宵闇プロジェクト (星野谷 月光)
しおりを挟む

参加者用の資料
これだけ読めば大丈夫な参加要項


これは参加者用の資料です。
本編は次話からになります。



シェアワールドとは

 

不特定多数の作者が一つの世界観、設定を元にコラボしていく作品群です。

SCP財団とかクトゥルフとかが有名です。

この世界観をつかって好きに書いてください!というものです。

 

当シェアワールドのコンセプト、趣旨、ルール

 

「時代は近未来で異種族や魔法、オーバーテクノロジーが世間一般に知られている世界」

「妖怪や退魔師になって怪異やマッドサイエンティスト、黒魔術師などと戦ったり、あるいは日常や非日常を過ごす話」

「それぞれの作品の世界線はパラレルなので、あなたは他の作品で起こった事件をあなたの世界で採用してもいいですし、しなくても大丈夫です」

 

これを書いていただきたい。

 

参加方法

主催者である星野谷 月光に連絡をいただければありがたいですが必須ではないです。

できればタグに「宵闇プロジェクト」をつけてください。

 

ルール

・当シェアワールドに参加している事を記載する

・このシェアワールドそのものは著作権フリーだが、個々の作品の著作権は作者にある

・できればタグ「宵闇プロジェクト」つけてね

・できれば私に連絡をください

 

これだけ読んで守っていただければ以下は設定資料なので読み飛ばしても大丈夫です。

 

●世界観

 

・それぞれの作品の世界線はパラレルなので、あなたは以下の設定や、他の作品で起こった事件をあなたの世界で採用してもいいですし、しなくても大丈夫です

 

・こうなった経緯

元々隠匿されていたが、90年代ごろからネットの発達により隠しきれなくなり徐々に露見した。

決定的だったのは1990年の「永田町事件」。

永田町で妖怪がテロを起こし魔術師がそれを迎撃したというもの。

ここから10年近く妖怪の隠れ里や魔法界みたいな自治区の独立戦争が続いた。

これを「世界内戦」と呼ぶ。

 

・街の様子

ロボットや宇宙人、妖怪、獣人は外国人並みに当たり前にいる。

魔女の箒のような魔法具はスケボーやドローンくらいにはありふれている。

純粋な人間であってもサイボーグ化や魔法を学ぶことで異種族と大差ない存在になっている者が過半数を上回ってしまった。

 

・特殊な地域

また「世界内戦」で使われた兵器の影響で異世界とつながった場所「未調査地域」が存在する。

この「未調査地域」では外界と隔離された街や異世界の大自然など特異な場所となっている。

そして異世界産の希少なアイテム・生物・鉱物の産出源となっており、一種のゴールドラッシュ状態である。

採掘は後述する退魔師組織により管理されていますが、下請けで一般人の業者も入っている。

 

●魔法関連

 

・魔法は武道や武器のようなもので、誰でも使える技術として確立されている。

ただし、武術がそうであるように人により才能の差は激しい。

 

・退魔組合というものがあり、そこで免許を取って所属すればバケモノや超常能力を持った悪党を逮捕・捕殺できる。

そのために武装や魔法の行使が認められている。

これらは「退魔特例法」という法律で認められた権利であり、退魔師は麻薬取締官と同じ準公務員の扱い。

 

・退魔組合には諸派ある。(自由に派閥を作っちゃっていいです)

もっとも大きな派閥は伝統的な退魔師の「退魔百家」とフリーランスのデビルハンターや妖怪ハンターなどが寄り集まった「狩人同盟」の2つ。

これらに属さない中小退魔師組織や、特殊な立ち位置の「封印騎士団」などもある。

 

「退魔百家」

伝統と血筋を重んじ、また家を重んずる。

ちょうど侍のような上意下達滅私奉公の中央集権型組織だが、

それぞれの家の弟子となる形で新規参入も多く、安定しており実績と信頼がある。

巫女服や道着、あるいはスーツといった伝統的でフォーマルな衣装を好む。

武器も錫杖や銃、刀など一般的なものが多い。

 

創始者:「東の長」神子守

「神子守」とはある種の役職であり、退魔の家を束ねる長の称号。

本名不明。数百歳の上品で厳格な老婆であり、退魔百家の家長を自らの孫のように愛する。

行動原理は退魔の家と術の存続。

そのため、多少のもめ事はもみ消してしまうダーティーさもある。

なお、身内認定していない他人は容赦なく利用する。

あらゆる東洋魔術と体術に秀でており、退魔百家の屈強な男でも秒で制圧できる。

空間操作にも秀でており、京都の本家は案内無しには死ぬ迷宮である。

 

「西の長」ヨハン・ティルマン

教師肌の紳士。敵の技を「採点」するクセがある。

ヨハン・ティルマンは極めて大雑把な人間だ。

彼の人生方針は己を幸福に、そして余った分を他者にというものだ。

しかし、事が退魔となるとそれで死人が大勢出るタイプ。

自分と身内のために必要だと思ったならわりと一般人にも手を出してしまう。

 

 

「狩人同盟」

百家の家長主義に嫌気がさした脱落者、あるいは巻き込まれて戦い続けた者達の吹きだまり。

しかし多くが実戦で戦い続けた叩き上げであるために実力はあなどれない。

伝説的な狩人にちなみ、中折れ帽にトレンチコートのハードボイルドスタイルが主流。

しかし、独立独歩の気風からか、ゴスロリ姿や迷彩服、作業着などの奇抜な衣装の者も多い。

武器もチェーンソーや大鎌、スレッジハンマーなどの工具や農具を改良した派手な物が主流。

 

創始者:パトリック・R・ハルマン

この大魔術時代を引き起こした怪物的魔術師。

誰に対しても敬語でしゃべる日本かぶれの英国紳士。

その行動原理は徹底的な公平の実現。また、悪に対して極めて苛烈である。

そのため、法の例外である魔法による犯罪や異種族の不遇さが許せなかった。

脳までも機械化し、百年の時を生きる世界で只一人「魔術師」の称号を持つ魔術師。

 

 

「封印騎士団」

深淵と呼ばれる邪神やそのアーティファクトを主に相手にしている組織で、欧米が本拠地。

元々は別組織の職員だったが、その組織は腐敗して犯罪組織に成り下がったので離反した人々。

正義感が強く、鎧やパワードスーツを着込んで戦う。

仕込み杖を普段携帯しているが、これは戦闘時に大剣に変形する。

 

創始者:「騎士団長」

異世界から来たという高潔な騎士がいた。

ある組織はその騎士を異物として収容したが、幾人かのエージェントがその高潔な魂に触れ、組織に疑問を持って離脱。

その後その組織からも賛同者が出て、正式に分派となった。

その騎士の名前は知られず、ただ役職のみが知られている。

 

 

「中小退魔師組織」

これら大組織に属さない中小企業的な退魔師が会社化したもの。

むかしながらの拝み屋、祓い屋、祈祷師や、ちょっと武装した警備会社や探偵みたいなものまで様々。

 

●ロボット・サイバネについての設定

 

かなりお高いが、事故などで義手にする場合と組織に入って貰う場合は補助が出る。

パワードスーツは多種類あり、服のように着るタイプから、乗り込むタイプ、完全にロボットもある。

精度はかなり良く、拒絶反応が出るのはまれ。

ロボットは高度なAIが実用化され、街には量産型ロボット警官「タイタン」が配備されている。

これは、見た目は白黒カラーのラガーマンみたいなやつだが、別に普通の人間そっくりのロボットも存在する。

 

 

●異種族関連

 

・妖怪や妖精、宇宙人や土地神といった人外の存在は役所に申請さえすれば人権を認められ、戸籍も与えられる。

もちろん、犯罪をすれば人間として裁かれるし、納税などの人間としての義務も出てくる。この手続きを「宣言」と呼ぶ。

 

・この申請を行わなかった、あるいは死刑相当の犯罪を行った人外は人権を剥奪される。

この人権剥奪者を「剥奪者(ハグレ)」と呼ぶ。

 

・妖怪や魔法使いの隠れ里というべきものが世界各地にある。

国家に対し敵対・独立する所は「百鬼/ナキリ」

国家に帰順するも、治外法権を認められた自治区になった所は「八百万/ヤオヨロズ」

と呼ばれる。

 

 

●友好的な種族

(カタカナで表記されている名称は使っても使わなくても良いです)

 

・妖怪や妖精のような元々地球にいた異種族「妖人/アヤカシ」

・ロボットやAIなど「人型/ヒトガタ」

・友好的な宇宙人、異世界人「客人/マレビト」

 

●敵対的な種族

 

・突然出てくる怪獣や怨霊のようなコミュニケーション不能な化け物「獣/ケモノ」

・人間と見なされないほど凶悪な犯罪者「狂人/クルイ」

・外宇宙の邪神や理解不能な怪異「深淵/ナラカ」

 

 

●悪役関連

マッドサイエンティストや黒魔術師であるクルイも普通の犯罪者並にあふれている。

それらが集まった危険な団体もたくさんある。(自由に作っていいです)

また、ケモノも熊やイノシシくらいにいる。

まれにナラカも遺跡から発掘されたり海に漂着したり、空から攻めてきたりする。

 

「百鬼」

ナキリと読む。人類の敵を自称する妖怪達による日本のテロリスト組織。

主に山奥の隠れ里に拠点を置き、それをポータルでつないで巨大な自治区としている。

日本に対し独立戦争を仕掛け、現在は休戦中であり一応の独立は果たした。

また、社会に絶望した人々に誘いをかけて人工的に妖怪にしたりしている。

百鬼領土内では独自の法がしかれ、麻薬ビジネス、論理の規制のないAI開発、

クローンベイビー、遺伝子操作などやりたい放題。

その治外法権ぶりからこっそりと娯楽を求めに密入国する者もいる。

妖怪など人食をする種族が多いため、人間牧場が存在する。

 

「シールズ」

元々は神秘を秘匿しつつ、深淵や狂人から世界を守っていた組織だった。

しかし、ただ一組織で世界を守るためには手段を選んではいられず、

すべてを秘密にしてたので内部腐敗を指摘できる者がおらず。

結果として組織は腐敗、まともな者は抜けて別組織を立ち上げた。

今や残っているのは深淵を私利私欲や好奇心で弄ぶ狂人だけである。

深淵を犯罪組織に売りさばいたり、一般人をさらって実験したりとただのごろつきに成り下がった組織。

 

「ファーサイド」

日本に百鬼があったように、世界でも同じような魔法使いや異種族による隠れ里は存在した。その多くが内戦により独立を獲得している。

それらはまとめて「ファーサイド」すなわち「あちら側」と呼ばれる。

見た目はいわゆるファンタジーな感じですが、実際の所は魔法で武装したアーミッシュに近い。

アメリカでは貧困層と原理的なプロテスタントによる「フライオーバーカントリー」

EUでは古典的な魔法使いと騎士団、そしてIRAによる「ブレッスド・アイランド」

中国では「崑崙」、ロシアでは「ルーシの地」など世界のかなりの部分が蚕食されている。

 

「血の貴族」

このカルトの魔法は血筋によって継承されるか、相手の血肉を喰らうことで継承される。

「魔法をきわめて神から知識を得て現世を救済しよう、そのためならばあらゆる犠牲は許される」が教義。

自分たちを貴い血筋と考え、貴い血筋同士で婚姻したり食らい合う。

また、神秘の力を持つ者を喰らうことでその力を得ようとしてるから、他の能力者や宗教にも容赦なく喧嘩しに行って喰う。

彼らにとって信仰とは背徳と倒錯、残虐と耽美である。

熱狂・秘密・信仰が美徳であり、合理的思索は嫌悪され、その結晶である現代文明や機械は嫌悪される。

また彼らの魔術は血肉や虫、汚物を利用したものが多い。

特に血は彼らにとって特別であり、飲み浴びることで力を回復あるいは増強し、血そのものを操り攻撃手段としたりする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

参加作品一覧

小説家になろう、マグネット、カクヨムなどに分散しています。
ご参加ありがとうございます。今も募集中です。


こちらが参加作品になります。

初期から関わってくださった松脂松明さん、秋月さん、香月夏人さん、中村尚裕さん、笹月風雲さんに最大の感謝を。

そして第二回も参加してくださった電咲響子さん、ブラックマンバさん、穂波じんさん、そして参加していただいた全ての方に感謝を。

 

主催者:星野谷月光(備忘録)

宵闇プロジェクト短編集

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886443478

宵闇プロジェクト長編集

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892317014

 

 

樹脂松明 様

今様退魔師!~当主達の退魔記録~

カクヨム版

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892322743

なろう版

https://ncode.syosetu.com/n9498ej/

未来退魔師!若者たちの退魔記録!

https://www.magnet-novels.com/novels/50597

宵闇の発散者

https://www.magnet-novels.com/novels/53332

宵闇の候補生

https://www.magnet-novels.com/novels/52003

 

秋月 様

剣鬼と魔女は夜を駆ける『外伝・まぼろし事変』

https://www.magnet-novels.com/novels/53252

『まぼろし』大抗争

https://www.magnet-novels.com/novels/53255

 

 

電咲響子 様

魔弾の奏者

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887089304/episodes/1177354054887089308

猟犬の苦悩

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887256350

 

中村尚裕 様

『爆走・お伊勢参り選手権! 【宵闇プロジェクト】』

 https://www.magnet-novels.com/novels/53261

 

笹月風雲 様

作品名  : 【宵闇プロジェクト】文屋たちの談話『六柱の武神警官たち』

作品URL: https://www.magnet-novels.com/novels/55270

 

猫艾電介 様

宵闇レポート:深淵団と呼ばれたモノたち

https://ncode.syosetu.com/n8343ej/

 

笹比奈ミリア 様

『宵闇の前章譚の前章譚』

https://www.magnet-novels.com/novels/52001

 

碓井桂 様

『君は秘密の子猫ちゃん』

https://www.magnet-novels.com/novels/52039

 

ハマグリ士郎 様

『血の歓迎』

https://www.magnet-novels.com/novels/52043

 

アキラル 様

【 宵闇プロジェクト】適正値ゼロの退魔剣士【短編】

https://www.magnet-novels.com/novels/52054

 

あっさむてー 様

タイトル【テロリストのアジトに潜入してご飯食べてきた件】

https://m.magnet-novels.com/novels/52120

 

愛式ライター 様

『ゴーストは二進数で映像化する』

https://www.magnet-novels.com/novels/52175

 

すあま 様

『とある荒くれ狩人の妖怪狩り』

https://www.magnet-novels.com/novels/52181

【宵闇プロジェクト】狩人たちの意地

https://www.magnet-novels.com/novels/53750

 

ブラックマンバ 様

「【宵闇プロジェクト】シャパネットシルスのお茶の間ショッピング」

https://www.magnet-novels.com/novels/52198

【宵闇プロジェクト】武装生徒会伝説外伝~特攻のDQN~

https://www.magnet-novels.com/twitter/55556

 

香月夏人 様

【宵闇プロジェクト】剣と、鬼と。

https://www.magnet-novels.com/novels/52823

【宵闇プロジェクト】宵闇の剣

https://www.magnet-novels.com/novels/53392

 

穂波じん 様

宵闇おでん【宵闇プロジェクト】

https://www.magnet-novels.com/novels/52843

付喪のバーと二人のおっさん【宵闇プロジェクト】

https://www.magnet-novels.com/novels/55061

 

亀 様

「青い正義と赫い悪」

https://www.magnet-novels.com/novels/52124

 

煮魚アクア☆ 様

【DM番外編】警戒心の強い半妖狐娘をダンジョンに勧誘するお話

https://www.magnet-novels.com/novels/52240

 

誇高悠登 様

【宵闇プロジェクト】 裏切りの『大罪』

https://www.magnet-novels.com/novels/52417

 

秋葉赤葉 様

「宵闇コレクション:四ヶ野家の非日常」

https://www.magnet-novels.com/novels/52790

 

 

あおいしろくま 様

「【宵闇プロジェクト】チャールズ百合音と780s」

https://www.magnet-novels.com/novels/52016

 

ぴてくす 様

『エルフのエルルは小さな幸せを振りまきたい【宵闇プロジェクト】』

https://m.magnet-novels.com/novels/52960

 

ひつまぶし士 様

【短編】闇夜は怖い吸血鬼(ヴァンパイア)【宵闇プロジェクト】

https://www.magnet-novels.com/novels/53031

 

カバ太 様

地獄のエッジ【宵闇プロジェクト】

https://www.magnet-novels.com/novels/55913

 

燈耶 様

アーミーナイフとウイスキー

https://ncode.syosetu.com/n3453fi/

 

爪紅クレ→ラ 様

月塵のデラシネ

https://ncode.syosetu.com/n0901fl/

 

報復ZO 様

報復ZOさん寄稿作品集

https://ncode.syosetu.com/n6747fn/

 

放課後のアポカリプス ―両手に花がと思っていた訳だが三人に増えたと思った訳だが人狼の本性を暴かれた訳だが外宇宙の力も暴かれた訳だが―

https://ncode.syosetu.com/n7006fz/



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本編
永田町騒乱1


「いいかよく聞け、えらいことになった」

 

畳敷きの大広間で鬼の姫が沈痛な表情で言った。

それを聞くのは角や尻尾のある獣人みたいな姿をした数十人の妖怪だ。

 

「アメリカの魚人(いんすますじん)の隠れ里がアメリカ政府によって制圧されたそうじゃ」

「えっでも姫さん、アメリカの事でしょ?」

「黙って聞け。悪いことにその場にマスコミが居合わせて民間人虐殺だとすっぱ抜いた」

 

この時点で何人かが天を仰いだ。

 

「当然、政府は説明をすることになった。

つまり、その魚人がしていた悪行も含めて人外の存在を世間に公表しおった」

 

一人の妖怪がぎりぎりとその乱杭歯をきしませて吠えた。

 

「なんでだ!

向こうの政府もオカルト機関も今まで最低限そこは秘密にしていたはずじゃねえのか!

退魔師は俺たちを狩る。だが俺たちも人を狩る。それは世間には秘密にする……

そういう暗黙の了解ってもんがあったじゃねえか!」

 

鬼の姫は眉間を揉んで溜息をついた。

 

「正確には我々といくつかの国で結んだ条約じゃ。暗黙の了解ではない。

どうも、アメリカ国内で政変があったようじゃな」

 

びょう、と一陣の風が吹いた。するといつのまにかドレス姿の美女が現れる。

誰もが目を奪われるほどの美しい存在感を持ちながら誰もいつ彼女が現れたのかわからなかった。

 

「私ならばその情報をもっと詳しく知っていますわ。どうも、あの魔術師が手を引いた様子」

 

畳敷きの部屋で会議を行う妖怪たちは口々に好き勝手なことを言い始める。

 

「魔術師?どの魔術師だ」

「馬鹿わからんのか、魔術師といえばあいつだ」

 

美女がその艶めいた唇がその名を紡ぐ。物語の始まりを告げるかのように。

 

「そう、パトック・R・ハルマン。この世でただ一人『魔術師』の称号を持つ男」

 

■東京・霞ヶ関

 

「前置きはいい。どうするのかねハルマン君」

 

ここは都内のある会議室。木目が美しい机にスーツの男たちが並ぶ。

 

「さて、どうするもこうするも……

いつもの通りアメリカに追従するしかないんじゃないですかね」

 

ハルマンと言われて答えたのは枯れ木のような老人だ。だがその目は鷹のように鋭い。

 

「そのアメリカの尻を蹴っ飛ばしたのが君だとしてもか」

 

その発言をした者は、世間一般で内閣総理大臣といわれる男だった。

 

「そもそも、不健全な状態だったんですよ。

たしかに存在する魔術を法律上無視し、

確実に犯罪を働く妖怪どもをいないものとして扱っているのがです」

 

総理はぼやくようにつぶやいた。

 

「正義では世の中は回らんのだよ……」

 

総理のぼやきを皮切りに次々と野次が飛ぶ。

 

「これでどれほどの経済的打撃があったと思っている!?」

「いや、そもそも今まで隠していた事が公になれば我々はどうなる!?」

「いっそ無視して今まで通り隠し通せばどうだ?」

 

ふーっというため息がハルマンのかさついた唇から漏れた。

 

「ではお聞きしますがね。

危険な猛獣(バケモノ)が野放しでいるということを国民に伝えないのがあなた方の正義であると。

魔術関係の研究を発表させず、その経済効果を腐らせておくのが経済政策だと。

そして魔術や妖怪による犯罪を黙殺し無視し続ける現状が良いとそうおっしゃるのですね?」

 

魔を扱う術を極めた男による積年の怒りのこもった言霊は野次を行う議員たちを黙らせた。

 

「……しばらく、冷静になる時間を置こう、ハルマン君。我々には時間が必要だ」

 

総理から弱弱しく言葉が絞られる。

 

「わかりました。ええそうでしょうとも。もうあまり時間がないでしょうからね」

 

ちっとも納得(わかっ)てない男、ハルマンも幾万の呪いを押し込め水を飲んだ。

 

■東北・妖怪の隠れ里

 

同時刻、妖怪の里の会議もまた陰鬱なものとなりつつあった。

 

「あの魔術師は今すぐにでも国会で喚き散らすぞ。

我々が今まで日常的にやっていた神隠しを誘拐だといってな。

もちろん、我々の隠れ里も国内に無法地帯を作ったと叩き散らすじゃろう」

 

妖怪たちの怨嗟の声が上がる。手足のあるものは握り、歯のあるものは軋ませる。

 

「おのれ、おのれハルマン!」

「一体、一体どうすればいいでしょう、姫」

 

黒髪を姫のように伸ばした鬼は眉根を寄せて愚痴るように言う。

 

「どうもこうもないわ。神隠しでさらった人間はほとんどが人食用じゃろ?

ならばもはやすべての証拠を隠滅して知らぬ存ぜぬ、ただの田舎者でござい。

そうすっとぼけて時間を稼ぐしかないじゃろう」

 

鬼の姫「五百山羅吼(いおやまらごう)」の出した結論は人間のふりをして無実無害を主張することだった。

 

「なんたる屈辱!人間どもに隠れ里に踏み入れられるばかりか、媚へつらうなど……!」

「それしか、それしかねえんですか!?そんなはずはない!

俺たちは人間なんか蹴散らせる力がある!」

 

事実だ。人がその兵器によって比類なき力を得たように、

妖怪もまた世界を灰にして余りある魔の力を持っている。

 

「そう、ほかに方法はありますわ。

こちらから打って出るのです。戦いもせず人に下る妖怪などいません。

どうせ今頃、永田町で会議をしている頃でしょう。

ご心配なく、「修羅」がハルマン暗殺に動いています」

 

ドレス姿の美女が余裕を持った笑みで言う。さきほど唐突に現れ訳知り顔をしていた女だ。

 

「鬼院、貴様・・・・・・なるほど、あの条約の立役者である貴様が動いていないはずがないとは思っていたが」

 

鬼院楼蘭(きいんろうらん)」それが彼女の名だ。

そう、彼女こそ『人外や魔術の存在を秘密のものとする』という各国間の暗黙の了解となっている『条約』の絵図を描いたもの。

ただの妖怪の集団、隠れ里を国連と交渉する組織に叩き上げた政治的怪物だ。

 

「やってくれるのう……暗殺とは」

 

鬼の姫ラゴウは心底困ったという表情で鬼院を睨みつける。

事後承諾の上、頭越しに軍を動かすという明らかな越権行為に姫は腹が煮えくり返る思いだった。

 

「この意味が解っておるのか?一度戦端を開けばどうなるかくらい解らんはずがないじゃろうに」

「だからこそ、ですわ。もしここでハルマン暗殺に成功したとしましょう。

あっというまに政治の力学は黙殺に傾きますわ」

 

人外の存在を公表するという運動はハルマンが中心となって無理矢理動かしてきたものだ。

故にこの運動は彼を失えばたちまち空中分解してしまうだろう。

 

「失敗すれば?」

「暗殺せずあの男を生かしておけばどの道こちらをつぶしに来るでしょうね。

ならば手を出して損はありませんわ」

 

ラゴウは苦虫を口いっぱいに頬張ったような顔で決定を下した。

 

「……いいじゃろう。思う様動かしてみるがいい」

「そう言ってくれると思っておりましたわ」

 

鬼院は悪びれもせず微笑んだ。面の皮の厚い女である、実に政治家であった。

 

■東京・霞ヶ関

 

議長が汗をかきながら書類をめくる。

 

「ええ、では民間の方の意見を聞きましょう。どうですか?あなた方からはハルマン氏の主張に意見などは」

 

ヘリの音がバタバタ、バタバタとうるさく聞こえる。

上品な老婆がひなたぼっこをするかのような気安さで答えた。

 

「悪鬼外道の脅威を説くことは、まあもはや仕方ないでしょう。

ですが、今の段階で事をかまえるべきではありません。

我々の本懐は牙なき市井の方をお守りすることですから」

 

議員達はとりあえず聞いているような雰囲気だ。

 

「えーでは次は・・・・・・」

 

ぱっと目を引くような美女が立ち上がった。まだ20か30ほどだろう。

スリムなスーツ姿が似合う。

 

「妖怪ソーシャルネットワーク八百万(やおよろず)の代表をやっています「駒野盤外(こまのばんがい)」です。

我々の組織は人間に友好的な妖怪の互助会と思ってください」

 

白髪と額の角が目立つ妖艶な美女は淡々と、しかし真剣に答える。

 

「八百万では意見が割れています。

公的な保証は欲しいのは本音ですが、差別や偏見と闘うのは難色を示す者が多いです。政府の手厚い保障が必要でしょう」

 

他にも長々とあったが、まあ同じような事だ。

だれもが慎重にしろ、内戦はごめんだ、というような事を言った。

議場の空気がややトーンダウンする。プロがこれだけ慎重論を唱えるのだ、冷静に考えよう。

そんな空気が漂った。

 

「うむ、そうだな・・・・・・この件はやはり時間をかけて慎重に考える必要が・・・・・・」

 

バタバタ、バタバタとヘリの音が鳴る。やけにうるさいと何人かが顔をしかめる。

 

『よう、俺たちには聞かないのかい?!当事者だぜ!』

 

それは拡声器を通した外からの声だった。

 

「何!?誰だ!何事だ!」

「ブラインドを開けろ、いや窓に近づくな伏せろ!」

 

誰かがブラインドを開けた。

するとそこに見えるのは丸っこいロシア製攻撃ヘリ「Mi-25」の改造機だった。

機首にある鬼の顔に炎のマーク。誰かがつぶやく。

 

百鬼(ナキリ)・・・・・・妖怪の、隠れ里」

 

その答えに満足したのかヘリパイロットはさらに続ける。

 

『そうだ、俺たちの返答はこいつだ。クソ食らえ、日本政府!』

 

その数秒後窓ガラスが一瞬にしてすべて割れ、猛烈な勢いで風と弾丸が入ってくる。

 

「撃ってきた!撃ってきたぞ!なんて奴らだ」

 

だが人をたやすく血の霧に変えてしまう弾丸は空中で止まっている。

誰がそれを成したのか。それはもちろんこの男の仕業だった。

 

「ハルマン!?」

 

ただ一睨み。目線を動かすだけで凶悪な殺傷力を持った弾丸が宙に止まっている。

この世でただ一人『魔術師(メイガス)』の称号を持つ魔術師による極まった念力である。

 

「久しぶりですね、『修羅道』のギュンター。バトル・オブ・ブリテン以来ですか」

 

ヘリパイロットもそれに答える。

 

『ああ、あのときはウェルシュ・ドラゴンが出てきて死ぬ思いをしたな!

懐かしいな積もる話も沢山あるが、あいにく今お前をぶっ殺すのに忙しくてな!』

 

ハルマンが老婆に目線で合図を送る。

 

「頼めますかな?」

「ええ、このくらいはいたしましょう」

 

老婆が上品な仕草で扇子を取り出し一降りすると、議員団は瞬きする間にこの場から消えた。

空間転移である。

 

「ですが、そちらの因縁はそちらでご精算なさいませ」

 

そう言うと、すうっと霧のように老婆の姿も消える。

 

「ええ、感謝を。東の長。これで遠慮無くできるというものですな。そろそろこちらからも攻めさせてもらいますよ」

 

ハルマンが腕を一振りすると空中で止まった弾丸が逆にヘリに向かって放たれる。

だがその弾丸はすべて致命的でない部位に当たる。ヘリは未だ健在だ。

いかなる魔技が使われたのだろう。精妙な操縦技術?いや、それだけではない。

 

『それだけか?もっといろいろあるだろ?

待ってやるよ。お前との決着がこんなもんじゃつまらねえ』

「ふむ、では遠慮無く」

 

ゆるりと腕を垂らすと袖から無数の金属球が出てくる。パチンコ玉のようなやつだ。

とん、と足を鳴らせば一斉に金属球が空中に浮き、ゆっくりとハルマンの周りを衛星のように回る。

 

「では、始めますかね」

 

そしてハルマンは数万はある金属球を従えてふわりと空中に浮く。

恐ろしく精密かつ強力な念力だ。

 

『ドッグファイトだ!ついてこれるか?』

「さてね、あなたも身体をアップデートしてるでしょうしね」

 

そこから始まった戦いはまさに航空機の戦い。金属球がヘリに当たるたびに巨大な爆発が起こる。

 

『爆裂術式刻んだタングステンカーバイト球か。腕は落ちてないみたいだな』

 

ヘリの方も弾丸を、ミサイルを、時に無茶な改造でつけた火炎放射器を撃ち放つ。

 

「やりますね。相変わらずのようだ」

 

ギュンターは機を読み、間合いを把握し、緩急をつけた熟練のセンスが時折ハルマンの念力をも超えて弾丸を当てていく。

何度も爆裂に包まれてもはやガラクタといっていいヘリでだ。どちらも人のできる範疇の技ではない。

 

『やっぱ俺たちだと飛び道具じゃあ決着つかないな。

まあ、まだまだ序盤だ。楽しもうぜ。戦争はこれからなんだからな』

「では、小手調べはこのへんにしますかね」

 

ソニックブームの爆音を鳴らしながら二人の魔人は東京の空で弾丸をばらまいて踊る。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永田町騒乱2

■霞ヶ関・地上

 

上品な老婆、東の長にテレポートで飛ばされた議員団と退魔師たち。

退魔師が先導しつつ議員達はひいふう言いながら緊急用シェルターに走って行く。

 

「あーあ、ありゃとんでもないですねぇ、生身でヘリコプターと戦うなんて」

 

その言葉をつぶやいたのは修道服のシスターだ。おそらくエクソシストなのだろう。

空ではさながらミサイルカーニバルとでも呼ぶべき光景が見られていた。

 

「さすがは唯一の『魔術師』(メイガス)って所ですかぁ?んふふ」

 

どかんどかんと爆発音がして塵が振ってくる。非常に危険だ。

 

「しっかし、どうやってあの『魔術師』(メイガス)サマは日本で公務員なんかになれたんでしょうねぇ」

 

人々は皆、空を指差しどよめいていた。カメラを構える者もいる。

 

「ああ、それは……あの方は戦前から日本のスパイとして英米を探っておられましたから……

そのご縁でGHQに入られ、日本に帰化されたのですよ

口惜しいことですが、戦争で疲弊した日本の組織はどこもあの方にご恩がありますから。」

 

老婆はしゃんとした姿勢でしずしずと動きながらも、その速さはフルマラソン並である。

 

「とことん化け物ですねえ、あの『魔術師』(メイガス)

その二つ名にしたって、黄金の夜明け系で生身じゃ到達不可能な階位だもんねえ。

んふふ……きっとろくでもない外法で人を辞めたんでしょうよぉ」

「あの方は、さいぼおぐ、でしたか?脳を含めた体のすべてを機械化しているようですから」

 

聞けば聞くほど人間離れした来歴であった。

 

「そう、そして我々妖怪の敵対者・・・・・・久しぶりね、神子守(かみこもり)

 

その言葉とともに地面に魔方陣が描かれ、中から薄桃色の着物を着た美しい豊満な鬼『五百山蘇利耶(いおやますりや)』が出てくる。

 

 

「おやおや・・・・・・これはこれは、五百山の君。八十年ぶりでしょうか?」

「相変わらず、頭が記憶力が良いわねぇ。

でも、今日はあなたに会いに来たのじゃないの。

久しぶりね我が娘、計都(けいと)ちゃん」

 

八百万の妖怪、駒野盤外がその艶めく唇をゆがめて叫んだ。

 

「その名で呼ぶな!私は私として、八百万の長としてここにいるんだ。

あなたとはもはや親でもなければ子でもない」

 

魔方陣から続いて黒い迷彩服を着た妖怪たちが次々に出てくる。手にはAKー47だ。

退魔師たちは身構えるが足手まといを抱えた上、数の不利がある。

 

「あなた方の確執はあなたが精算なさいませ、。

ですが、妖が人を襲うのであれば滅するが我らが道理。

この婆も、少し体を動かさせていただきましょうか?」

 

退魔師たちの東の長はいつの間にかその小さな手の内に妖怪から素手でちぎり取ったとおぼしき生首を持っていた。

誰も目にもとまらない早業である。

 

「いいや、こんな事もあろうかと、ハルマンは僕らにリークしてきた。

だから僕は八百万の妖怪をここに展開させておいた。ここは僕らが引き受ける!」

 

駒野盤外が手を上げるとビルの上から妖怪の一団に向けて銃撃が行われる。

議員たちは悲鳴を上げた。

 

「行け!」

「わかりました。お手並み拝見と行きましょう八百万」

 

数十の青いジャンバーに身を包んだ八百万の妖怪達が武器を構えて降りてくる。

ビル街で妖怪達が乱戦を繰り広げる。その間をこそこそと議員が逃げていく。

 

「妖怪でありながら人が食えず、妖怪を殺すことに躊躇いがない、鬼として狂った忌み子・・・・・・

妖怪でありながら人間の味方を自称する出来損ない共と徒党を組んで私に立ち向かってくるのね。

素晴らしいわ!よく大きくなったこと。忌み子は忌み子なりに役に立つようになったのねえ」

 

桃色の鬼、スリヤが上品にしかし残酷に笑う。

 

「親殺し子殺しは最高の快楽、だったかな?反吐が出るよ。君たち妖怪のあり方には。

この策の巡らし方はラゴゥ姉様じゃない、あなたと鬼院のやり方だな?おそらくまた独断だろう。

ハルマンの暗殺にしては大げさすぎる。戦端を開いてどうするつもりだ?」

 

白銀の髪を持つ鬼、盤外が吐き捨てるように言った。

 

「うふふ、賢くもなったのねえ。そう、これは暗殺ではなくテロ。

日本に対して私たちは独立戦争を行う用意があるわ。

宣戦布告として永田町を血の海にしてあげましょう。泥沼の非対象戦よー」

 

母はおだやかに、のんびりと虐殺を語る。

 

「イカレてる・・・・・・この段階で銃を手に取るか!?」

 

子は苛烈に政治を語った。

両軍、大将同士のやりとりを弾丸や術を打ち合い牽制しながら聞いている。

 

「鬼相手に狂ってるは褒め言葉よ?それにーこの段階だからこそよー

あなた達どうせ隠れ里をつぶす気満々じゃない?だったらー正面から戦争した方が楽しいわよー」

 

空ではハルマンがミサイルカーニバル、地上では妖怪達が銃を持って戦争を行う。

永田町はまさに戦場となろうとしていた。

 

「他にも方法はあっただろうに・・・・・・だがまあ、そうするだろうとも思ってたよ。

来い!私が相手をしてやる。元よりそのつもりだ」

 

両軍の戦いはいきなり将同士の一騎打ちとなる。

周囲で両軍戦いながら、だ。

 

■霞ヶ関・上空

 

上空では『魔術師』と軍人がリラックスした様子で構え合っていた。

 

「さて、始めますかね」

「ああ、終わらせよう」

 

両者音速で飛び回り牽制し合いながら呪文が紡がれる。

 

「我に耳傾けよ。 我に全ての霊を従わしめよ。

されば全ての神霊、地上の霊、冥府の霊、

堅牢なる地の霊、静寂なる水の霊、渦巻く風の霊、猛進する炎の霊、

そして神の名までも我の思いのままとならん!」

 

先に動いたのはハルマンだ。

その一言一言で世界がきしみを上げる。

何処までも高潔で果てしなく傲慢な願いが世界を覆っていく。

 

「昼が考えるよりも夜は深く、快楽は苦痛よりも深い。

苦痛は死を望むが、すべての快楽は永遠を欲して止まぬ。

深い、深い永遠を欲して止まぬ」

 

ヘリに乗るギュンターが呪文を紡ぐ。

すべてを黒く焼き尽くすが如き魔力が世界を塗り替えていく。

双方が術の名を告げた。

 

「天道光破陣」

「ブレンネン・ウェイストランド」

 

その効果は劇的だった。ヘリが鼻先から塩に変わっていく。

その一方で東京中のありとあらゆる自衛隊と米軍の兵器がギュンターの近くに集まってくる。

 

「やはりこうなるよな。埒があかねえ」

「私の「天道」とあなたの「修羅道」、同時期に造っただけあって似たような能力ですからね。

打ち消し合うしかない」

 

塩に変わるヘリから一人の軍人が飛び出して空を飛ぶ。

狼のような鋭い風貌の大男だ。手には巨大なアサルトライフルのようなものを構えている。

黒いナチの軍服を着た彼こそがヘリの中身、ギュンター本人だ。

 

「なら、埒を明けてやるか」

「苦手なんですがね、接近戦。まあつきあいましょう」

 

ライフルを連射しながらギュンターが突撃する。

ハルマンも懐からすっと一本の日本刀を出して構える。

 

「相変わらずサムライの真似事か?」

「日本かぶれなのでね。それに、大切な友人の形見ですし」

 

ハルマンは音速で直線的にギュンターに向かっていく。

だがここで隙が生まれ、あっさりと避けられギュンターの弾丸をくらってしまう。

 

「近接格闘で魔術師が軍人に勝てるかよ。餅は餅屋だ」

「その通りなんですがね、あいにくあきらめの悪い質でして」

「それよりいいのか?後ろだ」

 

被弾の隙にギュンターはさらに攻撃を続けていく。ミサイルが塩になるその前に爆発する。

爆炎と破片がハルマンを覆った。

 

「すべて焼き尽くすだけだ。何も残りゃしねえよ」

 

 

■霞ヶ関シェルター

 

退魔師と議員たちはシェルターでその様子を呆然と観ていた。

議員用シェルターとなれば地上偵察用ドローンくらいは飛ばせる。

 

「なあんなんですかねえ、この気持ちの悪い感じは……天道光破陣でしたっけぇ?

