野獣先輩のIS学園物語 (ユータボウ)
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1話 二人目の男

 不意に思い付いたので初投稿です

 野獣先輩は24歳。千冬さんも24歳。そして束さんも24歳
 あっ……ふ~ん(察し)


「……はぁ」

 

 少年、織斑一夏は思わず溜め息をついた。一体どうしてこんなことになってしまったのか?見渡す限り、女子、女子、女子。狭い教室にいる男子は自分だけという凄まじい場違い感と、世にも珍しいものを見るかのような好奇の視線によって、彼は今にも押し潰されてしまいそうだった。

 何故自分がここ、IS学園に通うことになったのか。理由はやはりI()S()()()()()()()の受験会場を間違え、迷い込んだ部屋にあったISに興味本意で触れた結果、何故かそれを動かすことが出来てしまったことだろう。

 

 IS(インフィニット・ストラトス)。女性しか動かせない筈のそれを男の自分が動かしたという事実は、一夏が想像していたよりも遥かに大きな衝撃を世界に与えた。自宅には連日のように様々な人間が訪れて、そして今日あれよあれよという間にここに連れて来られ、制服を着せられて教室の一番前の席に座らされているのだ。もう訳が分からない。

 

 一夏は助けを求めるように窓際に座る一人の少女に目をやった。艶やかな黒髪でポニーテールを作る日本人の少女だ。ここ、IS学園には世界中から入学者が集まっているだけあって、クラスも非常に国際色が豊かだった。すがるような一夏の視線に少女は気付く……が、彼の望みとは裏腹にサッと目を逸らされてしまった。唯一と言える知り合いに裏切られたことでとうとう力尽き、一夏はバタッと机に突っ伏した。

 

「(あぁ……もう勘弁してくれよ……)」

 

 涙目になる一夏だが助けてくれるものなど誰もいない。結局、彼には溜め息をついて教師が来るまで、この異様な空気に耐えることしか出来なかった。

 

「全員揃ってますね~、それじゃSHRを始めますよ~」

 

 そんな声が響いたのはいつ頃だったか、ガラリと教室の扉が開き眼鏡を掛けた女性が入ってきて、それを皮切りに生徒達はそそくさと自分の席に戻っていく。今の女性の口振りからするに彼女が教師であることは想像するに難くない。難くないのだが女性の身長が低めであることと童顔であること、この二つの要素が混じり合うことでなんとも言えないアンバランスさを出していた。まるで子供が無理をして大人の服を着てるみたいだと一夏は内心で感じる。

 

「これから一年間副担任を務めます、山田真耶と言います。皆さん、宜しくお願いしますね」

 

「「「……」」」

 

 笑顔で自己紹介をする真耶だが、教室内はしーんと静まり返っていて誰も返事をしない。その様子に涙目になる彼女を見た一夏は、自分だけでも挨拶しておくべきだったと後悔する。尤も、彼にはそんな余裕は欠片もなく、そして頭からは自己紹介のことなどすっかり抜け落ちていた。

 

「──斑君、織斑一夏君!」

 

「ん?」

 

「だ、大丈夫?こ、ごめんね。怒ってる、怒ってるかな?ゴメンね、ゴメンね!でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』なんだよね。だからね、あの、ごめんね?自己紹介してくれるかな?」

 

「ファッ!? す、すみません!」

 

 故に、自分の順番が回ってきても気付かない。ペコペコと頭を下げ今にも泣き出しそうな真耶の言葉に、一夏は思わず勢いよく立ち上がってしまった。そして、すぐさまそれが失敗だと悟る。

 

 クラスメイト全員の視線が自分に向けられているのだ。しかもただの視線ではない。大半がただの一言も聞き逃してなるものかと言わんばかりの様子だったのである。穴が空きそうな程の鋭い視線を向けられ、一夏は何か言わなければと額に汗を浮かべた。何か言わねば殺られる、思わずそう感じてしまうような重圧が彼を襲う。

 

「お、織斑一夏です……!」

 

 名前は言った。しかしそれから先が続かない。何を言えばいいのか? 趣味か? 好きなものか? 脳みそをフル稼働させて言葉を考えるが、コレといえるしっくりした物言いが出来ない。そんな半ばパニックの一夏とは裏腹に生徒達の好奇の視線は強くなる一方だ。次は何を言うつもりなのか。沈黙が続くほど彼女達の中で期待が風船のように膨らんでいく。

  

「っ……い、以上です!!(閉廷)」

 

 最終的に一夏は逃げた。勢いよく座ると同時に、ゴシャァ!と何人かが席から転げ落ちて他の生徒達も机に頭をぶつけるなど思い思いの行動を起こす。期待を裏切られ、彼女達の内心で一夏に対する評価が僅かに下がった瞬間だった。

 そして当の本人はというと、一先ず事態は乗り切ったことで安堵の息をついていた。脱力し背凭れに体を預けて油断する一夏、そんな彼の後頭部に突如何かが振り下ろされた。スパァンと炸裂音が教室に木霊する。

 

「痛っ!?」

 

「お前は自己紹介もまともに出来んのか?」

 

「へ……ち、千冬姉!?」

 

 突如現れた実の姉に一夏は驚愕する。だが次の瞬間には再び後頭部に衝撃が走った。

  

「ここでは織斑先生と呼べ」

 

「せ、先生……?」

 

 ズキズキと痛む頭を押さえ、「くぅ~ん……」と唸りながら彼は千冬を見上げる。鋭い切れ目に少し跳ねた黒髪。見惚れる程完璧に着こなされたブラックのスーツに自分を叩いたであろう出席簿を持った様子は、確かに言われてみれば教師の姿に見えた。

 しかし一夏は首を傾げる。果たしてこの姉は、今まで自分に教師をしているなどと言っていただろうか。唸りながらも記憶を探る彼だったが、それは直後に響き渡ったクラスメイト達の叫び声によって断念せざるを得なかった。

 

「きゃあああああああああ!!」

 

「千冬様、本物の千冬様よ!!」

 

「私、お姉様のファンで北九州から来たんです!!」

 

「お姉様のためなら死ねます!」

 

 その声量は凄まじく、一夏は思わず顔をしかめた。まるでビリビリと教室内の空気が震えているような、そんな錯覚すら覚える程だ。千冬もまたそんな生徒達の騒ぎ様に溜め息を溢し、心底呆れたような、そして面倒そうな表情を浮かべる。

 

「はぁ……毎年毎年、よくもこれだけの馬鹿者が集まるものだ。感心させられるよ。あれか、私の受け持つクラスには馬鹿者が集中させらたりでもしているのか?」

 

 それは普通の教師が言えば訴えられてもおかしくない一言だ。しかし、その発言者が()()織斑千冬ならば話は別。生徒達は更に熱気を上げて口々に騒ぐ。

 

「きゃああああああ!もっと叱って罵って!」

 

「でも時には優しくして!」

 

「そしてつけあがらないように躾して~!」

 

 いや、それでいいのか。置き去りにされていた一夏は内心でクラスメイト達へ突っ込んだ。しかし千冬より向けられた超低温の眼光により力なく着席する。あれは「自己紹介もまともに出来ん馬鹿者が馬鹿なことを考えるな」という視線だ。

 

「はぁ……まぁいい。気付いている者もいるかもしれないが、このクラスにはもう一人生徒が来る。今は遅れているが──いや、ちょうど来たようだな。やじゅ……()()、入って来い」

 

 千冬のその一言はざわめくクラスを静めるには十分な力を持っていた。一夏を含めた生徒全員が首を傾げ、その視線を教室前方の扉へと向ける。誰もが見守る中、ガラリと扉が開かれて──、

 

 

 

 ()()()()()姿()()()()()

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

「先輩、お久し振りです!」

 

 休み時間、一夏は最後に現れた二人目の男子生徒──田所浩二(野獣)へと声を掛ける。そんな彼の姿を見た野獣はにっと笑みを浮かべ、「オッスオッス!」と軽く手を上げて返事をした。その明らかに知り合い同士の反応に、外野の生徒達は一斉にああだこうだと囁き始める。

 実際に二人は知り合いだった。いや、二人を知り合い程度の関係に留めるのは語弊があるだろう。何せ野獣は千冬の小学校時代からの幼馴染みであり、一夏にとっては兄のような存在だ。炊事洗濯といった家事の類いの一切を野獣から教わった一夏は、彼のことを「先輩」と呼び慕っているのである。

 

「久し振りっすねぇ^~! 大体1145141919810日振りくらいだっけ?」

 

 「長すぎィ!」と周りから総突っ込みが入るが野獣はどこ吹く風だ。一夏もそんな彼のよく分からない発言には馴れたもので、苦笑しながら右手を差し伸べた。その意味を素早く理解した野獣もまた右手を差し出し、お互いに手をグッと強く握る。

 

「俺、先輩がいてくれて凄く心強いです! 男って二人しかいませんけどこれから宜しくお願いします!」

 

「いや~、俺もよく分かんないけどIS動かせちゃったからね(神の悪戯)、ICKがいてくれてすげぇ嬉しいゾ。これからオナシャス、センセンシャル」

 

 交わされた固い握手に周りの生徒達から黄色い歓声が上がる。爽やかなイケメンの一夏と朗らかな笑みの野獣、三度の飯より男同士が好きな年頃の少女達にとって、二人の友情は何より歓喜すべきことであった。ある者は神に、ある者は両親に感謝し、そして同じクラスになれなかった者達は悔しさのあまり涙を呑んだ。

 笑顔で談笑を続ける一夏と野獣。そんな二人の元に近付く一人の少女がいた。背筋をピンと伸ばしたポニーテールのその生徒は、SHR前の一夏の助けを求める視線をスルーした少女であった。そんな彼女に気付いたのか、一夏と野獣も顔をそちらに向ける。

 

「久し振りだな、一夏」

 

「えっと、箒……だよな?」

 

 やや自信なさげにおずおずと言った具合に尋ねる一夏。それに少女──篠ノ之箒は「う、うむ」とやや緊張した面持ちで頷いた。その頬にはやや赤みが差しており、それを見た野獣は「あっ……ふ~ん」と何かを察したように呟く。そしてちょうど思い付いたかのように声を掛けた。

 

「あ、そうだ(唐突)。ICK、折角の再会なんだしHUKと話でもしてきたらどうっすか?(気遣い先輩)。積もる話の一つや二つや114514くらいあると思うゾ」

 

 「そ、そうだな(肯定)。田所さん、申し訳ありませんが一夏を少し借りていきます。いくぞ一夏!」

 

 「ちょっ、箒!?引っ張るなって!」

 

 ぺこりと野獣へ頭を下げ、箒は慌てる一夏と共に教室を出ていった。貴重な男が連れていかれたということに見ていたギャラリーは一斉に騒ぎ始め、その大部分が二人の後を追って姿を消した。先程よりかは幾分か静かになった教室で、野獣は「はぁぁぁ~~……」と一人クソデカ溜め息を溢す。

 千冬と共に、箒の姉である篠ノ之束の数少ない親友だった野獣は、当然昔から箒とも面識を持っていた。それ故、彼女が一夏に好意を持っていることは既に知っていたのだが……さっきの二人の雰囲気から、肝心の一夏の方が箒に対して恋愛感情を欠片も持ち合わせていないことに彼は気付いたのである。

 

 一年一組に一人残された男、野獣。水筒に入れていたアイスティーを一口飲んだ彼は、減ったとはいえまだまだ多い周りからの視線に、「どうすっかな~俺もな~」と小声で呟いた。

 




 ISを動かせるのは女だけ。つまりISを動かせる先輩は女の子。Q.E.D.証明終了

 やっぱり女の子じゃないか!

 感想とか評価ください!なんでもしますから!


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2話 代表候補生

 1話目にして既に評価されてて思わず二度見したゾ(狂喜乱舞)。お気に入り登録してくれた人もいるし、やっぱ好きなんすね~


「うぅ……」

 

 先程の休み時間で箒と再会した一夏は、二時間目終了時点で既にボロボロとなっていた。それは何故か、IS学園とは名前の通りISについて学ぶ場所であり、授業も当然ISについての専門的なものとなっている。いくらISを動かせるとは言えども、ほんの一ヶ月前まではごく普通の中学生に過ぎなかった一夏には、その授業はあまりにも難しすぎたのだ。

 

「おっ、大丈夫か大丈夫か?」

 

 そんな彼の元にやって来たのはもう一人の男性操縦者、野獣だ。自分とは対照的な余裕綽々と言わんばかりのその態度に、一夏は机に突っ伏した状態のまま顔だけを彼の方へ向ける。

 

「先輩……俺もう駄目かもしれません。全然理解出来ません……」

 

「えぇ……(困惑)。こんなのまだ初歩の初歩なんですがそれは……」

 

 大袈裟に呆れ返った野獣を一夏は恨めしそうに見つめる。なんとこの野獣、大学では男であるにも関わらずISについて学んでおり、更にそこで優秀な成績を修めて院にまで進んだ程の男なのだ。はっきり言って、このクラス内でもトップレベルの知識を持っていると言っても過言ではない。

 加えてISを学ぶ環境というのはこの学園に関わらず男が少なく、野獣のいた大学でも講義次第では男が野獣しかいないということも多々あった。異性だらけの環境にやたらと適応するのが早かったのは、こういった事情が絡んでいたりもするのである。分からないところは後で野獣に聞こう、一夏は声に出さずにこっそりと決心した。

 

「ていうか、入学前には参考書をひたすら読んどけって言ったじゃんアゼルバイジャン」

 

「まぁ……そうだけど……(しどろもどろ)」

 

 一夏はチラリと机の隅に置かれた参考書に目をやる。さながら電話帳のごとき分厚さを誇るそれは、一夏が間違えて捨てようとしていたのを、ゴミ出しに行こうとした野獣が寸前で発見した物である。その時野獣に「そんなことしたらCHYに怒られちゃうだろ!」と叱りつけられたのは、一夏にとってなかなかに苦い記憶だ。

 

「ちょっと宜しくて?」

 

「「ん?」」

 

 そんな時だ。いきなり横から声を掛けられ、素っ頓狂な声を上げる一夏と野獣。そんな二人の視線の先には金のロールがかった髪でややつり上がった碧眼を持つ少女が立っており、見るからに不機嫌ですというオーラを放っていた。

 

「なんですのその返事は? この私に話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではなくて?」

 

「……悪いな。俺、君が誰か知らないし」

 

 大袈裟に声を張り上げた少女に一夏は顔をしかめる。野獣に至ってはこの時点で「そう……(無関心)」としか反応せず、早くも関わらないことを決めたようだ。そんな二人の態度は少女の神経を逆撫でし、更にその声を荒らげさせた。

 

「知らない? イギリスの代表候補生にして入試首席の、このセシリア・オルコットを!?」 

 

「おう(誇らしげ)」

 

 信じられないと言わんばかりにポージングする少女、セシリア。しかし一夏はそんな彼女の様子などまるで気にも留めず、隣で「なんで知る必要なんかあるんですか(無関心)」と呟く野獣へと視線を移した。

 

「あの、先輩」

 

「おっ、どうした?」

 

「代表候補生って……なんですか?」

 

 その一言を切っ掛けに、ガタガタガタッとあちこちで音が響いた。何名かの生徒達がずっこけたのである。質問をした一夏は至極真面目そうな表情をしており、そんな彼に流石の野獣も「ファッ!?(驚愕)」と驚きを露にする。セシリアもまたその額に青筋を浮かべて、怒りの余りプルプルと震えながら凄まじい剣幕で一夏を怒鳴り付けた。

 

「あ、あなた! 本気で言っていますの!?」

 

「な、なんでそんな怒ってんだよ?」

 

 訳が分からずに本気で困惑する一夏。実際には代表候補生など、ISに関わる者なら常識とも言える単語なのだが、そんなことを彼が知る由もなかった。首を傾げる一夏を見かねた野獣は溜め息と共に助け舟を出す。

 

「ICK、代表候補生ってのは国家IS操縦者の候補のことだゾ。読んで字の通りだって、はっきり分かんだね」

 

「あっ、そっかぁ……(納得)」

 

「そう、エリートなのですわ!」

 

 バァン!(大破)とセシリアは手を机に叩き付け、その後一夏をビシッと指差す。因みに当の本人はセシリアの姿を、ポーズが様になっているなぁ程度にしか思っていなかったりする。

 

「ふん、ISについて何も知らないくせによく入学出来ましたね。まぁでも、私は優秀ですから。泣いて頼まれれば教えて差し上げてもよくってよ。何せ私は入試で唯一教官を倒したエリートですから」

 

「やだよ(即答)。お前に教えてもらうくらいなら先輩に頼むさ……って、入試ってあのISを動かして戦うやつか?」

 

「それ以外に何があると言うのですか……」

 

「俺も倒したぞ、教官」

 

 ピタッと、その一言で教室内の時が止まった。周りで聞き耳を立てていた生徒達は思わず動きを止め、セシリアは驚きの余り目を見開いてポカンと呆ける一夏を見る。「たまげたなぁ……」と一人遠い目をしているのは野獣だ。余談だが野獣はその入試で元世界最強(おりむらちふゆ)と当たっており、114514秒に渡る激戦の末に敗北している。

 

「わ……私だけだと聞きましたが?」

 

 たっぷり十秒程の時間が経過しただろうか。ショックで震えながらも声を出したのはセシリアだ。何かの間違いであってほしい、そんな彼女の切実な願いは一夏の「女子の中ではってオチじゃないのか」という、無慈悲な一言によって脆くも崩れ去った。

 その直後に鳴り響くチャイム君迫真の音色、結局セシリアは「後でまた来ますわ! 逃げないことね!」と捨て台詞を残し、そそくさと自分の席に戻っていった。一体何がしたかったんだと本気で思った一夏は隣を向くが、野獣の姿はそこにはなく、いつの間にか自分の席で授業の用意をしている。相変わらずよく分からない男だった。

 

「席につけ、授業を始めるぞ」

 

 教室に入ってきた千冬の言葉に教室内の空気が締まる。それを感じ取った一夏もまた、今度こそと意気込んでシャープペンを手に取った。

 

「あぁ、そういえば授業の前にクラス対抗戦に出る代表者を決めなくてはな」

 

 クラス対抗戦。代表者。聞き馴れない単語に生徒達は首を傾げた。そんな中で野獣だけが一人、「あっ……ふ~ん」と悟りを開いたかのような表情を浮かべているが、それに気付けたのは教卓に立っている千冬だけである。果たしてその頭の回転の速さはどこから来るのだろうか、千冬は内心で舌を巻く。

 

 「代表者とは文字通り、このクラスの代表者だ。分かりやすく委員長とでも言うべきか。クラス対抗戦ではその代表者達が実際にISを使い、その実力を測るものだな。現時点ではそこまで差はなかろうが……我こそはという者はいるか? 自薦でも他薦でも構わんぞ」

 

 他薦でも構わない、その言葉に飛び付いたのはごく一般の生徒達だ。誰もが挙って手を上げ、そして一夏と野獣の二人を推薦していく。世界でISを動かせる男がいるのだ、これを使わない手はないというのが彼女達の考えである。

 しかしこうなることを予想しており、「しょうがねぇなぁ(逃れられぬ(カルマ))」と割り切った野獣はともかく、予想も何もしていなかった一夏は堪ったものではない。「ファッ!?」というクッソ情けない声を上げて千冬に抗議するも、必殺の出席簿を受け力ずくで黙らされてしまった。このままこの二人の内のどちらかをクラス代表にしよう、そういう流れになりつつあったそんな時──バァン!(二回目)と大きな音を立ててとある生徒が立ち上がった。

 

「待ってください! 納得いきませんわ!」

 

 その生徒、セシリアは金切り声を上げて一夏と野獣の二人を睨み付ける。周りから空気読めよと言わんばかりの視線が突き刺さるが、そんなことはお構い無しに彼女は口を開き、怒濤の勢いで反論を始めた。その際に例のポーズを決めることも忘れない。

 

「そのような選出は認められません! 男がクラス代表なんて恥さらしもいいところですわ! このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間も味わえと言うのですか!」

 

 セシリアの台詞は止まらない。最初は聞き流していた生徒達からも、次第に「やべぇよ……やべぇよ……」と不安げに呟く者も出てきていた。

 

「クラス代表は実力トップの者がなるべき、そしてそれはこの私ですわ! 大体こんな後進的な国で暮らすこと自体、私には耐え難い苦痛で──」

 

「あっ、おい待てぃ(江戸っ子)」 

 

 これ以上は聞くに堪えないと、野獣がガタッと席から立ち上がる。その顔は怒ったような、それでいて呆れたような風になっており、その目から放たれた鋭い眼光は真っ直ぐにセシリアを捉えていた。普段温厚な野獣からはあまり想像出来ない表情だ。教室中の視線が集まる中、野獣は「あのさぁ……」と仰々しく肩をすくめてクソデカ溜め息を吐き出す。

 

「代表候補生が他の国馬鹿にするようなこと言って……恥ずかしくないの?(正論)。そんなに文句あるんだったらさっさとイギリスに帰って、どうぞ(半ギレ)」

 

「っ……!」

 

 予想外なその強気の発言にセシリアは怯む。そこに「そうだぜ」と便乗して立ち上がったのは、既にクラス代表として推薦されていた一夏だ。彼もまた珍しく苛立っていたようで、立ち上がった際に椅子がガタンと大きな音を立てる。

 

「イギリスだって島国じゃないか。それにイギリスは飯が不味すぎるんだよな、それ一番言われてるぞ」

 

「なっ……!? あなた達、私の祖国を馬鹿にしますの!?」

 

「先に言い出したのはそっちなんだよなぁ……(揺るがぬ真実)。頭にきますよ~!」

 

 一夏と野獣の二人、そしてセシリアが互いに火花を散らし合う。やがて痺れを切らしたセシリアがバァン!(三回目)と机を叩き、「決闘ですわ!」と宣言した。当然二人はそれを承諾、来週の月曜日にアリーナを貸し切り、ISバトルを行うことが決定されたのだった。

 




 ホモは優秀、はっきり分かんだね

 迷ってんのは野獣に専用機持たせるか持たせないかってとこなんだよな~。どうすっかな~俺もな~


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3話 部屋割り

 続きいくよぉ……

 台詞多い……多くない?


「ぬわぁあああああああああああああああん疲れたもぉおおおおおおおおおおおおおおん!」

 

 「チカレタ……(小声)」

 

 放課後、初日の授業が全て終了し、またHRも終わったその瞬間に野獣と一夏はバタンと机に倒れ込んだ。休み時間や昼食の時ですら絶えず周りからチラチラ見られていた二人だ、その肉体的精神的疲労の度合いは最早語るまでもないだろう。机に突っ伏してピクリとも動かなくなった二人に、真耶はやや戸惑いながらも声を掛ける。

 

「あ……あの、大丈夫ですか?」

 

「「(大丈夫では)ないです」」

 

「そ、そうですか……でも、あの、実はお二人に渡す物があるんですけど……」

 

 そう言って真耶が取り出したのは数字の書かれた札付きの鍵だ。どうやら数字の方は部屋の番号を表しているらしいと気付く二人だが、同時に一つの疑問が頭に浮かぶ。

 

「あれ……最初の一週間は家から通うように言われてたんですけど……」

 

「そうなんですけど政府からの指示がありまして……大変申し訳ないんですが今日から二人には寮に入ってもらうことになったんです。あと……部屋の調整もまだ出来てなくて、一ヶ月もすれば二人の部屋を用意出来ると思いますので……」

 

 その言葉に驚いたのは一夏だ。真耶の話を聞く限り、一ヶ月は女子と同じ部屋で過ごさなくてはならないかもしれないのだという。慌てて確認した部屋番号は『1025』、彼は野獣へと目をやった

 

「せ、先輩って何号室ですか……?」

 

「ん~……1145143643641919810号室みたいっすね~」

 

「えぇえええ!? そんな部屋ありませんよぉ!」

 

「嘘だよ(苦笑い)。1030号室だゾ」

 

 困惑する真耶を見て笑う野獣。しかしそんな彼の頭目掛けて、後ろから凄まじい速さで出席簿が振り下ろされた。バァン!(大破)と出席簿が出したとは思えない音が響き、野獣の口から「ヌッ!?」と悶絶する声が漏れる。

 

「教師をからかうな馬鹿者。今のお前は生徒だ、例え山田先生よりも歳上であってもな」

 

「ち、千冬姉!?」 

 

 デデドン!(絶望)と突然現れた実の姉に、思わずいつもの呼び方で呼んでしまう一夏。そんな彼に千冬は呆れた様に溜め息をついた。

 

「織斑先生だ、学習しろ。織斑、田所、お前達の用意は私が既にしておいた。着替えと、携帯の充電器があれば十分だろう?」

 

「「少なすぎィ!!」」

 

 「頭にきますよ~……(激痛)」と呻いていた野獣、そして一夏は間髪入れずに突っ込む。娯楽品の一つもないとはどういうことかと二人は問うが、しかし千冬はそんな言い分など全く受け付けず、「後は休日に自分で取りに行け(無慈悲)」とまるで相手にしなかった。淡々と、ただ伝えるべきことだけを述べていく彼女に野獣と一夏は、ただ「悲しいなぁ……(諸行無常)」と呟くことしか出来ない。

 

「夕食は寮の食堂を使うようにしろ。時間は六時から七時までだ。浴場は今の段階では使うことが出来ん、部屋に備え付けてあるシャワーを使え」

 

「あれ? なんで浴場は使えないんですか?」

 

「周りに女の子しかいないからだと思うんですけど(凡推理)」

 

 首を傾げる一夏に「当たり前だよなぁ?」と説明する野獣。男なのにISを動かせるという例外故に二人はこの学園にいるが、そもそもここは去年まで女子校のようなものだったのだ。ある程度の施設が制限されてしまうことも仕方がないことだろう。

 そんな中で慌てたのが話を聞いていた真耶だ。何をどう解釈したのか、一夏が女子生徒と風呂に入れなくて落胆していると勘違いした彼女は、顔を真っ赤にしながら彼に詰め寄った。童顔巨乳の教師に近付かれた一夏は、思春期の少年らしくさっと目を逸らす。

 

「お、織斑君! いけませんよそんなこと! 女の子とお風呂に入りたいなんて……!」

 

「え!? あの、いえ! 別に入りたくないです!」

 

「そんなに強く否定するんですか!? 女の子に興味がないって、それはそれで問題のような……」

 

「お前ホモか!?(驚愕)」

 

「ちょっ、何言ってんすか! やめてくださいよ本当に!」

 

 勘違いと早とちりで慌てる真耶。面白がって一夏をからかう野獣。とんでもない彼の発言に半ギレになりながら否定する一夏。一夏ホモ疑惑に沸く多くの女子生徒達。騒然となる教室で千冬は一人、本日何度目かとなる溜め息を溢した。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

「えっと、1025室……1025室……」

 

「こ↑こ↓じゃないっすか~?」

 

 一夏と並んで歩く野獣は目的の1025室を指差す。場所は変わって現在は一年生の学生寮、真耶から部屋の鍵を受け取った二人は、言われた通りにそれぞれの部屋へ向かっていた。因みに野獣の部屋である1030室は一夏の1025室よりやや奥にある。

 

「じゃあ先輩、また後で」 

 

「おっ、そうだな」

 

 先に部屋に辿り着いた一夏と夕食の約束をして別れた野獣は、一人大股で寮を進んで部屋に到着した。コンコンコンとノックを三回、更にはノブも回すが内側からの反応はない。どうやら相方の生徒もまだ来ていないようだった。

 

「しょうがねぇなぁ(悟空)」

 

 そうぼやきながら野獣はゴソゴソとポケットから鍵を取り出し、木製の扉に取り付けられたノブに差し込んだ。ガチャリとロックが外れて扉が開き、彼は「おっ、開いてんじゃ~ん!」と自分で開けておきながら叫ぶ。騒がしい男だ。

 

「お邪魔しま~す(控えめ)」

 

 入室して早々、彼の目に飛び込んできたのは高級ホテル顔負けの内装だった。明らかに二人部屋とは思えないその大きさに、野獣は「はぇ~すっごい大きい……」と感嘆の声を漏らす。これがこの学園の普通なのだから、如何にこのIS学園が規格外の場所なのかが分かるだろう。満足げに頷く野獣は一先ず目の前のベッドに横になろうと一歩を踏み出し──、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ。ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも、わ・た──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 し、と。その言葉は発せられることはなかった。部屋の隅に潜み、野獣の入室と共に姿を現した一人の少女。彼女はその姿を現した瞬間、()()()()()()()()()()宙を舞っていた。重力に引かれ、何が起こったのかすら分からない少女はベッドにボフンと俯せの状態になって落下。間髪入れずにその上へ野獣が乗り掛かった。

 

「お前何やってんだおい!」

 

「……え、ちょっ!? 嘘っ!? えぇ!?」

 

 「じっとしてろお前! もう逃げられねぇぞお前! (拘束)」

 

 「仮面ライダーなんだろ?」と意味不明なことを言いながら、しかしかなり手際よく野獣は少女を、身に付けていたネクタイで拘束する。一方、少女も漸く我に返って自分が拘束されていることに気付いたのか、途端にじたばたと暴れ始めた。しかし縛られた両手はまるで動かず、上に野獣が乗っているせいで体を起こすことも出来ない。ならばと少女は最終手段として専用機の展開を試みるも、肝心の専用機がいつの間にか野獣によって没収されていた為にそれも叶わなかった。

 

 

 

 両手は動かず、専用機も使えない。

 

 自分は今、思いの外にまずい状況にいるのだと、そう気付いた瞬間に少女の顔から血の気が引いた。

 

 

 

「ごめんなさい! すみません! だから離して! お願いします!」

 

 「すみませんじゃ済まねぇんだよ!(無情先輩)。分かってんのかお前!」

 

「ああ逃れられない! やだやめて犯さないで犯さないでよ! ライダー助けて!」

 

「ライダーはお前ダルルォ!? もう許せるぞおい! 職員室に通報しちゃうからなお前!(死刑宣告)」 

 

「やだ! 小生やだ!」

 

 馬乗りのまま携帯を取り出して職員室へと電話をかける野獣に、ショックの余り幼児退行を起こした少女は涙目になりながら訴える。水着エプロンと呼ばれる非常にセクシー……エロいっ! 格好をしている彼女だ、先生に見つかればどうなるかは想像するに難くない。そして、とうとう野獣の電話は職員室に繋がってしまう。

 

「もしもし! すみませんあの、自分の部屋に変態せっ、変態生徒会長が入り込んでるんですけど(特定済み)、不法侵入ですよ不法侵入! 今すぐ来てください! お願いします!」

 

「あ゙あ゙あ゙も゙お゙お゙お゙や゙だあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」

 

 夕暮れ時の学生寮に少女、更識楯無の悲痛な叫びが響き渡った。ただ同室となる野獣を驚かせようと思っただけなのに。彼女の心の叫びは誰にも届くことはなく、その拘束は知らせを受けた千冬が駆けつけるまで続いたという。

 




 TTNSさんすこ。何も言わずに抱き締めて照れてるところに告白したい(ノンケ並感)

 でもいきなり部屋に忍び込んで水着エプロンとかしてたらハニトラを疑われても文句言えないんだよなぁ……


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4話 天災

 昨日「(お気に入り数)36、普通だな!」

 評価バーが赤くなってた時「なんだこれは……たまげたなぁ」

 ランキングに載った時「ファッ!?」

 今「書かなきゃ(使命感)」

 たくさんの評価に温かな感想、ありがとうございます!これからも頑張るから見とけよ見とけよ~!


