アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- (Kuroya)
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序章 運命邂逅の四世界
第1話 はじまり


四月上旬。

桜が舞い、新たな学友たちを歓迎するかのように道を鮮やかな色で染め、新入生たちは故郷から遠く離れたこの土地で三年間の学園生活を送ることになる。彼はこれからの学園生活に期待と不安を胸に抱きながら学び舎である青蘭学園へ足を進めていた。

 

洋上学園都市『青蘭学園』のある青蘭島は元は東京都に属する無人島だった。

ある日この島上空に各世界を繋ぐ光の渦、(ハイロゥ)が出現したことで全ての世界で様々な異変が見られるようになり、その手のニュースが連日報道され話題が尽きることはなかった。

成瀬雄二は世界接続(ワールドコネクト)と呼ばれるこの現象が起きたとき、どこか他人事のように感じていた。

しかし、他人事ではなくなった。異変が現れたのは今から数か月前、中学三年の時だ。

 

その日の朝は雄二にとっては変わらない朝だった。うるさく鳴り響く目覚まし時計を黙らせて二度寝しようとして妹に起こされる。情けないがいつもと同じ朝。雄二は妹に急かされながら学校へ向かった。

「よっ、雄二。相変わらず眠そうだな」

教室に入って一番に話しかけてきたのは中学一年のときにできた友人の十河誠也(そがわせいや)

直前まで話していた女子集団から抜け出して雄二の前の席に自然な動作で座った。

「……朝は弱いんだよ。それで、いつも以上に気持ちの悪い顔してどうした。何か情報でもあるのか?」

「きもっ!? ……まあいい。今の僕はすこぶる機嫌がいい。それより、聞いてくれたまえ」

「なんだ? ついに空から美少女でも落ちてきたのか? 良かったな夢が叶って」

「惜しいが違う。今朝僕が自転車で登校していると一瞬影が頭上を横切ったんだ。気になって空に視線を向けると……、美少女が空を飛んでたんだよっ!」

コイツ、見た目は真面目な眼鏡イケメンだが中身は割と変態な残念イケメンである。

略して残念眼鏡、だな。

「よかったな。ふあ~、ちょっと寝るから先生が来たら起こしてくれ」

誠也のこう言った残念発言はいつものことだ。この前は黒の世界に行って可愛い魔女と出会ったとか言っていたかな。誠也の父親はカメラマンをしていて、世界接続が起こってからは政府公認で各世界を飛び回って撮影している。

誠也はそれに付き添いながら情報を集めることがあるのだ。だからニュースから得た知識しかない俺より情報量はあるとドヤ顔で自慢していた。

「ああ、おやすみ。って反応薄くないか? 空飛ぶ美少女だぞ。もっと何か反応をだな……」

「んー、じゃあ何で美少女だってわかるんだよ」

「ふっ、僕は美少女なら離れていてもわかるのさ」

相変わらず鬱陶しい……。誠也は自慢気に眼鏡の指でクイッとして「その子、うちの中学の制服着てたんだよ」と付け足した。どれだけ目、いいんだよ。眼鏡いらないじゃん。

「あーはいはい。そういう設定なんだなー」

窓際の自分の席に腕を組んでうつ伏せて、まどろんだ意識で返事をする。

 

開けられた窓から入り込む微風が心地いい。

風に乗って草木の揺れる音と共に何か声が聞こえた気がした。顔を横に向けて窓の外を見てみると何かが空を飛んでいた。

「なあ、誠也が見た子ってもしかしてあれか?」

「だから、あれは僕の妄想とかではなく現実で見たことで――って何?」

説明に没頭していたのか遅れて反応した誠也は外を見て目を見開いていた。

「そう! あの子だよあの子! ん? あの子、日向じゃないか?」

「日向って美海のことか? 美海は一般人だぞ。空なんて飛べるわけ――」

「わわわああああ、そこどいてぇ~~!」

一瞬何が起きたのか分からなかった。何かに横からぶつかられて俺はその何かと一緒に机や椅子を巻き込みながら床を転がるように吹き飛ばされてしまった。

「お、おーい、大丈夫か雄二。それと日向も生きてるかー?」

「体の節々が痛いがなんとかな。それより……」

床に倒れた俺の上に覆い被るように空飛ぶ美少女が倒れていた。

うちの女子制服を着た美少女は俺のよく知る幼馴染み、日向(ひなた)美海(みうみ)だった。

 

あの日、日向美海は異能が目覚めた件ですぐに進路指導室に連れて行かれた。

その後すぐに早退した美海から事情を聞いたのはその日の放課後だった。

「いや~、急に来てもらってごめんね、雄二」

電話で呼び出されて急いで彼女の家に来てみれば、いつもと変わらない美海が出迎えてくれた。

「い、いや、それはいいんだけどさ。その、あの後」

「うん。そのことについて話そうと思ってね。ささ、上がって上がって」

お茶を用意するから先に部屋にいてと言って美海はリビングに入っていく。そのときチラリと見えたのは乱雑に置かれている複数の段ボール箱だった。

廊下を進んだ先にある階段を上り、二階にある美海の部屋に入る。

小さいころから何度も来たこの部屋は多くのぬいぐるみたちがある、いかにも女の子らしいと言える部屋だ。でも、今この部屋にはぬいぐるみの代わりに引っ越し業者のロゴが入った段ボール箱の山が居座っていた。まるで荷造りしてるみたいだ。

「よっと、おまたせ~。麦茶しかなかったけどいいよね」

麦茶とコップをお盆に乗せて運んできた美海はそれらを小さなテーブルに置いてせっせと準備をする。俺は滅多に見ないその光景に無意識に言葉を漏らしていた。

「なんだか珍しいな。美海がそうやって準備するなんて。いつもおばさんがしてるのを見てるだけなのにさ」

「むぅ、私だってやるときはやるんだよ?」

「はは、そうみたいだな」

その後他愛もない話をした。まあ、主に話していたのは美海だけどな。

まるで話したくないことから遠ざかろうとするように次々と話題は出てきた。

「いや~、あんまり勉強得意じゃないのに早退なんかしたら大変だよね~」

「今日の給食、楽しみだったのになぁ」

「放課後、遊びに行くつもりだったのに、みーんなってばお大事に~とか言って予定なくなっちゃった」

独り言のように、俺に話しているというより何か話そうと思いついたことを口にしているだけ。

今の美海はとても苦しそうだ。いつもはもっと楽しそうに話すのに。

「なあ、美海。そろそろ本題を話さないか」

「え、あー、……そ、そうだね。えっとね、私引っ越します!」

「青蘭島だろ? なんとなく予想は付いてた」

思い切って言ったのだろう。俺の反応に美海は呆気に取られていた。

「え、うん、そうだけど。もう! いつも以上に反応薄いよ!」

「私引っ越しちゃうんだよ? 気軽に会えない遠いとこに行っちゃうんだよ。中学の皆や近所の子たちとも遊べなくなるし。うぅ、分かってるの? こんな時ぐらいもっと反応してよ、この鉄仮面!」

「す、すまん。これでも驚いてるんだよ。いつも言ってるが鉄仮面はやめてくれ。そこまでじゃないだろ?」

確かに表情に出にくいけど、少しは出てると思うけどなあ。分かりにくいだけで。

「そこまでだもん! はあ、はあ……、違うこんな話がしたかったんじゃない。明日には行かなきゃだから、もっと、真剣に……」

その時初めて幼馴染みの、日向美海の泣く姿を見た。

その後のことはあまり覚えていない。俺なりに必死で慰めようとした気がするとしか記憶に残っていない。ただ何となく美海がありがとうと笑っていた気がする。

次の日には本当に引っ越してしまった。青蘭学園の中等部に編入ということらしい。

 

「あれから数か月だもんなあ。美海が引っ越した日には俺もここに通うことになるなんて予想もしてなかったし」

俺も青蘭学園に通うことになった。そのことがわかったとき思わずガッツポーズをした。

数か月経って中学を卒業した頃、住んでいる地域にαドライバーというプログレス(異能を使える少女たちの通称)をサポートする人材の素質を持っている人を探すために調査員が来た。そこで俺に素質があることが分かって、青蘭学園に高等部から入学することが決まったのだ。

決まった後の行動は早かった。美海の時に手伝ったこともあって何をすべきなのか大体把握していたから、滞りなく準備は済んだ。

桜の並木道を歩きながら少し懐かしい幼馴染みの顔を思い浮かべる。

「美海のやつ、元気にやってるかなー。まあ、元気だけが取り柄だもんなー」

そんなことを思いながら歩く。風で桜の花びらが舞い踊り、それに合わせるかのように俺の心も弾んでいる。顔は無表情だろうけど。

のんびりと景色を楽しみながら歩いていて学園ヘ向かう。

新しい学び舎、青蘭学園はすぐそこだ。もうすぐここでの学園生活が始まる。

 

 

「お兄ちゃんに置いていかれた……。もう、お兄ちゃんの意地悪っ! 私がいないと掃除も洗濯も家事全般できないのにーっ!」

「千尋ちゃーん、そろそろご飯だから降りてきなさーい」

「はーい! むぅ、私も行きたかったなぁ……あ、そうだ! 後で電話かけようかな」

 




第2話につづく


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第2話 入学。そして再会

集合時間まであと15分。

生徒昇降口だろう場所の傍にある掲示板に張り出されていた案内図で自分の教室を確認する。この確認作業は中学でもやったが少し緊張する。美海と違って上手く馴染めるか心配だ。

自分の教室、1年Aクラス。このAはαドライバーと関係があったりするのだろうか。

案内図に従い、入口正面の階段を上って四階まできた。

1-Aは一番上の端。覚えやすくて助かる。

他愛もないことを考えながら中学最後の席と同じ窓際の席に座る。教室には既に多くの生徒が集まっていた。席順は自由らしい。俺の前に教室に入った女子が他の女子にそう言われているのが聞こえたし。

「この場所、懐かしいな。あの日ここと同じ席でまどろんでいたら開いている窓から声が聞こえてきてさ」

「うわああああ、遅刻するぅうう! ちょっとそこの人どいてぇえええ!!」

「そうそう、そんな感じの言葉を――って、えっ!?」

叫び声につられて窓の外を見るとあの時と似たような光景が窓の外にあった。

クラスの人が騒ぐ中、俺は何もできずに固まっていた。

そして体に伝わる衝撃。まるであの日の再現のように机や椅子を巻き込みながら床を転がるように吹き飛ばされてしまう。床に倒れた俺の上に覆い被るように倒れていたのはこの学園の制服を着た幼馴染み、日向(ひなた)美海(みうみ)だった。

「いったぁ。あっ、君大丈夫? 怪我とかしてない?」

「その前に上から降りてくれ。重い」

「ちょっ! 女の子に重いは禁句なんだよ! そんなこと言ってると女の子に嫌われちゃうんだからね?」

「わかったわかった。いや、わかったから揺さぶらないでくれ。朝食をリバースしそうになる」

こんなことなら朝食を買い食いしなきゃよかったかも。

「わわっ、ごめん。ん? その無表情っぷり、どこかで見たような……」

不思議そうに首を傾ける彼女。もしかして俺の勘違いなのかと疑ってしまう。

俺の上から降りて立ち上がった彼女と一緒に散らかった机や椅子を元に戻す。幸い怪我人はいなかったようで、みんな片付けを手伝ってくれた。

体中痛いがこれぐらいなら問題ない。

片付け中もうんうん唸っていた彼女はまだ思い出せてはいないらしい。

俺はそんなに印象薄いのかと少しショックを受けながら自分の席に座る。クラスの生徒が手伝ってくれたおかげで片付けはあっという間に終わった。

「みなさん、おはようございます。これから入学式を行いますので体育館の方へ移動してもらいます。出席番号順に廊下に並んでくださいね」

片付けが終わったところで先生が教室に来て整列するよう言ってきた。

眼鏡の似合う大人の女性な感じの先生だ。優しそうな雰囲気だけどそういう人って怒ると怖いんだよな。

廊下に並ぼうと歩き出したら、後ろから誰かに制服を引っ張られてた。

「ねぇ、もしかして君って雄二? 成瀬雄二って名前?」

「……? やっと思い出したのか。そうだよ、成瀬雄二だ。一応日向美海の幼馴染みだ」

「やっぱり雄二なんだ! 背が大きくなってたからわかんなかったよ~」

「そういう美海はあまり変わってないから直ぐにわかったけどな」

どうやら俺の勘違いではなかったようだ。見た目そっくりさんの別人じゃなくて安心した。

「むぅ、私だって成長したんだよ。それと、久しぶりっ雄二」

「おう、久しぶり。相変わらず元気そうでよかったよ」

「元気は私の取り柄だからね。それでね、雄二に話したいこといっぱいあるんだよ! ここでの暮らしとか友達のこととかいーっぱい」

「こらっ、そこの二人。早く並びなさい!」

先生に注意されて周りを見渡すと既に俺たち以外は廊下に並んでいた。

慌てて廊下に出て列に並ぶと周りから、仲良しなんだねとか二人は付き合ってたりするのとか、こそこそと小さな声で質問攻めを受ける。一人だけ妙に食いついてくる女子がいたが、女子はこの手の話題が好物なのだろう。俺だけでなく美海も色々と聞かれているようだが上手く話題を変えて友達作りに励んでいた。俺はあれだ、無表情で返しが普通だから直ぐにされなくなった。やめてくれ、気まずそうな顔をするのは! 俺の方が気まずいんだから。

ふと、周りの生徒を見て違和感を感じた。でもその時はまだそれが何なのか分からなかった。

 

入学式。新入生の入学を許可し、歓迎する行事。

新入生となる俺たちは緊張した面持ちで次々と体育館へ入場していく。

与えられた席に座りながら周りを少し見てみると壁際に並ぶ先生方に交じってロボットがいた。

いや、正確にはロボットに乗ったおじさんがいた。あ、俺たちを案内した先生に何か言われている。おじさんは渋々ながらロボットから降りていた。

式は順調に進み、校長先生の言葉となる。

壇上に上がっていくのはあのおじさん。となるとあの人が校長なのか? 新入生一同がそう思ったに違いない。

「コホン。私がこの青蘭学園の……教頭である!」

体育館は異様な静けさに包まれた。校長じゃないのかよ! とか突っ込みたい衝動に駆られたがそれ以上に何故ロボットに乗りなおしたのか聞きたかった。

こうして新入生が妙なショックを受けたまま、式は幕を閉じた。

この学園は教頭からして普通ではないらしい。

 

教室に戻り、席に座りながら考え事をしていた。

式が終わった後退場しているときに少し周りを見た。そこでやっと違和感に気がついた。周りに男子が異様に少ないのだ。俺が見つけた男子は2、3人程度。もっといるのかもしれないが、大勢いる新入生の中にこれだけしかいない。αドライバーの素質は男子にしかなく希少だとは聞いていたがここまでなのか。男友達を作るのには苦労しなさそうだ。あれ? これって所謂ハーレムってやつなのか?

「いやいや、誠也の妄想じゃないんだ。そんなことあるわけがない」

「何がないの?」

考え事をしていた彼に話しかけたのは美海だった。

突然話しかけられたことに驚いてしまう。

「あ、ああ、美海か。急に話しかけられると驚くだろ」

「だってさっきからずっとブツブツ言ってるんだもん。私前の席だから聞こえるんだよ」

雄二の考え事は周りに漏れていた。無表情な彼がブツブツと何かを呟いている姿見て、誰も何も言わなかったのは他に話題があるからだ。

入学式での教頭の話やこれからの生活について数人のグループで会話を楽しんでいる。数少ない男子は男子でグループを作って話していた。

グループを作っているが他のグループとはあまり干渉しないのは種族や性別の壁があるからだろう。世界接続が起こってからしばらく経つとはいえ異世界交流はこれが初めてだという人ばかりなのだ。

それは青の世界、地球の人間だけでなく各世界人にも当てはまる。そのため教室の中は互いに距離を測っているようなギスギスした空気が満ちていた。

「考え事をしてて気づかなかったけど、なんだか居心地の悪い雰囲気だな」

「こんな空気そのうちなくなるよ。心配ないって」

「そうだといいけどな。ずっとこのままは耐えられそうにない」

「大丈夫だって! それに他の世界の子たちもいい子ばかりだよ。編入してきた私にも優しく接してくれたし、友達になった子もたくさんいるんだから!」

中学3年から青蘭学園の中等部に編入した美海は自分の力や周りの態度に不安を抱いていたが、編入したクラスでは心配していたことにはならなかった。卒業するころにはクラスの人気者にまでなっていた。

「エクシードの方はまだまだだけどね」

美海は照れるようにそう付け足した。

美海のエクシードが何なのか疑問に思ったが、それを質問する前に先生が来てしまう。

「二人ほど来ていないようね。まぁ、初日だし大目に見ましょう」

空席が目立つけど来ていないのは二人だけらしい。

「高等部一年の担任になりました、教務課の安堂環(あんどうたまき)です。みんなこれからよろしくね」

安堂先生が今後の説明をしている中、美海は後ろを振り返り雄二にそっと話しかけていた。

「中等部の時に聞いた噂だとタマちゃんって綺麗な人だけど相当強いらしいから気をつけてね」

「気を付けるって何を」

「え、う~ん、セクハラとか?」

何を気をつけるかまでは噂では伝わっていないらしい。

教務課とは青蘭学園のプログレスとαドライバーを導き、育成する任務を負っている集団だ。一部を除き、普段はただの教師であり、『権限者(オーソライザー)』と呼ばれる特殊なαドライバーを含んで運用される。

そんな強い先生相手にタマちゃんとか呼んで大丈夫なのかよ……。

ひそひそと話していることがバレないか内心ひやひやしながら雄二はSHRを乗り切るのだった。

勿論終わった後に前に呼び出されて注意をされたのは言うまでもない。

 




第3話につづく


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第3話 学園案内

SHRが終わり、クラスメイトのほとんどが教室から出て行ったが雄二と美海はまだ自分の席で会話をしていた。

「ねぇねぇ、このあと雄二は何か予定ある? ないなら私が学園を案内してあげるよ?」

「んー、特にないな。この島に来るのが遅かったからまだ荷解きは終わってないけど。というかまだ届いてないはずだ」

「そんなの夜やればいいの! 届いてないなら尚更だよ! 案内する場所はいっぱいあるんだから」

「わかったよ。案内よろしくな」

美海は元気よく頷くと素早く荷物をまとめて教室のドアまで走っていき、早く来いと言わんばかりに手を振る。すると後ろから来ていた生徒に手がぶつかってしまう。

「おっとっと。日向さん、ドアの前ではしゃぐのは止めてもらえないかな」

「わわっ、ごめん! って文ちゃんは何してるの? またボランティア?」

「ボランティアというより学級委員の仕事かな」

段ボール箱を抱えて入ってきた少女と美海は顔見知りのようだ。鞄を持って近づいた雄二は手伝うよと言って段ボール箱を教卓まで運んだ。

「いやー、やっぱり男の子は力持ちだねー。ありがとう成瀬君」

「あれ? 俺って自己紹介したっけ?」

雄二は彼女が誰なのか思い出そうと彼女を観察した。

しかしどれだけ凝視しても思い出せなかった。

「そ、そんなにじっと見ないでよ。成瀬君のことは中学の時に美海ちゃんから聞いたの。まあ聞いていなくてもクラスメイトの顔と名前ぐらいは覚えてるけどね」

「ということは同じクラスの人?」

考え事をしていてクラスメイトとの交流をあまりしていなかった雄二にはクラスメイトかどうか判断できなかった。そこで美海は慌てて彼女の自己紹介をする。

「えっと、この子は琴吹(ことぶき)(あや)ちゃん。同じクラスだよ。中学の時も同じクラスだったんだよ!」

「そういうこと。中学の時に学級委員をしてたから先生にまたやらせてもらえないか頼んでみて、こうして他に希望者がいなかったらって条件で暫定学級委員してますッ」

ビシッと敬礼のポーズをとる琴吹。

こういった親しみやすさが彼女の学級委員としての人気の一つなのかもしれない。

「二人はこれから帰り? それと先生の話はちゃんと聞きなさいよ~」

「うん。気を付けるね。じゃあ、文ちゃんまた明日~!」

「じゃあな、琴吹さん。お先に」

「おつかれ~、また明日ね」

まだ仕事のある彼女を残して二人は教室を後にした。

 

高等部1年生の教室があるのは四階建て校舎の4階だ。

青蘭学園では高等部、初等部が一つの校舎の中にある。1学年6クラスが基本であり教室は最大40人の生徒が授業が受けられる。

教室に問わず校舎には数多くの縦長の窓があるので広さの割に校舎内は明るい。

「三階が2年生、二階は3年生だよ。1年毎に階が下がるって覚えてたら忘れないでしょ? 一階には職員室とか保健室と初等部の教室があるの」

「初等部の教室は一番下なんだな」

「そうだよ~。初等部の教室と教務課がいる職員室は隣だから悪いことしようとしたらすぐバレるからね?」

「俺はそういうやつだと思われてるのか? 誠也じゃないんだ。俺はそんなことしない」

「だって、美伽ちゃんにはデレデレじゃん」

「美伽は親戚だからセーフだろ!」

「う~ん、どうなんだろ。嫌がってる感じはないしセーフなのかなぁ」

雄二の親戚、美伽に対するデレっぷりを毎年のごとく見てきた美海にとって判定の下しにくいものだった。

「そ、そうだ。初等部だけでも6クラスあるわけだろ。この校舎の中に納まるのか?」

「ああ、それは大丈夫だよ。初等部の子はあまりいないから6学年で1クラスなんだよ」

「へぇ。で、ここが初等部の教室か。俺らの教室とあまり変わらないな。お、机とか小さいな。美伽がこの島に来たらここに通うことになるのかぁ」

隣の職員室からこちらを見ている視線に気づいた美海は急いでこの場を離れることにした。

「ほ、ほらっ、次行くよ次! あまりいると怪しまれちゃう」

 

一階にいた雄二たちは一度校舎を出て、隣の校舎に向かっていた。

「私たちが普段使う教室とかがある校舎は第一校舎。今から向かう隣の校舎は第二校舎って言って、文化部系の部活の教室とか、生徒会室とか風紀委員室とかあるんだよ~」

「あ、中等部の方も同じような配置だからそっちの第一、第二は案内はしないよ?」

何故か釘を刺された。ただ説明されたからその方向を見てただけなんだが。

第二校舎、特別棟なんて呼ばれていたりするこの校舎の一階は他の場所と比べて一段と静かだ。二人分の足音が廊下に反響して異様な雰囲気を作っていた。

「なんか、静かすぎないか? 割と不気味なんだが」

「ここの一階には演劇部と手芸部、階段を挟んで反対側には二つの会議室と風紀委員室があるの。演劇部は完全防音の教室だし、他はあまり大きな音とか出さないからすっごく静かなんだよ~」

「だから皆ここでは大きな音とか出さないようにしてるの」と小声で言った。

 

急ぎ足で階段を上り、二人は二階にやってきた。

そこも一階ほどではないが静かな階だ。

「なぁ、この校舎って人少なくないか? どこも静かすぎる」

「え? だってここ、あんまり使わんないもん」

「もしかして上の階もにたような感じなのか?」

「うん。そうだけど……説明、飽きちゃった? ご、ごめんね。あまり説明とか得意じゃなくて」

「そういうことを言ってるわけじゃない。それに、お前が説明下手なのは昔から知ってる。俺に対してそんなこと今さら気にするなよ」

「あっ、……えへへ。ありがと。じゃあ次の場所に行こっか」

落ち込んだかと思うと直ぐに笑顔になって嬉しそうにする。美海は喜怒哀楽が表情に出やすい。俺はそんなところが少し羨ましいと思った。

「あ、でも、女の子の頭を撫でる癖は治さないとダメだよ?」

「ん? ああ、髪型とか崩れたら大変だもんな」

「そうじゃなくて、えっと、ほら! セクハラだし!」

「……そうか、セクハラか。セクハラなら治さないとダメだな」

「うんうん。わかったならい「なら今後は撫でるのは一切禁止だな」……えっ?」

被せるように発せられた雄二の言葉に美海はポカンとする。

「だってそうだろ? セクハラなんだし。俺も訴えられたくはないし、撫でようとしてたらぶん殴ってでも止めてくれよ?」

「え、あの、別にそこまでしなくてもいいんじゃない? 無意識でしてるんだし」

「無意識だからこそだろ。美海だって嫌だろ? だからちゃんと意識して規制しないとダメなんだ」

何故か自信あり気な声でそういう雄二に対して、美海はキョロキョロと視線を泳がせた。

「私は別に嫌じゃない、から。その……私なら撫でてもいいよ?」

「お前、自分が何言ってるかわかってるか?」

不思議そうな顔をしたが自分が何を言ったのか気づいた美海は慌てて否定した。

それはもう、必死に。

「い、今のなし! 今の全部なしだから!」

「別に嫌じゃないってやつか?」

「あーあー! 私は何も言ってないし聞こえないー!」

耳を手で塞いで聞こえないふりをしてる美海は見てて面白かった。

そんなことを口にすれば不機嫌になりそうだが。

「ほら、そんなとこに座り込んでないで次に行くぞ。大声だして怒られても知らないからなー」

「ま、待ってよー! というかどこに何があるかなんてわからないでしょ! もーっ、置いてかないでってばー!」

勢いであんなこと言っちゃったけど、雄二は明日には忘れてるんだろうなぁ。

雄二の背中を追いかけながら美海はそう直感した。

 

「そう言えば第一校舎の一階には他に何があるんだ? 片側だけしか見てないよな」

「あれ? そうだっけ? 反対側にはおっきな保健室があるんだよ~」

保健室の場所って重要だと思うのだが……。

この学園にある保健室の広さは診療所といえるレベルだ。

なにかと怪我をすることが多いこの学園では保健室の使用が増えてくるためかなりの広さを使っている。治療には白の世界『システム・ホワイト・エグマ』の医療技術が一部使われていて、大抵の怪我や病気は治せる凄腕のナースがいるんだとか。

「あ、でも、血が出るような怪我をしたときは中等部の第一校舎にある保健室にいった方がいいよ」

「高等部の方は何か訳ありなのか?」

「んー、あくまで噂なんだけど怪我が悪化するんだって」

「……それ、保健室として機能してないだろ」

「それ以外の怪我ならあっという間に治るから大丈夫だよ」

曰く付きの保健室か。そうそう怪我をすることはないだろうが気を付けておくか。

 

雄二は第二校舎を出てから少し遠くに見える建物を目指していた。美海はその隣を楽しそうに歩いている。

「なぁ美海。やたらデカイあれって何? 上の方とか煙出てるんだが」

「ん~とね、あれはお風呂だよ。温泉。運動した後に浸かるあそこのお風呂は最高だよ♪」

学園内に大規模な温泉……。この学園は一体どこを目指してるんだ?

雄二の疑問などお構いなしにその建物内へと入っていく美海。

まさかと思いつつ雄二は問い掛けた。

「ちょっと待て美海。そこには特に用事はないだろ?」

「ふぇ!? あ、そ、そうだね! 別にお風呂入りたいなぁとか思ってないよ!」

思ってるじゃないか。おもいっきり。

誤魔化そうとしていても視線はチラチラと入り口と雄二の間を行ったり来たりしている。

「はぁ……、この学園に来てお前の風呂好きは悪化したみたいだな」

「じょ、冗談だって! それにほら、この建物って温泉だけじゃなくて一階には食堂とか購買があるからお昼にちょうどいいでしょ? ね?」

「もうそんな時間か。でも今は腹減ってるわけじゃないし、美海だけで食べてきていいぞ」

「…………」

いかにも不機嫌ですと言うように頬を膨らませて睨んでくる。

「成瀬雄二くん」

「は、はい。何でしょう、日向美海さん」

「私が食べてる間、どこで何をするつもりなのかな? お姉ちゃんに教えてほしいな♪」

「お姉ちゃんって数日早く産まれただけだろ」

「お・し・え・て?」

「……あっちの方にでも行こうかな、と。」

「ダメ! 雄二が一人で目的地につけるわけないよ!」

「いや、そんなことないって。方向音痴でもないんだし」

「え、自覚ないの!? なおさら行かせられないよ。心配だもん」

「あー、わかった。なら購買で何か買って歩きながら食べるってのはどうだ?」

それなら美海の腹も満たせて、俺の要望も通る。我ながら名案だな。

まだ若干頬は膨らんだままだが、少し機嫌は直ったようだ。

「ならいい、けど。……じゃあ行こ?」

「お、おう。一気にテンション落ちたな、そんなに風呂に入りたかったのかよ」

違うもん。お風呂好きだって覚えてくれてたのは嬉しいけど、そうじゃない。

本当は一緒に食堂で食べたかったのに……。

「……雄二のばか」

「いきなりバカはないだろ。ほら、購買まで案内してくれよ。俺は一人じゃ目的地に辿り着けないらしいからな」

「っ、うん! えっとね、ここの購買にはいろんなものが置いてあるんだよ! おにぎりとかサンドイッチとか~、お菓子とか輸血パックとか。あとはー」

元気があってこそ美海だな。

雄二は手を引かれて建物内へと入っていく。今だけは付き合ってあげよう。

手を握ると美海は嬉しそうに握り返してきた。

「あ、おい、にぎにぎするな」

「えへへ、気にしない気にしない♪」

あれ? そういえばさっき変なものが混じってなかったか?




第4話につづく


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第4話 美海の力

青蘭学園の購買を初めて訪れた人は皆が口を揃えたかのように同じことを言う。

「広い。多い。安い」

この三つのフレーズはこの購買部の売りでもあり、信念なのだ。

そして、皆が常連となる。

今まさに雄二もそのフレーズに心を掴まれたのだった。

「ふふっ、雄二ってば子供みたい」

「し、仕方ないだろ! 見ろよこれ! 肉がこんなに安いぞ! うおお、なんだあれ!? なんで飲料売り場に輸血パックがあるんだよ」

「……でもちょっと騒ぎすぎかなぁ。気持ちはわからなくはないけど」

「おい、美海! 水晶も置いてあるぞ!」

雄二はあっちこっちと忙しそうに動きまわっていろんな商品を発見しては驚いている。

しかし、表情はないままだ。目を閉じて声だけ聴けばとても楽しそうなのに、目を開ければ雄二の表情には何も写っていない。

美海は大きく深呼吸して騒めく気持ちを落ち着かせる。

「あんまり動きまわってたら迷子になるよ~!」

うろうろしている自覚のない方向音痴くんに追いついて隣を歩く。

「なぁ、この水晶って何に使うんだ? やっぱり占いか?」

「うーん、どうなんだろうね。多分そうだと思うよ。友達が使ってたもん」

「友達ねぇ。俺はこの学園で友達なんかできる気がしないな」

時々、雄二は後ろ向きなことを言う。いつもは前向きなのに、ふとした瞬間には後ろを向いてる時がある。昔からこうだったわけではない。きっかけがあったのだ。

「どうしてそう思うの? 高校生活は始まったばかりだよ?」

そのきっかけについて美海は漠然としたものしか知らない。それは雄二にとって辛いものだから。

知らないけれど、知らないからこそ、美海は優しくいつものように変わらずに今までの自分で雄二と接するのだ。

「……美海。俺にはαドライバーの適性があった」

「だからここにいる」

「ああ。適性があったから来た。また、美海と楽しく過ごせるってそれだけしか頭になかった」

「そっか。嬉しいなぁ~、雄二が素直にそんなこと言ってくれるなんて滅多にないもん」

「でも、俺はαドライバーなんだよ。プログレスじゃない。ここに来る前、αドライバーはプログレスを指揮し、戦わせる役目だって説明を受けた。そのときは何も思わなかったさ。いざプログレスを目の前にするまでは軽い気持ちでいた」

雄二は水晶を抱えたまま淡々と語る。まるで何かがそうさせるかのように。

あれ? 水晶が光ってる。これって……。

黒く鈍い光を灯す水晶を見た美海は考えるよりも先に体が動いていた。

「雄二っ、それ、棚に戻して!」

「俺は女の子たちを戦わせて指揮を執るだけの役目なんだ。そんなやつに友達なんて出来はしない」

「あーもう! はい、ネガティブタイムはこれでおしまいっ!」

雄二の抱えていた水晶を奪って棚に戻した美海はホッと息をついた。

水晶がなくなったことで雄二の語りは止まった。

「あ、れ? 俺は何をしていたんだっけ?」

「……覚えてないの? 何も?」

「水晶を覗いていたところまでは覚えているんだが……、そこから先はぼんやりしていて覚えてないな」

「そっか。でも、雄二は私が話しかけても気付かないぐらい、じーっと水晶を見てただけだったよ。それよりも、お昼買おうよ~。何がいいかなぁ。雄二は~、カツサンドなんていいんじゃない?」

覚えてないならその方が都合がいい。美海は咄嗟に判断して誤魔化した。

早くここから離れなきゃ……。

「お、おい、そんなに押すなって。それに腹は空いて……」

「ん~? そんなに大きなお腹の音鳴ってるに何言ってるの。さあ早くいこ~!」

あの水晶は雄二と相性が悪すぎる。

『ネガティブ水晶』というその商品は本来パーティーグッズとして用いられるネタ道具であり、持った人に少しだけネガティブな発言をさせる効果が込められている。

雄二の場合、その効果が強く効きすぎてしまったのだ。

やっぱり幼馴染みの私が傍に居てあげないと危なっかしい。

雄二を面倒見るのも幼馴染みの義務。

美海は決して口には出さないが、そのことを再認識した。

 

二人は購買で買ったものを食べながら少し離れた場所にある闘技場を目指して歩いていた。

「このカツサンド、もっと買っておけばよかった……」

「もう、まだ食べるの? それで五つ目でしょ。あんまり食べると胸焼けしてきちゃうよ」

「これはいくら食べても平気な気がする。すごく美味いし」

「でもすごく高かったんでしょ? 一個700リシェぐらいだっけ」

「いや、1200だ。合計で6000リシェだな」

「ご、豪快すぎるよ……。そんなに使って大丈夫なの? というか購買で一番高いやつじゃん」

「おかげで財布が凄く軽い。ハハハ……、どうしよう」

美海は雄二の豪快なお金の使い方に妙な懐かしさが込み上げてきていた。

いつもはため込むだけで滅多にお金を使わないのに、使うときは一気に使ってしまうのは雄二の治らない癖の一つなのだ。

「そういえば、今回は止めなかったな」

「ん~? あー、うん。雄二はこの島に来たばかりだし、今回は見逃してあげようかなぁってね。初回サービスっていうのかな?」

いつもそんな雄二のストッパーになっていたのは美海や雄二の妹だ。

「そこは止めてくれよ……。あんなに高いとは思わなかったんだよ」

「まぁまぁ。買ったこと後悔してる?」

「してない! 美味かった! それでよし。お金のことは千尋に相談する」

「だよねー」

千尋ちゃん、怒るだろうなぁ。もう、こんなに無駄遣いして! っていう姿が想像できちゃうよ。

 

まもなくして闘技場に到着した二人に立ちはだかったのは透明なドアだ。

「え、えっと、開いてないね」

「ああ。開いてないな。この状態でどうやって案内するんだ?」

「そ、そうだ! 今日は仕方ないからこれでおしまい! そういうことにして寮に行こー!」

美海は、おー! っと拳を上げてスタスタと闘技場の前から立ち去ろうとする。

「あ? 説明してくれないのか? 闘技場のこと何も知らないんだけど」

「だ、だって、開いてないのに説明しても面白くないよ! うぅ、本当は私のエクシードを見てもらいたかったのに」

頭を抱えてうずくまってしまった美海。

美海のエクシードか。一体どんな能力なんだろう?

雄二は美海がここに来ることになったきっかけであるその能力をずっと気になっていたのだ。

そのチャンスが潰れたのだ。表情にこそでないもののその落ち込みは大きかった。

そこでうずくまっていた美海が勢いよく立ち上がった。

「そうだっ、いいこと思いついたよ!」

「いいこと?」

「うん! 私の力、みせてあげる」

そう言って美海は雄二の手を握った。

力強く握られた手を見て、雄二は嫌な予感しかしなかった。

「お、おい、何を――」

「いっくよ~! はああああ!!」

二人の周りに風が集まるように吹き始め、美海のツインテールが尻尾のように揺れている。

雄二は握られた手を通じて流れてくる何かを感じた。

一緒に飛びたい! そう願う美海の思いが流れ込んでくる。

その願いに答えたい。

雄二の思いは無意識に自分のαドライバーとしての力を活性化させていく。

そして――

「うぉお!? 体が、浮いた!?」

「っ、うまく、できたぁ。なんだかいつもより飛びやすいかも。ふふ、これも雄二のおかげかな?」

「これが、美海のエクシード、か」

「うん。私のエクシードは風を操る力なの。いつか雄二とこうやって飛びたいって思っていっぱい頑張ったんだから」

十数センチ程度浮いていただけだったが、また流れてきたときにはぐんぐんと地面との距離が広がっていく。校舎を越えて、そして闘技場さえも越えたところで空中に停滞した。

「美海。お前って凄いな」

「えへへ、今日は素直だね」

「初めて飛ぶなんて経験したからな。初回サービスってやつだ」

「そっか。ふふっ、今日はありがとね。私の案内に付き合ってくれて」

「いまさらだな。それに、お礼を言うのは俺の方だ。空を飛べるなんて普通じゃ味わえない体験できたんだ。……ありがとな」

 

「ねえ、雄二。空を飛ぶのって気持ちいいでしょ?」

「ああ。こんなに気持ちいいことを美海はいつでも味わえるなんてすげー羨ましい」

「初めて飛んだ時も今日みたいに教室で雄二にぶつかっちゃったよね。あの後、雄二がおうちに来た時私はすっごく辛かったよ。だって、今まで一緒にいた、家族みたいな雄二と離れちゃうって思ったら、すごく寂しかったの」

時刻はすでに夕暮れ。太陽は水平線の向こうへと沈みかけている。

「でも。でもね、またこうして一緒に過ごせるようになって、今までの寂しさなんて吹っ飛んじゃった」

「俺だって平気だったわけじゃない。お前がいなくなってから少し荒れてたぐらいだ」

「えー、雄二が荒れてるの? 見たかったなぁ、すごくレアだし」

「そ、そのことはもういいんだよ。えっと、つまりだな、俺も美海と再会できて嬉しいってことだ」

「っ、あ、や、その、雄二はさ! 寮に住むことになるんだよね? 場所は分かる? い、今から案内してあげるね!」

美海は雄二の手を引いて学生寮の方向へと降下していく。

チラリと見えたその横顔は夕陽に照らされて赤く染まっていた。

 

「でも、俺は寮生じゃないぞ? 千尋もいるし」

「ええ!? じゃあ千尋ちゃんと同棲!? うらやま……駄目だよそんなの!」

「そう言われても決まったことだしなぁ。あ、でも千尋は置いてきた。あいつは俺たちみたいな異能は持ってないし、ここに連れてくるのも可哀想だろ?」

「え、それはそれで可哀想だよ……。じゃあ雄二は一人暮らし?」

「そういうことだな。少なくともあいつが中学を卒業するまでは一人だろうな」

「そっかー。あ、じゃあ、今から遊びに行っていい? 暇だし」

「それはいいけど、まだ何もないぞ? って、荷物の受け取り忘れてた!」

「大変じゃん! じゃあこのまま飛んでいこうよ! その方が早いよ」

「だな。このままたの――」

「どーん!」

「――せめて最後まで言ってからにしろぉおお!!」

太陽という主役が消えた空は数多の星々が瞬き、三つの『門』は爛々と黒い夜空に輝いていた。




第5話につづく


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第5話 一日の終わり

「えっと、もうすぐ住宅地区だけど、雄二の家ってもうすぐかな?」

雄二は美海に言われて眼下に広がる地区に目を凝らす。

「あった、あれだ。あの無駄に庭が広い家」

「無駄に広い……。うわあ、確かに無駄に広い、かも」

「な? このスペースあったらもう一つぐらい家が建てられそうなぐらいだろ?」

「う、うん。雄二の家って意外とお金持ちだったんだね。全然知らなかったよ~」

雄二の家は学園から徒歩20分程度の位置にあり、さらに進むと商店街やショッピングモールがあるので立地条件が良かったりする。

両親が何をしていたか知らないが、相当稼いでいたんだろうな。

「ただいまー。別に金持ちだったわけじゃないぞ。この家だって親父と母さんが研究する時に使っていたらしいし。まぁ、一人暮らしには広すぎだよな」

「でも、千尋ちゃんと一緒ならそうでもなさそうだよね~。まだ荷物は届いてなかった?」

「まだ、みたいだな。じゃあ、美海はどうする? 帰るか?」

「今来たばかりだよ!?」

「いや、お前は寮生だろ。門限とかあるだろ。高等部になって初日で門限破りなんて印象悪いぞ?」

雄二は一階の部屋を一つ一つ確認し始める。

一階にはリビングダイニング、バスルーム、トイレ、居間があった。玄関から伸びる廊下を進むと廊下の突き当りには二階に続く階段がある。

二階へ上がると部屋が四つあり、そのうち二つは書斎と両親の寝室。残りは空き部屋だ。青蘭島に来る前に渡された資料通りみたいだな。

書斎のドアを開けて中へと入る。

壁一面の分厚い書物たちと机の上に積み重ねなれた何かの研究について書かれたレポートの束。

たったこれだけの要素がこの部屋を飾っている。

その光景が何故か誇らしかった。

あの、いつも家でゴロゴロしていた両親が働いていた証。

何が書かれているのか気になった雄二は少しだけ埃の積もったレポートを一つ手に取った。

「『αドライバーとプログレスの共鳴反応について』……?」

プログレスとは特殊能力『エクシード』に目覚めた者の通称であり、現在発見させているプログレスは十代のころにエクシードが発現した少女のみである。

また、エクシードとは異なる能力に目覚める者、通称『αドライバー』が発見させている。彼らは等しく男であり、プログレスと同じく十代で発現しているがその個体数はプログレスに比べてかなり少ない。

「…………」

これは読んではいけない類いのものではないだろうか。だが、一度読み始めた好奇心は止められるわけもなく、斜め読みしながら読み進めていく。

────つまり、彼らはお互いに共鳴し、成長するのだ。そこで私はある実験を行うことにした。プログレスとなりえる素質の高い子供に私の息子を近づけて長期間の観測を行い、素質の成長率を求めた。

結論としては長年そばにいることでαドライバーとしての素質が芽生え、それはプログレスとしての素質と共鳴し、成長する可能性が高いと判明した――――

「これって、もしかしなくても俺と美海のこと、だよな? というか親父たちは美海に素質があることを前提に実験したみたいだが、かなり前から美海がプログレスになるかもしれないと知っていたってことか?」

頭の中がごちゃごちゃになってうまく考えがまとまらない……。

親父たちが美海の素質に気づいてこの実験を始めたのか。たまたま相手が美海だったのか。

くそっ、思い返しても色んな場所にいった記憶はあっても、誰とあったかなんて覚えてないぞ。

でも、これだけは断言できる──

「俺は、美海に素質を引き出されたんだ……」

ここにあるものにはまだ何か重要なことが書いてある。

雄二はそう確信すると、読みかけのレポートを机に戻して部屋を出た。あれ以上読み進めてもまともな判断はできそうにないから。

 

「あれ? もう降りてきたの? 二階はどうだった?」

「普通の空き部屋だった。俺の部屋は奥の部屋にする予定だ」

二階から降りてきた雄二のもとへ美海がトテトテと走ってきた。一階の部屋を見て回っていたようだ。

「ねぇ、雄二。ひとつだけ開かないドアがあったんだけど、鍵とか持ってる?」

「開かないドア? そんなの何処にもなかったはずだけど」

「えぇー! あったよ? 階段下のところに」

嘘じゃないもんと言う美海に引かれて階段下にやってきた雄二。

確かにそこにはドアが存在した。

だが、このドアの存在は資料に載ってなかったはず。

しかも、そのドアはどこか様子がおかしい。

ドアノブがないのだ。更には取っ手さえも。

「ぅん? どうしたの、雄二。ちょっと顔が怖いよ?」

「表情には出てないだろ」

「そう、だけど。何となく伝わってくるの」

「それより今はこいつだ。このドア、どうやって開けるんだ?」

「え? ドアノブを捻れば、ってドアノブない!? えっとじゃあスライドするとか?」

「スライドするにしても取っ手もないぞ。それにこのドア、木製じゃない」

「どう見たって木製だよ? 叩いても響かない……? あれ?」

美海がノックをすると金属音が響いた。

このドアは見た目さえ偽装されていたのだ。

「大丈夫か?」

「う、うん。ちょっと痛いけど大丈夫だよ。それよりもこれ見て」

「は? な、なんだよ、これ……」

美海が視線で示したのはさっきノックしたドアだ。そこには先程までなかった電子パネルのようなものが浮かび上がり、数字を入力してくれと言わんばかりにパネルの数字の部分が点滅していた。

 

二人はリビングに場所を移動した。

結局パスワードはわからなかったからあのドアを開けることはできなかったのだ。

「美海、お前はこれからどうするんだ?」

「んー、そろそろ帰ろうかな。流石に門限は破りたくないし」

帰ろうと美海がソファーから腰をあげたとき、インターホンが押され、来客を知らせた。

「私が見てくる~」と言って美海は玄関に行き、ドアを開けると待っていたのは引っ越し業者だ。

後ろから慌てて追いかけてきた雄二は手続きを済ませて運び込まれる荷物を眺めている。

つい先日まで本土の家にあった家具や家電、そして自分の荷物が詰め込まれた段ボール箱。

妹は元気にしているだろうか。

美海の家族に馴染めているだろうか。

大した相談もせずに置いてきたこと、怒ってるんだろうなぁ。

「今日はいろいろなことがあった」

玄関先で業者と美海を見送った後、雄二は重くなった足を動かして自室へ戻る。

山積みにされている段ボール箱が唯一の背景になっているこの部屋にぽつんと置かれたシングルベッド。既に片付ける気力もない雄二はベッドに倒れこむ。

長い船路を経て辿り着いた青蘭島。

非日常が集まる青蘭学園。幼馴染みとの再会。広い校内の案内。安いと謳っている購買の無駄に高い謎のカツサンド。消えた財布の中身。

今日の出来事を思い出しながら雄二は制服のまま深い眠りについた。

ああ、妹を説得して小遣いを貰わなければ……。

なんて思っていると見計らったかのように携帯に着信があった。

気だるげに表示されている名前を見た雄二は怠そうに携帯を置きかけたが、とりあえず出ることにした。

「もしもし、お兄ちゃん? 今日はどれくらい使ったの?」

「ろ、6000ぐらい……」

「何に使ったの?」

「しょ、食費……です」

「ふーん、食費ねぇ。あ、カツサンドは美味しかった? 一個1200もするんだよね?」

「な、なんで知ってるんだよ!?」

「美海さんからさっき電話がかかってきたの。お兄ちゃんが高いカツサンドをいっぱい買ってお金を使いすぎたって。今回は許してねって」

「じゃ、じゃあ許して――」

「それとこれとは別問題だよ。全くもう、美海さんが付いていながらお兄ちゃんの無駄使いを見逃すなんて……。やっぱりお兄ちゃんには私が付いてないとダメだね。だから私もそっちに……」

「…………」

「お兄ちゃん? あれ? おーい! むぅ、電波悪いのかな」

眠気に負けた雄二は偶然通話を切ってしまったのだ。

後日、機嫌を損ねた千尋によってお小遣いを削られるなんてこのときの雄二は思いもしなかった。

こうして成瀬雄二の青蘭島での一日が幕を閉じた。



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第6話 旅立ち

青蘭島中央広場。通称転移門広場。

青蘭島の中央に存在するその広場には他の広場とは大きく違う点がある。

それは青蘭島上空に浮かぶ光の渦、(ハイロゥ)と同じ役割を与えられて造られた転移門があることだ。白の世界『システム・ホワイト・エグマ』の解析能力と黒の世界『ダークネス・エンブレイス』の錬金術を用いて造られた疑似門(ぎじハイロゥ)、通称転移門は各世界に通じている。

唯一全世界(黒、赤、白)に通じている青の世界、地球では青蘭島に三つの転移門が設置されており、誰でも自由に使用できる。しかし、青蘭島に入るには厳重な審査をクリアしなければならず、青蘭学園の生徒や家族、学園関係者でもないかぎり、簡単に入ることはできないのだ。

転移門を使わずとも上空に浮かぶ門から直接各世界に行くことができるが警備のアンドロイドやドローンが監視しているため、無断通過はほぼ不可能だ。

「久しぶりにこの島来たけど、何度見ても転移門は上空の門と同じぐらい綺麗だ」

転移門の内側は対応している各世界の色の光が渦巻いていて、その美しさから観光名所にもなっている。そして、広場で黒の世界へ通じる転移門を見つめる一人の少年がいた。

「父さんが許可を取ってくれて良かったよ。こうして自由に各世界を回れるんだから」

少年の名前は十河誠也(そがわせいや)。一昨日に中学校を卒業したばかりだ。

「さ、数か月ぶりの黒の世界だ。またあの子に会えるかな?」

誠也は門をくぐる。転移は一瞬で終わり、彼は懐かしい黒の世界『ダークネス・エンブレイス』の地に立っていた。

 

十河誠也は一般人ではない。

母は誠也が幼い頃に亡くなっており、父は現役のカメラマンだ。

父は世界接続が起こってからは政府公認で各世界を巡り、写真を撮っている。

中学生になった頃、誠也は父に連れられて青蘭島を訪れた。

病院のようなところに連れて行かれた誠也は何かの検査を受けた。検査結果が出るのを廊下のソファーに座りながら待っていた誠也のもとに父親が歩いてくる。

「いいか、誠也。お前は検査で力が認められた。その意味、わかるか?」

誠也の父は息子の肩を掴み、語り掛ける。そんな父の姿に戸惑いながらも誠也は答えた。

「αドライバーに、なる。だから青蘭学園に編入するってこと?」

「普通ならそうだ。お前にはαドライバーの素質があると分かったんだ。だから学園に入学するのは妥当なところだ。だが、お前に選択肢をやる」

「……選択肢?」

普通ならばαドライバーの素質が見つかった時点で入学が義務付けられている。数少ないαドライバーを保護、育成するためには仕方のないことであり、多少の猶予期間が与えられることはあっても拒否権はない。しかし――

「父さんが学園に掛け合ってきた。だからお前に選択肢をやる。一つは義務に従って今すぐ学園に入学することだ。そしてもう一つは、高等部から入学することだ」

ただし後者には条件がある。父はそう言って話を続けた。

「条件は俺と共に世界を巡ることだ。共にと言ってもずっと一緒に巡るわけじゃない。中学に通いながら、たまに同行するぐらいでいい。そうしながら各世界を知り、知識や経験を蓄えて高等部に入学する。これに同意すると言うのなら高等部から入学することを許可する、らしい」

「……父さん。僕は後者を選びます。父さんが作ってくれた選択を無駄にしたくない」

「誠也。それでいいんだな?」

いつも鋭く相手を射抜いていた眼光に少し躊躇いの色が混じっていた。

だが、誠也はそれを見て、尚更決意を固めた。

「いいよ。僕は高等部から入学する方を選ぶ。それに、僕を思ってこんなことをしたって分かるから。それを選ばないって選択をするつもりはなかったよ」

青蘭島から戻った誠也が雄二や美海と知り合うのはもう少し後のことである――。

 

誠也が黒の世界に行く4日前。卒業式前日。

卒業式のリハーサルが終わり、クラスメイトが帰った教室に誠也と雄二は残っていた。

窓際の雄二の机にはA4サイズのコピー紙が置かれている。

「これは? 急に時間をくれって、どうしたんだ?」

雄二はいつもと変わらない無表情な顔で誠也に聞く。雄二を教室に残らせて紙を渡した誠也は真剣な表情でじっと窓の外を見ていた。

「とにかく見てくれ。それは雄二の役に立つはずだ」

「はぁ、わかったよ」

溜め息交じりに紙に書かれていることを読み進めていた雄二は思わず目を見開いた。

「……おい、これ。なんで俺にこんなのを!」

誠也は視線を雄二に向ける。

「αドライバーの素質調査の日程だよ。それを受けて素質が見つかれば雄二は青蘭島に行ける」

「だから、それがどうし――」

「日向のところに行けるんだ。言われなくても気付いていたのだろう? 雄二は日向が転校してからボーッとすることが多くなってる。今だってそうだ。分かっているのに答えから目を逸らそうとしてる」

雄二の無表情にヒビが入った。誠也はそれを見逃さず続ける。

「幼馴染みの子がいなくなって寂しいんじゃないのか? ついていきたいと思って――」

誠也の言葉は雄二に遮られた。首元を掴まれ、窓に叩きつけられたのだ。

「ごほっ、ごほっ……。な、何をするんだ、雄二」

「勝手なことを言うなよ、誠也。お前に何がわかる! 美海がエクシードを使って登校してきたとき、どんなことを思った。お前らクラスのやつらはどんな思いを持って、美海を見たんだ!」

「どんなって……」

誠也は答えられなかった。自身はαドライバーであり、各世界を巡っているから非日常をよく知っている。そんな自分が思ったことが一般人と同じだとは思えなかったのだ。

「お前らは倒れこむ俺と美海を見て、怖がってたんだよ! 今までクラスメイトとして過ごしてきた友達相手に、だ。そのことを俺はともかく美海が気付かないわけないだろ!」

「美海は……、美海はその反応を見て、傷ついていた。泣きそうな顔してたんだよ……!」

怒りながらも雄二は無表情のままだった。しかし、声だけは怒気を帯びている。

「美海はそんなやつらと離れ離れになるのが辛くて涙を零したんだぞ。それなのにお前らは、いなくなると分かった途端ホッとしやがって」

「雄二……」

「ああ、そうだよ。誠也の言う通りだ。寂しかったさ。ついていきたかったさ。でも、美海はクラスメイトに傷つけられたんだ。たとえ調査で素質があったとしても、クラスメイトだった俺は合わせる顔がない。思い出してしまうかもしれないから。また、傷つけてしまうかもしれないから……」

雄二の声から怒気が消え、どんどん小さくなっていた。

「雄二。あの時クラスメイト達が恐怖を抱いたのは仕方のないことなんだよ。いきなり非日常が文字通り飛び込んできたんだ。驚愕し、恐れるのは当たり前だろう?」

「そんなことッ……」

「でも、君は違った。あの時君は日向を恐れてなんていなかったよ。それにさ、雄二。君はクラスメイトの前に幼馴染みだ。合わせる顔がないなんてことはない! 君が今まで見てきた幼馴染みはそんな弱いやつだったか?! 違うだろ、日向はもっと強い子だ。たった三年君らと過ごしてきた僕でさえそう思うんだ。雄二が分からないなんてことないよね?」

誠也は雄二の眼をじっと見つめた。吸い込まれそうなほど黒いその眼から何かを読み取ることは誠也にはできない。

だからといって何も考えていないわけじゃないと信じてその眼を見続ける。

「でも、そんな……。俺は、アイツを弱いと決めつけて悩んでいた俺は……」

「君は思い違いをしていただけだ。これからやり直せばいい。幸い調査が来るまで日がある。もう一度考え直す時間ぐらいはあるさ」

「誠也。その、すまなかった。怒鳴ったり叩きつけたり、本当にすまん。それと、ありがとう。目が覚めた。俺は、受けるよ。素質がなくても誠也の父さんのように青蘭島に行けるよう頑張るさ」

「君は絶対に合格する。そうしたら胸を張って日向と会えばいいんだよ」

「はは、誠也がそう言うなら合格できる気がする」

しばらく笑いあった二人は話を再開した。

「そういえば、誠也は卒業したらどうするんだ? やっぱり他の世界を回るのか?」

「うん。そうするつもりだよ。黒の世界で可愛い魔女に会ってくるよ。先日その子から仕事を手伝えって手紙が届いたし」

「またその話か? 妄想の話……、ではないようだな。ホント、爆発すればいいのに」

「ちょっと!? 最後だけトーン落として言わないでくれよ! 本気みたいじゃないか」

「…………」

「え、まさか、本気で言ったのか?」

雄二はそれに応えることなく鞄を持って教室のドアまで歩いていく。

「ほら、帰ろうぜ。誠也のおかげですっきりした。明日の卒業式、気持ちよく参加できそうだ」

「ま、待ってくれ。まだ話したいことが」

「そんなもの、また今度でいいだろ。時間ならたっぷりあるんだ。のんびり行こうぜ」

雄二はそう言うと教室を出て行った。誠也は慌てて荷物をまとめて後を追いかける。

「今まさに置いて行こうとしてる雄二に言われたくない!」

結局誠也は話そうとしていたことを話せなかった。

自分がαドライバーだという事。青蘭学園に高等部から入学するという事を。

そして迎えた卒業式。雄二は相変わらずの無表情だが、どこか生き生きとしていた。その姿を見た誠也は打ち明けなくてもいいかと思っていた。

雄二はαドライバーになる。そう感じるのは誠也の中の素質が反応しているのかもしれない。その答えを教えてくれる人は誠也の周りにはまだ居なかった。

こうして十河誠也は中学三年間に幕を閉じ、すぐに青蘭島へ向かうのだった。

また三人でやっていけるという確信を胸に、誠也は青蘭島行きの船に乗り込んだ。




第7話につづく


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第7話 魔女との再会

黒の世界『ダークネス・エンブレイス』は中世ヨーロッパ風でファンタジーのような世界だ。

常に闇に覆われており、空には血のように赤い月が浮かんでいて、鬱蒼とした森と岩山、荘厳な城、石造りの村や街が立ち並んでいる。世界を統べるのは、魔女王と呼ばれる、卓越した能力を持つ魔女。彼女は黒の世界のトップでありながら、かの名高き天才『理深き黒魔女 ソフィーナ』を擁する、世界接続と異変の原因を探るチームの指揮者でもある。そのことはニュースで取り上げられたこともあり、全世界の人が知っていると言っても過言ではない。

 

黒の世界に転移した誠也は転移門のある広場からでも見える城、黒枢城(ダーク・クレイドル)に向かっていた。

黒枢城は魔女王が住まう闇の城だ。人族の都である『黒姫の都』に存在しており、許されたものしか入城は許されない。黒を基調として壮麗な装飾が施されていて、黒の世界のシンボルとして他世界でも有名である。

「何度見ても空飛ぶクラゲには慣れないな」

誠也は歩きながら空を見上げていた。

その視線の先には人を一人ぐらいなら乗せられそうな大きさの鮮やかなピンク色をしたクラゲがいた。それも数匹が列をなして飛んでいる。

誠也が慣れていないのは空飛ぶクラゲだけではなかった。地球で言うところのタクシーの役割を果たす巨大なカエル。路地裏からたまに飛び出してくる緑のスライム。

そういった動物とは違う『モンスター』という生物が黒の世界には多数存在している。

世界が変わるとそこは非日常だらけなのだ。

石造り街並みの中をしばらく行くと黒枢城に着いた。

「すみませーん、門番さーん。ここ開けてくださーい」

「あら、随分と遅かったじゃない。私が手紙を送ってからどれだけ経ってると思ってるの?」

誠也の声に応えたのは少女だった。門に面した二階の窓際でくつろぐ彼女はチラリと誠也に視線を向ける。誠也も声のした方向を向いていた。

「お、ソフィーナちゃん! 僕も会いたかったよ。遅れたことは謝るから、とりあえずここを開けてくれないかな? さっきから門番さんがこっちを睨んでいるんだ」

「ふん、こっちは早く仕事を進めたいの。早く工房へ来なさい!」

「そんなこと言いつつ、僕を待っていたんだよね。いつもはそんな所でティータイムを楽しんだりしないし」

「う、うるさいわね! いいから早く来なさいよ!」

顔を真っ赤にしてソフィーナは奥に行ってしまう。誠也もソフィーナの発言を聞いた門番によって開けられた門から城の敷地に入る。

そしてソフィーナの待つ工房へ向かうのだった。

 

誠也が理深き黒魔女として名高いソフィーナと出会ったのは中学3年生の時だ。

初めて訪れた黒の世界で誠也は銀髪の人形を抱えて歩いていた。

「えっと、君がご主人様とはぐれたのってこの辺? え、ああ。そこのベンチに置いて行かれてたのか」

誠也が語り掛けると人形はそれに答えるよう道の傍にあったベンチを指さしていた。

「でもなんで僕が見つけた時には別の場所にいたんだ? 誰かに持ち運ばれたとか?」

人形は誠也の腕の中で身じろぎすると地面に飛び降りてしまう。

『違う。私は自分で動けるし、話せるの。貴方はご主人様を探して歩き疲れた私を見つけてくれたの』

「あ、そういえば君は自分で動けるんだったね。さて、君がご主人様とはぐれた場所は分かったけど、どうしてはぐれたのかな?」

『それは、その……。ご主人様とのんびりしてたらいつの間にか寝ちゃってて。起きたらどこにもいなかったの』

「なるほどなるほど、ってやっぱりこの世界の言葉はまだわからないな。ごめん、君が言っていることは伝わってないんだ」

誠也の言葉にショックを受ける人形。

『そうだった。人形の私には言語は関係ないけど貴方たちには関係があるのよね』

すると人形は身振り手振りで説明をし始めた。

「うん? ここで、寝てたら、いなくなってた? ああ。そういうことならここで待っている方が得策かもしれないな。無闇に探しても見つけられる可能性は低いだろうし、君のご主人様もこの周辺を探しているはずだよ」

その説明で何故か意味を理解する誠也。誠也は人形をベンチに座らせ、その隣に座った。

『一緒に待ってくれるの?』

「僕はこの世界に来たばかりでさ、右も左も分からないんだ。よかったら待っている間に教えてくれないかい?」

伝わらないか、と肩を落とす人形は渋々頷いた。

『仕方がないですね。待っている間だけですよ』

二人はなんとか意思疎通をしていた。

人形に語り掛ける少年とそれに応える人形は黒の世界の住人にとっても珍しい光景だ。

ベンチの周りには遠巻きに人が集まり、二人を見ていた。そのおかげか少年と話す人形の噂を聞き付けた一人の少女がその場に駆けつけてきた。二人も気付いたのかその少女に視線を向ける。

「あ、君がこの子のご主人様かな?」

『いえ、あの、私は別に喋る人形に興味があってきたとかそんなんじゃないんだから!』

「……?」

突然何かを言ってそっぽを向いた少女の反応に誠也は首をかしげた。チラチラと視線で助けを求められた人形は恐る恐る駆けつけた少女に声をかけた。

『えっと、もしかして貴女はソフィーナ様ですの? 理深き黒魔女の』

『そ、そうよ! 私は理深き黒魔女、ソフィーナ。ソフィーナ、と呼んでくれて構わないわ』

ふふん、と胸を張るソフィーナ。

「なんて可愛い子なんだ! この世界の美少女も素晴らしいな。小柄な体躯、黒いゴスロリ服、長髪をツインテールに結ぶ大きなリボン、ちょこんと突き出る尖った角。どれも可愛さを引き立てている!」

『な、なによ。ふん、褒めても何も出ないわよ! というか急に何なのよ。人の話を聞いているの?』

少女、ソフィーナもまた少年の豹変ぶりに驚き、引いていた。

そんなソフィーナに人形が状況を説明する。

『なるほどね。どうりで通じないわけだわ』

んっ、んっ、と咳払いをするとソフィーナは少年に話しかけた。

「ねぇあなた。私の言葉、聞き取れるかしら? 一応青の世界の言葉で話しかけているのだけど」

「お、おお! 聞こえる。聞き取れるよ! えっと、僕は十河誠也。君は?」

「私は理深き黒魔女、ソフィーナよ。ソフィーナ、と呼んでくれて構わないわ」

「ソフィーナちゃんか。いい名前だね。あ、そうそう。この子のご主人様を知らないかな? はぐれちゃったみたいで」

「この騒ぎだもの、すぐに来ると思うわ。っとほら、言ってる傍から」

ソフィーナの視線の先を誠也も見るとソフィーナよりまだ小さく幼い女の子が息を乱しながらやってきていた。

『ありがとう、セーヤ。貴方のおかげでまたご主人様と会えたわ。私の名前はアイリーン。また会う機会があれば、その時はまた散歩しましょう』

言葉のわからない誠也のためにソフィーナが通訳をする。

その言葉を聞いて、誠也は笑顔でアイリーンとそのご主人様の女の子を見送るのだった。

「それで、ソフィーナちゃん。よかったら僕と少し散歩しない?」

「……はぁ、いいわ。今日は暇だもの。その誘いに乗ってあげる。言葉のわかる私を使って案内をさせようってことでしょ。これも何かの縁だし、この世界のこと教えてあげる。この私に教えてもらえること、光栄に思いなさい!」

「ありがとう、ソフィーナちゃん。やっぱり君は優しいね」

「は、はあ!? いいから行くわよ! 『ダークネス・エンブレイス』の魅力、とことん教えてあげるわ!」

 

その後、誠也はソフィーナに連れられて各地を訪れた。

転移門のある人族の都『黒姫の都』、街を出てすぐにある錬金術や薬術で使われる多くの素材が採れる鬱蒼とした森、鉱石が豊富に産出される岩山、下位種のドラゴンを頂点に数多くのモンスターが生息する山脈といった場所を案内し、言語、歴史、モンスターの情報、素材の取り方といった知識も教えていた。

連休を利用して黒の世界に来ていた誠也はソフィーナに招かれて、黒枢城のソフィーナの工房に泊まり込み、仕事を手伝わされる程になっていた。

「ねぇ、セーヤ。今度はあの、く、蜘蛛の素材を採ってきてもらえないかしら」

「えっと、この世界の蜘蛛って二メートルぐらいなかったっけ?」

いつか読んだ魔物図鑑の内容を思い出しながら誠也は答える。この世界で一般的に知られている蜘蛛は全長約二メートルで毒は持っていない。もちろん一般的に知られていない蜘蛛も存在するが、それらが生息しているのは森の奥地や洞窟の奥深く等のあまり人のいない場所だ。

……毒持ちの方だと面倒だなぁ。

「αドライバーなんでしょ。く、蜘蛛ごとき何とかしなさいよ! 何のためにその力の使い方を教えてあげてると思ってるの」

「それならソフィーナちゃんもついてきてよ。αドライバーはプログレスなしだとちょっと打たれ強い一般人程度なんだからさ。あ、それとも蜘蛛が怖かったり? 意外だなぁ」

「馬鹿言わないで、くく、蜘蛛なんて平気よ……わ、私は魔女よ!?」

「よし、じゃあ行こうか」

 

二人が素材を採りに行った先で大規模な山火事が起こり、山の一角が炭化した。

そのことを知っている人はあまりいない。

「いい!? 絶対に秘密よ、秘密にしなさい!」

「わかってるよ。ソフィーナちゃんが木の上から落ちてきた蜘蛛に驚いて大魔法を放った結果、山の一部が大変なことになった。なんて誰にも言わないよ?」

「ニヤニヤしてる! その顔は言うつもりでしょ!」

 

こうして誠也はソフィーナと知り合った。

誠也が卒業する約3ヶ月前の出来事だ。




第8話につづく


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第8話 魔女の助手

「せ、セーヤ。あなたを私の助手にしてあげるわ」

工房に着いた誠也は、振り返ったソフィーナにそう言われた。

しかしそんなことお構いなしに誠也はソフィーナの紅茶を用意していた。

そんな誠也の反応を待っているのかソフィーナは誠也の後ろをうろうろとしたり、チラチラと見たり、とても落ち着きがない。

「今まで助手じゃなかったの? 今更じゃない?」

色々と仕事をこなしてきた誠也は既に助手にされているのだと思っていた。

しかし、ソフィーナは顔を赤らめながら違うと言う。

「今までは助手見習いよ。それを助手に昇格させてあげるって言ってるの!」

「見習い……。その割にはいろんな世界の調査を頼まれたりしたけど? 見習いっていうのはちょっと苦しくない?」

「う、うるさいわね! 助手にしてあげるんだからありがたく思いなさいよ!」

「そっか。ありがとう、ソフィーナちゃん! お礼に今度デートしようね」

飲んだ紅茶が気管に入ったのか盛大にむせるソフィーナ。

「ゴホッ、ゴホッ……、でも、そう簡単に私の助手になんてなれないわ。条件をクリアしないとダメなの」

「へぇ、その条件ってのは難しそうだね。どんなのなの?」

ソフィーナは立ち上がり、机の引き出しから丁寧に折り畳まれた紙を取り出してきて誠也に渡した。そこには条件が箇条書きで記されている。

 

・私に美味しい紅茶とお菓子を用意する。

・異変調査をこなすことができる。

・各世界を行き来できる。

・αドライバーまたはプログレスである。

・私に負けない知識を身に付けている。

・エナジーを最低でも四つ持ってくる。

 

「以上を助手採用条件とする、って色々と聞きたいことがあるんだけど」

「なにかしら?」

ソフィーナは椅子に座り直し、紅茶を飲み始める。

「まず一つ目の条件、これは必要なの?」

「必要よ。ティータイムは欠かせないもの。それに仕事の疲れを解してくれるから」

「なるほど。じゃあ次。異変調査とか行き来できるとかはソフィーナちゃんの仕事内容から分かるけど、αドライバーまたはプログレスってのは?」

はぁ、と溜め息をついてソフィーナは答える。

「あのね、少しは考えなさいよ。私の仕事は機密情報とかも扱うし危険区域に行きことだってあるのよ? αドライバーやプログレスじゃないと危険すぎるわ」

「確かに危険ばかりだったよ。巨大蜘蛛とか暴走した魔獣の鎮静化とか、よく生き残れたよね」

「く、蜘蛛はもういいのよ。それにちゃんと危なくなったら助けてあげたでしょ」

蜘蛛のときは大災害を引き起こしたが助けられたのは確かだ。

誠也は何となく雄二が良くしていたことを思い出し、ソフィーナの頭を撫でていた。

「きゅ、急に何よ。それで、もう質問は終わりかしら?」

「感謝の気持ちだよ。よく友人がこうしていたのを思い出してね。まだ聞きたいことはあるよ。この、ソフィーナちゃんに負けない知識を身に付けているってこの世界の書物を読破してるソフィーナちゃんに敵う人っているの?」

満更でもないのか大人しく撫でられ続けるソフィーナはボソボソと答える。

「セーヤは大丈夫よ。私が直々に教えたんだもの。そうじゃなきゃ困るわ」

「まぁ、そこそこ知識はあるつもりだけど。じゃあ、最後。エナジーを最低四つ持ってくるってのは? エナジーってあのフワフワ漂ってるやつだよね」

「はぁ、ちゃんと教えたはずでしょ。エナジーっていうのはまだ解明されていない高エネルギー体のこと。四つの世界全てでそれぞれの色をしたエナジーが確認されてるわ。今のところ世界水晶から漏れ出したエネルギーだと言う説が有力だわ。で、発生した場所は毎回アルスメルが作ったエナジー発見器で分かるから、それを集めてきて調査、研究するからそのために必要なの」

エナジーを集めるのは簡単ではない。エナジー自体危険で取り扱いが難しいのだ。

「あれをまた集めるのかー、大変だなぁ。あ、ソフィーナちゃんは手伝ってくれるの?」

「手伝うわけないでしょ。それに、セーヤは既に三つ集めてきてるからあと一つでいいわ」

ソフィーナは工房の奥から三つのエナジーを腕に抱えて持ってくる。

「青、赤、白。全く、よくこれだけも集めたものよね。しかも他世界で。一人でこれだけできるんだから、助けなんていらないでしょ? それに、助手になる条件なのに雇い主が手伝ってどうするのよ」

誠也はテーブルの上に置かれたエナジーを指でつつく。

本来エナジーは触れることができないが、特殊物質で包めばただの球体として持ち運べる。かなりの強度があり、専用の装置でしか開けることはできない。

特殊物質自体は透明なため、中のエナジーを見ることができる。

薄暗い工房で三つのエナジーが幻想的に輝いていた。

「じゃあ、集めたことがないのはこの世界のエナジーだけか。因みに、今発生してる場所はある?」

「えっと、って自分で見なさいよ。ほら!」

ソフィーナは手に持っていた端末を投げ渡す。誠也は危なげなく受け取ると画面を注視した。

「……ここって下位種のドラゴンがトップにいる山脈だったかな。流石に危険でしょ」

「そうね……、でも誰かに手伝ってもらうと言ってもアイツしかいないし……」

「アイツってもしかしてリゼリッタ? 僕は全然オッケー、むしろウェルカム!」

「なによ、いきなりデレデレして! あんなのただの脂肪の塊、誘惑に負けちゃダメよ!」

顔を真っ赤にして怒るソフィーナを落ち着けながら誠也はどうするか考えていた。

下位とはいえドラゴンを相手にするかもしれないのだ。αドライバー1人で挑むのは危険すぎる。

αドライバーはプログレスがいなければ一般人と変わらないのだから。

「なら、可愛いプログレスの子を見つけて回収に向かうよ。それなら問題ないよね?」

「し、仕方がないわね。私がついて行ってあげる! 異論は認めないからね!」

「……ソフィーナちゃんがそれでいいって言うならいいけどね。それじゃあ、行こうか」

二人は工房を出て、下位種のドラゴンがいる山脈へ向かった。

道中、しばらくソフィーナはこれでよかったのかと頭を抱えていたが目的地に着くころには切り替えていた。

 

しばらく山道を歩いていた二人の視界が突然開けた。

視界には山の一角が更地になり、辺りには黒々と炭化した木々が転がっていた。

「ここって、ソフィーナちゃんの魔法が炸裂した所だよね」

「うっ、あれは、あそこまで威力があると分からなかったし、必死だったのよ!」

「僕たちの初めてだもんね。激しかったなぁソフィーナちゃん」

「へ、変なこと言わないの! そういうのじゃないんだからっ!」

真っ赤にして否定するソフィーナを温かい目で見ていた誠也は、ふと発見器が反応していることに気がついた。

「ねえ、ソフィーナちゃん。どうやらこの近くらしいよ。すぐそばに反応がある」

「近くって言っても炭化した木ぐらいしか……あっ! あったわ! ほら、あそこ!」

ソフィーナの指差す方向を見てみると確かにエナジーがある。

しかし、すぐそばには別のものをいた。

「いやいや、あったけど。あったけどドラゴンまでいるじゃん!?」

「しーっ、ワイバーンが気づいちゃうでしょ。食事中に邪魔されたら物凄く怒るのよ」

「その忠告はちょーっと遅かったかなー。完全に頭に血が昇ってるみたい」

食事中だったドラゴン、ワイバーンは血走った目を誠也たちに向けていた。

『──────ッ!!!!』

ワイバーンの甲高い咆哮が辺りに響き渡る。

「こうなったら仕方ないわね。セーヤ、やるわよ」

「じゃあ、ソフィーナちゃんはしばらくあのワイバーンの相手をお願い。僕はそっちに気が向いている隙にエナジーを回収する!」

「わかったわ! さぁ、来なさいドラゴンもどき! あなたに理深き黒魔女ソフィーナの力、見せてあげるわ!」

ワイバーンは翼をはばたかせて空に舞い上がると、急降下して翼にある鉤爪でソフィーナに切りかかる。ソフィーナはそれを転がるようにして避けると直ぐに立ち上がり、ワイバーンの顔めがけて炎の球を発射した。

「本業は研究だけど、攻撃魔法も嗜み程度には使えるのよ?」

飛んできた炎を回避しようとしたワイバーンだったが右翼に直撃し、もがきながら墜落してくる。

「飛べないドラゴンなんて蜥蜴も同然、ってセーヤ! 避けなさい!」

ワイバーンが墜落しようとしている先は今まさにエナジー回収の準備をしている誠也のすぐ側だ。

「うわっ、ソフィーナちゃん、落とすなら別の場所にしてよ!」

「仕方ないでしょ、攻撃魔法は練習中なの! それより早くそこから離れなさい!」

誠也とソフィーナが言い合っている中、墜落したワイバーンは起き上がろうとしていた。

「あと少しで準備ができる。なんとかソイツを押さえていて!」

「あーもう、火傷しても知らないからね!」

ソフィーナは起き上がろうとするワイバーンの頭上に炎の塊を召喚し、勢いよく落下させる。

ワイバーンの背中に当たった炎は全身を覆うように燃え広がり、ワイバーンの周りから酸素を奪っていく。全身を焼かれ、呼吸困難にされたワイバーンはしばらく足掻いていたが長くは続かなかった。

「よし、エナジー確保! ソフィーナちゃん早くここから──」

「もう終わったわよ。今回のやつは弱かったからよかったけど、エナジーなんか放っておいて逃げなさいよ!」

ソフィーナは誠也に詰め寄る。

「ごめん。でも、エナジーは絶対に確保したかったんだ」

「なんでよ、αドライバーは誰かがダメージを負担してくれるわけじゃないのよ!?」

「それはわかってるよ。でも、ここで手に入れてないと誰かがソフィーナちゃんの助手になってしまうかもしれない。それは嫌なんだ」

誠也はソフィーナの頭に手を乗せて、そっと動かす。

「ごめんね。ソフィーナちゃん」

「……次、やったら許さないから」

誠也の胸に頭を預けるようにしてボソボソと答えるソフィーナの顔がどうなっているのか誠也には見えなかった。ただ耳が赤くなっていることから恥ずかしがっているのだろうとだけ分かった。

 

二人は工房に戻った。

ヘトヘトに疲れているなか、誠也は晴れてソフィーナの助手になったのだった。

「ところで、あのワイバーンはどこに発送してたの?」

「ドラゴンの肉って珍しいのよ? 私の分は取って、残りは青蘭島に送ったわ」

「え、僕の分は?」

「ちゃんとあるわよ。だから今日はドラゴンのステーキね」

ソフィーナが倒したドラゴンから取れた肉は青蘭島に送られて入学式当日、破格の値段のカツサンドとなって購買に並ぶことになる。

 

誠也は助手としてソフィーナの屋敷に寝泊まりし、春休みの大半を黒の世界で過ごしていた。

「ごめん、ソフィーナちゃん。明日から学校に行くからここには来れないかも」

再度、ごめんと言って申し訳なさそうにする誠也を一瞥したソフィーナはすぐに視線を手元の書類に戻した。

「……ソフィーナちゃん?」

「別に、助手だからってずっといなさいなんて言わないわ。私だって鬼じゃないもの」

「悪魔だもんね」

「う、うっさいわね! 茶化すんじゃないわよ! そ、それに、私も……」

顔を伏せて言い淀むソフィーナを見て、誠也は首をかしげた。そこでソフィーナのティーカップが空だと気付いて慌てて用意をし始めた。

念のために機嫌取りのクッキーを添えておこうかな。

「何よこれ。いつもは紅茶だけなのに」

「今日は念のためにクッキーも一緒にと思ってね」

「ふん、なかなか気が利くじゃない。って話の腰を折らない!」

「ごめんごめん。それで、なんの話だっけ?」

「だから、私も青蘭学園に用があるから一緒に行くって言ってるでしょ」

「え、いつも屋敷の自室か薄暗い工房にいて寝ても覚めても研究のことばかり考えてるソフィーナちゃんが青の世界に?」

「ば、バカにしないでよ! それじゃあ私が引きこもりみたいじゃないの!」

「みたいっていうか、引きこもってるよね? 研究のためだからってこんな薄暗いところに籠ってばかりだと体に悪いと思うけど」

「ぐっ、今日はやけに突っ込んでくるわね……」

ソフィーナは乾いた喉を紅茶で潤す。そのおかげで少し気持ちが落ち着いた。

やっぱり紅茶を助手の項目から外さなくてよかったわ。

「コホン、それはそれよ。それに、これからは青蘭島で過ごすことになるのだから問題ないでしょ?」

「ハハハ、そんなに拗ねないでよ。お詫びに青蘭島を案内するから機嫌を直して、ね?」

「す、拗ねてないわ! でも……、そうね。きっちり案内しなさい! セーヤってば集中して覚えたこと以外はすぐに忘れちゃうもの」

「……入学式の日付とか」とソフィーナは何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべて言った。

入学式? そういえばそろそろそんな時期だったような……。

「あっ! 入学式って今日じゃん!」

「それじゃあ、セーヤ。案内、楽しみにしてるわね。今日はもう寝るわ、学生の朝というのは早いと聞くし。あなたも早く支度して寝なさいよ?」

おやすみなさい。そう言ってソフィーナは寝床に向かった。

「入学式、サボっちゃった……」

優等生として通すつもりだった高校生活が、早くも根底から崩れ去った。

十河誠也の高校生活は本人の意識しないうちに始まっていたのだった――




第6~8話は誠也がメインのお話でした。
この小説のメイン主人公は雄二です。そこは変わりません。
ただ、このように雄二以外にスポットを当てたお話も入ってきます。


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第1章 青蘭の聖少女
第1話 初授業


この作品は非常に多くのキャラが登場します。
お気に入りの子が皆様にできたらいいなぁ。

それでは、新章開幕です!

