魔導士達の英雄譚 (鈴木龍)
しおりを挟む

前奏曲《プレリュード》
序章


前作の序盤を疾走して、中盤で失走して、遂には失踪いたしまして、新たな作品で帰って参りました。
以後、よろしくお願いします。


二十二世紀も半ばに差し掛かった頃、世界には魔術というものがあった。

ほんの百年前くらいには、それは、人々の間で騒がれている程度のものだった。

しかし、二十一世紀の後期にヒトゲノムが解析されたことにより、人々は、人間に新たな能力をもたらさんとした。

その結果、人間には”魔力”と呼ばれるものが身についた。

魔力を持った人間は、それを用いて”魔術”と呼ばれる超常現象を引き起こし、世界に魔術の存在を知らしめた。

それが、もう少しで二十二世紀になろうかという時だった。

二十二世紀になると、国が魔術を使える者を自国の戦力にしようとする動きがあった。

日本で言えば、陸上自衛隊に新しく魔導科(Magitation)という部隊が設立された。

他の国でも、戦力に魔術を使える者を加えていく動きが起こり、次第に魔術を使える者達は”魔導士”として周知されていった。

二十二世紀半ばの今、魔導士は陸上自衛隊十五万人のうち、千人ほどしかおらず、稀有な戦力として認識されている。

そんな魔導科の中に、ある一人の男がいた。

その男は、他の魔導士のように黒色のローブを羽織り、その裾をはためかせながら、基地庁舎を歩いていた。

ボサボサの黒い短髪や、それほど高いわけでもない身長からは、どこか少年のような雰囲気が漂っている。

その男は、”大隊本部”とかかれた部屋の前で立ち止まり、一度軽く深呼吸をすると、その部屋の扉をノックした。

 

「失礼します。」

大隊本部室の扉をノックして、その扉をくぐる。

その先には、白髪混じりの頭に、陸上自衛隊の制服である深緑色の服に身を包んでいる男がいた。

その制服の肩には二本線と星二つの徽章が付いていることから、階級がかなり上であることが伺えた。

「おお、君が今日からこっちに異動になった青木君か。」

そう言って目の前の人物が腰をあげると、その目線は俺より上になる。

身長は一八〇センチ後半くらいだろうか、日本人にしては、背の高い部類に入ると思う。

「はい。本日付けでこちらに配属になった、青木一等陸曹です。」

返事をして、敬礼をする。

目の前の人物も、それに倣って返礼する。

「第三大隊長、二等陸佐の上原だ。これからよろしく頼む。」

年は三十路を過ぎたくらいだが、白髪混じりと彼から発せられる貫禄が、もう少し歳上のような錯覚を与える。

「はい。よろしくお願いします。」

返答して、姿勢を正す。

「ああ。それでは、早速だが、今日から君が配属されることになる第二魔導分隊の面々と合流してくれ。」

「了解しました。」

上原二佐から地図を受け取り、大隊本部室を後にする。

 

「キミが、今日からうちの部隊に来る魔導士クン?」

大隊本部室を出たところで、横から女性の声がした。

声のする方を向いてみると、俺に向き合って微笑んでいる女性がいる。

その女性は、黒地に深い青で縁取られたベストに、同じデザインの短めのプリーツスカートを履いており、短いスカートに対して、露出した足を隠すように、黒色の膝上まである丈長の靴下を履いていた。

そして、その上から、同じく黒地に深い青の縁取りがしてあるローブを羽織り、腰まで届くくらい長い銀糸のような髪を彼女が羽織っているローブの上に垂らしていた。

肌は白いローブに負けないくらい白く透き通っていて、身長は俺と同じか、少し上くらいだ。

「本日付けで、第二魔導分隊に配属になった青木です。」

目の前の女性の正体はわからないが、恐らく自分が新しく配属される分隊の人だろうと予想し、自己紹介をする。

「あー…私、そういう堅苦しいの苦手なんだよねー…」

女性は、頰を掻きながら、居心地悪そうに目をさまよわせている。

「まー、いーや。私は、(こん)稲田(いなだ)紺。これから、よろしくね。」

そう言って、目の前の女性ー稲田さんーは、右手を差し出してきた。

「ああ、よろしくおねがします…稲田さん。」

右手を握り返すと、稲田さんは渋い表情になって俺を見る。

「あー、もー、まだ堅いなぁ…敬語はなし、苗字じゃなくて下の名前で呼んでね。うちの分隊員はみんなそうしてるから。」

…なんか変わった人だなぁ…恐らく俺の上官にあたる人なんだろうけど、彼女の態度や、身長が近いせいか、同年代の友達ができたように感じる。

「ああ…わかりま…わかった。いな…紺…さん。」

「んー…さん付けならギリギリ良しとしよう。付いてきて、うちの分隊に案内するからさ。」

そう言うと紺さんは踵を返し、廊下を歩いていった。

俺は、その後を追って、歩いていった。




個人的には、魔術も機械もどっちも好きなんです。
実は前作が失踪した原因は魔術が出せない流れになったからだったり…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

集合

第二話です。
さん付けとかって書きづらいです


庁舎を、紺さんの後をついて歩いていくと、紺さんは急に足を止めてこちらへと振り向き、俺に訪ねてきた。

「そういえばさ、君の名前、なんていうの?」

さっき自己紹介をした気もするが、もう一度答えておこうか。

「…龍司(りゅうじ)。青木龍司。」

「龍司っていうんだ…よろしくね、龍司。」

「…あ、ああ。よろしく。」

いきなり下の名前を呼び捨てられて一瞬困惑したが、彼女の性格がこうなので、別に特別なことでもないのだろう。

そして、彼女はすぐ近くにあった扉をくぐってその部屋に入っていってしまった。

「あ、ここが私たちの部屋だから、場所、覚えておいてねー…ぁぐっ!?」

入っていった部屋から彼女の声がしたので、扉の近くにあった札に目をやると、確かに第二魔導分隊と書かれていた。

それを確認すると、俺も扉をくぐり、中へと入っていった。

「いったぁ…なにすんのよ、京介(きょうすけ)!」

しかし、中へ入ると、紺さんは扉の近くで頭を押さえてうずくまっていた。

そして、その傍には京介と呼ばれた細身で長身の男がいて、彼の足元にうずくまっている紺さんを見下ろしていた。

「紺、今までどこにいた。勝手にいなくなるなといつも言っているだろう。」

京介さんの紺さんを見下ろす目は冷たいが、その目はやんちゃな妹を諭す兄のようであった。

「もー、ちょっといなくなったからっていきなり殴らなくてもいいじゃない…あんたみたいな脳筋に殴られると洒落にならないくらい痛いんだからね。」

しかし、紺さんはそんな京介さんを物ともせず、殴られた頭をさすりながら文句をたれて立ち上がる。

「不満ならもう一発いっとくか?」

「じょ、冗談だから、その握ってる拳を下げて?ね?」

両手を挙げて降参の意を示すと、紺さんは素早く京介さんから距離をとった。

「ふん。まあいい…ところで、お前が新入りか?」

京介さんは紺さんへと向けていた視線をこちらへと向けると、ぶっきらぼうに俺に問いかける。

「…はい。本日付けで第二魔導分隊に配属になった、青木龍司一等陸曹です。」

一拍遅れて、敬礼で返答する。

「そうか。俺は佐々木京介(ささききょうすけ)。階級は三等陸尉だ。」

佐々木さんは、俺に敬礼を返し、自分の名前と階級を告げた。

「これからよろしくおねがいします。佐々木三尉。」

姿勢を崩さないまま礼を失さぬよう返すと、佐々木さんは渋い顔になって俺を見る。

「あー…その、なんだ。俺も、あそこのバカと同じで堅苦しいのは苦手でな。できれば、敬語はなしで、下の名前で呼び捨ててほしい。」

離れたところから、誰がバカよ、と抗議の声が上がるが、誰も取り合わない。

類は友を呼ぶというべきか、先ほどじゃれ合っていた紺さんと佐々木さんは同類だった。

「ああ。よろしく…京介。」

紺さんの時とは違い、同性だからか、はたまた二度目だからかはわからないが、先ほどよりは戸惑うことなく呼び捨てられた。

「よろしくな、龍司。」

こうして、俺と京介が握手を交わしていると、いつの間に俺たちのすぐ近くに紺さんが移動してきていた。

そして、恨みがましく俺のことをジッと見つめてくる。

「ど、どうかした…?」

「いや、京介のことは呼び捨てなのに、私はさん付けなのかなって。」

さっきはさん付けでもいいと言っていた割に、早い変わり身だ。

「あー…紺。少し離れてくれないか。」

十数秒睨まれたのち、俺が折れると、紺は顔を華やがせた。

しかしそれも一瞬で、顔を赤らめて俺から距離を取る。

「そ、そういえば桜火(おうか)は?」

気恥ずかしくなったのか、紺が急に話題を変える。

「まだ食堂で昼飯を食べているはずだ。どこかの誰かが急にいなくなるもんだから、俺はまだ食べていないがな。」

京介が嫌味ったらしく言うと、紺は申し訳なさそうに黙ってしまう。

「…まあ、今からでも軽食くらいなら食べられるだろう。食堂に行けば、桜花に会えるかもしれないしな。」

京介はそう言うと立ち上がり、部屋の外へと出て行った。

俺と紺はその後をついて、同じく部屋の外へ向かった。

 