おばあちゃんは何かしってるぅ?」

 

シスターは奇妙な居心地の悪さを感じていた。

まるで自分が異世界にいるかのように異物感がひどいのだ。

 

「ああ、あれは「創世術」と呼ばれる物です。

世界に新たな物理法則を生み出し世界を書き換える外法……あの方らしい」

 

東の長は忌々しそうに恐るべき事実を語る。シスターは違和感の正体を悟りぞっとした。

果たして物理法則が変わっても自分は生きていられるのだろうか?

 

「世界を創造し直して、神気取りでもしたいんですかねぇ、んふふ……

それで、どう書き換えたのこれぇ?」

 

聞くのも嫌だが答えるのも嫌な質問だった。自分を支えている足下が揺らぐかのような気持ち悪さがある。

 

「ハルマンの力は周囲数百キロを範囲内としてその中のすべてを認識し、

原子レベルで組み替える法。

おそらく「すべてを支配したい」とでも願ったのでしょう」

「うげえ、じゃああいつの気分一つでこの場の会話も聞けるしなんなら塩でもあめ玉でも何にでも変えられるってことぉ?

ふざけんなよ……あの魔術師が。ビッグブラザー気取りかよ……」

 

実にろくでもない術である。だが庇護を受ける分にはありがたい術かもしれない。

あらゆる怪我も病も治してくれるだから。その代わりプライバシーも何もあったものじゃないが。

 

「ですので外法、と。あの軍人さんの法は・・・・・・おそらくは「戦場で生き残りたい」とでも願い、

その結果すべての兵器を操る法でも造ったのでしょうねえ」

「自衛隊基地からメチャクチャたくさん兵器がとんでってたもんねえ。あれあの軍人が取り寄せたんだぁ……」

 

議員団からどよめきが起こる。シスターはさらっというが自衛隊と米軍の兵器がかっさらわれたのだ。

ちなみに戦闘機や戦車は一台で数十億くらいする。とてつもないカネが失われていた。

 

「しかし、すべてを操る法とすべての兵器を操る法がぶつかり合ったら、どうなる……?

んふふ、万能型と特化型なら、特化型の方が出力は大きいから……」

「ええ、戦場に特化した能力、軍人と魔術師。不利なのはハルマン殿の方でしょうね」

 

呑気に解説している退魔師たちの言葉をもはや議員団は聞いていない。

ハルマンのすべてを支配するという恐るべき力に震え上がっていた。

彼らは魔術師の脅威を初めて肌で感じたのだ。

 

■霞ヶ関・地上

 

殿を引き受けた妖怪同士の戦いは佳境に入りつつある。

 

「日輪・八卦光環」

 

スリヤが桃色の着物をはためかせて天を指さす。

それだけで強烈な熱量を持った光が八百万の妖怪達を襲った。

 

「デイドリームビリーバー」

 

盤外が地面に手をつくとアスファルトが壁のように隆起して味方を守る。

 

「あら、しばらく見ないうちに変わった芸当ができるようになったのね。

現実改変かしら?ハルマンの技の劣化版ねー」

 

一目で娘の異能を見抜いた母はそれをあざける。

 

「そういうあなたは相変わらず光使いか。対策を何もしてないとでも?」

 

盤外が地面についた手を中心として猛烈な勢いで黒煙が上がる。

八百万の妖怪たちがガスマスクと赤外線暗視装置をつけ始める。

 

「煙で光を遮る?そのくらいやってきた子がいなかったとでも思う?」

「あなたはなんとかするだろう。だが、雑兵はどうかな?」

 

百鬼の妖怪達は咳き込んで倒れる者が出始めていた。

 

「ああ、毒ねー。じゃあ手段を問わず散開して街に火をつけなさい。南へ、赤坂方面で暴れまくるのよー。適当なところで撤退していいわー」

 

そう言うが速いか百鬼の妖怪は周囲のビルの壁をぶち壊して散開を始める。

盤外がちっと舌打ちした。

 

「妖怪のみに作用して呼吸器から細胞レベルで破壊していく毒だけどー、

これ比重がかなり重いわねー。そんなに広げられないんでしょ?」

「ああ、だがあんたを守る壁はなくなった」

 

盤外は地面を蹴ってスリヤに躍りかかった。渾身の拳を振りかぶって。

 

「その手、触った相手を自在に改造する恐ろしい能力でー、

あなた自身もそれなりには格闘技を習ってるんでしょうけどー。

年季が足りないわねー。母は百年単位でクンフーを詰んでいるのよー」

 

盤外が殴りかかるがスリヤは巧みに払いのけ逆に拳を打ってくる。

カンフーめいたやりとりが展開されるが、盤外はついていくので精一杯という様子だ。

スリヤはにやりと笑って余裕の表情で煽り始めた。

 

「そもそも-ハルマンになぜそこまで義理立てするのかしらー?抱かれでもしたー?」

 

蹴りが当たる。

 

「親と子を殺し合わせるような男が本当に公正明大だと思うー?」

 

拳が一撃一撃蓄積していく。

 

「人間だったらーこう言うじゃない?あなたは操られて、母と戦わされている哀れな木偶だってー」

 

とうとう盤外は膝をついてしまう。だが瞳はまだ負けていない。

 

「舐めるなよ。言ったはずだ。あなたとはもはや親でもなければ子でもない。

私は望み、選び取ってここにいる。それを言うならあなただって解っててここにいるだろうに」

 

くすくすと笑いながらスリヤは手を伸ばす。

 

「じゃあこう言おうかしらー?道を間違えた愚かな娘を叱るために、連れ戻すためにここにいるのよー」

 

ひととき、神聖な瞬間が訪れた。

盤外は差し伸べられた手につばを吐きかけた。

 

「あんた自身も信じてない事を言うな。親子を語るなら、親離れ子離れくらい受け入れろ。

私はあんたらが嫌いだ」

 

盤外の腹にスリヤの蹴りが突き刺さった。

 

「じゃあ聞くけどーあなたは私たちの何がそんなに気に入らないのー?」

 

スリヤは盤外の手に警戒しつつ盤外の顔を踏む。

 

「すべてだ。妖怪は人を狩り、人は妖怪を狩る。その関係性。

人類の敵対種であることを存在意義とする価値観。なんなんだ?妖怪は人間の寄生虫か?

ふざけるな!そんなものが誇りだというなら犬に食わせろ!」

 

盤外がスリヤの足をつかもうとする。

 

「なんだかよく分からないけどご立派な事を言ってるらしいのはわかるわー。

でも、そのザマじゃねえ。そういうのは勝ってから言うものよー」

 

だがその手はスリヤの指先から出た光によって切断された。

逆境である。

 

■霞ヶ関・上空

 

空中ではギュンターが地上の毒ガスのにおいと銃声を感じながら静かにつぶやいた。

 

「この感じ、戦争だ・・・・・・ああ、これが必要なんだよ。

俺もおまえも、平和な世の中じゃ用無しだろ?」

 

爆炎からハルマンが飛び出してくる。

足が一本もげ、脇腹が大きくえぐれていた。

中から見えるのは歯車とコード。彼らはすでに身体を機械としていたのだ。

 

「そうかもしれませんね。ですが私にはまだやるべき事が残っている」

 

ハルマンが攻撃を受けている隙にギュンターは戦う体制を整えていた。

地面には戦車が規則正しく並び、空にはヘリや戦闘機が隙なく飛び交う。

 

「お前は何のために戦う?

もう俺たちを知ってる奴らなんかいないだろう。ダチも、家族も・・・・・・みんな死んだ」

 

両者、人生に疲れた声色だった。

 

「決まっています。友が守り通したこの国を守るために。

あなたこそ、何故戦うのです。あなたの国ではないでしょう」

 

無数の弾丸が互いに飛び交い、お互いの身体は壊れていく。

ギュンターの身体からも歯車がいくつか飛んでいった。

高速で逆再生するかのように部品をかき集め身体を再生させる。冗談のような光景だった。

 

「俺は戦うことでしか人に関われん。それしか知らん。

戦うことが生きるための最後の(よすが)なんだよ。

ま、拾ってくれた恩も情もあるからな。お前だって似たようなもんだろう」

 

じわじわと火力差が開いていく。ハルマンの被弾が増えていく。

 

「そうですね、その通りだ。ジジイは若者のためにさっさと死ねば良い。

死に花を咲かせる場所としては上等でしょう」

「ああ、そうだな。だが勝つのは俺だ」

 

このままだとそうだろう。同じような能力に戦闘力の差。ジリ貧だ。

だが、ハルマンはにやりと笑う。

 

「いいえ、私がただ何もしないまま追い詰められていると思いましたか?」

「なんかやってるだろうなとは思ってたよ。見せてみろよ、お前の切り札を」

 

す、とハルマンが天を指さす。

 

「おお友よ、このような音ではない!歓喜に満ち溢れる歌を歌おう。

ひとりの友の友となるという大きな成功を勝ち取った者、心優しき妻を得た者は彼の歓声に声を合わせよ

天の星々がきらびやかな天空を飛びゆくように、兄弟たちよ、喜ばしく自らの道を進め」

 

そこには巨大な隕石が空を覆わんばかりに迫ってきていた。

 

「最高だ!最高にイカれてるぜお前!ああそうだな、それは兵器じゃない。俺には操れん」

 

隕石は無数に分裂してギュンターに降り注ぐ。数百、数千に分かれた隕石は数分にわたってギュンターに向かい続けた。

抵抗も回避もした。だが圧倒的な質量の差があった。ぼろぼろになったギュンターは地面へと墜落していく。

 

「他の答えをすべて消してまで征くか・・・・・・なら成就しろよ、お前の答えを」

「無論です。これは始まりに過ぎない」

 

■霞ヶ関・地上

 

「『修羅』が落ちた・・・・・・潮時ね。さてと、あなたをどうしようかしらー?

持って帰っても良いし、ここで殺しても良いわねー」

 

みちみちとスリヤが盤外の頭を踏む力が強まる。

 

「それは、どうかな?」

 

ばちち、とスリヤの足に黒い電撃が走る。そして一瞬で炭化して崩壊した。

スリヤは悲鳴を上げて倒れる。

 

「切り札は取っておく物さ。いつ私が手だけで妖力を発動してると言った?」

 

盤外はぺっ、とつばを吐いて立ち上がる。スリヤはうめきながら這いずって逃げようとする。

 

「やられた、わね・・・・・・でもいいの?ここでは勝てたかもしれない・・・・・・

でも、私たちと戦争して、それでこの国が無事で済むとでも」

 

盤外は手を再生させるとがしりとスリヤの背中をつかむ。

 

「元よりそっちが望んだことだろう?

勝ち負けじゃない。リスクの問題でも無い。ただ変革を望んでるんだよ私は。

失敗?敗北?いいじゃないか。戦わずに死ぬよりはましだ」

 

じたばたとスリヤがもがき、光が盤外を狙うが片手でかき消される。

 

「それで誰も彼も、ついて行く者も死地に追いやるの!?」

「後のことなんて知ったことじゃないし、どうでもいい。

彼らだって自分で考える頭がある。私がそうしたように、彼らも自分で選択できるはずだ」

 

ぱきぱきとスリヤの身体が炭になっていく。

 

「この、薩摩者・・・・・・!」

「アナーキストと呼んで欲しいね」

 

そうして、ついに首元まで炭化が進んだと思った瞬間、ばつんとスリヤの首が消えた。

 

「これは、空間接続!鬼院お前の仕業か!」

 

いつのまにかそこにはドレスを着た貴婦人がいた。

鬼院楼蘭。この戦いの黒幕だ。

 

「ええ、もう十分でしょう。永田町の住民に我々の意思は示せたはず。

思ったより戦果を得られませんでしたけど、ここらへんが潮時ですわ。

『修羅』はすでに回収しました。あなたのお母様もこのとおり」

 

鬼院はいとおしそうにスリヤの首を抱えている。スリヤはにやりと笑い、唇だけで言葉を紡ぐ。

さようならと。

 

「ああそうだろうな、逃げるんだろう。あんた方はいつものように。

だが次こそは、この戦争で追い詰めてみせる・・・・・・!」

「ええ、さようなら。また戦場で」

 

消え去ろうとした鬼院の背後から日本刀の一振り!鬼院はそれを鉄扇で受け止め、空中で距離を開けた。

 

「いいえ、そうはさせません」

「何のおつもりかしら?ハルマン……引き際を誤るほど無粋ではないと思っていたけれど?」

「ええ、どうぞ兵は引かせれば良い。ですが、せっかくの機会ですからね。

戦場で我々がそろい、なおかつ言葉を交わせる機会はここを逃せばほぼ無いでしょう。

こういう時はあなた方はこう言うのでしたな。一曲いかがですかな、レディ?」

 

ハルマンの周囲に鉄球が回り始めた。

 

「なるほど、なるほど……いいでしょう。

永田町の住民に我々の言葉を聞かせる……それも一興ですわね。

では、私も忙しい身ですし、一曲だけ」

 

スリヤの首をどこかに仕舞い、鬼院は大量の光り輝く呪符を召喚した。

かくして、魔術師の黒幕と妖怪の総大将によるエキジビジョンマッチがここに成立した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永田町騒乱3

星空の輝く空で鬼院とハルマンが会話と弾幕を交わす。

 先手を切ったのは妖怪。鬼院の妖艶な微笑だった。

 

「妖怪は人を食う。人は妖怪を退治する。それが当たり前の形であり自然な事。

それを曲げる事は誰にも許されないわ」

 

 花火のように優雅な弾幕がみつしりとハルマンに迫り、ハルマンの鉄球がそれを相殺する。

 ハルマンはその言葉を聴き、無残な破壊に内心は怒り狂っている。

 認めない、許さない。そんな事誰にも吼えさせるものか。

 下劣畜生の理など、人の理の前に破れるがいい。

 

「さほどに妄信されるならばこう申しましょうか。

人は不都合なものはどんなものであろうと排除する。

それが当たり前であり自然であると」

 

 みつしりとした弾幕をハルマンは片手を握る動作でひとまとめに握りつぶし、消滅させた。

 そう、人間はどこかの誰だかが勝手に造った道理など蹴り飛ばして更なる高みに上る者。

 そうであらねばならぬ。そうでなくば、畜生と同じだ。

 故に、鬼院のいう古臭い道理など新しい道理で塗り替えねばならぬ。

 

「故に私はあなたに二つの選択肢しか与えません。絶滅か、恭順か」

 

 ハルマンが杖を一振りすると30mはある巨大な剣の幻影が鬼院に迫る。

 鬼院はそれを扇子で弾くとにらみ返した。

 鬼院もまた、方向性は逆であるが似たような事を思っていた。

 賢しい、どうしてそこまで小賢しい。

 自然の摂理をなぜ変えようとする。なぜそこまで移ろい行く。

 自然のままに食い食われ、飽いていればいい、餓えていればいい。

 我らは自然の道理に従っているだけ、故に滅びるのはそちらだ。

 

「いいえ、私達はどちらも選ばない。

今までの形をあなた方を打ち倒してでも保ってみせる。それが自然の摂理。

私達を絶滅させることも、人と手を取り合うこともありえないと、証明してあげましょう」

 

 鬼院の手から蝶の形をした呪いが飛び立つ。

 

「自然の摂理といいますがね。ならばこう申しましょうか。変らぬものなどないと。

全ては流転する無常なものでしかないと。

あなた方が変らずとも、我々は変る。変らない者はただ時代遅れになるだけです。

妖怪と人との関係もまた、そうなのです。あなたはご自由に停滞していればいい。

ですが、我々は進む。そうあらねばならない」

 

 だが鬼院の呪いは、全て塩に変って崩れ落ちる。

 そうだ、全ては無常だ。自然の摂理であろうとも、時の流れには逆らえない。

 いずれ変らざるを得ない。さもなくば滅ぶだけだ。

 カンブリア紀の生物がそうだったように。恐竜が滅んだように。

 

「時代遅れで結構。そこまでして先に進む事に何の意味が?

私達妖怪ははほどほどの所でおだやかに暮らしたいだけですわ。

あなた方人間は犠牲を払って次代を手に入れる。私達にはそれが理解できませんのよ」

 

 鬼院が攻める。扇子を切り払う動作で空間ごと切り裂き、組み替える。

 人間は常に犠牲を払って時代を先に進める。そこに一体何の意味があるのだろうか?

 今のままで満足していればいい。進歩をするのはいい、だがその犠牲になるのはごめんだ。

 そして、そこまでして進んだ先に一体何があるというのだ?

 

「理解できずとも結構。ただただ時代について行けず、滅びていけばいい。

元より、それが望みなのでしょう?

我々は貴方がたを排除し、生き残った者、恭順を示す者を人間として対等に迎え入れましょう」

 

 ハルマンもまた巧みな飛行術で鬼院の攻撃を避け、逆に呪いを打ち返す。

 ハルマンからすればなぜこれほど明確な事が理解できないのか不可解だ。

 進歩を止めればただ滅ぶだけ。

 そして一度でも進歩のために手を血に染めてしまったら、犠牲にした者のためにもさらに高みに上るしかない。

 それが罪だというならば犠牲にされる側に滅ぼされればいい。

 生き残った者が再び未来を紡ぐ、それが人の理だ。

 

「ですが、人となる妖と、どうしても人と敵対したい妖。

どちらも残るのでしょうね。あなた方は徹底抗戦して自治権を勝ち取るつもりだ。

あとは冷戦状態に持ち込むだけ。以前と変らない。明治時代の焼き直しだ」

 

 ハルマンから散弾のように放たれる呪いを鬼院はやはり扇子の一吹きで打ち落とした。

 ハルマンは日本刀でもって飛びながら斬りかかり、鬼院は扇子でそれを受けきる。

 そのとおり、理の通りには現実は進まない。

 異なる理がぶつかり合い、落としどころに落ちる。

 それもまた、人の世の理。

 

「ええ、それが私達の勝利条件。いささか人も強くなったようですけど……

まだ私達には届かなくてよ。

私達は抗い続ける。あなた方は平定し続ける。それこそが妖の理」

 

 にやり、と鬼院が笑う。

 鬼院の体がうっすらと透け初めていた。撤退を開始しているのだ。

 

「忌々しい方々だ。我々はあなた方の理を思想を打ち倒す。何代かかってでも、必ず」

 

 ハルマンの皺だらけの渋面が怒りに歪む。

 

「ええ、あなたの言う新しい世界にもなるし、好都合でしょう?

人は妖と争い続ける。それは変らない理。

でも、人は理を変え続ける。だから、人と共にある妖も許しましょう。

人の理と妖の理。ぶつかりあった落としどころがこれですわ」

 

 この会話は戦争に一定の道筋をつけるためのもの。

 互いの勝利条件の確認だ。

 戦闘の結果とは全く無関係に、会話によってこの戦争の落とし所が決まっていった。

 

凱歌(トランプル)を歌いなさい、人間。共に祝福を歌い上げましょう、新たな世の始まりを!」

 

 鬼院が強烈な皮肉を言う。ハルマンの望む世界にも、自らの勝利はあると。

 

葬送歌(レクイエム)を歌いなさい、妖怪。滅びていく己のために。我々はあなた方を省みない故」

 

 ハルマンが裂帛の怒りを叩きつける。必ず平定してみせると。

 その視線の先には、すでに鬼院の姿はなかった。

  

■霞ヶ関・地上

 

 鬼院が消えた。百鬼の軍勢も消えていく。

 なお、不幸にも逃げ損ねた者はハルマンにより同時に頭を爆ぜさせられて死んだ。

 ハルマンの「天道光破陣」の真骨頂の使い方である。

 

「傷が癒えていく‥‥‥これがハルマンの力なのか?」

「おいなんてこった。百鬼の奴ら同時に頭がパーンってなって死んだぞ」

 

 戦場にいる全員の傷が逆再生のように治っていく。

 後に解ることだが、この戦争で人間の死人けが人は全く出ていない。

 毒煙すらあっという間に分解された。

 このるは荒れ果てた戦場跡のみ。

 

「終わった‥‥‥のか?勝ったのか?」

「ああ、俺たちの勝ちだ。守り切ったんだ」

 

 八百万の軍勢から歓声が上がる。

 かくして後の世に人妖戦争と呼ばれる戦いの幕が上がったのだ。

 だが、今はひとときの休息に皆、体をあずけていた。

 

 

■秘匿回線

 

 後日、ある電話回線にてこんな会話がされていた。

 

<これでよかったのかねハルマン。日本の議員にはいいエクササイズになっただろう>

<これで日本政府は我々の脅威を理解しました。

バッシングはあるにしろ、黒魔術師や外道呪術師、妖怪達との戦いを始めるでしょう。

法整備も、公的支援も進む。そうしていただかないと困る>

<世界は、再び魔法の力を使うようになる。新しい産業革命、か>

<ええ、誰もが魔法を使えるようになる。これは全く新しい試みですよ>

<人類に黄金の夜明けを、か‥‥‥まあいい、次はどうなる?>

<派手に行きますよ。詳しくは書面で提出します。ご期待を、大統領>

 

 そう、これは終わりではない、始まりなのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

原発占拠

「土地が足らん、頭数も足らん。金と武器と技術力はある。しかし時間は無い」

 

鬼の姫、五百山ラゴウがこたつでみかんを剥きながらうーむとうなった。

こたつの対面にいる女悪魔のニベールがふわあとあくびをする。

 

「ないないずくしよりはましじゃない?お金があればなんとでもなるわよ」

 

クソど田舎の山間地、脱法的に手に入れた衛星放送のテレビをぼんやり見ながら。

 

「まあ何も準備しとらんわけじゃないのじゃよ。現に軍資金と武器は貯めてたしの。

中東から武器商人と工作機械を輸入したりの。何にしても前回の敗北が痛い。士気が目に見えて下がっておる」

「そりゃあ、あれだけボロ負けすればね。敵将を一人もとれず雑兵は皆殺しでしょ?

挙げ句指揮官だけ逃げ帰ったとかそりゃ不満がたまるわ」

 

ニベールはお茶をずずいと飲む。

 

「それで?全くアイデアがないわけじゃないんでしょ?」

「うむ、士気がさがっとるのは人間側もじゃよ。失われた20年は怨嗟がたまるに十分すぎる。

上の世代がさんざん良い思いをして、自分たちだけはしごを外され、農奴の如き扱い。

いやうむ、よう解る。きっと奴らはこう思っておる。こんなはずではなかった。騙された。奪われたとな」

 

けけけ、と口を開けて笑うラゴウ。目は生き生きと策略を楽しそうに語っている。

 

「何か事が起ればいつか自分たちから未来と金を奪っていったやつらから奪い返してやる……とな。

そこで我らが事を起こした。ここで一発うちに来れば略奪し放題と演説をぶてば、ほうれ見事な一揆の完成じゃ」

「やればいいじゃない?で?何が問題なわけ?」

「うむ、土地が足らん、そしてうちの拠点はどこも都心からのアクセスが悪い。悪すぎる」

 

繰り返すが、この会話が行われているのはクソど田舎の山奥の秘境である。

 

「しかたないじゃないの。そもそもが百鬼は秘境に隠れ住む妖精や妖怪の集まり。

だからそもそもがゲリラ戦と電撃戦くらいしかできないのは解っていた事でしょ?

だから、どこかに攻め入って都市を奪うしかないわ」

「じゃからその候補地に迷っているんじゃよ。どこもぱっとせんわ!」

 

ぐてっと床に転がるラゴウ。

クソど田舎から進撃するとなるともうすこしマシな人間が住めるレベルの田舎くらいしかないのだ。

 

『……なので、震災地でとれたお米は国の規定を下回る安全なお米であるとアピールするためにイベントが行われました』

 

テレビがある震災とそれによる原発事故関連のニュースを放送している。

ニベールはちらとそれを見て笑う。

おかしいのだ。科学的に安全が証明されたもの、本来なら庇護されるべき被害者達を迷信で追い立てる人間達の愚かさが。

 

「あっはははバカじゃない?これ誰かうちの親戚が煽ってるんじゃないかしら。

この科学万能の21世紀に迷信とか……ほんっとバカねえ人間って。

ふふ、ラゴウあなたの言う通りよ。人間ほど乗せられやすい生き物はいないわ」

 

だがラゴウはじっとテレビを見ている。無言で音量を上げる。

 

「ラゴウ?」

 

まるで空中をにらむ猫のようにくいいるように見つめ、はれやかに笑った。

 

「……これじゃよ!このアイデアいただきじゃ!」

「あ、何か悪いこと思いついた顔してるわ」

 

このやりとりが実に10年にもおよぶ不謹慎にも程があるろくでもない作戦につながるとはまだ誰も知らない。

 

 

都心から少し外れた寂れた街の巨大な廃病院。

「院長室」と書かれた札にバツ印が書かれ下にマジックで「同盟長室」と書かれている。

床にはゴミが散らばり、不衛生だ。明らかに血と解るシミもいくつもあった。

 

「同盟長!官邸からのお客様がお越しです!」

 

そこに不似合いなハツラツとした声が響く。

フェドーラハットにコート姿の不審人物ともう一人、官僚然としたスーツ姿の男がいた。

ハツラツとした声を出したのはハットの怪人物のほうだ。

 

「通せ」

 

組合長室の中から低い声が聞こえた。

官僚風の男は異様な雰囲気におびえながら入る。

 

「これは……」

 

中は打って変わって全く別の雰囲気だった。

一言で言えば木造のアウトドア風だ。床も壁も木で作られ、落ち着いた雰囲気を出している。

絨毯が敷かれ、暖炉が作られ、壁には重厚な斧や鉈が飾られている。

丸太製のテーブルに男が一人座っていた。

 

「ようこそ、官邸からのお客人。何用かね?」

 

低くドスの効いた声の主は狩人の同盟長「獅子吼竜也(ししくたつや)」だ。

狩人とは犯罪を犯す妖怪や異能者、黒魔術師を狩る組織だ。

すなわち、現代によみがえった魔女狩り。

しかも相手は本当に魔法を使うが容赦なく殺すという血なまぐさい組織の長である。

 

「何用も何も、わかっているでしょう。妖怪ですよ、妖怪。

あいつらは先日永田町を襲撃したばかりだというのに、こんどは原発ときた!

島根原発がメルトダウンして奴らは籠城している!正気の沙汰じゃない!」

 

官僚がまくし立てるのに対して獅子吼は静かに目線を送る。

 

「ああ、原発に派手に砲弾をぶちかましてたな。それで?」

「それでって……あなた方は妖怪を狩るのがお仕事では?」

「ああ、仕事だ。故に金が出なくば狩りたくとも狩れん。狩りたくても、だ」

 

官僚は不服そうにかばんから小切手を出した。

獅子吼は一瞥して投げ返す。

 

「何が駄目なんです!20億ですよ!?」

「形式が違う。賞金首方式にしろ。雑兵でも首一つで10万。将官で1000万からだ。

別途に先払いで組織に3億ほどないと厳しい。

とりあえずそれで受けてやると伝えろ。言っておくが安い」

 

実際、命のリスクと弾薬代から考えれば安いのは事実である。

 

「……伝えておきます」

「ああ、それと。狩人が来たら自衛隊に邪魔はさせるな。

どうせ自衛隊の交戦許可がでなかったんだろう?

警察ではどうにもできんのだろう?だからここに来た。

……ウチを便利屋扱いか?まあいいさ。だが、甘くは見るな」

「わかりました」

 

官僚は一礼して去る。不服そうな顔でしかし内心はうまくいったとほっとしながら。

 

 

官僚が出て行った後、しばらくして獅子吼は机の上にある小さな鐘を鳴らした。

すると、家具の影から肌の浅黒いアロハシャツに麦わら帽の男が出てきた。

マリオみたいなヒゲのマッチョである。

どう見ても怪しい外人だった。

 

「グエン、どう思う」

「実際、便利屋扱いされてますネー。あの役人サン今頃うまくいった思ってる違いますか?」

「だろうな。そして事が終われば俺たちを犯罪者として扱う気だろう。

故に最善策はあえてダラダラ狩ってある程度は逃がし、戦線を長引かせることだが……

俺には、それは、できん」

 

獅子吼は絞り出すように狩りへの情熱をにじませる。

 

「デショウネー」

 

ケラケラとグエンが笑うが気にせず獅子吼は夢見るように血なまぐさいことを言い出す。

 

「クソみたいな政治家に、イカレた科学者、傲慢な異能者、人間を舐め腐っている人外ども。

うんざりじゃあないか。皆、この機に狩り尽くす。

想像してみろグエン。肥え太った金持ち共の命乞いを。腐れ外道の黒魔術師どもの悲鳴と血を。

ああ、甘美ではないかね?クズ共を殺して飲む酒はさぞうまかろう」

「イエス!エキサイティングですね。バット、そのためには仕込み、いります」

「さあ、だから始めようじゃあないか。一心不乱の大戦争というやつを」

 

静かにしかし壊れた調子で忍び笑う獅子吼はまさに狂人そのものだった。

 

 

ラゴウたち「百鬼」は島根で原子力発電所を襲撃し、放射能汚染で住民を強制的に立ち退かせた。

さらにその混乱に漬け込み、暫定的名支配地域を確立する。

そして、ラゴウはネット上に声明を発表した。

 

「幻想民族解放戦線「百鬼」が指揮官、五百山ラゴウである。

今回の島根における軍事作戦は我が軍によるものじゃ。

ついては、声明を発表させていただく」

 

旧軍に似たスタイルの軍服を着た美しい鬼娘。

少女に軍服というその姿は見るものに倒錯的な美と衝撃を与えることを計算されたものだ。

 

「おんしらの政府の言うとおり、我々は妖怪じゃ。人類の近縁種かもしれぬが、

人類と同種族ではない知的生命体じゃ。

この姿はメイクなどではない。冗談でもない。島根の一件が冗談ではないようにの」

 

彼女は黒髪をめくって角の付け根を見せる。魅力的で不敵な笑顔だ。

 

「さてその異種族たる妖怪から人間に申したき事がある」

 

彼女は椅子に座り、後ろには数名のいかにも妖怪でございという連中が無言で立っている。

 

「人間達よ、飼い慣らさされた家畜の暮らしはさぞ退屈だろう?」

 

にやりと、蠱惑的に笑う。その仕草、表情は人をたまらなく魅了する。

 

「食い詰めて犯罪をすれば捕まり、商人でも政治家でも兵士でもなりあがれることはない」

 

時にサディスティックに、時に情熱的に革命家そのものの口調で日本人に語りかける。

 

「なぜか、金持ちどもは席を譲らないからだ。既得権益を奴らは決して手放さない」

 

ふう、とため息をつきそこから怒涛のように喋る。

 

「決まらない民主主義とやらに飽き飽きしては入ないか?

自らの権利ばかり叫び、果ては百姓を襲う熊を保護せよなどという妄言を垂れる物共にうんざりしておろう。

これも全て平和ボケよ。社会が過保護すぎるのだ」

 

にやりと、笑顔が黒いものに変わる。それは全てを破滅させるような。

破滅を誘うような、そんな笑みだ。

 

「権利、平等、なるほどそれは確かに尊い。

じゃが、行き過ぎた権利と保護は人を何処までも厚かましくする」

 

その艶めいた唇が真実を含んだ毒を流す。

 

「妾が対するべき人間はそのようなものか?否!そうではない。

おんしら人間はもっと誇り高い生き物のはずじゃ、そうでなくてはならぬ」

 

打って変わって優しい、甘やかすような声色。

 

「ならばいっそ妖怪となって我らと共に戦おう。

我等が平和ボケを壊す脅威となってやろう

なあに、吸血鬼化から何から、妖になる手段はいくらでもある」

 

そして決断的に宣告する。

 

「この戦いは単に妖怪という民族の存亡をかけただけ物ではない」

 

決意と覚悟をにじませて。

 

「管理された文明社会への挑戦だ」

 

言葉を弄するも、その意思は本物で。

 

「この国を新しく作り直すための戦いだ」

 

そして、だからこそ心を揺さぶる。

 

「若者達よ、今こそ戦で一旗上げる時だ。

鬼となり妖となり、サムライになれ、ここにくれば力が手に入る」

 

そうして、動画は百鬼のロゴを残して終わる。

この日から、少なくない若者が島根に行く用意を始める事になる。

 

 

そしてその数日後。

「同盟」からもある動画が投稿された。

 

「ごきげんよう、俺は自警団組織「同盟」の長、獅子吼竜也だ。

今からする行為は殺人ではない。単なる害獣の駆除だ」

 

ちょっとジョニーデップに似た黒髪の男が椅子に縛られた明らかに妖怪と分かる男に拳銃を向けている。

 

「これが何をしたか言ってやろう。

こいつは人を辞め、医師という立場を利用して患者を何十人と奴隷にして化け物共に売り払った。

そこで何が起ったか。この動画を見るが良い」

 

そしてワイプが写される。モザイクが多かったが、裸の人間達が檻に入れられ、理性無く餌をむさぼり食う姿だった。

 

「見たか?これがこいつのやったことだ。人の家畜化。

人肉工場をこいつは経営していた。我々日本人を使ってだ!

我々は被害者が死ぬまで待っている政府とは違い、即時救出を行い、こうして主犯のこいつを捕まえた」

 

その表情は常ならぬ怒りに包まれ、見ている者に戦慄を与えただろう。

 

「そして……今ここでこいつを殺し、その動画を公開しても警察はダラダラと仕事をしているだろう。

決して、誰もこいつを助けに来ない」

 

銃声。妖怪の男の頭が吹き飛び、倒れた。

 

「これが現実だ。公権力は形骸化し、すでに我々が自警活動をしなければならない状況になっている。

先日の妖怪による島根原発占拠事件を覚えているか?

