一週間プロデュース~目指せパーフェクトコミュニケーション~ (シンP@ナターリア担当)
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今始まるストーリー~お願いアイドル達~

 社長室と書かれた薄暗い部屋。その奥に設置された大きな椅子に腰掛ける一人の男が電話口に話しかける。

 

「あぁ、では、その方向でよろしく頼むよ。あぁ、こっちのことは気にしないでくれ、彼女達もあぁ見えて結構タフなんでね」

 

 その口元からは笑みがこぼれ、後に一言二言話し、電話は切られた。さて・・・と小さく溢しながら、男は窓から外を見やる。そこには一人の女性が少し小柄な女の子と談笑をしていた。今から自分の身に起こることを知らないままで・・・。

 

 

 所変わり、同じく社長室と書かれた部屋に二人の男性がいた。片方は少し濃い顔で、いかにも体育会系といった雰囲気の見て取れる大きな男性。もう一人はスーツを着た前者よりも一回り小さいかといったくらいの男性である。

 

「えっ?俺が、番組の企画に、ですか?」

「あぁ、そうだ!その名も『ドッキリ企画!アイドルの素顔をさらけ出せ!知らないあの人と一週間!』君には1週間の間、別の事務所へと勤務し、その交代する相手のアイドル達をプロデュースしてもらう!」

「それはまたなんとも大きい企画ですね。分かりました。せっかくなのでこの企画お受けします」

「うむ!そう言ってくれると信じていた!というか、もう相手さんとも話を付けた後だから、半分強制だ!」

「まぁそんな事だろうとは思ってましたよ……。それで、交代するお相手の事務所はどちらなんです?現状だと961プロさんとかですか?」

「あぁ、すまない!大事なところを忘れていた!君に交代で行ってもらうのは、346プロダクションだ!」

 

 その一言の後、数秒間の沈黙が場を支配した。

 

「なるほど、今人気絶頂の女性アイドルを多数扱う……。いやいやいや!!待ってください!!」

 

 バンッ!と大きな音と共に一人の男性が大声をあげる。

 

「ん?どうしたんだね?」

「どうしたじゃないですよ!!あそこは女性アイドルしか扱ってないじゃないですか!!」

「あぁ!勿論知っているとも!ライバル事務所でもあるからな!」

「いや!だから!そこに俺が行くのはおかしいでしょ!!女性アイドルばっかのとこになんで男が行くんですか!!」

「それは勿論そういう企画だからだ!アイドル達の素顔を見るには異性との方が良いだろうという企画会議での意見だ!」

「だからって!って、待ってください……俺が346プロに行くってことは、私の代わりに1週間あいつらのプロデュースをするのは……」

「ん?勿論346プロのプロデューサーだが?」

「それって、男性、ですよね……?」

「ははは!女性に決まってるじゃないか!」

 

 はぁ~……と、一際大きな溜め息が出たかと思えば、次の瞬間。

 

「何を考えてるんですか!!!こんな男ばっかりのとこに女性を放り込むなんて有り得ないですよ!!」

「うむ、君の言うことも最もだ!だが、あちらの社長とも話した結果、彼女が一番適任だったものでね!」

「っ!!だぁぁぁもう!!本当にどうなっても知りませんからね!」

 

 これ以上は何を言っても無駄だと悟ったのか、男性は諦め、同時に手渡されていた資料に目を落とす。

 

「何々……。『交代するプロデューサーは、アイドルの素顔を見れるよう、隠しカメラなどを意識せず、普段通りのコミュニケーションを取り、出来る限り様々なアイドルと交流を持つ事を主目的とする』なるほど、確かに普段は見れない一面を見るには打ってつけですね」

「そうだ!うちのアイドル達の中にも、やはりテレビの前だと少し違う面を見せる子達も多い!だからこそ、今回の企画は、彼らの新たな一面を見せ、さらなる活躍の場を持たせるという意味合いもあるのだ!」

「単に面白そうだからって理由じゃなくて安心しましたよ。で、続きっと……『各プロデューサーは、それぞれに対し直通の電話を常に携帯し、有事の際には必ず連絡を取り、相手の指示に従うこと』確かにこれは大事ですね。こちらとしても、しっかり指示を出さないといけない場面もあるでしょうからね」

「うむ!企画だからと言って、頑なに自分だけで等と考えず、大事なことは必ず連絡を入れるように。勿論、ある程度の事は君や相手のプロデューサーの判断でやってもらって構わない。これが企画であるという事もあり、後での調整もある程度は可能だろう!」

 

 その言葉に男性も胸を撫で下ろす。やはりこの仕事にも慣れてきたとはいえ、本来の自分の仕事と違う場所で、他の人間に迷惑が掛かるのはよろしくないと考えていたのだろう。

 

「まぁ、おおむね趣旨やルールは理解しました。それで、期間はいつからなんです?」

「あぁ、それについてだが……」

 

 

 

「1週間後ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?何考えてるんですか!?」

 

 また所が変わり、今度は男性と女性が向かい合い話している。男性は50代半ば頃の眼鏡をかけた温和そうな男性。女性はまだ若く、20歳だと言われても違和感は無いかという程の容姿である。だが、その叫びは、この部屋の防音が万全でなければ、建物全体に広がったのではないかという程の壮絶なものであった。

 

「おお、びっくりした……あんまり大きな声を出さんでくれ、寿命が縮んでしまうよ」

「ああっ!すみません!って、そうじゃなくて、1週間後ってどういうことですか!私まだ初耳の段階なんですよ!?」

「そりゃあまぁ、あんまり早くから伝えると、何かの拍子で口を滑らせてもいけないからね。出来る限りその期間を短く、かつ、引継ぎなどの資料作成にも問題が無い程度に、と決まったんだよ」

「た、確かに私もどっかで口滑らせてたかもしれないですけど……それにしたって1週間ですよ!?何をどうまとめればいいんですか!」

「それに関しては、ある程度はもう千川君がやってくれているよ。君は君が個人的に思う注意すべき点等をまとめておいて欲しい」

「ちひろさんまで巻き込んで……。それに、注意すべき点ですか?そんなの数えだしたらキリがないんですけど……」

 

 そこから女性はあーでもない、こーでもないと唸る。それほど頭を抱える人物が多いのが簡単に見て取れる。それを見た男性は苦笑しながらも、まぁまぁ、と話を続ける。

 

「何も今ここですぐにって話じゃあないんだ。今からの1週間で、少しずつでいい。交代する315プロのプロデューサーさんに、少しでも円滑にコミュニケーションを取れるよう、手伝いをして欲しいということだよ」

「はぁ、分かりましたよ。でも、本当に大丈夫なんですよね?」

「ん?何がかね?」

「この企画が、ですよ。男性の中に入る私はまだいいとして、女性アイドルばかりの中に男性が来るなんて、あの子達の中には男性と接するのが得意じゃない子や、顔見知りをするような子だって多いんですから」

「それこそが、君がいかに上手く情報を伝達し、よりよいコミュニケーションを取れるようにするか、が大事なんじゃないかね?それに、そういった慣れない表情というのも、ファン達は見たいだろうからね」

 

 この返しに女性も確かに……と納得する。この企画の趣旨が、普段見れない顔を見ることであるなら、その一面というのは間違いなく見せるべき面の一つでもあるということだろう。

 

「分かりました!ちょっと心配なところもありますが、私は私のアイドル達を信じます!よし、やるぞー!」

「ははは、その意気だよ。頑張ってくれたまえ」

 

 

 

 そして、あっという間に6日間が過ぎ、今日は入れ替え企画直前の最終打ち合わせ。そして、入れ替わる二人の、初顔合わせでもある。そして、この場にはすでに315プロダクション、346プロダクションの社長とプロデューサーが揃っており、数名のチーフスタッフも同じテーブルに座っている。

 

「さて、挨拶もすませたことだ。今回はこの企画を受けてくれて本当にありがとう」

「いえいえ!こちらとしても彼らの幅を広げるいい機会です!改めて、ありがとうございます!」

「さて、それでは本題に入ろうか。まずはお互いに、必要な資料を交換してくれたまえ」

「あ、はい!こちらになります!」

「そんなに緊張しないでくださいよ。こちらが資料です」

「ははは!男性たるもの、女性に対し常に紳士であれ!見事なパッションだぞ!プロデューサー君!」

「紳士なのにパッションってなんですか……」

 

 恥ずかしさもあってか言葉を早々に切り上げ、両者が資料に目を落とす。が、その行為も互いに早々に顔を上げることによって終了する。

「あの!この子達の過去ってこれ本当なんですか!?」

「ちょっ!なんですか!この注意する子リストって!」

 

 二人が全く同時に声を上げる。というのも、それぞれが渡した資料に書かれている内容が問題なのである。

 

「あ、大声を出してすいません……」

「いえ、こちらこそ。あ、彼らの過去に関しては、その資料にある程度まとめた通りです。少し端折ってる部分もありますが」

「そんな……どこかの国の王子だけど、命を狙われて逃げてきたとか、外国で旅行中に追いはぎにあったって。それにこの子なんて!」

「はい、皆そういういろんな事情を抱えてました。中には、本当に今ここにいてくれるのが不思議なやつだっています。ですが、彼らは今、本当に楽しんでアイドルをしてくれてます。その上で、貴女に過去を知ってもらい、受け止め、彼らと仲良くなってやってほしいんです……」

「315プロさん……」

「あはは、しんみりしちゃいましたね!って、そうだ!こっちのことなんかよりもそっちに資料ですよ!なんですか!注意する子リストって!」

 

 少ししんみりしかけた空気が一変し、今度は女性が答える。

 

「えっと、それに関してなんですけど、なんていうか……うちの子たち、過去とかはそっちみたいにあったりはしないんですけど、なんというか、今に問題があると言いますか……」

「いやいやいや!明らかにやばいでしょ!なんですかこのすぐに脱ぎたがる子って!男の前では絶対にやっちゃダメですよ!それにこっちの子、その子が渡してくる食べ物、飲み物は口にしないようにってどういうことですか!他にもいっぱい!」

「あはは……どうも私のところには、癖の強い子達が集まってきちゃうみたいで。あ!でも、皆ちゃんといい子達なんですよ!」

「そりゃあまぁテレビなんかで活躍してるんですから、そりゃあそうでしょうけど……。ん?この丸印の付いてる子は……」

「あぁ、その子たちに関してなんですが、危険というわけではなくて、ちょっと気をつけておいて欲しい子たちなんです。男性が苦手だったり、初対面の人と話すのが苦手だったり。私も、最初はあの子たちと打ち解けるまでは時間が掛かりましたし」

 

 どこか寂しそうに、しかし懐かしそうに、慈愛に満ちた表情でそう語る女性。

 

「あ、す、すいません!こんな語っちゃったりして!」

「いえ、大事な話を聞けてこちらも嬉しい限りです」

「うむ!!素晴らしいパッションを感じる!!君もいいプロデューサーだ!!」

「ははは、気に入られてしまったね」

「も、もう!早く続きを話しましょうよ!!」

 

 先ほどの湿っぽい空気はどこへやら、場の空気も一気に温まり、そこからはお互いに、ユニットやアイドル達の細かな注意する点や、仕事に関する事などの情報を共有した。その際、何度かお互いのプロデューサーが叫び声を上げたのはまた別のお話。

 

「ふむ、このくらいで大丈夫そうだね。では、会議はこの辺にしておこうか」

「はい。それでは、改めてですが、1週間よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、お願いします。あいつらも、さっき言ったとおり悪い奴らじゃないんで、仲良くしてやってください」

「はっはっは!なぁに心配はいらんよ!いざとなったら私も出てこよう!」

「勘弁してください。彼女がかわいそうです」

「おやおや、ずいぶんと酷い言われようをしてるようだね」

「私にはこれくらいがちょうどいいですよ!では諸君!話もまとまったようだし、後は各事務所のアイドル達にこの事を伝えないとな!」

「そうですね。あぁ……この瞬間が一番心配です」

「はは、あいつらどんな反応することやら」

 

 そしてお互いの事務所へと戻り、今回の企画がアイドル達に伝えられた。アイドル達に伝えられた内容は『315プロダクションと346プロダクションの交流を深めるため、各事務所のプロデューサーが1週間お互いの事務所に勤務し、アイドル達とコミュニケーションを取り、よりよい関係を築くという企画』という形である。

 反応はそれぞれではあったが、どのアイドル達も同様に、期待と不安を抱いている表情だった。そして夜が明け、長い長い1週間が始まりを告げた……。

 



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ファーストコンタクト~SideCINDERELLA

 男性は今、とある建物の前にいる。それは例えるなら巨大で美しい城。少女達がシンデレラとなるために、目指し、集まる場所。346プロダクション。その門の前に立ち、改めてその大きさを再認識する。が、いつまでもそうして突っ立っていても仕方が無いと思ったか、よしっ!と一声の気合と共にその門を潜った。

 建物に入り、まずは受付にいる女性へと声をかける。

 

「おはようございます。この度企画にて1週間こちらで働かせていただく315プロダクションの者ですが。これ、身分証明です」

「はい。お伺いしております。基本的に事務所内での行動の制限等はございません。普段の仕事と同じように動いていただいて大丈夫です。使っていただく事務所は今からお渡しする臨時の社員証にも記載してありますが、この建物の5階が全て一つの事務所となってます。他と違いとても広いですが、彼女の受け持っていた人数だとこのくらいの部屋でないと足りませんので」

「あはは、それに関してはある程度は聞いてます。あの人もすごいですよね」

「そういう貴方も、315プロダクションの皆さんをお一人で受け持っているとお伺いしていますよ?その手腕、是非とも振るってくださいね」

 

 その言葉に自分の事務所にいるアイドル以外の人間を思い出し、確かに名実共に一人でやってるような物だなぁなどと考えてしまう。同時に、これからの1週間、本当に大丈夫かとの心配も出てくるが、ここに来て考えたところで仕方が無い。と、すぐに考えを捨てる。

 

「まぁ、頑張ってみますよ。他に何かありましたか?」

「いえ、説明に関してはこのくらいですね。そちらから何かご質問はございますか?」

「今のところは大丈夫ですね。また何かあればお尋ねします」

「はい。分かりました。では、こちらが社員証になります。失くしますと再発行の手続きが必要ですので気をつけてくださいね」

「分かりました。あ、すいません一つだけ。お名前を伺っておいてもよろしいですか?いざという時に知っておいた方がいいかなと」

「あ、これは失礼しました。私、この346プロダクションのチーフアシスタント、千川ちひろと申します。短い間ですが、よろしくお願いしますね。こちら、うちのプロダクションで販売してるスタミナドリンクです。疲労回復の効果もありますので、是非ご利用くださいね」

「ありがとうございます。それでは改めまして、これから1週間よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします。エレベーターはあちらにありますので、どうぞご利用くださいね」

 

 なんて出来た人だろうか……。うちの事務員もあれくらいとは言わないが、あれの半分でもやってくれたら……。等という男性の考えは彼に届く事は無く、空しく消えていった。

 気を取り直し、辺りを少し見回しながらエレベーターへと向かう。まだ時間も少し早いくらいだからだろうか、スーツを着た人ばかりで、アイドルらしい子の姿は見受けられない。まぁ、うちでもこんなに早くから来るのなんて数人程度か、などと考えながら歩を進める男性。エレベーターに乗り、5階のボタンを押し、閉めるのボタンに手をかけたその瞬間だった。

 

「ま、待ってください!乗ります!!」

 

 かわいらしい大きな声が聞こえ、すぐに開くのボタンを押す。待つことほんの数秒、彼の目の前には髪をツインテールに結び、クローバーの髪留めをした女の子がいた。ここで彼は頭の中の記憶を思い出し、この少女が誰なのかを理解した。

 