 その夜、野獣は一人学生寮の屋上に上がっていた。雲の切れ間から覗く月を眺めながら、時折吹き付ける風の心地好さに「Foo~↑」と声を漏らす。

 暫くの間はそんな具合にぼんやりとしていた野獣だが、突然思い出したかのように携帯を取り出し、流れるような手付きで電話番号を入力した。独特のコール音が静かな空間に木霊する。やがてコール音は途切れ、彼の携帯から聞こえてきたのはあどけない少女の声だった。

 

『此方は篠ノ之束博士の番号です。一体どなたでしょうか?』

 

「おっ、CLEじゃないっすか。オッスオッス。俺俺、TDKRだゾ」

 

『あっ……た、田所様でしたか。申し訳ございません』

 

 詐欺か何かと間違われそうな野獣の言葉に、しかし電話に出た少女──クロエ・クロニクルははっとして口調を変える。事務的な対応をする抑揚のなかった声には感情が込められ、まるでペコペコと頭を下げている様子が頭に浮かぶようだった。そんなクロエに野獣は「そんなに畏まらなくていいから(優しさ)」と苦笑を浮かべる。

 

「ちょっとTBNにさぁ……話、あんだけど……」

 

『束様ですね、分かりました。今お呼びします』

 

「オッスお願いしま~す」

 

 少女、クロエ・クロニクルは野獣の幼馴染みにしてISを生み出した大天才、篠ノ之束の付き人のような存在だ。メイド、と言い換えてもいいかもしれない。特殊な事情があって彼女に保護されているクロエは、代わりとして束が面倒くさがってやろうとしない一切のことを任されているのである。電話への対応もその一つだ。仮に今の電話が野獣を含めたごく一部の人間以外の者からだったなら、彼女は間髪を入れずに通話を切っていたことだろう。

 

『はいは~い、束さんだよ~』

 

 会話が途切れて十秒程、聞こえてきたのは可愛らしい女性の声だ。彼女こそかの大天才、篠ノ之束その人である。しかし野獣にとってはそんな肩書きなど関係なく、幼馴染みの親友に過ぎない。いつものように「久しぶりじゃんアゼルバイジャン」と決まった挨拶を交わす。

 

『あぁうん、久しぶり。それでなんの用かな?束さんは今、いっくんの専用機作りで忙しいんだけど。もしかして野獣も作ってほしくなっちゃったとか?』

 

「専用機なんか必要ねぇんだよ!(小声)。そんなことより、なんで俺とICKはISが動かせるんですかねぇ……(素朴な疑問)。男なのにISを動かせるっておかしいだろそれよぉ?」

 

 男であるにも関わらずISを動かすことが出来てしまった一夏と野獣。ISの生みの親である束ならばこのことについて何か知っているかもしれないと野獣は睨んだのだが、期待に反して返ってきた言葉は「分からない」という五文字であった。

 

『いっくんはちーちゃんの弟で、野獣は実際にIS作成に関わってる。何か理由があるとすれば、二人共束さん達に接点があるってことくらいかなぁ……? 正直、束さんも考えてみたんだけど全然分からないんだよね』

 

「これもISコアの秘密、ってことっすか? たまげたなぁ……」

 

 軽い口調だがそこには確かな戦慄が込められていた。野獣は目を細め、考え事をするようにぼんやりと遠くを眺める。

 

 ISコア。

 

 束が作り出したISの心臓部分であり、世界に467個しか存在しない貴重な物。その全容は製作者である束ですら把握出来ておらず、完全なブラックボックスとなっていることは、大学時代でISを学んでいた野獣にはよく分かっていた。更に近年の研究ではコア内部に意識に似たものがあるということも判明しており、これは最早機械ではなく一つの新たなカテゴリーなのではないかと言う研究者もいるくらいなのだ。

 

『一応これからも調べてみるつもりだけど期待はしないでね。コアに関しては流石の束さんでも難しいし』

 

「こればっかりはしょうがねぇよなぁ……(諦観)。夜分遅くに失礼したゾ。じゃ、お休み」

 

 目的が果たせなかったことに野獣は溜め息を一つ溢し、お休みを言って電話を切ろうとするが、直後に束から『ちょっと待って』と制止が入る。今までにはあまりなかったことだけに、野獣も首を傾げて彼女の言葉に耳を向けた。

 

『野獣はさ、どうして専用機なんていらないって言ったの? 普通こんな誘い、誰も断らないんだけど』

 

 それは純粋な疑問だった。専用機というIS操縦者ならば誰もが欲する物──しかも、かの大天才の手掛けた機体──を、この男は悩むまもなくあっさりと断ってしまったのだ。それは何故なのか。束の問いに野獣は「そうですねぇ……」も暫し熟考した後、ポツリポツリと語り始める

 

「別に特別な力なんていらないからさ、俺は。他の奴がどうかなんて知らないけど、俺は自分の夢が叶ったらもう、それだけで十分なんだよね(無欲先輩)」

 

 『夢?』と思わず聞き返した束に野獣はニヤリと笑った

 

 

 

 思い出されるのは十年前、束の部屋でああでもないこうでもないと三人で話し合った、遠い遠い昔の記憶。白い騎士の設計図を片手に一人の少女が語ったその夢を、野獣はずっと抱き続けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『束さんとちーちゃんと野獣、そしていっくんと箒ちゃんの五人で月へ行こう。そこで兎と餅をついて皆で食べるんだ』って、誰かさんが目をキラキラさせて言ってたんですよねぇ……(全て遠き理想郷)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ぷっ、あははははははははははははははははははははははははははははははっ!!ははははははははははははははははっ!! 何それ、懐かしいなぁ! ()()()()()()()()()()()! よく覚えてたね野獣! あはははははははは!』

 

 束はゲラゲラと腹を抱えて笑った。それはいつも彼女が浮かべている上っ面だけの笑いではない。心の底からの、本気の笑いだった。携帯を通して伝わる兎の笑い声は静寂の支配する夜に溶けていく。

 野獣は一人静かに笑った。なんということはない、()()()()()()()()()()()()()()()。しかしそこは敢えて指摘しない。兎は気紛れで、一度機嫌を損ねれば後が大変だということを彼は理解しているから。

 

「そんな訳だから別に専用機は必要ないです(初志貫徹)」

 

『あ~うん分かった分かった。それじゃ野獣の専用機は作らないよ。呼び止めてごめんね、じゃあお休み!』

 

「オッスお休み~」

 

 ツー、ツー、と。無機質な音を鳴らず携帯を彼はさっと仕舞った。空を見上げれば太陽の光を反射して黄金色に輝く月が見える。今日はいい夢が見れそうだ、野獣は珍しくセンチメンタルな気持ちになりながら、真っ暗闇の中を一人部屋を目指して戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──……あ~面白かった。やっぱり野獣は最高だよ

 

 ──嬉しそうですね束様

 

 ──そりゃそうだよ。忘れてなかったんだな~、あいつ。普段は適当なのにこういう時だけカッコイイんだもん、ちょっと卑怯だよね

 

 ──……? カッコイイ、ですか

 

 ──ん~、クーちゃんにはまだ分からないかな?ま、そのうち分かるようになるよ。さて!それじゃ()()()()()()()()()専用機達を完成させちゃおう!

 

 ──え……束様、田所様の専用機は作らないという話では?

 

 ──作らないとは言ったけど元からあった物を渡さないとは言ってないからね。野獣には久しぶりに笑わせてもらったし、そのお礼ってことで。クーちゃんにも手伝ってもらうよ。いっくんのと合わせて二つ、大変だね~

 

 ──……はぁ。分かりました、頑張りましょう

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 翌日、いつも通り七時二十一分に起床した野獣は、その後目覚めた楯無と共に食堂を訪れた。昨日の拘束事件で彼女にすっかり怖がられてしまった野獣だが、事情が分かり次第すぐに「すみません許してください!なんでもしますから!(土下座)」と誠意を見せたことで和解することに成功しており、出会って一日ではあるが今ではすっかり仲良くなっていた。

 

「田所君、朝からラーメンなんて食べるのね。しかも大盛……大丈夫なの?」

 

 大盛のラーメンの載ったお盆を受け取った野獣を見て、楯無は若干顔を引きつらせた。他の生徒達も同様だ。しかし、そんな彼女達とは反対に野獣は満面の笑みを浮かべ、「ま、多少はね?」と軽い足取りで空いているテーブルへと向かって行く。彼の往く所にいた生徒達がさっと道を開ける様子を見て楯無は、まるでモーセみたいだと呟き、その背中を追った。

 

「さて、じゃあ戴きましょうか」

 

「戴きま~す(無邪気)」

 

 そう言うや否や、野獣は凄まじい勢いで麺を啜りスープを味わった。大盛のラーメンが目に見えて減っていく様子は食堂中の生徒達の注目を集めるが、彼は全く気にする素振りも見せず「うん、美味しい!」や「やっぱ……IS学園の料理を……最高やな!」と呟いては、笑顔でまた一口とラーメンを口へ運んでいく。外野の生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。

 

 美味しそう、と。ラーメンを食べる野獣を見た誰かがとうとう呟く。瞬間、生徒達の頭の中で何かが千切れ、ラーメンを求める生徒達が券売機に殺到した。ダイエット? そんなの関係ないでしょと言わんばかりの光景に、流石の楯無も「えぇ……」と困惑した声を漏らす。

 

「おっ、皆ラーメン食べるのか。やっぱ好きなんすね~」

 

「……田所君の影響だと思うんだけど(小声)」

 

 マイペースな野獣の一言に楯無はふぅと溜め息をつき、自らの朝食であるサンドイッチへと手を伸ばす。昼食はラーメンを食べよう、決して声には出さずに、しかし固く彼女は誓った。

 

 

 

 

 

 

「……なぁ箒、これはどういう状況なんだ?」

 

「……知らん」

 




 TBNさんの口調は野獣の前では素が出てるってことで、OK牧場?ずっと原作の感じの口調だったら絶対面倒だと思うんですけど(名推理)
 語録ばっかり使っても違和感が出るけど野獣先輩に語録以外の言葉を喋らせても違和感があるんだよなぁ(ジレンマ)

 じゃあ俺、評価もらって帰るから


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5話 試合前

 なんだこの評価数は……たまげたなぁ……

 ちょっとの間ランキングに居座りまくってて少し恥ずかしかったゾ(嬉しい誤算)。やっぱ皆好きなんすね~


 ディスプレイには一人の少女が映っている。海のような青い装甲をしたIS『ブルー・ティアーズ』を纏い、大型のライフルを連射する彼女の名前は、セシリア・オルコット。イギリスの代表候補生であり、そして一夏と野獣がクラス代表の座を賭けて戦うべき相手だ。

 現在野獣が見ているのはセシリアの公式試合映像である。彼を知り己を知れば百戦(あやう)からず。試合を行うことが決定したあの日以来、野獣は放課後になるとこうして彼女の試合映像を探し、そして観察することで一つでも多くの情報を得ようとしていた。同じ動画を繰り返し観察し、「これもう分かんねぇな」とぼやきつつも、気付いたところがあればすぐさまノートに書き込む。そんな作業を続ける彼の背中を、同室の楯無は頬杖をつきながらぼんやりと見つめていた。

 

「田所君、何か役立ちそうなことは分かったかしら?」

 

「そうですねぇ……んにゃぴ……やっぱり、中・遠距離戦で挑むのは駄目みたいですね(情報整理先輩)」

 

 「こ↑こ↓」と言ってディスプレイを指差す野獣に、楯無はそれを彼の後ろから覗き込むような体勢を作る。映像ではちょうどセシリアがブルー・ティアーズ専用の装備であるBT兵器──通称ビットを操って、相手であるアメリカの選手を追い詰めている様子が映っていた。変則的な機動と共に相手のシールドを削るレーザータイプのビット四基、セシリアの腰部分に装備されたミサイルタイプのビット二基、そこに大型レーザーライフルを備えたブルー・ティアーズは、まさに中・遠距離戦闘に特化したISであると言えるだろう。ビットの攻撃を受けて墜ちていく敵を眺めながら野獣は、「やはりヤバイ」とあらためてセシリアの実力を確認する。

 故に、彼が取るべき最適解は接近戦に持ち込むことだった。わざわざ相手の間合いで戦うことはあり得ないし、そもそも彼にはそれしか出来ないと言っても過言ではないのだ。野獣は銃等の火器を扱ったことが一度もない。平和な日本に生まれたのだ、当たり前の話だろう。今まで扱ったことのない物を重要な場面で使いこなすことが出来るのか、答えは当然ノーである。

 勿論、イギリスの代表候補生であるセシリアが簡単に懐への侵入を許すとは思えない。彼女のIS稼動時間は軽く三百時間を越えており、一方の野獣は学園の入試でたった114514秒程ISを動かしたくらいだ。操縦技術的な面から見てもセシリアに軍配が上がるのは明らかだった。

 誰が見ても勝ち目の薄いこの試合。これをひっくり返す要素があるとすれば、やはりまだ見ぬ彼の専用機以外にはない。

 

「一体田所君の専用機はどんなISなんでしょうね?」

 

「くぅ~ん……こう、パパパッといって、終わりっ!(完全勝利)、みたいなISだったらいいゾ~」

 

 冗談半分の野獣の言葉だが楯無はそれを否定しなかった。何せ彼の専用機を作るのはあの天災、篠ノ之束本人なのだという。ISの生みの親のオーダーメイドなら、とんでもない力の一つや二つや810くらいあったとしても不思議ではない。

 

 因みに野獣が専用機の存在を知ったのは今朝のことだ。授業開始前に担任の千冬本人から専用機の支給があると伝えられた時には思わず頭を抱え、「ポッチャマ……」と呟いたのだという。

 

 専用機は必要ない。

 

 しかし受け取りを拒否した場合には何をされるか分かったものではない。学生時代、束の悪戯で頭髪の悉くが危うく消滅しかけた野獣は、彼女の悪戯がとてつもなく恐ろしいことだということを嫌という程理解していた。

 

 そんな苦悩の末に、彼は専用機を受け取ることを決意したのである。恐らく専用機を受け取ることで悩んだ人間は、後にも先にも野獣ただの一人だけだろう。

 

「あ、そうだ(唐突)。そう言えば織斑君は何をしているのかしらね?」

 

「ICKなら剣道場でHUKと剣道をしてるゾ」

 

「……えっ、剣道? ISでの試合を控えてるのに?」

 

 思わず聞き返した楯無に野獣は「そうだよ」と頷く。野獣と同じくクラス代表を賭けてセシリアと戦うことになった一夏だが、現在彼がやっていることはISとはなんの関係もない剣道だった。何故ISバトルを控えた彼が剣道をしているのか、そこには幼馴染みである箒の「剣道の出来ない者にISを学ぶ資格はない」というハチャメチャな理由があったりするのだが、そんなことを野獣と楯無は知る由もない。

 

「ま、二人にも何か考えがあるんでしょ……(希望的観測)」

 

「そ、そうよね。うん、きっとそうだわ。だって大切な試合の前に意味のないことをする訳がないものね」

 

 まるで自分に言い聞かせるようにこくこくと頷き、またセシリアへの対策を考える作業に戻る二人。同時刻、剣道場に一夏の「ンアッー!」というクッソ情けない声が木霊していたりするのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 そして、時は経過し現在は試合当日──、

 

 

 

「あのさぁ……箒」

 

「な、なんだ一夏?」

 

「ISについて教えてくれるって言ったのに教えてくれねぇっておかしいだろそれよぉ!?」

 

「し、仕方がないだろう! お前の専用機もなかったのだから!」

 

 声を荒らげる一夏に箒もむっとなって反論する。そんな二人のせいで一気に騒がしくなったピットでISスーツを纏った野獣は、仁王立ちする千冬の隣で「駄目だやっぱ」と呆れ返っていた。はぁぁぁ~~……とクソデカ溜め息を漏らすことも忘れない。

 

「そういうお前はどうなんだ? 随分と余裕そうじゃないか」

 

「ベストを尽くせば結果は出せる(至言)。やることやったし、後は運次第ってとこっすね」

 

 大切な試合を前にして、それでも野獣はいつものようにヘラヘラと笑う。そんな昔から変わらない彼に千冬は何も言わずに、それでいて少しだけ表情を綻ばせた。二人の間に会話はなくなったが、しかしお互いに言わんとしていることは理解出来るのだ。彼等は十五年以上も共に時間を過ごしており、その程度のことが出来たところで何も驚くことではない。

 

「お、織斑君! 田所君! 来ました、漸く来ましたよ~!」

 

 数分後、バタバタと駆け込んできた真耶へ四人の目が集まる。乱れた呼吸を整えようと彼女は深呼吸を何度もし、その度にその大きな胸がたゆんと揺れた。その光景はもうなんというか、眼福の一言に尽きる。直後、それに見蕩れていた一夏と野獣の脇腹を鋭いエルボーが貫いた。

 

「「ヌッ!?」」

 

「こほん……山田先生、専用機は届きましたか?」

 

「え……あ、はい! そうです! 来ましたよ、お二人の専用機が!」

 

 まるで子供のようにはしゃぐ真耶。一方、それを受け取る筈の本人達は脇腹を抉った激痛に悶えて喜ぶどころの話ではなくなっていたのだが、はしゃぐ彼女がそれに気付いた様子はなかった。踞ってプルプルと震える二人の背中に低温の視線と容赦ない言葉が突き刺さる。

 

「お前達、いつまでそうしている? アリーナを使用出来る時間は限られているのだ、早くしろ」

 

「そうだぞ(便乗)。早く準備をしろ一夏」

 

 なんという理不尽な。試合開始前から瀕死に追いやられた二人は内心でそう溢した。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 二人が案内された先には二体のISが並んでいた。一体はヒロイックなデザインのIS。そしてもう一体は対照的にかなりシンプルな造型をしたISだった。どちらも装甲の色は暗い銀色、装甲を開いて鎮座する姿はまるで来るべき操縦者を待っているようにも見える。

 

「これが……」

 

「はい。これが織斑君の専用機、『白式』です!」

 

 ヒロイックなデザインのISを指差した真耶が嬉々として機体名を伝える。白、と名前に入っているにも関わらず装甲の色が違うのはどういうことかと、操縦者である一夏は首を傾げるが、一次移行(ファースト・シフト)が終われば白くなるのでは、という野獣の言葉には納得したようにこくこくと頷いた。彼が白式に向ける視線は熱く、どうやらかなり気に入ったようだ。

 

「山田先生、こいつの機体は?」

 

「はい、此方が田所君の専用機です。名前は『サイクロップス』だそうですよ」

 

 サイクロップス。野獣は機体名を復唱し、目の前のISを見つめた。全体的に装甲の少なくスリムなデザインのそれは、良く言えばシンプル。悪く言えばクッソ弱そうなISだった。「これマジ? 上半身も下半身も貧弱すぎんだろ……」と野獣が呟いてしまうのも仕方のないことである。

 

「野獣、時間が押している。お前から行け」

 

「しょうがねぇなぁ(悟空)。行きますよ~……行く行く」

 

 時計を確認した千冬からの指示通り、座るようにしてISを纏う野獣。ガシャガシャと装甲が体に装着され、目には真っ黒なバイザーが被せられた。その出で立ちはISスーツの色も合わさって銀一色であり、鼻から上を隠す特徴的なバイザーもあってまるでサイボーグのようだ。従来のISとは異なったその姿に千冬も僅かに目を細める。

 

「どうだ?どこか不具合はあるか?」

 

「特にはないです」

 

 ISを身に纏ったことで視界が大きく開けた野獣は、「見える見える」と呟きながらゆっくりとカタパルトまで移動する。まだ初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)も完了していない、そんな不完全な筈の専用機で出撃するにも関わらず、野獣は一人ニヤリと笑った。そこには不安や恐れといった感情は一切見られない。

 

「先輩! 頑張ってください!」 

 

「田所さん、御武運を」

 

「が、頑張ってくださいね! 田所君!」

 

「勝てよ野獣。負けなど許さん」

 

 一夏、箒、真耶、千冬の順に後ろから響く声援。野獣はハイパーセンサーでそんな四人の様子を確認すると、口を開く代わりに右手でグッとサムズアップを作った。そして、カタパルトが音を立てて動き出し──、

 

 「イクゾォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 サイクロップスに乗り込んだ野獣をアリーナへ射出した。

 




 ダイナモ感覚!ダイナモ感覚!YO!YO!YO!Year!

 皆さんも分かったと思いますが野獣先輩の専用機はサイクロップス先輩になりました。装甲云々とかカスタム・ウィングとか考えず、ありのままの先輩を思い浮かべてもらえたらありがたいです

 知識不足、語録不足等々至らない点は多々あると思いますがお付き合い頂けたら幸いです


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6話 代表候補生VS野獣

 (戦闘描写)ぬわぁああああああああああああん疲れたもぉおおおおおおおあおおおおおおおん!