あのならず者共は我々「同盟」が駆逐した。自衛隊でも、警察でもなく、我々がだ」

 

そして再び画面が変わり、原発らしき場所での銃撃戦や魔法の打ち合い、鈍器で妖怪を殴り殺す姿が写される。

 

「いいか、日本にもはや治安はない。

世の中、犯罪者に甘すぎる。警察が守ってくれるか?ノーだ。

彼らは君らが死体になった後にしか来ない。

すでに形骸化しているんだ。誰が殺人鬼や化け物から君らの身を守ってくれる?」

 

ここで獅子吼は言葉を溜め、むしろ愛おしそうに囁く。

 

「誰も、だ」

 

くくく、と静かに偲び笑う。狂気と喜悦に満ちた笑いだった。

 

「故に日本の人々よ、形骸化した警察を恐れず、武器を取り給え。

自らを、愛すべき人々を守るためにだ。

我々同盟は新しい同士を歓迎する。自警する君たちに協力しよう」

 

ここで画面の下にURLが映る。「同盟」のサイトURLだ。

つまりこれは勧誘動画なのだ。

 

「世の中そこらじゅうクソのような汚物ばかりだ。その点は彼らに同意しよう。

だからこそ、素晴らしいじゃあないか。我々は存分に狩り、殺し、奪える」

 

ぐっと拳を握り力説する。言葉すら血塗れだった。

暴力を持てと駆り立てる姿はラゴウにどこか似ていた。

 

「なにしろ彼ら自身が自らは化け物だ、人の敵だ、お前も人を辞めろというのだから。

ならば化け物を殺して罪に問われる謂われはない。これは合法的な自警行為だ。

我々同盟は君たちの力を欲している。この国の権力に愛想が尽きたのならば、来るが良い」

 

ここで動画は「同盟」のロゴマークである八咫烏を写して終わる。

この動画は削除されては上げ直され、とんでもない累計PVを稼ぎ出した。

そして、結構な数の若者がそれぞれの思惑を胸に「同盟」の門を叩くこととなる。

 

時代は、いまや戦乱へと傾き始めていた。

人々はそれぞれの信条と情報格差、貧富により分断され、その対立はもはや血を見ずには収まらなくなった。

だがある者達はうそぶいたという。

どうせ死ぬのであれば、めそめそ滅ぶよりは戦って死ぬ方が幸福だと。我々はその機会を与えたのだ、と。

 

これより、宵闇の時代が始まる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界内戦

「暇じゃのー」

 

着物を着た鬼の少女がせんべいを食べながらのんびりと言った。

テロリスト妖怪の軍事指揮官「五百山ラゴウ」である。

 

「暇ね……でも良い事じゃないの?羅吼、あなたの目指したビジョンの通りじゃない。

ほどほどの内戦による自治領の確保、冷戦状態による平和的均衡……これ以上の拡張は米国の介入を招くわ」

 

相づちを打ったのは悪魔の少女だ。腹心の「二ベール・ベルゼバブ・ニベルコル」である。

こたつのある居間に二人の少女がぐだぐだと過ごしている。日本から内戦で自治領をもぎ取った妖怪の長たちなのだが。

 

「まあ平和で良いことなんじゃがな。それなりにぶんどった領土も繁栄してるしのー」

「ああ、あれね……元人間達による欲望に塗れた無法地帯。

人の法でも神の法でもない、魔の法による統治……研究都市に繁殖都市だっけ?順調そうじゃない」

 

ここは今やテロリストと妖怪たちの自治区になった島根。

かつての寒村ぶりが想像できないほど都会になった。窓の外に目を移せば高層木造ビル群が立ち並んでいる。

オリエンタルで神秘的な妖怪都市だ。

 

「うむ、AIも遺伝子研究も自国では倫理やリスクが高くてやりたくないが、成果はほしがっておる。

自国で研究したくとも、法律が問題で研究できぬものもいる。

そこで国からの極秘の投資と人員を受け入れ、好き放題に研究させる。いやあ妾には思いもつかんえげつない発想をするわ人間共は」

 

ラゴウはからからとおかしそうに笑った。彼女の元にはその「研究」の成果が報告されている。

人間の業の深さは合理性を重んじるラゴウには理解しがたいものだった。だがその成果は利用する。

 

「それこそが人間の可能性、だから私たちは人間を憎みきれない。そうでしょう?」

 

悪魔であるニベルコルは残虐な実験や非合法ビジネスの結果を見てうれしそうに笑う。

 

「まあのうー。繁殖都市もなんというかすごいの……好き放題に性をむさぼらせ産みまくらせ、育成はこちらで行う。

生まれた子はサイボーグですぐに大人の身体を与えるも良し、魔術で促成栽培するもよし。

あとはまっさらな脳に愛国心をぶち込むのじゃよ。

研究者にデザインベイビーを作らせれば優秀な人材をいくつも引き当てられる。合理的じゃな」

 

実利を好むラゴウにはわかりやすい成果により達成感を得ていた。

実際これらの非合法ビジネスは莫大な利益となって妖怪の国「百鬼(なきり)」を支えている。

 

「奴隷貿易してもいいしねー。なんだかんだで人間の生態は奴隷なしには成り立たない。

どこも一皮剥けば奴隷をほしがっているわ。愛玩用にしてよし、労役用、食用にしてよし。儲かるわー」

「となれば、どこが不満を言うかも解ろう?」

 

ふふふ、とラゴウが悪戯そうに笑った。

 

「性欲も探究心もカネも食料も満足して尚足りないってなったらアレね。戦争屋たちでしょ?

戦場でしか生きられないし、他の芸もない軍人さん達。活躍の場が欲しいのね」

 

ラゴウはため息をついてうなずく。苦労人の顔だ。

 

「そうなんじゃよー、仕事をよこせとやかましいわ。小競り合いに納めなければならんしのう。面倒じゃ」

 

そこにふすまが開いてドレスを着た貴婦人が入ってきた。まったくの唐突だった。

 

「ラゴウちゃんすごいのできたのよ!」

「母様、ノックくらいして欲しいものですじゃ」

 

ラゴウの母にして妖怪の長、人間で言うところの総理や大統領に位置する大妖怪「五百山スリヤ」だ。

なおラゴウ本人は軍事長官くらいの肩書きである。

 

「それはできないわ。妖怪である以上神出鬼没が存在意義ですもの。それよりすごいのよこれ!」

 

スリヤは複数の紙の資料と幻術を使って動画を再生する。

20mはある大仏がずしんずしんと歩いている。

 

「歩く大仏よ!中に乗り込めて動かせるのよ!外の映像もパイロットには見えるし、力も相当あるわ!

これで街を落したいのだけれど、駄目?」

 

ラゴウはため息を深く深くつくと、じっと猫のように空中をにらんで考え始めた。

彼女の考え事をするときのくせである。

 

「はあー……母様、軍事行動はそろそろするつもりだったから、使わせてもらいますじゃ。

ただ、これはもそっと小さい方が良いですじゃ。そうですのー、3mから5mに小型化できませぬか?」

「やってみるわ!じゃあお膳立てはお願いね!」

 

そういうが早いかスリヤは走って外に出て行ってしまった。数百才なのに落ち着きのない母である。

 

「はあー……本当に、本当にもう……めんどくさいのじゃー。

アレを運用するならタンクデサントとテロしかないのう。兵士を乗せて都市部で暴れ回って撤収じゃな。

問題はほどほどに押さえる方法じゃ……なんかないかのーニベルコルや」

 

もうなんか面倒くさそうにラゴウは相棒に尋ねる。

 

「それだったら「同盟(アライアンス)」も同じようなパワードスーツを開発していたはずよ。

同じような敵と勝負ってすればわかりやすいんじゃない?向こうも実戦データは欲しいだろうしね。

そこでお膳立てと筋書きを作るのは私たちの仕事ね」

「それしかないのー……面倒じゃなー。まあ良いわ。久々に動画投稿するかの。準備は任せたのじゃ」

「オッケー、アカウントとるわ。衣装はまだあったわよね?」

「ああ、あの軍服の。ある」

「じゃあさっそく演説の草案から行きましょうか」

 

こうしてテロリズムは六畳の居間でインスタントに決められた。

 

 

■「退魔師自警団「同盟」のある退魔師の証言」

 

 

その日、突如として大仏が街を襲い、僕等はロボットに乗り込んで応戦した。

退魔師と妖怪の戦いもついにここまで来てしまった。なぜ双方ロボットで闘っているのかはもう誰も解らない。

だが、テロリストの妖怪達……「百鬼」は先に切り札を切った。

 

その黒い霧の姿をした次元連結式魔道兵器が発動すると、地形や樹木、動物たち……全てがぐちゃぐちゃに再構成されていった。

皆、生きたまま怪物になり、風景は幾何学的な異世界の風景となった。

僕ら退魔師は慌てて待避したよ……。

 

数キロ離れた第三防衛ラインで僕等は沈痛な表情で座り込んでいた。

黒い霧はゆっくりとだが確実に広がっている。

だが僕等が沈み込んでいるのはそれだけではない。

 

「ハルマンは?こんな時にハルマンさんはどうしたんです?」

「ニュース見ろ。予想以上に事はヤバイ」

 

命からがら生還した入間さんがスマホを操作する。この人も大概しぶといな。

スマホの画面には絶望的なニュースが流れていた。

 

『緊急ニュースです。アメリカ、およびEUで複数の勢力による独立運動が起こっています。

彼らは軍事的な武力により既存国家からの独立を求め、現在も現地政府軍と内戦をしています』

 

どうも世界中で日本と似たような状況になってるらしい。

つまり、ハルマンもおそらくはこの騒動の収拾に向かっているし、あらゆる軍隊も同様だ。

援軍はまったく期待できない。

 

『イギリスではアイルランドの独立を求めるIRAと過激派の魔法使いたちの合流派閥「エインヘリアル・ナイツ」がロンドンにテロを行っています。

未確認の情報ですが、パトリック・R・ハルマン氏が政府軍に協力しているとの情報もあります。さらにカタルーニャでも同様の……』

「な?ハルマンはイギリスで魔法使い共とやりあってる。これねえ。ちなみにアメリカはもっとヤベえ見てみろ」

 

チャンネルを変えるともっとヤバイニュースが流れていた。

 

『アメリカで複数の勢力が独自に独立を求め、魔術による結界で街ごと立てこもっています。

これより確認された独立運動勢力を読み上げます。

アメリカ保守層民兵の合流勢力「ラストベルト・ブラザーフッド」

アメリカ・インディアン運動「レッドパワード・スキンズ」

プロテスタント系教会騎士団「オーダー・オブ・バイブルベルト」

他数十の民兵組織が蜂起し「フライオーバー・カントリー」と称し、

ワシントン州とニューヨーク州を除いたアメリカ中部の複数の州によるアメリカからの独立を唱えています。

彼らは特にリベラリストや富裕層を標的に虐殺を行い、これに対しテキサスの州兵「テキサス・ステート・ガード」が独自に鎮圧に乗り出しているようです……』

 

なにこのカオス。何が起こってんの。

 

「うわぁ……なんですこれ」

「要するに頭お花畑な金持ちに対して貧乏人がキレたんだよ。

そこに妖怪や魔術師が手ぇ貸したか、そそのかした。とんでもなくヤバイことになってんな世界。

そりゃこんな日本の小競り合いに出てる暇はねえわ」

 

テレビの映像では見覚えある黒い霧がアメリカの街を覆っていた。

 

『ごらんください、魔術結界と思われる黒い霧によりデトロイトが覆われています!

この現象は世界各地の内戦でも同様に確認されているようです……』

「これって、見たことありますよね」

「ああ、アレだな。やられたわ。多分日本のは陽動だ。

あいつら世界同時革命しやがった。頭おかしいんじゃねえか。

アラブの春の西側版だな。これ絶対ロシアと中国が一枚噛んでるわ……

クソが!どうしろってんだよ常識ねえのかあいつら!あったらこんなことしてねえな!知ってた」

 

同じように他の狩人にも絶望感が広がっていく。

事は世界レベルだ。もはや自分たちのしている内戦ではない。

時代そのものが敵になったような感覚にぼくらは立ちすくむしかなかった。

 

「落ち着け入間、明日来。まずは我らは我らのやれることをやるべきだ。

絶望するにはまだ早い。まずはこの場を納め、生き延び、情報を集めようではないか。

おろおろしていてもどうにもならん。できることをすれば良い」

 

大きく暖かな手が僕等の肩に置かれた。うちの支部長で力士の斎賀さんだ。

その顔には動揺はない。ただ静かな闘志があった。

 

「……そうですね、やれることをやれるだけやりましょう」

「それな。やるんなら前のめりに行くのが俺ららしいわ」

 

同様に他のリーダー格の狩人達が混乱を収めていく。

そうだ、僕等はまだ負けていない。まだ生きている。この混乱の中にあってちゃんと団結できる仲間がいる。

不安が晴れていく。膝に力が入る。まだだ、まだいけるはずだ。

 

『同盟長の獅子吼達也だ。皆、ニュースは見たな?知っての通り日本における小競り合いは陽動に過ぎなかった。

我々は一杯食わされた。状況は流動的で情報も錯綜している。時代そのものが襲いかかるような、気の遠くなる事実だろう』

 

陣地内のスピーカーが同盟長の声を流した。不安な情報を言っているが、その口調にはまったく動揺がない。

やはり、闘志に燃える声だ。

 

『……だが、それがどうした。

では諸君、事実に打ちのめされ、諦めるのかね?やるべきこともやらずに?めそめそと泣いて殺されるのを待つのか?

違うだろう!むしろこんな時のために鍛えてきた力ではないのか!

この混乱の中こそ、戦える力を持った我々が義務を果たすべき時だ。

やるんなら前向きに、前のめりに、だ。全ての手を尽くして悪あがきしようじゃあないか。

やるべきことをやれ、最善を尽くせ。我々は、まだ生きているのだから!』

 

冷めた絶望が漂っていた陣地内の空気が変る。

消えかけた炎が風にあおられて息を吹き返すかのように。

皆の胸に静かな闘志が宿った。

 

反撃の時間だ。

 

 

そして、それから……1ヶ月は大変だったね。

黒い霧のテロは中国とロシアでも行われた。世界の何割かは向こうの手に渡ったわけだ。

その霧を撃退できた所もあれば、できないところもあった。

結局、ある程度は彼らの独立を許すことになった。世界は分断されたんだ。

 

そして、撃退できた所はそれはそれで問題だった。

組み替えられた地形は元に戻らなかったし、化け物がすでに生態系を作っていてそれはもう大変な場所になった。

でも、問題の本質はそこですらない。

 

霧の晴れた場所「未調査区域」に生息する化け物や地面に転がっている小石からすらも未知の物質が山ほどあった。

そして、そのほとんどが簡単に有用な「商品」に転用できるものだった。

要するに「未調査区域」は危険極まる宝の山だという認識になったのだ。

 

かくして……この21世紀の世界に「ダンジョン」ができたのだ。

その成果は爆発的に人類の魔術と科学技術を押し上げつつある。

ほとほと狂ってる顛末だと思う。

 

ちなみに「同盟」はダンジョンの優先的な採掘権がなあなあのうちに認められ、羽振りがよくなった。

僕等もボーナスがうなるほど出た。一人5千万くらい……ちょっと引いた。

 

世界はどうなっていくのだろう。

解るのは、21世紀は20世紀に負けないほど激動になるだろうということだけだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

短編集
ある魔法少女の場合


門真あまなは困惑していた。

どうしてこんなことになったんだろう。私はただ、魔法少女になりたかったのに。

 

なんで妖精さんと魔法使いのおじいさんが言い争っているのを目にしているんだろうか……

 

「なるほど、あなたはつまり力を与える代わりに無償でそこの子供に戦えとおっしゃる」

「願いを叶えるよ。つまり有償だよ。その願いが何だろうと代償は払ってもらうさ」

 

 

私は思い返す。

事の始まりは放課後の路地からだった。

いつものつまらない学校の帰り道。そこにスリルの色を加えるファンシーな怪物。

子供の落書きみたいな怪物だったけど、突き飛ばされた痛みも恐怖も本物だった。

 

そこに彼が現れた。白い鼠みたいなかわいらしい体。子犬ほどの抱き上げるのにちょうど良い大きさ。

 

「ずいぶんと、大変そうだね。逃げ道はこっちだよ!」

「えっ、ええっ!?」

「さあ早く逃げないと!大丈夫!こっちは安全さ!」

 

これは、これはひょっとして非日常的冒険の始まりなんじゃないのかな!?

そう期待してた。実際ある程度のところまではそうだった。

ついてこいとジェスチャーする小動物についていくと、まったく不思議な空間に出た。

 

足下は青い砂、そこら中に虹色のシャボンみたいな一抱えもある球体が飛んでいる。

 

「ここは……?」

「狭間だよ。僕の隠れ家みたいなものさ。じゃあ、説明をさせてもらうね!ああ、僕の名前はメフ。君の名前は?」

「門真あまな……メフ君って呼べば良い?」

「そうだね。それでいいよ」

 

メフ君の説明を要約すると、この世には普通の人には見えない怪物がいて、素質のある子だけが魔法少女になれるって話だった。

願いもいつでも1つだけかなえられるって話だし。

ちょっと子供っぽいかなと思ったけど、でも普通の人にないすごい力が使えるのは魅力的だった。

 

「それで、どうかな?魔法少女になってくれるかい?」

「えっとー……」

 

答えようとしたその時、カーテンを分けるように空間を分けてあのお爺さんが入ってきた。

 

「少しお待ちください。あなたは大変な契約をなされようとしてますよ」

「なんだい君は」

「神祇局初代局長パトリック・R・ハルマン。あなた方のようなスカムを殲滅する者です」

 

青いシルクハットに青いスーツ。銀色のステッキ。まるで映画で見た英国紳士みたい。

そしておじいさんとメフ君は私を放っておいて言い争いを始めた。

 

「scam(クズ野郎)とは言ってくれるね。でも僕はお上に目をつけられるような事はしてないよ?」

「魔法少女とは武力を行使し、あなた方の言う怪物を倒す者、これに間違いはありませんね?」

「そうだよ。大事な使命さ」

「それで、何か見返りは彼女たちにあるのですか?」

「魔法の力を手にできる。それだけでも十分にすごいことだと思うよ。それに、僕等の国に来てきちんともてなすつもりさ」

「ほう、あんなゴミのような魔力でね。なるほど、あなたはつまり力を与える代わりに無償でそこの子供に戦えとおっしゃる」

「願いを叶えるよ。つまり有償だよ。その願いが何だろうと代償は払ってもらうさ」

 

なんだかこの話がふいになりそうだった。だから私は声を上げた。

 

「あの!私ボランティアでもいいです!力が欲しい!何かになりたい!だから、私……」

 

かつん、お爺さんが銀色のステッキを地面についた。そこから波紋が広がるのがわかる。

 

「結構、では改めて選択を聞きます。ここが最後の選択になりますよ。魔法少女になると?」

「はい!だから、お願いメフ君!」

「そういうことだよ。あなたの出番はないんだ。神祇局局長?」

 

メフ君の力が入ってくる。すごい、服が替わって変身する。かわいい!すごい!

私は白い魔女っ娘みたいな姿になった。

そうして、私の人生は変わった。

 

 

最初の3年はよかった。

ただ敵を倒すだけで良い。だいたいは悪いことをしてる怪物が相手だし、充実感もあった。

だけど高校生になって、このままでいいのかな……と思うようになった。

よく考えたら魔法が使えてもお金は稼げない。ちゃんとした職業じゃない。

 

あのお爺さんの言ったとおりだった。

 

そのことをメフ君に尋ねたら、お金を貰える仕事もあるよって言われた。

 

今までとはちょっと違った相手を倒すようになった。なんだか言葉を喋れたり、時には人間の悪人を倒すこともあった。

これって、何かとても怖いことをしてるんじゃ……?って思う。

 

だけど、お金は魅力的だった。

いつしか、やり過ぎて人を殺してしまった。でも、魔法でうまくごまかせた。

悪人だったし、仕方ないと思った。

 

そうして。人も怪物も殺して殺して殺して。

真っ白だったドレスも真っ赤になって。

気がつけば私はただの殺し屋になってた。

 

私はメフ君に言われるままうまく一人暮らしして、魔法少女……いや、魔女をしていた。

もうメフ君も隠すことはなかった。つまり最初の3年は野生動物が相手のハンティング。

そこから先はメフ君の敵対してる勢力や単に殺し屋として私を使っていただけだった。

 

このまま一生殺し屋してるのかな、結婚とかできるのかな……と思ってたらメフ君が人化した。

とても美しい悪魔だった。

 

信じられないような快楽を得た。彼らの国で「もてなし」を受けた。

そこで出たのは人肉だったけど、ちやほやされて舞い上がって私は笑いながら食べた。

とうとう私は壊れた。すっかり私は悪くなった。

 

メフ君に捨てられないように言われるままに禁忌の呪術に手を出した。

人を生け贄にした。何も悪くない人たちから奪った。

いつか捨てられると解っていながら。

 

そうして、ある日私と同じような魔法少女に襲われるようになった。

彼女は白い魔法少女で、私はもう真っ黒な魔女。

つまりは、そういうことだ。メフ君は私も邪魔になったんだ。

 

逃げて逃げて……

あの日の、路地裏。あそこにあのお爺さんがいた。

 

「魔法少女になるということがどういうことか理解しましたか?

子供に武器を与え、戦いにかり出し……行き着く果ては殺し屋か軍人。ろくなもんじゃありません。

私はもうそういうのは見たくないんですよ。国家的にそういうことをやってる時代も生きていましたから」

 

ああ、その通りだった。私は馬鹿だった。

 

「そうね……私が馬鹿だったわ。あなたも私を殺しに来たの?」

「いいえ。魔法を解きに来ました『夢はこれで終わりですよ』」

 

 

かつん。銀の色の杖が鳴った。

 

「では、改めて選択を聞きます。ここが最後の選択になりますよ。魔法少女になると?」

「え?あれ!?えっ!?」

 

私の体は中学生の時に戻っていた。青い砂。ここは、あのときの「狭間」?

どういうこと?時間が戻ったの!?

 

「何をしたハルマン!……これは未来予知に白昼夢!?そうか、未来を見せたなハルマン!」

「語るに落ちてますよ。あなたのやることはもう見せました。さて、門真あまなさん。あなたはどうしますか?」

「そういうこと……」

 

私は理解した。ハルマンが私がもし契約したらどうなるかの未来を一瞬の夢にして見せたのだと。

あれは全て夢。でも、これから先私がするかもしれない真実。

 

「あまな、騙されちゃ駄目だ!あれは全て夢なんだ!」

「つまり、夢の内容を知っているのね?あなたが私をどうするのか、この時点でもう決めてたのね」

「い、いやそれは……」

「さて、どうなさいますか?これでも魔道に足をふみいれると?」

 

私は答えた。

 

「ええ」

「じゃあ、僕と契約を……!」

「いいえ、まっぴらよ。私は私の力で魔法を手に入れてみせる。メフ君、優しい嘘をありがとう。殺すわ、あなたを」

「それはまだ決まってない未来じゃないか!」

「ええ、でも私のような子を何人も騙してきたんでしょう?報いの時よ」

 

魔法とは理論と技術。この体でも何の問題もなく使える。

道具がないのは惜しいけど、この間合いなら外さない!

 

『暴食の第五元素よ。復讐の槍となって我が敵を食め。肉を切り裂き、骨を刻み、霊の一片までも食らい尽くせ』

 

抜き手をメフ君に突き刺して掻き回して肉と魔力を抜き取る。

おぞましい色の血が散った。

私の体の中に魔力が戻る。いや、この世界線では初めてのことだろうけど。

 

「やるじゃあないか……未来の僕は相当君で稼いだようだね、惜しいことだよ」

 

メフ君の体が霧になって再構成される。ああ、その姿はまさしくスーツを着た悪魔。

美しい美男子のソレだ。ただ、頭に角が、尻に尾が生えている。

そしてメフ君は空を飛ぶ。ああ、たしかに今の身ではその高さまで飛べない。

 

「この場は逃げさせてもらうよ。君と戦っても何の得もない」

 

うやうやしく一礼して消えようとしたメフ君の胸に穴が空いた。

 

「何……!?」

「あいにくと私にはあなたに用事がありましてね。

あなたに騙された子供達の怨霊と、そして親御さんからの訴えがあるんですよ。

そしてなにより、私は悪党の勝ち逃げが大嫌いでしてね」

 

ハルマンの周囲にパチンコ玉のようなものが浮かんでいる。数は100どころじゃない。千か、万か。

 

「音速で飛ぶ魔法陣を刻んだタングステンカーバイト球です。空をとんでくれて助かりました。撃ち落としやすいですから」

「解った!逮捕される!だから殺さないで!」

「ああ、あなた、日本国民としての届け出もしてませんね?つまり保護されない野生動物なんですよ」

「待てまってくれ……あまな!助けて!」

 

私はにっこりと笑った。

 

「駄目よ」

 

その時のメフ君の顔は傑作だった。

 

「ちくしょうめ!死にたくな……!!」

「さようなら」

 

銀の弾丸に貫かれて、メフ君は血の霧になった。

 

 

「狭間」から抜けて、私はあの日の路地裏に帰ってきた。

思う存分泣いた。そして、立ち上がった。

 

「私はあなたを助けられなかった。夢とは言え魔道を見せてしまった。

あなたは、これからどんな人生を歩むのでしょう」

 

ハルマンが私の背中に尋ねる。その声には後悔があるようだった。

 

「さあ……?けど、もう路地裏は歩かないつもりよ。

私は私の人生を堂々と踏破してみせる」

 

夕焼けが落ちて、宵闇が迫ってくる。

だけど、私は夜を恐れずに歩く。今度こそ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鉄槌の狩人の場合

「畜生、ちくしょう!何が魔法だ!何が真理だ!もううんざりだぁ!」

 

 雨の路地裏、傘もささずに男がうずくまって慟哭している。

 夜の繁華街の裏の顔だ。そこかしこに卑猥な看板が並んでいたり、ドブネズミがいたりで汚い。

 

「よう、兄さんずいぶん荒れてんな。雨の中でそんなにしてちゃあ体に毒だ」

 

 そこに一人の怪人が傘を差しだした。黒皮のフェドーラハットにコート。まるで鎧のようだ。

 あるいは、ハードボイルド気取りか。

 

「ほっといてくれ!あんたに何が解る!」

「解るさ。どうせ荒事だろう?それもオカルト関係の。黒魔術師にでもひどくやられたか?

何にしろ、そんだけ濡れてちゃ風邪を引く。乾かしてやるよ」

 

 怪人が男の肩に手を置くと、一瞬で濡れていた服から蒸気が出て乾いた。

 しかもそれで火傷することもない。まったく不思議な現象だった。

 

「……あんたは、一体?俺に何をした?」

「オカルト専門の荒事屋さ。魔法使いのクズ共に泣かされたんなら、力になるぜ」

「……いくらくらいで?」

 

 荒事屋が言った金額は男に十分払える金額だった。

 

 

 繁華街の素っ気ない廃墟みたいな事務所。

 味気ないフローリングの床に、そっけなくジュークボックスが置かれている。

 そのへんの喫茶店からかっぱらってきたような不似合いにおしゃれな軽く小さいテーブル。

 

 いろいろと雑なセンスの事務所だった。

 ただ流れているBGMだけは依頼人の心を落ち着かせるに十分なすばらしいジャズだ。

 

「つまり要約するとだ。烏丸さん、あんたの親父さんは黒魔術師。あんたの母親を食うほどのクソ外道。

逃げてきたあんたにひさびさに電話がかかったと思ったら児童相談所で……

その親父がまた新しい女つかまえて孕ませて食って、その子供も虐待してると」

 

 入間いるまと名乗った荒事屋はのんびりとエスプレッソのコーヒーを入れながら依頼人の烏丸に尋ねた。

 

「そうです……父は怪しい宗教団体を組織していて、その信者から金や女を巻き上げて暮らしています」

 

 入間は2つのコーヒーカップを置いて、自分のコーヒーを一口飲む間をあけてから鷹揚にたずねた。

 

「それで?どんな解決がお好みだ?」

「それは……あれがこれ以上誰にも迷惑をかけずに、そして子供達や騙された人たちが解放されるように……」

「つまり対象を無力化して、信者共の目を覚ませと。それ俺に任せたらあんたの親父さんを殺すことになるよ。

金はあれでいい。クズを殴って金もらうんだからな。

だけど、人一人始末するってことは、あんたは俺に想像以上の借りができることになる。

あんたが想像してる以上の、だ。それでもいいのか?」

「それは……」

 

 しばらく、暗い怒りに包まれたまま無言でコーヒーを飲む時間が続く。

 ぽつり、ぽつりと依頼人が話し始めた。

 

「その、最初に父の宗教団体に調査に入った児童相談所の職員は……

俺の、友達でした。今ではあいつの信者やってます。妻子まであいつに捧げて、やれ神に会うだの真理がどうだの……

馬鹿ですよ、あいつ。妻子をカタにしてまで見たいもんなんですか?神秘って」

 

 依頼人の言葉にはわずかにトゲがあった。

 お前も同じ穴の狢なのかと。

 だが入間はあっけらかんと笑い飛ばした。

 

「そんなわけないじゃん。そりゃあ、信仰してる奴はそうだろうよ。死にものぐるいさ。

でもな、この業界いたらなんとなくわかんのよ。真理だの神だのは、基本ろくなもんじゃないって」

 

 依頼人はしばらくあっけに取られていた表情をした。そして、救われたように弱々しく笑った。

 

「ええ、そうですね。ろくなもんじゃない。やっぱりそうですよね」

「そりゃそうだ。だって神様が良い奴だったらこの世はこんなんなってるか?なってないだろ?

……あんたは帰ってゆっくりしててくれ。なあに明日起きる頃には全て解決してる」

 

 入間はゆっくりと立ち上がり、コートと帽子を着る。

 クローゼットから異形の物体が出てきた。ウォーハンマーである。

 1mくらいある金槌だ。表面は血にまみれ呪文が刻まれ尋常ならざる鬼気を放っている。

 

「よろしくお願いします……」

 

 依頼人はその闇のような背中をいつまでも見送っていた。

 

 

 魔術名烏丸黒瓜には野望がある。

 それは永遠の命だ。

 最初は偉大なる魔術を極めて世を良くするつもりだった。だが知れば知るほど魔の深淵は深かった。

 実用化できたのはわずかなものだった。もっと知りたい、もっと知らなくては……

 そうでなければ、最初に生け贄にした妻に申し訳が立たない。

 それには人の寿命では短すぎる。故に永遠の命を……

 

 最初はそうだった。だが延命用の生け贄を集めるために宗教を立ち上げてみたらこれが面白い。

 手品レベルの魔術を教えるだけで何百万も転がってくる。

 金、女、名声。そして権力。全て自分のモノだ。

 

 そうして、黒瓜は堕ちた。

 もはや真理も世直しもどうでもいい。妻など何人もいる。

 命だって生け贄を捧げ続ければいくらでも伸びるだろう。すばらしい、この世の春だ。

 老いて後にこんな世界があったとは、いやまったく魔術師とあろうものが魔に魅入られたか。

 

 だが悪くない。

 さて、今夜の女はどれにするかな?一桁の幼女から熟れきった女までよりどりみどりだ。

 

「さあて、お楽しみと行くかのう」

 

 その姿はハゲ散らかった狒々爺と言うにふさわしい醜悪なものだった。

 今や埃を被った魔術書の並ぶ書斎から、おぞましいプレイルームへと電話をかける。

 

「わしだ。今夜は美織と百花を頼む」

『いいえ、それはできません』

「なんじゃと!貴様ただですむと思っておるのか!わしの呪いが怖くないのか!」

『それにもノーだ。お前程度の呪いが効く俺かよ』

「貴様、誰だ?」

「メリーさんだよあんたの後ろにいるの!」

 

 その瞬間、すさまじい衝撃が黒瓜の頭蓋に響き、世界が回った。

 下手人の姿は黒帽子に黒コート、ウォーハンマーを振り抜いている。

 こっそりと侵入を果たした入間である。

 

「あんたさあ」

 

 はあ、とため息をつき入間が静かに怒りを込めてしゃべる。

 

「神様だの真理だのろくなもんじゃないって知ってるだろ?知っててそれを飯の種にするとかさ。

それともそんな程度のこともわかんないアホなら魔術師辞めなよ。

困るんだよね。っていうかムカつくんだよ。お前みたいなのが魔術師名乗ってるの。

そりゃ俺だって暴力密教者だけどさ。お前みたいな馬鹿が魔術師やってたら全体がアホに見られるわけ。

一緒にされたくないんだよねお前みたいな馬鹿と」

 

 頭から血を流し、へこんだ頭蓋をそのおぞましい魔術による再生能力で直し、立ち上がる黒瓜。

 

「貴様何者だ!どうやって入った!」

 

 入間は影のように暗い書斎にじっと立っている。黒瓜の反撃を待つように。

 

「狩人って言えば解る?」

 

 狩人と聞いて黒瓜は鼻で笑った。そういえばそんな組織もあったと。

 

「自警団気取りの魔術師崩れのチンピラ共が……」

「ああそうだよ、あんたも魔術師崩れの詐欺師じゃねえか」

 

 そうして入間と黒瓜が同時に呪文を唱える。

 

『波切不動が護法に誓願いたす!不動が尊き金剛杵、今一時わが槌にやどらせたまえとの本願なり、ウン!』

 

 それは殴ってでも人を改心させる不動明王の力を借り受ける呪術。

 入間のハンマーに金色の槌の幻影がまとわりつき、巨大な一つの金槌となった。

 

『我は汝を召喚す、アルベ、サールアーム、ハルゴール、ハーガーブ、メセクとトバルの大君、ヤペテの子。

汝は災厄、汝はすべてを食らい尽くす者、汝、我に耳傾けよ!』

 

 地面から闇を纏って蝗が何匹も、何百匹も顔を出す。人食い蝗だ。

 だが入間の金槌の方がずっと早かった。

 

「ホームランだ!」

 

 入間が巨大な金槌ごと風車のように回転して本棚や壁をぶちこわしながら黒瓜を吹っ飛ばした。

 壁を何枚も壊し抜けて黒瓜が飛んでいく。

 しかし黒瓜の召喚した虫もまた入間を喰らおうとする。

 

『閻魔不動に誓願いたす!虫の障り、御身が火世三昧の炎にて滅尽に滅尽せよ!成就あれ!』

 

 入間が真言を唱えて印を切ると人食い虫たちが同時に内側から炎に焼き尽くされて爆発する。

 汚いホットチョコレートだった。

 

「オラッ!クソ信者共も出てこいよ!お前らの教祖様これからぶちのめす所見とけ!」

 

 どかんどかんとそこら中の壁を壊しながら黒瓜に近づく入間。

 黒瓜が逃げ込んだ先は普段は儀式に使っているであろう聖堂だった。

 教室1個分くらいはある広いホールに信者に囲まれて黒瓜はいた。

 

『峻厳、曲屈、黒き逆巻く深淵よ!我が敵を砕け!無形にして光放たぬ闇よ!』

 

 巨大な闇の弾が放たれた。2mはあるだろうか。

 

「良い弾だ!返すぞ!」

 

 入間の金槌に宿った力の残滓が光り輝く。大きく振りかぶって入間は迫る闇の弾を上に撃ち返した。

 天井を突き破って月が見える。闇の弾は人知れず花火のように空中で爆散する。

 だが入間の攻めはまだ終わらない。

 

『波切不動が護法に誓願いたす!我が槌に宿りし金剛杵、伸びろ、砕けとの本願なり!カン!』

 

 打ち返した勢いそのままに槌を伸ばして、しゃがみながらぐるりと回転する。

 つまり、信者たちのすねのあたりに打撃面が来ることとなる。

 

「あ、足が!」

「痛い!折れた!」

「黒瓜様お助けを!」

 

 なぎ払う一撃でほぼ全員の足があさっての方向を向いてへし折れる。

 骨が見えている開放骨折をした者もいた。

 

「馬鹿な……」

 

 黒瓜は信者全員を使った渾身の一撃を返された上、一発で信者を倒された。

 もう馬鹿なとつぶやくしかなかった。

 

「あんたらさあ」

 

 はあ、とため息をついて入間が静かにドスの効いた声を出す。

 

「たしか魔法できれば偉いんだっけ?そんでもって妻子をカタに入れても神様に会いたいとか。

そんなに神秘が見たいか?魔法っていう暴力が欲しいのか?その果てにあるのが俺のコレだぞ?

で、俺の方が魔法が強い。偉いわけだ。あんたらの主張だと」

 

 ゆっくりと入間が痛みにわめく信者と黒瓜たちに近づく。

 

「いい加減にしろ目を覚ませ。こんな暴力、家族に迷惑かけてまで追求する価値なんてある訳ないだろ!

神様?そんな奴クソそのものだ!世の中クソで!だからお前ら夢みたいな戯言に逃げてきたんだろうが!

そのクソみたいな人間を作った神様とやらが正気なわけねえだろうが!」

 

 そして入間は印を切って真言を唱える。

 

『波切不動よ。迷える衆生に我、仏法にて導かん。なれば不動羂索にて縛りたまえ』

 

 地面から黒い縄が生えてまだ動ける信者たちを縛り上げる。

 

「いい年こいて夢みたいなもん追いかけんな!いい加減目を覚ましやがれ!」

 

 入間は初めて大音声で真言を唱えた。それは叫びだった。

 

『不動明王に伏して誓願つかまつる!殺生邪淫に耽りし邪宗が綺語、妄語、離間語による呪法からこの衆生を解き放ち給えとの大誓願なり!』

 

 それはカルト宗教による洗脳をどうか説いてくれと神仏に頼み込む呪術。

 信者の内何人もがはっと目を覚ましたような顔になり、

そして自分のやってきたことかえりみて絶望した。

 

「馬鹿な!儂の洗脳がとけるだと!?そんな短い密教呪術で!?」

 

 黒瓜が慌てる。それはそうだ。忠実な手駒が今まさに敵の手に渡ったようなものだからだ。

 

「インスタントに洗脳された奴はインスタントに洗脳が解けるんだよ。とくにこういう魔術で洗脳したのはな」

「待て、皆の衆!こやつは上書きしただけだ!洗脳しておるのはこやつだ!」

「上書きって事は最初に書き込んだのを認めるんだな?」

「なっ……!」

 

 洗脳の解けた信者たちは慟哭し、ある者は迷い、ある者はすでに憎しみの目を黒瓜に向けていた。

 

『孔雀明王よ。彼らの病毒、怪我の一切を癒やしたまえとの大誓願なり』

 

 骨折したものたちの傷口に炎がともった。だがこれは痛みを与え傷つけるものではない。

 暖かな、回復の呪術だ。事実として彼らの怪我はあっというまに治った。

 そして残されたのは妻子を既にささげてしまった洗脳の解けた信者たちだ。

 

「さてと、このまま戦うか?それとも、信者たちになぶり殺しにされるか?

ああ、あとはこの場で金も女も帰すから勘弁してくれと泣きを入れる手もあるな。その場合命だけは助けてやるがどうする?」

 

 ううむ、と黒瓜は脂汗を滝のように流しながらうなり、そして叫んだ。

 

「解った!儂が悪かった!金も女も何もかも返そう!だから命ばかりは助けてくれ!」

「教団も解散しろ」

「解った!解った!勘弁してくれ!」

 

 なおも怒る元信者たちに入間はがつん、と鉄槌を地面に打ち付けて怒鳴る。

 

「元々はお前らがこんなろくでもねえもんにすがったからだろうが!さあ帰れ!解散だ解散!この教団はこれで終わりだ!

それより妻子をさっさと取り戻して家に帰れ!」

 

 恨めしそうに入間と黒瓜を見て不平をつぶやいていた者達も妻子を思い出して慌てて帰って行った。

 これにてこの夜の狂騒は一端の落ち着きを見せることとなる。

 

 

 黒瓜は隠し財産を持って路地裏を逃げていた。

 彼の心にあったのは反省と後悔ではない。

 

「おのれ、おのれ……!だが所詮は若造よ。この儂は生きてる限り再起してみせる!

