むり!」)。

 

 さて、旅の者たちはどうするのでしょうか? かれらのむかうべき道のさき。それはロビーのこの言葉によって、きまったのです(いつも通り、またみんなから、意見をもとめられてのことでしたが)。

 

 「道がわからない以上は、ぼくたちの力ではどうしようもないと思います。だれか、この森に住んでいる人をさがして、力を貸してもらうのがいいと思う。」

ロビーの言葉は、正しいものでした。自分たちの力をこえる問題には、人の助けをすなおにもとめることも、またたいせつだったのです。

 

 「たしかに、それがいちばんいいようです。」フェリアルが、ロビーの言葉にこたえていいました。「むかしのなごりがまだ残っているのなら、森のまん中までいけば、まちがあるはず。今でも人が住んでいるのかどうかは、わかりませんが。」

 

 そのフェリアルの言葉に、ベルグエルムもうなずいてつづけます。

 

 「はんえいはかこのこととはいえ、これだけの大きさの森だ。だれも住んでいないとは思えない。とにかく、そのまちまでいってみよう。住人がいることを、願うばかりだ。」

 

 「でもさ、そのまちまではどうやっていくの?」さいごにライアンが、もっともなしつもんをしました。そしてそのしつもんに対して、ベルグエルムはいたってまじめな顔をして、こうこたえるばかりだったのです。

 

 「かんをたよりにいくしかないな。運がよければ、道あんないのかんばんのひとつも、立っているかもしれない。」

 

 う~ん、さいごは、かんがたよりですか……。しかし、ほかに手立てがない以上、ベルグエルムのそのかんを、たよりにしてみるほかはありません。やはりベルグエルムは、みんなのいちばんの、みちびき手でしたから。

 

 ふたたび出発というところで、ロビーがフェリアルに、そっとたずねました。

 

 「ベルグエルムさんって、しんちょうなのか? だいたんなのか? どっちなんでしょう……?」

 

 するとフェリアルは、にが笑いを浮かべながら、小さな声で、そっと、ロビーに耳うちしたのです。

 

 「ときと場合によるんです。わたしにも、いまだに全部はわからないんですよ。」

 

 

 それからしばらくして。道がとつぜんひらけて、騎馬たちがその広場に飛び出したとき。みんなはとてもおどろいたものでした。まさに、どんぴしゃり! 一行は、はぐくみの森のどまん中。むかしのはんえいのなごりの残る、そのまちの広場へとやってきたのです!(思わずライアンとロビーは、おたがいの手のひらをぱちん! ともにあわせてよろこびあいました。ベルグエルムのかんが、みごとてきちゅうです!)

 

 広場にはたくさんの家々がたちならんでいました。しっくいのぬられた白いかべに、茶色い木のはしらがとてもきれいにとけこんでおります。それらの家はみんな二かいだてで、二かいのまどのそとには、色とりどりのペンキでぬられた、かわいらしいバルコニーもついていました。

 

 お店もたくさんありました。森のめずらしい食べものをあつかったレストランや、おしゃれなカフェテラス。パン屋さんに、本屋さんに、洋服屋さんに、おみやげ屋さん。そしてライアンの大好きな、お菓子を取りそろえたお店まで。じつにさまざまなしゅるいのお店が、ところせましと、この広場のまわりにはならんでいたのです。

 

 よかった。旅の者たちはさぞかし、よろこんでいるにちがいない。読者のみなさんの

中には、そう思った方も多いことかと思います。ですが、こう思った方も、同じく多いのではないでしょうか? なにか変だな? と(こんなに暗くてさびしいところに、急にこんなにはなやかな場所があらわれるなんて、よく考えたら、やっぱりおかしいですもの)。

 

 そうなのです、わたしもできれば、旅のみんなのことをよろこばせてあげたかったのですが、ざんねんながら、やっぱりまた、そううまいぐあいにはいきませんでした。

 

 この広場で旅の者たちが見たもの。家々に、お店に、さまざまなかざりものに、広場ちゅうおうの大きなふんすいにいたるまで。それらはすべて、とうのむかしにうちすてられ、荒れほうだいになったままの、むざんなはいきょだったのです!(せっかく、ライアンとロビーが、ハイタッチしてまでよろこんでいたというのに……)

 

 旅の者たちはがくぜんとしました。やっぱりこの森には、もうだれも住んでいないのか……。みんなの気持ちは、重くふさいでしまいました。

しかし、いつまでもおちこんでいるわけにもいきません。みんなは気持ちを強く持ちなおすと、まずはそれらの家々やお店を、しらべてまわることにしたのです。

 

 かれらはまず、いちばん大きくて、いちばんしっかりしたままのたてものの中に、はいってみることにしました。それでも入り口のとびらはなかばくずれてしまっていて、さびついたちょうつがいに、かろうじてくっついているだけだったのです(とびらがくっついているだけでも、まだましな方です。ほかのたてものでは、とびらはみんなくずれきってしまっていて、地面に落っこちてしまっていましたから)。

 

 たてものの中は、もうなん年も(あるいは、なん十年?)吹きさらしになっているままのようで、床にはたくさんの植物やきのこまで、生えているありさまでした(旅の者たちにびっくりして、小さないたちのような野生の生きものが、あわてて逃げていったくらいでした)。そしてはいってすぐのところに、大きな木のカウンターがひとつあって、そこにはいっさつの本が、おきっぱなしになっていたのです。

 

 「どうやら、やどちょうのようだな。」ベルグエルムがその本を手に取って、いいました。「ここはかつての、やど屋のようだ。たくさんの旅人たちが、ここにとまっていったのだろう。」

 

 ベルグエルムはそういって、そのやどちょうをぱらぱらとめくってみました(そうしたら本のページがばらばらになってこぼれ落ちてしまったので、ベルグエルムはあわててそれらのページを集め、こんどはしんちょうに、そっと取りあつかうことにしました)。

 

 そこにはたくさんのお客さんたちの名まえや、そのかれらからのおれいの言葉などが、びっしりと書いてありました。どうやらかつてこのやど屋は、森でいちばんはんじょうしていた、ゆうめいなやど屋であったようなのです(もっとも、このやどの主人は、お客さんからほとんど、やどだいをもらうことはありませんでした。前にもいいました通り、この森ではどこの家だって、みんなをわけなくとめてしまうのです。ですからこのやどの主人は、もっぱら自分のしゅみで、このやど屋をけいえいしていました。

ここの主人のお目あては、やどだいのかわりに、旅人たちがもたらしてくれるものでした。それはつまり、旅人たちの話してくれる、胸おどるような冒険のお話だったのです。さぞかし、たくさんの冒険の話をきくことができたんでしょうね。冒険好きなわたしにとっては、うらやましいかぎりです)。

 

 ですが、そんな大きなやど屋の中でさえ、旅の者たちにとってやくに立ちそうなじょうほうは、なにも見つけることはできませんでした。それからみんなは、さらになんけんかの家やお店をしらべてまわってみましたが、やはり新しい住人につながるような手がかりなどは、なにも見つけることができなかったのです。

 

 「見て見て、ロビー! はちみついり、ルィンビスの花のアイスクリームだって! すごーい!」ライアンが、今はからっぽになっているアイスクリーム屋さんの店さきで、残ったメニューの絵をながめながら、いいました。「こっちの、モンブランナッツいりのココア・アイスクリームも、おいしそー! なんでみんな、いなくなっちゃったのさ! 食べたかったのにー!」

 

 (じだんだをふんでくやしがるライアンをロビーがなだめていた)そんなときのことです。ロビーはふいに、だれかの声をきいたような気がしました。ベルグエルムとフェリアルは、ずっとむこうの本屋さんの中をしらべているところでしたし、話し声がここまできこえるはずもありません。それにその声は、あきらかに、かれらの声とはちがっていました(もちろん、ライアンの声でもありません)。 

 

 ロビーはあたりを見まわしてみましたが、自分たちいがい、この広場にはだれもいるはずもなさそうでした。家々のまどや、てんじょうの木々のえだや、葉っぱにいたるまで、すみずみまで目をこらしてみましたが、やっぱりだれもおりません。ですが、そこでロビーはまたしても、その声をきいたのです。それはだれかが、二、三人で話しあっているような声でした。

 

 

 「騎士みたいだぞ、ほんとうにいいのか?」男の人の声がきこえました。

 

 「だれだろうがかんけいない。おきてを忘れたか。」もうひとりの男の人がつづけました。

 

 「むりだよ、やめようよ。」こんどは、それよりおさない感じの声がしました。どうやら、子どもの声。小さな男の子のようです。

 

 「だめだ。いいか、さっきいった通りだ。おまえがいけ。うまくやるんだぞ。」

 

 

 声はロビーの頭の中に、ちょくせつひびいてくるかのようでした。その声はとぎれとぎれな感じで、話している内ようもくわしくはきき取れませんでしたが、ロビーはなんだか、いやな感じをおぼえたのです。どうもなにかの悪いそうだんをしているように、きこえたからでした。そして話し声は、それっきり、ぱったりときこえなくなってしまったのです。

 

 ロビーはこのことをライアンに伝えようとしましたが、ライアンはあいかわらず、こんどはべつのお菓子屋さんのかんばんメニューである、「クリームいりの、森ペンギンのかたちをしたやき菓子」にむちゅうになっていて、とても話を切り出せるような感じではありませんでした。ですからロビーは、ベルグエルムたちにそうだんしてみようと、ひとり、かれらのいるむこうの本屋さんにまで、てくてく歩いていくことにしたのです(とりあえず、ライアンのことはそっとしておくしかありませんでした)。

 

 「どうしました? ロビーどの。」ベルグエルムとフェリアルが、本屋さんで地図をしらべながら、はいってきたロビーにむかっていいました。

 

 「だれかの声を、きいたような気がしたんです。どこで話していたのか? それはわからないんですけど……。三人くらいで、ぼくたちのことについて、話しあっていたみたいなんです。この近くに、いるのかも。」

 

 ロビーは半分、自信なさげにいいましたが、ベルグエルムたちの反応は大きなものでした。

 

 「それはありがたい! この森にはまだ、住人がいるんですね!」フェリアルが思わずさけびました。

 

 「うむ、これは思いがけないことだ。さっそく、かれらをさがしにいこう。」ベルグエルムも、うれしそうにつづけました。

 

 しかし、ロビーの気持ちは、まだもやもやとしたままでした。いやな感じはあいかわらずつづいておりましたし、声のぬしであるかれらが、はたしてほんとうに自分たちを助けてくれるものなのかどうか? ロビーにはなんとも、はんだんがつかなかったのです。

 

 そんな、おりもおりのこと。その声はそのたてものの入り口の方から、とつぜんきこえてきました。

 

 

 「あなたたち、旅の人?」

 

 

 騎士たちはとっさに、腰の剣に手をかけてけいかいしました! ですがすぐに、その手をひっこめることとなったのです。それはつまり、入り口のそとに立っていたのは、いがいにも、小さな十さいくらいのとしの、ひとりのかわいらしい男の子だったからでした。

 

 その子はきいろいセーターに茶色のズボンすがたの、きつねの種族の男の子でした。肩くらいまでのびた長めのかみを、頭のうしろでむすんでおります(かみの色はきいろがかった茶色。まさにきつね色です)。頭の上にはきつねの耳。おしりからは大きなきつねのしっぽ。小さな茶色いかばんを肩からたすきがけにかけていて、そのかばんには白くてふわふわしたまるいかざりがひとつ、つけられていました(これは森ペンギンの羽毛から作られていました)。

 

 「きみは、どこからきたんだ? この森の住人かい?」ベルグエルムが男の子にたずねました。

 

 それに対して、きつねの男の子はずっとにこにこした顔のまま、こうこたえたのです。

 

 「そうだよ。ここからすこしいったところに、ぼくたちフォクシモンたちの村があるんだ。あなたたちはだれ? なにかこまってるの?」

 

 こんどはこの男の子の方が、旅の者たちにしつもんをしました。ちなみに、フォクシモンというのは、かれらきつねの種族の者たちのことをさす、よび名です(ウルファ、シープロン、カピバル、オーリン、そしてフォクシモン。種族のよび名も、けっこう出ましたね)。

 

 「わたしたちは、東の地から、わけあって、旅をしている者だよ。モーグまでいきたいんだが、道がわからないんだ。だれか、力になってくれる人はいないかな?」ベルグエルムがこたえました。もちろん、旅のもくてきのことは、かんたんにはしゃべるわけにはいきません。ただの旅人のふりをするのが、ここではいちばんいいのでした。

 

 「それなら、ぼくの村においでよ。みんな、いい人ばかりだよ。村長さんにたのめば、ロザムンディアのいせきまで、あんないしてくれると思うから。」きつねの男の子が、あいかわらずにこにこした顔のままで、そういいます(ところで、きつねの種族のかれらは、モーグのことをロザムンディアのいせきとよんでいるようですね。モーグというよび名は、もともと南のくにで作られたよび名でしたから、かれらはそのよび名のことを、知りませんでした。ですから、「モーグってなに?」という男の子に、ベルグエルムが「かつてロザムンディアとよばれていた、まちのことだよ。」と説明したことで、「なあんだ、ロザムンディアのいせきのことかあ。」ということになったというわけなのです)。

 

 もちろん、旅の者たちは、その申し出をよろこんで受けることにしました。ですがロビーだけは、やっぱりいまだに、しっくりこなかったのです。それにこの子の声は、さっき頭の中にきこえてきた、あの男の子の声ににておりましたから。それでロビーは、ためしに、こうきいてみたのです。

 

「ねえ、きみはさっき、だれかといっしょにいた? ぼくたちのことを、話していなかったかな?」

 

 これをきいて、きつねの男の子はいっしゅん、どきっとしたように見えました。しかしあいかわらず、にこにこした顔に変わりはありません。男の子はロビーにむかって、こうこたえるばかりでした。

 

 「やだなあ、ぼくはひとりだよ。この広場は、ぼくのかっこうのあそび場だからね。大人たちはあぶないからきちゃだめだっていうけど、そんなことないよ。そんなことより、さっ、あんないするから、早くぼくについてきて。」

 

 こうして、旅の者たちはこの新しく出会ったきつねの男の子といっしょに、かれらフォクシモンたちの住む村へと、むかうことになったのです。

 

 「ぼくは、チップリンク・エストルっていうの。チップでいいよ。よろしくね!」

 

 ところで、だれかをひとり忘れているような……、あっ! そういえば、ライアン! みんながライアンのことをさがしに、お店のならんでいる場所までもどると……、かれは今、さまざまなフルーツキャンディーをあつかったせんもん店の前で、ショーウィンドーの中の見本をうっとりしながら、ながめているところでした。

 

 

 フォクシモンたちの村は、広場からいくらもいかないところに、ひっそりとかくれるようにしてありました。村のまわりは木でつくられたかべにぐるりとかこわれていて、そのさまはまるで、とりでのようでした(なにかりゆうがあるのでしょうか?)。入り口の門のまわりには、たくさんのきつねの種族の者たちの見張りが立っていて、その手にはみな、大きな弓矢がかまえられております。そのようすをひとめ見たみんなには、なんだかこの村が、とてもぶっそうな感じに思えました。ですが近くによってみると、その見張りの人たちはみな、きつねの男の子チップと同じようににこにこ笑っていて、とてもあいそよく、旅の者たちのことを出むかえてくれたのです。

 

 「ようこそ、フォクシモンたちの村へ! さあ、どうぞゆっくりしていってください! 食べもの、飲みもの、なんでもありますよ!」

 

 そのあまりのかんげいぶりに、旅の者たちはちょっと、びっくりしてしまいました。ですが、そんなみんなのことをうしろからぐいぐいおしながら、チップはこういって、みんなのことを、村の中へとまねきいれるばかりだったのです。

 

 「みんな、お客さんがめずらしいんだ。ちかごろじゃ、だれもこの森にはやってきてくれないからね。さあ、はいってはいって。ゆっくりしていってよ。みんな、いい人ばかりだよ。」

 

 こうしてみんなは村の中へとあんないされましたが、人々の明るさとはうらはらに、村の中はなんだかさびれていて、暗い感じがしました(てんじょうはやっぱり、木々のえだと黒い葉であつくおおわれておりましたので、ふつうに暗かったのですが)。木とわらで作られた家々は、みんなもうずいぶんとくたびれている感じで、中にはだれも住まなくなったまま、ぼろぼろにうちすてられている家まであったのです。

 

 そんな中でたくさんのフォクシモンの人たちが、みんな笑顔で、旅の者たちのことを出むかえてくれましたが、その笑顔はなんだかぎこちなくて、心から笑っているようには見えませんでした。そしてなによりふしぎに思ったことは、みんな旅の者たちが今日ここにやってくるのだということを、はじめから知っていたかのように、じゅんびばんたん、かんげいの用意がととのえられているということだったのです(小さなはたをぱたぱたとふって、出むかえに出ている人たちの、頭の上には、「ようこそフォクシモンの村へ!」と書かれた、大きなまくが張りめぐらされておりましたし、そのまわりには色とりどりの、きれいなはたやかざりものまで、たくさんかざりつけられていました。

 

 その場ちがいな、はなやかさからいっても、それらはどう見ても、ふだんからこの村にいつもかざってあるものなのだとは、とうてい思えませんでした。チップにきいてみても、「たまたま旅人かんげいまつりのおまつりのときに、みんながやってきた」というわけでもないそうですし、「ほかにべつのお客さんがきていた」というわけでも、なかったのです。これはやっぱり、旅の者たちみんなのためだけに、じゅんびされたものなのだということでした。いったいいつのまに、じゅんびしたのでしょうか?)。

 

 そんな大かんげいのまっただ中を、旅の者たちは(ちょっといごこちが悪そうに)歩いていきました(ライアンだけは大手をふって、にこやかに、出むかえの人たちのかんげいにこたえておりましたが)。そしてみんなは、村のまん中にあるいっけんの大きな家の前に、あんないされたのです。その家はほかの家とはちがって、すべてまるたでつくられていて、つくりもがっちりとしていました(いわゆるログハウスを思い浮かべてもらえれば、それに近いと思います)。そしてその家の入り口の前に、旅の者たちのことを出むかえるかたちで、三人のきつねの種族の者たちが立っていたのです。

 

 「みんな、こちらがこの村の村長さんだよ。」チップがみんなに、村長さんのことをしょうかいしました。村長さんは、もうかなりのおとしよりで、手にはよくみがかれた、きれいな木のつえを持っております。うっすらときいろを残した白い毛の色をしていて(これはとしを取って、毛の色が白くなってしまったのです)、さまざまなししゅうのなされた、りっぱなチョッキを着ていました。

 

 「村長さん、この人たちは、旅の人たちなんですって。道にまよっていたみたいだから、つれてきました。力を貸してあげてくれますか?」

 

 チップの言葉に、旅の者たちはみんなぺこりと頭を下げて、それぞれがまず、じこしょうかいをおこないました(これはお客さんとしての、れいぎでした)。そして村長さんは、そんなみんなのあいさつをにこにこしながらきいたあと、自分もまた、あいさつをしてかえしたのです。

 

 「うむうむ。よく、きなさったな。わしは、この村の村長をつとめております、ランドン・ホップという者ですじゃ。こっちは、そうだんやくの、ティッドーとロラじゃ。」村長さんはそういって、そばについているふたりのことをしょうかいしました。ふたりともかなりたくましい感じの男の人で、きつねの種族ではあるものの、背たけはウルファの騎士たちに、ひけを取らないくらいだったのです。

 

 「ここにきたからには、どうぞご安心ください。なんでも、あなたたちののぞみ通りにいたしましょう。」そうだんやくのふたりがていねいにおじぎをして、旅の者たちにいいました。

 

 そしてさいごに、村長さんがみんなの手を取りつつ、こういって、旅の者たちをその家の中へとまねきいれたのです。

 

 「ささ、どうぞ中へ。かんげいのうたげの席ならば、もうすっかり、ととのえられておりますでな。もちろん、あなた方だけのために、とくべつに用意させましたのじゃ。お酒などはいかがです? わが村じまんの宝石の実から作ったくだもの酒が、たっぷり用意してありますでな。おなかがおすきなら、でき立ての肉の料理も、きのこの料理も、たくさん用意してありますぞ。」

 

 

 こうしてみんなは、家の中へとあんないされましたが、ロビーも騎士たちも、なんだかしっくりこない感じでした。今ここについたばかりだというのに、自分たちのためのかんげいのうたげの席が、すでにととのえられているとは、いくらなんでも話ができすぎています(だって、みんながこの村の近くにやってきてからここまで、時間にしたら、ものの五分もたっていませんでしたから。村のはなやかなかざりつけのこともふくめて、そのあいだにうたげの席をととのえて、でき立ての料理まで用意してしまうなんて、やっぱりおかしいですもの。えんかいの場だけなら、ふだんからいつもじゅんびしてあったとも、いえなくもないのですが、お料理はむりですよね。だれかのたんじょうパーティーが、きゅうきょとりやめになったので、その席や料理をさいりようしているというわけでもなさそうでしたし)。

 

 「なんだか、変だと思いませんか?」

 

 ロビーが村長さんたちにきこえないように、そっと、前をゆくベルグエルムとフェリアルのふたりにいいました。さきほどの広場でのあのふしぎな声をきいてからというもの、ロビーの頭の中には、もやもやとしたいやな感じが、ずっと消えずに残っていたのです。

 

 「わたしもそう思います。なにか、おかしな感じです。」ベルグエルムが同じく、ロビーにそっといいました。「ですが、今はかれらにたよるしかないのも、また、じじつです。しばらくは、ようすをうかがってみるほかはないでしょう。」

 

 「かれらはどうも、しんようできません。」フェリアルもまた、ふたりと同じ気持ちのようでした。「みんななにかを、かくしているみたいだ。」

 

 「用心しておくに、越したことはないな。」フェリアルの言葉に、ベルグエルムもうなずいてこたえます。「かれらの行動には、気をくばっていかなくては。」

 

 そんな中、みんなのあいだにわってはいったのは、ライアンでした。

 

 「とりあえず、用心はしておくってことでさ、」ライアンは、みんなの顔をのぞきこむと、にこっと笑っていいました。「かんげいしてくれるっていうんだから、ここは、ありがたく受けようよ。」

 

 それからライアンは、前を歩いていく村長さんたちの方にかけよると、そうだんやくのふたりにむかって、にこやかに話しかけたのです。

 

 「ね、あれはあるのかな? 広場で見た、森ペンギンのクリームいりやき菓子。ぜひ食べてみたいなあ。」(なにか考えがあるのかと思いきや、けっきょくライアンのもくてきは、これだったみたいですね……)

 

 

 そのあとみんなは、お客さんをまねくための大広間にあんないされました。テーブルはなくて、床にちょくせつ、まるいクッションがならべられていたのです(これはかれらフォクシモンたちのしゅうかんで、かれらは食事をするときにも、テーブルを使わないのです)。そして旅の者たちは、その中でももっともえらい人たちがすわる、いちばんいい席に通されました(まん中がランドン・ホップ村長で、その両がわにふたりずつ、かれらはすわっていました)。

 

 かれらがすわってまもなく。たくさんの人たちがやってきて、まるいクッションはすぐにいっぱいになりました。みんな、フォクシモンのでんとう的な衣服に、着がえております。赤、青、きいろ、さまざまな色のおりこまれたチョッキが、なんともはなやかでした。

 

 席がいっぱいになったところで、こんどはごちそうのとうじょうです。みんなの席の前に、あたたかいごちそうがもりつけられた大きなお皿が、つぎからつぎへとはこばれてきて、もう床の上は、お皿とカップと飲みもののびんなどで、いっぱいになってしまいました。ごうか、ルンルン鳥のまるやきにはじまって、とく大のたまごやきに、ゆでたまご。うずらの肉のからあげに、ぱりぱりジューシーなとくせいフライドチキンがどっさり。ぴりりとからいソースをかけた、チキンステーキのフォクシモン風まで(鳥のお料理ばっかりですが、きつねの種族であるかれらフォクシモンたちは、鳥とたまごが大好物だったのです)。

 

 さらに、肉を食べないライアンのためにも、たっぷりのマカロンきのこのいためものや、森キャベツのにこみ料理。ポテトパイのジュエリーソースがけ、などなど。とてもしょうかいしきれないくらいのみごとな料理たちが、目の前にならべられていました(ライアンのきぼうの、森ペンギンのかたちをしたお菓子も、山もりになって出されました。もっとも、まさかこんなリクエストがあるなどとは、村の人たちもよそうしておりませんでしたから、これらのお菓子は、きゅうきょ、大あわてで作られたのです。そのため、中のクリームがはみ出しているものも、けっこうあったんですけど……)。

 

 「旅のみなさん方のけんこうと、旅の安全を願って。」ランドン村長が、手にしたカップをかかげて、かんぱいのおんどをとりました。そのカップには、さっき村長さんがいっていた、宝石の実のくだもの酒がはいっていたのです(まだ旅のとちゅうでしたし、旅の者たちはできればお酒はえんりょしたかったのですが、まずはいっぱい、お酒でかんぱいするのが、旅人をもてなすフォクシモンたちのならわしなのだといわれて、ことわることができませんでした。さすがにライアンとロビーは、まだお酒を飲めるねんれいではありませんでしたから、同じ宝石の実から作ったジュースで、かんべんしてもらいましたが)。

 

 かんぱいがすむと、それからはもう、飲めや歌えの大さわぎです。さまざまながっきを持ったきつねの音楽隊がやってきて、部屋の中を楽しげな音楽でいっぱいにしました。それにあわせて、はなやかな衣しょうに身をつつんだおどり手たちが、フォクシモンのでんとう的なダンスをおどりはじめたのです。

 

 えんかいの席はほんとうに明るく楽しく、人々もみんな、笑ってしゃべって、じつに楽しそうでした。しかし、ロビーをはじめとする旅の者たちは、それでもなお、いぜん、しっくりこない気持ちのままだったのです(ライアンだけは、まんめんの笑顔で、両手に持ったお菓子においしそうにかぶりついておりましたけど)。こんなにたくさんの料理が、みんなが席についたのとほとんど同時に出てきたのも、やっぱりどうにもおかしなことでした。だってそれらのお料理は、どれもたいへんなてまがかかっているようなものばかりで、えんかいがはじまるのを前もって知ってでもいないかぎり、すぐに用意できるようなものでもありませんでしたから(たまたま料理コンテストがひらかれていて、その料理を使っているというわけでもなさそうでしたし。もっとも、森ペンギンのお菓子だけは、前もって用意してなかったわけですけど)。

 

 それに旅の者たちは、ランドン村長をはじめ、みんなからまったく、身の上のことなどについてきかれませんでした。ふつうだったら、「どこからきて、どこへいくのか?」とか、「旅のもくてきは?」とか、いろいろきかれてもおかしくありません。ですがフォクシモンたちは、旅の者たちのことについてはまったくかんしんがないといったふうに、みんなにはいっさい、しつもんをしてこなかったのです(これも、かれらフォクシモンたちのしゅうかんなのでしょうか?)。ぎゃくに旅の者たちの方から、自分たちのことについてかれらに説明しようとしたくらいでしたが、かれらは「まあ、そんなことはいいじゃありませんか。さあさあ、とにかく、ゆっくりしていってくださいな。」といって、とりあってくれませんでした。

 

 しかし、手あつくもてなしてくれるのはありがたいのですが、旅の者たちも、そんなにゆっくりしているわけにもいかないのです。なにしろ、さきを急がなければならない旅です。早くモーグまであんないしてもらうようにたのまなければ、いつまでたっても、この村に足どめされてしまうことにもなりかねません。

 

 「あの、ランドン村長。」うたげのもり上がりがいっこうにおさまらないのを見て、ベルグエルムがたまらずに、ランドン村長に話を切り出しました。

 

 「かんげいを心よりかんしゃいたしますが、われらはわけあって、さきを急がなければならない身。まことにきょうしゅくではありますが、われらはもう、出かけなくては。モーグ、ロザムンディアのいせきまで、どなたかにあんないをお願いしたいのです。」

 

 これをきいて、ランドン村長はにこにこした顔をひっこめて、急にまじめな顔になりました。それからランドン村長は、そうだんやくのティッドーとロラの方をむいて、小さくうなずいたのです。

 

 「申しわけないが、」ランドン村長が前をむいたまま、ベルグエルムにいいました。「これは、われら、はぐくみの森に住むフォクシモンたちの、おきてなのですじゃ。このおきてを破れば、この村も、われらフォクシモンたちのでんとうも、みな、風の中に消えてしまうことになるじゃろう。われらははるかなむかしから、この森に住みつづけてきた。あのかいぶつがあらわれる、そのずっと前から、われらはこの森に住んでいたのじゃよ。森はすたれ、人々はみな、あのかいぶつのことをおそれて逃げていった。残ったのは、われら、フォクシモンたちだけじゃ。じゃが、われらには、この土地を見すてることなどはできん。この森には、われらのせんぞの、たましいが眠っておるのじゃ。」

 

 ランドン村長がなんのことを話しているのか? ベルグエルムにはよくわかりませんでした。あのかいぶつとは、なんのことなのでしょう? そしてベルグエルムがそう思っていたときのことです。ベルグエルムはあたりのようすが、だんだんおかしくなってきたということに気がつきました。景色がぼんやりとしてきて、人々のすがたも、ゆがんで見えはじめてきたのです。いったいこれはどうしたことでしょう? しかしベルグエルムには、すぐにそのわけがわかりました。これは、まわりのもののせいではありません。自分自身の目が、かすんできていたのです! ベルグエルムは目をごしごしとこすって、なんとか景色をもとにもどそうとしましたが、むだな努力でした。しだいしだいに、目の前がぐるぐるとまわりはじめました。音楽の音色が、頭の中にちょくせつ、がんがんなりひびいてくるかのようでした。おどっている人たちのすがたが、まるで夢の中のできごとであるかのように、ゆらゆらと、かげろうのようにうつっていました。

 

 「この運命にしたがわなければ、わしらは生きてはゆけないのじゃ。あなた方には申しわけないが、これも運が悪かったと、あきらめてくだされ。」

 

 しまった……! ベルグエルムはなにもかもに気がついて、なんとか立ち上がろうとしましたが、すでに手おくれでした。手足にまったく、力がはいりませんでした。そして、うすれていくいしきの中で、かれがさいごに見たものは、同じように床にたおれこんでいく、ロビー、フェリアル、ライアン、三人の仲間たちのすがただったのです。

 

 

 どこからか、ひゅうひゅうとすきま風がはいりこんできていました。そのつめたい風がほほにあたって、ロビーは思わず、「くしゃん!」とくしゃみを飛ばしました。

 

 ロビーが目をさますと、あたりはまっくらでした。なにも見えません。からだを起こすと、ロビーには自分が、つめたい石の床の上にちょくせつ横たわっているのだということがわかりました。いったいここは、どこなのでしょう? ロビーは目をこらして、なんとかあたりのようすをうかがおうとしましたが、だめでした。ここはほんとうのくらやみで、まったくなんにも、見えなかったのです。

 

 「だれか、いませんかー。みんなー。ライアーン、ベルグエルムさーん、フェリアルさーん。」ロビーはくらやみにむかってよびかけましたが、なんのへんじもありませんでした。

 

 ロビーは急に、心ぼそくなってきました。目がさめたら、とつぜんこんなまっくらな場所で、しかも、石の床の上に寝ていたんですから、まったくむりもありません。どうしてこんなことになっているのでしょうか?

 

 ロビーはすこし前のことを思い出そうとしました。たしか……、きつねさんたちの村で、かんげいのえんかいの席にまねかれていたはず……。たくさんのごちそうが出て、ジュースを飲んで……。ロビーはそこで、あることを思い出しました。そうだ、村長さんとベルグエルムさんが、なにかを話していたんだった。そこで……。ロビーはそのとき、ついに、自分が今こんなじょうきょうにおちいっているそのわけのことを、思い出したのです。

 

 そうだ! ぼくはあのとき、なんだか気分が悪くなって、目の前がぐらぐらゆれて、そのまま気を失ってしまったんだ! そしてベルグエルムさんも、同じようにふらふらしていた。思い出したぞ。

 

 そこから考えられるこたえは、(ふつうに考えれば)ひとつだけでした。食べすぎて気分が悪くなったので、きつねの種族の人たちが、この場所に寝かせてくれた……、わけではありません。つまり、だまされたんです! どんなねらいがあって、自分のことをこんなくらやみに放り出していったのか? それは今のだんかいではぜんぜんわかりませんが、よいもくてきのためであるはずもありません(それにおそらく、ほかのみんなも同じような目にあわされているはずだと、ロビーは思いました。この近くにいるのでしょうか?)。そして、そのよからぬもくてきのために、かれらははじめから、ロビーたち旅の者たちのことをだますつもりで、自分たちの村にさそいこんだというわけだったのです。

 

 ロビーははじめから、なんだかいやな感じを持っていました。そしてそのいやな感じが、このようなかたちで、げんじつのものとなってしまったのです。思えば、ロビーが広場できいたあの頭の中にひびいてきた会話は、かれらの悪だくみのそうだんでした。あのきつねの男の子、チップリンク・エストルも、そんなかれらの仲間のうちのひとりだったのです(そしてやっぱり、あのときの男の子の声はチップだったのです)。

 

 ですが、それがわかったとしても、今のこのじょうきょうが変わるというわけでもありませんでした。あいかわらず自分のからだは、まっくらなこの夜の底のような場所に、投げ出されているままなのですから。

 

 ロビーは泣きたくなってきました。ですが、べそをかいていてもしかたありません。とにかく今は、(どこにいるともしれないみんなのためにも)このじょうきょうをまず、なんとかしなければならなかったのです。

 

 ロビーは自分のからだを、ぱたぱたと手でさぐってみました。今までと変わらないように思えます。けがもしていません。こんどは、あたりの床を手さぐりでしらべてみました。つめたい石の床のかんしょくが、ゆびさきに伝わってきます。するとすぐに、ロビーは自分の寝ていた場所のとなりに、なにかがあるのを見つけました。それはどうやら、ぬのでできたかたまりと、ひとふりの剣のようであったのです。それらをさぐっているうち、ロビーにはそれらのものが、自分の持ちものであるのだということがわかりました。ぬののかたまりは、ロビーのかばんと、スネイルにおくられたあのたいせつなリュックでしたし、剣はもちろん、同じくスネイルからおくられた、あのだいじな剣だったのです(にもつの中身もちゃんとあるようですし、剣もしっかりと、さやにおさまっていました。これはたいした発見です!)。

 

 ロビーはとりあえずほっとして、剣を腰につけ、かばんとリュックを身につけました。そしてそれから、あたりのようすをしらべるために、ゆっくりと手さぐりをしながら歩きはじめたのです。なにしろ自分がどんな場所にいるのか? ここが部屋の中なのか、ろうかなのかさえも、まったくわかりませんでしたから、そうするほかはありませんでした。

 

 そのとき、ロビーはふと、自分のリュックの中にあかりがあったのだということを思い出したのです(それはもちろん、スネイルにおくられたたくさんの品物のうちのひとつだったのです)。もっと早く気づけばよかった! ロビーはほっと息をついて、くらやみの中でリュックの中に両手をいれました。手さぐりで、はいっているものの品さだめをおこないます。ロープに……、せんめん用具のセット……。これは……、きゅうきゅう用具のはこです。ですが、いくらさぐっても、かんじんのあかりであるランプと油と火を起こすための小ばこだけが、どうしても見つかりませんでした。ロビーはあせって、リュックの底まで手をいれて、すみからすみまでかきまわしてみましたが、けっかは同じことでした。あかりをともすために必要な道具が、すべてなくなっていたのです!

 

 これはつまり、ロビーのことをここに放り出していった、フォクシモンたちのしわざにちがいありませんでした。かれらはくらやみを消すために必要な道具を、すべてロビーのにもつの中から、持ち去っていったのです(それにしても、なぜあかりだけを持っていったのでしょうか? ロビーのことをこまらせるためならば、ほかのにもつも全部、持っていってしまえばいいことですのに。武器である剣やほかの品物は、みんな残したままなのには、なにか意味があるのでしょうか?)。

 

 「ひどい、どうしよう……」

 

 ロビーはこまり果てました。もうこうなったら、このなにも見えないくらやみの中を、手さぐりのままで進んでいくほかはないのです。

 

 ロビーはかくごをきめて、リュックを背おいなおしました。そしてそれからロビーは、一フィートさきも見えないこのくらやみの中へとむかって、ゆっくりと歩き出していったのです。

 

 そのとき……! ロビーは自分の腰のあたりがぼんやりと光っているということに、気がつきました。見ると、剣のねもとのあたりが、青白く光っていたのです! ロビーはびっくりして、剣のつかに手をかけて、そのやいばをすこしだけぬいてみました。それと同時に、ロビーの目に飛びこんできたものは……。

 

 青白くかがやく、明るい光! なんと、剣のやいば全体が、なんともしんぴ的な、青白いかがやきを放っていたのです!

 

 「この光は、黒騎士たちと戦ったときの、あの光と同じだ!」

 

 ロビーはその光を見て、セイレン大橋の上でのあのおそろしいたいけんのことを、思いかえしていました。そしてロビーは、そのときに仲間たちがいってくれた言葉のことを、ここでふたたび、思いかえしていたのです。

 

 その剣は、われらのことを助けてくれたではありませんか……。

 

 ロビーの中に、急に大きな力がわいてきました。それはまさしく、くらやみの中に光るきぼうの光、そのものだったのです。

 

 「この剣は、ぼくたちのことを守ってくれる!」

 

 そしてロビーはついに、その剣のやいばをすべてぬき放ちました。

 

 剣は、ぼおーっとした青白いかがやきを放っております。それはセイレン大橋の上で黒騎士をやっつけたときのような、目もくらむような明るさではありませんでしたが、それでも、このくらやみをてらし上げるのには、じゅうぶんなだけの光でした(あかりを持ち去ったフォクシモンたちも、まさか剣が光るなんて、思っていなかったことでしょう。剣のいがいな使い方、発見です!)。

 

 ですが、それにしてもいったいなぜ、この剣は光っているのでしょう? ロビーがあかりをのぞんだからでしょうか? それとももっとべつの、なにかのりゆうがあるのでしょうか? なんにせよ、今はこの光はロビーにとって、このくらやみをてらすためのあかりとして、このうえなくありがたいものとなってくれたのです。

 

 ロビーは剣を頭の上に高くかざして、あたりをてらしてみました。そしてその剣の光にてらし出されて、ロビーはようやく、自分が今、どんな場所にいるのか? かくにんすることができたのです。

 

 そこはだだっ広い、石づくりの大広間でした。てんじょうはずっと上にあって、その高さは四十フィートほどもあるように見えました。まわりはぐるりと、石のかべにかこまれております。広間のかたちは長方形で、ロビーはそのちょうどまん中の場所に立っていました。

 

 その大広間のひとつのかべに、大きなさいだんが作られていました(さいだんとは教会などにある、おいのりをするための場所のことです)。しかしロビーは剣をかざして、そのさいだんをしらべてみましたが、それはなんともいやな感じのものでした。そのわけはさいだんのちゅうおうにかざられている、ひとつの大きな木ぼりのちょうこくのせいだったのです。それはロビーが今までに見たこともない、黒くてぶきみな生きもののちょうこくでした。黒いぶかっこうなかたまりから四本のみじかい手足がのびていて、大きな口と小さなしっぽがついております。目はありません。おたまじゃくしを思い浮かべてもらえれば、それに近いと思います。ですが、おたまじゃくしのようなかわいらしさなどは、そのちょうこくからは(つまりこの生きものからは)、ぜんぜん感じられませんでした。

 

 ロビーは背すじがぶるっとしました。こんなものは、長くは見たくはありません。ロビーはいやな気持ちでそのさいだんをはなれると、こんどはまわりのかべを、ぐるりとしらべて歩いていきました。そしてほどなくして。ロビーはついに、ねんがんの出口、ここから出る石のアーチがひとつだけ、むこうのかべにぽっかりとあいているのを、見つけたのです!

 

 「出口だ!」ロビーは思わず走り出して、そのアーチにむかいました。ロビーはとにかく、この場所からそとに出たくてしかたなかったのです。

 

 アーチをくぐるとすぐ、石のろうかが右にまがっていました。どうかそとへ出られますように! ロビーはそう願って、そのろうかを右にまがりました。しかし、そこでロビーのことを待っていたものは……、まっくらなやみの中へとどこまでもつづく、果てしないほどに思われる、つめたい石のトンネルだったのです。

 

 「こんなに広いなんて……」

 

 ロビーは自分が今おかれているじょうきょうが、思った以上にしんこくであるということを知りました。いったいどこまで進めばそとへ出られるのか? それもぜんぜんわからなかったのです。終わりが見えないというのは、せいしん的にもつらいものです。まして出口だと思っていたものが、果てしないトンネルの入り口だったとわかったときなどは、なおさらでした。

 

 ロビーは仲間たちのことを思いました。今どこにいるんだろう? みんなもまた、このトンネルの中のどこかにいるんだろうか? ロビーは胸がきゅんとしめつけられました。ベルグエルムさん、フェリアルさん、ライアン。みんな、ぶじでいるんだろうか?ロビーはかれらのぶじを早くたしかめたくて、たまりませんでした(今のロビーの気持ちは、ここまでいっしょに旅をつづけてきてくれたみなさんになら、痛いほどよくわかってもらえることと思います)。

 

 かれらのためにも、ロビーはくじけるわけにはいきません。ぜったいに出口を見つけるんだ。

 

 こうしてロビーは気持ちを強く持ちなおすと、剣のあかりをかざしながら、自分の目の前に待ちかまえているそのまっくらでつめたいぶきみな石のトンネルの中へと、ひとりふみこんでいったのです。

 

 すこしいったところで、ロビーはおかしなものを見つけました。右がわの石のかべに白いペンキで、ふち取りだけの四かくいかたちがえがかれていて、その中にこんな、なんともおかしな言葉が書いてあったのです。

 

 

   「肉料理の部屋」

 

 

 いったいこれは、なんのことなのでしょう? ロビーは首をかしげてしまいました。そしてさらにその言葉のあとには、同じく白いペンキでえがかれた矢じるしがひっぱってあって、その矢じるしのむきは、さっき自分がやってきたあの大広間の方をさしていたのです。

 

 ひょっとして、ぼくのいたあの広間が、肉料理の部屋なのかな? ロビーはそう思って、ちょっといやでしたが、ろうかをひきかえして、さっきの広間の入り口までしらべにもどってみることにしました。そしてさっきはすぐにトンネルにむかったので気がつきませんでしたが、広間の入り口のアーチの上に、(ろうかの方から見たがわだけに)やっぱり白ペンキで、小さく「肉料理の部屋」と書いてあるのを、ロビーは見つけたのです。

 

 ですけど、ここが肉料理の部屋だといわれても、ロビーにはさっぱりでした。それらしいものはまったくありませんでしたし、ごはんを食べるためのテーブルやいす(フォクシモンのりゅうぎならば床におかれたクッション)なども、ぜんぜんありませんでしたから(まさか、あのきみの悪いさいだんでごはんを食べるわけもありませんよね)。

 

 けっきょくロビーは、ぎもんには思いながらも、さきに進むことにしました。とにかく今は、こんなものにかまっている場合ではありません。早くそとに出なければ。ロビーははやる気持ちをおさえながら、ひとり、トンネルの中を進んでいきました。

 

 やがてロビーは、道がふたつに分かれているところにたどりつきました。道は右と左に、それぞれまっすぐのびていたのです。どちらの道もくらやみに通じていて、さきのようすはぜんぜん見通せません。そしてここにもまた、さきほど見たのと同じ、なぞの白いペンキの文字が書いてあるのを、ロビーは見つけました。

 

 まずロビーが今歩いてきたつうろの右がわのかべに、うしろのトンネルの方をさして、「肉料理の部屋」という文字が書いてありました。これはさっきの部屋のことですから、今までと変わりありません。そしてそれとはちがう新しい文字が、こんどは、分かれ道のつきあたりのかべに書いてあったのです。

 

 

   「デザートの部屋」

 

 

 肉料理のつぎは、デザート? これじゃまるで、レストランかなにかです。そして文字のあとにはやっぱり、白い矢じるしがひっぱってあって、それは右のほうこうをさしていました。ロビーは右のトンネルに剣のあかりをかざして、さきのようすを見ようとしましたが、くらやみはどこまでもつづいているばかりで、やっぱりなんにも見えませんでした。ですがロビーはなんだかそこに、とてもだいじなものがあるような気がしたのです。なぜだかはわかりませんでしたが、ロビーの心の中で、なにかがさわぎました(こんなときには、なにかがあるにきまっています!)。

 

 ロビーはその気持ちにしたがって、右のトンネルを進んでいくことにしました。このさきにだいじなものがあるという気持ちは、どんどん大きくなっていくばかりです。やっぱりこのさきに、なにかがあるにちがいない。ロビーはそうかくしんして、この暗いトンネルの中を足早に進んでいきました。

 

 それからあまりいかないうちに、つうろは右にまがっていました。ロビーがおそるおそる、まがりかどのさきにちょこんと顔だけを出してのぞいてみますと、そこからすぐのところにひとつの石のアーチがあって、どこかの部屋の中へと通じているようでした。そしてロビーはそのアーチの上に、思った通り、白いペンキの文字で「デザートの部屋」と書いてあるのを、見たのです。

 

 この部屋からだ。中に、だれかがいる! ロビーはとっさにそう思いました。さきほどから感じている、だいじななにか。それは物ではなくて、自分にとっての「だいじなだれか」にちがいないと、このときロビーは、はっきりと感じ取っていたのです。

 

 ロビーは剣をかざして、部屋の中をのぞきこみました。ロビーがたおれていたあの肉料理の部屋ほどは、大きくはないようです(やっぱり肉料理はいちばんのごちそうでしたから、部屋も大きいのでしょうか?)。そして部屋のすみには、さっきの部屋にあったのと同じようなさいだんが、作られていました。

 

 そしてそして、そんなものはどうでもいいのです! そんなものに、かまっている場合ではありません! 

 

 部屋をのぞきこんだロビーがまっさきに見たもの。それは部屋のまん中の床にあおむけにたおれている、ひとりのある人物。白くてきれいな服を着て、お菓子のたっぷりつまったかばんを、いつも肩からかけている人物。そう、それはまさしく、ライアンだったのです!

 

 「ライアン!」

 

 ロビーはもう、むがむちゅうで、ライアンにかけよりました(思わず、あかりのともった剣をそこらへんに放り出してしまったくらいです。この剣もとってもだいじでしたが、やっぱりライアンにくらべたら、かれの方がだいじですもの)。

 

 「ライアン、しっかりして! だいじょうぶ?」ロビーはライアンのからだをつかんで、ゆさゆさとゆさぶりました。はたしてライアンは、ぶじなのでしょうか? まさか、死んで……、はいませんから、ご安心を! じっさいかれはただ寝ているだけで、けがひとつしていなかったのです。

 

 「う~ん……、あと五分……」

 

 ロビーのひっしのよびかけにかえってきたのは、なんともまのぬけたへんじでした(ついさいきん、どこかできいたようなせりふですけど……)。ですが、そんなライアンの言葉に、ロビーは心の底からほっとしたのです。はじめ、ライアンが床にたおれているのを見たときには、ロビーは、しんぞうがこわれてしまわんばかりでしたから。

 

 「よかった! ほんとうによかった!」ロビーはライアンがぶじであるということを知って、これ以上はないというくらいによろこびました。ほんとうにロビーは、ライアンの身のことを、いちばんに心配していたのです(ベルグエルムとフェリアルのことも、もちろん心配していましたけど)。ロビーは思わず、ライアンのことをぎゅっとだきしめてしまいました(それでも、からだの大きさがちがいましたから、あんまり力をいれすぎないようにかげんしましたけど)。

 

 「ライアン、起きて。早く、ここから出よう。」

 

 ロビーがそういって、ライアンのことをもういちどゆさぶります。するとライアンは、ようやく目をさまして、あたりをきょろきょろと見渡してからいいました。

 

 「あれ……、ロビー、おはよー。まだ、朝じゃないみたいだけど、どうしたの? ここ、どこ?」

 

 どうやらライアンは、まだ自分のおかれているじょうきょうが、ぜんぜんわかっていないみたいです(まあ、寝起きですぐじゃ、むりもありませんけど)。眠そうな目をぐりぐりとこすって、「ふああ。」と小さなあくびをしました。

 

 それから。ロビーは今自分たちのいる場所のことや、これまでのことなどを、ライアンにみんな話してきかせたのです。もちろんロビー自身も、今のじょうきょうのことについては、わからないことばかりでした。ですがそれでも、自分たちがきつねの種族であるフォクシモンたちにだまされて、今こんな目にあっているのだということだけは、まぎれもないじじつだったのです。

 

 ロビーの話をきいているうちに、だんだんライアンも、目がさめてきたようでした。そしてしだいに、今のじょうきょうのことをりかいすることができていって、いちばんおしまいのころには、かれはもう、すっかり頭にきてしまっていたのです。

 

 「あいつらー! よくもだましたなー!」ライアンはフォクシモンたちにだまされたということを知って、ぷんぷん怒りました(もしも今、そばにたき火のほのおがあったのなら、あたりいちめんにほのおのうずがまき起こっていたかもしれません。こういうときのライアンって、とってもこわいんです!)。 

 

 「ライアン、おちついて。とにかく今は、そんなこといってる場合じゃないよ。」そんなライアンのことをなだめて、ロビーがおちついていいました(さすがはきゅうせいしゅです)。「早く、出口をさがさないと。それにたぶん、ベルグエルムさんとフェリアルさんも、このトンネルの中のどこかにいるんだと思う。みんなでいっしょに、ここをぬけ出すんだ。」

 

 「……うん、そうだね。」ロビーの言葉に、ライアンもおちつきを取りもどしてこたえます。

 

 「ふたりを、助けなきゃ。それができるのは、ぼくとロビーだけだもの。」

 

 そしてライアンは、自分のにもつ(ほとんどお菓子でしたが)をしっかりとかかえなおすと(そしてやっぱり、あかりはすべて持ち去られていました)、ロビーのうでにぎゅっとしがみつきました(これは暗いトンネルの中でまいごにならないようにするためです。べつに、デートにいくわけじゃありませんよ)。

 

 「けっきょく、ベルグもフェリーも、ぼくたちがいなくちゃだめなんだから。まったく、せわがやけるよね。」ライアンがそういって、「ふう。」と深いため息をつきました(さっきまではライアンも、かれらふたりと同じ立場でしたけど……)。 

 

 「ライアン・スタッカート部隊、いざ、しゅっぱ~つ! 今からぼくたちは、白の騎兵師団の騎士たちのことを助ける、ゆうかんなるきゅうしゅつ隊だ! ふたりには、あとでたくさん、おれいをしてもらわなきゃ。お馬さんになってもらって、背中に乗せてもらおっかな。それとも、肩ぐるまで、お城を三回まわって……」

 

 う~ん、なんだかさいごに、ぶっそうなことをいっているようですが……、まあ、とにかくこうして、ロビーとライアンのふたりによるこの小さなきゅうしゅつ隊は、さきの見えない、このまっくらなトンネルの中へとむかって、気持ちも新たにふみ出していくこととなったのです。

 

 「あっ、それから。」ライアンが急に、ロビーにむかっていいました。「ぼくが隊長で、ロビーが隊員ってことでいいよね?」

 

 むじゃきに笑ってしがみついてくる、そんなライアンのことを見ながら、ロビーはちょっぴり(というより、たくさん)、不安な気持ちになりました。

 

 だいじょうぶかなあ……。

 

 

 さてさて、このあといったい、旅の者たちはどうなってしまうのでしょうか? 

そして物語は、この夜の底のような暗い暗いトンネルの中での冒険の、もっともかくしんの部分へとむかって、つづいてゆくことになるのです。

 

 

 

 

 




次回予告。

  「たいへんだ! 早くみんなを見つけないと!」
  
      「じゃーん! これだよ。」
 
  「ぼくのことはいいから、逃げて!」
 
      「ここは、どこだ?」 


第9章「夜の底」に続きます。


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9、夜の底

 いったいいつのころから、このいせきはこの場所にあるのでしょうか? はぐくみの森のおく深く。そのからみあう木々の根と、深い深い葉っぱのむれのおくに、ひとつのいせきがひっそりとかくれるようにしてたたずんでいました。もう見るからに、ひとめで、とても古いものだということがわかりました。石づくりのはしらやかべは、あちこちがくずれ落ちてしまっていて、たおれたはしらにびっしりとこけが生えて、たくさんのきのこまで生えているようなありさまだったのです(ですからもしここに住みたいと思うのなら、かなりのリフォームが必要になることでしょう)。

 

 じっさいこのいせきは、はるかむかし、まだモーグがロザムンディアとよばれるかっきのあるみなとまちであったころから、この場所にありました。ですからもう、二千年ほどもむかしのことです。この森の中にあるいちばん古いおじいさんの木だって、このいせきよりも若いのでした(なるほど、古くてぼろぼろなのも、うなずけますね)。

 

 このいせきがどんな人々によってつくられたのか? それがわかる人は、もうこのアークランドには、ぜんぜんいないことでしょう。モーグをふくめ、このあたりの土地のれきしや物語などをきろくした本などは、もうまったく、残されてはいなかったのです(これはむかし、ロザムンディアから人々が去っていってしまったときに、かれらが自分たちのことを書いた本やしょるいなどを、すべていっしょに持っていってしまったからなのです)。ですからこのいせきは、そのきちょうなれきしの、おきみやげでした。れきしのせんもん家がこのいせきのことをいろいろとしらべれば、このあたりの土地のことについて、なにか新しい発見があるかもしれません。しかし……。

 

 ここでみなさんに、はっきり申し上げてしまいます。

 

 ほんとうのところ、このいせきはこのアークランドにおいて、べつにまったく、人々のきょうみをひくようなものでもなかったし、だいじにされているものでもなかったのです(もしそうだとしたら、こんなにきたないままで、ほったらかしにされているはずもありませんよね)。とくに目をひく美しいちょうこくがあるわけでも、金銀宝石がちりばめられているわけでもありません。

 

 ではなぜ、このとくにたいせつにもされていないような古びたいせきのことについて、わたしが今、こんなにも長々と説明をしているのかというと……、読者のみなさんには、もうおわかりですよね。

 

 問題は、このいせきそのものではありません。重要なのは、今このいせきの中にいる人たちだったのです。

 

 それは、読者のみなさんのよく知っている人物たち。そう、われらが旅の仲間たち。ロビーにライアン。ベルグエルムにフェリアル。この四人の仲間たちが、今まさに、このいせきのおく深く、やみの世界のおく深くに、とじこめられていたのです!(おっと、ベルグエルムとフェリアルについては、まだこのいせきの中には、とうじょうしていませんでしたね。でもまあ、みなさんもすでによそうされていることでしょうから、もうさきにいってしまいましょう。やはりかれらもまた、ロビーやライアンと同じく、このいせきの中のどこかに放り出されていたのです。さあ、早くみんなで、助け出さなくっちゃ!)

 

 

 剣のあかりが、暗いろうかをぼおーっとてらし上げました。ここは、はぐくみの森のおく深く。木々にうもれた古びたいせきのそのまたおく深くの、とある石だたみのろうかの上。そのろうかの上を今、ふたりの者たちが歩いているところでした。それはもちろん、われらがロビーとライアンの、ふたりだったのです。

 

 剣をかざしてトンネルをてらしているのは、ロビーでした。そして、おおかみ種族の大きなロビーの服のすそをにぎって、そのわきをちょこちょこついていっているのは、白いひつじの種族の少年の、小がらなライアンです(はじめはロビーのうでにしがみついていましたが、やっぱり動きづらいということで、今は服のすそをにぎっていたのです)。じじょうを知らずにそのようすを見た人であれば、「まるでおばけやしきの中の親子みたい」って笑ってしまうかもしれません。ですが、わけを知ったら、とてもかれらのことを笑うことなどはできなくなることでしょう。かれらがいるのは、こわいこわい、ほんとうにこわい、まっくらな夜の底。出口もわからない、どこにいるのかもわからない、悪夢のような、夜のやみの世界なのですから!

 

 「ねえロビー、みんなでそとに出たら、まず、どうしよっか?」

 

 そう声をかけたのは、ライアンでした。ライアンはロビーにぴったりとよりそって、トンネルのさきにつづく深いくらやみのことを見すえながら、ロビーに話しかけていたのです。

 

 「ぼくねえ、いいこと考えちゃった。おばけのかっこうをして、フォクシモンたちの村に、ばけて出るってのはどうかな? ふふふ、みんな、びっくりするよー。まさかかれらも、ぼくらがまた、ここからぬけ出して、しかえしにやってくるだなんて、思っていないだろうから。」ライアンはそういって、にこにこ笑いました。

 

 「そうだ、火の力をかりて、火の玉も作ってやろう。それで、あいつらのしっぽを、ちりちりにこがしてやるんだ。それから……」

 

 なにかまたもやライアンは、すごくこわいことを考えているようですが……。しかし、こんなに暗くてこわいところにいるんですもの、ライアンの気持ちも、わかっていただけるかと思います。ちょっと前までは、ライアンもとっても強気でいましたが(それは前の章の終わりを見ていただければよくわかると思います)、れいせいになって今のげんじつをまのあたりにしてみると、やっぱりライアンだって、ちょっぴりこわいのでした(ですからこんないたずらのことを考えて、気持ちをおちつかせようとしていました。もっともライアンの場合は、ふだんからいつも、そんなことを考えているようでしたが……)。

 

 いっぽうロビーの方は、もとよりあんまりおしゃべりなせいかくではありませんでしたので、それで気持ちをまぎらわすというようなことも、できませんでした。小さなライアンによりそわれて、なんとかたよりがいのあるところを見せたかったのですが、やっぱりなかなか、そううまいぐあいにもいきません。ロビーだって、やっぱりライアンと同じに、こわかったのです。

 

 ですがふたりは、こわがっているばかりでもいられませんでした。とにかく今は、ベルグエルムとフェリアルのふたりを見つけることが、なによりもだいじなことでしたから。

 

 「ぼくたちがいたのは、肉料理の部屋とデザートの部屋だった。だから、まだ同じような名まえの部屋があって、ふたりもきっと、そこにいるんだと思うんだ。」ろうかを進んでいきながら、ロビーがライアンにいいました。

 

 「たぶん、魚料理の部屋とか、サラダの部屋とかじゃない?」ライアンが、じょうだんまじりにそうこたえました。

 

 「きっと、このへんてこな部屋の名まえは、レストランのメニューになぞらえてつけられてるんだと思うよ。もしそうだとしたら、ぼくたちが、そのごちそうってことになる。」ライアンがそういって、ロビーの顔を見上げます。

 

 「じゃ、じゃあ、そのごちそうを、食べにくるやつがいるってこと?」ロビーがあわてて、つづけました。「たいへんだ! 早くみんなを見つけないと! 食べられちゃったらどうしよう!」

 

 さあ、ここにきて、この暗いトンネルの中にまた、新しいきょうふが生まれてしまいました! そのためロビーとライアンは、このさき、自分たちが考えついてしまったその未知なるかいぶつにおびえながら、トンネルを進んでいくことになってしまったのです。ですが、それがかえって、ふたりの気持ちを強くさせました。もうここまできたら、こわがっている場合ではありません。もとより、逃げることも、ひきかえすことだって、できませんでしたから。

 

 もしかれらがふたりではなくて、ひとりきりだったのなら。もう心はとっくに、おれまがってしまっていたことでしょう。かれらは今、仲間がそばにいてくれることを、心からかんしゃしました。そしてふたりは、仲間を助けるそのけついを胸に、ロビーは剣をにぎる手に力をこめて、ライアンはロビーの服をつかむ手に力をこめて、このさきの見えない暗い暗いやみのトンネルの中を、ふたたびつき進んでいったのです。

 

 

 しばらくいくと、暗いろうかはようやく、右におれまがっていました(ライアンのいたデザートの部屋には、ほかの出口はありませんでした。ですからふたりは、そこからまっすぐひきかえして、肉料理の部屋へとつづく左への分かれ道をそのまま通りすぎて、つづくトンネルをまっすぐ進んでいったのです。そこからここまでやってくるのに、ずいぶんとまっすぐに歩きつづけでしたが、ようやくここで、その道が右におれまがったというところだったのです)。はやる気持ちをおさえながら、ふたりはろうかのかどからそれぞれの顔だけをちょこんと出して、さきのようすをのぞきこみます。ろうかはそこからまた、まっすぐにのびていました。ですがそのすこしさきで、このろうかは、いくつかの分かれ道へとえだ分かれしていたのです。

 

 「分かれ道だ。」

 

 剣を手にしたロビーが、つぶやきました。

 

 「どっちにいったらいいんだろう?」

 

 ふたりは分かれ道のまん中までやってきました。道は星のようなかたちに分かれていて、自分たちがやってきた道をいれると、全部で五つに分かれていたのです。しかもその全部が、さきを見通すこともできない、まっくらなやみの中へとぶきみにつづいていました。

 

 さて、こまりました。ふたりはいったい、どうするのでしょうか?(剣をたおして、たおれた方に進む……、というのでは、いくらなんでもあてずっぽうすぎますし。)さあ、ここはロビーとライアン、ふたりのちえと力をあわせるときでしょう。 

 

 「ロビーのふしぎな力を使えば、正しい道がわかると思うよ。」ライアンが、ロビーの服をちょいちょいとひっぱりながら、いいました。「ぼくを見つけたときも、そうだったんでしょ? ベルグとフェリーがどっちにいるか? なにか感じない?」

 

 ロビーはちょっとこまりましたが、なんとかがんばってみようと思いました。ほんとうは、自分からやろうと思ってできるようなことでもありませんでしたが、そんなこともいっていられません。ロビーはベルグエルムとフェリアルのことを思いながら、じっと、ふたりのいる場所のことを感じ取ろうとがんばりました。

 

 「はっきりしないんだけど、」しばらくして、ロビーがいいました。「こっちみたいな気がする。」

 

 ロビーはそういって、道のひとつをゆびさします。

 

 「ほかの道は、なんだかみんな、さきにおばけが待っているみたいだもの。こっちの道からは、ふたりのいるような感じがする。こっちも、こわい道であることに、ちがいはないんだけど……」

 

 「さすがロビーだね。ぼくもまったく、同じ意見だよ。」ロビーの言葉に、ライアンはにっこり笑って、ロビーの腰をぽんとたたいていいました。っていうか、ライアンも同じ意見? なぜかライアンははじめから、ロビーのしめしたその道が、正しい道だと思っていたみたいです。いったいなぜ?

 

 「ぼくも、その道がいいと思うよ。風の流れにきいてみても、上からの風が、そっちから吹いてきているし、ぼくの持ってる親クルッポーも、そっちの方をさしているしね。」

 

 さて、この夜のやみにつつまれたくらやみの中の世界は、どうやら地面の下の世界であると思われました。こんなに広くてまっくらな、夜の底のような場所ですもの、ふつうに考えれば、地面の下だと思いますよね。そしてじっさい、地面の下だったのです。

 

 ですから、そとに出る出口は上にあるはずです。そしてこれで、ライアンの言葉にもなっとくがいくわけでした。出口のことをさがしているのであれば、地面の上から吹いてくる風のことを読んで、追っかけていけば、しぜんとそこに近づいていけるというわけだったのです。さすがはライアン(ちなみに、ここが地面の下だということは、ロビーとライアンのふたりにも、もうわかっていました。ロビーはちょっかん的にわかったみたいですけど、ライアンの場合は風の精霊の助けをかりて、風の流れを読んで、ここが地面の下だとわかったみたいです。さすがはロビーとライアン)。

 

 っていうか、親クルッポー? それってなに?

 

 「親クルッポー? それってなに?」

 

 ロビーもまったく、みなさんと同じ言葉をかえしました。それに対してライアンは、にこにこしながら、いつものいたずらっぽいしゃべり方でこたえたのです。

 

 「いつ、発表しようかと思ってたんだけど、じゃあ、いよいよおひろめだね。」ライアンはそういって、胸のポケットにはいっている小さななにかをロビーに見せました。

 

 「じゃーん! これだよ。」

 

 ロビーがのぞきこむと、ライアンの胸ポケットから、ちょこんとなにかが顔を出していました。そしてようく見てみると、それは小さな、白いはとのおもちゃの頭だったのです。

 

 「これは、親クルッポー。ぼくの目ざまし時計についてたやつだよ。」

 

 あのやかましい、はとの目ざまし時計! そう、これははぐくみの森の入り口で野宿をしたときに、ライアンのことを起こしていた、あの目ざましはと時計についていた、(口も悪くてにくたらしい)はとのおもちゃだったのです。

 

 「これはねえ、目ざましのほかにも、べつの使い道があるんだ。こいつは、これについてる子どものはと、子クルッポーのいるほうこうを、頭のむきで教えてくれるんだよ。ちょっと、やってみせようか? たとえばね、」ライアンはそういって、はとのからだの横についている小さなねじを、ちょっとだけ動かしてみせます。

 

 「このねじを、さがしたい子クルッポーの番号にあわせると、親クルッポーの頭が、その子クルッポーのいる方をむくってわけ。ほんとはこれ、子どもがかくれんぼあそびのときなんかに使う、おもちゃなんだけど。」

 

 ライアンがはとのおもちゃ(親クルッポーです)を手に取ってかざすと、はとの首の部分がくるりとまわって、ロビーの方をむきました。

 

 「今は、一番の番号にあわせたんだ。全部で五番まであるんだけどね。」ライアンはそういうと、ロビーの服のポケットの中に手をつっこんで、その中からなにかを取り出してみせます。そしてポケットの中から出てきたのは……、そう、ライアンの言葉にあった、その子クルッポーでした!

 

 なんとライアンは、みんながばらばらになってしまう前、あのフォクシモンたちの村で、あらかじめ、みんなの服のポケットの中に、この子クルッポーのことをこっそりいれておいたのです! ロビーの服のポケットにも、そしてベルグエルムとフェリアルの服のポケットにも。ですから今ライアンは、ベルグエルムとフェリアルのいるほうこうのことを、自分の胸ポケットにしのばせていた親クルッポーのことを使って、知ることができていました。なんて、ねまわしのいいこと!

 

 「こんなのが、ポケットにはいってたんだ! ぜんぜんわからなかった!」ロビーはすごくびっくりして、その子クルッポーのことをながめ渡しました。それはピーナッツのつぶひとつほどの大きさで、なるほど、こんなのがポケットにはいっていたとしても、ちょっとさわったくらいではぜんぜん気がつかないのも、むりはありません。そしてその子クルッポーのおなかには、ライアンのいう通り、一番という番号がついていました(ところで、ポケットにこっそりこんなものをいれておくなんて、まるでだれかみたいじゃありませんか? そう、ライアンのお父さんのメリアン王に、そっくりです!やっぱり、親子なんですね)。

 

 「じゃあライアンははじめから、フォクシモンの人たちがぼくたちのことをだまして、ぼくたちをこんな目にあわせるつもりだったんじゃないか? って思ってたの?」

 

 ロビーがたずねました。このロビーの言葉は、半分だけあたりでした。ライアンはフォクシモンたちが自分たちのことをだまして、なにかの悪だくみをしようとしているんじゃないか? というよそうはしていましたが、まさかこんなところにばらばらにして放り出していくだなんて、考えてもいないことだったのです(もっとも、そんなことはだれにだって、わかるはずもありませんでしたが)。ライアンはあくまでも、なにかのやくに立つんじゃないかと思って、この子クルッポーのことをみんなのポケットにいれておいたのです。それが今、自分でもびっくりするくらい、やくに立っていました。

 

 「そ、そうだね、うん。そう思っていたよ。」ライアンはロビーのといかけに対して、そうこたえてみせました。もちろんこれは、ライアンの強がりです。だって、そういった方が、かっこよく思われますもんね。ほんとうはライアンは、あのときは森ペンギンのかたちをしたクリームいりやき菓子のことで、頭がいっぱいでしたけど……。まあ、このじじつのことについては、ふせておきましょう。

 

 「ライアン、すごーい!」ロビーはとても感心して、思わずそういいました。「こんなにさきのことまで考えてるなんて! ぼくはてっきり、あのときはお菓子のことばっかり考えていたのかと思ってたんだけど、やっぱりライアンは、頭がいいな!」

 

 ライアンは思わず、ぎくっ! としましたが、ここはもう、さいごまでおし通すしかありません。 

 

 「そ、そうかな。はは、は。」ライアンはそういって、ひきつった笑みを浮かべながら、なんとかごまかしました。

 

 

 さて、それはさておき。みんなを見つけるための心強い隊員(はとのクルッポー)が、これで正式に、このきゅうしゅつ隊の仲間に加わったわけです(隊員といえるかどうかはわかりませんが)。ライアンはベルグエルムのポケットには二番の子クルッポー、フェリアルのポケットには三番の子クルッポーのことをいれておきました(残りのふたつは「よび」としてライアンが持っていました)。そのためロビーとライアンのふたりは、親クルッポーのねじを二番と三番にこうたいにあわせることをくりかえしながら、つづくトンネルの中を、さらに進んでいったのです。

 

 「ここが、どれだけ深いところなのか? わかんないけど、」トンネルを歩きながら、ライアンがいいました。「ベルグとフェリーがいるのは、上でも下でもないよ。ここのトンネルのさきの、どこかにいるみたいだね。」

 

 ライアンのいう通り、はとの頭はたしかに、上でも下でもなく、すいへいをむいています(このはとの首は、上下左右、どのほうこうにもぐるぐる動くのです)。これは二番と三番、両方とも同じでした。そして首のむきも、これまた同じほうこうをむいていたのです。つまりベルグエルムとフェリアルのふたりは、同じ高さのトンネルの、同じほうこうにいるってことでした。

 

 「よかった。それなら思ったより早く、ふたりを見つけられるかもしれないね。」ロビーはひとまずほっとして、ライアンにそういいます。

 

 「ふたりでなかよく、手をつないで寝ていてくれたなら、さがすてまがはぶけるんだけど。まったく、せわがやけるよね、あのふたりは。」ライアンはクルッポーのむきをたしかめながら、ぶつぶつといいました(ちなみに、ロビーはベルグエルムとフェリアルのふたりが手をつないで寝ているところをそうぞうして、なんともふくざつな気持ちになりましたが……)。

 

 しばらくいったところで、つづく道がまた、三つに分かれていました(自分たちがやってきた道をいれれば、全部で四つでした。それにしても、なんてふくざつなめいろなんでしょう!)。そしてふたりはここでも、おたがいの力(とクルッポーの力)をあわせて、進むべき道をえらび出したのです。それから、どれほど進んだでしょうか?

 

 道をゆくにつれて、ロビーの心がまたしてもさわぎはじめました。そしてこの気持ちは、さきほどライアンを見つけたときに感じたのと、同じ気持ちであったのです。このさきに、とてもだいじななにかがあるという感じでした。さあ、こうなったらばんばんざいです。ベルグエルムかフェリアルのどちらかが、近くにいるにちがいありません!(さて、どっちでしょう? ひょっとしたら、ふたりいっしょかも。)

 

 「このさきだ! ふたりのうちのどちらかか? それともふたりともか? わからないけど、きっとこのさきにいる!」ロビーがさけびました。

 

 「ほんと? やった!」ライアンもうれしそうにいいました。

 

 「ほんとうに、魚料理の部屋だったりしてね。」

 

 ライアンがじょうだんっぽくいった、そのおりもおり。ろうかのかべのまん中に目をやったふたりは、そこに、こんな文字が書いてあるのを見つけたのです。

 

 

   「魚料理の部屋」

 

 

 ついにきました、魚料理の部屋! さいしょはじょうだんでそういっただけでしたのに、まさかほんとうに、出てきてしまうとは!(そしてその言葉のあとには、やっぱり白いペンキの矢じるしがひっぱってあって、つづくろうかのさきをしめしていました。)

 

 「ロビー! ほんとうに魚料理だよ!」ライアンがびっくりして、さけびました。「やっぱりこのさきに、ベルグかフェリーがいるんだ!」

 

 ふたりはもう、走り出していました。そしてそこからすぐのところで。石のろうかはひとつの石のアーチへと、つながっていたのです。そしてそのアーチの上には、やっぱり白いペンキで、お待ちかねの言葉、「魚料理の部屋」と書いてありました。

 

 「ここだ!」ロビーは剣のあかりをかざして、その部屋の中をのぞきこみました。そしてロビーはまっさきに、その部屋のまん中にあおむけにたおれているひとりのその人物のことを、見たのです。

 

 「ベルグエルムさんだ!」ロビーがさけんで、かけよりました。

 

 「ベルグ!」ロビーに負けないくらいはやく、ライアンもかけよりました。

 

 「しっかりしてください! だいじょうぶですか!」

 

 ロビーはベルグエルムの肩をつかんで、けんめいにゆさぶりました(もし起きている人にこれをやったら、目まいを起こしてしまいそうなくらいに)。

 

 「う……、うむ……」ベルグエルムが、寝ながらうめきます。よかった! どうやら自分たちと同じに、ぶじであるみたいです。

 

 ですが、ベルグエルムはなかなか、目をさましてくれません。これはじつは、フォクシモンたちの村で飲んだ、あの宝石の実のくだもの酒のせいでした。みんながいしきを失ってしまったのは、あのお酒にはいっていた、眠りぐすりのせいだったのです!

このくすりはお酒といっしょに飲むと、とてもよくきくのでした(ですからフォクシモンたちは、旅の者たちにむりにお酒をすすめました)。いっぽうロビーとライアンは、お酒ではなくてジュースでしたので、ベルグエルムとフェリアルほどには、くすりはきいていなかったというわけなのです(もっともライアンの場合は、くすりいりのジュースをがぶがぶ飲んでおりましたので、やっぱりそうとうに、くすりがきいていたのですが。

 

 いっぽうロビーの方は、さいしょからずっとおかしな感じを受けつづけておりましたので、とても飲み食いをするような気分ではなかったのです。そのためロビーは、ジュースもあんまり、飲んでいませんでした。つまりこういったわけで、ロビーがだれよりもいちばん早くに、目がさめたというわけだったのです。ほんとうはくすりがしっかりきいていれば、いちにちたっても、とても目がさめるようなものではありませんでしたが、ロビーが目をさますことができたのは、ほんとうに運のいいことでした。まさかフォクシモンたちも、ロビーが目をさまして歩きまわり、ほかの者たちのことを起こしてまわるなんてことになるなどとは、思っていなかったことでしょう。

 

 ちなみに、このくすりは飲んだ量にかかわらず、いしきを失うまでに、ひとしく十数分くらいかかるものでした。そのためフォクシモンたちは、かんぱいのあと、しばらくえんかいをつづけてごまかす必要があったのです)。

 

 「う、む……、すみません、父上……。もう、おねしょはしませんから……」

 

 なんだかベルグエルムは、むかしの夢を見ているようですが……、とにかく早く、起こしてやらないと。

 

 「しょうがないな。よし、ここはすこし、荒っぽくいくしかないね。」そういったのはライアンでした。いったい、どうするつもりなのでしょう?(なんだかとっても、いやなよかんがするのですが……)

 

 それからライアンが取り出したのは、あのはとの目ざまし時計だったのです。なるほど、人を起こすのには、目ざまし時計がぴったりですものね。もっとも、それがふつうの起こし方であるのなら、問題はないんですけど……(ライアンのせいかくからいって、ふつうに起こすとは思えませんから)。

 

 そしてやっぱり、みなさん(とわたし)のよそう通り。このあとベルグエルムは、とってもたいへんな目にあうことになってしまうのです。

 

 ライアンは目ざまし時計のはとのおうちに、親クルッポーのことを取りつけました。ここまでは、前に使ったときと同じです。しかしライアンはそれから、親クルッポーのくちばしを、きんぞくでできた、なんともおそろしいくちばしと取りかえました!(いったいどこから、こんなものが出てきたのでしょう?)そしてぜんまいをまけるだけめいっぱいまいて、さらに時計のうらについているダイヤルを、「さい強」にあわせたのです(これが動いたら、いったいどうなってしまうのか? う~ん、考えただけでもおそろしい)。

 

 「これで、ためしてみよう。前に一回、おしおきでためしたことがあるんだけど、また、うまくいくかなあ。うふふ、楽しみ。」

 

 そういって、ライアンは一分ごに目ざましの時間をあわせて、それをベルグエルムの顔の横におきました。そして、一分ご……。ああ、さいなんなベルグエルム! あとは、みなさんのごそうぞうの通りです。

 

 「ぎゃあああー!」

 

 こめかみをものすごいいきおいでつっつきまわされたベルグエルムは、もう、てんじょうまでとどくかというくらいに飛び上がってしまいました。いくらりっぱなウルファの騎士であるベルグエルムだとしても、これではたまりません。

 

 「なんだなんだ! なにごとだ!」

 

 ベルグエルムはわけもわからず、手をふりまわして、じたばたとあたりを走りまわってしまいました。そしてそれからようやくのことで、かれはロビーとライアンのふたりが自分のそばに立っているということに、気がついたのです。

 

 「おはよう、ベルグ。いい朝だね。」ライアンがベルグエルムに手をふって、まんめんの笑顔でいいました。

 

 「ライアン! それに、ロビーどのも! よかった! ふたりとも、ぶじで。」ベルグエルムがロビーとライアンのふたりの方に近よって、そういいます(その足はもう、ふらふらになっていましたけど)。

 

 「ベルグエルムさんこそ、ぶじでよかった! 今は、ぶじじゃないみたいですけど……、とにかくよかった!」ロビーがちょっとごまかしつつも、ベルグエルムの手を取ってよろこびました。

 

 「なんだかとつぜん、かみなりにうたれたような感じがしたのですが……」ベルグエルムがずきずきと痛む頭をおさえながら、つづけます(どうやらかれはまだ、自分がなにをされたのか? 気づいていないみたいです。とりあえずここは、いわないでだまっておいた方がよさそうですね。読者のみなさんも、どうかだまっていてください。あとで怒られそうですから)。

 

 「ここはどこです? なぜわたしたちは、こんなところにいるのでしょうか?」ベルグエルムがあたりのようすをきょろきょろとながめ渡しながら、たずねました。

 

 「ぼくたちは、フォクシモンの人たちにだまされたんです。ここがどこなのかは、ぼくたちにもわかりません。でも、ひとつだけいえるのは、ここがよくない、危険な場所だってことです。とにかく早く、そとに逃げ出さないと。でも、まだフェリアルさんが、見つかっていないんです。」

 

 「フェリアルが!」ロビーの言葉に、ベルグエルムはびっくりしていいました。「まだ、ここのどこかにいるのですか?」

 

 「たぶん、もう近くまできていると思うんですけど……、どこにいるのかまでは、まだわからないんです。早く、見つけてあげないと。」

 

 それからロビーとライアンのふたりは、今のじょうきょうのことをできるだけくわしく、そして手早く、ベルグエルムに説明してきかせたのです。剣のあかりのこと。ライアンの、みんなのいるほうこうのことを教えるクルッポーの力のこと。へんてこな名まえのそれぞれの部屋のこと。それにこれはまだ、そうぞうのはんいでしかありませんでしたが、ここにはおそろしい、かいぶつがいるかもしれないということも。

 

 「このベルグエルム、一生のふかく! ロビーどののことをお守りすると、かたくちかったというのに!」

 

 ベルグエルムはそういって、床にひざまずいて、深々と頭を下げてしまいました。かれらのような騎士というものは、めいよをたいせつにするのと同じくらい、みずからのしっぱいを心からくやむのです。とくにベルグエルムは、騎士の中でもことさらにほこり高く、まじめなせいかくでしたので、なおさらでした。自分がぶざまにも、フォクシモンたちにあざむかれてしまったということが、ゆるせなかったのです。

 

 「このベルグエルム、どんなばつでも受けるかくごでおります。さあ、ロビーどの。なんなりとお申しつけを!」

 

 「そんなことはいいですから。ぼくは、だいじょうぶです。」ロビーはそんなベルグエルムのことをなだめながら、あたふたとこたえました。「こうしてぶじにいられたことだけで、もう、じゅうぶんじゃないですか。ベルグエルムさんのせいじゃありませんよ。」

 

 ベルグエルムはロビーの言葉と心づかいに、深くかんしゃしました。

 

 「しっぱいは、だれだってするからね。しっぱいをこわがってたら、なんにもできないよ、ベルグ。たいせつなのは、そこからなにを学ぶか? ってことだぞ。」ライアンも、ベルグエルムの肩をぽんとたたいて、そういいます(まるで、せいとのことをさとす先生みたいに)。

 

 「それはそうと……」さいごにライアンが、にこにこした顔でいいました。「ぼくでよかったら、いろんなばつを考えてあげられるけど、どう?」

 

 ライアンの言葉に、ベルグエルムはあわてて手をふってこたえました。

 

 「いや、けっこう! もうじゅうぶん、はんせいしたよ!」

 

 

 とにもかくにも、これで三人の仲間たちのことが集まったわけです。残るはフェリアルただひとり。いったいどこにいるのでしょうか? 

 

 ロビーの感かくでは、もうそんなに遠くではないと思われました。ライアンの親クルッポーがむいているのは、この部屋のさらにむこうがわの、やみの中です。そこには今までのふたつの部屋(肉料理の部屋とデザートの部屋のことです)には、なかったものがありました。それはそのさきにつづく、もうひとつのろうかへとつながっている、べつの入り口だったのです。

 

 「あの入り口の、むこうだ。」ライアンが親クルッポーのむきをたしかめながら、いいました。「ロビーのよそうだと、フェリーのいるところまでは、もう、すぐみたいだね。早く、助けにいってあげよう。」

 

 ライアンはそういいながら、親クルッポーに取りつけるきんぞくせいのくちばしを、服のすそで、きゅっきゅっとみがき上げました(どうやらそろそろ、ふたり目のぎせい者があらわれそうな感じです……)。

 

 「あの道のむこうに、フェリアルさんがいる。そう思う。」ロビーが、まっくらなろうかへとつづくその石のアーチの入り口のことをながめながら、つづけました。「でも、あそこはすごく、いやな感じもする。さっきの分かれ道でも感じたけど、ほんとうに、さきにおばけが待ってるみたいな感じなんだ。でも、いかなきゃ。」

 

 そういってロビーは、剣のあかりをかざして、そのまっくらなろうかのさきのことをてらし出そうとしましたが、このろうかはことさらに暗く、この剣のあかりくらいでは、さきはまったく、見通すことができなかったのです。

 

 「まさかほんとうに、ぼくらの考えたかいぶつがいるのかな?」ライアンがさらにつづけます。「でも、まあ、フェリーを放ってはおけないし、いざとなったら、今はベルグがいるからね。なんとかしてくれるんじゃない?」

 

 いわれてベルグエルムは、ちょっとたじろぎましたが、すぐに気を取りなおして、剣のつかをにぎりしめていいました。

 

 「どんなかいぶつがあらわれようと、わたしにおまかせを。もうにどと、しくじりません。」(ちなみに、かれの剣をふくめて、ベルグエルムのにもつもみんな、かれのすぐそばにおいてありました。やっぱりあかりをともすための道具だけは、持ち去られておりましたが。)

 

 そしてベルグエルムがそういった、そのときのこと。

 

 

 「ぐおおお……」

 

 

 ひくく、くぐもった、なんともおそろしげなうなり声! その声がまさに、その石のアーチのむこうがわから、きこえてきたのです!

 

 「な、なんだ?」みんなはびっくりして、思わず身がまえました。そしてそうするうちに。またしても、そのおそろしいうなり声はひびき渡ったのです。

 

 

 「ぐおおお……、がああ、ごおお……」

 

 

 その声は、なにかとんでもなく大きな生きものの口から、出されているかのようでした。いったい、どんなやつなのでしょう? ですがみんなの心は、そんなことなどにはむけられなかったのです。どんなかいぶつがこのさきにいるのか? そんなことは今のかれらには、このさいたいした問題ではありませんでした。つまり、そのかいぶつにおそわれているかもしれない人物。そう、フェリアルのことで、かれらの頭はもう、いっぱいになってしまっていたのです!

 

 

 「フェリアルさん!」「フェリアル!」「フェリー!」

 

 

 みんなはいっせいにさけぶと、いちもくさんに、そのろうかにむかって走り出しました! フェリアルが食べられちゃったら、たいへんです! 急がないと!

 

 あかりを持つロビーがいちばんになって、みんなはその暗いろうかの中を、あらんかぎりのはやさでかけぬけていきました。心配とあせりで、しんぞうはばくばくとなりひびいております。急げ急げ! みんなはただひとつの思いだけで、このくらやみの中をかけていきました。ろうかはしばらくまっすぐいって、そこから左にまがっております。

 

 「ぐおおお……」

 

 かいぶつの声が、だんだん近くからきこえはじめてきました。もうすぐそばにまできているみたいです。ベルグエルムが腰の剣をぬき放ちます。ベルグエルムはかいぶつがその目にうつったしゅんかんに、ひとたちあびせてやろうと、心にきめていたのです。

 

 そしてついに、そのろうかはひとつの石のアーチにつながりました。そしてそのアーチの上には、こんどはこんな言葉が、書いてあったのです。

 

 

   「オードブルの部屋」

 

 

 オードブルとはレストランなどでメインの料理がはじまる前に出される、さいしょのお料理のことです。つまり(そのルールにしたがうのなら)ここが、いちばんさいしょの部屋ということになるようでした。どうやらロビーたちは、この部屋からじゅんばんに、ひとりずつおいていかれたみたいなのです(オードブル、魚料理、肉料理、そしてさいごは、デザートというわけです)。

 

 「ここだ! フェリアルさんは、ここにいる!」ロビーがさけんで、まっさきに部屋の中にふみこみました。そこでロビーが見たものは……。

 

 

 で、出たー!

 

 

 部屋の中にいたのは、てんじょうに頭をこすりつけんばかりに巨大な、まっ黒でまんまるの、いっぴきのおたまじゃくしのようなかいぶつだったのです! そしてそのかいぶつが、今まさに! 部屋のまん中の床の上にあおむけにたおれているフェリアルにむかって、おそいかかろうとしているところでした!

 

 「この、ばけものめ!」ベルグエルムがでんこうせっか! まさにいなずまのごとくのいきおいで走りこみ、かいぶつに剣をふりおろしました。しかし!

 

 「うわっ!」ベルグエルムのからだは、すってんころりん! かいぶつのからだをすりぬけて、そのままバランスをくずして、むこうがわの床にころげてしまったのです!

 

 かいぶつはなにをされたかも気づいていないようすで、その頭をロビーたちのいる方にむけました。

 

 「なんだあー? ぐおおお……、ひかりー、光だあー!」かいぶつが、ロビーの持っている剣の光のことを見て、うめきます。

 

 「目が、目がいたーい! おまえらあー、ささげものだなー? な、なんでささげものが、光を持っているー? さてはー、き、きつねたちめー、うらぎったなー!」

 

 かいぶつはごにょごにょとした声でそういうと、水かきのある小さな手で、しきりに目のあたりをこすりました(もっとも、小さな手といっても、それはかいぶつのその巨大なからだとくらべたらの話です。じっさいは手だけでも、ロビーのからだよりもずっと大きいのでした。このかいぶつがどんなに大きいか? よくおわかりでしょう)。

 

 どうやらこのかいぶつは、光がにがてのようです(ですからこんな、まっくらな地下の世界にいるのでしょう)。それとやっぱり、このかいぶつはきつねの種族であるフォクシモンたちのことを、よく知っているようでした。そしてフォクシモンたちが、ロビーたちのにもつからあかりをともすための道具をみんな持ち去っていったわけが、これでわかりました。かれらはこのかいぶつと手をくんでいて、それで、このかいぶつのきらう光を出すための道具を、持っていったというわけなのです。

 

 さらに、かいぶつのいったささげものとは、ほかならぬロビーたちのことでした。そう、ロビーたちはこのかいぶつに「ささげられる」ために、この場所に放り出されていったのです! 

 

 「せ、せっかくこれから、ひさしぶりのフルコースー、た、食べようってときにー、じゃー、まーを、するなあー!」

 

 かいぶつはそういって、ぷんぷん怒りました。そしてかいぶつは、そのからだのうしろに生えているちょこんとした小さなしっぽをふりふり動かしながら、ロビーとライアンのふたりの方にむかって、まっすぐつき進んできたのです。どうやらロビーの持っている剣のあかりが、かいぶつには、目ざわりでしかたがないようでした。

 

 「そんなものー、このおれさまがー、びったんばったんにしてやるぞー!」

 

 かいぶつの口が、がばっ! と大きくひらかれました! なんて大きな口! ほとんど、顔の大きさといっしょです。その口の中はまっ黒で、なんにも見えませんでした。歯もなければ、舌もないのです。いったい中は、どうなっているんでしょうか?

 

 でも、そんなことにきょうみを持っている場合ではありません! このかいぶつはとても足がおそかったのですが、それでもロビーたちからかいぶつまでのきょりは、わずかでしかありませんでしたから。早く、なんとかしなければ!

 

 「なにがフルコースだ、こいつめ! そっちこそ、おたまじゃくしのまるやきにしてやる!」

 

 ライアンが怒ってそういって、その両手をかいぶつにむかってかざしました。すると……。

 

 ごおおおお! ライアンのまわりの空気がうずをまきながら動き出し、そしてそのうずは、ライアンの手のひらから、いっきに、かいぶつへとむかって放たれたのです!

 

 

   しゅごごごごおー! 

 

 

 もうライアンは怒りまんたんでしたから、そのすさまじいこと! いぜんセイレン大橋の上で黒騎士たちにむかって、同じわざを使ったことがありましたが、あのときは雨にじゃまされて、ほんらいの力の十ぶんの一ほどの力も出ていなかったのです(せいかくには、百分の一くらいの力しか出ていなかったわけです)。それはこのおそろしいほどのいりょくの風のうずまきのことを見れば、いちもくりょうぜんでした(ほんとうにライアンは、見た目とちがっておっかない……。ほんとうは、いい子なんですけどね。とりあえず、ライアンが敵でなくて、ほんとうによかった!)。

 

 空気のうずはたつまきとなり、ごおごおというおそろしいうなり声とともに、まっすぐかいぶつにむかっておそいかかりました! これではいくら、このかいぶつが巨大であるとしても、ただですむはずがありません。しかし……。

 

 かいぶつは、まったくもってどこ吹く風! たつまきはかいぶつのからだをすりぬけて、そのむこうがわのてんじょうにあたって、どごお~ん! はじけてしまいました!(おかげで、かいぶつのはんたいがわにいるベルグエルムが、ちょっととばっちりを受けましたが。)

 

 「うそー! なんでー!」ライアンはもう、びっくりぎょうてんです。それもそのはず。このわざはかれのとっておきのわざのうちの、ひとつでしたから。今までどんな相手にだって、きかないためしなどはなかったのです。それがぜんぜんきかないのですから、ライアンがおどろいたのも、むりはありません(ちなみに、かこにこのわざを受けた相手は、それっきりにどと、ライアンの前にすがたをあらわそうとはしませんでした。そのくらい、こわかったのです)。

 

 「こんなー、そよ風ー、おれさまには、きかないぞー!」

 

 かいぶつはそういって、ライアンにむかって手をふりかざしました!

 

 「うわっ!」

 

 かいぶつの手が、ライアンの腰にあたります! ライアンはそのはずみで、部屋のすみっこにまではじき飛ばされてしまいました! こっちのこうげきはすりぬけてしまうのに、相手のこうげきはあたるなんて! そんなのずるい!

 

 ですけど、そんなもんくをいっている場合ではありません。かいぶつはそのまま、こんどはロビーの方にむかっておそいかかってきたのです!

 

 「ライアン! だいじょうぶ?」ロビーがさけびました。

 

 ライアンは腰をさすりながらなんとか起き上がると、ロビーにむかってさけんでかえします。

 

 「ロビー! かいぶつがむかってくるよ! ぼくのことはいいから、逃げて!」

 

 ロビーはあわてて、かいぶつの方にむきなおりました。もう目の前にまで、かいぶつの巨大な、まっ黒いあなのような口がせまってきております!

 

 「こいつめ! よくもライアンに、ひどいことを!」

 

 ロビーはそういって、その手に持ったあかりのともった剣のことを、かいぶつの顔にむけてつきつけました。しかし、いったいどうやったら、このかいぶつをやっつけることができるのか? それはロビーにも、ぜんぜんわからないことだったのです。ひとつだけたしかなことは、このかいぶつが、光をとてもきらっているということでした。ですから、考えられるしゅだんはただひとつ。このかいぶつに剣の強い光をあびせて、そのすきに、みんなといっしょに逃げるのです。でも、そんなにうまくいくのでしょうか?

 

 剣をかいぶつにむけながら、ロビーはセイレン大橋の上でのことを思いかえしていました。あのときのような強い光が、なんとか出てくれれば。ロビーは強く、そう願いました。お願いだ! 光ってくれ! しかし、いつもいつも、そううまいぐあいにいくというわけではなかったのです。

 

 剣はあいかわらずぼおーっとかがやいているばかりで、強く光ってくれません。もうかいぶつの方も、このていどの光などにはなれてきてしまったようです。かいぶつはひるまずに、ロビーの方にむかってきて……、そのみじかい手で、ロビーの剣にいちげき!

剣は、ばしーん! とはじき飛ばされて、部屋のむこうの床に、かららーん! 大きな音を立てて落っこちてしまいました!

 

 「ロビーどの!」「ロビー!」

 

 さあたいへん! 剣がなくなってしまっては、もうロビーに身を守るすべはありません。もうかいぶつの口は、すぐそこなのです! ロビーはぎゅっと目をつぶってしまいました。このまま食べられちゃう! ロビーはそう思いました。

 

 しかしつぎのしゅんかん。ロビーは思わぬ声をきいたのです。それはかいぶつの口から出た、いがいな言葉でした。

 

 「ぎゃああー! い、いたーい! いたーい!」

 

 なんと! かいぶつがその手をおさえて、その大きなからだのことをよじらせて、わあわあくるしがっているではありませんか! これはいったい! どういうことなのでしょう?

 

 ロビーはふしぎに思いました。ですがこれは、大きなチャンスです! 今のうちに、みんなといっしょに逃げなくちゃ! ロビーはすばやくけつだんしました。

 

 「ライアン! ベルグエルムさん!」ロビーはせいいっぱいの声でさけびました。 

 

 「今のうちに、逃げるんです! フェリアルさんをつれて!」

 

 ロビーはそういって、ライアンのもとにかけよりました。ロビーはなによりもまず、ライアンがけがをしていないかどうか? たしかめたかったのです。

 

 「ライアン、けがは?」ロビーが心配して、ライアンのからだをささえながらいいました。

 

 ライアンはかいぶつの手にうたれ、床に腰をうちつけていましたが、さいわいたいしたことはなかったようです。

 

 「だいじょうぶ、歩けるよ。」

 

 「よかった!」ライアンの言葉に、ロビーはとりあえずほっとしました。

 

 「ありがと、ロビー。でも、今はそれより、早く逃げないと! あのかいぶつが、またむかってこないうちに! ベルグ! フェリーをたのんだよ!」

 

 さあこれ以上、こんなかいぶつのことを相手にしているわけにはいきません。とにかく、かいぶつがひるんでいる今のうちに、ここから早くはなれなければ! みんなは部屋のむこうにもうひとつの出口があるのを見つけると、床に飛ばされた剣をひろって、そこからいちもくさんにかけ出ていきました(眠ったままのフェリアルはどうにも起きませんでしたので、ベルグエルムが急いでおんぶしていきました)。

 

 みんながろうかに走り出たところで、うしろの部屋からかいぶつのおそろしいうなり声がきこえてきました。

 

 

 「ぐるるー! おーのーれー! よーくーも、やったなー!」

 

 

 そして、なんてことでしょう! かいぶつはその巨大なからだをへびのようにほそくのばして、せまい石のアーチのむこうから、ロビーたちのことを追いかけてきたのです!

 

 「うわっ! 追っかけてくるよ!」ライアンがうしろをふりかえりながら、さけびました。

 

 「まずい! どこか、かくれられるようなところはないか!」ベルグエルムがあたりをすばやく見渡しながら、つづけました。

 

 かいぶつはそのからだをよじらせながら、どんどん追いかけてきます(さっきのおたまじゃくしみたいなときとはちがって、こんどはとっても動きがはやいのです)。みんなはとちゅうでいくつかの分かれ道をまがって、かいぶつのことをまこうとしましたが、かいぶつはそのたびに、みんなのいる方の道をたしかめながら、追いかけてきました。どうやらこのかいぶつは、目ではなくにおいで、みんなのことをたしかめているようなのです(このかいぶつに鼻があるのかどうかは、わかりませんでしたが)。

 

 みんながまがりかどをまがるたびに、かいぶつはくんくんとにおいをかいで道をたしかめながら、あとをついてきました。そしてとうとう。みんなはまっすぐなろうかのとちゅうで、かいぶつに追いつかれてしまったのです!

 

 ばんじきゅうす! もうどこにも逃げ場はありません! まさかここまで、しつこいなんて!

 

 ベルグエルムがフェリアルのことをかかえながら、かいぶつの前に立ちふさがりました。剣がすりぬけてしまうことはわかっていましたが、それでも、仲間のことを守ろうという気持ちと、騎士としての気高い心が、そうさせたのです。

 

 「もとの暗がりへ帰るがいい! わたしは白の騎兵師団の長、ベルグエルム・メルサルだ! 仲間たちには、もう、ゆびいっぽんとて、ふれさせはせんぞ!」

 

 ベルグエルムはかた手で剣をつきつけ、かいぶつにさけびました。しかしかいぶつは、まったく耳を貸しません。かいぶつはぶきみな笑い声を上げると、あざけるようにいいました。

 

 「そんなー、ちゃちな道具で、おれさまがたおせるとでも、思ってるのかー、笑わせるーなー!」

 

 ベルグエルムはかいぶつの顔にむかって、剣をつきさしました! ですがやっぱり、剣はすりぬけてしまって、かいぶつをさすことができません。もはや、どうすることもできませんでした。みんなはここで、このかいぶつに食べられちゃうんでしょうか……?

 

 もちろん、そんなわけがありません! だってまだまだ、この物語はつづくんですから!(ここでみんなが食べられちゃったら、あとに書くことがなくなっちゃいますから。)

 

 そして、このさいだいのピンチのときからみんなのことをすくったのは……、やはり、ロビーだったのです。

 

 仲間の危険を前にして、ロビーの心はめらめらと、まるでほのおのようにさわぎ立ちました。なんとかしなければ、みんながやられてしまう! ロビーの思いが今ふたたび、手にしたそのふしぎな力を持つ剣へと、ひびき渡ったのです。

 

 剣はロビーの心をうつしたかのように、さらに明るく光りかがやき出しました。その光はまるで、ほのおがもえているかのように、ゆらゆらとゆらめいていました。ロビーは剣を強くにぎりしめました。そして自分でもむがむちゅうのままその剣をかまえると、ロビーは、このおそろしいやみのかいぶつのもとへとむかって、走り出していったのです。

 

 かいぶつが、ロビーに手をのばします! ロビーのことをつかまえて、びったんばったんにしてしまうつもりです! あぶない! ロビーはかいぶつのその手にむかって、力のかぎり剣をふりおろしました。ですがやっぱり、その剣はすりぬけてしまい……、いえ、ちがいます! ロビーのふりおろした剣は、かいぶつのからだをすりぬけなかったのです!

 

 かいぶつの手は、剣に切られてまっぷたつ! 床に落ちて、しゅうしゅうとまっ黒いきりになって、とけてしまいました! そして切られたところからも、黒いけむりがしゅうしゅうと、吹き出していたのです。

 

 「ぎ、ぎ、ぎゃあああー!」

 

 手を切られて、かいぶつはあらんかぎりの声でさけびました。そう、ロビーのこの剣は、このかいぶつのことを切ることのできる、ゆいいつの剣だったのです! そしてさきほど、このかいぶつがわあわあいって痛がったわけも、このためでした。ロビーの持つこの剣を手ではじき飛ばしたときに、かいぶつは剣のやいばで手を切って、けがをしたのです。

 

 かいぶつはへびのようなからだをくねらせて、あばれまわりました。そのからだが、ロビーの方にむかってきます! ロビーははんしゃ的に、身を守るかたちで剣をふるいました。そしてこんどは、かいぶつのそのからだに、剣がめいちゅうです! ぶしゅううー! かいぶつのからだからまっ黒いけむりがもくもくとあふれ出し、あたりはいちめん、けむりだらけになりました。

 

 「早く、ここからはなれましょう!」ロビーがみんなにさけびました。もう、これでじゅうぶんでした。

 

 かいぶつはまっ黒なけむりをもうもうと上げながら、その場にへたりこんでしまいました。みんなのあとを追いかけることも、もうできないでしょう。そのからだからはどんどんけむりが吹き出していって、それにあわせて、かいぶつはどんどん小さくなっていきました。そしてみんなは、力のぬけたそのかいぶつのことをあとにして、そのまままっくらなろうかの中を、まっしぐらにかけていったのです。さいごにふりかえったみんなが見たものは、ちりぢりになって消えてゆく、かいぶつのそのさいごのすがた、そればかりでした(ここで読者のみなさんにだけ、お伝えしておきましょう。この「夜のかいぶつ」は、じつはまだ、死んではいなかったのです。ですがかれはもう、もとのかいぶつとしては、にどと悪さのできないからだになってしまいました。

 

 かれのからだは、やみとたましいのエネルギーによって作られていました。それらのものがみんな、かれのからだからぬけ出したのです。そのけっか、かれはまっ黒な小さないっぴきのかえるになって、どこかの暗がりの中へと、ぴょんぴょん、はねていくこととなりました。

 

 今でも、このかつての巨大なかいぶつは、このいせきの地下のどこかにいるのです。ですが、もうにどと、かれのすがたを見る者もいないことでしょう)。

 

 

 「ここまでくれば、もうだいじょうぶだ。」ベルグエルムが、みんなにむかっていいました。

 

 さきほどの戦いのあと。みんなは暗いろうかの中をまっしぐらにかけつづけ、そしてようやくこの場にたどりつくことができると、両方のひざに手をついて、はあはあと息をととのえることができていたのです。

 

 「なんだか、つぎからつぎへと、いろんなできごとがめじろおしだったね。」ライアンも「ふう。」と大きなため息をついて、つづけます。

 

 「ベルグにフェリー。ふたりが見つかってよかったと思うひまなく、あのかいぶつだもん。これじゃ、キャンディーをなめてるひまもない。」

 

 ライアンはそういって、かばんの中からキャンディーのはいったふくろを取り出しました。ですが……。

 

 「あああーっ!」

 

 ライアンがとんでもなく大きなさけび声を上げました! いったいどうしたというのでしょう? まさかまた、べつのかいぶつがいた? それともなにか、しんこくな問題でも起きたのでしょうか?

 

 「ど、どうしたの? ライアン。」

 

 「なにかあったのか?」

 

 ロビーもベルグエルムも、びっくりしてライアンにたずねます。そして、ライアンの口から出た言葉は……。

 

 「キャンディーが、われちゃってるー!」

 

 そ、そんなことですか……。 

 

 じつはさっきかいぶつにはじき飛ばされたときに、かばんが床にうちつけられて、中のお菓子がみんなこわれてしまっていたのです(さすがにライアンも、さきほどはひじょうにピンチのときでしたので、お菓子のことを気にかけているよゆうすらありませんでした。それにライアンもあのていどのいちげきくらいでは、ぜんぜんかばんもだいじょうぶだと思っていましたが、どうやらライアンの見こみとはちがって、かばんのうちどころは、かなり悪かったようです)。

 

 「クッキーまで、こなごなだー!」

 

 お菓子がなによりも好きなライアンですから、そのかなしみはたいへんなもののようでした(自分の腰のけがのことなんか、どうでもいいようでした)。みなさんも、自分がたいせつにしているものがこわれちゃったとしたら、かなしいですよね。フットボールの大会でもらったトロフィーだったり、たんじょうびのプレゼントでもらったしゃしん立てだったり。ライアンの場合は、それがお菓子なのです。

 

 ライアンは半分べそをかきながら、こなごなになったキャンディーのかけらを集めると、それらをやけになって、全部まとめて、口の中に放りこみました。そしてライアンは、それらのキャンディーのかけらをばりばりとかじりながら、ぷんぷん怒って、こうさけんだのです。

 

 「こうなったのも、みんな、フォクヒモンたちのせいら! このかたひは、ひっと、取ってやる!」

 

 

 (ライアンの問題についてはべつのこととして)とにかくみんなは、これで大きなこんなんのときを乗り越えることができたわけでした。ほんとうに、あやういところでした。ライアンが腰をうっただけですんだのは、まこと、運がよかったというほかありません(それと、ベルグエルムがころげたうえ、ライアンのわざのとばっちりをちょっと受けたということも、いちおういれておきます)。そしてこのけっかをもたらしたのは、まったくもって、ロビーと、ロビーの持つ剣のおかげでした(もちろんベルグエルムやライアンもゆうかんでしたけど、こんかいばかりは相手が悪すぎでしたね。こうげきが通じないんじゃ、どうすることもできませんもの)。

 

 ですがじっさいのところ、どうやったら剣の力をのぞみ通りにひき出すことができるのか? それはロビーにもわからないことでした(いつまたセイレン大橋の上でのときみたいに、ロビーののぞむ以上の強力な力を、生み出してしまわないともかぎりません)。みんなはロビーのこの剣のことについて、もういちどそれぞれの考えを話しあいましたが、けっきょくこんかいのように、ほんとうに剣の力が必要なときにかぎって、その力をためしてみるほかはないという、けつろんしか出なかったのです(ですが今は、これ以上のけつろんはないものと思われました)。

 

 「じゃあこれからは、おばけのたぐいはロビーのたんとうでお願いね。」さいごにライアンが、ロビーのからだをつっつきながらちゃかしました。「それいがいの相手は、ベルグとフェリーが、きれいにやっつけてくれるから。」

 

 さて、このふしぎな剣のことについては、これでひとまずおしまいにしておきましょう。となればもっかのところ、みんながまずやらなければならないことは、ひとつでした。出口をさがす……、のはもちろんなのですが、その前に。

 

 フェリアルくんを起こさなくっちゃ!

 

 フェリアルはあのかいぶつとのたいへんな戦いのさなかにも、ぐーぐーいって、眠ったままだったのです(よっぽどお酒がきいていたんですね。飲みすぎたんでしょうか?)。ここでとうじょうしたのが……、そう、(みなさんお待ちかねの)ライアンのあの、はとの目ざまし時計でした!  

 

 ライアンはクッキーのかけらをばりばりかじりながら、かばんからその目ざまし時計をそっと取り出すと(この時計はとてもがんじょうでしたので、こわれていなかったのです)、そこに、よくみがかれたきんぞくせいのくちばしをつけた、親クルッポーのことを取りつけました(おそろしい……)。そしてそれからライアンは、またべつのあるものを取り出しましたが、それがいったいなんなのか? 著者のわたしにもわかりません。ですがロビーだけは、それがなんなのか? もくげきしたようでした。

 

 「ちょっとベルグは、むこうむいててくれる?」ライアンが、にこにこしながらいいました。ですけどほんとうはお菓子のことで、まだライアンはとっても、きげんが悪かったのです(ロビーにはすぐに、それがわかりましたが)。ですからライアンは、このチャンスにちょっと、フェリアルにやつあたりしてやろうと考えていました(フェリアル、かわいそうに……)。さて、こんどはどんなに、おそろしいことになるのでしょうか? フェリアルがただではすまないということだけは、はっきりしていましたが……。

 

 

 「ぎゃああああー!」

 

 

 ああ、かわいそうに……。このトンネルのすみずみにまでとどくかというくらいのフェリアルのひめいが、こだましました。このときにライアンがなにをしたのか? それはみなさんのごそうぞうにおまかせします(わたしはこのときのことを、のちにロビーほんにんにたずねることができましたが、ロビーは「そ、そんなこと、いえません!」といってぶるぶるふるえるばかりで、ライアンがなにを取り出してなにをしたのか? 教えてもらうことはできなかったのです。たぶんライアンに強く、口どめされていたんだと思います)。

 

 フェリアルのひめいに、うしろをむかされていたベルグエルムが、びっくりしてふりかえりました。

 

 「なっ、なんだ?」

 

 見ると、フェリアルがぱんぱんにはれ上がったおしりをかかえて、あたりを飛びまわっているところだったのです。

 

 「なにをしたんだ?」ベルグエルムがライアンにたずねました。ですがライアンは、これ以上ないほど気分さっぱり! といった顔をして、こうこたえるばかりだったのです。

 

 「ひ、み、つ。」

 

 ロビーはなにもいえず、ただその場に立ちつくして、見ていることしかできませんでした。

 

 

 とにかく。これでもういちど、四人の仲間たちがせいぞろいしたのです! やったー! 

 

 え? ばらばらになってから四人がそろうまで、やけに早いじゃないかって? それはつまり、レストランの料理になぞらえられた部屋が、それぞれじゅんばんにならんでいたからなんです(もっともいせきの部屋も、そんなにつごうよくは四つならんでいませんでしたから、部屋と部屋のあいだには、それなりにきょりはありましたが)。そしてこれは、「それぞれの部屋に用意したごちそうをレストランのフルコースみたいに、一品ずつじゅんばんに食べてまわりたい」という、かいぶつのきぼうからのことでした(あのおかしな部屋の名まえは、このかいぶつのきぼうにそって、つけられていたというわけでした。

 

 ちなみに、あとでフォクシモンたちにきいたところによりますと、「ただふつうに食べるより、レストランのフルコースみたいに、すこしずつじゅんばんに食べた方が楽しいだろーがー!」とかいぶつにいわれたことが、こんなことをおこなった、そのそもそものきっかけだったそうです。あのかいぶつは、食べることがなにより、楽しみだったみたいですね。もっとも、食べられる方は、たまったものではありませんが)。

 

 これはほんとうに、運がよかったといえることでしょう。だって、もし、「宝さがし気分を味わいたいから、さがして楽しめるように、ばらばらにあっちこっちに放り出していけ」だとか、「じっくり食事したいから、いっしゅうかんにひとりずつ食べさせろ」なんてことを、かいぶつがいってきていたとしたら、ふたたびみんながめぐり会えるまでには、たいへんな時間がかかったにちがいないでしょうから(もっとも、かいぶつが「ごはんをみんなまとめていちどに食べたいから、みんなまとめてひとつの場所においていけ」といってくれていたのなら、すぐに四人そろうわけですから、みんなはもっと助かりましたが。まあそれは、ぜいたくすぎというものでしょう)。

 

 こういったわけで、みんなはこの、かいぶつのわがままなきぼうのおかげもあって、こんなにも早く、ふたたびせいぞろいすることができたというわけだったのです(けっして、「みんなを早くそろえた方が、物語を早くさきに進めることができるから」だとか、わたしが話をつごうよく、まげて作っているのではありませんよ。ごかいしないでくださいね)。

 

 

 さて、四人がそろいましたから、みんなはもう、あとはわき目もふらずに、地上をめざすばかりでした。もたもたしていたら、また新たなるかいぶつが、あらわれないともかぎりません(ほんとうはもう、ここにはほかにかいぶつはいませんでしたが、みんながそれを知っているはずもありませんでしたから)。ここでいちばんのたよりとなったのは……、ライアンの風の力をかりる、そのわざだったのです。

 

 「上からの風は……」ライアンが目をとじて、いしきを集中させました。

 

 「こっちだ。こっちの道から吹いてるよ。」

 

 みんなはライアンのしめしたその道を、ひとかたまりになって進んでいきます。道はあいかわらずのまっくらで、もしライアンの助けがなかったとしたら、このさきに出口があるなんてことは、ぜんぜんそうぞうもできないくらいでした(ちなみに、ロビーのふしぎな感かくは、仲間を見つけようとしているときにはたらくものだったようです。ですから出口については、ロビーはなにも感じることはできませんでした。ざんねん)。

 

 道はそこから、くねくねとまがりくねってつづいていました。こんな道は、今までになかったものです。やっぱり出口が近いから、道も変わってきたのでしょうか?

 

 やがてあるときから、ろうかの石だたみの上に砂がちらばっているようになりました。ベルグエルムがしゃがみこんで、その砂をしらべます。そしてかれは立ち上がって、仲間たちにこうつげました。

 

 「この砂は、この地下世界のものではない。われらがめざす、地上の世界から飛んできたものだ。となれば、出口は近いぞ。」

 

 ベルグエルムの言葉に、みんなは声を上げてよろこびました。出口が近い! それはこの地下世界にとじこめられているみんなにとって、これ以上はないというほどのきぼうの言葉となりました。

 

 しばらくすると、それにさらなるよろこびが加わりました。風です。みんなのほほに、はっきりとわかるくらいの風が感じられるようになったのです。その風は冬も近いこのきせつでは、こおりのようにつめたい風でしたが、仲間たちにとっては、春のいぶきのそよ風そのものに感じられました。

 

 「上からの風だよ! もうすぐだ!」ライアンがうれしそうにいいました。

 

 そしてそこから、いくらもいかないところでのこと。道のとちゅうの左のかべに、また石のアーチがひとつ、つくられていました。ロビーが剣をかざして、みんなが中をのぞきこんでみます。すると……、そこには、思いもかけなかった、なんともおかしな光景が広がっていたのです。

 

 

 「な、なんだ、これは?」

 

 

 みんなはびっくりぎょうてんして、いっせいにおどろきの声を上げました。

 

 みんなの見た、アーチのむこうのその部屋の床の上。そこにたくさんの人たちが、あおむけにされて寝かされていたのです!

 

 みんなはすぐさま、部屋にはいってそれらの人たちのことをしらべてみました。全部で、十、二十、三十、四十……。五十七人もいます(すごい数です)。かれらはみな、手を胸の上にくまされていて、石の床の上にきれいにならべて、寝かされていました(どう見ても、自分たちから進んでそのようなじょうたいになって寝ているようには、見えませんでしたから。これはやっぱり、だれかによって、この場所にこのように寝かされていたのです)。ほとんどの人たちは人間で(五十一人が人間でした)、あとは人間ににている種族の人たちでした。

 

 「みんな、死んじゃってるの?」ライアンが心配げに、そういいます。たしかにかれらは、みな目をとじていて、ぴくりとも動いていませんでした。そのうえ、そのはだも血の気がなくて、まっ青だったのです。見た感じ、息をしているようにも見えません。これではライアンのいう通り、かれらがみな、死んでしまっているのだと思ったとしても、とうぜんのことだといえることでしょう。ですが、それらのことにもかかわらず、これらの人たちはただのひとりも、死んではいませんでした。さあ、それっていったい、どういうこと?

 

 「ここにいるのは、ほとんどが、西のハーレイ国の人たちのようだ。」ベルグエルムが、人々のその服そうのことを見ていいました。「おそらく、かこにこの地にやってきた、旅人たちだろう。それに、こっちには、ルルムたちもいる。」

 

 ルルムというのは人間ににていましたが、人間よりも耳が長くて、はんしゃしんけいにもすぐれている、ふしぎな種族の人たちのことでした。大むかしには南の地に大きな王国をきずいていたそうですが、今ではすっかり数もへって、人間たちの社会の中で、ひっそりとわずかな人数が暮らしているばかりだったのです。

 

 「はるかなくにの旅人たちが、こんなところに、こんなにたくさんいるなんて。これも、フォクシモンたちのしわざなのでしょうか?」フェリアルが、ベルグエルムにたずねました(フェリアルのちゃんとしたせりふも、ひさしぶりな感じですね。ちょっと前に「ぎゃああ!」というさけび声なら、ききましたが……)。

 

 「おそらく、そうだろう。」ベルグエルムが深く考えをめぐらせながら、こたえました。

 

 「これは、じつに深いじじつだ。はぐくみの森がすたれたわけが、これで見えてきたぞ。」 

 

 ベルグエルムが、人々の口をしらべてみます。見た目と同じく、やっぱりこの人たちは、こきゅうをしていませんでした。ですが、人々の胸に手をあててみたベルグエルムは、そこでとても、びっくりしたのです。しんぞうが動いていました!

 

 この人たちのからだには、まだ血がめぐっていたのです。かれらのからだも、やわらかいままでした。ですがそれにもかかわらず、かれらのからだはまっ青で、死人のようにつめたかったのです。これでは生きているのか死んでいるのかも、わかりません。いったいこの人たちの身に、なにが起こったというのでしょうか?

 

 「この人たちが、なぜこんな目にあわされているのか? それもフォクシモンたちが、すべて知っていることだ。今は、どうすることもできない。ここからだっしゅつして、フォクシモンたちに会うことの方が、さきだろう。」ベルグエルムがいいました。

 

 「それなら、すぐに会いにいこう。」ライアンがそういって、さきほどはいってきた(この部屋にひとつだけの出入り口である)石のアーチへとむかいました。「早く、お菓子のかたきも取らなくっちゃ!」

 

 そしてみんなもそろって、その部屋の入り口にむかおうとしたときのこと……。

 

 

 「うわっ!」

 

 

 どすんっ!

 

 いちばんはじめに、いさんで部屋をかけ出たライアンが、アーチをくぐったそのところでふいになにかとぶつかりました! ライアンははずみで、床にころがって、べっちーん! しりもちをついてしまいます(今日はよく腰をうちますね)。そしておどろいたことに、しりもちをついたのはライアンひとりではありませんでした。

 

 「いたたた……!」

 

 そういっておしりをさすりながら、ライアンのはんたいがわにたおれていたのは……、なんとなんと! あのきつねの種族の男の子、チップリンク・エストルくんじゃあありませんか!

 

 「ああーっ! おまえ!」

 

 みんなはもう、大さわぎでした。それもそうでしょう。自分たちがこんな目にあわされている、そのおおもとを作ったいちばんのちょうほんにんが、今目の前にいましたから。

 

 みんなはかけよって、あっというまにチップのことを取りかこんでしまいました。どうしたって、逃がすわけにはいきません。いろいろききたいことが、山ほどあるのです!

 

 「こいつ! よくもだましたな!」ライアンが、チップの胸ぐらをぐいっとつかんでいいました(背たけがいっしょくらいでしたので、まるで子どもどうしのけんかみたいでした)。ベルグエルムもフェリアルも、さすがにこのときばかりは、チップにぐいぐいとせまりよったのです。

 

 「ご、ごめんよ! めいれいされて、しかたなかったんだ!」

 

 こうなってしまったのなら、もうなすすべもありませんでした。チップはその場にぺったりとすわりこむと、大べそをかいて、わんわん泣き出してしまったのです。

 

 これには仲間たちも、さすがに気持ちをやわらげるほかありませんでした(いつだって、子どものなみだにはかなわないのです)。それにチップはもう、じゅうぶんすぎるほどはんせいしているみたいですし。これ以上強くせまったところで、なんにもならないでしょう。

 

 「この人たちは、かこにきみたちが、あのかいぶつにさし出した人たちだな?」チップがおちつくのを待ってから、ベルグエルムがチップにいいました。

 

 チップはべそをかきながら、小さくうなずきます。

 

 「そうです……」

 

 ベルグエルムは、すべてになっとくがいったかのようでした。自分たちがここに放り出されていったりゆう。はぐくみの森になにが起こったのか? ということ。それらもすべて、あのまっ黒なおたまじゃくしのようなかいぶつ、夜のかいぶつのせいだったということなのです。

 

 「さあ、全部話すんだ。きみたちの森、はぐくみの森に起こったことの、すべてを。」

 

 

 それからチップは、自分たちの森に起こったこと、村のおきてのこと、それらのすべてをみんなに話してきかせました。それは、かいつまんでいえば、こんなような話だったのです。

 

 

 今から三十年くらいむかしのこと。はぐくみの森にとつぜんおそろしいかいぶつがあらわれて、森の人々のことをおそうようになりました。人々は森からどんどん逃げていって、三年もすると、はぐくみの森はすっかり荒れ果て、人のよりつかないなんともさびしい森へと変わり果ててしまいました。

 

 それでもかいぶつは、この森からはなれようとはしませんでした。かいぶつは森のまん中にある大むかしのいせきをすっかり気にいって、そこに住みついてしまったのです(そのいせきが、みんなが今いるこのいせきです)。

 

 いせきに住みついたかいぶつは、フォクシモンたちの村にやってきて、自分の食べものであるたましいのエネルギー、つまり生きている人を、さし出せといってくるようになりました。はじめは村の人たちが、みずからその身をぎせいにささげました。しかしそれではすぐに、村はほろんでしまいます。フォクシモンたちに、せんぞからの土地であるこの森をすてることなどは、できませんでした。かれらが生き残るために取った道は、ただひとつ。そとからやってくる旅人たちを、かいぶつのもとにささげるということだったのです。

 

 それいらい、かいぶつは森のいせきに住みつづけ、フォクシモンたちもかいぶつにしたがいつづけてきました。どうしたって、あの夜のかいぶつをやっつけるなんてことは、かないませんでしたから。旅人たちがこの森にやってきたら、その者たちをうまくだまして、かいぶつにささげること。このことは村のおきてとなり、きびしく守られるようになったのです。このおきては自分たちの土地とでんとうを守るための、くるしいけつだんでした。これが、はぐくみの森に起こったそのひげきのできごとの、すべてです。

 

 

 「でも、ぼくにはもう、こんなことはたえられないんです! なんのつみもない人たちのことをぎせいにして守るものに、いったいなんのかちがあるんですか! そんなの、まちがってます!」 

 

 チップは床にへたりこんだまま、なみだながらにうったえかけました。かわいそうに。まだ十さいばかりのこんなに小さな子が、こんなにもつらい目にあい、くるしんできたのです。仲間たちはチップのことが、とてもかわいそうに思えてきました。かれらのおこなったことは、けっしてゆるされるようなことではありません。ですがもし、自分が同じ立場になったとしたら、どうでしょうか? だれにもチップのことを、これ以上悪くいうことなどはできませんでした。

 

 「だからぼくは、村のみんなにないしょで、あなたたちを助けようと思って、ここへきたんです。」チップはそういって、みんなにランプや油などの道具を渡します(これはもともと、みんなの持ちものだったものです)。

 

 「夜のかいぶつは、光をとてもきらうんです。だから、みなさんのあかりも、ぼくたちが取りました。あいつには、剣も矢もききませんから、それいがいのにもつは、そのままみなさんといっしょにおいていきました。でも、まさか、その剣からあかりが出るなんて。」チップはロビーの持つ、そのふしぎな剣のことをしめしながらいいました。

 

 「でも、光があっても、せいぜいすこしの足どめくらいにしかなりません。みなさんは、いったいどうやって、ここまでやってきたんですか? ぼくは、夜のかいぶつが起きてくる前に、みなさんのことを助けようと思ってたんですけど、村のみんなのすきをついて、ここまでやってくるのが、すっかりおそくなってしまいました。だからもう、だめかと思っていたんです。夜のかいぶつからのがれて、レストランの部屋をぬけて、ここまでやってくるなんて、そうとう運がよかったとしか思えません。あのかいぶつから、いったいどうやって、逃げてきたんです?」

 

 これに対して、ライアンがとくいげにこうこたえました。

 

 「ああ、あのおたまじゃくしなら、ぼくたちがかるーくやっつけちゃったよ。」(ほんとうはかなりあぶなかったのですが。まあこれは、ライアンのいつもの強がりですから。)

 

 ですけどチップは、とても信じられないといったふうに、こうこたえるばかりだったのです。

 

 「まさかそんな。うそでしょう? あいつをたおしたなんて。」

 

 チップが信じられないのもむりはありません。チップのいう通り、あの夜のかいぶつは、ほんとうに、剣でも矢でも、ほのおでもたつまきでも、たおせませんでしたから(なにせあのかいぶつのからだは、全部、夜のやみそのものでできていましたから、それもそのはずだったのです。やみになにをしたって、かなうはずもありませんよね。それこそ、とくべつにふしぎな剣でも使わないかぎりは)。そのかいぶつをたおしたといわれても、とてもにわかには信じられるはずもありませんでした(それに「たおした」といっているのが、自分と同じくらいに小さなからだのライアンでしたから、信じろという方がむりというものだったのです)。

 

 「ほーんとだってば! ロビーがこの剣で、やっつけたんだよ! あいつはけむりになって、ちぢんで、みんな消えちゃったんだから。」

 

 さて、このあたりになってくると、チップもだんだん、ライアンの言葉がうそではないようだと思うようになってきました。ベルグエルムとフェリアルがまじめな顔をして、「信じられないかもしれないが、ほんとうだよ。」といったので、ようやくチップは、かいぶつがたおされたということを、信じることとなったのです(やっぱり大きくてりっぱな騎士にいわれた方が、しんじつ味があるというものですよね。ライアンは「だから、ほんとうだっていったじゃないか!」といって、怒ってましたけど)。

 

 「すごい、やったやった! これで、みんながすくわれる!」

 

 チップは大きなしっぽをふりふりふって、ぴょんぴょんはねて、よろこびました。ですが、仲間たちの心は、いまだ晴れやかなものではなかったのです。それはつまり、この場所に寝かされている人たち。このかいぶつのかこのぎせいとなった人たちが、まだ、助かってはいないからでした。

 

 「よろこぶのは早いぞ。」ベルグエルムがきびしい顔をして、チップにいいました。「村を守るためとはいえ、きみたちは、とてもゆるされないことをしてきたんだ。そのつぐないは、けっしてかんたんなものではない。」

 

 「そうだよ! ぼくのお菓子のことも、うんとつぐなってもらわないと! さあさあ、どうしてくれるんだ!」ライアンもそういって、チップにぐいぐいとつめよります。

 

 チップはまた、しゅんとした顔にもどって、しおらしくなってしまいました(お菓子のことってなに? って、ちょっと思いましたけど)。

 

 「わかっています……。これから村のみんなと話しあって、ぼくたちのするべきことを、しっかり果たしていくつもりです。で、でも、この人たちなら、もうじき助かるはずなんです! かいぶつが、たおされたんだから!」

 

 そういってチップは、部屋の中の方をむきました。そしてちょうどそのとき。みんながうしろの部屋の方をふりかえろうとした、まさにそのときのこと。旅の者たちはそこで、思いもかけない、たくさんのいがいな声たちのことをきくこととなったのです。

 

 

 「はーっくしょん! うう、寒い!」

 

 「う~ん、やけにかたいベッドだな……」

 

 「ええっと、顔をあらう、お湯はどこだ……?」

 

 

 なんてことでしょう! みんながふりかえると、部屋の中に寝かされていたあのたくさんの人たちが、みんな手足をぐいんとのばして、それぞれ思い思いのかっこうで、起き出しているじゃあありませんか! かれらはねぼけまなこのままで、あくびをしたり、目をこすったり、あたりをきょろきょろ、見渡したりしていたのです。そしてかれらは、それからこぞって、ひとつの同じ言葉を口にしました。

 

 

 「ここは、どこだ?」

 

 

 今や五十七人の人たち、そのすべてが、もとの通りに起き出していました!(顔色はまだだいぶ、悪いようでしたが。)これはいったい、どういうことなのか? さあチップ、説明して! 

 

 「この人たちは、夜のかいぶつにたましいを食べられてしまってたんです。でも、たましいを食べられても、かんぜんに死ぬわけじゃありません。からだはまだ、生きたままなんです。」

 

 チップのいうことには、夜のかいぶつ(これはフォクシモンたちが、あのかいぶつのことをよぶよび名だったのです)が食べるのは、人のたましいのエネルギーなのであって、人のからだそのものではないということでした。そしてたましいを食べられた人は、半分死んだようになって、ずっととしも取らずに生きつづけるというのです。

 

 さらに、かれらのたましいは夜のかいぶつのおなかの中に、ずっとたくわえられるということでしたが、たましいがからだからあんまりはなれてしまうと、もうもとにもどることができなくなって、からだはほんとうに死んでしまうのだそうでした(このことはいちばんはじめのころに、フォクシモンたちがかいぶつにたましいを食べられたときのそのけいけんによって、考えられるようになったことでした。はじめたましいを食べられた人たちは、同じように半分死んだようなじょうたいになったままでしたが、かれらのもとからかいぶつが遠くはなれて去っていったときに、かわいそうに、かれらのいのちはそのからだから、ほんとうに消えていってしまったのです。

 

 つぎにたましいを食べられた人たちは、かいぶつがその場にしばらくとどまっているあいだは、生きていました。ですがやっぱり、かいぶつが遠くはなれていってしまうと、同じくそのいのちは、からだから失われていってしまったのです。

 

 ひょっとしたらこれは、かいぶつのからだの中に取りこまれてしまったたましいのせいなのではないかと、フォクシモンたちは考えるようになりました。つまり、食べられてしまったみんなのたましいは、かいぶつのおなかの中にずっと残っていて、そのたましいからからだがあんまりはなれてしまうと、そのからだはほんとうに死んでしまうのではないかと思ったのです。

 

 そしてこのことは、三回目にたましいを食べられた人たちのからだによって、正しいものだとしょうめいされることになりました。つまり、かいぶつの住みついているこのいせきの中にそのからだをおいたままにしておけば、かれらのからだはたましいからはなれすぎることもなく、そのいのちもずっと、たもたれるのだということがわかったのです。

 

 ちなみに、この三回目のささげものをおこなったときに、はじめて村のおきてがじっこうされました。つまり、三回目からささげられたのは、フォクシモンたちではなくて、旅の人たちだったということです。一回目と二回目のささげものにより、フォクシモンたちはすでに、八人の仲間たちのことを失っていました。もうこれ以上、仲間たちのことを失うわけには、かれらもいかなかったのです)。

 

 つまりこういったわけで、フォクシモンたちは夜のかいぶつが住みついてはなれることのない(つまりたましいが遠くに去っていってしまうことのない)この地下いせきの中に、旅人たちのからだを、ずっと寝かせたままにしておいたというわけでした(それと同時に、かいぶつがこのいせきからはなれることのないように、このいせきの中で年にふたりずつほど、ささげものを与えつづけるということをやくそくしてもいました)。いつの日か、夜のかいぶつがやっつけられて、かれらのたましいがもとのからだへともどる、そのときまで……。

 

 そしてついに今日、ロビーの手によって、そのかいぶつがたおされたのです! ロビーがかいぶつのからだに切りつけたとき、かいぶつのからだからは、やみと、けむりと、そして今までに食べたたくさんの人たちのたましいが、いっしょにぬけ出していました。そしてそれらのたましいは、自分のからだのもとへと、今こうして、もどってきたというわけだったのです!(心から「お帰りなさい!」といいたいですよね! 

 

 ところで、かいぶつがたおされても、はたしてほんとうにそのたましいがもとのからだにもどるのかどうか? それはフォクシモンたちにも、はっきりとはわからないことでした。たましいがずっと残っているのだから、そのたましいがかいほうされればもとのからだにもどってくれるだろうという、よそうでしかなかったのです。もっとも、そんなことはだれにだって、わかるはずもないのですが。ですから今、たましいがほんとうにもとの人たちのからだにもどったことは、かれらフォクシモンたちにとっても、とてもよろこばしいことでした。やっぱり、たましいと人のからだのあいだには、目には見えない、ふしぎなつながりがあるみたいですね。

 

 ちなみに。フォクシモンたちが旅の者たちのにもつをみんなのからだのすぐそばにおいていったのは、どのにもつがだれのものなのか? わからなくなってしまうことを防ぐためでした。寝かされていた五十七人の者たちのそばにも、やっぱりかれらのにもつが、しっかりとおいてあったのです。フォクシモンたちはみんなのからだがふたたびもとの通りにもどることを信じて、そのときに、にもつもしっかりと、みんなにかえすことができるようにしていたというわけでした。どこかにひとつにまとめておいたら、思わぬことで、にもつがごっちゃになってしまわないともかぎりませんでしたから。

 

 もっとも、あかりをつけるための道具だけには、その心配がありましたけど。それらの道具はフォクシモンたちの村のそうこに、まとめておいてありましたから。)

 

 

 もう、あたりはまさに、おまつりさわぎといった感じでした。なにしろさいしょにかいぶつにたましいを食べられた人などは、もう二十年以上も、ずっと眠ったままであったのです。それがとつぜん、こうして目がさめたわけですから、みんなわけがわからないのも、とうぜんのことでした。

 

 かれらをまとめてじじょうを説明するのは、たいへんなしごとになりました。自分たちがフォクシモンたちにだまされたのだということを知ったときには、みんなものすごく怒って、口々にもんくをいったものだったのです(なにしろ五十七人もいましたから、かれらをなだめるのはひとくろうだったのです)。ですけどどうにか、かれらをおちつかせることができると、旅の仲間たちはいよいよ、つぎにやるべきことをおこなうことができました。それはつまり、このいまわしい地下世界に、今すぐわかれをつげるということだったのです。

 

 さあ、ついに! そとに出るそのときがやってきました!

 

 

 「出口だ!」

 

 チップのあんないで、仲間たちは出口へとつづくそのかいだんのもとへと、急いでかけ出していきました。もうロビーもライアンも、ベルグエルムもフェリアルも、大よろこびでした。地面の上に出ることが、こんなにもうれしいと思ったことはありません。そしてかいだんをのぼりきると、そこには待ちに待ったおひさまの光が……! というわけにはいかず、じっさいには今の時間は、黒りすのこくげん。午後の七時ころでしたが、それでも仲間たちには、ふみしめる土の感しょくだけでも、じゅうぶんにうれしいのでした(もうあんな地下の世界なんか、みんなまっぴらごめんでしたから!)。

 

 「さあ、みなさん!」ランプをかかげたライアンが、大声を上げてみんなによびかけました。

 

 「これからいっしょに、きつねたちの村まで、かたきをうちにまいりましょう!」

 

 とまあ、これはじょうだんでしたが、それでもフォクシモンたちには、それなりのつぐないをしてもらわなければなりません(それにライアンは、お菓子のこともきっちりべんしょうしてもらうつもりでした)。こうしてみんなは、それぞれの思いを胸に、今ふたたび、もとのフォクシモンたちの村へともどっていくことになったのです。

 

 ある者たちは、さきへの旅を急ぐため。

 

 ある者たちは、失われたそのときを、取りもどすために。

 

 

 そのばん、はぐくみの森にはめずらしく、月のあかりがてんじょうにあつくしげった木々の葉のすきまから、静かにもれ出しました。その光が、地面にひっそりとさいた小さな白いエリニエルの花の花びらを、人知れずてらし、かがやかせていました。

 

 

 

 

 

 




次回予告。

  「みんな、せいざ!」

     「うわっ! が、がいこつ!」 

  「これで、信じてもらえました?」

     「まさか、こんなことになろうとは……」 


第10章「ゆうれい都市モーグ」に続きます。


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10、ゆうれい都市モーグ

 今から二千年ほどもむかしのこと。西の大陸からひとりの船乗りが、この地にたどりつきました。かれの乗ってきた小さな船は、見まわれたおそろしいあらしによって、もうぼろぼろになってしまっていました。かれははじめからこの地に、やってきたくてきたのではありません。ただ、かじのとれなくなった船のゆくまま、あらしの風の吹くままに、この地へとはこばれてきたのです。かれいがいのほかの人たちは、みんなあらしの海に飲みこまれてしまいました。かれだけが助かって、ぼろぼろになったその船に、ひっしにしがみついてきたのです。そう、かれはこの海のあらしのそうなん者として、ぐうぜんに、この地にたどりつきました。

 

 かれの名まえはロザムンド・シンクレアといいました。もう船は、使いものになりません。自分のくにに帰りたくとも、船がなくてはどうにもなりませんでした。とほうにくれたロザムンドは、船の木ざいを使って小さな小屋をたて、その土地に住みはじめました。ここから、西の大陸に帰るための方法を見つけ出そうとしたのです。そしてそんなかれのもとに、やがてすこしずつ、土地の人々がおとずれるようになってきました。 

 ロザムンドの船乗りとしてのほうふなちしきと、まだ知れぬ西の大陸の話に、人々はむちゅうになって耳をかたむけました。それからだんだんと、かれの住む小屋のまわりにも、新しい住人たちが住みつくようになったのです。ロザムンドのことを助け、かれが西の大陸に帰るその手助けをしようと、集まってくれた人たちでした。

 

 ロザムンドは人々の助けをかりて、まずはうみべに、船をとめるためのりっぱなさんばしをつくりました。そしてかれのぎじゅつと人々の力があわさったことによって、そこについに、いっそうのすばらしい船ができ上がったのです。

 

 しかしロザムンドは、それで西の大陸に帰ることはしませんでした。かれはすでに、この地ですばらしい仲間たちのことを得ていたのです。かれらのために、自分はもっと力をつくしたい。こうしてロザムンドとその仲間たちは、ともに力をあわせて、この地をさらにはってんさせていこうとがんばりました。

 

 そうしてついには、まわりをりっぱなじょうへきでかこんだ巨大な都市ができ上がるまでに、この地はさかえていったのです。それから人々は長きに渡って、この新しい都市でへいわに暮らしていきました。ロザムンド・シンクレアはこの都市のしょだいの長として長く人々にあいされ、そして人々はかれの名まえをとって、この都市を「いだいなるロザムンド」という意味である、「ロザムンディア」と名づけたのです。

 

 この名まえをきけば、この都市がどこのことをいっているのか? みなさんにはもうおわかりですよね。そう、このロザムンディアとは、まさに、げんざいのモーグのことなのです。このなんともりっぱな都市が、なぜ、かつてとつぜんに、うちすてられたのか? シープロンドのかいぎの場でも、それはすこしだけ説明されましたが、はっきりとしたことは、だれにもわかりませんでした。けっきょくのところ、この都市がなぜうちすてられたのか? とうじの人々がいったいどこにいったのか? それらのことについては、いぜん変わらぬなぞとして、残されたままであったのです(ここで著者のわたしから、新しいじょうほうをちょっとだけみなさんにお伝えしますと、かつてのロザムンディアのまちがうちすてられたのは、しぜんのさいがいがかかわっているらしいということでした。これはあくまでも、そうぞうでしかないのですが、おそらく、あらしや、つなみといったことが、あったのではないでしょうか? 

 

 もっとも、わたしの得たこの新たなじょうほうも、どこまでがほんとうのことなのか? ぜんぜんわかりません。わたしはこのじょうほうのことを、はぐくみの森からかなり北西にいった地に住んでいる、うさぎの種族のおじいさんの学者からきいたのです。しかも、とってもうさんくさい感じの。

 

 「ああ、あれは、しぜんのわざわいのせいじゃよ! うむ、まちがいない! あれは、ひどかったわい! わっはっは!」

 

 かれはまるで見てきたみたいに、大げさに話していましたが、わたしがおみやげに持っていったうずまきにんじんのことをかじるのにむちゅうで、なんだかてきとうに、話を作っていたみたいでした。ですからぜんぜん、しんようできなかったのです)。

 

 そしてじだいは流れ、ときは今。はいきょとなったその都市から、東にすこしいったところ。はぐくみの森に住むきつねの種族、フォクシモンたちの村に、われらが仲間たちは集まっているところでした。たましいを取りもどし、ようやく今の時間を生きることとなった、たくさんの人たちのことをしたがえて。

 

 かれらの旅が、ふたたびはじまるのです。

 

 

 「それではこれより、さいばんをとりおこなう! さいばん長、どうぞ前へ。」

 

 高らかに(そして声の高さも高く)そうせんげんした声のぬしは、われらがライアンでした。そしてその声につづいて、みんなの中からちょっときょうしゅくそうに前に進み出たのは、ベルグエルムだったのです。そう、旅の者たちは今、フォクシモンたちの村で、きつねたちのおかしたこれまでのつみに対してのつぐないのための話しあい(さいばん)を、おこなおうとしているところでした(そしてこういった話しあいの場では、いつもれいせいなベルグエルムが、だいひょうであるさいばん長をつとめるのがよいだろうということになりました。もっとも、さいばん長だなんてかってに名づけてよんでいるのは、ライアンだけでしたけど)。

 

 ここは旅の者たちがえんかいの席にまねかれた、あのログハウスみたいなたてものの前でした。たてものの前の広場には、村のフォクシモンたちぜんいんが、地面にせいざしてすわっていたのです(これはライアンが、「みんな、せいざ!」といって怒ったので、それにしたがっていたのです。さすがにライアンも、足の悪いランドン村長だけは、クッションの上にすわることだけでゆるしてあげましたが)。そしてたてものの入り口のデッキのところに、旅の者たちと五十七人のむかしの旅人たちみんなが、集まっていました(人数が多すぎですので、ぎゅうぎゅうでしたけど)。

 

 前に出たベルグエルムは、「おほん。」と小さくせきばらいをしてから、村のフォクシモンたちみんなにむかって話しはじめました。

 

 「みなさん。みなさんはもう、自由です。夜のかいぶつは、たおされました。」

 

 これをきいて、フォクシモンたちはかんせいを上げて、手をたたいてよろこびあいました。かいぶつがたおされたということは、もうすでに、みんなのもとにもあっというまに伝わりましたが、それでもなんどよろこんでも、すぎるということはありませんでしたから。

 

 「ですが!」ベルグエルムが、よろこぶフォクシモンたちに手をかざしていいました。

 

 「みなさんももう、よくわかっていることと思います。あなたたちは、つみをつぐなわなければなりません。われら旅の者たち四名は、運よく助かることができましたが、ここにいる五十七名の者たちに、あなたたちは、失われた時間をかえさなければなりません。それはけっして、かんたんに考えてはならないことです。」

 

 「ぼくの失われたお菓子も、かえしてもらうからね!」ライアンがつけたしました。

 

 フォクシモンたちはみな、うなだれて、深くはんせいをしていました。ランドン・ホップ村長をはじめ、チップもティッドーもロラも、村の人たちみんなが口々につぐないの言葉をのべて、頭を下げたのです。

 

 ベルグエルムがつづけます。

 

 「あなたたちのつぐないが終わったとき。そのときこそ、このはぐくみの森は生まれ変わるときなのです。ぜひとも、この森に、かつての美しいかがやきを取りもどしていただきたい。それは、このアークランドに住む者みんなの願いであり、あなたたちのしめいでもあるのです。フォクシモンの新たなるでんとうを作っていくときが、今こそやってきたのです。」

 

 「おいしいお菓子のでんとうもね!」

 

 ふたたび、人々の口からかんせいが上がりました(さいごのライアンの言葉は、そのせいで、ほとんどみんなにきこえていませんでした)。みんな手を高くつき上げて、はぐくみの森の新しいみらいへとむかって進んでいくことを、ここにちかいあったのです。

 

 しはいされていた時間はあまりにも長く、暗いものでした。ですがいつだって、それがえいえんにつづくということなどは、あり得ないのです。人々の心から、気高いほこりが失われないかぎり、みらいはそのさきに待っているのです。フォクシモンたちのみらい、はぐくみの森のみらいも、これでだいじょうぶでしょう。

 

 さて、それではここで、五十七人のむかしの旅人たちのそれからのことについても、お話ししておかなければなりませんね。かれらはこのあと、フォクシモンたちからじゅうぶんなだけのつぐないを受けました。フォクシモンたちの村には、かつてのはんえいのころに集められて、たくわえられていた、さまざまなきちょうな品々が、まだ残っていたのです。かつての森のめぐみは、今ではすっかり失われてしまっていましたが、これらの品物をたくわえていたおかげで、村人たちは、ほそぼそとでしたが、なんとかこの森で暮らしていくことができていました。

 

 これらの品物が、五十七人の旅人たちにじゅうぶんなだけくばられました(そのけっか、村のたくわえはすっかりなくなってしまいましたが、それはいたしかたのないことでしょう)。とくに、眠っていた年数の多い人たちには、それだけ多い品物が渡されたのです。旅人たちはこのおくりものを、大いによろこびました。それでフォクシモンたちに、「にどと人をあざむかないこと」、「この森をむかし以上にすばらしい森に変えていくこと」、このふたつを守るとかたくちかわせることで、かれらのおこないをすっかり、ゆるしてあげたのです(ところで、旅人たちは眠っているあいだ、ぜんぜんとしを取っておりませんでしたので、かれらの中にはかえって新しい世界が見られてよかったと、よろこぶ者さえいたのです。人それぞれで、いろんな考え方があるものですね)。

 

 そしてかれらは、おくりものとたっぷりの食べものをつめこんだ、みずからのリュックをしょって、まだ見ぬ未知なる世界へとむかって、新しい旅のいっぽをふみ出していきました。かれらがめざしたのは、ヴィモール。このアークランドよりもずっと大きくて、もっとごちゃごちゃとした、北の果てのくにでした(かれらはもともと、西のハーレイ国からこのヴィモール国をめざして、旅をつづけていたのです。そしてそのとちゅうで立ちよったはぐくみの森で、思わぬ足どめを受けてしまったというわけでした。

ちなみに、かれらの中には、「はぐくみの森でなにが起きているのか?」それをしらべにやってきた者たちも、わずかにいました。これでようやく、かれらははぐくみの森でのちょうさを終えて、こきょうであるハーレイ国へと帰ることになったのです)。

 

 ところで、これはつけたしになるのですが、じつはかれらの中には、のちに大冒険家としてその名をはせることになった人物がひとりいました。それはルルム種族の冒険家、シェイディー・リルリアンという人物でした。かれのことは今では、「ほうろうのルルム」とか、「赤毛のシェイディー」などといった名まえで人々に語りつがれていて、このあとかれは、たくさんのくにに渡って、たくさんのたいした冒険をおこなうこととなるのです。ですがそれは、このロビーの冒険の物語とは、またちがう時間、ちがうぶたいでのお話。いつかきかいがあったら、このシェイディー・リルリアンの物語のことも、みなさんにお伝えすることができればと思います(雲の上までのびる木の上の王国での冒険とか、七ひきのりゅうがしはいするくにの物語とか、いろいろありましたけど)。

 

 ちょっと話がそれてしまいました。さあ、われらが仲間たちの冒険にもどりましょう!

 

 

 あくる日の朝。

 

 われらが仲間たちは今、旅のしたくをすっかりととのえて、これからいよいよはぐくみの森の西の果て、めざすモーグへとむかって出発しようとしているところでした(朝を待ったのは、モーグに夜にいくのはやっぱり危険だとはんだんしたためです。それに夜のかいぶつとの戦いなどで、みんなつかれきってしまっておりましたから、ひとばんくらいしっかりと休んでおく必要もありました。フェリアルがほっと胸をなでおろしたのは、いうまでもありません。夜のモーグにはいりこむなんてことは、かれはぜったいに、したくはありませんでしたから!)。

 

 かれらの前には、なつかしや! かれらのよき友である三頭の騎馬たちが、せいぞろいしております(かれらの騎馬たちはみんながいせきにとじこめられているあいだ、フォクシモンたちの村でかわれていましたが、まあ、メルのあばれたこと! メルはとてもかしこい馬でしたから、自分の主人をひどい目にあわせた者たちのことをするどく感じ取って、フォクシモンたちのいうことなんか、ぜんぜんきかなかったのです。さすがは、ライアンゆずりの馬といったところでしょうか? もっともほかの二頭の馬たちも、だいぶあばれましたけどね)。そしてその騎馬たちのくらには、フォクシモンたちからおくられた、たくさんの旅の品物のはいったふくろがくくりつけられていました。

 

 おくられた品物の中でもとくに旅の者たちにとってありがたかったのは、ふわふわ森ペンギンの羽毛から作られた、とってもあたたかいマフラーとマントでした。これらはおどろくほどかるく、しかも水を通さないのです。この寒いきせつに旅をゆく者たちにとって、これ以上はないというほどのおくりものでした。

 

 ほかにかれらがもらったものは、おもに食べものと飲みものでした。パンやチーズをはじめ、日持ちがするように作られたルンルン鳥のくんせいや、お湯につければ食べられる、きのこのひもの。それと宝石の実のジュースなどです。旅人たちにおくられたような値うちのある宝物は、かれらは受け取りませんでした。そんなものはかれらには必要ありませんでしたし、だいじな旅をゆくのにじゃまになるだけでしかありませんでしたから。ですからかれらは、かれらのぶんとして分けられた宝物も、全部旅人たちに分けてあげるようにといったのです(さすが、りっぱですね。でもちょっと、ライアンとフェリアルのふたりだけは、宝物にもきょうみがあったようでしたが。ベルグエルムに「だめ!」といわれて、しぶしぶあきらめたのです)。

 

 「さあ、みんなつみこんだら、いよいよ出発だ!」ライアンが右手を大きくつき上げていいました(ところで、出発のときにさいしょにごうれいをかけるのって、いつもライアンですよね。やっぱりこれは、リーダーになりたがりの、かれのせいかくからみたいです)。みんなにかけ声をかけて、ふりかえったライアンでしたが、まあ、そのにもつの多いこと! かれの肩からは、ぱんぱんにふくれ上がった大きなかばんが、三つもかけられていたのです。そのうえメルのからだにも、(新しくもらった旅の品物のはいったふくろとはべつに)たくさんのふくろが、ところせましとくくりつけられていました(おかげでロビーの乗るところがすごくせまくなってしまって、ロビーはかわいそうに、その大きなからだをきゅうくつそうにちぢめて、なんとかメルの背中にまたがっていました)。

 

 さらにそれは、メルだけではおさまりきりませんでした。ベルグエルムとフェリアルの二頭のはい色の騎馬たちにも、おさまりきらなかったライアンのふくろが、たくさんくくりつけられていたのです。

 

 いったいこんなにもたくさんのにもつって、なんなのでしょう? それは読者のみなさんには、もうおわかりですよね。そう、これらのかばんやふくろの中身。それはぜーんぶ、お菓子でした! ライアンお気にいりの森ペンギンのクリームいりやき菓子にはじまって、ミルクの実のパウンドケーキに、クッキーにビスケット。宝石の実のぼうつきキャンディーが山ほど。そのほか、チョコにマシュマロに……、およそ考えつくことのできるありとあらゆるお菓子たちが、ぎゅうぎゅうにつめこまれていたのです。そう、ライアンはねんがんの「お菓子のかたき」を、じゅうぶんすぎるほどに取ったというわけでした(そしてもちろん、こんなにたくさんのお菓子がフォクシモンたちの村に用意されていたわけではありませんでしたから、これらのお菓子はライアンが村人みんなに、てつやさせて作らせました。さぞかし、たいへんだったでしょうね……。かれらもライアンを怒らせたらたいへんな目にあうと、これで身をもって知ることができたことでしょう)。

 

 おかげでライアンは、もうにっこにこでした(こんなにうれしそうな笑顔は見たことがありません!)。かれがはじめに持ってきていたお菓子もそうとうな量のものでしたが、今はその五ばいほどの量もあったのです。もう旅の者たちのにもつのその半分以上が、お菓子だといってもいいくらいでした(ベルグエルムとフェリアルも、もうあきらめておりましたので、口を出すことすらできなかったのです。もっとも、ことがお菓子のことだけに、かれらが口をはさんだとしても、ライアンはいうことをきかないでしょうけど)。

 

 「みんなー! せわになったねー! じゃあ、げんきでねー!」

 

 さいごにライアンはまんめんの笑顔でそうさけぶと、見送りのフォクシモンたちにむかって、大きく手をふってみせました。そしてランドン村長をはじめ、それにこたえる村人たちは、みんなげっそりとやつれかえりながら、ひきつった笑顔で、力なく手をふってかえすばかりだったのです(かれらがこのあと、みんなそれぞれの寝床にもぐって夕方まで寝てしまったことは、いうまでもありません……)。

 

 

 「ロザムンディアのいせきまでは、そんなに遠くはないんですけど……」

 

 そう声をかけたのは、きつねの種族フォクシモンの男の子、チップでした。かれはせめてものつみほろぼしにと、旅の者たちのモーグまでの道のりの、そのあんないやくのことを買って出てくれたのです(かれもてつやのお菓子作りにつきあわされていましたが、とちゅうで力つきて、寝てしまいました。ですからほかの村人たちほどには、つかれきってはいなかったのです。それでもだいぶ、眠かったんですけど)。それはかれが、村の人たちにはないしょで、今までになんどもロザムンディアのいせき、つまりモーグの近くにまで、たんけんに出かけたことがあったからでした。ほんとうはロザムンディアのいせきに近づくことは、村ではかたくきんしされていることでしたが、こうきしんおうせいな十さいの男の子には、それもむりというものです。ですからモーグまでの道のりのことなら、チップがだれよりもよく、知っているというわけでした。

 

 「あそこには、じつはぼくでも、はいったことはないんです。村の人たちは、あそこにはいった者はにどと出られないぞ、っていうんですけど、じっさいぼくたちの村の人で、あそこにはいった人は、ひとりもいません。だって、ほんとうのことをいうと、入り口がしまっていてはいれないんです。」

 

 チップがフェリアルの騎馬の上から、いいました。からだの小さなチップはフェリアルの騎馬の上、フェリアルの前に乗っていたのです(ロビーと同じく、チップは馬に乗ったことがありませんでしたので、フェリアルにささえてもらうことで、なんとか乗っていたのです)。

 

 「えっ? 入り口がしまってるの?」前の騎馬から、ライアンがふりむいてたずねました。

 

 チップがそれにこたえます。 

 

 「は、はい。いせきの入り口には、大きな木の門があって、その門はかたく、とざされているんです。そこまでなら、ぼくにもあんないできるけど、ほかに入り口らしいものもないし、いせきの中には、どうやってはいったらいいのか? ぼくにもわからないんです。」

 

 さて、それはこまったじょうほうです。ここまできてモーグにはいれないんじゃ、どうしようもなくなってしまいますから(フェリアルにとってはいいことかもしれませんが。どこかほかに、べつの道があればの話ですけど)。

 

 「うーむ、とりあえずは、モーグにたどりついて、そのようすを見てから考えるしかないだろう。どこか、かべをのぼれるようなところがあるかもしれない。」先頭をゆくベルグエルムも、チップの話にふりかえっていいました。

 

 「ふーん、木の門か……」ライアンが、なにやら考えをめぐらせながらそういいます。

 

 「なにか、いい方法があるの?」うしろに乗っているロビーが、ライアンにたずねました。

 

 「いや、わかんないけどさ。木の門だったら、なんとかなるんじゃないかな、って思って。」

 

 ライアンはそういって、まただまってしまいましたが、ロビーはライアンが、またなにかよからぬことを考えているのではないかと、心配したのです……。

 

 それからしばらく、暗い森の道がつづきました。もはやこの森をしはいしていたおそろしいかいぶつがたおされたとはいえ、森のひねくれきった木々やでこぼこ道が、とたんにきれいに変わるというわけではなかったのです(いずれこの森も、もとの美しさを取りもどすでしょうけど、今はまだそのままでした)。

 

 チップのあんないは、じつに助かりました。じもとのことならじもとの者にきけとは、よくいったものです。とくにチップは、その小さなからだでこの森のすみずみまで、あっちこっち飛びまわっていたものですから、はぐくみの森のことならほとんどなんでもというくらい、よく知っていました。「あっ、ここを右にいってください! このまままっすぐいくと、どくのちょうちょの巣につっこんじゃいますよ!」とか、「その木のつるに、さわってはいけません! そのつるはまるで、おばけとかげの舌みたいに、生きもののことをからめ取ってしまうんです!」とか。さまざまな危険な場所に出会うたびに、チップがそのつど、旅の者たちのことをさきへとみちびいていってくれたのです(もしチップがいなかったのなら、わたしはもうすこし多くのページを使って、旅の者たちがくろうする場面のことをえがかなければならなかったことでしょう。それはそれで、冒険のお話としてはもり上がるかもしれませんが、じっさいに旅をする者たちにとっては、やっぱりたまったものではありませんよね)。

 

 こうしてチップのあんないのおかげで、旅の者たちはこの進みづらく危険でこんなんな森の道のりを、じゅんちょうに進んでいくことができました。それでも、めざすモーグにたどりつくまでには、かなりの時間がかかったのです。もうモーグまではそんなにきょりはありませんでしたが、このあたりははぐくみの森の中でももっとも危険がいっぱいのところで、道もごちゃごちゃしていました。それに一行は馬に乗っておりましたから、この馬が通れるくらいの道をゆくのには、かなり遠まわりをしていかなければならなかったのです(この森にかぎっては、からだひとつで木々のあいだを通りぬけていった方が、早く進むことができるようでした。もしチップひとりだけだったなら、フォクシモンたちの村からモーグまで、ものの三十分もしないうちにたどりつくことができることでしょう)。

 

 それからまたしばらくたったころ。一行はついに、モーグへとつづくそのさいごのいっぽん道の上へと出ることができました(ここまでくるのに、時間にして二時間ほどかかりました)。

 

 「あそこが、はぐくみの森のさかい目です。ちょうど、あの大きな木のところです。ほら、木の上の葉っぱの中に、見張り台がかくれてるでしょう?」チップが、さきに見えてきた大きな木の上をゆびさしながらいいました。

 

 「見張り台? なにを見張るんだ?」うしろに乗っているフェリアルが、たずねてそういいます。いわれてチップは、あっ、しまった、というような顔になりましたが、もう手おくれでした。

 

 じつははぐくみの森のあちらこちらには、フォクシモンたちが張りめぐらせたひみつの見張り台が、木の上などの目立たないところにひっそりと作られていたのです。これらの見張り台にはいつも、当番のフォクシモンたちが見張りについていて、かれらは森にはいってくる旅人たちのことを、そこからまっさきにかくにんしていました。ロビーたち旅の一行がはぐくみの森の中にはいりこんできたときにも、かれらはこうして、みんなのことを見張っていたというわけだったのです。村についたとき、すでにかんげいのじゅんびがばっちりととのっていたのは、見張りのフォクシモンたちがロビーたちがやってきたということを、いち早く村へと伝えていたためでした(ようやく、なぞがとけましたね。

 

 ちなみに、フォクシモンたちがいち早く旅の者たちのかんげいのじゅんびを進めておこうとしたのには、わけがありました。それは旅の者たちが村にとうちゃくしたときに、すでにかんげいのじゅんびをばっちりととのえておいて、旅の者たちにえんかいへのさんかをことわらせないようにするためだったのです。そのためフォクシモンたちは、旅の者たちのすがたをかくにんしたあと、かんげいのじゅんびがすっかりととのうまでのあいだ、旅の者たちのことをつかずはなれず、見張りつづけていました。

 

 もうひとつ説明をつけたしますと、フォクシモンたちがロビーたちのことをかくにんしたのは、ロビーたちがはいっていった森のはしっこから、しばらく中にはいったところにある見張り台からでした。ですからロビーたちが森にはいってすぐのところで寝てしまっていたときには、まだフォクシモンたちも、ロビーたちのことに気がついていなかったのです。ロビーたちがやってきたのは、グブリハッグたちから逃げてきた、ほそい岩のさけめから。そこはふつうだったら、人がやってくるようなところでは、ぜんぜんありませんでした。そのためそのあたりには、フォクシモンたちの見張り台も、ぜんぜん作られていなかったのです。まさかフォクシモンたちも、そんなところから人がやってくるだなんて、思っていなかったことでしょう。ライアンのクルッポーのさけび声だって、かれらのもとにはとどいていなかったのです。こまかい説明、終わり)。

 

 このひみつの見張り台のことは、人にいうことはもちろん、きんしされていました。ですからうっかり口にしてしまったチップは、しまったと思ったのです(でもよく考えてみれば、もうそんなことをひみつにしておく必要もありませんし、こんな見張り台そのものも必要ありませんよね。すくなくとも、今までのもくてきのためには使うことはないはずです。もしこんごも使うのであれば、これからは旅人たちのことをいち早く、ほんとうの意味でかんげいするために使ってもらいたいものです)。

 

 「あっ、それよりほら! もう、いせきのかべが見えてきましたよ!」チップはなんとかごまかしつつ、道のさきをゆびさしました。そしてチップのいう通り、木々のあいだからちらちらと、ロザムンディアのいせき、モーグのそのまわりのことを取りかこむ、巨大なじょうへきのすがたが見えはじめてきたのです。

 

 それはあっとうされるほどの、なんともりっぱなじょうへきでした。そのかべは、もも色にきいろがいりまじった、いんしょう的なばら色の石をつみ重ねてつくられていました。高さは七十フィートほどもあって、しかもその上には、しんにゅう者のことを防ぐための、とげのついたかぎづめのかたちをしたかざりものまでもが、そなえつけられていたのです(これではとても、のぼっていくことなんてできそうもありません)。ところどころに見張りの塔がつくられていて、そのまどからは今にも、見張りの兵士たちの矢が飛んできそうな感じでした。

 

 巨大さはもちろん、そのがんじょうさにみんなはびっくりしました。もう二千年ほどもたっているのにもかかわらず、じょうへきの石はぴっちりとあわさっていて、かけているところもぜんぜんなかったのです。これならなん百人といった兵士たちがせめてこようとも、びくともしないことでしょう(じっさいこのかべは、あつさが十フィートもあったのです! これだけのじょうへきをかまえていたなんて、モーグがいかにりっぱな都市であったのか? そうぞうできますよね)。

 

 ですけどここはもう、ずいぶんとほったらかしのままにされてきましたので、じょうへきのがんじょうさはともかく、まちそのものはやっぱりずいぶんと荒れ果てているようでした。それはこのじょうへきにからみついた、なんともぶきみな感じの植物のことを見れば、わかりました。いえ、植物というよりも、それはかびといった方がいいかもしれません(チーズに生やすかびならチーズをおいしくするのにやくに立ってくれるのですが、これはもう見るからに、どくの強そうなこわーいかびだったのです)。うすみどり色の糸のようなものがいちめんにまとわりついていて、それにはところどころに、つぼみのようなまるいものがついております。そしてそのまるいものが、ときどきぷしゅー! というにぶい音を立ててつぶれて、中からもやのようなみどり色のこなを、吹き出していました。

 

 「このさきに、入り口の門があります。いせきの北がわには、それいがいに入り口はありません。あとの門は、はんたいがわの南がわの出口だけだという話です。」じょうへきを前に、チップがみんなに説明しました。

 

 「まちの東と西は、どうなっているんだ?」ベルグエルムがチップにたずねます。しかしチップは首を横にふって、ざんねんそうにこういうばかりでした。

 

 「だめです。いせきの両がわは、切り立ったがけと岩場になっていて、とても通りぬけられません。そういったしぜんの地形をりようして、このいせきのまちはつくられたんですって。まさに、かんぺきな守りなんです。」

 

 みんながやってきたこの場所からは、じょうへきが西とはるかな南へとむかってのびていました。そしてチップのいう通り、南へのかべはしばらくいったさきで、おそろしいほどのだんがいぜっぺきの中へとつづいていたのです。これではからだひとつだけでも、とてもさきへと進むことなどはできないでしょう(ましてやみんなは、騎馬たちをつれていましたもの、進めるわけもありませんでした)。そしてこれは、西がわのじょうへきでも同じことでした(しかも西がわのじょうへきのさきは、そこからさらに、海へとつづいておりましたので、なおのことむりだったのです)。

 

 「南へいきたいのなら、モーグをぬけよということか……」ベルグエルムが、じょうへきにからみついたかびのような植物を、ゆびでつんつん、つっついてみながらいいました(そうしたらゆびにどくどくしいこながついてしまったので、あわててズボンでふき取りましたが)。モーグを通らなければさきへは進めない。それはさいしょからわかっておりましたが、やはりなんとか、ほかに道がないものかと、みんなはわずかなきたいもいだいていたのです。しかしそんなわずかなきたいでさえも、こうしてかんぜんに、うちくだかれてしまいました。

 

 「こうときまれば、門を越えていくいがい、道はないようだ。門までいってみよう。」ベルグエルムがそういって、騎馬のむきを変えました。

 

 「それしかないね。フェリー、心のじゅんびはいい?」ライアンがフェリアルの方をむいて、いたずらっぽくつづけます。

 

 「わ、わたしは、もとより、へいきですってば!」フェリアルが、やっきになっていいました。

 

 こうして一行は、ついにモーグの入り口までやってきたのです。そしてこのあと、フェリアルの身にかつてないほどのたいへんなできごとが起こってしまうのですが、それはもうすこしあとで。今は、モーグにはいるその方法を、考えなければなりませんでしたから。

 

 

 入り口の門は、チップの説明の通りでした。がんじょうそうな木でできた大きくて重そうなとびらが、かたくとざされていて、もう見るからにひらきそうになかったのです(ホテルのドアマンみたいに、両がわから「いらっしゃいませ!」とあけてくれる人たちがいたのなら、なんとも助かるんですけど)。じつは長いねん月がたっているのにもかかわらず、この門がいまだにがんじょうだったのは、この門にあるとくべつなペンキがぬられていたためでした。このペンキには雨風から木を守る強い力があって、そのため門は、いつまでたってもがんじょうなままで残ったのです。そしてこのペンキは、カピバルのわざによって作られたものでした(ですが、「さすがはカピバル。」って感心している場合ではありませんでした。今は、「こんなの、ぬってくれなくたっていいのに!」とみんな思ってることでしょうから)。

 

 「うわっ! が、がいこつ!」門のそばにきたとたん、フェリアルがさけびました。なるほど、見ると門の両わきのかべに、よろいを着て剣とやりのことを持ったがいこつたちが、それぞれ一体ずつ、もたれかかっていたのです。かつてのまちを守っていた、兵士たちなのでしょうか? 

 

 「だいじょうぶだよフェリー。ただの、ほねほねじゃない。ひょっとしたら、動き出すかもしれないけどね……、うふふ。」ライアンがからかって、フェリアルにいいました(まったく、いじが悪いんだから)。

 

 「これはずいぶん、やっかいになりそうだ。」ベルグエルムが、とびらの表めんをなでながらそういいます(カピバルのペンキのおかげで、門にはあのかびのような植物がぜんぜん生えていなかったのです)。

 

 「これはおそらく、モーグのうら口の門だろう。それでも、これだけ大きいとは。」

 

 ベルグエルムのいう通り、この門はモーグのうら門にあたるものでした。いちばん大きなおもて門は、モーグのはんたいがわ、南がわの方につくられていたのです。うら門はそのおもて門にくらべれば、ずいぶん小さくできておりましたが、それでもとびらのはばは、およそ十五フィートほど。高さはおよそ二十フィートほどもありました。

 

 「それに、これはどういうことだ?」とびらをしらべていたベルグエルムでしたが、ふとなにかに気づいたようでした。

 

 「このとびらは、内がわから木がうちつけられている。渡し木ではない。中にはいれないように、だれかが中から、この門をとざしたのだ。」

 

 ベルグエルムのいう通り、たしかにようく見ると、とびらのわずかなあわせ目のすきまから、たくさんの木の板が横にうちつけられているのが見えました。ふつうとびらをしめきるときには、渡し木といって、かんぬきがわりのじょうぶな木の板をまん中に取りつけるものでしたが、このとびらはそれだけではなかったのです。いったいだれがどうして、これほどまでにねっしんに、この門をとざしたのでしょうか?

 

 「そとからはいるのを防ぐためか、あるいは……」ベルグエルムがいいました。

 

 「中からなにかがそとに出るのを、防ぐためかもね。」ライアンがベルグエルムの言葉をつづけて、いいました。

 

 「いったい、中になーにがいるんだろうね? 楽しみだなあ。ねえ、フェリー?」ライアンがフェリアルの方を見て、またいたずらっぽくそういいます。

 

 「わたしは、なにがきたってへっちゃらですってば!」フェリアルがまた、むきになってこたえました(そんなライアンとフェリアルのやりとりのことを見て、チップが「なんのこと?」とたずねましたが、ライアンが「うふふ。じつは、このフェリーさんはね、」といいかけたところで、フェリアルが「な、なんでもないから! 気にしなくていいよ!」とわってはいりました。もういいかげんにフェリアルのことをからかうのは、このへんにしておいた方がいいですね。ずっと見守っていたロビーも、「もう。からかっちゃだめだよ、ライアン。」といって、ライアンのことをしかりました)。

 

 「それより、どうやってはいるのか? 早く考えないと。」

 

 みんなをまとめる、まさにごもっとものひとこと。それはロビーの言葉でした。みんなのこと(とくにライアンのこと)をまとめるときには、いつも、ロビーのするどいひとことが助けてくれるのです(ふだんあんまりおしゃべりでないぶん、それはよけいに感じられますよね)。

 

 「ロビーどののいう通りです!」フェリアルがライアンのことをはねかえさんばかりに、いいました。「早くはいって、早く出ないと! とちゅうで夜になっちゃいますよ!」

 

 やっぱりフェリアルがのぞんでいることは、ただひとつ。モーグをさっさと通りぬけるということのようですね。たしかにもたもたしていたら、モーグの中で夜になってしまいかねませんから、それはやっぱり、みんなだっていやなはずです。

 

 「フェリアル、手を貸してくれ。ちょっと、ふたりでためしてみよう。」ベルグエルムがそういって、門に手をかけました。フェリアルも加わって、ふたりでいっしょに、えいえい! とおしてみます。ですけど門は、びくともしません。それからかれらは、ふたりでそろって、力まかせに体あたりをしてみることにしました。

 

 どしーん! どしーん! もうひとつ、「せえの!」どしーん!

 

 「ぼくもやります。」ロビーが加わって、こんどは三人でためしてみます。

 

 「いくぞ、せえの!」どしーん! どしーん!

 

 全身の力をこめて、もういちど、どしーん!

 

 

 「だ、だめだ……!」

 

 もうロビーもフェリアルも、ベルグエルムまでへとへとになって、門の前の地面にたおれこんでしまいました。これだけりっぱなたいかくのおおかみ種族の者たちが、三人がかりでかかっても、この門をうち破ることはできなかったのです(ちょっとひびがはいったくらいでした)。

 

 「こんなにがんじょうな門は、はじめてです。ベーカーランドのお城の門だって、こんなにかたくはないですよ。」フェリアルが、ぜいぜい息を切らしながらいいました(かれがじっさいにそのかたさをためすために、ベーカーランドのお城の門に体あたりしたことがあったかどうかはわかりませんけど。でもそんなことをしたら、かくじつに怒られますけどね)。

 

 「体あたりでは、らちがあかない。フェリアル、手おのを持っていただろう? あれですこしずつ、こわしていくしかなさそうだ。かなりの時間がかかるが、やむを得ない。」ベルグエルムが、今のこのじょうきょうにとっていちばんと思われる方法のことをいいました。ですがそれは、あくまでもふつうの旅人たちにとっての話。われらが旅の仲間たちの中には、こんなときにすばらしい(おそろしい?)までの力をはっきしてくれる、たよれる人物がひとりいたのです。

 

 大きな三人のウルファたちの前に、進み出たのはだれでしょう? チップじゃありません。となれば……、それはもう、ひとりしかいませんよね。そう、それはからだの小さな、でもとっても大きな力をその内にひめている、ひつじの少年ライアンでした。

 

 「しょうがないなあ。まったくみんな、だらしないんだから。」ライアンは「ふう。」とため息をついてからそういうと、かばんの中からなにかの品物をひとつ、取り出しました(お菓子じゃありませんよ)。こんどはいったい、なにを出したのでしょうか?

 

 「こんかいは、とくべつだよ。ほんとはこれ、やったら怒られちゃうんだからね。」

 

 ライアンが取り出したのは、火を起こすために使う、ほくちばことよばれる小さなはこでした。こんなもの、いったいどうするのでしょうか? いくら木でできているとはいえ、こんなに大きな門をもやしてしまうなんてことは、むりだと思いますけど……(時間をかければもやせるでしょうが、それだったらベルグエルムのいう通り、手おのでこわしていった方が、まだ早くあけられそうです)。でもライアンのことです。みんなが考えつきもしないようなことを、考えているのかもしれませんね。そしてじっさい、考えていたのです! 

 

 ライアンは森からかれ木のえだを集めてくると、門の前にそれらをおいて、ちょっと油をたらして、火を起こしました。ですけどこの大きな門にくらべたら、それは文字通りの、ほんの小さなたき火にすぎません。どうやらライアンは、この火の力をかりて、おとくいのしぜんの力をかりるあのわざをひろうするつもりのようなのです。でも火の力を使ってこの門をあけるなんてことが、ほんとうにできるのでしょうか?(火の力をかりるわざは、あのオーリンたちのむかしの谷で、グブリハッグのかいぶつたちのことを相手に使ったことがありましたが、こんどは相手がちがいました。グブリハッグたちよりもなん十ばいも大きな、がんじょうな門なのですから。まあ、あのほのおの矢のこうげきをなん百回もぶちこめば、この門を弱らせることもできるでしょうけど……。

 

 ちなみに、ライアンのとっておきの風のうずのこうげきも、やっぱりこの門にがたをきかせるのには、ふじゅうぶんでしょう。それほどこの門は大きく、がんじょうだったのです)

 

 「ちょっと、あぶないから、そこどいて。まきこまれても知らないよ。」

 

 そういってライアンは、たき火をはさんで門からすこしはなれたところに立つと、小さな言葉を口にしはじめました。

 

 「風の精霊よ、ほのおのたみよ。」ライアンの静かで美しい声が、その場にひびき渡ります。

 

 「われのといかけに、こたえたまえ。ともに力をなして、今こそわれに、その力の貸し与えられんことを……」

 

 ロビーたちウルファの三人は、すなおにしたがって、門からはなれました(ライアンの言葉には、すなおにしたがっておいた方がいいですものね)。いったいなにがはじまるんだろう? 三人はライアンのうしろの方に下がって、じっとそのようすを見守ることにします(そこにチップが加わって、四人になりました)。みんなはこんなに静かな表じょうのライアンのことを、ひさしぶりに見た感じがしました。それはかなしみの森の小川で水の精霊たちに出会った、あのときいらいのことだったのです。

 

 ライアンはおだやかな顔をして、ほのおにむきあっております。きれいな顔立ちとあいまって、ライアンのすがたはとてもしんぴ的で、美しく見えました(いつもこうだったら、もっとりっぱに見えるんですけどね……)。

 

 そうするうちに、ほのおがぱちぱちと音を立てはじめ、やがてそれは、ごうごうという、大きなうなり声へと変わっていったのです。

 

 

 「ほのおよ、風よ、ひとつとなりて、さらなる力を!」

 

 

 とたんにほのおがはげしくもえさかり、大きなはしらに変わりました! あたりの空気がぐるぐるとうずをまいて、そのほのおのことを取りかこんでいきます。なんて力強い、風とほのおのたつまきなのでしょう! それは今までにみんなが見た、風やほのおの力とは、まったくべつものといっていいほどの力強さでした。

 

 

 「いっけえー!」

 

 

 ライアンが大きくさけびました! するとどうでしょう! その強力なほのおのたつまきが、いっしゅんバスケットボールくらいの大きさのまるいかたちになったかと思うと、そこからおそろしいけもののすがたをしたほのおと風のエネルギーが、ごう音とともに、門にむかって飛び出していったのです!  

 

 そして!  

 

 

   ががががあーん!

 

 

 なんてすさまじい、はかい力! なんとなんと、目の前の巨大な木のとびらが、モーグのまちのはるかむこうの通りにまで、どんがらがんがらがっしゃーん! ばらばらになって吹き飛んでいってしまいました!

 

 まあ、みんなのびっくりぎょうてんしたこと! もうロビーもベルグエルムも、フェリアルもチップも、口をあんぐりとあけっぱなしにして、なんにもいうことができませんでした。

 

 ずずーん……。

 

 門のざんがいが、遠くでさいごの地ひびきを立てていきます。その門がもともとあったところなどには、もう、けむりと、ぱらぱらとちらばる火のついた木のはへんだけが、残っているばかりでした。

 

 「みんな、門、あいたけど?」

 

 ライアンが木のはへんのちらばる中に立って、みんなのことをふりかえっていいました。その顔にはいつものライアンの、いたずらっぽい笑みが浮かんでおります。いっぽうみんなは、あいかわらず口をあけたまま、動くことすらできませんでした。ようやくベルグエルムがわれにかえって、ライアンにむかって声をかけたのは、それからだいぶたってからのことだったのです。

 

 「お、おどろいた……。いったいどこから、そんな力が……!」 

 

 まったくベルグエルムのいう通りです。いくらしぜんの力をかりることができるわざとはいえ、まさかこんなに大きな門を吹き飛ばすまでの力があるなんて、きいていませんでしたもの。

 

 これに対して、ライアンはつとめてれいせいなふうをよそおいながら、「ききたいの? しょうがないなあ」といった感じで、みんなにいいました(ほんとうは早く話したくて、うずうずしていましたけど)。

 

 「これはねえ、リア先生に教わったんだけど、ほんとうは使っちゃいけない、きんしされているわざなんだ。」ライアンはそういって、木のえだをひろって、地面になにやら絵のようなしるしをいくつか書きつらねていきます。

 

 「これが、ぼくたちの世界を作っている、精霊たちの力ね。」そういってライアンは、地面に書いた、火、水、風、土、やみ、そのほかのしるしのことを、みんなに見せていきました(といっても、みんなにはそのしるしがなにをあらわしたものなのか? よくわかりませんでしたが。ライアンの絵はまるっきり、子どものらくがきみたいにへただったのです……)。

 

 「この精霊の力っていうのは、それぞれがひとつひとつに分かれて、そんざいしているんだよ。そうじゃないと、力のバランスがおかしくなっちゃうんだって。だから、風の力は風の力。火の力は火の力だけで、かりなくちゃいけないんだ。」

 

 ライアンはそれから、リア先生に教わった話をみんなに説明してきかせましたが、みんなにはライアンのいっていることが、よくわかりませんでした。せんもんようごばっかりなうえに、ライアンはちしきを知っていることをじまんしたくて、わざとわかりづらいいいまわしばっかりしておりましたから(「これはねえ、つまりはレビレンタスのさいせいのりろんにしたがって、精霊と人とが、ともにユールロントしちゃってるってことなんだよね。だから力のバランスをリロールするためには、ホワールウィンドの中にいなくちゃだめってことなんだ。」意味がわかりません……)。ですがようするに、「しぜんの力をかりるときには、ひとつのしゅるいの力だけをかりて使わなくてはいけない」という、きまりがあるということらしいのです。そうしないとしぜんの力のバランスが、くるってしまうのだということでした(ですからもしこのわざを使ったということが知れると、ライアンはものすごく怒られてしまうことになるのだそうでした。リア先生に)。

 

 そして今ライアンが使ったこのわざは、(そのかたいきまりごとのことをむしした)風の力と火の力、このふたつをまとめて、いっきにばくはつさせるというものだったのです(風と火。ふたつの力のあわせわざなのですから、たんじゅんに考えても、ふつうにひとつの力だけをかりるときよりも、ばいの力が出るわけなのです。そしてじっさいは、ばいどころか、きっと百ばいくらいは強い力が出ていました! ふたつの力がともにあわさったときに出る力というものは、たんじゅんな算数だけでは、とてもはかりきれないものであったのです。このわざがきんしされているというのも、うなずける気がしますよね。こんなに強力な力をかんたんに使ってしまったとしたら、それこそ、たいへんなことになってしまいかねませんもの)。ですからあれほどまでに強力な力が、はっきされたというわけでした(そのかわり、しぜんの力のバランスを、だいぶこわしてしまうことになりましたけど……)。

 

 「さっきもいったけど、こんかいは、ほんとうにとくべつだよ。リア先生には、ないしょだからね。怒られちゃうから。もし、しゃべったら……」ライアンはそこで、みんなの顔をじーっと見渡しました。みんなは、ぜったいにしゃべりません! といった顔で、(いっしょうけんめい)首をぶるぶる、横にふりつづけます(みんなまだ、いのちはおしかったですから……)。

 

 「よかった。じゃ、やくそくは守ってね。」にこっと笑うライアンに、みんなは、守ります! といった顔で、(いっしょうけんめい)首をぶんぶん、たてにふりつづけました(みんなまだ、いのちはおしかったですから……。

 

 ちなみに、あの夜のかいぶつにライアンはほんとうは、このわざを使ってやりたいところでしたが、あのときは火がありませんでしたので、むりだったのです。ですからライアンは、ふつうに使うことのできる風のたつまきのわざを、使ったというわけでした。それでもじゅうぶん、おそろしいまでのいりょくだったのは、みなさんもごしょうちの通りです)。

 

 「ふう。これやると、つかれちゃうんだよね。ケーキ食べようっと。うんっ、おいしー!」

 

 ライアンはかばんから、フォクシモンたちにもらったできたてのパウンドケーキを三つ取り出して、ぱくぱく、おいしそうにかぶりつきました。モーグへのとびらは、ここにこうして、ひらかれることとなったのです(まさかライアンの力わざでひらかれるなんてことを、だれがそうぞうしたでしょうか?)。

 

 

 こうしてみんなはいよいよ、モーグのそのまちの中へとふみこんでいくことになりました。ベルグエルムがみんなにもういちど、モーグでの行動の説明をします。とにかくここはもうなん十年と、だれもはいったことがないわけでしたから、なにが起こってもふしぎではなかったのです(なにも起こらないことを願うばかりではありますが)。ですが説明といっても、それはただひとつのたんじゅんなことを、あらためてかくにんするだけのことでした。それはつまり、「中にはいったら、まっすぐ南の出口をめざす」という、ただひとつのことだけだったのです。

 

 モーグを通ることはいたしかたがないというだけのことなのであって、ほんとうならばみんな、こんなところは通りたくはなかったのです(べつに、友だちの家があるわけでもありませんでしたし)。けっきょくのところ、「いっこくも早くモーグを通りぬけて、南の地へ出ること」。それだけがこのモーグでの、かれらのもくてきでした(フェリアルにとっては、こんなにすてきなもくてきもなかったことでしょう。モーグでより道をするなんてことは、かれはぜったいにしたくはありませんでしたから!)。

 

 「おまえには、せわになったな。」モーグにはいる前に、ベルグエルムがいいました。その相手は、そう、きつねの少年、チップリンク・エストルだったのです。チップはとちゅうまでついてきたがりましたが、なにが起きるかもわからないこんな危険な場所に、かれをいっぽでもふみこませるわけにはいきませんでした(これはほんとうに、ねんをおして、チップにやくそくさせました。ですからチップもしっかりと、このやくそくを守ったのです)。

 

 「村にもどったら、伝えてくれ。われらはふたたび、もとの美しさを取りもどしたはぐくみの森を、見にもどると。そのときにはまた、きみたちの村によらせてもらうよ。こんどは正式に、かんげいの席にまねいてくれよ。」

 

 ベルグエルムはそういって、チップの頭に手をおいて、そのかみをくしゃっとなでました。チップは目を赤くはらして、だまってうつむいていました。チップはもう、みんなのことをとても好きになっておりましたから、みんなとわかれることが、とてもつらかったのです。

 

 「また、すぐに会えるさ。」フェリアルも、チップの肩に手をおいていいました。

 

 「そのときは、また、お菓ひをどっさり、用意ひておいてね。」ライアンが、宝石の実のぼうつきキャンディーをなめながらそういって、チップの口にも新しいキャンディーをいっぽん、いれてあげました。

 

 そしてロビーは、ただなにもいえずに、チップの手を取って、その手をぎゅっとにぎりしめるばかりだったのです。

 

 「ありがとうございまず……、みなざん……」チップが鼻をぐずぐずいわせながら、いいました。「みなざんのごとは、忘れまぜん。ぎっと、また、会いにぎてくださいね。」

 

 それからみんなはひとりずつ、チップのことをやさしくだきしめてあげたのです。チップはもう、なみだをぽろぽろ流して、「うわーん!」と声を上げて泣いてしまいました。

 

 こうしてみんなは、チップとわかれたのです。それから月日が流れて、このアークランドのすべてのものが、もとの美しさを取りもどすこととなったころ。チップリンク・エストルはすっかりりっぱな青年となって、はぐくみの森のさらなるはんえいのために、かつやくしていくことになりました。かれははぐくみの森の安全を守る、森のしゅご隊を作り、そのしょだいの隊長になりました。わたしはいつかまた、みなさんにも、そのチップくんのかつやくの物語のことをごしょうかいできればと思っています。それまでみなさんもどうか、チップのことをおうえんしてあげてくださいね。また会う日まで、げんきでね、チップ!

 

 

 「なんか、きったないところだねー。」

 

 門の中をのぞきこんでそうつぶやいたのは、ライアンでした。ライアンのいう通り、モーグの中はじょうへきにからみついていたのと同じ、あのぶきみなかびのような植物に、すっかりおおわれてしまっていたのです。地面にはまるで雪がつもっているみたいに、わたのようなその植物の根がつみ重なっていました。その中のあちらこちらに、きのこのような植物がより集まって、まるい大きなかたまりを作っております。そしてそのかたまりからは、小さなくらげみたいなわた毛が吹き出していて、それがふわふわと、空にむかってただよっていきました。

 

 「ぼく、きれい好きだから、あんまりきたないのはやなんだけどなあ……。虫とか出るのだけは、かんべんしてもらいたいんだけど。」ライアンがぶつぶつとつづけます。

 

 「まあ、なん十年もそうじしていないんじゃ、しかたないな。」そんなライアンに、ベルグエルムがいいました。「いずれここも、すっかりきれいになってくれるように、願いたいものだ。」

 

 「おばけのうわさも、すっかりきれいに消えてもらいたいものです。」フェリアルも、モーグの中をのぞきこみながらそういいます(さいしょは強がっていたフェリアルですが、いざモーグの中を見てみますと、やっぱりその足はすくんでしまっていたのです)。

 

 「なんにも出なければいいんですけど……」さいごにロビーが、不安そうな顔をしていいました。「ぼくはもう、この剣でなにかを切るなんてことは、したくはありませんから。」

 

 こうしてみんなは、ついにその門をくぐって、ゆうれい都市とおそれられるモーグのまちのその中へと、ふみこんでいったのです。

 

 いちばんさいごに、フェリアルの騎馬が通りすぎたあとのことでした。門のわきにもたれかかっていた、あの兵士のがいこつたち。そのがいこつたちの目が、ぼうっと、赤くにぶい光を放ったのです。だれもそのことに、気づく者はありませんでした。

 

 

 モーグのまちの中に、ひさしぶりに生きものの歩く足音がひびき渡りました。それは旅の者たちの乗る、三頭の騎馬たちの足音でした。しかし、ふつう馬の足音といえば、ぱからんぱからんという、気持ちのよいはずむような足音を思い浮かべるものですが、ここではまったく、そうはいかなかったのです。なにしろこのモーグの地面は、さきほど申しました通り、いちめんにかびのような植物の根が張りめぐらされていたのです。そのため馬のひづめがその上をふみしめていくたびに、ぎゅぽっぎゅぽっという、およそここちよいとはとてもいえない、いやな音を立てていきました(しかもその根をふむたびに、それがねちゃねちゃと、騎馬たちの足にからみついてきました。これには馬たちもすっかりいやがって、上に乗っているみんなは、馬がいやがってあばれるのを、なんとかなだめながら進んでいくこととなったのです)。

 

 道の両がわにはじょうへきと同じ、ばら色の石でつくられたりっぱなたてものが、いくつもならんでいました。それらはすべて四かいだてで、やねの高さもみんな、きれいにそろえられております。そしててっぺんのひさしの部分には、うみべのまちらしく、船ではこびこまれるさまざまなにもつを持ち上げるための、クレーンが取りつけられていました(これはみなさんの世界でも、うみべのまちなどではよく見られるものです。どこの世界でも、同じようなことが考えられていたんですね)。

 

 それらのたてものの一かいはといいますと、これはみな、たくさんのしゅるいのお店になっていました。レストランに、きっさ店に、お酒の店。ハムとソーセージのお店に、チーズのせんもん店。服屋さん、かばん屋さん、おもちゃ屋さん、おみやげ屋さん、などなど。ライアンの大好きなお菓子を売るお店も、たくさんありました(そしてここでもいちばんの人気メニューは、はぐくみの森から伝わった、森ペンギンのクリームいりやき菓子だったみたいです。ペンギンのイラストのはいったかんばんが、でかでかと、のきさきにかかっておりましたから。

 

 ところで、これらのお店はもちろん、このまちができたころの大むかしからあったというものではありません。これらはすべて、このまちを通ってはぐくみの森やほかのくにへとむかう旅人たちのために、このあたりの人たちがいせきをリフォームしてつくったものなのです。そのころには、このまちにもたくさんの旅人たちが足をはこんでいて、ここもなかなかに、にぎわっておりましたから)。

 

 え? りっぱなたてものがならんでいるうえに、こんなにたくさんのお店まであるなんて、ちっともこわくなんかないじゃないかって? だいじょうぶ、安心してください。これらのたてものはもうとっくのむかしにうちすてられて、今ではだれも手をつけることのない、文字通りのゴーストタウンになっていたのですから! かんばんはぼろぼろ。店の中も荒れほうだい。のぼりばたはぐずぐずにくさりきっていて、それがひらひらと、風にゆれていたのです。そしてそれに追いうちをかけるかのように、あのかびのような植物が店の中までをもすっかり、おおいつくしてしまっていました。ただ古いたてものがあるというより、こんなふうに、かつての人のいとなみが感じられる場所が荒れ果てている方が、よりこわく感じるというものです(はいきょの病院なんて、まさにそんな感じですよね!)。まるで今にも、店のおくからおばけの店主が「いらっしゃーい……」と出てきそうなふんいきじゃありませんか……。

 

 さらにこのモーグにはもうひとつ、こわいふんいきをもり上げているものがありました。それはまちの空いちめんやあたりの道のことをおおいつくしている、白いきりだったのです。まだおひる前だというのに、おひさまの光はそのきりにみんなさえぎられて、まちの中はぶきみに暗いのでした。しかもそのきりは、まるで生きているかのようにゆらーりゆらりと動いていて、それがなんども、人の手やおばけの顔のようなかたちに見えたのです。きばをむいてせまりくるおばけや、こっちへおいでーと手まねきするおばけ……。もうフェリアルがなんど、ひめいを上げたことでしょうか? そのおばけのようなきりが、ひゅううーというすすり泣きのような声を立てて、みんなのまわりをするすると飛びまわっていました。おや? あなたのうしろにも……。ふふふ……。

 

 すいません。ちょっと、ライアンのいじの悪さがうつってしまったようです……。じゃあこれからは、おどかしっこなしということで。

 

 みんなはこんなふうに、モーグのまちなみをおそるおそる見てまわりながら進んでいきました。しかし、おそろしいまちであることにちがいはありませんでしたが、それでも今は、そんなことに気を取られている場合ではありません。いっこくも早くこのまちをぬけていくことを、みんなはいちばんに考えなければなりませんでしたから(さすがのライアンでも、むかしのお菓子屋さんをのぞいてまわるようなことはしませんでした)。みんなはとりあえず、モーグのまちのまん中の方に見えているいっぽんの大きな塔をめざして、進むことにしました。モーグのまちをぬけるためには、まずまちのまん中にあるはずの広場をめざしていった方が、手っ取り早いからです(へたにうら道を進んでいくより、その方が安全ですし、道にまようようなこともないからでした)。

 

 「あの塔はおそらく、大聖堂のものだろう。」先頭をゆくベルグエルムが、みんなにいいました。「このまちをおこしたのは、西の大陸から渡った、ひとりの船乗りだときく。それからまちは、急そくにはってんしていったらしいが、あの大聖堂も、そのなごりのひとつだろうな。」

 

 「でも、大聖堂なら、なんで塔がいっぽんしかないのかな? ふつう、二本じゃない?」ライアンもふしぎそうに、つづけました。

 

 「このあたりは、海に近いからな。」ベルグエルムがこたえます。「きっと、地ばんが弱いのだろう。二本の塔をたてられるほどには、しっかりした土地ではなかったのだ。」

 

 ベルグエルムのいう通り、このモーグの下の地面は水を多くふくんでいるため、高い塔を二本たててしまうと、たおれてしまう危険がありました。ですからかつての人々はしかたなく、塔をいっぽんだけたてたというわけだったのです。ですけどそれがかえってまちの名物となり、この大聖堂には毎日たくさんの人々が、おいのりにおとずれていました(ちなみに、この大聖堂の名まえはロザムンディア大聖堂といいました。ロザムンディアにある大聖堂だから、ロザムンディア大聖堂。う~ん、わかりやすい)。

 

 「このさきをまがれば、大聖堂のある広場にいけるようだ。急ごう。フェリアル、ちゃんと、ついてきているか?」

 

 ベルグエルムがふりかえると、いちばんうしろからついてきていたフェリアルが、馬のたづなをとるのもそこそこに、手にしたお守りをにぎりしめて、ぶつぶつと、おいのりの言葉を口にしているところでした。

 

 「神さま、女神さま、精霊さま。どうか、おばけからお守りください……!」

 

 

 そしてみんなが、大聖堂へとむかうそのまがりかどを、まさにまがったときのこと……。

 

 その道のさきで、みんなは思わぬものに出くわしたのです。

 

 「うわっ!」

 

 先頭をゆくベルグエルムが、あわててたづなをひきました! かれの乗るはい色の騎馬が、ひひーん! と大きな声を上げて、前足立ってとまります。そしておどろいたのは、ベルグエルムだけではありませんでした。

 

 

 「うわっ! びっくりした!」

 

 「な、なんだ?」

 

 「馬が、こんなところに!」

 

 

 なんとなんと! それらの声のぬしは、旅の者たちの前にとつぜんあらわれることとなった、三人の人間の男の人たちだったのです!

 

 

 みんなはそろって、おどろきの声を上げました。ロビーたち旅の者たちにとっては、まさかまさか、モーグに人がいるなんてことは、思ってもいないことでしたから。ですがそれは、この人間の男の人たちにとっても、同じことのようでした。

 

 「あ、あなたたち、いったいこんなところで、なにをしているんです! どうやって、このまちにはいったんですか!」

 

 みんなが声をかけるまもなく、ひとりの男の人がしつもんしてきました。ねんれいは、三十さいくらいでしょうか? 肩くらいまで黒のまっすぐなかみをのばしていて、クリーム色のシャツを着ております。かれのまわりにはことさらにこいきりがまとわりついていて、足もとはよく見えませんでしたが、かれの衣服はこのきせつにしては、うすすぎるように思えました。シャツの下にはなんにも着ていないようですし、ズボンのきじも、ずいぶんとうすいものだったのです。いったいこんなかっこうで、寒くないんでしょうか? ですがそれいがいのところは、かれはいたってふつうの人のように見えました。人のよさそうな顔をしておりますし、いかにもおっとりとした、あらそいを好まない人といった感じだったのです。それはおおむねのところ、ほかのふたりとも同じようでした。

 

 「おどろいた……! まさかモーグで、人に会おうとは!」ベルグエルムがおどろきをかくせないままに、いいました。

 

 そしてつづけてベルグエルムは、あたりさわりのない言葉をえらんで、かれらに自分たちのことを説明したのです。

 

 「わたしたちは、わけあって、南への道を急ぐ者です。東の街道がよこしまなる者たちの手に落ちてしまったがために、やむなく、このモーグ、ロザムンディアのまちを通って、南へとむかおうとしていたところなのです。」

 

 そのとき。うしろからフェリアルがやってきて、かれらに話しかけました。

 

 「よかった! やっぱり、モーグはおばけのまちなんていううわさは、うそだったんですね! 今でもちゃんと、人が住んでいたんだ!」

 

 かれらのすがたを見て、フェリアルは心の底からほっとしたのです。フェリアルは、今にもあたりの道からおばけのむれがやってくるんじゃないか? とひやひやしておりましたので、こんなふうに生きている人たちに出会えたことが、うれしくてなりませんでした。

 

 「わたしは、フェリアル・ムーブランドと申します。どうぞ、こんごともよろしく!」

 

 フェリアルはうれしさのあまり、思わずじこしょうかいまでして、手をのばして、かれらにあくしゅをもとめました。

 

 これを見て、三人の男の人たちはちょっとびっくりしたようすでしたが、こんなふうにあくしゅをもとめられては、ことわるわけにもいきません。さきほど話しかけてきた黒かみの男の人が、だいひょうして、同じようにフェリアルに手をのばして、自分もじこしょうかいをしてかえしました。

 

 「これは、ごていねいにどうも。わたしは、ミリエム・オーストと申します。このまちで、ゆうれいをやっております。こんごともよろしく。」

 

 フェリアルは、ミリエムと名のったその人の手を、にぎろうとしました。って……、え? 今、なんていいました? ゆ、ゆうれい?

 

 フェリアルが、あれ? と思ったそのときのことでした。かれはたしかに、ミリエムさんの手をつかんだはずでした。ですがその手には、まったく手ごたえがなかったのです。

 

 「え……? う、うそ……」

 

 フェリアルはなんども、ミリエムの手をつかもうとしました。しかししかし、フェリアルのその手はミリエムの手のあるその場所で、ひらひらと空を切るばかりだったのです。ま、まさか……!

 

 「あ、わたし、ゆうれいなんで、生きている人にはさわれませんでした。すいません。」

 

 ミリエムがぺこりと頭を下げて、あやまりました。これをきいた、フェリアルはというと……。

 

 「う……、う~ん……!」 

 

 もう言葉にもなりません。かわいそうにフェリアルは、そのままきぜつして、騎馬の上から地面の上に、ぱったりとたおれ落ちてしまったのです!(さいわい、かびのような植物がクッションになってくれたおかげで、けがをすることはありませんでしたが。)

 

 「フェリアル!」ベルグエルムが騎馬からおりて、かけつけました。ロビーもライアンも、フェリアルのもとに走りよります。よかった、どうやら気を失っているだけで、たいしたことはないみたいです。

 

 「あの……、だいじょうぶですか? その人。」ミリエムが心配そうに、フェリアルのことを見つめました。

 

 

 さあ、とんでもないことになってきました! みんなが出会ったこの人たちは、ふつうの人たちのように見えましたが、じつはじつは、ほんもののゆうれいたちだったのです! それにしても、ゆうれいのくせに、なんてふつうに出てくるんでしょう! 出てくるんだったら、もっとそれらしく……、って、そんなもんくをいっている場合ではありませんでしたね。

 

 いわれてみれば、たしかにそれらしいところがひとつ、ありました。それはかれらのからだが、ぼんやりとすけているというところでした。はじめ出会ったときには、この深いきりがじゃまをして、かれらのからだがよく見えませんでしたので、それがわからなかったのです(ちなみに、かれらがこの寒いきせつにうす着のままだったのは、かれらがゆうれいになったとき、きせつが夏だったからでした。ゆうれいでしたから着がえる必要もありませんでしたし、もとより、あつさ寒さも、かれらは感じなかったのです。これはゆうれいの、べんり(?)なところでした)。

 

 「ゆ、ゆうれいって……! ほんとうにあなたたちは、ゆうれいなのか……?」

 

 ベルグエルムが信じられないといったようすで、おばけの人たちにいいました。ベルグエルムの気持ちもわかりますよね。だれだって、こんなにも「ふつう」のゆうれいなんて、信じられるとも思えませんもの。ですがそんなみんなの前で、ミリエムたちゆうれいの人たちは、自分たちがほんもののゆうれいであるのだということを、はっきりとしょうめいしてみせたのです。

 

 「まあ、信じられないのも、むりはないでしょうね。でも、ほら、ほんものですよ。」

 

 そういうと、三人のゆうれいの人たちは、すうっと消えてしまいました! そして……。

 

 みんなの見ている前で、なんともふしぎなことが起こりました。騎馬にくくりつけられているにもつのふくろの中から、お皿にフォーク、スプーンなどが、するするとぬけ出して、それがひとりでに、空中をすいすいと飛びまわりはじめたのです!(それらの品々は地面に近いところだけでなく、頭のはるか上の方にまで、ふわーっと飛んでいったりもしました。)もうみんなはとてもびっくりして、口をあんぐりとあけたまま、目の前の光景に見いってしまいました。そして、しばらくたったころ……。

 

 とつぜん、みんなの目の前に、ミリエムたち三人のゆうれいの人たちが、ふたたびすがたをあらわしたのです! しかもその足は地面からはなれていて、かれらは空中を、ゆらゆらとただよっていました(まさにゆうれいのように!)。そしてかれらの手には、お皿やフォーク、スプーンなど、さきほど空中を飛びまわっていたそれらの品々が、にぎられていたのです。そう、かれらはすがたを自由に消したり、空中をまるでゆうれいのように(ゆうれいですから)、ただよったりすることができました! ひとりでに飛びまわっているように見えた品々は、かれらがすがたを消して、空を飛んであやつっていたというわけだったのです。

 

 「これで、信じてもらえました?」ミリエムが、にこにこした顔でみんなにいいました(ゆうれいの笑顔というのもおかしなものですが……)。

 

 「えーっと、それで、なんの話をしていたんでしたっけ?」

 

 ひとだんらくがついたころ、ミリエムがゆびを口にあてながら、ほかのふたりと顔を見あわせて考えこみました。そしてとつぜん、かれは大きな声でさけんだのです。

 

 「そうですよ! こんなこと、やってる場合じゃないんです! わたしたちがゆうれいになってしまったわけが、ここにはあるんですから! あなたたち、まさか、北門をこわしてきたんじゃないでしょうね?」

 

 いわれてみんなは、ぎくっ! となりました。とくにライアンは、北門をこわしたちょうほんにんでしたから、よけいだったのです。

 

 「だ、だって、しかたなかったんだもん! そうしなきゃ、中に、はいれなかったからさ。ねえ、ロビー? しょうがなかったもんね?」ライアンがあたふたとこたえました。そして話をふられたロビーも、もっとあたふたになって、なんとかこの場をとりつくろおうと、がんばったのです。

 

 「あ、う、うん。そ、そう、しかたなかったんです。それで、その、ちょっとだけ、門をこわしてきちゃったんですけど……、ごめんなさい。」

 

 ほんとうは、こっぱみじんに吹き飛ばしてしまいましたが……、まあでも、どうしても中にはいらなければなりませんでしたから、なんとかゆるしてもらうしかありませんね。

 

 「やっぱり! わたしたちは北門の方から、なにかものすごい音がしたから、こうしてしらべにやってきたところだったんです。」ミリエムがいいました(ものすごい音のしょうたいについては、いうまでもありませんよね)。

 

 「あなたたちは、自分たちのしたことがわかっていないんだ! 問題は、門をこわしたなんてことじゃあないんです! 門を通って、ここにはいってきたことが、問題なんですよ!」

 

 ミリエムもふたりのゆうれいさんたちも、そういって、みんなそろってしんけんな顔をして、ロビーたちにくい下がりました。いったいどうしたというのでしょう? どうやら、門をこわしたからそれで怒っているというわけでは、ないみたいです。

 

 「らんぼうな方法でここにはいったことは、おわびいたします。ですが、いったい、なにがあるというのです? 門をぬけたことが、それほどまでに重大なことなのですか?」ベルグエルムがゆうれいさんたちにたずねました。

 

 「ぼくたちは、すぐに、ここをぬけていくつもりなんです。みなさんに、これ以上のごめいわくは、かけませんから。」ロビーがかれらに説明します。

 

 「そうだよ。こんなかびっぽいところにずっといたら、ぼくたちみんな、チーズになっちゃうもん。」ライアンも、フェリアルのかんびょうをしながらいいました(ちなみに、フェリアルは地面の上でライアンにひざまくらをされながら、ずっときぜつしていました)。

 

 「むりですよ! あなたたちはもう、ここから出られなくなってしまうんです!」ミリエムが、なんともおそろしい言葉を口にしました。ここから出られないって? それはほんとうの、いちだいじじゃありませんか!

 

 「ああっ! だめだ! もう、やつらがやってきた! ほら、あの空のむこう。すごいはやさで、こっちにむかってきている!」

 

 ミリエムが、空のむこうをゆびさしながらいいました。みんなはいっせいに、空の方を見やります。いったいあれは、なんなのでしょう? 見ると、まちのじょうへきのその上の方に、小さな黒い鳥のむれのようなものが、こっちへむかって飛んできていました。それも、すごいはやさで!

 

 「あれはなんだ? 鳥にしては、はやすぎる。それに、つばさがないぞ!」ベルグエルムがいいました。

 

 みんなが見ているまに、それはどんどんこちらへと近づいてきます。やがてそのすがたがもっとはっきり見えるようになって、みんなにはそれが、黒いぼろぼろのマントに身をつつんだ、なにかの黒いかたまりたちであるということが、わかりました。

 

 「どこへ逃げても、だめなんです! あいつらは、生きている者からたましいをぬき取って、空のかなたに持っていってしまうんですよ!」

 

 な、なんですって! たましいを持っていってしまう?

 

 「たましいを持っていくだって! それはまずい!」ベルグエルムがすぐに考えをめぐらせて、さけびました。「たましいがからだから遠くはなれれば、からだは、かんぜんに死んでしまうときいたぞ!」

 

 そう、かれら旅の者たちは、はぐくみの森の地下いせきにおいて、たましいをうばわれてしまった人たちのことを、見てきたばかりだったのです。そこで知り得たこと。それは「たましいがからだから遠くはなれてしまうと、もうたましいはもとのからだにもどることができなくなって、からだはほんとうに死んでしまう」ということでした。あの地下いせきにいた旅人たちは、たましいをうばわれてはしまったものの、そのたましいがかいぶつのからだに残ってすぐそばにとどまっていたがために、ふたたび助かることができたのです(せいぜい四ぶんの一マイル以内の中に、たましいがありました)。ですがゆうれいさんたちの言葉をきいたかぎりでは、こんかいはとても、そんなにうまいぐあいにはいかないようでした。たましいが遠くかなたの空に持ち去られてしまっては、残ったからだは、ほんとうのほんとうに死んでしまうのです!

 

 これはいよいよたいへんなことになってきました!(ゆうれいに出会ったことよりも、こっちの方がたいへんです!)みんなはあわてふためいて、きたるべく戦いにそなえて身がまえました。これは文字通り、いのちがけの戦いでした。しかし、こうなってはもう、戦うほかに道はないのです。こんなところでこの旅がつづけられなくなってしまっては、いったいこのアークランドは、どうなってしまうのでしょう? それだけは、なんとしてもさけなければ!

 

 ベルグエルムとロビーはそれぞれの剣をかまえて、そしてライアンはいつでも(しぜんの力をかりて)相手をむかえうてるようにとじゅんびをして、せまりくる敵にむきあいました。そしてとうとう、黒いマントに身をつつんだそのおかしな相手たちが、みんなの目の前へとやってきたのです!

 

 これはいったい、なんという相手なのでしょう! 黒いマントの中には、ただまっ黒な影のようなものがはいっているだけでした! 顔は見えませんし、足もありません。かわりにマントの下から、小さなしっぽのようなものが、ちょこんとたれ下がっているだけだったのです。

 

 みんなは思わず身ぶるいしました。こんな相手に出会ったのは、ひゃくせんれんまの騎士ベルグエルムでさえも、はじめてのことだったのです。

 

 「おまえたちは、なに者だ! ここは、おまえたちのくるようなところではない! 立ち去れ!」ベルグエルムが剣をかまえて、さけびました。しかし相手には、それがきこえていないみたいです。全部で四つのそれらの影は、「けらけらけら!」といううすきみの悪いかん高い笑い声を上げると、まるでみんなのことを値ぶみしているかのように、するするとそのまわりを飛びはじめました。

 

 「おのれ! 白の騎兵師団、一のたちを受けてみよ!」ベルグエルムがせんじんを切って、影のひとつに切りかかります! しかし……!

 

 「うわっ!」

 

 黒いマントをまっぷたつにたち切ったものの、ベルグエルムの剣はその中の影そのものにはまったくききめがなく、そのやいばは影のからだをするりと通りぬけてしまいました! 思わぬことに、ベルグエルムはそのままバランスをくずして、すってんころりん! はんたいがわの地面にころげてしまいます(なんだかちょっと前に、これとすごーくにている場面を見たような気がしますが……。まあ、同じようなことは、よく起こるものですから)。

 

 たおれたベルグエルムのことを見て、ミリエムたちがさけびました。

 

 「だから、だめなんですよ! そいつらに、剣はききません! そいつらから身を守る方法なんて、ないんです!」

 

 そうなのです、この影たちはあのはぐくみの森のいせきで出会った夜のかいぶつみたいに、剣で切ることができませんでした!

 

 「こいつめ! これならどうだ!」ライアンがいしきを集中させて、影にむかって空気のかたまりを飛ばします! しかしやっぱり、それはマントを吹き飛ばすばかりで、影にはぜんぜんききめがありませんでした。「えーん、やっぱりだめー?」

 

 こうなったら、たよりにできるのはただひとつの方法だけでした。ロビーのあのふしぎな剣なら、この影のおばけたちをたおすことができるはずです!

 

 「みんなから、はなれろ!」

 

 みんなが思うまもなく、ロビーが剣をにぎりしめて影に切りかかりました! モーグにはいる前に、この剣でなにかを切るなんてことはもうしたくないと思ったばかりでしたのに、やっぱりこのモーグでは、そうもいかないようでした(それにしても、こんなに早く、またこの剣を使うことになろうとは。このさきどれほどの危険が待っているのか? 心配です)。

 

 ロビーの戦いぶりは、なんともいさましいものでした。その剣さばきは、けっしてじょうずなものとはいえませんでしたが、せまりくる影をばったばったと切りたおし、そしてとうとう、あとひとつの影を残すまでとなったのです!(切られた影はしゅーっ! という音を立てて、黒いけむりとなって消えてしまいました。ミリエムたちゆうれいのみなさんがびっくりぎょうてんしたのは、いうまでもありません。きかないと思っていた剣のこうげきが、こうしてきいていましたから!)

 

 「すごーい、すごい! やっちゃえロビー!」ライアンはもう両手をふりかざして、むちゅうでロビーをおうえんしました。

 

 「ロビーどの! お気をつけて!」ベルグエルムも手にあせにぎって、戦いのようすを見守っております(ところで、みなさんの中にはこう思った方もいるのではないでしょうか? ロビーのこの剣をかりて、ベルグエルムが剣のうでまえをふるったらいいじゃないかって。それはごもっともなのですが、じつはこの剣は、ロビーいがいの者には、そのとくべつな力をはっきすることができなかったのです。ですからベルグエルムがこの剣で戦っても、それはふつうの剣としての力しか出せず、この影のおばけたちを切ることができませんでした。

 

 このことは、あの夜のかいぶつのいた地下いせきの中で、わかったことでした。ベルグエルムがこの剣を持ったとたん、あかりとなってくれていた剣の光が消えて、あたりがすっかり、まっくらになってしまったのです。あわててロビーが剣を持ちなおしたら、ふたたび光がもどったというわけでした。そこでみんなは、この剣の力はロビーいがいの者には使うことができないというけつろんに、たっしたのです。もとよりこの剣は、ロビーにたくされたものでしたし、みんなもまったく、それでなっとくしました。

それと……、こんなにだいじなことを今ごろお伝えしたのは、このことを、このモーグの戦いの場面で説明したかったからなんです。説明するのを忘れていて、あわてて今、いったわけではありませんよ……、うん)。

 

 さあ、ロビーの戦いはどうなったでしょうか! ロビーは息を「はあはあ。」とついて、残るひとつの影にむかっていました(その手に持った剣はあの地下いせきの中でのように、ぼんやりと青白い光を放つようになっていました。これは剣の力がはっきされているという、しょうこでもあったのです)。ところが、このあとひとつの影がやっかいでした。この影はすでにたおしたほかの三つの影たちとはちがって、とてもすばしっこかったのです(さしずめ、この影たちのリーダーといったところでしょうか?)。ロビーはなんども剣をふるいましたが、なかなかこの影のことをとらえることができません。影の方も、切られてはかなわぬと思っているのでしょうか? ロビーの方になかなか、近よってこようとしませんでした(いがいに頭のいい影みたいです。影にちえがあるのかどうかはわかりませんが)。

 

 そしてついに、この影が大きな行動に出ました。影は空に大きくまい上がると、そのままいっきに、ロビーの方にむかってとっしんしてきたのです!

 

 「あぶない! 気をつけて!」ミリエムが大声でさけびました。

 

 「ロビー!」「ロビーどの!」ライアンもベルグエルムも、思わずさけんでしまいました。

 

 さあ、いよいよ大いちばんです! ロビーは剣をがっちりとにぎりしめて、影にむかいました。むかってくる影をこの剣でくしざしのバーベキューにしてやろうと、ロビーは心にきめていたのです。

 

 影がロビーのすぐそばまで飛んできました! ロビーは剣のさきを影にむけて、かけ出します。そして……、剣が影をまさにくしざしにしようかという、そのとき。その影はロビーの目の前でするりとむきを変えて、そのままあるひとりの人物のもとへとむかって、とっしんしていきました!

 

 「ええっ?」

 

 ロビーはびっくりして、影のことを目で追いました。もうとつぜんのことでしたから、ロビーもみんなも、わけがわかりませんでした。しかしみんなはつぎのしゅんかん、心の底からこう思うこととなったのです。しまった!

 

 影のむかったさき。そこには、ひとりの人物が横たわっていました。ああ、なんてことでしょう! それはおばけにおどろいて、きぜつしてしまっていた人物。そう、そこに横たわっていたのは、白の騎兵師団のウルファの騎士である、フェリアル・ムーブランドだったのです!

 

 「ああ、なんてことだ! もう、まにあわない!」ミリエムたちが頭をかかえてさけびました。そしてかれらのその言葉は、ついに、ほんとうのこととなってしまったのです。

 

 影はきぜつしているフェリアルのからだに、するりとはいりこんでしまいました! そしてみんながかけつけるよりもさきに、影はフェリアルのそのからだから、かがやくきいろい光のようなものをうばい取ったのです。それはまさしく、フェリアルのたましいにほかなりませんでした。

 

 もうみんなには、なすすべもありませんでした。影はフェリアルからぬき取ったそのたましいを両手でがっちりとかかえこむと、そのままけらけらと笑いながら、空高くまい上がっていってしまったのです。そして影は、もときたまちのそとのほうがくへとむかって、飛び去っていってしまいました。これはかれらが今までに出会ったどんな敵やこんなんよりも、おそろしいできごとでした。フェリアルのたましいが、うばわれてしまったのです!

 

 みんなはたましいをぬかれたフェリアルのもとに、かけよりました。フェリアルのからだをだき起こして、ゆさゆさとゆさぶります。ですがフェリアルのからだには、もうまったく、力がなくなってしまっていました。

 

 みんなはがくぜんとしました。フェリアルのたましいは、もうはるか空のむこうへと、飛び去っていってしまったのです……。こうなってしまったのなら、フェリアルのからだにふたたびそのたましいがもどるなどということは、とてものぞめないことでした……。

 

 「うわーん! フェリーが死んじゃった!」ライアンが、なみだをこぼしていいました。

 

 「ぼくがずっとそばについていれば、こんなことにはならなかったのに!」

 

 ライアンはくやしそうにそういって、フェリアルの手をぎゅっとにぎりしめました(ライアンは影が飛んできたときに、ひざまくらをしていたフェリアルのことを、地面に放り出してしまったのです。戦いがはじまろうとしていましたから、しかたありませんでしたが)。

 

 「なんてことだ……。まさか、こんなことになろうとは……」ベルグエルムもすっかり力を落として、なげきます。

 

 「ぼくのせいです……」ロビーが、手にした剣を力なく地面に落として、いいました。「ぼくが、ちゃんとやっつけてさえいれば、フェリアルさんは助かったんだ!」

 

 ロビーはすっかり力がぬけてしまって、両のひざを、地面にぺったりとつけてしまいました。

 

 「なにをおっしゃいますか! ロビーどののせいであるはずもありません!」ベルグエルムがロビーにそういって、ロビーの手を取って、そのからだを起こしてあげました。

 

 「これは、じつにふこうなできごとです。だれにも防ぐことはできなかった。フェリアルはわが身をぎせいにして、ロビーどののことをお守りしたのです。われらはそのことにかんしゃして、旅をつづけなくてはなりません。フェリアルのぎせいを、むだにしてはならないのです。」

 

 ベルグエルムの言葉に、みんなは声も出せず、ただただその場に立ちつくしているばかりでした。みんなフェリアルのそのなきがらにむかって、深く頭を下げて、せいいっぱいの敬意の気持ちをあらわしていました。ロビーもライアンも、なみだをぽろぽろこぼしてかなしみました。ベルグエルムはくちびるをきっ、とかみしめて、そのつらい気持ちをぐっとこらえていました。

 

 

 「あの……、みんな、なにをやっているんですか?」

 

 

 そのとき、うしろから急に、だれかの声がきこえました。ミリエムたちでしょうか?それにしては、みょうになじみのある声のような……?

 

 みんながうしろをふりむくと、そこにはひとりの人物が立っていました。そしてその人物のことを見たしゅんかん。みんなはたましいが飛び出るほどに、おどろいたのです。

 

 

 そこに立っていたのは、なんということでしょう! フェリアルほんにんでした!

 

 

 「え、ええーっ!」

 

 みんながおどろいたことといったら!(たぶん今まででいちばんおどろいたことでしょう。)たましいを持っていかれて死んでしまったとばっかり思っていたフェリアルが、こうして目の前にあらわれましたから、むりもありません。しかしおどろいたのは、みんなだけではありませんでした。

 

 「ど、どうかしましたか? そんなにおどろいて。それにしても……、いったい、なにを見ているんです?」フェリアルがひょいとのぞきこんだ、そのさき……、そこには、ほかでもありません。かれほんにんのからだが、横たわっていたのです!

 

 「え……? ええーっ! わたしがいるー!」フェリアルは口をあんぐりとあけて、もうたましいが飛び出るほどに、おどろくばかりでした。

 

 

 さあ、これはいったいどういうことなのでしょう? どうやらこのさき、まだまだ、とんでもないことになってしまいそうな感じです(それにしても、ああやっぱり! モーグをすんなりと通りぬけることなどはできませんでしたね。はじめから、いやなよかんはしていましたが……)。

 

 これからの旅がどうなっていってしまうのか? そしてフェリアルの運命は……? 物語はこれから、思わぬほうこうへとむかって、進んでいくこととなるのです。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


  「わたしはおばけなんかじゃない、おばけなんかじゃない……」

     「とにかく、すごい人なんです。」

  「なんだってー!」

     「さあさあ、げんきを出して!」


第11章「おばけのまちでおるすばん」に続きます。
  


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11、おばけのまちでおるすばん

 今からなん十年と前のこと。このアークランドよりもずっと西の、海のむこうの大陸でのお話です。その大陸にはじつにさまざまなくにがあって、じつにさまざまなぶんかがごったがえしていました。住んでいる人たちもじつにさまざまでした。人間はもちろん、ありとあらゆる動物の種族の者たち。海の種族、山の種族、小人たち。動く木の種族。果ては、はっきりとしたからだを持たない、けむりのようなすがたの種族の者たちまで、じつにさまざまな種族の者たちがこの大陸には住んでいたのです(アークランドのウルファたちとはしゅるいがちがいましたが、おおかみ種族の者たちもすくなからず住んでいました)。ですから人々はこの大陸のことを、しぜんとこうよぶようになりました。いろんなものがまじりあった大陸。こんごう大陸ガランタと。

 

 そのガランタ大陸の東の果て、みなとの大都市ポート・ベルメルからほど近いヴァナントという小さなまちに、ひとつの魔法学校がありました。このヴァナントというまちは、魔法をあやつるために必要な力がほかの土地よりもたくさんあったということで、数多くの魔法をこころざす者たちがしゅぎょうにやってくるところだったのです(でもわたしは魔法を使えませんので、力がたくさんあったといわれても、よくわかりませんでしたが)。そしてこのまちの魔法学校は、ガランタ大陸の中でもいちばんといっていいほどの、けんいをほこっていました。

 

 あるとし、その魔法学校に長くてきれいな黒かみを持った、すらりとほそい、ひとりの若く美しい女の人が入学してきました。かのじょの名まえはアルミラ・ロングワートといいました。かのじょのさいのうは、はじめからずばぬけていました。そして一年ほどもたつと、かのじょはこの魔法学校のどんなゆうしゅうなせいとよりも、そして魔法を教える先生さえもかなわないほどの、すぐれた力を身につけたのです(この魔法学校のべんきょうきかんは五年でしたから、かのじょがどんなにゆうしゅうか? おわかりいただけるかと思います)。

 

 しだいにみんなは、かのじょのそのさいのうをおそれるようになりました。魔法の先生たちはかのじょをこのまま、この魔法学校にいさせておいていいのだろうか? とひそかにささやきはじめるようになりました。かのじょの力がこれ以上大きくなれば、もう自分たちの手にはおえなくなるということが、わかっていたからです。もしその力を悪いことにでも使われたら、たいへんなことになると。

 

 そしてみんながそんな心配をしはじめたころのことでした。アルミラ・ロングワートはとつぜんに、この魔法学校をやめてしまったのです! いったいどういうことだろうか? 学校はかのじょのうわさでもちきりとなりました。そしてそれからしばらくたったころ、じけんは起こったのです。

 

 この魔法学校でもっともげんじゅうで、もっともひみつにされている魔法のほかん部屋に、ひとりのどろぼうがはいりました。そのどろぼうとは、ほかでもありません。あのアルミラ・ロングワートだったのです! アルミラはそこから、使うことをかたくきんしされているある魔法のわざをぬすみ出しました。それはなんともおそろしく、なんともぞっとするわざでした。そのわざとは人のたましいをぬき取って、そのたましいの力で、おそろしい軍隊を作るというものだったのです!

 

 このおそろしいわざをうばい去ったアルミラのゆくえは、だれにもわかりませんでした。うわさではほかの大陸へ渡って、この魔法のわざのじっけんをおこなっているということでした。そしてそれからどれほどの時間がたったのでしょうか? 人々はふたたび、このアルミラの名まえをきくこととなったのです。おそろしい、魔女の名まえとして。

 

 そう、アルミラとは、このアークランドの西の地に住みついているという、そのおそろしい魔女のことでした! アルミラは魔法学校から持ち出したその魔法のわざをたずさえて、ひとり、人目のつくことのないこのアークランドの西の地へと、そのときはじめてうつり住んできたのです。

 

 あれ? でも待ってください。たしか西の魔女というのは、もうなん千年もむかしから、その土地に住んでいるっていううわさじゃなかったでしたっけ? じつはそれはまったくのでたらめで、ほんとうはこの魔女が西の地にやってきたのは、お伝えしました通り、まだほんの数十年前のことだったのです(うわさっていうものはどんなところでも、話が大きくなって広がるものですよね。ベルグエルムやフェリアルをはじめとする南のくにの人たちは、そのうわさをほんとうのことだと思いこんでしまっていたのです)。その数十年のあいだに、魔女アルミラのうわさはどんどん広がっていきました。そしてその魔女が西の土地にやってきてはじめに目をつけたのが、ほかでもない、ロザムンディアのいせきに住む人たちだったのです。

 

 それから三十年あまり。ロザムンディアのいせきはすっかりもとのはいきょのまちとなり、モーグというふきつな名まえで人々におそれられるようになりました。このいせきがモーグとなってしまったわけ。それはどうやら、この魔女がかんけいしているみたいです。いったいこのまちに、なにが起こったのか? それはこのあとの物語の中で、語られることになるのです。

 

 

 「ここが、ロザムンディア大聖堂ですよ。」旅の者たちにそうつげたのは、おばけのミリエムでした。

 

 「わたしたちは、ちょうど、この大聖堂でミサをひらいていたところだったんです。みんな、中で待っていますよ。しさいさまもいらっしゃいます。」

 

 それはあっとうされるほどの、りっぱな大聖堂でした。モーグのほかのたてものと同じ、ばら色の石を重ねてつくられていて、そのいたるところに、こまかなちょうこくがほどこされていたのです。植物のつるや、葉っぱや、お花がたくさん。たくさんの動物たち。天使のむれや、ころもをまとったそうりょたち。そのほか、よげん者、しどう者、などといった者たちのちょうこくが、ところせましとほどこされていました。

 

 ちょうこくの美しさもさることながら、みんなはまず、その大きさにおどろかされました。ここにくる前ベルグエルムとライアンが話しておりましたように、大聖堂にはひとつの塔がつき出ていましたが、その高いこと! 高さはおよそ、四百フィート以上はあるでしょう! みんなはただただ、「ふえーっ。」と息をついて、空を見上げるばかりでした(おかげでみんな、しばらく首が痛くなってしまいましたが)。

 

 大聖堂のりっぱさとはべつに、みんなが気づいたことがありました。それは大聖堂もふくめてそのまわりの地面だけには、あのかびのような植物が生えていないということでした。地面にはばら色の石だたみが見えていて、それではじめて、みんなはモーグのまちの地面の石だたみに、美しいモザイクもようがほどこされているということがわかったのです(このもようは船とロープをあしらったもので、船乗りのまちだったロザムンディアのまちのマークでした)。

 

 「できたらみんな、そうじしたいんですがね、」ミリエムがいいました。「広いまちですから、かびの生える早さに、そうじがとても追いつかなくて……。せめて大聖堂のまわりだけでもと、いつもきれいにそうじしているんですよ。」

 

 ミリエムはそういうと、ふわふわと空に飛び立っていきます(ゆうれいですから)。

 

 「ほら、これなら、大聖堂の上の方までそうじができるでしょ? はしごがいらないから、けっこうべんりなんですよ。」ミリエムが、(空中で)にこにこ笑っていいました。

 

 ですけどそんなミリエムのおしゃべりなどに、みんなはほとんどかまっていられませんでした。なにしろフェリアルの身が、いちだいじなんですから!(そうじのことなんか、はっきりいって、どうでもよかったのです!)

 

 あれから……(フェリアルがみんなの前にひょっこりあらわれて、自分のからだを見て、「わたしがいるー!」とおどろいてからのことです)。みんなはミリエムたちに、これはいったいどういうことなのか? とつめよりました(フェリアルはとくにつめよりました)。そしてみんなはあの影のおばけのしょうたい、そしてフェリアルの身になにが起こったのか? ということなどを、とりあえずかいつまんでですが、知ることとなったのです。

 

 あの影のおばけは、むかしモーグのまちにやってきた魔女の手下であり、魔女はあの影を使って、人々のからだからたましいをうばい去っていったということでした。そして重要なのは、影はたましいを半分だけしか持っていかないということでした。つまり残りの半分は、からだに残していくのです(そのりゆうはあとで説明されます)。

 

 しかしたましいが半分だけでは、もう人としては生きていくことができなくなってしまうのだそうでした。からだに残された半分のたましいは、からだにとどまっていることができずにからだからぬけ出してしまって、あとはもう、ゆうれいとしてしか、かつどうすることができなくなってしまうのだというのです(これが、かんぜんにたましいをぬかれたときとの大きなちがいです。たましいが半分あれば、ゆうれいになって、動きまわることができるんですね。そしてたましいをぬかれたからだの方も、自分のたましいが半分、自分のそばにまだ残っているんですから、死んでしまうということはありませんでした。見た目はぜんぜん、死んだようになってしまうんですけど)。ミリエムたちゆうれいのみなさんも、かつてあの影にたましいをうばい去られ、そのけっか、今のゆうれいのすがたになってしまっていたというわけでした。

 

 つまりこういったわけで、フェリアルは半分のたましいをうばわれて、残りの半分のたましいだけを持ったゆうれいとして、みんなの前にあらわれたというわけでした(ちょっとややこしいんですけど。

 

 ところで、こんなにだいじなことは、早く教えておいてほしかったですよね! おかげでみんなはすっかり、フェリアルが死んでしまったものとばっかり思ってしまいましたから! でもまだ、フェリアルがすっかりもと通りになるというほしょうは、どこにもありませんでしたから、よろこんでばかりもいられないわけです。それはこんごのてんかいに、きたいするしかありません)。

 

 あの影が今、どうしてここにやってきたのか? それはみんなが通ってきた北の門と、そこにいたあのがいこつたちが、かんけいしているそうでした(やっぱり、あのがいこつたちでした。ずいぶんあやしかったですもの)。さらに魔女がこのまちに目をつけたわけや、このまちでなにが起こったのか? ということ。そして魔女そのものについてのことなども、みんなはもっとくわしく知る必要がありました(フェリアルのいのちがかかってるんですから)。それでみんなはミリエムたちにあんないされて、それらのことをくわしく話してくれるというしさいさまのいる大聖堂へと、むかうことになったのです(そして今、みんなはその大聖堂についたところでした)。

 

 大聖堂の中は、ことさらにりっぱなものでした。てんじょうははるかな上にあって、そのまん中には大きなまるいドームがつくられております。かべにはたくさんのとうめいな石がはめこまれていて、その石があわく美しい、とうめいな光を放っていました。そしてあちこちにつくられた大きなまどには、これまたりっぱな、きれいなステンドグラスがはめこまれていたのです。

 

 そとのおてんきが晴れ渡っていたのなら。この大聖堂の中は光にあふれ、それはそれは美しいものとなっていたことでしょう。ですがここは、ひるなお暗い、モーグの中。おばけのきりがまい、ぶきみなかびが生いしげる、ゆうれいのまちであったのです。ですからこんなにもすばらしい大聖堂も、(とってもざんねんながら)まるでおばけのぬしの住むゆうれいの城であるかのように、なんともうすきみ悪く思えてしまいました(いちどそういうふうに見えてしまうと、なんだかすべてこわく思えてしまうものです。かべのステンドグラスのかがやきも、とうめいな石の光も、まるでおばけの目が光っているみたいに見えてしまいました)。

 

 「な、なんだか、おばけでも出そうな感じですよ……!」そういってミリエムのうでにしがみついているのは、フェリアルでした(ちなみに、おばけどうしになってしまえば、ミリエムのからだにもふれることができたのです)。

 

 「なにいってるんですか。あなたも、おばけでしょ。」そんなフェリアルに、ミリエムがこたえました。

 

 「そ、それをいわないでください! いっしょうけんめい、忘れようと努力しているんですから! わたしはおばけなんかじゃない、おばけなんかじゃない……」

 

 かわいそうなフェリアルは、さっきからなんども、自分にそういいきかせていたのです。ですが、ときどきちらっと目にはいってしまうたましいのぬけた方の自分のからだが、自分がゆうれいであるのだということを、はっきりとかれに思い知らせてしまいました(フェリアルのからだはベルグエルムがおんぶして、よいしょよいしょとはこんでいたのです)。

 

 「ところで、そのしさいさまは、どちらに?」大聖堂のまん中ほどまできたところで、ベルグエルムがいいました。ベルグエルムのいう通り、大聖堂の中はぶきみなほどに静まりかえっていて、人のいるけはいなど、まったくなかったのです(といっても、ここはゆうれいのまちでしたから、人のけはいなんてもとからどこにもありませんでしたけど。すくなくとも、生きている人のけはいは)。

 

 「やだなあベルグ、なにいってるの。ここは、おばけしかいないんでしょ? そのしさいさまも、おばけにきまってるじゃない。」そういって正面にあるさいだんの方をゆびさしたのは、ライアンでした。「しさいさまなら、さっきからそこに、いるみたいだよ。」

 

 え? ほんとに? みんなはそろって、ライアンのゆびさしたさいだんの方に目をむけました。そしてライアンのいう通り。みんなはそこに、あるひとりの人物(のようなもの)を見たのです。

 

 はじめはまったく、気がつきませんでした。しかしようく見ると、そこになにか白いひらひらとしたものが、うっすらと見えはじめてきたのです。そしてそれは、やがて、はっきりとした人のかたちへと変わっていきました!(いわゆる、ゆうれいとうじょうの場面という感じです。うん、これなら、ゆうれいっぽくていいですね! って、そういう場合でもありませんか……)

 

 「あの方が、この大聖堂のしさいさまです。しさいさま、お客さまですよ。」ミリエムがそういって、しさいさまにおじぎをしました。そしてそれにこたえて、しさいさまがゆっくりと音も立てずに、みんなのところにふわーっと歩いてきたのです(ゆうれいですから)。

 

 「よくいらっしゃいました、みなさん。たいへんな目にあわれたようですね。」

 

 しさいさまの声は、すき通るような、美しくもかほそい声でした。まるで女の人のような……、というより、女の人だったのです。大聖堂のしさいさまが女の人というのは、このアークランドではめずらしいことでした。ですからみんなは、このいがいな出会いに、ちょっとびっくりしたのです。

 

 「これは、しさいさま。わたくしは、ベルグエルム・メルサルと申します。こちらは、ロビーどの。そしてシープロンの、ライアン・スタッカート。それから、わたくしの肩におぶさっているのが、フェリアル・ムーブランドであります。」ベルグエルムがうやうやしく、(フェリアルを落っことさないように気をつけながら)頭を下げていいました。

 

 「わたしは、ティエリー・エルムリール。この大聖堂のしさいです。」

 

 しさいさまは若く小がらで、とてもからだがほそくて、そしてとても美しい女の人でした。こがね色のかがやくような長いかみの毛をしていて、それを頭の上であんでおります。それはまるで、こがね色のかんむりをかぶっているかのようで、白くて美しいきぬの衣服とあわさって、しさいさまのおごそかなふんいきをより強く感じさせていました(ミリエムはみんなに小声で、「きれいな人でしょう? 人気者なんですよ。」とじまんげにいっていました)。

 

 「そちらの方。もう影はきませんから、どうぞこちらへおいでなさい。」

 

 しさいさまがそういってまねいたのは、木の長いすの影にかくれているフェリアル(のゆうれい)でした。フェリアルはしさいさま(のゆうれい)があらわれたとたんに、「ひいっ、おばけ!」といっていすの下にかくれて、がたがたふるえていたのです(やっぱりまだ、ゆうれいさんたちになれるのには、時間がかかりそうですね)。

 

 「あなた方は、たいへんなしれんにあわれてしまったのです。これは、よういなことではありません。ですが、きぼうはまだ、残されております。あなたたちは、われらの大きなきぼうです。」しさいさまは両手を胸の前でくみながら、静かにいいました。

 

 「あなたたちが、ゆうれいにならずに、ここにこうしてたどりついたこと。それはまさに、神のおぼしめし。きせきというほかありません。」

 

 「神さまのおかげでもあるし、ここにいる、ロビーのおかげでもあるんです。」しさいさまの言葉に、ライアンがそういって、ロビーのうでを取ってみせました。

 

 「この人のおかげで、あの影をやっつけることができたんです。ロビーがいなかったら、ぼくたちみんな、おばけになっちゃってたもの。」

 

 ライアンの言葉に、ティエリーしさいさまは静かな表じょうのままこたえます。

 

 「すでに、ぞんじております。あなたたちの戦いのようすなら、ここにいるみなさんから、もうきかされておりますから。」

 

 ここにいるみなさん? それはいったい、だれのことなのでしょう? ミリエムたち三人のゆうれいさんたちは、まだしさいさまのところには、いっていなかったはずですが……。 

 

 「あれ? みなさん、気がついていなかったんですか? この大聖堂にやってくる前から、もうわたしたちは、三人だけじゃなかったんですよ。」

 

 ミリエムがそういったとたんでした。あたりが急に、ざわざわとどよめきはじめたのです!

 

 

 「それにしても、りっぱな戦いぶりだった。」

 

 「ほんとうに、あんなふしぎな剣が、この世にあるなんてねえ。」

 

 「あのゆうれいになっちゃった人、ついてない人だなあ。」

 

 

 あたりから、たくさんの人の話し声がひびいてきました! いったいこれは……?

 

 「みんな、もう、出てきたらどうです? 悪い人たちじゃなさそうだ。」

 

 ミリエムがそういうのと同時に、ロビーたち旅の者たちは、とてもおどろくことになりました。あたりにつぎつぎと人のすがたがあらわれはじめ、そしてそれは、あっというまに、この場をうめつくしてしまったのです!

 

 いったいなん人くらいいるのでしょうか? あっちでざわざわ、こっちでどよどよ。男の人も女の人も、おとしよりも若い人も小さな子どもまで。さいだんの前はもうところせましと、人々の波であふれかえってしまっていました!(そしてとうぜん、それらの人々はみんなゆうれいでした。)

 

 おどろいているそんなロビーたちのことを見て、ミリエムが説明しました。

 

 「みんな、このまちのゆうれいさんたちです。ちょうど、ミサのとちゅうだったっていったでしょう? あのおそろしい影がふたたびやってきたものだから、みんな、あなたたちのそばまで、ようすを見にやってきていたんですよ。とうめいなままでしたから、みなさんには、見えていなかったみたいですけど。」

 

 そうなのです、じつはあのロビーのいさましい戦いの場面のあたりから、みんなのまわりにはたくさんのゆうれいさんたちが、すでに集まっていました! そこでかれらゆうれいさんたちは、ロビーの戦いぶりを見守りながら、「がんばれー!」とか、「そこだー!」とか、あついせいえんを送っていたのです。ですけどゆうれいさんたちは、すがたと声を消しておりましたので、ロビーたちにはぜんぜん、わかりませんでした(どんな世界でもゆうれいというものは、まずはすがたと声を消しているものなのです。ロビーたちがミリエムたちにばったり出会ったのは、ミリエムたちがすがたを消していなかったからでした。ミリエムたちもまさか生きている人に出会うなんて、思っていませんでしたから)。そのかくれていたゆうれいさんたちが、さきに大聖堂へともどって、しさいさまにことのいちぶしじゅうをつげていたというわけだったのです。

 

 「ぎゃあ! おばけー!」フェリアルにとっては、なんともたまりません! すでに四人ものゆうれいさんたちに出会ってしまったというのに、今や目の前は、おばけの海なのですから! フェリアルは「う~ん……!」とうなって、そのまままた、きぜつしてしまいました(ゆうれいがきぜつするというのも、おかしなものですが……)。

 

 「こまった人ですねえ、その人。」ミリエムがうでをくんで、あきれたようにいいました。

 

 

 それからみんなは、この大聖堂の中でたくさんの話しあいをおこなうこととなったのです。いったいこれからどうすればよいものか? しさいさまをはじめとするこのモーグのゆうれいさんたちに話をきかないことには、はじまりません。こんなところでいつまでも、足どめをくってしまうわけには、どうしたっていかないのです。

 

 「しさいさま。さきほど、われらのことがきぼうであるとおっしゃいましたが、それはいったい、どういうことなのですか?」

 

 ベルグエルムがしさいさまにたずねました。そしてしさいさまはしばらく考えこんだあと、ゆっくりとした静かないい方で、こうこたえたのです。

 

 「あなた方が、生きたからだのままここへやってきたということが、きぼうなのです。ほんらいここは、たましいをうばわれた、ゆうれいの者たちのまち。ゆうれいになってしまったら、もう、まちをはなれることすらかないません。ですが、あなたたちは生きている。生きているのなら、このまちをはなれることができるのです。」

 

 旅の者たちは、おたがいに顔を見あわせました。ゆうれいになってしまったら、このまちから出られない?(はじめてミリエムたちに会ったときにも、ミリエムがそんなことをいっていました。)ですけど、よかった。どうやらゆうれいではない自分たちになら、ここを出ることはかのうなようです。でもフェリアルは? フェリアルはどうしたらよいのでしょう?

 

 「ぼくたちは出られても、フェリアルさんがいっしょじゃなきゃ。なんとか、フェリアルさんもいっしょに、まちを出ることはできないんですか?」ロビーがフェリアルのことを心配して、いいました。

 

 「このままフェリーもゆうれいのままつれていけるんなら、おばけといっしょに旅をつづけるってことになって、おもしろいかもね。でも……、からだもいっしょにはこんでいかなきゃならないから、やっぱ、めんどうかな。」ライアンが、長いすに寝かされているフェリアルのからだと、そのとなりで気を失っているフェリアルのゆうれいのことを見くらべながら、口をはさみます。

 

 (ライアンの言葉には反応せずに)ロビーのといかけに、しさいさまがこたえました。

 

 「ざんねんですが、その方はここから出ることはできません。ゆうれいになった者は、このまちからそとへ出たとたん、たましいがからだからかんぜんにはなれていってしまって、ほんとうに死んでしまうのです。これは、かの魔女によるのろいなのです。」

 

 「ですからわたしたちは、みんな、このまちから出られないんですよ。」ミリエムがつづけて、口をはさみます。「ゆうれいですから、飲み食いする必要がないんで、その点では心配ないんですけどね。なにせここじゃ、食べもの飲みもの、なんにもありませんから。かびやどくきのこじゃあ、食べる気にもなりませんしねえ。」

 

 (ミリエムのよけいなおしゃべりには反応せずに)ベルグエルムがしさいさまにたずねました。

 

 「その、魔女ののろいというのは、なんなのですか? いったいこのまちに、なにが起こったというのです?」

 

 ベルグエルムの言葉に、しさいさまをはじめ、ゆうれいの人たちはみんな静まりかえってしまいました。みんなうつむいて、ふさぎこんでしまっていたのです。たましいをうばわれてしまったゆうれいの人たちが、とじこめられてしまったまち、モーグ。このまちにいったい、なにが起こったというのでしょうか?

 

 「それではそろそろ、はじめましょう。みなさん、したくをしてください。」

 

 しさいさまがとつぜん、ゆうれいの人たちにむかっていいました。そしてしさいさまのその言葉を受けて、ゆうれいの人たちの中から二十人ほどが、ふわふわと、さいだんのわきにあるひとつのアーチからそとに出ていったのです。いったいなにがはじまるというのでしょう? したくって?

 

 旅の者たちがしばらくようすをうかがっておりますと、やがてさきほど出ていった人たちがふたたび、さいだんのあるこの場所にはいってきました。おかしいのはかれらがみな、さまざまな衣しょうにころもがえをしているというところでした。剣を持った兵士のかっこうをしている人や、しさいさまと同じような白くて美しいころもをまとっている人。そしてなん人かの人たちにいたっては、頭からすっぽりと黒いぬのきれをかぶっていて、それで全身をおおっていたのです(ちょうど目のところにあながあけてあって、前が見えるようにしてありました)。

 

 いったいぜんたい、このへんてこなかっこうはなんなのでしょう? まるでこれから、学げい会のえんげきでもはじめるみたいなようすです。そして旅の者たちがあっけに取られてかれらのことを見つめていると、ミリエムがすっとさいだんの前のぶたいの場に出てきて、「こほん。」と小さくせきばらいをしてから、こんなことをいいました。

 

 「えー、それではこれから、わがロザムンディアゆうれいげきだん名物。ロザムンディア物語をかいえんいたしまーす。みんなー、はくしゅー!」

 

 え? みんながそう思ったとたん、まわりからたくさんのはくしゅがわき起こりました。

 

 「いいぞー!」「待ってましたー!」「早くやれー!」

 

 見ると、ゆうれいさんたちがみんな、木の長いすにきれいにならんで腰かけて、ぱちぱちぱちぱち! せいだいなはくしゅを送っていたのです(気がつくとティエリーしさいさままで、いちばん前のとくとう席にすわって、笑顔ではくしゅを送っていました。いつのまに?)。

 

 「ときは、三十年あまり前……、これは、ロザムンディアとよばれるみなとまちに起こった、とあるひげきの物語である……」

 

 どこからか、だれかのナレーションの声が上がりました(これはとうめいになったゆうれいさんが、ぶたいのすみで、台本を読み上げていたのです)。

 

 「あーれー、お助けー!」せりふとともに、ぶたいのすみからひとりの女の人が走ってきました。

 

 「ふっふっふ。逃げてもむだだよ。この影から逃げられる者なんて、いないんだから。かくごおし!」こんどはべつのやくしゃが、すみから出てきました。黒く長いドレスを着て、なんだかおっかない感じです。そしてそのあと。さきほど見た黒いぬのをかぶった人たちが三人。ぶたいのすみからばたばたと走ってきて、いいました。「待ーてー、たましーを、よこーせー!」

 

 

 「ちょーっと、待ったー!」

 

 

 とつぜんひびき渡った、耳もわれんばかりの大声!(おそらく今まで、このおごそかな大聖堂の中で、こんなに大きな声を出した者もいないことでしょう。おかげでゆうれいさんたちはみんなびっくりしてしまって、なん人かのゆうれいさんたちは思わず、てんじょうまで飛び上がっていってしまったくらいでした。)

 

 いったい、その声のぬしは? 

 

 それは、われらが仲間、ライアン・スタッカートくんだったのです!(やっぱり。)

 

 「さっきから、なにをかってなことやってんのさ! ぼくたちには、時間がないんだってば! 早く、フェリーを助ける方法を教えてよ!」

 

 まあ、こんかいばかりは、ライアンのいうことももっともですね……。たしかにみんなは、このまちに起こったことを教えてもらうようにお願いしましたが、まさかこんな、えんげきのかたちで説明されるなんて、思ってもいませんでしたもの。

 

 「で、ですからこうして、げきを通して、みなさまにご説明しようと……」ミリエムがおたおたしながら、ライアンにいいました。

 

 「そんなのいいから! こんなの、ゆっくり見てる場合じゃないよ! ぼくたちは今すぐに、行動しなくちゃいけないんだから!」ライアンがつっぱねます。

 

 「う、うむ。まことに申しわけないが、その通り。お気持ちはうれしいが、われらには、あなた方のげきを見ている時間はないのです。」ライアンの言葉に、ベルグエルムもさすがにあとおしをしていいました。

 

 「えー。でも、すぐに終わるんですよ。せっかくれんしゅうしたのにー。」ミリエムがぶーぶーもんくをいいます。

 

 「どのくらいで終わるんですか?」ロビーがミリエムたちにたずねました。

 

 「このげきは、みじかい方のげきですから、第四まくのおしまいまでで、二時間半くらいかなあ。」

 

 「長すぎだよ!」ミリエムののんきな言葉に、ライアンがすっかりおかんむりになっていいました。

 

 「えー。でも、長い方のげきは、四時間はかかるんですよ。わたしたちみんな、残らずしゅつえんするから。」

 

 「じょうだんじゃないよ!」ミリエムののんきな言葉に、ライアンがすっかりおかんむりになっていいました(二回目ですが)。

 

 そして見かねたロビーが、(ライアンを「まあまあ。」といってなだめてから)ミリエムにいったのです。

 

 「ほんとうにぼくたちには、時間がないんです。すいませんけど。早くフェリアルさんを助けて、南のくににまでいかないと、たいへんなことになってしまうんです。」

 

 ロビーはできるだけかんけつに、それでいて気持ちのこもったいい方でそういうと、ゆうれいさんたちのことを見渡しました。すると、はじめはげきをちゅうだんされてぶーぶーいっていたゆうれいさんたちでしたが、ロビーにそういわれて、だんだんと、ロビーたちの気持ちもかれらに伝わっていったようでした。おたがいに顔を見あわせて、それぞれがとなりのゆうれいさんたちと、話しあっていたのです。

 

 「わかりました。せっかちな人たちだなあ。でも、そんなにだいじな用があるのなら、しかたありませんね。じゃあ、かんけつにお話ししましょう。」しばらくして、ミリエムがロビーたちの気持ちにこたえていいました。

 

 「では、われらをだいひょうして、ティエリーしさいさまに、お話をうかがいたいと思います。みんなー、はくしゅー!」

 

 わーわー! ぱちぱちぱちぱち! ふたたび大聖堂の中に、われんばかりのせいえんとはくしゅがわき起こります。

 

 「それでは、このロザムンディアに起こった、そのひげきの物語のことをお話ししましょう。」

 

 ティエリーしさいさまはみんなのあついせいえんにこたえてそういうと、さいだんの前のまん中に立って、静かなくちょうで話しはじめました。

 

 「ときは、三十年あまり前……、これは、ロザムンディアとよばれるみなとまちに起こった、とあるひげきの物語です……。その日、まちの通りに、ひとりの女の人が、助けをもとめて走ってまいりました。あーれー、お助けー。」

 

 え……? しさいさまのえんぎに、旅の者たちは口をあんぐりとあけてかたまってしまいました。

 

 「ふっふっふ。逃げてもむだだよ。この影から逃げられる者なんて、いないんだから。かくごおし。」

 

 「いぎあり! いぎあり!」  

 

 またしてもちゅうだんです!(とめたのはやっぱり、ライアンでした。) 

 

 「それ、さっききいたよ! おんなじじゃない!」

 

 ライアンの言葉に、ベルグエルムもロビーもただだまって、うんうんと、首をたてにふるばかりでした……。

 

 まあ、なんというか……、ゆうれいさんたちには時間がたっぷりありましたから、かれらはみんな、気がと~っても長いようなのです……。ですから数時間の時間でも、かれらにとっては、ものの数分みたいに感じられるようでした。それにしても、ちょっとまのぬけている感じのミリエムはともかくとして、しっかりした感じのしさいさままで……。人は見かけによらないものです(ゆうれいですけど)。

 

 それはさておき。もういいかげんに、話を進めてもらわなくっちゃ! 旅の者たちは心の底から、そう思いました!(さっきから、話がなんにも進んでいませんもの。)それでしさいさまにもようやくそれがわかってもらえたようでして、やっとのことで、「かいつまんで説明してもらうだけ」というじょうけんのもとで、話をきくことができたのです。

 

 ゆうれいさんたちにきいた、このまちに起こったできごと。それはつぎのようなものでした(いくつかの部分についてはすでにみなさんにお話ししたかと思いますが、もういちどおさらいとして、さいしょから説明しておきたいと思います。ライアンみたいに、「それ、きいたよ!」とはいわないでくださいね)。

 

 今から三十年あまり前、このまちにアルミラと名のる魔女が、たくさんの手下の影たちをひきつれてやってきました。影たちはつぎつぎと、人々からたましいをうばい取っていきました。そのころ、このいせきのまちは西の街道の北の出入り口としてさかえ、まちには旅人たちやお店の人たち、べっそうをかまえてここに住んでいた人たちなどが、たくさんいたのです(およそ二百人はいました)。とつぜんの魔女のしゅうげきに、人々はおそれ逃げまどいました。しかし魔女の手下の影たちは、それらの逃げまどう人たちからようしゃなく、たましいをうばい取っていったのです。

 

 たましいをうばわれた人たちは、おどろきました。自分のからだが地面にたおれていて、そしてみずからは半分とうめいなおばけみたいになって、ふわふわとただよいながら、その自分のからだをながめていたのですから!(ちょうどフェリアルがそうなったみたいに。もっともフェリアルの場合は自分のからだの前にロビーたちみんなが集まっておりましたので、さいしょはそのからだが、見えなかったのです。それでうしろから、かれらに声をかけました。)そしてそのあくじのちょうほんにんである魔女は、まちのまん中の大聖堂の前に空からふわりとおり立つと(アルミラは魔女のわざを使って、ちゅうをすいすい飛びまわることができたのです!)、大こんらんの人々の前で、いかにも魔女といった口ぶりで、こんなことをいいました。

 

 「こんなにたくさんのたましいが取れるなんて、ありがたいねえ。この半分でも、よかったんだけど。」

 

 魔女アルミラはそれから、「ほほほ。」と上品ぶった笑い方をしてみせました(もちろんこれは、見せかけだけの上品さです)。

 

 「いいまちが近くにあって、ほんとうによかったよ。おかげで、いい兵隊が作れそうだ。かんしゃしなきゃね。」

 

 その言葉に、人々は心の底からアルミラのことをののしりました。

 

 「ふざけるな!」「なにがかんしゃだ!」「半分でいいなら、いらない半分をかえせ! いや、全部かえせ!」

 

 しかしアルミラは、あざけるように笑っていいいました。

 

 「だめだめ。もうたましいは、飛んでっちまったからね。今ごろはもう、あたしのけんきゅうしつまで、ついちまったころだよ。」

 

 それから人々は、アルミラからさまざまなことをきき出しました。このアルミラという魔女は、人のたましいをうばい取り、そのたましいを使って、おそろしい軍隊を作ろうとしているというのです(それはこの章のはじまりでも、みなさんにご説明しましたね。アルミラは魔法学校からぬすんだきんじられたわざのけんきゅうを、ちゃくちゃくと進めていたのです)。そのけんきゅうのために目をつけたのが、このロザムンディアのいせきのまちだったというわけでした。

 

 ではなぜアルミラが、ほかの場所ではなく、このまちに目をつけたのか? といいますと……、じつはこれは、たんに魔女が住んでいるという場所からこのロザムンディアのまちが、いちばん近かったからという、ただそれだけのりゆうだったのです! これでなぞのひとつはとけたわけですが、それにしてもまちの人たちにとって、なんてめいわくなりゆうなのでしょう!(てっきりなにかとくべつなりゆうがあって、このまちがねらわれたのだとばかり思っていましたが……)

 

 (まちがおそわれたりゆうはともかくとして)人々のいちばんのかんしんごとは、ゆうれいになったらそのあとどうなるのか? ということでした(自分の身のことですから、とうぜんでした)。そして人々はアルミラから、そのおそろしいじじつをきかされてしまったのです。

 

 「たましいを半分残してやっただけ、ありがたいと思いなよ。おかげでゆうれいとしてなら、これからも問題なく、生きていくことができるんだから。これは、あたしのおなさけだよ。全部もらっちゃ、かわいそうだからね。」

 

 アルミラはそういって、またしても上品ぶって笑いました。そうです、たましいを半分だけ持っていくというのは、たんにアルミラの気まぐれからのことでした! けっかとしてはその気まぐれによって、みんなはかんぜんには死なずにすんだわけですが、でも、そういうものでもありませんよね! こんなに身がってで、はらの立つりゆうもないのですから。なにがおなさけなものですか!

