遊戯王RISE! (語彙力壊獣タドコロン)
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1話:青眼龍轟臨

「んー……あとはコレ抜いて……よっしゃ、40枚になった」

 

 俺、槙島 一真(まきしま かずま)は、カードの散らばる机に向かい、ようやっと完成したカードの束……所謂カードデッキを前にして一つ安堵の息を吐いた。

 昨晩から考えて、考えて、考え抜いた末、ようやっと完成した俺のデッキだ。

 

「やっと出来たよ〜……って、もう朝か!この魔法刺すか刺さないか、あとコイツをピンか2積みかでだいぶ悩んだからな……」

 

 いつの間にか、窓から朝日が差し込んで来ていた。何処からか、甲高い鳥の囀りが聞こえる。デッキを実際に組み出したの一週間前。妨害札の配分と出張パーツの塩梅には難儀したが、今日のデッキはなかなかの自信作だ。

 

「ふぃ〜……よく頑張った俺、ちょっと仮眠取るか……」

 

 俺は少しばかり惰眠を貪ろうとベッドに潜り込もうとし……その時、目覚まし時計の示す時刻が目に入り、ぼんやりしていた意識が急速に覚醒した。

 

「って、もうこんな時間かよ!真綾待たせてるかも知れないじゃん!」

 

 俺はばっとベッドから跳ね起きると、今しがた作り上げたカードデッキをデッキケースに入れ、猛ダッシュで身支度を始める。

 今日は遊戯王OCG (オフィシャルカードゲーム)の公認大会、しかも真綾が付き合ってくれるのに、なんで徹夜なんかしちゃったかなぁ……。

 

 遊戯王OCG。

 モンスター、魔法、罠のカードを駆使して戦うカードゲーム。単純ながらも奥の深いゲーム性で、長く愛され続けている。もっとも、カードパワーの調整やルールの管理などはいい加減というのが、専らの評判なのだが……

 そして、俺も、その魅力に魅せられたプレイヤーの一人。今日も電車で15分の後に歩きで5分のところにある、カードゲーム専門店で開催される公認大会に向かっている、という訳だ。

 

「ご、ごめん!待った?」

 

 俺は、いつも待ち合わせるコンビニ前で息を切らしてなんとか言葉を紡いだ。

 

「いえ。私も来たばっかりですから、全然大丈夫ですよ。さ、行きましょう?」

 

 俺の前に立って笑顔を見せてくれるのは志島 真綾(しじま まあや)。流れるような金色の髪を後ろで編み込んだ、アメジストの瞳が特徴的な冴えるような美貌と、ハリのある大きなおっぱいを持った、俺なんぞにはもったい無いくらいの可愛い彼女。幼い頃から家族ぐるみの付き合いがあり、正式に恋人として付き合って……2年と半年くらいか。

 俺と真綾は並んで歩き出す。

 

「それより、一真くんの方は大丈夫なんですか?ちょっと目の下に隈が出来てますよ?」

 

「ああ、さっきまでデッキ考えてて徹夜しちゃって」

 

「もう、あんまり無理しすぎると、本番で勝てませんよ?」

 

「心配してくれてありがと。でも、今日のデッキはちょっと自信あるんだ」

 

 車の行き交う交差点の、赤信号で立ち止まる俺と真綾。俺は鞄から愛用のデッキの入った、デッキケースを取り出した。

 幼い頃に漫画『遊☆戯☆王』を読んだ影響で、あるカードを軸に作り上げたデッキ、ちょっと前までは大きな大会で、俺のようなヘタクソが使っても勝てはしたのだけれども…最近はカードパワーのインフレに取り残され気味なのが実情だ。1勝も出来ずにベコンベコンにノされて帰ってくるのも日常茶飯事と言えた。

勝てない理由は前述の通り俺が下手くそなのと、最近出たカードとの相性があまり良くない、というのもある。現実ってのは厳しい。

 俺はデッキをケースから半分ほど取り出した。デッキボトムのカードは、俺が小さい頃から愛用しているモンスターカード……ただステータスがちょいと高いばかりの木偶、と陰口を叩かれた事もあるが、俺のデッキには欠かせない相棒だ。

 

「なんだかんだ言っても……やっぱり俺は、このデッキが一番手に馴染むな。捨てられないよ」

 

 俺も、過去色々とデッキを試してみたが…このデッキほど馴染むものは未だかつて無かった。指でカードの表面にそっと触れる。そんな俺を、真綾は優しい表情で見守ってくれていた。

 

「時代遅れと言われたって、何べん負けたって、コイツとなら頑張れるよ」

 

 朝の爽やかな風が右から吹き、俺の言葉を何処へともなくさらってゆく。

 やっぱり俺は、このカードと、デュエルと、遊戯王OCGが大好きだ。

 

「そうそう、その意気ですよ。一真くん」

 

 ぐっ、と握りこぶしを作って励ましてくれる真綾。本当に、何にも取り柄のない俺なんぞには勿体無い、最高の彼女だ。俺は真綾と出会えて、本当に良かったと思ってる。

 

「そうだ、一真くん。晩は私の家でご飯食べていきませんか?」

 

「え!? いいの!?」

 

 驚く俺に、にこりと笑って真綾は続けてくれる。

 

「勿論ですよ! 今日は一真くんの大好きな、鶏肉の生姜焼きのつもりなんです。勿論、タマネギいっぱい乗せますよ」

 

「ありがとう! 嬉しいなぁ!」

 

 信号が青く変わり、俺たちは歩き出す。会話に夢中な俺たちは、急スピードで突っ込んでくるトラックに、気付くのが遅れた。

 

「……!! 真綾!!」

 

 俺は咄嗟に真綾を庇い、突き飛ばしたが…遅かった。

 衝撃と激痛。身体が中を舞う浮遊感と風の感覚。遅れてやってくるアスファルトの感覚。そして全身から襲ってくる猛烈な痛み。

 俺のものらしき血の海が視界に映り……俺の意識は、何も言語化出来ずに、暗い泥濘の中に沈んでいった。

 

===

 

「ん……」

 

 俺は重たい瞼を開く。目に入ったのは薄いアイボリーの天井と、電灯の光。

 俺は、あの時、トラックとぶつかって……

 そこまで考えて、俺は大事な事に気付いた。

 ……そうだ、真綾!真綾はどうなった!?

