鋼鉄の少女達は暁の水平線に何を想う。 (飯炊きめっしー)
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序章
【プロローグ】少女の目覚め


※2019/10/14 大幅に加筆、修正


 無限に広がる、雲一つ無い青空。陽光を反射してキラキラと眩い光を放つ海。

 そして、足元には鈍色の輝きを放つ鋼鉄の甲板。

 気がつけば、少女は一人──其処に佇んでいた。

「──ここは、どこ?」

 自分が何故ここに居るのか。

 自分は一体何者なのか。

「──私は、誰?」

 少女はまだ、何も知らない。まるで()()()()この世に産み出されたかのように。

(艦内全システム、フルチェック開始──。全システム、オールグリーン)

 少女の頭の中に響く声。けれども少女は、まるで何も聞こえていないかのように気がつかない。

(兵装、及び機関に異常無し。機関始動)

 少女にとってその声は、意識しなければ自分では聞くことすらない、自分自身の心音や呼吸の音と同じ。

(両舷、前進微速)

 ヒュォオオオーーンッ……、と甲高い音が鳴り響き、エメラルドグリーンに輝く水上で、永い沈黙を守っていたその艦が、今眠りから目覚める。

 艦の心臓である八基のガスタービンエンジンが膨大な量の電力を産み出し、そして産み出された電力はモーターへと伝達される。

 モーターはゆっくり、ゆっくりと……しかし確実に、艦の後部にある四軸の六枚翼スクリューを回転させ、その動きは艦を動かす推進力へと変わる。

 機関始動から僅か四〇秒で、艦は十三ノットのスピードで動き出したのだった。

「動いた……?」

 ふと、少女は徐に自分の身体に目をやる。

 肩に掛かる髪は漆黒。すらりと伸びた手足は純白で、まるで白磁器を思わせるように透き通っている。

 少女自身は知る由もないが、陽光に照らされたその姿はまるで妖精(“Nymph”)のような神々しさを放っていた。

 少女が自分の身体を確かめるようにペタペタと触っていると、どこからともなく……微かに、どこか寂しげな笛の音のような音が聞こえる事に気がついた。

“ホーーー……、ヒーーー……、ホーーー……”

 少女がその音色につられて後ろを振り向くと、そこには巨大な砲身を持つ()()が二基──。

 鈍色に輝くその姿は、圧倒的な威圧感を放ちながら少女の眼前に聳え立っていた。

 さらに、その足下には無数のV()L()S()()()()()()()()が所狭しと敷き詰められている。

「何、これ。軍艦……? どうして、私は……軍艦の上に、うっ……!!」

 ──キィィイイーン。

 突如として耳の奥に響く金属の擦れるような不愉快な音に、少女は思わず顔をしかめながら耳を塞いでしゃがみ込む。

『──怖が──いで。こっ──に、おいで』

 突然聞こえてきた声に、少女は顔をハッと上げる。

“ホーーー……、ヒーーー……、ホーーー……”

「さっきよりも、はっきり聞こえる……。私を、呼んでる……?」

 気がつくと、耳の奥に響いていた不愉快な音は鳴り止んでいた。笛の音は先程よりも、不思議と明瞭に、暖かく聞こえるようだった。

「……こっち?」

 少女は恐る恐る確かめるように艦橋横の水密扉を開き、艦の内部へと進む。

 しかし、不思議とその足取りに一切の迷いや躊躇は無い。ハンドルを回しハッチを開け、ラッタルを登るその動きや行動は、まるで艦内の構造を知り尽くしているかのような動きであった。

「ここが、艦長室……」

 少女が立ったのは、狭い小さな通路に佇む一つの扉。

 その扉は、少女が幾つか通ってきた、他の無機質な鋼鉄製の扉とは異なり、重厚な木製の扉。

 そしてその扉には金属製のプレートが取り付けられており、そこにはこう書かれていた。

 ──“アールヴァク艦長室(“Arvak - Captain's Room”)

「アール、ヴァク……」

 九世紀から十三世紀頃に書き記された、北欧神話について書かれた写本、古エッダ。

 その中の一つ『グリムニールの言葉の第37節』によれば、アールヴァクとは、神々の地アスガルドに存在するとされる、北欧神話の主神オーディンの住む王宮ヴァルハラから、()()()()()とされている馬の名である。

「この部屋の中に……きっと」

 少女はドアノブへと手を伸ばし、ゆっくりと扉を開けた。そして──

『──おかえり、私』

 扉を開けるとそこは、小さな八畳程の書斎のような作りの部屋だった。

 しかしながら、その部屋は誰が見ても分かる程に豪奢な作りであり、部屋中の壁という壁にはに飾られた夥しい数の勲章が飾られていた。

 日本・米国(アメリカ)英国(イギリス)仏国(フランス)独国(ドイツ)伊国(イタリア)憂国(ウィルキア)を始めとした、各国の海軍旗や国旗のペナントの数々──。

 あからさまに場違いな大漁旗や鯉幟(こいのぼり)、照る照る坊主までもが同じ場所に並んでいるのは非常にシュールである──。それらが文字通り、壁一面をびっしりと埋め尽くしていた。

 部屋の奥に鎮座する、少々邪魔……窮屈そうな机の背部には、各国の新聞の切り抜きが、それも全て“ウィルキア解放軍・駆逐艦アールヴァク”と注釈の入れられた軍艦の写真と共に、その活躍を讃えるものばかりが額縁に入れ飾られている。

 少女はそれらを一瞥(いちべつ)し、机の上に無造作に置かれていた一冊のノートへと目を見やった。

アールヴァク航海日誌(Arvak - Ship's log)

 何の変哲も無い、黒地に金糸で綴られたノート。

 少女が徐にそれへと手を伸ばすと、突然眩い光がノートから溢れ出し、そして少女の世界はぐにゃりと歪み、やがて暗転する。

 

 

………………

………

 

 

「──、──ッ!!」

「駄目──ッ、できま──」

「──害、告──せよ!! ──なっ──ッ!?」

「敵──兵器、──に、向かっ──!!」

 少女が目を覚ますと、薄暗い部屋で大勢の人間が機械の前に座り、慌ただしそうに悲痛な声を上げていた。

『……此処は、CIC(戦闘指揮所)?』

 CIC。それは現代の軍艦において最も重要な区画であり、艦の全ての指揮を執る、言わば軍艦の脳味噌のような場所である。

 少女には何故自分が()()()()()に居るのか、一切の見当もつかない。

『私、さっきまで……どうして?』

 しかし、目の前の状況はそんな少女の疑問を遮るかのように、刻一刻と変化していく。

「ミサイル着弾五秒前、三、二、一……!!」

「総員何かに捕まれッ!!」

 ズゥゥウウン──!!

 鈍く重たい音と共に、激しい揺れが艦内を襲い、少女は慌てて近くの手摺りにしがみつく。何人かの人間が揺れに耐えきれずに椅子から転げ落ち、一人の女性が機械の角に頭部を強打。激しく出血し、少女の前でピクリとも動かなくなる。

「ひっ……!!」

 突如として目の前で起きた、衝撃的な出来事に少女は堪らず悲鳴を上げる。

「誰かナギ少尉を医務室まで運んで行け!! 急げ!!」

 しかし、目の前の人間たちはまるで少女の声を、それどころか姿すらも認識していないかのように、目の前の男を担ぎ上げていく。

 その間にも艦内は何度も大きく揺れ、少女は必死に掴まりながら、ただひたすらに様子を見ていることしかできない。

 しかし次の瞬間、少女の目にある人物が目に止まった。

「各部、損害を報告せよ!!」

 頭部に血で赤く染まった包帯を巻き、自らもその痛みに耐えながらCICの中心で指揮を執り続ける人物。それは、眠っていた少女の記憶を呼び覚ますのには十分だった。

 ウィルキア解放軍の実質的なリーダーにして、この駆逐艦“アールヴァク”の艦長。

 少女の唯一にして無二の、他に変えがたい存在──ライナルト・シュルツ少佐、その人であった。

「左舷後部に被弾!! 五四、及び五五番砲との通信途絶、後部左舷側居住区画にて火災発生ッ!!」

「ダメコン急げ!! 五四番咆と五五番咆の弾薬庫は破棄、注水する!! 要員を速やかに避難させろ!!」

「……ッ、応急注排水ポンプに甚大な損傷、さらに機関部に浸水!! 機関出力大幅に低下、速力を維持できません!!」

「くっ、ここまでなのか……!? だが、奴を沈めない限りこの国は……世界が!!」

 

 

ECMM(電子撹乱ミサイル)準備出来次第、直ちに発射!! 目標、前方の敵超兵器!!」

「りょ、了解!! ECMM準備出来次第、直ちに発射!!」

「発射準備完了!!」

「発射!!」

発射(ファイア)ッッッ!!」

「弾着まで20秒!!」

「目標群bravo我が艦へ向けミサイル発射!!」

「本艦へ向かう雷跡を確認、数……20!!」

『ーー艦長!!指示を、艦長!!』

「わた、し……は?思い出した、私は……!!」

再び眼を開く。

しかしそこには既に戦場は存在していなかった。

額から血を流し、痛みに呻きながらも決して持ち場を離れることなく自らの職務を全うする乗組員達の姿も、顎髭を蓄え青き軍服を纏い、狼狽えるなと総員を叱咤する老軍人の姿も、その類稀なる知性を眼鏡の下に宿る眼光に忍ばせ、常に状況に応じた的確な進言をする白衣の科学者の姿も、敵国の長たる者の子でありながら自らの見出した正義の為に戦う若き士官の姿も、その天真爛漫な快活さを以ってして苦難の中でも皆を勇気付ける、うら若き通信士の姿も、そして何よりーーどんな苦境に立たされても決して最後まで絶望し諦めることなく皆に信頼され、真に愛する祖国の為に戦う艦長の姿も、其処にはもう、無かった。

「私は、そう……。全部、全部思い出した……っ」

彼女はその手に握っていた航海日誌を抱き締め、そして膝から崩れ落ち、泣き噦る。

 

《ウィルキア王国海軍近衛艦隊所属》

重装汎用高速巡洋艦隊護衛型 アールヴァク級駆逐艦

一番艦(ネームドシップ)・アールヴァク

それが、彼女の(まこと)の名であった。



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【オリジナル艦艇紹介/アールヴァク】

【日本政府最重要機密事項】

 

区切り

 

ウィルキア海軍駆逐艦アールヴァクの性能、及び詳細に関する報告書。

本紙の内容は戦後、駆逐艦アールヴァク本人への聴取、並びに艦内資料を基に作成したものである。

また、下記に記す内容は駆逐艦アールヴァクの当方世界転移時の仕様であることをここに明記する。

 

区切り

 

《所属》ウィルキア王国近衛艦隊

《艦級》アールヴァク級 艦隊護衛型 重装高速駆逐艦(略称:特装駆逐艦)

《艦名》アールヴァク(一番艦・ネームドシップ)

【名前の由来】

北欧神話に登場する「太陽の車を牽く馬」より命名。

 

区切り

 

【諸元】

《排水量》一九四七〇トン(満載時)

《全長》一九〇・七メートル

《全幅》三四・二メートル

《最大速力》六九・八ノット

《巡行速力》四七・二ノット

《搭載機関》新型高効率ガスタービンε…八基

 

区切り

 

【主兵装】

《主砲》 連装 七〇口径 二八〇ミリ 電磁火薬複合速射砲(ハイブリッド・ラピッドカノン)…三基六門

(総合火力は五五口径 三五・六センチ砲に相当する。発射速度四〇発/分)

 

区切り

 

《副砲》 単装 六五口径 五七ミリ 電磁火薬複合速射砲(ハイブリッド・ラピッドカノン)…八基八門

(総合火力は七〇口径八・八センチ砲に相当する。発射速度九〇発/分)

 

区切り

 

【搭載ミサイル】

MPBM (ブリューナク)》 多用途炸裂弾頭ミサイルVLS…六基/二四セル

ECMM (ドミネーター)》 電子撹乱ミサイルVLS…六基/二四セル

RIM-174 (SM-6スタンダード対空ミサイル)》 ERAM Standard VLS…一二基/九六セル

RIM-162 (発展型シースパロー対空ミサイル)》 ESSM VLS…八基/六四セル

 

区切り

 

VL-ASROC(垂直発射型対潜ミサイル)》…四基/三二セル

《四連装長射程巡行ミサイル(タクティカル・トマホーク)》発射機…二基

 

区切り

 

【近接防御兵器】

複合型CIWS パラシ…四基

(三〇ミリガトリング砲二門、近接防空ミサイル八基で一つのユニットとして構成される)

 

区切り

 

【補助兵装】

高出力3D捜索レーダー・システム

アクティブ・パッシブソナー統合管制システム

先進型イージス・システム

新型多機能射撃レーダー

GPS/INS複合誘導システム

ECM/ECCM統合システム

自動迎撃システム

 

区切り

 

電波照準器

自動装填装置

発砲遅延装置

自動消火・応急注排水装置

防御重力場

新型操舵・急加減速制御装置(謎の装置κ)

 

区切り

 

【搭載航空機】

RASH-66コマンチ…二機

艦載型多用途ステルス偵察・攻撃ヘリコプター

 

区切り

 

【兵装】

格納式三銃身二〇ミリ機関砲

 

区切り

 

左右の内部ウエポン・ベイに各種ミサイルを搭載可能。

搭載可能量は以下の何れか(左右別で半数ずつ混載可能)。

 

区切り

 

対地・対戦車ミサイル×六発 / 対艦・対潜ミサイル×四発

対空レーダー誘導ミサイル×八発 / 対空赤外線誘導ミサイル×一二発

 

区切り

 

※武装用スタブウィング使用時

七〇mm誘導ロケット弾×五六発

 

区切り

 

【諸元】

《巡行速力》 三一七・二キロメートル/毎時

《最高速力》 三三四・八キロメートル/毎時

《航続距離》 五五〇キロメートル(増槽追加時 二五五〇キロメートル)

 

区切り

 

SV-22オスプレイ…一機

艦載型ティルト・ローター機

 

区切り

 

【仕様】

二〇ミリチェーンガン

 

区切り

 

【諸元】

《巡行速力》 五〇一・七キロメートル/毎時

《最大速力》 五八〇・一キロメートル/毎時

《航続距離》 三七三〇キロメートル

 

区切り

 

---

 

区切り

 

作成者:元海軍中将元帥 飯山直尚




作者の完全な好みで設定しているため非現実的であり、また、鋼鉄の咆哮で設計できる艦艇とは大きく異なっております。
俺TUEEEEE感を薄める為、本編中は“比較的”リアル寄りの描写を行っておりますので、予め御了承ください。

1/30…追記
他作品作者様にインスパイアを受け、
MPBM(多用途炸裂弾頭ミサイル)とECMM(電子撹乱ミサイル)に
それぞれブリューナクとドミネーターの愛称を設定しました。

10/10…大幅に加筆修正しました


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第一章
【第1話】交錯の海


※2019/5/15 修正


「艦長、艦長……。起きてください、艦長!」

 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 誰かの声で目が覚めたアールヴァクは、まだ掠れた視界の寝惚け眼で窓の外に目をやる。

 眩いばかりに輝いていた太陽は既に沈み、代わりに満月の明かりが照らす海面と、満天の星空が代わりに存在を主張していた。

「う、ん……」

 絨毯の上で寝ていたせいか、節々が痛む。

 バキボキと縁起の悪い音を出しながらも、なんとか重い身体を必死に叩き起こし、ふと声の主の方を見るーー。

「小人……?」

そこには小さな小人……小人が小さいのは当たり前なのだが……がちょこんと立っていた。

「……あぁ、そうかまだ私……夢、見てるんだ」

 そして彼女は再び微睡(まどろ)みの中に意識を溶かそうとした…が、瞬時にそれは夢の世界の住人によって阻止される。

「違いますよ失礼な!! 私は小人じゃなくて妖精ですし、艦長は夢なんか見てません、紛れもなくリアルです現実です!!」

「妖精、さん……?」

 あまりの現実味の無さに目が覚めた彼女は、ゴシゴシと袖で目を擦り、もう一度目を開ける。

「何してんですか艦長。珈琲でも飲みます?」

「本当に妖精さんなの……? あと、艦長って?」

 ようやく認識した現実に脳味噌が追いつかず、目をパチクリとさせるアールヴァク。

「紛れもなく妖精ですよ、間違っても小人じゃないですから。そんでもって、貴女はこの船の艦娘で、艦長。あ、あと私は妖精なんで階級とかそう言うの無いんで、よろしくお願いします」

「え、あっ……はい、こちらこそよろしく?」

「……んじゃ私は珈琲淹れてきますから、艦橋に来てくださいね。皆待ってますよ」

「えっ、ちょっ、皆って誰? あ……行っちゃった」

 艦長室にただ一人ぽつんと残された彼女は、頭を抱えていた。

(私が艦長ってどういうこと……? それに、妖精さん……敵意はないみたいだけど、あと艦娘って……?)