 

 「それと、ひとついっておくよ。このまちからは、そとへ出ない方がいい。ひみつをそとにもらされちゃあ、かなわないからね。このまちには、のろいのけっかいを張らせてもらったよ。ゆうれいのおまえたちがこのけっかいを越えたら、残りのたましいもみんな、飛んでっちまうからね。なに、このまちから出ないかぎり、そのまま楽しく暮らしていけるんだ。ほんとうの死人には、なりたくないだろう?」

 

 これが、ティエリーしさいさまのいっていた魔女ののろいでした(けっかいというのは、その場所全体のことをおおうバリアーのようなものです)。これはまちの人たちにとって、とてもおそろしいのろいでした。もう自分たちには、このまちでゆうれいとして生きていくいがい、すべはないのです。これをきいて、なん人かの人たちが「じょうだんじゃない!」といってじょうへきのそとへと飛び出していってしまいましたが、かれらは魔女の言葉の正しさを、身をもってみんなに伝えることになってしまいました。かれらは声も立てずに地面にたおれこみ、そのまま、かわいそうなさいごをとげたのです。

 

 この魔女のけっかいについて、ひとつ重要なことがありました。それはこのけっかいは、ゆうれいになった者にしかききめがないということでした。ですから生きているロビーたちになら、このけっかいを越えて、まちのそとへと出ていくことができたのです(これはどうせそとには出られないからと、アルミラがべらべらしゃべって教えてくれたことのひとつです)。

 

 そしてそれが正しいということは、ある日このまちにはいりこんでしまったひとりの旅人によって、しょうめいされました。かれはせまりくる影から逃げて、モーグのそとまで、そのまま飛び出していくことができました。ですから生きている人であれば、のろいのけっかいのえいきょうを受けることなく、まちのそとへと出ることができるということがたしかめられたのです。

 

 ですがそとに出られても、せまりくる影からのがれることはかないませんでした。かれはまちのそとで影におそわれて、たましいを全部、うばわれてしまったのです。そうです、モーグのそとでおそわれた者は、たましいを全部取られてしまいました! これはひみつをそとにもらさないための、アルミラによるかんぜんな口ふうじでした(そとに出た者は逃がさない。そしてまちの中にいる者はゆうれいとしてとじこめ、そとに出られないようにする。ほんとうにこのアルミラという魔女は、なんてひれつで、いやらしいやつなのでしょう! ワットの黒騎士たちにもひけをとらない、悪者ぶりです!)。

 

 こうしてモーグの人々は、それから三十年あまりの長きに渡り、このまちでゆうれいとして暮らしつづけてきました。かれらは魔女のことを怒り、にくみ、うらみつづけてきました。あのかわいそうな旅人のかたきを、そしてもどることのない仲間のかたきを、かならずや取ってやらなければ! かれらはいつも、そう思いつづけてきたのです。これがこのまちに起こった、そのひげきのできごとでした。そして今日、かれらにまた、新しい仲間が加わってしまったのです。そう、フェリアルでした。

 

 

 「じょうへきのそとにいたがいこつの兵士たちのことを、お話ししたでしょう?」ミリエムが、旅の者たちにいいました。それはフェリアルがこわがっていた、あのがいこつたちのことでした(さあ、ようやくあのがいこつたちのなぞがわかるときが、やってきたようです)。

 

 「あのがいこつたちは、魔女の残していった、おきみやげなんです。あのがいこつたちは、門をくぐってまちにはいっていく者たちのことを感じ取って、魔女の手下の、影をよびよせるんですよ。新しくやってきた者たちのことを、このまちにとじこめてしまうために。ですからわたしたちは、門をくぐってはいってきたあなたたちのことを、注意したんです。」

 

 これで、さいごのなぞもとけました。そしてモーグの門がげんじゅうにとざされていたわけも。あの門をとざしたのは、ほかでもありません。このモーグのゆうれいさんたちだったのです。かれらは、ふたたび門をくぐってここに新たなぎせい者がはいってきてしまうのを、防いでいたというわけでした(でもけっきょく、ロビーたちははいってきてしまいましたが……。

 

 ちなみに、あのがいこつたちは、むかしは門のまわりを、ずっとうろうろ歩きまわっていたそうです。そしてじつは、「モーグはおばけのまち」といううわさが広まったのは、ほかでもありません。このがいこつたちのせいでした。モーグにやってきた旅人たちが、門の前でうろつくがいこつたちのことを見て「ひゃあ! おばけー!」といって逃げ帰ったのが、そもそものはじまりだったのです。それから三十年。さすがにがいこつたちもつかれたのでしょうか? 今ではまちのじょうへきにもたれかかって動くこともありませんでしたが、影をよびよせるそののろいの力が今でもけんざいなのは、みなさんもごしょうちの通りです。それにしても、三十年もたっているのに、まだのろいの力がつづいているなんて! アルミラの力の大きさが、よくわかりますよね。

 

 ところで……、モーグにはいる者のことをただ感じ取るだけなら、こんなあからさまながいこつなんかじゃなくても、なにかほかに、のろいの魔法かなにかを、門にしかけておけばいいじゃないかと思うかもしれませんが、これはやっぱり、アルミラの気まぐれからのことでした。魔法のわざをしかけておくよりも、見た目におっかないがいこつたちをうろつかせておく方が、のろわれたまちっぽくていいじゃないかという、ただそれだけの考えからのことだったのです。なんてたんじゅんな!)。

 

 「みなさんに、見せたいものがあります。こちらへきてください。」

 

 とつぜん、ティエリーしさいさまがそういって、みんなのことをまねきました。みんながついていくと、そこは地下へとくだるかいだんになっております。そのかいだんをおりていくと、ほそいろうかにつながっていて、しばらくいくとそのろうかは、大きなとびらの前で終わっていました。

 

 「この中です。どうぞ。」

 

 しさいさまがとびらをあけると、そこはだだっ広い石づくりの部屋でした。そしてその中を見たみんなは、そろって目をまるくして、おどろいたのです。

 

 その部屋の床いちめんに、たくさんの人たちのからだがきれいにならんで横たわっていました。その数はおよそ、二百人あまりはいるでしょうか? それはちょうど、このモーグのまちでたましいをうばわれてしまったゆうれいさんたちの人数と、同じでした。そう、ここに寝かされているのは、まさに、このモーグのゆうれいさんたちの、そのもとのからだにほかならなかったのです。

 

 「これが、わたしたちのからだです。」ティエリーしさいさまは、それらのまちの人たちのからだのことをしめしながらそういって、それからみんなを、あるひとりの人物のからだの前へとまねきました。そこに横たわっていたのは……、ほかでもありません。ティエリーしさいさま、ほんにんのからだだったのです。

 

 「みなさんのこのからだは、みんなまだ生きているのです。このからだには、まだたましいが、わずかに残っているからです。たましいが残っているかぎり、人は死にません。わたしたちは、いつか、このもとのからだにもどれる日がくることを、ずっと待ちつづけているのです。」

 

 ティエリーしさいさまは、かなしそうな目でそういいました(ところで、みなさんはこれとよくにた光景を、ついさいきん見たばかりですよね。そう、はぐくみの森の地下いせきの中に寝かされていた人たち。あの人たちのすがたにそっくりです! 旅の者たちはすぐに、そのことを思い起こしました。思えばあの人たちもまた、たましいをうばわれてしまっていました。そしてこのモーグの人たちも、同じだったのです。これはなんだか、同じなぞがかくされているみたいですよね? ちょっとずるいのですが、著者のわたしはもう、そのなぞのこたえを知っています。今ここで、それをお伝えしてもよいのですが……、やっぱりそれは、これからのお話の中でお伝えしていくことにしましょう。ごめんね)。

 

 「しさいさま。」ベルグエルムが、しさいさまにいいました。はぐくみの森の地下で自分たちがけいけんしたあのできごとのことを、ここでしさいさまに伝えておくべきだと思ったのです。

 

 「われらはここにくる前、あなた方とよくにた者たちのことを見ました。かれらもまた、あるかいぶつによって、たましいをうばわれてしまっていたのです。ですがかれらは、助かりました。かいぶつがたおされ、かれらのたましいが、かれらのからだにもどったからです。」

 

 これをきいて、ティエリーしさいさまはすこしだけ声を大きくして、いいました(どうやら、びっくりしているみたいです。でも、表じょうはそのままでした)。

 

 「やはり、そうでしたか。そうであると思っていました。」

 

 しさいさまはうばわれたたましいを取りもどせば、みんなはきっともとのからだにもどれるのだと、信じつづけていたのです。そしてその思いは、まちの人たちもみな、同じでした。しさいさまがいつも、みんなにそのことを話して、げんきづけてあげていたからです(いつもみんなのことを考えてくれている。ティエリーしさいさまがみんなにしたわれているわけも、わかりますよね。ただ美人だからというりゆうだけでしたわれているというわけでは、なかったのです)。

 

 「たましいを取りかえせば、みんなはかならず助かるはず。わたしたちはそののぞみを忘れずに、このまちで暮らしてまいりました。ですが、のぞみは果たされないまま、もう三十年です。みんなすくなからず、あきらめかけておりました。」しさいさまは、うつむきながらいいました。

 

 「ですが今日、ここにこうして、あなた方があらわれた。あなた方は、まさに神の使い。すくいのぬしです。」しさいさまはねっしんに心をこめて、旅の者たちにいいました(それでもまだ、表じょうはそのままでしたが)。

 

 「あなた方なら、ここをぬけ出すことができる。魔女をしりぞけ、魔女のもとから、みなさんのたましいを取りもどすことができるかもしれません。お願いです。ぜひとも、みなさんのことを、すくってあげてください。どうか、お願いです。」

 

 さて、旅の者たちはどうするのでしょうか? 

 

 もちろん、こうまでいわれてはことわるわけにもいきませんし、もとより、フェリアルを助けてやらないわけにもいきません。しかしかれらは、かれらの旅の重要さを、じゅうぶんすぎるほどにわかっていました。ほんらいならば、そとに出られるとわかった以上、今すぐにでもこのまちを出て、南への道を急がなければならなかったのです。たとえフェリアルがぬけてしまっても。ベルグエルムやライアンが、ぬけてしまっても。

 

 そんな中、ベルグエルムが深く考えをめぐらせながら、ゆうれいさんたちにいいました。

 

 「われらは南の地、ベーカーランドへの道のりを急いでおります。これは、このアークランドのみらいをかけた、ひじょうに重要な旅なのです。あなた方の中で、ベーカーランドまでの道のりに、くわしい者はおられるか?」

 

 これに対し、名のりを上げたのはほかでもありません。ミリエムでした。

 

 「ベーカーランドですか? それなら、街道にそって、まっすぐいけばいいんです。わたしもむかしは、よく、その道を通っていったもんですよ。今の街道がどうなっているのか? それはわたしにも、わかりませんが、まあ、むかしのけいけんは、今でもいきると思いますよ。」

 

 どうやらミリエムはむかし、西の街道を通って、ベーカーランドまでいったことがよくあったようでした。ベルグエルムの頭の中には今、まよいの気持ちがありました。ほんらいならばこんなところで、危険な冒険をおかすわけにはいかない。われらはロビーどのの身の安全を、いちばんに考えなければならないのだから。

 

 しかし、西の土地をしはいしているという魔女のうわさのこともある。その地を通っていくには、もとよりその魔女と今、けっちゃくをつける必要があるのではないか? さらには、どんなこんなんが待ち受けているとも知れない西の街道をゆくのに、われらだけでは、力がおよばないかもしれない。このまま進めば、ぎゃくにロビーどののことを、もっと危険な目にあわせてしまうかもしれぬ。よけいな時間を、もっとついやしてしまうことになるかもしれぬ。それにはやはり、土地のことにくわしい者を、つれていくべきではないか? 

 

 そしてベルグエルムはさいごに、こう思いました。

 

 フェリアル。かれの助けが、これからも必要になることだろう。とくにさいごの戦いにおいて、しきかんであるかれがかけてしまっては、ワットの力にたいこうするのはむずかしい。フェリアルをここにおいていくことは、このさきどれほどの力を、失うことになるのか? それに……、わたしとしても、かれとはなれてしまうのは、なんともさみしい思いだ。

 

 ベルグエルムはこのみじかい時間の中で、これだけ多くのことを考えていたのです(ライアンが、「つぎはなんのお菓子を食べようかな?」とちょっと思ったくらいのあいだにです)。まことに、このベルグエルムという騎士は、たぐいまれなる力とずのうをあわせ持った、ゆうしゅうなるしきかんでした(人の上に立つ者というのは、こうありたいものです。こんな人がしきかんだったら、部下たちはみんな、「ベルグエルムさまー!」と心からほれこんで、ついていってしまいますよね。さすがはベルグエルムさま! ときおりちょっぴり、おちゃめなところも見せてくれるのですが、それはまあ、ごあいきょうということで)。

 

 そしてついに、ベルグエルムがロビーにむかって、その口をひらいたのです。

 

 「ロビーどの、われらは、あなたを今すぐ、ぶじに、ベーカーランドまで送りとどけなければなりません。危険な冒険をおかすようなよゆうは、われらにはないのです。」ベルグエルムは重い表じょうを浮かべながら、いいました。これはまったく、正しい言葉でした。

 

「ですが……」

 

 そしてベルグエルムは、こうつづけたのです。

 

「旅の道すじは、ときと場合によって、つねに変わっていくものです。この西の地は、われらの力のおよばぬ、未知の土地。どのせんたくが、さいりょうのものであるのか? それはわたしにも、だんげんのできないことです。ですからこれは、われらがあるじたるロビーどののお考えによって、きめていただかなくてはなりません。ロビーどの、われらに道を、おしめしください。」

 

 ロビーはちょっととまどってしまいましたが、すでにロビーの心は、ひとつだけでした。

 

 ロビーはライアンの顔を見ました。ライアンはほほ笑んで、だまってうなずいてくれました。ロビーのことをよくわかってくれている、ライアン。そしてロビーにだまって道をもとめてくれる、ベルグエルム。ロビーは気持ちをかためました。

 

 「フェリアルさんを、まちのみなさんを、助けたいです。でも……、ぼくたちには、時間がない。とてもだいじな、旅のとちゅうなのだから。」

 

 ロビーはそういって、しさいさまのことを見ました。やっぱり今ここで、みんなのことを助けるわけには、いかないのでしょうか……? でも、ロビーの言葉には、つづきがあったのです。ロビーは仲間たちの方をふりかえると、静かに笑って、こういいました。

 

 「だから……、すぐにもどってきましょう。このさき、魔女が見張ってる道をゆくことを考えれば、けっきょくは、同じことだと思います。道を切りひらくのなら、早い方がいいもの。」

 

 やっぱりロビーは、ロビーでしたね!

 

 「そうこなくっちゃ! それでこそロビーだよ!」

 

 「このベルグエルム、しかと、ロビーどのをお守りいたします!」

 

 ライアンもベルグエルムも、そんなロビーににっこり笑ってこたえました。そして、そのつぎのしゅんかん……。

 

 

  わあああー! ぱちぱちぱちぱち!

 

 

 まわりからわき起こる、われんばかりの大かんせい! みんながびっくりしてまわりを見渡すと、いつのまにかかれらのまわりには、たくさんのゆうれいさんたちが集まって、はくしゅかっさいしていたのです(またすがたを消していたようですね。それにしても、とつぜん出てきておどろかすのが好きな人たちです。やっぱりこういうところは、ゆうれいならではなのでしょうか?)。

 

 

 「やっぱり、さいしょ見たときから、ただの人たちじゃないと思ってたんだ!」

 

 ゆうれいさんたちが口々に声を上げました。

 

 「あの、にっくき魔女のやつめに、ひとあわ吹かせてやってください!」

 

 「やった! 人間にもどれたら、これで、大好きなお酒が飲めるぞ!」(ちょっと、もくてきがずれている人もいましたが……)

 

 

 「ありがとう、みなさん。ありがとう。」しさいさまも小さい声ながらも、せいいっぱいのかんしゃの気持ちをあらわしていいました。

 

 「でも、しさいさま。みんなを助けるためには、ぼくたちは、どうしたらいいんでしょう? 魔女をやっつけて、たましいを取りもどすといっても、ぼくたちには、どうしたらいいのか? わかりません。」

 

 ロビーがもっともなしつもんをしました。そうです、もくてきがきまったのはいいのですが、まずはどうすればいいのか? それがわからないことには、どうにもできないのですから。ですからそれからすぐに、旅の者たちのこれからのぐたい的な行動をきめるための、作戦かいぎがひらかれることになりました。作戦の名まえは……、その名もずばり、「魔女をやっつけてたましいを取りもどせ」大作戦!(なんてわかりやすい!)

 

 さあ、これがさいごの話しあいです。みなさん、お集まりください。だいじょうぶ、すぐにすみますから、安心していいですよ。とってもとっても手みじかにしてもらうように、われらが仲間たちが、ゆうれいさんたちに、がっちりとくぎをさしておきましたから!(とっても気の長いゆうれいさんたちですから、うっかりしていたら、このかいぎだけで、いちにち終わってしまいそうですものね。)

 

 

 「このまちを南にぬけると、そこは、だだっ広いしっちたいになっているんです。」テーブルに広げられた地図の前で、ゆうれいさんたちが旅の者たちに道をしめしました(しっちたいとはぬまや池の広がる、しめっぽくてじめじめした土地のことをいいます)。

 

 「このしっちたいには、魔女の手下だといわれている、かえるの種族の者たち、フログルたちが住んでいるんです。かれらは、このしっちたいのぬしであり、ここではかれらに、かなう者はいません。かれらに見つからないように、くれぐれもお気をつけて……」

 

 シープロンドのかいぎの場でもちょっとだけ名まえの出てきた、かえるの種族。それがいよいよ、ごとうじょうのようです(もし出会えばの話ですが)。いったいフログルとは、どんな者たちなのでしょうか?

 

 南の地に住んでいる者たちは、かつてこの西の街道から、北の地へとむかって旅したわけですが、そのころでもこのかえるの種族の者たちのことについては、だれにもくわしくは知られていませんでした。それは旅をゆく者たちが、みな、安全な街道からはなれて歩くことをしなかったからなのです。

 

 つまり、このかえるの種族の者たちが住んでいるしっちたいは、街道からすこし、はなれた土地に広がっていました。そのため旅をゆく者たちは、危険なしっちたいには近づこうとはせず、かえるの種族のかれらとも、ぜんぜん会うことはなかったというわけだったのです(だれも会うことがありませんでしたから、みんながフログルたちのことについて、ほとんどなんにも知らなかったのも、とうぜんのことでした。また、そのころからすでによくないうわさを持たれていたかえるの種族の者たちとは、できれば出会いたくないと、みんなが思っていたのも、かれらのことがきちんと人々に伝わっていかなかった、大きなりゆうのひとつとなっていたのです。魔女の手下だとうわさされているのも、じつはこういったところが、大きくかかわっているようでした。つまりまだじっさいに、かれらが魔女の手下だと、かくにんできたというわけではなかったのです。もっとも、「魔女の手下ですか?」なんてかれらにきくようなまねをする者は、だれもいませんでしたから、かくにんのしようもありませんでしたが……)。

 

 そのしっちたいが、この三十年あまりのあいだに、まちのすぐ南がわにまで広がってきていたというわけでした。

 

 魔女が住んでいるという場所は、そのしっちたいの中だということでした(これは「魔女はぬまの中の巨大な塔に住んでいる」という南のくにのうわさとも、同じでした)。くわしい場所まではわからないそうですが、とても大きな塔だというので、いけばたぶんわかるんじゃないか? ということでした(う~ん、なんだか大作戦というわりには、とってもおおまかでてきとうな作戦のような気もしますが……。まあ、じっさいに魔女の塔を見たことのある者が、このゆうれいさんたちの中にはだれもいませんでしたので、しかたありませんけど。これらはほとんど、かれらが旅人たちからきいた話だったのです。

 

 かといって、旅人たちがこの魔女の塔のことを、じっさいに見たというわけでもありませんでしたけど。かれらはふつうの旅人たちであり、冒険者ではありませんでしたので、自分から進んで魔女の塔に近づこうとする者などは、ひとりもいませんでした。ですからかれらもまた、魔女の塔のことについては、塔のある場所のこともふくめて、うわさできく以上のことはなにも知らなかったのです。なんだよー、きたいはずれだなー、と思われる方もいるかもしれませんが、それはどうかごかんべん願います。かれらだって、魔女はこわかったのですから……)。

 

 「あなたたちやわたしたちのことをおそった、あの影は、みんな、このしっちたいの中からやってきているようです。」ティエリーしさいさまがいいました。「ですから、魔女のすみかだという塔も、そこにあると思います。」

 

 「じゃあ、話は早いね。」ライアンがこたえていいました(ちなみに、ライアンは今、宝石の実のぼうつきキャンディーを三本、口にいれていました。モーグのかびだらけのまちの中では、とてもキャンディーをなめる気にはなれませんでしたので、ここでまとめてなめていたのです)。

 

 「そこへ乗りこんでいって、『こらー! 魔女めー! このライアンさまが、じきじきに、たまひいをかえひてもらいにきたぞー、かくごしろー!』って、大声でさけべばいいんれしょ?」

 

 ライアンはそういって、にこにこした顔で、しさいさまのことを見ました(これはもちろん、ライアンのじょうだんでした)。ですがしさいさまは、そんなライアンのじょうだんにぜんぜん表じょうも変えずに、ライアンのことをちらりと見て、こうこたえるばかりだったのです。

 

 「いえ、魔女の塔には、いきなり近づくべきではありません。そんなふうにさけべば、たちまち魔女に先手をうたれて、つかまってしまうことでしょう。」

 

 「あ、えと……、じゃ、なにか、いい方法があるんでしょうか?」れいせいにへんじをかえされてしまいましたので、ライアンはちょっとひょうしぬけしてしまって、こんどはていねいないい方でたずねました(あんまりじょうだんが通じない人みたい……。ライアンがそっと心の中でつぶやいたのは、いうまでもありません)。

 

 「はい。魔女のことをよく知る人物がひとり、南の土地に住んでいるはずです。あなた方は、まず、その人のところをたずねるべきでしょう。」しさいさまがこたえていいました。

 

 「その人物とは、いったい、どういった者なのですか?」ベルグエルムがたずねます。

 

 「名まえは、はっきりしてないんですよ。」しさいさまのかわりに、ミリエムがこたえました。「ほんとうは、カルディー……、なんとか、って、いうらしいんですがね。ほんとうの名まえは、だれもおぼえていません。みんな、その人のことは、カルモトってよんでるんです。」

 

 「カルモト? へんてこな名まえらね。どこのくにの人なの?」ライアンがたずねます。

 

 「それも、はっきりしてないんですよ。」また、ミリエムがこたえました。「うわさじゃ、西の大陸からやってきたっていうんですがね。とにかく、すごい人なんです。」

 

 なんだかこのカルモトという人物。ただ者ではないみたいです。なんでもこの人は学者だということでしたが、その力は魔女のアルミラをも、しのぐのだということでした。しっちたいからさらに南東にくだった山のすそのにずっと住んでいて、なにかのけんきゅうにうちこんでいるということです。ですから人前にはめったに、すがたをあらわさないそうでした(ちなみに、カルモトというよび名はかれの本名をみじかくしょうりゃくしたものらしいのですが、ほんとうはどんな名まえなんでしょうか? それは、もうすこしあとのお楽しみ)。

 

 とにかくまずは、このカルモトという人のことをたずねて、力を貸してもらうこと。それがいちばんはじめのことのようでした。このカルモトという人といっしょなら、魔女のアルミラをやっつけて、魔女のもとからたましいを取りもどすことができるかもしれません。

 

 「しっちたいをさけて、山すそを進みなさい。そうすれば、いずれ、カルモトさんの住む家にたどりつくことができるでしょう。魔女にたいこうするすべや、魔女からたましいを取りもどす、そのぐたい的な方法については、カルモトさんが知っているはずです。」しさいさまがいいました(う~ん、なんだかやっぱり、大作戦というわりには、ずいぶんとあいまいな部分が多いような気もしますが……。かんじんな部分については、まるっきり、カルモトさんしだいってことのようですし……。まあでも、どうすればよいのかは、カルモトさんに会えばわかることでしょう。とりあえず、よてい通りに話しあいがすんなり終わってくれて、よかった!)。

 

 「うまく、ことがはこびますように、心よりおいのりいたしております。あなた方に、神のごかごがありますように。」さいごにしさいさまが、もういちど旅の者たちにいいました。

 

 

 「それではみなさん。じゅんびができましたら、どうぞいっしょに、ついてきてください。」

 

 ミリエムがそういって、旅の者たちのことをみちびきました。みんなはこれから、いよいよこのまちを出て、そのカルモトというなぞの人物の住む家をめざすわけでしたが、まずはこのまちからそとに出るという、ただそれだけのことから、はじめなければなりませんでした。それはつまり、まちの南門は北門と同じく、ゆうれいさんたちがかたく手をほどこしてとざしておりましたので、そこをあけるのはたいへんなことだったからなのです(またライアンが、吹っ飛ばすわけにもいきませんでしたし)。

 

 それでみんなは、ゆうれいさんたちが教えてくれたひみつのぬけ道から、そとに出ることになりました。そのぬけ道までのあんないを、みんなは今、ミリエムたちにお願いしたというわけだったのです(そのぬけ道はそとからのこうげきにそなえてつくられたもので、馬が通れるほどの広さがあるということでした。これは馬に乗った兵士たちが、そのままそとの敵を、ふいうちすることができるようにするためだったのです。じっさいにこのぬけ道が戦いのために使われたということはないそうですが、高くがんじょうなじょうへきといい、このまちがいかに守りのかたいまちであったのか? よくわかりますよね)。

 

 そのさなか。みんながゆうれいさんたちに送られて、大聖堂のことをあとにしようとしているときのことでした。ライアンがメルのからだにつけられたにもつをさいごにたしかめていると、むこうのはしらの影で、だれかがひとり、自分のことを手まねきしているのが見えたのです。なんだろう? と見てみると、それはティエリーしさいさまでした。なんであんなところにいるんだろ? ライアンはふしぎに思いましたが、ここはとにかく、いってみた方がいいようです。

 

 「ちょっと待ってて。」ライアンはロビーにことわって、ひとり、そのはしらの影までいってみました。するとそこにティエリーしさいさまがひとりで立っていて、そしてしさいさまは、ライアンのことを前にすると、なんだかもじもじとしながら、ライアンにこんなことをいったのです。

 

 「あの……、ライアンさんといいましたね。ひとつ、お願いがあるのですが……」

 

 「なんでしょうか?」ライアンはていねいないい方で、そういいました(さっきいちど、しっぱいしてしまいましたから)。

 

 それに対してしさいさまは、自分の両手の人さしゆびをおたがいにつんつんとつっつきあわせながら、なんともいいにくそうに、こういったのです。

 

 「もし、もとのからだにもどれたら、頭をなでさせてください。」

 

 え? なんですか、それ? しさいさまのいがいな言葉に、ライアンはきょとーんとしてしまいました。

 

 「あ、あの、それは、どういうことですか?」ライアンはわけがわからずに、たずねました。そしてつぎにしさいさまの口から出た言葉は、まったくもって、いがいなものだったのです。

 

 「ライアンさん、とってもかわいいので。じつはわたし、かわいいものが大好きなんです。さっきのかいぎのときのじょうだんも、かわいかったです。」

 

 ええーっ! じつはしさいさまはかのじょの言葉の通り、かわいいものが大好きな、とってもメルヘンチックな女の子でした。ですけどロザムンディア大聖堂のことをとりしきるしさいさまとして、それをおもてに出すことを、ずっとがまんしていたのです。それがかわいい見た目のライアンのことを前にして、とうとう、がまんができなくなってしまったというわけでした。

 

 まあ、気持ちはわかりますので、もとのからだにもどれたおいわいとしてなら、そのくらいはいいんじゃないでしょうか? それでライアンも、はじめはちょっととまどっていましたが、そこは持ち前の明るさで気持ちを取りなおすと、しさいさまとやくそくをかわしてあげたのです。

 

 「そーだったんだ。しょうがないよね。ぼく、かわいいもん。」ライアンはそういって、その場でくるん! とかわいくまわってみせました(う~ん、ライアンは自分で自分がかわいいと、みとめてしまっているみたいですね……。まあ、かれらしいといえば、かれらしいですけど)。

 

 「じゃあ、とくべつですよ。からだがもどったら、頭、なでさせてあげる。」

 

 これをきいたしさいさまの、うれしそうな顔といったら! もうかんぜんにしさいさまということは忘れてしまって、ただのひとりの、かわいいもの好きの女の子になってしまっていました(ちなみに、ゆうれいになったとき、しさいさまはまだ十七さいでした。ゆうれいはとしを取りませんでしたので、しさいさまはずっと、十七さいのままだったのです。なるほど、これなら女の子らしくふるまいたいのも、わかりますね)。

 

 「きっと、もどってきてくださいね。楽しみに待ってます。」しさいさまがいいました。

 

 それからライアンとティエリーしさいさまは、あくしゅをするしぐさをして、ひとまずのおわかれをしたのです。ライアンがしさいさまに手をふってもどってきたときには、もうすっかり、出発のじゅんびができていました。

 

 「なにを話してたの?」ロビーが、もどってきたライアンにたずねました。

 

 「うん、気をつけていってきてね、って。うまくいくといいね。」ライアンはそういって、(背のびをしながら)ロビーの頭をなでてあげました。

 

 ロビーはなんだかくすぐったいといったようすで、ふしぎそうな顔をするばかりでした。

 

 

 それから一行は、馬に乗って、モーグのまちの通りをぱかぽこと(いや、かびが生えていましたので、ぎゅぽぎゅぽと)、めざすひみつのぬけ道へとむかって進んでいきました。かれらのまわりには大勢のゆうれいさんたちが、足あともつけずに歩いたり、ふわふわ飛んだりしながら、ついてきていたのです(たぶん、すがたを消している人もいっぱいいたんだと思います)。

 

 その中にひとり、みんなのよく知っている人物もまじっていました。それは、そう、ゆうれいになってしまった、かわいそうなフェリアルくんでした。フェリアルは作戦かいぎのあいだ中、ずっとあわを吹いてきぜつしたままでしたが、出発するにあたり、ゆうれいさんたちに顔をぴしゃぴしゃとたたかれて、ようやく目をさましたのです(ゆうれいが目をさますというのも、おかしなものですけど。

 

 ちなみに、フェリアルがなかなか目をさましませんでしたので、ゆうれいさんたちはライアンに、「ほら、もっと強くたたいて! 顔がくずれてもいいから! 気持ちがはいってないよ、気持ちが!」とめいれいされながら、しかたなくたたいていたのです。たぶんゆうれいでなかったのなら、またあのおそろしい、クルッポーのえじきになっていたことでしょう……)。

 

 フェリアルはもう、自分がゆうれいになってしまったということを、みとめざるを得ませんでした。ですからかれは、いよいよかんねんしたという感じで、(「はあ……」と深いため息をなんどもつきながら)みんなのあとをとぼとぼとついていっていたのです(そのまわりではなん人かの気さくなゆうれいさんたちが、「まあ、楽しくやろうぜ、きょうでえ!」といって、肩をくんできたりしていましたが)。

 

 「あれが、まちの南門ですよ。」

 

 やがて道のさきに、なんとも大きくて、なんともがんじょうそうな門が見えてきました。そのりっぱなこと! みんなは思わず、そろって「これはすごい!」とおどろきの声を上げてしまったものだったのです。この門にくらべたら、旅の者たちがくぐってきたあの北門などは、ほんとうに小さく思えました。門の高さはおよそ六十フィートほどもあって、はばもだいたい、そのくらいはありました(そのうえゆうれいさんたちにきいたところによりますと、そのあつさも、すごいものなのだということでした。だいたい、八フィート以上はあるということです!)。

 

 こんなに大きな門は、みんな今までに見たことがありませんでした。ベーカーランドのお城の門だって、ここまで大きくはなかったのです(北門でさえいくら体あたりしても破れなかったというのに、この門などは体あたりなどしようものなら、からだがばらばらになってしまいそうです! ライアンのひっさつのいちげきのわざでも、おそらくむりでしょう。こんどばかりはぶあつすぎでしたし、がんじょうすぎでしたから! 

 

 もっとも、十回くらいあのわざをたたきこめば、人がひとり通れるくらいのあなを、あけることもできるかもしれませんが。でもそんなことをしたら、かくじつにシープロンドで大問題となるでしょうし、なによりその前に、ライアンがつかれてたおれてしまうことでしょうけど)。

 

 南門のとびらには北門のとびらと同じく、カピバルのわざのペンキがぬられていて、そのためかびのような植物がぜんぜん生えていませんでした。表めんは、よくみがかれたアンティークの家具のようにぴかぴかと光っていて、まったくみすぼらしいところもありません。さらにとびらのふちには、ロザムンディアのまちのマークと同じ、船とロープをあしらった浮きぼりが、美しくほどこされていました。それはまったくもって、みごとのひとことにつきる、げいじゅつ品のような門だったのです。

 

 ですがその門も、今となってはとびらがすっかりふさがれてしまっていて、人が通ることなどはとてもむりなじょうたいになってしまっていました。それはそとから人がはいってくるのを防ぐために、ゆうれいさんたちがみんなで力をあわせて、この門をげんじゅうにとざしたからなのです。門にはいくえにもおよぶ渡し木がかけられていて、しかも門の前には、たくさんのたんすやらつくえやらといった家具などが高くつみ上げられていて、道をふさいでいました。

 

 「ね? これじゃあとても、この門をすぐにあけるなんてこと、できないでしょう?」ミリエムが旅の者たちにむかって、とくいそうにいいました(この南門は大聖堂とならんで、このまちの大きなほこりでした)。「それに、この門のそとにも、がいこつの兵士たちがたくさんいるんです。ですから、ここから出るのは、やっぱりやめた方がいい。なにが起こるのかは、まだわたしたちにも、わかりませんからね。」

 

 「それは、たしかにそうだ。」ミリエムの言葉に、ベルグエルムもこたえていいました。「あのがいこつたちが、また、影をよびよせないともかぎらない。そんな危険は、もうにどと、おかすわけにはいかないからな。」

 

 「それはそうと、」ライアンがミリエムにいいました。「その、ひみつのぬけ道、ってのは、どこにあるの?」

 

 「ああ、そのぬけ道なら、」いわれて、ミリエムが思い出したようにこたえました。「もう、だいぶすぎましたよ。さっき、小さな塔のある、たてものがあったでしょう? あれは、兵士の家とよばれていて、そとへのぬけ道は、その地下につくられているんです。」

 

 

 「なんだってー!」

 

 

 旅の者たちはみんなそろって、さけんでしまいました。またしても、気の長~いゆうれいさんたちに、してやられてしまったわけです。

 

 「ちょっと! なんでそれを、早くいわないのさ! そこにあんないしてくれてたんじゃ、なかったの!」

 

 ライアンが、ぷんぷん怒っていいました。

 

 「い、いや、その前に、このりっぱな門を、見せてあげたいな、と思って……」ミリエムはたじたじになっていいましたが、もうすっかり、ライアンはおかんむりでした。

 

 「そんなのいいってば! 早く、ぬけ道まで、あんないしてよ!」

 

 う~ん、やっぱりモーグのゆうれいさんたちは、みんなどこか、のんびりしているみたいです……。すばらしい門を見せてあげたいというその気持ちは、ありがたいんですけどね……(こんかいばかりは、ロビーにもライアンをなだめることはできませんでした)。

 

 

 それからみんなは大急ぎで(というよりゆうれいさんたちを急がせて)、ぬけ道のあるというそのたてものの前まで、もどっていきました(なにしろ広いまちですから、これだけでもずいぶんと、時間をむだにしてしまいました)。やれやれ、これでようやく、このモーグからそとに出ることができるみたいです。ロビーがおそろしい影のおばけたちと戦ってから、ここまで、一時間とすこししかたっていませんでしたが、なんだかみんなは、もうずいぶんと長いこと、このモーグに足どめされてしまったような気がしました(それはたぶん、気の長いゆうれいさんたちにつきあわされて、あれこれ時間をむだにしてしまったからでしょう……)。

 

 ミリエムが教えてくれたその兵士の家というのは、まちの小さな通りのとちゅうに、なんのかざりけもなくたっていました(小さないっぽんの塔が、ちょっとつき出ているくらいでした)。もしこの家のことを知らされていなければ、ここにひみつのぬけ道がかくされているなんてことは、だれにもわかるはずもないでしょう。そのくらいその家は、ほかのたてものにとけこむように、ごくふつうにたてられていたのです(これはひみつのぬけ道のことを、かんたんには見つけられないようにするためでした。ぬけ道はここですよー、なんて、ひと目でわかるようになってたんじゃ、ひみつにしている意味がありませんものね)。

 

 「ほんとに、ここなのー?」ライアンがとってもうたがわしそうに、じっとりとした目つきで、ミリエムにつめよりました。「また、中にきれいな絵でもあって、それを見せたいだけ、なんてんじゃないだろーね?」

 

 ぐいぐいつめよってくるライアンに、ミリエムはまたしてもたじたじになって、こたえました。

 

 「いやっ、こんどは、ほんとうですってば! このまちには、こんなふうな兵士の家とよばれるたてものが、いくつかあって、それぞれが地下のトンネルで、つながっているんです。ここはまちのそとに通じているトンネルから、いちばん近い、入り口なんですよ。」

 

 まあとにかく。中にはいってみればわかることですから。それでみんなはそれぞれの騎馬たちをひいたまま、たてものの入り口のとびらから、中にはいっていったのです。

 

 家の中はがらんとしていて、いすひとつありません。床もかべも、あのかびのような植物にびっしりとおおわれていて、こんな場合じゃなかったら、とても中にはいりたいとはだれも思わないことでしょう。

 

 「なんにもないじゃん。さては、また、いいかげんなこといってんじゃないだろーね!」ライアンがまたもや、ゆうれいさんたちにつめよりました。その右手のさきには、いつでも飛ばせるように、風のうずがまき起こっております!(おそろしい! もっともゆうれいさんたちには、風のうずのこうげきもきかないんですけど。でも、そのはくりょくだけは、じゅうぶんでした。)

 

 「いえっ! ぬけ道ですから、かくしてあるんですよ! ほ、ほら、ここに。」ミリエムはそういってみんなの前に進み出ると、床の石だたみを手でさぐって、そこにかくされていた小さなわっかを手にしました。そのわっかを、えいとひっぱると……。

 

 

   ごご、ごご、ごごご……。

 

 

 にぶい石のずれる音とともに、みんなの目の前の床が、どんどんとなくなっていきました! そしてしばらくすると、それはなんとも大きな、地下へと通じるひみつのぬけ道へと、変わったのです!

 

 「ふええ、すごい!」みんなはびっくりして、目の前にあらわれたまっ黒なあなの中を、のぞきこみました。おくの方までゆるやかな坂がつづいていて、さきのようすはまったく見通せません。ですけど道はばはとても広く、馬が二頭、らくにならんで進めるくらいはありました。これなら馬に乗ったまま、まちのそとまでいけるという話も、ほんとうのようです。

 

 「ね? ほんとうだったでしょ?」ミリエムが、どうだといわんばかりに胸を張って、いいました。これにはライアンもさすがに、「ぐぬぬぬ……!」とうなって、なにもいいかえすことができません。

 

 そんなみんなのことをしり目に、ミリエムがなんともきんちょう感のないいい方で、いいました。

 

 「じゃ、みなさん、気をつけていってきてくださいねー。道なりに進めば、じょうへきを越えて、まちのそとまで出られますから。いってらっしゃーい。」

 

 ミリエムの言葉に、ミリエムをふくむ見送りのゆうれいさんたちは、とつぜん、みんなそろって手をひらひらとふって、笑顔でみんなにおわかれをしました。

 

 「え? とちゅうまで、あんないしてくれるんじゃないのか?」ゆうれいさんたちのとつぜんのおわかれに、ベルグエルムがびっくりしてたずねます。

 

 「いえいえ。ぼくたちは、ここはこわくて、はいれないので。この道は、もうずっと、使われていない道なんです。この中には、むかしから、おばけが出るって、もっぱらのうわさでして……」

 

 

 「なんだって!」

 

 

 ゆうれいさんたちの言葉に、みんなはいっせいにさけんでしまいました。そんな話は、ぜんぜんきいていませんでしたもの! 

 

 「おばけって! きみたちだって、おばけじゃんか! にたようなもんでしょ!」ライアンがいいましたが、ゆうれいさんたちはぶるぶるとふるえながら、こうこたえるばかりでした。

 

 「いえいえ! ぜんぜんちがいますよ! ここのは、もともとのおばけなんですから。わたしたちは、いわば、半分だけおばけなんです。かんぜんなおばけなんて、とてもこわくて……」

 

 これはどうにも、なんといっていいものか……。とにかくここには(ほんものの)おばけが出るということで、このぬけ道はまちの人たちから、とってもこわがられている道だったようなのです(それならそうと、早くいってよ!)。

 

 ですけど、そんなことにかまっていられる場合でもありません。とにかくここを通っていかないことには、なんにもはじまらないのですから。みんなはもうかくごをきめて、このおそろしげなぬけ道の中に、はいりこんでいくしかありませんでした(なにか出たら、そのときはそのときです!)。

 

 「だいじょうぶ。そんなに長くはないはずですから、安心してください。うまく進めたら、まちのそとの山すその出口から、出られますから。いってらっしゃーい!」ゆうれいさんたちが、もういちど手をひらひらとふって、みんなを笑顔で見送りました(自分がいくんじゃないものだから、まったくもってのんきなものです!)。

 

 こうして旅の者たちは、この暗くてこわいひみつのぬけ道の中へと、ふみこんでいったのです。おっと、その前に、この人のことを忘れてはいけませんでしたね。みんなは、「ぬけ道の入り口のふちにかじりつきながら、わんわん泣いて見送っている」その人にむかって、しばしのおわかれの言葉をかけました。

 

 「じゃあ、いってくるからね。いい子でおるすばんしてるんだよ、フェリー。」ライアンがいいました。

 

 「かならずもどる。心配するな。」これはベルグエルムです。

 

 「フェリアルさん、ちょっとのあいだだけ、がまんしてくださいね。」さいごにロビーがいいました。

 

 さて、ゆうれいのフェリアルとは、ここでしばらくのあいだおわかれです(フェリアルのファンのみなさんには、申しわけありません。しばらくのあいだだけ、がまんしてくださいね)。フェリアルは去っていくみんなのうしろすがたにむかって、なんどもなんども、さけんでかえしました。

 

 「ぜったい、もどってきてくださいよー! やくそくですよー! 早く、もどってきて! こんなところにひとりぼっちは、ぜったい、いやー! やだー!」

 

 

 「ああ……、いっちゃった……」

 

 みんなのすがたがかんぜんに見えなくなって、かえってくるへんじもなくなってしまうと、フェリアルはがっくりと肩を落として、その場にへたりこんでしまいました。もうこれでかんぜんに、おばけのまちでおるすばん、けっていです。まさか自分が、こんなことになってしまうとは……。

 

 「さあさあ、げんきを出して!」そんなフェリアルの肩を、ミリエムがぽん! とたたいてはげましました。「みんな、すぐにもどってきますよ。」

 

 ですがそんなミリエムのはげましも、フェリアルには遠く、べつの世界での言葉みたいにきこえるばかりでした。

 

 「それはそうと……」ミリエムが急に、表じょうを変えていいました。「あなたにはそのあいだに、ぜひ、やってもらいたいことがあるんですよ。」

 

 フェリアルが、え? と思ったときには、かれはもうたくさんのゆうれいさんたちに、取りかこまれてしまっていたのです。

 

 「な、なんです? やってもらいたいことって?」

 

 フェリアルがおっかなびっくりそういうと、ゆうれいさんたちはみな、にっこり笑っていいました。

 

 「あなたたちがこわした、北の門。あなたにぜひとも、なおしてもらわなくっちゃ!さあさあ、みなさんが帰ってくる前に、終わらせてもらいますよ! わたしたちも手伝いますから。さあ、さっそく取りかかりますよ!」

 

 ぐいぐいつめよってくるゆうれいさんたちに、フェリアルはもう、なすすべもありませんでした。

 

 「そ、そんなー!」

 

 

 はたしてみんなはぶじに、おそろしい魔女のことをしりぞけて、フェリアルとゆうれいさんたちのたましいを取りもどすことができるのでしょうか? かわいそうなフェリアルの、運命やいかに!(これ、前の章の終わりでもいいましたっけ?)モーグのまちではそんなみんなのことにはおかまいなしに、今日もあのかびのような植物が、げんきに、みどり色のこなをぷしゅー! と吹き出していました。

 

 

 

 

 

 




次回予告。


   「ここはなんだか、いやな感じがする。」

      「めんどうなことにならなければいいんだけどな……」

   「うっわー! なにこれー!」 

      「カル……、なんだって?」


第12章「カルモトさがし」に続きます。


 


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12、カルモトさがし

 今からなん十年と前のこと。このアークランドよりもずっと西の、海のむこうの大陸でのお話です。その大陸にはじつにさまざまなくにがあって、じつにさまざまなぶんかがごったがえしていました。住んでいる人たちもじつにさまざまでした。人間はもちろん、ありとあらゆる動物の種族の者たち。海の種族、山の種族、小人たち。動く木の種族。果ては、はっきりとしたからだを持たない、けむりのようなすがたの種族の者たちまで、じつにさまざまな種族の者たちがこの大陸には住んでいたのです(アークランドのウルファたちとはしゅるいがちがいましたが、おおかみ種族の者たちもすくなからず住んでいました)。ですから人々はこの大陸のことを、しぜんとこうよぶようになりました。いろんなものがまじりあった大陸。こんごう大陸ガランタと。

 

 そのガランタ大陸の東の果て、みなとの大都市ポート・ベルメルからほど近いヴァナントという小さなまちに、ひとつの魔法学校がありました。その学校には大陸中から、数多くの魔法をこころざす人たちがやってきて……、って、このへんくらいまでにしておきましょう。そう、みなさんの思ってらっしゃる通り、これって前の章のはじまりと、おんなじなんです!(ライアンみたいに、「おんなじじゃない!」っていわれた方もいるかもしれませんね。)

 

 でもご安心を。ちゃんとわかっていますから(まちがえて前の章と同じ文を書いてしまったわけではないのです)。ここでいぜんと同じことをみなさんにお伝えしたのは、ここでしょうかいするある人物が、魔女のアルミラと同じく、このヴァナントの魔法学校にいたからなんです。ですがその人はアルミラとはちがって、とっても正しいおこないの人でしたし、しかもその人には、アルミラとはけってい的にちがうところが、ひとつありました。それはアルミラがこの魔法学校のせいとであったのに対して、その人物は、せいとではなかったというところでした。つまりこの人は、この魔法学校の先生だったのです。

 

 いったいこの人物とは、どういう人物なのでしょうか? じっさいこの人のことについては、この魔法学校の先生だったころから、なぞだらけでした。まずこの人の正しい名まえを知っている人が、ぜんぜんいないというところからして、もうふしぎな人でした(校長のアルフリート・ルーマット先生でさえ、この先生の名まえをおぼえていないくらいでした)。学校のけんきゅうしつのいっしつにとじこもって、なん日もなにかのけんきゅうにのめりこんでいたかと思えば、とつぜん、「旅行にいってきます!」といって、ふた月近くもいなくなってしまったことさえありました(じつに自由きままな人です!)。

 

 こんなふうでしたから、この先生はせいとたちのかっこうのうわさのまととなりました。「じつはあの先生は、悪魔の世界からやってきた、魔人なんだ」とか、「大むかしの魔法のじっけんによって生まれた、魔法のエネルギーそのものなんだ」とか、あることないこと、さまざまなうわさが流れていったのです(「ピーマンが大きらい」といううわさも流れていたようです。ほんとかどうかはわかりませんが)。

 

 それらのうわさも(ピーマンの話はべつとして)すべて、この先生の魔法の力が、ほかのすべての先生たちの力よりも強かったから、出てきたものでした(校長のアルフリート先生よりも、魔法の力の強さでは上でした)。ですがわたしはここで、このふう変わりな先生のこの魔法学校でのお話のことを、やめにしなければなりません。それはどういうことか? といいますと、じつにたんじゅんなことなんです。この先生がある日きっぱりと、この魔法学校をやめてしまったからでした! 

 

 さてさていったい、どうしてしまったのでしょう? せいとたちや先生たちも、こぞってこの先生のことをふたたびうわさのまととしましたが、ほんとうのところは、とうのほんにんにしかわからないことでした。「けんきゅうのために、ほかの大陸に渡ったんだ」とか、「いやいや。悪魔の世界へ帰ったんだ」とか、さまざまなうわさが、あてもないまま飛びかっていくばかりだったのです。

 

 ここでひとつ、だいじなことをみなさんにお伝えしておきますと、この先生がこの魔法学校をやめたのは、魔女のアルミラがこの学校に入学する、ちょくぜんだったということなのです。じつはほとんどいれかわりのようなかたちで、アルミラはこの学校に入学してきました。ですからアルミラがこの魔法学校にはいったときには、この先生はもう、この学校にはいなかったのです。

 

 これはたんなる、ぐうぜんなのでしょうか? そうでないかもしれません。そしてこのことがどんな意味を持つのか? ということについては、このあとの物語の中において語られることになるのです。

 

 さて、それはさておき。いつまでも「この先生」のまんまじゃ、みなさんもじれったいことでしょう。もうそろそろ、この人物の名まえをみなさんにお伝えしておかなければなりませんね。

 

 その魔法学校ではみんな、この先生のことをこうよんでいました。カルモト先生と。そうです、この人物こそ、旅の者たちが助けをもとめてたずねゆこうとしている、そのとうのほんにん、カルモトでした!

 

 

 どこからか、ひゅうう……、というすきま風のもれるような音がひびいていました。ここはゆうれいのまちモーグの、そのまた下。まちのそとへとつながっているという、ひみつの地下トンネルの中。今このトンネルの中を、身をよせあうように、三頭の騎馬たちと三人の者たちが、おっかなびっくり進んでいるところでした。それらの者たちがだれであるのか? とか、なんでこんなところにいるのか? とか、そういったことはもう、説明する必要もありませんよね。

 

 みんながこのトンネルにはいってから、まだ三分もたっていませんでした。道はずっとまっすぐに、南へとつづいております。地面は土がむき出しになっていて、ところどころに、ほり出されたままの大きな石がまじっていました。ですがみんながまずここにきて思ったことは、このトンネルの中が思っていたよりも、ずっときれいにたもたれているということでした。水たまりがいくつかありましたが、いやなにおいもありませんでしたし、なによりモーグのまちの中をおおっていたあのかびのような植物も、ここにはほとんど生えていなかったのです(これはちょっといがいでした。みんなはモーグのそのまた地下なんだから、さぞかしかびだらけなんだろうなあ、と思っておりましたから。ライアンなどはもしそんなにかびだらけだったのなら、ほのおの力をかりて、残らずやきつくしてやろうかと、ひそかに考えていたくらいだったのです。あいかわらず、かげきなことを考えているようですね……)。

 

 「よかった。どんなにきったないのかと、心配してたんだけど。これなら、虫とかも出ないよね。虫とかって、あり得ないもん!」

 

 トンネルのかべをしげしげとながめながら、ライアンが安心していいました(モーグにはいる前にもちょっといっていたことですが、ライアンは虫が大きらいでした。ですからそとで野宿するときなどにも、かれは虫よけに人いちばい、気を使っていたのです。みんなにはないしょで、空気の虫よけバリアーを、自分だけこっそり張っているくらいでした。ずるい!)。トンネルのかべはモーグのまちの石と同じ、ばら色の石をつんでつくられていましたが、まちの中とはちがって、そのかべはつるつるとしたかがやきを放っていて、かびのような植物もぜんぜんからみついてはいなかったのです。

 

 「だが、これはすこし、みょうな気もするな。」先頭をゆくベルグエルムが、そのかべを手でふれてみながらいいました(ちなみに、ベルグエルムはフェリアルの騎馬をいっしょにひきつれながら、進んでいました。馬はゆうれいではありませんでしたから、ごはんも食べるし水も飲みます。すぐにもどってくるよていでしたが、やはりなにが起こるのか? わからない以上は、この馬もモーグのまちなかにおいていくわけにはいきませんでした。そのためちょっとたいへんでしたが、このさきの道はベルグエルムが、二頭の騎馬たちをあやつっていくことになったのです。ほんとうはロビーがその馬に乗っていけたら、いちばんいいんですけど、ロビーもまだ、ひとりで馬をあやつることなんて、できませんでしたから)。

 

 「なぜ、かべがこんなにも、きれいにかがやいているのか? それに、このトンネルには、水もしみ出しているし、空気にも、しめりけが多い。これなら、くらやみにも生える、かびや、こけなどが育っていても、おかしくはないのだが。」

 

 ベルグエルムがそういって、その手のさきをみんなに見せました。そのゆびのさきには、なにかぬるぬるとした、いやな感じのものがくっついております。じつはこれが、かべがかがやいて見えているりゆうでした。このトンネルのかべいちめんをおおっているこのぬるぬるとしたゼリーみたいなものが、ランプのあかりにはんしゃして、かがやいて見えていたのです(ところで、ベルグエルムってよく、いろんなものをさわってみますよね。やっぱりこれも、しらべたがりでまじめな、かれのせいかくからのことなのでしょうか?)。

 

 「ここにはほんとうに、なにかあるのかもしれない。とにかく、早く、まちのそとに出てしまおう。」

 

 そういって足早に進んでいくベルグエルムのことを、ライアンとロビーは騎上で身をよせあうようにしながら、あわてて追いかけました。

 

 「ここはなんだか、いやな感じがする。」ベルグエルムの騎馬につづきながら、不安そうにロビーがライアンにいいました。

 

 「やっぱり、ほんもののおばけがいるのかな?」ライアンがあたりをきょろきょろと見渡しながら、それにこたえました。

 

 「よくわからないけど……」ロビーがつづけます。「はぐくみの森の地下で出会った、あのおたまじゃくしのかいぶつみたいな、でっかくてこわいものがいるような気がするよ。」

 

 「あんなの、にどとごめんだよ。」ライアンがふたたび、こたえていいました。「でも、もし、なにか出てきたら、またロビーが、ぼくを守ってね。ぼく、かよわい、ひつじの子なんだもん。」 

 

 ライアンはそういってロビーの方をふりかえると、かわいくにこっと笑ってみせました(どちらかといえばライアンの方が、ロビーより強いような気もしますが……)。

 

 

 しばらくみんなは、まっすぐに進むことができました。かべにはあいかわらず、ぬるぬるとしたものがついていてかがやいていましたが、それいがいにはべつに、おかしなところもありません。いくつか右や左へとつづくまっくらなわき道がありましたが、よけいなより道もせず、みんなはどんどんと、まちのそとへの出口をめざしてつき進んでいきました。

 

 しばらくいくと、道のさきに今までとはちがうものがあらわれました。トンネルのてんじょうがすこしつき出ていて、その部分だけまわりのかべも、ずいぶんがっしりとがんじょうそうな石で、かためられていたのです。先頭をゆくベルグエルムには、その場所がなんであるのか? すぐにわかりました。ですからベルグエルムは、みんなのことをふりかえって、こう声をかけたのです。

 

 「ここが、じょうへきの下だ。いよいよ、まちのそとに出るぞ。」

 

 ベルグエルムのいう通り、そこはまさしく、まちのじょうへきのそのましたでした。あれだけぶあつくて大きなじょうへきでしたから、それをささえるためには、これだけがっしりとした石ぐみが必要というわけだったのです(とりあえず、この石ぐみをしっかりとつくってくれた、むかしの人たちにかんしゃです。もしいいかげんなつくりだったのなら、石がくずれて、このトンネルもみんな、ふさがってしまっていたことでしょうから!)。

 

 「やった! やっと、モーグから出られる! こんなかびだらけのとこ、早く出たかったんだ。」ベルグエルムの言葉に、ライアンがうでをのばして「う~ん!」とのびをしながら、うれしそうにいいました。

 

 「そとに出たら、まずは、ケーキから食べるぞー! それから、チョコと、クッキーと……」(どうやらライアンのお目あては、ずっとがまんをしていたお菓子を食べることだったみたいですね。やっぱりきれいな空気のところじゃないと、お菓子もおいしく食べられませんから、その気持ちもわかりますけど……。

 ちなみに、大聖堂の中にはかびは生えていませんでしたが、やっぱりそこでお菓子を食べる気になるほどには、きれいな空気ではなかったのです。ですからライアンは、せめてキャンディーだけでもと、まとめてなめていました。)

 

 ライアンがそういって、かばんの中のお菓子をかばんの上から、いとおしそうになでていたときのことでした。ロビーがなにげなくうしろをふりかえって、そこであるものを見たのです。

 

 トンネルのうしろのくらがりの中に、ロビーはなにか、動くものを見たような気がしました。それは水めんを走る波のように、ふるふるとふるえるなにかでした。まさかいよいよ、ほんもののおばけのごとうじょうでしょうか?

 

 しかしそれは、おばけという感じではなかったのです。(人のサイズのおばけではなく)それよりももっと大きくて、なにか生きもののように動くもの……。ですが生きものにしては、おかしな動きでした。

 

 そして、ロビーはつぎのしゅんかん。そのなぞの動くものがなんであるのか? そのしょうたいを知ることになってしまったのです。

 

 

 「ベルグエルムさん! ライアン! 馬を走らせて! 早く逃げて!」

 

 

 ロビーはありったけの声で、ふたりにさけびました! いわれてベルグエルムとライアンのふたりは、もうびっくりして、あわててロビーの方をふりむきます。

 

 「どうしました! なにか……」「どうしたの? ロビ……」

ふたりがロビーのことをふりかえってそう声をかけた、そのときのことでした。

 

 「な、なんだ……? あれは……!」

 

 ふたりは、ロビーの言葉はいつもてきかくで正しいということを、ここであらためて知ることとなったのです。

 

 「だめだ! 逃げるしかない! 急げ!」

 

 ベルグエルムのごうれいいっか! みんなを乗せた騎馬たちは、トンネルの中をいちもくさん! そとへの出口へとむかって、大あわてでかけ出していきました。

 

 ロビーが見たもの。ふりかえったふたりが見たもの。それはトンネルの道はばいっぱいをうめつくしながら、ぶよぶよとこちらへむかってくる、いっぴき(?)のとんでもない生きものだったのです! からだはゼリーみたいにぶよぶよで、その表めんはまるで波のように、さざめいております。色はとうめいで、これでは遠くから見たのではわかりません。こんなおそろしい生きものが、えさであるみんなと三頭の騎馬たちの方にめがけて、まっしぐらにむかってきていました!

 

これではいくらベルグエルムでもロビーの剣でも、かないませんでしたし、ライアンがこうげきしているひまもありません! できることはただひとつ、逃げること! みんなはもうなすすべもなく、トンネルの中を急げ急げと、逃げていくばかりでした(なんだか、こんな場面が多すぎるような気もしますが……)。

 

 「こんなのずるいよー! おばけ、かんけいないじゃーん!」ライアンがメルを大急ぎで走らせながら、泣く泣くさけびました。

 

 

 そこからすこし、前のこと……。

 

 ここはこのアークランドのどこかの、ぬま地のほとり。背の高いみずべの草が生いしげる、ぬかるみの土地……。その草の葉の影から今、ふたりの人物たちがぴょこん! と飛び出してきました。その人たちはよくみのった小麦のようなはだの色をしていて、くりくりとした目と、大きな口を持っていました。ひとりは茶色のかみの毛を長くのばしていて、もうひとりは同じ茶色のかみを、みじかくたばねております。そしてふたりとも、頭にはこがね色にかがやくつるつるとしたかぶとをかぶっていて、それらのかぶとの上にはまるい目のようなかざりがふたつ、ならべてちょこんと取りつけられていました(ですからちょっとこわそうに見えたこのふたりも、そのかざりのせいで、なんだかとってもかわいらしく見えてしまいました)。

 

 このふたりはたぶん、兵士たちなのだと思われました。それはかぶとだけでなく、ふたりのかっこうを見ればわかりました。動物のかわから作られた身動きのしやすそうなよろいを着こんでいて、手には、みじかいやりをにぎりしめていたのです(ですから、「かぶとがかわいい!」といっていきなり走りよっていくのは、あまりおすすめできません)。いったいこの人たちは、どこのくにの兵士たちなのでしょうか? そう思っているところで、このふたりがこんなことを話しはじめました。

 

 「まちがいないな。むかしと同じだ。あの塔は、まだ生きている。」長いかみの兵士がいいました。

 

 「まさか、ほんとうだったなんて。てっきり、あの人がみんな、かたづけてくれたんだとばっかり、思ってたんだけど。」みじかいかみの兵士が、それにこたえていいました。

 

 「おそらく、生き残りがいたんだ。これは、やっかいだぞ。ここもじきに、ねらわれるかもしれない。のろいはまだ、つづいているんだ。」長いかみの兵士が、そうつづけます。

 

 その言葉に、みじかいかみの兵士がぶるるっ! とからだをふるわせてから、いいました。

 

 「おっかないなあ。おれはもう、まきぞいはごめんだよ。」

 

 「あの塔に、まだ、どれだけの力が残っているのか? それはわからない。」長いかみの兵士が、手をひたいにかざしてかなたの空をながめやりながら、つづけました。 「いざとなったら、また、あの人がなんとかしてくれるかもしれない。でも、それまでは、おれたちの力で、この土地を守るんだ。ここは、おれたちの土地なんだからな。」

 

 「あの人ってさあ……」みじかいかみの兵士が、思わずもらします。「強いんだけど、なんか、いいかげんな感じだからなあ。かんしゃはしてるけど、たぶん、あの人がもっとしっかり、あとしまつしてくれてたのなら、こんなことにはならなかったんだと思うよ。」

 

 「そんなことをいっても、はじまらないよ。」長いかみの兵士が、こたえていいました。「この土地のことは、おれたちのせきにんだ。これ以上、ほかの種族の人たちに、めいわくはかけられない。さあ、いくぞ。早くみんなに、このことをしらせないと。」

 

 「めんどうなことにならなければいいんだけどな……」

 

 不安げにそういうみじかいかみの兵士に、長いかみの兵士はさいごにこういって、友のことをうながしました。

 

 「もう、めんどうなことになってるよ! さあ、急げ!」

 

 それはほんのつかのまのできごとでした。それからふたりは、ふたたびぴょこん! と、もとの草むらの中へと消えていったのです。

 

 

 「やったー! そとだ!」

 

 ライアンがいさんでメルをかけらせながら、トンネルのそとへとむかって飛び出していきました。

あれから……。

 

 みんなはやっとの思いで、この危険なトンネルをぬけて、まちのそとへと出るその出口へとたどりつくことができたのです。もうみんな、全そくりょくでした。ゼリーみたいなあのぶよぶよとしたかいぶつは、その大きなからだからはそうぞうもつかないほどに、動きがはやかったのです! ですからそとへの出口を見つけたときには、みんなはもうむちゅうになって、その出口へとむかってとっしんしていってしまいました(そとに飛び出してからライアンがふりむきざまに、大あわてで空気の力をかりてあやつって、出口の木のとびらをしめました)。

 

 とにもかくにも、ついにみんなはモーグのまちをぬけて、明るいおひさまの光のふりそそぐ空の下へと、たどりつくことができたのです!(とりあえず、ばんざーい!)みんなはたぶん、今まででいちばん、おひさまのありがたさを感じたことでしょう(はぐくみの森の地下いせきからそとに出られたときには、夜でしたから、みんなはおひさまのありがたさをはだで感じることができなかったのです。ですからよけいに、今みんなはここで、そのありがたさを感じていました)。じこくは、みつばちのこくげん。おひるちょうどになる前のころでした(ですからおひさまもいちばん、げんきな時間でした)。

 

 「どうやら、あのぶよぶよは、そとには出てこないみたい。」ライアンが出口からすこしはなれたところまでひなんしてから、トンネルのとびらをしげしげとながめていいました。

 

 「うん。それにしても、おっかなかったね。」ロビーも胸をどきどきさせながら、ライアンの言葉にこたえました。

 

 「ところで、ベルグエルムさんは?」

 

 ロビーがたずねると、ライアンがすこしはなれた木のところをゆびさして、こたえます。

 

 「ベルグなら、ぼくたちのすぐ前に、出口を飛び出していったでしょ? ほら、あそこにいるよ……、って、あれー? いない?」

 

 ええっ? ベルグエルムがいないですって? ライアンとロビーはびっくりして、あわててあたりをきょろきょろと見渡しました。

 

 「うそー! さっきまで、そこにいたんだよ! いなくなるはずなんて、ないのに!

なんでー?」

 

 ライアンがそういったときのことでした。トンネルの出口の木のとびらが、いきおいよく、ばーん! とあけ放たれると、そこからフェリアルの騎馬をつれた、馬に乗ったベルグエルムが、大急ぎで飛び出してきたのです! ええっ? これはいったい!

 

 ベルグエルムは息もたえだえといった感じで、ぜいぜいいいながら、ライアンとロビーの方にやってきました。もう、からだを馬の首にもたれかけさせて、ぐったりといった感じだったのです。

 

 「し、死ぬかと思った……」やっとひとこと。ベルグエルムはふりしぼるようにそういいました。

 

 「ちょっと、ベルグ! いったい、どうしたの! さきにいったんじゃなかったの?」

 

 そしてそのライアンのといかけに、ベルグエルムははあはあ息を切らしながら、こんなことをいったのです。

 

 「ひ、ひどいぞライアン。きみが、出口は左だっていうから、わたしも左の道へいったんだ。おかげで、たいへんな目にあった!」

 

 「ええっ?」ライアンもロビーもとてもびっくりして、おたがいの顔を見あわせました。

 

 「そんなこと、ぼく、いってないよ! ぼくたちはずっと、ベルグの騎馬のあとを追っかけて、そのままそとへ出たんだよ! ベルグがそとに出るとこだって、ちゃんと見たもん!」

 

 「なんだって!」ライアンの言葉に、こんどはベルグエルムの方がびっくりぎょうてんです。どうやらおたがいに、話がずいぶんとくいちがっているみたいです。これはいったい、どういうことなのでしょう?

 

 「わたしはロビーどのをお守りするために、かいぶつときみの馬の、あいだにいたんだぞ。そうしたら、きみが出口は左だといって、そっちにまがったので、わたしもあとを追いかけたんだ。」

 

 どうやらふたりの話をまとめてみますと、それぞれがおたがいに、そばをゆく騎馬のことを見たようでした。そしてそれらの騎馬たちの背には、たしかにライアンやロビーやベルグエルムと思われる者たちが、乗っていたようだったのです(そしてベルグエルムは、その者の声までききました)。

 

 「ねえ、ライアン。ぼくはずっと、きみにひっしでしがみついていたから、よくわかんないんだけど……、前を走ってたのって、ほんとうに、ベルグエルムさんだった?」

 

 ロビーのといかけに、ライアンは「え?」といって、ちょっと考えこみました。

 

 「ちゃんと、フェリアルさんの騎馬も、つれていたのかな?」

 

 ロビーの言葉に、ライアンはぎくっとなって顔をくもらせます。

 

 「そ、そういえば……、馬は、一頭しかいなかった……」

 

 そしてライアンは顔を青くさせながら、ベルグエルムの方を見ました。

 

 「わたしはずっと、二頭の騎馬とともに走っていた。」ベルグエルムがこたえます。

「まさか……、わたしたちとはべつの、騎馬に乗った者たちが、あの場にいたということか……?」

 

 「そんなばかな!」ベルグエルムの言葉に、ライアンが大きな声でいいました。「あのトンネルには、ぼくたちしかいなかったじゃない! もしそんな、馬に乗った人たちがいたんなら、すぐにわかるよ。」

 

 「たしかにそうだが……」ベルグエルムはそういうと、そこでなにかを思い出したかのように、顔色を変えてつづけました。「そ、そういえば、左にまがれといったきみの声も、なんだかいつもより、ひくかったような……」

 

 「左にまがって!」ライアンがさけびます。「どう? ぼくの声は、こんな感じだよ。ほんとうにこんなに、かわいい声だった?」

 

 「ち、ちがうような気がする……。じゃあ、まさか……、ほんもののゆうれいがいたのか!」

 

 ここまで話しあって、かれらはこれ以上このことを話すのは、やめにしてしまいました。だって、ほんとうのところなんてだれにもわかりませんでしたし、またあのトンネルの中にしらべにもどって、「ほんもののゆうれいさん、いますかー?」なんて、さがしてまわりたくもありませんでしたから!(それに、もしほんもののおばけだったのだとしたら、かなりせいかくの悪いおばけにちがいありません。ベルグエルムのことをだまして、ぶよぶよゼリーのかいぶつに食べさせようとしましたから!)

 

 というわけですから、この問題はここでおしまい! 今はそれどころではありません。旅の者たちはこれから、ついにやってきたまちのそとのこの土地を、カルモトのことをさがして、急ぎ進んでいかなければならないのですから(ここで、著者のわたしからひとこと。読者のみなさんにはほんとうに申しわけないのですが、このなぞはほんとうに、なぞのままで終わってしまうのです。あの馬に乗ったおばけたちのことについて、知っている者などはどこにもいませんでしたし、わたし自身あのトンネルにふみこんでいって、しらべてまわるなんてことは、したくはありませんから! そういったわけで……、ごめんなさい!)。

 

 

 みんなはまず、今自分たちがいるところのかくにんから、はじめることになりました。トンネルの出口は山の中の木々にかこまれた小さな原っぱの、はしっこにつくられていたのです。ベルグエルムがおひさまの位置をかくにんしてから、みんなはとりあえず、モーグの南の土地を見渡すことのできるようなところまで、いってみることにしました。

 

 道はしばらくいって、なだらかな丘につづいていました。その丘のてっぺんまでのぼったところで、みんなは馬をとめてみます。そしてみんなのきたい通り。丘の上からはモーグの南に広がる土地のようすが、とってもよく見えました(たぶんむかしの人たちも、敵のようすをよく見ることができるから、この丘の近くにぬけ道の出口をつくったのでしょう)。

 

 「うわあ、すごいね。ここが、西の街道の土地なんだ。はじめて見た。」

 

 ライアンが目をまるくして、しげしげとその景色をながめ渡しました。ライアンのいう通り、シープロンドをはじめとする北の地に住む人たちは、みんな、このすて去られた西の街道の地を、じっさいに見たことなどはなかったのです(もちろんロビーもです)。

 

 まずみんなの目に飛びこんできたのは、たくさんの岩山と、その右手につづくモーグのまちのじょうへきのすがたでした。高くりっぱなじょうへきが、右の方にずうっとさきにまで、つづいていたのです。目をまっすぐにむけると、そのずっとさきは、海へとつづいていました。はるかなむこうに、海の中の岩がつき出ているのが見て取れます(ちなみに、ライアンは四年ぶり、ロビーにとってはこれがはじめての、海を見るたいけんでした。ですからふたりとも、「海だ海だ!」といって、はしゃいでしまったのです。ベルグエルムが「海水よくにきたんじゃないんだから。」といって、ようやくなだめました。ライアンをなだめるのは、ほんらい、ロビーのやくわりなんですけどね……。まあ、はじめての海でしたから、はしゃぐ気持ちもわかりますけど)。そして左の方を見ると、たくさんの岩山につつまれるようなかたちで、ゆうれいさんたちが教えてくれただだっ広いしっちたいが広がっていました。

 

 「あそこが、魔女のいるというしっちたいだな。」ベルグエルムがそのしっちたいをながめ渡しながら、いいました。「思っていたよりも、ずっと広いようだ。魔女の塔がどこにあるのか? さがすのは、ひとくろうしそうだが……、ん? おや?」

 

 ベルグエルムが急に、言葉をつまらせました。なにか、あったのでしょうか?

 

 「ねえ、あれって……、まさか……」ライアンもそれに気づいたようすで、そういいます。

 

 それからベルグエルムもライアンもロビーも、みんな声をそろえて、同じ言葉をさけびました。

 

 

 「魔女の塔だ!」

 

 

 ええーっ! いきなり、魔女の塔ですかー!

 

 みんなのいう通り、しっちたいの中のその岩山の影に、もう見るからにそれとわかる、おどろおどろしい塔がたっていました!(でこぼこで、てかてか光っていて、あちこちつぎはぎで……、こんなにしゅみの悪い塔は、どう見たって魔女の塔にきまっています!)みんなはこのいきなりのお出むかえに、しばらく言葉を失ってしまいました。ですから、「塔のまわりに水のはいった大きなおほりがつくられている」だとか、「塔にたくさんの小さなでっぱりみたいなものがついている」だとかいうそれらのことに気がついたのは、それからだいぶ、あとになってからのことだったのです(ところで、その塔は高い岩山の影にかくれるようにして、たっていました。ですからモーグのまちの方からでは、塔のすがたを見て取ることはできなかったのです。そして丘の下の街道を通る者からも、木々や岩がじゃまをして、塔を見ることができませんでした。まさにあの魔女の塔は、街道の東がわの山の中の、見通しのよいこの丘の上の場所だったからこそ、見ることができたのです。それにしても……、まさかモーグの人たちも、魔女の塔がこんなにも近くにあるだなんて、思っていなかったことでしょうね)。

 

 「おどろいたな……。まさか、こんなにもすぐに、もくてきの場所が見つかるとは……」ようやくのことで、ベルグエルムがまず口をひらきました。

 

 「よかった。これで、さがすてまがはぶけたね。」ライアンも、ロビーの手のひらに自分の手をぱちん! とあわせて、いいました。

 

 「あの塔についているでっぱりのようなものは、おそらく出入口だろうな。」ベルグエルムがひたいに手をかざして、目をほそめてながめながら、そういいます。「モーグの人たちの話では、魔女のアルミラは空を飛ぶことができるらしいから、塔には空から、出入りしているのだろう。しかし、そうなってくると、こまったな。」

 

 そしてベルグエルムは、こんどは塔の下の方に目をやって、いいました。

 

 「あの塔は、まるで、みずうみに浮かぶ島のようだ。どうやって、あの塔までいけばいいのか?」

 

 「船かなにかがあるかもよ。」ライアンが、いつものあっけらかんとしたいい方でこたえます。

 

 「もし、なかったら、そうだなあ……、まるたかなにかに、ベルグとロビーをしばりつけて、ぼくが風の力で、塔の下まで吹き飛ばす! ってのはどう? ぼくは、おるすばんしてるから。」

 

 にこにこ笑うライアンに、もちろんふたりとも、「じょうだんじゃない!」といってことわりました。

 

 「とにかく、」ベルグエルムがつづけます。「今はまだ、あの塔には近づかない方がいい。われらのすべきことは、まず、カルモトどののもとをたずねることだ。」

 

 「ええーっ。」ベルグエルムの言葉に、ライアンがぶーぶーいいました。「目の前にあるんだから、もう、いっちゃおうよ。その方が、手っ取り早くていいじゃない。」

 

 「だめだよ、ライアン。」こんどはロビーが、ライアンをなだめてそういいます(やっぱりライアンのことをなだめるやくめは、ロビーがぴったりですね)。「ベルグエルムさんのいう通りだ。いくら目の前にあっても、まずは、じゅんびが必要だよ。カルモトさんに会って、助けをかりてからじゃなきゃ、どんな目にあうか? わからないもの。」

 

 ベルグエルムとロビーのふたりにいわれては、さすがにライアンも意見をひっこめるしかありませんでした(二対一ではライアンの負けです)。ですからそれからみんなは、モーグのゆうれいさんたちの言葉にしたがって、カルモトさがしへの道を、ふたたび進んでいくことにしたのです(まだちょっとライアンは、しぶしぶしていましたが)。

 

 「ごめんね。でも、きみをこれ以上、危険な目にあわせたくないよ。」ぐずつくライアンの気持ちをさっして、ロビーがそう声をかけました。そしてちょっとしたことのようでしたが、ロビーのこの言葉は、ライアンの心に大きくひびいたのです。

 

 「うん。」ライアンはそれしかいいませんでしたが、ロビーの気持ちは、ライアンにはよく伝わっていました。

 

 「さあ、いこう。」ベルグエルムがそんなふたりのことを見守りつつ、声をかけました。

 

 

 道はなだらかにのびていました。ここは切り分け山脈とよばれる、アークランドを大きくふたつに分けているゆうだいなる山の、すその。今みんなは、その山のすそのの西がわのふもとの地を、急ぎカルモトの住むという家をめざして、馬を進ませていたのです。この場所はほんらいならば、人が通るようなところではありませんでした。それでも道の広さは馬を進ませるのにじゅうぶんすぎるほどでしたし、地面もまるで、だれかがきれいにととのえたかのように、馬を進ませやすく、たいらにならされていたのです。

 

 木々はまるで、旅の者たちのことを「こちらへどうぞ!」といって、出むかえてくれているかのようでした。ですからいくつかあった分かれ道でも、みんなはまったくまようことなく、正しいと思われる方の道をえらんで進むことができたのです。これはなんともふしぎなことでした。いつもなら用心深く道をさがして進むベルグエルムでさえ、「こっちだ。」とあっさり、道をえらぶことができたのです。でもやっぱり、こんなにどんどん道がはかどるというのも、おかしな話です。なにか、りゆうがあるのでしょうか?

 

 一行はそんなおかしな感じをいだきつつも、この山すその道をぐんぐん進んでいきました。道はあいかわらずなだらかに、変わりばえなくつづいております。右手にはずうっと、だだっ広いしっちたいがつづいていました(もう魔女の塔からは、けっこうきています)。左手にはたくさんの木々。そしてその上には、そのはるかないただきを雲の中にいだいた切り分け山脈のゆうしが、りんとそびえていました(ちなみに、このあたりは街道のほんすじからはだいぶはなれているより道の道で、ベーカーランドへむかうための道からも、魔女のしはいしているはずの土地からも、はなれているところでした。ですからみんなは、今はとりあえずですが、魔女のしはいの危険からはのがれて、それいがいの危険にのみ注意して道を進んでいたのです)。

 

 「これが、切り分け山脈……! おっきいなあ。」

 

 ロビーが山のいただきを見上げながら、思わずそうもらしました。ロビーは切り分け山脈のことを本で読んだことがありましたので、ものすごく大きくて高い山だということを知っていました。ですけど本のさし絵で見ただけでは、そのほんとうのすごさはわかりません。やっぱりこういうものは、じっさいに自分の目で見てみなくちゃ! ロビーはそれを今、心の底から感じていました(ちなみに、切り分け山脈の名まえはロビーのほらあなでベルグエルムが語った話の中に、ひとことだけ出てきましたが、みなさんおぼえてますでしょうか? ほんとうに、ほんのひとことだけでしたけど)。

 

 「まあ、タドゥーリ連山にくらべたら、上品さにかけるけどね。でも、なかなかの山だと思うよ。」

 

 負けずぎらいのライアンが強がっていいましたが、やっぱりこの山のすごさはたいしたものでした。このアークランドを南北にずっとつらぬいていて、そのいただきは、えんえんとつづく切り立ったがけです(そのさまはまるで、りゅうの背びれのようにも見えました。ですから山脈の東のふもとのくに、リムルのあたりでは、この山のことは「りゅうの背」山とよばれていたのです)。ですからこの山を越えてはんたいがわにいくなんてことは、まったくもって、ふかのうなことでした(みなさんの住む世界みたいに、ひこうきや気きゅうがあるわけじゃないですから。それに魔女のアルミラやあのディルバグのかいぶつだって、ここを飛び越えてゆくのはむりでしょう。さすがに、高すぎですから!)。この山脈は文字通り、このアークランドをばっさりと、ふたつに切り分けていたのです(ですから、ついた名まえが切り分け山脈。わかりやすいですね)。

 

 「この山にはむかしから、さまざまないい伝えがある。」ベルグエルムが騎馬をあやつりながら、いいました。「この山のいただきには、三人のけんじゃたちが住んでいて、それぞれがことなる世界の力をしはいしているといわれている。その三つの力が、この山の力のバランスをたもっているのだということだ。」

 

 けんじゃというのはかしこい人のことをさす言葉で、どんなところでもけんじゃというものは、人々からあいされ、そんけいされているものなのです(ちなみに、ちょっとわかりにくいのですが、けんじゃとまじゅつしとはちがいます。たいていのけんじゃは魔法も使えるので、どうちがうのか? といわれると、説明にこまるのですが……。まあ、ちしきをたくさん身につけることをいちばんに考えるのがけんじゃ。魔法のわざをみがくことをいちばんに考えるのがまじゅつし。と思ってもらえたらいいんじゃないかと思います。たぶん)。

 

 「シープロンドの方じゃ、この切り分け山脈のてっぺんには、なん千年もむかしから、おそろしい黒いりゅうが眠ってる、っていわれてるよ。」ライアンがつづけていいました。「だから、この山のいただきには、だれも近づいちゃいけないんだって。でも、だいじょうぶみたい。こんなに、けわしい山なんだもん。のぼりたくたって、のぼれないよね。」

 

 「りゅう、か……」ロビーが思わずつぶやきます。「ほんものを見てみたい気もするけど、やっぱりりゅうは、本の中だけでいいや。おおかみのまるやきには、なりたくないもの。」

 

 みなさんは、りゅうというものをよくごぞんじかと思います。おとぎの世界の物語には、たいていとうじょうしますものね(さきほどもちょっと、山の名まえのことで、りゅうの名まえが出てきたばかりでしたが)。とってもでっかくて、長い首と大きな羽、大きな口を持っている、おそろしいとかげみたいなあのかいぶつです(りゅうにくらべたら、ディルバグのかいぶつだって、まるっきりかわいいものなのです)。そのりゅうのおそろしいイメージは、このアークランドでもやっぱり、おんなじでした。そしてりゅうのそのいちばんのとくちょうは? といえば、やはりその口から吹き出される、ほのおの息なのです。ロビーはそのりゅうのことを本で読んで、よく知っていたというわけでした(その本のだいめいは、そのものずばり、「りゅう」というものでした。そしてこの本をはじめ、ロビーが今までに読んだ本は、すべて、かなしみの森のはずれにある、森のとしょかんでかりたものだったのです。このとしょかんは森に住んでいる者であれば、だれでもただで、本をかりることができました。ですからロビーは、そこでかりたたくさんの本を読んで、いろいろなことを学んだのです。

 

 ちなみに、このとしょかんをかんりしているのは、りすの種族のししょさんで、リンクル・ルードピースといいました。この人はあなぐまのスネイル・ミンドマンと同じく、おおかみであるロビーにせっしたことのある、数すくない森の住人だったのです。やっぱりリンクルさんの方は、だいぶこわがっていたようでしたが……)。

 

 「ひつじのまるやきだって、いやだよ。」ロビーの言葉に、ライアンもじょうだんをいってかえしました。「ぼくも、りゅうよりは、けんじゃの方がいいや。けんじゃだったら、まだ、話しが通じるからね。りゅうに『こんにちは!』ってあいさつしても、火の息のへんじがかえってくるだけだもん。」

 

 ライアンとロビーのふたりは、そういって笑いあいました。

 

 「ところでさあ、」さいごに、ライアンがいいました。「その、カルモトって人だけど、ひょっとしたら、この山に住んでるっていう、いい伝えのけんじゃだったりしてね。」

 

 ライアンのじょうだんに、ロビーも「まさかあ。」といって笑いましたが、著者であるわたしは笑うどころか、心の中でぎくっ! としてしまったのです。ということは、やっぱり? 読者のみなさんのそのしつもんには、ここではまだおこたえしないことにしておいて……、と、とにかく! お話のつづきをどうぞ!(ライアンめ、よけいなことを!)

 

 

 切り分け山脈のふもとに、いちじんの風が吹き渡りました。空はとってもおだやかでした。旅の者たちはいつしか、山のすそのの道からすこし中にはいった、おく深い山の中を進むようになっていました。木々の数がだいぶふえてきております。このあたりの木々は表めんがつるつるしていて、えだの数もまばら。葉っぱもほとんどついていません(みなさんの世界の、しらかばの木によくにています)。大きな鳥がぎゃーぎゃーという大きななき声を上げて、飛んでいきました。ですからみんなは、いっしゅんディルバグかと思って、きもをひやしたのです。

 

 あたりはどんどんと、さみしい感じの場所に変わっていきました。ですけど道はあいかわらず、なだらかにずうっとつづいていて、なんの問題もないように思えます。そしてあたりに立ちならんだつるつるとした木々も、ここにくるまでのほかの木々と同じように、「どうぞこちらの道へ!」と、一行のことを、そのえだをのばしてみちびいているかのようでした。

 

 「ここはどうも、気にいらない。」先頭をゆくベルグエルムが、とつぜんそう口をひらきました。

 

 「まるで、たくさんの者たちに、見張られているような気がしてならない。しかし……」

 

 ベルグエルムはそういって、あたりのすみずみまでを注意深くさぐってみました。木々のえだのあいだから、しげみの中。地面の上から、空の雲の中まで、くまなくです。ですがやっぱり、なんにもおかしなところはありませんでした。

 

 「やはり、思いすごしだろうか……?」

 

 みなさんもすでにごぞんじの通り、ベルグエルムは野山をゆくことにかんして、だれにも負けないほどのすぐれたさいのうを持っていました(その力に、みんなは今までになんども助けられていますよね)。そのベルグエルムが目を皿のようにしてすみずみまで注意をはらっても、なにも見つけられなかったのです。ですからふつうに考えれば、やっぱりなにもないのでしょう。ただの思いすごしのはずです。

 

 ですけどこんかいのこの旅は、そんなふつうのことが通らない、とてもやっかいな旅でした。とくにこのアークランドは、みなさんの世界とはちがう、おとぎのくに。ただでさえふつうが通らない、とくべつな場所なのですから。

 

 ベルグエルムがふたたび、馬を急がせはじめたときのことでした。急にあたりが、ざわざわとざわめきはじめたのです。はじめは風が吹いて、木々のえだがゆれているのだろうとみんなは思いました。しかしそのとき、風は吹いていなかったのです!

 

 「なにかくる! 気をつけろ!」

 

 ベルグエルムがそのことにまっさきに気がついて、うしろのライアンにむかってさけびました! しかしベルグエルムがそうさけんだときには、すでにもうおそかったのです。

 

 「だめだね。もう、おそいみたい。」

 

 ライアンがそういって、手を上げて、こうさんのしぐさを取ってみせました。ロビーにも、その意味がすぐにわかりました。つまり、とてもたちうちできないほどの相手が、自分たちのその前にあらわれたということだったのです!

 

 今やみんなは、どれだけいるのか? 数えきれないほどたくさんの馬に乗った兵士たちに、かこまれてしまっていました! いったいどこからこんなに! どうやって! しかしそんなことをいっているよゆうも、みんなにはありませんでした。その兵士たちはあきらかに、旅の者たちのことを敵だと思っているらしく、なん十という弓矢をみんなにむけていたのです!(これでライアンがすぐにこうさんしたりゆうが、おわかりでしょう。いくらライアンでも、これだけの弓矢をむけられていたのでは、とてもたちうちできませんでしたもの。

 

 ちなみに、ここは魔女の土地からははなれたより道の道でしたので、この兵士たちが魔女アルミラの手下たちなのではないということは、旅の者たちにもわかっていました。そのたしかなしょうこを、ベルグエルムはまっさきに見つけましたが、それはこのあと二ページほどあとでおしらせします。)

 

 ベルグエルムもロビーもライアンも、より集まって、兵士たちにかこまれたその小さな土地のまん中にちぢこまりました。手出しはどうしたって、するべきではありません。こんなときにするべきことは、ただひとつ。話しあうこと! それいがいに、このじょうきょうから助かるすべはないのです(ただし、話しあいが通じればの話ですが……)。

 

 「待たれよ! 待たれよ!」ベルグエルムが大声で、かれらによびかけました。

 

 「あなたたちは、ごかいをしておられる! われらは、あなたたちの敵ではない! ただの旅の者だ! 弓をおろされよ!」

 

 「そうだよ!」ライアンも負けじといいました。「ただの、まいごのおおかみとひつじだよ! こんなにかわいいぼくに、弓矢をむけるなんて、ひどいじゃない! もっとよく見てよ!」

 

 (ライアンの言葉はともかくとして……)ベルグエルムのいいぶんはもっともでした。かれらにはとつぜん、こんなふうに弓矢をむけられるりゆうは、ないはずです(たぶん)。

 

 ベルグエルムとライアンが話しかけてから、しばらくたって。ようやくのことで、兵士たちのうちのひとりが口をひらきました。

 

 「あのお方に、おしらせせねば。われらはあのお方に、おしらせする。おまえたちは、あのお方のところに、つれていかねば。われらはおまえたちを、あのお方のところに、つれていく。」

 

 するとほかの兵士たちも、みんなそろっておんなじことをいいました。

 

 「そうだ。あのお方のところに、つれていかねば。われらはあのお方のところに、おまえたちをつれていく。そうだ。」

 

 兵士たちはざわざわとゆれ動きながら、ずっと同じ言葉をくりかえしております。これはいったい、どういうことなのでしょうか?

 

 「なんなのいったい? なんかおかしいよ、この人たち。」

 

 ライアンが、首をかしげていいました。ライアンのいう通り、この兵士たちはなんだかとっても、おかしな感じだったのです。みんな木で作られた全身をおおうよろいを着こんでいて、首まですっぽり、同じ木でできたかぶとをかぶっております(このかぶとは目のところにわずかなすきまがあいているばかりで、中はぜんぜん見えなかったのです)。草をあんで作った服を着ていて、草のくつをはき、木のたてや、剣や、やりを持っている者もいました(剣や、やりのさきっぽにかんしては、木ではなくて、ちゃんと鉄でできたふつうのものでした)。そしてかれらの乗っている馬が、いちばんふしぎでした。その馬たちはどう見ても、木をけずって作った、木の馬たちだったのです!(いぜんセイレン大橋の下のカピバラ老人の小屋で見たのは、鉄の馬でしたよね。あんなふうにこんどは木の馬たちが、ほんものの馬のようにしっぽをふったり、ひづめをぱかぱかならしたりしていたのです! いったいこんどは、どんなしくみになっているのでしょうか?)

 

 「しっ! だめだよ。怒らせちゃまずいよ。」ロビーがライアンにいいました。ロビーのいう通り、兵士たちはあいかわらず旅の者たちに弓矢をむけたまま、おろそうとしないのです。

 

 「ロビーどののいう通り、どうやらここは、だまってしたがうほかなさそうです。」ベルグエルムが、ロビーとライアンのふたりにいいました。「わたしのけいけんから見るに、かれらはだれかに、やとわれている者たちのようだ。魔法であやつられているのかもしれない。しかし、じゃあくな者たちではない。」

 

 「悪者じゃないって、なんでいえるのさ。」ライアンが、目の前につきつけられた弓矢を「ひええ……!」とよけながら、そういいます。「もうちょっとで、ぼくの顔にきずができちゃうところだったよ! あとが残ったら、どうしてくれるの! かわいい顔が、だいなし!」

 

 「かれらのかぶとのもんしょうだ。」ベルグエルムが兵士たちのかぶっているかぶとを見るようにうながしながら、つづけました。ベルグエルムのいう通り、そこには白い木をあしらった、なんともしんぴ的なもんしょうがえがかれていたのです。

 

 「あのもんしょうは、植物をつかさどる、白の魔法のもんしょうだ。西の大陸では、広く伝わっているが、あのしるしは、悪い者が使うしるしではない。」(これが、さきほどお伝えしました、この兵士たちが万がいちにも魔女アルミラの手下たちなのではないのだという、しょうこでした。ベルグエルムはこのもんしょうのことを見て、すぐにそれに気がついたというわけだったのです。もっとも、魔女の手下ではないとはいえ、危険な相手であることにはちがいないでしょうけど。)

 

 「西の大陸のもんしょう、って、それじゃ、まさか……!」ベルグエルムの言葉に、ライアンがおばけのミリエムのいっていた言葉を思い出しながら、いいました。たしか、めざすカルモトという人は、西の大陸からやってきたということでした。

 

 「そのかのうせいが、大いにあるな。」ベルグエルムが、それにこたえてつづけました。「とにかくこれは、ただのごかいなのだ。それほどにけいかいする必要が、この地にはあるのかもしれない。ここは、かれらにしたがおう。カルモトどののところに、つれていってくれるかも。」

 

 「どっちみち、それいがいに道はないでしょ。」

 

 さいごにライアンが、せまりくる弓矢をぐいぐいとおしかえしながら、なかばやけになっていいました。

 

 

 そこから旅の者たちは、その前後左右を木の馬に乗った木のよろいを着こんだ兵士たちにかこまれながら、つづくきゅうくつな道のりの中を進んでいくこととなったのです。これはまったく、思いもかけないことでしたが、どうにもしかたがありませんでした。兵士たちは旅の者たちのことをなわでしばったりするようなことはしませんでしたが、そのかわり、弓矢からこんどは剣をぬいて、旅の者たちにつねにつきつけながら進んでいたのです(ですから、「すきをついて火の力でみんな黒こげにしてやろうか?」というライアンの考えも、かれらには通じませんでした。かれらにはぜんぜん、すきがなかったのです。すこしでもおかしな動きを見せたら、こんどこそくしざしにされてしまいかねませんでした)。

 

 「ぬけ目のないれんちゅうだ。」

 

 ベルグエルムが、敵ながらあっぱれといった感じで、かれらのことをいいました。

 

 「ほりょをつれていくことに、なれている者の動きだな。かれらのしぐさや、剣の持ち方を見れば、かれらがかなりのくんれんをつんだ、ゆうしゅうな兵士たちであるということがわかる。」

 

 ベルグエルムのいう通り、兵士たちにはじつにまとまりがあって、かれらはれつをみだすことなく、ずんずんと道を進んでいくのです。ですがかれらの顔はいぜんとして、かぶとのおくにかくれたままで、かれらがいったいなに者なのか? ということについては、まったくもってなぞのまま変わりませんでした。

 

 それにかれらは旅の者たちのことをつれて出発してからというもの、ただのひとことも、口をひらきませんでした。なんどかライアンが、「ねえ、」とか、「あのさ、」とか、かれらに声をかけましたが、兵士たちはまったくだまったままで、あいかわらず剣のさきだけを、旅の者たちにむけているばかりだったのです。

 

 「強いのかなんなのか? 知らないけどさ!」とうとうライアンが、しびれをきらしていいました。ライアンはこんなふうにむりやりつれていかれることよりも、自分が話しかけているのに相手にしてもらえないことの方が、はるかに気にくわなかったのです(だってこんなことって、今までいちどだってなかったことでしたから。なにしろかれは、シープロンの王子さまなんですから。王子さまに口をきかないなんて、そんな人、ひとりもいませんでしたもの)。「口くらい、きいてよね! へんじもしないなんて、そんなのあり? うでは立つけど、頭はさっぱり! だったりして!」

 

 「ライアン、口がすぎるぞ。よけいなことをいうんじゃない。」

 

 ベルグエルムに怒られて、ライアンはほほをぷくーっとふくらませて、むくれてしまいました。もちろんライアンだって、こんなことをいったら相手に失礼だということくらいは、じゅうぶんしょうちしていました。ですけど、ライアンの気持ちもわかりますよね。いくら悪者ではないとはいえ、こんなふうに剣をむけられたままきゅうくつにつれていかれたうえ、相手にもしてもらえないなんて、やっぱりいい気持ちはしませんもの。

 

 「しばらくは、がまんしよう。みんなを助けるためだよ。」ロビーがそういって、(また)ライアンのことをなだめました。

 

 「わかったよ。」ライアンはしぶしぶといった感じで、それにこたえます。

 

 「でも、もし、ほんとうにカルモトって人の兵士だったのなら、このつぐないは、きっとしてもらうからね!」

 

 ライアンはそれから、おとなしくだまっていましたが、ロビーにはライアンが今、頭の中でいろんなつぐないのさせ方を考えているところなのだということが、わかりました。

 

 きっと、こわいことを考えているんだろうな……。

 

 

 やがて、道がゆるやかなくだりになりました。あたりには前よりもいっそう、あのつるつるとした木々がしげっております(というより、ほとんどその木しか生えていませんでした)。そして一行が、なだらかなそのまがりかどを、左にまがったときのこと。急にあたりのしかいがひらけて、旅の者たちはそこで、なんともおどろきの光景をまのあたりにしました。

 

 「うっわー! なにこれー!」ライアンが思わずさけびました。ベルグエルムもロビーも、同じく目を見ひらいて、目の前の光景に見いってしまいます。

 

 

 そこには、なんとも信じられないほどに巨大ないっぽんの木が、ででーん! とそびえ立っていました!

 

 

 いったい、どのくらいの高さがあるのでしょう? 天をつくとは、まさにこのことです! 旅の者たちはみんなこぞって、首を空にむけました(モーグの大聖堂でもみんなは空を見上げましたが、この木はそれよりもさらに、上までのびていました!)。はるかな上にえだがたくさんつき出ていて、そこにはまるできのこのかさみたいに、みどり色の葉っぱがあつくしげっていました。はんたいに木の下の方には、えだがぜんぜんありません。木の表めんはあちこちふしくれ立っていて、この木がとんでもないほどのとしを取っているのだということが、わかりました。

 

 その木をまん中にして、まわりには深いおほりがつくられていました。そのおほりには水がはいっていませんでしたが、まわりはしっかりとした木のさくでかこわれていました。かこいはひとつの場所だけがとぎれていて、そこには大きな木のはね橋がいっぽん、用意されております。そしてそのはね橋のところには、旅の者たちをつれているこの木の兵士たちと同じかっこうをしたほかの兵士たちが、なん人か見張りに立っていました。

 

 旅の者たちがとうちゃくすると、まわりをかこんでいる兵士たちのうちからひとりの兵士が、そのはね橋の方へとむかっていきました。それいがいの兵士たちは、きりつ正しくびしっ! とれつをそろえたまま、旅の者たちのまわりにじん取っていたのです。そして進んでいったそのひとりの兵士が、はね橋のところにいるほかの兵士たちに敬礼をすると、はね橋のそばにたてられていたいっけんの小さな小屋のところから、ちりりん! というベルの音がなりひびきました。

 

 しばらくのあいだ、ベルの音がなっていましたが、ベルの音がやんでからは、さっぱりなにごとも起こりませんでした。まわりをかこんでいる兵士たちは、あいかわらず旅の者たちに剣をつきつけたまま、ぴくりとも動きませんでしたし、はね橋のところにいる兵士たちも、気をつけのしせいを取ったまま、それからぱったりと動かなくなってしまったのです(そのうえ兵士たちの乗っている木の馬も、まったくおきものの馬のように、動かなくなってしまいました)。

 

 それから、五分くらいがたったでしょうか? 旅の者たちはわけもわからずにこんなふうに待たされて、だんだんがまんができなくなってきました(とくにライアンは、さっきからずっと、いらいらしっぱなしでした)。

 

 十分がたつと、さすがにみんな、どうしたことかと思いはじめました。気の長いモーグのゆうれいさんたちじゃあるまいし、こんなに意味もなく待たされつづけてしまっては、たまったものではありません。それで二十分がたったころ。とうとうライアンがたまらなくなって、そのいらいらをばくはつさせてしまいました!(やっぱりかれには、だまって待っていることなんてできませんでしたね。)

 

 「いいかげんにしろー! いつまで、こうやってるのさー!」

 

 ライアンは両手いっぱいにたつまきのうずを作り出しながら、その手を兵士たちにむけてしまいました! すると今までまったく旅の者たちにむかんしんといった感じだった兵士たちが、いっせいに、手にしたその剣をかまえてみんなの方へとむかってきたのです! これはまずい! なにしろ相手は、なん十人という、騎乗の兵士たちなのですから!

 

 やっぱりここは、おとなしく待つべきでした……! ですが、もうおそい! 兵士たちは今にも、旅の者たちのことをその剣でくしざしにしてしまいそうなふんいきです! ベルグエルムは、やってしまった……! といった感じで、自分も剣をぬき放ちました。こうなったらもう、話しあうことなどはできません。戦って、なんとかこの場をきりぬけないと! 

 

 ライアンは自分のかるはずみなおこないのことを、心からこうかいしました。みんなのことを、危険にさらしてしまったのです。ですけど、かれをせめることはだれにもできませんでした(ロビーだってベルグエルムだって、がまんができなくなっていたことにちがいはありませんでしたから)。ロビーも剣をぬいて、小さなからだのライアンのことをかばいました。いよいよ戦いがはじまるのです。しかしライアンがそのしぜんの力のわざをくり出そうとする前に、敵はもう、かれらのもとへとつっこんできていました。ここから助かる見こみは、まったくもって、うすいものでした。

 

 そのとき!

 

 

 「うるさいぞ! なにをやっている!」

 

 

 おほりのむこうのその巨大な木の方から、男の人の声がきこえてきたのです!

 

 まさに、天の助け! みんなはいっせいに、声のした方にむきなおりました。すると、そびえ立つ木のねもとのところ。そこに小さなかいだんがあって、今そのかいだんを、ひとりの男の人がおりてくるところだったのです!

 

 「だれでもいいから、助けてー!」ライアンが、空気のバリアーでせまりくる剣をひっしでおしかえしながら、もう、すがる気持ちでさけびました(こんなにいっぱいいっぱいのじょうたいからでは、とてもよゆうがありませんでしたので、ライアンもさすがに、とくいの強力なこうげきのわざをくり出すことなんてできませんでした。敵のこうげきをなんとかおしかえすことだけで、せいいっぱいだったのです。そしてふだんは強がっておりましたが、こんなときにはライアンもやっぱり、まだまだほんらいのねんれいにふさわしい、男の子でした)。

 

 「お願いです! この人たちを、とめて!」ロビーも、手にした剣で相手の剣をせいいっぱいにはらいのけながら、ライアンにつづけてさけびました。

 

 しかし、そんなみんなのひっしのさけびにも、その人はまるでなんでもないことだというように、顔色ひとつ変えないのです。ゆっくりとした足取りで、木でできたかいだんを、こつんこつんとおりてきました。

 

 「おまえたち、ずいぶん多いな。こんなに、いたっけか?」

 

 その人は旅の者たちのことを取りかこんでいる兵士たちのことを見て、そんな変なことをいいました。どうやらこの兵士たちは、この男の人につかえているようですが、ずいぶん多いとは、どういうことなのでしょうか?

 

 「われらは、あなたたちとあらそう気などない! どうか、兵を下げてほしい!」ベルグエルムが、兵士たちのあるじと思われるその男の人にたのみこみました。すると男の人は、あいかわらずなんでもないことだというような顔をしたままで、ゆびをかるく、ぱちんとならしたのです。

 

 するとどうでしょう! みんなのことを取りかこんでいる兵士たちが、くるり! むきを変えて、もときた道の方へ、ざっざっ! きそく正しくこうしんしていきました!

 

 「た、助かった……」

 

 ライアンはもう全身の力がぬけてしまって、ロビーのからだにぐったりとへたりこんでしまいました。ベルグエルムもロビーも心の底からほっとして、剣を持つ手をそのままぶらりと、下にたらしてしまいます。なにがなんだか? まだわけがわからないことばかりでしたが、とにかくみんなは、助かったのです!

 

 

 旅の者たちはしばらくのあいだ、もう動くこともできませんでした。しんぞうはまだ、ばくばくなったままです。いやなあせがぽろぽろ吹き出してきて、地面にぽたぽた、たれました(もうだめかと思ったときには、だれでもこんなふうになってしまうものなのです)。

 

 しばらくして、かいだんをおりてきた男の人が、旅の者たちとおほりをはさんでむかいあうところまでやってきました。それでは、さあ、説明してもらわないと! いったいどうして、みんなのことを、こんな目にあわせたのか!

 

 その人はむっつりとした顔のままで、立ちつくしていました。こちらの方をじっとながめたまま、動きません。旅の者たちはかたずを飲んで、その人が口をひらくのを待ちました。そしてついに。その人が口をひらいてこういったのです。

 

 「うむ。やはり、今夜のディナーは、きのこのスパゲッティーにきめた!」

 

 そ、そんなことはどうでもいいですから……。

 

 「あなたは、カルモトどのか?」ベルグエルムがさきに、その人に声をかけました(こちらから話をふらないと、さきに進めそうな感じではありませんでしたから)。

 

 「カル……、なんだって?」その人がききかえします。この人が、さがしていたそのカルモトなのではないのでしょうか?

 

 「カルモトどのです。われらはモーグのまちより、あなたをたずねるようにつかわされた者です。あなたの助けが、ぜひともほしいのです。」

 

 ベルグエルムが、この人がカルモトなのにちがいないと思ってそういいました。しかしその人は、またしても、とんちんかんなことをいうばかりだったのです。

 

 「モーガー? モーグ? なんだそれは? ハンバーグみたいなものか?」

 

 はたしてほんとうに、この人がカルモトなのでしょうか……? 旅の者たちはなんだかとっても、不安になってきました。ここまできてぜんぜんかんけいのない人だったのなら、がっかりもいいところですもの。

 

 「モーグ。ロザムンディアのまちの、べつの名まえです。今では魔女ののろいを受けて、すっかり、はいきょのまちになってしまったのです。」

 

 ベルグエルムの言葉に、その人はこんどは手をぽん! とたたいて、思い出したようにいいました。

 

 「おお、そうか。ロザムンディアなら知っている。むかし、わたしがこの手で、すくってやったまちだ。今ではすっかり、もとの通りにさかえていることだろうな。みんな、げんきでやっとるか?」

 

 どうやらこの人って、あんまり人の話をきいていないみたいです……。今、魔女にのろわれて、はいきょのまちになってしまったと、いったばかりですのに! ですからそれからもういちど、ベルグエルムがていねいに(そしてこんきよく)説明して、ようやくロザムンディアのまちの今のようすのことなどについて、りかいしてもらうことができました(モーグのゆうれいさんたちもそうですけど、話がすんなりとさきに進まないことが多いですね……)。

 

 「なんだと!」

 

 話が終わると、その人ははじめて感じょうをあらわにしていいました。

 

 「まさか、そんな! かれらのたましいは、すっかりもとの通りにもどったものとばかり、思っていた。このわたしとしたことが、うっかりだった!」

 

 なんだかこの人の場合なら、うっかりというのもうなずけるような気もしますが……。とにかくその口ぶりからさっするに、モーグのまちでのできごとにこの人がかかわっているということは、どうやらまちがいないようです。いったいこの人はほんとうに、なに者なんでしょうか?

 

 「もうすっかり、かたがついたとばかり思っていたのだが。うーむ……」その人はそういって手をあごにあてて、考えこみました。

 

 ところで……。ちょっと説明がおそくなってしまいましたが、ここで読者のみなさんに、この人(たぶんカルモトさんですけど)の見た目のことを、きちんとお伝えしておかなければなりませんね。これまでは戦いの場面や話の流れなどで手がいっぱいで、著者のわたしもこの人の見た目のことを、お伝えしているよゆうがなかったのです。

 

 まずぱっと見ただけで、なんともおかしな人でした。赤や青やきいろにみどり、それらの水玉やいろんなもようのはいった、とってもうるさくてごちゃごちゃとした服を着ていて、おそろいのズボンをはいていたのです(ですからまるで、サーカスのピエロみたいです)。腰にはひらひらとした、バレエのスカートみたいな白いぬののかざりをまいていて、首のまわりにもそれと同じような、ぬののかざりをまいていました(しかもそれらのかざりには、よく見るとたくさんの小さな星や、お花、ちょうちょ、くま、くだもの、などといった、かわいらしいブローチがちりばめられていました)。

 

 顔がまた、とってもいんしょう的でした。感じょうのわからないむっつりとした顔をしていましたが、するどくつり上がった目といい、大きくとがったわし鼻といい、きっ、とむすばれた口といい、いかにもへんくつの学者とか、がんこな先生だとか、そんな感じの顔をしていたのです。からだはとってもやせていて、背も高く、まるでひょろっとしたにんじんみたいです。ひげはありませんでしたが、かみは長くてぼうぼうで、しかもそのかみを、赤やもも色やきいろに、はでにそめていました!

 

 ですからたいていの人は、この人のことをひとめ見ただけで、こう思うんじゃないでしょうか?

 

 しゅみが悪い!

 

 旅の者たちもれいせいになってみると、あらためて今、そう思っていたのです(ですからベルグエルムもはじめは、「こ、この人、だいじょうぶなんだろうか? うーむ……」と、かれに話しかけるのをためらってしまったほどだったのです)。でもとりあえずのところは、かれのおしゃれのセンスのことについては、ふれないでおいた方がよさそうですね。いろんなしゅみの人がいますから。それよりも今は、もっとだいじな話があるはずです。

 

 「あなたが、カルモトどのでありましょう?」ベルグエルムがもういちど、たずねました(早くはっきりしてもらわないと、話がさきに進みませんもの!)。そしてそのベルグエルムの言葉に、ようやくその人はあることを思い出したようで、こういったのです。

 

 「そういえば、いぜん、そんな名まえでよばれていたことがあったような気がするな。だが、そのカルモトというのは、だれかがかってにつけた名まえだろう。ふだんはわたしは、わたしのほんとうの名まえをみじかくしょうりゃくした名を、使っているからな。」

 

 そしてその人は、自分のみじかくしょうりゃくした名まえをいいましたが、それでもぜんぜん、だれもおぼえられないほどに、長いのでした!

 

 「す、すみません。もういちどお願いできますか?」ベルグエルムが思わず、ききかえしてしまいました。するとその人は、しぶしぶといった感じで、もういちどだけくりかえしていってくれたのです。

 

 「しかたのないやつだな。これでさいごだぞ。わたしの名まえは、カルディンナンモントアウルクリストフフォン・デルハルゼントグンナンフィアセルトス・ハウゼンという。もういわんぞ。ほんとうの名まえをいちいちいっていたらめんどうだから、こんなにみじかいよび名をつけたのだ。これでおぼえられないというのなら、もう知らん。」

 

 なるほど、魔法学校のアルフリート校長先生でさえ、この人の名まえをおぼえていなかったのもむりはありません。長すぎですもの! こんなわけでしたから、もっとかんたんに、だれかがカルモトというよび名をつけたのでしょう。ですからカルモトさんほんにんが(だれかがかってにつけた)そのカルモトというよび名をよくおぼえていなかったのも、むりもないことでした(もっともかれの場合は、もとからおぼえる気がなかったようですが……。

 

 ちなみに。モーグのゆうれいさんたちは名まえのこともふくめて、このカルモトについてのうわさをすべて旅人たちからききましたが、いちばんはじめにカルモトのうわさをみんなに広めたのは、ほかでもない、ヴァナントの魔法学校からやってきた、とあるひとりのみならいのまじゅつし学生だったのです。この学生のかれは植物学がせんもんで、アークランドの植物のひょうほんをとることがもくてきでこのアークランドをおとずれましたが、その旅の中で、山の中に住むカルモトにぐうぜんに出会ったのでした。

 

 「あなたは、カルモト先生じゃありませんか!」

 

 こういったわけで、まちの人たちは「西の大陸からやってきた山の中に住んでいる学者で、まじゅつしで、とっても強くて、だれもほんとうの名まえを知らなくて、そして魔女のことにもくわしい」という、カルモトのうわさを知ることになったのです。なんだかずいぶん、ややこしいうわさでしたが……。

 

 ところで、このうわさはベーカーランドには伝わらなかったのでしょうか? じつは伝わったことは伝わりましたが、そのあと西の街道がとざされたがために、西の街道の地のまじゅつしのうわさも、そのままとだえてしまいました。それがもう三十年以上も前のことでしたから、ベルグエルムたちがカルモトのことを知らなかったのも、とうぜんのことだったのです。カルモトのうわさをまだ知っていたのは、そのころから時間のとまったままの、モーグのゆうれいさんたちばかりでした)。

 

 さてさて、名まえ(とうわさ)のことはともかくとして。やっぱりこの人がモーグのゆうれいさんたちのいっていた、カルモトさんほんにんにまちがいありませんでした。とりあえずは、よかったよかった! みんなこの人のことをたずねて、ここまでやってきましたから(カルモトさんが三十年以上もずっとここに住みつづけてくれていて、ほんとうによかった!)。すんなりとはいきませんでしたが、それでもずいぶんと早く、カルモトさんのことが見つかったわけです(まだモーグのまちを出発してから、一時間くらいしかたっていませんでしたから!)。これなら魔女アルミラとのけっちゃくについても、けっこう早くかたがつきそうですね。

 

 でもまだ、かたがついていないことがありますよね。そう、いくら助けをたのみにきた相手とはいえ、こっちはもうすこしで、殺されるところでしたから!

 

 「ちょっと待って! 名まえのことなんか、どうでもいいよ!」

 

 さあ、いよいよライアンが、カルモトにせめよる番がやってきました。兵士たちを下げて助けてくれたのはカルモトでしたが、そもそもその兵士たちは、このカルモトの手下たちなのです! とてもこのまま、だまったままでいることなどはできませんでした(ライアンが)。

 

 「こっちは、殺されるとこだったんだ! どう、つぐなってくれるのさ! さあさあ!」

 

 「どういうことなのか? 説明してください。」さすがにロビーも、ライアンにつづけていいました。

 

 さて、カルモトはなんとこたえるのでしょうか?

 

 カルモトはしばらく、むっつりとした顔のままでだまっていましたが、やがて、あっ! といったように目を見ひらいて、いいました。

 

 「そういえば、むかし、おかしなやつらがこのあたりをうろついていたんで、わたしが木の兵士たちを、見張りに立たせておいたんだった! うろついている者がいたら、わたしのもとまでつれてくるように、めいれいしておいたような気がする。まだ、ずっとそのままだったのか。わたしとしたことが、うっかりだった!」

 

 やっぱり! こんなことだと思ったんです!

 

 カルモトは木から魔法で作り出したというこの木の兵士たちに、土地にはいりこんだ者を自分のもとまでつれてくるようにと、めいれいしていました。そしてもし相手がはむかった場合は、力ずくでおとなしくさせるようにとも、カルモトはめいれいしていたのです。兵士たちはそのめいれいの通りにみんなのことをここへつれてきて、そしてはむかったみんなのことを、おとなしくさせようとしたというわけでした(じつにちゅうじつな兵士たちです! そしてこの兵士たちは、木から作られた木の兵士たちだったんですね。どうりでふつうの兵士たちにくらべて、おかしな感じがすると思ったんです。

 

 ちなみに。この兵士たちのかぶとの中には、ただ草をまるめたものがはいっているだけで、顔はありませんでした。この兵士たちは魔法のエネルギーそのものを使って、かんたんなおしゃべりをしていたというわけだったのです。もっともこの兵士たちは戦いの方がせんもんで、おしゃべりをするのはにがてのようでしたけど。そのおかげで、へんじをかえしてもらえなかったライアンが、すっかり怒ってしまいましたよね)。

 

 カルモトの話では、この兵士たちとかれらの乗る木の馬たちは、ふだんはずっと、木のすがたをしているとのことでした。土地にはいってきた者を見つけると、ただの木から、兵士や馬のすがたにばけるというのです。どうりでさすがのベルグエルムでも、かれらに気がつかなかったはずです! だって、ただの木ですもの、わかるはずもありませんよね! たくさんの兵士たちにとつぜんまわりをかこまれてしまったのは、こういうわけがあったからでした(そしてカルモトのいっていた「ずいぶん多いな」という言葉も、このためでした。カルモトは目の前にいる兵士たちが、「忘れてしまっていた、自分のところにもどってきた兵士たち」なのだということに、気がついておりませんでしたので、もともと手もとにおいていた兵士たちとくらべて、「ずいぶん多いな」といったのです。忘れられてたなんて、なんかかわいそうな兵士たちですね……)。

 

 さらにもっとくわしく話をきいたところ、旅の者たちが通ってきたあの道には、もうひとつ魔法がかかっていたそうでした。カルモトは知りあいがたずねてくるというので、自分の家までの道がわかるようにと、つづく道の木々に道あんないの魔法をかけていたのです。みんなが道をゆくときに感じたおかしな感じは、そのためでした。木々が旅の者たちの心に、ちょくせつ「道はこっちですよ」と語りかけていたのです。それにしても……、かんげいの道あんないの魔法がかかっているところに、うむをいわさず相手をつかまえる兵士たちをおいておくなんて! なんていいかげんな人なんでしょう! 旅の者たちにとってはなんともいいように、ふりまわされてしまったわけでした。

 

 「そうだったのか。それは、ほんとうにすまないことをした。この通りだ。」話をきいて、カルモトは心からすまなそうに、頭を地面すれすれといったところまで深々と下げました(からだのやわらかい人ですね! でもちょっと、ぽきぽきっ! というひびのはいるような音がしたのが心配でしたが……)。

 

 さて、どうしたものでしょうか? このカルモトのたいどはけっこういがいなことでしたので、みんなは思わず、おたがいに顔を見あわせてしまいました。どうやらこのカルモトという人は、そそっかしくていいかげんなだけで、ぜんぜん悪気はないようなのです。もちろん旅の者たちのことをきずつけるつもりも、ぜんぜんなかったのでしょう。

 

 ですからこれ以上、かれをせめてもしかたありますまい! 旅の者たちにはそれよりももっと、たいせつなしごとがあるのですから(やっぱりライアンだけは、「なっとくいかないな。」とぶーぶーいっていましたが)。

 

 「カルモトどの。」ひとだんらくがついたところで、ベルグエルムが話を切り出しました(やっぱりこの人のことをよぶのには、手っ取り早い名まえである、カルモトというよび名でかんべんしてもらいました。カルモトさんの方は、だいぶふまんそうでしたが)。「さきほども申し上げました通り、われらには、あなたの助けが必要なのです。われらは、しっちたいの中にそびえる魔女の塔へとはいりこみ、そこに住むという魔女アルミラのことをしりぞけ、魔女のもとから、みなのたましいを取りもどさなければなりません。あなたは魔女のアルミラにたいこうする、とくべつな力をお持ちのはず。どうかわれらに、その力をお貸し願いたいのです。」

 

 こんどはみんなの方が、カルモトに頭を下げる番でした(やっぱりライアンだけは、まだしぶしぶしていましたが)。

 

 さて、カルモトはどうこたえてくれるのでしょうか?

 

 「なにやら、話がおかしなほうこうにかたむいているようだが……」カルモトは手をあごにあてて、なんだかふしぎそうな顔をしてそういいました(ちなみに、手をあごにあてて考えるのは、この人のくせみたいでした)。そしてそのあと。カルモトの口から出た言葉に、旅の者たちはなんともまったく、びっくりぎょうてんしてしまったのです。

 

 「アルミラなら、もうとっくに、このくにから出ていったぞ。わたしがこの手で、ついほうしてやったんだからな。これは、まちがいのないことだ。あのブリキの塔には、もうだれも住んどらん。」

 

 ええーっ!

 

 これはいったい、どういうことなのでしょう! 魔女のアルミラが、モーグのみんなのたましいを持っているんじゃないのでしょうか?

 

 そしてさらにさらに! つづくカルモトの言葉は、旅の者たちをそれよりももっと、びっくりぎょうてんさせてしまいました。

 

 「今ごろアルミラは、ガランタのわたしの家にでも、もどってるんじゃないか? なにしろあいつは、わたしのいもうとだからな。」

 

 な、なんですってー!

 

 なにやらほんとうに、話がずいぶんとおかしなほうこうにかたむいてしまいました! さあさあ、旅の者たちの「魔女をやっつけてたましいを取りもどせ」大作戦は、いったいこのさき、どう進んでいってしまうのでしょうか? みんなのたましいのゆくえは? そして、フェリアルの運命やいかに!(三回目ともなると、さすがにしつこかったですね。すいません。)

 

 旅の者たちのそのはるかな上から、金のロープをたらしたような木もれ日がふりそそいで、地面にたくさんの光の水たまりを作り出していました。この大むかしからの木にとって、その日もいつもとまったく変わらない、ただのふつうのいちにちでした。

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「へいかもさぞや、およろこびになろう。」

       「なにをのんびりすわっている!」
   
    「みなさん! ようこそ、わが家へ!」

       「アルマークめ……」 


第13章「木の塔とブリキの塔」に続きます。




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13、木の塔とブリキの塔

 空が、急にわき起こった暗い雲におおいつくされようとしていました。まだ午後も早い時間だというのに、地上をてらしていた光はあっというまにやみに飲みこまれ、やみはその地を、ふきつな夜のような場所へと変えてしまいました。

 

 今、そのやみを待ちのぞんでいたかのように、上空から四ひきのまっ黒な鳥のような生きものたちが、ぎゃあぎゃあというおそろしげななき声を上げながら、その地に飛んできました。それらの生きものたちは、みなさんがすでに知っている生きものたちでした。そう、それらの生きものたちは、あのセイレン大橋の上でロビーたちが戦った黒騎士たちが、乗っていた生きもの。ディルバグという、かいぶつたちだったのです。

 

 かいぶつたちはそのくにの空高くを、まっすぐに飛んでいきました。いったいここはどこなのでしょう? 大地は荒れくれ立っていて、そのあちこちにはまっ黒にかがやくぶきみなたてものが、いくつもならんでおります。たくさんの塔がたっていて、それらの塔にはきみの悪いはたやのぼりものが、いくつもかかげられていました。そしてそれらの塔のてっぺんには、黒いよろいかぶとに身をつつんだ見るもおそろしげな兵士たちが、やりをかまえて見張りに立っていたのです。

 

 よく見れば、兵士たちは塔のてっぺんだけにいるのではありませんでした。はるか下の道をこうしんしていく、豆つぶのようなもの。それらがすべて、同じかっこうをした、黒の兵士たちだったのです! そしてもっとよく見てみれば、そこには今までにだれも見たこともないような種族の者たちまで、まざっていました。とかげみたいなすがたの種族の者たちとか、ぜんぜんかわいくない、くまみたいなすがたの種族の者たちとか。大きな目玉にたくさんの手足が生えているという、ぶきみなかいぶつたちのすがたさえも、そこにはまざっていたのです(わたしは今でも、この目玉のかいぶつのことを思い出すとぞっとしてしまいます!)。

 

 このなんともおそろしげな土地を、ディルバグのかいぶつたちはあるひとつの場所をめざして、飛んでいきました。その場所には、このおそろしげな土地の中でもひときわおそろしげなたてものが、そびえていたのです。そのたてものは、やみを切り取ったかのような、光をはねかえさないまっ黒な石をつみ重ねて、つくられていました。そのあちこちからは、するどくとがった塔がつき出ております。そしてその塔につくられたたくさんのまどからは、なんともおそろしげな大きな弓矢が、そとの相手へとむかってにらみをきかせていました。

 

 なによりそのたてものの大きさに、あっとうされました。てっぺんまではいったい、どれほどの高さがあるのでしょうか? まさにそびえる山のごとく、あるいは巨大な黒いりゅうのごとく、そのたてものはそこにあったのです。

 

 「きたぞ!」

 

 だれかのさけぶ声が、その場にひびき渡りました。ここはそのたてものの、てっぺんに近い場所。今そこに、ひとりの人物を乗せたあのディルバグのかいぶつが一ぴき、おり立ったのです。

 

 乗っていたのは、ひとりの黒ずくめの衣服に身をつつんだ男の人でした。その人はほかの兵士たちとはちがって、よろいやかぶとも身につけておりませんし、剣すらも持っておりません。かわりにそのうでに、エメラルド色の花のマークのはいった白いリボンをまいていました。

 

 この人物がなに者なのか? それはまだわかりませんが、ひとつだけいえることがあります。ディルバグのかいぶつに乗っている者が、せいぎの人物だとは思えません! 黒騎士のひとりでしょうか? それにしては武器も持っておりませんでしたし、なんともにつかわしくない、お花のリボンが気にかかります。

 

 「急げ! へいかがお待ちかねだぞ!」

 

 同じような黒ずくめのかっこうをした者たちが出むかえて、やってきたその人物にいいました。リボンをつけたその人物は、なにもいわず、出むかえの者たちのあいだをこつこつと足早に歩き去っていきます。

 

 それからすぐに、残る三びきのディルバグたちもその場にとうちゃくしました。こちらに乗っていたのは黒のよろいかぶとに身をつつんだ、いわゆる黒の兵士たちです。兵士たちはディルバグからおり立って重いかぶとをぬぐと、やれやれといった感じで「ふう。」と重い息をつきました。

 

 「わざわざ、われらが出むくこともなかった。へいかもさぞや、およろこびになろう。」その中のひとり。こがね色のかみをした兵士がいいました。

 

 「では、いよいよでございますか?」

 

 かぶとをかかえた、身分の高いと思われるそのこがね色のかみの兵士の言葉に、出むかえの者たちがといかけます。

 

 「いくさだ。われらが、このアークランドの、しはい者となるときがきた。」

 

 こがね色のかみの兵士はそういって、その口もとに笑みを浮かべてみせました。

 

 

 その谷はまわりをぐるりと、高い岩かべにかこまれていました。ですからそとから見たのでは、ここにこんな谷があるなんてことは、わからないでしょう。谷の入り口はひとつだけしかありませんでしたし、しかもその入り口は、人のよりつかない山の中の、とってもさみしい場所のただ中に、ひっそりとそんざいしているだけであったのです。ですからふつうだったら、だれもこんなところにはくることはないでしょう。まよえる旅人か? はたまたよっぽどの変わり者か? それとも、この場所にくる、なにかのりゆうのある者たち、そんなとくべつな者たちいがいは……。

 

 今われらが旅の者たちがいるのは、まさにその谷の中でした。まん中にとほうもないほどの大きさのいっぽんの木が立っている、ひみつのかくれ谷。そして今みんなは、その谷の中のとあるひとつの場所に、まねかれているところだったのです。

 

 「だいぶちらかっているが、気にせんでくれ。今、お茶をいれてあげよう。」

 

 声のぬしは、カルモトでした。さて、旅の者たちはいったい今、この谷のどこにいるのでしょう? それはともかくとして……、まずはみんなが今いるこの場所のようすのことを、さきにみなさんにお伝えしておかなければなりませんね。それはなぜか? といいますと、この場所はカルモトの言葉の通り、じょうだんではすまされないくらいに、ちらかっていたからなのです!

 

 まずここは木のかべにかこまれた、ひとつの部屋の中でした。しかし部屋といっても、そこはただの部屋ではなかったのです。まずこの場所のあちこちに、たんすや戸だな、ソファーやつくえ、いすなどといった家具が、とってもいいかげんな場所に、てきとうにおかれてありました。てんじょうには木で作られた船や、鳥や、ひこうきのような乗りものなどのもけいが、たくさんつるされております。そしてなによりも、この部屋の中をうめつくしている、物、物、物! もうなにがなんだか? わからないくらいに、ありとあらゆる品物たちが、この部屋の床や、家具の上や、そのほかのすきまというすきまに、ちらばっていました!(おもちゃばこをひっくりかえしたようとは、まさにこのことです! たぶん、いたずらざかりのしんせきの子どもたちが二十人くらいであそびにきたら、こんなふうになるんじゃないでしょうか? それくらい、ちらかっていました。)

 

 それらの物たちのすきまを、カルモトが歩いていきました。びっくりすることに、カルモトがゆびをかざすと、床をうめつくしていた品物たちが、がらがらーっ! という大きな音を立てて、ほかの場所へとどいていくのです! ですからカルモトは、たくさんの品物たちなどはじめからそこになかったかのように、すたすたと床の上を歩いていくことができました(そのかわり品物がどいた方の場所では、もっとめちゃくちゃなことになってしまっていましたが……)。

 

 よくもまあ、ここまでちらかしたもんだ……。旅の者たちはもはやなにもいえずに、その物にあふれた部屋の中でちぢこまっていました(むやみに動きまわったら、物のなだれにまきこまれてしまいかねませんでしたから)。もしこの部屋にまどがなかったのなら。たぶんみんな、息がつまってしまっていたことでしょう。大きなガラスのはまったまどからさしこむ光が、なんとかこの部屋を、部屋らしくたもっていたのです。

 

 「まるで、ひみつきちみたい。よくこんなところに、家をつくったもんだね。」ライアンが(しんちょうに物をがらがらとかき分けてまどまでたどりついてから)、そのまどの前に立ってそとの景色をのぞきこみながらいいました。まどのそとには、高い岩のかべがそびえております。まどの下の方には、ふとい木の根と、そのまわりをかこむ水のないおほりが見て取れました。そして上をのぞけば、はるかな上に、たくさんの葉をつけた大きな木のえだが、いくつものびていたのです。そう、ここはあの巨大な木の、その内がわ。木のみきの中につくられた、カルモトの家の中でした!

 

 あれから……。

 

 「魔女のアルミラはわたしのいもうとだ」、など、カルモトがしょうげきのじじつを語った、そのあとのこと。旅の者たちはカルモトに、もっとくわしい説明をもとめたのです(まあ、とうぜんですね)。そのうえ(カルモトはブリキの塔とよんでいる)魔女の塔のことや、みんなのたましいのことなどについても、みんなはカルモトにくわしく話をきく必要がありました。それにともなってカルモトが、「わたしの家にきなさい。そこで話しをしよう。」といってみんなのことを、この木の中につくられた、カルモトは木の塔とよんでいる自分の家の中へと、まねいてくれたというわけだったのです(カルモトがさいしょにあらわれたとき、かいだんをおりてきましたよね。じつはあのかいだんは、この家のげんかんにつながっていたのです。そしてはね橋のところからきこえてきたベルの音。あれはこのカルモトの家の、よびりんでした。木の兵士たちはとらえた者たちのことをつれてきたということをカルモトにしらせるため、よびりんをならして、カルモトが出てくるのをじっと待っていたというわけだったのです。カルモトがなかなか出てこないので、けっきょく旅の者たちは二十分以上も待たされ、そのあげくに、兵士たちと戦うはめになってしまいましたが……)。

 

 「そこにかけなさい。お茶がはいったぞ。」

 

 カルモトがそういって、ひとつのソファーのその上の物たちをがらがらとどかしました。旅の者たちはようやくのことでそのソファーまでたどりつくと、やれやれといった感じで、そこに三人でならんですわります(すわったしゅんかん、ベルグエルムが「いたっ!」といって立ち上がりました。見ると、かれのすわったところにかたいからを持ったくるみのような木の実がひとつ、まだ残っていたのです。ベルグエルムはおしりをさすりながら木の実をひろって、もういちどすわりなおしました。ベルグエルム、ちょっと、ゆだんしちゃいましたね。

 

 ちなみに、魔女のアルミラがカルモトによってすでについほうされているということで、ベーカーランドへとつづく西の地の道のりに魔女のきょういはなくなったはずでしたが、それでもこのさきの道のりは、なにが起きるか? わからない道のり。ベルグエルムをはじめ、みんなはやはり、このさきの道のことをよく知っているミリエムを、つれていくべきだとはんだんしたのです。カルモトにきいたところでも、このあたりにベーカーランドまでの道のりにくわしい者などは、ひとりもいないということでしたし、カルモトさんほんにんも、この道を通ってベーカーランドまでいったことなどは、いちどもないということでしたから。それに、ねんのためきいてみましたが、かえるの種族のフログルたちでも、西の道のりについては知るよしもないだろうということでした。そしてじっさい、しるよしもなかったのです。かれらはこのあたりの土地にずっと住みついていて、まったく、はなれようとはしませんでしたから。

 

 そんなわけでしたから、みんなはやはりこれまでのけいかく通り、魔女の塔へとむかうことにしました。もっとも、ここでけいかくをへんこうして、まちのみんなとフェリアルのことをほったらかしにしたままさきへ進んじゃうなんて、そんなの物語のヒーローたちとしても、ゆるされませんしね……)。

 

 「さて、アルミラのことだが。」みんながすわると、カルモトは自分もはんたいがわのソファーに腰をおろして、お茶をすすりながらいいました。

 

 「あいつはむかしから、わたしによくちょっかいを出してきてな。わたしの持つ力やちしきを、自分のものにしたいと思っていたようだ。だが、わたしはあいつには、なにひとつ教えてやらなかった。あいつがもとめていたのは、たんなる、強さとしての力だ。わたしの持つ力は、そんなことに使うためのものではない。わたしの力は、この世界にバランスをもたらすための、力なのだ。」

 

 そのカルモトの言葉に、ベルグエルムがもしやと思ってたずねました。

 

 「カルモトどの。あなたはもしや、この山に住むという三人のけんじゃたちのうちの、ひとりではありませんか?」

 

 「えっ!」ベルグエルムの言葉に、ロビーとライアンは顔を見あわせておどろきました。ここへくる前に山道でじょうだんでいって笑っていたことが、ほんとうのことになろうとしていましたから、おどろくはずです。そして……、読者のみなさんの、「カルモトって、いい伝えのけんじゃなの?」というそのしつもんについても、ついにここで、こたえなければなりませんね。

 

 はい、そうなんです。けんじゃです。その通りです(ライアンにあっさり見ぬかれてしまいましたので、「ひみつにしておいて、あとで読者のみなさんのことをおどろかせてやろう」というわたしのけいかくも、あっさりだめになってしまいました。ですからもう、なげやりです。すいません。ライアンめー!)。

 

 もっともカルモトほんにんにとっては、自分が伝説的なけんじたちゃのうちのひとりといわれていることについて、ぜんぜんきょうみがありませんでした。かれは生まれつき、すぐれた魔法の力と、この世界の力のバランスをたもつという、そのふしぎな力のことを持ちあわせていたのです(かれが持っているふしぎな力とは、「木々や植物の力をあやつる」というものでした。カルモトはこの力をじょうずに使うことで、この世界の力のバランスをたもっていたのです。ですがそういわれても……、じっさいになにをしているのか? 今ひとつぴんときませんよね。これもまた、けんじゃとまじゅつしのちがいを説明するくらいむずかしいのですが……、まあ、しぜんの世界と人の世界とがなかよくやっていけるように、影のささえとしてがんばっている、といったくらいに思ってもらえたらいいんじゃないかと思います。たぶん)。

 

 ですからカルモトは、自分のさずかったその力を人々のやくに立つように使うということは、あたりまえのことなのであって、自分にとってはそれがしごとのようなものなのだ、といつも思っていました(変な見た目とはうらはらに、りっぱな人なんですよ、ほんとは。

 

 ところで……、カルモトがいい伝えの三人のけんじゃたちのうちのひとりだというのなら、ほかのふたりは? と思うのはとうぜんですよね。だいじょうぶ。残りのふたりのけんじゃたちも、このアークランドのどこかにちゃんとそんざいしているのです。え?この切り分け山脈のてっぺんにいるんじゃないの? って? たしかにベルグエルムは、そういっていましたよね。ですがそれは、だれかの広めたただのお話にすぎなかったのです。ほんとうはかれらけんじゃたちは、このアークランドのどこかの、知っている者すらほとんどいない、人里はなれたひみつの場所にひっそりとかくれ住んでいました。そして……、それらの残るふたりのけんじゃたちも、あとの方になって、この物語の中にしっかりと出てきますよ。ですからそれまで、お楽しみに!)。

 

 「けんじゃだかなんじゃだか、知らんが、」ベルグエルムのしつもんに、カルモトがこたえていいました。「わたしのことをそうよぶ者たちが、わたしのことを、世に知らしめたようだな。どうでもいいことだ。」

 

 「やはり、そうでありましたか。」ベルグエルムがうやうやしく頭を下げて、つづけました。「はじめてお会いしたときから、そうではないかと思っていたのです。」(いや、それはうそでしょ? たしか、「この人、だいじょうぶなんだろうか? うーむ……」とか思っていたような……。まあここは、だまっておきましょう。

 

 ちなみに、モーグのゆうれいさんたちですが、かれらは切り分け山脈に住むといういい伝えのけんじゃの伝説については知っていましたが、それがカルモトのことをいっているのだということまではわかりませんでした。カルモトはもともと、切り分け山脈の南のはしに住んでいましたが、その地でけんじゃのうわさが広がったのち、あるときとつぜん、このルイーズの木のところにひっこしてしまったのです。そして南のくにの人々も、いい伝えのけんじゃが切り分け山脈の地に住んでいるといううわさのみを知っていただけで、カルモトのその名まえやすがたかたちのことなどについては、ぜんぜん知りませんでした。このようなわけで、カルモトがそのいい伝えのけんじゃなのだということは、旅人たちをはじめ、だれにも知られていなかったのです。ベルグエルムがカルモトのことを、そのいい伝えのけんじゃだと見破ったのは、かれの持ち前のするどさからのことでした。)

 

 「そんなことよりも、さきを急いでいるのではなかったのか? 仲間が待っているのだろう?」

 

 カルモトの言葉に、みんなははっとしてしまいました。そうでした、伝説的なまでのけんじゃにじっさいに会えたことで、すっかりそちらに気がいってしまっていましたが、今はとにかく、みんなを助けることの方がさきなのです。

 

 「は、はい。それでは、まず……」

 

 「えーっ!」

 

 ベルグエルムが話しはじめたそのとき。急にライアンがさけびました。いったいどうしたのでしょう?

 

 「なにこれー! ロビー、このお茶、飲んでみて!」

 

 ライアンの言葉に、ロビーもカルモトに渡されたそのお茶を、ここでようやく口にし

てみます。すると……。

 

 「えーっ!」ロビーもライアンとまったく同じく、さけんでしまいました。それからロビーとライアンが、そろって口にした言葉は……。

 

 「おーいしー!」

 

 思わずベルグエルムも、「し、失礼。」といってお茶をすすりましたが、ロビーとライアンのいう通り、そのお茶はなんともすがすがしくさわやかで、ひとくち飲んだだけであたりにしあわせの花がぱああっ! と広がってしまいそうなほどに、おいしかったのです!

 

 みんなはこんなにもおいしいお茶を、今まで飲んだことがありませんでした。ですから思わず、カルモトにくいいるようにたずねてしまったのです。

 

 「こ、これ、なんですか?」ロビーがいいました。

 

 「こんなお茶は、はじめてです。なにかとくべつな……」ベルグエルムがいいかけたとき……。

 

 「おかわりー!」ライアンがあっというまにカップをからにして、カルモトにおかわりをもとめました。

 

 そしてカルモトは、そんなみんなの反応にちょっとびっくりしたような顔をして、こたえたのです。

 

 「この木にみのる実から作ったお茶だ。このルイーズの木は、わたしのしごとを助け、わたしに大いなる力を与えてくれる。そのためわたしは、ここに住んでいるのだ。」

 

 そう、このお茶はみんなが今いるこの巨大な木、ルイーズの木にみのった実をせんじていれた、お茶でした(ちなみに、そのルイーズの実はみなさんの世界の洋なしににた色とかたちをしています。そのままでも食べられますが、このようにせんじてお茶にしても、とってもおいしいのでした)。

 

 カルモトはそれから、みんなにお茶のおかわりをそそいでくれて、そのうえルイーズの実そのものまでごちそうしてくれましたが、その実の方もまた、おいしかったこと!言葉でうまくいいあらわすのはむずかしいのですが、食べたあとまるで、からだ中の悪いところがみんなまとめてすっきりさわやか! といった感じで消えていくような……、そんな味だったのです(わかりづらくてすいません……。

 

 ちなみに、ライアンの言葉をかりると、「実ひとつとホールケーキひとつを取りかえっこしてもいいくらいのおいしさ」だそうです。わかるような、わからないような……。そのあとライアンに、「じゃあ、ルイーズの実ひとつと、ホールケーキひとつ半なら、どちらをえらぶ?」とわたしがしつもんしたところ、だいぶたってから、とっても小さな声で、「ケーキ……」というへんじがかえってきました)。

 

 みんながむちゅうでルイーズの実をかじって、お茶をがぶがぶ飲んでいたとき。カルモトがいいました。

 

 「いくらでもごちそうしてかまわんが、だいじな用があるんじゃないのか?」

 

 そうでした! さっきからなにをやっているんですか、もう!

 

 そしてそのあと(お茶と木の実はきりがないのでここまでにしておいて)、みんなは大急ぎで「魔女をやっつけてたましいを取りもどせ」大作戦のほんとうの作戦かいぎをここにひらいたのです(モーグのゆうれいさんたちの立てた作戦は、とってもてきとうでしたから……)。

 

 みんなはカルモトからたくさんのことをききました。まずは魔女のアルミラのことです。アルミラは兄のカルモトから力を得ることをあきらめましたが、そのかわりにとんでもないことを考えました。それはカルモトのいた魔法学校からきんじられた魔法のわざをぬすみ出して、そのわざを使って、カルモトのことを力でねじふせてやろうというものだったのです!(その魔法のわざのことについては、みなさんはもうすでにごぞんじですよね。人のたましいから軍隊を作るという、あのわざです。)

 

 そう、アルミラはそのわざで、力を教えてくれなかった兄に対して、しかえしをしようとしていたというわけでした! アルミラがヴァナントの魔法学校にはいったわけ。それはつまり、兄であるカルモトにしかえしをするための魔法の力を学び、そしてさいごに、このきんじられた魔法のわざをぬすみ出すためであったのです。そのためアルミラは、カルモトが学校をやめてカルモトの目がとどかなくなったときをねらって、この魔法学校に入学したというわけでした(なんとも魔女らしい、ひきょうで子どもっぽい考え方です!)。

 

 そしてアルミラはそのわざを使って、モーグの人たちのたましいから、おそろしいブリキの兵士たちの軍隊を作ることにせいこうしました。ひとりのたましいの力は、十体の兵士たちのことを動かす力となりました。アルミラはこうして、じつに二千体近くもの、ブリキの兵士たちによる軍隊を作り出していたのです!

 

 そしてついに、その軍隊をカルモトのもとへとさしむけようとしたときのこと。アルミラにとって、まったく思いもかけないことが起こりました。ブリキの兵士たちの前に、木の馬に乗ったなん百という数の木の兵士たちが、立ちふさがったのです! しかもそればかりではありません。こがね色のかぶとをかぶった、かえるの種族の者たち、フログルの兵士の者たちまでもが、アルミラのそのブリキの軍勢の前に立ちはだかりました!(ええっ? フログルですって? ここでかれらがとうじょうしてくるなんて、かれらが魔女アルミラの手下だなんていうふたしかなうわさは、やっぱりでたらめだったということになるのでしょうか? う~ん、やっぱりうわさとげんじつとでは、ずいぶんと話にくいちがいがあるみたいです。) 

 

 いくら二千体ものブリキの軍勢とはいえ、かれらはすべて、歩きの兵士たちでした。木の馬に乗った木の兵士たちは、ブリキの兵士たちよりずっと数はすくなかったのですが、馬に乗った兵士と歩きの兵士とでは、戦う力がぜんぜんちがうのです。そのうえ木の兵士たちは、ブリキの兵士たちよりも、ずっとずっと強いのでした(そのうでまえにかんしては、ベルグエルムもちゃんとみとめてましたよね)。そこにフログルの兵士たちが加わりましたから、もう勝負はつきました。

 

 ブリキの兵士たちはつぎつぎとばらばらにこわされて、ただの鉄くずになってしまいました。もうアルミラはくやしいやら頭にくるやらで、なにが起こったのかもよくわからないありさまでした。ですけどこれはぜったいに、兄のカルモトのしわざなのだということは、アルミラにはよくわかっていたのです。

 

 こうしてアルミラは、兵士たちも塔もすべてをすてて残して、このくにを去っていきました。

 

 「くやしー! いつかぜったいに、しかえししてやるー!」アルミラはそれだけさけぶと、いのちからがら、西の空のかなたへと逃げていったのです。

 

 アルミラのよそう通り、もちろんこれはカルモトのやったことでした。ですがそのもともとのきっかけは、フログルたちにあったのです。フログルたちは自分たちの土地にかってにはいりこんできたならしい塔をたてて住みついた魔女のことを、ひどくきらっていました。ですからかれらはなんとかして、魔女を追い出すことができないものか?

といつも思っていたのです(やっぱりフログルは魔女の手下だなんていううわさは、ぜんぜんうそっぱちでしたね! かれらもまた、魔女のことをきらっていたのです。まったく、うわさなんていうものは、かんたんに信じてしまうべきではありません!)。

ですけどかれらの力だけでは、おそろしいのろいの力をあやつる魔女にはかないません。そこでかれらは、あるひとりの人物のことを思い出しました。

 

 その人は切り分け山脈のふもとにかくれるようにして住んでいる、強力な力を持った、学者およびまじゅつしなのだということでした(ほんとうは伝説的なまでのけんじゃとよばれている人でしたが、ずっと人とかかわらずにこの土地に住みつづけているフログルたちでしたから、そのこともやっぱり知りませんでした)。この人の力をかりることができれば、魔女を追いはらうことができるかもしれません。

 

 そんなあるとき。フログルたちは魔女がひそかにおそろしい軍隊を作っているのだということに、気がついてしまいました。フログルたちにとって、それはきょうふそのものでした。早くなんとかしなければ、これはこの土地だけの問題ではなくなってしまう! そしてフログルたちはようやくのことで、山のまじゅつしを見つけることができたのです。それはもちろん、カルモトのことでした。

 

 フログルたちの話をきいて、カルモトはここでようやく、「アルミラが自分にしかえしをするためにこのアークランドにやってきている」ということや、かのじょが「人のたましいをうばっておそろしい軍隊を作っている」ということなどを、知りました(フログルたちはブリキの塔から飛び出していく黒くておそろしい影たちのことを、もくげきしていたのです。その影たちはロザムンディアのまちの中へと、飛び去っていきました。その影たちが人々からたましいをうばっていくおそろしい影たちなのだということを、かれらはのちに、カルモトから知らされることになるのです。カルモトはこうして、アルミラの軍勢に使われたたましいが、ロザムンディアのまちの人たちのたましいであるらしいということを、知りました)。ですがカルモトは、ちっともあわてませんでした。自分の力はアルミラの力よりもはるかに上なのだということを、知っていたからです(これはべつに、うぬぼれているというわけではありません。カルモトは、じじつはじじつということを、れいせいにはんだんできる人だったのです)。

 

 カルモトはそれから、たくさんの木の兵士たちのことを作り出しました(さすがのカルモトでも、数百の兵士たちのことを作り出すのにはなん日もかかりました)。そしてていさつに出たフログルたちのほうこくを待って、その日ついに、兵士たちをアルミラのもとへと送りこんだのです。これが、アルミラがこの地を去っていったそのわけの、いちぶしじゅうでした。

 

 

 このあとすべて、あとしまつしてくれていたらよかったんですけど! そこはやっぱり、いいかげんでてきとうなせいかくの、カルモトだったのです!

 

 

 カルモトはアルミラが西の空に逃げていくところをかくにんすると、「うむ、これでよし。このブリキの兵士たちは、ロザムンディアの人たちのたましいから作られたようだが、これでたましいも、もとのからだにもどることだろう。よいことをした。」といって、それですべてかたがついたと思ってしまいました(そしてフログルたちも今の今まで、カルモトのその言葉をずっと信じていました)。しかしじっさいは魔女が逃げていったというだけで、まちのみんなのたましいももどっていませんでしたし、まちに張られたのろいのけっかいも、ぜんぜんそのままだったのです!(アルミラが全部、ほったらかしにしていきましたから。アルミラのこういういいかげんなところは、やっぱりカルモトににていますね。血すじなのでしょうか?)

 

 それから三十年あまりがたちました。そして今日。旅の者たちがカルモトのもとをおとずれたことによって、ようやくのことで、カルモトはそれらのことに気がついたというわけだったのです(気づくまで、長すぎですってば!)。

 

 話を終えると、カルモトはもういちど旅の者たちに頭を下げていいました。

 

 「まことに、すまなかった。わたしがうっかりしていたばかりに、ロザムンディアのまちが、今、そんなことになっていようとは……、この通りだ。」カルモトはそういってソファーから立ち上がると、(足もとの物たちをがらがらーっ! とどかしてから)また頭を地面すれすれまで下げてあやまりました(こんどはぼきんっ! というあきらかになにかがおれた音がしたので、みんなは「だ、だいじょうぶですか? 今の。」と心配しましたが、カルモトは「へいきへいき。」というばかりで、気にもしませんでした。ほんとうにだいじょうぶなんでしょうか……?)。

 

 「まちの人たちのたましいは、どこにいったのでしょう? アルミラの兵士たちをたおしたときに、兵士たちの中から、たましいも、かいほうされたのではないのでしょうか?」ベルグエルムがカルモトに、もっとも重要なしつもんをしました。そうです、今いちばんの問題は? といえば、みんなのたましいがいったい今、どこにあるのか? ということでした(魔女そのものをやっつけるというもくてきについては、もう果たされておりましたから、あとはみんなのたましいを取りもどすことを、いちばんに考えればよかったわけです)。

 

 「まさか……、お空にのぼっていっちゃったんじゃ……!」ライアンが両手でほほをおさえながら、心配そうにつづけました。ライアンの言葉に、ロビーもベルグエルムも顔を青くさせて、カルモトのへんじを待ちます。まさかほんとうに、たましいは天にめされてしまったのでしょうか……!  

 

 「心配するな。だいじょうぶだ。」

 

 よかった! これでとりあえずは、ほっとしました。ですがほんとうに、どこにいったのでしょう?

 

 「まちの人たちがゆうれいとしてまだ生きているのなら、たましいもまだ、かならず生きている。」カルモトはそういうと、あごに手をあてて考えこみました。

 

 「人のたましいから兵を作るという、そのいまわしきわざのことなら、わたしもよく知っている。ふつう、兵をたおせば、もとのあるじのもとへとたましいは帰ってゆくものなのだが、まだもどっていないとなると……。ふむ、アルミラは、うばったたましいに、なんらかののろいをかけているようだな。」

 

 あのおそろしい、魔女ののろい! それはたいへんなことです!(いったいどうすればいいんですか? カルモトさん!)

 

 「アルミラは、たましいの自由をうばうのろいを、かけているのだろう。みなのたましいは、まさに、とらわれの身ということだ。そうなると、兵からぬけたたましいは、もとのろうごくにもどっていったことになる。ブリキの塔の中にもどったと考えて、まず、まちがいないな。」

 

 やっぱりあのブリキの塔! あるじがいなくなったというのに、ずっとそのままぶきみにたちつづけているあのつぎはぎだらけのおそろしい塔に、みんなのたましいが今も、とじこめられていたのです!

 

 「やはり、あの塔か。」ベルグエルムがそういって、みんなと顔を見あわせて、うなずきました。

 

 「カルモトどの。では、われらは今すぐ、あの塔へゆかねばなりません。みなのたましいを取りもどすために、ぜひ、あなたのお力をお貸しください。」(魔女がいなくなったとはいえ、まだどうすればみんなのたましいを取りもどすことができるのか? やっぱりぜんぜん、わかりませんでしたから。)

 

 みんなはカルモトに、心からお願いしました(こんどばかりはライアンも、しっかり頭を下げてお願いしました)。

 

 さて、カルモトはどうこたえてくれるのでしょうか?

 

 カルモトはソファーから急に立ち上がると、そばのぼうしかけにつるしてあった(しゅみの悪い)コートと(しゅみの悪い)ぼうしと(しゅみの悪い)ステッキをわしづかみにして、いいました。

 

 「なにをのんびりすわっている! さあ、出発だ! このわたしがちょくせつ、あの塔をばらばらにうちこわしてくれよう!」

 

 

 

  ちーたかたった! ちーたかたった! どん、どん、どんたかたった!

  ちーたかたった! ちーたかたった! どん、どん、どんたかたった!

 

 

 つるつるとした木々の生えるさびれた山道の中に、なんともそうぞうしいたいこの音がひびき渡りました! いったいぜんたい、これはなんのさわぎなのでしょうか?

 

 今そのさわがしいマーチングに乗って、たくさんの馬たちが、道のむこうからやってきました。ですが、たくさんの馬たちといいましたが、じっさいその中で生きたほんものの馬は三頭だけで、そのほかの馬はといいますと、これは生きた馬によくにせて作られた、木の馬たちだったのです。そしてそのたくさんの木の馬たちには、これまた木や草ばっかりのかっこうをした、なんともおかしなれんちゅうが乗っていました。

 

 「ねえ! やっぱりそれ、やめてもらえない? これじゃ、アークランド中の黒騎士たちに見つかっちゃうよ!」

 

 メルの背からライアンが、さきをゆくカルモトにむかって大声でさけびました(うるさくて、大声を出さないと声がとどかないからでした)。

 

 「だいじな出発には、いきおいがたいせつだ!」前をゆくカルモトが、たいこのマーチの中から、こたえてかえします。「安心しろ! わたしがついている!」

 

 ふたりの会話は、もちろん、このやかましいたいこの音についてのことでした。カルモトは自分の住んでいる木の塔を出発するにあたって、たくさんの木の音楽隊を、いっしょにつれてきたのです。その音楽隊が、カルモトと旅の者たちの方にむかって、やかましくたいこのマーチをうちならしていたというわけでした(この音楽隊もまた、木の兵士たちと同じ魔法で作られた、木でできた者たちでした。兵士たちとちがうのは、よろいやかぶとを身につけていないということです。そのからだはすべて、木のつると草をあんで作られていて、そのためまるで、かかしのようでした。この音楽隊が、木の兵士たちの乗る木の馬のうしろに乗りこんで、兵士たちにからだを木のつるで背中あわせにしばりつけて、両手でたいこをうちならしていたのです)。

 

 カルモトのいうことには、「ぜったいに必要なのだ。」ということでしたが、そこまでして、かれらをつれてくる必要があったのでしょうか……?(ちなみに、カルモトはベルグエルムのつれてきたフェリアルの騎馬に乗って、旅の者たちの前をあんないやくとして走っていました。馬に乗るのはお手のものということでしたから、フェリアルの騎馬が思わぬところで、やくに立ったわけです。そしていつもは先頭をゆくベルグエルムが、今はうしろの守りについていました。)

 

 「カルモトさんだから心配なんだよ! もう、どうなっても知らないから!」ライアンがそういって、なかばやけになってカルモトのあとを追いかけました。ロビーもベルグエルムも、「う~ん。」とうなって、それにつづくしかありませんでした。

 

 

 やがてさびれた山道をぬけ、もとのみどりにかこまれた野の道を越えて、ついに一行は、あのおそろしげな魔女のブリキの塔の見えるところまでやってきました。はじめはじゅんびがたりなくて近づくことのできなかった、魔女の塔。その塔にこれからいよいよ、ふみこんでいくのです。旅の者たちは思わず、肩をぶるっとふるわせました(あるじがいなくなったとはいえ、まだまだ塔の中には、どんな危険が待ちかまえているものか? わかりませんでしたから)。ですが、あんないやくであるカルモトは塔を前にしても、あいかわらず顔色ひとつ変えません。馬の足をろくに弱めることもなく、さっさと塔の方へと進んでいってしまいました。

 

 「あの塔に近づくためには、きまった道を通っていかねばならん。さもなくば、馬ごとみんな、ぬまの底だぞ。わたしのあとに、しっかりついてこい。」

 

 カルモトはそういって、ふたたび馬の足をはやめましたが……、今けっこう、重要なことをいいましたよね? 道をあやまったら、ぬまの底? ひええ!

 

 「そんなこと、今ごろいわないでよー!」ライアンがぷんぷん怒って、カルモトにもんくをいいいました。ですけどもう、あとはカルモトを信じて、ついていくしかないのです(いっぽうライアンのうしろに乗っているロビーは、こちらはライアンをたよるしかありませんでしたから、「し、しっかりね!」といってライアンのその小さなからだにしがみつくばかりでした)。

 

 丘をくだって下に広がる土地におりてから、すぐに。一行はほとんど消えかかったむかしの街道の上を横切ることになりました。それはまさに、人々からすて去られ、忘れ去られた、西の街道そのものにほかなりませんでした。ですが旅の者たちが「これが西の……」といいかけたときには、カルモトがもう、さっさとさきへいってしまいましたので、みんなはその街道を、じっくりながめているひまもなかったのです(まあ、あとでゆっくり見ればいいですけど)。

 

 そこから四ぶんの一マイルもいかないうちに、あたりの景色は急に変わってしまいました。あちこちぬまだらけで、背の高いこがね色の草があたりいちめんに生えていたのです。そう、一行はついに、魔女の塔のあるしっちたいの中へとふみこみました。

 

 ここではカルモトもさすがに、馬の足をゆるめました。道はどろどろのぬかるみ道ばかりで、かわいているところはごくわずかしかありません。カルモトはそのわずかなかわいた道をさぐりあてながら、馬を進めていきました(ちなみに、ここからベーカーランドにむかう西の街道の方にも、魔女のしはいの土地であると思われていたしっちたいが、ずっと広がっていました。ですけどそちらのしっちたいは、この目の前に広がる深いしっちたいにくらべたら、たとえ騎馬たちをつれていたとしても、まだまだ進みやすい、ふつう(?)のしっちたいだったのです。魔女の塔へとつづくこの深いしっちたいは、ふつうだったらぜんぜん、人が通るようなところではありませんでした)。

 

 この道ははばもせまく、馬が一頭通りぬけるので、やっとでした。しかもあたりには、馬の背たけよりもなお背の高い草が、いちめんに生えていたのです。ですからあたりのようすも、まったくわかりません。ここでやくに立ったのが……、なんと、あのやかましい、木の音楽隊だったのです! この音楽隊のたいこの音で、みんなはさきをゆく仲間たちが今どこにいるのか? 道がどこにのびていくのか? それらのことを知ることができました(カルモトはこのために、この音楽隊をつれてきたのでしょうか? もしそうだとしたら、さすがです。でもカルモトのことでしたから、そこまで考えていたのかどうか? ぎもんですが……)。

 

 

 ばっちゃーん!

 

 

 そのとき。道のさきの方から、なにかが水に落ちる音がしました。見ると、さきを進んでいる木の兵士たちのうちのひとりが、馬の足をすべらせて、馬ごとぬまの中に、落っこちてしまっていたのです! みんなは、たいへん、助けなきゃ! と身を乗り出しましたが、カルモトはれいせいな顔のまま、みんなのことを手でせいして、こういうばかりでした。

 

 「だめだ。もう、助けられん。へたをすれば、きみたちまで、ぬまの底だぞ。」

 

 見るまに、木の馬と木の者たち(これは木の兵士とその背中の木の音楽隊のことです)は、ずぶずぶしずんでいってしまいました。そしてそのまま、かれらはもとのただの木へと、もどっていってしまったのです。そしてさいごのえだのいっぽんがしずみきってしまうと、ぬまはまた、なにごともなかったかのように、静かな水めんへともどりました。

 

 「みんな! おたがいのからだを、ロープでつなぐんだ!」ベルグエルムが思わず、さけびました。どうやら旅の者たちは、あんないやくのカルモトがいるからと、すこしゆだんしすぎていたみたいです。カルモトがいてもだめなときはだめなんだということが、これではっきりしました! これからは、もっとしっかり、用心していかないと!(というより、用心しようにもカルモトがさっさとさきに進んでいってしまうので、旅の者たちもあわてて、ついていくしかなかったのです。ここでようやく、なかばごういんに、「カルモトどの! カルモトどの! ちょっとお待ちを!」といってベルグエルムがカルモトの足をとめたので、かれらはおたがいのからだを、ロープでつなぐことができました。これからはなにかあったら、カルモトにえんりょしている場合ではありませんね。自分たちでできることは、自分たちでやらないと! 旅の者たちはここで大いに、はんせいをしました。)

 

 そこからみんなは、前よりもなおいっそう、ゆっくりと、しんちょうに、道を進んでいきました。ですがしばらくいってからは、あんないやくのカルモトでさえも、安全な道を見つけるのがこんなんになってしまったのです。いぜんカルモトがこのしっちたいにきたのは、もう三十年近くも前のことでした。そのころにくらべて、このしっちたいはずいぶんと大きくなり、道もずいぶんと変わってしまっていたのです。そして……。

 

 「だめだ。」

 

 カルモトが急にいいました。いったい、どうしたのでしょう?

 

 「ここからさきへは、進めない。道がなくなってしまった。」

 

 なんですって! みんなはびっくりして、カルモトにつめよります。

 

 「道がないって、それじゃどうやって、あの塔までいくのさ!」ライアンがいいました。ですがカルモトは、またしてもなんでもないといった顔をして、こうこたえるばかりだったのです。

 

 「心配するな。だいじょうぶだ。」

 

 しかしどう考えても、だいじょうぶとは思えませんけど……。みんなはさきのようすをたしかめてみましたが、カルモトのいう通り、どこをさがしてもしっかりとした道らしきものは見つからず、どろどろのぬかるみと、底なしのおそろしいぬまたちが、待ちかまえているばかりでした(ところで、読者のみなさんの中にはこう思った方もいるかもしれませんね。カルモトさんの魔法でアルミラみたいに、空をふわーっ! と飛んでいったらいいじゃないかって。ですがざんねんながら、魔法とは、つねにばんのうだというわけではないのです。白魔法、黒魔法。魔法にはたくさんの力のしゅるいがあって、カルモトの使う魔法は、木と植物にかんけいの深いものでした。その魔法ではアルミラのように、空を飛んだり浮かんだりするということは、できなかったのです。ですがそれはけっして、カルモトの持つ魔法の力が弱いからというわけではありません。カルモトはたぐいまれなる力を持った、すばらしいまじゅつしです。ですがその魔法の力は、空を飛ぶのに使うようなものではなかったというだけのことでした)。

 

 「ついてこい。もどるぞ。」

 

 そういうやいなや。カルモトは馬の首をうしろにかえして、もときた道をひきかえしはじめてしまいました。いったいどこへゆくつもりなのでしょう? もどったとしても、どこにも塔へとつづくような道は、なかったはずです(ライアンが、「ちょっと!いったい、どこいくのさ?」と声をかけましたが、カルモトは「ついてくればわかる。」といって、さっさとさきへいってしまいました)。

 

 しばらく道をもどったころ。カルモトが急にとまりました。

 

 「うむ、ここだ。」

 

 カルモトはそういって、そこに生えている背の高い、あのこがね色の草の葉をかきわけます。すると……、そこにそとから見たのではけっしてわからないような、ほそい、木で作られた道が、ぬまのむこうへとむかってつづいていました!

 

 「カルモトどの、この道はいったい……?」ベルグエルムが声をかけましたが、カルモトはいつもの通りに、さっさとその木の道を進んでいってしまいます。

 

 「ここは、フログルたちの道だ。かれらに、協力をたのんでみよう。」馬を進ませながら、カルモトがいいました。なるほど、(前にもいいましたが)じもとのことならじもとの者にきくのが、いちばんですものね。このぬまに住むというかえるの種族、フログルたちなら、塔へとつづくべつの道を知っているかもしれません。

 

 「でもさ、」ライアンが、カルモトの背中にむかっていいました。「フログルの人たちって、もうなん十年も、人とかかわろうとしないで、ぬま地のおくにかくれ住んでるってことなんでしょ? それって、ほかの種族の人たちのことが、きらいってことだよね? いくらカルモトさんのたのみでも、今でもちゃんと、力を貸してくれるのかな? むかしは、魔女と戦ってくれたそうだけど。」

 

 そんなライアンの言葉に、カルモトは、ぱっ! と急にふりかえって、それからにこっ! とまんめんの笑顔を浮かべて、いいました(みんなははじめてカルモトの笑う顔を見ました。ですからみんな、ものすごくびっくりしてしまったのです)。

 

 「問題ない! じつに、気のいいれんちゅうだぞ。きみたちもきっと、気にいるはずだ!」

 

 

 木でできたそのひみつの道をしばらく進んでいくと、あたりはだんだん、ぬま地から岩だらけの場所へと変わっていきました。もう魔女の塔からは、だいぶはなれてしまっております。やがて木の道が終わると、一行は土の地面にたどりつきました(みんなはかたい地面の上にたどりつくことができて、ちょっとほっとしてしまったものでした)。この場所は岩ばかりで、まわりはぐるりと高い岩山にかこまれております。草木もほとんど生えておらず、地面には大小さまざまな岩が、ごろごろところがっているばかりでした(ぬまに落っこちる心配はもうありませんでしたが、ほんとうにこんなかわいた岩だらけのところに、みずべを好むかえるの種族であるフログルたちが、いるのでしょうか?)。

 

 カルモトはあたりの岩場をくまなくしらべてまわりました。そしてやがて、なにかになっとくしたかのように「ふむ。」とつぶやくと、旅の者たちにむかっていったのです。

 

 「ここでしばらく、待つとしよう。たいこの音が、かれらをよんでくれる。」

 

 カルモトはそういって、つれてきていた音楽隊にむかって、ゆびをぱちんとならしました。すると木の音楽隊は前よりもなおいっそう、はげしいマーチング曲をうちならしはじめたのです!

 

 「うるさーい!」ライアンがあまりのうるささに、耳をふさいでさけびました。ロビーもベルグエルムも、たまらずに耳をふさいでしまいます。ほんとうにこんなことで、フログルたちがきてくれるのでしょうか? しかしそれから、二分もたたないうちのこと……。

 

 

 「カルディンどの! カルディンどのだ!」

 

 

 急にみんなの頭の上から、だれかの声がふってきました! 見ると、高い岩山のてっぺんに、ふたつの小さな人影が見えたのです。フログルたちでしょうか?

 

 

 「今、そちらにまいります!」

 

 

 かれらはそういうと、つぎのしゅんかん! なんとその高さからみんなのもとへとむかって、ぴょーん! 飛びおりてきました!

 

 あ、あぶないっ! みんなは思わず、目をおおってしまいました。なにしろ岩山の上までは七十フィートほどもありましたから、とうぜんです! しかし飛びおりてきたかれらは、つき出た岩をなんどか、ぴょーんぴょーんと足でけりながらおりてきて、それからまるでなんでもないことのように、そのままぴょこん! と地面の上におり立ちました!(す、すごい!)

 

 みんなの前に立っていたのは、ふたりの男の人たちでした(ねんれいはよくわかりません)。動物のかわでできたよろいを着ていて、つるつると光るこがね色のかぶとをかぶっております。腰には剣もさしてあって、どうやらこの人たちは、どこかの兵士たち

のようでした。

 

 「カルディンどの、おひさしぶりにございます。」

 

 ふたりの兵士たちはそういって地面にひざをついて、カルモトにうやうやしく頭を下げました(カルディンというのは、かれらがカルモトのことをよぶよび名でした。かれらはカルモトに教えてもらった「みじかくしょうりゃくした名まえ」をおぼえることができませんでしたので、そのはじめのカルディンというところだけを取って、カルディンどのとよぶことにしたのです。やっぱりあれじゃ、だれにもおぼえてもらえませんよね……)。その人たちはとても大きな目と口をしていて、とてもあいきょうのある顔立ちをしております(ねこの顔を思い浮かべてもらえれば、かれらの顔に近いと思います)。しかも頭にかぶっているかぶとには、まるい目のようなかざりがふたつ、ちょこんと取りつけられていました(あれ? これってどこかで見たような気が……)。そのかざりのせいで、かれらは兵士であるのにもかかわらず、とってもかわいらしく見えてしまうのです。

 

 「おお、きみか、カルル。それと、きみは、クプルだな。なんというみじかい名まえだ。忘れようにも忘れられんぞ。ひさしぶりだが、げんきそうだな。」

 

 カルモトがかれらにこたえて、いいました。そう、かれらはまさしく、この地に住むというかえるの種族、フログルたちにほかならなかったのです。なるほど、あの高い岩山から飛びおりてぜんぜんへいきなのですから、やっぱりかれらは、かえるの種族でした。今でこそ見た目は人とあんまり変わりありませんでしたが、それでもまだ、これだけのうんどうのうりょくをかねそなえていたのです。

 

 「おかげさまで!」カルルとクプルとよばれたそのフログルの兵士たちは、そういって、にこっ! とまんめんの笑顔を見せました。「やっぱり、カルディンどのはすごい! あすにもわれらは、あなたのもとを、たずねようとしていたところでしたのに!それも全部、お見通しでいらっしゃったのですね? わざわざカルディンどのの方からお越しくださるとは、きょうしゅくにございます!」

 

 なんですって? なにやらずいぶんと、話がくいちがっているみたいですが……。いったいこれは、どういうことなのでしょう?

 

 ここでみなさん。物語のちょっと前のことを思い出してみてください。旅の者たちがモーグの地下のひみつのぬけ道の中で、ぶよぶよのとうめいおばけ(ゼリーモンスターという名まえのかいぶつでしたが)に追われていたときのこと。ちょうどそのころ、とある草むらで、ふたりの兵士たちがなにかの話しをしていましたよね? じつはあのふたりの兵士たちこそが、まさに今、みんなの目の前にいるふたり、カルルとクプルという名まえの兵士たちでした(かみの長い方がカルル。かみがみじかく、そしてちょっと気弱なせいかくの方がクプルでした)。

 

 そしてあのときかれらが話していたのは、まさに、魔女のブリキの塔についてのことだったのです(どんな話しだったっけ? という方は、ここでちょっと本のページをもどして、かれらの出てきた場面をもういちど読んでみるのもいいでしょう。前の章の、さいしょに近いあたりです。このページにしおりをはさんでおくのを、忘れずに)。その魔女の塔へのたいさくのために、かれらはあすにも、カルモトのもとをたずねようとしていたというわけでした。

 

 「カルディンどの。」カルルがカルモトにいいました(「カル」のつく名まえばっかりでちょっとややこしいのですが、かんべんしてくださいね。カルモトとカルディンは同じ人。カルルはフログルの兵士です)。「あの塔にまた、影があらわれました。あの塔はまだ、生きています。カルディンどのの力をのがれた者たちが、いまだ生き長らえているに、ちがいありません。」

 

 カルルのいう影というのは、もちろんモーグのまちをおそいフェリアルのたましいまでうばっていった、あの影のおばけたちのことでした。やはりあの影たちは、魔女の塔からやってきていたのです。そして影たちは主人のアルミラがいなくなってからも、「モーグにはいりこんだ者のたましいをうばう」というそのめいれいを、いまだに守りつづけていました(これはつまり、アルミラが手下の影たちのことを、与えためいれいもろとも、そのままほったらかしにしていったからなのです。やっぱりこれも、木の兵士たちをほったらかしにしておいたカルモトに、よくにていますよね)。

 

 さて、これをきいて、カルモトはどうこたえるのでしょう?

 

 カルモトはしばらく、いつものむっつりとした顔をしたままだまりこくっていましたが、とつぜんまた、頭をぺこり! と下げていいました(こんどはあまりのいきおいに、頭を地面にごつん! とぶつけてしまったほどでした! それに加えてからだの方から、なにかがぐしゃっ! とつぶれるような音がしたので、旅の者たちはまた心配しましたが……)。

 

 「すまん。わたしはてっきり、あの塔はとうのむかしに死んだものだとばかり思っていたのだが、今日、この者たちにいわれて、それではじめて、あの塔の今のようすのことなどを知ったのだ。君たちにも、すまないことをした。じつに、うっかりだった。」

 

 さて、フログルたちの反応は?

 

 カルルとクプルはおたがいの顔を見あわせて、しばらくなにやら小声で耳うちをしていましたが(クプルの「やっぱり知らなかったんじゃないか!」という声のあと、カルルの「わかってるよ!」という声が、ちょっときこえましたが……)、やがてふたりとも地面にひざまずいて、うやうやしくカルモトにいいました。

 

 「なにをおっしゃいますか、カルディンどの。われらは、あなたにかんしゃこそすれ、あなたに頭を下げられることなど、なにひとつございません。これはもとより、われらの地に起こった、われらの問題なのです。あなたは、きらわれ者のわれら種族のことを、しんせつに助けてくださった。われらは、あなたの友。ともにささえ、助けあう、まことの友にございます。」

 

 よかった、どうやら怒ってしまったというわけではないようです。それにこのフログルたちの、なんとれいぎ正しく、友だち思いなこと! 南のくにやモーグの人たちがかってに思いこんでしまっている、「フログルたちはとっても危険でおそろしい者たちだ」なんていううわさは、かれらのことを見れば、ぜんぜんちがうということがわかるはずです。

 

 お伝えしました通り、フログルたちもまた、魔女のことをきらい、にくんでいました。ですがかれらは、ただ魔女のすみかの近くに住んでいたということ、そしてほかの種族の者たちとかかわりあいを持たない、なぞめいた種族であるということ、そのふたつのりゆうだけで、魔女の手下だなんていう、あらぬうたがいをかけられていたのです(まったくもって、ひどい話ですよね!

 

 ところで。かえるの種族のかれらが魔女の塔のすぐ近くに住んでいたのなら、なぜアルミラは、かれらのことをおそわなかったのでしょうか? ロザムンディアのまちまでいかなくても、すぐ近くに、必要なたましいがたくさんあったはずですのに。こたえはかんたん。アルミラはこんなにも近くにフログルという者たちが住んでいるということを、知らなかったのです。フログルたちはしっちたいのおく深くの地に、かくれるようにして住んでいました。ですからアルミラはかれらのことに気がつかず、もっと目立つ、ひとめでわかるロザムンディアのまちに、たましいをうばいにいったというわけだったのです)。

 

 もともとフログルという種族は、ほかの種族の者たちとつきあいのうすい種族でした。これは大むかし、このあたりで大きなあらそいごとがあって、かれらもそのあらそいにまきこまれ、さんざんな目にあったことがげんいんだったのです(このあらそいは「海と山の戦い」とよばれているもので、その名の通り、海のたみと山のたみがつまらないあらそいを起こしたものでした。このときいらいフログルたちは、ほかの種族の者たちとは、あまりかかわろうとはしなくなったのです)。かれらがしっちたいからはなれた岩山の中にかくれるようにして住んでいるのも、ほかの種族の者たちとあらそいが起きることを、おそれてのことからでした。

 

 ですがかれらは、けっしてたにんぎらいで、つきあいが悪いという者たちではありません。カルモトとの友じょうのように、しんせつにしてくれる者に対しては、かれらはとってもちゅうじつで、心をひらいてくれたのです(カルモトがみんなに、「きっと気にいるはずだ」といったのも、わかりますね)。

 

 「まことにすまない。」カルモトはそういって、また頭を下げました。「こんどこそ、あの塔にきっちりととどめをさしてくれよう。そのためには、きみたちの助けがいるのだ。ぬまが思ったよりも広がっていて、塔に近づくことができない。きみたちのあの乗りものなら、ぬまを越えて、塔までゆけると思うのだが、あれはまだ使えるのだろうか?」

 

 フログルの乗りもの? カルモトの言葉に、旅の者たちはおたがいの顔を見あわせました。ですがそんなみんなのぎもんをよそに、カルルとクプルのふたりは、またまんめんの笑顔を浮かべて、こうこたえるばかりだったのです。

 

 「もちろん! あれですね? あれなら塔まで、すぐにいけますよ! さあ、わが家までごあんないします。みなさん、ごいっしょに! うれしいな! カルディンどのが、また助けてくれる!」

 

 

 それから一行は、騎馬たちと木馬たちをぞろぞろとひきつれて、フログルたちが住んでいるというその場所まであんないされていきました(さいしょ、「さあ、こっちですよ!」といってカルルとクプルのふたりが、さっき飛びおりてきた岩山をぴょんぴょんのぼっていってしまいましたが、むりですから! そんなことができるのは、かえるの種族であるフログルたちくらいです! すぐにかれらは、「あ、すいません。みなさんにはむりでしたね。」といってあやまりました)。せまい岩のあいだをなんどもすりぬけていったので、もしフログルたちのあんないがなければ、一行はたちまち、道にまよってしまったことでしょう。そのうえこの場所はどこをむいても同じような岩山ばかりで、どちらのほうこうにむかっているのか? それさえもよくわからなかったのです(さすがのベルグエルムでも、高い岩山の影にかくれたおひさまからほうがくをたしかめるのは、むりでした)。みんなはなんどもカルルとクプルのふたりのすがたを見失ってしまいましたが、そのたびにフログルたちは、岩の影からぴょこんと顔だけを出して、「こっちですよ!」とにっこり笑っていいました。

 

 そしてそれから、しばらく進んでいったときのこと。つづく岩の道のそのさきから、カルルとクプルのふたりが、とてもうれしそうに一行のことをこんな言葉でむかえたのです。

 

 

 「みなさん! ようこそ、わが家へ!」

 

 

 

 その岩山のすきまをぬけると……。

 

 とつぜん、目の前にたくさんの木でできた家なみがあらわれました! そこはなんとも気持ちのよいところでした。地面はいちめん、きれいな水をたたえたあさい池になっていて、その池の底には、青くかがやくふしぎな小石がしきつめられていたのです(この池はもとからこの場所にあったものではありません。水をあいするかれらフログルたちが、なんとか水のそばで暮らしたいと思って、自分たちの手で作り上げたものなのです)。池の水めんにはまるいかたちをした葉っぱがたくさん浮かんでいて、その葉からのびるくきのさきに、白い大きな花をさかせていました。

 

 フログルたちの家は、その池の上にたっていました。家と家のあいだには、木でできたろうかが張りめぐらされていて、自由にいききができるようになっております。それだけならふつうの人でも通れましたが、この場所にはかえるの種族であるかれらならではの道までつくられていました。

 

 この場所はまわりをぐるりと高い岩山でかこまれていましたが、見上げてみると、たてものはその岩山の上の方まで、たくさんつくられていました。そしてそれらのたてものをつないでいるのは、いくつかの、木でできたふみ板だけだったのです! かいだんもはしごもありません。つまりそれらのたてものにいくためには、それぞれの板のあいだを、ぴょーんぴょーん! ととんでいくしかありませんでした! さすが、フログルたちの家ですね!(ところで、かれらと出会った岩場からめいろのような道を進んでここまでやってくるのに、二十分ほどかかりましたが、フログルたちは岩の上をぴょんぴょん進めましたので、ここまでやってくるのに、一分もかからないそうです! ですからカルルとクプルのふたりは、カルモトの木の音楽隊のマーチングをききつけて、すぐさま、みんなのところまでかけつけてきたというわけでした。それにしても、早いとうちゃくでしたよね!)

 

 「ここは、トーディア。フログルたちの家だ。」カルモトが旅の者たちにいいました。

 

 「じつにひさしぶりだが、変わりがない。じつによいところだ。どれ、」

 

 そういうとカルモトは、コートとぼうしをぬいで「すん!」としんこきゅうをしてから、そのままなんと、池の水の中にじゃぼじゃぼとはいっていってしまったのです(まさかおよぐとか? この寒いきせつなのに?)。そしてカルモトはひざくらいまで水につかると、ふしぎそうに見つめる旅の者たちのことをしり目に、両手を空にかかげて目をつむりました。

 

 すると……!

 

 カルモトの足もとの水がゆらゆらとカルモトの方にむかって動いていったかと思うと、とつぜん、カルモトのその首のつけねのあたりから、たくさんの小さな水のはしらが、ぴゅーぴゅーとそとに吹き出したのです! そしてそれは、かかげた両手のその手首のところからも、どんどんと吹き出していきました!(よく見るとカルモトの衣服のところどころにも、まるくぬれたあとができていました。どうやら同じような水のはしらが、カルモトの衣服の下、からだのいたるところから吹き出しているようです。これはいったい……?)

 

 ひと通り水を吹き出し終わると、カルモトはじつに気持ちよさそうに、「ふう!」と息をつきました。その首のところからは、まだ水がすこし、吹き出ております。はでなデザインの衣服は吹き出た水でもうびっしょりになっていて、カルモトはまるで犬みたいに、からだをぶるぶるっ! とふるわせて、その表面の水をはらいました。

 

 「じつにいい水だ。きみたちもやったらどうだ?」カルモトはそういって旅の者たちのことを見やりましたが、とつぜんのことに、旅の者たちはただただびっくりしてしまって、それどころではありません(いきなりこんなものを見せられたら、それはおどろきますよね)。

 

 「な、なにそれ? なにが起こったの?」ライアンが思わずたずねました。

 

 そして旅の者たちはそれから、カルモトのそのおどろきのひみつを知ることとなったのです。

 

 カルモトは「そんなこともわからんのか。」といってはでなズボンのすそをめくって、旅の者たちに自分の足を見せました。すると、なんとそこには、ほんらいの生身の足のかわりに木のみきがいっぽん、にょきっと生えていたのです! しかもカルモトのいうことには、それは切った木のみきをあとからくっつけたというようなものではぜんぜんなくって、まさに今そこに生きて育っている、ほんものの木なのだということでした!(小さなつぼみがついているし、花までさいていました。)足首からさきはカルモトの生身のからだでしたが、その足首のあたりで、その木がカルモトの生身のからだとまざりあうように、とけこんでつながっていたのです! な、なんか、すごい……!

 

 おどろくみんなのことを見て、カルモトは「しかたない。」といってこんどははでな服をめくって、おなかの上まで見せてくれましたが、そこで旅の者たちが見たものは……。

 

 またもや木です! なんとカルモトのからだは、首の下から手首足首のところまで、全部生きている木でできていました! ええーっ!(つまり……、さきほどカルモトのからだから吹き出した水は、カルモトが足もとの水を、この木のからだを通してすい上げていたものでした! カルモトはそうやって、まさに植物のように、からだ中に水をいき渡らせていたのです!)

 

 「わたしは、木の学者だ。」おどろくみんなのことをよそに、カルモトがれいせいな顔をしていいました。「木には、たねから生まれて花をさかせるまで、なん百年とかかるものもある。木の前で、人などなんと、小さなものか。その木の心に近づくためには、木とひとつになることがいちばんなのだ。」(なるほど……、わかったような、わからないような……。とにかくすごい!)

 

 カルモトがこの木のからだになったのは、もう二百年以上も前のことだということでした。それいらいかれは、まさに木とひとつになって、しぜんの力のけんきゅうにうちこんできたのです。でも、ちょっと待って! カルモトさん、いったい今、いくつなんですか?

 

 「さあ、ゆくぞ。かれらが待っている。」カルモトはそういってまたさっさといってしまいましたが、のちにかくにんしてみましたところ、かれはこのとき、四百二十一さいだったそうです! それでも木のねんれいでいったら、まだまだ若いそうでした。う~ん、木ってすごい!(ところで、カルモトが頭をぺこりと下げたとき、ぼきっ! とか、ぐしゃっ! とか、いやな音がなっていましたよね? そのこたえはじつは、この木のからだにあったのです。頭を下げたとき木のからだにむりな力がかかって、おれたりつぶれたりして、あんないやな音がなっていたというわけでした。カルモトのいうことには、放っておけばそのうちもとにもどるということでしたが……。う~ん。)

 

 それからみんなはあらためて、フログルたちの家であるトーディアの中へとあんないされていきました(みんなの騎馬たちと木の馬たち、そして木の兵士たちと音楽隊は、ここでしばらくフログルたちのもとにあずけることになりました。塔までゆくための乗りものには、かぎられた人数しか乗っていけないということでしたから。それならしかたありませんけど……、いったいその乗りものって、どんなものなのでしょうか? それはもうすこしあとのお楽しみ……)。このトーディアというところは大きさからいうと、小さな村ほどの大きさがありました。ですがフログルたちはこの場所を村とはいわず、わが家とよんでいたのです。フログルたちにとっては種族の者たちはすべて、ひとつの家族のようなものなのであって、かれらは自分たちの住んでいるところを村やまちなどといったように分けて考えたりはしませんでした(わたしたちもみんな、こんなふうに暮らせたらいいんですけど)。

 

 フログルたちの話では、このあたりの岩山には、このトーディアのようなところがいくつかあるそうでした。ですがそれらはすべて、かれらにしかわからない岩山のおくのひみつの場所に、ただひっそりとそんざいしているものだったのです。このトーディアをふくめて、かれらの住む地はほんとうに、ふつうの旅人たちがけっして立ちいることのできない、かくされた場所でした。旅の者たちは今、そんなとくべつな場所にきていたのです。

 

 「では、みなさん。」カルルがにっこり笑っていいました。「ボートのところまで、ごあんないします。ニョキニョキばたけのむこうですよ。さあ、ついてきてください。」

 

 ボート? ニョキニョキ?

 

 みんなはカルルがなにをいっているのか? よくわかりませんでしたので、ただぽかんとしてしまうばかりでした。ですがカルモトがやっぱりさっさといってしまいましたので、あわててあとを追いかけたのです。 

 

 池の上に渡された木のろうかを歩いていって、しばらくすると。みんなの前にいちめんの葉っぱの生いしげる、広いはたけがあらわれました。しかしはたけといっても、よく見ると葉っぱの下の方は水につかっていたのです(ですからたんぼといった方がぴったりくるかもしれません)。

 

 「ニョキニョキですよ。」めずらしそうにそのはたけをながめている旅の者たちに、クプルがいいました。「水の中に、いもが育つんです。おいしいですよ。」

 

 どうやらこのニョキニョキという名のおいもが、かれらの主食のようでした。にょきにょきとよく育つから、その名がついたそうです。う~ん、そのまんまですね。ほかにもこのあたりには、フワフワという名のちょうちょがいっぱい飛んでいて、かれらはそのちょうちょも食べてしまうのだということでした! う~ん、おいしいんでしょうか……?(じっさいはたけのそばに飛んでいるフワフワを見つけたクプルが、大きな口をあけてそのままばくん! と食べてしまいました! なんでもカステラみたいな味がするそうなのですが、「みなさんもどうぞ!」というクプルの申し出には、さすがにみんな、「おかまいなく!」とこたえるばかりでした……。

 

 ところで、やっぱりこのフワフワは、ふわふわ飛んでいるからその名がついたそうです。ほんとうにそのまんまですね。)

 

 さて、ニョキニョキというのはわかりましたが、それではボートとは?

 

 「ボートって、いったってさ、」カルルたちのあとをついて歩きながら、ライアンがロビーにいいました。「まさかほんとうに、水に浮かべるあのボートじゃないよね?」

 

 「乗りものって、そのことかな?」ロビーがこたえていいました。「たしかに、水の上をゆくのなら、ボートがいちばんだけど……」

 

 ライアンがつづけます。

 

 「だって、ボートがあったって、それで魔女の塔までいけるの? ぬまとぬまのあいだには、なんでも飲みこんじゃうっていう、危険などろどろ道だっていっぱいあるんだよ? そんなとこにでっかいボートなんか持ちこんだら、それこそみんな、いっぱつでどろの底じゃない。」

 

 「う~ん、そうだね。どうするのかな……?」

 

 ライアンのいう通り、たとえあのぬま地にボートを持ちこんだとしても、さきに進むのはむりでしょう。底なしのぬまはひとつだけではなく、たくさんのぬまがどろどろのぬかるみ道によってあみの目のようにつながっていましたが、カルモトのいうことにはそのぬかるみ道は、人だろうがボートだろうが、あっというまにずぶずぶと飲みこんでいってしまうという、じつにおそろしい道なのだということでした!(ですからカルモトは、「道がなくなってしまった」といったのです。そんなの、道とよべるはずもありませんから!)

 

 そんなところにはいりこんだら、ボートなどあってもなくても同じです。ぬまの上ならまだボートも浮かぶでしょうが、ぬまからぬまへ、ボートをはこぼうとしているあいだに、ボートもろともけっきょくみんな、どろの底ですもの!(ライアンのわざを使って、風の力で自分たちの乗ったボートを吹き飛ばして進める! というのもむりがありました。たとえひとりずつボートに乗るとしても、人の乗ったボートを吹き飛ばして進めようというのなら、かなりのいりょくの力が必要ですから、そんな力を加えれば、かくじつにボートがこわれてしまうことでしょう。それにもしボートを吹き飛ばせたとしても、ちゃんとまっすぐに飛ぶというほしょうもありませんし、なによりもまず、自分たちの身があやういのです。安全のほしょうもないままに、ライアンのおそろしいまでの風の力を、自分の乗っているボートにちょくせつぶっつけられるんですから!)

 

 ではいったいどうやってカルモトは、そんなボートを使って、魔女の塔までいこうというのでしょうか?(そのボートに、なにかとくべつな魔法でもかけるとか?)ですが旅の者たちのそのぎもんは、それからすぐに晴れることになりました。なんとも思いもかけなかった、いがいなてんかいによって。

 

 「みんな! カルディンどのがきたよ! おつれの方もいっしょだ!」

 

 カルルが大きな声で、仲間たちによびかけます。そのよびかけのさきにはなん人かのフログルたちがいて、なにかみどり色をした大きなものを、手いれしているかのようでした。

 

 

 「おお!」「カルディンどのだ!」「おげんきそうだぞ!」「あ、フワフワだ! ぱくん!」

 

 

 フログルたちはカルルとクプルのふたりと同じく、カルモトのことを見て大よろこびでした(ひとりだけ、べつの方に気がいってしまった者がいましたが……)。そしてカルモトはそんなみんなにむかってていねいにあいさつをすると、こんどはその中のひとりに対して、うやうやしく頭を下げていったのです。

 

 「モラニス、ひさしぶりだ。」

 

 モラニスとよばれたその人は、うれしそうに、しかしひかえめな笑顔で、カルモトにこたえていいました。

 

 「やはり、あらわれたな。そんな気がしておったのだ。」

 

 モラニス・レンブランド。かれは地面までたれるくらいの白くて長いひげを生やしている、フログルの長老でした。ねんれいはもう、二百さい近いそうです!(じっさいはカルモトの方がとしは上でしたが、見た目にはモラニスさんの方が、ぜんぜんおとしよりでした。)カルモトとは古くからのつきあいがあって、なにかこまりごとがあるたびに、おたがいちえや力をかりあっている仲なのだそうでした。カルモトがフログルたちのことをよく知っているのも、じつはこのモラニス長老とのつきあいによるところが大きかったのです(モラニスはカルモトのふるさとのガランタ大陸にいたこともあって、カルモトとはそこでなんどか、旅をともにしたこともあるそうでした。どんな旅だったのでしょうか? ちょっと、きょうみがありますね)。

 

 そしてフログルたちがカルモトのことをよく知っているのも、またこのモラニスのおかげでした。魔女のアルミラがあらわれたときにカルモトのことをさがし出して力をもとめるようにていあんしたのは、ほかでもない、このモラニスだったのです(ちなみに、カルモトはルイーズの木のところにひっこしてきたときに、「近くに越してきたぞ。」といってフログルたちのところにも顔を出していたのです。そのときちゃんと、新たな住所をかれらに伝えていたのなら、フログルたちはもっとかんたんにカルモトのことを見つけることができましたが、そこはやっぱり、いいかげんでせっかちなせいかくのカルモトでしたから、フログルたちが住所をたずねるひまもないうちに、「急用があった!」といってすこしのでんごんを書いたメモ書きだけを残して、追いかけるフログルたちの声もとどかぬままに、さっさとかれらのもとを去っていってしまいました。たいざい時間、わずか三十びょう! それからずっと、カルモトはフログルたちのもとをおとずれることはなかったのです。そのためフログルたちは、カルモトのことを見つけるのに、だいぶくろうしました。

 「だいたい、東の山の方にいるから。」

 カルモトはフログルたちに、それしか書き残していなかったのです……。これじゃ見つけるのに、くろうするはずですね……)。

 

 「ボートのじゅんびは、すっかりできておる。すぐに出発できるぞ。」モラニスはうしろの池の上に浮かんでいるあるものをしめしながら、そういいました。それは……。

 

 「なにこれー! かっわいいー!」ライアンが思わず、さけびました。そこにあったのは、みどり色のペンキできれいに色がぬられた、二そうのボートだったのです(やっぱりそのまま、ボートでしたね!)。そしてそのボートのさきっぽには、木で作られた、なんともかわいらしいかえるの頭をかた取ったでっかい船かざりが、取りつけられていました(ライアンが思わず、かわいい! とさけんでしまったのも、わかります。これではまるで、ゆうえんちにある子どもむけの乗りものみたいですもの)。

 

 「ありがたい。」カルモトがモラニスにかんしゃして、いいました。「さすがだ、モラニス。きみはいつでも、わたしののぞむ通りのことをしてくれる。」

 

 「おまえさんのことは、よくわかっておるからな。」モラニスが、それにこたえていいました。「うっかりなところも、あいかわらずなおっておらんようだ。こんどこそ、たのむぞ。あの塔のわざわいに、しっかりとけっちゃくをつけてきてくれ。」

 

 そしてみんなはカルモトを先頭に、そのみどり色のボートの中に乗りこんだのです。ひとつ目のボートには、カルモト、ベルグエルム、ロビー、ライアンが乗り、ふたつ目に、カルル、クプル、そしていっしょに塔にむかってくれることになった、イルクーとレングという名のふたりのフログルの兵士たちが、乗っていました(そのようすを見たら、みなさんは思わず吹き出してしまうかもしれません。だって、子どもむけみたいなかわいらしいかえるのボートに、からだの大きな騎士やよろいかぶとの兵士たちが、なかよくちょこんと、ならんですわって乗っているんですもの! ゆいいつひとりだけ、ライアンだけは、とってもよくにあっていましたが……)。

 

 さて、いわれるままに乗りこんだのはいいのですが、このあといったい、どうするのでしょう? この池が魔女の塔までつづいているわけもありませんでしたし、それによく見ると、ボートをこぐためのオールもペダルも、この船にはついていなかったのです。ただひとつ、あのかえるの頭のかわいい船かざりに馬のたづなのようなひもがひとつついていましたが、まさかこの船が、馬みたいに走り出すというわけじゃありませんよね?(カピバルのわざじゃあるまいし。)

 

 みんながそう思っていると、ふたりのへんてこなかっこうをしたフログルたちがやってきて、それぞれのボートにひとりずつ乗りこみました。かれらはまるで、じどう車レースのうんてんしゅみたいな、からだにぴったりな服を着こんでいて、つるつるのかぶと(やっぱりまるい目のようなかざりがふたつついていました)をあごでしばり、目には大きなゴーグルまでつけていたのです。いったい、かれらはなに者?

 

 「わたしは、このボートのうんてんしゅ、ネリルです。魔女の塔までは、七分をよていしております。」

 

 旅の者たちのボートに乗ってきたフログルがいきなりそういうと、旅の者たちにぺこりと頭を下げて、かえるの頭の船かざりの上にまたがって、そのたづなをとりました。

 

 「では、出発しまーす! みなさん、ベルトをよく、おしめくださーい!」

 

 え? ちょ、ちょっと! なに?

 

 みんながそう思うやいなや。ネリルという名のそのフログルが、たづなをぱしん! とたたきました。すると……!

 

 

 みんなを乗せたボートが、ぴょっこ~ん! 浮かんでいたその池から、むこうのニョキニョキばたけのその中まで、大ジャンプしたのです!

 

 

 「うわわっ!」「ひゃあ!」「ひええー!」

 

 みんなのびっくりしたことといったら! どぎもをぬかれるとは、まさにこのことです!

 

 なんとなんと! このボートは水の上を進むんじゃなくて、まさしくかえるみたいに、大ジャンプをくりかえして進むという、とんでもない乗りものでした! その名もずばり、ケロケロボート!(すごいですけど、名まえはやっぱりそのまんまでした!)

 

 「つぎは、岩山までまいりまーす! みなさん、ふんばってくださいよー!」

 

 うんてんしゅのネリルの言葉に、みんなはただただ、ボートのふちにしがみついて、ひっしに泣きさけぶばかりでした。

 

 「た、助けてくれ~!」

 

 

 そのみんなのひめいから、ときをさかのぼること六日ほど前のこと……。

 

 つめたいだいり石の床に、おそろしいいなずまの光がうつりこみました。ここはたくさんのはしらが立ちならぶ、だだっ広い石づくりの部屋の中。部屋の西がわはすべて、見晴らしのいいバルコニーになっております。ですがどんなに見晴らしがよくても、そこから見える景色をじっくりながめたいと思う者は、あんまりいないことでしょう。そこには美しいみどりも、山々も、みずうみもありませんでした。見えるものはといえば、おそろしげなまっ黒な塔やたてもの。そしてそれらのたてもののあいだをねり歩いてゆく、黒いよろいの兵士やきみの悪いかいぶつたち。そんなものたちばかりだったのです。

 

 今その部屋のバルコニーから、それらの景色をひとりの人間の男の人がながめていました。手には赤いお酒のはいった、銀色のカップを持っております。その男の人は、とてもごうかな衣しょうを身にまとっていました。こったししゅうのはいった黒いシルクのガウンをはおっていて、肩からは金色にかがやく、ふしぎな生きものの毛がわをかけております。そして首からは、おそろしいりゅうのもんしょうのはいった、まっ黒なメダルをひとつ、下げていました。

 

 いったいこの人物は、なに者なのでしょうか? 黒いかみを肩までのばしていて、ひげはありません。ねんれいは、四十だいのなかばくらいでしょうか? からだはとてもがっしりとしていて、背たけも六フィート以上はありました(これは人間にしてはかなりの長身です)。そしてなにより、はなれたところからでもわかるほどの、そのひめたる力のおそろしさ……! それはまるで、おそろしいもうじゅうがそこにいるかのような、そんな感じでした。近づく者の心をみんなぼろぼろに、くじかせてしまうかのような……、かれのまわりには、そんなおそろしい力がみちあふれていたのです。

 

 かれがなに者なのか? それはこの部屋がなんのための部屋なのか? それをお伝えすればおのずとあきらかになることでしょう。この部屋のいちばん北がわには、いすがひとつおかれてありました。そのいすにはごうかけんらんなそうしょくがなされていて、金銀宝石があしらわれております。それはただのいすではありませんでした。そのいすにすわることができるのは、ただひとり、この城のあるじだけだったのです。そう、そのいすは王さまだけがすわることのできる、ぎょくざとよばれるいすでした。この部屋は、王さまのための部屋。王さまがらいきゃくをむかえたりほうこくを受けたりするときなどに使う、えっけんの間とよばれる部屋だったのです。ということは……。 

 

 この背の高い黒いかみの男の人。かれはまさしく、この部屋のあるじである王さまでした。しかしこんなおそろしげなところにあるお城に住んでいる、王さまって……? 

 

 読者のみなさんにはもうこの場所がどこで、この王さまがだれだか? おわかりになられたことでしょう。このおそろしげなくにの名まえは、ワット。そしてこの男の人は、ほかでもありません。あの悪名高き黒の王、ワットのアルファズレド王、その人だったのです!

 

 「きたか……」

 

 アルファズレドはバルコニーのそばに立って、暗い空をながめながらいいました。そこにはかなたの雲の切れまからこちらへとむかって飛んでくる、黒い生きものたちのすがたが見えました。それは、あのディルバグのかいぶつたちでした。そのかいぶつたちはまさに今、アルファズレド王の待つこのワットの黒き王城へと、むかってきていたのです。

 

 「いわれずとも、けっかはわかっておるわ。」アルファズレドはそういって、赤いお酒のはいったカップを口にはこびました。

 

 やがて部屋の入り口に、ひとりの男の人が通されました。その人のうでには、エメラルド色の花のマークのはいった、白いリボンがまかれております。そう、この男の人はこの章のはじめにディルバグのかいぶつからおり立ってきた、あのリボンをつけた男の人でした。

 

 リボンをつけた男の人は、やりを持った兵士たちと石のはしらが立ちならぶその長い部屋の中を、アルファズレド王のもとへとむかって足早に歩いていきました。そしてかれはあるじの前までやってくると、うやうやしくひざをついて、ただひとこと、ほうこくを伝えたのです。

 

 「戦いにございます、へいか。」

 

 「はっ!」その言葉をきくやいなや、アルファズレドが大きな声を上げていいました。

 

 「とうぜんのけっかよ! アルマークのことならば、このおれが、いちばんよくわかっている!」

 

 アルマーク……。それはまさしく、ベーカーランドの白き王、アルマーク王のことでした。

 

 「やつが、こうふくになど応じるものか! 使者など出しても、むだなこと! やつには、このおれの力をちょくせつ見せつけてやるのが、いちばんなのだ!」

 

 こうふく……。使者……。それはかなしみの森を出るときにベルグエルムがロビーに伝えた、そのさいごの話の中に出てきた言葉でした。ベーカーランドにワットからの使者がやってきたということ。そしてこうふくに応じなければ、ワットは全軍をもって、ベーカーランドにせめいるとも。

 

 そう、みなさんのごそうぞうの通り。アルファズレド王のもとに今ほうこくを伝えにきた、このリボンをつけた男の人。この人物こそが、まさにアルファズレドのめいれいにより、ベーカーランドにこうふくするように申し伝えにいった、その使者だったのです! そしてその使者が、今ついに、アルファズレドのもとへと戦いのほうこくを伝えました!(この白いリボンは使者であるということをあらわすためのものでした。もしこのリボンをつけた者に危害を加えた場合、そのくににいくさを申しこんだのと同じことになるのです。)

 

 いよいよ、戦いがはじまるのです。このアークランドの運命をかけた、さいごの戦いが……。

 

 「全軍に伝えよ!」

 

 アルファズレドの口から、おそろしいさいごのめいれいがくだされようとしていました。

 

 「兵をしゅうけつさせるのだ! ただちに、ベーカーランドへとむけて、進軍をかいしせよ!」

 

 ああ、いよいよです! いよいよ、黒の軍勢がせまりくるのです!

 

 敵の兵士たちがみんな集まってベーカーランドまでたどりつくのに、あとどのくらいの時間がかかるのでしょうか?(このアルファズレドのめいれいから、もうすでに六日ほどがたっていたのです。)今からいっしゅうかんごでしょうか? それとも四日ご?三日ごかもしれません。それまでにわれらが白き勢力の者たちは、なんとしても、それにたいこうするしゅだんを取らなくてはなりませんでした。それがどんな方法なのかはわかりませんが、アルマーク王が、それを知っているはずです。

 

 そして……。 

 

 黒の軍勢にうちかつためのきぼうをつなげる、そのもっとも重要なやくめを果たすことができるのは、いい伝えのきゅうせいしゅである、ロビーだけなのです。ああ、早く! 急いでロビー!

 

 「アルマークめ……」アルファズレドが胸に下げた黒いメダルをにぎりしめながら、はきすてるようにつぶやきました。

 

 「これで、ついに、きさまも終わりだ。長かったいんねんに、けっちゃくをつけようではないか……」

 

 アルファズレドはそういって、部屋のそとへと歩き去っていきました。

 

 

 バルコニーのそとでは、ごろごろといなずまのうなる音がひびき渡っていました。それはまるで、ついに出番をむかえたおそろしいりゅうの、うなる声のようにもきこえました。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。

    「な、なんだこれは……?」

       「か、かっこいい~!」 

    「これでみんな、もとにもどる。」 

       「ぎゃ~! やめてやめて~!」

第14章「たましいかいほうボタン」に続きます。



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14、たましいかいほうボタン

 「いたか!」

 

 なまり色の空の中に、大きな声がひびき渡りました。ここはこのアークランドをふたつに分ける切り分け山脈の、その東がわ。リムルという小さな王国のみやこ、リムリアから、ほど遠くない場所でした。

 

 今その土地のはるかな上空を、三びきのまっ黒なからだを持ったかいぶつたちが、ぐるぐるとえんをえがきながら飛びまわっていました。それは(みなさんももうすっかりごぞんじの)あのワットの黒騎士たちの乗る、ディルバグのかいぶつたちでした。ということは……? その背に乗っているのは、やはりあのおそろしい、黒騎士たちだったのです。

 

 「だめだ! 見つからない!」仲間の黒騎士のといかけに、山のむこうからもどってきたひとりの黒騎士がこたえました。

 

 「ええい! くそ!」その言葉をきいた黒騎士が、自分の足をたたいて、きたない言葉でののしります。「いったい、どういうことだ! やつらを目の前にしておきながら、見失うとは!」

 

 いったいかれらは、なにをしているのでしょう? どうやらだれかを、さがしているような感じです。ですがそのこたえは、読者のみなさんにならすぐにわかることでしょう。ここは切り分け山脈の東の地。リュインのとりでが敵の手によってうばわれていらい、ワットの者たちによってしはいされてしまった、南の街道の土地でした。そう、この黒騎士たちは今、自分たちの仲間のことをひどい目にあわせた「とんでもないやつら」のことを、けんめいになってさがしているところだったのです! それはもちろん、セイレン大橋の上でこの黒騎士たちの仲間たちと戦った、ロビーたち一行にほかなりませんでした。そのロビーたちは敵の目からのがれるために、今、切り分け山脈の西がわ、だれもそんなところにいるなどとは夢にも思わないであろう、うちすてられた西の街道の地にいるのです。ではこの南の街道の地で、ワットの黒騎士たちが目の前にまでせまったという、その者たちとは……?

 

 そう、それはわれらが白の騎兵師団の騎士たち、ハミール・ナシュガーとキエリフ・アートハーグ。そしてゆうかんなるシープロンの者たち、レシリア・クレッシェンドとルースアン・トーンヘオン。かれら四名の勇者たちでした!(ルースアンのみょうじは、トーンヘオンというんですね。)

 

 黒騎士たちは首から下げた遠めがねをなんどものぞきこみながら、くやしそうにあたりいったいをぐるぐると飛びまわっていました。かれらはこのあたりの土地の空をまかされている、ていさつのたつじんたちでした。そのかれらが目を皿のようにしてこんなにもさがしまわっているというのに、われらが仲間たちを見つけることができなかったのです。さすがはわれらが仲間たち! でもいったい、どういうわけがあるのでしょうか?

 

 「敵は、なにかのじゅつを使っているのに、ちがいない!」

 

 なるほど! われらが仲間たちはそのなにかのじゅつを使って、うまくかくれることができているようでした。ではそのじゅつとは? みなさんにはもうおわかりですよね。そう、白きシープロンたちが使う、あのわざのことです。

 

 黒騎士たちはしばらくあたりにとどまっていましたが、やがてあきらめたように、ディルバグのむきを変えていいました。

 

 「しかたない。出なおしだ。ガランドーさまに、このことをほうこくせねば。はんぎゃく者どもめ、つぎこそは、かならず、その首根っこしめ上げてくれる!」

 

 黒騎士たちはそのまま、はるか東の山の方へと消えていきました。

 

 

 それからしばらくたってからのこと。

 

 ここは切り分け山脈のふもとの、岩の道……。

 

 「いったようだ……」

 

 声のぬしは、われらがハミールでした。そしてその言葉のつぎのしゅんかん。かれらの上にかかっていたまぼろしのバリアーが、音もなくふうっと消えていったのです! これはもちろん、シープロンの使うしぜんの力をかりるわざによって作られたものでした。黒騎士たちの目をあざむくために、レシリアとルースアンのふたりが力をあわせて、このひじょうにすぐれた身をかくすためのバリアーを作り出してくれたのです。これは空気をゆがませて、まわりとまったく同じ風景をその場に作り出すというものでした。なるほど、これならいくらていさつのたつじんである黒騎士たちとはいえ、見つけることはむりでしょう。さすがはシープロンのベテランたちです!(ところで、たぶんライアンにこの話をしたら、「ぼくにだってそのくらいできるよ。」っていうかと思いますが、やっぱりかれには、これだけすぐれたバリアーを作るのはむりだと思います。なにしろライアンの先生であるレシリアと、王さまのそっきんであるルースアンが、力をあわせて作りましたから、むりもないですよね。あ、でもみなさん! わたしが「ライアンにはむりだ」なんていったこと、かれにはだまっていてくださいね! あとがこわいですから……)

 

 「助かった。レシリアどの、ルースアンどの。おふたりのおかげです。」ハミールとキエリフのふたりが、「ふう!」ときんちょうのとけたため息をはいて、シープロンのふたりにおれいをいいました。そう、かれらは黒騎士たちに自分たちのすがたを見せつけて、ひみつの道をゆくロビーたちのもとから敵の目を遠ざけるという、そのやくめを、まさに今なしとげたところだったのです!(かれらが敵の目をあざむくためのおとりだとばれてしまったのなら、ロビーたちのひみつの旅も、すべてだいなしになってしまいかねません。かれらの旅はほんとうに、重要かつたいへんなものだったのです。)

 

 「これで敵は、旅の者たちが南の街道に進んだのだと思うことでしょう。あとはこのまま、敵の目をひきつけつつ、ベーカーランドまでの道のりを急げばいいのです。われらのにんむも、これでおおむねのところは、果たし終えることができた。ひと安心です。」

 

 キエリフがほっとした顔をして、シープロンのふたりにいいました。しかしレシリアとルースアンのふたりは、いぜんとして、重い表じょうを浮かべたままだったのです。

 

 「まだ、安心のできるようなところではありません。」レシリアが、ウルファの騎士たちにいいました。「これはまだ、はじまりのだんかいにすぎません。わたしたちのしごとは、ここからさきが、ほんとうなのです。」

 

 レシリアの言葉に、ウルファの騎士たちは思わず、顔を見あわせてしまいました。どうやらレシリアはまだまだ、このあとのずっとさきのことについてまでも、重く深く、考えをめぐらせているようなのです。

 

 「かれらは、これからもしつように、わたしたちのことを追いかけてくることでしょう。」レシリアが若きふたりの騎士たちにむかって、つづけました。「おそらく、このまぼろしのバリアーも、つぎは見破られてしまうにちがいありません。かれらを、あまく見てはなりませんよ。かれらのうしろには、あのおそろしい、魔法使いがいるのですから。」

 

 「アーザス!」ハミールとキエリフのふたりの騎士たちが、思わずさけびます(ルースアンに「しーっ、静かに! 敵にきこえる。」としかられてしまいましたが)。

 

 「あの魔法使いめ! こんどはなにを、たくらんでいるんだ!」

 

 ウルファの騎士たちはこぶしをにぎりしめて、怒りました。かれらの祖国レドンホールは、よこしまなる魔法使いアーザスによって、ほろぼされたのです。そしてかれらの主君ムンドベルク王も、今やアーザスのとりこでした。ですからかれらのアーザスに対するにくしみは、そうとうなものだったのです。

 

 レシリアがつづけます。

 

 「かれらのもくてきは、たんなる仲間のかたきうちだけではないように思えます。わたしにはどうしても、その影にあの魔法使いのすがたが見えて、なりません。」レシリアの言葉はとても深く、そして重たいものでした。「ひょっとしたら、アーザスはもう、ロビーさんがいい伝えのきゅうせいしゅであるということに、気がついているのかもしれません。そうだとすれば、わたしたちの旅は、いぜんにもまして、重要なものとなります。今はロビーさんたちの身を守るために、できるだけの時間をかせぐこと。それがわたしたちの、いちばんのしごとでしょう。」

 

 「南の地に近づくにつれて、敵の目も多くなります。」ルースアンがつづけてそういいます。「つぎに黒騎士たちからのがれるためには、わたしたちは、もっとべつの方法も、考えなければ。」

 

 ルースアンの言葉に、レシリアもうなずいていいました。

 

 「とにかく、また黒騎士たちがやってくる前に、できるだけの道のりを進んでおくことです。わたしたちには、まだまだ、やるべきことがたくさんあるのですから。さあ、さきを急ぎましょう。ティーンディーンの大河まで、いっきに進むのです。」

 

 みんなはふたたび、馬にまたがりました。そしてかれらは、このおそろしい、見張りだらけの敵の地の中を、さらなる南へとむかって歩み出していったのです。

 

 

 「まいど、ごりよう、ありがとうございます。しゅうてん、魔女の塔~、魔女の塔です。みなさん、おつかれさまでございました。」

 

 なんともまのぬけたあいさつがすむと、ボートの底からのびている二本のかえるの足のようなものが、しゅううっ! という空気のぬけるような音を出しておりたたまれていきました(これはちゃく地のときにクッションのやくわりを果たしてくれるものでした。このためこのボートは水いがいのところでも、自由にちゃく地することができたのです。そうでなかったら、あんなに大きなジャンプですもの、こんなボートなど地面にたたきつけられて、ばらばらにこわれてしまうはずです!

 

 さらにこのボートは、空気の力をいっきに吹き出すことでジャンプすることができるというものでした。ですからそのジャンプは、水の上からでもおこなうことができたのです。カルモトがこのボートにたよったのも、わかりますね。まさに、自由じざいといった感じでした)。

 

 「お忘れ物のなきよう、お願いいたしまーす。」

 

 うんてんしゅのネリルがぴょこん! とボートからおり立って、乗っている旅の者たちにむかって、つづけていいました。ですけど……、旅の者たちはみんな、それどころじゃなかったのです! かれらはもう、ボートのふちにうつぶせになったまま、動くことさえできませんでした。それもそのはずです。みんなはあんなジャンプを四十回以上もくりかえして、ようやくのことで、ここまでたどりついたんですから!(船よいというか、ジャンプよいというか……、とにかくひどいありさまでした!)

 

 そんなみんなのことをしり目に、カルモトはまったくなんでもないといったようすで、ゆうゆうとボートのいちばん前からおり立つと、うんてんしゅのネリルとあくしゅをかわし、旅の者たちにむかっていいました。

 

 「こら、なにをしている。そんなところで寝るとは、失礼だぞ。ゆうべ、きちんと寝ておかなかったのか? さっさと起きんか。」(そ、そういうことじゃありませんったら……)

 

 みんなはカルモトにせかされて、ようやくのことで立ち上がって、ふらふらとボートからおり立ちましたが、すぐに地面に両手をついて、動けなくなってしまったのです。

 

 「お、おええ……」「し……、死ぬ……」「もう……、だめ……」

 

 

 さて、(旅の者たちのけんこうじょうたいのことについてはともかくとして)これでようやく、もくてきの魔女の塔までたどりつくことができたわけです!(こんな方法でくることになろうとは、みんな夢にも思っていなかったことでしょうけど……)みんなが今いるところは、魔女の塔のあるおほりにかこまれて島のようになっている場所の、その中。よどんだ水のはいった、おほりのふちでした。そこから上を見上げると……、そこには遠くから見えているばかりだった、あのなんともおどろおどろしいブリキの塔が、目の前にどーん! とそびえたっていたのです!(高さはおよそ、四百フィートほどもありそうでした! カルモトの木の塔にも負けないくらいの大きさです!)

 

 遠くから見ただけでもあんなにもきみが悪くしゅみが悪いと思った塔ですのに、それを目の前で見るのですから、なおのことでした。ありとあらゆるきたない色をしたきんぞくの板が文字通りつぎはぎされていて、その上をさまざまなパイプやらでっぱりやらが、おおっていたのです。しかもかべのざいりょうになっているのは、そればかりではありませんでした。よく見ると、お酒のあきびんや、せんめんき。スプーンにフォークにお皿。やかんになべに、果てはくまのぬいぐるみから、だれかのズボンまで! とにかくなんでもかんでも、かべのざいりょうとしてくっつけられていたのです!(はじめこの塔をながめたときになにかおかしな感じを受けましたが、それはこのためでした。だって塔のかべにぬいぐるみやズボンがくっついているだなんて、だれも思いませんよね! いったいアルミラは、なにを考えていたんでしょうか……?)

 

 その塔を前にして、カルモトがあごに手をおいてうなりました。

 

 「う~む……、なんてしゅみの悪いやつだ。わがいもうとながら、あきれかえるな。」(しゅみの悪さについては、カルモトさんもにたようなものだと思いますけど……。まあそこはやっぱり、ふれないでおきましょう……)

 

 「それに、この塔のまわりの、なんというきたないこと。よくもまあ、こんなにちらかしたものだな。あとで、そうじをしておかなければなるまい。」(その前にカルモトさんの家も、そうじした方がいいと思いますけど……。まあそこもやっぱり、ふれないでおきましょう。)

 

 カルモトのいう通り、塔のまわりにはなんだかよくわからないものが、ごちゃごちゃとちらかっていました。なにかのそうちのようなものとか、作りかけの鉄のかざりのようなものとか、いろいろです。ですがその中でひとつ、はっきりとわかるものがありました。それはむかしカルモトとフログルたちが戦った、ブリキの兵士たちのざんがいです! それらの兵士たちはもうすでに動くこともなく、さびついて、なかば地面にうもれてしまっていました。かつてこの兵士たちの中にモーグの人たちのたましいがはいって、そのブリキのからだのことを動かしていたのです。

 

 ですけど今ではそれも、むかしの話。この兵士たちのことを動かしていたたましいは、今はこのぶきみな塔の中にとじこめられていて、みんなの助けをまさに待っているところでした(ちなみに、カルモトはこの塔のそばにこんなに近よったことは、今までいちどもありませんでした。ここでこのブリキの兵士たちとちょくせつ戦ったのは、カルモトの木の兵士たちとフログルたちであって、カルモトはすこしはなれたところからそのしきをとったり、進んでくるブリキの兵士たちをみずから魔法でやっつけたりしていたのです。その戦いのあと、ちゃんとこの塔のことを中までしらべてくれていたのなら、今になって、こんなくろうをしなくてもすみましたけどね……)。

 

 「さて、この塔は、どこが入り口だ? ふむ、あそこか。」

 

 カルモトが見上げたさきには、たしかに入り口らしいでっぱりがありました(このでっぱりは遠くから塔をながめたときにも見えていたものです。アルミラは空を飛んで、このでっぱりのさきから塔に出はいりしていたようでした)。岩をするどくけずったようなかたちのつき出たでっぱりのさきに、とびらのないまるいアーチの入り口がひとつ、あいていたのです。ですけど問題もひとつありました。どう考えても高すぎです! みんなが今いる地面からその場所までは、ゆうに五十フィートはありました。いったいどうやって、中にはいったらいいのでしょうか?

 

 ですがカルモトはいつもとまったく変わらずに、こまったそぶりさえ見せません。すたすたと塔の下まで歩いていくと、こちらをふりかえっていいました。

 

 「フログルしょくん。あそこまで、とんでいけるか?」

 

 なるほど! かれらのことを忘れていましたね! かえるの種族であるかれらフログルたちなら、五十フィートの高さくらい、わけなくのぼっていけそうです。ですがフログルたちはこまったような顔をして、カルモトにいいました。

 

 「もちろん、いけることは、いけるんですが……、だめなんです。あの入り口には問題があって、中にはいることができません。あの入り口には、魔女ののろいがかけられているんです。」

 

 また魔女ののろいが! いったいどれだけのろったら気がすむんでしょうか!

 

 「入り口に、のろいのけっかいが張られていて、中にはいろうとする者をかえるに変えてしまうんですよ! いぜん、わたしたちの仲間が中にはいろうとして、かえるに変えられてしまったんです。さいわい、いちにちたったらのろいがとけて、もとのからだにもどりましたけど。ですからあそこからは、中にはいれないんです。おお、こわい!」

 

 フログルたちはそういって、ぶるぶるとからだをふるわせました。でも……、かれらって、もとからかえるなんじゃ……、おっと、じょうだんをいっている場合ではありませんでしたね。とにかくそんなのろいがかかっているんじゃ、ほかの入り口を見つけるしかなさそうです。しかししかし、そんなフログルたちの言葉をきいても、やっぱりこの人はまったくもって、おちつきはらったままでした。それはもちろん、カルモトのことだったのです。

 

 「のろいだと? アルミラのかけた、のろいか。あいつののろいなど、ほんの子どもだましにすぎん。」

 

 カルモトはそういって、頭の上にあるその入り口にむかって手をかざしました。そしてふたことみこと、なにかをつぶやいたかと思うと……。

 

 「えいや!」

 

 

   どっぱ~ん!

 

 

 とつぜん! その入り口のところからものすごく大きな音がなりひびきました! いったい、なにごとが起こったというのでしょうか?

 

 見ると、そのでっぱりのさきっぽの部分が、まるいアーチの入り口もろとも、吹き飛んでなくなっていました! そしてもうもうとけむりを上げるその場所には、ぽっかりと、塔の中へとつづく大きなあながあいていたのです。

 

 「これならわけなく、中へはいれるぞ。アルミラののろいなぞ、きれいさっぱり、消し飛ばしてやったわ。」

 

 これを見て、フログルたちはもう大よろこびでした。カルモトはやっぱり、すごうでのまじゅつしなのです。アルミラののろいを消すことなど、かれにとってはまさに、朝めし前のことでした(今はもう、おひるすぎですが……)。

 

 「さすがは、カルディンどのだ! やっぱりすごいや!」フログルたちはそういって、ぴょんぴょんとびはねてよろこびました(かえるの種族ですから)。むかしブリキの兵士たちと戦ったときにも、かれらはカルモトのわざをじっさいにその目にすることができましたが、今またこうして、そのわざを見ることができて、それがうれしくてならなかったのです(ところで……、カルモトがアルミラの軍勢と戦ったのって、今から三十年ほどもむかしのことですよね? カルルやクプルたち、この場にいるフログルの者たちは、そのときからカルモトに協力していたようですが、ではいったいこのフログルの人たちって、なんさいなのでしょうか? 見た目はだいぶ、若く見えるのですが……。

 

 じつはカルルもクプルもそのほかのフログルさんたちも、みんなもう、八十さいはかるくこえていました! フログルたちというのはとっても長生きの種族で、みんな百五十年くらいはふつうにすごすことができるのです。そういえば長老のモラニスさんも、二百さい近くのねんれいでしたよね。う~ん、フログルって、やっぱりいろいろと、すごい)。

 

 「今すぐに、はしごをかけてまいります!」

 

 フログルたちはそういうと、ブリキのかべをぴょんぴょんのぼっていって、あっというまにカルモトのあけた入り口のあなの前にまでたどりついてしまいました。そしてそこに、持ってきていたなわばしごをかけて、これでついに、魔女の塔の中へとつづく道がかんせいしたのです!(このなわばしごは長老のモラニスがあらかじめ、ボートの中につんでおいてくれていたものでした。入り口までの長さもぴったりです。まあ、用意のいいこと! さすがはモラニスさんです。カルモトのやることは、すべてお見通しなんですね。

 

 ちなみに、カルモトの魔法なら塔の入り口でなくても、塔のかべにちょくせつあなをあけて、そこから中にはいることもできるでしょうが、やっぱりカルモトは、きちんと塔の入り口からはいることにしました。塔のかべにあなをあけたら、古くなっている塔が思わぬことでくずれてしまうかもしれませんし、あなをあけてぶっこわしたその場所に、なにかだいじなものがかくされていないともかぎりません。それがみんなのたましいだったら、おおごとです! ですからカルモトはよけいな問題をふやすおそれをさけて、入り口の中をきちんとたしかめてそこにだいじなものがないということをかくにんしたうえで、入り口のアーチをぶっこわしてそこからはいることにしました。カルモトさんもいいかげんなようでいて、こういうところはけっこうきちんと、考えているんですね。)

 

 「ありがとう、しょくん。」カルモトが入り口のあなの前にいるフログルたち、カルル、クプル、イルクー、レングの四人によびかけました(はしごをかけるくらいならひとりかふたりでじゅうぶんでしたが、かれらはもう、じっとしていることができませんでしたから、ぜんいんでのぼっていってしまいました。

 

 ちなみに、ロビーたちの乗ったボートのうんてんしゅであるネリルと、もういっそうのボートのうんてんしゅであるグロックという名のフログルのふたりは、ここに残ってボートの番をすることになりました。かれらもだいぶ、塔の中にいきたかったようですけど)。

 

 「それでは、中にふみこむとしよう。ん? ところで、かれらはどうした?」

 

 かれらとはもちろん、われらが旅の者たちのことでした。あれ? そういえばさっきから、カルモトとフログルたちのやりとりばっかりで、旅の者たちのことがぜんぜん出てきませんね? いったい、どうしたのでしょうか?

 

 「あのー、かれらなら、さっきからそこに寝ていますけど……」ボートのうんてんしゅ(ネリルとグロックです)のふたりが、おほりのふちの方をゆびさしていいました。見ると、そこにわれらが旅の者たち、ロビー、ベルグエルム、ライアンの三人が、ひたいの上にぬらしたタオルを乗せて、うんうんうなって寝ていたのです……。かれらが船よい(ジャンプよい?)からふっかつするのには、まだまだページ数がたりないみたいですね……(でも早く話を進めないと、このままこの章が終わってしまいかねません! わたしも心をおににして、かれらを起こさないと! さあ、早く起きて!)。

 

 「こら、いいかげんにしないか。」カルモトがようしゃなく、かれらをせっつきました。「いくら寝ぶそくでも、今は、やらねばならんことがある。さっさと起きて、さっさといくぞ。仲間を助けたいのだろう?」(やっぱりカルモトは、ちょっとごかいしたままのようですが……)

 

 さて、もうわれらが旅の者たちも、起きないわけにはいきません。みんなはようやくのことでふらふらと起き上がると、そのままよろよろと、カルモトのあとにつづいていきました。

 

 もうぜったい、あのボートには乗らないぞ……! 

 

 みんなはそろって、心の中でさけびました。

 

 

 そこはなんとも、うすきみの悪いところでした。そとから見たしゅみの悪さが、そのまま中にまで(全力で)つづいている感じです。かべや床はそとと同じ、きたない色のきんぞくの板でつぎはぎされていて、しかもそれらの板はまったくでたらめに、おおざっぱに、てきとうに取りつけられていました(このあたりはほんとうに、カルモトにそっくりです)。しかもかべや床のざいりょうには、やっぱり、まな板やけいりょうカップや、ポップコーンのはこにチョコレートのつつみ紙。スリッパにくつしたに、果てはだれかのパジャマまで! でたらめきわまりないものたちが、ごちゃごちゃに使われていたのです(いったい、だれのパジャマ?)。

 

 ここはもちろん、魔女のブリキの塔の、その中でした(せいかくには入り口から塔のまん中へとつづいていく、でっぱりの中のつうろでした)。今さいごのベルグエルムがなわばしごをのぼって、塔の入り口からつづくこのつうろの中にまで、ようやくたどりついたところだったのです(ふらふらのからだでなわばしごをのぼるのは、みんな、かなりしんどかったのですが……)。

 

 いったいこの塔の中はどうなっているんだろう? みんなのたましいはいったいどこに?(できれば早くかたをつけてベッドに横になりたい……)旅の者たちはそれらの思いを胸に、塔のまん中へとつづくそのきんぞくせいのつうろの上を、かつんかつんと音を立てて歩いていきました(ときどき、べりっ! とか、ばりっ! とかいって、床の板がくずれてしまうこともありました。このきんぞくの床はさびついていて、だいぶいたんでいたのです。そのため旅の者たちは床をふみぬけてしまわないように、おそるおそる気をつけながら歩いていきました。そうでなくても今、みんなの足取りは、ふらふらでしたから……)。そしてまもなく。つうろは塔のまん中の部分へと通じる、ひとつのアーチへとつながったのです。そのアーチをくぐって、みんなが見たものは……。

 

 

 「な、なんだこれは……?」

 

 

 さきをゆくベルグエルムが、思わずそういいました(ついたのはいちばんさいごですが、旅の者たちの中でいちばん先頭をつとめたのは、やっぱりベルグエルムでしたから)。「なになに?」とつづくライアンとロビーも、ベルグエルムのわきから顔をちょこんとつき出して、のぞきこみます(このつうろはとってもせまかったからです)。そしてライアンとロビーのふたりも、その光景を見て思わず、「なんだこれー!」とさけんでしまいました。

 

 塔の中は、「はるか上のてんじょうから底までつづく長いくさり」がなん十本もたれ下がっているだけの、がらんどうだったのです! まわりをぐるりと、せまいつうろが取りかこんでおりましたが、塔のまん中の部分はそれらのくさりいがい、ほんとうになんにもありませんでした。上から下まで、全部吹きぬけの、まさにからっぽの塔だったのです!

 

 旅の者たちは思いもよらない光景に、ただぽかーんとしてしまいました。いったいアルミラはなんのために、こんなからっぽの塔をたてたのでしょうか? どうやらこのてんじょうから下がっているくさりに、なにかひみつがあるようですが……?

 

 「なんにもないじゃん。りっぱなのは、大きさだけ?」ライアンが、塔の上と下をじゅんばんにのぞきこみながら、いいました。「これって、手ぬきだよね? いいかげんな魔女だなあ。」

 

 ですがさきに立つカルモトは、いつものおちつきはらったようすで、みんなにいいました。

 

 「この塔は、ブリキの兵士たちのことをたくわえておく、かくのうこだったようだな。それを見てみなさい。」 

 

 カルモトのゆびさしたところには、たくさんのまるいボタンがついた、おかしな鉄のはこのようなものがひとつ、作りつけられていました。

 

 「これは、兵士たちを上げ下げするための、そうちのようだな。だいぶ古いが、まだ、動かせそうだ。どれ、ためしてみよう。」

 

 カルモトはそういうと、そのはこに「えい。」とねんりきを送りこみます。すると……! そのはこから、ぶいん! というにぶい音がなり出して、まるいボタンのすべてが明るく光り出しました! そしてカルモトが、その中のひとつをおしてみると……。

 

 

   ぎゅるるるるるんっ!

 

 

 とつぜんものすごい音がして、てんじょうから下がっているくさりがすごいいきおいで、動きはじめたのです!(思わずベルグエルムは、腰の剣に手をかけてしまったほどです。)

 

 「このくさりは、兵士たちのことをひっかけて、しまっておくためのものだ。これなら、この広さをすべて使って、こうりつよく、たくさんの兵をしまっておくことができる。なるほど、考えたものだな。」

 

 そう、カルモトのいう通り、てんじょうから下がっているこれらのくさりは、アルミラのブリキの兵士たちのことをひっかけて、しまっておくためのものでした! これらのくさりはたれ下がったそのいっぽんいっぽんが、それぞれ大きなわっかになっていて、それが塔のてっぺんにつけられたかっしゃのところでささえられて、ぐるぐるまわるしくみになっていたのです。そしてくさりにはたくさんのフックがついていて、このフックにでき上がったブリキの兵士たちのことをひっかけて、つるしておけるようになっていました(つまりくさりがまわると、それにあわせて兵士たちも上がったり下がったりするというわけでした)。このようにしてかつてアルミラは、これらのくさりいっぱいにはちきれんばかりのブリキの兵士たちのことをつるして、ひそかに力をたくわえていたというわけだったのです(このくさりひとつには、百体の兵士たちをつるしておくことができました。これが二十本ありましたから、全部で二千になります。つまりこれは、アルミラの作り上げた兵士たちの数と、ぴったりあいました。

 

 ちなみに、この塔のいちばん底には、このブリキの兵士たちのことをそとに出動させるための、ひみつの出入り口がつくられていました。その出入り口は地下を通っておほりのそとへと通じていましたが、今ではすっかり、ふさがれてしまっていたのです。これはむかし、兵士たちとの戦いのさいに、「ブリキの兵士たちが出てくる、塔へとつながるひみつの出入り口がある」というほうこくを受けたカルモトが、戦いがすっかり終わったあとで、木の兵士たちにめいじてふさがせました。ですからカルモトはこの塔にはいるとき、べつの入り口をさがすことにしたのです)。

 

 「ちょっと待って!」カルモトの言葉をきいて、ふいにライアンがいいました。

 

 「じゃ、じゃあさ! このくさりいっぱいにくっつけたブリキの兵士たちを、いっせいに、ぎゅい~ん! ざざざー! って、しゅつげきさせることができちゃうってこと?」

 

 ライアンは両手を使って、兵士たちがしゅつげきしていくようすのことを、小さなからだでけんめいにあらわしながらいいました。どうやらかなり、こうふんしているみたいですが、いったいどうしたの?

 

 「うむ。むかし、わたしが戦ったときも、あれだけの数の兵士たちのことを、どのようにしてしまいこんでいたのか? 気にはなっていたのだが、そういうしくみになっていたようだな。」カルモトがれいせいにこたえます。

 

 それをきいたライアンは、両手をにぎりしめて、なんだか頭の中でいろいろそうぞうしているみたいでしたが、やがて目をきらきらとかがやかせながら、ひとこといいました。

 

 「か、かっこいい~!」

 

 そ、そんなこと考えてたんですか……。たしかに、ロボット軍団出動! といった感じでしたから、かっこいいかもしれませんが……。まあ、ライアンも男の子ですから、そういったものが好きなんですね(ちなみに、ライアンの頭の中ではそれらのロボット軍団には羽が生えていて、空を飛びまわってビームまで出していましたが……)。でも今はそれどころじゃないんですから、おさえておさえて。

 

 「こら、そういうことをいっている場合じゃないぞ、ライアン。まったく、ロビーどのからも、なにかいってやってください。」あきれたベルグエルムがそういってロビーの方を見ましたが、そういうロビーもまた、たくさんのロボット軍団がぎゅいい~ん!としゅつげきして巨大な剣で戦っているところをそうぞうして、かっこい~い! と思っているところでした……。

 

 「ロ、ロビーどの~!」

 

 

 さて、ロボット軍団に思いをはせるのは、そのくらいにしてもらって……(そもそもこのアークランドはじゅんすいなファンタジーの世界なんですから、せいみつかがくのロボットなんて、はじめからいないんです! アルミラが作ったのは、あくまでもブリキでできた人形をたましいの力であやつるというものですので、みなさんはライアンやロビーみたいに、かんちがいしないでくださいね)、この塔の中にあるというみんなのたましいを、早く見つけにいかないと! でもこんなにすかすかな塔の中の、いったいどこにあるのでしょうか? どこかに、かくされた部屋でもあるのかも?

 

 そんな思いをいだきながら、「たましいそうさく隊」のメンバーであるわれらが旅の者たちは、塔のかべにそってのびているそのつうろの上を、ゆっくりとしんちょうに歩いていきました(ちなみに、たましいそうさく隊というのはフログルたちがつけた、みんなのチーム名でした。ほんとうにかれらの名まえのつけ方は、そのまんまですね……)。それというのも、このつうろは目のあらい金あみでできていて、塔の底まですけて見えるという、とってもこわいつうろだったからなのです! 高いところがにがてな人なら、足がすくんでしまって、とてもこんなところは歩いてなどはいられないでしょう。ですから旅の者たち、ベルグエルム、ロビー、ライアンの三人は、みんな、「ひええ……」とおっかながりながら、そろそろと、このちゅうに浮いているかのような、危険なつり橋のようなつうろの上を、進んでいるというわけでした(ですけどやっぱり、カルモトと四人のフログルたちは、そんなことはまったく気にもとめていないようでした。とくにフログルたちにとっては、こんなところを歩くのはわけもないことでしたから、笑顔とじょうだんをまじえながら、じつに楽しそうに、わいわいと歩いたり、とびはねたりしていたのです。かれらがふざけてとびはねるたびに、金あみのつうろがぐらぐらとゆれるので、旅の者たちはみんな手すりやかべにしがみつきながら、「や、やめてくれ~!」とさけびました……)。

 

 つうろは同じ金あみでつくられた、ほそ長いかいだんに通じていました。かいだんはおよそ五十フィート上の、同じ金あみでできたつうろにつながっております。どうやらこの塔は、まわりをぐるりとかこむつうろとこのかいだんとをくりかえして進むことによって、てっぺんへとのぼっていくことができるつくりになっているようでした。

 

 「てっぺんに、なにかあるようだな。なにかのそうちのようだが。」ふいに、カルモトがいいました。なにかのそうち? ひょっとしたら、みんなのたましいもそこにあるのかもしれません。旅の者たちは思わず、(こわいのも忘れて)手すりから身を乗り出して、くいいるように塔のてっぺんを見上げてしまいました。しかし上の階の金あみのつうろがじゃまをして、目をこらしてみても、よくわからなかったのです。なにかごちゃごちゃとしたくだのようなものがあるのが、わずかに見えるくらいでした。

 

 「わたしたちが、ちょっと、ていさつにいってきましょう!」

 

 みんなが上を見ていると、イルクーとレングのふたりがとつぜんそういって、つうろの手すりの上にぴょこん! ととび乗りました。この手すりはとてもほそいもので、ふとさはせいぜい二インチほどしかありません。ですからそこにとび乗るだけでも、たいしたものです!(しかもそのすぐわきは、塔の底までつづく、だんがいぜっぺきなのですから!)しかしかれらのすごいところは、そこからでした。手すりをまるで鉄ぼうみたいに使って、からだをぐるん! とかいてんさせると、そのままかべをぴょーんぴょーん! とけって、いっきに上のつうろまでのぼっていってしまったのです! そしてそれを二回三回とくりかえして、かれらはあっというまに、塔のてっぺんまでいってしまいました!(それにしても、なんといううんどうしんけいなのでしょう! この塔のおともにかれらがついてきてくれたのは、旅の者たちにとって、とてもこううんなことでした。)

 

 それから一分もしないうちに、かれらはふたたびかべをぴょーんぴょーん! とけって、みんなのところまでもどってきました。いったい、てっぺんになにがあったの? 旅の者たちはわくわくとはやる気持ちをおさえながら、かれらの言葉を待ちます。しかし……。

 

 「すいません。はっきりいって、よくわかりませんでした。」

 

 ええ~……。旅の者たちは、がくっと肩を落としてしまいました……。

 

 「なにか、くだとか、はことか、へんてこなものがごちゃごちゃとふくざつにからみあっていて、それがかべの中へと、つづいているみたいでした。あと、とびらがひとつありましたよ。でも、かぎがかかっていて、あきませんでした。」

 

 とびらが! それはたいしたじょうほうです。ひょっとしたらその中に、みんなのたましいがとじこめられているのかもしれません。

 

 「そのほかには、なにもなかったの? 音とかはしなかった?」ライアンがたずねました。ライアンが心配しているのは、モーグのまちに飛んできた、あのおそろしい影のおばけたちのことでした。魔女の手下のあの影は、この塔の中のどこかに、今もひそんでいるはずなのです(それに影のおばけいがいにも、なにかがひそんでいるかもしれませんし)。

 

 「なんにも。とびらの中も、静かなものでした。」フログルたちが、それにこたえていいました。

 

 どうやらこの塔の中には、だれもいないみたいです(すくなくとも、生きている人は)。でも音もなくしのびよるなにかとか、そんなものが出てきてもふしぎではありません。なにせここは、魔女の塔。どんなしかけやのろいのわざが、張りめぐらされているのかもわかりませんでしたから(それらのものに、カルモトがみんな気づいてくれたらいいんですけど……、てきとうでうっかりなカルモトのことです。あんまり、きたいしすぎないようにしなければいけませんね。すごいときには、すごいんですけど……)。

 

 それから金あみのつうろとかいだんを、それぞれ三回ずつ、くりかえしてのぼっていったころのこと……。一行はそこで、思いもかけないものに出会いました。

 

 

 「ひゃあっ! で、出た!」

 

 

 カルモトにつづいてさきを進んでいたカルルとクプルのふたりが、さけびました! みんなはびっくりして、「どうした!」「どうしたの!」とあわててかれらのもとへかけよります。見るとそこには、(アイロンや虫とりあみやだれかのサンダルのまじったかべの前に)アルミラの作り上げたあのブリキの兵士たちが、ずら~っとならんで立っていました!

 

 「生き残りか!」ベルグエルムがそういって、腰の剣に手をかけます! しかしよく見ると、それらの兵士たちはまったく動いておらず、ただ石ぞうのようにそこに立っているだけでした。もうだいぶくたびれていて、ぼろぼろとくずれてしまっているところさえあったのです。

 

 「どうやら、アルミラが残していった、おもちゃのようだな。」カルモトがいいました。「安心しろ。もう、動くことはない。ただの鉄くずにすぎん。」

 

 カルモトのいう通り、それらの兵士たちからはたましいのエネルギーはまったく感じられませんでした。カルモトのいうことには、たましいのエネルギーのはいった兵士たちは、かぶとの中がきいろく光っているそうなのです。しかしこの兵士たちのかぶとの中は、文字通りのからっぽでした。

 

 「なんだよー! おどろかせてー!」ライアンがぷんぷんいって、兵士のおしりをげんこつでごちん! とたたきました(そうしたらさびついたおしりにぽっかりあながあいてしまったので、あわてて知らん顔をしてごまかしましたが)。こんな兵士たちがつぎのかいだんのところまで、なん十体もならんで立っていたのです(ちなみに、さきほどのていさつのときにはイルクーとレングのふたりは、これらの兵士たちに気がつきませんでした。かれらはいっきにてっぺんまでいって、そしてもどってきましたので、そのあいだのところにまでは目をむけていなかったのです。もっともかれらははじめから、てっぺんのことしか頭になかったようですが……)。

 

 カルモトは「もう動くことはない」といいましたが、それでもやっぱり、こんなところを歩いていくのはいい気持ちがしません。みんなは早くこのつうろをぬけてしまおうと、足をはやめました。

 

 

 それからかつんかつんと、しばらく歩いていったときのこと……。

 

 

 「ねえ、なにか、変じゃない?」ふいに、ライアンがとなりのロビーに声をかけました。

 

 「じ、じつは、ぼくも、そう思ってたところなんだ。」ロビーもこたえて、同じことをいいました。

 

 さっきから、かつんかつんという金あみをふみしめるその足音が、みんなの人数よりも、なんだか多いような気がしたのです……。ま、まさか……!

 

 ロビーとライアンのふたりはおたがいの顔を見あわせてから、「せーの、せ!」でうしろをふりかえりました。すると……!

 

 「ひええ~! やっぱり~!」

 

 みなさんのごそうぞうの通り! みんなのうしろから、ならんでいたブリキの兵士たちが、かつんかつんという足音をならしながら、くっついてきていたのです!

 

 「カルモトさ~ん! どういうこと~! 動かないって、いったじゃ~ん!」ライアンが、先頭のカルモトにさけびました(みんなの足音にまざる兵士たちの小さな足音に気がつくことができたのは、れつのいちばんさいごを進んでいたロビーとライアンだけでしたから。カルモトにつづいてつづく道のようすに気をくばっていたベルグエルムも、さすがにそこまでは気づけませんでした。ぴょこぴょこ歩いていたフログルたちも同じです。そしてカルモトも、この兵士たちが動き出すとはまったく思っていませんでしたので、まったく気がついていませんでした……)。

 

 もう兵士たちは見るまに数をふやして、今ではつうろに立っていた兵士たちが、みんなすっかり動きはじめていたのです! しかもその手には、さびついてしまってはいるものの、剣がしっかりとにぎりしめられていました。やっぱり戦う気、まんまんみたいです!(いっしょにたましいをさがしてくれるというわけではありませんでした!)

 

 「こいつはうっかり!」カルモトがそういって、兵士たちに手をかざしました。すると……、その手から目には見えない魔法のエネルギーが吹き出して、それが兵士たちにあたって、どっか~ん! 四、五体の兵士たちがあっというまに、ばらばらにこわれてしまったのです!(さすがカルモトさん! 強い!)

 

 「す、すごい!」みんなは思わずそういってしまいました。しかしそれでも、兵士たちはつぎからつぎへとこちらへむかって進んできていたのです!

 

 「よーし! ぼくだって!」ライアンも負けじと、兵士たちにむかっておとくいのたつまきこうげきです! ぐるんぐるんとうずをまいた風が、兵士たちをなぎはらって、どっご~ん! 兵士たちはそのまま吹き飛ばされて、塔の底へとまっさかさま! なすすべもなく落ちていってしまいました(さすがライアン! 強い!)。

 

 「やるではないか! おみごとだ!」カルモトがそういって、ライアンのことをほめました。

 

 「え? そ、そう? そういってもらえると、うれしいな。」思わずライアンは、ほほをそめててれてしまいます。

 

 「ライアン! ゆだんしちゃだめ!」ロビーのさけぶ声!

 

 「え? うわっ!」

 

 そのとき、兵士のひとりがライアンの目の前にまでせまってきていました!

 

 「こいつめ! ライアンからはなれろ!」ロビーがとっさにかけよって、自分の剣で切りかかります! ばっきゃん! おみごと! ブリキの兵士はロビーに切られてまっぷたつ! 床にばったりとたおれてしまいました(ロビーもなかなか、やるものですね!)。

 

 「びっくりした~。ありがとう、ロビー。」ライアンがほっと胸をなでおろして、ロビーにおれいをいいました。

 

 「ふたりとも、気をつけて! 敵はどんどんくるぞ!」ベルグエルムがさけびます。ベルグエルムはもうすでに三体の兵士たちのことをたおして、今は五体の兵士たちを相手に戦っているところでした(さすがベルグエルム! とかいうまでもないですね。強い!)。

 

 もうまわり中が敵だらけでした。兵士の数は、全部で八十体ほどもいたのです!(ひええ~!)

 

 フログルたちも持ち前のうんどうのうりょくで、兵士たちを相手によく戦っていました。「こっちだよ~! べろべろ~!」とからかって、左右からふたりの兵士たちがつっこんでくるしゅんかんに、ぴょこん! ジャンプしてかわして、兵士たちはいきおいあまって、おたがいの頭をごっち~ん! というぐあいです。ですがそれでも、これだけの数の兵士たちのことを前にしては、まったくもってこちらに分がありませんでした。すでにこのつうろは前もうしろも、このブリキの兵士たちによってかんぜんにふさがれてしまっていたのです!

 

 

 さあ、大ピンチ! みんなはこのぜったいぜつめいの場を、いったいどう切りぬけるのでしょうか!

 

 

 「しかたない。たしょう、荒っぽいが。」みんなをすくったのはやっぱりこの人、カルモトでした(もともとカルモトが「兵士たちは動かない」といったから、みんな安心してこのつうろを渡っていったのです。ですからここはやっぱり、カルモトになんとかしてもらわなくっちゃ!)。

 

 「ライアンくん! 協力してくれ!」

 

 「え? ぼく?」

 

 急にカルモトによばれて、ライアンはちょっとびっくりしてしまいました。どうやらカルモトには、なにかの作戦があるようなのです。

 

 「あのかいだんのわきに、大きなねじがあるだろう? 見えるか?」

 

 カルモトのいう通り、上へとつづくそのかいだんのわきには、大きなねじがいっぽん、しめられていました。あのねじを、いったいどうするのでしょうか?

 

 「ありったけの力で、あのねじを吹き飛ばすんだ! わたしもいっしょにやる!」

 

 とにかく今は、深く考えているよゆうはありません。ここは、カルモトのいう通りにやるしかないようです。

 

 「わかった! まかせてよ!」

 

 それから「いち、にの、さん!」で、カルモトとライアンのあわせわざがさくれつ!

 

 

   どっごおおお~ん!

 

 

 ねじはそのまわりの部分もろとも吹き飛んで、ばらばらと、塔の底へと落ちていってしまいました! それにしても、なんというはかい力! モーグの門を吹き飛ばしたあのきんしされているひっさつのわざにも、負けないくらいのいりょくです。

 

 さあ、カルモトのいう通りねじを吹き飛ばしましたが、いったいこれで、どうなるのでしょう? しかし……、みんなはそのこたえを、すぐに知ることとなりました。身をもって。

 

 「みんな、これにしっかり、つかまっておけ!」

 

 カルモトはそういって、服の下から長いロープのようなものを投げました(これはじつは、カルモトのその木のからだをほそくのばしたものでした!)。旅の者たちはいわれるままに、そのロープをにぎりしめましたが、すぐにそのわけを知って、顔を青ざめさせたのです。

 

 「ま、まさか……、うそでしょ?」

 

 そのまさか! さきほどカルモトとライアンが吹き飛ばしたねじは、みんなが今まで歩いてきたつうろとかいだんをかべにとめてささえておくための、とってもだいじなねじでした!

 

 

   ばきっ、ばきばき、ばき!

 

 

 みんなの足もとのつうろが、かべからはがれてどんどんとたれ下がっていきました!ブリキの兵士たちはがらがらと音を立てて、塔の底までつぎつぎに落っこちていきます!

 

 「ぎゃああ~!」

 

 もうみんな、ひっしの思いでカルモトのロープにしがみつきました! もうかんぜんに、金あみのつうろはつうろとしてのやくわりを果たせなくなってしまっていました。かべからぶらんとたれ下がっているだけの、ただの金あみになってしまっていたのです! しかもそればかりではありません。あのねじは塔のそこから下の部分のつうろとかいだんを、すべてまとめてささえていたものでした。そ、それってつまり……?  

 

 ばりばりばりばり! たれ下がるつうろのさいごの部分にひっぱられて、そのつうろにつながっている下につづくかいだんが、はがれてたれ下がっていきました! そのかいだんのさいごの部分にひっぱられて、そのかいだんにつながっている下のつうろがまた、ばりばりばりばり! どんどんたれ下がっていきます! そしてまた、そのつうろのさいごの部分にひっぱられて、そのつうろにつながっているそのまた下につづくかいだんが、ばりばりばりばり! さらにさらに、その下のつうろがそのかいだんにひっぱられて……。

 

 早い話が、みんなが今いる場所から下の部分の足場が、まるでドミノたおしみたいに、つぎつぎとひとつにつながりながら、はがれ落ちていってしまったというわけでした!(みなさんは、りんごのかわをいちどもとぎれずに、さいごまできれいにむいてみたことがありますでしょうか? たれ下がったつうろとかいだんは、まさに今、そんな感じにひとつにつながって、落っこちていってしまったのです! こ、これって、かなりまずいんじゃ……)

 

 もはやブリキの兵士たちは、一体も残っていませんでした。みんな落っこちてしまいましたから! ですがわれらがたましいそうさく隊の一行(フログルたちはべつとして)も、このままではすぐに、その仲間になってしまいかねないのです。カルモトさん! 早く、なんとかしてよ~!

 

 ここで四人のフログルたちが、またもや大かつやくです! かれらは塔のかべをひょいひょいとのぼって上の階のつうろまでたどりつくと、そこから、ちゅうづりになっているカルモトと旅の者たちのことを、上までひっぱり上げてくれました(カルモトは自分のロープのさきを、ずっと上にある、塔のかべからつき出ていた風を通すためのふといパイプに、ひっかけていました。まずはそこまでよじのぼっていって、そこからまたロープを上まで投げて、フログルたちにひっぱり上げてもらったというわけだったのです)。もう旅の者たちはみんな、むがむちゅうでした。そしてようやくのことで上のつうろまでたどりつくことができると、そのまま金あみの床の上に、ごろん! あおむけにたおれこんでしまったのです。旅の者たちはそのあと、ぜいぜい荒い息をつきながら、口をそろえていいました。

 

 「し、死ぬかと思った……」

 

 

 それから。みんなは塔のてっぺんへとむかってふたたび進み出したわけですが、旅の者たちはもちろんその前に、カルモトにたっぷりもんくをいったのです。「あんなことするなら、さきにいってよ!」とか、「兵士たちは動かないから、安心しろっていったじゃん!」とか、いろいろです(旅の者たちというより、ほとんどライアンがもんくをいっていましたけど……)。そのたびにカルモトは、また頭を地面すれすれまで下げて、「すまない。じつに、うっかりだった。」としきりにあやまりました(ちなみに、カルモトのからだをのばしたロープは、またするすると、かれのからだにもどっていきました。じつにべんりなからだです!)。

 

 ですがカルモトのことについては、もういいとしても……(かれも心からあやまっていますしね。それにみんなも、かれのいいかげんなせいかくのことについては、もうわかっておりましたので)、あのおんぼろ兵士たちがなぜとつぜん動き出したのか? それは読者のみなさんにも、きちんと説明しておく必要がありますよね。

 

 カルモトのいうことには、あの兵士たちはアルミラの作ったブリキの兵士たちのしさく品なのだということで、たましいの力ではなく、ぜんまいじかけで動いていたのだということでした(ですからかぶとの中身も、からっぽでした)。そしてあの兵士たちは、あのつうろを通る者を見さかいなくこうげきするようにと、めいれいされていたというのです。これはカルモトが自分の作った木の兵士たちにかけていためいれいの魔法と、同じものでした。アルミラもまた、カルモトと同じわざを使えたようです(めいれいの内ようは、アルミラの方がずっとひどかったですけど)。

 

 「アルミラの力を、あまく見すぎていたようだ。」説明を終えると、カルモトは歩きながら、とつぜんみんなにむかっていいました。

 

 「兵士になん十年もめいれいを守らせつづけるわざを、使いこなすのには、いつわりの力ではない、それなりのさいのうがいる。あいつには、そんなわざはむりだと思っていたのだが……、じつにうっかりだった。あいつも、わたしの知らないあいだに、ずいぶんと力をつけていたようだな。これからは、わたしもほんきで、アルミラにむきあうとしよう。」

 

 カルモトはそういうと、ふいに立ちどまり、どこを見るともなく上を見上げました。いつもすたすたと、どんどんさきにいってしまうカルモトでしたのに、どうしたのでしょう?

 

 「どうしたの?」いつもとちがうカルモトのようすに、ライアンが心配になって声をかけました。ベルグエルムもロビーもフログルたちも、ふしぎそうにカルモトのことを見つめます。

 

 「思えば、あいつが悪の道にそまってしまったのも、わたしにせきにんがあるのかもしれん。わたしは兄として、あいつの心をくみ取ってやれなかった。」

 

 みんなはこんなふうに話すカルモトのことを、はじめて見ました。

 

 「カルモトさん……」

 

 カルモトはいつもなんともないようにふるまってはおりますが、かれはかれなりに、いもうとのアルミラのことをずっと気にかけていたのです。カルモトはもうなん十年と、アルミラに会ってはいませんでした。カルモトとアルミラ。このきょうだいのあいだには、今となっては、とても深いみぞと、あついかべが、できてしまっていたのです。カルモトはみんなにはなにもいいませんでしたが、心の底ではいつも、そのことを考えていました。

 

 「わたしには、あいつにつぐないをさせるぎむがある。もう、おそいかもしれない。あいつはあまりにも多くの者たちのことをきずつけ、かれらから、たくさんのものをうばってしまったのだから。だが、あいつのためにぎせいとなった者たちのためにも、わたしは、できるかぎりのことをしていくつもりだ。」

 

 おたがいに同じかんきょうに生まれ育ちながら、まるでせいはんたいの道に進んでしまったふたり。それはけっして、かんたんには語ることのできないものでした。ライアンにも、いもうとのエレナがいます。お父さんのメリアン王、たくさんのお城の仲間たち、友だちがいます。ベルグエルムにもフェリアルにもフログルたちにも、みんな家族や仲間たちや友だちがいるのです。

 

 そしてロビーにも。まだ知れぬ家族がいるはずです。すぐとなりに、仲間たちがいるのです。

 

 カルモトにとってアルミラは、たとえどんなに悪いやつであったとしても、かけがえのない、じつのいもうとでした。それがカルモトの心を、たまらなくしめつけていたのです。

 

 でも……。ねじれてしまったものは、いつの日かかならず、もとにもどすことができるはずです。すこしずつでいいのですから。すこしずつ、すこしずつ、いつかまた、はじまりのスタート地点へともどれる、その日まで……。

 

 「くだらないことをいってしまった。さあ、いくぞ。てっぺんはすぐそこだ。」

 

 カルモトはそういって、またさっさと歩きはじめました。ですがみんなは、そのときカルモトの目にあふれていたそのなみだを、このさきもずっと忘れることはなかったのです。

 

 

 「ついたぞ! てっぺんだ!」

 

 旅の者たちは思わず、声を張り上げました。ついにみんなは、塔のそのてっぺんにまでたどりついたのです!(とちゅうでとんでもない大冒険にまきこまれてしまいましたので、そのうれしさはひとしおでした。)ですが塔のてっぺんといっても、そのつくりはほかの金あみのつうろの階とまったく同じでした。しかしここには、ほかの場所とはあきらかにちがう、なんともおかしなものがあったのです。

 

 そう、それは下からもちょっとだけ見えていて、イルクーとレングが「よくわかりませんでした」といっていた、あれでした。旅の者たちもここでようやく、それらのものをまざまざとながめることができたわけですが、みんなにもイルクーとレングのいったことが、よくわかったのです。目の前に広がっているそれらのものは、やっぱりなにがなんだか? ぜんぜんわかりませんでしたから!