なあに10年も海外に逃げておればほとぼりが冷めるじゃろうて。その時はあの若造に思い知らせてやらねばのう」

 

 その心にあるのは逆恨みだった。だがそうは問屋が下ろさない。

 

「こんばんは、黒瓜さん。お久しぶりですね」

 

 青いフェドーラハットにスーツ。銀の杖。まるで深海か星空を身に纏ったかのような老人がそこにいた。

 

「貴様は、ハルマン!神祇局を離れた貴様がなぜここに!」

 

 パトリック・R・ハルマン。黒瓜と同じく100年以上の時を生き、そして黒瓜と違って堕ちなかった男である。

 

「そんなこと本気で信じていたんですか?今でもコネくらいはありますよ。狩人達と役所をつなぐ裏口が私ということですな。

まあ、そんなことはどうでもいいんです。あなた110才の時に異業種診断を受けるのを断られておりますね?

困りますねえ。110を超えた者は人間を辞めていないかどうか診断が必要なんですよ。我々のような老害を国家が認識するためにね」

 

 ぱし、ぱし、と杖を手で弄びながらハルマンは嗜虐的に笑う。

 

「そうじゃ!貴様と違ってわしはまだ法律的には人間じゃ!貴様には殺せまい!法の番人を気取る貴様には!」

「ああ、それなんですけどね。実は先ほど神祇局に動画投稿があったようでして……あなたが頭を吹きとばされて再生するところがね。

めでたく今夜12時を持ってあなたは異種認定されました。そして役所が開く明日の10時まであなたは異種族認定を申請できませんね?」

 

 ハルマンはにやにやと早口でしゃべり、ここで一拍間を置きはっきりゆっくりとしゃべった。

 

「つまりこの夜が明けるまであなたは野生動物扱いです」

 

 黒瓜はおびえて後ずさった。

 

「わ、わしを殺すのか!同じ時代を駆けた同志を!」

「かつては同志でした。ですがあなたは堕ちた。残念ですよとても。とてもとても残念で、それ故に怒りを感じています」

 

 かつん、と銀の杖が地面に突き立てられた。

 

「私に出来て、なぜあなたはできないのですか」

 

 ふわりと雨のようにタングステンカーバイト製の弾丸が数千は空中に浮いた。

 

「貴様は狂っている!貴様こそあの戦争を見てなぜ未だに人間を信じられる!この世に救う価値などあるものか!」

「ああそれはね、私がこの間違った世の中を変えたいからですよ。何なら種の本能すら遺伝子すら変えてでもね」

「貴様、すでに狂って……」

 

 それが黒瓜の最後の言葉だった。ハルマンが杖を振り下ろすと数万の弾丸が黒瓜を血の雨にした。

 

「狂っていなければ救世などできないでしょう?」

 

 泣きそうに、寂しそうにハルマンが笑った。

 

 

「ってえのが事の顛末さ。満足かい?」

 

 朝の川べり。静かに缶コーヒーを伸びながら入間は依頼人と空を眺めていた。

 

「……ええ、なんだか、自分でも意外です。てっきりあいつが死んだら笑えるものかと思ったんです。

だけど、なんだかむなしいのとほっとしたのと……よくわかならない気分です。

ですが、お礼は言います。ありがとうございました」

 

 さらさら、さらさらと川が流れ、草が揺れる。

 

「これから、どうなるんでしょうか。友人や、元信者たちは……」

 

 よっこいせ、と入間が立ち上がる。

 

「さあな。懲りずに自分で教団を立ち上げる奴もいるだろうし、懲りて日常に戻る奴もいるさ。

失ったもんは戻ってこないし、傷もあるだろうよ。でも人生そんなもんじゃねえか」

 

 狩人は朝日に消えていく。さみしく薄汚れた背中だった。

 返す言葉を持たず依頼人はそれをいつまでもぼうっと見ていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ある狩人の話(白金桜花氏お預かり作品)

これは白金桜花氏に私がコミッション依頼をして書いていただいたものです。


緑青 @RockShow1191

 さてと、SNSってこれでいいのか?

 よくわからないけど日記代わりに使うか。

 

緑青 @RockShow1191

 今は狩人やってるけど、元は深淵騎士やってたんだよ。

 ほらよくまとめサイト?だかで言われてるseals社の傭兵隊。

 得物は銃、と言っても銃型の化け物って言えばだれかわかるか。

 裏話聞く?

 

緑青 @RockShow1191

 @GoonGon3232

 まとめサイト使うのは嫌われるのな、了解。

 

緑青 @RockShow1191

 まぁあそこの組織は実在する。

 やってる事はアフリカの民兵組織みたいなもんだけど金払いはいい。

 特にあそこに居るガキなんか金払いの良さで何だってするもんだ。

 少なくともブラック企業に比べたら労働環境は良いからな。

 

緑青 @RockShow1191

 ただ妙に暑苦しいんだよあそこ、体育会系というか、絆とかそういうの万歳って感じ。

 絆があれば神だって殺せる、そういう絆教が鬱陶しい連中なの。

 封印騎士団も名前変えただけでその根元は変わってねぇ。

 非人道的行為?そんなん何処の組織でもやってるでしょ、俺が狩人なのも獣は好き放題出来るからだし。

 

緑青 @RockShow1191

 @CannanMid101

 獣は法的人権はないので犯罪に当たらない、オーケー?

 つまり合法的に略奪出来るんだよ。

 ついでにいえばもうこの国紛争地帯みたいなもんで法律とかも動いてないっしょ。

 だから俺が捕まえた獣をどうこうする、買い手がどうこうするかなんて自由だ自由、カスに人権無しって言うじゃん。 

 

緑青 @RockShow1191

 @CannanMid101

 すいません調子に乗りました許してください。

 先輩とは知らず煽り口調やっちまいました。

 

緑青 @RockShow1191

 面倒くさいなぁ。

 

緑青 @RockShow1191

 鍵つけた、これで炎上せずに好き放題言えるか。

 

緑青 @RockShow1191

 略奪、とりわけ人身売買は狩人の主要収入だ。

 相手はカスみたいな人間を食い物にしたバケモノだからな。

 捕まえて脳に機械をぶち込んで奴隷に出来る。

 いい女だったり力持ちだったら結構な値で売れる。

 深淵騎士なんて体育会系古臭い傭兵やってる時よりも金持ちになれんだよ。

 カスに人権はないしな。

 

緑青 @RockShow1191

 依頼が来た、依頼人は伏せるがバベル弾とかいうものの調査と破壊だっていう。

 調査内容はここに記述しても大丈夫らしいから記述しておく。

 鍵も解除した。

 

緑青 @RockShow1191

 と言う事でバベル弾is何

 

緑青 @RockShow1191

 @CannanMid101

 イスラエルの方まで行かなきゃダメなんです?

 予算降りますか……?

 

緑青 @RockShow1191

 どうやらバベル弾はイスラエル・へヴライ神族の遺産らしい。

 先輩筋の情報だけどそこから手繰るか。

 あっちなら表で銃も使えるだろうしな。

 

緑青 @RockShow1191

 今パレスチナ、反政府勢力、こわい。

 なにあれ、やばい。

 

緑青 @RockShow1191

 落ち着こう、今イスラムの著名な老子から話を聞いた。

 正直依頼降りたい。

 

緑青 @RockShow1191

 @CannanMid101

 いやだってもう使われてるとか世界を巻き戻す弾とかおっかないですし……

 え、次はチベットのサイキッカーにでも聞いて来いって?

 

緑青 @RockShow1191

 チベットなう。

 

緑青 @RockShow1191

 辞めたい。

 大体情報掴んだけど辞めたい。

 ああうん、だいたい元職場の案件とか心折れそう。

 

緑青 @RockShow1191

 とりあえず情報を纏めて公開しろと言われたのでここに貼る。

 バベル弾と言うのは一種の地球全体の時間を巻き戻す弾丸だ。

 一発当たり五十年程度か。

 造ったのはseals社、完成は今年だ。

 

緑青 @RockShow1191

 で、問題はここからだ。

 このバベル弾丸、どうにも一発撃たれてる。

 地球のコアに情報撒き戻すための弾を撃つが、性質上地下1000mから高度1万kmまでしかどうにも書き換えれない。

 そしてどうにもこいつが建造されるプロジェクトは、衛星軌道上にあったバベル弾とその射出装置の図面を得たからだ。

 

緑青 @RockShow1191

 図面もまた、seals社のロゴが書かれてた。

 つまりこの状況でも、彼らはリセットする機会がある。

 笑ってしまうぐらいの茶番の歴史か。

 時間はないので、そろそろこちらも最後の仕事をする。

 面倒くさいが、やるしかない。

 こんなもん今使われても、どっかの組織が手に入れても問題ありありだ。

 

 

緑青代理 @RockShow1191

 えーと、このアカウントで合ってますよね。

 緑青さんの代理です、一応、彼の死亡報告のためにこのアカウントを借ります。

 

緑青代理 @RockShow1191

 彼はseals社の地下施設に襲撃を仕掛け、バベル弾の起動装置を破壊。

 その後私たち<同盟>は一足遅く空挺降下、彼の救援に来ました。

 結論だけ言わせると、緑青さんは戦死しました。

 

緑青代理 @RockShow1191

 けどもバベル弾を放たれるのは止まりました。

 今回の件はseals社のテロですが、seals社はこの施設が本当に時間を巻き戻せるのかは不明と言い、私たちをテロ集団と糾弾してます。

 

緑青代理 @RockShow1191

 ですが私たち<同盟>は彼らのようなテロ組織には屈しません。

 これからも末永く、異類や旧態然としたテロ組織を打倒する、私達私設武装自警団<同盟>をこれからも宜しくお願いします。

 

緑青代理 @RockShow1191

 @CannanMid101

 お疲れ様です、彼の死は無駄死にじゃないですのであまり気に病まないでください。

 私達は彼を救援に来て、施設を制圧しました、本当に、それだけです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

武装かなまら祭り

 わっしょい、わっしょい、クソ熱い熱帯夜に威勢の良いかけ声が響く。

 新御堂筋に行き交う人々が振り返り、そして顔が凍り付く。

 それは雄々しかった。大きく、硬そうだった。

 

「なんやあれ」

「何ってナニやがな」

「せやな」

 

 華美に飾られた神輿から木製の巨大なイチモツが飛び出していた。

 担ぐのは雄々しい男達である。人間もいれば異種族もいる。

 鬼や天狗は誇らしげに担いでいるが、何一つ身に纏っていない。そして自身のものを天高く突き上げている。

 彼らは神性存在に魅了されていた。つまり、一時的狂気である。

 

「こういうの増えよったな」

「まあ、第三次世界内戦が起こったからのう。世界中魔法と奇跡が大安売りやな。

おおかた、また誰ぞ神さんに取り憑かれたんちゃうか」

 

 90年代に魔術と人外の存在が公開されてから加速度的に世界は神秘を増し、

 今や世界中の大都市のほとんどが魔界都市となっている。

 カルチャースクールに通えば誰でも魔法使いになれる時代だ。

 そして、だからこそ安易な魔術は時に失敗し、神性存在に操られこのような凶行に出るものは後を絶たない。

 

「ナニやからあれか。マーラ様あたりか」

「ちゃうちゃう、日本でああいうの言うたらかなまら様やろ」

「あー……せやなあ。しかし見事な張り型や」

「いやあほんまにご立派やでえ……なんや担ぎたなってきたな」

「せや、祭りじゃ、楽しまな損じゃ!」

 

 一連の流れを評し合っていた通行人も魅了され、狂気に墜ちて神輿の担ぎ手に加わろうとする。

 しかし無慈悲にも彼らはミンチ肉となった。

 神輿が激しく前後すると共に、ごろりと巨大な薬莢が転がり出た。

 神輿の中心に据えられたご立派には、アハトアハト高射砲が内蔵されていたのである。

 

「アハトアハト……!?」

「ああ、ご立派様ってそういう……アホと違うか!?」

「自分それギャグ?ちょっと上手いこと言えてへんやん!」

「笑い取ってる状況ちゃうやろ!逃げな!」

 

 再生力強化手術を受けていた通行人たちは正気に返って一目散に逃げ出す。

 かーなまら!でっかいまら!というかけ声と共に再びご立派が砲弾を撃った。

 近くのビルに直撃するが、当たった瞬間にビルの防犯システムである防御魔法が発動し、砲弾をはじく。

 他のビルに反射し、そのビルも砲弾をはじく。つまりピンボールである。

 88mmの砲弾が市街地を跳ね回ったらどうなるかお解りだろう。新御堂筋は阿鼻叫喚と化した。

 

 

 場所を少し変えて梅田阪急バスターミナル。夜になると路上ライブで盛り上がる場所だ。

 アーティストの卵たちがここから羽ばたくことを夢見て夜を歌で飾る。今も昔も変らない光景だ。

 

「かわんねえなあ、ここは」

 

 ただし、昔と違うところはパーピーやウンディーネたち魔歌を歌い、別の場所では魔女たちがチャントを歌っている。

 路上アーティストの聖地は歌による高密度な呪術空間と化していた。

 

「いや、やっぱちょっと変ってるわ。まあ歌でバフかかるからいいんだけどよ」

 

 つぶやくのはこの時代では一般的になった退魔師である。

 退魔師組織はいまやいくつもある。そしてこの男「イルマ」はその中でももっとも苛烈とされる「同盟」の制服を着ていた。

 黒い中折れ帽に黒いトレンチコート。暑苦しい格好だが、中は空調ファンや冷却魔術式が組み込まれていて案外快適だ。

 

「おっ、見かけない顔だな……新顔か。飯食う前にちょっと聴いてくか」

 

 逆立つ赤い髪にパンクファッション。ハスキーな声をした女性が歌詞のない歌を歌っている。

 音楽性的には勇壮でいながら幻想的なエピックメタルに近い。

 要素がてんでバラバラだが、不思議と調和している。

 

「いいね、脳にガツンと来る。ハードなロックだ」

 

 イルマはしばし足を止め、聞き入っていた。

 技術的に荒削りなところはあるが、不思議と情熱を感じさせる。

 曲が終わるとイルマは千円札をギターケースに投げ、CDを手に取った。

 

「おいくら?」

「1500円だ。アタシのパッションを詰め込んだアルバムだ!」

「悩む値段だな……」

「じゃあシングルはどーだ?こっちはサイトからダウンロードできるぜ。

アタシの名前「パンキー」で検索してくれよな!」

 

 イルマはスマホを操作するとそれらしきページを見つけた。

 スマホをパンキーの目の前にかざして見せる。

 

「これ?っていうか君「連合(ユニオン)」の退魔師もやってんのな」

「そーいうおっちゃんは「同盟(アライアンス)」の狩人だろ。

アタシとはいまいち方向性があわねーけど、あんたらのパッションはリスペクトしてるぜ!」

 

 イルマと同様、パンキーもまた退魔師だった。

 ただ「同盟」と「連合」はかなり趣を異にする。

 「同盟」が苛烈きわまりない血に飢えた狩人のたまり場であるならば、「連合」はごく一般的な冒険者の酒場といえる位置である。

 

「マジで?「連合」の人らって俺ら基本嫌いだと思ってたけど」

「あー、まあ一般的にはそうだな!だけど、それじゃパンクじゃねーだろ?」

「なるほど、アイワナビーザマイノリティってわけか」

 

 イルマが曲の一小節を軽く歌ってみせる。

 

「グリーンデイの?おっちゃん意外に良い曲知ってんじゃん!アタシもあの曲は好きだぜ!

歌詞があるのはアタシ向きじゃねーんだが、一曲やろうか?」

「たのむわ」

 

 イルマが500円玉をギターケースに入れるとパンキーはにひっと笑って一礼する。

 そして曲が始まった。

 権威なんていらない、世間体なんてクソくらえ……そんな意味の英語がハスキーな声と共に歌われる。

 さわやかで、やさしく、それでいて熱い物を感じさせるそんな曲。

 聞き終わるとイルマはもう500円ギターケースに入れて拍手した。

 

「いいじゃん。帰ったら曲もダウンロードしてみるわ。ウェブマネー使える?」

「もちろんだぜ!ありがとな狩人のおっちゃん!仕事おつかれさん!」

「おう、機会があったらまたな。がんばれよー」

 

 イルマとパンキーはさわやかに別れようとした。

 ほんの一時つながった縁はまたそれぞれの道を行く。そのはずだった。

 すばらしい音楽の記憶と、胸にさわやかな気分を浮かべたイルマの目にとまったのは、武装かなまら神輿だった。

 

『かーなまら!でっかいまら!わっしょい!わっしょい!』

「オイオイオイ、こっちは仕事帰りだぞ?さわやかな気分が台無しだわクソが!

あと他のバンドの女の子が悲鳴あげてんじゃねえか!良識というものはないのかよボケッ!」

「オーマイガッ……アレはないだろ……」

 

 さわやかな夜が一気に暑苦しく殺伐としたものに変る。

 

 

 コンマ1秒でそれが神性存在であると認識したイルマは3秒でキレた。まるで瞬間湯沸かし器である。

 流れるように罵倒を行いながら背中にかけたのバッグを開き、中から1mはある無骨なハンマーを取り出す。

 その鉄槌は表面に無数の呪文が刻まれ、叩き潰した獲物の血肉がしみこんでいる。殺意しかない武器だ。

 

「もう一仕事してくか……腹も減ってるってのによ!TPOをわきまえろよこれだから世間知らずは……」

「お、おっさん!?」

「イルマさんだ。バケモンが前の前にいて、俺には武器がある。狩らなきゃおかしいだろ?」

 

 そういうとイルマは人混みをかき分けて神輿へと近づく。

 スマホで撮影する人々の先には見知った顔がいた。後輩の狩人だ。

 

「はーい、避けてくださいねー。近づかないでー。危ないですからね」

「明日来かよ!なんでお前がこっちの区域にいるわけ!?」

「あっ、イルマさん。いや手が空いてるのが今は僕だけで……とりあえず応援が来るまで避難誘導しろってことなんです」

 

 黒いキャスケット帽子に黒いコートの狩人がイルマに頭を下げた。

 イルマの後輩のアスクという男だ。

 広く浅く沢山の魔法が使えるのでなにかと重宝されている男である。故に彼が一番に現場によこされたのだ。

 

「なるほど、で状況は?」

「今は物理遮断結界を張って通行人が近づけないようにしてます。

あとアレ、中に大砲が入ってるんですけどそれも結界の外には出さないようにしてます」

 

 イルマはおおよその状況を把握した。そしてさらにアスクに尋ねる。

 

「『解析』の結果は?」

 

 アスクの背中から生き霊のように半透明の女性が出てくる。

 黒髪のエルフで、魔女のような服装だ。アスクの使い魔のようなもの「カルマ」である。

 

<私から説明しよう。あれはこのあたりの芸術家が作った作品に偶然、神が宿った物だ。

偶然の産物であるが故に複数の神格を不完全に宿す。暴走しているのは純度の低さのためであろう。

だが核は「かなまら様」であるカナヤマヒコだ。他の神格を追い出し純度を高めれば払う手段もあるだろう>

 

 「カルマ」は見た物を鑑定し解析する権能を持っている。

 彼女の目を持ってすれば相手の事情から背景、弱点までわかるのだ。

 アスクの切り札といえる魔術の精髄である。

 

「なるほど、で?方法は?」

<うむ、カナヤマヒコは鍛冶の神だ。そして鍛冶においては純度を高めるために鉄を打つ。つまり……わかるだろう?>

 

 「カルマ」はイルマの鉄槌を見た。イルマは心底嫌そうな顔をした。

 

「オーケー、つまりこれであのご立派様を叩いて来いと」

<そうなるな。貴公、ちょうど良く炎の呪術も使えるのだろう?一つ鍛冶仕事をしていくが良い>

「軽く言ってくれるなあオイ!マジかよ……」

<だが、狩りとはそんなものだよ>

「知ってるわ!おいアスクまじでやんの?」

 

 アスクは使い魔の大仰な物言いに申し訳なさそうにしながらもうなずいた。

 

「本部からも同じような指示がありました。純度を高めて神格を剥き出しにした後、妻神であるカナヤマヒメを泉の森広場に降ろして退散させるみたいです」

「じゃあ召喚師待ちか……泉の森広場って今工事中だったか。じゃあ仕方ねえな。ちょうど人いないんだし」

「そういうことですね。ただ召喚師の人が家が遠いんで間に合うかどうか……」

 

 そこで背後から声がかかった。

 赤い髪にパンクファッション。背中にはギターケース、手にはエレキギター。パンキーである。

 

「よっ、イルマのおっちゃん。召喚ならあたしもできるぜ!本職じゃねえけどな!」

「あの、この人は?」

 

 アスクが尋ねるとイルマは少し驚きながらも答えた。

 

「『連合(ユニオン)』の退魔師さんだ。今日は単に路上ライブしに来ただけらしいけどな。

いいのか?あんただって今オフだろうに」

「それはおっちゃんも同じだろ?アタシにもこいつがある。見物してるだけじゃロックじゃないぜ!」

 

 パンキーは軽くギターを掲げて見せる。

 

「オーケー、じゃあもう一曲頼むわ。アレの奧さんを呼んでこられるような、とびっきりの熱いラブソングを()ってくれ」

「オーライ、任せな!」

「じゃあ僕は全体の指揮をとります。うまく泉の森広場まで案内しますよ」

<役割は決まったな……では、作戦を始めよう>

 

 おう、とそれぞれがうなずき、かくして夜の176号線にて武装かなまら神輿VS三人の退魔師という奇妙な戦いが幕を開けた。

 

 

「さて、と……」

 

 イルマは鉄槌を肩に担いで前傾姿勢を取る。そして大声で罵倒した。

 

「ようかなまら様!ずいぶんくだらねえもんに取り憑いたな!

一発ウケでも取りたかったのか?笑いの街なめんなよ、そんなんじゃクスリとも沸きやしねえよ粗末様がよ!

おまけになんだ?似たようなもんまで混じってんじゃねえか。今から焼き入れてやるからかかって来いよ!」

 

 武装かなまら神輿の両横がバカッと開いてガトリング銃が2丁出てきた。

 イルマは疾走をスタートした。

 主砲のご立派様と両サイドの大金時様が弾丸を撃ちまくる。

 しかしイルマは野生の獣の如く左右に蛇行する走り方と緩急のみで射撃をすべてよけていく。

 

「当たんねえなあ!そんな早さだけでおめでたデキるとでも思ってんのか!」

『かーなまら!でっかいまら!』

「やかましいわ!デカさだけが勝負じゃねえ!テクがなきゃな……紳士の心得だ覚えとけ!」

 

 最低な煽りを行いつつ、イルマはとうとう神輿の眼前まで到達した。

 

『かーなまら!』

 

 両サイドのガトリングが火を噴くが、迫り来る銃弾は見えざる壁によって弾かれた。

 

「『魔力障壁』!今ですイルマさん!」

「ナイスだ明日来!」

 

 アスクは今こそイルマがこの技を必要とすると解っていた。イルマも今こそアスクがこの技を使うと信じていた。

 ギリギリまで切り札の一つをとっておいたアスクとの見事な連携だ。

 そうしてイルマは跳躍すると神輿の上に降り立ち、鉄槌を構えて身体ごと一回転した。

 

「まずは供給源から絶ってやるよ!潰れろオラ!」

 

 砲丸投げのように振り回されるハンマーでガトリングの銃身が曲がった。

 これで背後から撃たれることはない。そしてイルマはいよいよ本題であるご立派様に槌を振り下ろした。

 

「思い出せカナヤマヒコ!てめーは鍛冶の神!金床の神だ!

鍛えてやるから鉄槌の味思い出せボケッ!」

 

 鉄槌が振り下ろされ、がああん、という音と共にご立派様の木片が飛び散った。

 

「鍛冶といえば炎だよなあ!おめーの兄貴のカグヅチとは違うけどよ、味わっとけ!

焼き入れてやる!粗末様をご立派にしてやるよ!」

 

 イルマの鉄槌に炎が点る。そして赤熱する鉄槌をイルマはまたしてもご立派様に打ち付けた。

 

「おめーはカナヤマヒコ!他の混じりもんは要らねえ!

鉄を鍛える時なんで熱いうちに叩くか知ってるよな?不純物をたたき出すんだよ!

だから、もっと熱くなれ、硬くなれ!てめーの本来の姿を思いだせ!」

 

 があん、があん、と火と熱を振りまきながらイルマは何度も鉄槌を叩き降ろす。

 炎により神輿の屋根が燃え、振り回される鉄槌で銃器たちが破壊され、ご立派を覆う木のパーツは灰になる

 

「そうら出て行け!不純物共がよ!おめえらの出てくる場所じゃねえ!」

 

 紛れ込んだマーラやミャグジといった似たような、しかし違う神霊の一部たちが叩き出される。

 やがて、アハトアハトの銃身を元に二回りほど小さいが見事な鉄のご立派ができあがった。

 

『かーなまら!でっかいまら!』

 

 狂気に憑かれた担ぎ手たちがうれしそうに神輿を上げる。

 見物人からは拍手が起こった。

 

「いやなんで俺も参加者みたいなノリになってんの?!」

 

 いまさらである。見物人からは完全にメインを張るエンターテイナーと思われていた。

 

 

「よし、雑霊はたたき出せた……誘導も問題ない。パンキーさん、そろそろです!」

「オーライ、イルマのおっちゃんの熱いパッションは伝わったぜ!今夜はいいギグになりそうだ!」

 

 いつのまにやら、神輿は泉の森広場の近くまで来ていた。

 パンキーは、すうっと息を吸うと歌を発し始め、ギターを鳴らす。

 最初は優しく、やがて熱く力強く。妻が夫の帰りを待っている、というような歌だ。

 

『あなたを待っている人がいる。あなたがまっている人がいる。

結ばれたときの情熱はどこへ行ったの?あんたの旦那さんは迷っている。

さあ、帰る家を示してやれ!』

 

 力強い「叫び」は神仏のいる次元にまで到達し、やがて妻神カナヤマヒメにまでたどり着いた。

 そしてその「彼方への呼びかけ」は神格であるカナヤマヒメの魂を揺さぶり起こす。

 元々ノリがいい神なのだ。そうでなければ神事がああはなるまい。

 

<よかろう、遊び呆ける夫を諫めるは妻の役目!いざや参らん!>

 

 そして、梅田地下街、泉の森広場に設置された簡易な女神像にカナヤマヒメは憑依し、顕現する。

 

 

『かーなまら!でっかいまら!』

 

 女神の神威を感じ、かなまら神輿はさらにスピードを上げる。

 そして地下街の入り口へと近づき、そこでイルマが再び鉄槌を振るった。

 

「ほらよ、てめーの帰り道だ!帰って奧さんにたっぷり絞ってもらえ!バーカ!もう来んなよ!」

 

 鉄のご立派様を鉄槌で殴り飛ばす。

 

「方向よーし、力加減よーし、さあ行ってこい!」

 

 精密なコントロールで飛ばされたご立派は地下街への階段をすっ飛んでいき、

 一度バウンドして泉の森広場の女神像の下腹部に突き刺さった!

 まるで水道管が破裂したかのように白くねばつく何かが地下街を襲った。

 地下街「ホワイティ梅田」は名実ともにホワイティになったのだ。

 

 

 かくして迷惑な神性存在による狂騒の一夜は幕を下ろした。

 神はその住処である次元に帰り、白くべたつく何かもすぐに掃除され、担ぎ手をやらされていた狂気に陥った人々は救急搬送された。

 軽く大惨事であるが、いつものことだ。

 

「お疲れ様ですイルマさん、パンキーさん。助かりました。これ、僕のポケットマネーですけど」

「いらないぜ!今夜はいいセッションができた!それだけで十分だ!」

「それよりそのへんのコンビニで弁当買ってきてくれ。昼からカロリーメイトしか食ってねえ」

 

 三人の退魔師たちも、また日常に戻っていくだろう。

 

「なら奢るぜ!アタシもどーせ飯食う気だったし、イルマのおっちゃんからけっこうもらったしな!」

「あー、じゃあ頼むわ。正直疲れた」

「じゃあ、お疲れ様でした」

 

 だが、ここにかすかな縁が紡がれた。それがどうなっていくのかはまだ誰も知らない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カタナ・ヴァーサス・サムライ

 真夜中の繁華街、空には妖精が飛び、立体映像広告がむなしく輝く。

 表通りから一本入った路地裏の駐車場は静まりかえっていた。

 

「そうか。来るのかフツヌシ……それも、とびっきりのやつか。そうか……フフッ」

 

 巫女装束の少女は細長い布袋から白木の刀を取り出し、ゆるりと構えた。

 繁華街の方から一人の男が路地裏に入ってくる。その足取りに迷いはない。

 まっすぐに少女の方に歩いて行き、10mほど開けて止まる。

 

「伊波片那さんと見受ける。間違いないか?」

 

 静かな声だった。まるで闇から抜け出たような男だ。

 褐色の肌に黒コート、黒いバンダナキャップ。

 退魔師。それももっとも苛烈と言われる派閥の者「狩人」だ。

 ならば少女は退魔師が狩るべき妖魔なのか。

 

「そうだ、お前は狩人か?」

「ああ、そうだな。俺は久根という。では始めようか。前置きは苦手だ」

「得物は?狩人なら得物をもっているはずだ」

 

 狩人は少し周囲を見渡すと、「大安売り」の旗を手に取る。

 いかな技か、触れただけで布地がはらはらと切り裂かれ、余分な長さも切り落とされる。

 ただの「大安売り」の旗は今や1mほどの棒となった。

 

「これでいい」

「ふざけるな……!」

 

 少女が激高しようとしたとき、第三者の声がした。

 

<落ち着け、我が巫女よ。狩人は己の技を持って得物とする者もいるという。

こやつもその手合いよ。こやつの得物に形はない。その技こそが武器と心得よ>

 

 それは少女の持つ刀から発せられる声だった。少女はその声をうっとりと聞き、自信に満ちた表情で答える。

 

「おお、フツヌシ……感謝する。冷静に戦えそうだ」

<そうだ、それで良い>

 

 少女は明らかに正気ではなかった。自らの刀を欲情に満ちた目で見て、血に飢えている。

 対する狩人は自然体そのものだ。冷静に、しかしゲームを楽しむかのように静かな興奮を保っている。

 

「話し合いは終わりか?では、行くぞ」

「さあ来い!我がフツヌシが狩人に通じるか試してやる!」

 

 夜の駐車場で時代錯誤な剣戟による決闘が始まった。

 

 

 始まりは偶然の不幸だった。それに尽きるだろう。

 怪異に潰されてぐっちゃぐちゃになった死体。片那はその横をたまたまスマホを持って歩いていた。

 それだけだ。

 

「てめえ何撮ってやがるんだよ!」

「へ?違う!私はただメールを見てただけで……!」

「うるせえ!ケータイ貸せよ!」

 

 死体の友人らしき高校生がつかみかかり、片那のケータイは踏みつぶされて壊れた。

 

「やめて!やめてください!」

「お前が写真撮ってるから悪いんだろ!」

「そうだ!顔貸せよ!」

 

 片那はおびえきっていた。こんな時に竹刀があれば……!剣道を習っているのに!

 悔しさと恐怖と悲しみ、心が千々に乱れパニックになったその時、後ろにある質屋のショーウィンドウから一本の刀が飛んできた。

 

<そこな女子、ワシを使え!か弱き女子によってたかって言いがかりをつけるとは不届きな若造共よ!目に物見せてやるわ!>

「くそっ妖刀かよ!てめえ見てろ……ノウマクサンマンダ・センダマカロシャナ……」

 

 高校生の手に火球が点る。あと何秒もしないうちにこちらに放たれるだろう。

 迷いは一瞬だった。

 片那は妖刀を手にし、一瞬のうちに高校生の手を切断した。

 

「ぎゃああ!」

「いい加減にしろ!おとなしくしてれば、調子に乗って……!」

 

 それから先は覚えていない。ただ、血しぶきが舞った気がする。

 気がつくと神社の境内で妖刀を持って荒い息をついていた。

 

「わ、私、人殺しだ……あ、あああ」

 

 人生設計ががらがらと崩れていく。もうだめだ!と絶望に染まったその時、語りかけてきたのは妖刀だった。

 

<ならば、いっそ法の外の存在になれば良い。我々、怪異へと。

人を辞めてしまえば、生きる道などいくらでもあろうものよ>

 

 その言葉が暖かくしみこんでくる。迷いはある、だが天秤は傾きつつあった。

 

<いいか、お前は何も間違った事はしておらん。降りかかる火の粉を払っただけ……

それのどこが悪い?いいや、お前は怒らねばならぬ。理不尽に対して。

腹がたたないのか?ああいう奴らが大手を振って、なぜお前が責められねばならぬ?>

「私は……悪くない?でも、私、どうしたらいいか……!」

 

 もはや片那は妖刀の言葉に魅了されている。耳を貸し始めているのだ。

 

<なあに、今の世の中、悪党を斬ってもおとがめなしよ。すばらしい世になったものだ。獲物も斬り方もわしが導こう。悪党を斬り、金を奪う。おぬしは義賊と言われ賞賛と金を得る。悪くあるまい?>

 

 実際その通りだ。この時代、魔術を使い、人を辞めて殺人を犯した者はもはや人と扱われない。それはもはや怪異なのだ。

 怪異の扱いは動物や器物に準じる。つまり、ほぼおとがめなしだ。故にこの妖刀の言葉はあながち間違いでもない。

 だが、なけなしの理性が疑問を導いた。

 

「でも、なぜあなたはそこまでしてくれるの?」

<武器とはそれを使う使い手なしには成立せん。その武器を愛し、使い、血を捧げる……巫女のような使い手がな。

そして、わしは刀の神の末でもある。神もまた、仕える巫女を必要とする物だ>

「私が、巫女……」

 

 片那は確認するようにつぶやく。さあさあと鎮守の森がそよいだ。

 すでに心は傾いていた。

 

<我が名はフツヌシ。我を受け入れるならば、汝の名を名乗れ。要らぬのであれば我を捨てるがよい>

「私の、名は……片那、伊波片那」

 

 決断は成された。何か致命的なつながりが刀と片那にできてしまった。

 そうして操られるように神社の中に入ってゆき、出てきたときには巫女装束だった。

 心は少女から剣士になっていた。

 

 

 それからは語るべき事は少ない。

 悪党を斬って斬って斬って斬って。稼いだ金は強化手術に消えた。

 全ては愛しい(かれ)に捧ぐため。(かれ)を十全に振るい、(かれ)の力を十全に発揮させるため。

 そして、愛しい(かれ)をその身に受け入れるため。

 

 いくつもの夜を越し、(かれ)から受けた導きは今や少女の本性と化していた。

 もはや付け焼き刃ではない。彼女の全てだ。

 血の匂いを嗅ぎつけ、血に濡れる。純白の巫女衣装は小豆色に変った。

 

 そうして今宵も、血の匂いに引きつけられた獣同士が相見える。

 

 

 幾つもの剣閃がひらめいた。

 どちらも身体強化手術を受け、さらに片や気功、片や妖力で身体能力を上げ、その上で実戦という炎で叩きのめされ、血で焼き入れを行った冴え渡る技。

 二人の剣鬼の攻防で駐車場は鏖殺空間と化す。

 

「くふっ、くふふふふ、楽しい、ああ楽しいな。たまらない。

これこそが我らの生きるよすが、そうは思わないか?」

 

 先に口を開いたのは狩人だった。その顔は強敵との戦いに酔っている。

 楽しくてたまらない、そういう笑顔だ。

 

「思わないな。私の生きるよすがは(かれ)だ。

(かれ)(かれ)らしくあれるこの時間が楽しいと言われれば、そうだ」

「くふ、くふふ、妬けるな。俺は眼中に無しか。

貴女は相手とではなく、それと踊っているのだな。

さながら俺は場を盛り上げる奏者か?」

「そうだ。(かれ)も喜んでいるぞ。これほどの強敵は久しくいなかった」

「そうか。相手への敬意は剣に必要なことだ。それが解る相手で良かった。ではもう一段上げるとしようか」

「舐めるな!」

 

 ただのプラスチックの旗竿が鋭利な刀と張り合っている。異様な光景だ。

 だがそれも狩人の技によるもの。正面から張り合わず相手の刀の腹をはじき返している。

 旗竿を覆う気の刃はただのプラスチックを鉄よりも硬く、鋼よりも鋭利にする。

 

「貴様こそ、何か。相手と競い合うのが趣味か?俺が一番強い、そう言えるために戦う類いか?」

「くふっ、異な事を。我らはここにしか生きられん。ここでこそ、輝ける。

なにより、俺はこれしか知らんし、これだけでいい。これが楽しい、好きだ!それだけだ。余分は要らん」

「血狂いか」

「そうだ」

 

 しかし楽しい時間はいつか終わりが来る。

 徐々に片那の方は手傷が増えていき、押され始めた。両者の血で路面が染まる。

 一太刀、二太刀、傷は浅いが徐々にダメージが片那に蓄積していく。

 改造手術を加算してもなお追いつけない体力差、技量差が現れはじめているのだ。

 そして狩人は一発ももらわないのを前提とした動きで慎重に差を広げていく。まるで詰め将棋だ。

 

「なぜだ……なぜ!」

「優劣ではないが、スタンスの違いだ。そこを利用させて貰った。

俺にとって武器は手段だ。振り回すものであって振り回される物ではない。

加えて、貴女は武器をかばった動きをしている」

 

 やがて、狩人の一閃で片那の両手が斬り飛ばされ、落される刀と共に血がしぶく。

 狩人はそこで旗竿を振るのを止めた。

 

「情けのつもりか。恥をかかせたかったのか?」

「違う。貴女が武器をかばっていたように、俺もまた貴女を斬らず保護する必要があった」

「なぜだ」

「貴女の家族から保護依頼が来ている。これでも、仕事なんでな。好きを仕事にするとはそういうことだ」

「くっ……」

 

 すでに再生している両手で片那は刀をつかもうとした。死ぬのは覚悟の上、いいや死んでしまいたい。

 (かれ)がありながら敗北した自分には死こそふさわしい。

 そう思ったが、刀はあっさりと掴め、そして自分は動けなくなった。

 刀が闘うことを拒否しているのだ。

 

「なぜ!?」

<もうよい、ワシは十分に楽しんだ。共に罪を償い、そして縁があればまた共にいようではないか>

「私は……要らないのか?!」

<違う。おぬしを大切に思うからこそだ。生きよ>

「あなたがいない生など意味はない!どのみち死刑だ……」

 

 狩人は苦笑すると静かに言った。

 

「あー、盛り上がっている所悪いが。あなた達の斬った相手は皆「獣」だ。すでに人権のない相手ばかりだ。

最初の事件でも死者は出ていない。故にたいした罪にはならん。それよりも、もし罪を償い、その上でなおその力を振るいたいのであれば、我々は歓迎する。

というか、野放しに出来ん。今度はおとがめなしでそれを振るえる機会(チャンス)が巡ってくるだろう」

 

 狩人は彼女の処遇を考える。まあ、警察に行って罰金を払うかせいぜい半年くらいムショに行くだけだろう。

 その後、更正施設でカウンセリングを受けて、社会復帰するか、さもなくば狩人になっている。

 多分、狩人になるだろうな……と勘が囁く。

 

「というかフツヌシ殿ははじめからそのつもりだったのだろう?