京介の案内により、俺はこの庁舎の食堂に訪れた。

今日は休日だったため、食堂の人はまばらだったが、その中に一人だけ、俺達の魔導科(Magitation)特有の黒いローブを着ている人が一人だけいた。

菓子パンと牛乳を三人分受け取った紺がその人の元へ向かっているので、どうやらその人が桜花さんらしい。

「待たせたな、桜火。」

そう言って、京介は桜火さんの正面に座る。

紺は桜花さんの隣に座ったので、必然的に俺は京介の隣、紺の正面に座る形になる。

「十分くらいしか待ってないから大丈夫だよ。」

大丈夫なのかそうでないのか曖昧な答えが返ってくるが、あくまでも本人は気にしていない様子で、興味深げに俺を見てくる。

「その子が新入りくん?」

「そうだ。今日から第二魔導分隊(うち)で預かることになった龍司だ。」

京介に紹介され、会釈をする。

「そんな緊張しないでよ。私は藤堂(とうどう)桜火。よろしくね、龍司。」

差し出された手を握り返すと、彼女はおもむろに立ち上がり、

「じゃあ、私は先に部屋に戻ってるね。」

そう言ったっきり、彼女は足早にその場を立ち去ってしまった。

「桜火は照れてるのよ。初対面の人は苦手らしくてね。」

呆然としている俺の正面で、紺は笑っていた。

「ああ、俺もそうだったな…」

隣では、京介が自分の過去を思い出してか笑っている。

「そうなのか…」

「でも、いざという時には頼もしいわよね。」

「そうだな。桜火の炎からは逃げられる気がしない。」

遅めの昼食の時間を、桜火さんの話で盛り上がり、部屋へ戻ると、ようやく第二魔導分隊全員が揃ったようだった。




次回あたりから本格的に魔術要素絡めていこうかなーと思っていたり


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

龍司

第三話です。
(問題)第二魔導分隊でトーナメント戦をやった時、最も強いのは誰でしょう。


第二魔導分隊全員が揃ったところで、俺の実力を図るために、演習場を借りて、訓練をすることになった。

借りた演習場は屋外にあり、普段は機甲科の戦車隊が訓練に使っている場所だ。

しかし、今日は休日ということもあり、今この場に戦車の姿はなく、いるのは俺を含めた第二魔導分隊の四名だけだ。

「…さて、お前の力を見せてもらおうか、龍司。」

京介の声が先程より一段と鋭くなり、俺に向ける視線は鷹のごとく研ぎ澄まされている。

京介の傍に控えている桜火と紺からの視線も、さっきまでのおちゃらけたものではなく、真剣なものになっている。

「ああ。そこでじっくり見ててくれ。」

そんな視線に押されないように、あえて大きな態度で応じる。

「それで、戦車用の訓練場に来てまで何をするの?」

紺が、不思議そうに俺に聞いてくる。

そう、言わずもがな、ここは普段は戦車が砲撃訓練などで使っている場所であり、分類上では歩兵という扱いになっている俺たちには縁のない場所である。

「まあ、俺の最大火力を見てもらおうと思ってな。」

そう言って、俺はローブの中に仕込んでいた鉄片を自分の前にぶちまける。

腹ばいになり、ローブの中にあった掌大の大きさの台形の形をした鉄片を手に取る。

それは、目の前に広がっている鉄片の三倍ほどの大きさがあった。

「これより、あそこにある戦車の模型を破壊する。」

そう宣言すると、三人から驚嘆の声が上がる。

破壊すると宣言したのは、千メートル程先にある戦車の模型だ。

その戦車の模型は、戦車が砲撃訓練に使うもので、実物大で、戦車よりも強固な金属でできているものだ。

そのため、戦車の砲撃が直撃しても、無事なことが多い。

「ほう…楽しみだな。」

「うちの分隊にもついに火力持ちが…」

「あの戦車模型を破壊するほどの力…」

三者三様の感想を見に受けながら、攻撃に移るための最後の準備を始める。

先程手にした大きい鉄片に魔力を流して、長距離狙撃用の狙撃銃(スナイパーライフル)を思い描く。

すると、鉄片の先に細かい鉄片が集まり始め、細長い形を形作っていく。

集まってきた鉄片には俺の魔力が通っている証として、緑色の細い線が血管のように伸びていき、明るく光っている。

そして、緑色の線が輝く、一丁の狙撃銃が形を表した。

「さあさあ、これが俺の得物、俺特製のスナイパーライフルだ。普段はあまり使わないが、今日はこいつの威力をお見せしよう。」

高らかに言い放って、ローブの中に入れてあった弾丸を三つ取り出す。

まず一つ目に、銃のように青く細く光る線を纏った細長い弾丸を銃に込め、射出。

その弾は重力や風の抵抗を物ともしないようにまっすぐに進んでいき、戦車の模型に着弾する。

しかし、着弾した先では、戦車の模型が壊れた様子はない。

そして、続く第二射をすぐに発砲する準備をする。

今度取り出したのは、同じく緑色に光る線が迸る細長い銃弾で、それを先程と同じように戦車の模型に射出する。

しかし、その弾丸も戦車の模型に命中したが、壊れた様子はない。

「これで仕上げだ。こいつを打ち込めば、あの模型は粉微塵に壊れる。」

格好付けて最後の弾を指で弾き、落下してきた弾丸の後部を指で押し、装填する。

最後に装填された赤く輝く弾丸は、空中に赤い軌跡を残して模型へと飛翔していき、着弾、そして 、目を焼くほどの激しい光を起こして、爆発する。

三秒ほど遅れて爆音が俺たちの元へと届き、その後に爆風がやってきて、俺の傍に立っていた三人のローブをはためかせる。

爆発によって巻き起された砂埃が晴れた頃には、そこにあったはずの戦車の模型は跡形も無くなっていた…

 

「とまあ、俺の出せる最大火力はこんなところだ。普段は準備に時間がかかるから使わないが、やろうと思えばこんなこともできる。」

使っていた銃を解体(バラ)し、ただの鉄片と変わらぬ物が地面に散らばったところで、傍に立っていた三人に声をかける。

「なかなかやるな…まさか本当に模型を爆破できるとは思わなかったぞ。」

京介が言葉少なに驚嘆する。

「ねえねえ、なんで三発撃ないといけなかったの?」

「あ、私もそれ気になる。」

紺と桜火が興味深げに俺に聞いてくる。

「ああ、それはな、最初の二発は準備のためだけに撃ってたんだ。最初の一発には圧縮した液体の水素を中に封じてあって、着弾と共に圧縮された物が解放されるようになっていたんだ。」

言いながら、最初に使った青く輝く弾丸をローブから取り出して見せながら言う。

「二発目は、魔障石(ましょうせき)粉末が圧縮されて入っていたんだ。魔障石は、魔力の回復だけでなく、魔術の反応を高める役割があるからな。」

魔障石とは、通常は魔力の回復などに使われる鉱石なのだが、魔力の循環を早め、魔術の効果を高める役割も持っているのだ。

「最後に撃ったのは、着弾と同時に爆発魔術が発動するように付呪(エンチャント)してあるんだ。後は魔障石の粉末と、液体水素が爆発の威力を一気に引き上げてくれるってことだ。」

先程使った三発の弾丸と同じ物を指に挟み、説明する。

それを聞いた三人は、驚き半分、悔しさ半分といった感じであった。

「へぇー…ところで、エンチャントってなんなの?」

紺が不思議そうに尋ねてくる。

「エンチャントっていうのは、発動条件と発動する魔術を設定して物に呪いをかけて、その条件が満たされた時に、設定した魔術が発動するようにしておくことなんだ。」

鼻を高くして説明する。なぜなら、これは俺が独自に開発した技術だからだ。紺が知らなかったのも無理はない。

「そういえば、龍司くんは『普段はこれを使わない』って言ってたけど、普段はどうやって戦ってるの?」

そうだ。俺が今披露したのは、あくまで俺の最大火力にすぎない。

普段は、別の戦い方をしているのだ。

「ああ、普段はな…」

そう言って、足元に転がっていた大きめの鉄片と、ローブの中にあるもう一つの大きな鉄片を両手に一つづつ持つ。

先程と同じ要領で、しかし今度は大きな狙撃銃ではなく小さな拳銃をイメージする。

すると、やはり鉄片に鉄片が磁石のように集まり始め、赤く輝く細い線が走っている二丁の拳銃が俺の両手に表れた。

「この二丁拳銃で戦ってる。」

両手に現れた二丁の拳銃をくるくると回しながら言う。

そして、何回か回したところで拳銃を解体し、また鉄片に戻した。

「他にも、ナイフとか剣とか、俺が構造を理解しているものならこの鉄片から作れるぞ。」

最後に、自慢を入れて話を区切ると、京介から拍手が上がる。

「素晴らしいな。思っていた以上だ。エンチャントか…俺には思いつきもしないことだな…ぜひ、手合わせ願いたい。」

しかし、京介は、賛辞だけでなく、挑戦状を叩きつけてきた。

「ああ。望むところだ。俺としても、一度お前とやりあってみたかった。」

そうして、俺と京介の決闘が始まった。

 

「ルールは簡単だ。俺はお前の首や腹など、急所に俺の獲物を当てれば勝ち。お前は、一発でも銃弾が当たれば勝ちだ。」

「おいおい京介、そんなに俺が有利なルールにしていいのかよ?負けても言い訳はなしだぜ?」

随分なめられたルールだ。

アイツは、俺をかなり過小評価しているらしい。

「構わん。お前の攻撃は俺に通らない特に銃弾はな。」

「そう言ってられんのも今のうちだぞ。」

絶対に吠え面かかしてやる。

そう思ったところで、紺から決闘開始の合図がかかる。

「それじゃあ…はじめっ!」

桜火と紺が見届ける中、俺と京介の決闘が始まる。

京介は刃を潰した短剣を二本構えて俺の正面から突っ込んでくる。

対して俺は、すでに作成済みの拳銃を二丁構え、右手に持っていた銃で京介の足元を狙い、発射。

赤い軌跡を伴ったその弾丸は京介の足元へ狙い過たれることなく飛翔するが、ありえないことにその軌道を横へと大きく変えた。

「なんだと…ッ!?」

突然の出来事に困惑する中、京介は構わずに接近する。

その速度は人間の限界を超えたスピードであり、決闘開始時には百メートルほどあった間合いは、わずか二秒ほどで、体五つ分までに縮まっていた。

京介の言っていたように、銃弾は効かないと察し、半歩後ろに飛び去りながら、右手の銃で自分の足元の地面を撃ち抜く。

足元に着弾した弾丸は激しい光を伴って爆発を起こす。

爆発によって起こった爆風によって俺の体は後方へ吹っ飛ばされるが、その分京介との距離は開く。

が、そう思ったのも束の間、俺が吹っ飛ばされるよりも京介が肉薄してくる速度の方が速く、距離は開かない。

(こいつのこの速さは一体なんなんだ…?〕

思考が加速していく。

京介の異常な突進速度、そして、急に軌道を変えた弾丸。

この二つ謎が無関係だとは到底思えない。

(魔力での身体能力強化か?だがそうすると、弾丸が軌道を変える理由がわからない…)

そんなことを考えている間にも、京介の刃が己を切り裂かんと迫ってくる。

刃が潰されてるとは知っていながらも、彼の気迫と、刃の伴う強烈な風圧に死を幻視せざるを得ない。

そして、右と左、それぞれの頭の上から振り下ろされる二つの刃は、十字を描くように、俺に殺到する。

それを、後ろに飛んでは躱せないと感じ、右足を後ろに蹴り出し、前へと飛んだ。

(これで頭突きを食らわせて、その後に銃を突きつけてやる!)

半ば勝利を確信しながら、前へと飛び出すと、なぜか、体が京介の右側へと吹っ飛んで行った。

だが京介は、そんな俺を見て、その足を止める。

「ほう…躱せないと見るや否や、前に突っ込んでくるか。いい判断だ…そして、今の一合で、俺の力の正体が分かったろう。」

こちらを向いてゆっくりと話す京介は、なんとも嬉しそうだ。

「ああ。十分に理解できた。文字通り身に染みてな。」

受け身をとって衝撃を殺しはしたが、殺しきれなかった衝撃にやられた左腕を抑えながら、強がって笑ってみせる。

「京介。お前は、風を身に纏って、その風圧で加速し、銃弾を受け流しているんだな?」

出した結論を告げると、京介はその口元に不敵な笑みを浮かべ、もう一度俺に向かって走り出す。

その笑顔が、何よりも雄弁に肯定を物語っていた。

「だが龍司。俺のカラクリが分かったところで、お前に何ができる?」

京介は、走りながら、おれに問いかけてくる。

その顔は、一切の負けを感じない、自分の勝利を信じている顔だった。

「じゃあ、俺も一つ特技を見せてやるよ。」

そう言うと、持っていた二丁の拳銃を瞬時に解体し、新しく一本の杖のようなものを形作る。

「ほう?それで何ができるかやってみろ!」

すでにあと十歩程の距離までに迫っていた京介が叫ぶ。

だが、俺はあくまで冷静に、落ち着いて杖の先端を地面に突き刺す。

突き刺された杖を中心にして、円形状に光る文様が浮かび上がる。

そして、勢いを殺しきれずに突っ込んできた京介が光の中に飛び込むと、その体を地面から生えてきた土の腕が掴んだ。

そして、その勢いが完全に止まる。

「なッ!?…これは!?」

そうだ。この顔だ。こいつのこんな困った顔が見たかった。

土の腕に絡め取られて動きを封じられた京介は、ただただ抜け出そうともがくばかりだ。

「どうする?京介。まだ続けるか?」

杖を地面から引き抜き、悠然と歩み寄りながら京介に尋ねる。

「ああ、もちろんだ。まだ勝負はついていないからな…!」

だが、京介は動きを封じられており、すでに戦闘ができる状態ではない。

たとえ風を纏っていようとも、この杖のように重いものであれば、京介に届くだろう。

「そうか。だったら、この杖でお前の頭を殴る。それで俺の勝ちだ…いいな?」

そして、杖を手にして歩み寄り、京介の目の前まで行く。

杖を振り上げ、頭めがけて振り下ろした時、

「最後の詰めが甘いぞ、龍司。」

京介は先程までの狼狽した様子ではなく、落ち着いた声で俺に向かって話した。

腹部に違和感があり、カラン、と甲高い音を立てて何かが地面に落ちたので、それを目で追ってみると、そこには京介が使っていた刃の潰れた短剣が落ちていた。

それが一体なんなのか理解できないでいると、紺から、龍司の負けー、という声が聞こえてきた。

「…え、どうなってんの…?」

だが、理解できない様子の俺に、京介はことの顛末を説明してくる。

「俺は手に持っていた短剣を、風に乗せてお前の腹にぶつけただけだ。あれが本物ならお前は死んでいたぞ。」

決闘が終了したことで、俺と京介の元へ駆け寄ってきた紺に、あそこでカッコつけなきゃ勝ってたかもしれないのにね、と言われ、桜火にまで、最後はちょっとあほらしかったね、フォローしてるのかバカにしてるのか分からないことを言われ、俺と京介の決闘は幕を下ろした。




初めての戦闘描写で疲れました。
書き終わってから、京介は一回しか刃を振るっていないことに気が付いたり。
(解答)京介ではありません。今後をお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常

第四話です。
桜火と京介についての描写ができてないなーと思ったり。


「はぁー…負けた…」

演習場に倒れ伏しながら、空を見上げて独り言つ(ひとりごつ)

勝てそうな勝負だっただけに、悔しさが大きい。

「確かに俺は勝ったが、お前が最後に見せたのには肝が冷えたぞ。」

未だ地面から生えたままの土の腕を見やりながら、京介が驚嘆交じりに話す。

「あれはどうやっているんだ?」

だがそれよりも目の前の疑問が勝ったようで、俺に尋ねる。

「ああ、錬金術ってあるだろう?付呪(エンチャント)も、俺の銃も、さっきの腕も、錬金術の応用なんだ。」

錬金術。京介の力の正体が風ならば、俺の力の正体は錬金術だ。

錬金術とは、数ある魔術の体系の中で、その一角をなしているものだ。

その本質とは、物質を変質させることで、そういう意味では、最後に見せた土の腕が最も錬金術らしいだろう。

しかし、すべての魔術に共通してある真理とは、己の妄想を魔力を介して世界に投影し、その結果超常現象が起こるという点だ。

そのため、魔導師何万人といれど、同じ魔術を使うものは誰一人としていない。

見た目上は似ていても、その本質は全く違うことが多いのだ。

「錬金術でここまで戦えるものなのね…」

紺が驚くのも無理は不思議ではない。

なぜなら、一般的に錬金術と呼ばれるものはどちらかといえば後衛で、道具の作成にあたっていることが多いからだ。

それ故に、俺は錬金術を戦闘のために形を変えた。

例えば、多くの錬金術は、物質を一度元素まで分解し、それを再構成することで新たな物質を作る。

しかし俺は、元素まで出なく、ある程度の大きさと形を残したまま分解し、持ち運ぶことで、物質を再構成する時間を短縮し、複数の武器の使い分けを可能にした。

それが俺の、俺だけの錬金術の正体だ。

「それじゃあ、龍司の実力も見れたことだし、部屋に戻りましょうか。」

紺の音頭で、俺たちは自分たちの部屋へと戻っていく。

しかし、疲れからか、それとも敗北によるショックからか、俺の足取りは重かった。

 