「あ、す、すいません。急に、大きな、声を」

「いや、大丈夫だよ。5階でよかったかな?」

「え?あ、はい!そうです!けど、どうして……?」

「あぁ、ごめんごめん。君の事は交代になる彼女から聞いてたからね。緒方智絵里ちゃん、であってるかな?」

「彼女って……あっ!もしかして、プロデューサーさん?ってことはもしかして……」

「そ、今日から1週間、彼女の代わりに君達のプロデュースをさせてもらうことになった315プロの者だよ。よろしく」

 

 そう言いながら彼は握手の手を伸ばす。が

 

「きゃっ!」

「あっ!ご、ごめん!男性が苦手なんだったね!考えが足りてなかったよ!」

「あっ!こ、こっちこそごめんなさい!あなたは何も悪くないんです!わ、私が……」

「いや、彼女からしっかり聞いてたのに君を怖がらせてしまった。本当にごめん。次からは気をつけるよ」

「あ……」

 

 1階から5階。たったそれだけの距離のエレベーターが両者にとって今までに一番長く感じるほどの沈黙になった。そして、数分にも感じた数秒が過ぎ、5階に到着し、こちらです……という消え入りそうな案内の声の元、事務所の前へと到着した。

 

「た、多分他の人は、まだあまり来ていないと思います」

「確かに、かなり早い時間に来ちゃったからね。え~っと、智絵里ちゃん、でいいかな?」

「あ、はい!」

「智絵里ちゃんはどうしてこんなに早くに?」

「え、えっと、その、臨時だけど、プロデューサーさんが代わるって聞いて、心配で、落ち着かなくって……。ご、ごめんなさい!」

「だ、大丈夫だから。そうだよね。今までいなかったのに、突然知らない人間、それも男がプロデュースするなんて、心配にもなるさ」

 

 たはは、と自嘲気味に笑いながらも事務所の入り口の扉の取っ手に手を掛け、彼は言葉を続ける。

 

「でもね、俺は、企画だから仕方なく、なんて思ってないよ。この出会いを、しっかりと大切な物にしたいと思ってる。だから、最初は少し難しいかもだけど、大丈夫だと思ったら少しでも頼って欲しいな」

「あ……」

「な、なんて!ちょっと臭かったかな!さ、事務所に入ろう!おはようございます!」

「あ!お、おはようございます!」

 

 照れ隠しに大きな声で挨拶しながら入った事務所は、先ほど話していた通りまだ人がいる気配が無く、広いはずの事務所が閑散としている。大きな声を出したのが裏目に出たか、尚更気恥ずかしさが募る二人。が、それも束の間のことで、二人の耳に細く、澄んだ声が届く。

 

「おはよう、ございます。智絵里ちゃんと……貴方が臨時のプロデューサーさん、ですか?」

「おっと、誰もいないわけじゃなかったか。あぁ、その通り、俺が臨時のプロデューサーだ。君は……彼女からの資料で考えるに、鷺沢文香さん。で、あってるかな?」

「はい。鷺沢、文香と申します。それにしても、よく分かりましたね。そんなに詳しく特徴などが書かれてたんでしょうか?」

「あ、それ、私も気になってたんです。あ、文香さん。おはようございます」

 

 ペコリと文香に向けてお辞儀をする智絵里。そんな姿を横目に、彼は昨日の夜に改めて読み返した内容を思い出す。自分が作った資料も人のことを言えたものではないが、あれは……と。

 

「まぁ、似たようなものだな。恥ずかしい話、自分達の事務所の事で手一杯だから、他の事務所の子を確認したりする余裕が無かったから、活躍したりしてる子でも、どこの所属とか分からなかったりするからね。いやはや、情けない限りだよ」

「いえ、315プロダクションに所属されてるアイドルの皆さんも今やとても大人数でしょう。それをお一人でプロデュースされてるんですから、十分すぎるほどのお仕事ぶりかと」

「ありがとう。その言葉だけでも少し救われた気がするよ。で、肝心の内容だけども、ある程度の特徴と、気をつける部分なんかが書いてあったよ。文香さん……でいいかな?の場合、長い黒髪に、普段は目元を隠すように髪を流してて、喋り方はとてもゆったりした喋り方。注意する所としては、読書をしてると集中し過ぎて周りで何かあっても全く気付かない事がある。って感じでね」

 

 どうかな?という彼の問いかけに、お恥ずかしい限りですね。などと軽く頬をかきながら少し顔を赤らめる。

 

「あ、あの。私のは……」

「あぁ、智絵里ちゃんは、少し赤みがかった髪をツインテールにしていて、最近は私、あぁ、これは資料をくれた彼女のことだね。まぁ彼女が渡したクローバーの髪留めを使ってくれており、喋り方は少しオドオドした感じの喋り方。注意する所は、男性が少し苦手なので、距離感を少し気にしてあげて欲しい。こんな所だね」

「あ、だからさっき……」

「そ、資料で君が男性が苦手なのを知ってたのに怖がらせちゃったみたいだからね。本当にごめん」

 

 頭を下げる彼に対し、だ、大丈夫ですから!と手を振りながらわたわたと慌てる。そんな姿を見て、文香にも思わず笑みがこぼれる。

 

「っと、とりあえず、今は二人だけかな?他の子はまだ来ないだろうし」

「あ、それでしたらもうすぐ数人来ると思います。先ほど連絡がありましたので」

「そうか、それならまぁ来た子から順に挨拶すればいいかな。で、誰が来るんだい?」

「ふふふ、どうせなら、名前を当てられた皆さんの反応を見てみたいですので、まだ内緒です」

「あ、それはちょっと見てみたいかも」

 

 二人して、ね~。と言わんばかりに顔を合わせて笑う。そんな微笑ましい光景を見ながらも、頑張ってしっかり名前を当てなければな、と意気込む彼の耳に、来訪者を告げるノックの音が響く。文香のどうぞ、という声を聞き、数人の少女が部屋へと入る。

 

「おはようございます。あっ……」

「おはようございます。あれ?見たこと無い人……」

「おはよう……。……?」

「おっはよーございまーっ!あれー?お兄さんだーれ?」

「ふふ、皆元気ですね。おはようございます」

「おはよう皆。この人は、昨日聞いた代わりのプロデューサーさんだよ」

「あー!せんせぇの言ってた人だー!わぁい!あ、あのねあのね!私の名前は……」

「龍崎薫ちゃん、であってるかな?元気な挨拶が出来て偉いね」

 

 続けざまの4人の少女の挨拶を受けながらも、最後に入った子が名乗ろうとしたのを遮って名前を言い当ててみせる。その結果、少女……薫は目をパチクリとしたと思いきや、すっごーい!と声をあげた。

 

「薫、まだお名前言ってないのにどうして分かったのー!?すごいすごーい!!」

「薫ちゃんの先生のおかげだよ。薫ちゃんっていう元気な挨拶が出来る子がいるよ、って教えてくれてたんだ」

「わー!せんせぇのおかげなんだー!やっぱりせんせぇってすごい!じゃあじゃあ、ほかのみんなの名前も分かるの!?」

「もちろん。最初の子が橘ありすちゃん。丁寧な挨拶が出来る子だね……っと、子ども扱いはしない方が良かったかな?それに名前も、橘さんって呼んだらいいかい?」

「っ!わ、分かってるならいいです。あの人も余計なことを……」

「あら?そう言う割には嬉しそうに見えますよ?」

「そ!そんなこと無いです!文香さんもからかわないでください!」

 

 少し頬を赤らめながらも、皆子ども扱いして……などと少し不満そうな表情のありす。彼がそこから残ってる二人に顔を向けると、二人ともどこかわくわくしてそうな表情をしている。……一人はどことなく表情が読みにくいのだが。

 

「次に入ってきた君は、佐々木千枝ちゃん、だね。ウサギとお花のヘアピン、すごく似合ってるよ」

「わぁ……!ありがとうございます!千枝、このヘアピンすごくお気に入りなんです!」

「ふふ、さて、最後になっちゃってごめんね。佐城雪美ちゃん、だね?その青くて長いさらさらの髪も、ドレスみたいな服もすごく似合っててかわいいよ」

「ありがと……あの……」

「大丈夫、喋るのが苦手なのもちゃんと聞いてるよ。ちょっとずつでいいから、いっぱい話そうね」

「あ……うん……!」

 

 無事、少女達の名前を言い当てた彼は、薫からすごいすごーいとぴょんぴょんと飛びつかれている。小さい子は反応が素直でかわいいなぁ、などと考えていると、また新たにノックの音が鳴る。

 

「おっはよ~。って、あれ?もしかしてもう臨時の人来てる感じ?へぇ~、結構カッコイイじゃん!」

「おはよう。あら、確かに中々の顔ね。よろしくね、プロデューサーさん」

「あはは……そういう照れるお世辞は簡便して欲しいかな。とりあえずおはよう。そっちが城ヶ崎美嘉で、こっちは速水奏、であってるかな?」

「マジ!?まだ名乗ってないのに当てちゃったじゃん!って言っても、私くらいのカリスマギャルならトーゼンかもね」

「私は美嘉ほど前に出てるイメージは無いと思うのだけど、よく分かったわね?素直に驚いたわ」

「事前に予習はプロデューサーとしての必須項目だからね。見た目なんかのお世辞より、こっちを誉めてもらった方が嬉しいよ」

 

 新しく入った二人の女性、美嘉と奏もずばりと言い当てる。美嘉は大げさに驚いて見せたが、奏は表情にこそ出さないものの、少し目を丸くしてるようにも見える。そんな二人にも先ほど伝えたような事前の情報交換の話も行い、なるほど、と納得したような表情を浮かべる。と、ここで彼の袖がくいっ、と引っ張られる。

 

「ん?雪美ちゃん、どうかしたかい?」

「立つ、疲れる……椅子……」

「あぁ、椅子に座ったらってことかな?ありがとう。じゃあ、遠慮なく座らせてもらうよ」

「ん」

 

 軽く袖を引っ張られながら、事務所内のソファに案内される。そして、促されるままに座るが、ここで彼の頭に疑問符が浮かぶ。何故……

 

「なんで、膝の上に座ってるのかな?」

「座り、たかった……だめ……?」

「いや、別にいいんだけども、とりあえず他の皆に先に言っておくけど、そういう趣味は無いからな」

「あの……趣味ってもしかして……」

「あ、あの!わ、私は、人それぞれなんじゃないかなって……」

「なるほど、そういうのがあるから見た目のお世辞が嫌だったのね。大丈夫よ、そういう人もいるわ」

「ねぇねぇせんせぇ!次薫ね!!薫もせんせぇの膝座りたーい!」

「もしもしちひろさん?うん、この人は止めた方がいいかもしれない」

「近寄らないでくださいね!近寄ったら警察呼びますから!」

「まぁ、こうなるよな……」

「ふふふ。皆珍しくて楽しんでるんですよ」

「そーそー、気にしてたら疲れちゃうよ~。はい、これでも飲んで落ちついちゃいなよ~」

「あぁ、ありがとう」

 

 さんざ囃し立てられ疲れ果てたのか、彼はその出されたものを口にする。

 

「ふぅ、いやぁありがとう」

「にゅふふ、いいよいいよ~。お礼は後でしっかりもらうからね~」

「ん?さっきから話してるのって……」

 

 そう言いながら彼が横を見やると同時に彼の顔からサーっと血の気が引いていく。美嘉、奏、文香なども、あちゃー……と言った表情に。

 彼がその声の方向を向き、目にしたもの。それは少し赤みのある長い髪を癖っ毛のようにくしゃくしゃと靡かせ、青い瞳を一段とキラキラさせた、制服の上に白衣を着込んだ少女の姿だった。



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最初の一歩~男達の葛藤~

 

 女性は今、ただただ驚いている。自分の事務所と事務所単位で企画をした相手。その相手の事務所が、自分の事務所の10分の1程度の大きさなのである。下手をすればこれはいくつかの事務所内の部屋よりも小さいのでは……。と、そこまで考えて頭を振る。そんなことを今考えたって仕方ないのだ。もう決まったことで、私は今から1週間ここで働くのだ。と、ほんの少し沈みかけた気持ちを引き上げる。

 

 彼女が建物に入ると、入り口は通路になっており、少し先に扉が見える。そこが仕事場兼談話室ということだろう。そして彼女は緊張しながらも扉の前に立ち、ひとつ、深呼吸をする。

 

「ここから私の新しい1週間が始まるんだ……。相手は男の子、中には勿論年上の人もいるんだけど。とりあえず、今までと全然違って大変だろうな……。どうなるだろう……」

 

 つい先ほど決意もどこへやら、やはりもう目の前となると緊張もしてしまうというものなのだろう。が、うだうだ悩んでも仕方ないと、今度こそ覚悟を決めたのかもうひとつ息を吐いて、よし!と気合をいれ、扉の取っ手に手をかける。

 

「おは……」

「さっきからうっせーんだよてめぇはよぉ!」

「ご、ごめんなさい!!」

「「「え?(あ?)」」」

「へ……?」

 

30秒後……

 

 とても大きな身体に赤いバンダナを巻いた男性に、鎖骨まである銀髪を結んだ細身の男が頭を下げさせられ、その横では漫画に出てくるヤンチャ坊主のような、鼻に絆創膏を貼った青い髪の青年が同じく頭を下げている。

 

「驚かせてしまい、本当に申し訳ありません!漣!お前もちゃんと謝れ!」

「っだぁ!止めろっての!何でオレ様が謝らねぇといけねぇんだよ!こいつが勝手にタイミング悪く入ってきたのが悪いんだし、元の原因はあのチビがオレ様にうだうだ言ってくっからだろーが!」

「あれはお前が今日から来る代理のプロデューサーさんの文句ばっか言ってたからだろ!これからお世話になる人の悪口を見逃せるわけないだろうが!あ、本当にすいません。俺が気をつけなかったばっかりに」

「あぁ!?てめぇオレ様のせいにするつもりか!?あんないきなりこんな面倒なこと言われて納得しろってのが無理な話だろうが!どこの誰だか知らねぇけど、そんな適当な奴がオレ様に命令してくるなんざ考えたくもねぇ!」

「こら!漣!すいません、少しいろいろありまして。あ、申し遅れました。自分は円城寺道流っす!それで、本日はどういったごようでしたでしょうか?あいにく、まだ今日はプロデューサーも事務員も来ていませんでして」

「あっ、えっと……」

 

 彼女は今、この数秒間で起きた事を振り返っている。まずは自分が部屋に入ろうとした瞬間に、男性……漣と呼ばれた男の怒鳴り声に驚いて思わず謝ってしまう。その後、事態に気付いた道流と名乗った男性によって漣が無理やり頭を下げさせた。という流れなのだが、その間の会話で、漣に自分の事を名乗るのがすごく気が引けてしまっている。が、それでも黙ったままでも仕方ないし、どうせすぐにばれるのだ、と諦め、一息ついてから口を開く。

 

「こっちこそ伝えるのが遅れてすみません。私が、その本日からお世話になる346プロダクションからの交代のプロデューサーです」

「「え」」

「あぁん?」

「ま、まぁ、今の流れだと、そうなりますよね……あはは……」

 

 突然のことに目を丸くする道流とまだ名乗っていない男、そして漣に至っては完全にケンカ腰である。思わず彼女も苦笑い。

 

「ご、ごめんなさいっす!!そうとは気付かずに勝手なことばっかり!!れ、漣!早く謝れ!相手はこれからお世話になる人で、うちなんかと比べものにならない大手の人だぞ!」