 そんな事を考えながらも、やがて意を決したかのような表情ですっと立ち上がる。

「まぁ、分からない事を考えててもしょうがないよね」

 服の乱れを直し、鏡を見て、今の自分の姿を改めて確認する。思えば自分の顔を見るのは、これが初めてだ。

 初めて見る自分の顔に少し不安はあった。

 だが、それも初めて持った生身の肉体という事実から湧き上がる好奇心には敵わなかった。

 勇気を出して、恐る恐る鏡を覗く。

「これが、今の私……」

 駆逐艦アールヴァク。少し幼げな顔立ちではあるが、幾多の戦場を潜り抜けてきた歴戦の艦の勇姿は、その碧く輝く瞳が物語っている。

「こういう髪型、姫カット……? って言うんだっけ」

 彼女は自分が最前線で戦っていた頃、度重なる出撃の合間に通信員のナギ少尉が言っていたことを思い出す。

『艦長ぉ〜、なんかこう心機一転? みたいな感じで髪型とか変えてみようかなー、って思うんですけど、どんな髪型が良いと思います〜?』

『……ふむ、そうだな。個人的には、以前ウラジオストクで見かけた娘のしていた、前髪をぱっつんにしてサイドは少し長めに切り揃えて……後ろ髪はストレートだったか、アレは可愛いと思ったぞ』

『艦長、それは今流行りの姫カットって奴ですよ』

『詳しいな、ヴェルナー』

『え〜……でも姫カットって可愛いんですけど、ちょっと何かこう……メンヘラっぽくなっちゃうんですよね〜。あ〜あ、髪型どうしよっかなぁ』

 そして彼女は再び鏡を見る。

 艦長の言っていた特徴通りの髪型、紛う事なき姫カット。

 白い肌に黒い髪、薄いピンクの唇に泣き腫らして赤くなった目の周り。

 そして彼女は思うのであった。

「どこからどう見ても、メンヘラだ…私」

 妖精さんが持ってきてくれたコーヒーは、とても苦かった。

 

………

……

 

 1時間の後、彼女は艦橋に立っていた。

 艦橋に来た彼女は、自身を動かす為に忙しなく働く妖精さんの数に驚いたが……まずは冷静に現在地を確かめるべくGPSの信号を受信……できなかった。

「どうして? GPSの信号が…無い?」

 焦った彼女は何度も何度も衛星に向かって信号をキャッチしようとする……が、やはり何度試しても信号そのものが存在していない。

 自身の設備事態に異常があるのではないかとも考えたが、システムチェックでも異常は見受けられず、通信士(例の如く妖精さんである)……も異常は見当たらない、と言う。

 だとすれば考えられるのは何らかの事故によって衛星が破損、乃至は故障したか、もしくは対衛星ミサイルによって撃墜されたか、だが。

(GPSは帝国も使っているから……、わざわざ自国の衛星を撃ち落とす訳がないし。仮にそうだったとしても、十数基もの衛星が一斉に応答しなくなるなんてあり得ない……)

明らかに、彼女はこの未知の事態に動揺していた。

そしてその動揺は更に大きくなることになる。

「艦長、レーダーに接近する艦影有り、数三!! 方位〇-一-〇、距離一百五〇……IFF(敵味方識別装置)に応答無し!!」

「……っ!! 艦種と予想会敵時刻は!?」

「艦種特定、三隻とも日本海軍の吹雪型駆逐艦!! 予想会敵時刻は三〇分後、二三五〇です!!」

「日本艦隊が出てくるってことは……ここは地中海? それともカリブ海……いや、違う。レーダーに映ってる陸地の反応はそのどれとも一致しない……」

「艦長……どうもおかしいんですよ。接近する日本艦からはレーダーの照射が行われていません。それに……理由は不明ですが、どうやらアナログ無線での通信が行われているようです」

「アナログ無線……?」

 アールヴァクは混乱の極地に居た。

 今時一百トン程度のトロール漁船ですら、レーダーを搭載しているのは当たり前だというのに。いつ敵に攻撃を受けるかもしれない軍艦が……それも夜間にレーダーを使わずに航行するなど余程の馬鹿か、極秘裏に行われるステルスミッションか……それしか考えられない。

 しかし、ステルス艦ではない吹雪型にそのような任務が務まる筈もなく……しかも、無線封止は行なっていない。

 それどころか、このご時世にアナログ無線を用いて通信するなど、どうぞ盗聴してくださいと言っているようなものであり……アールヴァクにも一応アナログ無線は搭載されているが、あくまで緊急用で基本的にはデジタル無線で行うのが常識だ。

「……通信士、敵艦隊の通信を傍受することはできる?」

「はっ、アナログ無線如きチョチョイのチョイです。お任せあれ!! 周波数解析!!」

 言うが早いか、通信妖精がパパパパッと投影キーボードを操作すると、青色の波形グラフが表示され、数秒毎に徐々にグラフの波が大きくなる。

「艦橋スピーカーに回します!」

 艦橋内に緊張が走る。

 そしてノイズ混じりではあるが、ハッキリと人の声が聞き取れるようになった。

『…ぇ、……に…かな?』

『だい…ぶ…てい…くだって、バカ…ないわ』

『あと二時間も…れば帰れますから。リラックスしていき…しょう?』

 聞こえてきたものは、女の子の声。

 それも、三人である。

帝国(むこうさん)の船にも艦娘が居るんですねぇ」

 艦橋に居た妖精の1人が呟く。

「ねぇ、悪いんだけど……艦娘って何? 私も艦娘、ってやつなの?」

 彼女の言葉に、艦橋が静まり返る。

「……参りましたね」

「我々も自分達が何なのか、艦娘が何なのか、よく分かってないんですよね」

「え、ちょっと待って……どういうこと?」

「私達も、艦長と同じで気がついたらこの艦に居たんです。自分が何をすべきなのか、それだけが分かっていたので今こうしていますが……貴女が艦長だっていうことも分かっていましたし、艦長が艦娘だ、ということも分かっていましたけれど……いざ何なのか? と聞かれてしまいますと、分からないとしか言いようが無いです」

「え、他のみんなもそうなの?」

 彼女の問い掛けに、周りに居た妖精さんたちが全員同時にうんうん、と頷く。

「まぁ、細かいことはいいじゃないですか。それよりも帝国(あちらさん)にも艦娘が居るってことは、話せば何か分かるんじゃ無いでしょうか?」

「いや、待て。それは幾ら何でも危険すぎる、いくら艦娘が乗っているからとはいえ……我々は敵対国同士だぞ?」

「とにかく我々が今しなくてはならないことは、現状を把握することだ!! そこを履き違えるな!!」

「ごめん皆、ちょっと静かにして」

妖精さん達同士の議論が白熱してきたところで、一人レーダーを見つめていたアールヴァクが、ある違和感に気付いた。

「ねぇ皆、この艦隊なんだけど……やけに低速じゃない?」

「……確かに言われてみればそうですね。巡航速度にしちゃ、ちと遅すぎます」

向かってくる日本艦隊の速力は、僅か17.5kt。

それに対してアールヴァクの巡航速度は47.2kt…彼女らの常識では、駆逐艦の巡航速度は最低でも40kt、高速艦であれば50kt乃至60ktは出すのが普通だった。

「……、確かめてみよう」

ーーこの時、彼女の中には一つの仮説が立てられていたが、その真偽を知る者はこの場に誰も居なかった。

 

 




中々「現在」での戦闘シーンの描写まで進みません。
戦闘のドキドキ感を楽しみにしている方には申し訳ございませんが、もう1, 2話程お待ちください。


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【第2話】衝撃と焦燥

「…ねぇ、吹雪見て。11時の方向」

「えっ?えーっと…何ですか、あれ」

「見た感じだと重巡ぐらいの大きさですが…こんな所に単艦で、しかも灯火をあんなに煌々と点けて…あんなの自殺行為ですよ」

 

三隻の視界の先には、夜間にも関わらず灯火を提灯のように灯して走る一隻の艦があった。

まだあまりにも遠すぎて艦形は分からないが、かなりの大型艦であることは容易に分かる。

 

「…深海棲艦の可能性もあるわね」

「でも重巡クラスが単艦でこの海域に居るなんて、絶対おかしいです…それに、深海棲艦が灯火なんて点けるでしょうか」

「うーん、民間船舶ってわけでもなさそうだし…まさか、外国の艦だったりして?」

「幾ら何でもこのご時世に通常艦艇を運用する馬鹿な国もいないでしょうよ…でも、確かめる必要はありそうね」

「…大丈夫ですかね、いきなり発砲してきたりしないでしょうか」

「無いとも限らないわね。慎重に行きましょう」

 

三隻の中には一抹の不安があったが…もしもあれが深海棲艦であったとすれば、ここで見過ごしてしまうことで味方に甚大な被害を与えてしまうかもしれない。

そんな思いから、其々がいざという時は自分達が犠牲になるという覚悟を持って、不明艦に向けて近づいて行くのであった。

 

「日本艦隊、尚も接近。針路変わらず…距離15!」

 

電測妖精が艦隊の接近を知らせる。

ーー彼我の距離は既に30kmを切っていた。

相手がミサイルを撃ってこないのは僥倖だが…相手がレーダーを使用していない以上、彼女はミサイルによる攻撃は想定していなかった。

しかし、日本艦隊の標準的な駆逐艦が装備している魚雷は《超音速魚雷》もしくは《61cm酸素魚雷》の何れかであるが、両者共に20km〜30km以上の驚異的な射程を誇る。

つまり、もしも相手に交戦の意思があれば、いつ魚雷を放っていたとしてもおかしくない距離だ。

 

(もしも予想が当たっていれば、必ず相手は停船命令を出してくるはず…一か八かね)

 

それでも万が一に備え防御重力場の出力は上げている、彼女は決して油断はしていなかった。

 

「敵艦より発光信号!!」

「内容は!?」

 

副長妖精と共に、彼女も眼前の駆逐艦へ向け食い入るように双眼鏡を構え、覗き込む。

 

『コチラハ日本海軍第20駆逐艦隊所属、駆逐艦吹雪。所属不明艦ニ告グ、旗艦ハ日本国ノ領海ニ接近シテイル。直チニ停船セヨ。指示ニ従ワヌ場合ハ攻撃モ止ム無シ、攻撃モ止ム無シ』

 

ーー艦内にヒヤリと緊張が走る。

 

「発光信号用意、機関後進一杯!!」

「了解、発光信号用意!機関後進一杯!」

 

そして彼女の号令に合わせて、艦橋に居た全員が忙しなく動き出す。

そしてそれはアールヴァクからの返答を受けた、吹雪の艦橋でも同じ様だった。

 

『コチラ、ウィルキア王国近衛艦隊所属、駆逐艦アールヴァク。我ニ敵意ナシ、我ニ敵意ナシ』

 

聞いたこともない国の名前、そして明らかに重巡洋艦クラスを遥かに凌ぐ大きさ…しかも有ろう事か、当人は自分を駆逐艦だと自称している。

 

(見た限りでは深海棲艦じゃ無いみたいだけど…一体全体何者なんですか…?)

「見たことも聞いたこともない艦影をしていますね。あの主砲…どう見ても20cm以上、しかもとんでもない長砲身です。本当にアレ駆逐艦ですか?独国のシャルンホルスト…いや、アドミラル・ヒッパーよりもデカいですよ」

 

双眼鏡を覗いていた副官妖精が感嘆の声を上げる…無理もない。

吹雪型駆逐艦の基準排水量は1,680t、満載排水量でも2,260t。

それに対して彼女は基準排水量15,750t、満載排水量は19,470tと…日本海軍の保有する最大の重巡洋艦、高雄よりもずっと重く、吹雪とアールヴァク両者の間には、ほぼ十倍近い差があるのだから。

 

(やっぱり、攻撃はしてこなかった…これって)

 

今でこそ帝国に占領されてしまい、敵対しているものの、元々ウィルキアと日本は同盟国だ。

この時彼女は、自分が“開戦前”の時間軸にタイムスリップした、と考えていた…それは不可解な日本艦隊の動きから、技術水準が低過ぎるのでは?と思ってしまったせいなのだが。

果たしてその考えは、当たらずとも遠からず。

ーー運命の女神は彼女の考えよりも、遥かに残酷なのであった。

 

「砲雷長、全ての砲門の仰角を上げて敵対の意思が無いことを向こうに示して!」

「了解!全砲門仰角上げます!!」

 

これに驚いたのは吹雪以下二隻だった。

 

「不明艦、主砲仰角上げます!」

「…あくまで敵対する意思は無い、ってことね」

「私があの艦に直接接触します、叢雲ちゃんと白雪ちゃんは周辺警戒を!」

「わかりました、お任せください」

「吹雪、アンタ一人で大丈夫なの?」

「大丈夫…私、頑張ります!内火艇用意!」

 

500mの距離まで近づいた吹雪は、改めて国籍不明の自称駆逐艦(アールヴァク)の大きさに圧倒される。

艦橋の形は高雄型重巡にやや似ているが、艦全体のシルエットが驚くほどスラッとしており全体に凹凸が限りなく少なく、まるでSF映画に出てくる宇宙船のようなデザインである。

そして艦の前側に背負式に設置された連装2基の大口径砲…しかし砲塔自体の大きさは限りなく小さい。

 

「…気を緩めないようにしなくっちゃ」

 

 

 

………

……

 

 

 

「初めまして!日本海軍トラック泊地第1鎮守府、第20駆逐艦隊所属の特型駆逐艦、吹雪型一番艦、吹雪です!」

「…吹雪さんですね、私はウィルキア王国海軍近衛艦隊所属。アールヴァク級重装汎用高速巡洋艦隊護衛型駆逐艦、一番艦アールヴァクです」

「えっ、えっと…重装汎用…?」

「重装汎用高速巡洋艦隊護衛型駆逐艦です、長ったらしいんで特装駆逐艦で結構ですよ」

「あっ、はい分かりました…アールヴァクさん、それであの、ウィルキア王国と言うのは…」

「えっ?」

「いや、あの、違うんです!ただ聞いたことが無かったんで、どこにある国なんだろうなーと思って!」

「……ウィルキアを、知らない?」

 

その瞬間アールヴァクは頭を何かでガァン、と殴られたような衝撃に襲われた。

タイムスリップまでは…ある程度、予想はしていた。

だが、目の前の少女は何と言った?確かに今、この少女はウィルキアを知らないと言ったのだ。

駆逐艦とはいえ、軍艦である彼女が隣国の…ましてや同盟国の名前を知らない筈が無い、いや、知ってなくてはならない筈なのに。

 

「…はい、ごめんなさい」

「そんな馬鹿なことって…ウィルキアと日本は同盟国ですよ!?」

 

そして、吹雪が重い口を開く。

 

「…我が国は現在、英米仏独と同盟しています。ですが、ウィルキアという国は聞いたこともありません」

 

それはアールヴァクが望んだ言葉とは、正反対の言葉だった。

ーーウィルキアという国は、聞いたことがありません。

 

「どうして?」

 

彼女の中で、何かが音を立てて砕けるような気がした。

 

「…え?」

「私は、あんなに、頑張った…のに……?」

 

彼女の目から、ぽたりと一雫の涙が零れ落ち…そしてゆっくりと彼女は、糸が切れた操り人形のようにその場に倒れこんだ。

 

「アールヴァクさん!?」

「艦長ッ!?」




書き溜めをしていると、後から後から矛盾点やおかしいところが見つかって、その度に何度も何度も書き直していく羽目になります。
歴史の分岐点みたいな物でしょうか。


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【第3話】失われた故郷

前回第2話の続きから書き溜めていたものを大幅に改変したので、尻切れ蜻蛉になっていた第2話の終盤を加筆しました。
誠に申し訳ございませんが、其方をお読みいただいてからお楽しみいただきますよう、お願い申し上げます。


 

 

誰かが私の名前を呼んでいる…その声で私は眠りから覚めた。

無数の配管が行き交い、LEDの照明がぶっきらぼうに照らす…無機質な天井だ。

一体どれ程の時間が経ったのだろう。

気がつけば、私は医務室のベッドの上に寝かされていた。

 

「……吹雪、さん?…私は、一体?」

「…よかった、アールヴァクさん、突然意識を失っちゃったんですよ」

「あれ…私?どうして」

 

ふと点滴の繋がれた先に目をやると、私の細い腕が、小刻みに震えていた。

 

「…ねぇ、吹雪さん」

「吹雪…でいいですよ、アールヴァクさん」

「私も、アルヴァでいいよ。ウィルキアは、この世界には存在しないの?」

 

ベッドの隣で、心配そうにアールヴァクの顔を覗き込んでいた吹雪…その顔が、曇る。

 

「えっと、アルヴァちゃん。その…ウィルキアっていう国は、どこにあるんですか?」

「ウィルキアは極東ロシア、カムチャツカ半島全域と、その西側海岸沿い…朝鮮半島の付け根辺りまでがその領土」

「カムチャツカ…樺太ですか。日本の、お隣さんなんですね」

「えぇ、そうよ。この世界では、そこには何ていう国があるの?」

「……今アルヴァちゃんが言っていた辺りは、こちらでは全てソ連、ロシアの領土ですので…そこに国は、ありません」

「…あ、はは。嘘だ、私の国が?故郷が、存在してないだなんて、ねぇ?あ、はははは、あはははははは……嘘だぁああああああああああああ!!!」

 

その瞬間、彼女は頭を抱え、狼狽する。

ギリギリと噛み締めた唇からは血が滲み、絹のような髪は振り乱したせいでボサボサになっていた。

嘘だと言って欲しかった。

…彼女の反応は至極当然のことだろう。

自分の産まれた国が、自分が命を懸けてまで取り戻そうとこれまで戦ってきた故郷が、この世界では初めから存在すらしていないのだから。

 

「嘘だ、そんなの嘘だ!!!ウィルキアが!?無い!!?そんな、そんなこと!!嫌ぁぁああああああ!!!!」

 

友軍の艦艇が、まるでプラモデルか何かのように次々と沈み逝く中…そんな最悪の状況の中、単艦で超兵器(化け物)を相手取らなくてはならない。

そんな過酷な戦場の中でも憶えなかった感情。

その時、彼女は産まれて初めて…絶望という感情を憶えたのである。

 

