IS ─∀Turns (VANILA)
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第一話「おいてけぼりロラン」

女神転生の小説の息抜きとして、書いてみました。

それは良いとして、ロラン君可愛い!!

ローラ党はとてもいいものだぁー!みんなー!早く入ってこーい!!!


ロランは、走っていた。

 

自転車のサドルから腰を浮かせ、生き急ぐかのようにペダルを漕いで車輪を回す。

 

頭上では月の光が輝き、ロランの進んでいる道を照らしている。

 

ロランもまた月の光に照らされ、絹のような銀髪と浅黒い肌が、夜闇だというのにはっきりと浮かび上がっている。

 

自転車はロランの住んでいた小屋からどんどん遠ざかり、やがて森の中へ入っていく。

 

自転車はどんどん速度を上げていき、向かい風もまた強くなってくる。

 

 

「わあああああああっ!!」

 

 

向かい風に押されこわばった顔を動かし、強引に声帯を震わせて叫ぶ。

 

肺の中の空気を全て出したことで体に疲労を感じ始めたが、それでもロランは自転車のペダルを漕ぎ、ひたすらに走る。

 

柔らかい砂の傾斜をタイヤは踏みしめ、やがてロストマウンテンと呼ばれる山の頂にまで到達する。

 

 

「うわあぁっ!?」

 

 

体の疲労を無視して走っていたからか、ロランはペダルから足を踏み外し、バランスを崩してそのまま倒れてしまった。

 

膝に擦り傷を負い、身体の節々は疲労でギシギシときしむほど、ロランはペダルを漕ぎ続け、そしてここまで来た。

 

ロランをここまで動かしていたのは、哀しみと寂しさ、そして怒りといった感情だった。

 

それらの感情は、ロランを言い様のない衝動に駆らせ、冷静な思考を奪っていた。

 

それほどまでに、それらの感情は強烈なものだった。

 

頂きに座り込み、鼻をすすりながら、未だに頬を伝い流れる水滴を、何度も何度もロランはコートの袖でぬぐった。

 

ロランの青く潤んだ眼は大粒の涙を流し、赤く腫らしながらも、それでもこの頂きから見える虹色の繭から視線をはずすことなく見つめていた。

 

それは、とても美しいものだった。

 

繭は虹色の光を絹のように滑らかな表面に浮かび上がらせ、その上では満月がそれを見下ろし、更に美しくさせるかのように銀色の月光を浴びせる。

 

元は歴史を黒く塗り潰した機械達だったことなど忘れてしまうほど、この繭の光景は神秘的で優雅だった。

 

ロランが疲れたとき、悲しくなったとき、いつも必ず夜になったらこの場所に来ていた。

 

この景色は来るたびにそんなロランの心を、慰めてくれていたからだ。

 

ロランの駆っていたホワイトドールも、黒歴史を呼び出そうとしたターンXも、今はこの繭の中で眠っている。

 

その眠りは一時的な物だと、いつだったかロランの知り合いの技術者が言っていたのを思い出した。

 

長い長い年月を費やしながら、二機のターンタイプはお互いを癒しあって、そしてまた起きるらしい。

 

 

 

「……グスッ」

 

 

 

そこまで思い出して、ロランは悲しくなる。

 

悲しくなって、また収まったと思っていた眼から熱いものが込み上げてきた。

 

そして、羨ましいと思った。ホワイトドール達は、死ぬことがない。その事が、ロランを悲しませた。

 

ロランは、直ぐにここから離れようと、考えた。

 

いつもは慰め、癒してくれていたこの光景が、今はただただロランの中にある矮小な羨望と嫉妬心を呼び起こしてくるからだ。

 

羨み嫉妬し、そしてそんな自分に嫌悪感を抱く。そんな負の感情と思考がロランを更に苦しめた。

 

もう、戻ろう。ここにいたら、苦しくて立ち直れない。

 

そう考えて、ロランは腰を持ち上げる。

 

だが、少し休んでいたもののまだ疲れが残っていたのか、ペダルを踏み外したときと同じように、足がもつれた。

 

 

 

「わ! わわ、わああぁぁ!!」

 

 

 

もつれ、バランスを崩して前の斜面に倒れ込み、柔らかい砂がロランを転がす。

 

大きな砂ぼこりをたてながらロランの体は重力場にしたがいながら斜面を転がり続ける。

 

ロランは何とか起き上がろうとするが、転がっていくうちにロランの目は渦を巻くように回ってゆき、平衡感覚を掴めずになすがままに転げ落ちる。

 

 

 

「わああぁぁぁ! と、へぶっ!?」

 

 

 

転げ転がり続け、傾斜が緩くなった砂地でロランは顔でブレーキをかけて止まった。

 

端正で張りのある褐色の肌のあちこちに擦り傷ができ、血がにじみ始める。

 

 

 

「いってて……。そうだった、ここの土柔らかいんだっけ……」

 

 

 

全身にまとわりついた土を手で払いその場から立ち上がると、すぐ目の前に件の繭が鎮座している。

 

どうやら座っていた頂きから繭の鎮座している所まで転がり続けたようだ。

 

頂きからここまで、かなりの高さと距離があるのだが、擦り傷程度ですんでよかったとロランは息をつく。

 

息をついて、ロランは気付いた。

 

自分の周りに何か、砂ぼこりとは違う虹色の粉末が飛び回っている。

 

 

 

「……? 何だろう、これ。キラキラしてて、きれいだけど……」

 

 

 

それはとても綺麗なものだった。

 

小さな粉末は七色に輝きながら、風に流されていく。

 

綺麗な粉末が風にのっていく様は美しく、それでいてとても懐かしい感じをロランは覚える。

 

まるで虹色の蝶々が羽ばたいて落ちたリンプンが、風に流され輝いているかのようで───

 

 

 

「……え? 蝶々の、リンプンだって!?」

 

 

 

───そこまで考えて、ロランはハッとする。虹色の、蝶々のリンプン、もしかしてその蝶々は……!

 

そして、再び繭の方を見る。

 

もう見たくないと思っていた繭を。

 

見ざるを得なかった。

 

なにかが確実に起こっているのだ、世界を揺るがしかねない何かが。

 

ロランは、見なくてはいけなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘……だろ」

 

 

 

繭から、ターンタイプが生まれてくるのを。

 

繭はその丸い自身の体から強烈な風を吐き出し、それにともない繭を包む虹色のナノスキンの粒子がが大量に吹き飛んでいく。

 

徐々に吐き出される風が強くなっていき、それだけナノスキンの粒子も多く飛ばされて行く。

 

やがて風はロランが立ち上がることが出来ない程吹き荒れ、粒子は目の前を覆い尽くす程大量に飛んでいく。

 

もはや粉末を乗せた風は虹色の奔流となり、ロランを包みこむ。目を開けることすら、出来ない。

 

もはや嵐と言っても過言ではなかった。

 

目を開けることも立つこともできず、ロランは腕で顔を庇いながらその場で倒れ伏して、自分の体を守る。

 

 

 

「なんで!? ホレスさんは、ターンタイプが目覚めるのは何百年と先のはずだって、言ってたのに!?」

 

 

 

ターンタイプは確かに化け物じみた性能の塊だ。

 

だが、ターンXもホワイトドールも先の戦いでお互い大破し、癒え難い傷を負っている。

 

誰かが手を加えたりしなければ、こんなに早く直るはずがない。

 

しかし、手を加えるもなにも、ターンタイプは誰も分からない未知の機能で出来ている。

 

そんなものに、手を加えるなどできるはずがない。

 

 

 

「! まさか、ターンタイプ同士が……!」

 

 

 

そこでロランは、一つの考えに至る。

 

もしも、ターンタイプ同士がお互いの傷を修復しあっていたとしたら。

 

決して有り得ない話ではない。

 

あのときホワイトドールとターンXは組み合いながら、ナノマシンが作る布に包まれていった。

 

その中で、ターンタイプ二機がお互いの機体を修復しあうことで治癒までの時間を短縮したとしてもおかしくない。

 

むしろそう考えると、何百年もかかるであろう機体の修復が数年にまで早まったことにも納得がいく。

 

 

 

(敵対していたホワイトドールとターンXが、お互いを直したのか……?)

 

 

 

自機を直すためとはいえ敵対していた機体とそんなことをするのだろうか、そう考えていたときだった。

 

 

 

「……あれ、風が止んでいってる?」

 

 

 

腕越しに感じていた風が、弱まってきていることが分かる。

 

恐る恐る目を開けると、あの虹色の奔流も嘘のようになりを潜め、虹色のナノマシンがまるで雪のようにハラハラと降っているだけだ。

 

ゆっくりと立ち上がり、背中に積もったナノマシンを払い落とす。

 

顔を庇っていた腕を下ろし、伏せてた目を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには、白い巨像(ホワイトドール)がそびえ立っていた。

 

宝石貝のように白く美しい頭、深い青を基調とした胴体、ハイヒールのように女性的でありながら機械的にかく張っている脚、そして猛々しいヒゲ。

 

その姿を忘れるはずがない。それは正しく、戦乱の歴史を黒く塗りつぶした張本人で、ムーンレィスと地球人の架け橋となった機械。

 

 

 

「ターン、A……」

 

 

 

∀ガンダム、原始回帰の象徴たるガンダムだった。

 

 

 

「……ターンエー。お前はどうして急に、目を覚ましたんだ……?」

 

 

 

いまだロランを見下ろすターンエーに、ロランは一人ごちる。なぜこうも早く、目を覚ます必要があったのか、ロランには理解しかねた。もう役目は全うしただろうに、なにがターンエーを動かしているのか。

 

いろいろと、ロランは考えなくて良いことを考えてしまう。ただやはり、考えたところで答えが出るわけでもなく、考えていく内にロランも頭が冷えていき、考えてもしょうがない事だと思うことにした。

 

 

 

「……! 待てよ、ターンXは! ターンXは何処だ!?」

 

 

 

冷静になったからだろう、ロランはそこに在るべきものが無いことに気付く。

 

繭から出てきたのは、ターンエーだけだった。ターンXはそこには居ない。

 

ターンエーと共に眠っていたはずのターンXは、既に何処へと消えてしまった。

 

中に二年近く閉じ込められたギンガナムが生きているとは思えない、となれば月のマウンテンサイクルでホワイトドールとターンXが会合したときのように、自動操縦で動いたのだろうか。

 

 

 

(まさか、ターンXは先に修復を終えて、既に繭から抜け出していたのか!? だとしても、いったい何処へ行ったんだ!?)

 

 

 

あの時ターンXが自動操縦でうごいたのは、ギンガナムいわくターンエーを打ち倒すためだと言っていた。

 

そのターンXが何故にターンエーの入った繭から離れたのか、そしてターンXが何故修復中のターンエーを攻撃しなかったのか、分からないことが多すぎる。

 

しかし、やるべき事は一つだ。

 

 

 

(ターンXを見つけないと! 黒歴史の機体が動いたと皆が知れば、また皆の闘争本能が甦り、黒歴史の発端になってしまうかもしれない! ターンXを、何としてでも……!)

 

 

 

黒歴史を二度と起こさないよう、ターンXを見つけて停止させなければならない。

 

ターンタイプは、その存在だけでも人々に闘争本能を呼び覚ます力がある。

 

その闘争本能が大きくなっていけば、また人類は戦争に明け暮れ、第二の黒歴史が始まってしまう。

 

止めなければ、そう考えていロランはターンエーと向き直る。

 

ターンエーならば、月のマウンテンサイクルのときと同様に、自然とターンXへと動き出すだろうからだ。

 

だが、向き直り、ロランは気付く。

 

 

 

 

 

 

「えっ……」

 

 

 

そして、言葉を失う。

 

ターンエーが、一人でに動き出していた。

 

 

「なぁ!?」

 

 

慌ててコックピットを見てみるが、そこには誰も乗っていない。

 

無人のターンエーは一人でに膝をついたかと思うと、腕をロランの方へ伸ばし掴まんとしてきている。

 

 

 

「どうしたターンエーッ!?」

 

 

 

白い巨躯に圧されその場から動くこともできず、ロランはターンエーの手のひらに包まれ、黒く無機質な手のひら以外何も見えなくなる。

 

そして、次の瞬間だった。

 

 

 

「こ、これは! ターンエーの、ナノマシン!?」

 

 

 

黒い手のひらからおびただしい量のナノマシンが放出され、ロランの体を包みこむ。

 

先程まで真っ黒だった目の前が、急に虹色の光に塗り潰され真っ白になる。

 

 

 

(しまった……! あの時のギンガナムと同じように、ナノマシンで僕を取り込んでいるのか!!)

 

 

 

僕が繭に近づいたことが引き金になって、ターンエーは僕を取り込もうとしているのかと、全身をナノマシンに巻き付かれ身動き一つできない状態で、ロランは考察する。

 

このままだとまずいということはロランにも分かっているが、どれだけ手足をばたつかせようと体をよじろうと、ナノマシンの束縛を解くことができない。

 

なぜターンエーが突然こんなことをしてきたのか、ロランには皆目見当がつかないし、分からない。

 

ただ、ナノマシンに全身が覆われ、自分が酸欠状態になりつつあることだけは、分かった。

 

 

 

(ダメだ、手持ちにナノマシンの膜を引き裂けるような刃物はないし、近くに誰か僕を助けてくれる人がいるとは、思えない。これは、とうとうダメかも、知れない……。)

 

 

 

徐々に徐々に自分の意識が薄らいでいくのを、自覚することができた。

 

声も出せない、ロクな思考も出来ない状態でロランの脳裏には、自分の大切な人達が精一杯生きている情景が浮かんだ。

 

 

 

 

 

パンを焼くことで戦ったムーンレィスの少年は、あの素直じゃないお婆さんに小言を言われながらも、自身のパートナーと最高のパンを焼いている。

 

 

 

地球人とムーンレィスの架け橋になろうと躍起になって写真を撮っていたムーンレィスの少女は、惚れ込んだ自身の夫と子どもをあやして、微笑んでいる。

 

 

 

自分の幼なじみ達は、月の王女に出会ったことを周りに自慢しながら、裕福とは言えない環境でもたくましく、そして生き生きと生活している。

 

 

 

かつては世間知らずのお嬢様だったかつての主は、ムーンレィスの王女としてムーンレィス達を導き、地球人とムーンレィスとの間の軋轢を無くそうと、多忙な日々を送っている。その傍らには、赤いメガネをかけた自身の思い人が立っている。

 

 

 

特攻娘と揶揄されたとても元気なもう一人のかつての主は、少しだけではあるが女性らしくおしとやかになり、しかしてハイム鉱山の運営を一人で担う強かな女性になった。

 

 

 

(もしかして、だけど。これが走馬灯って、奴なのかな……。)

 

 

 

ロランはふと、そう思う。

 

各々が自身の生活を目一杯に生きている姿は、とても喜ばしくて嬉しい光景だった。

 

どれも眩しいほど明るく、『生の歓び』というものを体現しているようだった。

 

だと言うのに、それは同時に残酷な光景だった。薄れる意識の中でもロランは涙を流し、唇を僅かに噛み締める。

 

 

 

(みんな……皆は、どうして)

 

 

 

そんなに幸せそうなのか、矮小な嫉妬にまみれたその思考は唐突に中断される。

 

その前に、ロランの意識は、途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、こんな時にどこのどいつだ」

 

 

 

明らかに苛立ったようにそう吐き捨てながら、一人の女性が学園の敷地を早足で歩いていた。

 

織斑千冬は、大層に機嫌が悪かった。

 

今は三月。『IS』を使う女子高生を次世代の『IS操縦者』として育成する学園である『IS学園』はちょっとばかり、いや、とても慌ただしくなっていた。

 

『IS』というパワードスーツは、現存するありとあらゆるどの兵器をも凌駕する性能を持っている代わりに、女性しか扱えないという欠陥を抱えていた。

 

しかしそのような欠陥を抱えていても尚『IS』は世間に強い影響を与え、軍事組織は一斉に解体され、女尊男卑という風潮が数年で形成されていた。

 

そのような、女性だけが『IS』を使えるのだから男性よりも優れているという思想が浸透したこの社会で、なんと男性でありながら『IS』を使える人物が現れた。

 

それが織斑千冬の【弟】である、織斑一夏であった。

 

私立高校であった『藍越学園』の入学試験を受けるはずが、間違えて『IS学園』に入ってしまい、半ば事故のような形で『IS』に触れ、しかも動かしてしまっていた。

 

なんとも間抜けな理由ではあるが、結局『IS』を動かしたところを見回りをしていた教師に見られ、一夜の内に『ISを動かした男性』と銘打たれてしまい、世界で知らない人は居ないであろう程の有名人になってしまった。

 

そして諸外国から「ISが使えるならば、『IS学園』に入学すべきだ!(その男の生体データを採取すれば、男でもISが操作できるようになるかもしれん……!)」だとか、「ISを唯一使えるということは誰かに狙われやすいということだ、身の安全のためにも入学した方がいい!(その男にうちのISを提供すれば、いい宣伝になるぞぉー!)」という声が強いため、渋々強制的に織斑一夏は『IS学園』に入学することになってしまった。

 

そのせいで学園全体は織斑一夏の入学手続きで慌ただしくなった上、しかも女尊男卑にそまった女性達に対する対応でその慌ただしさは更に加速していた。

 

しかし、織斑千冬が苛立っているのは、それらが理由ではない。

 

 

 

「こんな忙しい時に、わざわざ『IS学園』のセキュリティを突破して、敷地内に入ってくる馬鹿がいるか」

 

 

 

そう言いながら、織斑千冬は敷地内のとある場所へと歩を進めていた。

 

織斑千冬が苛立っている理由、それは誰とも分からない侵入者が世界最高峰レベルの『IS学園』セキュリティを突破して、かの学園の敷地を踏んでいることだった。

 

実は三分ほど前に、織斑千冬が職員室で机の上にたまった書類を次々に処理していると、急に学園のアラートが鳴り出したのだ。

 

曰く、学園の敷地内に突如として、小型の熱源反応が出現したらしい。

 

しかも学園のカメラ全部が急に機能停止してしまい、更には警護の人物達も、怪しい人物を通した覚えはないと言っている。

 

つまり、その熱源は学園のセキュリティを全て突破してポンと現れたそうだった。

 

 

 

「こんなことができる奴は……。まぁ、あいつだけだろうな……」

 

 

 

そして大事をとってISの操縦、剣術に長けた織斑千冬が今その熱源の正体を確認しにいってるのだが、織斑千冬にはその侵入者に心当たりがあった。

 

 

 

「束……。一夏が入学することになってこっちも忙しいのは分かっているだろうに、一体なんの用だ全く……」

 

 

 

篠ノ之束、それは織斑千冬の幼なじみであり、『IS』という『宇宙用スーツ』を生み出した張本人である。その持ち前の頭脳は天才とも天災とも言える程に規格外で、たった一人で世界全体を敵に回したとしても負ける事はない。

 

そして篠ノ之束は、天災とだけあって無邪気で、よくこの学園に幼なじみである織斑千冬に会いにちょくちょく訪れる。それも、学園のセキュリティをハッキングして完全停止させた上で。

 

そしてその篠ノ之束は現在、諸外国の重鎮達からその頭脳を買われているが、本人は誰かの下につくのはまっぴらだと言って何処とも分からない所で逃避行をしている。

 

つまり──

 

 

 

「今すぐここを通してください! ミス篠ノ之に会わせてもらいたい!」

 

 

「そうはいきません! ちゃんとした手続きをふんでから入ってください!」

 

 

「ええい! 日本人はこれだから!」

 

 

「はぁ……。耳の早いやつらだな、本当に」

 

 

 

学園に篠ノ之が来たと思わしい出来事があれば、学園の外で一般人に扮して張り込んでいた、諸外国から派遣された外交官がこのように学園へすっ飛んでくるのだ。

 

遠くから聞こえる警備員と外交官達の喧騒を尻目に、織斑千冬は熱源が報告された敷地の場所へと歩を進める。

 

そこは学園内でも珍しく、人工芝が敷き詰められたかなり広めの原っぱだった。

 

おそらくその原っぱを見れば折角敷き詰められた人工芝にクレーターを造るようにニンジンの造形をしたミサイルが落ちていて、駆け寄れば「やっほー! ちーちゃん元気ぃ?」なんてその場に相応しくない甘ったるい声で束は私に呼び掛けて、抱きつこうとしてくるのだろう。

 

取りあえず、出会い頭にゲンコツを束の脳天にかましてやろうと、織斑千冬は拳を固く握る。

 

ちなみに言っておくがこれははた迷惑な幼なじみに対する制裁ではなく、織斑千冬と篠ノ之束がコンタクトしたときに行われる一連の儀式みたいなもの、いわゆるテンプレートというものだ。

 

決してケンカ等ではない。

 

そうこうしてるうちに、織斑千冬は目的の原っぱに辿り着いていた。

 

そしてその原っぱの上で、誰かが寝転んでいるのが織斑千冬の目に写る。

 

そしてややしんどそうにかぶりを振りながら、その寝転んでいる人物へと近寄る。

 

勿論、ゲンコツをかますためだ。

 

 

「いつもいつもお前はどうしてそんなに人様に迷惑をかけるのが得意なんだ、たば……ね」

 

 

 

ゲンコツを降り下ろした手は途中で止まり、叱り飛ばそうとした言葉は静かに喉の奥へと飲み込まれていく。そして、固まる。

 

 

寝転んでいるのは、千冬の幼なじみの束ではなかった。

 

そこには、千冬の見知った顔ではない少女が涙を流しながら、寝息をたてていた。

 

想定していた人物では、なかった。

 

 

「……」

 

 

だが、千冬が固まったのは想定外の事態が起きたからではなかった。もっと別の、はっきり言って俗っぽい理由だった。

 

 

(なんて、綺麗な少女なんだ……)

 

 

その少女は、褐色の肌をしていた。

 

頬は若干赤く染まっておりとても健康的な印象を受ける。

 

体つきもとても良いもので、女性らしさはあまりないがとてもバランスが良く、見ていると美しい彫像を見たときと同じ感覚になる。

 

少女の銀色の髪は絹のように滑らかで柔らかく、原っぱに注ぐ太陽を銀色の髪はその身に受けた上で眩しく反射しており、純度の高いプラチナを思わせた。

 

そんな少女は原っぱに無防備にも体を投げ出していた。

 

仄かに潮の臭いが香る風が少女の髪と芝の葉を揺らす様は、まるで絵画を直接切り取ったかと思うほどに幻想的で、そして儚さを連想させた。

 

その儚さに、少女の流す涙が拍車をかけ、ここにいる少女は自分が見ている幻なのではないかと、千冬は思ってしまう。

 

とどのつまり、千冬は目の前の少女の美しさに見とれていたのだった。

 

千冬に同性愛の気は全くといって良いほどない。

 

だがそれでも、千冬は自分の職務を忘れ、しばしば投げ出された少女の肢体を眺めていた。

 

それほどまでに、目の前の少女は浮世離れした美しさだった。

 

 

 

「……いや、何をやっているんだ私は。」

 

 

 

しばらく眺め続けていく内に、千冬はだんだん頭が冷えていき、今の自分はちょっとばかしおかしいと省みることができた。

 

なんせテロリストや諸外国のスパイかもしれない目の前の侵入者にたいして、見とれているのだ。

 

客観的に見てもそうでなくても、十二分におかしいだろう。

 

だが、千冬には不思議と目の前の少女がそういった類いの人物ではないと思えた。

 

そのような類いの人物がこんなところでのんきに昼寝をしているわけがないというのもあるが、この少女の流す涙から、邪気を感じないからだった。

 

少女をひいきしているとも見られるが、千冬にはこの少女の美しさには外面だけのものではなく、彼女自身の心の清らかさにもよるものだと感じれたのだ。

 

と、そこで千冬は吹いてくる風の寒さを感じ、そういえば今は三月だと思い出す。

 

そんな冷たい風を受け続けてもなお、目の前の少女が起きる気配はない。

 