「だぁかぁらぁ~。なぁんでオレ様が謝る必要が……」

「いい加減にしろ!やる気が無いならもう帰れ!もうこの1週間お前は必要ない。いても邪魔なだけだ」

「んだとぉ!?けっ!だったら遠慮なく帰らせてもらうぜ!じゃあな」

「あ、おい!漣!タケル、言いすぎだ!漣も、そんなことをいちいち真に受けてるんじゃない!」

「あ~あ~聞こえねぇな~。じゃ、このくだらねぇ企画が終わったら連絡よこせよな」

「いい加減にしなさい!」

「「「っ!」」」

 

 帰ろうと部屋の扉に漣が手を掛けた時、彼女の口から先ほどまでから想像がつかない大声が飛び出し、男3人があまりの衝撃に一瞬体が強張る。さらにそこに畳み掛けるように彼女は続ける。

 

「全員そこに座りなさい」

「あぁ?なんでオレ様がてめぇの言うこと……」

「いいから!正座!」

「っ!んだよ!座りゃあいーんだろうが!これでいいかよ!」

「まぁ、いいでしょう。ではまず、円城寺道流さん」

「は、はいっす!」

「場を上手くまとめようとしてくれるのは分かります。突然の私への対応もしっかりしてくれました。しかし、彼のようなタイプは、上から押さえつけてばかりではその分反発が返ってくるものです。言い方には気をつけて、より上手くまとめられるように頑張ってください」

「あ……確かにそうかも……き、気をつけるっす」

 

 先ほどと明らかに圧の違う彼女の声に素直に従ったが、その口から出たのは驚くほど的確なアドバイスであった。それを素直に受け取った道流は、座ったままだが何か考えているようだ。それを見ながら当人である漣は、その通りだばーか。とでも言いたげに少しニヤついた顔で道流のほうを見ていた。そして、彼女は視線はそのままもう一人の男へと向く。

 

「次。貴方は大河タケル君で間違いないわね?」

「あ、はい。そうです」

「彼が自分勝手なのは今に始まったことじゃないんでしょうし、その度に何度も我慢をしたり、こうやって爆発して言い合いにもなったのは簡単に想像出来ます。でも、今からの1週間は、本来のプロデューサーさんのいない大事な仕事の期間です。君の独断だけで彼の仕事放棄を決めていいものではありません。こんな時だからこそ、君がいかに上手く折り合いをつけ、皆がよりよく仕事を出来るのかを考えてください。」

「ん……そうですね……」

「ただ、それで君が我慢しすぎては元も子もありませんから、何かあればいつでも私に相談してください。出来る限り相談に乗りますし、これからのことも一緒に考えましょう。短い期間だけど、私は貴方やみんなのプロデューサーなんですから」

「あ、わか……りました」

「いつもどおりの口調で大丈夫だからね」

「わ、わかった」

 

 途中までなんともいえない表情だったが、最後まで話を聞き、少なくとも、信用してもいい人間であると分かったのか、少し表情は柔らかくなったように見える。途中から手を握られたのが効いたのか、顔が少し赤かったのは、運良く漣や道流からは見えなかったようだ。

 

「さて、最後に……牙崎漣」

「なんでオレ様だけ呼び捨てなんだよ!漣様とでも呼びやがれ!」

「分かってないわね、呼び捨てにするってのは、男として認めてるってことよ。まぁ、それが嫌って言うなら仕方ないわね、漣君」

「んだよ!そういうことなら先に言えよな!だったら呼び捨てでかまわねぇよ!んで、オレ様にまで説教か?」

「君にはいろいろ聞きたいのよ。まず、なんで私……代わりのプロデューサーをあそこまで嫌がったのかしら?」

「そんなもん、出会ってすぐの人間なんざ信用できるわけねぇだろ。お前はいきなり自分の上の人間が代わって、当たり前のように命令してきて、それにすぐに従えんのかよ?」

「そうね、やっぱり困惑すると思うわ。それが自分と密接に関わってた人であればあるほど、ね」

「は!分かってんじゃねぇか!そういうことだよ。しかも期間だってたったの1週間だろ?だったらそんくらい何もしなくたっていいじゃねぇか」

「そう……残念ね、この1週間があれば漣は間違いなく今の1段階……いえ、2段階上には上がれたでしょうに……。どうしても嫌なら仕方ないわ。道流さんとタケル君だけでもレベルアップしてもらおうかしら」

「おい、そりゃどーいうことだ?なんでぽっと出のお前なんかがオレ様をレベルアップできるってんだよ。簡単に乗ってくると思ったら大間違いだぞ」

 

 その瞬間、彼女の口元がニヤリと動いたのに、この場の全員が気付かなかった。

 

「まず一つ。格闘技なんかにおいても、慣れない環境でのトレーニングっていうのは、普段よりも大変だけど、得られる物も多いんじゃない?」

「確かに、高地トレーニングみたいな特殊な環境だと辛さも大きい分、成果も大きいっす」

「それと同じことがこの世界でも言えるわ。もう知ってるでしょうけど、番組のプロデューサー一つ取っても、それぞれ考え方や優先順位なんかが違うわよね。今まではそれでも自分なりに、自分のままで、としていたんでしょうけど、それに少し手を加えるだけで、上の人間から大きな評価を得ながらも、自分達の個性を遺憾なく発揮できる。ひいては、より上に辿り着きやすくなるわ」

「今のままじゃダメだって言いてぇのか?なんでオレ様が上のやつらの顔色を見ないといけねぇんだよ」

「それよ。そこが勘違いしてるところなの。私は『上の人間の顔色を見て自分を変えろ』って言ってるんじゃなくて『上の人間に、自分の良さを見せる力を付けろ』って言ってるのよ」

「なるほど、根の部分を曲げることなく、逆に自分達をよりよく上に見せる。そういうなんだな」

「そ!物分りが早いわね!その器用さを身に着けることが出来れば、君達は今よりも間違いなく前に出られるわ」

 

 この説明に、漣以外の二人はなるほど……と納得しているが、漣はまだ今一つ決定打が足りないようだ。が、彼女は手応えを感じ、さらに言葉を続けていく。

 

「そしてもう一つ。異性とのコミュニケーションは、男性の良さをより引き出してくれるの。この事務所の中でも女性ファンの多い人達って、そういうのを分かってて、いろんな場所で異性とのコミュニケーションを取れていた人たちなのよ」

「ま、まぁ……自分達は元は格闘技のような女性があまり来ない所にいましたし、今のファン層も、割合は男性の方が多いですし……」

「そう、君達は間違いなくカッコイイの。ただ、それは、男から見たかっこよさという意味であって、女性が求めているのはそういうのじゃないのよ。勿論、今が悪いわけじゃないし、男性のファンを獲得できるというのは物凄い長所よ。でも、それに加えて女性のファンが増やせたら?」

「より人気になって、さらに上にいける……か?」

「そういうこと!たった1週間っていう短い期間ではあるけども、絶対にやらないよりも効果があるのは保証するわ。まぁ、勿論それは皆のやる気次第なんだけども……どうかな?」

 

 どうやら、道流とタケルの二人はやる気になったようだが、漣はどうしても最後の一歩が踏み出せないように見える。そして、彼女は最後の一言を彼にぶつけた。

 

「私はね、他の子たちだと難しいかもしれないけど、常に上を目指し続けている漣になら、この1週間でその力をモノにできると思ったからこそ話したの。お願い。たったの1週間だけでいいから、君の時間を貸して欲しいの!」

「っ!しっかたねぇなぁぁ!そこまで言うならやってやろうじゃねぇかよ!オレ様にかかったらそんくらい余裕だって見せ付けてやるよ!その代わり!絶対にこの1週間で成長させてみせろよな!」

「えぇ!勿論!最初に会ったのが君達で本当に良かった!これからの1週間をやり抜く自信が持てたわ!本当にありがとう!」

「いや、自分達は何も……」

「あ……お、俺!まだ時間あるからちょっと走ってきます!」

「あ、チビ!てめぇだけ何勝手してやがる!勝負だこの野郎!」

「あ、おい!す、すいません!あいつらのこと見てきますんで。プロデューサー……いえ、師匠はゆっくりしててくださいっす!」

「分かったわ。……って師匠!?師匠ってどういう……って、もういないし。流石バリバリの体育会系……」

 

 ふぅ……と、彼女は先ほどまでの自分の語りっぷりを振り返りながら一息つく。適当なことを言ったつもりは無いが、ここまで上手く事が運べたのだ、少し気分がいいのだろう。先ほど言った1週間をやり抜く自信が出来たというのも、あながち間違いではないのかもしれない。

 先ほどの3人、THE・虎牙道が出て行ってから3分くらいが過ぎた頃だろうか。廊下の方から話し声と一緒にいくつかの足音が聞こえる。もう戻って来たかと思ったが、どうも先ほどよりも声のトーンがいくらか高い。これは誰か違うメンバーが来ると分かった彼女は扉の正面3メートルくらいの位置に立って待つ。そして、ノックされることもなく無造作に扉は開かれた。

 

「でさ~、そん時の先生の顔、すごかったんだぜ!」

「それはメガヤバっすね!あ、賢ちゃん、おはよ~っす……って、あり?」

「女の人……なんで?」

「お客さん、ですかね?というか、他の人はどこに行ったんですかね、お客さんを放っておくなんて」

「うわぁ、すっげぇ美人……」

「あはは、ここの子たちは察しが悪いというかなんというか……」

 

 彼女は軽く頬をかきながら、入ってきた高校生くらいの5人を苦笑いで見る。その言葉に3人はまだ頭にハテナを浮かべているが、残りの二人は気付いたようだ。

 

「あ……もしかして」

「貴女が、ですか?」

「ん?なんすか?ナツキっちもジュンっちも!なんか分かったんなら教えてくださいっすよ!」

「まぁ、隠すつもりも無いから言っちゃうけど、私が今日から1週間君達のプロデューサーの代理ってわけ。昨日聞かなかった?」

「そういえば企画でそんなのやるって……って!お姉さんが代わりのプロデューサー!?」

「マジで!?やった!こんな綺麗な人にプロデュースしてもらえるとか最高じゃん!!」

「君ってすごく素直だよね。いいことだとは思うけど、聞く側として恥ずかしいからちょっと抑えてくれると嬉しいかなーって」

「あ、ごめんなさい!ちょっと舞い上がっちゃいました」

 

 驚き方はそれぞれだが、どこか浮ついてるように見える。やはり今までが男性のプロデューサーだったのが急に女性になり、違和感やそわそわした気持ちが大きいのだろう。約1名、舞い上がりすぎてるように見えるが、そこがある意味彼の原動力の一つなのかもしれない。

 

「さてと、君達5人はHigt×Jokerであってるわね?落ち着きのない緑の髪の子が秋山隼人、バンダナ付けてるのが若里春名、眼鏡かけてるのが伊勢谷四季、眼鏡かけてない落ち着きのある黒髪の君が冬美旬、青…でいいのかしら?綺麗な色の髪に細目の君が榊夏来。間違って無いわよね?」

「すっげー!まだ名乗ってないのにしっかり当たってるっす!臨時プロデューサーメガヤバっす!!」

「なるほど、記憶力や判断力なんかはすごいみたいですね。流石は大手の346プロダクションのプロデューサーってとこですか」

「女性の褒められるの……慣れてないな……。でも、悪い気はしない……かな」

「うっわ、こんな綺麗な人に名前呼び捨てで呼ばれちゃった。なんかすっげー嬉しい」

「俺の特徴だけなんか少ないような気がするんだけど……ま、いっか!あ、良かったらドーナツいります?近所に朝早くからやってるとこあるんで、来る途中にお土産に買ってきたんだ!」

「はいはい、皆そんな一斉に喋らないの。呼び方はどうしてほしい?呼び捨てが嫌なら君付けくらいになると思うけど」

 

 数秒後、各々考えた結果、全員呼び捨てで行くことになった。君付けはどうにも子どもっぽいと思ったようだ。一人だけ、大人のお姉さんから子ども扱い……それはそれで……などと悩んでいたようだが、どうやら大人っぽく見られたいという欲求が勝ったらしい。女性や春名は苦笑いをしていたが。

 

「よし、それじゃあ改めてよろしくね。期間は短いかもだけど、少しでもコミュケーションとか取っていけたら嬉しいって思ってるから、なんかあったら相談とか質問とか、じゃんじゃんしちゃってね」

「あ!じゃ、じゃあ!今お付き合いしてる人は……」

「隼人?そういうのに興味を持つのって、男性としては素晴らしいことかもしれないけど、アイドルとしては良くないんじゃないかしら?」

「う……そう、ですね……気をつけます」

「分かればよろしい。まぁ、積極的にコミュニケーション取ろうとしてくれたのは嬉しかったよ。夏来や旬も、これくらいとは言わないけど、話してくれたら嬉しいなって思うんだけど、どうかな?」

「まぁ、善処はしますよ。仕事のことなんかはどうせ聞かなきゃ分からないんですから」

「コミュニケーション……苦手……」

「ゆっくりでいいのよ。誰にも得意不得意はあるわ」

「ちょっと~俺たちは無視かよ~」

「そうっすよ!そういうの、マジへこむっす!」

「君達二人は言わなくてもこうやって喋りかけてくれるじゃない?それだけ信頼してるってことよ」

「「あ……」」

 

 どうやら、コミュニケーションを取ることに関しては問題無さそうだ。これこそが彼女が346プロダクションのアイドル達の多くをひきつけた魅力の一つなのだが、当の本人は当たり前のようにやっているため、そのような自覚は無いというのがまたおかしな話である。

 

 さてと、と彼女が一息ついたところで、また廊下から話し声と足音が聞こえてくる。さて、今度はどんな子かな?と、どことなくわくわくしてるように見える。が、彼女の予想はある意味裏切られることになる。そう……『子』ではないのだから。そして、扉の向こうからノックの音があり、ワンテンポ空いてから扉が開き始める、その扉の向こうには、3人の男性……。金髪の活発そうな男性、どこかけだるげな表情の男性、そして、眼鏡をかけた真面目そうな男性である……。

 



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あっち側とこっち側~幸運と不幸と笑顔と怒声~

 

 先ほどの騒動から1分が経ち、とりあえず、と小さい子4人と保護者も兼ねて智絵里が別の部屋へと移動した。その際1名が、まだ膝に乗ってなーい!と怒っていたが、また後で、と約束して渋々移動していたとかなんとか。で、事の発端である女性はというと、先ほどと変わらぬキラキラとした目を男へと向けている。はぁ、と何度目か分からない溜め息を吐きながら、男が切り出す。

 

「まずは事実の確認からだな……。君はここの所属アイドルの一人である一ノ瀬志希、で間違いないね?」

「にゅっふふ~正解せいか~い。ねぇねぇ、うちのプロデューサーは志希にゃんのことなんて言ってたの~?」

「そうだな、赤みがかったセミロングに青い目をしていて、事務所にいる時は上に白衣なんかを着てることが多くて分かりやすい見た目をしてる。事務所内の要注意人物の一人で……君の出した食べ物、飲み物は口にしない方がいい……とのことだけども、さっきの飲み物は、君が用意してくれたものかな……?」

「あっはは~!そっちもせいか~い!ねぇねぇ!美味しかった?志希にゃん特製、魔法のスパイス入りのジュース~」

「あぁ、すごく美味しかったとも。これで人体に何も影響が無いならおかわりまで欲しいくらいだな」

「志希が用意したものに影響が無かったことなんて無いって……。まぁ、諦めるしかないんじゃない?」

「そうね。今回はあまりにも急すぎたわ。それこそ、私達の悪乗りが過ぎてたせいもあるもの、それに関してはごめんなさいね」

「も~、二人とも言い方ひっど~い。志希にゃん泣いちゃいそ~。プロデューサー、慰めて~?」

 

 こめかみを抑えて軽くうずくまる彼の背中を文香が軽くさする。こういう時、下手な慰めは意味がないと察しているのだろう。

 