 

「……!!」

 

 俺は上体をがばりと起こす。

 辺りを見渡すと…右隣に、俺と同じ布団に身を包んで、懇々と眠る真綾の美貌があった。

 

「真綾……!」

 

 俺は真綾の肩を、可能な限り力を抑えて、優しく揺する。

 

「……ん」

 

 真綾が色っぽい声とともに薄眼を開け、こちらを見る。

 

「一真……くん……?」

 

「良かった……気がついたんだね」

 

 俺は安堵の息を吐く。真綾もむくりと上体を起こした。

 

「一体、ここは何処なんだろう」

 

「あれ?あそこに紙が」

 

真綾の言葉に振り返ると、俺の服を置いていた机に、一枚のメモ書きが。

拾い上げて、俺と真綾は顔を寄せ合い、読み上げる。

 

「なになに……『親愛なる槙島 一真くん及び志島 真綾くんへ。君たちは私の書類上のミスで命を落とした。お詫びに君が生前好きだった『遊戯王』の世界に転生させる事にしたので、存分に第二の人生を楽しんでくれ給え。神より』」

 

俺と真綾はぽかん、と口と目をOの字にして顔を見合わせる。

正直言って、訳がわからない。第一、俺は遊戯王のアニメシリーズはバイトやら公式大会やらCSやらの都合であまり観れてない。何が誰のカードが知ってる、くらいなもんだ。

 

「……」

 

「……」

 

 俺と真綾の間に、沈黙が流れた。

 こんな突拍子もなく、見知らぬ土地に飛ばされて、どうすりゃいいんだよ。

 

===

 

 取り敢えず俺と真綾は、部屋の周囲の捜索と、住んでる場所なんかのチェックから始めた。

 手荷物の類は全部持ってきてくれていたようなので、財布や預金通帳を始め、趣味の遊戯王OCG……この世界では『デュエルモンスターズ』か……のデッキ及び調整用のカードファイルも、一枚の欠けもなかった。

 リビングルームに設えられていたPCや、携帯の位置情報などから、ここが日本の『舞網市』なる場所であることは分かったが…そんな地名に聞き覚えはない。

 どうしたもんかねぇ、と頭を抱えていたところに。

 

「一真くん!こっちに……!」

 

 玄関先から聞こえた真綾の声に、俺は足を進める。

 真綾の視線の先にあるものを視認し…俺は眼を丸くした。

 この灰色の、分厚いタブレット端末のような装置は、もしや……

 

「デュエルディスク……か……?」

 

 俺は口から言葉を漏らす。灰色のそれを手に取り、腕に装着する。がちゃり、とベルトが左腕に巻きつく。

 液晶画面をタップすると、それが点灯し、端末の側面から半実体のソリッドビジョン製と思しきプレートが展開した。

 

「うぉ!?」

 

 俺は驚嘆をそのまま口にする。

 

「うそ……本当に……遊戯王の世界に来ちゃったんですか……!?」

 

 真綾も掌を口に当てて、驚愕している。見ると、またしても一枚のメモ用紙が、デュエルディスクの下に敷かれていた。

 

「ん…『この世界では何かと要り用になるので、大切に使うように。マニュアルは本棚に置いてあるので、熟読するべし。神より』」

 

 俺はそのメモ用紙を読み上げる。 腕の展開されたデュエルディスクを見ると、マジで遊戯王の世界に来たんだな、という実感が、今更ながらに湧いて来た。

 

 

 

「取り敢えず当面の問題は、明日からの生活資金だね」

 

「はい。当面は苦労しなさそうですが…」

 

 その夜。俺と真綾は、米飯と冷蔵庫のあり合わせの野菜で、二人して作った炒飯を食べながら、今後の方針について相談していた。学校やバイト先などの、前の身寄りに連絡は取れない上に、見知らぬ土地でコネもゼロ。

 救いといえば、リビングに置いてあった通帳には、4〜5年ほどは遊んで暮らしていける額が支給されていた、という事か。

 

「ま、焦ったところで仕方ないな。明日から、職探しだね」

 

「はい。この周辺を調べるのも兼ねて、明日は出ましょう」

 

 真綾も俺の言葉に頷く。まぁウダウダ悩んでたところで、仕方ない。

 少し思考に余裕が出来てきた所で、俺の頭にある考えが浮かんだ。

 俺たちは同い年……17の高校生だった訳なんだけれども。お互いの家に数日ほど泊まり込む事こそあれ……こんな風に共同生活なんて、初めてだぞ俺!?いきなり段階すっ飛ばし過ぎじゃないのか!?第一、俺たちは、キスも経験少ない、肌を重ねたことすらない、ウブなカップルだというのに、いきなり一つ屋根の下で……というのは、性急すぎるんじゃないか!?

