ある日常 (小林ミイ)
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ある日常

「変質者だぁ~?」

 

 

 

ある日の放課後、授業も終わりそろそろ帰ろうとした時のことだった。

ゆかからの妙な情報に、思わず少し大きな声でもう一度確認してしまう。

 

「そ、また例の出たらしいのよ。昨日の夕方。隣町の女子高の子が狙われたらしいわ。

本当…怖いわぁ~」

 

 

側にいた女子どもは、か弱そうにどよめく中、ただ一人我等の英雄…俺の許婚が立ち上がる。

こういうとこ、いい加減なんとかなんねえのかな…。

やっぱりというか、ほんと無鉄砲な跳ねっかえりだ。

 

 

「そんな奴、あたしがやっつけてやるわっ!」

 

 

 

…あー、言うと思った…。

 

予想通りの展開にため息をつきながら呆れてしまう。

正義感強すぎだろ、こいつ。

 

 

「あたしがおとりになってっ」

 

 

「誰がおめぇみてぇな凶暴女を狙うってんだよ」

 

 

言い出したらきかないあかねを止める気もなかったけれど、ついつい癖でいらぬ口を挟んでしまう。

すぐさま繰り出されたあかねの右手は、見事に俺の右頬にヒットする。

くっそ、本当に凶暴女め…。

 

 

「怖いから、早めに帰ろうか」

 

ゆか達女子はそう言い、いつもより早めに教室を出た。

まー、賢明な選択だろう。

 

…なのに、こいつは…。

一人、机に向かってなにか書き物をしている。

まだかよ…。

とりあえず、あかねの前の席に座って肘をつく。

 

 

「おめーは帰らねえのかよ」

 

 

「あたし、今日先生から頼まれた資料を提出しなくっちゃいけなくて、まだ終わらないから…」

 

「……ふーん…」

 

 

 

それから結構時間がたったけど、終わる気配が見えない。

暇だから今日の学校での出来事とか他愛のない会話をしていた。

すると、突然あかねが何かひらめいたような顔をしてノートから目を離す。

 

 

「そうだ!乱馬が4人いたらいいのよ」

 

 

前後の会話に何の脈絡ない言葉に、思わず固まってしまう。

 

…俺が四人?

 

「…なんだそりゃ」

 

「だから、それぞれの乱馬が、シャンプーと右京と小太刀と付き合うの。そしたら全て丸く収まるじゃない。

…まあ、お父さんたちの件もあるし、四人目の乱馬はうちに置いてあげなくもないかな」

 

あかねは話しながら噴き出すように笑う。

唐突に思いついたようで、自分でも変な事言ってるってわかってるみたいだ。

 

「…ムチャクチャだな」

 

「まぁ、乱馬は今のこのモテモテな状況を楽しんでるんでしょうけど…。

 いつも巻き込まれるあたしの身にもなってよ。」

「あのな、俺は楽しんでねー、苦しんでんだ」

「…ど~だか」

 

 

嫌味か、それは。

まったくかわいげのねえ。

 

「さてと、やっと終わった!

乱馬、帰ろう」

 

 

あかねはそう言い、職員室に早々と駆け足で駆け込んで言った。

先に玄関に行くと、もうほとんどの生徒が帰ったのがわかる。

そして夕焼けを横に、二人歩いた。

それにしても、腹がへったな。

あかねが遅くならなきゃ、うっちゃんとこかシャンプーの店に飯食いに寄ってもよかったかな。

 

……あ。

 

こういうところが、あかねから見て「楽しんでる」になっちまうのかな。

 

……しっかし…。

 

 

 

「…あー、俺が四人ねえ」

 

「なによ突然。さっきの話?」

 

「よくよく考えると、全然丸く収まらねえなって思ってよ」

 

「えー、なんで?」

 

 

あかねは、うっちゃん達それぞれにって言うけど、きっと俺が何人いようが絶対に幸せになれねえのは目に見えてる。

だって、その全ての俺ら皆があかねに惚れちまうのが分かるからだ。

俺は譲る気なんかさらさらねえからな。

 

 

「…きっと俺同士で喧嘩始めるぜ」

 

俺がそう言ったら、あかねは呆れたように笑い出した。

 

「本当にアンタは格闘バカね」

 

…。

いや、色恋沙汰での喧嘩なんだけどな。

…ほんとに鈍感だな。

 

 

「ねえ乱馬…」

 

「ん?」

 

 

あかねの足が突然止まる。

振り返ると、柔らかい笑顔のあかねがいた。

 

 

 

「…あたしが終わるの待っててくれたんでしょ?」

 

 

 

 

「べっつに、そんなんじゃねえけど」

 

 

照れちまって、それだけ早口で言うので精一杯。

願望や欲求は人一倍あるんだけど、なあ。

 

 

「変質者事件があったから、心配した?」

 

 

…わかってんじゃねえか。

…つか、なんでこいつこんなに勝ち誇ったような顔してんだよ。

なんか、むかつく。

 

「は?だから、そんなんじゃねえって。変質者だって、襲うんならもっと可愛げのある女を狙うんじゃねえの?」

 

「失礼ね、見た目じゃ凶暴なんて分からないでしょっ」

「おめぇ自分が可愛いとでも思ってんのかよ」

「そうは言ってないでしょっ!」

 

 

あかねはそう言って形のいい頬を膨らませる。

予想通りの反応で、思わず笑えてくる。

まー、そんな事件がなくったって遅いから待っててやったと思うけど。

 

 

 

「……ありがと」

 

 

 

………!

 

 

あかねはそういうとふいっと顔をそらして足を速めた。

一瞬の出来事に高速で体が固まる。

 

 

……なんだよ、かわいいじゃねえか。

 

 

そんなあかねを見て、思わず手を伸ばした。

でも伸ばした手は空をきり、行き場を無くして引いたそれは無意識に頭の後ろに回ってた。

 

‥手、繋ぎたかったな。

 

でも、まあ、いっか。

 

今は…これで。

 

 

 

あかねの笑顔だけで、満足しちまう俺って随分安い男だよな。

それでも、悪くねえかな…なんて思っちまう自分が何だか可笑しくて口元が綻ぶ。

 

 

「おい、あかねー。

 待てよ、襲われんぞー」

 

少し遠くなったあかねに、茶化して叫んだら、夕焼けの中に「ばーか」ってかえってきた。

振り返ったあかねの顔は、オレンジに染まりながらも赤くなっているのがまるわかりだ。

 

 

その顔を見たら何だかすごく嬉しくなって、思わず俺も足を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーend.

 



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