少しその少女の肩を揺すってやるが、それでも少女は気絶でもしているかのようにピクリとも動かない。

 

 

 

「……しかたない。ひとまず保健室のベッドで寝かせてやるか」

 

 

 

乱暴に起こすこともできたが、この少女に乱暴を働くのはどうしても憚られた。

 

仕方ないので、ひとまず保健室で寝かせておいて、目が覚めたら事情を聞くことにする。

 

このような冷たい風の原っぱの上で体をさらし続ければ、風邪をひいてしまうかもしれないからだ。

 

少女の体を担ぎ上げ、学園の保健室へと運んでいく。

 

教師陣に「熱源の正体はこいつだった」と伝えておき、なるべく優しくベッドに寝かせた後に所持品検査を行う。

 

サスペンダー付きのズボンからは見たことのない紙幣と硬貨が入った財布、そして“日本語”で書かれた車の免許証が入っていた。

 

 

 

「わかっていたが、拳銃や火薬のような危険物は無いな。他に何かあるか……」

 

 

 

今度は服の下に何か無いか千冬が調べようとすると、少女の頭の後ろにオパールのように虹色と青に光る何かを見つけた。

 

手に取ってみると、それが何であるかわかる。髪飾りだ、それも蝶々の。触ってみるととても硬質で、そしてひんやりと冷たい。

 

髪飾りを見る角度を変えると、蝶のキラキラと青っぽい虹色の羽が、角度ごとに羽の色が赤や緑に変化する。

 

とても凝った装飾をなされており、高い技術がなければ作れないような髪飾りだが、千冬はこのような装飾品を見たことがない。

 

千冬自体がそういった装飾品の類いに興味ないのもあるが、この髪飾りも今目の前で眠っている少女同様に、現実のものとは思えない程の輝きを携えており、そしてどの宝石よりも美しい印象を持ったのだ。

 

 

 

「ふむ、これだけあれば学園のデータベースから身元を割り出せるな。山田先生、これらを更に詳しく調べてもらえますか?この子の詳細を知るには、これで充分でしょう」

 

 

 

「あ、わ、わかりましたっ。織斑先生」

 

 

 

なんにせよ価値が高くそして珍しい物品だと考えた千冬は、少女が持っていたこれらの所持品で少女の身元と詳細を調べさせることにする。

 

千冬から受け取った物品を教師であり千冬の後輩である山田真耶は、専門の部署にそれらを預けて調べてもらうように伝えるため、保健室から急いで飛び出していった。

 

何も危険性はそこまで無いのだから急ぐ必要は無いのだが、山田という教師はそういう人物なので止めても無駄だろう。

 

 

「にしても……」

 

 

千冬はいまだ眠り続ける目の前の少女を見やる。

 

流していた涙は収まっていたが、涙が流れたあとが頬に残ってしまっている。

 

この子は何に対して涙を流していたのだろう?そんな事を千冬は考え、少女が目覚めるのを椅子に腰掛けてしばらくの間待つことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

閉じていたまぶたから光を感じ、ロランは目覚める。

 

 

「……? ここ、は……」

 

 

起きた場所はロランがいた、アメリアのマウンテンサイクルとは違う、何処か知らない屋内の一室だった。

 

清潔感に溢れた全体的に白い部屋に置かれたベッドに、今自分の体は横たわっているようだ。

 

 

「目が覚めたか」

 

 

体にかけられていたブランケットをのけベッドから体を起こすと、椅子に腰掛けていた目付きの険しい女性がロランに話し掛ける。

 

マウンテンサイクルで気を失ったかと思えば、急に知らない場所で目覚めたためロランは状況をのみ込めず少しばかり混乱したが、おそらくこの女性が僕をターンエーのナノマシンから助け出し此処まで運んでくれたのだろうと考える。

 

 

 

「僕、どのくらい眠っていました……?」

 

 

「だいたい六時間程だったか、それぐらいだ」

 

 

「あ、その……。ありがとう、ございました。助けていただいて」

 

 

 

少々混乱した頭で、目の前の目付きが険しい女性に「ありがとう」と感謝の念を伝える。

 

 

 

「その話は、今は良い」

 

 

 

女性は首を振って、感謝する必要はないというより「君に聞きたい話があるからその件は後にしてくれ」といったニュアンスで、ロランの感謝の念を受け取ろうとしない。

 

 

 

「私の名前は、織斑千冬。君の名前は」

 

 

 

女性が自分の名前を明かし、ロランに名前を言うように迫る。相変わらず目付きは険しく、会話の節々が所々尖っており、会話というより尋問に近い印象を感じる。

 

 

 

「は、はい。申し遅れてすみません。僕の名前はロラン・セアックといいます。イングレッサ・ミリシャに一時期所属していて、『MS(モビルスーツ)』ターンエーのパイロットでした」

 

 

 

あくまでこれらは過去形の話で、現在の話ではない。しかし、自分の事を説明するにはミリシャに所属していて、あのホワイトドールのパイロットだと伝えた方が早いだろうとロランは判断し、伝える。

 

「ホワイトドールのパイロットはムーンレィスである」と銘打たれた新聞は、アメリア大陸に止まらず地球上の有りとあらゆる都市部で配られており、『ロラン』という名前を知らないものは居ない程だ。

 

ホワイトドールに乗っていた『ロラン』と知れば目の前の女性も、「あぁ、あの『ロラン』か」と自分の名前を思い出してくれるだろうと考えていた。

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

しかし目の前の女性は思いだした素振りを見せず、むしろ先程よりもその目付きを険しくさせ、顔を伏せる。

 

少しだけ、ではあったがロランは女性の険しい目から、困惑の色を感じ取れた。

 

何がおかしいのかは分からないが、目の前の女性がロランの受け答えに対して困惑しているのは分かる。

 

 

 

「ロラン『君』。君はイングレッサのビシニティで、ハイム家の専属運転手をしているな」

 

 

「あ、はい。といっても昔の話で、今はやめちゃったんですけど。……よく、ご存じですね?」

 

 

「所持品検査で財布の中身を調べさせてもらった。その時の免許証で知ったんだ」

 

 

「そ、そうなんですか? 見られて困るものはないので、僕は別に構いませんけど……」

 

 

「……そうか」

 

 

 

何を話しても織斑千冬という女性は淡白な反応しかせず、ただひたすらにロランにたいして尋問まがいの問答を繰り返すその態度に、ロランは居心地の悪さを感じ、たじろいだ。

 

 

 

「あ、あの、織斑千冬さん、でしたよね? 先程から、僕の事について聞いていますけど、僕がどうかしましたか……?」

 

 

「……居心地の悪い空気を作ってしまったのは、すまないな。だがこちらも、君から話を聞く必要があるからな」

 

 

 

事情を聞こうとするも、千冬は淡々と本質を答えることの無いような返答をするだけで、話の全貌が全くといっていい程見えない。

 

千冬の目はますます険しくそれでいて鋭くなり、強制力の持った眼力を前にロランは口答えさえすることができない。

 

 

 

「君はどうしてあそこにいたんだ? 何か目的があって、あそこに来たのか?」

 

 

「えっと、たまにですけど僕は夜になったら、あそこで繭を見に来るんです。ターンタイプ達が眠る繭に」

 

 

「繭?」

 

 

 

千冬の眉が一瞬だけつり上がり、そしてすぐにもとに戻る。

 

 

 

「それで、暫く眺めていたら繭からターンエーが出てきたんです。それでターンエーは一人でに動き出して、僕を捕まえにきて、それで気を失っていたんです。しかも、ターンXは既にその繭から居なくなっていて……」

 

 

「成る程、ターンエーとターンXがその繭から出てきて、ターンエーが君を拘束したのか。それで気を失っていたと」

 

 

「あ、あの、やけに落ち着いてらっしゃるんですね……? ターンタイプが二機とも出てきたと知ったら、多少は驚かれると思ったのですが……」

 

 

「……ふむ」

 

 

 

ロランの疑問には答えず千冬は腕を組んで、考え事をしているかのように動きを止める。

 

急に考え込んだ千冬の意図を今一理解できず、ロランは困惑する。

 

 

 

「……そうか、わかった」

 

 

 

千冬は黙り込んでいたかと思えば、急に独り言を呟き椅子から立ち上がる。

 

もう、ロランには何が何だかわからない。自分にたいして警戒しているのは分かるが、何故警戒しているのか警戒している上で何をしようとしているのか分からない。

 

 

 

「あの! どうしてそんなに僕の事を聞いてくるんですか? 何か、聞く必要があるんですか? 僕が答えられることなら幾らでも答えます。だから、そこまで貴女が僕について聞いてくる事情を説明してください」

 

 

 

たまらずロランは千冬に問いかける。ここまま雰囲気に流されていては、何も判らないと思ったからだ。

 

 

 

「……そうだな。私もまどろっこしいのは嫌いな質だ。変に取り繕わず、率直に言うべきだったな」

 

 

 

すると千冬は、先程まで核心をひた隠しにしていた姿勢からは考えられないほど、あっさりと「本質について話す」と言ってくる。

 

 

 

「まず、この部屋には監視カメラと録音機が設置されている。そして、録音機で記録された会話データを、先程から別室の機械類管制室に転送し、会話から出ている『単語』を抜き取り、検索している」

 

 

「な! そんな事をしていたんですかぁ!?」

 

 

 

聞かされたのは、監視カメラや録音機を使って、ロランの言動を逐一記録しているというものだった。

 

そこまでしなければいけないほど、自分が不味いことをしたのか、それともターンXが動いたのは、ムーンレィスである自分の仕業では無いかと疑われているのか。

 

だが間違っても、ロランがターンXを動かすはずがない。

 

 

 

「僕はターンXを動かした訳じゃないんです! 僕はただ、あの山で繭を見ていただけで……!」

 

 

「まぁ、話は最後まで聞け」

 

 

 

焦ったロランはそう自己弁護したが、予想に反して千冬は自分がターンXを動かしたことを疑っている訳ではなかった。

 

それ以外に僕に何の用なのか、まさかターンエーに何かあったのか、ロランは気が気でなくなる。

 

 

 

「先程言った通り、君と私との会話は別室にデータとして送られ、会話の端々に出てくる『単語』、例えばさっき言っていた『MS』や『イングレッサ』『ターンタイプ』のようなものだ。これを学園のデータベースで検索していた。君の身元を調べるためにな。だが……」

 

 

「だが、どうしたんですか?」

 

 

「ヒットしなかった」

 

 

「え?」

 

 

「どの単語も、ヒットしなかった。世界中の情報が記録されてるここ『IS学園』のデータベースに、()()()()()()()()()んだよ。実際私も、『MS』に『ターンエー』、『ターンタイプ』に『イングレッサ・ミリシャ』なんて言葉をはじめて聞いた。『イングレッサ』なんて地名、どの地図にも載っていない。このイヤホンマイクで別室の教師と連絡しあっていたから、検索漏れということもないだろう。」

 

 

 

食いぎみに反応したロランに、千冬は耳につけていた機器を目の前で取り外してみせ、そう告げる。

 

ロランは、息を飲んだ。

 

自分が二年間を過ごした第二の故郷は地図から消え、地球の歴史を揺るがした存在が無かったことになっているという事実は、ロランの心中を大いに揺さぶる。

 

 

 

「しかも、君はターンエーに拘束されたと言っていたが、私が見たのはこの学園の原っぱで君だけが寝転んでいた姿だ。しかも唐突に、まるで瞬間移動でもしたかのように、君はこの学園に現れた。その上、この免許証から君の身元を調べようとしたら、そもそも『ロラン・セアック』という名前で登録されている免許記録が無かった」

 

 

 

その上、これだ。ターンエーに捕まえられていたはずなのに、ロランは一人でマウンテンサイクルとは別のところで眠っていたと言われる。

 

しかも、自慢ではないがロランという名前はよくも悪くも、かなり名が知れているはずだというのに、免許記録にロランという名前が無いとまで言う。

 

冗談はやめてください、そうロランは言おうとするが、千冬の目を見て何も言えなくなる。その目は真剣で、尚且つこの現状に困惑しているものだった。

 

 

 

「ぼ、僕は嘘なんかついてませんよ!? 本当に、ターンエーに捕まえられて、それで気を失っちゃったんです!」

 

 

「あぁ、分かっている。私も伊達にこの『IS学園』の教師をしている訳じゃない。君が嘘をついてないことくらい、分かっている。君の目を見れば、嘘をついてるかついてないか分かるからな」

 

 

 

ロランは嘘をついていないということは、千冬にはわかっていた。そして、分かっていたからこそ困惑しているのだった。

 

 

 

「……そして、これを見てくれ」

 

 

「これは、髪飾りですか?」

 

 

「これは、君が持っていたものだ」

 

 

 

そう言われても、ロランには心当たりがない。ロランは中性的で端正な顔をしているが、間違っても女ではない、髪飾りというものは普通女性がつけるものだ。

 

それを僕が持っていたとはどういう事だ、ロランは考えてみるが答えは出ない。

 

 

 

「私が髪飾りを見つけたとき、君は女の子だと思っていた。だが、証明書に君が男だと書いてあるのを見て、おかしいと思ったんだ。何故、男がそんなものを持っているのかと、な」

 

 

「……そんなに男らしく無いですかね、僕? でも確かに、変ですよね。僕も初めてそれを見ましたし」

 

 

「そこで、更にこの髪飾りを詳しく調べることにした。この髪飾りが一体何なのか知るために。そして、分かった事がある」

 

 

「分かったこと……ですか?」

 

 

「この髪飾りは、ただの髪飾りではない。『IS』だ。待機状態の、な」

 

 

「『IS』……?」

 

 

 

『IS』、ロランにとって聞いたこともない単語だ。

 

それは先程千冬の言っていたロランたちが今居る場所、『IS学園』とも何か関係があるのか?

 

しかしいずれにせよ、ロランには『IS』なる髪飾りを持っていた覚えはない。そもそも『IS』なんて言葉を知らなかったのだから、当然だ。

 

 

 

「知らないか……。まぁ、そうだろうと思ってはいた。付いてきてくれ」

 

 

 

千冬はそう言い部屋の扉の隣に立ち、ロランに付いてくるよう促す。

 

 

 

「付いてこいって、どこへ?」

 

 

「その『IS』について、調べるんだよ。その為の場所だ」

 

 

 

千冬に促されるまま、ロランはベッドから立ち上がり、見知らぬ学園内を歩きながら付いていく。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「ここだ」

 

 

 

連れてこられた先は、ドームのような建物だった。

 

ドームはとても大きくまるで、何かのスポーツの観戦場のようだ。そのドームの中心に千冬とロラン、そして先程現れた山田真耶なる女性の三人が、ロランを囲むように集まっていた。

 

 

 

「早速だが、『IS』を起動してくれ。この髪飾りを握りながら、「全身で着ける」イメージをすれば、恐らく立ち上がるだろう」

 

 

「お、織斑先生? もしかしてこの子も……?」

 

 

「……動かせる、と私は考えています」

 

 

「……?」

 

 

 

動かせるだの動かせないだのといった話を千冬達は交わしているが、何が動かせるのかどうかロランにはさっぱりだった。

 

しかも、髪飾りを「全身で着ける」とはいったいなんなのであろうか。

 

パソコンを「起動する」とイメージして起動するならまだしも、「着る」とイメージして起動するとは、どう言うことなのか。

 

 

 

(……考えても、仕方ないのか。今はとにかく『IS』とやらを起動しよう。考えるのはそれからだ)

 

 

 

変に考えるよりも、ロランは『IS』を起動することにする。

 

 

 

「山田先生、この『IS』からの反応は?」

 

 

「依然、こちらからのアクセスを拒絶しています」

 

 

「そうか。ロラン早速だが、頼んだぞ」

 

 

「は、はい! 分かりました」

 

 

 

そう言って、ロランは目をつぶり髪飾りを両手で包み込んで、千冬に言われたように「着る」ようにイメージする。

 

この髪飾りの蝶の羽が大きくなり、まるでベールのように自分を包み込むイメージをしながら、「着よう」とする。

 

その時だった。

 

 

 

閉じている目の裏に、虹色の蝶が見えた。

 

 

七色に移ろう光を放つ羽に黄金の触覚、そして肌色の胴体。

 

 

その蝶は羽を羽ばたかせ、ゆっくりとロランに近づいてくる。

 

 

近づくとその蝶は蝶ではなく、人間の姿をしていることに気づき───

 

 

 

 

「……!織斑先生!沈黙を続けていたISが、起動しました!」

 

 

 

 

───その蝶は羽を羽ばたかせた。

 

掌に包まれた髪飾りから大量のリンプン(ナノマシン)が放出され、今いるこのドームの全てに充満する。

 

そしてそれと同様に、このドームの中で台風や嵐以上の暴風が吹き起こる。そしてその暴風の中心にいるロランは虹色のリンプンの奔流に包まれ、姿が見えなくなっていた。

 

目を凝らして見ようにも、暴風も相まって手元のものしかよく見えなくなっていた。

 

 

 

「くっ!? 何だこれは! ISを起動しただけで、こんなことが起きるのか!?」

 

 

「た、大変です織斑先生!! ドームのシールドエネルギーと学園全体の電力が、急速に減少していってます!!」

 

 

「何っ!?」

 

 

「っ!? そ、それだけじゃありません!! ISからコンピューターに膨大な情報が流れ込んだせいで、情報バンクを圧迫されて学園全体の機械系統がま、ま、麻痺しちゃいました!!」

 

 

 

その言葉と共に千冬にコンピューターの画面を見せる。

 

そして、絶句する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀

 

 

 

コンピューターはバグを起こし、狂ったかのように画面にひたすら(error)を映し出す。正体不明のISが吐き出す影響は学園のみならず、既に手持ちのコンピューターにまで侵食し始めていたのだ。

 

 

 

「くそっ! ロランは大丈夫なのか!! ロラン!!」

 

 

 

呼び掛けるも返事がない。そもそも暴風の風の音も相まって、なにも聞こえなくなっていた。

 

やがて三人が今いるドームは明かりが点滅し、消えていく。停電になっているのだ。今は見えないが、学校側でも同じように停電が起きてるであろうことは、想像に難くなかった。

 

そして停電すると同時に、暴風も止み始める。

 

ひっきりなしに飛んでいたリンプン(ナノマシン)はやがてドームの中心に集まり始め、形を形成し始める。

 

虹色のモザイクは時間をかけながら、不定形な全身を何度も変化させてゆく。

 

 

         そして、そこに居たのは。

 

 

 

「なんで……」

 

 

        モザイクを纏っていたのは。

 

 

「なんでなんだ……」

 

 

 

            他でもない、男の。

 

 

 

 

「なんでターンエーが、宇宙服みたいになっているんだ!?」

 

 

 

 

(アイエス)を身に纏った、ロラン・セアックだった。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

僕は突然訪れてしまったISの世界に戸惑っていた。

前の僕の世界とは、何から何まで違うからだ。

千冬達から聞いた、女尊男卑という考えが蔓延しているこの世界に僅かな憤りを感じ、そして僕はある決断を下す。

僕はこの世界で、どうなってしまうのだろう……?


次回  IS─∀turns
    『ローラの新学期』
    風は僕らの始まりを告げる──。


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第二話「ローラの新学期」

僕は、とても悲しいことがあって、ターンタイプ達が眠る繭を見に行ったら、そこで目覚めたターンエーに捕まって気を失った。

目が覚めるとそこは僕の知らない世界で、しかもターンエーは宇宙服みたいに小さくなっていた!

僕はこの先、どうなってしまうのかと、不安になるのだった。



「……はぁ」

 

 

 

織斑一夏は、げんなりとした面持ちでIS学園の一年一組の机についていた。

 

IS学園はISの『女性しか扱えない』という特異性もあって、生徒はほぼ全て女性だ。

 

しかし、何事にも例外というものはある。この織斑一夏が、その最たる例だろう。

 

このIS学園に入学する最低条件として、まずISを操作できなければならない。当然だ、なにせこの学園はIS操縦者を育て上げる学校なのだから、操縦すらできなければ話にならない。

 

だが逆にいえば、それさえクリアしたらこの学園に入ることができるのだ。

 

そしてこの織斑一夏こそ、男性でありながらISを動かすことの出来る、世界で最初の男性IS搭乗者なのだ。

 

 

 

「……ぐぐ」

 

 

 

だが、織斑一夏はそんな自分の境遇を喜ぶことは出来なかった。

 

なにせ、今日のIS学園の始業式の日まで軟禁状態の生活を強いられていたかと思うと、今度は生徒達が全員女子のIS学園に無理やり入学させられ肩身が狭い思いをしなければならないのだ。

 

無論、彼はそれが他でもない自分を守るための措置だということも、自分は今特殊な状況におかれていることも理解していた。

 

だが、理性で分かっていても不愉快さはぬぐえないもので、先程から一夏の額に大量の脂汗が滲み、足は勝手に貧乏揺すりしだす始末だ。

 

 

 

「くそっ……」

 

 

 

不満ばかりが募り、無性に一夏は過去の自分を殴りたい衝動に駆られる。

 

三月に藍越学園の受験会場に向かうときに藍越学園までの地図を無くさなければ、

 

藍越学園を『IS学園』と聞き間違える老人に行き先をたずねなければ、

 

そして『IS学園』で受験会場の場所を探してうっかりISに触らなかったら、

 

こんなことにはならなかったのに。

 

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 

すこし離れた席に座る、六年ぶりに再会した幼馴染みの少女にすがるような視線を送るが、先程からずっと一夏と目が合わないように不機嫌そうに顔を背け続けていた。

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

溜まりにたまった不満を和らげようと、もう一度溜め息をつく。

 

正直なところ、周りが女子生徒だけで居心地が悪いだけならまだ良かった。周囲の女子生徒から好奇の視線を向けられる程度ならば、その視線を無視すれば多少は気が楽になるからだ。

 

でも、この状況は違った。

 

向けられる好奇の視線に、悪意なき侮蔑や嘲笑の念が多からずとも混じっているのだ。

 

それもこれも、ISが作られるにあたって出現した、女尊男卑の社会的風潮によるものだった。

 

女性は男性よりも優れているというその風潮は、いまや当たり前のものとなってしまった。

 

だからだろう、周りの女子生徒達が侮蔑や嘲笑の念を抱いていても、そこには悪意がない。男性が弱いのは、彼女ら女性にとって当たり前だからだ。

 

そんな居心地の悪いなんてものじゃない教室に、ガラッと前の扉が開く音がした。

 

 

 

「あ、どうやら全員揃っているみたいですね。じゃあ、ホームルームの時間には早いですけど、始めましょうか」

 

 

 

音の鳴った元を見ると、緑髪で幼い顔をした女性が扉を開けて、クラス全体にショートホームルーム開始の旨を告げる。

 

 

 

「じゃあ、自己紹介させてもらいますね。私の名前は山田真耶と言います。この一組の副担任を任されています、これから一年よろしくお願いしますね」

 

 

 

教卓に立ち後ろの黒板に「山田真耶」と書いて、まず女性は自分の自己紹介を済ませる。

 

しかし、教室全体が異様な緊張感に包まれているためか、クラスの女子生徒達はその自己紹介になんの反応も示さない。

 

 

 

 

「あ、あれぇ?」

 

 

 

自己紹介をしたものの思っていたより反応が薄い、いや反応が無かったので真耶は困惑し、次第に涙目になる。

 

見た感じ、クラス全員にナメられてると誤解しているようだと一夏は当たりをつけ、間接的とは言え涙目にしてしまってすまないと心の中で謝る。

 

 

 

「じ、じゃあ今度は皆さんの自己紹介をお願いします、出席番号順で、最初はア行の人達から、で……」

 

 

 

 

居たたまれなくなったのか、じょじょに声量がしぼんでいってしまいながらも、話題を変えるかのように自己紹介を促す。言い切った真耶先生は、からだ全体が哀愁を放ち、もう見てるこっちが居たたまれなくなってくる。

 

そんな先生の哀愁の姿もさておき、クラスの自己紹介が始まった。

 

