Girls und Panzer ~Falling down Anchovy~ (ROGOSS)
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Good girl Anchovy

初めまして。
アンチョビがもし、自分のなしたことに満足してなく、やり直しの機会を得たらどうなるのか?と思い書いています。
アンチョビが闇落ちしますので、苦手な方はブラウザバックお願いします。


 試合に負ければ悔しいし、負けても笑顔を浮かべてチームメイトを励まし続けるのだって限界がある。それでも私はやめない。私の使命は今いる学校を強くすること。そのために多くの条件をのんでもらい、スカウトしてもらったのだから。

 私は今日もこう呟く。

 

「アンツィオは弱くない。いや、強い」

 

〇 〇 〇

 

「姐さん、姐さん!」

 

 激しく体を揺すられ、アンチョビは眠りの世界より覚醒した。

 まだ僅かに寝ぼけいていることが自分でもわかるが、後輩達の手前、シャキッとしなければならない。アンチョビは除き窓から、肺一杯に新鮮な空気を吸い込み完全に目を覚ました。

 

「あぁ……どうやら寝てしまっていたようだな」

「おはようございます、統帥(ドゥーチェ)。よく眠れましたか?」

「そうだな。すまない、運転を任せているのに」

「いいっスよ。今日は姐さんの晴れ舞台なわけだったし。疲れてたんスよね」

 

 ペパロニがアンチョビの顔を見ることなく言う。

 アンチョビは自分の胸に付けられている桜の花びらを見ると、思わず涙を流したくなる衝動に襲われた。

 今日はアンツィオ高校の卒業式。アンツィオ高校戦車道を立て直し、残念な性能の戦車をフル活用して、一回戦突破という偉業を成し遂げたアンチョビのアンツィオ高校で過ごす最後の日だった。

 カルパッチョもペパロニも口には出さないが何を考えているかを、アンチョビは手に取るようにわかった。

 

「いやー、卒業証書授与の時に、コケちゃうあたりが姐さんらしいっスよね」

「なんだそれはー!」

「落ち着いてください、統帥(ドゥーチェ)。会場で爆笑の嵐が起きてしまった事実は変えられないのですから……」

「うぅ……何たる不覚」

 

 ペパロニが運転するCV33が停車する。

 豆タンクに定員オーバーの3人で乗るなど常識外のことだが、何も今日が初めてのわけではなかった。

 ハッチから顔を出し、改めて胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。ゆっくりとあたりの風景を見回しながら、今日で最後かなどというセンチメンタルな感傷に浸った。

 

統帥(ドゥーチェ)、皆待っていますよ。早くいきましょう」

「早く行かないと、何にも残ってないかもしれないっスよ」

「おいおい……今日は私が主役だろ? まったく、アンツィオは素直すぎる」

 

 その素直さにどれだけ泣かされ、またどれだけ慰められてきたことか。両親の反対を押し切ってアンツィオ高校へとやってきた手前、結果を残さねばならなかった。最終的には不甲斐ない結果しか残せなかったが、アンツィオへやってきて後悔はしてない、とアンチョビは自分に言い聞かせていた。本当ならば、もっと上位へと行き勝つ喜びを共有したかったが、今となっては後の祭りだ。何をしても言っても意味はない。アンツィオへ来たことへの後悔はないが、アンツィオでしてきたことでの後悔はあった。

 

「おや……安斎さん」

 

 突然声をかけられ、アンチョビはため息をついた。誰なのか想像することは容易だった。その特徴的なハスキーボイスを聞き間違えるはずがない。

 

「どうしたんだ、クアトロ。とっくに祝賀会に行っていると思っていたぞ」

「私は誰さん達とは違って食い意地を張るつもりはないからな」

 

 クアトロこと久遠知代(くおんともよ)はゆっくりとアンチョビへと近付いて行った。

 彼女も三年であり今日でアンツィオを去る身だった。彼女はアンツィオの中でも珍しく、勝ちにこだわる性分だ。それゆえに、負けても仕方がないなどという煮え切らない態度をとるアンチョビとは、しばしばぶつかることがあった。

 

「結局、何も変えられなかったじゃあないですか、隊長。勝ちに誰よりも拘っていたのはアンタのほうだろ?」

「なんだと?」

「仲良しこよしで勝てるほど戦車道は甘くない。一番わかっているはずなのに残念だよ。アンタは無能だった、それをこの三年で証明したわけだ。まったく、とんだ茶番に付き合わされたよ」

「クアトロ! 姐さんに今、なんて言った!」

「待て、ペパロニ!」

 