「それで、さっきのにはいったいどんな副作用が出てくるんだい?」

「ん~?聞きたい聞きたい~?それはね~……まだ、秘密で~す!」

「まだ……?」

「そ、まだ。志希にゃんってばすっごいから、わざと効果が出るのを少し後に出来ちゃったんだよね~。だから、今日とか明日なんかにはまだ効果は出ないんだ~」

「それを良かったと考えていいのか分からないけど、これから初めて顔をつき合わせる相手に変な状態で会うことがなくて何よりだ」

「その辺も考えてあげる志希にゃんってばほんとやっさし~。効果は楽しみにしててね~。きっと楽しいから~」

「嫌な予感しかしないけど、過ぎたことはどうしようもないか……皆、もしかしたら数日後に迷惑をかけるかもしれないが、その時は可能な限りフォローをしてくれると助かる」

「あたしはオッケーだよ。志希にはいっつも苦労かけさせられてるし、同じ被害者として、ね」

「まぁ、私にできることがあれば手伝うわ。うちのユニットの後二人は、どうか分からないけど」

「私もフォローに回りますね。ここの皆さんはその……個性的な方が多いですから、いろいろと大変ですので」

 

 ありがとう。と彼が3人へとお礼を述べてるのを横目に当の本人は大きなあくびをしている。これは後から聞く話だが、彼女はなんと初めから、それこそ文香が事務所に入るその前から事務所の中にいたのだ。というのも、単純明快な話、彼女が昨日この事務所の中で泊まって寝ていたからである。勿論、重要な書類などもあるので本来は全くもってよろしく無いことではあるが、これもある種の信頼というものだろうか。とにもかくにも、そういう事情で、彼女は誰にも気付かれることなくこの作戦を成功させたのだった。

 と、そうこう話している内に外から元気な声が聞こえてくる。どうやら別の子が来たようだ。彼も気持ちを切り替え、そちらへと意識を向ける。そしてノックの音が鳴り、またも文香が返す。

 

「おっはよーございまーす!」

「皆さん、おはようございますわ」

「おはようございます」

「あれ~?見たこと無い人~。あ!もしかして~!」

「プロデューサー様の言ってらした、臨時のプロデューサー様でしたでしょうか?」

「えぇ、そうです。元気の良い君は、赤城みりあちゃんだね。元気な挨拶を聞けてこっちも元気になれそうだよ」

「えぇ~!?すっご~い!!どうして分かったの~!?」

「みりあちゃんは分かりやすいからね~」

 

 とても分かりやすく驚くツインテールの小柄な少女……みりあを見て、やっぱり子どもは素直で良いなぁなどと考えつつも、今度は視線をもう一人の女性へと向ける

 

「貴女は西園寺琴歌さんですね。ご令嬢として扱いましょうか?」

「まぁ、意地の悪い殿方は嫌われましてよ?」

「よし、分かった。それじゃあ改めて、そのピンクの髪がとても似合ってるね。これからよろしく、琴歌」

「よろしくお願いしますわ。……ふふっ、なんだか、家族以外の男性の方に呼び捨てにされるのは初めてなので、少し変な気持ちになってしまいますね」

「恥ずかしいなら止めようか?」

「いいえ、これも一つの経験ですわ。このままでお願いします」

 

 どことなく優雅な雰囲気を思わせる女性、琴歌がほんの少し頬を染めながらも、これまた優雅にお辞儀を一つする。普通のワンピースがドレスに見えるのは、彼女の生まれ持っての、そしてこれまでの人生で培われてきた物の賜物だろう。

 

「それにしても珍しいわね。みりあちゃんと琴歌が一緒に来るだなんて」

「はい。実は来る途中でばったりと出会いまして。そこから一緒に来ましたの。朝からみりあちゃんを見れて、とても元気が出ましたわ」

「えへへ~ほめられちゃった~。あ、そうだ!プロデューサー!プロデューサーって、違う事務所のプロデューサーさんなんでしょ?そっちのお話してよ~!みりあ聞いてみた~い!」

「あら、それは私も気になるわね。315プロダクションと言えば、今大人気の男性アイドル達が多数所属してる事務所ですもの、参考になることもあるんじゃないかしら?」

「こっちのやつらのことか……あぁ、そういえば、琴歌」

「はい、なんでしょう?」

「少し聞きたいんだけども、鷹城って家知ってるか?」

「えぇ、西園寺家とも仲の良いお家の一つですわ」

「それなら知ってるかもな。そこの息子である鷹城恭二がいるぞ」

「まぁ!恭兄様が!?」

「琴歌さんのお知り合いということは……そういった家柄の方なんでしょうが、琴歌さんといい、すごい行動力ですね」

 

 文香がどこか感心したように琴歌を見やる。だが、驚いているのは周りや当人だけでなく、話を切り出した彼もまた驚いていた。もしかすれば知り合いかも程度に思っていたが、まさか『恭兄様』とまで呼ぶほどに仲が良かったとは思わなかったのだ。

 

「恭兄様は昔からお家のことをあまり良く思っていらっしゃらなかったですものね。それで突然アイドルなどをされはじめたんですね」

「ちなみに言っておくと、俺がアイドルに誘う前はそこらのコンビニでバイトしてやがったからな、あいつ」

「まぁ!?」

「くっ、ふふっ……今アイドルしてる男性が……元コンビニ店員って……ふふっ」

「あっはは!おっもしろ~い!ねぇねぇ!他には?他には面白い人いたりしないの!?」

「う~んそうだな~……。面白いっていうか、ほんとにそれでいいのか?って思ったのが、アイドルになった理由が『ケーキの奥深さを、もっともっと、いろんな人に知ってほしいから』ってやつがいるな」

「まぁまぁ!?」

「ちょ!マジで!?やっばい!面白すぎるんだけど!!その子すっごい見てみたい!」

「美嘉は年齢はいくつだっけか?」

「ん?17だけど?」

「そいつはそんなこと言ってるけど18だから美嘉より年上だぞ」

「うっそ!!年上!?それこそ見たいんだけど!!」

「いろんな方がいるのですね……」

「そうですね。他にも、文香さんが今読んでるその小説、それを書いてるやつも……」

「本当ですか!!??」

 

 全員が今まで見たことがないような表情を見せた文香に驚く。だが、そんな周りの目など知らないかのようにまくし立てる。

 

「本当なんですか!?この本を書いた方がいらっしゃるって!」

「ちょ、お、落ちついてください!近いですって!」

「あの文香がここまで反応するなんて……よっぽどなのね」

「そうなんです!この小説はとても素晴らしくて、言葉で説明するのも憚られるくらいです!是非読んでください!」

「え、ええ……今度貸してもらうわ」

「それで、プロデューサーさん!本当にいらっしゃるんですか!?」

「はい!います!いますからちょっと離れてください!」

「え……?あ……!す、すいません!私ったらつい……!」

「い、いえ。で、その作者ですけど、少し事情がありましてね、著者の名義とは違うんですよ」

「それって……」

「これ以上は個人情報で、私から話すことではありません。でも、文香さんのその作品への熱意は、彼に届くと思いますよ」

「は、はい……」

「文香ちゃん、今度一緒にプロデューサーさんのとこに遊びに行こう!私もいろんな人と会ってみたい!」

「ふふ、そうですね……プロデューサーさん、お願いしてもよろしいですか?」

「あぁ、もちろん。喜んで歓迎しよう」

 

 その言葉にみりあも、わーい!とおおはしゃぎである。さっきから黙っていた志希も、先ほどの文香の大声で驚いたのか、興味ありげに聞いていたようだ。やはり皆、同じアイドルというのが気になるらしい。

 と、話が落ち着いたところでまたノックの音が響く。先ほどまでと同じ流れで文香が応答すると、扉が開かれ、現れたのは黒と白のゴシックドレスに身を包んだ少女と、黒を基調としたシックな服に、茶髪で黄色がかったエクステを付けた少女であった。

 

「アーッハッハッハ!我が同胞達よ、闇に飲まれよ!」

「あいも変わらず君達は朝から元気だね。外まで声が聞こえていたよ」

「あ、すいません。少し、はしゃぎすぎてしまいましたか……」

「いや、たまにはそういうのも悪くないんじゃないかな?君は少しおとなしすぎるからね。さて、騒ぎの中心にいるのは君かな?」

「む?おお!そなたはもしや、新たなる瞳を持つ者!」

「あぁ、我がかの地にて志同じくする者達を束ねし者。そなたの真名は神崎蘭子にて間違いあるまい?」

「はぁ……!!うむ!!!よくぞ見抜いた!そう、我が名は神崎蘭子!新たなる瞳を持つ者よ!共に参ろうぞ!」

「うむ。刻は短し、されどその身に刻みしは永きモノを」

「ごめん、みりあちゃん、なんて言ったか分かる?」

「え~っとね。蘭子ちゃんから順番に、貴方が新しいプロデューサーなの?って聞いて、そう、別の事務所のプロデューサー代理だよ。君は神埼蘭子ちゃんであってる?って聞き返して、そうです、プロデューサーさん、よろしくお願いします!って言って、こちらこそ、期間は短いけど頑張ろうね、だって」

「なるほど……あのプロデューサー、すごいわね……」

 

 入ってきてからの数秒の会話で、周りの数人以外を置いていった二人。ゴシックの少女……蘭子に至っては、当たり前のように自分の会話に着いてきてくれた彼にとても感動しているようだ。それを、どことなく、やれやれ……とでも言いたげに眺めていたもう一人の少女が口を開いた。

 

「なるほどね、君はこちら側、いや……そちら側の人間だったわけだ。蘭子にも良き理解者が出来そうだ」

「あちら側。こちら側。そんな境界なんてものは周りの人間が勝手に言い始めたことであって、俺たちは最初からずっと、同じ世界の上に立っている。ただ、他の人と見てる方向、見てる角度、見ようとするものが違うだけだ。そうだろう?二宮飛鳥」

「驚いたね……まさかこっちにも着いてこれるだなんて。まったく……君はもしかして、相当イタイ奴なんじゃないかい?」

「かもしれないね。だけど、俺はそれをカッコ悪いだなんて思わないな。新しいモノを見つけるのは何時の時代でも少数派の、独特な感性を持つ人間だ。俺はこの感性のおかげで今ここにいると自負している。だから、俺は俺の中の『この一面』だって大事にしているのさ」

「そうかい。ふふっ、なんだか安心したよ。僕みたいな人間でも、道さえ見えれば君みたいな人間になれるのかもしれないんだ。今の自分の道が間違いじゃないって言われたようだよ」

「もちろん、それだけじゃあどうしようもない時だって必ず来るだろう。だが『みたいな』だなんて蔑んだ言い方をするんじゃないよ?それは間違いなく君の人生という道のプラスになるものだ。君はそのままに、自信を持って歩き続けるんだ」

「まったく……君は本当に、イタイ奴だな……僕を見つけた彼女も相当なものだったけど、君は間違いなくそれ以上だ」

「褒め言葉と受け取っておくよ」

「にゃっはは~良かったね~飛鳥ちゃ~ん」

「うるさいぞ万年家出娘」

「照れない照れな~い」

 

 これまた回りのポカンとした目を気にせず会話を続けた二人。志希にからかわれるエクステの少女……飛鳥は、心底うっとおしそうに彼女を払いのける。どことなく頬が緩んでいるのは誰も気付かなかったようだ。蘭子に至っては、自分だけでなく飛鳥ともしっかり会話をやってのけたプロデューサーにもっと感動したのか、キラキラとした目線を向けている。そんな彼はこの状況を、子犬に懐かれたようだ……などと思っているのだが、これはまた内緒のお話である。

 

「それにしてもプロデューサーさん、よくお二人の会話にそのまま合わせられますね。うちの事務所の中でも、あのお二人にしっかり合わせられる人は限られていますのに……」

「まぁ、それに関してはあれですよ。一言で言ってしまえば、男の性ってやつですよ」

「性……ですか?」

「男は誰だって、生まれてから死ぬまでの間に、絶対にその道を通るんですよ。その記憶は消そうとしたって消えるものじゃないし、今日みたいに役に立つ時だってあるってことです」

「はぁ……殿方とは、そういうものなんですね……」

「全員がそうとうは限らないとは思うのだけど、まぁいいわ」

「ねぇねぇプロデューサー!さっきの続き話してよ~!他にどんな人がいるの~?」

「んー?そうだなぁ……これは面白いってわけじゃないけど、内のアイドル達は基本的にユニットで活動してるんだけども、その中に元教師ばっかりで構成されてるユニットがあってな」

「教師からアイドルって、それも何気にヤバイじゃん!で、その人達に何かあるの?」

「いや、その人達、というより、その中の一人に、だな。元科学の教師なんだが、その人の志望動機が、同じくユニットのリーダーになった人に誘われたから、なんだが、その後ろにもう一個理由があってな」

「もう一つ……ですか?」

「あぁ、それもとびっきりくだらない。なんてったって、アイドルって、儲かりそうだから、だってさ」

「それは……教師の発言じゃないわね……」

「ん?ねぇねぇプロデューサーちゃん。その教師ってもしかして次郎ちゃん?」

「ん?あぁ、そうだけども、もしかして知ってるのか?」

「あはっ!やっぱり!次郎ちゃんはね~、志希にゃんが一時期気まぐれで参加してた化学研究のプロジェクトのメンバーだったんだよね~。でも、その中でも二人とも全然やる気なくて、意気投合しちゃったんだ~」

 

 にゃっはは~などと気楽に笑う志希を、周りの数人が、やる気がなくて意気投合って……とでも言いたげな目で見ていたとかなんとか。

 

「そんな繋がりがあったとはな……下手したらうちの全員と何かしら繋がりがあったり、共通点とかがあるかもな……」

「では瞳を持つ者よ、我と通じ合いし力を持つ者はいるか?」

「うむ、同じではないが、サタンの僕(しもべ)を冠する者が一人。その者はゲヘナの言葉を使い、我とて全てを解する物ではない」

「なんと!かの瞳を持つ者ですら解せぬ言葉と!?一度合間見える他ないか。いや、まごうことなく、邂逅する運命にある!」

「みりあちゃん」

「あのね、私に似てる人はいるの?って聞いて、ちょっと違うけど似たような人はいるよって。ただ、少し分からないことも言ったりするんだって。で、蘭子ちゃんも是非その人に会ってみたいんだって」

「ありがと」

「君でも理解し得ないこともあるんだね。少し驚いたよ」

「全てを知り得る人間なんていないってことだよ。いくら知恵を付けたとて、決して世界の全てを知るなんてことは人間という小さい身では出来はしないのさ」

「はいはい。これ以上そっちに持っていかないでね、聞く側だって大変なんだから」

 

 話し始めたところで奏が割って入る。このままではまた先ほどのように長く回りくどい話になるだろうと思った故の行動だった。飛鳥は少し面白く無さそうな顔をしていたが、志希がすかさず拗ねない拗ねない~とからかいにいったため、それもすぐに終わった。

 

「それで、他にはどんな方がいらっしゃるんですの?」

「そうだな……ものすごく運が悪いやつ」

「「「あ」」」

「やること成すことが全部空回ったり、そんなことあるのか?って思うくらいベタな不運に見舞われまくるようなやつがいるな」

「それでしたら……」

「うちにも、ねぇ?」

「あはは、あの子はねぇ……」

「ん?どうしたん……」

「きゃあ!」

「っ!誰だ!?何かあったのか!?」

「廊下の外からだよ!」

「よし!」

「あ、ちょっと!」

 

 突然の悲鳴に話はストップして、彼は急いでドアへと駆け寄る。もしかしたら大変なことになってるかもしれない、そう思い、急いでドアノブに手を伸ばすも……直後、ゴンッ!という鈍い音が部屋中に響いた……。

 