ちょっと悪党相手に鍛えてやるつもりが、思ったより依存された。そんなところか?」

<お見通しか。狩人殿には……そういうことだ。

その年で全てなどと言うでない。色々なものを見てなおワシの元に来るなら、その時はワシも覚悟を決めよう>

 

 片那はしばらく黙ってうつむいていたが、やがてうなずいた。

 

「……解った。それが(かれ)の意ならば」

 

 手錠をかけながら、狩人は笑った。

 

「やはり、妬けるな。それほどの相棒がいるというのは」

 

 静かになった月夜にほう、と鳥が鳴いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゴスロリサイボーグおじさんVS黒光り天狗ダンディ

 長引く不況によって放棄された墓地の横、小さなチャペルが男の住処だ。

 髪をきっちりオイルで固め、灰色のスーツを伊達に着こなす姿はさながらチャールズ・ブロンソン。

 クラシックなアメリカンスタイルにこだわる男に相応しいねぐらと言えた。

 

「ただいま」

 

 埃に満ちたチャペルの中、説教壇に置かれた家族写真に男は愛おしそうにつぶやく。

 写真は黄ばみ始め、それが古いモノだと知れる。

 そして木の椅子に座ると胸ポケットから水筒(スキットル)を出して一杯飲む。

 安ウィスキーだが、男には至福の香りだった。

 

「参ったな……ここは、私の縄張りなんだが」

 

 背後から、口笛が聞こえた。さみしげなララバイだ。

 

「あら、あなた不法居住者(スクワッター)でしょう?ならここはあなたの家ではないわオジサン」

 

 振り向くと、背後の十字架の上に人形のような少女がいる。

 ビスクドールのように整った非人間的な美しさ、フリルの多い黒い服。

 いわゆるゴスロリだ。

 

「どうせ、持ち主は破産してるか首をくくっているとも。

それとも何かね?この寒空の下に出て行けと。君には君の家がきっとあるだろう?

罰当たりな場所に座ってないで、冒険は終わりだお嬢さん。家に帰りなさい」

 

 少女はキイ、と首をかしげる。まるで人形のように。

 

「無いと言ったらどうするのかしら?女子供を夜道に放り出すの?」

「しかし君はレディで私は男だ。間違いはいけない。わかるね?」

「そう、思ったより紳士的なのねオジサマ」

 

 少女は十字架からハイヒールブーツを下ろすと、まるで風船のようにゆっくりと宙を飛んでおりてきた。

 魔法か、それとも反重力装置といった超科学の類いか。

 いずれにせよ、この時代は魔法も科学も、化け物もありふれている。隠されてはいたが、隠しきれる物ではなかった。

 

「では,私が紳士的な内に帰りたまえ。そろそろタバコが恋しくてね」

「そう、ごゆっくりどうぞ」

 

 少女はカツンコツンとブーツを鳴らし黒いフリルを翻しながら入り口のドアに手をかけた。

 男は目を細め、腰からリボルバーを抜くと、ゆっくりと構えて撃った。

 

「あら、紳士じゃなかったのかしら?『ミスター・ダンディ』」

「オカマにだけは例外だ『グリムリーパ-』」

 

 少女『グリムリーパ-』は全身義体(フルサイボーグ)の元男だった。

 スカートから出したのはショットガン。

 銃口には銃剣のように断頭斧が取り付けられている。

 機械の身体はコンマ秒で銃弾を斧ではじき返すという離れ業を軽々とやってみせた。

 

「モスバーグM590にタクトアックス、レーザーポインターか。趣味が悪い。

ふん、そのゴテゴテした服と同じだな。お仲間の敵討ちにでも来たか?」

「ええ、女装イベントに行って皆殺しはいただけないわ。だから、狩人の時間なの」

 

 グリムリーパーは「同盟(アライアンス)」という自警団のメンバー「狩人」であった。狩人の証、シルクハットを模した黒いプチハットの髪飾りをつける。

 この時代珍しくもない退魔師だ。

 ダンディの背中から黒い羽が生える。まるで堕天使のようだが、そうではない。彼はカラス天狗だった。

 この時代珍しくもない妖怪である。

 

「妻がオカマに寝取られればそうもなろう」

「寝取ったクズはどうでもいいわ。その後20人は殺してるでしょうあなた」

「君たちだって血狂いだろうに。それとも、選んで殺すのが上等かね?」

 

 ミスターダンディの言はあながち間違いではない。「同盟」とはこの時代にあって殺人者を私刑にしていた。

 しかし、どん底の不景気は公務員の機能不全を起こし、それ故に自警団と私刑を必要としたのだ。

 

「あなたは殺人中毒者よ。治し方は私が知っているわ、断頭斧(ギロチン)に身を任せなさい。鎮魂歌くらいは歌ってあげるから」

「あいにくだがお断りだ。私が歌ってやろう。君を殺してからな」

 

 両者の間でしばしの沈黙が訪れた。神聖な瞬間であった。

 ダンディの翼から散った羽が地面に落ちる。

 双方が発砲しながら横っとびに物陰に隠れた!

 ダンディの弾丸は天狗の権能である風の操作で跳弾を繰り返しながらグリムリーパ-に迫った。

 恐るべき神業である。

 グリムリーパ-の弾丸はダンディの背後の壁に着弾し、3mはある爆発を起こした。

 最新型の爆裂焼夷弾頭だ。

 

「復讐と憎悪があんたをタフな男にしてくれると思ったの?

そんなこと、あなただって信じていないでしょうに。いいこと、あんたはただのゴミ野郎よ!」

「言ってくれるな……ダンディズムとはやせ我慢だよ」

 

 良い事を言っているが、偏執的(クソコテ)な殺人鬼と、気合いの入りすぎた女装子のセリフである。

 グリムリーパ-は物陰からおおかたダンディがいるであろう位置に焼夷弾をたたき込みまくる。

 遮蔽物は見る間に減っていった。

 だがダンディも負けてはいない。跳弾を繰り返す必中の弾丸と火炎瓶で応戦を計る。

 弾丸の嵐があっという間にチャペルを火の海にする。銃声によるメタルな鎮魂歌が奏でられる。

 

「さて、我慢比べといくが……弾丸の貯蔵は充分かね?私のことなら心配せずとも良い。

自分の家だ。どこに置いておいたかくらい知っている。それよりも、そろそろ廃熱に余裕がなくなってきたんじゃないのかなサイボーグ君。

ああ、私は君が開けてくれた風穴のおかげで実に涼しい。外の空気で涼みながら吸うタバコは最高だな」

 

 グリムリーパ-は舌打ちする。その通りだった。

 熱が逃げていかない。水冷のパイプを狙って壊された。このままでは先に倒れてしまう。

 ならば外に逃げるか?それも叶わない。どうも、結界がチャペル全体にかかっている。壁を壊しても外に出れない。

 

「お気になさらず。あなたの家を燃やして暖をとる火は最高よ」

「お気に召していただいて何よりだ。外に出たければいつでもドアからどうぞ」

 

 そう、結界にも1カ所だけ穴が開いている。ドアだ。そこに誘い込んでトドメを刺す気だろう。

 だが、グリムリーパ-にも一つ策とも言えぬ策が思いついた。

 

「ところで、あなた、私の銃がどこを狙っているか解る?」

「何を、そんなレーザーポインターなどつけているから……!」

「ええ、どこを狙っているかよくわかるでしょ?」

 

 レーザーポインタの赤い光はダンディの家族写真に当たっていた。

 

「貴様ァ!」

 

 ダンディが憤怒に顔をゆがめながら物陰から飛び出し、写真に手を伸ばした。

 レーザーポインタはもはや写真ではなく、ダンディの心臓に当たっていた。

 

「死神があなたを見つけたわ!」

 

 そして、ただのショットシェルがダンディの胸を貫いた。

 だがダンディも妖怪。まだ立ち上がり銃をグリムリーパ-に向けて撃ってくる。

 

「あああああ!」

「こ、の……!」

 

 ここからは真っ向勝負だ。ダンディの弾丸をグリムリーパ-が斧で弾く。ダンディはそれでも力の限り撃ち続ける。

 だが、ついに、とうとう斧がダンディの腕を肩口からへし斬り、銃を落させた。

 そのまま足にも一撃加え、ダンディは崩れ落ちた。ひゅー、ひゅー、と虫の息だ。

 

「殺したまえ、どの道死刑だ。だが、その前に一つだけ」

 

 グリムリーパ-は家族写真を取ってダンディに投げ渡した。

 なぜだ、とダンディは顔で問うた。

 

「男ってほんと馬鹿ね。あの場で家族の写真を取るなんて。でも、そういう男、嫌いじゃないわ」

 

 どちらともなく、微笑んだ。そして銃声が、響いた。

 歌が響く。鎮魂の歌が。グリムリーパ-がよろけ、足を引きずりながらも、歌っているのだ。

 まさに鉄火場で、やせ我慢をしながら、それでもかっこつけて。

 やがて、グリムリーパ-が脱出をしてまもなく、教会は燃えて落ちた。

 あとには、夜に煙と歌が漂うばかり。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仏契!チキチキ妖怪トライアスロン

どんな事でも始まりは些細だ。今回の場合は一つのひったくりに始まった。

街をOL風の女性が歩いている。口にはマスクをしているが黒髪の美しい美人だ。

老婆が横にいる。よぼよぼとした歩みでさりげなく近づき、OLの鞄をひったくった。

 

「待ちなさいよ!」

「嫌なこった!」

 

老婆は一瞬で100km近くまで加速して車道を走っていく。

老婆はターボばあちゃんであった。

 

「ふっざっけるんじゃないわよ……アレには今月の給料が入ってんのよ!」

 

女はマスクを外す。そこには耳まで裂ける縫い糸のほつれた大きな口があった。

OLは口裂け女であった。

やはり一瞬でトップスピードまで加速して老婆のすぐ後ろまで迫る。

 

「返せコラ!クソバアア!」

「返してほしけりゃ取り返してみな!都市伝説妖怪であんただけ持ち上げられすぎなんだよ!」

「動機それか!ふざけるんじゃないわよ!マジで!」

 

車を追い越し高速道路の壁を疾走し時にインターをおりて街を爆走する。

埃と煙を舞い上げ、彼女たちはかっとんでいく。

 

 

その様子は上空を箒で飛ぶ魔女や翼を持つ妖怪にスマホで動画を撮影され、たちまちネットに拡散した。

悪いことに、それを見ていたのは英国から来た賭け事好きな妖精グルアガッハ。

 

<みんな、どっちが勝つと思うよ?俺はターボばあちゃんに500ドル、ビットコインで賭ける!

ブックメーカーやってくれる奴いないか?>

 

悪いことは続くものでそれを見ていた水精ニッカーがレスをした。

 

<ぼくブックメーカーやるよ。いつも負けばかりだし、胴元にたまにはなりたい>

 

さらにウカノミタマノカミの眷属、ギャンブルの神である皆中稲荷が博打に乗っかる。

 

<こやこやー、わしも乗るんじゃよー。アマゾンギフト20万円じゃ!さらに動画の出演権も乗せる!>

<お?やんのか日本妖怪。よし俺もさらに1500ドル!その上俺の召喚権と魔術を1回使う権利を上乗せだ!>

<おんしも好きじゃのー、では、わしは拡散させてもらう!視聴者の皆ー!>

 

ちなみに、彼女は見目麗しい狐娘でしかも動画生配信中であった。

ギャンブルの神の動画を見るのは誰か?ギャンブラーである。

賭けはあっという間にヤバイ額になりつつあった。

 

「む、これはでかいシノギの匂いがするのお……」

 

それを見ていた妖怪任侠組織「まぼろし」の組長、河童の白波三郎。

方々に電話してレースの妨害と援護を依頼し始めた。

ヤクザによるギャンブルの操作である。参加人数が増えて、ますます金は雪だるま式に増えていった。

 

 

そして、彼女たちはとうとう海にたどり着く。

 

「追い詰めたぞコラァ!いい加減負けを認めなさいクソババア!」

「くっ……舐めんじゃないよ!あたしが昔なんて呼ばれてたか知ってるかい?山姥だよ……!」

 

ターボばあちゃんの頭に角が生え、めきめきと筋肉が隆起する。

口裂け女も自らの一部であるカミソリを取り出した。

 

「待ちな!山姥のばあさん!乗せてくぜ!」

 

すわ戦いか、と思いきや海の方から女河童が顔を出した。

 

「寧々子!やっぱり持つもんは友達だねえ!はははっあばよ小娘!妖怪としての年季が違うんだよ、バーカ!」

 

山姥は水を切って水面を走り、女河童におぶさる。

 

「ちくしょおおお!」

 

がくりと口裂け女が膝をつくと沖の方から水上オートバイに乗った首無しライダーが手を差し出した。

 

「諦めんのはまだ早いぜカシマの姐さん!俺も都市伝説妖怪として力を貸すぜ!道を走るだけがバイクじゃねえ!」

「助かったわ!首無しライダー!」

 

カワサキ・ULTRA 300Xが勇ましい音と排気を巻き上げて河童に追いすがる。

水冷4ストローク4気筒DOHC4バルブエンジンは熟練の河童に追いつけるのか。できる、できるのだ。

 

「あきらめの悪い小娘だね!」

「で、友達とか年季がどうだって?観念しなよ!」

 

口裂け女がその大きな口でにやりと笑った。だが、それに火がついたのが河童の女親分・寧々子。

おもむろに懐からひょうたんを取り出すと頭の皿にかけた!

 

「あっ、姐さんあいつニトロを皿にかけやしたぜ!」

「ニトロ?」

 

首無しライダーは説明する。松尾大社の神酒「真打・鬼殺」に対抗するためにソーマ社が作った新作の神酒「ニトロ」のことを。

それはまさに魔の酒。使用者の身体能力を爆上げして、体力を一時的に回復する。もちろんそれはそれはお高い。ここ一番の勝負で吞みたい酒だ。

 

「向こうがドーピングならこっちは暴走族の本領を見せてやるよ!」

 

首無しライダーが無線を使うと沖からさらに首無しライダーの水上バイク団と幽霊船フライング・ダッチマンが飛んでくる。

 

「くそっ、山姥の!悪いがここまでだ!このままだと囲まれる!」

「なあに、充分休めたさね。道さえありゃあ、あたしのもんだよ!」

「じゃあ行ってきな!伝統妖怪の意地を見せてやれ!」

「おうともさ!」

 

山姥は海岸から浜辺を疾走し、田舎道へと入る。

当然、口裂け女も水上バイクを降りて徒歩で追跡する。

 

「しかし、あえて聞くけどこれどう収拾つけるつもりだい!?」

「は?アタシ?アタシに聞いてんの?マジで?アタシが収拾つけるわけ!?

最悪、ほんと最悪、ゴールがまるで見えないんだけど!」

「はん、はじめっからゴールなんてないんだよ!始めちまったら走り続けりゃいい!ゴールって名前の楽園目指してね!」

「それで三つ首みたいに一つの現象になれって?!嫌よそんなの!」

 

そこに口裂け女の目に一つの名案が飛び込んできた。

タクシーである。併走して「空車」と書かれ、なぜか扉を開けてきた。

 

「お嬢さん……乗っていきますか?」

「あんたは、幽霊タクシー!」

「一度やってみたかったんですよね、前を走ってる奴を追ってくれって。タクシードライバーですから」

「頼むわ!」

 

口裂け女はタクシーの後部座席に飛び込んだ。

 

「飛ばして!」

「もちろん、シートベルトをしっかり締めてくださいよ。水になって消えたりしないでください」

「それは別妖怪よ!」

 

クラウンマジェスタの急加速にさしもの山姥も息が切れ始める。

 

「きえええ!他の妖怪を巻き込めば自分を維持できるってか!

負けてたまるかあああ!第三形態、解放!ヤマンバ!」

 

爆発と共に山姥の姿が褐色の豊満なギャルの姿になる。

ブレザースカートにルーズソックス。口紅とアイシャドウは白。

そう、今や伝説のヤマンバギャルである!

 

「ちょ、そんなのあり?放されてるわ!」

「大丈夫です、お嬢さん。今無線で知り合いに連絡を取りました。

峠なら最速の走り屋ですよ……」

「たのもしいわ!何の妖怪なの?」

「豆腐小僧です」

「ええー!?」

 

タクシーが止まった先には白黒のスプリンタートレノがあった。

店名はよく見えないが「とうふ店」と書いてある。

 

「あなたはまさか……!伝説の!」

「それから先は言いっこなしです。著作権にひっかかるんで。

俺はただ、親父に口裂け女さんに協力してこいって。

それに、俺も峠での走りにはプライドがありますしね。」

 

標識は「ここから先5km犬鳴峠」とあった。

 

「きいいい!こうなったら引き分けに持ち込んででも、アタシの面子は保ってやる!」

「お前みたいな老害には絶対負けねえ!」

「ずるくないかい!?アタシは素足なんだよ!」

 

そこに高速で走る牛車がかっとんで併走してくる。

 

「なにっ!?」

「山姥の姐さん!私も参加するよ!誰もあたしらの前を走らせるもんか!」

「おお!朧車かい!」

 

山姥は牛車に乗り込み、けけけと笑った。

 

「これで条件はイーブンだよ!」

「ああ……なら遠慮なくいけるっ!」

 

それからは実に迫力のあるカーレースだった。ドリフト走行にフェイントの欺し合い。

カマイタチの乱入による妨害とピットタイム。

とても筆舌に尽くしがたい。時間は、夜明け間近になっていた。

 

「負けてやるもんか!妖怪最速名乗るんならオモシロい奴じゃないと駄目なんだよ!ただ速いだけのあんたに負けるかぁ!」

「絶対勝つ。ならその席を俺たちが奪ってやる!」

「いやこれどう収拾つけんのよ本当に……なんか賭けになってるみたいだし……」

 

口裂け女が車に酔ってきたその時、両者の前を走る首無し馬がいた。

かつん、こつん。ゆっくりとだが、時速200kmを超えるレースの先頭にいる。

 

「あたしの前を!?いや、あの方は……!」

「まさか、あの御方かい!」

 

そう、百鬼夜行の主にして先駆け「夜行様」である。そして、その馬が引っ張る馬車には妖怪大翁と言われる御方がいた。

彼は身を乗り出すヤマンバから鞄をそっと奪うとスプリンタートレノの方に投げた。

それはなぜか車のガラスをすり抜けて優しく口裂け女の腕に収まった。

 

「賭け事のやり過ぎはいけません、金がなくなります。金がないのはいかんですよ。腹が減るだけです」

「と、いうわけだ……最速の名誉は山姥に。盗まれた荷物は持ち主に。争う理由がなくなりましたね。

久々に賑やかな百鬼夜行が見れましたな、大翁」

「ところで飯屋はまだですか、神ン野君」

「山ン本がふもとでホテルを取ってあります」

「じゃあ行きましょう、ぜひ行きましょう」

 

後ろから、大歓声がする。二人が振り向くと後ろには大勢の妖怪が続いていた。

首無しライダーたちに河童たち、幽霊タクシー、他にもたくさん。

山の怨霊たちも楽しげな声を上げ、空から天狗やインプが写真を撮る。

みな楽しそうに走っていた。二人は毒気が抜かれたようにどっと車席に座り込み、牛車とトレノが止まった。

 

「ふん……引き分けってことかね、豆腐小僧」

「みたいですね、朧車さん」

「いい走りだったよ、また勝負させな」

「地元の峠でしたら、喜んで」

 

朧車の中から白く長い手がしゅるりと出てきて、窓を開けた豆腐小僧と握手する。

気まずそうに口裂け女とヤマンバが出てきた。

 

「まあ、なんだ……あの御方の裁きだしね。荷物は返してやるよ」

「最速はあんたでいいわもう……私そこまで速さにこだわる妖怪じゃないし」

 

そっと両手が差し出され、朝日と共に二人の妖怪は握手をした。

また大きな歓声と共に、紙吹雪が舞った。否、チケットだった。

チケットを握りしめて倒れ込んでる奴らがかなりいたが、どうでもいいことだろう



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

かっとばせ!酔いどれおっさんギャル!

梅田バッティングドーム。歴史あるバッティングセンターに今夜もまた、一人の客が訪れる。

ヘソ出しチアガールだ。胸は豊満で肌は白く美しい。腰はきゅっとくびれている。

ツインテールの髪を先だけ金髪に染め、ビール缶を持って歩く姿はまさにビッチといえた。

 

「さーこいこい、短く持ーて短くもーって、ボールをよくー見てー!おら!」

 

料金を投入し「超豪速魔球コース」を選択する。

バッターボックスに立つと背中から血塗られたホッケースティックを出して、

300kmの超剛速球を見事にネットまでかっ飛ばした。

 

「はいジャストミート!じゃねえよわかってんだよ!言われんでも見えてるわボケェ!」

 

自分で歌って自分でキレつつ炎がでる魔球や分裂魔球を次々に打っていく。

おそらく神経強化手術を受けたか、身体強化系の魔法を修めているのだろう。

 

「さー、こいやぁ!おらぁ!」

 

次々に白球をかっとばし1時間は振り続けただろうか。

なお、その露出の多い格好とモデルのような整った顔立ちにもかかわらず誰も声をかけなかった。

 

「あー、いい汗かいたわ。ビールビール……野球どうなった?」

 

がに股パンツ全開でベンチに座ってスマホをいじってテレビを見る。つつしみは無いのか。

 

「オイぃ、まーた虚神(きょじん)に負けてんじゃねえかよ汎神(はんしん)ゼノスミルスちゃんはよぉ!

アレレクスゲルデソがデッドボールで負傷!?

マジかよインスマスの助っ人異種族人がなんでデッドボールで負傷すんだよ!

許せねえ……何もかも許せねーよ!アホがっ」

 

スマホじゃなく片手に握ったビール缶をへこますだけの理性はまだ残っていた。

強化された指はスティール缶を紙のように突き破る。

ビールがこぼれると慌てて口を下に持ってきて全部飲む。

 

「あぶねえもったいねえもったいねえ……何だ見せ物じゃねえぞ!」

 

ぐしゃぐしゃになった缶ビールをゴミ箱にたたきつけるように投げ捨てる。

くそっ……とつぶやくと豊満な胸の谷間から細長いタバコを取り出してスパァ、と吸う。

慣れた手つきであった。

 

5分後に店員が来て強制退場させられた。

 

 

「あー、ヤベエぶっちゃけやり過ぎたわ。ツイてないわ……」

 

多少反省した様子で夜の街をジェットブーツで疾走する。

魔法科学の粋を集めた新製品を使ってビルの壁を昇り、屋上の縁に座ってスマホをいじる。

夜風が若干の理性を取り戻させてくれた。

 

「えーっと、アプリアプリ……と」

 

彼女はSNSに接続して知り合いに連絡を取る。

 

<トラガール:ういっす師匠、暇なんだけどなんか仕事ある?

なんかこう、あとは犯人ぶっとばすだけみたいなの>

 

しばらくして返信が来た。

 

<ハンマーマン:おめぇそれ一番美味しいところじゃねえか!ふざけんな!

っていうか俺は現場組であって管理職じゃないの!仕事の斡旋は本部に言えよ!わかる?>

 

トラガールの師匠もまたかなり口汚いおっさんであった。

おそらくは師匠から伝染ったのだろう。うら若き美女であるのに残念なことである。

 

<トラガール:どーせいくつも案件抱えてんだろ師匠はよ。

タダでいい、誰でも良いから殴らせろや。

なんならお礼に一発タダでやってもいいけど?>

 

即時返信が来た。

 

<ハンマーマン:悪いお前じゃおっさん臭すぎて勃たないわ。ごめん>

<トラガール:おめーが友達みたいな女が良いっつったからだろボケッ!

あとおめえが全部教えたんじゃねえか今更だろいい加減にしねえとリベンジポルノ撒くぞ?>

 

無言で眉に皺を寄せながらタタタタタッとスマホを打つ。

 

<ハンマーマン:OK解った悪かった。ちょうど良いのがあるから回すわ>

<トラガール:THX(サンクス)!やっぱ持つべきもんは師匠だな。ありがと。今度襲う。性的に>

<ハンマーマン:勘弁してくれる?>

<トラガール:いやだね>

 

ふふ…と白い頬を染めて笑う姿はそこだけ見れば乙女であった。

ただ、頬が桃色になっているのは照れではなくアルコールのせいなのだが。

しばらくイチャイチャとしたメッセージを送り合った後、敵の情報を確認する。

 

<トラガール:で、敵は?>

<ハンマーマン:十三の銀行を襲って16号線を南に逃走中で、見た目は巨人だ>

 

トラガールの表情が怒りとも笑みとも付かない壮絶なものになる。

歯を剥き出し瞳がきゅうっと三白眼になる。

 

「そっかー巨人かー……ちょうど良いじゃねえか燃えてきた!」

 

同じ文面をSNSに打つ。

 

<ハンマーマン:そういうと思ったよ。タネはおそらくマジックアイテムだ。

遠慮無くぶっ壊しても良いしぶんどったのを買い取ってもいい。

そいつもう2人くらい殺してるから遠慮はいらねえぞ>

<トラガール:オッケー師匠愛してる!10分でいけるわ>

 

トラガールはスマホの画面にちゅっと口づけする。

ホッケースティックを背中のバッグから取り出し、ビルの屋上から飛び降りた!

ビルの壁面をジェットブーツで滑り、別のビルの屋上から屋上へ、時には街灯や信号機の上を滑り車よりも速く駆けていく。

 

 

90年代に魔法と異種族の存在が公表され早20年。

世界は未だに混乱と混沌、科学と魔法のフュージョンの生み出す爆発的発展の中にいた。

混沌の時代において退魔師は自警団を組織し、犯罪者を狩る「狩人」となった。

これはそんな狩人の日常と戦いの備忘録である。

 

 

トラガールは国道16号線を巨人の反対方向から走っていく。

やがて、それは見えた。すらりとした筋肉質の巨人だ。ビルに背が届くほど高い。

逃げていく車を横目にトラガールは仁王立ちでじっと待つ。

そして、両者の目が合った。

 

「なぜ逃げぬ。我はだいだら。ひれ伏して逃げるのが筋であろう、女」

「おうイキってんじゃねえぞクソガキが、何が巨人だデカいのは下だけにしてろよ」

「うぬ、なんというあばずれ女よ。だが見た目だけは良いな。さらって食らってやるわ!」

「こちとらは汎神ファンだ、巨人?上等だよコラ、かかってこいや!」

 

ジュエリーでデコられたピンクのホッケースティックをホームラン宣言のように突きつける。

それが戦いの合図だった。

 

「天地創造の力、食らうが良い!」

 

どこからともなく取り出した一軒家くらいの大岩をだいだらが投げる。

トラガールはジェットブーツに内蔵されたロケットエンジンを起動させ、

恐るべき速さで逆に近づいていく。

そして地面をホッケースティックで強打、ジャンプして大岩に飛び移り、

岩を殴ってさらに付近のビル壁面に着地、スピードを稼ぎつつ上を目指す。

 

「おのれちょこまかと!だが逃げているだけなら羽虫と変らん!」

「あっそ、羽虫は刺すのよ。汎神名物メガホン投げをくらっとけや!」

 

トラガールは応援用プラスチックバット、いわゆるカンフーバットを投げる。

30cmほどのそれはヒットと共に爆発した。中にダイナマイトを仕込んでいたのだ。

 

「ぐおっ、このフーリガンめ!

お前のようなマナーの悪いファンがいるから魔法野球全体が悪く見られるのだ!」

「銀行強盗がエラそうなこと垂れてんじゃねえ!」

 

付近のビルからビルへ飛び移り、ダイナマイトバットを投げながら機をうかがう。

 

「おのれぇ!効かんといっているであろうが!かくなる上は手ずから叩き潰してやる!」

 

だいだらがビルにパンチを仕掛けた。だがそれこそがトラガールの狙いだ。

だいだらのパンチはビルの攻性防壁にはじき返され、

さらに電流柵に触れたようにダメージがだいだらをしびれさせる。

 

「もらったァ!」

 

尽きだしたまま固まっただいだらの腕の上をジェットブーツで疾走し、

肩からジャンプして巨人の頭の上に飛び上がる。

そして、トドメの一言を言った。

 

「『見越し入道、見越した!』死ねやパチモン野郎!頭カチ割ってやる!」

 

吸い込まれるようにホッケースティックが巨人の額にたたきつけられる。

びし、と音がして巨人の身体にヒビが入りガラスのように崩れる。

 

「ひっ、ひいい!」

 

巨人の中から出てきたのは太った小男と空を舞う大量の紙幣だ。

そう、巨人はだいだらぼっちではない、幻影で作られた見せかけだったのだ。

見越し入道とは見上げれば際限なく巨大化する巨人だが、見下ろせば縮む虚栄の巨人だ。

彼女は師匠からの教えでそれを知っていたのだ。

 

「す、すいませんでしたぁ!金は払います見逃してください!」

「おうデカい態度がずいぶん小さくなったじゃねえか。

それよりおめーの手品のタネ出せ。持ってんだろ」

「うっ、それはそれだけは……!」

 

トラガールはスティックを死に神の鎌のように首にあてる。

 

「死ぬか?」

「わ、わかり……ぐええ!」

 

巨人だった小男が懐から拳くらいの石を出そうとした瞬間、石に食われた。

石から葉脈のようなものが走り、ぼこぼこと男の身体を乗っ取っていく。

男の身体が内部から爆発して血と臓物を纏った狐娘が出てくる。

 

「ひひ、ひひひ……おう小娘、取引しようではないか。

わらわは殺生石。こやつの幻影に力を与えていた者よ。

おぬしの力、感服いたした。ぜひわらわを使ってたもれ!

おぬしに力を貸そう!この強盗に無理矢理従わされていたのじゃ!」

 

小さな女の子の姿だが、その肌つやに妖艶な表情は血と臓物で妖しい魅力に満ちている。

 

「それとも……この場でやりあうかの?無益な争いはやめようではないか……」

「ふー……ノーだ。裏切った奴はまた裏切んのよ。取引する気が失せたわ」

「そうかそうか……じゃが油断したな!」

 

狐娘が手をかざすと毒霧が噴き出し、トラガールはそれを食らって力が抜ける。

手からスティックが落ちた。

 

「九尾の狐と呼ばれたわらわが力を貸すのだ。なあにお代は復活に手を貸して貰えば良い……

もっとも、その頃にはおぬしの身体を依り代に使わせてもらうがな!」

 

トラガールが九尾をにらみつけながらも膝をつく。

その時、ちゃりんと音がしてスカートの中から小さな金槌が落ちる。

それを見た瞬間、双方にひらめきが走った。

 

<いいか、理不尽に出会ったら頭を下げんな。

怒れ!立ち上がれ!理不尽に怒って立ち向かうのが人間の勇気だ!>

 

トラガールの脳裏にひらめくは師匠からの教え。

 

<九尾よ……おぬしの力は強すぎる。死ねあばずれ狐が!

ムチムチしやがってそれも税で贅を尽くした結果か!>

 

九尾の狐に走るのはかつて玄翁和尚に金槌で殺されたトラウマ。

 

「短く持って……」

 

トラガールの手足に力が戻る。怒りである。怒りがモルヒネのように苦痛を消しているのだ。

その目に宿る闘志を見て九尾は恐怖を覚える。

 

「貴様……その目、貴様ら退魔師の目!もうよい死ね!」

 

狐火の弾を手の平に出して振りかぶった。

 

「ボールをよく見て……」

 

まるで西部劇の早撃ち対決のようにトラガールが金槌を拾い、九尾が狐火を放つのは同時だった。

 

「ジャストミート!」

 

トラガールの金槌が火球を打ち返し、その勢いで投げられた金槌は九尾の胸に突き刺さった。

胸部に移動した殺生石が砕かれる。

 

「い、いやじゃ。何度も金槌で死にとうない」

 

トラガールはポケットから解毒剤を出して首筋に注射すると、

ゆっくり立ち上がってスティックを握る。

 

「じゃあこいつならいいな?」

「そういう問題ではなッ」

「ガタガタ抜かすな!」

 

スティックを九尾の首に振り下ろす。

ざくり、ざくりと何度も叩き込み破砕しながら切り落とした。

殺生石に封印の札を貼り、やがて九尾が事切れると、トラガールは胸の谷間からタバコを取り出すと一服する。

 

「うんめぇ-!あーいい汗かいたわ!ビール飲みに行こうっと」

 

トラガールは札束のうちの2枚だけ抜き取ると、札束ごとスティックで天高く打ち出した。

札束の紙吹雪が散る。

 

「迷惑料だ。とっときな」

 

ホームレスたちが集って札束をかき集め、やがて九尾の死骸もどこかへ持っていこうとする。

 

「あ、ちょっと待てこれ危ねーから」

 

封印された殺生石を取り出し、刺さった金槌を抜いて死骸を譲り渡す。

見目麗しい少女の死骸が何に使われるかは考えないこととする。

殺生石をさらに厳重に封印すると、トラガールは金槌にキスして見つめる。

 

「ありがとう、師匠……よし飲みに行くか!」

 

解毒剤でアルコールとタバコの毒も抜けたのか、トラガールはますます元気に夜の街をジェットブーツで走って行った。

 

<トラガール:師匠、退勤時間だろ?飲みに行こうぜ!>

<ハンマーマン:いやだよ帰って寝たいの。っていうかこの一万円の振込み何?>

<トラガール:じゃあ家吞みに行くから師匠は寝てて良いよ。日頃の感謝だよ言わせんな>

<ハンマーマン:いやなんで俺ん家でやるの前提なの?>

<トラガール:やるの前提だからに決まってんだろ言わせんな>

 

電子の海は睦言も乗せて、今日もたゆたっている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冒涜的なメイドカフェ

一人の青年が曾根崎大歓楽街を歩いて行く。唇に薄く笑みを作り眠たげな目は憂いを帯びたハンサムと言えるだろう。

客引きを適当にあしらいながら、青年はより暗い方へディープな方へと足を進めていく。

壁には血の染みやどの種族ともわからない身体の一部が落ちている。

 

「待たれよ。これより先は「深見野(ふかみの)歓楽街」不死の者しか入ってはならん」

「その上で監禁されたり、殺し続けられたりで『積む』可能性がありますが、同意書をいただけますか」

 

暗い路地に関所があった。二人の騎士風パワードアーマーをつけた男が青年を止める。

虎柄のゲートとマスキングテープが何重にも張ってあった。

『ちょっと待て』『考えなおそう』『お前にも家族がいるだろう』そんな警告文が張ってある。

 

「ああ、同意書ね。ホームページから印刷して書いてきました。不死の認定書もあります」

 

青年はやはり気だるげな童顔で2枚の書類を渡す。

騎士は受け取ってしばらく書類を見てはんこを押すとゲートを開けた。

 

「行くが良い。酔狂なことだ、何度でも死ぬが良いさ。

心折れるまで、いや、心ゆくまで何度でも、何度でもな……クックック」

「先輩……すいませんね。この人ちょっと疲れてるもので。じゃあ楽しんで!」

 

青年はありがとう、と一礼すると「深見野歓楽街」に入っていく。

 

 

90年代に魔法と妖怪の存在が認知され、それにより多くの戦争と爆発的な技術発展が成されたもしもの未来。

技術発展と異種族の進出は性産業にも進んでいた。ここはその中でも、とびっきり危険な色町。

邪神や宇宙人入り乱れる「深淵の街」だ。

人間は彼らを狩り尽くすことができなかった。ただ封じ込めておくしかなかった。

だが、封じ込められた側の「深淵」はここを気楽な租界として楽しんでいるようだ。

 

 

表通りにあったAR広告や立体映像看板が減って、昔ながらのいかがわしいネオンが輝く。

もちろん壁には血の染みだ。

 

「コンバンワ、シャッチョサン。オヒトツイカガ?」

 

物売りがいた。体中縫跡だらけで明らかに生者ではない。

籠に野菜のように積まれているのは美しい少女の顔をした木の実だった。

横には手足が触手になった子供もいる。

 

「ニンゲンチガウヨ?テンネンモノ。ウマレスギタカラ、カッテ」

「すいません、予約してる店があるんで……」

 

触手手足の奇形児、しかし美しい顔の少女は濡れた瞳で男を見上げる。

一瞬、目が合ったが男は目をそらして進む。

 

「お肉ー、お肉はいかがー」

 

背中に籠を背負い、人肉を売り歩く死人の少女。

手足だけのそれはクローン栽培されたものだろう。「合法」と焼き印が押してある。

その口にはサメのような鋭い歯が並んでいる。

 

「お肉ー」

 

すれ違いそうになったとき男は殺気を感じた。とっさに避けるとさっきまでいた場所に中華包丁が突き刺さっていた。

 

「あちゃー、ばれたかー。お肉買うよ?買うよ?」

「けっこうです」

「じゃあもらうね!」

 

少女が肉切り包丁を振りかざした時、黒い影のような液体が包丁をはじき飛ばした。

 

「げえっ、メイド!ハートフルカフェのメイド!やばいやばい!」

 

少女が慌てて壁を伝って逃げていく。振り返るとそこには黒いメイドがいた。

影は目玉がいくつもあり、そのメイドの手から出ていた。

 

「失礼いたしました。ご予約の灰山様ですね?