部屋に戻ると、やっとゆっくり腰を落ち着けられる時間が来る。

すでに陽は落ちかけ、空は赤く染まっていたが、ようやく休める時間ができたのだ。

この庁舎に移動してきて以来、新たな分隊員に会ったり、全力での魔術の行使をしたりと、時間がなかったため、この第二魔導分隊にあてがわれた部屋で過ごすのは、今が初めてだったりする。

部屋にはベッドが四床あって、部屋の角には、映像を空間に投影するための機械が据え置かれている。

そして、この部屋はベッドを四床置いたとしても個人の机やロッカーを置いても空間が余るほどの広さがある。

また、この部屋四人部屋のため、部屋をカーテンで四つに区切ることができるようになっており、普段は部屋の中央でカーテンを引いて、扉側は男性、窓側は女性が使っているらしい。

試しにカーテンを引いてみると、元々の部屋の広さのおかげか、それ程狭くは感じなかった。

その後も、部屋で談笑したり、夕食を食べに行ったりとして、一日を過ごし、やがて夜の消灯時刻になる。

消灯前の点呼を済ませれば、翌日の任務に備えて眠るだけだ。

ベッドの上で横になっていると、一日の疲れを癒す心地良い微睡みに体を包まれる。

そして、意識が闇の中へと吸い込まれ、体の感覚がなくなる。

それは人が寝るということで、その瞬間は何も感じることはない。

…迫り来る闇さえをも、感じることはない。




また今回もダメだったよ。
ごめんね、京介。桜火。
きっと次回は君たちについて書くから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

前奏

第五話です。
物語が動き出します。


その日の目覚めは、緊急を知らせる放送から始まった。

『緊急、緊急、獣人(じゅうじん)による暴動事件が多数発生。魔導士各員は可及的速やかに大会議室に集合せよ。』

その放送は、どうやら警察からの要請のようだった。

現在、陸上自衛隊の魔導科所属の者は、警察からの要請で、凶悪事件に駆けつけることも任務の一つとなっている。

魔導士の数は限られているため、有効活用しなければならないためだ。

今日の緊急もその一つで、俺たちは現在起きている事件現場に駆けつける義務がある。

そして、緊急招集がかかった以上、グズグズもしていられない。

急いで、戦闘服と呼ばれる、魔導科に支給される特別なローブをジャージの上から羽織る。

このローブは、戦闘のために作られているため、防弾、防爆、防火性能を備えている。

拳銃の弾丸程度なら貫通しないし、手榴弾の爆発程度ならば無傷でいることもできる。

そして、第二魔導分隊にあてがわれた部屋のある庁舎の二階にある大会議室に向かうと、そこにはすでに他の魔導士の姿があった。

さらに俺たちの後にいくつかの分隊が入ってきて、この基地にいる魔導士全員が集まったようだった。

「…先程、緊急の放送でも聞いてもらったように、都内で獣人による暴動が多数発生している。君たちにはその対処にあたってもらいたい。」

獣人とは、二十一世紀の後期に人類の新たな可能性を開こうとした当時の科学者たちによって生み出された、人間と動物の混じった人類のことである。

その様相は多岐にわたり、腕先だけが獣のようになっている者や、首から先が獣のようになっている者、果ては全身が獣で、人語を話す者までいる。

そんな彼らに共通することは、人間の身体能力を凌駕している上に、知性があることだ。それ故、通常の警察では対処が難しく、魔導科に仕事が回ってくることが多い。

「事態は急を要する。第一魔導分隊は板橋方面へと向かってくれ。第二魔導分隊は新宿方面、第三魔導分隊は…」

上原二佐の指示で、大会議室に集まった魔導士たちが忙しなく動き始める。

俺たちも、現場へと急ぐために、大会議室を後にした。

 

大会議室を後にして、庁舎の隣にある空間転移室へと走って向かう。

空間転移室には、関東圏内の全駅と、日本全国の自衛隊演習場へとつながっている空間転移用のポッドがあった。

ポッドの中に入り、中に備え付けられているモニターを操作して、転移先を新宿駅に設定すると、空間転移が始まって、一瞬のうちに新宿駅の到着用転移ポッドの中へとたどり着く。

転移用ポッドから出て、あたりの状況を確認すると、その場に居合わせた警官二人が拳銃で一人の黒い人影に立ち向かっていた。

いや、正確には、警官二人が人影に向かって発砲するも、人影はそれに構うことなく、ただただ街の破壊を続けてるといった風であった。

現在時刻がまだ夜明け前だからか、人的被害は出ていないようだが、このまま野放しにもしてはいられない。

「陸上自衛隊所属、第二魔導分隊です!後は我々に任せて、民間人の避難誘導にあたって下さい!」

紺が叫んで、それまで応戦していた警官二人を下がらせる。

「応援感謝する!すまないが我々二人では対処できそうにない、後を頼む!」

警官二人が避難誘導を開始したことを確認すると、紺が人影に向かって声を上げる。

「そこの獣人、止まりなさい!この警告を無視するならば撃つ!」

しかし、人影は警告を気にもとめず、新宿の摩天楼を破壊し続けるだけだ。

「…総員攻撃を許可。アイツを止めなさい。ただし、生きて捉えること、以上。」

人影の様子を警告の無視と取り、攻撃の命令が下る。

 

命令が下ると同時に、京介が人影に向かって、体制を低くして突進する。

風を纏った京介の速さは、十メートル程あった彼我の距離を一瞬で吹き飛ばし、人影に肉薄する。

そして、風を乗せた二本の刃を、目で捉えることが困難な速度で、相手の両の肩へと振り下ろす。

しかし、次の瞬間には相手の姿は刃の描いた軌跡の上にはなく、京介の背後へと回っていた。

「京介!」

すでに再構成を終えた二丁の拳銃で、人影に向かって狙いをつける。

そして、今まさに京介を左右に引き裂かんと振り上げられた腕に向かって、二度撃鉄を起こす。

この街中では、地形に被害が及ぶ可能性がある《爆発のエンチャント》をした銃弾は使えないため、使用した銃弾は通常のものだ。

放たれた弾丸は正確に腕に向かって吸い込まれていき、ビルの壁に着弾した。

信じられないことに、人影は銃弾が当たる直前に、俺の背後へと移動していた。

そう知覚した時にはすでに遅く、腕が俺の頭めがけて振り下ろされる。

とっさの判断で、相手から距離をとるように前へ飛び出し、ローブを盾にして衝撃を殺す。

「ぐっ…!」

最低限に衝撃を抑え、吹き飛ばされた後に受け身を取るも、殺しきれなかった衝撃が腹を突き抜けて肺に刺さる。

「龍司!大丈夫か!?」

吹っ飛ばされた俺に、京介が駆け寄ってくる。

しかし、人影は、俺たちを殺す絶好の機会だというのに、襲うそぶりを見せず、その場でゆらゆらと佇んでいるだけだ。

「桜火!やるなら今だ!」

京介が桜花に合図すると、この辺り一帯に暑さが駆け巡る。

季節は冬だというのに、夏のような暑さを感じ、その直後には辺りが昼間のように明るくなる。

桜花の方に視線を向けると、半月状に歪み曲がった杖を構え、弓をを引き絞るような動作をしている桜火の姿があった。

その右手には、矢のような形の(ほのお)が握られており、瞳は閉じられている。

「消えぬ焔は不死鳥の如し」

何事かをつぶやくと、手に握られている焔一層輝きを増し、辺りがまた暑くなる。

矢を中心に発生する熱風によって肩ほどまである桜火の黒い髪や魔導科特製のローブをはためかせる。

そして、焔をつかんでいる右手を放すと、焔は矢のように撃ち出され、人影に向かって一直線に飛んでいく。

しかし、本来の矢のような速度ではなく、人が走るのと同じくらいの速度で進んでいく。

そして、焔が相手に当たる直前で、またしても人影は桜火の背後へと一瞬で移動する。

「不死鳥は死なず。故にその焔は残れり」

焔の矢を打ち出した時からすでに唱えていた言葉は、相手が桜花の背後に回るのとほぼ同時に締めくくられ、それと同時に桜火を包むように全身が焔でできたような鳥が出現する。

目を開いて桜火が背後へ振り返り、杖で人影を薙ぐように振るうと、その鳥は翼を打って熱風を巻き起こしながら、人影へと迫る。

焔の鳥が人影を包みこんで、甲高い声で一度いななくと、桜火が指を鳴らす。

桜火が指を鳴らすと、焔の鳥は姿を消し、その後には、軽く焦げたコンクリートだけが残っていた。

「…殺した、のか…?」

「いや、逃げられたよ。私の不死鳥(パイロ・プリア)も獲物を逃がして哭いていたし。」

俺が呟いたことに、桜火が答える。

どうも、今度ばかりは、誰の背後にも移動することはなく、消え去ったようだ。

その様は、まるで最初からそこにいない、ただの幻のようで…

「…龍司、桜火。奴が見えたか?」

京介が、横から不思議なことを聞いてくる。

「見たに決まってるだろ。見えなきゃ撃たん。」

「違う、そうではない。俺が言いたいのは…奴が本当に獣人だったのかということだ。」

「通報には獣人が暴れているってあったんだから、獣人だったんじゃないか?」

あの身体能力を誇るのは獣人しかいないだろう。

でなければ、俺たちの背後に瞬時に回ったり、素手で駅舎の柱を粉砕したりできるわけがない。

「私は…奴が本当に獣人だったかはわからなかった。一瞬見えたのは、奴の体がどこまでも黒かったってことぐらいで…」

「やはりか。俺も、接近した時に見えた奴の体は、黒い服を着てもいないのに黒く見えた。背後に回られた時に顔を見ようしたが…黒いマスクでもしていたのか、見えなかった。」

しかし、京介と桜火の意見は違うようで、彼らは獣人に見えなかったという。

かく言う俺も、背後に回られた時は、勘だけで動いていたため、相手の顔や姿を見れているわけではない。

そのため、本当に獣人かと問われれば答えられる自信はない。

そして、その時、付けていたインカムから切迫した声が響く。

『駐屯基地が所属不明の魔導士より襲撃されている!各員、至急駐屯基地へ戻られたし!繰り返す!駐屯基地が…』

インカムからは駐屯基地が襲撃を受けているとのことが繰り返し流れてくる。

それを受け、俺たちはやってきた到着用転移ポッドと対である、出発用転移ポッドへと急いで向かう。

しかし…

「なんだと…ッ!?」

到着用転移ポッドはあったものの、出発用転移ポッドは何者かに壊されていた。

恐らく、さっきの奴が破壊したのだろうが、到着用ポッドを残す意味とは…

「仕方ない。走って帰るぞ。」

そう言って踵を返した京介に続くも、ある異変に気付く。

「…駅舎が…壊れて、ない…?」

あの獣人と思わしき奴が破壊した痕が存在しないのだ。

しかし、出発用転移ポッドだけは破壊されている。

ビルを見てみるも俺の放った銃弾が作ったガラスの穴は残っているし、桜火が焼いたコンクリートもある。

「アイツが壊したものだけが直っているのか…?」

京介が、たどり着いた結論を口にする。

なぜかはわからないが、迷っている時間はない。

そう決め、俺たちは駐屯基地へと走り出すが…

「どうした、紺?」

紺が、呆然としたように立ち尽くし、全く走ろうとしないのだ。

その目は、何かに驚いているように見開かれており、怯えているようでもあった。

「ごめんね、ちょっとぼーっとしてた。」

しかし、声をかけたことにより意識が戻ってきたのか、頭をふるふると振ってから、俺たちに追いついて走り出す。




本文では触れること叶いませんでしたが、龍司、京介、桜火は黒髪で、紺は色素の抜けた銀髪です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開会

第六話です。
前奏曲(プレリュード)が終わり、円舞曲(ワルツ)が始まります。


新宿駅から、市ヶ谷にある陸上自衛隊駐屯基地までの道を走って進む。

日の出前の白み始めた空が照らす暗い街を人工的で無機質な光によって明るくなっている街に人気(ひとけ)はなく、車も通っていない。

まだ朝の早い時間だからか、どこのビルからも人の気配はなく、ただただ無音の中に俺たちの走る音が響くだけだ。

 