「ぐっ、うぉぉぉぉ……」

「あっちゃ~。遅かったかぁ……」

「きゃっ!す、すいません!大丈夫ですか!?あぁ!ごめんなさい!私がいたばっかりに!!」

「あのっ!大丈夫ですか!?」

「大丈夫~。この方は、とても頑丈な方なのでして~」

「あ、あぁ。本当に大丈夫だ。びっくりさせてすまない……」

「あの、本当にごめんなさい!私のせいで……」

「いえっ!元は私が転んじゃったのが原因なんです!」

「あくまで運が悪かっただけなので~、誰のせいというわけではないのでして~」

「とりあえず落ち着きましょ。このままじゃ話が進まないわ」

 

 何が起きたのか端的に説明すると、彼が扉を開けようと手を伸ばした直後、突然扉が勢いよく開き、彼の頭に直撃した。開かれた扉の先には3人の少女がおり、一人は少し青みがかった黒髪のショートカットで、ふわりとした服を着たどこか儚げな少女。一人はこちらは少し灰色がかった黒髪のショートカットで、動きやすそうなショートパンツで少し背の高い少女。そしてもう一人は、腰まで届く程の長い髪を一つに束ねて、和服を着た背の小さな少女。儚げな少女は扉に前のめりに倒れこみ、背の高い少女はそれを見て慌てており、和服の少女は少し後ろでそれを眺めている状況である。

 そしてそのごたごたから30秒後……。

 

「あの……本当にすいませんでした……」

「いや、怪我が無かったのならいいんだよ。そっちも大丈夫かな?」

「はいっ!私は元々勝手に転んでしまっただけなので」

「むしろそなたが一番痛い目を見ているのでして~」

「こっちもそこまで痛くないから大丈夫だよ」

「さっきあんなに頭抱えてたじゃ~ん」

「黙ってないか放浪娘」

「やっぱり私のせいで……」

「大丈夫だって。気にしないでいいよ。白菊ほたるちゃん」

「へ……?」

「あれ?違ったかな?」

「い、いえ!あってます!……けど、どうして……」

「君のプロデューサーさんから聞いたんだよ。悪いことはなんでもかんでも自分のせいにしちゃう子がいるってね。というわけで改めまして、今日からここで1週間お世話になるプロデューサーだ。よろしく頼む」

「やはりそなたでしたか~。そなたの纏う空気が、そのように感じさせるのでして~」

「そういう君は、依田芳乃ちゃんだね。聞いてた通り、その長い髪に和服がとても似合ってるよ」

「褒められるのは、嬉しいものですね~」

「あの、私は……」

「大丈夫、忘れてないよ。乙倉悠貴ちゃんだね?その健康的な姿に少し高めの背、とってもいいと思うよ」

「は、はいっ!乙倉悠貴ですっ!あの、ありがとうございます!」

 

 儚げな少女……ほたるはただただ驚き、和服の少女……芳乃はどことなく納得した表情を浮かべ、背の高い少女……悠貴は褒めてもらえたのが嬉しいのか、嬉しそうに笑顔を浮かべている。さてと、と一息付いたところで話を続ける。

 

「まずはさっきのことを改めて、あれはただの事故だから、ほたるちゃんのせいじゃない、いいね?」

「い、いえ!あれは私がいたせいであんなことに……」

「じゃあ仮にそうだったとしよう。でも、それのおかげでとってもいい事もあった」

「いいこと、ですか?」

「あぁ。だってさっきのおかげで、こうやってすぐに3人と打ち解けられただろ?」

「あ……」

「ふふ、そなたはやはり、面白い方でして~」

「そんな考え方も出来るんですね」

「そう、何事も考え方次第だよ。たとえどんなに運が悪くたって、それから何かいい事があれば、その悪いことがあったからこのいい事があったんだって思える。そう考えられれば、どんなことだってハッピーに繋がるんだよ」

「で、でも……私は……」

「なんて、これはうちのとんでもなく運が悪いやつの受け売りなんだけどな」

「運が悪い人の……?」

「あぁ、そいつはほんとに運が悪くてな。でもな、それでどんなに酷い目にあったって、最後にはいっつも笑ってるんだよ。俺が運が悪かったから、代わりに他の皆が酷い目に遭わなくて済む。ってな」

「す、すごいですっ!そんなに優しい人がいるんですね!」

「運気というのは知らずの内に集まるものでして~。ですが、その後の気持ちは、その人次第なのでして~」

「で、でも……」

「大丈夫、君にもそうするようにってことじゃないよ。君はもしかしたら、そんな風には思えないのかもしれないけど、きっと周りの皆は……少なくとも俺は、君が悪いだなんて思ったりしないよ」

「っ!!」

「ひゅー!かっこいいじゃん、プロデューサー!」

「殿方として素晴らしいお言葉ですわ」

「ちゃ、茶化さんでくれ!言い終わって少し恥ずかしいんだ」

「ふ、っふふ……」

「お?ようやく笑ったな?」

「あ、ご、ごめんなさい!」

「うむ!まさしく天使の微笑みか!かくも儚き薄幸の乙女の微笑み、しかと見届けたぞ!」

「ほたるちゃんの笑顔、すっごくかわいいねって!」

「今のは私達にも分かるわね。だって、とっても可愛かったもの」

「あ、えと……あぅ……」

「ふふふ、プロデューサーさんも、なかなか意地悪な人ですね」

「ですが、本当にいい笑顔なのでして~」

「はいっ!とっても可愛いです!」

 

 今日初めて見せたほたるの笑顔に、皆が口々にかわいいかわいいと言うので、彼女は恥ずかしさから顔を真っ赤にして伏せてしまった。そんな姿もまた愛らしく、先ほどよりもかわいいと言われる結果となってしまうのだが、彼女にとっては今顔を見られることの方が我慢できないらしい。彼はそんな一連の流れを見て、やっぱり不運は幸運に繋がるほんの少しの我慢の時間なんだと思っていた。

 と、皆がそんな風にほたるをちやほやとしていると、外から足音が聞こえる。先ほどまでと違い、どうも乱暴に歩いているように感じる。そして数秒後、ノックもされることもなく扉が勢いよく開かれ、二人の女性が入ってくる。茶髪の短めの髪をリーゼントのように整えた男勝りのように見える女性と、背中辺りまで黒髪をそのまま流し、さらしに特攻服といういかにもといった服装の女性である。

 

「おうこら!今日から来るっつう新しいプロデューサーってのはもう来てんのか!?」

 

 あぁ……厄介なことになりそうだ……。過半数の人間がそう思った。横のもう一人も、やれやれ、といった表情を浮かべる。そして彼は、一つ溜め息を吐きながらも、一歩足を進めるのだった……。

 



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DRAMATICな教師達~誰かのヒーロー~

 

 机を挟んで片側に女性が一人、反対側には男性が三人座っている。この状況はなんだ……?女性は考える。どう良い方向に見ようとしても会社の面接。少し下げて人数比を間違えた合コン。酷い言い方をすれば、味方のいない四者面談である。彼女はもう一度考える。この状況はなんだ……?

 時間は先ほどの直後。三人の男性が部屋に入った時にまで遡る。

 

「おはよ~ちゃ~ん。今日も皆ちゃんと元気してる~?」

「グッモーニンエブリワン!」

「おはようございます。おや?見かけない方がいらっしゃいますね」

「あぁ、おはようございます。私は……」

「High×Jokerの諸君、君達はお客様にお茶も出さないどころか立たせたままとはどういうことだ?山下君、コーヒーを頼む。舞田君、彼女を机に」

「おろ、ずいぶん美人さんじゃないの~これはおじさん、腕によりをかけてコーヒー淹れなきゃね~。市販のだけど」

「オッケーだよミスター!さぁさぁ、こっちの椅子にシッダウンだよ!」

「あ、あの……」

「失礼、自己紹介が遅れましたね。私はここの事務所に所属するアイドルの一人、硲道夫と申します。うちの若いユニット達がしっかりとした対応を出来ず、申し訳ありませんでした」

「い、いえ。ですから……」

「君達もしっかり謝るんだ。学生とはいえ社会に出ている人間だ。礼節の大事さもしっかり学びなさい」

「硲先生。この人は今日から代理で来られたプロデューサーですよ」

「プロデューサー……?あぁ、昨日話していた企画のことですか。なるほど、これは失礼しました。てっきりお客様なのかと。いや、お客様であること自体は間違いではないのか……?」

「あはは……皆さんなんというか、個性が強いですね……」

「ソーリー、ミスプロデューサー。ミスターも、悪気は無いんだ」

「なになに?おじさんがコーヒー淹れてる間になんか話進んじゃってんの?おじさんも混ぜてよ~」

「ほんとこの先生たちと来たら……」

「まぁいいんじゃない?丸く収まったわけだしさ」

「見てて、疲れるね……」

 

 話すに話せずいたところを、なんとか旬の手助けにより自分の事を伝えられた女性。しかし、この後である。

 

「では、改めて、自己紹介なんかをしましょうか。山下君、舞田君。君達も席に着きましょう」

「え?」

「はいは~い」

「オーケー!」

「あれ……?」

「な、なんすかあの超面白い状況は」

「この絵面だけで3分は笑えるな」

「完全に流されてますね」

 

 そして冒頭のこの状態へと移ったのである。彼女の失敗点といえば、言われるがままに座ってしまい、そのまま立ち上がらなかったことだろうか。あれよあれよ流され、気付けばこれだ。そして彼女は決心する。とりあえず、このままでは良くない。まずは流れを自分の方向に持って行こうと。

 

「そんじゃ、硲先生はさっき自己紹介したみたいだし、次はおじさんかね?おじさんは……」

「山下次郎先生、ですよね?」

「ほう」

「おろ?おじさんのこと知ってるの?」

「はい、前任、というか、こちらのプロデューサーさんから情報はいただいておりますので。そちらの金髪の方が舞田類先生で、硲道夫先生と合わせて元教師ユニット、S.E.Mで間違いないはずです」

「ベリーグッド!パーフェクトなアンサーだよミスプロデューサー!」

「うむ。素晴らしい予習ですね。若く見えるのにしっかりとしている。君達も見習うように」

「うっわ、完全な流れ弾じゃん……」

「あ、でもでも!俺プロデューサーさんの年齢気になる!」

「隼人……女性にそういう話題は禁句だよ……」

「あぁ、別に大丈夫よ。そんなに気にするようなものでも無いしね。中には私より年上でアイドルやってる女の人だっているんだから。あ、ちなみに私は24ね」

「ワオ!俺より一つ上だったんだ!これは失礼しました!」

「そんなに若いのにしっかりしてるのね~おじさん感心しちゃうよ」

「ふふ、山下先生だってまだまだお若いですよ。男性の魅力っていうのは、そのくらいから出始めるんですから」

「っか~。プロデューサーちゃん。おじさんの乗せ方分かってるね~。そんな風に言われちゃ、頑張らないわけにもいかないじゃない?」

「コミュニケーション能力もしっかりと持っている。とても優秀な人材のようだ。彼も見習ってくれればいいのだがね……」

「え?彼ってプロデューサーさんですか?お会いした印象ではしっかりした人のように思いましたが……」

「あぁ、違いますよ。プロデューサーはしっかりとやってくれている。私が言っているのはうちの事務員の方です」

「あ、敬語は結構ですよ。私の方が年下ですので。それより、事務員さんですか。確かにまだ見ていないですね」

「あぁ~賢ちゃんはね~。頑張ってるっすけど、毎度どこかでポカやっちゃってるんすよね~」

「前は編集中のうちの事務所のホームページのデータを全部吹き飛ばしかけましたね。あの時はプロデューサーの機転で無事修復できましたけど……」

「他にも、栄養ドリンクとただの炭酸飲料を間違えて渡したり、事務所の鍵を失くしかけたり」

「とにかく、ミスが多いのだよ彼は」

「なるほど……こちらのプロデューサーさんは大変だったんですね……」

 

 それを考えれば自分のところはアシスタントの皆さん、特にチーフに関しては文句の付けようも無いほどに素晴らしい人材だったんだなと再確認する。たまーに笑顔が怖いときもあるのだが、などと思案する中、春名からこんな声が上がる。

 

「ところでさ、プロデューサーが受け持ってるアイドルってどんな人たちなの?ていうか何人くらい?」

「う~ん、いろいろいるしな~。受け持ってる人数そのものは50人ね」

「ご……」

「50人って……やべーっす!!マジでメガヤバっす!!うち以上っすよ!!」

「あはは、まぁ男所帯とはまた勝手が違うからね」

「いや、それは十分誇っていいことだろう。やはりプロデューサー君は素晴らしい人材のようだ」

「んで、話を戻しちゃうんだけども、そっちにはどんな子がいるわけ?」

「そうですねぇ……そうだ。ちょうど平均年齢的には君達と同じくらいになるかな?まぁそのくらいの仲良し4人組のユニットがいるよ」

「へぇ、やっぱりそっちにもしっかり決まったユニットがあるんですね」

「その子たちと、他何人かが特別なだけで、普段はあんまりユニット活動って形にはしてないんだけどね。一度組ませたら、お互いにすごく波長があったみたいでさ、プライベートでも仲良くしてるみたいで、今では完全な仲良し組って感じ」

「おお!俺らも似たようなものだし、仲良く出来そう!」

「そう……かな……?」

「他にはねぇ……あぁ、先生方みたいにしっかりとした元教師ってわけじゃないけど、先生ってポジションがすごく似合う人はいるかな~」

「ふむ、中々に興味深い」

「結構博識な人で、音楽とかも好きな人だし、普段の仕草がどことなくカッコイイから、女性にモテるタイプの女性って感じの人ですね」

「もしかして!その人を真似したら俺もモテるかな!?」

「はいはい、ちょっと黙ってような」

「後は、そうですねぇ……。そういえば、舞田先生とある意味で真逆な感じの子がいますね」

「俺と?」

「はい。舞田先生は日本人ですけど元英語教師で、普段の言葉にも英語を入れたりしてるんですよね?」

「そうなんすよ!だからたまーに舞田先生の言葉が分かりにくいっす!」

「それは君の勉強不足だ」

「まぁまぁ……。で、逆にこっちには、生まれは外国で、両親ともに外国人、名前だって外国人の名前のくせに、英語がからっきし喋れないのがいるんですよ」

「あっはっははは!!何その子!すっごい面白いじゃないの!おじさんそういう子大好きよ!」

「これはビックリだね。是非トークしてみたいよ!」

 

 同じアイドルというのもあってか、皆興味深げに聞いている。どちらがより濃いアイドルがいるのだろうか……。などと誰かが考えている内に、扉からノックの音がする。道夫のどうぞ、という答えを聞き、扉が開かれ、数人の男性が部屋に入る。

 

「おはよーう!今日も張り切って行こうぜ!」

「天道、朝からそのボリュームは止めろと何回言えば分かるんだ……。おはようございます」

「まぁまぁ、元気なのは良いことじゃないですか。あ、皆さんおはようございます」

「グッモーニン!さぁさぁ!今日はスペシャルなゲストが来てくれてるよ!」

「スペシャルなゲスト?」

「察しの悪いやつだな。昨日言っていた代理のプロデューサーのことだろう」

「なんだよその言い方!それに!もしかしたら違うかもしれないだろ!そしたらお前相当失礼だからな!」

「この朝早くから来て、High×Jokerのメンツが同じ場にいるんだ。普通のお客なら硲さんがあいつらを下がらせるだろ」

「ちょ!そんな言い方ないっすよ!!」

「あはは……それで、そのゲストさんっていうのは、そちらの女性の方ですか?」

「あ、はい。お察しの通り、今回企画でこちらでお世話になる、346プロの者です。皆さんはDRAMATIC STARSの皆さんで、赤みがかった髪の貴方が天道輝さん、眼鏡の貴方が桜庭薫さん、背の高い貴方が柏木翼さんですね?」