「…あ、アルヴァちゃん!!落ち着いて、落ち着いてください!!」

 

何とか錯乱するアールヴァクを宥めようとする吹雪…だが彼女は勘違いをしていた。

彼女はウィルキアを、この世界に存在していた国だと思ってしまったのだ。

彼女達『艦娘』がこの世界で初めて確認されたのは、人類が深海棲艦による攻撃を受け始めてから1年も経った後のこと…それまでにいくつもの国が深海棲艦によって滅ぼされてきた。

よって、彼女達は深海棲艦が現れる前の世界を知らない…勿論彼女らは第二次世界大戦の記憶は持っているが、自分の周りに関わりのあること以外の知識はない。

ーー即ち、吹雪はウィルキアがかつて存在した国で、深海棲艦によって滅ぼされた国だと思い込んでしまった。

 

「お願い、アールヴァクさん、落ち着いて!!」

 

一頻り泣き叫んだ後、生気を失ったような目のアールヴァクを、吹雪はそっと抱き寄せ…頭を撫でる。

 

「大丈夫、大丈夫ですから…ね?ここには敵は居ませんから、一緒に帰りましょう?」

 

だが、その勘違いも今のアールヴァクにとっては、どうでも良いことだった。

 

 

 

………

……

 

 

 

「君がアールヴァクか、報告書は読ませてもらった。私がこの鎮守府を預かっている飯山だ、この鎮守府、及び泊地に所属する全ての者に変わって君を歓迎する」

「…はい、こちらこそよろしくお願い致します」

「君の元居た世界とは、きっと色々と勝手が違うだろうから大変だとは思うが…暫くの間はここを母港だと思って遠慮なく寛いでくれ」

 

数時間後、アールヴァクは吹雪の率いる第20駆逐艦隊に連れられ、トラック泊地に居た。

そして飯山提督から、この世界にウィルキア王国は存在していないことを聞いた。

それどころか…そもそもこの世界には初めからウィルキア王国は、存在していた事すらなかった。

ついでに話の中で、今の世界が自分が戦っていた時代よりも100年以上も未来の世界だという事も知ったが…そんなことは最早どうでも良かった。

受け入れ難い事実。

だがそれは、アールヴァクにある種の諦めに近い感情を産ませ…それが良いか悪いかは別としてだが…悪く言えば空虚な、良く言えば冷静な思考を与えていた。

 

「はい、司令官。こちらこそ寛大な処置を頂き誠にありがとうございます」

 

堅苦しい…良く言えば礼儀正しいアールヴァクの挨拶に苦笑する飯山。

今まで駆逐艦といえば元気一杯な…と、言うよりも子供のような艦娘ばかりだったので、そのギャップに驚いた、と言う方が正しいだろう。

 

「はは、そう堅くならなくてもいいさ。今の君はゲストだ、まずはそうだな…風呂にでも入って、ゆっくり寛いでくれ。あ、そうだ案内は…おーい吹雪!!」

「はい、お呼びですか司令官」

「話は聞いていただろう、アールヴァクに軽く泊地を案内してやってくれないか」

「はい!任せてください!えっと、じゃあアールヴァクさん、私が案内しますね!」

「…ええ、ありがとう吹雪」

 

そう呟く彼女の眼は閉じられていたので真意を伺うことはできなかったが…吹雪の眼には、彼女の姿はとても、悲しそうに見えた。

 

 




次回からお待ちかねの戦闘シーンになる予定(カッコカリ)です。
かなり重たい話になるので、誰かが、犠牲になります。


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【第4話】異世界の駆逐艦・前編

 

 

 

「大きーい!!この大きさで私たちと同じ駆逐艦なの?」

「最上さんとか高雄さん達よりもずーっと大きいっぽい…?」

「スラっとして…すっごく綺麗なのです」

 

その頃、トラック諸島…トラック泊地、夏島の海岸付近の小山では、この泊地に所属する艦娘達が見慣れぬ大型艦に大興奮していた。

 

「あの甲板に敷き詰められたハッチみたいなものは何かしら…」

「うーん…艦橋にもペターっと、くっ付いてるのを見ると増加装甲っぽい?」

「陸さんの試作兵器の中に、砲弾が着弾する時に爆発して砲弾の爆発を分散させる装甲があるんだってよ。それと似たようなもんじゃねぇか?」

「それにしては甲板と艦橋だけに付けるって言うのもおかしな話よねぇ…一番被弾しやすい舷側にも付けるなら分かるけど」

「いやーしかし、異世界から来た…しかも重巡の私より大きい駆逐艦ですよ?これは大スクープになりますね!」

「そういえば、私は実際に見たことないからわかんないけど、吹雪の妖精さんが言うには…ドイツのポケット戦艦よりも大きいとか」

「戦艦並の、駆逐艦…ね」

 

目の前のアレで、駆逐艦なのだ。

アレが駆逐艦だと言うなら、巡洋艦は、潜水艦は、空母は、戦艦は、どんなバケモノだと言うのだ。

一同は互いに顔を見合わせ、あまりにも現実離れした想像と、それがあり得てしまうかもしれないという恐怖に沈黙した。

そして数分の間、吹雪が当の本人を連れてくるまで、その重苦しく気不味い沈黙は続いた。

 

「あ、皆揃ってますね!丁度良かった!」

 

周囲に漂う気不味い空気を察知したのか、益々暗い表情になるアールヴァク。

だが吹雪はそんな空気を知ってか知らずか、御構い無しに、まるで高価な玩具を見せびらかす子供のような笑顔で語る。

 

「えっと、紹介しますね!ウィルキア王国海軍近衛艦隊所属の、重装汎用…えっと、高速巡洋艦隊護衛型駆逐艦…あれ、ちゃんと言えてるかな…の、アールヴァクちゃんです!」

 

アールヴァクは自分を見る羨望と恐怖の混ざった眼差しに耐えきれずに、思わず目を逸らす。

そして、何とか艦娘達の方へ向き直り、どこか虚ろな瞳で虚空を見つめながら話し出す。

 

「…ご紹介に預かりました、正式にはウィルキア王国海軍近衛艦隊所属、重装汎用高速巡洋艦隊護衛型駆逐艦アールヴァクです。長くて覚えにくいと思いますので、特装駆逐艦アルヴァと呼んでください。皆さんどうぞよろしくお願い致します」

 

ぺこり、と彼女が一礼すると、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた彼女らであったが、我先にと一斉に自己紹介を始めるのであった。

 

 

………

……

 

 

キッカケは、それぞれが一頻り自己紹介を終えた後の睦月の一言だった。

 

「はぅー、しっかしアルヴァちゃんは凄いにゃぁ。あの主砲すっごい長いけど…一体何口径あるのかにゃぁ…」

「どう見ても55、いや…60口径以上はありそうなのです」

「アルヴァちゃん…良かったら、君の事色々と教えてくれない?」

 

戦艦や重巡組は聞いて大丈夫なのだろうか…と、恐怖や遠慮…色々な意味で質問したい気持ちをぐっと抑えて我慢していたが、そんなことは好奇心旺盛な駆逐艦達には関係無く…むしろ自分と同じ駆逐艦だということもあってか、自然とアールヴァクに対する質問タイムになるのは当然の流れだった。

 

「…ではまず主砲からお話ししますね。主砲は280mm電磁火薬複合速射砲が3基6門…口径は70口径ですが、威力や貫通力は55口径35.6cm砲と同等です」

「3…35.6cm砲と同等、しかも55口径相当だと?」

「…えぇ、そうです」

 

アールヴァクは何も面白いことなどない、というような口ぶりでそう言ったが、それを聞いた艦娘達の衝撃は計り知れないものだった。

更に言えば、その衝撃は駆逐艦達よりもむしろ巡洋艦娘と戦艦娘達が受けたものの方が大きかった。

何故ならば、日本海軍の保有する最大級の重巡洋艦の主砲が20.3cm。

それを遥かに上回る28cmというサイズだけでも驚異的だったが、口径は70口径…更に威力は35.6cm砲と同等、それも55口径だという。

 

「35.6cmの55口径って…それってつまり、金剛さん達を超えるってこと……?」

「金剛さん達の主砲は、確か45口径35.6cm砲でしたから…」

「戦艦より強い主砲を持った駆逐艦、か…」

 

誰かがそう、呟いた。




戦闘を楽しみにされていた方は申し訳ございません。
今回は少し長くなるので、前編と後編に分けさせていただきました。
戦闘シーンも続けて投稿させていただきますので、今しばらくご辛抱ください。


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【第5話】異世界の駆逐艦・後編

「それで、その電磁何とかって……。何ですか?」

電磁気火薬複合速射砲(ハイブリッド・ラピッドカノン)の事ですか。装薬で撃ち出された砲弾をローレンツ力によって追加加速させる、火薬と電磁気のハイブリッド式速射砲です。何らかの原因で電力の供給が不足したり途絶えたとしても、威力は激減しますが通常の砲として使用することが可能で、その場合はそのまま七〇口径・二八〇ミリ砲として機能します」

「何だか私にはよくわかりませんが、凄い物なんですね……」

「速射砲、ってことは……連射が効くの?」

「えぇ。通常時では毎分四〇発、必要電力量が増大するので極短時間ではありますが……最大で毎分六〇発の射撃が可能です」

「ま、毎分六〇発!?」

「戦艦の主砲弾レベルの砲撃を一秒に一発って……金剛さんの主砲の四五口径・三六センチ砲ですら毎分一・五発、単純計算でその四〇倍って、流石に冗談でしょ!?」

「……事実です。更に舷側の副砲には六五口径・五七ミリ、単装の同じく電磁気火薬複合速射砲(ハイブリッド・ラピッドカノン)を両舷に四基ずつ計八門。これは主に対空用ですね。威力は凡そ七〇口径・八八ミリ砲と同等で、連射速度は通常時で毎分九〇発。無理をすれば短時間ではありますが、こちらも毎分一百十五発まで射撃できますよ」

「こっちもこっちで凄まじいのです」

「対空用にその火力はちょっと過剰じゃ無いですか……?」

「私からも質問。艦橋の中央のアレはガトリング砲、よね? その上に乗ってる箱は何ですか?」

「あれは個艦防御用の近接防御火器システム(CIWS)で“パラシ”と言います。一門あたり毎分四千〜六千発の発射速度を持つ三〇ミリ・ガトリング砲を二門。上の箱は弾倉とレーダーユニットを兼ねていて、更にその横の筒状の物は短距離対空ミサイルの発射筒です、それが計八基ですね。それらを全て組み合わせて一つのシステムとして構成されています」

「その対空ミサイル、って?」

「そうですね……敢えて無理矢理日本語に直すのであれば、対空誘導噴式弾といったところでしょうか。対空用のロケットに自動追尾機能が備わったものと考えていただければ」

「誘導噴式弾、こんなものが敵にあったら……」

「別に珍しいものじゃないですよ。そもそも私の主兵装は、本来砲ではなくミサイルですから」

「ほ、他にもあるのか?」

「勿論です。対空用のスタンダードとシースパロー、対潜水艦用のアスロック、対地対艦用のタクティカル・トマホーク。後は敵の電子機器を妨害する電子撹乱ミサイル(ドミネーター)と、弾頭にポリ窒素火薬を用いて大爆発を起こす多用途炸裂弾頭ミサイル(ブリューナク)。この五種類ですね」

「ちなみになんだが……そのミサイルってのは、射程はどんくらいあるんだ?」

「物にもよりますが、基本的に射程は総じて30kmから150km程度ですね」

「も、もう何を聞いても驚かないにゃ……」

「……凄すぎて、理解の範疇を越えてるよ」

あまりに現実味のないアールヴァクの能力に半ば放心状態の艦娘達を他所に、世界最大最強の戦艦、大和が、申し訳なさそうに口を開いた。

「えーっと、アルヴァちゃん。悪いんだけど……私からもちょっと、色々と聞かせて貰っていい?」

「はい、何でしょうか」

「ありがとう。貴女は別の世界から来た、って話を聞いたんだけど……貴女の元居た世界のこと、少し聞かせて貰えないかしら」

「あっ、それ夕立も気になるっぽい!!」

「えぇ、いいですよ。ーーと言っても、私は竣工してから三ヶ月程で撃沈されたので、多くは語れませんが」

その瞬間、ただでさえ唖然として静まりきっていた艦娘達の表情が、一瞬にして凍りついた。

「三、ヶ月……?」

「えぇ、敵の超兵器と刺し違える形で……と、言うよりも、這々の体でようやく超兵器を沈めた後に来た、送り狼の航空攻撃で、ですけど」

アールヴァクは自嘲的な溜息を吐きながらぶっきらぼうに、そう言い放った。

「超兵器……」

実にチープなネーミングである。

だが、彼女の言葉から紡ぎ出される超兵器という言葉を聞いて、そう感じたものは誰一人として居なかった。

たかが駆逐艦一隻にあの大きさ、そして考えられないほどの重武装をしている世界の話だ。

その彼女を持ってして“超兵器”と言いせしめた兵器とは、一体どんな兵器なのか。

この場にいた全員が、震えていた。

「あの、アールヴァクさん。その超兵器っていうのは、どんな……」

そして誰かがその恐怖を、そして湧き上がる好奇心を抑えられなくなり、パンドラの箱を開けようとした……その時。

ーーウゥゥウウウーーーッッッ!!

島中に設置されたスピーカーが、不快な不協和音の絶叫を響かせた。

『敵襲!! 艦隊は直ちに出撃せよ!! 繰り返す、艦隊は直ちに出撃せよ!! これは訓練にあらず!!』

「ちっ、敵襲か!!」

「ごめんねアルヴァちゃん、また後で色々聞かせてね!!」

「よーし、総員出撃ぃーっ!!」

そしてただ一人その場に残されるアールヴァク。

ーーその彼女の目はただ一人、遠く迫る敵の大艦隊を捉えていた。




次回から戦闘になります。
…今度こそ。


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【第6話】怨嗟の声

ようやく必死の思いで戦闘シーンに漕ぎ着けました。
この話には残酷な描写が含まれています。


 

「…クソッ、深海棲艦の奴らめ!!選りに選ってこんな時に……」

 

飯山はパトロール中だった二式大偵からの報告に、一人デスクで歯噛みした。

 

「偵察機より入電!!『敵艦隊見ユ。トラック泊地ノ南東210浬ニオイテ、空母4隻ヲ中心トシタ有力ナ艦隊ヲ発見。敵ハ空母4、戦艦3、巡洋艦5、駆逐艦10隻。針路310度、速力22ノット』との事!!」

 

現在トラック泊地に停泊している艦は約20隻…但し、つい数日前に深海棲艦の急襲によって基地航空隊は壊滅。

現在本土に補充要請を出しているが、滑走路も敵艦隊の猛砲撃を受け復旧中。

虎の子の空母も数隻の護衛艦と共に輸送艦護衛任務についており、今の状況で出撃させられる航空機は数機の零式水偵と零観のみ。

それでも何もしないよりは遥かにマシだろう…そう判断するが早いか、飯山は直ぐに発艦命令を出した。

 

「水偵発艦急いで!!」

「よっしゃぁ、ようやく出番だぜ!!いっちょ敵さんのストーカーして来るとすっか!!」

「…威勢が良いのは良いことだけど、敵の制空隊に墜とされないように気をつけてね」

「大丈夫ですって、ご心配なさらず!!」

 

零式水偵のパイロット妖精達が、その眠い頭に自身で喝を入れる。

やがて各艦のカタパルトから勢いよく6機の零式水偵と3機の零観が射出され、敵艦隊が発見された方角へと扇状に飛んでいき…そして僅か10分の後、飯山の元へさらなる一報が入る。

 

「由良搭載の零観が敵の索敵機と接触、これを撃墜した模様!!」

「すぐに第一次攻撃隊が来るぞ!!大和、長門、陸奥の三隻を前面に展開させ敵機を誘引させる。古鷹、青葉、最上、三隈以下の艦艇は戦艦隊の内側に展開して撃ち漏らした敵を始末しろ!!」

 

トラック泊地の南東、花島水道を出た艦隊は敵攻撃に備え即時に防御体制を整える。

だが、この時艦隊は全員が空に意識が向ききっており…足下への意識がおざなりになっていたことを、後悔することになる。

 

「右舷距離300m、雷跡3!!」

「っ!?」

 

狙われたのは艦列の最後尾に居た朝潮であった。

突如として現れた雷跡に慌てた朝潮は面舵を一杯に取り、魚雷の迫る方向へと転舵しようとした…が、いくら軽快さが取り柄の駆逐艦とはいえ、艦隊運動の最中…更に言えば水道を出た直後の低速時を狙われてはひとたまりもなかった。

 

「駆逐艦朝潮、被雷ッ!!」

 

朝潮のやや右斜め前方を航行していた荒潮の見張り員が、悲痛な声で叫ぶ。

だがその声が彼の最期の声になった。

花島水道を抜けた先にはトラック泊地から出撃する艦隊を漸減すべく、夜陰に紛れて4隻のカ級がひっそりと待ち構えていたのだ。

先程朝潮を攻撃した1隻の僚艦が、荒潮の左舷へ向かって21inch Mk14魚雷4本を発射。

僅か700mの極至近距離で放たれたソレは、その全てが荒潮の船体へと吸い込まれていく。

そして荒潮の左舷へ4本の魚雷が命中し、ドンドンドン、と3回…命中したうちの1本は不発だった……途轍もない力で下から突き上げられる感覚と共に、荒潮の左舷に巨大な3本の水柱が上がる。