基地へとつくと、そこには地獄が広がっていた。

焼けている庁舎、応戦するために出てきたと思わしき自衛隊員の死体、爆発によってえぐられたグラウンド、粉々になった小銃の山。

ほんの数十分前までとは全く違った様相の駐屯基地に、俺たちはただ言葉をなくすばかりだ。

周りを見渡しても生きた人間の姿はなく、また襲撃してきた魔導士の姿も見えない。

次第に暴動事件鎮圧に駆り出されていた他の魔導士たちが戻ってきて、彼らも皆一様に言葉を失って立ち尽くす。

この駐屯基地に所属していた魔導士が全員戻ってきた時、その場に場違いな拍手と笑いが起こった。

「ハァーッハッハッハッハッ!いやーお帰り、諸君。君たちの帰りを待っていたよ。」

炎の中から、拍手を送りながら、嘲るように笑って人影がこちらへ動いてくる。

その人影は、炎の中を悠然と歩き、俺たちの前へと姿を現す。

声は女性のようで、その背丈は俺と同じか少し大きい程度だった。

腰まで届くかという長く黒い髪をなびかせ、地獄を背にして拍手を送る様は、悪魔のそれである。

しかし、白い小袖や黒い袴は熱風が吹き荒れているにもかかわらずなびいておらず、彼女はそこにいないのではないかという錯覚を持たせる。

そして、彼女の最大の特徴は、頭に三角形の尖った獣の耳と、腰のあたりから根元は太く先端は細い獣の尻尾が生えていることである。

それは、彼女が獣人であることを示しており、同時に俺たちに絶対の敗北の可能性を感じさせた。

なぜなら、獣人は身体能力が高いだけでなく、魔力も通常の人間より高く、魔術を使う獣人は、一流の魔導士でも単独では倒すのが困難だと言われる程だからだ。

しかし、そんな圧倒的絶望が支配する空間の中で、一人の男が動いた。

「貴様ーーァッ!」

京介だ。

炎を風で払いのけながら進み、獣人に向かって突進する。

しかし、京介の刃が彼女の元へ到達したかのように見えた時には、獣人は俺たちの背後に瞬間移動して、笑いながら言葉を綴っていた。

「今日は、貴様らと遊びにきたのではない。来るべき日が来た時、私から招待状を出そう。」

一方的に言い放ち、その姿は虚空へと消えていく。

後に残されたのは、圧倒的な敗北感と、喪失感だった。

膝をつき、うなだれて涙を流す者。地獄を見て嗚咽する者。

様々な者がその場にいたが、誰もがその場から動くことができずにいた。

 

「誰か生きているかもしれない…」

誰かが呟いた言葉に、それまで悲しみにに打ちひしがれていた魔導士達に光が差し込む。

それから、生存者の捜索が始まった。

荒れ狂う炎を魔術で消し、瓦礫を粉砕する。

しかし、いくら探せども、瓦礫の下から見つかる者はいなかった。

それでも、誰かいるかもしれないと魔導士達は己の全力を振るって生存者を捜し続けた。

 

あの地獄の日から一日が経ち、被害状況が鮮明になってきた。

庁舎に残っていた人の中で生存者はゼロ。

残っていた通信機器で他の駐屯地へと連絡を取ったところ、東京では練馬の駐屯基地一つを残し、他は壊滅していることがわかった。

そして、東京都内の各駐屯地から生き残った魔導士達が練馬に集まってくる。

集まった魔導士達で、総勢百五十名にのぼる急ごしらえの大部隊が編成された。

通常、四、五人の魔導士の部隊で、二百人程度の中隊を相手取っても勝利を収めることが可能な程の戦力を秘めているのが魔導士なのだが、それが百五十人ともなると、五千人程度の旅団なら互角以上の戦いをすることができる。

 

そんな部隊が作られてから四日がたった頃、あの時の獣人からの『招待状』が届いた。

夕方、空が暗くなり、闇が世界を支配し始めた頃、あの時の獣人が屋外にある射撃演習場に現れた。

その報せを受け、総勢百五十名の魔導士部隊が射撃演習場に集結する。

しかし彼女はそんな大部隊を前にしても臆することなく、むしろ嬉しそうに顔を歪める。

「今宵は皆様御機嫌よう。先日より一週間、顔ぶれも増え、私は嬉しい限りだ。」

彼女の顔は黒いベールに覆われており、その表情をうかがい知ることはできない。

「私は、今宵、富士の麓にて貴様らを待つ。せいぜい私を楽しませろ。」

高圧的に言い放って、着物の袖を翻し、歩み去ろうとする。

しかし、一見無防備に見える姿は、一切の隙を感じさせず、負ければ必敗というような予感だけがある。

それ故に、誰もが固まったように足を動かせずにいた。

今度ばかりは、京介さえも足が止まっていた。

そして、俺達のいる方とは逆方向に歩んでいき、虚空に姿を消してしまった。

その光景に、狐につままれたような気持ちになりほとんどの魔導士が、その場に立ち尽くしていた。

…ただ一人を除いて。




紺の戦闘描写とかしていきたいです。
どんな魔術を使うかは、お楽しみにしてください。
…勘の良い方ならば、薄々感づいているかもしれませんが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

円舞曲《ワルツ》
黒影


第七話です。
戦闘の緊迫感がうまく伝わってくれればいいなと思っております。


他の魔導士が皆一様に動きを止めている中、紺だけが走りだした。

その先には空間転移室があり、恐らくそこに向かうつもりなのだろう。

しかし、紺を遮るように現れた一つの影があった。

「貴女にはここで退場願おう。」

その影は、手にしている杖を紺へと向けると、男の声で何事かを呟き始める。

しかし、紺はそれに構うことなく突進していく。

そして、紺の姿が次の瞬間にはかき消えていた。

「…敵を貫け」

影が誰もいない空間へ杖を向け、一際大きな声で言葉を括る。

言葉が括られると同時に、影の持つ杖の先端から一条の稲光が(ほとばし)る。

誰もいない方向へと放たれた稲光は、ただ空を切っていくだけに思えたが、なぜか稲光の射線上の虚空から紺が姿を現し、苦しそうにその場でのたうちまわる。

「…運の悪い奴め。魔力を遮断するそのローブを着ていなければ苦しまずに死ねたものを…」

どうやら、魔力を通しにくい素材でできている魔導科用のローブのおかげで致命傷にはなっていないようだが、影がトドメを刺そうと、紺の方へと向かう。

「紺!」

しかしそれを、桜火が影めがけて焔の矢を放って制する。

それを皮切りに、それまで動くことのできなかった魔導士達も、影に向かって攻撃を始める。

焔、剣戟、銃弾、突風、吹雪、様々な物が影に向かって飛んでいく。

「貴様らは誰を相手にしているのだ?」

しかし、それらが影に到達する直前に、影は俺たちの背後へと瞬間移動する。

そして、魔導士の一人が影の持っていた歪な短剣に首を切られ、大量の血を流して倒れた。

短剣の形は、大きく曲がっていて、大昔のヨーロッパで使われていたサーベルのようであったが、その刀身には、不可解な赤い文様が浮かび上がっている。

また、流れていく血の量は傍目から見てもわかるほどに人間が流すには多すぎる量で、切られた魔導士は間も無く絶命した。

だが、それを悼む暇もなく、一人、また一人と瞬間移動して背後に回った影に倒されていく。

「よくも俺の相棒をぉぉぉ!」

「…迸る紫電よ、敵を貫け」

一人の男が果敢に飛び出すも、影の投げた短剣によって喉元を貫かれ、絶命した。

絶対に勝てない。そんな予感が、魔導士達の胸の中に渦巻き始める。

「諦めるな!この戦いの雌雄を決するのは紺だ!彼女を治療できる魔導医はすぐに治療しろ!」

しかし、その思いを吹き飛ばすように、京介が大音声(だいおんじょう)を張りあげて部隊を鼓舞する。

なぜここで紺の名前を出したのかはわからないが、その声を聞きつけた魔導医の一人が紺の元へと駆けつける。

「彼女を治せばいいのね?」

「ああ。頼む。」

駆けつけた魔導医の女性は、持っていた杖を紺の腰の横のあたりに突き刺すと、祈るように手を合わせて目を閉じ、膝をついて静かに言葉を紡ぎ始める。

「この地を作りたもうた我らが父、母よ。(けが)(はら)いしその御魂(みたま)を持って、我らに安らぎを…」

彼女が言葉を紡ぐたび、紺の周りに地面に突き刺さった杖を中心とした光る円が形成されていく。

二度(ふたたび)言葉を紡げば、円が広がり、三度(みたび)言葉を紡げば円の中に文様が浮かび始める。

それは俺が錬金術で土の腕を作り出す時に時に使った魔法陣に似ていた。

「彼女が治療を終えるまで時間を稼ぐぞ!あの影を何としても紺に近づけるな!」

京介は治療が始まったのを一瞥し、さらに喝を入れる。

「…ちっ、面倒な。」

影は忌々しげに舌打ちすると、虚空に姿をかき消した。

逃げ去ったのかと思いきや、次の瞬間、魔導士の一人から悲鳴が上がる。

その悲鳴の方向に目を向ければ、消えたはずの影が姿を現し、短剣を左の胸元深くに突き刺しているのが見えた。

その光景に、魔導士達が再び戦慄する。

そして、影の姿が再びかき消える。

誰もが次は自分がやられるのではないか、そう思って固まっている中、甲高い女性の声がその場に響いた。

「舞えよ不死鳥、その焔を持って、我らを守る壁をなせ!」

その声の主は、桜火だった。

桜火が言葉を括ると同時、俺達の目の前に天高くまでそびえる焔の壁が出来上がる。

「よくやった、桜火!」

京介は、その焔の壁を見るや否や、身に風を纏わせ、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。

そして、いきなり飛び出したかと思うと、虚空に向かって認識するのも難しい速度で両手にしている短剣を振り下ろし、さらに返した刃で十字を描くように下から切り上げる。

そして、その刃の軌跡上から、影が姿を現わす。

「…な、なぜだ…なぜ俺の姿が見える…?」

「いや、見えてはいない。ただ、お前は何も瞬間移動しているわけではない。自分の姿を幻惑の魔術で隠し、近づいてから首を掻き切っていたに過ぎん。」

影の能力の正体を説明しながら、その場から逃げようとする影の足を短剣で切り刻む。

「故に、お前は姿は見えないが、そこに存在してはいる。ならば、足音と焔の動きを見れば、大体の位置は分かる。あとはそこに刃を滑らせるだけだ。」

最後に、腕を切り刻んで、影の首筋へと短剣を突きつける。

「おい、お前の親玉は一体何なんだ!…アイツは…」

しかし、京介が何かを言いかけた途端、異変が起こった。

「ハ、ハハ、アーハッハッハッハ!あの女狐もなかなかやるな…!」

影がいきなり笑い出すと、その姿が徐々に虚空に溶け始める。

「ま、待てッ!」

京介が目にも留まらぬ速さで刃を振るうが、それは虚しく空を切っていくだけだ。

 

場を静寂が支配する。

その静寂が意味するものは、死んでいった仲間への追悼、現実を受け入れられないことからの無言、想像絶する出来事に対する思考停止だった。

しかし、まだ俺たちには倒さなければならない敵がいる。ここで立ち止まっているわけにもいかない。

「…京介、お前は、アイツや、アイツの親玉がなんなのか知っているのか?」

京介がなぜか異常に影の能力について知っていたため、今回の黒幕やあの影について知っているのではないかと思い、京介を問いただす。

「…ああ。それよりも、紺は?」

「おい、知ってるんなら話してくれよ!…アイツのせいで、何人も…!」

京介は知っているようだが、決して話そうとはしない。

俺を無視して紺のいる方へ歩いて行くと、紺を治療していた魔導医に話しかける。

「…ええ。完全に治ったわ。ただ感電していただけだから、しばらくすれば目も覚めるわ。」

魔導医の女性は(かたわら)に寝ている紺へと目を向ける。

「…そうか。よかった…」

「それより、知っているなら私も話してほしい。私の仲間も何人か…」

「ああ。もちろん話そう…だが、それは紺が目覚めてからだ…これはあいつに深く関係することだからな…」

そう言って、京介は紺の傍に腰を落ち着ける。

いつの間にか、京介の隣には桜火が座っており、その表情には、苦悩が色濃く浮かんでいた。

 