「おお!すげーぞ!しっかり合ってる!」

「だから少しは考えろ。大方うちのプロデューサーが、覚えやすいように特徴なんかと一緒に資料を渡したんだろう」

「じゃあお前はその資料とかを使ってほとんど知らない人間を50人近く覚えて、それ見ないでちゃんと言えるのかよ!」

「多分な。だが、試す機会も無ければ試そうとも思わん。俺には必要のないことだからな」

「そういうことじゃないだろ!これをやってきたプロデューサーさんがすごいって話をだな!」

「ちょ、ちょっと落ちついてくださいよ二人とも!ごめんなさい、いっつもこんな調子で」

 

 完全に置いてきぼりである。彼女が喋ったのは名前を言い当てた部分のみで、後の大半は彼らでの会話のみ。なんというか……どうして男所帯はこんなに皆ケンカ腰なんだろうか……。そんな風に思いながらも、このままではよろしくないと、彼女は話を切り出す。

 

「はい、一旦ストップしましょう。年上である貴方たちがそんなんじゃ、High×Jokerの皆に悪影響です。天道さん。貴方は正義のヒーローになりたいんでしたよね?」

「ん?ああ。なんか、笑われちまうかもしれないけどな」

「いえ、貴方は本当に、誰かのヒーローになれるんです。少なくとも、私の受け持っているアイドルの一人は、貴方を理想のヒーローだと、カッコイイ人だと言っています」

「え……?」

「テレビの中で歌い、踊り、真っ直ぐに自分の夢に向かう貴方の姿が、とってもカッコイイんだと、私に語ってくれました。そんな貴方が今、仲間とこんな風にしていたら、どう思いますか?」

「そっか……ヒーローに、なれてたのか……っ!桜庭!さっきは悪かった!お前の言うとおり、もっと考えてから言うべきだった!」

「な、なんだよ……。ちっ、これで謝らなかったら俺が子供だな。こっちこそ、言葉が過ぎたようだ。次からはもう少し言葉を選ぼう」

「す、すごいです!あの輝さんと薫さんがお互いに謝りましたよ!それも自分から!こんなの滅多に見ないことですよ!」

「う、うるさい!こんな小さなことでいつまでもうだうだと言ってること自体が間違いだと分かっただけだ!」

「ふふ、そうですね。プロデューサーさん、ありがとうございます」

「こっちにも数人ケンカっ早いのがいるからね。さてと、仲直りもしたことだし、さっきの続きでも話す?」

「お、待ってました!」

「さっきって、何の話だったんだ?」

「さっきも少し出たけど、こっちで受け持ってるアイドルの子達の話ですよ。そうだなぁ……あ、桜庭さんと同じ漢字で、薫って名前の子がいますよ」

「お、やったな桜庭!その子と結婚したらどっちも同姓同名だぞ!」

「どうしてそういうしょうもないことばかり考えるんだお前は」

「あぁ~、でも確かにそれは無理なのよね~」

「ん?何か問題でもあるっすか?」

「いやぁ、年齢差がね」

「愛には年齢も性別も関係ないよ……ね、旬?」

「そうかもしれないけど言い方を考えてね」

「あ、年齢差ってよりも年齢って言うべきだったかな。だってその子9歳だもの……」

「っ!ゲホッ!ゲホッ!」

「あっはっはっは!桜庭慌てすぎだって!」

「年齢差実に17歳。明らかにアウトだな」

「それは流石に許容できないですね……」

「そういうこと。まぁ、無邪気な子だから、同じ名前って知ったら面白いくらいに話しかけてくると思うけどね」

「子どもってそういうのすごく面白がるのよね~。いやぁ、無邪気っていいねぇ~」

 

 険悪なムードから一変し、先ほどまでの渦中の人物をネタにするという見事な采配で場の空気を和ませることに成功した。やはりこの辺りも彼女の実力の一つというものだろう。そのまま話は続いていく。

 

「他にはねぇ……いるだけで場の空気が和んで、体感時間が一気にゆっくりになる子がいるかな」

「どういうこと?」

「う~ん……例えばさ、リラックスできるような空間とかってあるじゃない?カフェとか自分の部屋みたいな。その子がいるだけで、何故か周りがそんな感じの空間になってね?ゆ~ったりした空気になって、気付いたら時間がすごい過ぎてたりするのよ」

「うわ~すごいですね。是非そんな人ともお喋りしてみたいですね~」

「翼、お前も似たようなもんだけどな……」

「あぁ、柏木さんも確かに近いとは思うけど、うちの子の方は完全にそれ以上なのよねぇ……。一回あったのが、自分の持ってるラジオ番組で、1枚の手紙だけで気付いたら15分も使ってて、それに視聴者はおろか、番組構成スタッフすら気付かなかったってくらいね」

「ワオ!それはアメイジングだね!」

「なんか、見てるだけで癒されそう」

「癒されるのは間違いないよ。さて、他にはそうだなぁ……あ、そうだ。春名とすごく合いそうな子がいるよ」

「え?それってもしかして……椎名法子ちゃん!?」

「そ、その通りだけど……知ってたの?」

「勿論!ドーナツ好きアイドルとして、同じドーナツ好きアイドルのチェックは欠かしてないぜ!ねぇねぇ!どうなの!?やっぱり法子ちゃんも普段からドーナツ好きって言ってるの!?」

「は、春名!ちょっと落ち着きなって!」

「これが落ち着いてられるかよ!」

「気持ちは分かるわ。そうね、一つ言わせてもらうなら、明らかに貴方よりもドーナツが好きね。あの子にとっては世界がドーナツみたいなものだもの」

「世界がドーナツ……?どういうことだ……?」

「私にも分からないわ。あの子の言うことは基本ドーナツばっかりだし。全ての道がドーナツに通ずってくらいにはドーナツだもの」

「わ、わけが分からない……」

「すげぇ!俺でもまだそこまでは行ってないのに!」

「待って。そこまで行こうとしないでくださいね。もしそんなこと言い出したら俺はユニット抜けますんで」

「旬が抜けるなら……俺も……」

「はいはい、こんなことでユニット解散の危機にならないの」

 

 約一名のテンションがおかしなことにはなったが、場の空気も和やかになり、コミュニケーションもしっかりと取れている。まさに理想的な流れである。と、ここでまた廊下から足音がする。だが今度はどうも足音の数が多い。4人……5人だろうか?そして数秒後、ノックの音の後に扉が開かれ、第一声が飛び出す。

 

「んなぁーーっはっはっは!!我が同胞達よ!此度もまた、闇の世界への一歩を踏み出すべく!共に邁進しようぞ!」

 



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共に成長すること~褐色少女にご用心~

「俺がその今日から来たプロデューサーってやつだ。用件を聞こうか?向井拓海」

「あいつから聞いたか。なら話がはえぇな。まず最初に言っておく、アタシはお前の言うことなんて聞かねぇからな」

「ふむ……君もそうなのかな?木村夏樹?」

「こっちは拓海のブレーキ役として来ただけさ。ま、様子見させてもらうよ」

「そうか、じゃあ改めて向井、大体察しはついているが、しっかりと理由を聞かせてもらおうか」

「一つ、アタシのプロデューサーはお前じゃない。二つ、見ず知らずの野郎に指図されるなんて虫唾が走る。三つ、まずはてめぇが気にくわねぇ」

「まぁ、そんなとこだろうとは思ったよ。本当は君みたいなのは最後に来るだろうと思っていたから、全員集まってから言いたかったんだがな……仕方ない。文香さん、後ろの子たちも連れてきてください。皆も少し待っててくれ」

「はい。それはいいのですが……」

「なんだぁ?ガキども使って煙に巻こうってんじゃねぇだろうな?」

「そんな気はさらさらないから安心してくれ」

 

 まさに一触即発と言わんばかりの空気に、場にいる全員も口を開かなくなる。中には我関せずといった表情の人間もいるが……。と、文香が後ろにいる全員を呼んで来たところで、男性から口を開く。

 

「さて、今いる全員は集まったね。まずは最初に聞きたい。少しでも、ほんの少しでも私からプロデュースをされるのに抵抗がある人は手を挙げて欲しい」

「抵抗があるってどういう意味?」

「嫌だな~って思ったりすることだよ」

「そっか!なら大丈夫だよ!」

「ありがとう薫ちゃん。さてと……」

 

 このプロデューサーの問いかけに手を挙げたのは18人の内4人。

 

「向井はさっきの通り、智絵里、橘さんの二人は男性や初対面の人が苦手だから、美嘉は、単純に男性との距離感が難しいから、かな?」

「あぁ……うん、そうなんだよね……なんかさ、急にそういうのが来ると……ね?」

「いや、それが普通だよ。気にしなくていい。さて、真ん中の二人だけど、これも仕方ないかもしれないね。女の子が初対面の、それもかなり年上の男にいきなり慣れろ。なんて無茶な話だ」

「そ、その……ごめんなさい!」

「わ、私は別にそういうのじゃ……ただ、まだ貴方を信頼できないだけです」

「うん、それも当然だろうね。で、向井。さっきの君の言葉への回答も兼ねて、ここで私から言わせてもらおう」

「なんだよ?命令は絶対だとでも言いてぇのか?」

「いや、逆だよ。もし、どうしても嫌だという子は、今回の企画から外れてもらって構わないよ」

「はぁ?」

「「えぇっ!?」」

「ちょ、ちょっと!そんなこと勝手に言っていいわけ!?」

「あぁ、これに関してはそちらのプロデューサーとも話し合った結果だ。その間の仕事は他の部署が回れば問題なく埋められるとのことだ」

「そ、そうなんだ……ど、どうしよう……」

「だったら決まりだな。アタシは……」

「だが、この企画から外れる場合、それは彼女の信頼を裏切ることになる。それでも良ければ。だけどな」

「え……?」

「あん?なんでそこであいつが出てくんだよ。こりゃアタシらとお前との問題だろうが」

「あぁ、そうだ。そして、それがどうしても無理だった時のためにと、彼女は特例を許してくれた。だが、これは君たちへの強い信頼と、期待があってこそだ」

「信頼と……」

「期待……?」

 

 手を挙げた4人、そして、それを見守る全員に語りかけるように、彼の言葉には熱が篭っていく。この『熱』こそが、彼のプロデューサーとしての特筆すべき点なのだが、それを本人が気付くことは無いのだろう。そして、そのまま言葉を続けていく。

 

「そう。例えば、苦手な人や、慣れない人とのコミュニケーションを頑張ることで、様々なことに挑戦していく力」

「「っ!」」

「例えば、普段と違う環境で、その中でも自分らしさを保ち続けることで得られる、確固たる自信」

「あ……」

「例えば、見ず知らずの相手からの言葉でも自分の力に換え、上へ上へと昇っていく、揺ぎ無い信念」

「……」

「彼女は君たちに、こんな力を持って欲しいと、いや……君たちならすでに、こんな力を持っているのだと、信頼している。期待している。だからこそ、見えるように逃げ道を作ったんだ。そんな目に見える自分の弱さに負けない。強い自分に、アイドルとして輝く自分になって欲しいから、ってね」

「プロデューサーさん……」

「でも、それでも、どうしても難しいことだってあるんだ。私はそれを、いくつも見てきた。だけど、そこで一度挫けかけた子達だって、また立ち上がってるのも何度も見てきたんだ。だから、私はここで君達がその選択をしても決して弱いなんて思わない。だから、好きに選んで欲しい。さぁ、どうする?」

 

 諭すように、小さな子どもをあやすように、言葉を告げた男性。選択を迫られた4人は一様にうつむいている。皆それぞれ、思うところがあるのだろう。周りの子達も、それを見守っている。そして、真っ先に顔を上げ、口を開いたのは、美嘉だった。

 

「私さ、カリスマギャルとして売り出されてて、いろんな雑誌のインタビューとかでも、いろいろと得意げに話したりしてたの。でもね、赤の他人の男の人が近くにいるって環境って、今まで全然無かったの。だから……ううん、だからこそ!私は知りたい!それがどんな気持ちなのか!それがどんな私を作っていくのか!だから、こっちからお願い!」

「そうか……分かった。期待に応えられるような男性じゃあないかもしれないが、精一杯美嘉を成長させられるよう、頑張らせてもらうよ」

「うん!よろしくね、プロデューサー!」

「あ、あの……わ、私も。私も、頑張ります!まだ、男の人は少し苦手で、距離を取ったり、ビックリして嫌な思いさせちゃうかもしれませんけど……でも、あの人に……プロデューサーに、少しでも成長した私を見て欲しいから!だから……」

「ありがとう。その気持ちだけで十分伝わったよ。難しいかもしれないけど、ここから頑張っていこうね」

「は、はい!よろしくお願いします!」

「さて、残るは向井と橘さんだけど……」

「私は……さっきも言ったとおり、まだ貴方を信用していません。ですが……プロデューサーは、貴方を信頼して、私達のことを頼んだんですよね……」

「あぁ、同時に、君達なら上手くやれると信頼して、な」

「わかり……ました……。貴方のこと、少しだけ、信じてみます。言っておきますけど、全部じゃないですからね!少しだけですから!」

「分かってるよ。ほんの少しでも信頼してくれてありがとう。ここからもっと信頼してもらえるよう、全力で頑張るよ」

「はい。私に相応しいプロデュースをお願いします」

「任せてくれ。さてと……」

 

 他の3人が全員企画への参加を決定し、最後に残ったのは、言い出した拓海だけとなった。だが、まだ決めかねているらしい。そこで彼はさらに言葉を続けていく。

 

「さっきも言ったとおり、逃げるように見える選択かもしれないが、それは決して弱いことじゃない。自分の道を貫き通すこと。それもまた、他には無い大きな強さだ。認めた人間以外は誰の指図も受けないという君の考えは、上に昇っていくうえで大きな武器になる。もしも何かで悩んでいるなら、聞かせてほしい」

「……。てめぇは……」

「ん?」

「てめぇは本当に、それでいいのか?アタシが企画から外れるって言っても、痛くも痒くもねぇか?」

「ははは、まさかここでこっちの心配をしてくれるなんて、やっぱり彼女から聞いてた通りだ」

「う、うるせぇ!いいから答えろよ!」

「まったく……そんなの……嫌に決まってるだろ!!」

「「きゃっ!」」

「「わっ!」」

「「「っ!!」」」

 

 拓海の問いに、先ほどまでの諭すような口調から一変し、突如として今日一番の怒声のような声を上げる。あまりの衝撃に何人かは相当ビックリしてしまったようだ。

 

「な、なんだよ!急にでかい声出しやがって!」

「す、すまない。だけどな、これだけは言わせてもらう。俺は出来ることならここにいる全員を、この部署の全員をプロデュースしたい!どこまで出来るかは分からないが、仕事だからなんて理由じゃない。君達と向き合って、ともに成長したいからだ!俺のこの気持ちに、言葉に、嘘は無いと誓ってもいい!」

「……んだよ……」

「くっ、ふふ……あっはははははは!」

 

 彼の熱い言葉に、拓海が黙り込んだかと思えば、堪え切れなかったかのようにどこかから笑い声が上がる。その発信源は……夏樹だった。

 

「イヤー!最高だよアンタ!拓海、賭けはアタシの勝ちみたいだな」

「木村?というか、賭け?」

「んだよ!もうちょっとだったのに急に熱くなりやがってよ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。事情が飲み込めない」