 アンチョビの静止を振り切り、ペパロニがクアトロへと駆け出していく。

 犬猿の仲の二人が喧嘩を始めたことで、先程までの感傷に浸っていた気持ちは既にどこかへ消えていた。今はただ、これ以上騒ぎを大きくせずに収めることしか頭にない。余計な騒動のお陰で、戦車道の活動が停止されなどしたら笑い話にもならない。

 

「やめろ二人共っ!」

統帥(ドゥーチェ)!」

 

 ぺパロニを追って車内から飛び出したが、なぜかカルパッチョの悲痛な叫び声が聞こえる。

 何をそんなに焦ったように……振り返り、口にしようとしたアンチョビの体に衝撃が走った。今まで体験したことのないような、強烈な圧力がかかる。視線を左に向けると驚いた顔をしたトラックの運転手の顔が目に入った。

 あぁ、私は今、不注意にも車道に飛び出したあまりにトラックに轢かれているのか。これで私の人生も終わりか。

 不思議とこれから起きることに対しての恐怖は一切なかった。しいて言うならば、何も残すことのできなかった自分を恥ずかしいと思うだけであった。

 数秒後、潰れたトマトのように道路へ叩きつけられたアンチョビの姿を見た誰もが悲鳴を上げた。

 

〇 〇 〇

 

「ん……?」

 

 記憶が混濁している。甘い香りがする。

 

「ここは……?」

 

 目はしっかり開いたはずだ。だが、広がっていく空間はただの闇であった。

 恐怖心はない。自分はなぜここにいるのかはわからないが、ここにいるべくしているのだという強い確信があった。

 

「まるで死んだ後の世界みたいだな」

 

 そう小さくつぶやくと、目の前にボウッと白い影が現れた。ハッキリと姿を捉えることができないが、特徴的なツインテールとマントのようなものを羽織っていることをかろうじて認識することができる。

 

「誰だ?」

『私が誰なのかはどうでもいい』

 

 声は聞こえない。直接脳内に相手の言わんとしていることが文字として流れ込んでくる。

 

『後悔があるだろう?』

「あぁ……そうだな」

『やり直させてやろう』

「やり直す? どうやって」

『取引さ。お前の一番大切なものをもらう代わりに、やり直すことのできるチャンスを与える、対等だろ?』

「一番大切なもの……それはいったい?」

『やればわかる』

 

 アンチョビの返事を聞かずに影は何かをブツブツと唱え始めた。世界が歪んでいく。黒の世界が赤や白、黄色など様々なグラデーションに塗られてはすぐに塗り替えられる。

 

『さあ、行くんだ。私は私の大切なものを取り戻したから』

 

 アンチョビの意識がスッと消えるまでに数秒とかかることはなかった。

 



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Change the girl

記念すべき2話目となります。
性格改変ものなので、というか闇落ち(?)なのでまったくの別人じゃないか!と思われるかもしれませんが、ご容赦ください。


統帥(ドゥーチェ)! 統帥(ドゥーチェ)!」

「ん……」

「起きてください、統帥(ドゥーチェ)!」

 

 体を激しく揺すられ、アンチョビは目を覚ました。慣れ親しんだ振動が体全体に伝わってくる。アンチョビを起こしたのは、幾度となく共に戦場を駆け巡ったCV33のドライバーだった。まだ2年生だが、ペパロニにも劣らないドライビングテクニックを持っていることで、アンチョビ自らが、隊長車の操縦手へと指名したのだった。

 

「あぁ……すまない、カプレーゼ」

「良かった……統帥(ドゥーチェ)、状況は最悪です。このままでは押し切られてしまいます」

「……は?」

「ですから、状況は最悪です。先程、先遣隊として派遣したCV33部隊が撃破されました。後方に待機させているセモベンテのことも気がかりです」

「ちょ、ちょっと待て! 今は……何をしているんだ?」

「……寝ぼけているのですが、統帥(ドゥーチェ)? 今は兼ねてより進められてきたプラウダ高校との練習試合中ですよ」

 

 プラウダ高校との練習試合中……?

 アンチョビは低く唸る。

 前にもどこかで似たような状況になった気がする。こういうのを確か、そうデジャヴと言うのだったな。

 カプレーゼはアンチョビが黙りこくったのを訝し気に見つめながらも、CV33を発進させた。場所は山岳地帯らしく、所々に森や崖といったものがあり、道路状況は最悪と言える。

 

「カプレーゼ、今日は何月何日だ?」

「2月17日ですよ」

 