どれくらいの時間が経っただろうか、一時間だろうか、はたまた一分だろうか。

空がまだ完全に暗くなっていないということは、おそらくそんなに時間は経っていないのだろう。

しかし、その時間を一時間と知覚するほどに、極度の緊張が時間を引き伸ばしていた。

そして、紺が目を覚ます。

目を覚まして寝ていた体を起こし、首を巡らせて京介を見る。

「…私…一体何して…」

「敵によって、一時的に戦闘不能に追い込まれていた。魔導医が治療は施してある。」

頭のはっきりしていない紺に対して、京介は落ち着けるようにゆっくりと状況を説明していく。

「…そうだ…アイツが…またアイツが…!」

そして、意識と記憶が戻ってきたのか、紺が取り乱したように興奮し始める。

しかし、京介はそんな紺の腕を引き、引き止める。

「お前一人では奴に太刀打ちできん…それより、奴のことをここにいるものに説明すべきだろう。」

取り乱している紺に対して、あくまで京介は冷静だ。

その様子に、紺はだんだんと落ち着きを取り戻していく。

そして、紺は辺りを見回して状況を確認すると、おもむろに立ち上がって話し始める。

「…みんな、ごめん…」

最初に彼女の口をついて出たのは謝罪だった。

「アイツは…あの獣人は…私なの…」

次に続いた言葉で魔導士たちの間に衝撃が走った。

「…こいつの言っていることは真実だ…そして、俺たちが殺したはずだった。」

そして、京介と紺によって過去が語られていく。




なんか思ってた以上に戦闘シーンの文字数少なくなってしまいました。
以後もっと長くできるように工夫します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

追想

第八話です。
例の獣人が現れた経緯のお話です。


その日の朝の目覚めは、非常に心地が悪く、日頃の無理が祟ったのかもと考えを巡らせていると、頭上からぶっきらぼうな声が降りかかってきた。

「やっと目が覚めたか、紺」

声のした方へ首を向けると、心配そうにこちらを見ている相棒の姿があった。

背は高くて細身だが、がっちりとした筋肉や、風を纏って戦う彼独自の戦闘法には、いつも助けられている。

その目は、普段は機嫌悪そうに細められているものからは想像できないほど険の取れた穏やかなものだった。

しかし、時計を見ても遅すぎるというわけでもなく、むしろ起床ラッパが吹かれるよりも前だ。

「おはよう、京介。でも、寝坊なんてしてないわよ」

さっき確認した時計を指差して言う。

「違う。さっきからずっとお前がうなされていたんだが…覚えてないのか?」

「私が?」

確かに寝覚めは悪かったが、うなされていたような記憶はない。

「ああ、そうだ。気分は悪くないか?」

「…大丈夫。さっきはちょっと気分が悪かったけど、今は平気だから。」

自分の調子を確認して、京介を安心させるように告げる。

「…そうか、なら良いんだが…」

しかし、京介はいつまでも不安そうに私を見ていた。

その時、がちゃ、と扉を開けて、二人の男女が部屋の中に入ってきた。

「あ、紺、起きてたんだ」

「もう大丈夫なんですか?隊長」

「隊長はやめてって言ったじゃない、氷矢(ひょうや)

入ってきたのは、私が隊長を務めている第二魔導分隊の二人だった。

女性の方は、名前を藤堂桜火という。

私が彼女と一緒に並び立てば、私の方が若干目線は高くなる。

そのせいで、一見少女のように見られる彼女だが、纏っている威圧感は歴戦の古強者(ふるつわもの)のそれである。

変幻自在の焔を操り、その焔で敵を焼き、またある時は私たちを守るその様は、纏っている雰囲気にそぐう頼もしい仲間だ。

そしてもう一方、男性の方は、名前を神崎氷矢(かんざきひょうや)という。

比較的小柄な男性で、京介と比べてみれば、男らしくは見えないが、私が信頼を置く頼れる仲間だ。

物腰柔らかそうな青年ではあるが、戦闘の時に研ぎ澄まされるその瞳は、触れてはならないと錯覚させるほどに鋭く、どんな時でも冷静でいられる胆力を併せ持っている。

得意とする魔術は、冷気を操る魔術で、その中でも氷を瞬時に作ることを得意としている。

魔術の相性か、それとも性格ゆえか、桜火とは()りが合わず、口論になることも多いが、タッグで組むことの多い二人だ。

今日も、その二人で何処かへ行っていたらしい。

「その様子なら大丈夫そうだね、紺」

「一応は、魔導位の人連れてきたから、診てもらってね」

桜火がそう言うと、二人の後ろにいた白いローブの男性が軽く頭を下げる。

その男性は部屋に入ってくると、持っていた(かばん)を床に置き、その中から診察道具と思わしきものを出していく。

「では、まずは熱を(はか)ってみてください。」

差し出された細長い銀色に光る棒を握ると、一瞬後にピピピッと軽快な電子音が鳴り、空中に私の体温を表す数字が投影される。

「…熱はなし…何か、悪い夢を見たとかは?」

「特に、何も」

「そうか…じゃあ、日頃の疲れだろう。今日はゆっくり休んでください。」

やってきた男性は先ほど使った細長い棒を鞄にしまうと、一礼してから、部屋を後にする。

「…そういう訳だ。今日は休め…白髪が増えるぞ。」

男性が去ると同時、京介が口を開く。

女の子に向かって白髪が増えるというのは何事か、とは思ったが、一々突っ込むのは面倒なので、大目に見て見逃してやる。

「休んでもいられないわよ。一日休めば、三日分体が(なま)るでしょ。」

「だからと言って、体を壊しては元も子もないだろう。」

「だーかーら、別に身体(からだ)はなんともないって。ほら…」

動けることを示そうとベッドから起き上がって立とうとするも、足にうまく力が入らずに床に倒れ伏してしまう。

「紺!」

京介が慌てて駆け寄ってきて、私を抱きかかえ、ベッドの上に戻す。

「やはり今日の訓練は無理だ!休んでいろ!」

普段はほとんど表情を表に出さない京介が、狼狽(ろうばい)もあらわに私に叫ぶ。

廊下に出ていた二人も部屋に駆け込んできて、首肯で京介に賛同している。

「…そうね。今日は休んでるわ。」

自分の状態が思ってた以上に悪く、さすがに訓練のできる身体ではないと悟る。

それに、このまま訓練に出ようとしても、京介が力づくで止めにかかるだろう。

そう思い、ベッドに横になった。

 

…紺が目を覚ますのと時を同じくして、一人の獣人が陸上自衛隊市ヶ谷庁舎の一室に姿を現していた。

その獣人は白色の小袖に、黒色の袴という和装をしていて、周囲の人間が黒いローブや若草色の制服を着ている中で、異様というべき姿だった。

しかし、そんな異様な姿をしている、しかも、社会一般的には侮蔑の対象とされている獣人が部屋の中にいるにもかかわらず、その部屋の住人は獣人に気づいていない様子であった。

獣人は、自分の身体に力が溢れていくのを感じ、その嬉しさのあまり、部屋の住人の目もはばからずに舞い踊るが、やはり気づかれてはいないようだ。

けれども、気づかれないと、それはそれで寂しさを感じる。

部屋の扉の近くにある音声認証式の室内灯点灯機へと忍び寄り、それまで点いていた電気を落とす。

「停電?」

「訓練なんじゃないか?」

しかし、その部屋の住人はただの停電だと思っているようだ。

さっきは消したが、いきなり電気が点けばさすがに驚くだろうと思い、今度は電気を点けてみる。

「あ、点いた。」

またしても驚いた様子を見せないので、今度は背中を蹴飛ばしてやる。

「誰だ!」

さすがに気づいたようで、得物を構え、後ろを振り向く。

しかし、蹴飛ばされた人は狐につままれたように目を瞬かせている。

彼の目の前にいるのに、まるで気づかれていないようだ。

誰にも気付かれないというのはいささか寂しいが、これが私の力なのだと思うと、笑みがこぼれてくる。

「ふふふ…」

誰にも聞かれることのない笑いをその場に残して、尖った耳と尻尾が特徴的な獣人は袖を翻し音も立てずどこかへ消えてしまう。

 

その日一日をベッドの上で過ごすことになって、はっきり言って死ぬほど暇だった。

普段こんなことがないため、何をすればいいかわからず、手持ち無沙汰といった感じだった。

普段何をしているかと言われれば訓練や自主トレーニング、それ以外は風呂に入っているか寝ているかである。

とりあえず、桜火が貸してくれた小説を読もうとしたが、ページを一つめくり、字の多さに頭が痛くなってきたので、読むのをやめた。

そうすると、本格的に暇が訪れるので、とりあえず昼まで眠ることにした。

 

…どれくらいの時間が経っただろう。

気がつくと、空には朱色が差しており、朝から夕方まで寝てしまったのだと遅まきながら気づく。

だんだん意識が鮮明になってきて、私にあてがわれている机の上にメモと一緒に料理が置かれているのが見えた。

「…アイツも不器用なんだから…」

置かれていたメモを見ると、自然と笑いが溢れる。

”しばらく部屋に戻れそうにない。面倒は見れん。大人しくしていろ。”

置かれていたメモにはそう書いてあって、ご丁寧にもその隣には普段私が使っている電子式の腕時計が置いてあった。

それを右の手首につけ、個人用ロッカーから普段訓練や任務の時に着ている服を取り出して着替え、自慢の長い黒髪を後ろで束ねる。

半長靴に履き替え、外へ飛び出し、いつも走っているコースをいつもより少し遅いペースで走る。

しばらくすると、京介、桜火、氷矢の三人が後ろから追いついてきて、私のペースに合わせて並んで走る。

「大人しくしていろと言っただろう。」

京介が咎めるように言ってくるが、怒っているというよりむしろ喜ぶような声色だった。

「大人しくしてろって言うわりには色々と準備しておいてくれてたみたいじゃない?」

からかうように言うと、押し黙ってしまう。しかし、表情こそ動かさないものの、照れているだろうことがうかがえる。顔が(ほの)かに赤らんで見えたのは、気のせいではないのだろう。

「京介も素直じゃないなぁ…紺ならどうせ何言っても走るって言って、ずっと待ってたくせに。」

氷矢が、苦笑交じりに暴露してくる。

まぁ、京介のことだからそれくらいやるとは思っていたが。

「楽しそうだねぇ」

後ろから、桜火の声が聞こえる。

「お、桜火まで…」

三人に言われては、さすがの京介もたじたじだ。

「い…今の声私じゃ…」

全員が足を止め、後ろを振り返る。

「やあやあ皆々様、初めまして…いや、初めましてじゃないか。」

そこにいたのは、着物に身を包んだ、一人の獣人だった。

暗くなった空よりもなお(くら)く周囲の空気ごと昏く染め上げそこに佇む様は、まるで悪魔のそれだった。

「誰だ、お前は…!」

氷矢が普段の好青年のような雰囲気を捨て去り、狼狽もあらわに氷でできた(つるぎ)を手にする。

暗いせいで顔が見えていないのか、それぞれが各々の得物を構えて、すぐにでも戦える状態になる。

しかし、(くだん)の相手はそれに臆した風を見せず、ただそこにゆらゆらと佇んでいるだけだ。

…影で獣人の顔はよく見えていないが、それでもわかる。

あの獣人は…

「…こ…ん……?」

不自然に獣人の周囲が明るくなり、その顔があらわになる。

その顔は、紛れも無い、私のものだった。

 

「なんで…紺が…?」

氷矢が驚きのあまり氷の(つるぎ)を取り落とす。

「貴様如きが、紺の真似をするなァーーッ!」

京介が、激昂(げきこう)して獣人に突っ込んでいく。

しかし、それも虚しく、京介の短剣は空を切っていくばかりだ。

刃の軌跡の上にあったはずの獣人の体は、いつの間にか、突進していった京介の横にあった…ように、京介には見えているのだろう。

だが、実際にはそんなことはなく、京介の進路上に、最初から存在しなかっただけなのだ。

それが何故()けられたように見えているのかというと、京介が攻撃していたのは獣人の作った幻影で、京介の攻撃が届く寸前に幻影を消し、実体を現しているからだ。

だが、私には、普段から幻惑の魔術を使っているせいか、幻影も実体もどちらも見えるのだ。

幻影は薄い影のように、実体はそこにいるかのように見える。

私なら戦える。そう思って、京介に続こうとしたが、トレーニングのために出てきたので、得物は持っていない。

「氷矢!私に(つるぎ)を!」

氷矢の魔術で作り出した剣なら私にも扱える、だから、氷矢に命令を下したのだが、一向に動こうとしない。

「何をしてるの、氷矢!」

「あ、ああ!」

二度目の呼びかけでやっと応じる。

普段氷のごとく冷静な氷矢にあるまじき冷静さを欠いた様子だった。

当然、敵はその隙を狙って、手を出してくる。

「ぼーっとしてると、危ないぞ?」

ゆったりとした動作で、だが氷矢には虚空から現れたように見えただろう動きで、氷矢に銃口を向ける。

「氷矢!」

獣人がやってくるのが見えていた私は、撃鉄が起きる寸前で銃口を左手で殴り、氷矢のいない方向にそらす。

弾丸はあらぬ方向へ飛んでいき、その隙を縫って、氷矢が瞬時に氷の剣を作り出す。

それを右手で受け取り、獣人へ向けて一閃。

しかしそれは当然のように(かわ)され、後には冷やされた空気によってできた白煙が尾を引くように残るだけだ。

「…いい判断だ、紺…いや、私、と言ってほうがいいのか?」

獣人はわざとらしく驚いたような表情を作り、おちょくるように言葉をぶつけてくる。

それを流しつつ、ハンドサインで分隊員に待機するよう促し、その場の全員の動きが止まる。

「…お褒めにあずかり光栄ね…自画自賛してるみたいで嫌になるけど。」

気負けしないようあえて不遜な態度で応じると、獣人はニッと口角を吊り上げ、不意に笑い出した。

「ははは、そうか、そうか、面白い奴だな、我が半身(はんしん)は。」

「…誰があんたの半身よ。」

私と全く同じ声で、しかし全く違う口調で、獣人が(わら)う。

そして、ひとしきり嗤うと、不意に笑いを止め、据わった目でこちらを見据える。

「…さて、遊びもこれくらいにして、半身には消えてもらおうか。」

そう言うと同時、獣人は身を低くし、私を目掛けて突っ込んでくる。

その速度は今までの比にならない速度で、辛うじて動いた身体が相手の進路上から半身(はんみ)だけずらせた程度だった。

躱し(そこ)ねた身に朱色が一線引かれ、その部分から空中に紅が舞う。

それが私の血であると理解すると同時、私の身体から力が抜けていくような感覚があった。

「あ…ぁがっ!…ぅ……ぁ…」

たった一閃、それも決して深くない傷を受けただけなのに、身体はに力が入らなくなり、立つこともできず地面に倒れ伏す。

辛うじて動いた首を巡らせ、獣人を見ると、その手にはいつの間にか短剣が握られていた。

その短剣は、刃が大きく弧を描いていて、サーベルと呼ばれる剣の形に似ている。

そして、その刃には不気味な文様(もんよう)が走っていて、その文様は紫色に輝いていた。

…そして、私の意識はそこで途絶えた。




思ったより長くなったので、次回も過去編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

追憶

第九話、過去編その二です…この回で過去編終わるといいなぁ…
あと、前回結構伏線張ったので、回収されてるかどうかも見てやってください!(露骨に前回を宣伝していくスタイル)