 こうして不安と恥ずかしさのなか、俺と真綾の同居生活が幕を開ける事になるのだった。

 

===

 

 翌朝。取り敢えず周辺のコンビニなんかを巡り、求職情報誌や新聞、食べ物に日用品などを漁る。

 保険証などの身分証明書は前の世界と同じだったし、今朝確認した見た目も…アニメの絵チックにはなっているが…右に流した長めの銀髪に、端正とよく言われる顔立ちと青い瞳はそのまんまで、人相が全然違うという事も無かったし、身分の証明すら困難という事は無かった。幸いにして、住んでいるマンションの立地上、買い物に難儀する事もなく。特にカード屋が近場にあるのはありがたかった。

 俺と真綾は、買い物袋を提げて、休憩がてらカード屋に寄った……のだが。

 

「オイオイ……冗談だろコレ…?」

 

「えぇ……嘘みたい……ですね……」

 

 呆然と立ち尽くす俺と真綾。

 眼の前には一枚のカードがあった。

 

『灰流うらら・スーパーレア 500000円』

 

 俺たちの元居た世界でも高価なカードではあったが……ここまですると思いもよらなかった。

 否、それだけではない。

 

『次元障壁・スーパーレア 420000円』

 

『幽鬼うさぎ・スーパーレア 300000円』

 

『裁きの龍・ウルトラレア 120000円』

 

『神の通告・スーパーレア 400000円』

 

『鳥銃士カステル・スーパーレア 200000円』

 

 他にも汎用性の高いカード、強力なカードは軒並み値段が6桁台に突入している。

 しかもこれは、あくまで日本語版のカードに限った話だ。英語版の1stEditionなどはこの倍以上の値段のものすらある。とりわけ融合、儀式、シンクロ、エクシーズなどのエース級モンスターは高値が付いていた。

 

「……」

 

「……」

 

 俺と真綾は各々、自分の財布を見る。俺の所持金は5000円、真綾の所持金は30000円。

 これには俺たちも、物理的に頭を抱えた。シングル買いしてデッキを強化しようにも、どうにもならない。当面は、手持ちでどうにかするしかない……と判断せざるを得なかった。

 唯一の救いは、俺のカードケースやファイルはある程度持参していたので、メインで使うデッキ一つの調整、カスタマイズには不便しない、という点だった。

 ストレージを漁ってみても、デッキに合いそうなカードが無かったので、値段の安いカードを数枚買うに留まった。値上がりしそうなカードを見繕って、などという器用な真似は、お上りさんの俺たちには難しい。

 

「……帰ろうか」

 

「そう……ですね」

 

 俺と真綾がぽつり、と呟く。踵を返して帰ろうかと思った時。奥側のデュエルスペースから、まるで煮沸するかのような歓声が沸き起こった。

 

「何でしょうか?」

 

「向こうのデュエルスペースからだね。覗いてみようか?」

 

 真綾の疑問。俺たちはそそそ、とデュエルスペースに出来た人集りまで歩く。

 見ると、そこには対峙する人影。一人は倒れ伏しているが、もう一人は両手を挙げて拍手喝采を全身で浴びていた。茶髪の髪を逆立たせ、額にゴーグルをした優男だ。胸元には水晶のペンデュラム。

「俺のエンタメデュエル、楽しんでもらえたかな?!次のお相手は、誰にお願いしようかなぁ?」

 

 茶髪の優男が言うと、周りからも歓声が、特に女性の声が響く。皆一様に目を輝かせていた。

 

「キャー!大輝さま格好いいー!」

 

「流石大輝さま、次勝てば100連勝よぉ!」

「痺れるぅ!」

 

 彼のファンと思しき女性達の黄色い声。

 

「あの方……有名人なんでしょうか?」

 

「この反応を見ると、きっと相当だね」

 

 真綾と俺が周囲のノリに乗れずにいた時。

 

「ああ、彼は最近プロの舞台で活躍するエンタメデュエリスト、小嶋 大輝だ。君たち、知らないのか?」

 

 隣の小太りの男が、訳知り顔で解説する。プロのデュエリスト、そう言う職業が成り立つ世界なのだな。

 と、俺たちがようやっと事情を飲み込んだ瞬間に。

 

「そうだ、そこの君!」

 

 俺に向けられる優男の人差し指。俺は目を丸くして、鼻の頭を自分で指差す。

 

「は、はい?俺ですか?」

 

 大輝と呼ばれた優男はうんうんと頷き、

「そう。君だよ。良ければ、僕のお相手を願えないかな?」

 

 周囲から俺に放たれる羨望の眼差し。俺は真綾の方を向く。真綾も困った様子だ。

 

「良いじゃないか、君!プロのデュエリストとのデュエルなんて、滅多にできる事じゃないよ?」

 

 隣の小太りの男が言う。俺はしばし逡巡し、

 

「まぁ、ひと試合くらいなら……」

 

「ありがとう!ノリが良くて助かるよ!君の名前は……」

 

「あ、槙島 一真です」

 

 歌い上げるように笑顔で言う小嶋 大輝と、対峙する。

 昨日読んだマニュアルを思い出しつつ、液晶をタップしてプレートを展開。デッキをセットすると、オートでシャッフルした。

 

「さあ、槙島くん、準備はいいかな?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 俺は深呼吸して息を整える。そう言えば生まれ変わってからこっち、初のデュエルだ。

 

「「デュエル!!」」

 

 掛け声と共に、俺と小嶋は初期手札5枚を引き抜いた。

 

===

 

 一真

 LP:4000

 

 小嶋

 LP:4000

 

「先行は……僕だな!」

 

 小嶋は確認すると、おもむろにばっと右手を広げ、

 

「レディース・エーン・ジェントルメーン!今日はお集まりくださり、ありがとうございまーす!今日はこの小嶋 大輝の華々しいエンタメデュエルの世界に、みなさんをご招待しまーす!」

 

 まるで大道芸人の前口上の様だ。俺はこのノリについて行けそうにない。

 

「先ずは、この舞台の主役にご登場願いましょう!」

 

 おもむろに二枚のカードを自分の手札から選ぶ小嶋。

「私は、手札の《EM(エンタメイト)ブランコブラ》と《EMオッドアイズ・ユニコーン》で、ペンデュラムスケールをセッティング!」

 

 小嶋がデュエルディスクのプレート両端にカードをセッティングすると、光のヴェールに包まれた蛇と一角獣が出現した。この召喚法は、ペンデュラム召喚か!