 まさか……まさか、そんなことが。

 忘れもしない日付だった。2月17日プラウダ高校との練習試合。ここまでのキーワードが揃えば、もはや疑いようもない事実だということを受け入れることしかできなかった。

 この日の練習試合で、アンツィオは予想通りプラウダに完敗する。そのことをわざわざからかいに来たカチューシャとペパロニとの間で喧嘩が起こり、クアトロのおかげで何とかその場を鎮めることはできた。しかし、クアトロはアンチョビに対してこれ以上負けを重ねぬようアンツィオの方針を改めるように打診してきたが、アンチョビそれを黙殺したのだった。勝つことよりも、まずは楽しむことを優先した結果だった。それからだった。クアトロが完全にアンチョビを軽蔑するようになり、練習にも試合にも出なくなったのは。

 この日はまさに、アンツィオの未来を変えることとなった日なのだ。

 同じことを繰り返している? 私は過去に戻ってきたのか? なぜだかわからないが、ならば今度は同じ道を行かないように努力しなくては……。元を辿れば、カチューシャとペパロニの喧嘩が発端である、その喧嘩の原因がアンツィオが負けたことだとするのなら……ここで勝てば、未来は変わる可能性が十分にあるということ。

 

「カプレーゼ……」

 

 声が掠れる。喉がカラカラに乾ききっていた。

 戦車道を楽しむのではなく、勝つことを優先する。私は今、中学時代の頃と同じことをしようとしている。それでいいのか?

 悩みは数秒で掻き消えていた。なぜかはわからないが、仲間に対して優しくしなくてはいけないという感情が一切ない。勝つためなら、どんな手段をとってもいいという囁きが段々と大きくなっていく。正しいことをやっているのだ、と自己肯定感が堰を切るように流れ出してきた。

 

「私は、勝つための戦車道をやらなければいけない」

統帥(ドゥーチェ)……?」

「通信機を」

「は、はい」

 

 アンチョビの呟いた言葉にカプレーゼは驚きながらも、アンチョビに通信機を手渡した。アンチョビは乱暴にそれを受け取ると、全車に向けて通信回線を開いた。

 

「各員、状況を」

『こちら後方セモベンテ部隊。現在、敵T-34-85と交戦中。装甲も火力も桁違いだ! このままだと撃破されるぞ!』

 

 悲痛な叫び声を挙げたのは、クアトロだった。彼女は頭の回らないセモベンテを生かそうと、試行錯誤しているのだろう。

 

『姐さん! こちらCV33部隊! これからセモベンテの援護に回るッス』

『ペパロニ! まだ、統帥(ドゥーチェ)の指示は出ていませんよ!』

『指示がなくとも……!』

 

 セモベンテの援護に向かおうと躍起になるペパロニとそれを制するカルパッチョの声が聞こえた。

 思わずこめかみがピクリと上がる。自分でもわかるほど、体中の血液がグツグツと沸騰し始めていた。

 ペパロニ率いる先遣隊がしっかりと仕事をしていれば、そもそもセモベンテ部隊が窮地に陥ることはなかったのだ。ペパロニが失敗したのは、いつものごとく中途半端な作戦の解釈と勝手な自己決定であることは容易に想像できる。毎度、それには頭を悩ませつつもやんわりと注意してきたが、一向に変化を見せることはなかった。

 今回は違う。今までのように、やんわりと制することも注意することもない。優しさを見せれば、部下はつけ上がり、勝つことができなくなる。

 

「余計なことはするなペパロニ!」

『姐……さん……?』

「クアトロ、離脱しろ。出来ないものは置いていき、肉壁にすればい。セモベンテがなくては、プラウダとまともにやりあうことはできない」

『わ、わかった……』

「ペパロニとカルパッチョはO地点に集合。再度戦力を整え、敵フラッグ車を狙う」

 

 なんと清々しいのだろう。今まで胸に溜めてきたことをぶちまけるのは。

 

「ふふ……ふふふ……」

 

 アンチョビから自然と笑みがこぼれ落ちた。



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A feeling of wrongness

更新が遅くなり、申し訳ありません。
諸事情により遅れてしまいました。
これからは週末更新をしていきたいと考えています。
他作品も随時、更新していきます。


 最初に違和感を感じたのは、思わずこぼれた笑みにカプレーゼが不審な視線を向けていることに気が付いた時だった。

 私はこんな笑い方をしていたか?

 普通ならば、到底思い浮かばないような疑問。何の問題もなく嚙み合っていた人生という名の歯車が、僅かに軋みをあげ止まろうとしている。しかし、私にはどうすることもできない。止まらぬよう祈るのがせいぜいだ。

 カプレーゼは既に視線を前に戻し、O地点である木々の多く生えている山の上へと向かっていた。雪の色が今なお濃く残る雪山の戦場。

 山岳部の多いイタリアでの運用を前提に作られた戦車だけあって、足回りに関しての心配はない。強いて言うならば、慣れない雪道を高速移動しなくてはいけないためスリップの心配くらいだが、カプレーゼの技量ならば何の問題もなく走行できるであろう。

 

統帥(ドゥーチェ)、通信が入っています」

「そうか、代わってくれ」

 

 通信機を受け取る。聞こえてきたのは、砲撃音の中必死に逃げ続けているであろうカルパッチョからだった。

 まだ逃げきれていないのか。

 思わず眉間に皺をアンチョビは寄せる。この行動一つですらそうだ。私はここまで、不快感や嫌悪感を表情に出すような人物だったか?