 (戦闘描写)すげーキツかったゾ~


「お待たせ」

 

「あら、逃げずに来ましたのね」

 

 ピットから飛び出して指定の位置まで移動した野獣に、専用機のブルー・ティアーズを展開するセシリアはふふんと鼻を鳴らした。しかしそんな彼女の態度にも野獣はどこ吹く風だ。ISを纏うという感覚に馴れようと何度も手を開いたり閉じたりを繰り返す。

 

「最後のチャンスをあげますわ。私が一方的な勝利を掴むのは火を見るより明らか。敗北した後の醜態を晒したくなければ速やかに降参しなさい。今なら許さないこともなくってよ?」

 

「そういうのはチャンスって言わないゾ」

 

 野獣がそう答えた瞬間、ISが無数の情報を叩き出した。バイザーに隠された彼の目が細くなる。

 

 ──警戒。敵IS、射撃モードに移行

 

 ──警戒。セーフティのロック解除を確認

 

「そうですか……なら──お別れですわね!」

 

 キュイン、とエネルギー兵器独特の発砲音が響いた。野獣はそれに反応して素早く機体を旋回させる──が、実弾よりも遥かに高速で飛来した閃光は、サイクロップスの右肩を綺麗に捉えていた。直撃を受けた装甲が跡形もなく弾け、その衝撃に煽られた野獣はアリーナの地面へと墜ちていく。

 

「オォン! アォン!」

 

 クッソ情けない悲鳴を上げながら、それでも体勢をすぐに立て直す野獣。しかしそんな彼の元へ次々と新たな砲撃が降り注いだ。ドォン、ドォンと地面が爆発と共に抉られて土煙が立ち込める。それを見ていたピットの一夏達は思わず野獣の名を叫ぶ──が、次の瞬間に彼等が見たのは土煙の中から華麗に飛び出したサイクロップスの姿だった。

 

「Foo~↑(賞賛)。やりますねぇ!」

 

 そんな彼の手には一本の長刀が握られている。恐らく、土煙の中で咄嗟に呼び出したサイクロップスの武装なのだろう。「ちょっと()当たんよ~」と呟いた野獣は、その刀で以て襲い来るレーザーの雨を一撃、また一撃と斬り払った。蒼い閃光が刃に裂かれて消える度に客席からは歓声が上がる。

 

「このブルー・ティアーズに近接武器を使おうなんて、笑止ですわ!」

 

「おう撃ってこい撃ってこい! いいよ、来いよ!」

 

 攻撃を思わぬ手段で防がれ顔をしかめるセシリアと、不敵な笑みを浮かべながら攻撃を防ぐ野獣。二人の試合は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 その頃、ピットでは野獣を見送った四人がモニターより試合を観戦していた。レーザーを刀で防ぐという荒業をこなす野獣に真耶は思わず「はぇ^~すっごい……」と呟き、白式に乗り込んで初期化(パーソナライズ)最適化(フィッティング)をしている一夏もまた「すげぇ……」と小学生並みの感想を溢す。

 しかしそんな中で険しい表情を作っているのは箒だ。最後の一人、千冬は特に顔色を変えぬままじっとモニターを見つめており、野獣の一挙一動をひたすらに観察している。

 

「あの……織斑先生、田所さんは大丈夫なんでしょうか?」

 

「……何故そんなことを聞く?」

 

 意を決したような箒の言葉に、千冬は試合を見ながら返事する。

 

「敵の攻撃を刀一本で防ぐ田所さんは凄い腕前です。しかし、このままではいずれ押し負けてしまうのでは……」

 

 そう、箒の言う通り野獣は全ての攻撃を捌き切れている訳ではなかった。避け損なったレーザーは僅かだが確実にサイクロップスのシールドエネルギーを削っており、試合開始から八分程が経過した今では既に150以上のエネルギーがなくなっている。対するセシリアのブルー・ティアーズは未だに無傷、戦況は明らかに彼女の方が有利だったのだ。

 

「ふむ……確かにこのままでは野獣の負けだな。お前の言う通りだ篠ノ之」

 

 しかし、と千冬は台詞を区切る。

 

「そんなことはあいつも分かっているさ。見ろ、試合が動くぞ」

 

 はっとなってモニターへと視線を移す箒。そんな彼女が見たのは、攻撃を防ぎながら一直線にセシリアへと向かっていく野獣の姿だった。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

「くっ、止まりなさい!」

 

 声を荒らげライフルを連射するセシリア。しかし、自分へと一直線に向かってくる野獣はまるで止まる気配を見せない。バイザーによって顔の上部が隠されている男が凄まじい剣技を披露しつつも、確実に近付いてくるその様子はかなり不気味であった。ゾクリと、セシリアの背中に悪寒が走る。

 

「こんな男相手には使うまでもないかと思いましたが……見せて差し上げますわ!」

 

 そんな自信に満ちた言葉と共にブルー・ティアーズの装甲の一部が本体から分離し、野獣を取り囲むようにして襲い掛かる。ブルー・ティアーズ搭載の第三世代兵器、ビットだ。その数は、四基。

 

「さぁお行きなさい、ティアーズ!」

 

「行きすぎィ!」

 

 独特の発砲音と共に降り掛かる無数のレーザー。三百六十度、上下左右のあらゆる方向から放たれたそれは、サイクロップスの装甲を次から次へと剥ぎ取っていく。刀で防ぎ損ねた攻撃が被弾する度に、野獣から「逝く逝く逝く……!」と悲痛な声が上がった。サイクロップスのシールドエネルギーが凄まじい勢いで減少していく。

 だが野獣もやられっぱなしではない。被弾しながらも必死でサイクロップスを操作し、なんとかビットの形成する包囲網から逃げようと空を駆けた。そんな彼を逃すまいとビットは野獣を追い掛け、徐々にアリーナの壁側へと追い詰めていく。セシリアがふっと笑みを作り、野獣も万事休すかと思われたその瞬間──、

 

 

 

 ──サイクロップスのバイザーから放たれた一撃が、一基のビットを撃ち落とした。

 

 

 

「なっ……!? 遠距離攻撃ですって!」

 

「出そうと思えば(したり顔)」

 

 墜ちていくビットには目もくれぬまま、野獣は好機とばかりに動きの鈍ったビットを更にもう一機撃墜する。一瞬の間に半分ものビットが失われたことに客席はどよめき、またセシリアは目を見開いて驚きを露にした。しかしそこは代表候補生、すぐに意識を切り替えると残ったビットの操作に集中し、隙あらば接近しようとしていた野獣を牽制する。

 そんな戦いが二十分は続いただろうか。お互いに一歩も譲らない攻防は、野獣が三基目のビットを破壊したことで大きく変化する。弾幕が減ったことによりセシリアは野獣を思うように止められなくなり、段々と危うい場面が増えてきたのだ。「動くと当たらないだろ!」と叫びつつも果敢に接近を試みる野獣。しかし、彼は一つだけ忘れていることがあった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「かかりましたわね」

 

 ニヤリと、セシリアが笑った。それと同時に腰部分に装着されていた装甲が動き、砲口が野獣へと向けられる。彼はすぐに「あっ……」と己の失態に気付くがもう遅い、一度動き始めた体はすぐには止まらないのだ。

 

「ブルー・ティアーズは合計で六基ありましてよ!」

 

 自信に満ちた言葉と共に放たれる二発のミサイル。それは寸分違わず野獣のサイクロップスを捉え、着弾する。ドォォン、と視界すら揺らす程の爆発と爆風、そして──、

 

 

 

「ンアッー!」

 

 

 

 野獣のクッソ情けない叫び声が、アリーナに木霊した。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

「先輩!」

 

「田所さん!」

 

「田所君!」

 

 爆発の煙で姿が見えなくなった野獣へ、ピットに控えていた一夏、箒、真耶の三人は思わず彼の名をもう一度叫ぶ。そんな中でも冷静だったのは、恐ろしいまでの鋭い眼光でひたすらに試合を観察していた千冬だ。もくもくと立ち込める黒煙に彼女は僅かに表情を綻ばせ、誰にも聞こえぬようにポツリと呟いた。

 

「漸くか……馬鹿者め」

 

 やがて黒煙は徐々に晴れていき、

 

 その中から、輝く銀が現れた。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 ──初期化と最適化が終了しました。確認ボタンを押してください

 

 頭の中に流れてくるメッセージ。野獣は迷わずに従ってすぐさま確認ボタンを押した。それと同時に彼の纏っていたサイクロップスが粒子化し、そして一次移行(ファースト・シフト)を終えた真の専用機として野獣に再び装着される。

 それは銀だった。先程のような曇ったような色ではない、正真正銘の銀色だ。目元を覆うバイザーに変化はないが、大きく変化したのが腕部と脚部である。そこには先程までにはなかった銀色のガントレットとグリーブが合わさっており、シルエットとしては『肘及び膝から先がゴツい人型』という、どことなく異形なものになっていた

 にも関わらず、当の本人は「いいゾ~これ」と大層ご満悦のようである。それもその筈、操縦者たる彼は分かっているのだ。この腕と脚の意味が。その使い方が。そして──この試合を勝つ方法が。

 

「なっ……一次移行ですって!? あなたまさか、今まで初期設定だけのISで戦っていたと言いますの!?」

 

「勝負はまだまだこれからだゾ。俺の実力見とけよ見とけよ~!」

 

 ──YOUR FIRST TARGET

 

 ──CAPTURED

 

 ──BODY SENSOR

 

 ──EMURATED,EMURATED,EMURATED

 

 頭に流れ込む情報を受け止め得意気な野獣は、驚くセシリアには目もくれずスラスターを噴かして一気に加速した。速い、先程までが嘘のような速度だ。正気に戻ったセシリアもすぐさまライフルのトリガーを引くも、止まらずにアリーナを駆け抜ける野獣には当たる気配もない。やがて彼女は当たらないことに焦れ始める。そしてそんな一瞬の隙を突き──野獣は懐へと潜り込んだ。

 

「くっ……!」

 

 しかし、近い。スラスターの出力が思いの外強かったせいか、野獣はセシリアに接近しすぎてしまったのだ。これでは得物である刀は振れない。そのことに気付いたセシリアは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

 

 

 

 しかし、彼女は知らなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを。

 

 

 

「──双打(そうだ)()

 

 ドッ、と。セシリアの腹部に野獣の放った掌底が突き刺さった。得物を用いない格闘という想定すらしていなかった攻撃に彼女の思考は停止し、また受けた衝撃によって動きは目に見えて遅くなる。鈍く、じわりじわりと押し寄せる痛みは、今まで彼女が経験したことのない痛みだった。

 

 そんな決定的な隙を、目前の男が見逃す訳もない。

 

「──散華連打(ちかれた)

 

 野獣の腕が、脚が、連続してセシリアのこめかみや顎といった人体の急所、そして関節部分を捉える。最早、その連続した打撃はピットに佇むある一人を除いて目視することすら出来なかった。何が起こったのかすら分からず誰もが呆然とする中、セシリアはISを展開したままゆっくりと墜ちていき……試合終了を告げるブザーだけが喧しく鳴り響いた。

 

『セシリア・オルコット、戦闘続行不可能。よって勝者──田所浩二』

 




 絶対防御は絶対じゃないって、それ一番言われてるから(圧倒的矛盾)

 野獣が最も得意とするのは迫真空手を応用した至近距離での格闘戦です。サイクロップスの力とかその辺も含めて次回の一夏戦で詳しく書きますのでお楽しみに


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7話 一夏VS野獣

 お ま た せ



 野獣がセシリアを破った数日後、クラス代表決定戦は二回目の試合を迎える。修復を終えたブルー・ティアーズと共に復活を遂げたセシリアに挑むのは、元世界最強の弟にして世界初の男性IS操縦者である一夏だ。純白のIS、白式に乗り込んで空を駆ける姿には、アリーナを訪れていた観客の多くが「はぇ^~……」と感嘆の声を漏らした。

 両者の試合を熾烈を極めたが、しかしやはりと言うべきか、最終的には代表候補生であるセシリアに軍配が上がった。野獣にこそ敗北したものの、セシリアの実力は確かなものであり、その上相手が男だからという慢心すら捨てて挑んだ試合だったのだ。一夏が負けるのも無理もない話だろう。

 しかし一夏もただでは負けなかった。近接ブレード、雪片弐型一本しか搭載されていないピーキーな機体を必死で操り、ブルー・ティアーズのビットを全て破壊した挙げ句、セシリア本人すらもあと一歩のところまで追い詰めたのだ。結果として試合には負けたものの、ISをまだ数回しか動かしたことのない初心者が、代表候補生と接戦を繰り広げるなど、普通に考えてあり得ないことである。故に、この事実に気付いた野獣や千冬、そして楯無を初めとする者達は一夏が秘める可能性に戦慄したという。

 

 そしてその翌日、第三アリーナには再び大勢の生徒達が押し寄せていた。学年もクラスもバラバラの彼女達が、一目だけでも見ようとやって来た目的は、一年一組のクラス代表決定戦の最後を飾る試合。世界でたった二人しか存在しない男性IS操縦者同士の、即ち野獣対一夏の試合だ。

 この試合の勝敗についての予想は、意外にも五分五分という結果に落ち着いた。野獣が勝つと予想する者の主な理由は、『イギリスの代表候補生を倒したのだから、今回の試合でもきっと勝つ筈』というものであり、それに対して一夏を持ち上げる者は、『千冬様の弟が、汚物が擬人化したようなクッソ汚いステロイドハゲに負ける訳がない』と反論したという。そんな両者の意見が激しくぶつかり合い、誰もが固唾を飲んで見守る中、やがて右側のゲートから純白のISが姿を現した。白式を駆る一夏である。

 

「お待たせ」

 

 そして一夏が飛び出すのとほぼ同時に、反対側のゲートからサイクロップスを纏った野獣も登場した。まだどこかぎこちなさが残る一夏と比べ、此方は先日の試合もあってか、ISを完璧に乗りこなしている。なめらかな動きで所定の位置まで飛び上がると、野獣は真っ黒なバイザー越しに一夏の姿をまじまじと見つめ、「すっげぇ白くなってる、はっきり分かんだね」と呟いた。

 

「いよいよですね、先輩。俺、絶対に負けませんから!」

 

「おっ、そうだな。俺も負けたらCHYに何されるか分かんないし、頑張らないと(使命感)」

 

 お互いに意気込みを語り、握られていた刀を構える。二人が臨戦態勢に入ると、それにつられて観客席からもざわめきが消えていった。しん、と静まり返るアリーナ。そしてそれを破るブザーとアナウンスが、一瞬後に木霊した。

 

『試合開始!』

 

「ぉおおおおおおおお!!」

 

 先手を打ったのは一夏だった。スラスターを噴かせ、凄まじい速度で突進してくる彼に野獣は面食らうが、それでも冷静に一夏の刃を受け止める。そのまま二度、三度と打ち合えば、この度に喧しい金属音がアリーナに響き渡った。開始早々、白熱の試合展開に生徒達は大きな歓声を上げる。

 しかし、時間が経つと徐々にだが試合が動き始める。それまでは一夏の攻撃を防ぎ、躱してばかりだった野獣が、一転して攻勢に躍り出たのだ。したり顔で刀を振るう野獣とは反対に、一夏の表情にはだんだんと疲れが見え始め、動きにも余裕がなくなってくる。そんな隙を、この野獣が見逃す筈もなく──、

 

「こ↑こ↓」

 

「うわぁああ!?」

 

 正確無比な袈裟斬りが一夏を襲い、追い討ちとばかりに胸元目掛けて強烈な蹴りが直撃した。幸いにもそれら二発が当たったのは胸部を守る装甲であり、絶対防御は発動しなかったものの、白式のシールドエネルギーは大きく減少していく。強い、そう内心で確信しながら一夏は逃げるように後退した。

 

「なんだお前根性なしだな(挑発)。そんなんじゃ甘いよ(玄人先輩)」

 

「くそっ……!負けねぇ!」

 

 手の中の雪片を固く握り直し、一夏は再び野獣目掛けてスラスターを噴かせた。その際に雪片が二つに分かれ、蒼白の光で形成された新たな刀身が伸びていく。

 

 ありとあらゆるエネルギーを消滅させるその力は、単一仕様能力(ワンオブ・アビリティー)──零落白夜。

 

 かつて千冬が使用していた、世界最強の能力である。

 

「うぉおおおおおおおおお!」

 

 一夏は零落白夜を発動させた雪片を、野獣に向かって振り下ろした。零落白夜の消滅効果が及ぶのは、ISのシールドエネルギーすらも例外ではない。直撃すれば最後、ほぼ確実に絶対防御が発動してシールドエネルギーが尽きる。ISバトルにおいて、零落白夜はまさに一撃必殺の切り札なのだ。

 

 

 

 だが、

 

 

 

 それは、

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()、の話であるが。

 

 

 

「遅すぎィ!」

 

「がっ!?」

 

 雪片を紙一重で躱した野獣の拳が一夏の顔面を捉える。完璧なカウンターだった。受けた本人である一夏すらも何が起きたのか理解出来ず、ただ勢いのままに吹き飛んでいく。そしてその一夏にカウンターを叩き込んだ野獣は、やれやれと言わんばかりに呆れた様子で、はあぁぁ~~…………とクソデカ溜め息を吐き出した。

 

「あのさぁ……今までCHYと関わってた俺が、零落白夜(そのちから)を警戒しない訳ないダルルォ!?」

 

 アホくさ、と最後に締め括る野獣。そんな彼を一夏は「あっ……そっかぁ……」と絶望的な表情で見上げた。圧倒的な実力の差に加え、動きや能力すら見切られているともなれば、一夏が野獣に勝つ可能性は皆無に等しい。何せ、野獣は一夏の動きの根幹にある篠ノ之流剣術を極めた千冬と長き付き合いがあり、かつ入学試験において114514秒にも及ぶ接戦を繰り広げているのだから。

 

 既に勝敗は決したと言っても過言ではないこの試合で、しかし、一夏は諦めなかった。

 

「まだ……俺のエネルギーは残ってます!この白式が動く限り、俺は、絶対に諦めません!」

 

 息を切らしながら、それでも一夏は力強い瞳で野獣に宣言した。そしてそれに応じるように、握られていた雪片もまた一層強い光を放つ。ISには意識に似たものが存在すると聞くが、恐らくはそれが一夏の諦めない心を汲み取ったのだろう。そう判断した野獣は「これって……勲章ですよ」とその口角を上げ、また一夏の攻撃に備えるようにゆっくりと構えを取った。

 

「……行きます!」

 

「じゃあオラオラ来いよオラァ!」

 

 瞬間、一夏の白式が爆発的な加速を見せ、凄まじい速度で野獣へと迫る。「『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』!?」と、客席のあちこちから驚きの声が上がる中、それでも野獣は焦ることなく冷静に対応し、蒼白の刃を左腕の装甲で真っ向から防いだ。避けるのではなく受け止めたことによって、サイクロップスのシールドエネルギーは大きく減少する。

 

 勝てるかもしれない。

 

 そんな思いが一夏の頭を過るが、しかしそれは直後に野獣が放った右の拳によって砕け、霧散することとなる。

 

「邪拳・夜逝魔衝音──いきますよ~いくいく……」

 

 重い一撃に後退を余儀なくされた一夏。そんな彼が見たのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()。一種の神々しさすら感じさせるその姿に、一夏の直感は警鐘を鳴らすが、野獣の拳を受けたばかりの彼は咄嗟に反応することが出来ず──再び、その胸に野獣のストレートが突き刺さった。

 

「ホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラ」

 

 そこからは野獣の独壇場だ。目にも止まらないラッシュが一夏を襲い、そのエネルギーをみるみるうちに削っていく。ISの搭乗者保護機能によって軽減されてはいるものの、その決して弱くはない衝撃に、一夏は成す術もなく翻弄されるだけだ。そしてとうとう、とどめとばかりに叩き込まれた野獣渾身の一撃が、僅かに残っていた白式のシールドエネルギーを刈り取った。

 

「虎々亜雷音……foo↑気持ちい~!」

 

「くっ……そぉ……!」

 

 「やったぜ。」とご満悦な野獣と、悔しげに歯を噛み締める一夏。熱い戦いを繰り広げた両者が各々の思いを口にする中、試合終了を告げるブザーと拍手喝采が、第三アリーナに響き渡った。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

「う~ん、やっぱり野獣の勝ちかぁ。いっくんも結構いい線までいってたんだけどなぁ……」

 

「はい。ですが束様、田所様はまだまだ余力を残していたように思われるのですが」

 

「そりゃそうだよ」

 

 だって野獣だし、と。この世界のどこかにある隠れ家にて、篠ノ之束はクロエ・クロニクルにふっと笑いかけた。続いて彼女が傍にあったキーボードを適当に叩けば、空中投影ディスプレイに映し出されていた第三アリーナの映像が音もなく途切れる。つい先程までこの二人は、IS学園のカメラをハッキングすることで、一夏と野獣の試合を観戦していたのだ。

 

「そもそもさ、今のいっくんと野獣が戦って、いっくんが勝てる訳がないんだよね。なんだかんだ言いつつ、あいつも私やちーちゃんと同じ、ある種の天才だし。将来的には分からないけど、やっぱり現時点じゃ敵わないよ」

 

 不意に笑みを消し、珍しく真面目な表情で呟いた束に、クロエは納得したようにこくりと頷いた。その次にディスプレイに映し出されたのは、今回の試合で束が得た白式とサイクロップスの戦闘データである。事細かに記されたそれに束は目を通していき、やがて満足げな表情と共に座っていた椅子から立ち上がった。

 

「うんうん、ISバトルの結果はともかく、束さんとしてはこのデータが得られただけで十分かな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、第四世代機の作成も捗りそうだよ」

 

 第四世代機。未だに第三世代機の製作に取り組む世界を置き去りにして、開発者たる天災は一人次のステップに進もうとしていた。

 




あっ、そうだ(唐突)。1~6話まで少し修正したのでもう一周してきて、どうぞ(露骨な宣伝)


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8話 転校生

 8月10日、19時19分の投稿です(迫真)。急いで仕上げたので出来の方は、多少はね?

 野獣の日を勘違いしたノンケがTwitterで大惨事になってて涙が出、出ますよ……(苦笑)。


「こんばんは~! 新聞部の黛薫子で~す! 今日は話題の一年生、織斑一夏君と田所浩二……さん? に、特別インタビューを行いたいと思いま~す! 二人共、宜しくお願いします」

 

「「宜しくオナシャス」」

 

「じゃあ織斑君からね。まず年齢を教えてくれるかな?」

 

「十五歳です。学生です」

 

「うんうん。え、身長と体重はどれくらいあるの?」

 

「え~……身長が172センチで、体重が60キロです」

 

「60キロ? 今なんかやってんの? 体重の割にがっちりしてるよね」

 

「特にはやってないんですけど、アルバイトならやってます(どや顔)」

 

「あ、アルバイトやってたんだ。っていうのは肉体労働みたいな?」

 

「ん、そうですね」

 

「週どれくらいやってんの?」

 

「シュー……三日か四日ぐらいですね」

 

「へぇ~……彼女とかいる? 今」

 

「いないです」

 

「ふ~ん……風俗とかは行くの?」

 

「行ったことありま……ないです」

 

「そっか。じゃあ──オ◯ニーとかっていうのは?」

 

「やりますねぇ!」

 

「やるんだ」

 

「やりますやります」

 

「ふ~ん。週何回とか、そういうのはある?」

 

「シュー……うーん……何回っていう感じじゃない、でも頻繁に、やってますね」

 

「じゃあ……最近いつ抜いたの?」

 

「最近は……三日前、って何言わせるんですか!?」

 

「ちっ、ここまでか。じゃあ次、田所さんお願いしま~す」

 

「オッスお願いしま~す」

 

「いやいや! 先輩何してんすか!? やめてくださいよ本当に!?」

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

「あ、そうだ(唐突)。そういえば二組に転校生が来るらしいよ」

 

 言い出したのは果たして誰だったか、四月も下旬に入ったある日、一時間目の授業開始を待つ一夏達の耳にそんな話が入ってきた。四月なのに転校生とは、と首を傾げる彼等に声を掛けてきた女子生徒は言葉を続ける。

 

「えっとね、確か中国の代表候補生なんだってさ~」

 

「あら、私の存在を危ぶんで今更転校生を送り込んできたのでしょうか?」

 

 代表候補生という単語に反応したのは、同じくイギリスの代表候補生たるセシリア。クラス代表決定の際にした傲慢な発言により、クラスメイトとの間に少なからず軋みのあった彼女だが、後日発言を撤回し謝罪したことで今ではキチンとクラスに馴染んでいる。

 また多少の上から目線な態度も、彼女の個性であるとして周りからは微笑ましく見守られていたりするのだが、当人はそれに気付いてはいない。

 

「転校……中国……代表候補生……あっ、ふ~ん(察し)」

 

「先輩、どうかしたんですか?」

 

 何かを察した野獣に一夏が尋ねるが、彼はなんでもないと言って口笛を吹き始めた。そのあまりに白々しい態度に周りから一斉に視線を浴びる。しかしそれでも態度を変えないことから、これ以上彼が話すことはないようだ。

 

「ま、まぁ田所さんは一旦置いておくとして、別のクラスに転入するなら私達が気にすることもないのではないか?」

 

「え~、でも代表候補生なんだよ? 織斑君も気になるよね?」 

 

「おっ、そうだな」

 

 すんなりと肯定の意を示した一夏に箒はむっとなって彼を睨む。IS学園に転校してくる者はすなわち女子であり、まだ見ぬ異性に想い人が興味を持ったことが箒としては面白くなかったのだ。

 しかしそんなことを欠片も知らない一夏からすれば、箒が勝手に不機嫌になったようにしか見えなかっただろう。そんな彼女から視線を外した一夏は、未だに掠れた口笛を吹く野獣に問うた。

 

「先輩も気になりますよね? 中国からの転校生、しかも代表候補生なんて」

 

「ま、多少はね? ていうかその転校生って十中八九()()()だと思うんですけど(名推理)」

 

「え、あいつ?」

 

「一夏、転校生など気にしている場合ではないだろう。クラス代表のお前には来月、クラス対抗戦が控えているのだぞ」

 

 野獣の意味深な発言に聞き返した一夏の声は、割り込んだ箒によってかき消される。クラス代表とクラス対抗戦、その二つが一夏の頭をぐるぐると回った。

 各クラスの代表同士がISで戦うクラス代表戦。以前行われたクラス代表決定戦でセシリアと野獣に負けたにも関わらず、二人が辞退したことでクラス代表となった一夏には、このイベントに参加する義務があるのだ。

 

「一夏さん、クラス対抗戦は大切なイベントです。今後の訓練はより実践的なものにしていきましょう。安心してください、教官は私、セシリア・オルコットが務めますわ! 専用機持ちでIS操縦の経験も豊富となれば、一夏さんの指導役にこれ程相応しい人材はいませんもの!」

 

「なんでも優勝クラスには学食デザートの半年フリーパスなんだとか」

 

「はぇ^~すっごい豪華……(恍惚)」

 

「ほんとぉ? じゃあ絶対負けられないね!」

 

「頑張ってね織斑君!」

 

 一人言えばまた一人と便乗するクラスメイト達に一夏は思わず苦笑いを浮かべた。専用機とはいえまだまだ彼はIS初心者、あまり期待されても困るというのが正直な気持ちなのだが、そこは口に出さずに黙っておく。人の好意には鈍感な一夏だが空気は読める男なのだ。

 

「今のところ、専用機があるのって一組と四組だけでしょ? でも確か四組は使えない筈だから余裕なんじゃない?」

 

 

 

「その情報、古いよ」

 

 

 

 ポロっと溢れたその何気ない一言に、入口である扉の方から反論が飛んできた。聞こえた全員が一斉にそちらへと視線を向け──そこで腕を組み、片膝を立てて扉に凭れ掛かるツインテールの少女を見た。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったわ。簡単に優勝出来るなんて思わないことね」

 

「え、鈴……お前、鈴だよな……?」

 

 ふふんと不敵な笑みを浮かべる少女──凰鈴音と、突然現れた親友に戸惑いを隠せない一夏。他のクラスメイト達も揃って呆然となる中、しかし野獣だけは「うわぁ……これはRNですね間違いない。なんだこれは……たまげたなぁ……」と一人どこか納得したように呟いていた。

 

「えぇ……何かっこつけてんだよ、全然似合ってないぞ」

 

「なっ……!? 失礼な奴ね! なんてこと言うのよアンタは! もう許せるわよ!」

 

 一夏の本音に鈴は一転して激昂する。そんな彼女の背後に近付く影が一つ。途端に教室中が「やべぇよやべぇよ……」とざわめいた。

 

「おい」

 

「何よ……って、痛ぁい!?」

 

 鈴が振り返ったその瞬間、バァン!(大破)と凄まじい音が教室に響き渡る。「くぅ~ん……(涙目)」と踞って悶絶する彼女の横を通り抜けて現れたのは、一組の担任である千冬だ。その肉食獣のごとき鋭い目は、未だに痛みと衝撃から立ち直れていない鈴へと向けられている。

 

「もうすぐホームルームの時間だ。さっさと教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん……!」

 

「織斑先生と呼べ。あと同じことを二度言わせるな」

 

 「()……すみませんでした(センセンシャル)……」

 

 ろくに回らない舌で言い切り、ふらふらと鈴は一組の教室から去っていく。そんな彼女の背中を見た生徒達が思ったことは一つ──、

 

 

 

「「「「「(一体何しに来たんだろう……?)」」」」」

 

 

 

 

 そんな素朴な疑問は、千冬のホームルーム開始の合図と共に霧散していった。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 凰鈴音にとって、織斑一夏は初恋の相手である。

 

 二人が初めて出会ったのは小学五年の頃、一夏が通う小学校に鈴音が転校してきたことが切っ掛けだ。しかし今でこそ一夏に()()()()な彼女だが、別に一目惚れをした訳ではないのである。数いる有象無象の中に一人、それが当時彼女が持っていた印象だ。

 

 しかしある日を境に彼女の中で一夏の存在は、有象無象からかけがえのない一人へと大きく飛躍することとなる。

 