 

「これでレベル3〜7のモンスターが同時に召喚可能!」

 

 高らかに宣言する小嶋。周囲の観客のテンションも上がって行く。

 

「揺れろ!魂のペンデュラム!天空に描け光のアーク!」

 

 フィールド両端に存在する光のヴェールの間に、巨大なワームホールが現れた。観客のテンションはもう最高潮だ。

 

「ペンデュラム召喚!現れよ!我が僕のモンスターよ!」

 

天空のワームホールから降り注ぐ、一筋の光の帯。その光が収束し、一つの人型を形作る。

 

「さあ皆さん、拍手でお迎えください!《EMスライハンド・マジシャン》!」

 

 《EMスライハンド・マジシャン》

 星7/光属性/魔法使い族/攻2500/守2000

 

 出現したのは、仮面を被った道化の魔術師。

 それにしても……アニメで存在を知っていたとは言え、ソリッドビジョンの質感・リアリティ、まるで本物じゃないか。俺は驚愕するしかなかった。

 

「これが、俺の『エンタメデュエル』!私はカードを一枚伏せて、ターンエンドします!」

 

 やたらと芝居掛かった口調でこちらにターンを渡す小嶋。観客からぱちぱちと拍手する音が聞こえる。

 

 小嶋

 LP4000

 手札1

 モンスター:《EMスライハンド・マジシャン》

 魔法・罠:伏せ1

 P:《EMブランコブラ》(スケール2)《EMオッドアイズ・ユニコーン》(スケール8)

 

「俺のターン、ドローします!」

 

 俺はデュエルディスクからカードを引き抜き、手元の手札と照らし合わせて考える。……やる事は一つか。

 

「スタンバイからメインフェイズ!手札を一枚捨て、魔法カード《ツインツイスター》発動!対象は伏せカードと、ペンデュラムゾーンの《オッドアイズ・ユニコーン》!」

 

 二つの竜巻が小嶋の魔法・罠ゾーンとPゾーンで発生。それらは容赦なく伏せカード《聖なるバリア-ミラーフォース》と《オッドアイズ・ユニコーン》を引き裂いた。……《ミラーフォース》があったのか。危ない危ない。

 

「そして、魔法カード《復活の福音》発動!墓地からレベル7・8のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚!」

 

 俺は、墓地ゾーンから引き抜いた、相棒とも言えるカードをプレートにセットした。

 

「出でよッ!《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》ッ!」

 

 俺の場に出現し、雄々しい翼を広げて雄叫びを上げるのは、白い流線型の巨躯を持つ、青き瞳をしたドラゴンだ。

 自分で召喚しておいて何だけど、本当に格好良いなあ……!

 

 《青眼の白龍》

 星8/光/ドラゴン族/攻3000/守2500

 

「綺麗……」

 

 俺の横側で観戦していた真綾が、感嘆の息と共に言葉を漏らす。

 

「こ、攻撃力3000!?」

 

 驚愕に眼を見張る小嶋。俺は即座に宣言する。

 

「バトルフェイズ!《青眼の白龍》で、《スライハンド・マジシャン》を攻撃!」

 

 俺の命と共に、白き龍は牙の並ぶ口腔を開け、そこに光を収束させてゆく。

 

「『滅びのバースト・ストリーム』ッ!」

 

 ……しまった。デュエルディスクがあるからといって、ついノリでやってしまった。

 白きドラゴンは俺の号令と共に極大の光を射出。その青白い破壊の奔流は、エンタメイトのマジシャンを飲み込み、跡形もなく消失させる。

 

 小嶋

 LP:4000→3500

 

「お、俺の《スライハンド・マジシャン》が……」

 

 呆然と呟く小嶋。何だかさっきの手品師然とした喋り方からえらい落差だな。俺は更に手を進める。

 

「メイン2、手札から、《青き眼の賢士》通常召喚!」

 

 白き巨龍に隣に、銀の長髪と青い眼の魔術師が現れる。

 

 《青き眼の賢士》

 星1/光/魔法使い族/攻0/守1500

 

「《賢士》効果で《エフェクト・ヴェーラー》を手札に加える。そして、《青眼の白龍》に《青き眼の賢士》をチューニング!」

 

 白龍の従者たる魔術師が光の環に姿を変え、その環を白い龍が潜る。すると、白龍の姿が透明になり、やがて星のような光点に姿を変えた。そして、円環から迸る光の柱。

 

「シンクロ召喚!出でよッ!《青眼の精霊龍(ブルーアイズ・スピリット・ドラゴン)》ッ!」

 

 その光の柱から出てきたのは、青い眼を持った、《青眼の白龍》に酷似した半透明の白龍だ。こちらも格好いい。

 

 《青眼の精霊龍》

 光/星9/ドラゴン族/攻2500/守3000

 

「俺はカードを1枚セットし、ターンエンド」

 

 布陣としては少し心許ないが、俺はターンを渡した。

 

 一真

 LP4000

 手札2

 モンスター:《青眼の精霊龍》守

 魔法・罠:伏せ1

 ペンデュラム:なし

 

「く、俺のターン!ドロー!」

 

 先攻1ターン目の道化みたいな口調はどこへやら。引いたカードを見る小嶋の顔は険しい。

 

「くそ……モンスターを裏守備表示でセットし、ターンエンド!」

 

「じゃあ、エンド時に《青眼の精霊龍》の効果発動!自身をリリースし、エクストラデッキから《蒼眼の銀龍》特殊召喚!」

 

 《精霊龍》が飛翔、光の粒子となって霧散する。その雪の粒のような光が再び収束し、今度はこれまた《青眼の白龍》に酷似した、銀色のドラゴンを形作った。

 

 《蒼眼の銀龍》

 星9/光/ドラゴン族/攻2500/守3000

 

「《銀龍》誘発効果発動!次の俺のターン終了時まで、場のドラゴン族は対象耐性と効果破壊耐性を得る!」

 

「う……ならば、改めてターンエンド」

 

 小嶋

 LP 3500

 手札1

 モンスター:裏守備1

 魔法・罠:なし

 ペンデュラム:《EMブランコブラ》(スケール2)

 

「俺のターン。ドロー!」

 