 疑問に答えることはできない。答えることができる者もいるとは思えない。

 

統帥(ドゥーチェ)、申し訳ありません』

「敵を連れてこられても、何もできないぞ」

『わかっています。ですが……予想以上に敵の追手が激しく……』

『ご安心を姐さん! 私が必ず!』

「ぺパロニ、なぜそこにいる?」

 

 握りこぶしを作る。

 どうしてそこにいる? どうしていつも私の指示に従わない? それは考えがあるわけじゃない。無計画に無鉄砲なだけだ。私の考えを一度くらい、しっかり聞くことはできないのか?

 沸々と湧き上がる怒りの感情。抑えろ、抑えるんだ。全体に通信が繋がっている。ここで怒鳴りでもすれば、全体の士気に関わる。無意味な感情の吐露など、愚かな指揮官がするだけであって……

 

「何をしているペパロニ!」

『……姐さん?』

 

 考えと行動が一致しない。咄嗟に、反射的に出てきた一言。

 本当に私が言ったのか? 私は言ってしまったのか? 今まで隠してきた感情を、こんな場面で言ってしまったのか?

 

「そんなに助けになりたいなら、CV33部隊を率いて囮になれ!」

統帥(ドゥーチェ)! T-34部隊にCV33で挑むなんて……!』

「命令を聞けない奴なんて、いても混乱を招くだけだ! 覚悟があるから、自分の考えがあるから私の指示を聞かないのだろう? だったら、やってみろ! 証明できたら考えてやる」

統帥(ドゥーチェ)……ですが……』

『了解です……! 姐さん、あんたは一体誰だ……?』

「……私は私だ」」

 

〇 〇 〇

 

「……カチューシャに通信を」

「はっ」

『ノンナ、どうしたの?』

「はい。どうも、普段のアンツィオらしからぬ行動をしているので」

『……そうね。私もそう思うわ。アンツィオは味方を囮なんかにしないわ』

 

 やはり……あなたもこの違和感に気が付いていたのですね。

 アンツィオを率いるアンチョビが、中学までの戦車道では見方を切り捨てるような合理性を求める作戦を立案していたことを多くが知っていた。しかし、アンツィオに入学して以来、それまでの冷酷さはどこかへ消えてしまい、どんな時でも味方を責めない見捨てない、ある意味では隊長の鑑のような存在となっていた。

 それが、ここで、たかが練習試合で今までのやり方を変えるというのか?

 目の前に広がるのは何もない森。この先に罠を仕掛けているとは考えづらい。雪の戦場はプラウダにとって自分の庭で戦っているようなものだ。下手な小細工など通用しない。

 では、何が考えられる? アンチョビと急遽、隊長が交代し、作戦の質そのものが大きく変化した。だが、試合中にアンチョビが行動不能になることなどそうそうないだろう。可能性は限りなく低い。

 次に考えられるのは、目の前のCV33部隊の暴走だ。これといった考えもなく、ひたすら逃げ続けているだけなのか? 確かに、距離は若干ながら開きつつあるが、T-34-85の射程を考えれば、このまま逃げるのはただのジリ貧でしかない。まさに無意味な行為だ。アンチョビならば既にそんなことに気が付いているだろうし、次の指示を出しているか救援部隊を送っているだろう。

 

「わかりません。はたして我々は……誰と戦っているのでしょうか?」

『ノンナ……?』

「ただ不気味なのです。数分前まで統率の取れていた部隊は突如、意味不明な行動をとる烏合の衆と化してしまった』

『問題ないわ。勝つのはカチューシャよ。さっさとその不気味な奴らを倒して、帰るわよ』

「そうですね。わかりました」

 

 通信を終える。心の隅へと心配事は追いやり、今は前だけを見る。照準にはCV33のケツを捉えている。あとは引き金を引くだけだ。

 

「考えていても仕方ありませんね。まずは……目の前の敵を撃破するまでです」



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Shock tactics

毎週更新といいながら、隔週となっている現実…
申し訳なさしかありません(´;ω;`)


 ノンナも警戒してるし……私も警戒しておくに越したことはないわね。

 

「各車、警戒を厳としなさい! いい! ネズミ一匹でも通したら、シベリア送りよ!」

 