魚雷の穿たれた船体には大破孔が生じ、そこから急激に浸水し始めたのか、船体が急激に傾斜していく。

命中した魚雷のうち、船尾付近に命中した1本によって引き起こされた火災が荒潮が搭載していた爆雷へと引火…更に最悪な事に、その爆発で船体に突刺さっていた不発魚雷までもが誘爆する。

次の瞬間…辺り一帯を揺るがす規模の大爆発が起き、金属の軋む悲鳴のような音を立てながら荒潮の船体がまるで玩具か何かのように空中へと持ち上がる。

それは一瞬の出来事であったが…こうした惨劇を始めて目にする艦娘達には、まるで永遠かのように感じられた。

数秒後…海面に叩きつけられた朝潮の船体は竜骨が真っ二つに折れ、脱出しようとして海に飛び込んだ乗組員をも飲み込みながら、荒潮は海底へと没していった。

被雷してから、僅か1分30秒後の出来事である。

 

「対潜警戒厳となせ、対空対潜戦闘用意!!」

 

朝潮の被雷と荒潮の爆沈を目の当たりにしてしまった駆逐艦達は、戦友の仇を取るべく半ば半狂乱になりながら血眼で敵潜水艦を探し始める。

その甲斐あってか、雷と電の爆雷攻撃によってカ級1隻を撃沈する事に成功するものの…既に敵潜の大半は戦闘海域から離脱せしめており、必死の索敵、攻撃の殆どが徒労に終わったのだった。

そして更に大和の21号対空電探が艦隊に迫り来る敵機の群れを補足したことで、潜水艦狩りをしていた他の駆逐艦も慌てて陣形を組み直す。

 

「主砲三式弾装填、敵編隊の鼻っ面に叩き込みなさい!!」

 

潜水艦によって2隻の仲間をやられた艦隊は、完全に頭に血が昇っていた。

そしてその行き場のない怒りは敵編隊へとぶつけられる事になる。

 

「全砲門、一斉射ッ!!」

 

大和、長門、陸奥の三隻から、それぞれ45口径46cm砲…3基9門、45口径41cm連装砲…計8基16門の巨砲が、火山の噴火の如く咆哮する。

水面を抉り、大気を引き裂いて放たれたのは必殺の三式弾。

天に穿たれた25発の巨弾が織り成す破壊の咆哮が、地獄の底へ敵機を引きずり堕とさんと次々に殺戮の華を開いていく。

地獄の業火に咲いた魔性の華に見染められた者達は、次々とその魔手にと絡め取られていく…その中でも幸運な者は機体ごと爆散し、痛みさえ感じる間もないまま、一瞬のうちに意識が闇の中に消えることができた。

運の無い者は数千度の彩花に機体を焼かれ…地獄の苦しみの声にならない声をあげながら、その身もまた燃え盛り空を彩る花弁の一枚と化す。

そしてまた一機、また一機と、黒と橙の二色で紺碧の空を汚しながら、海面へ向かってひらひらと堕ちていった。

だが、咲き誇った魔性の華々の命もまた短い。

味方機が次々と焼かれる光景を目の当たりにしながらも、その命を自身の糧にするかのように、敵機の群れは歓迎のブーケトスをした(三式弾を放った)花嫁達の純白の衣装(艦娘達の身体)を鮮血で染め上げるべく、その刃を研ぎ澄ましていた。

 

 

 



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【第7話】血塗られた花道

 

 

 

『…全機、聴コエルカ!!敵ニ空母ハ居ナイ!!制空隊ノ一部ガ殺ラレタガ、我々ハ未ダ健在ダ!!』

 

眼前で文字通り味方編隊が消し飛ばされたにも関わらず、闘志を衰えさせるどころか(はらわた)を煮えくり返らせ、復讐心を露わにした深海棲艦機達。

そして彼等は巨大戦艦3隻の猛烈な対空砲火を物ともせずに邁進する。

 

『艦攻隊ハ、目ノ前ノ戦艦(デカブツ)共ト巡洋艦クラスヲ狙エ!!艦爆隊ハ二手ニ分カレ、駆逐艦ト敵ノ港湾施設、及ビ燃料貯蔵設備ヲ攻撃セヨ!!』

 

深海棲艦機の攻撃隊は、指揮官機の命令と共に一糸乱れぬ動きで上下に散開。

艦隊からは次々と対空砲火が彼等に向かって撃ち込まれていくが、彼等は味方の死など、まるで気にしていないかのように編隊を崩さずに艦娘達に迫る。

深海棲艦の艦上攻撃機、TBD(デヴァステイター)は最高時速が300km/hというお世辞にも決して性能の高い機体ではない。

護衛の艦上戦闘機も大半が旧式のグラマンF4F(ワイルドキャット)であったが…決して多くはない数ではあるがF4U(コルセア)が混じっていた。

先も言ったように、F4Uの数は決して多くはない…だが、第一次攻撃隊の戦闘機隊110機のうち、およそ30機がF4Uであり、そのうちの15機が対艦攻撃の支援に回されていた。

 

「右舷より敵雷撃機4、左舷より6、来ます!!」

「何としても撃ち落として!!」

「…!?敵戦闘機から何かが、ロッ、ロケット弾です!!」

「何ですって!?」

 

だが、そのF4U(コルセア)こそが曲者だった。

コルセアにはHVAR(5インチ高速空対地ロケット弾)が1機につき8発搭載されていた。

つまり、大和、長門、陸奥の3隻に対して、合計120発ものロケット弾が同時に襲いかかってきたのである。

 

「回避!!取り舵一杯!!」

「とーりかーじいっぱーい!!」

 

それに対して3隻の巨艦は急速回頭で回避を試みた…だが、HVAR(ロケット弾)の速度は音速を優に超える。

ただでさえ戦艦は舵が効き始めるのは遅く、それも対空戦闘中に敵の雷爆撃機から狙われている中での急速回頭は生じる隙が大きくなる。

既に面舵が効き始めている中で取り舵を取るには、何もかもが遅すぎた。

それでも3隻がリスクを承知の上で急速回頭を選んだのは、対空火器の減殺を恐れた為だった。

HVARは弾頭重量が21kgと、魚雷や爆弾に比べれば遥かに少ない…だが高々防弾シールドで守られた程度の対空火器を黙らせるには十分すぎる程の威力がある。

無論、対空銃座要員とて黙ってそれを見過ごしていたわけではない。

7.7mmや12.7mmは言わずともがな…13mmや25mm機銃が狂ったように火を噴き続ける。

だが、現代のCIWS…コンピュータが自動で判断して迎撃を行う多銃身機関砲ですら、迫り来る全ての脅威を迎撃するのには力不足であるのに…音速を超えるスピードで迫り来る、直径たったの127mmのロケット弾を人力操作の単銃身機銃が、それらを全て撃墜するのは土台無理な話だった。

それでも奇跡的に数発が火線に巻き込まれて爆発…破壊されるが、無数のロケット弾が艦娘達に吸い込まれていく。

 

「きゃぁあっ!?」

「被害報告急げ!!」

「上部構造物に多数被弾ッ、対空機銃座と高角砲がかなりやられました!!」

「マズイな、クソッ…無事な銃座は交代要員を着けて、何とか撃ちまくれ!!」

「後部甲板にて火災発生!!」

「応急消化作業急げ、早く火を消し止めろ!!」

 

コルセアからのロケット弾攻撃で、三隻とも対空銃座の4割以上が沈黙。

その隙を雷撃機達が見過ごす道理は無かった。

 

「右舷雷跡8、左舷雷跡5!!」

「狼狽えるな!!この程度で大和は沈まん!!」

「ああっ、長門が…!!」

 

そして、遂に大和と長門、そして陸奥は左右から各8本以上の魚雷の直撃を受け、行き足が鈍る。

そこに追い討ちを掛けるように艦爆隊の攻撃が迫っていた。

 

 

 

………

……

 

 

 

レーダーに無数の機影を捉え、アールヴァクの艦内も蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。

 

「…総員、対空戦闘の用意を。お願い」

「了解、対空戦闘用意!!」

「たいくーう、せんとーうよーいッ!!」

 

カーンカーンカーンという警報音と共に全艦にアナウンスが流れ、妖精達が大慌てで配置につき、同時に艦内の隔壁も全て閉鎖していく。

 

「対空、見張りを厳と成せ!!」

「艦長ッ…飯山提督からの連絡はまだですか!?」

「…まだ来てないよ」

「しかし、このままじゃ交戦どころか…自衛すらままならないですよ!?」

「わかってる…!!今も外で皆が戦ってる、なのに、私は何もできなくて…!!」

 

アールヴァクの言葉に、艦橋に何とも言い難い重たい空気が流れる。

どんな時でも、味方を守る為に最前線で戦ってきた彼女…だからこそ、そのやり切れなさは、相当のものだった。

レーダーには無数の敵に攻撃を受けている艦娘達が、中には撃沈されたと思わしき反応もあった。

 

「艦長!!提督です、飯山提督から通信です!!」

「…っ、こっちに回して!!」

『アールヴァクか、飯山だ。聞こえるか?』

「はい、聞こえます…状況は!?」

『状況は芳しくない。現在我が艦隊が果敢に迎撃を行なっているが…この泊地が敵の猛爆撃に晒されるのも時間の問題だろう』

「…っ、それは!!」

『この鎮守府は、我々が死守する。この戦争は我々の戦争だ…君達を巻き込むわけにはいかない。時間がない、急ぎ西方の西水道から離脱。横須賀へ向かってくれ』

「…提督。私達の世界では、ウィルキアと日本は同盟国でした」

『だが!!』

「そして私は、ウィルキアの艦。誇り高きウィルキア王国近衛艦隊(ガーズ・フリート)の所属です…私が何を言いたいか、もうお分かりですね?」

『……』

「…これより我々は艦隊、及び泊地を攻撃する敵攻撃隊を排除。そして、敵艦隊への強襲を敢行します」

『アールヴァク。本当に、すまない…我々を、あの子達を……頼む!!』

 

 

 




更新が遅くなってしまい、申し訳ございません。
次回から駆逐艦アールヴァク初の本格的な戦闘描写になります。


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【第8話】反撃の狼煙

 

「主砲、目標よし! 射撃用意よし! 方向監視員、監視よし!」

 

 妖精達の間で指示が飛び交い、対空戦闘の準備が完了したことが知らされる。

 

「機関始動、両舷前進強速…敵が来る前に水道を抜けるよ」

 

「了解!!機関始動、両舷前進全速!!」

 

「とにかく、まずは友軍戦艦に取り付いてる敵機をESSM(シースパロー)で追っぱらうよ。総員、これよりセクター45……目標、大和に張り付いてる1615(ヒトロクヒトゴー)から1654(ヒトロクゴーヨン)までを目標群(アルファ)。セクター52、他の2隻に張り付いてるのを目標群(ブラボー)と呼称する。前部VLS、1番から6番まで解放。それぞれ3発ずつ放て」

「了解!前部VLS1番から6番まで解放。各セル、発射弾数3発……目標諸元入力」

 

 火器管制を担当する妖精がアールヴァクの指示に従い、すぐさまコンソールを操作する。

 CICのディスプレイに表示された俯瞰図、前部VLSの一部がスタンバイ状態の黄色から発射可能を示す緑色へと変化した。

 

ESSM(シースパロー)、諸元入力完了!」

 

 火器管制妖精の報告にアールヴァクは目を閉じながら頷き……そして、答えた。

 

「右対空戦闘、CDS指示の目標。シースパロー、攻撃始め」

 

 砲雷妖精も、それに応じる。

 

目標番号(トラックナンバー)1615(ヒトロクヒトゴ)から1654(ヒトロクゴーヨン)、シースパロー撃ち方始め!!」

 

 号令を聞いた火器管制妖精が即座に目の前のパネルの発射スペースを押す。

 同時にディスプレイ上のVLSのうち6区画が発射中を示す点滅へと変わり、ミサイル発射の小刻みな振動がCICにも伝わる。

 やがて全てのESSM(シースパロー)が発射されると振動も収まり、ディスプレイ上の点滅も青色へと変わった。

 

「シースパロー順調に飛翔中。弾着まで10秒」

 

 一方その頃……飯山艦隊の艦娘達は、襲い掛かってくる敵機の猛攻に傷付き、満身創痍といった有様であった。

 直掩機の無い状況でこの規模の空襲は絶望的状況であり、一発も被弾していない艦は一隻たりとも存在していなかった。

 ある者は被雷し、浸水が発生。またある者は爆撃を受け艦橋が吹き飛ばされ、またある者は機銃による掃射を受け、既に艦隊全体の戦闘能力は大幅に損なわれていた。

 

「ひ、左舷側より高速で飛来する物体有り!!数20以上!!」

 

 万事休すか──彼女達が諦めかけたその時。

 ──戦場に神風が吹いた。

 

「目標到達まで5秒前。4、3、2、スタンバイ……目標命中(マークインターセプト)目標番号(トラックナンバー)1615(ヒトロクヒトゴ)から1631(ヒトロクサンヒト)1634(ヒトロクサンヨン)1639(ヒトロクサンキュー)、ターゲットキル!!」

 

 突如として、上空を飛び回っていた深海棲艦機が一斉に“爆散”したのである。

 

「な、何が起きてるの!?」

「分かりません!!敵機が突然、爆散しました!!」

「そんなことって……まさか!?」

 

 突然の事態に呆気に取られる艦娘達だったが、その中で一人。大和だけが、唯一この攻撃の正体に気が付いた。

 

「よし、いいよ。シースパロー、発射待て」

「シースパロー、撃ち方控え」

「次行くよ。目標、目標群(ブラボー)に変え。シースパロー攻撃始め」

「了解、シースパロー撃ち方始め!!」

 

 そしてまた、アールヴァクの艦体からESSMが次々と発射される。

 ESSMの速度はマッハ3にも及び、更に最大で50Gの旋回にも耐えられる……その攻撃はこの時代においては決して外すことのない、神の矢だ。

 

「友軍艦隊に通信繋げ」

「通信、繋ぎます」

『──こちらウィルキア王国海軍近衛艦隊(ガーズフリート)所属、特装駆逐艦アールヴァク。これより皆さんを援護します』

 

 彼女のこの一言が、飯山艦隊所属の艦娘達の士気に与えた効果は凄まじい物だった。

 何しろ次から次へと襲い掛かって来ていた敵機が、急速にその数を減らしていくのだから。

 

(何ダ、何ガ起キテイルノダ…?!)

 

 驚いたのは艦娘達だけではない。

 深海棲艦機達は驚愕と動揺を隠せないでいた。

 次から次へと、どこからともなく飛翔してきた超高速のロケット弾が、まるで意志があるかのように正確に自分達に襲い掛かってきたのだ。

 そうこうと考えているうちにも、周りの味方はバタバタと落とされていき、ようやく指揮官機がこの攻撃の異常さに気がついた頃には、何もかもが手遅れであった。

 

『退避……ッ、全機退避シロ!!』

 

 今更退避を命じられたところで、逃げる場所などあるはずがない。

 しかし、それでも退避を命じざるにはいられなかった。

 

『逃ゲロ、逃ゲロ!! モット速ク……速ク!!』

 

 突然の攻撃に混乱していた深海棲艦機達は、指揮官機の指示を受け、ある者は高空へ逃げようと急上昇……ある者は急旋回で振り切ろうとし、ある者は海面へ向かって急降下する。

 しかし、音の三倍以上の速さで飛行するジェット機を撃墜する為に作られたミサイルにとっては、旧式のレシプロ機など空中で静止しているにも等しい。

 そして当然の如く、神の矢から逃げ切れる者は誰一人として居なかった。

 

「目標群(アルファ)及び(ブラボー)、全機撃墜!!」

「シースパロー、攻撃やめ」

「了解、シースパロー撃ち方やめ」

 

 だが、アールヴァクの攻撃の手が止むことは無い。

 まだ泊地を爆撃しようとしている敵編隊を残しているからだ。

 

「新たな目標。セクター72の敵爆撃隊、あいつらを見逃す訳にはいかないからね。……MPBM(ブリューナク)、攻撃用意!」

「艦長!? いぇ……了解、MPBM(ブリューナク)攻撃準備完了」

「……発射!!」

斉射(サルヴォー)!!」

 

 そしてまた、アールヴァクの艦体からシースパローよりも数段重たい音を立てながら、4発の大型ミサイルが次々と発射されていく。

 そしてその目標とされた艦爆隊は、まだ知らない。

 自分達に災厄が迫っているという事実をーー。

 

 

 




今日は調子に乗って二本立てでお送り致しました。
対空戦闘の描写は数多くの参考資料を元に再現していますが、実際のものとは異なります。
フィクションということで、多めに見ていただけると幸いです。