 回ってきた俺のターンに移る。俺はデッキトップからカードを引き抜いた。

 

「スタンバイフェイズ!《銀龍》効果発動!墓地の通常モンスター1体を特殊召喚!来い!《青眼の白龍》!」

 

 《銀龍》が咆哮を上げると、再び白き巨龍がその姿を現し、天に向かって吼えた。

 

「そして、《銀龍》を攻撃表示に変更し、手札から《太古の白石(ホワイト・オブ・エンシェント)》通常召喚!」

 

 白いドラゴンの横に、白い卵の化石のような球体が出現した。

 

 《太古の白石》

 星1/光/ドラゴン族/攻600/守500

 

 これで《銀龍》で裏守備モンスターを叩き、その後《太古》と《青眼》の攻撃が通れば、俺の勝ちだ。

 小嶋の顔つきがみるみるうちに曇っていく。やがて沈痛な面持ちで俯いてしまった彼を前に、俺は口を開いた。

 

「あのさ、俺バカだしエンタメとかよく分かんないんだけどさ……」

 

 俺は率直に、思った事を言葉にする。

 

「こんな盤面で言うのも何だけど……ショーの途中で凹んだりツラい顔つきして、お客が喜ぶのか?」

 

 はっ、と雷に打たれたように、表情が一変する小嶋。俺は更に言葉を紡ぐ。小嶋は、何かに気がついたような表情だ。

 

「……そうだ、僕が楽しくなきゃ、お客さんも楽しくないじゃないか……」

 

 小嶋は改めて顔を上げた。まるで晴れやかな青空のような、いい笑顔だった。そして彼は俺に向かって、宣言する。

 

「ありがとう。何か、吹っ切れたよ……さて皆さん!名残惜しいですが、そろそろ幕引きの時間がやって参りました!幕引きはゲストの槙島 一真さんにお願いしましょう!」

 

「おっけー、なら、バトルフェイズ!《蒼眼の銀龍》で裏守備モンスターを攻撃!」

 

 銀龍の放ったブレスは、表側表示になったピンクのカバ……《EMディスカバー・ヒッポ》を跡形もなく焼き尽くす。

 

「更に《太古の白石》で、プレイヤーにダイレクトアタック!」

 

 白龍の卵から光線が放たれ、それが小嶋に直撃する。

 

「ぐ……っ」

 

 小嶋

 LP:3500→2900

 

「そして、《青眼の白龍》で、プレイヤーにダイレクトアタック!『滅びのバースト・ストリーム』っ!」

 

 《青眼の白龍》がその牙の並ぶ口腔から、青白い極光を放った。

 その光は瞬く間に小嶋に迫り……その全身をあっさりと呑み込んだ。その衝撃に、小嶋は物理的に吹き飛ばされる。

 

「うわぁぁぁぁぁ!」

 

 小嶋

 LP:2900→0

 

 

 

「対戦、ありがとうございました」

 

 俺は小嶋の方に寄り、頭をぺこりと下げる。倒れていた小嶋はヒョイっと立ち上がり、俺に右手を差し出す。

 

「こちらこそ、ありがとう。俺も、榊 遊矢さんみたいにはいかないけど……いつか胸を張ってエンタメデュエリストって言える様に頑張るよ」

 

「小嶋さんなら、きっと出来ますよ」

 

 俺はその手を両掌で握り返した。周囲の観客からは拍手が巻き起こる。

 いつの間にか夕暮れの橙色が、空を支配していた。

 

===

 

「ふぅ、結構遊んじゃったなぁ。気づいたらもう夜だよ。ごめんね真綾」

 

「いえ。気にしないでください。私も楽しかったですから」

 

 俺と真綾は、すっかりと暗くなった道を並んで歩く。あの後、フリーでデュエルしたり、雑談したりしていたらこんな時間になってしまった。

 

「あの、一真くん……」

 

「ん?」

 

 真綾がおもむろに口を開き、俺は彼女の顔を見た。

 俺を見る真綾の顔は、優しい笑みで彩られていた。あまりにも綺麗なそれに、思わず見惚れてしまう。

 

「私……一真くんがデュエルしたり、デッキを作ったりしてる時の顔……とても好きなんです。凄く楽しそうで、優しい顔をしてますから」

 

 真綾はふふっ、と笑った。とても幸せそうな笑みだ。

 

「そんな一真くんと一緒にいるだけで、私も優しくて、楽しい気持ちになれるんです。だから私、一真くんと会えてよかったって、思ってます。慣れない土地で不安だらけですけど……一真くんとなら、何処でも大丈夫だろうって、そう思うんです」

 

 優しい笑顔の真綾。俺は衝動的に近寄って、彼女の手を握り、微笑み返す。

 

「ありがとう。真綾。俺も真綾に会えて、凄く幸せだよ」

 

「一真くん……」

 

 お互いにしばらく見つめ合い……二人してぼっと頰を赤く染めた。それでも手を繋いだまま、俺たちは歩き出す。

 暗くなった空で茫洋と輝きを放つ月が、俺たちを見守っていた。

 

 ……幸せ気分の俺たちはその時、はるか後ろをついて 来る人影に気がつかなかった……というのを知るのは、もう少し後のことだった。



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2話:高村デュエル塾

 俺は眉間に皺を寄せ、薄っぺらい冊子の紙面を睨む。俺の眼前には『高校生不可』の五文字。

 ご時世の影響か、求人情報誌に乗っかってるバイトは何処もかしこも高校生不可の看板ばかりが並び立つ。高校生が可能なものといえば、コンビニや飲食など、激務の割には安い給料のものばかり。

 

「むう……やっぱり選んでる余裕なんてないのか……」

 

 俺は諦めて、近場のコンビニに狙いを定める。

 小嶋とデュエルした翌日。俺はバイトを探すべく、求人情報誌と睨めっこしていた。

 どうやら俺たちは明後日から舞網市の公立高校、舞網高校に通う手筈になってるようで、帰ったら制服やら教科書やら書類やらが玄関先に置かれていた。神様が手配してくれたらしい。しかし、学校に通うとなると学費など諸々の出費が当然要るわけで。