※不定期更新です。ご了承ください。


入学式の翌日、雄二は気だるげに授業を受けていた。

授業と言っても授業らしいものではなく、この青蘭島の設備や他の世界の説明といったオリエンテーションのようなものだ。1-Aの教室では制服を着た生徒たちが先生の話に耳を傾けている。

「ニュースとかで聞いて知っている人も多いかもしれないけど、一応説明するわね。この青蘭島は東京都に属する無人島だったの。各世界に繋がる門がこの島の上空に出現して世界接続(ワールドコネクト)が起きてから、青の世界の常識では考えられないスピードで整備されて今のような青蘭島になったらしいわ。そしてエクシードに目覚めたプログレス、君たちのような子や異世界からやってきた来訪者の学業と生活の場としてこの島は設けられています」

安堂先生はスクリーンに映しながら説明をしている。

雄二は説明を聞きながら、少し周りを見ていた。

この教室は40人分の席が用意されているが、明らかに昨日より空席が多かった。

何人か他世界の生徒もいるが、それ以外は全員地球人なのだ。

「成瀬、雄二君だったかしら。この光景が不思議?」

「あ、はい。なんだか、空席が多いなと」

ん? よく見たら制服を着ているのも青の世界のやつらだけのような……。

「いいでしょう。それじゃあそのことについて説明してあげるわね。皆も不思議に感じているだろうけど、ここでは大体こんな感じよ。通常の授業には別に出なくてもいいの」

元々この学園はプログレスやαドライバーを育成、保護するための機関。だから重視されるのはブルーミングバトルといった特殊な授業なのだ。しかし他の世界の子はそれでよくても、地球で暮らしていく生徒はそれだけでは生きていけない。

いずれ社会に出るときのために勉強しなければいけないことがたくさんある。

そのため通常授業では青の世界出身の生徒ぐらいしかいないのだ。

「授業に出る、出ないは自由よ。あなたたちが選んでもかまわないわ。だから他の世界の子もこうやって授業を受けれるから、仲良くするのよ? 先生、いじめは許しませんからね」

生徒たちは先生の話を聞いて騒めいていた。

サボりを公認したようなものだ。ちらほらとサボろうかなと言う声が聞こえてくる。

「でも、期末にはテストをするから。よく考えて、選びなさいよ?」

「テスト……うぅ、嫌な記憶がよみがえってきた」

美海は頭を抱えて唸っていた。中学の時はテスト期間になると毎回勉強を教えていた雄二は美海の嫌な記憶というものが何なのか大体わかっていた。

「なあ、美海。中等部の時、勉強はどうしていたんだ?」

「どうって、普通に授業受けて、テスト期間には沙織ちゃんに勉強教えてもらってたよ」

「苦労したんだろうな、その沙織って子は」

「ちょっ、それどういうこと! 私だってもう高校生。中学のときとは違うんだから!」

ほう。それは期末が楽しみだ。

雄二は美海との会話を切り上げて先生の話に集中した。

「じゃあ次はこの学園の特殊カリキュラム、ブルーミングバトルについて説明します」

安堂先生は誰を指名しようかと生徒たちを見る。

「そうねぇ……、岸部さん。ブルーミングバトルについて説明してくれるかしら」

先生に指名されて立ち上がった岸部という女の子。

雄二はふと昨日のことを思い出した。入学式の前、体育館に行くために廊下に並んでいたとき、妙に美海との関係を聞いてくる女子がいた。その子が岸部だったのだ。

「はい。ブルーミングバトルとは青蘭学園内で行われるプログレス同士の模擬戦闘のことです。最大4人のプログレスがフィールド内で戦い、戦況に応じてリーダーであるαドライバーがプログレスを強化したり、控えのプログレスと入れ替えることができます。フィールドで発生するダメージやエネルギーはαドライバーが負荷として受け止めるため、αドライバーが倒れれば試合終了になります」

一呼吸置くと岸部は説明を続けた。

まるで教科書を朗読しているみたいにスラスラと出てくる岸部にクラス中が注目している。

「流石沙織ちゃんだね」

「え、あの子が? なるほど、勉強のできる優等生ってわけか」

「うん。でも――」

「そして、参加にはチームを組む必要があり、プログレス1名、αドライバー1名が最小の構成。プログレスは最大8名までチームに登録できますが、αドライバーは1名だけしか登録できません。じゅ、授業で行うブルーミングバトルはこの学園に設けられた闘技場で実施します。そそ、その様子は編集されたものであれば、島外でも視聴することができ……っ! できます」

「その通りよ。ありがとう、岸部さん」

そう先生が言うと、美海は拍手をした。一人、また一人と拍手し出して、いつの間にか拍手は大きくなっていた。だが、その拍手を一身に浴びて耳まで真っ赤にしながら岸部は座った。

「でも、ちょっと照れ屋さんなの。可愛いでしょ?」

「確かに可愛いけど……」

中等部のときも岸部は美海に振り回されていたと思うと何故か他人のように思えなかった。

……とりあえず俺も拍手しておくか。

 

「ブルーミングバトルの詳しい説明は次の時間、校内の闘技場で行います。その前にプログレスとαドライバーについて知ってもらう必要がある。これはあなたたち自身に必ず関わってくるものよ。あと少しだから最後まで聞いてね」

プログレス――

青の世界では、世界接続による異変を機に確認され始めた異能を持つ少女たちの総称だ。世界接続以前から存在が示唆されていた『魔法使い』や『超能力者』なども、プログレスにあたる。

青蘭島には他の世界からも多くのプログレスが訪れており、単純に観光目的であったり、良い成績で卒業することを目指していたり、正義感で動くものだったりと、動機は様々である。

現在、プログレスに男性はいない。

何故か発現するプログレスは女性であり、その大半が10代の少女たちなのだ。

「さて、プログレスのことはニュースでも何度か取り上げられて知っていたりするけど、αドライバーって名前には聞き覚えがない人がほとんどよね。皆の知っている通りプログレスには女性しかいない。なら、この教室にいる男子たちは何なのか。……そう、彼らがαドライバーよ。ちょっと前に出てきてもらおうかしら」

「頑張って雄二! 笑顔だよ、笑顔♪」

「無理なのを分かってて言ってるだろ、それ」

「ほら、いってらっしゃい」

美海に背中を押されて前に向かう。他の男子も乗り気じゃないのか前に向かうスピードは遅い。

「ほら、早く出てくる。じゃあ、一番窓際の子から自己紹介してもらおうかしら」

一番窓際にいたのは雄二だ。訴えかける視線に気づいたのか雄二にウィンクをする先生。

雄二は呆れながらも自己紹介をする。

成瀬雄二(なるせゆうじ)です。よろしくお願いします」

無表情で簡潔に済ませる雄二。その冷めた態度にどう反応していいのかクラスメイトは戸惑っていた。

やばい。何を話したらいいのか分からない!

雄二は内心焦っていた。元々人前で何かをするという事に慣れていない上に見ているのは女子ばかりなのだ。

「えっと、成瀬君? もっと何かないのかな? それだと味気ないっていうか皆も取っつきにくいと思うの」

「え、はい。そうですね……、無表情ですが感情はあります」

「も、もういいわ。ありがとう成瀬君。それじゃあ次の人お願いね」

「……朝比奈(あさひな)(じゅん)。αドライバーとしてこの学園に来たけど、エクシードの研究や役に立つ装置の開発といったバックアップをメインにやっていくつもりです。よろしく」

朝比奈は小さくお辞儀をすると制服のポケットからスマホを取り出して操作し始める。

雄二は何をしているのか手元を覗いてみたが、アンドロイド工学という項目のページを見ているという事しか分からなかった。

「じゃあ最後は俺か。垣内(かきうち)(たくみ)だ。中学では生徒会長をしていた。この学園でも生徒会に入ろうと思っている。皆も何かあったら頼ってくれよな! そんなわけだからよろしく!」

「一応ここにいる全員の自己紹介は終わったわね。あ、そうそう。このクラスのαドライバーは全員で四人。あと一人は昨日もいなかったけど、今は黒の世界にいるそうよ。今日中には来るらしいからその子の紹介はまたその時にね」

安堂先生はスクリーンに映るパワーポイントを切り替えてαドライバーの説明に入る。

「αドライバー、通称アルドラとはプログレスたちを強化する力を持つ能力者のこと。確認されているその全てが男性よ。プログレスの持つエクシードを強化させることができるほか、αフィールドによってプログレスが受けたダメージを引き受けることで、プログレスたちを保護するわ」

ブルーミングバトルにおいては、プログレスたちは必ずαドライバーをチームメンバーに加えることが義務付けられている。数少ないプログレスよりもさらに数が少ない、極めて稀少な存在。そのため人数比の関係上、一人のαドライバーに対し複数のプログレス、というチーム編成になる場合が多い。

「だからプログレスの皆はαドライバーを選ぶとき、後悔しない選択をしなさいね。αドライバーの君たちも稀少な存在だと威張って女の子を傷つけないように」

先生はそう言うと教卓の上の段ボール箱を開けて何かの端末を取り出す。

「αドライバーの君たちには渡すものがあるの。はいこれ」

「スマホ、ですか?」

端末を受け取った雄二はスマホによく似たそれを見て、そう質問していた。

だが、その質問に答えたのは先生ではなく朝比奈だった。

「これは、αドライバー専用ブルーミングバトル補助端末だな」

「知っているのか? 朝比奈」

「ああ。私のことは淳で構わない。これはその名の通りαドライバーのブルーミングバトルを補助するための端末だ。先程安堂先生が説明していたが、αドライバーのバトルでの役割は攻撃の補助やダメージの身代わり、状況に応じてのメンバーの入れ替えが主なものだ。それらを円滑にするための手助けをしてくれる端末という事だ」

「見た目は完全にスマホなのに凄いものなんだな」

「お、電源ついた。なんだこれ? いろんな項目があるな」

垣内は雄二と朝比奈の話を聞きながら端末をいじっていた。するとボタンが押されたと判断して電源がついたのだ。

「全く、先生が説明する前に勝手に操作しない。君たちだけで話していると女の子たちが置いていかれちゃうでしょ」

先生の言葉にハッとする三人。

「垣内君はもう電源をつけたみたいだけど、二人は端末の横にあるボタンを押して電源をつけてくれるかしら。プログレスの皆はもう休憩にしましょうか。次の時間は闘技場だから遅れないように行くのよ。それじゃあ解散! ほら、あなたたちは説明を聞く」

女子たちはワイワイと休憩をし始めるなか、アルドラの三人は教室の前方で端末の使い方を教わっていた。そして彼らが解放されたのは授業が終わる直前だった。

「おっと、チャイムが鳴ったわね。使い方の説明は終わり。あとはそれをちゃんと使いこなすこと。それを使いこなせばバトルもやりやすくなるから頑張ってね」

安堂先生はそう言うと教室を去っていく。男子たちはとりあえず教えてもらったばかりのチャット機能を起動してお互いにIDを登録してからそれぞれの席に戻った。




第2話につづく


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第2話 再会

自分の席に戻った雄二を待っていたのはニコニコと笑う美海と岸部だ。

「なんだよ。次は闘技場なんだろ、行かないのか?」

「いくよ~、でもその前に紹介しておこうと思ってね。この子が岸部沙織ちゃん」

「は、初めまして。岸部(きしべ)沙織(さおり)です。成瀬君のことは美海さんからよく聞かされてました」

綺麗にお辞儀をする岸部。

「おい、美海。中等部の時に何を言いふらしたんだ」

「え!? そんなに話してないよ~。たまに話してたぐらいだって」

「ふふふ、そうですね。昼休みや放課後以外にも、月に一回ぐらい広報部の子と集まってよく話してました」

「月一……」

広報部と話してたとか嫌な予感しかしないぞ、おい。

「き、気のせいだよ! それより雄二、端末出して」

雄二は言われた通りに端末を出す。

美海もスカートのポケットからよく似た端末を取り出すと操作し始めた。

「あれ? これってアルドラ専用じゃなかったか? なんで同じのを持ってるんだよ」

「違いますよ、成瀬君。これはプログレス専用端末です。プログレスには先日の入学式のときに配られたんです。機能は普通のスマートフォンと大差ありませんから。ただ、これは本人しか操作できないようになっているので学生証として使えるんですよ?」

岸部は同じように端末を取り出し、雄二に説明をする。

その間に操作が終わったのか、美海は雄二に端末を突き付けていた。

「はい、雄二。ID登録」

「え、これってその端末とも登録できるのか?」

「もちろん! ほらさっきしてたみたいに登録するの」

「えっと、確か……これか。お、登録できた」

ピコンっと音が鳴り、登録が完了する。美海は満足げに頷くと岸部の方を見た。

「どうしたの、美海ちゃん」

「どうしたのって沙織ちゃんはしないの?」

「えっ! わ、私も!?」

「もちろんだよ。いいよね? 雄二」

「ああ、俺は別にいいが。岸部さんはいいのか?」

「はい。その、よろしくお願いします」

恐る恐る端末を雄二に差し出し、登録を済ませる岸部。

早くも二人のプログレスと登録できたことに雄二は感心していた。

いつものメンバー以外の連絡先があるって新鮮だなぁ。

「それじゃあ、行こっか。また私のエクシードを見せてあげるね♪」

「ああ、楽しみだよ。俺も、自分の力を確かめたいし」

「お二人はとても仲がいいんですね。ちょっと妬いちゃいます」

「幼馴染みだもん。仲がいいのは当然だよ」

「もうこれが普通って感じだからな」

三人は教室を出て、闘技場に向かう。

雄二としては男子の皆と行きたかったのだが、既に教室にいなかった。

 

闘技場に着いた三人は自動ドアを通って中に入る。

中には多くのクラスメイトがいた。先程教室にいたメンバーだけでなく、昨日見かけたクラスメイトも集まっている。

「賑わってるな。昨日のガランとした感じが嘘みたいだ」

「ほらほら、入口のとこに立っていたら迷惑だよ。バトルエリアの方に行こうよ」

美海と岸部に連れられて通路を歩く雄二。

周りにはアンドロイドや妖精、魔女のような恰好をした少女まで様々なプログレスが溢れていた。その中にこちらに駆け寄る男子生徒の姿が見えた。

「あれ? おい、美海。こっちに来てるやつ誠也に似てないか?」

「え、誠也君に? でもあの人、一般人じゃないの?」

「あの、その誠也さんとはどなたなのでしょう?」

「誠也は俺と美海が中学にいたころの友達でさ。見た目はイケメンなんだが、中身は残念ってもったいないやつだ」

「本人を前によくそんなこと言えるよね」

雄二が岸部に説明をしているとその後ろから先程の生徒が話しかける。

その声に雄二は振り返った。

「後ろだからいいんだよ。それと、久しぶりだな。元気してたか?」

「そういう問題じゃないんだけど……。久しぶり、雄二。それと日向(ひなた)も。また会えて嬉しいよ」

「わあ、本当に誠也君だ~。誠也君もαドライバーだったんだね! 久しぶり~」

「日向も雄二も驚かないんだな。あ、初めまして、十河誠也(そがわせいや)です。君の名前を教えてもらえると嬉しいな」

「は、はい。岸部沙織です。よろしくお願いします、十河さん」

「僕のことは誠也でいいよ」

「おい誠也。岸部さんが可愛いのは分かるが、もう少し離れろ。自己紹介するには近すぎだろ」

「もうセクハラだよね。安堂先生に訴えようかな」

雄二と美海の言葉が聞こえたのか、すぐに距離をとる誠也。

恥ずかしかったのか岸部の頬はほんのり上気していた。

 

通路を抜けてバトルエリアに出た四人。

闘技場は円形だ。一階中央部には円形のバトルエリアがあり、バトルエリアの外側にはエントランスと更衣室、トイレや簡易的なシャワー室等の施設が配置されている。

そして二階にはバトルエリアを囲うように作られた観客席がある。

「ここが、バトルエリアか。見てるだけでワクワクしてくるよな!」

「久しぶりに見たけど、声は弾んでるのに顔は無表情って何だか妙な光景だね」

「雄二はいつものことだよ。それよりさ、もっと見て回ろうよ!」

「美海ちゃんはいつも以上に元気ですね~」

「貴方が成瀬雄二かしら。思った以上に無表情なのね」

雄二と美海がバトルエリアの壁をペタペタ触っていると上から誰かが話しかけてきた。

上? 誰か観客席にいるのか?

二人そろって少し後ろに下がって観客席に視線を向けた。

するとゴスロリ服を着た少女が腕を組んで見下ろしていた。

「ねえねえ! 私、日向美海。あなたのお名前は?」

「この状況で名前を聞くのかよ。まあいいか。俺は成瀬雄二。どうして俺のことを知っていたんだ?」

「私は理深き黒魔女――」

「なーんだ、そんな所にいたんだね。ソフィーナちゃん」

「ちょ、ちょっと、セーヤ。自己紹介に割り込まないでよ!」

「誠也、知り合いなのか?」

「知り合いというか僕の雇い主。可愛い黒魔女ソフィーナちゃんだよ」

「理深き黒魔女、ソフィーナよ! 勝手に変えないで!」

ソフィーナは観客席から飛び降りて、ふわりと着地すると誠也に詰め寄る。

誠也の隣にいた岸部はサッと美海たちのもとへ逃げていく。

「大体、どこに行ってたのよ。いきなり置いていくとかひどいと思うんだけど」

「あー、それはひどいよね。ねえ、沙織ちゃん」

「そうですね、イケメンとは思えない行動です」

離れた所では美海と岸部がうんうんと同意していた。

「ごめん、可愛い子がいたからつい。あ、でも、おかげで雄二たちと再会できたし、許してくれないかな」

「言い訳にすらなってないな」

「最低だね。誠也君」

「本当に残念なイケメンということですか」

「ちょっと!? こっちまで聞こえてるんですけど!」

「まあいいわ、今回は許してあげる。そのかわり、しばらく仕事を倍に増やすから」

「それで許しちゃうんだ、ソフィーナちゃん」

話は終わったのか雄二たちのもとへ来る二人。

ソフィーナに改めて自己紹介を済ませた雄二たちは誠也との関係を聞いていた。

「それで、こうして今は助手となっているわけだよ」

「なるほど。ドラゴンかぁ、美味いんだろうな。高いだろうけど」

「え? 雄二はこの前食べてたじゃん。ほら、あの高いやつ」

「は!? 俺が食ったあのカツサンドってソフィーナさんが倒したドラゴンだったのか!?」

「あら、あのドラゴンを食べたのね。どう? 美味しかったでしょう? ドラゴンなんて滅多に食べられない珍味なんだから」

「美味かった。でも高かった!」

「それなら自分で調達したらいいじゃない。そうすればタダよ? まぁ、そう簡単にはいかないでしょうけど。いつか黒の世界で狩れるといいわね」

ワイバーンか。下位種とは言えドラゴンだ。アルドラ1人でどうにかなるような相手じゃないよな……。

「ところで雄二と日向。僕がαドライバーだったこと、驚いていないようだけど何でだい?」

誠也の質問に顔を見合わせる二人。

「世界中を飛び回ってるやつが一般人なわけがないだろ」

「そうそう。誠也君がアルドラでもあまり驚かないよ。私としては雄二がアルドラになってたことの方が驚いたよ」

「それは、俺自身も驚いた」

「あの、みなさん。そろそろ向こうに行った方がいいかと。他の皆も集まっているようですし」

おずおずと手を挙げて発言する岸部。その隣ではソフィーナが頷いている。

「行くか。この後、何をするんだろうな」

「雄二、君の実力楽しみにしているよ」

誠也は雄二の肩に手を置くと意味ありげに言ってくる。

ソフィーナも何があるか分かっているのか美海と岸部に不敵な笑みを向けていた。

そして始業のチャイムがなり、闘技場での授業が始まる。




第3話につづく


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第3話 顔合わせ

「さて、みんな集まっているかしら。ああ、並ばなくて大丈夫よ。楽にしてていいわ」

安堂先生はそう言いながら空中に投影されたパネルを操作している。

「へぇ、あんな機能もあるんだな。美海は知ってたか?」

「い、いや~、実はここに入るのって初めてなの。観客席から見たことはあるんだけどね」

「私も今日初めて入りました」

「え、岸部さんも? 中等部では入らないのか?」

「中等部にはαドライバーがいないから。高等部の人に頼むのもハードル高かったし」

今は初等部、中等部にはαドライバーがいない。

そのため、彼女たちがアルドラを必要とするブルーミングバトルには参加することが滅多にないのだ。高等部のアルドラと組めば参加できるのだが、なかなか組む人はどちら側にもいない。

「さ、皆注目~! これからこの施設について説明します。よく使うことになると思うからちゃんと聞いておくように。わかった? 成瀬君、日向さん」

『はい!』

反射的に返事をする二人。横では岸部がクスクスと笑っていた。

「まず、この施設の正式名称から教えましょうか。誰か分かる人はいるかしら?」

「はい! ブルーミングバトルコロシアムです!」

美海は先生の質問に素早く手を挙げて答えてみせる。

「そう。日向さんの言う通り、ここは『ブルーミングバトルコロシアム』という名前よ。通称闘技場ね。コロシアムって呼ぶ人もいるかしら。バトルエリア、今私たちが立っているここには自動修復機能がついてるわ。そしてバトルの観戦する観客席にはαフィールドを参考にした最新型の保護フィールド展開デバイスが設置されているから、万が一に流れ弾が飛んできても観客席に被害はないから安心していいわ。更衣室は冷暖房完備、シャワーやトレーニング施設も完備された、ブルーミングバトルを行うための快適な空間となっている優れものよ。説明は以上だけど何か質問があるかしら?」

「あのー、αフィールドってなんですか?」

「垣内君、いい質問ね。それじゃあ、その説明をするためにこっちに来てもらえるかな」

「あ、はい。……来ました、けど」

「よし、それじゃあ発動してみようか」

「えっ!?」

「簡単よ。端末を出して、項目をタップするだけ。最初のうちはそれで発生させるといいわ。慣れてくると意思だけで発動できるらしいから頑張ってね」

「……えっと、なんか周りに拡散していった感じがあるんですけど」

「今は対応するプログレスが選択されていないから、実戦とは違う感覚かもしれないけど……、それがαドライバーが発生させる、プログレスを保護するフィールドよ」

青蘭島では、その用途からブルーミングバトルフィールドと呼ばれることもある。プログレスたちはαフィールド内において怪我を負うことはないが、αドライバーに一定以上の負荷がかかると解除される。

「負荷というのがどういう程度のものなのか。それは後で分かるわ。ここで戦う限りは負荷を負ったαドライバーが血塗れの大怪我になるなんて事態にはならないから。と、いうわけで一時間後この場所で新入生交流バトルを開催します!」

「実力ってこういう事だったのか」

「雄二、楽しみだね! バトルだよ、バトル! 絶対楽しいよ~!」

「わ、私にこなせるでしょうか……」

クラスメイト全員が安堂先生の言葉を固唾を飲んで待っている。

「ルールは公式ルールと同じよ。ただ今回はメンバーをこっちで選ばせてもらったわ。最大プログレスは四人。控え交代は無し。αドライバーが倒れたらそこで試合終了。参加できなかったプログレスたちは悪いけど見学していてね」

「αドライバーは強制参加か。連戦になると辛いだろうな」

「雄二はいいよね、私たちなんか出られないかもしれないんだよ?」

「わ、私は出れなくてもいいかなー、なんて」

先生は生徒が静まるのを待ってから話を続ける。

「メンバーを発表するわ。丁度このクラスには四世界のプログレスがいることだし、色ごとに戦ってみましょう。まず、青チーム。αドライバーは成瀬雄二君。プログレスは日向美海。岸部沙織。音羽ツバサ。カトリーヌ・オベール。以上の四人よ」

「美海や岸部さんは知っているがあとの二人は誰だ?」

「え~っと、ごめん。私もわからない」

「すみません、多分新入生の方々、という事しか分かりません」

「いや、いいよ。後で会えばいいだけなんだ。気にしなくていい」

周りは多少騒めきはしても、静かな方だ。大多数の生徒が初めてのバトルの選手に選ばれるかどうか緊張して待っている。

「黒チーム。αドライバーは十河誠也。プログレスはソフィーナ。リゼリッタ。アビー。フランボワーズ。以上の四名」

黒チームに選ばれたのは誠也だ。雄二が誠也の方を見てみるとソフィーナ以外のプログレスも集まっているようだった。なにやら騒いでいるようだが、緊張しているようではなかった。

「赤チーム。αドライバーは垣内巧。プログレスはアウロラ。フローリア。ディアンナ。ヴァレリア。以上の四名」

「次は俺か。バトルなんてワクワクするよな。なぁ、雄二」

「あ、ああ、垣内か。俺は緊張でいっぱいだよ。もっと気楽なバトルだと良かったんだが」

「そんなの気にするな。選ばれたからとかそんな理由は関係ないだろ、バトルは楽しくやるものだ。雄二の気持ちでどうとでもなるさ。あ、俺のことは巧でいいぞ」

「巧の言う通りかもなぁ。楽しまなきゃ勿体ない。ありがとう、巧。お互い頑張ろうぜ」

巧は手を振って雄二に応える。雄二は緊張の和らいだ状態で次の発表に耳を傾ける。

「そして最後、白チーム。αドライバーは朝比奈淳。プログレスはSW(システムホワイト)=コードΩ(オメガ)46セニア。コード(シグマ)チカル。コード=204ケイティ。コードΩラウラ。以上の四名よ」

最後は朝比奈だ。彼はアンドロイド工学というものを読んでいたぐらいだ。アンドロイドとの相性はいいだろう。強敵の予感がする。雄二は思わず拳を固く握っていた。

「今回はこちらが決めさせてもらったけど、正式なチームになるなら教務課まで書類を提出しなければいけないわ。最低でもアルドラ1人とプログレス1人はいないとチームじゃないと受理されないから注意するのよ」

チーム申請用紙は職員室前に置いてあるボックスの中だ。

そういえば、昨日案内してもらった時は初等部の方に気を取られて、隣の職員室の方はあまり見ていなかったな……。

安堂先生は騒めく生徒たちを見渡し、一呼吸おいて言葉を飛ばす。

「それでは一時間後ここで行うから集合するように。それまでは各自エクシードの確認や制御の練習をするといいわ。それじゃあ、解散!」

 

雄二たち青チームはエリアの端に集まっていた。

「え~っと、とりあえず自己紹介しよっか! 私は日向美海(ひなたみうみ)。風のエクシードが使えるよ。えっと改めてよろしくね!」

「じゃあ次は私が。岸部沙織(きしべさおり)です。多分、守護のエクシードだと思います。すみません、まだうまく使えなくて。え、えっと、次は成瀬君、お願い!」

「あ、ああ。成瀬雄二だ。このチームのアルドラをすることになった。何ができるか分からないが、このバトルを楽しんでいこうと思ってる。よろしく」

雄二がぎこちないながらも自己紹介を終えると名前のわからないメンバーの金髪の少女が歩み寄ってきた。

「貴方、きちんと喋れるのね。てっきり、無口で無表情な殿方なのかと思っていましたわ」

「え、っと……自己紹介してもらえるかな? 同じクラスの人なんだろうけどまだ分からないからさ」

「いいですわ。私の名前はカトリーヌ・オベール。フランス出身の貴族ですわ」

「へぇ~、カトリーヌさんってフランス人なんだー。日本語上手だね!」

「日向さんと言ったかしら。いきなりファーストネームで呼ぶのは失礼になりますわよ。まあ、ここでは階級など無意味ですし、構いませんけど。それに、貴女たちこそフランス語がお上手なのね」

どういうことだ? お互いに話している言語が違うのに会話ができている。一体何故……。

雄二は原因を考えていたが、その腕を誰かにつつかれて思考から戻ってくる。

音羽(おとは)ツバサ。よろしく……」

「ああ、よろしく。ところで、音羽さんとオベールさんは何のエクシードが使えるんだ?」

「ツバサでいい。エクシードの方はまだわからない。でも、ナイフは割と得意」

「親しみを込めてカトリーヌでいいですわ。私もエクシードの方は分りませんが一応護身用の鞭なら得意ですわ」

「ナイフと鞭か。近接型と中距離型ってところか。岸部さんは防御系のエクシードだろうけど、美海はどうなんだ?」

美海は腕を組んでしばらく考えていた。

「そう! 風がぶわーってなって、相手の体制を崩したり、速く動けたりするよ。あ、空も飛べる!」

どうやら、説明の仕方を考えていたらしい。

「空が飛べるのは知ってる。うーん、拳や蹴りが主な武器になってくるのか」

「うぐっ、ごめん。まだ上手く制御できなくて」

「気にしなくていいですわ。私なんて自分のエクシードが何なのか分かっていないのですから、美海さんは十分凄いですわ」

「そう。気にしなくていい。……ナイフいる?」

「カトリーヌちゃん、ツバサちゃん。ありがとう! 私、がんばる! あ、でも、ナイフはいらないかな」

「αドライバーの成瀬さんの防御は任せてください。精一杯お守りします!」

チームのやる気はバッチリだ。雄二はこの戦力でどう戦うか、彼女らと話し合いながら決めていくのだった。初バトルはもうすぐだ。




第4話につづく


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第4話 新入生交流バトル 青×黒

「そろそろ時間ね。これより新入生交流バトルを開始します! トーナメント形式で行うわ。一回戦目は青対黒よ。青と黒のチームは準備してね」

先生が観客席から声を張る。

青チームと黒チームだけがバトルエリアに残り、他は観客席で既に観戦モードだ。

その中には朝比奈や巧のチームも混じっている。

「まさか最初に戦うことになるなんてね」

「こうなることは予想してたんだろ? ところで誠也、なんで始まる前から少し焦げてるんだよ」

「ああ、ちょっとあってね。気にするレベルじゃないよ」

誠也は何事もなかったように平然と話している。

本当に気にするレベルではないということか。

「あなたたちの実力、見せてもらうわよ」

「ソフィーナちゃん、負けるつもりはないから! 全力でぶつかろうね!」

「ふんっ、私が全力を出すまでもなく倒してあげるわ!」

「ふふふ、ソフィーナったら必死になっちゃって。カワイイ」

ソフィーナを後ろから抱きしめる少女。ピンクのツインテール。安全ピンの形をした髪留め。髪から突き出る二つの小さな角。何より特徴的なのが胸部の双丘だ。ソフィーナと同じぐらいの身長に不釣り合いなほど大きなふくらみはソフィーナの背中で押しつぶされている。

「リゼリッタ。抱きつかないでくれるかしら。あとその背中に当たっているものを今すぐどけなさい」

「誠也、お前のチームって黒というよりピンクじゃないか?」

「雄二……、それは言わないでくれ。あ、チームメンバーの紹介はいるかな?」

「今回のバトルの目的は交流だろ? 紹介はした方がいい。というわけでこっちのチームからやらせてもらうぞ。俺は成瀬雄二。隣のツインテールが日向美海。お淑やかな子が岸部沙織。金髪お嬢様がカトリーヌ・オベール。マフラーをしてる子が音羽ツバサだ」

誠也は一通りメンバーを見た後、頷き黒のチームの紹介をする。

「僕は十河誠也(そがわせいや)。ゴスロリ服を着ているのがソフィーナ。彼女に抱きついてからかっているのがリゼリッタ。露出度の高い恰好をしているのがフランボワーズ」

「これは悪魔の正装よ。どう? 襲いたくなった?」

フランボワーズは背中の蝙蝠の羽をはばたかせ、雄二と距離を詰める。

一瞬で距離を詰められた雄二は驚き、反応が遅れてしまう。

「あははは、その驚いた顔たまんない、ってなんで無表情なのよ!」

「残念ながらこれがデフォルトでな」

よっぽど悔しかったのかフランボワーズは尻尾をしならせ、誠也のもとへ戻ってしまう。

「アイツ、絶対驚かせてやる! セーヤ、早く始めようよ!」

「まだ紹介が終わってないよ。最後のメンバーはこの子、アビーだ」

誠也はそっと横にずれると背中に隠れていた少女を前に出す。

白い魔法帽子に黄色いリボン。白い魔法服。身長130センチ程度。手に持っているかわいらしい魔法の杖がトレードマークのその少女は緊張した面持ちで前に出てくる。

「あ、あのっ、アビーです。よろしくお願いします!」

雄二は歩み寄り、アビーと目を合わせるように少し屈んで話しかける。

「こちらこそよろしく。やれるだけやるつもりだから精一杯楽しもう」

「っ、はい! よろしくおねがいします!」

誠也のもとに戻るアビーの足取りは少し軽やかで、先程よりも緊張はしていないようだった。

雄二はチームの位置に戻ると先生の合図を待った。

「雄二って素でこういうことするよね」

「緊張しているようだったから、解してやろうと思ってな」

「優しいんですね、成瀬君って」

「ほら、もうすぐ合図があるはずだ。気持ちを切り替えろ」

安堂先生は投影パネルを操作すると、自動修復システムと保護フィールド発生装置のシステムを起動させる。数秒差で展開される保護フィールド。空中にはカウントダウンが表示され、カウントを減らしていく。

『αフィールド展開!』

雄二と誠也の声が重なり、それぞれのプログレスを保護するフィールドが発生する。

そして、ついにゼロになり、バトルが開始された。

 

先に動きを見せたのは青チームだ。雄二がプログレスたちに指示を飛ばす。

「練習した連携で行く! やられる前に決着をつけるぞ!」

「りょーかい! いっくよー!」

美海は自身のエクシードを発動させる。すると美海の周りに風が集まり、木の葉が舞い始める。

「何をしようとしてるか分かんないけど、そうはさせないぜ!」

美海の動きを邪魔しようとフランボワーズが羽をはばたかせ、距離を詰めようとしてくる。

しかし、その羽を一本のナイフが貫通していく。

「美海の邪魔はさせない」

「あ、あれ? 痛くない。でも、羽がダメになっちゃった……」

「くっ、大したことは無い。このまま迎え撃ってくれ」

フランボワーズの受けたダメージは誠也にフィードバックされる。

だが、誠也は顔をしかめながらも体勢を崩さない。

「雄二っ、行ってくる! てりゃぁああ!!」

風を纏った美海はバトルエリアを滑るように移動し、まっすぐ誠也めがけて突き進む。

「突っ込むだけでは意味がないわよ!」

「きゃあっ!」

「大丈夫か、美海!」

美海の前方に突然炎の壁が出現し、進行を遮ったのだ。

その炎を放ったソフィーナは空中に飛び上がった美海を捉えている。

「大丈夫だよ。ちょっと驚いただけ!」

「止まっていたら簡単に当たっちゃうわよ、美海!」

「ちょ、ちょっと待ってよ! うわっ、よっと、雄二どうしよう!?」

「美海はそのままソフィーナを引き付けていてくれ!」

「りょーかい。ほらほら、ソフィーナちゃん! そんなの当たんないよ!」

美海がかく乱している間、フランボワーズの相手をカトリーヌが鞭で牽制していた。

「もう! 鞭、邪魔なんだけど!」

「ここから先には行かせませんわ!」

カトリーヌの鞭捌きが的確にフランボワーズの行く手を妨害している。

「成瀬。私が行く」

「おう。頼んだぞ、音……ツバサ」

「ん。任せて」

ツバサはマフラーを翻し、敵陣へ駆けてゆく。

雄二の傍では岸部が待機している。

「みんな、すごい……。ちゃんと戦えてる!」

「ああ。俺らのチームはみんな初バトルなのに戦えてる」

「それに比べて私は――」

「そうね。あなたは今のところ役立たずね」

「っ!? ごほっ、ごほっ、何これ……力が抜けて」

咳き込んで膝をついた岸部を見て、ようやく雄二は周囲に漂う仄かな甘い香りに気がついた。

「リゼリッタ……! お前、もしかして毒を」

いつの間にか岸部の後ろにいたリゼリッタは不敵な笑みを雄二に向ける。

「私は闇夜の黒薔薇。即効性の毒の香りを発する花を召喚するなんて造作もないのよ。でも残念なことに私にはあなたにダメージを与えるすべがないわ」

「どういう、ことだ……?」

「毒のダメージは負荷にならないってことよ。後始末はアビーちゃんに任せるわ」

そう言うと立ち去っていくリゼリッタ。

力が抜けて膝をついていた雄二の視界にはアビーが杖を掲げる姿が映った。

すると、上空に出現する複数の炎の塊。その大きさは徐々に肥大化してく。

「雄二っ、逃げて!」

「逃げろとか言われても、逃げ場なんてないぞ!?」

「わたしが、守り、ますっ! 成瀬君は、わたしが」

ふらふらになりながらも雄二の前に立つ岸部。その瞳に怯えはなかった。

「戦いは好きじゃない……でも、なにもできないのは嫌なの!」

岸部は前に両手を突き出し、集中する。

エクシードは意思に反応する。岸部の守りたいという強い思いがエクシードを強くするのだ。

岸部のエクシードにより、シールドが雄二たちの周りに展開されるのと炎が落ちてくるのはほぼ同時だった。

シールドに当たった炎の塊が爆散し、辺りに炎をまき散らす。

しかし、青チームのメンバーは全員岸部に守られて無傷だ。

「沙織ちゃん、すごいよ! 全然炎が熱くなかった!」

「あはは、でも、もう使えなさそう。ちから、使い切っちゃった……」

「あなたはそこでゆっくり休んでなさいな。後は私たちが請け負います」

力を使い切って座り込む岸部を励まそうと近づいた雄二に激しい痛みが走る。

「ぐっ、なんだよ、これ。一体何が、っ!?」

雄二は倒れそうになる体を必死に押さえ、エリアを見渡す。

「成瀬君、あれ……」

岸部が指差す先、撒き散らされた炎がまだ少し残る敵陣で、音羽ツバサが倒れていた。




第5話につづく


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第5話 リンク

「うそ、だろ……。炎は岸部が防いだはずじゃないのか!?」

愕然とする雄二を雷撃が貫く。

「がぁあああ!! くっそ、痛ぇ……っ」

「ふ~ん、私のビリビリを食らってまだ倒れないんだぁ。なかなかやるじゃん」

「あなたっ、私がお相手になると言って――」

「もう。さっきからバシバシ、邪魔! そこで大人しく寝てな!」

「だ、大丈夫ですか!? カトリーヌさん、成瀬君!」

フランボワーズが放った雷撃がカトリーヌの意識を刈り取る。

そしてそのダメージは雄二に伝わり、膝をついてしまう。

「これ、やばい……。美海、もうこれ以上は……」

「雄二っ! リンクしよう! まだその手があるよ!」

雄二は霞む視界の中、美海を見る。

まだ諦めていない。その意思が何かを通じて伝わってくる。

リンクって、練習のときに美海と岸部さんが何か言っていたよな……。

『リンクっていうのはね。プログレスたちがαドライバーの支援を受けて使えるようになる必殺技のことなんだよ!』

『必殺技?』

『はい。プログレスとαドライバーでしか確認されていない脳波をシンクロさせることで、エクシードの真価を発揮させるものだそうです』

『成功できれば切り札になる、か』

脳波をシンクロ、させる……。もしかして、昨日のあの感覚が?

美海と手を繋ぎ、空を飛んだ時。

もしあの時の感覚がリンクなのだとしたら、もう一度やれるはず!

雄二は美海から伝わってくる何かを辿っていく。それが例の脳波であることを知らない雄二は一心不乱に辿っていき、そして美海の脳波と完全にシンクロした。

『エクシード・リンクっ!』

二人の声が図らずとも重なり、リンクが発動する。

「これが私の力……。雄二が引き出してくれた、私の可能性!」

空に浮かぶ美海の背中には光の翼が展開している。そして、美海はその手に風を纏う細剣を持っていた。

「それがあなたの覚醒状態ってこと?」

ソフィーナは問いかけながら炎の弾を美海に放つ。

しかし、美海はそれを細剣で切り裂いてしまう。

「凄い……、これなら勝てる!」

「どうやら本物のようね。セーヤ! 私たちもやるわよ!」

「はあ、温存しておくって選択をするつもりはないようだね。じゃあ、行くよ」

誠也は一呼吸置くとすぐに発動させてしまう。

『エクシード・リンク』

「美海っ、早く攻撃するんだ! 誠也は戦い慣れてるんだぞ!」

「わ、わかった! やぁあああ!!」

美海は剣を構え、誠也に突撃する。その速度は前回の比ではないほど上がっている。

「魔の力と古き理をもって全てを焼き払え! 咲き乱れる爆炎(ファイアーボール)!」

リンクの成功したソフィーナの周りを紅蓮の炎がとぐろを巻いていた。

その爆炎は風を纏い、迫り来る美海を飲み込む。

「くぅ、とどけぇー!!」

「なんですって!?」

炎を突き抜けてきた美海は手に持った細剣を誠也に当てようと腕を伸ばす。

誰もが、誠也でさえ負けを確信したその瞬間、思わぬ形で試合は終了した。

『試合終了! 勝者、黒チーム』

試合終了のアナウンスが流れ、美海とソフィーナのリンクが解除される。

美海は状況が把握できていなかった。ただ、自然と視線は雄二のいる自陣へ向いていた。

「ゆう、じ……?」

その視線の先では岸部が倒れ伏す雄二の体を必死に揺すっていた。

「し、しっかり、しっかりしてください! ……雄二さん、目を覚まして!」

美海は考えるより先に動き出していた。雄二に駆け寄ろうと足を動かすが、途中でもつれて倒れてしまう。

「な、なんで? 動いて、動いてよ! 雄二のところに行かなきゃ!」

「美海。じっとしてなさい、あなたの体は慣れないリンクの影響で相当疲労しているはずよ。大人しく保健室に運ばれなさい」

「で、でも、雄二が」

「成瀬君や他の皆も保健室に連れて行くわ。誰か、保健室に運んであげて」

ソフィーナはギャラリーに声をかけ、保健室に運ぶよう頼む。

安堂先生も同じ指示をしていたのか、観客のプログレスたちに運ばれていく青チーム。

ツバサやカトリーヌは既に意識を取り戻したのか、肩を借りながら歩いて行く。

美海は担架で運ばれる幼馴染みの姿を見届けて、静かに意識を手放した。

 

「あ、れ……、ここは?」

目を覚ました雄二は焦点の合わない視線を天井に向けていた。

「目が覚めましたか? 雄二さん」

「岸部か。試合はどうなった? それに他のメンバーは」

「試合は負けました。他の子達なら一人はそこに。あとの二人は飲み物を買いに行っています」

そこ、と言って岸部が指差した方に視線を向ける。そこには雄二のベッド横にある椅子に座り、ベッドの上で腕を枕にしながら眠る美海がいた。

「美海、お前何してるんだよ」

「ふふふ、少し前までは横のベッドで寝ていたんですけど、目が覚めたと思ったら今の状況になってましたよ」

「寝ぼけていたってことか?」

「さぁ? どうでしょう。それよりもお体の方は大丈夫なんですか?」

「まぁ、動けないほどじゃないよ」

良かったと安堵し胸を撫で下ろす岸部。その姿を見て、ふと雄二は気づいた。

「そういえば、呼び方変えたのか?」

「は、はい。ダメだったでしょうか? 他の皆さんも呼んでいるので真似してみたんですが」

「別にいいよ。岸部」

「あ、あの! できれば雄二さんも私のことを沙織、と呼んでください。仲間はずれは寂しいです」

「ああ、そうだよな。沙織」

「はい。雄二さん!」

「……私が寝てる間、二人でなにイチャイチャしてるの」

美海は目を擦りながら体を起こす。

「おはよう、美海」

「美海さん、私は別にイチャイチャなんてしてないですよ!?」

「沙織ちゃん慌てすぎだよ。冗談だってば。それと雄二、おはよう。体は平気?」

「ああ。まだちょっと痺れはあるけど、概ね良好だ」

「そっか、良かったぁ。それで、最後のときなにがあったの?」

「別に何かあったって訳じゃない。ただ、俺がダメージに耐えられなかっただけだ」

フランボワーズの雷撃は美海が攻撃していたときも続いていた。

雄二は美海の頑張りに負けないよう必死に耐えていたのだ。

しかし、なかなか倒れない雄二にしびれを切らしたフランボワーズの渾身の一撃で気を失うことになる。

「……ごめんね、私がもう少し早く攻撃できていれば勝てたかもしれないのに」

「あー、確かにそうかもしれない。だが、それなら俺が耐え切れていればよかったんだ。俺はお前たちのαドライバー失格だ」

「そんなことない。雄二の指示は初めてにしては的確だったと思う。負けたのは私たちプログレスの力不足」

「ちょ、ちょっと、ツバサさん。扉は開けておいてくれないと入りづらいですわ」

ツバサは扉を開けてあげる。カトリーヌは複数の飲み物を腕に抱えながら入ってきて、抱えていた紙パックのジュースをベッドの脇にあるテーブルに置く。

「さ、どれにしますか? 雄二さん」

「いや、俺は残ったのでいいよ」

「じゃあ、リンゴジュース飲みたい!」

美海は一番にリンゴジュースを取り、ストローを挿して飲み始める。

沙織、ツバサ、カトリーヌはそれぞれオレンジジュース、カフェオレ、緑茶を選ぶ。

そして最後残ったものを雄二は手に取った。

「野菜ジュースか。これいくらだった? 払うよ」

「あれ? 雄二、お金持ってるの?」

「うぐっ、無駄遣いするなって説教された後、3000リシェ支給されたから大丈夫だ」

「お金は出さなくてもいいですわ。これは貴重な経験を積めたことへのお礼も兼ねてますの。気にせず受け取ってくださいな」

カトリーヌはそう言って微笑むと緑茶を飲み始める。

フランス貴族が緑茶……。紅茶じゃないのか。

野菜ジュースを飲みながら雄二は保健室を見渡していた。

6つのベッドが並び、隣のベッド以外は綺麗にシーツが敷かれている。自分達しかいない部屋は前に廊下から見た保健室に比べて狭く感じた。

「この部屋狭くないか?」

「そう? 病室にしては広いと思うけど」

「病室? ここは保健室じゃないのか?」

美海は飲み終わったパックを畳んでゴミ箱に捨てると雄二のベッドに座る。

「ここの保健室って中でいくつもの病室になっていて、どの病室もこの部屋ぐらいあるんだよ」

「美海ちゃん、そうじゃないよ。各部屋は仕切りで区切られてるだけだから、仕切りを退けたり動かしたりすることで大部屋にも個室にもできるんだって。ナースさんが言ってたよ」

すると何かを見つけたのかツバサは壁際に歩いていく。

壁にあったボタンを押すとゆっくりと壁が動き出し、向こう側が見えてくる。

「動いた」

「すごーい、こんな風に動くんだね! ツバサちゃん、ナイス!」

美海がサムズアップすると得意気な顔をするツバサ。

「いや、ナイスじゃないだろ。それって勝手に押していいものなのか?」

「わからない。でも、戻しておく」

ツバサはそう言い、再びボタンを押して壁を戻す。

少し落ち込んだ表情に気づいた雄二は何か変える話題はないかと考えていた。

「そ、そうだ。今何時なんだ? 俺たちの試合が終わってからあまり経ってないなら、まだ試合を見れるんじゃないか?」

「もう夕方です雄二さん。他の試合なら既に終わってるそうです」

「雄二が寝てたのは6時間ぐらい。耐えようとしていたから余計に負荷が溜まっていたらしい」

「それもナースが言っていたのか?」

ツバサはコクンと頷く。

「気にしなくていいからね。私たちは別に他の試合を観れなかったこと後悔してないよ!」

「そうですわ。それに、看病したいと言い出したのは私たち自身です。観れなかった原因なら私たちにありますわ」

「そうか。後悔していないならいいんだが。あー、夕方ってことは昼食べてないんだよな。思い出したら腹減ってきた」

雄二はベッドから出て靴を履くと入口に歩いていく。

その背中を見ていた美海は追いかけようとするが雄二がそれを遮る。

「ただ、トイレに行くだけだって。ああ、そうだ。今日みんなで一緒に食べないか?」

「じゃ、じゃあ、食堂の前で集合ね! 直ぐに来てよ? 絶対だからね!」

「わかったよ。じゃあ、またな」

雄二は一人、病室を出て保健室の外に行く。

保健室から近い場所にあるトイレの方には行かずに雄二は校舎から出る。

向かったのは闘技場。自分が倒れた場所に行こうとしていたのだ。




第6話につづく


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第6話 決意

「やっぱりもう開いてないか……」

雄二が闘技場に着いた頃には既に利用時間外だった。

動かないドアから誰もいないエントランスを見ていると、後ろから足音がした。

振り返るとどこかで見たことのある少女がこちらを見ていた。

少女は近づくと雄二の眼をじっと見つめる。

「えっと、君は誰だっけ? 俺は成瀬って言うんだけど」

「私は、遠距離戦型アンドロイド、コードΩ、ラウラです。ユージという名前ではないのですか?」

「ああ、成瀬雄二。それがフルネームなんだ。それで、えーっと、ラウラ? 君は何故ここに?」

「はい。あなたがいたからです」

ラウラは表情の少ない顔でじっと雄二を見上げ続ける。

183センチある雄二と身長差があるせいか、少し見上げる形になるのだ。

「あなたは表情がないように見えます。しかしそれは人間にとって不自然です。あなたはアンドロイドなのですか?」

小首をかしげ、聞いてくるラウラを見て雄二は何故俺に話しかけてきたのか理解した。

「あー、いや、俺は人間だぞ。無表情なのは昔事故に遭った後遺症かな。俺がアンドロイドならこんなに悩まずに済んだかもな。って、アンドロイドを馬鹿にしているわけじゃないぞ」

「違うのですか?」

「俺の無表情はアンドロイド以上みたいだしな。そんなムッとした顔をしないでくれ。悪気はなかったんだ」

「……ユージ、あなたの判断は間違っていました。あの時、日向美海にαドライバーではなくフランボワーズを狙わせていれば勝率は上がっていました」

「なんだよ、急に」

「あなたが悩んでいることを当ててみました。先程表情を見抜いたお礼です」

雄二は言い当てられ、思わず目線を逸らしてしまう。

病室では何も言われなかった。正しかった、そう言われたがそのことがずっと引っかかっていたのだ。間違いが何処かにあるはずなのに、その答えが闘技場に来れば分かるかもしれない。そう思って行動したのだが、思わぬ形で悩みの答えを知れた。

「ありがとう、ラウラ。君のおかげで解決した。自分の間違いにやっと気づけたよ」

「あっ……」

雄二はラウラの頭を撫でながら言葉を続ける。

「俺、あのバトルで学んだことがあるんだ。痛くて辛くてみっともない戦いだったけど、楽しかったんだ。命がけで戦ってるって感じがしてドキドキしていた。あの緊張感や臨場感はバトルでしか味わえない。プログレスたちと策を練って、連携して、勝利する。まぁ、今回は勝てなかったけどさ、次は絶対勝ってやる。倒れる間際そう強く思ったんだ」

「ユージ、あなたは凄いです。普通なら初戦を体験するとバトルへの恐怖感から戦意喪失するαドライバーが大半です。それなのに、またフィールドに立とうとしている。それだけではないです。初戦でリンクを成功させることは極めて困難なことです。それをやってのけたあなたを私は尊敬します」

「俺にも凄い部分があったんだな。少し自信が持てたよ。ありがとな~」

「あぅ、あぅ……」

わしわしと頭を撫でられてラウラは頭をふらつかせる。

その表情は分かりにくいながらも困惑していた。

「おっと、悪い悪い。それじゃあ、ラウラ。また明日」

雄二は手を離し、髪を整えてやると学食の方へ走り出す。

保健室を出てから既に20分ほど経っている。美海たちが食堂で待っているのは明らかだ。

「……ふふ」

撫でられた頭に手を置きながらラウラは走り去る雄二の背中を見つめていた。

 

息を切らして昨日案内された建物に辿りついた雄二は美海たちを見つけた。

向こうも気付いたのか美海が大きく手を振っている。

「ねえねえ、雄二! ここって食堂じゃないんだって! カフェテリアらしいよ」

美海は雄二が近くに来ると迫ってきた。

雄二はその勢いに引きながら、沙織に目で訴える。

「あ、えっと、ですね。美海さんから昨日ここが食堂だという風に雄二さんを案内したことは聞いています。ただ、ここは食堂ではなくカフェテリアなんです。食堂は別にあるんです」

「美海は何で間違えたんだ? カフェテリアと食堂は間違えなさそうだけど」

「だ、だって、食堂って使ったことなかったし、学生が食べるところって言ったらここかなって。……オシャレだし」

「……そういうことか。まあ、終わったことをとやかく言っても仕方がないだろ。とりあえず、中に入ろう。ちょっとカフェテリアは俺には敷居が高いけど、ここまで来て別のとこに行くのも面倒だし」

「カフェテリアの料理、楽しみ」

ツバサが早く行けと言わんばかりに雄二の背中を押す。

そんなに楽しみなのかと疑問に思いつつも雄二は足を進める。

「な、なあ。カフェテリアってどんなメニューがあるんだ? 値段とか高くないよな?」

「雄二ったら警戒しすぎだって」

「いや、美海。お前は行ったことないんだろ? なんでそんなに無警戒なんだよ」

「さっきカトリーヌちゃんが「そんなに高くはないですから純粋に楽しんでくださいな」って言ってたもん。だから警戒しなくても、また説教されるような展開にはならないって」

「それ、オベールの声真似か? びっくりするほど似てないな。優雅さが足りん」

「ええー! それってどういうこと!」

 

沙織とカトリーヌは三人の少し後ろを歩いている。

「もうすっかり仲良しさんですね。雄二さんたち」

「ええ、そうね。まだ入学して二日目なのに、ここまで仲良くなれたのは美海さんのおかげかしら」

カトリーヌの視線の先では無表情の雄二と言葉の少ないツバサを相手に楽しそうに話している。

「美海ちゃんっていつでも楽しそうで明るくて元気で、誰とでも友達になっちゃうんです。でも、美海ちゃんがいなくなったらこの関係は消えてしまうんでしょうか」

「……さあ、どうかしらね。ほら、行きますわよ。あまり離れるともう美海さんたちはカフェテリアの前に着いていますわ」

歩くペースが落ちていたのか、三人との距離が開いてしまっていた。

二人はペースを上げて、カフェテリアへ急いだ。

 

「人、多いな」

カフェテリアに入った雄二が最初に驚いたのは利用客の多さだ。

「ほら、雄二~。ボーっとしてないで早く料理選ぼうよ~」

「お、おう。わかった。わかったからちょっと待ってくれ。この空間はオシャレすぎて眩しい」

とりあえず、雄二はふらふらと壁に寄りかかって気持ちを落ち着かせようとした。

すると目の前を見知った男子がジュースの入ったコップを持って通り過ぎていく。

「って巧!?」

「ん? おお、雄二。目が覚めたんだな。入り口の前で突っ立って何してるんだ?」

「……自分の格の低さに黄昏てるところだ」

「なんだそれ。まぁいい、丁度よかった。ちょっと料理を消化するの手伝ってくれ」

巧は少し離れた所にあるテーブルに並ぶ数々の料理を指差す。

「あー、えっと。美海たちを呼んでくるから先に行っててくれ」

雄二は各々で料理を選んでいた四人を回収して巧がいるテーブルに向かった。

取り皿に少しだけ料理を取って食べている女子が雄二たちに気づいて、小さく手を振っていた。

「こんばんは、皆さん。よかったらご一緒にどうですか? この量は食べれないと思いますので」

赤髪でおっとりとした雰囲気を持つ少女はどこか困惑した表情をしている。

雄二は流石に一つのテーブルでは狭いと思い、隣の空テーブルをくっつける。美海たちもせっせと椅子を運んでいた。

「よし、準備できたな。それじゃあ、乾杯するか」

「いえーい! 初バトル記念ってやつだね!」

「その前に自己紹介とかしないのか? というかいつの間にそんなパーティーみたいなことに」

雄二の言葉は巧と美海の二人のテンションがかき消す。

「まあまあ、いいじゃないですか。雄二さんも嫌ではないんでしょ?」

「嫌じゃない。でも、まあいいか。巧に誘わなけりゃ食べれなかったんだし。任せるよ」

「あの~、乾杯ってどうすればいいのでしょう?」

「アウロラ、乾杯ってのはな、コップを持って軽くぶつけ合う行為だぞ。ほら、フローリアもそんなデカいコップよりこの妖精用のやつにしておけ」

巧は赤髪の少女に乾杯の仕方を教えて、必死に普通サイズのコップを持ち上げようとする妖精の子には隣に小さいコップを置いてあげる。

「ありがと、タクミ。でも、アウロラと同じやつ持ちたい!」

「あらあら、それじゃあ、私と一緒に持ちましょ?」

「いいの? やったー!」

妖精の子はアウロラの持つコップに飛びつく。

「それじゃあ、初バトルを祝して乾杯!」

『かんぱーい!』

乾杯を済ませた九人は自己紹介をし始める。

雄二、美海、沙織、カトリーヌ、ツバサの順で進んでいき、赤チームのメンバーの順番になる。

「俺のことはもう知っているだろうから手短に済ませるぞ。俺の名前は垣内巧。今回赤チームのアルドラを務めさせてもらった。改めてよろしくな」

雄二は巧の自己紹介を聞きながら、ふと思った。こいつは誠也とは違うタイプのイケメンだと。

巧は割と整った顔立ちだ。それに加えて気配りができて、中学時代に生徒会長を務める程の行動力がある。中学時代の誠也にファンがいたように、彼もファンがいたはずだ。

彼に誠也のような一面がないことを心の中で祈る雄二だった。

因みに、雄二もそれなりに整っているのだが、無表情がそれを台無しにしているため表立ったファンはいなかった。

「じゃあ次はアウロラ、よろしく」

「はい~。私の名前はアウロラよ。実は私ったら自分のこと、名前以外はみんな忘れてしまったみたいで、それしか教えられることがないの」

アウロラは両手でコップを包むように持ちながら自己紹介を済ませる。

「わたしはフローリア。花の妖精だよ。アウロラが心配で、一緒にこの世界についてきたの。青蘭島を花でいっぱいにして、みんなを幸せにしたいな♪」

身長は30センチ弱ってところか? 小動物みたいだな。妖精だけど。

フローリアはテーブルに座り、爪楊枝を突き刺して果物を食べている。

「フローリアさんはアウロラさんのお友達ですの?」

「そうだよ~。アウロラとは花畑で会ったんだぁ。それからず~っとお友だちなの!」

アウロラも料理を食べながら頷いている。

「仲がいいな、二人は。えっと、じゃあ次は――」

「アナタ、死んだような顔をしているのね」

「はい?」

雄二がアウロラの隣に座る白髪の少女に目線を向けると、それを射抜くように目を細める彼女。

「月と狩りの女神ディアンナよ。アナタの必死に抗うような眼、嫌いじゃないわ。なんだか獲物を思い出して疼いちゃう」

雄二の眼を見つめる彼女はまさに獲物を狩る眼をしている。その手は自然と雄二に伸びていた。

「まあまあ、落ち着いてディアンナ。とりあえず自己紹介を終わらせよう。雄二に手を出すのはまた今度にしてくれ」

「おい、巧。そこはちゃんと止めろよ! なんだか本当に狩られそうなんだが」

「雄二は狩らせないよ! 狩りたいなら巧君を狩ればいいじゃん!」

「そうです! それに雄二さんは私が守ります!」

「タクミはダメよ。獲物って感じがしないもの」

手を弾かれたディアンナはとりあえず気が済んだのか料理を食べるのを再開する。

「えっと、後は……」

「ん。そこでずっとパフェを食べてる子だけ」

ツバサが指差したテーブルの端、巧の隣でこちらに初めから気付くことなくずっとデザートを頬張っている少女。やっと存在に気がついたのかハッとして咳払いをして、チラチラと巧に目配せしている。巧はそっと耳打ちして状況を教えていた。

戦乙女(ヴァルキリー)のヴァレリアだ。よろしく頼む」

赤みがかった橙色の髪を白のリボンで結んだポニーテール。銀色のアーマーを装着し、彼女の席の後ろには得物である銀色に輝く突撃槍と十字の盾が立て掛けられている。

キリッとした表情で挨拶をする彼女だが、口元にクリームが付いていては戦乙女の威厳はどこにもなかった。




第7話につづく


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第7話 チーム

「さて、自己紹介も済んだことだし、ここからは談笑を楽しもうじゃないか」

「なあ、それなら巧達に聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「ああ。こっちも聞きたいことはある。それで、大体想像つくが何を聞きたいんだ?」

「俺が倒れた後の試合についてだ。巧たちの試合、結果はどうなってる」

「負けたよ。なんとか抗ってみたけど勝てなかった。淳のやつ、本当に初バトルなのかってぐらい熟知してた」

巧は真剣な表情で語る。隣のヴァレリアもパフェを食べる手を止めて頷いていた。

「的確な指示で相手を追い込み、確実に倒しにいく。あの戦法は素晴らしいと言えるものだ。しかし、それでも黒チームには一歩及ばず勝てなかったようだが」

「そうか。やっぱり淳は強いのか。しかも誠也はそれ以上……。俺はそんな奴と戦ったのか」

「雄二、今度はこっちの質問に答えてくれ。お前、一体どうやってあれを使ったんだ?」

「あれ? 何のことだよ」

「リンクのことじゃないの? ねえ雄二、このからあげ凄く美味しいよ! ほら」

「あむ、美海、確かに美味いが話の腰を折らないでくれ」

雄二の向かいに座る美海の差し出した唐揚げは、とてもジューシーで多少冷えているのに柔らかいままだった。雄二の横に座っている沙織と美海の横に座るカトリーヌが固まっていたことに雄二と美海は気づいていない。ツバサは周りなどお構いなしに黙々と料理を食べていた。

「リンクかぁ。どうやったと言われても説明なんて出来ないぞ。美海と沙織にリンクのことを聞いて、実践してみたらできたとしか。あの時は朦朧としていたし」

「そんな状況でできているからおかしいんだよ。俺だって試合中にアウロラとリンクをしたけど、あれは雄二や誠也がリンクをするところを見たから出来たようなものだ」

「見ただけで実践できてる巧の方が凄いと思うけどな。俺のなんてまぐれだろ」

雄二が少し不貞腐れたような声で言うと美海が反論してくる。

「違うよ~、リンクできたのは私と雄二の絆があったからだって~」

「美海と雄二は幼馴染みだったかしら。ふーん」

「どうしたの、ディアンナちゃん」

「なんでもないわ。女神をちゃん付けってアナタ、面白いわね」

「えへへ♪ 褒められちゃった」

美海は照れくさそうに頬をかく。それをチラリと見た雄二は視線を巧に戻す。

「そういえば巧は試合の後倒れてたのか? 保健室では会わなかったが」

「倒れてたと言っても雄二ほどじゃない。割とすぐに目覚めたぞ」

そこで試合の話は途切れた。テーブルの上の料理も残り少なくなり、段々とお腹が満たされてきていた。そこでふと疑問に思ったのだ。

「なあ。なんでこんなに料理を持ってきたんだ? 明らかに持ってきすぎだろ」

テーブルには同じ料理を複数あったり、サラダや果物は料理を乗せているトレイごとあったりする。いくら人数が多いとはいえ、圧倒的な量だ。

「それはね、わたしがぜーんぶ頼んだからだよ! 運ぶのがんばったんだから!」

「フローリアったらいきなりトレイを運んで行くんですもの。調理の方もビックリしていましたわ」

「そ、そうだったのか。……その、巧は大丈夫なのか? 懐的に」

雄二の心配する声に気にするほどじゃないと言って笑う巧。

これだけ頼めば懐に大打撃を食らいそうなものだが……。ここってそんなに安いのか?