…夢を、見る。

それは、遠い日の私の記憶だ。

 

「…ここは…?」

目覚めると、最初に目に飛び込んできたのは、白い天井だった。

身体を起こして辺りを見ると、私の寝ているベッドに突っ伏して寝ている京介がいる。

傷のことを思い出し、切られた脇腹の部分を触っても、痛みも傷もない。

それに、辺りの棚には薬品や医療器具が見える。

恐らく、京介が医務室まで運んできて、それからつきっきりで看病してくれたのだろう。

心配性な相棒に苦笑いをこぼしながら、京介を起こそうと、彼の身体を揺さぶる。

「京介ー?起きなさいよー」

しかし、京介は一向に起きる気配を見せない。

「ちょっと…京介ー?」

さらに力を込めてみても、全く起きる気配がない。

京介は、どんなに寝ていても呼びかければすぐ起きる体質の人間だ。これだけ揺さぶって起きなかったことはあったことがない。

「京介ってば!」

今度は、思いっきり突き飛ばす。

京介の身体は思ったより簡単に倒れていき、そして、それから起き上がることはなかった。

「…ウソ…でしょ……ッ!?」

床に倒れた京介は血だまりの海に沈んでいた。

それほど強い力で突き飛ばしたわけでもなく、床に尖った物が落ちていたわけでもなく、なぜか京介の腹部にぽっかりと大きな穴が開いており、そこから赤い鮮血が止めどなく溢れ出していた。

「京介…!京介……ッ!」

京介の身体を両手で抱き起こし、揺さぶり続ける。

その時、がちゃり、と音を立てて、私がいる医務室に誰かが入ってくる。

「お前が…お前なんかがいたから……!全部、全部全部全部お前のせいよ!」

開いた扉の向こうにいたのは、どこかで見た覚えのある中年の女性だった。

顔には不自然に影が差していてその表情や顔は見えなかったが、その人物が誰なのかはわかった。

「かあ…さん…?」

その雰囲気は、私の母さんのそれだった。

手元を見下ろすと、抱き起こしていたはずの人は、京介ではなく、私の父さんだった。

さらに、私の身体もいつの間にか子供の頃に戻っている。

そして、扉の向こうに広がっている景色に気づき、だんだんと記憶が蘇ってくる。

忘れたかった記憶。

忘れようとした記憶。

けれども忘れられず思い出そうとしなかった記憶。

それが、今、目の前に具現化していた。

 

それは、十年ほど前のことだった。

私は、世間一般的に侮蔑や迫害の対象となっている『獣人(じゅうじん)』だった。

私もその例に漏れず、迫害を受け、村八分にされてきた。

「消えろ!化け狐!」

「狐は山に(こも)ってろ!」

そう言われ、石を投げられる日々。

それから、私は、山の奥に隠れ住むようになった。

 

「子供が、こんなところで何をしているんだ。」

山を幾つか進んだところで、不覚にも一人の人間の男に見つかってしまった。

幸いにも、狐の獣人として生まれてきたために、人を幻惑させることに長けていた私は、獣人としての特徴である耳と尻尾を隠し、獣人であることは露見しなかった。

 

そして、その男性に拾われ、私はその男性と、その妻の子供として引き取られる。

当時、名前のなかった私は、自分が狐の獣人であることを皮肉って、紺と名乗っていた。

それから、引き取ってくれた夫婦の苗字である、稲田という名前をもらい、私は稲田紺として生まれ変わった。

稲田紺として生きていた日々はとても幸せで、迫害されていた昔とは雲泥の差だった。

常に幻惑の魔術を用いて、耳と尻尾を隠して生活し、普通の人間として生きていくよう努力していた。

 

しかし、幸せな日々はそう長く続かない。

ある日、私は高熱を出してしまう。

当然、両親は私を病院へ連れて行き、検査を受けさせた。

だが、精神を落ち着けて初めて発動できる魔術は、高熱のせいで集中できないままでは維持することができず、大勢の前で耳と尻尾を出してしまう。

そのせいで、両親も迫害の対象になり、以前と変わらぬ地獄の日々を送ることになった。

しかしそれでも、父親は私を見捨てようとはせず、むしろ守ってさえくれた。

 

その内、私に対する迫害は加熱し、その日がやってきた。

「死ね!化け狐!」

父さんと一緒に山へ仕事に行くことになったのだが、家の扉を開けたところで、見知らぬ男性が、私目掛けてナイフを手にして襲ってきた。

突然の出来事に反応が追いつかずにいると、父さんが私の前に出てきて、代わりに男のナイフを受ける。

「ぐぁ…ッ……ァ…」

父さんは腹部に開いた傷痕から大量の血を流して倒れ、苦悶の声を上げる。

「どうしたの!?」

悲鳴に気づいた母さんが、血相を変えて飛び出してくる。

しかし、時はすでに遅く、いくら揺さぶっても父さんは目を覚まさない。

「は…はは…化け狐なんぞを匿ってくるから、そいつに惑わされちまったんだ…!お、お前が悪いんだぞ…!お、俺は悪くねぇっ!」

差した男は、言葉を吐き捨てるようにその場に残し、走ってその場を立ち去ってしまう。

しかし、その声は私の耳に届かず、ただただ自分のせいで恩人を殺させてしまったのだという感覚だけが心を支配していた。

「お前が…お前なんかがいたから……!全部、全部全部全部お前のせいよ!」

母さんの悲痛な叫びが、頭の中で木霊(こだま)する。

私のせいで、父さんが死んだ。

私が、父さんを殺した。

そのことに耐えられず、私はまたしても逃げ出した。

 

「あ…あ……ああ……うわああああああああ…ッ!?」

幻影だとわかっていながらも、自分が正気でなくなっていくのがわかる。

平衡感覚が保てなくなり、頭を抱えて地面に這いつくばる。

「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

何度も何度も誰にも聞かれない謝罪の言葉を虚空に向かって呟く。

「…ん…こん……紺!」

その時、どこかから、私を聞こえる声がした。

この声も幻影で、また私を苦しめるつもりなのだろう。

「目を覚ませ、紺!」

目を覚ます?私はとっくに起きている。別に寝てなどいない。だが、このまま眠れば私も楽に…

 

「目を覚ませこの阿呆がッ!」

頰に感じる鈍い痛みと共に、私の意識は本来あるべき姿を取り戻す。

「…きょう…すけ…?」

「やっと目を覚ましたか馬鹿!寝ている暇があったら戦え!」

どうやら私は、あの獣人に…私の写し身に、幻影を見せられていたらしい。

幻惑の魔術の使い手ともあろう私が、幻影にやられてしまうとは、いささか冗談が過ぎるだろう。

「…私…どれくらい…?」

「一分ほどだ。今は氷矢と桜火が時間を稼いでくれている。」

一分も、三人に任せっきりにしてしまったのか。分隊長として情けない。

「…俺も、魔力が切れそうだ…早く…してくれ…」

見ると、京介は防御のために風を全力で出し続けていたようで、魔力の使い過ぎからか顔色が悪くなっている。

「ごめん…すぐに行くわね…京介はここで休んでて」

迷いを断ち切るように頭をふるふると振って、京介に休むように告げる。

「ああ、しばらく休んでいるさ…」

京介の視線を背に受け、過去の自分、心の奥底に眠っていた自分と対峙する覚悟を決める。

しかし、いざ戦おうとすると、膝が震えて動き出すことができない。

「…あれ?…なんで…」

前を向くと、さっき見た光景が現実と混ざってフラッシュバックする。

血だまりの海に沈む仲間たち。

頭に響く怒声、怨嗟の声。

それらを、目の前で幻視する。

「…あ……」

その途端、膝から地面に崩れ落ちる。

視界がチカチカする。体に力が入らない。意識が虚空へと溶けていく。

…いつもなら、そうだっただろう。

「戦え!紺!お前の獣人としての力を使わないでどうする!」

背後から響いた声に、沈みかけていた意識が現実へと急浮上する。

「…え…?京介…今……なんて…?」

京介は、私のことを獣人だと言ったのだ。今まで隠してきたはずなのに、だ。

「俺たちよりはるかに強いお前が!今戦わなくてどうするんだ!」

私のことをしっかり見据えて、魔力の過剰消費のせいで気を失いそうなのに、意識を気合いで繋ぎ止めて心の底から叫ぶ京介の姿を見て、今の自分の状態に気付く。

さっき幻影を見せられていた時に私が掛けていた幻影が解けてしまったのか、耳と尻尾が露わになっていた。

京介に知られてしまった。唯一の相棒に、自分が獣人であることを知られてしまった。そのことに対する恐怖が心を支配していく。

「お前が獣人だろうと関係ない!お前は、俺の相棒だ!俺が戦えないなら、お前が戦うのが道理だろう、稲田紺!」

しかし、京介の精神力を振り絞った叫びに、胸の内に渦巻く恐怖が吹き飛ばされていく。

今まで自分が恐ろしく感じていたことの全てが馬鹿らしく思えるほど、全身に力が漲っていた。

「…ええ…そうね…あんたの尻拭いは、私がやる。それが、『相棒』ってもんよね!」

一喝して、身体に力を巡らせていく。

余計な力は使わない。ただ、戦うことだけに力を使う。今まで耳と尻尾を隠すのに使っていた魔力さえも身体能力の強化に回して、力のままに突っ走る。

地面に突き刺さっていた氷矢の氷の剣を引き抜き、桜火と氷矢の前に躍り出る。

「紺!?」

「その姿は…?」

二人の驚愕の声が聞こえるが、それを気にしている暇はない。

「氷矢、桜火!私が合図するから、そうしたら、後方から私に向かって狙撃、いいわね!」

指示を飛ばし、相手との距離を詰める。

「…半身よ。あの幻影から抜け出すか。」

「ご愁傷様ね。私には頼れる相棒がいんのよ!」

叫ぶと同時に、氷の剣を横一文字に一閃。

しかしそれを避けられるのは知っている。

故に、一閃する軌道を下へずらし、前へ踏み込むのと同時に上へ切り上げる。

獣人であることを隠すのをやめ、全力で振り抜いたその一閃は、三人には空間に一筋の光が浮いているように見えただろう。

しかし、相手はそれすらも後ろに飛ぶ力で躱し、どこからか取り出した杖の先端を、こちらへ向ける。

相手が何をしようとしているかは読める。なぜなら、あれは私で、相手の行動は全て私の力に基づくものだからだ。

「迸る紫電よ、敵を貫け!」

相手が叫ぶと同時に、杖の先端から私に向かって一条の稲光が飛来する。

だが生憎、その稲光も私の力の一部にすぎない。

杖の向きを観察し、稲光の飛来する経路を見極め、相手が言葉を括り終わる直前に稲光の通る場所から身体を躱す。

一瞬前まで私の身体があった部分を、稲光が駆けていく。

そして、魔術を行使するために一瞬鈍くなった隙をつき、相手にさらに肉薄する。

体を低くして、剣を横に構え、相手の足を切り裂きながらすれ違う。身体ごと剣を(ひるがえ)した二閃目で、上段から相手の右の肩口を斬りつける。

「ぁああああッ!?」

私の姿をした何かが、悲痛な叫びをあげて、動きが止まる。

「氷矢、桜火、今よ!」

待機していた二人に合図を送ると、二十メートルほど離れたところから、炎と氷の日本の矢が飛んでくる。

そして、その二本の矢は、正確に相手の左の肩と、脇腹を貫いていた。

矢が突き刺さった直後、相手は動かなくなり、地面に仰向けになって倒れる。

「これで…やっと終わりね…」

「それよりも、紺、その姿は…」

敵の無力化に成功したと思い、二人が私の下へと集まる。

「き…さァ、まらァ…!」

地獄の底にいるであろう悪魔が発するような声で、私の姿をした何かが呻き、サーベルのような短剣を私の肩に投げて突き刺す。

すると、先ほどの比にならないくらいの脱力感が全身を襲い、遅まきながら魔力が吸われているのだと認識する。

「紺!」

氷矢が私の肩に刺さった短剣を引き抜き、相手に向かって刺そうとする。

しかし、それは最後の力を振り絞った相手によって弾き飛ばされ、氷矢の肩に深く傷をつけて、地面に落ちる。

「あぁッ…!?…ア……ぁ…」

氷矢は、苦しさに悶えてその場でのたうち回るが、しばらくすると、ピタリと動かなくなってしまった。

「嘘…でしょ…?」

桜火が、顔を真っ青にする。

慌てて脈を取ると、なんとか、息を保っている状態だったが、生きてはいるようで、一安心した。

そして、隣で倒れていた私の姿をした何かも、全く動かなくなっていた。

本当に死んだか確認するために、脈を測ってみると、無機質のような冷たさと、心臓の鼓動や血液の流れがなく、死んでいるのだとわかる。

それで、やっと過去の因縁から解放されたような気になった。

 