 カチューシャなりの喝を入れる。

 アンツィオの戦法が変わっている。つまり、隊長であるアンチョビに何か異変が起きたと考えるのが普通だろう。あちらにはカルパッチョと名乗るアンツィオの中では比較的頭の良い副隊長がいるらしいが、指揮を執ったことがあるとは聞いたことがない。もちろん、今回は特別に指揮を執っている可能性も無きにしも非ずだが……。

 

「いったい、どうしようというのよ」

 

 カチューシャは溜息をつきながら、思考を止めた。これ以上考えようとも、答えが出ないことはカチューシャ自身が一番自覚していた。

 手摺(てすり)につかまりながら、ハッチを開けるとキューポラから顔を出した。プラウダ高校の生徒ならば誰しもが見慣れている雪景色が一面に広がっていた。

 

『カチューシャ隊長、ウチ等はどうすればいいべか?』

 

 唐突な通信が入る。この声はKV-2を任せているニーナのものだろう。

 雪山が試合会場ということもあり、足回りはあまり強くないKV-2は置いていこうとノンナは言っていたが、カチューシャが最後まで折れなかったため連れてきていた。もっとも、山頂まで上がるだけで試合が終わってしまうため、中腹あたりで待機となっていた。

 

「今は何もしなくていいわ」

『了解だべ』

 

 本当に読めない。ノンナ達がCV33部隊を追撃している連絡は逐一来ているが、それ以外の情報が一切なしだ。

 セモベンテや残りのCV33部隊はどこへ消えた? まさか、逃げた? 

 

「カチューシャを前にして怖くなったのかしら?」

 

 言葉に出して言うも、もしそうだとしたらどうしようかとカチューシャは悩み始めた。

 試合の最中逃げ帰るなど、武道の精神にのっとっていないどころの騒ぎではない。最悪、カチューシャの始末次第では、二度と誰もアンツィオと試合をしなくなったとしてもおかしくない案件だ。

 カチューシャは再度溜息をつきながら、後ろを振り返る。背後には、巨大な雪の壁がそそりたっていた。道を確保するための除雪作業をした際に出た雪が押し込められているのだろう。おかげでカチューシャとしては背後からの奇襲を警戒しなくて済む。おまけに眼前には崖が広がり、下には昨日まで降っていた大雪の影響か流れの速い川が流れていた。もちろん、これでは前から奇襲をかけることも不可能だ。逃げ道がない、とダージリンなら言いそうなポイントに陣取っているが、そもそも逃げるつもりなどないカチューシャにとって、そんな言葉は馬の耳に念仏である。

 油断したつもりはない。完璧な作戦のつもりだ。そう、自画自賛していた時のことであった。

 

『隊長! 対岸の崖にアンツィオが!』

「なんですって!? 早く撃ち落としなさい!」

『了解っ! ……アンツィオが発砲してきました!』

「あんな豆鉄砲にやられるものですかっ!」

 

 突如対岸に現れたアンツィオは、発砲を始める。しかし、砲弾は当たるどころかかすりさえもしない。

 カチューシャはその様子を見て鼻で笑った。

 

「なによ。遊んでいるつもりなの?」

 

〇 〇 〇

 

 ほら、予想通り。

 対岸に陣取っているプラウダのフラッグ車を見て、アンチョビはほくそ笑んだ。

 もしノンナがCV33の追撃を行わずカチューシャと合流していたならば、間違いなく逃げ場のない危険な場所で待機していることに反対しただろう。しかし、今ここにノンナはいない。

 自分の作戦に妙な自信を持ち、意固地と言われても仕方のないほど意思を固めている愚かなちびっ子隊長がいるだけだ。

 早朝まで雪が降っていたせいで、運営も除雪した雪を別の場所へ運ぶ時間はなかったのだろう。うずたかく道の脇に積まれているのがいい証拠だ。川の流れも速い。あんな場所へ落ちたら命の危険もあるかもしれない。

 

「全車前進。わざわざ装甲を抜けないソ連製戦車を狙う必要はない」

『なら、どこを狙うのですか?』

「あの雪の壁だ!」

 

 アンチョビの乗るCV33を先頭に隠れていたアンツィオ戦車隊は動き出す。

 プラウダ戦車隊も気づいたようで、アンツィオ戦車隊へと砲塔を向けはじめた。

 

「撃てっ!」

 

 セモベンテのやや重い砲撃音とCV33の機銃の音が渓谷に鳴り渡る。プラウダ側は、突然アンツィオが姿を現したことよりも、まるで意図的に自分たちを狙っていないかのような砲撃に驚いているようであり、反撃の様子を見せなかった。

 そして数秒のアンツィオの砲撃の後、プラウダがようやく攻撃を開始しようとした時だった。大きな地鳴りが響き、異変が現れたのは。

 