「ねぇ、雄二。保健室を出てからカフェテリアに来るまでどうして時間がかかったの?」

「だ、駄目だよ、ツバサちゃん! 雄二にだって一人で考えたいときがあるんだから、そっとしてないと」

美海は慌てて小声でツバサを止めようとするが、その声は雄二にも聞こえていた。

「お前、わかってたのか? 俺がなにか悩んでるって」

「当たり前だよ。何年幼馴染みをしてると思ってるの。顔に出なくても、声とか雰囲気で何となく分かるんだからね」

「そうか……。俺って結構わかりやすいやつなのかもな。ラウラにも見抜かれたし」

雄二はここでラウラに語った思いを打ち明けようか迷っていた。

しかし、既に場の雰囲気は話さなければならないものに変わっていた。

「雄二。なにか悩んでいるなら友達として相談に乗るぞ。一人で考えこむより早く解決の糸口を探せるはずだ」

「いっつも雄二って一人で抱え込んで一人で悩んで、解決しようとするよね。それで何度も助けられたこともある……。でも、たまには頼ってよね」

美海は優しく微笑む。その笑みは雄二の葛藤など吹き飛ばしていた。

「もう、悩み自体は解決したんだ。保健室を出た俺は闘技場に行ってもう一度エリアを見ようとした。でも、閉まっててさ。そしたらラウラってアンドロイドと出会ったんだ」

「ラウラって確か今回白チームに選ばれてたプログレスだったか。遠距離攻撃を得意とするアンドロイドで、ディアンナと張り合っていたのを覚えている」

巧は顎に手を当て、バトルの時を思い出していた。

巧の発言にディアンナは面白くないと顔に出していた。

「ラウラが俺の悩みを見抜いて、答えをくれた。その時に悩みは解決したけど、もう一つ悩みが増えた」

「その悩みはまだ解決してないんですか?」

「ああ。どうしようか迷っていたんだ。いつ切り出そうか考えていた。でも、丁度いい機会だと思うし聞いてくれないか」

皆が頷き、雄二に視線を向ける。その視線に少し気圧されながらもきちんと言葉にする。

「俺、あのバトルで学んだことがあるんだ。痛くて辛くてみっともない戦いだったけど、楽しかった。命がけで戦ってるって感じがしてドキドキしていた。あの緊張感や臨場感はバトルでしか味わえない。プログレスたちと策を練って、連携して、勝利する。まぁ、今回は勝てなかったけどさ、次は絶対勝ってやる。倒れる間際そう強く思ったんだ」

雄二はラウラに言った言葉を繰り返す。そして――

その発言を聞いて巧は雄二の言おうとしていることに勘付いたのか、驚いた表情をしていた。

「だから、良ければまた俺とチームを組んでくれないか。一度限りじゃない、正式なチームのメンバーになってくれないか?」

正式なチームを組むには教務課に申請用紙を提出すればいいということは安堂先生が教えてくれていた。今回組んだ四人と正式なチームを組んで強くなっていきたい。雄二の言葉は青チームのメンバーだけでなく赤チームのメンバーにも届いている。

「いいよ。雄二のチームに入る。ただ、これからはチームメイトになるんだから一人で抱え込まないでよね! ……頑張っていこうね、雄二」

美海は真っ先に同意を示す。元々考えるより先に行動するような性格な美海はあまり悩んでいないようだ。雄二は幼馴染みである美海がチームになってくれたことに一先ずホッとしていた。

「それで、他の皆はどうだ。チームに入ってくれないか?」

「ごめんなさい、雄二。私は貴族です。助けを求めるものを救うのが貴族の役目。戦いに明け暮れるなどできません」

「私も入らない。まだ私は自分のエクシードが何なのかも分かっていない。今回だって役に立たなかった。だから、ごめん」

カトリーヌとツバサは断った。雄二もそのことは予想していたのかショックを受けている様子ではない。そんな中、一人最後まで悩んでいたのは沙織だ。

「あの、雄二さん。私、雄二さんのチームに入りたいです」

「……いいのか? 沙織はそれで」

沙織が戦いに苦手意識があることを雄二は知っている。その上で判断したのか確認したのだ。

「はい。戦うのは苦手ですけど……。でも、誰かを守る力になりたい! だ、だだ、だから、その、私も! チームにっ」

「わかった。ありがとう、沙織。気持ちはよく伝わったから少し落ち着け。な?」

「は、はいぃ……」

「雄二! 沙織ちゃんだけ頭を撫でるのは贔屓だよ! ずるいよ!」

これで雄二は美海、沙織の二人とチームを結成するのだった。

 

そんなやり取りを見ていた巧は自分もチームを組もうかという気持ちになっていた。

ノリのような感じで同じようにチームに誘う巧だったが、反応はイマイチだった。

「私には戦乙女として赤の世界を守る使命がある。すまないが、その誘いに乗ることはできない」

「タクミは面白くないもの。退屈しそうだからお断りだわ」

「ごめんなさい、巧さん。私はあまり戦いが好きではないの」

「アウロラが入らないなら、わたしも入らなーい」

隣のテーブルではチーム結成に盛り上がる中、巧は苦笑いを浮かべていた。

 

しばらく談笑を楽しんだ後、カフェテリア前でみんなと別れた三人は教務課のある校舎へ向かっていた。

「ねえ、雄二。チームの名前どうする? カッコいいのがいいよね!」

「んー、沙織は何かいい名前あるか?」

「え!? いえ、私は雄二さんと美海ちゃんが決めたのなら。あ、でも恥ずかしくないもので」

カッコよくて恥ずかしくない名前。意外と難しい注文だぞ、おい。

雄二は教務課に着いて、申請用紙に記入しているときも考えていた。

「雄二、教務課の先生が待ってるよ。早く書かないと」

「うーん、じゃあ仮の名前ってことで『チームα』にしよう」

「チームα、ですか?」

「ああ。仮とは言ってもちゃんと理由はあるぞ。αドライバーのαという意味もあるけど、プログレスの可能性を付加価値としてプラスアルファする。そういった意味を込めてみた」

雄二は美海や沙織の“可能性“もチームに入れようとしたのだ。

その発言に美海は目を輝かせていた。

「雄二、それいいよ! もうそれが正式名決定だね。いいよね、沙織ちゃん」

「はい。単純ですがとても分かりやすくて、いい名前です。これなら名乗っても恥ずかしくはないです」

「じゃあ、決まり! 『チームα』っと。はい、お願いします」

美海はチーム名を記入すると提出してしまう。美海や沙織は気に入ったようだが、雄二はもう少しいい名前を思いつけばよかったかもしれないと思っていた。

こうして新入生最初のチーム、『チームα』が結成した。

構成メンバーはαドライバーの成瀬雄二。プログレスの日向美海、岸部沙織の計三名だ。

このチームが頭角を現し、知れ渡るのはまだ先のことだろう。

雄二は二人と別れて夜空を眺めながら帰路につく。

空には一番星が爛々と輝いていた。



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第8話 新入生交流バトル 赤×白

「流石十河君ね。経験の量が違うってことかしら。初バトルでリンクを成功させた成瀬君もセンスがいいわね。さあ、次は朝比奈君と垣内君よ!」

前回のバトルで焼けたり、破壊されたりしていたバトルエリアは雄二たちが運ばれていった数分後には修復し終わっている。

巧と朝比奈はチームメンバーを連れて観客席からバトルエリアへと移動した。

「それじゃあ、お互い顔合わせと行こうじゃないか」

巧はお互いが定位置に着いたのを確認すると雄二たちがしていたようにチームメンバーの紹介を始める。

「俺は垣内巧。隣から順番に赤髪でおっとりしてるのがアウロラ。妖精のフローリア。弓を持っているのがディアンナ。そして最後、銀のランスと十字の盾を持っているのがヴァレリアだ」

「アウロラです。よろしくお願いしますね」

「フローリアだよ。よろしく~♪」

「ふん、狩りの女神ディアンナの実力、見せてやるわ」

「戦乙女ヴァレリアとして恥じない戦いをする所存だ」

赤チームのメンバーが各々挨拶を済ませると、淳は白チームの紹介を始める。

「僕は朝比奈淳。隣がSW=コードΩ46セニア」

「SW=コードΩ46、認識用個体名セニア。Dr.ミハイルにより開発されたブルーミングバトル用アンドロイドです。よろしくおねがいします」

名前を呼ばれた少女、セニアはお辞儀をする。

白髪のショートヘア。頭部の両サイドに付いている髪飾り型の演算補助ユニット。黄色を基調とした白のインナースーツ。それと切り離された白い袖部分が動きに合わせてなびいている。額の電源マークのような印と無表情さが彼女をアンドロイドだと認識させる。

「次は、チカル。自己紹介を」

「はい! 近接戦闘型アンドロイド、コード∑、チカルであります! プログレスとしてガンバるでありますよ~」

青い髪を一つに結びポニーテールにした髪が本人の性格を表すように元気に揺れている。

籠手を着用していることから格闘戦タイプだと巧は推測していた。

剣による攻撃もあるかもしれないな……。

「私は遠距離戦闘用アンドロイド、コードΩ、ラウラです。よろしくお願いします」

彼女の武器は手に持っている狙撃銃だろう。ディアンナといい勝負になりそうだ。巧は今後のバトルを想像してワクワクしていた。

にしても、白の世界のアンドロイドは随分と素直に自分の戦闘スタイルを宣言するんだな。対策されても気にしない、のか?

「最後はコード=204ケイティだ」

「ハイ。私ノ名前ハコード=204ケイティ。旧式ノアンドロイドデス。ケイティデモ204デモ好キナヨウニ呼ンデ下サイ」

彼女は完全にアンドロイドだと分かる見た目をしている。白髪のショートヘアはセニアと変わらないが、セニアのような部分的な特徴ではない。髪と同じ真っ白な肌。首、肩、手首、太腿の付け根には黒いコードと緑の蛍光ラインが見えている。

「これでこちらの紹介も終わりです。安堂先生、試合開始の合図をお願いします」

安堂先生は投影パネルを操作すると、自動修復システムと保護フィールド発生装置のシステムを起動させる。

数秒差で展開される保護フィールド。

空中にはカウントダウンが表示され、カウントを減らしていく。

「淳、楽しいバトルにしようぜ」

「勝ち負けなんてどうでもいいけど、早々にくたばらないでおくれよ」

巧は淳の反応に笑顔で答える。

『αフィールド展開!』

巧と淳の声が重なり、それぞれのプログレスを保護するフィールドが発生する。

そして、ついにゼロになり、バトルが開始された。

 

「よし、先手必勝だ。ディアンナ頼む!」

「言われなくても、攻撃するわ」

ディアンナは青白い光の矢を呼び出すと素早く二連射する。

その軌道は完全に淳とラウラを貫いている。

「流石は狩りの女神といったところか。だが、こちらにも遠距離攻撃のできるプログレスがいることを忘れてもらっては困る」

一つの銃弾と光線が二つの矢を貫き、攻撃を防ぐ。

銃弾を放ったラウラはすぐに次弾を装填すると仕返しとばかりにディアンナを狙う。

発射される前に軌道を読んで回避したディアンナは矢を撃ち落としたもう一人に視線を向けていた。

「ブルーミング・バトルシステム起動。攻撃ドローン展開。出力異常なし。反撃開始です」

セニアは周囲に数基の攻撃ドローンを展開する。それらはそれぞれ浮遊しながら銃口を赤チームに向けている。セニア自身もハンドガンを持っており、先程はそれを使って撃ち落としたのだ。

「流石専用機だ、なかなか万能そうだな。よっしゃ、こっちも本格的にバトルと行こうじゃないか!」

ヴァレリアはその言葉を待っていたかのように勢いよく飛び出していく。

「あなたの相手は私であります! アーマー起動、であります!」

「させん! 貫け!」

ヴァレリアはランスをチカルの胴体めがけて突き出すが、起動し終わったチカルの右腕の装甲がそれを防ぐ。

「それがお前の武器というわけか」

「は、はい! この拳が武器であります!」

チカルはランスを弾くと大きく飛び退く。

その行動にヴァレリアは疑問を持った。

「何故飛び退くのだ。さあ、正々堂々勝負しようではないか」

「や、やっぱり近接戦闘はちょっと怖いでありまする」

「確か近接戦闘型ではなかったか? おかしなことを言うやつだ。ならば、こちらから行くぞ!」

「ひぃー! が、ガンバるでありますぅ!」

ランスを突き出せば拳ではじき、そのまま円運動をすることで勢いを殺すことなく拳を突き出してくる。

それを盾で滑らせるように逸らして体勢を崩そうとするが、素早く体勢を立て直して牽制するように蹴りを放ってくる。

ヴァレリアはその動きに感心していた。

チカルは怖いと言いながらも戦えているのだ。いつもは使命や誰かのためにと、何かしらのしがらみがあったヴァレリアだが今は純粋にこの戦いを楽しめる。

自然と口元は緩み、笑みを浮かべながら戦闘を続けていた。

その光景を見ていた巧は隣で同じように戦いを眺めているアウロラとフローリアに話しかける。

「アウロラ、練習のときのアレ、またできるか? フローリアはケイティの相手を頼む。淳に攻撃を当てる隙を作ってくれ」

「アレ、ですか? はい、できると思いますよ」

「いいよ~。アウロラの手助けってことだよね!」

フローリアは羽ばたいてケイティのいる相手陣へ飛び込んでいく。

「オ相手イタシマス。パワーシフトニ移行。迎撃ヲ開始シマス」

「よっと、ふふ~ん♪ そんなハンマー、私には当たらないよ~」

ケイティは身の丈ほどもある超重量のハンマーを展開すると軽々と振り回す。

それをフローリアはひらりひらりと躱している。

その間にアウロラは力を具現化するための魔法を編んでいた。練習のときは偶然誠也の方に飛んでいき、少し焦げさせてしまった。

「さあ、炎よ。お願いします!」

アウロラの召喚した炎は意思を持っているかのように淳めがけて飛んでいく。

セニアとラウラはディアンナが、チカルはヴァレリアが、ケイティはフローリアが相手をしている。これが巧の考えた作戦だった。

雄二と同じ作戦だが、全員戦闘能力が高いことが成功率を格段に引き上げていた。

「セニア」

「はい。掻き消します」

しかし、そう上手くいかない。淳はセニアを呼び、彼女もそれで命令を理解する。

高密度で放たれた光線が淳を目指していた炎を消滅させ、勢いの落ちることなく対角線上でケイティと戦っていたフローリアをも撃ち抜く。

「危なかったぁ。痛くないけど、この羽じゃあ飛べないよう」

「ぐっ……、地味にくるもんだな、負荷って」

フローリアはギリギリのところでラフレシアの花弁を召喚して盾のように重ねて展開し、攻撃を防ごうとしたが全てを防ぐことはできなかった。

防ぎきれなかった光線は羽を貫き、ダメージこそないものの、その衝撃で自由に動かなくなったのだ。

そしてそのダメージは巧にフィードバックされる。

「ケイティ、チャンスだ」

「ハイ。攻撃ヲ続行シマス」

地面で倒れて動けないフローリアめがけて勢いよくハンマーを振り下ろす。

展開されているラフレシアの花弁を重ねた盾とぶつかり、とても花とぶつかったとは思えない音が響き渡る。

一度目の振り下ろしには完全に耐えたラフレシアの盾だが、二度三度と振り下ろされるハンマーの衝撃に耐えきれずに瓦解していく。

「ディアンナ、ヴァレリア! なんとかしてフローリアを助けられないか!?」

「アナタ、この状況でよくそんなこと言えるわね! こっちは二人を相手するので手一杯よ。一人はたまに私を無視するし!」

「こちらも難しい。段々とチカルが私の攻撃に慣れてきている。そちらの救助には行けそうにない」

「正々堂々のバトル、楽しいでありますね!」

「くっ、そういうことだ。そちらで何とかしてくれ!」

ディアンナもヴァレリアも助けには行けない。アウロラの炎で牽制してもそれすらセニアにかき消される。

くそっ、どうしたらいいんだよ!

そうしている間に盾を失ったフローリアにハンマーが叩き込まれる。

「がはっ、骨が、砕かれるような、攻撃かよ……」

何度も振り下ろされるハンマー。一度直撃をして意識が飛びかけたフローリアだったが再びラフレシアの花弁を召喚し、防御に徹している。

巧に選択の猶予はない。どうにかして助けなければ。何か打開の糸口がないか思考を巡らす。

何か、何かないのかッ! フローリアを助ける方法はっ。

そこで頭をよぎったのは青対黒のバトルだ。あの時、危機的状況を打開するに至った雄二の切り札。あれが使えれば、きっと……。

「……アウロラ、俺とリンクしてくれ!」

巧に出来るかどうか悩んでいる余裕はなかった。




第9話につづく


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第9話 祈り

「リンク、ですか?」

「そうだ。雄二たちがやっていたあれならこの状況を打開できるはずだ」

リンクを使えば打開できると考えた巧だが、肝心のやり方までは知らない。

ただ、リンクという言葉から、何かを繋ぐ技なのだと推測していた。

「アウロラ、俺と何か繋ぐものないか?」

「繋ぐものですか? はい。どうぞ」

アウロラはそう言って手を差し出す。

巧はそれは違うんじゃないかと思いながらも差し出された手を握った。

「やっぱりこれじゃないか。他に繋ぐものってなんだ。意思? 心? 絆? そんなの会ったばかりなのに出来るわけが──」

焦る巧の手をぎゅっと強く握るアウロラ。

「出来ない、そう思っていては本当に出来なくなってしまいます。心を落ち着かせて祈りましょう」

「祈る? 祈ってどうにかなることじゃないだろ」

「私たち赤の世界の人達は女神に祈りを捧げます。きっとヒントをくださいます。だから強く祈るのです、その祈りは女神に届くはずです」

巧は目を瞑り、心を落ち着かせる。焦っていても状況を打開できるわけじゃない。

落ち着け。祈るんだ。アウロラとの繋がりを、見つけられるように!

その時、巧は何かを感じた。

──繋がって。お願い。フローリアを助けたいの。

耳で拾った声ではない、まるで頭のなかに直接届いているような感覚。

小さいながらもハッキリと巧には聞こえていた。

……アウロラの声だ。

フローリアを救いたいという思いが伝わってきている。

そうだ。仲間を救いたいのは俺だけじゃない!

その事に気づいた巧はアウロラとの間に確かな繋がりを感じた。

「これだ! アウロラ、行くぞ!」

「はい。私にも伝わりました。あなたの思いが」

巧はその繋がりを辿るようにしてアウロラに意識を向ける。

『エクシード・リンク!』

そして、二人はリンクする。

 

「アウロラ、その姿……」

アウロラの周りに迸る赤い稲妻。ポニーテールに結んでいた布は焼かれ、下ろした髪がゆらゆらと揺れている。

「オラティオ・ミゼリコルデア……祈りを、全ての人に慈しみを」

アウロラが手に持った身の丈程もある長杖を横に薙ぐと迸っていた稲妻が消失する。

おっとりした雰囲気は消え去り、真剣な表情を浮かべる彼女は別人のようだ。

「タクミさん、反撃開始です」

「ああ、フローリアを助けて、勝利を掴むぞ!」

アウロラは視線をフローリアの方へ向ける。

既にラフレシアの盾は再召喚できないのか一枚しか残ってない。

そんなフローリアに今まさにケイティがハンマーを降り下ろそうとしていた。

「させません!」

素早く魔法を編み上げたアウロラは長杖をケイティに向けて魔法を発動する。

今まで通りそれを打ち落とそうとしたセニアだったが、炎の飛ぶスピードが前回を大きく上回っていて外してしまう。そして当たる直前に爆発した炎がケイティと振りかぶったハンマーを吹き飛ばした。

「きゃあっ! なになに!? って、アウロラその姿カッコイイ!」

「フローリア、今のうちにこちらへ! その間に私はケイティを倒します」

「わかった! ……頑張ってアウロラ」

フローリアは敵陣から走って巧の方まで向かうが、足で移動することに慣れていないのとバトルの疲労でふらふらと覚束ない足取りだ。見かねた巧は敵陣にもかかわらず、フローリアを迎えに行く。

「お疲れさま、フローリア。後は俺の後ろで休んでいてくれ」

「ダメだよ、みんな頑張ってるのに……」

フローリアを抱きかかえて歩く巧はリンクで繋がっているアウロラの動きを把握しながら自陣へ戻る。

 

「巧。戦闘中に背中を見せるなんて狙ってくれって言ってるようなものだぞ」

淳のその呟きを拾ったのは二人を相手に戦っていたディアンナだった。

聴力の優れていた彼女は戦闘音に紛れたその声を聞き逃さなかったのだ。

セニアの攻撃ビットによるレーザー射撃を射線から外れることで避けながら、ラウラの狙撃を矢を放って撃ち落とす。確かな機動力と優れた弓の腕。狩りの女神はそれだけで二人相手に互角のやり取りをしていた。

だが、淳の呟きが状況を変える。

今までレーザー光線を放っていたビットがセニアのもとに集まっていく。

「高機動モードに移行。決着をつけます」

「なっ、させるわけないでしょ!」

「それはこちらも同じです」

モードを移行しようとするセニアを止めようと光の矢を放つが、その軌道を読んでいたかのようにラウラの放った銃弾が防ぐ。

その攻防の間にセニアは攻撃ビットの形状を変化させて、スノーモービルのような形状に変形させてシートに跨り、システムを起動する。

正常に起動した機体は10センチ程浮かび上がった。ディアンナはそれが何なのか分からなかった。

見たことのないモノ。それだけで警戒するのは当然だった。

「これで――」

セニアを乗せた機体がディアンナの視界から消えた。

閃光を噴出しながら一瞬で巧に距離を詰めたセニアは巧の周りを一周することで勢いを殺し、巧の傍で停止させると、ハンドガンを突き付ける。

「――終了です」

セニアは引き金を引いて銃口からエネルギーを放出する。

いつの間にか接近され、銃を突き付けられていた巧は状況を理解する間もなく背中を撃たれ、過負荷で気絶。

アウロラとのリンクを生かせず、巧率いる赤チームの敗北が決定した。

 

試合終了後、すぐに巧は保健室に運ばれた。

アウロラやフローリアは少し保健室で仮眠を取って、その後巧の目覚めを傍で見ていた。

「ねぇねぇ、アウロラ。あの雫を持ってくるのとタクミが起きるの、どっちが早いかな?」

「雫、ですか? そうですね……多分待っている方がいいわ。今から赤の世界に取りに行ってもその間に起きるでしょうし」

その病室には三人しかいない。残りの二人は誠也と淳のバトルを見に行っているのだ。

フローリアはベッドで寝ている巧の上に座り、アウロラとバトルのことを話している。

「アウロラがカッコよくなったのってどうして? 髪を下ろすとカッコいい?」

「あれはリンクのせいですよ。それに、フローリアは今のままが一番似合ってますよ」

「えへへ♪ じゃあ、このままにしとく~」

楽しそうに話す二人の会話が聞こえたのか、目を覚ます巧。

起き上がったことでフローリアはバランスを崩し、慌てて宙に逃げる。

「ぐっ、なんだか腹を圧迫されたような感覚が。これが負荷の影響ってやつなのか」

「あ、あははは。大丈夫? 元気? フローリアは元気だよ! ほら、もう飛べるよ~」

「俺はまだ少し違和感があるぐらいだよ。あれだけ疲れていたのにフローリアは回復が早いな。アウロラも大丈夫か? それと、他の二人は?」

アウロラは大丈夫だと答えて、二人の行方を伝える。丁度説明し終わった頃、病室のドアが開けられて出かけていた二人が帰ってきた。

「あら、もう起きていたのね。丁度いいわ。タクミ、夕餉を食べに行くわよ」

「夕餉? ああ、夕食か。早くないか、まだ夕方だぞ」

「テラ・ルビリ・アウロラではこの時間に食べるのだ。それにここに戻る途中で美味そうな香りの漂う場所を見つけた。きっと食堂か何かだろう」

ディアンナは早く来いと言わんばかりに巧を睨み付け、ヴァレリアはその香りを思い出したのかお腹に手を当てていた。

「わかったよ。それじゃあ、そこで打ち上げといこう。二人もそれでいいよな?」

アウロラとフローリアは快く同意した。全員昼を食べていない上に、消耗したせいか空腹なのは同じだった。

「よーし、ヴァレリア。その場所に案内してくれ」

「承知した。早く行くとしよう」

 

「で、それがここってわけか。学校内にカフェテリアがあるなんてスゴいな」

「ほら早く行きなさいよ。入れないでしょ」

ディアンナは巧の背中を押してカフェテリア内に入る。その後ろから三人がついてくる。

巧は四人に利用の仕方を教えていた。

「いいか。ここでお盆を取って、向こうに並んである料理から食べたいものを選んでお盆に乗せる。会計は最後だから今回は気にしなくていい」

「わかったか?」と言う巧の言葉に返事をしたのはヴァレリアだけだ。

更に言えば四人のうち、説明を聞いていたのはヴァレリアだけだった。

ディアンナは厨房の調理風景を真剣に見ている。アウロラは果物の皿を乗っているトレイごと運ぶフローリアを微笑ましそうに見てた。

「ふむ。使い方はおおよそ理解したが、私はここのお金を持ってないぞ」

「あー、いいよ。今日は俺が全部奢る。好きなのを頼んでくれ」

しかし、と渋るヴァレリアを無理やり説得して料理を選びに行かせる。

巧自身は何も選ばずにフローリアが奮闘したテーブルへと向かった。

 

フローリアは目の前に並ぶ果物の山に大興奮していた。

「こんなにいっぱい果物がある! 夢みたいだよ~♪」

「あらあら。フローリアったらすごく嬉しそう。……でも、こんなに持ってきてよかったのかしら? 他の方に迷惑が──」

フローリアは待ちきれなかったのか既に果物の山に突撃していた。

「まぁ、問題ないんじゃないかな。多分、すぐに補填されると思うよ。だから、アウロラも楽しみなよ」

「そう、ですね。私もいただきます。巧、あなたもお座りくださいな」

「ああ。そうさせてもらうよ」

巧がチラリとフローリアがトレイごと持ってきた場所を見た。

そこには既に半数の料理が補填されている。

大量のオーダーに調理のおばちゃんが驚いたのは一瞬だ。素早くメニューを読み上げると他の調理師と連携して次々と料理を補填させていく。

その光景を見ていたディアンナはポツリと呟いた。

「あの職人。調理の動きに一切無駄がない。しかも、正確な手捌きと完璧なまでの連携。私でも真似できそうにないわ」

「狩りの女神を上回る手捌きとか。あの人たち何者だよ……」

巧たちが青チームと遭遇するのはもう少し後の話だ。




第8、9話は巧視点でお送りしました。


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第10話 新入生交流バトル 黒×白

雄二との戦いより損傷が激しいのか、バトルエリアの修繕に時間がかかっていた。

ソフィーナは隣に並んで試合を観戦していた誠也と話している。

「ねぇ、セーヤ。あなたから見て、さっきの試合どう思う?」

「そうだね……。巧がリンクを成功させてなければ、もっと早く決着をつけていただろうな」

「それって、わざと決着をつけるのを遅らせてたって言うの?」

誠也は小さく頷く。それを見てソフィーナは満足気な表情を浮かべていた。

「うん。合格点ね。その予想は間違ってない。更に言えば、白のαドライバーの子は相手がリンクするのを待っていたのよ。相手を消耗させるためとか、リンクの仕方を見極めるためとか理由は色々あるけど、早く決着をつけた方がいいのは確かね」

ソフィーナには淳の行動が相手を分析するためのものに見えたのだ。

誠也はソフィーナの意見を参考に次のバトルの戦略を構築していく。

構築した戦略はチームで会議をしてクオリティを高めていくのが誠也のやり方だったが、会議をする前にエリアの修繕が終わる。

「今話したのが今回の作戦だ。ぶっつけ本番だが頼んだよ」

「セーヤも、肝心なところでミスったら許さないわね」

「ソフィーナが許さなくても私がこの胸で慰めてあげるわ」

リゼリッタはソフィーナに見せびらかすように誠也の腕に抱きつく。

「ちょっと! 失敗しても許すわよ! だから離れなさいって!」

「ふふ、嫉妬しちゃって可愛い」

「あ、あの、私も頑張ります!」

アビーは魔法の杖を掲げてやる気をアピールする。

盛り上がるメンバーでただ一人フランボワーズはじっと押し黙っていた。

「よし、先生がゴーサインを出した。行こう、ラストバトルだ」

 

「遂に最後のバトルね。あー、そうね。早く始めましょうか。両チームとも準備はいい?」

代表であるαドライバーの二人が頷く。

安堂先生はそれを確認すると投影パネルを操作して、自動修復システムと保護フィールド発生装置のシステムを起動する。数秒差で展開される保護フィールド。

空中にはカウントダウンが表示され、カウントを減らしていく。

『αフィールド展開!』

誠也と淳の声が重なり、それぞれのプログレスを保護するフィールドが発生する。

そして、ついに交流戦ラストバトルが開始された。

 

「フランボワーズ、お願い」

「うぅ~、こんな真面目なの、私好きじゃないのに! 後でいっぱいいたずらしてやる!」

フランボワーズは開始前に誠也から伝えられた作戦通り、空に舞い上がる。

飛んだ彼女に瞬時に反応してラウラが銃口を向ける。

引き金を引くより先に雷光が迸り、ラウラを直撃した。

「痺針の瞬雷フランボワーズの力、思い知ったか! あのアルドラは何度か耐えたけどアンドロイドには効果抜群ってやつなんだろ! ほらほら、どんどん行くぞ!」

「っ!? し、システム誤作動、再構築まで、時間が」

雷撃をまともに浴びたことで演算システムに支障が出たラウラは巧に時間がかかることを伝えようとするが、巧はそれを遮った。

「大人しくしていろ。セニア、やるぞ」

「はい。ブルーミング・バトルシステム起動。攻撃ドローン展開」

セニアが戦闘準備を進めている中、ケイティは淳に近づく。

「マスター、ゴ命令ヲ」

「そうだな。セニアに雷撃が行きそうになったら身を挺してでも庇うんだ。いいな?」

「ハイ。了解シマシタ」

ケイティはセニアの前に出るとパワーシフトに移行し、ハンマーを盾にして防御態勢に入る。

「ふん、そんなの無駄なんだからさ、さっさと倒れちゃいなよ!」

フランボワーズはケイティに集中的に雷撃を浴びせ始める。

その派手な閃光に紛れて、チカルが敵陣に殴り込みに行っていた。

「ざーんねん、あなたの飛び込んだ先は毒花のドームよ」

「なんでありますか!? なんだかクラクラしてきたでありま……」

「いい夢を見るのね。ってアンドロイドは夢を見るのかしらね」

リゼリッタの作り出した毒花のドーム。そこは電気信号を乱す毒をまき散らすように開発された、リゼリッタ特製の花が作り出す半球の檻。アンドロイド以外が浴びても多少影響が出るため、ドームの周りはソフィーナが風を操って外に漏れないようにしていた。

「どうやら作戦成功のようだな」

雷撃で身動きの取れない敵陣を眺めながら誠也は満足げに呟いた。

「ええ、でもこれ以上待って動きがないなら決着をつけるべきね」

「あ、あの、私の出番はなさそうですか?」

アビーが不安げに問いかける。

しかし二人は首を振ってそれを否定した。

「きっと、仕掛けてくる。アビーは準備よろしくね」

「はい!」

「来るわよ。セーヤ、あれの準備」

誠也はソフィーナとの繋がりに意識を集中する。

初めてリンクをした時から朧げにある感覚。それがαドライバーとプログレスだけが感じ取れる特殊な脳波だと知っている。その感覚の先にいるソフィーナに意識の手を伸ばす。

そして二人は“リンク“する。

それと同時に上空で何かが爆発し、誠也の体に強い痛みが走る。

黒煙と共に墜落したフランボワーズは衝撃で気を失ったようだ。

誠也が痛みを耐えながら視線を敵陣に向けると、様子の変わったセニアがこちらに照準を合わせた。

「アビー、今だ! 思いっきり放て!」

『ソフィーナちゃん、お願い』

アビーは杖を掲げて準備をしていた魔法を発動する。

それと同時にソフィーナも魔法を瞬時に展開、発動していた。

「私だって役に立ちたいの! 煌めく小彗星(スターダストレイン)!」

「魔の力と古き理をもって全てを焼き払え! 咲き乱れる爆炎(ファイアーボール)!」

アビーの魔法で上空に小彗星が召喚され、雨のように無差別にフィールドへ降り注ぐ。

それをソフィーナの魔法がカバーして相手のいる範囲にのみ降るよう調整したのだ。

 

『エクシード・リンク』

攻撃の音に紛れ込ませるように、淳は小さく呟いた。

リンクとはプログレスとαドライバーの脳波を共鳴させるものだ。そう理解していた淳はセニアの演算補助システムである髪飾りにコードを繋ぎ、読み取った自らの脳波データを送り込むことでリンクを成功させていた。

「リンクシステム、オールグリーン。目標補足……全機、展開! 全砲門フルバースト!」

リンク時の効果が影響して、七基に増えた攻撃ドローンは各二門になり、その全ての銃口が誠也を貫かんと向けられている。

エネルギーが充填され、放たれた計14本の光線は小彗星の攻撃に阻まれながらも突き進んで行く。

淳は勝利を確信した。この攻撃は確実に当たる。リンクしたプログレスの力は格段にアップするのは実証済みだ。そう思っていた淳だったが、その予想は外れることになる。

「残念ね。私だって空を飛べるのよ?」

「やばいよ、ソフィーナちゃん。なんだか、大いなる意志が苦しそうなんだけど……」

「気合でどうにかしなさい。これで終わりよ」

アビーは大いなる意思に乗って下を見下ろしている。後ろには誠也も一緒だ。

“大いなる意志“とは普段ソフィーナのリボン部分にくっついている謎生物のことだ。

研究者のソフィーナですらよくわかっていないそれは、大いなる意志というだけに感情があるようで、苦悶の表情を浮かべながら必死に宙に浮いている。

誠也たちがいた場所を光線が突き抜けて、その先にあったバトルエリアの外壁に直撃して激しく火花を散らして霧散する。

セニアはエネルギーの急激な消耗で一時的に動けなくなっていた。

そして、降ってきた第二陣の魔法により、白チームは敗北した。

 

「皆、お疲れさま。お昼を少し過ぎちゃったけどこれで新入生交流バトルは終了よ。紹介が遅れたわね、今回勝ち抜けた黒チームのαドライバーである彼が教室で言ってたもう一人よ。名前は十河誠也君。それにしても、先生驚かされちゃったわ。まさか全員がリンクを発動できるなんて。ここにいない三チームのメンバーもよく頑張ってたわね。今回選ばれなかったプログレスも自分を見直すいい機会になったんじゃないかしら。それじゃあ、お疲れ様でした。解散!」

淳のチームも保健室に運び込まれて残っているチームは黒だけだ。

誠也はまばらになったコロシアムの床に座り込む。

その横ではアビーも同じようにしていた。

「はぁ、流石に連戦はきついなー。みんなお疲れさま。おかげで何とか勝てたよ」

「全く、それぐらいでだらしないわよ。ほら、座ってないで帰るわよ」

「私もお家でゆっくり休みたい気分です……」

座っていたアビーはゆっくり立ち上がると、とぼとぼ出入り口の方へ歩いていく。

「それじゃあ、私はフランボワーズを連れて行くから、さよなら~」

リゼリッタは気絶したままのフランボワーズに肩を貸して運ぼうとしていた。

「あ、僕も手伝うよ、おおおおおおお!?」

手を貸そうとフランボワーズの肩に触れると誠也の体を電流が襲った。

「あっはは、引っかかってやんの~! あー、スッキリした。それじゃあね~」

「く、くそぉ、からだ、しびれる」

「ふふ、大成功ね。じゃあ、またね、ソフィーナ。それとセーヤも」

リゼリッタは飛び立ったフランボワーズを追いかけるように、空へ飛んでいった。

「ほんと、最後の最後できまらないわね。セーヤって」

床でピクピクしている誠也を指でつつきながら、ソフィーナは呆れていた。

 

その日の夕方ごろ、といっても既に日も沈み切ろうかとしている時間帯に誠也は一人で教務課のある校舎にいた。学生寮でくつろいでいたのだが、ふと端末を貰ってないことに気がついてこうして受け取りに来たのだ。

「ありがとうございます。安堂先生」

「いいのよ。渡し損ねてた私にも原因はあるわ。でも、次から遅刻はしないようにね?」

「はい。気を付けます。それじゃあ、失礼します」

「お疲れさま~」

無事に端末を受け取り、職員室を出た誠也は事務窓口の横にある掲示板の前を通り過ぎようとして足を止めた。そこに張り出されていたのはよく知る二人の名前とその傍に居たプログレスの名前だ。

「チームα(アルファ)か。多分雄二がつけたんだろうな。単純で分かりやすい。それでいて意味を込めた名前。仮の名前って意味もあったりして」

誠也は思わず笑っていた。

この学園で退屈をする暇なんてないのだろう。

雄二や日向、それにまだ見ぬプログレスの女の子たち。手強く、才能のあるαドライバーたち。

今日まではあくまでチュートリアルだ。これから本格的に学園生活が始まっていく。

ウキウキしながら空腹を満たすために誠也は学生寮の食堂に向かった。




第10話は誠也視点です。
ごめんなさい、まだまだ視点が切り替わります。


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第11話 道具

「……ここ、は?」

淳はベッドから体を起こして辺りを見回した。

「マスター、オメザメデスカ。今タイプMU-21ナナヲ連レテキマス。ソノママ安静ニシテイテクダサイ」

今まで直立不動で淳の容態を監視していたケイティはどこかぎこちない動きで保健室を出ていこうとする。

「待て……。タイプMUってことは、それは医療用アンドロイドだろ。僕はもう動ける」

そんなものは必要ない、と淳は言ってベッドから降りる。

「私ハ旧式ノアンドロイド。身体スキャン機能ハ搭載サレテイマセン。ヨッテ、マスターノ言葉ノ真偽ヲ確カメル術ハアリマセン。本当ニ大丈夫デスカ?」

「大丈夫だって言ってるだろ」

「ワカリマシタ」

ケイティは淳の横へと戻り、部屋は静かになる。

そこで、ふと淳は気付いた。

……他のアンドロイドはどこにいった? 何故ケイティしかここにいないんだ?

「ケイティ、他のアンドロイドは何処に行っているんだ?」

「ハイ。現在、別室ニテ三体トモメンテナンスヲ施サレテイマス」

「メンテナンス? ダメージは僕がフィードバックしてやったはずだ。メンテナンスする必要があるのか?」

「ハイ。マスターニヨッテ物理的ナダメージハ間逃レマシタ。ガ、コードΩラウラハ敵チームノフランボワーズニヨル雷撃ノ影響デ演算システムニ問題ガ生ジテイマス」

他の二人も同様だ。

コードΣチカルはリゼリッタの毒によるダメージがある。そしてコードΩ46セニアは淳の行った強引なリンクの影響でシステム、身体共々かなりの負荷がかかっていたのだ。

「……そういうことか」

アンドロイドの癖に、脆いやつらだ。

「マスター。落チ込マナイデクダサイ。マスターニトッテ今回ノブルーミングバトルガ初陣、敗北ハ想定済ミデシタ」

「落ち込んでいるわけじゃない。敗北は僕も予想していた。お前に言われるまでもない!」

「申シ訳ゴザイマセン」

ペコリと頭を下げるケイティ。

ギシッと何かの軋む音が病室に響く。

「頭を上げろ。僕は別に謝罪なんて求めてない」

「ハイ」

ケイティが頭を上げる。

するとまた、ギシッという音が響いた。

その音に淳は眉をひそめた。

「…………」

「マスター? ドウカシマシタカ?」

「お前、メンテナンスは?」

「ハイ。私ハ旧式、言ワバ廃棄型デス。ソノタメ、私ノメンテナンスヨリモマスターノ側ニイルコトヲ優先シマシタ」

「だからお前だけがここにいたのか」

「ハイ」

コイツは何故僕を優先する?

僕は一時的にマスターになっただけにすぎない。なのに何故?

淳はケイティが付き添う理由が分からず、モヤモヤとしていた。

だが、そんな状態でも足は病室の外に向かっていた。

「マスター? ドチラヘ?」

「他のアンドロイドがいる病室に行く。案内しろ」

コクリ、と頷きケイティは淳の前に行こうとするが、淳が病室のドアを開けたまま進まないことに首をかしげた。

「マスター、ドウカシマシタカ?」

「いや、何でもない。行くぞ」

「ハイ。マス──」

「コード=204ケイティ。朝比奈淳はあなたのマスターではありません」

「アナタハ……」

ケイティは身体をずらして淳の前に出る。

そこにはまるで立ち塞がるようにセニアが立っていた。

「ドウイウコトデスカ。マスターハマスターデス。コードΩ46セニア、ソレハアナタモデショウ?」

「いいえ、違います。彼は私のマスターではありません。もしマスターだったとしても、それは一時的なもの。決して継続的なものではないです」

「ナラバ何故行ク手ヲ阻ムノデスカ。アナタニハ関係ナイハズデス」

「私は彼に伝言(メッセージ)を届けに来ました」

「僕に伝言……?」

セニアは首を縦に動かした。

そして何かの装置を手元に転送する。

これはDr.ミハイルからです、とセニア告げた。そしてその手元の装置を起動させる。

「お前は……、Dr.ミハイルか」

起動した装置により写し出されたのは大人びた風格を持つ白衣の女のホログラムだ。

『朝比奈淳。君は中々の腕の持ち主のようだな。まさかリンクをシステムに直接情報を送り込むことで強引に成功させるとは。そんなαドライバーは私も初めて聞いたよ』

「セニア。僕にこんなものを見せるためにわざわざ来たのか?」

淳の問いかけにセニアは人形のように黙ったままだ。

『だが、そんなやり方は間違っている。今回は新入生交流の一環で行われた、言わば非公式のブルーミングバトルだ。しかし、これが公式戦だった場合、君の行った行為はルール違反だ。試合中のアンドロイドへのハッキングはご法度だぞ。ましてや君が行ったのは強制的なリンクだ。一歩間違えばセニアは壊れていたかもしれない』

「…………」

『忠告しておく。今回のようなことは二度としないことだ。セニアに害するやつは私も、セニアの姉も絶対に許さない。そのことをよく覚えておくといい』

そう言い残すとホログラムは消失し、装置は停止した。

そしてセニアも小さくお辞儀するとその場を立ち去り、その場には淳とケイティだけが残っていた。

「マスター……」

「……早く案内しろ」

「ッ、ハイ!」

そして二人は少し離れた病室へと向かった。

 

「こんの、バカやろぉお!!」

「うぐっ!? な、なんだ、いきなり何をする!」

病室のドアを開けた瞬間、淳は何者かに襟元を捕まれて襲われていた。

「マ、マスター! ソノ方ハエルセア=エコルダデス!」

エルセア=エコルダ。

その名前を聞いた瞬間、淳の視界にはエルセアについての情報が視覚化されて浮かび上がった。

「……なるほど。アンドロイドの整備士ってことか」

「そんなことはどうでもいい! それより、あんたが朝比奈だな!」

「そうだが──」

「あんた、アンドロイドをなんだと思ってるの?」

突然怒り一色だった彼女の表情が冷静なものになり、雰囲気がガラリと変わった。

しかし、そんなことに目もくれず淳は当たり前のことのように言葉を発した。

「道具、だろ?」

「っ! ふざけんなっ! アンドロイドは道具なんかじゃない! アンドロイドだって生きている、一人の人間だ! それを道具なんて言うなっ!」

「お前こそ何を言っているんだ。アンドロイドは機械、パソコンや車と変わらないただの機械だろ」

「そう、だけど……そうだけど! だからって使い捨てのように使わないでよ。あの子達だって辛いんだから……」

「僕がどう使おうと僕の勝手だろ」

エルセアは膝から崩れ落ちた。

整備士として、我が子のようにアンドロイドを扱う彼女にとって、アンドロイドが使い捨ての道具として扱われることに怒りを覚えたのだ。

アンドロイドは機械。他の機械と同じ。

そのことは彼女自身わかっていた。

「道具なら、大事に使ってよ……っ」

エルセアの小さな叫びは前に立つ淳に届いていた。

……そんなこと、言われなくてもわかってる。

「エルセア。コードΩラウラトコードΣチカルノメンテナンスハ終ワリマシタカ?」

「ぐすっ、……もう終わってる。あの子達なら帰らせたわ」

「お前は僕に説教するために残っていたのか? 整備士はよほど暇なんだな」

「暇じゃない! 忙しいけど、言わなきゃ気がすまなかったの!」

再び怒り出してエルセアはその場を去っていった。

彼女の背中を横目で一瞬見た淳は開け放たれたドアからアンドロイドを整備していた病室へと入っていく。

「マスター。ソコニハモウ用ガナイノデハ?」

「何を言っている、早く入ってこい」

「ハイ」

ケイティには分からなかった。

何故誰もいないのにこの病室に入るのか。

しかしその疑問は淳によって解消される。

「お前のメンテナンスはまだだろ。俺がしてやる。だから、早く横になれ」

言われるがまま、診療台に横になりながらケイティは確信した。

旧式の私にさえ良くしてくれるあなたは、私のマスターです……。

 

淳が病室で目覚めた時は既に夕刻。

そして、保健室の明かりは日付が変わる頃まで消えることはなかった。




第11話は淳視点でした。
明確な区切りがあるわけではないんですが、これでアルドラ視点が一周したので第1章・前半は終わりです。
後半は再び雄二視点へと戻ります。


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第12話 測定カリキュラム

「エクシード測定?」

昨日の交流戦の疲れが抜けていない雄二が机に突っ伏していると登校してきた美海が容赦なく邪魔してきた。

微睡んでいた雄二は聞き覚えのない言葉について美海に聞き返す。

「うん。正確にはエクシードランク測定検査だよ、ね? 沙織ちゃん」

「ふふふ、あってますよ」

「お前、覚えてないのかよ……」

「ち、違うの! ちょっとうる覚えだっただけだから!」

「うる覚えじゃなくて、うろ覚えだ」

「あぅ……って雄二は完全に知らなかったじゃん! 昨日の夜に端末に連絡来てたでしょ?」

「連絡? ……あー、寝てて気づかなかったみたいだ」

雄二は端末のメールボックスに入っていた新着メールを開いた。

するとそこには今日行う『検査』について日程や場所が書かれていた。

αドライバー能力検査? 美海たちに来ていたものと違うのか。

「どうしたの? メール来てなかった?」

「いや、そうじゃなくて。こっちに来てたのはαドライバー能力検査ってやつだ」

「αドライバー能力検査、ですか。初めて聞きました。やっぱりプログレスとαドライバーでは検査が違うんですね」

「あっ、ということは雄二のアルドラとしての能力がわかるかも?」

「んー……俺に何か能力なんてあるのかねー」

親父のレポートによれば、もしかしたら俺は意図的に覚醒させられたαドライバーかもしれないんだが。

雄二は言葉とは裏腹に何かあるかもしれないと思っていた。

「やぁ、みんなおはよう」

「帰れ、誠也。お呼びじゃない」

「今日初めての会話がそれってひどくないかな!? 折角今日の検査について情報を持ってきたのに」

誠也は学生鞄からクリアファイルを取り出して雄二の顔の前で見せびらかすようにひらひらとさせる。

こいつ、そんな情報どこから仕入れたんだよ。

「誠也君おはよ~。ねぇ、それなあに? 私も見たい!」

「もちろんいいよ。はいこれ」

「えへへ、ありがと~」

「ナイスだ、美海。それを俺に――」

雄二の伸ばした手を美海は叩く。

ちっ、見せないってことか。

「美海ちゃん。それにはなんて書いているんですか?」

「えっとね……、αドライバー能力検査・検査要項? って書いてあるよ」

「はぁ。誠也、すまんが俺にも見せてくれ」

もちろん、と言って誠也はもう一つのファイルを取り出して雄二に渡す。

美海は沙織と一緒に見ていた。

「なんか、午前中は中学の時にした体力測定と同じなんだな」

「異能を持っているプログレスやαドライバーと言っても体力が基本だからね。それを測るなら体力測定は外せないよ」

「ふーん……。で? これはどこから手に入れてきたんだ? まさか盗んで」

「違う違う! 前に僕が検査したときの資料をコピーして持ってきただけだよ!」

「……冗談だって。お前が盗むだなんて思ってねえよ」

「少し間があったのが気になるんだけど。まあいい。今日の検査で雄二の力がどれくらいなのか、楽しみにしているよ」

誠也は美海たちからも資料を返してもらい、自分の席に着いた。

 

「昨日戦ったメンバーの人は大丈夫かしら? 今日は一日検査で終わると思うから気楽にいていいわよ」

全然大丈夫じゃない。まだ動くのが怠いです。

そんな雄二の心の声が聞こえるわけもなく、安堂先生は連絡事項を伝えていく。

「──連絡事項は以上よ。それじゃあ、これから各自昨日送られたメールに従って検査をすませるように。検査が終わってもここに戻ってくる必要はないから、終わり次第帰っていいわよ」

解散、という先生の言葉で生徒たちは各々で動き出す。

雄二も立ち上がろうと腰を上げると、後ろから服を引っ張られて椅子に座らせられた。

「おい、何の用だよ美海」

「午前中って体力測定だから場所は同じだよね? 私たちは第1体育館だよ」

「ん? あー、ちょっと待てよ。……俺も第1体育館だ。てことは同じだな」

同じ場所で行われると聞いた美海はパアッと笑顔になり、身を乗り出してきた。

「なら、一緒に──」

「行きません」

「でも……」

「沙織と一緒に行けよ」

「むぅ、今日の雄二はちょっと意地悪だよ」

美海はさっきまでの笑顔から一転、どんよりと肩を落として沙織のところへ向かった。そのまま二人で教室を出ていった。

雄二のところにやってきた巧は不思議そうな顔で雄二を見ていた。

「……なんだよ」

「一緒に行かなくてよかったのか? すごい落ち込んでるようだったけど」

巧の質問に答えたのは雄二ではなく誠也だ。

「あれでいいんだよ、でしょ?」

「なんで誠也が答えるんだ。まぁ、間違ってないが」

「どういうことだ? あれでいいって」

巧には二人の言葉が理解し難かった。

それもそうだ。誠也が雄二の考えが分かるのは中学校三年間を共に過ごしてきたからだ。

まだ、会って数日の巧には雄二の考えは見えなかった。

「この学校で美海と再会してから、あいつはやたらと俺の面倒を見たがるんだ」

「さっきの一緒に行こうと言おうとしたのは案内しようとしていたってことか?」

「ああ、多分な。俺の面倒を見ようとして他を蔑ろにする、なんてことはあいつに限ってないだろうがな。ただ、それでも俺よりも友達を大事にしてほしいんだよ」

「まぁ、日向に限って友達の輪から外されるってのはここではないだろうけどね」

「そうか……、そんな理由があったんだな」

「それに、女子の着替えって長いんだよ。そんなの待ってられるかっての」

一緒に行くなんて同意したら着替えが終わるまで待たされるに決まってる。

「は? 雄二、もしかしてそれが本──」

「ほら、そろそろ行こうぜ。俺たちも着替えなきゃだろ?」

「ハハハ、相変わらずだね、雄二は。ってあれ? 朝比奈君は?」

「淳なら話が終わってすぐに教室を出ていったけど」

巧の言葉を聞いて雄二は教室を見渡す。

「なら俺たちが最後ってことか」

既に教室にはアルドラの3人しか残っていなかった。

 

体育館に移動した雄二は美海に絡まれることなく体力測定の全項目を終えた。

「あら? 成瀬君が一人でいるなんて珍しいね」

「ん? 委員長か。別に美海とはいつも一緒にいるわけじゃない。それにさっきまで誠也たちと一緒にいたんだ。ぼっちじゃないからな」

「あははは。面白いね、成瀬君は。それはちょっと深読みしすぎだよ。ひとりぼっちでいる成瀬君を心配したわけじゃないよ」

なんだ、違うのか。

雄二は心なしかホッとして琴吹を見た。

「じゃあ、何か用か?」

「うん。えっとね、このあと昼休みでしょ? 一緒にお昼食べない?」

「別にいいけど……。それだけ?」

「そうだよ。じゃあ、屋上に来てね! みんなも待ってるから」

そう言い残して琴吹は走り去っていく。

みんなって、ほかに誰がいるんだ?

雄二は琴吹の言葉に少し疑問を持ったが、購買に着く頃には忘れていた。

「で、屋上に来てみたわけだが……」

屋上には設置されているベンチで昼食を楽しむ生徒や女子同士で仲睦まじくお弁当を食べさせあうカップル? もいた。

そして──

「あ、あれー?奇遇だねー。雄二も屋上でお昼食べるの? わ、私たちもここで食べるんだよ」

「ゆ、雄二さんも一緒にたべっ、食べませんか?」

「やっほー、成瀬君。随分と遅かったね、私はもうお腹ペコペコだよ~」

ブルーシートの上に座ってくつろいでいる三人がいた。

「提案したのは美海ってところか?」

「て、提案? 偶然だよ偶然!」

「そ、そうですよ、偶然です!」

「お前ら……、誤魔化すの下手すぎだろ。偶然でも必然でもどっちでもいいけど、普通に誘えばいいじゃないか。委員長まで巻き込んで……」

「だって、今日の雄二は私に意地悪だもん。朝だって行かないって言うし」

「私が誘いに行ければ良かったんですが、その、緊張しちゃって……」

「てなわけで、代わりに私が誘いに行ったって訳ですよ」

なるほどな。原因は俺にもあったわけか。

「別に意地悪してたわけじゃないんだが……。まぁ、今度から一緒に食べたいなら普通に誘ってこいよ。予定がないなら断らないから。な?」

「ぅん、……わかった。そうする。……えへへ」

雄二は気持ちを落ち着けるように美海の頭を撫でる。少し落ち込んでいた美海は小さく笑みを浮かべていた。

「はわわわ……美海ちゃん、頭撫でられてる……気持ち良さそう?」

「へぇー、二人はやっぱりそういう仲なんだぁ。へぇー」

「ぅえ!? あ、いや、違うよ! これは雄二の癖だから、ただの幼馴染みだし! 雄二もそろそろ離してよぉ」

あー、相変わらず美海の髪はさらさらしていて気持ちいいなぁ。

「も、もう! 雄二ぃー!」

雄二は琴吹が止めに入るまでずっと撫で続けていた。だが、美海の髪が乱れた感じはなく、その光景を沙織は感心したように見ていた。

……ちょっと、羨ましいなぁ。

沙織の呟きは言った本人さえも聞こえていなかった。




第13話につづく


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第13話 お昼休みと道案内

「むぅ、雄二ったら撫ですぎだよ。途中から夢中になってたでしょ」

「いや、まぁ……その通りなんだが。髪、大丈夫か?」

「うん。髪は崩れてないよ。えっと……むしろ整ってる?」

「あ、あの、私にも──」

「ねぇ~、そろそろ食べない? お昼休みはあっという間だよ?」

沙織の小さな声は琴吹の声と重なって雄二には聞こえない。

「それもそうだな。そういえばお前らは全員弁当……ってわけでもなさそうだな。琴吹は購買のパンか?」

「そ。成瀬君と同じだね。あ、その顔はいつ買ったんだって顔だね」

「え? 俺、今顔に出てたか?」

無表情さを自覚している雄二は琴吹の言葉に反応してしまう。

だが、琴吹は申し訳なさそうに手を合わせた。

「ご、ごめんね。今の冗談だから。気になってるのかなぁって思ってね」

「いや、気にしなくていい。それで、いつ買ったんだ? 俺が買いに行ったときはいなかったよな? 先に屋上に来てたぐらいだし」

「ふふん、実はこれ、朝の購買で買ったパンなのですよ。お昼の購買は人がいっぱいいるから買うのも一苦労だから朝のうちに買っておいたの」

「へぇ~、購買って朝から開いてたんだね。初めて知った!」

「私も初めて知りました」

「美海はともかく沙織が知らないなんて」

「私は中等部1年からいますけど、その、あまり購買は使わないので……」

購買が朝から開いていることを知っている生徒は割と少ない。

学生寮と購買のある建物は校舎を挟んで反対側にあるため、わざわざ校舎を通りすぎて購買に寄るという生徒自体が少ないのだ。

「すまん。せめてるわけじゃないんだ。純粋に驚いただけだから」

「いえ、その、雄二さんはそれぐらいの量で大丈夫なんですか?」

昨日の打ち上げの時、雄二がかなりの量の料理を食べるのを見ていた沙織はあんパンとパックの牛乳しかない雄二のお昼を見て不思議に思った。

しかも両方とも既に空だ。

「なんか、張り込みでもするみたいだね!」

「何故あんパンと牛乳の組み合わせを見てその発想が出てきたか分からないし、分かりたくもないが……。午後の検査があるから軽めの食事にしておいた方がいいってメールに書いてあったんだ」

「へぇ、アルドラも午後に何か検査があるんだね。どんなことするの?」

「えっと、……確か誠也に見せてもらった資料には『プログレス適合率検査』とか『αフィールド耐久検査』とかするらしいぞ。プログレスの方は何をするんだ?」

「んー、私たちはエクシードの破壊力とか汎用性とか、どんな力で何をどれくらいできるかってのを検査する感じかなぁ。だよね? 岸部さん」

琴吹が話を振ると、沙織は口をもぐもぐ動かしながらコクリと頷いた。

これが美海だったら食べながら喋るだろうな。

「……雄二。何か失礼なこと考えたでしょ」

「考えてない。気のせいだ」

雄二たちは他愛のない会話に花を咲かせる。

楽しい時間はあっという間に過ぎていき、チャイムが昼休みの終わりを告げていた。

 

美海たちと別れた雄二は一人、校内を歩いている。

「…………」

彼女たちと昼食を食べた屋上の校舎から出て、既に10分ほど経過していた。

しかし、未だに目的地の場所の目星すらついていなかった。

「強化施設-αってなんだよ。というか何処にあるんだよ。場所だけ提示するとか不親切なメールだな」

「あの、どうしたの?」

雄二が端末を睨み付けていると後ろから誰かが声をかけてきた。

雄二が驚いて振り返ると、そこには昨日の夕方に闘技場の前で出会ったコードΩラウラがポツンと物静かに立っていた。

なんだ? ちょっと嬉しそう?

「よっ、また会ったな。今、暇か?」

「はい。現在遂行中の任務はありません。だから、暇だよ?」

「おお、ちょうどよかった。ちょっと道案内してくれないか?」

「道案内? 目的地はどこ? ラウラが案内する」

「えっと、強化施設-αって場所なんだけど何処にあるか知ってるか?」

ラウラは目を閉じる。まるで電源が切れたように。

「ラウラ?」

「……検索中です」

「な、なるほど。検索機能があるとかアンドロイドって凄いな」

ん? 今……。

雄二は一瞬だけラウラが小さく笑ったように見えた。

しかし、もう一度見てもラウラは無表情のままだった。

「検索終了。……ふぅ。該当する場所が見つかったよ」

「おお! 流石だな! そこに案内してくれ。お礼はなんでもするぞ」

「お礼……。うーん。じゃあ、頭」

そう言ってラウラは雄二の右手を自分の頭に乗せる。

「えっと、……撫でればいいのか? こんな感じか?」

「ん……。でも、前と違う」

雄二のなでなでに気持ち良さそうにするラウラは、少し不満そうな目をして雄二を見つめる。

前? ああ、初めて会ったときのやつか。もっと激しくしろってことか?

「あぅ、あぅ」

雄二があのときのように頭を激しく撫でるとラウラは嬉しそうに声をあげる。瞳も心なしかトロンとしていた。

「成瀬雄二、感謝します。道案内は任せて。出発しま──」

「あ、その前に一ついいか?」

「なに?」

ラウラは少し髪が乱れているのも気にせずに出発しようとする。

雄二は優しく撫でてきれいに整えると満足そうに頷いた。

「これでよし」

「……? これが要件?」

「あ、そうじゃなくてな、呼び方が気になってさ。俺のこと、フルネームで呼んでるだろ? 別にフルネームじゃなくてもいいんだぞ?」

「……?」

雄二の言いたいことがラウラにはうまく伝わらないのか、首を傾げていた。

「えっと、だな。好きに呼んでいいぞってことだ」

「納得。なら、『マスター』と呼んでもいいですか?」

「マスター? へぇ、かっこいいじゃん」

呼んでいいぞ、と雄二が頷くとラウラは嬉しそうに歩き始めた。

雄二は慌てて追いかけて横に並ぶ。

「マスター、よろしくね」

「? おう、よろしくな」

わたしの、マスター。ふふふ、少し胸があったかい、かも。不思議。

 

「ここが強化施設-αだよ」

ラウラに案内されて雄二は無事、目的地に到着した。

「まさか購買がある建物の地下だったなんてな。歩き回っても見つからないわけだ」

強化施設-α。

そこは地下三階からなるαドライバー専用の検査、トレーニング施設だ。

施設中央は吹き抜けとなっていて、大きなドーム状の建物がある。

壁にはいくつものドアが設置されており、それらのほとんどが検査、研究するための部屋だ。

雄二が施設の内装に驚き、見ていると白衣を着た研究員らしき男が近寄ってきた。

「やぁ、随分と遅い到着だね。待ちかねていたよ」

「えっと……」

「ああ、すまない。自己紹介がまだだったね。私はここでαドライバーの研究を行っている泉川正信(せんかわまさのぶ)です。君は、成瀬雄二君だね?」

「成瀬雄二です。すみません、道に迷ってしまって遅れました」

「ああ。別に構わないよ。ここの場所を知っている人は割と少ないからね。それじゃあ、さっそくで悪いけど検査しに行こうか」

「わかりました。ラウラ、案内ありがとな。じゃあ、行ってくる」

雄二が泉川についていこうとするとラウラが服を掴んでそれを止めた。

「ラウラもいきたい」

真っ直ぐな視線を向けられてどうしようかと悩んでいると、先を歩いていた泉川がついてきていないことに気がついて戻ってきた。

「どうかしましたか?」

「あー、えっと、こいつも連れて行っていいですか? 邪魔はしないと思うんですが」

雄二がラウラを指差して許可を求めた。すると泉川は今存在に気がついたかのように、細目を少しだけ見開いた。

なんだ? 一瞬だけラウラを睨んだのか? いや、気のせいか。

「うーん、検査には関係者以外立ち入ってはいけないのですが……」

「邪魔しない。検査を見ていたい」

「……わかりました、いいでしょう。それではついてきてください」

スタスタと歩いていく泉川の後に二人は続く。

「よかったな、ラウラ」

「はい。よかった、です」

いよいよ雄二の検査が始まる。




第14話につづく


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第14話 検査

「それじゃあ、プログレス適合率検査を始めるよ。今から各プログレスの固有脳波のコピーサンプルを転写する。成瀬君はそれをプログレスだと思ってリンクしてみて。リンクが成功しなくても大丈夫。これは検査だからね。気楽にいこう」

雄二はフルフェイスのヘルメットのようなものを被り、無骨なベッドに横たわっていた。

こんな状況で気楽になれるかよ。

ラウラと泉川(せんかわ)はマジックミラーの向こう側でモニターしている。

泉川がボタンを押すとブザー音が鳴り、検査が始まった。

プログレスには個々人で何らかの違いがある固有脳波というものがある。

αドライバーだけが感じ取れると言われていたその脳波は研究の末、サンプルをコピーするまでに至った。

そのおかげでαドライバーの検査で実際にプログレスを用意する必要もなく、効率よく検査ができるようになったのだ。

つまり、プログレス適合率検査とは言わばリンクの相性検査なのだ。

青蘭学園にいる全プログレスの固有脳波データを参照し、どのプログレスとの相性が高いのか、そのリンクの適合率はどうなのか。といったことがわかる。

今、雄二の頭には次々と一定間隔でデータが送られている。

 

──リンク。リンク。リンク。リンク。

頭がおかしくなりそうだ。

間隔が早いわけではないが、一つにつき一分とない。

知らない波とのリンクは難しい。

でも、できない訳じゃない。

相手の波に合わせるように自分の波を変えていく。

美海とのリンクはこんなこと考えてすらいなかった。

繋がる。そう思っただけで自然と波と波が重なり、馴染んでリンクが成功したんだ。

心地よかった。

美海の頑張らなきゃと思う気持ちが伝わってきて、それに答えようとすると繋がりが強くなっていく気がした。

だが、今はそれがない。

どれだけの数とリンクしても何も伝わってこない。

この波たちは俺を知らない。

俺はこの波たちを知らない。

多分、そういうことなんだろうな。

リンクの強さは思いの強さ。絆の強さ。

苦楽を共にしてこそ、真のリンクへと昇華する。

「これで最後だよ」

泉川さんの声がする。

もう最後なのか。長かったような短かったような。

ああ、何故だろう。

この波は不思議と心地いい……。

 

「お疲れ様。検査は以上で終わりだよ。意外と早く終わってびっくりだよ」

三人は施設入口の前まで戻っていた。

「結果っていつわかるんですか?」

ぐったりとした雄二はラウラに支えられながら、なんとか立っているという状況だ。

事情を知らない人が見ればラウラが横から抱きついているようにしか見えない。

「そうだね……。結果からすると君はやたらと打たれ強いね。αフィールドによるダメージフィードバックの効率は微妙かな」

「微妙、ですか?」

「例えば、普通のαドライバーが1のダメージをフィードバックすると自分に1ダメージが加わるとしよう。でも君の場合、1のダメージを0.85~0.9のダメージにして自分にフィードバックするんだ。ね? 微妙だろう?」

「は、はぁ……。でも、その小さくなった分はどうなるんですか?」

「いい質問だね。フィードバックする際に減らしたダメージ分は何処にいったのか。それはね、他のものに受け流したのさ。ダメージを受けたときに回りにあったものにね。例えば、地面や制服が当てはまるかな」

雄二の場合は10%~15%のダメージを他へ逃していることになる。

このαフィールドの操作が上手い人は最大で半減させることができると言われている。

「あとはそうだね……。プログレス適合率

についてなんだけど……」

そうだ。それが一番気になっていた。

雄二は一言一句聞き逃すまいと集中していたが、泉川はなかなか切り出さない。

「すまないが、今回の検査ではデータ不十分だったみたいなんだ」

「えっと、つまり……?」

「再検査が必要」

「……そういうことだね。あー、でも再検査はここでは行わないよ。白の世界に行ってもらうことになる。白の世界にいるDr.ミハイルのところに行って再検査をしてほしいんだ」

「それって今すぐですか?」

泉川は首を振って否定する。

その表情はどこか申し訳なさそうである。

「5月になれば行く機会もあるだろう。その時で構わないよ。この検査は別段急ぐ必要もないからね」

「……わかりました」

「この施設の中央ある半球状の建物がαドライバー専用の負荷トレーニング施設になってるからいつでも自由に使っていいからね。それじゃあ、今日はお疲れ様」

泉川は踵を返してその場を立ち去る。

「マスター、帰ろう?」

「……そだな。そろそろ体力も回復してきたし、もう離れてもいいぞ」

「……わかった」

ラウラは雄二をギュッと強く抱き締めて、名残惜しそうに離れた。

「さて、と。とりあえず上に行って誠也に相談でもするかな」

「相談? ラウラも手伝う」

「いや、そこまでしてもらわなくていいさ。気晴らしでもあるからラウラには迷惑かけられねえよ」

「……了解。地上に戻り次第解散、する」

妙に堅苦しい返答に雄二は戸惑い、黙って頷くしかなかった。

 

泉川は一人、研究室に戻って先程の検査結果を見ていた。

「これほどまでの適合率を叩き出すとは……。しかも世界が定まっていない」

プログレスの相性というものは大半が世界ごとに分けられる。

例えば、ある青の世界のプログレスと親和性が高ければ、他の青の世界のプログレスとも親和性が高くなる傾向があるのだ。

「誰とでもリンク出来るかもしれないなんて他のαドライバーにはない能力だ。だが、使える。使えるぞ。アイツの力と組み合わせれば目標達成に大きく近づける!」

泉川は雄二と接していたときとは一変して、獰猛な笑みを浮かべながらパソコンを操作していく。

すると、泉川に電話がかかってきた。

ったく、誰だ。……ちっ、あの女か。

「はい。泉川です。あなたから電話とは珍しいですね、安堂先生」

『いえ、お忙しいところすみません。今日、そちらにうちのクラスのアルドラが訪ねてきたと思うんですが、結果はどうでしたか?』

なるほど。あいつらの担任だったのか。なら都合がいいな。

「ええ、その事なんですが三人は問題なく検査を終えて結果が出たんですが、一人だけ問題がありまして……」

『問題、ですか?』

「はい。プログレス適合率検査で少し問題が」

『たしか、この学園の全プログレスとの相性を見る検査ですよね。それで問題が起こることは少ないと思うのですが』

「いえ、検査事態は無事に終わりました。ただ、結果が目を疑うようなものだったので」

『……勿体ぶっていませんか?』

「いえいえ、そんなことは。私自身驚いているのですよ。まさか、ほとんどのプログレスとリンクを成功させるαドライバーがいるなんてことに」

『えっ? ……あの、私の聞き間違いでしょうか。今、ほとんどのプログレスとリンクできたって』

「ええ。そう言いました。これが本当なら逸材ですよ。ですがまだ判断するには情報が足りません」

『……そう、ですね』

安堂先生は聞かされた事実に驚き、判断が鈍っている。

畳み掛けるなら今か。

「そこで一つ頼みたいことがあるのですが」

『頼み、ですか?』

「Dr.ミハイルの研究所で再検査をしてほしいのです。もちろん、その検査結果を私に送ってもらいたい。お願いできますか?」

『わかりました。その件はお任せください』

その後、事務連絡をして通話は切れた。

「これであとは結果が送られてくるのを待つだけだ」

泉川は椅子から立ち上がり、部屋の隠し扉を開けた。

その扉の先は薄暗い通路が続いている。

「さて、道具たちの様子でも見ておこうか。ククク、今日は気分がいいぞ」

カツカツと金属製の床を歩く音が通路に反響する。

泉川が通路の奥に消えると隠し扉は音もなく静かに閉ざされた。




第15話につづく


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第15話 再戦

地上に戻った雄二はラウラと別れて、闘技場に向かっていた。

「さて、と。あいつらを集めるにはどうするのが手っ取り早いか……」

しかし、悩んでいるうちに闘技場についてしまう。

ふと自動ドアの前からエントランスに視線を向けると、何故かそこには集めようと思っていた人が全員いた。

「あっ、雄二発見!」

「ふむ。僕もまだまだということか。読みが甘かったみたいだね」

「どうしてくれるのよセーヤ。あなたのせいで負けちゃったじゃない」

「いやいや、雄二のことで日向には勝てないって」

「とーぜん! だって幼馴染みだもん♪」

雄二は自動ドアを潜り、三人がいるエントランスのソファーに近づいた。

「やけに美海は嬉しそうだが、なんの話だ?」

「えっとね~、検査が終わったあとに雄二がここにくるかどうか勝負してたの」

「何してんだよお前ら……」

「それで、おおよそ予想はついているけどどうしてここに?」

雄二は深く深呼吸をする。

そして思いきって切り出した。

「誠也。俺と、戦ってくれ」

「いいよ。準備はできてる。さぁ、行こうか」

思いの外すんなりと提案が受け入れられたことに雄二は口をポカンとしていた。

「は? いいのか? というか準備ってなんだよ」

「だから言っただろう? おおよそ予想はついているって。ここにきたってことは戦いたいってこと。それに、この場にはアルドラとプログレスがそれぞれ二人いる。闘技場の使用条件は満たしているよ」

「雄二は検査のあと自分の力を試したくてバトルしにくるかなぁって思って、誠也君とソフィーナちゃんを呼んでおいたの♪」

「ふん。多忙な私が協力してあげるんだから感謝しなさい!」

「お前ら……。ありがとな」

ありがたいよな。俺のことをわかってくれている人がいるなんて。

「よっしゃあ! 美海、交流戦のリベンジするぞ!」

「うん! 楽しんでいこうね♪」

雄二は美海と拳を合わせる。

お互いに気合い充分だ。

「ふふん。この理深き黒魔女ソフィーナに勝てると思ってるの? いいわ、叩き潰してあげる!」

「それじゃあ、バトルエリアに移動しよう。今は誰も使ってないからすぐに戦えるよ」

四人はバトルエリアへと通じる通路を歩いていく。

その背中を見つめる視線に彼らは気がついていなかった。

「マスター……」

「何をしているのですか? コードΩラウラ」

ガラス張りの壁に張り付いていたラウラは後ろから話しかけられて一瞬体を硬直させる。

「……コードΩ46セニア」

何でもありません、とラウラはその場を立ち去ろうとする。

「彼らの試合を観ないのですか?」

「……あなたはどうするの」

「私は観ます。Dr(ドクター)からブルーミングバトルは間近で観ておけと指示されていますので」

ラウラは少しだけ悩んでいた。

見に行ってもマスター、怒らないかな……?