 原因は中国人(チャイニーズ)ということで、まだ日本語の扱いに拙さの残っていた鈴音をからかっていた生徒達を、一夏がヒーローのように颯爽と現れて成敗したからである。複数の相手に囲まれてからかわれ、不安と悲しみで泣きそうになっていた彼女には、突然現れた一夏はまさにヒーローそのものだったのだろう。

 その日以来、鈴音にとって『日本に来て初めての友』となった一夏は、そこから更に時間を掛けて『初恋の相手』にまで昇華されることとなる。その後、両親の離婚により鈴音が中学二年の頃に中国へ戻ることとなり、二人は離ればなれとなってしまうのだが、それから一年以上が経った現在でも、鈴音にとって一夏は特別な存在のままなのである。

 

 しかしそんな一夏にぞっこんな彼女にも、彼以外に気に入っている男がいた。

 

 

 

 そう、言わずと知れたあの男──野獣こと田所浩二である。

 




 次回の投稿は11月4日5時14分です(予約投稿)。


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9話 鈴音

おまたせ(満を持して)。

ところでこんな三ヶ月も更新してない作品を見てる人なんているんですかね……(素朴な疑問)。


「先輩、食堂行きましょうよ」

 

「あっ、いいっすよ(快諾)」

 

 昼休み、一夏は野獣と箒、そしてセシリアとその他大勢の女子生徒を伴って食堂へ向かう。鈴音の突然の登場に驚かされこそしたものの、彼と野獣は午前中の授業を何事もなく終えることが出来ていた。

 むしろ、気が気でなかったのは箒とセシリアの方だ。鈴音という二人からしてみれば『やたらと一夏に馴れ馴れしい、自分の知らない女子』が現れたことで頭がいっぱいとなっていた二人は、真耶から注意を受け、千冬から出席簿を何度も落とされる羽目になったのである。

 ちなみに授業そっちのけで妄想の世界に入り込み、コロコロと表情を変えていた二人を見た一夏や野獣、クラスメイト達は皆「何やってんだあいつら……?」と首を傾げていた。端から見れば突如顔をしかめたり、また笑い出したりしていたその様子は、はっきり言ってとても不気味だったのだ。

 

「待っていたわよ一夏、先輩!」

 

 彼等が食堂に到着した直後、ラーメンの乗った盆を持った鈴音が前に立ちはだかった。浮かべられた活発そうな笑顔、僅かに覗く八重歯、ふわりと揺れるツインテール。その姿を見た一夏は改めて彼女、凰鈴音がここにいるのだと認識する。

 

「えっと……とりあえず鈴。そんなとこにいると他の人の邪魔になるんじゃないか?」

 

「そうだよ(便乗)」

 

 控えめな一夏の指摘と野獣の便乗に、鈴音は顔を赤くして「わ、分かってるわよ!」と声を張り上げた。何故怒鳴るのかと一夏は首を傾げるが、すぐさま券売機に並んで昼食を購入する。彼が選んだのはお馴染みの日替わり定食、野獣もまたいつものラーメンだ。

 

「ところで鈴、お前いつ日本に帰ってきたんだよ? 連絡の一つも寄越さないでさ。それに、いつの間に代表候補生なんかになったんだ?」

 

「質問ばっかしないでよ。それにアンタこそ、なんでISを動かせてるの? あと先輩も。よりによって知人二人がISを動かしたとか聞いた時、凄くびっくりしたんだからね」

 

 席に着くなり会話に花を咲かせる一夏と鈴音。およそ一年ぶりの、それも思わぬ再会ともあって、彼らには聞きたいことが山のように積もっていた。そんな二人を野獣は微笑ましげに見つめながら、時々振られる言葉に「おっ、そうだな」と相槌を打つ。

 

「一夏、そろそろ説明してくれ。お前達はどういう関係なのだ?」

 

「そうですわ(便乗)。まさか、お二人はお付き合いされているのではありませんわよね?」

 

 しかし、そんな楽しげな雰囲気の三人とは反対に残された二人──すなわち、箒とセシリアの機嫌は悪い。そして耳を済ましていた他のテーブルの生徒達も一夏と鈴音の関係が気になるのか、こくこくと二人の言葉に同意を示している。キッと細められた目に一夏は僅かに怯み、一方の鈴音はセシリアの問いに目を泳がせた。

 

「いやそんなこと……(しどろもどろ)」

 

「何言ってんだよセシリア。俺と鈴はただの幼なじみだよ」

 

「……田所さん、本当ですか?」

 

 確認のためと一夏から視線を移す箒に、野獣は首を縦に振った。

 

「(RNが日本に来たのはHUKが転校してからだし、知らなくても無理は)ないです」

 

「あぁ。箒が引っ越したのは小四の終わりだろ? 鈴が来たのは小五の頭だから、ちょうど入れ違いになったって感じだな」

 

 野獣と一夏の言葉に納得し、何よりも安心したのか、箒とセシリアはほっと息をつく。その後、彼女達はお互いに自己紹介を交わすのだがその際、言葉にせずともライバルであると悟ったのか、バチバチと火花を散らした。

 

「またこの展開か壊れるなぁ……(諦観)」

 

「? 先輩、何か言いました?」

 

「いやいや、何でもないっすよ」

 

「あ、そうだ(唐突)。一夏アンタ、クラス代表になったそうね」

 

 遠い目になった野獣に一夏が首を傾げる中、ラーメンを全て食べ終えてスープまで飲み切った鈴音が突然呟いた。

 

「ん、おう。成り行きなんだけどな」

 

「ふ、ふ~ん」

 

「それがどうかしたのか?」

 

「まずアタシさぁ……専用機、あんだけど……焼いてかない? (意味不明)」

 

 チラチラと一夏の様子を伺いながら、気恥ずかしそうに言葉を紡ぐ鈴音。ついでにその発言もよく分からないものだったが、彼女と四年にも渡る時を過ごした一夏には、その真意がはっきりと伝わっていた。

 

「おっ、ISの特訓を見てくれるのか? (圧倒的理解力)そりゃ助か──」

 

「その必要はないぞ(AKMHMR並感)。一夏には私が付き合うことになっている」

 

「一夏さんの訓練にはイギリスの代表候補生であるこの私が同行します。二組であるあなたの施しなど必要ありませんわ!」

 

 助かるぜ、と。一夏が言い切るよりも早く箒とセシリアがバァン(大破)とテーブルを叩き、己の意見と共に勢いよく立ち上がった。そんな二人に鈴音は明らかに機嫌を悪くし、そのまま激しい口論へともつれ込んでいく。三人が三人共、一夏を独占したいと考えているのだ。当然口論が収束する様子はいつまで経っても見られない。

 

「あの、なんかとんでもないことになりそうなんですけど、それは大丈夫なんですかね……?」

 

「これもう分かんねぇな(投げ遣り)」

 

 はぁぁぁ~~……と、取り残された男二人の口から、クソデカ溜め息が溢れた。

 

 

 

     ▽△▽△ 

 

 

 

 放課後、野獣は一夏や箒達とISの訓練をすべくアリーナへ向かう──ことはなく、一人夕日の射し込む廊下を歩いていた。やがて彼はとある扉の前で立ち止まるとそこでノックを三回、内側から聞こえた「入って、どうぞ」の声に従い、扉を開けた。

 

「ようこそ、生徒会室へ。急に呼び出したりしてごめんね」

 

「今日はこの後、CHYとこの辺に来てる美味いラーメン屋の屋台に行くつもりだったんだよなぁ……(大嘘)。こっちの事情も考えてよ」

 

 わざとらしく肩を落とし、やれやれとばかりに首を横に振る野獣に対し、彼を呼び出した人物──更識楯無はクスクスと小さく笑った。同室となり、かれこれ一月もの時間を共にした彼女は、野獣という男の人となりをおおよそ理解している。故に、今の台詞も真に受けることはなくさらりと聞き流した。

 

「IS学園にラーメン屋の屋台が来る訳ないでしょ。ここはれっきとした教育機関なんだから」

 

「はぁ~……つっかえ。まぁええわ(寛大クレーマー)。それで、今日は何をすればいいんすか?」

 

「とりあえずは書類の分別をしてほしいわ。判子が必要なものとそうでないものとに、ね。本当は虚ちゃんがいてくれる筈だったんだけど、少し外せない用があるらしいの」

 

 美味しいお茶がないとやる気も出ないわと、楯無は作業をしながら息をつく。右腕たる従者の不在は主である彼女に、なかなかのダメージを与えているようだ。そのせいか、作業を進めるペースも普段より遅いように思われる。

 

「だからって生徒会のメンバーでもない俺にヘルプを寄越すのはどうなんですかね……」

 

「私と田所君の仲でしょ~? この埋め合わせはきっとするから、今だけは猫の手も借りたいのよ」

 

「ん? 今なんでもするって言ったよね? (幻聴)」

 

「流石にそこまでは言ってないわよ!?」

 

「嘘だよ(気さくな笑い)。ま、俺がいれば1145141919人力だし、TTNSは少し休憩して、どうぞ」

 

 そう言って野獣は普段の虚の定位置である楯無の傍らに移動すると、机に積まれた書類の分別に取り掛かっていく。1145141919人力とまではいかずとも、野獣が加わったことで必然的に楯無の負担は軽減される。いつもの余裕を少しずつ取り戻した彼女は、野獣と会話を交わしながら生徒会長としての仕事をこなしていった。

 

「そういえば、田所君は一年二組の転校生……凰さんと知り合いなのよね? どうだった? 久々に再会してみて」

 

「んにゃぴ……やっぱり元気なまま……が、一番いいですよね」

 

「それだけ? もっとこう……『お前のことが好きだったんだよ!』みたいな、そんな感想はないの?」

 

「飛躍しすぎィ! なんでそんなこと言う必要があるんですか?」

 

「え~。でも、田所君と凰さんって随分と仲がいいわよね。普通『親友の弟の友達』となんて、そんなに仲良くならないと思うけど」

 

 楯無は興味津々とばかりに紅い瞳を細め、野獣を見つめる。暫しの間、無言で見つめ合う両者だったが、やがて先に折れた野獣が「しょうがねぇなぁ(悟空)」と観念したように呟いた。

 

「とは言ってもICKを通して知り合って、美味いラーメンの話から料理のことで盛り上がって、気付いたら今みたいになってただけなんだよなぁ……(追憶先輩)」

 

「ふ~ん……なるほどね。まぁ、そういうことにしておきましょうか」

 

 腹を探るように野獣を眺めていた楯無だが、一人納得したかのように頷くとそれ以上踏み込むようなことはしなかった。彼女の追及がないということを察した野獣もまた、小さく息をついて分別の作業に戻った。

 

 野獣の言ったことに嘘はない。実際、野獣が鈴音と初めて出会ったのは一夏を通してのことであるし、親交を深めるきっかけとなったのも、ラーメンを初めとする中華料理だった。

 しかし、それらはあくまでもきっかけに過ぎない。本当の意味で二人の距離が縮まったのは、鈴音の両親が不仲となり、精神的に参り果てた彼女が野獣に相談を持ちかけたことなのだ。きっかけが両親の不仲とはなんとも皮肉な話であるが、悩みや不安といった心中を吐露し、最後には声を上げて泣いた鈴音はその日以降、野獣のことを『心を許せる大人』と認識し、全面的な信頼を寄せるようになったのである。

 だが、野獣を慕う鈴音とは裏腹に、野獣本人は彼女に負い目を感じていた。鈴音から相談を受けておきながら、結局は彼女の両親の離婚を止めることが出来なかったからである。このことについて、当時一大学生であった野獣に非は一切ない。しかし、だからといって全く気を病まないという訳でもないのだ。少なくともこれは彼にとって、進んで人に話したいことではなかった。

 

「悲しいなぁ……(戻れぬ過去)」

 

「へぇ、田所君もそういう顔をするのね」

 

「俺だって人間なんだし、当たり前だよなぁ?」

 

 そう言って笑う野獣の顔には、先程までのどこか憂いを感じさせる影はなかった。その切り替えの早さに楯無も一瞬動きを止めるも、すぐにつられてふっと笑みを浮かべる。

 

「ところで喉渇いた……喉渇かない?」

 

「そうね。虚ちゃんもいないし、仕方ないから何か淹れてくるわ。田所君は何かリクエストはある?」

 

「そうですねぇ……。やっぱり僕は、王道を征く……アイスティーですか」

 

「分かったわ。少し待っててね」

 

 二人の放課後は、こうして過ぎていった。

 




コメディもシリアスもこなせる先輩は役者の鑑って、はっきり分かんだね。

ちなみに、先輩は親友に世界最強と天災がいる一生ネットの宝物なだけの一般人なので、楯無さんが暗部に属してることは知りません。

次の投稿は……ナオキです。


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10話 クラス対抗戦前

いいだろお前成人の日だぞ(意味不明)。

あ、そうだ。最近アーイキソタイプ・ブッチッパーとかいうクッソ汚い名前のゲームが始まったみたいですね。とりあえずこ↑こ↓にアーイキソタイプ・ブッチッパーのキャラや設定は使いませんので、ご理解オナシャスセンセンシャル。


「先輩~~~~~~!!」

 

 そんな叫び声と共に鈴音が1030号室にやって来たのは、野獣と楯無が夕食を終えて一息ついていたところであった。予期せぬ突然の来客に困惑した二人だが、しかし当の鈴音がその目に涙を溜めていることに気付くと、すぐに真剣な面持ちとなって彼女を招き入れる。

 

「おっ、大丈夫か大丈夫か?」

 

「先輩~……」

 

 いいよ、来いよ! 胸に飛び込んで胸に! とばかりに広げられた野獣の腕に、鈴音は嗚咽を漏らしながら勢いよく飛び込む。暫しの間野獣に抱かれていた彼女だが、やがて落ち着いたようで、ゆっくりと彼の下から離れていった。その後、差し出された楯無のハンカチで涙を拭うと、そのままチーンと鼻をかんだ。

 

「ちょっ……えぇ……」

 

「それでRN、こんな時間に何かあったんすか?」

 

 自らのハンカチに鼻水が染みていく光景に絶句する楯無を放置し、野獣はまだ目の赤い鈴音に問い掛ける。それを受けた彼女は先程起こったことを思い出したのか、酷く憤慨した様子で一気に捲し立て始めた。

 

「ねぇ聞いてよ先輩! 一夏の奴、あたしと交わした大切な大切な約束を間違って覚えてたのよ! 何が『料理の腕が上達したら酢豚を奢ってくれる』よ! あぁもう、人が勇気出して言った約束なのに~!」

 

 金切り声を上げながら怒りのあまり、手にしたハンカチを両手で引っ張る鈴音。耐えられなくなったハンカチがブチブチと音を立てて千切れようとも、彼女はお構い無しだった。代わりに持ち主である楯無がその場に膝をつき、「やめてちょうだいよ……(絶望)」と小さく呟きながら項垂れたりもしていたが。

 一方、鈴音の話を聞いた野獣は、「え、何それは……」と顔をしかめた。一夏が約束を間違えて覚えていた、ここまではまだ彼も分かる。問題はその内容だ。

 

「──つまり、RNが昔言った『料理の腕が上達したら毎日私の酢豚を食べてくれる?』って約束を、ICKが間違えて覚えてたってことでOK? OK牧場?(激寒)」

 

「う、うん。そう……」

 

 恥ずかしそうに下を向く鈴音から話を聞き、正確な経緯を理解した野獣は、思わず「ウッソだろお前……」とクソデカ溜め息を溢した。一夏が間違えて覚えていたのは、あろうことか鈴音の愛の告白だったのだ。いくつか疑問点はあるが、彼女の怒り様も納得出来るというものである。

 その後、溜め込んでいた鬱憤を盛大に吐き出した鈴音は、「あんな奴、クラス対抗戦(リーグマッチ)でボコボコにしてやるんだからっ!」と決意を固め、勇ましく部屋を出ていった。まるで嵐が去った後のように静まり返る1030号室、ごろりとベッドに転がった野獣は「これもう分かんねぇな」と嘆息する。

 

「……いくつか言いたいことがあるんだけど」

 

 そう言いながらフラフラと立ち上がるのは、あまりのショックに一時現実逃避をしていた楯無である。その手には真っ二つに千切られたハンカチが握られていた。

 

「これどうするのよ高かったのよ? ハンカチィ! 大事に使ってたのよ、これ!? 貴方見てよこれ!? この無惨な姿──」

 

「俺にキレられたってどうしようもないんだよなぁ? じゃけん、買い直しましょうね~(他人事)」

 

「あぁもう滅茶苦茶だわ……」

 

 嘆くようにそう呟いた楯無は倒れるようにベッドに身を投げ出した。

 

「はぁ……。それにしても女の子からの愛の告白を忘れてるなんて、織斑君もちょっと酷いわね。これは流石に凰さんが可哀想だわ」

 

「というか、毎日酢豚をってどういうことなんですかね……? そこは普通、味噌汁だと思うんですけど(名推理)」

 

「ストレートすぎるからじゃない? そういうことを言うの、恥ずかしいに決まってるわ。まぁ、告白するってこと事態、結構な勇気が必要だとは思うけれど……」

 

「大胆な告白は女の子の特権って、それ一番言われてるゾ。ぼかしまくって本当の気持ちが相手に伝わらなかったら、それこそ本末転倒もいいとこなんだよなぁ」

 

「あっ、そっかぁ……(納得)」

 

 本人がいないことをいいことに、鈴音へのダメ出しをし続ける野獣と楯無。結局このやり取りは、楯無がシャワーを浴びるべく浴室に消えるまでされていた。

 

 

 

 その翌日、クラス対抗戦(リーグマッチ)の日程表が貼り出され、その一回戦が一組対二組──すなわち、一夏対鈴音であることが決定した。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

「ぬわぁああああああああああああああん疲れたもぉおおおおおおおん!」

 

「チカレタ……」

 

 第二アリーナの更衣室にて、身に付けついた濃紺色のISスーツを脱ぎながら、一夏と野獣は大きく息をついた。

 クラス対抗戦(リーグマッチ)の相手が決定して以降、一夏は野獣やセシリア、時折混ざる箒と共に、ISの訓練を毎日のように行っていた。その内容は素早く動くための機動訓練から、実力を高めるための実戦形式まで多岐に渡る。数ヶ月前までただの学生であった一夏には、こなすだけでも精一杯ものであった。「やめたくなりますよ~特訓~」と愚痴を溢してしまうのも、仕方のないことだろう。

 

「全く、まさかいきなり鈴が相手になるなんて……。俺、鈴に勝てるかなぁ?」

 

「代表候補生で専用機持ちってことは、少なくともCCLAと同格ゾ。今のままじゃ負ける確率の方が高いっすね」

 

 ハンガーに掛けていた白の制服に袖を通しながら、野獣は冷静に一夏と鈴音の実力差を予想する。鈴音は一夏達と別れて中国に戻り、そこから一年というとてつもなく短い期間で代表候補生にまで上り詰め、更には五百個にも満たないISコアを使用した専用機まで任されている程なのだ。そんな彼女が弱い訳がない。いくら一夏に零落白夜という一撃必殺の切り札があるとはいえ、現状では敵わないというのが野獣の判断であった。

 

「ま、焦ったってどうなる訳でもないし、試合までの時間で頑張るしかないじゃんアゼルバイジャン」

 

「……確かに、そうですね。ありがとうございます、先輩」

 

「じゃあ俺、IS整備して帰るから」

 

「はい。お疲れ様でした!」

 

 ご満悦な表情を浮かべたまま、そそくさと更衣室を後にした野獣は、そのままアリーナ内にある整備室へと足を運んだ。誰もいないだろうと思い込んでいた野獣は、「おっ、開いてんじゃ~ん!」と大声を上げながら扉を開ける。

 

 そこで彼は、水色の髪に赤い瞳をした、眼鏡を掛けた少女と目が合った。

 

「ひっ……!」

 

「あっ……(察し)」

 

 少女の口から漏れた小さくも明らかな悲鳴に、野獣は瞬時に自らの失敗を悟った。思わずピタリと動きを止め、自分はどうすべきなのかをすぐさま考え始める。

 少女からすればいきなり扉が開くと同時に、怪しい男が大声と共に入ってきたのだ。怯えられるのも当然のことである。このままでは最悪、通報されなねない。

 どうにかして誤解を解かなければ、待っているのは元世界最強(おさななじみ)からの制裁だ。竹刀で容赦なくバシバシとしばかれ、挙げ句「掴んだら×2だぞ! 掴んだら×2!」とまで言われるのは懲り懲りであった。

 

 1145143643649318931919810回にも及ぶ脳内シミュレーションを、僅か数秒のうちにこなした野獣。彼が取った方法とは──、

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 更識簪は困惑していた。あまりに予想外のことが連続して起きたことで、脳が現状の整理することに大きく時間が掛かってしまっていたのだ。だが、それも漸く落ち着きを取り戻し、徐々に今に至るまでの経緯が理解出来るようになってくる。

 

 

 

 簪がこの整備室にいる理由、それは『とあること』から製作計画が凍結してしまった専用機を、自らの手で完成させるためであった。しかし、ISを完成させるということはそう簡単なことではない。それがたった一人ならば尚更のことで、事実簪は思うように作業が進まず、心には焦りと苛立ちが募り始めていた。

 

 そんな時だった。一人の男が大声と共にこの整備室に現れたのは。

 

 簪はその男を知っていた。世界でたった二人しかいないISを動かせる男、その片方にして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、親友のクラスメイト。

 

 名前は──田所浩二。

 

 その男が、目の前にいる。

 

 予期せぬ突然の遭遇に簪は──勿論、大声に対する驚きもあって──思わず悲鳴を上げていた。そしてその悲鳴を耳にした彼が、自分へとさながら野獣のごとき眼光を向けた時、簪は悟った。

 

「(駄目……犯される……!)」

 

 ここは整備室、つまりは人気のない場所である。そんなところに男女が居合わせればどうなるか、簪の頭はすぐさま答えを弾き出した。自分は獲物で相手は野獣、そう思った彼女は恐怖のあまり涙を浮かべ、疎遠になっている姉に助けを求めようとまでした。

 しかし、次に野獣がとった行動は、そんなことを考えていた簪を混乱させるに十分なものだった。野獣は素早く簪へと体を向けると、そのまま綺麗に頭を垂れたのだ。そこに謝罪の言葉まで加えて。

 

「すみません許してください! なんでもしますから!」

 

 

 

 現状を把握し、自分の想像が早とちりであったことを理解した簪は、まず第一に安堵の息をついた。少なくとも相手にはこちらに危害を加える気はないようだ、と。

 次に彼女を支配したのは、なんと怒りの感情だった。先程まで募っていた焦りや苛立ちの矛先が、せっかくの作業を邪魔されたという、八つ当たりにも近い形で野獣へと向けられたのである。

 

「(この人はなんでもするって言った。なら……!)」

 

 言質は取った。簪は普段はしないような意地の悪そうな笑みを浮かべると、ふんと鼻を鳴らして腕を組んだ。

 

「じゃあ……とりあえず犬の真似してよ」

 

「……え?」

 

「犬だよ。ヨツンヴァインになるの。あくしてよ」

 

 予想外の言葉に野獣はすっとんきょうな声を上げるが、しかしなんでもすると言った手前、拒否する訳にもいかない。「しょうがねえなぁ(悟空)」とぼやきながらも、野獣は整備室の床に手を付いて四つん這いとなった。簪からの命令は、終わらない。

 

「ふふっ……馬鹿じゃないの……。ねぇ、ワンワン鳴いてみてよ」

 

「ワン、ワン」

 

「ふふふふっ……! 三回だよ、三回」

 

「ワンワンワン!(迫真)」

 

「~~~~~~~っ!」

 

 ゾクゾクと、簪は沸き上がる快感に体を震わせる。これまで誰かを見上げることばかりだった彼女にとって、誰かを見下すという行為は滅多にないことであり、故にそれに伴う優越感は未知のもので、かつ少なくない刺激となっていた。数分前までの不機嫌さなど忘れ、すっかり上機嫌になった簪は、その後も野獣への命令を続ける。

 

「よし……回ってみてよ」

 

 四つん這いのままグルグルとその場で二回程回る野獣。しかし簪は首を傾げる。

 

「う~ん……なんか犬っぽくないなぁ……?」

 

「クゥ~ン……(子犬先輩)」

 

「あはは~! 凄い凄い! 今の子犬そっくりだったよせんぱ~い!」

 

「うん、確かに。今のは似て……た……?」

 

 突如聞こえたのほほんとした声に簪の動きが止まる。どうして? いつから? そんな言葉を飲み込みながらギチギチと首を回した先にいたのは──予想通りの、そしてこの場に絶対いてほしくなかった人物。

 

「やっほ~。かんちゃん、せんぱい」

 

 布仏本音。更識の家に生まれた簪に仕える従者にして、数少ない親友。そんな彼女が、ほにゃりと柔らかな笑みを浮かべて、四つん這いである野獣の上に乗っかっていた。

 

「いや~、それにしてもかんちゃんにこんな趣味があったなんて、私知らなかったな~。お姉ちゃん達にも教えてあげなくちゃ(使命感)」

 

「あっ、おい待てぃ(江戸っ子)。NHHNSN、それは死体蹴りになるからやめて差し上げろ(申し訳程度の心遣い)」

 

「うっ……ぁあああああああああああああ!?」 

 

 顔を真っ赤に染め、叫び声と共に脱兎のごとく整備室から飛び出す簪。数分後、大切な専用機を置き去りにしたことに気付き、時間が経ってから戻るも、待ち伏せていた二人に捕まって弄り倒されるのはまた別の話である。




KNZSちゃんに犬の真似するよう言われるとかご褒美なんだよなぁ……。でも、作者としては犬の真似をしてもらう方がいいゾ。

のほほんさんは渾名なので全部TDN表記です。


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11話 クラス対抗戦

(久しぶりに更新したから)見ろよ見ろよ。嬉しいダルルォ?