その後、氷矢と京介を急いで医務室へと運び、専門の魔導医に診てもらうと、二人とも重度の魔力過剰消費とのことだった。

京介の方は三日程度で魔力が戻るとのことだったが、氷矢は重症だった。

「治らない…?」

氷矢は、傷口が何か呪いのようなものにかかっていて、魔力が回復しない状態にあるという。

「ああ。今のところ、回復させる手段はないよ。」

原因は十中八九あの不気味な短剣だが、私にはあまり異変が起こっていなところを見ると、別のものが原因なのかもしれない。

「とにかく、今はしばらく安静にしていることだ。」

そう言われ、渋々といった様子で氷矢は自分にあてがわれた病室へと向かって歩いて行った。

「…さて、次は、稲田さんかな?」

そう。私にも、あの一戦の後、体に変化が起こっているのだ。

「その色素の抜けた髪のことだけど…それに関しても現時点では何もわかっていることはない…すまないね、力及ばず。」

腰まであった長く黒い髪は、なぜかその全てが白く染まっていたのだ。

魔導医の人によれば、魔力の過剰消費によって引き起こされる症状の中に、アルビノのように全身の色素が抜けていくことがあるというが、ここまで白くなる人は私が初めてだという。

得も言われぬ不安感にかられながら、時間が過ぎていった。

 

しかし、それから一週間が経っても氷矢も私も治る気配を見せず、結局、第二魔導分隊は実質的に所属人数三名の分隊になってしまった。

そして、そのさらに一週間後、その穴を埋めるように、新たな魔導士が第二魔導分隊に所属することになる。




終わりましたね、過去編。
それにしても、過去編だけで今までの話の半分って結構なペース配分ミスですよね。
ということで、次回から戦闘が激化しまーす。
氷矢くんも、いつか話に絡めていきたいなーと思っていたり。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決起

第十話です。
いよいよここまでやって参りました。


 

「…その戦いのせいで、氷矢はまだ病院にいるけど、確かにアイツは殺したはずだった…!」

紺の口から、例の獣人との過去が語られていく。

過去に交戦し、そして殺したはずだったこと。

使用する魔術、得意な戦法は全て紺のものだということ。

そして、一番気になったのは…

「あの獣人が、紺の分身…?」

例の獣人が、紺の分身だということだった。

確かに分身なら、使用する魔術、得意な戦法が同じでも不思議ではない。

「残念なことに、その通りよ。」

だが、だとすれば、紺は…

「…もしかして、紺って…」

「龍司の言いたいことはわかるわ…こういうことでしょ?」

紺が目を閉じ、ふっと息を吐くと、頭から耳がぴょこんっと生えてきた。

三角形に尖ったそれは、彼女の髪のように白く、しかし透き通っており、まるで銀糸で編み上げられた物のようであった。

獣人の証であるそれを見たのは初めてだが、侮蔑の象徴としてのものとは思えない程美しかった。

「…そんなまじまじと見られると、結構恥ずかしいんだけど…」

そんな耳に目を取られて忘我していると、紺が頬を赤らめ、抗議じみた目線を飛ばしてくる。

「す、すまん…綺麗だったから」

最後の方は小声になったが、紺は人間にはない大きな耳で耳聡く聞きつけ、にやにやと顔をほころばせてにじり寄ってくる。

「ん?今なんて言ったの?よく聞こえなかったんだけど?」

過去の話を聞いて落ち込んでいる雰囲気を吹き飛ばそうとしての行動かどうかは知らないが、場違いなまでに明るい声が場に響く。

「お、おま…絶対聞こえてたろ…」

しかし、よく見てみると耳がピクピクと動いており、心から喜んでそうな気がする。

「こんなところで惚気(のろけ)るんじゃない。阿呆(あほう)どもが…」

「ぁッ!?()ぅ…」

「い、痛ったぁ…」

不意に飛んできた拳に二人して頭を押さえる。

見上げると、眉を吊り上げ、目を閉じながら握り拳を作っている京介の姿があった。

「きょ、京介…いきなり殴んなくたって…」

京介に抗議するが、取り合う様子はない。

「こんな緊急時に、惚気ているお前らが悪いのだ。」

そう一方的に言い放たれると、反論する余地がない。

「それより、紺。氷矢や、お前のこともこれで辻褄が合うな。」

「え?…あ、ああ…そうね。」

一瞬のラグがあったが、合点(がてん)のいったように、頷いていた。

「…どういうことだ?」

俺一人だけ合点がいかず、困惑していると、桜火が疑問に答えてくれる。

「つまり、紺の分身を倒す、もしくはサーベルみたいな短剣を壊せば、呪いが解けるってこと。」

桜火によると、氷矢にかかっている呪いは先程倒した影の持っていた短剣のせいである可能性が高いという。故に、その大元を破壊すれば、良いという。

また、その短剣は人から魔力を吸い取る物である可能性が高く、吸い取った魔力を使っている獣人を倒せば、氷矢の呪いは治るらしい。

「簡単な話だ。紺の半身を語る獣人を殺せば良い…そうすれば、紺も氷矢も治る。」

「…待てよ。紺も、って言ったのか?」

おかしな話だった。

呪いがかかっているのは氷矢で、紺は何もないはず…

「紺はどこも悪くなってないだろ?」

「そういえば、言ってなかったわね…私、今、幻惑の魔術しか使えないのよ。」

紺が言うには、本来、幻惑と電撃の二種類の魔術を得意とするらしい。

しかし、分身に魔力を持って行かれたらしく、より得意な幻惑の魔術しか使えなくなったという。

言われてみれば、分身の影は電撃を主に使っていた。恐らくそれは、獣人の力の片鱗だったのだろう。そして獣人の力の源は紺なのだから、紺が電撃を使えるのは当たり前のことと言える。

「なあ、紺。もしかして…今って、お前の分身の方が強かったりしないか…?」

そこで、一つの考えに行き着く。

紺は現在使えない力が、分身は使える。

それは、紺より分身の方が力をつけているということではないのだろうか。

「…もしかしたら、そうかもね。でも、私には、みんながいるから。」

そう言って、京介、桜火、そして俺を見る。

それぞれの顔に迷いはなく、決意が濃く浮かんでいた。

そして、それを見て紺は覚悟を決めたように表情を引き締め、この場にいる魔導士の方を向いて、凛とした声色で声を発する。

「…今日ここに集まってくれた魔導士の皆さんに、話があるわ。」

続きを待つように、その場を圧倒的な静寂が支配する。

「ここから先の戦いは、私たち四人だけで戦う。」

しかし、続いた言葉にその場を支配していた静寂が破られる。

「おいおい、たった四人だけで太刀打ちできると思ってんのかよ。」

「アイツに仲間がやられたんだ…仇をうたせてくれよ!」

やがて、怒号が飛び交い始める。しかし、紺はそれを全く気にせず、言葉を続ける。

「あの獣人の目的は、ここにいる魔導士の魔力を吸い取ること。人が多ければ逆に不利になるわ。」

紺は淡々と言葉を続けるが、顔が一瞬憂いに彩られた。

「あなたたちが、仇を打ちたいと思うのはわかる…でも、アイツは、私なの。決着は、私につけさせてほしい。」

だが、その憂いも一瞬で、目に揺るがぬ意志を宿して、魔導士たちへとその目を向ける。

その雰囲気に気圧(けお)され、魔導士たちは息を呑む。

その沈黙を了承とみなし、紺は話は済んだとばかりに裾を翻し、俺たちに向き直る。

「それで良いよね?」

こちらを向いて、確認するように告げる。

しかし、その顔色は、何かを(すが)るように悲しげで不安そうだ。

「是非もない。」

「元々そのつもりだったでしょう。むしろ、私たちを頼ってくれるのが意外だよ。」

「確認するまでもないだろう?」

三者三様の、しかし皆一様に揺るがぬ決意を心に宿し、立ち上がる。

すると、紺は顔を華やがせ、次の瞬間には恥ずかしそうに目を伏せる。

「…みんな、ありがとう…」

「その言葉はまだ早い。俺たちが勝ってから言え。」

京介が、紺の頭に手をやって、それから、空間転移室へと歩き出す。

「さっさと行くよ、紺。氷矢を助けなきゃ。」

京介に続いて、桜火が歩き出した。

「さぁ、最終決戦といこうぜ。」

先の二人に(なら)って、心からの強がりを言う。

すると、紺は不意に笑い出す。

「あはは、何よそれ。カッコつけ?」

目尻に涙を浮かべ、肘に手を添えるようにしてお腹を抱えて笑う姿は、とても最終決戦前とは思えないほどリラックスしていた。

「な、なんだよ…こういう時くらいカッコつけさせろよ…」

しかし、それが精一杯の強がりなのか、表情にはほんの少し迷いが見て取れた。

「いや、いいと思うよ?うん、かっこいい。」

そして、ひとしきり笑うと、迷いを振り払うようにふるふると頭を振って、俺を見据えて話す。

「ねえ、龍司。ちょっと頼みがあるんだけど。」

その声色が先ほどのおちゃらけたものではなく、真剣そのものだったので、空間転移室へと向かう足を止め、紺に向き直る。

「なんだよ。」

「あのね…」

…そうして、俺たちの最終決戦が幕を開けた。




さて、紺の頼みごととやいかに。
次回から、本格的に戦闘描写入れていきたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決着

第十一話です。
サブタイトル通り、今回で決着の予定です。


…空間転移室の前に、四人が並ぶ。

京介、桜火、紺、そして俺だ。

「…さぁ、いくわよ。」

紺が、空間転移室の中にある複数人用の転移ポッドのパネルを操作し、富士にある自衛隊の演習場に転移するように設定する。

狭い空間に体を押し込み、キィン、という甲高い音とともに、部屋が淡く発光し始める。

数瞬後、発光が収まると、ポッドの扉がひとりでに開き、目の前の景色が先ほどまでの駐屯基地ではなく、広大な平地へと変わっていた。

 

「ようやっと来たか、半身よ。」

視界の中には誰の姿もないのに、凛とした楽しげな声が、その場に響く。

それと同時に、りん、と鈴のなるような音がして、虚空からすっと朱色の鳥居が現れる。

しかし、この鳥居は本物ではない。

私の目には薄く揺らいで見えるように見えるため、分身の作った幻影だろう。

「…無駄な演出がお好きなようね。ニセモノさんは。」

鈴の音とともに、さらに鳥居が現れる。

「ああ。派手なものは好きだ。それ以上に美しい物もな。」

話している間にも、五基、十基、百基と鳥居の数は増えていき、やがて視界に入りきらないほどの数になる。

「故に、今宵(こよい)、美しき満月の(もと)で、私はお前を殺そう。」

その言葉とともに、幻影の鳥居に腰掛けるようにして、虚空から私の分身が現れる。

満月を背にして佇む分身の姿は(あや)しく、以前よりも力を増しているように見えた。

否。実際に力を増しているのだろう。

千にも及ぶ数の幻影を作り出すほどの魔力が、今の分身にはある。

例え私が全力を出せたとしても、これほどの数の幻影を作ることはできないだろう。

「だが、それはどういうつもりなのだ?」

鳥居の上から、訝しむような視線で、私の隣を見る。

そこには、半透明に見える、幻影の龍司がいた。

「私の半身だっていうなら、分かるでしょ?幻影よ。もっとも、意味なかったみたいだけどね。」

私が相手の分身を見ることができるのだから期待してはいなかったが、やはり幻影は見えているようだ。

不意を突いて殺すのは、無理そうだ。

「その程度の小細工で、私を殺そうなどとは、片腹痛い。」

鳥居から降り、こちらを楽しげな目で見据えながら、からからと笑う。

それに呼応するように、京介が油断なく短剣を構え、桜火は半月状に歪んだ杖を左手に持ち、右手の力を抜くように垂らす。

「さあ、覚悟はいいな?」

そして、分身は体勢を低くし、地面に左手をついて、右手に握った短剣の切っ先をこちらへと向ける。

その短剣には例のごとく紫色の文様が輝いており、刀身は三日月を描いている。

 