「どうしました?」

「ラウラも、行く。マスターの試合、観たい」

「では行きましょう。観客席は空いていると予想されます。すっからかんです」

ラウラとセニアは自動ドアを潜り、観客席へと向かう。

「ところで、聞きたいことがあります」

「……? なに?」

「マスターとは誰のことですか?」

「マスターはマスター。成瀬雄二だよ?」

「彼が、あなたのマスターになることを承認した、ということですか」

「うん。呼んでいいって言ってくれた」

「そうですか……」

嬉しそうな雰囲気を振り撒くラウラとは裏腹にセニアはどこか寂しげな雰囲気を纏っていた。

 

四人はバトルエリアに到着した。

「雄二。ルールはどうする?」

投影パネルを操作していた誠也から声がかかる。雄二は思わず首を傾げた。

「ルール? 俺かお前がぶっ倒れるまでやる以外にもあるのか?」

「まあね。公式戦用のルールだとクリスタルブレイクなんてのもあるよ」

「なんだそれ。美海、教えてくれ」

「ぇえ!? えっと、えっとね……ソフィーナちゃんにパス!」

「はぁ、あなたたち……。クリスタルブレイクっていうのは両チームに設置されたクリスタルを守りながら戦うルールのことよ。通常はアルドラが行動不能になったり、プログレスが戦闘不能になれば終了だけど、そこにクリスタルブレイクの場合はアルドラやプログレスが無事でもクリスタルが破壊されれば即負け。そこで試合終了になるわ」

『へぇ、なるほど』

示し合わせたかのように雄二と美海は声を重ねて同じ反応をする。

「それで、他にもあるんだろ?」

「他には……、ハーフバトルかな。解説はソフィーナちゃん、よろしく」

「セーヤまで!? あなたは知ってるでしょ」

「まぁまぁ、ソフィーナちゃんの方が二人も聞く気になるからさ」

「仕方ないわね。ハーフバトルというのは相手αドライバーの体力を半分以下まで削るのが勝利条件のルールよ」

「体力が半分になったなんてどうやってわかるんだ? 目に見えるものじゃないだろ」

「そのルールが適応されている時はアルドラの頭上に体力ゲージが表示されるんだよ。そしてフィードバックや攻撃によってダメージを負えばそのゲージが減っていくんだ」

体力ゲージ表示とか、まるでゲームだな。

比較的に安全なルールなため、特訓にはもってこいのルールとして使われることが多い。

「雄二、今日はハーフバトルにしようよ。明日だって学校だし……」

「いや、この前と同じルールでやりたい。じゃなきゃ、勝ってもリベンジできたなんて言えねぇよ」

「雄二……。わかった。でも、無理しないでね」

「じゃあ、時間無制限の通常ルールに設定するね。二十秒後に開始するよ」

誠也が投影パネルを操作すると交流戦の時と同じように空中にカウントが表示される。

四人は2チームに別れて定位置についた。

「いよいよだね。頑張ろうね、雄二」

「……美海」

「どうしたの? 手、震えてるよ」

「少しの間でいい。手を握ってくれないか」

雄二は震える手を美海に差し出して懇願する。美海は何も言わずにそっとその手を両手で包みこんだ。

「大丈夫。恐いのは雄二だけじゃない。二人で乗り切ろうよ。リベンジ、しようよ」

「ああ。……お前には助けてもらってばかりだな」

「そんなことないよ。雄二の考えすぎだよ」

「そうか……」

「うん。……もういけそう?」

雄二は頷く。美海は離す前に思いを込めるように強く雄二の手を握った。

既に雄二の手は震えていない。

この試合はただの気晴らしだ。

でも、俺と美海にはリベンジ戦でもある。

今度こそ勝つ。絶対に。

「俺とお前がいるんだ。次はもう負けない!」

「うん! 私と雄二だもん。幼馴染みの絆、見せつけようね!」

カウントが五秒を切る。

 

観客席はセニアの予想していた通り、がらんとしていた。

「あ、マスター! うぅ、ラウラも戦いたい」

「そろそろですね。カウントが開始されています」

二人の視線の先では雄二と美海が手を握って何か話している。

「何をしているのでしょうか」

「わからない。でも、少しマスターが……」

ラウラはじっと雄二を見つめる。

その隣ではセニアがドローン飛ばして空中に待機させていた。

「撮影準備完了。Dr、どうですか?」

『ああ、問題ない。綺麗に映っているよ。セニアもよく見ておくといい。つい先程連絡があったが、成瀬雄二というαドライバーは少々特別なようだ』

「特別、ですか」

『そうだ。まぁ、細かいことはいずれセニアにも話す。今は試合に集中しよう』

セニアはコクリと頷く。

『おや? そこにいるのはラウラか? どうだい、調子は』

「Dr.ミハイル。うるさい。少し黙ってて。じゃないと撃ち落とす」

ラウラは手元に愛用の狙撃銃を転送し、銃口をドローンに向けた。

『げ、元気そうでなによりだよ……』

ミハイルは画面の向こうで思わず後退りしてしまう。それほどラウラの本気がカメラ越しでさえ伝わってきたのだ。

「ん……」

ラウラは静かになったのを確認すると狙撃銃を送還して観客席の最前列に腰を下ろした。その隣にセニアも座る。

そしてついにカウントがゼロになり、試合開始のブザーが鳴り響いた。




第16話につづく


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第16話 リンクの強さ

「美海っ、速攻で行くぞ!」

「うん!」

雄二にとってリンクを繋ぐことは最早時間をかけるようなものではなかった。今日一日で検査とはいえ何百もの数のプログレスたちとリンクを繋いだのだ。

美海の波は体に馴染んでる。探すまでもない!

『エクシード・リンク!』

リンクを繋いだ美海の手には銀色に輝くレイピアが握られている。

「行くよっ、ソフィーナちゃん!」

美海は文字通り追い風にのってバトルエリアを滑るようにソフィーナに肉薄する。

流れるように一瞬にしてリンクを繋いだ二人に誠也たちは反応しきれていなかった。

だが──

「美海、上だ!」

「っ!?」

雄二の声に反応して美海は右に大きく飛び退く。

先程まで美海がいた場所には炎の塊がぶつかり、周囲に撒き散っていた。

「ふん、いい判断ね。開幕速攻をかけられたことには驚いたけど、真っ直ぐ突っ込んでくるだけなら、反応が遅れたって対処できるわ」

「雄二もよく周りを見てたね。ナイス指示だよ」

「そりゃどーも」

ちっ。誠也たちにとっては焦るほどでもないってことか。

「いっくよー! たぁあああ!!」

「ほらほら、どうしたの? 前戦ったときより遅くなってるんじゃない? それに、光の翼だって出てないようだけど」

「っ、出てなくたって私は戦えるもん! せいっ、やぁっ、たぁあ!!」

空中に浮かび上がったソフィーナを狙って美海は何度も切り込む。しかし、ソフィーナはそれを軽々と回避し、複数の炎の塊を放つことで美海の動きを阻害してくる。

そして美海はその一つを避け損ねて左肩に被弾してしまう。

「っ!? ごめん、雄二!」

「ぐっ……、大丈夫だ。俺のことは気にせず戦え!」

「う、うん!」

雄二は美海からのフィードバックによって激痛の走る左肩を押さえながら思考を巡らせる。

今回は両チーム共にプログレスは一人だけである。そのため、アルドラは彼女らをサポートするしかない。

攻めあぐねている現状をどう打破するか。

雄二の頭の中はそのことでいっぱいになっていた。

 

観客席では別の戦いが繰り広げられていた。

「勝つのはマスターのチーム!」

「いいえ。現状有利なのは十河誠也とソフィーナのチームです。勝つのは彼らだと予想されます」

ラウラは言葉に詰まる。

確かに現状では誠也たちのチームが有利に試合は動いている。だが、ラウラには何故かそれを否定したいという思いが芽生えていた。

「まだ試合は始まったばかり。マスターたちにも勝機はあるの!」

「しかし、それは現実的根拠に欠けるのでは?」

「そう、だけど。でも、まだ日向美海は本気を出していない。彼女が本気を出せば勝てる可能性は大きくなるのはホント!」

「はい。しかし、日向美海は攻撃を躊躇っています。今のまま時間が過ぎていけば、先に成瀬雄二の体力が尽きることになる」

『君たち、もう少し静かに観ないかね? 試合に集中を──』

マイクが二人の討論を拾い、ミハイルにも聞こえていた。

ミハイルがドローンを操作してカメラをバトルエリアからセニアたちへと向ける。

彼女は思わず言葉を止めた。

二人は討論に夢中になって試合に集中していなかったわけではない。

カメラには真剣な表情で試合を見つめる二人の姿が映っていた。

 

試合は膠着したまま、時間だけが過ぎていく。

無表情なことで定評がある雄二の顔にも疲労の色が見え隠れしている。

「くそっ、なにか突破口はないのかよ!」

それは空中で激しく動き続ける美海も同様だった。

「はぁ、はぁ……。ちょっと、疲れてきた、かも」

「あら、もうおしまい? 勝つだなんて見栄を張っていたのに意外と呆気ないものね。私たちはまだリンクすらしていないのよ?」

「くっ! やぁあああ!!」

ソフィーナの言葉に煽られて美海は攻撃を繰り出す。しかし、それはソフィーナの召喚した炎の壁に阻まれた。

「きゃあああ!!」

まともに壁に突っ込んでしまった美海は慌てて後退する。

どうしよう、雄二にダメージが!

「あなた、気ついてる?」

「気づいてるって? ……何に?」

「さっきからダメージを負う度にアルドラの方を見てるってことに、よ。戦いに集中したらどう?」

「っ、そんなこと、ないよ。私は集中して──っ!?」

ソフィーナが魔方陣から放った不可視の弾丸が美海の腹に直撃する。

「ほら、また見てる。アルドラのことが気になって全然集中出来てないじゃない」

「…………」

美海は歯痒かった。手も足もでないことに。ソフィーナは美海より何枚も上手だ。

力が及ばない攻撃は隙となり、雄二にダメージが行く。

どうすればいいの……! 攻撃すれば雄二にダメージが……。でも、攻撃しなかったら勝てない!

美海はどうしようもない悔しさに歯を食い縛る。レイピアを握る右手にも力が入り、その剣先は小刻みに震えていた。

「あなたは、成瀬雄二の何?」

「私は雄二の……」

「クラスメイト? チームメイト? それとも幼馴染みとでも言うのかしら? あなた、いつもそればかりよね。幼馴染みだもんって」

「だって私は──」

「幼馴染みだってただの他人でしょ?」

「っ……ちがっ、違う!」

「あなたは幼馴染みという立場にふんぞり返って本当の意味で彼に近づこうとはしていない」

「違う! 私は、小さい頃から雄二のそばにいる! そばにいて雄二を見てきたの! ただの他人なんかじゃない!」

「ならなぜパートナーだとは言わないの?」

美海は目の前が真っ白になった。

頭に血が登り、まともな思考はできない。

「っ、なら、ソフィーナちゃんは誠也君の何!?」

「セーヤは……、いえ。誠也は私のパートナーよ」

ソフィーナの真っ直ぐな言葉に美海は目を見開く。

「パートナーならなんで、なんで攻撃できるの!? 私の攻撃が当たったら誠也君だって怪我しちゃうんだよ!? なのに何でっ」

美海の言葉にソフィーナはため息をつく。

そして目の前に三メートルはある巨大な魔方陣を展開していく。

「あなたね、そんなこと悩んでいたから攻撃が軽かったの? 呆れてつい決着をつけたくなるわ」

美海は動けない。

これまでの疲れが体を鈍らせ、ソフィーナの言葉が頭を混乱させる。

ついに魔方陣は完成し、怪しく光出す。

「なんで攻撃できるの? 当たったら怪我する? そんなの決まってるじゃない。私は自分のアルドラを信頼しているからよ!」

「っ!?」

魔方陣から吹き出した炎に美海は対応できずに飲み込まれてしまう。

そのダメージは絶大だ。

だが、試合終了のブザーはまだ鳴らない。

 

「がぁああああ!!」

体が熱い。全身が燃えてしまいそうだ。

炎の渦に飲み込まれた美海のダメージがリアルタイムに雄二へとフィードバックされる。たとえダメージの10~15%を他へ流せても絶え間なく流れ込む激痛に雄二は意識を飛ばしかけていた。

『雄二……ごめんね』

ふと聞こえた声に、雄二は意識をしっかりと持つ。

今の、美海の声か?

『ごめんね、雄二。私、雄二が怪我すると思うと攻撃できないっ。雄二が傷つくのが怖くて踏み込めないよ……』

『美海……』

『この試合終わったら、私……チーム抜けるね。攻撃できないなんてチームメイト失格だよ』

何言ってるんだ、こいつは。

雄二は涙を流す美海の姿が見えたような気がした。涙ながらに自らを責める幼馴染みの幻影が。

『期待を裏切ってごめんね……。私、幼馴染み失──』

『ふざけんなっ!』

『ひぅ!? 雄二、なんで怒って』

『怒るに決まってるだろうが! 攻撃できないからチームメイト失格? 勝手にそんなこと決めるな! 俺にダメージがいくから怖い? 俺だってダメージを負うのは怖い。だけど、アルドラの俺が耐えればプログレスのお前がきっと答えてくれる、そう思って今だって必死に耐えてんだよ!』

『でも……』

『でもじゃねえ! 俺はお前を信じてる! 誠也とソフィーナの関係以上にお前を信頼してるんだ!』

雄二はリンクを通じて美海に語りかける。

言葉は思いを強くし、思いはリンクを強くする。

雄二の言葉はリンクしている美海に直接届く。

『なんで、そんなに信頼してくれるの? 私は雄二のパートナーじゃないよ』

『パートナーとか、関係ない。俺とお前はずっとお互いを見てきた幼馴染みだろ? いまさら信頼とかどうとか考えることじゃないんだよ。ずっとそばにいたんだからな』

『……そう、だね。そうだよね! うん! 私は雄二の幼馴染みっ、私も雄二を信じてる!』

『やっと目が覚めたか。相変わらず寝坊助だな』

『えへへ。ありがとう、雄二。絶対勝とうね』

『当たり前だ。幼馴染みの絆をなめるなよ』

炎はまだ晴れない。激痛は今もなお雄二の体を蝕み、意識を刈り取りに来る。

だが、雄二の意識ははっきりとしていた。

「リンクってのは波を重ねるだけでもできる……。でも、それだけじゃ足りない」

雄二は自分に言い聞かせるように呟く。

「思いを、意思を、絆を、仲間との全てを乗せる。だから──」

──リンクは心を繋ぐ。

美海、お前ならやれる。

ダメージは俺に任せておけ。どんな攻撃だって耐えてやる。だから、全力で、精一杯楽しんでこい!

目の前にいた幻影がニコリと笑って消えていく。まるで、任せてと言うように。

 

「……ん?」

不思議に思うソフィーナの視線の先で両腕を交差してガードする美海の姿があった。

美海の周りには彼女を護るかのように風が渦巻いている。

「へぇ、あれを防ぐのね。でも、もうアルドラの方は虫の息なんじゃないかしら?」

「それは違うよ、ソフィーナちゃん。だって私の知ってる雄二はこの程度じゃ倒れないもん」

顔つきが、変わった?

美海の表情から躊躇いは消えている。

「ありがとう、ソフィーナちゃん。お陰で目が覚めたよ。さぁ、仕切り直しと行こっか」

「ふん。いいわ、掛かってきなさい! 理深き黒魔女の力、みせてあげる!」

ソフィーナは声高らかに宣言する。

その声はアルドラである誠也に届き、誠也はそれに答えるように彼女とのリンクを繋ぐ。

「魔の力と古き理をもって全てを──」

「そんな攻撃、撃たせないよ!」

美海は構築中だった魔方陣を砕き、ソフィーナの攻撃を防ぐ。そしてお返しとばかりにレイピアをソフィーナの腹へと突きつけた。

その衝撃でソフィーナは後ろに弾かれる。

「くっ、中々やるじゃない」

「えへへ。バトルって楽しいね♪」

「楽しい? 随分と余裕じゃない。アルドラのことは心配するのをやめたのかしら?」

「今でも心配だよ。でも、信じてるから」

「へぇ……」

ソフィーナはニヤリと笑う。

やっと相手が本気を出してきたのだ。

「面白くなってきたわ。私も、楽しい!」

「だよね! たぁあああ!!」

ソフィーナの放った炎と美海の放った旋風が両者の間で激突する。




第17話につづく


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第17話 勝負の行方

美海とソフィーナの攻撃が激しく空気を揺らす。

不思議なことに、美海が攻撃に躊躇いがなくなったことで雄二へのダメージは少なく済んでいた。

「随分と苦しそうだね、雄二」

いつの間にか近くまで来ていた誠也。

その表情はダメージなどないかのようにいつもと変わらない。

「はっ、この程度どうってことねぇよ。それよりそんなに近づいていいのかよ。その眼鏡かち割ってやろうか?」

「相変わらずだね、雄二は。日向の動きが変わったようだけど、何かしたの?」

「相手チームのお前に言うことはなにもねぇよ」

「そっか。じゃあそうだね、ソフィーナちゃん相手に互角に渡り合う日向の頑張りを称して、いいものを見せてあげよう」

「は? 何、を──!?」

誠也のいた方向から襲ってきた衝撃で雄二は吹き飛ばされてしまう。

「がはっ、な、何が起きたんだ?」

「攻撃を出来るのはなにもプログレスだけじゃないってこと、だよ」

雄二は誠也へと視線を巡らす。

するとそこには雄二に手のひらを向ける誠也。そしてその手のひらの前にはソフィーナの使うものとよく似た魔方陣が展開されていた。

「な、なんでお前が魔法を、使えてるんだよ……」

青の世界の住人にとって魔法とは限りなく無縁の存在だ。古くからあるそういう家系やプログレスのように力に目覚めでもしない限り、魔法を使うことはできない。

何故なら魔法を行使する魔力をもっていないのだから。

「なに、簡単なことだよ。リンクを使ったのさ」

「リンクを……?」

雄二は誠也の魔法で負傷した左腕を押さえながら、なんとか立ち上がる。

左腕からはポタポタと血が滴っていた。

「雄二はリンクをただ脳波を繋ぐだけだと思っていない? それは違う。リンクはプログレスとαドライバーを繋ぐ。そして、それはプログレスとαドライバーが同じ存在になることを意味するんだ」

「お前、頭大丈夫か? ダメージでおかしくなったんじゃねえの?」

「うっ、相変わらず失礼だね! 僕は正常だ。コホン、……分かりやすく言うとリンクを繋いだ時、アルドラはそのプログレスと同じ特性を持つんだよ。つまり、プログレスの力を使えるようになる。これが『プログレス・リンク』の力だよ」

雄二はハッとする。先程の誠也による攻撃はソフィーナの特性を使ったものだと気がついたのだ。

「そうか、だから魔法を……。でも、それだけじゃないんだろ? アルドラがエクシードに似た力を使うなんてそんな大技、デメリットなしに使えるわけがない」

「流石雄二、目敏いね。もちろんデメリットはある。でもそれはアルドラじゃなくてプログレスの方にね。自分のエクシードを使われるんだ。その分、プログレスは消耗する」

プログレス・リンク。

それは強力な反面、プログレスに負荷が掛かる諸刃の剣である。

だが、誠也はそれをこの場面で使ってきたのはそうするしかなかったからだ。

空中でのプログレス同士の戦いはソフィーナが押され始めていた。このままいけば誠也は大ダメージを負うことになるだろう。

「決着をつけようって魂胆かよ。でもいいのかよ、俺にそんなこと教えても」

「別にいいよ。雄二はここで負ける。でも、君たちには強くなってほしいからね。先輩アルドラとしてのアドバイスだよ」

雄二は言葉を交わしながら策を練る。

『美海。お前の力少しの間、借りるぞ』

『何をするの?』

『今から別のリンクを試してみる。お前の消耗が激しいらしいけど、耐えてくれよ?』

『もっちろん! お互い様だよ、雄二』

『俺がチャンスを作る。だからお前は誠也に止めをさせ』

『りょーかい!』

美海の確認は取れた。あとは実行に移すだけ。

できない。と雄二は欠片も思わなかった。

あいつらに出来たんだ。長年一緒にいた俺たちができないわけがない!

「ふん。その先輩面なんて眼鏡ごと叩き割ってやるよ! プログレス・リンク!」

リンクを通じて雄二の体に力が流れ込んでくる。それは美海の力。幼馴染みのプログレスとしての能力。風を操るエクシード。

不安定に揺らぐいつもと違うリンクの繋がり。

だが、揺らいだのは一瞬だ。

雄二と美海がお互いに力を合わせたのだ。

「なっ!? 全く……雄二には驚かされてばかりだよ。でも、僕たちが勝つ!」

「いいや。勝つのは俺たちだ! はぁああああ!!!」

雄二は誠也に大量の風をぶつける。

複雑な操作はいらない。誠也にぶつけるだけを考えろ!

大質量の風を真正面から浴びた誠也は両手を前につきだして魔方陣を展開することで風を防ぐ。

だが、あまりの強さにズリズリと後ろに押されてしまう。

「ぐぅ、風で押すだけで勝てると思っているのかい? 考えがあま──」

魔方陣の向こう側で雄二が口を動かす。

突風のせいで何を言っているのか誠也には聞こえない。

「美海っ、今だ!」

 

「うん!」

「あなた、何を……っ!?」

美海はソフィーナから距離を取ると一気に降下していく。

その先には雄二の攻撃を防ぐことで精一杯になっている誠也がいる。

突然の行動にソフィーナは反応が遅れた。

「っ、させないわよ!」

魔方陣を展開し、炎を放とうとするが中々構築できない。

焦りと負荷がソフィーナの集中を乱しているのだ。

「これぐらいのことでっ、次期魔女王は伊達じゃないのよ!」

なんとか放った不安定な炎の塊が美海に迫る。

「そんなっ!?」

ソフィーナは目を見開いた。

炎の塊はは美海の背中に現れた光の翼に弾かれて霧散してしまったのだ。

そして光の翼は役目を終えたと言うように弾けて消えてしまう。

「はぁあああ!! くらえぇえええ!!」

美海は最大限の力を込めて攻撃を放つ。

「っ──!?」

がら空きの背中に直撃を食らった誠也。

そして鳴り響くブザー。

『試合終了! 勝者、成瀬雄二、日向美海チーム』

勝者は決まった。

雄二たちはリベンジを果たし、見事勝利したのだ。

「勝った、のか?」

全てのリンクを解除し、その場に座り込む雄二。そんな彼に美海は駆け寄ってくる。

「雄二っ、勝った! 勝ったよ! 私たちの勝利だよ~♪」

ピョンピョンと美海は跳び跳ねる。それにつられてツインテールも嬉しそうに跳ねていた。

「……勝ったんだな、俺たち」

「ん? 嬉しくないの? いつもの雄二なら、うぉおおって叫んでるとこじゃない?」

「いや、嬉しいんだが、流石に疲れた」

雄二は意識を失って倒れている誠也を見る。

「誠也のことは心配しなくていいわ。私がきちんと運ぶから。お願い、黒の世界の大いなる意思よ」

倒れている誠也を『黒の世界の大いなる意思』と呼ばれる丸い謎生物に乗せてソフィーナは立ち去ろうとする。

「ソフィーナちゃん!」

「……なに? 慰めなんていらないわよ。私たちは別に負けたことを気にしてないし」

「ううん。またブルーミングバトルしようね!」

「……ふふっ。ええ、必ず。次は負けないわ」

ソフィーナは笑顔でそう言うと静かにその場を立ち去った。

「さて、と。雄二も保健室に行こっか。……雄二?」

「…………」

振り返った美海は雄二の返事がないことに首を傾げた。

雄二は俯いたまま何も言わない。

慌てて近づいてみると、雄二は息はしているものの気を失っていた。

雄二の左腕からは止めどなく血が流れている。

「っ、急いで運ばなくちゃ!」

美海は沙織に連絡を飛ばした。

 

「コードΩラウラの予想が当たりました」

観客席にはセニアだけが残っていた。

ラウラは負傷した雄二を運ぶために美海たちの手伝いをしに行ったのだ。

『まさか、入学してすぐにここまでリンクを使いこなす生徒がいるとは。十河誠也とは会ったことがあるから強いことは知っていたが……。成瀬雄二、あの男はとんだ才能の持ち主だな。とてもαドライバーに目覚めて間もないとは思えない実力とセンスだ』

「Dr.ミハイル。声が弾んでいますよ」

『仕方ないだろう? 彼は私の研究対象だ。今からワクワクしてきたよ。あー、早く研究所(うち)に来てくれないだろうか』

「予定では5月ですよ。まだ先です」

『楽しみなのは変わらないよ』

「その時は私が案内します」

『ああ。頼んだよ』

セニアはミハイルとの通信を終了し、ドローンを送還させて立ち上がった。

その時だ。

セニアのセンサーがバトルエリアに何者かがいることを知らせる。

「あれは……」

視線の先にいる白衣の男性。

データベースにアクセスし、該当する人物を見つけ出した。

泉川正信(せんかわまさのぶ)研究員、ですか。何をしているのでしょう?」

バトルエリアに残る雄二の血痕のそばにしゃがみこみ、何かをする泉川。

その手には試験管が握られていた。

「成瀬雄二の血を集めている?」

気になったセニアは観客席から飛び降りて泉川のもとへ歩いていく。

近づいてきたセニアに驚いた泉川は慌てて試験管に蓋をして、道具と一緒に懐に隠した。

「泉川研究員。あなたは何をしているのですか?」

「…………」

泉川は黙秘し、その場を立ち去ろうとする。

「私にはあなたが成瀬雄二の血液を採取しているように見えました。違いますか?」

「ちっ、見ていたのか。なに、貴重なサンプルを採取したかっただけだよ。ただそれだけだ」

そう言って泉川は早足でバトルエリアから出ていった。

ポツンと残されたセニア。

「泉川正信。警戒リストに登録完了」

小さくそう呟くとセニアもバトルエリアを立ち去った。

 

 

雄二たちが青蘭学園に入学してまだ三日目。つまり、ここまでは物語の序の口に過ぎない。

彼らがこれからの学園生活がどうなるのか知る由もない。

影はひっそりと、そして着実に動き出していた――




これにて第1章完結です。
ここまでに何人もキャラが出てきましたが、お気に入りの子はできましたか?
私のお気に入りはラウラです。アンドロイドなのに感情露わにして迫る彼女が可愛いです。
皆さんにもお気に入りができるように、そして彼ら彼女らの世界を楽しんでいただけるように更新していきます。

次回、第2章『黒き夜の奇跡』をお楽しみに!


※不定期更新です。更新は数話まとめてします。


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第2章 黒き夜の奇跡
第1話 兆し


新章開幕です!


雄二と美海が初勝利をしてから約一か月が過ぎた。

五月になり、桜の木も青々とした葉に変わり始める頃だ。今はゴールデンウイーク真っただ中。

晴天の空の下、成瀬雄二はアイスを食べながら青蘭島のある場所へと歩いていた。

午後まで特に用事などもなく、家でダラダラと過ごすのも勿体ないと思って一人散歩を楽しんでいるのだ。

雄二は自宅がある住宅地を抜けて、青蘭学園の裏山へと続く道をひたすら歩く。

すると景色は段々と自然味溢れるものへと変わっていった。

食べ終わったアイスのごみを買ったときのコンビニ袋に放り込み、裏山の中腹へ続く石段を上っていく。

そして石段を上りきると視界が開け、立派な赤い鳥居が来客を出迎えてくれた。

「はぁ、風が涼しい」

石段もひんやりしていて気持ちいいな……。

雄二は一番上の段に腰を下ろすと持っていたペットボトルのお茶を飲みながら涼んでいた。

木々を抜けて吹く微風と木漏れ日が雄二の疲労を解きほぐしていく。

リラックスして自然の奏でる音に耳を澄ましていた雄二はその中に混じった石砂利を踏む音に気がついた。

「また来てる。休みになる度にくるなんて余程暇なのね」

「神薙も知ってるだろ。昼までは暇なんだよ。あいつが起き出すと暇じゃなくなる」

「ふ~ん、じゃあ今日もこの後?」

「ああ、そろそろ起き出すだろうからな、っと。で、青蘭神社の巫女さんが何の用でしょう?」

雄二は立ち上がって振り返る。

巫女装束に身を包み、竹箒を持つ彼女の名前は神薙千鳥(かんなぎちどり)

青蘭学園の生徒で雄二の同級生である。

「私は神社に参拝もせずに鳥居のところで屯っている不審者を追い払いに来ただけよ」

「不審者って、俺? いや、そんなに怪しくないだろ? ただ涼んでるだけだし」

神薙はその反応が面白いのかクスクスと笑っている。

「冗談よ。はい、これ。美海が起き出すまでいつものやってくれるんでしょ? よろしくね」

「ったく、神薙の冗談はわかりにくいんだよ。それじゃ、行ってくる」

雄二は竹箒を受け取ると、一段ずつ掃いて下りていく。

「……あなたの表情ほどじゃないよ」

その背中を見ながら、ぼそりと言った神薙の言葉は雄二には届いていない。

気を取り直して神薙は持っていたもう一つの竹箒で境内の掃き掃除を再開した。

 

雄二は石段の掃除を開始してから少し経った頃。

半分ほど掃き終った雄二のもとに美海が石段を駆け上がってきた。

「雄二~! 今日は沙織ちゃんとショッピングモールに行くんだけど、行く?」

「ブルーミングバトルの特訓は?」

「え、えーっと、今日はお休みってことで……、ダメ?」

「はぁ。まあ、休日が毎回特訓で潰れるのは可哀想だしな」

「じゃ、じゃあ……」

「楽しんでこいよ」

美海は笑顔で頷く。

「あ、特訓ばかりして怪我したら私も沙織ちゃんも怒るからね! いい? わかった?」

俺は子供か。

いってきまーす、と手を振り、別れを告げて石段を駆け下りていった。

「今日の特訓は二人抜きか。一人でしてもつまらないなぁ」

雄二は石段の掃除を再開しながら考える。

初勝利してからチームαは度々誠也たちとブルーミングバトルをしている。

なんとか勝ち越しているものの毎回ギリギリなのだ。

アタッカーの美海、ディフェンスの沙織。

前衛と後衛のバランスは取れているのだが、些か戦力不足だと雄二は思っていた。

たとえプログレス・リンクを使って攻撃に雄二が加わっても、美海が消耗してしまうため戦力的には変わらない。

いつまでもこのままって訳にはいかないか……。

チームの仲間を増やす。

言葉にすれば簡単だが、やるとなると雄二には難易度が高すぎる。

現在、雄二の端末に登録されているIDは5つ。そのうち3つはクラスの男子連中、つまりアルドラたちだ。そして残りの2つはプログレス、美海と沙織である。

ここ一ヶ月で新規獲得はゼロだった。

しかし、雄二に仲のいいプログレスがいないわけではない。

学級委員長の琴吹文を始め、複数のプログレスと話したりするのだが、そこ止まりである。

「あああ、どうしよっかな~!!」

石段を一番下まで掃除し終えた雄二は思いっきり叫んだ。

周りに人はいない。木々ばかりだ。

叫んだとしても誰も気にしない。

そう考えた雄二は気持ちをスッキリさせるために大声を出してみる。

「仲間がほしいー!」

雄二の叫びは木々に吸い込まれていく。

石段を上り始めたのは叫び出してから30分近く経ってからだった。

 

雄二が上りきると鳥居にもたれ掛かるようにして神薙が待っていた。

「お疲れさま。はい、忘れ物」

「おお、サンキュー。うわ、お茶が生ぬるい」

下りるときに鳥居の陰に放置していたペットボトルのお茶は常温に温められて微妙なものになっていた。

「わざわざ俺が終わるのを待ってたのか?」

お茶を飲んで喉を潤した雄二は借りていた竹箒を渡す。

神薙は竹箒を受け取ると雄二の言葉に素っ気なく返した。

「神社の前にごみを放置されても困るからね。この青蘭神社には御神体もあるんだから、祟られたら大変でしょ。それに、私は休憩してただけだから」

「毎回同じようなこと言ってないか?」

神薙はそっぽを向くと境内の奥へ歩いていこうとするが、足を止めてしゃがみこむと何かを撫でる仕草をし始めた。

「……またいるのか?」

「うん。ここのところよく来るの」

雄二の目には何も見えていない。

だが、神薙には撫でられて気持ちよさそうにする狐が見えていた。

「霊視し、触れる能力。それがお前のエクシードだっけ?」

「そ。このエクシードがあるから学園側からこの神社を任されたの」

「何気に凄いよな。その力って」

「褒めても仲間にはならないからね」

神薙はチラリと雄二を見ると、また狐の霊に視線を戻した。

「き、聞こえてたのか? 俺の叫び声」

「叫び? さぁ、何のことかしら。私はこの子たちがあなたが仲間を欲しがってるって言ってたから知ってるの」

「俺、監視されてるの?」

「違うわよ。この子たちが異様にあなたになついているの。だから私も知れるのよ」

霊になつかれていると言われて雄二は周りを見る。

「い、今もいるんだよな? というか何でなついているんだよ。俺はなにもしてないぞ」

「今もあなたの周りを漂って遊んでるわよ。まぁ、なついている理由かどうかわからないけど、毎朝ここに来てくれるから嬉しいんじゃない?」

雄二は体力作りのため、毎朝登校する前に青蘭学園の裏山にあるこの神社に足を運んでいるのだ。

「……なら、仕方ないか」

「呆れた。止めるつもりはないのね」

「位置的にちょうどいいんだよ、ここは。だから止めねぇよ」

「ふーん。休みの日まで来るのは凄いと思うよ」

「そ、そうか? いやー、神薙に褒められるなんて滅多にないからスゲー嬉しい」

「う、うるさいわね。私だって褒めるときぐらいあるわよ」

少し頬を赤くして照れる神薙を見て雄二は和んでいた。

「さて、と。そろそろ失礼するか~」

石段から腰を上げ、大きく伸びをする。

「はいはい。早く帰りなよ。今日は特訓お休みになったんでしょ」

美海との会話も聞いてたのかよ。

「あ、神薙。ちらっと耳に挟んだ程度なんだが最近何か起きているらしい。帰るときとか気をつけろよ」

学園からの連絡で各々の端末に注意をするようにという旨のお知らせが届いている。

大したことではないと感じる雄二だが、改めて注意を呼びかけたのだ。

「わかってる。暗くなる前には帰ってるから大丈夫」

「そうか。気をつけておいて損はないからな」

雄二は手を挙げて挨拶を済ませると階段を駆け下りていく。

表情は変わらないのに、声だけは感情を表すように変わる。不思議な同級生を見送った神薙は巫女の仕事に戻った。

神社を風が吹き抜け、神薙はなびく髪を押さえて空を見た。

「気持ちのいい風……でも確かに少し変。なにかの兆しなの……?」

なにか違和感を感じ取った神薙だったが、気を取り直して巫女の仕事を再開した。

時刻はお昼時。晴天の空には暖かい太陽と、黒赤白の三色の門が輝いていた。




第2話につづく


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第2話 特訓

青蘭神社に繋がる石段の途中から林の中へと入っていく雄二。

つい最近、この抜け道を通ると青蘭学園の闘技場の裏に出るポイントを見つけたのだ。

見つけた経緯はちょっとした冒険心からだった。

ま、林の向こうに学園が見えてたから、他の誰かも知ってるだろうけど。

木の枝を避けながら進み、林を抜けきった雄二は闘技場の裏に出た。

制服に付いた葉っぱを払い落して闘技場の正面へと向かう。

正面入り口に着いた雄二はエントランスを覗いてみるが、休日ということもあり誰もいない。

「うーん。アルドラだけでここに来ても意味ないよなぁ」

雄二は入り口を潜り、設置されているソファーに寝転がる。

闘技場はブルーミングバトルをするための施設だ。アルドラだけで出来ることは殆どない。

「あ、そういえばアルドラの特訓施設があるじゃん」

あれ? でも、どこにあったっけ?

強化施設-α。

その存在を思い出した雄二だったが、場所までは思い出せていなかった。

検査で訪れて以来、一度も使っていないのだから無理もない。

「チームメイトのプログレスがいなかったら一人で特訓って、アンタの友好範囲狭すぎじゃない?」

雄二が場所を思い出そうとしていると端末から少女の声が聞こえてきた。

幸い周りに人がいなくて変な目で見られずに済んだ雄二は、上着のポケットに入れていた端末を取り出す。端末の画面には赤みがかったピンク髪のツインテールの少女が映し出されている。

「急に話しかけるなよ。誤解されるだろ」

「ふーん。アンタたち人間って面倒くさいのね。システムと会話してるだけで不審者扱いだなんて」

「地球の技術はまだそこまで進んでないんだよ。あ、そうだ。強化施設-αってどこにあったっけ?」

雄二は端末の中の少女に話しかける。

すると、少女は画面から消えて直ぐにホログラムとして雄二の眼の前に現れた。

「購買がある建物の地下。一ヶ月前のことなのに忘れたの?」

「俺はそんなに記憶力良い方じゃないんだよ。んー、そっちまでいくの怠いなぁ」

寝転がったまま脱力する。

あー、やばい。このまま寝てしまうかも。

「はぁ。アンタってオンオフの差が激しいわね。スイッチ入ると面倒だけど、入ってないアンタも面倒ね」

「だってさー、一人で特訓って実は寂しいんだぞ」

「あら、私がいるじゃない」

「ゼシカは一人にカウントしねぇよ。システムじゃん」

「じゃあなに? 他にプログレスがいればいいの?」

「そうだなぁ、プログレスがいればここで特訓もできるからなぁ」

「そう。なら呼んできてあげる。手当たり次第にね」

「その必要はありません。システムNP=ゼシカ、成瀬雄二さん」

話しかけられて起き上がった雄二の目を雄二の目をセニアはじっと見ていた。

その隣ではセニアより30センチ程背の高い少女が雄二を睨んでいた。

「えっと、誰だっけ? ゼシカは知ってるか?」

「彼女たちは S (システム). W(ホワイト). E (エグマ).のアンドロイドよ。ショートヘアの子は交流戦にもいたはずよ」

「いや、知り合いになったアンドロイドはラウラぐらいしかいないからさ。他の子まで覚えてない」

小声で話し合っている二人を見て気がついたのかセニアは自己紹介をする。

「SW=コードΩ46、認識用個体名セニア。Dr.ミハイルにより開発されたブルーミングバトル用アンドロイドです」

「セニア……? ああ、そういえば確かに白チームのメンバーに選ばれてたような記憶があるぞ」

「こんなに可愛いセニアのことを忘れていたなんて残念な馬の骨でございますね。ああ、申し遅れました。戦術級決戦型アンドロイド、コードΩ33、カレンでございます。セニアに敵対するなら容赦はしませんので」

カレンは雄二を鋭く見据えたまま自己紹介をした。無表情な雄二の横でゼシカは苦笑いを浮かべている。

「一言目に罵声が飛んでいたような気がするが……、二人は俺たちのことを知っているようだけど、どうしてここに?」

「はい。ここ一か月の間、あなたたち『チームα』を見ていました。昼休みにエクシーズで戦っていることや休日はここで特訓をしていることも知っています」

エクシーズ。

ブルーミングバトルを用いたスポーツ競技のことである。青蘭学園では毎回昼休みに開催されており、学内ランキングも存在している。

チームαはランキングの下位常連チームだ。

「今日は一人しかいないようですね」

「まぁ、そんな日もあるさ」

「そこで提案です。私に手伝わせてください」

「手伝うって、特訓を? 嬉しいけどいいのか? カレン……さんは、なんだか不服そうだけど」

雄二はカレンと呼ぼうとしたが睨まれて咄嗟にさん付けにしてしまう。

「カレンは関係ありません。私だけが手伝うつもりです。ダメ、でしょうか?」

今日はメンバーのプログレスがいなくて困っていた雄二には渡りに船だった。

「むしろ大歓迎だ! よろしくな、セニア」

「はい。よろしくお願いします、マスター」

差し出された雄二の手をそっと握るセニア。

雄二はその時伝わった温もりに思わずビクッとしてしまう。

アンドロイドって温かいんだな。そういえば、ラウラはどうだっただろう?

一か月前を思い返す雄二だったが流石に覚えていなかった。

「ん? マスターってどういう――」

「馬の骨。早くセニアの手を放しなさいです」

鋭い視線と威圧する声に思わず握手していた手を放してしまう。

「あ、はい。えっと……カレンさんはどうしてここに?」

「妹のセニアと気持ちのいいお散歩中でございます。それなのになぜ邪魔をするのですか、馬の骨」

「邪魔しているのはカレンの方です。これからマスターと特訓です。邪魔をするのなら帰ってください」

「でも、セニア! この馬の骨がいかがわしい行為をセニアに働くかもしれないでございます!」

「帰ってください」

セニアの言葉で渋々と闘技場を出て行くカレン。その背中は物凄く寂しそうだった。

「なあ、さっきカレンが妹とか言ってたけどアンドロイドにも姉妹とかってあるのか?」

雄二の疑問に答えたのは今まで投影パネルを操作して何かをしていたゼシカだ。

「姉妹はいるわよ、正確には姉妹機だけど。血のつながりがあるわけじゃないわ」

「はい。カレンは私より前にDr,ミハイルが開発したアンドロイド、つまりお姉ちゃんです」

「なんだ、そういうことか。相当セニアを可愛がってるみたいだし、いい姉妹だな」

「自慢の姉です。時々先程のようにおかしなことを言いますけど」

「……俺はそんなことしないぞ。よしっ、特訓を始めるか」

「おー」

雄二のやる気はこのメンバーでは少し空回りしていた。

セニアが小さな拳を挙げていたことがちょっぴり嬉しい雄二だった。

 

今、雄二は距離を取ったセニアに銃口を向けられている。

別にいかがわしいことをやろうとして怒られたからではない。これは特訓の一環だ。

ゼシカ考案のアルドラ耐久力向上プログラム。内容はその名の通り、αドライバーである雄二のブルーミングバトルでの耐久力を向上させようというものだ。

「ブルーミングバトルにおいてαドライバーはチームの要。αドライバーがいないとリンクも使えないし、そもそも試合に出れない。それに倒されればそこで試合終了。逆に言えば、倒されなければ勝つ確率も高くなるってわけ」

ゼシカはフィールドに立つ二人に向けてプログラムの解説を続ける。

「そこで、このプログラムでアルドラの耐久力を向上させて少しでも長く耐えて試合を続けれるようになろうっていうのが目標よ。ちゃんと理解できてる?」

「その説明は何度も聞いたから、わかってるって。そんなことより早く始めようぜ」

「くっ、私が仕事を蔑ろにするなんて、そんなこと出来ないわ! 説明は最後まで聞きなさいよ! スキップも早送りもさせない。そんなものはオペレーター兼ナビゲーターへの侮辱だわ」

「システムNP=ゼシカ。説明の続きを」

「コホン。セニア、私のことはゼシカでいいわ。えっと、そんなわけだからアルドラのアンタにはプログレスから攻撃を受けてもらうわ」

「避けれると思ったら避ける。無理だと判断したら腕でガードしなさい、だろ?」

雄二はゼシカの説明に割り込んでセリフを奪う。何度も聞かされて一語一句覚えてしまったのだ。

「はぁ、わかったわよ。それじゃ、スタート」

ゼシカが投影パネルのスタートボタンを押してプログラムを実行すると、空中に経過時間が表示された。

「行きます。ブルーミング・バトルシステム起動。多角的に攻撃を仕掛けます。大丈夫です、出力は抑えてあります。マスター、頑張ってください」

「え、ちょっ、それは急すぎないか!?」

雄二は咄嗟にガードして攻撃を食らう。

「ちゃんと反応できるようになったじゃない。偉い偉い」

ゼシカはパネルに表示されているダメージ数値を見ながら特訓を見守る。

流石、ミハイルが作ったアンドロイドね。威力がほぼ一定だわ。

雄二は多角的に放たれる攻撃ドローンのレーザー射撃を多少避けようとはしているが、避けた先でセニアのハンドガンが放つエネルギー弾に狙い撃ちされ、止まったところでドローンに追い打ちをかけられる。

「攻撃一つ一つは軽いけど、数が多い! 地味に痛いな、これ」

「現在の出力は1%未満です。もっと引き上げます。出力10%です」

「いきなり!?」

出力が上がり、レーザーの太さが先程の倍以上になった攻撃の痛みは地味などではない。

必死にダメージを耐え、避けようとする雄二をセニアが狙い撃つ。

 

「セニア、抜け駆け。ズルい。ラウラもマスターと特訓したいのに……」

ラウラは狙撃銃を柱に立て掛けて、特訓を見守る。いつ呼ばれてもいいように狙撃銃は出したままだ。

しかし、バトルエリアで特訓をしている彼らは観客席の一番上で自分たちを見ている視線に気づいていなかった。




第3話につづく


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第3話 マスター

特訓を開始してから30分が経過していた。

セニアの出力も徐々に上昇していき、25%の状態で攻撃している。

「はぁ……はぁ……、休む暇もない、っ!?」

「そろそろ前回の数値を超えるわ。ほら、ここからが勝負よ」

「マスター、その調子です」

これがエクシーズなら残り15分だ。

最低でもそれぐらいの時間は耐えなければいけない。

雄二は気合を入れなおして回避に集中する。

くそっ、やっぱりレーザー射撃は完全に避けることが出来ないのか。

ハンドガンから放たれるエネルギー弾は段々と避けられるようになっていた。

避けられない攻撃は致命的なダメージを負わないように受ける場所を見極めて動く。

しかし、時間が経てば経つほど雄二の動きは鈍っていった。

「マスター、出力を上げます。頑張ってください」

「え、この状況で難易度アップとかスパルタ過ぎるだろ」

「なに甘ったれたこと言ってるの。チームの要がそんなのだといつまでたっても弱小チームのままランキング下位を這いずることになるわよ」

ゼシカは呆れたように雄二に言葉を返す。

下位常連チームのリーダーとしてもずっとランキング下位を這いずるなんて事態は何としても回避したいところである。

戦いの緊張感を味わいたい。でもそれ以上にチームとして勝ちたいのだ。

雄二は足に力を入れて床を踏みしめる。

「さあ、どんとこ――」

構えた瞬間、先程まで受けていた攻撃より遥かに重い攻撃がほぼ同時に全身へ殺到する。

今まで避けることで一つ一つの攻撃のダメージを最小に抑えて徐々に蓄積していた痛みと、全身を砕かれるような強烈な痛みが踏み留まっていた雄二の意識を容赦なく刈り取った。

これは、無理……。

バトルエリアの壁に叩きつけられた雄二は耐えきれずに気を失った。

「前回の1割増しってところかしら。セニアもお疲れ様。コイツを保健室まで運んでくれないかしら。私ホログラムだから持てないし」

「わかりました。マスターは私が保健室まで運びます。お任せください」

「ナナには今連絡飛ばしたから保健室で待機してるはずよ。私はデータの整理とか色々あるから。またね」

ゼシカのホログラムは一瞬のうちに消えて、システムの解除されたバトルエリアには二人だけが残っている。

セニアは高速移動モードにしてモービルを呼び出した。

そして雄二を背負うような形で後ろに乗せてモービルを発進させる。

二人を乗せたモービルは高速移動には程遠いスピードで闘技場を後にした。

 

静かな駆動音をさせながら進んできたセニアはモービルに乗ったまま校舎内に入り、保健室まで向かった。

保健室の前に着いたセニアはモービルから降りて、保健室のドアを開けて雄二を乗せたままモービルを中に進ませる。

「治療をお願いします」

「あ、はい! 今行きまーすって、えええ!? なんでモービルが中に!?」

「早く治療を」

「は、はい! あ、でも先にこれ片付けてください! 割と邪魔です」

セニアは奥から出てきた人物に言われて、雄二を降ろしてからモービルを消して通常モードに戻した。モービルに気を取られていて雄二に気がつかなかったのか、セニアの足元に降ろされた雄二を見て慌てて駆け寄る彼女。

「ああ、こんなに制服がボロボロに!? 大丈夫ですか雄二さん、今ナナが治療してあげますね!」

そこで初めて彼女がゼシカの言っていたナナなのだとセニアは気がついた。

「あなたがナナ、ですか?」

「ええ、そうですよ。私はタイプMU-21ナナ。治療、看護用に作られたS.W.E.のアンドロイドです」

「コードΩ46セニアです。タイプMU-21ナナ」

「初めましてセニアさん。私のことはナナでいいですよ。皆さんそう呼ばれてますから」

ナナは先ほどの慌てた様子が嘘だったかのように手早く雄二を空いているベッドに運んで診察をしている。

そんな中、セニアはナナの着ている見たことのない服装に注目していた。

「あの、どうしました? 私になにか付いていますか?」

「いいえ。その服装を見ていました。初めて見る服装です。看護用の制服と推測します」

「そうですよ。これは地球の看護婦の方が着ている制服をモチーフにデザインされた『ナース服』という制服です。S.W.E.製なんですよ」

「S.W.E.の技術はこんなところにも使われているのですか。驚きです」

「セニアさんもアンドロイドですよね。どんなアンドロイドなんですか?」

アンドロイドだということはゼシカから連絡があったので知っていたが、一見何も持っていないセニアが何を目的として作られたアンドロイドなのかナナには分からなかった。

「私はブルーミングバトル用にDr.ミハイルに開発されたアンドロイドです」

「ああ、それで雄二さんと一緒だったんですね。雄二さんっていつもボロボロになるまで特訓とかバトルをしてるから治療するナナのことも考えてほしいですよ、もう」

ナナは雄二にS.W.E.製の回復力増強薬を点滴させる。その表情は悲しさと嬉しさが入り交じっていた。

「えっと、セニアさんの話でしたよね。Dr.ミハイルに開発されたなんてセニアさんは凄い方だったんですね」

「はい。Dr.ミハイルは素晴らしい方です。マスターと同じくらい大事な人です」

「セニアさんにはもうマスターがいるんですか! いいなぁ、羨ましいなぁ。マスターを持つことはアンドロイドにとって重要なこと。私もマスターになってほしい候補はいるんですけど、全然指名してくれる気配がなくて……。それで、セニアさんのマスターってどんな人なんですか?」

「マスターはとても努力家です。強くなろうと一生懸命努力して、何度倒れても立ち上がって相手に立ち向かう。負けても挫けず諦めないその姿を遠くから見ているだけでしたが、今日マスターと呼んだ結果拒否されませんでした」

「え? それって、まだマスターになってないんじゃ……」

苦笑いを浮かるナナにセニアは首をかしげた。

「そうなのですか? では今から認証してもらいます」

セニアはそう言って寝ている雄二の体を揺り始めた。

「だ、ダメだよ! 雄二さんは一時間は安静にしていないといけないんだから……?」

慌てて止めに入るナナだったがセニアの言動に思わず手が止まってしまう。

「……もしかしてセニアさんのマスターって雄二さん?」

恐る恐る聞くナナに対してセニアは頷いて答えた。

「そんな……雄二さんって無表情だし、声で感情を表現するような変な人だから親しいアンドロイドはナナぐらいだと思ってたのに。いきなりライバルが出てくるなんて聞いてないよぅ」

ナナは頭を抱えた。いつも近くにいるのは地球人の女子二人だけで、たまに別の子がいるぐらいでアンドロイドの知り合いは自分が一番親しいのだと思っていたのだ。

そんなところにセニアというアンドロイドがやって来てユージがマスターだと宣言する始末。しかも、相手は自分と違ってブルーミングバトル用で組み合わせはピッタリだ。

うんうん唸っていると雄二がのっそりと起き上がった。

「あーもう、煩いな。人が寝てる横で騒ぐなよ」

「マスター、おはようございます。気分はどうですか」

「気分爽快、まではいかなくても特訓前より楽になったな」

「あ、まだ横になってないとダメですよ! いつも無茶ばかりするんですから今日ぐらいゆっくり休んでいてください!」

考え事をしていて反応の遅れたナナはベッドから出た雄二を押し戻そうとする。

「もう十分休んだだろ? それに明日は学校だから今日はもう終わりにするし」

「ダメです! 日向さんに言いつけますよ!」

「でも……」

「岸部さんにも言いますからね?」

「わかりました。大人しくしています」

雄二はベッドに戻り、横になる。

また保健室行きになったことが二人にバレるのは回避したかったのだ。

それから一時間。

ナナに点滴の針を抜いてもらった雄二はサイドテーブルの上にあったティッシュで拭き取って、捲っていた袖をもとに戻す。

「ひっ、血が……」

しかし針を抜いたことで滲み出た血を見たナナは気を失ってしまった。

「相変わらずナースなのに血が苦手なんだな。……とりあえず、俺の寝ていたこのベッドにでも寝かせておくか」

「マスター、お手伝いします」

二人はナナをベッドに寝かせると保健室を後にした。

 

「マスター」

半歩後ろを歩いていたセニアから呼び止められて雄二は振り返った。

「マスターは私のマスターですか?」

「ん? マスターってセニアの呼び方じゃないのか?」

「私は加入したチームのリーダーがあなただったのでマスターと呼んでいました。しかし、ナナはそうではないと言っていました。なので再度問います。あなたが私のマスターですか?」

雄二はよくわからないセニアの問いに寝ぼけた頭をフル回転させて考えを導きだそうとする。

「……俺はセニアの"マスター"じゃない。俺はセニアを仲間だと思ってる。だからマスターじゃない。でも、人の呼び方なんて人それぞれだからさ、セニアが俺をマスターと呼びたいのならそう呼べばいい」

「難しいです。マスターではないけど、マスターと呼んでいいということですか?」

「そういうことだ」

そういえばラウラもそんなこと聞いてきたような気がするな……。アンドロイドのなかでは流行ってるのか?

「ってセニアはチームαに加入してくれるのか?」

「はい。元々そのつもりでお手伝いを申し出ました」

「そっか。歓迎するよ。改めてよろしくな、セニア」

雄二は目線を合わせるように中腰になり、セニアの頭を優しく撫でる。

「はい。よろしくです。マスター」

小さいながらもはっきりと言葉にしたセニアは少し嬉しそうな顔をしていた。

「ところでマスター。明日の準備は出来ているのですか?」

「明日の準備? いや、まだだけど」

「明日から一週間かけた行事があります。連休前にその事を安堂教諭が言っていましたが、今から準備して間に合うのですか?」

そう言われて雄二は思い出した。

「美海が買い物に誘ってきたのもそういうことだったのか。まぁ、まだ日は高いからなんとかなるか」

「お手伝いします」

「いや、その手伝いはいらない。自分で用意できるからセニアはカレンさんのもとに行ってやれ」

雄二の指差した先の茂みからカレンがすごい形相で殺気立っていた。

セニアはカレンの存在に気がつくと、スタスタと歩み寄っていく。近づかれたことにやっと気がついたカレンはなに食わぬ顔でセニアを抱き締める。

「あぁ、愛しのセニア。こんなところで会うとは奇遇でございますです。さぁ、中断していた散歩を再開しましょうでございますです」

「カレン」

「はいでございますです」

セニアはカレンを見上げるといつも以上に無表情な顔で言い放った。

「マスターに手を出したら、私が相手します」

「セニア!? それはどういうことでございますか!? あんな馬の骨がマスターとは思考回路に重大なバグでもあるのでございましょうか!」

二人に背を向けて雄二はそっとその場を立ち去る。

これから妹に小遣いを融通してもらうための交渉をしなければならないのだ。面倒事に巻き込まれている暇などない。雄二は妹に電話を掛けながら自宅へ帰るのだった。




第4話につづく


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第4話 異世界観光

セニアが仲間になった日曜日から日付が変わった翌日、月曜日。

一年生一同は各々着替え等が入った手荷物を持って学校に登校していた。

「……眠い」

「あの、雄二さん。大丈夫ですか?」

「……ああ、沙織か。おはよう。俺は大丈夫だ、問題ない」

雄二は自分の机に腕を組んでうつ伏せながら沙織に答える。いつもは声で感情を伝える雄二だが、今朝はその余裕もないのか平坦で抑揚のない、分かりやすく言えば棒読み状態だった。

「もしかしてよく眠れなかったんですか? ふふふ、雄二さんにも子供っぽいところがあったんですね」

沙織は雄二の意外な一面に思わず笑みを溢した。

「ああ、本当に子供っぽいよな。イベントの前の日になかなか寝付けないとかさ」

「……もしかして、美海ちゃん絡み?」

「流石優等生、なかなか鋭い」

雄二はのっそりと起き上がると大きく伸びをして体をほぐす。体を起こした雄二の顔は珍しく無表情ではなく、微妙な疲れが浮かんでいた。しかしその些細な変化は付き合いの短い沙織には伝わっていない。

「美海のやつ、昨日の深夜頃に電話掛けてくるし。どうしよう寝れないとか言ってた割に日付が変わる頃には電話口で寝落ちしてるし。おかげで妹に朝から夜に電話しなかったことについて散々聞かれるし……」

「……大変、でしたね。そういえば美海ちゃんの姿が見えませんけど」

「きっと今頃、遅刻するーとか言って慌てて準備してるところだろうな」

雄二は立ち上がって窓を開けるとその前にある自分の机を後ろに下げ、窓の前から避難させる。

その光景を見ていたクラスメイトも窓から直線上にある机を避難させ始めた。

「沙織、こっそりエクシードで美海を保護してやってくれよ。俺も朝からダメージは受けたくない」

「もう一ヶ月経つんですよ。要領は得ています。ふふふ、雄二さんは優しいですね」

「アイツは幼馴染みだしな。幼馴染みのフォローぐらい慣れたもんだ」

雄二は静かにαフィールドを展開してスタンバイする。沙織も隣に避難しながらエクシードをいつでも発動できるように構えている。

先生が教室にくるまで後10分。

「うわぁあああ、遅刻するぅーー!!」

教室にいるクラスメイトたちが談話を続けるなか、叫び声と共に開けられていた窓から飛び込んでくる少女。

入ってきた瞬間に沙織はエクシードを発動して飛び込んできた少女にシールドを張って壁にぶつかる衝撃を抑える。まだ多少発動タイミングが遅いものの、対象を指定して正確にシールドを張ることが出来たのは日頃の練習の成果の現れだ。

その隣で傍観していた雄二も例外ではなく、的確にフィールドの保護対象を指定してダメージをフィードバックさせることができるようになっていた。

そして、飛び込んできた少女はビタンッと壁にぶつかって軽く意識を飛ばしているようだった。

雄二と沙織は壁にぶつかって目を回している少女、日当美海に近寄る。

「ほら、美海。大丈夫か?」

「う、うぅ~ん……ハッ! 遅刻だ! って雄二と沙織ちゃん?」

「美海さん、おはようございます。今日もギリギリセーフですね。お怪我はないですか?」

「気がついたなら机戻すの手伝え。幸い今回は一つも倒れてないから楽だろ」

「あはは、怪我はないよ。みんな避けてくれたんだね。沙織ちゃんも守ってくれてありがとー」

美海は沙織をギュッと抱き締める。沙織も満更でもない顔で控えめに美海の背中に手を回していた。

「いやー、朝から百合百合しい光景が見れるなんて中学では中々なかったよね、雄二」

「突然入ってくるな誠也。あと、眼鏡をクイッとするな、腹が立つ」

「今日は機嫌が悪いようだね。寝不足かい?」

「そういうことだ。俺は少し寝るから、先生が来たら起こしてくれ」

雄二はもとに戻した自分の席に座って寝る体勢になる。机は既に全て定位置に戻し終えたのだ。

「おやすみ、雄二」

「……止めろ、耳元で囁くな……」

雄二は押し寄せてきた眠気に委ねて意識を手放し、眠りについた。

 

「……じ。……雄二! もう皆行っちゃったよ」

「……美海?」

「おはよう、雄二。早く出発しようよ」

美海に起こされた雄二が周りを見るといつものメンバーしか教室には残っていなかった。

「先生の説明を聞かないで居眠りだなんて雄二もまだまだだね」

「お前だけには言われたくない。遅刻常習犯め」

「なっ、遅刻してないよ! ギリギリセーフだもん!」

「能力使ってなかったら完全にアウトだろ」

仮眠を取ったことで雄二の顔から疲れがとれていつもの無表情に戻っていた。

美海は沙織に泣きついているが流石の沙織もフォローができないのか苦笑いを浮かべている。

「あの、そろそろ出発しませんか。十河君も転移門のところで待っていると言ってましたし」

「出発するのはいいんだが、今回の行事は一体どんなのなんだ?」

「えっと、各世界を一週間使って観光するって行事だよ?」

「美海ちゃん。雄二さんが聞きたいのはそういうことではないと思いますよ」

「わ、わかってるよ? わざとだもん。ちゃんと行きながら説明するから出発しよう!」

美海はスキップしそうなぐらい軽やかな足取りで教室のドアに行こうとするが、途中で荷物を持ってないことに気がついて自分の机まで取りに戻ってきた。

「じゃあ、沙織、説明頼んだ」

雄二が歩き出すと沙織もその横に並んで歩き出した。

「はい。えっと、各世界を一週間使って観光する行事だということは知っていますよね?」

「ああ。というかそれしか知らない」

「えっと、期間は今日から日曜日まで。参加者は高等部一年生だけです。行動に制限はなくて、1人で観光してもグループを作って観光しても問題ないそうですよ」

「1人で行動してもいいとか自由度高過ぎないか? 行方不明とかにならないといいんだが」

雄二は自覚はないが方向音痴である。

何度も通った道なら覚えているのだが、初めて訪れた場所やあまり訪れない場所では、例え地図があったとしても迷ってしまうのだ。

「それは心配ないそうです。各人が持ってる端末で、ある程度の位置情報を確認できるそうなので、はぐれても見つけることができますよ」

「雄二が行方不明になっても見つけられるね!」

「え、雄二さんが迷子になるの? 美海ちゃんじゃなくて?」

「……美海は迷っても勘が鋭いから目的地まで辿り着けるんだよ」

「雄二は覚えるまで全然ダメだもんねー。いつも私の後ろを歩く雄二、かわいかったなぁ」

先頭を歩く美海は頬に手を当てて、昔を懐かしんでニヤニヤしている。

「小さい頃の話だろ、今は少しぐらい改善してる。それで、この行事の目的って何なんだ。お互いの世界に触れて見識を深めると同時に誤解や偏見をなくそうってところか?」

「雄二さん、あまり察しが良すぎると説明し甲斐がありません」

「雄二はもう少し別の方向に察しをよくすべきたと思う!」

お互いの発言に頷きあう美海と沙織。

雄二は気に食わないといった顔で足を速めた。

「誠也が待ってるんだろ? 早く行くぞ」

「あ、待ってよ雄二! 転移門がある広場はそっちじゃないよ! こっちこっち」

Y字路を広場のある方と反対側の道に進もうとしていた雄二の手を掴んで、美海は正しい道を進んでいく。雄二は恥ずかしいのか無言で手を引かれるままになっていた。

「……ぷっ、くくく、雄二さん」

「止めろ、何も言うな」

「は、はい。言いません。でも……ふふっ」

沙織は笑いが堪えられないのか口を抑えて必死に我慢しようとしてるのだが、笑いは溢れている。

結局雄二が美海に解放されたのは転移門に着いて誠也と合流してからだった。

 

「雄二と日向が手を繋いでるところって意外と見ないよね」

「誠也、そんなことはどうでもいいんだよ。それより、なんで起こしてくれなかったんだ」

美海と手を繋いで転移門広場に辿り着いた雄二は待ちぼうけしていた誠也に散々いじられた。そのせいでまた雄二の顔に疲労の色が見受けられる。

ニヤニヤしている誠也に問い詰める雄二。誠也は目で美海たちに助けを求めているが気づいてもらえない。

「い、いや、僕は起こそうとしたんだ。でも日向が私が起こすからいいよって言ったから任せたんだ。そうしたら説明が終わってから起こし始めて、僕は先にここに来ていたんだよ」