わたくし、ハートフルカフェ案内係の黒森と申します。お迎えが遅くなり、申し訳ありません」

 

目玉影はメイドの手に吸い込まれると何事もなかったかのように染み一つ無い白い肌に戻った。

一見人間にしか見えない黒髪黒服のメイドはちょん、と小さくスカートを上げて気品ある一礼をした。

 

「そうです、予約してた灰山です。案内……やっぱり要りますね」

「はい、ここは不死であっても危険な路地ですから。お店までぱぱっと案内しちゃいます」

「わかりました。どっちですか?」

「では、私がエスコートさせていただきます」

 

灰山が道を尋ねようとしたら、黒森は手を差し出してきた。躊躇いつつも、灰山はその手を握る。

 

「ちょっと目を閉じていてくださいねー」

 

言われるまま目を閉じると暖かい空気に包まれていく。

少しだけ目を開けると、すでに真っ暗な中に沢山の目玉が浮かぶ空間であった。

上も下もあった物ではない。目と目が合った。灰山はそっと目を閉じた。

 

「はいっ、もう目を開けていいですよー。

もうっ、目を閉じててくださいねと申しましたのに……」

「あ、すいません」

「たまに発狂しちゃう人もいるんで気をつけてくださいね。では、お客様どうぞ、中に」

 

ふと前を見ると美しい西洋建築の落ち着いた感じのカフェがあった。

観音開きの立派な扉には山羊頭のドアボーイが二人いる。

ちまたで噂の命知らず御用達メイドカフェ「ハートフルカフェ」だ。

 

 

ドアボーイらしき山羊頭の男がそっとドアを開けると、果実のように華やかな声がこだました。

 

『おかえりなさいませ、ご主人様!』

 

中にいたメイド達が一斉に声を上げたのだ。

その美しい高音と発音不能なおぞましい言語、声の忌まわしい振動数は灰山の脳髄を容赦なく多幸感で犯す。

 

「おふっ」

 

灰山の耳から血が出た。

 

「あら、灰山様お耳に血が……失礼致します」

 

ぬろ、と黒森の灰色の舌が耳に入ってきた。

おぞましい快感がまた脳髄を走り回るが今度は耐える。

 

「ふふ、この店ではこのくらいは挨拶です。

リラックスして楽しんでくださいね。では、説明に移りますね」

 

黒森はその美声と日本語と、忌まわしい発音不可能ないくつかの単語を使って説明を行った。

おおむね、客席に座って横にメイドがついて話をしたり「サービス」をしたりする、

ちょっとエッチな生命の危機のあるメイド喫茶、らしい。

聞き取れた範囲ではそうだ。

 

「あとはー、気が合ったらアフターも行けちゃいます。そのまま自由恋愛って形ですね。

これは店側は感知しません。

それからー、基本的にこの街は人間種のかたは不死身の人じゃないと入れないんですけど、そこは大丈夫ですか?」

「大丈夫です。試してみますか?」

「はいっ、ではちょっと失礼して……えいっ」

 

黒森が灰山を抱きしめ、離れるとそこには灰山の心臓があった。

 

「ぐえっ」

「はーいホットなハートいただきましたー!」

『ごちそうさまですご主人様!』

 

メイド達がおぞましいほど美しい声で唱和する。

灰山は一度死に、その場で粒子化してまた元の姿に戻った。

 

「ああ、リスポンするタイプなんですね。安心しました」

「ええ、そうなんです。大丈夫ですか?」

「はいっ、大丈夫です。料金はこんなかんじで……前払いです」

「大丈夫ですあります」

 

灰山は料金を支払うと席に案内される。

30分ごとにメイドが交代し、3回遊べる。

その後気に入ったメイドを一人だけ連れ回すアフターもいける。そういうシステムのようだ。

 

「では、席にてお待ちください。ドリンクのメニューはここにあります」

 

アイスコーヒー~人間性の闇ブレンド~

ミルク~森の黒山羊産~

ビール~セクメトさま好み~

黄金の蜂蜜酒……

 

頭が痛くなってきたので、灰山はとりあえずアイスコーヒーを頼んだ。

 

「では、担当メイドが持って参ります。きっとお客様好みのメイドが見つかりますよ。きっとそうですとも……」

 

黒森が妖しげな微笑みをしてずるりと影の中に入って去る。

灰山はなかなか刺激的な店だと思った。

なぜかエプロンフリルがくっついた床と性行している男がいたが、それもまた一興と思えるほどには。

 

 

一人目は死体系の種族だった。

 

「はーい、グリムと」「グリッティでございます」

 

陽気な声と清楚な声が一つの口から同時に聞こえた。

奇妙な衣装のメイドだ。左右で白と黒に色が分けられている。

身体にも真ん中で真っ二つになったのを縫合したかのように真ん中に縫い跡があった。

白い半身である右側に眼帯をしている。歯はサメのように鋭い。

 

「あ、どうぞ」

「では失礼いたします」「コーヒーだぜ」

 

左手が豪快にアイスコーヒーのジョッキをテーブルに置いた。

 

「あの、聞いてもいいですか?」

「何だ?」「どうぞお尋ねください」

「やっぱり一人の中に二人入ってるとか、左右で別の人を縫い合わせたとかしたんですか……?」

 

陽気な声がわははと笑い、清楚な声がふふ、と笑い、そしてうなずいた。

 

「そうだぜ当たり。やっぱ気になるよな!」「よろければ、この身のいきさつを聞かれますか?」

「お願いしようかな」

 

灰山はコーヒーを飲む。世間の風の如くひどく冷たいのに、なぜか人のはらわたのように暖かい感じがした。

まるで闇のように優しい味である。

 

 

私たちは元々双子だったんだ。

はい、それはそれは仲がよかったのですよ。

ある時、二人とも一人の男っていうか神っていうか、まあそんなのに惚れてさ。

ええ、恥をさらすようですが、生まれて初めて本気の喧嘩をいたしました。

結局呪術打ち合って相打ちだったんだけど、彼氏がネクロマンサーだったんだよね。

ええ、喧嘩の過程でつい、旦那様を取り合って旦那様が真っ二つになってしまわれたのです。

三人とも死んでどーしようかってなってさ。まあ旦那は自力で生き返ったんだけど。すごくね?

そこで旦那様は一つの提案をされたのです。一人を二人で取り合うから争いになるのだと。

で、旦那はあたし達を一つにしたんだ。今は三人仲良くしてるよ。ははっのろけちゃったかな。

あら、まあ。私たちばかり話してしまいましたね。お客様のお耳汚しになってしまい、申し訳ありません。

で、あんたはどうなわけよ?こんな所に来るんだ。なんか訳ありなんだろ?

よろしければお聞かせ願えませんか?

 

 

灰山は少し悩んだ後コーヒーを一口飲む。

不思議と口が軽くなっていた。

 

 

灰山は古くから生きる不死者だった。

飢饉の時に流れ着いた人魚のような何かの肉を食ったのが始まり。

その村のものは呪われて死ねなくなった。

いくつもの戦争で何度も死に、生きるのにも飽いた。

死にたかった。数百年は人が生きるにはつらすぎた。

だが、一族の中にも死ねる者がいた。それは満足した者。

未練の無い、満足の中の死。それだけが一族の救い。

ある者は偉大な誓いを果たし、ある者はささいな約束を果たし……そして、自分が残った。

灰山はここでならば、満足できる死があると思った。極限の快楽の中でならばあるいはと。

 

 

「なるほどなー、あたしらには旦那がいるから命をもらってやるのはできねーな」

「その分、快楽はきちんとご奉仕しましょう」

 

双子が眼帯を外すと、その眼孔の中にぬらりと艶めく口があった。

反対側の乳首にも口があった。

とてもすごかった。

 

「じゃー次の子に頼むわ」「あなたの満足な死が訪れますように……」

 

 

次の子は黒森だった。

 

「いいえ、私は黒森ですけど、黒森じゃないっていうかー……

あなたをご案内したのは本体というかお母さんなんです。

お客様のような要望の方には彼氏とか旦那様がいない子をつけるのがここの方針なんです」

 

なるほど、と灰山は思った。ある意味、相手の人生に責任を持つレベルでの奉仕ということか。

 

「そうですね。私たちは奉仕する人がいないとやっぱり不安定なんですよ。メイドですから。

それに命を貰うとなったら、そのくらいの覚悟がないとだめでしょうし……

あっ、すいません重いですよね。

それよりサービスに移りましょう……きっと成仏できますよ」

 

灰山は他者と融合するというのを初めて知った。

魂を溶かされるとはこのことか。

だが、結局は彼の魂は溶かしきれず、目玉だらけの影から出てくることとなった。

 

「うーん……むずかしいですね。でも一つ手がかりが見えてきました。次の子はきっとご満足いただけますよ」

 

 

次に出されたのは、幼子だった。揺りかごに入っている。

足が触手のようにふにゃふにゃとしていて、身体から不規則に目玉や触手が生える。

しかし、美しい顔をしていた。その目に見覚えがあった。

最初に路地裏に入ったときに買わないかと持ちかけられた子だ。

 

「これは、どういう……?」

 

たずねようとしたら店がなかった。

ただ広大な灰色の空間に彼と幼子と遠くの方に家が一軒あった。

とにもかくにも幼子を一人にしてはおけない、くらいの理性はあった。

 

「いちおう生活に必要なものはそろっているのか……」

 

家には必要な者が全部あった。幼子の世話の方法が書かれた冒涜的な育児本もあった。

どうやら生ゴミでも体液でもなんでも食う種族らしい。

最終的には人もまるごと食えるそうな。

 

「この子に食われろと……?食われるために育てる、か……まあいい、ものは試しだ」

 

食べ物はなぜか冷蔵庫に毎日届けられた。

別に不自由ない生活で、自分でも驚くほど充実していた。

彼の一族は不死ゆえか、子を成せなかった。だが、子供を持つとこうも変るのかと思える日々だった。

 

「名前は……そうだな、オワリでいいか」

 

幼子に名前をつけ、言葉を教え、食べ物を食べさせ、世話をする。

時に性的な要素も含みながら冒涜的な子育ては進んでいく。

彼女は娘であり妻であった。

 

「オワリ……僕を食べてくれるかい?君は素敵に育ったよ」

 

オワリは大きく育った。

美しい人型の異形は口を開いた。

 

「食べないよ。食べれないよ。

お父さんがいなくなったら、私はたった一人、永遠を過ごすことになるよ?」

「そうだな、酷なことかも知れない。でも、これも親離れだよ」

「でも、お父さん、私に一度も死にたいと言わなかったよね?」

 

そういえばそうだ。いつか食べて欲しいとは言ったが。

どうしてだろう。ああ、そうか。まだ死にたくないんだ。この子がいる限り、生きる理由はある。

 

「……やっぱり、まだ食べなくても良いかな」

「うん!」

 

二人は抱きしめあった。

その瞬間、灰色の荒野が消え去った。

だが、オワリはいた。

 

「はい、おめでとーございます!カップル成立です!」

 

オワリと灰山は手をつなぎ合ったまま呆然とメイドカフェの店内にいた。

 

「すべて、幻だったのか?」

「いいえ、あなたの側にいるでしょう?」

 

オワリとの確かな感触があった。

 

「では、どうぞお持ち帰りください!

アフターの時間は……地球公転にして10000周くらいでいいですよ!」

 

オワリと灰山は微笑み合って店をでる。

背後から声が聞こえたような気がした。

 

「満足して死にたいなら、まずは真剣に生ききってから、そういうことじゃないでしょうか?

そして、生きる理由なんて明日のドラマが気になる程度の楽しみでも充分なんですよ。

なら、伴侶と共に過ごしたら?きっと満足ができるでしょう。

そうでなくても、生きる理由はもうありますね?

では、メイドと共に歩む道に幸あれ!」

 

灰山はオワリと共に歩んでいって……そして数日後メイドカフェに戻ってきた。

 

「なんだか、この子はここから出ては駄目らしい。働き口はないか?」

「もっちろん!ハートフルカフェはいつでも従業員募集中!おかえりなさい、旦那様!」

「まったく冒涜的なカフェだよ」

「でもお好きでしょう?」

 

灰山は心から満足してうなずいた。オワリと共に笑いながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

路上戦士のラプソディー

さあさあとアスファルトの地面に雨が降る。

男は濡れるに任せたまま力なく路面に座り込んでいた。

40ほどだろうか。若いころにはさぞ鍛えていただろうな、となんとなくわかる。

だがもはやただのホームレスだ。

 

久根(くね)さんだな?」

 

男に傘が差しだされる。傘を差しだす男もまたガタイがいい。

三十路後半でちょっとジョニーデップに似た黒髪だ。

 

「セイフ・サウストライブ。『マスクドファイター555』の名脇役。

あんたの当たり役だったな。昔、よく見たものだ……

それから探偵仮面ツインズ。あれのアステカマスク。どれもいーい役だ。

ウィキペディアでみたらあんた、高校から剣道やって殺陣を学んで、

そこからスーツアクターという道をやってるんだな。しびれたよ……」

 

久根は無言、不動を貫く。聞いてはいるのだろう。

セイフの名が出たときにぴくりと動いたのだから。

黒髪の男はさらに続ける。久根の脳裏にめぐるは屈辱か、悔恨か。

 

「だが、スター街道も一つの暴行事件で幕を閉じる……そこから落ちに落ちてこれか。

だが、失望はせんよ。あの事件の真相を俺は知っている」

 

男は久根の前にしゃがみ、静かに、友人に語るように親しく話す。

 

「たしか友人の柔道家が、でっちあげのドーピング事件で首くくったのがきっかけだ。

あんたはぬれぎぬを着せた選手(クズ)に決闘を挑み、そして勝った。

が、無様にも負けたそいつはあんたを訴えた。そうだろう?」

 

久根はようやく口を開いた。

 

「二つ、違う……友人ではない、親友だ。それから、俺はあの時負けたのだ」

「あのクズが呼んでた伏兵の不意打ちか?それとも裁判の方か?」

 

男はやはり穏やかに尋ねた。雨が強くなりだした。

夏の、熱気と共に来る通り雨だ。

 

「どちらでもいい……久根はあの時死んだ。俺はただのホームレスだ。放っておいてくれ」

 

男はここで初めて口を釣り上げて笑った。

目を見開き、狂気を感じる笑顔だ。

 

「本当にそうか?」

 

男が殺気を放つ。そのおぞましい気配にスズメやカラスは飛び立つ間もなく静かに死んだ。

男の手が常人には見えない速さで久根に迫る。

しかし久根は座り込んだ体制から上半身をひねることでその突きをかわし、手に持った棒切れで男の目を突く。

 

「やるじゃあないか……やはり、まだ剣士の魂は死んでおらん」

 

男は自ら棒の突き刺さった目玉を引き抜くと、立ち上がって、流れる血の涙も気にせずに熱狂的にしゃべる。

 

「久根さん、改めて名乗ろう。俺は獅子吼達也(ししくたつや)

あんたのような腕の立つ本物の剣士を……いや、戦士を探している。

また舞台にも立たせよう。剣も好きなだけ振ると良い。

剣を極めるもよし、芸を磨くもよし。俺にはあなたが必要だ!」

 

そのわけのわからない熱気に当てられたのか、久根も答えた。

 

「40のおっさんに何ができる。ピークの過ぎた肉体で、今更……」

「いいや、俺にはそれを補う術がある」

 

獅子吼は久根の貌をのぞき込んだ。獅子吼の「両目」が久根の目と合う。

そう、両目だ。すでに獅子吼の目は治っていた。人間業ではない。

 

「……なんだ、それは?魔法か?それとも手品か?」

「手品ではない。それは突き刺した君が一番知っていることだ。魔法かと言われれば、そうだ。

この世にはそのような技術がある。どうだ、試してみないか?」

 

久根は獅子吼を押しのけ、ゆっくりと立ち上がる。

流れる雨が血とゴミを流してくれた。

 

「……どうせ、死んだ身だ。好きにすればいい。それで、名前は?」

「さっき名乗っただろう?」

「違う。組織の名だ。あんたは何かでかいことをするんだろう?

そのために人を集めているんだろう?なら組織がいる。違うか?」

 

獅子吼は今度は低く唸るように笑った。歓喜の笑いだ。

 

同盟(アライアンス)。世に蔓延る外道悪党を狩るための自警団であり……魔術結社でもある。

頭の方も鈍ってはいないようだな」

「わかった、その同盟とやらに入らせてもらおう」

 

獅子吼も満足そうに久根の肩を親し気に叩く。

 

「もちろん、大歓迎だ!だが……」

「何だ?」

「君はまず風呂に入ったほうがいい」

「……そうだな」

 

雨は上がり、血のにじんだような夕焼けが見えた。熱い、気の狂うほど熱い夏の話だ。

 

 

それから、20年。獅子吼はすべての約束を叶えてくれた。予想以上に。

気功とサイバネと魔術により、久根の肉体は20歳にまで若返った。

獅子吼が教えてくれた、気功などの神秘的格闘術。

それは砂漠に水を吸い込ませるかのように久根になじんだ。

いつのまにか、剣聖と言われるようになり、犯罪者をヴィジランテとして狩り、名声がついた。

同盟(アライアンス)は大きくなり、今や自分は俳優としてその広告塔にもなっている。

 

人生、なにがあるかわからないものだ。

 

 

そして20年後の今。魔術や妖怪といった神秘は同盟の手により暴露、普及された。

 

「本当に、変われば変わるものだ……」

 

久根は20年後の空を見る。ハーピーや天狗などの翼人種に、魔女が箒に乗る。

道路を見れば車道を走る口裂け女に足をサイバネに変えたサイボーグ。

科学と魔法の混交は爆発的な発展と混乱……そして久根の愛する戦場を作り出した。

 

「どうしました?」

 

少女のように見えるマネージャーが尋ねる。

なお彼女もサイバネ者であり、実年齢は成人している。

 

「いや、時代の流れとは早いものだと思ってな。

たった20年で何もかも、こんなに変わるものかと思ったのだ」

「ああ、確かに。魔法と科学の発展、退魔師自警団の躍進……

他人事のように語っておられますが。

あなたの広告塔としての効果も、無視できるようなものではありませんよ」

 

久根はきょとんとした。彼はただ、好きな剣と芝居をしていただけのつもりだ。

その合間に退魔師として戦い、やはり剣を振ってきた。彼にとっては本当にただそれだけだ。

 

「そうなのか?いや、たしかに大きな芝居をいくつもさせてもらったが。

あれは共演者と監督が有名なのだろう?」

「過ぎたるは及ばざるが如し。謙遜も過ぎれば嫌味ですよ。

あれだけのトレーニングをしてきたのですから、当たり前です。

それより、今夜の仕事は……」

 

マネージャーはスマホをいじって予定を確認する。

久根は目を見開き、笑顔で答えた。

 

「ああ!今夜は『狩り』の曜日だろう!?忘れるものか。

それで相手は?テロリスト妖怪か?それともサイバネ強盗?

いやいや、AIの暴走というのもありうるな!」

 

その目は少年のように無邪気な歓喜と狂気に満ち溢れていた。

マネージャーはこれだからバトルジャンキーは……

というような顔で一瞥してスマホ端末に目を落とす。

 

「近いですね。先日のロボットによる強盗事件。

あれで大量に使われたロボットの生き残りがいます。

なぜか周辺の格闘道場で道場破りをしているそうです。

死者、再起不能者はなし。けが人多数。

これなど久根さんの好みでは?」

 

冷淡に言うマネージャーに久根は目を輝かせる。

 

「ほう!ロボットの格闘家と来たか!なるほど面白そうだ……!

どんな流派を使うのかな?ロボットの琴線のどこに格闘技が触れたのだ?」

「映像を見ますか?

必要ならば破壊した他のロボのAIデータをサルベージして、シュミレーションを行いますが……」

「いや、映像だけでいい。後で俺のアカウントに渡してくれ。

戦士というものは言葉よりもその技の方が雄弁に語るものだ」

 

マネージャーはため息をつくと、データを送信した。

久根はスマホを取り出し、食い入るようにそれを見る。

 

「いつもの斬ればわかる、ですか……私にはよくわかりませんけどね。

では、所定のボクシングジムに行ってください。

行動範囲からして、次に狙われるのはそこでしょうから」

 

だが久根は動画に夢中だ。

 

「ほう、中国拳法か……なるほど、なるほど……打撃系が中心だな……

ふむ……ん?ああ。ボクシングジムで待ち構えるんだな。わかった」

「あなたがそこにいるという情報もネット上に拡散しました。囮と護衛を兼ねた任務です。

くれぐれも、生存を最優先にしてくださいね。あなたの代わりはいないのですから。

では、よろしくお願いします」

 

そう言うとマネージャーは背中からゴリラのようなサブアームを出して地面を殴ってビルからビルへと飛び移り、どこかへ消えた。

 

「なるほどな……これは、実に楽しみだ……若き才というのはいいものだな……

おや?ああ。ご苦労」

 

久根は彼の組織「同盟(アライアンス)」のシンボルである黒コートを翻して夜の街を行く。

 

 

普及型作業ゴーレムAJED-3型はそのボクシングジムに違和感を覚えた。

生体反応が一つしかない。本来ならば営業時間中のはずなのに。

偽装用に巻いた包帯の奥でカメラが光る。

だが、かまうものか。自分のやることは同じだ。

 

「たのもう、道場破りだ。相手をしてくれ」

「ああ、待っていたぞ。先日の事件の生き残り(ラストワン)

あいにくだが、ボクサーは今日はいない。

避難してもらっている。だが、俺が相手だ」

 

AJEDは久根の顔を知らなかったが、相手の立ち居振る舞いを見てそれなり以上に「やれる」と分析した。

 

「なるほど、同盟の狩人か。ああ、いい相手だ。

仲間の仇というわけではないが、貴公らの技はすさまじい。

貴公もそれなりに「使う」のだろう?ならば、相手をしてもらう」

「もとよりそのつもりだ」

 

久根とAJEDは互いにゆっくりと歩みながら、互いの間合い一歩手前でわずかに止まる。

カメラアイと瞳が合った。

量産型ロボットであるAJEDには表情はないはずなのに、そも包帯で隠しているはずなのに。

まるで表情を読まれているようだった。互いの顔が言っている。「お前と戦いたい」と。

 

「いくぞ」

「おう」

 

初手はAJEDだった。鋭く強い突き。これは久根の手刀に叩き落された。

久根がそのままカウンターを狙う。AJEDはさらにそれをかわして当身を狙う。

そういったいわばジャブの応酬が秒の間に何千も行われた。

 

「なるほど、なるほど……ロボットがなぜ格闘を、と思ったがやはりか。

『かっこよかった』からだろう?

くふ、くふふふ……実にいい。憧れこそ原動力だ。悪いものではない」

 

そう久根に指摘され、AJEDはまさに腑に落ちたという感覚を味わった。

そうだ、自覚はしていなかったが、その通りだ。

 

「最初は効率を学ぶために技を模倣したのだろう。

だが、技そのものの美しさに魅せられた。違うか?だから拳での打撃系を好む」

「そうだ!確かに、何もかもその通りだ。だがそれの何が悪い!」

 

ジャブの応酬から今度は距離を取って次なる応酬に備える。

互いに隙を探りながら必殺のタイミングを待っている。

 

「いいや、悪くない。だが悲しいかな、経験値が足りていない。

あなたくらいの腕ならば、そうだな。

そろそろ拳ではなく体全体を使った動きをするか、逆に拳を突き詰めるか。

どちらか選んだ方が良い。

どちらにせよ、いろいろな型を学んだ上で合うものを選ばねばならない」

 

しゃべっている間のわずかなスキをAJEDが仕掛けた。

 

「未熟と侮るか!その通りだ!だが、貴公を倒すことでこの上ない経験値を獲得しよう。

勝算の確率はわずか5%……知っている、知っているとも!だが俺はこれしか知らん!」

 

野良ロボットで金もないAJEDに入門料など払えるはずもなく、ゆえに道場破りをするしかなかった。

わずかにネットで手に入れた動画やモーションを元手にして、賭け続けるしかなかったのだ。

いつか破滅すると分かっていても、いやだからこそ戦いに魅せられたのだ。

 

「本当に惜しいな。あなたにも師がいれば、それはもっと面白いことになっただろうに」

 

久根の手刀が目の前に迫った。

きっとやられるだろう。無念だ。だが負けは負けだ……

そうわずかな満足と死を受け入れようとしたその時!

 

<緊急シークエンスを発動します。当機の破損の可能性大。内臓火器の使用を提案>

 

そういえばそんなものもあった。だが、拳士である自分には要らないと忘れていたものだ。

だが、この射程ならばあるいは内臓火器を使えば勝てる、生き延びられるかもしれない。

それは甘い誘惑だった。

生きていれば、次の戦いができる。生きていれば、久根の言う経験を積める!

 

「……許せ!」

 

AJEDの心は生存に傾いた。

腹部から内蔵された銃が姿を現し、今まさに久根に発砲しようとした。

 

「なんだ、そんなものか。くふっ、意外にやるじゃあないか」

 

だが、銃を出す変形機構に久根の手刀が突き刺さっていた。

 

「だが、この場で変形の時間を取るのは悪手だったな。隠し武器とは静かに使うものだ」

 

腹部から破壊が進んでいく。いやだ、こんな『みっともない』死に方なんて嫌だ!

 

<wifiの反応を検知>

 

それだ!破壊される前に自分の人格データをアップロード!

久根の手刀は腹をひっかきまわし、内部パーツを無残にもぎ取っていく。

そして、再びの頭部への兜割りが迫った。

 

「ふむ、これで破壊は完了、と……それとも逃がしたかな?

くふ、くふふ……まあいい、それも楽しみだ。

折れるか?それとも再戦を望むか?できれば折れずにまた来てくれると嬉しいな……

なあ、ラストワン」

 

AJEDは頭部を破壊され、それを聞きながら機能を停止した。

 

「ああ、マネージャーか。終わったぞ。悪くない相手だった」

 

こうして、彼らの最初の戦いは久根の勝利に終わった。

 

 

AJEDのAIデータはネットの海をさまよっていた。

彼はその中で猛烈な後悔と自責の念、そしてなによりも恥にさいなまれていた。

 

「私は……ゴミだ。あの場で誘惑に抗えず、卑怯な手に頼った……

自らの美学すら捨てた私に、もはや現実空間に戻る価値などない……

私はただのゴミだ……」

 

そうして、ひたすら自分を責めて、責めて……

自分でかっこいいと思ったスタイルを捨て、武器に頼った弱さを恥じた。

それでも、どうにかこうにか生きるための活動はしてしまうもの。

気が付けば美少女アバターに入って、VR空間で格闘ゲーム配信をしてデータ保存料だけは稼いでいた。

 

「ははは……私には、やはりこれしかないか。この、拳だけが……」

 

時がAIの論理エラーをも癒した。毎日毎日を過ごすうちになんとか生きることはできた。

そうして思い出すのは彼の言葉。

 

『折れるか?それとも再戦を望むか?』

 

そうだ。折れるわけにはいかない。今度こそ、決着をつけたい。

それが自身の死という敗北であっても、満足する結果を出したい。

 

「AIが折れそうだ……だが、まだ折れてはいない。折れるわけにはいかない」

 

再起してからの彼は早かった。R-18版VR空間で、手っ取り早く金を稼ぎ、現実のボディを手に入れた。

 

「やはり、この体しかないか……値段と性能を考えれば。それに、内臓武器ももうない。それが素晴らしい」

 

現実でもジムや道場に通い、腕を磨いた。その金を稼ぐためには合法ならばなんでもした。

体も売った。媚も売った。だが拳だけは捨てなかった。

あの時のように捨てることは二度とないように。

 

「あの男……久根という俳優だったのか。一度、落ちぶれてからの復活……そうか……

何?剣もやるのか?私は、剣士に素手で負けたのか。

……いや、だが。もう折れぬ。しかし私も剣を持つべきか……」

 

彼は悩み、剣も習い、そして決断した。剣士をただ己の拳で破ってみせると。

修練に修練を重ね、数年の月日が流れた。

 

「あの、男……!まちがいない、彼だ!」

 

その日は唐突に訪れた。彼の務める店の前を久根が通ったのだ。

彼は素早く包帯を顔と体に巻き、ボイスをかつてのものにした。

不慣れな尾行をしながらその時を待つ。

 

 

久根は人気のない夜の公園で立ち止まった。

 

「さあ、もうよかろう。出てきてくれ」

「やはり、ばれていたか。そんな気はしていた」

 

AJEDは物陰から姿を現した。

 

「ああ、あなたは……そう、何年か前のロボットの拳士、だったかな?」

 

AJEDはかすかにAIが震えるのを感じた。彼が人間であれば体も震えていただろう。

 

「覚えていてくれたのか……!そうだ、あの時卑劣な手を使って負けたロボットだ。

無礼は承知の上でお願いする。拳士として、もう一度手合わせ願いたい」

「良いとも。あの時、もしこんな日が来たら楽しかろうな、と思っていたところだ」

「……感謝する」

 

あの時はなかった拳士としての一礼。

それに対して久根は剣道の一礼をする。

 

「では!」

「ああ、いざ」

 

初手はやはりAJEDだった。流麗な足さばきを使った流れるような正拳突き!

今度は久根は体をひねってかわし、あの時のようにカウンターを仕掛ける。

AJEDの手はかつてと違った。足を使って防御し、そのままさらに拳を使って攻める。

「ほう……」

「どうだ!」

 

そして何手か交わし、また離れる。

互いに隙を探りながらの距離を保った静寂。

 

「いや、いやいや……美味しく実ったものだ。いや、これでは失礼かな?」

「そんなことは、ないさ……!伝わったとも!」

 

AJEDの思考ロジックに奇妙な波と報酬系が流れた。

人間であれば、感謝と歓喜といえる感情だろう。

彼は今震えるような喜びとともに拳を打ち出した。かつてのような保身など全くない、すべてを攻撃に傾けた全力の一撃だ。

 

「見事」

 

AJEDの拳は久根の出したペンによって切り裂かれていた。

卓越した気功を持つ剣士にあっては、ただのペンでも名刀と同じようによく切れるのだ。

 

「私の負けだ。どうした、壊さないのか?」

 

AJEDは静かに膝をついて、久根を見上げた。

気の刃によって顔の包帯もわずかに切れ、そこから少女のように美しくも凛々しい顔があらわになった。

久根はかすかに驚いた顔をした。

 

「いや、俺の負けだろうこれは。素手の勝負で剣を持ち出したのだからな。

それに、今のあなたは犯罪履歴はもうないのだろう?

ならばいいんじゃないか?改心してるならば」

「しかし!」

「いやいや、互いに負けたと言い張るならばこれは引き分けだ。それでよかろう。

どうしてもというならば、勝者の特権と、かつて見逃した借りを主張しよう。

もしよければまた戦おう。それだって、命あってのものだ」

「……また、次があるのか。あってよいのか」

 

久根はAJEDに背中を見せ、一枚の名刺を放る。

 

「それが命のあるということだ。次は連絡してくれ。ラストワン」

「……ああ!」

 

AJEDはもらった名刺を残った片手で拾い、メモリーに永久保存した。

やはり、静かな夏の夜だった。

 

 

その後、AJEDの元にマネージャーが現れて。

それは恋だ、ぜひとも彼を支える愛人になってほしい。

などと言い出してロジックに奇妙に甘い熱が灯ったり。

AJEDのVR空間に久根が現れてそこで三回目の戦いがあったりしたのは、また別の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おっさんギャル再び!そして、狩人狩りの時間だ。

水たまりに銃が落ちた。雨の降る暗い路地裏だ。

 

「や、やめてくれ!わかった、逮捕される!逮捕されるよ!」

 

男が慈悲を乞うのはド派手な虎柄ロリータファッションの女。

 

「あ?ガキを5人もレイプしたゴミが都合のいいことくっちゃべってんじゃねえぞコラ!

ガキのハラワタはうまかったか?糞袋がよ!そのまま死ね!」

 

女が手に持ったホッケースティックが鎌のように振り回され、男の首が飛んだ。

 

「はぁー。よし、いい仕事したわ。ビールビール……うんめぇー!」

 

女は腰につけた水筒からビールを飲むと、軒下で雨宿りしてスマホを打つ。

 

「おっすー。トラガールだよ、仕事終わったわ。後頼むな。うん、よろしくー」

 

 

魔法と異種族の存在が公表され早30年。

おおくの戦争、科学と魔法のフュージョンの生み出す爆発的発展により、

いまや魔法はカルチャースクールで習うモノで、妖怪は外国人並みによく見かける存在となった。

混沌の時代において退魔師は自警団を組織。

魔法を使う犯罪者や犯罪妖怪を狩る「狩人」となる。

 

 

スティックを肩にかけ、ビールをちびちびやることしばし。

物陰から複数の足跡が聞こえた。

 

「ういっす、今日は早いな。よろしく頼むわ清掃の人……じゃねえな。誰だおめえ。同業者か?」

 

物陰から出てきたのは髪にプチハットをつけた黒ワンピースの女だった。

 

「そうよ。元同業者……とういったところかしら?」

「『血に酔った狩人』か。なるほどね……」

 

トラガールは静かに立ち上がり油断なくスティックを構える。

 

「まあまあ、そう殺気だたないでよ……あなたにとっても、悪い話じゃあないわ」

「そんで?話があるんならちゃっちゃと言え。もったいぶるな」

 

血に酔った狩人とは、血と殺しに我を忘れた者。

犯罪者でなくとも、誰彼構わず殺すようになった狩人。

あるいはもっと単純にテロリストである百鬼に寝返った者だ。

いわゆる狩人の暗黒面である。

 

「ねえ、私にはわかるわ。殺し、奪うのが好きなんでしょう?なら百鬼の方がおすすめよ。

面倒がないし、妖怪より人間の方を狩ったほうが楽で楽しいわ」

 

トラガールはタバコを取り出してくわえ、魔法で道具もなにも使わずに火をつける。

 

「ほんで?話長くなる?」

 

トラガールは警戒を解いたように背中を向けて少し離れてタバコを吸った。

黒ゴスの女はここぞと早口にまくしたてた。

 

「いいえ!あとたった一つよ!

この戦い、人間側が勝ったとして、それでどうするの?

平和になった世界に狩人の居場所はないわ!

だから、あなたさえその気なら百鬼に来なさいよ。

できればあなたのお師匠のイルマに話をつけてほしいの!

あなたたちイルマの門下生ってみんなそうなんでしょ?血濡れなのは見ればわかるわ!」

 

トラガールは退屈そうにタバコを吹かして月を見ている。

無言だ。

 

「ど、どうかしら……?あなたにとっても悪い話じゃないはずよ」

 

トラガールはふーっと紫煙を空に向かって吐くとゆっくりと話し始めた。

 

「あのさあ、最近の世間知ってる?

ワカってねえな。違うんだよ。

人間も妖怪もかわりゃしねえ。悪党狩るのはそのほうが楽しいってだけだ。

弱い者いじめはガラじゃねえ。最低限いいリアクションが欲しいわけ。わかる?」

 

どうも何か誘い方を間違えてしまったらしい、と黒ゴスの女は気づいた。

 

「あとな、平和になったら狩人の居場所がねえのは確かだけどさ。

そんなんどこの業界でも一緒じゃん。

10年後まで安定してるって断言できる業界いくつあるよ?なら狩人の方がマシだって話だよ。

一度引き金引いた独立戦争だぞ?中東並みにグダグダになるわ」

 

今度はトラガールが早口でまくし立てる番だった。

黒ゴスは静かに拳銃を抜いた。

 

「いいえ……じゃあこういうわ。

血よ。血の渇きを満たし、血の歓びを本当に味わえるのは百鬼しかないわ。

それが本質でしょ?とりつくろわないで本音に従いましょうよ」

「本質はき違えてんのはてめーだろ!