「よし!」

 

 アンチョビはガッツポーズをする。眼前では、数多の砲撃と爆発による熱でバランスを保っていられなくなった雪の壁が崩れていく瞬間が広がっていた。後ろからは雪崩、前には急流の川。左右に行こうとも、友軍が邪魔で簡単には身動きが取れない。

 やがて、崩れた雪の壁によりプラウダフラッグ車の姿が完全に埋もれた。

 

『プラウダ高校フラッグ車! 行動不能! よってアンツィオ高校の勝利っ!』

 

 雪の中から這い出るのは不可能と判断した運営の無慈悲な声が放送される。

 ここに、アンツィオの勝利は宣言されたのだった。



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Break Time

お久しぶりです…
地道に更新していきます。


 プラウダ戦から二日が経過した。各校でも、アンツィオがプラウダに勝ったという報告はあっという間に飛び交い、大きな話題となっていた。

 練習試合といえど、強豪校であるプラウダに他校からお遊び戦車道などと陰口を叩かれているアンツィオが勝ったのだ。もちろん、勝因の一つにはカチューシャの敵を舐め切った態度もあったのだろうが、勝った事実に変わりはない。

 一番敏感に反応したのは、カチューシャの友人でもあるダージリン率いる聖グロリアーナ女学院であった。

 英国の国風を強く受ける校風から、スパイ養成機関に近しい学科を持っている。ダージリンは、腹心であるアッサムを通じて、さっそく探りを入れていた。

 アッサムから突然、「アンツィオの内情を探ってきていただけませんか? 帰還報告の際には極上の茶葉で入れた紅茶をご用意しますので。ご安心を、あなたが生還できる確率は50%を超えていますわ」などと命令された下級生には、まったくもって迷惑な話だが、その話は今は必要ないだろう。

 兎にも角にも、命を受け、コンビニ船などというものを使わずに、アンツィオの制服を手に入れ堂々と潜入した聖グロ下級生が見た物に、彼女は驚きを隠せなかった。

 アンツィオといえば、常に資金繰りに喘いでおり、そのことから校内で出店を開くことで各部活は活動資金を得ていた。

 しかしながら、資金繰りが厳しい原因は紛れもなく、そのあまりにもグルメすぎる舌と自由な性格なのだが……

 

「なによこれ……」

 

 この統制のとれた動きは黒森峰だろうか? 他の部の様子はいつものアンツィオだが、戦車道だけは違う。なんだ? なんだこれは?

 黙々と戦車のメンテナンスを続けるアンツィオ生。それを腕組みをして見ているアンチョビ。その隣にいるのは、あまり見ない顔だが、新しい副官だろうか? 調べる必要がある。

 少し視線をそらすと、ガレージの外で動く人影を彼女は見つけた。戦車道の一員のようだが、どうやら随分と力仕事をしているらしい。もちろん、戦車のメンテナンスにもかなりの労力はかかるが、外にいる人等は、さっきから砲弾を持ってきては持ち去りの繰り返しをしている。終わりのない作業などして、なんの得になるというのか?

 こうなると、彼女の好奇心は止まらない。ゆっくりと近づいていくと、声をかけた。

 

「いやぁ、今日は暑いね」

「……そうだな」

「さっきから同じことを繰り返しているけど、何をしてるんだい?」

 

 近付くとその作業の正体がようやくわかった。彼女達は50m先にある砲弾入れから砲弾を運び、やがて空になると今度はその反対側から砲弾を運んでいた。

 筋力トレーニングか何かか? 

 

「さあね。もう、姐さんの考えていることは分からないよ」

 

 心なしか、ここにいる者達の目が死にかけている気がする。アンツィオは、もっと活き活きとした目をもつ生徒が多くはなかったか?

 

「そういえば、この前プラウダに勝ったらしいけど、どうだったんだ?」

「その話をするな!」

 

 彼女が話しかけていた黒髪のショートヘアーが大きな声を出す。

 近くにいた者達がペパロニ、と心配そうな声を出す。なるほど、彼女の名前はペパロニらしい。その名前なら聞いたことがある。アンチョビが特に可愛がっている一人のはずだが……

 

「姐さんは変わっちまった。それだけだ」

「そ、そうかい……なんだか嫌なことを聞いてしまったみたいですまないね」

「……いや、いいんだ。私こそ、大きな声を出してすまないッス。ところで見かけない顔ッスね」

「あ、ああ! 今度転校してこようかと思っててね。ちょっと下見に来たのさ」

「そうッスか。だったら、戦車道には入らない方がいいッスよ」

 

 おかしなことを言う。人員が増えることは喜ばしいはずだろう? なぜ、戦車道を勧めずに、逆のことをする?