「はぁ……、終わったことをとやかく言っても仕方がないか。あ、でも、異世界の案内は任せたぞ? ちゃんと案内しろよ」

「もちろん! 最高の観光にするから楽しみにしていいよ」

「ね、最初は黒だよね? どんなところなの?」

「授業で習った通り、ずっと真っ暗なんですか?」

「それは行ってからのお楽しみってことで。向こうでソフィーナちゃんが待ってるはずだから、そろそろ行こう」

二人の女子の質問攻めを回避して誠也は黒い光の渦巻く転移門に足を進める。

その後ろを美海と沙織が並んで歩く。

最後尾を歩く雄二は三人が消えた転移門を不思議そうに眺めていた。

異世界の技術で作られた建造物が生活の側にある。少し前までは遠く感じていた異世界がこんなにも近くにあることに慣れてしまっていた。

「随分と遠くまで来てしまったなぁ」

「それを言うのはまだ早いんじゃない?」

「は……?」

ポツリと溢れた雄二の言葉に一人の女生徒が反応した。突然入ってきた声に雄二は思わず振り返る。

青蘭学園の制服を着たその少女は片手を腰に当てた体勢で雄二を見ていた。

足元にはキャリーバッグが置いてあることから高等部一年でクラスメイトであると推測できる。

「えっと、よく美海に絡んでくる人……だよな?」

しかし雄二は名前を覚えていない。

いや、知らないのだ。

「くっ、そんな覚え方をされてるなんて屈辱だわ。貴方、いつも日向美海の側にいる人でしょう?」

「間違ってるわけじゃないが、いつもいるわけじゃない。今だっていないだろ」

彼女は確かめるように広場を見渡したが、日向美海の姿は何処にも見当たらない。そのことが分かるとホッとしたのか胸に手を当てて短く息を吐いた。

「美海のこと、警戒してたのか? まさかまた何かやらかしたのかよ」

「ち、違うの! こんなときに会うのが気まずいだけなの」

「気まずいって何かあったのか? 俺で良ければ聞くけど」

「……私、いつも日向美海に絡んでるでしょ。もっと真剣に戦えとか、ちゃんと鍛練はこなしてるのかとか──」

彼女の語りを聞いていて雄二はある確信を持った。

「エクシードは世界を救う可能性であり鍵なの。それなのに日向美海は自分のエクシードを遅刻しそうになったからといって使ったりするし!」

「お前……すげー、真面目なんだな」

「なに、馬鹿にしてるの?」

何処から取り出したのか、いつの間にか彼女は一振りの日本刀を雄二の首筋に当てていた。ふざけたことを言ったらその時は落とすと言わんばかりに眼光を鋭くして彼女は睨み付けている。

「馬鹿にしてるわけじゃない。むしろ誉めてるんだよ」

彼女は刀を少し首筋から離して、続きを促す。

「俺って意外と薄情な奴でさ、親しいやつらが幸せならそれでいいと思ってるんだよ。だから世界の危機だとか使命とか他人事だと思ってる。でもお前はその使命やプログレスとしての自覚をはっきりと意識して、世界の危機や救う鍵となるエクシードにきちんと向き合ってるんだって伝わってきた。だから真面目なんだなって」

「な、何を言っている、向き合うのはプログレスに選ばれた者の役目だ。エクシードを理解していないのに世界など救えない。私は当たり前のことをしてるまでだ! だが、まぁ……誉められて悪い気はしない、かな」

彼女は指にポニーテールの毛先を絡ませながら照れくさそうにしていた。真面目で厳格なイメージのある彼女が照れくさそうにしているギャップに雄二はまじまじと見ていた。

しかし、すぐに出発目前だったことを思い出して、黒の世界へ繋がる転移門に急いだ。

「じゃ、俺はもう行くから。また学校で!」

「あ、ま、待って!」

彼女は急ぐ雄二の手を咄嗟に掴んだ。雄二は顔だけを向けて視線で訴える。無表情と冷ややかな視線を向けられた彼女は自分のしたことに気がついたのか、顔を赤くして慌てて手を放した。

「わわ、ごめんなさい! あの、貴方にお願いがあるの。……私も一緒に行きたい、です」

「一緒に行くのは構わないけど、行き先は黒でいいのか? というかいつも一緒にいるカメラを持ってる女子はどうした。姿が見当たらないけど」

「キャロルなら、全世界密着取材とか超特ダネチャンス! とか言って我先に転移門で出掛けたの。位置情報で何処の世界に行ったかどうか調べてみたけど、ダメだったわ……」

「ま、何処かで会うだろうさ。イベントは楽しまないとな」

「ふふ、そうね。あ、御影葵よ。よろしくね、成瀬雄二」

「よろしく、御影」

二人は握手を交わすとお互い初めての異世界の地へと歩みを進めた。




第5話につづく


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第5話 黒の世界

『ダークネス・エンブレイス。通称「黒の世界」。世界は常に闇に覆われており、空には血のように赤い月が浮かんでいる。「魔法」や「錬金術」が発達し、日常生活に根付いている。各種族は、己が領地を中心に自由に暮らしているものの、魔女王と呼ばれる絶対的統治者が君臨している』

以上、青蘭学園の教科書より抜粋。

 

転移の光が収まり、視界に飛び込んできたのは完全な異世界の風景だった。

「月が赤い。それに、向こうは朝方だったのにこっちはまるで夜だ」

「な、成瀬雄二。私は夢でも見ているのか? そ、空にクラゲが、ピンクのクラゲが飛んでいる!」

「本当に異世界に来たんだな……。あ、ということは」

ポケットから端末を取り出して、ある機能をオフにする。

すると、先程まで聞こえていた周囲の人たちの会話の声が日本語ではない別の言葉に変化した。

「なるほど、確かにこの機能が無かったら異世界人と交流なんて難しいな。流石学園支給の補助端末だ」

「成瀬雄二? 一体何をしているんだ?」

「ちょっとな。技術の素晴らしさを実感していたところだ。御影も自動言語最適化機能をオフにしてみろよ」

「まあいいけど……っ!」

「な? 今まで常に作動してたから気にも留めなかった項目だけど、コイツが無かったら異世界人どころか外国人とすら話せなかったはずだ」

「すごいな、これは。これが地球の技術の数世紀先を行く白の世界の技術なのね」

しばらく技術の素晴らしさに浸っていた二人は機能をオンに戻した。

御影がきょろきょろと周りを見ているなか、雄二は沙織から聞いていた位置情報機能を起動する。すると、雄二を中心とした半径1メートルの範囲にホログラムで構成された立体マップが出現した。

「な、何してるの! こんな往来のど真ん中でそんなの開いたら通行の邪魔でしょ!」

「いや、こんなにでかいとは思わなくて。一旦閉じて路地裏にでも入ってから再度展開するよ」

「ええ。その方がいいわね。周りの、多分この世界の人たちが驚いてこちらを遠巻きに見てるもの」

広場にいた黒の世界の住民たちは魔法陣だとか召喚陣だとかざわめきながら奇異の視線を向けていた。

雄二と御影は広場からほど近い路地裏に入って再度起動する。

出現したホログラムは周辺の地形を映し出し、端末を持っている者の位置情報を点にして表示している。

「それで、いきなり起動させてどうしたのよ。誰か探してるの?」

「ああ。美海たちを、な。広場にはいなかったけど、どこかにいるはずなんだ」

「どうしてそう言い切れるの? 別の世界にいるかもしれないじゃない」

「言ってなかったか? あいつらと一緒に異世界を巡るつもりだったんだよ。地球の転移門広場で俺が転移門を見ていたとき、先行してたからその場にいなかったってだけだ」

「わ、私、帰る! 地球に帰って別の世界の方に行く!」

御影は焦ったように踵を返すがその足取りは遅い。呆れた雄二はそのまま作業を続けていた。

「お前、一人で踏み出せなかったから一緒に来たんだろ? それにさ、美海はお前のこと悪く思ってないのは分ってるだろ」

「で、でも、空気を悪くするかもしれないし……」

「気にするなって。そんなことより、あいつらもこの辺りにいるようだ。ぶらついていたら会えるだろうな」

「私は一緒にいてもいいの……?」

「一緒に楽しもうぜ、異世界観光を」

突き出された拳に御影は戸惑い半分嬉しさ半分といった顔でコツンと自分の拳を当てる。

その反応に満足した雄二は路地裏から出ようと御影の立っている方へ歩き出そうとした。

「お二人さん。人形劇などはいかがですか?」

雄二の後ろ、路地裏の奥から一人の少女が声をかけた。

その少女の頭には小さな王冠が金色に輝く髪の上に鎮座している。身長130センチ程度の小柄なその少女はにこやかな微笑みを浮かべて、二人の返事を待っている。

二人は顔を見合わせると、少女の方を向いてその誘いに乗った。

「黒の世界の人形劇か。面白そうだ、案内してくれ」

「私も。別に人形が好きとかそういうのではないけど、ちょっと……興味あるし」

二人の言葉を聞き届けた少女はフリルのついたドレスのスカートを摘まみ、優雅にお辞儀をした。

「それではご案内します。人形たちの舞台へと。ふふっ」

嬉しそうに笑う少女の背を追いかけて二人は路地裏の奥へと入っていく。

暗い夜が支配するこの世界の空で真っ赤に染まった月が地上を見下ろしている。その月光が路地裏を怪しく照らしていた。

 

路地裏をしばらく進むと一つの扉に突き当たる。

「さ、この中へ。劇はもうすぐ開演ですわ」

少女はそっと扉のノブをひねって手前に引く。促された二人は中へ入っていく。

ふと、雄二は立ち止まり、扉付近に立つ少女の方を振り返った。

「なぁ、金はとらないのか?」

「そんな野暮な話は劇を楽しんでからにしましょ? 多額の料金を請求したりしないわ。小さな舞台ですもの、安いものですわ」

首をひねりながら納得のいかない様子で雄二は御影が手招いている席へと向かった。

二人が席に座ったのを見計らったかのように劇は始まる。

 

──これはこの世界に伝わる古いお話です。

あるところに四つの世界がありました。

一つは青き水が大半を占める世界。

一つは黒き闇が空を覆い、永遠の夜が支配する魔女の世界。

一つは赤き光が照らす神々が住まう世界。

一つは白き偽りの空が天を覆い、最適化された世界。

平和だった四つの世界。

しかし、そんな世界は気づかぬうちに蝕まれていました。

ある世界では都市を飲み込む大津波や全てを破壊する大地の揺れが起こり、またある世界ではその地に住まう魔獣が人々を襲うようになり、世界は混沌に包まれようとしていました。

そんなある日、今までの出来事が前触れだったかのように突如として四つの世界は繋がりました。

青き世界を中心に繋がった四世界では不思議な力に目覚める少女たちが現れ始めました。

四世界の住人は、その少女たちを"可能性の鍵"という意味をもつ言葉で呼ぶようになり、大切に育て始めます。

少女たちは自らに秘められた可能性を開花させ、世界の異変に立ち向かいました。

そんなささやかな日常は新たな世界との接続を境に崩れ去ります。

世界中で異変が活発化し、人々はつかの間の平穏だったのだと気づかされました。

そして、天に浮かぶ光の渦は日に日に大きくなり、全てを飲み込む顎と化しました。

 

「かくして世界は融合し、ウロボロスに食べられました……とさ」

少女の言葉と共に人形劇の幕は閉じた。

雄二は語りに合わせて舞台で動く人形たちの動きによって劇に引き込まれていた。

観客席では拍手が起こり、しばらく余韻に浸っていた。

「まるで予言してるみたい……、この世界の結末を」

御影は椅子に深く座ったまま、ぼんやりと宙を見つめている。

確かに人形劇の話はこれまで起こった事実と被る部分があるが、だからといってこの話の結末のようになるとは思えなかった。雄二は御影の肩を叩いて扉へと向かう。

「いかがでしたか? お代は500リシェです」

「楽しめたよ。今度は友達を誘ってもいいか?」

「もちろんです。あ、これよかったら」

二人分の千リシェを手渡され、いそいそとスカートのポケットにお金を入れる少女は人形劇で登場した人形を雄二にあげた。

なんだかよく分からないが鞄にその人形を入れた雄二。その間に御影がキャスターをコロコロと転がして近づいてきた。

「成瀬雄二、いくらだったの?」

「500リシェ。先にまとめて払っておいたから、500リシェくれ」

「そこは普通なら奢る展開ではないの? まぁ、お金のことはきちっとしたいし別にいいんだけど」

はい、と手渡された500リシェを受けとる。そのやり取りの間に人形劇の少女は姿を消していた。

忽然と消えたことに二人は多少戸惑ったが、気に止めずに建物の中から出ていく。

「あっ、いたー! ねぇ、こっちに雄二がいたよ!」

路地裏を抜けて大通りに出た二人に駆け寄ってきたのは日向美海だった。

駆け寄ってきた方向には誠也と沙織の姿がある。

「よう、やっと合流したな。紹介するよ、同じクラスの御影葵だ」

「な、成瀬雄二! わ、わた、私はどうしたらっ」

「落ち着けって。お前が心配してるようなことにはならねえよ」

「雄二。別に紹介されなくてもクラスの人ぐらい知ってるよ? それに私は友達だと思ってるし」

「と、友達? 私があなたと友達……いいの?」

「うんっ! いつも楽しいよ。色々言われるけど、ちゃんと私のこと見てくれてるんだ~って思えて嬉しいもん」

照れくさいのか少し顔をうつむかせる御影。そうしてる間に誠也たちが追い付いた。

「雄二、お前どこにいたんだよ。いつの間にかはぐれてるし、お陰で予定が崩れたじゃないか」

「すまん。迷惑かけた。今度何か奢るからさ、それで許してくれ」

「その言葉嘘じゃないよね? よし、今度カフェテリアで何か奢ってもらおうかな」

誠也が意地悪そうに口を歪める。その横で美海がクレープ奢ってと騒いでいたが雄二は意図的に無視していた。

「それで、今までどちらにいたんですか? 一時間ぐらい動いていないようでしたけど」

「ああ、ちょっと人形劇を見てた。なかなか興味深い内容だったぞ。この路地を入っていったところにあるからまたいつか一緒に見に行こうぜ」

「それは名案ですね。どんな内容かはその時までの楽しみにしておきますね」

「えぇー、私気になる! 葵ちゃんも見たんだよね? 内容教えてほしいなぁ、なんて」

「私でいいなら教えるわ。日向美海」

御影は美海に対して多少気楽に話せるようになったようだ。

新たに一名の観光メンバーを加えて、合流した雄二たちは改めて黒の世界の観光に出発した。




第6話につづく


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第6話 黒魔女の誕生日

雄二たちは誠也に連れられて何処かへ向かっている。

道端で巨大な蛙やスライムを見るたびに反応を示す雄二たちに誠也は満足げに案内をしていた。

「あそこに見えてる大きな城が魔女王の住まう闇の城、黒枢城(ダーク・クレイドル)だよ」

「教科書に載ってたやつか。写真で見たときより威圧感が凄いな」

「なんかオーラ放ってそうだよね~」

「不思議な力を感じますね。もしかして目的地はそこですか?」

沙織の質問に誠也は頷いて答えた。

「そうだよ。まぁ、中に入れるのは許された者だけだから行けるのは門までだけどね。ちなみに、ソフィーナちゃんは今あの城にある工房にいます」

「え、ソフィーナちゃんってそんなに凄い人だったの!?」

「ソフィーナちゃんは次期魔女王と呼ばれてるほど優秀な黒魔女なんだ。黒枢城の中に工房を持てるレベルで魔女王に評価されてるんだよ」

「確か、誠也とソフィーナって上司と部下の関係だったよな。お前、やっぱりただ者じゃないな」

「正確には雇い主と助手だけどね。ソフィーナちゃんの助手の仕事は退屈しないよ」

一番後ろを歩いていた御影は話についていけていなかった。まずソフィーナという人物がよくわからないのだ。

話を聞く限り、とても凄い魔女だということは理解できていた。

そんな御影の様子に気がついた美海は彼女の隣に来て説明している。

「葵ちゃん。ソフィーナちゃんはね、いつも黒のゴスロリ服着てる人だよ。誠也君とよく一緒にいるんだけど、見たことない?」

「……交流バトルのときに戦ってたあの子? それなら見たことあるかも」

「そうそう、そのプログレスで合ってるよ。その子がソフィーナちゃん」

「あの時のバトルは壮絶だったわ。次期魔女王というのも納得ね」

「あとね、今日が誕生日なんだよ。だよね? 誠也君」

美海が先導しているその話をする誠也は驚いた表情をした。

「あれ? 日向は知ってたのか。日向の言う通り、ソフィーナちゃんは地球の暦だと今日5月9日が誕生日なんだ。だから今日最後の予定は誕生日パーティーだよ」

「ソフィーナちゃんとは仲良しだもん♪」

「美海ちゃんは9月5日が誕生日だよね」

「うん! 数字が逆だったから初めて知ったとき、ちょっとびっくりしちゃった」

雄二はソフィーナの誕生日が今日だということに少し驚いていた。そして決して顔に出すことなく焦ってもいた。

「そういえば、雄二はプレゼント用意した? 誕生日の話をしてたとき一緒にいたから知ってたよね?」

「あ、ああ。もちろん。用意してるぞ」

ヤバい、そんな話初耳なんだけど! ……どうしよう、プレゼントなんて用意してない。どこかそこらの店で何か見繕うか? いや、それはどうなんだ。雑すぎないだろうか。何か、何かないのか──あっ。そうだ、あれをあげればいいのか

そんな雄二の内心焦り、ホッとしている姿を美海は怪訝に思いながらも不安そうな顔をする御影に助け船を出していた。

「葵ちゃんは今知ったばかりなんだし、プレゼントはなくてもいいと思うよ。それに、大事なのはお祝いする気持ちだと思うな~」

美海の言葉に少しホッとした御影。

そうこうしている間に一行は黒枢城の門前にたどり着いた。

 

黒枢城の工房にて。一人の黒魔女が工房内を行ったり来たりと忙しなく動いていた。

その黒魔女の名はソフィーナ。黒の世界で知らない人はいないと言われている次期魔女王のプログレスだ。そんな彼女は見るからにそわそわしていた。

「あの……。ソフィーナ様……、どう……したの?」

「あら、サーシャ。私はどうもしてないわよ? それより貴女こそどうしたのよ。まだお昼時よ?」

サーシャと呼ばれた病的なまでに色白な少女は花束を抱えてソフィーナに近寄った。

紫がかった腰まで伸びている黒髪。色白の肌。ネグリジェのような服装。前髪で片眼の隠れた幼い顔立ち。小柄で細い体。それらの要素がサーシャという少女を希薄にしてどこか幽霊のような印象を与えている。

「これ、ソフィーナ様に……。わ、わたしの、庭に、キレイに咲いてた、から……」

「え、ええ。とてもきれいな白い花ね。でも、サーシャ? これって亡くなった人に送る花じゃなかったかしら」

「そう、言われる、ことも……ある、かも」

「まあいいわ。きれいな花束をありがとう。でも、どうして花束を?」

ソフィーナは花を花瓶に生けながらチラチラとサーシャの方を期待の眼差しで見ている。

「あの……。今日は、ソフィーナ様の、生まれた日、だから……。その……。誕生日、おめでとう、ござい、ます……」

「っ! ありがとう、サーシャ。貴女が今回最初に祝ってくれた人よ。そのための花束だったのね、とても嬉しいわ」

「ん……? 助手の、人は? 祝って、ない……の?」

「……まだよ。去年は祝ってくれたのに、今年は祝う素振りすら見せてないなんて」

サーシャに祝われて綻んでいた顔には明らかに落胆の色が浮かんでいた。

「忘れてる、とか……?」

「うっ、そんなこと、ないはず。だってカレンダーに印だってつけてるのよ!?」

ソフィーナは壁にかけられているカレンダーを叩く。

バンッという乾いた音が工房に反響して、再び静かになる。

「うぅ……」

「痛い、なら……叩かなければ、いいのに……」

「貴女の手、冷たくて気持ちいいわね。もう大丈夫だわ、ありがとう」

「ん。……あ。そろそろ、時間、ね」

「そ、そうね! あ、別に待ち遠しかったわけじゃないんだからね! それじゃあ、私は皆を出迎えてくるわ!」

「気を、つけて……。変な噂も、ある、から……」

「人形の噂でしょ? 大丈夫よ。なんたって私は天才魔女なんだから。じゃあ、行ってくるわね」

工房の扉を勢いよく開けて飛び出していったソフィーナの背中を見送ったサーシャは大きなあくびをした。

彼女は夜型なのだ。ソフィーナが言っていた通り、日の高いうちに起きているのは珍しいのである。

「ふぁ~……。今日は、たくさん、お話、したわね……。疲れたわ」

サーシャは疲労と眠気に負けそうになりながら、ふらふらと黒枢城横にある墓地へと歩き出した。

「手を、貸して、くれる……の? ふふ、ありがと」

誰もいない場所へ話しかけたサーシャは何もない場所へ足を乗せようとした。

普通ならそのまま床に足が当たりそうだが、サーシャの足は宙に浮いている。見えない何かをよじ登ったサーシャは力を抜いて身を任せた。

そして、見えない何か──サーシャの友達は彼女を自宅である墓地の地下に運んでいくのだった。

 

「遅い!」

門前にたどり着いた雄二たちを待っていたのはソフィーナだった。

「一体いつまで待たせるつもり!? 一時間よ、一時間! どれだけ退屈だったと思ってるのよ。退屈すぎて魔法を一つ作っちゃったじゃないっ!」

ソフィーナは魔法を発動させて、炎で出来た小さな鳥を造ると自分の周りをぐるりと回らせて、魔法を解除した。

「凄い、凄い! ソフィーナちゃんって魔法を造れるんだね~。ねぇねぇ、もっかいやって? おねがーい」

「だ、ダメよ。あれはまだ未完成なの。だから人に見せられるレベルじゃないわ!」

美海の絡みから必死に逃れようとするソフィーナだが、なかなか諦めてくれない。

「え~、でもさっき見せてくれたじゃん。ねぇ、見たよね?」

「うん。綺麗な魔法でしたね」

「ほら、沙織ちゃんだってそう言ってるよ?」

「ち、違うの。さっきのは長く待たされたってことを伝えたかっただけでっ」

焦って弁明していたソフィーナは突然肩に手を乗せられてビクッとしてしまう。

させた張本人である誠也は肩から手を離すと今度は背中を軽く押して歩みを促す。

「ちょ、ちょっと、セーヤ!? なんで背中押すのよ。ねぇ、聞いてるの?」

「いいから、ほら出発しようよ。時間は待ってくれないからね」

「ごー、ごーっ♪」

皆がソフィーナの気をそらしているのに遅れた原因が自分にあるということを打ち明けられるほど、雄二は愚かではなかった。

「成瀬雄二、あなたは意外と律儀なのね。嫌いじゃないわよ、そういうところ。いつか打ち明けられるチャンスが来るわよ。さ、行きましょ」

モヤモヤとしながら後を追う雄二の背中を軽く叩いて御影が励ます。

こうして揃ったメンバーはスロースタートながらも、黒の世界(ダークネス・エンブレイス)の観光を本格的に開始した。




第7話につづく


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第7話 暗躍の人形師

中世ヨーロッパを思わせる石造りの街並みは多種多様な種族で賑わっている。

「改めて見ると色んなやつがいるよな」

「初めて来た雄二たちには多種多様な種族が入り交じってるこの光景が普通に見えるかもしれないけど、こんな光景が見れるのはこの都市だけなんだ」

「セーヤの言う通りよ。他の種族の都市は他種族に対して排他的なの。プライドが高いというか、自己中というか、面倒な考えをしてるやつらばかり。ホント、アイツら今度会ったら丸焦げにしてやるんだからっ!」

「というわけで、人族の都である『黒姫の都』、つまりここだけが色んな種族と交流できる都市なんだよ」

途中から脱線していったソフィーナに代わって誠也が説明をフォローする。

しかしその話を真面目に聞いていたのは二人だけ。残りの二人は異世界の食べ物に興味津々だった。

「おぉ、すげー! 道端でポーションが売ってある!」

「雄二雄二! 見てこれ、薬草が売ってあるよ!」

露店を行ったり来たりと冷やかして回る二人は説明そっちのけで異世界を満喫しているようだ。

「はぁ、説明させといて聞いてない……」

「セーヤ、貴方も来たばかりの頃はそんな感じだったわよ。色んな物に目移りして説明どころではなかったわ」

「そういえば、お二人のお仕事ってどんなことをしているんですか?」

沙織の質問に二人は顔を見合わせた。

御影はどうしているかというと、説明を聞き逃すまいとメモ帳とボールペンを手にチラチラと周りに気をとられながら話を聞いている。

「私の本職は研究よ。主に世界の異変について調べてるわ。副業でプログレスをしてるという感じかしら」

「僕はソフィーナちゃんの研究を手伝う助手だね。手伝うといっても研究に使う材料を調達や在庫の整理、散らかった部屋の掃除とかだけどね。高等部に入ってからは学業優先さ」

「研究、ですか。工房とか見るなんてことできませんよね?」

「岸辺さんって研究とかそういうの興味ある人? 工房の見学ぐらいなら問題ないと思うよ。ね?」

「ふん、誰がセーヤにいい顔させてやるもんですか。って言いたいところだけど、私の工房なら見てもいいわよ。お城の方の工房はダメだけどね」

「ありがとうございます! 中等部の時は勉学に勤しむだけで、あまり他のことを知らなくて……。だから、もっと知らないことを知っていこうって決めたんです。な、なんだか改めて言うと恥ずかしいです……」

「意外と沙織は研究者に向いているのかもね」

「可愛い同業者なら大歓迎だよ」

「……ふんっ!」

ゴウッという音ともに火柱が上がった。

突然起きた出来事に御影は呆然とするしかない。火柱を発生させた張本人はスタスタと雄二たちのもとへ歩いていった。

「あの、大丈夫? 盛大に燃やされてたけど……」

「心配しなくても大丈夫だよ、御影さん。いつものことだから」

「え? いつものって……。実は凄く仲が悪いの?」

「違う違う。これは嫉妬の炎ってやつさ。見た目は派手だけど、制服がある程度軽減してくれるから大したダメージはないよ。それに……」

誠也は頭を保護するために被っていた制服の上着を着直す。多少煤けてはいるものの怪我一つない誠也に、御影は驚きを隠せない。

青蘭学園の制服が特殊なものだということはあまり知られていない事実だ。基本的に授業で行われるブルーミングバトルは体操服での参加だ。

制服の効果を実感する機会は普通の日常を送っているだけでは、ほとんどないだろう。

「これでもかなり手加減してる方だよ。ソフィーナちゃんって優しいから」

「爆炎を放っている時点で優しいとはかけ離れていると思うんだけど、これが普通? 青蘭学園の生活には慣れてきたと思ってたけど、全然知らなかった……」

「あはは、こんな普通は私たちの周りぐらいじゃないかなー、なんて」

沙織の呟きに苦笑いを浮かべる御影だった。

 

途中でトラブルがありながらも、ソフィーナ宅に到着した一行。サプライズで用意していたソフィーナの誕生日パーティーは無事成功し、一日が終わろうとしていた。

泊まるところのない彼らを自宅に泊めることにしたソフィーナは寝間着のネグリジェに着替えてベッドに飛び込んだ。

大人が四人は寝れそうなほど大きなベッドのスプリングが衝撃で軋む。

「今日は色々あったけど、最高の誕生日だったわ。たくさん祝ってくれて、プレゼントも貰えたし、満足ね。ふふ、それにしても、あの無表情のユージが人形をプレゼントするなんて……ぷっ。なんだか可笑しくて笑いが込み上げてくるわ、っ」

ふかふかのベッドの上をゴロゴロと転がっていた彼女はふと視線を感じて部屋を見渡した。

「何、今誰かが見ていた? もしかして覗き? ……いえ、気のせいね」

ホッとした瞬間、コンコンとドアをノックする音が部屋に響いた。

「ソフィーナちゃん、入ってもいい? 他の女の子は全員いるんだけど」

「え、ええ。鍵はかかってないから、そのまま入ってきていいわよ」

タイミングよく部屋を訪れたのは美海たち女子陣だった。

「お邪魔しまーす。わわっ、ソフィーナちゃん大胆!」

「お、おお、大人、です、ね!」

「ね、ねぐ、ネグリジェ……っ」

ソフィーナの格好を見た三人の反応は様々だ。約一名羞恥心で顔を真っ赤にして壊れたラジカセのようになってしまった。

「葵、落ち着いて深呼吸しなさい。これはこの世界では普通なの」

「すーぅ、はーぁ……。それが普通……? もしかして十河誠也の前でもその格好なの?」

「そ、そんなわけないでしょ!? 誰がセーヤにこんな姿見せるもんですか! そもそも夜遅くに淑女の部屋を異性が訪れるなんてマナー違反もいいところだわ!」

「どうどう、落ち着いてソフィーナちゃん」

誠也の話になり、ついカッとなってしまったソフィーナ。少し気恥ずかしくなったのか布団に入って体を隠した。

「それで、こんな時間にどうしたのよ。外の景色に変化がないといっても今は深夜、そろそろ日が変わる時間帯よ?」

「えへへ、パジャマパーティーしようかな~って思って。ちゃんと枕も持ってきたよ!」

「貴女にしては用意周到ね」

「あの、美海ちゃん。パジャマパーティーってことはアレ、……するの?」

「もちろん! パジャマパーティーといったら恋バナだよね~!」

「恋バナ?」

「恋バナってあの恋バナ? 誰が好きだとか皆で話す……」

「うん。そうだよ~。私ね、ソフィーナちゃんと恋バナしてみたいな~ってずっと思ってたの。ソフィーナちゃんって誰か好きな人いるの?」

「尊敬している人は現魔女王様よ」

「う~ん、そういうのじゃなくて恋愛の話かなぁ。誠也君はどうなの?」

「せ、セーヤはただの助手。それ以上でも以下でもないわ!」

「えー。でもパートナーとか言ってたよね?」

「私はそういう気持ちがあるのかと思ってました。いつも親しげに話してますし」

ソフィーナは不満そうな顔をする美海と沙織を睨み付けた。そして意趣返しをする口実に気づいて、ニヤリと笑みを浮かべる。

「そういう貴女はどうなのよ。雄二とは仲良いじゃない」

「幼馴染みだもん、仲が良くて当然だよ。それに、ずっと一緒にいたから家族みたいな感じなんだよね~」

「異性とは見てないってこと?」

「う~ん、雄二は生意気な弟、かな」

ソフィーナと沙織は顔を見合わせると肩を竦めた。そして完全に油断していた沙織に話の矛先が向けられる。

「で、沙織、貴女は?」

「うぇ!? わ、私ですか。私は皆さんのことが好きですけど、恋愛感情というわけではないですし……」

「貴女、よく雄二のこと見てるじゃない。そういった感情があるんじゃないの?」

「い、いえ! そんなに見てませんよぅ。ただ、自然と視界に入るというか、いつの間にか目で追いかけてるというか……」

指先を突き合わせて、頬を赤くする沙織を見て、二人はピンときた。その表情は恋する乙女だと。

「ねぇ、葵ちゃんは誰か好きな人とか……ってもう寝ちゃってるね」

「本当ですね。気持ち良さそうに眠ってます」

ベッドの端の方で仰向けに姿勢正しく御影は寝ている。その腕には持ってきていた枕が抱き締められていた。

「ほら、貴女たちももう寝なさい。明日も観光するんでしょ」

「はーい。じゃあ、おやすみ~」

「ってやっぱりここで寝るつもりなのね。はぁ、沙織も寝なさいよ。今更部屋に戻れなんて言わないわ」

「ふふ、ありがとうございます。ソフィーナちゃん、おやすみなさい」

「ええ。おやすみ」

ソフィーナの部屋のベッドは少女が四人寝てもまだ余裕があるほど大きい。

窓から差し込む真っ赤な月明かりが部屋を怪しく染める。

夜が更け、誰もが寝静まった頃、ソフィーナは部屋で何かが動く気配を感じて目を覚ました。

「だれ……? だれか起きてるの?」

寝ぼけ眼を擦り、部屋を見渡す。

その時、雄二に貰った人形を飾っていた棚から物音がした。

「……葵?」

「……」

物音がした方を向いたソフィーナが見たのは、人形を抱えて立つ御影の姿だった。

「葵、どうしたの? 何だか様子が変よ?」

「……」

御影は無言でソフィーナを見据えている。

暗がりに佇み、儚げで虚ろな表情をしている彼女を観察していたソフィーナは御影の体から呪術の気配がすることに気がついた。

「貴女、誰? 葵をどうするつもり?」

『……ふふっ。流石次期魔女王と呼ばれるだけはあるのね。簡単に見抜かれちゃった』

御影の抱えている人形は口を動かすことなく声を発する。

『初めまして、ソフィーナ。私はジュリアよ』

ジュリア、と名乗った声の主。

その名前にソフィーナは心当たりがなかった。

『私を前に考え事をしていられるなんて、思わないことねっ!』

「っ!?」

一瞬のうちに棚の前からベッド付近へと間合いを詰めた御影は愛刀でソフィーナに斬りかかる。

ベッドから転げ落ちるようにして間一髪避けたソフィーナ。

慌ててベッドを見ると寝ている二人は無事だった。

『初めて他人の力を発動させたけど、中々操作が難しいわね。要調整ってところかしら』

ベッドを斬りつけた御影の愛刀はサラサラと砂になってベッドに降り積もる。

『ソフィーナ。貴女を殺せなかったのは残念だけど、この人形は返してもらうわね』

「ま、待ちなさい!」

御影は静止することなく、人形を抱えたまま部屋のバルコニーから飛び出してしまう。

ソフィーナが慌てて駆け寄った時には既にどこにも姿はなかった。

「……ベッドが砂だらけ。葵は砂を操るエクシードを持ってたのね。……二人には悪いけど、このまま寝ててもらうしかないわね」

着ていたネグリジェを脱ぎ捨て、愛着している黒のゴスロリ服に着替える。

そして、鏡の前で身嗜みを整えたソフィーナは音を立てないよう静かに扉を開けて部屋を後にした。

「早く、葵を探さないとっ。 犯人も私に、ましてや私の友達に手を出したことを後悔させてやるんだから!」

蝋燭と月明かりが薄暗く照らす廊下には急ぐ彼女の靴音が静かに響いていた。




第8話につづく


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第8話 捜索

ソフィーナは扉の前で右往左往していた。

誠也の使っている部屋の前に着いたものの、心の準備ができていなかったのだ。

「ち、違うのよ、ソフィーナ。これは夜這いじゃない。緊急事態だから仕方なく、仕方なく来ただけ。だからマナー違反じゃない。落ち着け、落ち着くのよ……」

しかし、彼女の意思に反して鼓動は高鳴るばかり。

「あーもう、あんな話するから変に意識しちゃうじゃない。あいつは助手。あいつは助手! やましい気持ちなんてこれっぽっちもないの!」

「さっきから何してるんだ?」

「ひゃああ!!」

誰もいないと思っていたのに、突然声をかけられたソフィーナは思わず悲鳴をあげてしまったのだ。

「今何時だと思ってるんだよ。いくら自分の家だからって静かにした方がいいんじゃないのか?」

雄二は悲鳴を上げられたことがショックだったのか、それとも寝不足なのか声に覇気がない。

「ゆ、雄二! いきなり後ろから声をかけないでよ、びっくりするじゃない!」

「そんなことより、ソフィーナは誠也の部屋の前で何してるんだ?」

「あ。そうよ! 貴方たちに用があったの! ちょうど良かったわ。雄二! セーヤを起こしてきて。緊急事態よ」

「なんだかよくわからないが、わかった。誠也を起こしてくればいいんだな」

そう言って雄二は部屋に入っていく。

部屋の中から鈍い音と床に重い何かが落ちたような音がしてきたが、ソフィーナは意図的に気にしないようにしていた。

数分後、制服に着替えた雄二と誠也は部屋にソフィーナを招き入れた。

雄二が制服に着替えられたのはこの部屋が内扉で隣の雄二に貸し与えられた部屋と繋がっているからだ。

「それで、緊急事態らしいけど何があったの? こんな時間にソフィーナちゃんが異性の部屋に来るってことはかなり珍しいけど」

三人は丸テーブルを囲んで椅子に座り、会議を始めた。

誠也は寝起きにも関わらず眠気覚ましのために三人分のコーヒーを用意した。

「……葵が誘拐されたわ」

「誘拐って、この館から? 次期魔女王の館から人を拐うなんて、犯人は何を考えているんだ」

「葵って御影のことだよな? 何であいつが拐われてるんだよ。あいつ、今回が初めての異世界なのに」

「そんなの知らないわよ。でも、犯人は私を殺そうとした。葵にも何をするかわからないわ。だから早急に見つける必要があるの」

ソフィーナはコーヒーをブラックのまま口にした。

誠也が気を利かせて用意していた砂糖とミルクに視線は行くものの、雄二がいるためか妙な意地を張る彼女。

そんな彼女をチラリと見た雄二はミルクを自分のコップに大量に注いで、口に含んだ。

「あれ、雄二ってブラック派じゃなかった?」

「うるせぇ、見てて可哀想になってくるから仕方ないだろ。こうするのが手っ取り早いと思ったんだよ」

そんなやり取りが小声で為されていたとは露知らず、ソフィーナは私も試してみようかしらとわざとらしく呟いてミルクポットを手に取って、ほとんど減っていない自分のコップに注ぎ入れた。

「で、犯人の目星はついているのか?」

雄二は甘ったるいコップの中身を無理矢理飲み干すと話を続けた。

「その話をする前にちゃんと何が起きたのか順を追って説明するわね。そうした方がなにか気づくかもしれないし」

ソフィーナは焦りもあったせいか、説明し損ねていたことを詳しく二人に話した。話を聞き終わった雄二は一つ心当たりがあった。

「犯人は俺がソフィーナにあげた人形を介して話しかけてきたんだよな……。もしかしたら俺と御影はそのジュリアってやつを知ってるかもしれない」

「ジュリアに心当たりがあるのね? 早く説明して」

「焦っても仕方がないよ、ソフィーナちゃん。雄二も変に焦らないでいいから」

「お、おう。話を戻すけど、俺はそのジュリアと出会ってると思う。多分あの人形をくれた女の子がジュリアだ。あの子は人形師だから人を操ることだって出来るかもしれない」

「雄二と御影さんが見たっていう人形劇の子か。なにか関係があるのは確かだね」

「とにかくその子を探しに行くわよ。まだこんな時間だし人混みに紛れるということはないはず。その人形劇はどこで見たの?」

「たしか、転移門広場の近くの路地を奥に行ったところだ。近くまで行ったら場所はわかると思う」

ソフィーナはコーヒーを飲み干して勢いよく立ち上がった。

「それじゃあ行くわよ。あの子達が起きる前に解決するのよ。心配させるのも可哀想でしょ?」

三人は館を出て人形劇のあった場所へと向かった。

美海と沙織は未だ夢の中にいる。

 

都の中心にある転移門広場にたどり着いたのは館を出てから約20分経ってからだ。

「雄二、この路地を入っていったところなの?」

「ああ、確かな。路地の突き当たりに木の扉があるはずだ」

「でもそんな扉ないようだけど……」

既に突き当たりの壁が見えているにも関わらず、入り口一つ見つからない。

「あれ? どこかで道を間違ったのか?」

雄二は周りを見渡して首を傾げた。

ここにくるまで路地は一本道。

なのに目的の扉がないという状況なのだ。

「ソフィーナちゃん、なにか見つかった?」

「……この壁には魔法を使われた形跡はないわ。でも、ここだけ壁が違うのよ」

壁をペタペタと触って調査していたソフィーナは不意にしゃがみこんだ。

壁に沿うようにして砂が積もっていることに気がついたのだ。

「この砂、葵が使った砂の感じとよく似てる……」

「砂? ああ、御影さんは砂を操るエクシードの持ち主だったね」

「ということはこの壁は御影が作ったってことか」

「操られて、ね。どうやら段々とコツを掴んできているようね。あのときみたいに砂に戻ってないようだし。エクシードを使いこなしているわ」

「そういえば、御影は端末持ってないのか? 位置情報を検索かければ簡単に見つかりそうだが」

「洋館を出るときに確認したけど、位置は洋館から動いていなかったよ」

御影の端末は彼女の制服のポケットに入ったままなのだ。寝ていたのだから仕方のないことだった。

手に付いた砂を落とし、ソフィーナは立ち上がった。

「ここからは別行動ね。各自周辺の聞き込みや何か手がかりがないか探すこと。二時間後、転移門広場に集合よ」

「なにか見つけたら要連絡ってことだな」

「雄二、迷ったらすぐに連絡を飛ばしてくれ。駆けつけるから」

「そんなに心配しなくても大丈夫だって。じゃあ、二時間後に」

「二時間後だからなー! 忘れるなよー!」

「ちょっと、セーヤ。今はまだ夜なのよ、声に気を付けなさい」

雄二はそんな言葉を背中で受けながら手を振って路地裏から出た。

 

「……ここ、何処だ」

二人と別行動をしてから一時間が経った頃。雄二は広大な墓地を歩いていた。

見渡す限り十字架の墓標。遠くにオーラを放っていそうな城が見えることから、街からそれほど離れていないようだ。

「えっと、黒枢城があっちに見えるから広場は……ってさっぱりだ。どうする、誠也に連絡を」

「どう、したの……?」

「いや、俺は迷ってるわけじゃ──ん? 今、声が聞こえたような……」

「後ろ……、いる、よ?」

後ろ、と言われて振り返るとそこには病的なまでに肌の白い小柄な少女が雄二を見上げていた。

「うわっ、いつの間に」

「つい、さっき……。変な、人が、来たって……みんな、騒いでたから」

たどたどしく、というよりは会話をすること自体疲れるのか途切れ途切れに話す少女。

少女の言う"みんな"を探して周りを見た雄二だったがあるのは物言わぬ墓標のみ。

その事実に何故か背筋が凍るような感覚に襲われた。

「ま、まさかな……。お、そうだ。君、ここら辺で怪しい人を見なかった?」

雄二は色白なその少女に聞き込みをすることにしたのだ。

すると、少女はスッと指差した。

示された方向を見ようと振り返った雄二だが背後には何もない。しかし再び視線を少女に向けても指は同じ方向を示していた。

「向こうで見たってことか?」

「あなた」

ポツリと少女は呟いた。

「怪しい、人……。あなた、変な、格好……してる。それに……」

「……それに?」

「表情が……死んでるもの」

そう、少女は雄二を怪しい人だと指差したのだった。

雄二はどう説明しようかと頭をかいて、中腰になり少女と目線を合わせる。

「えっと、お嬢ちゃん。そうじゃなくてさ」

「……とても、怖い、目に、あったのね……。死の、恐怖が、貴方を、取り巻いてるわ……」

少女はそっと雄二の顔に両手を添える。

まるで死人のように冷たいその手が雄二の心を冷たくしていく。されるがままになっていた雄二は咄嗟に少女の手を退けた。

「……冗談、よ?」

「な、なんだ冗談か。それで、なにか心当たりはないか? 悪いけど、急いでいるんだ」

「……この子が、見たって。案内、してくれる、よ……?」

「できれば君に案内してほしいんだけど。俺には見えないし、声も聞こえないから情報を聞けない」

「面倒、ね。でも……助手の人と、同じ服、着てる。仕方ない、案内する……」

「そうか! ありがとう。よし、早く向かうぞ」

雄二は踏み出そうとするが、それに少女が待ったをかける。

「なんだその腕は?」

「抱っこ……」

しばらく無言で抵抗してみた雄二だったが、少女に諦める気はないらしい。

「……おんぶでいいか?」

「……。仕方ない」

せめてもの妥協案としておんぶに変更することに成功した雄二は少女を背負って墓地を歩いていく。

「そういえば、君の名前は? 俺のことは雄二でいいぞ」

「ん。ユージ……覚えた。わたしは、サーシャ」

「サーシャか。いい名前だな」

「ソフィーナ様に、感謝……」

「なんでソフィーナが出てくるんだ? もしかして名付け親とかか?」

「そう。わたしは、ソフィーナ様に、作られた、ネクロマンサー……。その時に、付けてもらった……」

「ネクロマンサー……」

その言葉を聞いた時、ふと周りに誰かがいるような気配を感じ取った。

しかし、いくら見回しても誰もいないのはサーシャと話しているときのパターンになりつつある。

「ま、また冗談なんだろ。脅かすなよな」

サーシャは少し身震いしている雄二の耳元で小さく笑うだけだった。




第9話につづく


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第9話 呪われし魔女

サーシャを背負って墓地を歩くこと10分。

ようやく彼女から指示が出された。

「……この、近く」

「いや、まだ墓地の敷地内なんだが。本当に誰かいるのか?」

「あそこに……ほら」

雄二はそっと覗き込むようにして指差された場所を見た。

白い墓標が立ち並ぶ隙間から青い髪が見え隠れしていて、全身までは見えてこない。

「確かに誰かいるな。女性か? 人形師の子じゃないな」

「……もう、帰っていい? お喋りは、疲れるわ……」

「今度はあの人に話を聞いてみるよ。協力してくれてありがとう」

「どうして……撫でるの?」

「あっ、すまん。つい癖で」

「ん。別に、いい。……またね」

「ああ。また機会があったらな」

小さく手を振って別れを告げたサーシャは見えない何かによじ登ると音もなく去って行く。その、何とも言えないシュールな光景を最後まで見届けることなく雄二は青い髪のもとへ近づいた。

「世界が融合すれば……消滅。でも、……私になにができるの?」

墓標に隠れながら慎重に近づいていた雄二はふと聞こえたそのフレーズに聞き覚えがあった。

「どこでそれを聞いた!?」

思わず隠れていた墓標の裏から飛び出して雄二はその人物に詰め寄る。少女はいきなり暗がりから飛び出してきた雄二に驚いて尻もちをついていた。

「貴方は誰? 盗み聞きはいい趣味とは思えないけど」

「わ、悪い。盗み聞きしていたことは謝る。その上で教えてくれないか? どこで聞いたのかを」

「図々しい人ね。人に物を頼むのに名前も名乗らない。教えてあげるのは構わないけど、それ以上私に近づかないで」

立ち上がったことで鮮やかな青色をした長髪が揺れる。拘束着のようにベルトで繋がれた闇に溶け込むノースリーブの黒の服。右目は前髪で見えない。

彼女は右肩から右手の指先まで包帯の巻かれた腕を庇うように体で隠そうとしてた。

「わかった、これ以上近づかない。だが、場合によっては案内してもらうかもしれない」

「近づかないならいいわ。案内もしてあげる。……世界が融合すれば消滅する、その話は人形劇で語られてたわ」

やっぱりだ。御影と観た人形劇で聞いたフレーズと同じだと思ったらビンゴだっか。

「場所はここから少し行ったところの路地裏。小さな女の子がやっていたわね」

「その女の子って金髪で小さな王冠を頭に乗せていたりするか?」

「……どうだったかしら。多分そんな感じだったわ。もう満足でしょ。観たのはつい先程だから急げば観られるはずよ」

「そういうことなら急ごう! チャンスを逃すわけにはいかない」

少女は雄二を大きく避けて後ろに回ると走り出した。

ワンテンポ遅れてその背中を追いかけて走る。走りながら端末を操作するのは困難だったが何とか誠也に電話を繋いで矢継ぎ早に情報を伝えていく。

「聞こえるか、誠也! 手掛かりを掴んだ。今から現場に向かうから場所は位置情報で確認してくれ!」

「待って、合流してから向かうべきだ。雄二だけでは危な──」

プツンと電話を一方的に切った雄二は端末をポケットにねじ込んで少女の隣を並走する。二人は駆け足のスピードで目的の路地裏へと向かった。

 

「なぁ、その腕、怪我してるのか?」

「……なんでもないわ」

「なんでもないことないだろ。そんな状態なのに」

雄二は彼女にあわせて歩いていた。

「これは……ただの、呪いよ」

「呪い?」

「ええ。産まれた時から私を蝕む呪い。触れた者の命を吸い取る忌々しい力なの」

だから彼女は執拗に近づくなと言っていたのだ。

そのことに、彼女の他人を思う優しさを感じ取った雄二は何か手助けはできないかと思考を巡らせた。

「その呪いは治せないのか?」

「わからないわ。私には解呪できるほど優れた知り合いはいないもの。いたとしても皆、私から離れていくのよ」

「俺の友達に魔法の天才がいるんだ。そいつは研究もしているから何か役立つかもしれない。良かったら会ってみないか?」

彼女は足を止めた。

突然止まったことで雄二は少し先行してしまう。

「……して」

警戒の眼差しが雄二を貫く。

「どうして、私に関わるの? 貴方とは今日会ったばかり。助けられる謂れはないはず。一体何を企んでいるの」

「別に悪巧みしようってわけじゃない。俺には助けれるかもしれない手がある。だからそれを君に使おうとしてるだけだ。それに、君には情報の対価を払わないとだろ?」

雄二は警戒を解いてもらおうと精一杯笑顔を作ろうとするが表情はピクリとも変わらない。

「変な人。初対面なのに、助けようとするなんて。理解できないわ」

彼女は空に浮かぶ血のように赤い月を見上げる。それにつられて雄二も顔を上げた。

「……今日は満月。何か起こる予感はしてた。まさかこんなお節介な人と会うことになるなんて。……いつか紹介してね」

小さく呟かれた言葉を雄二は聞き逃さなかった。

「おう。今抱えてる問題が解決したら必ず紹介するよ」

「そう……。ところで、どうして貴方は人形劇の場所を探していたの? 誰かに連絡をとっていたし。問題って何のことなの」

「友達が、誘拐されたんだ。その犯人が人形劇の女の子と関係があるかもしれないから探してた。一刻も早く見つけないと手遅れになるかもしれないんだ」

「友達を救うために……。私にも、何か手伝わせて」

「えっ、いいのか?」

「戦力は多い方がいいのではなくて?」

その言葉に雄二は大きく頷いた。

そして再び二人は目的地へと歩き出す。

「そういえば、名乗ってなかったな。俺は雄二。君の名前は?」

「……イレーネスよ」

こうして二人は名前を交わした。

雄二は焦る気持ちを抑えて足を進める。

「ううぅ、アイリーン! どこにいるのぉ。出てきてよぅ」

二人の前方から泣きながら何かを探す幼い女の子が歩いてきた。イレーネスは十分な距離をとって横を通り抜けようとするが、後ろをついてきていた雄二はその子に話しかけてしまう。

「お嬢ちゃん、何か探し物か?」

「アイリーン……大事なお人形さんがいなくなっちゃったの」

「どこでなくしたのか覚えてるか?」

「お人形さんの劇を観たときは一緒だったよ。でも道に出たときにないことに気づいたの」

「じゃあ、その劇を観たところで落とした可能性が高いな。よかったら探すのを手伝うよ」

「いいの……?」

不安そうな顔をする女の子に合わせるように膝をついて雄二は優しく頭を撫でた。

そしてポケットから端末を取り出すとその子に持たせる。

「これなあに?」

「これは俺の大切なものだ。君の大切なお人形を見つけてくるまでこれを持って、ここで待っていて欲しいんだ」

「絶対に見つけてくる……?」

「もちろん。約束だ」

雄二がそう言うと女の子は少しぎこちない笑みを浮かべた。

最後にもう一撫でした雄二は立ち上がって遠巻きに見ていたイレーネスに駆け寄る。

「貴方はやっぱりお節介な人ね」

「それよりも急ごう。もうすぐなんだろ?」

「ええ。確か……そこを入っていったところだったわ」

二人は路地裏へと入っていく。

女の子はそんな二人の姿を道の端に座って見送った。

 

路地裏を道なりに行くと突き当たりにある木製の扉が見えてきた。

扉の前に着いた二人は一旦息を整えて建物の中に足を踏み入れる。

扉の先は劇場になっていて埃っぽい空気が満ちていた。

そして、舞台の真ん中で、照明に照らされて佇む二人の人物。

パジャマ姿の御影とフリルのついた水色のドレスを着た人形師。

「そろそろ来ると思っていたわ。貴方が探しているのはこの子? それともこの喋る人形かしら?」

『あなたたち! 私はいいから、その女の子を助けてあげて!』

雄二とイレーネスは人形の声に驚く。

おいおい、マジで人形が喋るのかよ。

「アイリーン、貴女はお喋りが過ぎるわよ」

「アイリーン……。あの人形が女の子の言っていたやつか」

「何をぶつぶつ言っているのかしら?」

「なーに、まとめて問題が解決できるから手間が省けたって言ったんだ。御影とアイリーン、二人とも返してもらうぞ!」

雄二の宣言に人形師は呆気にとられ、そして愉快そうに笑った。

「私はジュリア。既に舞台の幕は上がっているわ。さぁ、人形たちの舞踏会を始めましょう……うふふふ」

捜索開始から約二時間。

ついに犯人とのバトルが始まろうとしていた。




第10話につづく


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第10話 決着

ジュリアの言葉と共に舞台袖から十数体の人形が二人を目掛けて飛び出してくる。

ナイフを持った者、フォークを持った者、包丁を持った者。それ以外に、針や鋏などの金属で武器になりうる物を構えて人形たちは四方八方から攻撃してくる。

「まさか、セニアとの特訓がこんなところで役に立つなんてなっ! イレーネス、そっちは大丈夫か?」

雄二は特訓で身につけた回避術を使って人形たちの攻撃を避ける。

しかし、イレーネスは観客席の陰に隠れているだけで攻撃を避けることはできていない。

「くっ、大したこと、ないわ」

「お前、包帯が破れて……」

イレーネスが右腕にしていた包帯の一部が先程の攻撃で破れてしまっていた。

破れた隙間から彼女の素肌と赤黒い模様が見えている。

「イレーネス、本当に大丈夫か? 腕から禍々しい黒の靄みたいなのが出てるぞ」

「呪いが、暴走しようとしてる。あなたは早く逃げて。じゃないとあなたの命まで吸い取ってしまう」

「逃げねえよ。俺は御影やアイリーン、それにイレーネスも助けるって決めたんだ」

「でも、このままだと!」

「いいから。この制服でも被ってろ。それは見た目以上に高性能だから、多少は攻撃からも呪いからも守ってくれるだろうよ」

雄二は上着を脱いでイレーネスに放り投げる。彼女は不意に覆い被さったそれを不安そうに持って、雄二へ視線を向ける。

「あなたはどうするの? この数相手に攻撃手段のないただの人間が勝てるわけ──っ!」

人形の投げたフォークがイレーネスの持っていた制服の上着に直撃するが、彼女にダメージはない。

雄二の思惑通り、制服はいい仕事をしていた。

そして、直撃したフォークは形が崩れて砂になり床に降り積もる。

「……なるほどな。そういうことか」

あれは御影のエクシードで作られているんだ。プログレスの攻撃相手ならαドライバーは堅いんだぞ?

無防備に動きを止めた雄二目掛けて人形たちが串刺しにしようと殺到する。

「や、やっぱりな。これぐらいの痛み、特訓で受けた痛みの半分もない。……これで一つ手を封じてやったぞ」

「な、何をしたの! どうして刺されたのに倒れないの!?」

「俺はαドライバーなんだよ。そのことに気がつかなかったお前のミスだ」

「ふん、たった一回攻撃を耐えたからって調子に乗らないことね。私にはまだこの子がいることを忘れてないかしら?」

ジュリアは隣に立つ御影に手をかざす。

すると御影は歩き出し、三歩目から走り出した。その手には彼女の愛刀が握られている。

「流石にそれで真っ二つは洒落にならないぞ、っ!」

「……」

殺意もなく振り下ろされるその刃が雄二のシャツの腹部を横に切り裂く。

「くそ、回避が甘かったか!」

腹部に気を取られていた雄二の一瞬の隙を見逃さず、御影は刀を構えて懐に飛び込んでくる。

「ぐっ、な、なかなか、やるじゃねぇか」

雄二は体を貫かれて膝から崩れ落ちかける。しかし、懐に飛び込んできた御影の体を抱き締めて身動きをとめた。

「痛みなら、なれてるんだよ……。御影、目を覚ましてくれ。お前の力はこんなことのために使うものじゃないんだろ?」

「……っ」

「いくら話しかけても無駄よ。その子は私が操作してるの。あなたは大人しく倒れてなさいな」

ジュリアはイレーネスを襲っていた人形たちを動かして雄二の背中を滅多刺しにする。その衝撃と蓄積される痛みに耐えながら雄二は思考を巡らしていた。

さっき、確かに御影は反応を示していた。それに、リンクを使ったときの感覚と同じものを感じる……。もしかして、これを使えば──。

プログレスとリンクする感覚は雄二の体に刻まれている。一ヶ月前の検査では学園のほぼ全てのプログレスとリンクを成功させたのだ。

プログレスである御影も例外ではない。

雄二は御影の波を感じとり、自らの波長と同期させていく。

今までこれだけは失敗したことはないんだ。

だから、戻ってこい、御影葵!

そして二人はリンクする。

「……あれ? な、ななな、成瀬雄二!? って、え? なんで抱き締めてるの?」

「よかった。意識が戻ったんだな。これで一つクリアだ……。あの、そろそろ刀を抜いてくれ」

「あっ、ごめんなさい。って、私の刹那が成瀬雄二を貫いてる!? えっと、勢いよく抜いた方がいいの?」

「早く抜いてくれるとありがた──」

「ごめん!」

ずぷりと貫通していた刀を引き抜かれる。

御影のエクシードによって作られた刀や人形たちの持っていた武器の攻撃は雄二の体にいくつもの傷を残していた。

「ちっ。急所は避けたけど、この傷は流石に、やばい」

御影に貫かれた腹部からは止めどなく血が流れていく。

「あの、成瀬雄二。そろそろ状況を説明してほしいんだけど……」

御影は人形たちの持っていた武器が崩れて積もっていた砂を使い、愛刀の刹那の鞘を作って納める。

「イレーネス。制服のポケットに入っているケースを、取り出してくれ……」

「け、ケース? これのことかしら。な、投げるわよ!」

イレーネスが制服から取り出したケースをキャッチした雄二は、中に入っていた薬を取り出して飲み込む。

雄二が飲んだ薬はナナ特製の回復薬だ。

完全治癒まではいかないが、雄二の腹部から血が流れ出なくなっていた。

「……詳しい説明は後だ。今はジュリアからあの人形を取り返す。そのために協力してくれ」

「それは、いいけど。……それは何のために? 悪事を働こうと言うのなら今ここで切り捨てるわよ」

「違う。あの人形は別の女の子のものなんだ。それに、御影を操っていたのはあの人形師だ」

二人がステージに目を向けたとき、ちょうどジュリアが舞台袖に消えていくところだった。

「成瀬雄二、もしかしてあの子が犯人?」

「ああ。くそっ、早く追いかけ──」

ドンッという音ともに劇場全体を揺らす衝撃が雄二と御影を襲う。

「っ!? ってなに、あれ。禍々しい黒い靄が暴れてる……?」

「いたた、今度は一体なんだ……よ。おい、まさか、イレーネスなのか?」

彼女の腕に巻かれていた包帯と制服が焼き切れて塵になり流れていく。遮るものを失い露になった呪いの模様から溢れてくる靄は彼女を取り囲みつつある。

「呪いが、体を支配しようとしてるの。奪いたい、触れたい、……寂しいって言っているわ。もう、無理よ。あなたたちは早く逃げて……」

イレーネスは自らの体を蝕まれながらも、二人の命を優先した。もうこれ以上呪いで人を苦しめたくないという思いが彼女をそうされているのかもしれない。

目の前で苦しんでいる友達がいるのに何もできない不甲斐なさに雄二は歯痒かった。

御影はそんな雄二の肩を軽く叩いて前に出る。

「御影、何をするつもりだ」

「成瀬雄二。私ね、なんとなくだけどあの女の子はプログレスなんじゃないかって、あの靄は力が暴走してるからだって思うの。根拠なんてない。ただの女としての、プログレスとしての勘よ」

「でも、だったらどうするんだよ。俺はただのαドライバーだぞ」

「私だってただのプログレスよ。でもね、アルドラとプログレスがいればどんな困難でも乗り越えられる。例えそれが呪い相手でもきっと断ち切れる」

御影は振り返り頬を少し赤らめながら笑顔を見せた。

「だって、世界を救う鍵なんですもの」

その一言が雄二を後押しすることになる。

「御影……、俺はどうしたらいい? どうしたらアイツを救ってやれる?」

「成瀬雄二。あなたはリンクで私のエクシードのサポートを。あと、辛いだろうけど彼女のダメージも肩代わりしてあげてね」

「そうか。αフィールドは毒や精神的なダメージは肩代わりできないが、純粋な物理的ダメージなら問題ない。……わかった、全力でやってやれ! エクシード・リンク!」

コクリと頷いて刹那を鞘から引き抜く。

ゆっくりと引き抜かれたその刀身は青白く発光し、御影の体から力が溢れだす。

すごい……。今までにないほど気が高まってる。これなら呪いごときに遅れなんて取らない!