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【第9話】斯くして彼等は空に消えた

※2019/5/15 改稿
2年経ち読み返したところ、
やや読みづらかった箇所があったため修正致しました。


 基地攻撃に向かっていた深海棲艦機達は、秩序立った編隊飛行を崩していなかった。

 だが彼等とて、味方編隊に起こった異変に気がついていなかったわけでは無い。その黒い眼には闘志の炎が灯りながらも、動揺の色が隠しきれていなかった。

──此方(こちら)にはあの鬱陶しい対空砲火を黙らせられる新型のロケット弾がある。人類側に目ぼしい航空戦力は既に無い。今日こそ完全に奴らの息を止める日だ。

 出撃前のブリーフィングでは、そう聞かされていた。

 この作戦に参加した誰もが、覆しようのない一方的な戦い(“ワンサイドゲーム”)になる。そう思っていた。

 実際はどうだ。全てがあの“たった一隻”によって、まるで角を全て取られてしまったオセロの盤面のように、何もかもがひっくり返されてしまったではないか。

『ーー全機、聞ケ。戦闘機隊ハ私ト共ニ、アノ艦ニ突貫セヨ。艦攻隊ノ仇討チダ、何トシテモ奴ヲ……殺セ!!』

 突如として現れた、光り輝き白煙の尾を棚引かせる何か。

 それらはまるで意思があるかのように彼等の機体だけを狙い、撃ち落としていった。

 その一方的かつ的確な、まるで家畜の屠殺を彷彿とさせる、戦闘ではなく作業とでも言いたげな光景を目の当たりにした深海棲艦指揮官機。

 その心中は動揺を遥かに超え、ただ“復讐"の二文字だけが支配していた。

 復讐鬼と化した彼が下した号令と共に今、艦爆隊のTBD七〇機が急激に高度を上げ、更にF4FとF4U、合わせて四〇機が海面へと急降下する。

 しかし、災厄の女神の抱擁は貪欲であった。

 彼らの眼前の遥か彼方、例の奇怪なシルエットの艦から、大量のロケット弾が白煙を引いて飛来するのが見えた。

 ーー否、見えてしまったのだ。

『クソッタレ、マタ()()()()()()()ダ!! ブレイク、ブレイク!!』

 放たれたミサイルの名はブリューナク。

 神話においては、投げれば稲妻と成りて敵を死に至らしめ、必ず勝利が齎されるとされる灼熱の神の魔槍。

 ブリューナクは全長六・一五m、直径五二〇ミリの大型のミサイルで、最高速度は時速八八〇キロメートル。この大きく鈍重な亜音速巡行ミサイルは、()()()()()()到底対空用途に適するような代物ではない。 

 ブリューナクは()()()、窒素を一千七百度の高温、一百十万気圧の高圧で圧縮して精製される“ポリ窒素爆薬”を弾頭に用いているとしている。

 このポリ窒素は、TNTの一・五倍の威力を持つトリメチレントリニトロアミン(“RDX”)の五倍以上の威力を誇り、弾頭重量が二五〇キログラムのブリューナクでは、TNT換算で凡そ二トン分の破壊力となる。

 しかしTNT二トン分の加害半径というのは、精々半径五百メートル程度であり、航空機相手には空間制圧用としてもあまり満足のいくものではない。

 そこで、ブリューナクはポリ窒素爆薬をそのまま爆弾として使うのではなく、“核融合反応”のトリガーとして使用することにした。

『核に原子爆弾を使わない、クリーンな核兵器』

 ーー()()()()である。

 原爆を核融合プロセスの起爆剤にしないため、深刻な放射能汚染を引き起こすことがない。

 ブリューナクはその使用に制限が掛からない()()()()()()として完成された。

 更には迎撃を困難にし、効率的な破壊を行うべく、親弾頭の中に五つの弾子が格納される方式。即ち()()()()()()()()になっている。

 刃を研ぎ澄ました四発の魔槍は、空に浮かぶ命全てを搦め捕ろうとせんと花開き、その触手を伸ばしていく。

「着弾まで十秒」

 僅か一瞬で味方を蹂躙せしめた誘導ロケット。

 その驚異を目の当たりにしていた彼等は、何としてでもそれらを回避すべく必死に機体を制御し、機動していた。

 ところがそのロケットは先程までとは異なり、今度はまるで自分達を避けるかのように飛翔していることに僅かに違和感を憶える。

 ーーその感覚は結果として正しかった。

 だが、その一瞬の違和感は怒りと殺気に当てられた彼らには霞と消え、誘導装置の故障か何かだろうと、あらぬ期待をさせてしまう程度であったのもまた事実である。

『……? 何ダカ知ランガ、敵ノロケットハ速度ハ速イガ決シテ百発百中デハ無イ!! 恐レル事ハ無イ、血祭リニ上ゲテヤレ!!』

一騎当千の歴戦の猛者が戦意を失いかけた味方を鼓舞し、その鼓舞に焚きつけられた益荒男(ますらお)達が敵を殲滅せしめんと、勇猛果敢に突撃していく。

そこまでは彼らの良く知る、戦争の光景だった。

「着弾五秒前。三、二、弾着……今!!」

だが、彼らが知る“戦争”は、瞬く間に白色に輝く閃光の奔流に飲み込まれ、そこで終わった。

(グッ!! 何、ガーー!?)

 自分達の身に何が起こったのか。理解する間も無く、彼らの身体は“宙”へと叩きつけられていた。

 ある意味では皮肉だが、それを理解する間もなく絶命できた事が幸運であったかもしれない。

 弾頭に搭載されたポリ窒素爆弾の爆発。それによって瞬時に水素原子の核融合反応が引き起こされ、その反応が次の反応を呼ぶ。

 弾子一発当たりの威力は、TNT換算で凡そ三五〇トン。二〇発全て合わせたエネルギー量は、TNT換算で七キロトンにも及ぶ。

 その威力は大都市をも一撃で消し飛ばす程の絶大であり、想像を絶する筆舌に尽くしがたい程の純粋な破壊と暴力の権化が、深海棲艦機達に襲いかかった。

 無数の巨大な火球が、空一面を喰らい尽くすかのように急速に膨れ上がり、音速を優に越える猛烈な爆風を伴って、辺り一面を無慈悲に破壊の渦へと飲み込んでいく。

 爆心地から数百メートルの位置に居た者は、熱線によってジュラルミン製の機体ごと瞬時に蒸発させられ、此の世に存在して居た一切の証を残すことを許さなれなかった。

 辛うじて急降下が間に合った機体も、その爆風からは逃れられず、瞬時に機体をバラバラに粉砕され、ほんの数瞬空へと吹き戻しで吸い込まれた後、海面へと叩きつけられ絶命した。

 そして、一体どれ程の時間が経った頃だろうか。

 先ほどまで空を支配するように飛び回って居た、一百十機もの深海棲艦機達の姿はどこにもなく。暗雲ひしめいていた空には、まるで丸くぽっかりと穴を穿ったように青空が広がり、その向こうには遠く、本物の太陽が顔を見せていたのであった。




ブリューナクの設定は完全にオリジナルです。
エースコンバットシリーズに登場するMPBMと名称は同じ……と、いうより元ネタですが、威力を水増しする為にポリ窒素爆弾を用いた純粋水爆という設定を取り入れました。
そもそもポリ窒素爆弾で純粋水爆が作れるのか?というと甚だ疑問ではありますが、そこは鋼鉄世界の超技術でどうにかしたのでしょう。
アヒル戦闘機とか作っちゃうような世界だし、多少はね?


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【第10話】正気と狂気は写し鏡に似て

「第一次攻撃隊ヨリ入電。敵戦艦小破二、中破一。巡洋艦小破一、中破一トノコトデス」

「……狙イ通リ敵ノ対空火力ハ衰エタ筈、直グニ第二次攻撃隊ヲ発艦サセナサイ」

「了解、第二次攻撃隊発艦ヲ急ゲ!!」

 艦隊を指揮するモンタナ級戦艦、ニューハンプシャー(“戦艦ル級flagship”)、彼女には絶対の自信があった。

「敵ノ航空攻撃ノ恐レハ無イモノト思ワレマスガ、コチラニハ例ノ“マジックヒューズ”モアルコトデスシ、直掩機モ爆装シテ攻撃ニ参加サセテハ如何デショウ?」

「ソウネ。タカガ十機ヤ二〇機程度ナラ、戦艦ノ対空砲火デモ十分落トセルデショウ……良イワ、アナタノ意見ヲ採用シマショウ。最低限ノ直掩機ダケヲ残シ、戦闘機ニモ爆装サセナサイ」

「了解シマシタ」

 既にトラック諸島には碌な航空戦力が無いことは分かっていた。

 彼女の絶対の自信を強固なものにしているのが、“マジックヒューズ”と呼ばれる対空用の近接信管、VT信管の存在である。

 40ミリ以上の砲弾に装着できるこの信管は、これまでの時限信管とは大きく異なり、信管から微弱な電波を発信する。そして、敵機から跳ね返ってくる反射波をドップラー効果によって距離を検知し、一定の距離に近づくと起爆するというものだ。

 従来の時限信管を用いた対空砲火では、その命中率はおよそ2500発に1発程度が関の山であったのに対し、このVT信管を用いた場合の命中率はおよそ700発に1発。その命中率実に約3・5倍という驚異的な水準まで向上したのである。

 敵が航空戦力を殆ど持たない以上、第一次攻撃隊が新兵器のHVAR(高速ロケット弾)によって敵艦隊の対空砲を沈黙させてしまえば、続く第二次攻撃隊の全力攻撃で直掩機のいない艦隊などあっという間に無力化できる。

 その後は戦艦と巡洋艦による猛烈な艦砲射撃で、この戦闘は終止符が打てる(“チェックメイト”)

 ニューハンプシャー(“戦艦ル級flagship”)が計画、立案した作戦は過去その全てにおいて完璧だった。

 そしてそれは今回も──その筈だった。

「第一次攻撃隊ヨリ入電!! 未確認ノ新型ト思ワレル重巡クラスノ艦ヲ確認、新型艦カラノ()()()()()()()()ニヨッテ艦攻隊ガ……ゼ、全滅シタ模様」

 異世界の軍艦(“イレギュラー”)──、それは彼女の完璧な作戦を綻ばせるには余りにも強力過ぎる力だった。

「……聞キ間違エデハナイノ?」

「ハイ、間違イアリマセン!! 我、コレヨリ()()()ニ対シ突撃ヲ敢行ス……以上デス」

「待チナサイ、後ハ戦艦隊デモ十分ヨ。ココデ無駄ナ損耗ヲスル必要ハ無イワ、直グニ帰投サセテ」

「了解、直グニ帰投命令ヲ……ッ!?」

 その瞬間、彼女達が見ていた世界から色が失われた。

 放たれた一本の魔槍(“ブリューナク”)の閃光は世界を白一色で塗り潰し、永遠にも感じられるほど長い一瞬が過ぎーー、世界に失われた色が戻った時、その空には本来()()()()()()()幾つもの太陽が浮かんでいた。

「ナ、何ガ起キタ!? 誰カ報告セヨ!!」

「ワッ、ワカリマセン……目ヲ、目ヲヤラレマシタ!! トラック諸島ノ方デ、何カガ爆発シタヨウデス!!」

「火薬庫ノ引火ニヨル爆発デハ無イノカ?!」

「違イマス!! 島デハ無ク、空ガ、空ニ太陽ガ……!!」

「コレハ、現実ナノカ……夢?」

「神ヨ……」

 眼前に浮かぶ無数の太陽。人智を超越したそのある種神々しさすら覚える光景に、如何に歴戦の深海棲艦達と言えどその心は浮き足立ち、受け止めきれない程の強大な精神的ショックによって、遂には本来深海棲艦が持たない神への祈りを捧げる者まで現れていた。

 ──彼女ただ1人を除いて。

「愚カナ……神ナド此ノ世ニ居ナイワ。神ナドト言ウノハ、所詮人間共ノ創リ出シタ、自ラノ罪カラ逃レ縋ル為ノ幻想ニ過ギナイ!! 目ヲ覚マシナサイ、サモナクバ……私ガコノ手デ介錯スルワヨ」

 ニューハンプシャー(“戦艦ル級flagship”)は自らの長大な主砲をゆっくりと旋回させ、その砲口を味方へと向ける。

 その彼女の言葉と行動は、未だ混乱冷めやらぬ今の深海棲艦達の正気を取り戻すには充分だった。

「各艦、状況ヲ報告シナサイ」

「……サウスダコタ(“戦艦タ級elite”)、異常ナシ」

「……インディアナ(“戦艦タ級elite”)、異常ナイワ」

レキシントン(“空母ヲ級elite”)、異常アリマセン」

ヨークタウン(“空母ヲ級”)、異常ナシ」

ホーネット(“空母ヲ級”)、同ジク異常ナシ」

エンタープライズ(“空母ヲ級”)、異常ナシ」

 艦隊の主力たる戦艦と空母が我に返った事により、巡洋艦と駆逐艦も次第と落ち着きを取り戻し、乱れていた艦隊の足並みが徐々に元の整然さを取り戻していく。

「第一次攻撃隊ハドウナッタ」

「第一次攻撃隊カラノ通信、途絶シマシタ」

「……一機モ残ラズニ全滅シタトイウノカ」

「先程の爆発は恐ラク敵ノ新兵器ニヨル攻撃カト……」

「ソンナコト、トックニ分カッテルワ……作戦ハ続行ヨ、第二次攻撃隊ノ発艦ヲ急ガセナサイ」

「デ、デスガ……敵ノ攻撃ノ正体ガ掴メナイママ作戦ヲ続行スルノハ危険デス!!」

「狼狽エルナ!! アレ程ノ威力ガアル兵器、ソウ何発モ撃テルモノデハナイワ……ソレニ、想像シテミナサイ。アノ兵器ガ、我等ノ巣ノ頭上ヘト降リ注グ日ヲ」

「……ワカリマシタ。直チニ第二次攻撃隊ヲ発艦。ソノ後ハ艦隊速力ヲ上ゲ、戦艦隊ノ砲撃デ一気ニケリヲツケマショウ」

 彼女達の心には既に失敗の二文字は無い。

 ──何故なら彼女の作戦は完璧なのだから。

「全艦ニ告グ、作戦ニ変更ハ無イ。第一次攻撃隊ハ恐ラク壊滅シタガ、所詮ハ人間ドモノ最期ノ悪足掻キ……奴等ノ全テヲ奪イ、殺シ、食ライ尽クシナサイ!!」

 ニューハンプシャー(“戦艦ル級flagship”)の言葉。

 ()()な彼女によって立てられた()()な作戦。それさえ信じていれば、()()()()()勝てる。

 やがて深海棲艦達の正気は、その魂に刻み付けられた狂気へと変わっていくーー。




2年以上間が空いてしまい、本当に申し訳ありません。
謹んでお詫び申し上げます。


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【番外編】設定、及び用語解説 その1

【深海棲艦】

日本へ侵攻する深海棲艦は、史実の第二次大戦で敵国であった主に米英仏蘭露等の連合国タイプの艦船が確認されている。

逆も然りであり、日独伊等の枢軸国タイプの深海棲艦は史実の連合国側を侵攻していることが確認されているが、詳細は不明。

また、同一の艦船が複数個体存在する模様。

上位の艦艇には艦娘と同様、本体と思われる艦艇とリンクした“メンタルモデル”と呼ばれる人間型のユニットが存在しており、人間と同等若しくはそれ以上の知性を保有していると思われるが、思考形態が不明な為、これまでに意思疎通に成功した事例は無い。

 

区切り

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メンタルモデルは人類が用いる既存の言語とは異なる未知の言語を用いており、日本語話者には日本語に、英語話者には英語に聞こえるという原理不明の性質を持っている。

可聴域での音声による会話以外にも無線の要領で電波を発信し、遠距離でも相互に会話が可能。

この特性から深海棲艦の通信を傍受する事が可能だが、何らかの方法で暗号化している模様であり、その解析は困難を極めている。

 

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人間を襲う理由、及び人類の兵器の姿を模倣している理由は不明。

既存の科学技術では何らかの現象により効果的な損傷を与えることは困難であり、人工衛星や航空機、ミサイル、潜水艦なども何らかの方法で即座に探知、無力化されてしまうため、艦娘、及び妖精の宿る“宿魂兵器”以外での撃退はほぼ不可能である。

 

区切り

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〜これまでの話に登場した艦艇〜

 

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【モンタナ級戦艦(戦艦ル級flagship)】

“ニューハンプシャー”

 

区切り

 

主砲として三連装五〇口径一六インチ砲、四基一二門を装備。

米艦型深海棲艦の中でも最強クラスの砲戦能力を持つ。

 

区切り

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【サウスダコタ級戦艦(戦艦タ級elite)】

“サウスダコタ”

“インディアナ”

 

区切り

 

三連装四五口径一六インチ砲、三基九門を主砲として装備。

強力な砲戦能力を持つ米艦型深海棲艦。

 

区切り

区切り

 

【レキシントン級航空母艦(空母ヲ級elite)】

“レキシントン”

 

区切り

 

搭載数七八機、最大速力三四・六ノットを誇る米艦型深海棲艦。

 

区切り

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【ヨークタウン級航空母艦(空母ヲ級)】

“ヨークタウン”

“エンタープライズ”

“ホーネット”

 

区切り

 

最大九八機もの搭載機数を誇る米艦型深海棲艦。

レキシントン級より大型だが、速力・対空兵装の面でやや劣る。

 

区切り

区切り

 

〜これまでの話に登場した機体〜

 

区切り

区切り

 

【TBDデヴァステイター(艦上攻撃機)】

《全長》 一〇・六七メートル

《全幅》 十五・二四メートル

《最高速力》 三三一キロメートル/毎時

 

区切り

 

【装備】

十二・七ミリ機銃×一挺(機首固定)

単装 七・六二ミリ機銃×一基(後部旋回銃座)

MkⅩⅢ魚雷×一発

または一千ポンド爆弾×一発

または五百ポンド爆弾×二発

または一百ポンド爆弾×一二発

 

区切り

区切り

 

【グラマンF4F-4ワイルドキャット(艦上戦闘機)】

《全長》 八・七七メートル

《全幅》 十一・五八メートル

《最高速力》 五十五キロメートル/毎時

 

区切り

 

【装備】

十二・七ミリ機銃×六挺(翼内)

一百ポンド爆弾×二発(爆装時)

 

区切り

区切り

 

【F4U-1Dコルセア(艦上戦闘機)】

《全長》 一〇・一六メートル

《全幅》 十二・四九メートル

《最高速力》 六五八メートル/毎時

 