 

 そこにあるのはたくさんのきんぞくのくだ、えんとつ、はぐるまのついた鉄のはこ、それに鳥や動物のはくせい、または骨、古いがっきがたくさん、ぶよぶよとした大きなねんどのかたまり、食べかけのパンケーキ、だれかのむぎわらぼうし、などなど、おかしな品物たちばかりでした。そしてフログルたちのいう通り、それらのものがまったくでたらめに、かべやてんじょうや床でうねうねとへびのようにからまりあっていて、それがかべのむこうにまでつづいているようなのです。

 

 「うわぁ……、なにこれ……。気持ち悪い。」ライアンが思わず、そうもらしました。ですがまったく、ライアンのいう通りです。どんなにひいき目に見ても、ここはまったく、気持ちの悪いところでしたから。まさに魔女アルミラのしゅみの悪さ、ぜんかい!といった感じだったのです(カルモトのしゅみの悪さとは、またべつのしゅみの悪さです)。 

 

 「これは、たましいのエネルギーを兵士たちに送りこむための、そうちだ。」カルモトがそれらのものをながめ渡しながら、いいました。なるほど、よく見てみると、てんじょうから下がったくさりのひとつひとつにむかって、きんぞくのくだがのびております。そしてくだのさきにはじょうごのようなものがついていて、そこからたましいのエネルギーをブリキの兵士たちにむかって、送りこめるようになっているようでした(どんなしかけでこのそうちが動くのかは、まったくわかりませんでしたが……)。

 

 ということは……、めざすみんなのたましいは、やっぱりここにあるはずです! みんなははやる気持ちをおさえきれずに、どこだどこだ? とあたりをさがしまわりました。

 

 「おちつけ。みなのたましいは、そのとびらのむこうだ。」

 

 カルモトがそういって、ひとつのさびついた鉄のとびらのことをゆびさしました。そうでした、フログルたちがいっていたこのとびらのことを、忘れていましたね!

 

 「うむ。ここにも、なにかののろいがかかっているようだ。どれ……」

カルモトがとびらの前に手をかざして、なにかをつぶやきはじめます。そして……。

 

 「えいや!」

 

 ばたーん!

 

 カルモトがさけぶのと同時に、そのとびらがいきおいよく内がわにひらきました! さすがカルモトさん!(ちなみに、とびらのむこうになにがあるか? まだわかりませんでしたので、もちろんカルモトもこのわなをとびらごと吹き飛ばすようなまねはしませんでした。すぐそこに、みんなのたましいがしまってあるかもしれませんからね。)

 

 「ふむ、こののろいは、しょうしょうやっかいだったぞ。これは、うろこ病ののろいだ。こののろいを受けると、その者はからだにへびのようなうろこができて、ひとつきもしないうちに、ほんとうのへびへと変わってしまうのだ。」

 

 ひ、ひええ~! なんておそろしいんでしょう! うかつにあけなくてよかった! みんなは心の底からそう思いました!(とくにフログルたちにとってはなおさらでした。かえるの種族であるかれらは、みんなへびがいちばん大きらいだったのです。そのへびに自分がなってしまうだなんて、考えただけでもおそろしい! イルクーとレングのふたりは、さきほどこのとびらをむりにあけようとしなくて、ほんとうによかったと思いました。)

 

 「アルミラめ、味なまねをしてくれる。では、いくぞ。もくてきのものは、この中だ。」

 

 

 さあ、それではいよいよわれらがたましいそうさく隊のメンバーたちは、そのさいごのもくてきの場所の中へと、ふみこんでいくときをむかえたのです。みんなは意をけっしてごくりとつばを飲みこむと、じゅうぶんに用心しながら、その部屋の中へとゆっくりと歩みを進めていきました。

 

 「ひええっ! へび!」

 

 とつぜん、前をゆくカルルとクプルがさけびました! 見ると、とびらのわきに大きなへびのはくせいがひとつ、でーん! とかざられていたのです。これがカルモトのいっていた、うろこ病ののろいを出すわなでした。しかしもうすでにカルモトがのろいをといてしまいましたので、このへびも、ただのはくせいにもどっていたのです(でも見た目のこわさはそのままでしたので、カルルとクプルは思わずさけんでしまったのです。

 

 ちなみに、そのへびの下の方には小さな名ふだがついていて、「バイパーちゃん」と書いてありましたが……)。

 

 とびらのむこうは小さな部屋になっていました。ここは塔のてっぺんにつき出た、そのでっぱりの中です。アルミラはこのでっぱりを、自分の部屋として使っていたようでした。

 

 部屋の中はこざっぱりとかたづいていました(これはいがいでした。いいかげんなアルミラのことですから、もっとごちゃごちゃとちらかっているものとばかり思っておりましたから)。暮らしに必要なさいていげんの家具と品物があるだけで、そのほかにはめぼしいものはなんにもありません(ゆいいつ魔女っぽさを感じさせるのは、とびらのわきのへびのはくせい(バイパーちゃん)だけでした。魔女の部屋なんですから、もっときみの悪い品物のつまったたなだとか、なにかをにこむための大きなかまだとかが、いろいろあると思っていましたが、これもまったくいがいでした)。ですが、部屋のおくにあったもうひとつのとびらのむこうに、みんなはめざすもくてきのものを見つけたのです。

 

 そこはとても小さな部屋で、正面のかべのまん中には塔のそとが見えるように、大きな四かくいガラスまどがいちまいはめこまれていました(このまどはガラスがはまっているだけで、ひらくことはできませんでした)。そしてそのまどの前に、なにやらたくさんのボタンがならんだ大きな鉄でできたつくえがひとつ、作りつけられていたのです。そのつくえからのびる、ふといくだのさきにあったのは……。

 

 

 「あったぞ! これが、みんなのたましいだ!」

 

 

 旅の者たちは思わずさけんでしまいました。そこにはまるいガラスのいれものがあって、その中にきいろにかがやく光のようなものが、たくさんとじこめられていたのです! そう、これこそみんながさがしもとめていた、そのたましいたちにほかなりませんでした!(フェリアルのたましいも、この中にとじこめられているはずです!)

 

 やった! これでみんなを助けることができます! みんなはよろこびいさんで、そのガラスのいれものの前に集まりました。でもみんなはそこで、あるひとつのぎもんをいだいたのです。

 

 「これ、どうやってそとに出すのかな?」

 

 ロビーとライアンが、そのガラスのいれものをぺたぺたいじりながらいいました。そう、ふたりのいう通り、そのいれものには中のものを取り出す、ふたとかあなみたいなものが、なんにもなかったのです(まあ、いざとなったら剣かなにかでたたいたらこわすことができるかもしれませんが、できればそんならんぼうなまねは、したくはありませんから。それに中のたましいたちに、なにかまちがいでも起こったらたいへんです。ガラスがささってけがをするとか)。ただひとつだけ、まどの前にあるつくえからのびているいっぽんのくだだけが、このガラスのいれものにつながっているゆいいつの道でした。このくだから、たましいをそとに出すことができるのでしょうか?

 

 「うわっ! み、見て! こっちの、これ!」ふいに、ライアンがさけびました。ライアンがそういってゆびさしたさきには、同じようにのびるくだのさきにガラスのいれものがあって、その中にはもやもやとしたまっ黒いけむりのようなものが、ぎっしりとつまっていたのです。こ、これってまさか……?

 

 「ひょっとして、これ、まちに飛んできた、あの影おばけじゃない?」

 

 そうなのです! ライアンのいう通り、これこそがモーグのまちに飛んできて人々からたましいをうばい取り、この場所にはこんできた、その影のおばけたちでした!

 

 「つ、ついに出たな!」ベルグエルムとロビーは思わず腰の剣に手をかけて、身がまえてしまいました。しかし影たちは、ガラスのいれものの中でただゆらゆらとゆれているだけで、なんの反応も見せません。

 

 じつはこの影たちは、このガラスのいれものの中にはいっているかぎり、まったく安全なものでした。この影たちはモーグにだれかがはいりこんだというれんらくを受けたときに、はじめてこのガラスのいれものの中から飛び出して、あの影のおばけのすがたになって、まちへと飛び立っていくようにとめいれいされていたのです。ですからあんなにおそろしかったこの影のおばけたちも、今はただの、ゆらゆらゆれているだけの、黒いけむりにすぎませんでした(とりあえずは、ほっとしました。みんなはいつまた、あの影のおばけたちがおそいかかってくるものかと、ひやひやしておりましたから。

 

 ちなみに、ひとつ説明をつけ加えますと、アルミラのめいれいはモーグにはいりこんだ「人」のたましいだけをうばうというものでした。ですから馬などの生きものの場合は、モーグにはいりこんでもだいじょうぶだったのです。これは旅の者たちにとって、とてもこううんなことでした)。

 

 これでこの影のおばけたちのひみつは、みんなあきらかになったわけです。けっきょくこの影たちもただ、アルミラにいいように使われていただけでしたね。そう考えると、ちょっとかわいそうな気もしてきます。あとでカルモトにたのんで、この影たちもみんな、もとのふつうの影にもどしてあげましょう(もとから悪い影なんて、どこにもないのです)。

 

 「え……? ねえ、ちょっと、これ! これ見て!」ふいにライアンが、ロビーの服をひっぱりながらいいました(めざとく、よくいろんなものを見つけますね)。そしてそれを見たロビーも、ライアンと同じくさけんでしまったのです。

 

 「ええーっ! これって、まさか!」

 

 「どうされました?」つくえをしらべていたベルグエルムも、あわててロビーとライアンのそばに近よりました。そしてベルグエルムもまた、かれらと同じ反応をかえしてしまったのです。

 

 「な、なんと! これは……!」

 

 その影のおばけたちのはいったガラスのいれものの横に、いっさつのノートがおかれてありました。それはアルミラの残した、けんきゅうノートでした。そしてそのひらかれていたページの上に、みんなはおどろきのものを見たのです。

 

 

 「はぐくみの森の、あのかいぶつだ!」

 

 

 ええっ! なんですって!

 

 そこにはたしかに、はぐくみの森の地下いせきの中でみんなにおそいかかった、あの夜のかいぶつのすがたがえがかれていました! これはいったい?

 

 しかしみんながおどろいたのは、その絵を見たからだけではありませんでした。その絵の下に書いてあった言葉。その言葉を読んで、みんなはこれほどまでにおどろいたのです。そこには、こう書いてありました。

 

 

 「シャドーリッチ教本その二、『シャドーリッチをかいならそう』、二百二十三ページよりばっすい。」

 

 「たましいを食べたシャドーリッチは放っておくとちえをつけて、この絵のようにどんどん大きくなってしまいます。うばったたましいはすぐにガラスのいれものの中にしまうようにして、リッチに食べられないようにしましょう。それから、リッチはぜったいに逃がさないこと。自分の意志を持ってあばれまわる、こわいかいぶつになってしまいます。」

 

 

 「今までに逃げたリッチ → 一ぴき。ゆくえ知れず。」

 

 

 そう、これはまさしく、はぐくみの森の地下にすみついていた、あのおたまじゃくしのようなかいぶつのことをさしていました! あのかいぶつは、ほかでもありません。アルミラが作り出したこのシャドーリッチという名まえの影のおばけが逃げ出して、森の人たちのたましいを食べて、大きく育ってしまったものだったのです!(まさかこんなところで、あのかいぶつのしょうたいを知ることになろうとは! みんな夢にも思っていませんでした。それにしても、アルミラのやつめ! かいぬしだったら、ペットはちゃんと、しつけてくれないと! おかげでこっちは、えらい目にあったんですから!)

 

 こんなおそろしいかいぶつがこれ以上生まれてしまうことがないようにするためにも、この部屋にあるまがまがしいそうちは、残らずきのうていしにしてしまわなくてはなりません! でもその前に、みんなのたましいを早くこのガラスのおりの中から、助け出してやらなくてはならないのです。ですがそのためには、いったいどうすればいいのでしょうか?

 

 そのために、この人がここへやってきました。

 

 それはもちろん、カルモトのことなのです。

 

 「アルミラの、おきみやげか。」カルモトが、影のはいったガラスのいれものと、まどの前に作りつけられたボタンだらけのつくえのことを、じゅんばんに見渡しながらいいました。「これが、こんなに時間がすぎても、人々をこまらせつづけていたとは……、じつに、うっかりなことだったな。」

 

 カルモトはそういって、フログルたち、そして旅の者たちにむかって、すまなそうにまた頭を下げました。

 

 「今こそふたたび、カルディンどのの力の見せどころじゃあありませんか。」そんなカルモトに、カルルがぴょこんとしせいをまっすぐに正して、いいました。クプルもイルクーもレングもそれにつづいて、それからかれらはそろって、カルモトに頭を下げていったのです。

 

 「さあ、お願いします! カルディンどのの、ここいちばんのとっておきのわざで、このみなさんのたましいたちのことを、すくってさし上げてください!」

 

 フログルたちの言葉に、ロビーたち旅の者たちもかれらのとなりで手をにぎりしめて、カルモトのとっておきのわざを待ちました。なにせこれだけのふくざつなボタンやらそうちやらが、つまっている部屋です。こんなものはけんじゃであるカルモトでなかったのなら、とてもあつかえそうにありません。これらのものをあやつって、みんなのたましいをぶじに助け出すためには、かなりたいへんなわざが必要になるだろうと思われました。

 

 みんなは胸をどきどきさせて、カルモトがこれからなにをするのかをじっと見守っていました。しかしカルモトがつぎにいった言葉は、なんともいがいなものだったのです。

 

 「そこにある、きいろいボタン。それをおせばいいようだな。」

 

 え? ボタンをおすだけ?

 

 みんながきょとーんとしてカルモトのゆびさしたところを見てみると……、まどの前に作られたそのつくえの上に、とうめいなカバーのついたひときわ大きなきいろいボタンがひとつあって、そのボタンの下には、はっきりとこんな言葉が書いてありました。

 

 

 「たましいにかけたのろいをといて、もとのからだの中にもどしてあげるときにおすボタン。」

 

 

 ええーっ! な、なんてわかりやすい!

 

 どうやらこのボタンをおせば、ただそれだけで、みんなのたましいにかけられているのろいがとけて、たましいはもとのからだのもとへともどっていくようだったのです!なんてかんたんな方法なのでしょう! しかもそれをこんなにもわかりやすく、わざわざ書いておいてくれるなんて、アルミラはなんていいやつ……、じゃなかった、なんて、まがぬけているんでしょう!(やっぱりカルモトのいもうとだからでしょうか……?)

 

 「すでにねんりきをこめて、このつくえを使えるようにしておいたぞ。あとは、このボタンをおすだけだ。では、おすとするか……」

 

 「ちょーっと、待ってー!」

 

 カルモトがボタンに手をのばしたしゅんかん。ライアンが大きな声でそれをとめました! な、なに? どうしたの? みんながびっくりしていると……。

 

 「ぼくがおすー!」

 

 やっぱりそんなことですか……。どうやらライアンにとっては、このまどの前に作られたつくえは、巨大ロボットのそうじゅう席みたいに見えたようですね。かれの頭の中ではまだずっと、ロボット軍団の大かつやくの場面がつづいていたみたいです……。まあ、だれがおしても同じことらしいので、ここはライアンにゆずってあげましょう(じつはロビーもちょっと、おしたかったそうですが……)。

 

 つくえの前のいすにすわったライアンは、もうわくわくしっぱなしでした。足をぱたぱた、うでをぐるぐる。それからようやくライアンは、「ふうっ。」と大きくこきゅうをととのえると、右手を大きく上にかかげて、きあいをこめてさけんだのです。

 

 

 「いくぞっ! こうそくされし、たましいたちよ! 今こそふたたび、みんなのもとへ! たましいかいほうボタン、発動!」

 

 

   ばちーん!

 

 

 さあ、ついにたましいかいほうボタンがおされたのです!(こんなに長いきめぜりふをいいながらはでにおす必要は、ぜんぜんありませんでしたけど……)いったいこのあと、なにが起きるというのでしょうか!(まあ、たましいがかいほうされるんですけどね。)

 

 みんなが見守っていると、たましいのはいったそのガラスのいれものの中から、ぷしゅーという空気のぬけていくような音がなり出しました。そして……。

 

 わいわいがやがや! 二百人ぶんほどものたましいたちが、いっせいに、思い思いの言葉でおしゃべりをはじめたのです!(たましいって、しゃべるんですね! はじめて知りました!)「なんだなんだ? なんだか明るいぞ。」とか、「う~ん、ずいぶんと、よく寝たなあ。」とか、「せまいせまい。なんだここは?」とかいったぐあいです。でもそれからすぐに、それらのたましいたちはみんなおしゃべりするのをやめて、つくえにのびるくだへとむかって、しゅるしゅるとすべりこんでいきました。そしてそのくだは、そのまま塔のそとへとのびていたのです。

 

 

 「やったー!」「わーい!」「やっほー!」

 

 

 たましいたちはみんな口々によろこびの声を上げながら、空のむこうへと飛び去っていきました。かれらがむかったさきは、ただひとつ。モーグの、いえ、ロザムンディアのまちの、大聖堂の地下。自分のからだのある場所でした。ティエリーしさいさまのたましいも、ミリエムのたましいも、そしてフェリアルのたましいも、みんな自分のからだのもとへと帰っていったのです!(「やったー!」「わーい!」「やっほー!」思わずたましいそうさく隊のみんなも、たましいたちと同じ言葉でよろこんでしまいました。さいしょのせりふは旅の者たちで、あとのふたつはフログルたちの言葉でしたが。)

 

 「これでみんな、もとにもどる。」カルモトが、まどのそとを飛んでいくたましいたちのことを見ながら、いいました。ですが、カルモトの顔は浮かないままです。

 

 「しかし、そうでないものもいる。」

 

 カルモトのゆびさしたところには、ほかのたましいたちとはちがって、ゆらゆらゆっくりと、その場からはなれようとしないたましいたちがいました。それらのたましいたちは、この場をなごりおしむかのようにしばらくうろうろとただよったあと、やがて空の上の方へとむかって、のぼっていったのです。

 

 「かれらは、たましいを全部うばい取られてしまった者たちだ。」カルモトは、のぼっていくそれらのたましいたちのことを、なんともふくざつな思いで見つめていました。「かれらの帰る場所は、もうすでにない。かれらのからだは、この世界から消えてしまったからだ。」

 

 「そ、そんな……」

 

 みんなはなんともやりきれない気持ちになって、のぼっていくそれらのたましいたちのことを見つめていました。そしてやがてそれらのたましいたちは、雲の中へと消えていき、そのきいろいかがやきも、ひとつまたひとつと、消えていったのです。

 

 「かれらのたましいは、これからまた、べつのいのちとして生まれ変わる。」カルモトが、しゅんと肩を落とす旅の者たちにむかって、いいました。「たとえからだがほろびても、たましいはえいえんに生きるのだ。かれらのたましいが、つぎのいのちとしてさらにかがやくように、わたしはいのらずにはいられない。」

 

 「きっと、そうなるよ!」ライアンが、空の上へと消えてゆくそれらのたましいたちにむかって、さけびました。「またいつか、会えるといいね! それまで、げんきでねー!」

 

 みんなは去ってゆくたましいたちのそのさいごのひとつが見えなくなるまで、ずっとその空を見つめつづけていました(ここで著者のわたしからひとつ、みなさんにお伝えしておきたいことがあります。これらの空にのぼっていったたましいの持ちぬしたちは、このあとしばらくの月日ののちに、ふたたび、もとの自分のままのいのちを取りもどすことができました。つまり、べつのいのちに生まれ変わったというわけではなく、もとの自分のままとして、ふたたび生きかえることができたということなのです! ですがかれらのからだは、すでにこの世界から失われてしまっているわけでしたから、まったくもとの通りというわけにはいきませんでした。つまりかれらのたましいは、ブリキでできた魔法の人形のからだの中へと、うつされることになったのです! 

 

 さてさて、ことのしだいはどういうことか? といいますと、こういうことなんです。ヴァナントの魔法学校の魔法のせんもんかたちは、アルミラのぬすみ出したそのきんだんのわざのことを、よく知っていました。このわざの一部として作り出されたのが、あの影のおばけのシャドーリッチと、まちをおおっていたのろいのけっかいでしたが、これらのものによってたましいをみんなうばわれてしまった者は、ほんとうに死んでしまうというわけではなかったそうなのです。このようにしてたましいを取られてしまった者は、たとえその肉体が失われたとしても、たましいはもとのきおくを持ちつづけていて、それを新しいからだにいれれば、ふたたびもとのいのちのつづきを送ることができるそうでした! 

 

 ですがもはや、そのたましいを生きた肉体にいれることはできないそうでした。そのかわりに用意されたのが、このブリキでできた、魔法の人形だったのです。この人形にたましいをもどすのにはかなりたいへんなわざが必要になるとのことでしたが、それでもかれらのたましいたちは、ぶじに帰ってくることができました。かれらは変わってしまった自分のからだのことを見て、とうぜんのことながらだいぶおどろきましたが、しだいにそのからだにもなれ、ヴァナントの魔法学校の人たちに心からかんしゃすることになったのです。かれらはそのご、このアークランドの地を旅立って、ヴァナントのあるガランタ大陸へとむかいました。そこでかれらは今、その新しい人生を、しあわせに送っているということです。

 

 そしてもうひとつ。はぐくみの森のフォクシモンたちのことです。ヴァナントの人たちはフォクシモンたちもまた、アルミラのぎせいとなった者たちであるということをつきとめました。そしてたましいをすべてうばわれてしまったその八人のフォクシモンたちのことも、かれらはぶじにすくい出してくれたのです。

 

 たましいを取りもどしたその八人のフォクシモンたちは、今でもはぐくみの森に住んでいます。旅人たちや子どもたちから大人気の、ブリキのきつねたちとして。

 

 ちなみに、カルモトは影やのろいのけっかいによってかんぜんにうばわれてしまったたましいのことを、このようにブリキのからだにうつしてすくい出すことができるということを、知りませんでした。これはほんとうに、ヴァナントの魔法学校の中でもごく一部の者たちのみが知っている、ごくひのじょうほうでしたから。ですからカルモトは、空にのぼっていったたましいたちのことを見て、せめてつぎの人生でかがやいてくれるようにと、願ったのです)。

 

 

 「さて、これでもくてきは、果たされたわけだ。」カルモトが、やれやれといった感じでみんなにいいました。

 

 「あとはこの部屋を、にどと使えないようにしてしまわなくてはな。みんな、ちょっと、下がっておれ。」

 

 カルモトはそういって、またなにか、ぶつぶつとつぶやきはじめます。そして……。

 

 「えいやっ!」 

 

 ぼぼんっ!

 

 ふたたび、カルモトのねんりきがさくれつ! つくえにならんだたくさんのボタンや、部屋の中にあったガラスのいれもの。そしててんじょうに張りめぐらされていたくだや鉄のはこといったものの、すべてが、大きなばくはつの音を上げてこわれてしまいました!(同時に、ガラスのいれものの中にはいっていた影のおばけたちも、みんなちりぢりになって消えてしまいました。これでようやく、影たちののろいもとけて、とらわれの身から晴れて自由の身になれたわけです。もう魔女につかまるなよ!)

 

 今やそれらのものはすべて、カルモトのいう通り、にどと使えることのないただのがらくたになってしまいました。四人のフログルたちは、もう手をたたいて大よろこびです! これでようやく、このブリキの塔も(こんどこそほんとうに)おしまいなのですから! でもモーグのまちに張られたのろいのけっかいはどうなるの? と思われる方もいるでしょうが、ご安心を。そのけっかいを生み出していたそうちも、カルモトがいっしょにこわしてくれましたから! これでまちのみんなも自由に、まちのそとに出ることができるのです。そしてまちに影をよびよせていた、あのがいこつたち。のろいのけっかいがなくなったことで、かれらもまた、よこしまなる力を失って、ただのふつうのがいこつたちにもどりました(あとで、ちゃんとしたお墓を作ってあげましょう)。

 

 

 これでほんとうに、ばんばんざいでした。

モーグのまちはふたたび、もとのロザムンディアのまちにもどったのです!

 

 

 「さあ、帰るとしよう。帰りは、きたときよりもずいぶんと、らくになることだろう。」カルモトが腰をぽんぽんとたたきながら、いいました。「フログルしょくん。塔の下まで、よろしくたのむ。」

 

 「おまかせを! さあ、みなさん、いきましょう!」

 

 「え? あ、は、はい。」

 

 旅の者たち三人は、そういうフログルたちに背中をおされて、そのままぐいぐいと部屋のそとまでおし出されていきました。カルモトとフログルたちは、これからいったい、なにをする気なのでしょうか?

 

 さて、ふたたびつうろのところまでもどってきましたが、ここでみんなは、ひとつのある重要なことを思い出したのです。

 

 「あれ? ちょっと待って。そういえばさ、下へおりる道は、とちゅうでみんな、こわしちゃったじゃない。どうやって、下までいくの?」

 

 そうでした! ライアンのいう通り、塔のまわりをぐるりとかこんでいた金あみのつうろは、ここへくるとちゅうのあのたいへんな戦いの中で、みんな落っことしてしまってましたっけ! それではカルモトとフログルたちは、いったいどうやって、下までおりるつもりなのでしょうか?

 

 「まさか……、塔のそとからおりるつもりなんじゃ……」ロビーが顔をまっ青にして、ぶるぶるとふるえながらいいました。それもむりはありません。塔の下までは、金あみのつうろが残っているとちゅうの階からでも、まだ二百フィート以上はありましたから!(もちろんふつうだったら、ちゅうぶらりんの塔のそとがわをそんな高さから下におりていこうだなんて、だれも思わないことでしょう。ですがロビーたちといっしょにいるのは、ぜんぜんふつうじゃない、かえるの種族のフログルたち。そしてなにをするのか? わからない、カルモトなのです!)

 

 「やだなあ、わたしたちフログルたちならともかく、みなさんにはむりでしょう? そのくらい、わたしたちにも、よくわかっていますよ。安心してください。」カルルがそういって、けろけろと、いや、けらけらと笑いました。

 

 「よ、よかった。ほっとしました。」ロビーが「ほうっ。」と息をついて、胸をなでおろしながらそういいます。

 

 「しかし……、では、いったい、どうやっておりるのですか?」ベルグエルムがまじめな顔で、カルモトにいいました。じつにもっともなしつもんです。しかしカルモトはまたしてもなんでもないといった顔をして、いたってれいせいに、こうこたえるばかりでした。

 

 「道なら、きみたちの目の前にあるではないか。フログルしょくん、かれらをたのむぞ。わたしは、ひとりでだいじょうぶだ。」

 

 え? 目の前の道って?

 

 「さあ、早くおぶさって!」旅の者たちが考えるひまもなく、フログルたちがみんなのことをせかしました。

 

 「え? は、はい。」

 

 どういうことだか? わかりませんでしたが、ここはいわれた通りにするほかなさそうです。みんなはひとりずつ、フログルのさし出したその背中につかまりました(ベルグエルムはカルルに、ロビーはクプルに、ライアンはレングにつかまりました)。

 

 「うわっ!」

 

 フログルたちにつかまったとたん。かれらが急に、ぴょっこ~ん! と大ジャンプしました! みんなはもう、ひっしでその背中にしがみつきます! そしてかれらがとびうつったさきは……、塔のてんじょうから下がっている、あの兵士たちのことをつるしておくためのくさりでした!

 

 

 「うわわ!」「ひええ!」「ひゃあ!」

 

 

 め、目の前の道って、このことなの~! 旅の者たちは下までなん百フィートもあるこの空中に、またしてもちゅうづりじょうたいです! みんなはフログルたちにしたがったことを、心の底からこうかいしました! やっぱりかれらは、ぜんぜんわかっていなかったのです! もういや~!(ちなみに、いきの道でもみんなはこのくさりにつかまって、それをぎゅるるん! と動かして塔のてっぺんまでいくこともできましたが、カルモトとフログルたちはやっぱり、それをするのはやめておきました。まだこの塔の中にどんなしかけがあるのかもわかりませんでしたし、まずはじゅんばんに、塔の中をしらべていった方がいいと思ったのです(べつに、旅の者たちのことをちゅうづりにしたらかわいそうだから、というわけではなかったのです……)。そして今やこの塔にすっかりかたをつけ終えてしまいましたので、かれらは心おきなく、このくさりを使って下までおりていくことにしたというわけでした。

 

 それと、ブリキの兵士たちとのたいへんな戦いのさなかでは、みんなはそれぞれたくさんの兵士たちによって道をふさがれてしまっていましたので、とてもフログルたちの背中につかまって、それでくさりまでとびうつって逃げる! というようなよゆうもありませんでした。カルモトの投げた木のロープにつかまることだけで、せいいっぱいだったのです)。

 

 「いきますよー、そーれ!」

 

 旅の者たちのひめいをよそに。フログルたちはかれらをおぶさったまま、そのくさりをずざざざざー! とすごいいきおいでいっきにおりていきました!(くさりをぎゅるん! と動かすよりも、こっちの方がはやいからでした……)そのはやいこと、はやいこと! カルモトが「帰り道はらくだ」といったのは、このことだったのです!(たしかに早くおりられますけど、そういう問題じゃありませんったら!)

 

 「ぎゃあああ~!」

 

 旅の者たちはもう、なにがなんだか? わからないまま、フログルたちの背中にむちゅうでしがみつきながら、泣きさけぶばかりでした。

 

 「このしっそう感が、なんともいえませんよね! ひゃっほ~!」旅の者たちのことをおんぶしていないイルクーが、じつに楽しそうに、はしゃぎながらそういいました。

 

 「楽しいな~! よし、ここは、これから、みんなのあそび場にしよう!」(ライアンをおんぶしている)レングがそういって、けろけろ、いや、けらけら笑いました。

 

 「それはいいな!」(ベルグエルムをおんぶしている)カルルと(ロビーをおんぶしている)クプルも、じつに楽しそうにそういいます。「よ~し! だれがいちばん早くおりられるか? きょうそうだ!」

 

 「負けないぞ~!」「そ~れ!」

 

 「ぎゃ~! やめてやめて~!」

 

 旅の者たちのさけびもむなしく、フログルたちはさらにいきおいをまして、くさりをすべりおりていきました(おんぶしているみんなのことなんて、すっかり忘れているみたいでした……)。そしてものすごいいきおいで落ちていく、その中。旅の者たちは遠のきそうないしきの中で、みんなそろって、かたく、こうちかったのです。

 

 もうぜったい、フログルの背中には乗らないぞ……!

 

 

 ちょうどそのころ……。

 

 ここははるかな、東の地……。

 

 どこまでも広がる草の海を見下ろす小高い丘の上に、今ひとりのうさぎの種族の少年が立っていました(このうさぎの種族はラビニンとよばれていました。足がはやく、頭の上にのびる二本の長い耳がとくちょうです。いぜんわたしの話の中にも、うさぎの種族のおじいさんの学者が出てきたことがありましたよね。あのおじいさんも、ラビニンでした。

 

 でもラビニンはみんなしんせつで、しんらいのできる人たちばかりですので、かんちがいしないでくださいね。あんなにうさんくさいラビニンは、たぶんあのおじいさんくらいのものだと思います……)。空はおだやかに晴れております。少年は近くのはたけを手伝っていて、今あいた時間をりようして、この丘の上におそめのおひるごはんを食べにやってきたところでした(はたけのさくもつは、やっぱりにんじんです。そしてかれのごはんも、にんじんのポタージュに、にんじんのスコーン。それから、まるごとのにんじんスティックでした。ほんとうにラビニンは、にんじんには目がないのです)。

 

 ここはながめもよくて、かれのお気にいりの場所でした。しかし今日、そこにはいつもとまったくちがう景色が広がっていたのです。

 

 見下ろすその草の海の中に、ぶきみな黒い川のようなものが、いくすじもあらわれていました。しかしそれらは、川ではありませんでした。水の流れのようにうねうねと動いておりましたが、よく見ればそれらはすべて、武器やよろいに身をかためた兵士たちだったのです!

 

 その兵士たちは、人ではありませんでした。黒や、はい色や、青に、みどり。さまざまなはだの色をした、ありとあらゆるすがたをした、おそろしいかいぶつたちだったのです! 小さな背たけの者から、巨人のような大きさの者まで、かれらはじつにさまざまでした。手には、長く三日月のようなかたちにまがった剣や、おそろしい見た目のやりなどを持っております。頭にはみんな、おそろいのまっ黒くすみがぬられたぶきみなかぶとをかぶっていました。そしてそのかぶとのまん中には、おそろしい黒いりゅうのもんしょうがひとつ、えがかれていたのです。

 

 そのもんしょうは、このアークランドに住む者ならば、だれでも知っているものでした。たとえ知りたくなかったとしても、どうしても知ってしまうことになるのです。なぜならそれは、あのおそろしい黒のくに、ワットのくにのもんしょうだったからでした! これらのおそろしい兵士たちは、ワットのよびかけによって集められた、その兵士たちだったのです。それはもちろん、アルファズレドのめいれいによるものでした。ということは、このおそろしい兵士たちがむかうさきは……?

 

 そう、かれらがめざすのは、ただひとつの場所、ベーカーランドでした! かれらは今、これからはじまるおそろしいそのさいごの戦いへとむかって、まっすぐに、その歩みを急いでいるところだったのです!

 

 うさぎの少年ユーリ・リアンルーは、おべんとうのつつみを落として、ぼうぜんと目の前の光景をながめていました。それからかれは、がくがくとふるえる足をおさえながら、はたけにいるみんなのところへとむかってぴょんぴょん走っていったのです。

 

 しばらくして、かいぶつの兵士たちがみんな通りすぎてしまうと。そこには美しかった草の海のかわりに、ふみ荒らされ、けがされた、むき出しの赤茶けた地面が広がっているばかりでした。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「わたしはかならず、もどってくる。」

       「五日だって!」

    「あそこが、分かれ道ですよ。」

       「は、早く、なんとかしてくださいよ~!」 


 第15章「ベーカーランドへいっちょくせん」に続きます。





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15、ベーカーランドへいっちょくせん

 その森は、げんそう的なきりにつつまれていました。ここはこのアークランドからほど近い、深い深い森の中。ですがこの森がいったいどこにあるのか? それは著者であるわたしにも、じつははっきりとはわからないのです。ですからここをおとずれることができた人は、ほんとうに運のいい人なのだといえることでしょう。この森は、まったくもって、いきたいと思っていけるようなところではありませんでした。

 

 でもこの森にいけなくてこまっている、という人は、このアークランドには、たぶんひとりもいないことかと思います。なにしろこの森のそんざいそのものを知っている者が、このアークランドにはほとんどいませんでしたから。しかしこの森は、たとえ知っている者がほとんどいなかったとしても、このアークランドにとって、ひじょうに重要な森でした。それもそのはず。なにしろここは、精霊王の住む森でしたから!

 

 精霊王。そのよび名を知らない者は、このアークランドにはひとりもいないことでしょう。どんなに小さな子だって、精霊王のお話は知っていたのです。このアークランドで子どもがいちばんはじめにきかされるお話。それはきまって、この精霊王のお話でした。

 

 とってもかしこく、どんなことでも知っていて、だれよりも強い。精霊王はそんな、伝説的なまでのそんざいでした。でもそれは、あくまでもお話の中でのこと。いくらこのアークランドがふしぎのあふれるファンタジーな世界であったとしても、じっさいに精霊王のすがたを見たことのある者などは、ただのひとりもいなかったのです(これは、とうぜんといえばとうぜんのことでした。みなさんにもお伝えしておりますように、精霊というものは、ふだん目にすることなどはめったにないのです。精霊でさえもそうだというのに、こんかいは精霊王なのですから、会うことなんてまずむり! ということがよくわかりますでしょう?)。ですからその精霊王が住んでいる森なんて、だれも知らなくてとうぜんです。というよりも、じっさいに精霊王がいるなんてことをほんきで信じている者が、だれもいないといった方がいいかもしれません(小さな子はべつですけど)。精霊王というのは、このおとぎのくにアークランドにおいてさえも、じっさいにいるのかどうかさえもわからない、お話の中だけにとうじょうする、とてもしんぴ的なそんざいでした。

 

 ここがどんな森なのか? これでよくわかっていただけたかと思います。そう、ここはほんとうにとくべつな、ひみつのひみつの森。そんな森の中に、今みなさんは足をふみいれているのです。

 

 

 今、いっぽんの大きな木のその影から、ひとりの男の人がふっとあらわれました。いえ、男の人といいましたが、せいべつははっきりしません(女の人のようにも見えましたから)。その人は美しくととのった顔立ちをしていて、からだはほそく、すらりとしていました。背たけは五フィート六くらいでしょうか? みどりのきぬでおられた服を着ていて、かがやく銀色のベルトをしめております。その人が歩くたびに、長く美しいこがね色のかみが、風に乗ってさらさらと、ちゅうになびきました。

 

 その人はなんとも、ふしぎな感じの人でした。うまく言葉でいうのはむずかしいのですが、そこにいるのに、そこにいないような、そんな、あわくはかない感じがするのです。からだはぼんやりとした光につつまれ、今にもふっと消えてしまいそうでした。その人は地面につもった落ち葉の上を、音もなく、ふわふわとした足取りで歩いていきました。おどろいたことに、その人が乗っているのに落ち葉はまったく、しずみこんでいないのです! かわりにその人が歩いたところには、まるで宝石のこなをちらしたかのような、さまざまな色をしたかがやく光のつぶが、ほわんふわりんとまいちりました。

 

 ふいにその人が、あるところでとまりました。そこはこの森の中の、小さな小さなあき地でした。このあき地は、はしからはしまでが、せいぜい二十フィートほどしかありません。地面はふわふわとしたかがやくみどりのしばふにおおわれていて、そこには小さな白い花が、たくさんさいていました。そしてそのあき地をかこむように、まわりの木々にはうすいみどりのきぬでおられたカーテンがかかっていて、森の木々のあいだをさわやかな風が通りぬけるたびに、さらさらと、ここちのよい音楽をかなでていたのです。

 

 「とのぎみ。」そのあき地のはしに立ったその人が、口をひらきました(とのぎみというのは、自分がつかえている相手のことをうやまってよぶいい方です)。

 

 「やみの者たちが、動き出しております。」

 

 いったい、だれにむかって話しかけているのでしょう? しかしそのこたえは、すぐにわかりました。そのあき地のすみに人の腰ほどまでの岩がひとつあって、その岩の影から、へんじがかえってきたのです。

 

 「人間のしわざだ。」

 

 その声は高くもあり、ひくくもあり、男でも女でもあるかのような、ふしぎな声でした。まるでさまざまな人の言葉をいくつもあわせたような、なんともとらえどころのない声だったのです。

 

 「アルファズレドです。」こがね色のかみの人が、それにこたえました。「あの者の、しはいへのあこがれは大きい。それが、悪の力をよんでしまいました。まじゅつしアーザスが、かれに力を貸しています。」

 

 「力のバランスが、くずれているな。」岩の影から、ふたたび声がしました。「これはほんらい、人間たちの問題。だがもはや、これはかれらだけの問題ではない。われらにできることは、ごく、かぎられている。あとは、かの者に、のぞみをつないでもらうほかあるまい。」

 

 しばらくのちんもくのあと。こがね色のかみの人がいいました。

 

 「ロビーベルクですね?」

 

 ロビーベルク? いったいだれのことなのでしょう? なんだかロビーに、名まえがにています。

 

 「西の地に、使いを出すとよい。かの者に力を貸すよう、精霊たちに伝えるのだ。」岩の影から、声がひびきました。「かの者は、わたしのおくったネックレスを持っている。それを見れば、かの谷の者たちとて、力を貸すだろう。」

 

 「しょうちいたしました、とのぎみ。すぐに。」

 

 こがね色のかみの人はそういって、ふっと消えてしまいました(こんどはほんとうに消えてしまいました!)。そして岩の影からきこえていた声も、それっきり、ぱったりととだえてしまったのです。

 

 「たっだいま~! みんな~! もどったよ~!」

 

 ライアンの大声が、あたりいちめんにひびき渡りました。ここはどこかって? それはもちろん、かれらの帰りを心待ちにしている、みんながいるところ。そう、ここはモーグでした! いえ、もうモーグなんていうふきつな名まえは、なくしてしまいましょう。ロザムンディア。今こそこのまちは、むかしのその名まえでよぶのにふさわしいのです! 

 

 あのあと(旅の者たちが「ぎゃあああ~!」というひめいを上げながら、魔女の塔の中をいっきにすべりおりていったあとのことです。

 

 ちなみに……、そのときフログルたちはいきおいあまって、塔の底につみ重なっていたブリキの兵士たちのざんがいの中に、どっしゃーん! と落っこちてしまいました。さいわい、ざんがいがクッションになってくれたおかげで、旅の者たちはけがをしないですみましたが……。フログルたちはそれを見て、舌をぺろっと出して、「あ、すいません。」とかるーくいっただけでした……)。一行はすぐさま、ロザムンディアに帰ることにしましたが、その前にもうひとつ、たいへんな問題があったということを忘れていました。それは……、そう、ケロケロボート! かれらのいたブリキの塔は、おそろしい底なしのぬまに、すっかりまわりをかこまれていたのです。帰るためにはどうしたって、あのボートにもういちど、乗っていかないわけにはいきませんでした。

 

 もうぜったいあのボートには乗らないぞ! と心の中で強くさけんだみんなでしたが、こればっかりはしかたがありませんでした。ですからかれらは、「ぬま地をぬけるそれまでのあいだだけ」というぜったいのじょうけんのもとで、しぶしぶ、いやいや、泣く泣く、ケロケロボートに乗りこんだのです。それでもぬま地をぬけてボートがとまるまでに、旅の者たちはごうけい十二回もジャンプするはめになってしまいました……(ほんとうは七回くらいでぬま地のそとまでたどりついていましたが、みんなが「とめてとめて!」とさけんでいるのに、ボートのうんてんしゅのネリルが、「え? もう、とめるんですか? まだ早いでしょ?」といって、それから五回くらいもジャンプさせてしまったのです……。やっぱりフログルたちって、どこかぬけているというか、人の話をきいていないというか……、そんなところがあるみたいですね。いいかげんなせいかくのカルモトと気がぴったりあうのも、わかるような気がします……)。 

 

 ボートをおりてから、旅の者たちはよろよろとした足取りで、フログルたちの家であるトーディアへとむかって歩いていきました(ちなみに、カルモトは「さきにいって待ってるぞ。」といって、道あんないのカルルとクプルのふたりだけを残して、そのままボートでとんでいってしまいました。それにしてもなんでカルモトは、あのボートに乗っていてへいきなのでしょうか? ふしぎです。木だから?)。そしてようやくのことでトーディアへとたどりつくと、みんなはそろって顔を見あわせて、かたいあくしゅをかわし、おたがいの気持ちを強くたしかめあったのです。

 

 「生きて帰れてよかった! あのボートに乗るのは、ほんとうにこれっきりにしよう!」

 

 

 それからみんなは急いで騎馬たちのじゅんびをととのえると、見送りのフログルたちにあつくおれいをいって、ここロザムンディアのまちへとむかって出発したというわけでした。まちについてまずすぐに気がついたことは、まちをおおっていた、あのふきつな白いぶきみなきりが、すっかり晴れているということでした。じつはあのきりは、アルミラがまちにかけたのろいのけっかいのせいで、まちの中に生まれていたものだったのです(ですからやっぱり、ただのきりではなかったのです。なんだかおばけの顔のように見えたのも、やっぱり見まちがいではありませんでしたね)。

 

 そしてけっかいが消えた今、まちの中によどんでいたよごれた空気や、かびのような植物のほうしなども、きれいさっぱり、ほかのところへと飛んでいってしまっていました(それでも、まちの中に生えているかびとか、あつくつもったほこりなどは、これからいっしょうけんめいそうじする必要がありましたけど)。今ではまちの中にも、おひさまの光が明るくふりそそいでいました。じこくは親ぎつねのこくげん。午後の三時くらいです(ちょうど、ライアンのおやつの時間です。もっともライアンはどんな時間だってかんけいなく、おやつを食べていましたが……)。まちを出発してカルモトのことを見つけ、魔女の塔からたましいを取りかえしてここへ帰ってくるまで、わずか三時間半ほどしかたっていません。出発の前にロビーがいった言葉の通り、みんなは「すぐに」帰ってきたのです!(ほんとうに、とっきゅうびんの早さでしたね! すごい!)

 

 それからもうひとつ、まちが大きく変わっているところがありました。そしてそれこそが、旅の者たちにとっても、まちの人たちにとっても、とても大きな意味を持つ、すばらしいへんかだったのです。それはかたくとざされていたあの巨大なまちの南門、その門が今や大きく、ひらかれているというところでした!

 

 それが意味していることは、ひとつでした。つまり、ついに自分のからだを取りもどすにいたったまちのみんなが、帰ってくる者たちのために、門をひらいて待っていてくれていたというわけなのです!(まちのみんなはあれから、この南門をとざしていたたくさんの渡し木や、門の前の家具などを、いっしょうけんめい取りのぞいてくれていました。そしてすぐに門をあけられるじょうたいにしておいて、旅の者たちのことをすぐに、出むかえられるようにしてくれていたのです。さぞかし、たいへんなさぎょうだったでしょうね。おつかれさまでした!)

 

 「たっだいま~! みんな~! もどったよ~!」ライアンがよびかけたのは、まさに、その門の前にいるまちの人たちにでした(みんなもう、まちのそとまで出てきていました。アルミラののろいのけっかいは、もう消えましたから!)。そう、かれらはみんなで二百人ほどもの、「もと」ゆうれいさんたちだったのです!

 

 

 「おかえりなさーい!」

 

 「われらが勇者たち!」

 

 「待ってましたー!」

 

 

 われんばかりの大かんせい! 人々は両手を頭の上でぶんぶんふって、帰ってきた勇者たちのことをむかえました(さっそく、お酒のびんをかかげている人もいましたが……。ねんだいもののお酒が、まちのそうこに眠っていたみたいですね)。その中からひとり、すごいはやさで飛び出してきたのは……。

 

 「わあああ~ん! みんな~!」

 

 そう、それはわれらがたいせつな仲間のひとり、フェリアル・ムーブランドだったのです!(フェリアルくん、ひさしぶり!)もうフェリアルはなみだで顔をぐっしょりとぬらして、両手を広げて、みんなのところへとつっこんできてしまいました(おるすばん、たいへんだったね! 北門のしゅうりもおつかれさま!)。

 

 「隊長~! ロビーどの~! ライア~ン! さみじがったよ~!」フェリアルはそういって、そのまま先頭のライアンの騎馬、メルにつっこんでいって……、メルにひょいとかわされて、地面にべっちーん! ころがってしまいました。

 

 「フェリー! ぶじにもどれたんだね! よかった。」ライアンがメルからおりながら、地面にころがっているフェリアルの上から声をかけます。

 

 「ライア~ン! 会いたかったよ~!」ふたたび両手を広げてつっこんでくるフェリアルのことを、ライアンが「わわっ!」とかわして、フェリアルはまたしても地面にべっちーん! ころがってしまいました(う~ん、かわいそうなフェリアル……)。うつぶせにたおれたまま身動きひとつしないフェリアルの背中を、つんつんとつっつきながら、ライアンが申しわけなさそうにあやまりました。

 

 「ごめんね、フェリー。だって、なみだと鼻水で、顔、べしゃべしゃだったんだもん……」

 

 

 さあ、これでまた、四人の仲間たちがそろったのです! ばんざーい!(フェリアルはハンカチで顔をふいて、ちり紙で鼻をちーん! とかんでから、ようやくみんなに受けいれてもらえましたが……)まちを出発してからまだ数時間ほどしかたっていませんでしたが、なんだかずいぶん、時間がたったように感じますよね!(ぶよぶよおばけに追っかけられたり、木の兵士たちにつかまったり。ちゅうをとぶボートで船よいしたり、ブリキの兵士たちにかこまれたり。ちゅうづりになったり、落っこちたり……。このみじかい時間の中でこれだけひどい目にあったのですから、それもそのはずです!)まだベーカーランドへの道のりもなかばだというのに、われらが旅の者たちは、ほんとうにいろんな目にあってしまうものです。

 

 それでも、みんなはそのつど力をあわせて、それらのこんなんを乗りきることができました。それもみんな、力をあわせる仲間がいたからこそなのです。かれらの力のどれかひとつがかけても、みんなはここまで、ぶじでいられることはできなかったでしょう(もっともこんかいの冒険では、フェリアルはおるすばんすることになってしまいましたが……)。

 

 こんかいの、魔女の塔での大冒険。それは思いもよらない、いわばより道の冒険でした。ですがわれらが仲間たちのその冒険は、けっかとして、すばらしいけつまつを生むこととなったのです。旅の者たちはフェリアルのことをすくい、まちの人たちのこともすくうことができました。そしてそれは同時に、もうひとつのあるすばらしいものを、生み出すことにつながったのです。それはなんといっても、新しい、たくさんの、たのもしき仲間たちとの友じょうでした!

 

 まずは、かえるの種族であるフログルたち。今やみんなは、かれらと大きな友じょうでむすばれることになりました。かれらはロザムンディアの人たちにとって、ずっとこわいそんざいでした。ほかの種族の者たちとかかわりあいを持たないフログルたちのことを、まちの人たちは、魔女アルミラの手下なんじゃないか? とずっとごかいしていましたから。ですがこんかいのできごとで、そのごかいもすっかりとけたのです。フログルたちは人づきあいこそなかったものの、明るくようきな種族で(それはみなさんもよくわかったことと思います)、ぜんぜん悪いれんちゅうなんかじゃありませんでした(いくつかの点では、しょうしょう問題のある種族でしたが……)。

 

 このときいらい、ロザムンディアの人たちとフログルたちは、おたがいに手を取りあって、なんでも助けあうようになりました(まずはロザムンディアのまちの大そうじを、フログルたちみんなで手伝いました)。そしてロザムンディアのまちにも、トーディアをはじめとするフログルたちの家にも、おたがいの種族の者たちが自由にいききするようになったのです。

 

 そして、ロザムンディアのまちの人々。やはりこれが、このさきの道のりをゆく旅の者たちにとって、ちょくせつ的にいちばんの助けとなりました。それはつまり……、ここからさきの道あんないをつとめてくれることになった、ミリエムのそんざいです! ミリエムはみんなが出発する前にもいっておりました通り、この西の地を通ってベーカーランドまでなんどもいったことのある、ゆいいつのこの地での住人でした。なにが起きるかわからないここからの危険な道のりをゆく者たちにとって、これほど心強い助けとなるものも、なかったことでしょう(ミリエムのなんだかたよりないせいかくのことについては、べつとして)。やっぱり道を知っている者がいるのといないのとでは、旅をゆくはやさもだんちがいです。いっこくをあらそう旅の者たちにとって、この道あんないのミリエムのそんざいは、多大な危険と冒険のだいしょうをはらってさえも、なおあまるほどのものでした(わたしもミリエムが、こんなにも大きなそんざいになろうとは、さいしょはぜんぜん思っていませんでしたが……)。

 

 そして、なんといっても。

 

 それらすべてのことがうまくはこぶように手助けをしてくれた、もうひとりのすばらしき仲間、カルモトのそんざいだったのです(ここで……、ひとつみなさんにお伝えしておくことがあります。まちにもどる前、旅の者たちはカルモトにみずからの旅のもくてきのことや、このアークランドにせまるやみのこと、ロビーがいい伝えのきゅうせいしゅであるということなどを、すっかり話すべきだと思いました。伝説的なまでのけんじゃ。このアークランドにとって、こんなにも、たのもしき力となってくれるものもないことでしょう。それでみんなはトーディアを出るときに、ようやくのことで、それらのことをカルモトに話しましたが……、カルモトはとつぜん、目を大きく見ひらいて、こういったのです。

 

 「なんだと! なぜ、それを早くいわない!」

 

 いえ、話そうにも、いつもカルモトはさっさとさきにいってしまうので、話すきかいもなかったんですけど……。とにかくカルモトはしばらく考えてから、旅の者たちのことを見て、こうつづけました。

 

 「う~む……、これは、ゆゆしき問題だな。よし、心得た。わたしにできることは、かならずするとやくそくしよう。だが今は、わたしは、みずからのつとめを果たさねばならん。すまないが、わたしに、しばしの時間をくれたまえ。なに、悪いようにはせん。」

 

 やはり、みずからの運命にしたがい、そのせきにんを果たそうとしている今のカルモトのことをひきとめることなどは、旅の者たちにも、だれにも、できることではありませんでした。ですがそれはなにも、カルモトがこのアークランドのいちだいじのことを、かるく見ているというわけでは、けっしてありませんでした。カルモトはカルモトにしかできない方法をもって、このアークランドのために、力をつくしてくれるようなのです。どうやらかれには、なにか考えがあるみたいですが、それはいったい……? それはいずれ、あきらかになることでしょう)。

 

 

 カルモトはみんながまちへもどるときに、いっしょについてきてくれました。それは(旅の者たちの見送りのほかに)かれがロザムンディアのまちの人たちに、いもうとのアルミラのかけためいわくのすべてに対して、きちんとおわびをしておかなければならないと思ったからでした(のちにカルモトは、アルミラの残したかいぶつによって長いあいだくるしめられてきた、はぐくみの森のフォクシモンたちにも、きちんとおわびをしにいったのです。ですが今は、さきにアルミラほんにんとのけっちゃくをつけてしまわなければなりませんでしたので、カルモトはまずは急ぎ、ロザムンディアのまちの人たちに、おわびをしておきたいと思いました)。そしてカルモトは、まちの人たちに、フログルたちのことやアルミラのことなどのすべてを、すっかり話してきかせたのです(アルミラがカルモトの、じつのいもうとだということもふくめて、すべてです。まちの人たちははじめはびっくりしてとまどっていましたが、カルモトのそのすなおな心にうたれて、それですっかり受けいれてくれました)。

 

 「わたしには、これからすぐに、やらねばならないことがある。」カルモトが、まちの人たちにいいました。「アルミラは、みなに多くのくるしみを与えてきた。そのくるしみは、はかりしれない。わたしには、アルミラに対して、みずからのそのせきにんを果たすぎむがある。そのためにわたしは、しばし、ふるさとのガランタにもどる。そこでアルミラとの、さいごのけっちゃくをつけるつもりだ。」

 

 カルモトは、遠く空のむこうを見つめてつづけました。

 

 「わたしはアルミラの、魔女としてのすべての力をうばう。そして、今までのつみの、そのすべてのつぐないをさせる。それでもたらないとは思うが、どうか、それでゆるしてはもらえまいか。」

 

 カルモトは頭を地面すれすれまで下げて、まちの人たちに心からおわびをしました。ですがまちの人たちは、そんなカルモトに対して、ちっとも怒ってなんかいなかったのです。

 

 「もう、いいんです。わたしたちのことなら。」まちの人たちはそういって、おたがいの顔を見あわせて、気持ちをたしかめあいました。「こうしてふたたび、もとのからだに、生きてもどれたんですもの。それもみんな、旅のみなさんと、そして、あなたのおかげなんです。あなたのその心が、わたしたちのことをすくってくれたんです。あなたが頭を下げることなんて、ぜんぜんありませんよ。」

 

 そのとき、みんなの中からひとりの女の人が進み出ました。それはロザムンディア大聖堂の、ティエリーしさいさまだったのです。

 

 「けんじゃさま。」しさいさまがいいました(けんじゃさまとは、もちろんカルモトのことです。カルモトがいい伝えのけんじゃのうちのひとりであるということは、すでに旅の者たちが、まちの人たちにも伝えておりましたので)。

 

 「われらは、もう、だれもうらんではおりません。ふこうにしていのちをたたれた者たちも、同じ気持ちでありましょう。」

 

 ティエリーしさいさまは静かに目をとじて、いのりをささげてからつづけました。

 

 「たしかに、アルミラのしたことは、ゆるされるようなことではありません。ですが、それでも。つみをつぐない、正しい道にもどることは、だれにでも与えられている、けんり。神のもとで、人はすべて、びょうどうなのです。」

 

 カルモトは、しさいさまの言葉に深く心をうたれました。あふれるなみだをおさえることも、もはやできませんでした。カルモトは深く深く頭を下げ、ただただティエリーしさいさまにかんしゃし、そして、まちの人たちにかんしゃしたのです。

 

 「かのじょをすくえるのは、あなたしかいません。それは、あなたのしめいなのです。」ティエリーしさいさまがカルモトに手をかざして、おだやかにいいました。「おいきなさい、けんじゃさま。そしてまた、この土地のふっこうに、力を貸してくださいますね?」

 

 カルモトは頭を上げて、しさいさまにちかいました。

 

 「おれいのしようもありません。わたしは、わたしの力の持てるかぎりをもって、あなたたちにそのごおんをおかえしする。わたしはかならず、もどってきます。」

 

 

 こうしてカルモトはひとり、かれのふるさとのガランタへとむかって、旅立ったのです。西の海に、みずからの魔法で作り出した、小さな木の船を浮かべて……(ちなみに、この木の船にはたくさんの木のスクリューがついていて、そのためこの船は、とんでもなくはやく進むことができたのです。それはまるで、みなさんの世界のモーターボートなみのスピードでした! 「は、はや~……」旅の者たちは思わず、そうもらしてしまったものです。のんびりできないせいかくのカルモトには、まさにぴったりの船ですよね!

 

 ところで。このスクリューのついたボートをアルミラの塔のあるあのしっちたいで使っていたとしても、やはりすいへいに進む乗りものである以上、どろどろのぬかるみにつっこんで、はまってしまって、さきへ進むことはできなかったでしょう。あのぬかるみを越えていくことができる乗りものは、まうえにぴょこん! とジャンプすることのできる、フログルのケロケロボートくらいのものだったのです。まあ、空を飛んでいける乗りものでもあれば、べつですけど)。

 

 旅立つ前。カルモトはさいごに、旅の者たちとあついあくしゅをかわしあい、さいかいをちかいあってくれました。

 

 「きみたちには、じつにせわになった。わたしはけっして、きみたちのことを忘れないだろう。ベルグエルムくん、ライアンくん、ロビーくん。なんというみじかい名まえだ。忘れようにも忘れられんぞ。そしてきみは、フェリアルくんだったな。いい仲間を持って、しあわせだぞ、きみは。わたしはかならず、もどってくる。」

 

 

 「いっちゃったね、カルモトさん。」ライアンが、両手を頭のうしろにくみながら、となりに立っているロビーにいいました。ロビーはカルモトの去っていった西の海のことを見つめながら、小さく「うん。」とうなずきます。

 

 「それ、そんなにすごいものなのかな?」ライアンが、ロビーのにぎっているそのネックレスのことを見ながら、つづけました。その青い石のついたネックレスは、ロビーの首に、ずっとかかっていたものだったのです(これはかなしみの森を出発するときに、ロビーが自分のにもつといっしょに持ってきたものでした。そんなの持ってたっけ? という方は、第二章のはじまり、ロビーが自分のほらあなから去るときの場面をかくにんしてみてください。ロビーが自分で、このネックレスのことをしゃべっています。ほんのちょっとだけですけど。

 

 ちなみに、ロビーはペンダントとよんでいましたが、まあ、ペンダントとネックレスは、にたようなものですから)。

 

 じつはカルモトが去っていくとき、カルモトはとつぜん、ロビーのそのネックレス(ペンダント)のことを見て、こんなことをいいました。

 

 「そのネックレスからは、とくべつな力を感じるな。ここにきて、その力が急にましたようだ。ロビーくん、そのネックレスは、だいじにしなさい。手放してはならん。きっと、きみを助けてくれるはずだ。」

 

 ロビーは首から下げたネックレスの石を手のひらに乗せて、その重さをたしかめていました。きらきらとかがやく青い石が、かたむきはじめたおひさまの光をあびて、深い色あいをかなでておりました。

 

 「これはずっと、ぼくの首にかかっていたんだ。」ロビーがその色を見つめながら、いいました。「かなしみの森にきたときから、もうぼくは、これを持っていた。だれがくれたものなのか? わからないけど、ぼくの生い立ちにかんけいがあるものだと思う。いつか、このネックレスのことを知っている人に、出会うかもしれない。ぼくの家族に出会える、きっかけになるかも。だからぼくは、これをずっと、はだみはなさず持っていたんだ。」

 

 「そうだったんだ。」ライアンが、しんけんな表じょうをしてそういいます。「じゃあ、とってもだいじなものなんだね。」

 

 ロビーは「うん。」とうなずいて、そのネックレスのことをにぎりしめました。

 

 「このネックレスにどんな力があるのかなんて、ぼくにはわからない。でも、そんな力にかんけいなく、これは、ぼくにとって、すごくだいじなものなんだ。」

ロビーはそういって、またその青いネックレスのことを、首からきちんと下げました。

 

 「いいなあ、ロビーは。」ライアンが、またもとのあっけらかんとした表じょうにもどって、いいました。

 

 「ぼくのなんて、これ、見てよ。」そういってライアンは、自分のかばんのポケットの口をあけて、その中をロビーに見せます。そこに、はいっていたのは……、そう、メリアン王がライアンに(むりやりに)持たせた、たくさんのお守りたちでした!(そういえば、そんなのありましたね! すっかり忘れてました。)

 

 「ぜんぜん、やくに立たないものばっかり。ロビーがうらやましいな。」

 

 ロビーはしばらく、きょとーんとして、ライアンのかばんの中を見つめていました。それからロビーは思わず、「ふふっ。」と笑ってしまったのです。

 

 ロビーは顔を上げて、ライアンの顔を見ました。ライアンはにこにこ、笑っていました。

 

 そしてふたりは、「ぷーっ!」と吹き出して、「あははは!」と大きな声で笑いあいました。

 

 

 こうして、ロザムンディアのまちにへいわがおとずれました。めでたしめでたし……、って、これでこの物語はおしまいじゃありません! ロビーたちの旅は、まだまだこれからなのですから!

 

 なにが待ちかまえているのか? ぜんぜんわからなかった、このひみつの西の道。その西の道のいちばんの心配ごとだった西の魔女のうわさは、これですっかり、かたづいたわけです(あとは西の大陸の地で、カルモトにさいごのけっちゃくをつけてもらうばかりでした)。ですけどベーカーランドまでの道のりは、まだまだこれから。ここからの道のりは、やっぱりなにが起きるか? わからない、危険な道のりであることに変わりはないのです。

 

 「ベーカーランドへいくのには、この、よろこび平原を通っていくのがいいと思いますよ。ここなら街道も通っているし、危険もすくないと思いますけど。」

 

 そうていあんしたのは、もとゆうれいであり、そして新たな旅の道あんないやくとして加わってくれることになった、ミリエム・オーストでした(ミリエムさんも、おひさしぶり!)。ここはまちの南門の、その内がわ。旅の者たちは出発にあたり、これからの道のりのことについて、ミリエムをふくむまちの人たちと、そのさいごの作戦かいぎをひらいているところだったのです。

 

 「いや、それではずいぶんと、遠まわりになる。山にそって進み、この谷を越えていった方がいいのではないか?」

 

 地面においたつくえの上に広げられた地図を見ながら、ベルグエルムがミリエムにいいました。ベルグエルムのいう通り、ベーカーランドへゆくのには、そっちの道の方がずっと近かったのです。ミリエムのいったよろこび平原というのは、山にそって、とちゅうで大きく海の方にまがっていました。ですからそこを通っていくのは、(ベルグエルムのしめした谷のさきにある)ベーカーランドにいくためには、ずいぶんと遠まわりになってしまうのです。しかしミリエムがその道をすすめたのには、大きなりゆうがありました。

 

 ベルグエルムの言葉に、まちの人たちはそろっておたがいの顔を見あわせました。ミリエムもやっぱり、重い表じょうを浮かべたままです。

 

 「たしかに、そこを通っていけるのなら、ベーカーランドまでいっちょくせんにいけるんですが、でも……」ミリエムがいいました。

 

 「でも?」ライアンが口をはさんでたずねます。

 

 「はい。その谷には、おそろしい精霊たちが住んでいるといううわさなんですよ。谷に、はいったがさいご。ふたたびもどってきた者は、ひとりもいないということです。」

 

 そういってぶるる! とふるえるミリエムに、ライアンがいつものあっけらかんとした顔をして、いいました。

 

 「なーんだ、精霊の谷なんだ。それなら、そんなこわがることなんてないじゃない。みんな、精霊たちのことをよく知らないから、おっかながってるだけなんだよ。」

 

 ライアンのいう通り、知らないから、こわがったり、ごかいしたり。そういうことはよくあることなんです。じっさいフログルたちのことについても、まちの人たちはかれらのことについてぜんぜん知りませんでしたから、あんなにこわがっていましたよね。でも……、こんかいばかりは、そういうわけでもないようでした。それはいったい?

 

 「ただの精霊なら、わたしたちも、こんなにこわがったりはしませんよ。その谷は、やみの精霊たちの住む谷なんです!」

 

 「やみの精霊だって!」ミリエムの言葉に、ウルファの騎士たち、ベルグエルムとフェリアルのふたりも、そろってさけびました。そう、その谷には、ひゃくせんれんまの騎士たちであるかれらでさえ、おそれさせてしまうような、やみの精霊という者たちが住んでいるというのです。

 

 「やみの精霊って、なんですか? そんなにおそろしいの?」やみの精霊たちのことをぜんぜん知らなかったロビーが、きょとんとした顔をして、みんなにたずねました。ですが、ロビーがやみの精霊たちのことを知らなかったのも、まったくむりはなかったのです。

 

 みなさんもすでにごぞんじのように、精霊たちにはいくつかのしゅるいがあります。かなしみの森の小川では、水の精霊たちに出会いましたよね。そしてすがたは見えませんでしたが、ライアンの使うしぜんの力をかりるわざ。あのわざを使うときにも、かならず、水や、風や、ほのおといった力にかんけいする精霊たちが、その場にいたのです(そのすがたはわざを使うライアンにさえ見えませんでしたが、たしかにいるのです)。

 

 精霊のしゅるいについては、シープロンドのタドゥーリ連山のことをしょうかいしたときに、わたしがすこしだけ説明したことがありましたが、その中でひとことだけふれたのが、やみの精霊です(ちなみに、第六章の頭のところですが)。このやみの精霊のことについては、このアークランドでは、話しをすることだけでもよくないことだといわれていました。ですからそのそんざいはみんな知っているものの、やみの精霊のことをくわしくしらべたり、本に書いたりするような者は、このアークランドにはぜんぜんいなかったのです。もちろんかなしみの森のとしょかんにも、やみの精霊について書かれた本などは、いっさつもありませんでした。ですからロビーも、やみの精霊たちのことを、ぜんぜん知らなかったというわけなのです(ライアンもやみの精霊のことについては、ロビーにべらべら、しゃべったりはしていませんでしたから)。

 

 「やみの精霊は、ただの精霊とはちがうのです。」ベルグエルムが、ロビーにいいました。「かれらがしはいするのは、文字通り、やみの力。やみの精霊とは、この世界に悪の力をもたらす、おそろしい精霊たちなのです。」

 

 「そ、そうなんですか……」ベルグエルムにこわい顔でいわれて、ロビーは思わずぶるっ! と背中をふるわせてしまいました。

 

 「しかし、かれらがいなければ、この世界もなり立たないといわれております。ぜんなるものに力を与えるためには、悪の力もまた、必要なのだと。」ベルグエルムがつづけます。

 

 「でも、われらが、たちうちできる相手ではありません。」フェリアルもロビーと同じく、ぶるる! とからだをふるわせて、いいました。「剣も魔法も、やみの精霊たちには通じない。かといって、話してわかる相手でもないでしょうし……」(かなしみの森の精霊たちのような、きよらかなる精霊たちとは、こんどはわけがちがうのです。)

 

 「う~ん……」

 

 さて、どうしたものか? ベルグエルムとフェリアルのふたりは、そろって首をひねって考えこんでしまいました。ですがそんなふたりの騎士たちに対して、われらがきゅうせいしゅであるロビーは、自信を持って、こうこたえるばかりだったのです。

 

 「だいじょうぶ。ぼくたちには、心強い仲間がいます。精霊のことなら、ライアンにたのむのがいちばんですよね!」ロビーはにこっと笑って、ライアンの方をむきました。「ねっ? ライアンなら、やみの精霊だって、だいじょうぶだよね?」

 

 「えっ?」ライアンは思わず、言葉をつまらせてしまいます。「そ、そうね。まかせてよ。はは、は。」

 

 ライアンはいつものように強がっていいましたが、じつは心の中では、ええーっ! とさけんでしまっていました。やみの精霊というのは、そんな「精霊のことならなんでもまかせて!」といいそうなライアンでさえ、しりごみしてしまうほどの、おそろしいそんざいであったのです(じっさいライアンほんにんも、やみの精霊には会ったことがありませんでした。シープロンドのルエル・フェルマートしきょうさまにも、「やみの精霊とは、ぜったいにかかわってはいけませんぞ。」とかたくいわれていたのです。そのやみの精霊が、このさきの地にいるといいました。さあ、ライアン、ピンチ!)。

 

 「ここから、よろこび平原を通って、ベーカーランドまでいくのに、どのくらいの時間がかかる?」ベルグエルムがミリエムにたずねました。これがいちばん、だいじなしつもんでした。

 

 「そうですねえ……、馬でいくなら、五日もあれば、ベーカーランドまでいけるんじゃないですか? もちろん、なにごともなければですが。」

 

 「五日だって!」ベルグエルムもフェリアルも、思わずさけんでしまいました。「われらは、南の地からこの北の地まで、二日と半分でやってきた。帰り道に、とても、そんな時間をかけてなどはいられない。」

 

 ミリエムのいうことには、よろこび平原をぬけたあと、ベーカーランドへとむかう道のりには、いりくんだ山道やまわり道が、とても多いのだということでした。ですからすいすい進むことのできた南の街道にくらべて、ベーカーランドまでたどりつくのに、ばいの時間がかかってしまうとのことだったのです。もっともそれは、ミリエムのいった通り、安全だというよろこび平原を通ってまわり道をしていった場合でのこと。今すぐにでもベーカーランドへ、きゅうせいしゅであるロビーを送りとどけなければならない旅の者たちにとって、その道をゆくことは、とてもむりなことでした。このおくれはこのアークランドにとって、かくじつにいのち取りとなってしまうことでしょう。

 

 ベルグエルム、フェリアル、ロビーの三人は、ここでそろって、あるひとりの人物のことを見やりました。その人物とは……? そう、ライアンです!

 

 「こうなれば、道はひとつだ。やみの精霊の地をぬけることに、かけよう。」ベルグエルムとフェリアルが、しんけんな顔をして、ライアンの顔を見ながらいいました。

 

 「ライアンがいれば、こわいものなしですよね!」まだじょうきょうがよくわかっていないロビーが、ライアンの肩に手をおいて、にこっと笑っていいました(う~ん、知らないというのは、ときにおそろしいものです……)。

 

 ライアンは心の中でまた、ええーっ! というひめいを上げていましたが、もうこうなったら、やるしかありません。ライアンはひきつった笑顔でロビーの笑顔にこたえると、それからなかばやけになって、両手を空につき上げて、さけびました。

 

 「もう~、なんでもこ~い! 大精霊使い、ライアン・スタッカートさまの力を、見せてやる~!」

 

 

 こうして、みんなの旅はふたたびはじまったのです(ちなみに、ロビーもやみの精霊のこわさをあとであらためてよくきかされて、「ど、どうしよ……、ぼく、ライアンに、むりなこといっちゃったかな……」とはんせいしましたが、でももう、道はきまっちゃいましたから)。ここからの旅は、ベーカーランドへとむかう、そのさいごの道のりでした。ここから切り分け山脈の西がわにそって、いちにちずっと南までくだり、そして話に出たやみの精霊の谷を越えれば、そのさきにすぐ、めざすベーカーランドの地があるのです。うまくいけばそこまで、二日とかからずにいける道のりでした。ですがほんとうに、そんなにうまくいくのでしょうか……?(ここまでの道のりでも、ずいぶんと、よそうがいのことばっかり起きちゃいましたからね。)

 

 みんなはきたいと不安を胸に、出発しました。馬に乗って、切り分け山脈のふもとの道を、いちろ、南へ。

 

 と、その前に……、ひとつ、忘れていたことがありましたね。ヒントは、ティエリーしさいさま。それに、ライアンです。そのこたえは……? そう、たましいがもどったら頭をなでさせてあげるという、ひみつのやくそく。あのやくそくは、どうなったのでしょうか? じつはライアンはのちのちまで、ずっと教えてくれませんでしたが、かれはこの出発の前に、ティエリーしさいさまとのそのやくそくを、しっかりと守ったのだそうでした。ですけどそれは、さいしょのやくそくよりも、ずいぶんとちがったものになってしまったようで……、ロビーにもあまりくわしくは、話していなかったのです。そのロビーにきいた話が、こうでした。

 

 「あの……、みんなが出発する前に、ライアンが『トイレにいってくるから待ってて』っていって、まちの方へむかったんです。それから十分くらいしてもどってきたんですけど、もう、ふらふらになってて、かみの毛はぐしゃぐしゃだし、服もぼろぼろだったし……。どうしたの? ってきいたんですけど、かれは『トイレにおばけが出て……』としかいいませんでした。」

 

 ライアンの身になにが起こったのか? わたしはこの物語のげんこうをすっかりまとめ上げたあとで、ようやくそのときのことを、ライアンほんにんからきくことができたのです(そのためにわたしが、どれほどたくさんのお菓子を用意したことか!)。ですけどライアンのめいよのためにも、ここできいた話は、ほかのみんなにはだまっていてくださいね。あんまりみんなに話が広まってしまうと、わたしがライアンに、どんな目にあわされるか? わかりませんから……(ほんとうはライアンからも、「しゃべったらどうなるか? わかってるよね?」とねんをおされていたのです。わたしは今ほんとうに、自分のいのちをかけてこの文章を書いています)。

 

 じつはティエリーしさいさまは、ライアンがかわいかったのと、もとのからだにもどれたそのうれしさで、ずいぶんとはしゃいでしまったようで……、ライアンの頭をなでたあと、がまんができなくなって、「きゃー! かわいいー!」と力いっぱい、ライアンのことをだきしめてしまったそうでした。それだけならまだよかったのですが、よそうがいだったのは、ティエリーしさいさまの、だきしめるその力の強かったこと! ライアンはたまらず、「ぎゃああ~!」とひめいを上げましたが、しさいさまはもうかんぜんにかわいいもの(ライアン)にむちゅうになってしまっていて、声もとどきませんでした。それでライアンは、なすすべもなく、ほおずりされたり、ほっぺにちゅーまでされて、ぼろぼろになって帰ってきたというわけだったのです……。う~ん、さいなんなライアン。ふだんおしとやかな女の人ほど、変わればこわいものですね……。

 

 女の人(しかもしさいさま)に力でまったくかなわなかったライアンは、男として、かなりショックだったようで……、それでみんなには、このときの話を、あまりしたがりませんでした。そしてこのときいらいライアンは、「かわいすぎるのも、考えものかも……」と、ちょっと思うようになったということです。

 

 

 さて、話がずいぶんと、それてしまいましたが……、とにかく出発なわけです!

 

 ベーカーランドへとむかうここからの旅は、思いもかけず大人数となりました。まずはお伝えしておりますように、ロザムンディアをだいひょうして、道あんないのミリエムが加わっていたのです。そしてフログルをだいひょうして、カルルとクプルがもういちど、みんなのおともをしてくれることになりました(ほかのフログルたちもみんな、「わたしもわたしも!」といきたがりましたが、さすがにそれでは、ひみつの旅というわけにはいかなくなってしまいますので……。

 

 ところで。ここでちょっと、まじめな話をつけ加えておきます。フログルたちもまた、カルモトと同じように、このアークランドにせまるやみのことについては、なにも知ってはいませんでした。かれらはロザムンディアのまちの人たちと同じように、ずっと、そととのつながりを持ってはいなかったからです。旅の者たちはカルモトに伝えたように、フログルたちにも、それらのことを伝えました。そのけっかとして、かれらはこのアークランドのためになにかできることがないかと考えて、こんかいの旅の、そのおともをしてくれることになったのです。

 

 さらに、フログルたちははじめ、かれらの持つおよそ四十人の兵士たちをみんな集めて、「わたしたちも、いくさの場におもむきます!」といってくれましたが、はげしいいくさの場にかれらをつれていくようなことは、とてもできるようなことではありませんでした。かれらはたしかに、うんどうのうりょくにすぐれた、ゆうしゅうなる兵士たちです。しかしいくさの場で戦うためには、それに対しての、きちんとしたくんれんが必要とされました。ただ強いというだけでは、いくさの場では、じゅうぶんな力をはっきできなかったのです。いくさの場でたいせつなのは、とうそつ力と、そして、はんだん力。しきかんのめいれいをきちんと受けとめ、それにふさわしい隊れつをくみ、てきかくな行動が取れるか? という力が、もっとももとめられるのです。そのためのくんれんを受けていないかれらをつれていけば、かれらをいたずらに、きずつけてしまうことにもなりかねません。そんなことは旅の者たちにとっても、とてもさせるわけにはいきませんでした。

 

 そのかわり。フログルたちにはこれから、この西の地と北のはぐくみの森にいたるまでの土地のけいごを、受け持ってもらうことになったのです。これはひじょうにたいせつなしごとでした。この西の地をふたたび、旅人たちのいきかうもとの安全な土地にもどすことができるかどうかは、ひとえに、かれらフログルたちの、これからのかつやくにかかっていたのです。でもきっと、かれらならやりぬくことでしょう)。

 

 これで、旅をゆく者は七人です。ですがひみつの旅にはそれだけでも多いくらいでしたのに、このうえさらに、かれらとともにゆく者たちがいました。それは……、カルモトの木の兵士たちと、木の音楽隊の者たち! じつはカルモトはかれらのことをすっかり忘れて、まちのそとにかれらをおきっぱなしにしたまま、旅立っていってしまったのです!(それにしてもカルモトは、かれらのことをよく忘れますね……)

 

 「ちょっとー! これ、どうすんのさー!」思わぬことで木の者たちのことをおしつけられたライアンが、遠く海のむこうにさけびましたが、もちろんその声がカルモトにとどくはずもありません……。みんなはしばらく話しあったうえ、この木の者たちはカルモトの家の近くまで送っていってやるのが、いちばんよいというけつろんを出しました(ちょうど道のとちゅうでしたし、そこからなら、自分で家までもどれるでしょうから)。木の兵士たちについては、剣のうでも立つ強い者たちです。ようじんぼうとしても、心強い味方になってくれることでしょう。

 

 でも問題がひとつ。かれらは全部で、十二人もいたのです!(そのうち木の音楽隊が、半分の六人でした。もっとも、かれらのことを人と数えていいものかどうかは、ぎもんでしたけど。でももう、かれらは仲間なのですから、人数に数えてもいいですよね。)

 

 こんなわけで、もう「これのどこがひみつの旅なんだ?」といいたいくらいの人数で、旅の者たちは出発しました。その数、全部で十九人!(これじゃまるで、山のぼりの遠足にむかう、小学校の子どもたちみたいですね……。さしずめベルグエルムが、みんなをひきいる先生といったところでしょうか?)

 

 ところで、ロビーたち旅の者たちは、みんなそれぞれの騎馬たちに乗っているわけですし、木の兵士たちと音楽隊も、それぞれの木の馬たちに乗っていたのです。ですからもう、馬の背中はいっぱいでした。ではカルルとクプル、それにミリエム、の三人は、歩いていくのでしょうか? 

 

 いえいえ、その心配はありません。フログルたちはそれぞれ、トーディアからロザムンディアにくるときに、ビポナというへんてこな生きものに乗ってきたのです。ビポナはきいろいからだにみどり色の羽を持った、かぶと虫にそっくりな生きもので、フログルたちはこの生きものをかいならして、馬のかわりに、その背に乗っているというわけでした(木のみつをバケツいっぱいにためて、それをがけの上においておくと、すぐに一ダース近いビポナたちが集まってくるということです。ビポナはたいへんにおとなしいせいかくでしたので、敵意さえ見せなければ、ものすごくかんたんにつかまえられるのだということでした)。つき出た大きなつのに、たづなをつけて乗るわけですが、おどろいたのは、その足のはやいこと! 六本の足で馬よりもはやく、大地をかけぬけていくのです! ですからビポナに乗れるのは、乗りなれている(そしてうんどうしんけいのすぐれている)、フログルたちだけでした。つまりこういったわけで、ミリエムはクプルの背中に「ひええ~!」としがみつきながら、この旅を進んでいくはめになったのです……(う~ん、気のどくなミリエム。せっかく、もとのからだにもどれたばっかりだというのに……)。

 

 そんなおかしな一行の旅は、大人数にもかかわらず、思いのほかじゅんちょうに、なにごともなく進みました(それとも大人数のおかげでしょうか?)。しっちたいの広がる土地をぬけ、切り分け山脈のふもとの道を、山にそって南へ。みんなはあたりや空の上にまで、じゅうぶんに気をくばりながら進んでいきましたが、ワットの黒騎士たちのすがたはおろか、けものいっぴき、かれらの道をはばむものはあらわれませんでした(もっとも、野生のけものいっぴきくらいでは、この大人数のかれらの道をはばむことなんて、むりでしょうけど。山のようにでっかいけものがいっぴき、とかいうのであれば、話はべつですが)。

 

 でも、とちゅうひとつだけ。クプルが「あっ! フワフワだ!」といって、ビポナの背からぴょこん! ととびおりて、そのまま原っぱの中にとびこんでいってしまったのです(残されたミリエムが「ぎゃあー!」とさけんだのはいうまでもありません)。「しょうがないな。」といってつれもどしにいったカルルも、もどってきません。しばらくしてふたりが(けろっとした顔をして)もどってきましたが、ふたりとも口いっぱいにフワフワをほおばっていて、肩から下げたかばんの中にも、フワフワがぎっしりはいっていました。

 

 「フワフワの、たいぐんでしたよ! むしゃむしゃ。みなさんのぶんも、いっぱいつかまえてきましたから、どうぞ!」

 

 ど、どうぞといわれても……。みんなは手をかざして、「ご、ごめん。今、おなかいっぱいだから……」といってごまかしました(やっぱりこのふたりは、つれてこない方がよかったかも……)。

 

 それからみんなは、ぶじにカルモトの家へとつづくその道の前までたどりついて、そこで木の兵士たちと音楽隊に、おわかれをしたのです。木の者たちはきりつ正しくこうしんしていって、道のとちゅうにこちらをむいて、きれいに、びしっ! とせいれつしました。それからかれらはくるりとむきを変えて、ふたたびカルモトの家のある木の塔へとむかって、その山道の中をこうしんしていったのです。

 

 かれら木の者たちは、カルモトの家の前で、カルモトがもどってくるのをずっと待ちつづけるのでしょう。旅の者たちが手をふっても、木の者たちがそれにこたえることはありませんでしたが、旅の者たちにはかれらがさきほど、こちらをむいてきれいにせいれつをしたのは、みんなにむかって、さいごのおわかれをしていたのだと思えてなりませんでした。

 

 

 さて、これでようやく、ひみつの旅らしい人数にもどったわけです(といっても、まだ七人もいるわけですが)。ここからさきは、このうちすてられた土地の中でも、さらにおく深い、だれひとりとしてよりつかない土地。旅の者たちはこれから、その土地の中へとふみこんでゆくのです。ここでいちばん、たよりになったのは……、やはり、この旅のいちばんのみちびき手である、あの人(ベルグエルムではありません。ざんねんながら)。この土地のことをもっともよく知っている、ミリエム・オーストでした。

 

 じつはミリエムはもともと、ベーカーランドよりもさらに南のくに、ブリスタットというくにの出身で、そのくにからロザムンディアのまちの大聖堂のオルガンそうしゃとしてやってきたのが、かれだったのです(オルガンがひけるなんて、いがいなさいのうですね! 

 

 ちなみに、ミリエムの生まれたブリスタットですが、このくにはグラン河という美しくゆたかな大河に守られていて、その河のほとりに育つたくさんのくだものは、このアークランドの中でもとくに高いひょうばんを受けていました。とくにブリスタットベリーというくだものがゆうめいで、このくだものは見た目はプラムににていましたが、とってもあまくて、みずみずしくて、かおりがさわやかで……、とにかく、やみつきになっちゃうおいしさなんだそうです。そう、じつはわたしも、まだブリスタットベリーを食べたことがないんです! う~ん、くやしい。こんどぜったい、食べてみたい!)。

 

 そんなわけですから、ミリエムはこの西の街道を通ってブリスタットからベーカーランドまでのあいだ、そしてベーカーランドからロザムンディアまでのあいだを、なんどもいききしたことがありました。この土地の道あんないには、ミリエムはまさに、うってつけだったというわけなのです(もっともミリエムはロザムンディアのまちでずっとゆうれいになっておりましたから、かれがこの道を通っていたのは、もうなん十年もむかしのことでした。ですからちょっと、心配ではありましたが……。

 

 ちなみに、ミリエムのからだはゆうれいになったそのころのままでしたので、見た目はとっても若く見えましたが、じっさいには、ベルグエルムよりもずっと年上だったのです。う~ん、なんだかちょっと、ふくざつですね)。

 

 

 そのミリエムのあんないで、一行はこの古びたむかしの道のりを、どんどんと進んでいくことができました(やっぱり道を知っている者がいるというのは、ちがいますね)。古い街道はもう、ほとんど消えてしまっていて、道を見つけるのがとくいなベルグエルムでさえも、街道をたどっていくのはこんなんになっていました。ですから正しい道を進んでいくのには、むかしのけいけんを持っているミリエムの、そのきおくだけが、たよりとなったのです(大きな木が立っていたりとか、大きな岩があったりだとか、そんなものが道の手がかりとなったのです。でもときおりミリエムは、「あれ? おかしいな、ここは、どっちだったっけ? う~ん……」となやんで、みんなをはらはらさせましたが……。まあ、だいぶ時間がたって、景色もずいぶんと変わってしまっておりましたから、もんくはいえませんでしたけど。もっともミリエムの場合は、たんに、きおく力の問題であることが多いようでしたが……)。

 

 やがて日が落ちてしまってからも、一行は夜のやみの中をずいぶんと進みました。ですが、さすがにもう、これ以上は進めません。こうして、長かった今日いちにちの旅が終わったのです。

 

 

 みんなはもう、くたくたでした。今日はずいぶんと、いろんなことがありましたから。いえ、ありすぎましたから。はぐくみの森を出発してからモーグにはいり、フェリアルがおばけになって、カルモトに会って……。それから、魔女の塔での大冒険です。これだけのことをいちにちのうちに終えましたから、むりもありません(魔女の塔での冒険についてはフェリアルはさんかしていませんでしたが、かれはそれと同じくらい、たいへんな目にあってしまっていましたから、やっぱりみんなと同じくらい、へとへとだったのです)。みんなは街道のわきの原っぱに野宿のじゅんびをさっさとすませて、つめたいままのごはんをがつがつ食べると、すぐに、深い眠りに落ちていってしまいました。ありがたいことに、つかれたからだの旅の者たちのために、カルルとクプルがこうたいで、見張りに立ってくれるということでした。ですからみんなはフログルたちにかんしゃして、心おきなく、ぐっすりと眠ることができたのです(ちなみに、ミリエムは旅の者たちよりもさきに、すぐにぐーぐーいびきをかいて寝てしまいました。まあ、ビポナに乗っているのも、たいへんなのでしょう)。

 

 よく朝。みんなは生きかえったかのようにげんきになりました。こんなにぐっすり寝てしまったのも、ひさしぶりな感じです。みんなは「う~ん……!」と両手をのばし、朝のすがすがしい空気を、おなかいっぱいにすいこみました(でもひとつだけ問題が。みんなが朝起きたら、起きて番をしてくれているはずのカルルとクプルが、そろってぐーすか、気持ちよさそうに寝ていたのです……。なにごともなかったからよかったものの……、やっぱりフログルたちにまかせるのは考えものだと、みんなは心から思いました……)。

 

 それからみんなはふたたび、街道をいっちょくせんに進んでいきました(ライアンはまだ朝のおやつがすんでいないといって、はちみつをたっぷり乗せたマフィンを三こも、口にほおばりながら出発しましたが)。空はうすぐもり。風はそよ風。寒すぎることもなく、おだやかな朝でした。

 

 「今日のうちに、なんとしても、ベーカーランドへとたどりつかねばならない。」ベルグエルムが、たづなをにぎる手に力をこめて、みんなにいいました。「進めるうちに、どんどん進んでおかなくては。われらに、休んでいるひまなどない。ライアン、今日は、おやつの時間はなしだぞ。」

 

 「えーっ! そんなー!」いわれて、ライアンがさけびました。

 

 「しょうがないよ。」ロビーも、ベルグエルムの言葉にこたえてそういいます。「今日は、キャンディーだけでがまんしてね。」

 

 ですが、ライアンがキャンディーだけでがまんできるはずもないということは、ロビーにもよく、わかっていました。

 

 「いいもん! メルに乗りながらおやつにするから! ロビー、ぼくのお菓子、しっかり持っててよね!」

 

 やっぱり……。ロビーはライアンにおしつけられたお菓子のはいったかばんをかかえこみながら、「はあ……」と深いため息をつきました。

 

 

 それからみんなの騎馬たち(とビポナたち)は、大地を走りに走りました。とちゅう、おひるごはんのきゅうけいをわずかにはさんだほかには、みんなはほんとうに、馬(もしくはビポナ)からおりることもせずに、南へ南へ、いっちょくせんに進んでいったのです(ところでライアンはほんとうに、走りながらおやつを食べました。ひとつお菓子を食べるたびに、「ロビー、チョコクッキー取って!」とか、「つぎは、ふにゃふにゃグミのキーズベリー味!」とか、うしろのロビーにいうのです。かわいそうなロビーは、さからうこともできず、ライアンのわがままに、だまってしたがうほかありませんでした……)。

 

 そしてもう日もかたむきはじめ、あたりがだんだんと、夜のしはいにつつまれてゆこうかという、ちょうどそのころ。

 

 「あそこです。あそこが、分かれ道ですよ。」

 

 つづく道のそのさきをゆびさして、とつぜんミリエムがいいました。道はその場所で、大きく右へまがっています。ですがよく見ると、道はそれだけではありませんでした。小さなほそい道が、そのまままっすぐ、南へとつづいていたのです。

 

 その小道は、なんともおそろしげな道でした。草木がぼうぼうにのびていて、張り出したえだが、その道をふさぐようにいくつもたれ下がっていたのです。そのえだや葉が、山からの風にこたえて、さわさわ……、ひゅるひゅる……、となんともものさびしい声を上げていました。

 

 「道にそって右へいけば、そのさきは、よろこび平原へとつながっています。このまままっすぐ、あの小道をいけば、道は、山のおく深くへとつながっていて、そのさきには……」

 

 「やみの精霊の谷があるというわけか。」ベルグエルムが、ミリエムのかわりにいいました。

 

 「そ、そうです。」ミリエムが、おびえたようにこたえます。

 

 「ねえ、ほんとうにいくんですか? 今からでも、おそくありませんから、考えなおした方が……」

 

 ミリエムはそういって、不安そうに旅の者たちのことを見渡しました。ですがミリエムになんといわれようと、みんなはここで、道をそれるわけにはいかなかったのです。

 

 「われらは、なんとしても、この道をゆかねばならない。ここでのおくれは、このアークランドの運命を変えてしまうことになるだろう。」ベルグエルムが、かたいけついを持っていいました。

 

 「ここからさきは、われらだけで進みます。ここをぬければ、ベーカーランドまでは、もう、目と鼻のさきだ。ミリエムどの、ごあんない、心よりかんしゃいたします。」ベルグエルムはそういって、ミリエムにウルファの敬礼をおくりました。

 

 「なーんか、おばけでも出そうなところだね。」ライアンが、ロビーといっしょにその小道をながめながら、いいました。「こんどこそ、ほんとうのおばけが、うじゃうじゃいるかも。しっかりたのむよ、フェリー……、あれ? フェリー?」

 

 ライアンとロビーはまわりをきょろきょろ見渡しましたが、そこにはフェリアルの騎馬だけがぽつんといるばかりで、主人であるフェリアルのすがたが、どこにも見あたりません(ま、まさか、おばけにさらわれちゃったんじゃ……!)。

 

 「あのー、フェリアルさんなら、さっきから、わたしの背中にくっついているんですが……」

 

 そういったのはカルルでした。見ると、フェリアルがカルルの背中にしがみついて、そこからびくびくと、つづく小道のようすのことをのぞきこんでいたのです(まったく人さわがせな)。なんだかフェリアルは、自分がおばけになってしまってからというもの、前よりももっと、おばけぎらいになってしまったようですね。この小道の「おばけムードまんてん」なようすを見て、フェリアルはすっかり、おじけづいてしまったというわけでした(でもフェリアルのめいよのためにもいっておきますが、かれは相手が「おばけかんけい」じゃなければ、とってもゆうかんで、りっぱな強い騎士なのです。それはガイラルロックたちや黒騎士たちとの戦いの場面を見れば、よくわかりますよね。こんかいのこの西の地での冒険は、相手や場所が、あんまりよくない場合が多いみたいです。オーリンたちの谷では、おばけの出そうな谷の底で、おばけみたいに出たり消えたりするかいぶつに出会ってしまいました。それからこんどは、おばけのまちそのものにふみこんでいって、そこで二百人ほどものゆうれいさんたちに出会ってしまったのです。そしておつぎは、やみの精霊たちの住むという、おばけの出そうなこわーい道……。フェリアルにとっては、だいぶ、かわいそうな旅になってしまいました。ですからみなさん、かれのことを見て、「なさけないなあ……」とか、あんまり思わないであげてくださいね。これからきっと、たくさん、かつやくしてくれるはずですから。相手が「おばけかんけい」じゃなければ)。

 

 「まったく……、なにやってんだか、もう。」ライアンが「はあ……」と深いため息をついて、あきれたようにいいました。「こら! それでも騎士なの! しゃきっとしなさい、しゃきっと!」

 

 「は、はいっ!」ライアンに怒られて、フェリアルは思わず、しゃん! と背すじをのばしてしまいます。

 

 「騎士は、みんなを助けるのがしごとでしょ! まったく、だらしない。」ライアンが、ぷんぷん怒っていいました。

 

 「い、いや、わたしは、みんなの安全のために、道をようくしらべておこうと……」

 

 くるしい、いいわけをするそんなフェリアルの顔を、「ふ~ん。」とのぞきこみながら、ライアンがさらにこういって、フェリアルのことをつっつきました。

 

 「そっか。じゃあ、みんなの安全のために、さきに、フェリーひとりで、谷をしらべてきてもらおっかなー。」

 

 「ええーっ! そ、そんなー!」フェリアルが泣きそうな顔をしていいました。

 

 「た、隊長~!」

 

 フェリアルはそういって、ベルグエルムに助けをもとめましたが、そんなべルグエルムもまた、いたってまじめな顔をして、こうこたえるばかりだったのです。

 

 「うむ。それもいいな。もし、おばけが出てきたら、すぐに、わたしたちにしらせてくれたまえ。」

 

 「た、隊長まで、そんな~!」

 

 とまあ、これも全部じょうだんでしたが……、ちょっと、やりすぎちゃいましたね(フェリアルのことをからかうのはやめにしましょうと、前にもいいましたのに、もう)。ほんとうに泣いてしまったフェリアルに、ライアンもベルグエルムも、「ご、ごめんね、フェリー。」とあわててあやまりました。

 

 「ロビーどの~!」ロビーにしがみついてわんわん泣いているフェリアルでしたが、そんなロビーも、よしよしとフェリアルのことをなだめながら、心の中でちょっとだけ、こう思ったのです。

 

 フェリアルさんって、けっこう、めんどくさい……。

 

 

 こうして旅の者たちは、そのおそろしいやみの精霊の谷へと、ふみこんでいきました。はたしてみんなはぶじに、この谷をぬけて、そのさきにつづくめざすベーカーランドの地へと、たどりつくことができるのでしょうか?(たどりつけなきゃこまりますけど。)

 

 みんなは見送るミリエムとフログルたちに、もういちど手をふって、その暗い小道をぱかぽこと馬で進んでいきました(ミリエムをひとりで帰すわけにはいきませんでしたので、カルルとクプルのふたりとも、ここでおわかれでした。ちょっとさみしいですけど、また、げんきなすがたを見せてもらいたいものですね!

 

 ところで……。ミリエムたちのその帰り道の中でのこと。かれらは道のとちゅう、思わぬできごとに出会ってしまったのです。かれらが野宿をしていると、そのむこう。西のほうがく、海のほうこうの荒れ野の地に、今までだれも見たこともないような、かがやくまちなみがあらわれました! ミリエムはなんともびっくりぎょうてんしてしまって、「あんなものは、見たこともきいたこともない! むやみに近づかない方がいいですよ!」といいましたが、こうきしんおうせいなフログルたちが、じっとしていられるはずもありませんよね……。

 

 こうしてかれら三人は、ビポナを走らせて、そのかがやくなぞのまちへとむかったのです。そこでかれらが見たものは……?

 

 ごめんなさい! ミリエムたちのその冒険について、ここでくわしくお話ししているわけにはいきません。それをみんな書いていたら、この本がもっと、ぶあつくなってしまいますから! この物語は、あくまでも、「ロビーの冒険」なのです。ですからまことに申しわけないのですが、「ミリエムとフログルのふしぎな冒険」の物語については、またのきかいにお話しすることにしましょう。かいつまんで説明しちゃったら、もったいないくらいのお話なので。ほんとにごめんね)。小道を進むにつれて、あたりはどんどんと暗くなっていきます。まだ日も落ちきっていないというのに、この暗さはやっぱり、ふつうではありませんでした。ということは……?

 

 「やっぱりここは、やみの精霊たちがしはいしているんだ。」ライアンが、あたりのようすをきょろきょろと見渡しながら、いいました。「この暗さは、かれらの力によるものだよ。かれらの力には、どんな光だって、かなわない。かれらにおそわれたらさいご。人はみんな、かれらの力に、そのからだをくいつくされて、おばけの仲間いりになっちゃうんだって。」

 

 ライアンがそういうと、うしろからフェリアルの「ひええ……!」という声がきこえてきます(おばけムードまんてんの場所できいて、楽しいような話題でもありませんでしたから)。

 

 「そ、そんなおそろしい精霊がおそってきたら、どうやって戦うの?」ロビーがライアンに、おそるおそるたずねました。

 

 「う~ん、そうだね。だれかひとりがおとりになって、そのすきに……」ライアンはそういって、うしろのフェリアルの方をふりむきます。

 

 「じょ、じょうだんはやめてくださいよ!」フェリアルがライアンに、さけびました。

 

 「うそだよ、フェリー。」ライアンはそういって、けらけら楽しそうに笑いました(ほんとにいじわるなんだから、もう)。

 

 「かれらと戦おうとしたって、むだだよ、ロビー。前にもいったけど、精霊たちの力には、ぼくたち生身のからだの者たちには、とうてい、かないっこないんだ。だって相手は、この世界、そのものなんだから。」

 

 そんなライアンの言葉に、ベルグエルムもつづけてロビーにいいました。

 

 「ライアンのいう通りです。われらはけっして、かれらと戦ってはならない。かれらのきげんをそこねないように、なんとか、かれらの谷を通らせてもらうのです。それいがいに、道はありません。」

 

 「そ、そうなんですか……」ロビーが不安げにこたえます。「で、でも、きっと、ライアンがいれば、だいじょうぶですよ。ライアンなら、かれらと話しができる。話しあえば、きっと、わかってもらえると思うから。」

 

 「だと、いいんですけど……」フェリアルが、ロビーよりももっと不安げにいいました。「わたしはもう、おばけなんかになるのは、ごめんですよ。」

 

 「いちどなったんだから、二どや三ど、なったって、おんなじじゃない?」ライアンがまた、いたずらっぽく笑ってフェリアルにそういいます。

 

 「じょ、じょうだんじゃない! もう、にどとごめんです!」フェリアルがむきになって、かえしました。

 

 

 やがて道はどんどんせまくなり、ついに一行は、馬が一頭ようやく、くぐれるか? というくらいの、そのなんともおそろしげな門の前までたどりつきました。いえ、門といいましたが、両がわにこけが生えた石のはしらが二本立っているだけで、とびらもやねもありません。ですがそのさきはあきらかに、この世界のものではありませんでした。くらやみの中にゆらゆらと動く葉のない木々が立ちならんでいて、地面にはまっ黒いねずみのような生きものたちが、ちょろちょろとはいまわっております。そしてときおり、影そのものがまるで生きているかのように、ぐにょぐにょとそのかたちを変えて、動きまわっているのが見て取れました。

 

 まさしくこの門のさきは、やみの精霊の谷。この世界の者たちが、むやみに立ちいっていいような場所ではなかったのです。

 

 「きょ、今日は、精霊さんたちは、いそがしいみたいですね。また、日をあらためて……」

 

 「こら! 逃げるな!」

 

 いかにもおばけが住んでいそうなそのおそろしいふんいきのことを見て、フェリアルがいそいそとひきかえそうとしましたが、そんなフェリアルのえり首をライアンがぐいっとつかまえて、ひきもどしました(やっぱりほんめいの場所は、これまでの小道よりももっと、おばけムードまんてんだったのです……。門の中はおばけのまちだったころのロザムンディア、つまりモーグよりももっと、おばけが出そうなふんいきでした。かわいそうなフェリアルくん……)。 

 

 「みんな。なにがむかってこようと、ぜったいに手出しをしてはならないぞ。」ベルグエルムがみんなにむかって、きつく注意をしました(とくにフェリアルには、ねんをおしていいました)。

 

 「中にはいったら、いっちょくせんに前に進むんだ。よけいなことは考えてはいけない。うまくいけば、なにごともなく、この谷を通りぬけられるかもしれない。」

 

 そういってベルグエルムは、とうとう、その門をくぐって中にはいっていったのです。

 

 「なにごともなく、なんて、ありそうにないけどね。」ライアンが、やれやれといった感じで、そのあとにつづきました(とうぜん、うしろに乗っているロビーもいっしょに中にはいりました)。

 

 「フェリー! 早くこないと、おいてっちゃうよ!」ライアンがうしろをふりかえって、まだぐずぐずとためらっているフェリアルにむかって、さけびます。

 

 「ま、待ってくださいよー!」そしてフェリアルも泣く泣く、ライアンのことを追いかけて、そのあとにつづいていきました。

 

 

 ここはいったい、どんな場所なのでしょう? 旅の者たちはその谷にはいったとたん、なんともぶきみな感かくにつつまれました。まるであたりからたくさんの見えないやみの手が、自分のもとへとのびてきていて、その手が自分のからだ中のエネルギーを、つかみ取ろうとしているかのような……、そんな感じにおそわれたのです(なんともいやーな感かくです)。空気はしっとり、ぴりぴり、ひんやりとしていて、黒いきりのようなものが、あたりをゆらゆらとただよっております。地面には黒いマシュマロのようなものがいくつも集まっていて(ぜったい、やいて食べてみようとは思いませんけど)、その上や木々のみきなどには、黒いねずみや、りすや、そのほかのふわふわとした生きものたちが、たくさん動きまわっていました。

 

 中でもみんなをいちばんびっくりさせたのは、まっ黒な人のかたちをした、影たちでした。その影たちは身長が七フィートほどもあって、目のあるところに小さな白いあながぽっかりとあいているばかりで、鼻も、口も、ゆびもありませんでした。その影たちが、あっちやこっちを、のそのそと歩きまわっていたのです。

 

 はじめは、かれらがやみの精霊なのかと思いました。ですからみんなは馬をとめて、かれらにこの地を通してもらおうと、話しかけたのです(話しかけたのは、もちろんライアンです)。ですけどかれらはまったく耳を貸さず(というより、きこえていないみたいです)、あいかわらず、ただのそのそと、あてもなくあたりを歩きまわっているばかりでした。

 

 「だめ。話が通じないみたい。」ライアンが手を上げて、ベルグエルムにいいました。「かれらは、やみの精霊じゃないみたいだね。でも、しぜんのエネルギーが、ものすごく強いよ。」

 

 ライアンのいう通り、じつはこの人のかたちをした影たちは、この土地に集まっているやみのエネルギーそのものが、人のすがたになって、動きまわっているものだったのです! かれらは言葉もわかりませんし、感じょうもありませんでした。ですからかれらに話しかけても、むだだったのです。

 

 ですが、それからしばらく進んだところで。旅の者たちはとうとう、この土地のほんとうの住人たちに出くわすことになってしまいました。

それは……、そう、やみの精霊です!

 

 「ぎゃあ! で、出たー!」とつぜん、フェリアルが大声を上げてさけびました!

 

 「どうした!」ベルグエルムが馬をとめて、あたりを見まわします。

 

 「だめだね、かこまれてるよ。なんか、こんなのばっかりな気がするけど……」

 

 まことにライアンのいう通り。旅の者たちは、すでにかれらに、すっかり取りかこまれてしまっていました!(ほんとうに、こんなのばっかりですけど……)

 

 フェリアルがひめいを上げたのも、むりはありません。かれらやみの精霊たちのすがたは、まるでじごくの底からはい上がってきた、ゆうれいたちの親玉、といった感じの、それはそれはおそろしいものだったのです!(これにはさすがのベルグエルムでさえ、おじけづいてしまったほどです。)

 

 かれらのからだは人のかたちをした、もえさかるまっ黒なほのおでした。そのからだからはぴりぴりと、いなずまのようなエネルギーが吹き出しています。つり上がった、まっ赤なふたつの目! その目はまるで、こおりのようなつめたさで、こちらをぎろりとにらみつけていました。そして大きく、さけた口!

 

 それは精霊というよりも、ほんとうに、じごくのおばけそのものといった感じでした。旅の者たちは今、そんなおそろしい者たちに、まわりをすっかりかこまれてしまっていたのです!(これなら木の兵士たちにかこまれたときの方が、ぜんぜんましです!)

 

 いったいかれらは、なん人くらいいるのでしょうか?(精霊を人と数えるかどうかは、べつとして。)見渡してみれば、あっちもこっちも、赤い目、さけた口、赤い目、さけた口! 旅の者たちはすっかりふるえ上がって、それぞれの騎馬たちをよせあい、肩をよせあいました。

 

 「ラ、ライア~ン! は、早く、なんとかしてくださいよ~!」フェリアルがたまらずに、ライアンにいいました。

 

 「かれらにいって! ぼくたちは、敵じゃないって!」ロビーもライアンにしがみつきながら、おびえた声でいいました。

 

 さあ、それではいよいよ、大ほんめい! ライアンくんの出番です! このときばかりは、みんなライアンにたよりきるほかありませんでした(ベルグエルムでさえ、しっかり! ライアン! と心の中であついせいえんを送っていたほどでした)。大精霊使いライアンさまの力を、今こそぞんぶんに、はっきしてもらわなくっちゃ!(っていうか、ほんとにお願い! なんとかして~!)

 

 ですが、みんなに思いっきりきたいされちゃっているライアンでしたが、そんなライアンだって、やみの精霊にむかいあうのは、これがはじめてのことなのです。なんでもこ~い! などと、いきおいでいってしまったライアンでしたが、小さいころから精霊になれ親しんできていたかれでさえ、やみの精霊たちと、はたしてほんとうに話しあうことができるのかどうか? それはぜんぜん、わからないことでした。でも、やらなければなりません!

 

 ライアンは、ごくりとつばを飲みこんで、「よ、よーし!」ときあいをこめました。そして手をまうえにかざして、「自分たちは敵ではない」ということをしめしながら、かれらにいよいよ、話しかけようとしたのです(ほんとうなら精霊に話しかけるときには、その精霊の力にあわせた道具を使った方がいいのですが、やみの精霊にあわせた道具なんて、ライアンは持っていませんでしたから)。 

 

 ですが……。

 

 そのつぎのしゅんかん。旅の者たちにとって、まったく思いもかけないできごとが起こりました。そしてそれは、もう今まででいちばん! といっていいくらいの、信じられないほどの、おどろきのできごとだったのです。

 

 ライアンがやみの精霊たちに話しかけようとしていた、まさにそのとき。そのやみの精霊の中のひとりが、大きくさけた口をひらいて、こんなことをいいました。

 

 

 「おまえたちを待っていた……。われらは、おまえたちに協力する……」 

 

 

 え……? ええーっ!

 

 

 これはいったい! どういうことなのでしょう!

 

 さあ、旅の者たちの冒険は、またしても、このさきよそくのできないほうこうに進んでいってしまうみたいです。それは、よい道なのか? 悪い道なのか? 物語はさらにつづきます。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


   「……じゅんびは、ととのっております……」

      「なぜ、王さまがぼくたちのことを?」

   「かれらのことを、信じよう。」

      「全隊! せいれーつ!」


第16章「エリル・シャンディーン」に続きます。



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16、エリル・シャンディーン

 「花はいいね。気持ちをおちつかせてくれる。」

 

 いすにすわって本を読んでいたその人物が、ふっとつぶやきました。

 

 ここはこのアークランドのどこかの、テラスでした。てんじょうやかべはガラスでおおわれていて、部屋の中にはところせましと、赤や、きいろや、もも色に、白。色とりどりの美しい花々がさきみだれております。とこれだけなら、ふつうのきれいなテラスでしたが……、どうやらここは、とてもそんな、おだやかでへいわな場所ではなさそうでした。

 

 このテラスの中は、とてもへいわでした。ですが問題は、このテラスのそと。かいほう的なガラスのかべのむこうから、明るいおひさまの光がさんさん! というのであれば、とってもよかったのですが、テラスのそとにはおひさまどころか、くもりの空さえきたいできないような、じつにふきつで、ぶきみな世界が広がっていたのです。そこは赤茶けたごつごつとした岩があたりいちめんにころがっている、荒れ果てた土地でした。生きもののすがたはおろか、草のいっぽんさえ生えていません。ですからここは、このくにの中の、とっても悪い場所にきまっています! そしてそれをけっていづける、あるものが、そこにはありました。その人物がいるガラスづくりのテラス。そのテラスは、その人物がいるそのたてものの、ほんの一部にすぎなかったのです。

 

 なんというおそろしいたてものなのでしょう! あちこちに黒い塔がつき出ていて、その塔のさきっぽには、するどいはもののようなかざりが取りつけられていました。たくさんの目をかたどったもようが、たてもののいたるところにえがかれていました。そしてこのたてものが、ほかとけってい的にちがう、おそろしいところがあったのです。それは……、このたてものの全体を、ぐにぐにと動く、ぶきみなゼリーのような生きている赤いかたまりが、つつみこんでいるというところでした! そのおそろしげなことといったら! しかもそればかりではありません。よく見れば、そこからつき出ているたくさんの黒い塔も、そしてこのたてもののかべそのものも、まるで生きているかのように、ぐにゃぐにゃと、まがったりのびたりして、そのかたちを変えていたのです!

 

 こんなものは、ぜったいに人の手で作り出せるようなものではありません! かいぶつか、悪魔か、それよりもっとおそろしいものか……。そんな、はかりもしれないまがまがしいもので、このたてものはおおいつくされていました(いぜんアルファズレド王のいるワットのくにのようすを、みなさんは見たことと思います。ですがこの場所は、あれよりはるかに、おそろしいのでした。ですがワットよりももっと、おそろしい場所って……?)。

 

 「……じゅんびは、ととのっております……」

 

 とつぜん。いすにすわっているその人物のうしろで、静かな声がひびきました。

 

 「……もはやこれ以上、ドルーヴのやつめを、おさえつけておくことはできません……」

 

 この声に、みなさんはききおぼえがあるはずです。それはいぜん、赤い石の浮かぶきみの悪い広間で、石の前に立っていた黒いガウンをかぶったなぞの人物に話しかけていた、あの声でした。

 

 「あ、そう。」いすにすわっている人物が、なんともそっけなく、きょうみもなさそうにいいました。

 

 「……どうぞ、ごめいれいを……」 

 

 つづく声に、いすにすわっているその人物が、ぱっとうしろをふりかえりました。そしてその人物が見た、そのさき。部屋の入り口の前に立っていたのは……。

 

 おおかみです! まっ黒なかみとまっ黒なしっぽを持った、りっぱなからだのおおかみ種族の男の人がひとり、いすにすわっているその人物に話しかけていました!(黒いかみと、黒いしっぽですって? ということはロビーと同じ、黒のウルファじゃありませんか!)いったいこの静かな声のウルファの男の人は、なに者なのでしょうか?

 

 「いいよ。じゃ、そろそろ、でかけてもらおうか。」いすにすわっている人物がそういって、「くっくっく。」といううすきみの悪い笑い方をしました。

 

 この笑い方! この笑い方にも、みなさんはききおぼえがあるはずです。そうです、いすにすわっているこの人物。かれはやっぱり、あの赤い石の広間にいた黒ずくめのなぞの人物。あの人物にまちがいありませんでした。ですがあのとき、かれはまっ黒のガウンで全身をつつんでいました。それが今は、赤いうす手のセーターを着ているだけで、ガウンはまとっていなかったのです。それが意味することは……?

 

 そう、今はかれの顔もふくめて、そのなぞのすがたをみんな見て取ることができるということでした!(ですからわたしも「なぞの人物」ではなく、「かれ」とよぶことができるようになったのです。いすにすわっているその人物は、男でした。)

 

 かれは人間の種族の者でした(すくなくともそう見えました)。そしていがいなことに、ずっと若かったのです(まだ十五さいか十六さい、そのくらいのようでした)。やせていて、きゃしゃなからだつき。きみの悪い笑い方とはうらはらに、その顔立ちはきれいにととのっていて、長くのばした赤いかみを、背中までたらしていました。でも美しい顔立ちとはいえ、やっぱりそのむらさき色のひとみのおくには、なにか、じゃあくなものを感じさせずにはいられなかったのです。

 

 「好きなだけあばれちゃって、かまわないよ。ああ、でも、あの石だけは、こわさないでね。ぼくがもらうんだから。」そういって、かれはまた「くっくっく。」と笑いました。そしてかれは、またむこうをむいて、手にしているその本を読みはじめたのです(ちなみに、本のだいめいは「かわいいこねこ」というものでしたが)。

 

 「楽しみだなー。早く、かれがきてくれないかなー。」そういってかれは、まるで小さな子どものように足をぱたぱたさせて、「ふんふん。」ときげんよく鼻をならしました。

 

「そのために、あなたにきてもらったんですから。ね? ムンドベルクさん。」

 

 ええっ! ム、ムンドベルクですって? ということは……。 

 

 このふたりの人物がだれだか? 読者のみなさんにはもうおわかりでしょう。おおかみ種族の人物は、ほかでもありません。レドンホールの、すべてのウルファたちの王。ムンドベルク・アルエンス・ラインハット、その人だったのです! そしてもうひとりは……?

 

 そう、いすにすわって本を読んでいる、この子どものようにむじゃきな人物こそ、ほかでもありません。すべての悪だくみのうらに立つ、悪の魔法使い、アーザスほんにんでした! 

 

 「……はい……」ムンドベルクが、アーザスの言葉にこたえました。王さまはすっかり、アーザスに心をうばわれてしまっていたのです。

 

 「……かれは、かならずや、ここへやってくることでしょう……。わたしには、わかります……」

 

 ムンドベルクのその言葉に、アーザスは「くっくっく。」と笑うだけでした。

 

 「じゃ、ドルーヴのことは、よろしくたのむよ。」アーザスはそういって、うしろむきのまま手をひらひらとふって、ムンドベルクのことを送ります。

 

 「……失礼いたします……」

 

 「ああ、それと。」おじぎをして立ち去ろうとするムンドベルクのことを、アーザスが急によびとめました。「ばんごはんは、ハンバーグがいいな。ケチャップたっぷりのやつ。よろしくねー。」

 

 ムンドベルクはふたたびおじぎをして、テラスから出ていきました。

 

 

 ひとりになったアーザスは、ガラスのかべのむこうを見つめながら、その口もとを、にやりとぶきみにゆがませました。

 

 「かれがここにくるまで、あと二、三日かな? 楽しみ。」アーザスはそういって、いすの手すりの上においてあった、いっぽんの白い花を手に取りました。

 

 「きみのかつやくに、きたいしているよ……」

 

 アーザスがそういうと、その手に持っていた花が、まるでドライフラワーをつぶしたかのように、ぱりぱりと音を立ててくずれちってしまいました。

 

 

 

 かあー! かあー! 

 

 一羽のからすが大きな声でないて、夜のとばりにつつまれつつあるその空の中の高くを、飛んでいきました。その足には、ひとつの大きな木の実がにぎられていました。

 

 ここはこのアークランドの、西の土地。岩がころがり、人々に忘れ去られた木々たちがさみしそうに立ちつくす、うちすてられた場所……。

 

 とつぜん、びゅう! という強い風が、その土地の空高くに吹きつけました。その風にびっくりしたからすは、つかんでいた木の実を放り出し、かあかあないて、かなたの空へと飛び去っていってしまいます。木の実は風に乗って、その谷の中へとゆっくりと落ちこんでいきました。その谷は、星のあかりも受けいれないほどの、まさにやみの谷……。そう、この谷こそが、今まさに、旅の者たちがふみこんでいる、そのやみの精霊の谷にほかならなかったのです!

 

 さあ、ここから物語は、どう進んでいってしまうのか? いったいみんなは、これからどうなっちゃうの? (お待たせしました。)それでは、つづきをどうぞ!

 

 

 旅の者たちは、すっかりびっくりぎょうてんしてしまいました。なにが起こっているのか? 正しくりかいすることなんて、まったくむりな話というものでした。

 

 それもそのはずです。このアークランド中の人々におそれられ、近づく者をようしゃなくやみにひきずりこんで、そのたましいをけもののようにむさぼり食うとまでいわれているほどの(それはいいすぎですけど……)こわいこわいやみの精霊たちに取りかこまれたかと思ったら、いきなり自分たちに、協力するといってきましたから! しかもやみの精霊たちは、自分たちのことを待っていたというのです。これでおどろくなという方が、むりというものでした。

 

 「そ、それっていったい、どういうこと?」

 

 ライアンがわけもわからず、すっかりこんらんしたじょうたいのままで、やみの精霊たちにたずねました(思わず、いつもの話し方で話しかけてしまいました。ほんとうなら精霊たちには、敬意をこめた、おごそかな話し方をしないといけませんでしたけど、そんなよゆうもありませんでしたから)。これに対して、やみの精霊たちはいたっておちつきはらったようすで、顔色ひとつ変えずに、こうこたえたのです。

 

 「精霊王からの、たのみだ……」

 

 「精霊王!」思わずライアンが、さけんでしまいました。ベルグエルムもフェリアルも、もちろんその名をきいて、びっくりしないはずもありません(ただひとりロビーだけは、精霊王の名まえをきいても、ぽかーんとしたままでした。おさなかったころのロビーのきおくの中には、精霊王についてのきおくはなく、ロビーは精霊王のことについても、森のとしょかんで読んだ本の内よういがい、なんにも知らなかったのです。その森のとしょかんにあった本は、小さな子むけの「精霊王のふしぎのくに」という絵本だけでしたので、ロビーは精霊王ときいても、絵本の王さまがどうかしたのかな? と思ったばかりだったのです)。

 

 「まさか……! ほんとうに精霊王さまがいるんですか!」

 

 ライアンもベルグエルムもフェリアルも、やみの精霊たちにくいいるようにたずねてしまいました(もうやみの精霊のこわさなんて、どこかに吹き飛んでしまったみたいでした)。まさか、伝説の中だけにそんざいすると思われていたあの精霊王が、ほんとうにいるなんて、とても信じられないことでしたから。

 

 そんなみんなのようすを見て、やみの精霊たちはしばらく、ただざわざわとゆれているだけでした。そしてしばらくたって。その中のとびきり大きくて、とびきりこわい顔をしたやみの精霊のひとりが、旅の者たちに話してきかせたのです(どうやらこの精霊が、この谷のやみの精霊たちのリーダーのようでした)。

 

 「ほんらい……、この谷に、人のはいることゆるさぬ……」そういって、その精霊がみんなのことをぎろっ! とにらんだので、みんなは思わず、「ひっ!」とふるえ上がってしまいました。

 

 「王のたのみであるので、とくべつに、おまえたちをここへまねいた……」

 

 「なぜ、王さまがぼくたちのことを?」ライアンが思わず、口をはさみます。するとその精霊がライアンにむけて、口を「しゃああっ!」とならしたので、ライアンは思わず、「すいませんっ!」とちぢこまってしまいました(さすがのライアンでも、相手が悪すぎですので)。

 

 精霊がつづけます。

 

 「アークランドのためだ……。王は、おろかな人間たちによって、このくにがほろびることを、あんじておる……。それを防ぐため、おまえたちにこの谷を通らせるよう、われらにたのんできたのだ……」

 

 「精霊王さまが、ぼくたちのことを……!」ライアンが、ロビーの顔を見ていいました。

 

 「精霊王は、すべてを知っているということか……」ベルグエルムとフェリアルも、おたがいの顔を見あわせて、ごくりとつばを飲みこみました。

 

 そしてその精霊は、ロビーのことをぎろりとにらみつけて、こんどはロビーひとりにだけ対して、こういったのです。

 

 「おまえが、ロビーベルクだな……? 王はおまえに、このくにの運命をたくした……。王のきたいに、こたえるがいい……」

 

 「えっ?」思わずロビーが、びっくりしていいました。そしてあたりをきょろきょろと見まわして、まわりにほかにだれもいないということをたしかめてから、つづけたのです。「ぼ、ぼく?」

 

 ロビーベルク! この名まえは! いぜんみなさんがおとずれた精霊王の森で、なぞの者たちが話していたその会話の中に、出てきた名まえじゃありませんか!

 

 そう、あの森でかみの長い男の人が話しかけていた、岩のむこうにいた人物。じつは、そのなぞの声だけだったあの人物こそが、ほかならぬ、精霊王ほんにんだったのです! そしてその話しの中に出てきた、ロビーににた名まえの人物、ロビーベルク。その名まえを今、目の前のやみの精霊が、ここでふたたび口にしたというわけでした!

 

 「ロビーベルクって、だれですか? ぼくは、ロビー……」そこまでいって、ロビーは、はっと気がつきました。 

 

 「まさか……、ぼくの、ほんとうの名まえ……!」

 

 ベルグエルムもフェリアルもライアンも、びっくりして、思わずロビーのことを見やってしまいました。まさかこんなところで、ロビーのほんとうの名まえを知ることになるなんて、みんな、夢にも思っていないことでしたから。

 

 でもいちばんびっくりしたのは、やっぱりロビーです。小さかったころからの、長年の夢。そのために旅に出ることをけついし、あこがれでさえあった、ひとつの思い……。自分のことを知り、ほんとうの名まえ、「姓」を受けつぐこと。その夢に今、こんなにも、近づいていましたから!

 

 ロビーはすっかりこうふんして、メルの背中から飛びおりると、そのまま、そのやみの精霊につめよってしまいました。

 

 「お願いです! ぼくのことを教えてください! ぼくは、なに者なんですか! ぼくの……、ぼくの家族は、今、どこにいるんですか!」

 

 やみの精霊はロビーのたいどに、すこしびっくりしたようでした。ですが精霊は、あいかわらずおちつきはらったようすで、ただ、こうこたえるばかりだったのです。

 

 「われらはおまえたちを通すよう、たのまれたまで……。それ以上のことは、われらは、おまえたちに、なにも与えない……」

 

 「そ、そんな……」ロビーはがっくりと、力を落としてしまいました。あわててライアンがメルからおりて、ロビーにかけより、ロビーのうでを取って心配そうにかかえます(そのあとほんとうならやみの精霊にむかって、「けちーっ! 教えてくれたっていいじゃーん!」っていってやりたいところでしたが、こわいからやめておきました)。 

 

 「さあ、いけ……。出口は、このさきにある……」

 

 やみの精霊がそういって、道をすうっとあけました。そのさきには、まっ黒いやみで作られたトンネルがひとつ、その口をあけていたのです。

 

 「精霊よ。」とつぜん、ベルグエルムが意をけっしたように、やみの精霊にいいました(このときにはベルグエルムもフェリアルも、馬からおりて、ロビーのそばに集まっていました)。「われらはこれから、さいごのしれんのときをむかえます。ロビーどのは、このアークランドのきゅうせいしゅ。われらのきぼうです。」

 

 ベルグエルムはロビーの方を見てから、ふたたびやみの精霊にいいました。

 

 「精霊王の名のもとに、お願いします。ロビーどのに、あなた方の力を! かれについて知っていることがあるのなら、ぜひとも、それを教えていただきたい。どうかかれに、道をおしめしください!」

 

 ベルグエルムは頭を下げて、やみの精霊にお願いしました。これはもう、かけでしかありませんでした。やみの精霊にこんなことをたのむなんて、ふつうなら考えられないことでした。へたをしたら、いのちまで、うばわれてしまいかねないのです。ですがベルグエルムは、ロビーのその痛いほどの思いを、よくわかっていました。ですからこんな危険をおかしてまでも、ロビーのために、力になってやりたいと思ったのです。これはまったく、いつもれいせいちんちゃくなベルグエルム、らしからぬことでした。ですがそれは、ほかの仲間たちだって、同じだったのです。

 

 「そ、そうです!」フェリアルがつづけていいました。「これは、このアークランドのみらいにかかわる、だいじなことです! 精霊王だって、このくにのことを、心配しているんでしょう?」

 

 「そうだ! フェリーのいう通り!」ライアンももう、やけくそになってつづけました。「知っているんなら、教えてください! ロビーのことについて!」

 

 「みんな……」

 

 ロビーは、おどろきとかんげきで、胸がいっぱいになってしまいました。みんながこんなにも、自分のことを気にかけてくれていたなんて……。ロビーにはもう、それだけでじゅうぶんすぎるほどでした。

 

 

 さあ、やみの精霊たちは、どうこたえるのでしょうか?

 

 

 やみの精霊たちはしばらく、なにもいいませんでした。めらめらと、黒いほのおのようなそのからだをゆらして、旅の者たちのことをじっと見つめているばかりでした。

 

 旅の者たちには、とてつもなく長い時間がすぎたかのように思えました。自分のしんぞうのばくばくいう音だけが、ずっとなりひびいていました。そしてそれから、ようやくのことで。やみの精霊たちが、みんなのそのうったえにこたえたのです。

 

 「人というのは、おかしなものだ……。なぜ、助けあったり、いがみあったりするのか……? われらには、とうてい、りかいができん……」

 

 やみの精霊は、ぴりぴりと、いなずまのような火花をちらしていいました。

 

 「だが、おまえたちのその思いは、買ってやろう……。ロビーベルク、おまえはすぐに、おまえ自身のことを知ることになるだろう……。あとは、おまえしだいだ……」

 

 そういうとやみの精霊たちは、ひとりまたひとりと、そのすがたを消していきました。

 

 「待ってよ! それだけ?」ライアンが思わずさけびましたが、精霊たちにまた、口を「しゃああっ!」とならされて、「すいませんっ!」とちぢこまってしまいました。

 

 こうして、あとには谷の出口へとつづく、まっ黒なトンネルだけが残されたのです。

 

 

 旅の者たちはしばらく、その場にぼーっと立ちつくしているばかりでした。谷の中は、しんと静まりかえり、なんの音も、生きもののけはいすらも感じられませんでした(地面をはっていた小さな生きものたちや、のそのそと動きまわっていた人のかたちをした影たちも、どこかへいってしまったようでした)。

 

 とつぜんの、やみの精霊たちとの出会い。よそうもしなかったできごと。そして今では、目の前にベーカーランドへとつづくトンネルがあらわれて、自分たちのことをむかえていたのです。これでは、いくらなんでも頭がこんらんして、ぼーっとなってしまうのもむりはありません。ですがここでこのまま、ぼーっとしているわけにもいきませんよね。とにかく、なにがなんだか? わけがわかりませんでしたが、目の前にこうして、谷の出口が口をひらいているのですから。

 

 

 さあ、馬に乗って! 考えるのは、あとにしましょう!

 

 

 「ロビーどの、今はとにかく、この谷をぬけてしまいましょう。」ベルグエルムが、かれのはい色の騎馬に乗りこみながら、ロビーに声をかけました。「この出口がいつまでひらいているのかも、わかりません。」

 

 「そ、そうだ! とじちゃったら、たいへんですよ!」フェリアルもそういって、「ひええ……!」とあわてて、自分の騎馬に乗りこみました。

 

 「ロビー。」ライアンが、まだぼーっと立ったままのロビーに、よびかけます。「今は、前に進むしかないよ。ざんねんだけど……」

 

 ロビーはそんなライアンの顔を見て、小さく「うん、ありがとう。」とこたえました。

 

 「さあ、いくぞ。ここをぬければ、ベーカーランドだ!」

 

 ベルグエルムが大きな声で、みんなにむかっていいました。そしてみんなを乗せた騎馬たちは、そのまっくらなやみで作られたトンネルの中へとむかって、いちろ、飛びこんでいったのです。その出口のさきにつづく、旅のもくてき地。めざす、ベーカーランドへとむかって(ちなみに、フェリアルだけはまた、「こんなに暗くて、だいじょうぶなんですか……? ひょっとして、中に、おばけかなにかが……」といってぐずりましたが、すぐにライアンに、「いいからさっさといきなよ!」と足でおしりをけっこう強くけられて、あわてて中にはいりました)。

 

 

 

 「うわわわーっ! なんなの、いったいー!」

 

 トンネルの中に、ライアンのひめいがこだましました! いったいなにごとでしょう! ですがひめいを上げたのは、ライアンだけではなかったのです。みんなでした!

 

 

 「ぎゃああー!」「なんだなんだ!」「うわあーっ!」

 

 

 そのトンネルをしばらく進んでいくと、やがてかなたのさきに、明るい光が見えました。ですが、「やったー! 出口だ!」とみんながよろこんで馬の足をはやめようとした、そのとき……。とつぜん、足もとの地面が、ぐにゃーり! うねうね! 動きはじめたのです! これではいくらなんでも、たまったものではありません。みんなはひめいを上げながら、なんとか馬から落っこちないようにふんばるので、せいいっぱいになってしまったというわけでした。

 

 まずはじめから、このトンネルはおかしなトンネルでした。トンネルの中はまっくらでしたが、中にはいると、ふしぎと、つづく道のようすがみんなにはわかったのです。そしてなによりおかしかったのは、その道の感しょく。トンネルの地面はまるでかためのスポンジケーキみたいに、ぐにゅぐにゅ、ぱほぱほ、していたのです(ロザムンディアのまちのかびだらけの道も、こんな感じでしたが、このトンネルの道は、あれよりもっとぐにゅぐにゅでした)。ですからみんなは、はじめから、いやーなよかんがしていました。そしてやっぱり、そのいやなよかんがてきちゅうしてしまったのです。

 

 「みんな、ふんばれ! なんとか持ちこたえるんだ!」ベルグエルムがひっしになって、さけびました。

 

 「そ、そんなこといったってー! ひええー!」ライアンもそういって、あわてふためいてメルをあやつりつづけます(うしろのロビーも、もうライアンにしがみつくのにひっしでした!)。

 

 「うわわ! た、助けてー!」フェリアルはすでに馬から落っこちて、地面にあおむけにころがって、手足をじたばたと動かしていました(地面がやわらかかったので、けがはしなくてすみましたけど)。 

 

 そのとき。うねうね動いていた地面が、また静かになりました! これはチャンス!さあ、今のうちです!

 

 「急げ、出口まで、かけるんだ!」

 

 ベルグエルムがさけびましたが、みんなはもう、いわれるまでもありませんでした。急げ急げ! 旅の者たちは、今まででいちばんかもというくらいひっしになって、さきに見えているその出口の光へとむかって、いちもくさんにかけていったのです(フェリアルも、あわてて馬にもどって、「おいてかないでー!」とひっしでみんなのあとを追いかけました)。

 

 「やった! ぬけたぞ!」

 

 そしてみんなはついに、その光の出口をくぐってトンネルのそとへと飛び出しました。

 

 そこは両がわを岩かべにはさまれた、山道でした。岩のまじったほそい道が、さきの方までつづいております。あたりは夕方ももう、おそかったころ。夜のとばりにつつまれつつあるころでした。空にはすでにきらきらと、いくつかの星がかがやいております。ですが今、旅の者たちには、ゆっくり星をながめているよゆうなどはありませんでした。トンネルを飛び出したみんなは、まずまっさきに、とんでもないものを見てしまったのです。

 

 トンネルを出て、みんなはすぐに、今出てきたトンネルの出口の方をふりむきました。そこでかれらが見たものは……!

 

 まっ黒い、巨大ないっぴきのへびでした! ですがへびといっても、頭も目も、なんにもありません。あるのはただ、たくさんのきばのならんだ、大きなまるい口だけ! そのへびが今、その大きなからだをぐいん! とよじらせながら、自分のすあなへともどろうとしているところだったのです!

 

 みんなはすぐにりかいしました。たった今、自分たちが飛び出してきたトンネル。それはトンネルなんかじゃなかったのです。そう、みんなはこのへびの「口の中」から、そとに飛び出してきました!(どうりで道がぐにゃぐにゃしていたはずです! なにせ、へびのからだの中でしたから!)

 

 「うわわわーっ!」みんなはいちもくさんに、つづく小道を走っていきました。そしてようやく、ぜいぜいと息を切らしながら、もういちど、へびのトンネルの方をふりかえったのです。

 

 へびはさいごに、からだをぐるん! とひるがえして、まっ黒なあなの中へと消えていくところでした。おどろいたのは、へびにはしっぽがなかったということでした。しっぽのかわりに、なんとそこにも、きばのならんだ大きな口があいていたのです! つまりこのへびは、そのからだの両がわに口があるということでした。そのからだの中を通っていけば、これはまさしく、トンネルです! やみの精霊の谷には、なんておっかない生きものがいるのでしょう! みんなはぶじにそこからそとに出ることができて、今心の底からほっとしていました。とにかく、さいごのさいごまで、はらはらどきどきしっぱなしでしたが、かれらはこうして、このおそろしいやみの精霊の谷をぬけることができたのです。

 

 

 あたりはしんと静まりかえっていました。空気はぴんと張りつめていました。

 

 ここはベーカーランドの北に広がる、くにざかいの山の中。旅の者たちは今、その山の中の、どこかの山道にいるはずなのです。

 

 「とにかく、道のひらけたところをさがそう。」ベルグエルムがいいました。「ここがどこなのか? まずは、それをたしかめなくては。」

 

 みんなはしばらく、岩かべにかこまれたそのせまい山道の中を進んでいきました。もうすぐおひさまも、かんぜんにしずみきってしまいます。あたりがすっかり暗くなってしまう前に、みんなはなんとか、ベーカーランドのくにのみやこまでたどりつきたいと思っていました。

 

 「これは、どういうことだ?」ふいに、ベルグエルムが空をながめながら、ふしぎそうにいいました。

 

 「やみの精霊の谷にはいったときも、星は同じ高さにあった。そのときから、星がまったく動いていない。」

 

 ベルグエルムのいう通り、空にかがやく星の高さは、みんながやみの精霊の谷にはいったときとまったく同じでした。ベルグエルムは谷にはいるとき、その星の高さを見て、時間をきっちりとかくにんしていましたが、そのときも今も、同じ星の高さ、黒ユピユピのこくげん。夕方の五時ぴったりのころの時間だったのです(黒ユピユピとはシープロンドにむかうとちゅうにいた白いユピユピの仲間で、夕方の五時ころになると、ぴーぴーないて自分のすあなにもどっていくので、この時間の名まえとなりました)。

 

 じつはこれは、なんともふしぎなことでしたが、やみの精霊の谷では時間がすぎませんでした! つまり旅の者たちは、谷にはいったそのしゅんかんに、へびの口から、はんたいがわのこの山道の中へと飛び出してきたというわけなのです!(ですから星もまったく、動いていませんでした。)ですけどそんなこと、みんなにはわかるはずもありませんよね。まさか自分たちが、時間をすっ飛ばして、ここへやってきただなんて!(もっともそれは、ほんのすこしの時間だけでしたけど。せいぜい十分とか十五分とか、そのくらいです。ベルグエルムはそのわずかな時間のあいだに動く星のへんかにも、ゆだんなく注意をくばりつづけていました。さすがはベルグエルムです。)

 

 やみの精霊の谷というところは、ほんとうにおかしなところでした。そこにはいって出てきましたから、旅の者たちはじつに、きちょうなたいけんをしたのだといえることでしょう。ですけど……、やっぱりそれは、谷にはいったことのない、ほかの人たちから見たときの話。じっさいに谷にはいって出てきたかれらにとっては、とても「自分たちはきちょうなたいけんをしたのだ!」なんて、ほこらしげに思うことなどはできなかったのです。このやみの精霊の谷をぶじにぬけることができた今。みんなはそろって、こう、その思いをのべるばかりでした。

 

 「こんなけいけんは、もう、これっきりでじゅうぶんだ!」

 

 

 やがてまわりをかこんでいる岩かべが、前の方でとぎれているのがわかりました。そのさきは見晴らしのいい、高台になっているようです。旅の者たちは、よろこびいさんで、馬の足をはやめました。そこから見渡せば、自分たちが今どこにいるのか? わかるはずです。

 

 そしてその場所に立ったみんなは……。

 

 

 「おお……!」「すごい!」「あれが……」

 

 

 「やったあー!」ライアンがさけびました。

 

 そこは切り立ったがけの上でした。がけの下には、大きな森が広がっております。そして山道は、がけの上のこの場所から、西の海の方へとむかっておりていました。

 

 ですが、そんなものよりもなによりも。みんなをよろこばせたそのいちばんのものが、森のむこうのかなたに、そびえていたのです。

 

 

 「エリル・シャンディーン!」

 

 

 ロビーをのぞく三人が、いっせいにさけびました。それは、ベーカーランドのみやこの名まえ。そしてその名まえのもととなった、美しいお城がそびえていたところ。

 

 そう、みんなの目に飛びこんできた、そのみやここそ、この旅のもくてき地。アルマーク王のいるお城のある、ベーカーランドのみやこ、エリル・シャンディーンだったのです!(そして、よかった! ワットの黒の軍勢は、まだこのエリル・シャンディーンにまでは、せめこむことができていないみたいです。エリル・シャンディーンのまちなみも、お城も、ベルグエルムたちがここを出発したときのままでした。これも旅の者たちが、すばらしく早く、ここにたどりつくことができたからこそでしょう。)

 

 「すごーい! ショートカット作戦、大せいこうー!」ライアンが思わず、さけびました。

 

 もうみんなは、びっくりするのとよろこぶので、大いそがしでした。ベルグエルムとフェリアルはおたがいのうでをがっしりとくみあって、それぞれのけんとうをたたえあいます。ライアンとロビーは、もうだきあって、わーわーよろこびあっていました。

 

 海の方からまわっていけば、五日はかかるといわれていた、この西の地の道のり。時間がなく、やむを得ないけつだんだったとはいえ、やみの精霊の谷をぬけることは、旅の者たちにとって、ほんとうに危険なかけでした。その危険なかけに、旅の者たちは、みごと勝ってみせたのです。それも、大しょうり! ここにやってくるまでに、ロザムンディアのまちから、二日とたっていませんでしたから!(ライアンのいう通り、まさにショートカットです!)

 

 「ついにやりましたね! ついにここまで、やってこられた!」

 

 ロビーがうれしそうに、ベルグエルムとフェリアルのふたりにいいました。ですがふたりは、ロビーのその言葉にすぐにはこたえず、ただしんけんなまなざしをして、ロビーのことを見つめるばかりだったのです(今までうれしいムードまんてんでしたのに、どうしたのでしょう?)。

 

 「ロビーどの。」ベルグエルムがまじめな顔をして、ロビーにいいました。「わたくしのかるはずみなおこないを、どうかおゆるしください。へたをすれば、あなたのいのちまで、うばわれかねなかった。このベルグエルム、一生のふかくです。」

 

 ベルグエルムはそういって、ロビーに深く頭を下げました。

 

 ベルグエルムのかるはずみなおこないというのは、さきほどのやみの精霊たちに対する、かれの思いきった行動のことでした。ほんらいなら、やみの精霊たちにあんなお願いなんて、ぜったいにするべきではありませんでした。もしかれらを怒らせたりなどすれば、それこそほんとうに、いのちまでうばわれてしまいかねないのです。そんなことはベルグエルムは、だれよりもよくわかっていました。ですけど……。

 

 ベルグエルムはあのとき、どうしても、自分の気持ちをおさえることができなかったのです。

 

 ロビーのことを思いやるあまり、ロビーやみんなを危険な目にさらしてしまった、みずからのかるはずみなおこない。そのおこないのことを、ベルグエルムは今、しっかりと、ここでロビーにあやまらなくてはならないと思いました(すぐにいわなかったのは、自分たちが今どこにいるのか? まずはそれをたしかめなくてはならなかったからでした)。

 

 「隊長だけじゃありません! わたしもです!」フェリアルがそういって、ベルグエルムとならんで、ロビーに頭を下げました。

 

 「ぼくだって。ごめんね、ロビー。」ライアンもまた、ロビーにぺこりと頭を下げます。

 

 

 ですけどそんなの、ロビーが気にするはずがありません! そのぎゃくです!

 

 

 「や、やめてください! とんでもないです!」ロビーは「あわわわ……」と手をまごまごさせて、みんなに頭を上げてくれるようにたのみました。

 

 「ぼくのためにいってくれたこと、ぼくは、すごく、うれしかったです。ぼくなんかのために……。ぼくのことを、みんながそんなに、気にかけてくれていたなんて……。ぼくは………、ぼくは……」

 

 ロビーは言葉につまってしまいました。もう、なにをいったらいいのか? わかりませんでしたし、なにより、もう、なにも、言葉がいえなくなってしまったのです。

 

 「うわああん!」

 

 ロビーは声を張り上げて、泣いてしまいました。えっく、えっく。のどがもう、いっぱいにつまってしまって、言葉が出ませんでした。

 

 ロビーはいっぱい泣きました。息もできないくらいでした。ずっとひとりですごしてきた、これまでの長い長い日々……。それらのことが、みんなわき上がってきて、それがいっきに、かれの胸の中でばくはつしてしまったかのようでした。

 

 みんなの前で、げんきにふるまってきたロビー。ですがかれの心のおく底には、いぜんとして、いいようのないさみしさが残っていたのです。これまでの旅の中で、ロビーには、たくさんの友だちができました。大好きな仲間たちもいっしょです。ですけどロビーの心の中には、まだひとつだけ、自分の手のとどかない、あこがれのような思いが、いつまでもみたされることなくそんざいしつづけていました。

 

 ひとりぼっちで、なん年もなん年もすごしてきたロビー。そんなロビーのことを心からだいじに思い、助けてくれる、みんな。りっぱでたよりになるベルグエルム。ちょっと不安なところもあるけれど、親しみの持てるフェリアル。そしておおかみ種族とひつじの種族、すがたや背かっこうもぜんぜんちがうのに、心から思いあえる、だいじなだいじな友だち、ライアン……。

 

 ずっとしんらいしてきた仲間たちでしたが、ロビーはこのとき、きっと、心からのほんとうの意味で、かれらとかたいきずなでむすばれたのです。それこそが、ロビーの心の中に長年に渡ってそんざいしつづけてきていた、そのあこがれの思いにほかなりませんでした。

 

 それはかれの、まだ知れぬ自分の家族に対する、思いだったのです。

 

 家族とのつながり。家族と同ようのつながり。ベルグエルム、フェリアル、ライアン、かれらはロビーの、ほんとうの家族ではありません。でもロビーにとって、かれらはロビーのほんとうの家族と同じくらいの、とくべつなそんざいでしたから……。

 

 「ごべんなざい……、うれじくて……、ぼくは、ずっと、ひどりだったから……、うれじくて……。ありがとうございまず……」

 

 ロビーは息をつまらせながら、みんなに心からのかんしゃの気持ちをあらわしました。ロビーはだれかに自分の気持ちを伝えることなんて、うまくありませんでした。今まで、そんなことのできる相手もいませんでしたから。ですけどロビーは今、せいいっぱいの気持ちをもって、今までのことや、みんなの思いに対して、そのすなおな自分の心を伝えたのです。

 

 「ロビーどの……」

 

 ベルグエルムはただひとこと、そういいました。かれにはロビーの気持ちは、もうみんなわかっていました。ベルグエルムはロビーのそばによりそって、そして親しい友にするかのように、ロビーの肩に手をおいて、静かに自分の気持ちを伝えました。ロビーはいい伝えのきゅうせいしゅ。みずからのつかえるべき相手です。ですがかれらの心のあいだには、もうそんなかべなどは、なにもありませんでした。

 

 「なに泣いてんの、しょうがないなあ。よしよし。」ライアンはロビーの頭に手をのばして、いいこいいことなでてあげました。

 

 とそのとき……。

 

 「うええ~ん! ロビーどの~!」

 

 「え? なに?」ライアンがびっくりしてふりかえると、すっかり感きわまってもらい泣きしてしまったフェリアルが、ロビー以上に声を張り上げて泣きながら、両手を上げて、こっちにつっこんでくるところだったのです。

 

 「わわっ! ちょっと!」ライアンがあわててメルをひっぱって、ひょいとかわして、フェリアルは馬ごと、岩かべにどっち~ん! ぶつかって、地面に落っこちてしまいました(なんだか前にも、こんなことがあったような気がしますが……)。

 

 「だ、だいじょうぶ? フェリー。」ライアンが心配してたずねると、フェリアルは地面にうつぶせにたおれたまま、「だ、だめ……」とこたえました(よかった。どうやら、だいじょうぶみたいですね)。

 

 そのすがたに、ロビーは思わずのどをつまらせながら、「えっく、あはは、えっく、あはは。」と泣いて笑ってしまいました。そしてライアンもベルグエルムも、やれやれといった感じで手を上げながら、ロビーといっしょになって笑ったのです。

 

 

 こうして。かたいきずなでむすばれあった仲間たちは、ここに、旅の大いなるもくてき地であるベーカーランドのみやこ、エリル・シャンディーンへとむかって、ふみ出していったのです。エリル・シャンディーンまでは、馬でいけば、もう一時間とかからないほどのきょりでした。

 

 と、その前に……。旅の者たちはこの場所で、とある相手に出会ったのです。といっても、それは人ではありませんでした。鳥です。空高く、一羽の白いかもめがゆうゆうと飛んでいたのです。そしてそれは、ただのかもめではありませんでした。そのかもめはベーカーランドのみやこではたらいている、ゆうびん屋さんのかもめだったのです。

 

 「あれは、エリル・シャンディーンのゆうびんかもめだ。」ベルグエルムが空を飛ぶそのかもめに気づいて、ぴいーっと口ぶえを吹きました。「わたしたちがもどってきたということを、急ぎ、城へと伝えてもらおう。」

 

 その口ぶえにこたえて、かもめがふわーっとこちらへやってきて、そしてみんなの足もとに、ばささっとおり立ちました。首からは手紙をいれる、黒いかわのかばんをかけております。そして足には、ゆうびん屋さんのマークがはいった、こがね色のわっかが取りつけられていました。

 

 「マイド、ゴリヨウ、アリガトゴザマース!」

 

 「うわっ! 鳥がしゃべった!」

 

 とつぜんの声に、ロビーがびっくりしていいました。ですけどみんなは、ぜんぜんおどろいていません。ライアンが「あはは。」と笑って、ロビーにいいました。

 

 「鳥じゃなくて、これ。これがしゃべってるの。」ライアンがそういってゆびさしたさきには、かばんの前にはめこまれていた、ひとつの青い宝石がありました。その宝石がぴかぴか光って、しゃべっていたのです。

 

 「これは、魔法の石なんだ。かんたんな会話なら、この石としゃべることができるんだよ。」

 

 ライアンの言葉に、ロビーは思わず「へええ!」と感心してしまいました。やっぱり自分の知らないくにというところには、ふしぎなものがあるものです(ちなみに、ライアンは「おとぎのくにじゃあるまいし、鳥や動物がしゃべるわけないじゃない。やだなあ、ロビーは。」といって「あははは。」と笑っていましたが、みなさんの世界の人たちからいったら、なんだかいろいろ、う~ん……、といった感じですね……)。

 

 ベルグエルムが紙とペンを取り出して、城への手紙を書き、かもめのかばんにしまいました。

 

 「フツー、デスカ? ソクタツ、デスカ?」青い宝石がしゃべります(そくたつというのは、早く手紙をとどけてほしいときに使うものです)。

 

 「そくたつでたのむ。」ベルグエルムがそういうと、宝石がすかさず、こういいました。

 

 「ソクタツハ、五デニルデース!」

 

 「た、高い……」

 

 これはどういうことか? といいますと……。デニルというのは、アークランドで使われているお金のたんいで、その下にリル、上にシリルというたんいがあります。リルは銅貨(銅でできたコインのことです)で、銀貨であるデニルの百ぶんの一のかちです。シリルは金貨で、デニルの十ばいのかちがあります(わかりやすくまとめると……、一シリル=十デニル=千リル、となります。思わぬところで、わたしのきらいな算数のべんきょうになってしまいましたが……)。

 

 そくたつのりょうきん五デニルというのは、銀貨が五まいのこと。銀貨一まいでおいしいパンが十こ買えるくらいのかちがありますので、そくたつのりょうきんで、パンが五十こ買えてしまうわけなのです。ですからみんな、こう思ったというわけでした。

「た、高い……」。

 

 ですけどここは、しかたありませんね。ベルグエルムが(しぶしぶ)お金をかもめのかばんのポケットにいれると……、かもめは、ばささっとはばたいて、エリル・シャンディーンの方へとむかって飛んでいきました。思わぬしゅっぴでしたが、とにかくこれで、旅の者たちがお城のすぐそばにまできているということを、みんなにしらせることができたわけです。

 

 

 道をおりていくにつれて、たくさんの木々があたりにあらわれるようになりました。それらはみんな、南のくにベーカーランドのあたりによく見られる、ドリアード・パインとよばれる木でした。この木には、やしの木のような大きな葉っぱが育ち、そして夏になると、大きなパイナップルのような実がみのるのです(それは、みずみずしくてとてもおいしく、このあたりの人たちの大好きなくだものでした。

 

 ちなみに、ごかいのないようにいっておきますが、ベーカーランドは南のくにといっても、それはアークランドの南に位置しているというだけのことなのであって、なにもほんとうに、トロピカルなイメージの南のくにというわけではありません。やしの木みたいなこのドリアード・パインの木が、たくさん生えていましたので、そう見えないこともないのですが……)。大むかしには、山のむこうのよろこび平原のあたりには王国があって、そこにはなんと、パイナップルのようなすがたをした森のたみが暮らしていたそうでした。今ではかれらは、もっと南のあたたかい地へうつってしまったそうですが、かれらが育てていたこのドリアード・パインという木々だけは、今でもこうして、この地に残っているというわけなのです。

 

 「なつかしい。もうずっと、この地をはなれていたような気がする。」

 

 海からのしお風をほほに受けながら、ベルグエルムが思わずそういいました。かれらがこの地を出発したのは、ほんとうに、ついこのあいだのことのはずでした。でも、ふたたびここへもどってきた今日のこのときまでに、ほんとうに、いろんなことがありましたから!

 

 「ぼくは、もっとなつかしいよ。前にここへきたのは、四年も前のことだもん。」ライアンがつづけていいました。ライアンのいう通り、かれがはじめてこのベーカーランドの地をおとずれたのは、四年前、かれがまだ、十さいばかりのころのことだったのです。ベーカーランドとシープロンドはとても仲のよいくにどうしで、なん年かにいちど、それぞれのくにの王さまを自分のくににまねき、大きなかんげいのもよおしをひらいていましたが、そのもよおしに、ライアンもそのときはじめて、ついていったというわけでした(ですがそのときのライアンは、かんげいの式てんなどそっちのけで、ベーカーランドのめずらしいお菓子にむちゅうでしたが……。しかもつぎの日からは、朝からばんまで、はじめて見る海であそびたおしておりましたので、くにの中のようすのことについては、あんまりおぼえていなかったのです。う~ん、やっぱりライアンは、むかしから変わっていないみたいですね……)。

 

 そしてもちろん、ロビーにとっては、ここはまったくもってはじめての土地でした。ベーカーランドのみやこだというエリル・シャンディーンのことも知りませんでしたし、このくににどんな人たちが暮らしているのか? ということについても知りません(かなしみの森のとしょかんで古い本を読んだり、みんなからもすこしだけ、このベーカーランドのことをきいたりしてはいましたが、やっぱり読んだりきいたりするのと、じっさいにその場所にいってみるのとでは、ぜんぜんちがいますから)。ですけどロビーは、このくにのすばらしさをすでにじゅうぶん、りかいできていました。それはかれの心からの仲間、ベルグエルムとフェリアルの、ふたりのおかげにほかならなかったのです。こんなにすばらしい人たちがいるんですもの、かれらの今住んでいるところも、いいところにきまっています!(ライアンのくにシープロンドが、すばらしいところであったように。)

 

 ロビーは心をはやらせました。いったいこれから、なにが待ち受けているんだろう?それはこのあと、王さまに会ってみないことにはわかりません。ですがロビーにはもう、まよいなどはありませんでした。自分の運命に、全力で立ちむかっていく。それがどんなにくるしく、つらい運命であろうとも。ロビーはだれよりも強いかくごを、その

胸にいだいていたのです。

 

 「さいごの丘だ。ここを越えれば、エリル・シャンディーンだぞ。」

 

 先頭をゆくベルグエルムが、みんなにいいました。そしてみんなはとうとう、その地へとたどりついたのです。

 

 「うわあ……! す、すごい!」

 

 ロビーは思わず、言葉をつまらせてしまいました。ライアンも、ひさしぶりに見るその光景にため息をもらして、あらためて感心してしまうばかりでした。

 

 そこに広がっていたのは、まさしく、おとぎの世界そのものでした。白いりっぱなじょうへきによってかこまれた、エリル・シャンディーンのまち。そしてそのおくにそびえる、宝石のように美しいお城……。それはまるで、いだいな魔法によって生み出された、ひとつのかがやく島のようでした。まちそのものが、目に見えないしんぴ的な力によって守られ、かがやいているかのようなのです。まさしくここは、せいなる場所。このアークランドの中でも、もっともとくべつな場所のひとつ。このみやこを見た者は、だれでもそう思うはずです(たとえそれが、ワットの黒の者たちであってもです)。

 

 まずなによりもはじめに目に飛びこんでくるものは、やはり、その美しいお城でした。海の色のまじったかがやく白い石でつくられていて、それらがまるで、水のように、ぴかぴかにみがき上げられていたのです(シープロンドのたてものに使われている白いれんがもこんな感じでしたが、このエリル・シャンディーンの白い石は、まるで石そのものにいのちがやどっているかのような、そんなふしぎな感じがするのです)。

 

 お城はいくつもの階に分かれていて、それぞれの階のさかい目には、お城のまわりをぐるりとかこむようなかたちで、青いすいしょうでつくられたたくさんのさんかくのかざりものが、取りつけられていました。それらのかざりものの、その輪のようにつながったすがたは、まるで王さまのかぶるかんむりのようでした。エリル・シャンディーンのお城は、上から下まで、大小全部で七つもある、このような青いすいしょうのかんむりによって、美しくかざられていたのです(ですからライアンは、はじめてこのお城を見たとき、「まるで七だん重ねのデコレーションケーキみたい!」といって大はしゃぎしたそうですが)。

 

 そのあちこちには、青いやねをいだいた塔がつき出ていました(ですからライアンは、はじめてそれらの塔を見たとき、「まるでケーキにさしたろうそくみたい!」といって大はしゃぎしたそうですが)。そしてそれらの塔のてっぺんには、青いはたがつけられ、そこにはベーカーランドのくにのもんしょうである「青い宝玉をいだいた白い女神のすがた」がえがかれていたのです(このもんしょうは、白の騎兵師団であるベルグエルムとフェリアルの着ている服にも、ぬいつけられていました。それとはべつに、かれらの服には、かれらの祖国であるレドンホールの「おおかみと剣をあしらったもんしょう」もぬいつけられていたのです)。

 

 このお城の美しさもそうですが、おどろくのはそればかりではありませんでした。ここにはそれと同じくらいに心をうばわれる、なんともおどろきのものがあったのです。

 

 お城の東がわには、エリル・シャンディーンのみやこまちがずっと広がっていましたが、そのまちの中には、たくさんのきよらかな水の流れが、あみの目のようにかよっていました。それだけなら、なにもふしぎではありませんでしたが……、よく見ると、その水の流れのうちのいくつかが、とちゅうでとまっていて、なんと、水がそこから、空へとむかって流れているではありませんか! そしてその水が流れついている、そのさきには……。

 

 島です! エリル・シャンディーンのみやこまちの上には、たくさんの小さな島が、ぷかぷかと浮かんでいました! 

 

 いったいこれは、どういうしくみになっているのでしょう! 水はその島へとむかって流れ、その島のさらに上に、白い雲を作り出していました。そしてべつの島では、その雲から雨がふって、その雨はたきとなって、下の川へとふりそそいでいたのです。う~ん、ファンタジー! まさにこれは、魔法でした!

 

 「エリル・シャンディーン。われらのまちです。」ベルグエルムが、おどろいているロビーにいいました。そしてベルグエルムは、つづけて、ロビーがふしぎに思っているだろうことについても、かんたんに説明してくれたのです(それは同時に、読者のみなさんに対しても説明になりますね)。

 

 「このまちは、かの大けんじゃ、ノランどのの力をさずかっているのです。あの島が浮いているのも、ノランどのの魔法の力によるもの。その力が、たくさんの水の流れをあやつり、この地を水のひがいから守っているのです。」

 

 へええ……! そういうことなんですか! って、わたしがロビーといっしょに感心している場合ではありませんでしたね。すいません、ちゃんと説明します。

 

 大けんじゃノラン。その名は精霊王と同じくらいゆうめいで、このアークランドに住んでいる者ならば、だれでも知っている名まえでした。はい色のおひげのおじいさんですが、そのほんとうのねんれいはだれにもわかりません。見た目は人間ですが、ほんとうに人間であるのかどうかさえもはっきりしません。いつもどこかへ出かけていて、じっさいこのエリル・シャンディーンのまちにも、年になん回かもどってくるだけで、ほとんどいないのです(うわさでは西の大陸ガランタの、そのまたずっとむこうのくににまでいって、たくさんのたいへんなしごとをこなしているということでしたが、だれもそれを、たしかめることもできませんでした。そんなに遠くちゃ、だれもついていけませんでしたから)。

 

 ベルグエルムやフェリアルでさえ、ノランに会ったことは数えるほどしかありませんでした。きたとしても、王さまにあいさつだけしてすぐに帰ってしまうことがほとんどでしたので、会えないことの方が多いのです。ですからノランというのは、すごい力を持ったいだいなけんじゃでしたが、こんなふうに、とてもなぞの多い、くわしいことはだれも知らない、なんともふしぎで、しんぴ的な人物でした(なにしろ大のつくけんじゃなんですから、なぞが多いのもとうぜんですよね。ふつうのけんじゃたちでさえ、とってもなぞが多く、わかりづらい人たちなんですから。カルモトみたいに……)。そのノランのかけた守りの魔法の力が、このエリル・シャンディーンのまちを、すっかりおおっていたというわけだったのです。

 

 「また、ノランどのが、力を貸してくださるといいのですが……」

 

 フェリアルが、ひとりごとのようにいいました。それはベーカーランドの人たちみんなが、思っていたことでした。ですけどノランには、いつもたくさんのたいへんなしごとがあって、つねに力を貸してくれるとはかぎらないのです。

 

 「われらにできることは、できるだけわれらでおこなう。ノランどのが、いつもおっしゃっていることだ。」ベルグエルムがエリル・シャンディーンのまちなみをながめたまま、フェリアルにいいました。フェリアルは心配そうな表じょうをしたまま、ベルグエルムとならんで、まちのようすをながめております。

 

 「だが、」ベルグエルムがこんどは、フェリアルの方をむいてつづけました。「われらの力をこえるとき、ノランどのは、いつも助けてくださる。心配するな。」

 

 その言葉に、フェリアルは顔を上げて、げんきを出してこたえました。

 

 「そ、そうですよね!」

 

 そしてベルグエルムは、フェリアルに静かにほほ笑んでみせると、馬のたづなをしっかりとにぎりしめ、みんなにむかっていったのです。

 

 「さあ、ゆうびんかもめの手紙も、もう、とどいているはず。急ごう。」

 

 

 しずみゆくおひさまの今日のさいごの光をあびて、白いまちは、まるでおうごんのようにかがやいていました。そして今、そのまちの門のそとに、同じようにこがね色の光をあびてきらきらとかがやく、三頭の騎馬たちに乗った四人の旅の者たちが、たどりついたところだったのです。そう、ついにみんなは、ベーカーランドのそのかがやけるみやこ、エリル・シャンディーンへとやってきました!(今は、まちがほんとうにかがやいていましたが。)

 

 みんながたどりついたのは、まちの北がわの門でした。めざすお城はそこからさらにさき、まちのいちばんおくの、小高い丘の上にあるのです(それならまちの門じゃなくて、はじめからお城の門までいけばいいじゃないか、って思われるかもしれませんが、これにはわけがありました。お城のあるその丘は、まちの広がる東がわの部分いがいは、すべて切り立ったがけになっていたのです。ですからお城までいくためには、まずまちの門をぬけて、まちの中を通っていく必要がありました。もしみんなが空を飛べる生きものに乗っていたのなら、がけを飛び越えて、ちょくせつお城のバルコニーにまでいけるんですけど)。

 

 北門は、まちのいちばん大きな門である東門にくらべると、それほど大きくもありませんでした(それでもロザムンディアのまちでライアンがぶっこわした門よりも、大きかったのですが)。白い石のきれいなアーチがかけられていて、美しい木目の木のとびらには、ベーカーランドのくにのもんしょうが大きく浮きぼりになっております。とそんなことをロビーとライアンが、しげしげとながめておりますと……。

 

 ぐ、ぐ、ぐ、ぐ……。

 

 そのとびらがとつぜん、重くてにぶい静かな音を立てながら、こちらがわへとむかってひらきました。それはちょうど、ベルグエルムとフェリアルのふたりが、その門に近づいたときのことだったのです(まさか自動ドア? いえいえ、そうじゃありません。もっともこの魔法のまちなら、そんな門もありそうですけど)。

 

 ひらいた門のむこうから、白いよろいに身をかためた、ふたりの人間の兵士たちがあらわれました(そしてもちろん、今しがたとびらをあけたのは、このかれらでした)。手にはかれらの背たけほどの長さの、白いやりを持っております。そしてその兵士たちは門の前にきちっとせいれつすると、ベルグエルムとフェリアルのふたりにむかって、ベーカーランドの敬礼をおくりました(ウルファのくにレドンホールの敬礼は、こぶしを胸の上にあわせるというものでしたが、ベーカーランドの敬礼は、手のひらを胸のちょっと上にあわせるというものでした。あまり変わらないような気もしますが、やっぱりそれぞれ、ちがいがあるのです)。

 

 「よくぞ、ごぶじで……。われら一同、お帰りを心待ちにしておりました。」

 

 兵士たちが、ベルグエルムとフェリアルのふたりにいいました。その声はおだやかでしたが、とても気持ちのこもった、あつい言葉でした。そう、かれらは旅の者たちがもうすぐ帰ってくるとのしらせを受けて、門の上の見張り台で、今か今かと、みんなのことを待ちわびていたのです(みんなが帰ってくるというしらせは、あのゆうびんかもめによって、しっかりとお城まで伝えられていたのです。さすが、五デニルもはらっただけのことはありますね)。

 

 「お出むかえ、かたじけない。」ベルグエルムがそういって、兵士たちにベーカーランドの敬礼をかえしました(ベルグエルムたちウルファの騎士たちは、相手にあわせて、ふたつの敬礼を使い分けていたのです)。

 

 兵士たちが深くおじぎをしてから、その言葉にこたえます。

 

 「われらすべて、心得ております。どうぞ城へ。みな、待ちわびておりますぞ。」

 

 兵士たちはそういって、みんなを門の中へとまねきいれました。そしてみんなが通ってしまうと、門はふたたび、ぐ、ぐ、ぐ……、と静かにしめられたのです。

 

 「馬は、ここでおあずかりします。城のうまやまで、おとどけしましょう。」

 

 兵士たちはそういって、みんなにさよならをつげて、騎馬をひいて去っていきました……。

 

 え? きゅうせいしゅであるロビーがはるばる北の地からこうしてやってきたというのに、ずいぶんあっさりした出むかえなんじゃないかって? たしかに、出むかえの兵士たちもふたりしかいませんでしたし、かれらの反応も、ずいぶんとあっさりしています(シープロンドでは出むかえの衛士たちに、「きゅうせいしゅだ、きゅうせいしゅだ」とロビーのいごこちが悪くなってしまったくらい、さわがれてしまいましたよね。そのせいですっかり、ライアンのごきげんをそこねて、おしかりを受けてしまったくらいです)。ふつうだったら、こんなに重要なにんむをこなして帰ってきたみんなですもの、きゅうせいしゅであるロビーといっしょに、もっとはでに出むかえて、パレードで城まで送っていったとしても、おかしくないくらいでした。ですけどこれには、ちゃんとりゆうがあったのです。

 

 じつは、ベルグエルムたち四人の騎士たちが北の地まできゅうせいしゅのことをむかえにいくという、こんかいの旅のにんむのことは、お城の人たちいがいには、まったくのひみつになっていました。つまりきゅうせいしゅがここにやってくるだなんていうことは、このエリル・シャンディーンのまちの人たちは、ぜんぜん知らなかったのです。

 

 なぜ、ほかのくにの人たちにならまだしも、自分のくにのまちの人たちにまで、ロビーのことをひみつにしておかなければならなかったのか? それはこのエリル・シャンディーンのまちが、とても大きなまちだったからでした。大きなまちですから、このまちにはさまざまなくにから、たくさんの人たちがやってくるのです。その人たちがみんな、口のかたい、「ひみつはぜったいに守る!」という人たちならいいのですが……、じっさいそうもいきませんよね(それにワットのていさつの者たちが、すがたをいつわって、このまちにもぐりこんでいないともかぎりません)。きゅうせいしゅがあらわれた! 北の地にいるらしい! 白の騎兵師団の騎士たちがむかえにいって、このエリル・シャンディーンの地にまでつれてくるそうだ! なんて、かれらがいろんなところにふれてまわったりなどしてしまったら、それこそ、たいへんなことになってしまいますもの。

 

 ロビーのそんざいが、敵であるワットや、そのほかのあまり好ましくない者たちにまで、知られてしまったらどうなるか? かれらはあらゆる悪だくみを考えて、自分たちにとってじゃまなそんざいである(または自分たちのつごうのいいようにりようすることのできる)ロビーのことを、あの手この手でうばい取ろうとしてくることでしょう。そうなっていたとしたら、こんかいのこの旅も、まことに、おぼつかないものになってしまっていたはずです。ですからきゅうせいしゅであるロビーや、こんかいのこのひみつの旅のことについては、(きぼうを待ちのぞんでいる人々には、ほんとうに申しわけないのですが)ぜったいのひみつにしておかなければなりませんでした。

 

 つまりそんなわけで、出むかえの兵士たちもぜんぜんさわぎ立てることもせず、みんなを残して、静かに去っていってしまったというわけなのです(ほんとうはかれらだって、もっとさわぎたかったし、いろんなこともききたかったのです。ですがかれらはみな、お城のえらい人たちから、「くれぐれも、さわいだり、よけいなことをきいたり、しないように。」ときつく、とがめられていました。そのうえ兵士たちといっしょにいると目立ってしまうということで、みんなにつきそっていくことさえ、できなかったのです。兵士さんたちも、たいへんなんです)。

 

 と、その前に……。

 

 みんなはエリル・シャンディーンのまちについたら、兵士たちにすぐに、きいておきたいことがありました。それはきっと読者のみなさんも、みんなと同じくらい、気がかりに思っていたことだと思います。

 

 ベルグエルムが歩き去ってゆく兵士たちのことをよびとめて、そのだいじなしつもんをしようと口をひらきました。

 

 「われらの前に……」

 

 「リア先生たちは、お城にいるの?」ライアンがすかさず、ベルグエルムの腰をぐいっとおしのけて、兵士たちにたずねました(おかげでベルグエルムは「うわわ!」とよろめいて、あやうくころげそうになってしまいました。そして兵士たちも、ライアンが四年前にきたシープロンドのちびっこ王子さまだとは気づきませんでしたので、そろってあっけに取られた顔をして、こう思うばかりだったのです。

 このひつじの子は、だれなんだろう……?)。

 

 リア先生たち。そうです、ロビーたちといっしょにシープロンドを出発した、もうひとつの旅の仲間たち。かれらはロビーたちをこのベーカーランドの地にまでぶじに送りとどけるために、敵の目をひきつけることのできる、危険な南への道のりを進んでいきました。じゅんちょうに進めれば、かれらの方がロビーたちよりもさきに、このエリル・シャンディーンのみやこまでたどりつけるはずでしたから(ロビーたちがシープロンドを出発してからこのエリル・シャンディーンにつくまで、三日と半分以上かかったわけですが、南の街道をじゅんちょうに進めれば、シープロンドからここまで、二日と半分でたどりつけるわけなのです。ですからふつうに考えれば、レシリアたちの方が、まるいちにち以上、さきにここへたどりついているはずでした。馬の足でまるいちにち以上というのは、けっこうな時間です)。

 

 「白の騎兵師団の、ハミールさんと、キエリフさん。それと、ふたりのシープロンの人たちです。ぼくたちといっしょに、シープロンドを出発したんですけど……」ロビーがつけたして、説明しました(リア先生っていったって、ベーカーランドの人たちには、いったいだれのことだか? わかりませんもの)。

 

 さあ、兵士たちのへんじは? 南の街道を進んでいった仲間たちは、もう、お城についているのでしょうか?

 

 ですが、兵士たちからかえってきたへんじは、とてもざんねんなものだったのです。

 

 「いえ、もどってきたのは、あなた方だけです。れんらくも受けておりません。」

 

 兵士たちはそういって、ぺこりと頭を下げて、騎馬とともに去っていきました。

 

 

 残されたみんなの表じょうは、なんともいいがたいものでした。仲間たちはまだ、きていない。みんなはだまって、おたがいの顔を見あわせました。

 

 「やはり、敵の目がきびしいのでしょうか?」フェリアルが、ベルグエルムにいいました。その言葉を受けて、ベルグエルムはしばらく考えこんでいましたが、やがてその場のみんなにむかって、いいました。

 

 「かれらには、シープロンのわざと、騎士のほこりがある。そうやすやすと、敵にやぶれたりなどはしない。なにかのりゆうで、おくれているのだろう。」

 

 ベルグエルムがそういうと、みんなの気持ちはすこしらくになりました。でもひとりだけ、まだぜんぜん、気持ちのせいりがついていない者がいたのです。それはライアンでした。ライアンはリア先生ならぜったいに、自分たちよりもさきに、このエリル・シャンディーンにまでたどりついていると思っていたのです。それで「おそいですよ!」としかられるものとばかり、思っていました(それに、しゅくだいの山もかくごしていたのです)。

 

 「きっと、思った以上に見張りが多かったんだと思う。だからまだ、こっちまでこられないんだ。」ロビーが心配になって、ライアンにいいました。ライアンはしばらくだまっていましたが、やがて「うん。」とうなずいて、ロビーの方を見ていいました。

 

 「そっか。リア先生たちも、たいへんだろうからね。しょうがないかな。」

 

 ライアンはそういって、両手を頭のうしろにくんで、なんでもないといったようにぶらぶらと歩き出しました。ですがライアンは、こんなふうにへいきなようすをよそおってはいましたが、ほんとうはリア先生たちのことを、すごく心配していたのです。ロビーにはそのことが、すぐにわかりました。そしてこんなときのライアンのことをいちばんげんきづけてあげられるのは、自分なのだということも、わかっていたのです。

 

 ロビーはそっとライアンによりそって、げんきな言葉でいいました。

 

 「へいきだよ。だって、リア先生って、こわそうだったもの。敵がいっぱいいたって、みんな、やっつけちゃうでしょ?」

 

 ライアンは思わず、えっ? といった顔をして、ロビーのことを見やりました。そしてそれからすぐに、「ふふっ。」と笑って、いったのです。

 

 「よく、わかってるじゃない。先生のこわさっていったら、それはもう、シープロンドいちだからね。」

 

 「こわいものなし?」ロビーがいいました。

 

 「こわいものなしだよ。」ライアンがこたえます。

 

 ロビーとライアンはそういって、「あはは。」と笑いあいました(そんなロビーとライアンのことを見て、ベルグエルムとフェリアルも、おたがいの顔を見あって、静かにほほ笑みあいました)。

 

 「かれらのことを、信じよう。」ベルグエルムが、みんなにいいました。

 

 「仲間を信じて、今は、さきに進むべきとき。いこう。みなが、われらを待っている。」

 

 そのベルグエルムの言葉に、みんなはしっかりとうなずいてみせました。

 

 こうしてかれらは、そのさきにつづくべーカーランドのお城の門をめざして、気持ちもたしかに、このエリル・シャンディーンのみやこまちの中へと歩み出していったのです。

 

 

 なんという美しいみやこなのでしょう! このみやこをはじめておとずれた者は、みなロビーと同じように、ただただ「ふええ……!」と感心してしまうばかりのはずです。みやこの中は、ほかのまちとはあきらかにちがう、ふしぎな美しさにあふれていました(やっぱりできるかぎり、その美しさをみなさんにお伝えできるようにがんばりますが、わたしの表げん力のたりなさを考えていただいて……、そのあたりは、ごかんべん願いたいと思います……。うまく言葉でいいあらわせないのが、わたしもくやしいのです!)。 

 

 まずたてものはすべて、お城と同じ、海の色のまじった白い石でできていて、やねもお城のやねと同じ、青い石をくんでつくられていました(つまりまちのたてものはすべて、お城と同じざいりょうからつくられた、同じ色のたてものでした)。それらのたてものが高さも同じくきれいにそろっていて、それだけでも美しいのですが、おひさまがしずみ、あたりがだんだんと暗くなっていくにしたがって、その石たちがみな、ほんわりとした、やさしい光を放ちはじめていったのです。

 

 それはお城も同じでした。お城全体が、ろうそくの光のようなあわくほんのりとした光を放ち、まるで夢の中の世界であるかのような、げんそう的な光景を生み出していたのです(じっさいロビーは、その美しさに見とれるあまり、思わずぼーっとしてしまって、ライアンに「起きてる?」といわれて腰をたたかれて、ようやくはっとわれにかえったくらいでした)。

 

 石から生まれるその光は、まちを流れる水にも、美しくうつりこみました。そしてまちのそとから見た、あの空にむかって流れていく水です。ロビーはまぢかでそれを見ましたが、もう言葉もありませんでした。空にむかってすいこまれるようにさらさらとのぼっていく、すいしょうのつぶのような水の流れ。たてものの石から生まれる光が、それにすいこまれて、あわさって、ひとつとなって……。光、影、水、すべてのものが、まるで紅茶にまざっていくミルクのように、ひとつとなって、このまちに美しくとけこんでいたのです。これはしぜんのままの美しさをほこるシープロンドとは、またべつの美しさでした。エリル・シャンディーンの美しさは、人の手によるわざによって、作り出された美しさといえることでしょう。そしてその通り。このみやこの名まえ、エリル・シャンディーンというのは、このくにの古い言葉で、「人の手によってみがかれた、かがやけるすいしょう」という意味の言葉だったのです。まさに、このみやこの名まえに、ぴったりですよね(ライアンはやっぱり、「まあ、シープロンドの方がすてきだけどね。」とロビーにいっていましたが)。

 

 そのほかにも、まちの中はたくさんのふしぎでめずらしいもので、あふれていました。なにしろここは、このアークランドの中でもいちばんというくらいの、大きなまちです。さまざまなくにからたくさんの人や品物たちが、やってくる場所でもありました(お城の西がわには大きなみなともあって、西の大陸ガランタからの船も、ここにはやってきました)。ですが今は、それらのふしぎなものたちのことを、ひとつずつ見学しているわけにはいきません。ロビーたち旅の者たちは、いっこくも早く、お城へとむかわなければなりませんでしたから。

 

 そういうわけですから、まちの中のようすのことについては、全部しょうりゃくして……、というわけにも、やっぱりいかないですよね。せっかく、こんなにすてきなまちにきたんですもの、いろいろ見てまわってみたいのも、とうぜんでしょう。ですからここでちょっとだけ、読者のみなさんのために、このまちのふしぎなものたちのようすのことをごしょうかいしておきたいと思います。でもとても全部はしょうかいしきれませんから、ほんとうにちょっとだけですよ(ごめんね!)。

 

 まずまちのまん中の通りには大きな川が流れていましたが、その川の上、十五フィートほどの高さのところに、大きさが三フィートほどしかない小島がいくつも浮かんでいました(まちの空に浮かぶ島の、まさにミニチュアといった感じでした)。それらの小島はふわふわぷかぷかと、あっちやこっちにただよっていて、そしてそれらの島から島へ、にじ色の水がぴゅんぴゅん、いったりきたりをくりかえしていたのです。ですがふしぎなのは、それだけじゃありません。そのにじ色の水が島から島へとうつるとき。空中のキャンバスに、星や、花や、いちごや、わんちゃんなどのすがたを、つぎつぎにえがき出していきました!(ほんとうにふしぎです! まるで魔法みたい! 魔法ですけど!)

 

 川の両がわには、たくさんのお店がならんでいました。それらのお店には、さまざまなくにのめずらしい品物が、ずらりとならんでおります。見たこともないような食べものや飲みもの。きれいな石のお守りに、アクセサリー。小さな魔法のくすりびん。魔法の本やまきもの。ふたりで戦ってあそぶカードゲームのカード(ちびっ子に大人気!)。モンスターどうしを戦わせてあそぶ、小さなモンスターが飛び出してくるコイン(ちびっ子に大人気!)。それに、しゃべって動く、三インチほどの小さな人形や、ぬいぐるみ、などなど。じつにさまざまな品物がならんでいました(どんなところにいっても、こういうお店を見てまわるのは楽しいものです。ですけどこれらのお店をみんな見てまわっていたら、時間がいくらあってもたりないことでしょう。わたしもそのうちまた、時間を作って、これらのお店をじっくりと見てまわりたいものです。わたしの好きな、古い物語をもとにしたゲームをあつかった店なんかも、ありましたけど……)。

 

 ちなみに、ライアンは、「時間がないからだめ。」といってみんながとめるのもきかずに、「これだけはゆずれない!」といって、ひとつのお店の中にはいっていってしまいました。そのお店とは……、そう、お菓子屋さん! そこはエリル・シャンディーン名物の、白いやき菓子を売っているお店だったのです。じつはライアンはこのまちへついたら、まずぜったいにこのお菓子を買う! と心にきめていました。そのお菓子はエリル・シャンディーンのお城のかたちをかたどった、白いもちもちの生地のお菓子で、中にクリームがたっぷりはいっている、とってもおいしいお菓子だったのです。その名もずばり、「エリル・シャンディーンやき」!(そのまんまですね。)ライアンはこのときのために持ってきていたお金をみんな使って、そのお菓子をかばんにどっさり、買いこみました(いくら使ったのか? ということについては、みなさんのごそうぞうにおまかせします……。きっと、そくたつの手紙が、なん通も出せることでしょうね……)。

 

 また、まちの中には、いろいろな(へんてこな)ものが飛びまわっていました。ブリキでできたふくろうが、「明日ノ、オ天気ヲ、オシラセシマス!」といって浮かんでいるかと思えば、「タッキュウビン! タッキュウビン!」とさけぶにもつが、どこかの家をめざして急いで飛んでいくのです。がっきを持った三人ぐみのくまさんのぬいぐるみたちが、ゆうめいな音楽家の作った新しい曲を、じゃかじゃかならして、飛びまわっていました(かれらはミュージックベアーといって、どんなえんそうでもかれらにいちどきかせれば、そっくりそのまま、まねをしてえんそうすることができました(もっともかれらは、えんそうのまねをしているだけなのであって、じっさいは、そのからだの中にくみこまれた魔法のスピーカーから、音がなっていましたけど)。エリル・シャンディーンの人たちは、こうして、遠くはなれたところにいる音楽家の新しい曲を、自分たちのまちできくことができたのです。やっぱりエリル・シャンディーンって、すごいまちですね!)。

 

 そしてさきほど山道で出会った、あのゆうびんかもめたちも、まちの空をいそがしく飛びまわっていました。今日いちにちのさいごのびんの手紙を、だれかのところへとどけてまわっているのでしょう(かもめさんたち、今日もいちにち、おつかれさま!)。

 

 このほかにも、いろいろめずらしいものはつきませんでしたが……、きりがありませんね。まことにざんねんではありますが、まちのしょうかいは、このくらいにしておきましょう。さあ、物語のつづきです!

 

 

 みんなはまちをぬけ、お城までの道のりを急ぎ進んでいきました(ライアンはさっそく、エリル・シャンディーンやきにしあわせそうにかぶりついておりましたが)。まちのいちばんはしっこを越えると、そこはいちめん、みどりのしばふになっていました。まちとお城のあいだには、このような、きれいなみどりのしばふがつくられていたのです。そのしばふにつくられた、こがね色のれんがの道が、アルマーク王のいるお城までつながっていました(ちなみに、エリル・シャンディーンというのは、ほんらいこのお城のよび名でした。それがいつしか、このみやこ全体の名まえとして広く知られるようになったのです)。

 

 こがね色のれんが道のわきには、いくつものあかりがともされていました。白い石でつくられたとうろうの上に、とうめいなすいしょうがおかれていて、そのすいしょうが白くかがやく光を放って、道をてらしていたのです。みんなはその光にみちびかれて、そのれんが道をお城の入り口へとむかって進んでいきました。そして、お城の入り口が見えてきたころ……。

 

 

   ぱぱぱぱー! ぱぱらっぱー!

 

 

 とつぜん、お城の入り口の方から高らかならっぱの音がひびいてきました。それは……、そう、旅の者たちのことを出むかえるための、かんげいのらっぱだったのです(あれ? でも、さわがないようにするってはずじゃ……)。

 

 入り口の前には、すでにたくさんの兵士たち(この中には白の騎兵師団の騎士たちもふくまれています)がならんでいて、旅の者たちのことを今か今かと待ちかまえていました(その数は、ざっと百人以上もおりました)。みんな、旅からもどった白の騎兵師団の者たち、そしてかれらのつれてきたきゅうせいしゅどののとうちゃくを、ほんとうに心待ちにしていたのです(ライアンがいっしょだということはみんな知りませんでしたので、かれらはライアンのことは待ってはいませんでした。その点では、ライアンにはごめんなさいです。

 

 ところで、出むかえの者たちはほんとうなら、まちの入り口の門までいって、帰ってくる者たちのことを出むかえたかったのですが、旅の者たちのことはひみつにしておかなければなりませんでしたので、このお城の入り口の門で、静かに待っていました。でもやっぱり、これだけの人数です。だまって静かに出むかえるなんてことは、むりでしたね。みんなすっかりこうふんして、大よろこびでしたから、思わずらっぱまで吹いて、出むかえてしまったというわけでした。

 ちなみに、らっぱを吹いた者は、あとでしっかり怒られたそうですけど)。

 

 

 「おおおー!」「ばんざーい!」「きゅうせいしゅどのだー!」

 

 「ベルグエルム隊長ー! フェリアル副長ー!」

 

 

 もうみんな、わーわーきゃーきゃー、大はしゃぎでした。きりつのとれたりっぱな兵士たちとはいえ、こんなときにはむりもありません。かれらはまるで子どものようによろこび、もどってきた者たち、そしてついにやってきたきゅうせいしゅのことを、心からかんげいしたのです(同時にみんなは、「あのひつじの子はだれなんだろう?」とも思っていましたが。やっぱりみんな、ライアンが四年前にきたシープロンドの王子さまだとは、気がつかなかったのです。だって四年前は、ライアンはほんとうに、ちびっ子でしたから)。

 

 その中でもとくに大はしゃぎだったのは、ウルファの騎士たちでした。白の騎兵師団には人間の隊とウルファの隊、ふたつの隊があるわけですが、こんかいのこの重要な旅をまかされたのは、ウルファであるベルグエルムたちでしたので、ウルファの隊の仲間たちにとって、この旅のせいこうのうれしさは、ひとしおだったのです。

 

 ですけど。いくらうれしいとはいえ、これではやっぱり、さわぎすぎてしまったようで……。

 

 

 「全隊! せいれーつ!」

 

 

 とつぜん! まるでかみなりが落ちたかのような、とんでもない大声がひびき渡りました! いったい、なにごとでしょう!

 

 その声をきいた兵士たちは、人間もウルファも、みんな「あわわわ……」とあわてふためいて、その場にきれいに、れつになって、びしっ! とならびます。

 

 「おまえたち! へらへらするんじゃない!」

 

 「はっ!」

 

 声のぬしにむかって、兵士たちはみんないっせいに、敬礼をしてこたえました。そしてかれらがどいた、その道のまん中を通って、こちらへゆうゆうと歩いてきたのは……。

 

 なんと、女の人ではありませんか! それもまだ十六、七さいほどにしか見えない、かわいい女の子だったのです!

 

 かのじょは、こがね色の美しいかみを、エメラルド色の大きなかみどめで、両方の耳の上でとめていました。エメラルド色のもようのはいった白く美しいよろいを着ていて、腰にはかのじょにはふつりあいなほどの、大きな剣がさしてありました。背中には、大きな白いマントをはおっております。そのマントでからだを大きく見せていましたが、それでもやっぱり、かのじょの小ささは、かくしておけるものではありませんでした。背の高さはライアンよりもひとまわり高いていど。五フィートちょっとといったところでしょうか? かのじょは見た目には、ほんとうにかわいらしい女の子そのものでした。ですけど、さきほどのびっくりするくらいの大声と、きついおしかりの言葉。あれはまぎれもなく、この女の子によるものだったのです(ほんとうにびっくりです!)。

 

 りっぱでたくましいこれだけたくさんの兵士たちのことを、ぐうの音もいわせないほどにしたがわせるこの女の子は、いったいなに者なのでしょうか? でもそれはこのあと、すぐにあきらかになるのです。

 

 「よくもどられた、ベルグエルムどの。そして、フェリアル。」かのじょはそういって、ふたりの騎士たちにえしゃくをしました。

 

 「そして、そなたが……」つづけてかのじょは、ロビーの方を見ていいました。

 

 「われらがきゅうせいしゅどのに、ほかなりません。」ベルグエルムがかのじょにこたえて、そういいます(ちなみに、ライアンは「ねえ、ぼくは? ぼくは?」といって、ベルグエルムに自分をしょうかいするようにせっついていましたが)。

 

 「よく、まいられた。王はそなたのことを、心待ちにしているぞ。わたしは、ライラ。ライラ・アシュロイだ。よろしく。」

 

 ライラと名のったかのじょは、そのあんず色の美しいひとみでロビーのことを見すえながらそういって、ロビーにあくしゅをもとめました。ロビーはあわてて(手を服のわきでごしごしとこすってきれいにしてから)かのじょの手を取って、あくしゅをします。

 

 「よ、よろしくお願いします。ぼくは、ロビーと申します。よ、よろしくお願いします。」

 

 ロビーは思わずきょうしゅくして、同じことを二回もいってしまいました(さっきのかのじょのこわさを見ておりましたので、怒らせないようにしなくちゃ……、と思ったのです)。

 

 「ロビーどの。かのじょは、わたしと同じ、白の騎兵師団の隊長です。」ベルグエルムがいいました。って……、ええっ! た、隊長? 

 

 「ライラどのは、人間の隊の隊長なのです。」

 

 これはびっくり! なんと、このライラという女の子は、ほかでもありません。白の騎兵師団の、人間隊の方の隊長だったのです!(さきほどもちょっとふれましたが、ここでもういちど、白の騎兵師団のことについて説明しておきますね。白の騎兵師団は、もともとの人間の隊と、レドンホールからのがれてきたはい色ウルファたちによるウルファの隊、ふたつの隊があわさってできていたのです。そしてそれぞれの隊には隊長と副長がひとりずついて、ライラ・アシュロイは、その人間隊の方の隊長でした。そしてもちろん、ウルファ隊の方の隊長は、ベルグエルム・メルサルです。)

 

 ライラが隊長であるということをきいて、ロビーは前よりももっと、きんちょうしてしまいました。それにしても……、ベルグエルムなら見た目からしてもすぐに、りっぱでゆうかんな騎士であるということがわかりますので、なっとくなのですが、こんなに小がらでかわいい女の子が、これだけ大きなくにの、これだけりっぱな騎兵師団の隊長だなんて、いったいどういうりゆうがあるのでしょうか?

 

 ですがロビーのそのぎもんは、すぐにあきらかになりました(フェリアルがうしろからそっと、耳うちしてくれましたから)。つまり見た目はまったく、かんけいがないということだったのです。これはいぜん、シープロンドのメリアン王の言葉の中にもありましたが、人の中身は見た目やねんれいなどとは、まったくかんけいがないのです。ライラ・アシュロイが白の騎兵師団の隊長になった、そのいちばんのわけ。それは、たんじゅんめいかい。かのじょがとんでもなく、強いからでした!

 

 剣を持たせたら、だれもライラにかなう者などいませんでした。剣のたつじんのベルグエルムでさえ、じつはかのじょに勝ったことは、いちどもなかったのです!(ベルグエルムはそのことについて、じつはけっこう、気にしていましたが……)

 

 もちろんライラは、ただ強いというだけではありません。かのじょは強さのほかにも、人なみはずれたはんだん力と、隊をまとめ上げる、すぐれたとうそつ力をもかねそなえていました。そのうえ、このきびしいせいかくと、負けん気の強さ! かのじょにさからおうものなら……、ぶるる! 考えただけでもおそろしい! ですから兵士たちがかのじょにしたがいっぱなしなのも、わかりますでしょう?(もっとわかりやすい例をあげましょう。たとえばフェリアルがライアンにさからったとしたら、どうでしょう?たいへんなことになると、すぐにわかりますよね。)

 

 そういったわけでライラ・アシュロイは、まんじょういっちで、白の騎兵師団の隊長ににんめいされたというわけだったのです(もっともそれは、かのじょがこわいからというだけのりゆうでみんなしたがっているというわけでは、けっしてありませんでした(そのりゆうもかなり大きかったのですが……)。かのじょはたしかに、とってもこわかったのですが、それと同時に、みんなにとってもしたわれておりましたし、人気があったのです。のうりょくがすぐれているということもありましたが、それ以上にやっぱり美人でしたから、それもむりはありませんでした。影でひそかに、ファンクラブまで作られているくらいでしたから。ライラに知られたら、たぶん怒られるでしょうけど……)。

 

 「それから、こちらは……」

 

 ここではじめて、ライラはライアンの方をむいてたずねました(「ライ」がかぶってしまって、ちょっとまぎらわしいのですが、ごかんべん願います)。その言葉に、なかなかしょうかいしてもらえていなかったライアンは、やっと出番だ! といわんばかりに、ぐいっとロビーのことをおしのけて、ぴょこんと前に出ると、ライラにぺこりとおじぎをします。

 

 「こちらは、ライアン・スタッカート。めいゆう国、シープロンドの王子であられます。われらとともに、この地まで、旅をつづけてもらいました。」

 

 「シープロンドの……」ベルグエルムのしょうかいをきいて、ライラはそうつぶやくと、ライアンにうやうやしくおじぎをしてからつづけました。

 

 「よくぞまいられた。ご協力をかんしゃいたす。」

 

 「いえいえ、こちらこそ。ベーカーランドへふたたびこられて、かんげきです。」

はじめてよそのくにの王子さまとしてあつかってもらえたライアンが、うれしそうにその言葉にこたえます。

 

 「かれの協力なくして、この旅は、せいこうなし得ませんでした。ほんとうに、かれには、かんしゃしてもしきれません。」ベルグエルムがライラにいうと、ライアンは「いやー、それほどでも。」とにこにこ笑っていいました(あんまりほめすぎると、あとがめんどうそうですが……)。

 

 「それと……」ライラがライアンからしせんをはずし、あたりを見まわしながらいいました(ライアンは、あれ……、も、もう終わり? とめんくらってしまっておりましたが)。「二名の騎士たちが見あたらないが、どうされたのだ? たしか、ハミールと、キエリフだったな。」

 

 ライラの言葉を受けて、みんなはおたがいの顔を見あわせました。ほんらいこの場にいるはずだった二名の若き騎士たち、ハミール・ナシュガーとキエリフ・アートハーグ。かれらがいないわけを、ライラにもしっかりと説明しておかなければなりません(ベルグエルムがゆうびんかもめに持たせた手紙の内ようは、取り急ぎ、「きゅうせいしゅどのをつれてあと一時間ほどで帰る」というだけのものでしたので、みんなは二名の騎士たちがいないことについては、なにも知らなかったのです。ですから出むかえのみんなは、ベルグエルムたちがやってきたとき、大はしゃぎするのと同時に、「ハミールとキエリフはどこだろう?」とも思っていました。「あのひつじの子はだれ?」とも思ってましたけど)。

 

 「かれらは、われらをこの地へとおもむかせるために、敵のおとりとなるやくめを買って出てくれたのです。ここまでの道のりは、ほんとうに、こんなんのれんぞくでした。思いもかけず、ワットの黒騎士たちにも出会ってしまったのです。」

 

 「ワットの……!」ベルグエルムの言葉に、ライラはきびしい顔をしていいました。その表じょうは、なにかそのおく底に、ふくざつな思いをかかえているかのようにも見えました。

 

 「まさか、ガランドーに……?」ライラがベルグエルムにたずねます。そのようすは今までのかのじょのようすとは、あきらかにちがっていました。いったい、どうしたというのでしょうか?(ガランドーって?)

 

 「いえ、かれではありません。」ベルグエルムが、れいせいにこたえました。「ですが、おそらく、かれの配下の者たちでしょう。かれらは、ディルバグの黒騎士隊でした。」

 

 ライラは、思いをめぐらせているようでした。いったいガランドーとは? それはみなさんにも、もうすこしあとでお話ししたいと思います。 

 

 「そうか……」ライラはそういって、深く息をつきました。「ふたりの騎士たちに、敬意をあらわす。ぶじであるとよいが。」

 

 「ぶじにきまってますよ!」ライアンが思わず、口をはさみました。「なんたって、ぼくの先生がいっしょなんですから。リア先生なら、どんな相手だって、こてんぱんにしてくれます! それだけじゃない。ルースっていう、強い精霊使いもいっしょなんです。」

 

 ライラはちょっとびっくりして、ライアンの方を見ます。

 

 「それは、心強い。」

 

 ライラはそこでちょっとだけ、笑みを浮かべました。

 

 「そうだな。わが、白の騎兵師団の騎士たちに、シープロンドの者たちがいっしょなら、あんずることもあるまい。近々、かれらからも、旅の話をきくことができよう。」

 

 ライラの言葉に、ライアンはにっこり笑ってみせました。

 

 「リュインとりでのことは、ほんとうに痛ましいことです。」ふたたびベルグエルムが、ライラにいいました。「これから、どう動くべきか? われらはすぐに、こたえを出さなくてはなりません。」

 

 ライラはベルグエルムにうなずいて、ふたたびきびしい顔にもどってこたえます。

 

 「王のおちえを、さずからなくてはなるまい。だが、それだけではない。きのうから、城には、心強い仲間がたいざいしている。ノランどのだ。」

 

 「ノランどのが! お越しなのですか!」

 

 なんと! さきほどエリル・シャンディーンにくる前に話していた、あの大けんじゃノランが、今ここにきているというのです!

 

 「うむ。西の大しごとに、きりがついたということでな。こたびのいくさには、ノランどのも、力を貸してくださるということだ。」

 

 ライラの言葉に、ベルグエルムとフェリアルはおたがいの顔を見あって、こぶしをにぎりしめてよろこびあいました。

 

 「ありがたい! きゅうせいしゅロビーどのに、ノランどのまで! われらは、百万の味方を得た!」(そういうベルグエルムたちに、ライアンがまた、「ぼくは? ぼくは?」とからんでいましたが。)

 

 ですがライラの顔つきは、きびしいままでした。

 

 「きゅうせいしゅどのよ。」ライラがロビーの方を見て、いいました。「この戦いは、このアークランドのみらいをきめる戦い。そなたには、そのかくごがおありか?」

 

 ロビーはいっしゅん、どきっとしてしまいました。ですがそんなしつもんは、もうロビーには、きくだけむだというものです。ロビーはだれよりも強いかくごと、しんねんを持っていましたから。

 

 「はい。」

 

 ロビーは力強く、それでいて静かに、心をこめたへんじをかえしました。そのひとことのへんじと、ロビーのかたいしんねんのこもった目。それだけでもう、じゅうぶんでした。

 

 ライラは、静かな笑みを浮かべました。そしてお城の方をふりかえり、その歩みをふみ出しながら、さいごにいったのです。

 

 「まいろう。王がお待ちだ。」

 

 ついにこのときがやってきました。こんかいの旅の、たったひとつのもくてき。アルマーク王に会うということ。そのもくてきのために、みんなはこのつらく危険な道のりを、乗り越えてきたのです。ロビーの心は今、さまざまな思いでいっぱいでした。いよいよだ。その足取りは力強く、しっかりとしたものでした。

 

 

 でもロビーのほんとうの旅は、ここからだったのです。これから伝えられるしんじつは、ロビーにとって、とてもつらく、重いものとなることでしょう。

 

 

 ベルグエルムがロビーの顔を見て、うなずきました。ロビーもしっかりと、それにこたえて、うなずきました。

 

 フェリアルが胸に手をおいて、ロビーにウルファの敬礼をおくりました。ロビーも同じく、ウルファの敬礼を、このすばらしき仲間へとおくりました。

 

 ライアンがロビーの横へきて、ロビーの手を取りました。にこにこ笑うライアンに、ロビーはほっとした気持ちになって、ほほ笑みかえしました。

 

 そしてロビーはみんなにむかって、心のこもった声で、ひとこと、いったのです。

 

 「いきましょう。」

 

 

 さあ。

 

 アルマーク王のもとへ。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「このくには、女神リーナロッドに守られている。」

       「よく、まいられたな。」

    「よこしまなる、赤いキューブ……」

       「食べる?」


第17章「明かされたしんじつ」に続きます。

     


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17、明かされたしんじつ

 今ではもう伝説とまでうたわれた、遠い遠いはるかむかしのお話です。ある日のこと、ひとりの若者がこのアークランドの地にやってきました。もうずいぶんと長いこと、旅をつづけてきたのでしょう。身なりはぼろぼろ。くたびれたかばんを背おい、腰には使い古されたひとふりの剣がさしてありました。かれははるか遠くの南の地から、ここまでなん日もなん日も、なんしゅうかんもかけてやってきたのです。それはかれの見た、ひとつの夢のおつげのためでした。

 

 かれは南の地で、それこそ数えきれないほどの冒険をこなしてきた、冒険者でした。剣のうでは、かなりのものでした(ライラとくらべたらどうでしょうか? むかしのことなので、今となってはくらべようがありませんが)。そのかれがあるときとつぜん、夢の中でこんなおつげをきいたのです。

 

 その夢は、青と白の光につつまれていました。そしてその光の中から、青い光をいだいた、とても美しい女神がひとり、あらわれたのです(そのあまりの美しさに、かれは思わず、「これは夢か?」と思ってしまったほどです。夢でしたけど)。そしてその女神が、かれにこんなことをつげました。

 

 「北に、そなたの運命の土地があります。そこは、アークランドとよばれるところ。そこへゆきなさい。そなたはそこで、おくりものを受け取ることになるでしょう。そしてそなたは、王になるのです。」

 

 女神はそれだけいうと、光のむこうへと去っていきました。「待って!」かれはさけびましたが、女神はそのまま、青白い光となって消えていってしまいました。

 

 目がさめたとき。かれはもうふにつつまれて、小さなほらあなの中にいました。かれははじめ、自分がどこにいるのか? わかりませんでした。そしてしばらくののち。きのうの夜、自分が冒険のとちゅうで、このほらあなにひとり、野宿をしたということを思い出したのです(ちなみに、その冒険とは牛やひつじをぬすんで悪さをするという、いたずらようかいのすみかにふみこんでいって、こらしめるというものでした。ひがいにあった村から、冒険のいらいを受けたというわけだったのです)。

 

 かれはほらあなから、そとへ出ました。朝でした。鳥がちゅんちゅんないています。まぶしい光が、かれの顔にさんさんとふりそそいできました。

 

 かれは丘の上に立って、かなたの景色をながめやりました。はるか北のほうがくに、切り立ったたくさんの山々が見えていました。あの山のむこうに。みずからの運命の場所、アークランドという地があるというのです。かれは思わず口もとをゆるませて、にやりと笑いました。

 

 「アークランド……」

 

 そしてかれはにもつをまとめ、北へとむかって歩きはじめたのです(いたずらようかいのことなんて、もうきれいさっぱり忘れてしまっているみたいでした。村人たちの、「そりゃないよー!」という声がきこえてきそうですが……)。

 

 かれの名は、イェヒュリー・ベーカー。この名まえをきけば、読者のみなさんもぴんときたことかと思います。そう、かれはのちに、ベーカーランドのしょだいの白きいだいなる王とよばれることになる、伝説のイェヒュリー・ベーカー王、まさにその人でした!(このイェヒュリー王のことについては、ロビーのほらあなでベルグエルムの話の中に、いちどだけ名まえが出てきました。レドンホールのいい伝えのことについて、説明していたときのことです。)

 

 イェヒュリーはアークランドのその地で、女神のおつげの通り、あるものを受け取りました。それがなんだか? みなさんにはもうおわかりでしょう。それはベルグエルムの話の中に出てきた、このアークランドをまとめ上げることのできるという、力のみなもと。よこしまなる魔法使いアーザスが、ねっしんにほしがっている、とくべつな力。そう、それこそが、ベーカーランドの王城に代々受けつがれ、かたく守られつづけている、いちばんの宝物、青き宝玉だったのです。

 

 イェヒュリーは宝玉を受け取った地に、自分のくにをつくると心にきめていました。そしてそれこそが、このアークランドでいちばんのみやこをかまえるまでにさかえることとなった、げんざいのベーカーランドなのです(ベーカーさんがつくったから、ベーカーランド。なんてわかりやすい! これは自分のくにには自分の名まえをつけて、みずからのそんざいを世の中の人たちに広く伝えたいという、イェヒュリーの強い思いがあったからでした。かれはなかなかに、目立ちたがりなところがあったみたいですね。

ちなみに、ほかにもくにの名まえを見てみますと……、シープロンたちのくにだから、シープロンド。これもとってもわかりやすいですね。それからウルファたちのくに、レドンホール。この名まえには、「こがね色にかがやく思い」といった意味があるそうです。そしてワット。これは、「手を取りあって力をあわせる者たち」という意味がありました。その通りに、みんなと力をあわせられたらよかったんですけど)。

 

 こうして、夢のおつげはすべてほんとうのことになりました。イェヒュリーは王となり、そしてそのすぐれた力をぞんぶんにはっきして、このアークランドをへいわにまとめ上げてきたのです。それから数世だいののち。このアークランドがおそろしいやみにつつまれることになるなどとは、だれもよそうすらしていませんでした。

 

 

 「ふええ……!」

 

 ロビーは思わず、ため息をついてしまいました。ここは、エリル・シャンディーンのお城の中。仲間たちはアルマーク王に急ぎ会うために、お城の中を進んで、上の階へとつづく大かいだんのあるこの大広間まで、やってきたところだったのです。

 

 そのかいだんの大きいこと! そして美しいこと!

 

 まずお城の門をぬけて中にはいったそのしゅんかんから、ロビーはずっと、ため息のれんぞくでした。地面やかべの白い石は、みんなオレンジ色のあわい光を放っていて、その石だたみの上を歩くと、足でふんだその部分から、ぱあっ! とオレンジ色の光のこながまいちるのです(ロビーは思わず、オレンジ色の光の精霊がそこにいっぱい飛んでいるんじゃないかと思って、ライアンにそうきいてしまいましたが、これはあくまでも魔法の力なのであって、精霊とはやっぱりちがうそうでした。でもロビーにとっては、どっちもふしぎなことに、変わりはありませんでしたけど)。

 

 そんな白くてオレンジ色の石だたみの道をあんないされて、さらに門をくぐり、かいだんをのぼり……、ようやくたどりついて中にはいったところが、この巨大な白い大広間。そしてそのおくにそびえる、あっとう的なまでのはくりょくをほこる、この大かいだんだったのです。

 

 それはまるで、巨大な白いたきのようでした。そしてじっさい、この大広間は、水と海をイメージしてつくられていたのです。床はいちめん、白と海の色のタイルでおおわれていました。そしてはるかなてんじょうまでのびる、たくさんの白いはしら。それぞれのはしらからは、すんだ水が伝い落ちていて、はしらの下に美しいいずみを作っていました。そしてあちこちにつくられた、たくさんのふんすい。それも、ただのふんすいではありません。ふんすいの上には、よくみがかれた石でつくられた、魚のちょうこくが乗っていましたが、その魚のちょうこくが、ふんすいの上から空中へとむかって、ゆらゆらとおよいでいって、その口からかがやく銀色の水を吹き出していたのです(そして水を全部吹き出してしまうと、またもとのふんすいにもどって、新しい水をたくわえました)。

 

 あちこちを流れる、やさしい水の音。それがこの広間全体に、美しくひびき渡っていました。もしこの広間のまん中に寝そべって、目をとじたとしたら、自分がまるで、海の中をただよっているかのように思えることでしょう(そしてきっと、二分もたたないうちに寝てしまうはずです)。ここはそんな、美しくやさしい場所でした。ですが、やっぱりそれでも。この目の前の大かいだんのことを見てしまったら、この広間の美しさも、かすんでしまうというものです。

 

 その横はばだけでも、ゆうに七十フィート以上はあることでしょう。そしてその高さといったら……!(ここでみなさん、けんじゃカルモトの住んでいた、あの巨大なルイーズの木のことを思い出してみてください。このかいだんはまさに、それと同じほどの大きさだったのです!) 

 

 とうめいな石(石かどうかもわかりませんが)でつくられたかいだんが、らせんじょうになって、はるかな高みへとむかってつづいていました。見上げると、ずうっと上の方に、かいだんのいちばん上がつづいているのが見て取れます。そしてかいだんのとちゅうにも、全部で五つの、張り出しろうかがつながっていました。これはエリル・シャンディーンのお城の階の数と、同じでした。今いる場所が、お城の一階部分。いちばん上が、王さまのいる(という)七階。そのあいだに、五つの階があるわけです。つまりこの大かいだんは、このエリル・シャンディーンのそのまん中にあって、お城のすべての階をひとつにむすんでいる、とってもだいじなかいだんだというわけでした。

 

 「これで、七階のえっけんの間までいどうします。どうぞお乗りください。」

 

 ベルグエルムとライラがさきにかいだんにのぼり、ベルグエルムがロビーをまねいていいました。いわれてロビーが、「あ、はい。」といって、あわててそのかいだんをのぼります(さっきからずっとロビーは、このかいだんのりっぱさに気を取られっぱなしでしたので)。ライアンとフェリアル、そしておともの兵士たちがふたり、それにつづきました。

 

 そしてロビーがさらに、かいだんをのぼっていこうとすると……、ベルグエルムが手でロビーのことをせいして、とめました。見ると、ベルグエルムもライラも、かいだんをすこしのぼったところで立ちどまっていて、それ以上のぼっていこうとしないのです。いったいなぜ?

 

 「ロビーどの、このまま、ここでお待ちを。今、動かしますので。」

 

 「え?」

 

 ベルグエルムの言葉に、ロビーはきょとんとして、その場に立ちつくしてしまいました(動かすって?)。うしろを見ると、ライアンがにこにこして立っております。フェリアルも、「びっくりしないでくださいよ。」とうれしそうにいうだけでした。

 

 「アローイン、フェルク。」

 

 ベルグエルムがかいだんの手すりに手をおいて、いいました。すると……!

 

 「うわわわっ!」

 

 ロビーが乗っているその足もとのかいだんが、とつぜん、すごいはやさで動きはじめたのです! いったいこれは! どうなってるの? 

 

 なんと、このかいだんは、じつは、あい言葉をいうことによって動く、魔法のかいだんでした! このかいだんを使う人は、自分のいきたい階のあい言葉をいうことによって、その階まであっというまにいくことができたのです。さすがエリル・シャンディーン! すごいかいだんがあるものですね!(ちなみに、上にいくときには「アローイン」、下にいくときには「フローイン」といってから、いきたい階の番号をいうと、このかいだんは動きました。ロビーたちがむかうさきは七階でしたから、アークランドで七をあらわす「フェルク」という言葉を、ベルグエルムはいったというわけだったのです。「アローイン、フェルク」とは、つまり、「七階までのぼれ」という意味になりました。)

 

 魔法のかいだんはぐいぐいと動き、ロビーたち一行は、らせんかいだんをどんどんとのぼっていきました(ロビーのことをびっくりさせようとして、このかいだんのしかけのことをだまっていたライアンが、「おどろいた? おどろいた?」としきりにロビーにからんでいました。ですがそういうライアンも、四年前、はじめてこのかいだんに乗ったとき、すごくおどろいたのです。ライアンのことをおどろかせようとして、メリアン王もまた、このかいだんのひみつのことをライアンにだまっておりましたから)。そしてさっきまでいた広間が、あっというまに、はるか下に見えるようになって……。

 

 ちーん!

 

 すんだ高いベルの音をならして、かいだんはふわっとした感じでとまりました(乗っている人がころばないように、ふわっととまるのです。

 ところで……、ベルの音は、どこからなっているのでしょうか? じつはベルグエルムも知りませんでした)。ロビーたちはこうして、あっというまに、アルマーク王のいるお城の七階までやってきたのです。

 

 かいだんをおりると、そこはまたしても大きな広間になっていました(このお城はどこへいっても大広間だらけでした)。その広間から、ぴかぴかにみがき上げられたはばの広い石のろうかが、ずうっとむこうの方にまでまっすぐのびていたのです。そのろうかの両がわには、同じくぴかぴかにみがかれた白いはしらが、二十ヤードおきくらいに、左右にいっぽんずつきれいにならんで立っていました。そしてはしらとはしらのあいだには、左右ともに、白いやりを持った兵士たちがひとりずつ、背すじをぴーん! とのばして、きちっとならんで立ちつくしていました。それらの光景が、ろうかのつづくかぎり、はるかむこうの方にまで、ずらーっとえんえんとつづいていたのです(いったい兵士たちは、なん人くらいいるのでしょう? はしらはさきが見えないほど、ずうっとむこうにまでのびていましたから、すくなくとも百人以上はいるはずです。う~ん、ごくろうさまです)。

 

 この場所が、なんなのか? それははじめてここにきたロビーにも、すぐにわかりました。こんなふうにまっすぐのびるろうかのまわりに、立ちならんだ兵士たち。そうです、ここはまさしく、王さまに会うための、えっけんの間とよばれるところでした。ですからここをまっすぐ進めば、そのさきに、王さまのすわるぎょくざといういすがあって、王さまがいるはずなのです。ですけど……。

 

 なんて長いろうかなのでしょう! お伝えしました通り、王さまがいるはずのろうかのはしは、さきが見えないほどの、はるかむこうでした。ですからここを歩いていくだけでも、じつにたいへんだったのです!(じっさいこのろうかは、長さが半マイルもあったのです! いくら大きくてりっぱなお城とはいえ、これではやっぱり、長すぎですよね! じつはこれは、王さまのえっけんの間は、アークランドいち大きくて、ごうかけんらんなものにしたいという、しょだいイェヒュリー王の願いがあらわされていました。どうもイェヒュリー王という人物は、りっぱな人でしたけど、ちょっと、みえっぱりなところがあったみたいですね……)

 

 ですけどここは、歩いていくしかありません(ここの床は、魔法で動いてくれる床というわけではありませんでしたから)。一行はベルグエルムとライラを先頭に、ロビーとライアン、フェリアル、おともの人間の兵士がふたり(ルーリック・レスネルとアランギル・ローシーという名まえのふたりでした。まあ、おぼえてもらう必要はないんですけど……)というじゅんばんで、このぴかぴかの石の床の上を、かつんかつんとくつ音をならしながら歩いていきました(ところで……、みなさんも「そんなの変じゃない?」と思われたかもしれませんが、ここにはおかしなところがあったのです。いくら大きなお城とはいえ、たてものの中にこんなに長いろうかがあるなんて、やっぱりおかしいですよね? ふつうに考えたら、半マイルもあるろうかなんて、お城のそとにまで飛び出してしまうはずです。じつはこのろうかは、魔法のろうかで……、といいたいところでしたけど、そうではありません。このろうかは長いというだけで、ほかはまったく、ふつうのろうかでした。つまり……、このろうかは、じっさいに、お城のそとにまで飛び出していたのです! 

 

 それってどういうこと? それは王さまのぎょくざのある、その場所のせいでした。王さまのぎょくざがあるのは、なんと、お城の中ではなくて、お城から半マイルもはなれた塔の上だったのです! このろうかがこんなにも長いのは、そのためでした。このろうかはお城の七階からぎょくざのある塔へといくための、長い長い、つり橋みたいな空中ろうかだったのです! ひええ、こわい! でもこのろうかには、まどはありましたが、やねもかべもついておりましたので、じっさいに渡っているロビーには、まさか自分が、空中をつないでいるろうかの上を歩いているだなんて、ぜんぜんわかっていませんでした。まあ、知らない方がいいでしょうけど……)。

 

 (そんなおっかない空中ろうかを)半分くらい進んでいったところで(そしてロビーが百人目の見張りの兵士さんにあいさつしたところあたりで)、ようやく道の終わりがかくにんできるようになりました。道の終わりとは、つまり王さまのぎょくざのあるところです。ですがまだ、はるかむこうでしたので、ぎょくざは豆つぶくらいにしか見えませんでした。そしてそれよりもなによりも、すぐにそれとわかるあるものが、そのぎょくざのうしろに、ででーん! とそびえているのを、ロビーは見たのです。

 

 それはとてつもなく大きな、女神のぞうでした。すき通るようなミルク色の石をほってつくられていて、胸の前にさし出された両の手のひらからは、たくさんの光がこぼれ落ちていました。背中には、天使のような大きな羽がふたつ、つけられております。そしてなにより、その美しくおだやかな表じょう。それは見る者の心をしずめ、おちついた気持ちにさせてくれる、まさに女神のようなほほ笑みの表じょうでした(女神ですけど)。

 

 その女神のすがたに、ロビーはすっかり心をうばわれてしまいました。まだずいぶんとはなれているというのに、そのあっとう的なまでのそんざいの力が、ひしひしと胸に伝わってきたのです。

 

 「女神リーナロッドのぞうです。」ベルグエルムが、ロビーの方をふりかえっていいました。「ベーカーランドけんこくの王、イェヒュリー・ベーカー王が、そのむかし、女神リーナロッドより青き宝玉をさずかり、このくにをつくったといわれています。」

 

 「女神さまから……、すごい!」

 

 ベルグエルムの言葉に、ロビーはあらためてそのすごさを感じ取っていました。それはまるで、ロビーの心の中にちょくせつ、女神が話しかけてくるかのようでした。

 

 「このくには、女神リーナロッドに守られている。」ライラも前をむいて歩いたまま、ロビーにいいました。

 

 「そうやすやすと、敵の思い通りになどならぬ。」

 

 

 そしてみんなは(それからまたずいぶん歩いてから)ついに、その女神リーナロッドのぞうの前、つまり王さまのぎょくざの前にまで、やってきたのです!(ちなみに、ライアンはひまつぶしに、はしらのあいだに立っている兵士の数を数えてきましたが、全部で二百二十六人いたそうです! そしてその兵士たちを数えながらここまでやってくるのに、食べたエリル・シャンディーンやきの数は十七こでした。)

 

 ぎょくざは白い石とすき通ったすいしょうでつくられていて、とてもこまかいちょうこくがちりばめられていました(まさにごうかけんらんです)。ここはおうぎのかたちをした広間になっていて、はしらでささえられたやねはありましたが、かべはなく、まわりはすべて、そとを見おろせるバルコニーになっていました(七階ですから、その高いこと! 高いところがだめな人なら、このバルコニーに近よることすらできないでしょう!

 

 ちなみに、雨の日や風の強い日などには、このバルコニーは魔法のカーテンによってしめられるそうです。う~ん、さすがです)。そしてまぢかで見る女神のぞうは、まさにすばらしいのひとこと。近くで見ると、じつにみごとなちょうこくがなされていて、その衣服などは、まるでほんもののぬののようだったのです(衣服のあつさは、十ぶんの一インチほどもありませんでした。でもやっぱりこれは、石でつくられたちょうこくなのです。すごいわざです!)。

 

 ですがここにきてまず、はじめに目がいったのは、それらのものではありませんでした。ぎょくざにはまだ、だれもすわっていませんでしたが、そのぎょくざの前に、ひとりの男の人が立っていたのです。ロビーはライアンに「王さま?」とききましたが、「ちがうよ。」というへんじでした。ではいったいこの人物は、だれなのでしょうか?

 

 その人は、とてもいげんのある人でした(ですからもしこの人が王さまだといわれたら、王さまのことを知らない人なら、みんなそのまま信じることでしょう)。黒と金色のごうかな衣服に身をつつんでいて、剣はさしていませんでしたが、手にはさきにエメラルド色のすいしょうのついた、みじかいつえを持っていました。つえ……、ひょっとして、魔法のつえ? ということは……、この人が、大けんじゃノランなのでしょうか?

 

 いえ、それもちがいました。ノランとこの人物がけってい的にちがう、あるりゆうがひとつ、あったのです。それはこの人物が、人間の種族の者ではなくて、おおかみ種族の者だということでした。この人物は、はい色ウルファの人だったのです(ですからロビーもさいしょ、この人が王さまのはずがないと思いましたが、あんまりりっぱな身なりでしたので、いちおうライアンにたずねてみたというわけだったのです)。

 

 「よくもどられた、ベルグエルムよ。」みんながやってくると、その人物がまず、そう口をひらきました。

 

 「はい、父上。」ベルグエルムがこたえます。

 

 って、ええっ! 父上?

 

 そう、この人物は、ほかでもありません。ベルグエルムのお父さんだったのです! それにしても、王さまのぎょくざの前にいるなんて、ベルグエルムのお父さんって、いったいどんな人なの?

 

 「いい伝えは、まことでありました。われらは文字通り、きゅうせいしゅを得たのです。ロビーどのです。」

 

 ベルグエルムはそういって、ロビーのことをうやうやしく、しょうかいしました。ロビーはあわてて、「ロ、ロビーと申します。よろしくお願いいたします。」ときんちょうしながら、じこしょうかいをおこないます。

 

 そんなロビーのことを見て、ベルグエルムのお父さんは、なんともふくざつな表じょうを浮かべました。その胸の内に、なにかはかりもしれない、とくべつな思いをひめているかのようでした(いったいどうしたのでしょう?)。ですがかれは、いたってれいせいなふうをよそおって、とても静かに、ただ、こういったのです。

 

 「はるばるのごそくろう、かんしゃいたします。わたしは、デルンエルム・メルサル。このくにのしっせいをつとめております。」

 

 へえ! ベルグエルムのお父さんって、しっせいなんですか! ベルグエルムがりっぱなのも、うなずけますね!(しっせいという言葉を、みなさんおぼえていますでしょうか? セイレン大橋の下で出会ったカピバラのおじいさんが、むかしカピバラのくにで、カピバラのしっせいさんにつかえていましたよね。しっせいとはそうりだいじんみたいなもので、くにのせいじをとりおこなう、とってもえらい人なのです。そのとってもえらい人が、ベルグエルムのお父さん、デルンエルムでした。

 

 ちなみに、デルンエルムは祖国レドンホールでも、しっせいをつとめていたのです。ベーカーランドでは四年ごとにしっせいがかわりますが、ちょうど前のしっせいがそのつとめを終えるところでしたので、そのひきつぎとして、アルマーク王からぜひにとたのまれて、デルンエルムがしっせいになったというわけでした。)

 

 「王は、まもなくまいられます。今しばらくお待ちください。」

 

 デルンエルムがそういってから、しばらくすると……。

 

 

  ちん、ろん、らん、ろん。

  ちん、ろん、らん、ろん。

 

 

 とつぜん、どこからかハンドベルのえんそうのような、なんともかわいらしい音楽がきこえてきました。そしてそれは、どうやら王さまのぎょくざのうしろ、女神ぞうの中からなっているみたいなのです。いったいなにごと? すると……。

 

 

  ちーん!

 

 

 またここへくる前、大かいだんがとまるときにきいたのと同じ、ベルの音です。ロビーが、なんだろう? と思っていると、女神ぞうの足もとのあたりから、ぷしゅーという空気のもれるような音がして……。

 

 女神ぞうの右足の横の部分が、とつぜん、とびらのように、横にしゅいいん! とひらきました! ロビーが、ええっ? と思っていると、なんとそこから、数人の兵士たちが、つかつかと歩き出てきたのです!(そこ、入り口だったの?) 

 

 なんと、この女神ぞうはこのぎょくざの間にやってくるための、出入口のやくめも果たしていました! その出入り口のとびらが、女神の足もとのところにあったというわけなのです(う~ん、なんだか、ばちあたりなような気もしますが……)。そして兵士たちにひきつづいて、女神の足もとからあらわれたのは……。

 

 美しい白いビロードの服を着て、同じく白いマントをはおった、ひとりのりっぱな、人間の男の人でした。ねんれいは、四十だいのなかばといったところです。背は高く、身長は六フィート近くもあるでしょうか? ひげはなく、なんともたくましいからだつき。しんじゅ色の美しいかみを、肩までのばしていました(ライアンのかみの色ににておりましたが、ライアンのかみは銀色で、この人物のかみは白に近いしんじゅ色でした)。美しくととのった顔立ちは、きりっとひきしまっていて、じつにどうどうたるふんいきです。

 

 りっぱなのはとうぜんでした。そう、この人物こそ、ロビーがはるばる会いにやってきた、このベーカーランドのあるじ、アルマーク・クリスティア・ベーカー王、その人だったのです!(ロビーはライアンに、「お、王さまだよね?」とたずねました。そしてこんどこそ、「そうだよ。」というへんじだったのです。)

 

 「ベルグエルム、フェリアル。ふたりとも、よくやってくれた。そなたたちは、わがくにのほこりだ。」

 

 アルマーク王がまずそういって頭を下げ、騎士たちのくろうをねぎらいました。ベルグエルムもフェリアルも、「ははっ。」といってぺこりと頭を下げて、王さまの言葉にこたえます(たいへんな旅を乗り越えてきたかれらにとって、この王さまの言葉はなによりもうれしく、心にひびきました。騎士たちはアルマーク王を心からそんけいしておりましたし、アルマーク王もまた、配下の者たちのことを、とてもだいじに思ってくれたのです。旅からもどった騎士たちに敬意をあらわし、すぐに、心からのねぎらいとかんしゃの言葉をかけてくれる。アルマーク王はまことに、すばらしい王さまでした)。

 

 アルマーク王はそのまま、ロビーたちの方へとやってきました。ふつうなら王さまはまず、ぎょくざにすわってから、自分に会いにきた者たちへとあいさつをしますが、こんかいばかりは、とくべつの中でもとくべつなお客さまです。王さまは手をかざしながらかんげいの気持ちをあらわして、ロビーの前までくると、とても心のこもった言葉をただひとこと、おくりました。

 

 「よく、まいられたな。」

 

 アルマーク王はそういって、おだやかにほほ笑みました。

 

 「は、はい。よく、まいられました。」

 

 ロビーはすっかりきんちょうしてしまって、おかしなあいさつをかえしてしまいました。やはり、あれほどかたいけついとしんねんを持って王さまに会いにいこうとしていたロビーでしたが、これだけりっぱな王さまの前に出ては、きんちょうしてこちこちになってしまうのも、むりはないというものです(こういってはなんですが……、メリアン王よりもざっと三ばいくらい、りっぱな感じでしたから。おっと、シープロンドの人たちにはないしょですよ!)。

 

 「ライアン王子も、ずいぶんと大きくなられたな。メリアン王は、げんきであられるか?」アルマーク王はこんどは、ライアンに声をかけました。ベーカーランドとシープロンドはとても親しいあいだがらでしたから、その王子さまはやはり、とくべつなお客さまだったのです(ちなみに、さすがは王さまですね。四年ぶりでライアンもずいぶんと大きくなっていましたが、王さまにはすぐに、目の前のひつじの少年がライアンだとわかったみたいです。

 もっとも……、じつは王さまは、ライアンがここにくるということを、もうすでに知っていました。それはなぜか? ということについては、のちほど、つぎの章でお話しします)。

 

 「げんきすぎて、こまっていますよ。すこしはおちつくように、王さまから、よくいってやってください。」

 

 ライアンがじょうだんまじりにそういうと、アルマーク王は「ははは。」と笑っていいました。

 

 「むかしから、メリアンは変わっていないな。ライアン、きみを見ていると、まるで、むかしにまた、もどったように感じてしまうよ。きみは、メリアンの若いころに、そっくりだ。」

 

 「そんなににてるの? なんか、やだなー。」ライアンもそういって、笑ってかえしました。

 

 どうやらライアンのお父さんのメリアン王とアルマーク王とは、若いときからの知りあいのようでした。それも、ただの知りあいというわけでもなさそうだったのです。それはメリアン王のことを話しているアルマーク王のことを見ていれば、わかりました。ぜんぜん王さまのようじゃなくて、ごくふつうの人。それもまるで青年みたいに、じつにくだけた話し方をしていたのです。ですからロビーはちょっと、びっくりしてしまったものでした(なにせあのライアンと対とうに話していましたから、どんなにくだけた感じなのか? よくおわかりでしょう?)。

 

 ライアンとの話しがすむと、アルマーク王は急にまじめな顔にもどりました。そして王さまはとつぜん、ロビーにむかって、こういったのです。

 

 「きみのお父さんのことも、わたしは、よく知っているよ、ロビーベルク。」

 

 

 えっ……?

 

 

 ロビーベルクって、あのやみの精霊が口にした、ぼくのほんとうの名まえ……。くわしく教えてくださいってたのんだけど、教えてくれなかった。それはすぐに、知ることになるからって。

 

 え……? お父さん……? ぼくの、お父さん……?

 

 

 あまりにもとつぜんのことに、ロビーはなにがなんだか? わからずに、すっかりこんらんしてしまいました。頭の中がぐるぐるまわって、今までのたくさんのきおくが、そこにかけめぐっているかのようでした。子どものころの、影のようなきおく……。馬に乗って、山道をかけていった……。大きな河が流れていた……。ぼくをだきかかえていた、大きな人……。ロビーという言葉……。

 

 

 お父さん!

 

 

 ロビーは、はっとわれにかえりました。それは、いっしゅんのあいだのことでした。でもロビーにはこのしゅんかんに、もうなん年もなん年も、旅をつづけてきたかのように思えたのです。そしてその旅の果てに、ロビーはようやく、この場所へたどりつくことができたかのように感じました。

 

 「知っているんですか! ぼくのお父さん……、家族のことを! ぼくは、ロビーベルクっていう名まえなんですか! お願いです! 教えてください! ぼくは、なに者なんですか!」

 

 ロビーはひっしになって、うったえかけました。やみの精霊の地で、いちどはわかりかけた、自分自身のこと。家族のこと。そのひみつが今、ここでまた、わかろうとしていたのです。ロビーは相手が王さまであるということなど、すっかり忘れてしまっていました。アルマーク王にすがり、なみだをぽろぽろこぼしながら、むがむちゅうでさけんだのです。

 

 アルマーク王は、とてもれいせいでした。そしてロビーのうでを取り、その手をにぎって、静かに、こう伝えたのです。

 

 「きみは、ロビーベルクだ。ロビーベルク・アルエンス・ラインハット。きみのお父さんは、レドンホールの王、ムンドベルクなんだよ。」

 

 「ロビーどのが……!」

 

 ベルグエルムもフェリアルも、飛び上がるほどびっくりしてしまいました。それもそのはずです。自分たちがきゅうせいしゅとしてつれてきた、北の地にただひとりの黒のウルファの少年。それがなんと、われらがあるじ、ムンドベルクへいかのむすこ、つまりレドンホールの王子でしたから!

 

 「ロビーが! 王子さま!」

 

 ライアンもまた、(じっさいに)飛び上がってびっくりしてしまいました。ここまでずっといっしょだった、いちばんの友だちのロビーが、まさか、自分と同じ王子さまだったなんて!(これはやっぱり、運命の出会いなのでしょうか? 王子さまと王子さまは、ひかれあうとか?)

 

 ですがいちばんびっくりしたのは、やっぱりロビーほんにんです。ロビーはもうびっくりしすぎて、声も出ませんでした。その場に立ちつくし、王さまの顔を見ることさえできなかったのです。

 

 そんな中。さいしょに口をひらいたのは、デルンエルムでした。

 

 「すまぬ……。おまえたちには、ひみつにしておったのだ……。きゅうせいしゅどのが、ムンドベルクへいかのむすこ、ロビーベルクどのであるということは、わかっておった。」

 

 デルンエルムは、わがむすこベルグエルムと、そしてその友のフェリアルにむけて、そうつげたのです。

 

 「いったい、どうして……?」

 

 ベルグエルムもフェリアルも、そういって、デルンエルムにわけをたずねました(そしてもちろん、読者のみなさんも、そのわけを知りたいことでしょう。どうしてロビーのことを、王さまやデルンエルムが、すでに知っていたのか? そのわけを)。

 

 「それは、わたしから話してきかせよう。」アルマーク王が、ベルグエルムたちにいいました。

 

 「これは、そなたたちはい色のウルファたちが、くにを追われて、このベーカーランドの地へとやってきた、それよりずっと前からの話になる。」

 

 アルマーク王はそういって、ゆっくりと歩き出し、ぎょくざへと腰をおろしました。そして「ふう。」と深く息をついて、長い長い、とてもだいじなひみつの話を、みんなに話してきかせたのです。

 

 

 

 それは今から、十数年もむかしのこと……。 

 

 「どうしたのだ!」

 

 ろうかのむこうからやってきたひとりの人物が、たおれているふたりの兵士たちにかけより、その身を起こして声をかけました。兵士たちは、その部屋の見張りに立っていた兵士たちでした。その兵士たちが、部屋の前のろうかにたおれていたのです。でも、安心してください。兵士たちには、きずひとつありませんでした。ただ、眠っているだけだったのです。前のばんに夜ふかしして、トランプをしていたから? もちろんそうじゃありません。兵士たちはなに者かによって、眠らされていたのです。それがなにを意味するのか? かけつけてきた人物には、すぐにわかりました。つまり見張りの兵士たちのことを眠らせた、そのふとどきななに者かが、この部屋の中にはいりこんだということなのです。

 

 たおれていた兵士たちを見つけたその人物は、まっ青な顔をして、部屋の中にかけこみました。そしてそこで、かれが見たものは……。

 

 その部屋のまん中には、ふしぎなものがひとつおかれてありました。それは台に乗った、ひとつのまるい、しんじゅのような色をした大きな石で、そのまわりをぐるぐると、銀色の光のうずが取りまいていました。石の大きさは十フィートほどもありました。そしてその石のまん中からは、青くぼんやりとした光が、もれ出していたのです。まるでその石の中に、なにか、とてもとくべつなものがはいっているかのように。ですがその石はしんじゅ色にくもっていて、その中を見通すことはできませんでした。

 

 これらのものは、その部屋にはいったその人物にとっては、めずらしいものではありませんでした。なぜならかれは、もうなん回も、この部屋にきたことがあったからでした。それよりもなによりも。かれはこの部屋にはいってまずまっさきに、この部屋にふさわしくない、あるものを見たのです。

 

 かれが見た、この部屋にふさわしくない、あるもの。それは物ではなく、ひとりの人でした。つまり見張りの兵士たちのことを眠らせ、この部屋にかってにはいりこんだ、そのふとどきなしんにゅう者そのもののすがたを、かれはそこで目にしたのです!

 

 「なに者だ!」かれは声を荒げてどなりました。手にした、エメラルド色のすいしょうのついたつえをふりかざして、身がまえます(あれ? このつえって、どこかで見たような……)。ですが相手は、部屋のまん中にある石の方をむいていて、こちらにはまったくきょうみがないといった感じでした。

 

 「きさま、ふざけるな! こっちをむけ!」さらにどなりますが、相手はあいかわらず、つっ立ったままです。怒ったかれは、手にしたつえをふりかざし、そのしんにゅう者にうちかかろうとしました。ですが、そのときとつぜん……。

 

 「ああー、ざんねんだなあ。まさか、こんなのができてるなんて。」

 

 「な、なんだと?」

 

 急にひょうしぬけするような言葉をきいて、つえをふりかざしたかれは、思わずその場に立ちつくしてしまいました。

 

 「なんの話だ?」

 

 そこではじめて、しんにゅう者がこちらをふりかえったのです。背中までのびた、ルビーのような赤いかみ。うす手の赤いセーター。その上から、いんしょう的な黒のガウンを身につけていました。切れ長の、するどい目。そのむらさき色のひとみにまっ正面から見つめられた者は、思わず背すじが、ぞくっとしてしまうはずです。

 

 この人物……。みなさんなら、もうだれだか? おわかりでしょう。しんにゅう者はまさしく、このアークランドのへいわをおびやかす、悪の魔法使い、アーザスでした!

 

 「あなた……、ムンドベルクさんじゃないみたいだね。」アーザスが、自分にむかっている相手(つまり、つえを持って自分にうちかかってきた人物のことです)のことを見すえながら、いいました。

 

 そのといかけに、相手がこたえます。

 

 「王はおられぬ。東のレスネルにまねかれているところだ。わたしは、しっせいのデルンエルム。るすをまかされておる。」

 

 そう、このつえを持った人物は、デルンエルムでした!(どうりでこのつえに、見おぼえがあるはずですね! ちなみに、レスネルとは、アークランドの東のはずれにある、小さなくにのことでした。)ここは、レドンホール。まだアーザスの手によってほろぼされる前の、レドンホールだったのです。

 

 アーザスはそれをきいて、「ふう。」とため息をつきました。

 

 「剣をもらいにきたんだけど……、あなたにたのんでも、むりみたいだね。ええっと……、デルルーンさんだっけ? まあいいや。」

 

 アーザスはそういって、ふたたび石の方をむきました。そしてその石を、人さしゆびのさきっぽで、つんとつっつくと……。

 

 

   ばちちん!

 

 

 石の表めんから、いなずまのような光がはじけちりました! アーザスのゆびさきからも、ぷすぷすと白いけむりが上がっています(ふつうの人ならゆびがやけてしまうはずです! でもアーザスは、なんともないようでした)。

 

 「これじゃ、剣は出せないね。まったく、よけいなことをしてくれるよ。ぼくはまだ、起きたばっかで、力が出ないんだ。もう一回、やみの世界にもどるのも、ぜったいいやだしね。」

 

 アーザスはそういうと、ゆびさきを空中にむけて、なにかをえがきはじめました。

 

 「しょうがない。また、出なおすよ。ムンドベルクさんには、よろしくいっといてね。この剣は、もともと、ぼくのものなんだから。ぼくがぜったい、もらうってね。ばいばーい。」

 

 「ま、待て!」デルンエルムがかけよりましたが、アーザスは空中にひらかれたとびらの中へ、すっと消えていってしまいました。そしてあとには、かすかな白いけむりのにおいばかりが、残されているだけとなったのです。

 

 

 デルンエルムからそのことをきかされたムンドベルクは、深く目をつむりました。そして長いちんもくのあと、ムンドベルクはデルンエルムにむかって、つげたのです。

 

 「その者は、かの魔法使い、アーザスにちがいなかろう。」

 

 「アーザス! あの者が……!」デルンエルムがびっくりしていいました。

 

 魔法使いアーザス。それはほとんど、伝説の中だけのそんざいでした。はるかなむかし、ここレドンホールからさらに南東にくだったウェスティンというくにに、ひとりの若いまじゅつしがいました。かれはしだいにおそるべき力を身につけるようになり、そのために、力あるけんじゃたちの手によって、やみの世界の中へとついほうされたといいます。それがアーザスでした。

 

 「アーザスは、この剣をほっしている。これがふたたび、かれの手に渡れば、かれの力は、かんぜんなものとなろう。そうなれば、こんどこそ、いかなるけんじゃとて、かれをとめることはかなわぬ。このアークランドは、ほろびることとなるだろう。」ムンドベルクが、デルンエルムにいいました。

 

 アーザスがおそるべき力を身につけることとなった、きっかけ。それは、いっぽんの剣でした。その剣は伝説のむかし、このアークランドのふたりの女神のうちのひとり、ライブラが、ウェスティンの地におくったものだったのです。ふとしたりゆうから、アーザスがその剣を手にいれ、そしてしだいに、その力の中におぼれていったのだということでした。そしてその剣が、まさに今、このレドンホールのしんじゅ色の石の中に、ふういんされていたのです!(ですからアーザスは、みずからに力を与えてくれるこの剣を、ふたたびその手の中におさめるために、ここへやってきました。このアークランドをほろぼすほどの力を、こんどこそ、その手の中におさめるために……) 

 

 なぜアーザスの持っていた女神の剣が、ここにふういんされているのか? それはアーザスとウルファの、深いかんけいにありました。ですがそれは、とてもとても長くて、ふくざつなお話になるのです。ですから今はただ、アーザスが持っていた剣をウルファの者が受けついだということだけ、知っておいてください(わたしはいずれ、このロビーの物語とはべつの本の中で、その物語のことをみなさんにお話ししたいと思っています)。こういったわけで、この剣の運命は、ウルファのくにであるこのレドンホールのもとへと、たくされることになりました(そしてこのレドンホールでその運命のときをむかえるまでのあいだ、剣は代々、守られつづけることになったのです)。

 

 レドンホールの王であるムンドベルクは、アーザスと剣のかんけいをよく知っていました(この剣をアーザスがふたたび手にしたとき。そのときこそ、このアークランドはほろんでしまうのだということも)。アーザスがやみの世界からふたたび、このアークランドの世界へともどってきたのなら、かれはかならずや、この剣を取りにやってくることだろう。おそろしいことですが、今まさに、それがほんとうのこととして起こっていたのです。魔法使いアーザスのふっかつ。それは長年に渡り、レドンホールの王たちが、つねにおそれていたことでした。

 

 「このふういんをといて、剣をどこかへ、かくしてしまえないでしょうか?」デルンエルムが、ムンドベルクにいいました。しかしムンドベルクは、重い表じょうを浮かべたまま、いったのです。

 

 「このふういんは、破ることはできぬ。たとえ、げんざいのさいこうのけんじゃ、ノランどのでもな。しかし、そなたの心配の通り、アーザスはかならずや、このふういんを破るであろう。かの者の、この剣への思いいれは、はかり知れない。」

 

 「では、どうすれば……?」デルンエルムはおどろいたようにそういって、王さまの方

を見ます。

 

 「この剣を手にするための方法は、ひとつだけだ。」ムンドベルクがいいました。「剣は、影の世界にふういんされている。そのために、われら、この世界の者には、このふういんを破ることができない。だが、わたしが、影の世界の者となれば……」

 

 「まさかそのような! むちゃにございます!」デルンエルムがすべてをさっしたかのように、ムンドベルクにいいました。

 

 影の世界の者となる。それはもはや、人ではなくなるということでした。生きてはいましたが、半分死んだようになって、きおくも力もすべて失われてしまうのです。からだは肉体と影とのふたつに分かれ、その影の方は、しばらくはいしきをたもって行動することができましたが、そのそんざいはひじょうにか弱いものとなり、もはや剣を持って戦うことすらできなくなってしまいました。そしてやがては、かんぜんにやみの中へと消えていってしまって、さいごにはただ、自分がなに者かもわからないようなじょうたいとなった、ぬけがらのようなからだの方ばかりが残されるのみとなるのです(まさに、たましいがぬけたようなじょうたいになるということです)。

 

 影の世界の者となれば、同じ影の世界の中にあるこの剣を、ふういんの中から取ってくることができました。ですがお伝えしました通り、そのさいごには、おそろしいけっかが待っていたのです(ムンドベルクはそれでもかまわないという強いかくごを持って、デルンエルムに、影の世界の者になるといいました)。

 

 「それしか、方法はないのだ。」ムンドベルクはそういって、剣がふういんされているしんじゅ色の石の前へと歩みよりました。そしてムンドベルクは、デルンエルムの方をふりかえり、こうつげたのです。

 

 「わたしはこれから、ノランどののところへゆく。ノランどのなら、影の世界の者となる、そのわざをさずけてくれることだろう。あんずるな。それは、さいごのしゅだんだ。わたしは、さいごのさいごのときまで、このくにを守る。だが、わたしがさいごのつとめを果たしたあとは、デルンエルムよ、そなたに、ばんじをまかせるぞ。」

 

 「それならば、わたくしが影になります!」デルンエルムがいいました。「へいかには、いつまでも、くにたみの上にお立ちいただかねばなりませぬ!」

 

 デルンエルムはそういって、ムンドベルクにつめよりました。しかしムンドベルクは、静かな言葉で、デルンエルムにいうばかりだったのです。

 

 「デルンエルム、そなたの気持ちはわかる。だが、これは、このレドンホールの王のつとめ。レドンホールの王は、代々、この剣と運命をともにしてきたのだ。王か、そのちょくせつの子でなければ、この剣をこのふういんの中から持ち出すことは、かなわぬ。それは、そなたもわかっておろう。」

 

 「へいか……」

 

 デルンエルムはなみだをぽろぽろこぼして、その場にくずれこみました。そう、ムンドベルクのいう通り、剣はレドンホールの王か、その子いがい、この運命の石の中(つまり影の世界の中)からそとに出すことができないようになっていたのです(これはこの剣がふういんされたとき、そのようにけっていづけられたことでした。そのりゆうはさきほどわたしがふれた、このロビーの物語とはべつの、アーザスとウルファの遠いむかしの物語の中で語られることになるはずです)。ですから、たとえ影の者になったとしても、自分に剣を持ち出すことは、かないませんでした。デルンエルムもほんとうは、そんなことはわかっていたのです(いつの日か、アーザスがふたたびこの世界にあらわれたとき。影の世界の者となって、アーザスよりさきにこの剣を手にいれ、しかるべき運命のときまでこの剣を守る。これがレドンホールの王に代々受けつがれてきた、しめいだったのです。ムンドベルクは、みずからにかせられたその重いしめいのことを、よくわかっていました。ふっかつしたばかりのアーザスに剣を取り出せないようにするためには、これほどまでに強力なふういんが必要でしたが、それもすべて、レドンホールの王の、その重いしめいがあったからこそだったのです。まさにこれは、とうとき、ぎせいでした。

 

 そしてデルンエルムは、剣を取り出せるのはレドンホールの王か、その子のみであるということは知っていましたが、王のその重いしめいのことについては、ムンドベルクからも、あえてデルンエルムには知らされていなかったのです。それはデルンエルムによけいな心配をかけさせまいとする、ムンドベルクのはいりょからでした)。

 

 ムンドベルクはおだやかにほほ笑みながら、自分もその場にしゃがみこみました。そしてデルンエルムの手をしっかりとにぎって、こういったのです。

 

 「わたしはまだ、ここにいるではないか。わたしを、そうかんたんに死なせるでない。さあ、したくだ。わたしには、まだまだ、しごとがあるのだからな。」

 

 デルンエルムはこぶしをかたくにぎりしめ、胸の前におきました。そして頭を深々と下げて、このすばらしき主君に、心からの思いをおくったのです。

 

 「へいか……。わたくしは、へいかにおつかえできたことを、ほこりに思います。まこと、わたくしは、しあわせ者にございます……」

 

 

 

 「それが今より、十五年ほどもむかしのことだ。」

 

 ぎょくざに腰をおろしたアルマーク王が、静かにいいました。みんなはくいいるように、アルマーク王の話にききいっていました。ベルグエルムもフェリアルも、はじめて耳にするレドンホールでのできごとでした。このできごとのことは、ムンドベルク王からデルンエルムに、かたく口どめされていたのです。剣とアーザスのこと。自分の運命のこと。それをみんなに伝えたところで、いたずらに、不安をつのらせてしまうだけだからと。ムンドベルクはいつも、くにの者たちのことを考えていました(ですからデルンエルムは、ムンドベルクのその意志をかたく守り、むすこのベルグエルムにさえもこのことは話さなかったのです。ベルグエルムはそのとき、まだまだ剣のうでもみじゅくな、若者でした。もし、アーザスがムンドベルクの身をおびやかしているという、このじじつのことを話していれば、ベルグエルムは「アーザスのところへ乗りこむ!」などともいいかねなかったことでしょう。むかしはベルグエルムも、むちゃをするところがあったのです。

 

 そして同じく、きゅうせいしゅであるロビーがムンドベルクのむすこであるということも、こんかいのこのきわめてたいせつな旅のにんむをぶじに終えるまでは、ベルグエルムたちにも話しませんでした。今からむかえにいくきゅうせいしゅが、自分たちのあるじであるムンドベルク王のむすこ、ロビーベルク王子だと、かれらがさきに知ってしまえば。かれらはわれも忘れて、主君のことを守るために、むちゃなことをしてしまうともかぎらなかったでしょう。このだいじな旅をゆく者には、あらゆるじたいに考えをめぐらせることのできる、れいせいちんちゃくな心がつねにもとめられていたのです。よけいなことを考えさせて、はんだん力をにぶらせてしまうわけにはいきませんでした。ですからデルンエルムも、アルマーク王も、ベルグエルムたち四人の騎士たちには、ただ「いい伝えのきゅうせいしゅどのをつれて帰ってきてほしい」とだけ伝えたのです)。

 

 「それから、レドンホールにはさまざまのひげきがおそった。さいしょのひげきは、ロビーベルクよ、そなたの身に起こったのだ。」

 

 アルマーク王の言葉に、ロビーはどきんとしました。ついに王さまの口から、自分のことが語られようとしていたのです。ベルグエルムもフェリアルも、ふくざつな表じょうを浮かべたまま、ロビーの方を見やっていました。ライアンも、ここにきてから数えて二十こめのエリル・シャンディーンやきに、ぱくっとかぶりついて、しんけんなまなざしで、ロビーのことを見つめていました(あんまりそうは見えないかもしれませんが、このときのライアンは、いたってまじめでした)。

 

 「アーザスがレドンホールにあらわれた、そのとき。ムンドベルクのさいくん、マイアは、身ごもっていた。ムンドベルクは、そのわが子が、アーザスの手にかかることをおそれたのだ。生まれてくるわが子は、このレドンホールのあとつぎとなる。剣の運命をも、また、背おわなければならない身。アーザスは力をたくわえ、かならずや、レドンホールにもどってくる。そのとき、自分が影となり、剣を遠くへかくすことができたとしても、アーザスはその剣をさがすために、わが子をりようしようとすることだろう。レドンホールの王の子ならば、剣の力とも、深くつながっている。そのつながりの力をもってすれば、剣のある場所も、アーザスにはわかってしまうからだ。そのためにもムンドベルクは、わが子のそんざいをかくしておかなければならなかった。いずれおとずれる、運命のときまでな。おうひマイアは、こうして、山里の人知れぬ場所にうつった。そしてそこで、わが子をうんだのだ。それが、ロビーベルク、きみなんだよ。」

 

 「マイア……。ぼくの、お母さん……」

 

 ロビーは思わず、そう口にしました。自分のお母さん。それはレドンホールのおうひ、マイアという人だったのです。

 

 「ぼくのお母さんは……、それから、どうなったんですか? 今、どこにいるんです?」

 

 ロビーは王さまに、くいいるようにたずねました。ロビーがいちばん知りたかったこと。それは自分の家族が今、どこでどうしているのか? ということでした。

 

 ですがアルマーク王は、けわしい顔をしたまま、ロビーのひとみを見すえて、こうつげたのです。

 

 「ロビーベルク。そなたには、つらいことだ。マイアは、きみをうんでから、ほどなくして、この世を去った。びょうきのためにな。さいごまで、そなたの名をよび、気にかけておられたそうだ。」

 

 「そんな……」

 

 ロビーは、がくぜんとしました。ひざの力がぬけ、がくりと、地面にくずれてしまいそうになりました。フェリアルとライアンに両がわからささえられて、ようやく、立っていることができていたのです。

 

 「ロビーベルクさま……。マイアさまは、あなたさまのことを、とてもほこりに思われておりました。みずからのぶんまで、強く、生きてほしいと……。どうか、しあわせになってほしいと……」

 

 デルンエルムがロビーにいいました。ですがデルンエルムは、さいごまで、いうこともできなかったのです。かれは顔をおおって、声を上げて泣いてしまいました。ベルグエルムが歩みより、その肩にそっと手をおいて、なぐさめました。

 

 「マイアおうひについては、びょうきのちりょうのため、くにをはなれるときいておりました。」べルグエルムがだれにいうともなく、つぶやきました。「そのような、深いりゆうがおありだったとは……」 

 

 アルマーク王が、ベルグエルムにうなずいてから、つづけます。

 

 「それからレドンホールにて、マイアおうひは手あつくほうむられた。だが、そのときも、うまれた子どものことについては、くにたみにもふせられたのだ。アーザスに子どものそんざいが知られてしまうことを、おそれてな。」

 

 アルマーク王のいう通り、ムンドベルク王の子ども(男の子でしたので、王子です)がうまれたということは、レドンホールのくにたみ、そしてベルグエルムとフェリアルのふたりでさえ、知らないことでした。ただひとりそのことを知っていたのが、デルンエルムだったのです。デルンエルムはたびたび、マイアおうひのもとをおとずれ、そのおせわをしていました。男の子がうまれたときも、ロビーベルクと名づけられたときも。そしてマイアおうひがなくなったときにも、デルンエルムは、そのそばについていたのです。おうひがなくなったとき……、デルンエルムがどんなにつらい思いでいたことか……。かれのなみだは、そのことをよく、みんなの心に伝えていました。

 

 「それからときがたち、力をつけたアーザスの悪いうわさが、このアークランドのいたるところでささやかれるようになった。そしてそのころから、わがベーカーランドの宝、青き宝玉のかがやきも、じょじょにうすれていくようになったのだ。」

 

 「よこしまなる、赤いキューブ……」ベルグエルムがこぶしをにぎりしめて、そうつぶやきました。ロビーの横にいるフェリアルも、歯をぎりぎりとかみしめて、怒りをあらわにしていました。いったい赤いキューブとは? なんのことなのでしょう?