「簡単に言や、今日の晩飯の賭けに黙ってアンタを使ったってことさ。内容は、アンタが『熱い人かどうか』だ」

「夏樹の奴は熱い方に、アタシはそうじゃないって賭けたんだよ。あそこで諦めてくれりゃあ勝ちだったのによ」

「な……それじゃあ始めっから?」

「半分くらいは本気だったぜ?でも、流石に世話になってるあいつに泥を塗るような真似はしねーよ」

「なんだよ……驚かさないでくれよ……」

「悪いね。それよりも、あの熱くなった時、口調が『私』じゃなくて『俺』になってたよな?やっぱりそっちが本当のアンタなんだろ?」

「さぁてね、初対面から人のことを試してくるような奴に、そう簡単に全部見せると思うなよ?」

「やっぱりアンタ、かなりロックだな。気に入ったよ。アタシのことは夏樹って呼んでくれていいからな」

「アタシも拓海でいい。というか、苗字で呼ばれるのは気持ちわりぃんだよ。分かったな!」

「あぁ、分かったよ、夏樹に、拓海だな。さて……皆、さっきは急に大声出したりしてごめんな。ビックリさせちゃったな」

「ほんとにビックリしたわ。貴方、結構熱い人だったのね」

「そなたの言葉は、しっかりと届いたのでして~」

「瞳を持つ者の魂の言霊によりて、我が魂は打ち震えている!」

「プロデューサーの言葉に感動したんだって!みりあも頑張っちゃうんだから!」

「あはは、皆、ありがとね。さて、急に集めちゃったりしてごめんね。後はまた全員揃うまで好きにしてくれていいからね」

「「はーい!」」

 

 この言葉を皮切りに、ある者は先ほどのように奥の談話室へ、ある者は外の空気を吸いにいったようだ。そして、プロデューサーを含めた数人が入り口談話室で待つ形となった。

 

「で、なんで薫ちゃんは膝の上にいるのかな?」

「だって~、さっき雪美ちゃんの後は薫って言ってもん!だから乗ってるの~!」

「そういえば言ってたような……」

「あ、あの……次は……い、いえ!なんでもないです!」

「千枝ちゃん……乗りたい……?」

「だ、大丈夫ですから!」

「やっぱり通報した方が……」

「これで私が悪いと言われるのはとても悲しいな」

「ふふ、プロデューサーさんは、小さな子に好かれやすいのですね」

「子どもに好かれるのは、優しき心の持ち主という証拠でして~」

「さっきあんなに熱かった人とは思えねぇな」

「ほっといてくれ。さてと、そろそろ誰か来る頃かな?」

「全員集まると、事務所が狭くなっちゃいそうですねっ!ふふっ!」

「確かにそうかもね。……と、言ってる間に本当に誰か来たみたいだ」

 

 椅子に座る男性の膝の上で薫は足をぷらぷらと振って楽しそうにしているが、彼がごめんねと一言謝ってから降ろすと、渋々といった感じだが隣の椅子に座る。彼女も子どもではあるが、そのあたりはきっちりと分かってるのだろう。そして、外からは足音と共に話し声や笑い声が聞こえる。今度は4人分だろうか。そして、ノックへの返事の後に扉が開き、ぞろぞろと部屋へと入ってくる。

 

「おはようございます皆さん」

「おっはよ~!」

「おはよ!今日も一日、元気大作戦だよ!」

「おはよ~。あれ?そこの男の人ってもしかして?」

「やぁ、おはよう。楽しそうな声が部屋まで聞こえてたよ。君達はフリルドスクエアの4人であってたかな?」

「え?どうして私達のこと……」

「はは~ん。これは私達も、ずいぶんと人気者になっちゃったかな~?」

「んなわけないでしょ。えっと……今日からお世話になるプロデューサーさん、で良かったですか?そう、私達はフリルドスクエアであってますよ。えっと、こっちから順に……」

「最初に挨拶した肩甲骨くらいまで髪の君が綾瀬穂乃香。確かぴにゃこらたが好きなんだっけ?次に挨拶したパッツンヘアーにパーカーの君が喜多見柚。しっかり人気者にはなってるから、安心していいよ。それから、次に挨拶したお団子ヘアーの元気な子が桃井あずきちゃんだね。私の予習大作戦も、なかなかのものじゃない?そして最後になっちゃったけど、茶髪にショートヘアーの君が工藤忍。穂乃香と同じく、このフリルドスクエアの結成当時からのメンバーで、皆のまとめ役。どうかな?」

「「おお~!!」」

「か、完璧です……」

「すごい……」

 

 やはり、初対面の人間に自分の名前だけでなく、内面や気に入っている部分などを当てられると、人は驚くものだろう。彼女達も勿論例外ではなく。あずきや柚に至っては興味津々といった様子だ。穂乃香と忍はその人への興味よりも驚きの方が勝っているのか、ただただ呆然としている。

 

「すごいすごい!予習大作戦大成功だよ!あ~あ、私も予習して来れたらな~」

「まぁまぁ、これも君達のプロデューサーのおかげだからね」

「なるほどね~。ところでさ、なんで私達の中であずきちゃんだけ『ちゃん付け』だったのかな~?さてはあずきちゃんの事狙ってるとか~?」

「え?えっ!?」

「大人をからかうんじゃありません。穂乃香も、そんなビックリしたリアクションしない。単純に見た目というか、雰囲気からかな?他の3人……特に同い年の柚よりは子どもっぽく見えちゃってね」

「あー!ひっどーい!こうなったらあずきの大人っぽさを知ってもらうために、お色気大作戦で……」

「だから止めなさいって。そういうのでムキになるのも子どもっぽいってこと。そうでしょ?プロデューサーさん?」

「さすがまとめ役。ま、そういうことだよ。でも、どうしても嫌なら呼び捨てにするけど、どうだい?」

「う~ん……別にいいや!特別扱いみたいで嬉しいし!それに、どうせなら実力で呼ばせたいし!目指せ、呼び捨て大作戦!だよ!」

「あ、あの……私は逆に、少し恥ずかしいので苗字で呼んで欲しいんですけど……」

「よし、分かった。綾瀬は苗字呼びだな。他の二人は大丈夫かな?」

「私はこのままでいいよ~」

「私もこれでいいかな。あんまりいろいろすると大変だろうし」

「ん、ありがとう。さて、また談話に戻ろうか?」

「あー!薫また膝に乗るー!」

「あ、あの……」

「おやおや~?ちびっ子達にモテモテですな~?」

「なんでか知らないけど懐かれちゃってね」

「むむ!知らない内にモテモテ大作戦だね!」

「楽しそうでございますですね~」

「ほんとね。うちのプロデューサーも似たようなものだけどね」

「あいつはあれでかなりロックだしな。向こうでも大丈夫だろうさ」

「うちの連中が迷惑かけてなけりゃあいいけどな。さてと……そろそろいいかな?」

「ん?どうかした?」

 

 フリルドスクエアの4人とも無事に打ち解け、また話しに戻ろうとしたところで、彼の口から待ったが入る。というのも、彼はこの会話の中でどこかおかしいところを見つけたようだ。そう……いつの間にか、一人増えているのだ。

 

「あずきちゃんの後に喋った君、いつの間にいたのかな?」

「「……」」

「……」

「……あ~。ライラさんのことですか~」

 

 その間の抜けた言葉に驚きを通り越して呆れが出てくる。子供達は笑っているようだが……。金髪に褐色の肌の少女……自分でライラと名乗った少女は未だにポカンとした表情だ。

 

「そう、そのライラさんがいつからいたんですか?」

「おお~ライラさんの名前をご存知なんですね~。もしかして、始めましてじゃないのですか?」

「始めましてであってますよ。プロデューサーさんから聞いてたから知ってるんです。それで、いつからいたんですか?」

「そうなんですね~。始めまして、ライラと言います。ところであなたはどなたですか?」

「あ、私は今回企画で臨時にプロデューサーになった者で……」

「あっはははは!全然話が進まねぇや!やっぱりライラのペースに持って行かれちゃアンタでも無理か!」

「ライラさんは、とても自由な方ですからね」

「ライラー!もう!待っててって言ったのに置いてくなんてひどいゾ!」

 

 話が一段落する間もなく今度は空いた扉から一人入ってくる。黒いショートカットにライラと同じく褐色の肌、ホットパンツ姿がとても似合う活発そうな子だ。

 

「あぁ、ナターリアさん。ごめんなさいですよ。皆が楽しそうだったのでつい行ってしまいましたです」

「もういいゾ!皆もおはよう!あれ?その人だれダ?」

「おっと、私は今日から一週間、君のプロデューサーだよ。よろしくね、ナターリア」

「おお!そうなのか!よろしくナ!プロデューサー!」

「っ!」

「「きゃっ!」」

「「おおーー!!」」

 

 挨拶が終わるや否や、彼女……ナターリアはプロデューサーに抱きついた。いきなりことに彼は慌て、わたわたとするばかり。悠貴や千枝のような純粋な子は恥ずかしいのか目を背け、興味津々な子達は逆にどうなるのかとしっかりと見ている。が、彼もこのままではダメだとすぐにナターリアを引き剥がす。

 

「ちょ!ちょっと落ち着いてくれナターリア!」

「ん~?どうしたんダ?挨拶のハグしてるだけだゾ?」

「そ、それは誰にでもやってるのかい?」

「ん~ん。プロデューサーが、誰にでもはダメだって言ってたゾ。やるなら私か、うちのアイドルの子だけにしなさいって」

「じゃ、じゃあなんで私に……」

「ん?だって、今日からプロデューサーだロ?プロデューサーになら良いんじゃないのカ?」

「全員がそうじゃないんだよ。と、とにかく、私にはやらないようにね!」

「う~ん……プロデューサーは、ナターリア嫌いカ?」

「そんなことないよ。だけど……」

「じゃあいいナ!ナターリアもプロデューサー好きだから、好き同士なら問題ないゾ!」

「そ、そうじゃなくて!だ、誰か助けて!」

「ナターリアちゃん。日本の男性は、ハグが少し苦手なんです。だから、出来れば止めてあげてくださいませんか?」

「ん~。フミカがそう言うなら分かったゾ!フミカはアタマいいからな!」

「た、助かった……ありがとう、文香さん」

「いえ、こういうのはその……他の子も慣れてないでしょうから……」

「あっ!そ、その……な、何も見てないですからっ!」

「ねぇねぇ!どうだった?ナターリアちゃんのハグ、気持ちよかった?」

「みたいですね……とりあえず面白がってた数人はレッスンのメニューを増やすから覚悟しておくように」

 

 えぇ~!とか、横暴だー!なんて声も聞こえてくるが彼は知らん顔。ちなみに後で文香が言うには、ライラはフリルドスクエアの皆が彼の言葉に驚いてる時に普通に入ってきていたようだ。言い出そうとしたが、盛り上がっていたのでタイミングがなかったとのこと。

 さてと、と後ろから聞こえる不満の声を聞き流しながら一息つくと、またも廊下から声が聞こえる。3人ほどの声だが、今度もまた内側に聞こえるほどの声で、また疲れることになるのかな。などと彼が思っていると、ノックがすることもなく扉が勢いよく開かれる。

 

「さぁ皆さん!かわいいボクが来てあげましたよ!一日の始まりにこのかわいいボクを見られるなんて、皆さんはなんて運が良いんでしょう!さぁ!存分に喜んでください!」

 



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5人で奏でる素敵な音楽~Happy or Unlucky?

 

 空気が、固まった。

 

「おはようございます。あ、今のは『おはよう皆、今日も頑張って行こうね』って言ってます」

「おっはよー皆っ!今日もパピッと、元気に行こうね!」

「皆さんおはようございます。今日も皆さんお元気そうですね」

「おはよう皆!今日からは企画が始まるから、頑張って行こうな!」

「その企画の主要人物はすでに来てるんだけだけどね~」

「え?あ、もしかしてその女性が……」

「はい、その通り。私が今日からお世話になるプロデューサーよ。よろしくね『Cafe Parade』の皆」

 

 ようやく気付いてもらえたと言わんばかりに挨拶をする。入ってきたのは5人の男性……一人男性と言っていいのか分かりにくいが、れっきとした男性である。最初に喋ったのが肩にぬいぐるみを乗せ、片目に眼帯を付けた癖毛の男性。それを解説したのが、髪の片側に編みこみを入れた薄緑色の髪の童顔な少年。その次に喋ったのが、先ほど言っていた分かりにくい子、なんとメイドを来ており、どこから見ても美少女にしか見えない。髪型もツインテールでとても似合っている。その次に喋ったのは、大人びた雰囲気で、しかし喋りに関西の訛りを感じる男性。糸目というのだろうか?目が開いてるのかパッと見では分かり辛いが、しっかり見えているのだろう。最後に喋ったのが、これまた大人っぽい雰囲気のお洒落な男性。こちらはハキハキとした印象を受け、どうやら彼がこの5人、『Cafe Parade』のまとめ役だろうと思われる。

 

「おお!我らが名を既に看破したか。我が闇の同胞を導く者として相応しき力よ!」

「『僕達の名前を知ってくれてるんですね!さすがプロデューサーさんです』って言ってます。あ、自己紹介がまだでしたね。俺は……」

「卯月巻緒君。Cafe Paradeのメンバーで、18歳、ケーキが大好きで、ケーキの良さを広めるためにアイドルになった。よね?」

「すっごーい!ロールの事しっかり覚えて来たんだ!ねぇねぇ、あたしのことは?」

「えぇ、もちろん覚えてきてるわよ、水嶋咲ちゃん。同じユニットのメンバーで、世界一かわいいアイドルを目指してて、巻緒君の親友ね」

「すごいすごい!あ!よく見たらプロデューサーさんめっちゃくちゃかわいいし綺麗!ねぇねぇ!後でお化粧の事とかいろいろ教えて!?」

「うふふ、分かったわ。バッチリ教えちゃうんだから!さて、さっきの難しい言葉で話してたのは、アスラン=BBⅡ世(ベルゼビュートにせい)さんね。それで、その肩の上にいるのがサタンで、いつも一緒にいるのよね」

「うむ!我はサタンの眷属なれば、常に付き従うは当然の理よ」

「『サタンが大好きだから、いつも一緒なのは当たり前だよ』って言ってますね」

「本当にサタンが好きなのね。さて、糸目の貴方は東雲荘一郎さん。今度美味しい洋菓子の作り方を教えてくれないかしら?」

「私なんかで良かったらええですよ。そのかわり、餡子だけは簡便してくださいね」

「えぇ、気をつけるわ。最後になってごめんなさい。貴方は神谷幸広さんで、この『Cafe Parade』のリーダーね。このメンバーをまとめられる貴方の力、頼りにしてるわ」

「はは、買い被り過ぎですよ。俺が何もしなくたって、ここの皆はきちんとやってくれます。むしろ俺が支えられてるくらいですから」

「謙遜しなくてもいいのに。でも、そういうところも良さの一つなんでしょうね。それにしても、気付いたらもう結構な人数になっちゃったわね。そろそろ狭いかしら?」

 

 全員と挨拶が終わり、一段落した所で回りを見回す。テーブルには先ほど同様『S.E.M』の3人。反対側の空いた席は『DRAMATIC STARS』の3人がそれぞれ座っている。『High×Joker』の5人はテレビの前のスペースで何やらワイワイと話している。そして今入ってきた『Cafe Parade』の5人も合わせ、現在17人が同じ部屋にいるのだ。少し狭くも感じよう。

 

「ふむ、確かにこの人数では少々手狭だな。では、後は若い皆に任せ、我々は奥の談話室にでも行くとしようか」

「ラジャーだよミスター!プロデューサー!また後でトークしましょうね!」

「ま、むさ苦しいのがいても仕方ないものね。おじさんは一足先に退散させてもらいますよ~っと」

「お?じゃあ俺達も動くか?」

「いや、ドラスタの3人はそのままでいい。それよりも、High×Jokerの5人だ」

「え?俺達?」

「ちょうどいい時間が出来たんだ。我々が勉強を見てあげよう」

「うぇっ!?い、いや!いいって先生!せっかく休みなのにそんな無理しなくてたって」

「そ、そうっすよ!それに、今は勉強の気分じゃないっていうか……」

「ノープロブレム!僕たちは、君達が勉強する姿を見るのが好きなんだ。休みまでその姿が見れるなんてベリーハッピーだよ!」

「まぁ、僕は別に良いんですけどね。少し聞いておきたいところもありましたし」

「旬が行くなら、俺も行くよ。勉強も大事だからね」

「こっち二人は勉強熱心ね~。素晴らしいじゃないの」

「よし、決まりだな。ではプロデューサー、後をお願いします」

「あ、はい。頑張ってくださいね」

「「「い、いやだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」

 