 五月某日、第三アリーナには数多くの生徒達が押し寄せ、満員の状態となっていた。これから始まる一年生のクラス対抗戦(リーグマッチ)、ここにいる全ての生徒がその観客である。

 

「はぇ^~……すっごい人混み……」

 

「まぁ当然よね。これから始まるのは世界で二人しかいない男性IS操縦者と、専用機を持つ中国の代表候補生の試合なんだから」

 

 あまりの観客の多さに思わず感嘆の声を上げたのは、世界で二人しかいない男性IS操縦者の片割れ、野獣。その隣に立つのは外向きに跳ねる空色の髪をした赤い瞳の少女、生徒会長の楯無だ。

 

「ところで、TTNSはこんなとこにいていいんすかね(素朴な疑問)。自分のクラスの応援とか……なさらないんですか?」

 

「別にすっぽかしてる訳じゃないわ。一応、男性IS操縦者の護衛って仕事の真っ最中だから。生徒会長はクラス代表と兼任出来ないから試合もなし、安心して仕事に専念出来るのよ」

 

 常時多忙、そう書かれた扇を広げながら、楯無はニヤリと笑みを浮かべる。そしてその時、アリーナにアナウンスが響き渡り、透明なシールドで覆われているフィールドに二機のISが姿を現した。

 

 片方は一夏の駆る純白のIS、白式。操縦者である一夏はまだISを使い始めて一ヶ月程しか経っていないのだが、その動きは非常に滑らかで最初の覚束なさは見られない。野獣やセシリア、箒といったメンバーによる特訓の成果だろう。

 もう一方から現れたのは一夏の対戦相手である鈴音とそのIS、甲龍だ。第三世代機に欠けてしまいがちな安定性を重視して作られているらしく、オレンジと黒の装甲、更には凶悪そうな棘付きの非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が野獣達の目を引いた。

 

 一夏と鈴音は指定の位置につくと何かを話し始めたが、それを野獣達観客が聞き取ることは出来ない。二人の会話はプライベート・チャネルによる通信で行われているからだ。やがて、試合開始を告げるブザーが鳴り響き──二人は同時に前に飛び出した。

 開始早々、雪片二型で以て鈴音へと斬り込む一夏。しかし鈴音はそれを手にした大型の青龍刀、双天牙月で受け止める。至近距離で繰り広げられる激しい近接戦闘に、観客席からはたちまち歓声が沸き起こった。

 

「ICKの奴、やりますねぇ!(賞賛)」

 

「代表候補生相手になかなか食らいつくじゃない、織斑君も。でも──」

 

 楯無が言葉を濁した瞬間、一夏が弾かれたように後ろへ吹き飛び、そのまま地面へと叩き付けられてしまった。何も見えなかったにも関わらず、電工掲示板に表示されている白式のシールドエネルギーが減少したことに、あちこちが何が起きたのかとざわめく。

 

「織斑君に零落白夜っていう切り札があるように、凰さんの甲龍にも衝撃砲って奥の手があるのよねぇ……」

 

「見えねぇってのは恐ぇなぁ……」

 

 鈴音が一夏に放ったのは、衝撃砲と呼ばれる甲龍の第三世代兵器だ。射線が直線のみで単発の威力こそ高くないものの、砲弾と砲身が見えず射角と弾数も無制限という非常に強力なものとなっている。そこに鈴音の高い基礎能力が加わっているのだから、今の一夏には些か荷が重い。一夏も対策の方法を探っているようだが、しかし鈴音の巧みな攻撃に押され続けており、じわじわと追い詰められている。

 

「このままだと負けちゃうわね~。一体、どう巻き返すつもりなのかしら」

 

 それは心配しているというより、これから何をするのかという期待から出た台詞であった。事実、楯無はバリアーに隔てられた向こう側で戦う一夏を満面の笑みで見つめている。そして、その隣の野獣もまた「大丈夫だって安心しろよ~」と笑っており、不安などは一切抱いていないようだった。

 

 

 

 間もなく試合は佳境に突入する。誰もが手に汗握りながら見守る中、しかし一夏の剣が鈴音に届くか否かというところで、それは中断せざるを得なくなってしまった。

 

 アリーナを覆うシールドを破り、招かれざる客が来襲した。

 

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

「乱入者ですって……!」

 

 第三アリーナ全体を揺らす程の衝撃と轟音。それから最も早く立ち直った楯無は、もくもくと土煙を巻き上げるアリーナに目を凝らした。やがて土煙は晴れていき、そこから姿を現したのは一機のISである。だが、その外見は通常のISのそれとはまるで違う。

 

「なんだあのIS!?(驚愕)」

 

全身装甲(フル・スキン)ね。一体何者なのかしら……」

 

 乱入してきたISは全身に深い灰色の装甲を纏った、全身装甲(フル・スキン)と呼ばれるあまり一般的ではないタイプのISだった。ISには絶対防御を初めとする操縦者を守る仕組みがあるため、そもそも装甲自体に必要性が薄い。更には最近のISは見栄えを重視することもあって、不要な装甲はなるべく取り払おうという傾向も強い。現在ではほとんど使われていないIS、それが全身装甲(フル・スキン)型なのだ。

 突如アリーナに襲来したIS。その外見についてを一言で表すならば、異形である。頭部では無数のレンズがギョロギョロと蠢いており、また腕は足元まで届く程に長い。指の位置には砲身と思わしきものが二つ、左右合計で四つ存在していた。アリーナのシールドを破ったことから、その威力はかなり高いことが予想される。直撃すれば危険だ。

 

「織斑君と凰さんは……まだアリーナの中なの!? どうして避難していないのよ。先生方は何をして──」

 

 ──ミスティアとうどんげ、キスメとメディ♪ 霧雨の子とミスティアとチェン♪ パチェ子の汁を添加したパスタ(神々の~)♪

 

 楯無が驚きの声を上げた直後、遮るように野獣の携帯に着信が入った。電話を掛けてきているのは彼の親友にして、この学園の教師である千冬。この状況で自分に連絡を寄越すとは何かが起こっているのだと判断した野獣は、素早くそれに応答した。

 

『野獣か。すまないが緊急事態だ。詳しい説明は省くが、現在我々教師は動くことが出来ない』

 

「ファッ!? それマジ?」

 

『あぁ。そこで客席にいるお前に頼みたいことがある。閉じている出入口のシャッターを壊して生徒達を避難させてくれ』

 

 珍しく焦ったような声色の千冬に野獣はすぐさま真剣な面持ちとなる。そしてチラリと楯無の方に目をやると、一連の話を聞いていた彼女もこくりと頷いた。

 

「ねぇ助けて! た、助けて入れて!」

 

「ああ逃れられない!」

 

「ライダー助けて!」

 

「やべぇよやべぇよ……」

 

 野獣と楯無が最寄りの出入口へと向かうと、そこには既に大勢の生徒達が集まっていた。時間が経って正気に戻ってきたのだろう、そのうちの大半が状況を読み込めずパニックのようになっている。二人はそんな人混みをかき分けて進み、辿り着いたシャッターの前で声を張り上げた。

 

「皆落ち着きなさい! 今からここのシャッターを破壊するわ! 押し合わないようにゆっくりと後ろに下がるように! 慌てては駄目よ!」

 

 堂々たる楯無の指示はその場にいた全員にしっかりと届いた。「暴れるなよ……暴れるなよ……」と皆が恐る恐る後退していく様子を見て野獣は、制服の腰辺りからからぶら下がっている、まるで自らが王者であることを示すように右腕を天へと掲げた小さな淫獣のストラップ──待機形態のサイクロップスを握り締める。そして──、

 

「イクゾォオオオオオオオオオオ!!」

 

 勇ましい雄叫びと共に部分展開。光に包まれた野獣の右腕だけがISのそれへと変化した。感触を確かめるように数度拳を握った野獣は、拡張領域(バススロット)より日本刀型のブレードを取り出す。それを構え、目の前にある閉ざされたシャッターへと鋭い眼光を向けた。

 

「邪剣・夜逝魔衝音──YO!」

 

 野獣が動くとほぼ同時に刀身が瞬き、ぐらりと傾いたシャッターが重力に引かれて倒れる。分厚く堅固なIS学園のシャッター、野獣はそれをバッサリと斬り捨てたのだ。誰もがその姿に見蕩れ呆然とする中、真っ先に我に返った楯無は再び声を張り上げ、生徒達の避難を開始させた。

 

「田所君、出入口はここだけじゃないわ! 私はここの子達を見なきゃいけないから、田所君は別のところに向かって!」

 

「かしこまり!(快諾)」

 

 楯無の言葉を受けた野獣は即座に踵を返し、未だに閉じたままのシャッターを破壊するために走り出す。その途中、チラリと横目で一夏と鈴音の姿を確認した彼は、「頑張れよ、頑張れ」と小さく呟いた。

 アリーナでは大切な弟分と妹分が命懸けで戦っている。野獣はそのことに思うところがない訳ではない。しかし今この場で優先すべきは二人の救援に向かうより、無防備な生徒達をいち早く避難させることである。一夏や鈴音と違って彼女達はISを所持しておらず、あの全身装甲(フル・スキン)型のISの持つバリアーを穿つ程の砲撃に曝された場合、助かる可能性は限りなくゼロに近くなるからだ。

 

 理性で以て感情を抑え、野獣は一人、避難誘導に奔走した。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 結果として、野獣と楯無が協力した甲斐があったのか、一般生徒の中から怪我人が出ることはなかった。唯一の怪我人は実際に戦闘を行っていた一夏だけで、その一夏が負った怪我も程度は軽く、数日もすれば完治するだろうとのことだった。IS学園は今回の事態を重く受け止め、二度と同じことが起こらぬように対策を講じていくと説明。千冬を初めとする教師達は騒ぎが終わった後も慌ただしく動いていた。

 

 そんな全てが一段落した頃、窓から差し込む夕日の光に照らされる廊下を、野獣は口笛を吹きながら歩いていた。そんな彼が足を止めたのは、『保健室』と書かれた札のある扉の前である。控えめにノックを二回すれば、少々間を置いてから内側より「入って、どうぞ」と許可が下りた。

 

「おっ、開いてんじゃ~ん!(様式美)」

 

「……あっ、先輩!」

 

 ゆっくりと扉を開けて医務室に足を踏み入れた野獣を迎えたのは、ベッドの上で上体だけを起こした一夏だ。部屋に現れたのが野獣であると分かるや否や、一夏は半分程眠たげに閉じていた瞼をパッと上げ、嬉しそうに笑った。そんな彼に野獣も笑みを返し、ベッド脇にあった椅子に腰掛ける。

 

「おっ、大丈夫か大丈夫か?」

 

「はい。打撲とかなんとかで体は痛みますけど……このくらいどうってことないですよ」

 

「怪我人であることに変わりはないんだよなぁ(夢と見紛う微笑)。じゃけん、ちょっと眠ってろお前(優しい気遣い)」

 

 想像より元気な一夏の様子に破顔する野獣。件のISと相討ちに近い形で倒れたと聞いた時には、思わず「ポッチャマ……」と頭を抱えたものだが、今となってはすっかり胸を撫で下ろしていた。

 

「あっ、そうだ(唐突)。さっきまで箒が来てたんですよ。先輩はすれ違いませんでした?」

 

「HUKが? 俺はすれ違ってないゾ」

 

「聞いてくださいよ。あいつ、俺に発破を掛けるために無茶やったんです。敵が目の前にいるのに拡声器なんて使って……いきなりだったからもうびっくりしましたよ」

 

 一夏の口から出た言葉に野獣は「うせやろ?」と困惑したような声を漏らした。一夏曰く、正体不明のISとの戦闘中に突然現れた箒は、あろうことか中継室の機材を使って発破を掛けたのだという。

 野獣がそれを聞いていなかったということは、避難誘導でその場を離れていた時に起きたのだろう。それは一歩間違えればあのISに狙われ、大怪我をしていたかもしれない行動だ。全てが終わっているが故に、野獣としては無事で何よりと安堵する他ない。

 

「俺もなんとか敵は倒せたけど、千冬姉や皆に心配掛けたし……もっと頑張らないといけないな」

 

「あのさぁ……皆が無事なのはICKとRNが頑張ったからだって、それ一番言われてるから(フォロー先輩)。あんまり自分を追い込まないでくれよな~」

 

 頼むよ~、と。野獣は一夏の頭をくしゃくしゃと撫でる。その時、ガラリと扉の開く音が部屋に響いた。

 

「お邪魔するわよ~」

 

「お、鈴じゃないか」

 

「オッスオッス」

 

 まるで母親のような口調と共に入ってきた鈴音を、一夏と野獣は軽く手を上げて出迎える。そんな彼等を見た彼女は一瞬面食らったようだが、すぐにそっぽを向くように一夏から目を逸らした。

 

「な、何よ……。結構元気そうね……」

 

「まぁな。それよりどうしたんだ?」

 

「どうしたんだって、あんたねぇ……。色々終わって時間が作れたから……その……み、見舞いに来てやったのよ!」

 

 ふんと鼻息を鳴らし、頬を若干赤くしながら言い切る鈴音。その明らかに挙動不審な彼女に一夏は首を傾げる一方、何かを察した野獣は「あっ……ふ~ん……」と一言だけ呟き、そそくさと席を立った。

 

「あれ、先輩?」

 

「ちょっとCHYに話……あんだよね。早く行かないと怒られちゃうよヤバイヤバイ……(大嘘)」

 

 そう言ってやや早足で扉へと向かう野獣は鈴音の横を通り過ぎる際、パチリとウインクを一つ残した。その意図に気付かない鈴音ではない。はっとなった彼女とベッドの一夏にサムズアップをし、野獣は保健室を後にした。

 野獣が立ち去ったことで保健室は一夏と鈴音の二人きりとなった。鈴音の恋心を知っている彼からすれば、これは彼女の想いを告白する絶好のチャンスを作ったことになる。ただ、彼女の性格的に上手くいかないであろうことを容易に想像出来た野獣は、廊下を一人歩きながらクソデカ溜め息を溢した。

 




原作一巻の内容はこれで終わりっ! 閉廷!

ハイスピード学園バトルラブコメ淫夢を謳っている今作ですが、先輩のバトルがちょっと少ないような気がするので、次の話ではこのクラス対抗戦で戦わなかった分を戦ってもらおうと思います。

……ぶっちゃけ、原作二巻の内容をここで書くのが割りと楽しみなので、ホモ特有のTNPからホモにあるまじきTNPくらいまでスピードアップしたい。


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12話 生徒会長VS野獣(前編)

エイプリルフールなので今日は投稿しません。


 クラス対抗戦(リーグマッチ)が予期せぬ事態によって中止となったものの、無事終息を迎えたその夜、野獣は学生寮の屋上で金網に背を預けていた。その手に握られている携帯にはとある人物の名前が表示されており、その人物が通話に応じるのを一人待っているのだ。ややせっかちなきらいのある野獣は通話がなかなか繋がらないせいか、時折「あくしろよ」と呟いては夜空を仰いだ。

 

『お待たせ』

 

「おーおーおーおー、どこ行ってたんだよお前よ~」

 

 数分後、漸く繋がった相手に対し、野獣はやや演技がかった口調で喋る。それを聞いた相手は──天才科学者、篠ノ之束は特に悪びれた様子もなく、はいはいと生返事で以て流した。

 

『それで、束さんに一体何の用かな?』

 

「何の用とかとぼけちゃってぇ。今日学園に来たISのことだゾ」

 

 ふざけた様子から一転、真剣な面持ちで尋ねる野獣。それに対して束は心当たりがあるのか、『あぁ、あれね』と小さく呟いた。

 

「あれが()()()だってことはさ、一目見ただけでもはっきり分かんだね。それで、今の世界で無人機のISを作れる人間なんてTBNしかいないって、それ一番言われてるから」

 

『うんうん、なるほどね。でも言わせてもらうとあのIS──ゴーレムⅠをIS学園に向かわせたのは束さんじゃないよ。あれを作ったのは確かに私だけど、いっくんや箒ちゃんを危険に晒すような真似、絶対にしないんだから』

 

 束の強い反論に、しかし野獣は「おっ、そうだな」と満足そうに頷く。束と長年の付き合いのある彼は、今のやり取りだけで彼女が嘘をついていないことを悟ったのだ。

 いや、そもそも一夏や箒を危険に晒したという時点で、無人機を操っている人物が束でないことに、野獣は気付いている。そして今、野獣が束に電話を掛けている本当の理由は、束を疑うためではなく、無人機を操った犯人について聞くためだった。

 

「ほならね、誰があの無人機を操ってたのかって話でしょ。私はそう言いたい、うん」

 

『あー、それはね……』

 

 野獣の問いに束は言葉を濁す。が、すぐに小さな声をポツリと溢した。

 

亡国機業(ファントム・タスク)、って知ってる?』

 

「ファッ!? ントム・タスク……?」

 

『そう。なんかさ、裏の方でコソコソ動いてるゴキブリみたいな組織。こっちも調べてはいるんだけど、思ってたより姑息な連中みたいでさ……まだ尻尾を掴めてないの』

 

 天災と恐れられる束を以てしても全貌が分からない。その事実に野獣は眉をひそめ、「たまげたなぁ……」と一人戦慄した。亡国機業(ファントム・タスク)、その組織の名前を野獣はしっかりと記憶する。

 

『束さんが世界にいくつも秘密の研究所を持ってることは野獣も知ってると思うけど、あのゴーレムⅠもその中の一つにあったんだ。まさか掠め取られるなんて思ってもみなかったよ。セキュリティも張ってたのに……』

 

「んにゃぴ……今回は相手の方が一枚上手だったってことっすね……」

 

『それにさぁ……その亡国機業(ファントム・タスク)、モンド・グロッソでのいっくんの誘拐事件にも絡んでるみたいなんだよね』

 

「……うせやろ?」

 

 束の口から語られた予想外のことに、野獣は軽く目を見開いた。

 

 三年前にドイツで行われたISの世界大会、モンド・グロッソの第二回大会。そこで千冬の応援に来ていた一夏は誘拐事件に遭い、その一夏を助けるために千冬は決勝戦を棄権、二連覇を逃したのである。

 

 関係者に箝口令が敷かれたため、この事実を知る者は日本など一部国家の重役と現地を警備していたドイツ軍人、及び一夏と千冬にとってごく近い間柄の人物だけだ。そして当時大学生であった野獣は、空手部の夏合宿により応援に行くことが出来なかったのである。

 自分がその場にいれば一夏を危険な目に遭わせることもなく、千冬の栄光を守ることも出来たかもしれない。第二回モンド・グロッソとは野獣にとって後悔の象徴であり、また、その事件を引き起こした犯人達を彼は絶対に許せないでいた。その犯人が今日の襲撃犯と同一ともなれば、野獣の怒りは更に高まっていく。

 

亡国機業(ファントム・タスク)……頭にきますよ~!」

 

『私も連中の足取りは追うつもり。ただ、IS学園に亡国機業(ファントム・タスク)がもう来ないとも限らないから、一応警戒はしておいてね。特に野獣といっくんは』

 

「ん、おかのした」

 

 ピッ、と電子音が一度鳴り、通話が終わる。携帯を無造作にポケットに突っ込んだ野獣は、再び金網に凭れ掛かり、はぁぁぁ~~……とクソデカ溜め息を漏らした。

 

 そんな彼に、ゆっくりと近付く人影が一つ。

 

「こんなところで何をしてるのかしら?」

 

「ん、TTNSじゃんアゼルバイジャン」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら野獣へと歩み寄るのは、彼と同室である楯無だった。彼女はまるで猫のような素早い動きでするりと野獣の隣に並ぶと、その真っ赤な眼を細めて彼を見上げた。

 

「ねぇ、誰と電話してたの?」

 

「昔からの夢を忘れない誰よりも純粋な親友、ですかねぇ……(黄昏先輩)」

 

「誰よりも純粋な……か」

 

 野獣の返答に楯無はやや考えるような素振りを見せ、やがて「他人のプライベートに口を出すのは野暮よね」と微笑んだ。

 野獣の言う親友がかの天災、篠ノ之束であることを楯無は確信している。日本に仕える暗部組織を率いる彼女としては、ここで束に関することを一つでも聞き出しておきたいというのが本音であった。しかしこの義理堅く、情に厚い野獣という男がそう簡単に口を割るとは思えず、故に楯無は速やかに引き下がったのである。

 

「それより、もう遅いんだからそろそろ外出禁止時間になるわ。部屋に戻らないと怖~い寮長に怒られちゃうかもしれないわね?」

 

「そうだよ(便乗)。じゃけん、今戻りましょうね~」

 

 一年生学生寮の寮長、すなわち千冬の恐ろしさは野獣も身に染みて理解している。一般生徒相手ならただ注意するだけに終わるものも、野獣相手ならば情けは不要とばかりに強気な態度を見せるのだ。その証拠として以前、野獣は学生寮の屋上で一夏と日光浴をし、ご満悦な表情を浮かべていた際も、厳しく注意されたのは野獣だけであった。

 そんな過去の苦い経験から、野獣は早足で部屋に帰ろうとする。それに続き、楯無もまた屋上を後にするのだが、その途中で彼女は何かを思いついたように、「あっ、そうだ」と唐突に呟いた。

 

「ねぇ、田所君」

 

「ん?」

 

「今度、私と勝負してみない?」

 

 何の勝負、とは言わない。二人のいるこの場はIS学園であり、そのIS学園での勝負となれば、ISバトル以外に他ならないからだ。

 しかしそれはあまりに突然の誘い。流石に断られるかと懸念を抱く楯無に対し、野獣はゆっくりと顔を上げ──、

 

「あっ、いいっすよ」

 

 彼女が拍子抜けする程に、あっさりと快諾した。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 最初は与えられた命令だったから。

 

 第二アリーナの更衣室にて制服を脱ぎながら、楯無はこれから試合を行う相手のことを思い浮かべた。

 

 田所浩二。通称、野獣。

 年齢は二十四歳。東京都世田谷区下北沢で生まれ育ち、小学校時代に織斑千冬、篠ノ之束と出逢う。その後二人とは中学、高校と交友関係を続けていたが、高校在学中から千冬はIS操縦者として、束は研究者として活動を始めていたため、高校卒業後は一人で地元の国立大学に入学。I()S()()()()()()()()()()()()()、大学院でもその研究を行っていたところを、織斑一夏の登場に伴い実施された男性のIS適性検査によって適性を見出だされ、特例としてIS学園へと入学した。

 

 楯無が野獣と接触した理由は単純に、それが日本政府と学園長により与えられた命令だったからだ。世界で二人しかいない男性操縦者を守れという命令、楯無はそれに従って野獣と同室となり、これまで可能な限り多くの時間を彼と過ごした。

 しかし、今回の試合は命令されたからではない。これはあくまで楯無本人が決め、起こした行動である。

 

 思い出されるのは先日の騒動の最中、アリーナに閉じ込められた生徒を避難させるべく、野獣がISを部分展開した時のこと。彼は呼び出した日本刀型の近接ブレードで以て、一太刀の下にシャッターを切り捨てたのだ。

 

 楯無には、それが()()()()()()

 

 日本政府直属の対暗部用暗部、更識家の長にして、ISのロシア代表操縦者。その楯無をして野獣の一太刀は見切るどころか、認識すらさせかったのである。その事実はどうしようもなく楯無を揺さぶり、眠っていた闘争心を掻き立てた。

 

 戦いたい。一度彼と、本気で。

 

 久しく忘れていた悔しさと共に、楯無はそう思った。犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべ、彼女は舌なめずりをしながらピットに辿り着く。そして自らの専用機──ミステリアス・レイディを展開、アリーナへと飛び立った。同時に反対側のピットより現れた銀色のISを纏う野獣の姿が、ハイパーセンサーにより広がった視界に映る。

 

『両者、位置についてください』

 

 第二アリーナを担当する教員の指示に従い、二人はゆっくりと移動を始める。

 ちなみに、現在のアリーナの客席は満員に近い状態となっていた。楯無の友人である新聞部の黛薫子、彼女が大々的に告知した結果である。客席の生徒達は楯無と、そして野獣の試合を一瞬たりとも見逃すものかと、誰もが食い入るように二人を見つめていた。

 

「付き合ってくれてありがとね、田所君」

 

「TTNSからのお願いだし、多少はね?(大人の余裕)。 それより、真剣勝負に手加減はなしだゾ。こっちは114514割の力出していくから(限界突破)」

 

「ふふっ、望むところよ。お姉さんも本気でいかせてもらうから」

 

 目線を同じ高さとした二人は、軽く言葉を交わして笑い合う。が、次の瞬間には切り替えが終わっており、いつ試合開始のブザーが鳴らされてもいいよう、構えに入っていた。

 

『制限時間は三十分、今日ここのアリーナを使う生徒はあなた達だけではありませんので、それ以上の試合継続は認められません。宜しいですか?』

 

「問題ありません」

 

「かしこまり!」

 

『それでは──始めてください!』

 

 その一言と共にブザーがアリーナ中に響き渡り──、

 

 楯無と野獣は同時に前へ飛び出した。

 




肝心な時に役に立たない先輩。ついでに結局試合も始まってないとか笑っちゃうぜ(自嘲)。


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13話 生徒会長VS野獣(後編)

514514ということで初投稿です。気が付けばいつの間にか114514UAを達成しておりましたのでお礼を申し上げたいと思います。皆ありがとう! フラーッシュ! これからも……宜しくな?