 

 「さよう。」アルマーク王がこたえて、いいました。「アーザスはついに、このアークランドの女神さえもぼうとくする、きんだんのおこないに出た。それが、赤いキューブだ。わがくにの宝、青き宝玉と同じ、もうひとつの宝玉を、アーザスは作り出そうとしている。それがかんぜんなものとなれば、そのときこそ、このアークランドは、しんのやみにつつまれてしまうことだろう。アーザスのねらいは、まさにそれなのだ。」

 

 赤いキューブ……。キューブとは、さいころのようなかたちをした、四かくい石のことです。ベーカーランドの青き宝玉も、じつはそれと同じかたちをした、石でした(ちなみに、宝玉というのはほんらいまるい石のことをさしますが、ここでいう宝玉とは、たんじゅんに、宝物の石という意味で使われていたのです。ですから、四かくくても宝玉でした)。宝玉の大きさは、一フィートくらい。そんなに大きいというものでもありません。その石はみずからのエネルギーで、空中に浮かんでいて……。そう、それと同じものを、みなさんは見たはずです。アーザスが、やみにとらわれるムンドベルクと話していた、あのぶきみな暗い広間。その広間のまん中に浮かんでいたあの赤い石こそ、アーザスが青き宝玉のことをまねして作り出した、きんだんの赤いキューブでした!(アーザスは、ことあるごとに、その赤いキューブのことを持ち出し、そのおそろしい力をアークランドのいたるところで見せつけていました。アーザスのほんとうのねらいはわかりませんが、これはどうやら、たんに自分の作ったキューブの力を、みんなにじまんしたかったからのようです。みなさんもごぞんじの通り、アーザスはほんとうに、子どもみたいなのです。ですからアーザスとその赤いキューブのことは、このアークランドの多くの者たちが、知っていることでした。

 

 ちなみに、この赤いキューブはよこしまなるエネルギーをどんどんとたくわえて、大きくなっていたのです。みなさんが見たのは、もうずいぶんと大きくなったあとのものでしたよね。ほんとうに、おそろしいかぎりです。)

 

 「キューブの力をかんぜんなものとするために、必要なもの。それこそが、レドンホールに伝わる、いっぽんの剣なのだ。アーザスは、それがために、剣をほっした。剣がアーザスの手に落ちれば、このアークランドは、ほろびる。ムンドベルクはそのために、わが身をぎせいにして、剣を守ったのだ。」 

 

 アルマーク王の言葉に、デルンエルムはまた、大つぶのなみだをこぼしました。アルマーク王のいう通り、ふたたびあらわれたアーザスから剣を守るために、ムンドベルクは、そのさいごのつとめを果たすこととなったのです……。

 

 「アーザスがワットと手をくみ、レドンホールへせめいったのが、今から四年前のことだ。ムンドベルクは、ノランからさずかったきんだんのじゅつをもちいて、わが身を影の世界の者とした。そして影となったムンドベルクは、剣のふういんの中へとはいりこみ、取り出したその剣を持って、北の地へとむかったのだ。その地に、その剣をかくすためにな。」

 

 ロビーは、はっとしました。まさか……、その剣って……?

 

 「そうだ、ロビーベルク。そなたのおびている、その剣。それこそが、ムンドベルクが北の地へとかくした、レドンホールのせいなる剣、アストラル・ブレードなんだよ。」

 

 なんてことでしょう! かなしみの森でスネイルからもらった、この剣。それがそんなにも重大なやくわりを持つ、宝物の剣だったなんて!

 

 スネイルの話……、それが今、ロビーと仲間たちの心の中に、よぎっていました。

 

 

 まっ黒な馬と、まっ黒な騎士だったよ……。

 

 

 まるで、だんろにかかったやかんの湯気みたいに、ゆれてるんだ……。

 

 

 そう、あのスネイルの見たなぞの騎士。それこそが、影の世界の者となり、かなしみの森まで剣をはこびにやってきた、ムンドベルクほんにんだったのです!(そのとき乗っていた馬は、ノランがムンドベルクにさずけていた、影の馬でした。ムンドベルクは「もし影の者になったのなら、この馬に乗って、剣をはこぶといい。」とノランにいわれていたのです。影になってしまったのなら、もうふつうの馬に乗ることは、できませんでしたから。この影の馬は、ふだんは黒いすいしょうのかたちをしていて、ムンドベルクはそのすいしょうを、ずっとだいじに持っていました。)

 

 「その剣は、アーザスに力を与えるだけのものではない。それを持つ者に、悪を破る、大いなる力をさずけるのだ。」アルマーク王がつづけます。「その剣の力は、女神の力。そしてその剣をあつかえるのは、レドンホールの、王の血すじの者のみ。そう、ロビーベルク、そなたには、その剣をあつかうことのできる、力があるのだ。」

 

 これまでの旅のさまざまなところで、ロビーと仲間たちのことを助けてくれた、剣の力。それらのなぞが、これでようやく、とけるのです。

 

 この剣はアストラル・ブレードといって、そのむかし、アークランドのふたりの女神のうちのひとり、ライブラが、アークランドの人々に与えたものでした。この剣を持つ者は、剣からさまざまな力をさずかるのです。そしてこの剣の力をひき出すことができるのは、この剣と運命をともにしてきた、レドンホールの王の血すじの者のみだといいました(これで今まで、この剣の力をロビーだけしか使えなかったそのりゆうも、あきらかになりました。そしてこの、「剣の力を使えるのはレドンホールの王の血すじの者のみ」という運命についても、はるかなむかしに、この剣がふういんされたときに、そのようにけっていづけられたことだったのです。

 

 ちなみに、シープロンドのメリアン王も、もちろん女神のつるぎアストラル・ブレードのことは知っていましたが、その剣がどんな見た目であるのか? ということなどについては、メリアン王もふくめ、だれにも伝わっていないことでした。なにしろこの剣はもうずっと、レドンホールの石の中にふういんされつづけておりましたし、しかもこのひみつの剣のそんざいのうわさを、世の中に広めないようにするためにも、せいかくなスケッチなども、なにひとつ残されてはいませんでしたので、それもむりもないことだったのです。つまりこういったわけで、メリアン王はロビーの持つこの剣のしょうたいのことに、気づくことができなかったというわけでした。剣そのものにも、この剣が女神の宝物の剣なのだということをあらわすしるしなどは、どこにもありませんでしたから)。

 

 この剣の持つさまざまな力。まず悪い心を持った生きものが近づくと、それを感じ取って、剣は青く光ってその危険をしらせます(ただし生きものにかぎりますので、相手がブリキの兵士やおばけなどの場合は、光りません。さらに、ただ危険な相手だというだけでは、やっぱり剣は光りません。この剣は、ちのうを持った相手が悪だくみを考えている場合にだけ、光りました。ですから、いくら危険な相手であったとしても、野生の動物などに対してはこうかがなかったのです)。ふつうの剣では切れない、おばけやけむりのようなかいぶつであっても、切ることができました(はぐくみの森の地下いせきで夜のかいぶつのことを切ったり、モーグだったころのロザムンディアでは、アルミラの手下の影おばけたちを切ったりしましたよね)。

 

 さらにこの剣は、その持ちぬしの心にも、とくべつな力をはたらかせるのです。これまでの旅の中で、ロビーがあらかじめ、待ち受ける危険を感じ取ることができた場面がありました。岩のかいぶつガイラルロックたちが、わなを張って待ちかまえていたときや、セイレン大橋での黒騎士たちのしゅうげき。さらに、はぐくみの森で、チップとその仲間たちがロビーたちのことをわなにかけるべく、そうだんをしていたときなどです。これらの危険を感じ取ることができたのも、じつはみんな、この剣のおかげでした。この剣を持つ者は、自分に対して悪いことをしようとしている者の考えを感じ取り、あらかじめ、その危険を知ることができるようになるのです(ただしこれも、相手が生きものの場合にかぎりました。ですからアルミラのブリキの塔で、立ちならんだブリキの兵士たちがおそってくるということは、ロビーにも知ることができなかったのです)。

 

 そして剣は、持ちぬしの願いを感じて、あかりのかわりに光ったり、おそろしい敵に対しては、とんでもなく強力ないなずまを放って、こうげきしたりもしました。セイレン大橋の上でワットの黒騎士をつらぬいた、あのおそろしいまでの剣の力。それは危険にさらされた仲間たちを心から助けたいという、ロビーのその強い強い気持ちにこたえたものだったのです(その力はとても強力なものでしたが、あのときベルグエルムがロビーにいった言葉の通り、けっしてよこしまな力などではありませんでした)。

 

 ですがこの剣の持つ、もっともたいせつな力。それはこの剣が、悪をうち破る、女神の光の守りの力を持っているということ。これはベーカーランドの青き宝玉の力と、同じ力でした。この剣の力を持つ者は、悪しきやみの力から守られ、アーザスのやみの力に対しても、たいこうすることができたのです。ですからアーザスほどの者であっても、この剣を持つ者には、かんたんには手出しをすることができません。おそろしいやみの力を持つアーザスに立ちむかうためには、この力はぜったいに、必要ふかけつなものでした。

 

 そしてさいごに、もうひとつの重要な力。この剣は、青き宝玉、そして、赤いキューブ、そのどちらの石に対しても、力を与えることができるということ。それは悪い力などではありません。もともとこの力は、アークランドのふたりの女神たち、リーナロッドとライブラが、「宝玉と剣、ふたつの力をあわせて、くにをへいわにおさめてもらいたい」という願いを持って、人々に与えたものでした。ですがへいわのために使ってもらいたいと願われていたその剣の力が、今のアーザスにとっては、じつにみりょく的なものとなってしまっていたのです。

 

 「剣の持つ力を使えば、アーザスは、みずからの作ったキューブに力を与え、かんぜんなものとすることができる。そしてアーザスは、その力をもって、わがベーカーランドの青き宝玉の力を、なきものにせんとしているのだ。」アルマーク王が、しんこくな顔をしていいました。

 

 「これが、アーザスの手に渡ったら……」ロビーが剣をにぎりしめて、つぶやきました。おそろしいそうぞうが頭の中をよぎり、ロビーは思わず、ぞくっと背中をふるわせてしまいました。

 

 「これが、レドンホールに起こった、ひげきのできごとだ。わたしはこのことを、ムンドベルクほんにんからきいた。レドンホールがアーザスの手に落ちた、その日。影となったムンドベルクが、このわたしのところへとやってきたのだ。剣を持ってな。」

 

 そう、ムンドベルクは、「影となり、剣をはこぶ」そのつとめの前に、ここエリル・シャンディーンの地をおとずれていたのです。ムンドベルクは自分のいしきがかんぜんにやみに飲みこまれてしまう前に、友であるアルマーク王に、すべてを話しておきたいと思いました。剣のこと、くにのこと。そしてむすこであるロビーのことを、くれぐれもよろしくたのみたいと。アルマークはムンドベルクにさいごのわかれをつげ、その身をだきしめようとしました。ですがアルマークのその両手は、影となったムンドベルクのからだを、ただすりぬけるばかりだったのです(そしてムンドベルクはそのあと、シープロンドのメリアン王のところにも立ちよっていました。ムンドベルクとメリアンは、やはり、深い友じょうでむすばれておりましたから。ですけどムンドベルクは、メリアンにちょくせつ会って話すことは、しませんでした。このじじつを、ようきで明るいせいかくのメリアンにいうのは、とてもしのびないと思ったからです。ですからムンドベルクは、さいごに、遠くから友であるメリアンのげんきなすがたを見とどけると、そのまま、北の地へとむかいました)。

 

 「城が落ちる、そのまぎわ。へいかは、影となるその前に、わたくしにさいごのごめいれいをくだされました。」デルンエルムがいいました。「『もはや、これまで。レドンホールは、やみに落ちることとなろう。だが、すべてのきぼうが、ついえたわけではない。デルンエルムよ、そなたはひとりのがれて、すぐにレスネルへゆけ。えんせいしているベルグエルムたちとともに、そのまま、ベーカーランドまで、すくいをもとめにゆくのだ。そこで、ときを待て。わがむすこロビーベルクが、いい伝えのきゅうせいしゅとして、ベーカーランドへとやってくる、その日までな』と。」

 

 レドンホールに伝わる、ひとつのいい伝え。「世界がやみにつつまれるとき。きゅうせいしゅがあらわれる」。それがわがむすこ、ロビーベルクであるということを、ムンドベルクはそのとき、すでに知っていました(なぜ知っていたのか? ということについては、つぎの章で、ある人物の口から語られることになります)。ですから剣は、ロビーがそのときかくれ住んでいた、かなしみの森の中へと、ひっそりとかくされたのです(それが、スネイルのところでした。そして、ロビーがなぜかなしみの森に住むようになったのか? ということについても、つぎの章であきらかになるのです。

 

 ちなみに、ロビーの住んでいる森が、かなしみの森という名まえの森なのだということを、そのときのムンドベルクは知りませんでした。ロビーはあるりゆうがあって、北の地にかくれ住むことになりましたが、それがぐたい的にどこなのか? ということについてまでは、ムンドベルクも知らなかったのです。ですがだいたいの場所はわかっておりましたし、なにより自身の持つそのせいなる剣の力が、同じ剣の力を持つロビーのところまで、みちびいてくれました。ですからロビーのいどころを、ムンドベルクは北の地の住人のだれにきくまでもなく、すぐにつきとめることができたのです。

 

 ですがアルマーク王の方は、だいたいの場所しか知ることができていないままでしたので、ベルグエルムたちにロビーのいばしょをくわしく伝えることができず、ベルグエルムたちはシープロンドの人たちの協力のもとに、ロビーのことをさがしたというわけでした。ロビーのいどころを知っておくために、影の世界の者となったムンドベルクに同行してロビーのところまでいっておく、というようなことも、できませんでしたから。影の世界の者となったムンドベルクのからだは、この世界と影の世界のあいだとをゆらゆらゆらめくようなそんざいとなり、そのためこの世界の者たちには、そのすがたを追っていくようなこともできなかったのです。たとえいっしょについていこうとしても、すぐに、そのすがたを見失ってしまうことでしょう。ムンドベルクの声すらも、こちらの世界には、まんぞくにはとどきませんでしたから。

 

 じゃあ、そのあとでロビーのいどころを、みんなであらかじめ、はっきりとしらべておけばよかったんじゃないの? って思われる方もいるかもしれませんが、それにはりゆうがありました。

 

 まず人をさがすようなときには、人さがしのための魔法の力が使われることが多いのですが、その魔法でロビーのことをさがすことは、むりでした(それについては、これまた、つぎの章で語られることになりますので、もうちょっとだけお待ちください!)。となれば、あとは人の手によってロビーのことをちょくせつさがすしかないわけですが、それもやっぱり、ベーカーランドの人たちは、あらかじめさがしておくようなことはしなかったのです。

 

 それはつまり、北の地にただひとりだけのおおかみであるロビーに、人々の必要以上のよけいな目がむいてしまうことを、防ぐためでした。ただでさえ、からだが大きくて目立つおおかみです。よけいなことをして、ロビーにさらに人々の目が集まってしまうようなことは、なんとしてもさけなければなりませんでした。

 

 ベーカーランドの人たちが、いくらただの旅人のふりをしてロビーのいどころをつきとめようとしたとしても、土地の住人たちのじょうほうなくしては、ロビーのことを見つけることは、とてもふかのうです。北の地の住人たちに、それとなくでもおおかみのいどころのことをきいてまわったりなどすれば、住人たちの目は、どうしても、その目立つおおかみの方へとむいてしまうことになるでしょう。どこでよけいなうわさが広がってしまうとも、わかりません。それをさけるためにも、アルマーク王たちはさいごのときがくるまでは、ロビーのことはかのうなかぎり、そっとしておこうときめました。さいごのときがくれば、あるていど大げさにさがしたとしても、うわさが広まる前に、ロビーのことをベーカーランドまでつれてくることができましたから。もちろん、ワットの者たちにはぜったいに見つからないように、注意してさがすことがだいじでしたけど。

 

 もうひとつ。もしロビーが北の地からはなれて、どこかよその場所にうつってしまったとしたら? それもないとは、いいきれません。しかし、もしそうなったとしても、わかるようにはなっていました。

 

 じつはロビーが北の地にいるかぎり、たとえエリル・シャンディーンの青き宝玉の力をもってしてもそのくわしいいどころを知ることはできませんでしたが、剣の力、すなわち宝玉の力を持つロビーがその地をはなれるようなことがあった場合においては、その力を感じ取って、青き宝玉がそのことをしらせるようになっていたのです(じつにべんりな宝玉です)。ですからアルマーク王たちも、ロビーがずっと北の地に住みつづけているということを、知ることができていたというわけでした(もしどこかへいってしまうようなことがあれば、魔法も人手も、そうどういんして、全力でつれもどす必要がありましたけど……))。

 

 近いしょうらい。わがむすこロビーベルクが、いい伝えのきゅうせいしゅとして、この剣を持って、ベーカーランドへとあらわれる……。そしてその通りに、今日ここに、ロビーがやってきたのです(ここでもうひとつ、説明を加えておきますと……、ロビーがきゅうせいしゅとしてベーカーランドへとやってくる、その「とき」というのは、ふたつのりゆうが重なってけっていづけられていたことでした。まずはロビーが、きゅうせいしゅとしての、そのたしかな力を持つようになったということです。それはきゅうせいしゅとして、剣の持つその大いなる力を使いこなせるねんれいにまで、成長したということでした。剣の力を使うことは小さなころからできましたが、きゅうせいしゅとして剣の力をじゅうぶんに使いこなせるようになるためには、それにふさわしいねんれいになるまで、待つ必要があったのです。

 

 そしてもうひとつのりゆう。それこそが、ロビーがきゅうせいしゅとしてのたしかな力を得たという、そのちょくせつのしらせを、世にしらしめるものでした。それは、青き宝玉によるものでした。宝玉と剣は、ふたつでひとつ。ロビーがきゅうせいしゅとして剣の力を使いこなせるようになったとき、宝玉もまた、それにこたえたのです。青き宝玉は、今がまさにきゅうせいしゅのことを世に送り出すときなのだという、あいずをしめしました。それは宝玉の中に、たしかなしるしとしてうつし出されたのです(じつにべんりな宝玉です)。ノランからそのしるしのことを伝えられていたアルマーク王は、こうして、運命のときを知ることができました。そしてアルマーク王は、ベルグエルムたちに、ロビーのことをむかえにいくようにと伝えたのです)。

 

 ところでこれはだいじなことですが、デルンエルムの言葉にもありました通り、四年前、レドンホールがアーザスにせめほろぼされたとき、ベルグエルムとフェリアルはほかのはい色ウルファの仲間たちとともに、レドンホールより東のくに、レスネルまで出かけていました。そのころレスネルのくには、東のやばんなくにぐにからこうげきを受けていました。そのためレドンホールから、ベルグエルムたちはい色ウルファの兵士たちが、手助けしにいっていたのです。そしてこれが、はい色ウルファの者たちと黒ウルファの者たちとの運命を、大きく変えてしまうことになりました。

 

 黒のウルファの者たちはレドンホールの守りのために、くにに残っていました。そしてそんなかれらのことを、思いもかけない、おそろしいひげきがおそったのです。悪の魔法使いアーザスのひきいる、黒の軍勢のしゅうげきでした。そのなさけようしゃのないこうげきに、レドンホールはかいめつ的なまでのひがいを受けました。黒のウルファの兵士たちは、まことけんめいに戦いましたが、アーザスとワットの連合軍は、その数で、レドンホールの兵力をはるかに上まわっていたのです(せいかくにいうと、レドンホールの軍勢は、その三ばいの数の敵の兵士たちを相手に戦わなければならなかったのです)。

 

 こうして、レドンホールの王城、フレイムロンドは落ちました。ムンドベルクはアーザスの配下となり、黒のウルファの兵士たちはひとり残らず心をうばわれ、まるであやつり人形のようなじょうたいとなって、敵の手の中に落ちることとなったのです。ベルグエルムたち、はい色のウルファたちが助かったのは、ほんとうにぐうぜんのできごとでした。今ベルグエルムやフェリアルたちは、こうして、ベーカーランドの白の騎兵師団に加わってかつやくしてはおりますが、ひとつまちがえれば、ほかの黒ウルファの仲間たちとともに、やみにとらわれ、黒の軍勢のいちいんとして、取りこまれていたかもしれないのです……。なんておそろしいことなのでしょう! ベルグエルムたちが今、どれほどの思いでいるのか……? 読者のみなさんの心には、かれらのその痛いほどの思いが、とどいているはずです。

 

 「教えてください、王さま。ぼくの、なすべきことを。」

 

 ロビーは、しゃんと背すじをのばして、王さまにたずねました。そのすがたには、いっさいのまよいも感じられませんでした。数々のしんじつ。自分のこと。自分の両親のこと。そして、おそろしいほどの運命……。それらのことを知ってなお、ロビーのかたいけついは、みじんもゆらぐことはなかったのです(いえ、むしろそのぎゃくです。ロビーは自分にかせられた重すぎるほどの運命のことを知って、なおのこと、そのけついをたしかなものとしました)。

 

 アルマーク王はロビーのそのすがたを見て、たしかに思いました。まちがいようもない。わたしの目の前にいるこの少年こそが、まさしく、このアークランドのきゅうせいしゅなのだと。

 

 「ロビーベルク。わたしは、そなたをほこりに思う。わたしだけではない。このアークランドの、ぜんなる者たち、みなが、同じ思いを持つことだろう。」アルマーク王はそういって、ぎょくざから立ち上がりました。そしてもういちどロビーのもとへ歩みより、これからのさいごの旅のことについて、ロビーにつげたのです。

 

 「そなたはこれより、そなたの運命の中へとはいりこまなければならない。そしてそれは、同時に、このアークランドの運命の中へと、はいることでもある。」

 

 ロビーは王さまに、しっかりとうなずいてみせました。そんなロビーのことを、ライアンがちらりと見やります。

 

 アルマーク王がつづけました。

 

 「さいごの戦いにおいて、アーザスは、そのまがまがしき、さいごのやみの力をふるってくるという。かねてあんじていたおそれが、今、げんじつのものとなろうとしているのだ。その力が、どんなものであるのか? まださだかではないが、われらのきぼうをうちくだく、おそるべき力となるのは、いうまでもないことであろう。今のわれらに、アーザスのその力にうちかつよゆうなどは、残されてはいない。ざんねんなことだがな。もはや、このアークランドをすくうためには、今のアーザスにそのすべての力を与えているとされる、赤いキューブを、はかいするいがいに道はないのだ。

 

 「そのために、そなたはアーザスの住まう怒りの山脈へとゆき、そこで、アーザスの持つ赤いキューブを、はかいしなければならない。キューブの力は、アーザスのからだそのものに、深くつながっている。キューブをはかいすれば、そのとき、アーザス自身の身も、ついえることとなるだろう。」(このアーザスとキューブの力のかんけいのことについても、アーザスはすべて、みずからの口でみなにふれまわっていました。アーザスはほんとうに、子どものようにみずからの力のことをじまんし、そしてみずからのその力のひみつのことまでをも、みんなにべらべらとしゃべっていたのです。これは、たとえそのことが知られたとしても、自分はだれにも負けない力を持っているのだという、自信のあらわれからのことでした。

 

 「ぼくの力のひみつを知ったとしたって、きみたちには、ぼくのことをとめられないでしょ? どうぞ好きなときに、ぼくをやっつけに、ぼくのところまできてよ。ぼくはいつでも、自分の家にいるから。」

 

 アーザスはそういって、いつも、みんなのことをあおり立てていたのです。

 

 そして大けんじゃノランほどの者であれば、アーザスのその力のひみつのことなどについては、アーザスの口から説明されなくとも、みずからつきとめることができました。アルマーク王たち、ベーカーランドの者たちは、こうして、アーザスと赤いキューブの力のかんけいのことなどについて、知ることができていたのです。)

 

 怒りの山脈……。それはシープロンドのくにのふもとを流れるセイレン河の、そのはるかな上流につらなる、けわしい山々のことでした。

 

 「怒りの山脈……」ロビーが思わず、つぶやきました。

 

 「怒りの山脈!」ライアンも思わず、いいました。

 

 ライアンにとって怒りの山脈というのは、とくべつな名まえでした。かれのあいするセイレン河。その河をめちゃめちゃなものにした、そのげんいんを作ったのが、怒りの山脈。そこに住む、アーザスだったのです。怒りの山脈でおこなわれている、よこしまなるじっけんや、数々の悪いおこない。それをかれらシープロンたちは、どうすることもできないでいました。そしてそれ以上に心を痛める、ひげきのできごと……。怒りの山脈のふもとの地、セイレン河の上流の地で、どんなひげきが起こったのか? それは読者のみなさんも、よくごぞんじでしょう。カピバルたちのくにに起こった、あのおそろしいひげきのことを……。

 

 王さまがさらにつづけます。

 

 「その剣、アストラル・ブレードは、宝玉に力を与えることができる。だが、それと同時に、その剣には、もうひとつの、きんだんの力がある。それは……、宝玉をはかいする力だ。」

 

 宝玉をこわす力! この剣に、そんなおそろしい力が……!

 

 「アーザスの持つ赤いキューブ。それをはかいできるのは、剣の持つ、その力のみ。そしてその力をひき出せるのは、ロビーベルク、きみしかいない。アーザスのやみの力にあらがい、キューブをはかいできるのは、きみだけなのだ。」

 

 これこそが、きゅうせいしゅロビーに与えられた、大いなる力でした。剣の力をひき出すことのできる力。それはロビーのお父さん、ムンドベルクも持っていました。この力は代々、レドンホールの王(あるいは女王)の血をひく者のみに、ひきつがれてゆく力だったのです。ムンドベルクが影となり、アーザスの手に落ちてしまった今、その力を持つ者は、もはやロビーだけでした(いえ、もうひとり、剣の力をひき出すことのできる人物がいます。アーザスです。この剣はむかし、アーザスの手にありました。アーザスはそのとき、剣のことを使いこなす、その力を得ていたのです)。

 

 ロビーは、剣のつかをぎゅっとにぎりしめました。ぼくに与えられた力……。ロビーにとって、自分にどうしてそんな力があるのか? ということなどは、もはやどうでもいいことでした。今はっきりしていることは、自分がやりとげなければならない、だいじなことがあるということなのです。

 

 「わかりました。」

 

 ロビーはアルマーク王の顔を見て、しっかりとこたえました。そしてアルマーク王もまた、しっかりとロビーにうなずくと、ロビーのその手を取っていったのです。

 

 「とらわれの身になっているムンドベルクを、助けてやれるかもしれん。かれは、いつも、アーザスのそばについている。怒りの山脈にいるはずだ。」

 

 「お父さん……」ロビーは口びるをかみしめて、いいました。

 

 「影となった者は、もう、もとにもどすことはできない。だが、ロビーベルク、きみの声ならば、たしかに、かれの心にとどくはずだ。たとえ、もとのすがたにはもどれなくともな。かれのことをすくえるのは、きみしかいない。これは、きみの、もうひとつの、だいじなつとめなのだ。」

 

 ロビーは王さまのその言葉に、深くかんしゃしました。ロビーの持つ、もうひとつのだいじなつとめ。それはとらわれの身となっている自分のお父さん、ムンドベルクを、助けるということだったのです。アルマーク王のいう通り、影となった者は、もう、もとにもどすことはできませんでした。ですがたとえからだをもとにもどせなくても、その心ならば、もとにもどすことができるかもしれない。お父さんのことを、助けてあげられるかもしれない。

 

 

 いや、ぜったいに、ぼくがすくってみせなくては!

 

 

 「ありがとうございます、王さま。」ロビーはアルマーク王に深々と頭を下げました。

 

 「ぼくは……、お父さんの心を、助けたい。いえ、ぼくがやらなくちゃ、だめなんだ。ぼくは、自分の運命にしたがいます。このくにを守るために、お父さんを助けるために、ぼくは、いきます。」

 

 アルマーク王はなにもいわず、ただただ、ロビーのその手を強くにぎりしめました。デルンエルムは目をまっ赤にはらして、ロビーに深くかんしゃしていました。ベルグエルムもフェリアルも、胸にこみ上げてくるあついものを、おさえることができませんでした。ライラも兵士たちも、みな、心からの気持ちをこめた敬礼を、しぜんとロビーにおくっていました。

 

 そんな中、ライアンがロビーのとなりにやってきて、なにかをロビーにさし出しました。

 

 「食べる?」

 

 それは、あのエリル・シャンディーンやきだったのです。

 

 ロビーは「ふふっ。」と笑って、ライアンにおれいをいいました。

 

 「ありがとう。」

 

 王さまも、デルンエルムも、みんな思わず、笑みを浮かべてしまいました。

 

 

 これからはじまる、ロビーのさいごの旅……。そこではどんなできごとが、ロビーのことを待ち受けているのでしょうか……?

 

 バルコニーのむこうの大きな空には、星がまたたいていました。そのかがやきの下には、はるかなガランタ大陸へとつづく、大いなるブラックフォーンの海が、静かなさざなみを立てていました。

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「おお、やってきたな。」

       「ぼくのいちばん気にしてること、いったなー!」

    「われらはすぐに、ベゼロインへはいらねばならぬ。」

       「この、うらぎり者め!」


第18章「ノランべつどう隊まいる」に続きます。



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18、ノランべつどう隊まいる

 「全兵、しゅつじんじゅんび、ととのいましてございます!」

 

 黒いよろいを着て、黒いかぶとをかぶったふたりの兵士たちが、ひざまずいていいました。

 

 こがね色のかみの男の人が、ひとり、そのさきでかなたの平原をながめていました。かれは、ほうこくにやってきた兵士たちと同じく、黒いよろいを着ております。ですが腰には、その黒いよろいとはなんともふつりあいな、こがね色のさやにおさまった、大きなおうごんのつるぎをさしていました。

 

 どうやらこの人が、この兵士たちのしきかんのようでした。そしてその人は、ゆっくりと兵士たちの方をふりかえると、するどいまなざしでこたえたのです。

 

 「じきに、本軍がとうちゃくする。それまで、たいきせよ。本軍がとうちゃくしだい、べゼロインへの進軍をかいしする。」

 

 「はっ!」

 

 しきかんのめいれいを受けて、ほうこくにきた兵士たちは深々と頭を下げて、下がっていきました。

 

 あたりはいちめん、赤茶けた荒れ野が広がっていました。そのさびしい土地にあわせたかのように、空には同じく、さびしげな雲がどんよりと広がり、今にもひと雨きそうなふんいきでした。風が吹いていました。ひゅうひゅうと石かべのあいだを吹きぬけていくその風の音は、なんともせつなく、かなしげでした。もし、風に心があるのだとしたら……、なにをかなしみ、こんなにもせつない泣き声を上げているのでしょうか? 去ってゆく者への思いか、あるいは手をのばしてももうとどかない、失ってしまった者へのかなしみか……。そんな風の心を受けとめたかのように。しかいの下に広がるおだやかな流れの大河のみなもには、小さな波が、つぎつぎと生まれては、消えていきました。

 

 ここは大河ティーンディーンのその大いなる流れが、ベーカーランドのくにの中へとはいりこんでいくところ。そのたいせつな場所を守るために、ここには、りっぱなとりでがきずかれていました。ほんの数日前までは、この場所はベーカーランドのゆうかんなる兵士たちによって、かたく守られていました。ですが今は、かれらのすがたはありません。かわりにやってきた者たち。それが今、このとりでの上の見晴らし台で言葉をかわしていた、かれらだったのです。そう、ここはワットによってせめ落とされた、リュインのとりで。そしてここにいるかれらは……、もうおわかりの通り。そのワットの兵士たちでした。

 

 こがね色のかみのしきかんは、重い表じょうを浮かべながら、かなたの空を見つめていました。そのさきには、もうひとつのベーカーランドのとりで、べゼロイン。そしてさらにそのさきには、エリル・シャンディーンのみやこがあるのです。

 

 よこしまなるワットの、黒の軍勢。その兵士たち。それをたばねるしきかんなのですから、このこがね色のかみの男も、さぞかし悪いやつなのでしょう。ですが……、この人は、どこかほかのワットの兵士たちとは、ちがうような感じがしたのです。「なにがちがうの?」ときかれたら、はっきりとはこたえられないのですが、どこかその心のおく底に、深いなやみをかかえているかのような……、そんな感じがしました。

 

 でもワットの黒騎士たちと同じようなおそろしい黒いよろいを着て、そばには同じく、こわいデザインをしたまっ黒なかぶともおいてあります。この人物が、おそろしいワットの軍勢のしきかんであるということに、ちがいはありませんでした。

 

 

 こがね色のかみのしきかんは、ふたたびきびしい顔をして、見晴らし台からとりでの中へとはいっていきました。入り口の兵士が敬礼をして、かれのことをむかえます。

 

 「本隊への、ほうこくじゅんびはできているか?」しきかんが兵士にいいました。

 

 「はっ、うさぎの用意、ととのいましてございます。」兵士がこたえます。うさぎ?

 

 「よし。だれも部屋にいれるな。重要なほうこくだ。」

 

 こがね色のかみのしきかんは、そういって石のろうかをひとり進み、そのおくのひとつの部屋の中へとはいっていきました。そこは石づくりの小さな部屋で、まども家具も、なんにもありませんでした。ほんとうに、からっぽの部屋だったのです。いえ、ひとつだけ、この部屋のまん中の床の上に、おかしなものがありました。それは木のつるをあんで作った、ひとつの鳥かごだったのです。ですが、その中にはいっていたのは……。

 

 うさぎです! さっき兵士がいっていたのは、このうさぎのことだったようです。見たところ、なんのへんてつもない、ふつうのいっぴきの、はい色のうさぎのように見えましたが……、いったいこのうさぎで、なにをしようというのでしょうか? 

 

 こがね色のかみのしきかんは、部屋のとびらに大きなかんぬきをかけて、だれもはいってこられないようにしました。わきにかかえたかぶとを床の上におき、そしてかれは、なんと、鳥かごの中のうさぎにむかって話しかけたのです!(え? このうさぎって、しゃべるうさぎなの? いえ、このうさぎは、ほんとうに、ただのうさぎでした。じつのところ、さきほどそとのしげみの中で、兵士たちが見つけてきたばかりだったのです。それじゃ、いったい?)

 

 「アーザス、わたしだ。」

 

 アーザス! ここで、あの魔法使いの名まえが出るなんて! 

 

 しかもそれ以上におどろいたのは、あのアーザスのことを、よびすてにしたということでした。ワットの軍の中でも、もっともえらいところにいるはずのアーザスのことを、よびすてにするなんて! いったいこの人物は、なに者なのでしょうか?(アーザスは黒の軍勢のさんぼうとして、ワットのアルファズレド王の仲間に加わっていました。このさんぼうというのは、軍の中でいちばんえらい王さまにちえや力を貸す者のことで、さんぼうはアルファズレド王とならぶくらい、えらかったのです。ですからそのアーザスのことをよびすてにできる人物なんて、ワットの者の中では、ほかには、王であるアルファズレドくらいのものでした。ですからおどろいたのです。)

 

 しきかんが話しかけると、それまで鼻をひくひくさせて、鳥かごのにおいをくんくんかいでいるだけだったうさぎのようすが、変わりました。くりくりとかわいらしい大きな目が、急に、切れ長のおそろしい目つきに変わったのです! そしてその口もとにぶきみな笑みを浮かべると、うしろの二本の足で、すっくと立ち上がりました!(こんなふうに、うさぎがふつうに立っているところなんて、めったに見られるものではありません! うさぎの種族、ラビニンだったら立ちますけど!)

 

 「ああ、ガランドーだね。げんき?」うさぎがしゃべりました! そしてその声はまさしく、あのアーザスのものだったのです!

 

 これは、アーザスの魔法でした。遠くはなれたところにいる者と、動物のからだを通して話しをすることができるという、おどろくべきわざだったのです!(げんざいこのアークランドでこの魔法のわざを使えるのは、アーザスと、大けんじゃノランくらいのものでした。それほど、この魔法はあやつるのがむずかしかったのです。

 ちなみに、使う動物は小さな動物だったら、なんでもよかったのです。たまたま兵士がうさぎを見つけたので、こんかいはうさぎでした。)

 

 それはそうとして……、アーザスのいった、ガランドーという名まえ。この名まえを、みなさんはきいたことがあるはずです。それは第十六章の終わり、エリル・シャンディーンのお城の前で、ライラとベルグエルムが話していた、その話しの中に出てきた名まえ。ワットのあのおそろしいディルバグの黒騎士隊の、しきかんと思われる人物の名まえでした。そしてこのうさぎ(アーザス)と話していた、こがね色のかみのしきかんこそが、まさしく、そのガランドーだったのです!(じつはこのガランドーは、ここよりもっと前に、すでにみなさんの前にそのすがたをあらわしていたのです。え? ほんと? と思われるでしょうが、第十三章のはじめ。うでにリボンをまいたワットの使者が、ディルバグに乗ってワットの王城にもどってきた場面のことを、思いかえしてみてください(ちょっともどって、読んでみるのもいいでしょう)。その使者につづいてやってきた、身分の高そうだった、こがね色のかみの兵士がいましたよね。そう、じつはあの兵士こそが、このガランドーだったのです。)

 

 「なにもかも、おまえの思い通りだ。まんぞくだろう。」

 

 ガランドーが、怒りのこもった声でアーザスにいいました。それをきいたアーザス(うさぎ)は、「くっくっく。」という、いつもの笑い方をしてこたえます。

 

 「きみの力には、いつも助けられるよ、ガランドー。ほんとうにきみは、よくやってくれる。でも、ここからが、ほんばんだからね。さいごの戦いでも、ぼくのきたいに、こたえてくれるかな?」

 

 アーザスの言葉に、ガランドーは「くっ……!」という声を上げて、アーザス(うさぎ)のことをにらみつけました。そしてふりしぼるように、強い思いをこめて、いったのです。

 

 「つとめは果たす。だが、いいか。おまえがやくそくを破ったら、わたしはおまえを、ぜったいにゆるさんぞ。」

 

 「えー、こわいなあ。」アーザスはそういって、また「くっくっく。」と笑いました。「あんまり、おどかさないでよ。ぼくは、気が弱いんだから。」

 

 よくいいます! 今までたくさんの、ひどいことをしておきながら!

 

 「でもねえ、やくそくのことをいったら、それは、ぼくだって同じだよ? きみがやくそくをしっかり守ってくれれば、だーれもきずつかずに、すむんだから。あの子だって、ね。」

 

 「きさま……!」

 

 ガランドーは怒りにふるえ、こぶしをにぎりしめました。どうやらこのガランドーとアーザスとのあいだには、人知れない、ひみつのやくそくがあるみたいなのです。そしてそれこそが、ガランドーがアーザスにつきしたがって、このワットの軍のしきかんになっている、ほんとうのりゆうのようでした。

 

 「わたしは、やくそくを守る。いもうとには……、ライラには、ぜったいに手を出すな!」

 

 いもうと……! ライラ……!

 

 そうなのです……、このワットのこがね色のかみのしきかん。おそろしいディルバグに乗った、黒騎士隊のしきかん、ガランドー・アシュロイは、あのベーカーランドの白の騎兵師団の隊長である、ライラ・アシュロイの、お兄さんでした……!

 

 いっぽうは、ベーカーランドの白の騎兵師団の隊長……。いっぽうは、ワットの黒の軍勢のしきかん……。まるでせいはんたいの立場にあるこのふたりの人物が、血のつながった、兄といもうと。なんて、つらくて、ざんこくで、重いじじつなのでしょう!

 

 「ぼくだって、そんなことしたくないよ。だから、きみには、もっとがんばってもらわなきゃね。」アーザスが、あっけらかんとしたいい方でいいました。

 

 ガランドーは、自分の手を見つめました。どうしてもやらねばならない、みずからのつとめ……。それをかれは、痛いほどにわかっていたのです。

 

 「もうすぐ、本隊がつく。まずは、べゼロインだ。」ガランドーがいいました。

 

 「ああ、そうだっけね。ベゾルインか。」アーザスがきょうみもなさそうに、いいました(アーザスはきょうみのない物や人物は、名まえをしっかりおぼえていないのです)。

 

 「じゃ、よろしくたのむよ。ああ、そろそろおやつの時間だから、切るね。いいほうこくがきけることを、楽しみにしてるから。ばいばーい。」

 

 アーザスがそういうと、鳥かごの中のうさぎは、とたんにもとのうさぎにもどって、きょとんとした顔つきで、また鼻をひくひくさせはじめました。

 

 ひとり残ったガランドーは、そのまま動かず、にぎったその自分の手を、じっと見つめていました。アーザスとのやくそく。それは、いもうとのライラの身の安全のほしょうとひきかえに、みずからのその身を、アーザスのもとにささげるというものだったのです……。

 

 ガランドー・アシュロイ。かれはもともと、白の騎兵師団の人間隊の副長でした(兄のガランドーでも、いもうとのライラには、剣のうででかないませんでしたから)。白の騎兵師団の、副長。それが黒の軍勢のがわにつけば……、ワットにとって、ひじょうにやくに立つそんざいとなります。ベーカーランドのさまざまなじょうほう。白の騎兵師団のじょうほう。兵士の数。戦い方。とりでの中がどうなっているのか? それらのことが、すべて、ワットの知るところとなるのですから。ワットにとって、そのりえきは、はかりしれないものでした。

 

 アーザスはそれをねらって、ガランドーに目をつけたのです。アーザスは、ガランドーのじつのいもうとが、同じ白の騎兵師団の隊長であるライラであるということを知って、それをりようしました。それも、なんともじゃあくきわまりない、方法でもって。

 

 アーザスはガランドーにいうことをきかせるために、ガランドーのいもうとであるライラに、じゃあくな魔法をかけました。アーザスがその魔法ののろいをとき放てば……、ライラは、やみの世界に取りこまれてしまうのです。自分にそんなのろいがかけられたなんてことは、ライラはまったく、気がついていません(この魔法はじっさいにそののろいがとき放たれるまでは、かけられた者のからだには、なんのへんかもありませんでしたから。じつにおそろしい魔法です)。ただひとりガランドーだけが、とつぜんに自分の前にあらわれたアーザスほんにんから、そのことをきかされました(アーザスはその気になれば、ガランドーほんにんにたぶらかしのじゅつをかけて、かれを思いのままにあやつって、味方にひきこむこともできました。ですがアーザスは、わざと、かれのいもうとをねらったのです。あやつり人形みたいにいうことをきかせるより、その方がおもしろそうだから。アーザスはそう思いました。ひどすぎます! そしてアーザスがライラではなく、ガランドーに目をつけたわけも、そこにありました。兄であるガランドーの方が、年下のいもうとのことをかばう気持ちが強いはずだと、アーザスは思ったのです。その方がよりいうことをきかせやすいし、楽しいだろうと、アーザスは考えました。ほんとうにひどい!)。

 

 やみの世界にとらわれていく、ライラのすがた……。アーザスはガランドーに、そのみらいのえいぞうを見せつけました。こんなものを見せられて、兄であるガランドーに、どうしてさからうことができたでしょう……? かれはアーザスに、ただただ、したがうほかはなかったのです……。

 

 こうしてガランドーはただひとり、ライラへの手紙だけを残して、ベーカーランドを去りました。手紙の中でガランドーは、アーザスのことも、ライラにかけられたのろいのことも、なにもいいませんでした。ただライラに、自分のしんねんにしたがって、強くしあわせに生きてほしいと、それだけをいい残したのです。ライラにこれ以上、よけいな心配をかけさせまいとして……。ガランドーはそれからすぐ、アーザスのめいれいにより、ディルバグの黒騎士隊のしきかんとなりました。

 

 ガランドーはワットの者たちの前では、兵をひきいるしきかんとして、れいこくなすがたをよそおっています(第十三章のはじめに、はじめてガランドーがとうじょうしたとき、かれはベーカーランドといくさになることをよろこんでいるかのようにふるまい、笑みさえ浮かべていました。じつはあれもすべて、ガランドーは、わざと、そのようにふるまっていたのです。ワットの者たちの前では、ベーカーランドのうらぎり者としての自分を、えんじつづけていなければなりませんでしたから)。ですが心の中では、いもうとのライラのことをかたときも忘れることなく、いつも心配し、くるしんでいました。かわいそうに……。

 

 「アーザスめ……」

 

 ガランドーは、はきすてるようにつぶやきました。そして床においたかぶとをわきにかかえると、とびらのかんぬきをはずして、ふたたびきびしい顔をして、ひとり、とりでの中へと消えていったのです。

 

 そのひとみのおくに、ライラのすがたをうつして……。

 

 

 「さいごの旅のことについては、ノランから話されるであろう。ついてまいれ。」

アルマーク王がそういって、みんなのことをみちびきました。

 

 ここはベーカーランドのお城、エリル・シャンディーンの、てっぺん。そこからさらに半マイルほども空中ろうかを歩いて、ようやくたどりついた、王さまのぎょくざのある塔の上。そして今、みんながむかったのは、そのぎょくざのうしろ。女神リーナロッドのぞうの、その足もとだったのです(さきほど、ひみつの出入り口がひらいたところです。といっても、そこにはっきりと、出入り口が見えているというわけではありません。せいかくには、「出入り口がかくされているところ」といった方がいいでしょう。この出入り口はほんとうに、近くでじっくりながめても、どこがとびらなのか? ぜんぜんわかりませんでした。ですから、ひみつの出入り口なのです)。

 

 ひとりの兵士が進み出て、女神の足もとのかべを手でさぐり、そこに、手に持っているなにかをかざしました(ちなみに、そこはさっきひらいた方とはべつの、左足の方でした。どうやらさっきとはちがうべつの出入り口が、そこにあるみたいです)。すると……。

 

 ぷしゅー。

 

 さきほどと同じ、空気のもれるような音がして、それまでまったくかべにしか見えなかった場所に、ふたたび、ひみつのとびらがひらいたのです!(ちなみに、兵士が手に持っていたのは、まん中に白い石がついた、きいろいリボンでした。このリボンはこのひみつのとびらをひらくための、とくべつな品物で、このリボンをとびらのある場所にかざすと、かくされているとびらがひらくというしくみになっていたのです。このリボンはしっかりとかんりされていて、お城の戸じまりをまかされているとくべつな兵士たちにしか、持つことはゆるされていませんでした。その兵士たちはリボンと同じく、きいろいもようのはいったかっこいいよろいを着ていて、うでには同じく、きいろいわんしょうをまいていました。かれらはその名も、「イエローリボンけいび隊」! 名まえはともかくとして……、お城の中でも、もっとも重要な人たちだったのです。)

 

 入り口をくぐって中にはいると、そこはなんともふしぎなところでした。そこは、はしからはしまでが二十フィートほどのまるい部屋で、かべも床も、まっ白にかがやいていたのです(ロビーはさいしょ、そとのおひさまの光がさしこんでいるのかと思いましたが、すぐに、これはまわりのかべそのものが白い光を放っているのだということに気がつきました。だってそとは今、すっかり、おひさまがしずんでしまっている時間でしたから)。まどはなくって、つるつるとした白いかべが、ずうっと上の方にまでのびていました。

 

 いったいここは、なんの部屋なのでしょう? ですがロビーはすぐに、そのこたえを知ることになったのです。

 

 「この上だ。」

 

 アルマーク王がそういって、かべぎわの床の上においてあった、まるい板のようなものの上に乗りました。それはちょっけいが三フィートほどで、あつさが二インチほどの、よくみがかれた、白いまんまるな石の板でした(見た目はまるで、ホワイトチョコみたいでした)。そしてよく見ると、その石の板は、このまるい部屋のかべにそって、同じかんかくをあけて、全部で六つ、きれいにならべておかれていたのです。

 

 「いっこ、たんないから、ロビーは、ぼくといっしょに乗ろうね。」ライアンがそういって、ひとつの板の上に乗り、ロビーのことを手まねきします。あわててロビーも、わけもわからないまま、その板の上に乗りこみました(小さな板でしたから、いくらライアンが小さくても、ふたり乗ったらいっぱいでした)。

 

 つづいて、デルンエルム、ベルグエルム、ライラ、フェリアルも、それぞれの板の上に乗りこみます(おともの兵士たちは部屋の入り口の見張りに残りました)。アルマーク王と、ロビーとライアンをあわせて、これで六つの板が全部うまったわけでした。

 

 「落っこちないように、しっかり立っててね。」不安げにしているロビーに、ライアンがいいました。え? ま、まさか……、また?

 

 

 「アローイン!」

 

 

 ロビーの思った通り! ライアンのその言葉をあいずに、ふたりの乗ったその石の板が、床からふわーん! ちゅうに浮かび上がったのです!

 

 「や、やっぱりー!」ロビーは思わずしゃがみこんで、「ひええ!」とライアンの足にしがみついてしまいました(おかげでライアンは、「わわ!」とよろけそうになってしまいましたが)。

 

 つまり……、この部屋はみなさんの世界でいうところの、エレベーターだったのです!石の板に乗ってあい言葉をいうと、石の板が上がったり下がったりして、乗っている人をほかの階にまではこんでくれるというわけでした!(お城の七階にくるまでには、魔法のらせんかいだんに乗ってきたわけですが、いってみれば、あれはエスカレーターですよね。そしてこんどは、エレベーターというわけなのです。う~ん、エリル・シャンディーンって、ファンタジーなのにげんじつ的! 

 ところで、王さまもさいしょ、下の階から、このエレベーターに乗ってぎょくざの間までやってきました。それならなにも、わざわざあんなに長い空中ろうかを歩いていかなくても、みんなもはじめから、このエレベーターに乗ってぎょくざまでいったらよかったんじゃ……。でもまあ、正式に王さまに会うためには、長い空中ろうかを歩いてぎょくざまでいくというのが、きまりになっているようでしたので、ここは、そのでんとうの顔を立てることにしましょうか……。

 ちなみに、王さまがきたときになっていた、ちん、ろん、らん、という音楽は、「もうすぐエレベーターがつきますよ」ということをしらせるためのもので、「ちーん!」というベルの音は、「つきましたよ」ということをしらせるためのものだったのです。)

 

 

 ちーん!

 

 

 ほどなくして、ライアンと(そのライアンの足にしがみついている)ロビーを乗せた石の板が、てっぺんまでたどりつきました(でも……、王さまのぎょくざのある場所が、お城のてっぺんなんじゃないのでしょうか? そこよりさらに上にある、この場所って……?)。

 

 

 ちーん! ちちちーん! ちーん! 

 

 

 ほかのみんなを乗せた板も、じゅんばんにてっぺんにとうちゃくです(この石の板は、その上に乗った人のあい言葉だけに反応して動くというものだったのです。そのため、上につくのも、それぞれひとりずつでした。ひとりとうちゃくするたびにベルの音がなるので、ちょっとうるさいのですが……)。

 

 そこはぎょくざのある広間から(そして女神ぞうのその頭の上よりも)さらに上につき出た、いっぽんの塔の中でした(なるほど、ぎょくざの間のそのやねの上にも、小さな塔がつき出ていたんですね。これならお城のてっぺんであるはずのぎょくざの間より、さらに上があっても、おかしくないわけです。そこにいくためのエレベーターが女神ぞうの中にあるというのは、やっぱり、ばちあたりのような気もしますが……)。そしてここは、お城の人たちでもふだんははいることのできない、とてもとても、とくべつなところだったのです。それはこの場所に、とてもだいじなあるものが、おかれていたからでした。

 

 ベーカーランドのお城の、そのいちばんてっぺんにおかれている、だいじなもの。それがなんだか? みなさんにはもう、おわかりでしょう。そう、この場所には、ベーカーランドのくにのいちばんの宝物、青き宝玉がおかれていたのです!

 

 

 風がぴゅうぴゅうと吹きつけていました。エレベーターの終わり、石の板がたどりついたその塔は、青いタイルのとんがりやねをなん本かの石のはしらがささえているだけの、かべのない、あずまやの塔だったのです(ちなみに、石の板がたどりついたこの場所は、まん中が下まで吹きぬけになっていて、石の板はその吹きぬけをぐるっとかこんだつうろのふちに、ぴたっととまりました。ですが、もしこの吹きぬけに落っこちてしまったら? だいじょうぶ。なんと、落ちた人には空中で魔法の力がはたらいて、そのままその人は、ふわふわと、下までおりていくことができたのです!

 

 ほかにも、人と人とがぶつからないように、板と板のあいだにはきょりが取ってあったり、危険を感じたら、板が自分でとまったり。安全たいさくもばっちりされていました。でもさすがに、ふわふわおりるのが楽しいからというりゆうで、わざと吹きぬけに飛びこむ人はいないみたいです。そんなことをしたら、ぜったい怒られますから)。ロビーはライアンに手をひっぱられながら、なんとか、石の板からその塔のつうろの上へと、おり立つことができました(しっかりとした足場にかんしゃですね!

 

 ちなみに、ライアンはいぜんエリル・シャンディーンにきたときに、この場所にもあんないされていました。ですからこのエレベーターのことも知っておりましたし、乗るのもぜんぜんへいきだったのです。おもしろかったので、そのときライアンは、十回以上ものぼりおりしてしまったくらいでした。そしてなん回か乗っているはずのフェリアルでしたが、じつはかれは、どうにもこのエレベーターがにがてで、ロビーと同じくらいおっかながっていました。かれのめいよのためにも、文章にしては、わたしもあえてお伝えしていませんでしたが……)。そしてこの塔からのびるいっぽんの石の橋が、そのさきにあるもうひとつの青いとんがりやねの塔のもとへと、みんなのことをまねいていたのです。

 

 この「もうひとつの塔」というのが、じつにおそろしいものでした。それはなぜか?といいますと、じつはその塔は、やねの上につき出た今いる塔から、西の海の方に空を十ヤードほども進んでいった、そのさき。つまり、まったくの空中に、ぽつんと浮かんでいたからなのです!(つまり、今いる塔からのびているいっぽんの石の橋だけが、空中のその塔へとむかう、ゆいいつの道だったというわけなのです。なんておそろしいところに塔をつくるんでしょうか!

 でも、ご安心を。この塔は魔法のわざによって、しっかりとささえられているということでしたから。でなければとても、こんなおそろしいところにある塔になんて、渡れるはずもありません!)

 

 みんなは(ロビーだけはおそるおそる)その空中に浮かぶ塔へとむかって、石の橋を渡っていきました(そこがもくてき地だということでしたから)。そしてロビーは、その空中の塔の床のまん中に、りっぱなかざりのついた白い石の台がひとつあるのを、見て取ったのです(その塔も、さいしょの塔と同じ、かべのないあずまやの塔でしたから)。そしてそのかざり台の上、五フィートほどの空中に、それはありました。

 

 さいころのようなかたちをした、ひとつのすき通った青い石。それが空中で、光をきらきらとはんしゃさせながら、ゆっくりとまわっていました。そう、これこそ、ベーカーランドのしょだいの王、イェヒュリー・ベーカー王が、このアークランドの地で女神リーナロッドよりさずかったとされる、青き宝玉、そのものだったのです!

 

 ひとめ見るなり、ロビーはその美しさに心をうばわれてしまいました。アーザスのたくらみによって、そのかがやきを失いつつあるという、青き宝玉。ですがそれでもなお、この宝玉はほかのどんなすばらしい宝石よりも美しく、どうどうと光りかがやいていたのです(ちなみに、この宝玉の光は、遠く西の地からやってくる船たちの、目じるしにもなっていました。つまりこの塔は、うみべのとう台のやくわりをも果たしていたのです。ですからこんな、お城のてっぺんにあるんですね)。

 

 

 「おお、やってきたな。」

 

 

 とつぜん、どこからか声がしました。その声に、ロビーは、はっとして、われにかえります。ロビーはすっかり、宝玉の美しさに見とれてしまっていて、そのわきの、石のはしらの影にいたそのひとりの人物のことに、ぜんぜん気がつきませんでした。

 

 声とともに、その人物がぺかぺかとくつ音を石の床にひびかせながら、歩き出てきました。茶色のぼろぼろのマントをはおっていて、くたびれた衣服に、ぺたんこのくつというかっこうです(ぺたんこのくつですから、そのくつ音も、こつこつではなく、ぺかぺかだったのです)。肩からは大きなかわのかばんをかけていて、そして手には、さきに白いすいしょうのはまった、長い木のつえを持っていました。

 

 肩までのびた茶色のかみが、風になびいてぱたぱたとゆれております。おかしなことに、かみの毛の色は茶色なのに、長くのばしたそのおひげは、はい色でした(ですから、茶色とはい色、どっちがほんとうの毛の色なのか? わかりません)。見た目はもう、ずいぶんおとしよりでした。ですが、その力強い目。五フィート八ほどもある、しゃんとした背かっこう。そして、しっかりとした足取り。どれを取っても、とてもおとしよりとは思えなかったのです。

 

 「待たせてすまぬな、ノラン。」アルマーク王がいいました。

 

 ノラン! そうです、この人物こそ、この世界でいちばんといわれる大けんじゃ、ノラン・エルセルファス・クーシー、その人でした!(けんじゃにしてはずいぶんぼろぼろのかっこうをしておりますが、これはかれが一年中、あっちやこっちを飛びまわっているからでした。きれいな服を着ていても、あっというまにほこりにまみれ、ぼろぼろになってしまうのです。ですからノランは、いつも、ねだんの安い旅用の衣服とマントを身につけていました。同じけんじゃのカルモトの、どはでなかっこうとは、えらいちがいですね。)

 

 ノランは「はっはっは!」と大きな声で笑って、アルマーク王にこたえました。

 

 「おかげで、また、でしに、こてんぱんにやられてしまったわ。」

 

 でし? するとそのとき。同じくはしらの影から、もうひとりの人物があらわれたのです。

 

 その人物は、はしらの影の石のベンチ(ベンチがあったんですね)からぴょこんと飛びおりると、ノランの横まですたすたと歩いてきました。背たけはライアンと同じくらい。りっぱなししゅうのはいったきれいな服を着ていて、金色のふち取りのされた白いケープをはおっております。そのケープについたフードをすっぽりかぶっていて、フードには金色の大きなリボンがふたつ、左右にかわいらしくかざられていました。ひざの上までの半ズボンをはいていて、このズボンもまた、小さなたくさんの金色のリボンで、かわいくかざられていました。

 

 ひとめで子どもだとわかりました。人間の種族の子で、ねんれいは十二さいか十三さい、そのくらいでしょうか? フードからのぞいているのは、とてもかわいらしい顔をした、女の子のようでした。かがやくように美しい、こがね色がかった茶色のかみの毛で、まるっこい、かわいいかみがたをしております(フードをかぶっているので、全部は見えませんでしたが)。ひとみの色は、ここちよい海のしお風のような、やわらかなサファイア色。手には、さきにもも色のすいしょうのはまった、きんぞくでできたつえを持っていました。

 

 「おししょうさまが、弱すぎるんです。まあ、でも、カードだったら、だれだって、ぼくにはかなわないでしょうけど。」

 

 その子はかわいらしい声でそういって、その場にいるみんなにぺこりと頭を下げて、あいさつしました。やっぱり、女の子のようです。でもかわいい声のわりには、ちょっとなまいきな感じで、りくつっぽいしゃべり方をする子のようですね。それに自分のことも「ぼく」ってよんでるみたいですし、やっぱりけんじゃのでしだけあって、すこし変わっているところがあるみたいです(ところで、かれらの話しのことですが、ノランとそのでしのこの子のふたりは、ロビーたちがやってくるまでのあいだ、この場所でカードゲームをしてあそんでいました。それはベーカーランドで子どもたちに人気の「ディルグレイド」というカードゲームでしたが、エリル・シャンディーンのまちにもお店がありましたよね。このゲームにおいては、ししょうであるノランも、でしにまったくかなわなかったというわけなのです。

 なにしろ、でしの持っている「エクセレンス・エンペラードラゴン」の強さといったら! ししょうノランの「魔法使い騎士団」は、でしの「さい強ドラゴン軍団」に、げんざい二百五十四れんぱい中! この日もこてんぱんにやられてしまって、れんぱいきろくをさらに、のばしてしまったというわけでした。もっとも、こんなに強いカードがなくても、でしのこの子のいう通り、だれもこのゲームでは、この子にかないませんでしたけど。それほどこの子は頭がよく、カードだけではなくて、あらゆるゲームに強かったのです)。

 

 「おぬしが、ロビーベルクだな。うむ、ムンドベルクに、よくにておる。それから、きみは、シープロンドのライアン王子。ひさしぶりだのう。」ノランがいいました。

 

 「あ、はい、おひさしぶりです。」ライアンがあわててこたえましたが、ライアンはさっぱり、ノランのことをおぼえていませんでした。じつは四年前、メリアン王たちのことをまねいたそのかんげいのしきてんの席に、たまたまノランもやってきていて、メリアン王とライアンにあいさつをしていたのです。でもライアンは、テーブルの上のお菓子のことばっかり見ておりましたから、ノランのことをぜんぜんおぼえていませんでした(世界さいこうのけんじゃよりも、やっぱりライアンはお菓子でしたね)。

 

 「わたしは、ノランだ。こっちは、でしのマリエル。」

 

 ノランにしょうかいされて、マリエルとよばれたその子が、またぺこりと頭を下げて、ロビーとライアンのふたりにあいさつしました。

 

 「はじめまして。マリエル・フィアンリーと申します。ノランおししょうさまのでしで、このお城の、きゅうていまじゅつしをしております。」 

 

 きゅうていまじゅつしというのはお城につかえているゆうしゅうなまじゅつしのことで、さまざまなちえを出したり、いろいろな魔法を使ったりして、王さまやくにの人々のお手伝いをするのが、そのだいじなやくめだったのです。そしてエリル・シャンディーンのお城には、四人のきゅうていまじゅつしたちがいましたが、ほかの三人はみんな、はたち以上のねんれいでした(いちばん若くても二十一さいでした)。きゅうていまじゅつしになるためには、人なみはずれた魔法のさいのうと、ゆうしゅうなるずのうが必要だったのです。いってみればエリート中のエリートといったところであって、きゅうていまじゅつしというのは、ほんのひとにぎりの、ばつぐんにすぐれたまじゅつしだけがなることをゆるされる、魔法をこころざす者であればだれもがあこがれる、せまき門でした。

 

 ですからマリエルくらいのとしできゅうていまじゅつしにえらばれるということは、とてもすごいことなのです。しかもあの大けんじゃノランのでしなのですから、このマリエルという子は、そうとうな魔法のさいのうの持ちぬしであると考えていいでしょう。なにしろノランといえば、でしを取らないのでゆうめいでもありましたから(あちこち飛びまわっているので、でしを育てているひまがないというりゆうが大きかったのですが……。

 

 そして。ノランがマリエルのことをでしにしたわけは、じっさいのところ、ノランいがい、だれも知りませんでした。ただあるとき、はるか西の地からもどってきたノランが、マリエルのことをつれてきたのです。そのときマリエルは、まだ五さいでした。みすぼらしい服を着ていて、かみの毛もぐしゃぐしゃ。手には小さなお守りだけをひとつ、にぎりしめていたそうです。そしてその胸には、見たこともない、おそろしげなりゅうのもんしょうがきざまれていました。

 

 マリエルの胸にりゅうのもんしょうがあるというこのことを知っているのは、ノランのほかは、アルマーク王と、ごく一部のお城の者たちだけです。そして、このおそろしいりゅうのもんしょうのひみつについては、ざんねんながら、このロビーの物語の中では語られません。マリエルの、そのひめられたひみつ……、遠く西の大陸の、エクセレンス・ドラゴニア帝国のめつぼうにまつわるその物語は、またいつか、べつのところでお話ししたいと思います。きっとそれだけで、本がいっさつ、できてしまうことでしょうから。

 

 それからノランは、マリエルをアルマーク王にあずけ、こういいました。

 

 「王よ、今からこの子は、わたしのでしだ。城で育ててやってくれ。いずれこの子は、わたしをこえる、けんじゃとなることだろう。」

 

 そしてマリエルは、わずか十一さいのときに、このエリル・シャンディーンのきゅうていまじゅつしにえらばれたのです。手にしたつえは、そのおいわいに、ノランからおくられたものでした。

 

 マリエルは、むかしのことをぜんぜんおぼえていません。ですがマリエルにとって、かこはどうでもいいことでした。マリエルには、わかっていたのです。たいせつなものは、今、そしてみらいにこそ、あるのだということを。

 

 マリエルは、こうして、ノランのでしであるということ、エリル・シャンディーンのきゅうていまじゅつしであるということをほこりに、魔法のしゅぎょうに日々、はげんでいました。

 

 ところで……。ここでひとつ、けっこう重要な説明を加えておきます。それは、なぜ、かれらきゅうていまじゅつしたちが、ロビーのことをむかえにいくこんかいの旅に、加わらなかったのかということ。たしかに、まじゅつしであるかれらがいれば、これまでの冒険の中でも、かなり助けられたところがありましたよね。ですがかれらのようなまじゅつしたちは、いつもたいへんなしごとをこなしていて、なん日もお城をあけるような旅には、出ることができなかったのです。ましてや今は、ワットとの大いくさのじゅんびに追われておりましたので、ことさらたいへんなときでした。かれらきゅうていまじゅつしたちが、ひとりでもかければ、いくさへの対応は、大きくおくれてしまうことでしょう。そのためアルマーク王は、それらのことをすべて考えにいれたうえでも、きゅうていまじゅつしたるかれらにひってきするほどの力を持った、ベルグエルムたち四人の騎士たちを、この重要な旅に送り出したのです。

 

 ワットとの大いくさがはじまるまでには、まだしばらくの時間があります。アルマーク王は、そのあいだにきゅうせいしゅであるロビーのことをお城までつれて帰ることのできる、ゆうしゅうなるベルグエルムたちに、そのにんむをたくしました。まだいくさまでには時間がありましたので、かれらのるすのあいだは、もうひとりのゆうしゅうなるしきかんであるライラに、そのかわりをつとめてもうことができましたから。アルマーク王は、すべての人の力がすべてうまくまわるようにと、ぎりぎりのせんたくをしていたのです)。

 

 「きゅうていまじゅつし! すごいなあ、そんなに若いのに。」ライアンがそういって、マリエルのことをほめました。

 

 「いえ、それほどでも。」マリエルはひかえめにいいましたが、ほめられてすごくうれしそうでした。

 

 「それに、女の子できゅうていまじゅつしっていうのも、めずらしいよね。男の人ばっかりなのに。マリエルちゃんって、やっぱり、すごいなあ。」ライアンが、そういったとたん……。

 

 「こらー! 女の子とはなんだー!」

 

 とつぜん、マリエルが両手をふりかざしてどなりました! ええっ? ど、どうしたの?

 

 「ぼくは、男の子だ! よく見ろ!」

 

 ええっ! お、男の子? マリエルはそういって、フードをがばっ! とうしろへ下げました。こがね色がかったきれいな茶色いかみが、ふわりとなびきます。フードをぬいだので、これでその顔を、はっきりと全部見ることができるようになったというわけでした。どこが女の子だ! よく見ろ! というわけでしたが……。

 

 やっぱり、女の子みたいにかわいらしい顔なんですけど……。いわれなかったらまちがえてしまうのも、むりもありません(かみがたも女の子みたいですし、そのうえ声まで、かわいらしい高い声でしたから)。

 

 すっかり怒られてしまったライアンは、「ええっ!」とおどろいて、あわててとりつくろおうとします(ちなみに、ロビーもマリエルのことを女の子だと思っておりましたので、さきに女の子だといわなくてよかった……、と心の中でひそかに思っていましたが)。

 

 「だ、だって、マリエルって、女の子の名まえじゃん! ぼくのいとこも、マリエルって名まえだよ。まちがえちゃうよ!」

 

 じつはこれが、ライアン(とロビー)がマリエルのことを女の子だと思った、いちばんのりゆうでした。ライアンのいう通り、マリエルというのは、このアークランドでは女の子にしかつけない名まえだったのです。ですからライアン(とロビー)は、マリエルのことを女の子だと、はじめからすっかりきめつけてうたがいませんでした。ですが……。

 

 さあ、これがマリエルのきげんを、ますますそこねてしまったのです。

 

 「ぼくのいちばん気にしてること、いったなー!」

 

 マリエルはもう、かんかんです! 持っているつえのさきから、ばちばち! ときいろい火花が!(ちょ、ちょっと、おししょうさまー! なんとかしてよー!)

 

 そんなかれらのやりとりを見て、ノランは「はっはっは。」とのんきに笑って、ロビーとライアンのふたりにいいました。

 

 「マリエルは、小さいときにこの城にきたのだが、むかしの名まえをおぼえてなくてな。それでアルマークが、女の子だと思って、マリエルと名づけたのだよ。わたしもすっかり、男だと伝えるのを、忘れておってのう。アルマークはしばらく、マリエルを女だと思っておったから、今さらほかの名まえに変えることも、できなくなってしまったのだ。」

 

 いわれて、こんどはアルマーク王が、どきっ! としてしまいました。どうにも気まずい表じょうです。

 

 「ま、まあ、よいではないか。ようは、ほんにんの、気持ちの持ち方しだいだから……」アルマーク王はそういって、「はは、は。」とひきつって笑いました(ちなみに、マリエルのみょうじのフィアンリーというのは、お城のべんきょうの先生の家のみょうじでした。マリエルはその先生のようしとして育てられましたので、今はフィアンリーのみょうじを名のっていたのです。べんきょうの先生の家で育ったマリエルは、そのためちょっと、りくつっぽいところがありました。でも、まだまだ子どもっぽいところもあったのは、みなさんも見ていただいた通りです)。

 

 「しょうがないですね。まあ、いいです。それほどぼくって、かわいいんだから。」マリエルが、鼻を「ふん!」とならしていいました。

 

 これに対して、こんどはライアンが頭にかちーん! ときてしまったから、さあたいへんです!(お子さまどうしの戦いが、ぼっぱつ!)

 

 「な、なにおーう! かわいさなら、ぼくだって!」ライアンはそういって、ロビーの方をむいて、両のこぶしをふたつ、ほっぺにつけて、かわいらしいしぐさをしてみせました。

 

 「ね? ぼくの方が、かわいいよね! そうでしょ? ロビー。」

 

 「なにいってるんです! ぼくの方がかわいいに、きまってるよ!」

 

 な、なにやら、たいへんなさわぎになってしまいましたが……。もうマリエルとライアンは、わーわーきゃーきゃー。おたがいの「かわいさ」について、いっぽもゆずらない、ぎろんのかわしあいです! どうやらライアンもマリエルも、「これだけはゆずれない!」という部分に、おたがいふみこんでしまったようですね。それにしても……、どっちも男の子なのに、どうせなら「かっこよさ」で、もめてほしいものです……。ロビーはふたりのお子さまのあいだにはさまれて、もみくちゃにされながら、う~ん……、とにが笑いするしかありませんでした。

 

 

 さて、話がだいぶ、でし(マリエル)の方にかたむいてしまいましたが……、(「かわいさ」についての戦いは、もうこのへんにしてもらって……)それではそろそろ、ここへきたほんらいのもくてき、大けんじゃノランの話をきくことにしましょう(横ではマリエルとライアンが、おたがいににらみをきかせあって、まだばちばちと火花を飛ばしあっているみたいですけど……)。

 

 みんなは、宝玉の前に集まっていました。近くによると、宝玉からは、ふいーんという、小さな音がなっているのがわかりました。ゆっくりとまわりながらかがやく、美しい宝玉。これが今、よこしまなる魔法使いアーザスの手によってねらわれ、そしてそのために、その力を失いつつあるというのです。はじめて見るロビーには、どこが悪くなっているのか? ぜんぜんわかりませんでした。しかし、いぜんの力強い宝玉のかがやきを見たことがある者にとっては、今の宝玉のかがやきは、ほんとうに弱々しいものに感じるはずです(なにしろいぜんの宝玉のかがやきは、じっと見ていたら、まぶしくて目が痛くなってしまうほどでしたから)。それほどこの宝玉の力の弱まりは、はっきりと、痛いほどに感じられるようになっていました。

 

 「これが、このアークランドの、大いなる力のみなもとだ。」宝玉に見いっているロビーに、ノランがいいました。「どうだ。その力を、おぬしも感じるか?」

 

 ロビーはだまってうなずくと、しばらくたってからこたえました。

 

 「はい。この石の中には、ものすごい力があるのだとわかります。でも、変です。はじめて見るものなのに、とても、なつかしい感じがする。」

 

 ロビーの言葉に、ノランもうなずいてこたえます。

 

 「それは、おぬしのその剣のせいだろう。その剣のやいばと、この石は、同じものだ。そして、そのひめたる力もな。」

 

 ロビーは腰の剣に手をあてました。心なしか、剣は宝玉の力にこたえているかのように、ロビーのその手に、ふしぎなぬくもりの力を感じさせました。

 

 「おぬしは、この石を守らなければならん。それが、このくにを守ることになる。」ノランが宝玉の方をむいて、ロビーにいいました。「さいごの旅は、とてもかんたんなものだ。おぬしはまず、精霊王のもとへゆき、そしてそこから、アーザスのいる怒りの山脈までゆく。それだけのことだ。」

 

 え? ノランさん、今、なんて?

 

 ロビーは思わず、自分の耳をうたがってしまいました。「アーザスのところにいく」。それはわかっておりましたから、そこではありません。その前です。ですがロビーがノランにたずねる前に、かれがノランにくいつきました。

 

 「精霊王のところ! 精霊王に会えるの! ほんとー!」

 

 それはもちろん、ライアンでした。ごぞんじの通り、ライアンは精霊ととてもなじみの深い、シープロンドの者でしたから、精霊王なんていったら、それはもう、ぜひともお会いしたい相手だったのです(たとえば大人気スターの大ファンの子が、そのあこがれの人に、ちょくせつ会えるといわれたらどうでしょう? まさに今のライアンが、それだったのです)。

 

 しかしノランの言葉にびっくりしたのは、ライアンだけではありませんでした。というより、アルマーク王と、デルンエルム、マリエルの三人をのぞく、ぜんいんがびっくりしたのです(いつもれいせいなライラまでが、ベルグエルムやフェリアルといっしょになって、すごくおどろいていました)。やみの精霊の谷で、そのそんざいがあきらかとなった、伝説の精霊王。そしてこんどは、じっさいにその精霊王のもとに、会いにいくというのですから、みんながおどろいたのもむりはありません。

 

 「精霊王のところへいくって……、ほんとうに、そんなすごいところにいけるんですか!」こんどはロビーが、ノランにくいいるようにたずねました(さきにくいついていたライアンのことは、マリエルが「こら! おししょうさまからはなれろ!」といってひきはがしました。もちろんそのあと、わーわーもめてましたが……)。

 

 ノランはそんなロビーの言葉をきいて、また「はっはっは。」と笑っていいました。

 

 「いけるもなにも。ロビーベルク、おぬしは十さいになるまで、その精霊王のもとで暮らしてたのだ。」

 

 えええーっ! 

 

 もう、びっくり! ロビーが、精霊王のところで暮らしてた? これはいったい! みんなももう、びっくりぎょうてんです!(いつもれいせいなライラまでが、ベルグエルムやフェリアルといっしょになって、すごくおどろいていました。)

 

 「ちょっと! ロビー! それってどういうこと! ぼくに、ないしょにしてたの!」ライアンがもう、すっかりこうふんしてしまって、ロビーのことをゆさゆさゆさぶっていいました。ロビーは「あわわわ……」とぐらぐらゆれながら、もう、わけもわからなくなってしまっているありさまです。 

 

 「これこれ。かれにいっても、むだなことだ。ロビーベルクは精霊王のもとを去るとき、精霊王のことや、そこにいたことのすべてのきおくを、なくしておるからのう。」ノランがつづけます。

 

 「え?」ライアンがロビーのからだから手をはなして、いいました(ロビーはかわいそうに、すっかり頭がふらふらになって、ぺしゃんとたおれてしまいました)。

 

 「ロビーベルクのことを、守るためだ。」アルマーク王がこたえます。「精霊王のもとにいたということをおぼえているままでは、ロビーベルクに、思わぬさいなんがふりかからないともかぎらない。精霊王がほんとうにいるのだというひみつは、守られたままにしておくのが、ほんらい、だれにとってもいちばんよいことなのだ。だから精霊王は、ロビーベルクのきおくを消したのだよ。」

 

 「そんなー! せっかく、精霊王のところにいたのにー!」ライアンがアルマーク王の前に進み出て、ぶーぶーもんくをいいました(すぐにマリエルに、「こら! 失礼だぞ! もどれ!」といわれて、うしろにもどされました。もちろんそのあと、わーわーもめてましたが)。

 

 「精霊王のひみつは、守られつづけなくてはならん。」ノランがさらにつづけます。「だが、ロビーベルクがどうして精霊王のところにいたのか? そのわけくらいは、話してもかまわんだろう。」

 

 そういってノランは、ロビーのそのひみつのかこのことを明かしました。

 

 

 それはロビーが、まだ五さいのとき……。

 

 それまで山里でかくれるようにすごしてきたロビーの身に、大きな危険のときがおとずれました。それは、ロビーがそのときにはじめて手にいれることとなった、ある力のために生まれた危険でした。その力とは……、そう、レドンホールに代々伝わる、アストラル・ブレードとよばれる、せいなる剣。その剣の力をひき出すことができるという、そのとくべつな力のことにほかならなかったのです(この力はほんらい、おさないときにはまだ生まれません。少年少女くらいに成長したときに、はじめて、レドンホールの王の子は、剣の力をひき出すその力を持つようになるのです。ですからロビーの五さいというのは、だいぶ早いねんれいでした。ムンドベルクの場合は十さいのときに、この力を持つようになったのです)。

 

 この力を、ロビーベルクが持つようになる。それはムンドベルクには、はじめからわかっていたことでした。ですからムンドベルクは、それより前に、ロビーを山里にかくしたのです。ロビーのその力を、あのよこしまなる魔法使い、アーザスに悪用されないために。わが子、ロビーベルク。この子は、このアークランドのきゅうせいしゅ。けっして悪の手になど、渡してはならぬと。

 

 ロビーを山里にかくしたことで。危険はさけられたかのように思われていました。

 

 

 ですがそれは、大きなまちがいであったのです。

 

 

 アーザスの持つ、赤いキューブ。そしてなによりも、アーザスのそのおそろしすぎるほどの、じゃあくなる魔法の力……。それらをあわせたまがまがしい力は、このアークランドのどんなに山深い場所にかくれようとも、さけられるというものではありませんでした。

 

 ロビーが剣の力を持つようになった、そのとき。アーザスの持つ赤いキューブが、大きく、その力のバランスをくずしたのです。はかり知れないほどに強大な魔法のさいのうを持つアーザスにとって、それが意味することを知るのは、たやすいことでした。キューブの力のバランスがくずれたのは、キューブに力を与えることのできる剣、アストラル・ブレードをあやつることのできる者が、新たにあらわれたということ。つまりそれは、レドンホールの王の子が、どこかにいるということを、はっきりとあらわすものであったのです……(しかもアーザスには、それが男の子、王子であるということさえわかりました。男と女では、その力のせいかくが、ちがったのです)。

 

 ロビーが剣の力を持った、そのしゅんかん。ロビーのそんざいのことを知ってしまえる……。アーザスのおそろしさというのは、ほんとうに、みなのそうぞうをはるかにこえるほどのものでした。

 

 

 アーザスはすぐに、レドンホールに使者を送りました。頭がかぼちゃで、手足がへちま、からだはたまねぎのよせ集めという、ふざけたやさい人形を送りつけたのです。その使者はムンドベルクに対して、こんなことをいいました。

 

 「ゴしそく、オタンじょう、オメでとうござイマス! ツキましてハ、ゼひ、ワタくしどモの家デ、オいわいノぱーてぃーヲヒラキたイ。親子デ、ふるッテ、ゴさんかクダさいマセ!」

 

 ムンドベルクはそれをきいて、全身がふるえました。ロビーベルクのことが、アーザスに知られてしまっていたのです!

 

 なぜアーザスに、それがわかったのか? ムンドベルクにはけんとうもつきませんでした。しかしアーザスに知られてしまった以上、ロビーのことを、もっとほかの、どこか安全な場所にかくさなければなりません。でも、いったいどこへ……?

 

 「お料理ハ、オ肉とオ魚、ドッチガお好ミでショウ? やっパリ、うるふぁサンでしタラ、オ肉の方が……、アっ!」

 

 ムンドベルクはぺちゃくちゃうるさいそのやさい人形の使者を、腰の剣でまっぷたつにしてしまいました。使者のからだはとたんにばらばらになって、たまねぎがあたりいちめんに、ころころところがっていきます(これらのおやさいは、お城の料理人が、あとでおいしいシチューにしてしまいました)。そしてムンドベルクはそのとき、あることを思い出しました。それはひとつの、とある、青いネックレスのことだったのです。

 

 

 「ロビーベルク、おぬしが今首にかけている、そのネックレス。それはむかし、ムンドベルクが、精霊王ほんにんからもらったものなのだ。」

 

 ええっ! またしてもノランの言葉に、ロビーもライアンも、みんながびっくりぎょうてんです!

 

 ロビーがいつも身につけていた、ひとつのネックレス(またはペンダント)。ロビーと、どこにいるとも知れない自分の家族とをつなぐ、たったひとつの手がかりとして、たいせつにしてきたこのネックレス。それがなんと、自分の父であるムンドベルクが、むかし、精霊王ほんにんからもらったという、すごいネックレスなのだといいました!(カルモトも「そのネックレスからは、とくべつな力を感じる」といっていましたよね。たしかに、その通りでした。なにせ、精霊の力を持った品物は、まだあるとしても、精霊王からもらったネックレスなんて、だれも持っていないのはあたりまえでしたから! それほどこれは、すごい品物だったのです。

 ちなみに、ライアンがすぐに、「ちょっと! 見せて見せて!」とくいついてきました。)

 

 「そのむかし、おぬしの父、ムンドベルクと、その友のアルファズレドは、怒りの山脈からの帰り道で、ぐうぜん、精霊王のトンネルに出くわした。そこでふたりは、精霊王から、りゅうたいじのほうびとして、そのネックレスをもらったのだ。あとからおくれてきたアルマークとメリアンは、ネックレスをもらえなくて、ひどく、ざんねんがったそうだがのう。」

 

 なるほど、そういうわけで、このネックレスをもらったんですか……、って、ぜんぜんわかりません! しかも、なんかすごく気になることを、いろいろさらっといっていましたけど! 友のアルファズレド? いったい、どういうことなんですか? ノランさん!

 

 「おや? お前たち、なにも知らないようだの。三十年前の、赤りゅうたいじの旅のことだよ。ここにいるアルマーク、レドンホールのムンドベルク、シープロンドのメリアン、ワットのアルファズレド、この四人と、わたしとで、怒りの山脈にすむりゅうを、たいじしにいったというわけだ。なかなか、骨のおれるしごとだったわい。なあ?」ノランはそういって、アルマーク王の肩をばしっ! とたたいて、「はっはっは!」と大声で笑いました(いわれてアルマーク王は、「そ、そうですね……」とにが笑いしておりましたが。なんだかいろいろ、あったみたいですね)。

 

 今からおよそ三十年前……。このアークランドに、とんでもないわざわいの力を持つ、赤いりゅうがやってきました。そのりゅうは、アークランド北東部の切り立った山の中にすみつき、そこからアークランド中を、荒らしてまわったのです。そのたいじにむかったのが、ノランひきいる、四人の若き王子たちでした。

 

 四人はたいへんな冒険のすえ、りゅうをやっつけました。りゅうが火を吹き、怒りくるったその場所は、今でも、そのりゅうの「怒りのわざわい」とよばれる、あつい風が吹き荒れているそうです。そしていつしかその場所は、人々から、こうよばれるようになりました。怒りの山脈と。そう、まさに三十年前のその冒険のぶたいこそが、今アーザスのいるという、怒りの山脈、その場所だったのです!(このノランと四人の王子たちの冒険の物語については、わたしはぜひ、みなさんにも語りたいと思っています。この本とはまたべつの本の中で、おきかせしたいと思っておりますので、それまでどうぞ、お楽しみに!)

 

 と、その旅の中身のことについては、またべつのこととして……、やはりひとつ、すごく気になることがありますよね? そう、アルファズレドのことです。ワットの黒き王。アークランドいち、れいこくで、なさけようしゃのない悪者といわれている、あのアルファズレドが、かつてアルマーク王たちとともに、仲間として、友として、いっしょに戦ったといいました! それがなぜ、今はこんなことに……?

 

 その思いを感じてか、アルマーク王がロビーとライアンにいいました(ベルグエルムとフェリアルは、とうぜん、むかしのその旅のことをすでにきいて知っていました。ですがロビーはまだ、その旅のことを知りませんでしたし、そしてライアンも、まだ父のメリアンから、そのことをきかされていなかったのです(きいてたら、もっと、メリアン王のことをだいじにしたかもしれませんが……)。

 

 メリアン王は、自分がかつて、このアークランドをすくうたいへんな冒険の旅に出たのだということを、ライアンにはあえてだまっていました。たぶん、いったらライアンは、「ぼくもいくー!」といい出すにきまっていましたので……。そのためメリアン王は、お城の者たちにも、シープロンドのまちの人たちにも、「ライアン王子の身の安全のために、かれにはこのことを、だまっているように」とねんをおして守らせていたのです。

 

 つまりこういったわけで、この場にいる者たちの中で、りゅうたいじの旅のことと、アルファズレドのむかしのことを知らなかったのは、ロビーとライアンのふたりだけでした。それと、すいません。読者のみなさんもでしたね。

 

 ちなみに、ライアンは、自分にそんなだいじな旅のことをずっとないしょにしていたメリアン王に、今めらめらと、怒りのほのおをもやしていました。そして、「シープロンドに帰ったら、いちばんにひっぱたいてやる!」ときめたのです。メリアン王、ピンチ!)。

 

 「アルファズレドは、しはいの道をえらんだのだ。」

 

 アルマーク王はそういってかなしみ、うなだれました。

 

 「わたしたちがたいじしたりゅうは、ある品物を持っていた。それは、じゃあくなりゅうの、しはいの力をひめた、黒いおそろしいメダルだった。それを見つけたわたしとアルファズレドは、そこで、おたがいの道をたがえることとなったのだ。わたしは、『そんなものはすてろ。』といった。だが、アルファズレドは、それを取った。そしてわたしに、こういったのだ。『おまえがのぞむのは、このアークランドの、とういつ。だが、それは、夢物語だ。この世界では、そんなあまい考えなどは通じない。おれは、この力で、しはいの力で、このアークランドのことをまとめ上げてみせる。』とな。」

 

 それから、アルファズレドは、りゅうのそのおそろしい力で、このアークランドのことをしはいしようとしてきました。それこそが、このアークランドのことをまとめ上げ、あらそいのない世界を作って、人々のことをすくうための、ただひとつの方法だと信じたのです。

 

 へいわにまとめ上げるのも、力でいうことをきかせるのも、同じ、とういつ。アルファズレドは、こうして、ほかの三人の仲間たちとはちがう道を進んでいきました。仲間たちにとって、それは、とてもかなしいことでした。

 

 「アルファズレド。あの若者が今、さまざまな悪さをはたらいとるのは、ざんねんなことだ。だが、やつにはやつの、道があるでのう。」ノランが、アルマーク王の方をむいていいました(いったいいくつなのか? わからないほどのねんれいのノランにとっては、アルファズレドもまた、ただの「若者」にすぎなかったのです)。ノランの言葉に、アルマーク王はふくざつな思いで、小さくうなずきました。

 

 「さて、ロビーベルク。かんじんなことは、そのネックレスが今、おぬしの首にあるということだ。」ノランが、ロビーの方をむいていいました(そうでした。ちょっと、むかし話に話がそれてしまいましたが、今問題なのは、ロビーのこのネックレスのことでしたね)。

 

 「精霊王は、それを渡すときに、こういったそうだ。『このネックレスは、おまえたちの世界と、われらの世界とを、つなぐもの。おまえか、おまえのしそんか? こんなんがおとずれたとき、このネックレスをもちいて、われらの助けをこうがよい。』とな。そしてムンドベルクは、おぬしを守るため、そのネックレスを使い、精霊王のもとにおぬしをあずけたのだ。」

 

 精霊王のネックレス。このネックレスのおかげで、ロビーは精霊王のもとへゆき、そしてそこで、守られることとなったのです。このネックレスは、いわば精霊王のいるひみつの世界へのとびらをあけるための、かぎのようなものでした。

 

 精霊王の住む世界。そこは絵本の中だけにそんざいするはずの、おとぎの世界でした(今いるこの場所、アークランドも、みなさんにとってはかんぜんにおとぎの世界ですが……。精霊王の世界は、その中でも、さらにおとぎの世界でした。ややこしいですけど)。ロビーがかなしみの森のとしょかんで読んだ「精霊王のふしぎのくに」という絵本では、主人公の女の子が精霊王のトンネルを通って、ふしぎの世界へとまよいこむのです。そこはイーフリープとよばれる世界で、そこでは、きせつも、重さも、時間さえも、すべてが精霊王の思うがままに動きました。

 

 ノランのいうことには、このネックレスはあるとくべつな場所でその力を使うと、精霊王の住むイーフリープ世界への入り口がひらくそうでした。そのとくべつな場所というのが、精霊王のトンネルだったのです。

 

 そのむかし、ムンドベルクとアルファズレドがぐうぜん見つけたという、精霊王のトンネル。それはふつうの人にはまったく見えませんし、どこにあるのかもまったくわかりません。ですがノランは、そのトンネルがどこにあるのか? 知っておりましたし、そしてその場所を、ネックレスを受け取ったムンドベルクとアルファズレドにも、教えていたのです。いつかこのネックレスを使いたいときがやってきたのなら、そこへいけと(ところで、精霊王のトンネルはこのアークランドの中にも、いくつかそんざいしていたのです。ムンドベルクが教えてもらったのは、レドンホールからほど近い、山のたきの中でした。アルファズレドも、ワットの北東部、岩だらけの土地の中にあるトンネルを教えてもらいましたが、かれはこのネックレスを使う気などは、ぜんぜんありませんでした。アルファズレドは、精霊の力などにたよりません。かれの信じるものは、りゅうのメダルのしはいの力、そして、みずからの力のみだったのです。かれがもらったネックレスは、今でも、ワットの王城のどこかのひき出しの中に放ってあるはずです。なんてもったいない! それを知ったらメリアン王は、きっとこういうことでしょう。「いらないなら、ちょうだい!」)。

 

 こうしてムンドベルクは、ロビーを精霊王のもとへとたくしました。アークランドを守るため。そのきゅうせいしゅを守るため。そしてなにより、わがあいするむすこ、ロビーベルクを、悪のその手から守るために……。

 

 「それからぼくは、どうなったんですか? なぜ、かなしみの森に……?」ロビーがノランにたずねました。ここがもっとも、大きなぎもんでした。

 

 「ぼくには……、ぜんぜんきおくがない。」

 

 ロビーのといかけに、ノランは「ふむ。」とひげをなでおろしてから、こたえます。

 

 「精霊王は、すべてを知っておるということだ。おぬしの、その運命のこともな。」

ノランはロビーの目を見すえながら、つづけました。

 

 「このくにのゆくすえは、これからきまることだ。精霊王も、ゆれ動くみらいのことまでは、いいあてることはできん。それを知っていたからこそ、精霊王は、おぬしを、おぬしの運命の中へと送り出したのだ。」

 

 「だからぼくは、かなしみの森に……」ロビーがいいました。

 

 「そうだ。」ノランがこたえます。「おぬしが十さいのとき、精霊王は、このアークランドのみらいを見た。それは、光とやみ。ふたつの世界だ。光が勝つか? やみが勝つか? それはまだ、だれにもわからん。光とやみは、つねに、ふたつでひとつだからのう。それにけっちゃくをつけるために、精霊王は、ロビーベルク、おぬしをきゅうせいしゅとして、もとのアークランド世界の中へともどしたのだ。おぬしがレドンホールのいい伝えにあるきゅうせいしゅであるということは、もちろん、精霊王も知っておったからな。そしてそのことは、精霊王の口から、ムンドベルクにも伝えられていた。だからこそムンドベルクは、なおのこと、おぬしのことを、ひっしに守ろうとしたのだ。」

 

 そうです、ムンドベルクが「わがむすこロビーベルクこそが、いい伝えのきゅうせいしゅなのだ」と知っていたのは、ほかでもない、精霊王ほんにんから、そうつげられたからでした。なんでも知っているという、伝説の精霊王。その精霊王から、ちょくせついわれましたから、こんなにしんらいのできることはありません。親が、子を守ろうとする気持ち。そしていい伝えのきゅうせいしゅのことを、守らなければならないという気持ち。その両方をたくされたムンドベルクの思いは、どれほどのものだったのでしょうか……?

 

 「おぬしは、イーフリープから、かなしみの森のあるアークランドの北の地へと、はこばれた。あの地には、いにしえのじだいから、守りの魔法の力がはたらいとったからだ。精霊王は、その魔法をさらに強いものとし、あの地をイーフリープ世界と同じほどの、守りの場とした。このアークランドでも、それができるのは、あの地をおいてほかにない。あの地の中にいるかぎり、いかに強力なまじゅつしとて、おぬしのいばしょを見破ることは、かなわんだろう。いくら、アーザスとてもな。おぬしとその腰の剣は、こうして、悪の目からのがれつづけながら、運命のときを待つことができたのだ。そして、おぬしは今、ここにいるのだよ。」

 

 これで、すべてのなぞがつながったのです。

 

 ロビーのかこ、そして、今……。

 

 

 ロビーはここから、みらいへと歩み出すのです。

 

 このさきに待ち受ける、自分の運命の中へと……!

 

 

 「出かけるじゅんびは、できています。」

 

 ロビーが、しゃんと胸を張って、ノランにいいました。ノランはそんなロビーのことをしっかりと見すえて、静かにほほ笑んでおりました。

 

 「おぬしには、もう、わたしの助けは、なにもいらんようだの。」ノランがこたえていいました。

 

 「おぬしはこれから、精霊王のところへゆかねばならない。剣の、そのさいごの力をわがものとする、しれんを受けるためだ。それは、アーザスをうち破るために、必要となるものだ。」

 

 「精霊王の、しれん……」ロビーが思わずつぶやきます。

 

 ノランがつづけました。

 

 「ロビーベルク。剣の力をわがものとするためには、その剣の力の意味を、よくりかいしていなければならん。いうなれば、その剣をあつかうためには、それなりのしかくが必要なのだということだ。それをりかいするためには、やみくもに動いてもだめだ。もはや、時間もないでな。イーフリープで、精霊王のしれんを受けるのが、いちばんよいだろう。」

 

 これまで、たくさんの場面でロビーと仲間たちのことを助けてくれた、剣の力。その剣の力をしっかりと使いこなすためには、精霊王のいるイーフリープでのしれんを受けるのが、いちばんだといいました。そのしれんを乗り越えたときにこそ、はじめてロビーは、剣をあつかうためのしんのしかくを得て、この剣の、そのさいごの力をひき出すことができるというのです(それがどんな力なのか? ということについては、のちにあきらかとなるでしょう)。

 

 そしてその力こそが、アーザスのことをうち破り、この世界にしんのすくいをもたらすために、必要な力なのだといいました(今までの剣の力は、まだまだ、剣の力のさいしょの部分にすぎないというのです。う~ん、やっぱり、このアストラル・ブレードという剣。ただものではありません。そしてこの剣の、そのさいごの力を使いこなすためのしかくを、ロビーはこれから、身につけようとしていました。それも、精霊王の待つおとぎのくに、イーフリープでのしれんによって。なんだかとっても、かっこいいじゃありませんか! まさに、きゅうせいしゅ。主人公って感じですよね!

 

 そして……。このしれんを受けるためにも、ロビーははるばる、このベーカーランドの地にまでやってきたのです。イーフリープへいくためには、精霊王のトンネルを通っていかなくてはならないわけですが、そのトンネルにいくためには、ロビーの住んでいたかなしみの森からは、このベーカーランドの南東部に位置するトンネルが、いちばんてきしていました。ちょくせんきょりからいえば、ワットの北東部にあるトンネルがいちばん近かったのですが、いくらなんでも敵地のどまん中をつっきっていくというのは、リスクが大きすぎます。もしロビーがつかまってしまったのなら、元も子もありません(精霊王のトンネルがあるのは、フェアリー・ベルトとよばれる、とくべつなちいきの中にかぎられていました。そのちいきはベーカーランドの南の地から東に進み、そしてそのままレドンホールとワットの東を通って、はるか怒りの山脈のほうがくにまでのびていたのです。ですからロビーの住んでいたかなしみの森をふくむ北の地には、ざんねんながら、この精霊王のトンネルはひとつもありませんでした)。

 

 このようなわけで、ロビーはベルグエルムたちにひきいられて、(長い冒険のすえに)まずはこのエリル・シャンディーンへとやってきたのです。精霊王のトンネルにいくためには、まずはいちど、通ることもふかのうな山がく地をうかいして、このエリル・シャンディーンの地を通っていくのが、いちばんの近道でしたから。それにこれはもうすこしあとで語られますが、エリル・シャンディーンで、必要な人員のちょうせいをおこなう必要もありましたし)。

 

 「わかりました。」ロビーがいいました。

 

 ノランはそのロビーの言葉にまんぞくしたように、ゆっくりとうなずいてみせました。

 

 「そのあとのことは、精霊王が、おぬしをみちびいてくれることだろう。怒りの山脈への、いき方もな。さて、まずは、イーフリープへのいき方だが……」

 

 ノランはそういって、ちょっとむずかしい顔をしながら、ひげをととのえていました。なにか、問題でもあるのでしょうか? 

 

 「このエリル・シャンディーンから、さらに南東へくだった地に、精霊王のトンネルがある。まずは、そこへむかうのだ。だが今、そのトンネルも、力のバランスがくずれてしまっていてのう。あけるのには、ちと、とくべつな力が必要でな。」

 

 とくべつな力? それはいったい、どんな力なのでしょう?(まさかまた、ライアンみたいに、どっか~ん! って吹き飛ばすんじゃないですよね……?)

 

 「精霊王のトンネルは、精霊の力に守られておる。宝玉の力が弱まった今、その入り口は、精霊たちの力によって、かたくとざされてしまったのだ。かれらの世界が、よこしまなる力に、そまってしまわぬようにとな。もはや、そのネックレスの力だけでは、精霊王のトンネルをひらくことは、できん。精霊がとざしたトンネルをあけるためには、また、ほかの精霊の力が必要なのだよ。」

 

 「なーんだ、そんなことか。」ノランの言葉に、ライアンが飛び出していいました。「だったら、ぼくにまかせてよ! シープロンドいちの精霊使い、ライアンさまの手にかかれば、そんな入り口の、ひとつやふたつ!」

 

 そうです、精霊のことなら、ライアンにまかせるのがいちばんですよね!(ライアンの言葉には、だいぶ大げさなところがあるようですが……)ロビーも、「そうだ、ライアンならだいじょうぶ」と思っていましたが……。

 

 「いや、精霊使いではだめなのだ。あの入り口は、精霊そのものの手によってしか、あけることはできんのでのう。中の世界とこちらの世界とは、かんぜんに切りはなされてしまっておるから、入り口をあけるためには、そとから、精霊の力によってあけるしかないのだよ。」

 

 ノランの言葉に、ライアンは「え?」といって、ロビーと顔を見あわせてしまいました。ふたりとも、ノランのいっていることが、よくわからなかったのです(精霊使いがだめで、精霊ならよくて……。はっきりいって、わたしにもわかりません!)。

 

 「ぼくが精霊にたのんであけてもらえば、おんなじことじゃない。」ライアンがいいましたが、ノランは首を横にふって、いいました。

 

 「精霊王のトンネルをあけることができるのは、それだけの力を持った、精霊だけなのだ。水や、風や、火の精霊たちでは、たばになってかかっても、だめだ。せめて、やみの精霊ほどの力がなくてはな。おぬしは、やみの精霊に、入り口をあけてくれとたのめるか?」

 

 「う、うぐぐ……、それは……」

 

 ノランの言葉に、ライアンはかえす言葉もありませんでした。なるほど、精霊使いではだめだといったノランの言葉には、こういうわけがあったんですね。あのおっかないやみの精霊たちに、そんなことをたのむなんてこと、それこそ、むりなそうだんというものですもの!(前にやみの精霊の谷をすんなり通してもらえたのは、精霊王がかれらに「通してやってくれ」とたのんでいたからなのであって、それはほんとうに、とくべつなことでした。精霊王ならまだしも、やみの精霊たちに「トンネルをあけてくれ」なんてたのんだとしても、いうことをきいてくれるはずもありません。いくら精霊王に会いにいくためだといっても、アークランドをすくうためだといっても、むりでしょう。人の住む世界でのできごとは、かれらには、かかわりのないことなのです。でも、けっしてかれらは、悪者なのだというわけではありません。光に力を与えるためには、また、やみの力も必要。かれらは人の世界にかかわることをせず、ただじゅんすいに、やみの世界を守りつづけているだけなのです。

 

 ところで……、読者のみなさんの中には、こう思った方もいるかもしれませんね。そんなめんどくさいことしなくても、精霊王ほんにんに、「トンネルをあけてくれ」ってたのめないの? って。もちろん、それができたら、いちばんかんたんなんですけど……、じつは精霊王は、みずからその力をおよばせて、そとの世界の者をイーフリープ世界の中にまねきいれるようなことをすることは、できませんでした。

 

 これはイーフリープ世界とアークランド世界とのあいだで、「取りきめ」として、はじめからさだめられていたことでした。イーフリープ世界の者は、そとの世界の者をみずからイーフリープ世界の中にまねきいれたり、そとの世界の者のおこなうことに、ちょくせつ手を出してあやつるようなことを、してはならないときめられていたのです。

 

 いぜんムンドベルクとアルファズレドが精霊王のトンネルに出くわしたのは、ほんとうにぐうぜん、その場所にトンネルがひらいたからのことなのであって、精霊王がかれらを、まねいたというわけではありませんでした。精霊王というのは、ほんとうに、人の世界のことに、かんたんに力をおよばせていいそんざいではなかったのです。精霊王が、むやみにその力をおよばせてしまえば、この世界のバランスは、大きく変わってしまうことでしょう。そのため、こちらから力をつくして精霊王に会いにいくのであれば、問題はありませんでしたが、精霊王の方から、こちらのおこないに手を出してむかえいれるようなことをすることは、いくら世界のいちだいじのこのときであっても、できませんでした。トンネルの入り口をずっとあけたままにしておいてあげる、というのも、精霊王が自分でみんなをイーフリープにまねきいれているのと、おんなじことになっちゃいますしね。なんだかずいぶん、ややこしいんですけど……。

 

 ちなみに、たとえ精霊王でも、みずから自分のところへやってきた人物に対しては、ネックレスなどの小さなおくりものや、じょげんを与えるくらいのことは、できたのです。それはその者のおこないにちょくせつ手を出すわけではありませんし、それを受け取った者が、それでなにをするのか? ということについては、すべて相手に、ゆだねられているからでした。そして同じく、やみの精霊たちに「ロビーたちのことを通してやってくれ」とたのんだのも、ロビーたちはべつに、精霊王のおかげでやみの精霊の谷にはいっていくことができたというわけではなく、自分たちでみずから、谷にはいっていったのです。ですから精霊王がロビーたちのおこないに手を出して、かれらの動きをあやつったというわけではありませんし、谷を通ることができるようにしたけれど、そのあとそれを、どういかすのかは、すべてロビーたちにゆだねられていました。う~ん……、やっぱりかなり、ややこしいですね……。

 

 そしてライアンはまたマリエルに、「わかったら、ひっこみなよ!」といわれて、ひきもどされてしまいました。ですがこんかいばかりは、ライアンも、しゅんとして、おとなしくしていたのです。ですからマリエルも、「あれ? ちょっと、いいすぎちゃったかな……」と心配しました。)

 

 「それじゃ、どうすれば……」ロビーがノランにたずねました。

 

 「心配せずともよい。ちゃんと、入り口をあけられる男を、知っておるからの。」

 

 ノランの言葉に、ロビーもライアンも、え? という顔になりました。精霊じゃなくちゃあけられないといったのに、あけられる男って、どういうこと?

 

 「かんたんなことだ。」そんなふたりにむかって、ノランがさらっといいました。「その男が、精霊なのだよ。」

 

 ええっ? 精霊の男? なんだかますます、わけがわかりませんけど……。

 

 「名を、リズ・クリスメイディンという。リズは、失われたシルフィア種族の、まつえいなのだ。シルフィアは、精霊の一族。すがたかたちは人間だが、中身は精霊、そのものなのだよ。」

 

 なんと! そんな種族の人がいるんですか! このアークランドには、まだまだ、おどろきの種族の者たちがいるものです。つまりその人は精霊だから、その人にたのめば、イーフリープへの入り口をあけることができるということらしいのでした(しかも精霊王のトンネルをあけられるというのですから、かなり力のある精霊のようです。やみの精霊たちみたいに、おっかなくなければいいんですけど……)。

 

 「リズ・クリスメイディン。かれは、もともと、このエリル・シャンディーンの剣じゅつしなんやくでした。」ベルグエルムがロビーにいいました。

 

 しなんやくというのは、人にそのわざを教える、先生のことです。リズは、剣じゅつ、つまり、剣のわざを教える先生だったのです。ということは、かなりのうでまえのようですね。でも、精霊と剣。あんまりむすびつかないような気がしますが……(ちなみに、リズはライラとごかくに戦うことのできる、ただひとりの相手でした。ということは、やっぱりただ者ではありません。なにせライラは、このベーカーランドでさい強でしたから!)。

 

 「じゃあ、リズさんに入り口をあけてくれるように、たのめばいいんですね。そのリズさんは、今どこに? 近くに住んでるんですか?」ロビーがたずねました。

 

 「いや、それが……」ベルグエルムが、言葉をにごします。フェリアルとふたり、顔を見あわせて、なんだか変なようすでした。

 

 「リズは、二年前、『おれは音楽にすべてをささげる!』といって、この城を出ていってしまいまして……、それいらい、ベーカーランド南東部の、けわしい山の中に、こもってしまっているんです。なんでも、静かなところじゃないと、作曲ができないそうで……」

 

 な、なんと! 剣じゅつしなんやくから、音楽家! ずいぶんと、思いきりのいい人のようですね! って、それはいいとして……、今は、リズさんの住んでいるところが問題です。けわしい山の中ですって?

 

 「たいしたことではない。」ノランがいいました。「ここからでも、歩いて二時間もすればつく。ほんとうなら、さいごまで馬でいきたいところだが、なにせ、やつの住んでいるところは、だんがいぜっぺきの上でな。馬では、のぼれんのだ。それに、馬がいると、はらをすかせたガウバウどもに、すぐにくわれてしまうからのう。」

 

 ノランはそういって、ゆかいゆかいといったふうに、「はっはっは!」と大声で笑いました。って、かなりたいしたことあるじゃないですか! ぜんぜんゆかいじゃないです!(ガウバウというのは、おおかみににたきょうぼうなけもののことで、このけものは十数ひきものむれをなして、えものにおそいかかるのです。こんなおっかないけものが、リズの住んでいる山には、たーくさん、いるらしいのでした。やっぱり、ゆかいじゃないです!)

 

 「あ、あの……、けっこう、たいへんなところみたいなんですけど……。どうすれば、リズさんのところまでいけるんでしょうか?」ロビーが(とっても)不安げにたずねました(とうぜんですね)。

 

 「ん?」ノランがきょとんとした顔をして、こたえます。旅なれた大けんじゃであるノランにとっては、だんがいぜっぺきも、危険なガウバウというけものも、ぜんぜんふつうの、にちじょうの相手にすぎませんでしたから。

 

 「おお、そうか。」ノランがすまんすまんといったふうに、手を上げていいました。「おぬしは、魔法が使えんのだったのう。」

 

 そのとき。

 

 「ぼくに、おまかせください。」

 

 そういって前に進み出たのは、マリエルでした。ケープの両方のはしっこを、両手のゆびさきでちょこんとつまみ上げて、かわいらしいかっこうをしてみせます(うしろではライアンが、「うわー! あざとい! あざとい!」とぶーぶーいってましたが……)。

 

 「そうだ。そのためにも、マリエルにたのんでおいた。」ノランがつづけました。「こんかいの道のりについて、おぬしをあんないするようにと、たのんでおいたのだ。マリエルなら、まったく、安心してだいじょうぶだぞ。なにしろ、わたしのでしだからのう。強いのなんの。」

 

 ノランはそういって、また「はっはっは!」と大声で笑いました(よく笑う人ですね……。そしてこのマリエルのそんざいこそが、さきほどわたしが申し上げました、このエリル・シャンディーンでの必要な人員ちょうせいでした。リズのところ、そして精霊王のトンネルのところへとロビーのことをみちびく、こんかいのこのとくべつなにんむについては、アルマーク王とノランは、ゆうしゅうなまじゅつしであるマリエルに、たくすべきだとはんだんしていました。もはや、ベルグエルムたち白の騎兵師団の者たちも、ワットとの戦いにおもむかなければならないときでしたし、きゅうていまじゅつしがひとり、この場からしばらくはなれることにはなってしまいますが、この重要かつ危険なにんむをまかせるのには、まさにマリエルが、てきにんであるとはんだんしたのです(やはりこんかいもアルマーク王は、ぎりぎりのせんたくをしていたわけでした)。

 

 それはそうとして……。こんかいの、リズのところへといくという、このにんむ。読者のみなさんの中には、こう思った方もいるのではないでしょうか? わざわざこちらからリズのところまでいかなくても、あらかじめリズのことを、お城までよんでおけばよかったじゃないかって。それもたしかに、ひとつの手でした。ですがそこには、ノランとそのでしのマリエルによる、ひじょうにたくみにねられた計算があったのです。

 

 それはどういう計算か? といいますと……、説明するのがいやになるくらいの、ひじょうに長くて、めんどうくさいものでしたが、やっぱり説明しておかないわけにはいきませんね。ここでわたしは、マリエルからきいたその計算の内ようについて、ノートにきろくしたことを、そのまま、ここに書きとめておきたいと思います。長いうえにややこしいですから、あらかじめ、そのつもりでかくごをお願いしておきます。

 

 まず精霊王のトンネルにむかうまでの道のりは、ふたつあったということ。これはエリル・シャンディーンの南にあるトンネルと、リズの家の南東にあるトンネルの、ふたつでしたが、じつはこれらのトンネルにいくまでのきょりと時間は、ほとんど同じでしたので、その点からいえば、どちらのトンネルをえらんでもいいわけでした(お城の南のトンネルにいくためには、時間をせつやくするために、あらかじめリズをお城までよびよせておく必要がありましたが、それは問題のうちにははいりませんでしたので、取りのぞきます。よべばいいだけのことですから。

 また、リズの家の南東のトンネルまでまっすぐいくルートと、リズの家に立ちよってからそのトンネルまでいくルートでも、地形的にはほとんど同じ時間でいけました。ですからやっぱり、その点からいっても、お城の南のトンネルとリズの家の南東にあるトンネルは、どちらをえらんでもよかったわけです)。

 

 しかし、お城の南への道のりには、それいがいの点で、わずかばかりの問題が。

 

 この道のりは、けわしい山道でしたが、そこには「じきあらし」、つまりじしゃくの力と同じ力を持ったしぜんのあらしが、吹き荒れるかのうせいが、わずかにあるということでした。そのかくりつは、マリエルの計算によれば、八パーセント。このあらしにそうぐうしてしまうと、山道に足どめをくって、マリエルほどの者が魔法をたくみに使いこなしたとしても、よけいな時間をついやしてしまうおそれがあるということだったのです。

 

 そして、リズの家の南東にあるトンネルにいくための道のりにも、わずかばかりの問題が(ガウバウたちの問題は、ゆうしゅうなまじゅつしであるマリエルなら、なんの問題でもなかったので、取りのぞきます。なにしろマリエルは、ノランのでしでしたから)。

 

 じつはガウバウたちのいるがけの道にたどりついてから、そのあとの道のりには、なんの問題もありませんでしたが、問題があったのは、そこにたどりつく前の道。その道にはあるエネルギーがそんざいしていて、そこをシルフィアであるリズほどの強力な精霊エネルギーを持った者が通ると、その精霊エネルギーに道のエネルギーが反応して、精霊エネルギーのひずみが生まれてしまうかのうせいがあるのだということでした。そのかくりつは、マリエルの計算によれば、十二パーセント。このひずみが生まれると、どうなるのか? というと、そのエネルギーによって、あたりいちめんに空飛ぶくらげのような生きものがあらわれて、道をすっかり、うめつくしてしまうのだそうです! そうなると、マリエルほどの者が魔法をたくみに使いこなしたとしても、まるで水の中を進んでいるかのように、動きがにぶくなってしまって、たいへんな時間のロスになってしまうのだそうでした(この道をさけて通れば、それも時間のロスになりますしね)。

 

 ですが、精霊エネルギーのひずみについてのこの問題は、あくまでも、シルフィアほどの精霊エネルギーを持っている者にかんしての話。ふつうの者であれば、この道は、なんの問題もなく通ることができたのです。

 

 つまり、こういったわけで……、「八パーセントぶんリスクをすくなくすることのできる、リズの家の南東のトンネルをめざすルートを進み、そのためにリズには、自分の家で自分たちがいくまで待っているようにと、手紙でしじを出しておく」という、こんかいの、このけいかくにいたったというわけでした。まったく、なんという計算のねりようなのでしょうか!(どんな計算によってパーセントの数字を出したのかは、さっぱりわかりませんが……)さすがはまじゅつし。頭がよろしい。

 

 それともうひとつ、だいじなこと……。精霊王のトンネルをあけるためにリズの力が必要だという、こんかいのこのことについては、きゅうきょ、エリル・シャンディーンにノランがやってきた、そのあとになってからわかったことでした。ロビーがイーフリープで精霊王のしれんを受ける必要があるのだということは、いぜんからしょうちしていたことでしたが、今まではただ、ロビーの持つネックレスの力さえあれば、イーフリープまで、問題なくいけるはずだったのです。

 

 ですが、ここにきて急に、そうていがいの問題が起こってしまいました。それは、そう、ノランもいっておりました通り、精霊王のトンネルが精霊の力によって、かたくとざされてしまったということだったのです。

 

 これはじつは、アークランドにやってきたノランが、ねんのためにしらべてみたことによって、はじめてわかったことでした(はなれたところからでもそれがわかるほどの魔法を使うためには、やはりノランほどの力が必要でした。ベーカーランドのきゅうていまじゅつしたちにも、マリエルにも、まだ、それほどのわざは使えなかったのです)。それによれば、トンネルがとざされたのは、ごくさいきん、つい数日ほど前のことだったというのです。これでは、さすがのノランでも、マリエルでも、だれにだって、よそくのできないことでした(まったくもって、きんきゅうじたいでした)。

 

 ですからリズのところへいくこんかいのこの道のりのことは、とつぜんにきまったことなのであって、そのためマリエルは、ノランに急ぎたのまれて、魔法の手紙をノランのやってきたきのうの夜のうちに、リズのところへと送ったというわけなのです。以上、説明コーナーでした)。

 

 「ノランさんは? ノランさんがつれてってあげたらいいじゃん。こんな、ちびっ子じゃなくてさ。」

 

 うしろの方から、ライアンがいじの悪ーいいい方でいいました。マリエルがロビーのあんないをするときいて、ライアンはぜんぜん、おもしろくなかったのです(とうぜんマリエルがすかさず、「きみだって、ちびっ子じゃんか!」といいかえしました。まったく、これではふたりとも、まさにどんぐりのせいくらべですね……。ロビーがあわててふたりのあいだにはいって、とめました。やれやれ……)。

 

 「わたしはすぐに、出かけなくてはならん。」(ちびっ子たちのさわぎをよそに)ノランが急にいいました(あんまり急でしたので、みんな、とてもびっくりしてしまったものでした)。

 

 「もうだいぶ、時間がすぎてしまったからの。すまんが、ここからさきの道は、おぬしとマリエルの、ふたりでいってもらいたい。」

 

 ノランはロビーにそういって、肩から下げたかばんをひょいとしょいなおします。どうやらほんとうに、今すぐ出かけてしまうみたいでした。

 

 「ノランどの、これからどちらへ?」ベルグエルムが、あわててたずねました。やっぱりこんども、ノランとゆっくり話しをすることは、できないみたいでしたから。

 

 「うむ。」ノランがこたえます。「リュインとりでのことは、きいておるよ。痛ましいことだ。リストール・グラントは知っておるな?」

 

 「そんけいすべきしきかんです。」ベルグエルムがこたえました。

 

 リストール・グラントというのは、リュインとりでのことをまかされていた、ベーカーランドのしきかんでした。もちろんベルグエルムもフェリアルも、かれのことはよく知っていたのです。アークランドの北の地へ、ロビーのことをむかえにいく、そのときにも、かれらはリュインとりででかれに会っていました。そして、とりでが落とされた今。リストール・グラントしきかんは、ほかの兵士たちやレイミールと同じく、ぶじでいるのかどうかさえも、わからなくなってしまっていたのです。

 

 「さいごの戦いでは、かれのそんざいが、大きな意味を持つこととなろう。わたしも、できるかぎりのことはさせてもらう。とにかく今は、時間がなによりもたいせつだ。」

 

 ノランはそういって、ベルグエルム、フェリアルと、かたくあくしゅをしました。

 

 「おぬしたちは、すばらしいはたらきをしてくれた。これほど早く、きゅうせいしゅをこの地に、みちびいてくれたのだからな。おぬしたちのはたらきは、このアークランドの運命を、大きく変えることになるだろう。」

 

 ノランの言葉に、ベルグエルムとフェリアルは、すっかりきょうしゅくしてしまいました。大けんじゃノランにこんなにほめられるなんて、たいへんなめいよでしたから(それをかぎつけたライアンが、うしろで「ちょっと! ぼくは? ぼくは?」とノランにもんくをいっていましたが)。

 

 「これからの道のり、おぬしたちには、おぬしたちの、大きなやくめがある。だれにもかわりはつとまらん。ベーカーランドを、たのむぞ。」

 

 そしてノランは、さいごにロビーにいいました。

 

 「ロビーベルク。わたしができることは、ここまでだ。あとは、おぬしが、道を切りひらいていかねばならん。つらい旅になるやもしれん。だが、おぬしなら、きっと、そのもくてきを果たすことだろう。」

 

 こうしてノランは、その場にいる者たちにえしゃくをして、でしのマリエルの肩を手でぽんとたたいてから、去っていったのです(去っていくノランを見ながら、フェリアルが「ああー、いっちゃった……」とべそをかいて、ライラにおしりをたたかれ、「しっかりせんか!」としかられていましたが)。

 

 

 大けんじゃノランが旅立ちました。

 

 残された者たちは、これから、どう動くのでしょうか?

 

 

 

 風の吹きぬける小さな青いとんがりやねの下に、みんなは立っていました。ノランが去った今、これからのことを、みんなは急ぎ、かくにんしなければならなかったのです。

 

 「べゼロインからのほうこくでは、黒の軍勢の本隊は、すでに、リュインの東までやってきているそうだ。」ライラが、ベルグエルムにいいました。「われらはすぐに、べゼロインへはいらねばならぬ。」

 

 「でも、ロビーどのは……」となりのフェリアルが、心配そうにたずねて、ロビーの方を見ます。

 

 ライラのいう通り、べゼロインとりでに黒の軍勢がせめこんでくるのも、もう時間の問題でした。ベルグエルムや、フェリアル、ライラは、白の騎兵師団のしきかんです。べゼロインとりでを守るため、どうしても、みんなのしきをとって戦わなければなりません。ひじょうにざんねんなことですが、ロビーのさいごの旅に、かれらがいっしょにいくことはできないのです……。それは北の地にロビーのことをむかえにいくという、そのにんむをはじめる前から、わかっていたことでした。でも、ベルグエルムとフェリアル。このふたりにとって、今ロビーだけをこのさいごの危険な旅に送り出すということは、とてもつらいことになっていたのです。読者のみなさんには、もうそのりゆうをいうまでもないでしょう。かれらにとって、ロビーはもはや、きゅうせいしゅ、それ以上に、たいせつな仲間でしたから(とくにフェリアルは、とっても心配しょうでしたので、ロビーのことが気がかりでなりませんでした)。

 

 「ぼくは、だいじょうぶです。」ロビーが、にっこり笑っていいました。「マリエルくんもいるし、ちゃんとリズさんのところまで、いけますよ。」

 

 フェリアルが、そのロビーの言葉にこたえる前に……。

 

 「ぼくもいるよ! ぼくも、いっしょにいく! ロビーは、ぼくがいないとだめなんだから。」ライアンがロビーのとなりにやってきて、そのうでを取っていいました(すぐにマリエルが、「ぼくひとりでへいきだよ!」とつっぱねたので、またふたりでなかよく、わーわーのはじまりです)。

 

 「いや、待ちなさい。」そういったのは、アルマーク王でした。アルマーク王は、ロビーといっしょにいくといったライアンに対して、そういったのです(ライアンはマリエルの服をひっぱりながら、「え?」といって王さまの方を見ました)。

 

 「ライアン王子、そなたは、わがベーカーランドの、ひん客だ。」アルマーク王がていねいないい方で、いいました(ひん客とは、たいせつなお客さまという意味です)。

「ベーカーランドとしても、めいゆう国シープロンドの王子を、これ以上、危険な目にあわせるわけにはいかぬ。そなたは、このエリル・シャンディーンに、とどまってほしい。」

 

 アルマーク王はきわめておちつきはらって、そういいました(アルマーク王はなんどとなく、友のメリアン王から、ライアン王子のことをきかされていたのです。かわいいけれど、わがままで、あつかいづらいということ。そして、かわいいけれど、きげんをそこねさせないように、じゅうぶんな注意が必要、などということでした……。ですからアルマーク王は、ライアンになっとくしてもらえるりゆうをよく考えて、しんちょうに言葉をえらんで、そういったのです)。

 

 アルマーク王のいったことは、まったくベーカーランドの王さまとして、正しい言葉でした。ほかのくにの王子さまを、わがくにが危険な目にあわせるわけにはいかない。とどまってほしいとたのんだそのりゆうも、じつにたんじゅんめいかい。だれでもなっとくのいく、わかりやすいりゆうです。ですが……。

 

 ライアンに、それが通じるでしょうか? ライアンが、「わかりました。ひっこみます。」とすなおにいうでしょうか? みなさんなら、すぐにこたえは出ますよね。

 

 王さまの言葉をきいて、ライアンは(マリエルから手をはなして)にっこり、笑いました。

 

 ぞぞぞぞー! そのとたん、その場にいるロビー、フェリアル、ベルグエルムの三人は、心の底からきょうふしたのです! ライアンがこの笑顔を見せたときは……、そう、きげんをそこねて、とんでもなくおそろしいことを考えているときでした!(相手が王さまだろうがなんだろうが、ライアンならやりかねません!)

 

 「王さま。」ライアンはアルマーク王に歩みよって、にこにこしながら、その顔を下からいたずらっぽくのぞきこみました(マリエルに負けじと、かわいらしいしぐさをつけ加えます)。

 

 「王さまは、シープロンじゃないですよねー? わがシープロンドでは、シープロンのことは、シープロンできめるっていう、すてきなでんとうがあるんです。知ってましたー? ところでこれ、父からきいた話なんですけど……、うふふ、王さまってー……」

 

 そのときアルマーク王は、ライアンになにをいわれたのでしょう? はなれたところにいるロビーたち三人には、うしろすがたのライアンが、どんな表じょうで、どんなことをいったのか? わかりませんでしたが、この三人にはだいたい、そうぞうがついたのです……。アルマーク王の顔が、みるみる、まっ青になっていきましたから……。

 

 ようするにライアンは、アルマーク王の弱みにつけこんで、王さまをおどしたのです! なんてめちゃくちゃな子なんでしょう! ベーカーランドの王さまをおどす王子なんて、ライアンいがい、ほかにいるはずもありません! う~ん、さすがというか、なんというか……(このときライアンが、アルマーク王になにをいったのか? それはこのふたりにしかわからないことでした。著者のわたしもさいごまで、このふたりの口からしんじつをきくことはできなかったのです。ライアンは「うふふ、ないしょ。」というばかりでしたし、アルマーク王は、ぶるる! と肩をふるわせて、だめだめ! といったふうに、手をふるばかりでしたから……。

 

 ところで、じつはアルマーク王はロビーたちがエリル・シャンディーンにやってくる前、シープロンドのメリアン王から、でんれいの鳥の手紙を受け取っていました。それにはハミールとキエリフのべつ行動のことなどに加え、こんなこともいっしょに書いてあったのです。

 

 「むすこのライアンがそちらにいくらしいので、よろしく。手あつい、ほごをたのむ。けっして、危険なところへとむかわせないこと。やくそくを守れなかったら、どうなるか? わかってるよね? ね?」

 

 この手紙を読み終えたとき、アルマーク王はしばらく、頭をかかえて動けなかったそうです……。メリアン王の言葉。いいつけを守れなかったらどうなるのか? それは読者のみなさんのごそうぞうにおまかせします……。どうやら、アルマーク王とメリアン王のあいだにも、なにかいろいろ、あるみたいですね。メリアン王、そしてそのむすこのライアンにまで、いいようにあつかわれてしまって、う~ん、かわいそうなアルマーク王……。

 

 ちなみに、この手紙の内ようのことは、ごくひでしたので、アルマーク王はこのことを、デルンエルムいがい、兵士たちにも伝えていませんでした。ですから、ハミールやキエリフがべつ行動を取っているということ、そしてシープロンドのライアン王子がきゅうせいしゅといっしょにやってくるということなども、みんなはまだ、知らなかったというわけだったのです。やはり、たとえしんらいのおける兵士たちであるとはいえ、よけいなうわさが広まってしまいかねないようなことは、王さまとしても、さけなければなりませんでしたから)。

 

 「よかった。ありがとう、王さま。」

 

 ライアンがそういって、るんるん! とこちらに歩いてきました。まんめんの笑顔です(こんどはほんとうの笑顔でした。フェリアルはまだ、おっかながって、ベルグエルムの背中にぶるぶると張りついていましたが……)。

 

 「な、なにを話してたの……?」ロビーがおそるおそる、たずねます。ライアンは「うん。」といって、にこにこしながら、こたえました。

 

 「ロビーのことを、よろしくって。ぜひ、助けてあげてほしいそうだよ。しょうがないなあ。まあ、そんなわけだから、ロビー、よろしくね。」

ライアンはそして、ロビーの腰をぽんとたたきます。

 

 「ちょ、ちょっと! なにをかってなことを!」とうぜんマリエルが、あわててあいだにはいって、いいました。

 

 「王さま、ほんとうなんですか!」

 

 マリエルがアルマーク王をといつめましたが、王さまはただ、だまって、こくこくとうなずくばかりでした……。

 

 「そんなあー!」(マリエルは、がっくりと肩を落としてしまいました。せっかくノランおししょうさまからも、「さいごの旅のことは、おまえにまかせるぞ」ときたいされておりましたのに……。このときのために、ねんいりにきれいな服も用意して、つえもぴかぴかに手いれしていたのです。まさかこんな、よけいなおにもつ(ライアン)がふえちゃうなんて!)

 

 「ノランどのの思いを、つなぐ者たち。さしずめ、ノランべつどう隊といったところか。」

 

 小さなまじゅつしに、小さな精霊使い。ともに力のあるそんなふたりのちびっ子たちのことを見ながら、ライラがいいました(べつどう隊というのは、にんむのために、本隊からはなれてべつに行動する者たちのことをいいます。この場合では、ノランが本隊、マリエルたちがべつどう隊ということになるわけでした)。

 

 「うむ、いいではないか。ノランどののきたいに、こたえてくるがいい。」ライラはそういって、楽しそうにほほ笑みました。

 

 「ノランべつどう隊!」ライアンが思わず、さけびます。「それ、もらった! けっていね! いくぞ、われら、ノランべつどう隊! う~ん、かっこい~い!」

 

 「きみがかってにきめないでよ! おししょうさまのでしは、ぼくなんだからね!」マリエルが、ぷんぷん怒っていいました。

 

 「どっちがロビーの助けになれるかだよ。まあ、ぼくにくらべたら、きみじゃ、まるでお話にならないのは、わかってるけど。なんたって、ぼくは、ロビーの親友なんだから。ねっ? ロビー。」ライアンがそういってロビーのうでにだきついて、マリエルをさらに怒らせます。

 

 「なにおーう!」

 

 わーわーきゃーきゃー。もう、これじゃ出発前から、さきが思いやられますね……。ロビーはふたりのちびっ子たちに両方からひっぱられて、不安いっぱいに思いました。

 

 だいじょうぶかなあ……。

 

 

 

 かつん、こつん、かつん、こつん……。

 

 うす暗い石のろうかをひとり、だれかが歩いてきました。やがてその人物は、ろうかのつきあたりまでやってくると、そこにある、ひとつの部屋の前に立ちどまりました。

 

 その部屋には、ふつうのとびらはひとつもありませんでした。かわりにあったのは……、がんじょうそうな、鉄ごうし。そう、この部屋は、ろうやだったのです。

 

 ろうやの中には、なん人かの人たちがいるようでした。その人たちは、すぐに、やってきたその人物のことに気がつきました。そしてそのうちのひとりが、怒りにあふれた声で、こういい放ったのです。

 

 「ガランドー! この、うらぎり者め!」

 

 ガランドー……。そう、黒いよろいを身にまとい、おうごんのつるぎをその腰におびた、こがね色のかみのしきかん。このろうやにやってきたその人物とは、その言葉の通り、ワットの黒の軍勢のしきかん、ガランドー・アシュロイだったのです。では、かれのことを知っていた、ろうやの中の人物とは……?

 

 ガランドーは、だまったままでした。きびしい顔をして、ろうやの中の人たちのことを、じっと見つめているだけだったのです。

 

 「なんとかいったらどうだ!」

 

 ろうやの中の人物が、さらにこうふんしてどなります。ですが、かれのとなりにいる人物が、かれの肩に手をおいていいました。

 

 「おちついて。ここでいいあらそったとしても、なにもはじまりませんよ。」

 

 その人は、若い女の人でした。このものごとをれいせいにとらえた、おちついたしゃべり方。小さなからだに、白い服。ふちのない、すてきなデザインのめがねをかけていて、頭の上の両がわからは、ライアンと同じひつじの種族の者の耳が、ぴょこんと飛び出していて……、ま、まさか、この人は……!

 

 「レシリアどののいう通りだ。まずは、おちつけ、ハミール。」

 

 レシリア! ハミール!

 

 そうです! このつめたくうす暗いろうやの中にとらわれているのは、ほかでもありません。わたしたちのよく知っている、われらが旅の仲間たち。シープロンドのレシリア・クレッシェンド先生と、ルースアン・トーンヘオン。そしてウルファの騎士ハミール・ナシュガーと、キエリフ・アートハーグ。そのかれらだったのです!(ハミールをなだめたのは、友のキエリフでした。)

 

 「しきかん!」そのとき、ろうかのむこうからふたりのワットの兵士たちがやってきました。

 

 「ただ今本隊が、丘のむこうへ、とうちゃくしたとのことにございます! しきゅう、ごじゅんびを!」

 

 「よし。」ガランドーがれいせいな言葉で、こたえました。「ただちに、兵をむかえいれよ。リュインの二百名のほりょたちは、東のちゅうとん地へ送れ。」

 

 「しょうちいたしました!」兵士たちはガランドーのそのめいれいを受け、急ぎ、去っていきました。

 

 「かならず、痛い目にあうぞ。」ハミールがこんどは、ややれいせいになって、ガランドーにいいました。「ベーカーランドをうらぎったことを、心からこうかいすることになる。」

 

 ガランドーはだまったまま、ハミールのことを見ました。なにかいおうとして、その口をいっしゅんひらきかけましたが、ガランドーはそのまま、また、もときた暗いろうかの中へと、かつんこつんと歩き去っていきました。

 

 風雲、急をつげる。今にもたいへんなできごとが起こりそうだという意味です。その言葉の通り、風も、雲も、このとらわれの者たちのいるうばわれたリュインとりでの空の上を、まるでからみあう二ひきのりゅうたちのように、うねり、さわいでいました。

 

 ふきつなことが起ころうとしていました。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


   ぴかっ! ごろごろごろごろ! がっしゃあーん!

   びゅびゅびゅうううう! どどどどどおーん!
      


第19章「リズのおうちへいっちょくせん」に続きます。



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19、リズのおうちへいっちょくせん

 失われゆく者たち……。このおとぎのくにアークランドでも、その運命は、すこしずつ、すこしずつ、広がっていたのです。

 

 アークランドに住む、さまざまな種族の者たち。ぜんなる者も悪しき者も、かわいい者も力強い者も、みんなそれぞれに、種族というものを持ちます。いちばんわかりやすいのが、みなさんと同じ、人間。このアークランドでも、人間はいちばんといっていいほどに、たくさんいる種族でした。そしてたくさんの、動物の種族の者たち。この物語にもこれまで、じつにさまざまな動物の種族の者たちがとうじょうしてきました。物語の主人公ロビーは、おおかみ種族であるウルファの少年です。そしてかれのいちばんの友、ライアンは、ひつじの種族シープロンですよね。カピバラの老人。きつねの少年、チップ。かえるの種族フログル。あのおそろしいガイラルロックだって、このアークランドの、りっぱな種族のうちのひとつだったのです。

 

 みなさんにはもう、今さらって感じですよね。ですが、このアークランドから失われつつある種族の者たちがいるといったら、どうでしょうか?

 

 かんきょうのへんか。住む場所がなくなって。ほかの種族の者たちがふえたから。りゆうはさまざまなものでした。そしてそれらのりゆうは、どれを取っても、かんたんにはかいけつすることのできない、しんこくなものばかりだったのです。

 

 もちろん、だれが悪いというわけでもありません。どこかがさかえれば、どこかがおとろえていくものなのです。それは、しぜんの運命ともいえるものでした。だれもさからえないし、だれもうらめないのです。かなしいことですが。

 

 失われし種族、シルフィア。リズ・クリスメイディンは、その大むかしに失われたはずのシルフィアという種族の、まつえいでした(まつえいとは、しそんのことです)。シルフィアは精霊から生まれた種族で、すがたかたちは人間そのものです(ちょっと耳がとんがっていますが)。すらりとほそく、美しいすがたをしていて、光かがやくそのきぬのようになめらかなかみの毛は、内なる精霊の力にあわせて、青や、みどりや、こがね色に変わりました。

 

 シルフィアの、そのいちばんのとくちょう(とくぎといった方がいいかもしれません)。それはそのすばらしい、精霊の力でした。シルフィアはそのむかし、まちがいなく、このアークランドでいちばんの精霊使いだったのです(精霊でしたから、精霊の力をかりるわざもいちばん強かったのです)。

 

 今のアークランドでいちばんの精霊使いは、やっぱりシープロンたちでしょう。ですがそのシープロンたちが、たばになってかかったとしても、むかしのシルフィア種族の者たったひとりに、かなうかどうか……(おっと、ライアンにはないしょですよ!)。それほどにシルフィアというのは、精霊の力の強い、ほんとうにとくべつな種族だったのです(これはシルフィアが精霊から分かれて生まれたときに、もとの精霊の力をたくさん受け取ったためでした。もっとぐたい的にいうと、シルフィアひとりにつき、水や、風や、火の精霊たち、百万人ぶんくらいの力が、まとめてそのからだの中にそそぎこまれたのです! ですからシルフィアが強いのも、とうぜんでした。なにせ百万人の精霊たちを、いちどに相手にしているようなものでしたから!)。

 

 そのシルフィアが、かんぜんにこのアークランドからすがたを消したとされるのが、もうなん百年も前のことです。りゆうはやはり、さまざまなものでした。いちばんのりゆうは、このくにの精霊の力が弱まったということ。このアークランドでも精霊はあまり、見かけられなくなってしまったのです。

 

 大むかしには、精霊はあたりまえのように、そこかしこで見ることができました。精霊とふつうに、おしゃべりすることさえできていたのです。ですが今では、読者のみなさんも知っての通り、精霊はかれらの世界にかくれ住むようになり、そのすがたを見ることは、ひじょうにまれなことになってしまいました(かなしみの森の小川で、フェリアルも、たくさんの精霊たちのすがたにおどろき、感動していましたよね。ざんねんながら今のアークランドでは、精霊を見たことのない人の方が多いのです)。

 

 そんな中で、リズは失われたはずのシルフィア種族の、そのきちょうな生き残りでした。リズの一族はひっそりと、このアークランドの世界の中に、その血を残しつづけてきたのです。かれらは自分たちがシルフィアであるとは、いいませんでした。ふつうの人間として暮らしつづけてきたのです(よけいなさわぎが起こることを防ぐためでした)。ですからみんなも、かれらがシルフィアであるということに、気がつきませんでした。ちょっと耳のとがった、きれいな人だな、くらいにしか思っていなかったのです。

 

 リズはそんなかんきょうの中で生まれ育ち、やがて、エリル・シャンディーンの剣じゅつしなんやくになりました。生まれついての剣のさいのうが、リズを剣の道に進ませたのです(両親からは、かなりのはんたいがあったそうですが)。そしてエリル・シャンディーンでのせいかつの中で、ふとリズがもらした、しょうげきのひとこと。

 

 「おれ、じつは、シルフィアなんだよね。どうでもいいことだけど。」

 

 みんなさいしょは、ただのじょうだんだと思っていました。ですが大けんじゃノランによって、リズがたしかにシルフィアであるということがかくにんされると、お城はすっかり、大さわぎになったのです(まあ、とうぜんですよね)。

 

 でも、シルフィアだろうがなんだろうが、リズはリズ。エリル・シャンディーンの人たちは、アルマーク王をはじめ、リズをそのまま、今まで通りのあつかいで、剣じゅつしなんやくとしてむかえいれていました(それにしても、そんなだいじなことを、とつぜんさらっというなんて! みんながじょうだんだと思ったのも、むりもありません。リズという人は、なんだかずいぶんと、大ざっぱというか、なんというか……、ものごとをあまり大きく考えない人のようですね。それがみりょくといえば、みりょくなのでしょうが……)。

 

 リズ・クリスメイディン。この失われしシルフィア種族の者が、これから、ロビーのこの物語の中にとうじょうするのです。精霊王のトンネルをあけるという、そのだいじなやくめを持った、大いなる力の持ちぬしとして。

 

 ふたりの(強い)ちびっ子たちとゆく、これからのロビーの旅。このアークランドの運命をきめる、だいじなだいじな旅のはずでしたが、やっぱりなんだか、ひとすじなわではいきそうもありません。う~ん、いったい、どうなることやら……。

 

 

 あたりはすっかり、夜でした。ロビーたちがエリル・シャンディーンのまちの門をくぐってから、二時間あまり。空のしゅやくは、おひさまから夜の星たちへと、もうすっかりいれかわっていました。塔の上に吹きつけていた風は、今ではすっかりやんでいました。雲の切れまから、夜のしゅやくの星たちが、きらきらとその顔をのぞかせております。だいぶひえこんできました。秋のなごりの虫たちが、りんりんといそがしそうに、その歌声をひびかせていました。

 

 ロビーと旅の仲間たち、そしてお城の人たちが、エリル・シャンディーンのじょうへきのそとの、南へとつづく小道のはじまるその場所に、集まっていました。かれらはすぐに、出発しなくてはなりませんでした。まだこの地についたばかりでしたが、旅の者たちには、お城でひとばん、ゆっくり休む時間さえなかったのです。今は、旅ゆく者たち、そして見送る者たちが集まって、それぞれの言葉をかわしあっているところでした。まさに今、ここから、新しい旅が生まれようとしているところだったのです。

 

 「じゅうぶんに気をつけるんだぞ。きゅうせいしゅどのを、しっかり守ってくれ。」

 

 そういったのは、エリル・シャンディーンのきゅうていまじゅつしたちのうちのひとり、ロクヒュー・テオストライクでした。ノランに送り出され、ロビーとともにさいごの旅をゆくことになった仲間のマリエルに、かれらは見送りの言葉をおくっているところだったのです。

 

 「まあ、おまえなら、わたしたちが心配することもないだろうけどね。」

 

 ロクヒューのとなりの、赤いめがねをかけたもっととしの若いひとりのまじゅつしが、そういって笑い、マリエルの頭をぐしゃぐしゃとなでました。かれは、マレイン・クレイネルといいました。ねんれいはまだ、二十一さいです。マリエルにくらべたら年上ですが、それでもこのねんれいできゅうていまじゅつしにえらばれるのはすごいことで、かれもまた、すばらしい魔法のさいのうの持ちぬしでした(いかにも知的なエリートといった感じで、いつも自信たっぷりなところは、マリエルにそっくりです。でもそこはやっぱり年上ですから、かれはマリエルの、いいお兄さんやくでした。

 

 そしてロクヒューもまた、マリエルのお兄さんやくであるのと同時に、たいした力のあるまじゅつしでした。ねんれいは、二十五さい。かれのとくちょうは……、まじゅつし、らしからぬこと! スリムなからだでしたが、そのきんにくはびっちりとひきしまっていて、魔法を使うまでもない相手だったら、みんなこぶしで、ぼかぼかやっつけてしまうのです! う~ん、いろんな意味で、すごい)。 

 

 「ふふん、いわれるまでもないですよ。」マリエルが、おとくいの自信たっぷりのいい方で、せんぱいまじゅつしたちの言葉にこたえました。

 

 「あいかわらず、なまいきなやつだ、こいつめー。」マレインがそういって、マリエルの頭をげんこつでぐりぐりします。口ではあくたいをついていましたが、みんなちびっ子のマリエルのことが、かわいくてしかたないといった感じでした(じっさい、かわいいのですが)。マリエルにもまた、すてきな仲間たちがいたようですね。

 

 「これは、おまえのはじめての大しごとだぞ、マリエル。」さいごのひとり、ルクエール・フォートがまじめな顔をして、いいました(エリル・シャンディーンのきゅうていまじゅつしたちは、マリエルをいれて四人です)。ルクエールは、エリル・シャンディーンのきゅうていまじゅつしたちの長。魔法の力も、かれらの中でいちばんだったのです(ねんれいはアルマーク王と同じくらい。背が高くやせていて、いかにもすごうでのまじゅつしといった感じでした。そしてルクエールは、王さまとも、とても深いつながりのある人物だったのです)。

 

 「はい。」マリエルが、急にまじめな顔になってこたえました。マリエルにとってルクエールは、ししょうのノランと同じくらい、そんけいしている人物だったのです(マレインも、ふざけてマリエルの頭をぐりぐりするのをやめました)。

 

 「きもにめいじます。ぼくのはたらきが、このアークランドの運命をきめることになるんですから。この旅の重要さは、わかっているつもりです。」

 

 マリエルの言葉に、ルクエールも「うむ。」とまんぞくげにうなずきました。

 

 「このしごとは、おまえがだれよりもてきにんだ。わたしや、マレインに、ロクヒュー。われら三人のうち、だれにもかわりはつとまらん。ノランどのの目は、じつにたしかだな。がんばってくるんだぞ。」

 

 マリエルはすっかり、顔を赤らめてしまいました。そんけいするりっぱなまじゅつしせんぱいに、ここまでほめられることは、ふだん、あんまりないことでしたから(かわいいかわいいといわれることとは、またちがう意味で、うれしかったのです)。マリエルは、かえす言葉もなかなか見つからず、ただただぺこりと頭を下げて、せんぱいたちにかんしゃの気持ちをあらわすばかりでした。

 

 そしてもうひとつの、見送りの者たち。それは、これからそれぞれの地へと旅立とうとしている、われらが旅の者たちだったのです(ロビーとライアンは精霊王のもとへ。そしてベルグエルムとフェリアルは、エリル・シャンディーンの守りにそなえ、べゼロインとりでへとむかうのです)。

 

 ベルグエルムとフェリアルが、ロビーとかたいあくしゅをかわしました。これまでの旅の中で、かたいきずなでむすばれた、かれら。かれらが出会って、まだほんのすこしの日数しかたっていません。ですけど読者のみなさんには、もう説明の必要もないはずです。かれらのそのきずなは、強く強く、血のつながった家族のきずな、そのものでした。

 

 かわしたその手をそのままに、かれらはしばらく、なにもいいませんでした。なにもいう必要もないくらいでした。目と目で、心と心で、かれらは多くのことを語りあっていたのです。

 

 「きっと、もどってきます。」

 

 長いちんもくを破って、ロビーが口をひらきました。ベルグエルムが強いまなざしを、ロビーにおくってかえしました。フェリアルはなみだをぽろぽろこぼし、顔をぐしゃぐしゃにして、ロビーのその手をかたくにぎりしめていました。

 

 「しばらくは、おわかれです。」ベルグエルムがロビーにいいました。「すべてすんだら、ふたたび、この地でお会いしましょう。」

 

 ベルグエルムの、その気持ちのこもったあつい言葉……。そして三人は、それぞれに、かたくだきあったのです。たとえはなれたところにいようとも、かれらの心は、つねにいっしょでした。多くは語りませんでした。でもかれらは、おたがいに、そのことを強くたしかめあっていたのです。

 

 ところで……。

 

 読者のみなさんも、あれ? と思われたことでしょう。三人? そう、ライアンは、どこにいったのでしょう?

 

 と思っていると……。

 

 「お待たせー!」

 

 とつぜん、お城のじょうへきのそのむこうから、そのライアンが(手をふりながら)走ってきました。あれ? でもなんだか、いつもとふんいきがちがうような……?

 

 「えへへー、見て見て! じゃじゃーん! ニュー・ライアンだよー!」

 

 ライアンはそういって、その場でくるりとまわってみせました。なるほど、いつもとちがう感じがすると思ったら、いぜんと服そうがちがっていたんですね(ライアンはこの着がえのために、みんなの見送りの場におくれてやってきました。だいじな見送りだというのに、まったくもう)。

 

 これまでのライアンは、白のシープロンの名にふさわしい、まっ白なきぬの衣服を身につけていました。それがライアンの白いはだと、きれいな銀色のかみに、よくはえて、とても気高いいんしょうを与えていたのです(いわゆる王子さまの着るような、りっぱな服でした。王子さまなんですから、とうぜんでしたが……)。ですが今、ライアンが着ているのは、今までとは大きくいんしょうのことなる服でした。その服は、ひとことでいうと……、かわいい服! そうです、ライアンはマリエルにたいこうして、今までのりっぱな服から、とびきりかわいい服に着がえました!(なんて負けずぎらいなんでしょう!)

 

 きいろいふち取りのされた、えんじ色のシャツに、たけのみじかい、こいめの色をしたはい色のジャケット(たけがおなかの上までしかないので、下のシャツをかわいく見せることができたのです)。ジャケットの前は、大きなきいろいリボンでとめられていました。きいろと茶色のもようのベルトを腰にななめにまいていて、そしてジャケットとおそろいの、ひざの上までしかない、はい色の半ズボンをはいていたのです(この半ズボンは、あきらかにマリエルをいしきしてのことでした。ほんとうなら、旅をゆくのに半ズボンなんて、ふさわしいものではありません。はだが出ていては、けがをしてしまうかもしれませんし、また、このきせつに半ズボンなんて、はっきりいって寒いです! でもライアンは、それらのすべてのことよりも、見た目のかわいさをゆうせんさせました。

 

 ちなみに、マリエルはさきほどと同じ服を着ていましたが、ズボンだけは、ふつうの長さのズボンにはきかえていました。旅をゆくのに半ズボンでは、いろいろとこまることが多いということを、マリエルはよく知っておりましたから。やれやれ、ライアンもこのさき、こまったことにならなければいいんですけど……)。

 

 「かわいいでしょ! お城のいしょうがかりの人に、えらんでもらったんだよ! こいめの色のジャケットにしてもらったんだけど、それがかえって、ぼくの新しいみりょくを生んでるよね。このシャツも、リボンも、みんなかわいいし、なにしろ中身がかわいいからねー。いやー、まいったまいった。」

 

 そういってライアンは、マリエルの方をちらりと見て、「ふふん!」と鼻をならしてみせました。さあ、もちろんマリエルも、だまっていられません。

 

 「なにが、ニューだよ! 着がえただけじゃんか!」マリエルがはんげきしましたが、ライアンはあいかわらず、からだをふりふり動かして、とくいげにいうばかりでした。

 

 「わかってないね。こういうのは、気持ちがたいせつなんだ。人はみな、気持ちの持ち方ひとつで、強くなれる! これは、ぼくの、人生ろんだよ。さあー、しんきいってん! かわいい服で、がんばるぞー!」

 

 まったく、ライアンにはかないませんね。こんなに重大な旅の出発のときでも、おそろしい戦いがせまりこようとしているときでも、ライアンはいつでもライアンでした。でも、そんなライアンの前むきさ(のうてんきさ?)が、かえってこの場にいる者たちの気持ちを大いにほぐし、強めてくれたのです。それはライアンの、大きなさいのうでした。ロビーはこのエリル・シャンディーンで、さまざまなじじつをきかされました。しょうげき的なこと。心を痛めること。たくさんのじじつです。それはロビーにとって、とてもつらいものにちがいありませんでした。ですが今、目の前にいるライアンのことを見て、ロビーの心は一時的にでも、とてもおだやかなものとなったのです。ロビーは思わず、「ふふ。」と笑ってしまいました。そしてこの出発の前に。ロビーはあらためて、心からこう思ったのです。

 

 

 ライアンと出会えて、よかった。

 

 

 

 こうして、ロビーのさいごの旅がはじまったのです(ちゃんとライアンは、みんなの見送りもすませましたので、ご安心を。フェリアルはまた、ライアンとのわかれがさみしくて、なみだを流しながらライアンにだきついてしまいましたが。でもこのときばかりはライアンも、「しょうがないなあ。」といって、フェリアルの頭をなでてあげました)。じこくはおりしも、おおかみのこくげん。午後の八時ころでした(このだいじな出発の時間がロビーの種族と同じ、おおかみのこくげんというのも、なにかの運命を感じます)。

 

 空気はひんやりと、はだにまとわりついてきました。風は、やんでいます。ですからいくらかはへいきでしたが、やはり冬も近いこのきせつ。上にはおるものがなければ、寒くてたまりません。この新しい旅の仲間たちは、ひとりをのぞいて、寒さへのたいさくはばっちりしていました。はぐくみの森でフォクシモンたちにもらった、ふわふわ森ペンギンの羽毛から作られたマフラーとマントは、もちろんのこと。さらに、エリル・シャンディーンのお城で用意してくれた、あたたかいコートを、ばっちり着こんでいたのです(このコートの中には、西の海から渡ってくる「渡りがも」の羽毛が、ぎっしりつめられていました。そのあたたかさといったら、思わずにんまりと、笑顔がこぼれてしまうくらいだったのです。

 ちなみに、この渡りがもの羽毛はほんのちょっとの量でも、すごくねだんが張りました。ですからこのコートは、びっくりするくらいねだんが高いのですが、まあそこは、かれらにはだまっておきましょう)。そしてその「ひとりをのぞいて」とは、だれのことだか? みなさんにはすぐにわかりますよね。そう、ライアンでした。

 

 ライアンは、せっかく着がえたかわいい服がコートでかくれてしまうのをいやがって、コートを着るのをこばんだのです。ロビーが「かぜひいちゃうから、これ着なよ。」といっても、ライアンはききいれません。いきようようと、上きげんでうでをふりながら、こういうばかりでした。

 

 「だーいじょうぶ、だいじょうぶ! このくらいの寒さ、へっちゃらだよ。ぼくのかわいさが、寒さも吹き飛ばしちゃうんだから!」

 

 でもライアンは、だいじなことをひとつ、忘れていたのです……。

 

 お城の兵士たちがふたり、馬たちをつれてやってきました。そのうちの一頭は、白い馬でした。それはライアンの友だち、メルでした。メルはライアンのそばにすりよって、あまえます。そう、かれらはリズのいる山のふもとまでは、馬でゆくのです。時間がなによりもたいせつ。ノランの言葉です。すこしの時間でも、むだにできません。そのためかれらは、危険なガウバウというけものたちがいるその場所の前までは、馬でいくということになりました。

 

 メルにはこれまでと同じくライアンとロビーが乗り、マリエルは茶色の馬に乗っていきます。そしてお城の兵士たちがふたり、それぞれの騎馬たちに乗って、おともをしていきました(山のふもとまでいったら、馬をひいて帰ってこなくてはなりませんでしたから)。

 

 「さあみんな、いくぞ! ノランべつどう隊、しゅっぱ~つ!」

 

 (やっぱり)ライアンが出発のあいずを出して、いよいよ出発です(出発のかけ声は、すっかりライアンのしごとでしたから。マリエルは「ちょっと! きみがえらそうにいわないでよ! べつどう隊のしきをとるのは、おししょうさまにたのまれた、ぼくなんだからね!」といいましたが、ライアンは「そんなの、きまってないよー。」といって「んべー!」と舌を出して、さっさといってしまいました。もちろんそのあと、しばらく馬の上で、おたがいわーわーやっておりましたが……)。

 

 そしてもくてきの山へとむかって走りはじめて、十分もしないころのこと……。

 

 「だからいったのに、もう。」

 

 そういったのは、ロビーでした。ロビーはライアンのうしろに乗っておりましたから、ライアンのようすに、すぐに気がついたのです。つまり……。

 

 この冬も近い夜の寒空に、うす着で馬を走らせたら、どうなるか? それはだれでもわかることですよね。もうライアンは寒さでがたがたふるえて、メルのたづなをにぎる手も、おぼつかなくなってしまっていました。馬に乗る前は「へいきへいき!」と強がっていましたが、スピードを上げて、風を切って進んでいくわけですから、そのことをライアンは、まったく忘れていたというわけだったのです。

 

 「ほら、これ着て。」ロビーがそういって、馬につけたかばんから一着のコートを取り出しました。それはライアンがもらうのをことわった、そのコートでした。ロビーは、ぜったいこうなるんだから、と見こんで、ライアンのぶんのコートを、こっそり、馬のかばんにしまっておいたのです。さすがロビー。ライアンのことなら、いちばんよくわかっていますね。

 

 ライアンは鼻をずずっとすすって、とっても小さな声で、こうつぶやくばかりでした。

 

 「ありがと……」

 

 

 それからしばらく、一行は夜の空の下を走りつづけました。小道はやがてなだらかな丘につながり、そして道はそこから、赤茶けた色の地面の広がる山の道へと変わっていきました。

 

 エリル・シャンディーンを出発してから、まだ二十分もたっていません。ですがあたりの景色は、すっかりさま変わりしてしまっていました。赤茶けた岩のかべがまわりをかこんでいて、それがえんえん、つづいていたのです。ときおり、その岩かべの上からにぎりこぶしくらいの石がころころところがり落ちてきて、小石や土をまきこんですべり、ぱらぱらというかわいた音を立てていきました。はじめはロビーもびくっとして、石の落ちてきたところをふりかえり、見上げましたが、そこにはなにもいなくて、赤茶けた色の岩のむれが、土のかべにぼこぼことつき出ているのが見えるばかりでした。

 

 「このあたりのかべは、とても、もろいんです。」マリエルが、心配そうにしているロビーにむかっていいました。「でも、近づきすぎなければだいじょうぶ。ここからは、いちれつになって進みましょう。」

 

 そういってマリエルが、自分の馬をかって、みんなのいちばん前に飛び出しました。それを見たライアンが、「ああっ!」といって、すかさずそのあとを追いかけます。

 

 「隊長をさしおいて、かってに前を走らないでよ!」

 

 うしろからどなるライアンのその言葉に、マリエルは、はあ? といった顔をして、ふりかえっていいました。

 

 「きみが隊長って、だれがきめたの! この隊のせきにん者は、ぼくだっていったでしょ!」

 

 いわれてこんどは、ライアンがいいかえします。

 

 「せきにん者はきみかもしれないけど、隊長じゃないもんね。だから、隊長はぼくなの!」

 

 な、なんてめちゃくちゃなりろんなのでしょう……。ふつうは隊のせきにん者が、隊長のはずなのですが……(とにかくライアンは、隊と名のつくものだったなら、なんでも隊長にならなくては気がすまなかったのです。ライアンのせいかくは、みなさんもよくわかっていますよね)。ライアンのそのむちゃくちゃなりろんに、マリエルもぷんぷん怒っていいました。

 

 「わけのわからないことを! いいからきみは、おとなしく、ぼくについてくればいいんです! はじめから、おまけでついてきたくせに!」

 

 「な、なにおーう!」

 

 あーもう、またはじまった……。まだ旅ははじまったばかりだというのに、これではぜんぜん、話になりません。せっかく、ゆうしゅうな力を持ったふたりが、そろっているというのに……。う~ん、ほんとになんとか、ならないものでしょうか?(著者のわたしも、このふたりのわーわーきゃーきゃーをそのつど書いていくのも、しんどいですから……)

 

 こんなときは、このふたりの橋渡しをするやくわりの、ロビーをたよるしかありませんね。じつはロビーも、出発前からうすうす、自分がそのやくわりをするんだろうなあ、と思っていたのです(すいませんがロビーさん。わたしからもぜひ、お願いします!)。

 

 さて、ロビーはどうするのでしょうか?

 

 ふたりのいいあらそいは、先頭をめぐるはげしい馬のきょうそうになってしまいました。ふたりとも「ぼくが前! ぼくが前!」といい張って、ゆずりません。ライアンのうしろに乗っているロビーは、そのつど前へうしろへと、ぐいぐいゆさぶられてしまいましたし、うしろからついてきているふたりの兵士さんたちも、もうついていくだけで、せいいっぱいだったのです。なんどか、まわりのかべに馬のからだがぶつかって、そのしょうげきで、大きな岩がごろごろと落ちてくることさえありました。危険きわまりありません!

 

 さあ、とうとうロビーも、大きな声を張り上げてさけんだのです。

 

 「こらー! ふたりとも、やめてやめて!」

 

 思いがけず、ロビーが大きな声を出したので、あらそっていたふたりもびっくりして、ロビーの方をふりかえりました。そして、つづくロビーの言葉。

 

 「ぼくたちは、仲間なんだよ! あらそってちゃだめでしょ! みんなが協力しあって、ひとりひとりのときよりもっと大きな力を生み出すために、ぼくたちはいっしょにいるんだから! それが、仲間の力でしょ! ライアンも、マリエルくんも、ちゃんと考えて!」

 

 ロビーの言葉(おせっきょう)は、ふたりのちびっ子たちの心にてきめんに伝わりました。ライアンは「ロ、ロビー……」と言葉につまり、マリエルは怒られて、「す、すみません。」とあやまったあと、歯をぐぐぐとかみしめて、うつむいて、すっかりへこんでしまったのです(マリエルは、りくつっぽい子でしたから、自分があまりにも子どもっぽい行動を取ってしまったことが、はずかしく、ゆるせなかったのです)。

 

 ふたりのちびっ子たちは、しばらくなにもいえないまま、馬を走らせていました。どうやらロビーに怒られたことが、だいぶこたえたようですね(めったにあることでもないですから)。そしてそんなふたりのことを見て。ロビーはこんどは、おちついた声で、こういいました。

 

 「ノランべつどう隊をひっぱっていくのは、ノランさんのでしの、マリエルくん。きみだよ。」

 

 ロビーの言葉に、おちこんでいたマリエルは「え……?」といって、ロビーの方を見ました。

 

 「そして、みんなのことをまとめ上げるのは、ライアン。きみのしごと。」

 

 こんどはライアンが、「えっ?」とロビーの方をふりかえります。

 

 「みんなの気持ちをライアンがひとつにまとめて、マリエルくんが、けつだんをくだす。それが、ノランべつどう隊。ふたりとも、りっぱなやくわりだよ。だれが隊長か?

なんて、そんなことはいいよ。みんなが隊長なんだ。」

 

 すばらしい、ロビーの言葉でした(たぶんフェリアルがこの場にいたら、感動して、また「ロビーどの~!」といって泣きついてくることでしょう)。もうライアンもマリエルも、ぐうのねも出ませんでした。それぞれに、おたがいに、やるべきやくわりがある。いくらライバル心からのこととはいえ、自分のことばかり見てしまっていたふたりは、そのことをここで、しっかりと考えさせられたのです。

 

 ライアンとマリエルのふたりは、ようやくおたがいのことを、ちらりと見やりました。そこには新しくここから生まれた、仲間のすがたがありました。まだちょっと、ぎくしゃくしたところはもちろんありましたが、これから、この新しい仲間と、新しい旅がはじまるのです。

 

 しばらくたって。ライアンがさきに、マリエルに口をひらきました。

 

 「ま、まあ、ロビーがそこまでいうなら、しかたないね。それで、がまんしてあげるよ。」

 

 あいかわらずのへらず口でしたが、そこにはさっきまでの、とげとげしたふんいきはありませんでした(ライアンもすっかり、はんせいしたようです)。

 

 「ま、まあ、ぼくは、おししょうさまのきたいにこたえなければなりませんから。きみが、よけいなことをしなければ、それでいいんです。」

 

 こっち(マリエル)も負けないくらいの、へらず口です。まったくふたりとも、すなおじゃないんだから……。

 

 旅をはじめたばっかりの今このときに。みんなの気持ちがまとまったということは、すばらしくたいせつなことでした。もしあのまま、ふたりのちびっ子たちの気持ちがばらばらなまま旅をつづけていたとしたら、どんな危険な目にあってしまうことか? わかりません。ロビーはこのふたりの心を、そしてこの新しいノランべつどう隊というひとつのチームを、みごとにつなぎあわせてみせたのです。それはロビーの人がら、やさしさ、思いやり、それらのものによる、すばらしい力のあらわれでした。著者のわたしも、ここであらためて、こう思ったものです。やはりロビーは、主人公なんだと。

 

 「このさきの道は、もっとけわしくなります。だから、道をよく知っているぼくが、先頭をつとめるのがいちばんいいでしょう。」マリエルがいいました。みんなはここであらためて、このさきの旅の道のりのことについて、話しあっていたのです。そしてマリエルのいったことは、じつに理にかなっていました。マリエルはさっそく、隊のたいせつなけつだんをおこなったのです。

 

 「きみも、それでいいね?」マリエルがライアンにたずねます。これも今までには、なかったことでした。

 

 「まあ、それがいいだろうね。」ライアンも、すなおではありませんでしたが、よく考えてマリエルの言葉にさんせいしました。

 

 「よし、では、いきましょう。」マリエルがそういって、先頭に立って馬を走らせていきました。ライアンが、それにつづいていきます。そしてうしろの守りは、おとものふたりの兵士さんたちで、しっかりとかためられていました。

 

 やれやれ。旅をはじめたばっかりでいきなり起こってしまった、このひとそうどう。一時はどうなることかと思いましたが、ロビーがすばらしい力で、まとめてくれましたね。この新しい、ノランべつどう隊という旅の仲間たち。この仲間たちなら、きっと、すばらしいかつやくをしてくれることでしょう。

 

 ところで……。

 

 すこし走ってから、ライアンが急にいい出しました。

 

 「あのさ、ぼくのこと、いつまでも、きみってよぶの、やめてくんない?」

 

 そのとつぜんの言葉に、マリエルが「え?」といってふりかえります。

 

 「ま、まあ、いちおう、仲間になったことなんだし、名まえでよばせてあげても、いいかな、なんて。」

 

 なるほど、そういうわけでしたか。はじめて会った相手でもニックネームでよんでしまうほど、ほんらいならば、人なつっこいライアンです。いつまでも「きみ」のままでは、ちょっと、さびしかったんですね(ほんとうに、すなおじゃないんだから)。

 

 「わかったよ。」マリエルがライアンの気持ちを読み取って、こたえました。「名まえ、フルネームでなんていうの?」

 

 「ライアン・スタッカート。」ライアンがこたえます。

 

 「ふーん、スタッカートか。」マリエルがあごをなでながら、しばらく考えこみました(あごをなでながら考えるのは、ひげをなでながら考えるノランのまねをしていたのです)。そしてしばらく考えたあと。

 

 「じゃあ、ライスタだな。これからは、ライスタってよぶからね。いくぞ、ライスタ。」

 

 マリエルはそういって、さっさといってしまいました。

 

 「ええーっ! ちょ、ちょっと!」よそうがいのへんじに、ライアンはすっかりどうてんして、あわててマリエルのあとを追いかけます。

 

 「なんだよ、ライスタって! なに、そのセンス! もうすこし、かわいいニックネームにしてよー! ちょ、ちょっと待てったら! マリー!」

 

 どうやらマリエルにとっては、名まえとみょうじをすこしずつ取りあわせたニックネームでよぶのが、親しい相手に対する気持ちのあらわし方のようでした。でも……、やっぱり、う~ん、って感じですよね。ラ、ライスタですか……(ちなみに、マリエルはお城のせんぱいまじゅつしたちのことも、名まえとみょうじをもじったニックネームでよんでいたのです。マレイン・クレイネルのことはマレック兄さん、ロクヒュー・テオストライクのことはロックス兄さんとよんでいました。でもさすがに、そんけいする大せんぱいのルクエール・フォートのことだけは、ルクエールさんとよんでいましたが)。

 

 そしてこのとき。ライアンは自分でもむいしきのまま、マリエルのことをマリーというニックネームでよんでいましたが、そのことにライアンが気づいたのは、もうすこしあとになってからのことだったのです。

 

 そんなふたりのことを見て、ロビーは「ふふふ。」と笑ってしまいました。もう、心配はないみたいだ。ロビーはそう、心の中で思いました。

 

 ライスタか……。

 

 それと同時に、ロビーは心の中で、こっそり、このようにも思ったのです。

 

 マリエルくんって、やっぱり、ちょっと変わった子……。

 

 

 道はいよいよ、ほんとうの山道になりました。ここがリズの住んでいる山の、そのふもとにあたるところだったのです。エリル・シャンディーンから馬で走ること、およそ三十分ほど。きょりにして、十二、三マイルは走ったでしょうか?(ところで……、リズの住むこの山まで、ノランは歩いて二時間ほどでつくといいましたが、このきょりを二時間で歩くのは、とてもむりでしょう。しかも道は、ただのたいらな道というわけでもなく、まがったりのぼったり、でこぼこだったりしていましたから、よけいに時間もかかるのです。急いで走りつづけていかなければ、とても二時間ではたどりつけないことでしょう。

 じつはノランは、ここでもやっぱり、自分が力のあるまじゅつしだということを、ぜんぜん考えにいれていませんでした。旅ばかりしているノランは、自分の足にいつも、とくべつな魔法をかけていたのです。それは、うさぎあしのじゅつというもので、この魔法を使うと、まるでうさぎみたいに、ぴゅんぴゅんはやく歩くことができたのです。歩いて二時間というのは、この魔法を使うことを計算にいれてのことでした。う~ん、やっぱりけんじゃという人たちは、計算ずくめで動いているわりには、どこかうっかりしているところがあるみたいですね。うっかりばかりしていた、カルモトみたいに……)

 

 あたりはぶきみに静まりかえっていました。木の上にも、しげみの中にも、生きもののけはいはまったく感じられません。えだで羽を休めるからすや、起き出したふくろうが、一羽くらいいてもおかしくありませんでしたが、ほんとうになんにもいなかったのです。まっ黒な立ち木が大きなおばけみたいにあらわれては通りすぎるたびに、メルの上にいるロビーは、とてもいやな気持ちになりました。それらの木々が、まるであのワットの黒騎士たちの乗っていた、ディルバグというまっ黒なかいぶつたちのように見えてきたのです。ひびわれた木のかわのもようが、かいぶつの大きな口のように見えました。張り出したえだは、かいぶつの大きなかぎづめのようにも見えました。腰の剣は、ロビーになにも危険をしらせてはおりません。ですが、なんだかロビーは、この場所がとてもいやな場所のように思えました。この場所のことをよく知っているというマリエルも、きょろきょろと、しきりにあたりのようすをうかがっております。ライアンはさっきからずっと、木々やしげみに対して、「かわいくない! かわいくない!」ともんくをいっていました(しげみにそんなことをいっても、しょうがない気がしますが……)。

 

 そしてそこから、しばらくいったところで……。

 

 「ここまでです。」

 

 先頭のマリエルが、馬をせいしていいました。ライアンも兵士たちも、馬をとめて、あたりのようすをうかがいます。

 

 「ここからさきは、ガウバウたちのすみかです。これ以上、馬で進むことはできません。」

 

 お城できいた、あのおそろしいガウバウというけものたち。ついに、そのけものたちのすむというその場所まで、みんなはやってきたのです(わかっていましたが、やっぱりきんちょうしますね)。

 

 マリエルは目をとじて、あたりに耳をすましました。両手をうさぎの耳のように、頭の上にちょこんとつけて、なにかをささやいております。これはうさぎ耳のじゅつというもので、この魔法を使うと、遠くの物音でもよくきこえるようになるのです。さすがはまじゅつし。さっそく、魔法パワーのとうじょうですね(ところで、この魔法はかんたんな言葉をとなえれば、それだけで使うことができたのです。じつは手をうさぎの耳のようにして頭につける必要は、ぜんぜんありませんでした。それはマリエルが自分で考えたもので、そのりゆうはもちろん、その方が自分がかわいく見えるからだったのです。う~ん……)。

 

 しばらくしてから、マリエルが手をもどしていいました。

 

 「どうやら、あたりにガウバウたちは、いないみたいです。でも、かれらはもう、ぼくたちがここへやってきたということは、知っています。かれらは、とても耳がいいですから。」

 

 「えっ? それじゃ、そのガウバウっていう生きものたちに見つからずに、進むのは……」

 

 ロビーの言葉に、マリエルがれいせいにこたえました。

 

 「すいませんが、それはむりです。でも、ご安心を。ガウバウなんて、ぼくの魔法にかかったら、ちょちょいのちょいですから。それよりも……」

 

 マリエルはそういって、急にしんけんな顔をして考えはじめます。

 

 「まっすぐいくか? 上の道からいくか? なやみどころだな。時間的には、まっすぐいった方が早いけど、ガウバウはこっちの方が多い。上の道からいくと、ガウバウはすくないけど、よけいな時間がかかる。時間ときょり、ガウバウの数に、ぼくの魔法の使用数を、すべてあわせて計算すると……、今のじょうけんからいって、どのルートでいくのが、いちばんわりにあっているのか……? ええっと、アルキアのほうそくによって、二をかけて、けっかに風と気おんのデータを加え……」

 

 さすが、べんきょうの先生の家の子。なにごともいろんな計算ずくめで行動をきめるのが、しゅうかんになっているみたいですね。どうやらマリエルにとっては、ガウバウのこわさなんてものはまったく問題ではなくて、どうすればいちばんこうりつのいい行動が取れるか? ということの方が重要みたいでした。じつにマリエルらしいですね(でも、すいません。後半はなんの計算なんだか? わたしにはぜんぜんわからないんですけど……。アルキアのほうそくって、なに?)。

 

 「とにかく、さきに進もうよ。ぼくもう、おなかすいちゃった。」

 

 ライアンが、しんぼうできずにいいました。勉強ぎらいのライアンにとっては、マリエルのいっていることは、ちんぷんかんぷん! はっきりいって、さっさとさきに進んで、リズのおうちで早くごはんが食べたかったのです。みんなはばんごはんも食べるひまもないまま、出発しなくてはなりませんでしたから(ごはんというより、ライアンの場合はお菓子が食べたかったのですが。でもライアンはもうすでに、お城からここへくるまでのメルの上で、エリル・シャンディーンやきを八こも食べていましたけど……。そしてたづなを取るライアンにそれを食べさせてあげていたのは、もちろんロビーでした)。

 

 「もう、計算が終わるよ。よし、まずは、まっすぐいきましょう。それからがけをのぼっていけば、いちばん、時間とめんどうがすくなくてすむ。それでいいですか?」マリエルがロビーにたずねました。

 

 「オッケーオッケー! それでいいよ、もー。いいよね? ロビー。」すかさずライアンが、ロビーの前にぐいとからだを乗り出して、かわりにこたえます。そしてロビーも、「う、うん。」と小さくこたえました(とりあえず、ライアンがみんなのことをまとめて、マリエルがけつだんをくだすという、ノランべつどう隊のやくわりぶんたんは守られているみたいですね。ちょっと、ごういんな感じですが……)。

 

 「よし。では、われわれは、ここから歩いていきます。ルーリックさん、アランギルさん、ありがとうございました。」

 

 マリエルがそういって、頭をぺこりと下げました。え? ルーリックさんにアランギルさんって、だれ? と思われた方もいるでしょうが、これは、おともをしてくれたふたりの兵士さんたちの名まえだったのです(じつはこのふたり、前にもとうじょうしていて、ロビーたちがアルマーク王のぎょくざにむかうときに、長い空中ろうかをいっしょにつきそって歩いてくれていました。わたしがふたりの名まえを、ちょっとしょうかいしていましたよね。またまたのごとうじょうだったというわけなのです。こんかいは名まえを出していませんでしたので、今までわからなかったわけですが……)。

 

 「くれぐれも、お気をつけて。旅のせいこうをおいのりしております。」

 

 ルーリックとアランギルのふたりの兵士たちは、そういってロビーたちに敬礼をし、それぞれが馬を一頭ずつひきつれて、お城へともどっていきました。ライアンの友だち、メルとも、これでしばらくはおわかれです。今までほんとうに、おつかれさまでした! いろんなことがあったよね!

 

 

 さて、おともの兵士さんたちが馬たちをつれて帰ってしまって。今このさみしい山道にいるのは、ロビーとライアン、マリエルの、たった三人ぽっちになりました。ここからは、歩きの旅になるのです。マリエルのいうことには、道はこのまままっすぐ、山のてっぺんまでつづいているということでしたが、その道は、だんがいぜっぺきの道。そしてガウバウだらけ。とちゅうでがけをのぼっていった方が、リズのところまでは早くいけるのだということでした。でも、がけをのぼっていくって、口でいうのはかんたんでしたが、じっさいには、かなりたいへんなような気がしますが。がけに道はありません。文字通り、すでで岩かべを伝いながら、よじのぼっていくしかないのです(まさにロッククライミングです)。マリエルはいったい、どう考えているのでしょうか?

 

 でもそこは、ゆうしゅうなる小さなまじゅつし、マリエルくんのことです。なにか、うまい手があるのでしょう。かれがどんな手を使うのか? みなさんもそれまで、お楽しみに!(まさかほんとうに、すででのぼっていくわけじゃないでしょうから。

 

 ちなみに、時間のせつやくのためには、ノランも使っていてマリエルも使うことのできた、うさぎあしのじゅつを使った方が、もちろんはやく歩けましたが、この魔法は、おくがいの、さきを見通すことのできるよくひらかれた場所でなければ、使うのはやめておいた方がいい魔法でした。それはなぜか? といいますと、この魔法は、はやく歩けることは歩けましたが、そのはんめん、急にとまったり、こまわりをきかせた動きを取ることができなくなってしまうという、魔法だったのです。そしてこのさきは、危険なガウバウたちもいる、だんがいぜっぺきの道。そんなところを早足でぴゅんぴゅん進んでいったりすれば、どんなけつまつを生むか? おわかりですよね。ガウバウが出てきたとしても、思うように動くこともできないでしょうし、その前に、がけから落っこちてもしまいかねません! ですからマリエルは、あらゆるこうりつを考えた上でも、ふつうに歩いていくことにしました。)

 

 道は、あっというまにけわしくなりました。今までは、たいらなただの山道にすぎませんでしたが、すこし歩いていくと、急に目の前に、おそろしいだんがいぜっぺきがあらわれたのです。のぞきこんでみると、顔に下からの風が吹きあたります。はるか下は、いちめんの森でした。

 

 道はがけのふちによりそうようにして、ほそぼそと、たよりなくつづいております。シープロンドを出発してからすぐに通った、あのオーリンたちが住んでいたというむかしの山道。この場所は、あの山道にそっくりでした(ちなみに、このあたりいったいは大むかしに銀をほり出した、こう山のあとでした。そのためむかしの道のなごりが、今も残っていたのです。今ではもう銀もとれなくなり、かわりにおそろしいガウバウたちがすみついてだれも近よらなくなってしまっていましたが、そういうところも、おっかない巨人やグブリハッグなんていう生きものたちがすみつくようになってしまった、あのオーリンの山道と、よくにていますよね)。

 

 でも、あのときの山道とちがっているところがあります。いいことと悪いこと、それぞれがひとつずつありました。

 

 いいことは、あのときのような強い風が吹いていないということ。あのときはほんとうに、がけから落っこちてしまうんじゃないか? というくらい強い風が吹いていて、みんなを弱らせたものでした(ライアンの場合は、じまんのかみがくしゃくしゃになってしまうことの方が、いやみたいでしたけど)。そして悪いことは……、この場所がほんとうに、ガウバウたちの巣になっていたということ! まだすがたをあらわしてはいませんでしたが、ロビーとライアンには、それがいやというほど知れたのです。だってさっきから、あっちやこっちで、ガウバウたちのおそろしいほえ声が、ずっとなりひびいていましたもの!

 

 

 「がうるるる……。ごうるるる……」 

 

 「ぐがああああ……!」

 

 

 ひ、ひええ! とにかくさっきからずっと、こんなちょうしなのです。ふつうの人だったなら、とてもこんなところを歩いてなんかいられません!

 

 「ね、ねえ、マリエルくん。ほんとうにだいじょうぶ? なんか、すごいなき声がきこえるよ。」おっかなびっくり進むロビーが、たまらずにマリエルにたずねました(さっきからもう、ロビーの腰の剣は、まっ青に光りっぱなしでしたから! ガウバウというのはとてもかしこい生きもので、ただの野生の動物とはちがって、さまざまな悪だくみまで考えることができるのです。なんておそろしい!)。

 

 「へいきですよ。そんなに、心配しないでください。このなき声は、ちょっと、うっとうしいですけど、やつらがロビーさんに飛びかかる前に、ぼくの魔法が、黒こげにしちゃいますから。」そういうマリエルはさっきから顔色ひとつ変えず、ふんふんと上きげんのまま、先頭を歩いていたのです。

 

 「こわがりだなあ、ロビーは。ほら、きゅうせいしゅなんでしょ? しっかりしなよ。それに、ガウバウだって、おおかみなんだし、おんなじ仲間じゃない。」ライアンもいちばんうしろを歩きながら、よゆうの顔をしてロビーのことをせっつきました(たしかにガウバウは、おおかみににていましたけど……)。

 

 「べ、べつに、仲間なんかじゃないよー!」ロビーがライアンにいいましたが、ライアンは「ほら、早く早く。」とロビーのおしりをぺちぺちたたいて、さきをうながすばかりでした(う~ん、マリエルといいライアンといい、こんなときちびっ子というものは、ほんとうに強いですね……)。

 

 とそんなとき、急に……。

 

 「ああ、すいません。ちょっと、走ってください。」マリエルがいいました。

 

 「え? え?」ロビーがあたふたして、あたりを見まわすと……。

 

 

 「がうがががああー!」

 

 

 で、出たー! ガウバウです! 

 

 頭の上からおそろしいほえ声がふってきて、見上げてみれば、体長七フィートはあろうかという大きなおおかみのようなけものたちが、今まさに、がけの上からみんなのもとへとむかって、かけてくるところでした!(この生きものは、切り立ったがけでもなんのその! びゅんびゅん走ってやってくるのです!)

 

 「うわわわー!」ロビーがひめいを上げて走り出しました。たかがおおかみの一ぴきや二ひき。物語の主人公がそんなにかんたんに逃げてちゃだめじゃんか、って思われた方は、考えをあらためることと思いますよ。一ぴきや二ひきじゃありません。そんなきょうぼうなけものたちが、ぱっと見ただけでも、二十ぴき近くも! いっせいにがけの上からこっちへとむかって、目を血走らせながら走ってきたのです! ほんとに、ひええー!

 

 「マリエルく~ん! これ、どうするの~!」ロビーが走りながら、マリエルにさけびました。ですがマリエルはあいかわらず、すずしい顔をしたままです。マリエルはロビーをさきにいかせると、立ちどまって戦おうとしているライアンの方をちらりと見てから、ロビーにいいました。

 

 「ああ、すいません。ぼくのでんげきが、ロビーさんにまであたっちゃうかもしれませんでしたので、ひなんしてもらいました。もういいですよ。」

 

 でんげき? マリエルはそういうと、手にしたつえをふりかざしました。

 

 「ライスタ、そこにいると、あぶないよ。」

 

 「え?」

 

 そしてライアンがこたえるのより早く、マリエルはダンスのようなかろやかなステップをきざみながら、さけんだのです。

 

 「マリエルの、まじかるブラスト!」(ステップ一。)

 

 「りんがる、れんがる、ふろー!」(ステップ二~きめポーズ。)

 

 

   ばりばりばりばり、ばりーん!

 

 

 いっしゅん、あたりがまっ白に光りかがやきました! マリエルのその魔法の言葉と同時に、持っているつえのさきから、まばゆいばかりのいなずまが飛び出したのです!

 そして……。

 

 

 「きゃいん! きゃいん! きゃいん!」

 

 

 そのいなずまが、ガウバウたちのむれをちょくげき! もうガウバウたちは、たまったものではありません! 三びきのガウバウたちが黒こげになって、がけの下へとまっさかさま! 残りのガウバウたちも、いなずまをじゅうぶんにあびせられて、びりびりびり! よろける足で、あっちやこっちへ、やっとのことで逃げていきました。

 

 これにはロビーも、さすがにライアンまでもが、ぽかーん! 口をあけたまま、かたまって動けなくなってしまいました。

 

 「まったく、口ほどにもありませんね。ロビーさん、おけがはありませんか? ライスタ、ころんでないだろうね?」

 

 マリエルがといかけましたが、ふたりともまだ、へんじができるようなじょうたいではありません。しばらくして、さいごのガウバウの一ぴきががけの上へと逃げていくと、ようやく口をひらくことができました。

 

 「す、すごい……。すごいすごい! すごいよ、マリエルくん!」ロビーがこうふんして、マリエルの手を取っていいました。

 

 「や、やるね……、マリー。」ライアンも、ちょっとくやしそうでしたけど、すなおにマリエルの力のすごさをみとめました(ちなみに、ライアンは自分もかっこよく、風の精霊のたつまきを作ってガウバウたちをやっつけてやろうと思っていたのです。でもたつまきを作り出すその前に、マリエルが全部かたづけてしまいました)。 

 

 「いえ、それほどでも。」マリエルはひかえめにいいましたが、こういうときマリエルは、すなおにうれしがっていたのです。

 

 「だいぶ、手かげんしてやりましたが、ガウバウていどの相手なら、これでじゅうぶんでしょう。それより、早くさきに進まないと。ガウバウはいちどやっつけても、また、もっとたくさんの数でおそってきますからね。」

 

 そういうとマリエルは、またすずしい顔をして、すたすたと歩きはじめました(あれでまだ、手かげんしていたですって? ほんとうにちびっ子というのは、すごい力をひめているものです。まあ、マリエルの場合は、とくべつなちびっ子なのですが……。

 

 ところで、ちょっと説明をつけ加えますと、このいなずまのじゅつは、つえを相手にふりかざして魔法の言葉をとなえれば、使うことができる魔法でした。ですからマリエルがやっていた、魔法をかけるときのダンスのようなかろやかなステップ、これはまったく、必要なかったのです。ではなぜ、そんなふりつけをつけ加えたのかというと……、もう、いうまでもないですよね。それはもちろん、その方が自分がかわいく見えるからでした!)。

 

 

 みんなはそれからしばらく、くねくねとつづくがけの道を進んでいきました。星空は、いつのまにかあらわれはじめた雲に、すっかりおおいかくされてしまっていました。そのため道は暗く、しかもこんながけの道です。足をふみはずしたら、下の森までまっさかさま! とても危険になりました。そしてこんなときにもまた、マリエルの魔法が、そのいりょくをはっきしたのです。

 

 あかり花のじゅつ。この魔法を使うと、みんなの進む道の前とうしろ、それぞれ十ヤードくらいさきまでに、白くかがやくきれいなお花がいちれつにさいて、そのお花がその光で、進む者たちの足もとを明るくてらしてくれるのです(この魔法のお花はみんながいどうすると、それにあわせて、しゅん! と消えたり、また、ぽん! とさいたりするのです)。まさに今の仲間たちにはうってつけの、すてきな魔法でした(ランプをともすよりもずっと明るく、しかもこれなら両手が使えました)。

 

 でもあかりをともすことには、不安なところもありました。それはやっぱり、ガウバウです。さきほどの戦いのあとから、しばらくはガウバウのほえ声がぴたりとやんでいましたが、今また、そのほえ声がきこえはじめていました。しかもさいしょのときよりも、ずっと大きく、たくさん。マリエルの言葉の通り、ガウバウというけものは、いちどやられても、またふたたび、もっとたくさんの数でおそいかかってくるのです(ほんとうにやっかいな相手です。でも……、ガウバウよりももっとおっかないちびっ子たちがふたりもいる、このノランべつどう隊には、あんまりおそいかからない方がいいような気もしますが……)。ここからの道のりは、なおいっそうの注意が必要となってくることでしょう(ロビーにとっては)。

 

 道は白いお花のあかりのおかげで、ずいぶんはかどりました。ですがここにきて、ようすが変わってきたことがあります。道が前よりもはっきりと、せまくなってきました。かべに背中を張りつけなければ進めないようなところさえ、出てきたのです。

 

 「そろそろ、上にのぼった方がいいですね。ここからなら、リズのところまでは、すぐそこですから。」先頭をゆくマリエルがみんなにいいました。馬をおりてからさいしょにマリエルがいった通り、「がけの上にのぼる」というそのことは、もちろんみんなもしょうちしていました。でも……。

 

 ロビーとライアンのふたりは、そのがけを見上げました。がけはまっすぐに切り立っていて、ほんとうに、かべそのものといった感じでした。がけの上までは、ゆうに百五十フィート以上はあるでしょう。いくらなんでも、ここをのぼっていくというのは、そうとうに骨がおれます。そのうえもし落ちたとしたら、まず助かりそうもありません(身がるなライアンならすいすいのぼっていけそうな気もしますが、からだの大きなロビーには、危険が大きすぎるでしょう)。ここからのぼっていくことなんて、やっぱりむりなんじゃないでしょうか?

 

 「のぼるっていっても、ここはむりだよ。むこうの方がゆるやかだし、あっちにした方がいいんじゃない?」

 

 そういってライアンがゆびさしたさきには、ごつごつとした岩はだのがけがありました。そこまではけっこうきょりもありましたし、がけの道もいちだんとせまくなっていましたが、あちらの方が見るからにのぼりやすそうだったのです。この場所からのぼっていくよりは、よっぽどましでしょう(安全にはかえられませんものね)。

 

 ですがライアンもロビーも(わたしも)、ひとつだいじなことを忘れていました。マリエルは、まじゅつしなんです。そのかれが「ここからのぼりましょう」というのですから……、そう、またもやここで、魔法がとうじょうするというわけでした。さあ、こんどはいったい、どんな魔法なのでしょうか? わくわく。

 

 「へいきだよ、ライスタ。のぼりやすさなんて、まったくかんけいがないから。」

 

 「え?」マリエルの言葉にきょとんとするロビーとライアンのことをしりめに、マリエルは両手のひらをおへその前にかざして、ふたたび魔法の言葉をとなえはじめました。

 

 「ふろーと、ふろーた、るー!」

 

 マリエルのその言葉と同時に……、ふいーん! みんなの前に、かすかな音を立ててふわふわと浮かぶ、とうめいな魔法のえんばんがみっつ、あらわれたのです!

 

 「さあ、乗ってください。だいじょうぶ、落っこちませんから。」

 

 こ、これは! エリル・シャンディーンで乗った、あのエレベーターのえんばん、あれにそっくりです!

 

 これは、ふわふわえんばんのじゅつ(そのまんまですが)。この魔法を使うと、上に乗ってのぼりおりすることのできる、べんりな魔法のえんばんを作り出すことができるのです。またしても、今の仲間たちには、うってつけですね! 魔法って、ほんとうにべんり!

 

 「さあ、いいですか?」

 

 マリエルが、(こわごわえんばんに乗っている)ロビーと(ほんとうに落ちないのか? その上でぴょんぴょんとびはねてたしかめている)ライアンのふたりにいいました。

 

 「では、手すりにつかまってください。」

 

 手すり? ロビーがそう思ったとき……、ふいいん! えんばんのふちから、えんばんを半分かこむようなかたちで、とうめいな魔法の手すりがあらわれたのです! へえ、これはいいですね! これなら、えんばんに乗るのになれていないロビーでも、安心です!(エリル・シャンディーンのえんばんエレベーターにも、手すりをつけてほしかった!)

 

 「らい。」

 

 マリエルの言葉と同時に、えんばんが、ふいーん! 音を立ててのぼっていきました!(「らい」というのは魔法の言葉で、「上にのぼれ」というような意味です。魔法を使うときにはふつうの言葉とはちがう、とくべつな言葉を使わなければなりませんでした。マリエルが魔法を使うときにも、そのへんてこな言葉を使っていますよね。ちなみに、おりるときには「りー」といいました。)これは、気分そうかいです。ふつうだったら、えっちらおっちら。くろうしてのぼっていかなければならないようながけでも、これならすいすい! あっというまに百五十フィート以上もあるがけをのぼりきり、その上の道まで、みんなはたどりついてしまいました!(ほんとうにべんりなえんばんですよね。でもこのえんばんにも、けってんはありました。まずこのえんばんは、上下だったら三百フィートくらいまでのきょりをいどうすることができましたが、横へのいどうは、せいぜい五フィートくらいまでしか動かせなかったのです。ですからななめにのぼっているがけでは、このえんばんは使えません。こんかいのように、まっすぐに切り立ったがけだからこそ、このえんばんエレベーターが使えたというわけでした。

 

 そのほかにも、「いちどえんばんからおりてしまうと、そのえんばんは消えてしまう」とか、「時間が五分たったら消えてしまう」とか、いろいろなけってんがありましが、マリエルはそれらのけってんもすべてりかいした上で、この魔法を使いこなしていました。たぶんほかのじょうけんの場合だったら、そのじょうけんにぴったりあう魔法を、マリエルは使ったことでしょう。マリエルはやっぱり、すばらしくゆうしゅうなまじゅつしだったのです。ちょっと、こなまいきなところはありましたけど。)

 

 がけの上は、広い道になっていました。大きな岩がごろごろところがっております。たくさんの岩山がここからまだ上へとつづいていましたが、マリエルのいうことには、リズの住んでいるところはその岩山の中にひとつだけぽつんとつき出た、小さな岩の広場の上なのだということでした。

 

 ガウバウのほえ声は、していませんでした。がけの下ではずいぶんときこえていましたが、どうやらガウバウたちのいないところに、みんなはのぼってくることができたようです。

 

 「リズの家は、こっちです。もう、すぐそこですよ。」

 

 マリエルの言葉に、ロビーはほっと胸をなでおろしました。やっと、リズのところにいけるのです。どうやらぶじに、たどりつくことができそうだ。ロビーはそう思いました。

 

 ロビーははやる気持ちをおさえながら、急ぎ足でマリエルのあとにつづきました。横にいるライアンが手を頭のうしろにくみながら、「それにしてもさ、なにも、こんなところに住まなくたっていいじゃんねえ。」とぶーぶーもんくをいいはじめます。

 

 リズのところへは、もうすぐです。

 

 でも……、みんなはこのまま、すんなりとゴールまでいくことはできませんでした(やっぱり……)。

 

 「どうやら、れんちゅうもほんきみたいですよ。」

 

 「え?」とつぜんのマリエルのその言葉に、安心していたロビーも、のんきにしていたライアンも、きょとんとしていいました。

 

 「やっぱりあれだけじゃ、ものたりなかったみたいですね。」 

 

 

 ま、まさか……!

 

 

 そのまさか! マリエルの言葉に、おそるおそる道のさきをながめたロビーとライアンが、見たものは……!

 

 「え、ええーっ!」

 

 

 「ごごがががああー! ぐるがががああー! ぐががががああー!」

 

 

 で、出たー! ガウバウガウバウ、またガウバウ! それはまわり中をうめつくす、おそろしいガウバウたちの大集団だったのです!(がけの上ではガウバウのほえ声がきこえませんでしたので、もうだいじょうぶかと思っていましたが、それは相手をゆだんさせておびきよせようという、ガウバウたちの作戦だったのです! なんと頭のいいけものたちなのでしょう! しかもガウバウたちはみずからのそんざいを相手にさとられないために、わざと心の中をまっ白にして、かんぜんにけはいをたつことまでできました! ガウバウたちがロビーのとくべつな力のことを知っていたわけではないでしょうが、このためロビーも、かれらのその悪だくみに気がつくことができなかったのです。ほんとうにおそろしいけものたちです!)

 

 がけの上を見ればガウバウ、ふりかえってみればガウバウ、あーもう、書いててうっとうしいくらいにガウバウです! ノランべつどう隊は、今やすっかり、このガウバウたちにかこまれてしまっていました! さあ、どうする、ノランべつどう隊!

 

 「ここは、ぼくにもかつやくさせてもらうよ、マリー!」

 

 ライアンが飛び出しました! さっきは出番がくる前にマリエルに全部いいところを持っていかれてしまいましたので、そのおかえしをしようというのです。

 

 「待って、ライスタ。相手が多すぎる。ふたりで協力していこう。」

 

 いわれて、ライアンがふみとどまりました。

 

 「ぼくが前をやる。ライスタはうしろだ。背中あわせでいくぞ。」マリエルがそういって、ライアンの前に進み出ます。

 

 「のぞむところじゃない!」ライアンが「ふふっ。」と笑って、マリエルのうしろにつきました。背中と背中をぴったりあわせて、前とうしろ、両方からこうげきしようというのです(ふたりばらばらにこうげきするより、この方がすきもなく、敵をいっぺんにこうげきできるというわけでした。さすがマリエルです)。

 

 「ああ、ロビーさん。申しわけないですが、こんかいもロビーさんの出番はありませんよ。」マリエルがつえをかまえていいました。

 

 「ロビー。ちょっとそこで、おとなしく待っててよね!」ライアンが両手を前にかざして、精霊の力を集めながらつづけました(その前にライアンは、すばやくかばんの中から火を起こすための小ばこを取り出して、油のびんの口に火をつけ、それを地面に投げつけていました。ライアンの前には今、小さなほのおのはしらが立ちのぼっていたのです。こ、これってつまり……?)。

 

 「う、うん!」ロビーは腰の剣をぬいて、すこしはなれたところに立って、身がまえます(もうかくす必要がありませんでしたので、ガウバウたちのかぎりない悪意に反応して、剣はまっ青に光っていました)。ロビーはいざとなったらこの剣で戦うつもりでしたが、はたして、この剣の出番はあるのでしょうか?(主人公なのに出番がないというのはちょっとさみしい気もしますが、ロビーは、戦いがせんもんの主人公というわけではないのです。読者のみなさんも、ロビーの力はほんらい戦いにむけられるようなものではないということは、もうわかってますよね。ここはいっしょに、ふたりのちびっ子たちの戦いを見守ることにしましょう。まあ、ライアンもほんとうは、戦いがせんもんというわけではないはずですが……)

 

 「うしろは、まかせてだいじょうぶなんだろうね? ライスタ。」マリエルが、つえをふりかざしていいました。

 

 「いうまでもないことだよ。ぼくのほんき、見せてあげるよ!」ライアンが、「ふふん!」と鼻をならしてこたえました。

 

 どっちも自信まんまん。そしてへらず口。おそらくこのアークランドでも、こんなにも強いちびっ子たちというのも、ほかにいないことでしょう。そのちびっ子たちが、ふたりで協力! ともにほんきを出して、戦おうとしていたのです。なんてごうかなシチュエーション! こんな場面は、めったに見られるようなものではありません。読者のみなさん。みなさんは今まさに、そんなきちょうなたいけんをしようとしているのです!

 

 

 それは、いっしゅんのあいだのできごとでした!

 

 

 「マリエルの、アドバンスド・まじかるブレイク! ぴんがる、ぺんがる……」(ステップ一~二。)

 

 「精霊たちよ! われのといかけにこたえたまえ! ラ、イ、アーン……」

 

 

 ばりばりばりばり……! す、すごいエネルギー!  

 

  

 「くろー!」(きめポーズ。)

 

 「ハリケーン!」

 

 

 ぴかっ! ごろごろごろごろ! がっしゃあーん!

 

 びゅびゅびゅううううー! どどどどどおーん!

 

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 それから、しばらくして……。 

 

 

 「ごほっ、ごほっ!」

 

 あたりに立ちこめるまっ白なけむりに、ロビーはたまらず、せきこんでしまいました。岩のくずれるぱらぱらという音が、そこら中にひびいております。いったいなにが起こったというのでしょう? それすらもロビーには、よくわかりませんでした。

 

 やがてそのけむりの中に、ふたりの人影があらわれました。ふたりとも手を前にかざして、しゃんと立ちつくしていたのです。それはもちろん、われらがライアンとマリエルの、そのふたりのちびっ子たちでした!

 

 「ライアン! マリエルくん!」

 

 ロビーが思わず、さけびました。

 

 「だいじょうぶ?」

 

 そのロビーのといかけに、ライアンとマリエルのふたりは「ふう。」と息をついて、そしてしばらくたってからようやくこたえました。

 

 「だいじょうぶって、なんのこと? やだなあ、ロビー。ぼくを、だれだと思ってるの?」ライアンがあいかわらずのいい方で、自信たっぷりにそういいます。

 

 「すいません、ロビーさん。ちょっとぼくも、ほんきを出してしまいました。はんせいしなくては。」マリエルがぺこりと頭を下げて、れいぎ正しくいいました。

 

 

 そしてロビーは、しだいに晴れてゆくその白いけむりのむこうに、おどろきの光景を見たのです。

 

 

 さっきまで、まわりにたくさんあったはずの岩たち。それらがすべて、こなごなにくだけて、あたりにばらばらにちらばっていました。がけの岩かべもがらがらとくずれ、あちこちにやけこげたあとがついております。そしてさっきといちばん変わったこと。それはあれほどたくさんいたガウバウたちが、もはや一ぴき残らず、いなくなっているということでした!

 

 ガウバウたちがどうなったのか? それはもう、おわかりですよね。かれらはこのふたりのちびっ子たちのほんきのパワーの前に、白はたこうさん! 文字通りしっぽをまいて、「きゃいんきゃいん!」と一ぴき残らず逃げ出していったのです!(全部で百ぴき以上はいたはずですが、それらが全部逃げ出したのです! すごい!

 

 このときマリエルが使った魔法は、上位いなずまのじゅつ。その名もサンダー・ドラグーン! いなずまでできたりゅうが、敵をなぎはらうのです。これはいなずまのじゅつをあやつるマリエルの、とっておきの大魔法でした。

 

 そしてライアンが使ったのは風の精霊のたつまきでしたが、その大きさもいりょくも、今までわたしたちが見てきたものよりも、だんちがいのしろものでした。ロザムンディアのまちの門を吹き飛ばした、あのあっとう的なパワー。あのときのパワーよりも、さらにその上をいっていたのです。つまりライアンは、ふたつの精霊の力をあわせるという、シープロンドでかたくきんしされているそのわざを、ここでも使ってしまったというわけでした。風と火、そしておまけに土の精霊の力まで、みんなまとめてたたきつけたのです。しかもこんかいは、手かげんする必要もありませんでしたので、全力で! まさに、ほんきの力! ライアンはまだまだ、こんなおそろしい力をひめていたんですね。う~ん、なんておそろしい……。

 

 ちなみに、ライアンはマリエルに負けじと、このひっさつわざに名まえをつけました。その名もライアン・ハリケーン! まさしくその名まえの通り。おそろしいわざです。)

 

 すべてをりかいしたロビーは、もうぽかーん! あいた口もふさがりません。もう、すごいとかなんとか、なにもいうことすらできませんでした。

 

 「あ、ああ、そうなんだ。」ロビーはそういって、「は、は。」とひきつって笑いました。

 

 「け、けががなくて、なによりだね。」ロビーはもう、それしかいうことができませんでした。

 

 「それにしても、ライスタ、きみも、けっこうやるね。見なおしたよ。」マリエルがライアンに、そう声をかけました。

 

 「マリーこそ、やるじゃない。ぼくと同じくらい強いって、みとめるよ。まあ、でも、リア先生にくらべたら、まだまだかな。」ライアンもマリエルにそういって、かえしてみせました(いい方はすなおじゃありませんでしたが、ライアンがこれほどほかの人の強さをみとめるというのは、めったにないことです。それほど、マリエルの力をみとめていました)。

 

 そして、まだその手に(光の消えた)剣をにぎりしめたままで立ちつくすロビーのことをよそに、ふたりのちびっ子たちは、おたがいの右手を頭上にかかげて、ぱちん! ハイタッチをしてけんとうをたたえあいました。

 

 「よっし!」

 

 

 

 そよりと吹くつめたい風が、ほほをくすぐっていきました。じこくは、シルフのこくげん。午後の九時をまわったくらいでした。

 

 すこしばかり、雲がふえてきました。その雲の切れまに、星がきらきらとかがやいております。その星の光は、きぼうの光のように思えました。これからはじまる、おそろしい戦い。このアークランドの運命をきめる、さけることのできない戦いが、この星の光のもとではじまろうとしていたのです。

 

 

 「すこしくらい、休まれてはどうだ? からだが持たんぞ。」

 

 

 うしろから、声がしました。見ると、うす茶色の衣服を着た若い女の人がひとり、こちらへとむかってやってくるところでした。長く美しい、こがね色のかみ。あんず色の、いんしょう的なひとみ。それはベーカーランドの白の騎兵師団の隊長、ライラ・アシュロイでした(かみをほどき、よろいも着ていませんでしたので、だいぶいんしょうがちがって見えました。今のかっこうのかのじょを見たかぎりでは、ほんとうに、ふつうの女の子にしか見えません。ちょっと、目つきはするどいですが)。

 

 「お心づかい、かたじけない。もう、もどります。」

 

 そういってぺこりと頭を下げたのは、白の騎兵師団のもうひとりの隊長、ベルグエルムでした。そう、ここはベーカーランドのふたつのとりでのうちのひとつ、べゼロインのとりで。その見晴らし台の上だったのです。

 

 ライラはそのまま、ベルグエルムの横に立って、かなたの地を見つめました。いだいなる、ティーンディーンの流れ。その流れのとちゅうとちゅうに、ベーカーランドのくにの塔やたてものが、見て取れます。大河はやがて、かなたのやみの中へと消えていました。そのさきには、もうひとつのとりで、リュインのとりでがあるのです。

 

 「リュインの者たちが、どうしているのか? 気がかりではあるな。」

 

 ライラがいいました。

 

 「はい。」

 

 ベルグエルムがこたえます。

 

 ライラには、ベルグエルムの心の中はすべてお見通しのようでした。リュインの大勢の者たち。ハミールのおとうと、レイミール。リストール・グラントしきかん。かれらが今、どうしているのか? ここにいる者たちには、なにも知るすべはなかったのです(このべゼロインのとりでからも、ひそかにリュインとりでにていさつ隊をむかわせましたが、リュインとりでの守りはかたく、とりでの中のようすや、とりでの者たちがどうなったのか? ということまでは、なにも知ることができなかったのです)。

 

 自分たちのことを敵の目から遠ざけるため、南への道を進んでいった、ハミールとキエリフ、レシリアにルースアン。かれらのことも気がかりでした。

 

 そしてなにより。さいごの旅へと出かけた、ロビーのこと。ベルグエルムの心の中は、今さまざまな思いで、いっぱいだったのです。

 

 「ベルグエルムどの。」ライラがつづけました。「そなたの歩んできた道は、つらく、重いものだったな。だが、そなたがすべて、かかえこまなくてもよいのだぞ。」

 

 「え……」

 

 思いがけないライラの言葉。ベルグエルムはすこしおどろいて、ライラの方を見ました。

 

 ライラはそんなベルグエルムのひとみを見て、おだやかにほほ笑みながらいいました。

 

 「しきかんとて、人だ。ひとりですべて、かいけつできるというものではない。そなたは、がんばりすぎる。ときには、弱音をはいてもいいではないか。」

 

 「ライラどの……」

 

 ベルグエルムが、ふるえる声でいいました。

 

 祖国レドンホールのめつぼう……。やみにとらわれたムンドベルク王……。かれらレドンホールのはい色ウルファたちは、このベーカーランドにのがれてからも、そのおそろしすぎるじじつにずっと立ちむかってきたのです。とくにベルグエルムは、そのいちばん先頭に立って、ほかのウルファの仲間たちのことをはげましていかなければなりませんでした。そして、白の騎兵師団の隊長という、重いせきにん。しきかんが、兵士の前で弱音をはくことなどできません。でもほんとうは、ベルグエルムの心は、今にも張りさけそうなほどにつらかったのです。

 

 それでも。ベルグエルムはおしつぶされてしまいそうなそのおそろしい運命の中で、弱音をはくことなく、りんと立ちつづけてきました。そうもとめられてきました。

 

 心のおく底にあふれた、つらい思い。重なりつづけた思い。それらの思いを、ベルグエルムはずっと、胸の中にとじこめつづけてきました。わたしが弱音をはいてなどいられない。かれらをみちびいてゆかなくては。かれらをささえ、はげましてゆかなくては。ベルグエルムはつねに、自分にいいきかせてきたのです。それらの思いがあったからこそ、友のフェリアルにも、ロビーにも、ライアンにも、胸のおく底にしまいこんだ、その心の弱い部分を、見せるわけにはいきませんでした。

 

 「そなたには、たくさんの仲間がいる。」ふたたび、ライラがつづけます。「仲間とは、ともにささえあい、はげましあうものだ。自分の弱さをさらけ出し、仲間に助けをもとめることも、また、たいせつなことなのではないか?」

 

 「ライラどの……」ベルグエルムはライラのひとみを見すえながら、こたえました。

 

 「かたじけない……」

 

 ベルグエルムはそういって、ライラに深々と頭を下げました。ずっと胸のおくにしまいこんでいた思いが、どんどんとこみあげてくるかのようでした。

 

 ほんとうの強さとは、みずからの弱さを知り、それをみとめることなのです。すなおな心で、仲間と助けあうことなのです。

 

 

 おそろしい、黒の軍勢とのさいごの戦い。

 

 その戦いのはじまる、その前に。ベルグエルムの心は晴れ渡りました。

 

 

 「仲間のために、われらのできることをやろう。それが、われらのつとめ。もどってきた者たちのことを、胸を張って出むかえられるようにな。」ライラが、ベルグエルムのうでに手をおいて、いいました。

 

 「はい。」ベルグエルムはライラのその手を取って、力強くそれにこたえました。その胸に、もうなにも、まよいなどはありませんでした。

 

 

 ロビーどの、わたしは、わたしのつとめを、せいいっぱい果たします。どうか、ごぶじで……。

 

 

 ライアン、マリエル。ロビーどののことを、よろしくたのむぞ。

 

 

 ベルグエルムは空をあおぎ、はなれた地にいる仲間たちに、そう思いを飛ばしました。

 

 「さあ、今は、休まれよ。敵は、いつやってくるとも、知れぬぞ。」

 

 そしてベルグエルムとライラのふたりは、ふたたび、とりでの中へともどっていきました。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


   「おうおう、これまたずいぶんと、集まりよったわい。」

      「……バリアー、やっつけるです……」

   「おのれーっ! ワットめーっ!」

      「そんな……、こんなことが……」


第20章「黒の軍勢きたる」につづきます。
   


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20、黒の軍勢きたる

 魔法……。なんて心のわくわくするひびきなのでしょう。おとぎのくにの人たちではないふつうの人たちの住む世界では、いつの世も、魔法は遠いあこがれのそんざいでした。魔法のつえをぱぱっとふりかざせば、目の前にあらわれる、たくさんのすばらしいものたち。ゆげを立てるごちそう。大きな大きな、クリームたっぷりのケーキ。キャンディーにチョコレート。ぬいぐるみだって、おもちゃだって、魔法で出せないものはありません(たぶん)。さらに、むかってくる敵に、「えい!」。魔法の言葉をとなえると、つえのさきから、ごごお! ほのおやいなずまが飛び出して、みんなやっつけてしまう。そんな、まさに夢のような力、それが魔法の力だったのです。

 

 ですが魔法とは、すばらしい力を持っているのと同時に、じつはなんともおそろしい力をも、その内がわにひめているものでした……。

 

 はるかなむかし、この世界に人々が暮らしはじめるその前から、魔法はすでにそんざいしていました。そのじだい、それらの魔法を使っていたのは、生きものの力をこえた、しんぴ的なそんざい。今のアークランドの人たちから、神さまとか、女神さまなどとよばれている、いだいなる者たちでした。そして、やがてこの世界に人々が暮らしはじめるようになると、かれらいだいなる者たち(神さまたち)は、このすばらしき力、「魔法」を、人々にさずけたのです。魔法の力をもって、世界がへいわになることを願いました。

 

 しかし人々には、魔法の力を正しく使いこなすことは、できなかったのです……。

 

 

 魔法はたしかに、すばらしい力です。正しく使えば、こんなにべんりですてきな力はありません。ですが、魔法の持つもうひとつの力。その力をおさえこむことは、魔法をおぼえたばかりのとうじのアークランドの人々には、まだむりなことでした。そしてそれこそが、魔法の持つ、その内がわにひめられた、おそろしい力にほかならなかったのです。

 

 光があれば、やみがある……。それらは、ふたつでひとつ。魔法の持つおそろしい力とは、まさに、そのやみの力でした! 魔法の持つやみの部分。人々はその力のおそろしさに、気がつきませんでした。魔法のやみをかるくあつかい、そしてそのけっか、人々はその魔法のやみの中から、たいへんなわざわいを生み出してしまったのです。それは、魔物とよばれる、おそろしい力を持ったかいぶつたちでした。

 

 魔法のやみから生まれた、魔物たち……。かれらはどんどんと力をたくわえ、そのおそろしいやみの力で、世界を乗っ取ろうとしました。しかし人々はけっして、かれらにくっすることはなかったのです。

 

 光の魔法。人々は魔法のやみをおさえられなかったそのきょうくんをもとに、魔法のもうひとつの力、光の力を高めていきました。それこそが、魔法のやみ、魔物たちにたいこうする、ただひとつのしゅだんだったのです。そしていよいよ、人々の光の魔法と、魔物たちのやみの魔法、そのふたつの力が、大げきとつすることになりました(この戦いは「光とやみの魔法大戦」という名で語りつがれ、もはや伝説のものとなっています)。

 

 もしこのとき、人々がやぶれていたのなら。今のアークランドは、今とはまったくちがう世界になっていたことでしょう。やみにおおわれた、おそろしい世界になっていたはずです。

 

 ですが、そんなことは、だんじてゆるしません! 人々は、この大げきとつの戦いに、勝ったのです!

 

 魔物たち、そしてやみの魔法は、人々をみちびいたけんじゃたちの力によって、残らずふうじこめられました。こうして、世界はすくわれたのです。すくわれたはずでした。ですが……。

 

 

 それから、ずっとずっとのちの世……(それでも今から千年近くもむかしのことですが)。おそろしいわざわいは、ふたたび、この世界に放たれてしまったのです。

 

 

 じゃあくな力を持ったひとりの男が、かつてけんじゃたちが魔物たちをふうじこめた黒いすいしょうの中から、そのわざわいの力をとき放ってしまいました! 男の名は、ルドナ・ラクタル。ルドナは、かいほうした魔物たちをしたがえて、たくさんのくにぐにをうばいました。ですがどんなときにも、悪が長つづきするためしなどはなかったのです。それはなぜか? そんなときには、かならず、悪をほろぼすせいぎの味方があらわれるからでした!(だってあらわれなかったら、世界はずっと悪の世界のままですものね。) 

 

 ひとりのほうろうのルルム種族の冒険家。その冒険家の若者が、黒いすいしょうの力のなぞをつきとめ、その力を持って、ルドナをたおしました。そして魔物たちや、やみの魔法、それらもすべて、黒いすいしょうとともに、こなごなにうちくだかれることになったのです! やった! ようやくこれで、いっけんらくちゃくですね!(ところで、ほうろうのルルムときいて、みなさんはぴんときたことかと思います。そう、はぐくみの森の地下いせきの中で夜のかいぶつにとらわれていた、赤毛のルルムの冒険家、シェイディー・リルリアン。かれもまた、ほうろうのルルムとよばれておりました。じつはじつは、大むかしにルドナをたおし、黒いすいしょうをうちくだいたそのせいぎの味方こそ、ほかでもない、かれだったのです……、といいたいところでしたけど、どう考えてもねんれいがあいませんよね。シェイディーがじつは、千年も生きている、スーパーおじいちゃんとかいうのであれば話はべつですけど……。ほんとうはかれは、ルドナをたおしたせいぎの味方、ロランド・リルリアンのしそんでした。へえ! すごい! そしてシェイディーもまた、冒険家。ロランドのその血を、しっかりと受けついでいたのです。) 

 

 

 ところがところが。これでもまだ、すべてが終わったというわけではありませんでした(う~ん、しつこい)。

 

 

 うちくだかれた黒いすいしょう。それとともにふうじられたはずの、やみの魔法。その力がかんぜんに消え去ってしまう前に、ほんのわずかだけ、その力を手にしてしまったものがいました。こんどはだれ? また、じゃあくな男? それとも、魔女かなにかでしょうか? いいえ、ちがいました。それはなんとも、いがいなものだったのです。

 

 夕方五時、黒ユピユピのこくげん。黒ユピユピというふわふわした生きものが自分のすあなにもどるのが、夕方の五時ころだったので、この名まえがついたわけですが、なぜ今、そんな話をしたのかというと……、じつはこの黒ユピユピという生きものこそが、そのおそろしいやみの魔法の力を手にいれてしまった、ちょうほんにんだったからでした!

 

 黒いすいしょうがうちくだかれた、そのとき。その場所にたまたま、一ぴきの黒ユピユピがいたのです。そして黒いすいしょうからわずかにこぼれ出たやみの魔法のエネルギーを、その黒ユピユピが食べてしまいました!(この生きものはしぜんの中のさまざまなエネルギーを食べて、えいようにしてしまうのです。)

 

 ほんらいならば、空気の中にすぐに消えてしまうはずだった、やみの魔法のエネルギー。それがこうして、黒ユピユピのからだの中にとどまってしまいました。そして悪いことに、それはいつまでも消えることなく、ユピユピのその子どもやしそんにいたるまで、えんえんと受けつがれていってしまったのです(やみのエネルギーそのものは、ユピユピのからだに危害を加えるようなものではありません。ちょっと、ほかのユピユピより目つきが悪くなって、かわいくなくなってしまいますけど)。

 

 そしてあるとき。

 

 ついにそのやみの魔法の力のそんざいを、見つけてしまった者があらわれました。

 

 

 その者の名は、アーザス・レンルー。

 

 

 そう、そのかれこそが。今このアークランド世界のへいわをおびやかしつづけている、おそるべきやみの魔法使い、アーザスだったのです……!

 

 

 やみの魔法の力を手にいれた、アーザス。そのおそろしさは、みなさんもすでにごぞんじの通りです。ほんらいならば、はるかなむかしにとっくに失われていたはずの、おそろしい力。その力を手にしたおそろしい魔法使いに、人々は、ロビーは、どう立ちむかうのでしょうか?

 

 すべての運命は、こくいっこくと、人々のもとに近づいてきています。

 

 そして、ロビーの運命は……?

 

 おそろしいやみの力が、ロビーにせまろうとしています。

 

 

 

 ふいいん! ふおん!

 

 みんなが地面におり立つと、魔法のえんばんエレベーターが小さな音を立てて、消え去りました。

 

 「やーっとついたよ、まったく。」地面に立つなり、ライアンがさっそくもんくをいいます。そう、みんなはついに、リズの住んでいるそのおうちがある小高い岩山の上まで、やってきたところでした(この岩山もまっすぐながけの上にありましたので、ここでもやっぱり、マリエルのえんばんエレベーターがやくに立ったというわけでした。

 

 ところで、こんながけの上へ、いったいリズはどうやってのぼっているのでしょう?こたえはたんじゅん。リズはこんながけのひとつやふたつ、なんのその。しゅたっしゅたっとジャンプをくりかえして、ささっとのぼっていってしまうのです。う~ん、さすがはシルフィア種族。精霊のパワーって、すごいですね)。

 

 そこはたいらな岩の地面で、はしからはしまでが二十ヤードほどしかない、まるい広場でした。植物はほとんど生えていなくて、わずかに、ぐるぐるヒースのしげみがいくつかと、岩のさけ目にがんばって生えている、いっぽんのよれよれの木があるだけです(きっとどこからか、たねが飛んできたのでしょう。こんなところに生えているなんて、えらい木ですね)。そしてその広場のおくに、ほとんどくずれかかった石づくりの家がいっけん、たっていました。どうやらこれが、めざすリズの住んでいるという、おうちのようです(家というより、ほとんどものおきといった感じです。それもセイレン大橋の下のカピバラ老人の小屋と同じくらい、ぼろぼろな感じでした。ちょっと、カピバラ老人には失礼ですが……。

 ちなみに、この家はむかし銀をほるためにここではたらいていた人たちが、きゅうけいを取るために使っていたものでした。リズはうちすてられていたこの家を、自分の家としてさいりようしていたのです。しかもほとんど、リフォームしないままで! だからこんなにぼろぼろなんです)。

 

 みんなはその家にむかって歩いていきましたが、ひとつ、おかしなことに気がつきました。それは家にまったく、あかりや火の気がないということでした。こんなきせつの夜ですもの、だんろに火がはいっていなくては、寒くてたまらないはずです。な、なんだかとっても、いやなよかんが……。

 

 「ねえ、マリエルくん。かくにんなんだけど、ぼくたちがくるってこと、リズさんは、ちゃんと知ってるってことで、よかったんだよね?」ロビーがマリエルにたずねました(もちろんロビーも、リズにきちんとれんらくがつけてあるということについては、マリエルからちゃんと説明を受けていたのです)。

 

 「はい。もちろん、ぼくたちがリズのところへいくということは、きのうのうちにも、前もって魔法の手紙を送っておきましたし、リズほんにんがきちんとその手紙を受け取ったということも、魔法でかくにんしています。それに、さきほどロビーさんたちがやってくるすこし前にも、もういちど、かくにんの手紙を送っておきましたし、それもきちんとリズが受け取ったということを、かくにんしています。リズには、ちゃんと、自分の家でぼくたちのことを待っているようにと、手紙の中で、しっかりと、しじを出しておきましたから。」マリエルがこたえます(そのマリエルの計算されつくしたけいかくのことについては、すでにみなさんにもお伝えしましたよね。あの頭の痛くなるような、こまかいけいかくのことです。しかもマリエルは、ねんにはねんをいれて、ロビーたちのくるその前に、こんどはかくにんの手紙まで送っていました。まったくぬかりがありません。

 

 ところで、マリエルの言葉にもあるように、リズのもとに送ったこの手紙は、マリエルの魔法による魔法の手紙でした。ちょうちょおたよりのじゅつ。これが、マリエルの使ったその魔法です。この魔法を手紙のはいったふうとうにかけると、そのふうとうがひらひらと、ちょうのようにまい上がって、あてさきの住所まで飛んでいきました。この手紙は魔法で守られておりましたので、雨風や、たいていのしょうがいが加わっても、なんなくあてさきまでとどけることができたのです。そのうえじっさいには、ちょうというよりも、でんれいの鳥のごとく、すばやくあてさきまで飛んでいくことができました。

 

 そしてこの手紙を送りさきの相手ほんにんが受け取ると、ちゃんとマリエルのところに、それが伝わるようになっていました。ですからマリエルは、リズほんにんが手紙をしっかりと受け取ったということを、知ることができていたのです。まったくぬかりがありませんね。

 

 また、この魔法で送った手紙は、とどける相手がるすだった場合でも、そのことをマリエルのところにしらせるようになっていました。この手紙はゆうびん受けの中にはいったあと、大きなメロディーをかなでて、「魔法の手紙がきましたよ」ということを相手にしらせるというものでしたが、しばらくたってもほんにんの受け取りがない場合には、相手がるすなのだとはんだんして、そのことをマリエルにしらせるようになっていたのです。もしリズがるすだったなら、またべつの方法で、全力でリズのいばしょをさぐることになっていたでしょうけど……。

 

 ちなみに、エリル・シャンディーンのゆうびんかもめでも、とどけさきにサインをもらって、きちんととどいたかどうか? かくにんすることができましたが、ゆうびんかもめがとどけられるのは、安全な場所にかぎられました。リズの住んでいるこのあたりは、地上のガウバウだけでなく、空にもおそろしいかいぶつたちが住んでいて、かもめがゆうびんをとどけることができなかったのです。そのかいぶつは大きなつばさを持った、とかげににたギルディというかいぶつで、ワットのディルバグよりはましでしたが、それでもおそろしいかいぶつであることにちがいはありませんでした。ゆうびんかもめなんかがのんきに飛んでいたら、たちまちおそわれてしまうことでしょう。ですからマリエルは、もっともしんらいのおける自分の魔法を使って、リズに手紙をとどけたというわけだったのです)。

 

 ですが……。

 

 口ではロビーに「心配ない」といったようすをよそおってはいましたが、あかりのともっていない、そのまっくらな家を見て、じつはマリエルも、ここにきて、とってもいやなよかんがしてきていました……。自分の計算の、なにかがまちがってきているのか?と(そのれいせいな顔にも、あせが!)。

 

 「なんかこれ、まずいパターンじゃない?」ライアンも同じく、いやなよかんがしてきたようです。

 

 「ね、寝てるんだよ、きっと。げんかんをノックすれば、起きてくれると思うよ。」ロビーがあわてて、マリエルとライアンにいいました。でもやっぱり、ライアンのいう通り、なんだかまずーい感じです。

 

 

 そしてそのまずーい感じは、げんかんの前にまっさきにたどりついたマリエルの反応によって、はっきりとしたものに変わってしまいました……。

 

 

 「ああっ! これ、ぼくの出した手紙!」

 

 マリエルがさけびました。そしてマリエルのいう通り、げんかんのわきのゆうびん受けの上に、マリエルの送った手紙のふうとうがひとつ、「あけられもせずに」、そのままおいてあったのです……。がーん!

 

 「読んでないね。」ライアンがいいました。

 

 「よ、読もうとしてたけど、そのまますごく眠くなって、手紙をおいたまま、中にはいって寝ちゃったのかも……」ロビーがそういいます。ですが……。

 

 ふつうに考えたら、ほんにんがまだ家の中にいるのであれば、ちゃんと受け取った手紙をこんなふうにそとにおきっぱなしにしておくことなんて、あるはずもありません(いくら眠かったとしても)。あとで読むにしても、とにかく家の中には、しまっておくでしょう。ということは……?

 

 リズが今、この家の中にいるというかのうせいは、きわめてひくいということでした……。手紙をおいたまま、どこかへ出かけていったと考えて、まずまちがいないでしょう。ですからこれは、まずーいパターンなのです(マリエルもそのことに、すぐに気がついたというわけでした。

 

 ところで、ゆうびん受けの上にあったこの手紙は、マリエルがさきほど、ロビーたちがエリル・シャンディーンにくるすこし前に送った、そのかくにんのための手紙の方でした。ベルグエルムの送ったゆうびんかもめの手紙によって、ロビーたちがあと一時間ほどでもどるということを知り、急ぎマリエルは、リズにこのかくにんの手紙を送ったというわけなのです。この手紙はたしかに、リズは受け取りました。それは魔法でも、かくにんできたことでしたから。ですがマリエルは、リズのそのいいかげんなせいかくに、ここですっかりやられてしまったのです。

 

 リズは受け取ったこの手紙を、「受け取った」というだけで、「あけて読んで」はいませんでした! じつは魔法でかくにんできるのは、手紙を受け取ったということだけなのであって、それをあけて読んだかどうか? ということまでは、知ることはできなかったのです(この魔法の手紙はとてもむずかしい魔法で、相手さきに手紙をとどけるだけでも、たいへんな魔法の力を使用したのです。そして相手がその手紙を手にすると、まじゅつしのところにそれをしらせたうえで、すべての魔法の力は消えてしまいました。ですから、相手がそのあとでその手紙を読んだかどうか? というところまでは、さすがに知ることはできなかったのです。やはり魔法とは、すべてばんのうではありませんでしたから)。

 

 ですが、ふつう人から手紙を受け取ったのなら、あけて読みますよね?(ダイレクトメールじゃあるまいし。)ましてやそれが、エリル・シャンディーンから送られた、きんきゅうの魔法の手紙であるのなら、なおさらです。そんな、いたってふつうのことが、リズには通じなかったというわけでした……。これではさすがのマリエルでも、よそくができなくてとうぜんでしょう。な、なんていいかげんな人なんだ、リズって……)。

 

 「リズのやつ! ぼくの魔法の手紙は、いつもだいじなようじなんだからって、いってあるのに! まったく、なんていいかげんなやつなんだ!」マリエルはもう、かんかんです(きちんとしたりろんで計算されつくした行動を取るマリエルでしたから、その気持ちもたしかにわかりますね)。

 

 「と、とにかくさ。家の中に、はいってみようよ。ほんとに寝てるのかもしれないし。」ロビーが、ぷんぷん怒っているマリエルをなだめて、いいました(そういうロビーでしたが、「ほんとに寝てるだけ、なんて、まずないだろうなあ」と心の中で思っていました)。

 

 「まあ、なんとかなるよ。」ライアンも、マリエルの肩をたたいていいました。

 

 

   とん、とん、とん!

 

 

 げんかんのとびらをノックしてみますが、やっぱりおうとうがありません。ためしにとびらをおしてみると……、あきます! かぎもかけずに、なんて不用心なのでしょう!(といっても、こんなところにくるどろぼうもいないでしょうけど。ガウバウやギルディくらいのものでしょう。っていうか、どろぼうよりもそっちの方が、ぜんぜんこわいんですけど……)

 

 家の中は、まっくらでした。マリエルがつえをかざすと、そのつえのさきが、ぱあっと光って、家の中をてらします(これはそのまま、あかりのじゅつ。きほん的な魔法のひとつです)。

 

 家の中は、さいていげんの家具がそろっているだけでした。おくにだんろがひとつあって、その横にだいどころがあります。テーブルにいす、そしてベッドがひとつ。ベッドには茶色いもうふが、しわくちゃのまま乗っていました。そして……、ロビーのはかないきたいもむなしく、そこにはやっぱり、リズはいなかったのです……(そしてかれらは、家にはいってすぐに、げんかんのわきでしょうげきのものをふたたび目にしてしまいました。そこには、マリエルがきのう送った「一通目の手紙」が、「あけられもせずに」、そのままおいてあったのです……。がーん!

 

 これはつまり、リズが手紙を受け取ったけれど、げんかんのわきにそのままほったらかしにしておいたということをあらわすものでした。つまりリズには、「マリエルたちがここにやってくるということ」、そして「マリエルたちにシルフィアである自分の力が必要なのだということ」、そのどちらも、伝わってはいなかったのです! もういちど、がーん!

 

 そして……、それを知ったマリエルは、ここにきて、ようやく、リズのことについてはっきりと学ぶことができました。

 

 リズには、きんきゅうの手紙は出してはいけない!)。

 

 家の中にも、ひょっとしてトイレ? と思って家のまわりもさがしましたが、どこにもリズはいませんでした。せっかくはるばる、おそろしいガウバウたちと戦ってまで、やってきたのだというのに! いったいリズは、どこにいってしまったのでしょうか?(ほんとにもう!)

 

 「申しわけありません、ロビーさん……。これは、かんぜんに、ぼくのミスです。リズのいいかげんさを、すべて計算にいれていませんでした……」マリエルはそういって、頭をぺこぺこ下げて、ロビーにあやまりました。

 

 「そんな。マリエルくん、きみのせいじゃないよ。」ロビーがあわててとりつくろいます(わたしもほんとうに、マリエルにどうじょうしてしまいます。せっかく、あんなにも計算されつくしたけいかくを用意して、それにもとづいた行動を取っておりましたのに……、こんなにもあっさりと、それをだいなしにされてしまいましたから……)。

 

 「それよりさ、リズさんがどこにいったのか? そっちをなんとかしないとね。」ライアンがいいました。いないものはしょうがない。ものごとを前むきに考える、ライアンらしい言葉でした。

 

 「ぼくが、さっき二通目の手紙を送ったときには、リズはまだ、ここにいたわけです。ですから、それから計算しても、いくらシルフィアの足であるとしても、歩いて数時間くらいでは、そんなに遠くまでは出かけられないはず。となると、だいたい、けんとうがついてくる。」マリエルがあごをなでながら、そういいます。こちらはなんともマリエルらしい、りろんにもとづいた言葉でした(ちなみに、精霊の種族であるシルフィアなら、岩場も荒れ地もなんのその。しゅたっしゅたっとはねるようにすばやく進んでいくことができました。マリエルはそのことも、ちゃんと計算にいれていたというわけなのです)。

 

 「心あたりがあるの?」ロビーがたずねます。

 

 「はい。」マリエルがこたえました。

 

 「リズがよく出かける場所が、ひとつあります。ぼくもいったことがありますが、曲を作るのに、気持ちがおちつくとか。たぶん、そこだと思いますが、もっとはっきりと、ぼくの魔法で、リズのいる場所をせいかくにしらべてみましょう。」

 

 へえ、魔法でそんなことまでできるんですか! さすがマリエル。たよりになるなあ(こんかいのこんなトラブルなんて、マリエルならすぐに取りもどしてしまうでしょうね)。

 

 「みるみるこんぱすのじゅつを使います。この魔法には、さがす人物のにおいのする、小さめの品物が必要なんですが、なにか、いいものはないかな? すいませんが、ロビーさんとライスタも、ちょっと、さがしてもらえますか? タオルとか、ハンカチとか、シャツとかがあれば……」

 

 思いもかけず、さがしものがはじまってしまいました。このみるみるこんぱすのじゅつという魔法は、魔法のわんちゃんが飛び出して、その鼻でさがす人物のにおいをかぎつけて、なんマイルもさきまでいばしょをさぐることができたのです。そのために、さがす人物のにおいのする品物が、必要だったというわけでした(品物をかた手に全部しっかりと乗せる必要がありましたので、小さめの品物でなければなりませんでした。すぐに見つかるもうふでは、大きすぎて手に全部乗らないから、だめだったのです。

 

 ところで……、こんなにべんりな魔法があるのなら、それではじめから、リズのいばしょをかくにんしておけばよかったんじゃない? と思われる方もいるかと思いますが、じつはマリエルはその通り、この魔法でリズのいばしょを、はじめにきちんとかくにんしていました。そしてリズがたしかに自分の家にいるということをたしかめると、それから魔法の手紙を、リズのところへと送ったというわけだったのです。この二段がまえなら、ふつうは、まちがいの起こりようもないでしょう。

 

 そして数時間前、二通目の手紙を送ったときにも、マリエルはこの魔法でリズがちゃんと自分の家にいるということを、ふたたびかくにんしていました。ですからマリエルも安心して、リズのところへとむかうことにしたのです。ですが……。

 

 まさかその数時間のあいだに、リズがかってに、どこかへ出かけていってしまうとは!(しかもそもそも、自分が送った魔法の手紙すら読んでいないとは!)さすがのマリエルでも、とてもよそくのできないことでした。

 

 こんかいのこのできごとは、まったくもって、マリエルのよそうをはるかにこえてしまっていたできごとだったのです。まさかマリエルも、このみるみるこんぱすのじゅつをここでふたたび使って、リズのいばしょをもういちどかくにんすることになろうなどとは、思ってもいませんでした。かわいそうなマリエルくん……)。

 

 「それにしても……」家の中をさがしはじめたマリエルでしたが……。

 

 「なんてきたないんだ、まったく! よく、こんなところに住んでいられるな。」

 

 マリエルのいう通り、まだ説明していませんでしたが、家の中はかなりのちらかりようだったのです。テーブルにはチーズやハムの食べかけとか、お菓子のつつみとか、食器などがそのままでしたし、床にも、本やがくふや、がっきを手いれする道具などが、あちこちにちらばっていました(これじゃ、手いれをする道具に手いれが必要ですね。でも、いくらちらかっているとはいえ、カルモトの家ほどではありませんでしたが。あれは、ちらかりすぎですから)。

 

 その中でも、マリエルがあきれてしまったものがひとつ、ありました。それは、剣です。剣じゅつしなんやくだったリズなわけですが、その自分の剣を、床の上にほったらかしにしてあったのです! それも、ほこりをかぶって!(しかもこの剣は、剣じゅつしなんやくになったそのおいわいにアルマーク王からおくられた、とてもりっぱな剣でした。剣を作る名人、ロゼッティ・ガルブレイドの作った、とてもきちょうでねだんの張る剣だったのです。剣を学ぶ者ならば、だれでもよだれが出るほどにほしがる、名品でした。それをこんなところに、ほったらかしにしておくなんて! う~ん、さすがリズ、といったら、ほめ言葉になっていないような気もしますが、やっぱりすごい人です。)

 

 そんな中、ロビーはベッドのまわりをさがしていましたが、そこでとんでもないものを見つけてしまいました。それは……。

 

 ベッドの下に、リズの服などがおしこめられていました(これはべつに、とんでもないものじゃありません)。これならリズさんのにおいがするから、ちょうどいいかな、と思って、ロビーがそれをひっぱり出すと……、その服のあいだから、小さなまるまった、ぬののようなものがひとつ出てきたのです。なんだろう? と思って、ロビーがそれを広げてみると……。

 

 

 「ええーっ!」

 

 

 「ど、どうしたの? ロビー。」「どうしたんですか?」

 

 ロビーのさけび声に、ふたりのちびっ子たちもびっくりして、ロビーにたずねました。

 

 「い、いや、ごめん。なんでもないよ。ちょっと、とかげがいたものだから、びっくりしちゃって……」あわててロビーが、手に持っているものをうしろにかくしながら、いいわけします。

 

 「えっ、とかげがいるの? やだなあ、ぼく、そういうの、きらいなんだから。」ライアンがそういって、まただいどころのあたりをさがしはじめました。マリエルも、テーブルのまわりのごみをがさがさとどかしながら、さがしものにもどります。どうやら、ごまかせたようです。

 

 ロビーは「ふう。」と息をついて、うしろをむいて、もういちど手にしたものをこっそりとかくにんしてみました。やっぱり、まちがいありません。

 

 

 それは……、若い女の人用の、下着だったのです!(ほんとに、ええーっ!)

 

 

 リズはこの家に、ひとりで暮らしています。ベッドもひとつしかありませんし、ほかに女の人がいるようなけはいもありません。ひろってあずかってる? たまたま女の人の友だちがお茶を飲みにきて、おいていった? それらもくるしい説です。なにより、自分の男物の服やズボンなどといっしょに、まとめておいてありましたから。

 

 ということは……、これは、リズのこじん的な持ちものなのだということで……、つ、つまりそれって……、どういうこと?(しゅ、しゅみ? いやっ、なんでもありません!)

 

 「ま、まさか……、いや、でも……、ど、どうしよ……」

 

 ロビーはすっかり、あたふたしてしまいました。それもそのはずです。伝説とまでいわれた、失われしシルフィア種族。精霊王のトンネルをあけられる、大いなる力を持っているという、そのりっぱな人物の家から、まさかこんなもの(女の人の下着)が飛び出すとは……、夢にも思っていませんでしたもの!

 

 とりあえず、マリエルくんにはだまっておこう……。ロビーのけつろんでした。マリエルはリズと親しいあいだがらのようでしたから、こんな、リズの知られざるひみつをしらせるわけにはいきません(リズのめいよのためにも)。ロビーは思わず、その下着をベッドのマットの下におしこんで、かくしました。

 

 「いいものがあったよ。」ライアンがいいました。

 

 「ほら、これ、リズさんの使ってるバスタオルでしょ? 使ってから、まだ、あらってないみたいだし、これなら、においも残ってるんじゃない?」

 

 「うん、それならいいね。」マリエルがタオルを受け取って、それを左手の手のひらの上に乗せました。そして右手を、それにかざして……。

 

 「みるみるこんぱす。さーてく、さーてた、くー。」

 

 魔法の言葉をとなえると、「きゃん!」タオルの上に、まっ白な毛なみの魔法の子犬が、なき声とともに、ぴょこんと飛び出したのです! なんてかわいい! そして、「くんくんくん!」その子犬がタオルのにおいを、くんくんかぎはじめました。かわいい!

 

 すると。その子犬がとつぜんすっくと立ち上がって、「あっちにいるよ。ここから八マイル。」東の方をゆびさしながら、なんともかわいらしい子どもの声で、しゃべってしらせたのです!

 

 「ふええ……」と感心しているロビーとライアンのことをしりめに、マリエルはやっぱりといった顔をして、あごをなでながらいいました。

 

 「思った通りです。リズは今、ラグリーンたちの里にいますね。」

 

 「ラグリーン?」ロビーとライアンが、そろってたずねます。

 

 「ラグリーンは、ここからさらに東の山の上に住んでいる、ねこの種族の者たちです。アップルキントとよばれるかれらの里から、ほとんどそとに出ることもないので、知っている人もすくないのですが。リズはかれらと仲がよくて、ちょくちょく、かれらの里に、あそびにいっているんですよ。」

 

 アップルキントのラグリーン。マリエルのいう通り、その名まえを知っている者は、このアークランドでもほとんどいないことでしょう(ロビーとライアンも知らなかったのです)。ラグリーンたちはすらりとほそいしなやかなからだを持っていて、とってもはやく走ることができましたし、また、とくいのジャンプ力は、かえるの種族のフログルたちと同じくらいすごいものでした(さすが、ねこの種族です)。動くものと、おひさまと、おひるねが大好き。そして、どうがんばっても「な、ぬ、の」の発音ができずに、「にゃ、にゅ、にょ」となってしまうのです(さすが、ねこの種族です)。

 

 ですがラグリーンたちのことを説明するうえで、それらのことよりもなによりも、もっともだいじなことがひとつありました。それは……、かれらのその背中に、大きな羽がついているということだったのです!

 

 「空飛ぶ」ねこの種族。それがラグリーンたちでした! 

 

 いったいどうして、かれらが羽を持っているのか? それはだれにもわからないことでした。ラグリーンたちにさえわからなかったのです(もっとも、知ろうともしていないようでしたが)。ラグリーンたちは、こまかいことは気にしません(けっして、こまかいことじゃないような気もしますが……)。気がついたときには、もう羽がついていたのです。

 

 ただいえることは、かれらがこの羽を受けいれ、楽しんで使っているということでした。ふわふわ飛んだり、追いかけっこをしたり。かれらは日々のせいかつを、ただのんびりと、おだやかにすごしていたのです。そのおだやかなラグリーンたちの住んでいる、らくえんのような場所、それがアップルキントとよばれる、かれらの里でした。そしてリズは今、そこにいるというのです。

 

 でも……、これからすぐにそこへいくというのは、やはりとてもむりなことでした。そのいちばんのりゆうは、みんなのからだのじょうたいのこと。マリエルはともかく、ロビーとライアンが今日いちにち、どんな旅をしてきたのか? 思いかえしてみてください。ベーカーランドへむかうむかしの街道のとちゅうで野宿をといてからというもの、ずっと走り通し。やみの精霊の谷をぬけ、ショートカットにせいこうしましたが、それからすぐに、ベーカーランドでアルマーク王に会って、重大なじじつをたくさんきいて、そしてそのあと、おふろにもはいれず、ごはんを食べるひまもなく、すぐにこのリズの家へとむかって出発したのです(前の日もこれと同じくらい、たいへんないちにちでした。それが二日もつづいたわけです)。しかも、おそろしいガウバウたちとも戦いました。いくらふたりとも、げんきな若者であるとはいえ、これでくたくたにならないはずもありません。時間がなによりもたいせつな旅でしたが、むりをしすぎてからだをこわしてしまっては、なんにもなりませんもの。

 

 こうして、ここにふたたび、たいへんないちにちが終わったのです(ロビーがかなしみの森のほらあなを出発してからというもの、ほんとうに、いちにちいちにちが長く感じられますね)。みんなはこのまま、リズの家にとまらせてもらうことにしました(もともとマリエルは、今日すぐに精霊王のトンネルまでいくなんてことは、むりだとわかっておりましたので、さいしょからリズの家にとまらせてもらうよていでした。さいしょにむかうよていだったトンネルにいくためには、まずけわしい山道を歩いていかなくてはならなかったため、これ以上進むのは体力的にもむりだと、マリエルははんだんしていたのです。

 

 そして道のりがへんこうされ、アップルキントへとむかうことになったわけですが、その道のりもまた、今すぐむかうのには、体力的にも安全のうえからでも、むりがあるとマリエルははんだんしました。そのため、やはりさいしょのよてい通り、リズの家にこのままとまることにしたというわけなのです(もっとも、よていとちがうのは、家の主人がいないということでしたが……)。

 

 ちなみに、マリエルは、リズがアップルキントにいくときには、なんにちもそこにゆっくりたいざいするということを、知っておりましたし、そのしゅうかんを急に変えるようなことは、リズのいいかげんさをじっくりねんいりに考えにいれたうえでも、ないだろうとはんだんしました(または、なにかとくべつなりゆうでもあって、アップルキントをすぐに出発してしまうようなことも、かくりつ計算からいってないだろうとはんだんしました)。そのため、リズがこのあとすぐに、またどこかほかのところへいってしまうのではないか? という心配は、考えにいれなくてよいとはんだんしたのです。それにマリエルは、あしたの朝になったらもういちど、みるみるこんぱすのじゅつを使って、リズのいばしょをかくにんするつもりでした。そしてさきにいってしまいますが、マリエルはじっさいによく朝、リズがきちんとアップルキントにいるということを、しっかりたしかめたのです。ですからあとはそのまま、大急ぎで、アップルキントまでいけばいいわけでした。とりあえずは、よかった)。

 

 

 ごおお! 

 

 マリエルがほのおのじゅつを使って、だんろに火を起こします。そのあとライアンが、火の精霊の力をかりて、その火をあっというまに大きなものに変えてくれました。

 

 部屋があたたまり、(ねんがんの)食事がすむと、ロビーとライアンはたちまち眠くなってしまいました。そしてリズのベッドはあっというまにライアンに取られてしまいましたので、ロビーとマリエルは、それぞれ床の上にもうふをしいて、寝ることにしたのです(マリエルだけは、その前にリズの家のおふろをかりてはいり、かみもばっちりシャンプーしていましたが。ロビーとライアンはとにかく眠くて、おふろにはいる気にもなれなかったのです。カーテンの影から「のぞくなよ。」とマリエルが顔だけを出していって、ライアンが「だれが!」とどなりました。

 

 ちなみに、ライアンとロビーはそのままの服そうでしたが、マリエルはパジャマじゃないと寝られないらしく、自分のかばんから、ぴしっ! とのりのきいた新しいパジャマを取り出しましたが、そのかばんの中を見てびっくり! きれいにおりたたまれた、服やズボンや、くつした、下着などが、びっしりつめられていたのです(まるで、ひとつきまるまる、海外旅行にでもいくときみたいに!)。けっぺきなマリエルは、いちにち二回は服を取りかえないと気持ちが悪いらしく、旅のときにはいつも、かばんにいっぱいの着がえを持っていきました。「なにそれ! 服、多すぎだよ!」ライアンがいいましたが、「ライスタのかばんこそ! お菓子しかはいってないじゃんか!」マリエルがいってかえしました)。

 

 横になったロビーとライアンは、すぐに、すーすー(ロビー)、ぐーがー(ライアン)と寝息を立てて、眠りに落ちてしまいました。マリエルはしばらく、「ひみつにっき」とだいめいのついたにっきちょうを取り出して、なにやらいっしょうけんめい書きこんでいましたが(ちょっと読んでみたいですね)、やがて横になり、今日のこと、あしたのこと、いろいろ考えごとをしているうちに、こちらも、くーくーと、眠りに落ちていったのです(そして家のまわりには、ふうせんふくろうのじゅつという魔法で出した見張りのふくろうたちが、寝ずの番をしていたのです。このふうせんでできたふくろうたちは、危険を感じると、ぱん! 大きな音を立てて、われてしらせてくれました。これなら安心ですね。前の日のときには、寝ずの番をしてくれているはずだったフログルたちが、朝起きたら、そろってぐーぐー、寝ておりましたから……)。

 

 あしたはまた、たいへんないちにちがはじまるのです。いろいろと不安なことは多いですが、仲間たちは、今はただ、あしたにそなえて眠りました。

 

 

 そしてその夜……。おそれていたことが、とうとう起こったのです。

 

 

 

 風が吹きはじめました。じこくは、夜きのこのこくげん。ま夜中の三時ころです(これは、夜きのことよばれる足のある大きなきのこが、森をうろうろと歩きまわるじこくでした。こ、こわい……)。ほんらいならば、だれもがベッドにもぐって夢を見ている、そんなじこく。おそろしい悪夢のようなできごとは、今まさに、ほんとうのこととしてやってきました。

 

 遠く、ティーンディーンの流れのむこう。その山のふもとのあたりに、ちらちらと光るものがあらわれはじめました。そしてそれと同時に、さっきまでまっ黒なやみしかなかったその場所が、ぼんやりゆらゆらとゆれ動きはじめたのです。そのゆらめきは、やがてはっきりしたものとなりました。やみが、動いていたのです! それも、たくさん!

 

 見張りの兵士たちにとって、そのしょうたいを知ることはかんたんなことでした。できればこの目で見ることはしたくはなかった、その動くもののしょうたい。できれば起こってほしくはなかった、このおそろしいげんじつ……。

 

 やみの中に動くもの。それはまさしく、ワットの黒の軍勢、その悪の軍勢の者たちのすがたにほかならなかったのです(そしてちらちらと光るもの、それは黒の軍勢の兵士たちの持っている、たいまつのほのおのあかりでした)。

 

 ここは、べゼロインのとりで。

 

 ついにこのべゼロインとりでへとむかって、黒の軍勢の本軍がせめこんできました!(しかも、こんなにも早く!)

 

 

   かん! かん! かん! かん!

 

 

 「敵がきたぞ! 敵がきたぞ!」

 

 とりでの中に、見張りの兵士たちのさけぶ声と、敵のしゅうらいをしらせるかねの音がひびき渡りました。それらはすぐに、休んでいる仲間たちのもとへと伝わります。まっさきに飛び起きたのは、われらが白の騎兵師団のベルグエルムとフェリアル、そしてライラでした。ベルグエルムはすぐに剣をにぎりしめると、そのままとりでの見晴らし台へとつづくかいだんを、かけのぼっていきました。

 

 黒の軍勢がおそるべき早さでこちらへとむかってくる、そのようすが見えました。その数は、ざっと見つもっても、数千! まだだいぶ遠いですが、すぐにここまでやってくることでしょう。

 

 「きたようだな。」

 

 そういってうしろからやってきたのは、ライラでした。となりには、エリル・シャンディーンのきゅうていまじゅつし長、ルクエール・フォートもいっしょです(マリエルいがいの三人のきゅうていまじゅつしたちも、この戦いのためにべゼロインにはいっていたのです)。ちょっとおくれて、すぐにフェリアルと、残るふたりのまじゅつしたち、マレイン・クレイネルとロクヒュー・テオストライクのふたりもやってきました。

 

 「おうおう、これまたずいぶんと、集まりよったわい。」せまりくる軍勢をながめながら、ルクエールがいいました。

 

 「あの三人の魔女たちも、いっしょでしょう。こんどこそ、かりをかえしてやらなければなりません。」ルクエールのとなりにやってきたマレインが、めがねをくいっとなおしながらつづけました(三人の魔女たちって?)。

 

 「女だからと、ようしゃはしない。このこぶしのいちげきを、がつんとくらわしてやる!」ロクヒューがこぶしをぐぐっとにぎりしめながら、怒りもあらわにいい放ちます(いや、こぶしじゃなくて、魔法の力をぶつけてほしいのですが……)。

 

 「こちらも、じゅんびはととのっている。かえりうちにしてくれよう。ルクエールどの、よろしくたのむ。」ライラがルクエールにいいました。

 

 「うむ、心得た。」

 

 ライラの言葉を受けて、ルクエールがそういって、ふたりの若いまじゅつしたちのことを見ます。ふたりのまじゅつしたちは、だまってうなずいて、それにこたえました。

 

 そしてルクエールをまん中に、すこしはなれた左にマレイン、右にロクヒューが立ちました。いったいなにがはじまるというのでしょうか?

 

 ルクエールが魔法の言葉をとなえはじめ、右手を空にかざしました。マレインとロクヒューも、それにつづきます。そして……。

 

 ぶおおおーん!

 

 三人のまじゅつしたちの手のひらから、青白く光る魔法のエネルギーが飛び出しました! そしてそれはどんどんと広がっていって、あっというまに、このべゼロインとりで全体をつつみこんでしまったのです!

 

 つまりこれは、魔法のバリアーでした! 今やとりでは、青白く光るこのとうめいな魔法のバリアーで、すっかりおおわれていたのです! す、すごい!(いぜんライアンも、すがたを見えにくくするために、ロビーたちみんなを水のバリアーでおおいかくしたことがありましたが、こんかいはそれとは、くらべものになりませんでした。レシリア先生とルースアンが協力して作った、あのまぼろしのバリアーでさえ、同じくたちうちできないことでしょう。なにしろ、なん百人もの者たちのいるとりでそのものを、つつみこんでしまいましたから! 力のあるまじゅつしが三人がかりでかかったら、こんなにもすごいことができるんですね! いや、おどろきです!)

 

 ですがこんなにすごいバリアーであっても、ワットの黒の軍勢が相手では、ほとんどやくには立たないということでした(ええっ? そうなんですか?)。もちろんふつうの相手ならば、魔法のバリアーをそうかんたんにうち破るなんてことは、できません。ですが黒の軍勢のその中には、ふつうの相手ではない、とてもとくべつな相手がまざっていたのです。それこそが、さきほどマレインがいっていた、三人の魔女たちのことにほかなりませんでした。

 

 きゅうていまじゅつし。それはベーカーランドだけにそんざいするものなのでしょうか? いいえ、ちがいました。ベーカーランドにきゅうていまじゅつしたちがいるように、またワットにも、きゅうていまじゅつしたちがいたのです。ワットのきゅうていまじゅつしたち、それが、ネルヴァ、アルーナ、エカリンという、若き三人の魔女たちでした。

 

 この三人の魔女たちは、ほんとうの姉妹ではありませんでしたが、人々からは「魔女っこ三姉妹」という名でおそれられていました(名まえだけでは、あまりおそろしくありませんが)。十八さいの長女、ネルヴァ・ミスナディア。十六さいの次女、アルーナ・キッカバーグ。そしてまだ十二さいばかりのちびっこ魔女、三女のエカリン・スフルフ。ともにじゃあくなる魔法の力をひめた、おそるべき魔女たちだったのです。

 

 大きないくさでは、まずまじゅつしたちが、さいしょにその力をはっきするというのがならわしでした。そのさいしょの魔法の力、それが魔法のバリアーだったのです。

 

 このバリアーが張られているときには、ふつうの兵士たちではぜんぜん歯が立ちません。大きな石をぶつけてもだめですし、剣やおので切りさこうとしても、むだなことです。ですから大きないくさのときには、それぞれの軍は、かならず、うでのいいまじゅつしをつれていきました。そしてせめこむがわのまじゅつしが、さいしょにやらなければならないしごと。それが、この魔法のバリアーをはかいするということだったのです。

 

 ワットの黒の軍勢が相手では、この魔法のバリアーもほとんどやくには立たないといったりゆうが、これでおわかりでしょう。だってバリアーを張っても、力あるまじゅつしである三人の魔女たちに、すぐにこわされちゃうんですもの(ところで……。リュインのとりでが落とされたときには、ベーカーランドのきゅうていまじゅつしたちは、その戦いには加わっていませんでした。リュインのとりでは敵のしゅうらいにそなえるそのじゅんびをおこなっているさなかに、まったくとつぜんに、ふいうちのかたちで敵のこうげきを受けたのです。なにしろリュインがこうげきされたのは、ベーカーランドにワットの使者がやってきた、そのわずか数日ごのことでしたから(バリアーを張って敵を追いかえすために、いくさのじゅんびに追われる三人のきゅうていまじゅつしたちを、つねにリュインとりでひとつにつめさせておくわけにもいかなかったのです)。

 

 ふつうこれだけ大きな軍勢の兵をととのえ、いくさのじゅんびをおこなうためには、すくなく見つもっても十日はかかるはずです(しかもいくさのルールによれば、ワットは戦いのじゅんびがすっかりととのってからリュインをこうげきした方が、のちの戦いにむけてとてもゆうりとなりました。それらのルールについては、これからじゅんを追って説明されていきます)。ですからベーカーランドの者たちも、まだリュインがこうげきされることは、ないとはんだんしていました。ですが……。

 

 そこにはまたも、あのおそろしい悪の大魔法使い、アーザスの影がひそんでいたのです。

 

 じつは、リュインをふいうちでこうげきして落とすようにしじしたのは、ほかでもありません、アーザスでした。それは、アーザスがさいごの大いくさの場においてもちいてくるという、そのまがまがしき力のためでした。じつはその力は、さいごのさいごの大いくさの場において、いちどかぎりのみ、使用かのうなものだったのです。そしてその力は、もはやアーザスほどの大魔法使いであっても、おさえつけておけるようなものではありませんでした。そのためにアーザスは、いちはやくリュインの地をうばい取り、その地の中をワットの軍勢がじんそくに進めるようにする必要があったのです。いくさを早くはじめて、そのまがまがしきやみの力をおさえつけておけるうちに、さいごの戦いをはじめることができるように……(その力がどんなものなのか? ということについては、のちほどあきらかとなるでしょう)。

 

 ところで、ワットの者たちがこんなにも早くリュインをこうげきすることができた、そのりゆうも、ここで説明してしまいましょう。それはリュインこうげきのしきをとった、しきかんガランドーの、すぐれた作戦によるものでした。ガランドーは夜のやみにまぎれて、空からディルバグのせいえい部隊を送りこみ、そしてリュインに戦いを申しこむと、リュインの者たちに兵をととのえる時間も与えないうちに、わずかな時間のあいだにとりでを落としたのです。つまり黒の軍勢の本軍がいくさのじゅんびをととのえる、それよりはるか前に、ガランドーはふいうちでリュインをおそいました。ですからこんなにも早く、リュインをこうげきすることができたというわけだったのです。

 

 地上からやってくる敵の軍勢ならば、近づいてくることもかくにんできるでしょうが、敵が空からとつぜんにやってきましたから、もとよりリュインの者たちに、戦いにそなえる時間などはありませんでした。リュインの兵は、二百。それに対して、ディルバグの部隊は二百五十でした。これは数で相手をあっとうするワットにしては、まったくもってすくない数です。ですがガランドーは、あくまでも早さをゆうせんさせました。リュインをふいうちで落とすためには、この数でじゅうぶんと考えたのです。そしてそのおもわくの通り。ふいをうたれたリュインのとりでは、取りかこまれたディルバグ隊の者たちによって、なすすべもなくやぶれ去りました。まさか敵がディルバグの部隊だけをひきいて、こんなにも早くきしゅうこうげきをしてこようとは、思ってもいないことでしたから。しらせを受けたべゼロインの兵士たちが早馬でかけつけたときには、リュインはもう、敵の手に落ちてしまっていたあとだったのです(じつは、ほとんどまともに戦いがおこなわれることもなく、リュインの者たちはこうふくを強いられたのです。リュインの者たちは、そのすべてが敵にむかいあっていたというわけではなく、多くの者が、とりでの中やそとでのさぎょうに追われていました。そんなところをこうげきされましたから、かれらには、やはり、まともに敵にむかいあうこともできなかったのです))。

 

 

 (さて、話がずいぶんそれてしまいました。まじゅつしの話にもどります。)

 

 この魔法のバリアーのほかにも、いくさにおいてまじゅつしたちというのは、とても重要な意味を持つそんざいでした。もちろん、たくさんの兵士たちのことを思いのままに動かして、さらなる大きな力を生み出すためには、ゆうしゅうなるしきかんたちがいなくてはお話になりません。ですがまじゅつしというのは、しきかんともまたちがう、重要なやくわりを持っていました。それは魔法の力だけではない、頭を使ったしごと。つまり、「戦いの作戦を考える」というやくわりだったのです。

 

 いくさにおいて作戦は、戦いに加わる兵士たちの人数と同じくらい、だいじなものでした。いくさの勝ち負けは、まじゅつしたちのうでとずのうにかかっているといっても、大げさではなかったのです(もちろんしきかんたちも戦いの作戦は考えますが、せんもんのまじゅつしたちがいるんですもの、かれらと協力した方が、よりよい作戦が生まれるというものです)。

 

 ベーカーランドのきゅうていまじゅつしたち。それはもんくなく、うでもずのうも、さい強クラスのまじゅつしたちでした(こんかいはるすにしていましたが、いつもだったらこれに加えて、マリエルがいるんですもの、さい強です!)。ですがこんかいは、そのさい強クラスのまじゅつしたちでさえ骨のおれる、おそるべき魔女たちが相手なのです。けっして、ゆだんはできません。相手が、どんなしゅだんをもちいて、どんな悪だくみをはたらいてくるのか? わからないのですから(さきほどマレインが「魔女たちにかりをかえす」といっていましたが、これはいぜんの戦いの中で、魔女たちの思いもかけないひきょうな作戦に、すっかりやられてしまったことがあったからでした。ですからマレインやロクヒューは、そのかりをかえすという思いが、強かったのです。

 

 ちなみに、いぜん魔女たちが使ったそのひきょうな作戦というのは、自分の軍の兵士たちのかぶとの上と、たての前に、とってもかわいらしい、魔法でできたうさぎやねこちゃんたちをよび出すというものでした。なんてひきょうな! これではまともに、こうげきできるはずもありません! もちろんこんかいは同じ手をくわないように、「かわいい動物たちをみんなまとめて、一時的に魔法の本の中にとじこめてしまう」というわざをあみ出してきましたが、なにしろ相手は、ずるがしこい魔女たち。こんかいも、前よりももっとひきょうなわざを、使ってくるにちがいありません)。

 

 魔法のバリアーにつつまれた、べゼロインのとりで。その見晴らし台の上は、はしからはしまで、ずらり! よろいかぶとに身をつつみ、剣ややりを持った兵士たちで、いっぱいになっていました(全部で七百二十名おりました)。みな、となりの者たちとぴったり肩をよせあい、ひとこともしゃべらず、立ちつくしていたのです。そしてそのまん中で、ベルグエルム、フェリアル、ライラの三人のしきかんたち、そして、ルクエール、マレイン、ロクヒューの三人のまじゅつしたちが、せまりくる者たちのことを静かに待ち受けていました。

 

 となりの仲間の息をのむ音までも、伝わってくるかのようでした。ま夜中の張りつめた空気が、ぴしり! ほほやゆびのさきをうちつけてきます。そしてそれから、どれほどの時間がたったのでしょうか……?