 

「今のアンツィオの戦車道に希望はないッスよ」

「え……それは、どういう……」

「見学かな?」

 

 後ろから声がかけられる。砲弾を運んでいた彼女達はハッとすると、作業に戻っていた。ペパロニも、一瞬何かを睨んだようだが、仲間に声をかけられ戻っていく。

 

「あ、えぇ……今度、転校しようかと思っていて……」

「そうかそうか! それは嬉しいな! ぜひ、伝えてくれ」

 

 凄まじい威圧を感じる。体を動かすことができない。

 その声から、後ろのいるのがアンチョビだということは分かっている。彼女には、こんなにも威圧感があっただろうか?

 アンチョビは彼女の耳元に口を近付ける。吐息が髪にかかる。

 

「私たちの内情はしっかりと伝えるんだぞ」

 

 彼女は走り出した。正体がバレたからではない。

 得体の知れない何かが、耳から入り体内を弄られるような恐怖感を感じ取ったからだ。

 

「違う! これは違う! なんとしても報告しなくては……!」



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stare in wonder

またまたお久しぶりです。
更新の時間です…


 クアトロこと久遠知代の日課は、あの日をもって大きく変わった。

 朝5時には目を覚まし、ランニングを始める。マイペース、いや、ここではあえて呑気と言わせてもらおう。とにもかくにも、そんな気質の多いアンツィオ生が多い中で、彼女はこの日課を続けていた。

 明確な理由などない。隊長に期待するだけ無駄だとわかっている。それでもいつか、いつかアンチョビがかつての冷酷なまでの強さを目覚めさせる時が来たなら、自分が真っ先にその右腕になりたいと願い続けいるがゆえの行為だった。

 知人からは、そんな日は一生来ないなどと馬鹿にされているが関係ない。

 信じるもののためにひたすら走り続ける。不器用な生き方しかできない自分は、このやり方しか知らないのだから。

 そう、これまでは願いにしか過ぎなかった。

 1時間のランニング後、軽い朝食を取り登校する。教室よりも、まず戦車の眠る車庫に挨拶を。

 無人の車庫に一人孤独にいる時間に寂しさを感じなくはなかったが、今更と割り切っていた。

 そう、あの日、あのプラウダとの練習試合の日まで、私はこの場所に一人でいたのだ。

 だがしかし、今はどうだ。

 見渡せば、アンチョビに落第とされた生徒の2割と合格と言われた生徒全員がせっせと戦車の整備をしているではないか。

 アンツィオは大きく変わった。

 落第組と合格組を作り、互いに競争心をあおる。格差はできたが、アンツィオの雰囲気はこれまでとは段違いになった。

 真に勝利を求める者の貪欲な姿勢には素直に評価を下す。勝利を求めず、なあなあと毎日を送る者にはそれに値する罰を与える。

 独裁者の仕業と言うものは必ずいる。しかし、戦車に乗る者に必要な自覚が足りないだけではないか。

 

「今のアンツィオは好きだ」

 

 仁王立ちで整備の様子を眺めているアンチョビを見つけると、クアトロは走り出した。

 

「隊長、遅くなりました」

「気にすることはない。お前は副隊長なんだ。少しくらい、遅れたからといってかまうものか」

「しかし、隊長よりも早く来るべきか……」

「いいんだ。私が急いているだけだ。お前は私の後ろから、正しい道を進んでいるかしっかり吟味して教えてくれ」

「……はい」

 

 その言葉の重さは自覚している。

 この現状が正しいか間違っているか。万人に聞けば、半数以上は間違っていると非難するだろう。

 だが、黒森峰はどうだろうか? あの学校には、2軍3軍といういわゆる落ちこぼれがいる。1軍を日々目指している隠れた猛者には失礼だと思うが、一度落ちこぼれの烙印をおされた者がのし上がるには通常の数倍の努力が必要である。

 ここは実力に見合ったものを得ることができる場所。

 今のアンツィオは黒森峰と何ら変わりはない。

 ここから数年、仮にアンツィオが結果を残すことがあれば、アンチョビは正しかったという声が多方面より上がるだろう。

 つまりはそういうことだ。今のアンツィオに足りないものは結果。しかし、数週間後に控えている全国戦車道大会で結果さえ示せばいいのだ。

 間違いなく、今のアンチョビなら優勝へ導いてくれるだろう。

 確信にも似た、狂信。

 

「クアトロ。お前には期待している。私は、勝ちに行くぞ」

「はい!」

 

 あぁ、憧れの存在が手の届く場所にいる。

 心の充足感は大きい。これ以上求めることはない。

 憧憬のまなざしでアンチョビをクアトロは見つめ続けていた。

 そう、彼女は気づくことはなかった。薄暗い車庫隅で、怒りの視線を向けている存在がいることに……。

 