深呼吸して愛刀に意識を集中させる。

「プライドのためじゃない……世界の、友達のために戦いたい! この一刀であなたの呪いを断ち切ります。じっと、していてください」

御影は腰を落として刀を構える。

「いざ、参る……っ!」

リンクの影響で身体能力も向上していることで御影は一瞬でトップスピードになり、自らの間合いにイレーネスを捉えた。

「やめて……私はもういいの」

必死に絞り出したその言葉に少し躊躇いが生じたが、御影のやるべきことは変わらない。

「その頼みは聞けないわ。だってお節介なアルドラがあなたを助けようとしてるんだもの。その思いの強さは私にも伝わってる。だから、安心して。すぐに終わるわ」

御影の振り下ろした刀は青白い軌跡を描き、呪いに苦しむ少女の意識を刈り取る。

その瞬間、イレーネスを取り巻いていた黒い靄は晴れて呪いの暴走は収まった。

パタリと床に倒れたイレーネスを被害の少ない椅子まで運んだ御影は雄二のもとへと近づいていく。

「ふふっ。お疲れ様、お節介焼きの優しいアルドラさん」

雄二は負荷の限界が来たのか、床に伏して気を失っていた。いつもと変わらない無表情にも関わらず、御影には少しだけ嬉しそうに見えていた。

御影は雄二の体を仰向けにして頭の付近に腰を下ろして、そっと雄二の頭を持ち上げて自分の太股へ乗せた。

「これはお礼よ。やましい気持ちとかないから。げ、現役女子高生の膝枕なんて中々味わえないんだからね? ……ありがとう、助けてくれて」

「雄二っ! 無事なのか!」

「ひぃいいい!!」

突然、扉から飛び込んできた男に御影は思わず悲鳴をあげてしまう。

その男は悲鳴の聞こえた方を見て、御影の存在に気がつくとボロボロになった通路を歩いて近づいてきた。

「御影さん、だよね? よかった、無事解放されたんだね」

「もしかして、十河誠也?」

入ってきた男、誠也は頷くと横になっている雄二の容態を見始めた。

「……ふむ。腹部の傷跡を見るに出血と過負荷による気絶ってところかな。相変わらず一人で強引に解決してしまうんだね」

「あの、あなたはどうしてここに? それに詳しい説明を聞かされてないのだけど」

「まったく、そういうところも相変わらずか。いいよ、説明しよう」

眼鏡を押し上げて説明に入ろうとする誠也に御影は待ったをかけた。

「待って、先に犯人を捕まえないと! まだそう遠くへは行ってないはずよ。人形を取り返さなきゃ!」

「その犯人なら既に捕まえてるわ。人形とやらもバッチリね」

「ソフィーナちゃん、遅かったね。ジュリアは引き渡せたかい?」

「もちろん。ジュリアって子は呼んでおいた警邏隊に連れていってもらったわ」

銀髪の人形を抱えて劇場に入ってきたソフィーナは近づいてくると人形を雄二のお腹の上に座らせた。

「と、いうわけだから何の心配もいらないよ。問題はすべて解決さ」

「いや、……まだだ。人形も返してないし、イレーネスだって……」

雄二は意識を取り戻して、起き上がろうとする。だが、それをアイリーンが止めた。

『あなた、まだじっとしておいた方がいいのではなくて?』

雄二のお腹の上に座っていたアイリーンは切り裂かれた服の隙間から雄二のお腹を撫でた。

「もう大丈夫だ。……アイリーン、持ち主のところに連れていってあげるからな」

『……無理してはダメよ?』

「わかってるよ。あ、そうだ。ソフィーナ、頼みがある。イレーネスって少女にかかっている呪いをどうにかできないか?」

「イレーネスってそこの椅子で寝ている子かしら? 確かに強力な呪いがかけられてるわね。でも、私が得意としてるのは研究よ? 呪いの解呪は専門外だわ」

雄二は体を起こして、ソフィーナに深く頭を下げる。

「頼む! イレーネスはずっと一人で呪いと戦ってきたんだ。頑張ってきたんだ。お願いだ、彼女を救ってくれ」

「勘違いしないでよね。誰も助けないとは言ってないでしょ。私は専門外だけど、知り合いに掛け合ってみるわ」

ソフィーナはそっぽを向いたまま、雄二に答えた。

「ありがとう。これでアイリーンを返せば万事クリアだ」

「雄二、肩を貸すよ」

「問題ない、一人で歩ける。よし、美海たちが起き出す前に全て終わらせるぞ」

イレーネスをこのまま知り合いのもとへ連れていくと言うソフィーナを残して、雄二たちは劇場を後にした。




第11話につづく


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第11話 次の世界へ

「君のお友達は見つかったぞ。今度はなくさないようにしろよ?」

劇場を後にした雄二たちは路地裏を抜けて、端末を預けた女の子が待つ場所に戻ってきた。その女の子は雄二の端末を小さな両手で握りしめて約束通り待っていたのだ。

「アイリーン! ありがとう、お兄ちゃん! はい、これっ。ちゃんと約束守ったよ!」

「俺も約束を守れてよかったよ。君は偉いな~」

「えへへ~、くすぐったいよぅ」

端末と人形を交換した雄二はその子の頭を撫でてあげた。この世界は常に暗いとはいえ、子供を一人で待たせていたのだ。雄二は精一杯彼女を誉めてあげることにした。

「もういいよぉ、お兄ちゃん。髪がぐしゃぐしゃになっちゃうよ~」

「おっと、すまんすまん。でも、どうしてこんな時間に劇を見に行ったんだ?」

「パパとママが行っちゃダメだって言うの。だから、みんな寝ちゃった後にこっそり家を抜け出して……それで、うぅ」

「これに懲りたら両親の言うことはきちんと守れんだぞ?」

「うん。言うこと聞く」

「よし。じゃあ、気をつけて帰れよ」

乱れた髪を整えてやり、雄二はその場を去ろうとしたがボロボロになった雄二の服を摘まんで少女は引き留めた。

「アイリーンがお礼を言いたいんだって。ほら、アイリーン」

『そ、その、ありがとう。あなたのお陰でまた戻ってこれた。感謝してるわ』

「俺は何もできなかった。それに取り返したのは誠也たちだ。お礼ならそっちに言ってやれ」

『あなたが居なかったら私は見つかることすらなかったわ。だからあなたたち全員に感謝してるの』

「あのね、わたしもお兄ちゃんにお礼したいの! だからしゃがんで目をつぶって?」

言われた通りに雄二は少女に合わせるようにしゃがんで、目を閉じた。

少女は両手で雄二の顔を挟むと自分の顔を近づけていった。

「こう、か? ……っ、今のって」

「お礼のチューだよ! じゃあまたいつか会おうね! ばいばーい!」

少女がキスをしたおでこに手を当てながら雄二はその場で呆然としていた。

少し離れた場所で誠也は温かい目を雄二に向けて、その隣では顔を真っ赤にした御影が口をパクパクとしていた。

「最近の女の子は大胆なんだな……」

この後、御影に問い詰められたのは言うまでもない。

 

ソフィーナの館に到着した雄二たちは少し早めの朝食を取ろうと食堂に向かった。

するとそこでは制服に着替えた美海と沙織が談笑を楽しんでいたのだ。

そして今、ソフィーナを除く全員で朝食を取っていた。

「ねぇ雄二、このお肉美味しいね! 何のお肉なのかな」

「美海、異世界でそれを聞くのは危険だ。美味しければそれでいい。そういうことにしとけ」

「そうなの? じゃあ聞かない。あ、もう1つ気になってることかあるんだけど」

「食事中ぐらい静かにしたらどうだ?」

「それでね、朝起きてから気になってたんだけど、どうして雄二は女子の制服を着てるの?」

黒の世界で採れた野菜をフォークで刺して食べようとしていた雄二の動きが止まった。

「あ、美海ちゃんも思ってたんだね。私も誰の制服着てるんだろうって思ってたの」

「沙織ちゃんも? 私でも沙織ちゃんでもないってことは葵ちゃんの?」

「っ!! ごほっ、ごほっ」

御影はコップの水を飲もうとしていたところに話の矛先が向けられてしまい、水が気管に入って咳き込んだ。

「わ、私は何も、知らないわよ?」

「おい、集中を乱すなって!」

集中が切れたことで雄二の着ていた上着はさらさらと砂になり床に積もる。上着が消えたことでボロボロになったシャツが丸見えになってしまった。

「はぁ、雄二~ぃ? また何か隠れてやってたの?」

「雄二さん、一人で抱えなくてもいいんですよ。私たちにできることなら相談に乗るのに……」

「ごめんなさい、成瀬雄二。私のミスだわ。制服を作り間違うだなんて」

「あー、別に隠れてやってた訳じゃないんだ。朝早起きしてしまったら外の庭で御影が特訓してるところを見てしまってな。それで一緒に特訓してたらシャツがボロボロになってしまったんだ。食堂で食べてから着替えようと思ってたんだが、思いの外早く美海たちが来てしまったから、慌てて御影に上着を作ってもらったという感じだ」

雄二の口から出てきた嘘は咄嗟についたものにしては辻褄があっていた。

美海たちは疑いの目を向けながらも、一応は納得したようだ。

慌ただしかった深夜の出来事が嘘かのように朝食の時間はのんびりと過ぎていった。

「そういえば、ソフィーナちゃんは? もしかしてまだ寝てるのかな?」

「いや、ソフィーナちゃんは仕事に行ったよ。何か急な呼び出しがあったみたいでね。僕もこの後向かわないといけないんだ」

「そっかぁ。お仕事なら仕方ないよね」

「ということは次の世界には一緒に来ないんですか?」

「んー、そうなるかな。僕の案内は今日の昼、雄二たちを見送るまでだね」

美海たちが話していると服を着替えるために部屋に戻った雄二が食堂に入ってきた。

今度は間違いなく男子制服を着ている。

「誠也。お前の制服ピッタリだったぞ」

「着れてよかったよ。でも、僕の制服なんだから大事に扱ってよ?」

「わかってるよ。で、何の話をしてたんだ? この後の予定か?」

「ええ、そうよ。次の世界には昼頃に行くそうよ」

「じゃあ、それまでにこの世界の土産を買わないとだな。……よしっ、早く行こうぜ」

用意されていた紅茶を流し込んだ雄二は自分の部屋へと戻っていく。

それに合わせて美海たちも準備をしに部屋に戻った。

 

荷物をまとめた雄二たちは土産品を買うために都中を巡った。

露店の薬草売りや何故か青く光る親指大の小石を手提げかごに入れて売り歩く少女、日用品を取り扱う店など巡っているうちにお昼になっていた。

そして次の世界に行くために転移門のある広場にいた。

「観光してると時間ってあっという間に過ぎていきますね。地球とは違う世界は初めてでしたけど、何事もなく平和な世界で良かったです」

「だよね~。1日だけじゃあまわりきれないよ。あ、でも、いっぱい青の世界と違うとこがあって面白かった! お土産も買えたし私は満足だよ~」

「ひな……美海は何を買ったの?」

「えっとね、薬草、ぬいぐるみ、光る石、きれいなガラスのコップ、その日の運勢で色が変わる水晶とか。それぐらいかな」

美海は買ったお土産を思い起こしながら指で数えていく。美海の買った大量の土産は鞄に入りきれず、雄二の鞄の中に収まっている。

「美海は買いすぎだろ。そんなに使ってたら後がないぞ」

「雄二が少なすぎるんだよ。道端で女の子から光る石を何個か買っただけじゃん」

「妹と美伽に送る分があれば十分だし、あまりこの世界独特のものは避けたかったんだ」

「青蘭島の外に物を送るときは一応チェックがあるけど、小石ぐらいなら問題なくクリア出来ると思うよ」

誠也が言った通り、一応検査が行われる。検査といっても大袈裟なものではなく危険物や影響の強いものをチェックするだけだ。

「それで、次に行くのはどこなんだい? 全部の世界を訪れるつもりとか聞いたけど」

「次は赤の世界にしようかと。えっと、私が決めてよかったんですか?」

「問題ねえよ。赤か白のどっちを先に行くか決めただけでとやかく言わない」

「うんうん! 沙織ちゃんだってチームのメンバーなんだし、もっと意見を言っていいんだよ」

「ところで御影さんはどうするの? 土産も買ってなかったようだけど」

「私はまだこの世界にいるつもり。買い物してるときにキャロルから連絡があって、彼女もこの世界にいるらしいから」

「そっかぁ。それじゃあまた学校で会おうね!」

「ええ、また学校で。あなたたち、特に成瀬雄二はトラブルに巻き込まれやすいんだし、気を付けなさいよ」

「わかってるよ。じゃあまたな。誠也も仕事頑張れよ」

「またね、葵ちゃん。それと十河くんも」

雄二たち三人は二人と別れて転移門をくぐる。

青の世界に戻ってきた彼らは一旦荷物を整理するために自宅へ戻り、再び青蘭島の転移門広場へ集まった。

「お待たせ~。じゃあ、行こっか!」

「美海ちゃんは今回もリュックなんですね。私もリュックにしてみました」

くるりとスカートを翻らせて回った沙織は少し照れが顔に出ていた。

「わぁ~、お揃いだね♪ やっぱりリュックだと動きやすいもんね」

「いつまで立ち話するつもりだよ。早く赤の世界に行くぞ」

雄二は一人で転移門をくぐろうとしたが右手と服を引っ張られてつんのめってしまう。

「雄二はすぐに迷子になるから手を繋ぐの。ほら、沙織ちゃんも」

「わ、私はこうして服を持ってるのでご勘弁を……」

「俺は子供か。そこまでしなくても問題ない。って話を聞けよ! 本当にこのまま行くのか!?」

雄二の言い分に耳を傾けることなく美海は赤の世界へと繋がる転移門をくぐり、それにつられて雄二と沙織も続く。

 

イベント終了まで残り5日。




これで第1部・黒の世界は終わりです。
次は第2部・赤の世界です。


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第12話 再会と新たな出会い

『テラ・ルビリ・アウロラ。通称「赤の世界」。金色の海にプレート状の大地が浮かぶ、明るさに満ちた世界。世界は7人の女神たちが統治しており、「祈り」が人々の原動力となる』

以上、青蘭学園の教科書より抜粋。

 

雄二は一人、森の中を歩いていた。

近くに人の姿は見当たらず、周りは木々ばかりである。

何故雄二はそんな場所に一人でいるのか。

「異世界は俺をとことん迷わせたいようだな」

早速迷子になっていたからだった。

──時は2時間ほど遡る。

 

準備を終えた雄二たちは赤の世界へと渡った。

そんな雄二たちの目に真っ先に映ったのは橙色をした雲が浮かぶ薄桃色の空だ。

「わぁ、空がピンク色……! きれいだね~」

「美海ちゃん、街並みもすごいです。まるで神話のなかにいるみたい」

視線を街へ向けると、古代ローマまたは神話に出てくるような街並みが続いている。遠くの丘の上には宮殿らしき建物が見えていた。

「教科書通りならこの近くに闘技場があるはずだ。まずはそこに行くか? あと、手を離せ」

雄二が手を振りほどこうとしても、しっかりと握られた美海の手はほどけない。

美海は雄二の手を引いてスタスタと歩き出す。

「闘技場にも行くけど、色々歩いて回ろうよ。天使とか妖精とかいっぱい見つかりそうだよね」

「それに、早めに今日泊まる宿も確保しないといけません。誰か知り合いに会えればいいのですが」

「赤の世界の知り合いというとアウロラとかフローリアがいたな」

「あとディアンナちゃんとか、ヴァレリアちゃんとか」

「知り合いの方たちが女神、妖精、騎士だなんてすごいラインナップですよね。黒の世界でも思ったんですけど、私たちの世界って平凡ですね」

その事がおかしいのかクスリと笑う沙織。

少なくとも青蘭島の人間は平凡という枠から逸脱している。

そう思う雄二だったが沙織の嬉しそうな顔を見て口には出せなかった。

「あっ、離しちゃダメだってー」

美海は気づいていなかったようだが、沙織は門をくぐり抜けた時には既に雄二の服から手を離していたのだ。

「ふふ、美海ちゃんは照れ屋さんですね。素直に手を繋ぎたいって言えばいいのに」

「な、なんのことかなぁ~? あっ、何か向こうにありそうな予感!」

パッと雄二の手を離して美海は走り出す。呆気なく雄二の手は解放された。

「沙織ちゃんも早く~! それと雄二も!」

「俺はついでかよ」

「はーいっ。ふふふ、本当に美海ちゃんは可愛いですね」

 

美海の赴くままに街を歩いていた俺達は途中で立ち寄った青果店の人から聞いたオススメスポットへ向かっていた。

街からしばらく歩いたところにあるその場所はフラワリーガーデンと呼ばれ、妖精たちの故郷として噂されている場所らしい。

「フラワリーガーデンってどんなところなんだろうね」

美海は青果店で買ったブドウのような見た目の果物を食べながら呟いた。

歩く度に揺れる体から楽しみで仕方がないという気持ちがひしひしと伝わってくる。

「そんなの行けば分かるだろ。着くまでに食べてしまえよ」

「っん、雄二ってたまに私に冷たいよね。あ、もしかしてこれがほしいの? もう~、そうならそうと言えばいいのに~」

美海は持っていた果物を一粒摘まんで雄二の口に押し付けてきた。

「やめろっ、くれるなら普通にくれ。……でもまぁ、美味いな」

「でしょ~。ブドウみたいな見た目なのに、ミカンの味がするからびっくりだよね~」

雄二が次々差し出されるブドウもどきを食べていると、左袖を引かれた。

「どうし──っ」

「あの、これも美味しいですよ!」

突然沙織によって何かを口に放り込まれた雄二は言葉が詰まってしまう。

「……雄二さん?」

「何を食べさせたんだ? イチゴのような味だったけど」

沙織は恥ずかしそうに編みかごに入れられたイチゴの見た目をした果物を雄二に見せた。

「雄二、なんで私のときと反応が違うのさ。あ、見て! あの丘の向こうがキラキラ光ってるよ!」

美海は雄二が何かを言う前に丘の方へと走り出してしまった。

「急に走ると転けるぞー」

雄二と沙織は駆け足で美海を追いかける。

そして、丘の上で立ち止まっていた美海に追い付いた雄二はそこから見えた景色に目を見開いた。

「これは、確かにすごいな……」

「はい……。とても、綺麗です」

「見渡す限りお花がい~っぱい! 私のエクシードで花びらを巻き上げたらもっと幻想的じゃない?」

雄二は力に集中しようとしている美海の頭を小突いて止めさせる。まだ上手く力を制御できない美海がそんなことをすれば世界問題になりかねない。

「やめとけ、幼馴染みを犯罪者にはしたくない」

「むぅ、冗談だって! 沙織ちゃんも可哀想な子を見るような目で見ないで!」

「ふふっ、冗談です。早く行ってみましょう」

丘を下っていると花畑で横になっている人の姿を見つけた。

花の上に広がる赤い髪と見覚えのある特徴的な服を着たその人物のもとへ無警戒にも美海と沙織は近づいていく。

その後ろを雄二は少し遅れて歩いていた。

「あのー、大丈夫ですか? ってアウロラ?」

「はい? あら~、美海ちゃん。こんなところで出会うなんて珍しいですね~。あら? 沙織ちゃんと雄二さんもご一緒なんですね」

アウロラは体を起こして目を擦る。その仕草に思わず和む三人。

「久しぶりだな、アウロラ。記憶は戻ったか?」

「お久しぶりです~。残念ながらまだ何も……。初めて目を覚ました場所に似たここなら何か思い出せると思ってずっといるのですが」

「ずっと? えっと、ご飯とかどうしているんですか?」

「ご飯ならいつも──」

「アウロラ~! ご飯持ってきたよ~」

自分の体が収まりそうなほどのバスケットを手に持って、ふらふらと飛びながら雄二たちのもとへ飛んでくる一人の妖精。

「──フローリアが持ってきてくれるの」

ニコリと笑うアウロラ。フローリアは訳がわからず首をかしげた。

「あっ、アルドラの人がいる~!」

「おー、フローリア。相変わらず元気そうだな」

顔の前まで飛んできたフローリアとハイタッチをして、頭を撫でてやる。

フローリアとはチーム結成を宣言した食事会以来、何度か学園で会っていて親しくなったのだ。

「えへへ~、アルドラの人も相変わらずだね。優しい感じがするよ」

「こんにちは、フローリアちゃん。私たちも一緒だよ~」

「えっと、誰だっけ? ……むむむ、思い出せそうな気がするぅ」

頭を抱えて唸るフローリアの様子からして二人のことは覚えていないようだ。そんな二人はショックだったのか彼女を取り囲んで懸命に説明している。

雄二はというと、アウロラが食べているバケットサンドに気を取られていた。

「……あのぅ、私の顔に何かついているのですか? あまり見つめられると食べづらいです」

「あ、いや、すまん。そのバケットサンドが美味そうだったから。あと、このハンカチ使っていいから口元を拭いたほうがいいぞ、ソースがついてる」

まさか、妹にハンカチを持つよう習慣付けられていたことが功を奏すとは……。

渡されたハンカチで口元を拭いたアウロラはバスケットからバケットサンドをひと切れ取り出すと雄二へ差し出した。

「よかったらひと切れいかがですか? 私には多すぎるので」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

アウロラの隣に座って雄二はかぶり付く。

「……このバケットサンド、どこの店のやつなんだ? 金をとれるレベルだぞ」

「これはいつもフローリアが届けてくれるので、どこのものかは……」

「そうか。ふぅ、ご馳走様。すごく美味かった。出来れば美海たちにも食べさせてやってくれないか?」

「もちろん。まだたくさんありますから是非」

美海たちを思い出したのか楽しく話していたフローリアがふわふわと飛んできた。

「ねえねえ、それ美味しかった?」

「すごく美味かったぞ。フローリアも貰ったらどうだ?」

「ううん、大丈夫。味見したとき食べたから! 実はね、わたしが作ったんだよ~」

「えっ、フローリアちゃんって料理できるの!?」

「えっへん! アンバーに教わってるんだ~」

「アンバー?」

初めて聞く名前に首をかしげた。

「アンバーはね、ルビーのお姉ちゃんなの! お転婆な妹と違って優しくてしっかりとしたお姉ちゃんなんだよ~」

「へぇ~、妖精にも姉妹っているんだね! それでそれで、今アンバーちゃんはどこにいるの?」

「あっち!」

フローリアが指差した方向には花畑の絨毯があり、その先には鬱蒼と生い茂る森が見える。

森のなかにいるってことなのか?

「フローリア、案内してはどう?」

「う~ん。でも、アンバーは知らない人を連れてきちゃダメだって。でもでも、案内してあげたい……」

「それなら俺だけついていくのはダメか? 方向音痴の俺なら、道を覚えられる心配も薄れるだろ」

「それなら、いいのかなぁ? アウロラはどう思う?」

フローリアに聞かれたアウロラは雄二から借りたハンカチを握って微笑みを浮かべた。

「雄二さんは優しい人です。きっと悪いことはしないはずですよ。だから案内しても大丈夫だわ」

「そっか。アルドラの人、優しいもんね。わかった! アンバーのところに案内するよ!」

「雄二さんをお願いします」

「えぇ~、雄二だけずるい!」

もぐもぐと口に含んだ状態で喋る美海の言いたいことは何となく俺に伝わっていた。

「喋るのか食べるのか、どっちかにしろよ。そのバケットサンドが美味しいのは分かるが、フローリアや沙織の分も残して……」

「もぐもぐ」

「はぁ、フローリア。美海が食べるのに集中してるうちに案内してくれ」

「はーいっ、ちゃんとついてきてね。もし森のなかではぐれたら見つからないかもしれないから」

「フローリアが前を飛んでくれているのに見失わないよ」

俺は自信ありげにそうフローリアに告げた。

 

そして現在、見事なまでに迷っていた。

「まさか、見失うとはな……」

森に入ってしばらくして雄二が少し景色に気をとられてしまい、視線を戻せばフローリアは居なくなっていた。

その時に呼び声をかければよかったのだが、近くにいるだろうと歩いたことが仇になっていた。

「端末のマップも使えない、連絡もとれない、周りは鬱蒼と生い茂る木々のみ。……完全に孤立したな」

「──」

そんな雄二が闇雲に森を進んでいると何処からか人の声が微かに聞こえてきた。

美海たちが近くにいるのかもしれないな。

雄二は声のする方へと木々の間を進んでいく。

次第にその声は聞き取りやすくなり、突然開けた場所に出た。

「大きな泉だ。水も澄んでいるし、飲めたりするのか?」

雄二は少しの間、泉を覗いていた。

どうやら思った以上に深そうだ、ってそうじゃない。声の主を探しに来たんだった。

泉の近くには老朽化して崩れ落ちたのか苔むした神殿のような建造物しかない。

既に美海たちの誰かであるという線は消えている。

でも、ここまで来たら覗くしかないだろ。

その建物に近づいていくほど、はっきりと聞こえてくる声。

崩れ落ちて大きな入り口と化した部分から覗きこんで中を見た。

そこには膝に顔を埋めて地面に座るブロンドの髪を二つ結びにした少女がいた。

──「ごめんなさい」と何かを謝罪しているその声の主は、小さな天使の少女だった。




第13話につづく


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第13話 訳あり天使

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

一体何を謝っているんだ?

その少女はポツリ、ポツリと謝り続けている。

雄二が瓦礫の陰で彼女を観察していると言葉に紛れて、水滴が落ちるような音がした。

「もしかして、泣いているのか?」

「ひぃいいっ!! だ、だれ?!」

しまった、声に出てたか。

突然聞こえた知らない声に少女は心底恐怖し、あたふたとしていた。

これ以上怖がらせるわけにはいかないな。

雄二は彼女から見える位置へと移動して姿を表した。

「あの」

「ひぃいいっ!! ごめんなさいごめんなさい! 私なんか食べても美味しくないです体なんてちんちくりんだし、すっとんとんだし、翼も片方しかない出来損ないの醜い落ちこぼれ天使ですぅ! だからだからっ」

どうやら逆効果だったみたいだ。

「とりあえず落ち着け! 俺は君を食べたりしない」

「本当、ですか? 嘘だったらエクスシアちゃんに叩いてもらいますよ?」

「エクスシアちゃんってのが誰かは知らないが……嘘じゃないぞ。それに、お前は醜くなんてない。むしろお前みたいな綺麗な天使は初めて見たぐらいだし」

まぁ、天使を見たのも初めてなんだけど。

雄二はその事をそっと胸にしまっておく。

「あの……、そう言ってもらえるなんて、すごく嬉しいです」

少女は褒められて落ち着いたのか、頬を赤く染めて少し恥ずかしそうだった。

雄二はホッと胸を撫で下ろす。

誠也流異世界で女の子に怪しまれたときの対処法その1が役に立ったぜ。因みに、その2はない。

「俺の名前は雄二。今日初めてこの世界に来た地球人だ」

「わ、私はレミエル。……一応、天使のレミエルです」

片翼の天使、レミエルは膝から少し顔をあげて俺を見つめた。

 

レミエルはびくびくとまだ少し怯えながらも俺と話してくれていた。

「あの、ユージさんはどうしてここにいるのですか?」

「森の中を歩いてたら道に迷ってな。その時に声が聞こえてきて、辿ってみたらここについたんだ」

「……森には人払いの魔法がかかっているんです。普通の人は惑わされて、入ったら最後まで出れないはずなんですけど」

そうか。フローリアが出れなくなると言っていたのは魔法がかかっていたからか。

「もしかしたら俺が普通の人間じゃないからかもな」

「普通の人じゃない、ですか? ユージさんは表情以外普通の男の人に見えますけど」

俺の表情はやはり普通じゃないのか。無表情はダメなのか!?

「表情のことじゃなくて。αドライバーって言葉に聞き覚えはないか? 俺はαドライバーなんだ。だから普通の人間じゃないんだよ」

「αドライバー……。聞いたことがあります。その者たちは少女を従えて世界の危機に備えているって。ま、まさか、ユージさんがそんな人だったなんてっ」

「ちょっと待て! 何か勘違いをしていないか? 確かに世界の危機に備えているけど、従えているわけじゃない! あいつらは大事な仲間だ」

「ユージさんは素晴らしい方なんですね。それに比べて私は……」

レミエルは自分の翼を暗い表情で撫でる。

それにつられて雄二もレミエルの翼に手を伸ばしていた。

「ひゃっ!? ゆ、ユージさん!?」

「あっ、いや、すまん。地球には天使がいないから珍しくてさ。その……ダメか?」

「あの……私たち、今日あったばかりですし……そういうのはもっ──」

「だよなぁ。わりぃ、無理言ったな。俺にできることがあったら言ってくれ。お詫びに協力するよ」

「──と仲良くなってから」

『えっ?』

レミエルの声とかぶってしまったような……、気のせいか?

「今何か言った?」

「い、いえっ、なんでもない……です」

「そうか……」

これはあれだ。明らかに空気が死んだ。

こういう時、美海がいればどうにかなっていたんだが……。

俺一人で乗りきるしかないようだ。

「あ、あの、αドライバーってどんなことができるんですか?」

「えっ、あっ、そうだな。プログレスって言う女の子たちのサポートが主だな。αフィールドを展開してダメージの身代わりをしたり、プログレスとリンクしてエクシードの真価を発揮させたりできるぞ」

あと、美海相手ならエクシードを使うことも。ってのは言わないでおくか。

「エクシードの真価をですか! あの、私っ、こう見えてもプログレスで! でもでも、まだエクシードに目覚めてなくて」

「オーケー、わかった。わかったからとりあえず落ち着け。つまりレミエルのエクシードを目覚めさせる手助けをすればいいんだな」

「は、はい! あ、いえっ……、厚かましいお願いでしたよね。その、ごめんなさい……」

なんとなくレミエルがどういう子なのかわかった気がするぞ。

この子は後で思い返して後悔するタイプだ。

「よーし、レミエル。こんな薄暗くて埃っぽい場所に隠れてないで泉の方へ行くぞ。何が起こるかわからないからな、なるべく場所は広い方がいい」

「あの、いいんですか? それに、ユージさんって迷子なんじゃあ」

「別にいいんだ。美海たちには後で謝る。今は目の前の悩める女の子を救うだけだ」

「えっ、私は別に悩んでなんか」

「お前が悩んでいるのは翼のことだろ? あれだけ悲観的になってたら誰だってわかる。まぁ、何に対して謝っていたのかまではわからなかったけどな」

今のレミエルは悲観的になりすぎているのだろう。何があったかはわからない。でも、俺のアルドラとしての力が彼女の助けになるかもしれないんだ。

ここは頑張るしかないだろ。

「…………」

「ほら、いつまでも座ってないで行こう。俺とリンクするぞ」

「あの、まだ、心の準備が」

俺はレミエルの手をとって引っ張るようにして立ち上がらせる。そして泉のほとりへとやってきた。

「よし、これからレミエルとリンクをする。初めてで戸惑うかもしれないが我慢してくれ」

「手は繋いだままなんですか? その、は、恥ずかしいのですが」

「別に繋いでいなくてもできるが……。わかった、手を離した状態でやろう」

「お、おねがいしますっ」

胸の前で手を組んで目を閉じるレミエルは、まるで祈りを捧げる天使のようで泉に反射した光がキラキラと照らしてより神秘的なものへと昇華している。

意識を自らが発しているリンクの波とレミエルの発している波へと集中させる。

まだ御影とリンクした時の感覚も残っている。大丈夫だ、きっと……。

無言で向かい合ったまま時間だけが過ぎていく。

雄二にとってリンクを繋ぐだけならば、時間はかからない。だが、何故かレミエルの波は掴み損ねていた。

拒んでいるのか? それと、もうひとつ感じる波は一体……。

「っはぁ、どうやら、まだ、無理みたいだ」

「どういうこと、ですか?」

レミエルは目を閉じたまま小首を傾げる。

「えっとだな。俺が言うのもなんだが、まだレミエルが俺のことを警戒しているみたいだから。リンクを心のどこかで拒んでいるんだ」

「そんなっ、私はユージさんを信用しています!」

やっと目を開けて弁明する彼女の前に指を立てる。

「それともうひとつ。君のなかに二つの波を感じた。その二つが干渉しあって、リンクしづらかったんだ」

「それは私がダメダメだから……」

「違うって。むしろ俺がもっと上手くリンクできるアルドラだったらよかったんだ。レミエルは悪くない、だからそう自分を責めるな」

「はい……。あの、ごめ──」

「ごめんなさい、じゃないだろ? こういうときは、ありがとうって言えばいいんだ。俺は謝ってほしいわけじゃないからな」

雄二はレミエルの頭を優しく撫でる。

この短い間にレミエルという女の子の色々な一面が見れた。それに対するお礼も兼ねての行動だ。

「あぅ……あり、ありがとう」

「ああ。それでいいんだ」

雄二はレミエルの髪は手触りが良く、風が吹けば靡くサラサラとした綺麗なブロンドだと思い知ったのだった。

流石は本場、赤の世界の天使だな。

……さて、これからどうするか。

レミエルの頭を撫でながらそんなことを考えていると森の方から何か聞こえてきた。

「レミエル、今何か聞こえなかったか?」

「あ、あ、あの、手を、手をっ」

「お、おう」

俺は撫でていた手をどけて、レミエルが見つめる森の奥へ視線を向けた。

「あれは……女の子?」

木々に隠れてよく見えないが、ベージュ色の長髪がチラチラと見えていた。

「レミエル、知り合いか?」

彼女はコクりと小さく頷いて俺の後ろに隠れる。

俺はレミエルに向けていた視線を再び前へと向けて、少女を観察してみた。

背はレミエルと同じぐらいか?

翼は……正面からだとわからないな。人間、なのか? いや、でもさっきレミエルが言っていた通りなら普通の人間はここに来ることができないはず。なら彼女は──

「あなたは、こんなところで何をしているの?」

「あー、俺は、その、道に迷ってな。いつの間にかここにいたんだ。そういう君は何故?」

「私はお友だちを迎えに来たの。天使の女の子なんだけど会わなかったですか?」

ここにいた天使はレミエルだけ。つまりレミエルを迎えに来たということなのだろう。

「……見てないな。俺が来たときには誰もいなかったぞ」

「そう、ですか。片翼の天使ですからすぐに見つかると思ったのですけど。ねぇ、レミエル? その人の後ろに隠れてもその特徴的な翼までは隠れてないよ?」

「あっ!」

慌てて自分の翼を確認したレミエルは声をあげてしまう。その声で完全にバレてしまった。

「あぅ、なんで私なんかを迎えに来たの? 私がいてもいなくても同じなのに」

「いてもいなくても同じなら、せめて必要とされてる限りいないと。今日は天使の会議がある日でしょ?」

「でも……あ、ユージさんの道案内をしないといけないの!」

「それは私が請け負うわ。その、ユージさんってこの人でしょ? だから早く行って。ガブリエラ様に迷惑だってかかるのよ?」

「あわわ、ユージさん! またどこかで会いましょうね!」

バタバタと手を振ってレミエルは森へと走って行った。

その場に残されたのは雄二と、レミエルの知り合いの少女。

しばらくレミエルが去った方向を見ていた彼女は雄二の方に向き直るとをジーっとその顔を見つめる。

雄二は無事に生きて帰れるか不安になっていた。




第14話につづく


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第14話 大事な約束

森の中。見知らぬ少女と二人きり。

もし俺じゃなく誠也なら、この状況を喜んだのだろうか。

「ねぇ、レミエルとはどういう関係?」

「少し話をしただけだ。お前こそどういう関係なんだ? 知り合いのようだが」

「私とレミエルは友達よ。……例え身分が違ってもね」

彼女は泉の畔にあった倒木に腰掛けると隣を叩いて俺を呼んだ。

「すぐに案内しなければいけないわけじゃないですよね? 少しお話をしませんか」

雄二は無言で頷くと彼女と距離を離して倒木に座った。

彼女の言う通り時間ならある。

あとで美海たちには何かお詫びをしないとな。

「私とレミエルが出会ったのはまだ私が女神になる前でした。その頃のレミエルは今より前向きに天使の役目を全うしようと意気込んでいました。片翼でも立派な天使になってみせますって。私がその純粋な瞳と真っ白な翼に憧れを抱いたのもその頃です。空を翔び、女神を手助けする天使という存在が輝いて見えたんです。でも……、それは幻影だった」

彼女は目を瞑り、その時のことを思い起こそうとしていた。

何故なのか分からないが、彼女はそこまでして俺に何かを伝えようとしている。

雄二は黙って話の続きを待った。

「私は新人女神になり、立派な女神になるために日々励んでいました。そんな時、レミエルが悪口を言われている場面に出くわしてしまったんです。私は咄嗟に隠れてしまいました。柱の陰に隠れて彼女が他の天使たちに悪口を吐かれ続けるのを息を潜めて見守ることしかできなかった。私の憧れだった天使は他の天使から忌み嫌われる存在だったんです」

「それで、その後お前はどうしたんだ。レミエルに失望したのか?」

「いいえ、違います。失望はしましたが、それはレミエルに悪口を吐いていた天使たち、そしてそれを見逃した私自身にです。他の天使たちが立ち去ったあと、柱の陰から出て歩み寄った私にレミエルは何と言ったか分かりますか? 彼女は泣きそうになりながら『私は、天使に生まれてこなければ、良かったのかな。……いっそ、翼なんてなければよかったのに』って、そう……言ったの」

彼女の言葉が雄二の中にストンと落ちる。

レミエルの翼に対するコンプレックスはそこから生まれたということか。

「そんな彼女を放っては置けなかった。もう彼女を悲しませたくない。だから、約束したんです。大事な約束を」

「それを俺に話してどうするんだ? 俺とレミエルが出会ったのはついさっきだぞ。それに俺は女神でも天使でもないただの人間だ」

「わかっています。でも、あなたはレミエルを忌避しなかった。それどころか知り合って間もないのに嘘をついてまで彼女を助けようとしていました。それに……ただの人間はここに来れませんから」

少女はクスリと笑って雄二の顔を見る。

どうやら初めからただの人間ではないと見抜かれていたようだ。

「私がこの話をしたのはお願いがあるからです。どうか、レミエルとお友だちになって、そして彼女を守ってあげてください」

「お前に言われるまでもなく、俺的にはもうレミエルとは友達だ。それに彼女はプログレスだ。プログレスを守るのはアルドラの役目だからな」

「っ……! ありがとう、ございます。彼女には多くの支えてくれる人が必要なんです。彼女が自信を持つために、前を向いて羽ばたいて行けるように一緒に頑張りましょう」

「ああ、そうだな。だけど俺はそんな大層な理由があって協力する訳じゃない。レミエルの笑顔を見てみたいから手伝うだけだ」

少しの間に色々な一面が見れた雄二だが、彼女の笑顔は見れなかった。

だから見たい。それだけだ。俺は俺のために頑張る。そういう性分なのだ。

「ふふっ、あなたは面白い人ですね。あ、自己紹介が遅れました。私は新人女神のユラです。あなたは、ユージさんでしたっけ?」

「雄二だ。よろしく」

固く握手を交わし、今ここに協同関係が成り立った。

異世界に来てこんなことばかりしてるのは気のせいだろうか?

そんな思いも露知らず、ユラは雄二の手を引いて森の外へと案内してくれた。

 

「あああーっ、忘れてた!」

「きゅ、急に何っ!? どうしたのユージ」

森を出られたことに安心したからか、雄二は何故自分が迷子になっていたのか思い出した。急に大声をあげた雄二に若干ユラは引いてしまう。

「俺が森に入ったのはフローリアに案内されてアンバーに会いに行くためだったんだ。今それを思い出した」

「フローリア? アンバー? えっと、じゃあ、その人たちがまだ探してるかもしれないってことですよね。どうしよう、人を探す手段はないですよぉ」

「あ、いや、彼女たちは人じゃなくてこの世界の妖精なんだ」

妖精だと知ったユラは顎に手を当てて何やら悩みだした。

「妖精相手なら女神の力でどうにかなったりするのか? 居場所がわかるとか」

「なりますよ。居場所はわかりませんが呼び出すことができます」

「マジで!? 女神スゲーな」

「でも……いえ、やってみますね」

ユラは深呼吸をして気分を落ち着けると目を閉じ、手を胸の前で組んでじっと立っていた。

端から見ればただ森へ祈りを捧げている少女にしか見えないが、彼女は今女神の力を使っているのだ。

ふと、雄二はユラの頭からリンクの時と似た波を感じ取った。

もしかしてリンクできるのか?

「リンクっと」

レミエルの時と違って、この波は掴みやすいな。

『──さん。アン──』

まだ聞こえづらいが段々と聞き取りやすくなってきた。頭の中でユラの声が響くのは新鮮な感覚だな。

『──繰り返します。フローリアさん、アンバーさん。私は新人女神のユラです。地球からお越しのユージさんがお待ちです。近くに居ましたら至急森の外へ来てください』

「迷子放送かよ! いや、確かに迷子だけどさ」

「えっ、もしかして聞こえたんですか? でも、この念話は女神にしか使えないはずです。聞こえるのはこの世界の生き物だけなのに、どうしてですか」

「さ、さあ? 俺にもさっぱり。ただ、アルドラの力が関係あるんじゃないかな」

「アルドラ。αドライバーですか……。それなら未知の力で念話に割り込めても不思議は……」

prrrrr、prrrrr──

「ひゃぁ!? な、なんですか、今度はなんですか!」

「あ、わりぃ。仲間から電話がかかってきたみたいだ。ちょっと失礼するぞ」

俺は鳴り響き続ける端末をポケットから取り出して、ユラから距離を取った。そして通話モードをオンにして耳に当てた。

「はい、こちら雄二。どうぞー」

『どうぞー、じゃないよ! 美海だけど、今どこにいるの!? どうぞー!』

何やら怒っているようだが、ノリは健在らしい。

「あー、今森から出てきたところだ。フローリアとはぐれてしまって、偶然知り合った女神様に呼んでもらってるんだ」

『フローリアちゃんだけ戻ってきて、雄二が森で迷子になっちゃったーって泣きながら言ってきたんだよ! 森に人間が入ると出てこれないってフローリアちゃんと一緒に来たアンバーちゃんが言ってたから私と沙織ちゃんにはどうすることもできなくてっ。だから森にフローリアちゃんとアンバーちゃんが探しにいってるの! 森から出てるなら今そっちに行くから、って沙織ちゃん、置いてかないで~!』

「あ、おい。おーい、もしもーし。……切れたか」

「お話は済んだの?」

こっちの話が終わったのを見計らってユラが近づいてきていた。

「ああ。ちょうど終わったところだ。今こっちに俺の仲間が向かってるらしいから、すぐに合流できるはずだ」

「そっか、よかったね。多分妖精たちもそろそろ来る頃だから、ちゃんと謝るんですよ?」

「わかってるって。お、見えてきたぞ。おーい!」

フラワリーガーデンの方から二人の人物が雄二の方に向かってくる。

一人は頭に大きな花の髪飾り、もう一人はツインテール。

それに加えて青蘭学園の制服を着ているから彼女たちは沙織と美海で間違いなかった。

「雄二さーん!」

「雄二~!」

こちらとの距離が縮まったにも関わらず彼女たちがスピードを緩める気配はない。ま、まさか飛び込んでくるつもりなのか?

「こんの、バカアルドラ!」

「ぐはぁっ!?」

「雄二さん!? きゃっ!」

俺は突然背中に襲ってきた衝撃で吹き飛ばされて前方にいた沙織の胸へと飛び込んでしまう。

「ぐっ……なんだよ、一体……」

意識が遠退くなかで後ろを見た俺の目に映ったのは、琥珀色の長い髪を持つフローリアぐらいの小さな妖精の姿だった。




第15話につづく


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第15話 妖精と不思議な石

背中に衝撃を受けて少しの間意識が飛んでいた雄二は徐々に意識がハッキリとしてきていた。

そして、それにつられて後頭部の柔らかい感触と腹の上に何かが乗っている重さを感じていた。

今仰向けになってるのか? それにしても……この感触、気持ちいいな。癖になりそうだ。

「あの、雄二さん。あまり動かれると、その、くすぐったいです」

「さ、沙織ちゃん。そろそろ代わろうか? 足、痺れちゃうでしょ?」

「大丈夫ですよ、美海ちゃん。正座には慣れてますから」

「むぅ、……それなら、いいけど」

沙織や美海の声が上から聞こえてくる。あれ、もしかしてこれって膝枕? 今、沙織に膝枕してもらってるのか!?

「ふぅーん、あんたたちってコイツに甲斐甲斐しいのね。……で、いつまで寝たふりをしてるつもり?」

お腹を撫でられる。すると、撫でられた箇所が徐々に熱を帯びて──

「熱っ!? なんだ今の!」

雄二は飛び起きて確認してみるが制服には焦げ跡一つ付いていなかった。それどころか起きたときには感じていた熱は跡形もなく消えていた。

「雄二さん、具合はいかがですか。どこか痛みませんか?」

「あー、いや、大丈夫。どこも痛くない。むしろ調子がいいみたいだ」

「雄二。他に言うことがあるんじゃないの? どれだけ私たちが心配したと思って──」

「すまん。心配かけた。俺はこの通り無事だ。この埋め合わせは必ずする。本当にすまなかった」

雄二は美海の言葉に重ねるようにして謝罪をする。

そして青蘭島でクレープを奢ると約束した途端、美海の怒りは治まったようだ。

「で、もしかしてこの子がアンバーか?」

「随分な態度ね、バカアルドラのくせに。そうよ、私はアンバー。琥珀の妖精よ」

アンバーは腕を組んで胸を反らした。

雄二は思った。

誠也がそんな態度をすれば多少苛立つが、小さな妖精がすると苛立つということもないな……。むしろ場が和んでるし。

「なによ、どーせ琥珀の妖精だからって地味だと思ってるんでしょ!」

「違うって、可愛いなと思ってただけだ」

「か、かわっ!? あ、当たり前じゃない、私は妖精だもの。嬉しいけど、お姉さんなんだからキレイって言ってほしいわね!」

「姉が可愛いくてもいいと思うけど。なあ、美海」

「うーん、私は一人っ子だしなぁ。でも、アンバーちゃんがお姉さんなら大歓迎だよ~。沙織ちゃんも確か一人っ子だっけ?」

「はい、私もです。アンバーちゃんは森で迷った見ず知らずの雄二さんを率先して探してくれる優しい心の持ち主ですから、きっと素敵なお姉さんなんですね」

三人からベタ褒めされたアンバーは照れくさそうにそっぽを向くと、何かを探して周りを見回していた。

「あれ? フローリアはいないの?」

「そういえばフローリアちゃんがいないね。まだ森のなかにいるのかな?」

「あのー、フローリアちゃんという方ならあそこにいますよ。多分」

今まで俺たちから距離を取っていたユラが近づいてきてフローリアがいるだろう場所を指差した。その指先が指していたのは雄二たちが今いる場所から見える木の枝の上だ。

「あれってもしかして……寝てるのか?」

「バカアルドラの言う通りね。そりゃあもうぐっすりと。まったく、誰に似たんだか」

アンバーは肩をすくめると背中の羽を羽ばたかせてフローリアの眠る枝まで飛んでいく。

「なあ、二人とも。俺のせいで時間を無駄にしたわけだけど、これからどうする? 宿も探さないといけないだろ」

「ん~、ずっと明るいから実感がないけど、地球時間だともう夕方の5時ぐらいだもんね。そろそろ見つけないとダメかなぁ」

「アウロラさんはずっとガーデンにいるようですし、ディアンナさんやヴァレリアさんはどこにいるか分からないから頼れないですね」

「あのー」

雄二が肩をつつかれて振り返ると、ユラは少し俯きながらモジモジしていた。

トイレでも我慢してるんだろうか?

「ぜーったい、雄二が考えてるようなことじゃないよ」

「なんで考えてることがわかるんだ。それに、違うかどうか聞いてみたいとわからないだろ」

「あの、雄二さんと美海ちゃんは何の話をしているんですか? あの子がずっと待ってるようですけど」

「も、申し遅れました。新人女神のユラって言います。それで、ですね。皆さんは宿をお探しなんですよね? よければその……案内しますよ」

「ほら違ったでしょ。えっと、ユラちゃん。案内してもらうのは嬉しいんだけど、いいの?」

「はい! だって困っている人を助けるのも女神の仕事ですから」

「あれ~? みんなどこかにいくの?」

ヒラヒラと不規則な軌道を描いて上から降りてきたフローリアは手で目を擦って雄二の肩に座った。

目覚めたようだが、まだ眠そうである。

「よく眠れたみたいだな、フローリア。その、すまん。折角案内しようとしてくれてたのに」

「ううん、いいよ~。それにね、面白い石を見つけたの」

フローリアはどこに隠し持っていたのか彼女の手のひらサイズの石を取り出して俺に渡してくる。

つまみ上げて手のひらの上で転がす。

「へぇ、赤く光る石か。この世界にも似たような石があるんだな」

「わぁ、キレイ……。光ったり消えたり、まるで息してるみたい」

「落ちてたときは真っ赤なだけだったのに、拾ったらチカチカし始めたの。アルドラの人は何か知ってるー?」

「うーん、俺には心当たりがないな。でも、コイツから僅かだけどエネルギーを感じる。もしかしたら、俺たちに反応して──」

赤く明滅するその小さな石は一瞬強く光ると形を崩し跡形もなく消えてしまった。

その場は沈黙で包まれ、降りてきたアンバーが何事かと俺たちを窺っていた。

「バカアルドラ、何したのよ。フローリアが泣きそうじゃない。女の子を泣かせるなんてとんでもないクズね。自分に非があるならさっさと謝りなさいよね」

「アンバー……、石が、消えちゃった……」

フローリアは雄二の肩から飛び立ってアンバーの胸へと飛び込み、アンバーに抱きとめられる。

「おー、よしよし。よくわかんないけど大丈夫よー。きっとバカアルドラが代わりの石をくれるから。ね?」

ギロリ。そういった効果音が似合いそうな鋭い眼光を向けられて雄二は慌ててポケットやカバンの中を探った。

あの睨みは妖精と言うより鬼だろ。

「ゆ、雄二。石どこにやったの? 手品? なんでもいいけど早く返した方がいいよ」

「違うと思います、美海ちゃん。手品とかそういうのじゃなくて、エネルギーを放出して自壊した。そんな感じがします」

「沙織ちゃん……」

「あった! フローリア、代わりになるか分からないが、この石で許してくれないか」

俺はカバンの底にあった出し忘れた黒の世界の土産を取り出して、アンバーに抱きついているフローリアの前まで持っていく。

長く光に当たっていなかったせいなのか、暗く淀んでいた石は天から降り注ぐ優しい日の光を浴びて徐々に青く、そしてはっきりと輝き出す。

「青色の石だ! チカチカしてないけど、これほしい! 貰ってもいいの?」

俺が頷くとフローリアは文字通り飛び付いて石を受け取った。日の光にかざして石を光らせる彼女はとても嬉しそうだ。

「で、あんたたちはこれからどうするの?」

「あのね、これからユラちゃんの案内で今日泊まる宿に行くんだよ」

「宿に荷物を置いたら観光して回るつもりです。色々なところを見ておきたいですから」

「そう。観光するのはいいけど、悪さはしないようにね。それじゃあ私たちは帰るわ。くれぐれも女神様や天使に失礼の無いように、わかった?」

アンバーは一頻り忠告した後、もらった石で遊んでいるフローリアを引っ張って森へと帰ろうとする。

「アンバー、俺の名前は成瀬雄二。バカアルドラでもいいけど、一応教えとく」

「ふん、妖精を泣かせるようなやつはバカアルドラで十分よ」

「あはは。そうだよな。また遊びに来るから、その時はもっと話そうぜ。じゃあ、またな」

「またね~! 私も遊びに来るからね♪」

「私もまたお話をしに来ますね」

「それじゃあ、皆さん。行きましょうか。アンバーさん、フローリアさん。急に呼び出して申し訳ありませんでした。それでは」

雄二たちは妖精たちと別れ、女神につれられて街へと足を進める。

……一時はどうなるかと思ったが無事に戻ってこれて一安心だ。

「またね……ユージ」

「ん~? アンバー、何か言った~?」

「な、何でもないわよ! ほら、早く戻らないとルビーが騒ぎ出すわ。あの子が帰ってくる前に食事の支度をするわよ」

「は~い。あ。アウロラも連れてこなきゃ! ちょっと迎えにいってくる!」

「ちょっ、……はぁ、今日は忙しい1日だったわ。これ以上問題はいらないわね……」

 

「ねぇ、ユラちゃん。ユラちゃんは何の女神なの?」

「あー、いえ、私はまだ新人の女神ですから役職は得ていないんです。今は師匠のもとで勉強中です」

「へぇ。女神にも役職なんてあるのか。確か、ディアンナは狩りの女神だったか」

「ディアンナ様を知ってるんですか!?」

すごい食いつきようだな、おい。

「ディアンナ様は月と狩りの女神で、滅多に森から出てこなくて有名な方です。いつも定例会議には出ないのでまだ会ったことはないんです。どんなお方ですか?」

「それより案内、案内。あの人の話をすると後ろから射抜かれそうで怖いから、早く宿に行こう」

「えぇー、気になりますぅ!」

ユラはその後しばらく騒いでいた。

「女神様だけじゃないですよ? 大天使の方にも素晴らしい方がいてですね。あ、ここが目的地の宿です」

「急に冷静になったな。んー、RPGによく出てきそうな普通の宿屋だな」

ユラに連れられて中に入ると一階は食事処になっているようでテーブルとイスが並べられていた。何人かの客がユラに気づいて手を振っている。

ユラと彼らは常連客というやつなのか?

「それでは手続きをしますのでこちらへ。といっても名前を書いて鍵を渡すだけですけどね。あ、お金は先払いです」

「いくらだ? というかユラは何故店員ポジションなんだよ」

「えっと、一泊食事代込みで一人3600リシェですね。あれ? 言ってませんでしたっけ? 私、ここで働いてるんです。女神にお給金はないですから、こうでもしないと新人は生きていけませんので」

「一泊、しかも食事代込みで3600ってのは安いのか俺にはわからんが、二人はそれでいいか?」

「いいよ~、ユラちゃんが薦めてくれたんだもん、つまり女神のお告げってやつだね♪」

「そうですね♪ こういった所に泊まるのは初めてですけど安心できます」

「皆さん……、ありがとうございます。えっと、空きは……すみません。一部屋しか空きがないみたいです。その、三人は寝れるぐらいベッドは大きいですよー、なんて。あははは」

この女神、今笑って誤魔化そうとしたぞ。

さらっと爆弾を投下してくるとは本当に女神なのだろうか。

「えぇえええ!? ゆ、ゆゆゆ、雄二さんと一緒に……はぅううう」

「沙織ちゃーん、私もいるよー」

「み、美海ちゃん! なんでそんなに冷静なの、男の人と同じ部屋の、同じベッドで寝るなんて、そんな! そんな……!」

「どうどう、落ち着いて。男の人って言っても雄二だし。よく一緒に寝てたし、別に気にすることないよ~。でしょ?」

「そこで俺に話を振るな。それに寝てたと言っても小さい頃だろ。美海はもう少し警戒をしろ、警戒を」

「というわけで、はいこれ。さ、お部屋にゴー!」

この世界の宿屋に似つかわしくない妙にハイテクな機械に端末をかざすとピッという電子音が鳴った。

コードレスの会計端末と言ったところで、白の世界の技術力の賜物であり、こうして各世界に様々な機器が提供されている。

美海に続いて雄二、そして美海に手を掴まれた沙織が会計を済ませた。

首まで真っ赤にして固まる沙織の背中を押して気まずそうに案内するユラの後ろをついていく。

食事中だった客の茶化すような視線の集中砲火を浴びて雄二は慌てて彼女らに続いた。




第16話につづく


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第16話 仮面のプログレス

「……っ」

「…………」

やっとフリーズから戻ってきた沙織はベッドの端に腰かけて雄二をチラチラと横目で見ている。

そんな状況が5分以上続いていた。

ユラの言っていた通り、雄二たち三人が寝ても十分余裕のあるベッドが部屋に鎮座していて、女子二人がそこに腰かけているのに対し、雄二は部屋にあったソファーに腰を下ろしている。

「ねぇー、いつまでゆっくりしてるのー? そろそろ観光にいこーよ~」

「え、あ、はい! そろそろ外に出ましょうか。えっと、始めは闘技場ですか?」

「ん~、とりあえずはそこかなぁ。雄二は行きたいとこある?」

「んー、教科書に載ってた虹の宮殿か、黄金色の海だな。ただ、時間や距離的に行くなら宮殿の方だろうな」

「では闘技場に行ったあと、虹の宮殿の近くまで行くということで。街の中なら万が一はぐれてもマップを使えば位置情報で分かるので安心ですね」

「うぐっ、……早く行くぞ」

雄二はそそくさと部屋を出る。

沙織まで俺を弄りだしたのはびっくりしたが、できればこれ以上美海に染まらないでほしいな……。

「沙織ちゃんも段々雄二のからかい方を身につけてきたみたいだね~。あ、でも、あんまりからかってると拗ねちゃうから程ほどにね? よーし、私たちも行こっか」

「え、そんなつもりは! あの、違うんですー!」

階段を降りて一階に来るとユラがテーブルの食器を片付けていた。

「あ、ユージさん。お出掛けですか?」

「ちょっと観光にな。闘技場と宮殿を見てくるつもりだ。食事はいつまで出るんだ?」

「そうですね……、あと三時間は大丈夫ですよ。もしかしたら闘技場で私の師匠に会えるかもしれませんね」

「へぇ、師匠か。やっぱり役職持ちの女神なのか?」

「はい! 私の師匠、グラディーサ様は剣と戦いの女神でよく闘技場で一人稽古をしているんです。たまに私もお供させてもらうんですけど、まだまだついていくのも精一杯で。とてもお強いんですよ!」

「剣と戦いの女神か。戦いとは無縁そうなこの世界にもそういう女神はいるんだな」

「グラディーサ様と数名ぐらいですよ、好戦的な女神は。ですから、ちょっかいをかけないようにしてくださいね?」

「了解。美海たちも来たようだし、行ってくる」

「ユラちゃん、バイバーイ♪ ねぇ雄二、何の話してたの?」

「それでは行ってきます。って、二人とも置いていかないでください~!」

「ふふ、面白い人たちですね。さーてと、お仕事頑張らなきゃっ」

 

雄二たちは宿屋から出ると大通りを通って闘技場へ向かった。

闘技場が大きいおかげで大通りからでも目印になるので地図に頼る必要はない。

「闘技場に行くのはいいんだけど、何しにいくの?」

「それをお前が言うのか、美海。闘技場だから戦ったりするつもりなのかと思ってたぞ」

「私もそういうつもりなんだろうなーって」

「そうなの!? 確かにちょっぴり戦ってみたい気もするけど、誰かいるのかなぁ」

「それならユラの師匠がよくいるらしい。剣と戦いの女神らしいから戦って貰えるんじゃないか?」

「だといいなぁ。あ、入り口が見えてきたよ!」

雄二たちは話しているうちに近くまで来ていた。

まだ距離があるにも関わらず戦闘音が聞こえるほどかなり盛大に戦っているようである。

「観戦席の方に行くか。戦っている最中ならそっちの方がいいはずだ」

二人は同意をし、雄二たちは観戦席へと向かった。

闘技場の入り口から中に入り、左右にある階段を上って二階に出る。

教科書通りなら闘技場の二階部分は観戦席になっているはずだ。

「観戦席には誰もいないか。確か、学園の闘技場はここを参考に造られたんだよな」

「ゆ、雄二。そんなことよりあれ……、バトルエリアの方見て」

「……? っ、嘘だろ、なんでこんなにエナジーがバトルエリアにあるんだよ。一体何が──」

滅多に見ることがないはずのエナジー。それが二種類もバトルエリアに混在している光景に雄二は気を取られていた。

その瞬間、轟音と共に土煙が立ち上ぼり、突然の揺れが雄二たちを襲った。

「雄二さん危ないッ!」

咄嗟に雄二の前に出てきた沙織は自らのエクシードを発動させ、飛来物がぶつかるのを防ぐ。

一瞬の出来事に固まっていた雄二はようやく動きだし、展開されている沙織のシールドを見て状況を把握した。

「大丈夫ですか、雄二さん」

「沙織のおかげで怪我ひとつない。美海は大丈夫か?」

「な、なんとかね。飛んできた瓦礫は剣で弾いたから大丈夫だよ」

なんと美海はエクシードで発現させたレイピアを使って飛来物から身を守っていた。

「それで、一体何が起きたんだ? これはいくらなんでも激しすぎる」

「雄二。さっき見えたんだけど今戦っているのは学園の生徒だよ」

「俺たちと同じ目的でここにきたやつってことか。それなら問題はなさそうだな」

「いいえ、雄二さん。なんだか様子がおかしいです。学園は通常授業のはずなのに今ここにいるということは私たちと同じ一年生のはず。でも、一年生にしては強すぎます」

エクシーズに参加している一年生のチームは雄二たちだけである。個人的に先輩と組んで参加している子は限りなく少ない。

そうすると現状を説明できない。

だから沙織は様子がおかしいと言ったのだった。

「沙織ちゃん、雄二を守ってね。はぁあああ!!」

「……この風、美海がやってるのか?」

風を操るエクシードを持つ美海は強風を発生させてバトルエリアを覆う土煙を吹き飛ばした。そのおかげでバトルエリアで戦っている人達の姿がはっきりを見えてきた。

「やっぱりだ……、あの後ろにいる人って垣内君だよ。仮面を付けてるプログレスの方は誰だろう?」

「それじゃあ、仮面のプログレスと戦ってるあの人がグラディーサ様か? この世界の女神とは思えないほど嬉々として戦っているようだが」

「雄二さん、今気づくべきなのはそこじゃないですよ。見てください、あの仮面。それに、垣内君の表情がアルドラとして戦っているようには見えません、何か必死で、焦っている……そんな感じの表情です」

おいおい、表情まで見えるのかよ。視力、良すぎだろ。

「バトルで追い詰められてるだけかもしれないだろ?」

「雄二~? 私たちは反対しないよ。だって私たちのリーダーは雄二だもん。自信を持って、自分の正しいと思ったことを貫こうよ」

「そうですよ。間違っていたときは一緒に謝りますから」

危険だ。雄二はそう感じてこの場から遠ざかろうと、美海たちを離れさせようとしたが、チームメイトにはお見通しだった。

「ったく、もう少し悩むとか躊躇いはないのかよ。どうなっても知らないからな。ただ、手を出すなら全力でいくぞっ!」

『了解っ!』

 

一階に降りた雄二たちはバトルエリアへ飛び出した。飛来してくる氷塊をできるだけ回避し、無理な軌道のものは沙織のエクシードで防ぎながら巧がいるところへと進んでいく。

どうやら俺たちはターゲットにされたらしいな。

「巧っ! これはどういう状況なんだっ」

「雄二か?! ここは危険だ。早く避難してくれっ!」

「違う、助けに来たんだ! ただ事じゃなさそうだったからな。なにか手伝えることはないか?」

「そうか……。説明は戦いながらする。とにかくあの仮面の子を止めてくれ!」

「了解した。よっしゃ、俺たちチームαの実力見せてやろうぜ! 美海は赤髪の方を頼む。相手は多分女神だ、油断するなよ。沙織はシールドで仮面の子の動きを止めるぞ!」

「りょーかい。よーし、いっくよぉ~!」

レイピアを構えて仮面のプログレスが召喚した氷壁を切り崩そうとしているところへ飛び込んでいく。

「せいっ! 飛び入り参加はオッケーかなっ?」

「っ!? 同じ服装……。ふーん、仲間の登場ってわけだね。全然いいよ、こういう展開も、大好きだからっ!」

風を味方につけた美海は変幻自在に動きまわり、相手を翻弄することを得意としている。

先輩相手のエクシーズでもそれだけは破られなかったが──

「甘いよっ!」

「ぐっ、……完全に見破られてるっ」

「剣の女神である私に剣で挑んできたことは褒めてあげる。でも、甘い甘い。そんな攻撃なら目を閉じてても避けられるよ?」

──剣の女神には通じなかった。

美海の受けたダメージが流れ込み、雄二は思わず顔をしかめる。一撃もらっただけで一瞬だが意識が飛びかけたのだ。

ちっ、もしαフィールドを展開してなかったらと思うとゾッとするぞ。

『美海っ、ダメージなんて気にせず思った通りにやれ! お前へのダメージは俺が引き受けてやるから!』

「うん! じゃあ、リンクしよ! 私、この戦いを全力でやりたい!」

言ったそばから思いきったことを言うやつだな。でもそれでこそ俺の幼馴染み、日向美海だ。

昔のように幼馴染みのわがままを叶えてやろうじゃないか。

意識を集中させろ。何度も感じた感覚だ、リンクするのに時間なんていらないっ。

「そう、この感覚……なんだか落ち着くなぁ。この状態ならやれる。さあ勝負だよ! たぁああああっ!!」

初バトルの時のような翼は発現しないか。

だが、それでも美海のステータスは飛躍している。

「巧、見とれてないで説明をしてくれ。時間はないぞ」

「す、すまない。えっと、どこから話したらいいのやら。そうだな……、俺が風紀委員に入ったことは知ってるだろ? その仕事である案件を捜査してたんだ」

『ある案件?』

雄二と岸部の声が重なる。

「ああ。最近不審者が目撃され、襲撃にあう事件が増えているんだ。そしてそれと同時期に青蘭学園のプログレスが複数行方不明になっている。あの仮面の子はその行方不明者の一人だ」

「名前は? 一年生なのか?」

「彼女の名前はユリア・ロマノフスカ。ロシア出身で高等部3年生だよ。端末の位置情報で確認したから本人で間違いないはずだ。彼女をたまたまこの世界で見つけて後をつけてきたらグラディーサって女神と戦いを始めたから慌ててアルドラとして補助しようとしたんだ。でも……」

「なにか、おかしな点があるんですよね?」

「岸部さんの言う通りだよ。彼女にαフィールドが効かないんだ。女神の方にかけようとしても彼女の近くにいるとかけられない」

αフィールドが効かない。それはプログレスにとって死活問題である。αフィールドによるダメージ逆流がないということはつまり──。

「生身で戦ってるのと同じじゃないか」

「それだけじゃない。雄二、αフィールドの感覚を広げて彼女を探ってみてくれ。そうすればもうひとつの異変に気がつく」

雄二は頷いてαフィールドの展開と同じように感覚を研ぎ澄ましていく。美海、沙織を覆うαフィールドは機能している。

ユリア先輩は? 彼女がαフィールドを無効化しているのなら何も感じないはずだ。

「おい、巧。なんで先輩からαフィールドと似た力を感じるんだよ。先輩はプログレスなんだろ?」

「それだ。それが一番の疑問なんだ。何故か独自のフィールドを展開して、しかもそのフィールドは俺たちのαフィールドを上書きしてしまう。だからあまり日向さんを近づけない方がいいぞ」

「そういうのはもっと早く言えよな! 美海、聞こえたか? 仮面のやつには近づくなよ!」

『りょーかい!』

戦闘中の会話は端末の無線モードを使ってするのが便利である。

戦闘音に紛れず、距離が離れていても会話できるのだから。

「ゆ、雄二さん。私はどうしたらいいですか。あまり長くは持ちません!」

「沙織、もう少し我慢してくれ。なにか、なにか打開策を考えるからそれまで頼む」

「わかりました。雄二さん、垣内君。必ず先輩を救いましょうね!」

雄二と巧は強く頷き返す。

ユリア先輩の放つ氷の攻撃は強力だ、いくら沙織のシールドが強固とはいえダメージがないわけではない。

いずれシールドは蓄積されたダメージによって瓦解しまう。

だからそれまでに考えなければならないんだ。

考えろ、考えろ、考えろ──っ!

「……なぁ、巧。今、先輩って自分を見失ってるというか操られてる感じだよな」

「あ、ああ。ときどき何もないところへ攻撃しているからそう言えなくもない。でも急にどうしたんだ?」

雄二は操られてるプログレスと既に遭遇したことがある。

……あの時と御影の時と同じような状況なんだ。

「解決法、思い付いたぞ! でも、誰かもう一人戦えるプログレスがいてくれれば……」

「……と、これ以上の……」

なんだ……? 今何か聞こえたような。

巧や沙織も聞こえたのかキョロキョロと周りを見回している。

「なんだ、あの子。……天使?」

巧の視線の先にいたのはバトルエリアの入り口付近で純白の片翼を羽ばたかせ、あたふたとする天使だった。

「えっと、これ以上の過剰な戦闘は周辺に被害を及ぼしますぅ! 直ちに戦闘を止めてくださーい!」

光を受けて煌めく金髪。

蒼い瞳をした片翼の天使。

俺の知っている天使は一人だけ、つまりあの子しかいない。

「レミエルっ!」

「ひゃあっ!? え、あれ、なんでユージさんがここに?」

「いいところに来てくれた! レミエル、お前の力を貸してくれ!」

「え? えぇえええ!?」

レミエルが来たことにより欠けていた最後のピースは揃った。

……あとは上手くやるだけだ。




第17話につづく


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第17話 光の翼

レミエルは訳もわからずに雄二のところまで駆け寄る。

道中に先輩から攻撃を受けていたが、沙織がすべて守ったおかげで無傷である。

「あの、ユージさん。どうして私なんかの力を? それにこの人たちは一体……」

「女の子の方はプログレスの沙織、男の方はアルドラの巧だ。とにかく力を貸してくれ、詳しい説明は後だ。沙織、そのまま防御を任せる。巧は美海たちにかかってる俺のαフィールドを上書きしてなんとか耐えてくれ」

「え、雄二さん、一体何を? それにその子は誰なんですか」

「岸部さん。今は雄二を信じよう。アイツには何か考えがあるみたいだ。そうだろ?」

「ああ。上手くいく保証は何処にもないけどな。でも、絶対に上手くやってやる」

『雄二? αフィールドが切れてるよ? 何かあったの?』

『何でもない。巧に変わってもらっただけだ。美海は気にせず暴れん坊の女神様を抑えていてくれ』

『わかった。でも、無理はしないでね?』

リンク状態の美海から心配している気持ちが伝わってくる。ここで失敗はできない。だからαフィールドを巧に任せたんだ。

「レミエル」

「ひゃ、ひゃい!」

「俺とリンクするぞ」

「でも……前にしたときは成功しませんでした。きっと今回も同じです」

「レミエル、やる前から諦めるな。後ろを向いていたら成長なんて出来ない、前には進めない。今この瞬間、お前の力を欲しているんだ。いらない子なんかじゃない、必要とされてるんだ」

「必要と、されてる……?」

「だから俺とリンクしてくれ。お前の力があれば人を救える」

「……」

レミエルは胸に手を当て、目を閉じる。

そしてコクリと小さく頷いた。

「ありがとう、レミエル。いくぞ、……エクシード・リンクっ」

雄二は言葉を発することでイメージをより強固にし、レミエルの脳波の波長を感じ取る。

以前泉の畔で試したときのように二つの波があるのは変わらない。

だけど、ここで諦めたら俺だってなにも変わらない。

リンクを複数同時に繋ぐだけだと思えばいい。今だって美海と繋がったままだ。

俺になら……できるっ!!

「一度繋がれば波長を合わせる必要もなくなるからスムーズになる。例え複数あっても一つ一つ合わせていけば全て繋がる。こんな、風に……な!」

繋がれっ、救いたいと思う気持ちは同じなんだ!

「っ!? ぅ、背中が、熱いっ」

「っはぁ、はぁ。大丈夫か、レミエル」

「ユージ……さん。ぁああああ!!」

叫びと共に閃光が迸り、雄二の視界を真っ白に染める。

しかし、その光は攻撃的ではなく、むしろ優しげで包み込むような暖かさを持っていた。

「レミエル、その翼……」

「私、どうしちゃったんだろ。体が熱くて、でもなんだか軽い。このまま飛んでいきそう、ってあれ? 私浮いてる?!」

片翼しかなくてそのことにコンプレックスを抱いていた彼女は今、光の翼を生やして自分の羽で飛んでいる!

「これが私のエクシード。私だけの力……」

『レミエル、やれそうか?』

上空へ舞い上がったレミエルに雄二はリンクを使って話しかける。

「今、ユージさんの声が頭に? えっと、はい! 今なら、今の私ならやれるって気がします」

『リンクを通じて話しかけてるんだ。俺との繋がりを意識しながら心の中で話す感じだ。それはまた練習すればいいさ。それよりも、あの仮面のプログレスを助けるぞ』

「は、はいっ!」

『雄二。なんで……』

レミエルとのことで頭がいっぱいの雄二にその声は聞こえない──。

 

リンクにより覚醒したレミエルの猛攻は凄まじかった。

今までのオロオロと慌てた様子もなく、冷静に攻撃を見切って反撃に移る。

その姿はまさに別人のようだった。

「やぁあああ!! 『白き流星の奇跡』!」

「…………」

先輩も氷で応戦するが徐々に被弾率も高くなりレミエルが優勢のようだ。

「雷撃を受けても無反応か。でも動きが止まった」

「ユージさん!」

既に何をしようとしているのか伝わったのかレミエルが雄二に合図を出す。

わかってる、このチャンスは無駄にしない!

雄二は体が痺れて動けない先輩のもとへ走り出す。御影もあの時操られていた。

なら先輩にだって通じるはずだよな!

「雄二さん!? 危険です、やめてください!」

「雄二、何をする気だ! 今の彼女は加減を知らないだぞ。下手すればお前はっ!」

わかってる。わかってるよ、そんなこと。

危険なのも死ぬ可能性が高いのもわかってる。

「先輩、あとで謝りますから。どうか自分を取り戻してください」

俺は先輩の体を御影の時のように正面から抱き締める。

この至近距離でやっと何かに妨害されて読み取りづらかった先輩の波が、助けを求める思いが伝わってくる。

「エクシード・リンク」

読み取りづらいがレミエルほどじゃない、これなら直ぐに──

「雄二っ、危ない!」

「えっ?」

リンクに気をとられ過ぎた雄二は高速回転をして飛んでくる氷の槍に気づけなかった。

美海が助けに行こうとするが距離が遠すぎて間に合わない。

異世界に来てから毎回怪我をしているのは俺の気のせいか?

──けて。

せめて、先輩だけでもっ!

「っ、がぁああっ!! くっそ、いてぇええ!!」

心臓まっしぐらだった槍は途中で進路を変えて雄二の腹を貫通して地面に突き刺さった。

雄二の咄嗟の判断で突き放された先輩は少し離れたところに倒れている。

「今の、声……先輩なのか? ちっ、やっぱり原因はそいつか。レミエル、仮面を……仮面を外して、くれ!」

腹に伝わる氷の冷たさと痛みの熱さに耐えながらレミエルに指示を出す。

既に雄二の視界は霞み始めていた。

だが、この結末を見届けるまで気絶するわけにはいかない、その思いが雄二は必死で意識を繋ぎ止める。

「わ、わかりました。すぅ、はぁ……失礼します。『砕けて』」

レミエルは先輩の前に降り立つと仮面に手を当てて言葉を発した。

するとその言葉通りに仮面は粉々に砕け散ってしまう。 

「これで、先輩も解放されたはずだ……」

くそっ、血が足りねえ。折角アンバーに治癒してもらったのに無駄になってしまったな。

『雄二っ! 雄二っ!』

「ユージさん、意識をしっかり持って! 今助けを呼んできますから!」

雄二に美海の焦る声が伝わってくる。

また心配かけてるなぁ。

仲間に心配させるなんて駄目なアルドラだな。

沙織はバトルエリアの出入口へ駆け出して、巧はこちらに駆け寄ってきた。

仮面を外した先輩は赤く透き通った綺麗な瞳をしていた。

『ありがとう。アルドラくん』

妨害がなくなったことで繋がりかけていたリンクがしっかりと繋がり、先輩の声が俺に届いた。

『皆のお陰です……、友達や仲間の力があったから先輩を……』

言葉を届けきる前にそこで雄二の意識は途絶えた。

 

「ん~、気持ちのいい風だ。絶好の観光日和だな!」

「雄二、色々と話したいことがあるんだけど……」

ユラの宿屋の前で伸びをしていた雄二に美海は詰め寄ってくる。

頬を膨らまして明らかに不機嫌な様子だ。

「お、落ち着け、話は聞くからエクシードはなしだぞ?」

「もう! そんなことしないよ!」

おっと、余計に不機嫌にしてしまったらしい。

「バカアルドラぁ? アンタ、なんで寝てないのかしら?」

宿屋の二階にある窓から飛んできたアンバーも何処か苛立っていた。

「おう、アンバー! 丁度良かった、お礼を言おうと思ってたところなんだ。ありが──痛い痛い!! まだ治ってないんたから足をグリグリしないでくれ」

「そんなこと知ってるわよ。私がたまたま、買い出しで近くに来てなかったら今頃死んでたのよ? もっと自分の体も周りも大切にしなさいよ」

「本当にありがとう、アンバー」

「ちょっ、何処触ってんのよ! 気安く頭撫でないで! 止めなさい、止めなさいったら!」

俺とアンバーが戯れていると宿屋の中からレミエルが出てきた。

「ユージさん、そろそろ中に入りましょう。まだ体の傷は塞いだだけなんですから、あまり動くと開いてしまいますよ」

「大丈夫、大丈夫。あ、そうだ。アンバーが俺の腹に抱きついていれば観光できるんじゃないか?」

我ながら名案だと思ったのだが、周りは納得いかないらしい。まぁ、仕方がないか。

「すまん、調子にのり過ぎた。少しでも励まさればと思ったんだが……すまん」

「雄二はまず自分のことを心配しないとね。変に気を使わなくていいんだよ? 丸一日潰れたけど、イベント期間はまだ三日もあるんだから」

美海は俺の意図がわかっていたのだろう。諭すように俺に言い聞かせる。幼馴染みには敵わないな。

「雄二さーん! お土産、いーっぱい買ってきました~!」

両手に編みかごを提げて沙織は大通りを歩いてくる。隣には先輩も一緒だ。

「お金は足りたか? あまり持ち合わせがなかったんだが」

「大丈夫でした。買ったのは果物や食材ばかりですので。それに、先輩のエクシードのおかげで保存もバッチリです♪」

「気分はどう? アルドラくん」

「先輩こそ、どうなんですか。ずっと操られていたんだし、何か違和感とか」

「お陰さまで気分爽快だよ。私はこれから垣内君と一緒に地球に戻るけど、あなたたちはまだ世界を巡るの?」

「はい。次の白の世界で最後です。早く治して旅立つつもりです」

「そう。それじゃあ、ここでお別れね。地球に戻ってきて、エクシーズに参加する機会があったら暇なときなら手を貸してあげるわ。バイバイ」

素っ気なくそう言い残して先輩は転移門広場の方へ走り去っていった。巧はそこで先輩を待っているのだろう。

「さてと、じゃあ大人しく寝ておきますか」

「雄二。私ね、聞きたいことがあるの。なんでレミエルちゃんとリンクできるの? 私だけじゃなかったの?」

「何故できるかなんて知らねえよ。それに御影ともリンクできたぞ」

「うそ!? いつしたの? ねぇ、ゆうじー!」

「私も気になります。幸い時間はたっぷりありますから、じーっくりお話ししましょうね」

「お、おい、なんか笑顔が怖いぞ、沙織」

雄二はそのまま二人に腕をホールドされて部屋まで引っ張られていく。

何が気に入らないって言うんだよ!?

「あははは、ユージさんは慕われているんですね」

「……自分とは違うって落ち込むの?」

「ユラちゃん……。いいえ、違います。自分も慕われるような存在になりたい、そう思ってます」

「変わったんだね、レミエル。ううん、昔に戻ったみたい」

「そうですか? 私は、前に進めた気がします。そうでなくても前に進んでいくんです、この翼と共に」

レミエルは一瞬だけ光の翼を顕現させる。

雄二とリンクしたことで、まだぎこちないながらも少しの間なら自在に出せるようになったのだ。

これで誰も彼女を落ちこぼれとは言わないだろう。

彼女自身、既に落ちこぼれだとは思っていないはずだ。

ユラの目には微笑むレミエルが昔のように輝いて見えていた。




これで第2部・赤の世界は終わりです。
次は第3部・白の世界です。


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第18話 白の世界へ

『システム・ホワイト・エグマ。通称「白の世界」。科学が発達した高度な文明を持つ。世界を統治するシステム・E.G.M.A.によって、人工生命体やアンドロイド、機械生物が開発された』

以上、青蘭学園の教科書より抜粋。

 

赤の世界で仮面に操られた先輩を救ったときに負った腹の怪我はアンバーの回復魔法とレミエルや日向美海、岸部沙織の献身的な看病によって翌日には完治していた。

「雄二、無理なら無理って言うんだよ? 無理してまで観光したいわけじゃないんだから」

「大丈夫だって。怪我は完治したし、気分も悪くない。何も心配はいらない」

「それでも心配なんです。雄二さんはすぐに無茶しますから」

全くもって沙織の言う通りだな。

御影の時といい、先輩の時といい、毎回怪我してる気がする。

雄二自身は怪我しようとしてるわけではないのだが、世界を渡る度に事件に遭遇して怪我の一つや二つ負うことは不思議ではない。

「むしろ死なないのが不思議なくらいだよな」

「もう、雄二! 話聞いてるの? まだリンクの件だって終わってないんだからね」

「聞いてる、聞いてるって。沙織もそんなに勢いよく頷かなくてもいいから。とりあえず、荷物を整理してからこの広場に集合な」

雄二たちは既に赤の世界から帰還していた。

青の世界に戻るとき、レミエルが物凄く寂しそうな顔をしていたが、雄二はまた会いに来ることを約束して転移門をくぐった。

そして解散して三十分後、俺は二人より早く転移門広場に来てしまったようだ。

「イベントも今日が終われば土日だけか。この一週間、あっという間に過ぎていったなぁ」

「お待ちしていました、マスター」

「うおっ、誰!? ってセニアか」

「はい。セニアです。マスターはこれからシステム・ホワイト・エグマへ行かれるのですよね。是非、案内させてください」

セニアはぐっと距離を詰めて俺を見上げてくる。

おいおい、こんなところをカレンに見られたら殺されるぞ、俺が!