 

 

   ざっ、ざっ、ざっ、ざっ……! だん!

 

 

 さきほどからずっとなりひびいていた、黒の軍勢の足音。それがとまりました。

とりでから六十ヤードほどはなれたところ。かれらはその場所に、ずらりといちれつになって、ならんでとまったのです。

 

 

   ひゅううう……。

 

 

 あたりは、しーんと、ぶきみなほどに静まりかえっています。風がとりでの石のあいだを通りぬけていく音が、おそろしいほど大きなものに感じられました。

 

 やがてそのせいじゃくを破ったのは、黒の軍勢の方でした。まっ黒なよろいかぶとに身をつつんだ、ワットの兵士たち。その兵士たちのあいだから、若く美しい、三人の少女たちが進み出たのです。少女たちはひらひらとした美しいドレスに身をつつんでいて、よろいもかぶとも身につけていませんでした。武器もなにも持っておりません。そうです、この少女たちこそが、ワットの三人のきゅうていまじゅつしたち。ネルヴァ、アルーナ、エカリンの、魔女の三姉妹にほかなりませんでした!

 

 三人の魔女たちはしばらくだまったまま、こちらを見上げていました。そして、とつぜん!

 

 

   ばしゅう! ぼぼーん!

 

 

 ひとりの少女がなにもいわず、ほのおのかたまりを飛ばしてきました! おそろしいほどのいりょくです! ですがそのおそろしいほのおも、ベーカーランドのまじゅつしたちの作り上げた魔法のバリアーにあたって、ちりぢりになってくだけてしまいました(もしこのバリアーを張っていなかったとしたら、かくじつに十人の仲間たちがまっ黒こげになっていたことでしょう! 考えただけでもおそろしいことです)。

 

 「ぶれいなあいさつだな、ネルヴァ!」

 

 とりでの上から、ルクエールがさけびました。そう、ほのおのかたまりを飛ばしてきたのは、三姉妹の中でもいちばんおそろしい力を持った長女、ネルヴァ・ミスナディアだったのです。

 

 「おひさしぶりね、ルクエールさん。このていどのほのおじゃ、あなたには、ぜんぜん、ききめがないみたい。やっぱり、このバリアーの方から、なんとかしなくちゃいけないようね。」

 

 ネルヴァの言葉に、三人の中でいちばん背の高い、となりにいる次女アルーナが、こくこくとうなずきながら、「……バリアー、やっつけるです……!」とつぶやきました(どうやら次女のアルーナは、ずいぶんとおとなしいというか……、おっとりしたせいかくのようです)。

 

 「おまえたちの思い通りにはさせん! かえりうちにしてやる!」とりでの上から、ロクヒューがつづけてさけびました。ロクヒューはこの三姉妹にかりをかえす、そのきかいをずっと待ちのぞんでいたのです。

 

 「こっわーい! おじさんって、やあねー!」そういってちゃかしたのは、三女のエカリンでした。エカリンは「くすくす。」と笑いながら、「やーいやーい!」とロクヒューのことをからかいます。相手をからかって怒らせるのが、楽しいといった感じです(う~ん、どうやらこのエカリンという子は、か・な・り、しょうわるなせいかくのようですね。ライアンよりも)。

 

 「な……! だれが、おじさんだ!」ロクヒューはもう、怒りばくはつです!(ロクヒューはまだ二十五さいでしたので、気持ちもわかりますが……)思わずエカリンにむかって……。

 

 「魔しょうだん、ストライカー!」(魔しょうだんとはつまり、「手のひらから出る魔法のたま」といった意味なのです。)

 

 ロクヒューのつき出した手のひらから、こぶしのかたちをした、きらめく魔法のエネルギーが飛び出しました!(魔法のバリアーの中にいる者からは、そとにいる相手にむかって魔法をうちこむことができたのです。よくできてますね! ちょっとずるいですけど。)ですが……!

 

 ばしん!

 

 次女のアルーナがエカリンの前に出て、ロクヒューの魔法をはじき飛ばしてしまいました!

 

 

   ひゅうう~、どど~ん!

 

 

 はじき飛ばされた魔法のこぶしは、ずっとむこうの地面に落ちて、ばくはつします(ロクヒューの魔法も、これまたすごいパワーです!)。

 

 「あっぶな~い。ありがとー、アルーナ。」エカリンがアルーナに、おれいをいいました。ですけどもちろん、アルーナに助けてもらわなくても、あのくらいの魔法なら、エカリンはなんなくかわしてしまうことができましたが。

 

 「……どう、いたしましてです……!」アルーナは手をぴしっ! と顔の横に立てて、エカリンの言葉にこたえました(やっぱりずいぶん、変わった子ですね……)。

 

 「ねえねえ、ところでー、今日は、あの子はいないのー? あの、ちっちゃい子ー。」ロクヒューの魔法などまるでなんでもなかったというように、エカリンが手をひたいにかざして、きょろきょろととりでの上をながめ渡しながら、そういいます。どうやら「あの子」とは、マリエルのことをいっているようです。もちろんマリエルも、この三姉妹と戦ったことがありました。

 

 「ざんねんだなー。あの子、かわいかったし、また、会いたかったんだけどなー。それに、ちょっと、好みのタイプ、か・も。」マリエルがいないということがわかったエカリンが、ざんねんそうにいいました。

 

 「よけいなおしゃべりは、やめになさい、エカリン。そろそろいくわよ。」エカリンのおしゃべりを、ネルヴァがたしなめます。

 

 「はーい。」エカリンが、気のないへんじでこたえました。

 

 「……りょうかいです……!」アルーナもまた、手をぴしっ! と顔の横に立てていいました。

 

 これからなにがはじまるのか? それはもう、とりでの上の仲間たちにはわかっていました。敵のまじゅつしがおこなう、さいしょのしごと。そう、魔女たちはこれから、このとりでに張られた魔法のバリアーを、こわしてくるのです(バリアーを張って、それがこわされる。それはもう、大きないくさでのきまりごとみたいになっていましたから。こわされるのを防ごうとしても、けっきょくじゃまされてこわされてしまうのです。それじゃバリアーなんて、はじめから意味がないんじゃ……、と思われるかもしれませんが、これもまた、いくさでのきまりごとになっていましたので……)。

 

 ネルヴァ、アルーナ、エカリンが、そろって横にならびました。そして右手をつき上げ、魔法の言葉をふたことみこと。すると……。

 

 

   ばりん! ばり、ばり、ばりりん!

 

 

 とりでをつつんでいた魔法のバリアーが、まるでうすいこおりのまくをくだいたかのように、ばりばりと音を立ててくずれちってしまいました!(ああ、やっぱりこわされちゃいました。)

 

 魔女たちと仲間たちのあいだには、もうなにもさえぎるものはありません。このままいっきに、魔女たちがさきほどのようなおそろしい魔法をうちこんできたら……、とりでの上の仲間たちは、とてもぶじではいられないでしょう。ですが……。

 

 「とりあえず、わたしたちの出番は、これでおしまいね。あとは兵士さんたちに、がんばってもらいましょう。」ネルヴァがそういって、くるりとむきをかえ、もときた方へとむかってもどりはじめました。えっ?

 

 「……また、会いましょうです……!」アルーナが手をぴしっ! と顔の横に立てて、とりでの上のまじゅつしたちにいいました。

 

 「じゃ、まったねー! 楽しかったよー!」エカリンが手をひらひらとふって、にこにこしながらおわかれのあいさつをおくってきました。って、ちょ、ちょっと!

 

 そして三人の魔女たちは、そのまま黒の軍勢の兵士たちのあいだを通って、やみのむこうに消えていってしまったのです(とちゅうエカリンは、兵士たちの腰をぴしゃぴしゃたたいては「がんばってね!」といっておりましたし、アルーナは右や左の兵士たちにむかって、ひっきりなしに手を顔の横にぴしっ! と立てながら、「……よろしくです……!」といっておりました。兵士たちはちょっと、とまどっていましたが……)。

 

 

   ひゅううう……。

 

 

 風の音だけが、あたりになりひびいていました。

 

 魔女たちは、帰ってしまったのです! ほんとうに、これで終わりでした! えええーっ! 

 

 

 わたしはてっきり、これからおそろしい魔法のぶつかりあいが起こるものだとばっかり、思っていたんです(そう思われてた方も多いはずです)。ですがですが! いがいやいがい! あれほどやる気まんまんみたいにふるまっていた魔女たちが、魔法のバリアーをこわしただけで、あっさりひき下がってしまいました!これはどういうことなのか? ぜったいルクエールさんたちに、ちゃんと説明してもらわないと!

 

 魔女たちがあっさりひき下がってしまったわけ。じつはここにもまた、いくさのならわしというものがありました。そしてそれこそが、魔女たちが帰ってしまった、そのすべてのりゆうだったのです。

 

 大きないくさには、さまざまなならわし(つまり、きまりごと、ルールです)というものがありました。そのひとつが、「まじゅつしどうしでの戦いをきんずる」というものだったのです。

 

 まじゅつしというものはどこのくににとっても、大きなざいさんです。くにをゆたかにさせるためには、なくてはならないそんざいでした(それはかれらの魔法によってささえられたエリル・シャンディーンのすばらしいまちなみを見れば、わかると思います)。そしてそれほどに力を持ったまじゅつしというものは、めったなことでは得ることができません。ですからどこのくにだって、自分のくにの宝物であるまじゅつしたちを、失いたくはないのです。それがまじゅつしどうしでの戦いのきんしという、ルールを生み出しました。

 

 きゅうていまじゅつしたるかれらが、どれほどの力を持っているのか? 読者のみなさんには、もうおわかりいただけたかと思います。そのかれらが持てる力を戦いでぶつけあったら、どんなことになるのか? いうまでもないですよね。ですからこのルールは、ぜったいに必要ふかけつなものでした。おそろしいワットの黒の軍勢でさえ、自分たちのくにをおびやかすようなまねはしたくはありませんでしたから、このルールをしっかり守るのです。

 

 そしてそれにともなう、二番目のルール。「まじゅつしはいくさにおいて、戦いのための魔法を使ってはならない」。

 

 ちょっときいただけでは、え? なにそれ? といった感じですが……、これはつまり、まじゅつしはいくさにおいて、「戦う」魔法ではなくて、「助ける」魔法しか使ってはならないということをあらわしたものでした(魔法のバリアーの場合は中にいる者を助けるための魔法なので、使ってもいいのです。ネルヴァやロクヒューが、いかくのためのこうげき魔法を飛ばしあったのは、ほんとうはルールいはんでした)。

 

 これはざいさんであるまじゅつしを守るという部分を、さらに大きくしたものでした。じつはまじゅつしどうしだけでなく、兵士とまじゅつしどうしも、いくさにおいて、おたがいにまるっきり戦ってはならなかったのです。そのため、まじゅつしが戦いのための魔法を使うことも、きんしされていました(ようするに相手がだれであろうと、まじゅつしはいくさにおいては、戦うことができないということでした)。これは、「戦って、もしまじゅつしがけがでもしたら、たいへんだから」というのが、そのいちばんのりゆうだったのです。それほどにまじゅつしというものは、だいじにだいじにあつかわれていました(なんだかちょっと、うらやましいくらいです。あ、でも、だからといって、ふつうの兵士さんたちがだいじにされていないというわけでは、もちろんありませんよ。兵士さんたちひとりひとりの力が、くにをささえているんですから)。

 

 ひきょうな手を使うという魔女たちでしたが、それでもいくさでのだいじなルールを破ったうえ、自分たちの首を自分たちでしめるようなまねをするほど、ばかではありません。ですから魔女たちは、こうしてみずからは戦うことなく、あとの戦いを兵士たちにまかせてひき下がったというわけでした(これ以上、助ける魔法もとくに必要なさそうでしたので)。

 

 そして、いくさにおいての、そのいちばんのルールがありました。このルールは、いくさにおけるまじゅつしのあつかい方をきめたそれらのルールよりも、もっともっと重いものでした。このアークランドの世界に生きる者ならば、ぜったいに守るべきルールとして、すべての者に知らしめられているルールでした。

そのルール。「すばらしい」ルールとは……。

 

 

 「殺してはならない」。

 

 

 こんなにもすばらしいルールがあるでしょうか! 大きないくさでは、なん百なん千という兵士たちがぶつかりあうのです。もちろん、手はぬきません。勝つために、ほんきで戦いあうのです。ですが、考えてほしいのです。いくさに「勝つ」というのは、どんなことなのでしょうか? 相手をたくさん、殺すことでしょうか? いいえ、ちがうはずです。戦いに勝った者は、負けた者をしはいして、いうことをきかせることができる。そして負けた者から、土地だとか、人だとか、ほしいものを手にいれることができる。ふつうに考えられている、いくさに勝つというのは、そういうことです。でも考えてみてください。それらのものを得るために、人を殺すことがほんとうに必要でしょうか? 

 

 相手の兵士をたくさん殺せば、相手の力を弱めて、いうことをきかせることができます。それはわかります。ですが、力を力でしはいしたところで、自分がもっと大きくなれるでしょうか?

 

 いくさに勝って、相手からさまざまなものをうばう。うばうなんてことは、よくないことにきまっています。ですからうばうためのいくさなんてものは、そもそもがやってはいけないことなのです。でもそのように考えない者たちによって、いくさはたびたびひき起こされてしまうのです。たとえば、ワットの黒の王、アルファズレドでした。アルファズレドの考え方は、「しょせん、人というものは力でおさえこまないかぎり、よくぼうのままに、好きかってなことをする生きもの。世界をへいわにまとめ上げるには、力を持つしかない。力をもって、しはいし、おさえこむしかない」というものでした。その考えがまちがっているのかどうか? きっぱりいうことは、たぶんだれにもできないと思います。人はみな、それぞれ考え方がちがうのですから。でもそのために、いくさはなくならないのです。

 

 いくさはよくないことにきまっています。ですからいちばんいいのは、戦ってうばったり、おさえこんだりなんてことはせずに、それぞれのくにが、おたがいのよいところを分けあって、それぞれにたりないものをおぎないあって、みんながゆたかになることなのではないでしょうか? いえ、ほんとうなら、それがいちばんいいのです。でも、それができない。人というのは、そういうものなのです。かなしいことですが。

 

 それでも、このアークランドのいくさのルール。それはすばらしいものだと、きっぱりいえることでしょう。いくさが、うばったりしはいしたりするためのものであったとしても、人を殺しあうものではないということを、みんながりかいし、なっとくしていたのです。ですから相手を殺す力の大きい、弓矢は使いません。大きな石も、かべをこわすことにしか使いません。ワットの黒の軍勢の者たちでさえ、それにしたがうのです(わたしたちの世界では、どうしてこのルールが作れないのでしょうか? ワットの黒の軍勢でさえもが、このルールを守っているというのに(もっとも、ワットにとっては自分たちのりえきになるから、それにしたがっているところが大きかったようですが。自分のくにをささえるたいせつな兵士たちのことを戦いで失うということは、ワットにとっても、したくはありませんでしたから。もし殺しあいのためのいくさをすれば、なん百なん千という兵士たちが、いのちを落としてしまうのです)。

 

 ところで……、このいのちのルールのことに話がおよんだところで、みなさんにぜひお伝えしておきたいことがあります。それはカピバラのくにに起こった、あのひげきにまつわること。あのときカピバラのくにをおそったのはワットの者たちでしたが、たくさんの兵士たちはともかくとして、その上でしきをとっていたあの六人の黒騎士たちは、いうまでもなく、とびっきりの悪とうたちです。しっせいさんや、ぎかんさんたち、多くのカピバルたちがかれらの手によって殺されました。カピバルの若者のいのちをうばったのも、その中のひとりです。カピバラのくにをうばってしはいするのがもくてきでしたから、カピバルたちのいのちをいたずらにうばったということは、ゆるしがたいはんざいでした! とうぜんかれらは、ばつを受けなくてはなりません。

 

 あのとき、ほかの五人の黒騎士たちのことをひきいていたのは、黒騎士隊の隊長のルドグール・エニラという男でした。このルドグールという男は、しっせいさんやカピバラ老人にぶれいな口をきいていた、あのいちばんの悪とうです。カピバラのくにを手にいれたあと、ルドグールはその力を買われて、ディルバグの黒騎士隊のいくつかをまかされるまでになりました。ルドグールはますます力を持って、たくさんのひどいことをくりかえしていったのです。

 

 ですが、そんなものが長つづきするはずもありません。していいはずもありません。

ルドグールはカピバラのくにをおそったさいに、多くのカピバルたちのいのちをうばったということを、アルファズレド王にかくしていました。のちのちになって、それがアルファズレド王の怒りにふれたのです。

 

 ルドグールたちのゆるしがたい悪ぎょうを知ったアルファズレドは、ルドグールの部下の五人の黒騎士たちのことを、すべてざいにんとしてさばきました。かれらは今、ろうやの中にいます。おそろしいアルファズレドにも、心はあるのです(かれらのめいれいを守っていただけの兵士たちは、ばつを受けませんでしたが、これはいたしかたのないことです)。

 

 では、とうのルドグールほんにんは、どうさばかれたのでしょうか? ルドグールもまた、ろうやの中なのでしょうか? 

 

 いえ、ルドグールがワットのろうやにはいることは、とうとうありませんでした。なぜならアルファズレドがルドグールの部下たちのことをさばいたときには、ルドグールはすでに、この世界にはいなかったのですから。

 

 セイレン大橋の上で、ロビーたち旅の仲間たちにおそいかかった、あのディルバグの黒騎士たち。じつはあの黒騎士たちの隊長こそが、ルドグールだったのです!(なんというぐうぜん!)ですからルドグールのさいごを、みなさんはもう知っているのです。ルドグールはロビーのせいぎの剣の前にたおれ、セイレンの流れの中に消えていきました。ルドグールは、ここではないべつの世界の住人として、これからずっと、おのれのつみをくいあらためる日々を送りつづけていくのです)。

 

 

(では、いくさのルールにもどります。)

 

 もちろんこのルールを守るためには、さまざまなやくそくごとが必要でした。殺してはいけないとなると、いくさでは相手をせんとうふのうにすることがもくてきとなります。けがをして戦えなくなったり、かんぜんにうち負かされたりした者は、戦いのその場からしりぞかなければなりません。ですがけががなおれば、かれらはまた、つぎのいくさの場にもどることができたのです。

 

 これでは大人数の兵士たちを持っているくにの方が、いくさにおいて、毎回あっとう的にゆうりになってしまうことでしょう。兵士たちがいくらうちたおされたとしても、けががなおれば、つぎのいくさでは、またもとの大人数にもどることができるのですから(けがのなおるひまもないれんぞくしたいくさであれば、人数も変わってきますが、そんなれんぞくしたいくさなどというものは、ほとんど起こり得なかったのです。こんかいの、このワットとベーカーランドの、さいごの大いくさのような戦いでないかぎり。 また、のちにも説明されますが、戦いで負かした相手のくにの兵士たちを、ほりょにとるというしゅだんもありました(レドンホールの黒ウルファたちも、これによってほりょにされました)。ですがそれは、けんりとしてはみとめられていましたが、ほとんどのくにでは、人としてのりんり的な問題として、おこなっていなかったのです。ゆいいつそれをおこなっていたのは、ワットの黒の軍勢だけでした)。

 

 ですからそれを防ぐために、「いちどのいくさには、相手の三ばいの人数までの兵士たちしか使ってはならない」というルールがきめられていました(それでも兵力のすくないくににとっては、とてもきびしいルールですが。

 

 そのほかにも、「兵力が二百五十人にみたない場合でも二百五十人としてあつかわれる」とか、「自国のとりででのいくさでは、使用できる人数は、てきせいかつとりでの中に配置できる人数までにかぎられる」とか、「いくさのじゅんびは、てきせいかつじんそくにおこなわなければならず、いはんした場合は兵力がてきせい数そろっているものとしてあつかわれる」とか、「十四日以内での同じ相手国とのれんぞくしたいくさの場合、前回の戦いで負けたがわのくにの兵力には、そのくにが前回の戦いで使用した兵力の四十七.五パーセントぶんが加わっているものとしてあつかわれる」とか、このいくさのルールを成立させるために、いろいろと、むずかしくて、ふくざつで、頭の痛くなるような重要なルールがきめられていましたが、まあそれはややこしくなりすぎてしまいますので、わきにおいておきましょう(ほんとうに頭が痛くなりますから……)。今は、相手の三ばいまでの人数しか使うことができないという、そのルールに話をしぼります)。

 

 もしこの(相手の三ばいまでの人数しか使えないという)ルールを(めいはくに)破った場合、たいへんに重いばつが与えられます。すべてのくにの取りきめとして、そうきめられていたのです。ルールを破ったくには、ばつのあいだ、よそのくにからさいていげんの食べものや水やくすりなどをのぞき、人や、ぶっしなど、いっさいのものをはこびいれることができなくなりました。いくらワットのような強国でも、これはたいへんな痛手となります。取りひきによるお金も、いっさいはいってきません。ワットはみずからのりえきを追いもとめるくに。りえきをいっぺんに失ってしまうようなことを、進んでするはずもありません。このばつの取りきめがあるからこそ、ワットもいくさのルールを、そうかんたんに破ることはできませんでした(それこそ、すべてのくにをかんぜんに力でおさえこまないかぎり、このルールを破ることなどはできなかったのです。それでも、大人数の兵を持つワット(つまり、つねに相手の三ばいもの兵力を持って戦うことのできるワット)がおそろしく強いということに、変わりはありませんでしたが)。

 

 

 さて、いくさの取りきめのことについては、このくらいにしておきましょう(ちょっと説明が長くなりすぎてしまいました)。とにかくそのいくさの取りきめのために、三人の魔女たちはひき下がったのです。そしてここから、ほんとうの戦いがはじまろうとしているわけですが……。

 

 

 三人の魔女たち。ずるがしこく、ひきょうで、おそろしい力の持ちぬしだというその三人の魔女たちが、このままバリアーをこわしただけで、このいくさになんの手みやげも残していかないなどというわけはありませんでした……。

 

 

 「みなの者! ふるい立て!」ベルグエルムがさけびました。

 

 「剣をかかげよ! 敵をむかえうて!」ライラが剣を空に高くかかげて、さけびました。

 

 

 「おおおおー!」 

 

 

 ふたりのしきかんたちの声にこたえて、仲間たちは人間の者もはい色ウルファの者も、みな、いきようようと声を上げ、ふるい立ちました。負けるわけにはいかない! たとえどんなに兵力の差があろうとも、なんとしても、このべゼロインとりでだけは守りぬくのだ! みなの心はひとつでした。すべての者の心が、がっちりとしたはがねのようなかたいけっそくで、かためられていたのです。しかし……。

 

 

 おそるべき魔女たちの、おそろしいおきみやげ……。

 

 

 いよいよかっせんがはじまろうとしていた、まさにそのとき。黒の軍勢の兵士たちが、思いもよらない行動を取りました。そのいちばん前で、黒いよろいかぶとに身をつつんでいたワットの兵士たち。まっさきにとりでにむかってとつげきしてくるものと思われていたその兵士たちが、とつぜん、ざざあっ! とわきにどいて、道をあけたのです。そしてそのかれらのうしろから、前に進み出てきたのは……。

 

 背の高い、からだのがっちりとした、身長六フィートはあろうかという者たちでした。かれらはつぎつぎと前に進み出て、ワットの兵士たちとかんぜんにいれかわってしまいました。その数は、およそ八百。ですが数なんて、そんなことはまったくかんけいがありませんでした。手には剣だけをいっぽん、にぎりしめております。よろいは着ていません。たてもかぶとも身につけておりません。かわりにすっぽりと頭をつつむ、ぬののずきんをかぶっていました。それはこれからはげしい戦いをおこなおうといういくさの場には、あまりにもふつりあいなかっこうでした。ですがそのおかしなかっこうが、つぎのしゅんかん、心の底からおそろしいかっこうへとさま変わりすることになろうとは、ベルグエルムも、フェリアルも、ライラも、みんな、そうぞうだにしていなかったのです。

 

 その者たちが、するりと、かぶっていたずきんをぬぎました。それを見た者たちは、そのあまりのしょうげきに、言葉を失ってしまいました。とくに、ベルグエルムとフェリアル、はい色ウルファの者たちへのしょうげきは、はかりしれないものでした。心がぐしゃぐしゃにおしつぶされてしまいそうな、おそろしいしょうげきでした。

 

 「な……、なんてことを……」ライラが、ふりしぼるようにいいました。

 

 ベルグエルムは歯をぎりり! とかみしめて、こぶしをにぎりしめるばかりでした。怒りでなにも、いうこともできなかったのです。

 

 「おのれーっ! ワットめーっ!」フェリアルが両手をふり上げながら、さけびました。これ以上はないという怒りが、フェリアルのからだ中を、にえたぎるようがんのようにしはいしてしまったのです。

 

 ずきんをぬいだその下にあったのは、見なれた者たちの顔でした。なつかしい、いとおしき者たちのその顔でした。かつて、ともに戦い、ともに泣き、笑い、ともに暮らした、仲間たちのすがたでした。

 

 

 そこに立っていたのは、アーザスの手によってムンドベルク王とともに黒のやみの中へとつれ去られていった、レドンホールの黒のウルファたちだったのです……!

 

 

 「う、うわあああーっ!」

 

 

 つぎつぎに起こる、はい色ウルファの仲間たちの、くつうとくるしみにもがく、そのさけび声……。

 

 こんなことが、あってよいのでしょうか? こんなことが、ゆるされていいのでしょうか?

 

 かつての仲間たちが黒のやみにとらわれて、なにもいうこともできず、なにも考えることもできず、ただただいっぽんの剣だけを持って、今この戦いの場で、自分たちの目の前に立っていたのです。

 

 

 「さて、ベーカーに逃げこんだおおかみさんたち。かつてのお仲間さんたちを相手に、どう戦うのかしら……?」

 

 ずっとうしろの方からとりでの方を見つめていたネルヴァが、そういって、静かにほくそ笑みました。そう、このおそろしい悪魔のような作戦を考えたのは、まさしくこの、ネルヴァ・ミスナディアだったのです。

 

 「ネルヴァってば、ほーんと、えげつなーい。わたしより、せいかくわっるいよねー。」エカリンがうでを頭のうしろにくみながら、にこにこしていいました。

 

 「……これが、作戦です……! わたしたちの、つとめです……!」アルーナが、エカリンの頭にげんこつをごちん! あててそういいます(「いだっ!」と頭をおさえるエカリン)。

 

 ネルヴァはそして、「ふふっ。」と楽しそうに笑いました。

 

 「さあ、ベーカーさんのお手なみ、はいけんといきましょう。」

 

 

 

 「黒鳥をはこべ!」

 

 こんらんする、ベーカーランドの勇士たち。そんなかれらのことをしりめに、黒の軍勢の中から、隊ごとの分隊長たちがさけびました。そしてその言葉とともに、前に進み出てきたのは……。

 

 その下に大きなしゃりんがたくさんついた、木でつくられた、ものすごく大きなしろものでした。全体はまっ黒な「にかわ」があつくぬられ、黒光りしております。両わきには大きなたてが、まるで鳥のつばさのように、たくさんならべてつけられていました。ぱっと見ただけでは、これがいったいなんなのか? わかりません。どうやらこれが、黒鳥とよばれているもののようですが、いったいこれは?

 

 「広げろ!」

 

 めいれいの声とともに、その大きな物体がおどろくべきへんかを見せました。木でつくられたたくさんの部品たちが、めいれいの言葉に反応して、ぎゅががががん! 大きな木や、小さな木。長い木や、みじかい木。ねじにボルトに、ぬのに鉄。それらのものが、ぶわわっと空中でからまりあい、くみあわさって、あっというまに、巨大なかいだんへと変わったのです!

 

 この光景は……! みなさんはいぜんに、どこかで見たおぼえがありませんか? そう、これはセイレン大橋の下、カピバラ老人の小屋で見た、あの鉄の馬がくみあわさっていくその光景に、そっくりでした! それもそのはず。この黒鳥とよばれる巨大なかいだんには、ワットがせめほろぼした、カピバラのくにのぎじゅつが使われていたのです!(とうぜん、協力して作り上げたというわけではありません。カピバラのくにからつれ帰った者たちに、むりやりつくらせたのです! 

 ちなみに、黒鳥というのは、このかいだんの見た目が首の長い白鳥のように見えたから、そう名づけられました。色が黒いので、白鳥ではなく黒鳥というわけだったのです。)

 

 なぞの物体は、今や高さが七十フィートはあろうかという、巨大なかいだんへとすがたを変えました。つまりこのかいだんを使ってとりでの上に乗りこみ、こうげきしようというわけなのです。これはとりでをせめるいくさでは、必要ふかけつな道具でした(しかもこのかいだんの高さは、せめこむさきの高さにあわせて、自由に変えることができました。それに使わないときにはばらばらにしておけますから、場所も取らず、はこぶのもらくちん。カピバルのぎじゅつというのは、こんなところでも、すばらしくやくに立ってくれたのです。かなしいことは、それが敵の手に渡ってしまっているということでした)。

 

 

 黒い白鳥がせまってきました。その上に、大勢の黒ウルファの兵士たちのことを乗せて……。

 

 

 「やむを得まい。」ルクエールがベルグエルムの横に立って、いいました。「今は、感じょうにしはいされてはならぬ。われらには、戦ういがいないのだ。」

 

 ベルグエルムがこぶしをぎりぎりとにぎりしめて、それにこたえます。

 

 「しょうちしております。アークランドのため、われらは、戦わねばなりません。たとえ、それが、かつての友でも……」

 

 「隊長……! わたしは……!」フェリアルが、なみだをぽろぽろこぼしながらいいました。ですがベルグエルムは、フェリアルの手を取って、いったのです。

 

 「わたしもつらい。だが、ルクエールどののいう通りだ。フェリアル、ともに、戦おう。強い心を持て。ロビーどののためにも。だいじょうぶだ、すべてが、うまくいく。ロビーどのと、そして仲間たちと、またふたたび、笑って会えるように、アークランドのために、祖国のために、戦おう。」

 

 「隊長……」

 

 フェリアルは、ごしごしと、そででなみだをふきました。そしてまっ赤にはらした目で、もういちど、せまりくるかつての友人たちのことを見たのです。くちびるをぐっとかみしめて、フェリアルは自分の剣をにぎりしめました。

 

 「かれらのためにも、わたしは、この剣に力をこめて戦います。」

 

 フェリアルの、かくごの言葉でした。ベルグエルムはフェリアルのうでに手をおいて、そしてただだまって、静かにうなずいてみせました。

 

 「みなの者! まどわされてはならぬ! かれらは、あやつられているだけにすぎん! 今は、戦うとき! かれらをすくうために、かれらのために、戦うのだ!」

 

 ベルグエルムが、とりでの上にいるはい色ウルファの仲間たちにむかって、さけびました。とまどい、おびえ、こんらんしていたはい色ウルファの勇士たち。かれらはベルグエルムのそのひとことで、はっとわれにかえったのです。 

 

 「かれらのために!」

 

 ふたたび、仲間たちに力がもどりました。

 

 「戦おう!」

 

 ですが、かつての仲間たちが戦う相手。そのじじつに、いぜん変わりはありませんでした。どうしたって、とまどいが生まれてしまうのはさけられません。それにひきかえ、相手はなにも考えることもできず、よこしまなる力にその身をまかせ、心も持たずにおそいかかってくるのです。これは、たいへんなハンディとなりました(黒ウルファの兵士たちにかけられていたのは、アーザスによるたぶらかしのじゅつでした。アーザスはレドンホールをほろぼしたあとで、ほりょとした黒ウルファの者たちにこの魔法をかけ、自分のいうことをすなおにきくだけのあやつり兵士たちに変えてしまったのです。たぶらかしのじゅつはこうげきの魔法にほかなりませんが、この魔法はこんかいのいくさのはじまるずっと前に使われたのであって、こんかいのいくさの中で使われたというわけではありませんでした。ですからワットは、今このいくさのときにこうげきの魔法を使っていないので、いくさのルールいはんとはならないというのです。こうげきの魔法の力が使われたのは、黒ウルファたちをあやつり兵士のじょうたいに変えるための、そのいっしゅんのあいだだけのことなのであって、もうその魔法の力は、終わっているのだと。

 

 つまり、今相手をこうげきしているのは黒ウルファ自身なのであって、魔法そのものでこうげきしているというわけではない。だからルールいはんではない。というのがワットのいいぶんでした。

 

 でもやっぱり、そんないいぶんはなっとくがいきませんよね! 魔法が使われていなければ、黒ウルファたちも、相手をこうげきすることもないわけなのですから。

でもワットは、この自分かってないいぶんを通してしまっていたのです。それがワットという相手でした。ルールのすきをついて、自分たちにつごうのいいように、ねじまげる。じつにひきょうな相手です!)。

 

 そしてもうひとつ、魔女たちの取ったひきょうなしゅだん。それは黒ウルファの者たちに、なんの防具もつけさせていないということでした。これでは戦いにおいて不利なんじゃ? って思われるかもしれませんが、そのぎゃくでした。からだひとつでむかってくる相手を、ほんきでこうげきできるでしょうか? しかも相手は、かつての仲間。防具をつけていたのなら、まだ手の出しようもあったでしょうが、相手がはだかどうぜんでは、思いもよらない大けがをさせてしまうかもしれないのです。それこそへたをすれば、いのちまでうばってしまいかねません。かつての仲間たちに、どうしてそんなことができるでしょうか? つまりそれこそが、魔女たちのねらいだったのです。これはほんとうに、悪魔のような作戦でした。

 

 

   ごごおん! ごごおん! ががーん!

 

 

 ついに黒鳥が、とりでの前までとうちゃくしました。あちらでもこちらでも、黒い鳥の首がとりでのかべにあたって、大きな音をひびかせます。そしてそれと同時に、その首の上からたくさんの黒ウルファの兵士たちが、とりでの上の仲間たちめがけて、いっせいにおどりこんできました! かれらの目には、かつての仲間たちのすがたはうつっていません。ただ、目の前にいる相手をうち負かすこと。それだけのりゆうが、かれらのことを動かしていたのです。

 

 「友のために! 祖国のために!」

 

 とりでの上のはい色ウルファの仲間たちは、みなそうさけんで、せまりくるかつての仲間たちのことをむかえうちました。

 

 「家族のために! めいゆう国、レドンホールのために!」

 

 ベーカーランドの勇士たちも、みなそうさけんで、友であるレドンホールの黒のウルファの者たちと、つぎつぎに剣をまじえていきました。

 

 とりでの上は、たちまち、はげしい戦いの場となりました。さけぶ声、剣と剣のぶつかりあう音、よろいやたてやからだが、ぶつかりあう音。うち負かされた者の、くるしそうなうめき声、たおれる音……。どれを取っても、願ってききたいと思うものは、ひとつもありませんでした。

 

 「剣をねらって、たたき落とせ!」ライラが、ひとりで七人もの黒ウルファの兵士たちのことを相手に戦いながら、さけびました。「それがむりなら、足をねらえ! 相手の動きをとめるのだ!」

 

 ライラの剣さばきは、まさに神わざでした。ひゅっ……、その足がいっしゅん、動いたかと思うと……、からららーん! からーん! 相手の持っていた剣が、あっというまにちゅうにまい、地面に落ちるのです! 目にもとまらぬとは、まさにこのこと! ライラの強さのひみつは、むだのない動きからくり出される、むだのない力。これが相手に、いちぶのむだもなく伝わり、そのけっか……、相手は頭で考えるよりもさきに、負けていました。これではだれも、かなわないはずです! つ、強い……! 

 

 ベルグエルム、そしてフェリアルもまた、先頭に立って黒ウルファのかれらと戦いました。自分たちが進んで戦っているすがたを見せることによって、はい色ウルファの者たちをはじめ、「仲間と戦わなくてはならない」という強いとまどいを持った仲間たちの心にも、力を与えることができるのです。そしてこのふたりの戦いぶりについては、みなさんにはいうまでもないでしょう。

 

 ルクエール、マレイン、ロクヒュー、三人のまじゅつしたちもその場に加わり、仲間たちのサポートにてっしていました。味方を守る魔法なら、いくさでも使っていいのですから。魔法のかべで、相手をシャットアウト! しんろをぼうがいしたり、味方の持っているたてを、はがねのようにかたくしたり。およそ守るために考えつくような魔法をかたっぱしから使って、仲間たちの身を守りました(もちろん相手の剣を落としたり、動けなくさせたりするような魔法も使えましたが、それらは「こうげき」の魔法になってしまいますので、使うことはできませんでした。しかも、たとえ味方を守る魔法であっても、こじん的なバリアーを張ってしまうとか、すがたを見えなくするとか、敵のこうげきをちょくせつに防ぐような魔法も、使ってはならなかったのです。う~ん、いろいろと、もどかしい!)。

 

 ですが、いくらベーカーランドの兵士たちがひゃくせんれんまのつわものたちであるとはいえ、やはり防具をつけない黒ウルファたちの、そのすて身ともいえるこうげきには、仲間たちも手をやきました。レドンホールの黒ウルファたちも、またすばらしき力を持った、強い兵士たち。そうかんたんにうち負かすことなどはできません。たくさんのベーカーランドの仲間たちが、剣で切られてけがをしました。

 

 それでも、戦えないほどの大きなけがをした者は、ごくわずかでした。みな、友のため、たいせつな者たちのため、力をふりしぼって、勇気をふりしぼって、けんめいに戦ったのです。

 

 そしてついに……。

 

 

 けっちゃくです! 黒のウルファの兵士たちは、剣を落とされ、足を切られて、いのちからがら、黒鳥の上へとむかってたいきゃくしていきました! ばんざい!

 

 

 黒鳥がずるずると、もどっていきます。多くの黒ウルファの兵士たちが、手あてのために、うしろに下げられていきました(戦いに負けた者は、そのいくさが終わるまで、もう戦いにさんかすることはできません。それが、いくさでのルールでした。でも、待ってて黒ウルファの仲間たち! いつか必ず、助けにいくからね!)。

 

 さあ、魔女たちの作戦は、これでしっぱいです! わがベーカーランドの勇士たち、ひゃくせんれんまのかれらにかかれば、魔女たちのきたない作戦などに、くっすることなどはないのです!

 

 「おおおおーっ!」

 

 仲間たちのよろこびの声がこだましました。みな、剣をかかげ、ほこらしげに胸を張ります。ですが、戦いは、まだまだこれから。残りのおそろしいほどの数のワットの兵士たちが、これから、いっせいに、せめこんでくるのですから。戦いの、そのかくごの差を見せるべきときは、今でした。しかし……。

 

 

   ひゅううう……。

 

 

 風が、とりでのあいだを通りぬけていきます。さきほどの戦いのあとから、ずっと、いくさの場は静まりかえっていました。

 

 「なぜ、せめこんでこないのだ?」ライラがふしぎそうに、黒の軍勢の者たちのようすをながめていいました。

 

 「われらにおそれをなしたのでしょう。このいくさ、われらの勝ちです!」フェリアルが、ほこらしげにそうつづけました。

 

 ですが、ほんとうにそうなのでしょうか?

 

 

 と、そのとき……!

 

 

 「ち、ちがう……、ようすがおかしい! みんなを見ろ!」

 

 ベルグエルムの言葉に、フェリアルもライラも、あわてて仲間たちのことを見まわします。

 

 「こ、これは……!」

 

 そこで、かれらが見たもの……、それは、からだをねじまげ、くつうにもがきくるしむ、たくさんの仲間たちのすがたでした! こ、これは、いったい!

 

 とりでの上の勇士たち。さっきまで黒ウルファの兵士たちとゆうかんに戦っていた、そのかれらが、とつぜん声を上げてくるしみ出していました。みな、胸をおさえ、その場にたおれこんでしまいます。ですが中には、なんともない者もいました。しかしその数は、数えるほどしかおりません。

 

 「ま、まさか……!」ベルグエルムがなにかをさとったかのように、いいました。ベルグエルムの頭の中に、おそろしい考えが、やみのようにわき起こっていきました。

 

 「かれらの剣!」

 

 かれらの剣……、それは、せめこんできた黒ウルファたちの持っていた、その剣のことでした。それは、ただのふつうの剣にすぎませんでした。ですがその剣によるこうげきは、ふつうのこうげきではなかったのです。

 

 アーザスの持つ、やみの魔法のエネルギー。アーザスにあやつられている黒ウルファたちは、アーザスから、そのおそろしいやみのエネルギーさえをも吹きこまれていました! これは魔女たちよりも、さらにおそろしく、さらにひきょうで、さらに悪魔のような作戦でした。それは、アーザスの考えた作戦だったのです! そしてそれをこのいくさの場に持ちこみ、じっさいに手をくだしていたのが、あの三人の魔女たちでした。魔女たちはさいしょから、こうなることを見こしていたのです。

 

 

 おそろしい魔女たちの、第二の作戦でした。

 

 

 やみのエネルギーを吹きこまれた、黒ウルファの者たち。じつはかれらは、みずからのそのおそろしいやみのエネルギーを、手にした剣のやいばに吹きこんで戦っていました! そしてやみのエネルギーをこめた剣に切られた者は、やみにとらわれてしまうのです! すなわち、アーザスにあやつられている黒ウルファの者たち、かれらと同じようになってしまいました! アーザスは、魔女たちは、ワットは、なんてひどいことをするのでしょう!(なんともなかった者たちは、黒ウルファたちから剣で切られていない者たちでした。ライラ、ベルグエルムはもちろん、フェリアルもすごうでの剣のうでの持ちぬしでしたから、相手に切られてはいなかったのです。だから、ぶじでした。ちょっと、かすったくらいでも、このやみのエネルギーはからだの中にはいりこんでしまうのです。

 

 そしてこのやみの魔法のエネルギーについても、ワットはいくさのルールいはんではないといい張るつもりでした。このエネルギーはこのいくさのはじまるずっと前から黒ウルファたちのからだの中に吹きこまれていたものなのであって、それはもともと、黒ウルファたちの中にそなわっていた、のうりょくのようなものなのだ。つまり黒ウルファたちは、ただ自分自身のそののうりょくを使って戦っているだけなのだから、このいくさにおいて、まじゅつしが魔法を使っているわけではない。だから、ルールいはんではないと。

 

 こんないいぶんは、やはりとてもなっとくのできるものではありません。しかしワットは、こんなでたらめないいぶんを、ふたたび通してしまうつもりでした。それはベルグエルムたち三人のしきかんたちにも、わかっていたことだったのです。)

 

 

 「じょうきょうをかくにんせよ! 戦える者は、どれだけだ!」ライラがさけびました。ですが、かえってきたこたえは、まさしくぜつぼう的なものであったのです……。 

 

 「ぶ、ぶじな者は、三十名たらず……。せんとうふのう……、その数、ざっと、六百名はくだりません……」

 

 兵士のこたえに、ライラはがくぜんとしました。ベルグエルムにも、フェリアルにも、とても信じられないげんじつでした。わずか三十人……。兵力がいっきに、これだけの数になってしまったのです……。そして、そのしゅんかん。いくさのルールがきまりました。「戦えない者が多数となったとき、そのいくさは負けとなる」。いくさの勝ち負けをきめるためのルールです(せいかくには、もとの兵力の二十ぶんの一にまで人数がへったときに、負けとなります)。そしてかれらのその三十人という残りの人数は、いくさの負けとなるためのじょうけんを、みたしているものでした。ベーカーランドは、やぶれたのです……。

 

 

 からーん! 剣が落ちる音です。

 

 「そんな……、こんなことが……」

 

 フェリアルが、その手に持っている剣を落として、いいました。信じられないげんじつでした。ですがこれが、げんじつでした。 

 

 

 ベルグエルムはひとみをとじ、その場に立ちつくしたままでした。

なにも言葉が、ありませんでした。

 

 

 「たいきゃくだ……」

 

 すべてをりかいしたライラが、ふりしぼるようにいいました。その目はきつく、かくごのひとみでした。

 

 「そういん、たいきゃく。ふしょうした者たちをはこべ。ワットの軍に、とくしを送れ。このいくさ、われらの負けだ。」

 

 ライラはそれだけいうと、ベルグエルム、フェリアルの方を見ることもできず、ひとり、とりでのおくへと歩き去っていきました。

 

 

 「たいきゃく! たいきゃく!」残った仲間たちのさけぶ声が、むなしくひびき渡ります。

 

 

 「べゼロインは、落ちた!」

  

 

 

 ベルグエルムはいつまでもその場に立ちつくしたまま、動きませんでした。

 

 フェリアルはいつまでもなみだがとまらず、声を上げて泣きつづけていました。

 

 

 ワットの軍にこうふくのとくしが送られたのは、それからすぐのことでした。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「いよいよ、動きよったか。」」

      「こらあーっ! 逃げるにゃあー!」

    「プリンクポント・パルピンプルラックルです。」

       「ノランのじいさん、よろしくたのむぜ!」 


第21章「アップルキントのラグリーン」に続きます。
       


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21、アップルキントのラグリーン

 「いよいよ、動きよったか。」

 

 はるか見下ろすさきにそびえる、ひとつのとりで。茶色の石をつみ上げてつくられたその大きなとりでのことを見つめながら、ひとりの老人がつぶやきました。

 

 そのとりでのかべには、たくさんの大きなたいまつがかかげられていました。じこくは夜。空には雲の切れまに、星がきらめいております。たいまつのほのおが、とりでとそのまわりの地面を、ゆらゆらとてらしていました。そのあかりで、はじめてわかったこと。それはとりでのかべが、あちこちくずれているということです。さらに見れば、入り口の門も半分こわれていて、おうきゅうしょちとして、大きな板がなんまいもうちつけられてなおしてありました。かべには、やけこげたあとがいくつもついております。とりでのまわりの地面は、ふみ荒らされ、赤茶けた土がむざんにもむき出しになっていました。

 

 これらすべてのことが、物語っていること。それはひとつでした。このとりでで、ごくさいきん、戦いがおこなわれたということなのです。ということは、ここは……?

 

 いえ、このとりでは、べゼロインとりでではありません。べゼロインのとりでは、エリル・シャンディーンと同じ、海の色のまじった白い石でつくられていたのです。このとりでのかべは、茶色。となると、このとりでがどこだか? みなさんにはもうおわかりかと思います。

 

 ごくさいきん戦いがおこなわれたばかりの、もうひとつのとりで。そう、ここはベーカーランドのそのふたつのとりでのうちのひとつ、リュインのとりででした(このリュインとりでにはこの近くの山でとれた、とてもじょうぶな石が使われていました。そのためエリル・シャンディーンやべゼロインとりでとは、ちがう色をしていたのです)。

 

 じこくは、べゼロインのとりでにワットの黒の軍勢がせめこむ、その数時間前(くわしい時間まではわかりません)。場所は、このもうひとつのとりでのことを見下ろす、小高い山の上。今その場所に、ひとりの老人がひとつの岩の上にあぐらをかいて、すわっていました。顔は、はい色のひげでもじゃもじゃ。顔の大きさよりもひげの方が大きいくらいです(サンタさんのような顔、といったらわかりやすいかもしれません。でもサンタさんよりもっとそのおひげはごわごわしていて、まるでたわしみたいなひげでした)。くりくりとした大きな目。ひげにかくれた大きな口。ずんぐりまがった大きな鼻。その顔をひとめ見ただけで、この老人がどんな人物か? わかってしまいそうなくらいでした。ごうかいで、だいたんで、がんこ。そして、こわいもの知らず。いかにもそんな感じの顔をしていたのです。

 

 でも、すいません。読者のみなさんにとっては、「しかしこの老人は、それらのいんしょうとはぜんぜんべつの、いがいなせいかくをしていて……」とつづけた方が、おもしろみがますというものですが、ざんねんながら、わたしもそうつづけるわけにはいかないのです。だってこの老人は、まったくもって、顔そのもの! ごうかいで、だいたんで、がんこ。そして、こわいもの知らず。そのまんまのせいかくでしたから!

 

 「まったく、ノランのやつも、やっかいなしごとをおしつけてくれるわな。」老人がつぶやきました。

 

 ノラン! この老人はあの大けんじゃノランの、知りあいのようなのです! いったい、この(岩のようにがんこそうな)老人はなに者なのでしょうか?

 

 「だーが、たまには、ええわい。ハウゼンくんにも、おんがえしせんとな。わしも、ひさしぶりに、うでがなるってもんだわ。のう、おまえたち。」老人はそういって、「がっはっは!」とごうかいに笑いました(まったくもって、顔そのままの笑い方です。すいません)。

 

 おまえたち? そして、ハウゼンくん?(この名まえ、どこかできいたような……)

 

 老人がそういうと、老人のうしろのやみの中で、ご、ごいん……! ぎゅ、ぎゅいん……! なんともおかしな音がなりひびきました。大きな歯ぐるまがからみあうような、岩と岩とがぶつかりあうような、今までにきいたことのないふしぎな音だったのです。そしてそのやみの中で……、なにかが動いているようでした! それも、ひとつやふたつではありません。あちらでも、こちらでも!

 

 老人はまんぞくそうに「ふんっ!」と鼻をならすと、おもむろに、すっく! と立ち上がりました(背はひくく、ずんぐりむっくり。まったくもって、この顔にはこのからだといった感じです。すいません)。そしてポケットからひとつのりんごを取り出して、それにがぶり! とかぶりつくと、(ごわごわしたひげにしたたるりんごのしるを手でぬぐい、りんごをがしがし、かんでから)老人はとりでの方をながめたまま、うしろのやみにむかっていったのです。

 

 「さあて、おまえたち! そろそろ、あそびに出かけるとしようかの!」

 

 ご、ごいーん! ぎゅ、ぎゅいーん! 

 

 老人の声にこたえて、やみの中でふたたび、ふしぎな音がひびき渡りました。

 

 

 

 べゼロインのとりでに、つぎつぎとワットの黒の軍勢の者たちがはいりこんでいきました。おそろしい魔女たちの(そしてアーザスの)考えた、ひれつきわまりないひきょうな作戦によって、今やこのとりでは、敵のものとなったのです(ここでひとつ、説明を加えておきます。べゼロインでおこなわれたいくさにおいて、ベーカーランドはやぶれました。ですがそれは、「とりででのいくさにやぶれてとりでがうばわれた」ということなのであって、ベーカーランドのくにそのものがやぶれたというわけではないのです。黒の軍勢は、これからこのべゼロインとりでからエリル・シャンディーンへとむかって、さいごの進軍をしてくることでしょう。このアークランドの運命をかけたさいごの戦いは、これからはじまるのです)。われらが仲間たち、ベーカーランドの仲間たちは今、黒のやみにとらわれたたくさんの仲間たちのことを、なん台もの大きな馬車に乗せて、べゼロインとりでからたいきゃくしていくところでした。ふしょうした者たちは、全部で六百五十八名。二十人ずつ乗せても、ぜんぜん馬車の数がたりません。かれらの手あてをおこなう仲間たちは、べゼロインとりでからすこしはなれた丘のふもとまで、ふしょうした者たちのことをなん回にも分けてすこしずつはこんでいきました(黒の軍勢の者たちは、ふしょうした者たちであっても、ようしゃなくとりでから追い出しました)。そこでエリル・シャンディーンからの助けを、待つことにしたのです。

 

 黒のやみにとらわれた者たちは、みんないしきを失って、眠ってしまっていました。ルクエールのいうことには、つぎに目がさめたとき、この者たちはあのレドンホールの黒ウルファの者たちのように、自分のこともなにもかも忘れた、影のような者になってしまうだろうということでした……。六百五十八名もの、ゆうかんなる者たち、みんながそうなってしまうのです。みんな友だちでした。仲間でした。ですが今は、なにも手のうちようもなかったのです……(かれらをもとにもどすためには、とくべつなちりょうが必要とのことでした。ですがそのちりょうの方法は、ベーカーランドのきゅうていまじゅつし長であるルクエール・フォートにさえ、今はわからなかったのです。この力は、やみの力。光の魔法をあやつるまじゅつしたちには、手にあまる力でした)。

 

 手あてをおこなう仲間たちは、みな、つかれきっていて、口をひらく者もありませんでした。遠まきに見える、べゼロインのとりで。さっきまで、自分たちがあそこで、いきようようとかつやくしていたのです。それがわずか数十分のあいだに、こんなにも、立場がぎゃくてんしてしまうとは……。

 

 うすいぬのをただしいただけの、寒空の地面の上に、そのまま横たえられているたくさんの仲間たち……。なんてかなしい光景なのでしょう……。 

 

 ひとりはなれた場所に、ライラが立っていました。ベルグエルムとフェリアルは、ずっと、ふしょうした仲間たちのそばにつきそって、ひとりひとりのその手を静かににぎりしめていました。ライラは、きっ、と口をむすんで、なにもいわず、かなたに見えるそのべゼロインとりでのことをただ見つめていました。そのひとみには、とりでの上にかかげられた、ワットのくにの黒いはたぬのの影がうつっていました。それだけではありません。そのはたぬののとなりには、あのおそろしいディルバグのかいぶつがいっぴき、いたのです。そして、そのディルバグの背に乗っていたのは……。

 

 まっ黒なよろいを着た、敵のしきかん。この戦いのしきをとっていた、そのしきかんでした。遠くはなれた場所からでも、はっきりとわかる、そのあざやかなこがね色のかみ……。そう、それはまさしく、ディルバグの黒騎士隊のしきかん、そしてライラのお兄さん、ガランドー・アシュロイだったのです。

 

 たいまつのほのおの中に、ガランドーのすがたがうつし出されていました。ガランドーは、まっすぐ身動きもせずに、こちらを見つめていました。そのひとみにうつっていたのは、横たわるたくさんの者たちでも、三人のきゅうていまじゅつしたちでも、ベルグエルムでもフェリアルでもありませんでした。ガランドーのそのひとみには、ただひとり、立ちつくすベーカーランドのこがね色のかみのしきかん、ライラ・アシュロイだけがうつっていたのです。

 

 ライラも、ガランドーのしせんを感じ取っていました。目と目のあった、兄といもうと。ですがライラは、ただこぶしをにぎりしめ、なにもいわずに立ちつくしているだけでした。

 

 かのじょのその心の中には、今どんな思いがあふれているのでしょう? ガランドーのその心の中には、今どんな思いがあふれているのでしょう? 

 

 ふたりのその思いは、まじわることなく、ただただ、この夜の寒空の中へと消えていくのみでした。 

 

 

 

 「クルッポー! クルッポー! 起キロー! 起キロー!」

 

 とつぜん、家の中にかん高いさけび声がひびき渡りました。こ、この声は……?

 

 「クルッポー! クルッポー! 起キロッタラ、起キロ! 起キロッテ、イッテンダロ! コノヤロー!」

 

 こ、この口ぎたない言葉……、わたしもみなさんも、ひさしぶりにききましたね。そう、これははぐくみの森の入り口で野宿をしたときにライアンが使っていた、あのはとのクルッポーの目ざまし時計だったのです(夜のかいぶつのいせきでは、ベルグエルムとフェリアルのことをさがすのにも、大かつやくしてくれましたよね)。  

 

 「ライアン、起きて。もう、出かける時間だよ。」

 

 そういってライアンのからだをゆさゆさとゆさぶっているのは、ロビーでした。じこくは、羽うさぎのこくげん、朝の六時ころです(ちなみに、ロビーはライアンを起こす前に、クルッポーの目ざまし時計のスイッチをちゃんととめておきました。そうしないと、このままクルッポーのこうげきが、ライアンにようしゃなくくり出されますので……)。

 

 「う~ん……、あと、ちょっとだけ待ってて……。ぼく、三十びょうで、このケーキ、みんな食べちゃうから……」ライアンが、寝ぼけたままでこたえます(ライアンは今、夢の中でとく大のチョコレートケーキにまるごとかぶりつくところでした。これを三十びょうで食べきれるのは、ライアンだけでしょう……)。

 

 「まだ起きないのか、まったく。」マリエルが、じまんのさらさらのかみにねんいりにブラシをいれながら、あきれていいました。マリエルは、もうすっかり旅の身じたくをすませて、あとはもう出かけるのみとなっていたのです(ちなみに、マリエルの今日の衣しょうは、白とこんのツートンカラーにきいろのふち取りがいんしょう的な、かわいい服とかわいいズボンでした。それに胸もとには、同じきいろのかわいいスカーフをむすんでいたのです。コーディネートもばっちり! でもたぶんこの服も、今日の午後には着がえているでしょうが……)。

 

 「しょうがない。もう、すぐに出かけなければなりませんから、ぼくの魔法で起こしますよ。」

 

 今日いちばんのマリエルの魔法、さっそくのごとうじょうのようです! さあ、どんな魔法なのでしょうか? ねむけが吹っ飛ぶ、おめめぱっちりのじゅつでしょうか? それともちょっとらんぼうに、びりびりしょっくのじゅつとかで、ごういんに起こすのでしょうか?(あ、このふたつの魔法はわたしがかってに考えたもので、じっさいにはありませんよ、たぶん。

 ちなみに、家のまわりに張りめぐらせていたふうせんのふくろうたちには、さいわいなことに、その出番はありませんでした。ガウバウたちにも、この小屋にいるのがとんでもなくおそろしい人たちなのだということが、よくわかったのです。)

 

 マリエルは、小さな声でなにかをささやいたあと、ライアンのそばにそっと近よっていって……。

 

 「ふーっ!」

 

 その耳に息を吹きかけました! ええっ?

 

 「うわわわっ! な、なになにっ?」ライアンがびっくりして、飛び起きます。どうやら、こうかてきめんだったようです。

 

 「起きた? ほら、もういくよ。早く、したくしなよ。」マリエルが、たしなめるようにいいました。

 

 「はわわわわ……」ライアンは、全身の力がぬけてしまって、なんだかかゆいような、くすぐったいような、なんともいえない気持ちで、ベッドからようやく起き出しました(けいけんされた方もいるかもしれませんが、耳にふーっと息を吹きかけられると、ライアンみたいに、なんともいえない、へにゃっとした、くすぐったい気分になってしまうのです。寝ぼけているときにやられたら、やっぱりびっくりして、飛び起きてしまうことでしょう。おみみふーふーのじゅつという名まえでしたが、じつはこのわざは、魔法の力がはいっていることにははいっていましたが、ちゃんとした魔法ではありません。マリエルが、かってに作ったのです。寝ぼけている相手をびっくりさせて起こすといったこうかがありましたので、今使ったというわけでしたが……、はっきりいって、これはただの悪ふざけにすぎませんでした。

 ちなみに、マリエルは、これでもし起きないようなら、ライアンのほほをひっぱたいて起こすつもりでしたが。こんなことに、ちゃんとした魔法の力を使いたくありませんでしたので)。 

 

 

 そとは、ぴーん! とした、山のつめたい空気が張りつめていました。おひさまは、まだのぼっていません。おてんきは、うすぐもり。東の空がすこしずつ、明るくなっていこうとしているころでした。

 

 またたいへんないちにちが、これからはじまろうとしていました。そして今日のこの日は……、ロビーたち、そしてアークランドの人たちにとって、ずっと忘れることのできない、大きな大きないちにちとなるのです。

 

 「うわわっ、寒ーい! やっぱ、山の上らから、寒いよー。」

 

 起きたばっかりで、ろくに身じたくもせずに出発することになったライアンが、さっそくぐちをこぼしはじめました(その口には、エリル・シャンディーンのお城で仕入れてきた、クリームネクタールフルーツというくだものの味のぼうつきキャンディーがいっぽん、くわえられていました。

 ちなみに、ライアンは着がえをぜんぜん持ってきていませんでしたので、マリエルにズボンだけをかりて、いぜんの半ズボンからそれにはきかえていたのです。やっぱりライアンも、半ズボンでは寒いということが、よくわかりましたから……。半ズボンすがたもかわいかったので、ちょっともったいないような気もしますけどね)。

 

 「しばらくは、がまんして。えっと、じゃあ、まずは、この岩山からおりないといけないね。また、魔法のえんばんでおりるのかな?」

 

 ロビーが岩山のふちをのぞきこみながら、マリエルにいいました。ですがマリエルは、あごをなでながら、ただ「う~ん……」とうなっているばかりだったのです。どうしたの?

 

 「そのことなんですが……、今日はもう、とにかく、のんびりしているわけにはいかないんです。すこしでも、時間をだいじにしないと。ですから、ちょっと、らんぼうな手を使わないといけません。」

 

 「ら、らんぼうな手?」ロビーがおっかなびっくり、たずねます。な、なんかわたしも、いやーなよかんがするんですけど……。

 

 「あそこに、岩山がありますよね?」

 

 マリエルが、むこうにそびえているそのとがった岩山のことをゆびさしながら、いいました。

 

 「まず、あそこのてっぺんまでいきます。それからまた、そのむこうの岩山のてっぺんまでいきます。見えますか? それをくりかえしていけば、下から歩いていくより、ずっと早くいけますから。これは、さいごのしゅだんでしたが、時間がないのでしかたありません。」

 

 えっ、と……? 下の道を歩かずに、岩山のてっぺんから、岩山のてっぺんへ? たしかに、そんなことができるのなら、地道に歩いていくよりもずっと早くいけるでしょうが、いくらマリエルがゆうしゅうなまじゅつしだといっても、ほんとうにそんなことができるのでしょうか? まさか、しゅんかんいどうでワープしていく! というわけでもないでしょうし……。

 

 「あそこの岩山ったって、ずいぶん遠いよ? 空飛ぶ魔法のじゅつ、とか? そんらの、きいたことらいけど。」ライアンがマリエルにいいました。

 

 「れも、それがれきたら、楽しいだろうね。」ライアンがつづけて、ロビーにそういいます。

 

 「うん。空が飛べたらいいね。いぜん、フログルさんたちのボートでは、ひどい目にあったから。」ロビーがこたえました。

 

 フログルたちの、ケロケロボート! ぴょっこ~ん! と大ジャンプして、道なき道をいっぺんに進めたのはよかったのですが、そのけっか、ロビーたちがひどい目(ひどい乗りものよい)にあったのは、みなさんもよくおぼえていますよね。でもまさか、あんなひどい目(ひどいジャンプよい)には、もうあわないでしょう。

 

 「ぼくはもう、あんなのにどとごめんだよ! あれに乗るくらいなら、ぜったい歩いてく!」ライアンもひどいたいけんをよみがえらせて、ぶるる! とふるえながらいいました。

 

 さて、いったいマリエルは、どんな魔法を使うというのでしょうか? でもまあ、今までもマリエルの魔法はすごくやくに立ってくれたものばかりでしたから、みんなもそんなに深く考えずに、ここはマリエルにまかせたというわけだったのです。

 

 「じゃあ、すいませんが、ロビーさん。これで、ぼくと、からだをむすんでおいてください。ねんのためです。ライスタも、しっかりむすんでおいてよ。」

 

 そういってマリエルがふたりに手渡したのは、いっぽんのじょうぶなロープでした。こ、これで、からだをむすぶ? なんだかやっぱり、ものすごくいやなよかんが……。

 

 でも、ここはほかに、しようがありません。ロビーとライアンのふたりは、いわれるままに、そのロープを自分の腰にむすび、そしてそのはしを、マリエルの腰にむすびました。

 

 「できたけど、これで、どうするの?」ライアンがたずねます。

 

 「じぇっとこーく・すくりゅーのじゅつ、っていう魔法でね。あつかうのは、かなりむずかしいんだけど、まあ、そこは、ゆうしゅうなぼくだから、問題はないんだけど。」マリエルがこたえました。

 

 「じまんはいいから! 早く教えてよ!」ライアンがせっつきます。

 

 「あの岩山のてっぺんまで、魔法のレールをひきます。そこからあいだをあけずに、つぎの岩山のてっぺんまでレールをひきます。そのレールの上を、トロッコですべっていくんです。まあ、いうのはかんたんなんですが、問題は、ちょっと、スピードがはやいってことかな。」

 

 「は、はやいって、どのくらい?」マリエルの言葉に、ロビーが心配げにたずねました。

 

 「いえ、落っこちたりしませんから、安心してください。せいぜい、馬で走る、ばいくらいのはやさですから。」

 

 「ええっ! そ、それって、すごいスピードなんじゃ……」ロビーがいいましたが、マリエルはもう、岩山のふちに立って、魔法の言葉をとなえはじめております。

 

 「こうなったら、かくごをきめるしかないね。」ライアンが、ロビーの腰をぽんとたたきながら、いいました。

 

 そして……。

 

 

 「まじかる・すくりゅー! るーぱる、ろーぱる、すろー!」

 

 

 マリエルのその言葉とともに……、ふおおおん! 青くかがやくとうめいな魔法のトロッコが、三人のからだのまわりを、しっかりと取りかこんだのです! ちゃんといすもあって、前の席にマリエルが、うしろの席にロビーとライアンが、すわれるようになっていました。へえ、これはすごい! そう思ったのも、つかのま……。

 

 「それじゃ、しっかりつかまっててくださいよ。あれごる! れでゅー!」

 

 マリエルが魔法の言葉をさけぶと、目の前に、同じく青に光りかがやく、魔法のレールがのびていきました! そしてみんなの乗ったトロッコは、きゅきゅきゅきゅきゅー! うしろのしゃりんを思いっきりスピンさせてから、そのレールの上を……、ひゃん! はじめっから、全そくりょく! ロビーの影をおいてけぼりにしていってしまいそうなくらいのもうスピードで、走り出したのです!(ど、どこが、馬で走るばいくらいのはやさなの! ぜったい、もっとはやいよ、これ!)

 

 

 「ぎゃあああ~!」

 

 

 ああ、やっぱり、思った通りでしたね……。こんなときに感じるいやなよかんというものは、いつでもてきちゅうしてしまうものなのです……(ちなみに、さけび声はロビーです。ライアンはひとこと、「ぎゃ。」といったきり、もう放心じょうたい! さけび声も出せませんでしたので)。

 

 その、はやいことはやいこと! まわりの景色があっというまに、うしろへとすっ飛んでいきます! そしてさいしょの岩山が、もうせまってきてしまって……。

 

 「あれごる! れでゅー!」マリエルがさけぶと、そのつぎの岩山にむかって、また新しいレールがぎゅいいーん! のびていきました! そして魔法のトロッコは、ぐいいん、ひゃんん! スピードをまったく落とすことなく、つぎの岩山へとむかってむきを変えて、さらにつき進んでいったのです!

 

 

 「ぎゃ……、あー……、あああー! あー……、……」

 

 

 もしあなたが、さいしょの岩山のそのてっぺんに立っていたとしたら、ロビーのひめいはこのようにきこえたことでしょう。まず遠くからひめいがきこえはじめて、あっというまに目の前をつうか、そしていっしゅんのうちに、ひめいも去っていくのです。う~ん、かわいそうなロビー……(エリル・シャンディーンのエスカレーターやエレベーターに乗った場面からでもおわかりのように、ロビーはこういう乗りものが大のにがてだったのです。しかもつぎつぎと越えていく岩山の高さは、みんな同じじゃありませんでしたから、ぐいーん! 急にのぼったり、こんどは、がくん! 急こうかしたり……。まさにコークスクリュー! またひとつ、ロビーのいやな思いでがふえてしまいましたね……)。

 

 それからなん回、マリエルの「あれごる! れでゅー!」がつづいたのでしょうか?(つまりいくつの岩山を越えたのでしょうか? ということです。)

 

 「さあ、つきましたよ。ここからなら、アップルキントまでは、そんなにかかりませんから。」

 

 マリエルがそういって、(ようやく)魔法のトロッコを消しました。ですけどロビーとライアンの耳には、そのマリエルの声も、ほとんどとどいてはいなかったのです。ふたりはそのまま、ず……、ずずず……、いすにすわったしせいのまま、くずれていって、ぺしゃん! 地面にへたりこんでしまいました。

 

 「ど、どうしたんですか? ふたりとも。」マリエルがびっくりした顔をして、ロビーとライアンのことを見ました。どうやら、魔法を使うことがあたりまえになっているマリエルにとっては、このていどのはやさで空中をかけぬけていくなんてことは、ぜんぜんなんでもないことのようだったのです。ですけどロビーとライアンにとっては、そうはいきませんよね。なにしろ、もし落っこちたなら、ならくの底へまっさかさま!そんな空中を魔法のトロッコで、もうスピードで、のぼったりおりたり、かけぬけさせられましたから! これにはさすがのライアンでさえも、しんぞうばくばく! ロビーにいたっては、さけびすぎてのどをからして、やっとたどりついた地面の上で、ばたんきゅー! そのまま白目をむいて、ちがう世界へとはいりこんでいってしまいました……(いえ、まだ生きていますから、ご安心を。かろうじてですが……)。

 

 「ちょっと、はやかったですか? だいじょうぶだと思ったんですけど、すいません。ライスタ、だいじょうぶ?」マリエルがいいましたが、ライアンが、やっとひとこと、こうこたえるのでせいいっぱいでした。

 

 「あのね、マリー……、つぎからは、もっといろいろ、説明してからにしてね……」

 

 

 とにかくこうして、マリエルのたのもしい(?)魔法のおかげで、ノランべつどう隊のみんなはラグリーンたちの里のあるそのすぐ近くの山道にまで、たどりつくことができたのです。マリエルのいうことには、ここから一マイルもいかない場所に、ラグリーンたちの里、アップルキントがあるということでした。リズの家からアップルキントまでは、八マイルだといっていましたから、つまりみんなはあのトロッコで、空中を七マイルも走ったのです! すばらしいショートカットにはちがいありませんでしたが、かわいそうなロビーとライアン……(ところで、こんなにすごい、じぇっとこーく・すくりゅーのじゅつでしたが、やはり魔法でしたから、よいところだけではなかったのです(はやすぎてスピードのちょうせつがきかないというのも、もちろん問題のひとつでしたが……)。この魔法は、四ぶんの一マイルまでの魔法のレールしか出せませんでした。ですからこんかいのように長いきょりをいちどにかけぬけようと思ったら、四ぶんの一マイルごとに魔法をかけなおして、新しいレールをつぎたさなくてはならなかったのです。そのためマリエルは、なんどもなんども魔法をかけなおして、ここまでたどりついたというわけでした。なんと、二十八回もレールをつぎたしたのです。

 

 そしてこの魔法は、まさにコークスクリューのように、「空中」をかけぬけていかなければならない魔法だったということ。レールのはじまりと終わり、それぞれ十フィートまでは、かたい地面の上(こんかいは岩山のてっぺんでしたが)にふれてもよかったのですが、レールの「とちゅう」は、まわり二十フィート内の空間になにか物体があったりすると、そのレールは力を失って消えてしまいました。ですから地面の上には、レールをひくことができなかったのです。

 

 そのほか、「レールのかたちはほとんどまっすぐでなければならず、五フィート以上はねじまげられない」とか、「さいていでも四回(一マイル)以上はレールをつなげつづけられるところでないと、使うことができない」とか、「いちど使ってしまったら、二十四時間たたないとふたたび使えるようにならない」とか、いろいろ。

 

 この魔法はべんりな魔法であるのと同時に、とてもふべんな魔法でもありました。この魔法をうまく使いこなすことができたのは、この場所が高く切り立った岩山がいくつもつき出た、けわしい山道だったからこそなのです。マリエルは、まわりのじょうけん、魔法のじょうけん、そういうところをこんかいもよくはあくして、この魔法を使いました。こんな魔法をいつも使うことができたのなら、旅もぜんぜん、らくに進めましたけど、やっぱりそういうぐあいにはいかなかったのです。魔法を使うというのも、けっこうたいへんなんですね)。

 

 なにはともあれ。仲間たちはすぐに、ラグリーンの里まで進まなくてはなりません(その前に、ロビーを生きかえらせなくてはいけませんね。いちおうマリエルもせきにんを感じて、もりもりふぁいとのじゅつという魔法を、ロビーに三回もかけてあげたのです。この魔法をかけると、げんきが出るとのことでしたが……、今のロビーには、あんまりききめがないようでした……。かけないよりは、ましですけど)。みんなは、マリエルは、すたすた、ライアンは、ふらふら、ロビーはそのライアンにささえられたうえで、とぼとぼ……、アップルキントへとつづくさいごの山道へとむかって、その歩みをふみしめていきました(残り一マイルは、こーくすくりゅーの魔法では進むことのできないところでした。このあたりは小さな岩山がたくさんならんでいたため、魔法のレールを出すとその岩山にレールのとちゅうのまわりの空間がふれてしまって、レールが消えてしまうのです。ですからマリエルは、こーくすくりゅーの魔法でいけるぎりぎりのこの場所で、魔法をといたというわけでした。

 

 そしてここからの道のりは、岩ばかりの切り立ったがけの道がつづきました。そのためきょりは一マイルでも、みんなはこの道のりに、けっこう時間をくってしまったのです。時間にして、五十分くらいでしょうか? そしてこの道のりがあったからこそ、マリエルはきのうのうちにさきへ進むのをやめておいて、リズの家にとまることにしたというわけでした。いくらここにくるまでの道のりをこーくすくりゅーの魔法でかせげるとしても、そのあとのこの道のりを進むのは、ロビーたちには体力的にもむりがあるし、危険であるとはんだんしたのです(しかもこの場所には夜になると、ウィルオーウィスプとよばれる、魔法をまったく受けつけない、こわーいひとだまおばけがあらわれるのです。ですからマリエルは、それをふまえた上でも、この場所を夜に進むのはやめておきました)。

 

 そしてさきにここまでこーくすくりゅーの魔法できておいて、ここで野宿をするというのも、やはりやめておきました。それはこのあたりの岩山には、(さきほど説明したひとだまおばけもふくめ)やはり空を飛ぶギルディや、そのほかの危険な生きものたちなどが、たくさんいたからだったのです。こんなところで野宿をするのは、いくら魔法の力の守りを使ったとしても危険であると、マリエルははんだんしたというわけでした。もっとも、こーくすくりゅーの魔法でここまでやってくるのにかかる時間は、わずかに十分ほどでしたけどね。それならばやっぱり、リズのおうちでゆっくり休んだ方がいいでしょう。

 

 ちなみに、南東のトンネルにむかうための道のりは、こーくすくりゅーの魔法を使えるじょうけんの場所がほとんどなかったため、とちゅういちばんこうりつのいいところでこの魔法を使ったとしても、トンネルまでいくためには、かなりの時間がかかってしまうという道のりだったのです。こんかいのアップルキントまでの道のりの中で、いきなりマリエルがこーくすくりゅーの魔法を使ったのは、そこがぐうぜん、いちばんこの魔法を使うのに、こうりつがよかったからでした。この魔法で七マイルものきょりをかせげたのも、この道のりがこーくすくりゅーの魔法を使うのに、それだけてきしていたからこそだったのです。以上、こまかい説明、終わり)。

 

 そしてみんなは、その危険な岩の道をぬけ、つづくさいごの道にまでたどりついたのです。

 

 

 東の空に、おひさまがのぼってくるころでした。あたりはだいぶ、明るくなってきております。そのやわらかな朝の光につつまれて、あたりの岩山は、ほわほわとしたやわらかなぬのがかけられているかのように、おだやかに、やさしく、かがやいていました。

 

 この場所はガウバウたちのいたがけの道や、危険な生きものたちのすみかであったさきほどまでの岩の道とは、あきらかにちがっていました。岩の色は、あたたかなきいろ。そしてその岩に、たくさんの植物が生いしげっていたのです(ちょうどシープロンドへとつづく山道にも、にた感じでした。これはアップルキントがとてもすてきな場所であるということを、物語っていたのです。すてきな場所に近づいていくと、だんだんと、あたりのようすもすてきになっていく。わかりやすくていいですね)。岩かべのみどりの葉のあいだにさく、きいろや赤や白の、かわいらしい小さなお花たち。ですが、ふらふらのロビーとライアンには、まだまだそんなことを気にかけているよゆうもありません。さきほどの岩の道から、かれらはいっぽいっぽ、ふみしめるように、うつむきながら、マリエルのあとをくっついていくのでせいいっぱいでした(さぞかし、長い道のりだったことでしょうね……)。

 

 そしてついに……。

 

 目の前が急に、ぱあっとひらけました。みんなはようやく、めざすラグリーンたちの里、アップルキントへとやってきたのです!(やーっとついたよ、まったく。ライアンのかわりにいっておきますね。)

 

 そこはまさに、らくえんのようなところでした。もうひと目で、それがわかるのです。冬も近いこのきせつだというのに、地面はいちめん、青々としたしばふにおおわれていました。同じく、あざやかな葉っぱをしげらせた、いきいきとした木々たち。その木々にはオレンジのような木の実や、ほそ長いさやえんどう豆のような木の実が、あふれるほどみのっていたのです(じっさいあふれて、地面にたくさんこぼれ落ちていました)。地面にはたくさんの「大きさが一フィートほどの、白くてふわふわした、まるいわた毛のようなもの」が、あっちへころころ、こっちへふわふわと、動きまわっていました。これはその通り、毛玉草という草のわた毛で、このわた毛の中にこの草のたねがはいっていて、それをわた毛ごと風に乗せて、遠くまではこべるようになっていたのです(たんぽぽのわた毛ににていますね)。

 

 このようなしばふのらくえんが、それぞれちょっとした広場となってあちこちにあって、それらがまるで空中に浮かぶひとつひとつの島のように、上にも下にも、見渡すかぎりに広がっていました(じっさい、いくつかの島は地面からはなれて、ぷかぷかと空中をただよっていました! エリル・シャンディーンのまちの空に浮かぶ島は、魔法で浮かんでいるわけでしたが、こんどはいったい、どういうしくみになっているのでしょう? 

 あとでしらべたところによりますと、じつはこの島は、島全体が、ふわふわ草という草がからみあってできているのだということで、この草が島そのものを、ちゅうに浮かべているのだということでした。ふしぎな草があるものですね!)。そしてこの里全体は、背のひくいたくさんの岩山にすっかりかこまれていて、それらの岩山が、この場所をまったくもってかくれ里とよぶのにふさわしい場所へと、変えていたのです(岩山にまわりをぐるりとかこまれた谷の中に、しばふのだんだんばたけが広がっているところをそうぞうしてもらえれば、この里のイメージに近いと思います)。その光景には、ふらふらのロビーとライアンもすっかり感心して、そこでふたりは、ようやくきちんと目がさめたくらいでした。

 

 と、そこにとつぜん……。

 

 

   びゅうっ! 

 

 

 頭の上に、なにかがふってきたような、風を切る音がひびきました。ロビーとライアンが、なにかと思って見上げると……。

 

 

 「こらあーっ! 逃げるにゃあー!」

 

 

 見上げた場所ではなく、地面の方から、子どものような声がきこえました(これはつまり、声のぬしが空からジャンプしておりてきて、ロビーとライアンが上をむいたそのわずかなあいだに、もうすでに地面へとおり立っていたということなのです。それほど、この声のぬしはすばやいのでした)。こ、この「にゃ」という言葉づかいは!

 

 ロビーとライアンが、あわててこんどは、しせんを下におろすと……。しばふのさきに、大きさが二フィートほどのすばやく逃げるきいろいボールがひとつと、そしてそれを追っかけている、つばさの生えたねこの種族の者がひとり、いるのが目に飛びこんできたのです。それはまさしく、このかくれ里に住む、知る人もすくない空飛ぶねこの種族、ラグリーンの者にほかなりませんでした。

 

 そのラグリーンはきいろいボールを追っかけて、あっというまに、むこうの島にまですっ飛んでいってしまいました(ちなみに、このボールはその通り、「毛玉草きいろバージョン」とよばれている草で、ふつうの白い毛玉よりばいほども大きいのでした。そしてこのきいろい毛玉は、まるで自分の意志を持っているかのように、どんどん逃げるのです。う~ん、ふしぎです)。ロビーとライアンが、ぽかーんとして、そのラグリーンが消えていった方をながめていると……。

 

 

   びゅうっ! 

 

 

 また、さっきの風を切る音です! そして、ふたりがその方をむくよりもさきに……。

 

 

 「あれえー? ひょっとしてー、お客さんかにゃー?」

 

 

 ふたりのうしろから、とつぜん声がしました! びっくりしてふりむくと、今さっきむこうの島のかなたに消えていったはずのそのラグリーン種族の者が、かれらの目の前に立っていたのです! な、なんてすばやいんでしょう!

 

 そのラグリーンは、身長四フィートほど。ラグリーンの中では小さい方です。それもそのはず。このラグリーンはまだ、八さいくらいの子どもでした。ちなみに、男の子です。とってもかわいらしい、あいきょうのある顔。くりくりとした、ぱっちりのおめめ。ふわふわくりん! とくせのついた、茶色のかみの毛(いわゆる、ねこっ毛というやつです。ねこの種族ですから)。頭の上にぴょこんと乗っている、大きなふたつのねこ耳。くねくねと動く、長ーいしっぽ。どれを取っても、ねこそのもの!(ねこの種族ですから。)そしてラグリーンのさいだいのとくちょうである、その背中の大きな羽。ややこがね色のまじった白い羽がふたつ、きれいにおりたたまれて、その背中を美しくかざっていました。

 

 「あれえー? お兄ちゃん、リスレファンニャおねえちゃんにょ、お友だちだねえー?」ラグリーンの男の子がいいました(「にょ」は「の」のことです)。どうやらマリエルのことを見て、そういっているようです。

 

 「リスレファンナおねえちゃん?」マリエルが思わず、たずねました(「ニャ」は「ナ」となるわけです)。

 

 「そんな人に、知りあいはいないよ? だれかと、まちがえてない?」

 

 マリエルがいいましたが、ラグリーンの男の子はゆびを口にくわえて、首をかしげていいました。

 

 「あれえー? ふしぎふしぎ。おかしいにゃあー。まあ、いっかあー。」

 

 男の子はそういうと、とつぜんぺこりと頭を下げて、三人のお客さんたちにいいました。

 

 「ぼくは、リュキアっていうにょ。お兄ちゃんたち、里長さんに、ごよう?」

 

 さとちょう、つまりこの里をおさめている、いちばんえらい人のことです。村でいえば、村長さんといったところですね。

 

 「うん、ぼくは、マリエル。こちらは、ロビーさん。そして、こっちがライスタ。」マリエルがみんなのことをしょうかいします。

 

 「ライスタって、しょうかいしないでよ! ぼくは、ライアンだってば!」ライアンがぷんぷん怒っていいました。

 

 「あれえー? マリエルさんって、やっぱり、前にきた人だねえー。じゃあ、やっぱり、おねえちゃんにょお友だちじゃにゃーい。」リュキアという男の子が、マリエルにそういいました。でもやっぱり、マリエルにはぜんぜん、心あたりがありません。

 

 「そのおねえちゃんってのが、だれだか? ぼくにはわからないな。あとで、しょうかいしてくれる? 前に会った人なのかもしれない。名まえをおぼえていなかったのかな? ぼくの頭なら、忘れるはずがないんだけど。」マリエルがさりげなく、じまんをいれます(うしろでライアンが、「んべっ!」と舌を出していましたが)。

 

 「まあいいや。とにかく今は、里長さんに会いたいんだけど。あんないしてくれるかな?」

 

 マリエルのその言葉に、リュキアはにっこり笑っていいました。

 

 「いいよ! こっち!」

 

 

 それからみんなはリュキアにあんないされて、里長さんの家がある、その大きな木のある広場までやってきました(ところで、この里はラグリーンむけに作られておりましたから、みんなはひとつの広場からつぎの広場までいくのに、けっこうくろうしました。なにしろそれぞれの広場は、みんなひとつずつが島のようになっていましたから、つぎの広場にいくためには、よいしょよいしょ! わきにつくられたお客さん用のかいだんを、のぼったりおりたりしていかなければならなかったのです。ラグリーンたちなら、ぴょーん! とジャンプしたり、羽でふわふわ飛んだりして、かんたんにいどうできましたが、ロビーたちは、そうはいきませんでしたから。

 

 ですからみんなは、さいしょはちゃんと、かいだんを使っていどうしていましたが、そのうち、めんどうになって……、いえ、時間のせつやくのために、ふたたびマリエルの魔法をたよることにしました。ふわふわえんばんのじゅつ、それと「ふわふわえんばんのじゅつ・ななめバージョン」などを使って、みんなは島から島へ。里長さんの家のあるこの広場まで、たどりついたというわけだったのです。う~ん、やっぱりまじゅつしがいると、らくだなあ。っていうか、ふわふわえんばんのじゅつって、ななめバージョンがあったんですね……)。そして里長さんの家は、その大きな木の上につくられていたのです(いわゆるツリーハウスというやつです。それの大きいものでした)。カルモトの家のある、あのとんでもないほどの大きさのルイーズの木とくらべたら小さいですが、それはあの木と、くらべたらの話。この里長さんの家がある木も、ふええ……、と見上げてしまうくらい、大きくてりっぱな木でした。

 

 その木が生えているところは、この広場のまん中でした(この里のまん中でもありました)。そして広場のそれいがいのところは、いちめんのはたけになっていたのです。うえられていたのは、なんともふしぎな作物でした。まるで、巨大なねこじゃらし! 地面から生えたくきの上に、人の背たけほどもある、みどり色のふさふさしたねこじゃらしみたいなかたまりが、のびていたのです。その名も、おっきいじゃらし! これは食べるのではなく、その実をほしてかんそうさせたものをくだいて、おふとんやクッションの中にいれたり、そのまま火をもやすねんりょうにしたりして、使うのです(にぎりこぶしくらいの大きさの実ひとつで、だいたい四時間くらいもえているのだそうです)。また、ラグリーンたちは食べませんでしたが、この実をこなにしたものをねってパンのようにしたものは、かれらのかっている鳥ややぎたちの、大好物でした(そしてその鳥のお肉や、やぎのミルクやチーズが、ラグリーンたちの大好物だったのです)。いろいろと、やくに立つ植物なんですね。

 

 ですがこの場所にきたロビーとライアンは、それらのことよりもなによりも、まずまっさきにおどろきの光景をまのあたりにしました。大きな木が立っているということや、巨大なねこじゃらしみたいな作物がうえられているなんてことは、それにくらべたら、ぜんぜんたいした問題ではなかったのです。では、そのおどろきの光景とは……?(びっくりするものをいちばんさいごに説明するという、わたしがよくやるパターンですね。すいません。)

 

 里長さんの家がある、その大きな木。その木のまわり。葉っぱやえだのまわり。その空中に、たくさんの生きたお魚さんたちが、むれをなしておよいでいました! ええっ! いったい、どうなってるの?

 

 空中を、生きた魚がおよいでいる。こんなの見たことありません!(エリル・シャンディーンのお城のホールで、魚のかたちをしたちょうこくが空中を魔法でただよっているのは、見たことがありましたが、こっちは生きた、ほんものの魚だったのです!)じつはこれこそ、アップルキント名物、空中お魚ばたけ! なんとこの木のまわりでは、まるで水の中にいるかのように、魚たちが自由におよぎまわることができました。魚たちは、ふつうの魚たちでした。そしてこの木も、大きいということをのぞけば、いたってふつうの木だったのです。では、なぜ? 

 

 ひみつは、この木の根もとの地面にあり。この木の根もとは、まわりをぐるりとさくでかこわれていましたが、そのさくの中の地面にしきつめられている土は、水の女神のせいなるみずうみの底から取った、魔法の土でした。この土の上では、たとえそこが地面の上であったとしても、魚たちは女神の力によって、水の中と同じように、空中で暮らすことができたのです! なんとも、しんぴ的な力ですね!

 

 そして魚たちが、こんなにたくさんここにいるわけ。それはすぐにわかりますよね。ラグリーンたちは、ねこの種族。そしてねこの大好物はといえば? そう、お魚です!ここは里長さんの家でもあり、そして同時に、ラグリーンたちの大好物の食べもの、お魚を育てている、いわば「ようしょく場」だったというわけでした。

 

 これでこの里が、ラグリーンたちのらくえんとよばれているりゆうが、おわかりいただけたかと思います。おひさまさんさんの光の下に、逃げまわるわた毛ボール。ねこじゃらし。そしてお魚さんたちがいっぱい。みんな、ねこの大好物ばっかりじゃありませんか! ねこの種族のラグリーンたちにとって、まさにここは、らくえんそのものだったのです(大好きなものにかこまれたせいかつ。いや、うらやましいかぎりです)。

 

 さて、おどろくのはこのくらいにしておいて……、そろそろ里長さんのおうちにおじゃますることにしましょう(ちなみに、おどろいているのはロビーとライアンの、ふたりだけでした。マリエルはいぜんにここへきて、この空飛ぶ魚たちのことも見たことがありましたので、「あいかわらず、すてきな景色だね。」とリュキアと話していただけだったのです)。

 

 ふいいん! 

 

 ふたたび、マリエルのえんばんエレベーターです(さすがにこれだけ使ってしまうと、もう、しんせん味がうすれちゃいましたね)。みんなはエレベーターに乗って、里長さんの家のそのげんかんの前まで、のぼってきました(ちなみに、里長さんの家はエレベーターを三回のぼったところにありましたが、一回のぼったところと二回のぼったところにも、同じような木のおうちがたっていました。ですからロビーとライアンは、それらのおうちが里長さんの家なのだと思って、二回ともそこにはいろうとしましたが、一けん目のきれいな家は、魚たちのせわをしているかんり人さんふうふのおうちで、二けん目のかざりけのない家は、里長さんの家のそうこでした。まぎらわしい!)。

 

 「くんくん。里長さんち、今日にょ朝ごはんは、お魚フライだあ。おいしそーだにゃー。」リュキアが鼻をくんくんかいで、思わずよだれをたらしながら、いいました(それはいいから、早くあんないしてね)。

 

 と、そのとき……。

 

 「おや? リュキアくんじゃありませんか。なにか用ですか? おや? その人たちは?」

 

 里長さんの家の入り口から、かわでできたチョッキを着た、三人の人たちが出てきたのです。その人たちのことを見て、ロビーもライアンも、またびっくり! とうぜん、ラグリーンの里長さんの家でしたから、そこにいる人たちもみんな、ラグリーンなんだとばっかり思っていましたが、なんとその人たちは、ねこではなくて、ねずみ! ねずみの種族の人たちでした! どういうこと?

 

 あとでマリエルからきいた話なのですが、このねずみの種族の人たちはラットニアという種族の人たちで、ラットニアはここからさらに山のおくに分けいった、かくれ里に、ひっそりと住んでいる種族なのだということでした。ですからラグリーンたちと同じく、アークランドの人たちでこのラットニアたちのことを知っている者は、ごくわずかだったのです。そのねずみの種族の人たちが、なぜ、ねこの種族のラグリーンの、里長さんの家にいるのかというと……、それは、むかしむかしのあるできごとが、きっかけなのだということでした。

 

 むかしラグリーンとラットニアは、けんかばっかりしていた、仲の悪い種族たちだったのです。そのりゆうは、今でははっきりしていないということでした。なんでも、ラットニアの王さまがかっていたペットのねずみを、ラグリーンの王さまがかっていたペットのねこが、食べてしまったとかなんとか……。これがしんじつかどうかはわかりませんが、とにかくそういったわけで、このふたつの種族たちは、いつもあらそってばかりいたのです。

 

 そこにとうじょうしたのが、とあるひとりの、シルフィア種族の者! どんな方法を使ったのかはわかりませんが、とにかくラグリーンたちとラットニアたちは、そのおかげで、もとの通りの仲のよい種族たちにもどることができました。

 

 それからおたがいの種族の者たちは、それぞれの仲をこのさきもずっと、深めていこうと考えるようになりました(すばらしいことです)。そのひとつとして、おたがいの里から相手の里へ、友好のための大使を送ることにしたのです。それぞれの里のよいところを、おたがいにべんきょうしあい、分けあっていこうというのがそのもくてきでした。そして今、里長さんの家から出てきたこのねずみの種族のラットニアの者たちこそが、そのラットニアの里ロムルンガルドからの、大使たちだったというわけなのです(以上、説明終わり。では、つづきを)。

 

 「あにょねえー、お客さんだよ。マリエルさんに、ロビーイさんに、ライスターさん。」ラットニアたちの言葉に、リュキアがこたえました(「ほら、ライスタっておぼえちゃったじゃんか! マリーのせいだよ!」ライアンがマリエルに、ぷんぷん怒っていましたが。ついでに、ロビーのこともロビーイとなってしまったようですね)。

 

 「おお、これはこれは。」ラットニアのひとりが、うやうやしくおじぎをしてそれにこたえます。どうやらこの人たちは、とてもしんし的な、れいぎ正しいりっぱな人たちのようです。ちょうどベーカーランドの白の騎兵師団の、騎士たちのような感じでした(はじめてロビーのほらあなにやってきたときのベルグエルムとフェリアルも、こんな感じでしたよね)。

 

 ラットニアたちが、じこしょうかいをおこないます。

 

 「われわれは、ラットニアの里、ロムルンガルドからの大使であります。わたしは、だいひょうをつとめます、リーリングル・リマシリングルスタールと申す者。いご、お見知りおきを。」

 

 「わたしは、ランクランドール・ラルールットール。よろしく。」

 

 「同じく、プリンクポント・パルピンプルラックルです。よくおいでくださいました。」

 

 え、っと……、リーリン、グルさんと、ランランドーさん。パルピンプルプル……、ああ! ぜんぜんおぼえられません! なんでこんな、舌をかみそうな名まえばっかりなの? 

 

 (名まえのことは、とりあえずおいておいて……)かれらのあいさつに、マリエルが同じくれいぎ正しくおじぎをして、こたえてかえしました(ちなみに、マリエルもかれらに会うのはこれがはじめてでした。いぜんここへきたときには、いずれもラットニアの大使たちは、くにへ帰っていたときだったのです。大使たちはいちねんの半分ずつを、おたがいの里でそれぞれすごしました。それに大使たちも十数人はおりましたので、いつも同じ人がいるとはかぎらなかったのです。よりによって、こんなにふくざつな名まえの人たちばっかりがきてしまうとは!)。 

 

 「ぼくは、マリエル・フィアンリー。エリル・シャンディーンからの使いです。こちらにいらっしゃるロビーさんに、道をしめすことが、ぼくのつとめなのです。ここに、リズ・クリスメイディンという男がきているでしょう? そのことで、ぜひ、里長さんのお力をおかりしたいのですが。」

 

 その言葉をきくと、ラットニアたちは急におたがいの顔を見あわせて、なにやらもごもごと話しはじめました。「知らないみたいだぞ。」とか、「われらから伝えていいものか。」とか。いったい、なんのことなのでしょう?

 

 しばらくして、ラットニアたちはマリエルの方をむいてこたえました。

 

 「そうでしたか。リズ……、さんでしたら、今、たきのみずうみに出かけているはずです。どなたか、ラグリーンの方に、あんないをお願いしましょう。」

 

 と、そのとき……。

 

 家の中から、ひとりのラグリーンの男の人が出てきました。ねんれいは、四十だいのなかばくらいでしょうか?(ちょうどアルマーク王と同じくらいでした。)身長は、ロビーよりもちょっとひくいくらい。からだはとてもほそく、すらっとしていましたが、がっちりとひきしまっていて、力強い感じがします。長いねこっ毛をうしろでひとつにたばねていて、それを前に持ってきて、胸の上にたらしていました。すべてを見通すかのような、するどい目。まるでけんじゃのようなたたずまい。ひとめでこのラグリーンの男の人が、すばらしい力を持ったゆうしゅうなるしどうしゃであるということが、知れました。そしてこの人物こそが、ロビーのさいごの旅において、なにものにもかえがたい、とても重要なやくわりを果たす人物となるのです。

 

 「おお……! ほんとうに……、ほんとうに、こにょときがやってきた……!」その人はロビーのことを見るなり、ふるえる声でそういいました(こんなにりっぱな感じの人でも、やっぱりラグリーンのしゃべり方です。かれらのしゃべり方は、読者のみなさんには、ちょっときき取りづらいかもしれませんが、わたしもありのままに伝えていきたいと思いますので、どうぞごかんべんを)。

 

 「こにょアークランドにょ、しれんにょとき……。精霊王さまにょ、よきにゃさった通りだ。」

 

 精霊王さまですって? これはなんだか、ただごとじゃない気がします!

 

 「ラフェルドラード里長、おひさしぶりです。」マリエルがぺこりとおじぎをして、あいさつしました。なるほど、この人が里長さんだったんですね。思っていたよりもずっと若いので、ちょっといがいでしたが(もっとおとしよりなのかと、かってにそうぞうしていましたが。はぐくみの森のランドン・ホップ村長や、フログルのわが家トーディアの、モラニス・レンブランド長老。どちらもだいぶ、おとしよりでしたから)。

 

 「精霊王さまの、よきとは? いったい、なんのことなのですか?」マリエルが、ラフェルドラード里長にたずねます。まあ、とうぜんのしつもんです。

 

 「うむ。」ラフェルドラード里長が、しっぽをからだの前にまわして、そのさきを手でなでながらこたえました(これが里長さんのくせのようでした)。

 

 「今から五年ほど前にょことだ。こにょアップルキントに、ふしぎにゃ客人がおとずれた。そにょ者は、精霊王さまにょ、使いだという。そして、そにょ者がいっしょにつれてきた、十さいにょウルファにょ少年。それこそが、きみなにょだ、ロビーベルク。わたしはきみを、はるかにゃ北にょ地へとはこぶように、たにょまれたにょだよ。」

 

 な、なんと! このアップルキントの里長、ラフェルドラードこそが、アークランドの北の地の森へとロビーのことをはこんだ、そのちょうほんにんだったのです! なんという、運命のめぐりあわせなのでしょう!(そのときのことを、ここですこし説明しておきます。ロビーはそのとき、イーフリープでのきおくを消され、北の地の森の入り口にはこばれるまでのあいだ、ずっと眠ったままでした。ですからロビーは、自分がどうやってその地までやってきたのか? わからなかったのです。ロビーはこのラグリーンの里長ラフェルドラードの背中に乗せられ、そのつばさの力をもって、空から北の地の森まではこばれていきました。

 

 目がさめたとき。ロビーはひとりぼっちでした。ロビーはそのまま、さそわれるように、目の前の森の中へと進んでいったのです。そしてさいごに、ロビーがたどりついたのは……、そう、かなしみの森とよばれる、さびしげな森の中の、うちすてられたほらあなでした。)

 

 ラフェルドラードがつづけます。

 

 「そして、精霊王さまにょ使いは、わたしにこういった。『こにょウルファにょ少年は、にょちに、たいへんにゃ運命にょ中へとふみこんでいくことににゃる。ラフェルドラードよ。わが、とにょぎみ、精霊王さまは、よきにゃされた。こにょ少年は、こにょさき、ふたたび、そにゃたにょ前にあらわれることとにゃるだろう。そして、そにょときこそ、こにょアークランドにょ、しれんにょとき。さいごにょ運命にょときを、むかえるときにゃにょだ』と。」

 

 ラフェルドラードの言葉に、マリエルは静かにうなずいてみせました。

 

 「そにょ……、いえ、その通りです、里長さん。このアークランドは今、運命のときをむかえています。まさに、いっこくをあらそうのです。」

 

 ロビーもライアンも、しんこくな顔をして、マリエルの言葉にこたえます。

 

 「そにゃたたちにょ、旅にょもくてきは、よくわかった。」ラフェルドラードはすべてをりかいしたかのように、そのひとみをとじていいました。

 

 「わたしは、精霊王さまより、すべてをたくされている。わたしは、わたしにょ運命に、したがうにょみだ。」

 

 そしてラフェルドラード里長は、ゆっくりとそのひとみをひらいて、ロビーにいったのです。

 

 「ロビーベルク。わたしは、もういちど、こにょつばさをもって、きみにょ手とにゃり、足とにゃろう。きみは精霊王さまにょところへいき、さいごにょ運命にょ力を手にする。そにょあときみは、さいごにょしれんにょ中へと、旅立たねばにゃらにゃい。それはもう、わかっているにゃ?」

 

 ロビーは静かに、ラフェルドラードの言葉にこたえました。

 

 「ラグリーンをだいひょうして、ロビーベルクよ。きみに、敬意にょ心をあらわす。わたしはきみを、ほこりに思う。ラグリーンは、持てるかぎりにょ力をもって、そにゃたたちに協力するだろう。」ラフェルドラードが静かにいいました。

 

 「あなた方の旅に、心からの敬意をひょうします。われらラットニアも、すべての力をもって、アークランドのためにつくしましょう。」三人のラットニアたちも、ラフェルドラードにつづいて、ロビーたちにあつい敬礼をおくりました(かれらラットニアたちは、こののち、南からのやばんな勢力が黒の軍勢に加勢するのを防ぐために、その南の守りのかなめとして、かつやくすることになるのです。そのかつやくの場面は、ざんねんながらこの物語の中では語られませんが、かれらのはたらきは、ほんとうに大きなものでした)。

 

 「まずは、リズ・クリスメイディンだったにゃ。」ラフェルドラードがいいました。「かにょ……、いや、かれは今、たきにょみずうみにいる。朝にょ日光よくに、出かけているところだ。使いにょ者に、あんにゃいをさせよう。」

 

 「それにゃら、ぼくがいくよー。」リュキアが、あいだにわってはいりました。「ぼくにゃら、よく、みずうみまで、あそびにいくもんー。」

 

 リュキアがそういうと、急にラフェルドラードがリュキアのことを手まねきして、それからふたりで、なにやら話しはじめました。「あにょことは、しゃべってはにゃらんぞ。」とか、「われらにょ、おんじんにょ意志だ。」とか。いったいさっきから、なんのことだというのでしょう? それに対してリュキアの方も、「ええー、にゃんでー。」とはじめはしぶっていましたが、やがて「わかった、へいきだってばー。」としょうちしたみたいでした。

 

 「こにょリュキア・リストネルが、そにゃたたちをあんにゃいする。たきにょみずうみは、こにょ岩山にょ、おくだ。」

 

 ラフェルドラードがそういって、うしろにそびえる岩山のことをゆびさしました。たきのみずうみというのは、その通り、たきのあるみずうみのことでした(すでになん回か名まえが出ていましたので、みなさんもちょっと、気になっていたことでしょうが)。なんでもみずうみのまん中にひとつの島があって、その島にある山から、いつまでもかれることのないたきが流れ落ちているというのです。ここからそう遠くないということでしたので、仲間たちはさっそく、ラグリーンの男の子リュキアのあんないで、リズのいるというそのみずうみへとむかうことにしました。

 

 「あ、そにょ前に!」急にリュキアがいいました。「里長さん、ごほうびに、今、魚にょフライちょーだい!」

 

 やれやれ……。ラフェルドラードはあきれたように、おくのだいどころからあげたての魚のフライを三びき持ってきて(自分の口にも、一ぴきくわえてきたようですが……)、リュキアにあげました。

 

 

 「さいごにょ旅にょ、道にょりにょことについては、おにょずとあきらかとにゃろう。」さいごにラフェルドラードが、旅立ってゆくロビーたちにいいました。「すべては、精霊王さまがみちびいてくださるはずだ。心配せずに、イーフリープへとむかわれるがよい。」(ノランもいっておりました通り、怒りの山脈へとむかうさいごの道のりのことについては、旅の者たちにとっては、すべて精霊王のみちびきにたくされていたわけでした。マリエルでさえも、ノランからその道のりのことについては、きかされてはいなかったのです。精霊王のもとへゆけば、それはおのずと、あきらかになるだろうと。) 

 

 その言葉に、ロビーは深くかんしゃして、ただ心のこもったみじかい言葉を、おくってかえすばかりだったのです。

 

 「ありがとうございます。ほんとうに、ありがとう。」

 

 

 みずうみまでは、たいしたきょりではありませんでした。岩山のあいだにつづくほそい道を、いちれつになって進んでいくと……、目の前に、なんとも気持ちのよい、すんだ水をたたえた大きなみずうみがあらわれたのです。

 

 「ここだよ!」リュキアが、うれしそうにいいました。

 

 そこはまさに、らくえんとよぶのにふさわしいところでした。アップルキントはねこの種族のラグリーンたちにとって、まさにらくえんでしたが、ここはラグリーンたちでなくたって、だれもが、らくえんだとみとめるはずです。みずうみから渡る、ここちのよい風。ささあー、とたなびく、美しく静かな水の音。そしてみずうみのほとりにさきみだれる、たくさんの花々。鳥の声……。ほんとうに、こんな場所はさがそうとしたって、なかなか見つかるというものではありません。まさに、しぜんの宝物。この場所はそんな言葉がぴったりとあう、しぜんからのすばらしいおくりものでした。

 

 ロビーとライアンはもちろんでしたが、マリエルも、この場所にきたことはありませんでした。マリエルがアップルキントにきたのは、じつは二回だけでしたので、このみずうみにくるきかいがまだなかったのです。

 

 そんなマリエルが、あたりをきょろきょろと見渡して、リズのことをさがしていると……。

 

 「あっ、あそこー。およいでたみたいだねえ。今、みずうみから、上がってきたよ。」リュキアがみずうみの右の方をゆびさしながら、いいました(こんなきせつにおよいでるの! とびっくりされるかもしれませんが、このみずうみの水は、じつはとってもあたたかいのです。さらにそもそも、この場所自体があたたかいのでした。このみずうみのまわりは、精霊の力がとても強いのです。風の精霊はこのあたりの空気を、植物や動物にやさしいあたたかなものにたもってくれておりましたし、水の精霊は同じく、このみずうみの水を、魚や水の生きものたちにやさしいあたたかなものに変えてくれていました。ですから、ふつうならまったくもって寒中水えい! というようなこのきせつでも、ここちよくおよぐことができたのです。そしてリズもまた、精霊の種族。リズはもともと、およぐのが好きでしたので、精霊の力のあふれるこのみずうみでおよぐのは、とっても気分がいいのでした)。

 

 ですがそれがこのあと、みんなにとってなんとも思いもかけないじたいをまねくことになろうとは、このときだれもが、よそうすらしていなかったのです。

 

 「あれえー? ああーっ! まいったにゃあー。」

 

 リュキアがとつぜんそういって、両手で目をおおいました。どうやら、みずうみから上がってきたリズのことを見たから、そういって目をおおったようです。いったいどうしたの? みんながそのリズの方を見てみると……。

 

 「ああーっ!」

 

 ロビーもライアンも、びっくりしてさけんでしまいました。ですがですが、だれよりもびっくりしてしまったのは、リズのことをよく知っている、マリエルだったのです。

 

 「え……? ええええーっ!」

 

 なんともマリエルらしからぬ、びっくりぎょうてんの声! それもそのはずでした。マリエルが見たもの、それは今までマリエルがいだいていた、リズに対する見かたを、まったくもってくつがえすものでしたから。

 

 みずうみから上がってきた、青いかみの若者。すらりと美しいそのからだには、まったくなんにも身につけられていませんでした。つまり、まっぱだかだったのです。でもそれだけでは、みんながこんなにおどろくことはありません。水着に着がえるのがめんどうで、はだかでおよぐ。いいかげんなリズならやりかねません。みんながおどろいたのは、そんなことではありませんでした。

 

 「ああーっ! マ、マリエルじゃんか! なんでここに!」

 

 リズがマリエルのさけび声に気がついて、こちらをむきました。あわてて、地面からひろい上げたタオルで、からだをかくします。ですがもう、おそいのでした。マリエルもロビーもライアンも、みんなが、リズのかくされたひみつに気がついてしまいましたから。

 

 リズ・クリスメイディン。シルフィア種族の青年で、エリル・シャンディーンのもと剣じゅつしなんやく。精霊王のトンネルをあけることのできる、ゆいいつの男……。ですがノランのその説明は、まちがっていました。ゆいいつの男……。ちがったのです! なんとなんと、リズは男ではありませんでした。女だったのです!(つまり男の人と女の人のひとめでわかるちがいを、みんなは見てしまいました。胸……、もありましたが、それよりもっと、はっきりとわかる方を……。あんまりはっきりいうとまずいので、このへんにしておきましょう。いわなくても、おわかりですよね?)

 

 「なんで、じゃないよ! ぼくの手紙も読みもしないで! それに、これってどういうこと! お、女だったの? ぼくを、だましてたのか!」

 

 マリエルが、怒りとおどろきと、もうなんともいえないふくざつな気持ちを、全部まとめてリズにぶつけました。その気持ちもわかりますよね。ずっと男だと思っていた友だちが、じつは女だったなんて、こんなにおどろくこともありませんもの。そしてさきほどからラフェルドラード里長やラットニアの大使たちがひそひそと話していたことも、これでわかったのです。リズは自分が女であるということを、ラグリーンたちには伝えていました。ですがノランやマリエルや、お城の人たちには、まだ話していなかったのです。女だということがばれると、いろいろとめんどうなことが起きそうだ、というのがそのりゆうでした(すでに自分がシルフィアだともらしてしまったことで、けっこうめんどうなことになっちゃってましたからね。それに男だと思われていた方が気らくだから、だまっておこう、というりゆうも大きかったのです)。

 

 ですからリズは、マリエルといっしょにアップルキントにきたとき、ラグリーンたちには「マリエルには自分が女だということをないしょにしていてくれ」とお願いしていました(そのお願いは、ラグリーンたちからラットニアたちにも伝えられました)。そしてリズは、シルフィア種族の者。シルフィアに大きなおんがあるラグリーンたち(とラットニアたち)は、リズのそのお願いを、かたく守ってきたというわけなのです(ですけどリュキアはまだ小さくて、そのことにあまり頭がまわっていませんでした。ですからはじめ、やってきたマリエルのことを見て、思わず「おねえちゃんのお友だち」といってしまったのです)。

 

 そしてもうひとつ。リズというのは男の人の名まえで、じつはこれは、リズが自分で考えてつけた名まえでした。リズのほんとうの名まえは、リスレファンナといいました。リスレファンナは、女の人の名まえ。ですからリズは、男の名まえであるリズという名まえを、ふだんは名のっていたというわけなのです(でもリュキアはリスレファンナという名まえの方しか知りませんでしたから、「リスレファンニャおねえちゃん」とよんでいたというわけでした。以上、説明終わり!)。

 

 

 さて、なぞがとけたところで、リズのいいわけをどうぞ。

 

 

 「い、いやさ、いつかは、いおうと思ってたんだよ。ついつい、それがのびちゃって、いいづらくなっちゃってさ。ほんと、だますつもりはなかったんだよ、うん。」

 

 ですがマリエルは、ぜんぜんなっとくしません。

 

 「そんないいわけが、通ると思ってんの! ぼくだけじゃなく、おししょうさままでだまして! いいかげんにも、ほどってものがあるんだから!」

 

 「いや、べつに、ノランのじいさんにまでいわなくてもいいじゃん。それにほら、べつに、女か? なんてきかれなかったし、問題ないだろ?」

 

 リズのあきれたいいわけに、マリエルはもうかんかんです!

 

 「問題あるよ! それに、おししょうさまにむかって、じいさんとはなんだ! もう、怒ったぞー!」

 

 マリエルの持っているつえのさきから、ばちばち! ときいろい火花が!(ライアンもいぜん、同じ目にあいましたよね。)さあたいへん! いったいリズは、どうなっちゃうんでしょうか?

 

 「ちょ、ちょっと待って! マリエルくん!」

 

 やっぱりここで、ロビーのとうじょうですね。こまったときの、ロビーだのみ!

 

 「べ、べつに、今のぼくたちにとっては、リズさんが、男か女か? なんてことは、そんなに重要なことじゃないんだし……、リズさんも、悪気があってのことじゃなかったみたいなんだから、もう、ゆるしてあげて。」ロビーがリズとマリエルのあいだにはいって、マリエルのことをせっとくしました。

 

 「そ、それに……」ロビーはそこまでいって、急に顔をまっ赤にそめてしまいます。

 

 「あ、あの、はじめまして、リズさん。ぼくは、ロビーです。それで、あの、できれば……、服を着てほしいんですけど……」

 

 そうでした! さっきからずっと、リズははだかんぼうのままなのです! しかもいいわけをしているあいだに、タオルがめくれて、ちらちら……。ロビーはすっかり、はずかしくなってしまったというわけでした。

 

 これにはマリエルも「むむむ……!」とうなって、ロビーの言葉にしたがうしかありません。よかった、とりあえずロビーのおかげで、この場はなんとかおちつきそうですね。ふう、やれやれ。

 

 

 さて、リズもすっかり服を着て、これでいっけんらくちゃく! とはまだいきそうにありませんが、とにかくひとだんらくです(ところで、リズが着がえているあいだ、みんなはもちろんうしろをむいていました)。

 

 服を着たリズは、ほんとうに男の人みたいでした。その美しい青いかみは、男の人みたいにみじかく切ってありましたし、服もズボンもブーツも、みんな男の人のものだったのです(これではみんな、リズのことを男だと思ってうたがわないのも、むりはありません。でも顔だけを見てみれば、とっても美しい顔立ちをしておりますし、女の人だといわれれば、みんなそうだと思うことでしょう。

 

 でもあらためていわれなければわからないというのも、またじじつでした。リズの顔は、男とも女ともどちらともつかない、そのあいだのような顔立ちをしていたのです。美人であることに、まちがいはありませんでしたが)。ですがひとつだけ、男の人の衣服ではつごうの悪いものがありました。それが、下着だったのです。いくら男のかっこうをしているリズでも、下着ばかりは女の人のものを身につけざるを得ませんでした。そう、リズの家にあった、ロビーの見つけたあの下着。そのしょうたいは、じつはそういうことだったのです(ロビーもわたしも、思わずとんでもないまちがったそうぞうをしてしまいましたが……、じじつがわかって、よかったよかった!)。

 

 「だいたい、なんでそんなかっこうしてるんだよ。ほんとうは、女のくせして!」マリエルがまだ、ふに落ちないといった顔をして、むくれていいました。「女だったら女らしく、ちゃんとしたかっこうができないの!」

 

 みなさんもごぞんじの通り、マリエルは自分が女の子だとまちがわれるのが、いちばんきらいです。ですからマリエルは、「女は女らしく」「男は男らしく」という、強いポリシーを持っていました(そのわりには、自分も女の子みたいにかわいい服を着ているような気が……)。

 

 「これは、おれのスタイルなの! だって、ひらひらのドレスなんか着てたら、動きづらいじゃんか。こっちの方が、らくでいいだろ。」リズが、はんろんします。リズにはリズの、ポリシーがあるようですね。

 

 「その、おれっていうのも、やめるべきだよ。その言葉使いに、そんなかっこうじゃ、だれだってだまされちゃうじゃんか。む、胸だって、ぺったんこなんだから。」マリエルがさらにいいかえしました。なるほど、まことに失礼ながら、マリエルのいう通り。リズの胸は、あんまりないというか……、その……、たしかに、ぺったんこだったのです(ご、ごめんなさい!)。

 

 「ぺったんこっていうな! これでも、すこしは、あるんだから! 見ろ!」そういってリズは、服をべろっ! とめくって、胸を見せようとしましたが……。

 

 「わわわーっ! ちょっと! 見せなくていいよ!」マリエルもロビーもライアンも、顔をまっ赤にそめて、大あわてでとめました(ふう、よかった。まったく、なんておそろしい)。

 

 

 さあ、「リズは女の子」問題については、そろそろけっちゃくをつけてもらって……、ほんらいの旅のもくてき、精霊王のトンネルをあけるという、その問題の方に取りかかってもらわなくてはいけませんね(あいかわらず、話がすんなりと進まないことが多いです)。

 

 みんなはここで、おたがいのことや旅のもくてきのことなどをぜんぜんリズに伝えていないということに、ようやく気がつきました。だってはじめから、とんでもないことばっかりつづいてしまいましたもの、頭の中がパニックになってしまったとしても、むりはありません(はじめての出会いがまるはだかで、しかも男かと思ったら女で……、なんて、もうめちゃくちゃでしたから)。とにかくみんなは、こうしてここに、(さんざんくろうしつつも)めざすリズ・クリスメイディンという人物のもとにたどりつき、そしてその重大な旅の内ようのことを、リズに伝えることができたのです(ちなみに、リズの名まえはほんとうはリスレファンナ・クリスメイディンなわけですが、ほんにんもリズとよんでもらいたがっておりましたので、これからも今まで通り、リズとよぶことにします。読者のみなさんも、その方がまぎらわしくなくていいですものね)。

 

 「なーるほどね。」

 

 旅のことについての話をきかされたリズが、うでをくみながらこたえました。

 

 「よくわかったよ。じゃあおれは、あの精霊王のトンネルを、あければいいってことだろ。かんたんじゃんか。」じつにリズらしい、あっけらかんとしたこたえです。

 

 「かんたんなことじゃないよ!」マリエルが怒っていいました。「ぼくたちには、もう、ぜんぜん時間がないんだから! さいごの戦いは、もう、すぐそこなんだぞ! 今日、はじまるかもしれないんだ!」

 

 これには、今までのんきにしていたリズも、さすがにたいどをあらためます。

 

 「だいたい、ぼくの手紙を読まないで、ほったらかしておくのが悪いんだよ! はじめから家にいてくれれば、こんなに遠まわりしないでもすんだんだから。」マリエルがつづけました。マリエルのいう通り、リズがきちんとマリエルの手紙を読んでさえいれば、今ごろは、いたってじゅんちょうに、精霊王のトンネルにむかってその歩みを進めていられたはずなのです。 

 

 「あ、あとで読もうと思ってたんだよ。忘れちゃってさ。で、でもさ、いくら、黒の軍勢っていったって、ベーカーランドには、ふたつのとりでがあるじゃないか。そんなにかんたんに、せめこんでこられないよ。」リズがいいました。ですがこのリズの言葉が、ますますマリエルのことを怒らせてしまったのです。

 

 「ふたつのとりでだって! そんなことまで知らないのか! リュインのとりでは、もう、黒の軍勢の手に落ちてしまったんだぞ! エリル・シャンディーンの守りは、今や、べゼロインのとりで、ひとつだけなんだから!」

 

 そう、リズはまだ、リュインのとりでが落ちたということを知りませんでした。そのことはもうとっくに、エリル・シャンディーンからのていきびんで、リズにはしらされているはずでしたのに。

 

 つまりリズのいいかげんさが、ここでも出てしまったというわけなのです。リズはエリル・シャンディーンからのその手紙を、まだ読んでいませんでした! あとで読もうと思って部屋のすみに放っておいたのを、すっかり忘れて、いまだにそのままというわけだったのです(ロビーたちがリズの家でさがしものをしているときにも、この手紙は発見されませんでした。なにしろ、たくさんの本や物の下に、すっかりうもれてしまっていましたから)。

 

 そして、読者のみなさんはもう知っていることですが、残るひとつのべゼロインのとりで。そのとりでも今やもう、黒の軍勢の手に落ちてしまっていました……。とりでが落ちたのは、今日の夜明け前。旅の中にあるマリエルたちがまだそのことを知らなかったのは、とうぜんのことだったのです(魔法のわざをくしすればマリエルたちにそのことを伝えることもできるでしょうが、マリエルもこの旅は、そうおうのかくごを持ってのぞんでいる旅でしたから、そんなにひんぱんにお城とれんらくを取りあうなどということは、考えにいれてはいなかったのです。このさいごのときにあたっては、たとえどんなことが起ころうとも、自分は自分の力のおよぶかぎり、さいぜんをつくすだけでしたから。

 

 ちなみに、マリエルの使っていたちょうちょおたよりのじゅつですが、この魔法はあらかじめさだめておいた、動かないとくていの地点にしか、手紙をとどけることができませんでした(リズの家の場合は、ポストの中が、その地点にされていました)。しかもそのきょりも、エリル・シャンディーンからリズの家までなどの、ひかく的近くのちいきまでだけにかぎられていたのです。ですからこのアークランド世界では、くにとくになどの遠くはなれたところとれんらくを取るためには、みなさんもごぞんじの、でんれいの鳥が使われることがいっぱん的でした。

 

 もっとも、アーザスが使っていてノランも使うことのできた、あの動物のからだを通して話しをするというわざなら、遠くの場所ともれんらくを取りあうことがかのうでしたが、これはほんとうに、このアークランドではアーザスのほかには大けんじゃノランくらいにしか使うことのできない、むずかしい魔法でした。それにノランも、つねにどこかの地をいそがしく動きまわっておりましたから、この魔法を使ってアルマーク王やマリエルをふくめ、ほかの者たちとれんらくを取りあうなどということも、していなかったのです。ノランはほんとうに、もっとも必要なときにもっとも必要なことだけをおこなうという、とてもとくべつな人物でした)。

 

 マリエルの言葉をきいて、リズの顔つきが急に変わりました。今までに見たことのないような、おどろきと怒りと不安がいりみだれているかのような、そんな表じょうになったのです。リュインとりでが落ちた。それをきけば、だれだっておどろくはずです。ですがリズの表じょうは、とてもそれだけではいいあらわせないような、ふくざつなものでした。なにがリズの中に、起こったというのでしょうか?

 

 「リュインが、落ちただって……!」リズがゆびさきをふるわせながら、いいました。

 

 「まさか、そんな。うそだろ?」

 

 リズはそういってマリエルのことを見ましたが、マリエルはきびしい顔をして、だまって首を横にふるばかりでした。リズはロビーとライアンの方も見ましたが、かれらもまた、ざんねんそうな顔をして、それにこたえるばかりだったのです。

 

 「そんな……。それじゃ、リストールは? リストールはどうなった? ぶじなのか?」

 

 リストール、それはノランが口にしていた、リュインのしきかんのことでした。リストール・グラント。ノランの言葉によれば、かれのそんざいはこのさいごの戦いのときにおいて、とても大きな意味を持つことになるだろうとのことでした。そのリストール・グラントの名まえが、今ここで、リズの口から飛び出したのです。リズとリストール。なにかとくべつなものでもあるのでしょうか? 

 

 「わからない。リュインの兵士たちも、みんなだ。」マリエルが、しんこくな顔をしてこたえます。

 

 「助け出そうにも、かんたんなことじゃない。敵の手に落ちたリュインの地から、ほりょたちを助け出すことは、とてもむずかしいことだからな。ノランおししょうさまも、そのことをあんじていたよ。」(マリエルの言葉の通り、敵の目に見張られたリュインの地からほりょたちのことを助け出すということは、かんたんなことではありませんでした。まずは、いくさでのルールです。いくさにやぶれて自国のとりでをうばわれたくには、そこから十四日以内のあいだは、ふたたびそのとりでを取りもどすためのいくさを相手国にしかけることはできない、というルールがきめられていました(このルールは、とりでを勝ち取ったくにに、そのとりでをさいていげんりようすることのできるけんりを与えるためのものでした)。このルールがあったため、リュインが落とされたとき、すぐさま兵をあげてとりでを取りもどしにむかうというようなことも、ベーカーランドにはできなかったのです(ちなみに、とりでをうばわれてから十四日以内でも、そのきかんの内にほかの場所での相手国とのいくさに勝つことができれば、もういちどそのとりでを取りもどすためのいくさを相手国にしかけることができるというルールもありました。ですがワットとのつづくいくさは、もはやべゼロインでの戦いのみでしたから、やはりベーカーランドの者たちには、すぐさまリュインを取りもどしにむかうようなことは、できなかったのです)。

 すくない人数で敵の目をくぐりぬけて、リュインとりでにひそかにふみこんでいくなどということも、とてもむりでした。シープロンのわざをくしすれば、敵に見つからないように、リュインの地を通りぬけるくらいのことはできるかもしれませんが、こんどはそれとは、わけがちがうのです。敵のしゅうけつする、そのただ中に、ふみこんでいこうというのですから。

 

 とらわれの者たちのことを助け出すことは、ベーカーランドの者たちにとっては、今はとてもむりなことでした。リュインからべゼロインの地へと、敵の軍勢がすっかり進軍してしまったあとでなら、リュインとりでのけいびも多少うすくはなります。そのときに、敵の目のうすくなったとりでのはんたいがわにまわることができれば、ほりょたちを助け出すこともできるかもしれません。ですがそれでも、それはとてもむずかしいことでした。けいびがうすくなるだろうとはいえ、やはり、多くの敵の目の光るそのただ中に、ふみこんでいこうというのですから(しかも敵の目は、とりでだけではなく、その地のすべてにいき渡っているのです)。そんな、大それたことのできる者たちが、いるでしょうか?)

 

 マリエルの言葉に、リズはしばらくだまったままでした。両のこぶしをぎゅっとにぎったまま、身動きひとつしませんでした。

 

 そしてようやく。リズはとつぜん、こんなことをいったのです。

 

 「リストール・グラント……、リステロント・グランテルド……、かれは、おれの兄さんだ。」

 

 ええっ! なんと、またしてもいがいなじじつが出てきました! リストール・グラントしきかんは、じつはリズのお兄さんで、ほんとうの名まえはリステロント・グランテルドというそうなのです。グランテルドは、リズのお父さんのみょうじ。そしてリズの名のっているクリスメイディンというのは、お母さんのみょうじでした。リズとリストールは、自分たちがきょうだいであるということをまわりにかくしておくために、べつべつの名まえを名のっていたのです(ではなぜ、わざわざかくしておかなければならなかったのか? それはもちろん、ひとつのりゆうのためでした。かれらがシルフィアだからです。シルフィアだということが知れると、いろいろとめんどうなことになるということを、かれらの種族の者たちは、よく知っておりましたから。

 でも兄のリステロントのその思いは、リズが口をすべらせたことによって、はかなくも消えてしまったというわけでした。それでもリズときょうだいであるということがわかれば、リストールもまた、シルフィアだということが知られてしまいますから、ふたりがきょうだいであるということは、みんなにはそのまま、ひみつのままにしておいたというわけなのです)。

 

 失われし精霊の種族、シルフィア。ふだんはシルフィアであるということも、きょうだいであるということもかくしながら、暮らしつづけてきた、リズとリストール。その兄のリストールの身が、敵の手に落ち、ぶじであるのかどうかすらもわかりませんでした……。リズにとって、こんなにもつらいことはないでしょう(同じく、おとうとのレイミールが敵の手に渡ってしまったハミール・ナシュガーも、どんなにつらい思いでいるのでしょうか……)。いくらリズがいいかげんなせいかくだとはいっても、こんなじじつをきかされては、れいせいでいられるはずもありませんでした。

 

 「そ、そうだったのか……」マリエルが、うつむいていいました。これではさすがにマリエルも、リズのことをこれ以上、悪くいうこともできません。ふたりはすっかり、気を落としてしまいました。

 

 ですが……。

 

 こんなときのために、この子がいるのです。いつだって、どんなときだって、明るく前むきに考える。その気持ちがみんなのことを助け、大きな力と、勇気と、きぼうを与えてくれる。

 

 

 それは、そう、われらのライアン・スタッカートくんでした。

 

 

 「ノランさんが、いってたよね。リストールさんのことは、まかせておけって。」

ライアンが、ふいにそういいました。マリエルもリズも、「えっ?」といって、ライアンの方を見ます。

 

 「ノランさんって、たよりにならない人なの?」

 

 ライアンがマリエルに、わざとそうしつもんしました。

 

 「ばかなことをいわないでよ! おししょうさまは、この世界でいちばんたよりになる、いだいなるけんじゃなんだから!」

 

 マリエルがむきになってこたえます。でもそれは、ライアンの思うつぼでした。

 

 「ねえ、リズさん。リストールさんって、たいしたことないしきかんなの?」

 

 ライアンの言葉に、こんどはリズの方が、むっとしてこたえました。

 

 「あいつは、ゆうしゅうだよ! おれがいうのもなんだけど、どんなことだって、あいつなら乗り越えられるんだ。」

 

 そして、ふたりのその思い通りのこたえに、ライアンは「ふふっ。」と笑っていったのです。

 

 「なら、だいじょうぶじゃない? 世界いちのけんじゃが、力をつくしてくれてるんでしょ? その前に、どんなことでも乗り越えられるゆうしゅうなしきかんなら、自分でなんとかしちゃうかもね。心配いらないんじゃないかな?」

 

 リズもマリエルも、すっかりあきれてしまいました。ですけど今のふたりにとって、こんなにも助けられる、気持ちのらくになれる言葉もなかったのです。リズの心に重くのしかかっていた、なまりのような思い。リズはその思いが、ライアンの言葉によって、どんどん晴れ渡っていくのを感じました。

 

 同じく、考えに考えぬいて、いつでもさいこうのけつろんをもとめようとするマリエル。ですけどいくら考えたところで、どうにもならないことだって、世の中にはそんざいするのです。ときには、気らくすぎるように考えたっていいということもあります。それもまた、ものごとにさいこうのけつろんを与えてくれる、ひとつのしゅだんとなり得るのですから。マリエルはライアンに、教えられてしまいました。

 

 

 「ふふっ。おまえ、なかなかいうじゃんか。」リズが、ライアンの方にぐいっとにぎりこぶしをつき出して、いいました(これはリズが気にいった相手に対しておこなう、敬意のポーズでした)。

 

 「ライスタには、かなわないや。」マリエルもリズにつづけて、あきれ顔でそういいました(ですけど心の中では、マリエルはライアンに深くかんしゃしていたのです)。

 

 「おーっし! ノランのじいさん、よろしくたのむぜ! あにきの運命、じいさんにあずけたからな!」リズがそういって、こぶしを空高くつき上げました(どこにいるのか? わかりませんでしたが、これはノランに対しての敬意のポーズなのです)。

 

 「じいさんっていうな! まあ、でも、これで、ぼくたちの道はかたまったな。」マリエルがそういって、みんなのことを見渡しました。

 

 そしてマリエル、リズ、ライアンの三人は、おたがいの顔を見あって、それぞれにこぶしを空につき上げながら、声高くさけんだのです。

 

 「今すぐ出発するぞ! 精霊王のトンネルに!」

 

 

 こうして、このノランべつどう隊に新しい仲間が加わりました。失われしシルフィア種族の青年、リズ・クリスメイディン。かれ……、じゃなかった、かのじょは、いったいどんな力をひめているのでしょうか?(精霊王のトンネルをあけられる、というのは、もうわかっていましたが。) 

 

 

 さすが、ライアンだな。

 

 そんなかれらのやりとりのことを見て。ひとりロビーは、心の中でそう思いました。

 

 

 でも……、ぼくは、さいごまでライアンといっしょにいくわけには、いかないんだ……。

 

 

 マリエルと肩をくんでにこにこ笑っているライアンのことを見ながら、ロビーはふくざつな思いになりました。きたるべく、さいごの戦い……。それは自分ひとりでいどまなければならないのだということに、ロビーはもう、気がついていたのです。お父さんを助けること。そして、アーザスとのたいけつ……。それらはただ、ロビーひとりだけにゆるされた、さいごの運命の道でしたから。

 

 物語は、これからいよいよ、そのさいごのクライマックスの中へと流れこんでいくのです。

 

 

 

 

 

 




次回予告。


  「がーはっはっはっは! たわいもないわい!」

    「わたしは、今すぐにでも、タドゥーリ連山にむかわなければなりません。」

  「そうじゅうは、からだでおぼえろ!」

    「らーいあーん、すたっかーあとー!」


第22章「それぞれのむかうさき」に続きます。



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22、それぞれのむかうさき

 ここはこのアークランドのどこかの、とある岩だらけの、ものさびしい荒れ野の中。今その荒れ野の中を、たくさんの者たちが、まっすぐにれつをなしてぞろぞろと進んでいるところでした。その数は、すくなくとも二百人以上。じこくはもうすぐ、ま夜中にさしかかろうかというころでしょうか? こんな時間に、こんなところをこんなに大人数で進んでいるなんて、まったくもってふつうじゃありません。かれらはいったい、なに者なのでしょうか?

 

 れつのまわりには、黒いたいまつを持った者たちがいて、進む者たちのことを見張っていました。たいまつを持ったその者たちは、兵士たちでした。みな黒いよろいかぶとに身をつつんでいて、腰にはきみの悪い黒いさやにおさまった剣が、さしてあります。長いやりを持った者もいました。このやりもまた、黒いすみでまっ黒にぬられた、うすきみの悪いやりでした。

 

 この兵士たちが、どこの兵士たちなのか? 読者のみなさんになら、これ以上説明しなくてもおわかりだと思います。れつの先頭には、同じく黒いよろいを着た兵士たちが、そのさきに黒いはたぬのをつけた長いぼうを、かかげていました。そのはたぬのにそめられたしるしは、まさしくワットのはたじるし。いうまでもなく、この兵士たちは、ワットの者たちだったのです。

 

 ですが、待ってください。れつのまわりで、たいまつや、やりや、はたぬのを持っている者たちは、たしかにワットの者たちでした。しかしこの場所には今、そんなワットの兵士たちなんかよりも、はるかにたくさんの、べつの者たちがいたのです。その者たちは、ざっと見つもっても、二百人ほど。つまりこの場にいる者たちの大半の部分でした。

 

 そのかれらがいたのは、このれつのまん中の部分でした(つまり、このれつの大半の部分ということでした)。そしてよくよく見てみれば……、なんてこと! その人たちは、みなそれぞれの手足に「かせ」をつけられ、ロープでつながれた、とらわれの人たちだったのです! つまり、かれらのまわりをいっしょになって歩いているワットの兵士たちは、かれらとらわれの者たちの、見張り番だったというわけでした。ワットの兵士たちは、これからこのとらわれの者たちのことを、どこか東の地へとつれていこうとしていたのです。では、このとらわれの者たちとは、いったいどういう人たちなのでしょうか?

 

 全部で二百人ほどにもおよぶ、とらわれの者たち。たいへんな人数です。かれらはみな、おそろいのわたのはいったりっぱな衣服を着ていて、みんな、おそろいの白いマントをはおっていました(これは寒さをしのぐためのとくべつなマントで、あたたかい動物の毛が使われていました)。そしてそのマントにぬいつけられた、ひとつのもんしょう。それが、この人たちがなに者なのか? という、そのなぞのこたえを、はっきりとゆうべんに物語っていたのです。

 

 そのもんしょうは、ベーカーランドのもんしょう。そう、この大勢のとらわれの者たちは、ベーカーランドの人たちでした! つまりこの者たちは、ワットにうばわれたリュインとりでのことを守っていた、その兵士たちだったのです!(第十八章のさいご。レシリアたち、とらわれの仲間たちのとじこめられていたリュインとりでのろうやの前で、しきかんのガランドーがいっていた言葉をおぼえていますでしょうか? 部下の兵士たちから、黒の軍勢の本軍がとうちゃくしたとの、しらせを受けたときのことです。リュインのほりょたちを、東のちゅうとん地へはこべ。そう、ここにいるワットの兵士たちは、そのガランドーのめいれいを受けて、今リュインの二百名のほりょたちのことを、東のワットのちゅうとん地まで送りとどけているところでした!(このちゅうとん地というのは、軍隊がしばらくのあいだ、かりにとどまっている場所のことをいいます。とらわれの兵士たちは、とりあえずそこにはこばれて、それからあらためて、ワットのくにまで送られるというわけでした。

 

 ちなみに、かれらがむかっていた東のちゅうとん地というのは、レクタイルという名まえでよばれていて、ひとつの小さなまちのようになっていたのです。食べもの屋さんや、おしばい小屋や、しゃてき場までありました。なんだか、楽しそうな気もしないでもないですけど。))

 

 この者たちが、リュインとりでの兵士たち。ということは……? 

 

 リズの知られざるじつのお兄さん、リュインとりでのしきかんのリストール・グラント。そして白の騎兵師団のウルファの騎士、ハミール・ナシュガーのおとうと、小さなレイミールも、このれつの中にいるのでしょうか!

 

 どこだ? どこだ? れつを、はしからじゅんに見渡してみると……。

 

 

 いました! レイミールです!

 

 

 ああ、かわいそうなレイミール! かれはれつのうしろの方で、となりの兵士とロープでつながれたじょうたいで、足をひきひき、うなだれて歩いていました。だいぶつかれているようすでしたが、どうやら、けがはしていないようです。

 

 よかった! とりあえず、レイミールはぶじでした! このことをいっこくも早く、兄のハミールに伝えてあげたいものです! 

 

 でも、そのハミールもまた、リュインとりでにとらわれの身……。きょうだいそろってとらわれの身だなんて、なんてひどい話なのでしょう! 

 

 でも今は、仲間たちにかれらをすくうしゅだんはないのです……。かれらのために、自分たちの今、できることをやるしかありませんでした。かなしいことですが、今はさきに、進まなくては。

 

 

 さて、レイミールはからだが小さかったので、大きな人たちばっかりの中から、わりあいかんたんに見つけることができました。ですが、リストールは? リストールはどこにいるのでしょう?

 

 リズのお兄さん、リストール(ほんとうの名まえはリステロントですが)。かれはリュインのしきかんでしたから、この中にいるとしたら、れつのいちばん前か、いちばんうしろにいるのだと思います。ですがリストールのことをさがすのに、もっと手っ取り早い方法がありました。それは、そのかみの色。リストールのかみは、きれいな青がみだったのです。これはいもうとのリズと、おそろいでした。つまりこれは、シルフィア種族とくゆうのかみの色だったのです(この青いかみの色について、リストールはみんなには、「大むかしの風のたみの血がはいっているからだ」と説明していました(リズの場合は説明なんてせずに、「なんで青いのか? よくわからん。」といっていただけでしたが……)。ほんらいふつうの人間の者であれば、このおとぎのくにアークランドにも、青いかみの者はほとんどいなかったのです。まれに精霊の力を強く受けいれるからだのために、青いかみを持つ者もいることはいるそうですが、それはほんとうに、とくべつな者。しかも、こんなにあざやかな青がみになるということは、まずありません。リストールは自分がシルフィアであるということをかくし通しておくために、風のたみなんていう、でたらめの種族を作り上げて説明していました(ひょっとしたら、ほんとうにそんな種族の者たちがいるのかもしれませんが。このアークランド世界は、まだまだなぞだらけなのですから))。

 

 ですからわたしは、その青いかみのことを目じるしに、リストールのことをさがすことができました。しかしいくらさがしても、そんな青いかみの者は見あたりません。リストールだけ、どこかほかの場所へつれていかれたのでしょうか? しきかんですから、それも考えられます(それともまさか、かみの毛に絵の具をぬって、ほかの色にそめてしまったというわけではありませんよね?)。

 

 いない、いない! あきらめかけていた、そのとき……。

 

 おや? れつのいちばん前。ワットの兵士たちにまぎれて、ひとりだけ、マントのフードをかぶっている人物がいます。まさか!

 

 やっぱり! フードの影から、ちらちらのぞく、青いかみ! いました! リストールです!

 

 しきかんであるリストールは、れつのいちばん前で、ワットの兵士たちといっしょにされて歩かされていました。これではいくられつの中をさがしても、見つからないはずです。見張りのワットの兵士たちの中にいましたから。しかもその青いかみを、フードでかくしてしまっていましたもの、わからないはずでした(もう! ちゃんとかみを出しててよ!)。

 

 とにかくこれで、リストールもレイミールも、このれつの中にいるということがわかりました。ですが、だからといって、とてもよろこんでなどいられるものではありません。ほかの大勢の仲間たちのこともふくめて、けがなどはしていないようでしたが、みんなほんとうに、つかれきっているようすでした。かれらには、あたたかい食事と寝床が必要です。早く、助け出してあげたい! ですがわたしには、どうすることもできません……。

 

 去ってゆく、とらわれの者たち……。それを今は、ただ見守ることしかできませんでした。ああ、自分のむりょくさが、はら立たしいくらいです! 

 

 と、まさにそのときのこと……!

 

 

 わたしのこの思いが、こんなにも早く、天にとどくことになろうとは!

 

 

 かれらが暗くさみしい森の中にさしかかって、しばらくたったころのことでした。とつぜん、だれもがよそうすらしなかった、おどろきのできごとが起こったのです!

 

 

 「うわわーっ! な、なんだー!」

 

 

 ワットの兵士たちの、さけび声! その声に、今まで下をむいてとぼとぼと歩いているだけだったわれらがとらわれの仲間たちも、びっくりして、あたりを見まわしました。すると!

 

 まわりのうっそうとした森の木々のあいだから、ご、ごいーん! ぎゅ、ぎゅいーん! こ、このききおぼえのあるおかしな音は! そう、いぜんリュインとりでのそばにいた、あのなぞの老人のうしろから、きこえた音ではありませんか! そしてその音のしょうたいと、ワットの兵士たちの上げたさけび声の意味は、すぐにあきらかとなったのです。

 

 木々のあいだから、なん体もの、岩でできた巨大な人がたの兵士たちがあらわれました! きこえていたおかしな音は、この岩の兵士たちが動くときに、手足のかんせつから出ていた音だったのです!

 

 もうワットの兵士たちは、びっくりぎょうてんなんてものじゃあありません。なにしろ、相手が悪すぎでした! 目の前にあらわれたのは、身長が三十フィートはあろうかという、とんでもないほどの大きさの、岩の兵士たちでしたから! からだは、ぶあつい岩のよろいで守られていて、頭にも、がんじょうそうな岩のかぶとをかぶっています(といっても、この兵士たちはもともとみんな、岩でできておりましたので、よろいやかぶとはただのかざりでしたが。そんなものがなくたって、じゅうぶんかたいのです)。そして、「この相手にはかなわない」とかんねんさせる、けってい的なものが、その岩の兵士たちの手にはにぎられていました。

 

 岩の兵士たちの手には、これまた岩でつくられた、巨大ないっぽんの剣がにぎりしめられていたのです! こんな剣でおそわれたなら、ひとたまりもありません。そしてそんな岩の兵士たちが、すくなく見ても十五体ほども! いっせいに森の中から、目の前にあらわれてきました!

 

 もう、けっかは火を見るよりあきらかでした。なにしろワットの兵士たちは、ほりょを送りとどけるということをその大きなにんむとしておりましたので、大がかりな戦いをおこなうことなんて、はじめから考えにいれていなかったのです。やみにまぎれて、すくない人数でほりょたちのことを取りかえしにくるかもしれない者たちのことは、もちろんけいかいしてはいましたが、こんなに巨大な岩の兵士たちがぞろぞろとうじょうしてくるなんて、まったくもって、そうていがいでしたもの!

 

 ですからかれらの人数は、必要以上に多くはありませんでした。ぐたい的には三十二名で、このにんむについていたのです(これはほりょたちを取りもどしにひそかな人数の者たちがやってきたとしても、それに対応できる、さいていげんの人数でした)。この人数の人間の兵士たちが、身長三十フィートはあろうかという巨大な岩の兵士たち十五体ほどと、まともに戦えなんていうことが、そもそもむりなことでした。

 

 ワットの兵士たちは、ぎゅ、ぎゅいーん! 「うわわわー!」つぎつぎに、岩の兵士たちのそのゆびさきに、ちょこんとつまみ上げられていきます! さらに、「ひええ!」と逃げようとする者たちにむかって、ばしゅっ! 岩の兵士たちのその手のさきから、岩のついた大きなあみが飛び出して、兵士たちはみな、そのあみにからめとられて身動きが取れなくなってしまいました。

 

 気がついてみればものの数十びょうほどで、すべてが終りょう! 三十二名もいたワットの兵士たちは、ぜんいんあみでひとつにまとめ上げられて、ごちゃまぜのじょうたいのままで、あっというまに山とつまれてしまったのです!(それにしても、なんて手ぎわのいいこと!)

 

 さてさて、これにはとらわれのわれらがリュインの兵士たちも、みなびっくりするやら顔を見あわせるやらで、大いそがしです(とうぜんの反応ですよね)。あまりにとつぜんのことで、なにが起こったのか? まだわかっていない者さえいました。

 

 そんなかれらの前に、一体の岩の兵士が歩みよります。

 

 そしてそのとき、またしても、みんなのどぎもをぬいたおどろきのできごとが!

 

 その岩の兵士の頭が、とつぜん、ぱかっ! とひらきました! そしてそこから、ひょっこりとあらわれたのは……。

 

 「がーはっはっはっは! たわいもないわい!」

 

 あの岩のようにがんこそうな、なぞの老人ではありませんか!(岩の中から、岩のような老人! なんてぴったりはまってるんでしょう!)なんとこの岩の兵士たちは、人が中に乗りこんで、そうじゅうすることのできる、いわば巨大ロボットのような兵士たちだったのです! なんてすてきな! わたしも乗ってみたい! あ、おほん、それはともかく……、どうやらこの老人は、わたしたちの仲間のようでした。とらわれの者たちは、きょとーんとしながらも、とりあえずその点では、ほっとしていたのです。

 

 「おまえさん方、なんぎだったの。わしは、岩のけんじゃ、リブレストだ。ノランにいわれて、おまえさん方を助けにきたぞい。」

 

 なんと! 岩のけんじゃですって!

 

 そうです! この岩のようにがんこそうな、おひげもじゃもじゃの老人は、アークランドに住む三人の名高いけんじゃたちのうちのひとり、岩のリブレストでした!(三けんじゃのうちのひとりには、もうすでに会いましたよね。木のけんじゃ、カルモトです。さて、では、残るひとりは? 前にもいいましたが、そのうちとうじょうしますので、お楽しみに。

 ちなみに、ノランはこれらの三けんじゃたちとはまたべつの、世界さいこうのけんじゃとよばれている人物でした。)

 

 さあ、これはたいへんなことになってきました! 岩のけんじゃ、じきじきのお越しなのですから。なにしろけんじゃという者たちは、めったなことでは、人前にそのすがたをあらわさないのです(大けんじゃノランも、やっぱりそんな感じでしたよね。すぐにどこかへいっちゃうんですもの)。とくに岩のリブレストといったら、だれも知らない、どこか山おくのどうくつに住んでいて、そこからいっぽもそとに出てこないといわれているほどの、腰の重ーい人物でした。ですからなおさら、おどろきだったのです(それにしても、ノランもにくいことをしてくれるじゃありませんか! ほんとうにこまったときには、やっぱりこうして、助けてくれるのです。さすがは大物ですね!)。

 

 さて、そんな岩のけんじゃのことを前にして、リュインの兵士たちは、かんしゃするやら、おそれいるやら、このチャンスにサインをもらいたいけれど紙とペンがなくてくやしがるやら、いろんな反応に大いそがしでした。ですけどここは、すみやかにつぎの行動にうつらなければなりません。せっかく助かったんです。自分たちのできる、さいこうのしごとを、これからしてやろうじゃありませんか!(ところで……、つかまえたワットの兵士たちは、このあとリブレストさんがみんな、自身の魔法で作り出したひとつの岩のドームの中にとじこめてしまいました(このままワットの兵士たちのことを逃がしてしまえば、のちのちいろいろとめんどうなことになると思ったからでした)。

 

 この魔法のドームは岩や地面の上にかぎり、いちにちにひとつだけ作り出せるというもので、なん十人もの者たちのことを、魔法のききめがつづく二十四時間のあいだだけ、その中にとじこめておくことができたのです(もっとも、三十二名もの者たちをその中にいれたら、けっこうぎゅうぎゅうでしたけど……)。

 リブレストはとらわれの者たちが東のレクタイルにはこばれるということをよそうしておりましたし、ワットの兵士たちから(きびしく)きき出してかくにんを取ることもできていました。そしてレクタイルまでは、歩いていけば、まるいちにちくらいかかる道のりだったのです。ですからリブレストは、そのことも考えにいれたうえで、この岩のドームにワットの者たちのことをとじこめて、その二十四時間のあいだ、ほかのワットの者たちに気づかれることなく行動できるようにしました。

 

 もっとも、岩のドームにとじこめなくても、つかまえた者たちのことを木にぐるぐるにしばりつけでもしておけば、いちにち以上でも時間がかせげたかもしれませんが、いくらワットの者たちとはいえそこまでしたらかわいそうだと、リブレストも思ったのです。それにそんなことをしなくても、二十四時間も時間がかせげればじゅうぶんだと、リブレストも思っていましたから(そしてここでひとつ、説明をつけ加えておきます。いぜんにもお伝えしましたように、このアークランドでは遠くはなれた場所とれんらくを取りあうためには、でんれいの鳥が使われることがいっぱん的でしたが、それにはじょうけんもひとつありました。このでんれいの鳥は、あらかじめくんれんして教えこんだ場所にしか、飛ぶことができなかったのです(「とくていの人物のいる場所」というのもむりでした。あくまでも、ある一点の地点だけにしか送れなかったのです)。ですから、ゆうずうをきかせていろんなところへ鳥を送りこむというようなことは、できませんでした。

 

 そしてでんれいの鳥をくんれんするためには長い時間が必要になりましたので、ワットの者たちが、うばい取ったリュインのとりでへと送ることのできる鳥を持つことができていないということも、リブレストはしょうちしていたのです(あらかじめ、でんれいの鳥を敵のいる地のそのただ中に飛ぶようにくんれんしておくことなんて、いくらワットの者たちといえども、むりでしたから。そしてもちろん、これはべゼロインとりででも同じです)。ですからリブレストは、つかまえたこのワットの兵士たちがリュインの仲間たちのもとへとかけこまないかぎり、リュインのワットの者たちも、ほりょたちはまだ東のレクタイルにむかってじゅんちょうに進んでいると思うだろうということをふまえたうえで、かれらを岩のドームにとじこめました)。

 

 ちなみに、この岩のドームの中には水場やトイレなどもばっちり作りつけられていて、二十四時間ぶんのしょくりょうや飲みものなども、ちゃんとじゅんびされていました。それに加えて、とじこめられた者たちが二十四時間のあいだにたいくつしないようにと、魔法のチェスばんやボードゲーム、カードゲームなども、たくさん用意されていたのです。まあ、気配りのいいこと!)

 

 「けんじゃ、リブレストどの。」

 

 ひとしきりのおれいの言葉がすむと、兵士のうちのひとりが、リブレストに近づいてきていいました。頭にかぶったフードを取ると、美しい、さらりとしたきぬのような青いかみが、あらわになります。そう、それは青いかみを持つ、失われしシルフィア種族の者のひとり、リストール・グラントでした(ちなみに、みんなの手足につけられていた「かせ」は、ワットの兵士たちの持っていたかぎによってすっかり取りのぞかれておりますので、ご安心を)。

 

 「わたくしは、リュインのしきかん、リストール・グラントと申します。けんじゃどのに助けていただけるなど、これほどこうえいなことはございません。心より、おれい申し上げます。」

 

 リストールはそういって、リブレストに深々と頭を下げました。まわりの兵士たちも、みなリストールにならいます。

 

 リストール・グラント。ねんれいは、二十二、三。リズより三つほども上でしょうか? しきかんとしては、とても若いねんれいです(でもライラの方が、もっと若いですけど。お伝えしておりますように、アークランドではその人ののうりょくを見るときに、ねんれいなど気にしないのです。マリエルがいい例ですよね)。すらりとした長身。手足はとてもほそいですが、きんにくががっしりとしまっていて、力強く見えます。マントの下には、青いラインのはいったしんじゅ色のきぬの衣服を身につけていて、それが青いかみとよくはえて、全体にとてもしんぴ的なふんいきをかもし出していました。

 

 そしてなにより。う~ん、あきれるくらいの美男子です! だまって立っていたのなら、女の人なら、みんなすいこまれていってしまいそうなくらいでした(男の人でも?)。まるで、どこかのくにの王子さま!(ライアンもシープロンドの王子さまとして、とても気品のある顔立ちをしていましたが、いかんせん、ライアンの場合は、そのおこないが上品とはいえない部分が多くて……)シルフィアという種族は、もともとみんな美人ぞろいでしたが、リストールはその中でも、ぐんをぬいていたのです(いもうとのリズも、やっぱり、だまっていれば美人なんです。でもいかんせん、リズの場合は、そのおこないが上品とはいえない部分が多くて……)。

 

 「おお、おまえさんがリストールか。」リブレストがこたえました(もじゃもじゃおひげのリブレストと、すらりと美しいリストール。う~ん、まるで正はんたいです……。リブレストさん、ごめんなさい!)。

 

 「おまえさんのことを、助け出してほしいと、わしはノランにいわれてな。シルフィアなんだってな? シルフィアがまだ残っていたとは、わしもおどろきじゃわい。」

 

 これをきいて、その場にいるほかのリュインの兵士たちは、びっくりぎょうてんです。「シルフィアですって!」「リストールしきかんが!」「たしかに、このかみは青すぎる!」みんな口ぐちにさけびはじめました(みんなリストールがシルフィアだということは知りませんでしたから、それもとうぜんでした)。

 

 リブレストさん、うっかり口どめされていたのを忘れて、しゃべってしまいました。じつはノランはリブレストに、「リストールというシルフィア種族の者が、リュインの兵士たちとともに、とらわれの身となってしまってなあ。みんなといっしょに、助け出してやってくれんか。」とたのんでいたのです。そのあと、「そうそう、やつがシルフィアだということは、まだ、みんなには、だまっていてくれ。いずれ、ときがきてから、話したいでな。」といってもいましたが、リブレストはそれを、すっかり忘れていたというわけでした(やっぱりリブレストさんも、けんじゃなんですね。うっかりなところは、けんじゃにきょうつうのようです。いちばんうっかりなのは、やっぱりカルモトでしょうけど……。

 それはそうと。ノランはリストールがシルフィアなのだということに、もう気づいていたんですね。さすがはノランです)。

 

 リブレストはみんなのさわぎを見て、ようやく口をすべらせてしまったということに気がつきました(もう手おくれですけど)。ですがリブレストは、「すぎたことはしかたない」というタイプでしたので、そんなことはまったく気にもかけずに、「がっはっは!」と大きな声で笑い飛ばすばかりだったのです(いや、すこしは気にしてほしいのですが……)。

 

 「そーいや、いうなと、いわれとったわ。まあ、こまかいことは、どうでもいいわい。」(いや、あんまりこまかくはないのですが……)

 

 さあ、こまったのはリストールです。みんなのさわぎを、おさめませんと。

 

 「みんな、どうか、さわがないでほしい。」リストールはみんなのことを手でせいして、いいました。

 

 「すまない。だますつもりは、なかったのだ。シルフィアには、とかく、いわくがつきまとう。西の大陸には、この力を悪用しようとする者が、数多くいる。みんなのことは、しんらいしている。だが、うわさとは、どこで伝わるものか? よそくがつかない。みんなに、とんだめいわくがかかるともしれない。そのためわたしは、シルフィアであるということを、だまっていた。ゆるしてくれ。」リストールはそういって、みんなに深々と頭を下げました。

 

 「ゆるすもなにも!」これに対して、兵士たちはみんなおたがいの顔を見あって、それぞれの思いをたしかめあったのです。 

 

 「シルフィアだろうがなんだろうが、リストールしきかんは、われらのリストールしきかんです! われらいちどう、心より、しきかんのことを、したい、そんけいしております! どうか、頭を上げてください!」

 

 すばらしい仲間たちでした。しきかんと兵士たちの心が、みんなひとつに、まとまっていたのです。おたがいが、おたがいのことを、したい、そんけいしあっている。人と人とのかんけいとは、こうありたいものです。

 

 「ありがとう、みんな。」リストールは仲間たちに心からかんしゃして、もういちど頭を下げました。ふう、よかった。これで、シルフィアのけんは、いっけんらくちゃくです(まったく、リブレストさんたら!)。

 

 

 「リブレストどの。」リストールが、こんどはリブレストにむきなおっていいました(ここからは、だいぶまじめな、むずかしい話になります)。

 

 「リュインにせめこんできたのは、たくさんのディルバグに乗った黒騎士たちでした。かれらは空から、夜のやみにまぎれ、とつぜんにあらわれたのです。われらのていこうもむなしく、ふいをうたれたリュインのとりでは、なすすべもないままに、敵の手によってうばわれてしまいました……」

 

 おそろしいたいけんが仲間たちの中によみがえり、仲間たちはみな、かなしみにうなだれました。

 

 リストールがつづけます。

 

 「リュインの者たちは、みな、ろうの中にとらわれの身となりました。そして、あるとき、じゃあくなる黒騎士たちが、わたしのもとへとやってきたのです。かれらは、北からやってくるある者たちのことを、とらえようとしていました。そのくわだてに、わたしの身をりようしたのです。それは、ひきょうな、とてもひきょうな悪だくみでした。」

 

 おそろしい黒騎士たちの、よこしまなる悪だくみ……。それは、北からやってくるふとどき者たち、つまりわれらが仲間たちのことを、リストールの身をおとりに使って、おびき出そうというものでした! セイレン大橋の上で、ディルバグのていさつ隊の一隊をロビーたちにたおされてからというもの、ワットの黒騎士たちは、しつように、そのふとどき者たちのゆくえのことを追っていたのです(ふとどきなのは、どっちでしょうか! ロビーたちにとっては、とんでもないとばっちりです。

 

 そして、「そのふとどき者たちのことを、ぜったいにとらえよ!」とめいれいしたのは、ほかでもありません。ワットの王、アルファズレドほんにんでした。アルファズレドは、ワットにたてつく者は、どんな相手だろうとゆるすわけにはいかなかったのです。それをまげれば、みずからのしんねんを、まげてしまうことになるからでした。

 

 ふとどき者たちの中にシープロンの者がいるということがわかったことで、アルファズレドのけっしんは、ますます強いものとなりました。シープロンたちのくにシープロンドは、かつての仲間、メリアンのくに。アルファズレドは、自分のもとからはなれていったかつての仲間たちに、自分の考えの正しさをしめす必要があったのです。力こそ、せいぎ。力こそが、この世界にしんのまとまりをもたらす……。だからこそアルファズレドは、シープロンドをどうしても、せめ落とすつもりでした。

 

 しかしシープロンドは、兵を持たない中立のくに。やたらにこうげきするわけにはいきません。そんなことをすれば、ワットはこのアークランドの世界の中で、くにとしてみとめられなくなってしまいますから。

 

 そんな中で、シープロンのふとどき者のそんざいは、ワットにとって、願ってもないざいりょうとなりました。これでシープロンドに、ワットへのはんぎゃくのつみを着せることができるのです。それがシープロンドをこうげきする、りゆうとなるのです。それこそが、アルファズレドのねらいでした。

 

 同じく仲間だったムンドベルクのくに、レドンホールは、すでに落ちました。アルマークのベーカーランドも、これから落とそうとしています。アルファズレドのやろうとしていることは、かつての仲間たちに対する、見せつけでした。自分の考えこそが、せいぎなのだと。アルファズレドはかつての仲間たちに、そのことを思いしらせようとしていたのです)。

 

 ロビーたちはメリアン王のていあんにしたがって、西のひみつの道からベーカーランドへとむかいました。ですが黒騎士たちは、ロビーたちが西の地を進んでいったという、そのことを知りません。では黒騎士たちが追っていた、そのふとどき者たちとは?

 

 そうです、それはロビーたちの身がわりとなって南の街道を進んでいった、レシリア、ルースアン、ハミール、キエリフの、四人の仲間たちにほかなりませんでした。

 

 読者のみなさんは、かれらがどうなってしまったのか? すでに知っています。かれらはリュインとりでのろうごくに、つながれてしまったのです。なぜそうなってしまったのか? つまりそのこたえこそが、リュインをせめた黒騎士たちのおこなった、そのひきょうな作戦にほかなりませんでした。

 

 黒騎士たちはリストールの身をしばり上げ、ディルバグの足にしばりつけました! そして空高くから、かくれているレシリアたち、われらが仲間たちに対して、大声でさけんだのです。

 

 「リュインのしきかんはあずかった! ただちに、出頭せよ! 出てこなければ、しきかんの身のほしょうはないぞ!」

 

 なんてひきょうな! レシリアたちがつかまってしまったわけが、これでようやくわかりました。かれらほどの者たちが、そうかんたんにつかまるはずがありません。そこには黒騎士たちの、こんなにもひきょうな作戦がありました。そしてレシリアたちにこの申し出をこばむことなどは、できるはずもなかったのです……(もしこの申し出をこばんで、かくれたままでいたとしたら……? 黒騎士たちはリストールの身に、ほんとうにおそろしい害を与えたことでしょう。ワットはみずからの力を見せつけて、相手をふるえ上がらせて、いうことをきかせるというやり方を好むくに。その見せしめのためであるのなら、かれらはそのしゅだんをえらばないのです。たとえば、レドンホールの黒のウルファたちでした。やみにとらわれてしまったかれらのすがたは、たくさんのくにぐにのたくさんの人々に、文字通りのきょうふを与えていました。ワットはこんどは、そのまがまがしき力を、リストールの身にまでおよぼしかねないのです。そうなってしまったのなら、たとえそのあとリストールのことを助け出すことができたとしても、もはやかれは、やみにとらわれて、なにごともなすこともできなくなってしまうことでしょう。

 

 りゆうはのちに語られることになりますが、このアークランドをほろびの道からすくい出すためには、それはなんとしてでもさけておかなければならないことでした。ですからレシリアたち、われらが仲間たちは、なおいっそうのこと、みずからの身をぎせいにしてまでも、リストールのことをすくわんがために、ワットにその身をささげたのです。自分たちがつかまれば、すくなくともリストールの身に、ワットの注意がこれ以上、そそがれることもなくなります。かれの身に、必要以上のおそろしい危害が加えられることも、なくなるはずでした。なんという、いたましい話なのでしょう! つづく、きぼうを信じて、レシリアたち四人の仲間たちは、そこまでのかくごを持って、ワットにその身を投じたのです)。

 

 「ぐむむむむ……! なんてことじゃい!」リストールの話をきいて、リブレストはその岩のような両のこぶしをぎりぎりとにぎりしめながら、いいました。「ワットのがきんちょどもめ! 好きほうだいなことをやりよって!」

 

 リブレストの怒りは、どんどん大きくなっていきます。

 

 「リブレストどの。」リストールがつづけました。「そのふとどき者というのは、ほかでもありません。ベーカーランドの若き騎士、ハミール・ナシュガーと、キエリフ・アートハーグの両名。そして、めいゆう国シープロンドの、けいあいすべき友、レシリア・クレッシェンドに、ルースアン・トーンヘオン。そのかれらなのです。」

 

 いつのまにか、リストールのそばに小さなレイミールがやってきていました。レイミールは兄のハミールの名まえをきいて、しょんぼりとうなだれております。レイミールはリストールから、兄のハミールがとらわれの身になってしまったということを、すでにきかされていました。

 

 「ふとどき者などというのは、もちろん、ぬれぎぬです。」リストールがさらにつづけます。「それはすべて、ワットのさくりゃく。そして、リブレストどの。黒騎士たちは、かれらをほりょとして、つれていってしまいました。かれらはディルバグに乗せられ、北のシープロンドへとつれられていったのです。おそろしいさくりゃく。われらがめいゆう国、シープロンドをせめ落とす、そのくわだてのざいりょうとするために……」

 

 仲間たちは、シープロンドへ! ワットの者たちは、シープロンドをせめ落とすそのおそろしいさくりゃくのために、とらわれの者たちの身をりようしようとしていたのです! なんということでしょう! そんなことは、いっこくも早く、とめなければなりません!(ワットの者たちが、シープロンドにせめこんでくる。シープロンドのかいぎの席で心配されたことが、今ほんとうに、起ころうとしていました! そしてそのくわだての中で、ワットの者たちがどんな方法をもって、とらわれの者たちの身をりようしようとしているのか? それはまだわかりませんが、どうせワットのことです。ひきょうきわまりないことを、考えているにちがいありません!)

 

 「リブレストどの。わたしは、かれらのことを、よく知っています。」リストールがいいました。「かれらはわたしをすくうために、わざわざ、このリュインの地にまでやってきたのです。おそらく、かれら四人のやくわりは、きゅうせいしゅどのを敵の目から遠ざけるというものだったのでしょう。南の街道をくだってきたのなら、そのやくわりは、もうじゅうぶんに果たしたはず。あとは山道にそって、敵の目をかわしつつ、安全なべゼロインの地へとその身をのがれさせることを、考えればよかったはずです。しかしかれらは、もうひとつのやくわりを果たすため、あえて、このリュインとりでのすぐそばの地にまで、やってきたのです。こんな敵の地のさなかに、大きな危険をおかしてまで……」

 

 リストールのいう通りでした。レシリアたち四人の仲間たちは、ロビーたちのために敵の目をひきつけるというそのやくわりのほかに、もうひとつのひみつのもくてきをも、持っていたのです。それは……。

 

 

 とらわれのしきかん、リストール・グラントを助け出すというものでした!

 

 

 それはほんとうに、ごくひのもくてきでした。出発のまぎわに、メリアン王から、レシリアとルースアンだけに伝えられたのです(ですから、ごめんなさい。読者のみなさんも知らなかったわけなのです)。メリアン王は、リストールがシルフィアだということ、そしてリストールだけが持つあるとくべつなやくわりのことについて、よく知っていました。リストールを助け出すことが、このアークランドの運命において、とても大きな意味を持つことになるということもです(それらがなんなのか? そしてメリアン王がなぜそれらのことを知っていたのか? ということについては、このあとの物語の中で語られます。のちのちのお楽しみに)。それらのじょうほうは、きわめて重大で、せんさいなものでした。ですからメリアン王は、そのことを今は、レシリアとルースアンだけに伝えたというわけだったのです(ハミールとキエリフには、ちょっとかわいそうでしたけどね。

 

 ちなみに、リストールのことを助け出すようにとレシリアたちに伝えたメリアン王でしたが、もちろんメリアン王は、「大けんじゃノランが岩のけんじゃリブレストに、リストールのことを助け出すようにたのんだ」などということは知りません。ノランがこのアークランドにやってきたのは、ほんとうにとつぜん、旅の者たちがシープロンドを出発した、そのあとのことでしたから。エリル・シャンディーンのアルマーク王ですら、ノランがやってくるなどということはわからなかったのです(お伝えしました通り、ノランはほんとうに、なんのれんらくもなくとつぜんやってくるのです)。

 

 ですからメリアン王は、とらわれの身となったリストールのことを助け出せるのは、今このとき、自分だけであるのだということをりかいしていました。リュインとりでのふいをついて、とりでのはんたいがわからそこにふみこんでいくようなまねができるのは、ベーカーランドとはんたいがわの地にいる者たちで、しかも敵の目をのがれることのできるすべを持っている、レシリアたちくらいであるということを、メリアン王はよくしょうちしていたのです。

 

 じっさいには、ノランにたのまれたリブレストがそのやくめをひきつぐこととなりましたが、もしリブレストが動いていなかったのなら、ほんとうにリストールのことを助け出せるかのうせいを持ちあわせていたのは、メリアン王にいらいされた、レシリアたち四人の者たちだけにほかなりませんでした。メリアン王は、このようなことをすべて考えにいれたうえで、レシリアたちに、この重要なにんむをたくしたのです)。

 

 「リブレストどの。」ふたたびリストールが、重い表じょうをしてリブレストにいいました。「わたしを助けるようにと、ノランどのがいわれた、そのわけは、もうごぞんじのことと思います。わたしには、大いなるやくわりがある。わたしは、そのやくめを果たそうとしていた矢さきに、ふこうにも、とらわれの身となってしまいました。ですが今、あなたにこうして、助けていただいた。わたしは、今すぐにでも、タドゥーリ連山にむかわなければなりません。」

 

 タドゥーリ連山? それはシープロンドのくによりもさらなる高きにそびえる、せいなる山々の名まえのはずでした(かなしみの森の小川を渡るときには、ライアンが、その山のせいなるわき水の力を使いましたよね)。リストールの持つという大いなるやくわりというものと、そのタドゥーリ連山とに、いったいどんなかんけいがあるというのでしょうか?(ちなみに、リストールの果たすべきそのやくわりというものは、さいごの戦いのはじまる、このときにおいて、おこなわなければならないものでした。ですからそれは、あらかじめ、果たしておけるようなことではなかったのです。そのりゆうについては、のちほど、そのときがきたらお伝えしたいと思います。)

 

 リストールがつづけます。

 

 「もちろんわれらは、うばわれたリュインとりでを、ふたたび取りもどさなくてはなりません。ですが、今のわたしには、その前に、いちばんに、気がかりなことがあるのです。それは……、黒騎士たちにつれていかれた、とらわれの者たち。わたしはかれらを、助けてやりたい! かれらは、わたしのせいで、とらわれの身となりました。こんどはわたしが、かれらを助けてやる番です。かれらは、今朝の早くに、ディルバグの背に乗せられて、シープロンドへとむかいました。今からでは、とてもまにあわないとは、わたしも思います。ですが、万にひとつでも、かれらをすくえるかのうせいがあるのならば、わたしは、そののぞみに、かけたいのです。黒騎士たちのわなにかかろうとしているシープロンドを、われらのこの手で、すくえるかのうせいがあるのならば、わたしは、そののぞみに、かけたいのです。その思いをつなぐことができるのは、われらのみ。そして今、このときでしかないのです。どうかわれらに、お力をお貸し与えください! お願いです!」

 

 「お願いします!」「リブレストどの!」「力を貸してください!」

 

 リストールの言葉に、兵士たちもみな口ぐちにさけんで、リブレストにお願いしました。リストールの思いは、また、兵士たちにも、しっかりと伝わっていたのです。

 

 そのあつい思いを前にして、リブレストは大きな口をいっぱいに食いしばって、「ぐむむむむ……!」とうなりました。そして……。

 

 

 「ああったりまえじゃ~い!」

 

 

 天もわれんばかりの、すさまじい大声! 思わず兵士たちは、みなたまらずに耳を両手でおさえ、中にはそのまま、ぺたんと地面にしりもちをついてしまった者さえいました(なにしろまわりの木々の葉っぱがその大声でびりびりとふるえたくらいでしたから、とんでもない大声だったのです)。

 

 「力を貸せだと? そんなもん、いうまでもないことだわ!」リブレストが、そのまま大声を張り上げてつづけます。

 

 「こ~のリブレストに、まかせておけ~い! ディルバグだかなんだか知らんが、そんなもん、ものの数時間で追いついてみせてくれるわ! ワットのがきんちょどもの悪だくみなんぞ、こっぱみじんにうちくだいてくれる! お前たち! こうしちゃおられんぞ! 今すぐわしに、ついてこい! つかまったそいつらも、シープロンドも、みんなまとめて、さっさと助けにいくぞい!」

 

 これをきいた兵士たちの、よろこびようったらありませんでした。みんなこぶしを天につき上げて、「おおおーっ!」といっせいに、心からの声を上げたのです。

 

 けんじゃリブレスト。なんとも男気にあふれる、たよれる人物じゃありませんか! わたしもすっかり、その心意気にほれこんでしまいました(はじめはわたしも、「なんだか、もじゃもじゃおひげの、変な人だなあ……」などと思っていましたが……。リブレストさん、ごめんなさい。

 

 ところで……、リブレストはかんたんにいっているようですが、これはとんでもない、「むりなんだい」なことでした。なにしろディルバグたちがリュインを出発したのは、今日の朝。今から十六時間ほども前のことでしたから(これはリストールが、ろうやのまどからかくにんできたことでした。時計を取り上げられていましたので、せいかくな時間まではわかりませんでしたが)。そのディルバグたちに今から出発して追いつこうというのですから、なみたいていのことではないと、すぐにわかりますよね。

 

 リュインからシープロンドまでは、空を飛べるディルバグでいけば、必要ふかけつな休そくの時間をふくめても、まるいちにちくらいあればついてしまいます。ですからディルバグたちがシープロンドにたどりつくまでには、あと八時間とかからないはずでした(ひょっとしたら、もっと早く、六時間くらいかもしれません)。そんなにみじかい時間の中で、ここからそのディルバグたちに追いつこうなんてことは、まったくもって、ふかのうに近いことでした。リストールもそれをよく知っておりましたから、「万にひとつのかのうせい」といったのです。

 

 ですがリブレストに、そんなことがわからないはずもありません。なにしろ、けんじゃなのですから。リブレストにはなにか、ひさくがあるようでしたが……、さてさて、いったいリブレストは、こんなにみじかい時間の中で、どうやって、ディルバグたちに追いつこうというのでしょうか? それはこのあと、おどろきのてんかいの中であきらかにされますよ。こうごきたい!)。

 

 「マグマばくはつ! わしも二百年ぶりに、心の底からもえてきたわい!」

 

 リブレストがそのおひげをぴーん! とさか立てて、全身から白い湯気をぷしゅー!と吹き出しながら、さけびました(どういうからだなのでしょうか……?)。

 

 

 こうして、リストールとレイミールをふくむ、リュインの二百名にもおよぶ白き力の者たち(せいかくには二百三名でした)は、このたのもしい岩のけんじゃリブレストと、その岩の兵士たちとともに、この夜のやみの中をふみ出していったのです。すべての者の心は、ただひとつでした。悪をくじいて、せいぎを守る! かれらの心は、まさしくマグマのように、ふつふつともえ上がっていたのです。

 

 待っててね、みんな! そして、たのみましたよ、リブレストさん!(ところで、さっきいうのを忘れていましたが、二百年ぶりって、いったい今、おとしはいくつなの? リブレストさん……)

 

 

 (さて、物語はもうすこし、このリブレストたちの場面がつづきます。ロビーたちの旅の物語のつづきは、もうちょっとあとで……)

 

 うっそうとした森の中。時間は、ま夜中。そこに、とてもたくさんの人たちが集まっていました。その数全部で、二百四名! そしてそれいがいにも、とんでもなく大きな岩の兵士たちが、全部で十七人!(こちらは、人というわけではありませんでしたが。ちなみに、かれらのそばに作られている岩のドームの中にも、三十二名のワットの者たちがいましたけど。)

 

 そう、いうまでもなく、かれらは岩のけんじゃリブレストにひきいられた、白き力の者たち。せいぎの者たちでした。かれらは黒騎士たちにつれ去られたとらわれの仲間たちのことを、助け出さんがため、そしてひきょうなわなにかけられようとしているシープロンドのことを、悪の手から守らんがため、今そのけついに、もえているところだったのです。

 

 さいごの旅へとむかう、ロビー、ライアン、マリエル、リズの四人の者たちは、大けんじゃノランのみちびきによる、ノランべつどう隊なわけでしたが、こちらは岩のけんじゃリブレストにひきいられた、いわばリブレストべつどう隊といったところでしょう。これからそのリブレストべつどう隊の冒険が、はじまろうとしているところでした(そして……、ここでひとつ、重要な説明を加えておきます。リズレストにリストールのことを助けるようにいらいしたのは、ノランでしたが、ノランはリブレストに、「リストールを助けたあと、そのままかれひとりを北のタドゥーリ連山まで送りとどけ、あとは残りの兵力を使って、なんとかリュインとりでを取りもどしてもらいたい」とたのんでいたのです。つまりべゼロインとりでのことを助けてやってほしいというしじは、ノランはしてはいませんでした。これはとても、ざんこくなことかもしれませんが、いくさのルールとして、兵力のすくない方のくにに対しては、とりででの戦いにもちいることのできるてきせい人数というものが、さだめられていたのです。もはやべゼロインとりでには、このルールにあてはまるてきせい人数、七百二十名が、すべて配置されていました(そしてこの人員をとちゅうでほかの者たちといれかえるようなことも、ルールとしてできませんでした)。ですからかれらリブレストべつどう隊の者たちが、このままべゼロインとりでにかけつけたとしても、仲間たちのことをこれ以上助けることはできなかったのです。それはリブレストべつどう隊のかれらにも、よくわかっていたことでした。くやしいことですが。

 

 さらに、これもとてもつらく、ざんこくなことでしたが、ノランはもはや、ベーカーランドの者たちがこのままべゼロインとりでを守りきることは、むずかしいだろうと考えていました。ただでさえ、あっとう的な数の敵を相手にしなければならないというのに(リュインでのはいぼくのペナルティが加わり、べゼロインの戦いでは、白き勢力の者たちは、自分たちの兵力の三.四ばいもの敵を相手に戦っていたのです!)、しかもこんかいは、あのおそろしい魔女の三姉妹たちも、それに加わるのです。こんどはどんなにおそろしくて、ひきょうな手を使ってくることか……(いくらベーカーランドのきゅうていまじゅつしたちがそのたいさくを考えてきたとしても、相手はいくさのルールのすきをたくみについて、さらにその上をいってしまうのです)。

 

 ですからノランは、運命のけっちゃくのときは、そのさきにつづく、さいごの大いくさでつけられるのだと見こしていました(これはノランにとっても、とてもつらいことでしたが、ノランは感じょうにしはいされることなく、つねにれいせいにものごとを考えて動きました)。そのためその大いくさにかけて、ノランはリストールのことをちゃくじつに北のタドゥーリ連山まで送りとどけ、リュインとりでを取りもどしてほしいとたのんだのです。さいごの大いくさがはじまってしまったのなら、そのあとで、リブレストにはまた動いてもらうつもりでした。

 

 そしてリブレストはノランのしじの通り、リストールを北の地へと送りとどけることになりましたが、それはこの通り、ノランのさいしょのしじとはだいぶことなるものとなりました。つまりリブレストはリストールを送りとどけることに加え、まずはとらわれの者たちとシープロンドのことをすくうべく、みずからの持つ岩の兵士たちの「全軍」をもってしゅつげきしていったのです(これもまたのちに説明されることになりますが、そのくににしょぞくしていない兵力(そとからの兵力)であれば、いくさにおいていっぽうの軍に新たな兵力が加わったとしても、加わったあとのごうけい人数が相手と同じ数までであれば、相手は兵士をついかすることができないというルールがあったのです(加わったあとのごうけい人数が相手の数をこえる場合、相手はそれと同数までの兵士をついかできるというルールがあります)。リブレストひきいるリュインの兵士たちは、シープロンドのしょぞくではないそとからの兵力でしたから、このルールにあてはまりました(ただしさきほどもお伝えしました通り、すでにさいだいの人員が配置されているべゼロインとりでに対しては、たとえそとからの勢力であっても、それ以上の兵力のついかはできませんでした)。そのためリブレストも、(相手の兵力をこえない)いちばん強力な手助けをすることのできる全軍をもって、シープロンドにむかったのです(もっとも、感じょうに流されて全軍でしゅつげきしていった、というところもだいぶ大きかったのですが……)。

 

 そのほか、「そのくににしょぞくしない勢力がいくさに加わった場合、その勢力はこんご、そのくにの新たなしょぞくとしてあつかわれる」とか、「いくさの場に、そのくににしょぞくする兵力が新たに加わった場合、相手はその数にあわせた三ばいまでの兵力を使うことができる」とかいうルールもありましたが、もはやここまでくると、ややこしすぎてよくわかりませんね……)。

 

 そしてリブレストは、ノランのはんだんのことを考えにいれたうえでも、リュインとりでを取りもどすのは、シープロンドへむかうにんむをゆうせんさせたそのあとでも、じゅうぶんだとはんだんしていました(魔法の岩のドームのこうかがきれる前に、じゅうぶんもどってこられるとも思っていました)。リストールをはじめ、リュインの者たちは、こういったことをすべてきかされて、それをじゅうぶんしょうちのうえで、リブレストのしきにしたがっていたのです)。

 

 

 (やっと説明が終わりました。話のつづきにもどりましょう。)

 

 さて、ついにかれらはその大いなるもくてきのための道のりを歩み出したわけですが、じっさいにはかれらは、みずからの足で進んでいったというわけではありませんでした。それってどういうこと? そのこたえは、けんじゃリブレストのひきいる、岩の兵士たちにあったのです。

 

 出発にあたり、リブレストは岩の兵士たちにむかって、さっと手をふりかざしました。岩の兵士たちはそれにこたえて、ぎゅ、ぎゅいーん! と音を立てて、ひざをまげて地面にかがみこみます。

 

 「さあ、さっさといくぞ! おまえたち、こいつらに乗りこめい! この岩の兵士たちなら、シープロンドまでの道のりも、なんのそのだわ!」

 

 リブレストがそういうと……、なんと! 岩の兵士たちのおなかの部分が、ごごいーん! とひらいて、そこに人が七、八人ほども乗りこめそうな、空間ができたじゃありませんか! そこはこの岩の兵士たちがにもつをはこぶための、しゅうのうスペースでした。ですがこんかいのように、人をはこぶためにも、じゅうぶんに使えたのです。う~ん、まったくもって、すごいロボット……、いえ、兵士たちです(そしてこれこそが、リブレストのひさくでした。リブレストはこの岩の兵士たちの足でもって、シープロンドまでむかおうとしていたのです。でもほんとうに、そんなにはやく走れるのでしょうか? ものの数時間で追いついてみせてくれるわ! などといっておりましたけど……)。

 

 でもいっぱいにつめても、そこに乗れるのは岩の兵士一体につき、十人がやっとでした。リュインの者たちは、全部で二百三名おりましたから、ちょっと計算きをたたいてみますと……。岩の兵士たちは全部で十七体いましたから、乗れるのは十人ずつの、百七十人。となると、残り三十三人のリュインの兵士たちがあまってしまうのです。かれらはどうしましょうか?

 

 なんのなんの。こんどは岩の兵士たちの頭が、ぱかっ! そうでした、頭のそうじゅう席にも、人が乗れたのです。ここにそれぞれ、ふたりずつ乗りこめば……、ほら! リブレストのひとりをあわせれば、ちょうどぴったり、三十四人ぶん! なんという、ぐうぜんぴったりな数字なのでしょう!(これはほんとうにぐうぜんでした。もし乗れない人がいたら、岩の兵士たちの背中にひもでくくりつけて、おんぶしていこうと思っていましたが。)

 

 「ぜんいん乗ったな!」リブレストがさけびました。なんとその声は、すべての岩の兵士たちのそうじゅう席と、おなかのかくのうこの中からきこえてきたのです。じつはこの岩の兵士たちは、それぞれが糸のない魔法の糸電話みたいなものでつながっていて、おたがいに話しをすることができました! まったくもって、すごいロボットです! いえ、兵士……、もう、ロボットでいいですよね! こんなロボット、わたしもぜひ一体、自分用にほしい!(いちおうねんのためにいっておきますが、これはわたしがかってにロボットとよんでいるだけなのであって、もちろんほんもののロボットというわけではありませんよ。みなさんはちゃんと、岩の兵士とよんであげて……、みんなもロボットとよぼう!)

 

 「そうじゅうは、からだでおぼえろ! さあ、わしに、ついてこい! 全力で飛ばすぞ!」

 

 リブレストがそういうと、岩のロボットたちは……。

 

 

   ごいんごいん! ごいんごいん! ごいーん!

   

   ぎゅいんぎゅいん! ぎゅいんぎゅいん! ぎゅいーん! 

 

 

 いさましい音を立てながら、地面をいきおいよく走り出しました!(しかもその目からはきいろい光が飛び出して、道をてらしていたのです!)

 

 は、はやいはやい! 馬でかけるのとはわけがちがうくらい、はやいのです!(マリエルのじぇっとこーく・すくりゅーとまではいきませんでしたが。)そしておどろくべきなのは、その乗りごこちのよさ! こんなにいきおいよく走ったら、がたがたゆれて乗りものよいしてしまうんじゃないかと思っていましたが、そこはやっぱり、けんじゃさんのつくったロボットです。どんなにはやく走っても、そうじゅう席とおなかのかくのうこの中は、ほとんどゆれずにあんていしていました(よかった、これならみんなも、ロビーみたいな目にあわなくてすみますね! 乗りものよいばっかりするはめになってしまっているロビーには、申しわけないのですが……。

 

 ちなみに、そうじゅう席にはレバーがふたつと、足でふむペダルがふたつあって、それらを使って、これらのロボットたちをそうじゅうしました。右のレバーが、前とうしろに進むためのもの。左のレバーが、左右にまがるためのもの。右のペダルは、走るはやさのちょうせつ。左のペダルが、ブレーキです。ちょうど、自動車のそうじゅうみたいなものでした。そしてはじめはちょっととまどっていましたが、リュインの兵士さんたちもすぐにそのそうじゅうになれて、なんとかリブレストについていくことができていました。

 

 ところで、先頭をゆくリブレストの隊長きのそうじゅう席には、リブレストとレイミールのふたりが乗っていたのです。レイミールは「ぜひ先頭に立っていきたい」とお願いして、リブレストといっしょに乗せてもらいました。ロボットに乗ったレイミールのうれしそうなことといったら! 目をきらきらかがやかせて、リブレストに教わりながら、自分でもちょっとそうじゅうさせてもらったりもしていたのです。やっぱりレイミールも、男の子。ロボット大好きでした。ライアンがこのことをきいたら、きっと「ぼくも乗りたーい!」とじだんだをふんでくやしがることでしょうね。

 

 もうひとつ。「これは、なんのボタン?」レイミールがそういって、そうじゅうレバーの下の方についていたボタンをおしてしまいましたが……、そのとたん、しゅごごごごー! 岩のロボットのうでから、岩でできたミサイルがはっしゃ! まっすぐさきの丘にめいちゅうして、どごーん! 地面に大きなあながあいてしまいました!

 

 「こらこら。たまをむだにしては、いかんぞい。」リブレストがそういって「がっはっは!」と笑いましたが、レイミールは、ぽかーん。口をあけたまま、しばらく動くこともできなかったのです。す、すごい……)。 

 

 そしてみんなは、リブレストに助けられた森の中から、いちろ、北へ。シープロンドへとつづく街道めざして、岩場も荒れ地もなんのその。がしんがしん! といさましい音を立てながら、つき進んでいったのです(なにしろこのロボットたちは、たいていのしょうがい物なんて、まったく問題にしません。あるときなんて、目の前に大きな岩があって、まだそうじゅうになれていない兵士さんたちが、「あぶない! ぶつかる!」そこにつっこんでいってしまいましたが、つぎのしゅんかん、ばごーん! 大岩はこなごなになってちらばってしまいました! ぶつかったロボットは、なんともありません。まったくもって、タフなロボットです!)。

 

 「丘を越えるぞ!」

 

 リブレストの声が、それぞれのロボットたちの中にひびき渡りました。十七体のロボットたちは、がしん がしん! と走って、丘を乗り越えていきます。丘を越えたさきは、草木もまばらな、見渡すかぎりの平原になっていました。左の方には、いだいなる切り分け山脈のまっ黒なシルエットが、ゆうゆうとつらなっております。そしてその山のふもとには、南北にのびる南の街道がありました。ここは、ベルグエルム、フェリアル、ハミール、キエリフの四人の騎士たちが、ロビーのことをむかえにいくときに、シープロンドへとむかって進んでいった道です。こんどはその道を、岩のロボットたちに乗ったせいぎの者たちが、こちらもシープロンドへとむかって、歩みを進めていこうとしているわけでした。

 

 「街道に出れば、こっちのもんじゃい。かく、パイロットたちにつぐ! 頭の上に、五つのレバーがあるな? 見えるか?」

 

 リブレストの声にしたがって、頭の上を見てみると……、なるほど、それぞれ色のちがう、五つのレバーがついていました。

 

 「きいろいレバーをひくんだ。シープロンドまでは、それで飛ばしていくぞい!」

いわれるままに、パイロットたちは、きいろいレバーをがくん! とひき下げます。すると……。

 

 「うわわわっ!」

 

 ロボットのからだが、ぐぐいーん! がごん! がごん! じゃきーん! みるみるうちに、かたちを変えていくじゃあありませんか! そして……。

 

 なんと! さっきまで兵士のすがたをしていたロボットたちが、まるで地面の上を走る、船のようなすがたへと変わりました! へ、へんけいするんですか! すごいすごい!(ところで……、残る四つのレバーも、やっぱり気になりますよね。このロボットにはまだまだ、おどろきのきのうがそなわっていたのです。ですがとても全部はしょうかいしきれませんから、それはまた、べつのきかいに……。水の中にもぐったりもできましたけど……)

 

 「こっからさきは、自動そうじゅうにはいるぞい! ざひょうせってい! 四七六二、八七二三! もくてき地は、シープロンドじゃい!」

 

 陸を走る船のすがたにへんけいしたロボットたちは、ぐいん! ぐいん! 船の底にならんだたくさんのしゃりん(このしゃりんはゴムのようなそざいでできていたのです)をきしませながら、たいらな街道の上を、さっきよりも数ばいははやいんじゃないか? というくらいのはやさで、すっ飛ばしていきました!

 

 はやいなんてものじゃありません、はやすぎです!(これならマリエルのじぇっとこーく・すくりゅーよりも、ぜったいにはやいでしょう!)

 

 追っかける相手は、ディルバグに乗ったワットの黒騎士たち。黒騎士たちの乗るディルバグは空を飛んでいましたから、まっすぐもくてき地までいけるため、とてもはやいのです(ですけど、れんぞくして飛ぶためには、ひんぱんに休そくが必要でした。ですから、こちらとしては助かるのです。そのぶん、追いつく時間がかせげますから)。ですがこちらだって、負けてはいられません。この「陸走しゃりん船モード」のロボットたちならば、空を飛ぶディルバグたちよりも、なおはやいもうスピードで、陸の上を走っていくことができました!(まさに風のごとくです! さすがはリブレストさん!

 

 しかもこのロボットたちは、馬やディルバグたちとちがって、休む必要がありませんでした。これならほんとうに、ものの数時間でシープロンドまでたどりつけてしまえそうです! なんともすごい!

 

 ちなみに、今までにとうじょうした乗りものや生きものたちの中で、いちばんはやいのはなにかというと……、それは、いがいやいがい、しらせをはこぶ、でんれいの鳥だったのです(すこし前の説明のところでもとうじょうしましたが、またまたのごとうじょうです)。かれらは重要なじょうほうをいち早く伝えるために、とてもはやく飛ぶことができるようにくんれんされていました。なんと、馬で二、三日かかるような道のりでも、せいぜい三、四時間もあれば飛んでいってしまうのです! はやい!

 

 ところで、シープロンドまでむかえるようにくんれんされたでんれいの鳥が、今手もとにいてくれたのなら、すぐにシープロンドに危険をしらせるメッセージを送れましたけど、とらわれの身であったかれらが、そんなでんれいの鳥を持っているはずもありませんでした(もちろん、そんな鳥をワットの兵士たちが持っているわけもありませんでした。ワットの兵士たちが持っているのは、自国の仲間たちのいる場所のみに飛ぶようにくんれんされた、鳥ばかりだったのです)。そしてさすがのけんじゃリブレストでも、それにかわるほどのはやさでメッセージを送れるわざを使うことは、できませんでした。リブレストのせんもんは、岩のロボットをはじめとする、さまざまな岩の工作物をつくること。いくらけんじゃでも、まったくばんのうというわけではなかったのです。)

 

 夜の街道を、十七そうの岩の船がつき進んでいきます。めざすはひとつ、シープロンド! とらわれの仲間たちのことを、シープロンドのことを、悪の手からすくわんがために。

 

 「ゆ~け、ゆ~け! あら~し吹くとも~!」

 

 リブレストが上きげんで、いさましいマーチを口ずさみました。

 

 「いっけ、いっけえ~! おそれ~ることなく~!」

 

 レイミールのげんきな声が、リブレストの歌につづいて、ロボットたちの中にひびき渡りました。

 

 

 

 そして時間は、ロビーたちのところにもどります。

 

 

 「ありがとう。せわになったね。」

 

 マリエルが、ここまであんないしてくれたリュキアに、出発前のおれいの言葉を伝えているところでした。みんながいるのは、たきのみずうみの、そのほとり。ロビーたちノランべつどう隊の四人は、これから、精霊王の待つおとぎのくに、イーフリープへと、旅立とうとしているところだったのです(ちなみに、マリエルはいよいよイーフリープへとふみこむにあたって、もう服を着がえていました。いわゆる、勝負服というやつです。こんかいの服は……、まさしく、まじゅつし! ひらひらとしたレースのついた白いビロードのシャツに、ガーターベルトとコルセットのついた、黒いきぬのズボン。うらがえんじ色の、黒いあつ手のケープをはおっていて、ケープの前は、大きな赤い宝石でとめられていました。そしてなによりとくちょう的なのは、その大きな黒いとんがりぼうし! 手にしたつえとあわせて、ここまでそろえれば、もうどこから見てもまじゅつしです。マリエルは精霊王のくにイーフリープに敬意をあらわして、まじゅつしとしての、せいそうのかっこうをしていくことにしたというわけでした(ライアンは、「なんか、ぼくの服とデザインかぶってるじゃん!」とぶーぶーいっていましたが)。

 

 ところでマリエルは、このみずうみのほとりで服を着がえてしまうことにしましたが、もちろん着がえているあいだ、みんなにはうしろをむいているようにいっていたのです。「のぞくなよ。」とマリエルがいって、ライアンが「だれが!」とどなりました)。

 

 「ぼくたちは、これから、精霊王さまのところへいく。ラフェルドラード里長に伝えてくれ。われらは、白き勢力の仲間。きたるべきときは、すぐそこまできている。今こそ、おたがいに、力を分かちあい、助けあうときだと。」マリエルがリュキアにいいました。

 

 「うん、わかったよ。」リュキアがこっくりうなずいて、こたえます(ほんとうにわかったのかどうかは、だいぶあやしいですが……)。

 

 「ああ、それから、」マリエルがそういって、なにやら魔法の言葉をとなえると……、ほわん! マリエルの手のひらの上に、フットボールくらいの大きさの、もも色をしたわた毛のボールがひとつ、あらわれました(これは「まじかる・おぶじぇくと」というもので、いちど出してしまえば、あとはずっと、こわれるまでそのまま消えずに残るのです。すぐに消える魔法とくらべると、だいぶむずかしい魔法でしたので、マリエルほどのまじゅつしでも、ボールいっこやロープいっぽんくらいを出すので、やっとでした(もっとも、ほんきを出せば馬車の一台くらい、マリエルなら出せましたが、そのあと二日は、ぐったりになってしまうことでしょう))。

 

 「これは、ぼくからのプレゼントだよ。らんにんぐ・ふぁずぼーる。レベル一から十まで、逃げるはやさをちょうせつできる。レベル十のこいつをつかまえられたら、たいしたものだね。」

 

 魔法のボールを受け取ったリュキアは、大よろこびでした。そしてさっそく、いきなりレベルのダイヤルを十にあわせると……、ひゅんっ! 目にもとまらないくらいのはやさで、ボールが逃げ出したのです!

 

 「待てえーっ!」ひゅんっ! リュキアはそれに負けないくらいのはやさで、あっというまにみんなの前からいなくなってしまいました。

 

 「ちゃんと里長さんに、でんごんが伝わるのかなあ……」リュキアの消えていったさきの丘をながめながら、ライアンがつぶやきました。

 

 「さあ、それじゃ、いくぞ。」

 

 リズがそういって、みずうみの水の方へとむかって、すたすたと歩いていきました。え? みんなが思うまもなく、リズはさっさと、水ぎわに近づいていきます。

 

 「ちょっ、いったいどこへ……」マリエルがいいかけましたが、つぎのしゅんかん……。

 

 「ええーっ!」

 

 みんなはびっくりして、さけんでしまいました。

 

 なんとリズは、水の中にはいるのかと思いきや、そのままみずうみの水の上を、ちゃぽちゃぽ。へいきな顔をして、歩いていくではありませんか!

 

 「え? なに?」リズが水の上に立って、こちらをふりかえりながらそういいます。

 

 「あ、これ?」そしてリズは、自分の足もとをゆびさしていいました。

 

 なんと、精霊の種族シルフィアであるリズは、水の上をしずまずに歩くことができました! もちろん、ふつうに水の中にはいることもできましたが、ちょっと集中するだけで、こんなこともできてしまえるのです。リズにとってはあまりにもあたりまえのことでしたので、なんの説明もなく、ふつうに歩いていったというわけでしたが、みんなやわたしたちにとっては、しょうげき的ですよね!

 

 「シルフィアだもん、あたりまえじゃんか。それよりさ、早くしなよ。マリエルなら、おれの助けがなくたって、魔法でついてこられるだろ?」

 

 そのリズの言葉に、マリエルは「ふん!」と鼻をならして、こたえます。

 

 「とうぜんだよ! じゃ、なくて、いったいどこへいくのか? ってこと! 精霊王のところへいくんでしょ? 精霊王のトンネルは、むこうの山の、さきじゃないか!」

 

 マリエルがそういって、むこうに見えている山のことをゆびさしました。そこはマリエルがノランからきいていた、アップルキントにいちばん近い、精霊王のトンネルがある場所だったのです(マリエルはほかにも、このアークランドにあるすべてのトンネルの場所をおぼえていました。その中から、いちばん近いトンネルをえらんだのです)。とうぜんマリエルは、これから大急ぎで、そこへむかうつもりでした。

 

 「あーんなとこ、遠すぎていけないよ。」リズが手をふって、マリエルの意見をはねのけました。とうぜんマリエルは、むっとしてしまいます。

 

 「じゃ、どこへいこうってのさ。あそこが、いちばん近いんだぞ。」マリエルがいいかえします。ですがリズは、へっちゃらな顔をしたままで、いいました。

 

 「アップルキントのそとのトンネルにいく必要なんて、ぜんぜんないじゃん。だって、おれたちの目の前に、トンネルはあるんだから。」

 

 「な、なに?」思いがけないリズの言葉に、マリエルがびっくりしていいました。目の前に、トンネルがあるですって? それはわたしも、はつ耳です!

 

 「なーんだ、マリエル、知らなかったのか? そーいや、ノランのじいさんにも、まだいってなかったな。あの島のたきのところにも、トンネルがあるんだよ。」

 

 なんと! このみずうみのまん中にある、たきの島。その島の中にも、精霊王のトンネルがあるといいました! 自分たちが「精霊王のトンネルをあけてください」とたのみにきた相手にはじめて会ったところに、その精霊王のトンネルがあるなんて! なんて、どんぴしゃりなんでしょう!

 

 ということは……、わざわざアップルキントまでリズのことをさがしにきて、とんだ時間のロスになってしまったと思っていたわけでしたが、そうではなかったわけです。もくてきの人物ともくてきの場所が、じつはもうすでに、そろっていたというわけでした。なんてすばらしい! てまがはぶけて、よかったよかった!(リズのしったいも、これでちょう消しですね。)

 

 「ちょ、そんなこと、きいてないぞ! なんでそれを、早くいわないんだよ!」マリエルが、ぷんぷん怒っていいかえしました。

 

 「だって、きかれなかったからさ。」リズが、あいかわらずあっけらかんとしたままで、そういいます。

 

 「そ、そりゃ、きいてはいないけど!」

 

 マリエルは頭の中がすっかり、こんがらがってしまいました。きかれてないから、こたえない。それは正しいような気もするけど……、でもこの場合、きかれる前に教えるのが正しいはずなのであって……、リズのいいかげんさに二をかけて、三でわって……、ああ! わけがわかりません! リズと話しをしていると、いつもこんな感じになってしまうのです。マリエルはこぶしをふたつふり上げて、「あー、もう!」とさけびました(まったくもって、マリエルにどうじょうしてしまいます……)。

 

 「んなこと、どーでもいいからさ。」リズが、うでをふっていいました。「さき、いっちゃうよ? トンネル、あけてほしいんだろ?」

 

 リズはそういうと、ちゃぽちゃぽ、水の上を歩いていってしまいます。

 

 「な……! ま、待てったら、まだ、話は終わってないぞ!」マリエルがいいましたが、リズはぜんぜん、知らんぷりでした。

 

 「まあ、ここは、りくつぬきでいったらいいじゃん。」ライアンがそういって、マリエルの肩を、ぽんとたたきます。マリエルは、すっかり力がぬけてしまって、「はあ……」と深いため息をひとつついて、あきらめました。

 

 

 

 「マリエルの、まじかる・さぽーと。すいみん、るーきん、りろるー!」

 

 マリエルが魔法の言葉をとなえると……、ふおんふおん! マリエルと、マリエルのそばにいるロビーとライアン、三人のからだが、ふわふわとした光につつまれました。これは、みずすましのじゅつ。この魔法を使うと、その通り、水の上をちゃぽちゃぽ歩くことができたのです(いぜんかなしみの森で水の精霊の小川を渡ったことがありましたが、あのときは精霊が道をあけてくれたので、川を渡ることができたのです。こんどは、きょりも深さも小川とはぜんぜんちがう、みずうみが相手でしたから、精霊にたのんで渡らせてもらおうとしても、そうかんたんにはいきません。がんばって水の精霊にお願いすれば、みずうみの上を渡る方法もないわけでもないでしょうが、ライアンもやっぱりここは、すなおにマリエルの魔法にたよることにしました。およいでいくのも、めんどうですしね。それに、たいせつなお菓子がぬれちゃったら、たいへんですから。

 「なんか、さいきんぼく、戦いいがいの出番、なくない?」ライアンがロビーに、ぶーぶーいいました。まあ、マリエルがいるので、そこはしかたありませんね。がまんしてね、ライアン)。

 

 「ぼくのからだに、しっかりつかまって、ゆっくり歩いてください。だいじょうぶです。落としませんから。いきますよー。」

 

 マリエルはそういいましたが、じつはこの魔法は、地味ーなわりにはとってもむずかしい魔法で、ちょっとでも気をぬくと、たちまち水の中に、どぼん! 落っこちてしまうのです。ですからマリエルほどのまじゅつしでも、この魔法を使っているときには、おしゃべりすることさえできないくらいの集中が必要でした(「マリエルの、まじかる・うぉーたー・すらいだー!」なんていう魔法で、水の上をびゅいーん! とすべっていけたら、そうかいですけどね。さすがにマリエルも、なんでもかんでもできるというわけではありませんでしたから(そもそもそんな魔法は、ありませんでしたし……)。マリエルはまた、自分の使える魔法の中で、いちばんこうりつのいい魔法をえらんで、このみずすましのじゅつを使うことにしたのです(ちょっと地味でしたけど)。

 

 ちなみに、ライアンは水の上にいるときに、マリエルのうしろから「わっ!」なんて、ちょっとやってみようかと思いましたが、水の中に落ちるのはいやなので、やっぱりやめておきました)。

 

 ちょぽん、ちゃぽん。みんなは、いっぽずついっぽずつ、しんちょうに、水の上を歩いていきました。なんだかふわふわして、変な感じです。まるでマシュマロでできた床の上を、ころばないように気をつけながら、よちよち歩いているみたいです。ずっとさきの方を見ると、リズがうでを頭のうしろにくみながら、よゆうしゃくしゃく、立っていました。みんながくるのがおそいので、水の上に立ちどまって、待っていたのです。わざとかた足で立ってみせたり、えっちらおっちら歩いてくるみんなの、まねをしてみせたりして、こっちをからかっていました。な、なんか、はら立つ!(でもマリエルは集中を切らさないように、がんばってむししました。)

 

 そして、ようやくのことで……。

 

 「とうちゃーく!」ライアンがそういって、マリエルにつかまっていた手をはなして、いちばんに島にとうちゃくしました(でもさきにリズが待っていて、「おそいなあ、さき、いっちゃおうかと思ったよ。」とからかってきたので、マリエルとライアンが、そろっていいました。「うるさい!」)。

 

 たきの島は、とても美しいところでした。みずうみのまわりも、まさにらくえんといった美しさでしたが、この島はそれらの美しさを、みんな集めたといった感じだったのです。ま新しいみどりにあふれた、げんそう的な木々。色とりどりのくだものや、花々。あざやかな羽の色をした鳥たちが、あちこちでささやいております。きいろやオレンジ色をした大きな花たちが、くるくるとまわりながら、空中を飛びまわっていました(この花はあるていど大きく育つと、つぎの成長の場所をもとめて、みずから飛びまわって旅をするのです。なんともふしぎな花です(ここにリュキアがいたら、花たちを追いかけて、いっしょに飛んでいってしまうことでしょうね))。

 

 地面には、白い毛なみを持ったりすのような動物たちが、走りまわっていました。そのりすたちのまん中には、水の色をした大きなきのこがいっぽん、生えております。でもよく見ると、そのきのこには小さな足があって、その足でよちよちと歩いていました!(このきのことりすたちは、じつは友だちで、きのこの背中には葉っぱでできたふくろがひとつ、下げられていました。りすたちはそのふくろにたくさんの木の実をためこんで、きのこといっしょに、いどうして暮らしていたのです。きのこを食べる動物なんかがきたら、りすたちがいっしょうけんめい追っぱらいましたし、大きな鳥が近づいてきたときなどには、きのこがけむりをびゅー! と吹き出して、相手を追っぱらいました。なんともおかしな友じょうですね。)

 

 「すてきなところだね。」ロビーがいいました。

 

 「うん、まあ、シープロンドほどじゃないけどね。」ライアンがいつものちょうしで、こたえました。

 

 「すごいエネルギーです。」マリエルがつづけます。「こんなところがあったなんて、うかつでした。ここは、このアークランドの、すべてのよい力が集まるところみたいです。」

 

 マリエルがそういって、ためしにちょっとだけ、魔法の言葉をつぶやいてみると……。

 

 

   ぼわんっ!

 

 

 ちょっとしか力を使っていないのに、とんでもない魔法のエネルギーです! つえのさきから、ものすごい力のいなずまが、ばちばちばち! はじけんばかりにあふれ出しました(あわててマリエルは、その魔法を消しました)。

 

 「へええ、すごいね。」

 

 ライアンがそういって、同じようになにかをつぶやいて、精霊たちに語りかけてみます。すると……。

 

 

   ぼぼぼ! しゅばばばばあーん! 

 

 

 まわりの空気や地面が、まるでたつまきにでも飲みこまれたかのように、ぐるぐるとうずをまいてはじけ飛んでしまいました! な、なんておそろしい……(もうすこしで、ロビーまでその中にまきこんでしまうところでしたが……)。

 

 マリエルのいう通り、ここは魔法や精霊の力が、とんでもなく大きくはたらく場所でした。もしここで、マリエルとライアンのあのほんきのあわせわざが、さくれつしたとしたら……、考えただけでもおそろしい! たぶんこの島ごと、みんななくなってしまいそうです……。

 

 「この島は、精霊王がつくったんだよ。」リズがさらりと、とんでもないことをいいました! 精霊王がつくったですって!

 

 「むかし、精霊王が、このみずうみにあそびにきてさ。まん中に、島をつくったんだってよ。なかなか、いきなことをするね。」

 

 いき、ですか……。リズの意見はともかくとして、なるほど、どうりでこの島は、とんでもないエネルギーにみちているはずです。

 

 「精霊王のつくった島に、精霊王のトンネルか。どうりで、精霊たちがさわぐはずだよ。」ライアンがそういって、手のひらを空中にかざしました。するとその手の上に、すぐに、風や水の精霊たちのすがたが、ふわふわと見えはじめたのです!(ずいぶんとひさしぶりに、かれらにお目にかかれたような気がしますね。やみの精霊さんたちになら、ついこのあいだ、会えましたが……)

 

 精霊のすがたがかんたんには見られなくなってから、だいぶねん月がたちましたが、ここはそんなことには、おかまいなしの場所でした(むかしのアークランドがこんな感じだったのです)。まさにここは、「よい力」の集まる、精霊たちのらくえん。このアークランドでもゆびおりの、とくべつな場所だったのです(そして精霊の力は、魔法の力でもあるのです。魔法を使うときにはさまざまなしぜんのエネルギーが必要でしたが、そのエネルギーとはすなわち、精霊の力によって生まれるものでした。ですからマリエルの魔法の力も、それによって、大きく高められたというわけだったのです。

 

 ちなみに、マリエルは強くなった力でほんのちょっと、さっきリズにからかわれたしかえしに、リズのかみの毛をもじゃもじゃにするいたずら魔法をかけてやろうかと思いましたが、やっぱりむだな魔法の力を使うのはやめておきました。

 

 と思っていると……、すでにライアンが、リズの頭のてっぺんの毛を風の精霊にぐしぐしひっぱらせて、いやがらせをしていました……。マリエルはライアンと同じようなことを考えていた自分が急にはずかしくなって、思わず顔を赤くして、「こほん。」とせきばらいをしてごまかしました。まったく、かわいい子たちですこと)。 

 

 

 島は、そんなに大きなものではありませんでした。ですからそこからちょっと進んだだけで、もうさきの方から、たしかな水の音がきこえはじめてきたのです。それはこの島のまん中にあるという、たきの水の落ちる音でした。

 

 みんなはきれいな水の流れる小川にそって、歩いていきました。それはなんとも、ここちのいいせせらぎでした。小川のまわりには、たくさんの水の精霊たちが見て取れます。みんな、すいすい飛びまわったり、ぴょんぴょん水の上をはねたり。水のつぶをボールがわりにして、それを取りあってあそんでいる精霊たちまでいました(ちゃんとしたルールがきまっているのでしょうか? しんぱんのような精霊までいました。なんともめずらしい光景です)。

 

 この小川の水は、島のまん中のたきから流れていました。ですからこの小川をのぼっていけば、たきのところまでいけるのです。

 

 水の音が、だんだん大きくなってきました。たきは、すぐそこのようです。そして、さいごのまがりかどをまがったところで……。

 

 「あれ? どうくつ?」

 

 ライアンが、目の前のいがいな光景におどろいて、いいました。てっきりそこに、どうどうとしたたきのすがたがあるものだとばかり、思っておりましたから。ライアンのいう通り、流れる水は、岩山にぽっかりあいたどうくつの中へと、つづいていたのです。そしてごうごうというたきの水の音は、そのどうくつの中からひびいてきていました。

 

 「この中だよ。足もと、じゃり道だから、気をつけな。」

 

 リズがそういって、すいすいどうくつの中へとはいっていってしまいました。あわててみんなも、リズのあとを追いかけます。

 

 どうくつの中は、気持ちのいい空気にあふれていました。息をすうっとすいこむと、さわやかなミントのようなかおりの空気と、こまかい水のつぶが、いっしょに鼻のおくをくすぐっていくのです。足もとにはすいしょうのようにかがやくきれいなじゃりが、しきつめられていました。そしてみんながその上をざくざくと歩いていくと、そのじゃりがきらきらと光って、どうくつのかべを美しくてらし上げていくのです。

 

 どうくつのかべもまた、すき通ったすいしょうのような石でできていました。光にてらされたそのかべの石が、こんどはべつの色の光でそれにこたえて、それがまた、べつの石にも伝わって……。それはまるで、七色の光のイリュージョンの、ショーのよう。みんながいるのは、まさにその、とくとう席。ショーステージのどまん中だったのです。

 

 ロビーもライアンも、マリエルさえも、みんな思わずぼーっとなって、目の前の光景に見いってしまいました。気がつけば、たくさんの精霊たちが、あたりにまたたくげんそう的な光の中を、(まるでショーステージの上のダンサーたちのように)すいすいとまいおどっていたのです。こんなにすてきなショーを見せられてしまっては、だれでも心をうばわれてしまうのは、とうぜんのことでした。

 

 

 「みちくさ食ってないでさ、早くいくよ。」

 

 

 とつぜん、夢の世界のそとから、リズの声がきこえました。みんながはっとわれにかえると、リズが手をぱたぱたとふってあたりの精霊たちのことをはらいのけながら(精霊たちに対して、なんてばちあたりな!)、どうくつのおくへといってしまうところでした。こんなにすてきな光景が目の前に広がっているというのに、まったくリズときたら!(でもリズにとっては、この夢のような光景もまた、ふだんから見なれている、ごくあたりまえのことの一部分にすぎなかったのです。こんなにもすばらしいものが、あたりまえなことになっている。よく考えてみれば、それはすてきなことなのかもしれません。たしかにリズみたいに、感動はうすくなってしまうかもしれません。ですが、美しいものがごくあたりまえに、美しいままにそんざいしている。こんなにしあわせなことは、ほかにないはずです。このアークランドでも、わたしたちの世界でも。)

 

 「ちょっと! 待ってよー!」

 

 「こら! さきにいくな!」

 

 みんなはそういって、さきをゆくシルフィアのあとを追いかけました。

 

 

 

 「な……、なんてすごい……」

 

 思わずロビーが、ため息まじりにそれだけつぶやきました。ほかの言葉が、ぜんぜん出てこなかったのです。それはエリル・シャンディーンの空中ろうかで、道のさきにそびえる女神リーナロッドのぞうを見たときいらいの、大きな感動でした。

 

 どうくつの、そのいちばんおく深く。じゃりの道は、深い池のほとりへとつながっていました。その池のむこう。岩かべから、どうどうと青いしんじゅのつぶのような水のしぶきをあげて、そのたきが流れ落ちていたのです。

 

 その美しさ……。

 

 すべてをつつみこむ、そんざい感……、やさしさ……。

 

 七色の光につつまれた、まるでまぼろしのようなたき。たきのまわりには、この場所ではもうあたりまえのように見ることのできている、たくさんの精霊たちが、たきのせいなる力にさそわれて飛びまわっていました。しかしここには、それいがいのほかの力がありました。ロビーはそこに、たしかに、女神のそんざいを感じ取ったのです。心なしか、腰におびたせいなる剣が、ふわりとかるくなったかのように感じました。ものすごい力が、剣からあふれ出してくるようです。女神の力、精霊の力、そのすべてが、この剣に集まってきているかのようでした。それはなんとも、ふしぎな感かくでした。

 

 「これが、精霊王のトンネルがある、たきだよ。」リズが、あいかわらずのちょうしで、たんたんとそういいます。「このたきにむかって、力を使うんだ。すぐ、ひらくからさ。ちょっと、そのネックレス、貸してみな。」

 

 「ちょーっと、待ったー!」

 

 リズの言葉に、とつぜんライアンがわりこみました。なにごとでしょうか? リズがきょとーんとした顔をして、ライアンの方を見ます。

 

 「やっぱりここは、このぼくにやらせてよ。こんなに精霊の力にあふれた場所も、ちょっとほかにないからね。ここならぼくでも、精霊王のトンネルくらい、ちょちょいのちょいだよ。」ライアンはそういって「ふふん!」と鼻をならし、よゆうしゃくしゃくといったふうに、おどけたポーズを取ってみせました。

 

 「さあ、シープロンドいちの精霊使い、ライアン・スタッカートくんの力、見せてあげましょう! ノランさんは、むりっていったけど、ふっふっふ、はたして、そうかな?」

 

 どうやらライアンは、ノランから「精霊王のトンネルをあけるのは、おぬしにはむり」といわれたことが、ずっとひっかかっていたようなのです。そしてライアンは、はじめから「見てろー、ぼくのすごいとこ、思い知らせてやるんだから!」とひそかに思っていて、精霊王のトンネルもリズにたよらず、自分であけてやろうと思っていましたが(やっぱりそんなこと考えてたんですね。ライアンらしい)、じっさいにこの場所にきてみて、その精霊の力のあまりの強さに、「ここならぼくにも、ぜったいにできる!」と自信を持ちました。こうなったら、ライアンが行動しないはずがありませんよね。というわけで、ここでリズをさしおいての、ごとうじょうというわけだったのです。でもほんとうに、だいじょうぶなの?

 

 「おししょうさまから、いわれたでしょ。ライスタには、むりだってば。」マリエルがあきれ顔でいいましたが、すでにライアンは、やる気まんまんでした。

 

 ライアンはロビーから精霊王のネックレスを受け取ると(というより、自分からむしり取りましたが……)、りんとして、みずべのふちに立ちました。マリエルは「ふう……」とため息をついて、うしろにひっこんでおります(好きなようにやらせてやろう、ということです)。リズもうでをくんで、やれやれといった感じで見守っていました。そしてロビーも、「ライアンならできそう」という強いきたいを持って、同じくうしろから見守っていたのです。

 

 なにかわたしも、ロビーと同じく、ライアンにならできそうな気がしてきました(マリエルとリズは、きたいしてないみたいですけど)。これほど精霊の力にあふれた場所であるとはいえ、精霊王のトンネルをあけることができれば、もんくなしにたいした精霊使いです。伝説のシルフィア種族の者たちとも、肩をならべることができるのですから。さあ、ここはみなさんも、ライアンのことをおうえんしてあげようじゃありませんか。がんばれー!

 

 ライアンは精霊王の青いネックレスをにぎりしめ、そしてささやきはじめました。

 

 「せいなる場につどいし、ぜんなる精霊たちよ。われとともに、大いなるみらいへのとびらをひらかん。」

 

 ライアンがそういうと、あたりの空気がばあーっ! とざわめきはじめました。見ると、ここにもそこにもあそこにも、風や水の精霊たちが、この場をうめつくさんばかりに、あふれかえっていたのです! とくに、たきのまわり、そしてライアンのまわりは、まさに精霊だらけ! まるで精霊の海の中に、ライアンがひとりで浮かんでいるかのようでした(かなしみの森の小川でも、ライアンのすがたが見えなくなるくらいに精霊が集まりましたが、こんどはライアンどころか、まわりの景色やたきのすがたさえも、みんな見えないくらいでした!)。なんともすごい! こんなにたくさんの精霊の力が集まれば、ふかのうも、かのうになるかもしれません。これなら、いけるかも!

 

 ライアンのすがたは、集まった精霊たちにかこまれて、まったく見えなくなりました。そしてささやきの言葉が終わって、さいごのひとこと!

 

 「いざゆかん! とびらのさきへ!」

 

 「スピリチュアル・アストラル・ホーリーゲート!」

 

 なんというすさまじい力! さし出した青いネックレスにすべての精霊たちの力がひとつのかたまりとなって集まり、それがたきの前の空間へとむかって、いっきにはじき出されたのです!

 

 

   ぎゅぎゅぎゅぎゅい~!

 

 

 青いネックレスからあふれるおそろしいまでの精霊の力が、そのままたきの前に、精霊王のトンネルのすがたをうつし出していきました! すごい、やった! ついに精霊王のトンネルが、ひらかれるのです! 

 

 「いっけえ~!」

 

 

   どごごごご~ん!

 

 

 ライアンがさいごの力をふりしぼって、トンネルの入り口に精霊たちの力をぶつけました!

 

 

 

 「だからさあ、むりだっていったじゃん。」

 

 リズが、(どうくつのすみっこのかべぎわで、ひざをかかえてすわりこんでしょげかえっている)ライアンにいいました。

 

 「まあ、トンネルが出せたんだから、すごいことだよ。ぼくも、みとめるからさ。」マリエルがライアンの肩をぽんとたたきながら、つづけました。

 

 

 けっかは、まあ、その……、そういうことでした……。

 

 

 やっぱり精霊王のトンネルが相手では、ふつうの精霊たちでは、いくらたばになってもかなわなかったのです。でもそれは、風や水の精霊たちが悪いわけでも、ライアンのうでが悪いわけでもありませんでした。ライアン(と精霊たち)は持てるかぎりの、さいこうの力をはっきしました。でもそれだけでは、だめなんですね。やっぱりノランのいう通り、かたくとざされることになってしまった精霊王のトンネルをあけることができるのは、もとからそれくらいの強力な力を持っている精霊たちでなくちゃ、だめみたいだったのです。いくら精霊使いが、強力であったとしても(たとえば……、今の精霊王のトンネルをあけるために必要な力を、「二百万精霊パワー」としましょう。そして精霊王のネックレスの持つ力を、「百万精霊パワー」とします。シルフィアであるリズは、もともと百万精霊パワーほどの力を持っておりましたので、リズが精霊王のネックレスを使えば、ごうけい二百万精霊パワーとなり、このトンネルをあけることができました。やみの精霊たちの場合は、ひとりひとりが「五十万精霊パワー」といったところでしょうか? ですからやみの精霊たちがふたりで協力すれば、ネックレスを使って、なんとかこのトンネルをあけることがかのうなわけなのです(もっとも、協力できればの話ですけど)。

 

 ところが、風や水、火や土といった精霊たちは、いわばいっぱんの、ふつうの精霊たちでした。かれらのようなふつうの精霊たちは、このような精霊の力があふれかえっている場所であっても、どんなに力をあわせたとしても、ごうけいでせいぜい二、三十万精霊パワーほどの力までしか出せなかったのです。それ以上の数の精霊たちが集まったとしても、ほんらいの力が弱いため、大きくなりすぎた力がちってしまって、それらの力をひとつにまとめることはできませんでした。ですからライアンが精霊王のネックレスまで使って、いくらがんばってかれらの力を集めたとしても、さいこうでも精霊たちの力とあわせて、「百三十万精霊パワー」ほどをかせぎ出すのが、やっとだったのです。

 それではこんかいのように、トンネルのすがたをうつし出すくらいのことまでで、せいいっぱいでした。それを知っていたからこそ、ノランは「むり」といったんですね。ライアンはそれを知らなかったというわけでしたが、それにしても、あんなにがんばったというのに、はじめから「あけられない」ときまってたなんて、う~ん、なんだか、気のどくなライアン……)。

 

 ですが、(いくらライアンのせいではないとはいえ)ライアンは落ちこんだまま、動けません。ロビーがいくらがんばっても、だめでした。ライアンは、よゆうぶって見せていましたが、じつは、ほんきのほんき、自分の持てるさいこうの力を出しきったのです。それでだめでしたから、その落ちこみ方も、さいこうちょう! まあ、その気持ちもわかりますけどね……(う~ん、どうしたものやら)。

 

 「しょうがないなあ。」

 

 見かねたマリエルが、「ふう。」とため息をついて、なにかをささやきはじめました。どうやらまたも、なにかの魔法のようです。

 

 「ちょっと、気が乗らないけど、しかたありませんね。」

 

 マリエルがそういって、ライアンに魔法のじゅつをかけました。ほわわん! ライアンのからだが、きいろい光につつまれます。いったいなんの魔法なのでしょう? と思っていると……。

 

 

 「やっほ~!」

 

 

 ええっ! ライアンがとつぜん、大声でさけんでとび上がりました! な、なにごと?

 

 

 「精霊が、なんだってのさ~! ぼくは、ライアン・スタッカートだぞ~! シープロンドの王子さまなんだぞ~! かわいいんだぞ~! きゃはははは!」

 

 

 ちょ、ちょっとライアン、いったいどうしたの?

 

 

 「じいしき・かじょうのじゅつです。自分のいいところを大げさにじかくさせて、自信たっぷりにさせる魔法なんですが、今のライスタをげんきにさせるには、これしかないと思いまして。」

 

 マリエルが、(口をあんぐりとあけてかたまっている)ロビーに説明しました。

 

 「でも、ちょっと、ききすぎちゃったみたいですね……」

 

 マリエルのいう通り、ライアンはもともと自分に自信たっぷりでしたから、それが魔法でますます強くなってしまって、そのけっか、こんなハイテンションなライアンになってしまったというわけなのです……。う~ん、これなら、もとの方がよかったかも……。

 

 「こ、これ、どうするの?」ライアンのあまりの変わりように、ロビーが心配になってマリエルにたずねました。

 

 「この魔法は、しばらくは消せないんです。五分くらいでおさまるかと思いますが……。すいません。」マリエルがすまなそうに、ロビーにいいました。

 

 ロビーは、自分のまわりではしゃぎまわっている(そのうえ自分にすごくからんでくる)ライアンに、またしてもなにもすることができず、その場に立ちつくして、ライアンのことをただただ、見守るほかありませんでした……。

 

 「ほらほら、見て見て! ロビーちゃん! このポーズ、かわいいでしょ~! ほら~、こ~んなサービスもしちゃう! ちゃちゃっちゃ、ちゃ~ん! こ~んなとこまで見せちゃうよ! きゃはははは!」

 

 

 

 「あらよ、っと。ほら、あいたぜ。」

 

 ネックレスを持ったリズが、たきの水しぶきにむかって力をこめると……。

ぶおお~ん!

 

 すごい! さっきライアンがあんなにもがんばってあけようとした精霊王のトンネルが、あっというまに、目の前にその口をひらいたのです!(魔法が切れて「正気」にもどったライアンが、それを見てまたしても、がーん! リズがあんまりかんたんにトンネルをあけてしまいましたので、ショックでまた、落ちこんでしまいました。あ、でも、もう魔法はいいですからね、マリエルくん!) 

 

 「さすがは、精霊王のネックレスだな。とんでもないパワーを持ってるぞ、こいつ。」リズが、手にしたネックレスをしげしげとながめながら、いいました。さすがのリズでも、自分の力だけでは、さらにかたくとざされてしまった今のじょうたいの精霊王のトンネルをあけることなんて、とてもむりなことでしたから。このネックレスの力が、トンネルのとびらをとざしていたその力を弱めてくれたからこそ、こんなにもかんたん(?)に、トンネルの入り口をあけることができたのです(ちなみに、いぜんのじょうたいのトンネルであれば、精霊王のネックレスがなくても、リズならばあけることができました。いぜんのトンネルなら、今のじょうたいのトンネルをあけるための半分の力、百万精霊パワーほどもあれば、ひらくことができたのです。ですがリズは、トンネルをためしにあけてみたことはありましたが、「べつに用がないからいいや。」といって、中にはいりませんでした! なんてもったいない! 

 

 それからもリズは、イーフリープにいくことはありませんでした。「だって、めんどうだし。」というのが、そのりゆうです。それに、家で曲を書いている方が、楽しいみたいでしたから。う~ん、さすがはリズ)。

 

 でもみんなには、そんなネックレスのことよりもなによりも、今いちばんきょうみをひかれてやまないものがありました。それはもちろん、目の前にひらかれた、この精霊王のトンネルです!

 

 「すごい……! さすがのぼくでも、はじめてのけいけんです。じっさいに、イーフリープへつづくトンネルが、ひらいているなんて……!」マリエルが、目の前にひらいたぼんやりとかがやくふしぎなとびらのことを前にして、いいました。

 

 「ほら、すごいよ、ライアン。ほら、見て。」ロビーがそういって、また落ちこんでしまったライアンのことをひっぱってきて、自分の前に立たせました。

 

 精霊王のトンネル……。ただの伝説と思われていた精霊王が、じっさいに住んでいるという、物語の中だけにそんざいするはずのくに、イーフリープ……。そのおとぎのくにへとつづくふしぎのトンネルが、今自分たちの目の前に、こうしてひらいていたのです。このアークランドの中のいったいどれほどの人が、こんなけいけんをすることができるのでしょうか? こんなけいけんは、とくべつな、ほんとうにとくべつな者だけが、一生にいちどできるかできないか? というほどの、きちょうなものでした。今まさに仲間たちは、(そして読者のみなさんも、これを書いているわたしもふくめて)そんなとくべつなたいけんをしようとしていたのです。精霊王のもとへ!

 

 「精霊王……。 精霊王! はわわわ……、どーしよー!」

 

 われにかえったライアンが、急にそわそわしはじめました。むりもありません。精霊になれ親しんできた、シープロンドの者たち。その中でもライアンは、王子さまとして、小さいころからつねに精霊とかかわってすごしてきました。そんなライアンでさえ、精霊王なんてものは、夢のまた夢、とくべつの中のとくべつ。その伝説の精霊王に、今これから、自分が会おうとしていましたから。

 

 メリアン王でさえ、精霊王に会ったことはありません。ルエルしきょうさまだって、レシリア先生だってそうです。おそらくシープロンでは、はじめてでしょう。そのはじめてが、自分なのです! 強がっていたライアンですが、じっさいに精霊王に会うというこのときとなっては、さすがにしりごみして、そわそわしてしまうのも、むりもないことでした。

 

 そんなライアンのことを見て、ロビーがいったのです。

 

 「これはきっと、精霊王さまからの、しょうたいじょうだよ。」

 

 「えっ?」

 

 ロビーの言葉に、ライアンがおどろいていいました。

 

 「精霊王は、なんでも知っている。ライアンのことも、もちろん知っている。ライアンが、シープロンドいちの精霊使いだってことも。だから精霊王は、ライアンをここに、まねいてくれたんだ。」ロビーがつづけました。

 

 「きっと精霊王は、ライアンがくるのを、楽しみに待ってる。だからライアンは、それにこたえてあげなくちゃね。ライアンは、すごいんだから。ぼくじゃ、精霊王を相手にするなんて、むりだよ。ライアンじゃなきゃ。だから精霊王は、ライアンのことを、しょうたいしてくれたんだ。」

 

 ライアンはしばらく、きょとんとしたままでした。

 

 ロビーの言葉は、おせじでも、ごきげん取りでもありません。ライアンはロビーのことを、いわれるまでもなく、よく知っております。それこそ、なんでも知ってる精霊王みたいにです。ですからライアンには、ロビーの心がよくわかりました。ロビーはほんとうに、心の底から、自分にきたいしているのです。精霊王の相手がつとまるのは、ライアンしかいない。ロビーはそう、自分にきたいしているのです。

 

 

 さて、ライアンの反応は?

 

 

 ライアンはうつむいて、だまったままでした(あれ? てっきり、「まーかせてよ!」といって、自信まんまんにいばりちらすとばかり思っておりましたのに。どうしたのでしょう?)。

 

 「……ふ……、ふ、ふ……」ライアンが下をむいたまま、ぼそぼそといいました。ど、どうしたのでしょうか? だいじょうぶ?

 

 心配したロビーが、どうしたの? といおうとした、そのしゅんかん……。

 

 

 「こーの、ライアン・スタッカートさまに、まかせておけーい!」

 

 

 ライアンが、こぶしをふたつ、天高くつき上げながらさけびました!(よかった! やっぱりライアンは、こうじゃなくっちゃ! 思った通りの反応で、わたしも安心です!)

 

 「そのほう! よを、だれだと心得ておる! おそれ多くも、シープロンドいちの精霊使いにして、王子。ライアン・スタッカートなるぞ!」ライアンは胸をのけぞらせて、いばりちらしながら、ロビーにゆびをぴしっ! とつきつけていいました(でも背がちっちゃかったので、あんまりえらそうには見えませんでしたが……)。

 

 「やれやれ。やっぱり、精霊王と肩をならべられるほどのじつりょく者は、ぼくしかいないんだから、しかたないのか……。ぼくくらいになると、みんなが放っておかないんだから、まったくこまっちゃう。」

 

 いいぞいいぞ、そのちょうし! もう百パーセント、ライアンですね! 

 

 「よかった、げんきになったんだね。やっぱりライアンは、げんきなすがたが、いちばんいいな。」ロビーがほっと胸をなでおろして、心から安心していいました。

 

 

 たまにはへこんでしまうこともあるけれど、やっぱりライアンは、どこまでもライアンです。おちょうし者のライアンです。じいしきかじょうなライアンです。なまいきで、負けずぎらいで、へらず口のライアンです。お菓子が大好きなライアンです。かわいいと、自分でみとめているライアンです。

 

 みんなが大好きなライアンです。

 

 

 ライアンは、これでいいですよね!

 

 

 ライアンがまた、いつものちょうしで、マリエルやリズにからみはじめました。マリエルとは、またわーわーきゃーきゃー、やりはじめております。そんなライアンのことを見て、ロビーは笑いがとまりませんでした。マリエルは、「ちょうしのいいやつだ。」とあきれております。リズも、「おかしなやつだな、おまえは。」と思わず笑ってしまいました。

 

 「さあ、いくぞ! なにをぐずぐずしてるんだ!」ライアンがうでをさっとふって、兵士たちにしじを送るしきかんのようなしぐさをしながら、みんなにいいました。

 

 「ライスタがかってにわーわーさわいでたから、さきに進めなかったんでしょ!」マリエルがぷんぷんいいましたが、これはもう、いつものやりとりでした。

 

 「よし、いくぜ、ついてきな。」リズがそういって、池の上をちゃぽちゃぽと歩いていきましたが……。

 

 「ちょっと待った! ぼくが先頭!」ライアンがそうさけんで、とめました(やっぱり。そういうと思いました)。

 

 またマリエルがみずすましのじゅつを使って、みんなは池の上を、たきの前のトンネルまで歩いていきます。そしてトンネルの前までたどりつくと、ライアンがいちばんにその中に飛びこみました(やっぱり。そうすると思いました)。ロビー、マリエルとつづいて、待っていたリズも、やれやれといった感じで、トンネルの中にはいります(トンネルの中は、ほんとうにふしぎな空間でした。まわりのかべは、かたいようで、やわらかいようで、しかもぐねぐねと動いていたのです。その色も、赤いようで、青いようで、白いようで……、まったくとらえどころがないといった感じでした。そしてはるかなむこうに、明るい光の出口がひとつ、見えていたのです)。

 

 ついにみんなは、精霊王の待つイーフリープへとはいりこむのです。そこで仲間たちは、どんなたいけんをして、なにを得るのでしょうか? ノランはいいました。「そこでおぬしは、さいごのしれんを受けなければならん……」

 

 つづく道のさきには、いったいなにが、自分のことを待ち受けているというのでしょう? ロビーはもういちどけついをかため、両手をぐっとにぎりしめました。

 

 

 いよいよだ……。

 

 ロビーは心の中で、そうつぶやきました。

 

 

 「らーいあーん、すたっかーあとー!」 

 

 目の前には、うでをふって歩きながら歌っている、げんきなライアンのすがたがありました。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


     「これは、アークランドの正式ながいこうである。」

       「おひさしぶりですね、ロビーベルク。」

     「いくぜ、イー・マイナー・セブン!」

       「いぎゃー!」


第23章「精霊王のふしぎのくに」に続きます。




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23、精霊王のふしぎのくに

 おとぎのくに……、それはわたしたちの住む世界とは、時間も場所も、しぜんのなり立ちさえもことなる、ふしぎにあふれる世界なのです(今さらいうまでもないでしょうけど)。そのおとぎのくにの中のひとつを、みなさんはこれまでに(二十二章に渡って)たいけんしてきました。それはもう、いうまでもありませんよね。そう、このロビーの冒険の物語のぶたいである、アークランドです。

 

 このアークランド世界は、まぎれもなくおとぎの世界でした。ですがこのアークランド世界においてさえも、なお、おとぎのくにというものはそんざいするのです(前にもいいましたけど)。

 

 そのひとつが、精霊たちのくに。精霊たちの住むくには、おとぎのくにアークランドの中においても、まったくもっておとずれることすらむずかしい、未知なる世界でした。そういう世界は、ほかにもあります。いちばんよく話に出るのが、死者たちのくに。あの世とか、この世とか、いいますよね。らくえんのような世界もあれば、おばけがいっぱい住んでいる、ちょっとこわい世界まであるのです(フェリアルは、ぜったいにいきたくないでしょうけど)。

 

 ほかにも、悪魔たちが住んでいる、魔界などとよばれている世界(みんなぜったいにいきたくないでしょうけど)や、精霊よりももっとしんぴ的な、エーテルという、すがたを持たない生きもの(生きものとよべるかどうかもわかりませんが)たちが住んでいる世界など、わたしたちの目には見えないだけで、この世界のそばには、じつはたくさんの世界が、そんざいしていました。

 

 ですが、そんなおとずれることすらむずかしい未知なる世界とはいえ、精霊たちの世界は、ほかのたくさんの世界の中でも、もっとも身近な世界であるといえることでしょう(それでも、「ちょっと、精霊のくにまであそびにいってくるね!」「夕ごはんまでには帰ってくるのよ。」などといった親子の会話が出ることなどありえないくらいに、近くて遠い世界でしたけど)。精霊の力というものは、わたしたちの住む世界のほとんどすべてのものごとに、かんけいしていましたから(水の精霊がいなければ、水がなくなってしまいます。風の精霊がいなければ、息をすることすらできません。わたしたちが生きていくうえで、精霊の力は、ぜったいに必要ふかけつなものだったのです)。

 

 しかし、こんかいわれらが仲間たちがむかうのは、そんな精霊たちのくにの中でも、とくべつの中のとくべつ、伝説の中の伝説。もういうまでもありませんよね。精霊王の住む、ふしぎのくになのです。

 

 イーフリープとよばれるそのくには、ただのお話だと思われていました。じっさいアークランドに住むほとんどの人たちが、そんなのはただのお話にすぎないと、今でも思っています。それはイーフリープが、この世界とはまったくまじわることなく、遠く遠く、あまりにも遠くかけはなれていたためでした。

 

 どんなに力のあるまじゅつしでも、どんなにゆうしゅうな精霊使いでも(ライアンでも)、自分の力だけではイーフリープに出かけていくことなどは、できません。イーフリープとこのアークランド世界とをつなぐ道は、精霊王のトンネルとよばれるとくべつな道いがいには、まったくありませんでした(このトンネルのそんざいは、ノランなど、ごく一部の者たちのみが知っているだけでした)。そしてそのトンネルはかたくとざされていて、ごくかぎられたとくべつな力をもちいないかぎり、その入り口をひらくことなどはできなかったのです(精霊王からおくられたネックレスを使ったり、リズのようにとんでもないほどの精霊パワーを持っている者が、その力をぶつけたりしないかぎりは。ですからどんなにすごいまじゅつしや精霊使いなどであっても、自分の力だけでは、このトンネルをあけることなどはできなかったのです)。

 

 宝玉の力が弱まったことで、このアークランドの力のバランスはくずれてしまいました。それは精霊王のトンネルも同じでした。むやみにトンネルをあけてしまえば、くずれた力のバランスが、イーフリープ世界の中にまで広がってしまうかもしれないのです。そのためトンネルは、イーフリープ世界の中の精霊エネルギーによって、さらにさらにかたくとざされてしまいました(そのかたさは、およそ二ばいになりました。いぜんだったら精霊王のネックレスさえあれば、ふつうの人でもすぐに、トンネルをひらくことができましたけど、今ではそれに加えて、リズほどの精霊パワーの持ちぬしが必要になってしまったというわけでした)。かれらの世界とわたしたちの世界とは、かんぜんに切りはなされたのです。今までだって、このトンネルをあけることなどは、(それこそとくべつな力でももちいないかぎりは)ほとんどむりなことでしたが、これでけってい的になりました。このトンネルをあけることなんて、ふかのうです。大けんじゃノランにだって、むりなことでした。イーフリープはこうして、人知れず、伝説の中に消えていったのです……。ふつうだったら。

 

 

 ですが今、ふつうではないことがはじまろうとしていました。

 

 

 精霊王は、なんでも知っているのです。あけることのできないトンネルを、ロビーたち、われらが仲間たちになら、あけることができるということも。

 

 ロビーの持つ、青いネックレスの力。そしてロビーのことを助ける、仲間たちの力。それらがひとつとなれば、かれらはあけることのできないトンネルをあけて、自分のところまでやってくる。精霊王はすべて見通していました。

 

 そして今、仲間たちはそのあけられるはずのないトンネルを自分たちの力であけて、精霊王の住むふしぎのくに、伝説のイーフリープ世界へと、ふみこもうとしているところだったのです。

 

 

 トンネルの出口が、近づいてきました。

 

 イーフリープへ、さあ、ふみ出しましょう。

 

 

 

 

 「きたか……」

 

 白くかがやく石でできたバルコニーに、ひとりの人物が立っていました。その人物は目の前に広がる美しい景色をながめながら、静かな表じょうをしてそうつぶやきました。

 

 そしてそのうしろの白い部屋の中から、今もうひとりの人物がやってきました。その人物は小さなバルコニーへとゆっくりと歩みを進め、さきにいた人物のとなりに、ならんで立ちます。

 

 「えんろはるばる、ごくろうさまなことでございますな。」

 

 あとからやってきた人物がいいました。その声は、かなりのおとしよりの声でした。白い美しいガウンをまとっていて、肩からは、大きな水色のたすきをかけております。その手には、金色の糸であんだ美しいかんむりをひとつ、持っていました。このかっこうは……?

 

 そう、この人物は、シープロンドのしきょうさま。ルエル・フェルマートしきょうさまだったのです。ということは? そのとなり、バルコニーに立っている人物は……、その通り、メリアン・スタッカート王でした(ひょっとして精霊王? と思った方もいたかもしれませんね。とつぜん場面が変わりましたから。精霊王は、もうちょっとあとで……)。

 

 「ふっ。」ルエルしきょうさまの言葉に、メリアン王が小さく笑いました。「そうだな。かれらの思い通りには、ならんよ。」

 

 かれらが見つめるさき。さしこみはじめた朝日にてらされた、シープロンドの美しい景色のそのむこう。みどりの平原のむこうから今、黒くうごめく雲のようなものが、見えはじめてきました。それはゆっくりと動いていて、こちらへとむかってくるところだったのです。まさか、これって……!

 

 そうです、シープロンドのお城のバルコニーから見おろした、そのさき。そこからやってくるその黒い雲のようなものは、すべて、黒のよろいかぶとに身をつつんだ、ワットの兵士たちでした! その数は、およそ八百。ついにワットの軍勢が、このシープロンドへとせめこんできたのです!(ワットの黒の軍勢は、今そのほとんどが、エリル・シャンディーンでの戦いにむけてしゅうけつしていました。ですからこのシープロンドにせめこんできたのは、北の地の守りについている、ごくわずかな兵士たちだけだったのです。それでも、これだけの数の兵士たちが集まりました。この八百人という数字は、シープロンドにとって、きょういのはずでした。なにしろシープロンドは、軍を持たないへいわなくに。ごえいのための衛士たちが、わずかに二百人ほどいるだけでしたから。さあ、シープロンドは、メリアン王は、このきょういに、いったいどう立ちむかおうというのでしょうか?)

 

 

 今からすこし前のこと……。

 

 このシープロンドのくにの門に、人間の男せいが三人やってきました。その者たちは黒い毛がわの服を着ていて、そのうちのふたりは、腰に大きな気味の悪い剣をさしていました。からだつきもがっちりとたくましい、ふたりです。これはもう、あきらかにようじんぼうでした。武器を持たない残りのひとりのことを守るために、ごえいとしてついていたのです。では、その残りのひとりとは?

 

 あとのひとりは、うでにエメラルド色の花のマークのはいった白いリボンをつけていました。このリボンに、みなさんは見おぼえがありますよね。そう、このリボンは、使者のあかし。そしていうまでもなく、この者たちはワットの者たちでした。つまりワットの使者たちが、シープロンドへとやってきたのです! こうふくか? 戦いか? そのこたえをもとめて。

 

 「これは、アークランドの正式ながいこうである。」ワットの使者たちが、いちまいの紙切れを見せながら、門の衛士たちにいいました(がいこうとは、取りきめをおこなうために、よそのくにの人たちと話しあうことです)。

 

 「しょくんらシープロンドは、わがワットに対し、ゆるされざるつみをはたらいた。そのつみに対し、わがワットは、ここに、シープロンドへ、正式なつぐないをもとめるものである。こうふくか? いくさか? 好きな方をえらぶよう、メリアン王に取りついでいただきたい。」

 

 「その必要はないぞ。」

 

 声の方を見ると、まさに今、そのメリアン王がふたりのシープロンのそっきんたちをつれて、衛士たちのむこうからこちらへとやってくるところでした。使者たちがやってきたということは、すでにメリアン王のもとへ、あのれんらくラッパによってしらされていたのです。

 

 「わざわざのごそくろう、たいへんごくろうさまです。どうでしょう? あちらのあずまやで、ゆっくり、ハーブティーでもいかがです? おいしいクッキーもありますよ。ああ、バターケーキの方がよろしかったですかな?」メリアン王がおちつきはらったようすで、使者たちにいいました。

 

 「そうそう、じつは、新しい人形げきができたんですよ。これがまた、けっさくで。どうです? みなさんで、楽しもうじゃありませんか。きみ、すぐに、人形げき屋をよんでくれ。」メリアン王がつづけて使者たちにいって、それからこんどは、衛士のひとりにむかっていいました。

 

 「のんきなことを、いっている場合ではない!」このたいどに、ワットの使者たちはすっかりおかんむりです。「しょくんらは、はんぎゃくのつみをはたらいたのだ! そのつみは、重いぞ! アルファズレド王のとくしゃなど、考えないことだ! さあ、こうふくか? 戦いか? こたえてもらおう!」(とくしゃというのは、とくべつなゆるしということです。)

 

 ですがメリアン王は、またしてもすずしい顔をしていいました。

 

 「はて? はんぎゃくのつみとは、どういうことですかな? さっぱり身におぼえがありませんが。そなたは、なにか知っているか? ルーベルアン。」

 

 いわれて、となりのルーベルアンがこたえます。

 

 「さあ、なんのことやら、わたしにもわかりませんが。フォルテール、きみはどうかな?」こんどはルーベルアンが、となりのフォルテールにいいました。

 

 「はんぎゃくって、なんでしたっけ? おいしいの? なにしろここは、あらそいなどとは、むえんの地。そんな言葉の意味すら、おぼえておりませんね。」

 

 「く……、この……!」

 

 使者たちはこぶしをにぎりしめて、かんかんです! ですけど、使者がぼうりょくをふるってはいけません。メリアン王たちも、それがわかっていて、からかっていたのです(ほんとうなら使者をからかうなんて、してはいけませんでしたが、相手はワットの使者たちですもの、すこしくらいかまいませんよね? わたしもちょっと、楽しんでしまっているんですけど。ぷぷ!)。

 

 と、そのとき。道のむこうからゆっくりとした足取りで、ひとりの老人がやってきました。その人は、ほかでもありません。ルエルしきょうさまだったのです。

 

 「これこれ、みなさま。神さまの前において、いいあらそいなどはいけませんぞ。」ルエルしきょうさまが、メリアン王たちにむかっていいました。

 

 「王さま。お客さまをからかっては、いけませんな。これは、とんだごぶれいを。 ルエルしきょうさまがそういって、ワットの使者たちに頭を下げました。

 

 「おお、ようやく、話のわかる者がやってきたか。」使者たちは、しきょうさまのたいどに、すっかりきげんをなおしたようでした。「まったく、このくにの王は、なんという王だ。これでは、話にならん。」

 

 いわれたメリアン王は、しゅーん……、とちぢこまってしまいます。ルーベルアンとフォルテールも、王さまとならんでひっこんでしまいました。ここは、ルエルしきょうさまにおまかせしましょうか。

 

 「そなたは、しきょうのようだな。では、じょうしきもわきまえておろう。しょくんらには、ワットへのはんぎゃくのつみがかけられておる。こうふくに応じなければ、ワットは武力によって、このシープロンドをせめ落とすだろう。われらとしても、そんなまねはしたくはない。さあ、早く、心をきめるのだ。ワットに、こうふくせよ。悪いようにはせんぞ。」

 

 使者たちはそういって、ルエルしきょうさまの言葉を待ちました(メリアン王にいっても、むだだとわかりましたから。しきょうさまなら、王さまと同じくらいのけんりがあるのです)。

 

 ルエルしきょうさまはしばらくだまっていたあと、「ほっほっほ。」とおだやかに笑います。そして……。

 

 

 「りゆうがわかりませぬな。」

 

 

 「な、なに?」思わぬしきょうさまの言葉に、使者たちはおどろいていいました。

 

 「あなた方がわれらにさしずする、そのりゆうがわかりませぬ。はんぎゃくですと?それは、だれのきじゅんによるものでしょう? この世のすべては、神さまのおぼしめしによるもの。われらは神さまのご意志にしたがって、われらの道を進むのみでございます。あなた方の道ではございません。あなた方のさしずは受けません。」

 

 ルエルしきょうさまはおだやかにほほ笑んでいいましたが、そこにはかたいかたい、シープロンとしてのほこりといげんがみちあふれていました。

 

 う~ん、どうにも、やくしゃがちがいます。これではさすがのワットの使者たちも、どうすることもできませんでした。

 

 「く、ぐむむむむ……!」使者たちは歯をぎりぎりとかみしめて、くやしがりました。

 

 「おのれ! おぼえておけよ!」使者たちはそういって、そそくさと身をひるがえします。

 

 「これでシープロンドは、われらの敵だ! ただちに、せめ落としてくれる! あとで泣きついてきても、もうおそいぞ!」

 

 使者たちはそうはきすてるようにさけんで、馬たちに乗って去っていきました(いかにも、悪やくといった感じですね)。

 

 「べ~ろべ~ろべ~!」メリアン王が、去っていく使者たちにむかってべろを出してやりました。ルーベルアンとフォルテール、衛士たちまでもが、そろってそれにつづけて、べろを出したり、おしりをぺんぺん! 「やーいやーい!」とからかいます(ルエルしきょうさまに、「これこれ、まったく。」とあきれられてしまいましたが)。

 

 いやはや、さすがは、メリアン王とシープロンドの者たちです。こんなワットのおどしになど、まったく応じません(ライアンのくにですものね)。でも、心配なのはワットです。これでワットは、このままほんとうに、このシープロンドにせめこんでくることでしょう。シープロンドは軍を持たない、へいわなくに。ろくな武器もありません(衛士たちの持っているのは、ほんらいかざりのためのやりなのであって、戦うためのものではないのです)。ワットのおそろしい軍勢にせめてこられたら、ひとたまりもないはずでした。いったいかれらは、ほんとうに、どうするのでしょうか? 