区切り

 

【装備】

十二・七ミリ機銃×六挺(翼内)

三千ポンドまでの爆弾+HVAR×八発(爆装時)

または三千ポンドまでの爆弾+FFAR×八発(爆装時)

 

区切り

区切り

 

【ダグラスSBD-3ドーントレス(艦上爆撃機)※本編未登場】

《全長》 九・八〇メートル

《全幅》 十二・六五メートル

《最高速度》 四百二キロメートル/毎時

 

区切り

 

【装備】

十二・七ミリ機銃×二挺(機首固定)

連装 七・六二ミリ機銃×一基(後部旋回銃座)

一百ポンド爆弾×二発

一千ポンド爆弾×一発

 

区切り

区切り

 

〜用語解説〜

 

区切り

区切り

 

【FFAR】

前方発射航空ロケット弾(Forward Firing Aircraft Rocket)の略。

 

区切り

 

《全長》 一・六五メートル

《直径》 一三〇ミリ

《重量》 三六キログラム

《飛翔速度》 七八一キロメートル/毎時

《有効射程》 一・六キロメートル

 

区切り

 

弾頭に二〇キログラムの炸薬を搭載した空対地ロケット弾。

 

区切り

区切り

 

【HVAR】

高速航空ロケット(High Velocity Aircraft Rocket)の略。

 

区切り

 

《全長》 一・八二メートル

《直径》 一百二七ミリ

《重量》 六三・四キログラム

《飛翔速度》 一五二九キロメートル/毎時

《有効射程》 四・八三キロメートル

 

区切り

 

FFARの後継として作られた、弾頭に二一キログラムの高性能炸薬を搭載する空対地ロケット弾。

 

区切り

区切り

 

【MPBM(ブリューナク)】

多弾頭多目的ミサイル(Multi-Purpose Burst Missile)の略。

 

区切り

 

《全長》 六・一五メートル

《直径》 五二〇ミリ

《重量》 一六五〇キログラム

《飛翔速度》 八八〇キロメートル/毎時

《射程距離》 二千五百キロメートル

《誘導方式》 GPS、INS、TERCOM、DSMAC2A、レーザー、CCD(可視光画像+赤外線画像)複合誘導方式

 

区切り

 

一九四二年に亡命ウィルキア軍が開発した艦載型対地対空多目的ミサイル。

政治的な理由から、対国内外を問わず“多目的ミサイル”という曖昧な呼称をしているが、その実態は多弾頭()()()巡行ミサイルである。

核反応を発生させる起爆剤(プライマリ)としてポリ窒素爆薬を使用する()()()()であり、通常の熱核弾頭ミサイルとは異なり、核分裂反応を経ずに核融合反応を引き起こし、深刻な放射能汚染を撒き散らさない事から、ウィルキア軍内では秘匿名称としてN2(No Nuclear)弾頭と呼称されている。

作中ではGPS等誘導方式の大半が使用不可能な状態のため、射程距離が大幅に減少している。

 

区切り

区切り

 

電磁火薬複合速射砲(ラピッドレイル・カノン)

アールヴァクの主砲、及び副砲に採用されている炸薬式・電磁投射式のハイブリッド式レールガン。

亡命ウィルキア軍内では速射型レールガンの開発も進んでいたが、発射時の膨大な電力消費を賄うには、超兵器機関搭載艦及び核融合炉搭載艦以外での運用は困難との結論が出ており、アールヴァク建造時には未だ核融合炉は実用試験段階であった為に搭載が見送られていた。

速射型ではないレールガンであれば通常動力艦でも運用することは不可能ではなかったものの、一対多での戦闘においては発射間隔が長い事は不利になるため、それらの問題を解決する代案として開発されたのが本砲である。

一対多での戦闘が優先される事自体異常なのだが、前世大戦においてはウィルキア帝国軍が無人/有人問わず膨大な数の艦艇を有しており、その戦力差を“個艦の質”で覆す必要に迫られた為、このような砲が開発される運びとなった。

単発の火力においては純粋なレールガンには劣るものの、艦砲用APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)によって超兵器などの重装甲目標に対しても一定の攻撃力を持つほか、“ERGM (延伸射程誘導砲弾)”(Extended Range Guided Munition)を使用する事で、従来砲と比べ大幅な射程の延伸、命中率の向上を実現した。




科学技術系の説明は色んな資料を漁って学んでいますが、作者は科学技術には疎いのであくまで空想科学技術として見てもらえると助かります。


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【第11話】太平洋、血に染めて

「敵機、全機撃墜しました」

「……日本軍の被害は?」

「駆逐艦荒潮が敵潜の雷撃によって撃沈されたようです。そのほか戦艦長門、陸奥、大和の3隻が敵航空機によるロケット弾攻撃と雷撃を受けて陸奥が中破、大和及び長門が小破。幸い航行に支障は無いようですが、巡洋艦以下の艦艇にもそれぞれ被害が出ている模様です」

「そっか……荒潮さん、間に合わなかった……」

 艦隊護衛型としても作られたアールヴァクには、味方を守れなかったという強い虚しさが心臓を抉るようにグサリと刺さる

「艦長。お言葉ですが、嘆いてる暇はありませんよ。……まだこの海域に敵潜水艦が潜んでいる可能性は高いですし、すぐに第二次攻撃隊が迫ってくるでしょう。艦隊が敵戦艦の攻撃圏内に入るのも時間の問題です」

 だが状況は非情にも、アールヴァクが自責の念に駆られる時間すらも与えてくれない。

「そう、だよね……。まだやらなきゃいけないことは、沢山残ってる」

「艦長、ご指示を」

 やりきれない思いを胸に抱えたまま、それでもアールヴァクは戦う。否、戦わざるにはいられなかった。

(……残った艦だけでも、守り切って見せる)

「うん……まず敵潜水艦の脅威を払う、対潜戦闘用意!!」

「了解、対潜戦闘用ォ意ッ!!」

 カーンカーンカーン!! というけたたましい鐘の音と共に艦内が再び慌ただしくなる。

「アクティブ捜索始め!」

 朝潮が撃沈されてから凡そ20分足らず。前世の大戦中期に登場した戦略型原子力潜水艦ならいざ知らず、大戦初期型の技術水準しか持たないこの時代の潜水艦は戦略原潜と比べると可潜艦と言っても過言ではない程度の性能しか持たず、水中速力はどんなに速くても精々5〜15kt程度。

 先に撃墜した深海棲艦機が、前世の大戦初期の米軍の機体であった事を考えると、深海棲艦は米軍の装備を模倣している可能性が高い。

 そうなると、先程朝潮を雷撃した潜水艦は米軍が大戦初期に使用していたガトー級、若しくはバラオ級である可能性が濃厚だった。

 とはいえ、水上艦に対する潜水艦の優位は相当なものであり、相手の練度如何によっては手痛い反撃を食らう可能性もある事を考えると、決して油断はできない。

「航空機も即時待機させて。RASH-(ロクロク)66は対潜警戒、SV-(オスプレイ)22は荒潮の要救助者を捜索」

「了解、航空機即時待機。準備出来次第発艦!!」

「おっしゃあ待ってたぜ!! ようやく俺らの出番だな!!」

「朝潮ちゃんの敵討ちだ、敵潜を血祭りに上げてやろうぜ!!」

 航空機発艦用意の号令を受けて、今まで出番のなかった航空機搭乗員達は我先にと自らの愛機へと走る。

「駆逐艦朝潮より入電です」

「内容は?」

「“先ニ荒潮ヲ雷撃シタ艦ハ、潜水艦“カ級”ト思ワレル。十分ニ警戒サレタシ――”、以上です」

「カ級……? 聞いたことのないクラスだけど」

「はい、艦内のデータに該当する艦艇は存在しませんでした」

「……戦闘が終わったら詳しく話を聞く必要がありそうだね。これから先、敵の戦力が分からないんじゃ対処のしようがないよ」

「了解しました。もしかすると、こちらの世界では同一艦でも我々の世界とは名称が異なる可能性もありますね」

「……艦娘は前世の日本艦と同じだったんだけどね。通信士、朝潮に打電して。内容は“忠告ニ感謝スル。仇ハ必ズ討ツ”」

「了解」

 

 

 

………

……

 

 

 

『……何ダ、アノ艦ハ。識別表ニ無イ艦ダナ、新型カ?』

 日本の艦には見慣れない全身鼠色の、凹凸の少ないのっぺりとした艦体。

 艦橋の形はどこか高雄型重巡洋艦に通ずる意匠ではあるものの、艦全体が高雄型のそれよりも大きく、どこか軍艦というよりは宇宙船のようなスマートな印象を受ける。

 そして何より、普通であれば煙突から濛々と立ち上っているはずの黒煙が一切見られないのも異様であった。

『艦隊旗艦殿、サッキノ凄マジイ爆発ハアイツノ仕業デハ……?』

 ブリューナクの純粋核による攻撃。その巨大な爆発は、海中に潜んでいた潜水艦にも艦全体が揺さぶられる程の大きな揺れとして感じ取れる破壊力だったのだ。

『ワカラン。確カニ奇妙ナ見タ目ダガ、ソンナ破壊力ヲ持ッテイルヨウニハ見エナイガ……』

 未知の艦に対する警戒。それは、深海棲艦側にとっても同じ事であった。

『艦隊旗艦殿、見タトコロ奴ハ独行ノヨウデス。三番艦ハ殺ラレマシタガ、コッチハ護衛ノ駆逐艦ハ見当タリマセン……今ガ戦功ヲ立テルチャンスデハ?』

『……ソウダナ、ドコマデイッテモ所詮ハ水上艦ヨ。水ニ浮カブモノガ水ニ潜ム我ラニ叶ウ訳ガ無イ、ヨシ攻撃ダ。群狼戦術(ウルフパック)デ行クゾ、魚雷戦用意!』

 だが、深海棲艦達は味方艦を沈められた事で、それが自らの破滅を招く事になるとは夢にも思わず、かえって闘志に火が点いてしまっていた。

『了解、魚雷装填完了』

『ヨシ、我ガ艦ノ魚雷発射ニ続イテ全門斉射シロ。アイツヲ沈メレバ勲章モノダゾ……前部魚雷発射管、1番カラ6番マデ。全門斉射(フルファイア)!!』

 艦隊旗艦のバラオ級(カ級flagship)の掛け声と共にMk14魚雷が勢いよく扇状に発射される。そして間髪置かずにアールヴァクを左右から挟み込むようにして二番艦のガトー級(カ級)からも6本の魚雷が、合計12本の魚雷が発射された。

『ヨシ、潜望鏡下ロセ。以後潜望鏡深度デ無音航行ニ移ル』

『了解』

 

 

 

………

……

 

 

 

「レーダーに感、潜望鏡を探知……目標は潜水艦らしい!!」

「尻尾を掴んだ、絶対に逃さないで」

「了解、測的始め!!」

「艦長、航空機即時待機完成しました」

「ん、わかった。準備出来次第発艦させて」

「了解。間も無く航空機発艦する」

「航空機発艦!!」

 アールヴァクの後部飛行甲板から、ローターの先端が空気を叩くバタバタというけたたましい音を立てて数機のヘリコプターが闘志を剥き出しにして発艦していく。

 全体的にスラッとしたUFOの様な見た目の機体、RASH-(シーコマンチ)66が発艦を終えると、格納庫内のエレベータから一際大きな、主翼を畳まれテッポウウオのようなシルエットのSV-(シーオスプレイ)22が姿を現す。

 RAST(Recovery Assist, Secure and Traverse)と呼ばれる装置によって格納庫から飛行甲板に運ばれると、機体上部の畳まれていた主翼を展開する。

 その大きさは日本軍の零式水偵や一〇〇式司偵は言うに及ばず、四式重爆をも超え、一式陸攻とほぼ同じ、爆撃機並の大きさである。

 主翼を展開したSV-(シーオスプレイ)22は、その翼端部の巨大なエンジン部分を上に傾け、その巨体を軽々と垂直に浮かび上がらせてみせた。

「航空機、発艦完了!!」

「魚雷音探知!! 本艦に接近する雷数4!! 070度、250度、共に距離1.5!!」

「魚雷回避運動始め!!」

 アールヴァクのガスタービンエンジンがキィイイイン……と、まるでジェット戦闘機のような音を立て、エンジンの回転数を最大まで引き上げる。

「……ぐぅう、なんて凄まじい加速だよオイ!!」

「無駄口は叩くな、舌を噛むぞ……って、痛ぇっ!!」

 アールヴァクの最大速力は魚雷艇やミサイル艇の速度を裕に上回る69.8kt……時速にして約130kmにも及び、乗組員には立っていられない程の凄まじい重力加速度がかかる。そのため、アールヴァクの乗組員は一部を除いて全員が4点式シートベルトを着用している。

「取舵030!!」

「了解ッ……とォーりかァーじ030!!」

(くっ……生身だと、こんなに加速がキツいなんて。でも、ヴェルナー艦長達はこれに耐えてたんだから……!!)

「取舵回頭を行う!! 総員何かに掴まれ!!」

 彼女に搭載された新型高効率ガスタービンエンジンはアールヴァクの決して軽く無い艦体重量を物ともせず、グングンとその艦体を巨体に見合わない、“アールヴァク”、まさに太陽を引く馬の名に相応しい、まるで疾風のようなスピードへと加速させていく。

ECM(電子妨害)攻撃始め。FAJ(Floating Acoustic Jammer(投射型静止式ジャマー))、MOD(Mobile Decoy(自走式デコイ))発射始め!!」

「艦長、誘導魚雷である可能性は低いと思われますが」

「念には念を、だよ。万が一があるかもしれないからね」

「了解しました、艦長がそうお考えならば。FAJ、MOD発射始め!!」

「魚雷推進音、遠ざかります!! 全弾回避した模様!!」

「よっしゃ、反撃の時間だ!! 気を引きしめろよ。対潜戦闘、VLA(VL-ASROC(垂直発射型対潜ロケット魚雷))攻撃始め!!」

「VLA攻撃始め、射線方向052度」

「射線方向クリア」

「VLA発射始めよし」

「VLA用意」

「用ォ意……撃てェーッ!!」

 掛け声と同時にVLA担当妖精がコンソールの横にあるスイッチを押し込むと、アールヴァクの前甲板上のVLSハッチが開き、勢いよく白煙を引いてASROCが敵潜の潜む海面上を目掛け飛翔する。

「ミサイル飛翔中(アウェイ)、VLA発射終わり」

 その頃、アールヴァクを完全に見くびっていた深海棲艦カ級潜水艦は、思わぬしっぺ返しに大混乱に陥っていた。

『ワ、我ガ艦ノ後方カラ魚雷推進音!! 距離550(ヤード)!!』

『回避シロ!! メーンタンク注水、下ゲ舵一杯!! 最大戦速、深度200、急ゲ!! ダイブ、ダイブ(潜れ、潜れ)!!』

 ASROC(Anti Submarine Rocket)はロケットモーターを使い高速で空中を飛翔し、予めセットされた目標地点上空でロケットモーターを分離。その後、パラシュートで弾頭部の魚雷が着水し、敵潜水艦に向かって自立誘導を行う。

 狙われた潜水艦はデコイや機関の停止など、あの手この手で魚雷を欺瞞する必要があるが、誘導魚雷など殆ど運用されていないこの世界においては、その対処法も確立されておらず、水中速力も遅いガトー級(カ級)バラオ級(カ級flagship)に逃れる術は無かった。

『ギ、魚雷カラ探信音!! 逃ゲキレマセン!!』

『ナッ……ソンナ馬鹿ナ!?』

『魚雷音尚モ接近……300、200、100……!!』

『作戦中止!! 直チニコノ海域カラ離脱スル!!』

『チッ、畜生アノ悪魔メ!! グアッ、クソッ浸水ガッ!! ウワァァァアアッッッ!!』

 瞬間、ガトー級(カ級)の艦尾部分にASROCの弾頭であるMk46魚雷がゴォォオオンという轟音と共に高速で衝突。ガトー級の船殻を貫き、致命的な威力の大爆発を起こす。

 その爆発はガトー級(カ級)の艦尾魚雷発射管に装填されていた魚雷をも誘爆させ、艦尾に空いた破孔から大量の海水が流入。途方も無い水圧により、遂にカ級は大爆発を起こし、悲鳴のような金属音を立てながらグシャグシャに圧壊した。




擬音って使いどころが難しいですね……
※2019/6/5 一部誤字があったので訂正しました


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【第12話】深海への呼び声

「VLA弾着」

「攻撃評価を行え」

「艦長。圧壊音確認、および弾着地点に浮遊物多数視認しました。撃沈と思われます」

「おぉ!! やったぞ!!」

「敵艦撃沈だ!!」

 初の敵艦撃沈にCIC中が湧く中、アールヴァクは一人冷静に敵潜水艦の行動パターンを分析していた。

(……深海棲艦は今のところ米軍の旧式装備を模しているようだし、さっきの魚雷攻撃はそれぞれ左右方向からほぼ同時にやってきた。これが米軍式の群狼戦術(ウルフパック)なら、3隻1組で行動している筈……日本軍の無線では潜水艦1隻撃沈の報があったから、残りは1隻は確実だよね)

 米軍式の群狼戦術は正式には調整攻撃グループと呼ばれ、通常は3隻で1つのチームを組んで行動する。時には最大4チーム12隻程で活動する事もあるが、水道入り口付近での待ち伏せ奇襲攻撃であることを考えると、大軍が潜んでいる可能性は低いと思われた。