どの子も女の子らしい趣味や嗜好を言っていく為、どんどん一夏の覚える疎外感が強くなっていく。

 

しかし、出席番号順で自己紹介が始まった以上、織斑一夏つまり「ア行」の一夏の順番は近く、そしてついに一夏の番になる。

 

ゆっくりと自分の席から立ち、教卓の前まで歩いてクラス全体を見渡す。

 

 

 

「えっと、織斑一夏、です。趣味はその、ゲームだったり、です」

 

 

 

緊張に引っ張られてうっかり自己紹介を噛まないように、たどたどしくもゆっくり喋る。そして一通り言い終わるが、どことなくクラスの女子達や隣に立つ先生は不服そうにいまだこちらに目を向ける。

 

ようは「他にもっと何かないの?」と、この人達は言ってるのだ。

 

しかし、クラスの中で男が一人だけというだけでも目立っているのに、これ以上何か言って目立つようなマネはしたくない。

 

 

 

 

「……これから一年、よろしくお願いします」

 

 

 

ので、一夏は無難に自己紹介を締める。女子生徒達から不満そうに見つめられるが、緊張している一夏にとってはこれで精一杯の挨拶なのだ。これ以上は、できれば言いたくない。

 

そんな当たり障りのない自己紹介を一夏が終えると、今度は教室の後ろの扉が開く。

 

そしてその扉を開けた人物を見て、一夏は大いに驚いた。

 

 

 

「千冬姉!? どうしてここに……」

 

 

 

それも仕方ないだろう、職業不詳で月に一度か二度家に帰るかどうかの実の姉が、スーツを着こんでこの学園のしかも弟の教室にいるのだから。

 

と、そこで千冬は一夏にツカツカとヒールを鳴らしながら近づくと、手にもっていた出席簿で一夏の頭を叩く。

 

 

 

「あ痛っ!」

 

 

「ここでは、織斑先生と言え。今は姉弟という立場ではなく、教師と生徒だ。分かったな」

 

 

 

スパンッ! と大きな音を立てて弟の頭を叩いた千冬は、一夏にそう言って場をわきまえろと注意する。

 

そこで一夏は先程、山田先生が自己紹介の時に副担任だといっていたのを思い出した。

 

そして先程の千冬からの注意を元に考えるともしや──

 

 

 

「もしかして、千冬姉は『IS学園』の教し、あ痛!」

 

 

「そうだ、だからここでは織斑先生だ馬鹿者」

 

 

 

また千冬姉と言ってしまった為叩かれるが、やはり千冬は『IS学園』の教師、しかも状況からするにこの一組の担任のようだった。

 

職業不詳にしていたのは、恐らく『IS学園』という特殊な環境に身を置くにあたって、『IS委員会』から身内に対してもその身分を喋ってはいけないとされていたのだろう。

 

職業不詳とはそう言うことだったのかと納得する一夏のまわりで、その姉弟の会話を聞いていたクラスメイト達が突然ざわめき出す。

 

 

 

「嘘!? 一夏君って千冬様の弟さんだったんだ!」

 

 

「一夏君羨ましいよぉ! さすが千冬さんの弟ォ!!」

 

 

「いいなぁ、私も千冬様の妹に生まれたかったぁ。もう叶わないケド」

 

 

「なに言ってんの! 一夏君と結婚すれば、今からでも義妹になれるわ!」

 

 

「「「「お前天才か!!?」」」

 

 

 

 

次々に千冬に対する黄色い声がそこらじゅうから上がり、小さな騒ぎがあっという間にクラス全体の千冬へのラブコールへと変わる。

 

それに対して千冬は大きく溜め息を吐き、眉間にシワを寄せて不快そうにしてみせる。

 

だが、人気なのも仕方ないだろう。千冬はかつてのIS元日本代表で、戦歴は全戦無敗という伝説的な記録を持った、人類最強のIS操縦者と言われているのだ。

 

ISに乗る少女達からすれば、千冬はまさにレジェンドと言っていい存在なのだから。まぁ、身内の一夏にとっては今一つ理解しがたいことではあるのだが。

 

 

 

「山田先生、少しショートホームルームが早いようですが、どうかされました?」

 

 

「はい、その、織斑先生が会議に出席されていたので、自己紹介だけでも済ませておいた方が良いかなと思いまして。でも会議も早く終わったようですし、余計でしたかね?」

 

 

「いえ、心遣い感謝します。それと、『準備』ももう済ませました。今は扉の前で待機させています」

 

 

「そうなんですか? じゃあ待たせるのも可哀想ですし、『彼』……じゃなくて『彼女』を早速紹介させてもいいですか?」

 

 

「……えぇ構いませんよ」

 

 

 

千冬と真耶が教師二人でしばらく何か話し合い、暫くして千冬が教卓の前に立ち、生徒全員に向けて話す。

 

 

 

「さて、唐突だがこのクラスに女子の転入生が入ることになった。所属している企業の関係で、この四月から急遽このIS学園に転入することが決まったそうだ」

 

 

 

その言葉にクラスがざわつく。

 

この四月、しかも新学期の始まる日に転入生など、漫画かアニメかライトノベルぐらいのものだろう。

 

現実離れしたそのイベントに、クラス全体が沸き立つ。

 

ただ、一夏にとっては「また女子が増えるのか」と機嫌を更に悪くさせるイベントになるのだが。

 

 

 

「それじゃあ、早速入ってもらおう。『ローラ』入れ」

 

 

「はい」

 

 

 

千冬の呼び掛けに対し、扉の向こうにいる転入生が返事をし、扉を開ける。

 

 

 

そして、教室は静まり返る。

 

 

転入生は、言葉では十全に言い表せない程の美貌を有していた。

 

褐色の肌をしたその転入生は、女性物のIS学園の制服に身を包んだ姿で現れた。

 

誰もが口を開けたまま、その転入生に目を釘付けにされていた。

 

そんな静まり返った教室をいぶかしむ素振りをみせながらも、転入生は教卓の前まで歩き、そしてクラスメイトに正面を見せる。

 

正面を見て、クラスメイト達はその転入生の美しさを更に思い知ることになった。

 

転入生の髪はプラチナを思わせるほど艶のある銀髪で、後ろ髪を結って片目を隠した髪形をしており、片目を隠していることで神秘性が増し、後ろ髪を結っていることで露出した首筋から、快活さと僅かな妖艶さが放たれている。

 

さらに後ろ髪を結っている蝶の髪飾りが七色に輝き、首筋の艶かしさをさらに際立たせている。

 

しかも体のありとあらゆる細部に至るまでその美しさはまんべんなく、体型もその碧眼も唇も指も、女性にとって羨望の的になるほど端正であった。

 

その姿にもはや嫉妬することなど忘れて、女子生徒達は息を止めてじっと転入生の隅々を見る。

 

というより、嫉妬できないのだ。目の前の転入生の美しさの前では、嫉妬しようがしまいがその美しさは揺らぐことがなく、そして嫉妬心を抱くこと自体がおこがましいと思えるほど美しいからだ。

 

 

 

「皆さん、初めまして。私は『ローラ・ローラ』と申します。企業の関係でこのIS学園に転入し、皆さんと勉学を共にすることになりました。どうかこの一年間、皆さまと一緒に楽しく学園生活を送れたらと思います。よろしくお願いします」

 

 

 

転入生は自己紹介を済ませ、最後に少し大勢の前で話すのが恥ずかしかったのか頬をほんのり紅潮させ、和やかにはにかむ。

 

教卓の前で挨拶をし、お辞儀をする一連の所作と言葉全てが気品に満ちており、クラス全体がのまれかける。

 

不機嫌になりかけていた一夏も、クラスメイト達と同様に息を飲んで、転入生のローラをじっと見つめていた。

 

 

 

「さて、ローラの席だが……。ん? 席が一つ足りないな」

 

 

 

確かによく見ると席が一つだけ足りず、ローラの座る場所がない。

 

 

 

「あ、本当ですね。転入が急に決まったので、準備の際にローラさんの情報がうまく回ってなかったのでしょうか」

 

 

「かも知れないな。しかたない、今から椅子を用意すると時間がないし、ローラには欠席者の席を使って貰おう。それでいいか? ローラ」

 

 

「はい、私はそれで構いませんよ」

 

 

 

そう言って、千冬に微笑みながら頷く。

 

 

 

「すまんな、助かる。それじゃあ丁度良い、織斑一夏の隣に座ってもらえるか?」

 

 

「はい」

 

 

 

千冬の言葉に従い、ローラはいまだに硬直している一夏の隣の席まで歩き、椅子を引いてゆったりとした動作で座る。

 

 

 

「お隣、失礼しますね。一夏さん」

 

 

「あ、あぁ。よろしく、ローラ……さん」

 

 

 

座ると同時にローラから話しかけられ、一夏は挙動不審になりながらも、挨拶を交わす。

 

しかし緊張していたからか、普段は初対面でも同年代ならば名前呼びで敬称をつけないくらいフレンドリーなはずの一夏は、敬称をつけてしまう。

 

そんな挙動不審な一夏を見て可笑しかったのか、ローラはクスクスと笑ってみせた。

 

 

 

「私たちは同年代なんですから、よそよそしくしなくて構いませんよ。ローラと気軽に言ってくださいね」

 

 

「あぁ。……分かったよ、ローラ。ローラも俺を呼ぶときは、一夏で良いからな」

 

 

「はい。フフフッ、よろしくお願いしますね、一夏」

 

 

 

緊張していた一夏だったが、ローラと話していくうちに、その緊張も抜けていつも通りフレンドリーに話すことができた。

 

というのも、ローラからは周りの女子達のような侮蔑や嘲笑の念が感じとれず、純粋な「仲良くしたい」という思いが伝わってくるからだった。

 

女子が加わるというから落ち込んでいた一夏の気分も、思っていた以上に転入生が優しく、それでいて仲良くしてくれようとしていたので、幾分か良くなった。

 

 

 

「さて、転入生からは以上だ。それじゃあ自己紹介の続きをしてくれ。それが終わったらショートホームルームは終わりだ」

 

 

 

暫く呆け続けたクラスメイト達も、千冬の言葉を聞いて我に返り、再びクラスメイト達の自己紹介が再開される。

 

クラスメイト達が自己紹介をしていくなか、隣が優しそうな転入生でよかった、そう思いながら一夏はローラの方を見る。

 

ローラは自己紹介を終える女子生徒達に拍手を送りながら、楽しそうに女子生徒達の趣味や嗜好を聞いていく。

 

 

 

(あれ?)

 

 

 

見ていて、ふと一夏はローラに対して違和感を覚えた。

 

優しいはずの彼女が、何かに強いられているかのような、そして何かを隠しているかのようなそんな気がしたのだ。

 

そして──

 

 

 

(……いや、気のせいだろ)

 

 

 

そして、一夏は考えるのを止めて、ローラと同様に女子生徒達の自己紹介に耳を傾ける事にした。自分の考えが明らかにおかしいと思ったからだ。

 

それもそうだろう。

 

 

 

こんな麗しい子が、まるで男みたいだなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ISを起動し、周囲に多大な被害を出したあのあと、ロランと千冬達はお互いの知っている世界について話し合っていた。

 

ロランはムーンレィスと地球人、ターンタイプと黒歴史について話し、千冬はISと『白騎士事件』、女尊男卑と篠ノ之束について話した。

 

そして、二人の知っている世界は明らかに違うことが分かった。

 

 

 

「これは、どういう事なんでしょうか……」

 

 

「私にも分からない。ターンタイプが歴史を塗り潰したなんて話も、月には宇宙人がいるなんてことも今はじめて知った」

 

 

「僕も、女尊男卑だったり『白騎士事件』だったり、知らない事ばかりです」

 

 

 

二人してこの奇っ怪な現状の正体が何なのか、どういう事かと思考するが、答えは出てこない。これは人智を越えた現象ということぐらいしか、分からない。

 

 

 

「あ、あの……」

 

 

 

そこで、今まで口を閉ざしていた真耶が声をあげる。

 

 

 

「自分でも馬鹿らしいとも、夢見がちだとも、あり得ないとも思えます。でも、状況からしてこれは、異世界からロラン君が迷いこんだとしか考えられ、ないですか……?」

 

 

 

その言葉に、ロランと千冬の二人は口を閉ざすしかなかった。

 

メルヘンや夢物語を言っている訳じゃない、真耶の言ったこの仮説は立派な可能性だった。

 

だが、だとしたら。

 

これからその迷いこんだロランはどうすればいいのか、帰るためにはどうしたらいいのか、三人には皆目見当がつかず黙り混む。

 

暫く沈黙が続いた後、千冬はその沈黙を破るように喋り始める。

 

 

 

「取り敢えず、ロラン君。君がどんな行動を起こすにしろ、住むところや食べる物、着るものが必要になってくるだろう」

 

 

「はい、確かにそうですね」

 

 

「だが、いまの君はこの世界では身分不詳の身の上だ。働き口も無ければ、住むところも食べ物を買うお金も無い。だが」

 

 

「だが?」

 

 

「君は、ISを動かすことができる」

 

 

 

その千冬の言葉で、ロランは全てを察する。

 

ISの史上二人目の男性操縦者として、このIS学園に入学しないかと、千冬は言っているのだ。

 

だが入学させるといっても、ロランが身分不詳である以上、そんな身の上を入学させて大丈夫なのだろうかと、ロランは不安になる。

 

詳しいことは分からないが、自分を入学させるために千冬達が迷惑を被るのは、ロランにとってあまり望ましくなかった。

 

 

 

「なに、遠慮することはない。身分不詳という点はこの学園ではどうとでもできるし、ここで君を見捨てたりすると私の寝覚めが悪くなる」

 

 

「そうですよ。私と千冬先生を助けると思って、ここは私達に頼ってください」

 

 

「御二人とも……。ありがとうございます、初めてあった僕に、こんなにも親切にしていただいて」

 

 

 

そんなロランの心情を汲み取ってか、千冬と真耶はロランが遠慮する前に先んじて告げる。

 

とても温かく優しさに満ちた二人の言葉にロランは感動し、ロランは遠慮をして二人を悲しませたくないと思い直し、力を借りることにした。

 

 

 

「男性操縦者となれば、入学費や学費も『IS委員会』が進んで出してくれるだろう。住所の手配や生活費のは私達で何とかしてみせよう」

 

 

「研究のためロラン君の血液採集やターンエー?のIS操縦のデータを委員会に送ることになるかもしれないけど、それさえ終わらせれば大丈夫だからね、ロラン君」

 

 

「ありがとうございます、僕に出来ることはありますか?」

 

 

「君はまだ目が覚めたばかりで、体調はそこまで良くないだろう。今は保健室で休憩しておけ。無理せず、ここは大人に頼っておけ」

 

 

 

その言葉でロランは少しばかり自分の体が重いことに気づいた。この世界に来たからか、まだロランの体調は優れないようだった。

 

千冬の好意に甘えさせてもらい、再び保健室で休ませてもらう。

 

そして幾分たっただろうか、暫くして真耶が保健室の扉を開けて、入ってきた。とても嬉しそうな表情をしており、太陽のように晴れ晴れとした笑顔は思わずこちらも笑顔になってしまう程素敵なものだった。

 

 

 

「良かったですねロラン君! 住むところは有志で貸家を出してくれる人が丁度いて、そこの人がロラン君を住ませてくれる事になりました! 生活費も『IS委員会』が負担してくれるそうです!」

 

 

「本当ですか! ありがとうございます、山田先生!」

 

 

「えへへ、これでも先生ですからね! これぐらいなんて事ないですよ!」

 

 

「あはは! さすがです山田先生!」

 

 

 

住むところや生活費が出たことが嬉しかったのと、真耶のテンションが高かったのもあってか、二人で手を繋いでくるくると回りながら踊る。

 

 

 

「……何を踊っている、二人して」

 

 

 

二人が踊っている後ろで再び保健室の扉が開き、そこから千冬が現れロラン達に冷めた目を向けて言う。

 

変なテンションで突然踊り出して、しかもそれをうっかり千冬に見られてしまった為二人して気まずくなってしまい、繋いでいた手をどちらともなくそっと手を離した。

 

そんな二人の姿をみて溜め息をついて、千冬は『IS委員会』に聞いたロラン入学について話し始める。

 

 

 

「まず、結果として入学は認められた。身分不詳の件は『IS委員会』が偽造の身分証を発行することで解決。身分上だが、ロランは『倉持技研』の専属パイロットとして所属していたことにするそうだ」

 

 

「やりましたね千冬先生! これでロラン君は二人目の男性IS操縦者ですよ!」

 

 

「……あれ?」

 

 

 

とそこで、ロランはいまの話がおかしい事に気がついた。

 

 

 

「『倉持技研』に()()()()()()、ですか? それだと、僕が織斑一夏君より先に動かしていたって事になりますけど」

 

 

「……」

 

 

「……あ! 本当ですね! これはどうしたんですか、織斑先生?」

 

 

 

ロランの指摘に、千冬は顔をしかめ始めた。それはまるでどうすることも出来なかった自分に腹が立っているようで、それでいて悔しがっているような顔だった。

 

なぜそんな顔をしているのか、まるで分からなかったが、この世界の状況を反芻していくうちに次第にロランは気付いた。IS委員会が、ロランに何をさせようとしているのかを。

 

 

 

「もしかして委員会は、()()()()入学しろと……言っていたんですか」

 

 

「……あぁ、そうだ。委員会に参考にとお前の写真を送ったら、男であることを隠せと言われた」

 

 

 

肯定した千冬に、真耶は驚く。

 

 

 

「お、織斑先生!? な、なんでそんな……」

 

 

「女尊男卑、ですよ」

 

 

 

戸惑う真耶に、ロランは冷静に答えを示してみせる。初めは真耶はロランが何を言っているか分からなかったが、千冬とロランの補足で次第に委員会が何故そんな事を要求したのか、理解する。

 

 

 

「そうだ。IS委員会は、基本的にその大半が女性で構成されている。何故か? ISは女性にしか使えないから、確かにそれも理由だ、だが」

 

 

「IS委員会に所属する大半が女性であることで、ISを元にした女尊男卑という社会の認識を、揺るがぬものにしたいから。……ですよね、織斑先生」

 

 

「あぁ、その認識で間違いない」

 

 

 

元来、IS操縦は女だけの特権であり男にはあまり関係の無いものだ。

 

だからこそIS委員会はほぼ女性の議員しかおらず、男性議員がいてもその男性には発言権というものが無いに等しい。

 

そうやって委員会内での男性の地位を低くすることで、基本的に女性の意見が通りやすくしているのだ。

 

 

 

「ロランが最初の男性搭乗者だったら、話は違っただろう。だが、今回は二人目」

 

 

「これ以上男性の搭乗者が増えれば、必然的に男性搭乗者の為に男性議員が増える必要性が出てきます。そうなってくれば、女尊男卑の風潮が薄くなっていく可能性があります」

 

 

「なるほど……。そうなれば女性に多大な支持を受けていたIS委員会は失墜する恐れも出る、だからロラン君だけでも女として公に扱いたいんですね……」

 

 

 

ロランと千冬の説明に真耶は納得する。しかし、だからと言ってロランへの待遇に賛同が出来るわけがない。真耶は精一杯反発する。

 

 

 

「ですけど、こんな扱いはあんまりです! 今からでも抗議をしましょうよ! 何で織斑先生はそんな事を了承したんですか!」

 

 

「私だって、こんな扱いは許せるものじゃない。抗議はしてみせた。だが……」

 

 

 

千冬は目を伏せる。

 

 

 

「どれだけ頭を下げようと、どれだけ私の『ブリュンヒルデ』の名前を振りかざそうと、委員会が動くことは無かった。それどころか、学園ではなく研究所でロランを預かるべきだと強気で言ってきたんだ。……あいつらはそれほど、自分の名前が可愛いんだよ」

 

 

「そんな……」

 

 

 

真耶はその言葉を聞くと、先程までの快活な笑顔が嘘のように暗く、悲しそうに俯いた。

 

そして、千冬も顔を伏せてあるため分かりづらいが、唇を思いきり噛みしめており、今にも血が出そうだ。

 

二人とも、自身の無力さを嘆いているのだ。大人に任せろと言っておいて、ロランに女として振る舞えと屈辱的な事をさせようとしているのだ、悔しくないわけがない。

 

 

 

「そんなに気に病まないで下さい、千冬さんに真耶さん」

 

 

「ロラン君……」

 

 

 

暗くなっていた真耶と千冬に、声が掛かる。それは、ロランの二人を気遣う言葉だった。

 

 

 

「そう言ってくれるのは嬉しいよ、だが……」

 

 

「分かってますよ、僕が何を言っても慰めにならないのは。でも、千冬さんも真耶さんも僕のために動いてくれた、それだけで僕にとっては充分なんですよ。それに、御二人が頑張ってくれたのに女装くらいで不満なんて言いませんよ」

 

 

 

「それに、女装するのは慣れてますしね」肩をすくめながら、最後にそう付け加えてまるで冗談でも言ってみせるかのように、ロランは話す。

 

彼にとっては初対面の、それも会って間もないこんな自分を助けようと動いてくれただけで、とても救われたのだ。感謝することはあっても、恨むことなど万にひとつもない。

 

 

 

「でも、ロラン君……」

 

 

「それに」

 

 

 

申し訳なさそうにしている真耶の言葉を、ロランは遮り笑ってみせる。

 

 

 

「僕は、気になったんです。どうして世の中がここまで女尊男卑に染まってしまったのか。『白騎士事件』だけで、こんな風潮がはびこるはずがないんです。だから、どうしてこの世界の人たちがこんな人を大事にしないような考えを望んだのか、僕は知りたくなったんですよ」

 

 

 

ロランはふと自分の手元にある、蝶の髪飾りを、待機させてあるターンエーを見やる。

 

恐らく、この世界に来たのはターンエーの力によるものだろう。だけれど、なぜこの世界にくる必要があったのか、そしてターンエーがなぜISに変化したのか、分かっていない。

 

だから、それも含めて知りたい。いや、知らなければならないのだ。ターンエーのパイロットとして、一人の人間として、この世界の事やターンエーのことを。

 

 

 

「ロラン……」

 

 

「ロラン君……」

 

 

 

二人はロランの目をみて、何も言えなくなる。

 

彼の瞳は何処までも真っ直ぐで力強く、そしてその表情はこれからの出来事に対して覚悟を済ませた、()()()の顔だったからだ。

 

 

 

「だから、僕はこの学園に入学したい。学園に入らない道もあります、でもそれではISが中心になっているこの世界についてうまく知ることが出来ないと思うんです。女装くらいしてみせます。だから、千冬さん。僕をこの学園に入学させて下さい。お願いします!」

 

 

 

ロランは自身の覚悟と目的、そして決意を述べて最後に千冬に向かって頭を下げる。

 

頭を下げてから暫くして、目の前の千冬の場所から溜め息が吐き出されるのが聞こえる。

 

 

 

「頭を上げろ、ロラン。私が君に謝る必要がないのと同じように、君が私に頭を下げる必要などない。そうだろう?」

 

 

 

頭を上げたことで見えた千冬の顔は呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな顔だった。

 

また、隣に立つ真耶も和やかな笑顔でロランを見つめ、千冬同様に嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

「そこまで言うなら、ロラン。お前には女として入学してもらう。そしてこの学園でしたいことを、存分にしてくるがいい。私達も、出来る限りその手伝いをしよう」

 

 

「ロラン君は、強いんですね。なら私がロラン君にどうこう言うのは、失礼ってものですね。私に出来ることなんてたかが知れてますが、ロラン君の為に頑張ってみせます。だから、ロラン君もこの学園の生徒として頑張って下さい!」

 

 

 

二人から激励の言葉をロランは受け取る。

 

ロランの言葉で、二人は後ろめたさや不満で足を止めるより、ロランの為に出来ることを探すことに決めたのだった。

 

 

「千冬さん、真耶さん! ありがとうございます!」

 

 

「今は良いが、入学したら私の事は『織斑先生』と呼ぶことだ。無論、『山田先生』もな」

 

 

「はい、先生!」

 

 

 

ロランのその言葉を皮切りに、三人は互いの顔をみて笑い合い始める。

 

彼らはまだ会って間もない。それこそ会話を交わしたのはものの数時間だけで、お互いの事もそこまで理解していない。

 

しかしその僅かな時間で、彼らは確かな絆を築いていた。

 

それはロランの混じりけのない優しさに、千冬と真耶が感化された事で生まれた、尊い絆であった。

 

 

 

「そうだった、女装すると決まった以上、『女としての名前』を決めなくてはな。『IS委員会』から名前だけはそちらに任せると言われていてな。女らしい名前なら、なんでも良いそうだ」

 

 

「『名前』ですか?」

 

 

 

千冬が思い出したかのように言う。

 

その言葉を聞いてロランは少し逡巡して、

 

 

 

「『ローラ・ローラ』。僕は、いえ、私は『ローラ・ローラ』になります」

 

 

 

かつて疎ましく思っていたもう一つの名前を、仮初めの名前に決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尚、これは関係ないことなのだが、千冬達がロランにISの知識を教えたり女らしい振る舞いの練習をさせたりしたとき、あまりにも女性らしい仕草に慣れていたのとロランの「女装は慣れてますから」発言に

 

 

 

「「(もしかして女装が)趣味か!?」」

 

 

 

と大の教師二人が揃いも揃ってすっとんきょうな事を尋ね、

 

 

 

「任務ですよぅ!」

 

 

 

とロランも頬をむくれさせていじけてしまったりと色々な苦労話が有るのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 




次回予告

一夏に苛烈な態度をとる少女、セシリアは一夏と僕とISで戦うことになった。

僕はつい彼女に酷いことを言ってしまうけれど、彼女はとても優しくて、意地っ張りな子だった。

僕はそんな彼女のために、何かしてあげたいと思うのだった。

次回 IS─∀turns
   『衝突!意地っ張りセシリア』
    彼女の心に、風は届くか──?