「……どうか、しましたか?」

「いや、なんでもない。それで、案内してくれるのは嬉しいけど、少し待ってくれないか? あと二人、一緒に行くやつがいるんだ」

「マスターのプログレスである日向美海と岸部沙織ですね。それなら既にそこにいることを確認しました」

「別に俺のプログレスってわけじゃないぞ。ただのチームメンバーだし」

(見て、沙織ちゃん。また雄二が違う女の子と一緒にいるよ)

(ホントですね。雄二さんの周りにはどうして女の子ばかりいるのでしょうか)

(昔からあんな感じだったよ。知る人ぞ知るって感じて女の子が寄ってくるの)

あの二人は一体何をしているのだろうか。広場の茂みに隠れてこちらを見ているようだが、バレてないとでも思ってるのか?

「おい、こそこそ話してないで出てこないのか? 出てこないなら置いていくからな」

「わわ、待って待って! 今行くから!」

「ひゃあ!? 美海ちゃん、置いていかないでぇ!」

意外とあっさり出てきたな。置いていかれるのは嫌ということか。

「それで、その子はどちら様かな? 雄二の彼女さん?」

「美海、違うと分かってて言ってるだろ。沙織もなんでショック受けてるんだよ」

「あ、い、いえ。なんでもないです……」

「マスター、私はマスターの彼女なのですか?」

「セニア……、話をややこしくしないでくれ。えっと、この子はコードΩ46セニア。俺たちの新しいチームメンバーだ」

「コードΩ46、認識用個体名セニアです。よろしくお願いします」

ペコリとお辞儀をするセニアにつられて二人もお辞儀をした。

「私は日向美海だよ。よろしくね、セニアちゃん♪」

「岸部沙織と言います。確か、セニアさんは交流戦の時に呼ばれていましたよね?」

「はい。あのときは別のチームで参戦しました。ですが、今はマスターの仲間です」

「その、どうしてこのチームに? 私たちって弱小ですし、今まで何回かしかエクシーズで勝ったこともないのに」

「……沙織、自分で言っていて悲しくないか?」

「もう、雄二さん。今大事な話をしているんですから邪魔しないでください。それでセニアさん、どうしてですか?」

「雄二はもう少し乙女心を学ぼうねー」

納得いかないまま雄二は美海に引きずられて二人と距離をとらされる。

「私はブルーミングバトル用に開発されたアンドロイドです。したがってその存在意義はブルーミングバトルにあります。この学園でブルーミングバトルに積極的なチームは多くありません。たまたまマスターのチームを選んだと考えられるはずです」

「それが、理由?」

「……いえ。マスターに、興味が湧きました。だからこのチームを」

「なーんだ、やっぱりそういうことだったんですね。ごめんなさい、変に勘ぐってしまって。最近雄二さんの周りで物騒なことばかり起きてるから警戒しておかないわけにはいけませんから」

「先日、一時的にマスターの位置情報が途切れたのもそれが原因ですか?」

「えーっと、多分それは迷子になっていただけだと思います。あははは……」

どうやら二人とも打ち解けられたらしい。沙織も笑顔だし、セニアの加入は問題ないかな。

「よーっし、それじゃあ白の世界へ出発~ぅ♪」

いよいよ、雄二たちはイベント最後の世界へ。

白の世界は科学が進んだ世界、一体どんなオーバーテクノロジーが飛び出してくるのか楽しみだな。

 

「ここが、白の世界……システム・ホワイト・エグマ」

「確かに白いね~。それに建物が高~い!」

「地球の技術力が進歩すればこの世界のようになるんでしょうか」

地球がこんな風になるのは十年や二十年じゃあ無理だろうなぁ。

アンドロイドとか普通にいるし。

「この世界の技術力は青の世界のそれの何世紀も先を行っていると言われています。ですから、このレベルまでなるのはまだ先ですね」

「ん~、もっと油とか煙がスゴいとこだと思ってたけど、意外と清潔だね」

「ちょっ、バカ、消されるぞ!」

「ぇええ!? ごめんなさーい! ってそんなわけないじゃん!」

「ははは、冗談だって。じゃあ、セニア。案内役任せたぞ」

「了解です、マスター。ばっちり任務遂行します。私のあとについてきてください」

心なしかセニアも嬉しそうだ。アンドロイドでも一人の人間ってことだな。

「まず現在地のここは青の世界と繋がる転移門が設置された広場です。そして大通りの先に見える一際大きな建物はこの世界の中枢機関であり、すべてを管理するシステム・E.G.M.A.がある場所です。次にあの建物は」

「ストップ、ストーップ。セニアちゃん、もしかしてだけど建物全部説明するつもりだったり?」

「はい。案内を任されたので」

(雄二、セニアちゃんって意外と)

(バカ、それ以上言うな。冗談なしに消されるぞ)

(えぇー、……雄二それ気に入ってるの?)

(割とな。でも、セニア関連は気を付けろよ。マジでセニアの姉に消されるぞ)

「セニアさん、全てを案内する必要はないんです。自分の行きたいところや連れていきたいところに案内すれば、私たちはそれで満足なんですから。ね?」

沙織のナイスなフォローに雄二と美海は勢いよく頷いた。

「そう、ですか。……わかりました。ではついてきてください、是非マスターに会わせたい人がいます」

「ですって、雄二さん」

「俺に会わせたい人? カレンのことか?」

「いいえ。私を開発した研究者、Dr.ミハイルのことです」

ついてきてくださいと歩き出すセニアの後ろを雄二たちはついていく。

ここからミハイルのラボがあるE区画までは少し歩くらしい。

ふと雄二は空を見上げた。

「……空が近い?」

その声は誰にも届くことなく消えていった。




第19話につづく


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第19話 再検査

「ここがDr.ミハイルのラボです」

「なんか、普通の研究所って感じだな。もっとこう、煙突がバンバン立ってて薄暗い感じの場所かと思ってたけど」

セニアは雄二の言葉に首を横に振る。

「ここでは研究を主に行っていますから、一般の建物と外見に違いはありません。ですが、開発を主に行っているラボではマスターのイメージ通りかもしれません」

「雄二のイメージってマッドな研究者のラボだよね~。ドラマの見すぎじゃない?」

さっき似たような感想を言っていた美海には言われたくない。沙織も顔を背けていても笑ってるの分かるからな。

話が進まないから言わないけど。

「さぁ、中に入りましょう。この時間なら起きているはずです」

「まだ朝の8時ぐらいだもんな。ちょっと訪問するには早すぎたか?」

「その心配はいりません。Dr.ミハイルもマスターに会いたがっていましたから。歓迎してくれます」

「雄二って意外と有名人? ということは私は有名人の幼馴染み?」

雄二は後ろで盛り上がっている二人は放置しようと心に決める。

関わると余計な傷を負いそうだ。

ラボの中は流石科学が発展した世界だと感心させられる作りだった。音もなく静かに開く自動ドア。ライトが埋め込まれている様には見えないのに明るい廊下。

挙げていけばキリがない。

「ここが研究室です。Dr.ミハイル、ただいま戻りました。アルドラ1名とプログレス2名を連れてきました」

「セニアか。入ってきていいぞ」

スッとスライドしたドアを抜けて、雄二たちは研究室に入っていく。

コンピュータや投影スクリーン、タッチパネル、何かのパラメータを写し出している大型モニターが見事に配置されていた。

「彼らがセニアの連れてきたお客さんたちかい?」

「はい。αドライバーの成瀬雄二、プログレスの日向美海、岸部沙織の三名です」

「どうも、雄二です。で、コイツが美海。そっちが沙織です。すみません、朝早くに」

「いいや、構わないさ。セニアが誰かを招待するなるんて初めてだからね。歓迎するよ。と言ってももてなすものは何もないのだがね。好きにラボを見学してくるといい。ああ、アルドラの君は少し残ってくれ」

「え、俺だけ?」

「じゃあまたね、雄二。美人のお姉さんだからって手を出したらダメだからね~」

「雄二さん、絶対ですよ? 絶対ですからね」

沙織は何でそんなに必死なんだ、というかあんなキャラだったっけ?

もっとおしとやかな感じだったような……。

「さて、君に残ってもらったのには訳がある。おおよそ見当はついているのではないか?」

「いや、全くもって心当たりは……」

「む、君は鋭いのか鈍いのかわからないやつだな。君のことはいつもゼシカから報告を受けていたよ、黒の世界でのことも赤の世界でのこともね」

「ゼシカから? まさか……」

俺はポケットにいれていた端末を取り出してスリープモードを解除する。すると画面の端からチラリとこちらを窺うようにゼシカが見ていた。

「最近電池の減りが早いと思ったら、ゼシカがいたからか」

「ちょっと、私はそんな大食いじゃないわよ! もっと省エネで少食よ! というか気にするのはそこじゃないでしょ。監視されてたことについて何も思わないの?」

「別に。どこまで監視されてたかは気になるけどな」

「そんなにずっと見てたわけじゃないわよ。私はミハイルに依頼されてあんたの戦闘データを収集していただけ。プライベートには触れてないわ」

「ふむ、随分と仲が良いんだね君たちは。そういうわけだ、君のデータは見せてもらった。そこで君に頼みがあるんだが、是非測定させてもらえないだろうか」

おいおい、初対面の相手にいきなり過ぎないか、この白衣美人の博士。もう少し説明とか順序ってものがあるだろ。

同意を求めるようにセニアへ視線を向けた雄二だったが、彼女は何故か目を輝かせていた。

「ま、待ってくれ! もう少し詳しい説明がほしい。そもそも何で俺なんだ、アルドラなら他にもいるだろ」

「ふむ、それもそうだな。少し配慮が足りなかったようだ。説明は任せたよ、ゼシカ。私はその間に装置の準備をしておく」

ミハイルはそう言って隣の部屋に消えていった。

「ちょっと!? 肝心なところでしょ、自分で……。はぁ、しょうがないわね。私が説明すればいいんでしょ」

ゼシカは一旦画面から消えると直ぐにホログラムとなって部屋に現れる。なんだかんだ言って面倒見がいいからミハイルも頼んだんだろうな。

「まず、Dr.ミハイルがあんたに目をつけたのは学園で先月行われた検査で協力を頼まれたからよ」

「検査? ああ、そういえばそんなこと言ってた気がする」

もうあれから一ヶ月経ったんだなぁ。

「その検査でのリンク適合率は覚えているかしら?」

「えーっと、確か──」

「90.35%です、マスター」

「──そうそう、それぐらいの……っておかしいだろ。たしかその時はわからないって言われた。というか美海たちと一緒に行かなかったんだな」

雄二はあまりに静かだったために、セニアは居ないのかと思っていた。

……ステルス性能高すぎじゃあないですかね?

「マスター、ひどいです。私はマスターの傍に居たいのに」

「あー、すまんすまん。居てもいいから、だから落ち込むな」

雄二は落ち込んだセニアの頭を優しく撫でる。

なんだか妹を相手にしている時と同じ感じがする。

「マスター、私は落ち込んでいるのですか?」

「いや、まぁ、なんとなくそんな気がしたんだが」

「そう、ですか……。そうですね、私は落ち込んでいたようです」

「コホン、いくら私がホログラムだからって人前でイチャつかないでくれない? それと、話を進めたいんだけど。いいかしら?」

俺はセニアと同じようにコクリと頷いた。

ゼシカはそれを見て満足したのか話を再開した。

「あんたは90%って数値が低いとか思ってるかもしれないけど、一般的なアルドラのリンク適合率は6%から10%、15%に届けば上出来なほどよ。何故ブルーミングバトルにおいてフィールドに出るのが四人までと定められているか分かる?」

「……リンク適合率が低いから?」

「そうよ。適合率が低いからそれ以上のプログレスが出てもまともに戦えないのよ。でも、あんたは一般的な数値を遥かに上回る適合率を叩き出した。そんな異質な存在にミハイルは目をつけたってわけ。周りの反応とかで自覚はあったんじゃないの?」

赤の世界で美海とリンクした。その後に繋げた状態のままレミエルともリンクできた。それに先輩とも……。

「あの時は出来ると思った。いや、確信してた。俺ならやれるって」

「マスター?」

考えが声に出ていたらしく、セニアが不思議そうに俺を見上げてくる。

「ああ、テラ・ルビリ・アウロラでの戦闘の時ね。あの時は私も端末からデータを見てて驚いたわ。まさか、三人と同時にリンクするんだもの、まだ目覚めたばかりなのにね。適合率を知っていても目を疑ったわ」

「流石、マスターです」

「そんなわけだから、今回何をするか見当はついたでしょ。前に検査して1ヶ月たった現在の数値はどれくらいなのか、このイベントを機会に再検査しようってわけよ。学園が使っているデータベースのものじゃなくて、この世界の誇るデータベースでね」

「マスター、行きましょう。Dr.ミハイルの準備も終わっているはずです」

雄二はセニアに手を引かれて隣の部屋に連れていかれる。

隣の部屋ではミハイルが優雅にコーヒーを嗜んでいた。

 

再検査は一時間と経たずに終わった。

「測定は以上だ。コーヒーでも飲んで寛いでくれ」

「お疲れ様です、Dr.ミハイル。コーヒーは入れておきました」

「ありがとう、セニア。私は今回のデータから何か今後の参考になることがないか調べるとするよ」

「お疲れ~、私の任務はこれで完了かしら?」

「ああ。これで君も歌姫としての仕事に戻れるな」

「なっ!? な、なんで知ってるのよ!」

ふふふ、と笑いながらミハイルは別の部屋へ消えていく。

ゼシカも秘密が暴露されて恥ずかしくなったのかホログラムを消して何処かへ行った。

雄二が端末を確認しても彼女がいる気配はない。

「マスターもお疲れ様です。これを」

「あ、ああ。……ありがとう、セニア」

「マスター。私はマスターを選んでよかったです。これほどの数値を出せるのはマスターだけだと推測します」

セニアはモニターに写し出された数値を見て瞳を輝かせる。

モニターには大きな文字で検査結果の数値が表示されている。

「リンク適合率、97.52%……。過去最高数値、か」

「……マスター? どうかしましたか?」

「す、すまん。嬉しくてな。込み上げてくる衝動を抑えきれそうにないんだ、だから少し耳を塞いでいてくれ」

「……? わかりました」

雄二はセニアが耳を手で塞いだのを目視すると大きく息を吸って、衝動に任せて声を出した。

「ぁああああ、よっしゃあああ!!! これなら、もっと戦えるようにだって……っ!」

歓喜する雄二はふと気づいてしまう。

適合率の高さが示す意味を。その危険性を……。

そして、その考えは底無し沼のように雄二を捕らえる。

「……マスター」

「……え? あっ、どうした? 今は機嫌がいいからな、何でも言ってくれ」

「どうして、そんなにも怯えた目をしているのですか?」

セニアのその言葉が雄二をドロリとした思考へと引きずり戻しかける。

「な、何言ってるんだよ。俺は、こんなにも喜んでいるじゃないか」

「はい。ですが、マスターの瞳には怯えが見られます」

セニアに悪気は欠片もない。

ただ、気になったから聞いただけである。

「…………セニア。少しの間だけでいい、俺を一人にしてくれ」

「わかりました。三十分後、ラボ内を探索している二人と共に迎えに来ます。……マスター」

「ああ、それまでには……いつも通りになってる」

セニアは小さく頷くと部屋から出ていく。

ドアが閉じた途端、雄二は立っていられなくなり、尻餅をついてしまう。

「くそっ、何でだよ。なんで、震えてるんだ。アイツらは仲間だろ、なのに……なんで──」

──今になって、こんなにも彼女たちとのリンクが怖いのだろうか。

そう簡単に底無し沼からは抜け出せない。

雄二の思考はまだ捕らわれている……。




第20話につづく


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第20話 幼馴染みの役目

雄二と別行動になってから約一時間経っていた。

「んー、こっちかな」

「み、美海ちゃん。迷いなく進んでるけど、ちゃんと戻れるよね?」

「大丈夫、大丈夫! なんとなく雄二の場所は分かるから」

沙織は相変わらず心配性だなぁ。

それに私だって分かれ道で迷ってるよ?

完全に勘で選んでるけどね。

「あ、そういえば、沙織ちゃんはまだ雄二とリンクしてないんだよね?」

「わ、私にはまだ早いです、そういうのは! そういうのはもっと、お近づきになってからがいいなぁって……」

段々と声が小さくなってよく聞こえない。恥ずかしいのかな?

でもなんでだろう、雄二が誰かとリンクすると少しモヤモヤする。チームが大きくなればもっとそんな機会は増えるのに……。「……はっ!? 私って意外と欲張りなのかも」

「美海ちゃん?」

「ううん、何でもないよ~」

危ない危ない、考えが声に出ちゃってた。

雄二と違って、私はしっかりしてなきゃ!

「あの~、美海ちゃん。多分ここ、別のラボだと……」

「えっ!? ま、まぁ、大丈夫だよ!」

「美海ちゃん、もしかして雄二さんのことが心配なの? いつもの勘も働いてないみたいだし」

「そ、そんなことないよ?」

「…………」

うぅ~、沙織ちゃんの視線が痛い。

あれは完全に納得してない目だよ。

……でも、隠しても仕方がないよね。

「ううん、実は割と心配かも。雄二って最近、戦って怪我してばかりだし」

赤の世界で先輩を救ったとき大怪我してた。

多分、黒の世界でボロボロの服を着ていたときも何かあったはず……。目が覚めた時、ベッドが砂だらけだったし。

葵ちゃんとの特訓であんな風になったなんて嘘なのは私じゃなくても分かる。

「それに、昔から大事なことは一人で解決しようとする癖があるし。知らないうちに、……雄二自身でも気づかないうちに抱え込んでたりするから心配なの」

「ふふふ、美海ちゃんも人のこと言えないですね。私以上に心配性じゃないですか」

「だって幼馴染みだよ、自然と気になっちゃうよ。私は幼馴染みとして、チームメンバーとして雄二を支えてあげたい。そうすればいつかあの表情だって、昔みたいに戻るはずだから」

雄二は今ごろ何してるのかな?

美人のお姉さんと仲良くしてるのはいいけど、また無茶したり事件に飛び込んだりしてないかな。

……少し、ううん。すごく心配かも。

「そういえば、今まで深く聞いていませんでしたけど、雄二さんが無表情になったのっていつぐらいなんですか? なにかきっかけがあったとか?」

んー、いつだったかなぁ。中学の時にはもう今の感じだったし……、うーん。

「あっ、確か小学五年生のときだよ。雄二の妹ちゃんから聞いたんだけど交通事故に巻き込まれてその時に雄二の両親が……。雄二自身も大怪我をして何日も意識不明で目が覚めたときにはなにも覚えていなかったんだって。しばらく何も喋らなくて生きてるのに死んでるみたいだったよ」

「雄二さんにそんな過去が……」

「それまではよく笑ったり、泣いたり、怒ったり、表情に出やすいタイプだったんだよ? それでね、一度離れ離れになったけどこの学園で再会できたから、雄二の心の傷を癒して昔みたいに笑わせるのが今の私の目標だよ!」

中学では一人で戻そうと頑張った。

でも結果は今の通り……。

だから次はみんなで雄二を助ける。

美少女に癒してもらうんだからありがたいと思いなさい! なんてね。

「美海ちゃん。その目標、私も手伝っていいですか? 私も雄二さんを助けてあげたいんです」

「沙織ちゃんみたいな優しい子なら大歓迎だよ♪」

私たちが廊下で話していると突然近くのドアが開いて私たちぐらいの女の子が出てきた。

「およ? なんだか話し声が聞こえると思ったらまたお客さんかな。いやー、今日は珍しく三人もお客さんがくるなんてねー。なははは」

クリーム色の髪を雑にまとめあげた髪形。露出度の高いスウェット。腰に巻かれた作業服。

どことなく残念感が漂うこの子は誰?

「おい、エルセア=エコルダ。作業が止まっているぞ。早く再開しろ」

「んもー、今は休憩だってぇ。疲れて手元が狂った方が一大事だよ~」

「時間の無駄だ。僕はここに作業を見に来たんだ。作業をしないと言うなら代われ。僕がやる」

「あれ? 朝比奈君?」

なんと女の子が出てきた部屋のなかにはαドライバーの朝比奈淳君がいた。

朝比奈君が誰かと一緒にいるなんて珍しい、なんて言ったら怒られるかな。

「奇遇ですね、朝比奈君もこの世界に来ていたなんて。私たちもこのラボを見て回っているところで」

「お前たちの予定なんぞ興味もない」

むむっ、いきなりそっぽを向かれちゃった。

これには私も沙織ちゃんも苦笑いだよ。

「なははは、君は誰に対してもそんな感じなんだねぇ。あ、私はエルセア=エコルダ、見ての通り整備士だよ。よろしくね」

「おい、まだ休憩なのか?」

「わかったわかった、今戻ります~。ったく、私はまだ許した訳じゃないのに偉そうだね君は! あ、それじゃあね、お二人さん。よかったらまた来てよ」

「は、はい。って、入っちゃった……。んー、これからどうする?」

沙織も急な展開に困惑してるみたい。

私にも何がなんだか……。

ただなんとなく、朝比奈君は自分勝手過ぎると思う!

「そう、ですね。そろそろ戻りましょうか」

「そだね。戻ろっか」

私の勘にかかれば、簡単に戻れちゃうんだから。

 

「あっれ~? ここら辺だったような気がするんだけどなぁ」

「あ、セニアさんがいますよ。本当に戻ってこれた……、流石美海ちゃんですね」

「ふふん、でしょ~♪」

やっぱり私の勘は頼りになるね♪

でも、なんでセニアちゃんは外に出てるんだろう?

「セニアちゃん、雄二は中にいるの?」

「はい。ですが、まだ三十分経っていません」

「なんのこと? って」

私が近づいたせいでドアが開いちゃった。

「やっほー、雄二~。残って何を……雄二? ……はぁ。もう、仕方ないなぁ」

セニアさんが外に出ていたのは追い出されたからか。一人にしてくれ~とか言われたのかな。

「あの、美海ちゃん? 雄二さんはどうしちゃったんですか?」

「雄二はね、事故に遭ってからたまにネガティブになりすぎることがあるの。何がきっかけかわからないけど、不定期であんな風になっちゃうの」

「そんなっ……、雄二さんは大丈夫なんですか?」

「マスターは怯えていました。今のマスターに近づくことは推奨しません」

「大丈夫だよ。私は雄二を支えるって決めてるから」

怯えてるって何か怖いのかな。そんな素振りは見えなかったし、表立ったものじゃない、とか?

部屋に入っていくとモニターに何か映し出されていた。

「リンク適合率? これってなんだっけ?」

どこかで聞いたことあるんだけど思い出せない。思い出そうと考えていると沙織ちゃんが近づいてきた。

「リンクを成功させる能力値を表したものですよ、美海ちゃん」

「じゃあ、これが高いと色んな人とリンクできるってこと?」

「理論上は。……ですよね? セニアさん」

「はい。本来リンクにはアルドラとプログレスとの相性、そしてアルドラのリンク適合率が主に関わってきます。その中でリンク成功に大きく作用するのは相性や互いの信頼関係ですが、相性を無視してリンクできるアルドラは今のところマスターだけです」

それって無理矢理、心をこじ開けてリンクすることもできるってことだよね……。

「……そっか。だから雄二は怯えているのかな」

膝を抱えて座り込む雄二を横からそっと抱き締める。

背は大きくなっても、こういったところは昔のまま。

それなら、私がやることも昔と同じだよ。

「美海……」

「なあに、雄二」

「俺はお前らの心を無視してリンクしていたのか? お前や御影、イレーネス、レミエル……それに先輩の心も。俺は踏みにじってきたのか?」

「ネガティブになりすぎだよ。誰一人だってそんな風には思ってない、むしろ雄二のその力に救われた人だっているんだから」

ん? 一人だけ知らない名前があったような……。イレーネスって誰?

「俺は、怖い。相性を無視して無理矢理リンクを繋ぐのが。リンクで伝わってきた心が……」

「うん、うん。私だってリンクが怖いよ。リンクするってことは心のうちを見せるってことだから。だからね、雄二以外とリンクしないんだよ? 雄二とは絆があるから。たとえ相性が悪くても、何度だって雄二とリンクするよ?」

「でも、他の皆は……」

雄二は私から離れようと押し返してくる。

でも、絶対に離してあげない。

ここで離したら雄二はずっと悩み続ける、苦しみを抱えることになる。

そんなの、見過ごせないよ……。

「思い出してみて。雄二は誰にも強制しなかったでしょ? 雄二は優しいもん、無理矢理誰かに自分を押し付けるなんてしない。だから皆、雄二と心を繋いだんだよ?」

「……なんで分かるんだよっ、俺がどんなやつかなんて! 俺はαドライバーで、お前はプログレスだろ! 同じでもないのになんで!」

「だって幼馴染みだもん」

「……幼馴染み?」

「うん、幼馴染み。だからその絆は誰も負けない! 千尋ちゃんにだって負けないんだから。誠也君たちにリベンジした時、雄二だって言ってくれたじゃん。私を信じてるって」

それぐらい私たちの絆は強いんだよ。

「それにね? リンクって怖いだけじゃない。リンクしてるとね、一緒にいるって感じがして心地いいの」

「……そっか。そう、だな……。俺も、お前とのリンクが一番落ち着く」

「うん……」

「……なぁ、美海」

「んぅ? なあに?」

「もう少しだけ、このままで……」

「いいよ。気がすむまでこのままで居てあげるから」

雄二は遠慮がちに私の手に自分の手を重ねてくる。

あー、もう。なんだか本当に子供みたいだなぁ。

沙織ちゃんとセニアちゃんがじっと見てるけど、これはこれで悪くない。

私だけの、幼馴染みの特権だもん。

だからね、雄二。ちゃんといつもの雄二に戻ってよ?

 

約二十分後、雄二は元に戻った。

そして、その瞳から怯えは消えていた。




第21話につづく

今回のみ美海視点でお送りしました。
次回から雄二視点に戻ります。


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第21話 襲撃

美海に抱き締められたまま、雄二は少しの間眠っていた。

「すっげー、恥ずかしい……」

「んふふ、雄二がしてほしいならまたしてあげるよ?」

そして美海は凄くご機嫌だった。

「う、うっせー! もうその心配には及ばねえよ。俺は絶対にこの力を悪用しない、これはチームのために、誰かを救うために使う! だから、その……俺の仲間でいてくれ」

「うん。約束だからね♪」

「た、例え雄二さんが暴走しても私が止めます! いいえ、暴走しないように守りますから!」

「マスターの情報をアップデート完了。私はマスターにどこまでもついていきます。あなたの側で共に戦わせてください」

美海、沙織、セニア。

彼女たちが雄二を支えてくれる。

なんだよそれ、支えが強すぎて倒れようがないじゃないか。

「ありがとう。なんて言うか、凄く、嬉しい。あれ? くそっ、……視界がぼやけて」

「もう、今度は泣いてるの? 雄二は子供だなぁ。ほらほら、なでなでしてあげる~」

「あ、私も雄二さんをなでたいです」

「マスター、マスター。私もその行為を所望します」

「ちょっ、お前らっ! やめろって!」

雄二が三人から逃げ回っていると廊下に続くドアが開いて誰かが入ってきた。

頭部には角のような突起部のついたカチューシャを装備している女の子だ。

彼女は雄二たちを見て焦りの表情を浮かべていた。

「っ、まだ人が残っていたのか。君たち、今すぐこの建物から避難するんだ! この建物は襲撃されているっ!」

「お、おい、お前は誰なんだ? それに、襲撃されているってそんな感じは……」

「……マスター、緊急事態です。現在このラボの西ゲートにて仮面をつけたプログレスが侵入を図ろうと暴れています。侵入されるのは時間の問題だと推測します」

セニアを除く三人がハッとする。

仮面をつけたプログレスなんて思い当たるのは一つしかないのだ。

つまり、先輩のように操られたプログレスたちがこのラボを襲っているということである。

その時、西ゲートにて起きた爆発の衝撃が雄二たちのいる部屋を揺らした。

「くっ、時間稼ぎにもならなかったか。仕方がない、私が彼女らを食い止める! その間にこの建物内にいる人を避難させてくれ」

大きな爆発音のあった方向を見て彼女は咄嗟に判断する。

「雄二っ、私たちも戦いにいこうよ!」

「いや、ここは彼女の言う通りにしよう。俺たちは避難の誘導を優先だ。念のためにαフィールドは展開しておくから手分けして避難させるぞ」

「……わかった。雄二の言う通りにする」

「美海ちゃん、急ぎましょう!」

「皆さんの端末にこのラボ内の見取り図を転送しました。それを活用してください」

「サンキュー、セニア。よし、みんな行くぞっ!」

一番に飛び出したのはセニアだ。

それに続いて美海、沙織も走り出してラボ内へと散る。

雄二も部屋を出ようとした時、ドア付近にいた彼女に腕を捕まれて止められた。

「待て、君は先程の会話からしてαドライバーだろう?」

「ああ。そうだけど、お前は誰なんだ?」

彼女は雄二の腕を放すと腰のホルスターからブラスターガンを抜いて雄二に手渡した。

「私はコードΣ29、ハイン。コイツはこの世界の技術の粋を集めてプログレス鎮圧用に造られた『エクシードブラスター』、特殊なレーザーでエクシードを破壊する効果がある。護身用に持っているといい、きっと君の役に立つはずだ」

「え、そんなもの、なんで俺に?」

「君はプログレスを守るのが仕事だろ? なら私の仕事と大差ない。私の仕事は陰ながら市民を守ることだ。言わば君の同僚とも言えるのか? まぁ、そのだな……、君の仲間を、そして君自身をそれで守るんだ。それじゃあ、避難の方は任せたよ」

そう言い残してハインは颯爽と西ゲートの方へ走り出していく。

「ハインさん、カッコよすぎだろ」

思わず雄二はそう溢していた。

 

雄二はエクシードブラスターを片手に各部屋を回っていた。

しかしどの部屋も空で人の気配はどこにもない。

「もう美海たちが避難させたのか? それならそれでいいか。次の部屋でこのラボのE区画は最後だし」

部屋のドアを開けて中に踏み込む。

部屋の中はセニアがいっぱいだった。

タペストリー、ポスター、写真立て。壁に埋め込まれたディスプレイ。その至るところに飾られてるセニアの写真。

雄二はこの時点で誰の部屋なのか見当はついていた。

「この部屋って、おっと」

雄二は進もうとして床を這うコードに躓いてしまう。

よろけて手をついたのは色々なケーブルが繋がれたカプセルのガラス部分だった。

「……やっぱりお前の部屋か。予想通り過ぎて苦笑いしか出ないな」

ガラスの向こうで静かに呼吸をして眠っていたのはセニアの姉、コードΩ33カレンだ。

カレンもDr.ミハイルによって開発されたため、ここでメンテナンス等を受けている。

「おい、起きろ。緊急事態だ」

「……」

コツコツとガラスをノックしても反応は返ってこない。

聞こえていないのだろうか?

「セニアが危な──」

『テスト、オールクリア。起動認証──カウント、始めます』

「──い、って言い終わる前に反応しやがった。どんだけ妹が好きなんだよ」

「どれだけも、でございますです。セニアを危険にさらす愚か者に生きている価値はありません。それと、何故私の部屋に勝手に入っているのですか、馬の骨。蹴飛ばされたいのございますですか?」

おい、今こいつカウントが終わる前に目覚めたぞ。絶対俺が呼び掛けたときに起きてただろ!

「勝手に入ったのは謝る。でもそれどころじゃないんだ」

「……言わなくても状況は把握しました。西ゲートは完全に破壊、突破されて現在はコードΣ29が迎撃に当たっているでございます。この建物はDr.ミハイルの研究資料が大量に保管されている場所、ここを落とさせるわけにはいきませんです」

「わかった、既に避難誘導も終わっただろうし俺も手伝う」

「馬の骨の手を借りるほどではございませんです。戦術級決戦型アンドロイドは伊達じゃありませんことよ? こう見えて荒事は得意中の得意でございます」

「……そうか。なら、俺は他の皆と合流して──」

「邪魔でございます」

突然カレンに突き飛ばされて尻餅をついた雄二の頭上を凄い速さで何かが通過した。

もしカレンが突き飛ばしていなかったら雄二は今頃串刺しになっていたはずである。

「か、カレンさん? ……今のは」

「ふんっ、これは犯人捕獲用ロボットのスパーク・スネーク。本来微弱な電流で相手を痺れさせて締め上げるものなのですが、どうやら違法改造が施されているようでございますね」

狙いをはずして床を這っていたスパーク・スネークをカレンは足で粉砕して無力化、やつが飛んできたドアの先を睨み付けていた。

「また来るでございます。馬の骨はそこで見てるです。はぁあ!」

先程と同様に雄二目掛けて飛んできたスネークをカレンは惚れ惚れするような蹴りで破壊してしまう。

その時、雄二にはカレンの脚がブレて見えた。

「ブレるほどのスピードって、マジかよ……」

「私は空間歪曲エンジンを搭載しておりますです。そのため脚力を強化された私の蹴りは空間をも切り裂く。よく、気づいたでございます」

「生身でその蹴りをくらったら無事じゃすまないレベルじゃないか」

「ええ、ですから私が戦闘に導入されるのは滅多にないでございます」

戦闘慣れしているように見えるカレンだが、ただそう見えるだけで実戦の参加回数は少ない。

だが、この場面において戦力としては申し分ない。

「馬の骨、いつまで床に這いつくばっているつもりでございますですか? 今のうちに早く行くでございますです」

「あ、おう! カレンも気を付けろよ、お前だって女の子なんだからな」

「私はアンドロイド。たとえ破壊されても修復可能です。その心配は不適切だと判断しますが?」

「いいや、適切だ。アンドロイドだって人間だ、感情も温もりもある。それにお前が破壊されたらセニアが悲しむぞ? それでもいいのかよ」

「愚問です。私がセニアを悲しませるなどあり得ません。なるほど、馬の骨の考えが適切だったと再認識します」

カレンが考えを改めていると不意に声がした。




第22話につづく


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第22話 親の仇

「まさかこうも簡単にスパーク・スネークが破壊されるとは。流石はDr.ミハイルの開発したアンドロイドと言ったところか……。だが、こっちの方はそうでもなかったな」

「っ!? なんだ、セニアに展開してたフィールドが侵食されて、いく……」

コツンコツンと音を立てて、仮面をつけた背広の人物が廊下を歩いてくる。

体格や声の感じからして、男……なのか?

「おや? これはこれは、やはりαドライバーがいたのか。なら、これに展開されていたαフィールドも君のかい?」

仮面の男が手を横に広げると彼の後ろから仮面をつけた少女が歩み出てきた。

「っ、まさか、セニアを……」

「そうそう、これの名前はセニアだったか。よく知ってるねぇ、アルドラ君。どうだい、私たちの仲間にならないかい?」

「誰がイカれた仮面野郎の仲間なんかになるかよ! それよりもセニアを解放しろ!」

「おいおい、解放しろだなんて人聞きの悪い。それじゃあ、まるで私が無理矢理言うことを聞かせているみたいじゃないか。これは自ら私に協力して──」

雄二の横を何かが猛スピードで通りすぎていく。

「私の妹に何をしたぁああ!!」

「やれやれ、いきなり蹴りかかってくるとは礼儀を知らない、所詮これと同じガラクタの人形か」

「なっ!? 私の蹴りを腕で止めるなど人間には……、まさかアンドロイドなのですか」

空間をも歪曲させるカレンの蹴りを仮面の男は腕一本で受け止めていた。

雄二に視線を固定したままでそれほどのことをやってのけたのだ。

「はぁ、こんなガラクタを開発しているラボなら研究資料も高が知れてるな。全く、成瀬の時といい、どうして研究員というのは素直に渡さないのかねぇ」

「成瀬……? もしかして、成瀬裕一と成瀬千香のことか?」

「ん? そういえばアルドラ君の顔はどことなく成瀬夫妻に似ているなぁ。そうか! あのとき殺し損ねたガキか! あぁ、納得だ、納得したよ成瀬雄二君。君の運の悪さは親譲りだったんだねぇ?」

殺し損ねた……? 親父と母さんは交通事故で死んだんじゃないのか? 俺はそれに巻き込まれて──。

「っ! 思い出そうとすると頭がッ……」

「んー? 頭を押さえてどうしたんだい? 私との再会が嬉しすぎて頭がおかしくなったのかなぁ?」

思い出せない。でも、この仮面野郎の言う通りなら、親父と母さんが死んだのは……。

「……す、お前は絶対に殺すっ! ここから生きて帰さねえ。ここで、親父たちの仇をとってやる!」

「威勢がいいねぇ。でも勝てるのかい、この私に。それに君の相手は私だけじゃないはずだよ」

「……」

セニアは銃口を雄二に向けて仮面野郎の前に立った。

あいつを守るつもりなのか。

「どけっ、セニア! そんなやつの言うことなんて聞くな、正気に戻れよ!」

雄二の声が届いていないのか返ってきたのは、雄二の顔の横を通過するように撃たれたエネルギー弾のみ。

次は当てるというセニアの警告だった。

くそっ、戦闘力未知数の男とただでさえ強いセニアが相手になるとか無茶苦茶じゃねえか!

「はぁああ!!」

「何度言ったら分かるのですか。ガラクタごときの攻撃が私を傷つけるなどあり得ないと」

「まだでございますッ!」

仮面の男はカレンの蹴りをすべてガードする。空間歪曲の蹴りを何度も食らったにも関わらず、その背広ですら傷はついていない。

「ッ、出力を50から80%にシフト。これならば!」

「学習しないですね。無駄だと言っているのです。出力を出し惜しみして私に敵うとでも?」

カレンは一瞬で加速し、仮面の男に迫る。

男は防御する素振りさえ見せない。

だが──

「っ!?」

攻撃は届かない。いや、カレン自身が止めてしまったのだ。

「セニアっ、何故邪魔をするでございますか!」

「マスターを守るのがアンドロイドの使命。私はマスターをお守りします」

「ふむ。これはこれは……。マスター設定を上書きする効果があったとは誤算でした。私がガラクタのマスターになるのは甚だ遺憾だが都合がいい。Ω46、Ω33を破壊せよ」

「了解。命令を遂行します」

セニアはハンドガンの銃口をカレンへと向ける。

「セニア、あなたは本当にそれで──」

カレンは動かない。

セニアの行動が本心ならば、それを優先するのが姉であるカレンの信念だからだ。

カレンには今のセニアの行動を判断できなかった。

発射される寸前、雄二は咄嗟に動いていた。

雄二は自身の体をカレンの前に滑り込ませ、カレンを庇うように抱き締める。

仮面をつけたプログレスとの戦いでは、αフィールドは無意味になるというのなら、傷つくのは俺だけでいい。

そう判断しての行動だった。

「ぐっ、……いいわけ、ないだろっ。そろそろ目を覚ませ、カレン! お前は、セニアの姉だろうが!」

「馬の骨……、何故庇うでございますですか」

背中に高出力の攻撃を受けた雄二は精一杯の笑顔でカレンに答える。

しかし、その顔に変化はない。

「プログレスを守るのがαドライバーの役目ってもんだろ?」

「ふざけたことを。馬の骨が傷つけば、セニアが悲しむのは確実でございます。優先順位を間違えるなど、まだセニアのマスターとして認めることはできないようです」

カレンは雄二の腕を退けようとするが、その力は弱い。

その間にも雄二は背中に集中砲火を受けていた。

「優先順位を間違えてんのはそっちだ。セニアは姉を傷つけて何も思わないような妹じゃない。今のアイツは操られてるんだ、その事を忘れんな!」

「…………まさか、馬の骨ごときに説教をされるとは。やはり戦闘は定期的に行わなければいけないでございますです。どうにも体が鈍ってしまう」

「やっと目が覚め──」

「いい加減に放すでございます!」

セニアの攻撃が弱まった一瞬を見極め、カレンは雄二を投げ飛ばす。

そして、目の前の何もない空間を横凪ぎに蹴った。

それだけの動作にも関わらず、セニアは廊下の後方へ弾き飛ばされてしまう。

「衝撃波を生み出すことなど造作もございませんです」

脚を床に下ろし、カレンは仮面の男を睨み付ける。

「ちっ、ガラクタめ。あの程度の衝撃波、耐えられないとは情けない。やはりお前たちは私自ら止めを刺すしかないようだなァア!」

「くっ、攻撃が重い……。やはりアンドロイドの体でございますかっ」

上下左右、壁や床、天井までも使い、カレンは3次元的に相手を翻弄する。

その動きに仮面の男は対応しきれていない。今まで傷ひとつなかった背広は所々破け、そこからメタリックなボディが見えていた。

「ふんっ! ちょこまかと目障りな! ガラクタはガラクタらしく、這いつくばっていればいいんだよぉおお!!」

「俺もいることを忘れんなよ!」

雄二はエクシードブラスターで相手の顔面を狙って引き金を引いた。

カレンが床に着地した瞬間を狙い、仮面の男は拳を放とうとしたがそれを無理矢理キャンセルして、大きく飛び退くことでブラスターの攻撃を回避した。

「今の動き、どこか引っ掛かる……」

雄二が男に銃口を向けたまま思考していると隣にカレンが戻ってきた。

「……馬の骨、私とリンクを繋ぎなさい。あの仮面はセニアを苦しめた、それだけで許されないことでございますです。不本意ですがセニアを助けるのに力を貸しなさい」

「でも、お前の攻撃は……」

「あれはただの牽制です。私が本気を出せばあの程度一捻り、いえ一蹴りで消し飛ばせますです」

「……わかった、無理はしないでくれよ。それと、今のセニアには俺のαフィールドがない状態だ。つまり──」

「皆まで言わずとも把握しているでございます。それに、私が相手をするのはあの男の方です。馬の骨ならばセニアを助けられるのでしょう?」

……なるほど、既に俺の戦闘データは把握しているってことか。やっと冷静になれたようだな。

「セニア、絶対にお前を仮面から解放してやる。だからもう少し我慢していてくれ。……カレンっ!」

「少々本気を出させていただくでございます。ごめんあそばせ」

「今更何をしようと言うのだ! ガラクタがどうあがこうとも状況は覆せない! 破壊しろ、Ω46!」

「了解」

仮面野郎なんかに姉妹の絆は破壊させない。俺が、この力で絶対に守るっ!




第23話につづく


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第23話 ファントム

──探れ、探れ。一人ずつ繋ぐ猶予なんてない。

セニアとカレン、二人同時にリンクを繋ぐことが雄二に残された唯一の救う方法だった。

俺ならできる。自分の力を信じろ。彼女たちの心を踏みにじるわけじゃない、怖がる必要は……ない!

「……エクシード・リンクっ!」

感じる。セニアの波も、カレンの波も……。

二つの波は何処か似ていた。

『ます、たー……』

『聞こえているぞ、セニア。お前の心の声はちゃんと届いている』

雄二はセニアとのリンクに成功する。

『あの男は私に任せるでございます。きっちりと始末して──』

『いや、戦闘不能にするだけでいい。やつには聞きたいことがある』

『……了解です』

そして、カレンともリンクを成功させる。

これで手札は揃った。

「お前の負けだ。仮面野郎」

「なっ、何を、何をしたぁああ!! 何故Ω46が僕に銃口を向けているんだ!? おい、ガラクタ! 誤差動でも起こしたのか、おい! 言うことを聞け、このクズがぁああ!!」

セニアは右手で銃口を向けたまま、空いている左手を仮面に置いてじっと動かなくなった。

『セニア。そっちは頼んだぞ』

『はい。……お任せを』

セニアはその状態で仮面の解析を開始する。

「黙りなさい。クズはあなたの方でございますです。私の妹を愚弄するとは万死に値しますです。今ここで破壊してあげます!」

「やめろ、やめろぉおおお!!」

カレンは高々と振り上げた脚を勢いよく振り下ろした。

仮面の男は腕をクロスにして防ごうとしたが、カレンの蹴りを防ぐことはできず両腕は粉砕。

蹴りが床にめり込み、その衝撃で廊下は瓦礫となり、男も無事ではない。

「ってカレン? 廊下どころか対角線上の地面が抉れてるんですけど!?」

「コホン。終わったことはいいのでございます。それよりも聞きたいことがあるのではなくて?」

解析の処理が重いせいで動けないセニアに振りかかった粉塵を払い落としながらカレンは話題をすり替えた。

聞きたいことがあっても、この瓦礫の山から仮面野郎を探すのは大変だぞ。

『カレンはやりすぎです。マスターに迷惑をかけるなんて私が許しません』

「クズはあそこでございます。あぁ、愛しのセニア。不出来な姉をお許しくださいです」

どうやら解析の方も終わりそうだな。

「さて、後はこっちだけど……」

瓦礫の山で見つけたあの男は満身創痍だった。

両手足の損壊、上半身と下半身が完全に分離してしまっている。

よくこれで生きていられるな。

「く、そ……、私が負け、た……のか」

「ああ。お前の負けだ。今から質問をする。大人しく答えろよ、負け犬。……何故このラボを襲った」

「アルドラ……と、プログレス……研究を、している、から……だ」

「お前たちは何だ。目的は」

「ふ、ふふふ、ふはははは! 我々はファントム! この世界を救う偉大な存在! この私がこの程度で負けるわけないだろ、ガキがぁ! こいつは──」

雄二は手に持っていたエクシード・ブラスターの引き金を引いて仮面野郎の頭を撃ち抜いた。

「知ってるよ。エクシードを使ってこのアンドロイドに乗り移ってたんだろ。お前がブラスターの攻撃を大袈裟に避けた時から薄々気がついてたんだよ」

「マスター、解析及び解除に成功しました」

「……セニア、無事でよかった。すまん、無理をさせて」

歩み寄ってきたセニアを雄二は強く抱き締めた。

今度は"誰も"血を流さずに済んだ。

これで一件落着だな……。

「マスター、この場合私はどうしたらよいのですか? 日向美海のようにすればよいのでしょうか?」

「馬の骨、今すぐその手を離しなさいです。さもなくば瓦礫の山に沈めて差し上げますです」

「あ、いや、すまん。つい、抱き締めてしまった。それで、仮面はどうなった」

雄二は慌ててセニアの肩を掴んで引き離した。

危ない、カレンの存在を忘れていた。

「……仮面ならここに。解析した結果、この仮面はプログレスの脳波を乱し、洗脳することで意のままに操る機能がつけられていました。そのため、リンクによる干渉が妨害されていたのだと推測します。そしてもう一つの機能はαフィールドの上書きです。ダメージの逆流を行えないようにαフィールドを書き換えていたんです」

「だからセニアに展開していたαフィールドが……。あ、そうだ。西ゲートでも仮面のプログレスたちが」

「既に解除コードは西ゲートで応戦中のハインに送信済みです。直に鎮圧完了とのことです」

「それなら、これでとりあえず終わったな」

雄二とセニアは瓦礫の山から降りて、被害にあってないカレンの部屋に入る。

流石のカレンも雄二だけ追い出す、ということはセニアの前ではできなかった。

床に座り込んだ俺の隣にセニアは腰を下ろし、カレンは壁に寄りかかっていた。

「後は、美海たちの無事を確認して、それから……」

駄目だ、頭がボーッとして視界がボヤけてきた。

「馬の骨、脳を酷使しすぎでございます。早くリンクを切りなさい」

「……リンク・アウト」

「マスター、お疲れ様でした。すぐにナナを呼びますからそれまでゆっくり──」

セニアが言い終わる前に雄二の体は傾き、床に倒れてしまう。

その体は背中から流れ出た血によって出来た血溜まりで濡れる。

雄二は意識を失うように眠りについた。

 

「……あー、頭が痛い」

雄二は目が覚めると知らない部屋にいた。

服装は制服のままだが、上着が脱がされてベッドに寝かされていたのだ。

「マスター、お目覚めですか」

「ん? ああ、セニアか。もしかしてずっと手を握ってくれてたのか?」

雄二はまだ目覚めたばかりではっきりしない意識のなか、声がした方を向く。

するとセニアがベッド脇の椅子に座って雄二の左手を握っていた。

部屋を見渡すと部屋に置かれたソファーで青蘭学園の保健室にいたはずのナナが気持ち良さそうに寝ていた。

他のメンバーはいない。

「……なんでナナがいるんだ?」

「ナナは私が呼びました。マスターの容態を看てもらうためです。診断結果は脳の酷使による過労と背中からの出血による貧血だそうです。それと、ここはS.W.Eの治療施設です。もともとナナが勤めていた場所ですよ」

「過労……、リンクで脳が疲れたのかもな。ってナナのやつ、働いてたのか!? それに血が苦手なのに、俺の手当てまで……」

雄二は起こしていた体を倒して再びベッドに預けた。

今日はもうなにもやる気が起きない。

ここから動く気さえない。なんという無気力感。

これがリンクの代償、なんてな。

「ところで他のメンバーは? カレンは兎も角、美海と沙織は何処に行ったんだ?」

「二人はこの世界を観光している最中です。マスターの代わりに私たちが楽しんできてあげる、と意気込んでいました」

つまり俺は置いていかれたということか。

prrrrr……prrrrr……。

タイミングよく、雄二の端末が鳴り出す。

「もしもし?」

『あ、雄二? エネルギードリンクってのが売ってたんだけど、何味がいい?』

「因みに何味があるんだ」

『えっとね、ストロベリー味、オレンジ味、グレープ味、メロン味があるよ。あ、セニアちゃんにも聞いておいてね』

「セニア、美海たちがエネルギードリンクを買ってきてくれるらしいけど、ストロベリー味とオレン──」

「マスターと同じものを」

セニアは味を言い終わる前に即答した。

その手は未だに雄二の手を握っている。

「聞こえたか? 俺とセニアはオレンジ味を頼む」

『はーい。ドリンク買ったらそっちに行くから抜けたしたりしないようにね』

「そんなことする気力もねぇよ。じゃあな」

雄二は通話を切ると端末をサイドテーブルに放り出して目を閉じた。

「マスター」

「どうした、セニア」

セニアは何か言いづらいのか雄二の手を揉みながらしばらく黙っていた。

「マスター。私はいらない子なんでしょうか」

「……何でそう思うんだ?」

「今回の襲撃で私は仮面の男に捕まり、操られてしまいました。マスターに銃口を向けた記憶もあります。ファントムと名乗る男を『マスター』だといい、命令に従ってしまいました。そのような役立たずなアンドロイドは、マスターにとって不要だと判断しました」

「……はぁ、そんなこと気にするな。不要かそうじゃないか判断するのはリーダーの俺だし、セニアはもう俺たちのチームメンバーだろ? 不要だなんて思わない。それに、セニアがいたから他のプログレスも救えたじゃないか。だから気にするな。な?」

セニアは雄二に頭を撫でられてくすぐったそうにする。

だが、嫌がった様子はない。

「マスター……。マスターにそうされるとこの部分がぽかぽかしてきます。何かのバグでしょうか?」

「さぁ、どうだろうな。生憎、俺はアンドロイドに疎いから何とも言えないぞ」

「そう、ですか。たとえ、バグだとしても……この感覚は消したくありません」

「きっと、それが感情ってやつなんだろうなぁ」

「はい。……マスター、私はマスターのプログレスで良かったです」

窓から差し込む光が病室を優しく照らし、その時のセニアは普通の女の子のように微笑んでいた。




第24話につづく


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第24話 協力者

「あ、そうだ。ハインにあれを返してなかった」

横になって体を休めていた雄二はふと思い出して体を起こした。

「マスター。ハイン曰く『それは今回のお礼だ。これからも役立ててくれ。君の活躍、期待している』……だそうです。エネルギーはチャージしていますからいつでも使えます」

……ハインに感謝しないといけないな。

俺一人でも自分を守る術ができたんだから。

「なぁ、セニア。ファントムってなんだろうな」

「単語の意味、ですか?」

「いや、違う。あの男の言っていたファントムって何だろうなと思ってさ……」

セニアは目を閉じる。だが、すぐに目を開けた。

「青蘭学園のデータベースに該当する項目を発見しました」

「は? この短時間で検索したのか?」

彼女はコクリと頷く。

「ファントムとは、特殊なフィールド発生装置を所持する、規模不明の犯罪者集団だそうです」

「特殊なフィールド発生装置、か。十中八九、あの仮面のことだろうな」

「また、ユリア・ロマノフスカの帰還により、ファントムがプログレス失踪事件に関与していることが判明されました。現在、学園では警戒体制を取っていますが、例の男のような人物は発見されていないようです」

「……そうか、先輩が初めて仮面から解放されたプログレスってことになるのか」

「はい。そして、そのプログレスを解放したマスターは両陣営から注目されているはずです」

「俺が、狙われるかもしれないってことか……?」

ん? それを逆手にとればファントムを誘き出せるんじゃないか?

「なぁ、セニア。俺はあの男を、ファントムを許さない。絶対に壊滅させる。……協力、してくれないか?」

「もちろんです。何をするのですか?」

セニアは迷いなく答えた。

そのことに雄二は少しホッとする。

「やることは変わらない。いつも通りエクシーズに参加してブルーミングバトルをする」

「…………?」

セニアは雄二の言葉の真意が分からずに首を傾げる。

「えーっと、つまりだな。ファントムは俺が力をつけるのを阻止しようとしてくるはずだろ? それなら、盛大に戦って俺たちの場所を明かして、そこにやつらを誘い出そうってわけだ」

「……しかし、それにはマスターやチームへ危険が伴うと推測されますが」

「分かってる。だから無理強いはしない。なーに、最悪、俺一人でもこいつがあれば隙をつくってリンクで操られているプログレスたちを救えるだろうからな」

雄二はサイドテーブルに置かれていたエクシード・ブラスターを手にとった。

「……私はマスターと共に在ります。故に。全力をもって協力します、マスター」

「そうか。ありがとう、セニア」

ファントムは絶対に逃さない。親の仇を取るために、そして捕まっているプログレスを助けるためにも絶対に見つけ出してやる。

「頑張りましょう、マスター」

雄二はブラスターをサイドテーブルに戻した。

そして体を休めようと横になり意識を手放しかけたが、勢いよく開いたドアの音で飛び起きてしまう。

「な、なんだ!? ファントムか!?」

「ただいま~、雄二。お土産買ってきたよ~」

「雄二さん、具合はいかがですか? このエネルギードリンクを飲んで元気になりましょう!」

「……ははは、お前らは平和そうだな」

「なにそれ! どういうこと?」

「平和が一番ですよ~」

「実は……、お前らに話しておきたいことがある」

雄二は買ってきたお土産をテーブルに並べている二人を見て、早速話を切り出した。

「どうしたの、改まって。何か、真剣なお話?」

「ああ。今回の襲撃の黒幕と今後の俺たちの活動について、な。美海たちは今回の襲撃について何か聞いているか?」

「えっと、ユリア先輩みたいな仮面に操られているプログレスたちが襲撃の犯人だーってぐらい……」

「セニアさんの解析した解除コードによって仮面を取り外して無事に鎮圧した、ということまではハインさんとミハイルさんから教えてもらいました」

美海と沙織は口々に答える。

二人が教えられたのは一般的な部分のみなのだ。

「あの仮面をつけたプログレスたちが失踪したプログレスたちだってことは知ってるよな?」

「うん。ユリア先輩のこともあるし」

「もしかして、彼女たちを誘拐した犯人って……!」

「ああ。その犯人が今回の襲撃を計画した犯人ってことだ。それがファントムという犯罪組織に繋がっている」

「は、犯罪組織!? でも、なんで雄二がそんなこと知ってるの?」

「それは……。俺が、自分たちのことをファントムと名乗る仮面の男と戦ったからだ。その時に、やつから聞き出した」

雄二は言い淀みながらも告げる。

その言葉を聞いて二人は何も返さない。

「日向美海、岸辺沙織。お二人は勘違いをしていると推測します」

「勘違い、ですか? 私はそうは思いません。また雄二さんが無茶をして怪我をしたのは事実です」

「そうだよ。怒るつもりはないけど、雄二は無茶しすぎだよ……。私たちはチームなのに、雄二ばかり負担になってる。そんなの嫌だもん」

「違います! マスターは私やカレンを傷つけずに救うにはどうしたらよいのか考えた末のことです。マスターは悪くありません」

「セニア。別に二人は俺を責めてる訳じゃないと思う。それに、俺が無茶しすぎってのは自覚あるしな」

「ですが……」

雄二はセニアの頭を優しく撫でて落ち着かせようとする。

セニアは撫でられたことで大人しくなった。

「……話を戻すぞ。我々はファントムだと名乗った男は世界平和を望んでいるといった口振りだったが、プログレスを誘拐して操ることが平和に繋がるなんて俺は思わない。だから、やつらをぶっ潰す。そのために二人には協力してほしいんだ」

「……何するかによる。雄二が自分を蔑ろにしようとしてるなら協力してあげないもん」

「私も美海ちゃんと同意見です。何をするのか、きちんと話してくれるまで首を縦には振りませんから」

「いつもと変わらない。エクシーズに参加してブルーミングバトルをする。その時にファントムが襲ってくるようにわざと盛大に戦って俺たちの場所を知らせる。そこでファントムを迎え撃つってのが今後の計画なんだが……」

雄二は二人の顔を窺った。

だが、二人は悩んいるのか、こそこそと相談している。

「……ダメか」

「マスター。お二人はマスターに協力します。何故なら彼女たちも私と同じ、マスターのチームメイトですから」

「そう、なるといいんだけどな」

やがて結論が出たのか、美海は数本のエネルギードリンクを持って近寄ってくる。

その横にいる沙織も手には1本のエネルギードリンクを持っていた。

「はい、雄二。セニアちゃん」

「お、おう」

「これは、どういう意味ですか?」

雄二とセニアは差し出されたドリンクを受け取って首を傾げた。

「乾杯しよう! 私たちの勝利と誘拐されたプログレスの子達の解放を祈って、ね?」

「は? お前、何を……」

「もう、雄二さんは察しが悪いですね。私も美海ちゃんもこの件に協力する、ということですよ。だから、乾杯しませんか?」

美海と沙織は優しく微笑み、乾杯を促す。

そのことが不思議と雄二の胸を満たしていった。

「ありがとう、美海。沙織。セニア。お前らが協力してくれるって言ってくれて凄く、嬉しい。本当に……ありがとう」

「あれれ~? 雄二、もしかして泣いてるの?」

「泣いてない! いいから乾杯するぞ! ほらっ」

『かんぱーい!』

雄二は腕で目元を擦りながらドリンクの容器を掲げる。

それに美海と沙織が自身の容器を軽くぶつけて、セニアは見よう見まねでコツンとぶつけた。

 

乾杯をしたあと、カレンの部屋に遊びに行ってくると言って、美海たちは病室を出ていった。

「いい仲間を持っているみたいだな。少し安心したよ」

「聞いていたのか? あまりいい趣味とは言えないな。Dr.ミハイル」

「中々入るタイミングが無くてね。それについては謝罪しよう。盗み聞きしてすまない」

「……それで、なんでここに? セニアなら今カレンの部屋にいるぞ」

「いやなに、そう急かすな。話に入る前にそこで狸寝入りしているナナを叩き出すとしよう」

「狸寝入り?」

ナナはビクッと反応して、恐る恐る目を開けた。

「お、おはようございます。雄二さん。Dr.ミハイル。私はなにも聞いていませんよ? 私、今起きました!」

「私はまだ何も言っていないぞ」

「ハッ!? あぅ、ごめんなさい。美海さんたちが帰ってきた辺りから起きてました……」

「ほとんど最初からじゃねえか」

「さぁ、ナナ。すまないが、今は少し席を外してくれないか? 話が終わればまた呼ぼう」

「は、はい。分かりました。ですが、雄二さんはまだ完治したわけじゃないですから無理はさせないでくださいね」

ペコリとお辞儀をしてナナは病室を去った。

ミハイルは雄二のベッドの脇にある椅子に腰を下ろす。少し前までセニアが座っていた場所だ。

「怪我の具合はどうだい?」

「まあまあだな。痛みはないが、まだ体が怠い。で、そんな話をしに来た訳じゃないんだろ。いつ美海たちが帰ってくるか分からないんだ。さっさと本題に移ろうぜ」

「ふむ。では、そうするとしよう。……君の両親についてだ」

「俺の、両親? なんでそんなことを」

「カレンから報告を受けて君の両親についてデータを漁っていたのだ。そうしたらこういうものが出てきた。少しこれを見てくれ」

ミハイルは白衣のポケットからタブレットを取り出して雄二に渡す。

そこには一枚の写真が映し出されていた。

写真にはブルーミングバトルをする少女と少年が映っている。

「これ、親父と母さん、か? でもなんでブルーミングバトルを……ってまさか、二人はアルドラとプログレスだったのか!?」

「その通り。しかも彼らはエクシーズで常に勝ち抜くほどの強者だったようだ」

親父と母さんがそんなに強かったなんて……。

「全然知らなかった。でも、なんでこれを俺に?」

「何故あれほどまでにリンク適合率が高いのか、気にしているようだったからね。君のあの数値の原因は少なからずこの二人の影響があるはずだ。それに、君が重症を負った幼少期の事故にファントムが関与してたのだろう? ならばファントムの手がかりは成瀬夫妻にありそうだと私は考えている」

「ファントムの手がかり……」

「何か心当たりはあるのかい?」

ふと雄二の頭をよぎったのは両親が研究者の時に使っていた家にあった妙なドアのことだった。

「……いや、心当たりってわけじゃないけど、親父たちが研究者だった頃に使っていたらしい家に妙なドアがあってさ」

「妙なドア?」

「ああ。何故か木製に偽装されたドアがあるんだが、鍵が掛かっていて入れないんだ」

「ふむ……。そのドアの向こうに何かあるかもしれないというわけだな。うーん、私はこのラボを離れるわけにはいかないから、そのドアについてはセニアにでも任せるとしよう」

「セニアって解錠もできるのか?」

「アナログな鍵ならば無理だろうが、電子ロックのようなものならセニアの演算でも解錠できるはずだ。スペックが足りないパターンも想定されるが……、その時は別のアンドロイドに頼めばいいかな」

「セニアってブルーミングバトル用アンドロイドなのに色々とできるんだな」

「ふふん。当たり前だろう? セニアは私が作ったんだからな。それに、彼女は"成長する"。まだまだ能力値は未知数だよ」

ミハイルは椅子から立ち上がる。

「成瀬雄二。是非、セニアのマスターになってあげてはくれないか?」

「……それは遠慮しとく。セニアは大事な仲間だからな。上下関係になるつもりはない」

「そういうと思っていたよ。では、そろそろ失礼する。セニアを、頼んだよ」

「おう。任せろ」

雄二の言葉に頷き、ミハイルは踵を返して病室を立ち去った。

部屋には雄二だけが残っていた。

「さて、と。今のうちに街に行くか」

置いてあった新品の制服をビニールから取り出して羽織る。

雄二がいざ抜け出そうと病室のドアをスライドさせる。

「雄二さん。何処に行くつもりですか? まだ完治していないって言いましたよね?」

しかし、ドアの先には腰に手を当てたナナが立っていた。

くそ、ミハイルめ!

呼ぶの早すぎだっての!

雄二の脱走は呆気なく阻止されたのだった。




これで第3部・白の世界は終わりです。
次は第4部・青の世界です。


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第25話 土産話と手続き

土曜日の夜に帰ってきた雄二たちは広場で解散して各自帰宅した。

「それでさ、白の世界で飲んだエネルギードリンクがスゴく効いて疲労なんて吹き飛んだのにナナのやつは『いつも無理するんですからこの世界にいる間ぐらい休んでください!』って意地でも病室から出させてくれなかったんだ」

「ふーん。で、これが例のドリンク?」

「そうそう。体力、スタミナはもちろん、疲労回復まで効果あるらしいから帰り際に何本かお土産に買ってきた。あ、今神薙が持ってるのはグループ味だ。あげるから飲んでみろよ、美味いぞ」

「え、くれるの? タダで? 後で多額の料金を請求とかしないでしょうね?」

「おい、巫女さんの目に俺はそんな風に見えてるのか? 素直に受けとれよ」

「……ありがと。飲んでみる」

今日は日曜日。現時刻は午前10時頃。

雄二はエネルギードリンクとその他各世界の土産物をリュックに詰めて青蘭神社まで来ていた。

「でも、巫女の仕事があるからこの島を離れられないって不憫だよな。こういったイベントに参加できないわけだし」

「別に。あなたや美海たちがお土産を持ってきて、話を聞かせてくれるなら私は満足」

神薙は石段の最上段に座る雄二の隣に腰を下ろしてエネルギードリンクのボトルをコクリコクリと飲み始める。

「……美味しい。あなたがお土産にしたくなるのもわかるわね」

「だろ? 気に入ってもらえてよかった」

雄二もオレンジ味のボトルを開けて飲む。

あー、この、美味しさに加えて、体にエネルギーが満ちていく感じがたまらない。

「ねぇ、病室がどうとか言ってたけど、また無茶な特訓でもしたの?」

神薙のその言葉に雄二はドキリとする。

話が盛り上がりすぎて、つい口が滑ってしまっていたことに気がついたのだ。

「あ、ああ。そうなんだよ。三つの世界を巡ったらそこでしか味わえない経験があってさ。つい、な」

チームメンバーでもない神薙にあの話をして巻き込むわけにはいかない。

ファントムの狙いさえ曖昧なのだから、迂闊に話すことは控えた方がいいとセニアに忠告されていたのだ。

「……そう。あんまり無茶なことして美海や沙織に心配かけさせないようにね。チームリーダーがしっかりしないとメンバーはついてこないわよ」

「肝に命じときます。……ん? 神薙は心配してくれないのか?」

「気持ち悪い顔ね。あなたを心配してたら体がもたないもの」

「きもっ!? おかしいなぁ、笑顔のつもりだったんだが」

「変わったのね、あなた。前より表情に出るようになってる」

「らしい、な。多分、幼馴染みのおかげだ。アイツには感謝してもしきれない」

「そういうのは、本人に言ってあげれば?」

「もう言ったよ。幼馴染みだから気にしないで、だってさ」

「あなたもそうだけど、美海も中々なものね」

「どういうことだ?」

「……何でもない。それじゃあ、私は仕事に戻るわ。お土産、ありがと」

「おう。また明日な」

お礼を言って境内に戻っていった神薙の姿を見送った雄二は手に持っていた飲みかけのドリンクを飲み干して立ち上がった。

「……さて、これからどうするか」

まだ青蘭神社に来て一時間ほどしか経っていない。

うーん、特に今日は予定があるわけでもないしどうしたものか。

そう思いつつも雄二は学園の方へ歩いていた。

 

「マスター、今日も特訓ですか?」

「うぉ!? 何でセニアがここにいるんだ?」

「マスターの行動パターン上、会う確率が高いのは闘技場で待っていることだと計算で出ましたから」

「もしかしてずっと待ってたのか?」

「いえ、たった今来たところです。この時間帯に来ることが多いのは観測結果から把握していました」

ふと雄二は思った。

白の世界の人たちはどうしてこうも監視したがるのかと。

本人たちから言わせれば監視ではなく観察だと言いそうだが……。

「ところでセニアはどうして俺を待っていたんだ? なにか用事でも……、まさかファントムが動いたのか?」

「違います。マスターが特訓をするかもしれないのでそのお手伝いをしようと待っていました」

「ありがたいけど今日は特訓はしない。特訓してるのがナナにバレたらまた病室に縛られるからな。特訓は明日から再開するつもりだ」

「ではどうしてここに?」

「ちょっと確認にな。セニアもついてくるか?」

そう聞きつつも、セニアの答えは予想していた。コロシアム内に入っていく俺の後ろをセニアはついてくる。やはり答えはイエスのようだ。

「これは……、何かの装置ですか?」

エントランス脇にあるATMのような装置をセニアは不思議そうに眺めている。

「これはな、EXM交換装置ってやつだ」

「マスター。『いーえっくすえむ』とは何かの略ですか?」

「ああ、EXMはエクストメダルの略称だ。大体皆はメダルって言うけどな。エクストメダルってのは知ってるよな?」

「はい。マスターが数回しか勝利したことのないエクシーズで獲得することができるメダルのことですね」

「最初のは余計だ、これから勝ち続ける予定だからいいんだよ。セニアが入ってくれて前衛が増えたからな」

「マスターのために頑張ります」

「おう、頼りにしてるぞ」

雄二は上着のポケットから端末を取り出して装置に嵌め込む。

すると装置のスリープモードが解除され、メニュー画面が表示された。

「えっと、メダル枚数は……」

「23、ですか」

「まぁ、妥当だな。確か10枚で1万リシェだから、稼ぎはまだ少ないけどな」

メダル獲得にはある4つの条件がある。

──1つ目はエクシーズに参加すること。

エクシーズに参加してブルーミングバトルをすれば1枚獲得だ。

──2つ目は1試合で最高ダメージ値を叩き出すこと。

最高値を出したプログレスまたはアルドラの属するチームが1枚獲得できる。

──3つ目は1試合で獲得ポイント数が計10万を超えること。

エクシーズでは相手のアルドラやプログレス、その陣営に配置されたクリスタルへ与えたダメージはそのまま数値化されて自チームのポイントとなる。

達成することで3枚獲得できる。

──4つ目はエクシーズで勝利すること。勝利することで5枚も獲得できる。

この4つの条件を全て達成すれば10枚、つまり1試合で1万リシェ稼げるということだ。

「俺たちの持っている23枚は、8枚は八回分のエクシーズ参加特典、残り15は三回の勝利報酬だ。先輩たちに比べたら、微々たる稼ぎってところだな」

「大丈夫です、マスター。今のチームなら勝利は難しくありません。稼ぎは良くなるはずです」

雄二はセニアの言葉に頷きながら画面をタップしてメンバーリストを表示させる。

しかし、その中にセニアの名前がない。

「どうかしましたか? マスター」

「あ、いや、メンバーの中にセニアの名前がないんだ。……何かの手違いか?」

「……。マスター、チームのメンバー加入は教務課に書類を提出して更新しなければいけないのでは?」

そういえばそうだった気がする。

ということはまだセニアはメンバーになってなかったのか。

「よし、セニア。今すぐ教務課に行くぞ。メンバーの更新だ」

「ですが、マスター。今日は日曜日です、教務課に誰かいるとは……」

「そんなの行かなきゃ分からねえだろ。兎に角行くぞ!」

雄二は装置から取り外した端末をポケットに押し込み、セニアの手を掴んで闘技場を出た。

 

「誰もいないな」

「はい」

セニアの言う通り、教務課には誰もいなかった。

「すまん、セニア」

「私は構いません。ですが、マスター。明日また手続きをしに来ましょう」

「そうだな。手続きしなきゃエクシーズに参加できないもんな」

「早く私も共に戦いたいです。私はブルーミングバトル用アンドロイド。その真価をお見せしましょう」

「ああ、もちろんだ。期待してるぞ」

その言葉にセニアは、小さく笑みを浮かべた。




第26話につづく


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第26話 意外な一面

「とりあえず、クエストボードだけでも見ておくか」

「マスター、見てください。ねこさんです」

雄二がクエストボードに行こうとしたとき、既にセニアはその前でとある項目を見ていた。

「ねこ? へぇ、迷子の猫探しか。セニアって探すの得意だったりする?」

「……。はい。この島に張り巡らされているネットワークを使い、監視カメラやSNSなどありとあらゆるところから情報を集めて照合すれば見つけることは簡単です」

果たしてセニアの言ったことは簡単という枠に収まるのだろうか。

アンドロイド基準ではこれぐらい朝飯前ということか?