「皆、喜んでるところ悪いけど、まだ最低でも一隻。どこかに潜んでる筈だから、絶対に探し出して」

「よし、お前ら浮かれてる場合じゃねぇぞ!!」

「HS(Hunter Submarine(対潜哨戒ヘリ))、ソノブイ投下」

 先に発艦していた2機のRASH-(コマンチ)66が、スタブウィングに懸架した投射機から海面にソノブイと呼ばれる水中聴音機を次々と投下していく。

 投下されたソノブイは水中で圧縮空気によってクラゲのように水面上に漂う無線通信機部分と、水中で傘の骨のように開く聴音機部分に分離する。

 ソノブイにはパッシブソーナーを搭載したパッシブ・ソノブイとアクティブソーナーを搭載したアクティブ・ソノブイ、更にそれらに指向性の有るものと無いもの計4種類があり、基本的には敵潜水艦の潜伏が予想される海域にパッシブソナーを一定の間隔でばら撒く。ソノブイに搭載されたパッシブソナーが潜水艦らしき音を探知すると、ソノブイが探知報告を知らせてくるため、その周辺にアクティブソノブイを投下することで敵潜水艦の位置をほぼ正確に探知することができるという仕組みだ。

「機長、3番ブイが何かを聴知した模様」

 先程RASH-(コマンチ)66が投下したソノブイは、DIFAR(指向性低周波捕捉)ソノブイというパッシブソノブイの一種で、通常のパッシブソノブイと異なりコンパスと指向性受波機を搭載しているため、大まかな敵潜の方位を知る事ができる。

「2番ブイにも反応あり、敵潜は南進している模様」

「了解。SRS(ソノブイ参照システム)の反応からして、もう間も無く1番ブイをオントップ(上空通過)する筈だ。アクティブの投下用意をしておけ」

「了解、ソノブイ投下用意」

HSI (水平状況表示器)OPTI(上空通過表示器)表示が出た。ソノブイ投下5秒前、3、2、1……投下」

「ソノブイ投下」

 投下されたソノブイは先程までのものとは異なり、アクティブソーナーを搭載している。このソノブイに搭載されたアクティブソーナーはピンガーと呼ばれる探信音を出し、音の跳ね返りを利用して敵潜水艦の確実な方位と距離を探知することができる。更にアールヴァク搭載機、RASH-(コマンチ)66が装備しているアクティブソノブイはDICASS(指向性指令探信)ソノブイであり、指向性の送信機と全指向性の受波機を搭載し、投下母機からの指令で探信を行うことで高精度で潜水艦を探知することができる。

「ソノブイ探知、方位後方125度」

「ようやく見つけたか……アクティブ捜索始め!!」

「了解、アクティブ捜索始め」

「ソーナー探知!! ドップラー高い、目標は潜水艦らしい!!」

「HS、短魚雷投下」

 その頃、アールヴァクを襲った深海棲艦の潜水艦隊旗艦であるバラオ級(カ級flagship)は突如自らの真横から鳴り響いた探信音に驚愕していた。

「何故ダッ……!? アノ艦ノ付近ニハ護衛艦ハ居ナカッタ筈ダ、パッシブモ“奴”ノスクリュー音シカ探知シテイナイ筈ダゾ!!」

 そして次の瞬間、バラオ級(カ級flagship)は自艦の後方から“例の魚雷”の推進音が突然聞こえてきたことに気がついた。

「クソッ、マサカコイツハ我々デモ未ダ試作研究段階ノ、パッシブホーミング魚雷ダトデモイウノカ!! ソウダトスレバ、アルイハ……」

 そう思うが早いか、バラオ級(カ級flagship)は先程まで最大出力で動かしていた機関を急激に停止させ、後部の魚雷発射管から4本の魚雷を自らを追尾している魚雷目掛けて発射した。バラオ級(カ級flagship)を追尾していたMk.54魚雷の誘導方式は“パッシブホーミング式”ではなく、自ら探信音を放ち更にスクリューの音紋を識別して追尾する“アクティブホーミング式”なので、その程度の誤魔化しが通用する筈も無いのだがーー運命の悪戯なのか、偶然にもバラオ級(カ級flagship)が発射したMk.14魚雷4本のうちの1本が突如としてMk.54の直前で自爆した。

 これはMk.14魚雷の欠陥に起因する“紛れ”だったのだが……結果的に爆発で周辺に強力なバブルプレスが生まれ、RASH-(コマンチ)66が放ったMk.54はそのバブルプレスに下から持ち上げられるようにして中央からポッキリとへし折られてしまった。

「HSより通信、“先ほどの短魚雷攻撃は攻撃評価不明、再攻撃の要有り”」

「……まさかMk.54が初期型の潜水艦相手に外すとは」

「水中爆発音の前に敵潜から魚雷注水音を聴知しました、敵潜は我が方の魚雷を迎撃したのでは?」

「この時代の技術水準では考えづらいけど……」

「まぐれかもしれませんが……敵潜侮りがたし、ですな」

「艦長VLA攻撃を行います」

「次は必ず当てて、絶対に逃がすわけにはいかない!!」

「了解!! VLA攻撃始め、射線方向130度」

「VLA用ォ意……撃てェーッ!!」

「VLA弾着!!」

 一方その頃、魚雷の誘導方式を見抜き(と、思い込み)機関を停止したバラオ級(カ級flagship)は、無音潜航で深度を少しずつ下げながら、じっと息を殺していた。

「クソッ、何ダト言ウノダ、アノ艦ハ……!! 何トシテデモ生キテ奴ノ情報ヲ持チ帰ラナケレバ……私ハ、コンナ所デ沈ム訳ニハ行カナイ。先ニ散ッタ同胞達ノ為ニモ……」

 しかし、幸運とはそう何度も続くものではなかった。

 奇跡的にMk.54魚雷を迎撃し、命からがら逃げ果せたバラオ級(カ級flagship)ではあったが、既にその運は全て使い果たしていた。そして最期の時が刻一刻と迫りくる中、死神の鎌が首にかけられ、その命が風前の灯であことを彼女は知る由もなかった。

「“人間ノ手先(虫ケラ)”ノ分際デ誘導魚雷ヲ使ウナドト舐メタ真似ヲ……!!」

 同胞を沈められた怒りに燃えていた彼女であったが、その表情は一瞬にして恐怖へと変わる。ピィィイイン……という甲高い不気味な音の探信音を立てながら、アールヴァクから発射されたASROCの弾頭部であるMk.44魚雷が、突如としてバラオ級(カ級flagship)のほぼ真上に出現したのであった。

「探信音、マサカ……アクティブホーミング式ダト……!? ヒィイッ……ヤメロ、来ルナァッ!!」

 機関を停止させているにもかかわらず真っ直ぐに突っ込んでくる、自らの死を宣告するように近づく魚雷の音にバラオ級(カ級flagship)の精神は、なまじ自分に襲いかかる魚雷の性能を分かってしまった(・・・・)ことで、遂に限界を迎えてしまう。

「来ルナッ、来ルナァァァアアーーーッッッ!!」

 バラオ級(カ級flagship)の必死の叫びも虚しく、Mk.44魚雷は上方から正確に船体後部へと突き刺さり、凄まじい気泡と爆発で、その船体をまるで瓦割りのように叩き割ったのであった。

「攻撃評価を行え」

「艦長、圧壊音を確認しました。また、HSが海面上に多数の浮遊物を視認したそうです」

「ご苦労様。VLA攻撃やめ」

「VLA攻撃やめ。目標破壊(ターゲットデストロイ)

「このままHSは現海域にて敵潜水艦の捜索を続行、生き残りがいるかもしれないから入念にね。私達は敵艦隊を迎え撃つよ、HSは作戦限界に到達したらトラック島航空基地に帰投せよ!! 以上」

「了解。潜水艦を撃沈した、対潜戦闘用具収め」

「針路1(ヒト)-1(ヒト)-0(マル)、第4戦速。各部、対空、対水上警戒を厳となせ!!」

「了解、針路1(ヒト)-1(ヒト)-0(マル)。第4戦速!!」

「……もうこれ以上、誰もやらせはしない」

 ――そう一人呟いたアールヴァクの目は、悲しみと怒りの混じり合った、複雑な海の底のような色をしていた。




今回は難しい用語を多く使い過ぎてしまったような気も…反省
次回、お待ちかねの艦隊決戦。
追記……縦書き表示にした時にアルファベットの羅列は読みづらいので一部訂正、削除しました


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【第13話】不条理な現実

「艦長。基地司令官、飯山中将より通信が入っています」

「了解。こっちに繋いで」

 チュィィイイイン……という雑音(ノイズ)と共に、CICのスピーカーから飯山中将の声が流れる。

「アールヴァク、聞こえるか。基地司令の飯山だ」

「こちらウィルキア海軍駆逐艦アールヴァク、感度良好」

「……この度は貴艦を我々の戦いに巻き込んでしまい、本当に申し訳ない。日本国の軍人を代表して、心より深くお詫び申し上げる」

「いえ。私はあくまで同盟国の艦艇として、果たすべき任を果たしたまでのことです」

「貴艦には非常に感謝している。いくら感謝しても感謝しきれないほどだ」

「差し出がましいようですが、私には過ぎたお言葉です。結局私は……荒潮さんを守りきれませんでした」

「荒潮については非常に残念だった、だがそれは貴艦の責任ではない。元はと言えば、これは我々の戦いなのだ。貴艦が居なければ、この基地も今頃は瓦礫(がれき)の山だったことは想像に難くない……貴艦が負い目を感じる必要は微塵も無い」

 アールヴァクの胸がズキリ、と痛む。負い目を感じる必要は無いと言われたとはいえ、当事者として責任を感じずにはいられないのが人情だ。

「……そう、ですか」

「それに、貴艦にはまるで追い討ちをかけるような真似で申し訳ないのだが……非常に酷な事を言わなくてはならない。貴艦の処遇についてだ」

「私の、処遇……?」

「過去こちらの世界では現在に至るまで、歴史上ウィルキアという名の国は存在しない。これが国同士の戦争でないという点が救いなのだが、本来であれば貴艦は所属不明艦……もし、それを戦闘に参加させたことが公にでもなれば、国民は、特に野党は紛糾(ふんきゅう)するだろう。それを避けるためにも、貴艦を守るためにも、貴艦を暫定(ざんてい)ウィルキア政府として、改めて同盟を締結(ていけつ)する必要がある」

「……と、(おっしゃ)いますと」

「同盟締結の為、貴艦には本土へ向かってもらいたい。そこで貴艦には暫定ウィルキア政府として、我が国と正式に同盟の締結を行なってはもらえないだろうか」

「それは私は一向に構いませんが。その口振りですと……何か他に問題がありそうですね」

「アールヴァク。君の存在は、この不毛な深海棲艦との戦いを終わらせる切り札になり得る。貴艦のその力を欲しがる国はごまんと居るだろう……それが新たなる火種、人間同士の戦争の引き金になり得る可能性も、ある」

「……人間同士の、争い」

「特にソ連や中国、アメリカが嗅ぎつけでもしたら、この深海棲艦との戦いで暫定的に手を結んでいるだけの(いびつ)な、砂上の楼閣(ろうかく)のような同盟関係が崩れ去ることも大いに有り得る」

「そんな……っ!!」

「残念なことだが、人間とは所詮(しょせん)その程度の生き物なのだよ……自分より強い力を、他者が占有することを許し難い生き物なのだ」

「……私はただ、皆を守りたいだけなのに」

「ただでさえ兵器が自我を持つなど、と糾弾する者も少なくない。兵器は黙って人間に使われるべきだ、とな……彼らの言い分も一理ある。いつ、その砲口が自分達に向かないとも限らない」

 世界中の、特に沿岸部に位置する国々の大多数の市民達は、自分達の身の安全を守ってくれている艦娘に対し非常に肯定的かつ友好的な者が多い。

 しかし、内陸国や一部の沿岸国では、戦闘で艤装に修復不可能な損傷を負い、やむなく艤装を解体し軍を辞め、一般市民となった元艦娘達への誹謗中傷や傷害事件などが度々発生していることも、また然りである。

 事実、日本国内においても対深海棲艦戦争の真っ只中であるにも関わらず、国会議事堂前では“艦娘反対”の声を唱えるプロ市民団体の集会が毎週のように行われており、親艦娘派の市民達のデモ隊と時折衝突を起こし暴動が発生。警察や陸軍が鎮圧に当たる事件が数回起きている。

「で、ですが……私は!!」

「わかっている。君にそんな気持ちが微塵(みじん)もないことなど、この老いぼれにだって手に取るように分かる。だがしかし、実際に戦争の空気に触れていない人間──。君たち艦娘と触れ合ったことのない人間にはそれがわからん」

「……では、私は。どうすれば良いのでしょうか」

「一つだけ、考えがある。但し、それは……同時に君に辛いことを押し付けることにもなる」

「聞かせてください」

「君が、現在この世界に存続している73ヵ国、全てと同盟を結ぶことだ」

「世界中の国、全てと……?」

「……そして、この深海棲艦との戦争が終わったら、君の艤装を、艦体を解体することだ。そしてそれは同時に“暫定ウィルキア政府の解体”をも意味する」

 暫定ウィルキア政府の解体──。それが意味する事は、ウィルキアという国の存在が、この世界から()()されるということと同義であった。

「……っ」

「君が元の世界に帰る方法が見つかれば、全てにおいて優先的に支援することを約束しよう。だが、もしも君がこの世界に残るのであれば……我が国は君を()()()として、ひとりの()()()として……全力で守って見せる」

「……それ以外に、道は無いのですね」

「君の心中は察する。しかし──、あくまで今の君は、国際的には国籍不明の不審艦という扱いだ。本来であれば、海賊船として撃沈という処分が下っても何の不思議もない。武人として、助けて貰った身でこんな事は言いたくないのだが……それが人間の決めたルールと言うやつなのだ。分かってくれ」

「……わかりました。他に私に生きる道が無いのであれば、そうするしかないのでしょう?」

「すまない……恩人にこのような仕打ち。私の事はどう思ってくれても構わん。だが、私の部下達を、この国の国民を、この世界の住人を、どうか悪くは思わないでやってくれ……ッ、この通りだ──ッ!!」

 そう呟いた飯山は、無線越しにすっくと立ち上がり、一抹の乱れも感じさせない動作で(こうべ)を垂れる。

 誇り高き日本海軍の軍人として。そして何よりも武人として、命の恩人に対して何もすることができない無力感と悔しさから、飯山はその表情を(こわば)らせ、握り締めた拳をわなわなと震わせていた。

「飯山司令。私は貴方を悪く言ったりはしません。この世界の人たちも……いつ自分達のその命が狙われるかもしれないともなれば、誰だって臆病にもなります」

 そしてアールヴァクは、彼のその如何ともしようの無い気持ちを、彼の武人としての誇りを、切に感じ取っていた。

「……アールヴァク」

「兎も角。目下我が艦は、当基地に迫る敵艦隊の迎撃に向かいます。詳しい話は、それからと言う事で」

「すまない、恩に着る……貴艦は補給の当ては無いだろう。我が基地の備蓄を融通する、使ってくれ。書類はこちらで何とかする、それぐらいのことはさせてくれ」

「お心遣い痛み入ります。しかしせっかくのお言葉ですが、我が艦に適した燃料弾薬があるとは……」

「その点は心配無用だ。我が基地の貯蔵庫から変化器を通す事で、貴艦が必要とする燃料弾薬へと変化する筈だ」

「それは心強いのですが、一体どういう原理で……?」

「恥ずかしながら我々にも、深海棲艦が出現したのとほぼ同時期に現れた“妖精達”のテクノロジーによって開発された……ということしか分かっていない。我が軍の技術廠(ぎじゅつしょう)のみならず、世界中の軍や大学などの組織が何度も分解や解析等を試みたそうだが、(いず)れも失敗している」

「……原理は不明、ということですか」

「正直、その通りだ。ただ一つだけ確実に言えるのは、既存(きそん)の技術の|何れにも当て嵌まらない未知の方法で作り出されたーー。(まさ)に“オーパーツ”とでも言うべき装置だ、と言うことだ」

「そんなもの、使って大丈夫なんですか?」

「リスク管理も何もないが、使えるものがそれしか無いとなれば、得体の知れない物だろうと何だろうと引っ張り出して使わざるを得ない程まで、戦力も物資も逼迫(ひっぱく)しているというのが、この世界の実情だ。(わら)にも(すが)る、とは……まさにこのことだな」

「……そこまで、人類は追い詰められているんですか」

「この装置だが、今のところ特に故障や不具合等といった報告はない。だが、生産される弾薬や燃料は、何故か艦娘以外の通常兵器や動力機関への使用はできないことが検証で明らかになっている。妖精達が言うには“霊力”が無い物には使用できないとのことだが……何にせよ、詳細は未だ不明だ」

「お話を聞かせていただいても半分以上理解できないところはありますが……まぁ、何はともあれ。補給の心配が無いのであれば憂いはありません、全力でやらせていただきます」

「すまない、私にできるのはこれが精一杯だ。彼女達を頼む……そして、必ず生きてここへ戻ってきてくれ」

「ええ、勿論です……では。通信終わり」

 飯山は一人、窓の外の海に浮かぶアールヴァクへ敬礼し、彼女が水平線の遥か彼方へとその姿が見えなくなるまで決して、その腕を下ろす事は無かった。その頬には、一条(ひとすじ)の涙が流れていた。




投稿が遅くなってしまい申し訳ございません。
今回はこの世界の実情として、艦これに対するこの作品独自の解釈がふんだんに盛り込まれております。
かなりダークな世界観であり賛否両論あると思いますが、これがこの作品の世界観です。
感想等、是非投稿して頂けるとありがたいです。