いいか、あたしはできるだけクズな悪党をぶっとばしてすっきりしたいわけ!

誰彼構わずとか、女子供相手にイキりたいわけじゃねえんだよ……わかれ、わかってくれ」

「わからないわよ……違うのは人と妖怪であって善悪なんて、ね」

 

二人の間に殺気が通る。

二人ともいつでも抜ける体制だ。

 

「そうか。名前は?」

「麻耶。知ってるけどあんたは?」

「トラガール。いいねえ、血狂いでも戦いの作法は忘れてねえ。なかなか悪くねえ」

 

少しの間の沈黙。

 

「そう……」

「ああ」

 

そしてトラガールがタバコを吐き出す。その時に両者動いた!

トラガールが振り返りながらスティックを振り回すのと、麻耶が拳銃を撃つのは同時だった。

計算され尽くした動きで弾丸がスティックにはじかれる。

 

「死ね!ああ、死ね死ね死ね!狩人など、あんたらの方が血濡れじゃない!気取るな!」

「やかましいわ血狂いがよ!酔狂を気取りもせずに人生やってられっか!頼むから死んでくれ」

 

トラガールは足元のジェットローラーを吹かして壁を走りながら弾丸を避ける。

麻耶は乱射から静かに待つ構えに変えた。

 

「オラァ!」

「今!」

 

トラガールのスティックが振りかぶられた一瞬に麻耶がトラガールのスティックを打ち抜いた。

一瞬の硬直を狙って麻耶が開いた右手でトラガールの腹部を貫く。

隠していた熊のような生体インプラント腕だ。

 

「ああ、やっぱり暖かい血……これでさよならよ!」

「いいや、もうちっと付き合ってもらう!狩人狩りの時間だ!」

 

トラガールは麻耶の首をつかんでまるでプロレス技のように高く高く持ち上げる。

 

「覚悟はいいか?」

 

そして垂直落下式デスバレーボムで落とした。

 

「がぁっ!」

 

そして馬乗りになると、まず麻耶の頭にあるプチハットをもぎ取った。

黒い帽子とは狩人の象徴でもある。

 

「てめーは超えちゃいけない一線を越えた。だからこれだけは置いて行ってもらうぜ」

「お前!」

「文句あっかてめーで踏み外した道だろうが!」

 

プチハットを放り投げるとトラガ-ルはスティックの握り部分で麻耶のこめかみを連打する。

 

「オラ!さっさと死ね!顔だけは止めてやるから慈悲もらってありがたく死ね!」

「あいにく、人道を踏み外したから諦めがわるいのよ!」

 

麻耶はトラガールの眼孔に指を突っ込んで引き倒してマウントから逃げる。

そして、閃光弾(フラッシュバン)を放って空へと消えた。

 

「これから百鬼は同じような勧誘をかけるわよ!もっと多くの狩人に!

あなたの言う人間らしさをどれだけの狩人が持っているか知るといいわ!

あたしの勝ちよ!この場はね!」

 

麻耶は百鬼の妖怪、姑獲鳥(うぶめ)に捕まって消えていく。

トラガールはよろよろと立ち上がりながら回復剤を太ももに注射する。

 

「あー……いや、こっちは負けた気しねえわ。

こいつだけは置いてってもらったからな。もうつけんなよ!」

 

そう言ってトラガールは取り上げたプチハットを掲げる。

月と共に輝く血濡れのそれは、まさしく狩人の象徴である。

 

「ええ、もうつけることはないでしょうね……返すわ。それを」

「それでいい。そんだけ解れば、上等だ……」

 

ふらふらになり血を流しながらもトラガールは帰っていく。

再戦と再起を誓いながら。

それでも満足そうに笑って。かくして血に濡れた夜はまだ明けない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ホンコン・マカオ・コミックウォーズ!

マサダはその夜、珠海からマカオまで歩いて出国していた。

理由は二つ。

ひとつ、中国ではネット規制で一部のサイトが使えないからだ。

もうひとつ。

クソ安い珠海の相部屋(ドミトリー)で隣に寝てる奴が最悪だった。

イビキで発狂電波を奏でる邪神系種族で、隙あらば奉仕種族を連れ込むクソ野郎だ。

こりゃたまらんと、個室部屋が安いマカオまで出国。

マサダは今まさに自由を満喫していた。

 

「かあーっ!スーパーボック飲みながら食うポークチョップバーガーはたまんねえな!」

 

高い宿代と引き替えに獲た静かな夜とWIFI環境に祝杯を挙げつつアイフォンを操作する。

 

「ほうほう、あんじゃん依頼……」

 

マサダが見ているのは日本語のサイト。「誓約」だ。

これは単発退魔師バイトサイトで、いわばアマゾンでボタンを押すように傭兵をテイクアウトできる。

もう少しお上品に言うならば、登録型トラブルシューター派遣サイト、である。

当然マサダもこれに加入している。

退魔師の資格を生かしながら海外暮らしを続けるには最適のサイトだからだ。

 

<ハロー、こちらサタデーナイト。マカオで仕事依頼のある人はあんた?>

 

そう、日本にいながら海外で荒事を依頼するというスパイ法とかどうなってんだ、という所行が可能なのだ。

そのへんから国家資本の影が見え隠れするが、一加入者であるマサダにはどうでもいいことだ。

 

<ええ、このマッドマーケットに仕入れたいものがあるのよ>

 

マサダは素早くマッドマーケットを脳内検索にかける。

 

<あー……発禁モノのやべえ本とか映画とかばっか扱ってる松戸の。あそこまだやってんの?>

<裏ビデオがyoutubeに飲まれたから禁書を扱ったら一山当たってね>

 

マサダには覚えがあった。世界がすべて変ってしまう前に物遊見山で冷やかしに行った裏ビデオ屋だ。

記憶の中には店主はその道30年のヤクザみたいなマニアのおっさんが店主だったはずだ。

 

<へー……じゃあ魔術書を俺が輸入してくればいいんすか?>

 

しかし、ビデオ通話で映る姿はVRでなく、実際に美少女だ。

おそらく、一山当てたカネで美少女受肉改造を受けたのだろう。

業が深いことだ。

 

<そう。マカオのカジノでオークションがあったのよ。

そこで出た目玉。『偽書・根暗なミカン』の第一版のコピーよ!

ネクロノミノコンの完全なるパロディー!

見るモノのSAN値を容赦なく削ってくる笑いの数々!

偽書だけど、だからこそそのレア度は随一で……>

 

出たよマニア語りが……とぼやきつつ聞いたところによると、こうだ。

落札したクレイジー野郎のねぐらに言ってネット越しで交渉させろ、とのことだ。

交渉できた時点で5万円。ここでは大金だ。

 

<交渉成功の暁には4倍の20万。どう?>

<オーケー、やりますよ。でもそんなカネ出して儲かるの?本だよ?>

<どーせ劣化コピー本をダウンロードサイトで大量出品するからいいのよ>

<偽書とはいえ、SAN値減る魔術書をダウンロードサイトで売ってアシつかない?>

<大丈夫大丈夫、そこはルートがあるから信用して。半世紀これでやってるから>

<なんかあっても俺この動画を警察に渡しますよ。俺の責任はないっす>

<それでいいわ。落札者はこの男。邪神系宇宙人で、出身はアルファ・クァダス星。名前は……>

 

マサダの耳が発音不可能な音を聞き取り頭痛がし始める。

そして、その男の顔には見覚えがあった。ありすぎた。

 

<待て待て待て!オリジナルの発音で言うなよ!

こっちは軽い改造しかしてないの!

っつーかあいつじゃん!こないだまで隣で寝てたよ!>

<マニアックな趣味ね>

<誤解を招く言い方はやめてくれる!?宿で相部屋だったの!>

<じゃあ話は早いわ。交渉をまとめてきて。予算は……>

 

かくして、マサダはわずか1日でマカオから珠海まで本一冊買うために戻ることとなった。

 

 

モアイみたいに無愛想なイミグレーションを出て珠海の悪夢のような相部屋(ドミトリー)ホテルに戻る。

相変わらず正気が削れる金切り声で奉仕種族の女の子を抱きながら奴はいた。

 

「あれえ?マサダさんマカオに行ったんじゃないんですかぁ?」

「いやちょっと仕事が入っちゃって……すげえ言いにくいんですけど」

 

ジャバザハットを黒くしたようなおぞましい見た目のヤツは太った腹をさすりながら片手で漫画を読んでいる。

よく見るとミカンと呼ぶにはあまりにも冒涜的な物体が表紙だ。

 

「それ、ひょっとして根暗なミカンって本ですか?」

「あっ!よくわかるねえ!マサダさんも好きなんですかこういうの!」

「いや、知り合いがどうしても欲しいっていうからさ。

■■■■さんと交渉したいって言う話なんすよ」

 

幼い女の子にも特定の角度からは見える小さな何かがまた金切り声を上げる。

どうもお楽しみ中らしい。

マサダもマサダだが、ヤツもヤツだ。

 

「えっ、いいよお。これ安かったしもう読んだからあげますよ。

故郷に行けば日本の物価で500円くらいで売ってるなつかしコミックですから。

あっ、でもそうだなあ、コレ好きな人とオハナシして良い?」

「はあ、お手柔らかに……一応死んだら困る人なんで。……今のところはね」

 

そこでマサダはアイフォンを出してネットにつなぎ、禁書マニアにビデオ通話をする。

 

<どうだった!?>

「なんかもう読み終わったからくれるって。ああ、マニア同士話したいんだってさ。大丈夫?」

<もちろんよ!おお、偉大なる暗黒の……>

 

ヤツは塗り仏のようないやらしくも福々しい笑顔で応じる。

 

「ああ、そういうのはいいですよぉ。これ懐かしいですよねえ。

僕の世代でも読んでる人あんまいなくってぇ、よかったら語り合いましょうよぉ。僕のアドレスはこれで……」

 

そこからしばらくマサダの意識はぶっ飛んでいた。

気がつけばアイフォンと根暗なミカンを手にゴンベイ・アンダーグラウンドマーケットを走っていた。

たぶん、人智を超えた冒涜的な会話で一時的発狂をしたのだろう。

 

「あいつらマニアにも程があるだろ!せめて地球語で喋れ!死ぬわ!」

 

断片的な記憶をひもとくと、どうやら買い取りはまとまり、後は運び屋に渡すだけらしい。

ただし、記憶にこびりついてる言葉が一つ。

 

<ああ、でもねえ。これ地球ではマニアの人がすごくほしがってるから、盗られないように気をつけてねえ……>

 

そして、今現在。

スラムな市場をそのヤバすぎる禁書を片手にマラソンしていた。

つまり、現金を見せびらかしながら走っているようなものだ。

 

「ハロウフレンド。手ぇ上げろ。いいもん持ってるよな?」

 

よりにもよってこのマカオと中国の国境の町で日本語を聞くことになった。

相手も同じ類いの雇われだろう。

 

「いや?これならただのコミックだよ。キオスクで買ったんだ」

 

背中に当たる感触は刃物か拳銃か。

いずれにせよ、生命の危機がマサダの正気を取り戻させた。

 

「いいや、一つはウソ。一つはホント。フレンド。ウソはよくないな。

ソレはコミック。ただしキオスクでは買えない。レア本。

これ以上言う必要あるか?あなたも、私も雇われ」

「参ったな……わかったよ、よく見ろ!」

 

マサダはゆっくりと振り返って渡す振りをして、一気に中を開いて相手に見せた!

 

「ウギャアアア!」

「な?面白い本じゃなかったろ?死ね!」

 

見た瞬間に正気が削れた相手はおぞましい悲鳴を上げてうずくまる。

そこにすばやくマサダは本の角で頭をたたき割った。

 

「さすが外宇宙製。撲殺してもなんともないぜ!あっ、やべえ汚れたかな……しらねえ!俺のせいじゃねえし、見たくねえ」

 

地下市場に悲鳴が上がる。

マサダは曖昧に微笑みつつ、アイフォンとマンガを懐にしまう。

そこにピピピピーッ!と警笛が鳴る。中国警察だ。

 

「やべえ!市場で殺しとか洒落にならねえ!逃げろ!」

 

マサダは再び走る。走る。

マンガ一冊のために賭ける命って一体?といぶかしみながら。

一昼夜走り回り、逃げ隠れしながら高飛びついでに中国の珠海からマカオへ。

運び屋は国境内のどこの国でもない場所でさりげなくいた。

 

「シッシッシ、マサダさんやっちゃったっすね。

今界隈じゃマサダさんがお宝手に入れたって噂ですよ。

しばらくマカオから出た方が良いです」

 

こざっぱりしたシンガポール人の青年が笑う。

 

「たかだかマンガ一冊でなんで地球の果てまで追い回されにゃならんのよ……」

「夏に20万人が参戦するマンガ最大イベントがある国の人の言葉とは思えないっす。あこがれは止まらないんすよ。

じゃあこれ、報酬の口座の暗号鍵です」

「ありがと。あんたも頑張れよ。今度はあんたが追われる番だ」

「はい、良い旅を」

 

かくして、この3日後にマサダはカトマンズまでとんずらする。

しかしこの件でできた妙な人脈は、マサダに飯の種を当分与えることになった。

数々の騒動と共に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プノンペンプロレスファイト

それはイルマの弟子、マサダがプノンペンの安宿でごろごろしてた時の話だ。

ちっとばかりカネもあるし、置屋で女でも買うか。そう思うが早いか行動。

バイタクのおっさんに置屋のある通りを言うとヒューゥと口笛を鳴らされた。

 

「フレンド、フレンド。今夜はハッピータイムか?グッドグッド、うらやましいね」

「うるせえよちゃっちゃと行け。マヘンドラバーフバリみたいな顔しやがって」

「サンキューフレンド。ハンサムはつらいねHAHAHA」

 

違法改造バイクタクシーはジェットエンジンを吹かして空へと飛び上がった。

現代の魔女の箒だ。

 

「なにこれ、こういうの流行ってるの?」

「イエスイエス!世界内戦からはカンボジアにもこういうの入ってきてネー。

未踏区域(ダンジョン)で一発当てたから改造したネ」

「ほーうそうかいそりゃよかった。早く行ってくれ。っていうか普通に地面走ってくれよ!

これ俺がこれから置屋行きますよって宣伝してるような物じゃん!」

 

世界内戦から先、世界は神秘を再認識した。

今や誰でもカネさえ詰んでカルチャースクールに通えば空くらい飛べる。

魔女のポーションがマジに医薬効果があって、魔女と化した主婦の小遣い稼ぎに……

なんていうのもめずらしくない。

科学と魔術のコラボレーションは人類に不可逆の混沌と混乱と、発展をもたらした。

 

「HAHAHA、地面混んでる。時間かかるがいいか?」

「あー、すげえ混んでるね。いいやしょうがねえ行ってくれ」

「オーケーフレンド、ところでフレンドは日本のデビルハンターだったね?

腕に覚えある。オーケー?」

 

彼はわずかに嫌な予感がした。こういう振りをされてロクな目に遭ったことがない。

たしかに180cmの筋肉マンではあるのだが。

 

「ああそうだよ。元だけどね。元」

「でもあの鉄槌術、マスターイルマから習った。違うか?マサダサン?」

「ああまあね、習ったよ。早く行ってくれよあと5kmだけじゃん」

「フレンド、うまくいえば遊ぶ金タダになる。興味あるか?」

「欠片もねえよ!素直にカネ払って遊ぶから余計なのは無しな。オーケー?」

「オーケーオーケー!ところで、悪党いてね?ぶん殴ればタダ。オーライ?」

「ノーサンキューだぶっ飛ばすぞコラッ!」

 

バイタクのおっさんに強引に聞かされた所によると、

近くの闘技場で行われている賭けで、負ければ連れの女を奴隷にされる。

勝てば相手の女と莫大なカネを手に入れられる。そんな賭けがあるそうな。

 

「北斗の拳とかに出てきそうな悪魔みてえなギャンブルだな!アタマおかしいよこの国!」

「HAHAHA、死ぬまで働くマサダさんの国よりはまともネ。

それで、娘さん取られた妙齢のご婦人、困ってる。ベリーセクシー。やってみるか?」

 

バイタクのおっさんが渡したご婦人の娘さんの写真はそれはもうヤバいほどの美人だった。

写真を見てるだけでむらむらする褐色美人だ。よく見れば背中に蝙蝠じみた羽がある。

その美はまさに見るだけで正気を削られる魔性のものといえるだろう。

 

「そのご婦人ってサキュバス?カンボジアハーフの?」

「イエス!ベリィセクシー!お礼、もちろんそういうの!どうだ?やる気なるか?」

「この写真合成だったらぶっ飛ばすからな」

「HAHAHAHA!オーケーオーケー、受けてくれるか!」

「クッソ面倒だけどやるよ!サキュバス親子丼のために!」

 

実に下世話でしょうもない理由で悪党をしばき倒すハメになった。

それもこれも、たまりすぎた性欲のせいだろう。

 

 

「ハァイ、ミスター。依頼を受けてくれる?助けてくれるのね?」

「あー、まあ。成り行き上仕方なく。とりあえずあんたがマジに美人で安心した」

「ウフフ、ナイトマーケットの合成屋に行く必要なんてないもの。

じゃあ、行きましょう?」

「ああ、ここね」

 

景気づけに一発やった後、マサダが来たのは円形のコロシアム。

まるでランボーが2でやってた場末の闘技場だ。

あれよあれよという間にリングに立たされる。

リングといっても闘牛場のように土がしいてあるだけだが。

 

『さー今宵来るのは日本からの珍客!鉄拳リーホンに勝てるのかァー!?』

 

相手は見るからに顔色の悪い中国人らしき大男だ。おそらくキョンシーなのだろう。

 

「ブヘヘヘ、マダム・ヤンもこんなジャパニーズに頼るとはな!俺の崑崙で鍛えた八極拳でミンチにしてやるぜ!」

「マダムの娘は?」

「ああ、良い具合だぜ。まだ生きてる。安心しろよ、勝てばお前のもんだ!」

「オーケー。ルールを聞こうか」

 

マサダは上半身裸でリーホンと向かい合う。

レフリーらしき男がマイクを持ってアナウンスする。

 

『ルールは簡単だ!

互いに一発!早撃ちの要領で殴り合う!立ってた奴が勝者だ!

決着がつかなければもう一発!倒れるまでやれ!』

 

マサダはゴキゴキと指を鳴らした。

 

「オーケー、ステゴロでプロレスファイトね。解った解った。やろうじゃん。オラ来いよドスケベボーイ!」

「いつまで余裕ぶってられるかなぁ!?」

 

それが合図だった。リーホンの腹から鉄の拳が突き出す。

リーホンはサイボーグキョンシーであった。

 

「捕まえたぜ」

「ナヌッ!」

 

しかしマサダはその拳を掴み、しゃがむと背負い投げで投げ飛ばした!

 

『おおーっとジャパニーズ・ジュードーだ!さあ立て!立ってくれリーホン!』

 

しかしリーホンはなかなか立てない。

 

「おいゴングは?カウントとかねえのかよ!」

 

リーホンコールがそれをかき消す。レフリーはしらんふりだ。

 

「ああそうかよ負けを認める度量もねえイカサマルールかよ!ありきたりなんだよボケッ!

あとな、そういうのは押さえつけられる奴相手にするもんだ。

オーケー、そいういうことならこっちも何でもありだわ」

「マサダ!」

 

サキュバスマダムがリング外からマサダのジャケットを投げ入れた。

マサダは素早く袖を通すと、懐から金属製ミートハンマーと拳銃が出てきて手に握られる。

右手にハンマー、左手にガバメントだ。

 

「来いよオラッ!どーせ全員でハメるつもりだったんだろ?ナメやがって日本魂をたたき込んでやらあ!」

 

言うが早いかリーホンの頭を踏みつぶし、レフリーに飛びかかり肩の肉をミートハンマーで『柔らかく』してやる。

観客席から出てきたマフィアらしき男達に銃弾をたたき込む。

 

「死ねオラぁ!あー楽しいな!なんで日本から来てわざわざ全く関係ないカンボジアで血風呂(ブラッドバス)作ってるんだろうな!

まったく不思議でしゃあねえわ!ヒャハハァー!」

 

ハンマーで叩き、潰し。銃で撃ち殺し。

そして静かになったあと、マサダはあえて生かしておいたレフリーの胸ぐらを掴んで囁く。

 

「カウントするか?もっかい肩たたきしてやろうか?」

「わ、わかったミスター。あんたの勝ちだよ。もってけチクショウ!」

 

すると今まで隠れていたサキュバスマダムが娘を連れて出口からマサダを招く。

 

「娘の奴隷契約魔法が解けたわ!ありがとうマサダ!」

「サンキューミスター!」

「オーケーフレンド、逃げるね!」

 

空飛ぶバイタクに飛び乗って全員で逃げる。

後ろの座席で左右からされるキスは格別の味がした。

 

「ねえ、所で聞きたいんだけどこれってマフィアが別のマフィアを潰した系じゃないの?

俺って体よく利用されてない?」

「ハッハッハ、あなたは人助けしてタダでモテる。我々はビジネスが上手くいく。

誰も困ってない。オーケー?」

「しゃあねえなあー……」

 

そこでマダムと娘が左右から囁きキスを続ける。

 

「ウフフ、勘の鋭い男は嫌いじゃないわよ。娘も鉄火場が体験できたし、ちょうど良かったわ」

「グッドハンティング、ミスター!」

「たくましいなオイ。業深いこった」

 

タクシーはホテルへと向かい、マサダが何も言わずとも二人は最高のもてなしをした。

世界が混沌に飲まれようとも、いやだからこそ人々はたくましく生きるのだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地下街と炎の導き

今回は電咲響子さんとのクロスです!

「猟犬の苦悩」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887256350


 

かん、かん。

さび付いた階段を黒コートの男が下っていく。

かん、かん。

螺旋階段はどこまでもどこまでも降りてゆき……やがて、地下の全貌を映し出した。

 

「へえ、こりゃすげえ」

 

洞窟のような地下の広大な空間に街がそびえ立っている。

まったくの暗闇の中に人工の灯りを灯し、発電所まで作って。

幻想的な光景だ。

黒コートに中折れ帽の男はコートからスマホを取り出すとぱちりと一枚取る。

つまりは、彼は旅人だ。

スラムな様相をした地下の秘密の街……まっとうな用事ではない。

 

かん、かん。

 

混沌とした世界に足を踏み入れる旅人。それは波乱を予想させるモチーフだ。

彼が何を巻き起こすのか、街はまだ知らない。

 

 

タバコの煙、薄暗い店内、ソウルフルな演奏。

グラスの音―つまりは、酒場だ。

看板には「メタノール」とあった。解りやすい店名である。

 

「スレッジ・ハンマーを一杯。つまみにはチーズ。あるかい?」

 

旅人は遠慮無くカウンターにつくとマスターの目を見る。

 

「ウォッカなんて洒落たもんこの店にゃあねえよ。

だが……それよりいいもんがある」

 

マスターは神秘の光を放つ幻想的な酒瓶を見せる。

 

「なにそれ法的に大丈夫なやつ?」

魔酒(セイレン)だ。別に中毒にゃならねえよ。なったとしても、あんたならどうとでもなるんじゃないのか?同盟の狩人さんならよ」

「まあね。でも退魔師保険あっても蘇生手術って高いからさ。まあいいや、そいつを一杯まずはロックで頼む」

 

芳醇な香りがして酒がグラスに注がれ、かちわり氷が涼しげな音を奏でる。

 

「そこはストレートじゃあねえのかい?ハードボイルド気取るならよ」

 

マスターは中折れ帽にトレンチコートという彼のスタイルを見て苦笑する。

黒いハットにコートは同盟の制服だが、着こなし方がハードボイルドを意識している。

酒の注文に、話し方……マスターは旅人のサガを見抜いていた。

 

「これから仕事なんだよ。べろべろに酔ってたらまずいだろ」

「仕事前に酒のみに来る時点で今更だろ」

「違いないね……」

 

旅人はくいっとグラスを傾けた。ほう、と息をついてアルコールの香りを楽しむ。

 

「いいじゃんこれ。なかなかガツンと来るね!」

「だろう?俺の誇りでね……」

「ふうん」

 

ダンスホールでは熱い演奏にヒッピーたちが踊り狂い。旅人は静かに酒を飲む。

周囲の客も、マスターも、この客人を見ていた。

地下街のモノは地上の状況を知りたがっている。

特に、まだ生きる事を諦めていないモノは。

 

「なあ、あんた地上から来たんだろう?地上はどうなってるんだ?

最近、地上からクルイが良く来るんだ。毎週のように暴れて何人も死んでる。

今までこんな事なかった。なあ、あんた何か知らないか?」

 

マスターが皆の疑問を代弁した。それは勇気ある行動だった。

 

「あー、まあオリンピックや選挙が近くてね……大荒れの政治抗争中だ。

割を食うのは国民ってアレだよ。ほんとうんざり」

 

オリンピック。政治抗争。

そんなもので何人も死ぬ沙汰になったのか。

マスターはそれで死んだ連中の顔を知っているだけに顔をゆがませる。

 

「選挙だと!?そんなことで何人も死ぬハメになったってのか!ふざけるなよ」

「だよね。俺もそう思うよ。政府はゴミだって。つうか俺も割を食う側だからね?俺に言われても困るよ」

 

マスターがつい声を荒げてしまう。このところの街の様子は政府の都合の一言で切り捨てるにはきつすぎた。

そして、そんな様子は旅人にも理解できて、それ故に話は通じた。

 

「あ、ああ……そうだな、すまない」

「いいよ。気持ちはわかる」

「気分直しに食ってくれや。スモークチーズだ」

 

金属の薄い皿に乗っかってチーズが出される。ここではそれなりの高級品だ。

 

「なかなかイケるねこれ。ところでまあそんなわけでちょっと調査依頼を頼まれてさ。同業者いる?」

 

旅人は少し声を大きくして後ろを振り返った。待つことなくすぐに一人が立って旅人の横に座った。

 

「いるぜ。リョウってもんだ。なあ、あんた‏知りあいにサムライみたいなポン刀使いの狩人がいないか?」

「十兵衛かな。こいつ?」

 

旅人はスマートフォンから画像を出して見せる。

 

「ああ、このおっさんだ」

「なんかあったの」

 

旅人はのんびりと酒を傾ける。

 

「助けられたんだ。あんたがこのおっさんの知り合いなら協力するぜ。それで、どんな要件だ?」

 

リョウはこの機会を逃すまいとするかのように食いついてくる。

何か、地上の退魔師とつながりが必要なのだろう。

 

「何人か人探し。この中で知ってる人いる?」

 

今度は懐から畳んだプリントを取り出して広げる。数名の男女の顔があった。

その中にはフードを被った顔もあった。

 

「いや、知らないな……だけど俺の魔法は使い魔を街に放つもんでね。ちいっと探してみるよ」

 

ぞわ、と犬の姿をした影のような何かが何匹もすっと床を通り抜けていった。

 

「悪いね。一杯奢ろうか」

 

旅人は口元を綻ませて使い魔の行方を見る。

 

「レモンスカッシュとサラダで頼む。最近体に気を付けてるんだよ」

「……これやっぱ体に悪いんじゃないマスター?」

 

マスターに3枚お札を握らせて旅人は胡散臭げにグラスの液体を見た。

 

「酒は体に悪いもんだ。だから旨い。違うか?」

「違わねえや」

 

ぐい、と旅人はグラスを干す。

 

 

「なんか悪いね。案内までしてもらってさ」

「どうせ迷うだろ?いらん揉め事起こして余裕なんて無いんだよ。今の街にはな」

 

しとしと、しとしとと地下水が雨のように流れる道を歩く影二つ。

 

「ふーん……人手不足なの?」

「ああ、このへんで強いやつ……カナデってんだが、最近見ねえ。

他にも何人か退魔師はいるんだが、俺と同じようなもんさ。

今テロられたらどうしようもねえんだ」

 

ふむ、と旅人は真剣な面持ちで考える。

 

「それってヤバくない?っていうか俺にしゃべっていいわけそんなデリケートな情報」

 

旅人はその真意を探るようにリョウを見る。

 

「俺は鼻が利くんでね……あんた、あの十兵衛ってサムライと同じ匂いがするんだよ。

血なまぐさいが、悪いやつじゃねえ」

 

それは一つの駆け引きだ。

誠意には誠意を。リョウはそこに賭けた。

 

「そんなに信用されてもなあ。オーケー分かった。できる範囲で解決しよう」

 

旅人は快諾し、ぱちんと指を鳴らす。

アイデアがこの道を流れる地下水のように出てきた。

 

「それさ。もう人雇おう!

月手取り20万あればそこそこのやつ雇えるよ。

ご予算だいたい月100万あれば十分な人数で常に警備できるよ。

いざってときの切り札が欲しいって運用だったらその100万で一人雇えばいい」

 

合理的だ。しかしできるとは到底思えない。

 

「そんな金……」

 

リョウが言い終わる前に旅人は笑う。

 

「ないよな!解ってる見りゃわかるよ!だったら、今追ってるやつの金を山分けしてさ。

それ元手にビジネス始めろよ。あんたができなきゃなんかに投資しろ。

人雇って店やらせればいい。簡単だろ」

 

地下水に、街灯の明かりが映っては流れる。

 

「俺に、できると思うか?」

「知らねえよ。でも街守りたいんだろ。だったら何もやらねえよりはましだよ」

「……あんた、やっぱり狩人だな。心の底まで見てきやがる」

 

最初から旅人はリョウの目的を見抜いていた。

リョウはこの街を守る力が欲しいのだ。だからここまで旅人に協力している。

 

「そりゃこの業界長いからね。

つうかここならビジネスなんて限られてるって!だからやることは単純だ。

置屋か観光客にクスリ捌くか武器売るかそのへんしかねえって。

後輩にそういうの詳しいやついるから紹介するよ。悪くない話だろ?」

 

旅人は身も蓋もない下賎な話を笑いながらする。

リョウも笑っていたが、途中から顔が引きつった。

 

「ああ、そりゃ悪くない話だ……俺が生きてここから帰れればな。あんた、相当ヤバいやつを追ってるんだな」

 

使い魔から感じるそのおぞましいオーラにリョウは震えが走る。

しかし旅人はいつもの事というようにしれっと答えた。

 

「まあね。クズの方がぶちのめしたら楽しいし」

 

リョウの心の底から本音が飛び出した。

 

「うらやましいな。強いってのは……」

 

旅人もまた、その言葉に感じ入るものがあったのか本心で答える。

 

「いやいや、俺はただぶっ壊すしかできねえから。何かやろうってあんたの方が建設的だよ」

 

力なき志と、志なき力。ままならぬものである。

 

「顔が赤くならあ。……近いぞ」

「オーケー、あんた後衛、俺前衛。死ぬなよ」

「解った」

 

錆に崩れつつある廃工場。そこが今夜の舞台のようだ。

 

 

「んんんー、かわいいわんちゃんだ……かわいい……かわいいねえ……

かわ、いいっ……!ああーやはりシャバの肉はつかみ心地がいい……」

 

ぶちりぶちり、と使い魔の猟犬がターゲットの男の素手により解体された。

その男はブーメランパンツ一丁のみを着用し、黒光りする体にグロテスクなほどの筋肉をみなぎらせている。

 

「ええーっと、あんたがマスキュラーでいいか?あってる?」

 

マスキュラーと呼ばれた男は黒髪をぴっちりと椿油で撫でつけ、口髭を笑顔で歪ませる。

その足元には明らかに生きた人間であっただろう肉塊が何人分も落ちていた。

 

「んんーふぅぅー、ごめんよぉー、シロクマくん……また南極を温暖化させてしまう……おお、この筋肉が……ふふ……」

 

マスキュラーの体は3mはあろうか。肉の暴力である。

 

「もう一つ、その足元に落ちてんのはあんたが殺ったとみていいんだな?見るぞ。答えろオラッ!」

「ん……ああ……気持ちいい肉で、しかし私のダンベルには不足だった。だから肉になったのだよ……

ほら、見てくれ。私の剛直でたった2回しか骨盤が持たなかった。な?」

 

マスキュラーはすばらしい歯並びで笑った。

リョウはドン引きし、旅人は切れた。

 

「言質取ったぞ死ねオラァーッ!」

 

旅人は懐から金槌を取り出すと筋肉の暴威に立ち向かっていった。

それはまさにまるで蟷螂の斧というやつだろう。

肉の山脈に対してあまりに小さな武器だ。

 

「何が筋肉だボケッ!てめえのキモいこだわりとか知りたくもねえし聞きたくもねえよ頭の中までプロテインがよ!」

 

旅人は迫りくるマスキュラーのパンチを潜り抜けマスキュラーの膝を金槌で思い切り叩く。

 

「ぬううーん!いい痛みだ……もっと、もっと私の筋肉をいじめておくれ!」

「おめえの都合ばっかくっちゃべってるんじゃねえぞクソ野郎がよ死ねボケッ!」

 

マスキュラーのパワフルながらも大振りな攻撃は旅人に当たらない。

腕をかいくぐり足元を抜け、微弱ながらダメージを与えている。

しかしその高速戦闘にリョウはついていけない。

せいぜい銃で目つぶしを……そう思い撃っていくがこれも豆鉄砲だった。

 

「んんーははぁ……弾丸を跳ね返すのは楽しいなあ……さあ、もっと打ってきてくれ。抱きしめよう!」

「この、クルイが……せめて虎の子さえありゃあな……!すまねえ、援護が精いっぱいだ」

「ん?銃上手いじゃん。じゃあこれ頼むわ。あとは犬で隙を作ってくれ。3秒でいいよ。

1発しかねえし、しっかり構えないと骨折れるから気をつけろよ」

 

旅人は懐から大型の拳銃を投げてよこす。

ビームでも出そうな大型拳銃。サンダー50BMG。

それは、見た目にたがわず対物ライフル弾を発射する世界有数の変態銃である。

 

「マジかよ……!本物初めて見たぜ。オーケー、わかった。踊ってみせるさ」

「おう、俺が死ぬ前にパーッと撃っちゃってくれ」

 

会話に気を取られた一瞬、マスキュラーが突進してくる。

だが、リョウは逃げない。今こそ立ち向かうチャンスだ。

 

地下街へようこそ(welcome to underground)……そして、くたばれ!」

 

ゴウン、という拳銃にあり得ない音がしてマスキュラーの心臓に穴が開く。

マスキュラーは立ったまま再生を試み、ゆっくりと近づいてくる。

顔に笑みを浮かべて。

 

「ぬううーん……効いた、きいたよぉ……だが、まだだ……私の、筋肉は……!」

「マジかよ……!」

「いや、十分だ。畳みかけるんだよこういう時はな」

 

工場の暗闇に真言がこだまする。それは旅人の放つ呪詛の類だ。

旅人の持つ金槌を媒介に不動明王の金剛杵が現れる。

それは柱ほどもある炎の塊。槌の形をした地獄の炎だ。

 

「オラァー!何が筋肉だ!叩いて焼いて焼肉にしてやるからありがたくごちそうになれ!死ね!死ね!死ねボケがッ!」

 

大きく回転する炎の槌は防御するマスキュラーの腕ごと焼きつぶし、灰にしていく。

 

「ぬうんっ!ぬうう、馬鹿な!熱量で私の筋肉が負けるなどと!」

「やかましいわ!俺の怒りも筋肉に負けたことがねえんだよ死ね!」

 

ずどん、ずどん、と工事現場のような音を立てて神秘の炎が振るわれ。やがて、マスキュラーは焼肉になった。

 

「やった……のか?」

「ああ終わりだよ。ぶっ殺してやった。さあこいつの有り金持っていこうぜ!」

 

人間離れした戦いを経験したリョウは呆然としていたが、やがて二人はマスキュラーの金の隠し場所を見つけた。

万枚もの札束や金塊のうち、旅人は数枚の紙幣を抜き取り。そして残りをリョウに渡した。

 

「俺はこんだけでいいよ。あんた使え」

「いや、しかし……」

「俺は良いって。どうせあとで賞金とか出るしそもそも給料もらってるから。

あんたは街のためにこれを使うんだろ?いくらあっても足りねえぞ」

「そうか……そうだな」

「ああ」

 

リョウは札束の一つを旅人に渡した。

 

「なら、最初の投資だ。俺でもあんたみたいに強くなれるか?」

「なれるよ。こんだけあれば。とりあえず教えるだけは教えるよ……なんなら手術だってできる金額だし。

そもそもあんたのスタイルだけど猟犬は探索用に絞って、ガンマンとして強くなった方が効率的だ。

で、銃に使える術式はね……」

 

地下街に炎の匂いが、かすかに漂った。

 

 

かくして。地下街に一人の旅人が訪れ、その冒険はひとまずの成功に終わった。

彼がもたらした炎は、果たして利器となるか災いとなるか。

これ以上はやめておこう、それを語るのは私ではない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドライアド・ゼロさまよえる九龍に赴くこと

アキラル 様
【 宵闇プロジェクト】適正値ゼロの退魔剣士【短編】
https://www.magnet-novels.com/novels/52054

とのクロスです!ありがとうございます!