 

「駄目ですよ、一真くん。お仕事はきちんと選ぶものです。まだお財布にも余裕はありますし、じっくり探しましょう?」

 

 真綾がコーヒーの入ったマグカップを俺の横に置いてくれた。マグカップをお揃いにしてくれた神様の心遣いに感謝する。

 

「そうだね、ありがとう。真綾」

 

 俺はコーヒーを一口飲む。ノンシュガーなのに、何故にこうも甘味がするのだろう。これが幸せの味という奴なのか。

 真綾の言う通りだな、と俺は思い直した。幸いにして神様がある程度の額は寄越してくれたので、無理をする必要もないか……

 

「まぁ焦ってもいい事ないし、気長にいこっかな……そうだ、コーヒー飲み終わったら、散歩行かない?序でに、あそこのカード屋覗いてもいいかな?」

 

「もう、一真くんったら……あんまり無駄遣いしちゃ、駄目ですよ?」

 

 困った笑顔を浮かべる真綾。ごめんね。

 

 

===

 

 

「うーん、《バーストブレス》……コレ決まったら強そうだけど、其処にリソース割くかって言われたら違うよなー……」

 

 俺は先ほど100円のくじで引いたカードを見やりながら頭を悩ませる。

 俺と真綾は散歩がてら、近くのカード屋に来たわけだが……やはりシングル買いには手が伸びそうに無く。代わりに100円くじとパックを数パック買ったわけだ。

 

「んー……コレも外れかなぁ」

 

「そう言う割には、一真くん、凄く楽しそうな顔ですよ」

 

「え?そ、そう?」

 

 俺は思わずでへへー、と笑顔を浮かべてしまう。隣に座る真綾もくすり、と笑った。

 100円くじに入っていたカードは、確かにOCG基準で見れば第一線を貼るのは難しいカードばかりだが、こうして使い道を考えてみるのも、楽しい。

 この何気ないけど、幸せな時間が、ずっと続けば良いのに……と思ったその刹那。

 

「なぁ兄ちゃん、少し良いか?」

 

 嗄れた声が俺の背に向けられる。

 

「はい?」

 

 1mgばかりの怒りとともに俺が振り返ると、其処には俺より少し背の低いくらいの、臙脂色のスーツを着、左目に黒い眼帯をした禿頭のご老人がいた。

 

「邪魔してすまんね。わしゃこう言う者じゃが……」

 

 両手で差し出された名刺を、俺は両手で受け取る。其処には『高村デュエル塾 代表 高村 銀次』と書かれていた。

 

「高村デュエル塾……?」

 

「そうじゃ。単刀直入に言おう。お前さん……わしの元で、プロデュエリストになってみる気はないか?」

 

 

===

 

 

「事の発端は……次元戦争とかいう『デュエルモンスターズ』を使ったイカレた戦争が終わってからじゃった」

 

 俺と真綾の対面に座る老人……高村 銀次は滔々と語り始めた。

 

「次元戦争……?」

 

 俺と真綾は頭上に疑問符を浮かべる。高村さんは頷き、言葉を続けた。

 

「そうじゃ。四つの次元がどうたらこうたら、詳しいことは分からんが……兎に角、その戦争で世界が滅びかけ、それを救った英雄たちのうち一人が、『遊勝塾』の榊 遊矢じゃった。その『遊勝塾』では『エンタメデュエル』という、自分も相手も観客も笑顔にするデュエル……というのを掲げておるんじゃが、それが大衆にウケたのじゃ」

 

「『エンタメデュエル』……ああ、小嶋さんの言っていた……」

 

 俺の言葉に高村さんは頷いて続ける。

 

「しかし、わしはその『エンタメデュエル』というのが、根本的に受け入れられなかったのじゃ」

 

「何故なんです?」

 

 真綾の質問に、高村さんの目が鋭くなった。まるで獲物を狙う鷹のようだ。

 

「デュエルというのは、お互いに死力を尽くしてぶつかり合うデュエルというのはな……もうそれ自体が最高のエンターテイメントじゃ。余計な飾りなど必要はないのじゃよ、お嬢さん。変にエンタメと称して着飾ることは、お互いに死力を尽くしてぶつかり合うデュエルの本質から逸することになる。100%の力と力のぶつかり合いに、無駄なものなど必要ない。わしはそう信じておるし、今もそれは変わらないのじゃが……」

 

 そこで高村さんの瞳から覇気が消える。その落差たるや、まるで別人ではないか。

 

「『遊勝塾』の『エンタメデュエル』が人々に浸透し流行るにつれ、わしの『高村デュエル塾』からは人が減っていく一方での……有望なプロの卵ですら『遊勝塾』に引き抜かれてしまう有様じゃ」

 

 消え入りそうな声で語る高村さん。その辛苦の道程は、その表情が何よりも雄弁に物語っていた。

 

「どうしたもんかと途方に暮れておった所に……昨日、君というデュエリストが現れた訳じゃ。君ならプロを目指せる。わしもこう見えて昔はプロの舞台に立っていた者として、デュエリストを見る眼はまだ衰えてないつもりじゃ」

 

 再び獲物を狙う猛禽の様な瞳になり、俺の眼を真っ直ぐに見据える。

 

「頼む。どうかプロ契約して、わしの『高村デュエル塾』を、救ってほしい」

 

 深々と頭を下げる高村さん。俺と真綾は顔を見合わせる。

 怪しくない、といえば嘘になる。それに正直、俺はデュエル自体はそんなに上手くない。むしろ下手くそな部類だ。公認大会やCSの上位常連って訳じゃない。だけど……

 

「分かりました。では、高村さんの塾を見学させて貰っても宜しいですか?」

 

 俺には、高村さんが嘘をついている様には見えなかったし、何よりデュエルが好きだというのが伝わってきたから。

 