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【第14話】罪と罰

「これは……電測長、レーダーに艦影らしきもの多数確認。日本軍からの情報にあった深海棲艦の艦隊かと思われます」

 

「その可能性が高いな、艦橋に報告しろ」

 

「了解。艦橋、CIC。敵艦隊と思わしき反応を捉えた。真方位〇-五-〇、距離二十八マイル(約50km)、数四、本艦真艦首方向」

 

「距離二十八マイルか、近いな。相手のレーダーの性能を考えると、本艦を探知できるとは考えづらいが……」

 

 アールヴァクの艦体は高度にステルス化されており、レーダー反射断面積(RCS)は通常の非ステルス艦と比べて凡そ30分の1以下(一説には50分の1以下とも言われている)であり、これはレーダースコープ上に映るアールヴァクの大きさは魚雷艇程度の大きさにしか映らないという驚異的なものだ。

 しかし、前世の異常とも言える極端な軍事技術の進化は、この高度なステルス性を持ってしても気休め程度にしかならなかった。

 たかだか魚雷艇や駆潜艇程度の小型船を相手に、原子力空母をも一撃で撃沈せしめるような大型極超音速対艦ミサイルや誘導砲弾が雨霰のように降ってくることが当たり前であり、圧倒的な物量で普通なら見逃すようなレベルの相手にすら容赦のない攻撃を行うのが基本だった。アールヴァクが戦い抜いてきた戦場は、この世界においては気が狂っているとしか言いようがない戦場ばかりであった。

 それ故に今日のこの世界における彼女の戦闘力はまさに()()そのものであり、後世の戦史学者は「牛刀で鶏を捌くでは足りず、チェーンソーで小魚を捌くに等しい」と表現している。

 

「艦長。念のため目標と距離を取り、航空偵察の要有りと認みます」

 

「副長。念の為確認しておきたいんだけど、本物の米国艦隊って事は無いのかな」 

 

 万が一にもこれが本物の米国艦隊であれば、艦娘同士の同士討ちになってしまうのでアールヴァクの疑問は当然のことであった。

 厄介なことに、深海棲艦は見た目が実在する艦にそっくりなので、肉眼では遠目には敵か味方の識別が困難なことだった。しかもそれが稀に自国の艦も含まれるのだから尚更だ。

 彼女は知る由も無かったが、事実この世界では深海棲艦の特性が解明されるまで艦娘内での同士討ちがかなりの頻度で発生しており、当初は深海棲艦という未知の脅威が人類共通の敵ではなく、他国の陰謀や侵略の偽装工作と捉える国も少なくなかった。これが災いして、未知の脅威に対する人類同士の結束どころか人類同士で争いが起こり、結果として深海棲艦に対する対応が遅れたことで、幾つかの国が文字通り滅亡するという憂き目にあったと暗い過去があったのだった。

 

「はっ。日本軍から受け取った情報によれば、深海棲艦は固有の周波数の微弱な電波、及び音を放出しているとのことであり、これは電波に関しては既に先の会戦でデータは得られているので、解析可能です。また、深海棲艦は敵対行動時に固有のパターンの紋様が表面に発光して浮かび上がる現象が確認されているとのことです」

 

「わかった。何はともあれ、まずはアレが本当に敵かどうか見極めないとね。面舵一杯、航空機は即時待機させて」

 

「了解、面ぉ〜舵、一杯ぁい!!」

 

「航空機即時待機、準備出来次第発艦!!」

 

「HS、目標を赤外線映像で確認。小型艦20、中型艦6、艦隊中央に戦艦らしき大型艦3、後方に空母らしき大型艦4。輪形陣を組み、凡そ15ktで西進中!!」

 

「……こりゃまた、大艦隊ですな」

 

「目標より、微弱な電波発信を確認。識別完了、先の戦闘時のパターンと一致。目標を敵艦と断定します」

 

「これで完全に“クロ”だね。奴らを野放しにしては置けない、対水上戦闘用意!!」

 

「了解!! 対水上戦闘用意ッッッ!!」

 

 一方その頃、深海棲艦側には敵航空機発見の報を受けて動揺が広がっていた。

 

「ピケット艦ヨリ入電。対空れーだーニ感アリ、敵航空機ト思ワレル!!」

 

「電波送信ハ確認シタカ?!」

 

「イエ、未ダ電波ノ送信ハ確認サレテイマセン。運悪ク、飛行艇ノ哨戒コースニ当タッテシマッタノカモシレマセン……」

 

「エエイ、御託ハイイ!! アレガ我ラノ情報ヲ持チ帰ル前ニサッサト叩キ落セ!!」

 

「リョ、了解!! 全艦、対空戦闘用意!!」

 

 HSが最初に異変を捉えたのは艦隊中央の三隻の戦艦だった。三隻の艦体の表面に禍々しい光る刺青のような模様が浮かび上がると、その三隻が口火を切り、猛烈な花火のような対空砲火を撃ち出してきたのであった。

 それを皮切りに、周囲の駆逐艦や巡洋艦、空母までもが同じように発光し模様を浮かび上がらせると、HSはまるで流星群を逆さにしたかのような対空砲火に追われることとなった。

 

「キングフィッシャーよりアールヴァク、本機は現在敵艦隊より攻撃を受けている!!」

 

「了解キングフィッシャー、直ちに現空域を離脱。帰投せよ」

 

 深海棲艦が撃ちあげてくる対空砲火は、四〇ミリ以上の砲弾すべてにVT信管が搭載されている。

 本来であれば、たかだか一機程度の偵察機程度なら余裕で撃ち落とせる……その筈だった。

 

「そんなヘボ弾当たるかっての!! ECM起動、チャフ散布!!」

 

 しかし、深海棲艦が撃ちあげる砲弾のほぼ全てが、まるで検討外れの低高度で起爆し、全く有効打を与えられていないことに深海棲艦達は苛立ちを隠せなかった。

 

「ドウナッテルノ!? ナゼアンナ高度デ起爆スル!? アノ蝿ノ所マデ、マルデ届イテイナイジャナイ!?」

 

「ワ、ワカリマセン!! 全テノ砲弾ガ発射後スグニ起爆シテシマイマス!!」

 

「れ、れーだーニ異常発生!! 全テ()()()()()()()シテイマス!!」

 

「マサカ……オノレ猿共!! ()()()ヲ使イヤガッタノカ!!」

 

 まだ電子戦という概念が存在しない相手に対して、電波妨害(ECM)とチャフの散布はやり過ぎとさえ言える。

 事実、VT信管は見た目の派手さとは裏腹に、強烈な電波を食らってほぼ全てが高度1千メートルにも届かず自爆。

 時限信管ではなく、全ての信管がVT信管になっていたことが裏目に出たのだった。

 

「ヒャッホウ!! 敵さん当たらないからってヤケになってるぜ!!」

 

「ははは、こりゃまるで花火大会ですな。それ、た〜まや〜っと」

 

「馬鹿野郎、あんまり調子乗ってると痛い目見るぞ!! とっとと雲に紛れて高度上げるんだよ!!」

 

 四〇ミリ以下の小口径の信管の無い銃弾はECMの効果を受けなかったが、高度6千メートルまで上昇したオスプレイ(SV-22)にはまるで届かず、更にダメ押しに散布されたチャフと自らの放つ対空砲火の爆煙によって、深海棲艦は完全にHSを見失ってしまった。

 

「テ、敵機ろすと……」

 

「タカガ偵察機一機落トセヌトハ、ナンタルザマダ!!」

 

「生意気ナ猿共メ……トニカク、見ツカッタ以上コノママデハイラレナイワ。夜明ケト共ニ敵艦隊ガ決戦ヲ挑ンデ来ルデショウ。空母ヲ分離シテ戦艦ヲ前ニダシテ、我々デ敵艦隊ヲ誘引シテ航空攻撃デケリヲツケルワヨ」

 

「敵艦隊ハ既ニ、先ノ攻撃デ対空能力ヲ大幅ニ失ッテイルハズ。敵ノ航空攻撃モ無イ、我ラノ勝利ハ揺ルギマセンナ」

 

「……(シカシ、本当ニコレデ良イノカ? 私ノ作戦ハ完璧ナハズ。ナノニコノ胸騒ギハ何ダ? 怯エテイル? 私ガ? 何ダ、何ダト言ウノダ……!!)」

 

 実際、深海棲艦艦隊旗艦であるニューハンプシャー(戦艦ル級flagship)の判断は、本来であれば正しかった。

 日本艦隊の主力である戦艦部隊は軒並み航空攻撃によって対空能力を喪失しており、基地航空隊の脅威も存在しない今となっては日本軍には、“日本軍であれば”艦隊決戦以外の選択肢は有り得なかったからだ。

 しかし、この日ニューハンプシャー(戦艦ル級flagship)はこの決断を大いに悔やむことになる。

 ──本来この戦場(盤面)に存在しないはずの駒が、全てを狂わせることになることなど、今は誰も知りはしない。

 

「データリンク、正常」

 

「ふむ、どうやら目標は艦隊を二分して空母を切り離すようですね」

 

「戦艦は後回しにしよう。先に空母を沈めて戦艦はその後だね、ここで空母を逃したら意味がない」

 

「航空攻撃の脅威は早めに処理にするに限りますな」

 

「その通り。それじゃ、始めるよ……対水上戦闘用意」

 

「了解、対水上戦闘用意!!」

 

「トマホーク攻撃始め、目標敵空母4隻。発射弾数4発」

 

「目標諸元入力完了」

 

「トマホーク発射始め!!」

 

「一番用意……てェッッッ!!」

 

 ──シュゴゴゴゴ……ッという、鈍く重い微細な振動がアールヴァクの艦内に伝わり、闇夜を切り裂くように光の斧が空へと放たれる。

 アールヴァクから放たれた4発のタクティカル・トマホークは、地下深くの鉄筋コンクリート製の目標すら破壊する強化徹甲弾頭の中に、750kgにも及ぶ超高性能爆薬を搭載する。

 全てを焼き払う者(ブリューナク)と対になるものとして、さしずめトマホークは()()()穿()()()と言うべきだろうか。

 碌に装甲らしい装甲も持たない空母相手に撃ち込むには、オーバーキルも甚だしい過剰火力だった。

 

ミサイルは順調に飛行中(ミサイル・アウェイ)、トマホークはそれぞれ第一ウェイポイントを通過。着弾まであと3分」

 

「敵艦隊に動きは?」

 

「夜間戦闘機らしき機体が数機発艦した模様。直掩機と思われます」

 

「放っておけばいいよ、どうせ彼らが帰るところは無くなるんだから」

 

 アールヴァクはそう言って、自らの発言の皮肉に苦笑する。

 

「……帰るところが無いのは、私達も同じか」

 

 一方、4本のトマホークは発射地点を隠匿するために北西と南西の2方向からそれぞれ大きく迂回して、海面スレスレの高度を這うように深海棲艦艦隊の凡そ5マイルの距離まで迫っていた。

 

「直掩機ヨリ入電!! 三方向ヨリ同時ニ我ガ艦隊ニ迫ル高速飛行物体アリ!! 大型ノ“ろけっと弾”ト思ワレル、距離凡ソ5マイル!!」

 

「何デスッテ!? 迎撃ハ!?」

 

「ろけっと弾ハ推定時速600マイルト見ラレ、直掩機ノ迎撃ハ間ニ合イマセン!!」

 

「ナラ対空迎撃ヨ、弾幕ヲ張ッテ撃チ落トシナサイ!!」

 

「シ、シカシ護衛艦ノ多数ガ先行スル戦艦部隊ニ随伴シテシマッテイルタメ、迎撃ハ困難カト……!!」

 

「四ノ五ノ言ワズニヤリナサイ!! コノママ座シテ死ヌ訳ニハイカナイノヨ!!」

 

「ろけっと弾ヲ目視デ確認……ッ、速イ!!」

 

「アンナ海面スレスレヲ飛ンデ来ルナンテ!?」

 

「相手ガドレダケ速カロウガ、真ッ直グ飛ンデ来ル時点デ魚雷ト同ジヨ!! 回避シナサイ!! 面舵一杯(hard starbord)!!」

 

 護衛艦の大多数を欠いた状態の艦隊は、散発的ながらも対空射撃を行い始める。

 しかし、腐っても米艦のそれを模した彼女らの弾幕は相当なものであり、レキシントン(空母ヲ級)が放った5インチ単装砲の砲弾が、運良く一本のトマホークに向かって吸い込まれていく──かに見えた。

 

「ソンナ、馬鹿ナ!? ろけっとガ砲弾ヲ避ケタダト!? アノろけっとニハ目デモ付イテ居ルトデモ言ウノカ!!」

 

 レキシントンの放った5インチ砲弾は、確かにトマホーク目掛けて吸い込まれていくかのように見えた。

 しかし、ランダム回避運動パターンがプログラムされたトマホークはそれを嘲笑うかのように、まるで海面を泳ぐ海蛇のようにウネウネと動き、砲弾を躱してしまったのだった。

 

「撃テ、撃テ、落トセ、落トセ、落トセ──ッッッ!!」

 

 レキシントンの対空射撃は決して悪いものではなかった。

 これがトマホークではなく、雷撃機の二機や三機程度であれば、余裕で撃墜できていたかもしれない。

 だが、雷撃機よりも遥かに高速で小さい目標を撃ち落とすには、余りにも猶予が短かった。

 三本のトマホークは、それぞれ目標の1キロメートルほど手前で急激にポップアップし、無防備に露天繋止していた艦載機が溢れる甲板に突っ込んだのだ。

 トマホークは自身に残された運動エネルギーで、碌に装甲化もされていない甲板と、その直下にある格納庫すらも容赦なく艦載機ごとブチ抜き、船室に達したところで弾頭重量900kgにも及ぶ破壊力を解放した。

 そこからはあっという間だった。

 ミサイルの前方と側方……即ち真上から突き刺さったこの場合、爆発のエネルギーは艦底部方向と艦首から艦尾までの水平方向に向かって指向されている。

 猛烈なエネルギーが艦中央部の壁という壁、床という床をめちゃくちゃに破壊し、遂には艦の背骨である竜骨をも上から叩き割った。

 その瞬間、レキシントンの艦前方と後方がまるでオモチャのように海面を離れ、ほんの一瞬宙に浮いたかと思うと、次の瞬間には炎が気化した航空燃料に引火。想像を絶するような、猛烈な大爆発が巻き起こった。

 爆煙が晴れたとき、海面上に残されていたのは僅かに残った燃え盛る搭載機の残骸と、バラバラに砕け散った装甲板の破片だけだった。

 同じような悲劇はレキシントンだけではなく、ヨークタウンとホーネット、エンタープライズの3隻にもほぼ同時に訪れていた。

 

「レ……レキシントン爆沈!!」

 

「迎撃間ニ合イマセン!!」

 

 レキシントンの文字通りの爆沈によって深海棲艦艦隊は恐慌状態に陥っていた。

 対空砲や機関砲は銃身が灼けつくのも厭わず狂った様に弾幕を張り続けるが、それを嘲笑うかのようにトマホークは右に左に回避しながら、確実に息の根を止めるべく突っ込んでくる。

 

「回避セヨ、左舷全速前進(Full ahead port)面舵一杯(hard starbord)!!」

 

「シ、シカシ!! 今転舵スルト、味方ノ駆逐艦ト衝突シマス!!」

 

「構ワン!! 本艦ノ保全(私の命)ガ最優先ダ!!」

 

「リョ、了解……!! 左舷全速前進(Full ahead port)面舵一杯(hard starbord)!!」

 

「味方艦ト衝突スル、衝撃ニ備エヨ(Brace for impact)!!」

 

「ウ、嘘デショ……ほーねっと様正気デスカ!? お、オヤメクダサッ、ヒィッ、ァ……イギッ、ア、ガァァアアアアッッッ!!」

 

 その瞬間、ホーネットのやや右前方を並走していたグリーブス級駆逐艦メレディスは、突然自分に向かって転舵してきたホーネットに後方から斜めに衝突された。

 艦体中央部に斜めに突き刺さったホーネットは、メレディスを半ば引き摺る様にしながら、その脇腹を食い破って行く。

 

「ァ……ほー、ねっと、サ、マ……」

 

 排水量たったの1,630tしかないメレディスは、自身の10倍以上である19,800tもの排水量があるホーネットの衝撃を受け止め切れるはずもなく、まるでセイレーンの叫び声のような金属が引きちぎれる不愉快な音を立てながら、その胴体を真っ二つに切り裂かれた。

 

「ヒィィイイイッッッ、来ルナ、来ルナ、来ルナァァアアアッ!! 私ハマダ……私ハマダ!! 死ニタクナ──ッッッ!!」

 

 味方を生贄にしてまでトマホークから逃れようとするホーネットであったが、しかし、だからといって意思を持たない無慈悲な殺戮者である電子部品が、()()()()()を気にかけることも、わざわざ見逃してやることもなく、トマホークはプログラム通りにポップアップし、吸い込まれる様にホーネットの飛行甲板へ突っ込んだ。

 トマホークはレキシントンの時と同様に、複数の艦載機を巻き込みながら正確に己の役目を果たした。

 猛烈な爆発によってレキシントン同様竜骨を真っ二つにへし折られたホーネットは、失意と怨嗟の声を上げる間もないまま自らが轢き殺したメレディス共々、海の藻屑と化したのであった。




およそ1年ぶりの投稿となってしまいました……お待たせして申し訳ありません。
実生活に少し余裕が出てきたので、今後は最低でも数ヶ月に一話くらいのペースで更新していけたら、と思っています。


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