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第三話「衝突!意地っ張りセシリア」

僕は千冬さんと真耶さんのお陰でここ、IS学園に入学することが出来た。

女としての入学だけどそれよりも。

二人が僕に親切にしてくれたことが、何よりも嬉しかった。


「はぁ……。さっきの授業は助かったよ、ローラ」

 

 

「いえ、構いませんよ。ISの授業は難しいですもんね」

 

 

 

三限目の授業が終わった後の休み時間、一夏とローラもとい、ロランは隣の席同士で会話を楽しんでいた。

 

 

 

「いやぁ、それにしても危なかった……。ローラが隣で答えを教えてくれなきゃ、クラスの目の前で赤っ恥をかくところだったよ」

 

 

「フフフ……。山田先生に一夏が指名されたら、顔を青ざめさせてたので何事かと思いましたよ」

 

 

 

実は先程まで、要は一限目から三限目までの授業中、一夏は授業内容がほとんど理解できず、何がなんだか分からなかった。

 

だが、誤解してはいけない。これは一夏が勉強をサボっていたせいで、授業が理解出来なかったのではないのだ。

 

では何故か?それは、IS学園の特異性によるものだった。

 

IS学園ではISというものへの理解をより深める為、そんじょそこらの高校よりも、授業内容が遥かに難しい。

 

何せISの授業では、高校三年生が工学の授業で習うような内容が、一年の授業にさも当たり前のように出てくるのだ。

 

そんな学校に、愛越学園という学力がそこそこの私立高校に入学しようとしていた一夏が、急にそんなISの授業を受けたところで理解なんて出来るはずがない。

 

無論、彼も軟禁されていたこの一ヶ月半を、ただ何もせずに過ごしていた訳ではない。

 

彼の姉である千冬から渡された、電話帳と見間違えるほどに分厚い参考書を使って、彼なりに必死で勉強していた。

 

分厚いだけあって覚えるべき内容も膨大で終わりが見えず、「もうこれ電話帳と間違えたことにして、捨てちまおうかな……」と鬱っぽい気分になったりもしたが、それでも踏ん張ってひたすら勉強し続けた。

 

だが、一ヶ月半で高校三年間の授業を完璧にしてこいと言われても、無理だ。少なくとも、一夏には無理だ。

 

直ぐに勉強につまずき、ようやく二年生の内容を終えたら入学の日になっていて、予習が不完全な状態で入学してしまったのだ。

 

しかも、二年生の内容を覚えたから多少は理解できるとふんでいたのに、いざ授業を受けるとほとんどが一夏の勉強してない三年生の内容ばかりで、もうたまったものじゃない。

 

しかも女尊男卑という風潮がこのクラスの内にも広がっている以上、下手に授業内容が理解できないとクラスの前で公言してしまえば、一夏の印象がかなり悪くなってしまいかねない。

 

そこで授業中は生徒や先生に脂汗の流れる顔を見られて、「あ、こいつ授業内容を理解してないな」と察される事がないよう、教科書を立てて顔を隠し続けていた。

 

なのだが、

 

 

 

「まさか山田先生に指名されるとは……」

 

 

「あはは……。織斑先生は察していたみたいだけど、山田先生はまるっきり気付いて無さそうでしたしね」

 

 

 

よりにもよって授業中に、山田先生に指名されてしまい問題を答えるように言われたのだ。

 

山田先生本人は「あら、一夏君は熱心に教科書を読み込んでますね!じゃあ、この問題は一夏君に答えてもらいましょう!」と思って当てたので、悪気などこれっぽっちも無いのだが、一夏にとってはたまったものではなかった。

 

それで顔がいっそう青ざめている一夏を見て、隣の席のロランが事情を察してコッソリ答えを教えたのだ。

 

かくいうロランもIS学園の授業レベルの高さには驚かされたが、彼の世界には元々モビルスーツがあり、ロランはある程度モビルスーツや工学の知識を持っていたのでISの授業もある程度は理解できた。

 

こうしてロランに教えてもらうことで、一夏は難を抜けることが叶ったのだった。

 

この出来事だけで、一夏はロランのことを「信用できる親友」とまで認定したのだから、ロランの助けがどれだけ一夏にとってありがたいか、想像に難くない。

 

 

 

「にしても、参ったな。千冬姉は俺が授業分かんないの知っていたのか。こりゃあ後で出席簿の殴打が待ってるな……」

 

 

「まぁまぁ、この機会に織斑先生に授業内容を教えてもらえば良いじゃないですか。見方によっては授業に追い付くチャンスですよ!」

 

 

「そのチャンスと引き換えに俺の脳細胞が五千個失われるというのはキツいな……。でも、確かにナイーブになっていても仕方ないか。元気付けてくれてありがとな、ローラ」

 

 

「いえいえ、一夏が元気になってなによりです」

 

 

 

二人の間に穏やかな空気が流れる。会って数時間しか経っていないというのに、二人はまるで往来の友人と談笑するかのように会話を楽しんでいた。

 

ロランにとっては同じ男同士として仲良くしたかったし、一夏としては他の女子達よりも優しいロランと友達になりたかったので、二人が仲良くなるのは必然だった。

 

まぁ、そのせいで一夏の幼馴染みである篠ノ之箒が二人のやり取りを見て、「ぐぬぬ」と悔しそうに歯噛みするはめになるのだが。

 

そんな穏やかな会話が二人の間で交わされていたときだった。

 

 

 

「織斑さん。少しよろしくて?」

 

 

 

二人の会話が、不意に冷ややかな声で中断させられた。

 

声の方を見ると、そこには上品な雰囲気で、お嬢様然とした金髪碧眼の少女が、一夏を見定めるように見つめている。

 

 

 

「確かセシリアさんでしたっけ。どうかなさいましたか?」

 

 

「あら、ローラさん。ご機嫌よう。貴女との会話も楽しみたいのですが、今は織斑さんに用がございますので、また後で」

 

 

「……俺に、何か用か。セシリア」

 

 

 

ロランが何か嫌な予感がしてセシリアに聞いてみるも、セシリアはやんわりとロランに「また後で」と言ってみせて、取り合おうとしない。

 

セシリアから感じる侮蔑の念に辟易しながらも、しょうがないので一夏は自分に何の用だと聞くことにする。

 

 

 

「まぁ!せっかく話しかけたのに、何ですかその嫌そうな態度は!それに初対面のレディを呼び捨てだなんて、なんて失礼なの!教養がないのかしら!」

 

 

 

聞いた瞬間、セシリアは先程してみせたロランへの上品な対応がまるで嘘のように、一夏の言葉に反応する。あからさまに一夏、というよりは男に対する嫌悪感でその声は出来ていた。

 

この手の女は苦手なんだよな、そう思いながら一夏は目くじらを立てたりしないよう、腫れ物を扱うように接することにする。

 

 

 

「あぁ、ごめん。セシリア……さん。さっきまでの授業が難しいものだから、ちよっと機嫌が悪くなってたんだ。不快にさせたようなら、謝るよ」

 

 

「あら、確かに貴方にとってはさっきの授業は難しいかもしれませんわね。指名されたときも、隣のローラさんに助けられてましたし」

 

 

「……あぁ」

 

 

 

まずったと、一夏は内心密かに焦る。

 

よりによって絶対に見られたくない、知られたくないと思っていた類いの人物に、あの授業の一夏の行動を見られたのだ。焦らないわけがない。下手をすると、この一件をクラス中に広められてしまうかもしれないのだ。

 

 

 

「まぁ、いいですわ。もともと男に期待なんてしてませんもの。男ごときがIS学園の勉強についてこれないぐらい、どうでもいいですわ」

 

 

「……そうかよ」

 

 

 

次々と一夏を含めた男達への罵詈雑言が発せられるが、一夏はただただ堪えるしかない。

 

相手は自己紹介の時にも言っていたが、このセシリアという女生徒はイギリスの代表候補生だ。つまりはイギリスのIS搭乗者の顔とも言える立場であり、その少女への苦言や反論は広くとらえると、イギリスへの反抗とも捉えられかねない。

 

相手は好き勝手言ってるが、別に代表候補生でも何でもない自分が口答えをしようものなら、そのせいでイギリスから目をつけられる心配もある。

 

だからだ、ロランもセシリアの言葉に顔をしかめて口答えするのを我慢している。

 

何も言い返さずに一夏とロランはただただ黙りこくって、セシリアの話を聞いていると、不幸中の幸いと言うべきか次の授業のチャイムが鳴る。

 

 

 

「あら、次の授業の時間ですわね。貴方にとっては授業中は苦痛かもしれませんが、まぁ頑張って下さいね。それでは」

 

 

 

やっと去った嵐に一息をつき、これからの事を危惧しながら授業の準備をする。授業の内容はさっぱりだが、それでも授業は受けなければならない。

 

 

 

「一夏、大丈夫ですか……?」

 

 

「ローラ……」

 

 

 

一夏の心境をロランは気にかけ、大丈夫かと心配そうに尋ねる。端正な顔には影が落ちており、セシリアの罵倒に何も言うことが出来なかった事を悔やんでいるようだった。

 

その顔を見て、一夏は後悔した。こんなにも出来た友達を、自分のせいで落ち込ませてしまったのだ。

 

 

 

「大丈夫だローラ。あの手の女子には慣れてるからな。だから、そう暗くならないでくれ」

 

 

「そうですか。……それなら、良いんです」

 

 

 

自分は大丈夫だと、一夏はロランに言って見せる。

 

ローラの顔にはまだ影が落ちているが、その影も少しではあるが薄れたように見える。

 

それを見て、少し一夏は気が楽になった。

 

あまりこの親友に心配をかけさせるわけにもいかないし、何より自分が暗くなってローラまで暗くなってしまうのは、どうしても避けたい。

 

友達を悲しませるような男には、一夏はなりたくない。

 

チャイムが鳴ってからしばらくして、織斑先生と山田先生が教室に入る。

 

だが一限と二限の授業の時とは違い、今度は織斑先生が教卓に立つ。

 

 

 

「さて、三限の授業を始める前に決めておかなければならない事がある。一組のクラス代表者だ」

 

 

 

そこから織斑先生からクラス代表者の役割を聞かされる。

 

曰く、クラス代表者とは小中学校でいうところのクラス委員長の立場のようなもので、クラス代表者としていろんなイベントに出席したり仕事をするそうだ。

 

その立場上、かなり多忙ではあると同時にクラスの顔となるので、責任重大な役職らしい。

 

一夏としてはあまり面倒な事はしたくないし、ロランもクラス代表者になるよりも図書館やニュースでターンエーやこの世界について知りたい。二人とも、クラス代表者になるのは乗り気ではない。

 

ない、のだが

 

 

 

「推薦でも自己推薦でも構わん、誰かクラス代表者になりたい奴はいるか。推薦する場合は、何故推薦したのかも言うように」

 

 

「はい!私は織斑君を推薦します!織斑先生の弟さんで唯一の男性搭乗者ですから、クラス代表者にピッタリです!」

 

 

「私はローラさんを!理由は、ローラさんはとても綺麗だし、しっかりした人だからです!」

 

 

 

推薦をしても構わないと織斑先生がいった瞬間、女生徒達は一斉にロランと一夏の二人を推し始める。

 

良くも悪くもこの二人はクラスの中でも目立っているため、真っ先にクラス代表者という貧乏くじの標的にされたのだ。

 

要はノリという奴で、適当な理由をでっち上げられ、二人は推薦されてるのだった。

 

これには一夏やロランは勿論、千冬まで頭を抱えることになる。

 

一夏は唯一の男であるため推薦されるとは思っていたが、ロランまで推薦されるとは思わなかったのだ。

 

だが、ノリとは言え推薦は推薦だ。教師である以上ロランの手伝いをするとは言ったが、一生徒をひいきには出来ない。

 

 

 

「……では、織斑一夏とローラ・ローラが今のところ代表者の候補だな。言っておくが、推薦されたのだからお前達に拒否権はないぞ。他に誰かいるか」

 

 

「ちふ……織斑先生!?」

 

 

「あはは……。推薦されちゃいましたか、仕方ないですね……」

 

 

 

心苦しさをなるべく表面に出さないように、千冬は言う。

 

その言葉に一夏は自分の意思がまるで無視されて戸惑い、ロランは千冬の心境を察したのか、半ば諦めている。

 

二人に申し訳無いと心中で謝っておき、千冬は他に代表者になりたい人はいるかクラスに確認する。

 

確認はしたが思った通り女生徒達は推薦するだけ推薦して、自分達が代表者になるつもりはないようで、先程まで威勢良く挙げられていた手は各々の膝の上に置かれている。

 

 

 

「居ないか。ならこの二人で代表者を……」

 

 

「納得がいきませんわ」

 

 

 

決める、そう言おうとした千冬の声は別の誰かの声によって遮られた。

 

クラス中がその空気を読まない、場を冷めさせる声が何処から発せられたのか周りを見やり、そして見つける。

 

聞こえたのは、セシリアの席からだった。

 

 

 

「納得?」

 

 

「えぇ織斑先生。このようなIS素人の男がクラスの顔に推薦されるのが」

 

 

 

クラス全体がその言葉で静まり返り、しばらくしてクラス全体がセシリアに「空気を読めよな」と嘲笑する。

 

しかし、セシリアはそれでも強気の姿勢を緩めない。

 

 

 

「わざわざイギリスからこの日本へ飛んできたというのに、何ですかこれは。クラスの顔にもなると織斑先生は仰ったのに、代表をこんな素人意気地無しの男が相応しい?おふざけが過ぎますわ」

 

 

 

クラスの女生徒達がその声に圧倒されて嘲笑が静まっていくのとは対照的に、徐々にセシリアの言葉尻が強まっていく。

 

 

 

「クラス代表者というのは、最もISに精通した人物がなるべきではなくて?ここはわたくしが推薦されてしかるべきです。間違ってもこんな、情けない、弱っちい、男なんかに。クラスの顔は、務まりませんわ」

 

 

「……!」

 

 

 

何を、と反論しようとした言葉を、一夏は咄嗟に飲み込む。今ここでセシリアに反発することは、イギリスを敵に回すことと同義なのを思い出したからだ。

 

ここは、黙っていたほうが得策だ。それを分かっているからこそ、周囲の女子もセシリアに何も言わない。

 

あぁ、言わなくて結構だ。何も助けを期待している訳じゃないのだから。

 

今はただ、この目の前の嵐が去るのを待つだけ。一夏は顔を伏せる。

 

 

 

「待って下さい、セシリアさん」

 

 

 

不意に、一夏の隣から声が上がる。

 

とても澄んだその声は、セシリアの言葉を嗜める。

 

 

 

「ローラ……?」

 

 

 

声を上げていたのは、ローラだった。ローラは席から立ち上がり、セシリアに目を向ける。

 

一夏から見えたロランのその姿は、どこまでも凛としていて、それでいて巨木のような力強さを感じさせた。

 

 

 

「代表者はISに精通した人がなるべきなのは、分かります。でも、だからって、一夏を批判する必要なんてないでしょう!」

 

 

「……ローラさん。貴女はこんな男が代表になるのを、許せるのですか?」

 

 

「許す許さないなんて、ありません。私は、貴女の卑怯さに怒っているのです」

 

 

「卑怯?!」

 

 

ロランの言葉に、セシリアが感情的に反応する。上品な瞳を鋭く尖らせてセシリアは睨むがしかし、それでもロランは怯むことも、セシリアの睨みから逃げることも無い。

 

ロランは怒っているのだ。目の前で罵詈雑言を吐く少女の無神経さと、先程まで我が身かわいさに縮こまっていた自分に、腹をたてたのだ。セシリアの睨みなどで、今さら身を引くなんてことはしない。

 

 

 

「卑怯です。貴女は偉い自分の立場で、一夏を一方的になじっているんです!それは卑怯でしょう!」

 

 

 

ロランの言葉に、セシリアは一瞬たじろぐ。一瞬だけ素に戻った彼女の表情は「そんなつもりじゃ」と意図せぬ事を指摘されて驚いたものだった。だが、それでもセシリアはその表情を引っ込め、直ぐにロランに食って掛かる。

 

 

 

「わたくしの立場で?!そんな、そんなつもり毛頭ありません!わたくしはこの男が代表に推薦されたのが嫌なんですの!貴女は推薦されて良いかもしれませんが、わたくしは納得いきませんわ!」

 

 

「だったら貴女が推薦すれば良いでしょう!自分で自分を推薦しなかった貴女が文句を言うのは、お門違いです!」

 

 

「言わせておけば貴女……!」

 

 

 

どんどん一夏の隣で、舌戦は過激になっていく。

 

ロランが自分の為にここまでセシリアと相対してくれている、そう思うと一夏は自身の冷めた心が段々と熱くなっていくのを感じた。

 

目の前でセシリアの立場に物怖じせずぶつかっていく少女は、男の自分なんかよりも男らしくて、まるで少年漫画の主人公のようだった。

 

一夏も自身の姉と同様、感化されたのだ。この、“ロラン”という人間の人柄に。

 

 

 

 

「貴女はそんなに、今も黙っているこんな男が気に入りましたの!」

 

 

「一夏は関係ないで……!」

 

 

「ローラ、いいんだ。俺が君に甘えていたのは、事実なんだから」

 

 

「……一夏」

 

 

 

ローラとセシリアの舌戦の間に無理矢理入り込み、ローラを宥める。

 

宥められたロランは、悲しそうな顔をして俯いた。一夏が、問題が起きないようにセシリアの暴言を甘んじて受けようと思って、自分を宥めたのだと考えたからだ。

 

だがそれは違う。

 

親友のローラが、それも女子が男の自分を助けてくれている。ならば、当の本人の自分がここで傍観するだけで良いはずがない。だから、一夏は立ち向かうことにした。この親友に負けないくらい、強い男になるために。

 

一夏は、強い声音でセシリアに話しかける。

 

 

 

「セシリア、お前は言ったよな。“俺が代表に推薦されたのが気に食わない、私が推薦されるべきだ”と」

 

 

「……えぇ。言いましたわ」

 

 

 

先程までの弱腰が嘘のように、力強くこちらを見据える一夏にセシリアはたじろいだが、弱味を見せまいと直ぐに持ち直し一夏の言葉を肯定してみせる。

 

 

 

「なら、証明してみせろよ」

 

 

「……なにを、ですの」

 

 

 

挑発的な言葉にセシリアの眉尻が僅かに上がる。だが一夏は、そんなセシリアの様子など意にも介しない。

 

 

 

「『お前が最も代表に相応しい』って、証明するんだよ。勝負でも何でもして、俺よりもお前の方が優れてるって、クラスの皆に示してみろよ。そうしたら、クラスの皆は俺なんかよりもセシリアを持ち上げるさ」

 

 

「……ッ!貴方という方は何処までも私を……!」

 

 

 

啖呵を切られた、そう理解した瞬間セシリアの顔が見る見るうちに蒼白になっていく。

 

 

 

「いいですわ!このセシリア、名家の娘として貴方の子供紛いの挑発にのってあげますわ!決闘です!IS学園の学生なら、ISの試合で決闘しましょう!」

 

 

「いいさ。その決闘、俺は逃げも隠れもしない。真っ正面からお前と戦ってやる」

 

 

 

見事に挑発にのってしまったセシリアは、一夏の目の前まで近付いて指を指して、そう切り返す。しかし一夏も負けじとセシリアを睨みつけ、決闘を受けると宣言する

 

そのやり取りにクラス全体がざわめき始める。それもそうだろう、クラス代表者を決めようとしただけでイギリスの代表候補生と世界に一人の男性搭乗者が、戦うことになったのだから。

 

しかも何をとち狂ったのか、一夏は自分より遥かに格上のセシリアからの決闘を、「俺は逃げない」と言ってみせて受けたのだ。到底、正気の沙汰とは思えない。勝てるはずの無い勝負を、進んで受けたのだから。

 

 

 

「一夏君、止めといたほうがいいよ?代表候補生は何百時間もISを動かしてきた、ISに関してはエリート中のエリートなんだよ?そんな人に勝てっこないよ」

 

 

「そうだよ。せめてセシリアさんからハンデを貰うとか、しておかないと一方的にやられちゃうよ。男が強いっていうのは、もう時代遅れな考え方なんだよ?」

 

 

「やめてよね。本気で試合をしたら、一夏君が代表候補生に勝てるわけないじゃないか」

 

 

 

周囲からそんな声が上がる。勝てるわけがない、男が強いのは昔のはなしだ、やめてよね、ネガティブな言葉のみが一夏にかけられる。

 

仕方ない話だ、女尊男卑という風潮を抜きにしても、代表候補生というのはそれほどISの扱いに長けているのだ。素人の一夏が挑むのは無謀だと言われるのも仕方ない。

 

 

 

「心配してくれるのは、ありがとう。けど、俺は逃げたりなんかしない。それが俺の、男としての意地だから」

 

 

 

それでも、一夏は引いたりしない。

 

だけどそれは、別に大それた動機によるものではなかった。

 

ローラは危険を省みず、セシリアに立ち向かっていった。なら自分だってして見せる、ローラの友人として恥じることがないように。

 

それこそが一夏のちっぽけで、だけども譲れない動機。

 

 

 

「さて、どうやら話は終わったようだな」

 

 

 

一夏とセシリアとの決闘が決定的な物になったところで、先程まで沈黙を続けていた織斑先生が教卓から声をあげる。どうやら生徒同士の問題には、あまり関わらないようにと沈黙をしていたようだ。

 

 

 

「ならば、こちらでアリーナ使用の手配をしておこう。ISでの決闘は来週の月曜日、午前中に執り行う。……それと、この決闘にローラも参加するように」

 

 

「な、なんでローラさんが!?ローラさんは関係ありませんわ!わたくしは単に……!」

 

 

 

織斑先生は決闘場所と日時を伝えた後、ロランにもこの決闘に参加するように言った。すると、セシリアはローラが決闘に参加する必要はないと、抗議を申し立てた。

 

 

 

「セシリアさん。これは、誰が代表に相応しいかを決める為に、この決闘が行われるんです。セシリアさんと一夏の為ではないんですよ」

 