「そ、そうか!君、ありがとう……」

 

 泣き出しそうな笑顔で俺の右手をしっかりと両手で握る高村さん。そんな様子を、真綾も優しく見守っていた。

 

===

 

「ここが、『高村デュエル塾』じゃ」

 

 高村さんに連れられてきた場所は、川沿いにある二階建ての建物だった。屋上には金網のフェンスが張り巡らされている。軒先には『高村デュエル塾』と書かれた木製の看板。

 高村さんに案内されるままに、俺は玄関の自動ドアを潜る。

 

「失礼しま~す……」

 

 俺は自動ドアを潜り、室内に足を踏み入れる。すると。

 

「おぅ!おっかえりおっちゃん!」

 

「お帰りなさい先生!」

 

 刈り込んだ黒い短髪をした活発そうな少年と、長い茶色の髪をした大人しそうな少女が、大きな声で出迎えた。二人とも歳は7~8くらいか?

 

「オゥ!帰ったぞオメェたち!」

 

 柔和な表情で子供達に声をかける高村さん。孫を前にした優しいおじいちゃんそのものだ。

 

「雪乃のヤツぁ居ねえのか……仕方ねえ。オメェたち、今日はな、プロ志望の飛びっきりの強いヤツを連れてきたぞぉ!」

 

「ほんと!?」

 

「そうだとも!紹介しよう、彼こそ、この高村デュエル塾を背負って立つ、槙島 一真だ!」

 

 なんかえらい誇大広告だなぁ、と思わずにはいられなかったが、俺と真綾は笑顔でぺこり、と頭を下げる。

 

「槙島 一真です。よろしくお願いします!」

 

「連れの、志島 真綾です。よろしくお願いします」

 

「おっ、なかなかいい挨拶だな!俺は西谷 健吾!ケンゴでいいぜ!」

 

「浅野 比奈と申します。ヒナと呼んでください」

 

 少年と少女がそれぞれ挨拶をした。俺は視線を合わせる様にかがみ、

 

「宜しく頼むよ、先輩がた」

 

「せ、先輩~?お、俺センパイになっちゃったよぉ~」

 

「もう、ケンゴくんったら調子にのらないっ」

 

 照れ臭げに後頭部を掻くケンゴに、たしなめて見せるヒナ。俺も思わず笑みが零れる。

 

「さぁ!お喋りはそんくらいにして、オメェたちはプリント片付けちまいな!」

 

「はーい!」

 

「はい!」

 

 高村さんの声に、右手を上げて応じるケンゴとヒナ。二人とも奥の講義室らしき部屋にすたたたたっと走って行く。

 

「さて槙島くん、来てもらって早々で悪いが……今期のプロテストまで時間がない。今日からスパルタで行くぞ」

 

 先程までの柔和な表情から一変。巌のような顔つきになる高村さん。俺の顔つきも自然と引き締まる。

 

「はいっ!」

 

 

 

 屋上の金網に包まれたデュエルフィールド。そこで俺は高村さんと対峙する。所謂スパーリングという訳だ。高村さんの使うデッキは講義用のデッキだそうだが……

 

「さぁ、遠慮せんとかかって来い」

 

「はいっ!」

 

 俺と高村さんはデュエルディスクを構えた。半実体のレーザープレートが展開し、デッキがオートでシャッフルされる。

 

「「デュエル!!」」

 

 やがて、どちらとも無くデュエルの狼煙を上げ、俺たちは手札を引き抜いた。

 

===

 

 一真

 LP:4000

 

 高村

 LP:4000

 

「先攻は君に譲ろう」

 

「ありがとうございます。では、メインフェイズ!」

 

 俺は宣言し、初期手札を見た。これならやれなくはない筈だ。

 

「手札の《青眼の白龍》を公開することで、このカードは特殊召喚出来る!」

 

 俺は手札からプレート部分にカードをセットする

 

「来い!《青眼の亜白龍(ブルーアイズ・オルタナティブ・ホワイト・ドラゴン)》!」

 

 大地を割り、咆哮とともに出現するのは、体に青のラインを走らせた、青色の眼を持つ白きドラゴン。

 

「いきなり攻撃力3000とは…」

 

 高村さんが感嘆の言葉を口にする。

 だが、まだ俺にとっては序の口だ。

 

「そして、手札から魔法カード、《トレード・イン》!手札の《青眼の白龍》捨てて、2枚ドロー…そして、手札から《復活の福音》発動!墓地のこのカードを、特殊召喚!」

 

 遊翔の場に出現したドラゴンの像が割れ、光が溢れ出す。

 

「出でよ!《青眼の白龍》!」

 

 その白光の中から現れるのは、白き流線主体の巨体に、青い瞳を持つ、強大な力を秘めたドラゴン。眼前の高村さんに向けて、雄叫びを上げる。

 

「そして、手札からチューナーモンスター《青き眼の賢士》を通常召喚!」

 

 青き瞳のドラゴンに仕える魔導士が、遊翔のフィールドに現れる。

 

「チューナーモンスター!?まさか!」.