「じゃあ、探しにいくか。っとその前にクエストを受けて……」

クエストボードはタッチパネルになっているため、クエストを受けるときは端末で受けたいクエストをタップするだけだ。

掲示板サイズの上まで届かない、そんな人のために踏み台まで用意されていたりする。

雄二は端末でタップして迷子の猫探しのクエストを受ける。

「よし、それじゃあ手分けして探すわけだが、どうする? 美海たちも呼ぶか?」

「その必要はありません。先程照合した結果、対象を発見しました。ここから約5km離れたところにあるショッピングモールの1階南西フロアです」

「もう見つけたのか!? アンドロイドってスゲーな」

「……? 行かないのですか?」

「了解。ちゃちゃっと片付けて、ついでに昼飯にするか」

ショッピングモールには行ったことがないが、道はセニアが案内してくれる……よな?

「とりあえず坂を下って住宅街まで行くか」

「あの、マスター? 歩いていくのですか?」

先に歩き出していた雄二はその言葉に思わず振り返った。

セニアはモービルに跨がってキョトンとしていた。

なるほど。それがあれば歩いていくのかと聞きたくなるよな。

「こいつは何処から持ってきたんだ?」

「現在、私は高速移動モード中ですので装備もそれ仕様なんです。さぁ、マスター」

セニアに急かされて雄二はモービルのシートに跨がった。

「……なぁ、セニア。乗ったのはいいけど何処を掴めばいいんだ? 何も掴む場所がないんだが」

「……? 私の腰に手を回せばいいのでは?」

きっとセニアはなんの疑問も抱いていないのだろう。いや、どうしてそうしないのか疑問に思っていそうだな。

チームの風紀委員的ポジションである沙織がこの場にいなくて良かった。

この状況だとどう言い繕っても俺が抱きついているようにしか見えないからな。

「こう、か?」

「マスター、もう少し強くつかんでください。それでは振り落とされてしまいます」

「ふむ……。よし、行こうか。くれぐれも安全運転だぞ?」

セニアの体は普通の人間のように温もりがあり、それでいて程よい弾力の柔らかさだ。

しかし、アンドロイド故の固さ、頑丈さが抱き締めていて伝わってくる。

「了解です。発進します」

発進した瞬間、そんな感覚は景色と一緒に置き去りにされたのだった。

 

二人は無事にショッピングモールに到着した。

雄二は途中の景色は覚えていない。

「マスター、早くねこさんを捕獲しに行きましょう」

「セニア……、端末貸すから先に行っててくれ。俺はもう少し、ベンチで休んでるから」

「了解です。行ってきます、マスター」

……なるほど、やっと理解した。

妙に張り切っていると思ったら目的は猫だったのか。

今この現状では猫を優先すべきなのは確かだが……。

「猫に、負けた……」

「ねこ? というか雄二はベンチを占領して何してるの? ダメだよ、他の人に迷惑かけちゃ」

「美海。お前にその言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

「え? あ! ごめん、雄二。クリームが顔に落ちてたんだね。はい、ハンカチ」

ベンチで寝ている雄二の顔を覗き込むようにして話しかけていた美海は手に持っていたクレープからクリームが落ちたことに気づいてなかったのだ。

雄二は起き上がって受け取ったハンカチでクリームを拭き取った。

「お前、そんなにクレープ好きだったっけ? よく放課後も売店に売ってあるやつを食べてるよな。そんなに美味いのか?」

「この島に来たとき、このモールで売ってるクレープを食べて好きになったの。売店に売ってるのも美味しいけど、ここのクレープが一番だよ~♪」

幸せそうにクレープを頬張る美海。

俺も、食べたくなってきた……。

「あ、でも、ここのクレープ屋さんは数量限定だから今から行っても買えないと思うよ?」

ベンチから腰を上げようとしたのを見て、美海は雄二の行動を見抜いた。

「ぐっ……、じゃあそれは俺への嫌がらせか? そんな美味そうに食いやがって」

「美味そう、じゃなくて美味しいんだも~ん。食べたいなら食べたいって、くださいーって言えばいいじゃん」

「別に、くれとは言ってないだろ」

「もう、素直じゃないな~。残りはあげるから雄二が食べていいよ」

雄二の隣に腰を下ろして食べかけのクレープを美海は雄二に差し出した。

目の前でちらつかされて、仄かに甘い匂いが雄二の嗅覚を刺激する。

「いただきます。っ……」

「えへへへ、どう? 美味しい?」

「お前のそのだらけきった顔が目の前になかったらもっと美味しく感じただろうな。……まぁ、お前が絶賛するのも頷ける」

「でしょ~♪」

雄二が食べ終わるまで美海は終始にこやかだった。

好きなものが褒められたことが嬉しいんだろうな。

「あれ? 雄二、さん?」

「あ、沙織ちゃん。おかえり~」

「ん? 沙織か。すごい偶然だな。美海と買い物中だったのか?」

「はい。チーム結成記念とセニアさんの歓迎会を兼ねてパーティーをしようって美海ちゃんが言い出したのでその買い出しに。雄二さんも参加しますよね?」

「そりゃあ参加したいけど、場所は寮だろ? 男は入れないんじゃないのか?」

「違うよ? 雄二の家でパーティーするんだよ?」

『え?』

何故か話を聞いているはずの沙織と雄二の声が重なった。

雄二はチラリと沙織の方を見る。

口を開けたり閉じたりしている沙織の様子からして美海の思いつきのようだな……。

「み、みみ美海ちゃん!? 学食でするんじゃなかったの!?」

「えぇー、沙織ちゃんは雄二の家に行きたくないの? 私は行きたいな~」

「そ、そんなこと……ない、けど」

『けど?』

モジモジとして顔を赤くする沙織の姿を前に今度は美海と声が重なった。

「ゆ、雄二さんはいいんですか? その、突然お邪魔しても」

沙織は不安そうに雄二を見つめる。

答えは決まっているのだが、雄二は考える仕草をした。

自分の無表情さに感謝だ。そうじゃなければ美海のように笑いを我慢して頬がひきつっていただろうからな。

「別にいいぞ、うちを使っても。ただ、少し片付けなきゃいけないだろうけどな」

「ありがございます! あっ、いえ、その……」

今日の沙織はコロコロと表情が変わる。

いつものお嬢様っぽさは何処へ行ったのか、今は普通の女の子だ。

「少し片付けるぐらいでいいの? 向こうにいたときは全部千尋ちゃんがしてくれてたから洗濯物とか貯まってるんじゃない?」

「ふん、いつまでも妹に任せっきりの兄ではないんだよ。ちゃんと電話で指示をもらってるから大丈夫だ」

「結局面倒みられてるじゃん……」

「雄二さんの妹さんって何歳ぐらいなんですか?」

「中学3年生で俺と1つ違いの妹だ。炊事洗濯掃除、その他家事全般こなせるどこに出しても恥ずかしくない妹だ」

まぁ、どこにも出す気はないけどな。

中学卒業したらこっちにくるとかこの前電話で言ってたけど、本気でくるつもりなのだろうか。

冗談だと思いたい、いやきっと冗談に違いない。

「千尋ちゃんって学校の成績も優秀だし、お兄ちゃんは勝ち目ゼロだね♪」

「いいんだよ、それだけアイツが頑張ったって証なんだから」

「仲が良いんですね、妹さんと。あ、そういえば、さっきセニアさんを見かけましたよ」

「セニア? へぇ、セニアもショッピングモールにくるんだなぁ……? あっ」

先に行かせたセニアのことをすっかり忘れていた雄二は慌ててセニアが居るだろう方向へ走り出した。

しかし、走り出してすぐに柱の影でしゃがみこむセニアを見つけた。

「セニア、すまん。猫は見つかったか?」

「ねこさん、とても可愛いです」

セニアは完全に猫に夢中だった。

邪魔するのも悪いし、もうしばらく美海たちのいるベンチで待つとするかな。

 

セニアの意識が猫から戻ってきたのはそれから約30分後だった。

「マスター、ねこさんは無事捕獲しました。これでクエストクリアです」

「端末でちゃんと確認したか?」

「もちろんです。迷子の猫で間違いありません」

「よし、それならそいつを飼い主のところに届けにいくか。あ、美海たちの買い物はもう終わってるのか?」

「いえ、むしろこれからです。雄二さんとセニアさんがその子を届けに行っている間に済ませておきますね」

「何も心配いらないよ~」

むしろその発言で心配になったんだが。

ここはお嬢様に任せるしかないな。

「じゃあ、行ってくる。沙織、頼んだぞ」

「はい♪」

「え、私は!?」

美海が何やら騒いでいるが気にしたらキリがない。

早くも準備万端なセニアのモービルに雄二は猫を抱えて乗り込んだ。

「セニア、猫がいるんだから慎重に進むんだぞ? 間違ってもスピードは出しすぎるなよ?」

「承知しています、マスター。ねこさんは必ず安全に飼い主のところに連れていきます」

「それならいいけどっ──」

急発進したモービル。

雄二は慌ててセニアを抱きしめる。

いつの間にか抱えていた猫が雄二の制服の上着の中に潜り込んで身を守っていた。

問題だったのは最初だけで、その後は横を自転車が並走するレベルでのんびりと進んでいた。

無事に飼い主のところに着いたときには雄二の迷子の猫との間に不思議な絆が結ばれていた……。




第27話につづく


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第27話 パーティーとカメラマン

猫を届けてクエストのクリア承認を飼い主にしてもらった後、雄二は名残惜しそうにするセニアの手を引いて再びショッピングモールに戻ってきた。

行くときの倍以上かかったが、ちょうど美海たちの買い出しも終わった頃だった。

ショッピングモール近くの駅でモノレールに乗り、雄二たちは住宅街まで戻ってくる。

因みにこのモノレール、学園の手前まで繋がっていたりする。

だが、雄二は毎回坂を歩いて登校している。

セニアも通常モードに戻って一緒にモノレールに揺られていた。

「ここが、雄二さんの家……」

「普通の二階建てで悪かったな。ほら、美海も中に入れ」

「はーい! お邪魔しまーす、って沙織ちゃんは何してるの? 上がらないの?」

「き、緊張して体がっ。美海ちゃん、助けてぇ」

「雄二の家だし緊張することないよ~。早くしなきゃお昼過ぎちゃうよ?」

「そ、そうですよね。あの、お邪魔……します」

「ようこそ、我が家へ。あれ? セニアは?」

とりあえず二人をリビングに案内したが、先に入ったはずのセニアの姿が見当たらない。

「おーい、セニア~」

セニアを探して居間や二階に行ってみるがどこにもいない。それもそのはず、セニアは地下へ続く階段の先にいたのだ。

「こんなところにいたのか。みんな待ってるからリビングに行くぞ」

「マスター、この先には何があるのですか?」

「わからない。そこはずっと鍵がしまったままだからな」

「そう、ですか……」

「……? とにかく戻るぞ」

リビングに行くと二人は買った食材や飾り付けのモールなどを取り出して準備をしていた。

「よーし、それじゃあ、手分けして準備しよっか! 私と沙織ちゃんはお料理担当で──」

意気揚々と鞄からエプロンを取り出して装備し始める美海に雄二は待ったをかけた。

「ちょっと待て。お前が料理担当って大丈夫なのか? トイレとお友達になるような事態は勘弁だぞ」

「むぅ、それってどういうこと。私だって料理できるんだからね?」

「どうなんだ、沙織」

「大丈夫ですよ。私が隣についていますし、美海ちゃんもこの学園に来てから上達してますから」

「沙織がそう言うなら大丈夫だな」

「幼馴染みにその対応はどうかと思う!」

「クッキーを作るのですら危うかったお前が料理をすると言い出して心配にならないわけないだろ」

頬を膨らませて不機嫌そうな美海の頭を撫でて落ち着かせる。

でも今回は逆効果だった。

「頭撫でながら言われても、馬鹿にしてるようにしか聞こえないー! もう、雄二はセニアちゃんと一緒にお部屋の飾り付けしてて!」

「マスター、私も料理がしてみたいです」

「じゃあ、セニアちゃんはこっち。雄二は飾り付けお願いね」

「りょーかい。それっぽく飾り付けとく」

あれ? 飾り付け班って俺一人だけ?

 

「全員に飲み物は行き渡ったかな? じゃあ、かんぱーい!」

『乾杯!』

美海の音頭でそれぞれ乾杯をする。

テーブルにはケーキ、巻き寿司、唐揚げ、ミニハンバーグ、サンドイッチ、他にも色々な料理が並んでいる。

と言ってもこれら全てを美海たちが作ったわけではない。

「な、成瀬雄二! 私の持ってきた巻き寿司はどう? じ、自信作なんだけど」

「うん、うふぁい……美味いぞ」

「そ、そう。あふっ、この唐揚げも美味しいわね」

「あ、それは私たちが作ったんだよ~」

「うぐ、日向美海が!? ふん、まあまあな味ね!」

御影は巻き寿司を作ってきてくれていた。

流石純和風の家系、和食はお手のものだな。

「マスター、これには糖分と脂質が過剰に含まれています。でも……おいしいです」

「そのケーキはあの金髪の子が作ってきたんだってさ。ちゃんとお礼言っておくんだぞ?」

「わかりました。金髪さん、ありがとうございます」

「ちょっと、ユージ! あなたが変なことを言うからセニアさんが信じてるじゃない!」

「ぷふっ、そう怒るなよ、金髪さん」

「私はカトリーヌ・オベールですわ! ふざけてると投げつけますわよ」

「手袋をか?」

「ケーキを、ですわ!」

「まふたーはわたひがまほりまふ」

セニアは口をモゴモゴさせながら雄二を庇おうとする。

その光景に思わず雄二もカトリーヌも笑ってしまった。

「まふたー?」

「いや、セニアは可愛いなと思ってさ」

「んっ……、マスターにそうされるとなんだかふわふわしてきます」

「仲、良いのね」

「私とマスターですから」

ツバサの言葉にセニアは得意気に答えた。

「そっか。じゃあ、そろそろ帰るね」

「ツバサちゃーん、一緒にサンドイッチ食べようよ!」

「美海が呼んでるけど、帰るのか?」

ツバサはマフラーで口を隠しながら照れくさそうにもう少しだけと言って美海の方へ行った。

ツバサはサンドイッチを作ってくれたのだ。

彼女たちは美海が招待していた。

少なからず繋がりのあるメンバーがこうして集められたのだが、男が雄二一人しかいないため、殆ど女子会状態になっていた。

「ほら、委員長も隅っこで食べてないでもっとこっちに来いよ!」

「いや、私はこういうの苦手だし、ちょっ、押さないで。わかったそっちにいく、いくから!」

まぁ、何だかんだ楽しんでいるから気にしないでおこう。

 

寮の門限があるため昼から開催されたパーティーだが、結局は門限ギリギリまで騒いで皆で盛り上がっていた。

今は雄二一人で片付けをしてる最中だ。

「…………」

何気なくつけたテレビの音を聞きながら皿洗いをしているとニュースの声に思わず手が止まった。

手を拭いて雄二はリビングのソファーに腰を下ろす。

テレビではプログレスの失踪事件についてのニュースが流れていたのだ。

『──確認されている失踪者の数は現時点で30名を越えて──』

「気づいていないだけで30人もいたのか」

しかし、その後のニュースでは新しい情報は得られなかった。

何故あれだけ暴れているにも関わらず世間で騒がれていないのか分からない。

もしかして、局や報道陣の中にファントムのスパイが紛れ込んでる、とか……。

「まさか、な。くそっ、何か情報はないのかよ」

「くふふ、お困りのようですね」

「うぉっ!? お前、確か」

「うーむ、驚いても相変わらずの無表情。流石、鉄仮面と噂されているだけはありますね。私は遠山キャロル、よろしく」

緑髪と一眼レフが目立つ遠山キャロルと名乗る少女は雄二の座っているソファーの後ろから乗り出して隣に座った。

気配すら感じなかったなんて何者だよ、お前。

「それで、何かお困りのようですが」

「今この状況に困ってる。さっき全員帰ったはずなのに、というかお前は来てすらなかっただろうが」

「いえいえ、葵と一緒に来ましたよ? さっと入ってずっとソファーの下に潜んでました」

ふふんと鼻を鳴らす遠山だったが、くきゅ~とお腹も鳴っていた。

「あ、あの、何か食べ物を」

「はぁ、ちょっと待ってろ。さっきの残りを温め直すから。じっとしてろよ、いいな?」

雄二の言葉に答えるようにくきゅ~と再び鳴った遠山は無言で頷く。

しばらくしてレンジで温め直した料理を彼女の前に並べると勢いよく食べ始めた。

雄二は彼女の向かい側にクッションを持ってきてそこに座った。

「うまー! なんですかこれ、美味すぎです! 空腹は最高の調味料とよく言いますが事実でした! ソファーの下で待った甲斐がありました!」

「落ち着いて食べろ。喉に詰まるぞ」

「大丈──ゲホッ、ゴホッ……み、水を」

「ほれ、水。だから言っただろうが」

「んっ、んっ、んっ……ぷはー。美味しいから仕方がないです。謂わば自然の摂理というやつです」

「……まぁ、いいや。満腹になったからそろそろ帰れよ」

「ハッ! そうでした。成瀬雄二さん、何かお困りではないですか? 困ってない? いいえ、困っているはずです!」

テンション高いな、この子。御影はいつもこいつの相手をしてるのか。

……今度御影に会ったら労ってやろう。

「コホン、どうやらよくわかっていない様子ですね。ならば言い方を変えましょう」

「もうその話はいいから、帰った方が──」

「情報がほしくないですか?」

「……聞いてたのか」

「もちろんです。ソファーの下にいましたから。それに、私の耳にはあなた方のチームがファントム撲滅に乗り出していることも届いています」

「何者だよ、遠山」

「ふっ、ただのカメラマンです。あ、呼ぶときはキャロルでいいですよ。雄二さん」

「じゃあ、キャロル。その話、もっと詳しく聞かせてくれ」

「くふふ、もちろんです」

キャロルが何者なのか掴めないがこれだけはわかる。こいつは割と抜けているところがあると。

「おい、テーブルに足を乗せるな。パンツ見えてるぞ」

「きゃっ、そういうことは早く言ってください! 今のは高くつきますからね!」

「お子さまのパンツを見ても興奮しねえよ。それより話を――」

「なっ、私は同級生です高等部1年です! お子さまではありませんー!」

「わかった、わかったから。話が進まないだろうが!」

 

夜は更けていく。

『泉川正信が行方不明になった』

その情報を教えられた雄二は混乱した。

なんの関係があるのだと。

だが、キャロル自身その情報の意味を分かってはいなかった。

「やっぱ、お前帰れよ」

「嫌ですー! 今帰ったら葵に切られちゃいます! そもそも門限過ぎてるから入れません!」

なし崩し的に一晩泊まることになったキャロルは、翌朝登校したときに葵に問い詰められて追いまわされることになるなんて思ってもいなかったのだった。




これで第4部・青の世界は終わりです。
そして第2章 黒き夜の奇跡 全27話完結です!

ここまでは以前から書き溜めていたものを修正や追加をして投稿していました。
しかし、これ以降の章はストーリーこそ考えてはいるものの、書き出してはいません。
なので極端に更新スピードは落ちます。ご了承ください。

さて、次回は第3章『絶対進化の切り札たち』……の前に、
断章として第2.5章『純白の機械天使』をお送りします!
お楽しみに♪

※不定期更新です。


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第2.5章 純白の機械天使
フローリア キラキラ探しと女神さま


新章開幕です! ……が、この章は短編集のような感じになりそうです。


ふっふっふ……三話目からはあの子のちょっとした冒険の話ですよ?


「わぁ~! 今日もみんな元気だね~」

人がいっぱいいる街から少し離れた草原の一角にある小さな花園。

ここに咲くお花たちは全員私のともだちなの!

「みんな、おはよ~。いっぱい咲いてもっともーっと、大きな花畑になろうね!」

まだ全然小さいから誰も知らない私の花畑。ここを知ってるのは私だけかも?

でも、いつかこの草原をお花で埋めるのが私の夢。

お花たちも誰かに見られて、キレイだね~、いい匂い~って褒められた方が嬉しいって言ってる。

どうしてお花の言ってることが分かるのかって?

だって私は花の妖精だから!

お花はともだちだもん。いつかともだちをいろんな人に知ってもらうんだ~♪

「あっ! なにあれ!? 光ってる~!」

えっと、なんの話だっけ?

あ、私ね、キレイな石を集めるのが趣味なの!

今見つけたキラキラ光る石はこれで……多分10個目かな。

「やったぁ! またキラキラ石だ~。10個記念だからアンバーに自慢しちゃおー!」

今日は朝から運がいい。こんなにキレイな石を見つけれるなんて!

もしかしたらもっとスゴい発見をしちゃうかも?

「んふふ、今日はいつもより遠くまで行ってみようかな。素敵な発見が待っている予感大だよ~!」

お花たちにバイバイをして最初はこの石をアンバーに自慢しに行く。

ずっと持ってたら腕が疲れちゃうもん。

これは一旦アンバーに預けて、後でおうちに持って帰ろう。

「アンバー、見て見て~! またキレイな石拾ったよ~♪」

「すぅ……すぅ……」

「あれ? アンバー?」

うーん、どうしよう。アンバーはまだ寝てるみたい。

仕方ない、自慢はアンバーが起きてからにしてお出かけしよう!

私は優しいから起こしてあげないよ?

アンバーは生意気なルビーの面倒とか他の妹の世話とかいつも大変だし、寝かしてあげないとね。

石はアンバーに持っててもらおうかな、ルビーにとられたら嫌だし。

「じゃあ、アンバー! 私お出かけしてくるからよろしくね~!」

「うぅ、……おも、い……」

さぁ、探検に出発ぅ~♪

 

アンバーのところからかなり飛んできたけど、森のなかは木しかなくてつまんない。

「あ、果物発見! ちっちゃくてかわいい~!」

何の果物かな? でもまだ子供っぽい。

大きくなるまでそっとしてあげないとね。

「がんばれー!」

果物の声は聞こえないけど、多分喜んでるはず。応援されるのは嬉しいもん♪

「ってキレイな石を探してるんだった。森のなかで見つけるのは難しいなぁ」

木の枝に座ってちょっと休憩。

ずっと飛んでると羽が疲れちゃうから。

足をぶらぶらしてると何処からか水の流れる音が聞こえてきた。

近くに川でもあるのかな?

気になるから音のする方へ飛んでいく。川の近くにはキレイな石がある気がするし!

木々の間を抜けると小さな川があった。

流れはあんまり速くないみたい。

川の近くにあった大きな石に座って水に触れてみる。

「あはははっ、冷たくてきもちー! んー、でも、キレイな石はないねー」

キレイな石はないけど、座っている大きな石はひんやりしていて寝転がると気持ちいい。優しい木漏れ日とそよ風が眠気を誘ってくる、みたい。

「ふぁ~、もうお昼寝の時間だし、ちょっと寝ようかなぁ」

きっとここでお昼寝をしたらぐっすり眠れる。

ベッドが固いのは不満だけど、少し羽休め……。

目を閉じて周りの音に耳を傾けてみると色んな音が聞こえてくる。

風に揺れる木の葉の音。すぐ近くを流れる川の音。空を飛ぶ天使が羽ばたく音。

色んな音があって、混じりあって、1つの音になる。

すごくリラックスできるから私は好き。

ウトウトと微睡んでいると風に乗ってお花の香りが流れてきた。

「なんだろう、花の匂いがする。一体どんなお花が咲いてるのかな~?」

眠りかけてた体を起こして香りが流れてくる方へふらふらと飛んでいく。

 

花の香りが強くなって、段々と花の声も聞こえてきた。

なんだか慌ててる? ううん、困ってる感じかも。

「ねぇー、みんなどうしたの? あっ!」

森を抜けた先は辺り一面お花で埋め尽くされていた。

ここは、ここには私が目指していた夢があったの!

「すごい、すごーい! こんなにいっぱいのお花、それも妖精の花が集まってる花畑なんて見たことないよ~! きれ~い♪」

妖精の花っていうのはとても不思議でスゴい花で、どれだけ探しても同じ花はないって言われてるんだよ。名前の由来は私たち妖精も同じ役目の妖精はいないからなんだって。

妖精の花が咲いた場所では妖精が生まれるっておとぎ話もあるんだよ~、全部アンバーから聞いた話なんだけどね。

でも、キレイなものはそれだけじゃなかった。花畑の真ん中で人が横になってたの。

まるで眠れる森の少女って言うのかな。花畑だから、眠れる花畑の少女かも。

「ねぇねぇ、大丈夫?」

「…………ぅ」

「よかったぁ、息はしてるみたい」

長くて赤い髪。赤い服。金色の耳飾り。頭の羽飾り。

「すぅ……すぅ……」

気持ち良さそうに眠るその姿は花に埋もれる女神さまみたい。

私はその姿に、女神のように神秘的で、とってもキレイなこの女の子に──、一目惚れをした。

「ん、んぅ……ここは、どこ……?」

その子は起き上がるとキョロキョロしていた。

「あ、起きたんだね! あのねあのね、私はフローリアって言うの! 花の妖精なんだよ♪」

「花の、妖精さん?」

「うん! あ、でも、呼ぶときはフローリアでいいよ? あなたのお名前は?」

「私は……」

「……?」

名前を聞いたら考え込んでしまった。もしかして名前を教えちゃいけないとか!?

どうしよう!? あなたのお名前は、って聞いちゃったよ!

「私は……アウロラ」

「アウロラ?」

「ええ。多分、それが私の名前だと思うわ」

「……? アウロラっていい名前だね! どこから来たの? この花畑ってアウロラが作ったの? スゴいよね~。私もね、こーんな大きな花畑を作ろうとしてるの!」

「フローリアは凄いのね。とても立派な夢だと思うわ。それとさっきの質問だけど……ごめんなさい。私、どうやってここに来たのかも、どうしてここにいるのかも分からないの。自分の名前しか覚えていなくて」

そっか、だから名前を聞いたときに考え込んでたのか~。聞いたらダメなのかと焦っちゃった。

「それって、きおくしょーしつ?」

「それを言うなら、記憶喪失だと思うわ」

「そう、きおくそーしつ! それって大変なんでしょ? 大丈夫?」

「んー、そうね~。体に不調はないようだし、少し頭がボーッとするくらい……」

「そっか~。じゃあじゃあ、私と遊ぼうよ~。 時間はいーっぱいあるし、アウロラとなら何処にだって行けちゃいそう♪」

「ふふっ。私を何処へ連れていくのかしら?」

「えっとねぇ、私の作った花畑に連れていってあげる!」

これが私とアウロラの出会い。

偶然通りかからなかったら、私が探検に出てなかったら、アウロラとは会えなかったと思う。

だからこの出会いは奇跡なんだ♪

 

アウロラとのんびり街へ向かってたけど、森のなかに入ったら道がわかんなくなって余計に時間がかかった。

そのせいでアンバーに怒られるし、ルビーには馬鹿にされた。

でも、アウロラのことは歓迎してるみたい。私が大好きなアウロラだもん、当然だよね。

 

アウロラはね、たまにふらふら~って何処かに行って迷子になるの。その度に私が見つけるんだよ。

どうして見つけられるかって?

「アウロラっていい匂いだよね。お花の匂いがする!」

「いつもフローリアの手伝いをしていたからかしら。ふふっ、フローリアもとてもいい匂いがするわよ?」

「ほんとっ? えへへ、でしょ~♪」

お花のことなら誰にも負けないもん。

たとえ別の世界にいたってアウロラのことなら見つけられる気がする。

あ、別の世界といえば、アウロラが青の世界に行こうとしてたの。

すぐ迷子になって、迷ってることに気づかないぐらいなのに。

一人で行かせるのは心配……。

だからね、私もついていくことにしたの!

その日の翌朝、アウロラと一緒に広場の門をくぐった。

ブルーミングバトルでアウロラのいつもと違う姿が見れたとき、すごく強くてカッコよくて、もっと大好きになった。

まだアウロラはなにも思い出せてないみたいだけど、どこか遠いところを見ているような目をする時がある。

多分、何か思い出しそうなんだと思う。

記憶が無いってどんな感じなのか分からないけど、きっとスゴく寂しいことだよね。

だって、ともだちのことも家族のことも全部覚えてなかったら一人ぼっちと変わらないもん。最近アウロラは思い出そうと目が覚めた時のように花畑で横になってる。

アウロラのお陰で一人でやるよりも早く夢が実現したから、今度は私がアウロラを手伝う番だよね!

「アウロラ~。見て見て、キレイな石みつけた~♪」

……キレイな石は私の宝物だから自慢したくなっちゃうのは仕方ないよね?




というわけで、フローリアがメインの『キラキラ探しと女神さま』をお送りしました!
分かりにくかったかもしれませんが、この話は彼女たちが出会って、学園に来て交流戦をする前までの話です。
第2章で雄二たちが見た花畑をフローリアが育て始めたころを書いてみました。
楽しんでいただけたなら幸いです。


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アンバー お姉ちゃんと弟?

「よしっ、今日はこれぐらいにしてルビーの様子でも見に行こうかな」

毎日の魔法の練習は欠かせない。

私はあまり攻撃系の魔法に才能はなかったけど、多少は使えるように練習している。

そんな姉の姿を見て育ったルビーは案の定、魔法に興味を持ったようで、少し前から師匠のところに通い始めた。

日課も終わったし、フローリアと一緒にアウロラのお昼も作った。あとは私の時間、つまり自由なわけだから妹の頑張る姿を見に行くぐらいしてもいいはず。

「でも、ルビーは完全に攻撃特化とか師匠がボソッと言ってたし、無闇に近づくのは危険かしら」

「アンバー! お友だち連れてきたよ~!」

「はぁ、今度は何の石を……って、お友だち?」

「うん! えっとね、アルドラの人は方向音痴だから道を覚えられないって言ってたの。だから大丈夫かな~って」

「どういうこと? それに、そのアルドラの人はどこにいるの?」

チラリとフローリアの後ろを見てもそこに人影はない。

というかこの森に知らない人を連れてきちゃダメだって言ったのに、方向音痴だから大丈夫ってどういう理屈よ。

「どこって後ろに……? どうしよう、迷子になってる!」

どうやらフローリア自身、いなくなっていることに気づいていなかったのね。

相変わらずどこか抜けてるというか……、今回はどっちが抜けてたんだろう?

って、今はそんなくだらないことを考えてる場合じゃない。

この森に人が踏み込んで迷子になってるだけなら無視するところだけど、今回はフローリアのともだちが迷っているんだし助けないわけにはいかないわね。

「アンバー、どうしよう!? アルドラの人が迷子になってるよ!」

「はぁ、落ち着きなさい。迷子になったのはアルドラの人だけなのね? 他に人はいない?」

「連れてきたのはアルドラの人だけだよ。あとの二人は森の外でアウロラと待ってるの」

「……じゃあ、先に森の外で待ってる二人のところへ行きましょ。心配になって森に入られても被害が増えるだけだし」

「さっすが、アンバー! それじゃあついてきて!」

どうしてフローリアは毎回面倒を持ち込むのかしら。

私は迷うことなく飛ぶフローリアの後ろを追いかけている。

どうして迷わないのか分からないけど、普段からこれぐらいしっかりしていれば今回のようなことにはならなかったと思うのは私だけかしら。

そうこうしているうちに森を抜けて花畑に着くとアウロラと知らない女の子が二人いた。

「ミウミ~! サオリ~! アルドラの人が迷子になっちゃったよぅ」

「わわっ、ってフローリアちゃん? 雄二が迷子になったってホントなの?」

「本当らしいわ。初めまして、私は琥珀の妖精アンバー。今から私とフローリアで捜しに行くから、あんたたちは森に入らないように。いいわね?」

「あの、私は岸部沙織って言います。それで、その、どうして森には行ってはいけないんでしょうか?」

「そうだよ。大勢で捜した方が早く見つかるよ! あ、私は日向美海だよ。よろしく♪」

「よ、よろしく……。コホン、森には人避けの結界が張られてるの。人間が迷い込めば出てこれない仕組みになってるから、あんたたちが捜しに入っても被害が増えるだけってわけ」

森の情報を外に出さないため、とか前に偉い大天使様が言ってたけど、改めて考えると物騒よね……。

「ぐす……、わたしもちゃんと捜すから二人は待っててね!」

「あの~、私もお手伝いを」

アウロラが手を挙げて捜索に参加しようとしているけど意地でも参加させないわ。

参加しても迷子が増えるだけじゃない。

「却下」

「あら~」

笑顔で却下したのにアウロラは「断られました~」と言いながら微笑んでる。

相変わらずの不思議ちゃんね。

「さ、フローリア。早く行くわよ」

「うんっ! あ、それで何しに行くの?」

「アルドラの人ってのを捜しに行くんでしょ!?」

フローリアは興味のないことはすぐに忘れてしまうというか、別のことに飛び付くから話が繋がってなかったりする。

はぁ、こんな調子で見つかるのかしら。

見つけたら絶対にとびきりの魔法をぶつけてやろうかしら。

 

「ったく、ユージは大げさなのよ。衝撃を与えるだけの魔法なのに気を失うなんて耐性が無さすぎるわ。それに何よ、可愛いって。私が可愛いのは当たり前でしょ。でも……」

ちょっとだけ、ちょーっとだけ嬉しかった。

フローリアとかルビーは私をキレイとは言ってくれるけど、可愛いなんて評価はしてくれない。

アウロラは、……うん。アウロラの言う可愛いはなんか違う気がする。

「アンバー? さっきから何をブツブツ言ってるの?」

「フローリア、きっとあれはさっきユージさん達に褒められたことを思い出してるのよ。だから邪魔をしてはいけないわ」

「そっか。じゃあ話しかけない~!」

「しっかり聞こえてるわよ、二人とも。変な憶測するなら夕食は抜きだからね!」

「あらあら~」

「えー! 私たち悪くないよー!」

「ふん、知らないわ」

なんでなんで、と楽しそうに騒ぐ二人を置いて私は先に進んでいく。

そんな時、何故か胸騒ぎがした。

「ん? どうしたの?」

「いえ、なんでもな──」

今の感覚……、もしかして私の施していた治癒魔法が破壊されたの?

いや、そんなはずはない。とは言い切れなかった。

ユージは迷子になってたのに何故か女神様と一緒にいるし、いきなり私を可愛いなんて言うし、バカアルドラだし。

何をやるか分からないやつだ。

だから、治癒魔法が破壊されるような大怪我をしてる可能性は捨てきれない。

ううん、きっとしてるはず。この胸騒ぎはそういうことなんだと思う。

「──くない。ごめん、二人は先に帰っていて」

「アンバーはどこか行くの?」

「ちょ、ちょっと街に買い出しに行ってくるわ! あ、大した買い物じゃないし私一人で大丈夫だから! それじゃ、行ってきまーす」

急がないとっ! 胸騒ぎが私の不安を掻き立てていた。

「ねぇねぇ、アウロラ~。どうしてアンバーはアルドラの人のこと、私たちといるときだけ名前で呼ぶのかな?」

「さぁ? 多分、本人の前では恥ずかしいのよ。ふふっ、アンバーは照れ屋さんなのね」

「そっか~、アンバーは恥ずかしかったんだね~。戻ってきたらアンバーをからかってあげよーっと」

 

私のあの時の判断は間違っていなかったと思う。

もし、街に来ていなかったらサオリが私を見つけることもなかったし、闘技場で血塗れになっていたユージを助けることもできなかったはずだ。

泣きそうな顔で私を呼び止めたサオリに連れられて闘技場にやって来たとき、ユージともう一人女の子が重なるように倒れていた。

ミウミが男に羽交い締めにされてたのはミウミを近寄らせないためだと思う。

その時ユージはお腹に風穴が空いていて出血が酷かったから下手に近づいて体を揺らしたりすると悪影響だったもの。

不思議だったのは風穴が空いていてた部分と垂れ流された血が凍っていたことと、ユージの下敷きになっていた女の子は全くの無傷だったことかしら。

あとでユージたちに聞いてみたらそういう力があるらしい。

「誤魔化してるだけじゃないでしょうね?」

「違うって。あー、えっと、あの時俺は先輩に氷の槍で腹を串刺しにされてたんだよ。先輩に刺さらなかったのは俺が咄嗟に突き飛ばしたからだ」

「…………」

「な? 説明しても分からないだろ?」

「えぇ、そうね。私には全く、これっぽっちも分かんないわねっ!」

そんな言い方しなくてもいいじゃない。分かんないのは事実だけど何かムカつくわ。

「痛っ!? な、なあ、アンバー。アンバーさん?」

「なに」

「治そうとしてるのか悪化させようとしてるのか、どっちなの? 腹の上に座ってるのはいいけど、跳ねられると響くというか」

「ふん、さっきまでしれっと観光しようとしてたバカアルドラのくせによく言うわね。ただで治してあげてるだけでもありがたいと思いなさい!」

「思ってる、思ってるって! だから跳ねるなよ!」

「大人しく跳ねられてなさい! 逃げようとした罰よ!」

「で、でも、治癒はしてくれてるんだな。ははは」

きっとムカつくのはこの顔のせいね。無表情で、眼だけは鋭くて。

でもなんだか怯えてるみたいな感じがして放っておけない。

「反省、しなさいっ!」

「がぁあああ!!?」

大きな声を出すから皆が来ちゃったじゃない。

ただ治癒魔法の効力を高めて回復を加速させただけなのにね。

まぁ、それだけ傷口のところが活性化するわけだから痛みを伴うけど。

心配だからとかじゃない。胸騒ぎがしないように、少しだけ強く魔法を掛けておく。

次に怪我をしても治せるように、少しでも長く守れるように。

長くといっても私の力だと精々三日が限界。

「……その間だけでも不出来な弟をお姉ちゃんが守ってあげる。なんてね」

「弟? 誰のことだ?」

「っ!? うっさい! 今のは忘れなさい!」

こ、こんなやつが弟だなんて私だって嫌だっての!

……ほ、ホント、なんだからね?




というわけで、アンバーがメインの『お姉ちゃんと弟?』をお送りしました!
分かりにくかったかもしれませんが、この話は雄二たちが赤の世界にいた第2章のときの話です。
ちょっとした裏側を書いてみました。
楽しんでいただけたなら幸いです。

次回予告
「ええ!? わ、わた、私のお話ですか!?
 え、えっと……か、片翼でもがんばります!」

というわけで、次回更新のときにまたお会いしましょう。
※三話目以降は鋭意執筆中です。


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レミエル 第1話 憧れ

第1話のみ視点が変わっています。
どうしても彼女視点で書きたかったので……。


私は今、闘技場の近くに建っている空の神殿で天使のお仕事をしています。

「はぁ……」

『四聖天使』と呼ばれる大天使のお一人であるガブリエラ様のお手伝いが私の主な仕事。

といってもやることは書類や書物の整理、街の見回りです。

「レミエル、この資料の片付けを頼む。場所は書物庫の奥の棚だ」

「は、はい! あの、ガブリエラ様は何処かへ行かれるのですか?」

「ああ。少し虹の宮殿に用事があるのだ。すまないがいつもの稽古は……」

「大丈夫、です! 私一人でもやれます!」

実はガブリエラ様は私のお師匠様でもあるんです。どうして私なんかの面倒を見てくださるのか分かりません。

でも、そのお陰であの人と共に戦い、一人の少女を救うことができました。感謝してもしきれません!

「そうか。最近のレミエルは以前と比べて明るくなったな。その調子で立派な天使に育っておくれ」

「は、はい!」

行ってくる、そう言って部屋の窓からガブリエラ様は飛び降りました。

急いで窓に駆け寄ると一対の大きな翼を羽ばたかせて虹の宮殿に飛んでいってしまいました。

「私にも、あんな翼が……ううん。今は私にも翼があるもん。早く片付けてお稽古しなきゃ!」

ガブリエラ様の使っていた資料は1冊1冊が重く、分厚いのでちょっと運ぶのが大変です。

「えっと、1、2、3、……15冊もある。お昼までに終わるかなぁ」

資料を保管してある書物庫は地下にあります。

前は地上にあったそうなのですが、壊れてしまったので地下に新しく作ったみたいです。

「でも、どうして壊れてしまったのでしょう? ガブリエラ様に聞いても苦笑いを浮かべるだけですし」

どんな理由があって壊れたのかはとりあえず置いておきましょう。早く運ばないとお稽古の時間がなくなってしまいます。

「よいしょ、っと。やっぱり……重い、です」

私は両手で抱えて資料を地下に続く階段のところまでなんとか運びました。でも、重いのを分かっていながら2冊も持ったのは間違いだったかもしれないです。う、腕がプルプルしてきました。

「うーん。何か楽に運べる方法はないでしょうか? 後は階段を下るだけですし」

……そうだ! 飛んで運べばいいのです。私は片翼の天使ですが、今は光の翼があります。あの時のように飛べるはずです!

「はぁあああ!! 光の翼よ!」

あ、あれ? 背中を見ても光の翼はありません。昨日のお稽古ではうっすらと出すところまではできたのに!

「うぅーん! 出てきてください、光の翼さん!」

資料を地面に置いてやってみてもダメでした。今度は深呼吸をして落ち着いてからやってみます。

「やっぱり、出てこない……? 一体どうし──」

「レミエル? 何してるの?」

「ひゃあああ!!? ゆ、ユラちゃん!? 驚かせないでー!」

「驚かしたつもりはないんだけど。それより、あなたは何をしていたの? 声が響いてきたけど」

「響いて……? あっ」

ここは地下に続く階段の前、私はそんなところで大きな声を出していたのです。

あぁ、恥ずかしすぎます。穴があったら入りたい気分です。

「この資料……、なるほど。これを戻しに行っていたのね。私も手伝ってあげる」

「あの、でも……」

「これでも毎日剣を振ってる身よ、力には自信があるの」

そう言ってユラちゃんは軽々と分厚い本を二冊とも持ち上げます。

ユラちゃん、それは女の子としてどうなんでしょうか。ユラちゃんは最近、グラディーサ様に似てきている気がします。

あの方は無類の戦い好きですから、ユラちゃんにはあまり似てほしくありません。

私は優しいユラちゃんの方が好きです。

「ユラちゃんはどうしてここに? 女神のお仕事ですか?」

「違うわ。ただ遊びに来ただけ。それとお昼のお誘いかな」

「えぇ!? もうお昼なんですか!? あうぅ」

「み、耳がっ……」

また叫んでしまいました。耳がおかしくなりそうです。ユラちゃんは二冊を片手で持ちながら、もう片方の手で耳を塞いでいました。

「ご、ごめんなさい、ユラちゃん。私がダメダメでドジなせいで」

「気にしないの。ミスは誰だってあるんだから。そんなことより早く運んで私の働いてる宿でお昼食べましょ?」

「あっ、それなら、私も持ちます」

「これは私が持つから、レミエルは次から手伝って? この資料だけじゃないでしょ?」

「どうしてわかったんですか? まだ残ってるって」

「んー、女神の勘、かな」

少し照れくさそうにするユラちゃん。

力持ちになってもユラちゃんはやっぱり優しい女神です。

 

最初の二冊はユラちゃんに書物庫まで運んでもらいましたが、その後は私も頑張って5冊運びました。

ユラちゃんが手伝ってくれたお陰であっという間に終わったので、お礼にお昼は私が奢りました。

でも、ユラちゃんは何だか複雑そうな表情でお昼を食べていたのはどうしてでしょうか。

「そういえば、ユージたちと初めて会ってから二ヶ月が経つわね」

「もう二ヶ月ですか……」

私に居場所を気づかせてくれたαドライバーのユージさん。彼は今頃元気にしているでしょうか。

ユージさんのことですから、また血だらけになりながら誰かのために力を使っていそうです。

「この間ここに来てくれたときはミウミやサオリじゃない女の子を連れてたけど、今度は誰を連れてくるのかしらね」

「そうですね。この間……っ!? え、ユラちゃんはユージさんにまた会ったんですか!」

「たまにこの宿を使ってるよ? クエストがどうとか言ってたけど。ユージがどうかしたの?」

「……はぁ、私は不幸です。間の悪い天使です。光の翼も失ったダメ天使なんです」

どうしてでしょうか。ユージさんに会えたかもしれないと思うと胸がきゅーっとなります。

光の翼が出せなくなったのもそれが原因だったりするのかな。

「急に後ろ向きな考えになったわね。……あ、ユージ。また来てく──」

「ユージさん!?」

ユージさんが来たと聞いて、慌てて入り口の方を見ましたがそこにはユージさんどころか誰もいません。

「もう、ユラちゃん。嘘はいけませんよっ」

「ごめんなさい。謝るから羽をしまってくれないかしら。すごく、眩しい」

「ふぇ? 眩しい?」

なんと、意識をしたわけでもないのに私の背中から光の翼が出現していました!

私自身もよくわからずにあたふたとしていると、ユラちゃんが私の顔を見て驚いていました。

「ねぇ。……その目、どうしたの?」

「目、ですか? なんともない、ですけど」

すると手鏡を取り出して私に渡してきました。これで見ろ、ということです多分。

「ぇ……、なにこれ」

手鏡に映る私はキョトンとした顔で私を見つめていました。

でも、鏡の中の私の左目は金色で瞳のなかに白い十字模様が入っていたのです。

私の知る私じゃないことに違和感がある……。でも、嫌じゃないです。

「……レミエル?」

「大丈夫です。多分、力を使っている副作用、みたいな感じです。だから大丈夫、ですよ」

微笑みながら手鏡をユラちゃんに返します。

「そっか。そんな顔ができるなら大丈夫そうね。それで? 戻せるの?」

「やってみます……」

力に意識を集中させる。

資料を運んでいたときとは違う、私の中の何かと繋がっているという感覚。

ユージさんとリンクをしたときのようなあの感覚。

そんな感覚が私を寂しくさせる。

ユージさんと繋がりたい。ユージさんに頭を撫でてほしい。ユージさんに頼りにされたい。

──また、お話ししたい。

光の翼が消える間際に色々な感情が流れてきた。

これは光の翼さんと……私の気持ちなんだね。

「……どう、ですか?」

「うん。翼も消えたし、目も戻ってるよ」

「……ユラちゃん。私、ユージさんに会ってきます!」

「え、それはちょっと無理があるんじゃない? それに、天使の仕事はどうするの。立派な天使になるんじゃなかったの?」

うぅ、ユラちゃんの言っていることが正論過ぎて言い返せないです。確かに天使の仕事はまだ残ってます。

中途半端なところで投げ出していてはガブリエラ様のような立派な天使にはなれません。

「でも、ユージさんが」

「ユージに会うだけならこの宿でもいいでしょ? 多分、また来てくれるからその時にでもたくさんお話したらいいじゃない」

「うっ、そうですけど……、でも」

バサリという強い羽ばたきが入り口の方で聞こえて思わず振り返ってしまいます。

光を浴びてキラキラと輝くほどの純白な翼。

地面に突き立てた身の丈もある大剣はドワーフが振るった最高傑作と言われ、この世界で唯一無二のもので持っているのはあの方だけ。

「なんだ。やはりここにいたか」

「えっ? ガブリエラ様!? どうしてこんな寂れた宿なんかに?」

「ゆ、ユラちゃん。ちょっと落ち着こうよ、店主さんが凄い目で睨んでるよぅ」

「だってだって、あの四聖天使のガブリエラ様よ。落ち着いていられないよ!」

「レミエル、探したぞ。資料の片付けは終わらせたようだな」

「あ、その、ユラちゃんに手伝ってもらいました……」

優れた天使の前で嘘は通じません。

それはガブリエラ様だって例外ではないです。私が嘘をついてもすぐにバレてしまうはずです。

「新人とはいえ女神に天使の仕事を手伝わせるのはどうかと思うが……」

「違います! 私が手伝うって言い出したんです! 私は、友達としてレミエルを手伝いました。女神としてではなく、友達として」

「わかっている。その光景をたまたま見ていたエクスシアから話は聞いている。だから、その事についてとやかく言うつもりはない。ここに来たのは別件だ」

「別件……?」

なんでしょうか、全く心当たりがないです。

首を傾げる私を見て、ガブリエラ様は微笑みを浮かべていました。




第2話につづく


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レミエル 第2話 奮闘

レミエルは一人、森の中を歩いていた。

「うぅ、ユージさんの所に行くためとはいえ、一人というのは怖いですよぉ……」

時間は少し遡る──

 

「別件……?」

大天使ガブリエラの言葉にレミエルはきょとんとしていた。

「ああ。レミエル、お前は青の世界に行きたいそうだな」

「ど、どうしてそれを!?」

「そう驚くことでもないだろう。お前がここ最近、(ハイロゥ)を物思いに見つめている光景をよく目にするのだ。気づかないわけがないだろう」

ビクッと肩を震わせるレミエル。

ユラはそんなレミエルをじーっと見つめていた。

「レミエル、そこまで……」

「ち、違うのユラちゃん! それは無意識なの!」

「その方が重症じゃないの……」

「そ、そんなことっ」

「コホン。話は終わっていないのだが」

ガブリエラはわざとらしく咳払いをした。

鋭い睨みを向けられた二人は、背筋を伸ばして会話をやめる。

「再度確認する。レミエル、青の世界に行きたいか?」

「は、はい。青の世界に、行きたい、です」

レミエルはたじたじになりながらもガブリエラの目を見て答える。

「……そうか。ならば、条件を出す。それを見事達成した暁には青の世界に行くことを許可しよう」

「条件、ですか……?」

「そうだ。条件と言っても難しくはない。この封書を森の向こうにある戦乙女(ヴァルキリー)の本部まで届けてほしい」

レミエルはガブリエラの言葉に困惑していた。

と、届けに行くだけ? でも、どうしてそれが条件になるのでしょう?

じ、実はすごく危険なことが待ってるとか!?

「あ、あの、それだけ……ですか?」

「簡単だろう? ただし、レミエルだけで届けに行くのだ」

ひ、一人で!?

レミエルは自然とユラに視線を向けていた。

ユラはレミエルの向けた視線の意味を理解して力強く頷く。

だが、勢いよく目の前に突き出された鋼色に思わず縮こまってしまう。

「女神ユラよ。いくらレミエルの友と言えど、この件に関与することは見逃せない。手出し無用だ」

「は、はい! わ、わわ、わかりましたです!」

首をカクカクと縦に振るユラを見て、ガブリエラは剣を下げる。

女神の方が立場的に上とは言え、ユラはまだ新人。

大天使の前では無力だった。

「レミエル。この程度、人に頼ることなく乗り越えられぬようであれば、青の世界に行っても無駄に終わるぞ」

「っ、……私一人でもやれるって証明します!」

私は青の世界に遊びに行くんじゃない。

ユージさんを助けに行くんだもん!

自分の力で乗り越えなきゃっ!

「その意気だ。さあ、行ってこい。前に私が連れていったことがあるが、本部の場所は覚えているか?」

レミエルは暫し記憶を探る。

森を抜けた先、広大な草原にある建物に心当たりがあった。

「大丈夫、です。いってきます!」

ガブリエラから封書を受け取って、腕で抱き締めたレミエルは勢いよく走り出す。

「ふむ。頑張るのだぞ、レミエルよ……」

レミエルの背中にはうっすらと光の翼が出現していた。

 

「あぅ、迷いました。迷っちゃいましたよぉ」

レミエルはガブリエラに連れられて戦乙女の本部に訪れたことがある。

だがそれは、ガブリエラに背負われてのことだ。

つまり、空からの訪問だった。

「森の中は分かりません……」

レミエルにとって森の中は未知の世界だった。

それでもレミエルは足を止めない。

絶対にユージさんのところへ行くんです。

こんなところで止まっているわけには行きません!

と、その時。

今まで闇雲に歩いていたレミエルは森のなかに踏み固められて出来た道を見つけた。

「これを辿れば、もしかしたら到着できる、かも!」

レミエルは走り出す。

しかし、暫くするとスタミナが持たずに息を切らせながら歩き始めてしまった。

「や、やっぱり、体力を、つけないと、ダメ……ですね」

道をトテトテと歩いていると突然、傍の茂みが音を立てて揺れ出す。

「ひぃ!? な、なんですか! なんなんですか!? 私は食べても美味しくないです! やめてぇ、襲わないでぇ!」

レミエルはその場にしゃがみこみ、パニックを起こしてしまう。

間もなくして茂みから出てきたのは一匹の野うさぎだった。

な、なんだぁ。うさぎさんだったんだ……。

レミエルがホッとして立ち上がろうとしたとき、うさぎが出てきた茂みの向こうから一本の矢が飛来し、目の前のうさぎに深々と突き刺さった。

「ひぃ!?」

突然目の前でスプラッタなことが起きたレミエルは腰を抜かして後退りしようとする。

「ふぅ、無事に仕留められたわね」

「きゃああ!? 殺さないで殺さないでぇ! わた、わたしは美味しくないよ! 美味しくないですからぁ!」

茂みから出てきた人物はうさぎに処置を施そうとして、レミエルの叫び声によって手を止めた。

「何よ煩いわね。このうさぎは私が狩ったのよ。文句はないでしょ……、って天使? こんなところに?」

「きゃああ!? って、ディアンナ様!?」

「あら、私を知っているの? なかなか見所あるじゃない。あなたは? こんなところで何をしているのかしら?」

「あ、あの、私はガブリエラ様の手伝いをして、している天使のレミエル、です。きょ、今日はこの封書を戦乙女の、ほ、本部へ届けにっ」

「ふーん。天使なら空からいけばいいのに」

ディアンナは足元に転がるうさぎの死体の血抜きをしながら横目でレミエルを見た。

「い、いえ、あの、私は、片翼しかない、から、その……」

「片翼の天使? 変わった天使もいるのね」

なんだか、この子。弱々しくて小動物みたい。うずうずしてくるわね……。

レミエルはディアンナの視線に妙な寒気を感じてソロソロと立ち上がった。

「ねぇ、レミエルと言ったかしら? 私が本部ってところまで案内してあげる。この森は私の庭みたいなもの、その周りに何があるかも知っているわ」

「ほ、ホントですか!? ありがとうございます、ありがとうございます!」

迷子になっていたレミエルにとってディアンナの提案は渡りに船だった。

しかし、その船が普通であるとは限らない。

「さぁ、私の矢から逃げてみなさい! 後ろから案内してあげるから!」

「ひぃ!? どうして普通に案内してくれないんですかー!!」

レミエルは慌てて駆け出す。

ディアンナはまだ弓を構えていない。

逃げ出すなら今なのだ。

「だってそれじゃあ私が面白くないじゃない。あなた、小動物みたいだから狩りたくなったのよ。ほらほら、本部はそっちじゃないわよ~」

必死に走っていたレミエルの真横を通り抜けて進行方向にあった木に深々と矢が突き刺さる。

「逃げないと当たっちゃうわよー」

「ひぃ!? こんなの、全然簡単じゃないですよ、ガブリエラ様ぁ!!」

レミエルの叫びが森に木霊する。

ディアンナの思い付きで道案内兼追いかけっこが始まったのだった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ! でぃ、ディアンナ様、少し、休憩をっ」

森の中という悪路を一時間近く走り続けているレミエルのスタミナは既に底をついていた。

「別に止まってもいいのよ? その時はあなたの片翼が残念なことになるかもね」

「それ、だけは……いやっ!」

レミエルは止まれない。

止まれば楽になれるという誘惑に負けそうになり、スピードを落とせばディアンナの放つ矢が見透かしたようにすれすれを通過していく。

もう、ダメ……。足が、重いよ……。

スタミナが尽きた状態で走り続けていたレミエルはふらふらになりながらも足を動かす。

「あっ──」

その爪先が、道の脇から延びていた木の根にひっかかってしまう。

疲れが極限まで溜まっていたレミエルは受け身をとれずに地面に倒れてしまった。

でも、封書は守りました……。

しかし、封書を大事に抱えて汚れないように、破れないように、身を呈して守ったのだ。

「これで終わりよっ」

ディアンナはレミエルの見せている隙を見逃すわけがなく、渾身の一撃を与えようと矢を放つ。

あ、しまった、これは狩りじゃなくて遊びだった!

その事を思い出したディアンナだが時既に遅し。

青い光の軌跡を描きながら森を突き抜ける矢がレミエルの片翼を的確に射抜こうとするが──

「レミエル殿、ご無事か?」

「ふぇ?」

ガキンッという音が森に響く。

森の悪路をもろともせず、地面に倒れるレミエルの前に素早く割り込んだ騎士は、銀色に煌めく十字の盾を構えてレミエルを護った。

「あの、あなた、は?」

レミエルは颯爽と現れて身を守ってくれた人物に心当たりがなかった。

「私の名はヴァレリア。戦乙女で騎士を務めている者だ」

「あら、ヴァレリアじゃない。久しぶりね。一週間ぶりかしら?」

「いいえ、ディアンナ様。2ヶ月ぶりです。青の世界にて行われた交流戦以来ですので」

「細かいことはいいのよ。それより、その子を助けてくれてありがとね。つい、手が滑っちゃって」

「手が滑る? とてもそのような威力ではなかったのですが」

「あら、女神を疑うの?」

ディアンナはスッと弓を構えてヴァレリアに向ける。

だが、ヴァレリアは盾を構えない。

レミエルはヴァレリアの後ろで状況がわからずにオロオロとしていた。

こ、この状況は一体……、ぐすっ、私は封書を届けに来ただけなのに。

「女神ならきちんと定例会議にご出席ください。それと、狩りをするのも程々にお願いします」

「私は狩りの女神なのよ! 仕方ないじゃない、うずうずするんだから! それに、会議にはちゃんと参加してるじゃない」

「参加しているのは最初だけですぐにグラディーサ様と闘技場で戦い始める。そう聞き及んでますが?」

戦いの女神グラディーサと狩りの女神ディアンナは退屈な会議を顔だけ見せてすぐに脱走する。

お互いに血の気が多い女神だからか、すぐに戦おうとするのだ。

「うぐっ、……まぁいいわ。あとはあなたが戦乙女の本部まで案内しなさい。私は帰るから」

「承りました。以後、天使を的にしようなどとは思わないよう気を付けてください」

「わかってるわよ。じゃあね、ヴァレリア。それとレミエルも」

「は、はい」

ディアンナは弓を下ろして森の奥へと入っていく。

その姿が見えなくなってもレミエルは状況がいまいち理解できていなかった。




第3話につづく


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レミエル 第3話 合格と旅立ち

ヴァレリアに助けられた位置は戦乙女の本部と目と鼻の先だった。

そして今、レミエルは隊長へ封書を渡しに行ったヴァレリアの帰りを待っている。

「ヴァレリアさん、遅いですね……」

もしかして、破れてた……とか?

な、何か失敗してたのかも!?

「待たせてすまない、レミエル殿。確かに受け取った、とのことだ」

「はふぅ、良かったです」

「それで、レミエル殿。貴殿はこれからどうするのですか? 体を休まれるというのでしたらベッドへご案内しますが」

「いえ、あの、封書を渡したので私は帰ります」

レミエルは机に手をついて椅子から立ち上がる。

だが、その足はガクガクと震えてまともに歩ける状態ではなかった。

「しかしその足では……」

「ち、違うんです。これはえっと、む、武者震い? というやつです!」

自分の言葉に疑問を感じながらも、ゆっくりと足を進める。

その姿を見てヴァレリアは何か手伝えないかと考えていた。

私が抱えて町まで走るか? いや、それでは時間がかかりすぎるかもしれない。

もっと早く着くには……。

「……そうだ! 私がレミエル殿を町まで送ろう」

「え? あの、それはヴァレリアさんに悪いですよ」

「なに、気にすることではない。天使を見送らずに帰す方が戦乙女としては問題だ。それに、早く町へ戻りたいのだろう?」

「それはそう、ですけど……いいんですか?」

ヴァレリアは頷く。

うーん、早く戻りたいけどヴァレリアさんに申し訳ないです。でも、いいって言ってくれてるし……。

「……あの、よろしくお願いします」

レミエルは悩んだ末に送ってもらう方を選んだ。

そこからのヴァレリアの動きは早かった。

馬小屋に行き、戦乙女にとって欠かせないペガサスを一頭持ち出して飛び乗り、レミエルを後ろに乗せて天空へ舞った。

「ひゃああ!! そ、そそ、空飛んでます! 馬なのに! 馬なのにぃ!」

「レミエル殿は天使なのに空を飛ぶのに慣れていないのか? それにペガサスは馬といっても幻獣に当たる生物です。そこらの馬とは違います。翼だってありますし」

「ご、ごめんなさい。私あまり飛んだことがなくて……。その、ペガサスさんもごめんね」

ペガサスはレミエルに気にするなとでも言うように更に加速する。

レミエルが一時間以上掛けて抜けた森をあっという間に置き去りにして町は目の前に迫っていた。

 

町の手前で下ろしてもらったレミエルはヴァレリアとそのパートナーのペガサスにお礼を言ってその場を後にした。

向かった先はユラが働く宿だ。

早くガブリエラにきちんと届けたということを知らせたい、という気持ちがレミエルに疲れを忘れさせてその足を動かす。

「が、ガブリエラ様! 荷物、届けまし、た!」

「ご苦労だったな、レミエル。よくやった。女神ユラ、レミエルに水でも出してやってくれ」

「は、はい! レミエルちゃん、お疲れ様。とりあえずここに座ってて」

ユラは一目散に厨房へ駆け込む。

「そこまで急ぐことではないと思うのだが……」

「あははは……」

不思議そうに首を傾げるガブリエラにレミエルは苦笑いを浮かべるしかない。

きっとユラちゃんはガブリエラ様が怖かったですね。

ガブリエラ様は、その、厳しい雰囲気がありますもんね……。

レミエルが厨房へ視線を向けるとお盆を持ったユラがチラリと顔を覗かせていた。

「……はい、レミエルちゃん」

「あ、ありがとう、ユラちゃ、ユラ様」

「二人とも、私の前だからとそう固くならなくてもいいだろう? これから大事な話をするのだ。気を緩めなさい」

『は、はい!』

ガブリエラの言葉は気を緩めるどころか逆効果だった。

「レミエル。条件達成、おめでとう」

「ありがとう、ございますっ。あの、これで私は──」

「まぁ、そう急かすな。約束は覚えている。そこで、お前にピッタリの任務を与えようと思っている」

任務と聞いて、浮かれていたレミエルの気分は目に見えて落ちてしまう。

に、任務があったらユージさんのところに行けないかも……。

 

『天使レミエルに青の世界、地球の調査を命ずる。現時刻をもって通常の仕事を中止し、調査に向かうように。また、この任務は、ガブリエラが期限を決めるものとする』

 

「会いたい、力になりたい人がいるのだろう? この任務は私からの贈り物だ。辛くなくても、会いたくなったら帰ってくるんだぞ。大切な人を立派に、天使として導いてこい。……いいな?」

ガブリエラはレミエルの頭を撫でる。

初めてです。ガブリエラ様にこうして撫でられたのは……。

いつもの厳しい姿からは想像できない優しい表情でレミエルの頭を撫でるガブリエラは女神のようだった。

「あぁ、私って女神なのにガブリエラ様より女神してない……」

ユラは一人、お盆を抱えて落ち込んでいた。

 

「レミエル~、まだ準備できないの?」

「ま、待ってください! えと、あの、あと少しだけ!」

レミエルは自室にて青の世界に行く準備をしていた。

条件を見事達成し、ガブリエラからフリーな状態で行けるように計らってもらったのだ。

しかし、大慌てで自室に戻ったはいいものの、何を持っていけばいいのか分かっていなかった。

は、初めての異世界です。

失敗しないように万全の準備で望まなくてはなりません。

でも、どうしましょう……。

「こういうとき、ユージさんならどうするでしょうか」

レミエルは想像してみた。

『どうしよう、雄二! 準備終わってないよぉ!』

『何やってだよ、美海。仕方ねぇ、手伝ってやるか』

『ありがとー!』

だが、思い浮かぶのは何故か美海の慌てる姿だった。

ユージさんはしっかりとしている感じがします。

私も、準備ぐらい落ち着いて一人でやれなければ、ユージさんの隣には立てないです。

「よしっ、しっかりと準備してきちんとご挨拶するんです」

そうだ、お土産を買うのもいいかもしれません。

ユージさんは怪我をしてあまり観光できなかったはずですし。

「えっと、お金は……。こ、これぐらいあれば大丈夫だよね」

「何が大丈夫なの?」

「ひぃ!? もう、急にお部屋に入ってこないでください!」

ユラはいくら待っても出てこないレミエルを迎えに部屋へと入ってきたのだ。

「準備は順調……って、言えるレベルではないわね」

「え?」

「周りを見てみなさいよ。まるで嵐にあったみたいにぐちゃぐちゃじゃない!」

ユラに言われて周りを見たレミエルは唖然としてしまう。気づかぬうちに部屋の中が見るも無惨に散らかっていたのだ。

きちんと整理整頓されていたキレイな部屋だったレミエルの自室は今や見る影もない。

「い、いつの間にこんなことに……。ど、どうしよう、ユラちゃん!」

「仕方ないなぁ、片付けるの手伝うから早く準備しましょ? 手土産を選ぶ時間もいるんじゃない?」

「ですよね! やっぱりお土産は必要ですよね~。うーん、ユージさんには何がいいでしょうか。ミウミちゃんとサオリちゃんは果物の詰め合わせをあげようかなって」

「んー、ユージもそれでいいんじゃない? 彼は物よりも食べ物の方が喜びそうだし」

「ええー、ユージさんですよ。もっとこう、お守りみたいなものがあってる気がします」

「お守りか~。確かにユージはよく怪我をしている印象があるわね。あ、じゃあ、天使の羽で作ったブレスレットなんてどう? ご利益ありそうじゃない?」

「て、天使の羽、ブレスレット……はぅ!」

わ、私の羽で作ったブレスレットをユージさんがいつも身につけて、ということは私の一部がユージさんのお側に!?

は、恥ずかしすぎますよ!

「ゆ、ユラちゃん! ハレンチですよ!」

「ハレンチって、何を考えたのよ。でも一時期ラッキーアイテムとして流行ってたでしょ。祈りを込めてそれを渡したら思いが通じるって」

「思いが、通じる……。ちょっと、いいかも」

「ふーん、やっぱり会いに行くのはそういうことなんだぁ」

ユラはニヤニヤとしながらレミエルを見る。

「ち、ちがっ、あの、その、えっと……」

レミエルは否定しようとするが、顔が赤くなるだけで思うように言葉が出てこない。

ユラは友人の初々しい面を見て、ますますにやけが止まらなくなっていた。

あぁ、レミエルは本当に天使してるなぁ。すごく可愛い!

 

結局、二人が部屋を片付け終えたのは22時だった。

そのため、レミエルの出発は翌日ということになったのだ。

「レミエル、いよいよね。忘れ物はない? お土産は持った?」

「大丈夫です、ユラちゃん。全部バッチリです」

赤の世界の転移門広場にて二人は肩を並べて立っていた。

その視線の先には青色の光が渦巻いている転移門がある。

「レミエル、たまには戻ってきてよね」

「うん……」

「ユージに何か嫌なことされたらすぐに戻ってくるのよ。私が、成敗してあげるから」

「ユージさんですよ。そんなことしません。……でも、その時はユラちゃんに助けてもらおうかな、なんて」

「任せなさい。なんたって私は女神だもの」

「うん。…………じゃあ、そろそろ行くね」

「ま、待って!」

「な、なに?」

歩き出そうとしたレミエルの服を摘まんで、ユラは顔を伏せていた。

「……約束、しよ」

「……。いいですよ」

約束。その言葉は二人にとって大切なものだ。

かつて友であり続けると誓い合った時から、ずっと……。

「お互いに」

「成長した姿で」

『また会おうね』

そして二人は約束を交わす。

離れ離れになっても、鍛練に励み、成長して、再び会うための約束を。

これが、最後の別れにならないように。

レミエルは荷物を一度地面に置いて、未だ顔を伏せたままのユラを抱き締める。

「……いってらっしゃい。レミエル」

「いってきます。ユラちゃん」

レミエルは上擦った声のユラをなだめるように背中を撫でた。

これからは滅多に会えないかもしれません。

ですから、今この瞬間のことを私は絶対に忘れません。

またね、ユラちゃん。

ユラから腕を離して再び荷物を抱える。

門に向かう片翼の天使に迷いはなかった。

こうしてレミエルは傍にいたいと願い、憧れていた人たちのいる青の世界へと旅立っていった。




というわけで、三話完結のレミエルがメインの旅立つまでの話をお送りしました!
分かりにくかったかもしれませんが、この話の時間軸は第2章で雄二たちが赤の世界を去ってから2か月後となっています。


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