 

 しかし……、その点についてはご安心を。このシープロンドには、まだまだ、みなさんの知らないひみつがかくされていたのです。そしてそれこそが、たとえ大軍勢でせめてこられてもびくともしない、シープロンドのくにの強さにつながっていましたが、それはもうちょっとあとの、お楽しみ。このさきの物語の中で語るとしましょう。

 

 そしてふたたび、時間は今へ。

 

 まさに今、このシープロンドへ、ほんとうにワットの軍勢がせめこんできたところでした!(さきほどの、シープロンドのお城のバルコニーでの、メリアン王とルエルしきょうさまの会話。その会話へのいきさつは、こういうわけからでした。) 

 

 「くにのみなさまには、タドゥーリのほよう地へと、出かけていただいております。ねんのため、でございますが。」ルエルしきょうさまがいいました。

 

 「すぐに、帰ってくるだろうよ。」メリアン王がこたえます。「ワットのみなさんは、すぐに、お帰りになるからな。ワットもこれで、すこしはおとなしくなるだろう。」

 

 それからしばらく、ふたりはだまって、かなたの平原を見つめていました。

 

 とつぜん、ルエルしきょうさまが「ほっほっほ。」と笑って、いいました。

 

 「王さまも、ごりっぱになられましたな。あの冒険の旅から、もう、三十年でございますか。」

 

 「そうだな。」メリアン王が、「ふふっ。」と笑ってかえします。「今ではわたしのむすこが、同じことをしている。親子とは、よくにるものだ。」

 

 そういって、メリアン王は手にしたブローチのことを見つめました。そのブローチはライアンに持たせたブローチと対になっている、あの星がたのブローチでした。ライアンの身に危険があれば、光ってしらせるというやつです。メリアン王はライアンが出発してからというもの、はだみはなさずこのブローチを持っていて、それこそ一分とあけずにながめていました(寝ているときは、さすがにむりでしたけど。ちなみに、今ブローチはぜんぜん光っていません。ライアンがげんきだからです)。

 

 「ライアンさまは、ひとまわりもふたまわりも大きくなって、もどられましょう。」ルエルしきょうさまがいいました。「そうやって、人はみな、成長をしてゆくのです。このさきも、そのまたさきも、ずっと、変わることなく……」

 

 そうして、メリアン王とルエルしきょうさまは、このバルコニーをあとにしたのです。

 

 「さて。ちょっと、あそんでくるとしよう。」

 

 

 白いろうかをひとり進みながら、メリアン王はむかしのことを考えていました。旅のこと。かつての仲間たちのこと。

 

 「アルファちゃん……」メリアン王がつぶやきました。

 

 「また、むかしみたいに、みんななかよくできたらいいのにね……」

 

 メリアンの目には、うっすらと、なみだがあふれていました。

 

 

 

 「いくぞっ! それっ!」

 

 ライアンがいきおいよく、トンネルのそとに飛び出しました!

 

 ついにみんなは、精霊王のトンネルの、その出口へとたどりついたのです。そしてやっぱり、ライアンがいちばんに飛び出しました(出口のそとは光っているだけで、なんにも見えませんでした。ですからみんなは、意をけっして、そとに飛び出したのです)。

 

 ついに、イーフリープへ!

 

 ロビー、マリエル、リズも、ライアンにつづいてトンネルから飛び出します。さて、そこはいったい、どんな世界なのでしょう? さぞかし、あっちもこっちも、精霊にみちあふれているに、ちがいないんでしょうね。

 ですが……。

 

 

 「うわわっ!」「うわっ!」「おーっと!」

 

 

 さきに出たライアンに、つづいて出たロビーが、どしん! それからマリエルが、ロビーの背中に自分の頭を、ごつん! さいごにリズが、みんなにつまずいて、すってんころりん! どしーん!

 

 「いたたた……!」「な、なんです……!」「なんだよ、もうー!」

 

 みんなそれぞれ、腰をさすったり、頭をおさえたり。いったい、なにごとが起こったというのでしょうか? そのこたえは、みんなが飛び出した、そのさきの場所にありました。

 

 おちつきを取りもどして、あらためてまわりを見まわしてみると……、そこは小さな、部屋の中。大人が四人はいったらいっぱいになってしまうほどの、小さな小さな部屋の中だったのです。なるほど、こんなに小さな部屋に四人がいきおいよく飛び出したら、おたがいにごちーん! ぶつかりあってしまうのもとうぜんのことでした(いくらそのうちの半分が、ちびっ子でも)。

 

 でも待ってください。ここはほんとうに、「部屋」なのでしょうか?

 

 トンネルはみんなが飛び出すのと同時に、消えてしまいました(帰りはまた、ほかの出口を見つけなければなりませんね)。立ち上がって見てみると、床やかべやてんじょうは木でできていて、床の両はしには、同じく木でできた、赤いつるつるとしたペンキがぬられたベンチがつくりつけられております。ベンチはそれぞれむかいあうようにつくられていて、それぞれの席にふたりずつ、すわることができるようになっていました。ひとつのかべには小さなとびらがついていて、鉄のとってをひねると、とびらがあくようになっているみたいです。

 

 ですがそんなことよりも、いちばんに気をひくものがありました。それはこの場所をかこむまわりの四つのかべの、腰の高さより上の部分が、ガラスまどになっているということでした。つまり、ちょうどこの木のベンチにすわったときに、そのまどから、そとの景色をながめることができるようになっているというわけだったのです(あれ? こんな場所って、たしかどこかで見たことがあるような……)。

 

 そしてこの場所がどこなのか? そのこたえが、そのガラスまどのそとにあったのです。

 

 

 ここは……、はるかな空の上でした! ええっ!

 

 

 まわりはずうっと、海が広がっています。時間は、おひるごろでしょうか? いいおてんきでしたが、おひさまのすがたはどこにも見えませんでした。すいへいせんのかなたには、まっ白な雲がかかっております。

 

 いったい、今いるここって、どんなところ? そしてみんながガラスまどに張りついて、あたりのようすをじっくりながめたときに、またそのこたえが出たのです。

 

 「な、なんだー? これー!」 

 

 ライアンが思わず、さけびました。

 

 まわりはみんな海でしたが、下を見たとき、みんなは自分たちが今どんな場所にいるのか? わかったのです。ここは海に浮かぶ、どこかの島でした。そしてそれは、ただの島ではなかったのです。そのあちこちに、色とりどりのまんまるなやねがならんでいて、もっとよく見てみると、くるくるとまわる木の馬の乗りものや、すいすいと走るしゃりんのついた乗りものなどが、その地面には動いていました。そしてマリエルの出したじぇっとこーく・すくりゅーの魔法のレールと同じようなレールが、あちこちに張りめぐらされていて、その上を同じくトロッコが、びゅんびゅんかけめぐっていたのです! たくさんの風船が、あちこちにふわふわと飛んでおります。どこからか、楽しげな音楽がきこえてきました。

 

 

 こ、これってまさしく……。

 

 そう、ゆうえんちです! 

 

 

 そしてみんながいるのは、その「大かんらんしゃ」のゴンドラの中でした! ええーっ! イーフリープって、ゆうえんちだったの!

 

 みんなは見たこともないそのふしぎな光景を、ガラスまどにぺったりと張りつきながら、くいいるようにながめ渡しました。それもそのはず。みなさんの世界だったら、ゆうえんちなんて今さらめずらしいものでもないかもしれませんが、かれらはおとぎのくに、アークランドの住人たち。こんな(あからさまな)ゆうえんちなんてものは、まだアークランドのどこにも、そんざいしていませんでしたから(カピバラ老人の鉄の馬や、フログルたちのケロケロボート、けんじゃリブレストの岩のロボットたちなどを、みんな集めたら、ゆうえんちができるかもしれませんけど。カルモトの木のモーターボートと、もちろん、マリエルのこーくすくりゅーもいっしょに)。

 

 ですから自分たちが今乗っているのが、かんらんしゃというものだなんて、みんなはまったくわかっていませんでした。あちこち見まわしてみて、ようやく、自分たちが乗っているのと同じ小さな部屋が輪をえがくようにほかにもいくつもあって(自分たちのいる部屋もふくめて、全部で十六もありました)、それらがゆっくりかいてんしているということなどが、わかったのです(そしておちついてみると、乗りものがにがてなロビーは、やっぱりベンチにしがみついて、「ひええ……!」とこわがりはじめてしまいました。なにしろ、空の上ですもの)。

 

 そしてみんながひとつ、気がついたことがあります。それはほかの小さな部屋にも、下の島にも、人や生きもののすがたがまったく見あたらないということでした(レールの上を走りまわっているトロッコにも、だれも乗っていませんでした)。小鳥の一羽や、虫の一ぴきさえ、飛んでいなかったのです。きこえてくる楽しげな音楽とはうらはらに、みんなはなんだか、不安な気持ちになってきました。小さな部屋のとびらのすきまから、風がひゅーひゅー、はいりこむ音がひびいてきます。きしきしと、部屋のまわる音が、小さくきこえてきました。

 

 

 「下に、つくみたい。」

 

 ライアンが、せまってくる地面のことをのぞきこみながら、いいました。

 

 「かってにおりて、いいのかな?」

 

 「早くおりよう。」ライアンの言葉に、すかさずロビーがこたえます(ロビーはこんなおっかない乗りものから、早くおりたかったのです)。

 

 「とびらは、自分であけるみたいだね。よっ、と。」

 

 ライアンがそういってとびらをあけましたが、かんらんしゃというものは、下についたからといって、そこでとまってくれるというわけではありません(乗ったことのある人なら、わかりますよね)。ですからまだおっかながっているロビーは、ライアンやマリエルにうでをひっぱられて、ようやく地面におり立つことができました。

 

 「ふえー、すごいな。」

 

 まっさきにおりていたリズが、かんらんしゃをかこんでいる鉄のさくの上に立って、あたりをきょろきょろとながめ渡しながら、感心していいました(ロビーのせわをしておりましたので、ライアンはリズに、さきを越されてしまったのです。それより……、そんなところに立ったら、あぶないですってば、リズさん!)。

 

 「ここにあるもの、これ、みんな、精霊のエネルギーだけでできてるぜ。このさくだって、ほら、鉄みたいだけど、鉄じゃない。」

 

 リズがそういって、くつのさきっぽで、さくをこつこつとけりました。そして、なるほど、それはただの鉄ではなくて、こまかい火花のような精霊エネルギーが、ぱあっ!とあたりに飛びちって消えていきました。 

 

 「なんだか、イーフリープのひみつがわかってきた……」マリエルが、こうふんしたようすであたりをかんさつしながら、いいました。「ここは、われわれの世界とは、あきらかにちがう。ぶっしつをかたち作っている、そのしくみすら、ちがうんです。イリアドルハのほうそくが、ぜんぜんつうようしない。これじゃ、ほんとうに、ただのお話だといわれるはずです。」

 

 だれもが知らない、自分の持っているりろんがまったくつうようしない、お話の中だけのふしぎのくに……。マリエルはまだ知れぬ世界をまのあたりにして、胸の高まりがおさえられませんでした。未知なるもの……、新しいりろん……、それらを発見することは、けんじゃをめざすまじゅつしたる者の、さいこうのしごとのひとつでしたから(ところで、イリアドルハのほうそくってなに?)。

 

 「ここのどこかに、精霊王が……」ライアンも胸を高ならせて、あたりをきょろきょろとながめ渡しながら、いいました。精霊使いならだれでもあこがれる、伝説の精霊王。その精霊王に、今自分が、もっとも近づいていたのです(でもちょっと、「ひょっとしたら、名物のお菓子屋さんがあるかも……」とさがしていたそうですが……)。

 

 「ほんとうに、ここにぼくが……」ロビーがつぶやきました。

 

 「……まったくなんにも、おぼえていない……」

 

 ノランのいうことには、ロビーは十さいになるまで、このイーフリープで暮らしていたというのです。ですがノランやアルマーク王の説明の通り、ロビーにはまったく、なんのきおくも残されてはいませんでした(っていうか、ロビーってゆうえんちで暮らしてたんでしょうか? だからこわい乗りものに乗りすぎて、それがトラウマになって、乗りものがにがてになったのかも……。とまあ、それはわたしの、かってなそうぞうなのですが)。

 

 「とにかく、」リズがいいました。「あちこち、まわってみようぜ。このあたりには、精霊王がいるようなパワーは、感じられないしな。まわってれば、そのうち会えるだろ。」

 

 「それにしても、精霊のひとりもいないのは、どうしてだろ?」すたすたと歩き出しながら、ライアンがいいました。「みんな、おひるごはんの時間なのかな? あ、精霊だから、ごはんは食べないか。」(そのうしろでは、リズがうでを頭のうしろにくみながら、「ぜんいん、はらいたで、トイレにはいってるのかもな。」といっていましたが……)

 

 

 そうしてみんなが、このゆうえんちの中へと歩み出していった、そのときのこと……。

 

 

 「おひさしぶりですね、ロビーベルク。」

 

 

 とつぜん、うしろから声がしました! みんながびっくりしてふりかえると……、そこに、みどりのきぬの服を着て、かがやくこがね色の長いかみをした、男とも女ともつかない、すらりとした美しい人がひとり、立っていたのです! ええっ!

 

 いったいどこから……! だってさっきまで、そこには自分たちいがい、だれもいなかったはずでしたから(おばけでもないみたいですし)。ということは……?

 

 そう、もちろんこの人は、ただの人ではありませんでした。このイーフリープの住人、精霊の種族の者だったのです(ちなみに、せいべつはわたしたちの世界でいえば、男ということになりました)。

 

 「待っていましたよ。」その人が、ゆっくりとこちらに歩みよりながら、いいました。「とのぎみも、あなたに会えることを、心待ちにしておいでです。大きくなられましたね。」

 

 その人は、おだやかにほほ笑んでいました。そしてもちろんこれは、ロビーにいっていたのです。

 

 「リーフィ……」

 

 ロビーが肩をふるふるとふるわせて、つぶやきました。え! ロビー! この人のことを、知っているんですか! だって、きおくはみんな、消えているはずじゃ……?

 

 「リーフィ! リーフィ!」ロビーが急に、さけびました。ロビーの中で、なにかがはじけたような、そんな感じでした。

 

 「会いたかった! ずっと、会いたかった! ぼくは、ひとりぼっちで……、ずっとひとりで……、うわああん!」

 

 ロビーはそういって、そのリーフィという人にだきつきました。大きななみだを、ぽろぽろこぼして……。ロビーはまるで、母親とはぐれていた子どものように、わんわん泣いて、そのリーフィのうでの中に飛びこんだのです。

 

 「つらかったのですね。」リーフィがロビーをだきかかえながら、静かにいいました。「ほんとうに、あなたはよくやりました。よく、がんばりました。」

 

 仲間たちにはまだ、なにがなんだか? よくわかりませんでした。ただライアンは、ロビーを取られてしまったみたいで、なんだかちょっと、いい気持ちはしませんでしたが。リーフィに、やきもちをやいてしまったのです。そんな中で、ただただロビーだけが、胸の中にふうじこめられていた強い思いをいっきにばくはつさせて、大声で泣きつづけていました。

 

 

 「はじめまして、みなさん。」

 

 そういって、リーフィとよばれたその精霊の種族の人は、みんなに静かでていねいなおじぎをしました。

 

 「わたしは、リフィルタルエ。精霊王のとのぎみにつかえております。みなさんを心より、かんげいいたします。よく、いらっしゃいましたね。」

 

 精霊王につかえている、こがね色の長いかみの、すらりとした美しい人……。みなさんはこの人物に、見おぼえがあるはずです。いぜん、わたしがひと足さきに精霊王の森のことをしょうかいしたときに(ちなみに、十五章のはじめです)、その森の中で出会った人物。そう、あのときの人物こそが、このリフィルタルエ、リーフィとよばれる人物でした。

 

 リーフィ。それはこのイーフリープで精霊王につかえている、イーフリープでの(精霊王いがいの)ゆいいつの住人でした(え? ゆいいつなの? とおどろかれるかもしれませんが、このイーフリープという世界は、もともと精霊のエネルギーだけでできている世界。アークランドのように、精霊たちがそのすがたをじっさいにあらわしたりしているというようなわけでは、じつはありませんでした。さぞかし、すごい精霊たちがうようよいるんだろうな、と思われていた方は、ごめんなさい。ちょっと、きたいはずれだったかもしれませんね。でもここはやっぱり、伝説のイーフリープ。精霊のすがたはなくても、ちゃんときたいには、おこたえできるはずですよ)。そしてこのリーフィは、イーフリープで暮らしはじめた小さなロビーの、その育ての親だったのです。

 

 ロビーは五さいのときから、このイーフリープですごしてきました。まだ小さかったロビー。わけもわからず親のもとからはなれ、とつぜん、こんなところへとつれてこられたのです。もちろんそのときのロビーに、ここがイーフリープというとくべつな場所だなんていうことが、わかるはずもありません。わけもわからない場所に、とつぜん放りこまれた、小さなロビー。そんな不安な気持ちにあふれていたロビーのことを、あたたかくつつみこんだのが、リーフィでした。

 

 リーフィはロビーに、あらゆることを教えました。べんきょう、うんどう、げいじゅつ、食べられる植物の見分け方から、肉や魚の料理のしかたまで……(もちろんこれらは、このイーフリープにはそんざいしませんでしたから、リーフィが精霊エネルギーを使って作り出したのです。

 ちなみに、このイーフリープでは精霊エネルギーをからだに取りいれることで、それがごはんのかわりになりました。じっさいにはリーフィが、アークランドと同じようなごはんのかたちにして、ロビーに食べさせていましたけど)。いつの日か、ロビーがアークランドへと帰るときがくる。リーフィには、そのことがわかっていたのです。ですからリーフィは、そのときのために、ロビーにさまざまなことを教えこみました。

 

 リーフィは小さなロビーにとって、ただひとりの家族でした(イーフリープにいたロビーでさえ、精霊王のすがたを見たことはありませんでしたから)。いっしょに、泣き、笑い、怒り、かなしみ……。その思いは、きおくをなくしたはずのロビーの心のおく底に、ずっと消えることなく、残っていたままだったのです。今ロビーはここで、そのずっとずっと会いたかった心の底の家族に、ふたたびめぐり会えました。そのしゅんかん、ロビーの心の中に消えていたはずのきおくが、いっきによみがえったのです。リーフィ、リーフィ……。そしてロビーは、そのあふれる思いを、リーフィにぶつけました。

 

 「精霊王に、つかえているんですか!」リーフィの言葉に、マリエルがおどろいてそういいます。

 

 「では、ぼくたちのことは、もう、いうまでもないはずです。精霊王のところまで、あんないしていただけますか?」

 

 「そう。精霊王からとくべつな力をさずかるようにと、ノランさんにいわれたんです。」ライアンがマリエルにつづけて、いいました。「あ、ぼくは、ロビーのせわやくの、ライアンです。ロビーの、せわやくのー。あと、いちばんの友だちのー。」

 

 ライアンはまだ、リーフィにやきもちをやいたまんまでした。それで、すこしおちついてきたロビーのことをリーフィからささっと取りかえすと、いじの悪ーい感じで、リーフィにいったのです(まったく……)。

 

 ですがリーフィは、「マリエルにいわれるまでもない」といった感じでした(ライアンのいじわるには反応しませんでしたが)。ロビーたちがやってくるということは、はじめからわかっていましたから。ですからリーフィは、おだやかにほほ笑んだまま、仲間たちにいったのです。

 

 「精霊王は、あなたたちのすぐそばにいらっしゃいます。」

 

 「えっ!」その言葉に、みんなはおどろいて、どこどこ? とあたりを見まわしました。ですけどどこにも、精霊王のすがたはありません(まさか、あそこに飛んでるくまのかたちの風船が、精霊王じゃないですよね?)。

 

 そんなおどろいているみんなのことを見て、リーフィがいいました。

 

 「精霊王は、このイーフリープ世界、そのものなのです。」

 

 もういちど、ええっ! ここが全部、精霊王ってこと? それっていったい?(じゃ、じゃあ、あの風船も精霊王ってことで、まちがってなかったんですか? じょうだんでいったのに。) 

 

 「精霊王は、ありとあらゆるもので、そのすがたをあらわされるのです。きまったかたちというものは、ありません。あなたたちの見ている世界、すべてが、精霊王なのです。」リーフィが静かにいいました。つまりこのイーフリープ世界のすべてが精霊王のすがたなのであって、このゆうえんちも、精霊王そのものだというのでした。きまったかたちはないということなので、こんかいはたまたま、ゆうえんちのすがたになったというだけで、森や、町だったかもしれないということなのです(これで、このふしぎなゆうえんちのなぞもとけたというわけですが、それにしても、よりによって、なんでゆうえんち? ライアンのお子さまっぷりにあわせたんでしょうか? そこだけは、いまだになぞのままでした)。

 

 リーフィが説明をつづけます。 

 

 「ですが、言葉をかわすためには、精霊王はひとつの生きもののかたちに、そのすがたを変えられます。どのような生きものかは、わかりません。人かもしれないし、一羽のちょうかもしれません。そのすがたの精霊王に会うために、あなたたちはここで、いくつかのしれんを乗り越えるのです。」

 

 「しれん?」

 

 とつぜんのことに、みんなは思わずききかえしてしまいました(それが精霊王のしれんのことなのでしょうか?)。

 

 「あなたたちは、ここで、ほんとうのあなたたちのすがたをあらわさなければなりません。」リーフィがいいました。「そとからの力は、ここではやくに立ちません。マリエルさん、あなたの魔法も、ここでは力をはっきしません。ライアンさん、あなたもここでは、精霊の力をかりることはできません。すべて、あなたたちほんらいの力のみで、このしれんを乗り越えるのです。それが、精霊王に会うための、かぎとなるのです。」

 

 リーフィの言葉に、みんなはとまどいをかくせませんでした。かりものの力やわざは、ここでは使えないというのです。魔法もそとからのエネルギーが大きくかかわりますから、使えません(魔法を使うためには、その場にあるさまざまなエネルギーが必要となるのです。そのそとからのエネルギーを使うことができないというのであれば、また魔法も、使うことはできませんでした)。精霊のくになのに、精霊の力さえもかりられないということでした。そしてロビーの場合は、せいなる剣アストラル・ブレードの力も、どうやら使えないようなのです(それはロビーほんらいの力ではなく、剣の力ですから。ただの剣としてなら、使えるでしょうけど)。

 

 それがほんとうなら、さあたいへん。それでみんなは、いったいどんなしれんに立ちむかわなければならないというのでしょうか?(マリエルやライアンのちびっ子たちなら、力が出せなくても、ふつうに強そうな気もしますが……)

 

 「ロビーベルク。」リーフィが、(ライアンのものになっている)ロビーにいいました。「あなたの力は、ここで、たしかなものとなるでしょう。もう、わたしの力は、必要ないはずです。アークランドのみらいは、あなたにかかっているのです。そして、あなたのお父さんの運命も。」

 

 リーフィの言葉に、ロビーはしゃんとしせいを正しました(ロビーにだきついていたライアンが、あわててわきに飛びのきます。それでもロビーの服のはしっこだけは、つかんでいましたが)。そしてリーフィにまっすぐむきあうと、なみだのあふれた目をごしごしとふいて、しっかりと力をこめて、いったのです。

 

 「リーフィ。ぼくは、リーフィのおかげで、大きくなれたよ。ほんとうにありがとう。」ロビーはそういって、リーフィに深々と頭を下げました。

 

 「そして、今のぼくは、ぼくをささえてくれるたくさんの人たちのおかげで、ここに立っている。かんしゃしても、しきれないくらい。ぼくは、いくよ。ぼくの運命の中に。これからの道は、ぼくと、みんなで、作り上げていくんだ。」

 

 ロビーの言葉に、リーフィはおだやかにほほ笑みました。

 

 「ああ。わたしのやくめは、これで終わりました。」リーフィが静かにいいました。

 

 「ロビーベルク、わたしは、あなたといっしょにすごせて、ほんとうに楽しかった。うれしかった。もう、あなたはだいじょうぶです。あなたのみらいは、アークランドにあるのです。わたしはこのイーフリープから、あなたを見守っていますよ。わたしはあなたを、ほこりに思います。ありがとう、そして、さようなら、いとしいロビーベルク……」

 

 「リーフィ!」

 

 ロビーがさけんだときには、もうリーフィのすがたはありませんでした。ロビーはぐっと、あふれるなみだをこらえようとしました。ですがだめでした。ぽろぽろ、ぽろぽろ……。つぎからつぎへと、とどまることなく、なみだがあふれてきました。

 

 「ぼくがいるから! 泣かないで、ロビー!」その場にくずれこむロビーに、ライアンがいいました。ライアンは、さっきまでリーフィにやきもちをやいていた自分が、はずかしくなりました。ロビーの気持ちが、痛いほどわかりました。ライアンは自分も小さいころ、お母さんをなくしています。今のロビーも、きっとそんな気持ちなんだ。ライアンの目にも、しぜんとなみだがあふれてきました。マリエルも、リズも、みんな、ライアンと同じ気持ちでした。

 

 そして……。

 

 

 ロビーがこのあと、リーフィに会うことは、にどとなかったのです。

 

 

 

 「さあ、いこうよ。」

 

 リズが、ロビーにいいました。ロビーはまだ、かんぜんには気持ちがおさまっていませんでしたが、ここで立ちどまっているわけにはいきません。自分をささえてくれる、みんなのためにも、リーフィのためにも。

 

 見ててね、リーフィ……。ロビーは心の中で、かたくちかいました。

 

 ぼくは、ぼく自身を取りもどす。おおかみの姓のことも、お父さんのことも、ぼくの運命のことも、きっとみんな、なしとげて見せるから……。

 

 そしてロビーは、リズとマリエルにむかってやさしくうなずくと、自分のことをとなりで心配げに見つめるライアンに、笑顔を見せて、いいました。

 

 「ありがとう、ライアン。」

 

 

 「さーて、どれから乗ろうか?」ライアンがいろんな乗りものをきょうみ深げにながめまわしながら、いいました(ロビーがげんきになったので、ライアンもげんきなのです)。

 

 リーフィが去ってしまったあと。みんなはこれからどこへゆけばいいのか? 考えることになりました(リーフィはぐたい的な道のりのことについては、なにも話してはくれませんでしたから。それは自分たちで、考えなければならないことのようなのです)。とにかく、(話しのできるすがたの)精霊王に会って道をしめしてもらわないことには、どうすることもできません(トンネルももう消えてしまっていましたから、帰ることもできませんし)。ですがそのためには、リーフィのいったように、いくつかのしれんを乗り越える必要があるといいました。そのしれんとは、いったいなんなのか?

みんなにはけんとうもつきませんでした(どう見たって、あたりの景色はしれんとはほど遠いほどの、楽しげなものでしたし)。ですからここはひとまず、ライアンみたいに、このゆうえんちにある乗りものやたてものをひとつひとつしらべていくいがい、なさそうだったのです(でもライアンの場合は、ちょっと、もくてきがずれているような気もしますが……)。

 

 「ふーん、木のお馬さんか。」ライアンが、くるくるとまわっているきれいな木の馬たちのことを見て、いいました(これはいわゆる、メリーゴーラウンドでした)。「かわいい王子さまのぼくには、ぴったりだろうけど、ちょっと子どもっぽいなあ。」(じゅうぶん子どもっぽいライアンには、よくあっているような気もしますが……)

 

 「すいすい白鳥ボートに……、へえー、自分で走る、ゴウカアトーだって。こっちは、動物さんたちとあそぼう、ふれあい広場。って、なんにもいないじゃん。」

 

 ぶつぶついっているそんなライアンのことを先頭に、みんなはゆうえんちの中を、あれこれ見てまわります。でもとくにしれんとよべるようなものは、なんにも見あたりませんでした(頭の上を走りまわっているすごいスピードのコークスクリューに乗れというのなら、ロビーにとってはしれんになるかもしれませんが……)。

 

 「あそこに、サーカスのテントがあるぞ。」リズが、道のむこうのテントのことをゆびさしながら、いいました。「中に、くまとかラパルーとかがいて、戦えっていうのかも。それなら、しれんかもな。」(ラパルーというのはヒョウと牛をあわせたような、もうじゅうのことでした。ちなみに、このアークランドにも、サーカスはあったのです。大きなまちには、ていき的にサーカスの一団がやってきていました。)

 

 「そんなたんじゅんなわけないでしょ。まあ、とにかく、いってみましょう。」マリエルがいいました。

 

 

 「こんにちはー。大人二まいに、子ども二まい、くださーい。」ライアンがテントの入り口のカーテンをあけながら、いいました(このアークランドでも、やっぱりサーカスをみるためには、チケットを買わなければなりませんでしたから)。

 

 「子ども二まいってのは、ぼくもはいってるんじゃないだろうな?」マリエルがライアンにつっかかります。

 

 「がらーんどうだな。」中をのぞきこんだリズが、がっかりしたようすでいいました。リズのいう通り、テントの中には、たま乗りのたまひとつ、ころがっていなかったのです。

 

 「やっぱり、ここでもないみたいだ。ほかへいこうぜ。」

 

 と、そのとき……。

 

 

 ういいん、ぎっこん! ういいん、がっこん!

 

 

 な、なになに?

 

 とつぜん、テントのまん中あたりから、おかしな物音がきこえ出しました。みんながびっくりして見てみると……、どこからあらわれたのか? そこにさきほどまではなにもいなかったのに、なにやら人のようなすがたが、あらわれていたのです!

 

 そしてよく見ると、それは人ではありませんでした。全身もも色をした、うさぎ……、いえ、うさぎのすがたをした人形です。それは人と同じくらいの大きさの、ブリキでできた、(ぎこぎこと動く)一体のうさぎの人形でした!(まるで小さなブリキのおもちゃを、そのまま大きくしたかのようでした。)

 

 そのうさぎのブリキ人形は、胸の前に両手で、小さな黒板をかかげていました。その黒板には白いチョークで、なにか書いてあるようです。みんなはおっかなびっくり近づいて、その文字を読んでみました。そこには……。 

 

 

 「しれんの間」

 

 

 ええっ? ここが、しれんの間? サーカステントに、うさぎの人形。なんともしれんとは、につかわしくないような気もしますけど……。でもまあ、もともとこの場所が、しれんとはかけはなれたゆうえんちなのですから、もうなんでもいいでしょう。

 

 「へえー、おもしろいじゃんか。」リズが、「ふふっ。」と楽しそうに笑っていいました。「なにが出るのか? どっからでもかかってきなよ。」

 

 リズがそういったしゅんかん、テントの左右にひかれたカーテンが、ささーっとひらきました。そして……、左からは、大きなくま! 右からはラパルー! それぞれ一頭ずつが、中にはいってきたのです!

 

 これって、さっきリズがいった通りじゃないですか! まさかほんとうに出てくるとは! なんてたんじゅんな……、じゃなくて、相手はけっこうな強さのもうじゅうたちなのです。これはほんとうに、しれんでした。ふつうの人なら、ひええー! といちもくさんに、逃げ出してしまうところでしょう。ですけどこちらは、ひゃくせんれんまのつわものたち。くまやラパルーの一頭や二頭、なんてことはないはずです(ちなみに、このもうじゅうたちはサーカスらしく、頭にピエロのさんかくぼうしをかぶっていて、顔には赤やもも色やきいろで、ハートや星のもようなどがペイントしてありました。といっても、こわさはぜんぜん、変わりませんでしたけど……)。

 

 「ここは、ぼくにまかせてもらいましょう。」マリエルが進み出て、魔法のつえをふりかざしました。つえのさきのもも色のすいしょうを、ぴしっ! と相手につきつけて……。

 

 「ぽわんと、ぷいん、ふぉーむ!」

 

 これは、ねむりのじゅつ。その通り、相手を眠らせるじゅつです。たくさんの相手にはききづらいのですが、相手が動物の一頭や二頭であるのなら、こうかはばつぐんでした。

 

 「これで、戦う必要もないですね……、って、あ、あれー!」

 

 

 「がおるー!」「ごごあー!」

 

 

 マリエルの魔法もなんのその! 二ひきのもうじゅうたちはぜんぜんへいきで、こちらへとむかってきたのです!(たしかにマリエルは、魔法の力をひき出したつもりでしたが!)

 

 「きいてないじゃん! しっかりしてよね、マリー。よーし、それじゃ、やっぱり、ここはぼくが!」ライアンがマリエルのことをおしのけて、前に出ました。

 

 「風の力を、われに! ライアーン……、ウインズ・ブレーズ!」

 

 ライアンがそうさけぶと、おそろしいほどのいりょくの風の剣たちが、もうじゅうたちに、ががーっ! とおそいかか……、りません! それどころか、なんにも起こりませんでした! どういうこと?

 

 「さっき、リーフィがいってたやつかも……」ロビーがふたりのちびっ子たちにいいました。「ここでは、魔法も、精霊の力も、使えないって。やっぱり、ほんとうだったんだ。」

 

 「ほんとに、そうくるー? じょうだんだと思ってたのにー!」ライアンが思わず、そういいます。ライアンはさっきのリーフィの話も、半分信じておりませんでしたから。精霊のくになのに精霊の力がかりられないって、そんなわけないじゃん。でもまあ、ぼくなら、たとえ精霊の力が半分になったとしたって、ぜんぜんよゆうだけどね。ライアンはそう、たかをくくっていました(そのため、ほんとうに精霊の力がかりられないのかどうか? あらかじめためしてみることもしていませんでした。ライアンらしいですね)。

 

 そしてマリエルは? というと、これは「げんじつしゅぎ」の子でしたから、ほんとうに魔法が使えないのかどうか? 自分でじっさいにためしてみて、けっかを自分の目で見てみたいと思いました(マリエルらしいですね)。それでねんのため、(どのルートでこのゆうえんちの中をしらべまわったら、いちばんこうりつがいいのか? たくさんの計算をおこなったあとで)ためしに魔法を使ってみて、ほんとうに使えないのかどうか? たしかめてみようとしましたが、(マリエルの長い計算にしびれを切らした)リズとライアンが(「もうー、さきいっちゃうよ!」と)さっさとさきにいってしまったので、あわててマリエルは、かれらのことを追いかけたのです。ですけどマリエルは、自分の力の強さをよく知っておりましたから、「まあ、ぼくなら、たとえ魔法の力が半分になったとしても、問題はないんだから、わざわざためすまでもないかな」と、そのあとはたかをくくってしまったというわけでした(このように、計算ずくで動いているわりには、ちょっと自信かじょうなところがあって、それでへまをしてしまうというところは、なんともマリエルらしいですね。

 

 ちなみに、すこし説明を加えますと……、魔法というものは、「ちょっとねんじれば、いっしゅんですぐに使える」というわけではないのです。マリエルほどのまじゅつしであっても、魔法を使うときには、どんなにかんたんな魔法であっても、まず「魔法を使うためのせいしんじょうたい」に自分のからだを持っていって、それから「魔法の言葉」をとなえなければなりませんでした。ですからすぐに魔法が使えるかどうか? ぱっとためすというようなことは、できなかったのです。ですからマリエルも、今まであえてためすというようなこともなく、このしれんの間までやってきてしまったというわけでした。でもまあ、いっしゅんでは使えないとはいっても、せいぜい五びょうもあれば、魔法が使えるかどうか? じゅうぶんためせましたけどね。たかをくくってしまっていたことが、わざわいしてしまったというわけなのです。

 

 ところで、マリエルはさきほど、もうじゅうたちに対して眠りの魔法を使ったわけですが、それはマリエルが「使った気になっていた」というだけのことで、じっさいにはなんの魔法の力もはたらいていませんでした。マリエルはあまりにもあたりまえに魔法の力を使っておりましたので、自分のからだが「魔法を使うためのせいしんじょうたい」になったかどうか? なんていうことは、いちいち気にするまでもないことだったのです。ですからマリエルも、じっさいに魔法の言葉をとなえてみるまで、魔法の力がはたらいていないということに気がつきませんでした。以上、説明終わり!)。

 

 さあ、ほんとうにたいへん。ふたりのさい強なちびっ子たちが、ほんとうにその力をはっきできないのです! ノランべつどう隊、あやうし! ですが……。

 

 ノランべつどう隊は、このふたりのちびっ子たちだけではないのです。さて、このあたりで、いよいよ、この人にもかつやくしてもらうとしましょう。それは……、そう、リズのことでした(すいません、ロビーのかつやくは、もうすこしあとで……)。

 

 「やれやれ、ここは、おれの出番みたいだな。」

 

 リズが「ふう。」と息をついて、前に進み出ました。でも待ってください。いくらリズがシルフィアで、強力な精霊パワーが使えるといっても、それはあくまでも精霊の力。ライアンのときみたいに、また精霊の力は、ふうじられてしまうのではないのでしょうか?

 

 いいえ、リズはライアンのように、「そとからかりた精霊の力」を使うのではありません。リズは、リズの中にひめられている、「自分の精霊の力」だけで戦うのです(ここがシルフィアのすごいところなのです。シルフィアの精霊パワーは、そのからだの中にもともとそなわっているものなのであって、そのためその力は、かりものではない、自分自身の力として使うことができました。なんだかちょっと、ずるいような気もしますが……、やっぱりすごい)。リーフィも、いってましたよね。ここではすべて、あなたたちほんらいの力のみで、しれんを乗り越えるのですと。リズの力は、まさにその、「自分ほんらいの力」でした!

 

 さてさて、リズはいったい、どんな精霊パワーでもって、どんな戦いのわざをくり出そうというのでしょうか?(まさか、精霊パーンチ! とかいって、すででなぐるとか? 精霊のたつまきでこうげき! というのも、ライアンとかぶってしまいますから、おもしろくありませんし。いや、べつに、かぶるとかおもしろいとかの問題じゃ、ないんですけど……)

 

 でも(もう一回)待ってください。いくら強力な精霊の力をそのからだの中にひめているのだとしても、リズの武器は、ほんらい剣であるはずです。もと剣じゅつしなんやくですもの。ですからここはやっぱり、剣を使った方がいいんじゃないでしょうか? と思いましたけど……、ここでわたしは、だいじなことをひとつ忘れていました。今のリズは、自分の剣を持っていないのです!(リズの剣は今、リズの家の床の上に、ほこりをかぶってころがっていましたから。ロビーたちもその剣をわざわざ、持ってこなかったのです。重いですから……)ロビーの剣をかりるという手もありましたが、「ここは、おれの出番みたいだな。」といってまで、さっそうと剣も持たずに前に進み出たというのに、またうしろにもどって、「やっぱりロビー、その剣貸して。」などというのも、なんだかかっこ悪いですし……(いや、べつにかっこ悪いとかの問題じゃ、ないんですけど……)。

 

 ですからやっぱり、リズにはなにかほかの考えがあるみたいでした(まさかほんとうに、自分が剣を持っていないということに、気づいてないわけじゃないでしょうから)。じゃあやっぱりここは、精霊パワーで戦うんですね、って思いましたが……、じつはリズの武器は、それだけではなかったのです(なんどもすいません)。

 

 リズには(剣と精霊パワーのほかにも)もうひとつ、強力な武器がありました。それは今のリズが、「すべてをささげる!」といってまで、のめりこんでいるもの。「世界の人たちのために、自分のできるいちばんふさわしいことをしたい」といって、剣をすててまで、その身をささげている、あるものだったのです。

 それは……?

 

 音楽!

 

 そう、リズは音楽にすべてをささげるために、人里はなれたぶっそうな山の中に住みはじめたのです。自分には剣よりももっと、人々のやくに立てることがあるんじゃないか? リズにとって、それが音楽でした。

 

 自分の作った曲で、世界中のたくさんの人たちのことをげんきにし、勇気づけ、助けることができる。こんなにすばらしいことはない。リズはそう思って、音楽にうちこみはじめたのです。もちろん、剣のわざをみがいて、それで人々のことを助け、はげますことも、またそれを見ききした世界中のたくさんの人たちの心を動かし、勇気づけることができるでしょう。人々のことをすくう道には、さまざまなものがあるのです。その中でリズは、音楽が自分にいちばん、むいていると思いました(いいかげんなようでいて、あんがいしっかり考えているんですね! リズのことを、だいぶ見なおしてしまいました。よーし、わたしも本を通してみんなをげんきづけられるように、がんばるぞ!みんな、げんきになってー!)。

 

 「青がみのぎんゆう剣士」。いつしかリズにつけられた、通り名です(青がみとは、青いかみの毛という意味です。リストールも青がみでしたよね)。音楽をかなでながら物語を語ってきかせる、ぎんゆうしじん。リズの場合は、それに剣が加わるのです。それで、ぎんゆう剣士。なんともリズにぴったりな、いえ、リズだけにあてはまる、とくべつなよび名じゃありませんか。

 

 リーフィのいった、「自分ほんらいの力のみで、しれんに立ちむかわなければならない」という言葉。ここでいう「ほんらいの力」とは、自分自身のみの力。自分ひとりで出すことのできる力のことなのです。精霊使いのわざや、まじゅつしの魔法の力は、そとからのたくさんの助けによってなり立っていますから、自分自身だけの力というわけではありません(精霊のわざはそのまま精霊の力をそとからかりるわけですし、魔法はその場にあるしぜんのエネルギーをかりるわけなのです。ですから自分自身だけの力というわけではありませんでした。ちょっと、ややこしいですけど)。それに対してリズの音楽の力は、まぎれもなく、そとからの精霊の力でも魔法の力でもない、リズ・クリスメイディンの力でした。そしてどうやらリズは、この音楽の力でもって、戦いにのぞもうとしているようなのです。でも音楽の力で戦うっていわれても、なんだかぴんときませんけど……、いったいそれでどうやって、戦おうというのでしょうか?(そもそも音楽って、戦うためのものじゃないし……)

 

 

 「いくぜ、イー・マイナー・セブン!」

 

 

 リズがさけぶと……。

 

 なんと、リズの左手から、青白く光りかがやく光の剣があらわれました!(ちょっと! そんなことができるんだったら、はじめからいってよ!)これはリズ自身の精霊エネルギーを、剣のかたちに変えたものでした(シルフィアって、こんなことまでできちゃうんですか!)。いわばこの光の剣は、リズのからだの一部だったのです!

 

 そしてよく見ると、その剣はちょっとおかしなかたちをしていました。剣みたいでしたが、そのやいばの上に、なん本ものほそい「げん」が張ってあったのです(全部で六本あるようでした)。これは……、がっきじゃありませんか! つまりこれは、がっきの剣。もっとはっきりいえば、みなさんの世界でいうところの、ギターの剣だったのです! う~ん、なんだか、すごいような、すごくないような……。やっぱりすごいかな。

 

 ファンタジーの世界ですから、それはほんとうはギターではなくて、リュートという、ギターみたいながっきでしたが、それでもこれはただのリュートではありません。いうなれば、エレキギターならぬ、エレキリュート! リズの音楽パワーがそのリュートの中にぎゅいんぎゅいんひびいて、それをひくリズの手によって、こせい的で力強い音色が、そこからくり出されるというわけでした。そしてその音色の力強さこそが、そのまま戦いのエネルギーとなって、リズのこの光の剣の強さとなっていたのです(音楽の力で戦うって、そういうことなんですね! ようするに、このがっきの剣から出る音楽の音色の力を、戦いのエネルギーに変えて、敵をこうげきするということのようなのです。これは、強いはずです! なにしろシルフィアの精霊パワーと、剣じゅつしなんやくの剣のわざと、音楽家としての音楽の力が、すべてこのいっぽんの剣にしゅうけつしていましたから!)。

 

 

   でゅるり、でゅるり、でゅるり、でゅるり、でゅるりーん! 

 

   ぴらり、ぴらり、ぴら、ぴらり、ぴらり、ぴら、ぴらりーん!

 

 

 リズのギターソロ!(リュートソロ?)う~ん、かっこいい! って、ききほれてる場合じゃありません。二ひきのもうじゅうたちが、目の前にせまってきていましたから!(そうでした! もうじゅうのことなんて、すっかり忘れてしまっていましたね!だいぶ説明が長くなってしまいましたから……。本を書くのって、たいへん!)

 

 「エネルギーはもう、じゅうぶんだ。待たせたな!」

 

 リズがえんそうをやめて、リュートの剣をかまえました!(どうやらエネルギーをためるために、ソロをひいていたみたいですね。このように力強い音色をこの剣にためていくことで、この剣はどんどん強くなっていくそうです。やっぱりずいぶんと、変わった剣です。ちょっと、めんどくさい?)

 

 「とき放て! ミンストレル・シュリルサウンド!」 

 

 

   ぶいんぶいん! ぶいんぶいん! どっごお~ん!

 

 

 リズの剣から、大きな、かまのようなエネルギーがふたつ! くまとラパルーにむかって飛び出していって……、大ばくはつ!(なぜ、ばくはつするんでしょうか……?)サーカステントの中は、土ぼこりと白いけむりで、いっぱいになってしまいました(いつものパターンです)。

 

 ごほんごほん!

 

 しばらくたってから、ようやくけむりがひくと……。

 

 そこにはくまとラパルーのすがたはなく、かわりに地面に落ちていたのは……、小さなかわいい、くまのぬいぐるみと、ラパルーのぬいぐるみ! そう、じつはこれこそが、もうじゅうたちのしょうたいでした!(さすがは、なんでもありのイーフリープですね。)

 

 「かわいそうだから手かげんしてやったのに、人形だったのかよ。これなら、ほんきでぶっ飛ばしてやればよかったな。」リズが、やれやれといった感じでいいました。こ、これで、手かげんしてたですって? リズもふたりのちびっ子たちに負けないくらいの、おそろしい強さです!(音楽パワー、おそるべし!)

 

 さて、これでぶじに、(ぬいぐるみの)もうじゅうたちをやっつけたわけです。精霊王に会うためのしれんは、これで終わったのでしょうか?

 

 

 いえいえ、どうやらそんなわけには、まだいかないようですよ。

 

 

 テントのむこうのかべにまで吹っ飛ばされてしまったブリキのうさぎが(そういえば、うさぎもいましたね。リズのパワーで、いっしょに吹っ飛ばしてしまったみたいです。ごめんね)、ぎっこんがっこんと音を立てて、またこちらに歩いてきました(よかった、こわれてなかったみたいですね)。そしてうさぎは胸の前に持っている黒板をみんなにむけて、それをくるりとうらがえしたのです。そこには……。

 

 

 「ラウンド・ツー」

 

 

 やっぱりきました、ラウンド・ツー! わたしもこれだけでは、終わらないと思っていました! さあ、こんどはどんなもうじゅうが出るんでしょうか? やっぱりサーカスだから、ライオン? それとも、トラでしょうか?

 

 みんなが、こんどはなんだ? と思っていると、テントの中のすべてのカーテンが、さーっとひらいていって……。

 

 

   がちゃんがちゃん、がちゃんがちゃん!

 

 

 あっちからも、こっちからも! ブリキでできたうさぎのたいぐんが、その手に(長さが二フィートほどもある)ふとくて大きなにんじんをいっぽん、にぎりしめて、こっちにむかってきたのです! その数はどう見ても、百体以上! ひ、ひええー!

 

 「ちょ、ちょっと! こんなの、きいてないよ!」ライアンが身がまえて、思わずさけびました。

 

 「やつらみんな、目がほんきだぞ!」マリエルも手にしたつえをかまえて、ライアンにつづきます。

 

 もも色や、赤いのや、青やきいろ。さまざまな色をしたブリキのうさぎたちが、マリエルのいう通り、目を血走らせて(ブリキですから、ほんとうはペンキでそのように、えがかれているだけでしたが)、上からもうしろからもおそいかかってきました! しかもみんな、手にしたにんじんのかたちをしたこんぼうを、ぶんぶんふりまわして!(こ、これはこわい! 夢に出そうです!)

 

 今やまわりは、うさぎだらけ! かんぜんにかこまれてしまいました(しかもこのうさぎたちは、びっくりするほどすばやいのです!)。出口もすでに、うさぎでうめつくされています。もうこうなったら、やるしかない!

 

 「相手にとって、ふそくはないぜ!」リズがさけびました。「こんどは、ほんきのサウンドをきかせてやる!」

 

 「ぼくだって、こんなうさぎの、百ぴきや二百ぴき!」ライアンがつづけていいました(精霊の力が使えないんですから、あんまりむりしない方が……)。

 

 「しかたありません。ふりかかる火の粉は、はらわねば!」マリエルもさらにつづきます(魔法の力が使えないんですから、あんまりむりしない方が……)。

 

 「ぼ、ぼくも、この剣で戦うよ!」ロビーも、腰の剣アストラル・ブレードをぬいて、うさぎたちにむかいました。魔法や精霊の力が使えないふたりのことは、ぼくが守ってあげなくちゃ!(リズの方は、自分の助けがなくてもだいじょうぶそうでしたから。ちなみに、前にもちょっといいましたが、剣の力もここでははっきされませんので、今はせいなる剣も、ただの剣として使うしかないのです。)

 

 

 せんとうかいし!

 

 

 もうつぎからつぎへと、にんじんが飛びかってきます!(見た目はかわいいのですが、その力のおそろしいこと! にんじん、おそるべし!)リズはかたっぱしから、そのリュートの剣で敵を切りふせていきましたが、なにしろ数が多すぎました。さっきみたいに、ひっさつわざのパワーをためているひまが、ぜんぜんありません。ですからリズは、「めんどうだ! まとめて相手になってやる! 早びき、リフ・ウインズ!」目にもとまらないほどの早わざでリュートをひいて、小さなエネルギーをつぎつぎと飛ばし、うさぎたちをぼんぼん吹き飛ばしていきました(いろいろとべんりですね、音楽って。ほんらいの使い方じゃないでしょうけど……)。

 

 そしてロビーだって、負けてはいられません。せいなる剣をにぎりしめ、にがてながらも、せまりくるうさぎたちにえいえいと切りつけていったのです(それを見ていたリズに、「ロビー! もっと腰を落とせ!」とか、「足を使えるようにしろ!」とか、いろいろいわれてしまいましたが。さすが、もと剣じゅつしなんやく。やっぱり剣のことにかんしては、口をはさまずにはいられないようですね。でもリズさんも、そんなよゆうはないんじゃ……)。

 

 しかしうさぎたちは、まだまだおそいかかってきます(あとからも、ついかであらわれたのです。ずるい!)。ロビーはリズの背中を守って戦っていましたが……、しかくになっていた上空から、一体のうさぎがロビーめがけて、ぶーん! にんじんをふりおろしました! あぶない! 

 そのとき!

 

 

   ひゅっ……、ががん!

 

 

 なにかが目の前を横切ったかと思うと、大きな音とともに、ロビーの頭の上にいたうさぎの人形が、ばらばらにこわれて地面に落ちてきました! な、なにが起きたの?

 

 ロビーの目の前に、そのなにかが、上からしゅたっとおり立ってきました。そこに立っていたのは……。

 

 「マリエルくん!」

 

 ロビーがびっくりしていいました。そう、そこには、つえをかまえて「ふう。」と息をついている、マリエルのすがたがあったのです! これは、いがい! 魔法を使えないマリエルは、ライアンといっしょに、うさぎから逃げまわっているものとばかり思っておりましたのに!

 

 「あぶなかったですね、ロビーさん。上にも気をつけてください。」マリエルがれいせいな顔をして、せまりくるうさぎたちにびしっとつえをかざしながら、いいました。

 

 「いい忘れましたが、ぼくのぼうじゅつは、ノランおししょうさまじきでんです。安心してください。魔法が使えなくても、ぼくは強いんですよ。」

 

 「あ、そ、そうなの?」マリエルの言葉に、ロビーがめんくらってこたえます。

 

 「それは、心強いね……」

 

 せまりくるうさぎたちを、つえで、がん! がん! なぎたおしていくマリエルのことを見て、ロビーは安心しつつも、「やっぱりマリエルくんって、いろいろすごい……」とひとり思いました。

 

 

 「ちょっと、ロビー! ぼくだって! 見てよ!」

 

 

 ライアンの声がして、ロビーが、えっ? と見てみると……。

 

 「とりゃー! せい!」

 

 ライアンが、せまりくるうさぎたちのにんじんをうででぱぱっとふりはらい、そのいきおいをりようして、ぶーん! うさぎたちをつぎつぎと、テントのいちばんむこうはしにまで、かるがると投げ飛ばしていたのです!(そしてかべにげきとつしたうさぎの人形たちは、またしてもばらばらになって、こわれてしまいました。つ、強い……)

 

 「いちおうぼく、ごしんじゅつなら、なんでも使えるから。まかせてよね。せやー!ひっさつ、うらひつじ投げー!」

 

 つぎつぎとうさぎの人形たちをばらばらにはかいしていく、ちびっ子たち。ああ、まったく、このふたりのことは心配するまでもありませんでしたね……。

 

 「ふん。あまく見たようだな。」うさぎたちに、マリエルがいいました。

 

 「そのていどの動きで、ぼくに勝てるつもり?」ライアンが「ふふん!」と鼻をならして、マリエルにつづけました。 

 

 そして……。

 

 「かわいいからって……」

 

 ふたりのちびっ子たちはそろってそういうと、つえやゆびをうさぎたちにびしっ! とつきつけて、ポーズをきめていいました。

 

 「なめないでよね!」

 

 

 

 「やれやれ。ずいぶん多かったな。」

 

 「ふう、ふう。」と息をととのえながら、リズがいいました。さすがのリズでも、これだけの数を相手にするのは、たいへんだったようです(うさぎたちのうちの七わりくらいは、リズがやっつけましたから)。

 

 「あとかたづけが、たいへんだね。ま、いいけど。」ライアンが、もはやぽんこつになったうさぎ人形の部品の山をつっつきながら、つづけました。

 

 「それより、これで、しれんは終わりなのかな?」ロビーがそういいます。そう、この戦いは、あくまでも、精霊王に会うために必要だというしれん。もしこのしれんが力をしょうめいするためのものであるのだとしたら、もうじゅうぶん強さははっきしましたし、これで精霊王も、会ってくれるんじゃないでしょうか?

 

 こんどは、どうなるんだ? みんながあたりを見まわしていると……。

 

 ぽんこつのうさぎ人形の山の中から、がらがらと音がして、はじめにあらわれたあのもも色のうさぎが一体、立ち上がったのです(立ち上がったといっても、半分部品の山にうもれて、かたむいたままでしたが……)。そしておなじみ。あの黒板の文字は……。

 

 

 「おくにお進みください。おくにお進みください。」

 

 

 やれやれ! ようやく、このテントから出られるようですね! そして黒板には文字といっしょに、白い矢じるしも書いてありました(その矢じるしはテントのてんじょうをむいていましたが、それはただ、うさぎがまがって立っているからでした)。どうやら、テントのおくのつうろをさししめしているようです。

 

 みんなが用心して、そのつうろを進んでいくと……。

 

 つうろは、テントの出口につながっていました。明るい光がぱあっとふりそそぎます。そとに出ると、そこには古ーいぼろぼろのやかたがいっけん、たっていました。かべにはつたがからんでいて、いかにもおばけが出そうといった感じのたてものです。やかたのまわりにはたくさんのお墓がならんでいて、このやかたをよりいっそう、ぶきみなものに見せていました。

 

 ですが……、かんじんのまわりの景色が、ゆうえんちです! お空もまっ青! 飛びかう風船、楽しげな音楽。ですからこのおやしきも、そのせいでちっともこわく見えませんでした。

 

 そしてよく見ると、お墓の石も、たてものも、ほんものの石でできているのではなかったのです。にせものの石で古く見えるようにつくられた、見た目だけのつくりものでした! つまり、このたてものは?

 

 

 ゆうえんちには、これまたよくあるしろもの。

 

 そう、おばけやしきです!

 

 

 「ここへはいれ、ってことか?」リズが、おばけやしきの前に立っていたひとつのかんばんをさししめしながら、みんなにいいました。そのかんばんにも、さっきのうさぎの黒板と同じように、「こちらにお進みください。こちらにお進みください。」という言葉が書いてあったのです。

 

 「おばけやしきか。」ライアンがいいました。「なかに、なーにがいるんだろうね?フェリーがいたら、もっとおもしろくなるんだけどなー。」

 

 ライアンはそういって、「うふふ。」と悪ーい笑い方をします(たぶんフェリアルのことをからかう、新しいアイデアでも思いついたのでしょう。なにを考えているんだか……。

 ちなみに、このアークランドにもやっぱり、おばけやしきというものはありました。夏のおまつりのときなんかには、たびたびあらわれたのです。こわさですずしくする。どこの世界でもにたようなことが考えられているんですね)。

 

 「まあ、なにがきたって、ぼくたちの敵ではなさそうですね。」マリエルが、つえをかまえていいました。「今までのデータから考えれば、ここも、ぼくたちが力をあわせれば、問題はないでしょう。」(いかにもマリエルらしい。)

 

 「じゃあ、さっさといこーぜ。」リズがあっけらかんとしたいい方でそういって、すたすたとたてものの入り口にむかって歩いていってしまいました。

 

 「み、みんな、おばけとかだいじょうぶなの?」ロビーがあわててみんなのあとを追いかけながら、そういいます。「おばけには、今まで、ろくな目にあわされてこなかったよ?」

 

 ロビーのいう通り、おたまじゃくしのかいぶつや、たましいをうばう影のおばけ(かれらはほんとうは、おばけとはちがいましたが、まあ、にたようなものですから)。おばけには今まで、ろくな目にあわされていませんでしたから、ロビーの心配はもっともでした。

 

 でもこのノランべつどう隊にかぎっては、おばけなんて、さっきのうさぎとたいして変わらないようなものでした。ライアンは、(かわいいわりには)きもがすわっていますし、「おばけが出たら、びんにつめて持って帰ろうっと。」などといっております。リズは、「べつに、なんでも同じだろ」といった感じですし……。マリエルにいたっては、「おばけなんてものは、われわれがかってにそうよんでいるだけなのであって、じったいは、ただのせいしんエネルギーにすぎません。せいしんエネルギーに意志がやどったとしても、なんのふしぎもありませんよ。」といつものちょうしでした(いかにもマリエルらしい)。

 

 「へいきへいき。早くいくよ、ロビー。おてて、つないでってあげよっか?」ライアンがにこにこ笑って、そういいます。ロビーはそんなライアンにひっぱられながら、「う~ん……」とうなるばかりでした。

 

 

 「おじゃましまーす。おばけさん、いませんかー?」ライアンがまっさきに入り口の門をくぐってから、いいました。

 

 「こんどは、がいこつでも出てきて、黒板を持ってるのかもな。」リズがあたりをきょろきょろとながめやりながら、つづけました。

 

 ですが、あたりはしーんと静まりかえっていて、なんの物音もしません(どうやら中には、だれもいないようでした。すくなくとも、生きている者は)。

 

 門をくぐると、そこは小さなげんかんホールになっていて、左右に暗いろうかがそれぞれいっぽんずつ、のびていました。かべにはろうそくがいっぽんかかっていて、あたりをぼんやりとてらしております。さて、どうしましょうか?(右に進む? 左に進む? それともここで、アイテムを使う?)

 

 「やっぱり、チケットがないとだめなのかな? 大人二まいに、子ども二まい、おねがいしまーす。」ライアンがいいました(このアークランドでも、やっぱりおばけやしきにはいるためには、チケットを買わなければなりませんでしたから)。

 

 「子ども二まいってのは、ぼくもはいってるんじゃないだろうな?」すかさずマリエルが、つっかかります(さっきと同じですね……)。

 

 すると、びっくりすることが。かべにかかっていたろうそくのほのおが、とつぜん、ぼぼぼ……、と小さな音を立てて動き、それが矢じるしのかたちに変わったのです!(なかなか、こったしかけですね!)

 

 「こっちだってよ。」リズが矢じるしのむいた方(左のろうかでした)をゆびさしながら、いいました。「危険はなさそうだし、いってみようぜ。」

 

 「こら、そんなにかんたんにしんようするのは、あぶないぞ。」マリエルがいいましたが、リズとライアンは、もうすたすたと、ろうかを歩いていってしまいます(なんだか、こんなパターンばっかりですね)。しかたなく、マリエルとロビーも、そのあとを追っかけていきました(ちなみに、はんたいがわの右のろうかのさきはどうなっているのか? というと、そのさきはいきどまりになっていました。ほんらいこういうおばけやしきにはかかりの人がいて、お客さんのことをあんないするものなのです。この場合では、「おやおや、おばけのほのおが、みなさんのことを、左のろうかにあんないしていますよー……」なんて、説明するところでしょう。そのため、あんないする必要のない右のろうかのさきは、作られていませんでした。お金もかかりますしね)。

 

 そしてみんなが、暗いろうかをしばらく進んでいくと……。

 

 「あれ? いきどまりか?」リズが急に立ちどまって、いいました。

 

 そこはまるい広間になっていて、かべにはどこにも、とびららしいものはありません。

 

 「あれー、おかしいなー。」ライアンが、かべをぺたぺたさわってしらべていると……。

 

 「うわっ!」

 

 手がするりとかべをつきぬけて、ライアンはそのまま、かべのむこうにばたーん! たおれこんでしまいました!

 

 「いててて……。なんだよ、もうー!」

 

 どうやらこのかべは、まぼろしのかべのようでした(ここもほんらいは、かかりの人がお客さんをかべのむこうまであんないするところなのです)。おばけやしきでおばけのかべをすりぬける、「おばけたいけん」といったところでしょうか?(なかなか、こったしかけですね。)

 

 「やれやれ、ちょっと考えれば、すぐにわかることじゃないか。」マリエルがあきれたようすで、ライアンにいいました。「ここに書いてあるよ。『ここは、おばけのかべ。目に見えるものばかりがしんじつではない』。まったく、子どもだましのトリックだね。」

 

 マリエルのいう通り、ライアンのたおれこんだそのかべの上に、古びた(ように見せてある)木のプレートがひとつついていて、そう書いてあったのです。すたすたとかべをぬけてくるマリエルに、ライアンがぷんぷんいいました。

 

 「それ、さきにいってよ!」

 

 

 かべをぬけたさきは、またしても暗いろうかになっていました。あちこちにかんおけが立てかけてあって、いかにも中から、ミイラ男でも飛び出してきそうなふんいきです。が……。 

 

 なーんにも出ません。

 

 ライアンがいくつか、かんおけのふたを(「せりゃー!」と)あけてのぞきこんでみましたが、中はみんな、からっぽでした(ここもやっぱり、ほんらいはおばけやくの人がこのかんおけの中にはいってお客さんをおどかすといったぐあいでしたが、さきほどから、このおばけやしきの中にはだーれもいませんでしたから、このかんおけもやっぱり、からっぽだったのです。ちょっとざんねん?)。

 

 「つまんないなあ。さっきから、なんにも出ないじゃん。やる気あるの?」ライアンがぶーぶー、もんくをいいました(やる気といわれても……)。

 

 「なんにも出ない方がいいよ。それより、しれんって、いったいなんなんだろう?」ロビーがあたりのようすをきょろきょろ見まわしながら、つづけました。

 

 「こんどは、おばけが五百ぴき、とかか? めんどくさいぞ、そんなの。」リズが「ふう。」とため息をついて、そういいます。

 

 「どうやらここが、もくてきの場所のようですね。」とつぜん、マリエルがいいました。みんなが「えっ?」といって、見てみると……。

 

 ろうかのさきに、入り口のとびらのない、四かくい小さな部屋がひとつあって、その入り口のアーチの上に、さがしていた言葉が書いてあったのです。

 

 

   「さいごのしれんの間」

 

 

 「やっとついたか。」リズが「ふふん。」と鼻をならして、いいました。どうやら、気あいはじゅうぶんのようです。

 

 「さいごだって。これでようやく、精霊王に会えるみたい。」ライアンがわくわくしていいました。

 

 「でも、おかしなことが書いてあるよ。」

 

 ロビーがそういってゆびさした方を、見てみると……、部屋の中にひとつだけあったとびらの上に、またしても古びた(ように見せてある)木のプレートがひとつついていて、そこには、こんなことが書いてあったのです。

 

 

   「きょうふの部屋。ひとりずつはいること。」

 

 

 きょうふの部屋? なんだかこわそうな部屋です(しかも木のプレートの両がわには、けらけら笑う、がいこつのかざりがひとつずつ、つけられていました)。いよいよ中に、おそろしいおばけでも待ちかまえていて、おそいかかってくるとでもいうのでしょうか? 

 

 部屋のすみには木のつくえがひとつあって、つくえの上には紙が山づみになっていました。その紙には、まるい金色のわっかが大きくひとつえがかれていて、そのわっかの上に書いてあった言葉は……。

 

 

   「勇者のあかしのスタンプ」

 

 

 さらに、つくえに取りつけられた、ひとつの金色のきんぞくのプレートには、こんな言葉が。

 

 「きょうふの部屋の中に、スタンプ台があります。きょうふの部屋では、あなたは、おのれのきょうふにうち勝たなければなりません。きょうふにうち勝って、スタンプをおしましょう。スタンプをおせたら、すてきなプレゼントがもらえるぞ!」

 

 つまり、そういうことみたいですね。この紙を持って、ひとりずつきょうふの部屋にはいる。そこでスタンプをおして、ここにもどってこられたら、かかりのおねえさん(たぶんおねえさんなような気がします)にそれを渡して、プレゼントをもらって、このおばけやしきもクリアー! ということらしいのでした。う~ん、やっぱり、しれんというよりは、ゆうえんちのアトラクションといった感じですね(もともとゆうえんちのアトラクションなのですから、とうぜんですが)。

 

 でも忘れてしまいそうですが、ここはただのゆうえんちではないのです。精霊王のふしぎのくに、イーフリープなのですから。そんなにかんたんに、いくのでしょうか……?

 

 「あはは、笑っちゃうね。」ライアンが、思わず笑っていいました。「これが、さいごのしれん? これこそ、子どもだましじゃない。」

 

 ライアンはそういって、つくえの上から紙をいちまい、ぱっとつかみます。

 

 「こんなの、さっさとやっちゃおうよ。ひとりずつらしいから、ぼくがいちばんにいくよ。」

 

 「ふんふん。」と胸を張って、ライアンがまっさきにとびらにむかいました(やっぱり。ライアンがいちばんにいくと思いました)。

 

 「ほ、ほんとにだいじょうぶ?」ロビーが心配してたずねます。

 

 「なにが出るか? わからないんだぞ。ここは、みんなでいった方がいい。」マリエルがれいせいにぶんせきして、いいました。

 

 「だーいじょうぶ、だいじょうぶ! ぼくをだれだと思ってるの? 二十びょうでもどってくるよ。」

 

 そういってライアンは、さっさととびらをあけて中にはいっていってしまいました(どきょうがいいというか、なんというか……)。とびらがばたん! といきおいよくしまります(これは自動的にしまるしかけのようでした)。

 

 そしてそれから、すこしたって……。

 

 

 「みぎゃー!」

 

 

 とつぜん! とびらの中からライアンのひめいが! しかも、今までにきいたこともないようなひめいです!(みぎゃー! なんて、ふつうのライアンがいうはずもありません!)

 

 「どうした!」

 

 みんながとびらにかけよります! ですが……。

 

 とびらがひらきません!

 

 「おいっ! どうなってるんだ!」リズがとびらをばんばんたたいて、ののしりました。

 

 「ぼくの魔法が使えれば! こんなとびらなんか、かんたんにあけられるのに!」マリエルがこぶしをにぎりしめて、くやしそうにいいました。

 

 「ライアーン!」ロビーはなんども、ライアンの名まえをよびつづけます。

 

 

 そしてなすすべもないまま、それからしばらく時間がすぎて……。

 

 

 ぎいい……、とびらがひらきました! そして中から……、よろよろになったライアンが出てきたのです!

 

 よかった! どうやら、けがはしていないようです。しかしかなり、すいじゃくした感じでした。いったい、なにがあったというのでしょう?

 

 「ライアン! だいじょうぶ?」ロビーがかけよって、たおれこむライアンのことを受けとめました。ライアンは目もうつろで、放心じょうたいです。

 

 「なにがあったの!」

 

 ロビーのといかけに、ライアンはようやく、小さな声でこたえました。

 

 「あはは……、へいきへいき……。なんでもないよ……」

 

 ライアンはそういって、にぎりしめていた紙をロビーに見せます。

 

 「ほら、スタンプ、おしたよ……。みんなも早く、中に、はいりなよ。ぜんぜん、たいしたこと、ないから。だいじょうぶ、危険は、ない、よ……」

 

 ライアンはそこまでいうと、目をとじて、がくっと力を失ってしまいました。

 

 「ライアーン!」ロビーがゆさゆさと、ライアンのからだをゆさぶります。ま、まさか!

 

 「いたた……、生きてるってば。」ライアンが目をあけて、いいました(びっくりさせないでよ、もう!)。

 

 「それより、早く、スタンプ、おしてきちゃいなよ。これが、しれんみたいだし。みんなおせたら、起こしてよ、ね……」

 

 「寝たな。」

 

 すーすー寝息を立てはじめるライアンのことを見て、リズがいいました。

 

 「いったい、中に、なにがあるってんだ?」

 

 「でも、どうやら、危険なものではないみたいですね。」マリエルがこたえます。「こんなに弱りきっているところを見ると、なにか、せいしん的なこうげきを受けたのかもしれません。それが、きょうふということなのかも。」

 

 「よし、ここは、ぼくがたしかめてきます。」マリエルがそういって、つくえの上から紙を取りました。

 

 「どうやら、ここにはいれるのは、いちどにひとりだけらしい。どのみちみんな、はいるんだったら、ぼくがさきに中をたしかめてきた方が、こうりつがいいでしょうね。」

 

 マリエルらしいりくつでしたが、ほんとうにだいじょうぶなんでしょうか? 

 

 「ぼくは、自分の感じょうをれいせいにぶんせきすることができます。きょうふなんて、ぼくには通じませんよ。だいじょうぶです。」

 

 マリエルはそういって、とびらにむかいました(「感じょうをれいせいにぶんせき」というわりには、よく怒っているような気が……)。とにかくここは、マリエルにまかせるほかはないようです。

 

 「マリエルくん、気をつけて!」ロビーの言葉に、マリエルはにこやかにうなずいて、とびらの中へとはいっていきました。

 

 そしてそれから、すこしたって……。

 

 

 「ぴぎゃー!」

 

 

 とつぜん! とびらの中からマリエルのひめいが! しかも、今までにきいたこともないようなひめいです!(みぎゃー! なんて、あのマリエルがいうとは信じられません!)

 

 「どうした!」

 

 みんながとびらにかけよりますが、やっぱりとびらは、ぴくりともしませんでした。まったくもって、さっきとおんなじです! 

 

 

 そしてなすすべもないまま、それからしばらく時間がすぎて……。

 

 

 ぎいい……、とびらがひらきました! そして中から……、よろよろになったマリエルが出てきたのです! 

 

 よかった! どうやら、けがはしていないようです。しかしかなり、すいじゃくした感じでした(まったくもって、ライアンとおんなじでした)。そしてライアンとは、ちがうところが。それはマリエルの服やズボンが、よれよれになっているというところでした。しかも服のボタンが、ところどころ、はずれていたのです(いったいこれは?)。

 

 「マリエルくん!」ロビーがさけびました。ライアンをかかえているので、かわりにリズが、マリエルのもとにかけよります。

 

 「おい、だいじょうぶか?」リズが、たおれこむマリエルのことを受けとめながら、いいました。マリエルは目もうつろで、放心じょうたいです(まったくもって、ライアンとおんなじです)。

 

 「なにがあった?」

 

 リズのといかけに、マリエルはようやく、小さな声でこたえました。

 

 「ふ、ふふ……、へいきですよー、ぼくは、へいきですよー、なんてことありませーん……」

 

 「ぜんぜんだめじゃんか、おまえ。」リズがいいました(リズのいう通り、どうやらだめっぽいですね……)。そしてマリエルのその手には、ライアンと同じように、スタンプのおされた紙がにぎりしめられていたのです。

 

 

 しかし、あのマリエルまでもが、こんなことになるなんて!

 

 まったくもって、このきょうふの部屋、あなどれません!

 

 

 でもじゅんちょうとはいえませんでしたが、これでふたりが、このきょうふの部屋のしれんをとっぱしたわけです。残りは、リズとロビーのふたり。やっぱりここは、かれらも、このしれんをさけて通るというわけにはいかないようでした。

 

 「よし、つぎは、おれがいってやる。」リズが「ふん!」と鼻をならして、いいました。「おれは、こいつらのようにはいかないぜ。」

 

 「リズさん、気をつけて!」

 

 ロビーのせりふがはいって、これで三人目。

 

 そしてとびらがばたん! としまって、しばらくしたころ……。

 

 「待て! 待て! やめろ! うわああー!」

 

 とびらの中から、リズのさけび声が! またです! もう、なにがなんだかわかりません!

 

 そしてまた、しばらくたって……。

 

 ぎいい……、とびらがひらきました! そしてそこから出てきたのは……、全身ぐっしょりにぬれた、リズのすがただったのです! ど、どうしたの!

 

 リズは、「ぜい、ぜい……」と息をついて、びちゃっびちゃっと、いっぽいっぽ、こちらへと歩いてきました。そして手にしたスタンプのおされた紙を、ぐしゃ! っとにぎりしめると……。

 

 「ロビー……、敵は……、手ごわいぞ……」

 

 ばたーん! そのまま、その場にたおれこんでしまったのです!

 

 「リズさん!」ロビーがいいましたが、リズはすでに、しゃべることすらできないほどに、ぐったりしてしまっていました(ちなみに、リズのからだをぬらしていたのは、水ではありませんでした。なにか、くだもののしるみたいなのです。まったくもって、わけがわかりません)。

 

 リズまでも……。これはほんとうに、よそうがいのことです。ですがここで、逃げるわけにはいきません(たおれていった、仲間たちのためにも……、って、まだ生きてますけど)。ロビーは三人の仲間たちのことを部屋の床にそっと寝かせると、意をけっして、自分もスタンプの紙を持って、きょうふの部屋のとびらのとってに、手をかけました。

 

 

 ぎいい……、ばたん! 

 

 

 とびらがしまりました。

 

 そこは、うす暗い部屋でした。かなり広いようです。

 

 なにもいません。なんの物音もしません。

 

 目をこらして見てみると、部屋のおくに木のつくえがひとつあって、そこにスタンプ台がひとつ、おかれてあるのがわかりました。あのスタンプをおせば、しれんはおしまいです。ですが……。

 

 そうかんたんにはいかないということは、すでに三人の仲間たちが教えてくれていました。身をもって。

 

 おそるおそる、スタンプに近づきます。

 

 そして、部屋のまん中にさしかかったころ……。

 

 なにかが暗がりの中で動きました! ロビーがはっと見てみると、そこにさっきまではなかった、おかしなものがあらわれていたのです!

 

 それはみどり色と茶色の、人の背たけほどの、おかしな物体でした。しかも気がつけば、あっちにもこっちにも! いったいこれは?

 

 ですがそれらのなぞの物体(生きもの?)のしょうたいが、なんなのか? ロビーにはすぐにわかったのです。なぜなら……。

 

 それは、ロビーのいちばんきらいなものだからでした!

 

 

 ピーマン! ピーマン! ピーマン! 

 

 たまねぎ! たまねぎ! たまねぎ!

 

 

 そう、それらのみどり色と茶色の物体とは、まさしく、ピーマンとたまねぎのことだったのです! しかもそれらにはみんな、大きな口と、大きなひとつ目がついていました。まさに、ピーマンおばけに、たまねぎおばけ! そんなおばけたちが、あっちにもこっちにも、うじゃうじゃいたのです!

 

 

 「いぎゃー!」

 

 

 ロビーがさけびました! ピーマンとたまねぎだけはだめです! だめなんです! ロビーは小さいころ、このピーマンとたまねぎのおかげで、死にそうな目にあいましたから!

 

 ウルファであるロビーは、生のやさいが食べられません(食べられないこともありませんが、おなかをこわします)。ですがあるとき、ロビーがローストビーフのサンドイッチだと思ってかぶりついたものが……、生のピーマンと生のたまねぎスライスの、サンドイッチだったのです! それも、中身山もりの! のどにつまって、はき出そうにもはき出せず、生のピーマンとたまねぎの、つんつんとしたにおいが、頭のおくまでしみ渡って……、そのときにロビーがさけんだ声が、「いぎゃー!」もう、じたばたするしかありませんでした。やっとのことでミルクを流しこんでおちついたころには、もう、ぐったり。それからというもの、ロビーはなにをおいても、ピーマンとたまねぎだけはだめになってしまったのです。

 

 そのときのきょうふが、ロビーにようしゃなくおそいかかってきました! そんなロビーに、おばけたちがつぎつぎとふりかかってきます。あのつんつんとしたしげきのあるにおいを、ふりまきながら。これはきつい!

 

 あっというまに、ロビーのからだはピーマンとたまねぎの山の中に飲みこまれていってしまいました(黒いしっぽと耳だけが、その中から飛び出していました)。それでもロビーはさいごの力をふりしぼって、スタンプ台まではっていきます。がんばれ! ロビー!

 

 ようやくのことでスタンプ台までたどりついたときには、もうロビーの頭の中は、まっ白でした。そしてロビーは自分でもわけがわからないまま、なにも考えることもできずに、手にした紙に(ほんのうのままに)そのスタンプをおしたのです。

 

 

 ベタンッ! 

 

 すると……。

 

 

 部屋をうめつくしていたピーマンとたまねぎのおばけたちが、さーっ! まるで波がひくかのように消えていきました! やった! そしてあとには、もとのなにもいない、なんの物音もしない、広い部屋だけが残ったのです。

 

 

 ロビーは、きょうふに勝ったのです! でもロビーの頭の中には、そんなことはまったく、はいってはきませんでした。なにも考えることもできません。あいかわらず、からだにはピーマンとたまねぎのにおいが、しみこんでおりましたから(おばけたちが消えたのに、このにおいだけはそのままでした。いっしょに消えてくれればよかったのに!)。

 

 ロビーはそのまま、よろける足でなんとかとびらまでたどりつくと、この(いまいましい)きょうふの部屋からぬけ出しました。そして、横たわっている三人の仲間たちのとなりに、そのまま、ばったん! たおれこんでしまったのです。

 

 

 「もう、だめ……」

 

 

 四人が目をさましたのは、それからなん時間もたってからのことでした。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「いつでもよろしいですよ、王さま。」

       「うわあああー!」「ば、ばけもの!」

    「どーする? これ。」

       「まっていたぞ。」


第24章「ほんとうの強さ」に続きます。



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24、ほんとうの強さ

 美しい朝の光が、この土地のすみずみにまでふりそそいでいました。じこくは、羽うさぎのこくげん。朝の六時ころです。夜のあいだにたまったたくさんの水のしずくが、みずみずしいみどりの葉の上で、宝石のようにきらめいていました。おだやかな空、小鳥のさえずり。さきほこる花々、みのるくだもの。すべてのものが、この土地のへいわさをよくあらわしていました。

 

 ですがいったいだれが、ここにこんな光景があらわれることを、よそくできたでしょうか? 白く美しいすいしょうのようなれんができずかれた、かがやけるみやこ。そのみやこにかかる、四つの白いネックレスのような、じょうへき。そのじょうへきのいちばんそとがわ。このみやこに通じる門の、そのさきのみどりの平原に、今まっ黒なおそろしい影たちが、ひしめいていたのです。それは……、そう、おそろしい黒の軍勢、ワットの者たちでした。

 

 ここは、美しき白のみやこ、シープロンド。

 

 そのかがやけるみやこに、今黒の魔の手がせまろうとしています。

 

 

 

 「いつでもよろしいですよ、王さま。」

 

 白いネックレスの、そのいちばんそとがわ。つまりみやこのいちばんそとがわの、そのじょうへきの上。今そこに、ワットの軍勢にむかいあうかたちで、たくさんのシープロンの者たちが集まっていました。王さまに声をかけたのは、りっぱなししゅうのされたきぬの衣服に身をつつんだ、ひとりの身分の高そうなシープロンです。それは王さまのそっきんのひとり、われらが仲間、ルースアンのおとうとでもある、ルーベルアン・トーンヘオンでした。

 

 「そうだな。」

 

 こちらはメリアン王。メリアン王は、その手に、しきをとるためのみじかいつえを持っております。りっぱなちょうこくのなされた、白い宝石でできたつえです。これは代々シープロンドの王宮に伝わるもので、とくべつな力を持っているとされる、魔法の品物でした(売ったら、たいへんなねだんがつくことでしょう。売りませんけど)。

 

 メリアン王ははるかな平原を見つめたまま、しばらくもの思いにふけっていましたが、やがて手にしたつえをぱっと前にふると、そっきんの者たちにいいました。

 

 「よし、使者を送れ。これがさいごのチャンスだと、いってやるといい。たぶん、むだだろうがな。」

 

 「むだでしょうがね。」そういってルーベルアンが、衛士たちに(王さまからのついかのそのメッセージのこともふくめて)あいずを送りました(このあいずは、手ばたしんごうのようなもので、遠くにいる相手にもメッセージを送ることができました)。それと同時にシープロンドの門がひらき、そこから、馬に乗った使者たち(これはフォルテールとホロウノースのふたりがつとめました)が飛び出します。そしてワットのがわからは、いぜんにやってきたあの黒い毛がわを着た三人の使者たちが、ふたたびやってきました(話しあいは、きたいできそうもありませんね)。

 

 おたがいの使者たちが、顔を見あわせます。フォルテールとホロウノースは、さほうにのっとって、馬からおりておじぎをしましたが、ワットの使者たちは、ぶれいにも、馬に乗ったまま話しをはじめました。

 

 「話しあいのよちはないはずだ。わへいの道を破ったのは、そちらなのだからな。」ワットの使者たちがいいました。わへいですって? よくいいます! こうふくか? いくさか? なんて、きめつけておきながら! フォルテールとホロウノースは、心の中で、んべー! と舌を出してやりましたが、さすがにこの場は(じっさいにそんなまねをするようなことは)ひかえました。

 

 「われらは、われらの道を歩むのみ。それは、なんら変わりありません。あとは、あなた方の心、ひとつでございます。これがさいごのチャンスだと、心得ていただきますよう。」フォルテールがいいました(王さまにいえといわれたついかのメッセージのことも、しっかりいいましたね)。

 

 これをきいて、ワットの使者たちはあきれたように、手をふっていいました。

 

 「まったく話にならんな。それではこれにて、いくさのはじまりとしよう。われら、アルファズレド王あずかり、ロートタリスのマダン・レクグワース隊がお相手つかまつる。そちらの兵力は?」

 

 「われら、メリアン・スタッカート王しき下。シープロン衛士、二百です。いくさのおきてにかたくしたがうことを、おちかいいたします。」ホロウノースがこたえます。

 

 「心得た。われらもむろん、おきては守らせていただく。よりぬきの兵士、七百五十にてお相手しよう。では!」

 

 そういってワットの使者たちは、隊の中へともどっていきました。やっぱりさいごの話しあいなどというものは、きたいできませんでしたね。ですがいぜんにも説明いたしました通り、たとえワットの軍勢といえども、いくさのおきてはきちんと守ってもらえるようです(「三ばいの兵士たちまでしか使えない」というルールがありましたよね。そして「兵力が二百五十人にみたない場合でも、二百五十人としてあつかわれる」というルールもありました。ですからワットの軍は、こんかい集まった八百五十人ほどの兵士たちのうち、(二百五十人の三ばいの)七百五十人の兵士たちだけが、戦いにさんかするというわけだったのです。

 

 ちなみに、ワットの軍勢がやってきたのは、ここから南東に進んだ地にあるちゅうとんちからでした。そこは「西のちゅうとんち」とよばれるロートタリスという場所で、北の地のけいびにあたる兵士たちがいるところだったのです。ベーカーランドにせめこむために、ワットの兵士たちは今そのほとんどが南の地へとうつっていましたから、シープロンドをせめ落とすにあたって、この北の守りのロートタリスの兵士たちが使われたというわけでした。いうなれば、「い残り組」といった感じですね。だからといって、べつに、弱いというわけではありませんでしたが)。

 

 ですがやはり、相手はつねに三ばい(またはそれ以上)の勢力でせめこんでくる、ワットの黒の軍勢。これに対して、シープロンドの衛士たちは、ろくに武器も持っておりません(かざりのやりは持っていましたが、これでまともに戦うことなんて、はじめからむりでした。すぐにぽっきり、おれてしまいますから)。ワットの軍勢も、そのことはよくわかっていました。ですがかれらは、いっさいようしゃなどしません。相手がどんなに弱くても、つねに全力でむかってくるのです。メリアン王をはじめ、シープロンの者たちも、そんなことは百もしょうちのはずでした。ではいったい、メリアン王やほかのシープロンたちのよゆうは、ほんとうにどこからくるというのでしょうか?

 

 ワットの軍勢が動き出しました。そのあちこちで、ぶきみなつのぶえの音色が吹きならされていきます。ワットのもんしょうがそめぬかれたまっ黒なはたが、ゆらゆらとゆれていました。黒の軍勢の足音、よろいのなる音、たてがこすれる音、剣がゆれる音……。それらはまったくもって、この美しい空の下にはふつりあいな、悪夢のようなしろものたちでした。

 

 

 ついに、シープロンドの戦いがはじまったのです。

 

 

 「やっぱり、むだでしたね。」せまりくる軍勢のことを見つめて、ルーベルアンがメリアン王にいいました。

 

 「むだだったな。」メリアン王が「ふう。」と息をついて、それにこたえました。「さいごのチャンスだと、いってあげたのに。」

 

 「しかたない。では、せいなる山のお力を、おかりするとしよう。」

 

 メリアン王はそういって、手にした白いつえをさっとふり上げました。そしてそれをあいずに、白いじょうへきの上にいる衛士たちが、つぎつぎと、なにかのはこをそうさしはじめたのです。それらのはこは、じょうへきの上につくられたまるいやねのついたいくつかの小さな塔の下の、白い石の台の上に、それぞれひとつずつ乗せられていました。はこの大きさは、はばが二フィートほどで、高さは一フィートほど。すみきったとうめいなすいしょうでつくられた、美しいはこでした。

 

 これはいったい、なにをするものなのでしょうか? 衛士たちが、そのはこの上にえがかれたたくさんのもように手をかざしたり、なにかのスイッチのようなものをおしたりしていきます。そしてさいごに、はこのまん中にはめこまれていた、とうめいなドームに手をかざすと……。

 

 

  ぶいいいい~ん! ばああああっ!

 

 

 はこが、にぶい音を立てて動き出しました! そしてそれと同時に、とうめいなドームが青くまぶしい光を放ちはじめたのです!

 

 同じことが、あっちでもこっちでも起こっているようでした。それらのはこは、四つあるネックレスのじょうへきの、そのそれぞれに、なんこかずつおかれていたのです。

 

 

 はこから出る青い光が、あっというまに、白いじょうへき全体をつつみこんでいきました! そしてそのちょくご。おどろくべきことが起こったのです。

 

 

 じょうへきをつつみこんでいたその青い光が、しゅごごごごー! うずをまくような大きな音とともに、じょうへきのちゅうおうへとどんどん集まっていきました! そして、その光の中から飛び出したのは……。

 

 

 「ごがああああー!」

 

 

 で、出たー! まっ青なからだを持った、巨大なりゅうです! それは、水の精霊の力を持った強力なりゅう、ウォーター・エレメンタルドラゴンというりゅうでした。どっひゃー! こんなものが飛び出てくるなんて!

 

 そして白いネックレスのじょうへきは、四つ。つまり……。

 

 

 「ぐがああああー!」「ぐるごごごご!」「がががるるるー!」

 

 

 そういうことです! 四つのじょうへきそれぞれから、エレメンタルドラゴン! つまり全部で四体の巨大なりゅうたちが、飛び出してきたというわけでした!(このじょうへきにつくられたたくさんのすいしょうのはこは、それぞれが精霊たちにちょっとしたあいずを送るための、そうちでした。そのあいずにこたえて、強力な精霊たちが飛び出し、このくにを守るのです。いうなれば、この白いネックレスのじょうへきは、「敵をけちらすこうげききのうつき」の、精霊のバリアー。シープロンドはこんなに強力な四重にも渡る精霊のバリアーによって、かたく守られていたというわけでした! これでなっとく。これではだれも、かなわないはずです!)

 

 

 「え……? ええっ? えええーっ!」

 

 

 おどろいたのは、ワットの兵士たち! おどろいたなんてものじゃあありません。それもそのはずですよね。シープロンドは軍を持たない、おとなしいくに。ワットの兵士たちはこんな戦いなんて、ほとんど「かたちだけ」みたいなものだと思っていたのです。たくさんの兵士たちで、ちょっとおどかしてやれば、すぐに音を上げてこうさんしてくるだろうと。それがどうでしょう。いきなり巨大なエレメンタルドラゴンが、四体! うなりを上げて、こちらへとむかってきましたから!

 

 

 「ぎゃああー!」「うわああー!」「やばい! やばい! ひええー!」

 

 

 ワットの兵士たちはもう、大こんらん! あっちへこっちへ逃げまどいます! ですけど、むかってくるりゅうたちは、ようしゃしません。

 

 「ごおおおー!」 

 

 りゅうの口から、水のほのおが飛び出します!(ふつうりゅうというものは、その口からほのおの息を吹き出すことでゆうめいですが、このウォーター・エレメンタルドラゴンは水の精霊のりゅうでしたから、水でできたきりのような息を吹き出しました。ですからまさに、水のほのおといった表げんが、ぴったりだったのです。)そしてその水のほのおは、逃げまどうワットの兵士たちを、いちもうだじん! ざざざあー! みんなまとめて、あらい流してしまいました!

 

 

   ざざざあー! ずざざざー! ばっ、しゃあーん! 

 

 

 あたりはもう、水びたし! かわいそうなワットの兵士たちは、剣もたてもかぶとも、みんな流されて、まさにぬれねずみです!(中にはよろいまで流されて、シャツだけになってしまった兵士までいました。こうなったらもう、兵士だかなんだかもわかりませんね。)

 

 そして、つぎのこうげきが!

 

 とつぜん、水びたしの地面が、ぐぐぐぐ! と持ち上がって……。

 

 

 アッパー・パーンチ! どっご~ん!

 

 

 「ぎゃあああー!」

 

 地面の下から巨大なげんこつが飛び出して、ぬれねずみになったワットの兵士たちを、ようしゃなく下からパンチしました! こ、これはきつい!

 

 かわいそうなワットの兵士たちは、二十フィートほども飛ばされて、地面にできた水たまりの中に、ばっしゃーん! 水びたしのうえに、どろまみれ! もう、ふんだりけったりです!

 

 これは土の精霊でした。いっぱんにはノームとよばれることもありますが、ここで出てきたのは、そのこぶしだけ(それも、とく大きゅうの!)。ノームとはほんとうは、小さな人のすがたをしているのです。でも人のかたちでなくても、そのこぶしだけでじゅうぶんでした。なにしろそこらじゅうから、この(とく大きゅうの)土のこぶしが飛び出してきましたから!

 

 

 パーンチ! ノーム・パーンチ! フック! ジャブ! ブロー!

 

  

 ワットの兵士たちは両手を上げて逃げまどい、たたかれ、飛ばされ、ころんで、ばっちゃーん! つぎつぎに水たまりの中へとたおれこんでいきます。もう、黒いよろいを着ていなくても、どろでまっ黒!

 

 なんとおそろしい。メリアン王やそっきんの者たちが、ワットの軍勢の武力に対してもへいぜんとしていたわけが、これではっきりわかりましたね。「わがくには、神さまによって守られておりまする。」これは第六章の、ロビーたちの出発についてのかいぎの場で、ルエルしきょうさまがいっていた言葉です。その言葉の意味も、これではっきりとわかりました。シープロンドは、神さま、精霊の力によって、かたく守られていたのです。どんなに強い軍隊だって、シープロンドにはかなわないのです。ワットの兵士たちはこんかいの戦いで、そのことをいやというほど思い知らされました(そのかいぎの場面で、ワットの兵士たちにきいた話をわたしからみなさんにお伝えしたことがありましたが、そのとき兵士たちは、こういっていましたよね。「シープロンド? やめてくれ! もう、あそこだけは、こりごりだ!」あの言葉はつまり、こういうわけからだったのです。かれらもまた、りゅうの息に流されて、土のこぶしにパンチされまくった者たちでしたから……。

 

 ところで……、精霊のりゅうやこぶしがあばれまくっているわけですが、これって「戦いのための魔法を使ってはならない」といういくさのおきてに、いはんしてるんじゃないの? と思われた方もいるかもしれませんね。精霊の力と魔法は、にたようなものですから。ですがこれは、いはんとはなりませんでした。戦いの魔法とは、あくまでも、みずからが魔法の力を生み出して、その魔法の力で相手をこうげきするというもの。シープロンたちは、魔法で精霊たちを生み出したというわけではありません。シープロンたちは、精霊たちにちょっと、あいずを送っただけなのです。そして精霊たちは、みずからの意志でかってにあらわれて、そして魔法の力ではない、みずからの持つほんらいの力によって、かってに相手をこうげきしているだけでした。ですから精霊たちが、こうげきの魔法を使っているというわけでもありません。魔法ではなく、自分ののうりょくで、相手をこうげきしているだけなのですから。

 

 ちなみに、「そとからの勢力がいくさに加わった場合、その勢力はこんご、そのくにのしょぞくとしてあつかわれる」というルールがありましたが、精霊たちはこのルールにすら、あてはまりませんでした。勢力というのは、兵としてのかたちとして、はっきりととどまることのできる者たちのことをいいました。ですがかれら精霊たちは、ぜんぜん、はっきりとした兵のかたちなどといったものに、とどまることなどできません(すぐにどこかへ、ふいっと消えてしまいますから)。ですからこの精霊たちは、こんごも、シープロンドのしょぞくとしてあつかわれることはないのです(あの巨大なウォーター・エレメンタルドラゴンでさえも!)。シープロンたちは、こういったことをすべてしょうちのうえで、精霊たちにあいずを送りました。う~ん、さすがは、したたかなシープロンたちですね。悪ぢえ(?)にかけては、ワット以上かもしれません……)。

 

 「ええい! なにをしているのだ! こらー! 逃げるな! 戦わんか、ばかもの!」

 

 兵士たちの隊のうしろで、ひとりの大きな男せいがさけんでいました。この人物はこの軍勢をしきしているしきかん、マダン・レクグワースという人物でした。ティガニアという、とてもめずらしい種族の人物で、トラの種族の者なのです(ティガニアはこのアークランドには、数えるほどしかおりません。西の大陸ガランタの、そのまたいちばん西のはしに住んでいる種族でしたから。なんでこんなところまでやってきたのかは、わかりませんが)。

 

 「むりです! りゅうが! うわあー!」

 

 ざざざー! しきかんにどなられた兵士のうちのひとりが、また水のほのおに流されていってしまいました。ほかの兵士たちもつぎつぎと、ノームパンチでぶっ飛ばされていきます。

 

 「おのれー、シープロンどもめ! こしゃくなまねを!」マダンは両のこぶしをにぎって、ぎりぎりと歯をくいしばりました(どうやら、かなり怒りっぽい人のようですね。自分のじょうしじゃなくてよかった)。

 

 「いったん、しゃていがいにひけ! こうなれば、あの切りふだを出す! 使うまでもないと思っていたが、やむを得ん! やつらを前に出すのだ!」

 

 マダンがさけびました。そしてその言葉にあわせて、隊のうしろから、まっ黒な四頭の馬たちがあらわれたのです(しゃていがいにひけというのは、精霊のりゅうと土のこぶしの手のとどかないところまで、下がれという意味なのです。この精霊たちは、じつはみずからの力のみなもとであるネックレスのじょうへきから、遠くはなれることができませんでした。じょうへきにかこまれたシープロンドのみやこの中ならば、自由にいききすることができましたが、こんかいのように、じょうへきのそとにいる敵に対しては、いちばん遠くても百ヤードほどまでしか、手を出すことができなかったのです。それに気づいていたマダンが、ここで精霊たちにじゃまされないうしろまで、下がれとめいれいしたわけでした。おそろしい悪だくみをこれからおこなう、そのために……)。

 

 その馬たちの上に乗っていたのは……。

 

 

 レシリア! ルースアン!

 

 ハミール! キエリフ!

 

 

 ああ、なんてこと! おそれていたことが、ついに! ついにかれらが、その身をワットにりようされてしまうときがやってきたのです!

 

 

 シープロンドを、おそろしいわなにはめるために……。

 

 

 ワットがかくし持っていた、切りふだ。それが、かれら四人のほりょたちでした。ワットはこのほりょたちを、いちばんりえきが生み出せるときに、いちばんひきょうな方法で使おうと考えていたのです。それが、今でした。

 

 「あの者たちの身は、シープロンドを落とすさいに、りようできましょう。」これはリュインとりででワットの黒騎士たちが、とらわれのリストールの前で、しきかんのガランドーにいった言葉でした。あの者たちというのは、もちろん、とらわれのレシリアたち、四人の仲間たちのことにほかならなかったのです。

 

 「シープロンドなぞ、かんたんに落とすことができるでしょうが、そなえに越したことはありません。万いちのことがあれば、やつらの身をれんちゅうにつきつけて、やみの力にでもそめてやりましょう。助けてほしくばこうふくせよと、シープロンドにせまることができます。いかにくせもののメリアン王とて、こんどばかりは、ようきゅうをのむでしょうな。」

 

 なんというひどいことを考えつくのでしょう! そしてこれこそが、ワットの者たちの考えた、おそろしいわなでした。

 

 レドンホールの黒ウルファたちのことをおそった、おそろしいやみの力。こんどはレシリアたち、とらわれの者たちのことをも、同じ目にあわせようというのです。自分たちのだいじな仲間たちが、目の前でそんな目にあわされようとしていたのなら……、いくらかたいかくごの心を持ったシープロンたちであっても、ワットのようきゅうに、くっしないわけにはいかないでしょう(もし、ようきゅうに応じなければ、ワットはほりょたちのことを、ほんとうにやみに落としこんでしまうでしょう。そして……、やみに落としこまれた者は、自身のその身に、たいへんなふたんを与えられることになるのです。こううんにも、レドンホールの黒ウルファたち、そしてべゼロインの戦いでたおれた者たちにおいては、まだそのやみの力にたえることができていましたが、ここで新たにやみに落としこまれた者たちが、そのやみの力にいつまでもたえられるというほしょうも、どこにもありませんでした。それこそ運が悪ければ、その場でそのいのちまでをも、ただちに落としてしまいかねないのです!(そしてこのやみの力を取りのぞくための方法は、ざんねんながら、光の魔法をあやつるわれらが白き者たちには、見つけることができていませんでした。)

 

 メリアン王をはじめ、シープロンドの者たちは、かたいかくごの心を持っています。ひとときの心のまよいのために、くにを危機にさらすようなことは、してはならないとこころえていたのです。しかし、いくらそれがくにのためであったとしても……、目の前の仲間たちのことを、みずからの手で、みすみすそんな目にあわせてしまうようなことは、メリアン王にもとてもできることではありませんでした。このおそろしいわなのことをきかされたリストールの気持ちは、どれほどのものだったのでしょうか。ですからリストールは、その前に、かれらのことをなんとしても助けたいと思ったのです)。

 

 もし、万がいちシープロンドが勝ちそうなことになったとしても、このほりょたちさえいれば、やつらも手が出せなくなる。四人のほりょたちは、いわば戦いに勝つための、ほけんでした(ところで、いぜんにもすこし説明しましたが、ここでやっぱり、このほりょというもののあつかいについて、もうすこしくわしく説明しておかなければなりません(ぜんぜん、おもしろくもないじょうほうですが)。

 

 いくさで勝ちをおさめたくには、相手のくにの兵士たちの中から、ひとつのくにであわせて千人までを、いくさでのほりょとして自分のくににつれていくことができました。そしてこれも、いぜんにお伝えしたことがありましたが、ほりょをつれていくことは、いくさに勝ったくにのけんりとしてはみとめられていることでしたが、じっさいにほりょたちをつれていくようなまねをすることは、このアークランドではひとつのくにをのぞいて、ほとんどありませんでした。

 

 そのくにとは? そう、ワットです。ワットは戦いで得たほりょたちを、自分たちのくにのろうどう力として使い、くにのはってんのためにりようしていました。

 

 ほりょたちは、いご、法の名のもとにワットのくにのざいさんとしてあつかわれ、こんごのいくさにワットがやぶれでもしないかぎり、ずっと敵の手の中ではたらかされたり、ときにはいくさの手助けをさせられたりしてしまうことになるのです。

 

 (ちなみに、ほりょを取ることには例外がひとつありました。「本軍をしきするしきかんは、ほりょにすることができない」というきまりがあったのです。本軍とは、くにのいちばん大きな部隊のこと。ベーカーランドでいえば、エリル・シャンディーンの兵士たちと白の騎兵師団のことをしきする、ベルグエルム、フェリアル、ライラの三人が、本軍のしきかんにあたりました。ですからべゼロインが落ちたとき、かれらはほりょになることはなく、ベーカーランドへともどされたのです(このルールは、たとえ本軍をひきいた戦いでなくても、本軍のしきかんであれば、てきようされました。ちなみに、リュインのしきかんであるリストールの場合は、本軍のしきかんではありませんでしたから、このルールにはあてはまりませんでした。ですからワットは、リストールの身をようしゃなく、とらえたのです)。

 しきかんでない兵士たちなら、ほりょに取ることはできます。ですがべゼロインで戦った兵士たちは、そのほとんどが、やみのつるぎの力のぎせいになりました。ですからワットは、かれらをほりょに取らなかったのです。取ろうと思えばほりょに取ることもできましたが、あえてワットは取りませんでした。あっとう的なまでにたたきのめされた兵士たちを敵のもとへ送りかえすことによって、力の差を見せつけ、きょうふさせることが、そのねらいでした。)

 

 レドンホールの場合は、黒ウルファの兵士たち八百人ほどが、すべてほりょとしてワットにつれていかれました。そこでかれらは、アーザスのおそろしいたくらみにより、やみの力をおびたやみの兵士として使われることになってしまったのです……。これは、「ちょっとやみの力こめちゃうから、あとは、おもしろおかしく使ってよ。」という、アーザスのなんともひどすぎる気まぐれによるものでした。まったくアーザスには、人の心などというものはないのです!

 

 ですがそれでも、ほりょたちのあつかいについてさだめられた取りきめのことを、ワットは「破ってはいない」といいました。その取りきめとは、「ほりょたちの身をいたずらにきずつけることは、かたくきんずる」というものでした。やみの力にそめることは、べつにほりょたちのことをきずつけているわけでもないし、けがもさせていないというのが、ワットのいいぶんです。こんないいぶんは、まったくなっとくができませんが、それでもワットは、やはりこのいいぶんを通してしまっていました。

 

 そしてワットの、そのいちばんひきょうなところ。それはこのほりょたちのことを、いくさの勝ち負けのためにりようしているというところでした。大きないくさでは取りきめとしておこなうことができませんでしたが、両軍あわせて千人以下とさだめられている小さないくさの場合では、じょうけんをしめすことによる、こうふくかんこくというものが、しばしばおこなわれます。これは、なにかをしてやるかわりに相手にこうふくをせまるというもので、ほんらいならば、おたがいのりえきになることをおたがいに考えて、いくさをするまでもなく、あらそいをかいけつするというもくてきのためのものでしたが、ひきょうなワットは、「ほりょたちの身のあつかいをよくしてほしいのなら、いうことをきけ」ということを、そのこうふくのためのじょうけんとして使ってしまっていました。

 

 たしかに、じょうけんの内ようのことはおたがいで話しあってきめることでしたから、正式な取りきめとしてはさだめられていません。ですがこんなじょうけんは、まったくもって相手の弱みにつけこむものであり、ひきょうそのものです! そしてそのひきょうそのもののやり方を、ワットはこんかいの戦いでもまた、おこなおうとしていました。

 

 もっともワットの場合は、あっとう的なまでの兵力の差を相手に見せつけるというやり方を好みましたから、じょうけんをしめしてこうふくをせまるのは、とくべつな場合にかぎられていました。「兵士たちをそろえるのがめんどう」だとか、「武力よりもせいしん的に相手を痛めつけてやった方が、こうか的」だとか、そんな場合です。

 

 こんかいの場合では、武力でかなわなかったので、やむを得ず、ということになるわけですが、それでもワットが、いぜんゆうりなじょうけんの上に立っているということに、変わりはありません。ワットはそのゆうりなじょうけんをさいだいげんにいかして、今までのやりくちよりもはるかにひきょうな方法でもって、シープロンドにこうふくをせまろうとしていました。とらわれの者たちのことを、悪しきやみにそめてしまおうというのです!

 

 こんなことは、ぜったいにやめさせなければ! でも、いったいどうすれば……? やはりこのまま、おとなしくワットにこうふくするいがい、ないのでしょうか?)。

 

 

 「ほりょたちを進ませろ!」マダンが兵士たちにめいれいしました。

 

 

 きたない! なんてきたない!

 

 

 四人の仲間たちはそれぞれ一頭ずつの馬に乗せられていました。しかも、両手をうしろ手にしばられて! かれらの両わきには同じく黒い馬に乗った、黒いほのおを上げたおそろしい剣を持った騎士たちがふたり、ぴったりついて、その剣のさきをとらわれの者たちの方にむけていました。この剣こそが、アーザスのそのおそろしいやみの力のこめられた剣だったのです(べゼロインの戦いで黒ウルファたちの持っていた剣よりも、はるかにおそろしげな感じでした。これは、やみの力がそれだけ大きいからなのです)。この剣で切られた者は、黒ウルファの仲間たちやべゼロインの戦いでたおれた仲間たちのように、やみにとらわれてしまいました。ひきょうなワットは、そのなんともおそろしい光景のことを、シープロンの者たちの目の前につきつけてやろうというのです。

 

 これを見ろ! ははは、どうだ! これで、手も足も出まい! こいつらは、アルファズレドへいかじきじきのごめいれいにより、とらえられた者たちだ。おまえたちも、よく知っていることだろう。このふとどき者たちのしょばつのことについては、へいかはわれらに、いちにんされた。どうしようと、それは、われらの自由だ。やみの力にそめてやろうともな。だが、おまえたちがおとなしくこうふくするというのなら、考えてやってやらんでもないぞ。われらにも、なさけはある。さあ、どうする!

 

 というのが、マダンのせりふ……、のはずでしたが……。

 

 

 「ほりょというのは、いったい、だれのことかの?」

 

 

 とつぜん、うしろから声がしました!

 

 「え? あ、あれ?」マダンがそういって、ほりょたちの方を見てみると……。

 

 そこには馬しかいません。

 

 だれも乗っていないのです!

 

 そんなばかな! さっきまで、そこにいたのに! わけもわからず、マダンがうしろをふりむくと……。

 

 

 「うわあああー!」「ば、ばけもの!」

 

 

 口ぐちに上がる、部下たちのさけび声! そこには身長三十フィートはあろうかというほどの、おそろしい巨大な岩の兵士たちが、立ちはだかっていました! それも、なん体も!

 

 「な、なんだあー!」マダンがどぎもをぬかれてさけびました。

 

 

 こ、この兵士たちは! みなさんには、もういうまでもありませんよね。

 

 岩のけんじゃリブレストの、岩の兵士……、いえ、ロボットたち! かれらがついに、このシープロンドまでたどりついたのです! やったー!(それにしても……、まさにぎりぎり! あやういところでした! リブレストさんは「すぐに追いついてみせるわ!」みたいなことをいっておりましたが、じっさいには道の悪いところなどもあって、けっこう時間をくってしまったのです。それでも、とんでもなく早くこのシープロンドまでたどりついたことには、まちがいありませんでしたが。なにしろ、馬で二日はかかる道のりを、六時間半でやってきましたから! はやい!)

 

 岩のロボットたちは、みな大きな岩の剣をかまえております。戦いのじゅんびは、ばんたんのようでした。そして、そのいちばん前に立ちふさがっているロボットの、その肩の上には……。

 

 

 レシリア! ルースアン!

 

 ハミール! キエリフ!

 

 

 ロープをとかれ、自由の身になった四人の仲間たちが、まさにけいせいぎゃくてん!マダンのことを、ぎろり! にらみつけていたのです!

 

 いうまでもなく、かれらは馬の背から、(リブレストのあやつる岩のロボットのゆびにちょこんとつまみ上げられて)ロボットのその肩の上まではこばれました(ついでに、かれらのわきにいた騎士たちは、ロボットのゆびにぺちん! とはじかれて、ノックアウト! 二本のやみの力の剣も、ともにぽっきりおれてしまいました。やったー!)。そしてリブレストのいった通り、もうかれらは、ほりょなんかじゃありません。今ふたたびこのしゅんかんから、ワットの悪に立ちむかう、自由のヒーロー、ヒロインとなったのです!

 

 「こーの、がきんちょども。すこーしばかり、いたずらがすぎたようだのお。」

 

 ロボットの頭から、ひょっこり。顔を出したリブレストが、にやりとふきつな笑みを浮かべながらいいました。これから、とってもこわーいことがはじまりそうな感じです。それは、そう、おしおきターイム!

 

 「悪いがきんちょには、きつーいおしおきが必要だわい。レイミール、やったれい!」

 

 「イエス・サー! キャプテン!」

 

 ロボットの中から、レイミールの高いかわいい声がして……。

 

 

 「せいぎの剣を、受けてみよ! ジャスティス・ブレードランチャー!」

 

 

 ぎゅ、ぎゅいいん! 岩のロボット兵士が、その巨大な岩の剣をふりかざしました!

 

 そして、ぶおおん! ふりおろされた剣のやいばのさきから、オレンジ色に光りかがやくたくさんのほのおの矢が飛び出して、逃げまどうワットの兵士たちのまん中に……。

 

 

 どごごご、ごごごご、ごごごご、ごごごご、ごごごご、ごごごご、ごごごお~ん!

 

 

 まさに雨あられのようにふりそそいだのです! これはきつい!

 

 

 もう勝負は、これでほとんどついていました。切りふだのほりょたちまで取りかえされて、ワットの軍勢は、もはや、ちりぢりのばらばら。兵士たちもみんな、戦意そうしつです。残るは岩のロボット兵士たちの前にいる、ごくわずかな兵士たちのみ。しきかんのマダン・レクグワースと、そのおともの十数人の兵士たちだけでした(ちなみに、まだほかの兵士さんたちは逃げまどっているだけでしたので、けがをして戦えないじょうたいになっているというわけではありません。ですからまだワットは、「戦えない者が多数となったとき、そのいくさは負けとなる」といういくさの勝ち負けのじょうけんを、みたしていませんでした。じっさいにこのいくさの場から遠くへ逃げてしまえば、その者はもう戦えない者としてあつかわれましたが、まだかろうじて、かれらはこの場にふみとどまっていましたから。でもかれらが遠くへ逃げ出すのは、もう時間の問題みたいですけどね。

 

 ところで、リブレストの岩のロボット兵士たちについてですが、このロボットは中に人がはいって動かしておりましたので、魔法で動いているというわけではないのです(いってみれば、からくり人形みたいなものです。もっとも、中に人がはいっていない場合や、ここにくるまでの自動そうじゅうのときなどでは、しっかりとリブレストさんの魔法の力が使われていましたが)。ですからこれは、こうげきの魔法を使ってはならないという、いくさのルールいはんとはなりませんでした。

 

 では、さきほど雨あられのようにぶっぱなした、ほのおの矢については? じつはそれは、リブレストさんの作った「工作物」なのであって、魔法の力が使われているというわけではなかったのです!(いってみれば、花火みたいなものです。その花火みたいな力が、剣のさきから出るように作られていました。よくできた「工作物」ですね!)

ですからみんなもえんりょなく、この工作物の力をぶっぱなしたというわけでした。う~ん、なんか、すごい!)。

 

 「ぐむむむむむ……!」

 

 マダンは歯をぎりぎりとくいしばって、くやしがりました。目の前には、巨大な岩のロボットたちがずらり。うしろには四体のエレメンタルドラゴンたちと、たくさんの土のこぶしたちが、よらばうたんと待ちかまえております(しかも土のこぶしたちは、人さしゆびをいっぽん、ちょいちょいと動かして、「カモ~ン!」といったふうにこちらのことをちょうはつしていました)。どう見ても、自分たちの負けでした。ですが、このマダン・レクグワースという男、根っからの負けずぎらい。そしてあきらめの悪さにかけては、人いちばいだったのです。

 

 「おのれ! このマダンを、見くびるなよ!」

 

 マダンはそういって、腰にさしていた二本の剣……、ではありません、おのを、しゃきん! 両手にかまえました! このティガニア種族のしきかんは、種族だけではなく、その戦い方までなんともめずらしいものだったのです。両手に、おの。二刀流ならぬ、二おの流? まあ、よび名はいいとして、とにかくその大きなからだとあいまって、すごいはくりょくでした。

 

 でも……、やっぱり相手が、悪すぎですよね。いくらティガニアがはくりょくたっぷりでも、相手はさらにはくりょくたっぷりの、岩のロボット兵士たちでしたから。背たけが五ばいほどもちがうのです。

 

 それでも、マダンの気あいはじゅうぶんでした。全身から、オーラのような力があふれかえっております! そしてマダンは、両手に持ったおのをぎゅぎゅっ! とにぎりしめると、すさまじいはやさで、リブレストの乗る岩のロボットにむかってとっしんしていきました! すごい!

 

 

 「受けてみよ! デュアルアクス・デストロイヤー!」

 

 

 

  

 「おい、おまえたち。おまえたちもいっしょに、吹っ飛ばされてみるかの?」

 

 リブレストが、その場にいる兵士たちにいいました。それからしばらくして……。

 

 

   ひゅううう……、ばっしゃ~ん!

 

 

 巨大なロボット兵士のこぶしに吹っ飛ばされたマダンが、どろの水たまりの中に落っこちた音でした……。あーあ、だから、いわんこっちゃない……。かわいそうなマダン・レクグワースは、「う~ん……」口からあわを吹いて、そのままどろの中で、おねんねです。

 

 

 「ひえええ~!」「た、助けてくれ~!」「こんなところにいられるか~!」

 

 

 これで、ほんとうにきまり。しきかんのマダンまで失ったワットの軍は、そうくずれ。剣もやりもみんな放り出して、いのちからがら、どろだらけのぬかるみ道を走ったりころんだり、逃げ帰っていきました(ちなみに、マダンは六人の兵士たちにかつぎ上げられて、はこばれていきました)。

 

 やったね、やった! シープロンドの大しょうりです! じょうへきの上から戦いのようすを見守っていたシープロンの衛士たちは、やりをかかげて大よろこび! 口ぐちに精霊の力をたたえ、メリアン王をたたえ、そしてこのすばらしきくに、シープロンドのことをたたえました(あの巨大な岩の兵士たちは、いったいなに? とも思っていましたが)。

 

 「メリアン王、ばんざーい!」

 

 「シープロンドに、えいこう!」

 

 「やーいやーい! おとといきやがれ! ざまーみろー!」

 

 さいごだけちょっと、品がありませんでしたが……。

 

 

 

 

 「兄さん!」

 

 リブレストの乗る隊長きのロボットの中から、小さな見ならい兵士、レイミールが飛び出しました(さきほどはみごとなロボットさばきで、ワットの兵士たちのことをやっつけましたよね。もう、いちにんまえといっていいほどの、すばらしいはたらきぶりでした)。そのあまりにもとつぜんのできごとに、ハミールはもう、びっくり! さっきからびっくりすることばかりで、もうなれっこになってしまいそうでしたが、これにはほんとうにびっくりでした。リュインのとりでで、その身のゆくえすらわからなくなってしまっていた、おとうとのレイミール。その小さなレイミールが、とつぜんにあらわれた岩のロボット兵士軍団の中から、またもとつぜんにあらわれましたから!

 

 「レイミール! おお……!」

 

 ハミールの胸の中は、もうありとあらゆる感じょうでいっぱいでした。新たに生まれた、たくさんのおどろき。いぜんからあった、不安やおそれ。ずっとずっと胸の中をうめつくしていた、レイミールへの思い……。それらがすべてごちゃまぜになって、この若きウルファの騎士の心の中を、うめつくしてしまったのです。

 

 ですが今、それらの思いの中から残すべきものは、ただひとつ。ハミールはすぐに、自分の心の中のよけいな部分をみんなくしゃくしゃにまとめて、ぽい! ごみばこにたたきこむと、いちばんだいじな思いだけをひとつ、ここにさらけ出しました。それは、そう、レイミールへの深い思いでした。

 

 「レイミール! 心配したぞ! ぶじだったか! よかった! ほんとうによかった! どれほどおまえのことを、心配したか!」

 

 

 ハミールは岩のロボット兵士のその広く大きい肩の上で、ついに、おとうとのレイミールとさいかいを果たしたのです。

 

 

 「ほんとうに……、ほんとうに……、うわああ!」

 

 ハミールはレイミールの名まえをなんどもよんで、なみだを流して、その小さなからだのことをうでの中にだきしめました。もうにどと、会えないのではないか……? そんな考えさえ、かれの心の中からまったく消えていたというわけではありませんでした。さいあくのことすら、その頭の中にはよぎってさえいました。

 

 レイミールのことをだきしめる、ハミール・ナシュガー。かれはこのとき、騎士でも、兵士でも、勇者でもありませんでした。ただただ、家族のことを思う、ひとりの人であったのです。

 

 「よがっだなあ……。ほんどうに、よがっだなあ……」キエリフが、そんな友のすがたを見て、となりのルースアンとだきあいながらよろこびをあらわにしていました。

 

 

 

 「レシリア、ルースアン、よくぞもどった。くろうをかけてしまったな。ハミールどのも、キエリフどのも、ぶじでなによりだ。」

 

 すべてをさっしたメリアン王が、仲間たちの手を取って、心よりの言葉をおくりました。

 

 「たいへんなにんむの旅に送り出してしまったことを、申しわけなく思う。どうか、ゆるしてほしい。」

 

 かれらを危険なおとりとしての道に送り出したのは、ほかでもない、メリアン王でした。ですからメリアン王は、大きなせきにんを感じるのと同時に、かれらの身のことを、たいへんに心配していたのです(かれらをおとりの旅に送り出すことは、メリアン王にとっても、もちろんとてもつらいせんたくでした)。

 

 ふたたびもどってきた、かれら。たいへんな目にあい、こんなんな旅になってしまったということは、だれにとってもあきらかでした。ほんらいならば、かれらはおとりとしてのつとめを果たしたあと、自分たちもベーカーランドで、ふたたびロビーたちと落ちあうよていだったのです。それがこうして、このシープロンドまで、とらわれの者としてのかたちでもどってきましたから。

 

 そのりゆうは、メリアン王にはおおむねわかっていました。そして今、そのりゆうのもととなった人物がひとり、かれらといっしょに目の前にやってきていたのです。

 

 「リステロント、いや、今は、リストールという名であったな。」メリアン王がいいました。そう、レシリアたち、自由の身となったわれらが仲間たちは、かれらが助け出すはずだったリュインのしきかん、リストール・グラントとともにやってきていたのです。

 

 「リュインのことは、痛ましいことであった。ざんねんでならない。」メリアン王が、しずんだ顔をしていいました。「だが、そなたも、リュインの者たちも、こうしてぶじに、わたしの前にいる。それだけは、まことによろこばしいかぎりだ。よくぞ、ぶじにまいられた。そして心より、そなたたちにかんしゃの気持ちをおくりたい。」

 

 そしてメリアン王はそこまでいうと、急にかれらのうしろにしせんをやって、その場で深く頭を下げたのです。そこには……。

 

 ご、ごごいーん! ぎゅ、ぎゅいいーん! 

 

 たくさんの、岩のロボット兵士たち! そしてそのロボット兵士たちの前には、そう、アークランドの名高い三けんじゃたちのうちのひとり、岩のリブレストが立っていました。

 

 「けんじゃリブレストどの。お会いできてこうえいにございます。」メリアン王がうやうやしく、リブレストにいいました。相手はとてつもない力を持ったけんじゃのひとり。このアークランドでも、もっともそんけいすべき相手なのです。ですが……。

 

 「よいよい! かたくるしいあいさつは、ぬきだわい。」リブレストは手をぱぱっとふって、メリアン王に頭を上げさせました。

 

 「おまえさんは、メリアンだな? 王になったんだったのう。あの、ひよっこ王子さまも、りっぱになったもんだわ。」

 

 リブレストはそういって「がっはっは!」とごうかいに笑い、メリアン王のもとへとつかつかやってきて、王さまの頭をがしがしとなでまわします(まるっきり子どもあつかいです。なん百さいだか? わからないほどのリブレストから見たら、みんな子どもみたいなものでしたから)。どうやら三十年前の冒険の旅のことを、リブレストもよく知っていたみたいですね。

 

 「この戦いは、さいごのきょくめんをむかえておるぞ。」

 

 笑っていたリブレストが、とつぜんまじめくさった顔になっていいました。その表じょうは、かたくこわばり、こわいくらいでした。

 

 「ここにいる、リストール・グラント。この者が、この戦いにおいての、大きなかぎをにぎっておる。おまえさんには、いうまでもないだろうがな。」リブレストが、うしろにひかえるリストールのことをしめしながら、メリアン王にそういいます。

 

 ノランも同じことをいっていました。「さいごの戦いでは、かれのそんざいが、大きな意味を持つこととなろう。」いったいリストールには、どんなひみつがあるというのでしょうか?(そしていぜんにもお伝えしました通り、そのひみつを、メリアン王も知っているようなのです。さあ、早く教えてください、王さま!)

 

 「ことは、いっこくをあらそうでしょう。」メリアン王がいいました。「リストール。今こそ、人も、精霊も、植物も、そのかきねを越えて、力をあわせなければならないときだ。これは、そなたの運命ともいえるであろうな。もういちど、このアークランドに、花の騎士たちの力をよみがえらせなければならない。それができるのは、もはや、そなたしかおらぬ。」

 

 メリアン王の言葉に、リストールはだまってうなずきます。花の騎士たちとは、いったい?

 

 「わたしはすぐに、タドゥーリ連山へとむかいます。」リストールがいいました。「もとより、わたしは、この地をおとずれるつもりでした。このアークランドは、めつぼうのときをむかえております。わたしのつとめは、まさに今。かれらのゆるしをこい、その力をあおぐときです。」

 

 リストールはそういって、その場にいる者たちにいちれいをすると、そのままひとり、歩き出していきました。

 

 

 かれの運命の場所、タドゥーリ連山へとむかって……。

 

 

 「待って! だれも、いっしょにいかなくていいの?」レイミールが、去っていくリストールのすがたを見ながらいいました。ですがメリアン王もリブレストも、仲間たちも、動こうとはしません。ハミールはレイミールのうでを取り、静かにいいました。

 

 「だれも、かれの助けとなることはできない。われわれではな。ここは、かれの力にかけるしかないのだ。」

 

 ハミールはとらわれの身となっていたあいだに、レシリアからすべてのことをきかされていたのです。リストールのかこ、そして、その運命のことを……。

 

 リストール。リステロント・グランテルド。かれは失われし大いなる精霊の種族、シルフィアの青年です(ここまでは、みなさんもよく知っています)。大むかし、このアークランドにもふつうに暮らしていたはずの、シルフィア。かれらがいなくなったりゆうは、いぜんにもお話ししたことがありました。人がふえ、アークランドの力のバランスがくずれたことが、そのいちばんのりゆうでした。

 

 シルフィアをはじめ、たくさんの種族の者たちが消えていった、アークランド……。そして今からおよそ百年のむかし、このアークランドにおいて、もっとも大きな力を持った種族の者たちが、失われていったのです。かれらの名は、ネクタリア。大いなる植物の種族の者たちでした。

 

 ネクタリアはこのアークランドの大地そのものといっていいほどの、大きなそんざいでした。人のすがたをしておりましたが、その力は植物の力です。きれいな水と美しい光によって力を生み出し、そのちえとわざは、このアークランドの大いなるいしずえとなっていました(大むかし、さいしょのカピバルたちに数々のわざを伝えたのも、もともとはネクタリアたちだといわれています)。かれらがいなかったのなら、このアークランドもこれほどゆたかではいられなかったことでしょう。ネクタリアたちの力は精霊たちの力と同じくらいに、このアークランドにおいてとても重要なものだったのです。

 

 そのネクタリアの力のけっしょうともいうべきそんざい、それが「花の騎士団」でした。花の騎士団はこの世界のすべての種族の者たちとともに、ささえあい、ともに協力しあって、このアークランドをはんえいへとみちびいていったのです。

 

 ですがその花の騎士団も、どんどんと力をましていく人間たちのことを、しだいにおさえることができなくなっていきました(ほかの多くの種族の者たちではなく、ここでは人間だけのことをさしています)。多くの森が切りひらかれ、はたけが広がりました。たくさんの動物たちがかいならされ、ぼくじょうが作られました。これらはすべて、人間であるかれらが生きていくために、必要なものです。ですがネクタリアたちにとっては、とてもがまんのならないことでした。かれらネクタリアたちは、しぜんそのものでしたから。しぜんを切りひらき、しぜんに反する生き方しかえらべない人間たちのことを、ぎもんに思うようになったのです(もちろん、人間いがいのほかの種族の者たちでも、生きるためにはすくなからず同じようなことはしています。ですが人間は、ほかの種族の者たちとくらべても、しぜんをはかいすることのとても多い種族でした。ですからネクタリアたちは、人間たちのことを注意して見るようになったのです)。

 

 そしてついに。

 

 ネクタリアたちは花の騎士団とともに、そのすがたをこのアークランドからかんぜんに消していってしまいました。

 

 かれらがどこへいったのか? 知る者はいません。

 

 

 ただひとりをのぞいては……。

 

 

 そう、それがリストールだったのです。じつはリストールはそのむかし、ネクタリアたちの花の騎士団に、騎士として加わっていました!(これはたいへんにめいよなことでした。)

 

 花の騎士団がこのアークランドを去るときめたとき、リストールにはかれらとともにゆく道もえらべました。ですがリストールは、残ったのです。ほんとうにこのアークランドに、みらいがないのかどうか? 人間たちにのぞみがないのかどうか? それらを自分の目でたしかめるためでした(それに、今までずっと暮らしてきたくにですもの、リストールにはどうしても、このアークランドを見すてるようなことなどはできませんでした。かれの家族やいもうとのリズだって、ずっと、ひっそりとですが、このアークランドで暮らしてきましたから)。

 

 こうしてリストールは、花の騎士団と、そしてネクタリアたちと、たもとを分けました。そしてリストールは、その身を新しい仲間たちのもとにおくことにきめたのです。それが人間たちのみやこ、ベーカーランドの白き者たちのもとでした(そしてそのとき、ずっと剣に親しんでいたいもうとのリズが、リストールといっしょについてくることになりました。「せっかくだから、この剣のうでまえを、どっかでやくに立てられないかなあ。」というのが、リズののぞみでした)。それからリストールは、兵士たちのしきかんとして、(リズはその剣のうでまえを買われて、剣じゅつしなんやくとして)ベーカーランドでの日々を送ることになったのです。そして今、(リズとリストールの)その運命は動きはじめました。

 

 

 かつて自分も加わっていた、花の騎士団。このアークランドのことを見かぎり、去っていった、その花の騎士団に、もういちどアークランドの力となってくれるように、お願いしにいくこと。それこそがリストールにかせられた、リストールにしかできない、大いなるやくわりだったのです(ノランやリブレストのいっていた「リストールの持つ大きな意味」というのは、このことをさしていました。

 

 そしてリストールがなぜ、今このタイミングでネクタリアたちのところへむかったのか? いぜんにもふれましたそのりゆうのことについて、ここでお伝えしておきましょう。それはリストールが、だれよりもネクタリアたちのことについて、よく知っていたからでした。リストールは、ネクタリアたちへのお願いは、さいごのさいご、このアークランドがめつぼうの危機にある、まさにこのときにおいてしかできないということを、知っていたのです。ネクタリアたちは、かつてこのアークランドのことを見かぎり、去っていきました。そのかれらに、「このアークランドがいつか危機になった場合は、助けてほしい」なんていう、虫のよすぎるお願いを、あらかじめしておくなんてことができるはずもないと、リストールはよく知っていたのです。

 

 ネクタリアたちは、とてもプライドが高く、高貴な者たちでした。そんなかれらに、あらかじめそんなお願いなどをしたとしても、かれらを怒らせることになるだけであると、リストールは知っていたのです。「われらの助けがほしいというのなら、なぜそのときにこないのだ? これでは、われらの力を、戦いのほけんとしてりようしているようなものではないか。」

 

 ですからリストールは、今このさいごのときにおいて、(リュインのしきかんとして、リュインでのいくさのじゅんびをすっかりととのえ終えたうえで)ネクタリアたちのもとへとむかおうとしていたのです。かれらに通じるものは、ただひとつ。一点のくもりもない、まっすぐな心。心からの敬意。ただそれであるということを、かれは知っていましたから)。

 

 「リステロントは、このアークランドのみらいにかけたのだ。」メリアン王が、去っていくリストールの方を見つめながら、いいました。「花の騎士団に、その思いがとどくことを、願おう。」

 

 花の騎士団が去っていった土地。それこそが、シープロンドの聖地とたたえられている、タドゥーリ連山でした(ですからリストールは、「タドゥーリ連山にいく」といいました)。そのためもあって、リストールはたびたび、このシープロンドの地をおとずれていたのです。そしてそれが、メリアン王たちがリストールのことやその大いなるやくわりのことについて、よく知っていたりゆうでした。リストールはメリアン王をはじめとするシープロンの者たちに、みずからのそのやくわりのことについて、話していたのです。リストールとシープロンたちは、ともに、とても深い友じょうをむすんでおりましたから(もちろんベーカーランドの仲間たちとも深い友じょうをむすんでおりましたが、このせんさいな問題を伝える相手としては、やはり、精霊のことにもネクタリアたちのことにもくわしい、シープロンの者たちがふさわしかったのです)。

 

 「かれならきっと、うまくやれる……」

 

 遠い山道に消えてゆくリストールのすがたをさいごに見送りながら、レシリアが静かにつぶやきました。それは、このアークランドのすべての人たちにむけての、メッセージのようでもありました。

 

 

 

 「さあて! ぐずぐずなんぞ、しておられんぞ! 取ってかえして、ワットたたきをはじめにゃならん!」

 

 リブレストが隊長きのロボットに乗りこみながら、仲間たちにさけびました。たくさんの大きなつとめを、果たし終えたかれら(とらわれの者たちのことをすくい出し、シープロンドのことを守り、そしてリストールのこともぶじに送り出したのです)。ですがかれらのしごとは、まだまだ終わってなどはいませんでした。かれらのつぎなる戦いは、これからすぐにはじまるのです(ちなみに、かれらはシープロンドのえん軍としてかけつけたわけですので、かれらはこんご、シープロンドのしょぞくの勢力というあつかいになるのです。

 

 ですけど、このシープロンドでこんご、いくさがおこなわれることなんて、ありそうにないでしょうけどね。ゆいいつ、このシープロンドをおそうりゆうのあったワットでさえ、シープロンドのおそろしさは、いやというほど知ったでしょうから……。

 

 それと、とくに説明していませんでしたが、かれらは岩のロボットたちのそうじゅうに必要な三十四名をのぞいては、すべていっぱんの兵士として、剣を持って戦いの場に加わっていたのです(かれらの持つ剣は出発の前にリブレストが岩をけずって、みんなあっというまに作り上げてくれました。さすが、岩のけんじゃです)。ですけど……、ほかの勢力(精霊たちと岩のロボットたち)が強力すぎて、かれらのかつやくの場面がほとんどありませんでしたね……。ですけどそれは、けっかろんでしょう。かれらはもちろん、シープロンドにこんなに強力なえん軍(精霊たち)がいるとは、思いもよりませんでしたから。シープロンドのこの精霊のバリアーのことについては、ほんとうにシープロンドの者たちいがいには、(ベーカーランドの者たちでさえ)だれも知らない、ごくひ中のごくひのことだったのです)。

 

 ベーカーランドとワットの、さいごの戦い。その戦いにおいて、今のかれらにできる、いや、かれらにしかできない、とくべつなしごとがありました。それは……。

 

 「ワットのれんちゅうがもどらんうちに、リュインとりでをうばいかえす! そのまま、べゼロインまでとつげきじゃい!」

 

 「おおおー!」

 

 そうです、かれらにしかできない、とくべつなしごと。それはまさに、ベーカーランドのふたつのとりでを取りもどすという、その大いなるつとめでした!(とき、ここにきて。かれらはおそろしいじじつを知ることになりました。それはリストールがタドゥーリ連山へと出発する前、ベーカーランドからシープロンドへととどいた、一羽のでんれいのたかがもたらしたものでした。そのじじつとは……、べゼロインとりでが敵の手に渡ったということ。このおそろしいじじつをきいて、仲間たちの心のどうようは、やはりかくせませんでした。おそれていたことがついに、げんじつのものとなってしまったのです。べゼロインが落ちた。それは黒の軍勢の者たちがエリル・シャンディーンのすぐそばにまで、しゅうけつすることができるようになったということを意味していました。もはやエリル・シャンディーンへとつづくさいごの守りが、失われたのです。

 

 しかしわれらが仲間たちが立ちどまることは、けっしてありませんでした。リブレストの言葉に、仲間たちの心はなおいっそうのこと、そしていっきに、もえ上がったのです!)

 

 まずは、リュイン。ワットの黒の軍勢はみな、べゼロインへとしんげきしていきました。リュインのとりでは、今「手うす」なはずです。まさかこんなところに、思わぬふく兵がいようとは、思ってもいないことでしょう。まさに今、今がリュインとりでをふたたびせいぎの手に取りもどす、大きなチャンスだったのです(ここでひとつ、さいごのいくさのことについて、そしてこのリブレストたちの行動のことについて、お伝えしておきましょう。軍を持つすべてのくにには、「本軍」と、それいがいの隊というものがさだめられていて、この本軍は、そのくににおいてのもっとも重要でいちばん強力な軍勢のことをいうのです(さきほど、ほりょたちのことについての説明のところでも、この本軍についてふれました)。

 

 この本軍をもちいたいくさにおいてやぶれれば、そこが自分のくにでなくても、みずからのくにがやぶれたのと同じあつかいになるのです。ですから本軍は、ここいちばんという、さいごの戦いのときにおいてのみ使用されるものでした(シープロンドの場合はもともと軍を持っておりませんでしたので、衛士たち二百名が、そのまま本軍というあつかいにされました)。そしてワットは、ベーカーランドとのこのさいごの大いくさにおいて、もちろん本軍をひきいてきたのです。それはぜったいに負けるわけにはいかないという、ワットの強い意志でもありました。

 

 ですがもし本軍がやぶれたとしても、そのくに自体がやぶれたことにはならない、例外がひとつあったのです。それが、とりでのそんざいでした。相手国からうばい取ったとりでをひとつでも持っているのであれば、もし本軍がやぶれたとしても、持っているとりでをすべて相手国にかえすことによって、くに自体がやぶれたというあつかいではなくすことができるのです(その場合、とりでを相手にかえすことによって、本国にひき下がるだけですむのです)。

 

 ですからワットがベーカーランドとのさいごの大いくさにやぶれたとき、リュインとべゼロインとりでのどちらかいっぽうでもワットの手にあったのなら、ワットはすべての力を失うまでにはいかずに、本国にひき下がるだけですみました。それを防ぐためにも、リブレストたち白き勢力の者たちは、それらふたつのとりでを取りもどすべく、けついにもえていたのです)。

 

 

 「リブレストどの。ちょっと、お待ちを。」

 

 いざ出発、というときになって、とつぜんリブレストの下の方から声がしました。見ると、それはメリアン王でした。どうやらおともたちの目をぬすんで、ひとりでこっそり、近づいてきたようなのです。いったい、なんでしょう?

 

 メリアン王がつづけます。

 

 「ノランどのに、いろいろ話をきかれてきたとか。それで、その、ライちゃ……、いえ、わたしのむすこ、ライアン王子のことは、なにかきいていないでしょうか?」

 

 やっぱり、そういうことでしたか……。アルマーク王にでんれいの手紙を送った、メリアン王。ライアンのことをよろしく。けっして、危険なところへとむかわせないこと。そういいましたが、それからかえってきたでんれいの手紙には、そのことについてのへんじが書いてありませんでした(アルマーク王からのへんじの手紙には、「ライアン王子をふくむきゅうせいしゅどのたちが、ぶじにこのエリル・シャンディーンへとたどりついた」ということと、「レシリアたち、南の地にむかった者たちについては、いまだたどりついていない」ということの、ふたつのことしか書いてありませんでした)。ブローチが光っていないので、ぶじであるということはわかっていましたが、今ライアンがどこにいるのか? それすらもメリアン王には、よくわからなかったのです。ちゃんと、エリル・シャンディーンにとどまっているのでしょうか?(でもメリアン王には、うすうす、そうじゃないとわかっていました。アルマーク王がライアンのことをちゃんとひきとめておけるなどとは、はじめから思っていませんでしたから。いちおう、手紙のさいごに、おどしの言葉はそえておきましたけど。)

 

 「おお、わしも、くわしくはきいておらんのだがの。」リブレストが、もじゃもじゃのおひげを手でととのえながら、いいました。「きゅうせいしゅっちゅう、ウルファのもんがいるんだそうな。そいつが、おとものもんといっしょに、イーフリープへむかうのだということだ。今は、そのまっさいちゅうだろう。おまえさんのむすこが、エリル・シャンディーンでそのきゅうせいしゅっちゅうやつといっしょだったとは、きいておるが、イーフリープまで、だれがおともについていったのか? そこまではわしもきいとらん。ノランもすぐに、べつのしごとに走ってしまったからの。」

 

 それをきいて、メリアン王は「イーフリープ! ああ……、そうですか……」とだけいって、がっくりと肩の力を落としてしまいました。そしてとぼとぼと、もときた道をひきかえしていったのです。リブレストは首をひねっていましたが、気を取りなおして、ふたたびロボット兵士の中に乗りこんでいきました。

 

 

 「ふーむ、ノランか。」そうじゅう席に乗りこんだリブレストが、もくてき地までへのしんろをせっていしながらつぶやきました。

 

 「ノランも、ハウゼンくんも、うまくやってくれるといいんだが。」(またハウゼンくんという名まえです。前にもいっていましたよね。この人は、だれでしたっけ?)

 

 「なんです?」リブレストの言葉に、となりの席にすわっていたレイミールが、レバーをひきながらたずねます(隊長きのふくそうじゅうしは、またレイミールがつとめました。もう、かなりのうでまえですものね)。

 

 「なあに、よそは、よそ。うちは、うちだわ。しっかりつとめを果たさんとな。レイミール、陸走しゃりん船モードに、切りかえ用意! 出発するぞ!」

 

 「イエス・サー!」

 

 こうして、十七体の岩のロボット兵士たちは、ふたたびもときた道をリュインとりでへとむかって、大ばく走! 陸を走る十七そうの船となって、かけぬけていきました。

 

 「ちょっと! せますぎないかー? これ!」いちばんさいごの船のかくのうこにぎゅうぎゅうにつめこまれたハミールとキエリフが、おしあいへしあい、いいました。

 

 「がまんしてください。背中にしばられていくより、ましです。」まわりの兵士たちがそういって、新たに加わったふたりの仲間たちのことを、なんとかなだめました(ただでさえ、人でいっぱいでしたのに。兵士さんたちもたいへんですね……)。

 

 

 「どうかしたのですか? 王さま。」

 

 岩のロボット兵士たちのことを見送りながら、ルースアンがいいました(ルースアンとレシリアは、花の騎士団のふっかつにかけて、このシープロンドに残りました。うまくネクタリアたちが力を貸してくれたのならば、いっしょに戦いの地へとおもむくつもりだったのです。いっぽうハミールとキエリフ、レイミールは、やはりいてもたってもいられず、リブレストといっしょにすぐに飛び出していったというわけでした)。

 

 「いや……、なんでもない……。ちょっと、頭痛がしてな……」メリアン王がそういって、頭をかかえながらひっこんでいきます。メリアン王の頭痛のりゆう、それは読者のみなさんにならおわかりでしょう。

 

 「ぜったいこれ、イーフリープまで、ライちゃんもついてったな……」

 

 アルマーク王からのへんじがないということは、つまりそういうことでした……。

 

 

 

 波の音がきこえていました。おだやかなようき、気持ちのいいそよ風。

 

 ロビーは静かに目をひらきました。それからしばらく、ぱちぱちぱち、まばたきをくりかえして、まわりの明るさに目をならします。

 

 「えっ?」

 

 ロビーは、がばっ! と身を起こしました。いったいここは?

 

 たしか、ゆうえんちのおばけやしきで、たいへんな目にあって、その床にたおれこんで、気を失ってしまったはず……。そこまではおぼえていました。ですが今、ロビーがいるところは、あきらかにその場所とはちがうところだったのです(つまりうす暗いおばけやしきの中ではなかったということです)。

 

 あたりはここちよいそよ風の渡る、しばふでした。波の音が、ゆるやかなリズムで、こだまとなってきこえてきます(どこからきこえてくるのでしょう?)。すぐにロビーは、自分のとなりにライアンが寝ているということに気がつきました。よかった、とりあえず、ライアンはぶじのようです(ふつうにぐーぐー寝ていましたから。よだれまでたらして……。ケーキの夢でも見てるんでしょう)。

 

 

 「ロビーさん、気がつきましたか。」

 

 

 声がした方をふっと見ると、それはマリエルでした。しばふのむこうから、こちらへとやってきたのです。

 

 「マリエルくん、ここは……?」ロビーがまだ半分からだを寝かしたまま、マリエルにたずねました(なんだか足に、力がはいりませんでした。これはたぶん、ピーマンとたまねぎのせいでしょう)。まわりを見渡してみても、しばふがすこしむこうのさきで消えているだけで、なんにもなかったのです。

 

 「わかりません。ぼくもさっき、気がついたばかりです。ざっとしらべましたが、どうやらここは、海のまん中の、だんがいぜっぺきの島みたいです。まわりにも、なんにも見えません。」

 

 「だんがいぜっぺき?」

 

 マリエルの言葉に、ロビーはおどろいてようやく立ち上がることができると、そのままよろける足で、しばふのふちまでいってみました。

 

 「気をつけてください。あぶないですよ。」

 

 その言葉にしたがって、しんちょうに下をのぞきこんでみます。すると……。

 

 ひええ……!

 

 まさにそこは、だんがいぜっぺき! 下までかるく、三百フィートはありそうでした! そしてそのはるか下で、岩かべにうちつけられた波が、ざざあー! しぶきの音を立てていたのです(波の音がしていたのは、こういうわけからなんですね)。その高さに、ロビーは思わずうしろに飛びのいて、しばふにぺたん! としりもちをついてしまいました。

 

 「どーする、これ?」

 

 はんたいがわから、リズがやってきました。リズもマリエルのつぎ、同じくらいのときに起きて、今はんたいがわのがけをしらべてきたところだったのです(ちなみに、リズの服はからからにかわいていました。たしかきょうふの部屋から、びしょびしょになって出てきたはずでしたけど。いいおてんきだから、かわいたのでしょうか?)。

 

 「ほんとうになんにもない、しばふだけの島だぞ、ここ。どうやったら出られるんだ?」

 

 マリエルやリズのいう通り、ここははしからはしまでが三十ヤードほどしかない、ほんとうに小さななんにもない島でした。そのうえ、まわりをだんがいぜっぺきにかこまれていましたので、出るにも出られません。すでにマリエルがためしてみましたが、やっぱり魔法も、使えないということでした。や、やばいんじゃない? これって。

 

 「ろんり的に考えてみても、」マリエルがあごをなでながら、いつものちょうしでいいました。「ここはまだ、イーフリープの中と見て、まちがいないでしょう。ライスタの精霊の力も、あてにはできません。そうなると、いったい、なにからはじめればいいのか……」

 

 「とりあえず、こいつ起こそうぜ。」リズがそういって、ライアンの肩をゆさゆさとゆさぶりました。「こら、ライアン。起きろって。」

 

 それでもライアンは、なかなか起きません。「しょうがないやつだ。」マリエルがまた、おみみふーふーのじゅつ(魔力なしバージョン)でも使ってやろうかと、考えはじめたとき……。

 

 

 「みぎゃー! ななふしー! いやー!」

 

 

 とつぜん、ライアンがさけび声を上げて飛び起きました! な、なにごと?

 

 「ど、どした?」リズはびっくりして、うしろにぺたん! としりもちをついてしまいました。マリエルもロビーも同じくびっくりして、どきどき! なりひびく胸をおさえます。

 

 「あ、あれ……? なにもいない……。あ、ロビー。マリーも。リズ、なにやってるの?そこで。」ライアンがあたりのようすをきょろきょろとながめ渡しながら、きょとーんとした顔をしていいました。

 

 「なにやってるの? じゃないよ! いきなり、びっくりするじゃんか。なんだよ、ななふしー! って!」リズがしりもちをついたまま、こぶしをふり上げてぷんぷんいいます。

 

 その言葉をきくと、ライアンはからだをぞわわーっ! とふるわせて、顔を青くしてしまいました。どうやらまた、なにかを思い出したようすです。

 

 「い、いないよね! ななふし、いないよね! だめだよ! だめだよ!」ライアンがそういって、からだ中をぱたぱたと手のひらでたたいて、そこになにかついていないか? たしかめはじめました。どうやら、ななふしというそれが、からだにくっついていないかどうか? しらべているみたいです。

 

 「ななふしって、あのななふし? 木のえだみたいな、へんな虫だろ?」リズがいいました。

 

 みなさんは、ななふしというこんちゅうを知っていますでしょうか? 手足のかんせつがいっぱいあるように見える、おかしなかたちをした虫のことです。リズのいうように木のえだみたいなすがたをしていて、えだにばけているものや、葉っぱみたいなすがたをしているものもいます。ななふしはみなさんの世界と同じく、このアークランドにも、同じようなすがたの虫として暮らしていました。

 

 そしてこのななふし。ふつうの人なら、「べつに、ただの虫だろ」って思うだけかもしれませんが、ライアンにとってはまったくそうではありませんでした。なにしろライアンは、大の虫ぎらい!(ここまでの旅の中でも、ちょいちょいそんなことをいっていましたよね。)しかもこのななふしという虫は、ライアンの中でもいちばんの、だめだめな虫だったのです。

 

 「そんなのいないよ。だいじょうぶだから、安心して。どうしたの? ライアン。」ロビーが、あわてふためくライアンのことを心配していいました。ちょっといつもと、ようすがちがいましたから。

 

 ライアンはなにもいないということがわかると、「ふううー。」と深いため息をついて、それからようやく話しをすることができました。

 

 「よ、よかったー……。ちょっと、やな夢見ちゃったもんだからさ……。ただの夢だよ。だいじょうぶ……」

 

 

 さて、このあたりでお待ちかね。このライアンのおかしな行動のこともふくめて、読者のみなさんにおひろめしておかなければならないことがあります。それは……、あのきょうふの部屋の中で、なにが起こったのか? ということ! ロビーはいちばんのきょうふ、ピーマンとたまねぎにさんざんな目にあわされてしまいましたが、やっぱりライアン、マリエル、リズの三人も、ロビーと同じく、自分のいちばんだめなきょうふのものにおそわれてしまっていました。それがいったいなんなのか? 知りたいですよね?(べつにいい?)

 

 ライアンのいちばんのきょうふ。それはもうおわかりの通り、このななふしという虫でした。きょうふの部屋にふみこんで、しばらくしたころ。ライアンは自分の肩になにかがついているということに、気がついたのです。「ん?」ライアンが、肩に目をやってみると……。

 

 「みぎゃー!」

 

 大きな、ななふしが一ぴき、肩にくっついていました! 自分の目と鼻のさきに、ななふし! もうライアンは、大パニック! そしてぎゃーぎゃー走りまわっているうちに……、足にも一ぴき! うでにも一ぴき! つぎからつぎへと、ななふしたちがあらわれたのです! もう頭の中は、まっ白! 言葉も出せません。口からあわを吹いてたおれるすんぜんに、ライアンはスタンプ台までたどりついて、まっ白な頭のままで、スタンプをポン! すると、あたりや自分のからだの上にいたななふしたちは、みんな消えていってしまいました。ライアンはさいごの力をふりしぼって、そのままよろける足で、ふらふらと部屋の出口までたどりついたというわけだったのです……(シンプルなだけに、いちばんきついパターンでした)。

 

 こんどはマリエルの番。マリエルは自信たっぷりで、きょうふの部屋の中へとはいっていきました。そしてすぐにスタンプ台を見つけて、「張りあいもないですね。ふん。」鼻をならして、そこに近づこうとしたとき……。

 

 「スタンプがほしいの? ぼうや。」

 

 とつぜん、なにやら、なまめかしい声が! マリエルがふりかえると、そこには……、おほん、なんというか、色っぽいというか、お子さまむけではないというか……、そんな、おはだがむき出しの、うすーい服を着たおねえさんがひとり、立っていたのです。そのおねえさんが、マリエルの方にゆっくりと歩いてきて……。

 

 「かわいいぼうやね。おねえさんが、あそんで、あ・げ・る。」

 

 「ぴぎゃー!」 

 

 マリエルの頭が、ぼん! けむりを上げて、かんぜんにショートしてしまいました!そしていつのまにか、右からも左からも、同じようなすがたをしたおねえさんたちがやってきて、マリエルのことをすっかり取りかこんでしまったのです。

 

 マリエルのいちばんにがてなもの。それはこんな感じのおねえさんでした(なんというか、そんな感じのおねえさんでした)。じつはマリエルは、若いじょせいが大のにがてだったのです。ふれることはおろか、近づくことさえほとんどできません。リズの場合はもともと男だと思ってせっしておりましたので、それがじつは女だとわかってからも、あんがいだいじょうぶでしたが、こんなふうに、もとから「色っぽさ、ばくはつ」といった感じのおねえさんは、かんぜんにアウトでした。べんきょうやりくつで通した頭の中が、かんぜんにショートしてしまうのです。

 

 そんなマリエルのことをよそに、もうおねえさんたちは、やりたいほうだい! 「うふふふふ。」マリエルのことを、なでたり、もんだり、つまんだり……(ひねったり、ひっぱったり、こすったり……)、くちゃくちゃにしてしまいました(マリエルの服がぐしゃぐしゃだったのは、このためです。だれですか? うらやましいなんていっている人は)。

 

 そして、どのくらいの時間がたったのでしょうか?(じっさいには、ほんのちょっとの時間でしたが。)マリエルはかんぜんにぼろぼろになって、きょうふの部屋の床にたおれていました。おねえさんたちは「ふふふ、またあそびましょうね、ぼうや。」といって、消えてしまっていましたが、マリエルの耳には、それもとどいていなかったのです。やがていしきを取りもどしたマリエルは(いしきを取りもどすまでの時間も、じっさいにはほんのちょっとの時間だけでしたが)、まっ白な頭で、「はは……、ははは……」かんぜんにこわれてしまいながらも、スタンプをポン! 出口へとむかったというわけでした……(気のどくなマリエルくん……)。

 

 さいごにリズ。スタンプ台にむかったリズは、ふいにぴちゃぴちゃという水のしたたるような音をきいて、ふりかえりました。そこにあらわれていたものは……。

 

 パイナップル! 人の背たけくらいもある手足の生えた大きなパイナップルが、二十体ほども! そのからだからパイナップルジュースをしたたらせながら、リズに飛びかかってきたのです! 

 

 「待て! 待て! やめろ! うわああー!」

 

 リュートの剣を出すひまもなく、リズのからだはもうパイナップルだらけ。百パーセントのパイナップルジュースで、びしょびしょです(リズがびしょびしょだったのはこのためでした)。じつはこれこそが、リズのもっともだめなものでした。パイナップルジュースです。パイナップルジュースの、あのあまみをふくんだすっぱさ。ふつうの人にとってはジュースとしてとてもおいしいものですが、リズにとってはもうじごくでした。思い出しただけで、口がまがってしまいそうなほどだったのです。リズは小さいころから、パイナップルだけはだめでした。りゆうは自分でもわかりません。はだにあわないとでもいいましょうか? パイナップルジュースがはだ(とくに口)にふれると、かぶれてかゆくなってしまうのです。それに、そのにおいもだめでした。

 

 

 まったく、このきょうふの部屋というやつは、いじが悪い! その人にとっていちばんだめなものを、ようしゃなくたたきつけてくるんですから!

 

 

 こうして四人の仲間たちは、みんなそれぞれに、いちばんだめなものをもらってしまったというわけなのです。これが、あのきょうふの部屋の中で起こったことでした。ライアンはそのきょうふを今ふたたび、夢に見てしまったというわけだったのです。リズに肩をゆさぶられて、肩にとまっていたななふしのことを、思い出してしまったというわけでした(もしあなたがこのきょうふの部屋にはいったとしたら、なにが出てくるでしょうか? わたしの場合は……、ぶるる! 考えただけでもおそろしい!

 

 ところで、このきょうふの部屋の中からもらってきたきょうふのものの名ごりは、しばらくはそのまま残ってしまいました。ライアンやマリエルの場合は、ななふしとおねえさんでしたから、部屋のそとまでついてこなかったからいいのですが、ロビーのピーマンとたまねぎのにおいと、リズのパイナップルジュースについては、しばらくは消えずに残ってしまったというわけなのです。そして今ようやく、このきょうふのものたちの名ごりは消えました。リズの服がかわいていたのは、そのためだったのです。ロビーのからだからも、ピーマンとたまねぎのにおいは消えていました。でもまだロビーは、力を出せずにいるようですが。

 

 こう考えてみると、なんだかリズが、いちばんかわいそうでしたね。においだけならまだしも、いちばんきらいなもので、しばらくからだがびちょびちょでしたから……。

 

 ちなみに、マリエルの服がぐしゃぐしゃなのはもちろんそのままでしたから、マリエルは目がさめたとき、あわてて服をととのえて、かみもきれいにブラシをかけたのです。みんなが起きないうちにすませてしまおうと、だいぶあわてたことでしょうね)。

 

 

 さて、きょうふの部屋の物語については、このあたりで切り上げて……、ほんらいのお話の方をさきに進めましょう。

 

 みんなはあらためて、自分たちのおかれているじょうきょうのことを考えました。しかしどう考えても、いったいなにをすればよいのか? 思いつきません(ここでいつまでも、そよ風に吹かれておひるねしているわけにもいきませんし)。まわりを海にかこまれた、だんがいぜっぺきの島。まさにぜつぼう的なじょうきょうです。魔法も使えませんし、精霊の力もかりられません。船が助けにでもこないかぎり、ここからだっしゅつすることはふかのうでしょう。

 

 ふつうだったら。

 

 

 そう、ここはふつうの場所ではない、イーフリープ。ずっと変わらず、このままということはあり得ないのです。

 

 

 「あれ……? あっ! あれあれ!」とつぜん、ライアンがさけびました。

 

 「どうしたの?」「なに?」「なんだ?」みんながたずねます。

 

 ライアンはしばふのむこうをゆびさして、いいました。

 

 「ねこ! ねこねこ! ねこちゃんがいるよ!」

 

 びっくりしてみんなが見てみると、なんと、たしかにむこうのしばふの上に一ぴきの青いねこがいて、気持ちよさそうに寝そべって、しっぽをぺろぺろとなめて毛づくろいをしているところだったのです!

 

 「どこからきたんだ? さっきは、なんにもいなかったぞ!」マリエルが、信じられないといったふうに身を乗り出していいました。

 

 「いや、もう、そんなことはいってもしょうがない。ここは、今までの世界とはちがうんだ。なんでもありってやつだな。」リズが、「ふう。」とため息をついて、マリエルにつづけました。

 

 「あのねこちゃんが、なにか助けてくれるのかもしれない。とにかく、近づいてみようよ。」

 

 そしてそのロビーの言葉にさんせいして、みんなはその青いねこのそばまで、そうっと近づいていくことにしたのです(いきなり近づいたら、逃げてしまうかもしれませんでしたから)。

 

 「ちっちっち。ほーら、こわくないよー。おもしろいよー。」ライアンがキャンディーをいっぽん取り出して、地面にはいつくばり、それをねこにむかってふりふりふりながらいいました。ですがねこは、知らーんぷい。そっぽをむいたまま、「くああ。」と大きなあくびまでしていたのです。

 

 「ちょ! このぼくが、ここまでやってるのに! このねこめー!」ライアンはとたんに、ぷんぷんいい出しました(どっちがあそばれてるのか? わかりませんね)。

 

 「ねえ、リーフィがいってたよね。精霊王は話しをするとき、生きもののすがたになるって。まさか、あのねこが……!」

 

 ロビーがそういったとたん……。

 

 その青いねこが、すっく! とうしろ足二本で立ち上がったのです! そして……。

 

 

 「待っていたぞ。」

 

 

 そのねこが、口をひらいてしゃべりました!

 

 

 それはなんとも、ふしぎな声でした。そうです、ロビーのいう通り、やっぱりこのねこ、いえ、この人こそが、伝説の精霊王その人にほかなりませんでした!(ゆうえんちのつぎは、だんがいぜっぺきの島に、青いねこ! まったくこのイーフリープという世界は、よそくのつかないことばかりです。)

 

 「よくきたね。わたしの家にきなさい。お茶でも出そう。」

 

 青いねこ、精霊王はとつぜんそういうと、くるりとむきを変えて、うしろの方に歩き出しました。でもわたしの家って、そこにはしばふしかありませんけど……。

 

 そう思ったとたん!

 

 今までしばふしかなかったその場所に、いつからあったのか? 木と白い土のかべでできた、いっけんの小さなかわいらしいおうちがたっていたのです! ほんとうにとつぜんでした。ですけどそのおうちは、まるでなん年も前からそこにあったかのように、あたりまえのように、そこにあったのです。

 

 みんなは言葉も出せません。あまりにもとつぜんのことでしたので、まだ心のじゅんびというやつがうまくできていなかったのです。ですけど、そんなことをいっている場合ではありませんでした。目の前に、あの伝説の精霊王がいるのです! だれもがけいけんすることのできない、とくべつな伝説の中に、みんなは今いました。

 

 「いこう……」リズがなんとか、(かたまってしまっている)みんなのことをみちびいていいました。マリエルも、ロビーも、ライアン(まだキャンディーを持って地面にはいつくばったままでしたが)も、ぎくしゃくとした足どりで歩き出します(立って歩き出してからは、いちばん張りきっていたはずのライアンが、いちばんきんちょうしていました。きんちょうのあまり、手と足がいっしょでしたし)。

 

 ねこの精霊王が家の入り口までたどりついて、とびらのわきに作られていた「ねこせんよう」の小さなあなから、中にするりとはいりこんでいきました。つづいてリズが、木のとびらのとってに手をかけて、そうっとそとがわにひらきます。

 

 家の中は、まるでいなかのおばあちゃんのおうちのようでした。床にはあついおりもののカーペットがしいてあって、その上に、六つのいすをそなえたがんじょうそうな木のテーブルがひとつ、乗っております。テーブルにはきれいなテーブルクロスがかけられ、そのうしろの石づくりのだんろでは、火があかあかともえていました。しっそなつくりの、それでいてあたたかみのある家具が、ならんでいました。しょっきだなには、お花のもようのティーカップやお皿が、きれいにならんでおります。本だなには、みんなが知っているどうわの本が、たくさんならんでいました。

 

 

 「席につきなさい。」

 

 

 どこからか、精霊王の声がしました。部屋の中に見とれているうちに、みんなはねこの精霊王がどこにいってしまったのか? わからなくなってしまっていたのです。その声は上からしたようでもあり、地面の下からきこえたようでもありました。

 

 みんながはっと気がつくと、いつのまにかテーブルのいすのひとつの上に、青いねこがちょこんと乗っていました(頭がテーブルの上に出るように、そのいすにはクッションが三つ重ねられていました)。いわれるままに、みんなもそれぞれの席に腰をおろします(ふしぎなことに、みんなははじめから、「自分の席はここ」とわかっていたのです)。

 

 

 「つかれたろう。飲みなさい。」

 

 

 声がしたかと思うと、そのつぎのしゅんかん……。

 

 ええっ? とつぜん自分の目の前に、あたたかい飲みものがそそがれたカップがひとつ、おかれていました。いつからそこにあったのか? まったくわかりません。テーブルの上はずっと見ていたはずでしたのに、カップがあらわれたしゅんかんがわからなかったのです。というより、あらわれたとかいうような話ではありませんでした。まるで席につく前から、そのカップはもともとそこにあったかのように、みんなにはそう思われたのです(さきほどから、ふしぎな感じがつづきます)。

 

 カップの中には、みんながそれぞれいちばん好きな飲みものがはいっていました。リズは、ストレートティーにお砂糖ちょっと。ロビーはあまめのミルクティーに、シナモンパウダーを浮かべて。マリエルはココア(べんきょうにはつきものですものね)。そしてライアンのカップには、あま~いあま~いミルクセーキが、(しかもとく大のカップに)たっぷりそそがれていたのです。

 

 その飲みものの、なんともいえないふしぎなみりょく……。みんなは声も出せず、いただきますのひとこともいえずに、思わずひとくち、その飲みものを口にしてしまいました。そしてびっくり。

 

 「う、うまい!」

 

 そのあまりのおいしさに、みんなはごくごくと飲んで、あっというまにカップはからになってしまいました(まるでカルモトの家でお茶をごちそうになったときみたいですね)。そのはずでしたのに……。

 

 ふと見ると、今飲みほしてからになってしまったはずのカップに、またもと通り、もとのあたたかい飲みものがそそがれていたのです! しかもそれは、飲んだあとに新しくそそがれたというようなものではなくて、まるっきり飲む前のじょうたいにもどっているという感じでした。カップに口をつけたあとすらも残っていないのです(でもおなかにはしっかり、あたたかい飲みものがつめこまれていました。ですからたしかに、飲んだのです。まったくもってふしぎなことです)。

 

 みんながふしぎがっていると、またしてもびっくり。テーブルの上に、いつからそこにならべられていたのか? たくさんのお菓子が、お皿にもりつけられてならんでいました! クッキーにチョコレート、マカロンにシフォンケーキ、シロップのかかったフルーツに、ねじれたキャンディー、砂糖だま。そしてライアンの前には……、ちょうとく大きゅうの、クリームたっぷり三だん重ねのデコレーションケーキ!

 

 みんなはまたしても言葉を失ったまま、いただきますのひとこともいえずに、思わずひとくち、お菓子を口にはこんでしまいました。そしてまたびっくり。

 

 「う、うまい!」

 

 そのあまりのおいしさに、みんなはつぎからつぎへと、むちゅうでお菓子に手をのばしてしまいます(ふだんはぜったいにそんなことをしないようなマリエルまでもが、おぎょうぎ悪く、両手で手づかみでお菓子をばくばく食べてしまいました。それほどおいしかったのです)。あっというまにお皿はからになっていき、ケーキはみるみる小さくなっていきました。

 

 そして、みんながおなかいっぱいになったころ……。

 

 

 「どうやら、げんきがもどったようだな。」

 

 

 どこからか精霊王の声がしました。みんなは、はっとわれにかえります。見ると、テーブルの上にはなにも乗っておりません。もうじゅうぶんに食べて、飲んだからでした(とくにライアンは、もう大まんぞく。しあわせいっぱいといった顔で、へにゃっといすにもたれかかっていたのです。

 

 ところで、この飲みものや食べものはいうまでもなく、精霊王のとくべつな品物でした。口にした者をたちまち、げんきまんたんにしてくれるのです。みんなはよほどつかれていたのか? ごくごくばくばく、飲んで食べてしまいましたね。ほんとうは、ただのひとくちでもことたりましたが)。

 

 「そ、そうだ。こんなこと、してる場合じゃない。精霊王にお話を……」(いっぱいになったおなかを両手でかかえながら「ふう。」と息をついていた)マリエルがいいました(そしてその自分のすがたをきゃっかん的に見たマリエルは、たちまちはずかしくなって、しゃきっとしせいを正しました。「これじゃ、ライスタといっしょだ……」)。

 

 「ほら、ライスタ。精霊王さまだぞ。まかせろって、いってたじゃないか。」マリエルが、横にいるライアンの服をちょいちょいとひっぱりながら、小さな声でいいました。あこがれの精霊王、その相手がつとまるのは、精霊使いのたつじんである自分しかいない! とライアンは息まいていたのです。

ですが……。

 

 「な、なにー!」マリエルの、おどろきのひとこと!

 

 

 寝ています! ライアンはおなかがいっぱいになって、そのままいすの背にもたれて、むにゃむにゃ……、気持ちよさそうに寝てしまっていました。ラ、ライア~ン!

 

 

 ですけど、ライアンをあんまりせめるわけにもいきませんでした。みんながおなかにつめこんだお菓子や飲みものは、精霊王の言葉の通り、げんきをまんたんにしてくれるものでしたが、同時に、つかれたからだをとてもリラックスさせる力もあったのです。つまりあんまり食べたり飲んだりしすぎると、からだがほかほかあたたかくなって、すごく眠くなってしまいました。

 

 といっても、いくらがつがつごくごく、食べたり飲んだりしていたとはいっても、みんなはそこまで眠くはなっていなかったのです。ですがライアンの場合は、なにしろ三だん重ねのデコレーションケーキを、まるごと全部食べましたから! それは眠くなりますよね……(しかもミルクセーキも、とく大のカップですくなくとも五はいは飲んでいたのです。やっぱりライアンは、けっこうせめてもいいかも……)。

 

 あこがれの精霊王。夢にまで見た伝説のイーフリープでの、運命的な出会い。そのいちばんかんじんなシーンで……、ここぞというその大いちばんのところで……。

 

 

 かわいそうに。ライアン、たいじょうです。

 

 

 「あーあ、起きないぞ、こいつ。」リズが、ライアンのからだをゆさゆさゆすったり、ほほをぺちんとひっぱたいてみたりしながら、いいました(ためしにマリエルが、耳に「ふー!」息を吹きかけてみましたが、やっぱり起きません。だめみたいですね。もう、そっとしておきましょう……)。

 

 「な、なんてやつだ。あとでしつこく、くすぐってやるからな!」マリエルがぷんぷん怒っていいました(く、くすぐるの?)。

 

 「と、とにかく、精霊王さまにお話をきかないと。」いちばん右の席にすわっていたロビーが、左のみんな(ライアンいがい)にいいました。「マリエルくん、お願い。」(ライアンがいないので、こんなときにはまず、さほうやれいぎのことをいちばんよく知っているマリエルにお願いするのがいちばんいいだろうと、ロビーは思ったのです。)

 

 「わ、わかりました。」マリエルが、ややきんちょうぎみに、「こほん。」とせきばらいをしてからこたえます(いくらマリエルでも、相手は伝説の精霊王。きんちょうしてがちがちになってしまうのも、むりはありません。たとえ、すがたがねこでも)。

 

 「わたしたちは……」マリエルが、いいかけたとき……。

 

 

 「いわずともよい。」

 

 

 精霊王の声がひびきました。そうです、精霊王はなんでも知っているのです。今さら自分たちのことやここにきたもくてきのことなどは、話すまでもありませんでした(きあいをいれていたマリエルは、ちょっとひょうしぬけしてしまいましたが)。

 

 するとそのとき、またしてもふしぎなことが。

 

 さっきまで目の前のいすにちょこんと乗っていたはずのねこ(精霊王)が、いなくなっていました。ずっとねこ(精霊王)からは、目をはなさずにいたはずですのに。

「あ、あれ?」みんな(ライアンいがい)があたりを、きょろきょろさがしていると……。

 

 

 「こにょ方が、話しやすいよね。」

 

 

 「えっ?」さっきまでねこ(精霊王)がすわっていたいすの方から、とつぜん声がしました。しかもさっきまでのような、なぞめいたふしぎな声ではありません。そのうえ、どこからきこえてくるのか? わからないような感じでもありません。はっきりと、目の前のいすのところから声がしたのです。

 

 みんな(ライアンいがい)がそろって、そちらに目をやると……。目の前のいすに、青いかみの、青と白のデザインのかわいい服を着た、見た目もかわいい八さいくらいの男の子がひとり、すわっていました! ええっ!

 

 みんな(ライアンいがい……、この場面にかぎり、これから「みんな」とある場合は、ライアンいがいの三人ということでお願いします)は、またしてもびっくり! でももうそろそろ、なんでもありのこのイーフリープのびっくりにも、なれてしまわないといけませんね。

 

 「ねこだと、動くにょはらくにゃんだけど、話しづらくて。やっぱり、こっちにょ方がいいね。」

 

 男の子はそういって、おしりから生えた長いしっぽをテーブルの上まで持ってきて、ふりふりと動かしました。そう、このとくちょうのある話し方からもおわかりの通り、この男の子は、ねこの種族、ラグリーンのすがたをしていたのです。長いしっぽのほかにも、頭の上には大きなねこの耳がふたつ、ぴょこんと乗っていました(でもラグリーンとはちがうところが。それは背中の羽がついていないというところです。いすにすわるのにじゃまだから、消したんでしょうか? べつにどうでもいいですけど……)。

 

 「え、え? せ、精霊王さまですか?」マリエルが、ねこの男の子にたずねます。なんだか、あまりにもくだけたといいますか、それっぽくない感じでしたので……(なんかもっとこう、おごそかでりっぱなふんいきがあふれているものだとばかり、そうぞうしておりましたから。これじゃリュキアと、たいして変わりません……)。

 

 「そうだよ。」男の子(精霊王)があっけらかんとした感じで、こたえました。どうやらほんとうに、この男の子が精霊王でまちがいないようです(まあ精霊王はどんなすがたにもなれるということでしたから、こんかいはたまたま、このすがただったということなのでしょう。お子さまふたりのらい客たちに、あわせたのでしょうか?)。

 

 「あんまり話しをしたこともにゃいから、しゃべるだけで、つかれちゃうんだよね。人にょすがたにゃら、人としゃべるにょもらくだから、こにょすがたでがまんしてね。」精霊王がいいました。

 

 「あ、はい。それはもう……」みんなは「どうぞ精霊王さまのお好きなように」といった感じでいいましたが、しょうじき、「なんでラグリーン……?」と心の中で思いました。

 

 「それはそうと……」精霊王がつづけます。「みんにゃは、にゃにしにきたにょ?」

 

 ええっ? さっき、「いわずともよい。」っていっていませんでしたっけ?

 

 「ごめんごめん。じょうだんだよ。」精霊王はそういって、「きゃはは!」と笑いました(う~ん、まるっきり、ラグリーンの子どもになっています……)。

 

 「大きくにゃったね、ロビーベルク。会えてうれしいよ。」精霊王がとつぜん、ロビーにいいました。 

 

 「わたしは、きみの成長を見守ることしかできなかった。なにもできずにいたことを、すまないと思っている。だが、それはきみ自身の運命なのだから、わたしには、どうすることもできなかったのだ。そしてきみは、ここにもどってきた。それは、新たな力を得るためだろう?」

 

 「え……、あ……、は、はい。」ロビーが思わず、こたえます。とつぜんのことに、頭がこんらんしてしまったのです。それに今さっきまで精霊王は、ラグリーンの男の子の話し方をしておりましたのに、とつぜんこんなおごそかなしゃべり方になったので、それもびっくりしてしまいました(っていうか、ふつうにしゃべることもできるんですね……。できればこのあとも、ふつうにしゃべってもらいたいのですが……)。

 

 ノランにいわれ、そこでどんな運命が待ち受けているとも知れず、この伝説のイーフリープまでやってきたロビー。そこは、かつて自分が住んでいたことがあるという、とくべつな場所でした。そのとくべつなイーフリープで、今ロビーは、さいごの運命の力を手にいれようとしていたのです。

 

 新たなる力。女神の力持つせいなる剣、アストラル・ブレードの、その大いなる力をひき出すためのしかく……。悪の魔法使いアーザスとのさいごのけっちゃくのときにむけて、それは必要なものだといいました。いったいそれは……? ロビーはこのイーフリープで、どんな力を手にいれるというのでしょうか?

 

 「ロビーベルク。きみは、その力をすでに得ている。」

 

 ええっ? 精霊王のいがいな言葉に、リズもマリエルも、思わずロビーの方にむきなおってしまいました。ロビーもとうぜん、おどろきをかくすことができません。

 

 「でも、ぼくは、なにもしていません。」ロビーがいいました。ですが精霊王は、静かな表じょうをしていったのです(子どものすがたをしておりましたが、やっぱり目の前にいるのは、伝説の精霊王なのです。そのいげんと底にひめた力の大きさは、はかりしれないものでした)。

 

 「その力を持つための、ししつ。きみはこのイーフリープで、もうじゅうぶんにそれをしょうめいした。人を思う心。人をしんらいする心。きみはその心をもって、自分のほんらいのすがたをさらけ出し、こんなんやきょうふにうち勝った。それはなによりも、きみ自身の強さ、じゅんすいさを、あらわすものだ。きみがこのイーフリープで乗り越えた、あのしれんこそが、世界をすくうさいごの力を得るための、かぎだったのだよ。」

 

 なんと! あのおかしなしれんの数々は、そういうことだったんですね。人のことを思いやる心を持って、せまりくるこんなんやきょうふに、自分自身のほんらいのすがたでもってうち勝ってみせること。それがさいごの力、つまり剣の大いなる力をひき出すために、必要なものだったというのです(それならそうと、はじめからいってよ! といいたいところですが、いったらやっぱり、しれんにならないですものね)。

 

 あのしれんの数々は、剣のそのしんの力をひき出すための方法を、ロビーに学ばせるためのものでした。女神のつるぎ、アストラル・ブレードは、「いつわりのない自分ほんらいのすがた」をさらけ出し、「こんなんやきょうふを乗り越える強い心」を持って、「人を思いやるそのじゅんすいな思い」をあらわにしたときに、そのしんの力がかいほうされるようになっていたのです(かなりとくべつなじょうけんです)。これらのとくべつな三つのじょうけんのことを、あのしれんの数々はロビーに伝えていたというわけでした(これらの三つのじょうけんについては、剣のしんの力をかいほうするためのじょうけんとして、はじめからそのようにさだめられていたことでした。そしてこのことがさだめられたのは、はるかなむかし、この剣がレドンホールの石の中にふうじられたときのことだったのです。これはそのむかし、とあるひとりの人物の強い願いによって、きめられたことでした。そしてその人は、あるとてもかなしいできごとのすえに、この剣を石の中にふうじることになりましたが、その人の願いを受けて、剣の力をかいほうするためのこの三つのじょうけんのことを剣に与えたのは、ほかでもありません。はるかなむかしにこの剣のことを人々に与えた、女神ライブラ自身にほかなりませんでた。

 

 剣はこうして、そのしんの力がかいほうされるときを待ちつづけました。いつの日か、さいごのときにあたって、この剣の力の意味をりかいした、「自分の意志をついでくれる者」が、この剣のことを手にするそのときを……。

 

 そしてついに今日、ロビーがここに、その思いをついだのです。はるかなむかしの、そのとあるひとりの人物の、あつく強い、その思いを……。

 

 この人物がなに者なのか? それはこの物語のさいごの方で、わたしはみなさんにお伝えしたいと思っています。そしてなぜその人物は、剣の力をかいほうするための三つのじょうけんのことを、この剣に与えるように女神にお願いすることになったのか? その物語、とてもかなしいひげきの物語のことについても、わたしはいつかかならず、みなさんにも語りたいと思っています。このロビーの物語につながる、とてもとてもかなしい、その物語のことを……)。

 

 

 (しれんの内ようについて)ぐたい的にこまかく見ていきますと……。

 

 イーフリープでは、魔法も精霊の力も使えませんでした。それは剣の力をかいほうするためのじょうけんのひとつ、「自分ほんらいのすがたをさらけ出さねばならない」ということを教えていたのです(そとからの力が取りいれられないということは、すなわち自分自身の、まっさらなほんらいのすがたということになるのです)。

 

 サーカステントの中のしれんでは、ロビーは仲間とともに力をあわせて戦い、かれらのために力をつくそうとがんばりました(魔法や精霊の力を使えないふたりのちびっ子たちのことも、ロビーは「ぼくが守ってあげなくちゃ!」と助けようとしていましたよね)。あのしれんでは、ロビーは「だれかのために力をつくしたいという、思いやりの心をあらわすことが必要だ」ということを教えられました。

 

 それから、さいごはわかりやすいですね。きょうふの部屋のしれんでは、そのまま、「こんなんやきょうふにうち勝つ、強い心を持たなくてはならない」ということを、ロビーは教えられたのです。

 

 もっとも、教えらえたといっても、いわれなかったらぜんぜん、あのしれんにそんな意味があったなんてことは、だれにもわかりませんでしたけど……。わかるはずもないですよね。でもこれらのしれんを乗り越えたことによって、ロビーは知らず知らずのうちに、剣の力をかいほうするその三つのじょうけんのことをりかいし、それを剣の力をひき出すための、自分の新たなる力として得ていたのです(さすがは精霊王の用意してくれたしれんです。かなりへんてこなしれんだったことは、ひていできませんが……)。

 

 そしてロビーの得たこの力こそが、ノランのいっていた、「アーザスのことをうち破るために必要な、さいごの力」というものにほかなりませんでした。ロビーは剣のしんの力をかいほうする力、アーザスのやみをうち破り、このアークランドをすくう、そのきゅうせいしゅたるさいごの力を、こうしてさずかったのです(主人公レベル、さらにアップ! といったところでしょう。もっとも、はっきりとたしかな力を受け取ったという感じではありませんでしたので、ロビーもやっぱり、まだこんわくぎみだったのです(ファイナルビーム! とかいうひっさつわざでもおぼえたというのなら、はっきりしてるんですけどね……)。ですがロビーがこのイーフリープで得た力というものは、やはり必要ふかけつな、重要なものでした。

 

 今まででも、ロビーは敵をおそれることなく、だれかのためにつくそうとしてこの剣の力を使ったことがありました。ですがそれは、まだ剣の力を、ばくぜんとつかんだままの力だったのです。ロビーがこのイーフリープで得た力は、いうならば、剣の力をひとつにまとめ、そのさきにひめた、そのさいごの力をひき出すというものでした。この力を得るためには、ふつうならなんかげつも(あるいは、なんねんも)そのためのしゅぎょうをつむ必要のあるものでした。ロビーがこのイーフリープで受けたしれんは、そんなしゅぎょうをいっきにひとまとめにして、ロビーに学ばせるほどのものだったのです(さすがは精霊王のしれんです。

 ちなみに、ノランはこの剣を使いこなすために長いしゅぎょうが必要になるというそのことも、知っていました。そのこともありましたから、ノランはその必要ふかけつなとくべつなしゅぎょう、しれんのことを、精霊王にたくしたというわけなのです)。でもいくらそんなにすごいしれんだとはいっても、いわれなければ、ぜんぜん、あのしれんにそんな力があったなんてことは、わかるはずもないですけどね……)。

 

 

 そんなロビーに、精霊王がまた、静かにつづけました。

 

 「ロビーベルク、よくききなさい。きみがこのイーフリープを去ってから、世界は大きく変わってしまったのだ。悪しき勢力はますます強大となり、人々の心に、うたがいの気持ちが生まれた。おたがいをそんちょうすることを忘れた者、敬意をはらうことを忘れた者の、なんと多いことか。かつてのネクタリアたちのように、アークランド世界を見すてようという者は多い。

 

 「人は、人が生きるうえで、もっともだいじなもの、人としてのほこりを失いつつある。このままではほんとうに、アークランド世界はほろびるだろう。アーザスは、そこに生まれた人の弱き心をりようし、悪しき力をたくわえている。きみの手にした力は、その悪しき力をうち破る力。人の弱き心をくじき、アークランド世界をほんらいの正しき道へと、みちびくための力だ。それこそが、きみのもとめていた、さいごの力。悪に守られたアーザスのやみをうち破り、世界をしんにすくうために、必要な力なのだ。」

 

 マリエルも、リズも、ロビーと同じく、精霊王の話をくいいるようにきいていました。精霊王の話はとてもむずかしい話でしたが、とてもだいじな話なのだということは、だれにとってもわかりました(ロビーのきゅうせいしゅとしてのやくわり、心がまえのことを話すのと同時に、この世界そのもの、人のそんざいそのものの意味のことをも、精霊王は話していたのです。こんなにだいじな話はほかにありません)。

 

 精霊王がつづけます。

 

 「ロビーベルク、きみは、ほんとうの強さを持っている。ほんとうの強さとは、こぶしの強さではない。人をねじふせる力でも、したがわせる力でもない。どこまでも人を思いやる、じゅんすいな心。それが、人のほんとうの強さ、ほんらいあるべき強さを生み出してくれるのだ。かなしみの森で、ただひとりすごしてきた日々が、人のことを思いやる、きみのそのじゅんすいな心を、いっそう強きものへと変えた。宝玉の力、そして人としての心。世界をすくえるのは、ロビーベルク、それらの力をあわせ持つ、きみしかいない。」

 

 精霊王のいう通り、力で相手をねじふせたとしても、それはけっして勝ったということにはなりません。相手の弱みにつけこんだり、みずからの立場をりようして、人をおさえこみ、したがわせる。そんなことは、正しき者のやるべきことではありません。そんなことは、けっして強いことではありません。なさけないことです。精霊王はこのイーフリープから、そんなことをいやというほど見てきました(そしてノランにもわかっていたのです。アーザスの悪をうち破るために、さいごに必要なもの。世界をすくうために、さいごに必要なもの。それはこぶしの強さでも、剣をふるうわざでもない。人のことを思いやる、ロビーのそのじゅんすいな心、それにほかならないのだということを)。

 

 宝玉の力、人としての心、それらの力をあわせ持つ、きゅうせいしゅたるロビー。精霊王はそんなロビーに、さいごにこう伝えました。

 

 「さいごに、その剣に力を与えてくれるものがある。それは、剣の力の意味をりかいしたきみならば、おのずと得ることができるだろう。」

 

 精霊王はそういって、いすからぴょこんとおり立ちます。

 

 「ロビーベルク。わたしがしてやれることは、もうない。きみはもう、必要なすべてのものを持っている。あとはきみの力で、きみのさいごの運命の中へとむかうのだ。さいごの旅のことについては、ラグリーンたちに、道あんないをたのんでおいた。かれらに助けをこうとよい。」

 

 そして精霊王は、ぴょこぴょことした足取りで部屋のおくのとびらの前までいき、とってに手をかけました。

 

 「会えて、うれしかったよ、ロビーベルク、マリエル、リズ。ずっと寝てたね、ライアン。また会おう。いつの日か。」

 

 精霊王はそういって、とびらのむこうへ消えていきました。

 

 

 

   ちちちち……、ぱたぱたぱた! 

 

 とつぜん、小鳥たちが目の前を飛び去っていきました。あまりにもとつぜんのことに、ロビーたちみんなには、しばらく、なにが起こったのかもわかりませんでした。ですが、しだいに頭の中がはっきりしてくると、みんなは自分たちの身になにが起こったのか? りかいすることができたのです。かれらはまたも、どこかべつの場所に立っていました(ここでもライアンは、まだ地面でぐーぐー寝ていましたが)。

 

 「こ、ここは……?」

 

 あたりをきょろきょろながめ渡してみて、みんなはここがどこなのか? わかりました。目の前には、美しい水めんをたたえた、おだやかなみずうみ。白い砂がそのまわりをかこんでいて、あたりには色とりどりの花々がさきほこっております。みずうみのまん中には、あざやかなみどりにおおわれたしんぴ的な島がひとつ、浮かんでいました。

 

 そう、ここは、たきのみずうみです! みんなは、そのみずべに立っていました。つまりイーフリープへとむかうその出発の場所に、みんなはふたたびもどってきたのです!

 

 

   ひゅんっ!

 

 

 とつぜん、目の前をすごいはやさで、もも色のふわふわしたボールがいっこ、飛び去っていきました! そしてそれにつづいて……。

 

 

 「待てえー!」

 

 

 そのボールに負けないくらいのはやさで、だれかがすっ飛んできたのです! それがだれだか? みなさんにはもうおわかりですよね。そう、それはあのラグリーンの男の子、リュキアでした。リュキアは今、マリエルからもらったボールを追っかけて、お空を飛びまわっていたところだったのです。

 

 「リュキア!」マリエルが大声でさけびました。さけんだときには、リュキアはもうかなりむこうの方にまでいってしまっていましたが、ききききーっ! マリエルのよぶ声に気がついて、(空中で)うしろ足で急ブレーキ! すぐにみんなのところへともどってきたのです。

 

 「あれえー? お兄ちゃんたち、たきにょ島に、ごようじじゃなかったにょ?」リュキアが、首をかしげていいました。

 

 「ようじがすんで、今もどってきたところだよ。」マリエルが、それにこたえてそういいます。

 

 ですがリュキアは、「あはは。」と笑っていいました。

 

 「うそだあー。だって、今さっき、あにょボール、もらったばっかりだよ? まだ、二十びょうもたっていにゃいじゃにゃーい。」

 

 ええっ? これは、どういうことなのでしょう?

 

 リュキアは、うそをいうような子じゃありません。とってもすなおなのです(それはすぐにわかりますよね)。マリエルにはそれがわかっておりましたから、あごをなでな

がら、「うーん……」とうなって考えこみました。

 

 「どうやらぼくたちは、もとの場所にもどってきただけではなく、時間も、もとの時間にまでもどってきたようですね。」

 

 なんと! でもそれなら、リュキアのいっていることもなっとくがいきます。そして、マリエルのいう通りでした。みんなはイーフリープへとむかうそのちょくぜん、みずうみのほとりでリュキアとわかれた、そのちょくごの時間にまでもどってきたのです! すごい!(きょうふの部屋の前でなん時間も寝てしまっていましたから、助かりました。おくれた時間も、取りもどせましたから。そのうえ、リュキアとわかれたあと、みんなはみずうみの上を歩いていったり、精霊王のトンネルの前でひともんちゃくあったりしていたわけですが、それらの時間もすべて、取りもどすことができたのです。

 もしあなたがみずうみのほとりに立っていて、かれらの去っていくところを見守っていたのだとしたら。かれらがみずうみの上を歩いていったそのすぐあとに、かれらのすがたがまるでまぼろしのように消えていって、気づいたときには、イーフリープからもどってきたかれらが自分のすぐそばに立っていたというような、ふしぎなたいけんをすることでしょう。リュキアのいう通り、みんなはほんとうに二十びょうほどで、この場所にふたたびもどってきました(これが、やみの精霊の谷とイーフリープとのちがいです。やみの精霊の谷でも、やはり同じように時間がすぎませんでした。でもやみの谷の場合は、その中ですごした時間だけがすぎませんでしたが、イーフリープではこのように、その入り口の近くからそこにむかうまでの道のりにかかった時間までをも、なかったことにしてしまうのです。さすが精霊王のくに、イーフリープ。ちょっとほかと、かくがちがうといった感じですね))。

 

 「じゃあ、てっとり早くすませちゃおうぜ。」リズが、アップルキントの里の方をしめしながら、いいました。「かれらが、道あんないをしてくれるんだろ? 怒りの山脈だっけ?」

 

 ロビーのさいごの旅、怒りの山脈への道のり。精霊王はラグリーンたちが、その道あんないをしてくれるというのです。今思えば、さいしょにラフェルドラード里長に会ったときにも、ラフェルドラードはそんな感じのことをいっていました。かれはあのときすでに、精霊王から自分のそのやくわりのことについて、きかされていたのです。

 

 「イーフリープ……。ふしぎなところだった。」マリエルが、いまだに自分がそこにいたのだということが信じられないといった感じで、いいました(まだ頭がすこし、ぽうっとしています)。

 

 「イーフリープでぼくらが得たものは、はかりしれません。それは、この世界のしくみ、そのものといっていいくらいのものです。ほんとうに、きちょうなたいけんだった。」(マリエルらしい言葉でしたが、リズはそのうしろで、「そんなに、なにかもらったっけ?」とロビーにいいながら、頭をひねっていました。なんともリズらしい。)

 

 「ロビーさん。いよいよ、さいごの旅になります。」マリエルがつづけて、まじめな顔をしてロビーにいいました。

 

 「あらためて、ともにゆけることをうれしく思います。ロビーさんが思い通りの力をはっきできるよう、力をつくします。」

 

 「う、うん……」ロビーは小さく、うなずきます。ですがロビーには、いえませんでした。さいごの旅は、自分ひとりだけでいかなくちゃならない。マリエルくんとも、リズさんとも、ライアンとも、もうすぐおわかれになっちゃうんだということを……。

 

 「では、いきましょう。リュキア、ボールを追っかけるのはあとにして、里長さんのところまで、もういちどつれてってくれるかな?」

 

 マリエルの言葉に、もっとボールであそびたかったリュキアは、さいしょ「ええーっ。」としぶりましたが、すぐに「しょうがないなあ。」といって、みんなのあんないをもういちどひき受けてくれました。

 

 「ボールなら、よべばいつでももどってくるよ。なんなら、もういっこあげようか?」マリエルがそういって、ボールを出そうと、手のひらをかざしたとたん……。

 

 

  ぼわわわわんっ!

 

 

 「うわっ!」思わずマリエルがびっくりして、うしろにのけぞってしまいました!

 

 なんと! みんなの目の前に大きさが二十フィートはあろうかというくらいの、巨大な魔法のボールがひとつ、あらわれたのです! ええっ!

 

 「な、なんだこれー!」マリエルが、そのままぺたん! としりもちをつきながら、そのボールを見上げて、信じられないといったふうにいいました。「ぼくは、ふつうのボールを出そうとしただけだぞ!」

 

 「イーフリープのせいかな。」リズが、自分も、ぶおん! リュートの剣を出してみてそういいます。その剣はイーフリープで使ったときよりも、さらに力強く、しゅうしゅうと湯気まで立てていました!

 

 「今なら、岩でもかんたんに切れそうだぞ。なんか、強くなったっていうより、力のコントロールができなくなってるみたいだ。でも、ま、ほっときゃいいんじゃない? そのうち、もとにもどるだろ。」リズがあっけらかんとして、つづけます。

 

 「むせきにんなこというなよ!」マリエルがまたぷんぷんいいましたが、自分ではどうすることもできません。ここはリズのいう通り、もとのように力を使えるようになるまで、自分のからだをすこしずつならしていくいがいなさそうでした(うまく使えばもっと強力なパワーも出せそうですけど、まあ、やめておきましょう。今でもじゅうぶん強いですから!)。

 

 

 「とにかく、里までもどりましょう。」さいごに、マリエルがいいました。

 

 「ここは、しゅやくのロビーさんが先頭です。さあ、ロビーさん、いきましょう! リズ、たのんだよ。」 マリエルはそういって、ロビーの背中をおして、リュキアのあとについていきました。

 

 「つまり、おれがこいつ、背おっていくのね……」

 

 リズが、やれやれといった感じで、「ふう。」と深いため息をつきます。リズの足もとには、よだれをたらして気持ちよさそうにむにゃむにゃと眠っている、ライアンのすがたがありました。

 

 

 さいごの道のりがはじまろうとしています。

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「あれえー? みんにゃ、どこいったにょかにゃあ?」

      「なに、かってにきめてんのさ……」

    「われらには、きみをむかえいれるぎむはない。」

      「そなたのげんそうに、乗ってみるべきなのか……」


第25章「背中に乗ってもういちど」に続きます。




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25、背中に乗ってもういちど

 「こんなでっかい戦い、ひさしぶりだぜ。ひゃははは!」

 

 目の前に広がる、果てしない平原。そのはるか地へいのさきを見下ろしながら、今ひとりの人間の少年がいいました。

 

 平原のまん中には、ゆたかな水をたたえた大いなる大河が、ゆうゆうと流れています。その少年が立っていたのは、海の色のまじった白い石できずかれた、巨大なとりで。その白いかべの上につき出た、物見の塔の上でした。

 

 「あそびではない……。これは、けいやく……。われのつとめを、果たすのみ……」

 

 少年のうしろに、少年よりもはるかに大きく、全身を黒と金色のよろいかぶとでがっちりとかためたおそろしい感じの男がひとり、立っていました(少年とくらべたら、まるでくまとうさぎでした)。いえ、男といいましたが、はたしてこの者に、ほんとうにせいべつがあるのでしょうか? なぜなら、その者の顔は……、ひええ! あのやみの精霊にそっくりな、まっ黒な影のような顔! そしてその影の中にぽっかりと、赤いふたつの目がかがやいているだけだったのです!(なんというおそろしさでしょう!)その影の者が、すがたかたちと同じくらいおそろしげな、うなるような声で、少年の言葉にそうこたえました。

 

 「あいかわらず、おもしろくないやつだね、おまえは。」ふたたび少年が、自分のうしろに立っているその影の者にいいました。「見ろよ! この、戦いの大ぶたいを! もう百年も、たいくつな日々にうんざりしてたところだからな。おれさまの力を、ぞんぶんに見せつけてやるよ。ひゃははは!」(ひゃ、百年? いったいこの少年は、なに者なのでしょう? 見た目は、ごくふつうの、「せいかくの悪そうな」少年でしたが……)

 

 みなさんのごそうぞうの通り。ここはベーカーランドのそのふたつのとりでのうちのひとつ。エリル・シャンディーンと同じ海の色のまじった白い石できずかれた、べゼロインのとりででした。おそろしい魔女たちのさくりゃくにより、なすすべもなく悪の手に落ちることとなった、巨大なとりで。べゼロインとりでは今や、きたるべくこのさいごの戦いにおいての、ワットの黒の軍勢のほんきょちとなってしまっていたのです……。

 

 その黒の軍勢のほんきょちとなった、べゼロインとりで。そのとりでの上のいちばん高いところにじんどっているからには、この少年と影の者は、黒の軍勢の中でも、そうとうにくらいの高い者たちにちがいありません。そしておどろくなかれ。じつはこの者たちは、わたしたちの思っている以上の、とんでもなくおそろしい者たちだったのです。

 

 やみのけんじゃガノン。それがこの少年のしょうたいでした。人間の種族の者で、身長はライアンと同じくらい。小がらで、きゃしゃなからだ。夜のやみのように黒い、肩までのびたつややかなかみ。そでのない黒いチョッキと、同じくそでのない白いシャツを着ていて(そでがないため、二のうでがむき出しになっていました)、手にはさきっぽにむらさき色の石のはまった、鉄のつえを持っています(マリエルのつえににていました)。そしてその話し方からもおわかりの通り、負けん気が強く、おれさまなせいかく(ワットの魔女っこ三姉妹の三女、エカリンの、「男の子ばん」といったところでしょうか? ということは、かなり悪ーいせいかくです)。見た目は十三さいくらいに見えましたが、さきほどのかれのせりふからもおわかりの通り、そのほんとうのねんれいはなぞにつつまれていました。

 

 これらのことは、ただの見た目でした。なにしろ、けんじゃとよばれているほどのじつりょく者です。よほどの力がなければ、けんじゃなどとはよばれません(それがよいけんじゃでも、悪いけんじゃでも)。そしてその通り、このやみのけんじゃガノンは、このアークランドのれきしの中において、たくさんのくにぐにが生まれるそのいぜんのむかしから、数々の悪名をとどろかしている人物でした(それはもう、とびっきりのわるがき……、いえ、悪者でした)。

 

 そのおそろしき伝説のガノンが、黒の軍勢に加わっていたのです! りゆうはどうあれ、それはこのアーラクンドのぜんなる者たちにとって、おそるべききょういであることにほかなりませんでした。

 

 そしてガノンのうしろに立つ、影の者。黒と金色のよろいかぶとに身をつつんだ、暗黒の騎士。そのしょうたいを知ったら、気の弱い者ならば、あまりのおそろしさに腰をぬかしてしまうかもしれません。このおそろしい影の者の名は、ギルハッド。ほかでもありません、このギルハッドは、やみの中の悪魔たちのことをひきい戦う、魔界のくにの王だったのです!(いわゆる、魔王というやつです! ひええ!)

 

 なぜそれほどのきょうふの者が、こんなところに……! 悪いじょうだんだというのなら、怒らないからそうだといってほしいくらいです。しかしこれは、げんじつでした。そしてすべては、やみのけんじゃガノン、かれのそんざいによるものだったのです。

 

 ガノンの力のみなもと、それは文字通り、やみの力、魔の力でした(アーザスが手にいれた力も、このやみの力でした)。ガノンは長年に渡るおそるべきけんきゅうによって、ついに悪魔たちをもしたがえる、そのおそろしきすべを身につけたのです。

 

 魔の取りひき。ガノンはその取りひきによって、人間のげんかいをはるかにこえたそんざいとなりました。そのためとしを取ることもなく、ねんれいは十三さいのままでとまっていたのです(これで、なぞのひとつはとけました)。そしてガノンのよび出した、きゅうきょくの魔。それこそが、この魔界の王ギルハッドでした。

 

 ふつうだったら、魔界の王がひとりの人間になど、したがうはずがありません。へたをすれば、いのちさえも、あっというまにうばわれてしまいかねないのです。それほどこの取りひきはむずかしく、危険なわざでした。ですがガノンは、おそるべき力を持ったけんじゃ。ふつうなどという言葉は、かれには通じないのです。魔界の王すらもしたがわせるほどの、じつりょく、それがこのやみのけんじゃ、ガノンでした(ガノンのおそろしさを、伝えることができたでしょうか?)。

 

 魔のけいやくによって、悪魔の王すらもしたがえる、やみのけんじゃ。そして、魔そのものの、魔界の王ギルハッド。このふたりの者が加わった、黒の軍勢……。さいごの戦いがひとすじなわではいかないということは、だれの目においてもあきらかでした。われらがベルグエルム、フェリアル、ライラ、そしてぜんなる白き勢力の者たち、かれらはいったい、このおそろしきげんじつに、どう立ちむかえばよいのでしょうか……?

 

 「見ろよ。おまえの部下たちも、やっと、ごとうちゃくだぜ。」

 

 ガノンが塔の上から、とりでのうしろに広がる大平原をさしながら、ギルハッドにいいました。部下たちですって? 魔王の部下たちって、それはまさか……。

 

 「ずいぶんと、待たせてくれたぜ。でも、ま、あいつらだったら、それでも上できか。けいやくのぶんは、きっちりとはたらいてもらうからな。おまえもだぜ、ギルハッド。ひゃははは!」ガノンはそういって、高らかに笑いました。

 

 白のとりで、べゼロイン。そのはいごの大平原に今、おそろしい光景が広がっていました。草も土も、まるで見えないのです。空気すらもなくなってしまうんじゃないか?

それほどにうめつくされた、黒い影……。そう、この大平原をうめつくしている、黒い影、それらはすべて、黒のよろいかぶとに身をつつんだ、おそろしき黒の軍勢の者たちでした……。

 

 そのいっかくをしめる、魔の兵士たち。それはギルハッドの部下たち。ガノンが魔界からよびよせた、悪魔の兵士たちでした。かれらはガノンのいう通り、まさに今、魔界のとびらを通って、この大平原の地へとあらわれてきたところだったのです! 人間の兵士たちも、悪魔の兵士たちも、かいぶつの兵士たちも、みなひとつとなって、じんどっていました。かれらのもくてきは、ただひとつ。ベーカーランドをほろぼすこと。そのためだけに、つき進んでくるのです。

 

 「いったい、ベーカーのやつらが、どこまで持つかな? すこしは、楽しませてくれよ。」

 

 ガノンのぶきみな笑い声が、ふたたび、この暗い空の下にひびいていきました。

 

 

 

 「あれえー? みんにゃ、どこいったにょかにゃあ?」

 

 ラグリーンの里にもどったリュキアが、あたりをきょろきょろとながめ渡しながら、首をかしげていいました。

 

 「おかしいですね。人っ子ひとりいない。いったい、どこへいったのか。」マリエルもあたりを見まわしながら、ふしぎがります(人っ子というより、ねこっ子といった感じですけど)。

 

 ふたりのいう通り、もどってきたラグリーンの里には、さいしょにここへきたときのようなラグリーンたちのすがたが、まったく見あたらなくなっていました。そのへんのしばふでひる寝をしている者や、空をぷかぷか、ただよっている者もおりません(とくに説明していませんでしたが、そういうラグリーンたちはみんながここにきたとき、ふつうにいたのです。説明を忘れたわけじゃありませんよ、うん)。みんなそろって、大ひなたぼっこ大会にでも出かけたのでしょうか? いえ、今にかぎっては、そんなことはありませんでした(いつもだったら、あり得るかもしれませんが)。かれらはきたるべくさいごのときにむけて、かれらなりに、その運命をむかえいれるじゅんびをしていたところだったのです。

 

 

 「やっぱり、もどられましたね。」

 

 

 ふいに、上の方から声がしました。見ると、だんだんばたけのようなたくさんの小さな広場のそのひとつから、今、かわのチョッキを着たふたりのねずみの種族の者たちが、こちらへとおりてくるところだったのです。かれらは、そう、ラグリーンたちのめい友である、ラットニアの者たちでした。

 

 「ラフェルドラードどのより、でんごんをうけたまわっております。『われらは、ラグリーンの聖地、ヒアキムいせきにて待つ。さいごの旅立ちのときは、今だ』と。かれらは、あなた方が去っていくのと同時に、かれらの聖地である岩山のいせきへとむかわれました。ラフェルドラードどのは、あなた方がすぐにもどられるということを、知っていたのです。」

 

 そう、ラフェルドラードは精霊王から、すべてをきかされていたのです。かつてのウルファの少年、ロビーベルク。かれがふたたび、自分のもとをおとずれるとき。そのときこそが、もういちど、かれのことをみちびくべきとき。このアークランドのみらいを分ける、運命のときなのだと。そしてその運命に敬意をはらい、すべてを受けいれるため、かれらはかれらの聖地であるヒアキムのいせきという場所にまで、出かけました。その場所は、ラグリーンたちのそのつばさにせいなる力を与えるとされている、とくべつな場所でした。さいごの運命のときにあたって、ラフェルドラードをはじめとするラグリーンの者たちは、その聖地で、ロビーたちのことを待ち受けているというのです。

 

 「ヒアキムいせきですか。」マリエルがいいました。「ぼくの頭のじしょをひもとくと……、『ヒアキムいせき。大いなるつばさの種族、ギルフィンたちがきずいた、みやこのあと。ギルフィンたちが去ってからだいぶひさしいが、いまだにこのいせきには、数々のふしぎな力が眠っているとされる。なぞ多きねこの種族、同じくつばさ持つラグリーンたちは、ギルフィンたちのまつえいとされる種族であり、かれらはこのいせきを聖地とあがめて、重要なぎょうじやまつりごとをとりおこなうとされる。』なるほど、たしかにラグリーンたちにとって、とても重要な場所のようですね。ぼくらの旅立ちを見送るのには、ふさわしい場所です。」

 

 すごい! マリエルの頭の中には、魔法のじしょがまるまるいっさつはいっているんですね! さすがは、べんきょうの先生のうちの子。ライアンにはまねができません!(でも「お菓子大ひゃっか」とかいう本なら、まるまるいっさつはいりそうですけど。)

 

 「よけいなりくつなんて、どうでもいいからさ。」リズがいいました。「早く、そのヒアキムいせきってとこ、いこうぜ。こいつ、すっげえ重いんだよ。」

 

 そうでした、リズはさっきからずっと、「ケーキをたらふく食べておなかぽんぽんになっているライアン」と、「ライアンのお菓子がぱんぱんにつまったかばん」を、背おっていたのです。さっさともくてきの場所までついてしまいたいという気持ちも、わかりますね(ごくろうさまです)。

 

 「ヒアキムいせきにゃら、すぐそこだよ。」リュキアが、里のむこうの岩山のことをゆびさしながら、いいました。「ひゅんっ! って飛んでったら、たったにょ十びょうでついちゃう。近い近い。」(いや、きみはそうかもしれないけど、みんなはひゅんっ! って飛べないから……)

 

 「じゃあ、道あんないをお願いね、リュキアくん。それじゃ、ぼくたちは、そこにむかいます。ありがとうございました。ええっと……」ロビーがリュキアにあんないをお願いしてから、でんごんを伝えてくれたラットニアのふたりにおれいをいおうとしましたが……、名まえが出てきません。みんな、舌をかみそうな名まえばかりでしたので、ロビーはかれらの名まえを、ぜんぜんおぼえられていなかったのです(ロビーはというより、ライアンとリズ、それとリュキアも、かれらの名まえをぜんぜんおぼえていませんでしたけど。マリエルはおぼえていたみたいですが。さすがです。ちなみに、わたしもいまだにかれらの名まえは、ひき出しの中のメモを見ないと思い出せません……)。

 

 「ランクランドール・ラルールットールです。ロビーさん、どうぞ、お気をつけて。」ランクランドールがいいました。そうそう、そういう名まえでしたね。

 

 「ありがとうございます、ランクランドールさん。」ロビーがかしこまって、こたえます(親しみをこめて、みょうじはしょうりゃくしていいました。親しみをこめてですよ)。

 

 「プリンクポント・パルピンプルラックルです。アークランドの命運は、あなたにかかっているのです。心より、旅のせいこうをおいのりいたしております。」プリンクポントが敬礼をし、深くおじぎをしながらいいました。ランクランドールも、それにつづきます。

 

 「ありがとう、プリンクポントさん。」ロビーはほこり高きウルファの敬礼を、このほこり高きラットニアの勇士たちにささげました(ちなみに、かれらのリーダーであるリーリングル・リマシリングルスタールは、ラグリーンたちといっしょに、ヒアキムのいせきまでおもむいていました。里に残っていたこのふたりのラットニアたちは、ロビーたちにでんごんを伝えるという、そのめいよあるおるすばんをひき受けていたのです)。

 

 

 「どーこーがー、近いんだよー!」

 

 リズがその背にライアンをかつぎながら(ロープでしっかり、からだにしばりつけてありましたが)、岩かべにしがみつき、ひいひいいってさけびました。

 

 リュキアのいう通り、たしかにヒアキムのいせきはすぐそこでした。ですけどそれは、やっぱりラグリーンたちにとっての話。ひゅんっ! って飛んでいけない仲間たちにとっては、ヒアキムのいせきは、けわしい岩の道を越え、切り立ったがけをのぼっていくいがいたどりつけないという、とんでもなくやっかいな道のりのさきにあるいせきだったのです!

 

 「もんくいわないの! これも、ロビーさんのためだろ。」マリエルが同じく、ひいはあいいながら、岩山をよじのぼっていきます(ところでマリエルは、がけをのぼる前にまた新しい服に着がえていました。こんどはかわいいのに加えて……、動きやすい服。がけのぼりにてきしたうんどう着(ジャージ)に、着がえていたのです。胸に大きく、「フィアンリー」の名まえいり。こんな服まで持ってきていたんですね。なんとも用意がいい。ちなみに、色は上下赤です)。

 

 「だ、だいじょうぶ? ふたりとも。ライアンなら、ぼくが背おっていくから、むりしないで。」ロビーがいいましたが、マリエルは「ロビーさんには、むだな体力を使わせるわけにはいきません。」といって、ききいれてくれませんでした。

 

 おわかりの通り、みんなは今、まっすぐ上へとつづいている切り立ったがけを、よいしょよいしょとのぼっているところでした。高さは八十フィートほど。ですがこのくらいのがけなら、このノランべつどう隊にとっては、どうってことないはずだと思うのですが、なぜかれらは、こんなにもくろうしているのでしょうか?

 

 じつはそこにはまた、みんなの思いもよらないこんなんが、かかわっていたからなのです。

 

 まず第一に、この場所の岩のすべてが、「魔法をはじき飛ばす」というとんでもないせいしつを持った岩だったということ! マリエルはさっそく、ふわふわえんばんのじゅつを使って上までのぼろうとしましたが、(ちなみに、イーフリープ帰りでしたから、まだ力をコントロールするのにだいぶくろうしたのです。でもそこは、持ち前のゆうしゅうさでなんとかしました。っていうか、なんとかできちゃうものなんですね……。さすがマリエル)えんばんを出したしゅんかんに、ぶおんっ! 魔法のえんばんは岩山にはじき飛ばされて、はるかむこうの空に吹っ飛んでいって、きらりん! お星さまになってしまいました。

 

 「な! なにおーう! それなら!」こんどは岩山をのぼりやすくするため、仲間たちのからだを羽のようにかるくする、ふわふわはねはねのじゅつという魔法を使いましたが、魔法をかけたしゅんかんに、ぶおんっ! みんなのからだの中から、今かけた魔法のエネルギーがみんな岩山にはじき飛ばされて、はるかむこうの空に吹っ飛んでいって、きらりん! お星さま二ごうになってしまったのです。

 

 そういったわけで……、みんなは自力でロッククライミングしていくほか、なくなってしまったというわけでした。それでもほんらいシルフィアであるリズなら、魔法がなくても、こんな岩山くらいはすいすいのぼっていけるはずでしたが、なにしろ重いライアンを背おっておりましたから、さすがにむりだったのです。そのうえこの岩山には、上にロープをひっかけられるようなところも、なにもありませんでした(せめて上に、しっかりとした木のいっぽんでも立っていてくれたらよかったのですが)。さきにのぼって上からひっぱり上げるのも、ひっぱる人がぽろぽろとした地面に足を取られてすべり落ちる危険が大きかったので、やめました(ここの岩場や地面はとてももろく、たとえくさびをうちこんだとしても、それがすぐにはずれてしまいました。いちどリズが上にくさびをうちこんで、そこにロープをたらしてみましたが、そのロープをのぼろうとしたとたん、ずぽっ! くさびが岩からはずれてしまったのです。ですが手足を使ってゆっくりしんちょうに大きな足がかりをえらんでのぼっていけば、たとえライアンを背おっていたとしても、のぼれないこともありませんでした。ですからみんなはしかたなく、からだひとつで、この岩山をのぼっていくことにしたのです。それでもねんのため、みんなはおたがいのからだをロープでしばって、つないでいましたが。魔法も山のぼりの道具も使えないとなると、こんなくらいのことしかできませんでしたから。

 

 ちなみに、みんなのにもつはあらかじめリズがさきにのぼって、上においてきてくれました。なにしろ、「ライアンのお菓子がぱんぱんにつまったかばん」や、「マリエルの服がいっぱいにつまったかばん」など、にもつが多かったですから……)。小さなリュキアでは、みんなをはこんでいくのもむりですし、しかもリュキアは、「さきに、里長さんとこいってるねー。早くきてねー。」といって、ひとりで飛んでいってしまったのです……(せめてにもつくらいは、上にはこんでいってもらいたかったのですが……)。まさに、だめだめづくし!

 

 そしてふたつ目のこんなん。それはこの場所の空気が、すごーくうすいということでした。ですから、ふつうだったらこんなていどのロッククライミングならへっちゃらなリズでさえ、ライアンを背おって、息を切らして、ひいはあいっていたというわけなのです。

 

 「こいつ、起きたら、まず、ひっぱたいてやるからな、おれ。」リズが岩山をのぼりながら、胸にわき起こるもえたぎるけついをあらわにしました。

 

 

 それから、十分ご……。

 

 「ほら、ついたぞっ!」リズががけのてっぺんを乗り越えて、たいらな地面にライアンのからだをどさっ!と放り出して、いいました。「おれはもう、こいつ背おうのだけは、かんべんだぞ。こんなにちっこいのに、なんでこんなに、重いんだよ、まったく!」

 

 リズがそういって、地面に手足を放り出して寝っころがります(よっぽどつかれたんでしょうね。おつかれさまです)。そしてそのあと、マリエルとロビーもようやくのことで、てっぺんまでたどりつくことができました。

 

 やれやれ。とんだところでたいへんな目にあってしまいましたが、とにかくみんなはこうして、ラグリーンたちの聖地、ヒアキムいせきのある山のてっぺんにまで、たどりついたのです。

 

 

 そこは強い風の吹きすさぶ、さみしい岩場でした。あちらにもこちらにも、大きくて荒々しい岩がごろごろしています。植物はほとんど生えていません。そしてあたりの岩山をよく見てみると、なるほどたしかに、この場所が大むかしのまちのいせきだということがわかりました。

 

 そのほとんどはくずれ落ちてしまっていて、たてものはほとんど、がれきの山になっていました。ですがいくらか、りっぱなはしらの数々や、あずまやのやねなどが残っております。そしていせきを進むみんなの前に、とつぜんそれはあらわれました。

 

 大きな岩山の影からあらわれたのは、それぞれがなんとも巨大な、つばさを持ったライオンのような生きものの、ふたつの石ぞうだったのです! なんという大きさ! そしてなんという、みごとなちょうこくなのでしょう! まるで今にも動き出して、飛びかかってきそうなふんいきです。高さはともに、見上げるほど。七十フィートほどもあるでしょうか? それらの巨大な石のぞうが、まるでそのさきのべつ世界へとつづく門のように、ふたつならんで、ででーん! とそびえたっていました。

 

 「ふええ……、すごい!」ロビーが見上げて、思わずいいました。それはまるで、エリル・シャンディーンのぎょくざで見た女神リーナロッドのぞうのような、みごとさだったのです(見た目の力強さでは、目の前のこのライオンのようなぞうの方が上かもしれません)。

 

 「ギルフィンたちの神、ティアとギルムのぞうですね。」マリエルが同じく、見上げながらいいました。「いい伝えによれば、かれらは風そのものをあやつり、風とともに、この地におり立ったといわれています。ぼくの頭のじしょをひもとくと……」

 

 「ひもとかなくていいよ。べつに、きょうみないし。」リズがやれやれといった感じでからだ中をマッサージしながら、いいました(リズの「にもつ」は今、ロビーが背おっていました。マリエルじゃ、ライアンを背おっていくのはむりですから。マリエルはロビーにむだな体力を使わせたくありませんでしたが、さすがに今のリズでは、いうことをきかせられそうもありませんでしたので)。

 

 そのとき……。その二体の石ぞうのむこう、そこは石だたみの広場になっていましたが、その広場から五、六人ほどの者たちが、こちらへとやってきたのです。それはこの場所のげんざいのあるじたち、つばさ持つねこの種族、ラグリーンたちでした。

 

 「もどってきたにゃ。さいごにょ力を、手にいれたか。」

 

 ききおぼえのある、力強い声。それはラグリーンの里アップルキントの長、ラフェルドラードでした。りっぱな服そうをした身分の高そうなラグリーンたちや、ラットニアの使者たちのリーダー、リーリングル・リマシリングルスタールもいっしょです。はしっこにはおなじみのリュキアがいて、となりにいる大人のラグリーンのしっぽにいたずらをしていました(じっとしているのはむりのようですね。「こら、やめんか。」年長さんのラグリーンに怒られておりましたが)。

 

 「は、はい。その、たぶん……」ロビーがこたえましたが、ロビーにはまだ自信がありませんでした(まだあれからじっさいに剣を使ったわけではありませんでしたので、ほんとうにそんな力を自分が得たのかどうか? はっきりしないからでした)。

 

 「心配はいらにゃい。精霊王を信じるにょだ。」ラフェルドラードがこたえます。たしかにその通りでした。精霊王のいったことですもの、それは信じていいのです。

 

 「ラフェルドラード里長、ぼくたちには、さいごの旅をむかえるじゅんびができています。」マリエルがみんなの前に進み出て、さほうにのっとったおじぎをしながらいいました(服そうはジャージのままでしたが……)。「精霊王は、おっしゃいました。あなた方、ほこり高きラグリーンの者たちに、助けをこえと。さいごの旅の道のりは、あなた方の、そのつばさにかかっているのですね?」

 

 マリエルのいう通りでした。「ラグリーンの者たちに、道あんないをたのんでおいた。」あの精霊王の言葉は、そういうことだったのです。ロビーのさいごの旅、アーザスの待つ怒りの山脈へのさいごの道のりは、このラグリーンたちのほこり高きつばさによってひらかれました。かつてロビーが、かれらのその背中のつばさによって、運命の地にまではこばれていったように……(うしろの方では、リズが「ようするに、ラグリーンの背中に乗っかって、飛んでけってことだろ? なにをもったいぶったいい方してるんだか。」とぶつぶついっていましたが。ま、まあ、その通りなんですけど……)。

 

 「かつて、きみをはこんだときも、ここからだった。」ラフェルドラードが静かな声でいいました。「わがつばさは、ギルフィンにょ力。いにしえよりにょ、そにょ力をもって、ロビーベルクよ。わたしは、今、ふたたび、そにゃたにょつばさとにゃろう。さあ、まいられよ。」

 

 ラフェルドラードがそういって、ロビーのことを手まねきします。

 

 

 いよいよ、このときがやってきたのです。

 

 ですが、そのとき……。

 

 

 「むにゃむにゃ……、まかせて……。せいなるタドゥーリの名において、精霊王さまに、心よりの敬意をひょうします……」

 

 ロビーの背中から、急に声が。そう、それはライアンでした。さいごの、ときここにきて、ようやくライアンが目をさましたのです(だいぶ寝ぼけているようですが……)。

 

 「やっと起きたか! まず、おれからやらせろ!」リズがそういって、ライアンのほほをぺっちーん!(あいをこめて)ひっぱたきました。「さんざん、くろうかけさせやがって!」

 

 「ふえ? なになに?」ライアンがわけもわからず、びっくりしてそういいます。

 

 「つぎはぼくです。こいつ! なんで寝てるんだよ!」マリエルがそういって、ライアンのわきばらを、こしょこしょ、こしょこしょ! (ねんいりに)くすぐりました(ほんとうにくすぐるんですね……)。

 

 「わひゃひゃひゃ! なにすんのさ、マリー! やめ……、わひゃひゃひゃ! そこだめー!」

 

 

 なんだかわけがわかりませんが……、とにかくライアンが目をさましたのです。ですがそれによって、みんなはこれから、とってもたいへんな目にあうはめになってしまいました。

 

 

 「あーあ。どうすんだ? あれ。」リズがうしろの方を親ゆびでゆびさしながら、マリエルとロビーのふたりにいいました。

 

 「まさか、あそこまで泣くなんて……。計算がいです。」マリエルが口をぽかんとあけて、どうしたものかとつぶやきました。

 

 みんなのしせんのさき。その地面の上には……。

 

 「なーんーでー、起ごしてぐれながっだのさー! びえええーん! ぶわわあーん!ぶわか、ぶわかあー! ぴえええーん!」

 

 大泣きしながら地面をころげまわる、ライアンのすがたが……。

 

 あこがれの精霊王。アークランドのすべての精霊使いのだいひょうとして、そしてシープロンでははじめて、自分が精霊王とのえっけんをつとめることになるはずだったのです。それがまさか、精霊王とひとことも言葉をかわすこともなく、眠りこんでしまうなんて! なんというふかく! とうぜんライアンのそのあふれんばかりの感じょうは、起こしてくれなかったみんなに対して、ばくはつしてしまったというわけでした……。

 

 「お、起こそうとしたんだよ。でも、ぜんぜん起きないんだもの。きっと、精霊王さまのくれたケーキ、食べすぎたんだよ。あんなに食べちゃうから……」ロビーがなんとかとりつくろおうと、ころげまわるライアンのことをせっとくしようとしましたが……、ロビーの言葉も、あんまりききめがないみたいですね。どうやらこのまま、しばらく放っておくしかなさそうです(マリエルの魔法も、岩山にはじき飛ばされて使えませんし……)。やれやれ……。

 

 「びええーん! ロビーの、ぶわかあー!」

 

 

 岩山から吹きおろされる風が、ほほにあたって通りすぎていきました。アップルキントの里からほど近い、岩山の上のいせき。里ではあんなにいいおてんきでしたのに、このいせきの空は、どんよりとあつい雲におおわれていたのです(ひみつめいた場所というのは、たいていこんな空をしているものです)。そのいせきのもっともしんせいな場所。石のはしらが立ちならぶその広場のまん中に、今ロビーと仲間たちは立っていました(ライアンだけは、いまだにむこうの地面の上で、ひざをかかえてぐずりこんでいましたけど)。

 

 「いだいにゃるそせん、ギルフィンにょ力を、わがつばさに!」

 

 ラフェルドラードが空にかた手をかざし、まるでじゅもんのように言葉をとなえました。すると……。

 

 とつぜん、ラフェルドラードのその背中のつばさが、まばゆいばかりのこがね色の光につつまれたのです! そして、つぎのしゅんかん。

 

 

   ぶおんっ! ばさっ! ばさっ!

 

 

 そのこがね色のつばさが、なんばいもの大きさにまでふくれ上がって、はばたきました! そしてつばさだけではありませんでした。ラフェルドラードのからだが、さきほど見たギルフィンの神さまたちの石ぞうのような、力強くたくましいすがたへと変わったのです!(これが、せいなるいせきにやどったギルフィンの力! すごい!)

 

 風の力をあやつったとされる、かつての種族、ギルフィン。今この石の広場は、そのギルフィンたちの残した大いなる力にあふれていました。風がぐるぐると、広場のまわりをまわりはじめます。そしてその風はやがて、広場のまん中に立つラフェルドラードのもとに集まり、そのこがね色のつばさの中へとすいこまれていきました(ちなみに……、このギルフィンの力はこの場所でしか得ることができないのはもちろんのこと、いちにちにいちどだけ、それもせいぜい数時間ていどしか使うことのできない、とてもとくべつなものでした。そして怒りの山脈までの道のりは、そのギルフィンの力でたどりつくことのできる、ほぼぎりぎりの道のりだったのです。ですからギルフィンの力を使うために、ラフェルドラードのことをエリル・シャンディーンなどのほかの場所によびよせておくというようなことも、できませんでした。怒りの山脈への出発は、ほんとうに今このとき、この場所からでなければならなかったのです)。

 

 「さいごにょ、旅立ちにょときだ。」ラフェルドラードがこがね色のつばさをはばたかせ、ロビーにいいました。「そにゃたはここから、ただひとりで、怒りにょ山脈へとむかわにゃければにゃらにゃい。それは、わかっているにゃ?」

 

 ラフェルドラードの言葉、それはロビーが思っていた通りのものでした。ノランはなにもいいませんでした。ですがロビーには、だれにいわれることがなくともわかっていたのです。あるいはロビーの腰の剣が、そう教えたのかもしれません。運命のけっちゃくをつけるため、さいごの戦いの場にむかうことができるのは、アーザスにたいこうすることのできる力を持った、自分だけなのだと……(たとえアーザスとちょくせつに戦うことがなくても、そこへたどりつくまでにはどうしても、アーザスのそのよこしまなる力の前にそのすがたをさらけ出さなくてはならないのです。それがアーザスの力にたいこうすることのできない者であったなら……。そう、みんなといっしょにいけば、かれらをいたずらにきずつけてしまうだけでした。だからこそロビーは、ただひとりだけで、さいごの道のりの中にむかおうとしていたのです……)。

 

 「はい……」

 

 ロビーが静かにこたえました。すでに心は、かたまっていたのです。ですが……。

 

 仲間たちはそうではありません。マリエルもリズも、きゅうせいしゅであるロビーのことを助けみちびくそのやくわりは、旅のさいごのさいごのときまで、つづくものだとばかり思っていましたから(とくにマリエルにとってこの旅は、ししょうであるノランからいいつかわされた、はじめての大しごとでした。ノランのきたいにこたえ、さいごまでりっぱにそのやくめを果たしてやろうと、はりきっていたのです)。

 

 「おまえ……、なにいってんだよ。」リズがロビーに近づいて、いいました。

 

 「まさか、ひとりでなんて、むちゃです。」マリエルも、ロビーの前にまわっていいました。

 

 しかしマリエルとリズのふたりは、そこではっきりと、りかいしたのです。かくごをきめ、自分の運命のことをさとった、ロビーの目。その目はきゅうせいしゅとしての力強さとほこり、そして不安とかなしみ、それらのものであふれていました。

 

 

 ロビーとともにいくことは、もうできないのだと……。

 

 

 リズもマリエルも、それ以上なにもいうことはできませんでした。すでにロビーの運命は、自分たちのおよぶことのできない、手のとどかないところにまでいってしまっていたのです(たとえむりやりついていったとしても、もう自分たちではそこでロビーのために、なにか力になってやれるようなことはないのです。むしろ、ロビーの足手まといになってしまうだけでした。マリエルもリズも、そのことをここで、りかいしたのです)。

 

 「ありがとう、マリエルくん。ありがとう、リズさん。」ロビーが、仲間たちにやさしいひとみをむけていいました。「ぼくのつとめを、果たしてきます。だいじょうぶ、心配しないで。きっと、うまくやるから。」

 

 リズもマリエルも、うつむいたままなにもいえませんでした。胸にあついものがこみ上げてくるのが、感じられました。マリエルの目には、なみだがあふれていました。くちびるをぎゅっとかんで、手にしたつえをぎゅっとにぎりしめて……。

 

 「もどってこいよ。」

 

 リズが、ふりしぼるようにそういいました。ロビーは静かにうなずいて、このすばらしき友、青がみのぎんゆう剣士リズの手を、がっしりとにぎってあくしゅをしました。そして。

 

 「ありがとう、マリエルくん。きみがいてくれて、ほんとうに助けられたよ。心から。」

 

 ロビーはそういって、うつむいていたマリエルのことを、ぎゅっとだきしめました。

 

 と、そのとき……。

 

 ロビーは自分のうしろに、小さな影が見えるのに気がつきました。ロビーにはそれがなんだか? すぐにわかりました。もう、なんべんもなんべんも、見てきた影。小さなすがたに、力いっぱいのげんきと明るさと前むきさをつめこんだ、いちばんの友。その友の影だったのです。

 

 「ライアン……」

 

 ロビーがそういって、ゆっくりとふりかえりました。そしてそこには、ロビーの思った通り、ライアンのその小さなすがたがあったのです。

 

 

 とうとう、このときがきた……。

 

 

 ロビーはそう思いました。この旅をはじめたときから、おそらくはかなしみの森の自分の家のほらあなを出発したときから、ロビーにはなんとなくわかっていたのです。自分の運命の中へとふみこんでいくとき、そのときがきたら、ぼくはただひとりで、さきへ進まなくちゃいけなくなるのだろうと……。

 

 ライアンは泣きはらしてまっ赤な目をして、しばらくだまったまま立っていました。両手のこぶしをぎゅっとにぎって、口を、きっ、と、ま一文字にむすんで。

 

 「ライアン……」

 

 ロビーがふたたび、ライアンの名まえをよびました。そして、ようやく……。

 

 「なに、かってにきめてんのさ……」

 

 ライアンがぼそっと、こわいくらいの顔をしていいました。

 

 「ライアン、きいて。」ロビーがいいかけましたが……。

 

 

 「ロビーの、ばかあー! ぼくがいなくちゃ、なんにもできないくせにー!」

 

 

 ライアンが、その思いをばくはつさせました。ずっとせわがやけて、ぼくがめんどうを見ててあげなくちゃ、どんな危険な目にあうか? わかったもんじゃないロビー。ぼくがついててあげなくちゃ、なんにもできないロビー。ロビーをほんとうに助けられるのは、ぼくだけなのに。ロビーのことなら、ぼくがいちばんよくわかってるのに!

 

 「ばかー!」ライアンはそういって、ロビーのからだを両手でぽかぽかたたきました。

 

 「うわああーん!」大声を上げて、ライアンは今まででいちばん、泣きました。

 

 ほんとうは、ライアンにもわかっていたのです。エリル・シャンディーンにたどりついて、アルマーク王やノランからたくさんのしんじつをきかされたときあたりから、ロビーの運命が、もう自分の手にはおよばないところにまで、いってしまっているのだと。ですがライアンは、それからずっと、そのことを深く考えないようにしていました。きっと、ぼくが助けてあげられる。なにか、いい手があるよ。ライアンはさいごまで、ロビーにくっついていく方法を考えていたのです。

 

 ほんとうならライアンのやくわりは、ロビーをアルマーク王のもとへととどけたところで、終わっていたはずなのです。ですがライアンは、(アルマーク王をおどして)ついてきました。さきのばしにしてきていた、ロビーとのわかれ。それがとうとう、やってきてしまったのです。

 

 ライアンは、それを受けいれたくありませんでした。でも、受けいれなくてはならないのです。しかしライアンには、自分の気持ちをおさえることなんてできませんでした。ですからどうしようもないこの気持ちを、ただただロビーに、まるで子どものようにぶつけるしかなかったのです。ライアンの気持ち……、それは、痛いほどのものでした。

 

 「ひとりでいくなんて、だめー! だめだめ! いっちゃやだー!」

 

 ロビーにくい下がりつづけるライアンに、マリエルとリズが近づいて、その肩をつかみました。

 

 「おい、いいかげんにしろよ。」リズが、ききわけろといわんばかりに、きつくいいました。

 

 「きいたろ。もう、ぼくたちじゃ、ロビーさんを助けることは……」マリエルが、そういいかけたとき……。

 

 「そんなの、わかってるもん……」ライアンが小さくいいました。

 

 「ぼくがいちばん、よくわかってるもん……」

 

 ライアンはそういって、その場にへたりこんでしまいました。からだ中のすべての力が、ぬけてしまったかのようでした。

 

 「おまえ……」

 

 「ライスタ……」

 

 リズもマリエルも、そのときになってはじめて、ライアンのほんとうの気持ちを知ったのです。ライアンは胸が張りさけそうなくらいに、つらいのです。でも、どうすることもできない。それがわかっているから、よけいにつらいのです。だからこそ子どものように、だだをこねることしかできなかったのだと……。

 

 「ライアン……」ロビーがしゃがみこんで、ライアンのことをだきしめました。強くだきしめました。

 

 「ライアン、きみに出会えて、ほんとうにうれしかった。しあわせだった。ずっとひとりぼっちだったぼくに、きみは、勇気と力を与えてくれたね。きみは、ぼくにとって、光そのものだ。」

 

 ロビーはそういって、ライアンのほほにそっとキスをしました。ロビーの目には、なみだがあふれていました。

 

 「きみは、ぼくのいちばんの友だちだよ。それは、いつまでも変わらない。」

 

 ライアンはようやくになって、ロビーのことを見ました。ロビーはやさしい顔をして、自分のことを見つめていました。なにも変わっていません。なにか変わるなんてことは、すこしも思えませんでした。

 

 「帰ってこないと、しょうちしないから……」ライアンが鼻をずずっとすすって、目をごしごしとこすりながら、いいました。「ぼくを怒らせたら、こわいんだからね。」

 

 「あはは。」ロビーはそこでようやく、声を上げて笑いました。「そんなの、知ってるよ。だって、帰ってこなかったら、ぼく、ライアンに殺されちゃうもの。」

 

 ライアンはちょっとだけ笑って、いいました。

 

 「よく、わかってるじゃない。とっておきの大わざだって、まだ残ってるんだからね。」

 

 ふたりはそのまま、まるでそこだけ時間の流れがとまってしまったかのように、いつまでもいつまでもだきあっていました。

 

 

 

 こがね色のつばさが、空高くまい上がっていきます。

 

 その背にロビー、ひとりを乗せて。

 

 

 そのつばさからおうごんの光のつぶが、きらきらとこな雪のようにまいちっていきました。そして空に浮かんだそのこがね色の光は、小さく遠く、あとにはなまり色の空ばかりが、広がるのみとなったのです。

 

 「いっちゃったな……」

 

 リズが「ふう。」と小さく息をついて、いいました。マリエルはずっと、空を見上げたままでした。

 

 ライアンはなんともいいようのない、ふくざつな表じょうを浮かべていました。ロビーのことを信じてる。でも、ぼくがいなくて、ほんとうにだいじょうぶなんだろうか? もしも、このまま……。

 

 ライアンの胸が、ぎゅんぎゅんと音を立てて、しめつけられていきました。

 

 「げんき出せよ。あいつなら、やれるさ。」

 

 そんなライアンの肩をぽん! とたたいて、リズがいいました。ライアンはうつむいたまま、小さくうなずきます。

 

 「ロビーって、たいしたやつだよ。おまえもいぜん、おれにそういったろ? おれのあにきのこと。あにきがたいしたことないやつなのか? って、なまいきな口をききやがったよな。」リズが遠くの山をながめながら、つづけました。

 

 「あいつなら、だいじょうぶ。たいしたやつなんだからさ。」

 

 たきのみずうみのほとりで、ライアンにはげまされたリズ。こんどはリズが、ライアンにそのおかえしをしてあげる番なのです。ライアンはリズの方をむいてにこりと笑うと、小さな声でいいました。「ありがとう、リズ。」

 

 ふと見ると、ライアンのすぐそばにマリエルが立っていました。そしてマリエルはライアンの手をだまってにぎると、はっきりとしたいい方でいったのです。

 

 「ぼくたちは、ノランべつどう隊の仲間だ。でも、ライスタ、きみは、ただの仲間じゃない。」マリエルはそういって、ライアンの手を自分の胸におきました。「まじゅつしのほこりにかけて。きみは、ぼくの、そんけいすべき友だちだよ。」

 

 「えっ……」ライアンは思わず、顔を赤らめてしまいました。あのマリエルが急にこんなことをいい出すなんて、思ってもいませんでしたから。

 

 「きみは、ほんとうのやさしさ、強さを持っている。それこそが、ノランおししょうさまが、いつもぼくにいっていることだ。きみとロビーさんのことを見て、その意味が今、はっきりわかったよ。人のあるべきほんらいのすがたを、きみは教えてくれたんだ。心から、きみをほこりに思う。」

 

 マリエルの言葉に、ライアンはすっかりはずかしくなってしまいました。ですがマリエルは、ほんきでいっていたのです。マリエルの、いがいないちめんを見たようでした。

 

 「や、やめてよマリー。そんなの、はじめからわかってることじゃない。」ライアンが、なにを今さらといったようにいいました。「ぼくははじめから、強くて、かわいくて、りっぱなんだよ。」

 

 ライアンの言葉に、マリエルは急におかしくなってしまいました。やっぱりライスタは、ライスタのままだ。こうじゃなくちゃ。そしてマリエルとライアンは、ふたりで「ふふふ。」と笑いあいました。はじめはけんかばかりしていた、マリエルとライアン。こうしてかれらは、ここに、とわの友じょうをちかいあったのです。

 

 「おい、かってにもり上がるなよ。」リズが、ふたりのあいだにわってはいっていいました。

 

 「おれは? おれも、そんけいすべき友だちだろ? マリエル。」

 

 マリエルは、はあ? といった顔をして、リズのことを見ました。でもすぐに、「ふふっ。」と笑っていったのです。

 

 「まあ、いちおう、リズのこともみとめてあげるよ。」

 

 「なんだよ、いちおうって!」

 

 そして仲間たちは、おたがいの顔を見あって笑いました。

 

 

 

 「ぼくたちも、ここでぐずぐずしているわけにはいかないぞ。」マリエルがまじめな顔をして、仲間たちにいいました。「ロビーさんのために、ぼくたちにも、なにかできることがあるはずだ。」

 

 さいごの旅へとむかったロビー。ですがロビーは、ひとりではありません。たくさんの心のささえ、仲間たちの思いとともに、旅立ったのです。はなれていても、ロビーと仲間たちの心はひとつでした。ベルグエルムの心も、フェリアルの心も、みんなロビーといっしょだったのです。そしていちばんたいせつな、あなたの心も。

 

 そのとき、その場に残ったたくさんのラグリーンたち(とラットニアのリーリングル)の中から、なん人かのラグリーンたちがみんなのもとへとやってきました。

 

 「ラフェルドラード里長より、もうひとつにょでんごんを受けたまわっております。」りっぱな服そうをした身分の高そうなラグリーンのひとりが、みんなにいいました(同じような服そうをしたラグリーンたちが、全部で三人おりました。かれらはこのヒアキムいせきをかんりしている、しさいさまたちでした。このいせきはかれらラグリーンたちの、いのりの場でもあったのです)。

 

 「これは、精霊王よりいいつかわされたもにょです。ロビーベルクどにょにょ助けとにゃれる道が、ひとつだけあると。さいごにょ道にょりをゆける者は、ロビーベルクどにょにょみ。されど、ロビーベルクどにょを助け、すくうためにょ、もうひとつにょそにょ道を進めるにょは、かれにょ仲間にょ、あにゃた方だけだということです。」

 

 これをきいて、マリエル、リズ、そしてライアンの三人は、急に目の前がぱあっ! と光りかがやいたかのような思いになりました。とくにライアンは、なおさらだったのです。

 

 「ロビーを助ける道! それこそぼくに、うってつけじゃない!」

 

 マリエルもリズも、きょうみしんしんでラグリーンのしさいさまたちにくい下がりました。

 

 「どんな道です!」

 

 「早く、教えてくれ!」

 

 

 そして仲間たちは、しさいさまたちからおどろくべきことをきいたのです。

 

 

 「そんなものが……! ほんとうにあるとは!」マリエルが目をまるくしていいました。

 

 「へええ、おもしろい。そいつを見つければいいんだな?」リズが、やったろうじゃんといった感じで、「ふふっ。」と笑みを浮かべながらつづけました。

 

 そしてライアンは……?

 

 

 「いたたた……! ちょ、ちょっと、待って待って! にゃー! 痛いー!」

 

 

 見ると、うしろの方でライアンが、ラグリーンのしさいさまのひとりに馬なりになって、またがっているところだったのです! ひめいを上げていたのは、そのしさいさまでした!(な、なんてばちあたりな……)

 

 「早く早く! 早く飛んでよ! さっさと、それを見つけないといけないんだから!」ライアンがそういって、またがっているしさいさまのことをせっつきましたが、しさいさまは地面をぱんぱんたたきながら、ひめいのようにいいました。

 

 「まだ、飛べにゃいんだってば! ギルフィンにょ力をつばさにこめにゃいと、重くて人は、はこべにゃいんだから! やーめーてー!」

 

 マリエルもリズも、やれやれといった感じで頭をかかえます。まわりのラグリーンたちも、リーリングルも、口をぽかんとあけてなにもいうことができませんでした。

 

 

 

 「いざ、しゅっぱ~つ!」

 

 ライアンが大声で、出発のあいずです(やっぱり出発のあいずはライアンでした)。

 

 「セイレン大橋まで、大人一まいと、子ども二まい! ラグリーンとっきゅうびんでーす!」

 

 「子ども二まいってのは、ぼくもはいってるんじゃないだろうな?」

 

 (どこかできいたやりとりをしてから)こうして仲間たちは、ラグリーンたちの背に乗って空高く出発しました(三人のラグリーンたちの背中に、それぞれひとりずつ乗っていきました)。ロビーの旅立ちのあと、とつぜんに新たなる旅の道のりに出発することとなった、かれら。大いなるギルフィンの力持つラグリーンたちのつばさにはこばれて、かれらはいったい、どこへむかうというのでしょうか? 話しのようすでは、なにかすごいものを見つけにいくみたいですが、それはいったいなんなのでしょう? そして、セイレン大橋ですって? 旅のはじめにワットのおそろしい黒騎士たちにおそわれてしまった、あの美しいちょうこくの橋。その橋にこれから、いったいどんなようじがあるというのでしょうか?

 

 たくさんのなぞがまだまだ残されたままですが、それはどうぞこの物語のさいごのさいごのところまで、取っておいてください。きっとあなたは、そこで、どえらいものをもくげきすることになりますから……。

 

 

 高く高く、あの空のむこうへ……。

 

 こがね色のつばさがロビーを乗せて、このアークランドの空の上をかけぬけていきました。あらわれては消えてゆく、丘や森や、小川の流れ……。空気が、ごうごうという大きな音の流れとなって、すぎ去っていきます。それは自分がまるで、風そのものになったかのようでした(ギルフィンたちが風の力をあやつるといわれているりゆうも、よくわかるような気がします)。空を切りさき、前へ前へ。かれらは文字通り、このアークランドの風となって、おどろくべきほどのはやさで、この空の上をすべるように進んでいったのです(ところで、ロビーはふしぎと、この空の旅にきょうふを感じませんでした。ふつうだったら、こんなに高い空の上をこんなはやさでかけぬけていったら、「ぎゃー!」ってなってしまうはずでしたのに。むかしに乗ったことがあるから、なにかとくべつな力でもはたらいていたのでしょうか? これは著者のわたしにもロビー自身にも、説明のできないことだったのです)。

 

 つばさのはばたきは、さらに強く。雲のそばにまでのぼってきていました。もくてきの地までは、できるだけ高く、雲にまぎれていった方がよかったのです。よけいな敵の目から、ロビーのことを守るためでした。

 

 この空の旅でいちばんこわかったのは、あのディルバグたちでした。ディルバグに乗った黒騎士たちが、どこを飛びまわっているものか? わかったものではありませんでしたから。ですがこのとき、その心配はもうなかったのです。なぜならディルバグの黒騎士たちはみんな、さいごの大けっせんへとむけて、ベーカーランドへと出かけていたからでした。

 

 それはほんとうならば、ぜんぜんよろこべるようなことではありません。ですが今、ここでかれらに出会ってしまうことは、いちばんさけなければならないことでしたから、その点では、つごうがよかったといえるでしょう。しかし用心に越したことはありません。こがね色のつばさは人目を遠ざけ、なるべく目立たないように、それでいていちばんの近道を、かくじつにつき進んでいきました(ただ飛んでいくというだけではなかったのです。ラフェルドラードはつねに安全かつ早くいける道をえらびながら、飛んでいました。これは空の旅のことを知りつくしているラフェルドラードだからこそ、できることだったのです)。

 

 景色はつぎからつぎへと、あっというまに変わっていきます。だれも知らない、魔法のエネルギーにみちたひみつのまちのそばを通りすぎていったかと思えば、いつのじだいのものなのか? 銀色に光りかがやくなぞめいた塔が林のように立ちならんでいる、しんぴの丘の上を飛ぶこともありました。またあるときなどは、ロビーも思わずびっくりして、口をあんぐり! とほうもなく大きなまるい岩が空に浮かんでいて、その岩の表めんに大むかしの都市が、張りつくようにきずかれていたのです!(ラフェルドラードにきいても、あんなのは見たこともないということでした。そしてそのなぞの浮かぶ都市は、ゆっくりと空をただよっていて、つぎはどこにあらわれるのか? わからなかったのです。ロビーが見たのは、まったくのぐうぜんでした。う~ん、おしい! 場所さえわかれば、ぜひたんけんに乗り出してみたいものです。)

 

 まったくこのアークランドは、まだまだなぞだらけの場所ばかりでした。ロビーは空の上から見て、はじめてそれらのことを知ったのです。かなしみの森のとしょかんのどの本にだって、それらのふしぎなもののことについては、ただのひとことも書いてありませんでしたから。

 

 世界はまだまだ広いのです(わかっているだけでも、西の巨大な大陸ガランタが、どーん! とそびえているのですから。この世界のすべてをたんけんしつくせる冒険家なんて、きっとどこにもいないことでしょう。赤毛のほうろうのルルム、シェイディー・リルリアンにだってむりなことです)。ロビーを乗せたこがね色のつばさは、そんな広い広いふしぎの世界の上を、ただひとつのもくてき地へとむかって飛んでいきました。

 

 

 今はどのあたりでしょうか? アップルキントを出発してから、もう一時間か、あるいは二時間ほどもたっているように感じられました。ロビーはなんどか、雲の切れまからおひさまのすがたを見ました。おひさまはまだまだ高く、これからさらにのぼっていっております。ということは、まだおひる前。イーフリープですごした時間がそとの世界ではまったく流れていなかったからこそ、ロビーたちはこんなにも早く、この場所を通りすぎることができていました。

 

 それでもロビーには、流れる時間がとてももどかしく思えました。もう黒の軍勢は、エリル・シャンディーンへのこうげきをはじめているのかもしれません。ベーカーランドの人たち……。ベルグエルムさん、フェリアルさん、ライラさん……。そして南への道を進んでいった、ハミールさん、キエリフさん、レシリアさん、ルースアンさん……。かれらは今、どこでどのようにすごしているのでしょうか? この場所にいるロビーには、それを知るすべはありません。ですがかれらは、ゆるぎなき力を持ったえいゆうたち。ロビーがもっともしんらいしている仲間たちなのです。かれらのことを信じよう。ぼくは、ぼくのできることを、せいいっぱいやるだけだ。ロビーはこのギルフィンのこがね色のつばさの上で、ロープをにぎりしめるその手に力をこめました(ラフェルドラードのからだには、その背に乗る者が落っこちないようにするためのそうびがつけられていました。ロビーは自分のからだをそこにむすびつけ、そしてそこにつけられているたづなのようなロープを、しっかりとにぎっていたのです)。

 

 風はますますごうごうと、そのいきおいをまして流れていきました。

 

 

 

 こがね色に光りかがやく、しんぴ的な植物たち……。その場所に立つ木々は、まるでおうごんでできているかのような、ふしぎなこがね色のかがやきを放っていました。のびるえだも、葉もつるも、すべてがあわくほんのりとした、美しいかがやきにみたされていたのです。左右にならんだ木々は、まるでそのさきの世界へとつながる、門のようでした。その門のあいだには、古い古い道がいっぽん通っております(この道はこのアークランドが生まれるいぜんから、この場所にありました! 気の遠くなるような大むかしです)。そして道の上には、やがて木々のえだがあつくおおい重なっていき、道はそのまま、こがね色に光りかがやくおうごんのトンネルへと変わっていきました。

 

 そのこがね色のトンネルの中を、ひとり歩いてゆく者がいました。すらりとほそく、それでいてたくましいからだつき。白と青の美しい衣服。そしてなによりいちばんいんしょう的だったのは、そのさらさらと美しい、青いかみでした。

 

 この青がみを見れば、みなさんにはかれがだれだか? すぐにわかると思います。そう、かれはリュインのしきかんにしてリズのお兄さん、失われしシルフィア種族の青年、リストール・グラントでした。リストールは今、シープロンドのくにのそのまた上の山、せいなるタドゥーリ連山のそのひみつの地の中へと、分けいっているところだったのです。

 

 かつてアークランドをはんえいへとみちびいてくれた、植物の種族ネクタリア。それから百年あまり。かれらも花の騎士団も、このアークランドからすがたを消していきました。かれらが消えていった土地、それこそが、このタドゥーリ連山のせいなる土地の中だったのです。そしてこのこがね色に光りかがやく木々の門のあるところを知っている者は、今やこのアークランドには、ただひとりしかいませんでした。それが、リストールだったのです。

 

 リストールは花の騎士団を去るとき、この門の場所、そしてそのひらき方を、ぜったいに口にしないというやくそくをしていました。もししゃべれば、ネクタリアたちはこの門をえいえんにとざし、そしてにどと、この世界へはもどってこないことでしょう。リストールはまさに、アークランドとネクタリアたちのことをつなぐ、きぼうのかけ橋そのものだったのです。

 

 だれも知る者のない大むかしのひみつの道を、ひとりゆくリストール。その胸に、かたいかたいこころざしをひめて、かれは進んでいきました。

 

 今のかれには、いつもとちがうところがひとつありました。それは……、なんにも持っていないということ。リュインのしきかんであるかれは、剣のうでまえもたいしたものでした。いもうとのリズとはなんども戦って(れんしゅうとしてです。けんかじゃありませんよ)、おたがいにいっぽもひけを取らないほどのよきライバルになっていたのです(これは兄といもうとだからこそといったところでした。ふつうだったら、剣じゅつしなんやくをつとめるほどのうでまえのリズには、いかにしきかんであるリストールといえども、よういにはたちうちできるものではありません。だってリズは、あのライラとも肩をならべるほどの、剣のたつじんでしたから。ほんとうの家族であればこそ、リストールはリズの剣のたちすじを読んで、ごかくに戦うことができていたのです。まあリズは今は、音楽の道にうつってしまいましたけど……)。ですがかれの腰には今、剣はさしてありませんでした。かばんもポーチも、なにも身につけておりません。リストールはほんとうに、まったくの手ぶらのままで、ここにやってきたのです。

 

 しかしいくらせいなる地といっても、思いもよらない危険がとつぜんにふってこないともかぎりません。武器のひとつくらいは、持っていくのがふつうでした。ですが……。

 

 リストールはこのほうもんがとてもとくべつなものであるということを、よくりかいしていたのです。失われしネクタリアたち。かれらをこの世界にひきもどすことができるかどうか? それはひとえに、自分のこの両の肩にかかっていましたから。

 

 リストールはその強いかくごをあらわすために、武器もなにも持たずにここへやってきました。それはネクタリアたちへの、思いのあらわれからのことでもありました。かれらと会うのに、武器や道具はなにもいらなかったのです。必要なのは、自身のその強い心のみ。かれらにはただひたすらに心をひらき、そして心をひらいてもらうほか、ありませんでしたから(ちなみに、リストールもリズと同じように、シルフィアの力によって自分の精霊エネルギーを剣のかたちに変えて、敵をこうげきするというようなこともできましたが、リストールはそんなことをふだんからおこなっているというわけではありませんでしたし、できればそんな力は使いたくないとも思っていたのです。リストールは自分が持つ剣は、あくまでも、ベーカーランドのほかの仲間たちと同じく、ふつうの剣であるべきだと思っていました。ですからリストールがこの地に剣もなにも持たずにやってきたのは、やはりネクタリアたちに対しての、しょうじきな心のあらわれにほかならなかったのです)。

 

 そのとき……。

 

 

   ひゅんっ! ぼぼんっ!

 

 

 とつぜん、リストールの足もとの地面になにかが飛んできて、それがみどり色のかがやく光の波となって、ばくはつしました!(ば、ばくだん?)

 

 ですがリストールのからだには、なんのけがもありませんでした。見ると、リストールの立っているそのほんのちょっとさきの地面に、いっぽんの矢がささっていたのです(その矢の頭にはこがね色の羽が取りつけられていて、それがほわほわと光っていました)。そしてリストールの、その足もとには……。

 

 植物のつるです! 飛んできた矢からはじけた光がリストールの足にふりそそぎ、それがほんものの植物のつるとなって、リストールの足にからみついていました! そしてさらにおどろくべきことが。

 

 リストールの足にからみついたその植物のつるは、ぐんぐんとのびていって、そのままリストールのからだをすっかりしばりつけてしまったのです! これではまったく、身動きが取れません。いったいこれは……?

 

 

 「ふたたびきみに会うことになろうとは、思いもしませんでしたよ。」

 

 

 とつぜん、頭の上から声がひびきました!(それはふわふわとした、とらえどころのない声でした。)リストールがしせんを上にむけてみると……、こがね色にかがやくえだの上で、ほそくて美しい、人間のようなすがたをした男の人が四人、こちらのことを見下ろしていたのです。しかもそのうちの三人は、こちらへとむけて弓をかまえたままでした!(さきほどの矢は、かれらが放ったものでした。)

 

 かれらはみな、美しいデザインのみどり色のよろいを着ていました。ですがよろいといっても、そんなにごちごちとしたものではありません。その表めんはとてもなめらかで、たくさんの葉っぱや花があしらわれていました。そしてこのよろいは手足を動かすのにさまたげとなることもなく、そのうえとてもかるいのです(じっさいこのよろいには、ほんものの木や葉っぱがざいりょうとして使われていました。でもおどろくほどがんじょうで、騎士たちが着こむぶあついよろいと同じくらい、かたいのです)。

 

 そしてかれらはみな、これまた美しいデザインの弓を持っていました。こがね色の羽のついた矢のはいったケースを、背中につけております。腰には小さな剣も見えましたが、これはあんまり使っていないようでした(弓を使うことばかりのようでしたから)。

 

 かれらのかっこうからわかること。つまりかれらは、この土地のことを守る兵士たちでした。しかし兵士といっても、よろいかぶとにがっちりと身をかためた兵士たちではなく、このように、さっそうとした身のこなしで森の中や木々の上をゆきかって、えものをねらう。かれらは、いっぱんにはレンジャーとよばれている、森のかりゅうどたちだったのです。その中のひとりが今、木のえだの上から、リストールにむかって声をかけたというわけでした。

 

 「ひさしぶりだね、クライユルト。変わりがなくてうれしいよ。」

 

 兵士の言葉にこたえて、リストールがとてもおちついたようすでそういいました。からだ中を植物のつるでしばられているというのに、ぜんぜん気にもしていないようすです。それにリストールは、かれらのことをよく知っているようでした。ということは……?

 

 「なにをしに、もどってきたんです? もういちど、花の騎士団にもどりたいんですか? ざんねんながら、それはできない。きみも知っているはずだ。騎士団は、いちどぬけた者を、ふたたびむかえいれることはしない。」

 

 クライユルトとよばれたその人は、そういって、リストールのことをじっと見つめました(こんどはふつうの声でした。さきほどはまだ、かれらのすがたはいわば精霊のようなそんざいだったのであって、はっきりとした言葉でしゃべれなかったのです。ですからふわふわとした、とらえどころのない声でした)。見た目のねんれいは、リストールと同じくらい。みどり色がかったこがね色のかみ、深いエメラルド色のひとみ。そしてみなさんのごそうぞうの通り、このクライユルトという人物をふくむかれら四人の者たちは、みなネクタリア種族の者たちだったのです!