「オルルァ!」

 

 先制攻撃を仕掛けたのは野獣。彼は前に飛び出すや否や、固く握り締めた右の拳を楯無へと全力で放った。機体自体が加速していることも相まって、その一撃は恐ろしく速い。しかし、読んでいたとばかりに楯無は短く息を吐き、その容易く躱した。

 野獣から見て右側に回り込んだ楯無は、そのまま得物である大型のランス──蒼流旋を振り下ろす。それを防ぐことは困難と判断した野獣はあえてスラスターを点火させ、一気に前へと突っ込んだ。ギリギリのところで蒼流旋の軌道から逃れた野獣に対し、楯無はニィとその口角を上げた。

 

「なかなかやるじゃない。そうでなくっちゃ!」

 

「行きますよ~……行く行く……!」

 

 大きく旋回し、再び楯無へと迫る野獣。楯無はそれを先程のように避けることはせず、今度は真っ正面からぶつかった。ギィィィン、と甲高い金属音が盛大に鳴り響く。

 互角に見える両者の凄まじい攻防は、しかしやがて野獣が優勢に立ち始める。己の拳と大型のランス、どちらが取り回しに優れ、素早い攻撃を繰り出せるかは明らかだ。この至近距離での近接戦闘では、圧倒的な手数の野獣に軍配が上がったのである。

 

「ホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラ」

 

「ふっ……!」

 

 それでも決定打足り得るような攻撃は食らわず、野獣の拳を的確に捌き続けていることから、楯無が如何に高い技量を有するかが分かるだろう。彼女の背負う無数の肩書きは伊達ではない。

 

「はぁっ!」

 

 ラッシュの中に見出だした僅かな隙とも呼べぬ隙、楯無はそこを狙った。その際彼女の右肩を野獣の左手が捉え、衝撃に仰け反りそうになるが、それを楯無は歯を食い縛って堪える。そんな中で突き出された蒼流旋は寸分違わず野獣の右脇腹に直撃し、彼を大きく後退させた。同時に苦悶の声が溢れる。

 

「オォン! アォン!」

 

「っ……やっぱり一筋縄ではいかないか」

 

 肉を切らせて骨を断つ。捨て身とも言える攻撃をしなければならない状況に持っていかれたことに、楯無はあらためて野獣の強さを実感した。

 

 しかし、彼女は負ける訳にはいかない。

 

 学園最強の名の下に、大勢の観客達の見守るこの戦いは、絶対に征さねばならないのだ。

 

「(アクア・クリスタル稼働率上昇。本当ならもっと終盤まで温存しておくべきだったんだけど……そんなことをしている余裕はなさそうね)」

 

 楯無が命令を下した瞬間、両脇を浮遊していたパーツから更なる水が溢れ、彼女を覆うヴェールが分厚くなる。まさしく水の鎧だ。その変化に野獣は「はぇ^~……」と感心したように声を漏らしながら、しかしその表情は確かに険しさを増していた。

 

「さぁ、勝負はまだまだこれからよ!」

 

 高らかに宣言するや否や、蒼流旋を構えて突撃する楯無。その勢いに瞬時加速(イグニッション・ブースト)と野獣が気付いた時には既に遅く、ランスの鋭い切っ先は寸分違わず彼の胸を捉えていた。

 扱える水の量が増えたことにより、その水を攻撃に利用している蒼流旋の威力は、当然ながら上昇している。加えて野獣が受けたのは文句なしの直撃である。結果、絶対防御の発動によりシールドエネルギーは一気に減少、全体の三割以上を削られた野獣は盛大に吹き飛ばされ、アリーナの壁に激突しては「ヴォエ!」と悲痛な声を上げた。

 

「どうかしら、蒼流旋による本気の一撃は?」

 

「アーイキソ……クゥ~ン……(瀕死)」

 

 不敵な笑みを見せる楯無に対し、一方の野獣は覚束ない操縦でフラフラと体勢を立て直す。戦況が楯無へ一気に傾く中、しかしその目はまだ死んでいない。漆黒のバイザー越しに向けられる眼光に、楯無はゾクリと背筋を震わせた。

 

「ふふっ……いいわよ田所君……! そういう諦めの悪いところ、嫌いじゃないわ!」

 

「じゃあオラオラ来いよオラァ!」

 

 YO! と、野獣が吼え、バイザーから黄金色の閃光が放たれる。が、いくら奔流が大きくともその軌道は直線、楯無にとって避けることなど造作もないことだ。

 

「お前のそこが隙だったんだよ!」

 

「っ、瞬時加速(イグニッション・ブースト)……!?」

 

 しかし、避けられることは野獣も承知の上。極太の光線を囮にスラスターを素早く噴かし、数十メートルは離れていた間合いを一気に詰めた。意趣返しとも取れるその行動に楯無は軽く目を見開き、纏っていた水と蒼流旋で防御の姿勢に移行する。

 

「邪拳・夜──」

 

 野獣が拳を振りかぶった瞬間、ガシャンと音を立てて装甲が変形した。眩い光に包まれた右腕が迫り、楯無の頬を一筋の汗が伝う。

 

「逝魔衝音─────!」

 

 突き出されるは文字通り必殺の一撃。瞬時加速(イグニッション・ブースト)の速度が上乗せされたそれは、音すら置き去りにせん程の勢いを持っている。加えて今の楯無は、既に防御の姿勢を取ってしまっている。至近距離まで迫った拳を躱すには、最早時間が足りなかった。

 

 結果、楯無は野獣渾身の一発にアリーナの反対側まで弾き飛ばされることになる。

 

「がっ……!? ごほっ! ごほっ……!」

 

 猛スピードでアリーナのシールドに突っ込んだ楯無は、胸の辺りを押さえながら大きく咳き込んだ。その手に握られている蒼流旋は根元からひしゃげてしまっており、もう武器として使用することが出来ないのは誰の目から見ても明らかであった。また、先程まで彼女を包んでいた水のヴェールもその大半が消滅してしまっている。

 それでも楯無のシールドエネルギーは残っていた。得物と鎧を犠牲にし、尚も余りある衝撃を()()()()()()()()()退()()()()()()()()()、なんとか生き延びたのである。失った代償は大きくもまだ戦えるだけ御の字だと、楯無は小さく溢した。

 

「ウッソだろお前!? 何故生きている!?(驚愕)」

 

「お姉さんにも意地ってものがあるのよ……。ちょっと前にISに乗り始めたばかりのルーキーに負けてなんていられないの」

 

 サイクロップスの切り札とも呼べる邪拳・夜からエネルギーを放出し、破壊力を何倍にも底上げした必殺の一撃──逝魔衝音を以てしても勝負を決められなかったことに、驚愕を隠すことが出来ない野獣。そんな彼に楯無は軽口を叩いて気丈に振る舞ってこそ見せるが、内心では冷静に現在の状況を見極め、分析していた。

 

「(シールドエネルギー残量は残り四割……。さっきのパンチで削られた分も四割ということは、もう一回食らえば本当に終わりね)」

 

 けれど、と楯無は使い物にならなくなった蒼流旋を捨て、拡張領域(バススロット)から新たな得物、蛇腹剣ラスティー・ネイルを取り出した。

 

「(()()()は少しずつ進んでる。これが済めば……私の勝ちよ、田所君)」

 

 仕込みが終われば勝利は確定する。

 

 恐れるべきは短期決戦だ。

 

「(TTNSの操る水が)すっげぇ少なくなってる。(今がチャンスだって)はっきり分かんだね(野獣の慧眼)」

 

「っ……まぁそうなるわよね」

 

 楯無のIS、ミステリアス・レイディは水のヴェールを使うことで、その防御面での脆さをカバーしている。その水のほとんどが先の攻撃で霧散した今、彼女を守るのは身体の要所にある薄い装甲だけなのである。今が攻め時ということを的確に見抜いた野獣はニヤリとしたり顔を浮かべ、一気に加速して楯無に襲い掛かった。

 

「よし、じゃあぶちこんでやるぜ!」

 

「そう簡単には、やられないわよ!」

 

 持てる力を振り絞り、激しくぶつかり合う野獣と楯無。そのシールドエネルギーはお互いに半分を切っている。ここで攻め切ることが出来れば野獣の、仕込みが完了するまで逃げることが出来れば楯無の勝利だ。

 鞭のようにしなり、伸縮する蛇腹剣を華麗に操り、楯無は迫る野獣を懸命に牽制する。野獣もまた負けてはおらず、様々な角度から振るわれる刃を見切っては躱し、弾き、時にはバイザーからのビームまで駆使して楯無を打ち倒さんとしている。その手に汗握る接戦の行く末を、観客達の誰もが固唾を飲んで見守った。

 

 そして──戦況は動いた。

 

「しまっ……!?」

 

 楯無が振るったラスティー・ネイルの一撃。精神を磨り減らす激しい高速戦闘の最中、極めて不安定な体勢から繰り出された一手は、これまでのどの攻撃よりも甘いものとなってしまった。それを野獣は見逃さない。

 

「こ↑こ↓(ワイヤーの受け止め所)」

 

「なっ、掴まれ……!?」

 

 蛇腹剣の刃同士を繋ぐワイヤーを左手でガシリとキャッチした野獣は、それをロープのように勢いよく引っ張る。その先にいるのは当然、剣の持ち手たる楯無だ。警鐘を鳴らす直感に従って手を離すも、しかし飛び出してきた野獣はすぐそこまで来ている。

 

「最後の一発決めてやるよオラ!」

 

 その言葉と同時に放たれた拳に、殴られた楯無の意識が揺らぐ。システムが一斉に警告を鳴らす中、霞む視界にはトドメとばかりに右手を固く握り締める野獣の姿が映る。

 

 勝負あった。

 

 一般の生徒も、従者である虚も、妹である簪も、当人である野獣すらも、それを確信した。

 

 

 

「──沈む床(セックヴァベック)

 

 

 

 ただ一人、楯無を除いて。

 

「ファッ!?」

 

「はぁ……やっと終わったわ……」

 

 全身から力を抜き、大きく息をついた楯無。対する野獣は腕を構えた状態のまま、()()()()()という奇妙な感覚に味わっていた。体も、四肢も、指先さえ、まるで彫刻のように固まってしまってピクリとも動かない。「ああ逃れられない!」と叫ぼうが、その拘束が緩むことはなかった。

 

「どうかしら、ミステリアス・レイディの誇る切り札……単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)沈む床(セックヴァベック)の味は……って、聞くまでもなさそうね」

 

「お姉さん許して(懇願)」

 

「ふふっ……ダ、メ。じゃあ今までの仕返しをたっぷりさせてもらおうかしら(一転攻勢)」

 

 余裕を示すようにその場でくるりと回り、バイザーの延長線上からすっと身を引いた楯無は、パチンとその指を鳴らした。

 

 それが合図であったかのように、野獣の左腕が小さく爆発する。

 

「アツゥイ!?」

 

「一つ教えてあげるわ田所君。田所君の必殺技を受けて水のヴェールを失った時、私はその水をあえて大気中に霧散させたままにした。沈む床(セックヴァベック)を発動させ、あなたの動きを確実に止めるために、ね。田所君が激しく攻めてくるものだから、散り散りになった水をかき集めるのには苦労したのよ?」

 

 野獣との戦闘中に楯無が行っていた仕込み、その正体がこれだ。得意気な笑みを見せる楯無に野獣はポカンと口を開け、「えっ、何それは……」と脱帽するしかない。

 

「それともう一つ。ミステリアス・レイディの操る水は厳密にはナノマシンなの。今あなたの周りを漂っているそれらは、私の意思一つで簡単に牙を向く。降参するなら今のうちよ?」

 

「断る……!(鋼鉄の意志)」

 

「ええ、そうなると思った。じゃあ名残惜しいけど……これで終わりね」

 

 先程まで凄まじいまでの盛り上がりを見せていたにも関わらず、今はしんと静まり返ったアリーナで、再び楯無はパチンと指を鳴らした。

 

「──清き熱情(クリア・パッション)

 

 ナノマシンを発熱させることにより引き起こされる水蒸気爆発が、空中に拘束されて動くことも出来ない野獣を襲う。

 

 

 

「ンアッー!」

 

 

 

『サイクロップス、エネルギーエンプティ! よって勝者、更識楯無!』

 

 勝者を告げるアナウンスに、会場がどっと沸き上がった。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

「お疲れ様、田所君」

 

 試合後、着替えとシャワーを済ませて更衣室から出た野獣を迎えたのは、先程まで試合をしていた楯無だった。その手には二つのペットボトルが握られており、彼女は現れた野獣にふっと微笑むとその片方を彼に手渡した。

 

「いい試合だったわ。ナノマシンの準備がもう少し遅れていたら、負けていたのは私の方だったかもしれなかったし……。あ、これどうぞ」

 

「ありがとナス! んにゃぴ……まぁやっぱり経験、ですよね。まだ素人な俺よりTTNSの方が114514枚上手だったってことで、終わりでいいんじゃない?」

 

 「やはりヤバい(再認識)」と小さくぼやきつつ野獣は受け取ったスポーツドリンクを呷った。

 

「……今日はありがとう、田所君」

 

「ん?」

 

 学生寮を目指して歩き始め、アリーナを出た直後、ポツリと呟いた楯無に野獣は動きを止め、じっと彼女を見つめた。射し込むオレンジ色の夕日がその横顔を照らす。

 

「私の我が儘に付き合ってくれてでしょ? 本当はそんな義理もなかった筈なのに」

 

「そんなの気にしなくていいから(良心)。俺もTTNSとは戦ってみたかったし、実際今日の試合はすっげぇ面白かったから、むしろこっちの方こそ感謝してるゾ」

 

 にっと爽やかな笑みを浮かべる野獣に暫し呆然としていた楯無だが、不意にぷっと吹き出すと声を上げて笑った。

 そこにあるのはIS学園生徒会長でも、ロシア国家代表でも、暗部組織の当主でもない、更識楯無という少女のありのままの姿だ。初対面から今日に至るまで見たこともなかった年相応な笑顔には、彼女に友人として接していた野獣をも見蕩れさせる何かがあった。この場に楯無の従者である虚がいたならば、滅多に見られないその表情に目を見開いて絶句していたことだろう。

 

「うふふっ、それじゃあお姉さんの我が儘に付き合ってくれたお礼に、一つだけ言うことを聞いてあげるわ。勿論、無理のない範囲でだけど」

 

「ん? 今なんでもするって言ったよね(幻聴)」

 

 が、それもほんの一瞬のこと。楯無の言葉に反応していつもの様子に戻った野獣は、「どうしよっかな~」と大袈裟に溢しながら、学生寮に続く道に大股な一歩を踏み出した。

 




千冬と114514秒にも渡る激戦を繰り広げておきながら敗北するクソ雑魚先輩。しかしまぁ戦い方とか癖とか知ってる千冬に比べて楯無さんのISは特殊だし、楯無さん自身も国家代表とかいうハイパースペックだから多少はね? 原作での活躍は……ナオキです。

あっ、そうだ。ISの最新巻とアーイキソタイプ・ブッチッパーを始めたのですが、色々とダメみたいですね(諦観)。一夏への惚れ方のバリエーションが底をついてるし、困ったら制裁しとけばいいみたいな空気があるってはっきり分かんだね。あれだけガバガバでいいなら野獣先輩がISを動かしててもおかしくないと思った(小並感)。しかしまぁ、次で最終巻となると少し寂しいような気がする……気がしない? 

とりあえずこ↑の↓作品は次回から二巻の内容に入ります。野獣、一夏にシャルルを加えた『迫真IS部 男性操縦の裏技』も始まりますので楽しみにしておいてください(大嘘)。


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14話 二人の転校生

(投稿時間に意味は特に)ないです。

 アーイキソタイプ・ブッチッパー、ガチレズなLRN姉貴が一番ヒロイン力が高いってどういうことなんですかね……? 他のヒロインも見習わないかんのちゃうか?


 六月。

 

 春の陽気もだんだんと夏のそれに変わり始め、気温の高さを意識し出す今日この頃。やたらと大きなサイズの枕に顔を埋めていた野獣は、カーテンの隙間から射し込む光に呻き声を漏らし、やがてゆっくりとその体を起こした。同時に、隣のベッドで眠っていた同居人もモゾモゾと布団から顔を出す。

 

「ふぁ……おはようございます……先輩」

 

「はい、おはヴォー」

 

 眠たげに目を擦りながらベッドから立ち上がったのは、野獣の弟分にして世界で初めてISを動かした少年、織斑一夏だ。それまで野獣と同室であった更識楯無ではない。

 

 部屋割りの変更が行われたのは今からおよそ一週間程前のこと。突如現れた男性操縦者というイレギュラーのために余儀なくされた手続きや作業が二ヶ月経ってようやく完了し、一夏と野獣が一つの部屋にまとめられることとなったのである。

 これに対して一番喜んだのは一夏だ。これまで箒と生活を共にしていた彼であったが、いくら幼馴染みとはいえども窮屈感は覚えていたらしく、野獣との同室が決まった瞬間には「やったぜ。」と天に向かってガッツポーズをかましたという。そんな一夏を箒が恨めしそうに見ていたことを、彼は知らない。

 

「ICK、顔を洗って着替えたら飯食いに行くゾ。お腹減ってきちゃったよヤバいヤバい……」

 

「ん、そうですね。今日は何食おっかな~……」

 

 大きな欠伸をしながらも活動を開始した二人の男。これから先に波乱が待ち受けていることなど、今の彼等には知る由もなかった。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

「オッハー!!」

  

「あ、田所君と織斑君だ。おはよう」

 

「せんぱい、おりむー、おはよ~」

 

 大音量かつ激寒な挨拶と共に教室へ足を踏み入れた野獣とその後ろに続いた一夏に、クラスメイト達は微笑みながら近寄っていく。野獣が騒がしいことなどいつものことで、少なくともこの一年一組に通う生徒達はこの二ヶ月ですっかり彼の調子に慣れてしまっていた。

 

「おはよう。皆、何の話をしてるんだ?」

 

「ISスーツについてだよ。今日からスーツの申し込み日だから、どれがいいかなって話してたの」

 

 はい、と一夏が手渡されたのはISスーツのカタログである。様々な企業の販売しているISスーツはらそのどれもがデザインであったり性能であったりと微妙な差異を見せている。それを見て生徒達はこのモデルがいい、いやこちらの方がいいと談笑を広げていた。

 

「そういえば織斑君のと田所君のISスーツってどこの会社の? 見たことない型だよね?」

 

「特注品だよ。男用のISスーツなんて今までなかったからさ。元になったモデルは確か……えっと、COA──」

 

「あっ、おい待てぃ。元になったのはイングリッド社のストレートアームモデルだゾ」

 

 うろ覚えの一夏の代わりにすらすらと答える野獣。それから二人は女子の中に交じり意見を述べ合っていたが、やがて教室に担任である千冬と真耶が現れたことで解散し、皆は各々の席に戻っていった。

 

「諸君おはよう。知っているとは思うが今日から実際にISを動かしての訓練が始まる。各自気を抜くことのないように。また、ISスーツについては自分のものが届くまでは学校指定のものを使用してもらう。水着、または下着で授業に参加したくなければ準備を忘れぬようにな」

 

 そんな千冬の言葉に教室中の空気が引き締まる。この一年一組が始動してからまだ二ヶ月と短いが、担任である千冬の怖さは──主に一夏と野獣の犠牲もあって──クラスメイト全員が知るところである。忘れたら本当に水着か下着で授業を受けなければならない、聞いた者に本気でそう思わせるだけの力が千冬にはあった。

 

「では山田先生、ホームルームを」

 

「はい! ええとですね、今日はなんと転校生を紹介したいと思います! それも二名!」

 

「「「「「えええええええ!?」」」」」

 

 真耶から告げられた衝撃の報告に教室中が一斉にざわつく。しかしそれも一瞬、千冬の一声に静けさを取り戻した生徒達は、ごくりと固唾を飲んで教室前方の扉へと視線を集中させた。

 

 やがて扉がスライドし、二人の転校生が姿を現す。

 

「え……?」

 

 そんな声を漏らしたのは果たして誰だったのか。一年一組の生徒全員の注目を一身に集める『彼』は、教卓の前に立つとペコリと頭を下げた。そしてにこやかな笑みを浮かべ、告げる。

 

「シャルル・デュノアです。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて、本国であるフランスから来ました。()()()()()()I()S()()()()……で、いいのかな。まだ不慣れなことも多いかと思いますが、宜しくお願いします」

 

 うなじの辺りで一つに括った金髪を揺らしつつ少年──シャルルは微笑む。

 

 三人目の男性IS操縦者。

 

 そのあまりに突然の登場に誰もがあんぐりと口を開け、言葉を失った。

 

 だが、それも衝撃のあまり思考が停止していた間だけのこと。数秒もすれば何人かが我に返っていき──、

 

「「「「「きゃあああああああああ~~~!!」」」」」

 

 黄色い悲鳴が爆発した。

 

「男! 男よ!」

 

「しかも美形! 守ってあげたくなる系よ!」

 

「お~ええやん」

 

「あぁ^~いいっすねぇ^~」

 

「おまえのことが好きだったんだよ!」

 

 口々に叫び出す生徒達に教室の熱が一気に上昇する。三人目の男性操縦者という全く予期せぬ存在が現れたのだ、無理もないことだろう。

 

 しかしそんな中、シャルルに向けて懐疑的な目を向ける者もいる。この教室において最年長に位置する野獣と千冬の二人だ。

 

「これマジ? 性別に比べて体の線が細すぎるだろ……(野獣の眼光)」

 

「お前達、静かにしろ。もう一人残っている」

 

 教室に響いた千冬の一声の一方、野獣の呟きはざわめきに消えていった。そして再び静寂を取り戻した生徒達は、続いてシャルルの隣に立つ小柄な少女へと視線を移す。腰まで伸びた銀髪と左目を隠す眼帯が特徴的な、高校生というには少々幼さの目立つ容貌の少女だった。

 

「……」

 

「……ラウラ、自己紹介をしろ」

 

「はっ! 教官」

 

「織斑先生と呼べ。ここでの私はただの一教師に過ぎん」

 

「分かりました、織斑先生」

 

 そんな会話を千冬と交わした少女はその場から一歩前に踏み出す。そこかしこから「あっ……」と何かを察するかのような囁きが上がる中、少女はふっと鼻を鳴らし──、

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 自己紹介というにはあまりに短すぎる自己紹介をした。

 

「……あの、それだけですか?」

 

「それだけだ」

 

 この場にいる全員の総意を代弁するように口を開いた真耶を少女──ラウラは傲慢とも取れる態度を崩さぬままばっさりと切り捨てた。その姿は紛うことなき問題児のそれであり、これからクラスメイトになるのかと考えた者達の不安を煽る。

 

 そんなラウラだったが、自分の目の前の席に座る一夏を目にしたところでその表情を険しく歪ませた。

 

「貴様が織斑一夏か?」

 

「そ、そうだよ」

 

 赤く冷たい瞳で見下ろされる一夏は内心で動揺しながらもラウラの問いに肯定する。

 

 次の瞬間、彼の頬にラウラの拳が突き刺さった。

 

「オォン!?」

 

「認めない……! 貴様のような男が教官の弟などと……断じて認めんぞ……!」

 

 突如振るわれた優しくない暴力に一夏は机から転がり落ちる。が、すぐに立ち上がると自分を忌々しげに見つめるラウラに向かって声を張り上げた。

 

「痛ってぇ……! 殴りやがったな……もう許せるぞオイ!!」

 

「ふん、やる気か? 受けて立つぞ?」

 

「お前達、そこまでだ。喧嘩なら後でやれ。これ以上は次の授業に差し支える」

 

 一発触発の空気が流れる一夏とラウラの間に口を挟んだのは、やはり千冬であった。一夏からすれば担任であり実の姉で、ラウラからすれば崇拝すべき教官な彼である女の言葉に、両者は何か言いたげにしながらも大人しく引き下がった。

 

「ではこれにてホームルームを終わりとする。次は実習だ、全員ISスーツに着替えてグラウンドに集合しろ。くれぐれも遅刻のないように。デュノアについては織斑と田所が面倒を見てやれ」

 

「ん、おかのした」

 

「かしこまり!」

 

 二人の快諾を受けて一度こくりと頷いた千冬は、すぐに真耶と共に教室を後にしていった。その背中を一夏が見届けた直後、件の男子生徒であるシャルルが彼に声を掛けてくる。

 

「初めまして。君がまさよし君だね? 僕はシャルル・デュノア、宜しく」

 

「織斑一夏だ。宜しくな」

 

 簡単な挨拶を交わし、握手を済ませる一夏とシャルル。そんな二人のもとへ「俺も仲間に入れてくれよ~」とやって来た野獣が加われば、この世に彼等しか存在しない男性IS操縦者トリオが完成する。王道を征く爽やか系イケメンの一夏、見る者の庇護欲を沸かせる容貌の持ち主であるシャルル、そしてお調子者ながら頼れる兄貴肌の野獣という、それぞれが他にはない特徴を持つ三人が並んだ様子は、さながら乙女ゲームのパッケージのようであり、瞬く間に教室中から歓声とシャッター音が鳴り響いた。

 

「……っと、とりあえず詳しい自己紹介は後でだな。ここにいたら女子達の着替えが始まっちまうし、俺達も早く移動しようぜ」

 

「あっ……!」

 

 そう言うや否や一夏はシャルルの手を取り、野獣と共にそそくさと更衣室のあるアリーナへと向かい始めた。このままでは授業に遅れかねないと急ぐ一夏達、そんな三人にそちらの事情など知らんとばかりに無数の影が迫る。

 

「転校生、大発見!!」

 

「しかも織斑君と田所君もいるわ! これはラッキー!」

 

 シャルルという新たな獲物の情報を嗅ぎつけた一組以外の生徒達が、ギラギラと肉食獣のごとく目を輝かせて走り寄ってくる。捕まれば当然遅刻は必至、そうなれば待っているのは担任からの竹刀による制裁だ。故に一夏達も全力で逃走する。

 

「な、何? なんで皆追い掛けてきてるの?」

 

「そんなの俺達が世界でISを動かせる男達だからに決まってるダルルォ?」

 

「あっ、そっかぁ……(納得)」

 

 足を動かしながらも訳が分からないとばかりに首を傾げるシャルルに、やたらと綺麗なフォームで走る野獣は「当たり前だよなぁ?」と涼しい顔で答える。その後、繰り広げられる熱い逃走劇を征した三人は、無事にアリーナの更衣室に辿り着いた。

 

「ぬわぁああああああああん疲れたもぉおおおおおおん!!」

 

「チカレタ……」

 

 更衣室に入るなり大声を上げる野獣と大きく息をつく一夏。「やめたくなりますよ~」と愚痴を溢しつつ適当なロッカーの前まで移動した二人は、そのまま身につけていた制服を勢いよく脱ぎ捨て──直後、シャルルがすっとんきょうな悲鳴を上げた。

 

「うわぁっ!?」

 

「? 何してんだよ。早くしないと遅れるぜ?」

 

「そうだよ(便乗)。あくしろよ」

 

「う、うん……。分かってる、分かってるよ……」

 

 顔を下に向けて俯きながら、しかしチラチラと半裸になった一夏と野獣に目をやるシャルル。その明らかに挙動不審な態度には流石の二人も不信感を覚えるが、しかし現在は先程の逃走劇もあって時間が押している。結局彼らはシャルルのことをそれ以上考えることなく、千冬の制裁だけは受けたくないの一心で着替えに集中した。

 




 一夏、シャルル、野獣先輩の三人を攻略対象にした恋愛シミュレーションゲームやりたい……やりたくない?