 

「そう言うことだ。クラス代表は、この決闘はだれが代表に相応しいか決めるものだ。決闘をして、誰が代表になるかお前達が決めるんだ」

 

 

 

織斑先生の意図を察したロランがセシリアにそう説明し、織斑先生が補足する形で付け足す。

 

セシリア本人としては、一夏と自分どちらが代表に相応しいかを決める決闘だとばかり思っていたので、ローラが参加するとは思わなかったらしい。

 

だからだろうか、セシリアの顔は少し悲し気だ。

 

 

 

「私は構いません。一夏がやると決めたなら、私だって」

 

 

「ローラ……。ごめん、ありがとう。君まで巻き込んだのに、本当に……」

 

 

 

自分達のせいでロランにも負担をかけてしまった事に、一夏は謝る。感謝と謝罪の念がないまぜになったその言葉は、如実に一夏のやるせなさを表していた。

 

 

 

「……ふん!男の意地だかなんだか知りませんが、まぁ?わたくしに決闘を申し込んだ事がどれだけ無謀かを、存分に思い知るが良いですわ!」

 

 

「!やってみなきゃ、わかんないだろ」

 

 

 

二人の暗い雰囲気が居たたまれなくなったのか、セシリアはオーバーに一夏を挑発する。

 

その挑発に一夏も焚き付けられ、再び今度は一夏とセシリアの舌戦が始まろうとする──

 

 

 

「あぁ、そうだセシリア」

 

 

 

──そんな一触即発の空気に水をさすように、千冬はセシリアに今思い出したかのように声をかけた。

 

 

 

「……?何でございましょうか、織斑先生」

 

 

 

一夏を焚き付けようとして出鼻を挫かれたセシリアが、不思議そうに織斑先生の方を見た。

 

見て、気付いた。

 

気づいてしまった。

 

 

 

「……あ」

 

 

 

織斑先生が、とてつもなく怒っているということを。

 

 

 

「セシリア……。お前には3時限目が終わり次第、職員室に来てもらう……」

 

 

 

なぜ私が、セシリアの発しようとしたその言葉は、直ぐ様セシリアの理性によって飲み下される。

 

セシリアは直感したのだ。口答えなんてしてみたら、目の前の鬼神の後ろで揺らめく怒りの炎が、身の丈を越えて自分に降り注ぐことになると。

 

 

 

「私は別段、身内贔屓をするつもりなどない。だが、教師である私の目の前で、イジメを始めるとは良い度胸じゃないか……」

 

 

 

そこでセシリアは、思い出した。

 

 

自分が先程までボロクソにこき下ろしていた相手は、目の前の鬼神の弟だったと。

 

 

──その後、三時限目が終わった直後にセシリアは千冬に首根っこを掴まれたまま引きずられ、強制的に職員室に連れ込まれた後、こっぴどく修正されたようだった。

 

目の前に山積みされた反省文用の原稿用紙、目の前でセシリアを圧迫するかのように仁王立ちする千冬、そして千冬の鬼神がごとき怒気。

 

後にセシリアはこの時の修正を、「閻魔も泣き出す地獄だった」と、そう語るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期初日の授業はすべて終わり今は放課後、ロランは職員室の前で千冬と真耶が出てくるのを待っていた。

 

というのも、ロランは今日から有志で貸家を出してくれている人の所で、住み込むことになっているのだ。ここIS学園にも寮はあるのだが、ロランが男だとばれないようなるべくIS学園生との私生活での繋がりを希薄なものにするため、IS委員会が第三者の家にロランを住み込ませようと判断しての処遇だった。

 

その為、ロランがこれからその家に向かいお世話になりますと挨拶をしようと思い、その家の住所と行き方を二人に聞こうとしたのだ。

 

のだが

 

 

 

「……おそいなぁ、先生」

 

 

 

先程ロランが職員室で「織斑先生と山田先生はおられますか?」と尋ねたところ、他の先生に「お二人は取り込み中みたいだから待っててね」と言われ、こうして待ちぼうける事になってしまった。

 

かれこれ三十分もこうして職員室の前で待っているが、一向に二人が出てくる気配がない。せめて話し相手がいたらなぁと思いながら待つこと四十分、やっと二人が職員室から出てきた。

 

しかしよく見ると二人とも目に見えて元気が無さそうで、二人の後ろに「ゲッソリ」なんて擬音が聞こえてきそうなくらい、二人とも生気が失われている。

 

特に真耶はあからさまに元気が無さそうで、顔を青くしてフラフラとおぼつかない足で歩いている。

 

 

 

「ど、どうしたんですか……お二人とも?」

 

 

「……あぁ、ロラン君。いたんですか」

 

 

 

山田先生は話しかけられてようやく自分がいることに気がついたようで、力なさげに顔をこちらに向ける。

 

大丈夫かとロランが真耶の顔を覗き込むと、思わずロランは「ワッ!」と驚いて飛びずさる。

 

というのも真耶の目は瞳孔が開ききっている上に唇がカサカサに乾いており、まるで年を食ってしまったかのように二十代の潤いを損なっていたのだ。

 

いよいよもって二人に何があったんだとロランは不安になってくる。

 

 

 

「いや、何。貸家の事で少し問題がな……」

 

 

「?貸家ですか?何かあったんですか」

 

 

 

意識があるかどうかも怪しい山田先生に変わって織斑先生がロランに返答する。

 

かくいう織斑先生も山田先生ほどではないが元気がなく、よく見ると顔が少し青くなっており、いつもよりも眉間に皺を寄らせ頭が痛そうにしている。

 

 

 

「前日にIS委員会がその貸家のお婆さんに詳細な段取りを決める為に電話をかけたのだが、そこで揉めてしまったらしくてな……。それも向こうのお婆さんが『IS搭乗者なんて知ってたら泊めさせるものか!』なんて電話をかけたIS委員会を怒鳴り散らしてな……。その場は何とか諌めたらしいが、怒りの矛先が山田先生と私に向いてな……」

 

 

「……まさか、二人とも今までそのお婆さんに怒鳴られてたんですか?」

 

 

「あぁ、終礼が終わってから先程まで。時間にして二時間ちょっとは大声で罵られたよ……」

 

 

「そ、そんなにですか!?」

 

 

 

ロランは絶句する。ゲッソリするのも無理はない、二時間も不条理に罵られ続ければ、ロランだって心身ともに相応のダメージを受けてしまうだろう。

 

 

 

「しかもそれだけでは終わらずな、『IS搭乗者があたしの家を使うなら、監視させてもらうよ!』なんて事を言い出す始末でな……。向こう一週間はお婆さんが貸家に戻って自分の部屋の準備をするんで使えないんだそうだ……」

 

 

「うわぁ……。むちゃくちゃだ……」

 

 

 

ロランもそうこぼしてしまう程になんというか、貸家の主は無茶苦茶なお婆さんだった。

 

IS委員会に真っ正面から文句を言い、それでも気がすまないものだからほぼ無関係な千冬達を怒鳴り散らし、挙げ句に「監視させてもらうよ!」なんて言い出して一週間も延期させた上に本人の了承なく同居をするのだから、ロランのこの感想は間違っていないのだが。

 

しかしそうなってくると、僕は何処で寝泊まりすることになるんだろう、とロランは気になってくる。

 

一週間はホテルで過ごすことになるのか、それともずっとホテルで過ごすことになるか、はたまた寮に泊まることになるのか。

 

一先ず向こう一週間はどうしたら良いのか、ロランは千冬に聞いてみる。

 

 

 

「僕は、取りあえずこの一週間はどうしたらいいんでしょう?」

 

 

「それなんだが、IS委員会の方にそのことについて問い合わせたら、この一週間はこの学園の寮で寝泊まり、その後はお婆さんの家で同居してもらうことになったそうだ。私はホテルでの寝泊まりを進めたのだが、あいつら金を出すのが惜しいようで却下されてしまった」

 

 

「仕方ないですよ。僕は一応孤児ということになってるんですから」

 

 

 

ロランは不満そうな千冬をそう言ってなだめる。先程言った通り、ロランは(あくまで仮定だが)別世界から来たという実情を隠して、自分を生まれたときから孤児だと主張している。

 

下手に別世界の住人だと明言すれば、学園ではなく強引に研究所に連れていかれる可能性を危惧しての行動なのだが、今回はそれが裏目に出てしまったようだ。

 

孤児で二人目のIS搭乗者というのはIS委員会にとってもその他の団体にとっても、優良で安価な研究材料もとい被験者である。だからこそIS委員会は自分達の利益を割り増しにするため、必要以上にロランという(名目上)孤児にあまりお金をかけたくないのだろう。

 

IS学園は世界が注目し、尚且つISの最先端ともいえる場所の為その周囲の地価が高く、同様にその場所のホテルやマンションは東京の都心部高層マンションもビックリの宿泊料を呈している。孤児でなくても、わざわざマンションやホテルを借りるのは金銭的にナンセンスだ。

 

それでも、それらのホテルやマンションには常に空きがないということを考えると、恐ろしいことなのだが。

 

 

 

「取りあえず、ローラ。お前の泊まる寮の部屋の鍵を渡しておこう。昨日の今日で決まったことで空き部屋がなくて、相部屋になってしまった。住みづらいかもしれんが、そこは我慢してもらいたい」

 

 

 

そう言い、千冬はポケットから鍵を取り出してロランに手渡す。

 

 

 

「それと、委員会から荷物が配給されている。ケータイにタブレット、それとノートパソコン。その他の生活用品と着替えがこのバッグに入っている。他に必要な物があったら何時でも言え」

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

重量が一杯のバッグを千冬から受け取る。

 

相部屋になったということは同時に僕が男だとバレる可能性が高くなったということだ、と考えロランはバレることが無いよう、徹底して女性らしい振る舞いに徹しようと意気込む。

 

 

 

「分かりました。じゃあ()は早速こちらの部屋に行って、ルームメイトに挨拶をしていこうと思います」

 

 

「あぁ。それではな、()()()

 

 

「よい学園生活を……()()()さん」

 

 

 

千冬は少し疲れぎみに、真耶は不明瞭な意識で別れの挨拶を()()()に告げる。そこには先程までいたはずの()()()が消え、代りに現れた()()()が千冬達に挨拶を返す。そうして、三人は()()から()()()()()の関係に変わる。

 

三人は別れを告げ、そのまま各々のやるべきことをするため、散っていく。まるで、先程の友人同士の会話のような親しさや穏やかな雰囲気が夢だったかのように。

 

なにも自分達の関係が変わってしまった訳でもない、これはロランの為に行っている演技だ、千冬はそう自分に言い聞かせるが、それでも。

 

 

 

「……ロラン・セアック」

 

 

 

自身の心のなかでくすぶる一抹の寂しさを、そして罪悪感を隠し続けるのは、難しい。

 

直情的な彼女にとっては、なおさら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ、かな」

 

 

 

ロランは二人と別れてその後、貸家の主の挨拶はさておいて、今度はルームメイトに挨拶をするためにここ、1030号室に訪れていた。

 

ロランは1030号室に着くと、ポケットから渡された鍵を取りだし番号を確かめる。

 

 

 

「うん、大丈夫。ここであってる」

 

 

 

部屋番号の間違えがないことを確認し、ロランは目の前の1030号室の扉をノックする。

 

すると、扉の向こうから「ちょっと待ってくださる?」と声が帰ってくる。

 

その言葉に従い暫く待っていると、部屋の中から衣が擦れる音がしてくる。どうやら、中で着替えているようだ。

 

下手に扉を開けたりしなくてよかった、ロランが少しホッと安心していると、衣擦れの音がしなくなり、代りに目の前の扉が開かれる。

 

そして、驚く。

 

 

 

「待たせてしまって申し訳ありませんわ、先程シャワーから上がったばかりで出れませんでした、の……」

 

 

「いえ、私は大丈夫です。そんなに待っていませんでした、の、で……」

 

 

 

部屋の主が部屋から出ながら詫びを入れ、ロランの顔を見て、そして固まる。

 

そんな部屋の主にお気になさらずと言おうとその主の顔を見て、ロランもまた固まる。

 

1030号室、ロランのルームメイトは、三限目に舌戦を繰り広げた相手であるセシリアだった。

 

その彼女は、可愛らしい水玉のパジャマを着たまま、ロランの目の前で固まっていた。

 

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

 

驚き具合から見るに、セシリアにはロランがルームメイトになることを知らされてないようだ。まぁ、ロランもその点では一緒なのだが。

 

お互いがお互いの顔を見つめるが、そこからどちらかが動くでも話しかけるでもすることなく、ただただお互い目を会わせるだけ。

 

三限目にあれほど口喧嘩をしたこともあって、お互いがお互いどうしたらいいのかわからず、硬直しているのだ。

 

ロランはセシリアのアクションを、そしてセシリアはロランのアクションを待つという、女子同士が傍目から見たら見つめあっている誤解を招きかねない状況が生まれていた。

 

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「……取りあえず、部屋に入られたら如何ですの?」

 

 

「あ、はい。お邪魔、します……」

 

 

 

そうして暫く、時間にしては一分も経っていないがロラン達にとっては息のつまるような時間が過ぎた時、唐突にセシリアがロランに部屋に入るように促す。

 

唐突に話しかけられて内心少し驚いたが、一先ずセシリアに中に入りなさいと言われたのでロランはおっかなびっくりといった調子で、セシリアの部屋の中に入る。

 

部屋の中は少し広いワンルームといったところで、大きめのベッドが二つならんで付けられている。

 

また、奥の天蓋付きベッドの近くには、セシリアの私物であろうティーセットと、何百枚とも思える量の原稿用紙がテーブルに置かれている。

 

そのティーセットは素人目から見ても良いものだとわかる代物で、垢抜けたそれでいて品質の高さを思わせる装飾をしており、まさに瀟洒という言葉を体現しているかのようである。

 

その装飾は、ロランの世界にあるルジャーナ領地の郷土品にとてもよく似ており、ロランに微かな哀愁を感じさせた。

 

 

 

「そちらのお席に座ってもらっても?」

 

 

「あ、あぁ。はい、分かりました」

 

 

 

思わず哀愁に浸りそうになったロランを、セシリアの言葉が引き留める。我に返ったロランは慌ててセシリアの言った席に座り、次のセシリアのアクションを待つ。

 

しかし、そこでも二人の間に何か親しい会話が交わされるでも、雰囲気が和らいだりするでもなく、ただただ居心地の悪さが残り続けている。

 

言われるがまま席に座ったがこの後、もしかしたら三限目の続きをすることになるのだろうか、それとも何か別のことをされるのか、ロランは内心びくびくしながらセシリアの方を見る。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

ロランは再び、驚くことになった。

 

セシリアはティーセットを用い、明らかに値のはる茶葉で紅茶を淹れていた。

 

それも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ロランはあの時、暴論を吐いていたとは言えセシリアを散々に扱き下ろし、意図したことではないがクラス内でのセシリアの立場を悪くしてしまった。

 

かくいうロラン自身も、あそこまで言う必要は無かったと悔やんですらいた。

 

それだというのに、セシリアは遺憾の念がこもった顔をし、今こうして扱き下ろした相手に紅茶を淹れている。

 

ロランの知っているセシリアは、女尊男卑と自尊心の塊のようで、それでいてヒステリックな少女だった。しかしこうして紅茶を淹れている彼女は、ロランの知っている彼女の像とはかけ離れている。

 

印象の違いにただただ困惑するロランの事など露知らず、セシリアは紅茶をてきぱきと淹れる。

 

ポットに茶葉をふんだんに入れ、お湯を静かに注ぐ。その後コゼーを被せ、茶葉を蒸す。そして最後に、ポットをカップから少し離して紅茶を注ぐ。

 

セシリアの淹れ方はとても手慣れており、一動作が非常に絵になるほど所作が整っていて、彼女は普段もこのようにお茶を振る舞う機会が多いんだろうなと、ロランは困惑した頭でセシリアの事を分析した。

 

そうしてセシリアは紅茶を二つの瀟洒なカップに注ぎ、その内の一つをロランに渡した。

 

 

 

「どうぞ、ローラさん。良いお茶ですから、きっと気に入りますわ」

 

 

「あぁ、ありがとうございます。セシリアさん」

 

 

 

困惑はしたが、せっかく相手が淹れてくれた紅茶を飲まないのは失礼だとロランは思い、一先ずカップに手をつける。

 

おそるおそるカップを持ち上げると、まだ飲んでも無いというのに、芳醇なミルクの香りがロランの鼻をくすぐる。

 

 

 

「……では、いただきます」

 

 

 

そう言いロランはセシリアの淹れた紅茶、ミルクティーをゆっくりと飲み始める。

 

十分に紅茶を舌と喉で味わいながら一口飲み切り、ゆっくりと息を吐く。そして、評価をする。

 

 

 

「……とても、美味しいです。こんなに美味しい紅茶は、私初めて頂きました」

 

 

 

最高の評価だ。これはお世辞でもなんでもない、セシリアの淹れた紅茶は、ロランが飲んできた中でダントツで一番の美味しさだった。

 

紅茶とミルクの香りが強いが、それに反して紅茶特有の渋みや苦味が一切なく、そのかわり茶葉の甘く濃い風味が呼吸をする度に鼻を抜け、満足感を覚える。

 

また、ミルクと茶葉の甘さが非常に合っており甘味が強いにも関わらず、甘さは舌の上で残り続けずサッと引いていく為、後味も良い。まさに、最高級の紅茶であった。

 

 

 

「良かったですわ。お口に合うかどうか、心配でしたので」

 

 

 

ロランの評価を聞きセシリアは安心したのか、悲痛な面持ちから、朗らかに笑みに変わる。

 

その微笑みは、クラスの中でのセシリア、一夏に突っかかるセシリア、そのどちらにも当てはまらない一少女としての純粋な微笑みだった。

 

だが、その微笑みは直ぐに元の悲痛な面持ちに戻る。そして、彼女もロランの前にある椅子に腰掛け、ロランと相対する。

 

その顔は依然として遺憾の念がこもった顔をしている。表情から何か感じ取れないかと思いロランはセシリアの顔をよく見るが、セシリアが席に座ってから若干うつむいている為、髪でよく表情は見えない。

 

 

 

「あの、セシリアさ……」

 

 

「すみません」

 

 

 

どうしたのだろうかと思ってロランが話しかけようとして、それを遮るようにセシリアが頭を下げてロランに謝る。

 

当然、謝られたロランは何で自分が謝られたのか分からない。

 

 

 

「セ、セシリアさん。そんな、急に……」

 

 

「わたくしのせいで、貴方まで巻き込んでしまいました」

 

 

 

頭を上げてもらおうとするが、セシリアはそれでも止まらない。

 

 

 

「貴方を、ローラさんを巻き込むつもりは御座いませんでしたの。でも、わたくしのワガママで貴方はISで戦うことになってしまわれた……。全部わたくしのせいです、弁解の余地もありませんわ……」

 

 

 

そう言い切り、セシリアはもう一度頭を下げてロランに謝る。

 

そこでやっとロランは、セシリアが何で謝っているのかが分かった。セシリアは、ロランをクラス委員長を決めるためのIS戦に巻き込んだと思い、それを申し訳ないと思っていたのだ。

 

だから僕がIS戦に参加する事が決定したとき、セシリアさんは悲しげな顔をしていたのか、とロラン納得する。

 

しかしその一方で、ロランはセシリアの人物像が分からなくなる。

 

クラスでのセシリアは、一夏に罵詈雑言を浴びせる女尊男卑に染まった少女といった印象だった。しかし、今ロランの目の前にいるセシリアは他人を、しかも先程まで罵倒してきた人物を思いやり、そして自分の行動を反省できる良くできた少女だった。

 

クラスにいる時の彼女と今ここにいる彼女の印象は相反しており、チグハグだ。

 

 

 

「……セシリアさん、頭を上げてください。私も、あの時は言い過ぎました。その事で謝らなくて大丈夫です」

 

 

「しかし……」

 

 

「ただ」

 

 

 

赦しを言われても悔恨の念は拭えないのか、尚も謝ろうとするセシリアの言葉をロランは強引に切る。

 

 

 

「もし、私に本当に申し訳ないと思っているのでしたら、教えていただけませんか。何故、貴女はあそこまで、必要以上に一夏を貶し、辱しめたのですか?」

 

 

「……」

 

 

 

そして、ロランはセシリアにあの騒動の核心を聞く。

 

すると、セシリアはそのロランの言葉を聞いて苦い顔をし、静かになった。しかし暫くすると表情を引き締め、ロランに向き直る。

 

 

 

「分かりましたわ。貴女がそれを望むのでしたら、話しますわ。ただ……」

 

 

 

「ただ?」

 

 

 

「……このことは、誰にも話さないでほしいですの。その、わたくしの生い立ちの話に、なりますので……」

 

 

 

セシリアは一夏への過激な態度への理由を話すことを承諾する。しかし、その代わり誰にも話さないでほしいと言うと、セシリアは言葉の歯切れが悪くなり言いづらそうになる。

 

それだけ、あまり自分の生い立ちの話を誰かに聞かれたくないのだろう。それだけセシリアの過去に辛いことがあったのか、それともやましいことがあったのか。

 

 

 

「……誰にも言いません。話して、下さいますか」

 

 

「……はい」

 

 

 

この少女の過去に無闇に手を伸ばしても大丈夫だろうか、セシリアはその事で傷ついたりしないだろうか、セシリアの話しにくそうな様子を見てロランは聞いていいものかと一瞬躊躇する。

 

しかし、直ぐにロランは誰にも言わないと約束をし、セシリアに話を促す。

 

セシリアもロランが約束を守ると言ったので、多少自分の生い立ちを話す覚悟がついたのだろう、頷いて淡々と自分の生い立ちについて、話し始めた。

 

 

 

「自己紹介の時も話しましたがわたくし、セシリア・オルコットは名家に生まれました。オルコット家、代々続くイギリスの由緒ある家柄ですわ」

 

 

「はい、聞いております」

 

 

「三年前、わたくしの両親は列車事故に巻き込まれ、他界しました。両親が他界し、他に身内が居なかったので、オルコット家を支えられるのはわたくしだけになりました」

 

 

「それは……」

 

 

 

ロランはその話を聞いて、言葉に詰まった。どう言葉をかけたものか、分からなくなったからだ。

 

本当はお気の毒にと、言った方が良いのだろう。だがロランは何となく、セシリアはそんな言葉を望んではいないと思った。だから、今は余計なことを言わずセシリアの話を聞くことにした。

 

 

 

「まだ小学生のわたくしにとって、オルコット家を継ぐのは過酷な事でした。しかし、わたくしがこの家を継がないということは、同時にオルコット家の破産を意味します」

 

 

「……はい」

 

 

「子供心にも、それは許しがたいことでした。わたくしは直ぐにオルコット家の代表になることを決意し、そして就任しました。これでオルコット家を、両親の残した遺産を守れると、幼い頃の私は、愚かにもそう思っていました」

 

 

「思っていた、ですか」

 

 

「……えぇ」

 

 

 

セシリアは唇を噛みしめる。眉に深く皺が寄せられ、よく見ると足がカタカタと震えているのが分かった。

 

 

 

「わたくしは、あのときのわたくしは、単なる餌でした。それも、たんまりと金を蓄えた。そんなわたくしを、あいつらは、男どもは見逃しませんでした。わたくしの無知さにつけこみ、あの手この手で両親の、オルコット家の遺産を狙ってきたのです」

 

 

「そんな……ことが」

 

 

 

当時はまだ小学生だったセシリアにとって、両親の遺産を目当てに自分よりも年上の男たちがすり寄ってくる様は、どれだけ恐ろしかった事か。

 

その男たちもISの登場によって社会的地位や立場が追いやられ、いつ解雇されるか破産するか分からない社会で生き延びる為にも、セシリアという餌は手にしようと必死になり手段も選ばなかったはずだ。

 

小さいセシリアを脅したり、たぶらかしたり、同情を誘ったり、婚約を申し込んできたり。ともかく、様々な手を使ってセシリアを出し抜こうとしただろう。

 