「行くぞ」

分身がそう呟くと同時、残像をも置き去りにするほどの速度で、こちらに突っ込んでくる。

虚空に一条の銀光が引かれ、それが私の方へと一直線に伸びてくる。

それを左手に持ったコンバットナイフで受け止め、右手に持っている拳銃で分身の眉間に狙いをつけて、引き金を引く。

「ーー遅い。」

しかし、撃鉄が雷管を押した頃には、銃口の先に分身の姿はなく、その姿は私の背後にあった。

それを知覚し、背後を振り返ると、私の体を引き裂かんとするように振り上げられたナイフが目に入る。

だが、この展開は予想済みだ。右足を軸にして時計回りに回転し、ナイフを分身めがけて振るう。

だが、分身はすんでのところで後ろに飛んでナイフを(かわ)した。

「桜火!」

叫ぶと、桜火はすでに作り出していた焔の矢を、分身の着地地点に放つ。

だがそれをさらに後ろに飛ぶことで躱し、飛翔しながら、左の指をこちらへと向ける。

「射抜けよ紫電ッ!」

分身が謎の言葉を叫ぶと同時、左手から稲光が迸る。

虚空に(きら)めく一条の稲光は、迷わずに私めがけて飛翔する。

それを、体を左に半身ずらすことで躱し、続く二閃目の稲光を体を反らして躱す。

だが、今のは偶然避けられたにすぎない。

相手が自分の戦闘をするからこそ読めただけであって、初見だったら恐らく今の攻撃で死んでいただろう。

そして、分身の方へと向き直る。

しかし、そこに分身の姿はなく、右に大きく離れたところに移動していた。

「どうしたの?随分余裕がないみたいだけど。」

彼我の距離十数メートルを保ったまま、睨み合いに突入する。

軽口をたたきながらも、息を整えて、相手の出方を伺う。

「抜かせ。私がまだ本気でないことぐらい気づいているだろう?」

確かに、今まで幻惑の魔術を使っていないところを見ると、まだまだ本気ではないのだろう。

しかし、本気を出していない今だからこそ、勝ち目がある。

ならば、相手に本気を出される前に殺す。格上殺し(ジャイアント・キリング)の鉄則だ。

「……次で決めるッ!」

そして、速攻をかけるために今度は私から飛び出す。

走りながら、分身に銃口を向け、引き金を引く。

しかし当然、放たれた弾丸は誰もいない空間を横切り、空を切っていく。

そして、予想通り、分身は私に向かって走り出した。

左手を開いてこちらに向け、何事かを呟き始める。

もちろんこの動きも、私が電撃の魔術を使う時の癖だ。

そして、この動作の後に何が起こるのかも、当然知っている。

「駆けよ(いかずち)、地を()く駆けよッ!」

分身が声を強く発すると同時に、左手を地面に強く振り下ろし、地面から何条もの稲妻が空間を埋め尽くすように迸る。

稲光は横一線に並んで地面から空へと向かって迸っており、(うごめ)く様はまるで蛇のようだ。

しかし、これも本来は私の力の一部だ。その対処法は心得ている。

稲妻の壁に沿って右に大きく回り込むように走り、稲妻の壁の切れ目から分身に向かって発砲する。

それを半身ずらすだけで躱し、再びこちらを左指で指差して、何事かを呟き始める。

「射抜けよ紫でーー」

「遅いッ!」

しかし、新たに電撃を私に飛ばそうとして意識が削がれていたのか、いつの間にか消えていた稲妻の壁から京介が姿を現し、両手に持つ短剣を残像を鼻で笑う速度で振るう。

刹那。虚空に煌めく四条の銀光、二つの鋭角を(えが)いて、虚空に十字を描く。

だが、分身は即座に抜いた歪な短剣で京介の剣筋の悉くを受け流した。

「桜火!今よ!」

桜火に合図を送ると、焔の矢が分身めがけて分身の背後から飛翔する。

そして、それに合わせるように走り出し、分身の左腕へと迫る。

前からは京介が、背後からは桜火の矢が、そして左側からは私が。

一瞬の間に突きつけられた死の三択、だがこの程度で仕留められるとは(はな)から思っていない。

「なかなかやるが…まだまだだな!」

前から突っ込んでくる京介の頭に手を置き、それを中心に足で円を描くように回転して、京介の背後に降り立つ。

その際に、首筋を二回短剣で斬りつけようとしていたが、京介に見切られ、その両方を受け流されていた。

そして、分身が降り立った瞬間を狙いすましたかのように、京介が左足を軸にして反時計回りに回転し始める。

すると、桜火の矢は京介の背中を通過して、再び分身をその射線上に(とら)える。

だが、分身は、飛翔してきた矢をも身をかがめることで躱した。

その頭上を京介の右の刃が襲うが、屈んだ姿勢から右に飛び、回避する。

そして、それに合わせて引き金を引き、放たれた弾丸が無茶苦茶な機動の連続で姿勢の崩れた分身へと迫り、その脳天を穿つ。

ーーはずだった。

「雷よ!」

分身は短く叫ぶと、右手を地面に振り下ろし、稲妻の壁を瞬時に作り出す。

弾丸はその壁に捕まり、分身へと届くことなくその場に落ちた。

分身と、私たちが、稲妻の壁によって隔てられ、再び睨み合いに突入する。

「…もうそっちは品切れなのかしら?」

四発撃って空になった拳銃の弾倉を交換しながら、威圧するように高圧的に声をかける。

「そんなわけないだろう…そろそろ私も本気を出すとしようか。」

しかし、分身はその威圧に屈することなく、力を解放していった。

手にした歪な短剣が一層妖しく輝くと、紫色の輝きは分身の右腕にも現れ、肌で感じるほどに強大な魔力が分身へと集まっていく。

「ああ…力が(みなぎ)るのを感じる…」

分身は顔を輝かせる。

顔は私のままで、しかし表情はどこまでも(くら)く狂った表情であった。

そして、右手の光が収まると、姿形は変わらないものの、先程の何倍も邪悪な雰囲気を身に纏った分身がそこにいた。

「さあ、最終ラウンドだ。覚悟はいいな?」

邪悪な存在が、その存在を主張するように、その雰囲気をさらに大きなものへと変えていく。

戦えば必敗、その先にあるのは、死、のみ。

そんな予感を、嫌が応にも感じざるを得ない。

それほどの存在が、目の前にいた。

しかし、その絶望を振り払うように、耳につけていたインカムから、聞き慣れた声が響く。

『…準備完了…』

ほんの短い言葉だったが、それだけで胸を支配していた絶望がすっと消えていく。

そして、未だに震える腕を叱咤(しった)し、強引に動かして、分身に銃口を向ける。

「ほう…威勢だけはいいようだな。」

私の震える姿を嘲笑うかのように、否、実際に笑いで肩を震わせていた。

「そうね…あんたは…終わりよ…」

深く息を吸うと、震えていた腕も膝も落ち着いてくる。

インカム越しに響いた声の主を信じて、引き金に手をかける。

「さあ、たかが拳銃が、私をどうできる?(もっと)も、私の力の前には無力だがな。」

今しかない。自分の新たな力に酔いしれている今しか、アイツを殺す瞬間はない。

心に暗示をかけ、引き金を引く。

撃鉄が雷管を押し、炸薬が作動し音速で弾丸が一条の赤い光を引きながら、分身へと迫る。

しかしそれは虚空に引かれる一条の稲妻に迎撃され、破砕する。

しかし、その弾丸は破砕されるだけではなく、その場で大爆発を起こす。

上方向に指向性が持たれたその爆発は、爆発半径こそ小さく、爆発する瞬間を目で見て後ろに飛び退いた分身には届かなかったが、巨大な噴煙と爆音を轟かせて、天高くまで火柱を吹き上げる。

「ぐ…ッ…!?なんだ、この弾丸は…?」

ダメージにはなっていないものの、見たことのない現象に、分身は目を瞬かせる。

しかし、次の瞬間には、分身は空中に鮮血を撒き散らしながら、うつ伏せに倒れ伏していた。

 

 

…遠くで、きらりと光る一条の稲光が見えた。

恐らく、仲間たちの戦いが始まったのだろう。

手助けに行きたい気持ちをこらえ、俺は俺のするべきことをするために、心を無にして作業を続ける。

 

「ーー我は龍を司る者、森羅万象( しんらばんしょう)(ことわり)を統べる者(なり)。」

言葉を紡ぐごとに、感覚が研ぎ澄まされ、本来目に見えないはずの魔力の糸が見えるようになる。

その糸を手繰(たぐ)り寄せるようにして、一つの大きな(かご)を編み上げる。

その籠の中に、駐屯基地から持ってきた、魔力を遮断する布を粉末にしたものを入れる。

この布は、魔導科に支給されているローブにも使われている物だ。

編み目は()きだらけだったが、不思議とその隙間から粉末が(こぼ)れることはなく、自然と籠の中が粉末でいっぱいになる。

「ーー森羅万象は我が手の内にあり。」

研ぎ澄まされた感覚のまま、千切れそうな魔力の糸を引き、拳を握ると、籠が不思議と小さくなる。

潰れたというよりむしろ、縮んだような小さくなり方だった。

弾芯の中が空になっているライフルの弾をつまみ、その弾芯の中に小さくなった魔力の籠を詰める。

叩けば崩れそうな脆そうな籠だが、なぜか崩れず、形を弾芯の形に変え、すんなりとその中に収まる。

「ーー我が(たもと)を離れれば、森羅万象は自然に()す。」

最後の言葉で締め括ると、弾丸に水色の輝く線が浮かぶ。

それを確認してから、羽織っているローブの中にある鉄片を地面にぶちまける。

ローブの中に手を入れ、一際大きいそれを手にして、頭の中で狙撃銃を思い浮かべる。

数瞬後、手元には、緑色の輝く線が走る、細長い狙撃銃(スナイパー・ライフル)が現れる。

これで、やっと準備が整った。

「準備完了」

インカムに向かって声をかけ、地面に腹這いになる。

バイポッドを立てて狙撃銃を安定させ、照準器越しに二キロメートル程先にある戦場を見据える。

そこには、紺、京介、桜火と、紺の分身の四人がいた。

その内、紺の分身を照準器の真ん中に収め、動きがあるのを待つ。

数秒後、その場で激しい爆発が起こる。これは、戦いが始まる前に決めていた合図だ。

その合図に従って、緑色の輝く線が走る弾丸をローブの中から取り出し、狙撃銃に装填する。

そして、狙いを紺の分身の頭へと向け、引き金を引く。

風を切る音も立てず、緑色に輝く一条の光は風や重力の影響を受けないように一直線に飛んでいき、狙い(あやま)たずに、分身の頭部に命中する。

それを受けて分身はその場に倒れ伏し、頭を中心にして血溜まりができる。

しかし、それでも生命活動は止めず、生への執念からか、手を動かし続けている。

そして、計画通りに先ほど作った水色に輝く弾丸を狙撃銃に装填し、分身の首の横へと弾丸を放つ。

着弾後、着弾地点を中心にして白い粉末がまるで雪のようにぱらぱらと降り注ぐ。

 

 

私の分身が地面に倒れてから数秒後、あたりには雪が降り注いだ。

地面に倒れている自分の分身に追い打ちをかけるようで心苦しいが、氷矢のこともある。この状態からでも痛手を受ける可能性はあるのだ。

よって、安全策をとって、辺りには魔力を遮断する雪を降らせてもらった。

「…さようなら、私の分身。」

短く手向けの言葉を口にして、心臓めがけて引き金を引く。

どしゅ、という弾丸が肉にめり込む音とともに分身の体が一瞬大きく跳ね、そして動かなくなる。

そして、傍に落ちていた歪な短剣を、力の限りコンバットナイフで殴りつけ、破壊した。

「…紺。これで、本当に、終わったのか…?」

京介が心配そうに私に聞いてくる。

恐らく、以前のように本当は死んでいない可能性を思ってのことだろう。

「ええ。今度こそ終わりよ…失っていた力が戻ってくるのを感じたわ。」

しかし、今度こそ本当の終わりだ。

今まで分身に取られていた力が戻ってくるのを体で感じ、それを確信する。

「じゃあ、これで、氷矢も…」

桜火が嬉しそうに涙を流す。

長年付き合ってきた相棒が復活することに、喜びを感じているのだろう。

 

…こうして、長かった夜が明けていった。




予想以上に戦闘描写が薄くなってしまった…
次回は後日談的なサムスィングです。
まだまだ続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。