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15話 ランチタイム

 アーイキソタイプ・ブッチッパーの早すぎる終了に涙が出、出ますよ……。(あれ作った人達が何をしたかったのか)これもう分かんねぇな。

 あのゲームのシナリオ見てて思ったことは、やっぱり暴力ヒロインは個人的に駄目だってことですかね。理不尽に制裁されるのはいや~キツイっす……。


 朝からドタバタ騒ぎに巻き込まれかけ、実習の始まる前から余計な疲労を味わった一夏と野獣。しかし、初めこそ一夏が訓練機のラファール・リヴァイヴに乗った真耶の突撃を受けるというアクシデントこそあったものの、肝心の実習自体は特に問題なく進行していった。専用機持ち達が先頭に立ち、それぞれの個性を発揮させて行われた訓練は、生徒全員がISの基本動作を行ったところで終了を迎えた。

 

 そしてお昼休み。午後からは午前中の実習で使用したISの整備訓練を控えている一夏を筆頭としたいつものメンバーは、現在屋上にて輪を作って各々の昼食に手を伸ばしていた。その中には転校生であるシャルルの姿もある。

 

 ちなみにこの昼食会、本来ならば箒が一夏と二人きりでと提案したものであったが、「せっかくだから皆も誘おう」と相変わらずの唐変木ぶりを発揮した一夏によって大人数になったという経緯がある。そのため、自らの思惑が台無しになった箒はがっくりと項垂れ、偶然とはいえライバルの抜け駆けを阻止出来たセシリアと鈴音は、この時だけは一夏の鈍感具合に賛辞を送ったという。

 

「一夏、これあげるわ。あと先輩にも」

 

「おっ、サンキュー……っと、酢豚か! 鈴の酢豚を食うのって久しぶりだなぁ」

 

「ありがとナス! ええ素材やこれは……(恍惚)」

 

 差し出された酢豚の入ったタッパーを、一夏と野獣は感謝の言葉と共に受け取る。それを黙って見ている箒とセシリアではない。片や早朝からわざわざ用意した弁当を、片やバスケットから自作のBLTサンドを手にした二人は、ずいっと身を乗り出して一夏との距離を詰めた。

 

「一夏! お前のために作った弁当だ! 受け取れ!」

 

「一夏さん! 私もサンドイッチを作ってきましたの! 宜しければ如何ですか!?」

 

「お、おう……あ、ありがとな……」

 

 二人の纏うあまりの気迫に思わず冷や汗を流し、苦笑いを浮かべる一夏。そんな彼を興味深そうに眺めているのは、このメンバーの中では新参者であるシャルルだ。その隣には酢豚を咀嚼する野獣が座っている。

 

「あの……僕って本当に同席して良かったんでしょうか?」

 

 そう遠慮がちに尋ねたシャルルに、野獣は微笑みを返した。

 

「そんな遠慮しなくていいから(良心)。CRLはファミリーみたいなもんやし」

 

「ふふっ、ありがとうございます。田所さん」

 

 そう言ってはにかんだシャルルに、野獣は「CRLも美味そうやな~ホンマ」と冗談混じりに手を伸ばす。当然シャルルはそれを「冗談はよしてくれ(ため口)」と断るが、程よく緊張が解れたが故にその顔には笑顔が浮かんでいた。肩の力が抜けて自然体となったシャルルに、野獣は満足そうに一度だけ頷いた。

 

「あ、あの……田所さん」

 

「ん?」

 

 そんな二人のもとにやって来たのは先程まで向こう側にいたセシリアである。その手には小さなバスケットが収まっており、中にあるBLTサンドがチラチラと顔を覗かせていた。

 

「も、もし宜しければお一つどうでしょうか? 勿論、デュノアさんも」

 

「いいっすかぁ?」

 

「ありがとう、オルコットさん。じゃあ一つ貰うね?」

 

 そう言って二人がバスケットから取り出したBLTサンドはトマト、レタス、ハムから成るオーソドックスなものであった。しかし形が整い、挟まれた具もよく見えるBLTサンドは非常に高い完成度を誇っており、その見事な出来映えは手に取った二人の食欲をそそった。

 

 絶対美味い。そんな確信と共にセシリアお手製のBLTサンドを口に運ぶ野獣とシャルル。口を開け、がぶりと豪快に頬張った二人は、ゆっくりとそれを味わい──、

 

「ヌッ!?」

 

「っ~~~~~!?」

 

 口の中に広がった強烈な()()に目を見開いた。

 

 甘い。とにかく甘い。何故普通のBLTサンドがこれほどまでに甘いのかと、口には出さないものの困惑する野獣とシャルル。しかしそんな二人など構うものかとばかりに、ガムシロップ顔負けの甘味はねっとりじわじわと口内を蹂躙していく。

 

「ど、どうですか? 私、こういうものを作ったのは初めてでして……その、上手く出来ているでしょうか……?」

 

 上目遣いで恐る恐る尋ねてくるセシリアに、野獣達はどう答えたものかとお互いに目配せを繰り返す。ここでこのBLTサンドを不味いと切り捨てるのは簡単だ。しかし真実は時に人を傷つける。ましてや今は作った本人が目の前にいるのだ。はっきり「不味い」と言ってしまえばセシリアを傷つけることは勿論、自信を失った彼女が今後一切料理をしなくなってしまう可能性もある。

 

「むぐっ……! んぐっ……!」

 

「んっ……! ぅ……うっ……!」

 

 甘すぎるBLTサンドの形をした何かを野獣達は噛み締め、喉の奥へ押し込んでいく。これは楽しいランチタイムなどではなく、最早苦行だ。時間を掛け、ようやく口の中が空っぽになった二人は、大きく深呼吸をしてからその表情に笑みを貼りつけ、告げた。

 

「非常に新鮮で、非常に美味しい(優しい嘘)」

 

「ご、ご馳走さまでした……(震え声)」

 

「うふふっ、良かったですわ! さぁ、まだまだたくさんありますので、どんどん召し上がってくださいまし!」

 

 野獣達の感想に気分を良くしたのか、セシリアは二人にバスケットをずいっと差し出してくる。彼女からすれば善意からの行為なのだが、二人にすればたまったものではない。シャルルなど涙目寸前だ。野獣も当然これ以上は勘弁願いたいため、やんわりとその好意を断る。

 

「いやもう……十分堪能したよ……」

 

「あらそうですの? では次は一夏さんに──」

 

「先輩、シャルル……って、おおっ! 美味そうなサンドイッチだな!」

 

 箒と鈴音という幼馴染み組から逃げるようにやって来た一夏は、バスケットに入った見た目だけは完璧のBLTサンドに目を輝かせた。その様子にこれからの展開が予想出来た野獣とシャルルの口から、「あっ……」と小さく声がこぼれる。

 

「セシリアが作ったのかこれ? 美味そうだな~!」

 

「え、えぇ! 私の特製ですわ! 一夏さんもお一つ如何ですか?」

 

「いいのか? それじゃあ遠慮なく!」

 

 ありがとな、と何も知らない一夏は感謝を口にしつつBLTサンドを手に取り、ぱくりと食する。しかし最初こそ変わらなかった一夏の顔色だが、口を動かすにつれて徐々に青くなっていくのが外野の二人には分かった。今頃彼の舌はあの暴力的な甘さに成す術なく襲われているところだろう。それでも黙って食べ続けるのは、セシリアを傷つけまいとする彼の意地故か。

 

「どうですか? お口に合いましたか?」

 

「ん……そ、そうだな……。ま、まぁいいんじゃないか? 俺はこういうの好きだぜ、うん」

 

 額に脂汗を滲ませながら、精一杯の笑顔と共に答える一夏。完食したことに細やかな達成感に抱く彼であったが、直後に差し出された追撃(おかわり)にピタッとその動きを止めた。

 

「も、もう一夏さんったら……! す、すすす好きだなんて……そ、そこまで仰るなら、もっとたくさん差し上げますわ! さぁ、どうぞ!」

 

「え……いや……あの……」

 

「ICK君もうここは完食しよう!」

 

「完食って……ちょっ!? 先輩!?」

 

 いつの間にか後ろに回り込んでいた野獣に拘束され、一夏は思わず声を張り上げた。すぐさま彼は抜け出そうと身を捩るが、単純な腕力で劣るために逃れることは出来ない。そうこうしているうちにも、BLTサンドは目前まで迫ってきている。

 

「先輩! 何してんすか!? やめてくださいよ本当に!」

 

「暴れるなよ……暴れるなよ……」

 

「さ、口を開けてください? 一夏さん」

 

「くっ、シャ、シャルル! 助け──」

 

「あー今日も学校楽しかったなー。早く帰って宿題しなきゃ(現実逃避)」

 

「シャルルぅうううう!!」

 

 一縷の望みを託したシャルルに見捨てられた一夏に逃げ道は存在しない。そして──、

 

 

 

「ホラ喜べよホラホラホラホラ。ホラクチアケーナ! ホラホラ、ホラホラホラ、ホラホラ、ホラホラ、ホラホラホラ!」

 

「さぁ一夏さん、ゆっくり召し上がってください」

 

「美味しいか? もっと美味しそうに食べろよ~ホラ(鬼畜先輩)」

 

 

 

 地獄の時間が始まった。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 あまりにもレベルが低い。

 

 それがこのIS学園に転校して半日を過ごした、ラウラ・ボーデヴィッヒの感想だった。

 

 ISは兵器。それが軍人であり、ISを運用する軍事組織『黒兎隊(シュヴァルツ・ハーゼ)』の隊長を務めるラウラの考え方である。宇宙開発のためのマルチフォーム・スーツと謳われていようが、兵器として運用されているのであれば兵器なのだ。故に、このIS学園は兵器の使い方を学ぶための場所にも等しい。

 

 にも関わらず、この学園の生徒はそれをまるで理解していない。

 

 この実習のあった午前中、自分達が人殺しの道具ともなりうる物を使っているという意識が、生徒達からは欠片も感じられなかったのだ。中にはISをファッションの何か程度にしか認識していない者もいる始末。何千何万という倍率から選ばれた、それなりのエリートが通う学園と耳にしていただけに、現実に直面したラウラは失望を隠すことが出来なかった。

 

「こんなところに……教官は何故……?」

 

 教官。それはすなわち、織斑千冬。

 

 文字通り絶望の淵にいたラウラを救い出した、彼女にとって神にも似た存在だ。とある事情から部隊で落ちこぼれだったラウラは、当時教官であった千冬の指導によってその実力を伸ばし、隊長の座に返り咲くことが出来たのである。そんな理由からラウラは千冬に絶対の尊敬を抱くようになり、それはついに崇拝に近い次元まで昇華されるに至っていた。

 

「やはり教官にここは相応しくない。あの方にはもう一度ドイツに戻ってもらわねば。だが、その前に……」

 

 そんな独り言を呟き、ラウラはベンチから立ち上がる。その脳裏に過るは、恩師たる千冬の傍に立つ二人の男だ。

 

「織斑一夏……! 田所浩二……!」

 

 ギリリと歯を食い縛り、犬歯を剥き出しにして、ラウラは呪詛を吐くようにその名を口にする。

 

 一人は千冬の栄光を汚した出来損ない。一人は千冬の周りを飛ぶ煩わしい羽虫。

 

 今日出会って、確信した。あれらは千冬には必要ない存在だと。千冬を縛る枷にしかならないと。

 

 排除しなければ。他ならない、自分の手で。

 

 ラウラはそう決意を固めた。

 

「今に待っていろ。貴様らは必ず私が叩き潰してやる……!」

 

 

 

 しかしラウラは知らなかった。

 

 彼女が出来損ない、羽虫と呼んだ二人が、千冬にとってどれだけ大きな存在であるのかを。

 

 彼女が崇拝する千冬が在るのは、果たして誰がいたからなのかを。

 

 そして──彼女が標的と定めた内の一人は、彼女程度では到底敵わない相手であることを。

 

 ラウラは知らなかった。理解しようともしなかった。

 




 話進んでない……進んでなくない? すみません! 許してください!

 ISの二巻は最低でもシャルの場面とタッグマッチの二つが山場かつ見せ場なんで、それ以外はなるべくスムーズにいきたいところさん。チャートという名のプロットをちゃーんと考えつつ、biim兄貴のRTA並みの速度で頑張ります。


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16話 発覚

 三ヶ月ぶりの初投稿です。


 シャルルがIS学園に転校してきて五日が経過した、ある土曜日のこと。一夏を初めとする専用機持ちはアリーナにて、いつもと同じようにISの技能訓練を行っていた。

 

「一夏のISは近接武器しかないんだよね? 遠距離からの射撃戦を仕掛けてくる人と戦うのであれば、やっぱり射撃武器の特性は理解しておいた方がいいと思うんだよね」

 

「あっ、そっかぁ……(納得)」

 

 まだ操縦者としては素人の域を出ない一夏に対し、彼でも分かりやすいように丁寧な説明をしていくシャルル。これまで説明の仕方に癖のある面々からしか教えを受けてこなかった一夏にとって、シャルルのやり方はまさに彼が求めていたものであった。そうなれば必然的にやる気も上がる。これまでで一番の集中力を発揮した一夏は、一言も聞き逃すものかとシャルルの声により一層耳を傾けた。

 

 そして、そんな二人からやや離れたところではセシリア、鈴音、そして訓練機を使う箒の三人が、野獣一人を相手に実戦形式での訓練を繰り広げていた。三対一という、一見すると野獣が圧倒的に不利な状態にいるように思われるが、しかし実際に苦戦を強いられているのはセシリア達三人の方であった。

 

「動くと当たりませんでしょう! あと鈴さん! 私の射線上に入らないでください! 鈴さんごと撃ちますわよ!?」

 

「ちょっと箒、邪魔! そこにいられたらあたしが攻められないでしょうが! どきなさい!」

 

「ええい! 無茶を言うな!」

 

 各人が好きなように動くそこには、連携という単語は欠片も見当たらない。それどころか、お互いに足の引っ張り合いすら起こる始末。この様子には思わず野獣もはぁぁぁ~…………と、クソデカ溜め息をつかざるを得なかった。

 

「あのさぁ……三人共、動きがバラバラ過ぎるんだよね。俺一人倒せないとか情けない有り様、恥ずかしくないの? こんなんじゃ訓練になんないよ~(棒読み)」

 

「い、言いましたわねぇ!」

 

「田所さんとはいえ、今のは聞き捨てなりませんよ!」

 

「あぁムカつくっ! 三人に勝てる訳ないでしょ!」

 

 野獣の安い挑発に三人は見事に乗せられ、単調だった動きが本人達の気付かぬうちに更に単調になってしまう。それを見逃す野獣ではない。「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!」と身構えるや否や、一番接近していた鈴音の懐へと一気に潜り込んだ。

 

「ちょっ!? 速──」

 

双打(そうだ)()

 

 突然のことに避ける暇すらなく、掌底の直撃を受ける鈴音。吹き飛ばされ、勢いのままに地面を滑っていく彼女に箒は思わず声を張り上げた。しかしそこに意識を取られた箒は、長刀を手に突っ込んでくる野獣への対応が僅かに遅れてしまう。

 

「オルルァ!!」

 

「しまっ……ぐっ!?」

 

「ちょっと()当たんよ~」

 

「うぁあああ!?」

 

 初撃は辛うじて防ぐことが出来たものの、続く連続攻撃は流石の箒も捌くことが出来ない。袈裟に一閃、凄まじい速さで振り抜かれた一撃に、とうとう彼女も倒されてしまった。膝をつき、悔しさを噛み締める箒。そして勝者である野獣は最後に残ったセシリアへ、サイクロップスのバイザー越しにその鋭い眼光を向けた。

 

「くっ……やはりヤバい、ですわ(冷静)」

 

「さぁ、代表候補生解体ショーの始まりや」

 

 ニヤリと野獣は不敵な笑みを浮かべ、浮遊するセシリア目掛けて地を蹴る──が、その動きを途中でピタリと止めてしまった。いきなりの中断に何事とセシリアは首を傾げるが、その謎はすぐに氷解する。野獣が動きを止めた直後、ピットからある人物が現れたからだ。

 

「おい」

 

 その人物──ラウラ・ボーデヴィッヒは、シャルルと訓練中だった一夏に向かって口を開いた。

 

「私と戦え。専用機があるのだ、出来ないとは言わせんぞ」

 

「嫌だよ(即答)。お前と戦う理由がない」

 

「貴様になくとも私にはある。第二回モンド・グロッソ決勝戦、あの時のことを忘れた訳ではあるまいな。貴様さえいなければ教官は、大会連覇という輝かしい栄光を手にしていたのだ。私は……貴様を認めない」 

 

 糾弾するかのようなラウラの物言いに、一夏はそっと目を伏せた。第二回モンド・グロッソ決勝戦、その裏で起きた自身の誘拐事件を、一夏は一秒たりとも忘れたことはない。己の無力さ故に起きた、拭い難き記憶だ。

 

「……それでも、俺はお前とは戦わない。そのことと今とは関係ないだろ」

 

「ふん、腰抜けが。ならば戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

 そう言うや否や、ラウラの駆る黒塗りのIS──シュヴァルツェア・レーゲンの肩部に装備されたリボルバーカノンが火を噴いた。凄まじい速度で飛来するその弾丸は、寸分違わず無防備な一夏の顔面へと迫る。

 

 だが、それが一夏に届くことはなかった。

 

「こんなところでいきなり発砲するなんて、随分と気が短いみたいだね。ドイツ少女は暴力のことしか考えないのかな?(偏見)」

 

 一夏の前に立ち、リボルバーカノンの弾丸をシールドで弾いたシャルルは、その手にアサルトカノンを取ってラウラと相対した。音もなく一夏の前に出たこと、弾いた弾丸が周りの者に当たらないよう、適切なシールドの角度を即座に導き出したこと、そして本来ならば一秒程度は掛かる武器の展開を一瞬でやってみせたことから、彼が如何に高い技量の持ち主かが分かるだろう。それでも、ラウラの表情は一つとして変わることはない。

 

「どけ。フランスの第二世代機(アンティーク)ごときが調子に乗るなよ」

 

「あんまりこの機体を舐めないことだね。作られたばかりの第三世代機(ルーキー)よりはずっと速く動けるよ」

 

 お互いに煽り合い、静かに睨み合うシャルルとラウラ。一発触発の空気を漂わせる二人に、専用機持ち達だけでなく、アリーナにいる全員が緊張感にごくりと唾を飲んだ。と、その時だった。

 

『そこの生徒、何をしている! 学年とクラス、出席番号を言いなさい!』

 

 スピーカーからアリーナの監視する教師の声が大音量で響き渡り、緊迫していた空気を打ち消した。外野の干渉に興が削がれたのか、ラウラは小さく舌打ちをし、最後に一夏と、そして野獣をその赤い右目で睨んだ。

 

「織斑一夏、田所浩二、貴様らは必ず私が潰してやる。覚えていろ」

 

 そんな捨て台詞を残し、ラウラはアリーナから去っていく。やがて彼女の姿が完全に見えなくなると、どこからともなく安堵の息がこぼれた。

 

「ふぅ……。一夏、大丈夫?」

 

「あ、あぁ。ありがとな、シャルル」

 

 アサルトカノンを拡張領域(バススロット)にしまい、一夏に振り返ったシャルルは、いつも通りの人懐っこい笑みを浮かべる。間もなくそこに現れた野獣も、二人を心配するように「おっ、大丈夫か大丈夫か?」と声を掛けた。 

 

「ドイツ少女怖いな~。とづまりすとこ」

 

「今日はもう上がろっか? あんなことがあったし、そろそろアリーナも閉まる時間だしね」

 

「おっ、そうだな。色々と勉強になったよ。本当にありがとう、シャルル」

 

 気恥ずかしさを感じながらも率直な気持ちを口にした一夏に、シャルルも「ならよかったよ」と笑顔を返した。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

「ぬわぁああああああああああん疲れたもぉおおおおおおおん!!」

 

「チカレタ……」

 

 アリーナ内にある更衣室に入るなり大声を上げた一夏に、次にやって来た野獣が控えめな声量で呟く。そんな疲労困憊な二人の様子に、後ろから続いて現れたシャルルは苦笑を浮かべた。

 

「もうキツかったですね今日は~」

 

「あぁもう……すっげぇキツかったゾ~」

 

「なんでこんなにキツいんですかねぇ……もぉ~……」

 

 やめたくなりますよ~、特訓、と。愚痴をこぼしながらそそくさとISスーツを脱ぎ始めた一夏に、野獣が「どうすっかな~俺もな~」と便乗する。あっという間に脱ぎ捨てられた野獣のISスーツは激しい特訓のせいか、汗でびしょびしょになってしまっていた。

 

「シャワーでも浴びてさっぱりしましょうよ」

 

「浴びようぜ早くもう」

 

 一夏の提案に全裸となった野獣は荷物の中からタオルを取り出し、早くしろよと言い残してシャワー室に消えていく。そんな彼の後を一夏も早足で追っていった。そして更衣室で一人となったシャルルは、二人が完全にいなくなったことを確認し、やがて大きな溜め息を吐き出した。

 

「本当、疲れたな……」

 

 ポツリと呟いて椅子に腰を下ろしたシャルルは、取り出した制汗作用のあるボディペーパーで、べたつく汗をゆっくりと拭き取っていく。肌を撫でる度に伝わるスッとした爽快感に、固かった彼の表情が僅かに緩んだ。

 

 本当ならばシャルルも野獣達と同様にシャワーを浴びてさっぱりしたい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。万が一、秘密がバレるような事態になれば、そう考えるだけでシャルルの背中を悪寒が走った。

 

「……大丈夫。バレてなんかない」

 

 シャルルのIS学園生活が始まって数日が経過するが、誰もが彼のことを温かく迎え入れている。比較的多くの時間を共にしている一夏と野獣ですら、自身を不信がっているようには思えないのだ。怪しまれている訳がないと、シャルルは自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。 

 

 自分にはしなくてはならないことがある。

 

 それまでは絶対にバレる訳にはいかない。

 

 世界で三番目の男性IS操縦者、シャルル・デュノアを演じ切らねばならないのだ。

 

 押し寄せるプレッシャーを肌でひしひしと感じながらも、シャルルはあらためて決意を固めた。

 

「……よし、とりあえず今は着替えよう」

 

 頬をパンと叩き、勢いよく立ち上がったシャルルは、淀みない手つきで制服をISスーツの上から着込んでいく。そして彼の着替えがちょうど終わった時、シャワー室の方から「あっつ~……」という野獣達の声が響いた。

 

「ビール! ビール!」

 

「先輩、ここは学校なんですからビールなんて冷えてませんよ。……ん、シャルルはシャワーいいのか? 気持ちよかったぜ?」

 

「いや、部屋の方で浴びるよ。タオルとか着替えとか忘れちゃって」

 

 そう言って小さく笑ったシャルルの表情からは、先程まで差していた暗い影は跡形もなく消え去っていた。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

「先輩、夜腹減らないですか?」

 

 学園寮の自室に到着し、それぞれが思い思いの一時を過ごしていた最中、ベッドでくつろぐ野獣へと一夏が不意にそんなことを尋ねた。突然のことに一瞬ポカンと口を開けた野獣だったが、すぐに「腹減ったなぁ」と苦笑いを浮かべる。ちなみに、シャルルは部屋に戻るとすぐさま浴室に向かったため、現在はこの場にいない。

 

「この辺にぃ、美味いラーメン屋の屋台のある食堂、あるらしいっすよ」

 

「あっ、そっかぁ……」

 

「行きませんか?」

 

「行きてぇなぁ」

 

「行きましょうよ」

 

 「じゃけん、夜行きましょうね~」と笑顔の一夏に、野獣は「おっ、そうだな」と頷きを返す。が、その直後、ふと何かを思い出したかのように「あっ、そうだ」と唐突に呟いた。

 

「そういえば、シャンプーがもう切れかけてた気がするゾ」

 

「あっ、確かに。てことは、シャルルに悪いことしちゃったな……。替えのやつなら前に買ってきてるんで、今からちょっと行ってきますね」

 

 そう言ってすぐさま替えのシャンプーを用意すると、一夏は早足で浴室へと向かっていった。そして──数秒後、彼とシャルルの叫びが部屋に木霊した。

 

「うわぁあああああ!?」

 

「ちょっ!? えぇえええ!?」

 

 尋常ならざる二人の様子にベッドから跳ね起き、すぐさま浴室へと駆けつける野獣。そこで彼が目にしたものとは、驚愕のあまり尻餅をついて呆然とする一夏と、女性特有の丸みを帯びた肢体を必死で隠そうとする、顔を赤くしたシャルルの姿だった。

 

「──ファッ!?」

 




 一夏、野獣、シャルルを迫真空手部の三人にした時、一夏が野獣先輩のポジションにいる→野獣先輩織斑一夏説。つまりこの作品には野獣先輩が二人存在する……?

 とりあえず、ようやく二巻もいいところまで到着しました。次でシャルルの話、その次でタッグマッチの前辺り、その次でタッグマッチほんへ、って感じですかね。野獣とラウラが組むと一夏達が勝てなくなるので、そのあたりは上手く調整したいところさん。


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17話 秘密

 成人の日と114514が重なるとはたまげたなぁ……。つまり新成人はホモ(暴論)。


「お待たせ、アイスティーしかなかったけどいいかな?」

 

 ジャージ姿でベッドに腰掛け、俯いたままのシャルルに、野獣は微笑みながらアイスティーの入ったカップを渡す。それを受け取り、一口飲んだ彼──否、彼女は小さく息をつき、ゆっくりと顔を上げた。

 

「えっと……シャルル、なんで男の振りなんてしてたんだ?」

 

 シャルルが落ち着いた頃合いを見計らい、彼女と向かい合うように座っていた一夏がそう切り出した。後ろで立っていた野獣もまた、その言葉に「そうだよ」と便乗する。

 

「……実家から、そうしろって言われたんだ」

 

「シャルルの実家って、確かデュノア社の──」

 

「うん。僕の父さん、つまりデュノア社の社長からの命令なんだ」

 

 アイスティーで少しずつ口を湿らせながら、シャルルは自らの過去と置かれた状況をポツリ、ポツリと語り始めた。

 

 自分はデュノア社社長の愛人の子であること。

 

 今から二年ほど前に実の母を亡くし、父親の元に引き取られたこと。

 

 IS適性が高いことが判明し、非公式ながらデュノア社のテストパイロットをしていたこと。

 

 やがてデュノア社が経営危機に陥ったこと。

 

 第三世代ISの開発に着手するも上手く進まず、デュノア社は政府からの支援金が大幅にカット。欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』の次期トライアルに選ばれなかった場合、援助を完全に打ち切られ、開発許可すらも剥奪されてしまうこと。

 

 男性IS操縦者と偽ればデュノア社の広告塔になれる他、既にIS学園に入学している本物たちとも接触しやすいこと。

 

 そして、それは一夏達の持つ専用機のデータを盗む上で都合がよかったこと。

 

「──まぁ、こんなところかな。色々やろうと考えていたけど、結局一夏と田所さんにはバレちゃったし、僕はきっと近いうちに本国に呼び戻される。そうなるとデュノア社も終わりだ。潰れるか、他の企業に吸収されるかは分からないけど……もう僕には関係ないことかな」

 

 ははは、と乾いた笑いを浮かべるシャルル。彼女は僅かに残ったアイスティーを飲み干すと、一夏と野獣に向かって深々と頭を下げた。

 

「こんな話聞かせてごめんね。それと、今まで嘘をついていたことも、本当にごめんなさい」

 

「……いいのかよ、そんなので」

 

 そんなシャルルの肩を一夏が掴み、顔を上げさせる。揺れるアメジストの瞳に向かって、彼は叫ぶように声を絞り出す。

 

「いや、いい訳がない。こんなのあんまりじゃないか。子供は、親の道具じゃないんだぞ。絶対、絶対おかしいに決まってる……!」

 

「い、一夏……?」

 

 これまで見たことのない一夏の様子に、シャルルは思わず狼狽える。そして傍らに佇む野獣へと視線を移し、尋ねた。

 

「あの、田所さん。一夏、どうしたんですか……?」

 

「……ICKとCHYの両親は、二人が小さい頃に蒸発したんだゾ」

 

 そう短く答えた野獣は、物憂げな表情を浮かべて息をつく。返答を受けたシャルルは一夏の変化に納得すると同時に、内容の予想外の重さに目を見開いて絶句することしか出来なかった。

 

「……悪い、取り乱した。それで、シャルルはこれからどうするつもりなんだ?」

 

「どうするって……まだはっきりとは分からないけど、まずIS学園にはいられないだろうね。今回のことが明るみに出れば、国際IS委員会もフランス政府も黙っちゃいない。国に呼び戻された後は……よくて牢屋行きとかじゃないかな」

 

「……本当にそれでいいのか?」

 

「いいも悪いもないよ。もう僕にはどうしようもないことなんだから」

 

 デュノア社の行ったことは紛れもない犯罪行為だ。社長の命令とはいえ、素性を偽って学園にやって来たシャルルもまた、少なからず罪に問われることだろう。どう考えても先が真っ暗であるという事実に、シャルルは自嘲の笑いをこぼした。

 

 そんな彼女に、一夏はふっと微笑みかけた。

 

「だったら、ここにいればいい。ですよね、先輩?」

 

「そうだよ(肯定)」

 

「……え?」

 

 二人の言葉にシャルルは耳を疑う。ここにいればいいとは、一体どういうことなのか。固まった彼女の前に野獣は生徒手帳のとあるページを開き、「見とけよ見とけよ~」と差し出す。

 

「特記事項第1919、試合を終えて寮へ向かうサッカー部員たちが、疲れからか、不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまった場合、同乗していた一番学年の高い生徒が後輩を庇い、全ての責任を負わなければならない。また、車の主である暴力団員が示談の条件を言い渡してきた場合は、原則としてそれに従うものとする……?」

 

「先輩、違いますよ。確か二一です」

 

「あっ、そっかぁ……(うっかり先輩)」

 

 一夏の指摘に野獣は慌てて別のページを開き直した。そこに記されているのは特記事項の第二一であり、簡潔にすると『IS学園に在学する生徒は、本人の同意がない限り、あらゆる国家・組織からの干渉を受けない』というものだ。つまり、シャルルがIS学園の生徒である間は、外部からの如何なる要求や圧力にも応じずに済むのである。

 

「凄いね。特記事項って結構たくさんあったような気がするんだけど」

 

「先輩とか千冬姉に言われたんだよ。お前は世界で二人しかいない男性操縦者なんだから、自分を守ってくれるルールはしっかり把握しておけって。まさかこんな形で役立つとは思わなかったけどな」

 

 そう言って一夏は苦笑する。が、その後すぐに真剣な面持ちへと戻った。

 

「正直、これは時間稼ぎにしかならない。根本的な解決には全然なってないんだけど、それでも、卒業までの時間があればいいアイデアの一つくらいは思いつくんじゃないか?」

 

「……僕は、まだここにいていいのかな?」

 

「いいに決まってるじゃないか。俺も先輩も、何かあったら力になるからさ。そのときは遠慮なく頼ってくれよ」

 

 優しく語りかける一夏に、野獣もまた「当たり前だよなぁ?」と笑ってみせる。そんな二人の姿は、絶望の淵にあったシャルルにとって何よりも眩しく、心強く映った。じわりと、彼女の目が涙で滲む。