 

 かれらのすがたかたちは、ふつうの人間とあんまり変わりませんでした(みなリストールと同じくらいのとしの青年たちでした)。ですがひとつだけ、かれらがネクタリアだとすぐにわかることがありました。かれらの頭の横には、いちりんか、あるいはいくつかの、美しい花がさいていたのです! これは人それぞれでちがう花がさいていて、クライユルトの場合では、大きな白いゆりの花がいちりんさいていました(ちなみに、この花は取れても、しばらくするとまたさくそうです。ですけどむりに取ろうとすると、わきばらをくすぐられているかのように、とてもくすぐったいのだということでした。ネクタリアでないとよくわかりませんが……)。

 

 クライユルトはとても美しい人でしたが、その目はつめたく、リストールのことを見すえたままでした。

 

 「わかっている。わたしがきたのは、そのことでではないよ。」リストールがおちついたようすのまま、クライユルトにいいました(ほんとうなら手のひらをクライユルトにむけてなだめたいところでしたが、しばられているのでできませんでした)。

 

 「クライユルト。わたしはアークランドに残って、いろいろなものを見たよ。」リストールがつづけます。

 

 「人々はたしかに、しぜんにさからっているかもしれない。だが、かれらには、われわれが知らない、いいところだってたくさんある。アークランドには、きぼうがあるんだ。そのアークランドが今、めつぼうの危機にある。わたしは、アークランドを助けたい。わたしはそのために、ここへやってきた。」

 

 クライユルトとかれの三人の仲間たちは、みなリストールのことをじっと見つめていました。それはまるで、リストールの心の中を読み取ろうとしているかのようでした。かれらはこのかつての仲間に対して、まだうたがいの心をすてきってはいないようでした。

 

 「きみたちの力を、ぜひ貸してほしい。もういちど、アークランドのために力を貸してほしいんだ。わたしを、セハリアさまのところへつれていってほしい。かならず、セハリアさまの心を動かしてみせる。」

 

 リストールがかたいけついのもと、かつての仲間たちにいいました。それでもクライユルトたちはまだ、リストールに対してのけいかいをとこうとはしません。

ですが……。

 

 やがてかれらも、その表じょうをゆるめたのです。リストールの心には、一点のくもりもありませんでしたから。

 

 「われらには、きみをむかえいれるぎむはない。」クライユルトが、つめたくいい放ちました。

 

 「われらはきみを、すぐに追いかえさなければならない。だが、きみのその心にこたえないのは、われらネクタリアの、はじだ。ネクタリアはなによりも、めいよを重んじる。そしてきみのその心にも、われらは敬意をはらう。」

 

 クライユルトはそのまま、しばらくのあいだだまっていました。そしてそれからようやくのことで、こうつげたのです。

 

 「リストール、かつての友よ。きみに、なにができるのか? やってみるといい。きみの力を、ためしてみるといい。セハリアさまのところへ、きみをつれていこう。そこからさきは、きみだけの力で、道を切りひらくのだ。われらはだれも、きみを助けることはできない。」

 

 

 

 ひみつの場所の、そのいちばんひみつの場所へ……。

 

 ここはタドゥーリ連山のおくの、そのまたおく。シープロンドの者たちすらだれも知らない、しんぴの場所でした。立ちならぶ木々はおうごんのかがやきを放ち、草のいっぽんいっぽんにいたるまでが、すいしょうのかがやきを放っております。さきほこる花々は、まさにこの世にふたつとない宝石のよう。これらのものがしぜんのまま、あるがままに、この大むかしの広場の地面をうめつくしていました。

 

 銀色にかがやく小さなとんぼのような生きものたちが、すいすいと空中を飛びかっていきます。そしてそのあとにつづいて……。

 

 今この広場につづくいっぽんの古い石だたみの道を、なん人かの者たちがこちらへとむかって歩いてきました。やってきた者たちは、五人。そのうちの四人は、みな同じようなみどり色のよろいを着ております。手には長くて美しい、弓を持っていました。そしてその四人の者たちが、まん中にいる五人目の人物のことを、取りかこんでいたのです。

 

 いうまでもなく、五人目の人物、それはリストール・グラントでした。そしてかれのことをかこんでいるのは、かつてのリストールの友、クライユルトをはじめとするネクタリアの者たちだったのです(ところで、ネクタリアであるかれらは、見た目はみな人間の青年のようでしたが、ほんとうのねんれいはまったくわかりませんでした。ネクタリアは、ぜんぜんとしを取らないのです。そしてシルフィア種族のリストールも、ほんとうのねんれいはだれにもわかりませんでした。たしか花の騎士団がアークランドを去っていったのは、百年もむかしのことだそうですが……。ってことは、リストールもすくなくとも、百さい以上ということに……。う~ん、あんまりそのことについては、考えないようにしましょう。あと、リズもそのときリストールといっしょにいたわけですから、百さい以上ということに……)。

 

 広場にはたくさんの石のちょうこくが、あちこちにころがっていました。それらはみな、こけむして植物のつるがまきつき、小さなたくさんの花々がさいております。よく見るとそれらのちょうこくは、やりを持った兵士たちだったり、本を広げた学者のすがただったり。そしてそれらのちょうこくは、すべて、ふしぎなかがやき方をするみどり色がかった石でつくられていました。この石は、どこかで見たことがあります。そう、セイレン大橋やその橋の上の石のちょうこくと、同じ石のようでした。この広場にあるちょうこくも、あの橋の上のちょうこくをつくった者たちと、同じ者たちがつくったものなのでしょうか? ですがそれも、今となってはしらべようもありませんでした。これらのちょうこくは、もうなん千年という、遠い遠いむかしにつくられたものでしたから。

 

 その広場のそのいちばんおく、そこには同じく気の遠くなるような大むかしにつくられた、ひとつのさいだんのあとがありました。もうすっかり植物がしげり、そのすきまからわずかに、みどり色の石ぐみが見えているばかりです。そしてそのさいだんのわきに、なん人かのネクタリアの者たちが立っていて、こちらのことをじっと見つめていました(頭の横に花がさいていましたから、すぐにネクタリアだとわかりました)。

 

 その中のひとり、その人はほかのだれよりもまばゆい、光を放っていました(じっさいに光っているわけではありません。光りかがやいているかのようなすばらしい人物ということです)。もう見ただけで、この人がネクタリアの中でもとてもとくべつなそんざいであるのだということが、すぐにわかったのです。その人は、女の人でした。背が高く、すらりとしていて、長く美しいおうごんのかみ。その大きなすいこまれるようなこはく色のひとみは、静かな夕暮れのみずうみの、水めんのよう。白地にもも色で植物のもようがデザインされた、みごとなよろいを着ていて、腰には同じく、白ともも色でデザインされたさやにおさまった、大きな剣をさしております。そして頭の横には、ネクタリアであることをあらわす花。この人の場合は白ともも色のまじった、美しいらんの花がさいていました(それも、たくさん)。

 

 リストールたちの一行がこの広場にやってくると、まわりからどよめきの声が上がりました。見ると、さきほどまでは気がつきませんでしたが、この広場のまわりをいちめん取りかこむように、たくさんのネクタリアの者たちが集まっていたのです(かれらは自分たちのけはいを消す、たつじんたちでした。とつぜんあらわれたり消えたりするのは、かれらのとくいわざだったのです。まるでモーグだったころのロザムンディアの、ゆうれいさんたちみたいに……)。かれらはリストールのことを見て、とてもおどろきました。このせいなるネクタリアの地にそとからの者がやってくるなんて、今までいちどたりとて、なかったことでしたから。

 

 そんな中、先頭をゆくクライユルトが白いよろいの女の人に近づき、うやうやしくおじぎをしていいました。

 

 「もと、花の騎士、リステロント・グランテルドにございます。セハリアさまに、かきゅうの用あって、まいったと申しております。」(かきゅうの用というのは、ひじょうにさしせまった、だいじな急ぎのようじのことをいいます。)

 

 クライユルトがそういうと、リストールのことをかこんでいた兵士たちが、左右にすっとしりぞきました。

 

 兵士たちの中からすがたをあらわした、リストール(ちなみに、かれらのもとではリストールはほんとうの名まえ、リステロントという名まえを名のっていました。リストールという名は、かれがベーカーランドにうつってから名のりはじめた名まえだったのです。でもややこしくなってしまいますので、ここでもそのまま、リストールという名でよばせてもらいますね)。リストールはセハリアというこのネクタリアたちの長にむかって、深々と頭を下げました。そう、クライユルトのたいどからもわかる通り、セハリアはかれらネクタリアたちのすべてをおさめる、いだいなる花の騎士団の長だったのです! どうりで、ただごとならないふんいきを持っているはずでした(ネクタリアたちは、みずからのくにを持ちません。そのかわりに、かれらは花の騎士団をけっせいして、かれら種族たちのことをまとめ上げていました。セハリアはその花の騎士団の長。つまりそれはネクタリアの中でも、いちばんえらいということなのです。くにの中でいえば王さまか女王さまと同じくらい、えらいのでした。おまけに、このはくりょくたっぷりのそんざい感! クライユルトやリストールがちぢこまってしまうのも、わかりますよね。ちょっとライラに、にてるかも)。

 

 セハリアはリストールのことを、じっと見つめていました。こうごうしいまでの美しさ、まばゆさ。このセハリアという人に見つめられたのなら、どんな人物だって、そのみりょくのとりこになってしまうことでしょう(すいません。わたしもそのうちのひとりです)。じっさいセハリアの目にはふしぎな力があって、見つめた者のその心のおく底を、読み取ることができました。ですからかのじょの前では、どんなかくしごともゆるされないのです。それはリストールも、じゅうぶんにわかっていたことでした(もとよりリストールは、うそをいうつもりなどは、みじんもありませんでしたが)。

 

 「クライユルト。」

 

 セハリアがとつぜん、クライユルトのことをよびました。その声はいげんにみちていましたが、ほかのネクタリアの者たちと同じく、つめたい声でした。

 

 「そなたのつとめは、なんであったか? いかなる者も、そとの世界より、このしんせいなるネクタリアの地に、ふみいれさせてはならぬ。知らぬはずではあるまいな?」

 

 これをきいて、クライユルトは「ははっ。」ときょうしゅくして、身をちぢこませてしまいます。どうやらこのセハリアという人は、いげんたっぷりなのに加えて、か・な・り、こわい人のようですね(やっぱりライラににていますね)。

 

 「そ、それはじゅうぶんに、しょうちしております。ですが……」

 

 「よい。」クライユルトがさいごまでいうまでもなく、セハリアが口をはさみました。「そなたは、その者と仲がよかったようだな。ともになんども戦い、ネクタリアの地を守ったあいだがら。気持ちがわからぬでもない。」

 

 セハリアの言葉に、クライユルトはもういちど、「ははっ。」とちぢこまりました。

セハリアのいう通り、クライユルトはかつてリストールのいちばんの友として、たくさんの冒険をともにしてきたのです。だからこそクライユルトは、ネクタリアのおきてを破ってまで、リストールのことをこの地にまねきいれました。そっけないつめたいたいどを取っていたクライユルトでしたが、その心の中では、かつての友にふたたび会えたことを、とてもうれしく思っていたのです。そしてリストールも、そのことはよくわかっていました(ほんとうの友だちというものは、口に出さずとも、心で通じあえるものなのです)。

 

 「だが、おきてはおきて。そのほうには、追って、ばつを与える。心するがよい。」セハリアの言葉に、クライユルトは深々とおじぎをして、わきに下がっていきました。

 

 

 そのあいだも、リストールはずっと身動きもしないまま、セハリアに頭を下げつづけていました。ここではむやみに口をひらいてはいけないということを、かれはよく知っていたのです。セハリアはその心を見通す目で、リストールのことをじっと見つめつづけていました。

 

 

 あたりには、なんともいえないぴりぴりとしたきんちょうが走っております。

 

 そしてようやく、セハリアが口をひらきました。

 

 

 「頭を上げよ、リステロント。」

 

 セハリアがそういうと、リストールは、すっと頭を上げ、しせいを正しました。そのひとみは、じっとセハリアの目を見つめております。どんなかくしごともない。わたしのすべての気持ちをくみ取ってほしい。リストールのかたいけついのあらわれでした。

 

 「騎士のくらいを投げうってまで、えらんだ道。そなたはそこで、なにを見、なにを得たのか? 今こそ、そのしんかをとうべきとき。申してみよ。」

 

 セハリアのするどいまなざしが、つきささらんまでにリストールにむけられました。ネクタリアのすべて、花の騎士団のすべてをつかさどる、セハリア。リストールがむきあっているのは、セハリアというひとりの人物だけではありません。今まさにリストールは、ネクタリアというひとつの種族そのもののことを、相手にしていたのです。それはあまりにも大きく、そしてあまりにも力強い相手でした。

 

 

 リストールの思いが、ためされるときです。

 

 

 「わたしは、」リストールが、静かに口をひらきました。

 

 「わたしは、アークランドにきぼうを見ました。かの地には、みらいがあるのです。かがやける、みらいが。そのみらいが今、失われようとしています。」

 

 リストールの言葉に、まわりのネクタリアたちはひそひそと、となりの者たちとなにかを話しはじめました。しかしリストールは変わることなく、力をこめて話をつづけます。

 

 「アークランドでは、多くの者たちが、まちがった道を進んでいます。しぜんをないがしろにし、おのれのよくぼうのために動いております。ですが同じく、多くの者たちが、まちがいを正し、みらいを切りひらこうともしているのです。みらいは、人が切りひらくもの。きまったみらいなどというものはありません。

 

 「かれらを見かぎり、見すてることは、たやすい。ですがそれは、あまりにも早まった考えです。かれらから、みらいを切りひらく、そのおこないをうばってはなりません。それは、すべての種族の者たちとて、同じこと。すべての種族の者たちが、みらいを切りひらく、ひとしいけんりを持っているはずです。

 

 「そしてそれぞれの種族は、そのために、力を貸しあっていくべきです。ひとつの種族のみがすぐれていたり、おとっていたりするなどということは、ありません。われらはみな、びょうどうにこの世界に暮らす、みらいを持つ、ひとつの仲間であるはずなのですから。」

 

 リストールの、たましいのこもった言葉たち。いつのまにか、ひそひそと話しをしていた者たちも口をとざし、リストールの言葉にすっかりその心をかたむけていました。

リストールは、そしてもういちどセハリアに、いえ、すべてのネクタリアの者たちに頭を下げ、地面にひざまずいていいました。

 

 「どうか、かれらがみらいを切りひらく、そのための力をお貸し与えください。かれらは今、そとからのおそろしい力によって、めつぼうの危機にさらされております。それは、かれらの運命をはずれているものです。かれらには、どうすることもできない力です。かれらにもういちど、みらいをお与えください。それができるのは、あなた方をおいて、ほかにないのです。どうか、お願いです。」

 

 リストールは頭を下げたまま、ただただお願いしました。リストールにできることは、もうそれだけでした。いうべきことは、みんないったのです。すべての心を、出しきったのです。これでだめなら、もうリストールには、どうすることもできませんでした。

 

 

 どれほどの時間がたったのでしょう? 

 

 長い長いねん月を生きてきたリストールにとっても、それは気が遠くなるほどのときに感じられました。自分のまわりには、もうだれもいないかのように感じられました。このまま頭を上げたら、自分のまわりには、やみばかりが広がっているのではないか?そんなふうにさえかれには感じられたのです。

 

 アークランドを見かぎり、去っていったネクタリアたち。かれらはリストールの心に、どうこたえるのでしょうか? リストールの言葉は、かれらの心にどうひびいたのでしょうか?

 

 すべては、ネクタリアのたみのすべてをまとめ上げる、セハリアの心ひとつでした。

 

 

 「そなたは、」

 

 セハリアの声がひびきました。もうネクタリアたちはみんな、光のむこうへ去っていってしまったのではないか? そんな思いすら生まれていた中で、セハリアの声は、まさにきぼうの光でした。

 

 しかし……。

 

 「ずいぶんと、口がたっしゃになったものだな。それも、アークランドで得たものか?」

 

 その言葉をきいたリストールは、思わず顔を上げてしまいました。セハリアが自分のことを、じっと見つめております。その表じょうは、変わらずつめたいままでした。

だめだった……。リストールはそう思いました。セハリアさまを怒らせてしまった。ちょうしに乗って、しゃべりすぎてしまった……。リストールはそう思いました。

 

 「そなたのいったことは、なにもまちがってはおらぬ。そしてそなたの心は、すべてわたしの心にとどいた。それはみとめてやろう。」セハリアが、表じょうを変えることなく、感じょうをこめることもなく、つづけました。

 

 「そなたの心には、一点のくもりもない。すべて、まことのことを申しておる。それもみとめよう。」

 

 「だが、」セハリアはそこで、急にくるりとうしろにむきなおりました。その目のさきは、遠くみらいを見すえているかのようでした。

 

 「そなたの申したこと、それはすべて、そなたひとりがそう感じておるだけだ。きぼうだと? すべての者に、ひとしいけんりだと? 知ったふうなことを。ひとつの種の運命など、だれにもきめられぬ。ほろびの運命がさしせまっているのなら、あまんじて、それを受けいれるのみ。だれに、その運命を変えることができようか? そんなものは、ただのげんそうにすぎぬ。夢まぼろしの、はかなききたいにすぎぬわ。」

 

 遠い遠いむかしから、この世界に生きてきたセハリア。かのじょはわたしたちがそうぞうすることもできないくらいに、たくさんのことを見てきたのです。たくさんの種族の者たちが、かのじょと出会い、そしてわかれていきました。かのじょにもどうすることもできない、ほろびの運命の中に消えていった者たちのことも、セハリアは数えきれないほど見てきたのです。

 

 セハリアの言葉は、かるがるしいものではありませんでした。セハリアはけっして、ほかの者たちのことを、つめたく見放したいわけではなかったのです。ですが、ただすくいたいという気持ちだけで手をさしのべるだけでは、どうにもならないこともあるのだということを、セハリアはだれよりもよく知っていました。めつぼうの危機にある世界。その世界にそとの世界の者たちが、あんいに手をさしのべてよいものか? おのれのむりょくさからくるぜつぼうを、ふたたび胸の中にあふれかえらせることになるだけではないのか? セハリアは今ふたたび、そのまよいの中に立たされていたのです。それはリストールの心のその大きさを、はるかにこえている思いでした。

 

 「なにが正しく、なにがまちがっているのか? それはおそらく、だれにもわかるまい。」セハリアが、だれにいうともなくそういいました。もしかしたら、自分の胸の中に、もういちどといかけていたのかもしれません。セハリアは古い古い石だたみの上を、こつこつと歩いていきました。

 

 「リステロントよ、そなたの申したことは、くうきょなげんそうにすぎぬ。だが、ときにげんそうとは、げんじつの世界以上にしんじつを語るものだ。」セハリアはそういって、その両のひとみをとじました。

 

 そしてセハリアは、そのまま静かに、こういったのです。

 

 

 「そなたのげんそうに、乗ってみるべきなのか……」

 

 

 これをきいて、リストールは思わず身を起こしていいました。

 

 「そ、それでは……!」

 

 そして、リストールはそこで、セハリアからのさいごの言葉をさずかったのです。それはリストールがはじめにのぞんでいたものとは、ちがうものでした。ですがその言葉こそが、ほろびのときをむかえようとしているアークランドのことをすくう、まさしくきぼうの光となったのです。

 

 セハリアがふたたび、そのひとみをひらきました。そのすがたはさらにこうごうしく、さらなるしんぴの光にみちあふれているかのように感じられました。

 

 「かんちがいをするな。わたしは、そなたの口車に乗せられたのではない。ただ、アークランドというひとつの世界のかちを、この目でみずから、もういちど見さだめたいと思っただけだ。すべてのネクタリアたちをすべる、花の騎士団騎士長、セハリア・シリルロウの、この両の目でな。」

 

 セハリアはそういって、ほんのわずかですが、口もとをゆるめました(つまり笑ったということです。セハリアが笑うなんてことはめったにあることではありませんでしたから、ネクタリアの者たちはみな、とてもおどろいたものでした)。

 

 

 や、やった……! ついにやったのです! 

 

 セハリアの心は、ネクタリアの心。リストールはついに、ネクタリアの協力を得たのです!

 

 

 セハリアがその力強き右うでをさっと横にふり、いげんにみちあふれた声で、配下のネクタリアの者たちにめいじました。

 

 「ただちに、したくをせよ! われらはこれより、アークランドにしんげきする! リステロント、部隊のしきは、そなたにまかせてよいのであろうな? わたしをがっかりさせるでないぞ。」

 

 リストールはただただかんしゃの心をもって、このいだいなるネクタリアの長に、敬意の気持ちをあらわすばかりでした。

 

 「ありがとうございます! ありがとうございます……」

 

 

 

 ゆうきゅうのえいちをほこる、花の騎士団。ネクタリアのそのたのもしきせいえいの者たちが、今百年のさいげつを越えて、ふたたびアークランドの地へおもむこうとしています。かれらの力は、これからむかえるさいごの運命のうずの中に、どのようにひびき渡り、そしてまじりあっていくのでしょうか?

 

 それぞれの道が今、ひとつにあわさろうとしています。

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「えん軍は、のぞめませんでしたね……」

       「あれが、魔法使いにょ城へとつづく、けっかいだ。」

    「ロビーさまですね。」

       「ひひーん! ひん! ぶるるる!」


第26章「なまり色の空の下」に続きます。



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26、なまり色の空の下

 暗くふきつな雲が、頭上にあつくたれこめていました。ほんらいならばおひさまの光がさんさんとふりそそぐ、まひるも近い時間だというのに、あたりはまるで、夜のとばりがおりたかのように、うす暗かったのです。ときおり、かちゃかちゃと、剣やよろいの立てる小さな音がきこえてきました。ですがそれいがいは、みな声を立てる者もなく、すべてがしーんと静まりかえっていたのです。

 

 その静けさの中、ふいに地面のむこうから、なにかのひびく音がきこえてきました。それはもうなんべんもきいて、おなじみになってしまった音。地面を小さくゆらしてかける、大きな生きものの音。そう、それは、馬のかける音でした。広い平原のかなたから今、二頭の騎馬たちと、そしてそれぞれの背にまたがった、ふたりの人物がやってきたのです。

 

 近くまでやってくると、かれらが白いよろいかぶとに身をつつんだ、兵士たちであるということがわかりました。白いきぬのマントをはおっていて、そしてそのマントには、われらがきぼうのしるしがぬいこまれていたのです。それはベーカーランドの白きもんしょう。そう、かれらはわれらがベーカーランドの、ゆうかんなる兵士たちでした。

 

 兵士たちは騎馬たちの背からおり立つと、急いでその場にひざまずき、手みじかにほうこくを伝えました。

 

 「敵軍、すでにべゼロインへのじん、ととのえ終えております! もはや進軍は、時間の問題かと!」

 

 兵士たちのそのさきには、ほうこくを受けたかれらのしきかんたちが立っていました。エメラルド色のもようのはいった白いよろいに身をつつんだ、美しいこがね色のかみの少女。そしてベーカーランドのきぼうのもんしょうのはいった騎士のくさりかたびらに身をつつんだ、はい色のかみの者たち。そうです、かれらはわれらがえいゆうたち。剣のたつじん、ライラ・アシュロイ。しんのリーダーたるベルグエルム・メルサル。そのベルグエルムのたのもしき仲間でありいちばんの友でもある、フェリアル・ムーブランド。かれら三人のしきかんたちでした(ベルグエルム、ライラ、そしてフェリアルファンのみなさん、お待たせいたしました。さいきん、かれらの出番がすくない? このあとしっかり、かつやくしてもらいますから)。

 

 「そうか。」

 

 ライラがかなたを見すえながら、きびしい目をしていいました。そのさきには、かすみのかかった大地のむこうに、かつての自由のとりで、べゼロインとりでがあるのです(そのとりでは今や敵のものとなり、そして黒の軍勢は今、そのとりでにじんどっているところだったのです。ふたりの兵士たちはそのべゼロインとりでのようすを、ていさつにいっていました)。

 

 「とくしに伝えよ。ベーカーランドは、われら白の勇士、千二百でむかえうつと。」

 

 「はっ!」

 

 ライラの言葉に、ほうこくにきた兵士たちはふたたび騎馬たちに乗りこんで、仲間たちのもとへとかけていきました(今は戦いの前。いくさのはじまりにはそれぞれの軍の使者たち、とくしたちが、おたがいの兵力をたしかめあって、それからそれに見あった兵士の数で、戦いがはじめられるのです。ふつうの戦いであれば、おたがいの兵の数をたしかめあえばそれでよかったのですが、相手がワットの場合はべつでした。黒の軍勢の兵の数が、こちらの兵力の三ばいにみたないということは、ほとんどあり得なかったからです。黒の軍勢は相手の兵の数にあわせて、その三ばいの「とくにゆうしゅうなる兵士たち」をえらんで、戦いをはじめるのがつねでした。数だけでも多いのに、しかもそれらがすべてうでききぞろいときていましたから、ワットの黒の軍勢が強いのもうなずけるわけなのです。

 

 そしてもうひとつ……、われらが白き勢力にとって、とても不利となるいくさのルールがありました。それはいぜん、べゼロインとりででの戦いのときに、わたしがすこしだけお伝えしたものなのですが、もういちどくわしくお伝えしておきましょう。

 

 それは、「同じ相手国との十四日以内でのれんぞくしたいくさの場合、前回の戦いで負けたがわのくにの兵力には、そのくにが前回の戦いで使用した兵力の四十七.五パーセントぶんが加わっているものとしてあつかわれる」というものでした(かなりややこしい文章ですが……)。これはつまり、こんかいのベーカーランドの兵力の千二百に、さきのべゼロインの戦いでもちいた七百二十名の兵力の四十七.五パーセントぶんの兵力(三百四十二名)を、加えてあつかわなければならないということになるのです(はすうは切りすてます)。つまり、じっさいの人数は千二百ですが、このペナルティの数字を加えたぶんの(千五百四十二名の)兵力があるものとして、ベーカーランドはいくさをはじめなければなりませんでした。これにより相手国のワットは、その三ばいまでの兵力を、このいくさにもちいることができるのです(つまり計算すると、ワットは千五百四十二名の三ばい、四千六百二十六名までの兵力を、このいくさにもちいることができました。おそろしい数字です!)。これはくるしい戦いをしいられている白き勢力にとって、ほんとうにきびしいルールでした)。

 

 「えん軍は、のぞめませんでしたね……」ライラのとなりに立っているフェリアルが、ライラにいいました。「ノランどのは、まかせておけとおっしゃいましたが、ほんとうに、この兵力でたちうちできるのでしょうか?」

 

 「やるしかないのだ。」ライラが前を見すえたまま、フェリアルの言葉にこたえました。「今は、そんなことをいっている場合ではない。与えられたじょうきょうで、さいだいげんの力をひき出すことが、われら、しきかんのつとめであろう?」

 

 「そ、それはそうですが……」

 

 フェリアルはそういって、うしろをふりかえりました。草原のむこう、そこにはよく見なれた、エリル・シャンディーンのまちとお城がそびえています。かれらがいるのは、まちからしばらく進んだ、小高い丘の上でした。この丘のすそのにそって、白の勇士たち、ベーカーランドの兵士たちと白の騎兵師団の騎士たちが、黒の軍勢のことをむかえうつべく、じんを張っているところだったのです。

 

 ですがフェリアルの心配の通り、その数はあっとう的にすくないものでした。このくにを守りきれるかどうか? それはだれにも、いいきれることではなかったのです(兵士たちの数は千二百人。そのうちエリル・シャンディーンの兵士たちが四百、白の騎兵師団の騎士たちが三百五十、残りの四百五十は戦いのときにだけ集められる、ベーカーランドの者たちでした(この四百五十名の者たちはふだんはそれぞれのまちや村でほかのしごとをしていて、ていき的にエリル・シャンディーンをおとずれて、お城のしごとをしたり、戦いのくんれんを受けたりしていたのです。こんかいの戦いにあたって、それらすべての者たちが、兵士として集められました))。

 

 「ライラどののいう通りだ。」ベルグエルムが、フェリアルにいいました。「きみの気持ちは、よくわかる。だが、今は、目の前の戦いに集中するときだ。」

 

 ベルグエルムには、フェリアルの気持ちはよくわかっていました。なぜならベルグエルムもまた、フェリアルと同じ気持ちだったからです。フェリアルが目をむけていたさき、それはエリル・シャンディーンのまちやお城ばかりではありませんでした。かれが思いをむけていたのは、その場所にいる仲間たち。べゼロインの戦いで、おそろしき魔女たち(そしてその影にひそむアーザス)のさくりゃくによって、やみにとらわれてしまった、その仲間たちにだったのです。

 

 「かれらなら、きっと助かる。」ベルグエルムがフェリアルの肩に手をおいて、つづけます。「この戦いが終わったら、ワットの者たちに、かれらをもとにもどすよう、きつくめいじてやろう。魔女たちへのおしおきも、しっかり果たしてやらなければな。」

 

 ベルグエルムはそういって、ほほ笑みました。そのじょうだんまじりの言葉は、友のフェリアルの心を、とてもやわらげてくれました。おたがいにいちばんつらいときにこそ、はげましあい、助けあうことができる。それがほんとうの友だちというものなのです。

 

 「ありがとうございます。」フェリアルが、にこりと笑ってこたえました。「そうですよね。」

 

 「もうにどと、あんなまねはさせぬ。」ベルグエルムとフェリアルのやりとりを見て、ライラが横からいいました。

 

 「われら、白き勢力の底力、今こそ思いしらせてくれよう。」

 

 そういって、ライラは静かに、隊のもとへと歩き去っていきました(ここでひとつ、重要な説明を加えておきます。かれら、このさいごの戦いにのぞむベルグエルムたち、そして白き勇士たちは、リストールがネクタリアたちのえん軍を取りつけるというその大いなるしめいのために動いているのだということを、知りません。それはほんとうにさいごの大きなかけであって、うまくいくほしょうなども、やはりどこにもないことだったのです。そのためノランはリストールに、この大いなるしめい、かけのことは、仲間たちにも話すべきではないだろうと伝えていました(そしてこれはかくにんの取れたことではありませんが、ノランはアルマーク王にも、そのように伝えていたようでした)。もちろん、大きなのぞみが残されているということを仲間たちが前もって知っておけば、かれらの大きなはげみとなり、勇気ともなったことでしょう。ですがもしリストールが、ネクタリアたちの説得にしっぱいしたら……。ノランはこれらすべてのことを考えにいれたうえでも、仲間たちには、このえん軍のかのうせいのことはふせておきました。

 

 そのことについて、じつはノランの中にも、大きなまよいがありました。さいごの戦いでは、えん軍の助けがふかけつなものとなる。えん軍のきぼうすらないじょうきょうの中で、ベルグエルムたち、白き勇士たちのことを、このままつらくきびしい戦いの場に放り出してしまってよいものか? しかしノランは、やはり大けんじゃという立場の点からいっても、かくじつにいえるようなことではないことをかるがるしく口にしてしまっていいような、そんな人物ではなかったのです(これはノランにとっても、とてもつらいことでした)。そのため、さいごの戦いにのぞむベルグエルムたちにとっては、これまたとてもつらく、ざんこくなことかもしれませんでしたが、ノランはかれらには、くわしくはなにも伝えることなく、みずからのつとめの中に走っていきました)。

 

 「かのじょも、仲間たちのことを気にかけているのだ。」ベルグエルムが、去っていくライラのうしろすがたを見ながらいいました。「仲間たちのことは、今は、城の者たちにまかせよう。今は、前に進むべきときだ。」

 

 「はい。」フェリアルがこたえます。

 

 「この戦いでは、ガランドーも、敵のしきをとるだろう。おそらく、ディルバグ隊のな。」ベルグエルムがライラの背中を見つめながら、小さくつづけました。「われらは、かれと、あいまみえるかもしれない。それを、ライラどのもわかっている。ふくざつな気持ちだろう。だが、かのじょはそのことを、すこしもおもてに出さない。りっぱなしきかんだな。われらも、かのじょの心にこたえなければ。さあ、ゆくぞ。」

 

 そしてベルグエルムとフェリアルは、おたがいそれぞれのしきする隊の中へと、進んでいったのです。空はますます暗く、ほほにあたるつめたい風は、なにかのふきつな前ぶれであるかのようでした。

 

 

 

 むらさき色をしたぶきみなかみなりが、ごろごろと黒い空の上を走っていきました。はい色をしたこうもりのような生きものたちが、ばさばさと、あたりの岩から岩へと飛びかっていきます。

 

 なんというさみしいところなのでしょう。そしておそろしげなところなのでしょう。地面には、かれ木ばかりがぽつんぽつんとさみしげに立ち、がいこつのようなもようを背中に持った大きなかぶと虫のような生きものたちが、がじがじとその木のかわをかじっていました。まっ黒なインクのような水をたたえた池があちこちにあって、その水めんには、ぼこぼこと大きなあぶくが立ちのぼっております。その池のほとりには、同じくまっ黒なやぎのような動物たちや、黒い木のみきのようなからだを持った人のかたちをした生きものたちが集まってきていて、ごくごくとその水を飲んでいました。

 

 ここはいったいどこなのか? こんな場所は、このアークランドで今までみなさんが見てきた、どんなところにもあてはまりません。やみの精霊の谷にすこしにていましたが、いくらやみの精霊とはいえ、それでもあそこは精霊たちの住む地です。精霊のエネルギーが、(それがやみの精霊のエネルギーであっても)あの土地にはあふれていました。ですがこの場所には、精霊のエネルギーなんてものは、すこしも感じられません。なにかじゃあくな力によって、精霊のエネルギーも、そのほかのよいエネルギーも、みんなすいつくされてしまったかのようでした。ここはそんな、ふきつなところ。あとには、からっぽのむりょく感、そればかりが残されている、なんとも寒々しいところだったのです。ほんとうにここは、アークランドなのでしょうか?

 

 今その黒い空のかなたから、小さな光があらわれました。それはこのぶきみな空のやみを切りさく、すくいのような光でした。点のような小さな光はだんだんと大きくなり、やがてそれは、こがね色のつぶのような光となります。そしてついに、その光のかたちがはっきりと目に見て取れるものになりました。

 

 むらさきのいなびかりにてらされて、そのこがね色の光のしょうたいがあらわになりました。それはしんぴ的なおうごんのかがやきにつつまれた、大いなるつばさの光だったのです。

 

 

 ばさっ! ばさっ! 

 

 

 力強いつばさのはばたき。そしてそのおうごんのつばさの背には……、われらがきゅうせいしゅ、この物語の主人公、そう、ロビーが乗っていました。ついにロビーが、ラフェルドラードのその背中に乗って、このおそろしい土地の空へとやってきたのです。つまりここは……?

 

 そう、みなさんのごそうぞうの通り、このなんとも寒々しいふきつな黒の土地は、まぎれもなく、悪にそまったやみの魔法使いアーザスの住む、怒りの山脈でした!

 

 「見えたぞ。」

 

 ラフェルドラードが、その背に乗ったロビーにいいました。

 

 「あれが、魔法使いにょ城へとつづく、けっかいだ。」

 

 けっかい? いぜん、モーグだったころのロザムンディアのまちには、魔女のアルミラのかけたのろいのけっかいが張られていました。その中にはいる者をこばみ、あるいは出る者をこばむ。そんなおそろしいのろいのけっかいが、ここにも張られているというのです。しかしここに張られているのは、アルミラがかけたのろいのけっかいよりも、はるかに強力で、はるかにおそろしいものでした。それもそのはず。このけっかいを張りめぐらせたのは、ほかでもありません。やみの魔法使いアーザス、ほんにんでしたから!

 

 「わたしは、たびたび、こにょ場所までやってきた。アーザスにょようすをさぐるためににゃ。」ラフェルドラードが前を見すえたまま、ロビーにいいました。「だが、空からでは、あにょけっかいを越えることはできにゃい。アーザスにょ城へとゆくためには、地上から、歩いて、けっかいを越えてゆかねばにゃらにゃいにょだ。」

 

 「アーザスの、けっかい……」

 

 ロビーはおうごんのつばさごしに、かなたの空に広がるそのおそろしげな光景を目にしました。それはまさしく、悪夢の中の世界そのものでした。まっ黒な空の中に、むらさきと赤のもやもやとしたけむりのようなものが、うごめいていたのです。それはほんとうに、生きているかのようでした。ぐにぐにとそのかたちをたえず変えていて、その中に馬の頭やへびの頭のようなものがあらわれては、また、もとのけむりへともどっていくのです。あるときなどは、大きな人のようなかたちとなって、その巨大なこぶしをあたりになんのもくてきもなく、ふりおろしていました。そしてそのあとには、ただむらさき色のぶきみなかみなりのエネルギーだけが、ごろごろとまきちらかされていくのです。

 

 ロビーははじめて、アーザスのそんざいをじかに感じ取りました。今まで、ベルグエルムや、フェリアルや、エリル・シャンディーンの人々から、その話だけをきかされてきたロビー。ロビーはここにきてようやく、自分のじっさいのはだで、アーザスのそのおそろしさ、力を、感じ取ることとなったのです。

 

 

 アーザスは、たしかにここにいる……。

 

 

 ロビーには、それがはっきりと感じられました。腰の剣が、ずしりと、その重みをましたかのように感じられました。

 

 「けっかいのさきは、どうなっているんですか?」

 

 ロビーがラフェルドラードにたずねます。アーザスの待つ、怒りの山脈。そこはロビーにとって、まったくもって未知なる世界でした。すこしでもやくに立ちそうなことは、知っておく方がいいに越したことはありません。ですがロビーのその思いは、ほとんどかなえられなかったのです。

 

 「わからにゃい。けっかいにょさきにょ世界は、アーザスにょやみにょ魔法によって、大きく変えられてしまっているからだ。かつてこにょさきは、三十年前にょ、あにょ大いにゃる冒険にょぶたいであった。アークランドをおそった赤りゅうが、こにょさきにょ山で、さいごをむかえることとなったにょだ。それいらい、こにょ山に分けいった者はいにゃい。アーザスいがいはにゃ。」ラフェルドラードが、ロビーのしつもんにこたえていいました。

 

 「アーザスはここに、みずからにょ城をきずいた。わたしはいぜん、けっかいにょすきまから、ほんにょすこしだけ、そにょ城を見ることができたことがある。それはにゃんともいいようにょにゃい、おそろしい城だった。アーザスは、そこに住んでいるといわれているが、それがほんとうにょことにゃにょかどうかはわからにゃい。こにょさきは、きみは、自分にょ目と足で、道を乗り越えてゆかにゃければにゃらにゃいだろう。」

 

 ラフェルドラードの言葉に、ロビーはしばらくだまったままでした。敵の待つ、さいごの地。そこはかつての、大いなる戦いの場所。そして今は、よこしまなる魔法でゆがめられてしまった、のろわれたる土地であったのです。ですがロビーは、おじけづいたりなどはしませんでした。そこがどんなところであろうとも、どんなものが待ち受けていようとも、ロビーは進まなければならないのです。ロビーはひとりではありません。仲間たちの思いと、つねにいっしょなのですから。おそろしいアーザスののろいのけっかいのことを前にしても、ロビーの心はかたくかたく、変わることはありませんでした。

 

 「けっかいの入り口まで、どうかお願いします。そのさきは、ぼくひとりでいきます。」

 

 ロビーはけついの心を持って、ラフェルドラードにいいました。ラフェルドラードはなにもいわず、ただそのおうごんのつばさに力をこめて、その思いにこたえました。その背に乗った勇者に、さいだいの敬意をこめて……。

 

 

 それから、こがね色のつばさは、こののろわれたる土地の中へとおり立ったのです。そこはさきほど説明しました通り、ぶきみな生きものたちのうごめく、寒々しい土地でした。じっさいこの場所におり立った者は、ラフェルドラードをのぞいては、このアークランドでは数えるほどしかいないことでしょう。その中の四人は、みなさんもよく知っているあの四人です。今はそれぞれがひとつのくにの王さまとなっている、かつての王子たち。そう、それはノランとともに赤りゅうたいじの冒険へと出かけた、アルマーク、メリアン、ムンドベルク、そしてアルファズレドの、四人の者たちでした。そして今、ムンドベルクの子、ロビーベルク、ロビーが、こののろわれたる土地の地面をふみしめていたのです。みずからの、その大いなる運命にしたがって……。

 

 吹きぬける風は、このきせつにはそぐわないあつい風でした。わずかにちりちりと、砂やはいのつぶがほほにあたっていきます。なにかのこげたようなにおいが、あたり中に立ちこめていました。地面や岩かべはなにもかもまっ黒で、それはまるで、やみがそのまま、砂や石に変わってしまったかのようでした(これらのものはすべて、かつてこの場所でおこなわれたりゅうとのげきせんによって、生まれたものだといいます。りゅうの怒りのエネルギーが荒れくるい、この土地のすべてのものをやきつくし、やみとはいばかりにしてしまったのだということでした。そのりゅうがたいじされてから、もう三十年あまり。それでもいまだに、その怒りのエネルギーはおさまることなく、この土地をむしばみつづけていたのです)。

 

 「あそこだ。」

 

 さきに立つラフェルドラードが、前の方をゆびさしながらいいました。そこはごつごつとした黒い岩のせり出した、暗い暗い場所でした。地上にまっ黒なあながあいていて、うっかりそこに落ちてしまったとしたら、その者はなん日もなん日も落ちつづけていって、その果てにこの場所にたどりつくことになるのではないか? そこはそんなおそろしいそうぞうすら頭の中に浮かんできてしまうかのような、きぼうとはまったくむえんの、おそろしげな場所だったのです。

 

 「あにょトンネルが、アーザスにょ城にょ、ふもとにょ地へとつづいている。だが、トンネルにょさきにょそにょ地が、今、どうにゃっているにょか? それはわたしにもわからにゃい。」

 

 黒い岩がやねのようにせり出した、その場所のまん中。そこにまるで、すべての光をすいこんでしまうかのような黒いトンネルが、ぽっかりと口をあけていました。やみの精霊の谷でも、はぐくみの森の地下いせきでも、ロビーはこんなにおそろしげな気持ちにはなりませんでした。あのトンネルのくらやみの中に、百体ものおそろしげなかいぶつたちが待ちかまえているのではないか? 中にはいったとたん、すべてのいのちのエネルギーが、そのやみの中にすいつくされてしまうのではないか? そんなふうにさえロビーには思えました。

 

 ですがロビーは、ここを通っていかなければならないのです。

 

 「おそらく、アーザスはきみがここにきたことに、気づいているだろう。」ラフェルドラードがいいました。「こにょトンネルは、力持つ者しか通ることはできにゃい。わたしはいぜん、こにょトンネルにょ中にはいったことがある。だが、わたしはそこで、にゃんともいいようにょにゃい、おそろしい力にひきさかれそうににゃったにょだ。にゃん百という白い手が、わたしにょからだにまきついて、わたしにょことをひきさこうとした。わたしは、いにょちからがら、どうにか逃げ出すことができたが、こにょトンネルを通ることは、にゃみにょ者では、むりだということを知った。」

 

 「こにょトンネルには、アーザスにょにょろいがかけられているにょだ。光にょ力にゃくして、こにょトンネルをにゅけることはできにゃい。だが、きみにゃら、それができるだろう。たとえアーザスにょ目が、こにょしゅんかんにも、きみにむけられているとしてもにゃ。」

 

 ロビーは静かにうなずきました。さいごのための、さいしょのいっぽをふみ出すときです。ロビーはその手をラフェルドラードにさし出すと、やさしくほほ笑んでいいました。

 

 「ありがとうございました、ラフェルドラードさん。いってきます。」

 

 ロビーはそういってラフェルドラードとかたいあくしゅをかわし、ぺこりとおじぎをすると、その暗い暗いトンネルの入り口へとむかったのです。

 

 「あ、それと、」トンネルの入り口で、ロビーが急にふりかえりました。「もどったら、ライアンに伝えてください。おいしいお菓子があったら、きっと、持って帰るからと。」

 

 そしてロビーは、そのやみの中に消えていきました。

 

 

 

 ロビーの腰の剣が、青白い光を放ちはじめます。このトンネルが、あまりにも暗かったからでした。ロビーがそう思わずとも、しぜんと剣が光って、あかりをともしてくれたのです(はぐくみの森の地下いせき、いらいですね)。

 

 ロビーは青く光る剣をぬいて、そのつかをぎゅっとにぎりしめました。なにかここにきて急に、ロビーはこの剣が前にもまして、自分の意志を持っているかのように感じられました。剣と言葉をかわすことはできません。ですがたしかに、感じたのです。わたしの力を使いなさい。もうじき、すべてが終わります。けっちゃくのときは、すぐそこなのですと(これもイーフリープでロビーが得ることになった、新たなる力のためなのでしょうか?)。

 

 「けっちゃくのとき……」ロビーは思わず、そう口にしていました。

 

 アーザスとの、さいごの戦い。ですがロビーには、もうひとつ、とてもとてもたいせつなやくめが残されていました。父であるムンドベルクを、やみからすくうこと。それがロビーの背おった、そしてロビーにしかできない、さいごのつとめだったのです。

 

 

 待っていてください、お父さん。

 

 ロビーはやみのトンネルのそのさき、一点を見つめながら、心の中でいいました。

 

 ぼくがかならず、助け出すからね。

 

 

 せいなる剣のせいなる光をもってしても、さきを見通すことのできない、暗い暗いトンネル。そのおそろしいやみのトンネルの中にあっても、ロビーのその目は、くらやみのむこうに、かがやく光をたしかに見すえていたのです。

 

 

 トンネルの道は、とちゅうでなんどもまがりくねっていました。そしてそとはあつくはいまじりの風が吹きつけておりましたのに、このトンネルの中は、ひんやりと、いえ、背すじがこおりついてしまいそうなくらいにつめたく、そのうえぶきみだったのです(おばけ? と思ったしゅんかん、背すじがぞぞぞーっと寒くなったことはありませんか? このトンネルの中は、いつもそんな感じのつめたさなのです)。

 

 白い手か……。ロビーはラフェルドラードの言葉を思い出し、トンネルのかべやてんじょうに剣の光をあてながら、進んでいきました。この剣なら、切ってやっつけられるかな?

 

 しばらく進むと、トンネルはすこし広くなっているところにつながっていました。石のはしらがあちこちに立っていて、それらがずっと上のてんじょうにまで、つながっております。剣の光にびっくりして、きいきいいいながら、まっ黒い影が飛び去っていきました。はっきりとしたすがたは見えませんでしたが、たぶんこうもりみたいなものだろうと、ロビーは思いました(じっさいはこの生きものは、このアークランドとはべつの世界から飛んできた、シャグフェイという生きものでした。この生きものはむささびににていましたが、やみからやみへ、しゅんかんいどうして消え去ることができたのです。ただし光のあたるところでは、しゅんかんいどうはできません。ですから剣の光にびっくりしたこの生きものは、自分のつばさで、大あわてで逃げていったというわけでした)。

 

 石のはしらの立ちならぶ広間が、そこからずうっとつづいていました。のぼったり、おりたり。それぞれのはしらからは黒い水がしたたり落ちていて、地面に黒い水たまりをつくっております。そしてなんどか、それらの水が小さな流れとなって、ちょろちょろと道を横切っていました(それらの流れの水の上には黒いぷるぷるとしたボールがいくつも浮かんでいて、それらがちょこまかと水の上を動きまわっていました。これらはこのトンネルの中に集まったしぜんのエネルギーがアーザスののろいとくっついて生まれた、へんてこな生きものたちだったのです。うかつにつっついたりすると、ぼちゅん! ばくはつして、つっついた者の顔をまっ黒けによごしてしまいました。ただそれだけなのですが……)。

 

 そして(そんなへんてこな生きものたちのむれを、なんどか通りすぎていったあと)、どれほどの道のりを歩いてきたのでしょうか? ロビーはふいに、立ちどまりました。ロビーには、すぐにわかったのです。

 

 いる……。

 

 ロビーは剣をかまえて、あたりをけいかいしました。目にはまだ、ぜんぜんなんにも見えません。ですけどロビーにははっきりと、それがわかりました。ラフェルドラードのいっていた、白いおばけのような手。それがこの広間のあたりいちめんから、飛び出してくる。ロビーにはそう感じられたのです。

 

 そして……。

 

 ロビーの感じた通り、つぎのしゅんかんには、ロビーはそれこそなん百というおばけのような白い手たちに、すっかりかこまれていました!

 

 いったいどこからあらわれたのか? あたりをじっと見張っていたにもかかわらず、まったくわかりませんでした。気がついたらもう、白い手たちは、かべやてんじょうや、地面やはしらから、どんどん飛び出してきていたのです。

 

 ベルグエルムだったら、「ロビーどの、ここは、わたしが!」といって、剣で切りこんでいくことでしょう。ライアンだったら、「こんなの、ぼくがまとめて吹き飛ばしてあげる!」といって、(危険きわまりない)ひっさつわざを使いはじめることでしょう。そしてフェリアルだったら、「ぎゃー! おばけー!」とさけんで、腰をぬかしてしまうはずです(「おばけかんけい」ですから、こればっかりはしかたありませんね)。

 

 ですが……、ロビーはひとりなのです。心はひとりではありません。勇気はひとつではありません。ですがロビーはもう、ただこのいっぽんの剣だけをにぎりしめて、自分の手と足で、目の前の敵に立ちむかっていかなければなりませんでした。ひとりでの冒険というのは、そういうものなのです。

 

 ロビーはあらためて、今までの道のりのことを思いかえしていました。ほんとうなら、ぼくははじめから、たったひとりで、危険な旅の中へとふみこんでいくはずだったんだ。思いもかけず、たくさんのすばらしい仲間たちに出会えて、助けてもらえた。たくさんのすばらしいものを、見つけることができた。ほんとうにぼくは、しあわせだったんだ。

 

 ロビーは、剣をぎゅっとにぎりしめました。

 

 

 みんなの思いに、ぼくはこたえなくちゃいけない。

 

 

 白い手たちは、にゅるにゅるとのびて、そしてふわふわとただよっております。それらはまるで、海の中にゆらめく海草のむれのようでした。ですがこの手は、そんなになまやさしいものではないのです。ラフェルドラードはもうちょっとで、この手にしめ殺されてしまうところでしたから。ロビーは全力をもって、この手とけっちゃくをつけなければなりませんでした。

 

 ですが……。

 

 

 ロビーが剣をかまえたとたん。おどろくべきことが起こったのです。

 

 

 白い手たちがざざーっ! と海の波のような音を立てたかと思うと、いっせいに、もときたやみの中へとひっこんでいってしまいました! それはいっしゅんのあいだのできごとでした。トンネルはふたたび、もとの静けさの中へとつつまれていったのです!

 

 

 てんじょうから落ちてきた水てきが、ぽちゃんと地面の水たまりの上に落ちて、波を広げました。白い手たちは、あとかたもなく消えてしまったのです。

 

 いったい、どういうことだろう? ロビーがそう思ったとたん。またしても新しいできごとが起こりました。

 

 トンネルのくらやみのむこうから、ぼちゃぼちゃという音がきこえてきました。それはゆっくりと、こちらへ近づいてくるみたいです。しばらくたって、ロビーにはそれが、足音なのだということがわかりました。ですけど足音にしては、なにかが変でした。どこか、ぎこちない感じがするのです。まっすぐだったり、まがっていたり。強かったり、弱かったり。そんなおかしな足音でした。まさか、またおばけ? ロビーはそう思いましたが、すぐにそうではないということがわかりました。その足音を立てていた者が、やみの中からそのすがたをあらわしたからです。トンネルのくらやみのむこうから、やってきたのは……。

 

 

 小さな十二さいくらいのねんれいの、ひとりの女の子でした! これはいがい。どうしてこんなところに、こんな女の子がいるのでしょうか?

 

 

 その子はとてもかわいらしい子で、白いレースのシャツに赤いひらひらとしたドレスを着ていて、同じく赤い、ひらひらとしたスカートをはいていました。足もとには、きいろい子ども用の長ぐつをはいております。胸には大きな白いリボンがひとつついていて、そのまん中は、かがやく大きなひとつのきいろい石でとめられていました(この石は服のボタンにも使われていました)。かみの毛と両のひとみは、きらきらとしたこはく色。かみを両がわでかわいくツインテールにむすんでいて、頭にはひらひらとした、白いかみかざりがつけられております。そして肩には、黒いうさぎのぬいぐるみがひとつ、ちょこんとすわっていました。

 

 見た目は人間の女の子のようでした。ですがそうではないということがはっきりとわかる、あるものがあったのです。それはなんとも、おどろくべきものでした。

 

 この子は、人ではなかったのです(じゃあおばけ? そうでもないのです)。つまり生きものではありませんでした(じゃあやっぱりおばけ? ちがいますってば)。

 

 

 この子は「人形」だったのです! 手足のかんせつには人形であることをしめす、つなぎ目がはいっていました!

 

 

 はだは人そっくりでしたが、よく見るとかたそうな木でつくられていて、その上からていねいに絵の具がぬられているということがわかりました(絵の具といっても、水でこすっても落ちないくらいしっかりしていましたが)。顔も、いわれるまではわからないくらい、人そっくりに作られていました。そしてようく見れば、そのこはく色のひとみは、それもそのはず、こはくそのものがはめこまれていたのです。

 

 いったいこの人形の子は、なに者なのでしょう?(なに者というか、人形ですけど。)ですけどそれは、よく考えたらわかることでした。ここは怒りの山脈、アーザスのねじろなのですから。こんなところに、こんな魔法で動く、人形の子がいるとなれば……。

 

 そう、この人形の女の子は、まぎれもありません。アーザスにつかえ、そしてアーザスからこの場所に送られてきた、使者だったのです!(見た目はぜんぜん、かわいい女の子でした。ですけどこの子はまさしく、アーザスのやみの魔法、のろいの力によって動いていたのです。まあでも、頭がかぼちゃでからだがたまねぎの人形よりは、ぜんぜんましですけど。)

 

 その子は手足をぎこぎこ動かしながら、ぼちゃぼちゃと長ぐつの音をひびかせて、ゆっくりとロビーの方へ歩いてきました。その歩き方はやっぱり、人形でした。いっぽいっぽ、からだのバランスを取りながら、ふみしめるように歩いてきたのです(足音がへんてこだったのは、このためです)。そして……。

 

 「ロビーさまですね。」

 

 人形の子が首をかしげて、にこりと笑っていいました!(やっぱりしゃべるんですね!)おどろいたことに、その子は人形であるのにもかかわらず、ほんとうの人のように目や口が動いて、表じょうを変えることができるようなのです(ふくわじゅつの人形みたいに、かたかた動くのではありません。ほんとうに生きもののように、なめらかに動くのです。さすがはアーザスです。悪いとはいっても、大魔法使いであることにちがいはありませんでした)。

 

 「お待ちしておりました。わたしは、アーザスさまのめし使い、ソシーと申します。」ソシーと名のった人形の女の子は、そういって、ぺこりとおじぎをしました。

 

 「ここでロビーさまのことをおむかえするよう、いいつかわされてきました。番犬のおててが、そそうをいたしまして、たいへん失礼いたしました。」

 

 番犬のおてて? それって、さっきの白い手のことでしょうか?(番犬なの?)

 

 「ロビーさまには手出しをしないようにと、めいじておりましたのに。わたしが、ひっこむようにめいれいいたしましたので、ご安心を。おしおきに、こんばんは、ごはんぬきにしますから。」

 

 「え、えっと……、そんなのは、いいですから……」ロビーは思わず、あたふたと手をふってこたえてしまいました(ごはんぬきって、いったいあの手が、なにを食べるんでしょうか? なぞです)。

 

 「それより、えっと、アーザス……、さん、の、めしつかいさんなんですか? ぼくに、その、どんなごようじなんでしょうか?」(思いもかけずかわいらしい子が出てきたので、ロビーもすっかり、こんらんしています。)

 

 ロビーのといかけに、ソシーはもういちどぺこりと頭を下げて、いいました。

 

 「ロビーさまのことを、アーザスさまのもとへと、おつれするようにとのめいれいにございます。ロビーさまいがい、このトンネルを通すことのないようにと。ですが、おひとりでこられましたので、よろしかったですね。もし、お仲間がごいっしょでしたら、その方たちには、おひきとりいただきますよう、わたしの方からせっとくしなければいけないところでしたので。」

 

 ソシーはにっこり笑っていいましたが、そのゆびのさきからするどいやいばが飛び出てきたのを見て、ロビーは思わず背すじがぞっとしてしまいました。やっぱりこの子は、アーザスの手下なのです。悪意がないとはいえ、やみの者たちの仲間であることに、ちがいはありませんでした(「おひきとりいただくようにせっとく」というのは、つまりこのやいばのつめをもって、力ずくで追いかえすということを意味していたのです)。

 

 「では、ロビーさま、まいりましょうか。こちらでございます。お足もとに、お気をつけくださいませ。」

 

 そしてロビーはソシーにいわれるまま、おそるおそるでしたが、かのじょのあとについていくことにしました。ロビーはラフェルドラードの言葉を思いかえしていました。アーザスの目が、このしゅんかんにも、きみにむけられているとしても……。あの言葉はまさしく、その通りだったのです。悪の魔法使い、アーザス。その者はどこまでも強力で、おそろしいそんざいでした。だれであろうと、いつまでもその目からのがれつづけるなどということは、できるはずもなかったのです。こがね色のつばさに乗って、ロビーがこの地にやってくるということ。そしてひとりこのトンネルを通って、自分のもとへとやってくるということ。それらをすべて、アーザスは見通していました。

 

 

 のぞむところだ。ロビーは心の中で、強くいい放ちました。

 

 ぼくのかくごを、思い知ることになるぞ。

 

 ロビーはソシーの肩ごしに、遠く、まだ見ぬアーザスのすがたを思い浮かべていました。

 

 

 

 「あの……、ソシー、さん? まだなんでしょうか……?」

 

 ロビーがしびれをきらして、前をゆく人形のソシーにたずねました。あれから、どのくらいの時間がたったのでしょう? 白い手(番犬のおてて)の出た広間から、このソシーにあんないされて、もうすくなくとも一時間以上も、この暗いトンネルの中を進んでいるようなのです。トンネルの中はあちこちに分かれ道があって、たしかにあんないがなければ、すぐ道にまよってしまいそうな感じでした。ですがそれでも、どうにもおかしな感じがしたのです。こんなに長く、このトンネルがつづいているはずがありません。トンネルのそと、空の上から見た感じでも、山をぬけてそのさきまでは、たいしたきょりではありませんでした。のろいのけっかいのせいで、ロビーにはそのさきの地上がどうなっているのか? そこまではわかりませんでしたが、ラフェルドラードの話からしても、アーザスのいるという城までは、そんなに遠くはないはずなのです(もっともアーザスの城がいつまでもそこにあるというほしょうは、どこにもありませんでしたが。アーザスは、大魔法使い。自分の城を動かして、ほかの場所にいどうさせてしまうことなど、たやすくできたのです)。

 

 「もうじきですよ。もうじき、すべてがよくなりますから。わたしにすべて、おまかせください。」

 

 ソシーがロビーの方をふりむいて、いいました。

 

 「あっ、ロビーさま、そこは危険です。あと二ヤード、右を歩いてくださいませ。ちょうど、ぱっくんじゅうが飛び出してくるところですから。」

 

 ぱっくんじゅう? いわれるままに、ロビーが右に二ヤード、よけて歩いていくと……。

 

 

 「ばくんっ! がちがちがち!」

 

 

 ひええ……! ロビーがそのまま歩いていこうとしていた、まさにその場所の地面から、とんでもなく大きな口が、ばくんっ! 飛び出して、その歯をがちがちとかみならしていました! あ、あぶなかった! こんなのにかみつかれたら、ひとたまりもありません。ふたたび地面の中にひっこんでいくかいぶつ(ぱっくんじゅう)のことを見ながら、ロビーはどきどきとなる胸をおさえました。

 

 「ですから、わたしにおまかせくださいと申しております。」そんなロビーのことを見て、ソシーがつづけました。「ご心配にはおよびません。あなたさまに危害を加えるつもりなど、ございませんから。ロビーさまのおいのちをいただこうと思えば、いつでもいただけるのですよ。でも、そんなことをしたら、アーザスさまにしかられてしまいますから。」

 

 こ、こわい……。やっぱりこの子は、アーザスの手下。こおりのようにつめたい心を持った、おそろしい相手なのです(まるで人形のようなつめたさです。人形ですけど)。

 

 しかし「わたしにまかせるように」といったソシーの言葉は、もっともなものでした。このトンネルは、危険だらけ。ロビーひとりで進んでいけば、いつまたあんなおそろしいかいぶつに、おそわれないともかぎりません(しかもこれらのかいぶつたちは、悪意を持ってはいませんでした。おなかがへったからとか、なわばりに近づいたからとかいうりゆうで、こうげきしてくるのです。ですから人の悪意に反応するロビーの剣、アストラル・ブレードも、かれらにはききめがありませんでした)。くやしいことですが、このトンネルはソシーのあんないなくしては、ぶじに通りぬけることは、いくら光の力を持つロビーであってもむりなようでした。ここはおとなしく、ソシーにしたがうほかはなさそうだったのです(それにソシーほんにんも、とんでもなく強そうですし)。

 ですが……。

 

 

 これは、まぎれもありません。ソシーの、いえ、アーザスのわなだったのです。

 

 

 アーザスが今、いちばんほしかったもの。それはロビーの持つ剣、アストラル・ブレードではありませんでした(もちろんそれも、とっても必要でしたが)。それは、時間だったのです。

 

 もうじき、すべてがよくなりますから。ソシーの言葉です。この言葉はまさに、そのことをあらわしていました。もうじきエリル・シャンディーンの大平原で、白き勢力と黒の軍勢、そのさいごの戦いがはじまろうとしていたのです。その戦いの果てに、アーザスがのぞんでいたこと。それはただひとつ、エリル・シャンディーンの王城にそなわる青き宝玉のことを、その手の中におさめるということでした(戦いに負けたくには、相手ののぞむ土地や物などをひき渡さなければなりません。ワットはもちろん、ベーカーランドの青き宝玉のことをひき渡すようにようきゅうするつもりでした。青き宝玉の女神の光のかがやきは、悪しきやみをうちはらいます。ですからやみの力を持つアーザスは、いくらその光の力が弱まっているとはいえ、青き宝玉のそばに近よることができませんでした。そのためアーザスはワットの者にめいれいして、宝玉の力をすぐに、自分の魔法の力でもって、取りこんでしまうつもりだったのです。部下であるワットの者にちょくせつ青き宝玉に手をふれさせることができれば、その者を通して、宝玉の力を自身の持つ赤いキューブの中に取りこんでしまうことが、アーザスにはかのうでしたから。おもてむきは、青き宝玉の力をうばい、その力をもしのぐ赤いキューブの力をもって、ワットにさらなるはんえいをもたらすというやくそくのもとで……)。

 

 アーザスはその戦いのけっちゃくがつくまでのあいだ、ロビーを自分のもとへとたどりつかせないようにと、ソシーにめいれいしていたのです。むだな遠まわりをしてロビーのことをつれまわし、さきに青き宝玉のことをもその手の中におさめてしてしまうまでの時間を、かせぐために……(そしてそのあとでゆっくり、ロビーの持つ剣を手にいれるつもりでした。かんぜんとなった赤いキューブの力によって青き宝玉のことをなきものにしてしまう前に、さきに宝玉の力を取りこんでしまうことができれば、剣の力を待たずとも、そのぶんアーザスは、自身の持つキューブの力をさらに強力なものにすることができたのです。アーザスはその力を、ロビーに見せつけてやろうとしました。そうなればロビーから剣をうばい取り、キューブの力をかんぜんなものにするなどということは、さらにかんたんなことになるのです。

 

 もちろん今のままでもロビーをやっつけることなんて、アーザスはたやすいことだと思っていました。ですがアーザスは、自身のそのさらなる力を見せつけることに加え、青き宝玉の力を、そしてこのアークランドそのもののことをもその手の中におさめたというじじつまでをも、ロビーにつきつけて、ロビーの心にかんぜんなるぜつぼうをうえつけてやろうと考えたのです。ロビーのその心を、ぐしゃぐしゃにおしつぶしてやろうとしました。なんというひどいやつなのでしょう! アーザスはそのために時間をほっし、ソシーにめいれいして、ロビーをこうしてつれまわさせていたのです。ロビーのことをよりいっそういたぶって、楽しむ、そのためだけに……)。

 

 時間がなによりもたいせつなのだということは、ロビーももちろんしょうちしていました(いつさいごの戦いがはじまって、アーザスのそのよこしまなるさいごのやみの力が、みんなのもとにふりかからないともしれないのですから)。こんなところで、むだな時間をついやすわけにはいきません。ですが……。

 

 もはやロビーには、どうすることもできませんでした。ひとりでさきに進もうにも、こんなにいりくんだところにはいりこんでしまっては、もう道もわかりません(ソシーはわざとロビーのことを、このトンネルのいちばんふくざつで、しかもいちばん危険な場所へと、さそいこんでいました)。危険なかいぶつたちから、のがれるすべもないのです。それにアーザスの手下であるこのソシーという子をなんとかしないことには、はじめからそれもむりでした。ロビーはまんまと、アーザスにしてやられてしまったのです。

 

 

 「あの丘の、むこうへ~、バスケットを持って~。」ソシーの上きげんな歌声が、暗いトンネルのかべにこだまして、どこまでもひびいていきました(歌まで! よくできたお人形です。あまりじょうずとはいえませんでしたが……)。

 

 

 そのとき……!

 

 

 ロビーのからだに、ふしぎなことが起こりました。まるで深い深い海の底にまで、自分のからだがしずみこんでいくかのような、ふしぎな感かく。

 

 あたりはまっくらでした。そしてそこから、ひとつの光が生まれて……。

 

 

 ロビー、ついに、さいごのときがきました。

 

 

 その光の中から、いげんにみちた、ふしぎな声がひびいてきたのです!(女の人の声のようでした。)

 

 だれ? くらやみの中で、ロビーはその光にむかってさけびました。

 

 あなたはだれ?

 

 

 ロビー、さあ、立ち上がるのです。道は、あなたの前にひらけています。進みなさい、ロビー。

 

 

 そして光はまた、もとのくらやみの中へと消えていったのです。

 

 

 

 「待って!」

 

 ロビーがさけぶと、目の前にはただ、もとの暗いトンネルばかりが広がっていました。すべては、いっしゅんのあいだのできごとでした。道のすこし前には、ソシーのすがたもあります。いったい今のは、なんだったのでしょう? 夢か、まぼろしか。

 

 「どうかされましたか?」ソシーがきょとんとした顔をして、ロビーのことを見ていいました。「待てとおっしゃるのなら、なん時間でもお待ちいたしますが。」

 

 そのとき、ロビーは手にした剣のことを見ておどろきました。剣から今までに見たこともないような、うねかえったうずのような力があふれていたのです!

そして……。

 

 

  ばああーっ! 

 

 

 剣からまっ白い光があふれ出して、トンネルの中をまばゆく白く、てらし上げました!

 

 「きゃー!」ソシーがその白い光にてらされて、ひめいを上げます。

 

 「こわい、こわい! やめて! その光、やめてえー!」

 

 ソシーは手で顔をおおって、ちぢこまってしまいました。なにがなんだか? わかりませんでしたが、とにかくこれは、大きなチャンスです。このまま、アーザスのところまで! もうアーザスのわななんかに、足どめされている場合ではありません!

 

 「アーザスのところまで、ぼくをつれていくんだ。」ロビーが、白い光につつまれた剣をソシーにつきつけながら、いいました。

 

 「もうぼくは、まどわされない。きみのおどしは、もうきかないぞ。」

 

 「わかりました! わかりましたから!」ソシーが顔をおおいながら、泣く泣くこたえます。「その光を、消してください! 絵の具がとけてしまいます!」

 

 それをきいて、ロビーは剣を半分、腰のさやにしまいました(自分でもどうやればこの光を消せるのか? わかりませんでしたから)。これで光は半分ですが、あいかわらずトンネルの中は、まひるのように明るいのです。

 

 「きみがなにもしなければ、ぼくもなにもしない。」ロビーがおちついた声で、つづけました。「まっすぐ、アーザスのところまでつれていくんだ。よけいなことを考えたら、こうだぞ。」

 

 そういってロビーは、腰の剣をちょっとだけ長くひきぬきます。白い光がさらにはげしく、トンネルとソシーのことをてらし上げました。

 

 「なにもしません! いうことをききますから! アーザスさまのところへ、おつれします! だから、ゆるしてえー!」

 

 ちょっとかわいそうになってきましたね。ほんとうはロビーだって、こんな、相手をおどかすようなまねは、したくはなかったのです(それはみなさんも、よくおわかりですよね)。これ以上ひどい目にあわせるのも、ロビーのキャラクターじゃありませんし、もうかんべんしてあげましょう(ロビーはせいぎの主人公なのですから。ライアンだったら、ようしゃなさそうですけど……)。

 

 ロビーは剣を半分以上、さやにしまいました。そしていつでも剣をぬけるぞといったそぶりを見せながら、大急ぎで、ソシーにいったのです。

 

 「さあ、早くあんないして! 時間がないんだから!」

 

 

 

 空にはえんえんと、あつい雲がつづいていました。きおんは朝よりももっと、ひくくなっているみたいです。今にもひと雨、きそうなふんいきでした。つめたい風がひとすじ、ひゅううと、まるでむれからはぐれたいっぴきのけもののように通りすぎていきました。

 

 じこくはもうすぐ、みつばちのこくげん。おひるちょうどをむかえようとしていました。みつばちのこくげんというのに、あたりはだいぶ、ものさびしげです。ほんらいならば、おひさまがいちばん高くのぼる時間でした。しかしそのおひさまも、あつくたれこめた雲のむこうにかくれ、そのかがやきはぜんぜん感じられなかったのです。

 

 そしてこの日、この時間。それはこのアークランドのれきしに残る、大きな大きなときとなりました。なぜなら……。

 

 

   ぶおおおーっ! ぶおおおーっ!

 

 

 あたりいちめんに、ぶきみなひくいつのぶえの音がこだましました。

そしてその音につづいて……。

 

 

 「おおおー!」「ごがあー!」「ぐおおお……!」

 

 

 そのつのぶえの音をもかき消す、たくさんのたくさんの、おそろしいおたけび!

さらには……。

 

 

  がち! がち! がち! がち! 

 

 

 うちつける、はがねのこだま! それはまるで、ぜつぼうの海によせる波のように、この平原のすみずみにまでぶきみに広がっていきました。

 

 もう、おわかりでしょう。これらのもの、それはすべて、ワットの黒の軍勢の者たちの立てる、おそろしいいくさの音たちだったのです(がちがちという音は、かれらがその手に持ったおそろしげな武器を、同じくおそろしげなたてやよろいにぶつけて立てている、その音でした。むかいあういくさの相手を、いかくし、きょうふさせるために)。

 

 ここはエリル・シャンディーンのまちの前まで広がる、大平原。大河ティーンディーンのその大いなる流れのすそに広がった、静かなる平原でした。その静かなる平原のむこうから今、剣とたてとよろいかぶとに身をかためた黒の軍勢の者たちが、はしからはしまで、悪夢のような黒いかべとなって、おしよせてきたのです。

 

 みつばちのこくげん、それが戦いのはじまりでした。おたがいの軍が使者と使者とをかわしあい、このじこくに戦いをはじめるよう、取りきめられたのです。ベーカーランドの兵は戦える者をみんな集めても、ようやく千二百。いっぽうの黒の軍勢は、いうまでもなく、この戦いでもちいることのできるそのさいだいの人数でした(せいかくには、いぜんにもお伝えしました通り、四千六百二十六名でした。ほんとうにきっちり、数が守られていればの話ですが)。しかも黒の軍勢のかれらは、ただの兵士たちではなかったのです。かれらはみな、戦いのエキスパート。せいえいぞろい。ひとりで五人ぶんもはたらけるほどの、つわものたちばかりでした。

 

 さらに、それだけではありませんでした。かれらがみな「人」であったのなら、まだわれらが白き者たちの戦う勇気も、ちぢこまったりはしないことでしょう。ですが黒の軍勢は、人だけではなかったのです。

 

 たくさんの、かいぶつの兵士たち。巨大なくまのようなかいぶつや、目玉だけのかいぶつ。へびやとかげのようなかいぶつ。そしてここに書くこともためらわれるような、なんともぶきみな生きものたち……。それらが同じくらいおそろしいかいぶつのしきかんのもとに集められ、隊をなしていたのです。

 

 そして……、もっともおそろしき者たち。それはみなさんももうごぞんじの通り、やみのけんじゃガノンによびよせられた、魔界の王ギルハッド、そしてそのもとにつどった悪魔の兵士たち、そのかれらでした。かれらが金色にふち取られた黒いよろいかぶとに身をつつみ、そのかぶとのあいだからまっ赤な目をのぞかせながら、こうしんしてくるのです。その手にとんでもないほどに大きな、もえるサーベルをいっぽん、にぎりしめて……。

 

 のろわれたる土地からよびよせられた、おそろしいかいぶつたち。そして魔界の王ギルハッドそのものにひきいられた、悪魔の軍勢の者たち……。こんなにおそろしい相手が、今までにいたでしょうか? 今までベーカーランドの勇者たちも、ワットの軍勢とはなんども戦って、たくさんの勝ちをおさめてきました。しかしこれほどおそろしい戦いが、今までにあったでしょうか?

 

 なみの者であれば、そのおそろしいすがたを見ただけで、腰をぬかすか、剣を投げすてて、逃げ去ってしまうにちがいありません。それがふつうなのです。ですがそんなことが、できるはずもありません。そしてわれらが白き勇者たちが、そんなことをするはずもありません。おそろしさは、かれらも感じていました。ですがかれらが、にぎった剣をはなすとき……、それは敵のなさけようしゃのないこうげきの前に、もはや戦うこともできないほどの、深いきずを負ったときだけなのです。この戦いは、そういう戦いでした。いくさのおきては、たしかにそんざいします。ですがそのおきてにしたがっていてもなお、いのちを落とす者があらわれてもぜんぜんおかしくない、そういう戦いでした。今までにない、このアークランドの運命をきめる、だいじなだいじな戦いでした。

 

 

 エリル・シャンディーンの戦いがはじまったのです。

 

 

 

  ぱぱぱぱー! ぱぱぱぱー!

 

 平原に、美しくもいさましいラッパの音色がひびき渡りました。これは、ベーカーランドの白き勢力の者たちのラッパです。

 

 「勇者たちよ! ふるい立て!」ライラの力強い言葉が、その音色のあとにつづきました。

 

 「勇気とわざを、見せるは今ぞ!」

 

 いのちをもあずけることのできる、すばらしいしきかんの言葉。それは白き勇者たちの心をふるい立たせ、力づけ、はげましました。すばらしいエネルギーとなって、戦う者たちの心にしみ渡っていきました。ただそこにいるというだけで、すべての者たちの心はひとつにまとまり、かれらにいつも以上の力をひき出させることができる。それがしきかんというものなのです。そしてライラは(ちょっぴりこわいところもありましたが)そのすべての面において、もんくなしにすばらしいしきかんでした。

 

 「おおおーっ!」

 

 丘の上に、白き勇者たちのいさましい声がひびき渡ります。かれらは白の騎兵師団の人間隊の騎士たち、そしてライラのもとにいさましい剣のくんれんを受けた、せいえいの者たちでした。

 

 「ほこりを胸に! 今こそ、われらがあかし、立てるとき!」

 

 そのむこうで声を張り上げたのは、われらがベルグエルムでした。ベルグエルムもまた、白の騎兵師団の隊長。ウルファの隊をまとめ上げる、すばらしきしきかんなのです(今まで冒険のぶたいばかりでかれのかつやくを見てきたみなさんにとっては、しきかんとしてのベルグエルムのすがたに、ちょっととまどいを感じるかもしれませんね。ですがほんとうのかれは、いくさの場において、このように兵士たちのことをまとめてみなをしょうりへとみちびく、しきかんであるのです。でもわたしもふくめて多くの方が、こう思っているはずです。ベルグエルムには、冒険の旅の方がにあっていると。いつか、そんなに遠くないことでしょう。ベルグエルムがいくさの場でみんなをひきいていかなくてもすむときが、やってくるはずです。そう、いくさのない、へいわな世の中が)。

 

 「きずついた友のため! われらがほこりのため! 戦うときだ!」

 

 「おおおおーっ!」

 

 ベルグエルムの言葉に、かれのもとにつどった勇者たちはみな、剣をかかげてふるい立ちました。

 

 

 「副長ーっ!」べつの隊の中から、だれかがさけびました。

 

 「フェリアル副長からも、お言葉をひとことー!」

 

 それはベルグエルムの隊の、ちょっとむこう。もうひとつの隊をひきいる、われらがフェリアルにむけての言葉でした。その言葉をきいて、隊のみんなは思わず笑みまでもらして、フェリアルのことをはやし立てはじめます。

 

 「ああ、うむ。」フェリアルはそういって、「こほん。」とせきばらいをしてから、いげんにみちたいい方をしようとがんばって(フェリアルにとっては、それはなかなかむずかしいことのようでしたから)言葉をつづけました。

 

 「きみたちは、すばらしい勇士たちだ!」フェリアルがこぶしをふり上げて、さけびました。

 

 「ともに戦えることを、ほこりに思う! みんな助けあって、がんばろう! 勝ってふたたび、この手にえいこうをつかむのだ! みんなのために! 祖国のために!」

 

 すなおで、そしてちょっと古くさい、フェリアルの言葉。フェリアルはまだまだ、力やけいけんからいったら、隊長に上がるのにはふじゅうぶんかもしれません。ですがそれでも、みんなの心をつかみ、ひきつけるすばらしいみりょくが、フェリアルにはあったのです(それはみなさんも、よくごぞんじですよね)。

 

 「おおおーっ!」

 

 そしてみんなも、そんなフェリアルの言葉にしっかりとこたえました。

 

 「だいじょうぶですよ、副長!」ひとりの若い騎士がさけびました。「おばけはみんな、わたしたちでやっつけますから!」

 

 隊の中から、大きな笑い声が生まれます。みんなフェリアルの「弱点」については、もう知りつくしておりましたから。

 

 「副長には、とびきり強そうなかいぶつをおまかせします!」

 

 また、笑い声。このフェリアルの隊はライラやベルグエルムの隊とはちがって、だいぶくだけたふんいきでした。みんなフェリアルのよき仲間たちであり、よき友人たちでした。立場こそフェリアルは白の騎兵師団の副長としてしきかんのやくめを負っておりましたが、そこからはなれれば、ほかの兵士たちと同じ、みんなともに剣を学び、わざをきたえあった、仲間たちだったのです(とうぜんベルグエルムやライラからも、きびしーいくんれんを受けてきたのです)。フェリアルはそのにくめない、それでいてやるときはやる、そんなキャラクターによって、みんなからとてもあいされていました(ちょっとどじで、目がはなせないというのも、フェリアルの人気のりゆうのひとつでしたが)。このさいごの戦いにおいても、それは同じでした。みんなはそんなフェリアルのもとにつどい、ともに戦い、そしてともに助けあうのです。

 

 

 「進軍! 進軍!」

 

   

   ぱぱぱぱー! ぱぱぱぱー! 

 

 

 高らかなラッパの音がなりひびき、いくさの場におたけびがこだましました。黒の軍勢とあいまみえるときが、ついにやってきたのです。平原のむこうからとどく、おそろしい地ひびき……。どんよりとかげる空の下、そのかすみのかかったふきつな空の下から今、まっ黒な影たちがその地ひびきとともに、すこしずつ、大きく、広がっていきました。

 

 

 

 「はじまってしまったな……」

 

 エリル・シャンディーンの王城の、ぎょくざの間。そのバルコニー。アルマーク王がかなたの平原を見つめながら、つぶやきました。

 

 「すべては、運命のなすままです。」アルマーク王のとなりには、エリル・シャンディーンのきゅうていまじゅつし長、ルクエール・フォートが立っていました。ルクエールは遠く空のむこうをながめやり、重々しいふんいきで、アルマーク王にいったのです。

 「きゅうせいしゅどのがせいこうすれば、われらは勝ちへの道をおさめます。ですが、しっぱいすれば……」

 

 「ほろびの道……。たんじゅんな話であるな。」アルマーク王がしせんをバルコニーの手すりにおろし、その手すりをこぶしでかるくたたきながら、こたえました。「光とやみ。そのどちらが正しいのか? それはだれにもわからないことなのかもしれぬ。」

 

 アルマーク王の心をおおっていたもの。それはアルファズレドのことでした。いつか、このときがやってくる……。三十年前のあの冒険のさいごのときから、それはわかっていたことでした。りゅうの力を手にし、しはいの道をえらんだアルファズレド……。かれのえらんだその道も、またアルファズレドにとっては、せいぎだったのです。

 

 「デルンエルム、せわをかけるな。」アルマーク王がうしろをふりかえり、そこに立っていたデルンエルムにいいました。「わたしに万いちのことがあれば、あとのことをたのむぞ。」

 

 「めっそうもないことにございます。」デルンエルムがふりしぼるように、そういいました。「そのようなことは、たとえ万がいちであっても、あってはなりませぬ。」

 

 「そうありたいものだな。」アルマーク王はそういって静かに笑みを浮かべ、デルンエルムの手から、ひとふりの王のつるぎを受け取ります。せい剣、ロスフォルド。ベーカーランドの王家に代々伝わる剣で、しょだいの王イェヒュリーが女神リーナロッドの力をそのやいばにさずかったとされる、名剣でした。

 

 アルマーク王は剣のつかをぬいて、そのやいばをすこしだけひき出しました。せい剣は銀の光を放ち、こな雪のような光のつぶをあたりにちらせています。ひとめでそれが、すばらしい力をひめたしんぴの剣であるということがわかりました。この剣はぜんなる心あふれる者の手にあったとき、そのさいだいの力をはっきするのです。まさにアルマーク王にはぴったりの、光の剣でした。

 

 「このつるぎを手にするのも、ひさしぶりだ。」アルマーク王は剣をふたたびさやにおさめると、そういって、なんともふくざつな表じょうを浮かべました。かつてアルマーク王はこの剣とともに、さまざまな冒険の数々をこなしてきたのです。それにはもちろん、あの赤りゅうたいじの旅のこともふくまれていました。アルマーク王はこの剣をもって、あのおそろしき赤りゅう、スラインドガルと戦ったのです。アルマーク王は今ふたたびこの剣を手にして、そのときのたくさんの、つらい旅のできごとのことを思い起こしていました(そのいちばんさいごのできごとは、友であるアルファズレドとの、わかれでした)。

 

 「わがつばさの友人は、きげんをなおしてくれたか?」アルマーク王が、ふいにいいました。つばさの友人? そのとき。

 

 

  ばさっ! ばさっ!

 

 

 バルコニーのそとから、鳥のはばたくような音がきこえてきました。いえ、ただの鳥にしては、はばたきの音が大きすぎます。じゃあ、ただの鳥じゃない鳥でしょうか? それもちがいました。

 

 

 「ひひーん! ひん! ぶるるる!」

 

 

 これは、馬の声! ということは……。

 

 「やれやれ、まだ、ごきげんななめのようだな。」

 

 アルマーク王がにが笑いを浮かべながら、まどのそとのその「友人」に対していいました。

 

 バルコニーの下から飛んできたのは、一頭の、つばさを持ったまっ白な馬のすがたをした、なんともふしぎでなんとも美しい生きものでした。この生きもののことを知っている方も、多いことでしょう。そう、ペガサスです! 見た目は馬にそっくりですが、その背中にはとても大きく、そして美しいつばさが生えていました。そして今、バルコニーの下からやってきたこのペガサスには、ほかのペガサスとはちがう点がひとつありました。それはその頭の上に、いっぽんのつのが生えているということです。これはユニコーンとよばれる生きもののつのでした。ふつうペガサスにはつのがなく、ユニコーンにはつばさがないのです。ですから、つのとつばさ、その両方を持っているこのペガサス(それともユニコーン? とりあえずペガサスということにしておきます。ややこしいですから)は、とてもめずらしいのでした(ペガサス自体、はじめからとてもめずらしいのですが)。

 

 「ほかの馬と同じにんじんをあげてしまって、悪かった。だいじょうぶ。おまえは、ほかの馬とはちがう。とくべつだよ。今さら、いうまでもないだろ?」

 

 アルマーク王がそういって友のことをなだめましたが、ペガサスはそっぽをむいて、きげんをそこねたままです(どうやらかなり、プライドの高い相手のようです。ほかの馬と同じにんじんを与えられて、かなりきげんをそこねてしまったようでした。う~ん、あつかいにくい)。

 

 「わかったわかった。こんど、フィルカーから、また新しい魔法のにんじんをしいれるから。」

 

 これをきいて、ペガサスはちょっと(というそぶりでしたが、じつはかなり)、きょうみをひいたようでした(ペガサスはとても頭がよく、人の言葉をりかいできるのです。自分で話すことはできませんが)。フィルカーというのは西の大陸ガランタのそのまた北にある島で、そこでは魔法の馬たちが、たくさんかわれていたのです。そこで作られている魔法のにんじんは、すべてのにんじんの中でも、さいこうきゅう! いっぽんがなんシリルもするという、とんでもないねだんのにんじんでした(このにんじんいっぽんぶんと同じお金で、やきたてパンなら五百こは買えることでしょう。なんてぜいたくな!)。

 

 ペガサスはようやくきげんをなおしたようで、そのままバルコニーの上へとおり立ちました。つばさを下げて、その背に乗り手をむかえいれるかっこうです(やれやれ。

 

 ちなみに、このペガサスはお伝えしましたようにとてもプライドが高く、人のいうことなんてぜんぜんきかなかったのです。ゆいいつ、このペガサスの友じょうを勝ち取ってその背に乗ることをゆるされていたのは、アルマーク王ただひとりだけでした(ペガサス自体も、一頭しかおりませんでした)。ですからほかの者たちだけでこのペガサスに乗って旅をするというようなことも、まったくむりだったのです(アルマーク王が乗っていれば、さすがにこのペガサスも、ほかの者をそのうしろに乗せるくらいのことはしてくれましたが)。

 アルマーク王がひとりでこのペガサスに乗ってロビーのことをむかえにいったり、ロビーのさいごの旅のともをしたりというようなことも、いろいろな危険や問題が多かったため、できませんでした。いちばんの問題は、やはり安全せいの問題です。いくらペガサスで空を飛んでいたとしても、おそろしいディルバグに乗った黒騎士たちに見つかってしまうということは、大いにあり得ましたから。ですからアルマーク王も、ロビーの安全や旅のせいこうのかのうせいを上げるために、地上から危険をかいひして進んでいくことのできるベルグエルムたちやマリエルに、ロビーのことをみちびくそのだいじなやくめをたくしました。

 そして怒りの山脈へのそのさいごの道のりのことについては、アルマーク王はノランからも説明を受けていた精霊王に、そのすべてをたくしたのです)。

 

 「みやこの守りは、たのむぞ、ルクエール。」アルマーク王がそういって、ペガサスの背に乗りこみました。その腰には、せい剣ロスフォルドが。

 

 そう、アルマーク王はさいごのけっちゃくをつける、そのために、アルファズレドと戦うけっしんをしたのです。アルマーク王は今、かれみずからのその新しい運命の中へと、ふみこんでいこうとしていました(アルマーク王は今、たしかに感じ取っていました。アルファズレドがさいごのけっちゃくをつけるために、このさいごの戦いのときにおいて、自分のところへむかってきていると。ですからアルマーク王は、それにこたえるため、みずからアルファズレドのところへむかおうとしていたのです。

 

 ところで、このアークランドでは国王みずからがいくさの場におもむくということは、ほとんどおこなわれていませんでした。おもむくこともできましたが、まじゅつしたちやしきかんたちによって、とめられることがほとんどだったのです。やはり王の身というものは、配下の者たちにとって、自分たちのほこりのしょうちょうたる、だいじなものでしたから(そして兵士たちもきちんと、そのことをわかっていました。たとえ戦いの場にじっさいに王さま自身がいなくても、かれらはそのうしろにひかえる王さまのそんざいをはだで感じ、そのたのもしき心のささえを得ていたのです)。ですが今、さいごの戦いへとのぞむアルマーク王のことをとめることなどは、配下の者たちにも、だれにもできることではありませんでした)。

 

 「ご安心ください、王さま。」ルクエールが手を胸におき、この勇者たる王にさいだいの敬意をしめしながら、いいました。「わがでしのロクヒューとマレインが、すでに守りをかためております。いくさの飛び火を、けっしてみやこにはいれさせませぬ。」(いくさのおきて、その中には「戦いの場ではないところにいくさのひがいをもたらしてはならない」というものがありました(王城の場合はじっさいの戦いがそこでおこなわれていなかったとしても、戦いの場の中に加わります。やはり城というものは、いくさのかなめでしたから。ですがそれにとなりあうみやこなどの場合は、戦いの場としてはみとめられていませんでした)。ですがこんかいのようなとくべつないくさでは、そのひがいがまちの中にまでおよんでしまうということは、じゅうぶんに考えられることだったのです。それを防ぐため、みやこの守りのために残った三人のきゅうていまじゅつしたち、ルクエール、ロクヒュー、マレインの三人は、エリル・シャンディーンのみやこに、魔法による守りのバリアーを張りめぐらせていました(いぜん、べゼロインとりででの戦いのときにもかれらは魔法のバリアーを張っていましたが、こんかいはまちそのものをおおうのですから、大きさがぜんぜんちがいます。ですがこのまちは、ただのまちではありませんでした。そう、このまちにはかの大けんじゃ、ノランの魔法があちこちにかけられていたのです。

 そのひとつが、まちの空をただよう巨大な浮かぶ島たち。はじめてエリル・シャンディーンのまちを見たときにも、それはおどろきでしたよね。これらの島はまちの美しさをえんしゅつし、まちを水のひがいから守っているのと同時に、このまちをそとからの危険から守るというやくめをも果たしていました。

 これらの島のまん中には魔法のエネルギーを大きくさせる力があって、まじゅつしがそこにバリアーの魔法をかけると、バリアーはこれらの島からどんどんと広がっていって、あたりをすっかりおおいつくしてしまうのです。つまりすくない人数のまじゅつしでも、いくつかの島さえあれば、まち全体をバリアーですっかりおおってしまうことができました。さすがはノランの魔法、すばらしいですね。まったくむだがありません))。

 

 「心強いな。」アルマーク王がペガサスのたづなをたしかめながら、静かにほほ笑んでこたえます。

 

 「では、たのむぞ。」

 

 

 そしてその背に勇者たる王を乗せたペガサスは、お城のバルコニーからさらに高く、このなまり色の空の中へと消えていったのです。

 

 ぽつぽつと小さな雨つぶが、その雲のあいだから落ちはじめてきたときのことでした。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「ひゃああ! こんな雨、ふるなんてきいてないよ!」

      「おい、どこを見てるんだ?」

    「ざひょうせってい! 一三九五、七二〇九!」

      「兄さん……」


第27章「人の心」に続きます。



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27、人の心

 「ひゃああ! こんな雨、ふるなんてきいてないよ! だれか、ふるっていってた?」

 

 頭のてっぺんからくつのさきまで、ずぶぬれ。今ひとりの若者が、このどうくつの中へと飛びこんできたところでした。その若者は、人間の若者でした。せいべつは男で、としは十六さいほど。やせていて、きゃしゃなからだつき。晴れた空の色をしたフードのついた、まっ白なきぬの服を着ていて、青いえりのまわりには小さな白いお星さまのかたちをしたボタンが、たくさんぬいつけられていました(これはただのかざり用のボタンでした)。大きな青いスカーフで、胸もとがかざられております。たけのみじかい青いズボンをはいていて、くつは同じく青。肩からは青と白のしましまでデザインされた小さなかばんをひとつ下げていて、きらきらとかがやく金色のボタンが、そのかばんをかわいくかざっていました。

 

 これほど青と白のデザインのものばっかりに身をつつんでいましたが、その若者はそれとは対しょう的な、とてもいんしょう的なかみの色をしていました。肩までのびたそのかみの色は、もえるような赤。青いリボンのついたまっ白なぼうしをかぶっておりましたので、よけいにそのかみは、きわ立って赤く見えます。そしてそのひとみの色は、きらめくすいしょうのようなむらさき色。あれ……? これってだれかに、にているような……?

 

 「こんな、人っ子ひとりいない山の中のてんきのことなんて、だれが気にするんだよ!」

 

 赤いかみのそのかれのあとから、もうひとり。同じくらいのねんれいの男の若者がどうくつの中に飛びこんできて、いいました。こちらはさいしょのかれにくらべると、背も高く、からだつきもがっしりとしています。うすいみどり色をした鉄のよろいを着ていて、腰には大きな剣がいっぽん、さしてありました。背中には茶色い大きなリュックをひとつ、しょっております。かみの毛は、まっすぐのびた黒いかみ(雨でびしょびしょだから、まっすぐになっているのかもしれませんが)。そしてそのうでには、みどりの木をデザインしたもんしょうのはいった、わんしょうをひとつ、はめていました。

 

 あとからはいってきたこの若者、かれにはあるとくちょうがありました。それはひとめでわかるとくちょうです。頭の上にぴょこんとつき出た、ふたつの耳。おしりからぴょこんと飛び出した、大きなしっぽ。そう、かれは動物の種族の者。それもおおかみの種族、ウルファの若者でした。ですけどウルファの者で、かみの毛が黒。ということは……、この若者はロビーと同じく、黒のウルファだったのです! これはびっくり! 黒のウルファは今やそのすべてが、ワットの黒の軍勢によって、とらえられるか、自由をうばわれるかしているはずでしたのに。いったいこの若者は、なに者?

 

 「まったく、おまえといっしょにいると、いつもやっかいごとにまきこまれるな。だいたい、こっちの山が近道だっていったのは、おまえだろうが。」

 

 ウルファの若者が両手をひざにおいて、ぜいぜいいいながらもんくをいいました。どうやらここにくるまでのあいだにも、かなりたいへんな目にあってきたようです。それも、赤いかみのあいぼうのせいで。

 

 「まあまあ、そんなに怒らないでよ、テルくん。しばらく休めば、ぼくの魔法もふっかつするからさ。あはは。」そのあいぼうのかれが、へらへら笑いながらこたえました。どうやらこっちのかれは、かなりのんきというか、あっけらかんというか、らくてん的というか……、あまりストレスをためこまないタイプのようです(なんかうらやましい)。

 

 と、それよりも、魔法? このかれは、まじゅつしのようですね。どうりでからだつきもきゃしゃで、武器も見あたらないはずです(かれらの武器は、手のひらからどーん! と出てきますから。マリエルやライアンみたいに。あ、ライアンはほんとうは、まじゅつしじゃないんですけど……)。

 

 「この! もとはといえば、かんじんなときにおまえが魔法を使えなかったから、こんな目にあってるんだろ! おれがいなかったら、今ごろおまえは、あの世いきだったんだぞ!」

 

 テルくんとよばれたウルファの若者が、赤いかみのまじゅつしにいいました。つまりそれは、こういうことなのです。ここにくる前、ふたりはとある悪ーい人たちに、取りかこまれてしまいました。その悪ーい人たちの本部をたたいてやっつけるのがこのふたりのもくてきでしたが、いざけっせん! というところになって……、ぼふん!「あ、これ、べつの魔法のじゅもん書持ってきちゃった。五時間たたなきゃ、魔法、使えないや。ごめーん。」「な、なにー!」

 

 というわけで、ふたりはいのちからがら、ここまで逃げてきたというわけだったのです……(わかりやすいてんかいですね。そしてまじゅつしのかれの言葉の通り、まじゅつしは使おうとしている魔法とはべつのまちがったじゅもん書やつえを使ってしまうと、魔法のエネルギーが、ぼふん! 全部吹っ飛んでいってしまって、五時間ほどたたないと、魔法がまったく使えなくなってしまうのです。こわいですね。マリエルだったら、ぜったいにこんなしっぱいはしないでしょうけど。カルモトだったらやりそうかな?)。

 

 「わかってるって。ぼくだって、ぼくなりにまじめにやってるんだから。それより、早く、服、かわかそうよ。ぼく、かぜひいちゃう。」

 

 そういって赤いかみの若きまじゅつしは、「くちゃん!」と小さなくしゃみを飛ばしました。

 

 それからふたりはしばらく、この安全な(たぶんですけど)どうくつの中で、ひと休みすることにしたのです。これからふたりは急いで、仲間たちのもとへと帰らなければなりませんでした。作戦がみごとにしっぱいしたということを伝えるのは、気が重かったのですが……。

 

 「あーあ、ぼくにもっと、強ーい魔法の力があったらなー。」たき火の前で足をぶらぶらさせながら、赤毛のまじゅつしくんがいいました。「テルくんの剣にたよらなくたって、どっか~ん! ぼくがぎゃくに、テルくんのこと、守ってあげられるのに。」

 

 「あのなあ、おれはもう、子どもじゃないんだぞ。それに、いつもいってるだろ。おれのこと、テルくんってよぶなよ。テルベルって名まえが、ちゃんとあるんだから。」テルベルと名のったウルファの若者(テルくん)が、赤毛のかれにいってかえします。

 

 「えーっ、テルくんは、テルくんじゃなーい。テルベルウー、なんて、いいづらいよ。」

 

 「テルベルウーじゃない! テルベル!」さらにかえってきた言葉にテルベルがまたもんくをいいましたが、あいぼうの方はまるっきり、相手にしておりません(なんか、ふしぎなコンビですね。でもなぜか、気があっているような感じです)。

 

 「いいじゃん、テルくんで。だからぼくのことも、アーちゃん、ってよんでいいよって、いってるでしょ。」

 

 「だーから、子どもじゃないんだからな! もう、おれたちはりっぱな、ウェスティン王団の一員なんだぞ。まったくおまえは、いつまでたってもあいかわらずだな、アーザス。」

 

 え? ア、アーザスですって? それって、あのアーザス? 悪の大魔法使いのアーザス?

 

 「わーかってる、って、いってるじゃない。見ててよ、ぼくは今に、エブロルドさんにだって負けない、強ーいまじゅつしになってみせるからさ。そのために、ぼくはもっともっと、力がほしい。あーあ、どっかに、力が落っこちてないかなー。ぼくが、やくに立ててあげるのに。」

 

 アーザスがそういって、あたりをきょろきょろとながめ渡しました。

 

 「らくして強くなれたら、せわはないって。力は、自分できずき上げるもんだぞ。」そういってテルベルは、わきにおいていた自分の剣を取り、そのつかをぎゅっとにぎりしめます。

 

 「見てろよ。おれはもっともっと強くなって、王団の隊長になってやる。それでいつの日か、自分の王国をきずくんだ。強い強い、ウルファの王国をな。」

 

 「そしたら、ぼくのこと、きゅうていまじゅつしに使ってよ。」アーザスが、にっこり笑っていいました。「それまでには、ぼくもけんじゃよりも強い、大まじゅつしになってるからさ。」

 

 「おまえが、きゅうていまじゅつし?」テルベルはそれをきいて、思わず吹き出してしまいます。

 

 「おまえが、それだけの力をつけられたら、の話だけどな。まあ、夢見るだけは、自由だけど。」

 

 「ちょ、笑わないでよ! きめた! ぜったい力をつけて、テルくんのこと見かえしてやるんだから! よーし、見ててよ。ぼくのほんとうの強さを、思い知らせてあげるんだからね!」

 

 「まあ、がんばれよ。」アーザスの強がりに、テルベルは「あはは。」と笑っていいました。

 

 

 はるかむかしのことでした。ウルファの王国、レドンホールができる前のお話です。これからこのふたりが、それぞれのそのふくざつな運命の中へとまきこまれていくことになるのですが、それはまた、べつのぶたい、べつのじだいでのお話……。

 

 そして時間は、ロビーのこの冒険の物語の中へとうつっていくのです。

 

 

 

 「ひるむな! じんけいをととのえろ! 守りのすきをつけ!」

 

 あたりにこだまする、戦いの音、音、音。そのあらしのような戦いのただ中で、隊のしきをつとめるしきかんたちのさけび声がとどろいていました。

 

 エリル・シャンディーンの戦いがはじまっていたのです。ふり出した雨はさあさあと、白くほそい糸のように戦いの場をおおっていました。よろいやたてや、剣のさきから、たまったしずくがぽたぽたと落ちていきます。ですがかれらには、そんなものを気にとめているよゆうなどありませんでした。目の前に立ちはだかっているのは、おそろしいワットの黒の軍勢。黒いよろいの兵士たち、そして見るもおそろしい、かいぶつの兵士たちでしたから(その軍勢の中に、とらわれのわれらが仲間たち、黒のウルファの者たちがいなかったということは、まださいわいなことでした。ですがそれも、よろこんでいいことなのかどうかはわかりません。なぜかれらは、すがたをあらわさないのでしょう? それはかんたん。かれらがもはや、兵士として戦うことができなくなっていたからなのです。

 

 黒のウルファの者たちはみな、べゼロインの戦いのあと、さらに深いやみの中へと落ちこんでいってしまいました。これはやみにとらわれたかれらをあやつって、むりに戦わせたことがげんいんでした。やみにとらわれた者をむりに戦わせることは、その者のからだに、たいへんなふたんを与えることになるのです。れんぞくしていくさに送り出したりなどすれば、かれらのからだはもうにどと、使いものにならなくなってしまうことでしょう。それはワットにとっても、大きなそんしつです。

 

 ですがワットにとって、このいくさに黒ウルファの者たちが使えないなどということは、大きな問題ではありませんでした。なぜなら……、かれらよりももっと敵の力をそぎ落とし、きょうふをうえつけることのできる、おそろしい兵士たちがたくさんいましたから。それはつまり、たくさんのかいぶつの兵士たち、そして魔王ギルハッドのひきいる、悪魔の兵士たちのことなのです)。

 

 なかでも、このかいぶつの兵士たち。かれらはまさに戦いのために生まれてきたかのような、おそろしい兵士たちでした。いぜんにもしょうかいしております、巨大な目玉だけのかいぶつや、くまやへびや、とかげのようなかいぶつたちが、ここぞとばかりにたくさん。そしてそれいがいにも、とつぜん消えたかと思うと、つぎのしゅんかんには白き勇士たちのそのまっただ中にあらわれて、やみのたつまきをまきちらし、そしてふたたび、はなれた場所にあらわれる、そんな、影のような生きもの。さいしょはふつうの大きさですのに、こうげきを受けるたびに大きくふくらんでいく(そしてますます強くなっていく)、いのししのような生きもの。そしてごぞんじ、色とりどりのさまざまな巨人のかいぶつたちも、黒の軍勢にはたくさん加わっていたのです(この巨人族の者たちは三日ぶんの食べものをあげて「ぞんぶんにあばれさせてやるぞ。」とやくそくしてやりさえすれば、かんたんに悪の軍勢に味方するのです)。

 

 かいぶつの兵士たちと、ワットの人間の兵士たち。かれらはじつにたくみに、そしてずるがしこく、われらが白き勢力の勇士たちのことを追いつめていきました。大きな口を持った目玉のかいぶつたちについていえば、このかいぶつたちはまずそのたくさんの小さな手のさきから、ぼひゅーん! ビームを出して、白き勢力の仲間たちのことをふらふらにしてしまいます(かいぶつたちの持っているこれらのさまざまなのうりょくは、これらのかいぶつたちが生まれつき持っている自分ののうりょくでしたので、魔法ではありません。ですからいくさの場で使っても、おきてのいはんとはならなかったのです。黒の軍勢の者たちはそういうところをよくしょうちのうえで、かれらかいぶつの兵士たちのことを仲間に加えていました。じつにずるい)。そこに、影にかくれていたワットの兵士たちが、剣をかまえてとつげき! うち負かしてしまうというぐあいでした。はじめは安全なところにいて、相手が弱ったところを痛めつける。じつにワットらしい、ひきょうな戦い方です!(しかも痛めつけたあとは、ふたたび、かいぶつたちの影に急いで逃げていくのです。)

 

 もちろんわれらが白き勇士たちも、かいぶつたちなどに負けない、じつにすばらしい戦いぶりをくり広げていました。しきかんのベルグエルムやフェリアル、ライラと同じくらいにとはいかないまでも、かれらはみな、すばらしく強い(そしてとてもこせい的な)戦いのわざを持っていたのです。敵の剣がまさに今、よろいの上にふりおろされて、ばきーん! そのまま、こうげきを受けたその者は大けがを負って、地面にばたん! 剣をふりおろした敵はまさにその光景を見ていました。ですのに……。

 

 

 「おい、どこを見てるんだ? おれはこっちだぜ。」

 

 

 「な、なに!」

 

 ワットの兵士がびっくりぎょうてん、うしろをふりむくと……、ばちーん! 剣のつかで、したたかにいちげき! 目の前には、お星さまがたくさん! 白目をむいてノックアウトです。いつのまにうしろにまわりこんだのでしょう? すごい!

 

 ですが、たぜいにぶぜい。たしかに白き勇士たちの中には、つわものたちがそろっています。しかしお伝えしました通り、かれらのうちの多くは、戦いにそれほどなれていない、ふだんはふつうのせいかつを送っているりんじの兵士たち。しだいしだいに黒の軍勢との力の差が広がっていくことは、目に見えていました。

 

 そのとき。

 

 

 「ディルバグだ!」

 

 

 だれかがさけびました。その場にいる者のみんなが、空を見上げます。

 

 ああ、ついにかれらがやってきたのです。あのおそろしい、ディルバグのかいぶつたち! そしてその背にまたがる、きょうふの騎士たちが!

 

 

 「うわああー!」

 

 

 遠くの方で、仲間たちのさけび声が上がりました。目の前の敵と剣をまじえながら、みんながそちらを見ると……、ああ、なんてこと! 今ふたりの兵士たちが、ディルバグのそのするどい両手のかぎづめにつかみ上げられて、空へとはこばれていってしまったのです! そして、なんてひどいことを! ディルバグに乗ったその黒騎士は、小高い丘の上、三十フィートほど上空から、その兵士たちのことを地面に放り投げました! 地面にげきとつしたかれらは、「うう……」とうなって動けなくなりました。もうかれらは、戦うことはできないでしょう……。

 

 

 「きゅうえんを! きゅうえんを!」

 

 

 ひめいにもにたさけび声が、あたりにこだましました。

 

 

 「だめだ! 守りきれない! うわああーっ!」

 

 

 なんという戦いでしょう。なんという光景でしょう。

 

 まだ戦いがはじまってから、二十分ほどしかたっていません。ですが地面には、あちこちに、うち負かされて、くるしみ動けなくなっている者たちが、あふれていました。

 

 

 

 「ここです。ここが、出口です。」

 

 ついにやってきた、そとの光。もうなん時間も、黒いかべにかこまれた暗いトンネルの中を歩いてきたような気がします(じっさいにはこのトンネルにはいってからここまで、二時間くらいかかったでしょうか? 半分以上の時間は、ソシーのせいでかかりましたが)。出口の光は、とても明るく思えました。ですがそれは、暗いトンネルの中に長い時間いたからの話。トンネルのそとはひるまでもなお暗い、赤むらさき色の暗雲のあつくたれこめる、ぶきみな土地が広がっているばかりだったのです。

 

 ロビーは剣をかざして、トンネルのそとのようすをおそるおそるたしかめてみました(剣の光でソシーがまた、「ひええ……!」と顔をおおってうずくまってしまいました)。ほそいさけ目のたくさんある、赤茶けた地面が広がっております。たいらなところは、すこしばかりしかありません。でこぼこした地面には、同じくでこぼこした岩が、あちこちにころがっていました。まわりは高いものからひくいものまで、たくさん

の岩かべにすっかりかこまれております。中にはとてもしぜんにできたものとは思えないほどの、おかしなかたちをした岩やかべまでありました(おそらくりゅうの怒りのエネルギーやゆがんだ魔法の力によって、かたちが変わってしまったのでしょう)。さらには、地面に動くものを見つけてようく見てみると、それはまっ黒なねばねばとしたものがぐにぐに動いて、手のようなものをあちこちにのばしているという、気味の悪いしろものでした(これはトンネルの中の川に浮かんでいたボールと同じ、しぜんのエネルギーとのろいの力があわさってかたちとなったもので、これをつっついたりすると、ばちゅーん! ばくはつして、つっついた者の全身をまっ黒けによごしてしまいました。ただそれだけなのですが……)。

 

 トンネルにはいる前、この土地にやってきたときに感じた、砂やはいまじりのあつい風。その風はますます強く、この場所に吹き荒れていました。とつぜん、えものにつかみかかるりゅうのつめのように、きょうぼうなとっぷうがおそいかかってくることさえありました。それは岩をもくだき、ばらばらの小石の山にして、空高くうばい去っていくのです。あたりにぶきみにひびき渡る、ふつふつというマグマのにえるような音。そしてたえまない、火とこげつきのにおい。

 

 

 この場所はまさしく、りゅうの怒りののろいのかかった、怒りの山脈、そのまっただ中でした。

 

 

 「この道をまっすぐいって、橋を越えれば、アーザスさまのお城へとたどりつきます。で、でも、お城の中は、わたしにもごあんないできません。お城の中は、いつも、部屋やろうかの場所が変わってしまうからです。正しい道がわかるのは、アーザスさまいがいおりません。」ソシーが、目をおおっているゆびのすきまからおそるおそるロビーの方を見ながら、いいました(もう剣はさやにしまってありましたけど)。ゆびのむこうから、ロビーがまっすぐ自分のことを見つめております。やっぱりまだ、うたがわれているのでしょうか?

 

 「う、うそじゃありません! ほんとうです! わたしでも、アーザスさまのいらっしゃるお部屋へは、いったことがないんです!」

 

 ソシーはけんめいになっていいましたが、ロビーはもう、この人形の女の子のことをうたがったりなどはしていませんでした。ロビーにはふしぎと、ソシーがうそをいっていないということがすっかりわかったのです(相手がたとえ、人形であっても)。これも、このふしぎな光を放つ剣の、新しい力なのでしょうか?

 

 「わかってるよ。よく、あんないしてくれたね。」ロビーがやさしい顔で、ソシーのことを見ながらいいました。「きみはもう、帰るところにもどっていいよ。ここからさきは、ぼくひとりでも、だいじょうぶだから。ありがとう。」

 

 ロビーのやさしい笑顔。ソシーは今まで、だれかにこんな笑顔をむけられたことなんてありませんでした(アーザスにもです)。ソシーのやくめは、アーザスに害をなす敵を、あざむき追いはらうこと。今までソシーはアーザスのそばで、たくさんのつわものたちのことをわなにかけ、その(いつもはしまってある)するどいつめでおどかし、追っぱらってきたのです。そのたびにソシーにむけられるのは、きょうふとにくしみのまじった、つめたいひとみ。今までソシーは、それをなんとも思ってはいませんでした。それがあたりまえでしたから。ですけどこのロビーという少年は、ちがったのです。ソシーはいつものように、ロビーのことをだまし、わなにかけました。必要ならばいつでもいのちだってうばえるんだぞとまでいって、おどかしました(これはたんなるおどしでしたが、いつもこうかはばつぐんでした)。ですけどロビーは、ちがったのです。そんな自分にやさしいほほ笑みを送って、あんないしてくれたことへのおれいまでいってくれました。こんなことはソシーにとって、はじめてのたいけんでした。

 

 

 わたしは、あなたのことをわなにかけて、だまそうとしていたというのに……。

 

 ソシーは思わず、胸がきゅんとなってしまいました(お人形ですけど)。

 

 なんでそんなにやさしいの?

 

 

 ソシーは今まで、こんな気持ちになったことなどはありませんでした。胸のおくにこみ上げてくる、あついおもい……。ま、まさか、ロビーに、恋?

 

 「どうかしたの?」まごまごしているソシーに、ロビーがいいました。

 

 「い、いえ、なんでも!」ソシーが両手をぶんぶんふって、それにこたえました。

 

 「あ、あの、わたし、アーザスさまのお城までは、ロビーさまのこと、ちゃんとごあんないします!」ソシーがつづけます。「だ、だから、もうちょっと、おそばにいさせてください!」

 

 「え?」ロビーは思わずたずねてしまいましたが、ソシーは顔をまっ赤にして(お人形ですのに)、目をそらしてしまいました。

 

 そんなソシーにロビーはちょっときょとんとしながらも(ロビーにはそういうことは、まだよくわかりませんでしたから)、やがてかのじょに手をさしのべて、いいました(ソシーがトンネルのすみっこにおりましたので、手をさしのべたのです)。

 

 「ありがとう。じゃあ、お城の入り口までお願いね。だいじょうぶ、剣は、ちゃんとしまっておくから。さっきはごめん。ぼくも、つい、むちゅうで。」

 

 さし出されたロビーの手をおそるおそるにぎって、ソシーはますます顔を赤くしてしまいました。そして顔からぼふん! 湯気を立てて、いっぱいいっぱいのじょうたいになって、ロビーにいったのです。

 

 「は、はははい! せいいっぱい、つとめめさせて、いたただきますす!」

 

 ロビーは首をかしげて、ふしぎがるばかりでした。

 

 

 

 ぎゅ、ぎゅいいーん……。

 

 うす暗い空のもと、暗い影を落とすひっそりとした木々のあいだから、同じくらいひっそりと、おかしな音がなり出しました。そしてつぎのしゅんかん。

 

 

 「うてえ!」

 

 

 ごおん! 

 

 ひゅるるる………。

 

 どっごおお~ん!

 

 

 めいちゅう! え? なんのことか? ですって?

 

 

 「ごほん! ごほん! な、なんだあ~!」

 

 

 まっ白なけむりの中から今、ごほごほいいながら、黒いよろいを着た兵士たちがたまらずに飛び出してきました。たいくつで大きなあくびをしたり、うっつらうっつらしていたところに、どかん! とこのいちげきです。なにがなんだか? わけもわからないまま、手にしたやりも放り出して、かれらはとりでの入り口のそとまで走って逃げてきました。

 

 かれらのいでたち、それを見れば、かれらがなに者か? ということがすぐにわかりました。かれらは今ではすっかりおなじみ、そう、黒いよろいすがたの、ワットの(いっぱんの)兵士たちだったのです。

 

 

 「全兵! とつげ~き!」

 

 

 その声のあとに、さらなる追いうちが!

 

 

   ぎゅいんぎゅいん、ぎゅいんぎゅいん! ごいんごいん、ごいんごいん!

 

 

 こ、この音は!

 

 

 「ぎゃああ~! なんかきた~!」

 

 

 ふいをうたれたワットの兵士たちは、もうなすすべもありません。地面にはいつくばって、あっちへすってん! こっちへころりん! けんめいに逃げまどうばかりでした(そしてそのほとんどは、あっというまに、飛んできた岩のあみにからめ取られて動けなくなってしまいました)。

 

 なにがとつげきしてきたのか? みなさんにはもう、おわかりですよね。

 

 ここはリュインのとりで。そして今、ワットにうばわれたそのとりでを取りもどすべく、十七体の岩のロボットたちに乗った白き勇士たちが、とつげきしていったのです!(はじめの「どっごおお~ん!」は、このロボットのうでからはっしゃされた、岩のミサイルでした。いぜんレイミールがまちがってはっしゃさせてしまった、あれです。ちなみに、こんかいのこのミサイルをはっしゃさせたのも、またレイミールでした。こんどはちゃんと、敵のどまん中にめいちゅう! すばらしいうでまえです。それにしても、このミサイル、おそろしいいりょく。こわいですね。

 

 ところで……、かれらはまた、このリュインの地にとんでもないほどの早さでたどりつくことができました。シープロンドでリストールのことを見送ってからここまで、かれらは岩のロボットたちの「陸走しゃりん船モード」でつっ走ってきたわけですが、かかった時間は六時間十分! シープロンドへむかうときも六時間半というきょういのスピードでたどりつくことができたわけですが、それよりもさらに二十分も早く、この地に帰ってきたのです。これはいきとちがって、よけいな森や岩場を通っていかなくてすんだためでした。かれらはこのさいごの戦いの場に、文字通り「とってかえして」きたのです。)

 

 そのけっかは? もういうまでもありませんよね。なにしろワットの兵士たちは、今そのほとんどが、さいごの大きな戦いであるエリル・シャンディーンの戦いへとむかっていましたから。そのためこのリュインのとりでには、敵のしゅうらいにそなえたさいていげんの人数、六十人ほどしか、兵士たちが残っていなかったのです。そしてそのかれらも、まさかほんとうにこのとりでをおそってくるような敵がいようとは思ってもいませんでしたから、かんぜんにゆだんしていました(かれらのしきかんたちもみな、エリル・シャンディーンの戦いの場にいっていて、るすでしたから。先生がるすにしていたら、せいとたちはのんびりしちゃいますよね。それと同じなのです)。

 

 「せいぎの怒り、思い知れ! ロック・ディーズィング・ジャスティス・ブロー!」

 

 逃げまどう兵士たちへの、ようしゃない岩のパンチこうげき!

 

 「ぎゃああ~!」ワットの兵士たちは下の地面ごと飛ばされて、ひゅううう……、べっち~ん! とりでの見晴らし台の上にまで、大の字に吹っ飛ばされてしまいます(それでもちゃんと計算して、大けがをしないていどには手かげんしてあげていましたが)。

 

 それからロボットたちは、とりでのかべをよじのぼっていって……、「なんだなんだ?」と見晴らし台に飛び出してきた兵士たちにむかって、さらなる追いうち!

 

 「せいぎの剣を、受けてみよ!」パイロットのかけ声がかかり、一体のロボットが見晴らし台の上に、どん! 飛びうつって剣をかまえました!

 

 「ロック・ディスハートニング・ジャスティス・トルクブレード!」(長い!)

 

 巨大な岩の剣が、ぶううん! たつまきのようにあたりをなぎはらいます!

 

 「ぎゃああ~!」ワットの兵士たちはそのたつまきにあおられて、まるで葉っぱのように飛ばされてしまいました(さっきからワットのみなさんには、「ぎゃああ~!」ばっかりでかわいそうですが……)。

 

 気がついてみれば……、ものの三分ほどで、すべてが終りょう! リュインのとりでに残っていた六十名ほどのワットの兵士たちは、ぜんいん武器も投げすて、両手を上げて、白はたこうさん! みんなまとめて岩のロープでひとくくりにされて、とらえられてしまいました。ばんざーい!(やはりよきせぬめんどうが生まれることをさけるために、リブレストたちはワットの兵士たちを、みんな残らずつかまえてしまうことにしたのです。リュインとりでのつくりのことであれば、こちらにはとてもたのもしい仲間たちがいて、とりでのどこに入り口があるのか? ということもすべて分かっていましたから、そこをみんなふさいでしまうことで、ワットの兵士たちのことをみんな、とりでの中に追いこんでしまうことができました。そのため仲間たちは、ずいぶんとあっけなく、ワットの者たちのすべてをとらえてしまうことができたのです。そしてもちろん、つかまえたワットの者たちには、リュインのろうやの中にはいってもらうことにしました。ワットのみなさんには気のどくですが、まあ、しばらくそこで、頭をひやしていてくださいね。)

 

 そして。

 

 ぷしゅうう……。

 

 一体のロボットの、頭のてっぺんがひらいて……。

 

 「がーっはっはっは! たわいもないわい!」

 

 ごぞんじ、リブレストさん! おつかれさまです!

 

 「リュインのねずみたいじも、これで終りょうだわ。」

 

 「おおーっ!」

 

 しきかんにつづいて、あたりのロボットのパイロットたちも、つぎつぎと(ロボットの頭の上から)あらわれました。

 

 「けんじゃリブレスト、ばんざーい!」「ベーカーランドに、えいこう!」「われらは、むてきだ!」

 

 

 「リュインをわれらの手に、取りもどしたぞ!」

 

 

 よろこびにわきかえる、白き勇士たち。ほんとうにほんのすこし前まで、かれらはここで、ほこり高き日々を送っていたのです。それがとつぜんにおそわれ、とらわれの身となり、たいへんなくろうのもと、今こうしてふたたびこのとりでを取りもどしましたから、そのよろこびもとうぜんのことでした(さいごはずいぶん、あっけなかったですが……。でもそれは、かれらが強すぎるからなのです。こんな巨大な岩のロボットたちなんて、ほんとうはほとんど、はんそくわざですものね。

 

 ちなみに、こんかいのように、くにとくにとの正式ないくさではない戦いがとりででおこなわれる場合、そのための取りきめもしっかりとさだめられていたのです。やはりとりでというものは、文字通りそのくににとってのかなめとなる、ひじょうに重要なものでしたから。そのためとりででの戦いについても、いろいろな場面に応じて、こまかく重要なルールがもうけられていました。

 

 まずは、「いくさいがいの場合において、とりでを四十人以上の者たちでこうげきすることはできない」というルール。つまり四十人以上の者たちでとりでをこうげきしようと思ったら、それはくにとくにとの正式ないくさあつかいにしなければならないということなのです。四十人以上の者たちを使ってかってにとりでをこうげきして、それで戦いに勝ったとしても、とりでを使用するけんりはみとめられず、相手にそのとりでをかえさなければなりませんでした。

 

 こんかいの戦いの場面でも、じつはリブレストたちはこのルールをしっかりと守って戦いをおこなっていました。かれらがとりでにせめこんだのは、十七体の岩のロボット兵士たちに乗った、三十四名の者たちのみ(岩のロボット兵士たちはただの「工作物」でしたので、兵士としての人数に数えられませんでした。ちょっとずるいですが……)。リブレストたちはこの人数をしっかりとワットの兵士たちにしめしたうえで、戦いをはじめていたのです(いちばんはじめにぶっぱなした岩のミサイルについては、かんぜんにふいうちでしたが……)。

 

 そしていくさではないとりででの戦いであれば、まじゅつしと兵士たちは、ともに戦いをおこなってもよいとさだめらていましたが、やはりとりでをせめるがわのまじゅつしについては、魔法で相手をこうげきすることがきんじられていたのです(とりでを守るがわのまじゅつしの場合は、とくべつな取りきめとして、魔法で相手をこうげきすることがみとめられていました。これはいわゆる、「ふりかかる火の粉ははらわねば」というやつです)。ですからリブレストも、魔法ではない岩の「工作物」のロボットたち(と岩の「工作物」のミサイル)を使って、とりでをこうげきしました。

 

 ちなみに、相手の人数が四十名みまんであるか? ということや、こうげきの魔法が使われていないか? ということについては、とりでにそなえつけておくことがぎむづけられているきょうつうの魔法センサーによって、しっかりとかくにんされました。いはんがかくにんされると、このセンサーによってそれが本国へと伝わり、すべて明らかとなってしまうのです。しっかりしたシステムができているんですね!)。

 

 しかしかれらには、つかのまのよろこびにさえよいしれている時間もありませんでした。リュインとりでを取りもどしたことは、そのさきにあるもっと大きなしめいへの、さいしょのいっぽにすぎなかったのです。敵の待つもうひとつの、そしてさいごのとりで、べゼロインのだっかん。それこそがベーカーランドをしょうりへとみちびくための、そしてこのアークランドを悪の手から取りもどすための、かれらの大いなるしめいでした。

 

 「もう、いくさははじまってしまっているのでしょうか?」見晴らし台の上から、下にいるリブレストへ心配げに声をかけたのは、われらがゆうかんなる仲間のひとり、ハミール・ナシュガーでした。「この大きなとりでにさえ、ワットの兵はほとんどいませんでした。となると、敵軍は今、ひとつにしゅうけつしているはずです。」(ちなみに、ほかでもありません。さっき見晴らし台の上で、剣で敵をなぎはらう大わざをくり出してワットの兵士たちのことを吹っ飛ばしていたのは、このハミールだったのです。すばらしいいちげきでした。わざの名まえは、かれが考えたんでしょうか……?)

 

 「エリル・シャンディーンが、心配でなりません。」リブレストのとなりのロボットの上から、こんどはハミールのめい友、キエリフ・アートハーグがいいました。「仲間たちは、きっと、くせんをしいられているはず。われらの助けが必要です。」(ちなみに、ほかでもありません。さっきとりでの前で、強力なパンチのひっさつわざをくり出してワットの兵士たちのことを吹っ飛ばしていたのは、このキエリフだったのです。すばらしいいちげきでした。わざの名まえは、かれが考えたんでしょうか……?)

 

 「うむ。もろもろ、その通りだわい。」リブレストが「ふん!」と鼻をならして、こわいくらいの顔をしていいました。

 

 「だから、わしたちのやくわりは、ひとつだわ。わかるな?」

 

 そのリブレストの言葉に、岩のロボットたちの上から飛び出ていた仲間たちは、そろって口もとをゆるませます。

 

 「べゼロインを、われらの手に!」ハミール、そしてキエリフが、そろってさけびました。そして、それにつづいて……。

 

 「おおおーっ!」

 

 仲間たちのみんなが、こぶしを天高くつき上げてさけんだのです!

 

 「そういうこった!」リブレストがにやりと笑みを浮かべて、みんなの気持ちにこたえました。

 

 「ぐずぐずしては、おられんぞ! われらのしんげき、とまらず! さあ、いくぞい! おつぎは、べゼロインじゃい!」

 

 リブレストさん、さいこう! なんというカリスマせいなのでしょう! もうなんというか、オーラがちがいます(顔はこわいですけど)。リブレストはけんじゃであり、戦士であり、そしてもんくなしに、さいこうクラスのしきかんでもありました。みんなの力をなんばいにもひき出し、勇気を高める。このすばらしきしきかんのそんざいは、白き仲間たちの心を大いにはげまし、すばらしいだんけつの力をもって、かれらの思いをひとつにまとめ上げたのです(ずっと山おくにひっこんでるだなんて、ほんとうにもったいない!)。

 

 

 「からっぽにしてはおけんからな。」リブレストがそういって、なにやらじゃらじゃらと、上着のポケットからなにかを取り出しました。

 

 リブレストが取り出したのは、小さなミルク色の、まんまるの石でした。それも、たくさん。

 

 「るすは、こいつらにまかせておくとしよう。こいつらになら、みんなまかせてだいじょうぶだわい。」リブレストはそういって、まんまるのそれらの石を、とりでの入り口にむかってばらばらとばらまきます。すると!

 

 地面に落ちたそれらの石が、見る見るうちに、身長三フィートほどのちっちゃな岩の兵士たちへとすがたを変えました! まさにみんなが今乗っている岩のロボットたちの、ミニチュアばん。それをまるっこく、デザインしなおしたような感じです(なんかかわいい)。手にはこれまたちっちゃいながらも、ちゃんと岩の剣がにぎられていました。

 

 「せいれーつ!」リブレストの言葉に、岩のちびっ子兵士たちがぴょこぴょこ歩きながら集まって、横に二れつになって、びしっ! きれいにならびます。その数は、みんなのロボットたちのばいの、三十四体!(ちなみに、ミルク色の石いっこから、一体のミニチュア兵士があらわれます。つまり、ポケットに三十四この石がはいっていたわけです。かなりの量ですね……)

 

 「るすばんは、おまえたちにまかせるぞ。このとりでを守りぬけ。」

 

 リブレストがそういうと、ちびっ子兵士たちはみな手をちゃかちゃかと動かして、それにこたえました(たぶん、「りょうかい、ボス!」というへんじをしているんだと思います)。

 

 

 「さあて、乗ったな!」それから、リブレストがロボットに乗りこみ、かくパイロットたちにいいました。「今いちど、陸走しゃりん船モード!」

 

 ロボットたちが、ぐいいん! ふたたび、岩の船のかたちへとすがたを変えていきます。

 

 「ざひょうせってい! 一三九五、七二〇九!」

 

 もう休むひまもありません。そして休む気もありません! わき立つせいぎの心をもやしたわれらが勇士たち。かれらを乗せた十七体の岩のロボットたちは、こうしてつぎなるもくてき地、べゼロインへとむかって、新たなしんげきをかいししていったのです。

 

 もうだれにもとめられない! 

 

 リブレストべつどう隊、出動!

 

 

 「いよいよですね、キャプテン。」

 

 リブレストのとなりで、副そうじゅうしのレイミールがいいました(リブレストのことをキャプテンとよぶのが、すっかりはまってしまったみたいですね)。

 

 「いよいよ、あれが見られるんだ。楽しみだなあ、うふふ。」

 

 「こらこら、あそびにいくわけじゃないぞい。」にこにこしているレイミールに、リブレストがこたえました。「だーが、わしもちょっぴり、胸がおどるわい。」

 

 そうじゅうかんをにぎる手に力をこめて、リブレストがさいごにいいました。

 

 「お待ちかね。こいつのほんとうのパワーで、れんちゅうに大あわを吹かせてやろうかの。」

 

 このロボットの、ほんとうのパワー? それはいったい……?

 

 ぽつぽつとふり出した雨。そのうす暗い空のもと、たくさんの水けむりを上げながらかれらは進んでいきました。いっちょくせんに、さいごのもくてき地へとむかって。

 

 

 

 もうもうとわき上がる水じょうき。はるかなならくの底へとつづく岩のさけ目から、ぶしゅー! 大きな音を立てて、まっ白なあつい湯気が立ちのぼっていきます。

 

 あたりの岩や地面は、もえるような赤一色にそまっていました(そしてあちらこちらの場所では、ほんとうにほのおが上がってもえていたのです)。地面に落ちている小石をふみしめるたびに、ぱきっ! というかわいた音を立てて、小石はこなごなにくだけてしまいます。ときどき、赤い道は流れるようがんのかたまった、まっ黒な川にぶつかることがありました。おそるおそる足を乗せてみますと、その表めんはすっかりかたまっていて、その上を歩くことができました(ですがまだじんわりとあついのでした。あんまりじっとしていたら、やけどしてしまうことでしょう)。

 

 まさに、じごくのような場所。そう、ここは怒りの山脈。アーザスの城へとつづく、りゅうの怒りにおおわれた、もえるように赤い岩と火の土地だったのです。

 

 ロビーと人形の女の子ソシーは、今そのじごくのような赤い道を、アーザスの城へとむかって進んでいるところでした。思いもかけず、ともに道をゆくこととなったロビーとソシー。ソシーはアーザスの手下です。それは変わりありません。ですがロビーは、このおそろしい道をゆくのに、たとえそれが敵のがわの者であろうとも(そしてお人形であろうとも)、ともにゆく者がいてくれることをうれしく思いました。この場所にきたら、だれだってそう思うはずです。どんなにゆうかんな者であろうとも、心がくじけてしまいそうになるほどの、のろわれた場所……。ロビーは、もえるけついを胸にひめています。待ち受ける運命へのかくごなんて、とっくのむかしにできております。ですがそれでも……。この場所のいっぽいっぽをふみしめるたびに、自分の気持ちがおしつぶされていくということが、ロビーにはわかりました。

 

 この場所は、そんな場所でした。りゅうの怒り、そしてアーザスののろい……、そんなおそろしいエネルギーたちがいりまじって、まるであらしのように吹き荒れている、そんな場所なのです。だれだって、こんなところにひとりでいたいはずもありませんでした。

 

 「もうじきですよ、ロビーさま。」ソシーがロビーのうでを取っていいました。「あとすこしで、アーザスさまのお城が見えてきます。」

 

 ソシーは上きげんで、ロビーにぴったりくっついていました。さきほどまではすっかり赤くなってどぎまぎしてしまっていましたが、しだいにロビーのそばにいられることが、うれしくてしかたなくなってきたのです。自分にできることなら、なんでもしてあげたい。ソシーはすっかり、ロビーにむちゅうでした(やっぱり恋なのでしょう。ロビーはなんだか、くすぐったい気分でしたが)。

 

 そして、そのせまい岩かべのあいだをくぐりぬけると……。

 

 

 「きた……。ついにここまで……」

 

 

 目の前に広がる光景を目にして、ロビーは思わずそうもらしました。

 

 そこに広がっていたのは、おどろきの光景でした。

 

 そしてなんとも、おそろしい光景でした。

 

 赤い道は大きなひとつの岩山をぐるりと取りかこむように、つづいていました。そこから右にむかって、道がいっぽんえだ分かれしております。そのはるかさきは、切り立った岩かべにぽっかりと口をあけている、黒いどうくつの中へと消えていました。どうくつのはるかな上には、まっ黒なけむりにおおわれた、山のいただきが見えかくれしております。その山こそが、怒りの山脈のそのてっぺんでした。そしてその山の岩かべに口をあけたそのどうくつこそ、ほかでもありません。三十年前、ノランにみちびかれたアルマーク、アルファズレド、ムンドベルク、メリアンの四人の若き王子たちが、おそろしい赤りゅうとのさいごのけっせんへとのぞんだ、そのぶたいだったのです。

 

 ですが今、ロビーの冒険において重要なのは、そちらの道ではありませんでした。ロビーの目をくぎづけにしたもの。それが今まさに、ロビーの目の前にあったのです。

 

 

 そう、アーザスの城でした。

 

 

 なんというおそろしい城なのでしょう! 赤い道は、岩山の上にきずかれているその城のまわりをかこむ、だんがいぜっぺきのふちにそってのびていました。だんがいは目もくらむような深さ、そして大きさです。落ちたらまず、助かりません。その底がないかのようなまっ黒なあなの上に、巨大な石づくりの橋がいっぽん、かけられていました。その橋が、がけのむこうにそびえるアーザスの城へとつづく、ゆいいつの道になっていたのです。

 

 ですが、そんなだんがいぜっぺきや石の橋よりもなによりも、いちばんおそろしいのは、やはり目の前のアーザスの城、そのものでした。

 

 こんなものが、この世にそんざいするのでしょうか? そしてそんざいしていいのでしょうか?

 

 城……、たしかにそれは、アーザスの住む城でした。ですがその城は、みなさんが思いえがくどんなお城にもあてはまらないことでしょう。どんな悪夢にだって、あらわれないことでしょう。

 

 もはやこれを、城とよんでいいのでしょうか?

 

 そのたてもの、城は、赤くぐにぐにとぶきみに動きまわり、まがったりのびたりしていました。その表めんには、たくさんの目や口や手がついていました。どろどろとした赤やもも色やオレンジ色のゼリーのようなものが、そのいちめんをはいずりまわっていました。目をかたどったもようのはいった数えきれないほどたくさんのとびらやまどや塔が、その中からとつぜんあらわれては、またぐにぐにとしたかたまりの中へと消えていきます。あちらでもこちらでも、大きなあわがぷくーっとふくれ上がっては、ぼふん! というにぶい音を立てて、はじけていきました。意味を持たないうめき声のような音が、あたりいちめんにひびいていました。

 

 アーザスは、なんというものを作り上げたのでしょうか。

 

 この城は、生きていたのです!(みなさんはこの城のことを、すでに目にしています。ですがそのときは、この城の一部分しか見ることはできませんでした。第十六章のはじめ、アーザスが花にかこまれたテラスの中で、本を読んでいる場面がありました。あのときみなさんは、このおそろしい城の一部分を見たのです。読みかえしてみるのもいいですが、あんまりいい気持ちにはなれないでしょう。)

 

 「なかなか、すてきなお城でしょう?」ソシーがにこにこして、ロビーにいいました。「アーザスさまが、人のたましいを生きたバリアーに変えて、この城を守らせているんです。うかつに近づいたら、ぱくん、と食べられてしまいますよ。あ、でも、ロビーさまはへいきです。アーザスさまが、ロビーさまには手を出さないように、めいれいしてありますから。」

 

 ソシーはむじゃきにいいましたが、ロビーはなんとも、やるせない気持ちになりました。この城のことをひとめ見たロビーには、すぐに、ソシーのいった言葉の意味がりかいできたのです。ソシーのいう生きたバリアーとは、このアーザスの城のひょうめんをおおっている、その気味の悪いゼリーのような物体のことをさしていました。そう、このゼリーはまさに、人の生きたたましいそのものでできていたのです! この城のまわりには、こんなかわいそうなたましいたちが、生きたバリアーとして、それこそなん百なん千と使われていました。いったいアーザスは、人のいのちをなんだと思っているのでしょう! ロビーの手が、わなわなとふるえました。

 

 「こんなことを、ゆるしてはいけないんだ。」ロビーがそういって、きっ、と口びるをかみしめました。ですがソシーには、ロビーの気持ちがわかりません。ソシーはアーザスによって作られました。ですからアーザスにとってあたりまえのことは、ソシーにとってもまた、あたりまえだったのです。

 

 人のたましいの力を悪用したエネルギー。やみのエネルギー、のろいのエネルギー。それらのものは、みんなぜったいに手を出してはいけない、まちがった力です(魔女のアルミラも、まちがった力に手をそめました)。ですがアーザスにとっては、そうではありませんでした。すばらしい力、あふれるほどの力。力をもとめるアーザスにとって、力のしゅるいなどはどうでもいいことでした。それがどんなきんだんの力であろうとも、強い力さえ得られれば、それでよかったのです。

 

 ソシーもまた、アーザスと同じ考えをうえつけられていました。それがどんなしゅるいの力であろうとも、強い力が得られるのであれば、それを使うことはあたりまえのことだと思っていたのです。ですからソシーにとっては、人の生きたたましいをバリアーにりようするなんてことは、あたりまえのことなのであって、なにも悪いことだなどとは思っていませんでした。かのじょにとっては、このおそろしい城も、すばらしい力にあふれた「すてきなお城」だったのです。

 

 ですがロビーは、ソシーのことを悪く思ったりなどはしませんでした。ロビーには、すぐにわかったのです。ソシーの心はアーザスの悪い心によって、もともと悪く作られてしまっているんだと。そもそもの悪は、アーザスただひとりなのです。アーザスとのけっちゃくをつけ、ソシーからアーザスのやみの力を取りのぞいてしまえば、ソシーもきっと、正しい心になおるんだ。人の心を取りもどすんだと。

 

 「ソシー。」ロビーがいいました。「この世界には、ほんとうにたくさんの、すてきなものがある。きみの知らないすてきなものが、山ほどあるんだ。」

 

 「ぼくもまだ、ほんのすこしのことしか見ていない。でも、それでも、とてもとてもたいせつなことを、たくさん学ぶことができた。人を思いやる心、それは、そのとってもたいせつなもののうちの、ひとつだよ。」

 

 ロビーはそういって、ソシーの手を取りました。

 

 「きみは、やさしい。だからきみには、ぼくのぶんまで、もっとたくさんの世界を見てほしい。みんな終わったら、ソシー、きみは、そとの世界に出るんだ。ぼくはたぶん、もう、ここから出られないと思う。いっしょにいけたらよかったんだけど……。きみはきっと、そとの世界で、たいせつなものをたくさん見つけることができるはずだよ。」

 

 え……? ソシーはとまどいの表じょうを見せました。ソシーにはロビーのいっていることが、よくわからなかったのです。今までソシーは、このアーザスの土地からひとりはなれたことなどは、いちどもありませんでした。アーザスのおともとして、「悪い人たち」のことをこらしめにいったことならあります。ですがそのときでも、ソシーはアーザスのそばにずっとついていて、そとの世界のことをじっくり見てみようだなんてことは、ぜんぜん考えてもいないことでした。ですからソシーは、そとの世界のことなんて、ぜんぜん知らなかったのです。知りたいと思ったことすらありませんでした。ソシーにとっては、ただアーザスのそんざいだけが、すべてでしたから。

 

 ソシーにとっては、この場所がふるさとなのです。生みの親のアーザスさまのことをさしおいて、この世界からひとりはなれるだなんてことは、ソシーにはまったく考えられないことでした。そこになにかたいせつなものがあるなんてことは、考えたこともありませんでした。

 

 そして、ロビーのいった言葉です。

 

 

 ぼくはたぶん、もう、ここから出られない。

 

 

 ロビーはずっと前から、そう感じていたのです(ライアンとわかれることになるだろうと感じていた、そのときから)。アークランドをすくうため、アーザスのことをうち破るために、ぼくはそれとひきかえに、いのちを落とすことになるだろう。ロビーはそう感じていたのです。

 

 それはもちろん、はっきりとだんげんできるようなものではありません。ですがロビーの心からは、どうしても、その思いが消えることはありませんでした。ぼくは、アーザスと運命をともにすることになる。それが自分の運命なら、それで世界をすくうことができるのなら、ぼくはウルファのほこりを持って、それを受けいれよう。ロビーはその思いを、かくごを、胸にひめつづけながら、ここまでやってきたのです。でもライアンには、とてもこんなことはいえないな。そう思いつづけながら……。

 

 ロビーのその思いは、ソシーのその作りものの心にも、たしかに伝わりました(人の心ではない、お人形の心にもです)。ソシーはただ、ロビーといっしょにいたいとだけ思っていました。ですがロビーの思いを前にして、しだいにソシーの心には、おそろしいげんじつがつきつけられていったのです。

 

 

 アーザスさまは、ロビーさまのことを、なき者にしようとしている……?

 

 

 ソシーはアーザスに、こういわれていました。ここにやってくるロビーというウルファの少年のことをあざむいて、時間をかせいでおいで。その気になれば、いつでもいのちだってうばえるんだぞと、おどかしてやればいい。それはただのじょうだんだとばかり思っていました。ロビーというその相手のことを、ちょっとおどかしてやるための、ただのじょうだんだと。でもアーザスさまは、ほんきで……。

 

 「そんな……」ソシーのからだが、かたかたとふるえました。

 

 「いや……。いやです、ロビーさま! ずっといっしょにいてください!」

 

 ソシーがロビーに飛びつきました。ロビーの両うでをゆさゆさとゆすって、ひっしにくい下がります。ですがロビーの目を見たとき、ソシーにはこれは、自分にはどうすることもできないことなのだと、はっきりとわかりました。

 

 「ぼくの、運命なんだよ。」ロビーが、おだやかな顔をしていいました。「ぼくは、自分のしめいをやりとげる。そして、ぼくのちかいのことも、きっと果たしてみせる。」

 

 ロビーのうでをつかむソシーの手の力が、弱まっていきました。はじめて、人を好きになったソシー。はじめて、人の心にふれることのできたソシー。なんという運命なのでしょう。その相手はもうじき、自分の手のとどかないところへといってしまおうとしていたのです……。

 

 「ふええ……」

 

 ソシーは、ひっくひっくと泣きました。こはくのはまったその作りもののひとみからは、なみだをこぼすことはできません。もしソシーに、なみだを流すことができたのなら。きっとそのひとみからは、大つぶのなみだがぽろぽろあふれ出ていたことでしょう。ソシーはたくさん泣きました。人の心を持って、たくさん泣きました。

 

 ロビーはそんなソシーのことを、やさしくだきしめてあげました。

 

 

 

 「あの橋を、渡ればいいんだね。」ロビーが、ゆく手に待ち受けるいっぽんの石の橋をさして、いいました。

 

 赤い道のさきに、にぶいはい色の石でできたぶきみな橋がいっぽん、かかっていました。はば三十フィートほど。城の入り口まで長さ百ヤードほどもある、巨大な橋でした。

 

 橋の両わきには、らんかんがつくられていました。そしてそのらんかんの上に、ぶきみなものが乗っていたのです。およそ七ヤードごとに左右ひとつずつ、おそろしい悪魔のような生きもののちょうぞうが乗っていました(じっさいには乗っているのではなくて、らんかんと同じ石からほり出されていました)。みなさんの世界でも、古いお城や教会などのやねの近くで、にたような石のぞうを見ることができます。それはガーゴイルとよばれる、悪魔などのすがたをかたどった石ぞうで、雨を流す「雨どい」のやくめを持っているほか、魔よけのこうかがあるともされているものでした。

 

 ですがこの橋のらんかんに乗っている石のぞうは、魔よけなんてものではぜったいにありませんでした。むしろ、わざわいをもたらすためにつくられていたのです! つまりこれは、この橋にかけられたわなでした。かんげいできない者がこの橋を渡って、わが家にやってこようとしたら……、ぼん! 石ぞうの目や口から、おそろしいいりょくののろいのエネルギーが飛び出して、おそいかかるのです。

 

 ほんとうなら、ロビーがこの橋をぶじに渡ることなど、できようもなかったことでしょう。ですがロビーには、わかったのです。アーザスは、ぼくのことをむかえいれている……。ロビーはこの橋を渡ってもだいじょうぶなのだということを、はっきりと感じ取っていました(はじめは時間をかせぐようにソシーにめいれいしていたアーザスですが、ソシーがそのつとめにしっぱいしたということは、アーザスにはすぐにわかりました。アーザスには、ロビーとソシーのいるところがわかるのです。ですからかれらがトンネルをぬけて自分の城の入り口のところまでやってきたということも、アーザスにはすでにわかっていました。それが意味することは? そう、つまりソシーが、時間かせぎのつとめにしっぱいしたということなのです。こうなってはもうアーザスも、時間をかせぐことはできません。それならばよていをへんこうして、もうロビーのことをむかえいれてしまおう。もはや楽しみは、早い方がいい。それがアーザスの考えでした)。

 

 「わたし、アーザスさまのことを、せっとくしてみせます。」うつむいていたソシーが、急にロビーにいいました。

 

 「ロビーさまのことをひどい目にあわせないように、せっとくしてみせます。アーザスさまは、ロビーさまの持つ、なにかをほしがっていました。くわしくはきけませんでしたけど。だから、それを渡せば、ロビーさまのいのちまでは、うばったりしないはずです。」

 

 ソシーがいいましたが、ロビーにはわかっていたのです。アーザスは、そんなにあまい相手ではないということを。

 

 「だから、アーザスさまのところまで、いっしょにいかせてください! 道はわからないけど……。きっと、おやくに立ってみせますから!」

 

 そんなソシーの言葉に、ロビーがやさしくいいました。

 

 「ありがとう、ソシー。その気持ちだけで、じゅうぶんだよ。でも、ぼくは、ひとりでいかなくちゃ。きみは、安全なところにかくれているんだ。すべてが終わったら、ここから逃げ出すんだよ。」

 

 ソシーはいてもたってもいられませんでした。なんとかしなければ、ロビーさまは、ほんとうに殺されてしまう!

 

 「いきましょう!」ソシーはロビーの手を取って、ひっぱりました。たまらずロビーも、ソシーといっしょに橋のそばまで近づいていきます。

 

 「この橋なら、安全です。アーザスさまは、ロビーさまのことをこうげきしないように、この橋にめいれいしてあります。ですから、ロビーさまならだいじょうぶ。それにもちろん、わたしもだいじょうぶです。わたしは、このお城の住人ですから。」

 

 「ちょ……、待って、ソシー!」ロビーがいいましたが、ソシーはロビーの手をぐいぐいひっぱって、いうことをききません。そのうちソシーはロビーからはなれて、ひとりでかってに橋の上までいってしまいました。これでは、いっしょにいかないわけにはいきません。しかたない、安全なところまでだったら、いっしょに……。ロビーがそう思ったときでした。

 

 「ロビーさま、早くいきま……」ソシーの言葉が、そこでとぎれました。にぶい、なにかの音がひびいたような気がしました。

 

 「え?」

 

 ソシーの声。そして……。

 

 「ソシー!」

 

 ロビーのさけび声。

 

 はじめ、ソシーにはなにが起こったのか? まったくわかりませんでした。しかししだいにソシーは、おそろしいじじつを知ることになったのです。

 

 

 足が……、ない……。

 

 

 くずれていく、自分のからだ。ソシーのからだは、下半分がかんぜんに切りはなされてしまっていました。おなかのあたりが、ぼろぼろにくだけていました。

 

 

 おそろしい、悪魔のわな……。

 

 かんげいできない者がこの橋を渡って、わが家にやってこようとしたら……。

 

 

 そう、アーザスはソシーのことを、かんげいできない、その相手にえらんだのです……。ロビーに協力している、じゃま者。もはやソシーはアーザスにとって、それだけのそんざいになっていました。そ、そんな……。だってソシーは、アーザスが作ったはずなのに……。

 

 「ソシー!」

 

 ロビーがもういちどさけんで、ソシーにかけよりました。ソシーは目を見ひらいて、きょうふの表じょうを浮かべております。信じられない。まさか。ソシーの心は、ぜつぼうにみたされていました。

 

 

 アーザスさまにうらぎられた……。

 

 

 「ソシー!」ロビーがソシーのからだをだき起こしました。すこしはなれたところには、ソシーの人形の足がふたつ、ころがっていました。

 

 「ロ、ロビーさま……、わたし……」ソシーはそれ以上なにもいえず、ただきょうふのあまり、口をぱくぱくさせるばかりでした。

 

 ロビーの中に、怒りがわき起こりました。今まででいちばんの、ゆるせない怒りでした。

 

 「そんな……、ソシーは、自分の味方なのに……」ロビーはそういって、橋のむこうを見上げました。そこにはあのおそろしい、生きたたましいにおおわれた城がそびえていたのです。アーザスの待つ、城が。

 

 

 「アーザスー!」

 

 

 ロビーは怒りのあまり、あらんかぎりの声でさけびました。

 

 

 「ぼくはぜったい、おまえをゆるさないぞ!」

 

 

 しかしロビーのさけび声は、ただむなしく、こののろわれた山の中に消えていくばかりでした。

 

 

 

 「せいぎのたて持て! 女神リーナロッドの名のもとに!」

 

 おそろしいいくさの音たちがみちる中、それをかき消さんばかりの大声がその場にひびき渡りました。横いちれつにきれいにならんだ、騎馬、騎馬、騎馬。その数ざっと、三百五十! それぞれの騎馬たちの上には、白いよろいかぶとに身をつつみ、美しいマントをひるがえした、せいぎの騎士たちが乗っていたのです。そのマントにも、よろいの胸の部分にも、ひとつのもんしょうがきざみこまれていました。それはもちろん、われらが白き王国、ベーカーランドの白きもんしょうだったのです。

 

 「われら、アルマーク王あずかり、白の騎兵師団!」

 

 「おおおーっ!」

 

 いさましいかけ声とともに、白き騎馬たちがいっせいにかけ出していきました。そう、かれらは、われらがきぼう。このアークランドをやみからすくうべく立ち上がった、白き勢力の、そのちゅうしん的そんざい。ベーカーランドの白の騎兵師団だったのです。

 

 ついに! 白の騎兵師団がそのさいだいげんの力をもって、さいだいの敵とあいまみえるときがやってきました! かれらのさいだいの敵、それはただひとつ。かれらにあだなす黒の軍勢、よこしまなるやみの力によってこのアークランドをはめつへ追いやろうとたくらむ、まがまがしき悪によってみちびかれた、黒の軍勢なのです。

 

 おそろしいディルバグたちのとうじょうにより、白き勢力の者たちは、見るまにそのいきおいを失いつつありました。もっともゆうかんなる者たちでさえ、ディルバグとその背に乗った黒騎士たちのことを前にしては、くせんをしいられたのです(ベルグエルムとフェリアルがかれらと戦ったときのことを思い起こしてみれば、それはよくわかります。ディルバグに乗った黒騎士たちは、剣のうでまえもさることながら、相手の弱みにつけこむというじつにずるがしこい戦い方をするのです)。

 

 そんな中、まさにきぼうの光といえるそんざいこそが、われらが白の騎兵師団でした。かれらはしばらく、戦いの流れを読み取っていました。へたに動かず、けっしてあせらず。いちばん必要なときに、いちばん必要な力を、仲間たちのもとへと送りこむ。それが、すぐれたしきかんたちにひきいられたかれら白の騎兵師団の、もっともたいせつなやくわりだったのです。

 

 そして今、かれらはそのもっとも必要な力を、もっとも必要としている仲間たちのもとへと、そそぎこむときをむかえていました。

 

 ディルバグたちは白き勢力のたくさんの部隊に、かいめつ的なひがいを与えました。しかしまだ、白き勢力の守りのかなめは、くずれてはおりません。戦いのほんすじ。白き勢力のじんけいのかなめといえる、ちゅうおうの守り。そこをくずされては、この戦いはこちらの負けです。そしてまさに今、敵は、まわりをかこむたくさんの勇士たちの守りをくずし、そのちゅうおうの守りを切りくずさんとして、もうこうげきをかけてきたところでした。

 

 白の騎兵師団、まいる! われらがベルグエルム、フェリアル、ライラの三人のしきかんたちにひきいられた白の騎兵師団のせいえいたちが、ついに剣をかまえて、つぎつぎと敵のただ中へととつげきしていきます!

 

 「白きつるぎ、いざまいらん!」ベルグエルムがまっさきに、敵のまん中へと切りこんでいきました。

 

 「せいぎのやいばは、くじけず!」フェリアルがすばらしいひらめきとともに、敵のふところ深くもぐりこんでいきました。

 

 

 「アークランドのために!」

 

 

 強い! 強い! 強い! かれらは、騎兵。馬に乗って戦う騎士たちです。馬に乗らなくたって強いということは、ベルグエルムやフェリアル、ライラの戦いぶりを見たことがあるみなさんであれば、すぐにわかることですが、そのかれらが馬に乗って戦うなら、これはもうさい強なのです。もうじゅうのすがたをしたかいぶつの敵が、「がおお!」おそろしいつめをふりかざしておそいかかろうものなら……、ざしゅん! かいぶつのつめは根もとからばっさり切り取られてしまって、使いものにならなくなってしまいます。長いやりをかまえたへびのようなかいぶつの兵士が、「きしゃー!」ひとつきにしてやろうと、こちらへまっすぐにむかってくるものなら……、ひゅひゅひゅんっ! たちまちやりはこま切れにされて、地面にぽろぽろちらばってしまいました。

 

 白の騎兵師団、かれらの戦いぶりは、まさにむてきと思われるほどのものでした。敵にかこまれピンチにおちいっている味方たちのもとにさっそうとあらわれては、まわりの敵たちをばったばった! やっつけてしまうのです。戦いのただ中にいるわれらが仲間たちにとって、これほど心強く、はげみとなるものもありませんでした。

 

 しかし、それでも……。

 

 どんなに強い騎士たちでも、どんなにたくみなじんけいで、どんなにたくみなせんじゅつをもちいたとしても、黒の軍勢のいきおいは、その上をいっていたのです。それはまさに、数と力のぼうりょくでした。

 

 ゆっくりと、すこしずつ、白の騎兵師団の勇士たちのいきおいも、敵のもうこうげきの前におされ気味になっていきました。ふるう剣のひらめきは、すこしずつ、ちょっとずつ、にぶっていきました。かける馬のはやさは、いっぽ、またいっぽと、おくれていきました。どんなにすばらしい力も、どんなにきたえ上げられたわざも、えいえんにつづくということはないのです。

 

 「敵が多すぎます! とっぱされる!」

 

 ひとふりで三人の敵をうちたおすほどのうでまえを持つ、白の騎兵師団のせいえいたち。そのかれらのうでをもってしても、黒の軍勢のそのまがまがしいまでの悪のいきおいには、あっとうされるばかりでした。

 

 「持ちこたえろ! じんけいをいじするのだ!」

 

 かれらの先頭に立って剣をふるう、いちばんのつわもの、ライラ・アシュロイ。かのじょのさけびもむなしく、白の騎兵師団のじんけいは、しだいにくずれつつありました。

 

  

 そして、もっともおそるべき相手があらわれたのです。

 

 

 ああ、なんというおそろしさなのでしょう! くせんをしいられているわれらが仲間たちにとって、それはまさに、悪夢そのものでした。

 

 右手の戦場では、敵のじんをくずそうとしてまわりこんでいた仲間たちが、空からのディルバグたちのこうげきによって、ばらばらになぎはらわれていました。

 

 左手の戦場では、かいぶつの吹き出したどくの息によって、多くの仲間たちがせきこみ、地面にうちたおされて、動けなくなっていました。

 

 ですがそれらのどんな光景よりも、目の前にせまりくるその光景は、おそろしいものだったのです。

 

 

 魔王ギルハッドがやってきました。

 

 ほのおのたてがみを持ったしっ黒の騎馬にまたがり、その手に黒いほのおを吹き出す巨大な剣をいっぽん、にぎりしめて……。

 

 

 「う、ううう……!」

 

 なみの者であれば、さけび声を上げて逃げ出してしまうほどの、きょうふ。われらが白の騎兵師団の騎士たちは、あらゆるきょうふにうちかつくんれんを受けていました。痛みやくつうやぜつぼうにたえる、強い心を持ちあわせていました。

 

 ですがそんなかれらであってさえも、せまりくるこのきょうふのそんざいにむかっては、言葉を失い、ひやあせをたらし、がくがくとふるえる足をおさえるのでせいいっぱいになってしまったのです。

 

 「隊れつをくめ! 守りをじゅうし! とっぱされるな!」

 

 ライラのかけ声がひびきます。ですがその場にいる白き勇士たちの頭の中には、そんなライラの言葉ですら、まんぞくにはいってはきませんでした。

 

 「うう……、おのれ!」ひとりの騎士がわれも忘れて、ギルハッドにとっしんしました! これはライラのしじにはない、めいれいいはんの行動です! ですがこのあっとう的なきょうふを前にして、だれにかれを、せめることができましょう。頭で考えることもできず、ただただきょうふにおし流されて、かれは動いてしまったのです。

 

 「やめろ! もどれ!」

 

 ライラの声は、もはやかれにはとどきませんでした。そして……。

 

 

  がしん! ごおおお!

 

 

 ギルハッドの剣がふりはらわれました! そして、ああ、なんということでしょう!黒いほのおのうずがあたりをつつみこみ、ごう音とともに、大地と、そしてとっしんしていった騎士と騎馬のことを、やきこがしたのです。騎士はそのまま気を失い、騎馬から落ちて、こげた地面にうつぶせにたおれふしました。

 

 おそろしいいちげきをまのあたりにした仲間たちは、なおいっそう、おそれ、たじろぎ、剣を持つその手をきょうふにふるわせました。ゆいいつ、かろうじてれいせいさをいまだかかずにいられたのは、かれらのしきかんであるライラ、ただひとりばかりであったのです(今魔王ギルハッドにむかいあっているのは、ただライラの部隊ひとつだけでした。ベルグエルムもフェリアルも、それぞれのいくさの場で、数えきれないほどのたくさんの敵たちと、はげしくいさましい戦いをくり広げていたのです)。

 

 魔王ギルハッドが、ゆっくりとこちらへ歩みを進めてきます。その金色にふち取られた影のように黒いかぶとのすきまから、赤い目をぎらつかせた、ギルハッドのすがおが見て取れました。なんというおそろしい生きものなのでしょう! 人ともつかず、けものともつかず、たくさんの小さな手のようなものが、顔のまわりでうねうねと動いているのが見えました。しゅーしゅーという湯気のような音が、よろいのすきまからぶきみにもれ出していました。こんな生きものが、この世にそんざいしていいのでしょうか?

 

 「白の騎兵師団……、しきかんどのとお見受けする……」ギルハッドがひくくうなるような声で、ライラにむかっていいました。

 

 「われは、ギルハッド……。ガノンとのけいやくによりまいった……」

 

 その言葉に、ライラは、きっ、と歯をくいしばり、手にした美しい剣をギルハッドにつきつけます。

 

 「わたしは、白の騎兵師団、人間隊隊長、ライラ・アシュロイ! このさきへは、いっぽも進ませぬ! そなたは、そなたのくにへと帰るがいい!」

 

 剣をかまえるライラ。ギルハッドはなにもいわず、黒いほのおを吹き出す剣を高々とかまえました。そして、それをあいずに……、まわりからとつぜん! おそるべき者たちがつぎつぎとあらわれたのです!

 

 それはギルハッドのひきいる、魔界の軍勢の兵士たちでした! この兵士たちはあるじのギルハッドのそばになら、遠くはなれた場所からでも、(そこがべつの世界でないかぎり)いっしゅんにしてあらわれることができたのです。今や白の騎兵師団、ライラ隊の者たちは、魔王ギルハッドのひきいる悪魔の軍勢に、すっかり取りかこまれてしまっていました。

 

 「あきらめろ……。おまえでは、われには勝てぬ……」

 

 ギルハッドのそのけもののような赤い目が、ぶきみにきらめきます。

 

 「ぬかせ! ばけもの!」

 

 ライラがギルハッドにとっしんしました! このアークランドでさい強といわれる剣の使い手、ライラ・アシュロイ。そのライラがついに、魔王ギルハッドと剣をまじえるのです!

 

 なんというすさまじい、剣のあらし! ライラの剣はいっさいのむだがなく、つねにてきかくに敵の守りのすきをついて、その剣をたたき落とすのです。しかし、こんかいばかりは……。

 

 

  きん! きん! がしん! がしん!

 

 

 つぎつぎとひらめき、ふり下ろされる、ふたつの剣。相手がなみのつわものであるのなら、もうとっくに、勝負はついていることでしょう。ライラのあっとう的なしょうりに終わるはずです。しかし、こんかいばかりは!

 

 ひらめくたびに黒いほのおのうずをまき起こす、魔王のつるぎ。ライラはそのほのおのあいまをぬってじつにたくみに騎馬をあやつり、敵の目のとどかない位置から、でんこうせっかのいちげきをくり出していきました。ですが、なんてこと。ライラの剣はことごとく、ギルハッドのその黒きやいばの前に、はじきかえされてしまったのです。

 

 なんという強さ! しかもギルハッドはライラの剣を受けとめるたびに、そのけものじみたじゃあくな口もとをゆるませて、ぶきみな笑みを浮かべました。そう、ギルハッドはまだまだ、ほんきを出してはいないのです!

 

 「あれは……! ギルハッド!」

 

 ちゅうおうの守り、その左手からベルグエルムがさけびました。ベルグエルムはちゅうおうの守りの左にあいた守りのあなをついてきた、たくさんの敵たちのことをくいとめるために、わずかな数の騎士たちをひきいてふんとうをつづけていたのです。

 

 「ライラどのだ!」

 

 ちゅうおうの守り、その右手からフェリアルがさけびました。右の守りは、ほとんどくずれかかっていました。フェリアルのひきいる白の騎兵師団の騎士たちが身を張ってふみとどまっていることによって、かろうじて、その守りは持ちこたえられていたのです。

 

 ベルグエルムもフェリアルも、目の前の戦いで手いっぱいでした。とても、ライラを助けにいくことなどはできません。ですがそれは、はじめからわかっていたことでした。この戦いは、とくべつ。おたがいに助けあいたくとも、とても、そんなよゆうすらないだろう。そのことはかれらにも、よくわかっていたのです。

 

 「ライラどのー!」

 

 ベルグエルムもフェリアルも、ライラの身にさいだいの危険がせまっているということは、すぐにわかりました。ですがかれらには、もはやどうすることもできなかったのです。手をのばせばとどきそうなところにいる友さえも、助けてやることができない。この戦いは、そんな戦いでした。かれらにできることは、ライラの身をあんじて、ただその名をよぶことだけだったのです。

 

 

 こきゅうをととのえる、ライラ。そしてふたたび、人わざとは思えないほどの、もうこうげき! ですがギルハッドはまたかるがると、それらのこうげきのすべてをかわし、受け流してしまいました。

 

 しだいに、ライラのからだにもつかれが見えはじめてきました。これほどのこうげきをくり出しても、敵はそれを、ものともしないのです。ライラはけっしんしました。

 

 

 これしかない……!

 

 

 ライラは剣をまっすぐ前にむけて、かまえました。こうげきを一点に集中! こんしんの力とわざをもって、このいちげきにすべてをかけるのです。

 

 これはいわば、すて身ともいえるこうげき。ライラのとっておきの大わざでした。自分のぼうぎょをすべてぎせいにして、敵にさいだいのいちげきをたたきこむのです。しかしそれがかわされたとき……、そのだいしょうは、はかりしれないものでした。自分のからだをまったくのむぼうびのまま、敵の前にさらけ出してしまうのです。

 

 ライラはふつうならばぜったいに、このわざを使おうとはしません。しかしこのおそるべき魔界の王に対しては、もはやこれいがい、手だてはないのです。

 

 

 「わが、たましいの剣! 受けてみよ!」

 

 

 ライラが、ギルハッドにとつげきします! ギルハッドは剣をまっすぐにかまえ、ライラにむきあいました。そして、つぎのしゅんかん!

 

 

   がきーん! ごおおおお!

 

 

 あたりはまっ黒なほのおにおおいつくされました! そのちゅうしんにいるライラとギルハッドのすがたは、まったく見えません。はたして、勝負のけっかは……!

 

 やがて、黒いほのおがしゅうしゅうというぶきみな音とともに、消え去っていきました。あたりには、火のもえるいやなにおいが立ちこめています。

 

 まわりをかこむ仲間たちは、その勝負のけつまつをかたずを飲んで見守っていました。いったい、どっちが……?

 

 

 「う、うわああー!」

 

 白の騎兵師団の、せいえいなる騎士たち。その騎士たちのぜつぼうのさけびが、あたりにひびき渡りました……。

 

 

 黒いほのおの消えた、そのさき。まっ黒にやけたその地面のまん中に、ライラがたおれていたのです……。手にした剣のやいばは、こなごなにくだけちっていました。白いよろいはやけこげ、きぬのマントはぼろぼろにやけ落ちていました。そしてそのライラのことを騎上から見下ろす、むきずのギルハッドのすがたも……。

 

 「ライラさまー!」「そんな!」「うそだー!」

 

 おそろしいげんじつをまのあたりにして、騎士たちの動ようはかくせませんでした。このアークランドでいちばんの剣の使い手、ライラ・アシュロイが、こんなにもあっとう的なまでにはいぼくしたのです……。こんな相手に、どうやって立ちむかえというのでしょう?

 

 「うう、う……」

 

 そのとき! ライラがくるしそうなうめき声を上げました。よかった! まだ息があります! いくさでは、相手のいのちをうばってはなりません。ですがやむを得ず、はげしい戦いの中でいのちを落とす者がいることも、またじじつでした。しかしライラは、生きています!

 

 「ライラさま!」「ライラさまー!」

 

 騎士たちが、ライラにかけよろうとします。ですが……。

 

 「待て……!」

 

 ライラがそういって、もはやつかのみとなった剣を地面につき立てて、その身をよろよろと起こしました。なんというせいしん力なのでしょう! これほどぼろぼろになりながらも、なお、ライラは立ち上がるのです!

 

 「まだ、勝負はついておらぬ……!」

 

 立ち上がり、つかだけの剣をかまえる、ライラ。

 

 「部下たちには……、ゆびいっぽんとて、ふれさせはせぬぞ!」

 

 しかしもうだれの目からも、ライラのはいぼくはめいはくでした。

 

 「もう、じゅうぶんです! ライラさま!」

 

 「ほんとうに死んでしまいます!」

 

 騎士たちの、ひつうなさけび。そしてそのむこうから、むじひな赤い目を光らせながら、魔王ギルハッドがおそろしいうなりを上げていいました。

 

 「みとめてやろう……、おまえは、ほんものの戦士だ……」

 

 ギルハッドはそういって、黒の騎馬から音もなく地面におり立ちました。その手に黒き魔界の剣を持ち、ゆっくりと、ライラのもとへ歩みよっていきます。

 

 「わが、さいだいの敬意をもって……、おまえに、戦士としての、めいよあるさいごを与えてやろう……。かくごするがいい……」

 

 そんな! もう勝負は、ついているのに! これはおきて破りです!

 

 ギルハッドの剣が、ライラの前につきつけられます。ライラにはもはや、あらがう力も残されてはいませんでした。 

 

 「さらば……」

 

 ギルハッドの剣がふりかざされる、まさにそのとき……!

 

 

   ばさっ! ばさっ! 

 

 

 とつぜん! 頭の上から大きなつばさのはばたく音がきこえ出しました! 騎士たちはいっせいに、空を見上げます。そこで、かれらの目にしたものは……!

 

 「ディ、ディルバグ!」

 

 上空から今、ひとつの黒い影が、この場にまいおりてきました。それはまさしく、ワットのおそろしき黒のかいぶつ、ディルバグだったのです!

 

 なんということ! ギルハッドだけでも歯が立たないのに、ディルバグまで! もはや、ゆうもうかかんなるベーカーランドの白の騎兵師団とて、この戦いの場を切りぬけることなどはふかのうでした。ふかのうに思われました。

 

 しかし!

 

 

 「うおおおー!」

 

 

 ディルバグに乗った、ひとりの黒騎士。その黒騎士がいっちょくせんに、ギルハッドにむかってとっしんしていったのです! これはいったい! どういうことなのでしょう!

 

 がががん! はがねのぶつかりあう、すさまじいまでの音! そして、ごおおお! それにつづく、黒いほのおのうずまく、すさまじいまでのうなり声!

 

 ぎゃあ! ぎゃあ! ほのおにやかれるディルバグの、おそろしいなき声。そして、それにつづいて……。

 

 「ぐおおおお……!」

 

 こ、これは! 魔王ギルハッドが胸をおさえて、くるしみにその身をよじらせているではありませんか! ギルハッドのよろいかぶとのあいだからは、まっ黒なけむりが、しゅうしゅうと音を立てて吹き出していました。

 

 ギルハッドの胸には、いっぽんのおうごんのつるぎがささっていました。どこかで見おぼえのある、この剣は……! 

 

 これは、ガランドーの剣です! まっ黒なよろいかぶとにはふつりあいな、みごとなこがね色の剣。これはガランドーがいつも腰にさしていた、あのこがね色の剣にまちがいありません! ということは!

 

 「お、おまえは!」

 

 おどろきに飲みこまれていた騎士たちが、ようやく、とっしんしてきた者のすがたを見てさけびました。

 

 「ガランドー!」

 

 そう、ディルバグに乗った、ワットのしきかん。ベーカーランドのうらぎり者。ガランドー・アシュロイが、今かれらの目の前に立っていました。しかし……。

 

 ガランドーのからだはギルハッドの魔界のほのおによって、ぼろぼろにやきこがされてしまっていました。よろいはぼろぼろにくずれ、かぶとはまっぷたつにわれて地面に落ちていました。

 

 それでもなおガランドーは、よろめきながら、いっぽいっぽ、ライラのもとへと歩みよっていったのです。

 

 「ライラ……」ガランドーが、ライラにそうつぶやいたとたん……。

 

 ばたん! 

 

 「ガランドー……!」

 

 地面にたおれこむガランドーに、ライラがよりそいました。ほのおだけではありません。ガランドーのからだは、魔王ギルハッドのからだからあふれ出した魔界のじゃあくなるエネルギーによって、ずたずたにひきさかれてしまっていたのです。もはやいしきをたもっていることすら、おぼつかないじょうたいでした(そしてガランドーのこんしんのいちげきをその身に受けたギルハッドも、大きなダメージを負っていました。そのからだにひめた魔界のエネルギーをすべて出しきってしまったギルハッドは、もはや、この世界にとどまっていることすらできなくなっていたのです。ギルハッドはみずからの暗黒のほのおに身をこがされながら、魔界へと送りかえされていきました。しばらく、おそらく数年ほどは、もとの力を取りもどすこともできないでしょう。

 

 ギルハッドの部下の悪魔の兵士たちにも、同じことが起きていました。王のギルハッドがたおされた今、かれらもまた、みずからの力をこの世界にとどめておくことができなくなっていたのです。かれらの消えたあとには、ただ黒いよろいかぶとと、巨大な剣のみが残されているばかりでした)。

 

 

 「ガランドー……、なぜ……!」ライラがガランドーのからだをだきかかえながら、うったえかけました。その目からはぽろぽろと、大きななみだのつぶがあふれていました。

 

 「こうするほか、なかったのだ……。おまえを守るために……。ゆるしてくれ、ライラ……」

 

 ガランドーの目からも、いもうとと同じ、同じ思いのこもったなみだがあふれかえっていました。

 

 多くの言葉をかわさなくとも、ライラにはわかったのです。ガランドーは、なにかのがれることのできないりゆうのために、ワットにむかったのだと。それがいもうとである自分をすくうためであったのだということを、ライラはのちに、知ることになるのです。

 

 ですが今は、これだけでじゅうぶんでした。ライラのうでにあるガランドーは、むかしのガランドーそのままでした。兄の、家族であるガランドー、そのままでした。

 

 「兄さん……」

 

 失いかけてゆく、ガランドーのいしき。ライラはいつまでも、兄のそのからだを、ぎゅっとだきしめつづけていました。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「もうそろそろ、けっちゃくがつきそうね。」

      「くる……! なにかがくる!」

    「たのもーう!」

      「下がってなさい、エカリン、アルーナ。」


第28章「戦いのゆくえ」につづきます。




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28、戦いのゆくえ

 「もうそろそろ、けっちゃくがつきそうね。」

 

 あついこうちゃのはいったティーカップをゆうがに口もとにはこびながら、今いすにすわったひとりの若い女の人が、静かにほほ笑んでいいました。その前にはひとつのティーテーブルがおかれていて、きれいなレースのテーブルクロスがかかっております。そしてその上には色とりどりのくだものの乗ったお皿に、クリームたっぷりのマフィンの乗ったお皿、そしてクッキーにマカロンなど、たくさんのお菓子が乗ったお皿などが、ならんでいました(さらに頭の上には魔法のパラソルがかかっていて、雨も防いでくれたのです)。

 

 「あれだけ強ーいみんながいるんだもん、あったりまえだけどねー。」

 

 むこうから、赤毛の長いかみをたばねた小さな女の子がひとり、にこにこしながらやってきました。その手にはまた、新しいお皿を持っております。そしてその上には……。

 

 「どーせ、ひまだし。ほら、これー。アルーナが作ったんだよ。あの子、こーいうのじょうずよね。」

 

 アルーナ? この名まえは! あのおそろしくてずるがしこいワットの魔女っこ三姉妹のうちの、ひとりの名まえではありませんか! ということは、ほかのふたりは? 

そう、お皿を持った小さな子は、三姉妹の三女エカリン・スフルフ。そしてゆうがにお茶を飲んでいる黒いかみの美しい女の人は、この三姉妹の中でもいちばんおそろしい力を持った、長女のネルヴァ・ミスナディアだったのです。

 

 エカリンのさし出したお皿の上には、こんがりきつね色にあがったお菓子が乗っていました。そのほかにも、白いクレープにつつまれた、きれいな色をしたお菓子も乗っております。あれ? でもこれ、ほんとうにお菓子でしょうか? テーブルの上に乗っているものからそうぞうして、ふつうにこれもまた、お菓子だと思ってしまいましたが……。

 

 「……アルーナとくせい、かにはるまきです……!」

 

 は、はるまき?(なんではるまき?)

 

 「……アルーナ風、生はるまきもあるです……!」(ま、またはるまき……)

 

 ティーテーブルのむこうに作られたとくせつのちょうり場から、さんかくきんとエプロンすがたのアルーナがすたすたやってきて、顔の横で手をぴしっ! と立てていいました(おなじみのポーズです。あいかわらずのふしぎっ子ですね。ちなみに、かけているもも色のエプロンには、ひよことにわとりと目玉やきの絵がデザインされていました。すごいくみあわせです……。

 ところで、アルーナだけまだ、かみの毛の色を伝えていませんでしたね。かのじょのかみはやや茶色がかった、美しいこがね色でした)。

 

 ここはどこでしょう? このお茶会はそとでひらかれていました。空は雨もよう。ぽつぽつと小雨が落ちはじめています。きおんはぐっと下がってきていました。上着なしでは寒くてたまらないでしょう(そのためかのじょたちは自分のからだのまわりに魔法を張っていて、そこをかいてきなおんどにたもっていました。これは、どこでもかいてきのじゅつ。このじゅつをかけると、あつさ寒さから身を守ることができたのです。むずかしい魔法で、ふつうは五分もたせるのがやっとです。マリエルでも、せいぜい十分でした。ですが魔女たちはなんのくろうもなしに、なん時間でもこの魔法をもたせることができたのです。これはつまり、かのじょたちの使っているおそろしい悪魔のエネルギーの、そのじゃあくなる力のためでした)。足もとは海の色のまじった、白い石だたみ。まわりは同じ石でできたひくいかべで、ぐるりとかこわれております。そしてそのかべの横には……、やりを持った黒いよろいかぶとに身をつつんだ、ワットの兵士たちが数人、見張りに立っていました。

 

 ここは、べゼロイン。かのじょたちがいるのは、そのいちばん上。かなたのリュインの地、そしてエリル・シャンディーンへとつづくその道を見下ろす、見晴らし台の上だったのです。

 

 かのじょたちは、エリル・シャンディーンの戦いにはさんかしていませんでした。いくさのおきてとして、まじゅつしは戦ってはいけないことになっていましたから。助ける魔法なら使ってもいいのですが、このおそろしい黒の軍勢に、助けがいるでしょうか? かのじょたちはそういうわけでこのべゼロインに残り、もてあました時間をお茶会をひらきながら、つぶしていたというわけでした(みんながひっしに戦っているというのに!

 ちなみに、このべゼロインとりでに残っているようにかのじょたちにしじしたのは、ワットの黒の軍勢のおえら方たちでした。もはやさいごの戦いがはじまってしまったため、このべゼロインとりでの守りのことなどは、ワットもほとんど重要に考えていなかったのです。もしこのとりでがうばわれたとしたって、どのみちこのままワットがベーカーランドに勝ってしまいさえすれば、ベーカーランドもそのだいしょうとして、このとりでをふたたびワットに明け渡さなければなりませんでしたから(それに、今さらこのとりでをおそう者なんているはずもないだろうと、ワットも思っていたのです)。そのためワットはひとりでも多くの兵をさいごの戦いにかり出し、このべゼロインとりでの守りは、必要さいていげんの兵士と魔女の三姉妹さえおいておけば、じゅうぶんであると考えていました(それに、これはいくさのこまかい取りきめのひとつとしてきめられていることでしたが、いくさにさんかする兵は、たとえひかえの兵であっても、その戦いの場にしゅうけつしていなければならないというルールがありました。このルールもありましたから、ワットはそのほとんどの兵力を、いくさにさんかさせるためにしゅうけつさせていたのです。もっとも、こんなルールがなくたって、ワットはいくさの場に全兵力をしゅうけつさせていたでしょうけど)。ワットはもはやかんぜんに、さいごの大いくさに全力をかたむけていたのです)。

 

 「それにしてもさー。」エカリンが手をひたいにかざして、あたりをきょろきょろとながめ渡しながらいいました。「まだ、こないのかなー? おそいよねー。さっさと、やっちゃえばいいのに。」

 

 「手がかかるのよ。」ネルヴァがそういって、またお茶をすすります。「あれだけの相手ですもの、王さまも、したくがたいへんなんでしょう。」

 

 「早く、きてくんないかなー。そしたらすぐ、わたしたちもおうちに帰れるのに。」エカリンがそういって、「うふふ。」と笑いました。「まあ、でも、ベーカーのみんなには、さいなんだけどねー。」

 

 「これでかれらも、自分たちの立場を知るんじゃないかしら?」ネルヴァがいいました。「どちらが上に立つべきなのか? かれらにじっくりと、わからせてあげないとね。」

 

 そういって「ふふっ。」とほほ笑むネルヴァに、エカリンがくすくす笑っていいました。

 

 「ネルヴァって、ほーんと、せいかくわっる~い。」

 

 そのとき、エカリンの頭にごちん! とげんこつがひとつ。

 

 「……はるまき、さめるです……! 早く、食べるです……!」

 

 「いたたた……! わかってるわよ、もうー。いったいなー。」エカリンが、頭をおさえていいました。

 

 

 

 「わたしのことは、いいですから……、どうか、さきへいってください……」

 

 だきかかえる手の中からきこえる、とぎれそうな声……。

 

 ここは、怒りの山脈。アーザスの城の、その前。そこにかけられた、いっぽんのぶきみな石の橋の上。今その橋の上を、ロビーがかけていました。その両の手に、ソシーのからだをしっかりとだきかかえながら……(ソシーの二本の足は、背中のかばんにしまってありました)。

 

 アーザスのゆるせないうらぎりにより、ソシーのからだはぼろぼろになってしまっていました。悪魔のわなからはっしゃされたおそるべき悪のエネルギーは、ソシーのおなかをつらぬき、そのからだを半分にしてしまったのです。ソシーがもし、人形でなかったのなら……、考えるだけでもおそろしいことでした。しかしたとえ人形のからだであったとしても、悪魔のわながソシーに与えたダメージは、そうぞう以上におそろしいものであったのです。

 

 「きみをおいてはいけない。きみを助けるには、これしかないんだ。アーザスに、きみをなおさせる。どんなことをしてでも、きみを助けるからね。」ロビーは強いけついの心をもって、いいました。

 

 ロビーは急いでいました。急ぐ必要がありました。なぜなら……、ソシーのからだからは、ソシーのことを動かしているいのちの魔法のエネルギーが、どんどんともれ出していたからなのです! ロビーはたしかに、感じ取っていました。女神のせいなるつるぎの力が、ロビーにそれを教えたのかもしれません。このままいのちのエネルギーがみんなソシーからもれ出してしまえば、たとえそのあとどんな魔法を使っても、アーザスほどの強力なまじゅつしであったとしても、もうソシーのことをもとにもどすことはできなくなるのだと……。

 

 今からトンネルをひきかえしたとしても、とてもまにあいません。このままでは、いのちのともしびの力がみんなもれて、ソシーはただの人形にもどってしまう! そんなことはさせない。ソシーはようやく、人の心に気づいて、これからほんとうの世界をはじめるときなんだ。ぜったいに、ソシーのことを守ってみせる!

 

 「ロビーさま……、ごめんなさい……、ごめんなさい……」

 

 ソシーは消えゆくような声でそういって、ひとみをとじました。なみだをこぼせない、ソシーのそのひとみ……。ですがロビーはたしかに、そこになみだのつぶを見たように思いました。

 

 ソシーを助ける方法は、ただひとつ。そう、そのいのちのエネルギーがかんぜんにもれ出してしまう前に、アーザスにめいれいして、ソシーのことをなおさせるのです。それがソシーをすくうことのできる、ただひとつの方法なのです。のぞみはとてもうすいものでした。アーザスがそんなことを、ききいれるはずもありません。ですが、やるしかないのです。ソシーを助けるためには、それしかないのです。ロビーにはそのことが、すぐにわかりました。

 

 けついを胸に、ロビーは走りました。このおそろしい橋の上を、あらんかぎりのはやさでもって。

 

 悪魔のわなは、たしかにロビーのことをおそったりはしませんでした。しかしそこを通すソシーにちょっとでもすきを与えれば、またわなの力が、ソシーのことをおそうかもしれないのです。ロビーはたえずけいかいし、わなに気をくばりつづけながら、自分の身をたてにしてソシーのことを守りつづけました。

 

 

 そしてついに、ロビーはこの橋を渡りきったのです。

 

 

 なんというところなのでしょう。橋を渡りきったところは、広場になっていました。地面は、はい色の砂をぎっちりとかためたよう。空気は重く、あついようなつめたいような、そんなぶきみな感じをおびております。大きな石のはしらがたくさんならんでいて、ロビーはそのはしらのひとつにさっとかけよって、身をかくしました(どこかにまだ、わながあるかもしれませんでしたから)。

 

 ここまではまだ、ふつうのものでした(それでもじゅうぶんにおそろしいふんいきを持っていましたが)。

 

 しかしここには、もうひとめでふつうではないとわかる、おそろしいものがあったのです。

 

 それは、アーザスの城への入り口でした。

 

 巨大な、はい色の砂をかためてつくった石の門が、はしらのむこうにどんとそびえていました。門の高さは、五十フィートはゆうにあるでしょう(ロザムンディアのまちの南門にも負けないくらいの巨大さです)。その門は、ぴっちりととじていました。とじているように思われました。門がひらいているのか? とじているのか? なぜはっきりとわからないのでしょう? それは……。

 

 その門全体を、ぶくぶくとあわ立ちうごめく、ゼリーのようなかたまりがおおいつくしていたからなのです! それは遠くから見た、あの城をおおいつくしていた生きているバリアーの、一部でした。近くで見るそのバリアーの、なんとおそろしいことか! たくさんの目や口や手が、そのゼリーのかたまりのようなバリアーの中に浮かび上がっては、消えていきました。目はぱちぱちとまばたきをくりかえし、きょろきょろとこちらのことを見つめてきます。口はなにかうわごとのような言葉をつぶやき、声にならないひめいを上げていました。たくさんのおばけのような手はなにかをつかもうとして空中にむなしくのびていき、またひっこんでいきました。

 

 こんなものが巨大な門のまわりにまとわりつき、この門をほとんど見えなくしてしまっていたのです(ですから、あいているのか? とじているのか? よくわからなかったのです)。いったいこんな門を、どうやってくぐりぬけたらいいのでしょうか?(たとえかぎがあったとしても、かぎあなすら見えないのですから。)

 

 ですが、このすべてのものをこばむかのようなおそろしい門ですら、ロビーはぶじにくぐりぬけることができました。なぜなら……。

 

 

   がごん! ぎ、ぎ、ぎ、ぎ……。

 

 

 ロビーがはしらの影から門のことをかんさつしていた、まさにそのとき。きょうふの門は自分から、その口をひらいていったのです!

 

 それは門の大きさから見れば、ほんのすこしのすきまができただけにすぎませんでした。しかしそれでも、人が通るのには、じゅうぶんすぎるほどの広さだったのです。

 

 「アーザス……」ロビーは静かにつぶやきました。そう、この門をあけたのは、まさしくアーザスほんにんだったのです。橋のわなをロビーにむけなかったのと同じ、アーザスはこの門をひらいて、ロビーのことを自分のもとにまねきいれていました。

 

 もはやアーザスとの運命のけっちゃくのときは、目の前……。ロビーは意をけっして、はしらの影から門の入り口へと走りました。門がひらいたときに地面に落ちてちらばった生きているバリアーのかけらが、ぐにぐにと動いて、ロビーの足にしがみつこうとしてきます。ロビーはひょいとそのかけらをよけて、入り口の中に飛びこみました。

 

 門の中は、まっくらでした。そしてロビーが中にはいったとたん、その巨大な門は、ふたたび、ぎぎぎという大きな音とともに、とざされたのです。

 

   がごん! 

 

 ロビーとソシーは、まったくのくらやみの中にいました。ですが、つぎのしゅんかん。

 

 ぼ、ぼぼ、ぼ……。

 

 石のかべにつくられていたいくつかの明かり受けの上に、青白いほのおが、ひとりでにともっていったのです! それはなんとも、ぶきみなほのおでした。よく見ればそのほのおの中に、くるしそうにうめく、人の顔のようなものが浮かんでいたのです。ああ、なんということでしょう。このほのおもまた、生きていたのです! アーザスは城のバリアーに使ったのと同じ、人からうばったたましいのエネルギーでもって、このほのおをともしていました。しかも、ただの明かりを得るために!(なんてひどいことをするのでしょう。こんなことはいっこくも早く、やめさせなければ!)

 

 ロビーはソシーのことをだきかかえ、生きたほのおにてらされたそのはい色の石の道を、ゆっくりと歩いていきました。かかえるソシーのからだから、すこしずつ、ですがかくじつに、いのちのエネルギーがもれ出しているのが感じられました。急がなければなりません。ソシーはずっと目をとじ、荒い息使いをしたままでした。もはやしゃべることさえも、こんなんなじょうたいでした。

 

 ロビーはからだ中のあらゆる感かくを使って、このさいごの道のりの中を進んでいきました。道はぜんぜん、わかりません。ソシーのいった通り、城の中はたくさんのろうかやとびらで、あふれていました。これはほんとうに、めいろです。ですがロビーには、ふしぎとアーザスのいるところまでの道すじがわかるような気がしました。アーザスがロビーのことを、みちびいているのでしょうか? それともせいなる剣の、そのふしぎな力のためなのでしょうか? はっきりとはわかりません。しかしそれはもはやロビーにとって、重要なことではありませんでした。今はいっこくも早く、アーザスのところへたどりつくこと。それだけがすべてだったのです。

 

 待っていろ、アーザス……。ロビーは心の中で、かたくちかいました。

 

 ぼくがかならず、つぐないをさせてみせる。

 

 消えかかってゆく、ソシーの作りもののいのち……。人形であるとはいえ、ロビーのうでの中にあるソシーにやどっていたのは、たしかにひとつのいのちでした。守るべき、いのちでした。

 

 ロビーはこの暗いめいろの中を、ソシーとふたり、かくじつにアーザスのもとへとむかって歩みを進めていきました。

 

 

 

 戦いのゆくえは、もはやだれの目にもあきらかになっていました。おそろしき魔界の王ギルハッドとその悪魔の兵士たちのことをうちたおした、白き勢力の者たち。ですがそれでも、よこしまなる黒の軍勢のいきおいは、いぜんとしてとどまるところを知らなかったのです。あちこちでさいごのていこうをつづける、白き勇士たち。ですがその勇士たちの剣も、いっぽん、またいっぽんとおられ、はじかれ、地面に落ちていきました。よろいはひびわれ、たてはわれていきました。白き勢力のそのさいごのかなめ、ちゅうおうの守りは、もはやほうかいすんぜんでした。その中でいまだあきらめることなく勇気の剣をふるいつづけていたのは、われらが仲間たち、白の騎兵師団の長ベルグエルムと、副長のフェリアルの部隊、ばかりとなっていたのです。

 

 あれから。

 

 うちたおされ、もはや剣を取ることもできなくなった、ライラとガランドー。ふたりはそのまま、ともにいしきを失い、戦いの場にたおれてしまいました。仲間たちはふたりをかかえ、急ぎ、手あてのために、エリル・シャンディーンのまちまで送りました。まちの人たちがおどろいたのは、いうまでもありません。あのさい強の剣のうでの持ちぬしであるライラ・アシュロイが、こんなにもぼろぼろになって、もどってきましたから。この戦いは、だめかもしれない……。人々の心に、そんな暗い影のような気持ちが生まれはじめていきました。遠く雨にけむる、戦いの地。おそろしい戦いの音ばかりが、そこからはひびいてきます。そのようすは、ここからは見て取ることはできません。ですが人々の心には、そこにおそろしい悪夢のような光景ばかりが、思いえがかれていきました。

 

 そして人々の心に与えられた、もうひとつのおどろき。それはガランドーのことです。ベーカーランドをうらぎり、ワットに加わった、ガランドー・アシュロイ。かれのことはここエリル・シャンディーンのまちの人たちにも、とうぜん伝わっていました。そしてたびたび広がる、黒いうわさ。ガランドーがディルバグのかいぶつたちをあやつり、たくさんのくにやまちをおそっているということ。あのおそろしき悪のげんきょう、魔法使いアーザスとも、しんみつにつながっているのだということ……。

 

 その今ではワットのおそろしいしきかんになり下がってしまっているのだというガランドー・アシュロイが、今こうして、白の騎兵師団の長であり、かれのじつのいもうとでもあるライラといっしょに、ぼろぼろになってはこばれてきたのです。しかもワットの者ではなく、今や、ベーカーランドの者として……。

 

 のちに人々は、ガランドーについてのすべてのしんじつを知ることになるのです。すべては、いもうとのライラのためであったのだということを……。

 

 ライラはこの戦いののち、ベーカーランドのしんのえいゆうとして、長くたたえられることになりました。もともと高かったライラの人気は、そうしてますます、高いものとなったのです(なにしろ強くて美しくてかっこいいのですから、人気も出るはずです。かなりこわい、というところまでふくめて。

 

 そしてこのとき……、ライラにかけられていたアーザスののろいの力は、もはや消え失せていました。すべてが終わり、そののろいのもととなった力が、失われたためです)。

 

 ですがベーカーランドの人たちがガランドーのことを受けいれるためには、すくなからずの時間が必要となりました。しかしそれは、いたしかたのないことでした。アーザスにおどされてのこととはいえ、ガランドーは、あまりに多くのつみをおかしてきたのです。その中には、このエリル・シャンディーンのまちの人たちにも、ちょくせつにかかわることまでもがふくまれていました。つまりまちの人たちの家族や多くの友人たちのことをも、ガランドーはきずつけてきたのです。

 

 すべてが終わったのち、ガランドーはひとり旅立ちました。それはみずからのおかした、たくさんのあやまちのためでした。ガランドーは、立ちもどりつつあるアークランドを、みずからの手で、みずからの方法で、すくっていきたいと考えたのです。それがこの自分に与えられた、しめいなのだと。

 

 ライラとガランドー。ふたりのきょうだいの物語は、こうして、つぎのじだいのもとへとひきつがれていきました。人々の、心から、心へ。いつまでも、とわに……。

 

 

 そして時間は、今このときへ。

 

 いさましい戦いをつづける、ベルグエルムとフェリアル。そしてかれらのひきいる、白き勇士たち。ですがそれももはや、さいごのきょくめんをむかえていました。

 

 

 「戦えない者が多数となったとき、そのいくさは負けとなる。」

 

 

 そのいくさのルール。もはや白き勢力の者たちがそのルールにあてはまる数にまで戦える者の数をへらしていっているということは、あきらかでした(つまりもっとこまかくいうと、もとの人数の二十ぶんの一の人数にまでせまっているということです。それほどに、かれらの人数はへっていました)。そしてかろうじてそのさいごの人数をたもっていたのが、われらがベルグエルムとフェリアルの、白の騎兵師団の一部隊ばかりだったのです(しきかんのライラを失ったライラ隊の騎士たちは、ベルグエルムとフェリアルの隊にふたつに分かれて加わっていました)。かれらがやぶれれば……、そのときこそ、この戦いはベーカーランドのはいぼくに終わるのです。ベルグエルムもフェリアルも、そのことはもうわかっていました。ですからかれらはなおのこと、力をふりしぼって、そのさいごのふんとうをつづけていたのです。負けるわけにはいかない! その剣のいちげきは、強き心の力によるいちげきでした。戦いつづけ、からだはもうぼろぼろ、ふらふらになっていました。ですがかれらの心の力は、いっこうに、おとろえるということはなかったのです。その剣には、たくさんの仲間たちの思いがこもっていました。アークランドの人々の思いがこもっていました。ここでたおれるわけにはいかないのです。かれらの剣は、この場に残った、このアークランドのさいごのせいぎの剣でした。その剣がおれるとき、このアークランドのせいぎはおれるのです。黒のやみがおとずれるのです。

 

 「きぼうをすてるな! きぼうはつねに、われらとともにある!」

 

 ベルグエルムがせまりくる敵をうちたおしながら、仲間たちへとさけびました。それはこの物語のはじめ、ロビーのほらあなの中で、フェリアルのいった言葉でした。その言葉が今、こんなにも重く仲間たちの心にひびき渡るということなどを、だれがそうぞうしたことでしょうか? 

 

 「仲間を信じるんだ! 戦っているのは、われらだけではない! すべての仲間だ!」

 

 フェリアルが、れっせいになっている仲間たちのもとへと飛びこんで、敵の剣をはじき落としてからさけびました。それはいつも、ベルグエルムがフェリアルにいっている言葉でした。仲間を信じる、その強き思い。それはいつでも、さいだいのピンチのときにおいて、助けをもたらし、こんなんを乗り越えさせてくれる、大いなる力となるのです。フェリアルはその思いをつねに胸に、そのせいぎの剣をふるいつづけてきました。

 

 敵をおしとどめ、さいごの守りをかためる、ベルグエルムとフェリアル。かれら、白の騎兵師団。ですが、戦いのゆくえはときここにきて、だれもがよそうだにしなかった、さいだいの悪夢をむかえることとなったのです……。

 

 

 「な、なんだ……? あれは……?」

 

 

 ふいに、あたりが暗い影につつまれました。もともと暗かったものが、なお暗く。

 

 黒の軍勢……。ワットはきたるべくこのさいごの大いくさにむけて、持てるかぎりの力を集め、あらゆるしゅだんをもちいて、さいだいの軍勢をきずき上げてきました。ワットの兵士たちの中でもせいえいの者たちは、もちろんのこと。あのおそろしい、ディルバグたちに乗った黒騎士たち。遠くのろわれた土地からよびよせた、おそろしいかいぶつの兵士たち。そしてさらには、この世界とはちがう世界、悪魔たちの住む魔界からでさえも、かれらはそのまがまがしき悪の力を、よびよせたのです(そのおそろしい軍勢、魔王ギルハッドと配下の悪魔の兵士たちの軍勢によるきょういは、もはや消し去られました。ガランドーとライラの、ふたりのえいゆうたちの手によって……)。

 

 相手はわずかに、千二百(じっさいには、千五百四十二人のあつかいでした)。しかもそのうちの三ぶんの一ほどは、ふだんは兵士ではない、りんじの兵士たち。ですがワットがようしゃすることなどは、ありませんでした。ワットもベーカーランドと同じく、この戦いにすべてをかけてきたのです。たとえひきょうでひれつであるといわれようとも、ワットにとって、この戦いに勝つことこそがすべてでした。そのためにいかなるしゅだんをもちいることになろうとも、ワットがためらうことなどは、なかったのです。

 

 こうしてワットは、そうぞうをはるかにこえるほどの力をかき集めました。その兵の数、なんと六千。そしてその中からベーカーランドの兵力にあわせ、この戦いにもちいることのできるよりすぐりの兵士たちすべてを、えらび出したのです(残りの兵士たちはよびとして、戦いの場のうしろにひかえています)。しかしそれでもなお、ワットがこれでとどまるということはありませんでした。

 

 どんなことがあっても、どんな手を使ってでも、勝たねばならない。そのために、さいごのとどめとなる、さいだいの力を手にいれたい。そしてワットのその願いは、かなえられたのです。魔王ギルハッドさえも上まわるほどの、さいだいの悪夢として……。

 

  

 「くる……! なにかがくる!」

 

 

 ベーカーランドの白き勇士たち。そのしゅんかん、かれらは身の毛もよだつほどのきょうふを感じ取りました。かみがぴりぴりとさか立ち、はだにぞくぞくとさむけが走りました。剣をにぎるその手に、じっとりとひやあせがにじんできます。馬たちは得体の知れないきょうふにむきあったあまり、なき声を上げ、ぶるぶるとそのからだをよじりつづけました。

 

 風が変わりました。ほそい雨は変わらず、さあさあとふりつづけています。ですがあきらかに、さきほどまでとは空気がちがうのです。この寒空の下でもはっきりとわかる、ねっき。火のもえる、なにかのこげたにおい……。

 

 そのとき、かれらははっきりとそれを目にしました。耳にしました。空のかなたからこちらへとむかって、なにかがやってきたのです! とほうもなく大きな、きょうふそのものが……!

 

 

   ばっさ! ばっさ! ばっさ!

 

 

 空の上からひびき渡る、暗く重々しい巨大な音。それが巨大なつばさのはばたきの音であるということがわかったとき、勇士たちの心はまるで巨大なかぎづめでわしづかみにされてしまったかのように、ぐしゃぐしゃになってしまいました。どんなにゆうかんで、どんなに強い心を持っている者たちでさえも、こんなとほうもないきょうふを前にしては、もうなすすべもありませんでした。

 

 だめだ……。

 

 かなわない……。

 

 剣を持つかれらの手から、しだいに力がぬけていきました。かれらの頭をしはいしているものは、もうぜつぼう、それいがいになにもありませんでした。

 

 

 「う、うわあああーっ!」

 

 

 空の上からふってくる、巨大なほのおのかたまり! それはようしゃなく、白き勇士たちの中へと吹きつけられました! 逃げまどうたくさんの仲間たち。馬はひどいやけどを負い、地面にたおれました。よろいはこげ、たてはもえ、剣はしゃくねつのほのおを受けて、あつい鉄のかたまりとなって地面に落ちました。

 

 それはベーカーランドのそのさいごのきぼうをもうちくだくための、ワットのおそろしい、さいごの切りふだだったのです。

 

 「とどまるな! さんかいしろ!」

 

 とっさに、ベルグエルムがみなにさけびました。もはやベルグエルムでさえも、この相手に勝つためのしゅだんはなにも思いつきませんでした。ただただ仲間のぎせいをすくなくするために、ばらばらになって逃げることしか、できそうもないとさとったのです。

 

 「うしろへまわれ! ようどうじんけい! ねらいをつけさせるな!」

 

 フェリアルがさけびました。ですがフェリアルもまた、ベルグエルムと同じでした。もはや、なすすべもない……。フェリアルの頭の中は、そんな思いでみたされていました。せめてこれ以上、仲間たちがきずつくことだけは、さけなくては……。

 

 

 かれらの前にあらわれたもの。

 

 それは、りゅうだったのです。

 

 

 りゅう(英語ではドラゴン)。みなさんもよく知っていることと思います(りゅうについてはこれまでのお話の中でも、たびたびその名がとうじょうしてきました。ロビーたち旅の仲間たちが、カルモトのことをさがして、西の街道の山道を進んでいったときなどです)。それはたくさんの物語の中にあらわれ、たくさんの人々のことをふるえ上がらせてきた、おそろしいかいぶつでした。巨大なつばさとしっぽを持ち、その口からおそろしいほのおを吹きつける、さいだいにしてさいあくのかいぶつ……。そのりゅうが今、さいごのきぼうにすがるベーカーランドの白き勇士たちの前に、立ちはだかったのです(場合によっては、よいりゅうというものも、お話の中にはとうじょうすることもあります。たとえば、シープロンドのウォーター・エレメンタルドラゴン。げんみつにいうとかれらは精霊であって、ほんもののりゅうというわけではありませんでしたが、それでもかれらは、よいりゅうということになるでしょう。ですがみなさんには、はっきりとお伝えしておかなければなりません。今ここでとうじょうしたりゅうは、りゅうの中でもとびきりにおそろしくて、とびきりに悪いやつだったのです。ざんねんなかぎりです)。しかも悪いことに、そのりゅうはりゅうの中でも、いちばんの大きさでした(子どものりゅうなら、まだ馬くらいの大きさです。しかし、としをへて力をましたりゅうともなれば、その大きさはまるで小山そのものといったくらいの大きさになりました)。

 

 ワットの手にいれた、さいだいにして、さい強の切りふだ。それこそが、この「もも色りゅう」でした。おそろしい力を持った赤りゅうと白りゅうを、親に持つりゅう。その両方のおそろしさを、かねそなえたりゅう。それが、このもも色りゅうだったのです(もも色のりゅうなんて、見た目はちょっとかわいい気もしますが、その中身を知れば、とてもそんなことをいってはいられないでしょう)。

 

 ワットはいったいどのようにして、このりゅうを手にいれ、そして手なずけたのでしょうか? ふつうりゅうという生きものは気しょうが荒く、とても手がつけられるようなしろものではないのです。ましてやそれを手なずけて味方にするなんてことは、いくらワットといえども、ひとすじなわではいかないはずでした。

 

 しかしそれをかのうにするものが、ワットにはあったのです。

 

 

 大魔法使い、アーザスのそんざいでした。

 

 

 そう、このりゅうはアーザスによって、ワットにおくられたものだったのです! そしてこのりゅうの力こそが……、ベーカーランドにやってきた使者が口にした、「アーザスがこのさいごの戦いにおいてもちいてくるという、そのいちばんのまがまがしきやみの力」、そのものでした。光の力にすがる、白き勇士たち、きぼうのたみたちの、そのさいごのきぼうをもうちくだくための……。

 

 そして、とほうもなく大きな力をおびた、りゅうのそんざい。それこそが、アーザスが怒りの山脈にとどまっている、そのいちばんのりゆうだったのです。

 

 

 怒りの山脈。かつてノランにみちびかれた四人の若き王子たちが、そこに分けいり、アークランドを荒らす赤りゅうをたいじしました。しかしそのときのかれらには、知るよしもなかったのです。赤りゅうスラインドガルが、みずからのしそんを残していたということを……。そうです、その赤りゅうのしそんこそが、今目の前にあらわれた、このもも色りゅうでした!

 

 もも色りゅうは怒りの山脈のそのかくされたどうくつの中で、静かにときを待っていました。いつの日かじゅうぶんに力をたくわえ、親である赤りゅうを殺された、胸にもえ立つ大いなるふくしゅうのことを果たす、そのときを。

 

 しかし赤りゅうをたいじした四人の中には、ワットのアルファズレドもふくまれているはずです。それならなぜもも色りゅうは、ワットに味方しているのでしょうか?

 

 それもすべて、よこしまなる魔法使い、アーザスのさくりゃくでした。

 

 アーザスはいいました。「きみのお父さんのことをほろぼしたのは、ベーカーランドのアルマークというやつだよ。かれは、悪いやつでね。悪い魔法を使って、きみのお父さんの力をうばい取り、動けなくしてしまったんだ。それから、助けをこうきみのお父さんのことを、ひきょうにも、剣でつらぬいたんだよ。こんなに悪いやつを、きみは、このままにしておけるかい?」

 

 たしかに赤りゅうにさいごのいちげきを加えてたおしたのは、アルマークでした(それはたんなる、ぐうぜんでしたが)。しかしアーザスのいったことは、まったくのでたらめです。もも色りゅうにベーカーランドへのふくしゅうをさせようとするための、さくりゃくでした。

 

 ほんとうならば、こんなうそにりゅうがだまされるなんてことは、まずありません。りゅうというのはとても頭のいい生きもので、相手が自分をだまそうとしていることなんて、かんたんに見破ってしまうのです。しかしこんかいは、相手がちがいました。あのアーザスなのですから。

 

 アーザスは自分の言葉の中に、たくみに、たぶらかしのじゅつの力をおりまぜていました。相手の感じょうを高め、怒りにかられてわれも忘れてしまうように、しむけたのです。父である赤りゅうを殺されたもも色りゅうは、アーザスのそのじゅつに、まんまとひっかかってしまいました。ふくしゅうの心がめらめらともえ、そしてその怒りは、アルマーク王のいるベーカーランドへとむけられたのです。

 

 こうしてもも色りゅうは、悪の魔法使いアーザスのもとで、ふくしゅうのときを待つこととなりました。そのふくしゅうのときこそが、まさしく今、このベーカーランドとのさいごの戦いのときだったのです(「まだ、こないのかなー? おそいよねー。」「手がかかるのよ。あれだけの相手ですもの。」この章のはじめ、べゼロインとりでの上で、魔女のエカリンとネルヴァが話していた言葉です。あれはまさしく、このりゅうのことをいっていました)。

 

 ドルーヴ。この名まえをみなさんはいぜん、きいたことがあるはずです。第十六章のはじめ、アーザスが花のテラスの中で、ムンドベルクと話しをしていたときのことです。ムンドベルクはいいました。「もはやこれ以上、ドルーヴのやつめを、おさえつけておくことはできません……」そう、そのなぞの名まえ、ドルーヴのしょうたいこそが、このもも色りゅうだったのです! アーザスはこのりゅうを手もとにおくため、そしてみずからも赤りゅうの残したおそろしいほどの怒りのエネルギーをりようするために、りゅうのすみかである怒りの山脈に自分の城をきずき上げました(どんな力でもりようするアーザスにとってこの怒りのエネルギーはとてもみりょく的なものでしたから、その点からいっても、つごうがよかったのです。そして……、ムンドベルクのいう通り、もはやアーザスほどの大魔法使いであっても、そのおそろしいほどの怒りのエネルギーをたくわえたもも色りゅうのことを、おさえつけておくことはできなくなっていました。そのためアーザスは、いっこくも早くこのりゅうの力をさいごの戦いにもちいるために、リュインをふいうちでおそわせたのです。こうしてついに、そのよこしまなるけいかくはじっこうにうつされました。

 

 ところで……、このもも色りゅうドルーヴはさいごのけっせんへとむけてワットにおくられましたが、そのときりゅうは、セイレン河の上流のはるかな上空を飛んでいきました。それはまさに、ロビーたち旅の者たちが、セイレン大橋の下のカピバラ老人の小屋で一夜を明かしていたときのことだったのです。第四章のいちばんさいご、眠りにつくロビーの横で、ロビーの剣が青く光り出したことがありました。あの光こそ、このもも色りゅうのとてつもないほどの悪意に反応して光った、その光だったのです! 遠くはなれていても、なお、その悪意に剣が反応する。このりゅうのおそろしさは、ほんとうにはかりしれないものでした。)

 

 

 さいごの戦いをつづける、白き勇士たち。その勇士たちにむかって、りゅうはようしゃなく、その怒りのほのおの息を吹きつけていきました。ちりぢりになって逃げまどう、われらが勇士たち。もはやかれらの守りは、かんぜんにくずれ去ってしまっていました。じんをくむ、それどころではもうありませんでした。ただただ、このおそろしいもも色りゅうのその悪夢のようなこうげきから身をかわすことだけで、せいいっぱいになっていたのです。たとえベルグエルムでも、フェリアルでも。

 

 あと数十。それだけの兵がたおれれば、このいくさはベーカーランドの負けです。このアークランドの運命をきめるさいだいの大いくさは、まもなくけっちゃくのときをむかえようとしていました。ベーカーランドの、しんのはいぼくというかたちによって……。

 

 ときはまもなく、子ぎつねのこくげん、午後の一時ころになろうとしていました。戦いのかいしから、およそ一時間。ただそのわずか一時間のあいだに、このアークランドの運命がきまってしまおうとしていたのです。こんなにおそろしい一時間が、いまだかつてあったでしょうか? こんなにおそろしい悪夢が、いまだかつてあったでしょうか? 目の前につきつけられているのは、ぜつぼうと、きょうふ。そのぜつぼうときょうふは、たおれてゆく仲間たちと、そしてもも色のかいぶつというさいあくのかたちによって、かれらの前にあらわれていました。

 

 

 「りゅうの背に、だれかがいるぞ!」

 

 

 りゅうの飛びかうその下を、馬でかいくぐり、かけつづけながら、だれかがさけびました。そしてよく見てみれば、その通り、このもも色りゅうのつばさの、つけねのあたり。そこにひとつの、まっ黒な人影が見えたのです。その人物は全身まっ黒なよろいに身をかためていて、同じくまっ黒なかみを風になびかせていました(かぶとはかぶっておりません)。身長六フィートはあろうかという、大きなからだ。そしてえものをねらうたかのように、するどいまなざし。首もとになにかきらりと、黒い光が光ったように見えました。

 

 その人物はりゅうの首につけられた、たづなをにぎっていました。そう、さながら馬にまたがる騎士のように、この人物はこのもも色りゅうに乗っていたのです。

 

 りゅうが、地面のすぐ近くにまでせまってきます! そしてそのまま、ひとりの騎士の乗る騎馬にむかって!

 

 「うわあああ!」

 

 りゅうの、おそろしいきばのならんだ巨大な口。その口がその騎士を、馬もろともとらえました! くつうにあえぐ、白き勇士。そしてりゅうはその勇士を馬といっしょに、近くの地面の上に、べっ、とはき出したのです。地面にたたきつけられる、われらが仲間。またひとり、ベーカーランドの白き勇士が戦いの場から失われました……。

 

 「アルファズレドだ!」

 

 りゅうのしゅうげきをすんでのところでかわした、騎士のひとりがさけびました。りゅうの口にとらえられるその仲間の横で、かれはりゅうのつばさの起こすとっぷうに流されながらも、それを見たのです。そう、りゅうの背に乗っていたのは、ワットの黒の王。かつてアルマーク王たちとともに赤りゅうたいじの旅へと出かけた、あのアルファズレド・セルギアティス・ルーイエ、その人でした。

 

 白き勇士たちのあいだに、しょうげきが走りました。今まで、ワットとの数多くのいくさをこなしてきた、かれら。ですがいちどだって、アルファズレドほんにんがいくさの場にみずからあらわれたことなどは、なかったのです。

 

 この戦いにかける、アルファズレドの思い。それはたんなるくにとくにとの戦いというだけでは、ありませんでした。アルファズレドにとって、いくさそのものは、たいしたもくてきではなかったのです。アルファズレドの、そのしんのもくてき。それはただひとつ、長年に渡るアルマークとのいんねんの、さいごのけっちゃくをつけることでした。

 

 かつて、肩をならべて数々のこんなんを乗り越え、ともに戦ってきた、ふたりのえいゆうたち。ときにはげましあい、ときにささえあいながら、かれらはいつも同じ道を歩みつづけてきました。よき友として、よきライバルとして。

 

 

 アルファズレドが、赤りゅうの持つ黒のメダルのことを手にいれるまでは……。

 

  

 黒のメダルはアルファズレドがほんらい持っていた人としてのがんぼうを、目ざめさせたのです。それまでにもアルファズレドの心の中には、しはいへの願いというものがそんざいしていました。くるしい旅の中で、たくさんのくるしむ人たちのことを見てきたことによって生まれた、しはいへの願い……。自分にもっと力があれば、かれらをみちびき、まとめ上げ、助けることができるのだ。アルファズレドのその思いは、アルマークによってなんどとなくおしとどめられてきました。そんなものは、まちがった考えだ。人々のことを助けるのに、力など必要ではないと。しかしアルファズレドのその思いは、かくじつに、かれの心の中を大きくしめていったのです。そこにあらわれた、りゅうの力のメダル。アルファズレドのまよいは、それを手にしたときに消えました。

 

 もはや、ためらうことなし。今こそ、みずからのつとめを果たすとき。

 

 アルファズレドはその思いを胸に、力のかぎりをつくしてきました。すべては、このアークランドをすくうため。人々の心を、くるしみからとき放つために……。それが、アルファズレドのせいぎだったのです。

 

 そしてついに、アルファズレドはさいごの戦いの場へと進んでいきました。それはアルマークとの、さいごのけっせん。さけることのできない、運命の戦いでした。

 

 「アルマーク……」

 

 おそろしいもも色りゅうの背に乗って、アルファズレドは静かにいいました。

 

 「おれとお前の、どちらが正しかったのか? さいごのけっちゃくのときだ……」

 

 アルファズレドを乗せたりゅうは、そしてふたたび、空高くまい上がっていきました。

 

 

 

 「もどってきたぞ。」

 

 木々のあいだに身をひそめる、大きなからだ。そのからだのあいだから、今美しい白のマントに身をつつんだなん人かの者たちがあらわれて、もどってきたその人物のことをむかえいれました。

 

 「どうだった?」その中のひとり、りっぱな衣服に身をつつみ、その下に美しい銀のくさりかたびらを着こんだたくましい青年が、もどってきた小がらなからだの少年にいいました。

 

 「とりでの中は、ほとんどからっぽだよ。みんな、戦いの場に出はらっているみたい。残っているのは、見張りと、それに……」小がらなからだの少年が、そこで言葉をにごします。

 

 「どうした?」りっぱな身なりの青年が、たずねました。

 

 「とりでの上に、なにかいるみたい。よく見えなかったけど、なにか、ふしぎな力がはたらいているのがわかった。魔法かもしれない。」

 

 少年の言葉に、その場にいる者みんなが顔を見あわせて、考えこみました。

 

 「魔法、か。」

 

 そのとき、かれらのうしろに立っているその大きなからだのなにかの中から、ひとりの人物があらわれて、かれらにいったのです。

 

 「そいつはおそらく、ワットの魔女どもだな。」

 

 もじゃもじゃのおひげ、岩のようにがんこそうな顔立ち、ずんぐりとしたからだ。もういうまでもありませんね。そう、この人物は、岩のけんじゃリブレスト。そして話しをしていたのは、われらが白き仲間たち。ウルファの騎士ハミールとキエリフ、そしてレイミールをふくむ、リュインの白き勇士たちでした(そしてもちろん、大きなからだというのは、かれらの乗る岩のロボットたちでした)。

 

 岩のロボットたちに乗ったかれらリブレストべつどう隊は、ついにここ、べゼロインとりでのその前までやってきたのです。そして今、その小さなからだをいかしてレイミールが、とりでのようすをさぐりにいってきたところでした(レイミールはこういうことがとくいだったのです。かくれんぼでは、だれにも見つかったことはありませんでした)。

 

 「あの悪名高き、三姉妹!」ハミールが思わずさけびます(となりのキエリフに「しーっ!」としかられてしまいましたが。ここは敵地の目の前でしたから。なんだかいぜんにも、同じようなことがあった気がしますが……)。「われらはなんど、あいつらにくるしめられてきたことか。」

 

 「べゼロインのかんらくにも、やつらがからんでいるにちがいありません。」キエリフが、リブレストにいいました(かれらはこのとき、まだべゼロインが落ちたそのくわしいいきさつのことまでは知りませんでした。それはシープロンドにとどいた手紙にも、あえて書かれていなかったのです。シープロンドの人たちの感じょうをよけいにしげきするべきではないという、心づかいからのことでした。そしてその心づかいが今、われらが仲間たちには、助けとなっていたのです。おそろしい魔女たちのさくりゃくによって、仲間のウルファたちが悪魔のような作戦にりようされたということを知れば、かれらはこのとき、われも忘れて、とりでの上にいる魔女たちのもとへとむかっていってしまったことでしょう……)。

 

 「おそらく、そうだろうな。」リブレストがそのもじゃもじゃのおひげを手でいじりながら、むずかしい顔をしてこたえます。「だが……」

 

 「やつらの悪行も、これまで。」リブレストのかわりに、キエリフがいいました。「われらの力、ぞんぶんに見せつけてくれましょう。」

 

 そしてそのキエリフの言葉に、リブレストもハミールも仲間たちも、みんなにやりと笑みを浮かべ、そのこぶしを胸にあてて、ここにさいごのちかいを立てることとなったのです。

 

 「いざ、まいらん! べゼロインをわれらの手に!」

 

 「おおーっ!」(もちろん小さな声でさけびました。)

 

 

 

 「おまえたち! いよいよ、さいごの大いちばんだぞい!」

 

 リブレストの声が、岩のロボットたちの中にひびき渡りました。

 

 「作戦名、ビッグワンズ! みな、ぬかりないな?」

 

 リブレストの声にこたえて、みんなは岩のロボットたちの手をぎゅいいんと上げて、こたえます(ビッグワンズ? いったいどういう作戦なのでしょう?)。

 

 「では、いくぞ! もくひょう、べゼロイン上部! 魔女どものいる見晴らし台じゃい!」

 

 ついに、岩のロボットたちがしゅつげきしました! かれらのさいしゅうもくてき地、べゼロイン。ワットのきゅうていまじゅつしたる三人の強力な魔女たち、そのおそろしい敵たちのもとにむかって。

 

 しかし……。

 

 

 あ、あれ? ちょっと待ってください。

 

 ロボットの数が……、いち、にい、さん……。

 

 全部で五体しかいないじゃありませんか! 

 

 

 さきほど木々の影で話しをしていたときには、ちゃんと十七体のロボットたちがせいぞろいしておりましたのに。ですが今、しゅつげきしていったロボットたちの数は、どう見ても五体しかいなかったのです。

 

 「かれらに、すべてをまかせよう。」今ひとりの兵士がロボットの頭の上から顔を出して、去っていくロボットたちに乗りこんだ仲間たちのことを、見送っていました。「われらの思いを、果たしてくれよ。」

 

 これはどういうことなのでしょう? べゼロインへとしゅつげきしていったのは、たった五体のロボットたちのみ。そして残りの十二体のロボットたちは、中にいる兵士たちとともに、そのままこの場に残っていたのです!

 

 べゼロインのだっかんは、かれらの大きなもくひょうであったはず。それにはやはり、そのための大きな戦力となるこのロボットたちは、十七体すべてをもちいるべきでした。にもかかわらず、今そのロボットたちのうちのほとんどが、この場に残っていたのです。しかもさらに、おどろくべきことが。

 

 たった五体でしゅつげきしていった岩のロボットたちでしたが、そこに乗っていたのは、ロボット一体につき、なんと一名! つまり全部でたった五人の者たちだけが、べゼロインへとむかってしゅつげきしていったということでした!

 

 さあさあ、これはいったいどういうことなのか? リブレストさんは、いったいなにをたくらんでいるのでしょうか? そして作戦名、ビッグワンズ。そのなぞの作戦のしょうたいとは?

 

 すべてはこのあと、あきらかになるのです。

 

 

 

 「なにかしら……」

 

 べゼロインとりでの、その見晴らし台の上。お茶会のテーブルの席で、今長女のネルヴァが、ふいに口をひらきました。

 

 「あぐ、あぐ。らーにー? れるば?」エカリンが口の中をはるまきでいっぱいにしながら、たずねます(これはもちろん、アルーナとくせいのはるまきでした。ちなみに、「なーにー? ネルヴァ?」といいましたが)。

 

 「なにか、胸さわぎがするわ。いやな感じ……」ネルヴァがその顔つきを、きっ、と正して、あたりのようすに気をくばりはじめました。

 

 「えー? べつにー、なんにも感じないけどー?」エカリンはそういって、つぎのはるまきにまた、ばくり(よく食べますね……)。

 

 「ちょっと、あなた。」ネルヴァが、見張りに立っている兵士のひとりのことをよばわります。「戦いのようすは、どうなっていて? なにか、動きがあったのかしら?」

 

 いわれて、兵士はあわててしせいを正すと、かしこまっていいました。

 

 「はっ! もはやわが方のしょうりは、かくじつなものとなっております。さきほど、アルファズレドへいか、おんみずからが、ドルーヴに乗って戦地へむかわれましたとのこと。ベーカーランドの息の根は、これでかんぜんに、とまるものと思われます。」

 

 「なんだー、もう、ドルーヴちゃん、いっちゃったんだー。」兵士の言葉をきいて、エカリンがざんねんそうにいいました。「その前にわたしが、がんばってねー、って、頭なでなでしてあげよーと思ったのにー。」(そういってまた、はるまきにばくり。よく食べますね……。

 ちなみに、このべゼロインとりでから戦いの地までは、きょりは近いのですが、このあたりはまわりを高い岩山にかこまれているうえに、道がまがっていたため、ここからちょくせつ戦いの地をかくにんすることはできなかったのです。もも色りゅうドルーヴのすがたなら、戦いの地にむかう前にはるかな岩山の上に見ることもできたでしょうが、魔女たちはお茶会の方に気を取られておりましたので、エカリンもりゅうのすがたをかくにんすることができませんでした。はるまきを食べるのにいそがしかったですから……)

 

 「気のせいかしらね……」ネルヴァがふっとけいかいをといて、つづけます(魔女のけいかいというのはおそろしいもので、どんなにたくみに近づこうとしても、けいかいしている魔女にはすぐにさとられてしまうのです。まるですべてのほうこうに、目がついているかのように)。

 

 「もうじきわたしたちも、ここをひき上げることになるわ。その前に、わたしもなにか、食べようかしら。あら、おいしそうね、アルーナ。」

 

 ネルヴァのそのしせんのさきから、今両手にひとつずつ大きなお皿を持ったアルーナが、こちらへとやってくるところでした。そして、そのお皿に山もりにもりつけられていたのは……。

 

 「……お待たせです……! アルーナとくせい、チャーシューはるまきです……!」

 

 ま、またはるまき……。

 

 「……アルーナのさいしんさく、ふわふわチーズはるまきもあるです……!」(たしかにおいしそうですけど……)

 

 「またはるまきーっ? もう、あきちゃったよー。」エカリンが思わず、ぶーぶーいいました。(さっきからもうエカリンは、はるまきを三十本以上も食べていましたから)。

 

 それをきいたアルーナは、お皿をエカリンの前において、ごちん! げんこつをひとつ。

 

 「……食べる子は、育つです……! 育ちざかりの子は、食べるです……!」

 

 「いったーっ! それをいうなら、寝る子は育つでしょー!」エカリンが頭をおさえて、もんくをいいます。

 

 「おあがりなさい、エカリン。」ネルヴァが、あつあつのはるまきに、ぱくり、かぶりついていいました。「アルーナちゃんのはるまきは、えいようまんてんなのよ。」

 

 「わかったわよー、もうー!」

 

 エカリンはそういって、しぶしぶ、またはるまきの山に取りかかりました(もんくをいいながらも、エカリンはいちどに二本ずつも、ばくついて食べましたが……。

 ところで、アルーナのこのはるまきには、ほんとうに魔法のえいようがまんてんにつまっていました。魔女にとって、それはいちばんのえいようだったのです。これを食べればどんな魔法を使っても、つかれることがありませんでした。でもはるまきばっかりじゃ……。せめて、ほかにもあったらよかったのに……)。

 

 

 そのときのこと。

 

 かのじょたちの耳に、とんでもないほどの大声がとどいてきたのです。

 

 

 「たのもーう! 岩のけんじゃリブレスト、まかりとおる!」

 

 

 とりでのかべがびりびりゆれるほどの、大声!(じっさいテーブルの上に乗っていたカップやお皿が、かたかたゆれて四インチもはしにずれたほどです。はるまきが落っこちなくてよかった。)

 

 「な、なになにー!」エカリンが思わず、「ひええーっ。」と飛び上がっていいました(まわりの兵士さんたちもみんな思わずしりもちをついて、びっくりぎょうてんです)。

 

 魔女たちが、とりでのかべに近づいてみると……。

 

 とりでの前に、巨大な岩のロボットたちが五体、横いちれつにぴしっ! とせいれつして、ならんでいました! そしてそのまん中の一体、そのロボットの頭の上から今、もじゃもじゃおひげの老人、岩のけんじゃリブレストが、こちらをじろり! にらみをきかせながら見上げていたのです。

 

 「あれは……!」ネルヴァの顔が、おどろきの表じょうにつつまれました。

 

 「岩のけんじゃ……。ほんとうに、かれがやってきたの……?」

 

 ネルヴァはもちろん、リブレストのことはよく知っていました。山おくの岩のどうくつにこもっていて、めったなことでは人前にそのすがたをあらわすこともない、伝説的なまでのすごうでのけんじゃ。まさかほんとうに、そのリブレストがやってくるなんて。

 

 「な、なによあれー!」立ちならぶ五体の岩のロボットたちのことを前にして、エカリンがさけびました。「ぜんぜんかわいくなーい!」(そ、そっちですか……)

 

 ついに顔をあわせることとなった、リブレストと魔女たち。いっぽうは、このアークランドで三本のゆびにはいるほどの、けんじゃ(ノランをいれれば四本ですが)。いっぽうは、悪名高き悪のちえにたけた、三人の魔女たち……。このおたがいがぶつかりあったとしたら、それこそれきしに残るくらいの大げきとつになるだろうことは、だれの目にもあきらかなことでした。

 

 「おまえさんが、ネルヴァ・ミスナディアだな。」リブレストが、ネルヴァのことを見すえていい放ちます。「悪名は、ききおよんでおるぞ。ずいぶんと、はでにあばれてくれておるらしいのう。」

 

 リブレストの言葉に、はじめは顔をくもらせていたネルヴァでしたが、しだいにもとのよゆうを持ったほほ笑みの表じょうを浮かべて、いいました。

 

 「おほめにあずかり、こうえいですわ、けんじゃさま。けんじゃさまこそ、なんのごようじかしら? わたしは、ごしょうたいしたおぼえはありませんけど?」

 

 ネルヴァとくいの、ひにくたっぷりの言葉(となりではエカリンが「そうよそうよ!」と手をふり上げ、そのとなりではアルーナが首をこくこくうなずきつづけていました)。

 

 「おまえさんに用がなくても、こっちにはあっての。」リブレストが口もとをゆるませながら、つづけます。「ずいぶんと、おまえさんたちにうらみを持っている者たちがいてな。わしはそいつらに、力を貸してやらねばならん。いってる意味はわかるだろう?」

 

 その言葉に、ネルヴァは「ふふ。」と笑ってこたえました。

 

 「らんぼうなしゅだんに出ようってわけね。でも、いいのかしら? けんじゃさまがそんなことをなされて。わたしたちは、おたがいに、力を持つ者。それなりのかくごは必要になるわよ。」

 

 それをきいて、となりのエカリンもぷんぷん怒って口を出します。

 

 「そうよ! わたしたちがほんきになったら、あんたなんて、かるーくぶっ飛ばしちゃうんだから!」

 

 「……口が悪いです……! 相手はけんじゃさまです……!」アルーナがそういって、ごちん! げんこつをひとつ(「いだっ!」と頭をかかえるエカリン)。

 

 「けんじゃさま。悪いですけど、うちのいもうとのいう通りよ。いくらけんじゃリブレストでも、げんえきの魔女三人の力に、かなうのかしら?」ネルヴァはそういって、その右手を目の高さにかざしてみせました。その手はとたんに、ぶきみな青白いほのおにつつまれます。おそろしいほどの力がそこにやどっているのだということは、すぐにわかりました。

 

 「そうよそうよ! ネルヴァ怒らせたら、こっわいよー! あんたなんて、ばらばらに吹き飛ばしちゃうんだから!」エカリンが「んべっ!」と舌を出して、口を出します。

 

 「……口が悪いです……! にどもいわせるなです……!」アルーナがそういって、ごちん! げんこつをひとつ(「いだっ!」と頭をかかえるエカリン。なん回目でしょうか……?)。

 

 さて、いぜんにもお伝えしました通り、いくさではまじゅつしのことをこうげきしたり、まじゅつしどうしで戦ったりすることはきんじられています。しかしそれはあくまでも、「いくさ」でのルール。こんかいのように、いくさいがいの戦いの場面であれば、かれらのことをこうげきしたり、まじゅつしどうしがおたがいに戦ったりしてもいいのです(ですがこれもすでにお伝えしておりますように、たとえいくさのあつかいではないとはいえ、それがとりででおこなわれる戦いの場合では、やはりいくつかの取りきめがあるのです。その中のひとつが、「とりでを守るがわのまじゅつしであれば、こうげきの魔法を使って相手をしりぞけてもかまわない」というものでした(ふりかかる火の粉ははらわねばという、あのルールです)。ですから今、ワットの魔女の三姉妹たちは、リブレストたちのことを魔法で追いはらってもいいわけです。いっぽうリブレストの方は、(「工作物」ではこうげきできるものの)やはり取りきめとして、魔法でこうげきすることはできませんでした。

 

 それならばと、読者のみなさんの中には、このように考えた方もいるかもしれません。この戦いをいくさということにしてしまえば、魔女たちもいくさのルールにしたがって、魔法でこうげきすることはできなくなるんじゃないの? そうすれば、あとは残りの兵士さんたちをやっつければ、こっちの勝ちになるじゃんかって。たしかにその通り。ですけどそれは、いくさあつかいにすることができればの話。いくさとはそのくににしょぞくする正式なけんりを持った使者が、そのいくさをおこなってもいいという国王のサインのなされた正式なしょるいをしめさなければ、せんげんすることはできないのです。ですからやみくもに「これはいくさだ!」とさけんだとしても、それはいくさとしてみとめられませんでした。いくさとは、あくまでもくにとくにとでおこなわれる、とくべつなもの。だれもがむやみやたらにいくさがおこなえるようでは、こまるのです。そんなことをしたら、あちこちで、戦いがはじまってしまいかねませんもの! 

 

 さらにそもそも今は、そのいくさ自体をおこなうことができなかったのです。「同じ相手国とのいくさを、同時にふくすうの場所でおこなうことはできない」。それがそのりゆうでした。つまりげんざいベーカーランドとワットは、エリル・シャンディーンでのさいごの大いくさのまっさいちゅうなのです。ですからこのとりででの戦いをいくさとしてあつかうことは、はじめからできませんでした(また、「いくさはさいていでもどちらかいっぽうのじっさいの兵力が四十人以上でなければ、はじめることができない」というルールもありました。ですからこんなにすくない人数では、やっぱりいくさは、はじめることができなかったのです。べゼロインとりでにいるワットの兵士たちは、四十人もいませんでしたから))。

 

 しかし、おそろしい魔法の力を持った三人の魔女たちが相手。そんなことは、リブレストは百もしょうちのうえでした。そしてそのことをよく知っていたからこそ、リブレストはたった五体のロボットたちで、たった五人の人数で、ここまでやってきたのです。

 

 

 さあ、それではいよいよ、リブレストのそのなぞの作戦がじっこうにうつされるときでした。

 

 

 「なあに、わしもこれでなかなか、悪ぢえがはたらく方でのお。」リブレストが、にやりと笑っていいました。「まっこうから立ちむかうことだけが戦いではないと、よく心得ておるのだよ。」

 

 「わしのもくてきは、このとりでを取りもどし、おまえさんたちにはすみやかに出ていってもらうことだ。それができれば、なにもおまえさんたちと、ほんきでやりあおうとは思わんでな。」

 

 リブレストの言葉の意味とは? そしてそのとき、リブレストは四人の仲間たちにむかって、さけんだのです。

 

 

 「いくぞ! きゅうきょくがったい!」

 

 

 きゅ、きゅうきょくがったい? そしてリブレストが、そうさけぶのと同時に!

 

  

   ぎゅいいいん! がしん! がし、がしーん!

 

 

 五体のロボットたちがまたそのすがたをへんけいさせていき……、おたがいのからだをそれぞれひとつの場所へと、よせ集めていきました! こ、これは、もしや!

 

 

 がしん! 一体のロボットが、巨大な右足になりました!

 

 がしん! もう一体のロボットが、巨大な左足になりました!

 

 がしん! つづくロボットが、巨大な右手(巨大な岩の剣つき)になりました!

 

 がしん! さいごのロボットが、巨大な左手(巨大な岩のたてつき)になりました!

 

 それらがみんな、リブレストの乗るほんたいにくみあわさって……。

 

 

   がっしーん!

 

 

 とんでもなく大きな、一体の岩のロボットがかんせいしたのです!

 

 これぞきゅうきょく! 五身がったい!(すてきすぎるー!)

 

 

 今や、とりでの見晴らし台にまでその頭がとどくかというくらいの巨大なロボットが、魔女たちの前に立ちふさがりました! もちろん、さすがの魔女たちでさえも、びっくりぎょうてんしたのはいうまでもありません。

 

 「な、なによそれー! そんなのありー!」エカリンが思わず、「ひええ……!」とアルーナのうしろにかくれながら、そういいます(ちょうどロボットの目が、エカリンのことをじろりとにらむ場所にありましたから)。

 

 これこそリブレストとレイミールがいぜん話していた、「このロボットのほんとうの力」でした。レイミールが楽しみにしていたのも、わかりますよね。レイミールはロボット大好き、男の子。しかもこんな巨大なロボットを自分でそうじゅうできるなんて、まさに夢のようなことでしたから(そしてがったいしたことによって、このロボットはいぜんよりもはるかにました力とのうりょくを、はっきすることができるようになりました。リブレストはもともと、ここいちばんというさいごのときにあたって、このきゅうきょくロボの力を使おうと考えていたのです(シープロンドの戦いの場面では、まっさきにとらわれの者たちのもとへとかけつけていったため、がったいしているひまもありませんでした。そして戦いのじょうきょうを見きわめたうえからでも、がったいするまでもないと、リブレストははんだんしたのです。戦いの兵力にかんしては、強力なえん軍が、すでにとうじょうしているようでしたから。

 

 そしてリュインのとりでをせめるさいにあたっては、やはりがったいするまでもないとわかっていました。いくさの場から遠くはなれたとりでにワットの強力な者たちがいるとも、思っていませんでしたから(もしいたら、がったいしていたかもしれませんが)。

 

 それから、さいごに残るべゼロイン。このとりでを取りもどすことは、かれらのさいごの大しごとといえました。ですからリブレストは、レイミールにだいぶせがまれてのことでもありましたが、べゼロインとりでにせめこむときにあたっては、はじめから、このきゅうきょくロボの力を使ってやろうと考えていたのです(そして今、とりでにワットの魔女たちがいるということがわかったことで、リブレストのそのけっしんはさらにかたまっていたというわけでした。このきゅうきょくロボットの力で、魔女たちをやっつけてやろうというのです!))。

 

 ちなみに、レイミールはしっかりと、このロボットのそうじゅう席にすわっていました。そしてがったいしたため、そのそうじゅう席の場所はいぜんとはちがって、腰のあたりにふたりのパイロットたち、胸の部分に三人のパイロットたちがすわるようになっていたのです。胸のそうじゅう席のまん中にリブレスト、むかって右にレイミール、左にハミール、腰のそうじゅう席の右にキエリフ、左にはリュインの兵士のひとり、若きバーン・ルーフォニックがすわっていました。はつとうじょうバーンは、からだは小がらでしたが、はんしゃしんけいにとてもすぐれていて、このロボットのそうじゅうにはうってつけだったのです。とつぜんリブレストに名まえをよばれてパイロットににんめいされましたので、ちょっとびっくりしてしまいましたが。そしてもちろん、われらがウルファの仲間たちのうでまえにかんしては、いうまでもありません)。

 

 「こっちの兵は、この一体のみじゃい!」ロボットの口から、リブレストの声がひびきました(そうじゅう者の声が口から出るようになっていたのです)。「おまえさんたちが、おとなしくこうさんしないのなら、しょうがないの。この岩の兵士の力で、おまえさんたちを追っぱらわにゃならん。」

 

 「そんなこと、できると思ってるのー!」エカリンがアルーナの影から、こぶしをつき上げていいました。「いったでしょー! あんたなんかじゃ、わたしたちには勝てないんだから!」(そのわりには、アルーナの影にかくれちゃってるみたいですが……)

 

 「下がってなさい、エカリン、アルーナ。」ネルヴァが前に進み出ます。「ちょっと、おいたがすぎるようね。」

 

 そういうネルヴァの顔を見てみますと……、ぞくぞくぞくっ! なんともおそろしい、魔女の顔! どうやらリブレストは、ネルヴァのことをほんきで怒らせてしまったようです。ど、どうするんですか? リブレストさん! わたしは知らないですよ!

 

 「じごくのけいやくのもとより……、とき放て!」ネルヴァがひと声ささやいた、つぎのしゅんかん!

 

 

   ぶごごごおおおお! どごごごおお~ん!

 

 

 山のように巨大な青白いほのおのかたまりが、巨大ロボットをちょくげき! 大ばくはつ! あたりは一マイルさきまでとどくかというほどの、おそろしいエネルギーのうずにつつみこまれてしまいました!

 

 ロボットのすがたは、おそろしいじごくのごうかにつつまれて、まったく見えません。これでは、ひとたまりもありませんでした。ロボットはこなごなにくだけちって、ばらばら。大やけどを負った五人の仲間たちが、息もたえだえ、地面にたおれふしているはずです……。かれらが相手にしているのは、それほどに強力な、悪魔ほどにもおそろしい魔女たちでした(こんな相手が三人も! どうやって勝てというのでしょうか?)。

 

 ほのおが晴れていきます。見たくないものが、そこにあるはずでした。しかし……。

 

 え? ええっー! 

 

 なんと! ロボットには、きずひとつないではありませんか! あれほどのばくはつのちょくげきを受けたというのに! これはいったい!

 

 「さすがは、アークランドいちばんの魔女だわい。」

 

 ロボットの口から、リブレストの声がひびき渡りました。

 

 「まさか、これほどの力だとは思わんかったぞ。」

 

 

  ぎゅいいん! じゃきん!

 

 

 巨大な岩の剣をつきつけて、ポーズをきめる巨大ロボット。それに対して魔女たちは……。

 

 「ええーっ! ど、どういうことー!」エカリンは信じられないといったようすで、目をまるくしてしまいました。となりではアルーナが、両手を両のほほにあてて、口をあんぐり。

 

 しかしいちばんおどろいたのは、やはりネルヴァほんにんです。なにしろ全力とはいかないまでも、かなりのパワーをこめて、ひっさつのいちげきを放ったはずでしたから。このていどの大きさの、岩の兵士の一体や二体、かんたんにばらばらにできてしまうはずでした(なにしろ丘を半分吹っ飛ばすくらいのいりょくがありましたから)。それなのに、どうして?

 

 「そういうことね……」ネルヴァがこわい顔をしたまま、目の前のロボットのことをじっと見つめていいました。「やられたわ。」

 

 そういうこと? いったい、どういうこと?

 

 「さすが、ものわかりがいいの。そういうこった。」リブレストがこたえます。

 

 このロボットがぶじだったわけ。それはこのロボットの持つ、そのきゅうきょく的な力のためでした。この巨大ロボットは全部で五体のロボットたちががったいしてできたわけですが、それがその力のひみつだったのです。五体のロボットたちには、それぞれとくべつなエネルギーがくみこまれていました。つまり五つの精霊のエネルギー、火、水、風、土、それと、やみの精霊の力、それらの力が使われていたのです(これらの力のことについては、いぜんロザムンディアのまちの門をふっ飛ばしたときに、ライアンがちょっと説明していましたよね。よくわかりませんでしたけど……)。

 

 魔法の力というものは、これらの精霊の力をりようすることによって生み出される力。いいかえれば、これらの精霊の力がないところでは、魔法はなんの力もはっきできませんでした。このロボットにそなわった、きゅうきょくの力。それはかんたんにいえば、「このロボットのまわりを魔法の力のおよばないところにしてしまう」というものだったのです。

 

 このロボットのまわりでは、五つの精霊の力がおたがいに輪をえがいて、おたがいの力をうち消しあっていました。つまりそれは、魔法をうち消すバリアーのようなものだったのです。ここに魔法がふれると、その魔法は五つの輪のあいだをぐるぐるまわって、そのあいだに、みんな消えてなくなってしまうというわけでした(まあ、しくみについてはむずかしいので、べつにおぼえる必要はありませんけど。わたしもききましたが、よくわかりませんでしたから……。ようするに、魔法がきかないロボットということなのです。

 

 ちなみに、このきゅうきょくロボにそなわる力は、やはりこのほかにもさまざまなものがありました。魔法がきかないというのは、あくまでも、このロボットの持つそのきゅうきょく的な力のうちのひとつにすぎなかったのです。ですがとても全部はしょうかいしきれませんから、それはまたべつのきかいに……。マグマの中にもぐったりもできましたけど……)。

 

 そんなしくみのことについて、ネルヴァはすぐにりかいしたというわけだったのです(さすがは長女です。

 ところで、この岩のきゅうきょくロボでなくても、「魔法をきかなくさせるぼうぎょの魔法」というものもありましたが、その魔法のこうかにはひとつ、けってんがありました。それは「そのぼうぎょの魔法のこうかをさらにうち消してしまう魔法」というものがあって、その魔法を使われれば、ぼうぎょの魔法のこうかですら失われてしまうのです(ちょっとややこしいですけど)。そしてもちろん、三人の魔女たちにも、魔法のぼうぎょの力をうち消してしまうというその魔法のことを、使うことができました。ですからぼうぎょの魔法を使って魔女たちにそなえたうえで相手をこうげきしようとしたとしても、すぐに魔女たちにそのぼうぎょの魔法を消されてしまって、かえりうちになってしまうのです。

 

 そのためこの方法は、ぼうぎょの魔法をうち消すことのできるまじゅつしが相手では、いっぱんにはむだな戦りゃくとして、使われることはありませんでした。ですがリブレストのこの岩のきゅうきょくロボにそなわったのうりょくであれば、それができたのです。このきゅうきょくロボの力は魔法のものではなく、五つの精霊エネルギーをもちいた、リブレストのたくみな「工作」のわざによって生み出されているものでした。ですから魔女たちには、このロボットにそなわった、魔法をきかなくさせるという「工作」のわざによるその力を、魔法でうち消してしまうというようなこともできなかったのです(これが魔法によって生み出されている力であれば、魔女たちにはかんたんに、その力をうち消してしまうことができましたが)。そのため、ふつうなら魔女たちに対して取ることのできないような、この戦りゃくが使えました。ネルヴァはこういったこともすぐにりかいしておりましたので、それをふまえたうえでも、「やられたわ。」といったのです。さすがは長女です)。

 

 「おまえさんたちの魔法は、この岩のきゅうきょく兵にはきかん。そしてわしらの兵は、このきゅうきょく兵、一体のみ。これがどういうことか? もうわかったろうな。」

 

 これこそリブレストがたった五体のロボットたちだけで、たった五人の者たちだけで、この場にやってきたりゆうでした。べゼロインに魔女の三姉妹たちがじん取っているということがわかったとき、リブレストはすぐに、この作戦を思いついたのです(あのビッグワンズという作戦です。これは「力の強い一体ずつの兵士たち」というほどの意味の言葉でしたが、なるほど、いわれてみればたしかにその通り)。魔法のきかないこのロボット一体だけなら、魔女たちは手が出せません。へたにほかの者たちをひきつれていけば、その者たちに、魔女の魔の手がのびてしまうかもしれませんでした。ですからリブレストは、そうじゅうに必要なさいていげんの人数だけをひきつれて、この場にやってきたというわけだったのです(そしてリブレストは、このきゅうきょくロボがじっさいにがったいするところを、目の前で魔女たちに見せつけてやろうと思っていました。その方が、インパクトがありましたから。悪名高い魔女たちをへこませてやるのには、こうか的だと思ったのです。がったいする前に魔法でこうげきされるかもしれないという点については、リブレストは「さすがの魔女たちでも、けんじゃたる自分との会話のとちゅうで、いきなりこうげきしてくるようなことはないだろう」と思っておりましたので、心配していませんでした。じっさいにこうげきされそうになったとしたら、大あわてでがったいする必要がありましたけど……。

 

 ちなみに、このきゅうきょくロボットの力はリブレストがその中に乗っていなければ、ひき出すことができませんでした。ですから「きゅうきょくロボをなん体も」というわけには、いかなかったのです。せいぞろいしたら、さぞかし大はくりょくでしょうけど。ざんねん)。

 

 「ず、ずっるーい! そんなの、ルールいはんじゃない!」エカリンがぶーぶーもんくをいいましたが、もはやかのじょたちには、どうすることもできませんでした。かのじょたちが魔法も使わずに、こんなにビッグなロボットと戦って、勝てるわけもありませんでしたから(いくらおそろしい魔女たちとはいえ、魔法でこうげきできなければ、そのこうげきの力にかんしては、ふつうの女の子と変わりないのです。マリエルみたいにつえでがんがん、相手をぶちのめすわざを持っているというのなら、話はべつですけど……(それに、かのじょたちがルールについて、もんくをいえるはずもないですよね。今までさんざん、人の道のルールをむしした、悪さばっかりしてきましたから!)。

 

 ちなみに、ぼうぎょの魔法なら使って身を守ることもできましたが、身を守っているだけでは、勝てるわけもありませんよね。それにロボットが魔女たちのそばに近よれば、ぼうぎょの魔法ですら消えてしまうのですから、おんなじことなのです)。

 

 「むこうの方が、いちまい、うわてだったみたいね。」

 

 ネルヴァが両手を上げて、目をとじ、ふたたび静かな笑みを浮かべながらいいました。

 

 「いいわ、こうさんしましょう。」

 

 「ええーっ! そんなー!」エカリンが思わずさけびます。「このとりで、あげちゃうの? 怒られちゃうよ。」

 

 しかしそんなエカリンですら、もう勝負のけっかはわかっていました。見張りの兵士さんたちがいくらがんばったとしても、この巨大ロボットは、たおせそうもありませんでしたから(たとえあとからなにか手立てをこうじようと思っていたとしても、今はどうしたって、このとりでを明け渡すほかはなかったのです。ここで意地を張っても、あっというまにこの岩のきゅうきょくロボットのゆびにぺちん! とはじかれて、それでおしまいでしたから。

 

 そして……、リブレストはこのとりでをワットの者たちがこのあとすぐにふたたび取りもどしてしまうようなことは、むりであるのだということを、よくこころえていました。お伝えしました通り、エリル・シャンディーンのいくさのさいちゅうでは、このとりででまたべつのいくさをおこなうことはできません(エリル・シャンディーンのいくさの「一部」としてこのとりでで戦いをおこなうことはかのうでしたが、もしそれでこのとりでを守っている者たちをいっぽうの軍が大勢で追いはらったとしても、それは本戦の戦いの一部としてあつかわれるだけで、それでとりでを持つけんりをうばうということはできなかったのです)。いくさではなく、四十人を下まわる人数でとりでにせめこむのであれば、とりでを持つけんりをうばうこともできましたが、四十人くらいの人数であれば、リズレストはわけなく、このロボットの「素のパワー」でぶっ飛ばすことができるとわかっておりましたから。このようなわけで、リブレストは自信まんまん、このとりでにせめこんでいったというわけなのです)。

 

 「さすがは、長女だわい。ものわかりがいいの。」リブレストが、にやりと笑っていいました。「なーに、おまえさんたちのことを、どうこうしようなどというつもりは、わしには、さらさらない。もとより、きゅうていまじゅつしたるおまえさんたちの身がらを、こうそくしたりすることなども、できんしな。すぐに立ち去ってくれれば、それでいいわい。」(リブレストのいう通り、すべてのくにの取りきめとして、きゅうていまじゅつしのことをとらえたり、ほりょに取ったりすることなどは、やはりきんしされていました。それはいくさにおいても、それいがいの戦いの場面においても、同じだったのです。)

 

 「かんしゃしますわ、けんじゃさま。」ネルヴァがきゅうていまじゅつしのりゅうぎでおごそかに頭を下げて、いいました。「このとりでは、おかえしします。ですけど……」

 

 ネルヴァがまた目をとじて、「ふふ。」と笑ってからつづけました。

 

 「今さらこのとりでを取りかえしたところで、けっかは、変わらないんじゃないのかしら? 戦いのようすを、ごぞんじなくって? わが方のしょうりは、もくぜんですのよ? どのみち、このとりでも、なにもかも、ふたたびワットのものになるんですから。」

 

 ネルヴァがよゆうを見せつづけているわけ、それはやはり、そういうことでした。さいごの戦いがワットのしょうりに終われば、すべての力を失うベーカーランドは、そのすべてをワットにささげなければならないのです。まちも、とりでも、青き宝玉すらも……。戦いがワットのしょうりまちがいなしというこのときにあたって、かれらがこのとりでにこだわる必要などは、もはやありませんでした。ですが……。

 

 これをきいて、さすがのリブレストもその表じょうをくもらせました(ロボットの中にいるので、そとからは見えませんでしたけど)。ベーカーランドがやぶれれば、このとりでもふたたび、ワットのものとなる。もちろんけんじゃリブレストが、そんなことを知らないわけがありません。ではなぜリブレストもまた、ネルヴァと同じく、大きなよゆうを見せているのでしょうか?

 

 

 それは、かんたんなこと。

 

 リブレストはベーカーランドが負けるなどとは、みじんも思っていないからです!

 

 

 「ワットの、しょうりだと?」リブレストがそういって、「ふん!」と鼻をならしました。

 

 「さすがの魔女さんも、さきを見通す力までは、持っておらなんだようだの。悪のしょうりなんぞ、あり得んわ! がきんちょどもが、いくら集まったところで、がきんちょは、がきんちょ。ちえを持ったけんじんには、かなわんというこった。さあ、そうそうに、立ち去れい! わしの怒りが、ばくはつする前にな!」

 

 リブレストが怒りしんとう、いい放ちました。ぴりぴりと、空気がゆれるほどのオーラ。いくらこうげきの魔法を使わないとしても、リブレストがほんきで怒ったら、それこそ大地はひびき、山はゆれ、どんなことになってしまうのか? そうぞうもつきません。これにはさすがの魔女たちも、おそれをいだかずにはいられませんでした(リュインをふくむこれらのとりでは、ベーカーランドの、文字通り、かなめでした。へいわを守るための、大いなるたてでした。これらのとりでがあることで、敵のしんにゅうを防ぎ、悪に目を光らせつづけ、人々の暮らしを守りつづけることができていたのです。まさにこれらのとりでは、このアークランドのぜんなる人々にとっての、きぼうでした。これらのとりでを取りもどすということは、きぼうを取りもどすこと。いくさのならわしなどにはもはやかんけいなく、これらのとりでを取りもどすことは、ベーカーランドの白き者たちのたましいを取りもどすことほどの、大きなしめいであったのです。そしてリブレストは、かれらのその思いを、よくしょうちしていました。ですからなおさらのこと、怒ったのです)。

 

 

 だれもなにもいわず、しばらくの時間がすぎていきます。そして……。

 

 「いきましょう、アルーナ、エカリン。」ネルヴァがそういって、静かに歩き出しました。

 

 「かってにさせておけばいいわ。」

 

 「ちょ、待ってよ、ネルヴァー!」あわてて、エカリンがあとを追いかけます。

 

 「……は、はるまき、持っていくです……!」アルーナがあたふたと、はるまきをもりつけたお皿を持って、あとにくっついていきました(そしてとりでの兵士さんたちも、しきかんたちがいなくなってしまっては、たまったものではありません。魔女たちのあとを、「ひええ!」とあわてて、追いかけていきました)。

 

 

 こうして、べゼロインはここに、白き勇士たちのもとにもどされたのです。ですがそのとき、エリル・シャンディーンの平原では、さいごの戦いの、そのさいごのけっちゃくがなされようとしているところでした。戦いのゆくえは魔女のネルヴァのいう通り、だれの目から見てもあきらかでした。ベーカーランドのはいぼく、それがこの場においてくつがえされるなどということは、どうしたって、考えられるようなものではありませんでした。

 

 運命は、どのように動くのか?

 

 そして、せいぎのゆくえは?