その時のセシリアの感じた恐怖は、計り知れない。

 

 

 

「わたくしは両親の遺産を守るため、必死に勉強しました。男どもから遺産を守るために……あの男の代わりに」

 

 

「あの男……ですか?」

 

 

「えぇ。ハリー・オルコット。わたくしの、父親の為に」

 

 

「え?セシリアさんの、お父様ですか……?」

 

 

 

ロランが聞き返すと、セシリアは力強く頷く。

 

 

 

「あの男は、わたくしの母親と一緒に列車の横転事故に巻き込まれ亡くなったことになっています。でも、あの男は母親とは不仲でした。母親の、オルコット家の婿養子に入ったのが負い目だったんでしょう、あの男はいつも母親に卑屈な態度をとっていました。母親もそんな態度に辟易して、距離をとっていました。そんな不仲な二人が、その時だけに限って一緒に居たんです」

 

 

「つまり……?」

 

 

「あの男は、生きています。自分をあの列車事故で死んだように見せかけて、オルコット家から逃げ出したんです。現に、あの男の遺体はオルコット家に渡されませんでしたし、遺産の一部が使われた形跡がありました。その遺産を使って、あの男は自分の行方を眩ましたのです!自分が、オルコット家を継げる自信がないから!卑劣にも!!」

 

 

 

セシリアは捲し立てるとともに、言葉尻が段々と強くなっていき、その目は怒りに揺らめき始める。

 

とどのつまり、セシリアは今なお戦っているのだ。自分を守るため、オルコット家を守るために、男たちと。

 

だから、一夏にも強く当たった。クラスに馴染めず萎縮していた一夏に、セシリアの言う「あの男」の卑屈な態度が重なって見えたから。

 

ロランは、頭を抱えた。

 

セシリアは明らかに間違っている、だけれども、それをロランが直接指摘するのはダメだ。

 

ロランにはセシリアの悲しみが痛いほど分かる。

 

だからこそ、ロランが指摘することでセシリアはどれだけ傷つくか、自身の根底を覆されどれだけ深く絶望するか、想像に難くない。

 

 

 

「……話が逸れてしまいました。私の生い立ちは以上です。わたくしは家を守るために、男どもより上に立つことを決めたのです」

 

 

「そう……でしたか」

 

 

「えぇ。これで、納得できたでしょうか。わたくしが、なぜあの一夏に苛烈な態度をとったか」

 

 

「はい、ありがとうございました。それと、辛い事を言わせてしまい、すみませんでした」

 

 

「……いえ、構いません」

 

 

 

そうセシリアが返し、二人の間に再び僅かな沈黙が訪れる。

 

だが、その沈黙は他でも無いロランによって破られた。セシリアの為に動こうと決めた、ロランによって。

 

 

 

「セシリアさん。一回だけで、一回だけで構いません。一夏と話をしてみませんか」

 

 

「……今の話を聞いて、わたくしがそのお願いを聞くと思って?」

 

 

 

セシリアの目が冷たくロランを見据える。恐らく、セシリアは何度もその様なことを言われたのだろう。

 

そのように冷めたセシリアの目を、ロランはしっかり見つめて提案をする。

 

 

 

「聞くとは思っていません。だから、賭け事をしてみませんか。セシリアさん」

 

 

「……賭け事、ですの?」

 

 

 

ロランの口から「賭け事」なんて言葉が出るとは思わなかったのだろう、セシリアは驚いたようで少しの間呆ける。

 

この隙を逃すまいと、ロランは一気に畳み掛ける。

 

 

 

「委員長決定戦で私が負ければ、私はセシリアさんのやり方に口出ししません。だけれども、私が勝てば一夏さんと一度だけ分け隔てなく話してみてください」

 

 

「ま、待って下さい!わたくしはそんな賭け事なんて……」

 

 

「セシリアさん」

 

 

 

このままでは相手の、ロランのペースに呑まれると思ったのだろう、セシリアは無理にでも声をあげて乗らないと告げようとする。

 

だがそうはさせない、直ぐにロランはセシリアの言葉を遮る。

 

そして、ロランは用意していた「爆弾」を投下する。

 

 

 

「『証明してみせてくださいよ』」

 

 

「な、何、を……」

 

 

 

セシリアの頬がヒクヒクと痙攣する。何せ、『焚き付けられざるを得ない言葉』を、もう一度言われようとしているのだから。

 

セシリアは男へのその苛烈な態度によって、きっと今まで、何度も「男と上手く付き合えるようになれ」と助言されたことがあるのだろう。

 

そしてその度に、自分と家を守るためにその助言を突っぱねてきたのだろう。

 

だからこそ、セシリアを動かすには、前へ進めるには正攻法ではダメだ。

 

だからこそ、ロランは言ってみせる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『自分のやり方が正しいって、証明するんですよ。勝負に勝てば、私は貴女のやり方を認めますよ』」

 

 

 

 

──気に入らない男からの挑発(最大級の地雷)

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、お前までセシリアに啖呵を切ったのか」

 

 

「す、すみません。彼女を、セシリアさんを放っておけなかったもので……」

 

 

「ふふっ。優しいローラさんらしいですね」

 

 

 

ロランがセシリアに啖呵を切った翌日の放課後、ロランと千冬、そして真耶の三人は学園のアリーナへ足を運んでいた。

 

ロランがセシリアに啖呵を切った手前、負けるわけにはいかなくなったので、ターンエー(IS)の性能調査も兼ねて、アリーナで練習することになったのだ。

 

というのも、このターンエーは現状世界に存在するISのコア、467個に属さないコアを持つとして、IS委員会から性能調査の申請が来ていたのだ。

 

ロラン達も学園周囲の停電があったため、このターンエーがどうしてISに変化したのか全く分からず、そしてどんな武器や性能なのか分かっていない。

 

なので千冬はIS委員会の申請を許諾し、こうしてターンエーの調査ついでにロランの練習に付き合うことにしたのだ。

 

千冬自身は弟を生徒に持つ身として、あまり一人の生徒に肩入れしないようにはしているが、ロランはISその物が正常かどうかも怪しいので、今回は特例ということにしている。

 

それに、もしかしたらターンエーに委員長決定戦で使える武器や機能が内蔵されているかもしれないため、ターンエーの調査は必須なのだった。

 

 

 

「それでセシリアに嫌われたら元も子もないだろうに……」

 

 

「あはは……。昨日「そこまで言うなら容赦しませんわ!」って言って今日も一切口を利いてくれませんでしたからね……。「わたくし達は敵なのですから、言葉は不要です!」って拗ねちゃって」

 

 

「うふふ。セシリアさん、意外と子供っぽいんですねぇ~」

 

 

 

そんな雑談を交わしていると、あっという間に三人はアリーナに到着する。

 

アリーナに踏入りその中心にたどり着いたのを皮切りに、三人は無駄話を挟みながら各々の準備を済ませる。

 

ロランはターンエーを纏い、真耶はパソコンを立ち上げターンエーと繋ぎ、千冬はアリーナのシールドを起動させて、アリーナに併設されている管制室に移動する。

 

 

 

『此方は用意できました、山田先生』

 

 

「こっちもです!ロラ……じゃなくてローラさんも準備出来ました!何時でもいけます!」

 

 

『よし、じゃあターンエーの機体情報を探ってくれ。前回みたいに一気に探らなくていい、一部だけで構わないからな』

 

 

「分かりました!」

 

 

 

管制室からマイクで飛ばされる千冬の指示に従い、真耶はパソコンのキーボードを軽やかに叩き、ターンエーの機体スペックを調べて行く。

 

その目はパソコンの画面の一部分を食い入るように見つめては、移ろいで行き、また見つめたかと思うと移るを何度も繰り返す。

 

軽やかにキーボードがカチャカチャとタイピングされる音が続き三十分、真耶はようやく画面から顔をあげ、額に流れる汗を袖で乱雑にぬぐう。

 

 

 

「無事見つけることが出来ました!ターンエーの機体スペック、管制室に送ります!」

 

 

『分かった』

 

 

 

真耶は前回の大惨事を引き起こさずにすんで安堵したようで、「終わりました~」といってロランとさっそくじゃれ始める。ロランも嬉しそうにしている真耶を見て、「お疲れさまです」とこちらもまたじゃれ始める。

 

 

 

「全く……。真耶君ももう大人だろうに、あんなにはしゃいで」

 

 

 

そう言い千冬は液晶画面に映る二人を眺めて苦笑しながらも、真耶の出したターンエーの機体スペックに目を通す。

 

まるで今の自分は孫達が遊ぶ姿を見て微笑ましいと思いながら新聞を読む婆さんだな、と一瞬思い、いやいや私はまだそこまで年食ってはいないと妙に自分の世界に浸りながらも、千冬はターンエーの情報を読み進める。

 

 

 

「出力やシールドエネルギーは第二世代より少し上、コアは腰の前方にあり、フライトユニットが取り付けられていない、それと……ん?」

 

 

 

読み進めていくうちに、千冬はターンエーの肩に備え付きになっているという、一つの武器に意識が向く。

 

 

 

「これは……「ビームサーベル」?SFでよくみる、あの……?」

 

 

 

「ビームサーベル」機体スペックに書いてあるその武器にはその名前が割り当てられており、見た目上はただの短い円筒の物体だ。

 

ビームとは、要は重金属を熱したようなもので、千冬はそこまで詳しくはないがビームを実用的な武器にするには、かなりの労力が必要になってくると聞いた事がある。

 

それが、この機体スペックではこの小さい筒からビームが出ると書いてあるのだ。お世辞にも信憑性が有るとは言えない。

 

 

 

『ローラ、すまないが背部にラックしてある「ビームサーベル」を使ってみてくれ。そのデータも取っておきたい。もしかしたら、今度の委員長決定戦で使えるかも知れないからな』

 

 

 

その為、かの機体スペックが信憑性の有るものかどうかを確かめるために、実際にロランに使ってもらうことにする。

 

千冬のその言葉にロランは若干、迷うそぶりを見せるが、直ぐに「良いですよ」とサーベルを一本手に取った。

 

 

 

「山田先生、危ないですので離れてて下さい」

 

 

「あ、はい。分かりました」

 

 

 

武器の試運転をするので山田先生にロランから離れるよう伝え、十分に距離を取ったところでロランにサーベルの出力を入れることを伝える。

 

 

 

『最低出力で起動させてから、徐々に出力を上げていってくれ』

 

 

「分かりました」

 

 

 

そう言い、ロランはサーベルを起動する。

 

その瞬間。

 

 

 

「!!」

 

 

 

ターンエーの持つサーベルから、高熱量が感知される。それも、()()()()()()()()()()()()()().()()()()()()()()の。

 

 

 

 

『ロラン!直ちにサーベルの電源を切れ!!試運転は中止だ!!』

 

 

「ッ!!分かりました!!サーベル、電源を落とします!!」

 

 

 

千冬は直ぐにロランにサーベルを切るように伝え、ロランも千冬のその鬼気迫る声で危険を察知し、サーベルの電源を直ぐ様落とす。

 

千冬はロランが電源を落としたかどうかを確認する前に、慌てて真耶の様子を管制室の窓ガラス越しから確認する。

 

当の真耶は突然ビームサーベルの試運転が中断されて不思議そうにしており、「折角だからもっと見たかったです~」なんて呑気な事を言っている。

 

真耶の無事を確認し、千冬はその場にあった椅子に体を預けるように荒々しく座る。

 

そして、何気なく額を袖で拭い、玉のように出来た冷や汗が自分の額に流れていたことを、ようやく知った。

 

助かった、千冬は誰に言うわけでもなくそう一人ごちる。

 

あのまま起動させ続ければ、山田先生には何かしらの被害が出てしまっていただろう。

 

あの出力を維持し続けても全身火傷は逃れられないだろうし、もしも出力が上げられていたなら、山田先生の体は……。

 

そこまで考えて千冬はかぶりを振ってその想像を強引に打ち切る。

 

そして、今はロランにビームサーベルについて話さなければいけないことを思いだし、かけてた椅子から立ち上がり

 

 

 

『ロラン、今後一切そのビームサーベルを起動するな。そいつは、強力すぎる……!』

 

 

「やはり、そうでしたか」

 

 

 

千冬のその言葉を聞き、ロランは察したようだった。

 

ロランには悪いがこの武器は使わせれない、これは人殺しの武器だ。

 

ロランもこのビームサーベルの危険性は覚悟していたようで、千冬の使用禁止命令に逆らわず受け入れた。

 

だが、そうなると委員長決定戦の武器をどうするだろうか。

 

 

 

「学園の武器、は貸出しされてて空きがないか……。正式に倉持から購入する、にはロランに支給された資金が少なすぎる……」

 

 

 

何処をどうしようと八方塞がり、そんな状況に何か突破口はないかと千冬が探す一方。

 

 

 

 

「……。ん?」

 

 

 

ロランは、ターンエーのディスプレイに『TRANSFER COMPLETE』という字幕と共に、電子音が鳴り響いたことに気付いた。

 

何だろう?そう思った瞬間。

 

 

 

 

「わっ!?わわっ!!?」

 

 

「え?えぇっ!?」

 

 

 

アリーナにいた真耶とロランが同時に驚く。無理もない、何せロランの手にいつのまにか()が握られていたのだから。

 

 

 

 

「こ、これは……」

 

 

『何だ!どうした二人とも!?』

 

 

 

二人の声を聞いて、管制室の千冬は慌ててアリーナ内のカメラでロランを液晶に映し、確認する。

 

 

 

『な!?何だこれは!?機体スペックに、こんなものは記載されていないぞ!』

 

 

「えぇっ!?そ、そうだったんですか!?」

 

 

 

驚愕に満ちた千冬の発言に、利用者ロランと真耶は驚く。

 

ロランは千冬のその言葉を聞き、急いでターンエーに話しかける。

 

 

 

 

「ターンエー、どうした!?何処からこれを持ってきたんだ!これは一体……!?」

 

 

 

 

すると、その言葉と呼応するかのように、ターンエーのディスプレイは光り、そしてロランの問いに答えを返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     『DOCbace The moon 2』

 

 

 

 





次回予告

とうとう僕たちは、ISで戦うことになる。彼女の心を、少しでも癒してあげたいからだ。

そんな僕を、セシリアさんは鋭く睨むのだった。

次回 IS─∀turns
『ターンエー立つ』
舞い上がれ、戦風──。


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第四話「ターンエー立つ」

僕はセシリアさんと言い合ってしまうけど、彼女は僕が思ってたよりも優しくか弱い女の子だった。

僕は彼女を助けようとするのだが、そんな僕の気も知らずターンエーは悩みの種を運んでくるのだった。


セシリアとの騒動からあっという間に一週間が経ち、委員長決定戦当日。時刻は放課後、既に学園のアリーナにはこの試合を観戦しにきた生徒達でひしめき合っており、件のIS戦を心待ちにしている。

 

見にきた生徒達は、学科問わず一から三年生までの生徒のほとんどであり、まるでパフォーマンスライブを見に来た観客のように今か今かと試合の開始を待っている。

 

無理もないだろう。何せ、全世界で唯一のIS男性搭乗者の初戦闘が、つまりはISの歴史に残るであろう重大なイベントがこれから行われるのだから。

 

 

 

「いやー楽しみだね!一夏君、セシリアさんにどれだけ食らいつけるのかなぁ!」

 

 

「一夏君もいいですけど、ローラ姉様も見逃せませんわ!私にできるのは、愛するローラ姉様が勝つのを祈るだけ!!」

 

 

 

また、このドーム全体を沸かせている要因はその男性操縦者以外にも、もうひとつあった。それこそが、「ローラ」という少女の試合参加だった。

 

何故転入生である「ローラ」もとい「ロラン」が、ここまでの人気を獲得したのか。それは主にロランの人柄によるものが大きい。その柔らかなもの腰と仁徳、そして何より美貌によって一年のみならず、二年三年の生徒達にも「ローラ」という人徳者の存在が知れわたっているのだ。

 

困っている人が居たら率先して手伝い、頼まれ事を受けたなら二つ返事で了承する、まさにローラは「良くできた少女」といえるだろう。

 

そうして彼の人柄が知れわたった結果、その出来た性格が上級生にも受けて、一週間足らずで学園のマドンナ的な扱いを受けることになったのだ。

 

無論、その待遇は良いことばかりではなかった。

 

厚遇ぶりやロランの美貌が祟って、ロランに対して嫉妬をしたり、煙たがる女生徒も現れた。そしてその衝動のまま、「ローラ」に押し掛け陰湿な暴言を投げ掛ける生徒もいた。

 

だが。

 

 

 

『私はマドンナなんて大それたものじゃありません。ですから、この肩書きが気に食わないのでしたら、私はいつでもこの肩書きを捨てます。そして同時に女を捨てましょう。それでも気に食わないのでしたら、どうぞ、この私を、今ここで。好きにしてくださって構いません』

 

 

 

そんな生徒達も、ローラにこう言われては黙らざるをえなかった。

 

こうも毅然と言われては、たまったものではない。なにせここまで言わせた上で追及し続けたなら、周囲から見る目は冷ややかになるだろうからだ。

 

それだけ、押し掛けた少女達にとってローラの言葉は自分達を追い詰め、そして退散させるのには十分なものであった。

 

こうして、ローラを好ましく思えない生徒は、他でもないローラによってその存在を潜めざるを得なくなったのだ。

 

なお、その「ローラ」としての毅然とした態度と発言に感銘を受けた女生徒が現れ、「千冬姉さま党」など「姉さま」関連の派閥に新たに「ローラ姉さま党」が作られたのは、また、別の話である。

 

 

 

「さぁ!貴女も『ローラ姉さま党』へ加入なさらない?」

 

 

「こんなところで勧誘すんなよ!『ローラ姉さま党』はローラの尻を追いかけるだけにしろ!」

 

 

「ローラ姉さまの尻と言いましたの!?おのれェェェェェェ!!」

 

 

「尻を尻と言って何が悪い!」

 

 

 

観客席はもはやかしましいどころではなく、試合が始まる前から熱狂的な歓声に近い声がそこらじゅうで上がっていた。

 

それらの大半は自分の推している人物への応援だったり、どちらが勝てるかという賭け事まがいの下馬評のガヤだったり、先の「ローラ姉さま党」会員の熱心な勧誘活動などであった。

 

もはや試合そっちのけの盛り上がりである。だがそれも、普段はIS学園から出られず刺激の少ない学園生活で溜まった鬱憤を晴らすためだと思えば、分からなくもない。

 

場面は変わってアリーナの準備室の一室、そこにはこの試合の核であり発端の二人、織斑一夏とロラン・セアックが各々の準備を済ませ、一夏の幼馴染みである篠ノ之箒と共に一夏専用のISが搬入されるのを待っている。

 

待っている、のだが、そんな彼らの間に微妙な空気が流れていた。

 

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「あ、あはは……」

 

 

 

三人のいる空間は外の観客席とはうって変わって暗く、そして沈んでいる。端的に言えば空気が死んでいる。

 

その空気の大本は織斑一夏、そして篠ノ之箒の二人からであった。一夏が箒をジットリとした目で恨めしく見つめ、見つめられている箒は冷や汗を流しながら必死に目をそらしているという、何ともシュール極まりない夫婦漫才あるいは寸劇を思わせるコミカルな状況を二人は作り出していた。

 

これにはロランも苦笑いして、二人を見守るしかない。

 

 

 

「……なぁ、箒」

 

 

 

一夏から声を掛けられ、箒があからさまに肩をビクンッ!と動かす。

 

 

 

「な、なんだ、一夏」

 

 

「いやな?箒、一週間前に俺に対して言ったこと覚えてるか?」

 

 

「無論、覚えてるとも。この私がISについて教えてやると言ったのだ」

 

 

「……そうか」

 

 

 

一夏は一呼吸おいて言う。

 

 

 

「この一週間、剣道の練習しかしてなかったよな?」

 

 

 

その言葉を聞くや否や箒の視線は在らぬ方向を向き、その額には文字どおり滝のような汗がダラダラと流れ始める。

 

その目は庭園の池を遊泳する鯉の如く四方八方に泳ぎ、額に流れる汗は日本特有の渓流を想起させる程に多量に流れる。

 

とどのつまり図星であった。

 

その様子を見て一夏は深くため息をはいてうな垂れる。

 

一週間前、セシリアとクラス代表決定戦で戦うことが決まった後、一夏はまずISの動かしかたや戦術を学ぶことにした。

 

その為に自分の親友であり、尚且つ同じセシリアというライバルを持つもの同士であるローラに、ISの操縦知識やコツといったIS関連の知識について教えを乞うた。

 

ローラはそれに二つ返事で了承、しかし、それに異を唱えた人物がいた。それこそが箒であった。

 

 

 

『わ、私は篠ノ之束の妹だ!そんな女に聞かずともISついて私が教えてやるぞ、一夏!』

 

 

 

そう言って必死の形相で一夏に迫る箒。

 

その必死の形相を見て、ロランは箒の抱く一夏への淡い恋心に気づいてしまった。そうなれば、ロランは箒の邪魔をすることも、彼女の勇気を振り絞って起こした行動を無駄にすることも出来ない。

 

 

 

『助かります、箒さん。私は私でセシリアさんとの対戦で、準備しなければなりませんでしたから。箒さんが一夏の先生になってくださるなら、良かったです』

 

 

 

と箒の体裁を保てるような理由をでっち上げて、ロランは自ら身を引いた。

 

一夏としてはローラの理由を聞いた以上、これ以上ローラに迷惑をかけては申し訳ないと思いつつも、それでも箒ではなくローラに教えてほしかったなぁと、未練がましく思いながら、自分の幼馴染みに教えてもらうことになった。

 

そうしていざ始めてみれば、そもそも学園のISは全て貸し出されていて使えず、一夏に支給されるという専用機は今だ届かずで、ISの練習をしようにも肝心のISがない。

 

しょうがないのでISの練習は一先ずおいて、剣道の心得のある箒の指導のもと体力作りの練習をすれば、「弱すぎるぞ!」と怒られISの練習を度外視したスパルタ式の特訓に指針転換され、とうとうISを動かさないまま今日になってしまった。

 

無論、一夏とて幼馴染みに言われるがまま剣道の練習ばかりしていたわけではない。

 

「このままだと剣道の練習しかできない!」と、流石に一夏も試合三日前にも関わらずISの「ア」の字すら知らない現状を危ぶみ、練習の合間に挟む休憩時に箒にISの動かしかたを聞いたりした。

 

したのだが。

 

 

 

「何だよ、『ブッピガァンとしてピピピピピとしてバキューン』て……」

 

 

 

そう、箒はISを所謂イメージで、感覚で動かし教えるタイプだったのだ。しかも箒のイメージは一般的なものと違いかなりずれており、それが箒の教えベタをどうしようもないものにしていた。

 

それだけではなく、一夏が再びロランに教えを乞おうとすれば直ぐに箒が飛んできて「私が教えてやる!」と怒って引きずっていくので、もう、どうしようもない。

 

 

 

「『こうイメージしたら簡単に空を飛べるぞ』っつーけどこんな重量感しかないイメージでどうやって空を飛べっつーんだよ……」

 

 

「す、すまん……」

 

 

 

件の箒も箒で責任を感じているのか目に涙を浮かべながらしょんぼりしているが、正直なところ一番泣きたいのは俺だよと一夏は深くため息を吐く。

 

セシリアは代表候補生で自分は素人、その差は埋めがたいものだ。それでもセシリアに食いつくためにこの一週間をISの練習に費やそうとして、このざまである。これではそもそもISで飛べるかどうかすら怪しい。

 

『証明してみせろよ』とか『それが俺の、男の意地だから』なんてでかいことを言っておいて、いざ試合が始まってセシリアに手も足もでないとなれば、余りにも自分が情けなさ過ぎて泣きたくなってくる。

 

 

 

「あはは……」

 

 

 

ロランもこれには苦笑するしかない。恋は人を盲目にするとはよく言うが、ここまで盲目になれば恋患いではない別の病気ではないかとすら思える。

 