 

「ありがとう一夏、田所さん……!」

 

 今にも泣き出しそうになりながら、シャルルは二人に向かって精一杯の感謝を告げた。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 シャルルの抱える秘密は一夏と野獣に知られた。とはいえ、それで三人の関係や学園生活が変わったかと言われれば、決してそんなことはなかった。シャルルは今現在も男装をして学園に通い、これまでと同じように過ごしており、そしてシャルルの秘密を知った二人もまた同様だった。変化があったとすれば、せめてこれ以上シャルルの秘密がバレないようにと、二人がさりげなく彼女のフォローに努めるようになったこと、ふとした瞬間の何気ないシャルルの仕草に一夏がどぎまぎするようになったことくらいだろうか。なんにせよ、シャルルの秘密はクラスメイトは勿論、彼らがよく行動を共にする箒、セシリア、鈴音といった面々にも気付かれることはなかった。

 

 そんなある日のこと。授業合間に設けられた休み時間に、一夏と野獣は慌ただしく廊下を駆けていた。その理由はトイレだ。IS学園はISの特徴から実質的に女子校であり、男子トイレを作る意味が限りなくゼロに近かった。そのため男子トイレは学園内にたった三ヶ所しか設置されておらず、休み時間中に用を足すためにはトイレへと全力で走り、また全力で走って教室に戻らなければならないのである。

 

「はぁ……。もうちょっとなんとかならないかなぁ……? 女子ばっかりの環境には慣れてきたけど、トイレの度に走るのは流石に疲れるぞ……」

 

「俺たちしかISを動かせる男がいないからね、しょうがないね」

 

 足を動かしつつ不満を口にした一夏を、並走する野獣がそっと諌める。そして、間もなく教室に到着する、というときに、その声は二人の耳に飛び込んできた。

 

「何故こんなところで教師など!」

 

「ん?」

 

 足を止め、声のした方へと向かう一夏と野獣。二人が覗き込んだ曲がり角の向こうでは長い銀髪の生徒──ラウラ・ボーデヴィッヒが千冬に何かを申し立てているようだった。

 

「このような極東の地では教官の能力は半分も生かされません! どうかドイツにお戻りください!」

 

「私には私の役割がある。同じことを何度も言わせるな」

 

「役割? 危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしているような者たち相手に、一体何をするというのです? それとも、あの男たちですか? それこそあなたには相応しくない! 凡人を絵に描いたような、汚点でしかない弟も! ステロイドで肉体を偽る汚物のような男も──」

 

「黙れ小娘」

 

 ぞくり、と。曲がり角から顔だけを出し、チラチラと様子を伺っていた二人の背筋に悪寒が走った。千冬から十メートル以上も離れているにもかかわらず、この迫力だ。二人の予想通り、至近距離でその威圧を受けたラウラは、遠目に見ても分かるほどにガクガクと震えていた。

 

「貴様があいつらをどう思っているかは勝手だ。だがな、もう一度私の前で弟と親友を侮辱してみろ、私は一人の人間としてお前を許しはしないぞ」

 

「わ、私は、そ、そんなつもりでは……」

 

「もう授業が始まる。さっさと教室に戻れ」

 

 千冬に睨まれたラウラは口をつぐみ、逃げるようにその場から走っていった。その背中を見送った千冬は眉間を押さえ、深く深く嘆息する。

 

「……で、お前たちはいつまで隠れているつもりだ? そこでチラチラ見ていたのは分かっているぞ」

 

「いや、覗き見るつもりはなかったんだけど……」

 

「ふっ……まぁいい。ラウラにも言ったが休み時間ももう終わりだ。早く戻らないと間に合わんぞ」

 

 ばつの悪そうな顔をしながら姿を現した一夏たちに、千冬はにやりと小さく笑みを浮かべる。そんな彼女に二人は頷くと、早足でそそくさとその場から立ち去っていく。

 

 そんなとき、野獣だけが何かを思い出したように「あっ、そうだ」と呟き、足を止めて振り返った。

 

「千冬」

 

「なんだ?」

 

「ありがとう」

 

 その言葉に千冬の動きがピタリと止まった。目を見開き、珍しく感情を露にした彼女に対し、野獣は気恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「いやさ、さっき怒ったのってBDWGが俺とICKのことを言ったからじゃん。これはもうお礼の一つや114514つくらい言わないと足りないかなって」

 

「……別にお前や一夏のために言った訳ではない。それと、そんなことを言っている暇があるならさっさと教室に行け。遅刻しても私は知らんからな」

 

「おっ、そうだな。遅れたらYMD先生に怒られちゃうよヤバイヤバイ……」

 

 先程までの真面目な表情はどこへやら、いつものへらへらとしたお調子者の笑みを浮かべ、野獣は教室の方へと向かっていった。やがて彼の背中が見えなくなると、今度こそ千冬は廊下に一人だけとなる。

 

「ありがとう、か……。いくら感謝しても足りないのは私の方だよ、野獣」

 

 一人残された千冬は既に見えなくなった親友の台詞を思い出し、その表情を綻ばせた。

 




 ボーデヴィッヒってTDN表記だとBDWGになるんですよねぇ(wiki参照)。まぁ多分次回呼ぶときにはLURになるからええやろ。


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18話 VS黒雨

 オッス(Z戦士)。およそ半年ぶりの初投稿です。


 静寂に包まれる第三アリーナ。その中心には四人の人物がいた。

 

「……」

 

 その中の一人は先日転校してきたドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒである。黒を基調とした専用機、シュヴァルツェア・レーゲンを纏う彼女は、その冷たい右目で地に伏した少女二人と、その前に立ちはだかる男を見下ろしていた。

 

「田所、浩二」

 

「田所さん……」

 

「先輩……」

 

 ラウラ、そして満身創痍のセシリアと鈴音がその名を口にしたのは、奇しくも全く同時であった。

 

「──怒らせちゃったねぇ、俺のことね」

 

 後ろの二人を一瞥した野獣は、宙に立つラウラを睨みつける。口からこぼれたその言葉には、確かな怒気が滲んでいた。

 

「おじさんのこと本気で怒らせちゃったねぇ!」

 

「ふっ……いいぞ、その顔だ。いつもヘラヘラと笑っている貴様の表情が歪むのは存外に愉快だぞ、田所浩二」

 

 にやりと口角を上げ、嘲笑するラウラ。その直後、アリーナのゲートから二つの機影が姿を現した。

 

「先輩! セシリア! 鈴!」

 

「二人共、大丈夫!?」

 

 野獣より少々遅れてアリーナに降り立ったのは、一夏とシャルルである。二人は地面に倒れ伏すセシリア達を起こすと、そのままキッとラウラを見上げた。

 

「なんで……なんで必要以上に攻撃した!? ただ倒すだけなら、ここまで痛めつけることはなかっただろ!?」

 

「必要ならあったさ。そいつらは言わば貴様らを引きずり出すための餌だ。身内が傷つけられたとなれば、いくら貴様らとて私を無視することは出来ないだろう?」

 

「っ、てめぇえええ!!」

 

 ラウラの真意を理解した一夏は、沸き立つ怒りのままに飛び掛かろうとする。が、そんな彼を野獣は「あっ、おい待てぃ(江戸っ子)」と制止した。

 

「先輩! 止めないでください! 俺はあいつを倒さなきゃいけないんです!」

 

「まま、そう焦んないでよ。そもそもCCLAとRNを一人で倒した奴に、一夏じゃちょっと荷が重いゾ」

 

「……じゃあ、どうしろって言うんですか?」

 

 正論を説かれ、少しだけ頭を冷やした一夏だが、依然としてその怒りは燻っている。そんなしかめっ面の彼に対し、野獣はいつものようにふっと笑いかけた。

 

「大丈夫だって安心しろよ~。BDWGは俺に任せてくれよな~、頼むよ~」

 

「なっ、無茶ですよ! さっき俺に言ったじゃないですか!?」

 

「うん、まぁそうなんすけど──」

 

 そこで野獣は言葉を区切り、その表情を切り替える。

 

「頭にきてるんだよな~俺もな~」

 

 その真剣な面持ちと鋭い眼光に、四人の背中を悪寒が走る。直近にいた一夏とシャルルなど気圧されたあまり、思わずその場から後退ってしまった。

 

「じゃ、CCLAとRNはよろしくぅ!」

 

 笑顔とサムズアップを残し、野獣はサイクロップスに乗って空へと飛び立っていく。一夏やシャルルにはその背中を見送ることしか出来なかった。

 

 やがて、戦闘が始まる。

 

 先手を取ったのは野獣だ。視線の先で不敵に嗤うラウラに狙いを定め、バイザーから荷電粒子砲を放った。ラウラはこれを回避、そのまま流れるようにリボルバーカノンの照準を、距離を詰めてくる野獣に合わせた。

 

「消えろ」

 

 轟音と共に飛来する砲撃を、野獣は立て続けに放った荷電粒子砲で撃ち落とす。生まれた爆発に見えなくなる二人のISは、黒煙が晴れる頃にはそれぞれ近接戦闘へと移行していた。野獣は拳を、ラウラはプラズマ手刀を構え、ぶつかり合う。

 

「オルルァ!!」

 

「はぁあああああああ!!」

 

 繰り広げられる激しい格闘の応酬を、一夏達ギャラリーは固唾を飲んで見守った。攻めと守りがひっきりなしに入れ替わり、両者の間には火花が絶えず飛び散る。お互いに全く譲らない二人の戦いは、更に熾烈さを増していった。

 

「お前なかなか……耐えるじゃねぇか(称賛)」

 

 一進一退の攻防の中、野獣は相対するラウラの実力に目を見張った。現役の軍人であること、そしてセシリアと鈴音の二人を単独で撃墜したことから、油断していい相手ではないと踏んでいた野獣だったが、その怒濤の連続攻撃と反応速度には思わず舌を巻く。

 

「くっ……! この私が、攻め切れないだと……!?」

 

 しかしそれはラウラも同様だ。たかがISに乗って数ヶ月のルーキーごとき簡単に墜とせる、そう考えていたというのに、蓋を開けてみれば一瞬たりとも気を抜けない状況に陥っているのである。

 

 彼女は知らなかった。目の前の男が入学試験の際、初代世界最強(ブリュンヒルデ)たる千冬と114514秒に渡るISバトルをしたこと。そして学園最強の生徒会長を勝利する寸前まで追い詰めたことを。

 

 驚愕。焦燥。そして憤怒。

 

 自尊心故か、時間と共に込み上げてくる激情に犬歯を剥き出し、ラウラはがむしゃらにプラズマ手刀を振り回した。

 

「女の子みたいな手ぇしてんな」

 

 が、それは悪手。精細を欠いたラウラの攻撃は呆気なく野獣に受け止められてしまう。そして──、

 

「YOォ!!」

 

「ぐあっ!?」

 

 間髪入れず、もがくラウラの頬に野獣の鉄拳が突き刺さった。その凄まじい衝撃に脳を揺さぶられ、意識を半ば刈り取られながら、ラウラはアリーナの地面に叩きつけられる。辛うじて失神を免れたのは、単にISの搭乗者保護機能のおかげだろう。

 

「がっ……! ぐぅ……!」

 

「よぉ、ドイツの嬢ちゃん……もう終わりか?(強者の余裕)」

 

 ふらつきながらも立ち上がったラウラを見下ろす野獣は、意趣返しとばかりに挑発的な笑みを浮かべる。彼女のプライドを刺激するには、それで十分だった。

 

「舐めるな! 田所浩二! ここからは本気で貴様を潰してやる!」

 

 眼帯を外し、黄金色に輝く左目で野獣を睨みながら、ラウラは声を張り上げた。地を蹴って飛翔した彼女は右手を突き出し、シュヴァルツェア・レーゲンの切り札を発動させる。

 

「あれは……!」

 

「まずい! 先輩避けてっ!」

 

 そう叫ぶのはラウラを狙いを察したセシリアと鈴音である。二人の声を受け、素早くその場から後退しようとする野獣であったが、それよりも早くラウラの切り札が襲いかかった。

 

 アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。略称、AIC。

 慣性を停止させる結界に捕らわれた野獣は、縫いつけられたようにピタリと動きを止められてしまう。

 

「ファッ!?」

 

「フハハハハハハハハ! どうだ! これこそがシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界! こうなったが最後、貴様は私に嬲られる人形も同然だ!」

 

 勝ち誇ったように哄笑するラウラはプラズマ手刀と六本のワイヤーブレードを展開し、ゆっくりと野獣に近付いていく。

 

「私を散々虚仮にしてくれた礼だ、じわじわと追い詰め、惨めな敗北を味わわせてやろう。絶対的な負けをその身に刻み、自らの愚かさを呪うがいい! そして──」

 

 そこでラウラは、野獣から離れた位置で立ち尽くす一夏に視線を移した。

 

「次は貴様だ、織斑一夏。教官の輝かしい栄光を無に帰したこと、必ず後悔させてやる。精々、怯えて待っていることだな」

 

「……そうかよ。なら俺からも一つだけ言わせてもらうぜ」

 

 にやりと、一夏は笑った。

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……何?」

 

 ラウラが眉をひそめたその瞬間、その小さな体が吹き飛んだ。

 

「なっ──!?」

 

 この戦闘中、何度目かとなる驚愕にラウラの頭は真っ白になる。どうにか体勢を立て直し、顔を上げた彼女は、何事もなかったかのように悠然と浮遊するその男に絶叫した。

 

「何故だ!? AICは一度でも捕まれば逃れることは出来ない無敵の結界だぞ!? 一体何をした!?」

 

「出ようと思えば(王者の風格)」

 

 あっけらかんに言い放つ野獣にラウラは言葉を失う。と、そのとき、彼女の左目──『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』が、野獣の四肢を覆う装甲から膨大なエネルギーの残滓を感じ取った。

 

「まさか……圧縮したエネルギーを解き放つことで、強引に拘束を破ったのか!? そんな馬鹿なこと、出来る筈が……!?」

 

「ベストを尽くせば結果は出せる、はっきり分かんだね」

 

 話は終わりとばかりに野獣はスラスターを噴かせ、絶句するラウラへと突っ込む。我に返ったラウラもまた即座にワイヤーブレードを操り、迎撃の姿勢に入る。三次元的な動きで様々な方向から迫るワイヤーブレードだが、野獣はその挙動を冷静に見抜いていた。

 

「ちぃ! ならば!」

 

 ワイヤーブレードでは止められない、そう悟ったラウラはAICを発動せんと右手を掲げ──直後、荷電粒子砲による妨害を受けてしまう。絶大な効果を発揮する反面、相応の集中力を必要とするAICは、たったそれだけのことで無力化された。

 

「くっ、そぉおおおおおお!!」

 

 最早、野獣はラウラの目の前まで迫ってきている。リボルバーカノンも、ワイヤーブレードも、切り札のAICすら使えないこの状況で、彼女に残された武器はプラズマ手刀のみだ。

 

「お前には正義の鉄槌でその腐った心を矯正してやる!!」

 

「私を、舐めるなぁああああああ!!」

 

 振りかぶられた拳とプラズマ手刀、二人による渾身の一撃がぶつかり合う。

 

 そして砕けたのは──ラウラの方だった。

 

「っ……! そんな……!?」

 

 パキィィン、という甲高い音にラウラの両目が見開かれる。

 

 その決定的な隙を、野獣は見逃さない。

 

「ホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラァ!! †悔い改めて†」

 

 嵐のような拳の乱打がシュヴァルツェア・レーゲンの装甲を砕き、破り、吹き飛ばす。なす術なく蹂躙され、空中に投げ出されたラウラは重力に引かれ、墜ちていく。

 

「(──何故だ)」

 

 呆然となるラウラの脳内を、『何故』の二文字が埋め尽くしていく。

 

「(私が、負けるというのか? こんなところで……)」 

 

 徐々に遠ざかっていく野獣。自らを見下ろす彼と目が合った瞬間、彼女はギリリと歯を食い縛った。

 

「(まだだっ! 私は負けられない! 負ける訳にはいかないのだっ!)」

 

 朦朧とする意識の中、ラウラは何かにすがるように手を伸ばした。

 

 そんな彼女に、悪魔が囁く。

 

 ──汝、力を欲するか……? 比類なき力を……?

 

「あぁ……! 寄越せ……! 奴を倒すための力を、私に寄越せぇ!!」

 

 声にラウラは応え、虚空へと吼える。

 

 その瞬間、電流が迸った。

 

「ああああぁああああああぁああああ!!」 

 

 突如として悲痛な絶叫を上げたラウラに、野獣だけでなくアリーナにいた全員が目を見開く。そして彼、彼女らが見つめる前で、シュヴァルツェア・レーゲンが再構成を開始する。どろどろに溶け、泥のようになったそれは、操縦者たるラウラをも飲み込み、ゆっくりと形を成していく。

 

「あれは……!?」

「うせやろ……?」

 

 その正体に気付いたのは一夏と野獣の二人のみ。やがて立ち上がった漆黒のISはその手に近接ブレードを握り、再び野獣の前に浮かび上がった。

 

『──ぼくひで』

 

 世界最強(ブリュンヒルデ)を模した人形が、ここに産声を上げた。



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19話 VTシステム

 8101919に間に合わなかった非力な私を許してくれ……(DRB)


 ラウラを飲み込んで顕現した漆黒のISと対峙する野獣は、その正体を一目で見抜いていた。

 

 正式名称ヴァルキリー・トレース・システム。頭文字を取り、VTシステムとも呼称されるそれは、過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムだ。しかし現在ではIS条約で研究、開発、使用の禁止されているものでもあった。

 

 一体如何なる経緯でもって、そのようなVTシステムがラウラのISに搭載されていたのか、思考する野獣だったが、彼はすぐにそれを打ち切った。分からないことを考えても仕方がない、今はこの場を切り抜ける方が優先だと、深呼吸と共に意識を切り替える。

 

 目の前に佇むISは、野獣もよく知っている機体であった。カラーリングが黒一色の塗りつぶされていようが、操縦者が顔のない泥のマネキンであろうが、そのISを間違えることなどあり得ない。

 

 機体の名前は、暮桜。

 

 操縦していたのは第一回モンド・グロッソにおける近接格闘部門のヴァルキリーにして総合部門優勝者、世界最強(ブリュンヒルデ)の二つ名を世界で最初に手にした最高のIS乗り、織斑千冬である。

 

「どうすっかなぁ~、俺もな~」

 

 軽口を叩く野獣だがその表情は真剣そのものだ。何せ、彼の前に立つのは紛い物とはいえ世界最強のISなのだから。

 

 そして、暮桜が動く。

 

 第一手として放たれたのは、比較的オーソドックスな袈裟斬り。しかしVTシステムによって再現された暮桜の斬撃は、凡百のIS操縦者を遥かに凌駕する速度を持っていた。一撃目、そして続く二撃目、三撃目の攻撃を野獣が躱すことが出来ているのは、単に千冬というIS操縦者を見続けてきたからに他ならない。

 

『僕もしゅる^~』

 

「おっぶぇ!?」

 

 だが、それでも追い詰められていく状況に、野獣は一か八か、全力での後退を試みる。スラスターを最大出力で噴かし、離脱する直前、暮桜の刀身が彼の肩を斬り裂いた。

 

「オォン!?」

 

「先輩!」

 

「田所さん、大丈夫ですか!?」

 

「アーイキソ……」

 

 傷を負いながらも撤退に成功した野獣のもとに、後方で待機していた一夏とシャルルは即座に駆けつける。

 

「先輩、やっぱりあれって……」

 

「ヴァルキリー・トレース・システム、つまりCHYの偽物ゾ。本物に比べればお粗末な出来でも、戦闘力はかなり高めっすね……」

 

 「やはりヤバい」とあらためてVTシステムの恐ろしさを認識する野獣。一方の一夏はその目に怒りを滾らせ、暮桜のことを睨みつけていた。

 

「くそっ、ふざけた真似しやがって!」

 

「い、一夏……?」

 

「あの野郎は、何も分かっちゃいない……! 千冬姉がどんな思いで、どんな覚悟で技を磨いて、剣を振るっているのかを……! あんな人形が形だけ模倣して、千冬姉の心を蔑ろにしてるのが、気に食わねぇんだよ!」

 

 ギリィと音の鳴るほど強く、一夏は奥歯を食い縛る。今にも飛び出してもおかしくない彼の姿に、しかしシャルルは冷静に言葉を選んで呼び掛ける。

 

「でも一夏、一人で挑んだって勝ち目はないよ。いくら偽物でも、相手はあの織斑先生なんだよ?」

 

「そのくらい分かってる。けど、だからって放っておく訳にはいかないんだ。もしあいつが見境なしに暴れ始めたら、とんでもない被害になっちまう」

 

「そうだよ(便乗)。それに飲み込まれたBDWGもどうにかしないと(使命感)」

 

 VTシステムは乗り手に関係なくヴァルキリーの動きを再現するため、戦力増強の面から見れば優れたシステムだと言える。だが、あくまで乗り手は乗り手であり、本来ならば不可能な動きすらシステムによって強制的に可能にさせられるため、肉体に掛かる負荷は尋常なものではないのである。況してや、このVTシステムが再現したのは世界最強のIS乗りたる千冬だ、軍人とはいえ代表候補生のラウラが許容出来るものではない。

 

「……先輩、シャルル、どうにかしてあいつの隙を作ってもらえませんか? 一太刀与える隙さえあれば、零落白夜で決められる筈です」

 

「あっ、いっすよ(快諾)」

 

「うん。それが一番有効なやり方だろうね」

 

 エネルギー無効化攻撃、零落白夜。いくら千冬を再現したシステムとはいえ、エネルギーを全て消滅させられては止まるしかない。この場にいる三人の中で唯一の決定打を持つ一夏の提案を、二人が断ることはなかった。

 

「先輩、エネルギー残量は大丈夫ですか? 僕のリヴァイヴならコア・バイパスで先輩にエネルギーを移せますけど」

 

「いいっすかぁ?」

 

 シャルルの専用機、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡから一本のケーブルが伸び、サイクロップスに接続される。シュヴァルツェア・レーゲン、そして暮桜との連戦により110弱まで消費されていたシールドエネルギーが、これにより安全圏まで回復する。

 

「……よし、終わりました!」

 

「ありがとナス! それじゃ、イクゾォオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 エネルギーの譲渡を終えるや否や、野獣は近接ブレードを手に勢いよく飛び出した。そんな彼を暮桜は真っ向から迎撃する。それぞれの構える得物が激しくぶつかり合い、甲高い金属音を響かせた。

 

「──炎刃、全開!」

 

 野獣が唱えた直後、ブレードから激しい炎が吹き出す。至近距離で突如放たれた猛火には、流石の暮桜も不意をつかれて動きを鈍らせる。たった一瞬、しかしその隙は野獣が一撃を入れるに十分な時間だった。

 

『アツゥイ!』

 

「うるせぇ(無慈悲)」

 

 斬撃を受けた横腹が燃え上がり、暮桜からノイズの入った悲鳴が上がった。しかし野獣は更なる連撃を叩き込むことで、その声を強引に黙らせる。

 

『う~! う~、あついゆ~』

 

 仕切り直しのためか、燃え盛る炎から一旦距離を取ろうとする暮桜。だがその寸前、脚部にシャルルのアサルトカノンが直撃した。ぐらりとバランスを崩したところに、逃れようとした野獣の刃が迫る。

 

『ああ逃れられない!』

 

「じっとしろお前! 逃げられねぇぞお前!」

 

「悪いけど、このまま押し切らせてもらうよっ!」

 

 前衛を務め、暮桜の攻撃を引きつける野獣と、後衛として彼をアシストしつつ、正確な射撃で取れる選択肢を潰していくシャルルのコンビネーションに、暮桜は一方的な戦闘を余儀なくされる。

 

 暮桜の前に立っているのが野獣でなければ、またはVTシステムが織斑千冬という操縦者をより高いレベルで再現出来ていれば、この状況が生まれることはなかっただろう。織斑千冬という操縦者があまりにも規格外であったが故に、システムでは彼女を完全に再現することが叶わず、また本物の千冬をずっと見守り、細かな癖や戦い方を知っている野獣だからこそ、拮抗した戦いを繰り広げることが出来ているのである。無論、彼を手助けするシャルルの力も大きい。

 

『おじさんやめちくり^~』

 

「おじ↑さん↓だと? ふざけんじゃねぇよお前! お兄さんダルルォ!?」

 

『あー痛い痛い痛い!!』

 

 声を荒らげる野獣の剣が、拳が、黒塗りの体に連続で叩き込まれた。身を捩らせ、ふらつきながら後退る暮桜に、今度はシャルルの銃撃が牙を剥く。雨霰のように降り注ぐ弾丸に、暮桜は堪らず絶叫を上げた。

 

『痛いんだよぉおおおおおおおおおおお!!』

 

 轟く咆哮が大気を叩き、ビリビリと震え上がらせる。その迫力を正面から受けたシャルルは思わず怯んでしまい、引き続けるトリガーから指を放してしまった。絶え間ない銃弾の雨に生まれる空白を一瞬で駆け抜け、暮桜は野獣のもとに至る。

 

 上段の構えから放たれる振り下ろし、それは現役時代における千冬の切り札であった。瞬時加速(イグニッション・ブースト)零落白夜(ワンオフ・アビリティー)の二つを組み込んだこの攻撃は、ありとあらゆる相手を文字通り一撃で倒してきた。

 

 そんな必殺の一手に対し、野獣は──笑っていた。

 

「こ↑こ↓」

 

『!?』

 

 恐るべき速さで伸ばされた野獣の手が、ブレードを握る暮桜の腕部を掴む。圧倒的な膂力で掴まれた腕は、あたかも固定されたかのように動かない。当然、剣など振り下ろせる筈がなかった。

 

 野獣は知っていた、千冬の切り札を。

 

 そしてそんな彼女の偽物であるVTシステムなら、トドメには必ず繰り出してくることを読んでいたのだ。

 

「カスが効かねぇんだよ!(無敵)」

 

 力業で暮桜を止めた野獣は間髪入れず、がら空きの腹部を蹴り飛ばす。そのまま拳を固く握り締め、立て続けに振り抜いた。

 

「邪拳・夜逝魔衝音──!!」

 

『ヴォエ!?』

 

 野獣渾身の一撃で顔面を殴り飛ばされた暮桜はふっと宙を舞い、ズザザザッと勢いのままに地面を滑る。ボロボロとなり、起き上がることすら儘ならなくなった様子の暮桜に、野獣は後方で準備していた一夏へと振り返る。

 

「──いきます!」

 

「オッスお願いしま~す」

 

「お願い! 一夏!」

 

 野獣とシャルル、二人の声を受け、一夏はスラスター全開でよろめく暮桜へと突進する。小さく音を立てて刀身が変形し、放出されるエネルギーで新たな刃が構築される。

 

 単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)、零落白夜。

 

 あらゆるエネルギーを無効化する必殺の一閃が、暮桜をブレードごと斬り裂いた。

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛も゛う゛や゛た゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』

 

 醜い断末魔を残し、維持することが出来なくなったVTシステムは、まるで溶けるように消えていく。残されたのは囚われたラウラであり、意識のない彼女はISを纏う一夏の胸に力なく倒れ込んだ。かなり憔悴しているが息はある、その事実に一夏はひとまず安堵した。

 

「……ま、色々あったけど、とりあえずチャラにしてやるさ」

 

 自らに抱き止められて眠る少女に、一夏は口角を微かにつり上げた。

 



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