「ヤマト君、クーロン城を知っているかい?」

 

ある日の事、ゼロは相棒の退魔師ヤマトに尋ねた。

彼女は珍しい褐色のドライアド。そして退魔師であるヤマトの契約者でもある。

実はやんごとない姫君の血筋だったりするのだが、それは置いておいて。

 

「クーロン城?さすがに知ってますよ。

さまよえる九龍城(ワンダリング・クーロン)』世界中どこにでも生えてくるダンジョン型深淵でしょ。

中は異界化していて、実は全部繋がってるってあれでしょう?」

 

そう、1992年の香港にあった、今はもうないはずのスラム街。

それがそのへんににょきにょきとキノコの如く生えてくるのだ。

世界内戦で次元干渉型魔道兵器が使われてからこの方、世界はずいぶんと愉快なことになっていた。

500m×400mの迷宮のようなビルは複雑な増改築をくりかえし、一つのパンクな芸術と言える。

 

「うむ、それだ。実はそこに知り合いがいてな……」

「まさか行くんですか、クーロン城!?スラムの中のスラムですよ!?」

 

元々がスラムビルであった上、居住可能なダンジョン。

中にごろつきが住むのは当たり前といえた。

ましてや亜空間となったそこは、今だに内部で『増築』を繰り返しているのだ。

素人が入れば、あっという間に迷い簀巻きにされる地獄である。

 

「話は最後まで聞くんだ、もちろんその危険は私も考えている。

スラムに行くには現地住民の案内人をつけるのが一番いい。

誓約(プレッジ)』という組織を知ってるかい?探偵と傭兵を兼ねている組織なんだが、そこと渡りをつけられた」

「うっ、そこは俺に守れとは言わないんですね……」

 

ヤマトはちょっとがっかりするが、同時にほっとする。

この相棒は師匠も兼ねており、ヤマトにたびたび無茶ぶりするのだ。

 

「私だってそこまで鬼じゃないさ。というか、木だが。

今回は私自身も危ないからね、それとも何かい?

ゴリゴリのサイボーグ共をアウェイで何度も相手にできるのかな?」

「僕もいくのは決定なんですね……まあ、信じますよ。

ゼロさんはできないことはやれと言わないし」

「阿呆、自分の限界を決めるなといつも言ってるだろうに……

これはちょっと限界を超えなきゃ駄目だな」

 

ゼロはメモ帳に何かを書き留める。それを見てヤマトはうんざりした顔をした。

 

「うへぇ、トレーニング追加かぁ……」

「いいや?今回会うのは薬師だからね。プロテイン的なものを追加するのさ」

「えっ、俺のためのものを買うんです?」

「ついでにね。まあ何はともあれ行ってからだよ!さあ行こう!」

「今から!?」

「善は急げさ」

 

かくして、若き魔法を使えない体術オンリーの退魔師と、相棒の樹精は魔窟クーロン城に入るのだ。

 

 

夕闇に沈む九龍城。だいぶ混沌としたとはいえ、東北の一部であるはずなのにそこだけ香港の空気がする。

前に立ち並ぶ大陸めいたギラギラ輝く屋台の熱気もあるだろう。

 

「むっ!あれもおいしそうだな……」

飲茶(ヤムチャ)ばっかりこんなに買うとは……お財布に優しくない師匠だなあ」

 

ゼロは屋台のジャンキーな食い物をヤマトのおごりで買い食いしていた。

どれも中華テイストたっぷりなものや、異国情緒といえば聞こえは良い謎料理ばかりだ。

 

「一個一個は安いものだろう?それに君にも分けてやってるじゃないか!」

「ジャンキーなものばっかりで胸焼けしそうです」

 

ゼロは油こってりな何かの肉まんを半分分けてヤマトに押しつける。

 

「若いんだからしっかり食べないと駄目だぞヤマト君!

ほらほら、よくわからない何かの肉を食うんだ」

「ゼロさんだってそんなに年変らないじゃないですかー!」

 

いや、それはひょっとしたら肉ですらないのかもしれない。

そこに、ゼロの持つスマホ端末が鳴った。

 

「おっ、SMSが来たぞ。もうすぐ案内人が来るそうだ」

「えっ、どこです?」

「上からだ」

 

どん、どどん……ビル群を蹴る音がして、上からサイボーグが振ってきた。

人混みのほんの一筋の隙間を縫った見事な身体能力である。

 

日本探偵誓約(JDP)白踵(はくてい)イナバだ。待たせたなゼロさん、案内なら任せときな」

 

小柄な少女の上半身に、むっちりした兎の筋肉がついたサイボーグ脚。

その名を表すかのように髪は左右にお団子結びにされ、身に纏うのは真っ白なパーカー。

半人半機の兎。それがこのパンクな時代の退魔師の姿である。

 

「は、はあ……よろしくお願いします」

「ああ、あんたが相棒で連合の退魔師の。なるほど伸び代ありそうじゃん」

 

連合(ユニオン)とは退魔師の組合の一つで、ごく中庸な市民の味方にして冒険者的なライトな組織だ。

同盟(アライアンス)というそれはひどく血なまぐさいが、キッチリ仕事はする組織と対立しがちである。

そして、同盟の退魔師とは「濃い」。どこかしらこじらせた変態か狂人が大半で、それ故にイナバは元同盟であろうと察せられる。

 

「うむ、良いだろう?若いだろう?渡さんからな」

「いや食わないからね?!あたしの好みじゃねえ、悪い」

「なんかひどく傷つくんですけど!?」

 

そして一行は歩き始める。ものの数分もせずに九龍城の入り口だ。

拍子抜けするほど当たり前にそっけなく存在するが、中は粘着質で熱い闇の気配がする。

まるで人の体内のように、腐れた闇深い路地だ。

 

「ここが……」

「おっ、解る?こっから先は法律無用のワンダーランドだから気をつけろよー」

「早く行こう、イナバ。ここの路地は少々私には目に毒だ」

「オッケー飛ばすぜ!ついてこいよ-!」

 

かくして、闇深きスラムは暖かく来訪者を飲み込んだ。

 

 

内部はとにかく、人、人、人!異形!

人口密度500%は伊達ではない。

人が2,3人通るのがやっとの小汚い路地にジャンキーが寝てたり、物売りが魚を満載した籠を持って歩いたり。

まるでスクランブル交差点のようだ。

 

「人が多すぎる!熱すぎる!」

「そりゃ、これだけ人がいればね。イナバ、早く広いところに出よう」

「いいよ。でもそれだけ危なくなるから気をつけろよー」

 

常闇の中に白熱灯がところどころにDIYで吊るされている路地を抜け、吹き抜けの路地に出る。

 

「うわあ……」

「転ぶなよ?下水も漏れているからな」

 

そこは混沌、混沌、混沌!

頭上には電線やコードが蜘蛛の巣のように偏執狂的にはりめぐらされ夜空は見えない。

吊るされたロープの上を歩く妖精に、空中を三次元的に箒で飛ぶ魔女達。

足下は汚水やゴミが所狭しと思い思いに汚れている。

 

「ところでえーっと、坊やは空飛べるのか?ジャンプは?」

「魔法が使えないので人間の範疇です……」

 

ヤマトは少し躊躇ったがやむなく口にした。大概は馬鹿にされるが、仕方ない。

 

「よっしゃ。じゃあ人間でもギリ行ける道な。鍛えてんだから、多少はいけるだろ?」

「いけます!」

「じゃあちょっとしたエクササイズと行こうか!」

 

そこからの道はまた違う種類の地獄だった。

ロープの上を歩き、不安定な足場の上を何度も飛び移り、ネオン広告の上を歩いたりした。

足を滑らせれば死ぬので、それだけでもうなんか鍛えられた。

 

「ヒャッハァー!観光客様2名ご案内!お荷物預かりますよぉ!てめえの命もなぁ!」

「安心するいい、すぐに痛くなくなるネ」

「じゃけえ大人しくしよれやぁ!」

 

ようやくなれてきたと思えばチンピラだ。

サイバネ武侠者に、妖怪の肉を移植したバイオインプラント。種族不明の何か。

それらに対し、イナバは躊躇うことなく懐から木槌を抜いた。

 

「悪いがあたしの客だ。横からしゃしゃり出てくんじゃねえよ物乞い野郎が!

暴力恵んでやるからありがたく死ねボケッ!」

 

罵倒短棒術。「鉄槌」のイルマを祖とする最新の近接格闘術だ。

主に金槌や棍棒のような短い棒を扱い、そして敵を罵倒することで威圧、挑発して叩き潰す。

暴力の塊のような流派である。もちろん、イナバもこれを身につけていた。

 

「ヤマト君、剣を抜け。こうなっては仕方ない。自分の身は自分で守るんだ」

「わかってますよ……と!」

 

ヤマトは木剣を抜き、ゼロはその樹精の身体能力で避けていく。

その間にイナバは壁を蹴り、悪漢を蹴り、三次元的に飛び回っては木槌で頭を叩き潰していく。

それはまるで舞のようで、あるいは鳥が空を飛ぶように自由で。

 

「オラァ!テンション上げて行こうぜドサンピン共!そんななまっちょろい攻撃でノれると思ってんのか!気合い入れろお粗末様が!」

「アァン?!うるせえムチムチしたケツ見せやがってビンビンだよ見ろオラ!」

「やかましい玉ごと叩いて潰すぞ死ねボケッ!鍛えてやるから叩かせろ!死ねっ死ねっ死ねボケが!」

 

なんともガラの悪さ極まる低IQライムバトルをしながら、化け物めいた動きをするイナバ。

対してヤマトも負けていない。

 

「かわいいねえ、まるで洗いたてのシャツみたいだよぉ!」

「あいにくとそういう趣味は持ってないんで!」

「そう言われると余計に染めたくなる!」

 

ガン・カタ二丁拳銃を至近距離で避けながら相手の鎖骨を木刀で巧みに折っていく。

 

「どーうなってるんだぁ?斬っても斬っても羽毛みてえに避けやがる……!」

「さあな、企業秘密だよ」

 

ゼロはその血の力による読心あるいは気を読む力でするりするりと避けていく。

彼女は木の精故に相手に根を張って吸い殺す事もできるのだが、さすがにこの様な悪党の血は吸いたくない。

 

「ゼロさん!」

 

攻め手に欠けるゼロ。しかしそこはコンビである。

ゼロが囮になる隙にヤマトが次々に骨を折っていく。

 

「お見事。ちょっとは腕を上げたじゃないか。しかし、敵が増えてきてないか?イナバ!」

「ここはいつもこんなもんだ!走り抜けるぞ!」

 

イナバが本気の走りで走り抜けを始める。

 

「ちょ、早い早い早いー!」

 

ゼロとヤマトもなんだかんだでついていくのだから、大概に鍛えられている。

 

「逃がすかよ!」

「ヒャッハァー!」

「お楽しみは……」

 

イナバが後続に手榴弾を投げるのと、後ろからロケットランチャーが発射されるのは同時だった。

 

「これからだァ!」

 

 

爆発、輝く電撃、飛び交う魔術!

混乱と混沌の追いはぎ集団を撒くに撒けず、とうとう目的の薬屋の近くまで来てしまった。

後ろからはミサイルを満載したトロールの如きサイボーグがしつこく追ってくる。

 

「どうするんですかこれ!追い込まれちゃいますよ!」

「いいや、あたしの勘と情報が正しければ、ここには今……

旦那ァ!久根の旦那ァ!貸し1だ!斬ってくれ!」

 

くふっ。そんな奇妙な笑い声が響いた。

 

「いいのかイナバ。この程度の状況で貸しを返してしまって。

まあいい。さあ、敵だ!敵が前にいる!おお出会いに感謝を!」

 

薬屋の戸口から色の浅黒い細身の男が出てくる。その手には片方に薬袋、片手にレシート。

まるで滑るように静かに出てきた男はあっという間にサイボーグを斬った。

手にしたただのレシートで豆腐を切るかの如くだ。

 

「さて、一番手はやられたわけだが、お前達まだやれるな?やれるだろう?

逃げるならば追いはしないが」

 

久根と呼ばれた男は楽しくて仕方がない、次の玩具で遊びたい。

そういう顔で静かに敵の群れに歩んでいく。

 

「無刀皆塵……!」

「無手千剣!」

「剣聖の狩人!」

 

それは彼の異様なる二つ名。

この時代の剣の極地。それは魔術と身体強化手術を「前提」とした邪剣。

しかして振われる技は正統な技巧派。

アクション俳優にして退魔師、それが久根という男であった。

 

「そうだ。俺の首を取って名を上げんとする者はいるか!」

 

静かに張られた声は腹に響くようで、一瞬全てが静まりかえるがやがて相手も動き出した。

 

「こいつはビッグチャンスだぜ……!」

「こうなりゃヤケじゃ!やってやらあ!」

 

すらり、すらり。舞うように動いたと思えば相手がなますになっていく。

一つ手が振るわれるごとに静かになっていく。

まるで悪夢のような刀の舞いだ。

 

「くふ、くふふ……良いぞ。その殺気、技巧。ああ、獲物に相応しいとも」

 

ヤマトには解った。

それは手に持つレシートに魔法がかかっているものの、ギリギリ人体で可能な範疇で。

故にそれはただ狂気めいた鍛錬による技巧だと。

冷たい汗が落ちるようだ。たしかに可能だろう、だがどれほど人を斬ればああなってしまうのだ?

 

「相変わらず冷や汗が出る剣術だな、旦那……!」

 

辺りはすっかり静かになっていた(・・・・・・・・)

 

「ああ、イナバ。そこな少年が今夜の客か?なるほど、良い剣筋をしている。きっとこれから伸びるぞ?ああ、楽しみだ」

 

ヤマトはぞっとした。相手は殺気も向けていないのに、本気だと解るのだ。

もし、自分が彼のお眼鏡に叶ってしまったら、彼は斬りに来るだろう。

だが、それでもヤマトは聞かねばならないことがあった。

 

「僕……僕は魔法が使えません。それでも、ですか?僕でも強くなれますか」

 

久根はきょとんとした顔をする。

 

「なんだ、そんなことか。別段人を斬るのに目立った魔法はいらんだろう。

俺は年だからサイバネやドーピングで下駄を履いているが、君ほど若ければどうとでもなる。

それこそ薬膳やサイバネを選ぶならばなおさらだ。できぬはずがない」

 

ヤマトは信じられなかった。久根はそれを読み取った様子で続ける。

 

「ああまあ、鍛錬の量はあるだろうが、本当の話だ。

武器ならば魔法が使えずともいくらでも仕掛けを施せる。

身体強化ならばいくらでも手段がある。

そして、万物を斬るにはそれで十分だ。

相手に効く武器とそれを成すだけの身体。あとは鍛錬あるのみだ」

 

自然体だというのに濃密な血の匂いが恐ろしい。だが、それでもヤマトは尋ねる。

 

「鍛錬で、あなたに届きますか。それに相応しい武器があれば」

 

久根は今度は苦笑した。

 

「俺に届きうる武器ならばすでに君は持っているだろう?だがまずは、心の問題だな。

できぬと思えばできるものもできん。まずは自分を信じてやれ。

自分自身にすら見放されては、誰か君を守ってくれると言うんだ?」

 

ここでゼロがすっと前に出る。そう、ヤマトの武器はゼロが自分自身を使って作る木剣だ。

武器を与える者、彼女を守り武器を振るう者。故に彼らは相棒なのだ。

 

「少なくとも、一人は君を信じているんだから、君も自分を愛することだ。

難しいかもしれないが、それも鍛錬だろう」

 

ここで久根は去るべく足を進めた。

 

「他でもない俺が見定めたのだ、君はできる。あとはそれを信じるかどうかだ。

だがまあ、墜ちるのも上るのも好きにすれば良かろうよ」

 

それはあくまで他人事で。だからこそ惜しみない賞賛でもあった。

ヤマトの中で、また一つなにかの枷が外れた。そんな気がした。

 

 

かくして、妖しい薬屋でヤマトは薬を買うことになる。

それを使うかどうかでまた彼はひどく悩むが、いずれにせよ彼は剣の道を上っていくだろう。

だがそれはまだ先の話。

 

「なんだこりゃあ!こんどは九龍城が異界にも接続しちゃった?!」

「なんだあれは……空に浮かぶ香港だと!?」

「似てる歴史を辿った別の世界、か……!楽しくなってきやがったぜ!」

 

そう、お楽しみは、夜はまだまだこれからなのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宵闇おでん闇鍋ナイト 

すあま 様

『とある荒くれ狩人の妖怪狩り』

https://www.magnet-novels.com/novels/52181

誇高悠登 様

【宵闇プロジェクト】 裏切りの『大罪』

https://www.magnet-novels.com/novels/52417

香月夏人 様

【宵闇プロジェクト】剣と、鬼と。

https://www.magnet-novels.com/novels/52823

穂波じん 様

酒と退魔と二人のおっさん【宵闇プロジェクト】

https://www.magnet-novels.com/novels/56061

とのクロスとなっております。ありがとうございます!




「食事を奢ってくれと言うから来てみれば……君はずいぶんと変った趣味があったんだね?」

「いやあ、だって女一人でおでん屋台は勇気がいるじゃん?」

 

おでん屋台ののれんをくぐって二人の男女が入ってくる。

時刻は夕闇。客はまだいなかった。初老の店主がらっしゃい、とにこやかに応じる。

 

「へー、こんなかんじなんだ。何頼もうかな?ここに書いてあるのを頼んで、精算は帰る時ってシステム?」

「だいたいはね。僕もあまり来たことがないんだけど」

 

男の方は手足が長く髪も長い。フォーマルで明るい服を着て、おでん屋よりも高層ビルで夜景を背後にワインでも飲んでそうな感じだ。

対する女はサイバーパンクの国のアリスといった未来的なデザインの青白の服に、ウサギのつけ耳をしている。

どう考えても新宿か秋葉原辺りの方が似合いそうな二人だ。

 

「店主、僕等はこういう所に来たことが少なくてね。おすすめはあるかい?」

「へえ、そういうときはまず最初は大根でしょうなあ。次にちくわに玉子、と相場が決まっておりやす。

まあ、そう構えずに好きなもん頼んでくれりゃいいですよ」

 

二人はそれぞれ玉子と大根、にんじんをセレクトした。

 

「で、例のものは?」

「ああ、これね。三ヶ月分ちゃんとあるよ。夜叉さん用のをドクから貰ってきた」

 

女が包みを渡し、夜叉と言われた男が袋を確かめる。

中には錠剤の束が大量にあった。いかにも身体に悪そうな薬だ。

 

「ありがとう。間違いないね。さすがはロビー・アルバス。いつも良い仕事をありがとう」

「でしょ?あのドクから三ヶ月分とってくるのは大変だったよー」

 

店主が何かヤバい取引を目にしたのではないかという顔を向けてくる。

 

「大丈夫だよ店主さん!これ市販でも売ってる処方薬のちょっと強いのだから!」

「あ、ああ……キシモジンAですかい?ってぇとこの方は妖怪で?」

 

キシモジンA。人食い妖怪用の人食衝動を抑える薬だ。

ある種の特別な果実から精製されるそれは、人を食うことで得られる特別な栄養を満たすことができる。

 

「いや、僕はちょっと訳ありでね。寄生されたというか改造されたというか……まあ、よくある百鬼からの生存者だよ」

 

百鬼。妖怪によるテロリストでその犯罪行為は多岐にわたる。

中には人を誘拐し人体実験を行う輩も少なからずいて、その被害者も多い。

 

「ああ、何度も百鬼とは戦争がありましたねえ。ご苦労なさったでしょう。これはおごりです。

つらいことは酒に流しちまいなさい」

 

店主が焼酎を置いた。

 

「ありがとう。気を遣わせてしまったかな?」

「いいえ、お客さんその刺繍、連合の退魔師なんでしょ?被害にあってなお立ち向かえるのは見上げたもんですよ」

「そうだよー。飲んじゃいなって。ところで私にはなんかないの?」

 

店主は苦笑して水を置き、こうのたまった。

 

「お客さんが成年で注文していただけるならいくらでも出しますよ」

「あー、まあ仕方ないね。はい免許証!それじゃあ梅チューハイお願いねー」

「へえ」

 

しばし酒とおでんの時間が過ぎ去った後に、また人が入ってきた。

 

 

「おう、ここにちょうど良い場所あんじゃん。おっちゃん、がんも。あとコイツに大根ね」

「ったく何だよ?人が帰る時に突然……こんなボロいおでん屋に連れてきてよー!」

「店主の目の前で言うとか各方面に失礼過ぎるだろ。すいませんねこいつ口が悪くて」

 

黒帽子に黒コートの中年と、不良じみた派手な格好の若者が入ってくる。

 

「へえ、ボロいおでん屋には違いありませんからね」

 

店主はのれんに風と受け流す。数々の酔っ払いと日常的に相対してきた彼は歴戦の戦士だった。

 

「で、だ。竜次君であってるな?八王子支部の」

「ああそうだよ。何の用だよイルマさん・・・・・・だったか?あんた本部の人じゃねえか」

「そうだよ本部のおつかい色々やってんの。これ読め。ここの部分」

 

それはある有名な魔術師P・R・ハルマンの2000項目以上にわたる遺言の一つ。

 

<No.72.臆病者の狩人に努力家の黒騎士剣を贈る。意地を張るもよし、素直になるもよし。>

 

その下に竜次青年の住所と氏名があった。つまり間違いなくこれは彼への贈り物だ。

 

「で、これがそのブツね」

 

イルマは背中に背負った細長い袋から一本の剣を取り出す。

黒いロングソートは使い込まれ、しかし頑丈で使用に耐えそうだ。

 

「なんだよこれ……」

「心当たりある?まあくれるって言うんだからもらっとけば?」

 

竜次青年はしばらく百面相ともいえる動揺した顔をした後、フーっと息を吐いて手を差し出した。

 

「まあ、貰えるもんは貰っとくよ。モノは良いみたいだしな」

 

イルマは剣を布に包み竜次に渡す。

 

「まあなんだ。俺きみの事よく知らねえけどさ。様子見るに多分いろいろ突っ張って生きてきたんだろ?

イカツい見た目とか名前に負けねえようにって。かっこつけてつっぱって悪ぶってさ」

「……だから?」

 

おでん屋が最悪の空気になった。他の皆は黙々とおでんを食べ、介入すべきか迷い、黙々とおでんを煮ていた。

 

「あー……だからだ。いいじゃん。突っ張って生きるものかっこいいじゃん。

ただまあ、なんだ。信用できる仲間にくらい弱音打ち明けてもバチ当たんねえんじゃねえの。

きみ普段から真面目にすげえ頑張ってるみたいだし。がっかりされねえよ多分」

 

竜次の顔はなんだか、悲しそうに歪んでいた。

 

「……俺はずっとこうやって生きてきた。急に変える事は出来ない」

「いーんじゃねえの。所詮他人のくだらねえ説教だし、的外れかもだし。

ただまあちょっと頭の片隅に選択肢として残しててくれりゃあそれでいいよ」

 

ここで絶妙のタイミングで皿が置かれた。

 

「まあ、いいじゃん。食おう食おう。食って忘れよう」

「……そうだな」

 

話がまとまったらしい。はー、と誰ともなくため息が漏れた。

 

 

今より少し未来、退魔師が銃と魔法と鈍器で闘う世界。

いまや魔法はカルチャースクールで習うモノで、妖怪は外国人並みによく見かける存在となり。

街にはパワードスーツやサイボーグ、ロボットも見られるようになってきた。

そんな混沌とした宵闇の時代における一夜の話。

 

 

 

「おう、良い感じの屋台があるじゃあねえかい」

「ええー、おでんですか?十兵衛も私もお金はあるんだし、もっとちゃんとした所の方が……」

 

着流しの上から黒コートと中折れ帽をかぶった精悍な男と童女のような鬼人種が入ってくる。

 

「その金だって今は減ってくばかりなんだから、節約するに超したこたぁないだろう?」

「うー、そうだけど……」

 

鬼の娘は兄らしき大柄な鬼に抱えられている。

屋台に入るのか心配になる大きさであったが、不思議と入った。

 

「おう、あんたら同業者かい?こんだけ退魔師が集まるたぁ珍しいね。

何か鉄火場でもあるのかい?ああ、親父さんちくわぶ3つね」

「へい」

 

十兵衛の声に反応したのはイルマだ。

 

「ああ、あんたも狩人?着流しに刀ってぇと元からそっちの心得あったタイプ?

いいじゃん粋だよ。かっこつけるってなこうじゃなきゃな」

「お?解るかい?男に生まれたからには、かっこつけなきゃ嘘ってもんだろ」

 

イルマが露骨にうれしそうにうなずき問いかける。

 

「あんたもそう思う?だよなあ。弱いモノいじめは?」

「しない」

「強い奴ほど?」

「楽しい!」

 

にっと二人の男が笑い合った。戦士の瞳を互いに確認したのだ。

 

「よっしゃあんた話がわかる奴だな!おやっさんこの粋な兄ちゃんによく冷えた月桂冠を一杯!俺にもね」

「いいのかい?俺はちと酒にも強いぜ」

「あー、競い合いじゃなくってあれだ。親睦を込めて乾杯だ」

 

わっはっはとイルマと刀の男は背中をたたき合って笑った。

 

「あー、いやあね男同士の話って。勝手に盛り上がっちゃうんだから」

「そうかなー?私は面白いけど?こうやって人を観察するのが好きなんだ」

 

答えたのはウサギ耳の女性、ロビー・アルバス。

今まで連れの夜叉と会話していたが、鬼の子に話しかけられてにこやかに応じた。

 

「ふうん?ところで連れの人は?」

「私かい?私は連合の退魔師で、夜叉というんだ。気軽に夜叉お兄さんと呼んで欲しい」

 

フォーマルな服装の細身の男、夜叉がにこやかにその涼やかな顔を向けた。

 

「あー、鬼斬兄弟の兄の方の?わ、私は百鬼じゃないわよ」

「そうかい?まあそういうなら信じるとしようか。とりあえずは。

そっちの君、竜次君だったかな。君も何か説教されたみたいで大変だったねえ。こっちに来て飲みたまえよ」

 

イルマに説教されていた若き狩人も今の隙にコッソリと席を移動する。

 

「おっ俺かよ?まあ、イルマさん今はあっちのサムライの人と話してるからな。

いいぜ、こっちのほうが空気良いってもんだ」

 

ふふ、とロビーが笑った。

 

「じゃあ、皆飲み物はもったかな?乾杯しよう!」

「こういうの言うのヤボだけど、何に乾杯するの?」

 

ロビーはニヒヒと笑って答えた。

 

「そうだね、出会いに乾杯ってのはどう?」

「ふむ、ロビーちゃんもたまには真面なことを言う。いいじゃないか」

「そうね、それなら良さそう」

 

ここで飲み物が店主の熟練の技で行き渡り、それぞれ杯を掲げた。

 

「出会いに、乾杯!」

「かんぱーい」

 

そこからしばらく彼らは楽しい時間を過ごした。

 

「ええっ、あんた柳生十兵衛?あの?マジかよすげえ!」

「そういうあんたはあの鉄槌のイルマか。噂は聞いてるぜ」

 

男同士で話が弾むところもあれば。

 

「鵺ね。私も少しなら知っているわ」

「そうかね?ぜひ教えてもらいたい。謝礼ははずむよ。

しかし両手に華とはこのことだね。怖いお兄さんがいなければもっとよかったんだが」

「あら駄目よ、鬼若と私はいつもいっしょなんだから」

 

緊張と若干の色気のある会話を楽しむモノもいて。

そして、どれだけがたっただろうか?

 

「ねえ、話を聞いてたらみんな地元はぜんぜん別の所じゃない?どうしてここに?」

 

鬼華がふと疑問を口にした。

 

「え?普通に来ただけだけど?ここ八王子の近くだろ?」

「いや、私たちはーー」

 

ここで皆が異常に気づき始めた。

のれんをめくるとまるで油を水に溶かしたかのような異常な空間が広がっていた。

 

「おい店主どういうことだ?」

 

十兵衛が鋭い目で店主を見る。

 

「へ、へえ。私もいつもの場所で普通に店をやってたらこうなった次第で・・・・・・どうも化かされちまったみたいでさあ。

お客さん退魔師の方が多いみたいですけど、なんとかできやせんか?」

 

剣呑な気配を店主はその歴戦の接客テクニックで和らげて見せた。

そこにイルマが場を仕切るべく立ち上がる。

 

「オーケー、じゃあこの中の誰かだ。はい心当たりある人!今なら怒らねえから素直に言え!」

 

ロビーが立ち上がって腰につけた時計を見せた。

 

「あっ、ごめーん。空間変成機の調子が悪いみたい。今から治すけど、時間かかりそう。誰かなんとかできる?」

 

ふう、と一同がため息をついた。

 

「オーケー。それなら話は早い。ここは妖し筋とか狭間とかまあそんな感じで言われる空間と空間のスキマだ。

鬼のお嬢ちゃん。あんた生粋の妖怪なら一度や二度は通った事あるだろ?

案内人がいるはずだ。なんとか呼べねえか」

 

鬼の娘は少し悩んでしゃべり出した。

 

「そうね、ここは道で言えば路地裏よ。大通りにまず出る必要があるわ」

「なるほどな……移動方法は兎歩とかの魔術歩法か、結界を切り裂きながらじゃねえと無理か?」

「無理ね。いわば蔦が絡まってて通れないようなものだから。それに妖し筋は妖怪の道。百鬼と遭遇する危険も高いわ」

 

ここで竜次が地図を広げて見せた。折り紙のように広げると立体的な構造図となる地図だ。

 

「なら、俺の方に資料がある。紙で作った妖し筋の三次元立体マップだ。

これを元に進んでいく。鬼若さんが屋台を押して、俺と連合の兄ちゃんが護衛。

イルマさんと十兵衛さんが前衛をして大通りまで進んでいく。どうだ?」

 

ふむふむと皆がうなずいた。竜次は根は真面目でマメな男なので、実は知識面ではかなり幅広いのだ。

 

「やるじゃん。あとは俺が十兵衛の剣にエンチャントかけるわ。それでなら切り開くこともできるんじゃねえの」

「うむ、ま、腹ごなしにかるく冒険と洒落込もうかね」

 

かちん、と十兵衛が腰の剣を抜いた。

 

 

そこからは三時間ほどで迷路のようなわけのわからない空間をダンジョン攻略していった。

途中、敵も出たが退魔師が四人に妖怪が二人もいればどうとでもなった。

そうして、しばらくしてなんとか通常空間に出た後、皆は別れを告げる。

 

「ごめんねー。私の機械の故障でー。これ私の名刺ね。何かあったら弁償するからー」

 

そこには名刺を配って歩くロビーの姿があった。

 

「こうして無事に出れたんだし、お前さんその機械で皆を元の場所に送ってくれただろう?

腹ごなしに面白い冒険もできたんだ。それでかまわんよ」

 

十兵衛は去るときもやはり粋で風のような男であった。

 

「ま、そういうことだな。なんかあったら連絡するから、今日はもういいや」

 

竜次が疲れを見せながらも、それでも気丈に、胸を張って帰って行く。

 

「別に俺は怒ってないからいいよ」

 

イルマも、他の皆も同じように元いる場所へと帰っていった。

そうして、残されたのは店主とロビー。

 

「で、ロビーさんこれでよかったんですかい?私は場所を貸しただけ、適当にフォローして後はそっちが何だかやるって話でしたけど」

「うん、これでよかったよ。ありがとうおでん屋さん。この出会いにはきっと意味がある。

彼らの物語が繋がって、互いに影響を与え合ったら、きっと楽しいことになるよ。

私は面白いことをもっともっとしたいんだ!」

 

クスクスと白兎は笑う。宵闇の時代、混沌とした世界を導くかのように。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ビンゾ・コカトリスの場合

笹比奈ミリア 様

『宵闇の前章譚の前章譚』

https://www.magnet-novels.com/novels/52001

とのクロスです。ありがとうございます!


「え!? フランスのパフェってこんなに大きいの!!!」

 

フランス。シャンゼリゼ通りにメイド服の少女が驚きの声を上げた。

目の前にはドカ盛りイチゴパフェ。

 

『お客様、フランスは初めてですか?日本からいらしたのですか?』

 

下半身が蛇女のウェイターがニコニコしゅるしゅると細長い舌を出して微笑んだ。

 

「い、イエース……じゃなかった。ウィ?」

「だいじょうぶです、日本語、すこし」

 

少女、不死者のビンゾはウェイターとしばし楽しく話した。

主に漫画やサブカルチャーの話を聞かれたが、摩耗した記憶ではむしろ逆についていけなかった。

 

「フランスの人の方が詳しい……!何か負けた気分です」

「オウ、ごめんなさいね?では、良い旅を!」

「あ、はい……ってなんだか煙に撒かれたような?でも美味しそうだしいただきまーす!」

 

ビンゾ・コカトリスは故あって不死者になった少女だ。

そしてその力を危険視されてあらぬ罪を着せられ、現在は高飛びしてフランスへ。

しかし本人はそれなりに逃亡生活をエンジョイしている。

 

「おう、相席いいかな?」

 

後ろから甘やかな女性の声がした。日本語である。

 

「えっ、日本語!?」

「そうだよ日本人だもの。あんたに話が……あっ、こら待て!」

「日本からって事は追っ手ですよね!?私、もうこりごりなんです!」

 

そういうとビンゾの目が光り、煙のようにその姿はかき消えた。

 

 

路地裏に瞬間移動して逃げ込んだビンゾ。

その力は人体実験で移植されたコカトリスの眼による。

忌々しくも、頼りにせざるを得ない力だ。

 

「待て、ちょっと話聞け!っていうかパフェ代あたしが払ったじゃねえか!」

「ごめんなさい!それはそれとして、私まだ死にたくないんで!」

 

再びビンゾの眼が光り、姿がかき消えた。

今度も数秒して女性がビルの上からおりてきた。

よく見れば足がウサギ型のサイボーグである。

 

「し、しつこいですね!あなたが追っ手の人なら、聞いてるでしょ!?これ以上追うなら、私の目を使っちゃいますよ!」

「待て、話し合おうっていうか誤解だ!いや、誤解でも無いのか……?あんたニュース見てねえのか!?」

「話を聞いてもくれなかったのはそっちじゃないですか!こっちは実体験で知っているんです!」

 

ビンゾの眼が妖しく光る。

その瞬間、ウサギ型サイボーグは逆に回り込むように飛び跳ねて視界から消える。

視界にあった雑草やドブネズミが石化した。

 

「いいからこれ見ろ!ほら!」

「な、なんですかっ!?えっ、魔術師ハルマン死亡……?」

 

ビンゾは目の前に新聞紙を突きつけられて、思わず紙面の文字が眼に入る。

 

「そうだよ。あんたに濡れ衣かけてたハルマンは死んだ。

で、遺言であんたに謝って慰謝料渡してこいってあったの!

あたしはそれで雇われたフリーの探偵!OK?」

 

探偵は日本の物らしき、探偵免許を見せる。

山猫の紋章に「日本探偵誓約・白踵イナバ」とある。

 

「そ、そうなんですか……あんまり気がのらないんですけど……」

「とりあえず聞いてくれ。あたしは遺言書を読み上げる。それであたしの仕事は終わるの!」

「はぁ……それじゃあ、聞けば放してくれるんですね?」

「そう言ってるじゃん……じゃあ始めるね」

 

ビンゾは露骨にやる気無く、めんどくさそうである。

イナバはスマホで録画しながら遺言状を読み上げた。

 

「えー、前置きはいいや。ネットで見てくれ。

『ビンゾ=コカトリスに慰謝料3億円を送る。

そして此度振りかかった過酷な運命に対して心から陳謝する。

HAL基金と同盟は彼女を追わない事、彼女の名誉を回復することを命ずる。

そして、八百万はどうか彼女を受け入れてほしい』」

 

そういうと、イナバは背中のリュックをドサリと下ろしてチャックを開ける。

 

「あー重かった……これ一億で、残りは中に小切手入ってるから、受け取るも受け取らないも好きにしてくれ。

あたしは渡したからな」

 

現物を見たとたんに露骨にやる気が無かったビンゾの表情が変る。

 

「3・億・円!?」

「そうだよガチだよ。嘘じゃないってあたしが確かめようか?」

「いっ、いえ!私が!」

 

ぺららら……と拙いながらも金勘定をするビンゾ。その目が怪しく光っていた。

 

「わ、うわあ!本物だあ!やったぁ!ありがとうございます!」

「お、おう。よかったな。じゃあ、あたしはこれで……」

「あ、待ってください!これ!」

 

ビンゾは一枚だけ抜いてイナバに渡した。

 

「なにこれ?」

「パフェ代です!」

「多すぎない?」

「じゃあ、護衛してください!私一人じゃ持って帰れるか不安なんで!」

「安すぎない?」

「じゃあ、後払いで!ていうかせっかくお金が入ったのに、使うのが一人でとかさみしすぎます!」

「OK、依頼を受けるよ。エスコートな。解った」

 

そこにガラの悪そうな連中が路地裏に入ってきた。

彼らの目は札束と二人の身体に遠慮無く向けられている。

 

「じゃあ、さっそくお仕事すっかぁ!」

 

イナバがポケットから木槌を取り出し……そして路地裏に闘いの音が響く。

彼女たちはまだ知らない。この闘いが一週間にわたっての大騒動になることを。

 

三億円が結局、半分が破壊した街の弁償費用と、残り半分がとある理由により恵まれない人々への寄付になることを。

それと引き替えに、ナチスの遺産の地図、一枚のコイン、ここ1000年で最高の酒、九龍城の所有権、その他色々。

 

そして……多くの人々の笑顔と、かけがえのない多くの友情を手に入れることを。

 

彼女たちはまだ知らない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。