 

 驚く高村さん。俺は手を進める。

 

「そのまさかですよ!《青き眼の賢士》効果で、《エフェクト・ヴェーラー》を手札に!そして、レベル8《青眼の白龍》に、レベル1《青き眼の賢士》を、チューニング!」

 

 《青き眼の賢士》が、光の輪となり、それを白き龍が潜ると、眩い光の柱が奔り、新たなるドラゴンを生み出す。

 

「シンクロ召喚!レベル9《青眼の精霊龍》!」

 

 純白にして半透明の、またしても青き瞳を持つドラゴンが、光の粒子を纏って降り立つ。

 

「更に、《青眼の精霊龍》の効果発動!自身をリリースし、光属性ドラゴン族シンクロモンスターを守備表示で特殊召喚!」

 

 精霊の龍が飛翔、光の粒子となって消えてゆく。

その散った粒子が収束し、新しいドラゴンを生み出す。

 

「特殊召喚!《ライトロード・アーク ミカエル》!」

 

 粒子が集まり生まれたのは、光の軍勢《ライトロード》の守護者たる竜騎士。

 

「守備力3000の壁を崩した?!」

 

 修造さんは俺の意図を図りかねているらしい。俺は一枚のカードをスリットに読み込ませる。

 

「そして、手札から魔法カード発動!《ソウル・チャージ》!墓地から任意の数だけモンスターを特殊召喚し、その後その数×1000ライフを失う!」

 

 一真

 LP:4000→1000

 

 俺の場に現れるのは、《青眼の白龍》、《青き眼の賢士》、《青眼の精霊龍》。

 

「す、凄い、モンスターが5体…」

 

 手を口に当てて驚く真綾。

 

「よし、準備は整った!レベル7《ライトロード・アーク ミカエル》に、レベル1《青き眼の賢士》をチューニング!」

 

 再び光の輪となる魔術師。妖精の龍がその中をくぐり抜けると、光の柱が迸る。そして、新たなる光のドラゴンを生み出した。

 

「シンクロ召喚!レベル8《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》!」

 

 神聖なる煌めきの翼を輝かせて、水晶の光を持つドラゴンが、俺の場に降り立つ。

無事シンクロ召喚に成功した《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》を前に、俺はほっと胸をなで下ろす。

 確かあれはユーゴという少年のカードだった筈で、なんかフツーにシンクロ召喚出来たけど…大丈夫なのか?

 まあいいや、と俺は思考を切り替える。ゴチャゴチャ考えるのは苦手だ。

 

「そして、レベル8《青眼の白龍》とレベル8《青眼の亜白龍》で、オーバーレイ!」

 

 光の玉となり、地に渦巻く銀河に吸い込まれゆく、二体の白き龍。

 渦の中心から光の柱が立ち上がり、新しいモンスターを生み出した。

 

「エクシーズ召喚!《No.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシー》!」

 

 青白い光子の体にアーマーを纏ったようなドラゴンが、《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》の横に現れる。

 …ZEXALは観てないんだけど、ナンバーズって特殊なカードじゃなかったか?普通に出して、大丈夫なのか?…心配がまたも俺の頭を過った。

 

「エクシーズ召喚にシンクロ召喚まで使えるなんて……」

 

「格好いいドラゴンがずらっと並んでて、痺れるぅ!」

 

 課題を終わらせて来たらしく、高攻撃力ドラゴンの立ち並ぶ光景に眼を輝かせて、言葉を何とか紡ぐヒナと、興奮を抑えきれないケンゴ。

 

「俺はカードを1枚伏せ、ターンエンド」

 

 一真

 LP:1000

 手札:1

 モンスター:《青眼の精霊龍》守、《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》攻、《No.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシー》攻(ORU×2)

 魔法・罠:伏せ1

 P:無し

 

「成る程、フェイズ宣言もしっかり出来ておる。こいつはひょっとすると……ひょっとするかもしれんな?」

 

 俺のぶん回しは、高村さんにも好印象だったらしい。彼はデッキトップに手をかけ、カードを引く。

 

「わしのターン、ドロー!……では手札から……」

 

「スタンバイフェイズ終了前に永続罠カード発動!《虚無空間》!コレがある限り、お互いに特殊召喚は出来ません!」

 

「む……っ」

 

 手が止まる高村さん。

 

「ならば、魔法カード《地砕き》!」

 

「チェーンして《No.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシー》効果を発動!魔法カードの効果を無効にして、そのカードをORUとして取り込みます!」

 

 《地砕き》のカードのビジョンは光の球になり、光子の竜を周回する。

 

「むっ……ではモンスターを裏側守備表示で召喚!ターンエンド!」

 

 高村

 LP:8000

 手札:4

 モンスター:裏守備1

 魔法・罠:無し

 P:無し

 

「俺のターン、ドロー…スタンバイからメインまで!《青眼の精霊龍》を攻撃表示に変更し、バトル!《希望魁竜タイタニック・ギャラクシー》で、裏守備モンスターを攻撃!」

 

 光子の竜が口腔から放った光の奔流が、裏守備モンスターを焼き尽くす。そのカードは、

 

「ならば、《人食い虫》のリバース効果発動!場の《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》を、破壊する!」

 

「チェーンして、《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》の効果発動!《ナチュル・バタフライ》の効果発動を無効にして、破壊!」

 

 《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》

 ATK3000→3450

 

 宝石の輝きを持つドラゴンが、翼から光のヴェールを、おぞましい人型をした虫に浴びせ掛けると、その虫は光の中に霧散する。

 

「そして、《青眼の精霊龍》のダイレクトアタック!」

 

 青き眼の精霊龍が放つ光芒が、高村さんに直撃した。

 

「うわぁっ!」

 

 高村

 LP:4000→1500

 

「トドメだ!《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》で、プレイヤーにダイレクトアタック!」

 

 水晶の煌めきを持つ龍は高速で飛翔・旋回。一陣の光の矢となって高村さんに突撃、無慈悲にその全身を打ち付ける。

 

「うおおおおっ!?」

 

 歳の割には屈強な身体の高村さんも、堪らず吹っ飛んだ。

 

 LP:1500→0

 

===

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 俺は吹っ飛んだ高村さんに駆け寄った。どっこいしょ、と高村さんは立ち上がり、

 

「いや、大丈夫じゃ……これならプロテストも大丈夫じゃろう」

 

 爽やかな笑顔とともに、立ち上がった高村さんが俺と握手を交わした。

 

「対戦、ありがとうございました」

 

 俺は心からの礼を言う。

 

「うむ。これなら明日から安心してしばき倒せるわい。さぁ!これから忙しくなるから、覚悟しとけ!」

 

 俺の背をばしんと叩く高村さんの顔には笑顔。俺も釣られて笑った。これから、また忙しくなりそうだ。



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