 

 

「織斑くん!お待たせしました、専用機の搬入が済みまし……あの、どうしました?」

 

 

「……気にしなくても問題ないでしょう、山田先生」

 

 

 

そんな死んだ空気の中をタイミングが良いのか悪いのか、真耶と千冬が専用機搬入を終えた事を言いに入ってくる。

 

真耶がこの場の妙な空気に戸惑うのを尻目に、ロラン達三者の様子を見て全てを察した千冬は真耶に「気にするな」と声をかけて、一夏に事務的な指示を出す。

 

 

 

「織斑、予定よりも搬入が遅れてしまったが、お前の専用機が着いた。直ぐに格納庫に向かい、フィッティングを済ませろ」

 

 

「は、はい!分かりました、ち……織斑先生!」

 

 

 

自分の専用機が届いた、その言葉で憂鬱にかまけて虚ろになりつつあった意識が鮮明になり、自分が今すべきことを認識する。

 

IS、そうだ。こんなところで不貞腐れる場合じゃない。俺はISでアイツに、セシリアに挑むんだ。男の意地を賭けて。憂うのは後でできる、今は自分に出来ることをしよう。

 

後ろ向きな思考を遮断し、一夏は即座に自分が今できることに意識を向ける。今できることは機体を、ISを少しでも長く体に馴染ませる事だ、ならば直ぐにでも格納庫に向かわねば。

 

一夏は席から急いで立ち上がり、早足で部屋から出て格納庫へ向かっていき、その後を追ってパタパタと走りながら真耶が出ていく。

 

昔からアイツは、切り替えが早すぎるせいで忙しないな。

 

そんなことを考え、出ていく自分の弟と後輩の姿をため息混じりに見届けた後、千冬はローラにも向かうよう指示を出す。

 

 

 

「ローラも直ぐに向かえ。予定では一回戦目は一夏とセシリアの勝負だが、一夏のISが時間内に一次移行を済ませなければ、ローラが先に出てもらうことになる」

 

 

「分かりました、織斑先生」

 

 

「……それと、箒」

 

 

「は、はい!?」

 

 

 

背中越しに千冬が呼び掛けると上がる、箒のすっとんきょうな声。

 

 

 

「箒、何処へ行くんだ?まさか格納庫へいくんじゃないだろうな?あそこは関係者以外立ち入り禁止だぞ?」

 

 

「うぅっ!」

 

 

 

彼女は足音を殺しながら、千冬の後ろのドアから出ようとしていた。それもコッソリと。

 

もうそれだけで今の箒が何をしようとしているかなど、手に取るように分かってしまう。

 

『自分の想い人が心配だから、一緒に居られるだけ居てあげたい』

            ↓

『だけれど一夏の行く格納庫は自分では入れない……』

            ↓

『そうだ!コッソリ忍び込もう!』

 

なんともベタベタ過ぎて手垢でも付きそうなくらいに、献身的ではあるがありきたりな考えである。

 

その考えをよりによって、私の目の前で実行する勇気は称賛に値するが、無鉄砲かつ身勝手極まりない行動を実行する勇気は控えるべきだろう。

 

千冬は箒を心中で称賛すると共に呆れ果てる。

 

千冬は恋するが故に無鉄砲な少女、箒に向き直り諭すように言う。

 

 

 

「アイツを心配するのは良いが、試合を見たいのならばさっさと観客席に向かえ」

 

 

「な、ななななんのことととですか!わた、私はちょっとトイレに行こうと思って、だから、別に一夏をどうも思って……!」

 

 

 

が、どうやら恋しているがそれを他人に気付かれたくなく、自分の想いを指摘されると必死になって否定する(面倒臭い)シャイな少女、箒にとっては千冬の言葉は一種の地雷のようなものだったらしく、途端に顔中ゆで上がったように顔を赤くして首をブンブンと振る。

 

 

 

「そ、そもそもですねぇ!あんな図太くて体力なくてローラにべったりしてるような、だけどここぞというときに男らしくなって思いやりがあって賢くて笑顔が可愛くて声が声優の内山昂輝さんみたいに良い声で……「……あー、分かった。弟の練習に付き合ってくれた礼だ、特別に入っても良いぞ」とにかく別に一夏をどうとも思ってませんが入らさせて頂きます有り難うございます!!!」

 

 

別に聞いてもいないのに好きじゃないと弁解しながら、徐々にのろけて一夏の魅力をさらけ出していく箒が面倒に思った千冬は、「もういいや」と投げやりになりながら適当な理由をつけて折れる事にした。

 

恋する女性は強いなぁと、その時の出来事をロランは忘れることが無かったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑くん。これが織斑くん専用のIS『白式』です」

 

 

 

 

ローラ達よりも一足先に格納庫に辿り着いた一夏と真耶、彼らは部屋の中央に鎮座している白く幻想的なISを目の当たりにしていた。

 

一夏はそのISを見て言葉を出せずにいた。

 

これが、俺のISなのか?

 

一夏にとって専用機を持つということは、想像に難くそして実感の湧かないものだった。

 

当たり前の話だ、一夏はついこの間ISを動かしたことがあるとはいえ、元々はISの使えない男として生活してきたのだ。それで唐突に専用機を貰えると言われても、「凄く名誉有ることだ」と漠然としたイメージを抱くしか出来なかった。

 

その自分が今、こうして自分だけの専用機『白式』の目の前に立っているだけで、『白式』がどれ程凄まじいものなのかが理解できる。

 

起動もしておらずフォーマットも終わっていないIS、だというのにその白い機体が醸し出す圧倒的な『力』の雰囲気は、気をやりそうな程に蠱惑的だ。

 

この『力』が、本当に、俺の物なのか?

 

沸々と、自分の中の血液が沸き立つような感覚がする。

 

抑えがたくそして、解き放ちたくなる衝動を覚える。だけれども、俺の心はどうしようもなく静かだった。

 

体を駆け巡るような、いや、体そのものが闘争を求めるような奇妙な感覚。

 

これが、ISなのか。

 

 

 

「……くん……織斑くん!!」

 

 

「……ッ!!」

 

 

 

と、そこで。隣にいる山田先生に声をかけられているのに気付き、慌てて返事をする。

 

 

 

「専用機が手にはいって感慨深いのはわかりますが、急いでフィッティングを済ませてください!セシリアさんはもう準備を済ませてアリーナ内で待機してますよ!」

 

 

「す、すみません!先生!」

 

 

 

先程まで自分がISに見とれてボーッとしていたと思うと、何をやっているんだ俺はと、一夏は情けなく思えて急いで『白式』に身を預けてフィッティングをする。

 

身を預けると『白式』がベルトを閉めるように、その機体を一夏に密着させていくように付けられていく。

 

プシュッと装着を終えた機体の箇所は空気を抜いた音をたて、それと同時に一夏の目の前でウィンドウのような電子画面が開く。

 

『FITTING COMPLETE

PERSONALISE COMPLETE

FIRST SHIFT STAND BY…』

 

フィッティングが終了したことを告げる電子画面のポップと同時に、格納庫の扉が開きそこから千冬にローラ、そして何故か格納庫に入れている箒の三人が入室する。

 

 

 

「山田先生、その調子だとフィッティングは終わったようですね」

 

 

「あっは、はい!白式のフィッティング並びにパーソナライズ、完了しました!で、ですが一次移行はまだ……」

 

 

「まぁ、そうだろうな……。なら仕方ない。ローラ、いきなりで悪いが一回戦はお前に出てもらおう。準備はできているだろうな?」

 

 

「はい、既にISスーツに着替えています。いつでも」

 

 

「そうか。ならば直ぐにカタパルトに載ってくれ」

 

 

 

真耶と千冬は一夏のIS設定を確認したのち、ロランに戦闘の準備をするよう言い渡し、ロランも言う通りカタパルトでISの展開を行う。

 

着ていた制服を即座に脱ぎ捨て、予め着ていた厚手のISスーツを外気にさらすと、流れるような動作で蝶の髪留めを外す。

 

 

 

「ターンエー、展開します!」

 

 

 

その掛け声と共に、髪飾りは青く光始め、細かい粒子の如く分散する。

 

分散した青の粒子はロランの顔を、肩を、手を、腰を、脚を、瞬く間に包み込んだ。

 

その粒子はロランを人形のモザイクに変え、やがて。

 

 

 

「……展開、完了しました」

 

 

 

強く瞬いた青い光の後に、ロランのIS『ターンエー』はその場に現れる。

 

貝のような滑らかな体、ハイヒールのような脚部、赤白青のトリコロール調の色合い。そして一際目を引く雄々しきヒゲのようなチークガード。

 

まるで日本の侍が着ていた鎧兜のような雄々しい『ターンエー』の姿に、ローラの印象とのギャップに一夏と箒は唖然とする。

 

 

 

「……背部スラスターベーン、レッド。Iフィールド、イエロー。関節駆動、グリーン。状態は昨日と変わりありません。出撃出来ます」

 

 

「例の奴は」

 

 

「粒子化で待機させてます。もう一度お聞きしますが、本当にコレを使っても良いんですか?」

 

 

「気にしなくて良い。ISの対決と言っても商業戦争としての意味合いが強い。バススロットに入るなら、どんな武器でも構わん」

 

 

 

そうこうするうちにロランは『ターンエー』の状態を確認し終え、カタパルトにハイヒールの足を嵌め込み出撃準備を終わらせる。

 

 

 

「今から一分後、アリーナに向けてカタパルトを作動させる。衝撃に備えろ」

 

 

「分かりました、織斑先生」

 

 

「ローラ」

 

 

 

千冬との出撃確認を終えたロランの隣から、声が掛かる。

 

声の方を見やれば、一夏がそこに立ち『ターンエー』を纏った自を真剣な眼差しで見つめている。

 

激励の言葉をかけてくれるのだろうか、そう思いロランも一夏を見つめて、言葉の続きを待つ。すると、ふっと一夏の面持ちが弛み、柔和な微笑みをたたえた。

 

 

 

「そんなに緊張しなくても、ローラなら勝てるさ。……応援、してるぜ」

 

 

 

そう言うと一夏はロランの元から離れ、「モニター越しだけどな」と肩をすくめ茶目っ気のある笑顔を見せる。

 

 

 

「緊張、かぁ……」

 

 

 

ロランは誰に言うでもなく、ただそう一人ごちた。

 

確かに、そうかもしれない。思えばいくら一夏と箒の目の前と言えど、千冬や真耶達とは事務的な事しか話しておらず、しかも話す内容も何時もより短かった。

 

知らないうちに僕は緊張していたのかと思い、だけれど緊張するのも仕方のないことであると思える。

 

なにせこの試合の勝敗で、一人の少女の今後が一変するかもしれない。

 

それはつまり、一人の少女の人生が変わるかもしれないと言うことで。

 

勝負事のプレッシャーとはまた違う、何か歴史的な出来事に立ち会うかのような感覚、それがロランの緊張感として表れているのだった。

 

もしかして、セシリアさんも僕みたいに緊張してるのかもしれない。彼女もまた、自分の将来が変わるかもしれない出来事に恐れ、体をすくめ口数を減らしていてもおかしくはない。

 

そう思うとロランは自分のやろうとしてる事の重みを、改めて実感する。

 

だけども、それで。

 

もしセシリアさんと一夏が話せたら。

 

もしセシリアさんの男性に対する嫌悪感が無くなれば。

 

もし、セシリアさんが自分の中にある、本当の気持ちを知れたら。

 

それはどんなに幸せなことだろう。どんなに尊いことだろう。それを思えば、ロランは戦えるような気がした。

 

 

 

「行ってきますね、一夏」

 

 

 

一夏にそう言うとロランは視線を一夏から外し、これから足を踏み入れる事になる、セシリアとの試合の舞台を見据える。

 

電子画面では既に出撃のカウントダウンは十秒を切っていた。

 

……僕は、セシリアさんを助けたい。だからこの試合、必ず勝ってみせる。

 

 

 

 

「ローラ・ローラ、『ターンエー』出撃します!」

 

 

 

その声と共に、ロランはセシリアの待つアリーナへ飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

カタパルトでロランが射出された時、既にセシリアはアリーナの中央で滞空しながら、現れたロランと『ターンエー』をじっと見つめていた。

 

セシリアのISは『ブルー・ティアーズ』全体的に青を貴重としたカラーリングの機体で、主にロングライフルを使った中遠距離戦闘に特化した第三世代、つまりは新型のISだ。

 

セシリアと対面になるよう『ターンエー』のスラスターを吹かし、アリーナ中央に滞空するよう調整しながら飛行していると、ロランのプライベートチャネルからセシリアの声が聞こえてくる。

 

 

 

「……どうやら、本気でわたくしと賭け事をなさるつもりなのですね」

 

 

 

聞こえてきた声はいやにトーンが低く、普段のセシリアからは想像もつかないほど緊迫感がこもっていた。

 

 

 

「……セシリアさんも──」

 

 

 

やっぱりセシリアさんも恐いんですね、ロランはそう言おうとする。

 

 

 

「いえ、問答なんて必要ありませんわ。とにかくわたくしはローラさんに借りを返した以上、貴女の思い通りになるつもりはありませんわ」

 

 

 

しかし、セシリアはロランのかけようとした言葉を振り払うかのように、やや乱雑に中断させライフルの銃口を向ける。

 

セシリアに明確な敵意を向けられた事に少し戸惑いながらも、ロランは試合開始までの時間を確認する。

 

試合開始まで、残り一分。あと、一言二言ぐらいは会話が出来るくらいの時間。

 

迷うことなく、ロランはプライベートチャネルを介して、セシリアに話しかけることにした。

 

 

 

「セシリアさん、こんな形で貴女に賭け事をさせてしまって、すみませんでした」

 

 

「……わたくし達は、今は敵同士ですわ」

 

 

 

ロランの言葉を突っぱねるようにセシリアは返すが、その声からは険が取れていた。

 

 

 

「謝罪のかわり、というわけではありませんが。もし私のやり口を怒っておられるのでしたら、この場で私を打ちのめして構いません。それでセシリアさんの気分が晴れるのでしたら」

 

 

「……でも、そう易々とやられるつもりは無いんでしょう?」

 

 

「えぇ。私はどうしても、貴女に男という生き物を知ってほしいのです」

 

 

 

ロランの挑戦的な態度に、セシリアはISのハイパーセンサーの奥で口を一の字に引き締める

 

 

 

「でしたら、全力で貴女を倒すだけですわ!!」

 

 

 

 

その声と共に、試合開始のブザーが鳴らされる。

 

 

 

『高熱源の発生を確認 直ちに回避運動を行うことを推奨』

 

 

 

『ターンエー』がそう警告をしたのも、それと同時だった。

 

 

 

「ッ!」

 

 

 

ロランは直ぐ様機体を横に傾け、セシリアの持つライフルの射線上から逃れる。

 

ロランが居たところを、一条の光線が通り抜けた。

 

見ればセシリアのライフルから薬莢が排出され、その銃口は回避運動を行ったロランに向けられていた。

 

 

 

「このブルー・ティアーズで、貴女を沈黙させますわ!」

 

 

「ビーム、レーザーの兵器!?けど弾速が遅いのは!?」

 

 

 

セシリアは次々と手に持つライフルで狙撃し、ロランはその狙撃を危なげながら回避し続ける。

 

だがその回避も完璧な物ではない。ロランの動きを読んで、セシリアは狙撃に間隔を置いたりフェイントを挟んだり牽制したりと、ロランをいたぶっている。

 

しかし、ロランもただやられるだけではなかった。ロランも次々と打ち出されるライフルの光を観察し、セシリアの武器がどのような物か計っていたのだ。

 

 

 

(弾速は遅い、けど、やっぱりセシリアさんの武器はレーザーだ!だとしたら、コレは相性がわるいか……!)

 

 

 

 

ロランはパススロットと呼ばれる、収納箇所に隠してある切り札を思い出して、今の自分の情況はかなり不味いことを知って冷や汗を流す。

 

今ここでコレを出そう物なら、セシリアはこのまま中距離からの攻撃を続け、消耗戦に持ち込むだろう。今は武器を使えない、ロランはそう判断して回避運動を続ける。

 

 

 

「先程から武器も持たずに!」

 

 

 

セシリアはそんなロランの心中など知らず、ロランが武器を出さずに戦って自分を馬鹿にしていると躍起になってしまっていた。

 

回避する『ターンエー』とそれを執拗に狙う『ブルー・ティアーズ』の二機の戦闘、セシリアがロランを追いかける展開が続くと思われたがしかし、唐突にセシリアは狙撃の手を止めた。

 

 

 

「ッ!弾が!」

 

 

 

セシリアはライフルのトリガーを引くが、銃口から光は放出されない。弾切れを起こしたのだ。

 

熱くなっていつもより撃ち続けてしまった。セシリアは歯噛みをして、直ぐに弾倉を入れ換える。

 

 

 

「……今だ!」

 

 

 

だが、ロランもこの機会を見逃すほど間抜けではない。直ぐにバススロットに隠していた切り札、そして唯一の武器を取り出す。

 

手元に鎖が現れる。

 

しかし鎖だけではない。その鎖は刺々しい鉄球につながれており、ロランは鎖を持ち手として握りしめているのだ。

 

 

 

「て、鉄球!?ムチ!?」

 

 

「ハンマーで!!」

 

 

 

セシリアはロランの持つトゲ付きの鉄球『ガンダムハンマー』の厳ついインパクトにたじろぎ、僅かに気をそらす。

 

ロランは両手で鎖を持ち、片手でトゲ付き鉄球を高速で振り回す。

 

 

 

「やあぁッ!!」

 

 

 

セシリアはライフルのリロードを済ませるが、銃口は上を向き接近するロランを狙えない。

 

それを見越してロランは突貫する。しかし、

 

『警告 敵機後方から高熱源反応確認』

 

ポップされたその警告文を見ると、『ターンエー』の両腕を眼前で交差させる。

 

 

 

「ご無礼!!」

 

 

 

セシリアの声と共に高熱源からビームが放たれ、雨のように複数の光線を描き交差された腕を焼く。

 

だが、セシリアのライフルはロランを狙ってはいなかった。

 

 

 

「向けられていない銃口から、レーザーが!?」

 

 

「──驚きましたわね、この『ブルー・ティアーズ』を」

 

 

 

情況を読み込めず混乱するロランに、セシリアは悠然と機体の高度を上げて、ロランに話しかける。

 

そうすると、ロランは先程レーザーを放った高熱源の正体を知ることができた。

 

バックパックだ。いや、正確にはバックパックではない。『ブルー・ティアーズ』のバックパックの様だった何かが、セシリアの後方で四つ、浮遊しているのだ。

 

 

 

「男を擁護するだけあって武器まで野蛮な男みたいですわね。でもこうして貴女を止めたことで貴女の『驚かせる作戦』は失敗いたしましたわ!」

 

 

 

セシリアさんは、僕がハンマーを使うことで驚いたことを、僕の作戦だと思っているのか。

 

ロランは冷静にセシリアの心境を図る、その最中でもバックパックのような何かは、変わらずロランを狙い浮遊している。

 

 

 

「その作戦が失敗した今!今度は貴女が大いに驚いてもらいますわ!この『BIT兵器』で!!」

 

 

「『BIT』というのですか!あぁッ!」

 

 

 

『BIT』と名付けられたその兵器は、ロランの四方を囲み容赦なく光線を突き立てる。

 

ロランも回避をするがしかし、どうしてもその全てを避けきれない。四つレーザー全てを交わすには、ロランの反射神経と『ターンエー』の速度が足りないのだ。

 

(こうなったら、ハンマーで射線を遮るしか!)

 

ロランは手のハンマーを握り直す。

 

元来、レーザーとは対象に照射し続けてダメージを与える道具だ。ならば、その射線さえ断ち切ってしまえば、ダメージは通らない。鉄板でも壁でも岩でも何でも良い、とにかく射線を断ち切ればいい。

 

再びレーザー光線がロランを襲う。

 

 

 

「ハンマーだって、射線を切ることぐらい!」

 

 

 

ロランはすかさずハンマーを振るう。四つの内、一つは回避しもう一つはハンマーで射線を遮り、残り二つはダメージ覚悟。四方八方飛び回る『BIT』の網から抜け出す為に、強引にでもセシリアに近づこうとする。

 

二つのレーザーがロランに刺さり、内一つは避ける。最後のレーザーの射線に向かって、ハンマーは円を描く軌道で飛んでいく。

 

必要以上に被弾しないようにしなきゃ、ロランは必死になってこの後の『BIT』の動きを予測する。

 

だがしかし、

 

ハンマーはレーザーの射線を、避けるかのようにその軌道を変えた。

 

 

 

「そんな、何で!?」

 

 

 

そのままレーザーはロランに当たり、後退を余儀なくされる。予想外の事に、回避行動もとれなかった。

 

ロランは驚く。自分の思い通りにいかなかったからでもあるが、何より驚いたのは射線がハンマーの軌道が逸れた事だった。

 

風だとか手元が狂っただとかそんなごく普通の要因ではない、なにか別の力がハンマーの軌道を変えたのだとしか思えない。

 

 

 

「どうです?この『ブルー・ティアーズ』の『BIT兵器』とエレガントさ!貴女の鉄球とは比べ物にもならないですわ!!」

 

 

 

セシリアは優越感からか不遜な態度をとるが、油断や慢心することなく再びレーザーによる攻撃を再開する。

 

ロランも当然避けようとする。それでも、四つの『BIT』が作るレーザーのネットを避けきれない。

 

セシリアに突っ込もうとすれば、二基の『BIT』が牽制を行い残りが本体に攻撃をする。

 

セシリアから極端に離れようとすると、『BIT』全てがロランの後方へ移動し退路を塞ぐ。

 

こうして近すぎず遠すぎずの、セシリアにとって一番戦いやすい中距離での戦闘が強いられ、半ばループにも近しい戦況になる。

 

(どうすれば、いったいどうすれば!?)

 

ロランの頭の中で敗北の二文字が浮かび、そのネガな思考を解こうと必死に頭を回転させる。

 

(そうだ!確か、ここの世界のレーザー兵器は、『偏光できる』って教科書にあった!)

 

するとふと、ロランの中でISの教科書に書かれていた「レーザー兵器」の概要を、思い出すことができた。

 

確かIS搭乗者の技量が高ければ、レーザーを自在に偏光することができ、障害物の多い市街地での戦闘を有利に戦えると書いてあったはずだ。

 

レーザーを偏光するには何か『鏡のようなもの』がいるのに、それを何もないところで曲げるとは凄い技術だと感心した覚えがあった。

 

もしかしたら、これが突破口になるかもしれない。そう考えてロランは教科書にレーザー兵器の構造が書かれてなかったか、思い出そうとする。

 

が、そこまで思い出してロランは頭を抱えた。

 

(そうだった!レーザー兵器は開発している国が少ないんで、その構造は秘匿されてるんだった!)

 

レーザー兵器は今のところ、大きな国でもイギリスだけが開発しており、その技術は世間一般には公にされていない。つまりはレーザー技術をイギリスが独占しているのだ。

 

レーザー兵器を唯一開発する国として、レーザー技術を独占し市場価格をコントロールしようとしての行動だろうというのは、ロランにも想像できる。が、今のロランにとって、このイギリスの思惑はとてつもなく痛い。やっと掴んだと思った勝利へのヒントが、ただの思い違いへ変わるのだから当たり前だ。

 

思い出したは良いがそれでも突破口を開けない、その事実はロランを焦らせる。

 

考えろ、考えろ、これは自分だけの戦いじゃないんだ。

 

ロランは脅迫的に自分を追い込んでいく。

 

考え込むロランに、再びレーザーのネットが覆い被さってくる。

 

(ターンエーの特性なのかわからないけど、レーザーのダメージは今のところ低い。だけど、このままじゃいつかは……!)