 

 おそろしいほのおを吹きつけるもも色のりゅうが、エリル・シャンディーンの王城へとむかって飛び去っていきました。

 

 さいごのけっちゃくのときがやってきたのです。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「ぼくたちは、ずっと友だちだよ、アルちゃん。」

      「ひよっ子に、このおれがこえられるとでも思っているのか!」

    「よく、きてくれたね、ロビーくん。」

      「それこそが、人の、ほんとうの強さなんだ!」


第29章「けっちゃくのとき」に続きます。



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29、けっちゃくのとき

 

 ちちちっ、ちちちち……。

 

 あざやかなこがね色をした小鳥が二羽、美しいなき声を上げながら、頭の上を飛び去っていきました。空は雲ひとつない、かいせいです。春のおひさまは、さんさんとてりかがやいていました。吹きぬけてゆく、ここちのいいそよ風。それに乗ってはこばれてくる、草のかおり。みどりのしばふのそのところどころには、白やきいろやもも色の、小さな花々がさきほこっていました。しばふのむこうに広がるのは、いただきに雪をいだいた、ゆうだいな山々。そのすそのに広がる美しい大地の上には、すんだ水をたたえたきれいなみずうみを、あちこちに見て取ることができます。流れ落ちる、いくつかのゆうがなたきのすがたも見られました。

 

 まことにここは、へいわそのもの。いちにちじゅうなにもせず、ただこのしばふに寝ころんでいられたのなら、どんなにしあわせな気分にひたれることでしょうか。

 

 今そのしばふの上に、ふたりの子どもたちがならんで寝そべっていました。手足を大の字に広げて、ここちいいおひさまの光を、からだいっぱいにあびていたのです。ひとりは白く美しい、とてもりっぱなきぬの衣服に身をつつんでいました。かみは白に近い、しんじゅ色。金の羽のかみかざりをつけていて、その肩にはりっぱなもんしょうのはいった、さんかくのかたちをしたかざりものがつけられております。もうひとりは黒くなめらかなビロードの衣服に身をつつんでいて、やはりその肩には、もんしょうのはいったかざりがひとつつけられていました。かみは黒。腰のベルトには宝石のかざられた、小さな短剣がいっぽん取りつけられております。

 

 ふたりとも、ひとめでどこかのくにのりっぱな身分の子どもたちであるということがわかりました。そしてその通り、かれらはとあるふたつの王国の、王子さまたちだったのです(肩についているもんしょうは、それぞれの王国のものでした)。身なりだけでなく、そのととのった顔立ちも、かれらの中身をよくあらわしていました。ですがかれらのねんれいはまだかなり若く、ふたりとも八さいか九さい、そのくらいであるかのようでした。

 

 「気持ちのいいところだね。」しんじゅ色のかみの男の子が、うっとりとした顔をしていいました。

 

 「おれの、ひみつの場所なんだ。」黒いかみの男の子が、ひとみをとじたままこたえました。

 

 「だれにもいうなよ? おまえだけだからな。」黒いかみの男の子は、そういって「ふふ。」と笑みを浮かべます。「おれは、見こみのあるやつにしか、しんせつにしてやらないんだ。」

 

 黒かみの男の子がつづけました。

 

 「城のれんちゅうも、くだらないやつらばっかりでさ。自分のりえきばっかり考えてる。おれは、れんちゅうから見たら、ただのかざりみたいなもんさ。」

 

 黒かみの子は、そういって「ふん!」と鼻をならします。

 

 「そんな。アルちゃんはりっぱだよ。」しんじゅ色のかみの子が横をむいて、黒かみの子にいいました。「ぼくも早く、アルちゃんみたいにりっぱになりたい。」

 

 いわれて、黒かみの子が「ふふ。」と笑ってこたえます。

 

 「おまえは、じゅうぶんによくやってるよ。おれなんかよりも、はるかにうまくな。おまえには、城のせいかつがあってる。おれにはむいていないんだ。」そういって、アルちゃんとよばれた黒かみの男の子は、からだを「う~ん……!」とのばして、大きなあくびをしました。

 

 「あーあ、早く、大きくなりてえな。そしたらおれは、冒険の旅に出るんだ。悪いやつらをばったんばったん! 残らずやっつけてやる。」黒かみの子がそういって、両手を動かして、剣で敵をやっつけるしぐさをしてみせます。「おれは、いつか、このアークランドをひとつにまとめ上げてみせる。そして、みんなが笑って暮らせる、へいわな世の中を作るんだ。」

 

 「アルちゃんなら、きっとできるよ。」しんじゅ色のかみの子が、にっこり笑っていいました。「ぼくも、大きくなったら、アルちゃんといっしょに冒険の旅に出たいな。剣はまだ、にがてだけど、きっと強くなって、アルちゃんのことを助けられるようにするから。」

 

 「よし、やくそくだぞ。」黒かみの子がそういって、しんじゅがみの子の手を取って、その手を大きくふりました(これは、ゆびきりげんまんみたいなものでした)。「早く、強くなれよ。おれたちがそろったらむてきだってこと、みんなにわからせてやろうぜ。」

 

 「やくそく。」しんじゅがみの子がそういって、またにっこり笑います。

 

 「ぼくたちは、ずっと友だちだよ、アルちゃん。」しんじゅがみの子がいいました。「ベーカーランドも、ワットも。」

 

 

 ベーカーランド……。ワット……。

 

 そして、しんじゅがみと黒かみの、ふたりの王子さまたち……。

 

 

 もうおわかりでしょう。このふたりの子どもたちは、おさなきころの、アルマークと、アルファズレド、まさしくそのかれらだったのです。

 

 

 「あたりまえさ。」小さなアルファズレドが、「ふふっ。」と笑ってアルマークにいいました。「おれのとなりは、いつでも、おまえのためにあけといてやる。おれたちは、ふたりでひとりみたいなもんだからな。ベーカーランドとワットも、いつまでも友だちだ。」

 

 アルファズレドはそういって、アルマークの手をにぎります。

 

 「いいから、おれのことは、アルファってよべよ。アルちゃんって、がらじゃないぜ。それに、おまえだって、アルちゃんだろ? アルマーク。」

 

 「うん、まあ、そうなんだけどね。」小さなアルマークが、そういって笑いました。「じゃあ、アルファちゃんにしようか?」

 

 「それじゃ、こないだきた、あいつみたいだろ。あの、シープロンの、メリアンとかいうやつ。いきなりおれのこと、アルファーちゃーん! とかいって、だきついてきやがって。おかしなやつだな、あいつは。」

 

 それをきいて、アルマークは思わず「あはは。」と笑ってしまいます(ベーカーランドとシープロンドはむかしからのつきあいでしたから、アルマークはメリアンのことも、このころからよく知っていました。だいぶ変わった子だな、とアルマークもずっと思っていたのです)。

 

 「アルファでいいよ。その方が、おれも気らくだからさ。」アルファズレドがいいました。

 

 「わかった。」アルマークがこたえます。

 

 「アルファ。」

 

 

 おひさまの光のふりそそぐ、空の下。

 

 ふたりはいつまでも、そのしばふに寝そべって、あつい夢を語りあっていました。

 

 

 

 

 ぐわー! ぐわー!

 

 つめたい小雨のふりしきる、なまり色の空の下。そのまっ黒なつばさをはばたかせて、今大きな二羽のからすが、いちもくさんに雲のむこうに飛び去っていきました。それはかなたからせまりくる、なにかおそろしいエネルギーからのがれるためでした。風に乗って、この空気から伝わって、ぴりぴりとふるえるような、なにかのもえるような、きなくさいエネルギーの波がここまでとどいてくるのです。

 

 そしてその力のみなもとは、すぐにあきらかになりました。あつくたれこめる、その雲のむこう。そこから今、なにかとてつもなく巨大なきょうふのものが、こちらへとむかってやってくるところだったのです。

 

 雲のあいだから飛び出してきた、その巨大なからだ。おそろしいかぎづめを持った、ふたつの手。とげのならんだ、大きなしっぽ。全身はあつくかたいうろこで、すっかりおおわれております。そしてその背中からは、おそろしいほどのエネルギーを放つ巨大なふたつのつばさが、ばっさばっさ! はばたいて、その巨大なからだをちゅうに浮かせていました。

 

 なによりもおそろしいのは、その顔でした。ぎらりと光る、金色のひとみ。頭にふたつ、鼻の上にひとつ、大きなつのが生えております。鼻からはもくもくと、白いけむりが吹き出ていました。そしてその巨大な口。そのあいだからは、いっぽんいっぽんが人の背たけほどもあろうかというおそろしいきばが、ならんで生えていたのです。

 

 この生きものは、伝説に名高いりゅうでした。からだの色は、くすんだもも色。そうです、このりゅうはエリル・シャンディーンの戦いにおいて、ベーカーランドの白き勇士たちのことをふるえ上がらせた、そのもも色りゅうでした。かつてアークランドを荒らした、赤りゅう。その赤りゅうの子であるこのもも色りゅうは、今まっしぐらに、エリル・シャンディーンの王城へとむかって飛んでいるところだったのです。その下では、いまだ白き勇士たちが、けんめいの戦いをくり広げているところでした。しかし戦いのけつまつは、もはやあきらかだったのです。このもも色りゅうが、これ以上手をくださずとも……。

 

 もも色りゅうドルーヴは、まさに今、自身のそのふくしゅうのちかいを果たさんとしているところでした。まっしぐらに、エリル・シャンディーンへ。そしてそこにいるふくしゅうの相手、アルマークのもとへと。

 

 

 その背に同じく、アルマークとのさいごのけっちゃくをつけんとしている、アルファズレドのことを乗せて……(このもも色りゅうのことを手にいれたアーザスにとって、いくさの勝ち負けにこのりゅうの力がちょくせつにかかわらなくても、それはたいした問題ではなかったのです。アーザスのもくてきは、ただひとつ。さいごの戦いにおいて、ベーカーランドの者たちに、ただひたすらのぜつぼうを与えること……。そしてそれはもはや、果たされていました。ですからこのりゅうのことをまかされていたアルファズレドは、もはやいくさの勝ち負けなどにはかんけいなく、さいごのおのれの運命のために、このりゅうとともに、アルマークのもとへとむかったのです。そしてアルファズレドがそうするだろうということは、このりゅうのことをアルファズレドにたくしたアーザスにも、よそくできていました)。

 

 

 雨にくもった空のむこうに、エリル・シャンディーンの白き王城が見えてきました。その前には、ちゅうに浮かぶたくさんの魔法の小島をそなえた、まちなみが広がっております。その小島から広がる魔法のバリアーが、エリル・シャンディーンのまちをすっかりおおいつくして守っていました。これはいぜんにも説明しました、ノランの魔法の力によるものです。そしてその魔法の力を大きくさせてじっさいにまちを守っていたのは、ベーカーランドの若ききゅうていまじゅつしたちである、マレイン・クレイネルとロクヒュー・テオストライクの、両名でした。エリル・シャンディーンのまちなみは、もっか、このふたりのまじゅつしたちの手によって、守られていたのです(この守りの魔法をずっとたもちつづけるのには、ノランの魔法の力に加え、かれらほどの魔法の使い手の力が必要だったのです)。そしてきゅうていまじゅつし長であるルクエール・フォートは、アルマーク王じきじきのいらいにより、エリル・シャンディーンの王城の守りをおおせつかっていました(まことにこの三名のきゅうていまじゅつしたちの力がなかったなら、人々はとても、この場にとどまっていることなどはできないでしょう。かれらはまさに、このエリル・シャンディーンの守りがたな、そのものだったのです)。

 

 もも色りゅうが、エリル・シャンディーンのまちなみに近づいていきました。しかしりゅうは、とてもかしこい生きものです。まちが魔法のバリアーによって守られているなどということは、いわれるまでもなくわかっていたことでした(そしてこのまちにいくさのひがいをもたらしてはならないというルールのことも、もちろん知っていました)。ドルーヴのもくてきは、このまちではないのです。ただひとつ、アルマークのいる王城、それだけでした(たとえ王城が強力なバリアーによって守られていたとしても、ドルーヴはおかまいなしに、そこにつっこんでいくつもりでした。まさに力わざで、魔法の守りをとっぱしようともくろんでいたのです。ドルーヴほどのおそろしいりゅうならば、できないことではありませんでした)。

 

 そしてもも色りゅうドルーヴがその怒りにもえて、もえさかるほのおの息をいつでも敵に吹きつけてやれるという、まさにそのとき……。

 

 

 「アルファ!」

 

   

 とつぜんにさけばれた、アルファズレドの名まえ! ですが、ここははるかな空の上。いったいどこから、その声はきこえたのでしょうか?

 

 

  ばさっ! ばさっ!

 

 

 つばさのはばたきとともに、その声はりゅうの頭の上からひびいてきたのです! そしてりゅうの背に乗るアルファズレドが、その目を高く空にむけると……。

 

 今そのしせんのさきから、白いつばさを持った白い馬に乗ったひとりの人物が、こちらへとむかってまっすぐにおりてくるところでした! 白いよろいに身をつつみ、その手にきらめくいっぽんのつるぎを持った、ひとりの人物。そのかみは、かがやくようなしんじゅ色……。そう、この人物は、まぎれもありません。ユニコーンのつの持つペガサスに乗った、ベーカーランドの白き王、アルマーク・クリスティア・ベーカー、その人だったのです!(アルマークはアルファズレドとのさいごのけっせんにのぞむため、ひとりペガサスの背に乗って飛び立ちました。ワットの王城、アルファズレドのもとにむかうつもりだったのです。しかしその道のりは、思いもかけず大きなへんこうをともなうことになりました。道のとちゅう、アルマークはふきつな影を目にしました。それはまさしく、きょうふそのものでした。アルマークはかなたの空を飛びゆく、もも色のりゅうのすがたを見たのです。そしてアルマークはそのりゅうの背に、運命の相手のすがたを見ました。そう、アルファズレドです。アルマークは大きく空をまがり、りゅうの背に乗るアルファズレドのことを追いました。そしてついに、アルマークはそのアルファズレドのもとへと、たどりついたのです。)

 

 「アルマーク……」アルファズレドがちゅうを見上げてそうつぶやき、腰におびた剣をぬき放ちました。黒いオーラを放つ、まっ黒なやいばを持った、おそろしきつるぎ。これは力をもとめるアルファズレドがついにいきついた、きゅうきょくの力を持つやみの魔法の剣でした。その名も、ガルヴァード。この剣で切られた者はそのからだからいのちの力をすい取られ、そして剣を持つ者は、ぎゃくにその力をましていくのです。それと同時に、剣のやいばもさらに、その力をましていきました。力が、力を生む。おそろしい剣です。

 

 とつげきしてくる、アルマークのペガサス! そして……。

 

 

  がきいーん!  

 

 

 ぶつかりあう、剣と剣! 白きつるぎ、せい剣ロスフォルドの光のエネルギーと、黒のつるぎ、よこしまなる力持つガルヴァードのやみのエネルギーとが、ともにはじけ、空中でばちばちとエネルギーの火花をちらしていきました。

 

 ふたたび、体勢をととのえるアルマーク。アルファズレドもりゅうのその巨大なからだをあやつって、アルマークにむかいます。

 

 もういちどむきあった、ふたりのえいゆうたち。そして……。

 

 

  がききーん! 

 

 

 ふたたびぶつかりあう、二本のつるぎ! 剣のエネルギーはこの暗くにごったなまり色の空の中をも、かがやく光とやみにそめ上げました。

 

 「アルマーク!」アルファズレドがさけびました。「おれとおまえと、どちらが正しかったのか? 今こそ、そのこたえを出すときだ!」

 

 アルファズレドを乗せたりゅうが、アルマークにむかっていきます。そしてアルマークもふたたび、まっこうからりゅうに立ちむかっていきました。

 

 「アルファ! おまえに、わたしはたおせん! いつわりの力にすがった、今のおまえにはな!」

 

 がきいーん! 

 

 うちかわされ、はげしくはじける、剣のエネルギー。もえさかるほのおのように吹き出したそのふたつのエネルギーは、そのままおたがいにぎりぎりとおしあい、ぶつかりあい、ふたりのえいゆうたちのからだをまるでからみあう二ひきのへびたちのように、取りかこんでいきました。

 

 やいばをまじえたまま、かれらはおたがい、いっぽもひきませんでした。剣をにぎる手に、さらに力がこめられていきます。目の前には、かつての友のすがたがありました。おたがいに、えいえんの友じょうをちかいあったはずのふたり。それが今では、かわすやいばのさきにしか、その顔をたしかめあうことができないのです。なんという運命なのでしょう。なんというかなしみなのでしょう!

 

 アルファズレドの口もとが、わずかにゆるみました。

 

 「なかなか、うでを上げたな、アルマーク。いつも、おれのあとをついてくる、ひよっ子だったくせに。」

 

 アルマークもその口もとをゆるませ、それにこたえます。

 

 「おまえのとなりの席を、勝ち取ったわたしだぞ。努力をおこたったのなら、おまえに申しわけが立たないからな。わたしも、成長しているんだ。」

 

 ぎゃりん! 

 

 剣がふたたびはじかれました。アルマークの乗るペガサスが、はずみで空中によろよろと投げ出されます。そしてそこに!

 

 

   ぐおおおおー!

 

 

 もも色りゅうの、おそろしいほのおの息! そのほのおはペガサスのつばさをかすめ、すんでのところで、アルマークのからだをはずしていきました。まともにくらったら、ペガサスもアルマークも、そのままその身をやきこがされて、まっさかさま。勝負はいっしゅんのうちについてしまったことでしょう。まことに、おそろしい相手です。

 

 アルマークはこきゅうをととのえ、今いちどアルファズレドにむかいあいました。

 

 「アルファ、きみは、わたしのもくひょうだった。そんけいしてもいた。」アルマークが剣をかまえて、アルファズレドにいいました。

 

 「だが、今のおまえはちがう。今のおまえの力は、おまえ自身の力ではない。いつわりの力だ。今のおまえは、わたしのあこがれたおまえではない。わたしがもういちど、おまえに、むかしの心を思い出させてやる。ともに夢を語りあった、あのころの心をな!」

 

 アルマークがとつげきしました! しかし……!

 

 

 もも色りゅうドルーヴは、そのときすでに、つぎのこうげきへのわなをしかけていたのです。さきほどのほのおは、アルマークのことをこうげきにゆうりな位置へとみちびくための、さそいでした。アルマークがアルファズレドにむかっていく、まさにそのとき。その目のとどかないところから、もも色りゅうのそのおそろしいこうげきが、アルマークのことをとらえたのです。

 

 

 びゅっ! 空を切る、なにかの音。そして、そのいっしゅんののち……。

 

 「ぐはっ……!」

 

 アルマークの口からもれる、くるしみの声……。

 

 アルマークはそのまま、ペガサスとともに落ちていきました。アルマークのからだから、ぼろぼろと、くだけた白いよろいのはへんがこぼれ落ちていきます。

 

 アルマークをおそったもの、それはりゅうのそのしっぽでした。りゅうのその長いしっぽは、アルマークの目のとどかないしかくから、ふいをついて、ペガサスのからだとアルマークのわきばらをうちすえたのです。いくらよろいに身をつつんでいるとはいえ、このいちげきはまさに勝負をきめる、そのいちげきとなり得るものでした。

 

 ですが……。

 

 われらがベーカーランドの白き王は、まさしくえいゆうでした。りゅうのいちげきをまともにその身に受けながらも、アルマークはふたたび、落ちていく空中で体勢を取りもどし、その場にふみとどまったのです!

 

 エルダー・エリル・アーマー。アルマークが身につけていた、せいなるよろいの名まえでした。このとくべつな力を持つ魔法のよろいがなければ、アルマークはひとたまりもなく、からだをうたれ、骨をくだかれ、小雨のふりしきるこの空の中を、まっさかさまに地上へとむかって落ちていってしまっていたことでしょう。そしてそのさきに待ち受けているものは……、ただひとつの、悪夢のようなけっかであったはずです。

 

 アルマークはふたたびその手にせい剣をにぎりしめ、頭上のりゅうに立ちむかいました。しかし、せいなるよろいのおかげでおそろしいりゅうのこうげきをなんとかくいとめることができたものの、アルマークの受けたダメージは、そうとうなものでした。うちすえられたわきばらからは、血がにじみ、なんとも痛々しそうです。そして、せいなるよろいエルダー・エリル・アーマーは、ぼろぼろにくだけちり、もはやよろいとしての力はほとんど残っていませんでした。つぎにまたりゅうのこうげきを受ければ、そのときこそ、助かることはできないでしょう。

 

 さらに、アルマークの乗るゆうしゅうなるペガサス。かれもまた、りゅうのしっぽのいちげきをその身にあびて、かなりのダメージを受けていました。もはやかれも、今までのようには、そのつばさをかることはできないはずです。しかしこのペガサスは、まことにえいゆうをその背に乗せるのに、ふさわしい生きものでした。乗り手のアルマークがえいゆうなら、このペガサスもまた、痛みやきょうふにたえることのできる、まことのえいゆうだったのです(ちょっとせいかくは悪いですけど)。このペガサスは、クリーブという名まえをつけられていました。そしてそれはそのもの、「力持つえいゆう」という意味の言葉だったのです(ですから気がるに、馬などというあつかいをしてはいけません。へたなことをすれば、そのうしろ足で、キックされてしまいますから)。

 

 クリーブの背に乗るアルマーク。その目はまっすぐに、りゅうへ、そしてその背に乗るアルファズレドのもとへとむけられていました。もも色りゅうのそのおそろしい金色のまなざしが、アルマークのことをぎろりとにらみつけております。このもも色りゅうドルーヴも、また悪のえいゆうとよべるものでした。いっしゅんたりとも、ゆだんはできません。アルマークはりゅうのその口に、つめに、足に、そしてしっぽに、ゆだんなくしんけいを集中させました。

 

 アルファズレドが、その黒のつるぎをアルマークにつきつけました。その目はまっすぐ、アルマークのことを見つめております。アルファズレドの顔からは、さきほどまでの笑みはもはや消えていました。おそろしいまでのまなざし。すきのまったくないその動き。目の前にいるのは、おそろしい黒の軍勢をひきいてアークランドのそのすべてをしはいしようともくろむ、ワットの黒の王、アルファズレド・セルギアティス・ルーイエ、まさしくその人だったのです。

 

 アルファズレドを乗せたりゅうが、アルマークにとっしんしました! アーザスによってたぶらかされた、怒りのりゅう。今こそ、親である赤りゅうをたおされた、そのうらみを晴らすときなのです。このりゅうはまさしく、怒りのエネルギーのかたまり、そのものでした。もも色りゅうドルーヴは、今までなん十年と、暗いどうくつの中でひっそりとふくしゅうのときを待ちつづけていたのです。その怒りのエネルギーがばくはつした今……、ドルーヴはまさしくふくしゅうのおにとなって、そのほんらいの力をなんばいにもふくれ上がらせていました。ただひとつ、アルマークのことをうちたおす、そのためだけに。

 

 「これで終わりだ、アルマーク!」アルファズレドがさけびました。「これが、おれのせいぎ! おまえは、せめて、おれのこの手でほうむってやる!」

 

 剣をかまえてとつげきしてくる、アルファズレド! アルマークは身じろぎひとつせず、そのすべてを受けいれようと待ちかまえました。りゅうのつばさのはばたきは、ねっきをおびたすさまじい風となって、アルマークの全身をおそいました。しかしアルマークは、まっすぐ前を見すえたまま動じません。りゅうの口から、ほのおが吹きつけられます! ですがアルマークは、すでにそれを見切っていました。つばさを下げるクリーブ。ほのおはその上を通り、アルマークのかみをすこしだけこがして、うしろの空に消え去っていきます。それからすぐに、怒れるりゅうのその両手のつめが、アルマークのことをひきさかんとおそいかかりました。しかしアルマークはまたしても、そのつめをひらりとかわし、りゅうのうでのその中を、かいくぐっていったのです。そして……。

 

 アルマークは、もも色りゅうのその頭の上へと、ペガサスのつばさをはばたかせました!

 

 

 「うおおおー!」

 

 

 アルマークがさけび声とともに、その身ひとつでアルファズレドに飛びかかります!アルマークのねらいは、はじめからひとつでした。おそろしいりゅうのそのこうげきをかわすための、いちばんのしゅだん。それはりゅうのこうげきのとどかないところに、その身をおくということなのです。それはまさしく、アルファズレドのいるところ。りゅうのその背中の上にほかなりませんでした。

 

 

 そう、アルマークはクリーブの背から、アルファズレドのいるりゅうの背のそのもとへと、ただひとり飛びうつったのです!

 

 

 クリーブがひとり、空高くはなれていきます。しかしもも色りゅうドルーヴの心は、ただひとつ、アルマークのみにむけられていました。ドルーヴはつばさを動かして、その背に乗ったアルマークのことをふりはらおうとしましたが、だめでした。アルマークとアルファズレドのふたりがいる場所は、まさにりゅうのしかく。こうげきの手のとどかないところだったのです。ドルーヴは歯をぎりぎりとならして、いきり立つばかりでした(へたなことをすれば、味方のアルファズレドまでまきぞいにしてしまいますから。それはアーザスからも、かたくとがめられていたことだったのです。そしていくら怒りにかられたドルーヴとて、そこまでばかではありませんでした)。

 

 りゅうの背の上で、ふたたびあいまみえるふたり。そしてふたたびうちかわされる、剣と剣。それはおたがいに、いっぽもひき下がることのできない戦いでした。たとえこの身がほろびようとも、かれらはおたがいに、それぞれのけっちゃくをつけなければならなかったのです。ひとりは、かつての心を相手に取りもどさせるため。そしてもうひとりは、自分のえらんだ道が正しかったというじじつを、相手につきつけるために……。

 

 「もどってきたぞ!」アルマークが、かわす剣のやいばのあいだから、そのむこうにいるかつての友にいいました。「このねばり強さは、きみから教わったものだ。三十年前の、あの冒険の旅の中でな!」

 

 アルファズレドが、するどいまなざしのままこたえます。

 

 「ひよっ子に、このおれがこえられるとでも思っているのか! おれは、力にすべてをささげた! 今のおまえなど、もはや、おれの敵ではない!」

 

 上空に吹き荒れる風は、すさまじいほどのものでした。それに加えて、りゅうのからだから吹き出されるおそろしいまでのエネルギーが、びりびりと、ふたりのからだにうちつけられていくのです。足もとは、りゅうの背の、そのうろこの上。まさしくここは、このふたりのえいゆうたちの運命をきめるにふさわしい、さいごのけっせんのぶたいでした。

 

 「あのとき!」アルマークがふたたび、さけびました。「なんとしてでも、きみをとめるべきだった! すべては、わたしのせきにんだ! だからわたしは、今、この身のすべてをささげてでも、きみのことをとめてみせる!」

 

 アルファズレドが悪の道に進んだ、そのさいだいのきっかけ。それはかれの首にかかる、ひとつのりゅうの力のメダルだったのです。アルマークはアルファズレドがそのメダルを取ることを、とめることができませんでした。そのことはずっと、アルマークの心をしめつけつづけていたのです。

 

 「ほざけ! おまえに、なにができる! ぬるま湯につかりきった、ふぬけたおまえに!」

 

 アルファズレドがそうさけんで、手にしたつるぎガルヴァードのやいばに力をこめました。とたんに、黒のやいばからしっ黒のエネルギーがわき起こり、アルマークにおそいかかります! そしてアルマークもまた、せい剣ロスフォルドのやいばに、あらんかぎりの力をこめました。その光の力が、悪のやいばの力にあらがっていきます。

 

 ぎりぎりときしむ、ふたつのやいば。強力な魔法の力を持つ二本のつるぎから、まるでいなずまのように、魔法のエネルギーが吹き出していきました。まことに、全身ぜんれい。その戦いは、白と黒。ぜんと悪。それぞれのえいゆうたちのその力の大きさをしょうちょうするかのような、すさまじい力と力のぶつかりあいでした。

 

 光とやみ。うちかわされる二本のつるぎ。しかし……、黒のえいゆうのそのおそろしいまでの黒の力は、もうひとりの白きえいゆうの力を、大きく上まわっていたのです。

 

 

 「ぐわあああっ!」

 

 

 アルマークのそのいっしゅんのすきをついて、悪のやいばガルヴァードから放たれた黒のいかずちが、せい剣ロスフォルドの守りを破り、アルマークのからだをうちすえました! アルマークはそのまま吹き飛ばされ、りゅうの背の上にたおれこみます。すかさず、もも色りゅうドルーヴがその背を大きくかたむけ、アルマークのことをふり落とそうとしました。ドルーヴの背の上をすべっていく、アルマーク。あぶない! 落ちる! そしてアルマークのからだがりゅうの背の上からはるかな地上へとむかって落ちていこうかという、そのとき。アルマークはりゅうのそのうろこのいちまいに手をかけて、なんとかそのふちにふみとどまったのです。しかしもう、勝負のゆくえはあきらかでした。まさに、ぜったいぜつめい。アルマークのつるぎ、せい剣ロスフォルドは、りゅうの背の上からはるかな地上へとむかって、落ちていってしまいましたから……。

 

 「むだだ。」アルファズレドがガルヴァードのやいばを、りゅうの背のふちにしがみつくアルマークにつきつけて、いいました。

 

 「しょせん、おまえのいうことなど、夢物語にすぎない。この世界は、力こそがせいぎ。弱き者は、力ある者にしたがうのみだ。」

 

 アルファズレドがその黒のやいばをかまえながら、ゆっくりと、アルマークのもとに近づいていきます。もはやアルマークには、なにもなすすべは残されてはいませんでした。

 

 

 「さらばだ、友よ。」

 

 

 アルファズレドの剣が、アルマークの上にふりおろされようとしていました。

 

 

 

 

 

 「ここだ……、アーザスは、ここにいる……」

 

 暗きめいろの果て、ロビーとソシーはその門の前にたどりつきました。

 

 めいろの中には、生きもののけはいはまったく感じられませんでした。あるのはただ、くるしみにあえぐたましいたちの、声にならないひめいだけだったのです。

 

 めいろの中は、しんと静まりかえっていました。ロビーの歩くくつの音だけが、ただかつんかつんとひびいていきました。てんじょうは高く、そのさきはやみにつつまれていて、まったく見えません。いったいどこまでこのてんじょうがつづいているのか? ぜんぜんけんとうもつきませんでした。

 

 めいろの中にはたくさんの黒い川が流れていて、その上には黒い石でできたぶきみな橋がかけられていました。黒い流れははるかな下にあって、橋はその流れから、百フィートほども上にかけられていたのです。橋には悪魔のようなすがたをした生きものの石ぞうが、たくさんならんでいました。それはソシーのことをおそったあのおそるべきわなの石ぞうに、そっくりでした。ロビーは意をけっして、ソシーのことをかばいながらそれらの橋の上を走りぬけてきましたが、それらの石ぞうには、なんのわなもしかけられてはいませんでした(あるいはしかけられていたのかもしれませんが、アーザスがそれをとめていたのかもしれません)。

 

 数えきれないほどたくさんのかいだんが、めいろのあちこちにつくられていました(のぼってみたらただかべがあっただけということも、なんどかありました)。ロビーはそれらのかいだんを同じく数えきれないほどのぼったりおりたりしていきましたが、かいだんをのぼったはずなのに、たどりついたところはさっき見えていた下の階の広間、というようなこともなん回もありました。ですからいったい、自分のいるところはどれほどの高さのところなのか? それすらもぜんぜんわからなかったのです。まことにこのめいろは、ちつじょやじょうしきとはまったくかけはなれた、でたらめきわまりない悪の道でした。

 

 ロビーは自分の感かくにみちびかれるまま、このめいろの道を進んでいきました。もしこれがロビーでなかったとしたら、このめいろにふみこんだ者はあっというまに道にまよってしまって、アーザスのそのやみの魔法の力に取りこまれ、えいえんに、このおそろしいやみの中をさまよいつづけることになるでしょう(あるいはその前に力つき、たましいのほのおとして、アーザスにその力をすいつくされてしまうことでしょう)。そして、どれほどの時間がたったのでしょうか? ロビーはついに、その巨大な門のその前へとたどりついたのです。

 

 

 それはこれまでに見てきたものの、そのどれよりもおそろしい門でした。高さは三十フィートほど。血のように赤いぶきみな石でできていて、そのあちこちに、ゆがんだ目や口や手をかたどったちょうこくがなされていました。それはこのアーザスの城のことをつつんでいた、あの生きているバリアーにそっくりでした。門の上にはおそろしいすがたをした生きものの石ぞうが二体、むかいあうかたちで取りつけられております。そしてその二体の石ぞうが、手にいだいていたもの。それは今までだれも見たことのないかのような、ぶきみなかがやきを放つひとつの石でした。かたいのか? やわらかいのか? それすらもはっきりしません。さっきまでのかたちが、つぎのしゅんかんには、ちがっているかのような、そんなきみょうないんしょうを受ける石でした。そしてその石には、このアークランドにあるどんな本にものっていないと思われる、おそろしい悪のもんしょうがきざみこまれていたのです。たくさんの星を重ねたような、まるででたらめなかたち。そしてそのまん中に、もえる目をかたどった宝石がひとつ、はめこまれていました。その目が、門の下に立つロビーのことを、ぎろりとにらみつけていたのです(このもんしょうはアーザスに力を与えている、そのやみの世界のもんしょうでした。まともな者が、うかつに手を出すべきちしきではありません)。

 

 ロビーは門のとびらに、そっとその手をかけました。ぐ、ぐ、ぐ……。門と同じ赤い石でできた重いとびらが、ゆっくりと、その内がわに動いていきます。ロビーは門の中をのぞきこみました。中はまっくらです。なにも見えません。しかしロビーは、たしかに感じました。

 

 

 アーザスは、このおくにいる……。

 

 

 ロビーは腰の剣をぬきました。剣のやいばは、今は静かなかがやきにもどっていました。まるで、きたるべくさいごの戦いがわかっていて、それに心静かにそなえているかのように……。剣の光が、うでの中にあるソシーの顔を静かにてらしました。ソシーはずっと、荒い息使いをしたまま、目をあけることはありません。深いやみの底の中で、ソシーは今、せまりくるその悪の力に、ずっとあらがいつづけているかのようでした。

 

 剣のかすかな光にてらされた道を、ロビーは進んでいきました。この道はあきらかに、今までの道とはちがいました。空気があつくべたついていて、じっとりとしていたのです。まるですぐそばに、あついようがんのかたまりがあるみたいに。そしてしゅーしゅーという、吹き上がる湯気のような、なにかの生きもののこきゅうのような、おそろしげな音。その音がこの道のあたりいちめんから、なりひびいていました。

 

 息をすうたびに、ロビーは顔をしかめました。胸がやけつくようです。とても、まともな生きもののすうような空気ではありません。ロビーはなるべく空気をたくさんすいこまないように、静かな足取りで、この道を進んでいきました。

 

 道はすこしさきで、ゆるやかなのぼりかいだんにつづいていました。ロビーはしんちょうに、そのかいだんをふみしめていきます。のぼったさきは、長いろうかになっていました。ろうかの床はつるつるとした、なめらかな黒い石でおおわれております。同じくなめらかな黒い石でできた両がわのかべには、まるいすべすべしたガラスのような石が、同じかんかくでたくさんならんでうめこまれていました。そしてロビーが、そのろうかに足をふみいれたとたん。

 

 ふいいん。そのまるい石たちが、つぎつぎに赤い光を放っていったのです。それはロビーの進むその足取りにあわせて、道をてらしていきました。そしてしばらくいった、そのさき。ロビーはそこに、なにかとてつもないほどの力をひめた、あるもののそんざいを感じ取ったのです。

 

 アーザスでしょうか? いえ、ちがいました。人ではなく、それよりもっと、おそろしげなもの。それはまるで、この世界のきょうふそのものが、そこにあるかのような……、そんななんともいいようのない、ぶきみな力でした。

 

 しかしロビーはそのそんざいに、いぜんにも感じたような、ふしぎななつかしさをもおぼえたのです。それは女神リーナロッドよりさずけられた、すべてをつかさどる大いなる力。そう、青き宝玉です。エリル・シャンディーンの王城のてっぺん、あの場所で見たあの宝玉のその力を、ロビーはふしぎにも今ふたたび、ここで感じ取りました。

 

 青き宝玉の力を持つ、もうひとつの力。それがなんだか? 読者のみなさんにはおわかりのことでしょう。 

 

 そう、それはまさしく、アーザスの作り上げたもうひとつの宝玉。赤いキューブにほかならなかったのです。

 

 アーザスの、赤いキューブ……。

 

 ロビーは心の中でそうつぶやくと、剣をかまえて進みました。そのさきに待ち受けるものが、なんであるのか? ロビーにはもうわかっていました。ロビーの旅の、そのさいごのもくてき地。アーザスの赤いキューブのあるその場所へと、ロビーはついにやってきたのです。

 

 赤い光にてらされたそのろうかは、やがてひとつの広間につづいていました。そこははしからはしまでが三十ヤードほどもあろうかという、大きな広間でした。てんじょうは高く、まるいドームのかたちをしております。かべにはさきほどのろうかにならんでいたものと同じ、赤くかがやくつるつるとした石が、たくさんならんでうめこまれていました。それらの石のかがやきが、この広間をぼんやりとてらしていたのです。

 

 ですがこの広間にはいったしゅんかん、ロビーの目にまっさきに飛びこんできたのは、ただひとつのものだけでした。それはこの広間のまん中、その空中に浮かぶ、ひとつの大きな四かく形の石だったのです。

 

 血のように赤い、ぶきみにかがやく巨大な石……。そう、まさしくこれこそが、アーザスの作ったそのよこしまなる赤いキューブ、そのものでした(いぜんにもお伝えしたことがありましたが、みなさんはこの赤いキューブのことを、すでに見ているのです。それは第七章のはじめ、アーザスとムンドベルクのふたりが赤い石の浮かぶ暗い広間で、話しをしていた場面です。あの広間こそが、まさにこの場所でした)。

 

 「これが……」

 

 ロビーが思わず、つぶやきました。エリル・シャンディーンの王城で、青き宝玉の前にはじめて立ったとき。ロビーはその中に、とてつもないほどの力を感じ取りました。そして同時に、なつかしさも。ロビーは今、あのときとまったく同じ感じを受けていました。

 

 そのとき……。

 

 ロビーは、はっと、なにかべつのけはいを感じ取りました。ロビーがあわてて、うしろをふりかえってみると……。

 

 いつからそこにいたのでしょう? 長く赤いかみを背中までたらし、黒いガウンをまとったひとりの人物が、そこに立っていたのです。ほっそりとした、きゃしゃなからだ。うす手の赤いセーターを着ていて、その腰には、黒いかざりのついたベルトがたれ下がっていました。ととのった顔立ち、そして、つり上がったむらさき色のひとみ……。

 

 

 ついにアーザスが、ロビーのその目の前にあらわれたのです。

 

 

 「待っていたよ。」

 

 アーザスがその口もとに笑みを浮かべながら、静かにいいました。

 

 「よく、きてくれたね、ロビーくん。」

 

 アーザスはそういって、よゆうしゃくしゃく、とことこと広間のむこうの方に歩いていきました。

 

 ロビーはアーザスにそのせいなる剣をつきつけて、いい放ちます。

 

 「おまえをゆるすことはできない! おまえは、たくさんのものをうばい、たくさんの人たちのことをきずつけ、そして、くるしめてきた! そのつぐないをするときだ!」

 

 ロビーのつるぎアストラル・ブレードが、青白い光を放ちました。ロビーの思いと、そしてアーザスのそのあふれんばかりの悪意に対して、反応していたのです。

 

 「ソシーのことを、なおすんだ! ぼくのお父さんをかえせ!」

 

 ロビーは歯をくいしばってアーザスにむきあいましたが、アーザスは横をむいたまま、まったく取りあうそぶりを見せません。赤いキューブに近づいて、その表めんをゆびでつんつん、つっついていました。

 

 「アーザス!」ロビーが剣をつきつけて、さけびました。するとアーザスは、ようやく今ロビーのことに気がついたといわんばかりのようすで、いったのです。

 

 「ああ、ごめん。ええと、なんだっけ? その人形のこと? ムンドベルクさんのことだった?」

 

 ロビーは怒りにかられてこたえました。

 

 「その、両方だ! おまえはみんなからうばったものを、かえさなければいけないんだ!」

 

 するとアーザスは、「ふう。」と大きなため息をついて、かえします。

 

 「よくばりだね、きみは。ロビーくん。ぼくが、なにをうばったって? そんなのいちいち、おぼえていないなあ。」

 

 「ふざけるな!」ロビーがさらにつめよりました。「この子を見ろ! おまえがやったんだ! おまえのせいで、ソシーは今、死にかけているんだぞ!」

 

 するとアーザスは、ロビーの手の中にあるソシーのことをちらっと見て、いったのです。

 

 「そんなこわれた人形、わざわざ持ってきたの? おかしな人だね、きみは。ぼくはただ、いらないから、すてただけなのに。」

 

 なんというひどい言葉なのでしょう。今までずっと、ソシーはアーザスのためにはたらいてきたのです。アーザスのめいれいで、たくさんのひどいことまでソシーはやってきました。アーザスがほめてくれること、それはソシーにとって、なによりもうれしいことでした。ただそれだけが、ソシーの生きがいだったのです。それなのに……。

 

 「ゆるせない……。早く……、早くソシーをなおすんだ! 今すぐに!」ロビーがいいました。あまりの怒りに、ロビーの手はわなわなとふるえていました。

 

 「いいよ。なおしてあげても。」アーザスが、けろっとした顔であっさりといい放ちます。「その人形がほしいのなら、ロビーくんにあげるよ。でも、そのかわり、ぼくもほしいものがあるんだ。」

 

 アーザスの顔が、よこしまなる笑みにつつまれました。その顔は、じゃあくそのもの。さきほどまでとはあきらかに、なにかがちがうようでした。

 

 「きみの持ってる、その剣。それはもともと、ぼくのものでね。ぼくが見つけたものなんだよ。きみのごせんぞが、ぼくから、その剣をうばったんだ。」

 

 アーザスの手から、黒いけむりのようなエネルギーがわき起こります。なにかの魔法が、はたらいているようでした。

 

 「だから、ぼくに、かえしてくれない? かえしてくれたら、その人形のこと、なおしてあげる。」

 

 アーザスが「うふふ。」と笑って、ロビーにいいました。しかしその笑顔が、まさにおそるべき作りものの笑顔であるということは、ロビーにはすぐにわかったのです。アーザスは、ぼくのことをだまそうとしている。そして、そんな手にかかるようなロビーではありませんでした。

 

 アーザスは、とくいのたぶらかしのじゅつをロビーにかけたのです。今までアーザスはこのじゅつを使ってたくさんの人たちのことをたぶらかし、自分のつごうのいいようにあやつってきました。その中には、強い心を持ったいだいなえいゆうたちも、たくさんふくまれていました。アーザスの力は、そんなえいゆうたちの心をもねじまげ、あやつってしまうのです。その中でも、いちばんのえいゆう。それはレドンホールの力強きウルファの王(そしてロビーのお父さん)、ムンドベルク・アルエンス・ラインハットでした。ムンドベルクもまた、影となったその半分のからだを、アーザスのこのじゅつによってあやつられていたのです。もはやみずからの意志を持たない、あやつり人形のようなそんざいとなって……。

 

 ロビーの持つ剣が、そのかがやきを強めました。そしてその剣は、ロビーの心の中にちょくせつ、こうささやきかけているかのようでした。だまされてはいけません。アーザスは、やくそくを守るつもりなど、はじめからないのです。

 

 ここにくる前、ソシーに出会ったあのトンネルの中できいた、ふしぎな声。その剣の声を、ロビーは今、ここでもきいたのです。それはロビーのことを守る、せいなる声。まさしく守りの女神の、その声のごとくでした。

 

 ロビーは剣を強くにぎりしめて、いいました。

 

 「ぼくをあやつることは、できないぞ。おまえに、剣は渡さない。この剣は、このアークランドの、みらいを守る剣だ。おまえのような悪の手になど、渡すものか!」

 

 アーザスの顔から、笑みが消えました。その顔は、とてもおそろしいものでした。今までの作りもののアーザスのすがたが消えて、ほんとうの悪のすがたが、そこにあらわれたかのようでした。

 

 そして……。

 

 

 「いいよ、それでも。」

 

 

 とつぜん、ロビーの耳のそのすぐうしろから、アーザスのその声がきこえてきました! ロビーはすぐさまうしろにむきなおって、剣をかまえます! しかしそこには、だれもおりません。ロビーは、はっとして、もういちど前をむきました。すると、さっきまでアーザスがいた場所にも、もはや魔法使いのすがたはなくなっていました。ロビーはあたりを、きょろきょろと見渡します。しかしアーザスのすがたは、どこにもありませんでした。

 

 

 「くれないのなら、うばえばいいだけのことだから。」

 

 

 ふたたび、アーザスの声がひびきます。ロビーはその声がした方をむいて、さっと身がまえました。赤いキューブの影に、アーザスのすがたがあらわれていました。その顔にははじめのときと同じく、よゆうのある笑みがもどっていました。

 

 「せっかくだから、かれに、そのしごとをまかせることにするよ。ぼくは、うんどうがにがてで、戦いにはむいていないんだ。きみのごせんぞにも、よく、しかられていたよ。『おれのおにもつにならないように、ちょっとは、からだもきたえろよ』、ってね。ふふ、なつかしいなあ。」

 

 

 そのとき。広間に通じるそのろうかのむこうから、その人がやってきたのです。

 

 

 こつ、こつ、こつ……。くつ音をひびかせながら、その人物がゆっくりとこちらへ近づいてきました。あらわれたその人物……、全身をまっ黒なよろいにつつんでいて、手には黒いけむりにおおわれた、大きな剣をいっぽんにぎりしめております。おしりから生えた、大きな黒いしっぽ。黒かみの頭の上には、同じく黒い、大きな耳がふたつ飛び出していました。

 

 もはや、いうまでもないでしょう。ロビーの前にあらわれたのは、やみにとらわれ、アーザスにとらわれてしまっている、ロビーのお父さん、ムンドベルクだったのです。

 

 その目はまっすぐに、ロビーのことを見つめていました。しかしその目に、感じょうを持った人らしいところなどは、みじんも感じられませんでした。ロビーにそのせいなる力をたくすため、このアークランドを悪の手から守るために、ムンドベルクはその身のすべてを、ぎせいにささげたのです。そして今、そのからだはアーザスによって、むじょうにもあやつられてしまっていました。

 

 「お父さん!」

 

 ロビーがさけびました。

 

 「お父さん、ぼくです! ロビー……、ロビーベルクです!」

 

 ついに出会えた、自分の家族……。それが、こんなひげきの出会いになろうとは、なんというかなしみの運命なのでしょう。かわいそうなロビー。ですがロビーに、そのひげきをかなしんでいるよゆうなどはありませんでした。ロビーはこれから、あらんかぎりの力と心、そのすべてをふりしぼって、やみにとらわれた父のことをすくい出さなければならないのです。おそらくは、剣と剣でもって……。それができるのは、ただひとり、ロビーだけでした。

 

 ロビーのよびかけにも、ムンドベルクはまったく反応を見せませんでした。うつろな表じょうをしたまま、ただ目だけをまっすぐに、こちらへむけていたのです。もはやムンドベルクの耳には、だれのよびかけもとどいてはいませんでした。それがわが子である、ロビーのよびかけであっても……。ムンドベルクに話しかけ、めいれいをくだすことができるのは、もはやアーザスただひとりだけだったのです。

 

 「お父さん!」ロビーがもういちど、ムンドベルクによびかけました。ですがそれがむだだということは、もはやロビーにもあきらかでした。ロビーはただ口びるをかみしめて、剣をぎりぎりとにぎりしめることしかできませんでした。どうすることもできないくやしさ、やるせなさが、ロビーの心の中をうめつくしていました。

 

 「むだだよ。」赤いキューブのむこうから、アーザスがいいました。「その人は、もう、自分がだれかもわかっていないんだから。でも、きみにここへきてもらうためには、その人が必要だったんだ。そのために、わざわざレドンホールをほろぼしてまで、きてもらったんだから。そのためだけにね。」

 

 アーザスはそういって、「くっくっく。」という、あのきみの悪い笑い方をしてみせました。

 

 「あ、でも、かれの作ったハンバーグは、なかなかおいしかったよ。けっこう、やくには立ってくれたかな。おふろそうじとかもね。」

 

 なんというひどいやつなのでしょう。アーザスはその通り、「ロビーのことをおびき出す」、そのためだけに、ムンドベルクのことをその手もとにおいていたのです。すべてはロビーの持つ女神の剣、アストラル・ブレード、それを手にいれるために……(そしてほんとうにアーザスは、この剣を手にいれるためだけに、レドンホールをほろぼしたのです。なんてひどい)。

 

 ふういんされたやみの世界の中で、ふたたび力を取りもどし、この世界にもどってきたアーザス。かれがまっさきにむかったさき、それがアストラル・ブレードのもとでした(そのようすのことについては、いぜんムンドベルクとデルンエルムの会話の中で語られました)。そしてまだ力がたりなくて、剣を取りもどすことができないと知ったアーザスは、それからアークランドのありとあらゆる場所で、その悪のかぎりをつくすこととなったのです。力、力、力。アーザスがもとめたのは、ただひたすらに、力でした。アークランドでいちばん強い軍を持つ、ワット。アーザスがかれらと手をくんだのも、いわばとうぜんのことだったのです(自分のつごうのいいようにかれらのことをあやつって、その力をりようするために)。

 

 そしてアーザスの言葉の通り、剣をほしがるアーザスが必要としたものこそが、レドンホールの王ムンドベルクでした。アーザスは、いずれムンドベルクが剣をどこか安全なところへかくすだろうということも、よちしていました。それがムンドベルクのむすこであり、同じく剣の力を使うことのできるロビーベルクという少年のところだろうということを、アーザスがよそくすることは、たやすいことだったのです。アーザスはロビーのこと、そして剣のゆくえを、持てるかぎりの力をもってさがそうとしましたが、だめでした。さがしものをするためのどんな魔法を使っても、それらはすべて、はねかえされてしまったのです。アーザスは思いました。剣は今、強力ななにかの力によって、守られているにちがいない。そしてロビーベルクもまた、同じところにいるはずだ。そのよそうはあたっていました。剣もロビーも、アーザスの魔法をはねかえしてしまう精霊王の力を持った森、かなしみの森の中で、ひそかに守られ、ふたたび世にあらわれるそのときを待っていたのです(それらのことは、これまでの物語の中でみんな語られましたね)。

 

 しかしアーザスは、ぜんぜんあわてませんでした。今までなん十年、なん百年と、待ちつづけてきたアーザスです。今さらすこしくらい待つことになったからといって、そんなものはアーザスにとって、どうということではありませんでした。

 

 こちらからわざわざさがしまわらなくても、ムンドベルクのことを手もとにおいておけば、そのむすこであるロビーベルクといっしょに、剣はかならず自分のもとにやってくる。そしてまさに今、アーザスのそのよそうは、げんじつのものとなったのです。まことに、アーザスのおそろしさ、ずるがしこさは、わたしたちのそうぞうをはるかにこえるほどのものでした(ちなみに、アーザスはやってくるロビーによって赤いキューブがはかいされるかもしれないなんていう心配は、まったくしていませんでした。みじゅくなおおかみなどに、自分のものである剣を使いこなせるわけがないと、アーザスは思っていたのです。それにアーザスがかんたんに、キューブに近づくことをゆるすわけもありませんでした。じっさいこのキューブには、剣の力をはじきかえす、ぼうぎょのバリアーが張ってあったのです。このバリアーをくぐりぬけてキューブをこうげきすることは、よういなことではありません。それは赤いキューブのことを見たロビーにも、ちょっかん的にわかったことでした。ですからはかいするべきキューブのことを目の前にした、ときここにきて、ロビーはこう、さとっていたのです。このキューブをはかいするためには、この剣の力で、ちょくせつアーザスのことをたおさなければならないと……)。

 

 ロビーのもとに、父であるムンドベルクが、ゆっくりとその歩みを進めてきました。その手には、黒いけむりにおおわれた、よこしまなる剣がにぎられております。これはもともと、ムンドベルクの持つ自身の剣、エルフィルドとよばれる剣でした。この剣は、持ちぬしの心の強さを力に変えて敵をうつことのできる、名剣だったのです(じっさい三十年前の冒険では、ムンドベルクの方がアルマークより、剣のうでまえは上でした。そしてアルファズレドはそのムンドベルクよりも、さらに剣のうでまえでは上をいっていたのです。ちなみに、メリアンは剣を持って戦ったことなんて、いちどもありません。かれの力は武器ではなく、精霊の力によるものでしたから)。

 

 しかし今ではその名剣も、アーザスのよこしまなるやみの力によって、けがれた悪意のあるやいばへと変えられてしまっていました。もはやこの剣は、けむりのようなやみのエネルギーにおおわれた、暗黒のつるぎへと変わってしまっていたのです(そしてこの剣で切られた者は……、べゼロインで戦ったあのウルファの仲間たちのように、やみにとらわれてしまうのです)。

 

 「ムンドベルクさん。」

 

 アーザスが、にこやかな顔をしていいました。

 

 「その子の持ってる、その剣。ぼくは、それがほしいんだ。ぼくのところに、持ってきてよ。その子は、やっつけちゃってかまわないから。」

 

 「……はい、アーザスさま……」アーザスの言葉に、ムンドベルクがはじめて口をひらきました。その声は、心を持たない、つめたいつくりもののような声でした。

 

 そのとき。ロビーのうでの中で、ソシーがひとこと、つぶやいたのです。

 

 「ロビーさま……」

 

 荒い息使いをしながら、ふりしぼるような声でつぶやかれた、自分の名まえ……。ソシーの声は、ほんとうに、心を持った人の言葉そのものでした。

 

 人形であるはずなのに、人と同じ心を持ったソシー。そして人であるはずなのに、つめたく心を持たないそんざいとなってしまったムンドベルク……。ロビーはソシーのことを、ぎゅっとだきしめました。そしてロビーはソシーのことを、戦いできずつくことがないように、この広間の安全なすみの床に、そっと寝かせたのです。ロビーはソシーの上に、自分のあたたかいマントをかぶせてあげました。

 

 「待っててね、ソシー。」ロビーはしゃがみこんで、ソシーの手を取っていいました。「すぐに、もどってくるよ。」

 

 そしてロビーは、その手に女神のつるぎアストラル・ブレードをにぎりしめ、みずからのそのさいごの運命の中へとむかって、ふみ出していったのです。

 

 ぶきみにかがやく、赤いキューブのその前。今まさにそこで、父と子の、ひげきの運命の戦いがはじまろうとしていました。いっぽうの手には、光りかがやくせいなる剣。いっぽうの手には、黒いエネルギーにおおわれた、よこしまなるつるぎ……。

 

 ロビーがその手ににぎられたせいなる剣を、ゆっくりとかまえました。

 

 「お父さん。今、ぼくが、あなたを助けます。」

 

 ロビーはそういって、腰をひくく落としました(これはここにくる前のこと、イーフリープで、リズに教えてもらったことでした。しれんの間で、ブリキのうさぎのたいぐんと戦ったときのことです)。

 

 

 しかしロビーの目の前にいるその相手は、そんなロビーのことを、はるかに上まわる力を持っていたのです。

 

 

 ムンドベルクがいっしゅん、その身をひるがえしたかと思うと……。

 

 ぶうんっ! 黒きやいばがすさまじいはやさで、ロビーにおそいかかりました! ロビーには剣でむかえうつ、そのひまもありませんでした。なんとかそのやいばをかわしましたが、そのはずみでロビーはからだのバランスをくずし、そのまま床の上にばたん! あおむけにころがってしまったのです。

 

 あわてて、大急ぎで立ち上がるロビー。ロビーはもういちど、自身のその剣をかまえました。相手は剣をかまえたまま、身動きひとつしません。たおれたロビーにそのままとどめをさそうと思えば、できたはずでした。ロビーのひたいには、あせがにじんでいました。

 

 ですがロビーは、立ちどまることはしませんでした。どんなに力のある相手であろうとも、どんなに戦いたくない相手であろうとも、今は剣をかまえて、むかっていかなければならないときなのです。

 

 ロビーは大きく息をついて、気持ちをおちつかせました。まよっている場合などではありませんでした。わずかでもすきを見せれば、こんどこそ、ロビーは助からないでしょう。ロビーは手にしたそのせいなる剣に、すべての感かくを集中させました。お願いします。ぼくに力を与えてください。ロビーはしぜんと、剣にそうよびかけていました。

 

 ふたたび、ムンドベルクの剣がふりおろされます! しかしロビーはこんどはしっかりと、そのやいばを受けとめました。気持ちをおちつかせたぶん、相手の動きがぼんやりとですが、わかるようになったのです(これは剣が相手のやみのエネルギーのことを感じ取って、その動きをロビーに伝えているためでした)。

 

 きん! きん! がきん! 

 

 広間の中にひびき渡る、剣と剣のぶつかりあう音。黒きやいばがロビーの剣にぶつかるたびに、そこからじゃあくなるやみのエネルギーが吹き出して、ロビーのことをつつみこもうとしてきます。しかしロビーがそのせいなる剣をふるうたびに、その悪しきやみの力はまるでけむりをちらしたかのように、空気の中にただ立ち消えてゆくばかりでした(これはせいなる剣にこめられた、光の力によるものでした。女神の光の力は、悪しきやみをうちはらうのです)。

 

 しだいに、ロビーの剣はムンドベルクのことをおすようになっていきました。剣のうでからいったら、ムンドベルクの方がロビーよりも、はるかに力は上です。しかしやみにとらわれている今のムンドベルクにとって、ロビーの持つこの光の剣のやいばのかがやきは、みずからのその動きをにぶらせるのにじゅうぶんなものでした。

 

 ムンドベルクがじりじりと、あとずさりをしていきます。その顔にはあきらかに、くつうの表じょうがあらわれていました。もともとはみずからがだいじに守り受けついできた、せいなる剣。その剣の力を前にして、ムンドベルクのそのやみにつつまれた心の中に、なにかが生まれはじめているかのようでした。

 

 ロビーはそのすきを見のがしませんでした。剣のあつかいになれていないロビーでしたが、それでも持てるかぎりの力とわざをつくして、ムンドベルクのことを追い立てていったのです。

 

 勝てる……! そしてロビーがそう思って、ふるう剣のやいばにさらなる力をこめようとした、そのとき。思いもよらないべつの力が、ロビーのその思いをうちくだくこととなりました。

 

 

   ばりばりばりばり! 

 

 

 とつぜんひびき渡った、大きな音! そしてつぎのしゅんかん。

 

 ロビーが見たものは、ムンドベルクのその赤いいなずまをまとった、黒のやいばの影だったのです。

 

 

 「うわああああっ!」

 

 

 剣から放たれた赤いいなずまが、ロビーのことをうちすえ、そのからだをつつみこみました! そのいりょくは、おそろしいほどのものでした。ロビーはそのまま、広間のかべまで、いっきに吹き飛ばされてしまったのです。

 

 「がはっ!」

 

 広間のかべに、背中をしたたかにうちつけるロビー。ロビーはそのまま、そこから床まで、十五フィートほども落ちていきました。

 

 地面にはいつくばって、ごほごほとせきこむロビー。その口からは、血がにじみ出ております。そしてロビーのからだからは、赤いいなずまのエネルギーが、まだぱちぱちと音を立てて、ぶきみな赤いけむりを上げていました。

 

 アーザスの赤いキューブ……。ロビーのことをうちすえたムンドベルクの剣にやどった赤いいなずまは、その赤いキューブから飛び出した、よこしまなるいなずまでした。そしてそのいなずまを生み出したのは、いうまでもありません。アーザスです。アーザスはキューブから生み出したいなずまをムンドベルクの剣にやどらせて、その剣で、ロビーのことをおそわせました。なんてひどいことを!

 

 「やっつけたかな?」

 

 アーザスが赤いキューブの影から、こつこつとくつ音を立てながら出てきました(自分はキューブの影で、ふたりのたいけつをずっとけんぶつしていたのです。アーザスはそうしようと思えば、いつでもロビーのことをおそうこともできました。もちろん、さきほどのいなずまをロビーにちょくせつぶつけて、おそうこともできたのです。ですがアーザスは、ロビーのじつの父であるムンドベルクにおそわせてロビーをやっつけた方が、なんばいも楽しいと思いました。ほんとうにひどい)。

 

 「だめだなあ、もっと、楽しませてくれないと。思わずぼくが、力を貸しちゃったじゃんか。」アーザスはそういってムンドベルクの背中をぽんとたたき、「ふふふ。」と笑います。

 

 「……申しわけありません……」ムンドベルクがつぶやきました。その目は、じっと、たおれたロビーのことを見つめていました。

 

 「まあいいや。これで、じゃま者はいなくなったからね。」アーザスがそういって、ふたたびこつこつと歩き出します。そのさきにあったのは……。

 

 アーザスはひょいとからだをかがめて、地面からあるものをひろい上げました。それは、いうまでもありません。ロビーの手からはじけ飛んだ、せいなるつるぎ、アストラル・ブレードにほかならなかったのです。

 

 剣を手にするアーザス。その顔は、しんにじゃあくなものに変わっていました。ああ、ついにおそれていたことが。剣がアーザスの手に渡ってしまったのです!

 

 「ふ、ふふ、ふふふふ……」アーザスがひときわ、ぶきみな笑い声を上げました。その目はただまっすぐに、剣のやいばにむけられております。

 

 「あっはっはっは! ついに手にいれた! ぼくの剣! ぼくの剣だ!」

 

 アーザスはそういって、剣を高々とかかげました。とたんに、アーザスのからだからおそろしい赤いほのおがわき起こって、剣のことをつつみこみます。そして剣から吹き出したさらなるエネルギーが、こんどはアーザスのそのからだのことを、つつみこんでいきました(この剣がアーザスによって見つけられたというのは、まさしくほんとうのことでした。はるかなむかし、アークランドの東のくに、ウェスティンというくにに、この剣はもうひとりの女神ライブラの手によってもたらされ、そして長く失われていたのちに、アーザスによってふたたび見い出されたのです。アーザスはこの剣に、あらゆる力のかのうせいを見ました。そしてアーザスはこの剣とともに力をましていき、やがてこの剣のために、その身をほろぼすこととなったのです。そのせいなる剣が今ふたたび、アーザスに新たなる力を与えようとしていました)。

 

 アーザスがその剣を、ぶん! とひとふりします。すると、なんという力なのでしょう。剣のやいばから赤いエネルギーが、びゅん! 飛び出して、そのエネルギーが広間のかべを、まるで紙のように切りさいてしまいました! ずずずん……。切られたかべがこなごなになってくずれ落ち、床にがれきの山を生み出します(ソシーのいるところとはべつのところでしたので、よかったです)。

 

 「きみに、この剣をあやつるなんてことが、そもそもむりなことだったんだよ。」アーザスがじゃあくな笑みを浮かべながら、たおれているロビーにむかっていいました。「この剣は、ぼくが持っているのが、いちばんふさわしいんだ。」

 

 「う、うう……」ロビーがふりしぼるように、声を上げます。「か、かえせ……。それは、おまえが持っていては、いけないものなんだ……!」

 

 しかしアーザスはそんなロビーのことを、鼻で笑うばかりでした。

 

 「ふふふ。でも、まあ、きみにはおれいをいわなくちゃね。この剣を、ぼくにとどけてくれたんだから。ありがとう、ロビーくん。」アーザスはそういって首をかしげ、にこっと笑ってみせました。

 

 「ムンドベルクさん。」アーザスが、立ちつくすムンドベルクにむかっていいました。「もういいよ。じゃあ、あとかたづけは、お願いね。それが終わったら、好きなところにいっていいから。今までどうも、ごくろうさま。」

 

 剣を手にいれたアーザスにとって、もはやロビーもムンドベルクも「いらないもの」でした。アーザスにとって、かれらはほんとうに、ただのゲームのこまにすぎなかったのです。ゲームが終わっていらなくなったら、ぽい。まるでごみばこにまるめた紙くずをすてるかのように、アーザスは今、かれらのことを放り出そうとしていました。

 

 

 今までなんどとなくおこなってきた、アーザスのその心のないおこない。

 

 しかしそれこそが、アーザスのその弱さだったのです。

 

 

 アーザスは人の気持ちなど、まったく気にかけていません。かけらも思いやりの心を持とうなどとは思っていませんでした(もともと持っていないかのように)。

 

 ほんとうの強さ、それはロビーがイーフリープで、精霊王から教えられたことです。人の持つ、ほんらいあるべきすがた。そしてそこから生まれる、ほんらいあるべき力。それはアーザスとは、まったく対しょう的な力でした。それは、人を思いやる心、人をいつくしむ心。そして今、その心こそが、さいごのこの運命のときにおいて、ロビーに大いなる力を与えることとなったのです。

 

 

 「……どうしたの?」ふいにアーザスが立ちどまって、ムンドベルクの方をふりかえりました。「もういいよ、って、いったはずだけど?」

 

 もういいよ、とは、もうロビーのことをしまつしていいよ、という意味でした。そしてそのやくめ、あとかたづけのことを、アーザスはムンドベルクにやらせようとしたのです。

 

 しかし。

 

 ムンドベルクは剣をにぎりしめ、立ちつくしたまま動こうとしません。今までムンドベルクは、アーザスのどんなめいれいにもしたがってきました(それこそ、ごはんのしたくから、おふろそうじまで)。ですがはじめてムンドベルクは、アーザスのめいれいをききいれなかったのです。その目をじっとロビーにむけたまま、ムンドベルクは身動きひとつしませんでした。

 

 「なにをやっている。」アーザスが、いらついた声を上げました。こんなことは、はじめてでしたから。人が自分の思い通りに動かないこと、それがいちばんアーザスにとって、はらの立つことだったのです。

 

 アーザスが、ムンドベルクのそばにつかつかとやってきました。その顔は、怒りにつつまれていました。

 

 「ぼくに、にど、同じことをいわせるな! あいつをかたづけろ! めいれいだ!」アーザスがおそろしい怒りとともに、ムンドベルクにめいれいしました。ですがそれでも、ムンドベルクは動こうとはしなかったのです。

 

 ムンドベルクの中に生まれはじめていた、なにか。それはまさしく、わが子であるロビーに対する、思いでした。影のそんざいとなり、アーザスのやみの力にしはいされていてもなお、ムンドベルクのその心のおく底に眠るロビーへの思いは、かんぜんには立ち消えてはいなかったのです。

 

 ロビーはよろよろと、そのからだを起こしました。そして自分のことを見つめるその相手、まごうことなき父であるムンドベルクにむかって、さけんだのです。

 

 「お父さん……! やみの力と、戦ってください! 自分を取りもどして!」

 

 「……う、うう……!」ムンドベルクの顔が、くつうにゆがみました。歯をくいしばり、身をよじらせながら、ひっしに自分の中のやみの力にあらがっていたのです。ロビーの声は、たしかに、ムンドベルクのその心にとどいていました。

 

 「お父さん!」ふたたびよばわる、ロビーの声。それはムンドベルクのそのかたいやみのからをこじあける、すくいの声でした。

 

 しかし、そのとき。

 

 「おまえはもう、いらない。」

 

 アーザスがそういって、ムンドベルクのことをゆびさしました。すると……!

 

 ばりばりばりばり! そのゆびさきから赤いいなずまが走って、ムンドベルクのことをつつみこんだのです! 

 

 「ぐああああ!」

 

 くるしみにあえぐ、ムンドベルク……。アーザスの怒りは、すさまじいほどのものでした。それはなみの者であればいっしゅんのうちにそのいのちを失ってもおかしくないほどの、力でした。しかしムンドベルクもまた、よういにはくらべる者のないほどの、まことのえいゆう。かつてアルマーク、アルファズレド、メリアンらとともに、このアークランドをすくう冒険の旅に出た、そのひとりだったのです。

 

 ムンドベルクは自身のそのさいごの力までふりしぼって、赤いいなずまにあらがいました。そして!

 

 「うおおお!」

 

 ムンドベルクは、アーザスにつかみかかったのです! こんなことは、アーザスはまったくよそうすらしていませんでした。アーザスのからだはまるで小さな子どものように、ひょいと持ち上げられたのです!

 

 「な、なにをする! やめろ!」アーザスがさけびます。そしてつぎのしゅんかん!

 

 

   ばりばりばりばり! びしゃーん!

 

 

 「うわあああっ!」

 

 アーザスのひめいがこだましました! ムンドベルクはアーザスのからだを、赤いキューブのそのおそろしいまでのエネルギーの中に、たたきつけたのです! いくらアーザスとはいえ、生身のからだでこのキューブのエネルギーにふれては、ひとたまりもありませんでした(赤いキューブに張られたバリアーは剣の力をはねかえすものでしたが、生身のからだをはねかえすようなものではありませんでした。まさかアーザスも、自分がそこに飛びこむことになるなんて、まったく思ってもいませんでしたから)。

 

 そしてそれと同時にもうひとり、ムンドベルクもまた、赤いキューブのそのじゃあくなるエネルギーのちょくげきを受けて、みずからのその身をやきこがされてしまったのです……。すべては、かくごのうえのことでした。ムンドベルクはわが身をぎせいにして、アーザスのことをうちたおそうとしたのです。それはわが子であるロビーのことを、助けるためでもありました。

 

 床にたおれた、アーザスとムンドベルク。ムンドベルクは荒い息使いをして、もはや身動きひとつ取れないじょうたいでした。そしてアーザスは……? アーザスはついに、うちたおされたのでしょうか?

 

 しかし待っていたのは、まさに悪夢のような光景だったのです。

 

 

 床にたおれたアーザス。アーザスは、はあはあと荒い息をついて、しばらくその場にたおれふしていました。しかしそれも、わずかばかりのあいだのこと。つぎのしゅんかん、アーザスのからだに、おそるべきいへんが起こったのです。

 

 アーザスのからだからまっ黒なエネルギーがあふれ、アーザスのことをつつみこんでいきました! そのエネルギーはアーザスのまわりをおおいつくして、そのからだをすっかり、見えなくしてしまったのです。そして、そのやみが晴れたとき。ロビーはそこに、なんともおそろしいすがたを見ました。

 

 それは、やみそのものでした。今やアーザスのからだは、そのじゃあくなるやみの力と、かんぜんにひとつとなってしまったのです! その目はまさに、悪魔のよう。ととのった顔立ちは見るもおそろしい、魔物のような顔に変わってしまっていました。その赤いかみはじゃあくな力によってさか立ち、波のように動いていました。なん十年も、なん百年も、やみの世界の中にとらわれてきたアーザス。そのあいだにアーザスのすがたは、こんなにもおそろしいものへと変わってしまっていたのです。ふだんのアーザスはアーザスが自分の魔力によって、むかしのすがたをうつしたものでした。アーザスのほんとうのすがた、それこそが今目の前にあらわれた、このおそろしい魔物のようなすがただったのです。赤いキューブの力にうたれ、みずからの身にかけていた魔法の力をたもつことができなくなってしまったがために、アーザスはこのしんのすがたをあらわしました。

 

 「よ、よくも……、よくも!」アーザスがおそろしい声を張り上げて、さけびました。「ぼくをこんな、みにくいすがたにさせたな! ゆるさない!」

 

 アーザスはそういって、たおれているムンドベルクのことを、きっ! とにらみつけました。そして……。

 

 「みんな、おまえが悪いんだ!」アーザスがそういって、身動きのできないムンドベルクのことを、そのやみにつつまれたけもののような足でけりつけたのです!

 

 「よけいなまねをしてくれる! よくもぼくに、こんなことを!」

 

 アーザスが怒りにかられて、ムンドベルクのことをけりつづけます。

 

 「や、やめろ!」ロビーがたえかねてさけびました。しかし、やみと一体になったアーザスの力は、いぜんにもまして、おそるべきものとなっていたのです。アーザスの手から、やみの力を持った黒いいなずまが飛び出して、ロビーのことをおそいました。

 

 「うわあっ!」いなずまにうたれるロビー。ロビーにはもはや、なすすべもありませんでした。

 

 「みんな、やっつけてやる! だれも、ぼくのじゃまができないように! ぼくのことをばかにしたやつらに、ぼくのほんとうの力を、見せつけてやるんだ!」

 

 アーザスがそういって、その手にロビーの剣、アストラル・ブレードをかまえました。その剣はアーザスのそのしんのやみの力が加わって、なおいっそうのこと、強力なものとなっていました。

 

 女神の力持つ剣をにぎりしめた、アーザス。いったいどうやって、こんなおそろしい相手に立ちむかえばいいというのでしょうか? アーザスはもはや、人ではないのです。やみの力につつまれた、おそるべきかいぶつになっていました。

 

 「もう、終わりだよ。」

 

 アーザスがおそろしい顔をして、いいました。その目はひたすらにつめたく、ロビーのことを見下ろしていました。

 

 「さいごはこの剣で、ぼくがちょくせつ、やっつけてあげる。」

 

 アーザスが、ひたひたと、そのやみの両足をひきずってロビーのもとに近づいていきました。

 

 そして、まさにそのとき……!

 

 

   ぼんっ! 

 

 

 なにかが、はじける音がしたのです。それは、とても小さなものでした。ですがその力がもたらしたけっかは、つぎのはるかに大きな力へとむかって、つながっていったのです。しかしそれは同時に、ひとつのざんこくなじじつをも、生み出すこととなりました。

 

 広間のはしからひとすじのエネルギーが、アーザスにむけて放たれたのです。それはあざやかなオレンジの色をした、かがやくいのちのエネルギーのいかずちでした。ですがそんなエネルギーが、いったいどこから……? 

 

 からーん!

 

 そのエネルギーのいかずちは、剣を持つアーザスのその右手をつらぬきました。はずみで剣は空中にまい上がり、そのまま広間の床に落ちて音を立て、その上をすべっていきます。とつぜん、思いもよらないこうげきを受けたアーザス。アーザスはさいしょ、なにが起こったのか? わかりませんでした。しかしつぎのしゅんかんには、アーザスはそのすべてをりかいしたのです。おそろしい怒りの感じょうが、アーザスの心の中にあらしの雲のようにわき起こっていきました。

 

 「おまえ……」

 

 アーザスがエネルギーの放たれたその場所に、怒りのまなざしをむけました。そこに横たわっていたのは……。

 

 「ソシー!」ロビーがよろよろと起き上がって、さけびました。そう、アーザスにむかってそのさいごのいのちのエネルギーを放ったのは、まさしく消えゆくいのちのともしびにつつまれた、ソシーだったのです。

 

 「アーザス、さま……」とぎれそうな声で、ソシーがけんめいにアーザスにいいました。

 

 「もう、やめてください……。こんなことは、やめて……。ロビーさまを助けて……」

 

 ソシーのそのかた方の目のあった場所には、黒くぽっかりとしたあながあいていました。ソシーはここから、その持てるかぎりのいのちのエネルギーを放って、ロビーのことを助けようとしたのです。ロビーさまの足手まといにばかり、なってはいられない。わたしにできることをしなくては……。ソシーはたとえ自分のいのちとひきかえにしてでも、アーザスに心をいれかえさせ、ロビーのことを助けたいと思いました。

 

 なんというひげきなのでしょう。ソシーの中に残った、消えゆくいのちのエネルギー。そのエネルギーをソシーは全部、使いきったのです。アーザスのために、ロビーのために。それが意味することは、ただひとつでした。

 

 ソシーは静かに、もうひとつのその目をとじました。そして……。

 

 ソシーのそのこはくでできた作りもののひとみが、ふたたびひらくことはなかったのです。

 

 

 「ソシー!」ロビーがさけびました。ロビーはすべてをりかいしました。ソシーがそのさいごのいのちをもやして、自分のことを助けてくれたのだということを……。

 

 「そんな……、そんな!」ロビーの目に、大きななみだのつぶがあふれ出しました。しかし、ソシーのそのいのちのかぎりをつくした思いも、アーザスの心にはとどくことはなかったのです。

 

 「よくも……! よくも、こんなことを! この、できそこないめ!」

 

 アーザスの手から、黒いいなずまが飛び出しました! そしてそのいなずまは……、なんてことを! ひとみをとじたソシーのそのからだを、ようしゃなくうちすえたのです! もうソシーは、なにもできないのに! そのさいごのいのちまで、使い果たしたというのに! もはやソシーはひめいを上げることもなく、黒いいかずちのほのおに、ただこがされていくばかりでした。

 

 「おまえは、ぼくが作ってやったんだ! そのおんを、忘れやがって!」

 

 アーザスが、怒りのこもった言葉をソシーにあびせました。アーザスはまったく、れいせいなじょうたいではありませんでした。怒りにわれも忘れて、ソシーのことをののしりつづけていました。

 

 そのとき!

 

 

   ぶおおん! ばああーっ! 

 

 

 とつぜん! この広間全体を、目もくらむほどの光がつつみこんだのです! 怒りにわれを忘れていたアーザスは、とつぜんの光にひめいを上げて、その目を両手でおおいました。いったい、なにごとが起こったというのでしょうか?

 

 広間をてらす、まばゆいばかりの青白い光。そしてこの光は、みなさんがいぜんセイレン大橋の上で見たあのときの光と、まったく同じものだったのです。そう、ディルバグに乗った黒騎士のことをつらぬいた、あのせいなる光と……。

 

 光はやがて、ゆっくりとおさまっていきました。そしてその静かなかがやきの中、せいなる光にその全身をつつまれて、ロビーが立っていたのです。その手に、女神のつるぎ、アストラル・ブレードのことをにぎりしめて……。

 

 「ゆるせない……」ロビーが小さく、つぶやきました。その目はまっすぐに、アーザスにむけられていました。

 

 「おまえだけは、ゆるせない! おまえはぼくが、この手でたおす!」

 

 ロビーがゆっくりと、アーザスに近づいていきます。にぎりしめたその剣からは、とてつもないほどの力があふれ出ていました。

 

 「だまれ! 死にぞこないの、負け犬め!」アーザスがさけびました。その手からはまっ黒なやみのエネルギーが、おそろしいうずをまいて吹き出していました。

 

 「もういちど、その剣をうばいかえしてやる!」

 

 アーザスの手から、黒いいなずまが飛び出します! そのいなずまはこれまでにないほどの、いちばんのおそろしい力をひめたやみの力のいなずまでした。

 

 ですが!

 

 

   ばりばりばりばり! ばしゅうう!

 

 

 黒のいなずまはロビーのその剣のやいばにぶつかり、そしてそのまま、まるで水がじょうはつするみたいに、空気の中に消えていってしまったのです!

 

 「そんな!」アーザスの顔に、おどろきの表じょうが走りました。「どうして! その剣は、ぼくの剣だぞ! ぼくの力をはねかえすなんてことが!」

 

 アーザスがそういって、もういちど、こんどはやみのエネルギーの矢を作り出して、ロビーに雨あられのようにあびせかけました。

 

 しかし! ぼしゅう! しゅう! しゅうう! その矢はことごとく、ロビーの剣の前に消えていってしまったのです。

 

 

 「そ、そんな……、うそだ……」

 

 

 アーザスの顔が、ぜつぼうの色につつまれました。今までぜったい的なまでの力を追いもとめ、その力をもって、すべてをしはいしてきたアーザス。そのアーザスの力を、かつて自分の力であったはずの剣が、受けいれずにはねかえしていたのです。

 

 「キューブ……! ぼくにはまだ、キューブがあるんだ!」

 

 アーザスがそういって赤いキューブのもとにかけより、その力をあやつって、ロビーのことをおそおうとしました。しかし、またしても。

 

 ふいいん! しゅううう! キューブの力は、アーザスのそのよびかけにも、こたえようとはしなかったのです。キューブからあふれるそのじゃあくなるエネルギーは、ただうずをまいて、ロビーの持つその剣の力の中にすいこまれてゆくばかりでした。

 

 

 今や剣はかんぜんに、ロビーのその大いなる力とひとつになっていました。ロビーはアストラル・ブレードの力をひき出すそのアークランドをすくうきゅうせいしゅたる力を、ここにかんぜんに目ざめさせたのです。みんなのたくさんの、思いとともに。ソシーのとうとき、思いとともに……(剣のしんの力と、ひとつとなったロビー。そのため剣は、ロビーの持つせいなる力いがいの悪しき者の力などにこたえることなく、アーザスのそのやみの力をはねかえしたのです。そして剣の持つせいなる宝玉の力は、そのしんの力がかいほうされたときここにいたって、おそろしいほどの力をひめた赤いキューブの力をも、かんぜんにふうじこめることとなりました。そのためアーザスが自分で作った赤いキューブさえも、アーザスのよびかけにこたえることはなかったのです)。

 

 

 ムンドベルク、そしてソシー。ふたりの思いが、さいごに、ロビーの持つそのしんの力を目ざめさせました。そして……、このロビーのことを思う気持ち、人からたいせつに思われるその心こそが、イーフリープで精霊王が去りぎわにいっていた、「剣に力を与えるための、そのさいごの力」だったのです(この力はアーザスとのさいごのけっちゃくのぶたいである、このときこの場所において、かいほうされなければならないものでした。人からたいせつに思われる心。自分のことをささえ、助けたいと思ってくれる心。それらはロビーはすでに、これまでの冒険の中でもさずかってきました。ロビーのことをささえる、たくさんの人たち。そして、リズ、マリエル、ベルグエルム、フェリアル、ライアン、そのかれらの思いです。ですが剣のそのしんの力をひき出すためには、さいごのこのときにおいて、そのことをりかいする必要がありました。そのことをロビーに教え、さいだいの力としてさずけてくれたのが、ムンドベルクとソシーの、ふたりの思いだったのです)。

 

 

 だれかのために力をつくしたいという、ロビーの強き思いと、ロビーのために力をつくしたいという、みんなの強き思い。その思いが、ともにあわさったとき。女神のつるぎアストラル・ブレードは、そのさいだいの力をはっきすることになりました。それは自分のことしか考えていないアーザスには、ぜったいに得ることのできない力でした(ソシーからの思いも、アーザスにはとどいておりませんでしたから)。

 

 もはや同じく剣の力を持つアーザスにさえも、みんなの思いによってつつまれたこの剣の力を、とめることなどはできませんでした。アーザスに、かけていたもの。それはだれかのことを思いやる、心でした。自分のことを思いやってくれる、たいせつな人たちからの心でした。

 

 そして。

 

 いちばん信じていた、自分の剣。自分の作った赤いキューブ。だれよりもいちばん信じていたはずの、それらの力。

 

 アーザスは、信じていたその「力」にまでも、見放されたのです。

 

 アーザスのそのさいごのよりどころが、失われたしゅんかんでした。

 

 

 今やアーザスは、ただひとりでした。かれのことをささえ、助けてくれる者は、もうだれも残ってはいませんでした。しはいしていたはずのムンドベルクも、なんでもいうことをきくはずのソシーも、いちばんしんらいしていた、力にさえも……。

 

 そして人はただひとりになったとき、もはやなにをなすこともできないのです。アーザスのその弱さが、かんぜんにかたちとなってあらわれたときでした。

 

 

 「アーザス……」

 

 ロビーがアーザスに近づいていきます。その目はかたく、けついにみちたものでした。

 

 「これが、おまえの弱さなんだ。人は、ひとりでは、なにもできない。みんながいてくれるから、たいせつな人たちがいてくれるから、人は、なんばいも、なん十ばいも強くなれる。」

 

 ロビーがアストラル・ブレードをふりかざしました!

 

 

 「みんなの思いを、あわせることができる。それこそが、人の、ほんとうの強さなんだ!」

 

 

 「や、やめろ! やめろ! うわあああ!」

 

 

   ぶおん! ばしゅううう!

 

 アーザスのそのやみのからだが、アストラル・ブレードによってまっぷたつに切りさかれました! その悪しきやみのからだのあいだから、ものすごいいきおいで、やみのエネルギーが飛び出していきます。それは今までなん百年とためこんできた、アーザスの悪の力のみなもとでした。そして、それと同時に……。

 

 びきっ! びき! びききっ! 

 

 広間のまん中にあった、赤いキューブ。その石の表めんに、いくつものひびが走っていきました。そしてつぎのしゅんかん!

 

 

   ばりーん! 

 

 

 アーザスの作り上げたよこしまなる赤いキューブは、かんぜんにこなごなになって、地面に落ちていったのです! そしてそれはあっというまに、しゅうしゅうと赤いけむりを上げて、空気の中に消えていってしまいました。

 

 アーザスのその悪しきやみの力が失われたことで、赤いキューブもまた、そのよこしまなるやみの力を失ったのです。アークランドをおびやかすアーザスのやみの力のきょういは、こうしてここに、かんぜんに消え去りました。

 

 

 アーザスのからだから、どんどんとやみのエネルギーが吹き出していきました。そしてそのさいごの残りまで、すっかり出しきったとき。そこにはただ、ひとりの人間がたおれているばかりだったのです。その顔からは、もうすっかり、やみのけはいは消えていました。それはむかしむかしにウィスティンというくにに住んでいた、ひとりのあどけない少年のすがたでした。

 

 

 悪の大魔法使いアーザスは、むかしのままの、アーザス・レンルーにもどったのです。きゅうていまじゅつしにあこがれる、夢多き見ならいまじゅつしだった、そのころに……。

 

 

 消えてゆく、そのいしきの中。アーザスはむかしのきおくを取りもどしていました。今までのアーザスはただただやみの力にしはいされ、みずからの心をねじまげられてしまっていた、かわいそうなそんざいであっただけなのです。アーザスはすぐに、自分の身に起こったことをりかいしました。長い長い悪夢から、ようやく目ざめたような思いでした(アストラル・ブレードによって切りさかれたのは、アーザスのその悪しきやみの部分だけでした。その中に眠っていたアーザスほんらいのからだは、きずつくことなく、ここにかいほうされたのです)。

 

 ほんとうの自分を取りもどしたアーザス。その胸の中には今、ひとりの友のすがたが思い起こされていました。それはかつてアーザスとともに多くの夢を追いかけていた、たいせつなたいせつなその人のすがたでした。

 

 テルベル・ラインハット。かれは剣のしゅぎょうにはげむ、ひとりの夢見るウルファの少年でした。そしてこのテルベルこそが、のちにレドンホールというくにをきずき上げることになるのです。テルベル・ラインハットは、げんざいのレドンホールの王、ムンドベルク・アルエンス・ラインハットの、そのごせんぞでした(つまりロビーのごせんぞでもありました。そして……、いぜん女神のつるぎアストラル・ブレードのことをレドンホールの石の中にふうじることとなった人物のことについて、わたしがみなさんにお伝えしたことがありましたが、その人物こそほかでもありません。このテルベルだったのです。アーザスの持っていた剣をかなしみのうちにふうじることとなった、テルベル・ラインハット。かれのその深い心のうちがわは、遠いアーザスのむかしの物語の中において、ともに語られることになるでしょう)。

 

 

 つめたい石の床の上、アーザスの心の中には今、さまざまな思いがあふれかえっていました。もはやもどることもできない、遠い遠いむかしの思いで……。たいせつな友は、もう、この世にはいないのですから……。

 

 

 「ごめんね、テルくん……」

 

 

 遠き、友へ。思いをつぶやくアーザスの目には、大きななみだのつぶがあふれていました。

 

 

 

 

 

 

 




次回、最終章。


   「ただいま……。みんな……」



第30章「つづくみらいへ」。



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30、つづくみらいへ

 はるかなむかし、みどりの草のたなびく美しい土地がありました。そこにはわたしたちの見たこともない木々がしげり、ふしぎな実がえだいっぱいにみのり、きおんは一年を通しておだやかで、夏があつすぎることも、冬が寒すぎることもありませんでした。

 

 大地は気まえよく、さくもつのみのりをさずけてくれました。西のはまに広がる海は、魚や貝や海草などを、必要なだけ人々に与えてくれました。

 

 まことにこの土地は、人々の考えるりそうきょう、そのままでした。すぎることもなく、たりないこともない。ささやかなそののぞみを、なに不自由なく住人たちに与えてくれる場所。それを人は、りそうきょうとよぶのです。

 

 生きものたちはさそわれるがままに、この土地に集まり、暮らしはじめました。たくさんの人間たち、そして動物の種族の者たち、さらには精霊やもっとふしぎな生きものたちまでもが、この土地にひかれてやってきたのです。たくさんのくにがおこされ、まちが生まれました。たくさんの新しいぶんかやわざが、生み出されていきました。そしてれきしが、きずかれていきました。

 

 それにともなって、さいがいやわざわいもすくなからず起こりました。ですがそんなことが起こるたびに、人々はともに力をあわせ、それらのこんなんを乗り越えてきたのです。

 

 長いねん月をへて、たくさんの住人たちがあらわれるようになっても、その土地の美しさはいぜん変わらないままでした。空気はすがすがしいままでした。水はきよらかなままでした。海も山も、むかしと変わらず、いだいなるそのしぜんのままのすがたをほこりつづけていたのです。

 

 

 そしてじだいはうつり、今このとき。

 

 その土地に、新たなるきょういがおそいかかりました。

 

 ですが人々はふたたび、このこんなんを乗り越えてゆくのでしょう。そしてこの美しいしぜんのままの世界を、守りぬいてゆくのでしょう。

 

 

 みずからのきずいてきたれきしに、新たないちページをきざんでゆくのでしょう。

 

 

 そこに住む者たちによって手が加えられ、新しいものが作り出され、さらにゆたかになっていく。世界とは、そういうものなのです。人が作っていくものなのです。どんなわざわいやこんなんがおとずれようとも、それは新たなれきしとなって、人々の心に伝えられていくことでしょう。そしてその心はまた、のちの世の人々にひきつがれ、つぎのこんなんに対しての大いなる力となるのです。

 

 そして今、新たなるこんなんが、人々のその目の前につきつけられていました。せまりくる、黒の力。それに立ちむかってゆく、人々の物語。それがこの物語なのです。

 

 この土地の名まえは、アークランド。この物語は、そのアークランドの人々の新たなれきしのいちページをつづる、戦いの物語なのです。アークランドの物語なのです。

 

 そしてそのアークランドに住む、ひとりのおおかみの少年、ロビーの物語なのです。

 

 

 それぞれの物語は今、さいごのけつまつのときをむかえようとしているところでした。

 

 

 

 白と黒、ふたつの王国の戦いに、ついにまくがおろされるときがやってきました。ともにいだいなる力を持った、ふたりのえいゆうたち。かれらの戦いは、このアークランドをかけた戦いでした。おたがいの生き方、ほこり、せいぎをかけた戦いでした。エリル・シャンディーンの戦いの場の、はるかな上空。そこにかれらのすがたはありました。おそろしいもも色りゅうの、その背中の上。今かれらはそこで、このアークランドのみらいをきめる、さいごのけっせんをくり広げていたのです。そしてその戦いはもはや、けっちゃくのときをむかえようとしていました。白きえいゆうの、はいぼくというかたちによって……。

 

 

 しかし、アークランドのみらいはそのしゅんかん、大きく変わっていくこととなるのです。アルファズレドがりゅうの背にしがみつくアルマークに、そのさいごの剣をふりおろそうかという、まさにそのとき。運命の女神の力は、そのさいごのさいごで、白き勢力のせいぎにほほ笑みかけました。

 

 アーザスのそのよこしまなるやみの力のきょういが消え去ったとき、同時にこのアークランドに、かつてのかがやきが取りもどされたのです。そのかがやきとは……。

 

 

   ふおおおんっ! ばあああーっ!

 

 

 あたりをつつみこむ、青と白の、目もくらむほどの光、光、光! それはまったくとつぜんにおとずれました。今やエリル・シャンディーンの王城は、そのすみずみまで、その光の中に飲みこまれてしまっていました。広がるまちなみ、家々のやね、通り、水、空に浮く小島、すべてが、その青白い光の中につつみこまれていきました。

 

 まちの人々はさいしょ、あまりにもとつぜんのことに、わけもわからず、みな手をかざして空を見上げるばかりでした。しかし人々がその光のしょうたいに気がつくまでには、長い時間はかからなかったのです。すぐに人々の心に、かつてのきぼうが生まれはじめていきました。その光はまさしく、このアークランドのきぼうの光、そのものだったのです。

 

 みなはとなりの者と手を取りあい、ぴょんぴょんとびはねながら、からだ中でそのよろこびの心をあらわにしていました。そして、人々が口ぐちにさけんだ言葉。それはみな、つぎのようなひとつの言葉ばかりだったのです。

 

 

 「宝玉だ! 宝玉だ! 青き宝玉の光が、よみがえった!」

 

 

 まさしくその言葉の通り、その目もくらむような光は、エリル・シャンディーンの王城、そのてっぺんから放たれていたのです! そこにあったもの、それはまさしく、このアークランドのきぼうの力、青き宝玉にほかなりませんでした。

 

 ロビーの戦いによって取りもどされた、力のバランス。アーザスの赤いキューブがはかいされた今、青き宝玉はついに、そのほんらいの力を取りもどすことになったのです。おさえこまれていたその力を、いっきにはき出すようなかたちとなって。

 

 宝玉のかがやきははじけんばかりのエネルギーの波となって、この土地のすみずみまでをてらし上げていきました。空も、山も、みずうみも、河も。まさに今、レドンホールのその古きいい伝えの言葉の通り、このアークランドに光がもどったのです!

 

 そして宝玉の光がよみがえった今、ひとつの力強きエネルギーが、同時にそこから飛び出しました。それはロビーの持つ剣から生まれた、あの青白い光のいかずちのエネルギー、そのものでした。ロビーの、みんなを助けたいと願う強い思い。その思いにこたえて、剣から生み出された光の力が、まさに今、エリル・シャンディーンのその青き宝玉の中から飛び出したのです。

 

 エリル・シャンディーンにせまりくる、そのさいだいの敵をうちほろぼさんがために。

 

 

 「この光は……?」

 

 とつぜんにその身にふりそそがれた、まばゆい光。アルファズレドはふり上げたつるぎを持つ手をとめて、かなたの空を見やりました。そこにはベーカーランドのみやこ、エリル・シャンディーンの王城がありました。そしてそのてっぺんから、この光はふりそそいでいたのです。

 

 「青き宝玉……」

 

 つぎのしゅんかん、アルファズレドはすべてをりかいしました。宝玉の守り、その守りを持つベーカーランドには、いかに強力な軍勢を持つアルファズレドとて、今までよういにはせめこむことはできませんでした。なにがなんでも、どんなぎせいをはらってでも、ベーカーランドをうちほろぼさねばならない。アルファズレドはそうして、悪の魔法使いアーザスと手をむすんだのです。アーザスはワットのために、ベーカーランドの青き宝玉の力を弱めることをやくそくしました。それが赤いキューブというかたちとなって、あらわれることとなったのです(しかしアーザスのほんとうのもくてきは、このアークランドをほろぼし、自分ひとりの手の中だけにおさめてしまうことでした。ワットのためというのは、あくまでも、おもてむきのことだったのです)。

 

 アルファズレドにとって、もはやアーザスのしんのねらいなどは、どうでもいいことでした。アーザスがそのじゃあくなもくてきのためにワットのくにの力をりようしようとしているということも、アルファズレドにはすくなからずわかっていました。ですがアルファズレドはあえて、アーザスのそのさそいに乗ったのです。すべてはベーカーランドを、アルマークのことをうちたおす、そのひとつのために……。

 

 アーザスの力によって弱められた、青き宝玉の力。その力が今ふたたびもとにもどされたのだということを、アルファズレドはこのときりかいしました。赤いキューブがはかいされたということ、そしてアーザスがもはや、うちたおされたのだということも。

 

 しかしそれでもなお、アルファズレドの心はゆれることはありませんでした。このままおのれの運命にまくをおろすことになろうとも、さいごにそのけっちゃくを、この手でつけなければならない。それはまさに、今このときだけなのだと。

 

 アルファズレドが、剣をにぎったその手にふたたび力をこめました。しかし、まさにそのしゅんかん!

 

 

  ごおおおおお! ぼぼんっ!

 

 

 すさまじいまでの、エネルギーの波動! その力はまさに、はるかエリル・シャンディーンのいただきにある青き宝玉から、まっしぐらに、この場所へとむけて放たれたのです!

 

 

 「ぐ……! ぐわあああ!」

 

 

 アルファズレドのさけび声が、この場にひびきました。なにが起こったのか? アルファズレドにはりかいすることができませんでした。とつぜん、あたりをつつむ青白い光が急にその大きさをましたかと思うと、足もとのりゅうの背が、大きくかたむいたのです。りゅうの背の上をすべり落ちてゆく、アルファズレド。もはやこの場にそのからだをとどめておくことは、ふかのうでした。

 

 

 もも色りゅうドルーヴは、青き宝玉から放たれたすさまじいまでの光のエネルギーに、その身をつらぬかれたのです! ドルーヴはひと声、おそろしいだんまつまのさけび声を上げて、そのままはるかな地上へとむかって落ちていきました。かつてこのアークランドのへいわをおびやかした、赤りゅう。その赤りゅうの子、ドルーヴは、ここに女神の青き宝玉の力の前に、うちほろぼされたのです。宝玉の力は、すべてのアークランドのぜんなる人々の力。ドルーヴは人々の、そのぜんなる力の前にやぶれ去りました。

 

 

 しかしその背に乗ったふたりのえいゆうたちの運命は、いまだけっちゃくをむかえていないままでした。りゅうの背になんとかしがみついていたアルマークは、ああ、なんてこと! ふりはらわれ、そのままこの空の中へと放り出されていってしまいました……。そしてアルファズレドもまた、同じ運命をむかえることとなったのです。

 

 アルファズレドのからだはりゅうの背中からふり落とされ、そのまままっさかさまに、はるかな地上へとむかって落ちていきました。もはや、どうすることもできませんでした。落ちてゆくその中、アルファズレドの頭の中には、かつてのたくさんの思いでたちがよみがえっていました。小さかったあのころ、ともにひみつの草原の上で、夢を語りあったふたり。ともに冒険の旅に出て、ともに同じ道を歩んできたはずのふたり。いつからなのでしょう? そのふたりの思いが、おたがいに、べつべつのところへとむかっていってしまったのは……。

 

 

 おれは、まちがっていたのか……? 

 

 

 うすれてゆくいしきの中、アルファズレドは静かに思いました。しかしもう、どうすることもできなかったのです。あとほんのすこしののちには、自分のいのちは、この世界から消え去ってしまうのですから。アルマークのいる、この世界から……。

 

 

 アルマーク……。アルファズレドはさいごに、思いました。

 

 これが、おれたちの運命なのかもしれんな……。

 

 

 アルファズレドはそうして、みずからのそのさいごの運命の中に、その身をゆだねたのです。

 

 「さらばだ……、アルマーク……」

 

 アルファズレドは消えゆくような声で、そうささやいていました。

 

 

 そのとき……。

 

 

   ばさっ……! ばさっ! ばさっ!

 

 

 かなたから、つばさのはばたく音がきこえてきました! これは……! この音は……!

 

 そう、それはまさしく、アルマークの乗るあのユニコーンのつの持つペガサス、クリーブのつばさのはばたきの音だったのです!

 

 

 「アルファ!」

 

 

 その背からひびき渡る、ひとりの人物の声。それはまさしく、アルマークのものでした! そうです、アルマークのその身がりゅうの背から投げ出された、そのあと。かなたの空からその主人のもとへと、かけつけた者がありました。それこそが、このクリーブだったのです! アルマークはとっさに、そのクリーブのからだにしがみつきました。そしてその背になんとかまたがることができると、そのまままっしぐらに、アルファズレドのもとへとむかっていったのです。

 

 

 友を助ける。そのひとつのために……。

 

 

 「アルファ! つかまれ!」

 

 アルマークの声が、ふたたびこの空の中にひびき渡りました。のばすうでのさきには、落ちてゆくアルファズレドのそのすがたがありました。アルファズレドはその声にひかれて、ゆっくりとそのひとみをひらきます。アルファズレドはそこに、アルマークのまぼろしを見ているのだと思いました。さいごのさいごで、かつての友のすがたを、そこに見たのだと。

 

 しかしそれがまぼろしではないとわかったとき、アルファズレドは目を見ひらいて、アルマークのそのすがたをくいいるように見つめたのです。なぜ……、なぜアルマークが、おれを……。

 

 「アルファ!」

 

 アルマークのその手のさきが、アルファズレドのその手にふれました。アルファズレドはゆっくりと、自分のその手をアルマークにさしむけます。なぜなのでしょうか? アルファズレドは自分でも、わかりませんでした。しかしこのとき、アルファズレドはただ自分の心のみちびかれるがままに、友のその手を取ったのです。

 

 がしっ! 

 

 アルマークは空中で、アルファズレドのその手をしっかりとにぎりしめました。そしてそのままクリーブのからだをアルファズレドによせると、かれのからだをしっかりとだきかかえて、ペガサスのその背の上へとはこびいれたのです。

 

 ペガサスの背の上で、ふたたびあいまみえるふたり。アルファズレドは、はあはあと荒い息をついて、そのまま下をむいていました。しばらくは、なにもいうことができませんでした。

 

 そしてそれから、ときがすぎて。

 

 「なんのつもりだ? アルマーク……」アルファズレドが下をむいたまま、うしろにいるアルマークにいいました。

 

 「おれは、おまえを殺そうとした。すべてのけっちゃくをつけるつもりだった。それなのに……、なぜ、おまえはおれを助ける……?」

 

 その言葉に、アルマークは静かにほほ笑むと、友のその背にむかっていいました。

 

 「なぜかな? ただ、わたしには、きみを見すてることはできなかった。きみが、わたしの友人だからかな? 友を見すてることが、ざんねんながら、わたしにはできないんだ。」

 

 アルマークがアルファズレドのそのうでに、自分の手を重ねます。

 

 「わたしは、強くなっただろう? きみに負けるわけにはいかないんだ。わたしはずっと、きみに追いつこうとしてきた。だから、これからも、きみの背中を追わせてくれるとうれしい。きみはいつまでも、わたしのもくひょうなんだ。」

 

 アルファズレドが、ふるえる声でいいました。

 

 「おれは……、おれは……」

 

 しかしアルマークはアルファズレドの手を取って、やさしくいったのです。

 

 「むかしのわたしたちに、もどろう、アルファ。ともにきそいあい、はげましあい、強く大きくなっていけばいいんだ。ベーカーランドも、ワットも。」

 

 アルファズレドは、なにもいえませんでした。その目には、たくさんのなみだがあふれかえっていました。

 

 そのとき……。

 

 

   ばりん! 

 

 

 アルファズレドの首にかかるあのりゅうの力のメダルが、音を立ててくだけちりました! ぱらぱらと、そのかけらが空にちってゆきます。それは青き宝玉の、そのせいなる力のためでした。女神の宝玉がほんとうの力を取りもどしたとき、宝玉のそばによった悪しき力のそんざいは、すべてその力を失うのです。宝玉の力はさいごのときここにきて、アルファズレドの持つその悪しきメダルの力を失わせました。アルファズレドの心が、その悪のじゅばくからとき放たれたしゅんかんでした。

 

 

 つばさを持った白馬が今、エリル・シャンディーンの王城へ、青き宝玉のもとへと飛び立ってゆくところでした。その背にむかしのままの心をいだいた、ふたりのえいゆうたちのことを乗せて。

 

 アルファズレドのそのなみだのつぶが、すぎてゆくこの空の中へと消えていきました。

 

 

 すまない……、アルマーク……。

 

 

 思いはアルマークの心に、たしかにとどいていました。

 

 

 

 

 青き宝玉の光は、戦いの場のそのすみずみまでをもてらし上げていました。そしてもちろん、われらが白き勢力の者たち、ベルグエルムも、フェリアルも、その光の意味するところをすぐにりかいしたのです。それはまさしく、このアークランドのきぼうをつなぐ、光そのものでした。

 

 ぜつぼう的なまでの戦いをくり広げていた、ふたり。そして白き勇士たち。

 

 あれから……。

 

 もも色りゅうドルーヴのしゅうげきにより、白き勇士たちはかいめつ的なまでのひがいを受けていました。弱りきっていたところへ、さらなる追いうちを受けたのです。それからすぐに、アルファズレドを乗せたドルーヴはエリル・シャンディーンの王城へとむかって飛び去っていきましたが、仲間たちはもはや、その力のげんかいをはるかにこえたじょうたいになってしまっていました。

 

 ドルーヴのそのおそろしいほのおの息によって、仲間たちの乗る馬はみなたおれ、きずつき、ちりぢりになってしまっていました。そして白き勇士たち自身も地面へと投げ出され、もはやその手に武器を取ることすら、ままならないじょうたいになってしまっていたのです。そこへせまりくる、黒の軍勢の者たち……。仲間たちの目の前にあるものは、もうぜつぼう、それだけでした。

 

 

 「こうふくしろ。いのちまでは取らぬ。」

 

 

 騎馬に乗った黒の軍勢のしきかんのひとりが、ベルグエルムたち白き勇士たちの前に進み出て、その手に持った剣をかれらにつきつけていいました。白き勇士たちはみなすっかり、敵に取りかこまれてしまっていました。馬はもう、一頭も残ってはおりません。ベルグエルムのはい色の騎馬も、フェリアルのゆうしゅうなる騎馬も、ドルーヴのほのおの前に追いちらされてしまっていたのです。かれらの手には、ただいっぽん、ぼろぼろになった剣がにぎられているだけでした。

 

 ベルグエルムにもフェリアルにも、もうこのじょうきょうをくつがえすしゅだんはなにも思いつくことはできませんでした(すでにかれらの人数は、いくさの勝ち負けをきめるための人数である「全体の人数の二十ぶんの一」を下まわる、そのぎりぎりのところまでへっていました。このままきせきが起こらないかぎり、かれらがその人数を下まわってしまうことは、もはやあきらかだったのです)。かれらにできることは、ふたつにひとつ。こうふくするか? それともさいごまで戦って、その運命をむかえいれるか?

 

 ベルグエルムもフェリアルも、みなその手に持った剣をぎりぎりとにぎりしめました。その手には、血がにじんでいました。剣をふるいにふるったがために、その手のかわは破れ、もうぼろぼろになってしまっていたのです。それでもかれらは、剣をふるいつづけていました。

 

 黒の軍勢の者たちが、せまってきました。さいごのけつだんをしなくてはなりません。ベルグエルムもフェリアルも、みなそのひとみをとじました。そしてふたたび目をひらいたとき、かれらの心はなおかたく、ひとつにきまっていたのです。

 

 

 われらは、仲間を信じる! そして運命を信じる!

 

 

 ロビーどののために! アークランドのために!

 

 

 「うおおおお!」

 

 ベルグエルムもフェリアルも、みなさいごの剣をかまえて、目の前の敵たちに立ちむかっていきました! そのあまりのいきおいには、さすがの黒の軍勢の者たちも、おそれをいだかずにはいられませんでした。いっしゅんのうちに、黒の軍勢の兵士たちがつぎつぎとうちたおされていきます。それはまさに、白き勇士たち、かれらのさいごのせいぎの力、そのものでした。

 

 しかし……、その力が長くつづくということは、あり得なかったのです。たおしてもたおしても、つぎつぎにあらわれる、新たな敵の軍勢。その戦いは、はじめからぜつぼう的でした。それははじめから、わかっていたことでした。しかしかれらは、あきらめることなどはできなかったのです。かれらがこうふくしたそのしゅんかん、ベーカーランドのはいぼくがけっていしてしまうのですから。そのあとにたとえどんなきせきが起ころうと、そのけっていがくつがえされるということは、ないのです。

 

 ここで負ければ、すべてが終わる……。かれらの思いは、ただひとつでした。それだけは、なんとしてもさけなければならない。どんなじょうきょうであろうとも、たとえ目の前の光景に、のぞみがまったくなかったとしても、われらはきぼうを信じてつき進むのみ。

 

 あきらめるわけにはいかない!

 

 仲間を、きぼうを信じるんだ! その強き思いが、かれらのことをただつき動かしていました。

 

 

 そしてそんな、まさにそのときのこと……。かれらのその思いは、ついに天にとどいたのです。青き宝玉の、そのきぼうの光とともに……。

 

 

 「なんだ! これはいったい、どういうことだ!」黒の軍勢のしきかんが、あわてふためいて、あたりを見渡しながらいいました。戦いの場は、いってん、青白い光によって、すっかりつつみこまれてしまったのです! 黒の軍勢の者たちはみなひめいを上げて、逃げまどうばかりでした。なにしろ宝玉の光は、かれらの身につけているよろいやかぶとやたてを、あつくやきこがし、その黒きつるぎをやきこがしましたから。

 

 

 戦いの場は大こんらんとなりました。目の前にせまりきていた黒の軍勢の者たちは、そのまましきかんたちのしきも失って、防具をぬぎすて、武器を放り投げて、ちりぢりになって、戦いの場のこうほうへとひき下がっていったのです。

 

 

 仲間を信じるみんなの思いにより、ぎりぎりのところでつながった、ひとつのきぼう。そのきぼうをばねにして、かれらはここから、つづくさらなるきぼうへとむかってつき進んでいきました。つづくかがやき、きぼうを信じて。

 

 そして……。

 

 かれらのその思いは、まさに、つづくさらなるきぼうへとつながっていったのです。運命がいちどきぼうへのかいだんをのぼりはじめたのなら、どんなときにだって、そのきぼうの光はさらなる光をもたらしてくれました。

 

 光が光を、きぼうがきぼうを。

 

 

   ひゅん! ひゅん! ひゅん! ひゅん!

 

 

 とつぜん、戦いの場に大きな風の音がなりひびきました! りゅうのつばさの音でも、ディルバグのつばさの音でもありません。それは今までにだれもきいたこともないような、ふしぎな風の音でした。

 

 

 そしてその場にいる者たちは、みなそれを見たのです。

 

 それはかなたの空からやってくる、巨大な空飛ぶ船たちでした!

 

 

 これはいったい! ベルグエルムもフェリアルも、みなとても信じられないといったようすで空を見上げていました。今やこの戦いの場の空には、数えきれないほどたくさんの、巨大な羽を持った船たちがせいぞろいしていたのです!(その羽がぱたぱたと動いて、この船たちのことを進ませていたのです。そしてさきほどのひゅんひゅんという風の音は、この羽が立てている音でした。)それらの船たちにはみな、同じもんしょうがえがかれていました。それはみどり色をした、木と葉っぱをあしらった、ゆうがなもんしょうだったのです。

 

 「あのもんしょうは……!」ベルグエルムがおどろきの表じょうを浮かべて、いいました。かれはそのもんしょうのことを、よく知っていました。たびたび本の中にあらわれる、そのもんしょう。それは今は遠いかなたへとすがたを消してしまったという、あるひとつのいだいなる種族の者たちの、もんしょうだったのです。その種族とは……?

 

 

 「ネクタリア! ネクタリアだ!」

 

 

 そうです! このもんしょうは、はるかむかしにこのアークランドを去っていった、その伝説的なまでの植物の種族、ネクタリアたちのもんしょうでした!

 

 

 「ネクタリアの者たちが、このアークランドへともどってきた!」

 

 

 みなは剣をかかげて、いっせいによろこびの声を上げました。そしてそんなかれらの頭の上から、今かれらの味方たるネクタリアの者たちの、きぼうの船たちがまいおりてきたのです。それは白くなめらかな木でつくられた、なんとも美しい船たちでした。船のまわりは、かがやくこがね色のしんちゅうでかざられております。それらはすべて、植物をあしらったデザインになっていました。そしてまるで船そのものがいっぽんの巨大な木であるかのように、葉やくきや花や根が、そのまわりを取りまいていたのです(そしてじっさいそれらのものは、ほんものの生きた植物でした。まさにこれらの船たちは、生きていたのです)。

 

 そしてこれらの船たちの、そのいちばんのとくちょう。それは船の上に取りつけられている、大きな白くてまるいふしぎな物体でした。それらはいっそうの船につき四つか五つついていて、ふわふわと風になびいていたのです。そしてよく見ればそのひとつひとつが、小さなわた毛の集まりであるということがわかりました。

 

 これは……! みなさんもたぶん、この物体のことはもうなんども見たことがあるはずです。それは春の野原にさきほこる、小さなきいろい花のわた毛でした。そう、それは……、たんぽぽです! これらの船の上に取りつけられているもの、それは巨大な、たんぽぽのわた毛でした!(いったいどこに、こんなものがさいているのでしょう?)そしてその巨大なわた毛が風を受けて、これらの大きな船たちのことを、ちゅうに浮かべていたのです(そして船に取りつけられているいくつかの羽によって、これらの船たちのことを進ませていました)。ほんとうにすごい。

 

 「どうやら、まにあったようだ。」

 

 今その中のいっそうの船の上から、青いかみをしたひとりの青年が顔を出していいました。かれのことは、もういうまでもないでしょう。そう、それはまさしく、青いかみを持つ美しきシルフィア種族の青年(そしてリズのお兄さん)、リストール・グラントだったのです!

 

 

 ついにリストールが、みずからのときふせたネクタリアの軍勢をひきいて、この地へやってきました! ほんとうに、あやういところでした。あともうすこしくるのがおそかったなら、このアークランドのれきしは、大きく変わってしまっていたはずです。リストールのそんざいが、大きな意味を持つということ。そして時間がなによりもたいせつなのだということ。ノランのいっていたそれらの言葉は、まさしく正しい言葉だったのです。

 

 (そしてもし宝玉のかがやきのもどらないうちに、かれらがこの戦いの地へやってきていたのであれば……、かれらの力は空に浮かぶ巨大なひとつのじゃあくなる力によってふうじこめられ、ばらばらに追いはらわれてしまっていたことでしょう。その空に浮かぶじゃあくなひとつの力とは? そう、ドルーヴです。宝玉の光がもどっていなければ、アルファズレドはアルマークのことをうちたおし、そして新たな敵であるネクタリアたちのわた毛の船の軍勢にむかって、そのおそろしい力をぞんぶんにはっきしていたはずでした。いかにネクタリアの大軍勢とて、巨大な悪であるドルーヴにまっこうから立ちむかって勝つことは、とてもむりなことだったのです。空飛ぶ船たちはていこうもむなしく、その上のネクタリアの者たちともどもほのおにやかれ、かじをこわされ、なすすべもなくうちたおされてしまっていたことでしょう。もも色りゅうドルーヴのそんざいとは、それほどに、だれもがよそうすらできないほどのおそろしいものでした(これがネクタリアでなくとも、ほかの勢力であっても、けっかは同じことでしょう。たとえ数千、一万の大軍勢であろうとも、このもも色りゅうのじゃあくなる力は、かれらのことをかんたんになぎはらえてしまえました)。

 

 ロビーが宝玉の力を取りもどしてくれたからこそ、ベルグエルムやフェリアルたちがきぼうを信じてさいごまで戦ってくれたからこそ、ネクタリア、かれらの力もまた、ここにすばらしききぼうの力となって、光りかがやくこととなったのです。ネクタリアの者たち、そしてリストールや、リストールのことをささえてくれたたくさんの者たち。かれらのそんざいはここにまさに、ロビーやベルグエルムやフェリアルやみんなの思いにつづく、きぼうの光となりました。それはまさしく、みんなの思いのけっしょう、人の持つほんとうの強さでした。)

 

 リストールのそばには、三人の者たちが立っていました。そのうちのふたりは、シープロンドからリストールとともにこのわた毛船に乗ってやってきた、レシリアとルースアンでした。かれらはこのさいごのときにあたって、わずかでも力になれることがないかと、船に乗せてもらったのです(かれらがいなかったのなら、リストールの身にワットのおそろしい魔の手がのびていたかもしれません。そうなっていたら、このネクタリアの軍勢も、ここにやってくることはなかったはずです。かれらの力はまた、まことにこのアークランドをすくう、大きな力となりました)。

 

 そしてもうひとり。リストールの横にはみどり色がかったこがね色のかみを持つ、リストールと同じくらいのねんれいの青年が立っていました。その頭の横には、大きな白いゆりの花がいちりんさいております。つまりかれは、ネクタリアの者でした。かれの名まえは、クライユルト・エルクライト。そう、リストールの、そのいちばんの友でした。

 

 「われら、ネクタリア、花の騎士団、七千! われらはここに、ベーカーランドのえん軍として加勢する!」

 

 クライユルトの声が大きなこだまとなって、黒の軍勢の者たちの上にふりそそぎます(たくさんの植物のパイプの中を通って、その声がなんばいにも大きくなったのです)。これをきいた黒の軍勢の者たちは、ますますあわてふためきました。

 

 

 「えん軍だって?」「きいてないぞ!」「まさか、そんな!」 

 

 

 えん軍、七千! なんというたのもしい力なのでしょう! 花の騎士団の力はまさしく、大いなるきぼうの力だったのです。それを知っていたからこそ、ノランはかれらに、リストールに、大きなのぞみをかけました。

 

 えん軍、それはいくさの場においての、新たなる力をあらわすものでした。戦いのその中で(そのくににしょぞくしていない)新たに戦える者たちが加わったのなら、それはえん軍として、そのくにの兵力の中に加わることができるのです。そして……、ワットがかき集めたそうぜい六千の兵たちをすべて加えたとしても、今やべーカーランドの白き勢力の力は、それを上まわっていました。

 

 (いぜんにもお伝えしたことがありましたが、このえん軍についてのルールとして、「そのくににしょぞくしていないそとからの兵力であれば、いくさにおいていっぽうの軍に新たな兵力が加わったとしても、加わったあとのごうけい人数が相手と同じ数までであれば、相手は兵士をついかすることができない」というルールがありました。さらに、「加わったあとのごうけい人数が相手の数をこえる場合、相手はそれと同数までの兵士をついかできる」というルールも。ですからこんかい、七千のえん軍を加えたベーカーランドは、さいしょの兵力の千五百四十二とあわせてごうけい八千五百四十二もの兵力となりますから、ワットは自身のそうぜい六千におよぶ軍勢をこえるぶんについては、新たな兵力をついかすることがかのうなわけです。ですけど……、そんな兵力はもうワットにも、どこにも持ちあわせてはいませんでした。ワットはこんかいの戦いにむけて、かのうなかぎりの兵力をかき集めたのです。それで六千の軍勢なのですから、ネクタリアの七千の軍勢が、いかに強大な勢力であるのか? おわかりでしょう。)

 

 

 「えん軍! えん軍!」

 

 白き勇士たちのあいだに、大きなかけ声がわき起こりました。それは黒の軍勢の者たちに、自分たちの新たな兵力のことを伝えるためのものでした。

 

 「われら、白き勢力、八千五百四十二! げんざい、七千と、そして八十六名!」(いくさの勝ち負けがきまる人数は、はじめの兵の人数の二十ぶんの一。この人数まで兵がへったときにその軍勢は負けとなるわけですが、もしえん軍がこなかったのなら、白き勢力のもとの兵力、千五百四十二の二十ぶんの一である七十七人(はすうは切りすてます)にたっしたときに、負けがきまってしまっていたのです。そしてえん軍がくる前の残りの人数は、ベルグエルムとフェリアルの部隊の、わずかに八十六人のみでした! ほんとうに紙ひとえのところで、運命は分かれたのです。)

 

 そして、仲間たちのそのかけ声の中……。

 

 

 「ぜんかん! かまえ!」

 

 

 頭上のたんぽぽのわた毛船たちのあいだから、大きな声がひびき渡りました! その声はまさしく、このネクタリアたちのきずき上げたいだいなる花の騎士団の長、セハリア・シリルロウの声でした。いっそうのわた毛船の上、そのまん中にそびえたつ、しれい塔。今そのしれい塔の上に、もも色でふち取られた白く美しいよろいに身をつつんだ、セハリアが立っていたのです。風になびく、おうごんのかみ。そのかみの横には、白ともも色のまじった、たくさんの美しいらんの花がさきほこっていました。そして、りんとしたそのまなざし。その手には、自身のもも色のやいばのつるぎがいっぽん、しっかりとにぎられております。そして今セハリアは、そのつるぎをふりかざして、配下のネクタリアの者たちにむかって、しどう者たる者のカリスマあふれる声で、戦いのめいれいをくだしているところでした(なんてさまになっているんでしょう!かっこよすぎます!)。

 

 

 「うて!」

 

 セハリアが、そのもも色のつるぎをふりおろしたしゅんかん。

 

 

   しゅごごごおお! ぼんっ! ぼん、ぼぼんっ! 

 

 

 わた毛船たちの横にあいたたくさんのまるいあなから、大きな黒いものが、ぼぼんっ! いっせいに飛び出して、そしてそれはまるで雨のように、黒の軍勢のそのまうえへとうちこまれていきました! それはみなさんの世界のむかしの軍かんなどに取りつけられている、たいほうのたまのようでした。しかしそちらは、鉄のかたまり。もちろんわれらがネクタリアたちが、そんなぶっそうで「ゆうがでない」ものを、使うはずがありません。では、かれらの船からふりそそがれたものとは?

 

 

 「うわああっ! な、なんだー?」

 

 

 黒の軍勢の兵士たちが、口々にさけび声を上げました! そのからだには、たくさんの植物のつるがまきついております! そんなものが、いったいどこから? こたえはひとつでした。ネクタリアのわた毛船からは、大きな黒くてまるい、植物のたねがふりそそがれたのです! そしてそのたねからたくさんの植物のつるがのびていって、あたりの敵の兵士たちに、つぎつぎとまきついていきました(あまりののびの早さに、さいしょにつかまった兵士などは、はるか二十フィートほども空にのび上がっていってしまったほどでした!)。

 

 「われら、ネクタリアのほまれ! 今こそ、その剣に乗せて、悪をうちはらうときぞ! リステロント!」

 

 セハリアの力を持った美しい声が、いくさの場にひびき渡りました。そしてその声にあわせて、わた毛船の上から、その両手にゆうがなデザインの剣を二本かまえたネクタリアの美しい兵士たちが、つぎつぎとそのすがたをあらわしていったのです(レシリアとルースアンのすがたも、その中にありました)。

 

 「みな、つづけ! かつての友じょうのために! ぜんなる世界のために!」

 

 花の騎士団のしきかん、リストールの声がひびき渡りました(リストールは騎士団のしきかんとして、この戦いをまかされていました。そしてセハリアは、その騎士団のいちばん上に立って戦いのようすを見きわめる、そうだいしょうということになるのです)。そしてその声とともに。

 

 「おおおーっ!」

 

 ネクタリアたちの数えきれないほどたくさんのおたけびが、いちめんに広がっていきました。それからかれらは、なんともネクタリアらしい、じつにゆうがな方法をもちいて、戦いの場のそのただ中におり立っていったのです。

 

 ずざざざざあーっ! かれらのからだがあっというまに、たくさんのいちまいいちまいの葉っぱのすがたへと変わっていきました! それはまるで、木の葉のふぶきのようでした。あちらでもこちらでも、今やこの戦いの場の空は、みどりやきいろ、赤やオレンジといった色とりどりの葉っぱで、うめつくされてしまったのです! そしてそれから。

 

 その葉っぱのふぶきは黒の軍勢のその中へと吹きこんでいくと……、そこでふたたびより集まって、もとのネクタリアの兵士たちのすがたへともどっていきました!

 

 もう黒の軍勢の者たちは、人間たちもかいぶつの兵士たちも、わけへだてなく大パニックでした。とつぜん葉っぱのもうふぶきが吹きつけてきたと思ったら、目の前に剣を両手にかまえた敵の兵士たちが、数えきれないほどたくさんあらわれていましたから!

 

 ずざああー! ざざあーっ! 

 

 ネクタリアの兵士たちがそのからだを葉っぱに変えて、流れるように敵のあいだを通りすぎていきます。そして、かれらが通りすぎたあとには……。

 

 「うわっ!」「なにーっ!」「ぐおお!」

 

 黒の軍勢の者たちの、数々のさけび声! かれらの手には剣のかわりに、大きないちりんの花がにぎられていました! そしてよろいもたてもかぶとも、たくさんの植物の根が張りめぐらされていて、ひびだらけ。もはや使いものにならなくなってしまっていたのです(ネクタリアたちの戦い方は、相手をいたずらにきずつけるようなものではありません。あっというまに敵の力をうばい去って、戦えなくしてしまう。それがネクタリアたちの「ゆうがな」戦い方でした。う~ん、かっこいい!

 

 そしてレシリアとルースアンのふたりも、すばらしいかつやくぶりで戦いの力に加わっていました。風に乗ってさっそうといくさの場にあらわれ、手にした同じく二本の剣で、敵をばったばったとうち破っていったのです。かれらは剣も使えるんですね! 強い!

 

 それからもちろん、リストールとかれのいちばんの友クライユルトのふたりも、ともにおたがいの背中を守りあいながら戦いの場に加わっていました。

 

 「むかしを思い出しますね、リステロント!」

 

 クライユルトの言葉に、思わず笑みを浮かべるリストール。かれらのすがたは、まさにむかしのままのふたり、そのものでした。その友じょうは、はなれているあいだにも、ずっと変わらず、つづいていたままだったのです)。

 

 ベルグエルムもフェリアルも仲間たちも、みな夢を見ているような気分でした。かれらのきぼうはまさに、ぜつぼうのふちからよみがえったのです。ベルグエルムもフェリアルも、仲間たちに、アークランドの女神に、ネクタリアの者たちに、そして世界をすくう光をもたらしてくれたロビーに、心からのかんしゃの気持ちをおくりました。

 

 そして。

 

 その心は、さらなるきぼうの力へとつづいていくことになるのです。

 

 

   ぼうーっ! ぼうーっ! 

 

 

 ふいに、どこからかひくい物音がひびいてきました。それはどこかできいたことのあるような、そんななじみのある音でした。いったい、この音のしょうたいは?

 

 「あ、あれは……!」それを目にした仲間のひとりが、おどろきの声を上げました。それは、いくさの場のむこう。母なる大河ティーンディーンのかなたからやってくる、たくさんの大きな影たちだったのです。

 

 「まさか……! うそだろ……!」

 

 みなはとても信じられないといったようすで、わが目をうたがうばかりでした。しかし夢やまぼろしではありません。それはたしかに、そこにあらわれたのです。

 

 

 「ポート・ベルメル船団! ガランタのポート・ベルメル船団が、アークランドにやってきた!」

 

 

 その言葉の通り! まさしくそれは、西の大陸、こんごう大陸とよばれるガランタの、そのいちばんのみなとまち。ポート・ベルメルというまちからつかわされた、ぜんなる力の大部隊でした!

 

 その大部隊はポート・ベルメル船団とよばれる、船の一団でした。西のガランタにおいても、かれらの船団の戦力にかなう者は、ほとんどおりません。そのポート・ベルメル船団が、なんと、西の海をはるばる乗り越えて、大河ティーンディーンをさかのぼり、このいくさの場へとかけつけてきたのです。なんというすくいの船たちなのでしょう! それにしても、いったいだれが、かれらのことをよびよせたのでしょうか?(そしてさきほどのぼうーっ! という音は、この船たちの出す、むてきの音だったのです。むてきというのはまわりの人たちに船のそんざいをしらせるための、ふえのようなやくわりを持つ音のことです。みなとなんかにいったときに、耳にすることができるはずです。) 

 

 

 「ベーカーランドの人たちよ! おそくなってすまんな!」

 

 

 とつぜん、かれらの船のその先頭のいっせきから、ひとりの男の人がひょっこり顔を出して、ベルグエルムたちのいる方にむかってさけびました。赤やきいろやもも色のいりまじった、どはでなかみの毛。サーカスのピエロが着ているような、色とりどりの水玉や星などのもようがはいった、どはでないでたち。こ、このかっこうは……! まさか!

 

 そう、こんなにもしゅみの悪い……、いえ、どはでなかっこうをしている人が、ほかにいるはずもありません! ポート・ベルメル船団のそのすくいの船の上からあらわれたのは、まぎれもなく、あの木のけんじゃ、カルモトにほかならなかったのです!(おひさしぶりです! それにしても、どうして!)

 

 

 「カルモトどの! カルモトどのではありませんか!」

 

 大こんらんのいくさ場の中、ベルグエルムもフェリアルもびっくりぎょうてんして、やってきたその船のもとへとかけよって、あらんかぎりの声でさけびました(船の先頭までは、まだ三十ヤード以上もはなれておりましたから)。

 

 「おお! べルグエルムくんに、フェリアルくんか! なんというみじかい名まえだ! 忘れようにも忘れられんぞ!」カルモトがさけんでかえします。

 

 「きみたちには、たいへんにせわになった。ほんとうに、かんしゃをしても、しきれないくらいだ。わたしに、アルミラとむきあう、そのきっかけを与えてくれたのだから。心かられいをいう。ありがとう!」

 

 カルモトはそういって、頭を地面すれすれまで下げて、ぺこり! とおじぎをしました(それと同時に、からだのどこかでぼきっ! という木のおれる音がしましたが……)。

 

 「今こそ、そのおんをおかえしするとき。アークランドのために、わたしも力をつくすぞ。あとは、わたしたちにまかせておけ。」

 

 そうなのです、カルモトはアルミラとけっちゃくをつけるためのそのきっかけを与えてくれたロビーたちにおんがえしをするために、西の大陸ガランタのポート・ベルメル船団をひきつれて、ここにえん軍として加勢してくれたというわけでした!(ポート・ベルメル船団の者たちとはカルモトは親しくつきあっていて、かれらはカルモトのいうことなら、たいていのことはきいてくれたのです。まさか遠くアークランドまでしゅつげきしていくことになろうとは、かれらも思っていなかったでしょうけど。)

 

 ベーカーランドへとむかう西の道で、ぐうぜんに出会うことになった木のけんじゃカルモト。ロザムンディアのまちの人々(とフェリアル)のことを助けたいというロビーのそのけつだんが、カルモトとみんなのことをひきあわせ、カルモトとのこの大きな友じょうを生むことになったのです。そしてその友じょうが今、まさにこのさいごの大いくさの場において、これほどまでに大きな力をもたらすことになりました。

 

 (ところで、ノランはさいしょ、とらわれのリュインの者たちのことを助けるそのしごとを、カルモトにお願いしようとしていたのです。カルモトはいぜん、ベーカーランドからほど近い、切り分け山脈のいちばん南のはしの山の中に、塔をたてて住んでおりましたから。ですがそこに送ったノランの魔法の手紙は、「あてさきふめい」でもどってきてしまいました。カルモトはノランに伝えていたその前の住所から、かってにひっこしてしまっていたのです! そしてひっこしたさきをノランに伝えるのを、「うっかり」忘れていました。

 

 そのひっこしたさきがどこだか? みなさんはもうごぞんじですよね。そう、あのうちすてられた西の土地に立つ、いっぽんの巨大な木、ルイーズの木のところです。まさかノランも、カルモトがそんなところにひっこんでいるだなんて、思ってもいませんでしたから。そのためノランはカルモトをすぐに見つけることができず、見つける時間もなく、リュインのことはかわりに、(すこしはなれた地に住んでいる)リブレストにお願いしたというわけでした。

 

 リブレストがいってましたよね?「ノランのやつも、やっかいなしごとをおしつけてくれるわな。」って。あの言葉は、こういうわけからだったのです。そして、つづくリブレストの言葉。「たまには、いいわい。ハウゼンくんにも、おんがえしせんとな。」あの言葉はつまり、カルモトにおんを感じているリブレストが、カルモトのかわりをつとめることで、そのおんをかえそうとしていたからの言葉でした(どんなおんがあるのかは、わかりませんけど……)。ハウゼンくんというのは、カルモトのみょうじだったのです。どうりで、どこかできいたことがあると思ったはずでした。はじめてカルモトに出会ったときに、カルモトが自分の名まえを名のっていましたが、そのときわたしたちは、ハウゼンというみょうじを耳にしていたのです(名まえの方は長すぎて、今でもさっぱりきおくにありませんけど……)。

 

 そしてもうひとつ。カルモトがガランタにおもむいたそのもくてきは、今やすっかり果たされていました。つまりカルモトのいもうとであるアルミラは、カルモトにつれられて、ヴァナントの魔法かんごくの中につながれることになったのです。今アルミラはそこで、おのれのつみをつぐなう日々を送っています。カルモトのいうことには「ほんの百年ほど」で、そのつみはあらい流されることになるだろうということでした。いつの日か、ふたたび、きょうだいが手を取りあえる日がくるといいですね! カルモトさん。)

 

 「見たとこ、おお! ネクタリアの者たちも、加勢にかけつけてくれたか! かれらとは、じつにひさしぶりだ! もう、二百年になるか? それはそうと、わたしの方も、力強い助っ人をつれてきた。ポート・ベルメルの、ポメラニンの者たちだ。かれらの力も、そうとうなものだぞ。」

 

 ポメラニン? それはいったい? 

 

 すると、カルモトのその声にあわせて、そのきれいなそうしょくのなされたまるっこい船から、たくさんの小さな人影が飛び出してきたのです。

 

 「おまかせください! 小は、大をかねる! われら、ポメラニン、しのびの者たち!」

 

 それはなんともちっちゃくて、かわいらしい、動物の種族の者たちでした。くりくりとした、つぶらなひとみ。まるっこい顔。きいろや茶色のかみをうしろや上でたばねていて、身長はせいぜい、四フィートもないくらいです。かれらはみな、きいろと黒のツートンカラーの、おそろいのユニフォームを着ていました(よろいではありません)。同じデザインの半ズボンすがたで、ひじやひざこぞうには、かわでできたパットをつけております。そして半ズボンのおしりからは、小さなかわいらしいしっぽが、ぴょこんと飛び出していました。

 

 ポメラニン、その名まえをきけば、かれらがなんの動物の種族なのか? おわかりでしょう。そう、かれらは犬の種族。それもその名の通り、ポメラニアンの種族の者たちだったのです(どうりで見た目もかわいらしいはずです。カルモトとなぜ仲がいいのかは、ふめいですが……)。

 

 「われら、ポート・ベルメル船団、二千! ベーカーランドのえん軍として、加勢いたします!」

 

 そしてその言葉につづいて……!

 

 「いっけえー!」 

 

 船の中からいっせいにポメラニンの大部隊が飛び出して、かれらはそのまま、黒の軍勢のそのまっただ中へとつっこんでいきました!

 

 

   ごろごろ! ごろごろ! ごろごろ! ごろごろ!

 

 

 これは! なんという変わった動きなのでしょう。かれらはそのまるっこいちっちゃなからだをまんまるにまるめて、そのまま地面の上をごろごろごろごろ! すごいはやさでころがっていったのです!(なるほど、ひじやひざこぞうにパットがついているのも、なっとくです。地面でこすれないようにするためでした。それによろいを着ていないりゆうも、これでわかりましたね。よろいを着ていちゃ、重くてごろごろ、ころがれませんもの。)

 

 そしてかれらは黒の軍勢の者たちのそのもとへととうちゃくすると……、そのまま、どっちーん! 体あたり!(まるでボールがいきおいよくぶつかったみたいに。)「ぐわっ!」黒の軍勢の者たちはそのまま四ヤードほども吹き飛ばされて、地面にたおれふします。そして、そこにすかさず。

 

 「そーれっ! やっちまえ!」

 

 たおれた兵士たちのひとりひとりに、それぞれ五人ずつほども!(大きなかいぶつの兵士たちに対しては、その三ばいほどの人数で)ポメラニンのしのびの者たちがわらわらとまとわりついて、その手に持ったこんぼうやら鉄のぼうやらで、たこなぐり! 敵の兵士たちはたまらず、ノックアウト。あわを吹いて、「う~ん……!」のびてしまいました(かわいいすがたのわりには、なんてえげつない戦い方なのでしょう……。かれらにかなう者はほとんどいないというのも、うなずける気がします……。ゆうがなネクタリアたちとは、えらいちがいですね)。

 

 今やポート・ベルメル船団の二千人のポメラニンたちの力が加わり、戦いの場にうでをふるうわれらが白き勢力の兵の数は、九千人以上! なんというたのもしい数なのでしょう!(じっさいの兵力はごうけい九千のえん軍を加えた、一万五百四十二というあつかいになりますが。

 ちなみに、もちろん黒の軍勢の者たちのうち、はじめは戦いに加わっていなかったひかえの兵士たちも、いうまでもなく、もうとっくにこの戦いの場に加わっていました。まさかかれらも、自分たちがじっさいに戦いの場に加わるなどとは、思ってもいなかったでしょうね。)

 

 ネクタリアたちや、ポメラニンたち。そしてわれらが白き勇士たち。かれらはみないちがんとなって、敵の波をつぎつぎにうち破っていきました。そのせいぎのいきおいには、黒の軍勢のおそろしいかいぶつの兵士たちでさえ、おじけづき、武器を放りすてて、逃げ出していくほどだったのです。しかしわれらが白き勢力の者たちは、もはやようしゃなどはしませんでした。ぜんなる力は、さらなるぜんなる力を生む。きせきの力は、このうえなお、とどまるところを知らなかったのです。

 

 

   ひゅううう……。ひゅひゅううう……。

 

 

 空の上からひびいてきた、とつぜんの物音。そして、つぎのしゅんかん。

 

 

   ぼーん! ぼぼん! ぼぼぼーん! 

 

 

 つぎつぎとまき起こる、ばくはつの音! いったいなにごとでしょう!

 

 見ると、今このいくさの場の空いちめんをなにかの青白いたくさんの物体が、じゅうおうむじんに飛びまわっていました。もっとよく見ると、それらはポメラニンたちと同じくらいの大きさの、動物の種族の者たちのようでした(すくなくともそのように見えました)。そしてそのなぞの者たちが空の上からつぎつぎに、白い、なにかまるくてふわふわしたものを、下の敵たちにむかって落としつけていたのです。それがさきほどのひゅううという物音を立てて、地面にぶつかって、ぼぼん! 大ばくはつを起こしていたというわけでした。いったいこれは?

 

 

 「ぐわっ!」「な、なんだこれは?」「う、動けない……!」

 

 

 ばくはつして飛びちったその白いものをその身にあびた敵の兵士たちは、みなそういって、身をよじらせました。見れば、さきほどの白くてまるかったものが、ねばねばとした水あめみたいなじょうたいになって、敵のからだにまとわりついていたのです!そして動けば動くほど、それは糸のようなものにかたちを変えて、敵のからだをぐるぐるとしばりつけていきました(今ではすっかりあたりいちめんに、この糸で手足をしばられて動けなくなった敵の兵士たちのすがたがありました。かれらはもう、なすすべもありません。まさに「手も足も出ない」じょうたいでした)。

 

 そしてそれから……。

 

 

   きいいーん……! きいいいーん! 

 

 

 またしても空を切りさいてむかってくる、なにかの物音。そしてよく見てみれば、その音は空の上を飛びまわっていたあの青白い色をしたなぞの者たちが、その身を急こうかさせて、つぎつぎといくさの場にとつげきしていく音だったのです!

 

 かれらのすがた、それはなんともめずらしいものでした。白くすき通った、かがやくようなはだ。白と青でデザインされたそでのないベストのような服を着ていて、えりもとをむすぶひものさきからは、白くてまるいぼんぼんがふたつ、かざられております。おそろいの青い半ズボンには、雲とつばさをあしらった、なにかのもんしょうのようなワッペンがひとつ、くっついていました。そして手には、かれらのすがたと同じく、なんともめずらしいデザインの、青いハンマーのような武器をひとつ、かかえていたのです。

 

 かれらは男とも女ともつかない、なんとも美しくてかわいらしい顔立ちをしていました。しかもみんなおんなじ、まだ八さいくらいの子どものように見えたのです。そしてそのいちばんのとくちょう。かれらのかみはリズやリストールと同じく、すき通るようなかがやく青色をしていました。そしてその青がみの上からは、腰までとどくかというくらいの、大きなふたつの青い色をした、うさぎの耳がたれ下がっていたのです。そしてかれらはその耳をぱたぱた動かして、空を飛んでいました!(ですがそれはただほんとうにぱたぱたと動かしているだけで、じっさいにこの耳によってからだをちゅうに浮かべているのだとはとても思えませんでした。かれらが空を飛べるのには、なにかほかのりゆうがありそうです。)

 

 さらに、かれらのおしりからは、ぴょこん! まるくてかわいいうさぎのしっぽが飛び出していました(それもかみの毛と同じく、青でした)。つまりかれらは、空飛ぶうさぎの種族ということになるのです。ですけどこのアークランドにこんな空飛ぶうさぎの種族の者たちがいるなんてことは、今までだれもきいたこともありませんでした(ふつうのうさぎの種族ラビニンたちや、空飛ぶねこの種族の者たちならいましたけど)。

この世界にはまだまだ、みんなの知らない種族の者たちもたしかにそんざいしています。ですが今、目の前にあらわれたこのふしぎな種族の者たちは、その中でも飛びぬけて変わった者たちでした。いったいかれらは、なに者? どういうりゆうがあって、かれらはこの場にかけつけてくれたのでしょうか?(味方であることには、まちがいなさそうですが。)

 

 そのなぞの青うさぎの者たちは、そのまま糸にからめとられて動けなくなっている敵のただ中へと、つっこんでいきました。そして……。

 

 がっこーん! 

 

 手にした大きな青いハンマーのような武器で、かれらは敵の兵士たちのことを、もんどうむよう、なぐりつけたのです!(もう動けないのに!)

 

 かれらはなぐりつけた敵の近くに、ふわん! おり立つと、そのまますたすたとその敵のそばまで歩いていきました。そして相手のすぐ目の前に立つと、そのままむごんで、じいっ、その敵のことを見つめはじめたのです(しかも顔色ひとつ変えない、む表じょうのままで)。

 

 「な、なんだ! おまえは!」動けない敵の兵士が、そういったとたん。

 

 がこん! 

 

 ふたたび青うさぎの者が、手にしたハンマーでその敵をいちげき!(もう動けないのに。)

 

 「ぐわっ!」

 

 敵の兵士はたまらずぶっ飛ばされて、地面にたおれふします。そしてその青うさぎの者は、たおれた敵のその頭のすぐ横まですたすたと歩いていくと、そのまま、ちょこん。しゃがみこんで、目の前から相手の顔を、じいっ、またしてもむ表じょうのまま見つめはじめました(いったいなんなのでしょうか……?)。

 

 「や、やめろ! なんなんだ、おまえは!」そして敵の兵士が、ふたたびそういったとたん。

 

 がこん!

 

 たおれている相手に、またしてもハンマーがさくれつ!(三回目です。なんだかちょっと、かわいそうな気もしてきましたね……)もう敵の兵士は、かんぜんにノックアウトです(動けない相手をようしゃなくぶちのめす。かわいいすがたと顔をしているわりには、なんてえげつない戦い方なのでしょう……。そのえげつなさは、ポメラニンたち以上かもしれません……)。

 

 そして敵の兵士が、つぎのようにいったときのことでした。

 

 「わ、わかった……! おれの負けだ! もう、かんべんしてくれ……!」

 

 その言葉をきくと、青うさぎの者は、にこっ! まんめんの笑顔を見せると、ふたたび耳をぱたぱた動かして、空の上へと消えていったのです(う~ん、ほんとうに、なんだったのでしょうか? なんだかちょっと、こわい……。「た、助かった……」たおれた敵の兵士がそういって、頭を地面の上に、ぼふっ! もたれかけさせてしまったのはいうまでもありません)。

 

 そしてそのとき……。

 

 

 「アークランドの者たちよ! わたしもびりょくながら、力を貸すぞ!」

 

 

 空の上から、よくひびくたくましい声がひびき渡りました! みんながそちらの方を見てみますと、ひゅううう! どこからともなくいちじんのたつまきがあらわれて、そのたつまきは見るまにぐるぐると、白いへびのようなすじとなってからみあい、まわりはじめていきました。そしてそのたつまきの中からあらわれたのは……。

 

 なんともふしぎ! たくさんの白いすじがより集まって、人のすがたをかたち作っていったかと思うと……、つぎのしゅんかんにはそこに、まっ白な服を着たひとりの老人が立っていたのです!(これはなにかの魔法でしょうか?)そしてさきほどの声は、この老人がさけんだ言葉のようでした。

 

 その老人は、ほんとうに白ずくめでした。人間のおじいさんのようなすがたで、長くてさらさらしたまっ白なかみを、みつあみにしてうしろでひとつにむすんでおります(おじいさんだからかみが白いのか? それとももともとなのか? わかりませんが。ちなみに、かみのさきはまっ白なリボンでとめられていました)。ひょろりとした背かっこうで、その(色白の)顔はやせこけておりましたが、長くてりっぱな白いおひげのおかげで、じつにどうどうとして見えました。全身には足のさきまでとどくほどの、白いガウンをまとっております(とうぜん、はいているくつも白ですし、腰にまいているベルトも白でした)。そしてその(色白の)手には、長さが六フィート近くもありそうな、白くて長いつえをにぎっていました(このつえは木のように見えましたが、なにからできているのか? ぜんぜんわかりませんでした)。

 

 こんなかっこうでしたから、その場にいるみんなはひとめ見ただけで、すぐにわかったのです。この人はなにかしらの魔法を使う、まじゅつしであるのにちがいないと。そしてじっさい、その通りでした(そのまんまですいません。まあこんなときには、ひねりを加えてもしょうがありませんし)。

 

 「ずいぶんとおそくなってしまったが、どうやらまにあったようだな。かれらがほんとうに、よくやってくれたようだわい。」

 

 とつぜん、その白ずくめのおじいさんのとなりにもうひとりのおじいさんがあらわれて、いいました。こちらはたつまきではなくて、ひゅうう……、というすこしの風が吹いたかと思ったら、つぎのしゅんかんには、もうそこにあらわれていたのです。いったい、このおじいちゃんたちはなに者?(ぜったいにただ者ではないでしょうけど。)

 

 しかし白ずくめの老人の方は、みなさんははじめて見る顔でしたが、もうひとりの老人の方、それは読者のみなさんにとっても、とてもなじみのあるなつかしい顔でした。

 

 全身うすよごれて、すりきれた衣服。茶色のくたびれたマント。肩からは大きなかわでできたかばんをひとつ、かけていて、足もとにはぺたんこのくつをはいております。そして手には、そのさきに白いすいしょうのはまった、長い木のつえを持っていて……。

 

 だれだかもう、おわかりですよね。

 

 そう、そこにあらわれたこの老人は、まさしく世界さいこうのけんじゃとうたわれる、ノラン・エルセルファス・クーシー、その人でした!

 

 

 ついにノランが、この戦いの場にやってきたのです! ノランはほんとうに、よく動いてくれました。まず、このいくさのまさにきぼうの力となった、ネクタリアたちのえん軍。かれらを動かすために、リストールをふくむリュインの者たちのことをすくい出すようにと岩のけんじゃリブレストにはたらきかけてくれたのは、ノランだったのです(そしてそのノランの声にこたえて、リブレストとたくさんの仲間たちがすばらしいかつやくをしてくれたのは、みなさんもごぞんじの通りです。さらに、リストールのことを守るためにそのいのちを張ってまでつくしてくれた、レシリア、ルースアン、ハミールに、キエリフ、かれらもほんとうにすばらしいはたらきをしてくれました)。

 

 そして新たなえん軍。木のけんじゃカルモトによびかけて、木の軍勢の者たちをこの場にかけつけさせようとしてくれたのも、ノランでした(ですが、それはしっぱい。さきにお伝えしました通り、カルモトの大きなうっかりにより、ノランはカルモトとれんらくを取ることができずに、あてにしていたえん軍をよびよせることができませんでした。でもそのかわりに、ロビーたちがその大きなやくめを果たしてくれることとなったのです。さいしょのよていだった木の軍勢の者たちではなくて、それよりもっと、大きな勢力。ガランタのポート・ベルメル船団という、強力なえん軍となったわけですが。

 

 ちなみに、この「木の軍勢の者たち」というのは、カルモトの作り上げた木の兵士たちのことではありません。木の兵士たちはただの木からカルモトの魔法により作り上げたものですので、こうげきの魔法を使ってはならないという、いくさのルールにいはんしてしまうのです(魔法で兵士を作ってそれでこうげきすることは、こうげきの魔法を使っていることになるのです)。そのかわりノランはカルモトに、はるかなむかしにさかえたという木の王国に眠る、八百名ほどにもおよぶ木の軍勢の者たちのことを、えん軍としてつれてきてほしいとたのむつもりでした。この木の軍勢の者たちは、切り分け山脈のおく深く、だれも知る者すらいないようなうちすてられた土地に、ひっそりと眠りつづけている者たちでした。この木の軍勢の者たちは、いちど目ざめさせると三日ほどでそのかつどうを終え、もとの山の中にみずから帰っていってしまいます。そしてふたたび、百年の眠りについてしまいました(よく眠りますね!)。その木の軍勢の助けをかりることができるのは、木のけんじゃである、カルモトだけだったというわけなのです)。 

 

 ノランはただ、かれらのことをせっついただけかもしれません。しかし人の力というものは、みんなの力なのです(それが人のほんとうの強さなのだと、ロビーもいっていましたね)。ノランの力は、みんなのことを動かす力。そしてみんなの力はまた、ノランのことを動かす力となるのです(ノランがほんとうに力あるけんじゃといわれているのには、そういうりゆうがありました。たくさんの人の力を、かりることができる。こんなにたのもしいことはありません。ノランには、そのいだいなる力があるのです)。

 

 

 そしてノランはここにきて、さいごにもうひとつのえん軍をよびよせてくれました。

 

 

 わたしはいぜんから、みなさんにお伝えしていました。このアークランドにはノランいがいにも、三人の力強きけんじゃたちがいると。ひとりは木のけんじゃ、カルモト。もうひとりは岩のけんじゃ、リブレスト。そして……、ここまできたら、もうおわかりでしょう。ノランのつれてきた、えん軍。それはまさに、三人目のそのさいごのけんじゃのもとにつどいし、けんじゃの力のえん軍だったのです!

 

 

 お待たせいたしました。ついに、そのすがたがあきらかに!

 

 

 さいごのけんじゃの名まえは、ランスロイ。空のけんじゃとよばれている、力強き白のけんじゃでした。そしてそのランスロイこそが、今ノランとともにこのいくさの場にあらわれた、さきほどの白ずくめのおじいさんだったのです!(思えば、とうじょうのしかたもやっぱりすごかったですよね!)

 

 空のけんじゃランスロイ、それは木のけんじゃカルモトや岩のけんじゃリブレストよりも、さらに伝説的なまでのそんざいでした。みんながその名まえを知っていましたが、じっさいにそのすがたを見たという者は、ほとんどといっていいくらいにいなかったのです(全身白ずくめの衣服を着ているといううわさがありましたので、白のけんじゃともよばれていたのです。そしてそのうわさはほんとうでしたね)。

 

 それもそのはず、ランスロイはみんなの目のとどくようなところには、まったくいませんでしたから。つまり巨大な木の中の家や山おくのどうくつなど、どこかにかくれ住んでいるのなら、まだ見つけられないこともありません(かなりのくろうは必要でしょうけど)。しかしランスロイは、そんなところにさえもいなかったのです。それはつまり、足で歩いては見つけることができないということでした。すくなくとも、つばさを持っていたり、空を飛ぶ魔法が使えたりしなくては。

 

 そう、ランスロイは空の上に住んでいたのです! それも一年中あつくたれこめた、まっ白な雲の中に。これではいくらさがそうとしたって、見つかるはずもありません。ランスロイは人の世界から遠くはなれたその空の上で、長い長いけんきゅうせいかつを送っていました(まさに雲の上の人ですね)。

 

 そのランスロイのえん軍、じつはそれこそが、さきほどからこの空の上をぱたぱた耳で飛びまわっている(そして動けなくなった敵をぶちのめしまわっている)、あの青いうさぎの者たちだったのです。

 

 あのうさぎの者たちは、じつははっきりとした生きものたちではありませんでした。見た目はうさぎの種族の者のようでしたが、ほんとうは雲と風のエネルギーで作られている、いわば精霊のようなそんざいだったのです(ですから空を飛べるのも、なっとくでした。かれらは精霊のようなしんぴ的なエネルギーによって、空を飛んでいたのです。やっぱり耳で飛んでいたわけじゃなかったんですね)。ランスロイは空の上高くに飛びまわっていたかれらのことを見つけ、かれらと意志のそつうをはかることにせいこうしました。そう、かれらはランスロイが作った魔法的な生きものというわけではなくて、もともとこのアークランドの空の上に住んでいた者たちだったのです(そしてかれらはランスロイがかれらのことを見つけたそのときから、もともとうさぎのすがたをしていたのです。まったくもって、じつになぞの者たちです)。かれらは言葉を話すことはありませんでしたが、ランスロイは魔法の力をもって、かれらと会話をすることができました。そしていつしかランスロイのまわりには、数えきれないほどの青うさぎの者たちが、集まるようになったのです(すっかりなつかれてしまいましたね)。

 

 かれらは(かれらの言葉でいいあらわすのなら)レビラビという者たちで、はるかなむかしから、このアークランドの空の上に住んでいるのだということでした。かれらは食べることも眠ることもしません。雲と風のエネルギーをその身に受けて、暮らしていくことができたのです。そしてかれらは自分たちのすがたを、好きなように変えることができるのだということでした。ちがうデザインの服にしてみたり、ちがうかみがたにしてみたり(ずいぶんとべんりですね。そしてあのハンマーのような武器も、じつはかれらがそのからだの一部のかたちを変えて、作り出したものだったのです)。ふだんは空飛ぶうさぎのすがたをしておりましたが、それをいつまでつづけるのかはわからないそうでした(かれらはだれかひとりが気まぐれでそのすがたを変えると、みんないっせいに同じすがたに変わっていくのです。ちょっと前までは、空をおよぎまわるイルカのすがただったということですが、それもまたおもしろいですね。そしてしばらくたってそのすがたにあきる(?)と、またもとのうさぎのすがたにもどるのだそうでした。きほんはうさぎというところは、変わらないみたいです)。

 

 そのレビラビという者たちが、今ランスロイ(とノラン)のよびかけにこたえて、このいくさの場にかけつけてくれました。そしてレビラビたちはぼんやりとしていて深く考えていないようにも見えますが、この世界をあいすることにかけては、だれよりも強い思いを持っていたのです。かれらのもくてきはただひとつ、このアークランド世界のへいわを守ること。ランスロイはレビラビたちに、ひとつだけいってきかせました。「必要以上に戦ってはならんぞ。相手がこうさんすれば、それでよいのだからな。」そしてレビラビたちは、その「いいつけ」をじつにすなおに守ったのです。つまり……、相手がこうさんするまではずっとなぐりつづける必要があるのだと思って、その通りに行動しました!(ようするに相手がこうさんするまでのあいだの戦いが「必要な戦い」なのだと、レビラビたちは受け取りました。じつにすなおというか、なんというか……)あのなんともおかしな(そしてえげつなくてちょっとこわい)戦い方は、そういうわけからだったのです(そして、なるほど、相手が「おれの負けだ」といったとたん、にっこり笑って、戦うのをやめましたよね。あれもランスロイのそのいいつけを、しっかり守っていたというわけです。ほんとうにすなおです。

 

 ちなみに、はじめに敵に投げつけていたあの白くてふわふわしたまるいものは、自身の持つ雲のエネルギーを切り取った、ばくだんのようなものでした。レビラビたちはこの雲のエネルギーを使って、敵をこうげきすることもできたのです。これはレビラビたちの持つ自分ほんらいののうりょくでしたので、いくさで使うことができました。おそろしいハンマーのこうげきよりは、こっちの方がましですね)。

 

 「われら、ランスロイ空軍、千八百! およばずながら、ベーカーランドのえん軍として、加勢つかまつる!」

 

 ランスロイのたくましい声がひびき渡りました(ひょろりとしたからだのわりには、いい声です。ちなみに、レビラビたちのズボンについている雲とつばさのもんしょうは、ランスロイの使っている空のもんしょうでした。ランスロイがレビラビたちに「われらの軍のあかしとして、このもんしょうをつけるといい。」というと、レビラビのひとりがさっそく自分のからだのデザインを作り変えて、そのもんしょうと同じデザインのワッペンを、ズボンの上に作り上げたのです。そしてひとりがそれを作ったら、みんなが自分のズボンに、おんなじワッペンを作っていきました)。

 

 さあ、これでいよいよ、戦いの場につどいしわれらが白き勢力の兵の数は、一万人をこえたのです!(ついに一万人の大台をとっぱです!)ワットの黒の軍勢がいかに兵士たちをかき集めたとはいえ、いかにおそろしい力を持ったかいぶつの兵士たちをそろえたとはいえ、このぜんなる力の前には、とうていおよぶものではありませんでした。ときここにきて、戦いの場に立ちつくす黒の軍勢のかれらが思い知ったこと。それはただひとつ、「かなわない」、それだけだったのです。

 

 

 黒の軍勢の者たちは、今やその数を三ぶんの一以下にまでへらしていました(もとが六千人でしたから、つまり二千人を下まわっているということでした)。ですがわれらが白き勢力、よりつどったぜんなる力の者たちは、なお力強く、その悪しきやみの軍勢に立ちむかっていったのです。

 

 数の力を失った、ワットの黒の軍勢。そうなったかれらほど、もろいものはありませんでした。もともと黒の軍勢というのは、あっとう的なまでの数の差、武力の差によって、相手を痛めつけるという者たちなのです。それができなくなった今、かれらはまとまりの取れない、ただのごちゃごちゃとした集まりの者たちにすぎなくなっていました(かれらはきちんとしたいくさのくんれんなども、ほとんど受けていませんでしたから)。ですからかれらはしきかんたちのいうこともきかず、ひええ! われさきにと、いくさの場のうしろへ逃げつづけていったのです。

 

 

 べゼロインまでもどるんだ! そこでもういちど、体勢をととのえてやればいい!

 

 

 黒の軍勢の者たちは、みなそう思っていました。しかしかれらはそこで、またしても、つづくぜんなる力のはんげきを思い知ることになったのです。

 

 「べゼロインだ!」

 

 追っ手からのがれ、べゼロインまでたどりついた、黒の軍勢の者たち。かれらがそういって、ほっと胸をなでおろした、まさにそのときのこと。かれらはそこで、思わぬものを目にしました。

 

 「な、なんだ……? あれは?」

 

 黒の軍勢の者たちが目にしたもの、それはとりでの上をうめつくさんばかりにじん取っている、敵の兵士たちのすがただったのです! そして見たこともないようななにか巨大な岩のようなかいぶつたちが、そのあいだに立ちつくしていました!(もはやいうまでもありませんよね。これらの者たちはもちろん、けんじゃリブレストのひきいるリュインの二百名の勇士たちと、岩のロボットたちなのです!)

 

 「ど、どういうことだ! べゼロインは今、魔女の三姉妹たちが守っているはずだぞ! 敵の手に渡るなんてことが!」

 

 黒の軍勢の者たちはみなとても信じられないといった顔をして、ただただあわてふためくばかりでした。そしてそんなかれらのことをむかえうつかたちで、べゼロインの上のわれらが仲間たちがさけんだのです。

 

 

 「われら、せいぎのたみ! アークランドの白き勢力!」

 

 

 その言葉につづいて、かれらのうしろからあらわれたのは……。

 

 な、なんと! これは!

 

 それは目をうたがってしまいそうなくらいの、なんともおどろくべき光景でした。そこからあらわれたのは……、たくさんのウルファの者たち! しかもただのウルファではありません。黒いかみ、黒いしっぽ……。 

 

 

 そう、あらわれたのはワットにとらえられ、やみにとらわれてしまっていたはずの、レドンホールの黒のウルファの者たちだったのです!

 

 

 さあ、たいへんなことになってきました。今やべゼロインとりでの上は、リュインの人間の兵士たちとはい色ウルファの兵士たち、そしてレドンホールの黒のウルファの兵士たちによって、すっかりうめつくされていたのです!(黒のウルファの人数は、全部で八百人ほどもいました!)それにしても、いったいどうして、とらわれの黒ウルファの者たちがここにいるのでしょうか?

 

 「どうやら、あてがはずれたようだのお。」

 

 一体の岩のロボットの頭の上からそういったのは、もちろんリブレストでした。あわてふためいている黒の軍勢の者たちに対して、そういったのです(ちなみに、あの五身がったいのきゅうきょくロボは、今ではもとの五体のロボットたちにもどっていたのです。ここでの戦いではロボットの数がすべてそろっている方が、つごうがいいからでした。ちょっともったいないような気もしますけど、もう魔法のこうげきを受けることもありませんからね)。

 

 「われら、岩のリブレストひきいる、べつどう隊、二百四名!」リブレストが、見下ろす敵たちにむかっていい放ちました(岩のロボットたちについてはいわゆる「工作物」あつかいになりますので、兵の数には加えられませんでした。でもじっさい、おそろしい兵力ですけどね……)。

 

 「そして、われら、レドンホールの黒のウルファ、八百二十七名! 義により、ベーカーランドの白き勢力にすけだちいたす!」

 

 そういって、かれらはその手に持った大きな剣をかまえ……、いえ、ちがいました。かれらがかまえたのは、剣ではなかったのです。かれらが持っていたのは……。

 

 なんともおかしなかたちをした、岩でできた「つつ」のようなものでした。長さは四フィートくらい。つつのさきっぽにはなにかロケットみたいなかたちをしたものがひとつ、取りつけられております。手でにぎる部分がどうたいから下にのびていて、それをにぎったうえで、全体を肩にかつぐようなかたちでかまえました(なんだかどこかで見たような気が……)。

 

 「もくひょう、よーし! ねらえい!」

 

 

   じゃきん! じゃきじゃき、じゃきーん!

 

 

 リブレストのかけ声にあわせ、黒のウルファもリュインの者たちも、さらには、ぎゅいいん! ごいいん! 岩のロボットたちまでもが、いっせいに、そのつつのようなものやロボットのうでを、黒の軍勢の者たちにむけてかまえました! それから……。

 

 

 「うてい!」

 

 リブレストの、ごうれいいっか!

 

 

   しゅばっ! しゅばしゅばっ! しゅばばばばっ!

 

   しゅごごごごー! しゅごごー!

 

 

 その岩のつつのようなもののさきっぽに取りつけられた、岩でつくられたロケットのようなものと、岩のロボットたちのとく大きゅうの岩のミサイルたちが、いっせいに、それぞれの手もとから飛び出したのです!

 

 そして……。

 

 

   どごーん! 

 

   どごどごどごどご、どごどごどごどご、どごどごどごどご、どごどごどごど!

 

   どっごおおーん!

 

 その岩のロケットやミサイルたちのむれが、敵のただ中に雨あられとふりそそぎました! これはきつい!(それにしても……、う~ん、兵士たちの持っている、ロケットをぶっ放すこの武器。これはやっぱり、ロケットランチャ……、ごほん! いえ、たぶんちがいます。ここはじゅんすいな、ファンタジーの世界なのですから。それにそっくりの、ファンタジーな武器なんです。それにしても……、リブレストさんの作るものって、どれもみんなしげき的!)

 

 「ぎゃああ!」「ぐわあ!」「ひえええ!」

 

 なすすべもなく逃げまどう、敵の兵士たち。かれらは剣もたても放りすてて、逃げるのでせいいっぱいでした(ところで、こんなにたくさんのロケットランチャ……、いえ、武器を、リブレストさんはどこから持ってきたのでしょうか?(たんじゅんな剣なら岩をけずってあっというまに作り上げることができましたが、こんなにふくざつな武器では、さすがにむりですよね。)こたえは、岩のロボットたちにあり。このロボットたちの足やからだの中には、たくさんの武器がしゅうのうされていたのです。カバーをぱかっ! とあけると、その中にはなん百という岩の武器がかくされていました。いろいろひみつがあるんですね!)。

 

 「がっはっはっは! 逃げろ逃げろ、がきんちょどもが! このリブレストと仲間たちがいるかぎり、このとりでには、いっぽも近づけさせんぞい!」リブレストが、ごうかいに笑いながらいいました。

 

 

 今や黒の軍勢には、うしろに下がって力をととのえるための、そのささえとなる場所すらもまったく残されてはいなかったのです。それはほんとうに、リブレストとその仲間たちのおかげでした。その仲間たちに新たに加わった、黒のウルファの者たち。それではこのあたりで、かれらがどのようにしてこのリブレストべつどう隊に加わったのか? そのわけをご説明することにしましょう。

 

 魔女の三姉妹のことをしりぞけ、べゼロインとりでをうばいかえすことにせいこうした、われらが仲間たち。それからリブレストをふくむ五人の者たちが、うしろにひかえている仲間たちのことをとりでによびよせようと、むかえにいったときのこと。かれらはそこで、思わぬものを目にしたのです。それは南の山の方からあらわれた、たくさんの黒いすがたの者たちでした。ワットの者たちか! とっさにかれらは身がまえましたが、すぐにそうではないということが知れました。頭の上につき出た、ふたつの耳。おしりから生えた、大きなしっぽ。そして、その黒い毛の色……。そうです、その者たちこそが、かれらレドンホールの黒のウルファの者たちでした! でもやみにとらわれているはずのかれらが、どうやって自由の身になれたのでしょうか? そのこたえはひとつ、青き宝玉の力でした。

 

 ときここにきて、おさえつけられていた光の力をいっきにはき出すかたちとなった青き宝玉は、黒ウルファのかれらの中にふきこまれていたそのおそろしいやみの力ですら、うち消したのです。その強大な力は、たとえエリル・シャンディーンの王城からなんマイルとはなれていたとしても、ひびき渡りました(さすがにワットやレドンホール、怒りの山脈の中までには、その力はとどきませんでしたが)。そして、べゼロインとりでからほど近い、南東の山がく地。そこに、ワットのかりのちゅうとん地があったのです。そこはいくさに必要な品物や兵士たちのことを一時的に集めておくための場所で、べゼロインにせめいるさいに、ワットの者たちが使っていたところでした。黒のウルファの者たちは、まさにその場所にいたのです。べゼロインをせめ落としたあと、ワットの者たちはもはや戦いには使いものにならなくなった黒ウルファたちのことを、この場所におしこめるようにしておいておきました。それも、とりでをせめるときに使ってもう用ずみとなった、たくさんの黒鳥や、こわれた武器などといっしょに。そう、黒のウルファの者たちは、まるっきりがらくたのようなあつかいを受けて、ここにおしこめられていたのです(なんというひどいあつかいなのでしょう! 今までさんざん、いいように使っておいて!)。

 

 そして宝玉の光がひらめいた、そのしゅんかん。

 

 

 「……な、なんだ? ここはどこだ?」

 

 

 青き宝玉のそのせいなる光の力を受けて、黒ウルファの者たちのことをおおっていたやみは、消え去りました。そしてかれらはたちまち、ほんらいの自分を取りもどしたのです。

 

 

 「どうしてわれらは、こんなところにいる!」

 

 

 見張りのワットの兵士たちがかけつけたときには、もうかれらはおしこめられていたそのたてもののとびらをぶち破って、そとに飛び出していくところでした。そして、あわれ見張りの兵士たちは、黒ウルファたちのせいぎと怒りのてっけんを受けて、ノックアウト! 黒ウルファたちはそのままちゅうとん地の中をあばれにあばれ、そして今までのことのすべて、さらには西のエリル・シャンディーンの地でさいごの大けっせんがおこなわれているということなどを知ると(それらはもちろん、つかまえた敵の兵士たちからきき出したのです。こぶしでもって)、いてもたってもいられず、武器をうばって、西の地へとむかってしんげきしていったというわけでした。その黒ウルファの者たちが、われらがリブレストべつどう隊の者たちに出会ったというわけなのです。

 

 そしてもうひとつ、忘れてはならない仲間たちのそんざいがあります。それは……、そう、べゼロインでの戦いで黒ウルファたちの持っていたやみの剣で切られ、やみの力にとらわれてしまった、白き勇士たちのことでした。かれらは今、エリル・シャンディーンの王城でふたたびもとの自分を取りもどす、そのときを待っていたのです。そしてまさに今、そのときをむかえることになりました。

 

 

 「かれらが、かいほうされた! やみの力は、はらわれた! 宝玉のおかげだ!」

 

 

 かれらのせわをしていたお城の者たちは、みな口ぐちにさけびました。青き宝玉はべゼロインでの戦いでたおれたかれらたくさんの仲間たちのことをも、また、その悪しきやみのじゅばくからとき放ったのです。 正気を取りもどしたかれらは、もちろん、もういてもたってもいられません。ワットの黒の軍勢に対する怒りが、めらめらとあふれかえってきました。

 

 

 「われらも戦うぞ! ワットのおうぼうを、ゆるしてはおけぬ!」

 

 「おおーっ!」

 

 

 そうしてかれらはいくさのしたくもそこそこに、剣をひっつかむと、それぞれの騎馬たちにまたがって、いくさの場にむかって飛び出していったのです。兵力、六百五十八。さらなるせいぎの力のとうじょうでした。

 

 

 そして、ちょうどそんなときのこと……。

 

 みなさんは、あとひとり、敵の大物が残っているということをおぼえていますでしょうか? それは魔界の王ギルハッドとその手下の軍勢のことを、この戦いの地によびよせたちょうほんにん。そう、やみのけんじゃガノンです(そういえば、いましたね! すっかり忘れて……、いや、ええと、とにかく、かれがまだ残っていたのです)。ガノンもまた、おそろしい力を持ったまじゅつしでした。ですがまじゅつしは戦ってはならないという、いくさのルールがあります。ですからガノンは自分でよびよせた悪魔の軍勢の者たちに戦いをまかせ、自分は小高い丘の上にじんどって、戦いのようすをじっと見守っていたというわけでした(見守ってというより、高見のけんぶつといった感じでしたけど。取りまきのふたりの美女たちにうちわでぱたぱたあおがせて、自分はパラソルのかかったいすにふんぞりかえり、ジュースを飲んでいたのです。そのすがたはまったくの、わがままなおぼっちゃんといった感じでした。いかにもガノンらしい)。

 

 「お、おい……、いったい、どうなってるんだ!」

 

 白き勢力のえん軍たちがどんどんとあらわれて、戦いのようすがすっかり変わってしまうと、ガノンはいすから飛び上がってあわてふためきました。ギルハッドがやぶれたときも、「あのやろう、あっさり負けやがった! 使えないやつだな、まったく!」とどくづいていただけでしたが、ときここにきて、ガノンはほんとうにあわてていたのです。

 

 まさか、ワットの黒の軍勢が負けるなんてことが……。そんなことになったら、おれのハーレムけいかくはどうなるんだ! 話がちがうぞ!(やっぱりガノンは、ワットとそんなやくそくをしていたんですね、まったく……。え? ハーレムってなに? ですって? よい子のみんなは知らなくていいです!)

 

 「おのれー! こうなったら、おれさまの魔法で、じきじきに、ベーカーランドのれんちゅうをやっつけてやる!」

 

 これはルールいはんです! まじゅつしは、いくさで戦ってはいけないのですから! でもガノンはもう、やけっぱちでした。どうしても、自分の(ハーレムの)やくそくをワットに守らせる。そのためにはルールいはんだろうがなんだろうが、そんなものはおかまいなしだったのです(ほんとうにひきょうなやつです!)。

 

 「見てろよー! おれさまのこのさい強のつえで、ベーカーランドのれんちゅうを、ぎったんぎったんの、ばったんばったんの、けちょんけちょんにして……」

 

 そのとき。

 

 

   ぼふん!

 

 

 「……え?」

 

 ガノンの持つそのつえのさきっぽから、黒いけむりが上がりました。そしてつえはそのまま、ぷすぷすというかわいた音を立てるだけの、ただのがらくたになってしまったのです!

 

 「な、なにー! ちょっと! これ、どうなってんの! いなずまよ、出ろ! で、出ないよー! そんなあー!」 

 

 宝玉の力はガノンのそのやみの力をも、はらいのけたのです。つえはもう、使いものになりませんでした。そしてガノンほんにんもたよりきっていたそのやみの力を失い、もはやただのひとりの、わがままなおぼっちゃんになってしまったのです(ガノンの魔法はすべて、やみの力によるものでした。ですからやみの力を失った今、ガノンはまったく、魔法を使うことができなくなってしまったのです。しかもうばい取られたやみの力は、同時に、ガノンのまじゅつしとしてのそのもともとのししつの部分すらうばい去っていってしまいました。もはやガノンがこんご、魔法を使うことはもうむりでしょう。いくら魔法のべんきょうをしたとしても、魔法を使うためのそのもともとの根っこの部分まで失われてしまっているのなら、どうにもなりませんでしたから。

 

 ちなみに、ほんとうのガノンはもうなん百さいというねんれいで、魔法の力によって今の少年のすがたをうつしていましたが、ガノンは魔法のくすりによってそのすがたをたもっていました。そしてそのくすりのききめはやみの力にかんけいなく、なん百年とずっとつづくものでしたので、ガノンのすがたはそのまま、変わることはなかったのです。ふこう中のさいわいというやつでしょうか?)。

 

 このようなわけで、ガノンはそれから、このアークランドのためにせっせとその身をつくしてはたらくことになりました。もうだれも、かれのわがままをきいてくれる者はいないのですから。これですこしは、いいせいかくになってくれるといいんですけどね。

 

 「ぜったい、リベンジしてやるー!」大きな豆ぶくろをかついだガノンが、空にむかってさけびました。

 

 「こら! さっさとはこばんか! 新入り!」

 

 「はいっ!」

 

 新しいせいかつ(にもつはこびのアルバイト)、がんばってください、ガノンくん!(友だち作れよ!)

 

 

 

 (さいごの敵もかたづいて、これですべてがいっけんらくちゃく。)

 

 こうして、このアークランドの運命をかけたさいごの戦いは、終わりのときをむかえたのです。

 

 そのけつまつは……?

 

 ベーカーランドひきいる、白き勢力の大しょうり! 黒の軍勢の者たちはみな剣をすてて、かぶとをぬいで、口ぐちにさけびました。

 

 「負けだ負けだ! もう、ゆるしてくれー!」

 

 

 いくさの場にはじめから、ずっと立ちつづけている者たち。ベルグエルムもフェリアルも、ぼろぼろになった剣をずっとにぎりしめながら、今なおこの場に立ちつづけていました。そしてかれらの心の中は……、もはや言葉でいいあらわすことなんて、とてもできっこないでしょう。

 

 

 いまだかつてなかったほどの、さいあくのぜつぼう。そのぜつぼうのふちから、かれらはもどってきたのです。のぞみを信じつづけた、かれらの心、そしてたくさんの、アークランドのきぼうのたみたちの力によって……。

 

 

 「た、隊長……」フェリアルがなみだをぽろぽろこぼして、ベルグエルムにいいました。しかしベルグエルムはそんなフェリアルの肩にそっと手をおいて、やさしくほほ笑んでいうばかりだったのです。

 

 「なにもいうな。よくやった。われらはほんとうに、よくやったのだ。今はただ、すべての仲間たちにかんしゃしよう。」

 

 ベルグエルムとフェリアルは、そういってかたくだきあいました。それ以上のことは、もう必要ありませんでした。

 

 

 勇者たちの戦いは、こうしてここに、まくをおろしたのです。

 

 

 

 

 ほんとうに、長い長い道のりでした。ここまでみんなといっしょに旅をつづけてきてくれた読者のみなさんに、わたしは心から、おれいをいいたいと思います。

 

 ついにわたしは、この物語のさいごの場面を書くときをむかえたのです。この物語を書くにあたって、わたしはさまざまな場所をめぐり、さまざまな人たちに出会ってきました。時間にして、まるまる三年のさいげつ。その中のひとつひとつの出会いが、わたしに大きな力と、勇気を与えてくれたのです。それらのたくさんの出会いがなかったのなら、わたしは今こうして、ペンをとっていることはなかったでしょう。この物語は、みなさんの物語。みんなの力をあわせることによって生まれた、みんなの物語なのです(主人公がロビーであることに、ちがいはないんですけどね)。

 

 さいごにあたって、みなさんにこうしておわかれのあいさつをのべるきかいを与えてくださったことを、かんしゃいたします。ほんとうにありがとうございます。このごあいさつは、この物語のげんこうをすっかり書き終えたあとに、つけたしたものです。やはり、ともに多くの時間をすごしてくださったみなさんに、ひとことおれいをいっておきたかったものですから。

 

 ですがもう、わたしはいかなくてはなりません。わたしの住む世界へのとびらが、じきにしまってしまいますから。

 

 さいごのさいごに、わたしの名まえをみなさんにお伝えしておきたいと思います。わたしの名まえは、ゼルダ・エルリッチ。みなさんの住む世界とは、べつの時間、べつの世界に住んでいる、きろく物語作家です。このアークランドでのけいけんは、わたしにとって、ほんとうに意義の深いものとなりました。わたしはぜひまた、この世界にもどってきたいと思っています。

 

 では、みなさん。いつまでもおげんきで。またいつの日か、お会いできるといいですね!

 

 

 

 

 「父さん! ソシー!」

 

 今やがらがらとくずれ落ちてゆく、アーザスの城……。そのただ中、かつてアーザスのよこしまなる赤いキューブのあったぶきみな大広間の中で、ロビーはさけびました。

 

 アーザスがうちたおされてからというもの、アーザスのやみの魔法の力によってたもたれていたこの城のかべやはしらなどが、つぎつぎとくずれ落ちていったのです。てんじょうから、くずれた石のはへんがばらばらとこぼれ落ちてきました。その中でロビーは、たおれている自分のじつのお父さん、ムンドベルクにむかって、かけよっていったのです(これはムンドベルクがいちばん、ロビーに近い場所にいたからでした。ソシーの方が近ければ、ロビーはまず、ソシーのもとへむかったでしょう)。

 

 ムンドベルクの手を取り、そのからだをだき起こすロビー。ムンドベルクは赤いキューブのエネルギーにうたれて、もはや息もたえだえのじょうたいでした。

 

 「父さん!」

 

 ロビーがもういちど、父のことをよびました。そしてムンドベルクは荒い息をしながら、ようやくのことで、ロビーのそのよびかけにこたえたのです。

 

 「ロ、ロビー……」

 

 ムンドベルクはゆっくりとそのひとみをひらいて、わが子であるロビーのことを見つめました。ついに、運命によって分けられていた親子が、ひとつのところにもどったのです。ムンドベルクのことをしはいしていたアーザスのやみの力は、もはや消え去っていました。アーザスがやぶれたときに、いっしょにその力も消えていったのです。しかしムンドベルクのからだをむしばんでいたものは、それだけではありませんでした。ロビーに剣をたくすため、ムンドベルクはみずから、影の世界の者となっていましたから。

 

 (この影の世界というのは、アーザスのふういんされていたやみの世界とほとんど同じものでした。アーザスから剣を守るため、ふっかつしたアーザスが剣を取り出すことのできないように、この剣はこの影の世界の中へとふういんされたのです。いかにアーザスとて、ふっかつしたばかりで力の弱いじょうたいでは剣のふういんを破ることはできませんでしたし、かといってムンドベルクのように影の世界の者になってしまえば、まだ力の弱いアーザスはそのまま影の力に食いつくされ、もとの自分にもどることもできず、いずれはムンドベルクがそうなったように、ぬけがらのようなじょうたいになってしまうことでしょう。アーザスはそのことをよく知っておりましたので、ふういんされていた剣の前にさいしょにあらわれたとき、デルンエルムに「もう一回、やみの世界にもどるのも、ぜったいいやだしね。」といったのです。これは影の世界の者となって剣を取り出そうとすれば、自分もふたたび、ふういんされていたやみの世界と同じような世界にひきもどされてしまうということを、知っていたからの言葉でした。ちなみに、アーザスは「やみの世界」といいましたが、アーザスにとってはやみの世界も影の世界も、どちらも同じようなものでしたから。)

 

 その影の力はアーザスがやぶれた今なお、ムンドベルクのからだを深くむしばんでいました。みずからの意志をようやく取りもどしたというのに、ようやくわが子にさいかいすることができたというのに、もはやムンドベルクのからだはその影の力の前に、今にもかき消えそうな、はかないそんざいとなってしまっていたのです。じつにざんこくなことですが、これはムンドベルクがロビーの思いを受けて、ふたたびみずからの意志を影のしはいの中から、よび起こすことができたからのことでした。ぬけがらのようなじょうたいになっていたからだにふたたび意志をよびもどしたことによって、こんどは肉体を持ったからだそのものが、そのからだから分かれてかき消えていった影の方のすがたに、取ってかわっていってしまったのです……。しかもその影のすがたさえも、今ものすごい早さで、やみの中に消えてしまおうとしていました。影の者となったからだにもういちど自分の意志をよびもどすということは、それほどに、その肉体にふたんをかけることだったのです。

 

 そのからだはほんとうに影のように、あたりの景色の中にとけこんでしまっていました。かかえるロビーの手には、もはや、あたたかいぬくもりは感じられませんでした。

 

 「父さん……」

 

 ロビーはふるえる両手で、父のことをしっかりとかかえていました。しかしその父のからだは、もう空気のように、かるいものになってしまっていたのです。そのからだがすぐにでも消えてしまいそうだということの、あかしでした。

 

 「ロビー、大きくなったな……」ムンドベルクがそういって、静かにほほ笑みました。その目はロビーのことを、しっかりと見すえております。しかしムンドベルクの目には、もうほとんどロビーのすがたはうつってはいませんでした。さいごのときがやってきたのです。

 

 「ぼくのことを、守ってくれたんですね……。ありがとう……」ロビーはそういって、父のその手をぎゅっとにぎりしめました。ロビーの目からはぽろぽろと、なみだがこぼれ落ちていました。

 

 「ロビー……」ムンドベルクがその手をよろよろと起こして、ロビーの肩におきました。「ほんとうに、すまなかった……。おまえのことを、ひとりぼっちにしてしまって……」

 

 しかしロビーは、首を大きく横にふって、いったのです。

 

 「そんなことは、いいんです。ぼくのそばには、いつだって、たいせつな人たちがいるんだっていうことに、もう気づけたんだから。父さん、あなたがいつも、ぼくのことを、見守ってくれていたのだということも。」

 

 ムンドベルクはひとみをとじて、あふれるなみだをこらえようとしました。しかしそれは、かないませんでした。ムンドベルクのそのひとみから、大つぶのなみだがぽろぽろとこぼれ落ちていきました。

 

 「ロビー……、いや、ロビーベルクよ……」ムンドベルクがもういちどひとみをひらいて、いいました。「おまえはもう、ほこり高き、いちにんまえの、レドンホールのウルファだ……」

 

 「ここにおまえに、わが代々のラインハットの姓をさずける……。ロビーベルク・アルエンス・ラインハットよ……、おまえは、われらがほこり高き、レドンホールのたみ。そしておまえは、これからのレドンホールのことをになう、みちびき手となるのだ……」

 

 

 ここに、ロビーのちかいは果たされたのです。ロビーベルク・アルエンス・ラインハット。それがロビーの、ほんとうの名まえでした。

 

 

 そしてロビーが受けついだものは、それだけではなかったのです。ロビーはレドンホールの新しいみちびき手として、これからのくにのみらいを作っていかなくてはならないのですから(なにせロビーは、王子さま、レドンホールのしどう者なのですから)。

 

 しかしそれはロビーにとって、とてもほこり高く、めいよなことでした。ロビーは今、いちばんだいじなものをすでに手にしていたのです。それは仲間、たいせつな人たち、そして、人と人とのつながり、そこから生まれる力。その力があるかぎり、ロビーはもうだいじょうぶです。レドンホールのみらいもだいじょうぶです。アーザスによってほろぼされた? そんなもの、けちらしてやればいいんです! こわされたらもういちど、つくりなおせばいいんです! たくさんの人たちの新しい力を得て、前よりももっと、すばらしいくにに。

 

 

 みらいとは、そうやって作り上げられていくものなのですから……。

 

 

 ロビーはしぜんと、ウルファの敬礼のしぐさを取っていました。ムンドベルクの目には、もはやそのすがたもほとんどうつってはいませんでしたが、ムンドベルクにはそれで、じゅうぶんでした。みらいへとつなぐ、そのきぼうを、光そのものを、さいごのこのときに得ることができましたから。

 

 「レドンホールのみらいを、たのむぞ……」

 

 そして、ムンドベルクがそういって、そのひとみをとじていったときのこと……。

 

 

   ふおおおん! ばあーっ!

 

 

 とつぜん、ロビーの横におかれていた剣が、強く光り出しました! その光は今までのような、青と白の光ではありませんでした。なんともあたたかく、やわらかな、こがね色の光だったのです。その光はこの広間全体を、つつみこんでいきました。そしてロビーはそこで、なんともおどろきの光景を目にしたのです。

 

 剣から飛び出したそのこがね色の光が、たおれているムンドベルク、そしてソシーのことを、つつみこみはじめたではありませんか! ロビーはびっくりして、うでの中の父のことを見ました。こがね色の光はほんのりとしたねつを、ムンドベルクのからだにやどらせております。そしてさらに、おどろきのできごとが。

 

 さきほどまで空気のようにかるく、今にも消えてしまいそうなくらいに弱々しかったムンドベルクのからだに、はっきりとした力がもどっていきました!(これはまさにきせきでした。影の世界の者となり、影のそんざいとなった者が、もとにもどったことなんて、今までのれきしの中でただのいちどだってなかったことなのです。影の世界の者となるということは、やみの力にとらわれるということよりも、もっともっと重いことでした。それは今までの自分がまるっきりべつのものになってしまうということと、同じことだったのです。その影の世界の者となったムンドベルクのからだが、今かくじつにもとのすがたを取りもどそうとしていましたから、これはもうきせきというほかありません。それが今げんじつに、目の前で起こっていました!)

 

 ムンドベルクのからだに、もとの通りのしっかりとした重さがもどっていきます。その顔からはつめたい影の世界の色は消え、かわりにほんらいの人としての、あたたかなはだがもどっていきました。ロビーはもう、びっくりするばかりでした。そして広間のむこうでは、同じことがソシーのからだにも起こっていたのです。そしてそちらのできごとの方が、ロビーにとってはもっと、おどろきのできごとでした。

 

 アーザスのわなにより、半分のからだとなってしまったソシー。そのソシーのからだがこがね色の光につつまれて、どんどんと、もとの人のかたちへともどっていったのです! しかも、ただ人のかたちになったのではありません。なんとなんと、ソシーは人形ではなく、いのちあるからだを持った「人」そのものにすがたを変えていきました!ええーっ!

 

 今やそこにたおれているのは、ほんとうにひとりの少女でした。かみも顔もお洋服も、すべてもとのソシーのまんまです。ただひとつ今までとちがうところは、ソシーがほんとうに、生きた人のからだになっているというところでした。

 

 そのとき……!

 

 

 「ロビーベルク。あなたはほんとうに、よくやってくれました。」

 

 

 ロビーの頭の中に、いぜんソシーと出会ったトンネルの中でもきいた、あのふしぎな声が、ふたたびきこえてきたのです! それはなんともあたたかい、すき通るような美しい声でした。

 

 とつぜんのことに、ロビーはきょろきょろとあたりを見まわしました。しかしこの場には、そんな声のもととなるようなものは、どこにもありません。この声はほんとうに、ロビーの頭の中だけにひびいていたのです。

 

 「あなたはだれ? どこにいるんですか?」ロビーが声に出してたずねました。ですがなぞの声はそのまま静かに、ロビーの頭の中にひびいてくるばかりだったのです。

 

 

 「わたしは、ライブラ。このアークランド世界の女神です。」

 

 

 ライブラ! なんと、この声のぬしはこのアークランドの守り手たるふたりの女神たち、リーナロッドとライブラのうちの、そのライブラそのものでした!(今ロビーはこの世界の女神さまと、ちょくせつ話しをしていました! なんてすごいことなのでしょう!)

 

 

 「ほんとうにとくべつな力のもとに、わたしは今、あなたと話しをしています。ですが、この声があなたにとどくことは、もうこれでさいごになるでしょう。わたしたちの力が、このアークランド世界にちょくせつとどくことは、ないのです。この世界は、あなたたちのもの。われらがその手をじかに貸すことは、もうできないのですから。」

 

 

 女神の力、それは宝玉や剣といったすばらしき魔法の品々の中に、たしかにそんざいしているものでした。ですがライブラの言葉の通り、女神がちょくせつこの世界に手をほどこすことは、ふかのうだったのです。女神のその手は、この世界がつくられてさいしょの住人たちの手に渡されたときに、すでにこの世界のもとをはなれていました。世界をつくっていくのはその世界に住む住人たちなのであって、女神ではないのです。それが、すべての世界のおきてでした。今女神ライブラが自身の住むそのとくべつな世界からロビーに話しかけることができていたのは、ライブラのいう通り、ほんとうにとくべつな力によるものだったのです。その力とは、剣とロビーのつながり、そのものとよべるものでした。そのロビーのきゅうせいしゅたるとくべつな力が、今ライブラとちょくせつ、意志のそつうをはかることをかのうにしていたのです。

 

 (そしていぜんトンネルの中できいたあのふしぎな声も、まさしくこの女神ライブラのものだったのです。イーフリープで剣の力の意味を学び、新たなる力を身につけたことによって、ロビーは女神ライブラとのきょりをちぢめ、そのけっか、女神の声をじかにきくことができるようになっていました。そして剣はそのとき、その新たなる力によってアーザスの悪しきわなをうちはらうべく、ロビーの思いにこたえて、せいなる光を放って、ロビーのことを助けたのです。)

 

 

 「あなたの思いが、この剣にやどるさいごの力をひき出しました。それは、いのちのエネルギー、そのものです。そのエネルギーが、あなたのたいせつな者たちのことをすくいました。かれらをすくったのは、ロビーベルク、あなた自身なのです。」

 

 

 「いのちの力……」ロビーはそういって、うでの中のムンドベルクのことを見ました。ムンドベルクのからだからは、たしかに、新しいいのちの力があふれかえっていました。

 

 

 「ロビーベルク。」さいごに、ライブラの声がひびきます。

 

 

 「わたしは、あなたに、心からかんしゃしています。あなたのような者がいれば、この世界はだいじょうぶでしょう。アークランドを、よろしくたのみましたよ。ありがとう、ロビーベルク……」

 

 

 そういうと、ライブラの声は消えていきました。それはほんとうに、わずかばかりの時間でしかありませんでした。

 

 そしてそれっきり、ロビーの頭の中に女神の声がひびくことは、にどとなかったのです。

 

 

 広間はふたたび、もとのうす暗い明るさの中にもどっていきました。剣からはもう、なんの光も出ていませんでした。そして目の前につきつけられている、ほかの大きな問題がひとつ。てんじょうの岩が、がらがらと音を立てて、大きなかたまりとなって、広間のあちこちにくずれ落ちてきていたのです! もうこの城は、だめでしょう。早くここから、だっしゅつしないと! とても危険なじょうたいでした。

 

 「父さん、早く、ここから逃げましょう!」

 

 ロビーがムンドベルクのことをゆさぶって、いいました。ですがムンドベルクはまだ、とても歩けるようなじょうたいなどではなかったのです。いくらもとのからだを取りもどし、やみのじゅばくからとき放たれたとはいえ、長い長い悪のえいきょうは、ムンドベルクのからだを、まだかんぜんにはいやしきれてはいませんでした(なん時間も寝ていたあとに、とつぜん「今すぐ起きて、ダンスをしましょう!」といわれたって、そんなにつごうよくからだが動いてくれるはずもありませんよね? ちょっとたとえは悪いのですが、ムンドベルクのからだは今、まさにそんな感じでした)。

 

 ロビーはムンドベルクのからだを肩にかつぎ上げ、そのままよろよろと歩いていきました。むかったさきは、もちろんソシーのところです。ソシーはひとみをとじて、くーくー眠っていました。ロビーはあらためて、おどろきました。ソシーのからだはほんとうに、人そのものになっていたのです(人間といっていいものかどうか? まだわかりませんでしたので、とりあえず、人とよんでおくことにします。見た目はまったく、人間でしたが。耳はふつうの人間の耳でしたし、しっぽがついているわけでもありませんでしたから)。

 

 その顔はほんとうに、かわいらしい少女の顔でした(その寝顔に、ロビーはちょっと、どきっとしてしまったものです)。あのいのちのエネルギーを放ったかた方の目も、今ではちゃんと、もとにもどっております(ちなみに、ロビーの持ってきたソシーの二本の人形の足は、今でもそのまま、ロビーのかばんの中にはいっていました。新しいソシーのからだを作り上げたのは、剣のいのちのエネルギー、そのものだったのです。あとでこの人形の足は、ソシーにちゃんと、かえしてあげましょう。たぶん、「いらない」っていうかと思いますけど。

 

 ところで……、わたしはみなさんにここでひとつ、あやまらなくてはなりません。ソシーがそのいのちのエネルギーのさいごまでを使ってロビーのことを助けてくれたとき、わたしは、「ソシーのそのこはくでできた作りもののひとみが、ふたたびひらくことはなかったのです。」といいました。ふつうにきけば、これはソシーが死んでしまったということを、あらわしているものと思うことでしょう。ですがじつは、そうではなかったのです。それは文字通り、「作りもののひとみがふたたびひらくことはなかった」という意味でした。この「作りもののひとみ」という部分。これはつまり、「人形としてのひとみ」ということなのです。ですから人形ではなくなった今のソシーの目は、もはや作りもののひとみではないわけでした。いわば、「人としての、新しいひとみ」でしょう。この新しいひとみの方は、このさきちゃんと、ひらくのです。つまりソシーは、ちゃんと生きているということでした! そんなの、いんちきじゃん! っていわれてもしかたありませんが、読者のみなさんをだますようなことをしてしまって、ほんとうに申しわけありませんでした。でもソシーが死んでしまったというより、こっちの方が、ずっといいけつまつですよね! ですからほんと、ゆるしてください!)。

 

 「ソシー。」ロビーが声をかけてソシーのからだをゆさぶりましたが、やっぱりだめでした。ソシーは深く眠りこんでしまっていて、とても起きてくれそうもなかったのです。今までのたくさんの悪の力のえいきょうが、ソシーのことを深い眠りにさそっていました。たいへんな目にたくさんあってきましたから、しばらくのあいだは、このまま静かに寝かせておいてあげましょう……。

 

 といいたいところでしたが、やっぱり、今のこのじょうきょうです。早くここから、だっしゅつしなくてはなりません! ロビーは三人の人たちのことをかかえてここからだっしゅつするなんてことは、とてもできそうもないと思いました(だって、あのめいろですもの! あそこを帰っていくことを考えたら、だれだって気がめいってしまうはずです)。せめてどこかに、そとに出られる近道でもあったらいいんですけど……。ロビーはあたりをきょろきょろ見渡してほかの出口をさがしましたが、やっぱりだめでした。道はこの広間にはいってきたあの入り口いがい、どこにも見あたらなかったのです。

 

 あれ? でもその前に、ちょっと待ってください。ロビーは今、「三人の人たちのことをかかえてここからだっしゅつするなんてことは、できそうもない」と思っていたわけですが、「三人」かかえるとは?

 

 そう、この広間にはムンドベルクとソシー、かれらのほかにも、もうひとりの人物がたおれていました。それは……、そう、アーザスです。

 

 ロビーはアーザスがもとのすがたを取りもどしたとき、すでにかれを助けることを考えていました。あんなにたいへんな戦いをくり広げたあとだというのに、ロビーはなんてやさしい子なのでしょう。もとのすがたを取りもどし、床にたおれている、アーザスのことを見たとき。ロビーはアーザスがただ、やみの力にしはいされていただけの、かわいそうなそんざいであっただけなのだということをりかいしたのです。かれもまた、自分の父と同じじょうたいだったのだと。ですからロビーは、アーザスのことも助けなければと思いました。きっとこのさき、アーザスにも、新しいみらいが待っているのだと。

 

 ロビーは、たおれているアーザスに近づきました。アーザスはひとみをとじたまま、動きません。ソシーと同じく、アーザスもまた、深い眠りの中にあるようでした。

 

 ロビーは、まよいませんでした。まよっていてもしかたありません。やらなくてはならないのです。ムンドベルクを左の肩にかかえ、自分のかばんを前にかけて、その上にソシーのからだをおいて、ひもでくくりつけました。そしてこんどはアーザスのことを、そのかた方のうででしっかりとひっぱっていったのです(ちょっと地面をずるずるひきずることになってしまいましたが、それはかんべんしてください。ほかのふたりを落っことさないようにするだけでも、せいいっぱいでしたから)。

 

 とにかく、この広間からそとに出ないと……。ロビーはそう思って、広間の出口によろよろと歩いていきました。ロビーのまわりに、くずれてきたてんじょうが、どしん! ががん! つぎつぎと落ちていきます。いつそれが、自分の頭の上にふりそそがないとも知れません。ロビーはできるかぎりのはやさでもって、広間の出口にむかいました。

 

 

 そしてついに、広間の出口にたどりついた、そのとき。

 

 ロビーはそこで、いまだかつてないほどの、おそろしいものを見たのです。

 

 

 「そ、そんな……」

 

 

 ロビーは、がくぜんとしました。全身の力が、ぬけていくようでした。

 

 ロビーの見たもの、それはてんじょうから落ちてきたたくさんのがれきによって、そのすべてをうめつくされてしまった、かつてのろうかのすがただったのです……。

 

 ロビーは三人のことを床において、ひっしでそのがれきを取りのぞこうとしました。しかしそれは、むなしいばかりの努力でした。ひとつのがれきを取りのけても、そこに新しいがれきがまたがらがらと、音を立ててくずれ落ちてくるのです。これではいつまでたっても、このがれきをみんな取りのぞくなんてことは、とてもふかのうでした。

 

 こんなにひどいことがあるでしょうか? こんなにざんこくなことがあるでしょうか? やっとのことでさいだいの敵をうちたおし、父とのさいかいを果たし、ちかいを果たし、そしてたいせつな人たちのことまで助けることができたというのに、ここから出ることができないなんて! もうじきに、この大広間もがれきでうめつくされてしまうでしょう。そうなれば……、もはや残されたロビーたちが、助かることはないのです。

 

 ロビーはその場に、ぺったりとすわりこんでしまいました。三人の者たちはみな、ずっと気を失ったまま眠りこんでおります(今ではムンドベルクもまた、深い眠りの中に落ちてしまっていたのです)。自分も気を失っていたのなら、せめてこのざんこくなさいごを、見ることもなかったろうに。ロビーはちょっと、そう思ってしまいました。

 

 ロビーは腰につけていたアストラル・ブレードを手に取りました。もういちどこの剣が、助けをもたらしてくれるんじゃないか? そのロビーのきたいは、はかないものでした。剣はもはや、なんのかがやきも放ってはおりません。そのさいごのエネルギーまで、使い果たしてしまったからでした。ふたりのとうとき、いのちをすくうために……(そしてこの剣がもとの力を取りもどすまでには、長い長い時間がかかったのです。それはもう、なん年もあとになってからのことでした)。

 

 ロビーは、かんねんしました。もうなにもすることもできませんでした。思えば自分は、ふたたびもとの世界へもどることなんて、できないものと思っていました。みんなには、そしてライアンには、ほんとうに申しわけないと思っていました。でも世界をすくうためにぼくのいのちが必要なのだというのなら、それはしかたのないことだと、ロビーは思っていたのです。

 

 ですが今は、そうではありませんでした。世界をすくうきゅうせいしゅとしてのつとめを、果たし終えたロビー。自分はまだ、生きてこの場に立っていたのです。ロビーは自身のそのおそろしい運命を乗り越えたのだということを、感じていました。そして……、ソシーのそんざいです。ムンドベルクのそんざいです。ぼくのこの身ひとつなら、いくらでもぎせいにささげてもいい。ここへくる前、ロビーはそう思っていました。しかし今は、ソシーがいるのです。ムンドベルクがいるのです。そのうえ、思いもかけずもとの人間にもどることになった、アーザスもおりました。

 

 かれらのいのちは、ぼくがきめていいことじゃないんだ。

 

 ロビーはそのことに気づきました。それはまさしく、守るべきいのちだったのです。このさき、新たにどんな危険が待ちかまえていようとも、ロビーは全身ぜんれいをつくして、かれらのことを守らなくてはなりません。そのためにはまた、自分のことも守らなくてはならないのです。自分がここでたおれてしまったら、いったいだれが、かれらのことをすくうのでしょうか?

 

 しかし今となっては、もうすべてが手おくれでした。くずれ落ちてゆくがれきのそのただ中で、ロビーはもう、それを見つめることしかできませんでした。

 

 

 ロビーの頭の中には今、さまざまな思いがめぐっていました。今までの旅のこと、かなしみの森での日々のこと。ベルグエルムさん、フェリアルさん、マリエルくん、リズさん、たくさんの仲間たちのこと。そして、その中でも、いちばんの思い。それはロビーのいちばんの友だち、ライアンへの思いでした。どんなときでもげんきいっぱいで、みんなのことを心からはげましてくれた、ライアン。わがままで、おちょうし者で、お菓子が大好きで、すごくこわいところもあって……。 

 

 

 やっぱりぼくは、ライアンのところに帰りたい……。

 

 

 もういちど、いっしょに笑ったり、怒ったり、泣いたりしたい……。

 

 

 「ごめんね、ライアン……」

 

 

 くずれ落ちてゆくがれきの中で、ロビーは静かに、そうつぶやきました。

 

 

 そんな思いからなのでしょうか? ふいにロビーはそのがれきの落ちる音の中に、人の声をきいたような気がしました。それも、ただの人ではありません。それはロビーが今、いちばんききたいと思っていた人の声……。そう、ライアンの声だったのです。

 

 まさか、そんなわけがあるはずもない。ロビーはこのさいごのときに、まぼろしの声をきいたのだと思いました。ライアンのことを思うあまり、まぼろしの声がきこえてしまったのだと。

 

 しかし……。

 

 つぎのしゅんかん、ロビーは、はっと心をふるわせて、立ち上がりました。まぼろしなんかではありません。ロビーはまたしても、そこにライアンの声をきいたのです!

 

 

 「……ロビー……!」

 

 

 まちがいありません! ライアンです! がれきの落ちるその音にまじって、たしかに自分のことをよぶ、ライアンの声がひびいてきたのです! ロビーはもう、われも忘れて、むちゅうになってライアンのことをよびました。

 

 「ライアーン! ライアーン! どこにいるのー!」

 

 そしてそのあと。このかつてないほどのぜつぼうをうち破るすくいのぬしが、まさにロビーの、その目の前にあらわれることになりました。それも、ただあらわれたというのではありません。それはだれもがそうぞうすらできないほどの、とんでもないしゅだんでもって、とつぜんにこの場にまいおりてきたのです。

 

 とつぜん!

 

 

   どっごおおおーん! がらがらがらがら! がっしゃーん!

 

 

 な、な、なにごと! あたりはあっというまに、まっ白いけむりにつつまれてしまいました。その中から、しゅううーっ! というおかしな音と、そしてがらがらというがれきのこぼれ落ちる音だけが、ひびいてくるのです。そしてほどなくして、そのけむりが晴れてみると……。

 

 なんとなんと! そこには今までだれも見たこともないような巨大な鉄のかたまりが、でーん! とあらわれていました! その鉄のかたまりが、てんじょうのまるいドームをつき破って、この広間の床の上につっこんでいたのです。これはいったい!

 

 その鉄のかたまりは、なにかの乗りもののように見えました。そしてじっさい、乗りものだったのです。四かくくてほそ長いかたちをしていて、なんのきんぞくでできているのか? よくわからない、すいしょうのようにつやつやとした青と黒のかがやきを放っていました。

 

 その乗りものの下の部分には、たくさんのしゃりんがついていました。それらのしゃりんが、くるくると空まわりをしております(あんまりいきおいあまってつっこんできましたので、しゃりんが空まわりしてしまっていたのです)。そしてしゅううーっ! という音のしょうたいは、その乗りものの頭の上についているえんとつや、しゃりんのまわりから吹き出る、まっ白なじょうきでした。

 

 乗りものの横にはとびらがいくつかついていて、たくさんのまどがあって……、って、あれ? これってどこかで、見たような……。も、もしかして……!

 

 そう、まさにみなさんの目の前にあらわれたこの乗りもののしょうたいは、みなさんの世界でもおなじみの、あの乗りものでした。それは……。

 

 

 きかんしゃです!

 

 

 き、きかんしゃが! どうしてこんなところに!(そしてどうしてつっこんできたのでしょう!)

 

 あまりのできごとに、ロビーは腰をぬかして、ただただ目をまるくしてしまうばかりでした。そして、そんなロビーの前に、とつぜん。

 

 「ロビー!」

 

 きかんしゃのうんてん席にあたるところのとびらが、ばんっ! いきおいよくひらかれて、そしてそこから……。

 

 「ラ、ライアン!」 

 

 ロビーがさけびました。なんという、おどろきと、うれしさと、ありがたさなのでしょう! そのきかんしゃの中からあらわれたのは、その通り、ロビーのいちばんの友だちの、ライアン・スタッカートだったのです!(まぼろしなんかじゃありません。ほんものです!)

 

 そしてそこからあらわれたのは、ライアンだけではありませんでした。

 

 「まったく! なんてめちゃくちゃなことをするんだよ! れっしゃがこわれちゃったら、どうするつもりなの!」

 

 もんくをぶーぶーいいながら、出てきたのは……、ベーカーランドの若ききゅうていまじゅつし、マリエル・フィアンリー! そして……。

 

 「やれやれ。まあ、でも、ずいぶん早くついたから、いいじゃんか。それに、まさに、どんぴしゃの場所だったみたいだしな。ようロビー。げんきか?」

 

 このあっけらかんとしたもののいい方、まさしくそれは、失われしシルフィアの種族の青年、リズ・クリスメイディンだったのです!

 

 

 今やここに、なつかしのノランべつどう隊がせいぞろいです! でもこれはいったい、どういうことなのでしょう?

 

 思えばかれらは、ロビーが怒りの山脈へとむかうその場面で、ロビーとおわかれしました。そしてそのあと、ラグリーンの里長ラフェルドラードからのでんごんで、かれらはあるべつのにんむをいい渡されたのです(そしてそれはもともと、精霊王からのでんごんだったみたいです)。なんだかあるものをどこかに見つけにいくとか、「セイレン大橋へ、しゅっぱ~つ!」とか、そんなことをいっていましたよね。あれから、かれらのそのにんむのことについては、物語の中ではひとこともふれられていません。読者のみなさんの中には、そのことをちょっとさみしく(ふまんに?)思っていた方もいたのではないでしょうか? とくにライアン、マリエル、リズ、かれらのファンの方々は(その中でもとくに、「ライアンがぜんぜん出てこないー!」と思っていた方は多かったかもしれませんね)。

 

 じつはわたしはあえて、かれらのそのにんむのことについてはふれなかったのです。だってふれちゃったら、このさいごの場面をお伝えする楽しみがなくなっちゃうじゃありませんか! あ、いえ、わたしのことはともかく……、読者のみなさんにとっても、その方がよかったはずです。ひみつがかんたんにばれてしまったら、おもしろくありませんものね。今ライアンたちが乗ってきたこの巨大なきかんしゃのこと、そしてかれらがそれに乗ってロビーのことをきゅうしゅつにむかうというそれらのことについては、さいごのさいごのこの場面までの、いちばんのひみつだったのです(ロビーにしらせていなかったのは、今思えば、かわいそうだったかもしれませんが……。で、でも、すくいのぬしが思いもかけずにあらわれた方が、もっとうれしいはずですから! 

 

 ところで、ライアンたちがそのにんむに旅立つ場面のさいごで、わたしはみなさんに、こうお伝えしていました。「きっとあなたは、そこで、どえらいものをもくげきすることになりますから……」。そう、あの言葉はまさに、このことだったのです。空を飛んでつっこんできた、きかんしゃ。じゅうぶんにどえらいものだと思いますが、どうでしょうか? すくなくともロビーにとっては、どえらいものだったようです)。

 

 「みんな! いったい、どうして!」

 

 ロビーがむちゅうで、仲間たち(とくにライアン)のもとにかけよって、たずねます。そんなロビーに、ライアンが「えへへ。」と胸を張って、まんぞくそうにいいました。

 

 「ほんとうにロビーは、ぼくがいなくちゃだめなんだから。ぼくが助けにこなかったら、今ごろロビーは、がれきでぺっちゃんこになってたかもだよ。かんしゃしてよね。」

 

 ライアンがそういいましたが、ロビーはちょっとだけ、つっこんできたきかんしゃのことを見ました。そしてちょっとだけ、こう思ったのです。もしこれがぼくの上につっこんできたのなら、ぼくはもっと、ぺっちゃんこになってたと思うんだけど……。

 

 (ですが、ご安心を。このきかんしゃには人のそんざいを感じ取ることのできる、レーダーのようなものがついていたのです。ですからこのきかんしゃは、人のいない広間のまん中をめがけてつっこんできました。いくらライアンでも、そのくらいのことはちゃんと考えていたのです。でも、いくらそうだったとしても……、やっぱりいきなりつっこんでいくのは、あぶなすぎですよね……。

 

 そしてロビーのことを見つけることができたのも、このレーダーのおかげでした。ですからみんなは、ロビーのいるこの広間めがけてつっこんでいくことができたのです。もっとも、このレーダーは人のそんざいを感じ取るというだけでしたので、それがほんとうにロビーであるのかどうかは、じっさいにたしかめてみるまではわかりませんでした。まあでも、こんなところにいる人なんて、そうはいませんでしたから。

 

 ちなみに、ロビーはムンドベルク、ソシー、アーザスの三人といっしょに、同じところにおりましたので、レーダーにはひとつの大きな光としてうつっていました。ですからやってきたライアンたちには、そこになん人の人たちがいるのか? ということまではわからなかったのです。さすがにこのレーダーも、そこまでばんのうではありませんでしたから。)

 

 まあ、それはいいとして。さあ、ライアン、マリエル、リズ、これはいったいどういうことなのか? 教えてください!

 

 「あのあとね、ぼくたちは、みんなそろって、ある場所にむかったんだよ。」ライアンがいいました。あのあとというのは、つまりロビーがラフェルドラードの背に乗って、怒りの山脈にむかったあとのことです。

 

 「ロビーさんを助けることのできるものが、そこにあるということでした。それこそが、このカピバルのわざのしゅうたいせい、魔法れっしゃだったんです。」マリエルが、うしろにそびえているきかんしゃ(魔法れっしゃというのが正しい名まえのようです)のことをしめしながら、いいました。

 

 「ちょ! ぼくがいおうとしてたのに!」ライアンがマリエルの頭をぐいっとおし下げて、その上に自分のからだを乗せながら、つづけます(ほんとうになかよしになったものです)。

 

 「とにかく! この魔法れっしゃっていうのが、セイレンのみずべの山おくに、かくしてあったんだって。これを使えば、空をびゅーっ! って飛んでいって、ロビーのことを助けにむかえるっていうんだよ。だからぼくたちは、ラグリーンたちの背に乗って、まずはセイレン大橋にむかったんだ。れっしゃを動かすためには、この人の助けがいるっていうから。」

 

 そういってライアンは、れっしゃのとびらの方をさししめしました。そしてそこから、よっこらせ、とあらわれたのは……。

 

 「そういうことじゃな! まったく、びっくりしたぞい。いきなりげんかんのとびらをぶち破って、空飛ぶねこの者たちが、つっこんできたんじゃからな。」

 

 あなたは……! カピバラ老人! セイレン大橋の下のあの小さな小屋に住んでいた、カピバラ老人じゃありませんか!

 

 そう、マリエルの言葉にもありました通り、この魔法れっしゃはカピバルのくにの中でも、ひでん中のひでん。まさに「もんがいふしゅつ」の、さいこうのわざだったのです。そしてそのわざをあつかってれっしゃのことを動かすためには、やはりカピバルのさいこうのわざが必要でした。そのさいこうのわざを持っている者こそが、ほかでもありません。かつてのカピバラのくにの重要人物、カピバルたちのたましいともよべるすいしょうのことを持っている、あのカピバラ老人だったのです(あの出会いが、まさかここまで大きなものになろうとは! やっぱりこれも、運命だったのかもしれませんね。

 

 ちなみに、ライアンはカピバラ老人の家をたずねたそのときにも、やっぱりこんかいと同じようなことをしたみたいですね。つまりラグリーンたちの背中に乗ったまま、いきおいあまって、どっか~ん! 入り口のとびらをぶち破って、中につっこんでいってしまったのです……。カピバラ老人にけががなくてよかった……)。

 

 そしてこの魔法れっしゃこそが、アーザスの城の中からロビーのことを助け出すことのできる、ゆいいつのしゅだんでした。アーザスがたおされれば、その城のことをつつんでいるバリアーは消え失せ、さらに城そのものも、もとのかたちをとどめることができなくなって、くずれ落ちる。その中からロビーのことをつれ出せるのは、この魔法れっしゃだけだったのです。精霊王はそのことを、よくわかっていました。ですからライアンたちロビーの仲間たちに、この魔法れっしゃに乗ってロビーのことを助けにいくようにと、伝えたのです。

 

 (たとえラグリーンたちでも、アーザスの城のその中にまでははいりこめません。へたをすれば、城のほうかいとともにラグリーンたちまでまきこまれて、そのいのちを失ってしまうことでしょう。くずれ落ちていく城の中につっこんでいくことのできる、強力な魔法の乗りもの。それこそが、このカピバルのわざによってつくられた、魔法れっしゃだったのです。なにしろあのいきおいで地面につっこんでも、れっしゃにはきずひとつついていませんでしたから、どんなにがんじょうか? よくおわかりでしょう。

 

 ところで……、読者のみなさんの中には、こう思った方もいるかもしれませんね。こんなにべんりなものがあるのなら、はじめからこの魔法れっしゃに乗って、アーザスの城へとむかったらよかったじゃんかって。ですがそれは、むりだったのです。ごぞんじの通り、アーザスの城のまわりには、アーザスののろいのけっかいが張られていましたから。あのけっかいを越えてゆくのは、いかにこの魔法れっしゃといえども、ふかのうでした。それにもしけっかいをとっぱできたとしても、アーザスが自分の城の中に、このれっしゃのしんにゅうをゆるすわけもありません。こういったわけで、この魔法れっしゃはアーザスがたおされ、のろいのけっかいも消え去ったあとで、「ロビーのことを助ける」というそのためだけに使われることになったのです。さすがにこれで旅をするというわけにも、いきませんでしたし。大きすぎて、目立ちすぎでしたから。そんなことをすればワットの者たちに、「わたしたちは、ここですよー」と教えているようなものなのです(それにこのれっしゃのねんりょうも、そんなに長持ちするというものでもありませんでしたし。))

 

 「ま、そういうこと。そんでおれたちは、ここにきたってわけ。」リズがあいかわらずのちょうしで、あっけらかんといいました。

 

 「ちょ! かってに話を、まとめないでよ! 終わっちゃうじゃんか!」ライアンがリズのことをおしのけて、またしても前に乗り出してつづけました。

 

 「長く、くるしい旅だったよ……。まあ、ぼくだから、なしとげられたんだけど。ロビーのことを助けるために、なんどもなんども、つらいこんなんを乗り越えてきたんだ……。ほんとうにたいへんだった。」

 

 ライアンがそういって、「うんうん。」とひとりでうなずいてみせます。ですが。

 

 「なにいってんの。ずっとラグリーンの背中に、乗ってただけでしょ!」マリエルがいいました。

 

 「ちょ! ばらさないでよ! せっかくロビーに、うんとかんしゃしてもらおうと思ってたのに!」

 

 ライアンがそういって、マリエルとまたわーわーはじめます。ですがこれは、いつものことですから(ほんとうになかよしになったものです)。

 

 そのとき。

 

 

 「ありがとう、ライアン。ほんとうに、きみがいてくれてよかった……」

 

  

 ロビーがそっとライアンに歩みよって、そのからだをぎゅっとだきしめました。とつぜんのことに、ライアンはとたんに顔を赤らめて、はずかしくなってしまいます。

 

 そして。

 

 ここにきてライアンは、ようやく、そのほんとうの心のうちをロビーにうちあけました。

 

 「ロビー、ほんとはね……」ライアンが、小さな声でいいました。「ぼく、ロビーのこと、心配でたまらなかったんだよ……。アーザスってやつに、やられちゃうかもって……。だから、だから……」

 

 「わあああ!」

 

 ライアンはもう、声を上げて泣いてしまいました。そうです、ライアンはじょうだんっぽく、勝ち気なふうをよそおってはおりましたが、ほんとうはロビーのことが、心配で心配でたまりませんでした。まにあわないんじゃないか? ロビーが死んじゃうんじゃないか? ライアンの心の中は、ずっと、それらの思いではちきれんばかりだったのです。ロビーが今、そのやさしさでライアンのことをつつみこんだとき。ライアンのおさえつけられていたそのほんとうの思いが、せきを切って、おもてに出てきてしまいました。

 

 「だいじょうぶだよ。きみが、助けてくれたもの。」ロビーはそういって、泣きじゃくるライアンのことをさらにやさしくだきしめました。「いったでしょ? きみは、いつだって、ぼくのきぼうなんだって。」

 

 ふたりはしばらくのあいだ、ずっとだきあっていました。マリエルもリズも、そんなふたりのことを、ずっと見守っていました。

 

 「やっぱり、このふたりにはかなわないや。」マリエルはそういって、鼻をずずっとすすりました。

 

 

 さあ、だっしゅつです! いくら魔法れっしゃがあるとはいえ、いつまでもこんな危険な場所にいるわけにはいきません(ちなみに、みんなの今までのやりとりはすべて、てんじょうのがれきの落ちてこない(ひかく的安全な)れっしゃの影でおこなっていましたので、ご安心を。そしてもちろんムンドベルクたちのからだも、がれきの落ちてこない、(まだ)安全な広間のすみに寝かされていました)。

 

 「さあみんな、乗った乗った! こんなところは、早く、おさらばせんと!」カピバラ老人がそういって、魔法れっしゃのうんてん席に乗りこみました(うんてん席のあるいちばん前の車両のうしろには、ふたつの客車がくっついていました。そこには全部で五十人ほどもの人たちが、乗れるようになっていたのです。もっとも、ぎゅうぎゅうにつめれば、百人以上は乗れましたけど)。 

 

 「みんな、手を貸して。お父さんたちを乗せないと。」ロビーが、みんなにむかっていいました。

 

 「この方が、レドンホールのムンドベルクへいかなんですね……」マリエルが、ムンドベルクのすがたを見てつぶやきます。「影の者となったムンドベルクへいかが、こうしてぶじに、もとのすがたにもどることができたなんて。ほんとうにきせきです。よかった。ほんとうによかった。」

 

 ムンドベルクのことはすでにロビーが、みんなにかいつまんで説明をしていました(ほんとうに、急いでかいつまんでだけでしたけど)。女神の剣の力によって、ムンドベルクが助かったということ。そして女神ライブラのこと。ですがその身が助かったとはいえ、ムンドベルクがふたたびもとの力を取りもどすためには、まだ時間がかかりそうだということも。おそらく、しばらくはこのまま、ぐったりと寝こんだままでしょう。

 

 「うわっ! これ、アーザスってやつじゃない?」

 

 そういったのはライアンでした。ムンドベルクの横に寝かされていたアーザスのことを見て、そういったのです。たしかに、ライアンがおどろいたのもむりはありません。ロビーはこのアーザスのことをうち破るために、いのちがけでここまでやってきましたから。

 

 「うん。でも、ここにいるのは、もうおそろしい悪者のアーザスじゃない。かれは、むかしのかれに、もどったんだよ。かれも、やみにとらわれていただけに、すぎなかったんだ。だから、かれのことも助けなきゃ。」

 

 ロビーの言葉に、みんなはさいしょ、「う~ん……」とうなっているばかりでしたが、やがてロビーの顔を見て、にっこり笑ってみせました。

 

 「まったく、ロビーにはかなわないや。ほんと、お人よしなんだから。」ライアンがいいました(ライアンはそういって、リズの方をふりかえります。リズは、「はいはい。おれがはこぶんだろ? わかってますよ。」とぶつぶついいながら、アーザスのことをその背にかつぎ上げました。ムンドベルクやアーザスのことをはこぶのには、からだの小さなライアンやマリエルのちびっ子たちでは、たいへんでしたから)。

 

 (アーザスとムンドベルクのことを、リズとロビーでさきにれっしゃにはこびいれてしまってから)そしてさいごに、ソシーです。ソシーのこともちょっとだけ、ロビーはみんなに説明していましたが、やっぱりみんな、この女の子がもともと人形だったなんていうことが、とても信じられないといったようすでした(だってどこからどう見ても、ふつうの女の子でしたから。ロビーでさえ、いまだに信じられないくらいだったのです)。

 

 「早く、げんきになってくれるといいんだけど。」そういって、ロビーがソシーのことをだき上げました(やっぱり安全のことも考えて、ふたりのちびっ子たちにはこんでもらうのはやめておきました)。からだの小さなソシーは、ロビーひとりでもかんたんに持ち上げられたのです(ですからちょっと、おひめさまだっこみたいなかたちになりましたが)。そして、そんなときのこと。

 

 「……う、ん……、ロビーさま……」

 

 ソシーが寝ごとで、ロビーのことをよびました。そしてソシーは眠ったまま、ロビーのそのからだにぎゅっとだきついたのです(これはただ、寝ぼけてのことでしたが)。

 

 ロビーはとたんに、まっ赤になってしまいました。今までは人形でしたからまだよかったのですが、こんどはソシーは、生身のからだなのです。ロビーは女の子にだきつかれるなんてことは、もちろんはじめてのことでした(人形のときのソシーのことはべつとして)。ですからロビーは顔から湯気を出して、はずかしがってしまったのです。

 

 これを見たライアンは……。

 

 「ちょ! ど、どういうこと! なんなの、それ! ぼくがいないあいだに、なにしてたの、ロビー!」

 

 ライアンはすっかり、ソシーにやきもちをやいてしまいました。ま、まあ、気持ちはわからないでもないですけど……。

 

 「な、なにって、べつに、なんにも! ソ、ソシーはほんとうに、アーザスの手下だった子で……」

 

 ロビーがひっしになってべんかいしましたが、ライアンはぐいぐいつめよって、ききいれません。

 

 「ぼくというものがありながらー! うわきしてたの! ゆるさないよ!」ライアンはそういって、逃げるロビーのからだをぽかぽかたたきながら、そのあとを追いかけます。マリエルもリズもカピバラ老人も、あっけにとられて、口をぽかん。「あいつら、このままおいてっちゃおうか?」リズがいいましたが、マリエルもまた、「そうした方がいいかもね……」といって、うでをくむばかりでした。う~ん……。

 

 こうして、ロビーたちを乗せたこの魔法れっしゃは、アーザスの城のその中から出発していったのです(まずはバックで、どっか~ん! てんじょうのかべをなぎたおしながら、そとに飛び出していきましたが。でももういくらこわしたとしても、だれももんくはいいませんよね。この城はもはやこのさき、だれも住むことはないのですから)。そとから見ても、アーザスの城はもうぼろぼろにくずれ落ちていました。城をつつんでいたあの生きているバリアーも、もはやかたちを持たない赤い水の流れとなって、はるかな谷底へとむかって流れ落ちていたのです。そのバリアーから、そして城の中からも、きいろいかがやきを持った光のようなものがつぎつぎにあらわれては、空に立ちのぼっていきました。これらはアーザスによってうばわれていた、人々のたましいのエネルギーだったのです。たましいたちがもとの場所にもどることは、もはやないでしょう。ですがこのたましいたちは、つづくみらいのいのちの中へと、生まれ変わってゆくのです。それがせめてもの、すくいでした。

 

 

 さまざまなものが変わってしまった、アークランド。ですがそれらもやがて、新しく生まれ変わってゆくことでしょう。

 

 きっと、もとのアークランドよりも、もっともっと、美しく、かがやかしいものへと……。

 

 

 

 

 アークランドの運命をきめる大いくさが終わり、まず大きく変わったことは、やはりワットでした。ワットの持っていた「ほかのくにといくさをすることのできるけんり」は、とうぶんのあいだ失われることになりました(これは軍を持つくにであれば、どこでも持っているけんりでした。ですがこのアークランドではワットいがい、このけんりをみずから進んで使おうとするくになどは、どこにもなかったのです)。これは心を取りもどしたアルファズレドみずからが、くにのつぐないのひとつとして、そのようにきめたことでした。とうぜん、ワットの多くの高官たちからのもうはんたいがありましたが、アルファズレドはこのけっていを、おしきったのです(それがアルファズレドのアークランドに対する、せめてものつぐないの心でした)。

 

 そしてワットは今までにしんりゃくしてきたたくさんのくにぐにや人々に対して、これからなん年もの時間をかけて、つぐなっていくことになりました。ワットのくにのたくわえは、あっというまになくなっていきました。そしてその軍勢も。ワットの軍勢はそのほとんどが、お金でやとわれた「よう兵」とよばれる兵士たちでした。かれらにお金がはらえなくなったワットは、そのため、くにの持つほとんどの兵力を失ったのです。残ったのはワットのお城にもともとつかえていた、わずかな数の兵士たちばかり。そしてその中には、あの魔女っこ三姉妹のすがたもありました。

 

 べゼロインとりでを取りかえされたことは、かのじょたちの大きなせきにん問題になりました。とりでを取りかえされたときにエカリンのいっていた通り、やっぱりだいぶ、「怒られた」のです。そのためもあって、この魔女の三姉妹はそのごの長きに渡って、ワットのつぐないのそのさいせんたんに立って、たくさんのしごとをこなしていかなければならなくなりました。それこそ、しょるいのせいりから、ざつ用の山まで。

 

 「なんでわたしたちが、こんなことまでしなくちゃならないのよー!」たくさんのしょるいの山にかこまれて、そのしょりをおこないながら思わずもんくをいったのは、エカリンでした。もうさっきからエカリンは、なん時間も、このしょるいの山のせいりに追われっぱなしだったのです。ですがそこに……。

 

 ごちん! げんこつがひとつ。それはやっぱり……。

 

 「……これも、しごとです……! もんくいうなです……!」しょるいの山をかかえたアルーナが、そういってエカリンの頭をたたいていきました。

 

 「いっだー! もう、いや! ネルヴァから、上の人にいってよー! ネルヴァだったら、いうこときいてくれるでしょ!」エカリンが、すこしはなれたつくえにむかっているネルヴァにいいました。ネルヴァもまた、たくさんのくにぐにに対してのしはらいのふり分け方をきめる、その計算に追われているところだったのです。ですがエカリンの言葉に、ネルヴァはほほ笑んだまま、こういうばかりでした。

 

 「アルーナちゃんのいう通りよ。これも、わたしたちのたいせつなしごと。やばんなことをしているよりは、ずっとましじゃない。わたしたちは、これでいいのよ。」

 

 ネルヴァの、いがいな言葉。もっとずっとおそろしいことを、考えているような人だとばっかり思っていましたけど(それこそライアンみたいに)。ネルヴァの人らしい、いがいないちめんを見たような気がします。

 

 「……わたしたちは、これでいいです……。みんなにごめんなさいしたら、好きなことをすればいいです……。それまでちゃんと、はたらくです……。わたしたちは、めぐまれてるです……。しあわせなんです……、エカリン……」

 

 アルーナがいいました。そしてまた、通りすがりに、ごちん……、ではなくて、こんどはアルーナは、エカリンの頭をやさしくなでてあげたのです(ひょっとして、はじめてかも)。

 

 アルーナにそんなことをいわれては、エカリンももう、なにもいえませんでした。

 

 「わ、わかったわよー、もうー。」エカリンはそういって、また(まだだいぶ、しぶしぶのままでしたが)しょるいの山に取りかかりました。

 

 ワットの魔女の三姉妹。かのじょたちが晴れてそのつみをつぐなって自由の身になれたのは、それからだいぶたってからのことです。うわさでは、かのじょたちはワットにわかれをつげて、遠い遠いくにへと旅立っていったということでした。かのじょたちは今そこで、新たなる日々を送っているということです。

 

 旅立つ前。

 

 「みんな! まったねー!」エカリンが笑顔で、ふりかえっていいました。

 

 

 そして、アルファズレド。かれはそれからしばらくお城にとじこもり、今までのおのれの生き方を見つめなおす日々を送っていました。そしてそんなかれのもとになんども足をはこんだのは、アルマークだったのです。今ではアルマークはベーカーランドからの正式なお客さまとして、ワットをおとずれることができていました。アルマークのそんざいは、アルファズレドの大きなすくいでした。かつて、ともに手を取りあったふたり。むかしのままというわけには今でもいきませんでしたが、それでもこのふたりのえいゆうたちは、かつての友じょうを取りもどしていたのです。ワットもベーカーランドも、これでだいじょうぶでしょう。このふたりがいるかぎり、そしてその思いが、つぎの世代へと受けつがれてゆくかぎりは……。

 

 

 それから、ソシーとアーザスのそのごのことです。ベーカーランドについたロビーたちは、そこでノランたち、けんじゃのみなさんといっしょになりました(ノランとカルモト、リブレスト、ランスロイの、ごうかメンバーです! この四人をいっしょに見られるなんてことは、このさきにどとないでしょう)。まずはみんな、おたがいのことをたたえあいます。ロビーは四人のけんじゃたちそれぞれみんなから、あくしゅをもとめられました。「ほんとうに、よくやってくれた。」口ぐちにおくられるけんじゃたちからの言葉に、ロビーはすっかり、きょうしゅくしてしまったものです(ライアンが横から、「ねえ、ぼくは? ぼくは?」としつこくいっていましたが)。

 

 「この者は、わたしがあずかろう。」そういったのは、ノランでした。ノランはいまだ深い眠りの中にあるアーザスのことを見て、いったのです。

 

 「この者は、もはや、このアークランドのそとにその身をおいた方がいいだろう。このアークランドには、かれにとって、思いでが多すぎる。ここにいても、かれ自身、つらくなるだけだろうからな。」

 

 そのわきに静かに立っていたのは、ソシーでした。ソシーはすでにその眠りからさめて、アーザスのそばに、ずっとつきっきりだったのです(目がさめて、自分が人のからだになっているということを知ったときの、ソシーのおどろきようったらありませんでした。まあ、とうぜんでしょうけど)。

 

 「きみは、どうするのだ?」ノランがソシーにたずねました。「ここに、残るかね?それとも、わたしといっしょにいくか?」

 

 ソシーはずっと、うつむいていました。そしてそれから顔を上げて、ロビーのことを、じっと見つめたのです。ソシーの心の中は今、大きなまよいであふれていました。それはノランのいった通り、アーザスについていくか? それともロビーとともに残るか? ということだったのです。

 

 「わたしは……」ソシーがロビーのことを見つめながら、いいました。

 

 「わたし……、わたし……」

 

 そんなソシーに、ロビーがやさしく語りかけます。

 

 「きみは、自分の思った通りの道をえらべばいいんだよ。きみにとって、なにがいちばん、たいせつなことなのか? 心にすなおにきいてみればいいんだ。」

 

 ロビーの言葉に、ソシーはまたうつむいてしまいました。ロビーははじめて、ほんとうに好きになった相手。ですがアーザスもまた、ソシーにとって、とてもたいせつなそんざいだったのです。

 

 そしてソシーは、けつだんしました。ソシーはしっかりと顔を上げて、ロビーのことを見ました。

 

 「ロビーさま……、わたし、アーザスさまのおそばを、はなれるわけにはいきません。」

 

 ソシーの言葉に、ロビーはやさしくうなずきます。

 

 ソシーがつづけました。

 

 「アーザスさまは、わたしのことを作ってくれた、たいせつな人。その人が、これから、新しい道をふみ出そうとしているんです。わたしはそれを、助けてあげなくちゃいけないんです。今のアーザスさまには、わたしが必要なんです。」

 

 ロビーはソシーのもとに歩みよって、その手をやさしくにぎってあげました(ちょっと、ライアンのしせんが心配でしたけど……。でもライアンも、こういう場面ではしかたがないと、りかいしてくれているみたいです)。

 

 「かれのことを、しっかり守ってあげてね。そして、いつでも好きなときに、もどってきて。ぼくは、いつでも、きみのことを待ってるから。」

 

 ロビーの、やさしい言葉。そしてその言葉に……、ソシーはこんどこそ、そのやわらかなこはく色のひとみに、ほんもののなみだのつぶをあふれかえらせたのです。

 

 「ありがとうございます……、ロビーさま……。わたし、きっと……」

 

 ロビーはそんなソシーのことを、そっとだきしめてあげました(それを見ていたライアンは、しばらくだまっていましたが、五びょうくらいたって、「はいはい、そのへんでいいんじゃないかな。」といって、ロビーのことをぐいっとうしろにひっぱってしまいました。せっかく、感動的な場面でしたのに……。やきもちやきにも、こまったものですね。まるで、メリアン王みたい)。

 

 アーザスとソシーは、こうしてノランとともに旅立ちました。アーザスの目がさめたのは、それからなん日もあとになってからのことです。アーザスはソシーのことを作ったということを、ほとんどおぼえていませんでした。やみからかいほうされた今となっては、アーザスはやみにとらわれていたそのあいだのことを、ほとんど忘れてしまっていたのです。ですがソシーにとって、アーザスが自分のことを作ったたいせつな人なのだということに、変わりはありませんでした。思いではこれから、作っていけばいいんです。ふたりの新しいみらいは、ここからはじまってゆくのですから……。

 

 アーザスとソシーの物語は、ここからまた、はじまるのです。

 

 

 ノランが旅立ち、そして三人のけんじゃたちもまた、それぞれの世界の中へともどっていきました。カルモトは今でも、あの巨大なルイーズの木に住んでいて、学問とけんきゅうの日々を送っているのです(こんどはちゃんと、ノランにも住所を教えておきましたので、ご安心を。

 ちなみに、カルモトのつれてきたポメラニンたちは、みんなにせいだいに見送られ、かれらのふるさとポート・ベルメルまで帰っていきました。その口にみんな、大きなソーセージやハムを、くわえながら。かれらにその「おれい」をするために、ベーカーランドのお城のお肉はみんななくなってしまいましたが、まあそれは、しかたのないことです)。リブレストもまた、岩のロボットたちをひきつれて、「なかなか楽しかったわい! じゃあの!」といって、自分の住む岩の世界の中へともどっていきました(レイミールはリブレストから、「きねんに」といって、あの小さな岩のミニチュア兵士たちを作るミルク色の石を十二こもらいました。今レイミールはその兵士たちのことを相手に、剣のわざをみがいているということです。早く、いちにんまえの騎士になれるといいですね!)。そしてランスロイもまた、「さらば!」と(たくましい声で)いって、あのふしぎな者たち、レビラビたちをひきつれて、空の上の、雲の中の世界へと帰っていったのです(それこそ、風のように立ち消えていきました。

 

 ところで、けんじゃたちとともにネクタリアの者たちもまた、かれらの住むタドゥーリ連山の聖地の中へともどっていくことになりましたが、新たに変わったことがひとつ。セハリアのめいを受け、百年のさいげつを越えて、今ふたたび、かれらの中からたくさんの者たちが、このアークランドにもどってきたのです!それはネクタリア全体の数からいえば、まだまだすこしばかりの者たちでしかありませんでしたが、これから生まれ変わろうとしているアークランドの者たちにとって、これほど勇気づけられ、はげみとなるものもないことでしょう。またむかしのように、ネクタリアの者たちとアークランドの人たちがともに手を取りあって暮らしてゆけることのできる世界がきずかれるのも、そう遠いことではないはずです)。

 

 

 そして、カピバラ老人のそのごのこともお伝えしておかなければなりません。カピバラ老人はときここにいたって、ひとつの大いなるけつだんをしました。それは……、そう、カピバラのくにのさいけんです! 今こそ、かつての美しいカピバラのくにのすがたを、取りもどすのです。みんなはその思いに、できるかぎりの協力をおしみませんでした。南の地にちらばっていたカピバルの者たちも、みんな集まって、心をひとつにして、老人の思いにこたえました。そうして長いねん月ののちに、カピバラのくにはみごとに、さいけんを果たしたのです!

 

 その場所はもちろん、セイレンのみずべでした。ワットのつくった数々のみにくいたてものはみんなこわされ、その上にカピバルのわざのすばらしいけんちく物が、つぎつぎとつくられていったのです(あのガラスのようにとうめいで美しい空中どうろも、ふっかつです!)。今ではセイレンのみずべはいぜんにもまして、美しい場所になりました(カピバラのくにはシープロンドと同めいをくんで、土地の美しさを守るかつどうをつぎつぎにおこなっていきました)。そして、あのセイレン河。よごれたへどろの河となってしまっていたあのセイレン河も、今ではすっかり、もとの美しい流れを取りもどしたのです。シープロンドの人たちにとって、ライアンにとって、メルにも、アークランドのぜんなる者たちみんなにとっても、こんなにもうれしいことはないでしょう(わたしも、読者のみなさんにとっても)。

 

 カピバラ老人はその新しいカピバラのくにの、さいしょのしっせいとなりました。そしてそのカピバラ老人のもと、数々のすばらしきわざとともに、くにはますますさかえていくこととなったのです(でもいぜんのようにわざをほかのくにぐにに売り渡すようなまねは、けっしてしませんでした。そのかわりに、かれらはそのわざをおしみなく、ほかのくにの人たちにも分け与えたのです。

 

 ところで……、さいごまで「カピバラ老人」のままで通すのもどうかと思いましたので、読者のみなさんにはここで、かれの名まえを伝えておきたいと思います。かれの名は、ジェーガン・ロックウォート。このアークランドがつくられてまもないころのいだいなる冒険家メンバーたちのうちのひとり、アライン・ロックウォートの、しそんでしたが、それはまた、べつの時間、べつの物語……)。

 

 

 そしてさいごに……、ロビーのことです。

 

 エリル・シャンディーンにもどってきた、ロビー。そんなかれのことをいちばんに出むかえたのは、やはりかれらでした。それは……、そう、ロビーの家族ともいえる仲間たち。ベルグエルムとフェリアルの、ふたりの騎士たちだったのです。

 

 多くは語りませんでした。仲間たちはおたがいのすがたを見るなり、そのままかたく、だきあったのです。その目には、たくさんのなみだがあふれていました。そのなみだのひとつぶひとつぶが、今までのたくさんのこんなんや、かなしみ。思いでや、うれしさ。それらのことを深くあらわしていました。

 

 「おがえりなざい、ロビーどの……」フェリアルがさいごに、それだけいいました。そしてロビーはそんなフェリアルに、ベルグエルムに、ライアンに、あらためて、言葉をひとことおくったのです。そのひとことに、ロビーの思いのすべてがこもっていました。

 

 

 「ただいま……。みんな……」

 

 

 

 

 こうして、旅の者たちはそれぞれの場所へと帰っていったのです。

 

 ライアンは、シープロンドへ。

 

「また、ちょいちょいあそびにいくからね。それなりのかんげいを、よろしくー。」(この「それなりのかんげい」というのは、もちろん、「お菓子をどっさり用意しておいてね」という意味だったのです。)

 

 ところで、エリル・シャンディーンにはライアンのことを出むかえていた、とくべつなもうふたりの人物がおりました。それは、そう、レシリアとルースアンです。ネクタリアとともに戦っていた、かれら。そのかれらがいち早くライアンたちのことを出むかえるために、エリル・シャンディーンのそのもとへともどっていました。

 

 レシリアのすがたを見るなり、ライアンはわれも忘れて飛びついてしまいました。ほんとうならかのじょたちには、もうとっくに出会えているはずだったのです。思いもかけず、たいへんなこんなんの中へとまきこまれてしまった、レシリアとルースアン。そのかれらに今、ようやくのことでさいかいすることができましたから。ライアンもレシリアも、なみだを流して、ただぎゅっとだきあうばかりでした。

 

 「よがっだなあ、ほんどうに、よがっだなあ……」その横で同じくなみだを流しながら、ルースアンとハミールがだきあっていました(なんだか前にも、こんなことがあったような気が……。

 ちなみに、ハミールとキエリフ、小さなレイミールも、レシリアたちとともにもどってきていました。仲間たちはすでに、かれらのすばらしいかつやくぶりをたたえ、おたがいのくろうをねぎらいあっていたのです。ほんとうにおつかれさまでした!)。

 

 ですがそんな感動的な場面に、ひとだんらくがついたあと。

 

 レシリアはライアンに、こんなことをいったのです。

 

 「さあ王子、かくごはできていますね? 今までのべんきょうのおくれは、しっかりと取りもどしてもらいますから。シープロンドにもどったら、まずは、算数のドリル、十さつ!」

 

 「ええーっ! そんなあー!」ライアンがさけびました。

 

 

 そしてロビーとベルグエルム、フェリアルの三人は……。そう、かれらのもどるべきさきは、ひとつだったのです。それはかれらの祖国、レドンホールでした。

 

 レドンホールのくには荒れ果てていて、どこから手をつけたらいいものか? それすらもわからないほどのひどいありさまでした。ですがかれらは、そのひとつひとつのこんなんに、ひるむことなく立ちむかっていったのです。みんなの力をあわせれば、できないことなどないのです。かれらの力をあわせれば、どんなことだってなしとげられることでしょう。レドンホールのくには、こうしてそれからなん年ものさいげつをかけて、すこしずつすこしずつ、もとの美しさを取りもどしていくことになりました。

 

 

 悪しきやみの世界からかいほうされたムンドベルクは、そのご正式に、王の座をロビーにゆずり渡しました。それはロビーがまだ、十九さいのときでした(のちにムンドベルクにきちんとかくにんしましたところ、ロビーがアークランドをすくうこんかいの冒険に出たとき、ロビーは十五さいだったそうです)。ほんとうならまだまだ、王になるようなねんれいではありません。ですがムンドベルクはもはや、自分のやくめは終わったのだと考えていました。あとはロビーのうしろで、そっと、かれのことを見守っていくべきなのだと。

 

 「王さまなんて! ぼくにはまだ、早いですよ!」ロビーがそういったのは、とうぜんのことでした。なにしろ自分が王さまだなんて、どうしたって、そうぞうできるようなものではありませんでしたから。しかしそんなロビー(ロビーベルク王とよぶべきでしょうか? なんだかしっくりきませんけど)のことをいちばんに助け、ささえてくれたのは、やはりベルグエルムとフェリアルの、ふたりだったのです。

 

 ベルグエルムは、新しいレドンホールのしっせいになりました。父であるデルンエルムから、そのやくめを受けついだのです。ベルグエルムなら、まさにうってつけでしょう(ちなみに、これはあんまり声を大にしていうべきではないのですが……、ベーカーランドの白の騎兵師団の長、ライラは、そのごなんども、レドンホールのベルグエルムのもとをおとずれたのです。そしてベルグエルムもまた、ベーカーランドのライラのもとをたびたびおとずれました。あくまでもうわさですけど、ふたりは「いいかんけい」になっているのだとか……。ほんとかどうかはわかりませんけどね。ベルグエルムにきいてみても、「い、いや、それは……、ごほん!」といってごまかされるばっかりでしたから。ライラには、こわくてきけませんでしたし……。でもほんとうにそうなら、みんなおうえんしてあげようじゃありませんか。なかなか、おにあいのふたりですしね。いろいろがんばれ! ベルグエルム!)。

 

 そしてフェリアルは、レドンホールのすべての兵士たちのことをたばねる「ウルファ長」になりました。もちろんフェリアルも、「ええーっ! わ、わたしがウルファ長ですか!」とびっくりぎょうてんでしたけど。ウルファ長というのはすべてのウルファの兵士たちの中でも、いちばんえらい人のことなのです。はじめはベルグエルムやほかの人たちに助けてもらいっぱなしでしたが、今ではだんだんと、かたにはまってきたようでした(とにかくがんばれ! フェリアルウルファ長! おばけに負けないでね!)。

 

 

 ロビーはこうして、たくさんの人たちの助けのもとで、新しいレドンホールのくにをになっていくことになったのです。ところで、ロビーの剣は? あの剣はどうなったのでしょう? ご安心を。女神のつるぎアストラル・ブレードは、きちんとロビーとともに、レドンホールにもどってきました。そしてその剣は、ベーカーランドの青き宝玉とともに、この新しいアークランドのみらいをささえるための、大いなる力となったのです(力を使い果たした剣がもとの力を取りもどすためには、やっぱり時間がかかりましたけど)。今ではベーカーランドとレドンホールは、おたがいに助けあって、それらの女神の力の大いなるかごを、このアークランドにもたらしていました。剣と宝玉、このふたつの力によって、アークランドをへいわにまとめ上げること。それこそが、アークランドのふたりの女神たちののぞんだ、りそうのすがただったのです(それまでにほんとうに、長いねん月がかかったものです。でも今は女神たちも、きっとほほ笑んでいることでしょう)。

 

 

 ふたりの人物が、どこかの森の木々のあいだの小さな広場で、話しをしていました。

 

 「ロビーベルクが、ほんとうによくやってくれましたね。」かがやくように美しいこがね色の長いかみをなびかせながら、ひとりの人物が静かにいいました。

 

 「われらがアークランドに手をさしのべることは、これでしばらく、ないだろう。」もうひとりの人物の声が、静かにその場にひびき渡りました。

 

 「新しいアークランドをつくっていくのは、かれらなのだ。」

 

 そういうと、ふたりのすがたはまるでまぼろしのように、空気の中へと消えていったのです。

 

 ひとりは、ロビーの育ての親、リーフィ。そしてもうひとりは、イーフリープの精霊王でした。

 

 

 

 「ここに、このアークランドをすくいたもうた、しんの勇者をたたえる! ロビーベルクどの、こちらへ。」

 

 ここはエリル・シャンディーンの、そのぎょくざの間でした。そして今、あらためてロビーをはじめとしたすべての仲間たちが、一同にこの場につどっていたのです。

 

 声のぬしは、アルマーク王でした。そしてアルマーク王の影から、きょうしゅくそうに前にあらわれたのは……、もちろん、われらがきゅうせいしゅたる、ロビーだったのです。

 

 今ロビーの目の前には、仲間たちをはじめ、さまざまなくにのそうそうたるメンバーがせいぞろいしていました。シープロンドの者たち、メリアン王もエレナも、きていました(ちなみに、メリアン王はライアンの手を、がっしりとにぎっていました。かってにどこかへいってしまわないためです。ライアンはだいぶ、めいわくそうでしたが……)。

 

 けんじゃたちをだいひょうして、カルモトがふたたびやってきてくれました。そのおともとしてついてきてくれたのは……、フログルのカルルとクプル! なつかしい顔ですね。あいかわらず、げんきそうです(ちなみに、カルモトはこのエリル・シャンディーンにくるにあたって、六人の木の音楽隊の者たちをいっしょにひきつれてきたのです。ですがかれらといっしょにお城の中にはいろうとしたところ、「申しわけありませんが、そちらの方々は、いっしょにお通しするわけには……」とお城の兵士たちにとがめられてしまいました。カルモトは木の音楽隊に「おいわいの」たいこのマーチングをどんどんならさせながら、いっしょにお城の中にはいろうとしたのです。やっぱりそれじゃ、おごそかなお城の中には、いれられませんよね。さすがに、うるさすぎですし。カルモトはだいぶ、ふまんそうでしたが)。

 

 そしてロザムンディアからは、ティエリーしさいさまとミリエムです。今ではすっかり、もとのからだにもなれたようですね。気が長ーいところは、もうなおっているのでしょうか?(ロザムンディアのまちはすっかりそうじが終わって、もとの美しいばら色のまちなみを取りもどしていました。今では西の街道も、またもとのにぎわいを見せているそうです。

 ちなみに、ティエリーしさいさまのすがたを見るなり、ライアンが「うわっ!」といってメリアン王の影にかくれてしまったのは、いうまでもありません。また「かわいいー!」といって力ずくでもみくちゃにされるのだけは、かんべんでしたから。ライアンのかわいさは、四年たってもぜんぜん変わっていませんでしたので。) 

 

 はぐくみの森からは、チップリンク・エストル。おともには村長さんのほさやくの、ティッドーとロラがついてきていました(というより、チップの方がおともでしたが)。ふたたびチップに会えるなんて、うれしいかぎりですね。だいぶ、大きくなっているようです(はぐくみの森もまた、もとのにぎわいを取りもどしていました。森もすっかりきれいになって、ふたたび旅人たちへのもてなしがはじまっているそうです)。

 

 マリエルもリズもリストールも、そしてラグリーンの里アップルキントから、ラフェルドラードとリュキアもきていました(リュキアの見た目は、ぜんぜん変わっていませんでしたけど。

 ちなみに、リズはこんかいの旅のことをあらわした新曲をはっぴょうしていましたが、それは今まででいちばんというほどの、大ベストセラーとなりました。エリル・シャンディーンのまちでは、いつもリズのその曲が、ミュージックベアたちによってかなでられていたのです。それでもリズはあいかわらず、あの山おくの小屋に住んでいるみたいですけど。やっぱりあそこが、おちつくみたいですね)。

 

 カピバラ老人とカピバルの者たちもきていました。そして小さなくにの王さまたちや、その家族の人たちまで、みんながこの場にやってきていたのです(ざんねんながら、アルファズレドとワットの者たちだけは、この場にはいませんでした。かれらも早く、みんなと同じ席につけることを、わたしは願っています)。

 

 そんなあふれんばかりの人たちの前に、今王さまの座を受けついだロビーが、かちんこちんになって立っていました。そう、この集まりはロビーが王さまになったことをおいわいする、その集まりだったというわけなのです(この集まりのしゅさい者は、アルマーク王でした。ですからみんな、お客さまとしてエリル・シャンディーンに集まっていたのです)。

 

 ロビーのあいさつに、みんなが、しーんとなってちゅうもくします。ですがロビーはまだ、人前で話すことなんて、やっぱりなれていませんでした。

 

 「あの……、ええと、その……」ロビーがいいかけましたが、やっぱりうまく言葉が出てきません。ゆうべあれだけ、スピーチの文章を考えてきましたのに! そんなとき。

 

 「ロビーベルク王、ばんざーい! ほら、みんなも、たたえてたたえて! ばんざーい!」

 

 やっぱりロビーに助け船を出したのは、ライアンでした。

 

 

 「ばんざーい! ばんざーい! アークランドの勇者!」

 

 

 もう、ロビーの言葉も必要ありませんでした。みんなはただただ、せいいっぱいのかんしゃの心を、このレドンホールの若き王さまにむけておくったのです。それでいいじゃありませんか。百の言葉をのべるより、こっちの方が、よっぽどすなおというものです。

 

 ロビーのまわりはもう、たくさんの人であふれかえっていました。みんなロビーにあくしゅをもとめ、ロビーは「あわわわ……」と、もうもみくちゃです。と、そこに。

 

 「ロビーベルクどの。」

 

 やってきたのは、アルマーク王でした。

 

 「いや、今はもう、ロビーベルク王といわなくてはなるまいな。そなたを心から、ほこりに思う。そして、ありがとう、勇者よ。」

 

 アルマークはそういって、ロビーの前にひざまずきました。その場にいるほかのみんなも、アルマーク王にならって、そろってロビーにひざまずきます。もちろんロビーが大あわてしてしまったことは、いうまでもありません。

 

 「や、やめてください! そんな! もったいないです!」

 

 ロビーがいいましたが、そんなロビーの手を取って、ライアンがにこにこしながらいいました。

 

 「ま、今はこのまま、受け取っておいたらいいんじゃない? せっかく王さまが、頭を下げてくれてるんだしさ。めったにないチャンスだよ。」

 

 ライアンの言葉に、ロビーはなにもいえず、ただただ頭をかいて、「う~ん……」とうなるばかりでした。

 

 

 

 

 「さあさ、みんな、はいったはいった!」

 

 入り口のとびらをあけて、ひとりの人物がいいました。今かれはこの場にやってきたなん人もの新しいお客さんたちのことをむかえるために、大いそがしだったのです。ですがかれのあんないも、すぐにおしまいになりました。なにしろせまいところでしたから、こんなにたくさんのお客さんたちのことを、みんな中へいれるわけにはいかなかったのです。席はすぐにいっぱいになって、みんなはこんどは、そとにならんだ長いテーブルのもとに、じゅんばんについていきました。

 

 いったいここは、どこでしょう? 古びた大きな、げんかんの木のとびら。そのわきには、こうしのはまったすすけたまどがひとつ、ありました。とびらの中は、なんとも見ばえのしない、ほらあなになっていて……。

 

 読者のみなさんには、ここがどこだか? もうおわかりになったかと思います。ここは、そう、かなしみの森の、ロビーのほらあなでした! そしてさきほどから、お客さんをむかえるために大いそがしになって動きまわっているのは……、それももはや、おわかりでしょう。そう、かなしみの森の、ゆいいつのお店、「スネイルのざっか屋および食りょう品店」のあるじである、あなぐまのスネイル・ミンドマンだったのです!

 

 そのスネイルがさきほどからまねきいれているのは……、そうです、それはこのかなしみの森に住む、たくさんの動物の種族の者たち。ロビーのことをはじめはこわがっていた、そのかれらでした。

 

 スネイルはいいました。「おまえさんがもどってくる、そのときには、わしはおまえさんのことをみなにふれてまわって、おまえさんをかんげいできるようにしておくよ……」。そしてまさに今、それがほんとうのこととなったのです。

 

 もはや、説明の必要もないでしょう。ロビーは今、ほんとうに心の底からかなえたかった、その思いを果たしました。それはこのほらあなにたくさんの友だちをよんで、パーティーをひらくということだったのです。お城での大パーティーにくらべたら、ほんとうにささやかで、小さなものかもしれません。ですが今のロビーにとっては、このパーティーはほかのどんな大えんかいにくらべても、もっとはなやかで、ごうかなものでした。

 

 ロビーのまわりは、たくさんの友だちであふれかえっていました。ベルグエルムもフェリアルも、もちろんいっしょでした。マリエルもリズも、みんな集まってくれました。そしてそのとき、入り口の木のとびらをあけて、ロビーのいちばんたいせつな人がはいってきたのです。その手に大きなケーキのはこを、山ほどかかえて。

 

 「おそくなって、ごめーん! 森のおばあちゃんのやいたホワイトケーキ、いっぱいもらってきたよ! もう。ちゃんと用意しておいてね、って、いっといたのに。ぼくが取りにいかなくちゃならなくなっちゃったじゃんか。」

 

 それは、そう、ライアンでした。ライアンはそのままケーキのはこをどさっとテーブルに山づみにすると、それからロビーの方へ近づいて、そのうでを取っていったのです。

 

 「さあみんな、集まったね! あらためて、しょうかいするから。この人が、ロビーだよ。ぼくの、いちばんの友だち!」

 

 

 そのばん、ロビーのほらあなに笑い声がたえることはありませんでした。

 

 ロビーはここに、いちばんのしあわせを得たのです。

 

 

 ロビーのこの物語は、これでおしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きに代えて。


この物語は元々、「アークランド物語3部作」の第1部、「ロビーの冒険」として書き進めていたものです。第2部はロビーの冒険から30年前のアルマーク王たちの冒険を描いた、「ノランと四人の王子たち」。そして第3部はロビーの冒険のおよそ500年前の悲劇の出来事を描いた、「アーザス・レンルーの物語」です。第2部と第3部については、残念ながら、未だ完成を迎えていません。そして私は今、こう思っているのです。このアークランドの物語は、「ロビーの冒険」だけで充分なんじゃないかと。
 一応ロビーの冒険を読んだだけでも、第2部と第3部のそれらの出来事のことについては、どんなことがあったのか? 大体の想像がつくようにはなっています。ですから敢えてそれらの物語を新たに書き進めるよりも、それらの物語のことについては、皆さんの想像に任せた方がいいんじゃないかと思いました。
 でも……、やっぱり私の中に、3部作全てを完成させてみたいという気持ちもあります。ですからいずれ、再びペンを執るかもしれません。その時がもし来たら、再び私は、皆さんにそれらの物語のことを発表したいと思っています(身勝手で本当にすいません!)。
 ロビーはこれから、新しい人生を踏み出していくのです。ライアンも、ベルグエルムも、フェリアルも、みんなも。
 終わりはありません。ですから、さよならも言いません。
 全てが、新しい旅の出発点なのですから……。

 私も再び、新しい人生に出発しようと思っています。

 読んでくれてありがとう! またね!


 


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