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Hate Get

あれ…1ヶ月前に更新…?(現実逃避)


 砲撃音が試合会場に響き渡る。次いで、火薬の臭いが鼻孔の奥へと入り込み、耳をつんざくような激しい爆発音が追いかけてくる。

 

『フラッグ車撃破! 勝者、アンツィオ高校!』

 

 会場の至る所に配置されているスピーカーからアンツィオ高校が勝利した旨の放送が流れる。

 

「これで3連勝目だ……」

 

 隣にいる誰かが小さくつぶやいた。

 思わず舌打ちをしたくなる気持ちをこらえ、両の手を握りこぶしへと変える。

 勝利することがそんなに嬉しいか? 人間の心を捨ててまで勝つことが、どれだけ大切なことだというんだ? そんなもの、まがい物じゃないか。

 自分でも驚くほど、難しい単語がスラスラと脳内を駆け巡る。もっとも、他の生徒からすれば大して難解な単語は使っていないのかもしれないが、頭が空っぽだと思われている彼女の口から聞いたとすれば驚いた顔をするのは間違いないだろう。

 一人の生徒がアンツィオ高校の控え席へと大股で歩み寄ってくると、「片付けをしろ」と言い残し去って行った。

 今のアンツィオには試合後にお互いの健闘をたたえる食事会など存在しない。もちろん、巨大なパスタ鍋や移動式石窯など今では学校の隅にある倉庫で埃を被っているだろう。

 

「……やるぞ」

 

 悔しさをにじませた声を絞り出す。

 伝統を重んじるような性格ではない。だが、あの一時は本当に楽しかった。そこで出来た新たな友情や信頼が、アンツィオを支えていく大きな柱になるのだと信じていた。

 霞のような夢がキレイに晴れた時、ペパロニは歩き始めた。

 試合に出ていた一軍が笑顔でバスへと乗り込んでいく。

 二軍である自分たちは、一軍の残していったゴミや戦車の積み込み、忘れ物のチェックなど雑用をしなければならない。

 特徴的なツインテールを持つ統帥ことアンチョビと一瞬だけ目が合う。先に目を逸らしたのはペパロニの方だった。

 勝つ方が楽しいのはわかる。勝つ方がもっと楽しめるのはわかる。だが、勝つことのみを目指す戦車道をやりたいというのならば黒森峰にでも行けばいい。それが叶わないなら、強豪と呼ばれる聖グロやプラウダ、サンダースだってかまわない。

 どれだけ弱かろうとも、万年一回戦敗退であろうとも、アンツィオにはアンツィオにしかない良さがある。

 それをわかっていたはずだ。それを理解して、その良さを深く愛していたではないか。

 変化は突然おとずれた。

 プラウダとの練習試合の最中、敬愛していたアンチョビの性格は180度変わってしまった。

 合理主義、勝利のためならばいかなる犠牲もいとわない、冷酷で冷徹な策戦指揮官。

 噂でしか聞いたことはないが、中学時代までのアンチョビがまさにそれだったらしい。魔神アンチョビの復活ということだろうか?

 アンチョビが変化した後、真っ先にかけられた言葉は「他人を蹴落とせるか?」だった。意味など考えるまでもない。今まで仲良くしていた、戦車道に不向きな者を蹴落として、より強みを目指す気はあるか? というものだ。

 一軍へのスカウトであり、この誘いを断るということは二度と一軍へと上がることは出来ない二軍という奈落へ突き落とされるということだ。

 不思議と迷いはなかった。迷いよりも怒りのほうが強くあった。

 

「そんな姐さんとは、一緒に戦車には乗れないッス」

 

 アンチョビは僅かながらに悲しそうな顔をすると何も言わずに去って行った。

 だがペパロニはわかっていた。アンチョビは決して、ペパロニに言われた言葉に傷ついたり、一緒に戦車道を出来ないことに対して悲しんだわけではない。即戦力を確保できなかったことに対して落胆したことに。

 二軍の雑用というのも、決して楽なものではない。ある時は一軍のストレスの捌け口として利用されることもある。アンチョビもその事実を知っていながらも黙認していることから、行為はエスカレートする一方だ。

 二軍など必要ないのだろう。人間としてすら見ていないのだろう。

 ペパロニの代わりに副隊長の座に就いたクアトロはかねてより魔神アンチョビに憧れていたらしく、今の現状に満足しているようだ。

 認めるわけにはいかない。私達は、かつてのアンツィオ高校を必ず取り戻す。そのためならばなんだってする。ただ今は、我慢するんだ。虎視眈々と、反逆の時を待ち続けるんだ。

 ペパロニは静かにその意思を、改めて強く誓うのだった。



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