 

レーザーは先に言った通り、照射し続けることで威力を発揮する。つまりは、被弾時間が長くなれば長くなるほどターンエーへのダメージは深刻な物になりかねない。

 

今回もやはり避けきれず、二条の光線が突き立てられる。弾道を目視することや射線の予測はできるが、数と光線を避けきることはできない。

 

(……待てよ?『目視できる?』)

 

その言葉はロランにとてつもない違和感を覚えさせた。

 

レーザー兵器というものは、早い話一点に収束された光の束に熱エネルギーを加えたものだ。レーザー兵器の弾、つまりはレーザーは光そのものなのだから、その速さは光速でなければならない。

 

要は、目視できる訳が無いのだ。

 

そうなると、一体全体どうやってこの兵器はレーザーを減速させているのか。

 

(……『目視できる』という欠点を意図的に作ったということは、つまり他の利点を産み出そうとしたから。となると、セシリアさんの武器は『偏光させる為』に、速度を捨てたんだ)

 

そこまで考えて、ロランは思い至る。

 

『偏光』『鏡のようなもの』『目視できるレーザー』それらを組み合わせ、一つの可能性が浮上する。いや、もはやその可能性はロランの中で確信に変わり、ロランのすべき事を導かせる。

 

(そうか、そうか!『BIT』は……!なら僕は!!)

 

ロランは思い付いた起死回生の手を実行する。

 

それは、

 

 

 

「な、なにをしてらっしゃいますの!?」

 

 

 

飛ぶのを止め、アリーナを走り回る事だった。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なにをしてらっしゃるの!?ローラさん!?)

 

セシリアは今、混乱の極みにあった。

 

それは、目の前の対戦者ローラが、『BIT』に追いたてられてる中、あろうことか飛ぶのを止めて鉄球を引きずりまわして、走り回っているからだ。

 

ISというものは本来、飛んで戦うものだ。飛ぶことで平面の行動範囲から、三次元的な動きを可能にしているのだ。そうすることで高所や有利なポジションを獲得し、尚且つ広い行動範囲内を飛び回ることで受けるダメージを減らす、それがISの戦いかただ。

 

それを、どうだ。ローラはあっさりとISの強みと戦いの定石を捨てて、こうしてアリーナ内を走って『BIT』の攻撃から逃げている。

 

それは余りにも愚かな行為だ。現に、セシリアのハイパーセンサーは、ローラの突如とした行動にざわめいている観客席の生徒たちを捉えていた。

 

(もしかして、また鉄球の時のように、驚かせようとしてますの!?)

 

訳がわからないセシリアは迂闊にも、ロランの行動を先と同じ思惑で動いているのではと思い込む。

 

そしてそう思い込んでしまえば、セシリアのする行動はただ一つ。更に攻撃してロランを追い込むだけだ。

 

 

 

「この『ブルー・ティアーズ』を、驚かせたくらいで止められませんわ!!」

 

 

 

先程よりも『BIT』の攻め手を強め、高威力そして多数のレーザー光線を放ち、苛烈な攻撃を仕掛ける。

 

二基はロランの足元を、一基は頭上、残りは背後に配置され、エネルギーを『BIT』内で収束させ、ロランに狙いをつける。

 

 

 

「墜ちなさい!」

 

 

 

その掛け声と共に頭上の『BIT』がロランに牽制射撃をする。ロランは若干反応が遅れながらも体を屈め、走る速度を落とすことでこれを回避する。

 

しかし、これはあくまで牽制。すでに本命の攻撃準備は済ませてある。

 

 

 

「『BIT』は、こう使いますのよ!」

 

 

 

牽制射撃を避けたロランに、足元と背後の三基の『BIT』によるレーザー射撃が向けられる。体を屈め動きを取れない所へ、容赦ないレーザーの攻撃。

 

だが、しかし、

 

 

 

「ハァッ!」

 

 

 

ロランはその掛け声と共に、レーザー射出のタイミングに合わせて跳躍する。

 

足元を狙ったレーザーは空を切り、背後からのレーザーも『ターンエー』の大道芸のような動きと体の捻りで、髭スレスレを通る形で外れた。

 

避けてみせたのだ、四基からのレーザー全てを。

 

ジャンプで避けたロランはそのまま縦一回転して体勢を立て直すと、再び鉄球を引きずりながらアリーナ内を走り『BIT』の追撃から逃れる。

 

思惑を潰すための攻撃、それをロランは地上にいるにも関わらず、走りに緩急をつけたりジャンプをすることで回避して見せた。その事実は、緊張のせいで本調子でないセシリアの精細を、更に欠かせた。

 

 

 

「ッ!先程よりも動きが良くなっていますわね……!」

 

 

 

空を飛ぶよりも走るのが得意な機体なのか、セシリアは避けられた事実に歯噛みしながらも『BIT』攻撃を強める。

 

しかしその事を加味しても、ロランが空を飛んでいた時よりも目に見えて、ロランの被弾率は明らかに低くなっていた。

 

それもその筈だ。何故ならセシリアの『BIT兵器』は、基本的に相手の死角から撃つようになっているのだ。

 

ISを使うとは言え操縦するのは人間、死角となる箇所から狙い撃てば反応しづらくなる。それを狙ってセシリアは『BIT』を操作している。

 

ならば、ロランが地面に降りてしまえばどうだ。

 

人間の死角である「真下」という箇所からの攻撃手段が失われ、自然と『BIT』の動きが読みやすくなっているのだ。

 

普段のセシリアならば、直ぐにその事に気付いていただろう。だが、ロランが懲りずに同じ手で自分を弄ぼうとしていると勘違いし、本調子を出せずにいる彼女には、そんな事を考える余裕は欠片たりとも無かった。

 

 

 

「ああもうッ!わたくしの憂さを避けないで欲しいですわ!!」

 

 

 

 

憂さ晴らしの射撃を延々と回避され続けることにセシリアはじれったくなり、今度は『BIT』の移動速度も上げてロランを追いたてる。

 

余りに取り乱したセシリアの攻撃に合わせ、ロランも走る速度を上げて回避運動に専念する。

 

 

 

「貴族のセシリアさんともあろう人がッ!」

 

 

 

狙いは甘いが苛烈な攻撃に、ロランも思わず悪態をついてしまう。

 

 

 

「何が!貴女が何かを言えましてッ……!」

 

 

 

その悪態が癪に触ったセシリアは言い返そうとする。それと同時に、アリーナ内の様子がおかしいことに気が付いた。

 

曇っている、いや、濁っていると言ったらいいだろうか。セシリアのハイパーセンサー越しの視界が、ロランの周囲が、濃い茶色のもやに染まっているのだ。

 

その茶色いもやはロランを包み、『ターンエー』の姿を隠し、その輪郭をぼやけさせた。

 

(チャフや煙幕を出しましたの?)

 

とそこで、セシリアはロランがわざわざ鉄球を引きずらせて走っていたのを思い出した。

 

なぜ急に飛ぶのを止めたのか、なぜわざわざ鉄球をバススロットに仕舞わず引きずるのか、セシリアは疑問に思っていたが、このもやを見てその疑問も氷解した。

 

このもやは、砂ぼこりだ。

 

鉄球を引きずることで、ローラはアリーナの砂ぼこりを巻き上げて、目眩ましに使おうとしているのだ。

 

(なるほど、伊達ではありませんわね、ローラさん)

 

セシリアは胸中でローラへ称賛を送っていた。

 

なぜなら、『BIT』兵器は自身の持つレーザーライフルより手数で勝るが、取り回しと威力はそのぶん弱い。その為『BIT』四基の攻撃を集中させなければ、ISへのダメージは期待できない。更にこの『BIT』を操作している間は、本体の『ブルー・ティアーズ』は動かせず、無防備だ。

 

つまり、『BIT』の集中攻撃を避けさえすれば、後は無防備な『ブルー・ティアーズ』を叩ける。そしてローラはそれを見越して、その『BIT』兵器への防御手段として、鉄球を引きずることで砂ぼこりを起こし、目眩ましをしようとしたのだ。

 

そうして短時間のうちに『BIT』兵器への突破口を見つけ、実行に移したローラの度胸と頭の回転を称えたのだ。

 

(もっとも、そんな目眩ましなんて、通用しませんわ!)

 

だが、セシリアにとってその防御手段は、どうということもない、余裕を持って突破できるものだった。

 

そもそも目眩ましとは言うが、チャフや煙幕などではなく、たかが砂ぼこりである。ISのハイパーセンサーならば、砂ぼこりの中の『ターンエー』の熱源を探知し、場所を探り当てることなど容易いことだ。

 

つまりいくらローラの姿が見えなくても、いくら輪郭がぼやけていても、『BIT』兵器での狙撃は十分にできる。

 

ローラの策は、無駄な足掻きだ。

 

砂ぼこりが巻き上がりしばらくして、砂ぼこりの中を背を向けて逃げ回る『ターンエー』の熱源が、急に反転しセシリアの方へ向かってきたのを、『ブルー・ティアーズ』のハイパーセンサーが捉えた。

 

(ローラさん、この短時間で『BIT』の突破方法を編み出すあたり、流石ですわ)

 

セシリアの『BIT』四基全てを、ロランの行く先に立ち塞がるかのように待機させる。その銃口は煙の中を走り動き回るロランを、寸分の狂い無く捕捉していた。

 

(ですが!)

 

砂ぼこりを突っ切るロランと『ターンエー』は、待機した『BIT』の有効射程圏内へ知らず知らずに一歩、また一歩と近づいていく。そうしてとうとう、ロランは『BIT』の有効射程圏内へ、足を踏み入れた。

 

そしてそれが、セシリアの最終攻撃の合図であった。

 

 

 

「ブルー・ティアーズに、隙は無くってよ!!」

 

 

 

『BIT』に射撃指令を下す。四つの銃口から蒼い光線が発射され、砂煙の中を直進する。

 

正確無比な射撃に、『BIT』内の貯蔵エネルギーの大半をつぎ込んだ、必滅の攻撃。

 

並のISならば、一気にシールドエネルギーを削れるほどの熱量が『ターンエー』に猛然と襲いかかる。

 

レーザーが着弾するまでコンマ5秒、というところで、走り続けていた『ターンエー』は唐突に顔を上げた。

 

レーザーの熱源を探知したのだろう。しかし、気付くのが遅すぎた。

 

この距離ならば、どんな回避運動を取ろうと無駄だ。防御も間に合わない程に二つの距離は近い。

 

この一撃で、終わり。セシリアはそう確信した。

 

そして、セシリアの目の前で、四つのレーザーが『ターンエー』に突き刺さる

 

 

 

 

 

筈だった。

 

 

 

「な?!」

 

 

 

セシリアは驚愕する。

 

突き刺さると思われた四条のレーザー、そのすべてが、『ターンエー』に当たる前に霧散したのだ。

 

(そんな、何故!?)

 

セシリアは動揺する。『ターンエー』の単一仕様による効果、それとも『BIT兵器』の不備なのか、はたまたローラの策がレーザーを無効化したのか。

 

セシリアはそのあまりに予想外の出来事に狼狽え、彼女の脳内に「何故」という疑問と驚きが噴出する。

 

何で、どうして、セシリアは無益な思考を重ねる。その思考が本来、隙のない筈の『ブルー・ティアーズ』に隙を作ってしまう。

 

 

 

「それは隙ですよッ!!」

 

 

 

ロランの言葉でセシリアは思考を中断する、が、もう遅い。

 

ロランは砂煙の中でハンマーを思いきり回し、そして振り回す。弧を描くように振り回されたハンマーはセシリアが配置した四基の『BIT』目掛けて飛んでいく。

 

(し、しまった!?)

 

セシリアは急ぎ『BIT』に退避するよう指令をするが、もう遅い。

 

振り回されたハンマーは次々とその質量で『BIT』を破壊していく。間一髪で『BIT』の一つがハンマーを回避することに成功するも、残りの三基全てが直撃し小規模な爆発を起こして落下していく。

 

これでは『BIT』は使えない。火力の低い『BIT』一基では、とてもじゃないがISの一騎討ちを『BIT』だけで制することは到底不可能だ。

 

 

 

「そんな!ありえませんわ!」

 

 

 

セシリアは驚愕し声を荒げ、肩を震わせる。だがそれは、『BIT』を壊されたことへの怒りではなかった。

 

 

 

「まさか、わたくしも知らないブルーティアーズの弱点を、あなたは知っていますの!?」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「どういうことですか?私には、セシリアさんのレーザーが消えてしまったように見えたんですが……」

 

 

 

コロシアムの管制室、そこでは山田真耶と織斑千冬の二人がISを駈り戦っている様子をモニター越しに観戦していた。

 

 

 

「それに、セシリアさんのいっていた「わたくしの知らない弱点」とは……?」

 

 

「そうか、ブルーティアーズの弱点は、そういうことだったのか……。ロランの奴、土壇場でよくやってのけたな」

 

 

「え、な、なにをですか?」

 

 

 

真耶は隣で勝手知ったる態度をとる千冬に驚きながら、先を促す。先の一瞬のうちに起きた出来事を、千冬は説明出来るようだった。

 

 

 

「山田先生、イギリスが現在秘匿しているIS専用のレーザー兵器の特徴は、なんだか分かりますか」

 

 

「は、はい。えぇと、IS操縦者の力量次第では、レーザーを偏光することができるんですよね?」

 

 

「そのとおりです。イギリスはこの技術を、戦場が入り組む市街地戦における切り札になりえるとして、今現在も偏光可能なレーザー兵器の技術を秘匿、そして独占しています」

 

 

「はい。そう、ですね……?」

 

 

 

千冬のいうとおり、レーザー兵器の偏光技術をイギリスは独占している。それゆえに、IS学園の教科書に記述されてる「レーザー兵器」の項目内容は、非常に少ない。

 

だが、それがレーザーの消滅となんの関係があるのか。真耶はいぶかしむ。

 

 

 

「簡単な話ですよ、山田先生。ロランは砂ぼこりを撒くことで、レーザーを消滅させたんです」

 

 

「は、はい?」

 

 

 

真耶は千冬の言葉に困惑する。いや、なにも話自体がトンチンカンで分からない為に困惑しているわけではない。むしろレーザーが空気中の物質により、威力が減衰してしまうもしくは消失するのは有名な話だし、理解できる。だがだからこそ、困惑しているのだ。

 

 

 

「千冬先生。確かに、レーザーが雨や雲によって威力が減衰してしまうのは分かります。でも、レーザー兵器ですよ?」

 

 

 

そう。レーザーは確かに、砂ぼこりなど空気中の分子等が原因で減衰してしまうことがある。だが、セシリアの『BIT』はあくまで軍事用の殺傷目的で使われているものだ。レーザーサイトやホログラフィーのような一般的に使われる非殺傷目的のレーザーとは訳が違う。むしろTHELのような、三キロ四キロ先まで届くような威力の高いレーザー光を使っているはずだ。

 

それがたかだか砂ぼこり程度で消失するはずがないのだ。

 

 

 

「仮に砂ぼこりによるものだとしても、照射距離が近すぎます。セシリアさんとロラ……じゃなくてローラさんの距離は50メートルです。砂ぼこりで大気減衰を起こすのは無理が……?」

 

 

「そうです、それが答えですよ」

 

 

「……え?」

 

 

「セシリアのレーザーはその実、推定5キロにも及ぶ距離を経ているんですよ」

 

 

「はあぁ?!」

 

 

 

今度ばかりは理解できない。レーザーは5キロもの距離を飛んでいたとは、どういうことか。どう見ても、セシリアとロランの間に5キロなんて距離は無いじゃないか。真耶はますます頭のなかがこんがらがり、訳が分からなくなる。

 

 

 

「『光ファイバー』ですよ。真耶先生」

 

 

「光、ファイバー……?あッ!」

 

 

 

その言葉で、真耶は千冬が言おうとしてることが分かった。

 

 

 

「まさか、セシリアさんのレーザーが偏光出来るのは、光ファイバーによるもの!?」

 

 

「恐らくそうです」

 

 

 

真耶は先ほど迄の混乱が嘘のように、さながら砕けたパズルのピースが合致したかのように、合点がいった。

 

光ファイバー、それは世界でもっとも一般に近しいレーザーと言って差し支えないものだ。この光ファイバーは透明なプラスチックチューブに光を通すことによって、本来直線に進むレーザー光を自在に曲げることができる技術だ。

 

これによってインターネットや電話、無線LANなどの様々な機器の情報を光に変え、その光を光ファイバーによって世界中に行き渡らせるのだ。

 

そして、この光ファイバーには一つ欠点がある。

 

 

 

「光ファイバーは本来直線にすすむ光を、屈折させることで歪曲させれる。つまり、見た目上よりも実は長い距離を光は進んでいる!それはセシリアさんのレーザーも同じ!」

 

 

「そのとおりです」

 

 

 

そう、光ファイバーはプラスチックチューブの中を屈折しながら通っている為、見た目よりも長い距離を光は進まなければならない。そのためレーザー光の進む速度は遅くなり、プラスチックの汚れによる減衰を受けやすいのだ。

 

これらの情報を踏まえた上で、セシリアのレーザーはどうだ。

 

レーザー光はあり得ないほど弾速が遅く、カタログスペックでは自在に偏光できる、しかも先の通り砂ぼこりによってレーザー光が減衰して消滅した。

 

あまりにも、光ファイバーの特徴に合致しすぎているではないか。

 

 

 

「レーザーはイギリス政府が言っていたように、市街地戦における切り札として運用するつもりだったのでしょう。閉所でも戦いやすいよう、より偏光しやすくするために、光の屈折を強くして照射しているはずです」

 

 

「だから、普通の光ファイバーのレーザー光よりも遅く、そして大気減衰しやすいんですね!」

 

 

「そうです。分かってみれば単純な話ですが、単純故に分かりづらい」

 

 

「ですね。だって普通はそんなことしませんもんね……。流石は下手物好きのイギリスと言うべきでしょうか……ん?」

 

 

 

真耶はようやくタネがわかって一安心する。が、そこで彼女は一つ見逃していることがあることに気付いた。

 

 

 

「千冬先生、セシリアさんのレーザーが光ファイバーによって出来てるのは分かりました。でも、光を通すチューブは一体何なんですか?」

 

 

 

光ファイバーにとってプラスチックチューブは核というべき重要な部分だ。このチューブによって、レーザーを歪曲させることができる。

 

だが、セシリアのレーザーにはそう言ったチューブのようなものは見当たらない。

 

見落とすのはあり得ないだろう。あの太さのレーザーを照射している以上、かなりの太さのチューブが使われている筈だ。そんな大きさのものを、見落とすわけない。

 

じゃあ、一体何がチューブに使われているのか。

 

 

 

「……これはあくまで推測ですが、私はそのチューブの正体は『シールドバリアー』だと考えています」

 

 

「シールド、バリアーですか?」

 

 

「はい、今に至るまでISを保護するシールドの構造については多くの謎が残されています。シールドが無色透明なのも、シールドバリアーが強固な耐衝撃性能をもっているのか、例を挙げればキリがありません」

 

 

「そうですね、当たり前のように使ってますけど、原理自体は分かってないことが多いですよね」

 

 

「イギリスはそのシールドバリアーの展開、もしくは生成の仕組みを突き止めたのでしょう。そしてその技術を、光ファイバーを元に応用した」

 

 

「……なるほど。だからブルー・ティアーズのカタログスペックには、『中距離戦が得意』と記されてたんですね。本来レーザーは遠距離戦に特化していますが、シールドバリアーをチューブとして長く伸ばす事が難しいから……」

 

 

「私はそう考えています」

 

 

 

あくまで予想として千冬は話していたが、実態はその通りであった。

 

千冬の予想通り、イギリスの科学研究班は『シールドバリアー』の展開の仕組みを突き止め、それをチューブがわりにしていた。

 

しかし展開の仕組みを突き止めたはいいが、シールドバリアーを細長く伸ばしたり壁のように展開できても、バリアーの強度が上がる訳じゃなかった。限りなく実用性は低かったのだ。

 

そこで、ある研究者がこう提言したのだ。「これで偏光自在のレーザー兵器を作ろう」と。

 

こうして生まれたのが、ブルー・ティアーズだった。射程は50から100メートルとレーザー兵器にしてはあまりにも短いが、自在に偏光可能な夢のレーザー兵器を扱えるISとしてつくられたのだ。

 

が、実はこのレーザー兵器には、弾速の遅さと射程の短さ以外にも問題を抱えていた。

 

このレーザー兵器は前述したとおり、シールドバリアーをチューブ状に展開することで、自由自在に偏光することができる。レーザー光の周りを、シールドバリアーで包み込んでいる訳だ。

 

つまりそれは、レーザー光を包むチューブに何らかの攻撃が当たればシールドエネルギーが減少してしまうということでもあった。

 

それは中距離から銃撃してるようでいて、実際は近距離で弾を撃っている様なものなのだ。

 

先の戦いの一幕で、ロランは一回『ガンダムハンマー』でセシリアのレーザーの射線を遮ろうとしたが、ハンマーの軌道が不自然に逸れた場面があった。

 

実はこの時、ハンマーはチューブ状になっていたシールドバリアーに触れた為に、軌道が変わっていたのだ。ブルーティアーズのシールドエネルギーも、実際大きく減少していたのだ。

 

イギリス政府はあまりにも決定的すぎるその欠点を秘匿することに決めた。

 

代表候補生であるセシリアにさえ、何らかの要因で流出してしまうのを怖れてその弱点を隠した。

 

だから、セシリアは砂ぼこりが舞っている中でも構わずレーザーを撃ったのだ。まさか砂ぼこり程度では減衰するとは思っていなかったのだから。

 

セシリア自身が知らないブルーティアーズの弱点、それが隙の無い筈のブルーティアーズに大きな隙を産み出してしまった。

 

 

 

「……」

 

 

 

真耶は画面に写る『ターンエー』とセシリアをじっと見つめる。

 

セシリアは射殺さんと言わんばかりの目でロランを睨み、『ターンエー』はそんなセシリアの瞳をジッと見つめていた。

 

同じ戦いの場でありながら二人の思いは悲しいほど正反対だ。

 

少女は差し出された手を振り払おうとし、少年は拒まれた手を差し出し続ける。

 

本当は少女も自分が間違っていることに気づいている。だがその間違いに気づくことを、過去の自分が許さない。

 

「そうやってまた騙されるのか」「男はわたくしを苦しめたじゃないか」過去、世界に男に絶望した自分の思いはも呪いであり支えでもあった。

 

だから、彼女は過去の自分を裏切れない。

 

裏切ることができない。

 

 

 

「……ローラさん」

 

 

 

彼女は教師だ。ロランとセシリアどちらかの勝利を応援することも、夢想することも許されない。例えそれが友人であっても、生徒であるならば例外ではない。

 

だから、真耶は、目を閉じて静かに祈った。

 

神様どうか、ロラン君の思いがセシリアさんに届きますように。

 

勝てなくてもいい、負けたっていい。ただ、彼の優しさが彼女を救いますように。

 

ただそれだけを、真耶は祈り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真耶の頬を、風が撫でたような気がした。

 

 




後書きになりますが、投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。そちらの件に関しては、活動報告のほうで謝罪の意を表させて頂いてます。お手数ですがそちらもよろしくお願いします。


今回の裏設定

真「ロランくんにあんなファンクラブが出来てたなんて……。これがロランくんの人徳によるものとは……」

千「話を聞く限り凄かったらしいぞ。ISの整備を手伝ったり委員会の手伝いを買ってでたりと、困っている人を見かけたら直ぐに飛んでいったそうだ」

真「しかもロランくん、もうすでに全校生徒と面識が出来ているとかなんとか……」

真・千「「……ロラン(くん)のコミュ力はバケモノ(です)か!」」


結論『白い天使』


ロ「……出てきたのは良いですけど、このハンマー、どうしましょう?」

千「……使っても良いんじゃないか、別に。というかハンマーなのかそれ」

ロ「そうですよ?振り回して使うんです」

ホロビヨッ!ホロビヨッ!ホロビヨッ!

ロ「ね?ハンマーでしょう?」

千「いや鞭だろ」


結論『ヴァンパイアを刈る形をしたハンマー』


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