 叫び声も空しく、他の5人に引っ張られるように全員が奥へと消えていく。幸広や翼なんかは苦笑いでそれを見送っている。だが、おかげでずいぶんとスペースが空き、話しやすくなったようだ。と、何かを話そうとした矢先に、急いで走ってくる足音が聞こえる。だが今回は一人分しか無いようだ。そして扉の前に着いたが、しっかりとノックをしてきた。どうやらとても丁寧な人のようだ。どうぞの声の後に扉が開かれ、パッツンの髪型、少し痩せ型で、年は15歳前後と思わしき男の子が入ってくる。どうやら相当走っていたのだろう、息が少し上がっており、綺麗に整えられた髪も少し乱れている。

 

「お、おはようございます。突然ですみませんが、都築さんを見ませんでしたか?」

「いや、俺たちが来た時にはまだいなかったと思うけど。なぁ?」

「あぁ、見てないな。プロデューサーさんはどうです?」

「う~ん。私が来た時にいたのは虎牙道の3人だけだったのよね。で、その3人も走りに行っちゃったし」

「そうですか……って、プロデューサーさん?もしかして、貴殿が今回の企画のプロデューサーですか?」

「えぇ、そうよ。よろしくね、神楽麗君」

「まだ名乗っていないのに……貴殿はきっと素晴らしい手腕の方なのでしょうね」

「大げさよ。それに、喋り方も普段通りでいいわ。さて、さっき探してるって言ったのは、貴方のユニットのもう一人、都築圭さんね。残念だけどさっき言ったとおり、私達は見ていないわ。というより、いつも麗君が連れてくるの?」

「そうです……そうだな。基本的にはわたしが迎えに行かないと部屋から出ませんから。ただ、今日はわたしが行った時にはすでにいなかったんだ。もしかしたらもう事務所に来てるのでは、と」

「そうだったんですねぇ。でも、そしたらどこに……」

「うわぁぁっ!!!」

「きゃっ!なになに!?」

「奥の部屋からみたいですね。俺、見てきます」

 

 突然の叫び声に全員が驚くも、こんな叫びは日常茶飯事なのか数名以外は平然としている。薫に至っては、またか……とでも言いたげに頭を抑えている。と、待つこと数秒、見に行った巻緒が小走りで戻ってくる。

 

「麗君、都築さん、奥の談話室にいたみたいです」

「「ええっ!?」」

「よかった……何事もなかったのか……」

「い、いつからいたんだろう……」

「やっぱり都築さんは、狐みたいに神出鬼没ですねぇ」

「と、とにかく呼んできます!」

 

 奥の談話室へと走っていく麗。その後少し遠くで会話する声が聞こえたかと思うと、またすぐに、今度は二人で戻ってきた。連れられて来た男性は、パッと見だとハーフに見えないこともない、少しウェーブが掛かった肩甲骨くらいまでの綺麗な金髪。その髪の先には青い小さな髪飾りが付いている。どうもさっきまで寝ていたのか、ずいぶんと眠そうである。

 

「すいません、お騒がせしました。ほら、都築さんも!」

「そんなに気にしなくてもいいんじゃない?皆もいつものことだって思ってるだろうし」

「だから!今日はそのいつものっていうのとは違って臨時のプロデューサーさんが来てるんですよ!」

「ん?あぁ、この人ですね。初めまして、都築圭と言います」

「あ、ご丁寧にありがとうございます。ってそうじゃなくて。圭さん、貴方奥の談話室にいたって聞きましたけど、いつからいたんですか?」

「えっと……昨日の夜ですね」

「「はぁ!?」」

「これはまた予想外な答えが……」

「我にも予想しかねる自由の魂よ」

「『僕もこの自由さは予想できませんでした』って」

「都築さん!あの後はちゃんと家に帰ってくださいねって言ったじゃないですか!」

「いやぁ、ぼーっとしてたらついね」

「ついじゃないですよ!ほんとに貴方は……」

「まぁまぁ!大事にならなかったんだし良かったじゃない!ね?」

「む……貴殿がそう言うのであれば……」

「都築さんも、そういうのはちゃんと一言くらい連絡入れてあげてくださいね?大切なユニットなんですから」

「そうだね。気をつけるよ。ごめんね、麗さん」

「いえ、こっちこそ、キツイ言葉ですいませんでした」

「よし!これで一件落着だね!」

「うわぁ!すごい!しっかりまとめちゃった!」

「お見事!って感じだね」

 

 一時はどうなるかと思われたが、すぐに解決したようだ。このユニットはこの二人で構成されおり、ユニット名は『Altessimo』。圭の年齢は不明だが麗よりは上だと思われる。が、どちらかと言えば麗の方がユニットを引っ張っている節がある。

 ちなみに、先ほどの通り圭は奥の談話室で寝ていたわけだが、見つかるのに少しかかったのは訳があり、なんとこの人、ソファーなどではなく、その後ろの床の上で寝ていたのだ。若干陰になり見え辛く、春名がその後ろを通ろうとした時に発見したようだ。なんとも人騒がせな人である。

 

「なぁプロデューサーさん、さっきの続きって言ったらなんだけど、他にどんな子がいるんだ?」

「お、その話俺も気になるね。どんな子がいるんだ?」

「そうねぇ……そうだ。巻緒君はケーキが好きだけど、こっちにはパフェがすごく好きな子がいるわね」

「パフェってなんか女の子っぽくていいよね!あたしも大好き!」

「それで面白いのが、その子、元ファミレスのウェイトレスさんだったのよ。どことなく、Cafe Paradeの皆に似てるなって思ってね」

「甘いもの好きでウェイトレス。確かにあってるかもね」

「他にはねぇ……すっごく自由な子がいるわね」

「自由って、都築さんみたいな?」

「いや、都築さんとはまたタイプが違って、なんていうかこう……本当に文字通り何考えてるか分からないのよ。それでいっつも楽しそうで、気分がいい時には鼻歌とか自作の歌とか口ずさんだりね」

「ほんまに自由な人なんですねぇ」

「うちにはそこまでのはいないか……?」

「近いとしたら、ピエールかキリオ辺りか」

「我と波長の合う闇の者は?」

「『僕と話の合いそうな人はいる?』って聞いてます」

「う~ん……限りなく近いのはいるんだけどねぇ……私が思うに、なんか違う気がするのよね……」

「アスランと似たようなのがいるの?すっごい面白そう!」

「いろんな人がいるんですね。そちらも楽しそうです」

「えぇ、もちろん毎日楽しいですよ!他にはそうですね……あ、魚がすごい好きな子とかがいますね」

「魚、ですか……」

「魚か……」

「え?何?どうしたの?」

 

 その前までは楽しそうに談笑していたが、彼女が魚が好きな子を話題に上げた途端に、全員が一斉に口をつぐんだ。

 

「何?皆魚が嫌いとか?」

「いや、そういうのじゃ無いんですよ。俺は食べるの大好きですし」

「ただ、魚……っていうか、それに関連するワードで、ちょっとな」

「え?関連って……あぁ、分かった。あの人のことね」

「勉強してきてはるから察しがよくて助かります。その人のことであっとりますよ」

「好きなものを好きというのは大事だけど、彼の場合は少し……いや、かなり特殊だからね」

「よし、この話は一旦ここで止めとこうか。う~ん他には、野球がすごく好きな子がいるかな」

「野球かぁ。こっちにはサッカーはいるんだけどね」

「案外波長は合うかもしれない。同じ身体を動かすスポーツだし」

「でもこっちの子はそれでいて20歳だからなぁ。若干年の差でギャップが出るかもだし……まぁ、そんなの気にする子でもないとは思うけど」

「やっぱりそっちの事務所もすごいな!是非合同でなんか企画とかやってみたいな!」

「馬鹿か、今現にこうしてやってるだろうが」

「いや、こういうのじゃなくて、もっとアイドル同士でやるような企画をだよ!」

「あぁ、それに関してだけど、ちゃんと今回の企画中にいくつかそういうのもやってもらうつもりだからね」

「え~!ほんとに!?やっばい!あの346プロのアイドル達と共演出来るんだ!!すっごい楽しみ!」

「頑張ろうね、咲ちゃん」

「うん、意欲的でよろしい」

 

 そんなこんなで会話が続く中、また数人、事務所へと近付いてくる人影があった。その数は3つ。全員中々がたいがよく、一人はかなり鍛え上げられている。軽い話をしながらその3人が歩を進め、事務所前に到着。いつもどおりノックし、返事が聞こえ、扉を開こうとする。が、何故か扉が開かない。あれ~?などと言いながら押すも、開かない。

 

「お~い!そっち側になんか置いてあったりしないか~?」

「いえ、特に何もないですね」

「あっれ~?どうなってんだ?」

「ちょっと見てみますね」

「あ、プロデューサー!ちょっと待っ……」

「どわっ!?」

「へ!?」

 

 バターン!と大きな音と共に扉が思いっきり開き、外側にいた扉を開けようとした男性が勢いに釣られて転がりこんでくる。その扉の少し前には彼女がいた。そして一瞬の後、その二人の体制は、完全に男性側が女性側を押し倒したような状態になっていた。

 

「あ、あの……怪我は無いっすか?」

「は、はい……」

 

 空気が、固まった。

 



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かわいいボクのキャラ設定~打ち上げはお洒落なカフェで~

 

 元気な声と共に入ってきたのは3人の少女。一人は長い黒髪に着物を着た和風美人といった風貌の少女。一人はオレンジの帽子を被り、こちらも腰付近まで延びる長い髪をした活発そうな少女。そして最後に、自分のことを『ボク』と呼びながら先ほどの挨拶をしたかなり背の低い少女である。だが、その少女の挨拶により、場は沈黙している。

 

「皆さん、おはようさんどす~」

「おっはよ~!今日も張り切っていこうね~!」

「お二人ともおはようございます。お二人でなんてめずら……」

「ちょっと!露骨にスルーしないでくださいよ!このかわいいボクが挨拶したんですから!忍さんも悪ノリしない!」

「あら幸子はん、いつからいやはったんどす?気ぃつきまへんでしたわぁ」

「まさかの続行!?止めてくださいよ!こんなの今日から来る人に見られたら、ボクがそういうキャラみたいな扱いになっちゃうじゃないですか!」

「それは大変でございますですね~。ところでプロデューサー、そういうキャラってなんでございますか?」

「今のあの子みたいに、皆から愛される子って意味だよ」

「サチコモテモテだナー!」

「うるさいですよ!……って、プロデューサー……?」

「あっちゃ~。幸子ちゃん、やっちゃったね~」

 

 なんとも言えない微妙な空気が流れる。あるものはニコニコと、あるものはオロオロと、あるものはニヤニヤと、それぞれが思い思いの表情を顔に浮かべている。と、ここで最初に動くものが現れた。

 

「ふ、ふふーん!このかわいいボクにかかれば、もうプロデューサーさんがいるのなんて知ってましたとも!ですが!あえて!こういう姿を見せることによって、ボクのことを印象付けようとしたまでです。まぁ、このかわいいボクに限って言えば、こんなことをしなくても忘れるはずもないのですが、少しマイナスの面を見せることで皆さんへのハンデにしてあげてるんです。あぁ、ボクってなんて優しいんでしょう……」

「着物の君が小早川紗枝で、帽子の君が姫川友紀だね?お察しの通り、私が今回の企画で1週間お世話になるプロデューサーだ。二人とも、よろしく頼むよ」

「おお~!私達のことちゃんと勉強してきてくれたんだ!さっすが~!こっちこそ、よろしくね!」

「ふふ、プロデューサーはんも、中々お人が悪いどすなぁ~。ほなら、これからよろしゅうお願いします」

「い、いい加減に……」

「っと、冗談はここまで、ごめんね、カワイイカワイイ輿水幸子ちゃん」

「っ!わ、分かってるならいいんです!それより!かわいいのは分かりますが、ちゃん付けでは子どもっぽ過ぎます!」

「よし、分かったよ幸子。さて、これでようやく半分ってとこか……うちも大概だが、やっぱり多いな……」

「うちはこの346プロの中でも一番多いですので……他の所は大体10人もいれば多いくらいですから」

「あの人の有能さがよく分かるな。あいつら迷惑かけたりしねぇだろうな……」

「ねぇねぇせんせぇ!そっちってどんな人がいるの!?」

「私も、聞いてみたいです」

「そうだな。時間つぶしにちょうどいいか」

 

 よいしょ、と椅子に座り直し、話す体勢に入る。もちろん、そこが特等席と言うかのように、薫はまた彼の膝の上である。千枝がそれを少し羨ましそうに眺めていたが、それに気付いた彼が少し顔を向けるも、恥ずかしいのか急いで逸らされてしまう。仕方ないと少し苦笑いしながら、さて、と一息おいて話を始める。

 

「そうだな……さっき言ってないやつだと……そうだ、こっちにいない珍しいのとして、双子がいるな」

「双子ですか。テレビなんかでは結構見たりしますけど、実物は見たことないので、少し見てみたいですね」

「プロデューサーは見分けられたりするの?」

「一応な、あいつらがそういうイタズラさえしてなければ、普段は見分けられるよ」

「目利き大作戦って感じ?」

「そんな大層なもんじゃないさ。ちなみに、そいつらはサッカーが好きでな、たまに運動がてら相手するけど、これがまた上手いんだよ」

「サッカーかぁ……ねぇ!野球やってる子はいないの!?」

「う~ん……野球が好きな子もいた……というか、いるかもしれなかった。かな?」

「ん?どういうことですか?」

「結構前に、次の企画のためにって一般からオーディションの募集をかけたんだ。そして、その最終選考の段階に、その野球好きな子がいたってことさ。残念ながら、その子は惜しくも落選したしまったけどね」

「そっか~。残念……」

「まぁでも、同じスポーツ好き同士、仲良くはなれるんじゃないかな?」

「うん。そうだね!」

 

 あれがもう結構前の話なのか、と彼が勝手に懐かしんでいるが、周りからは次は無いのか。と催促の声や目線が飛んでくる。やはり、同じアイドルとして、そういうのも気になるのだろう。……何人かは完全に興味本位なのだろうが……。

 

「分かった分かった。そうだな……あ、女の子としてはそういうのが気になる子もいるだろうってことで、元歌舞伎の女形がいるな」

「カブキのオンナガタ?」

「歌舞伎というのは、日本に昔からある舞台演劇の一つです。その中でも女形というのは、男性がやる女性の役、簡単に言えばこうですね」

「説明ありがとう、文香さん。まぁそういうわけで、そいつは仕草や口調なんかが女性そのものって感じでな。でも、かと言って全部女性かって言ったらそうでもなくて、時折見せる男らしさってのもある。多分うちの中でもTOP5に入る頼っていい人間だ」

「なんやその人のこと、えろう信頼したはるみたいやなぁ。それに、うちらかて、女性らしさやったら負けてまへんえ?」

「アタシはその人には勝てねぇかもな。こんな性格だし、何より女性らしくやろうって気がねぇんだから」

「でも、こないだロケでリーナと一緒になった時、リーナが『なつきちは普段はカッコイイけど、時折見せる女性としての面がすごく素敵でカワイイ』って言ってたゾ」

「なっ!あいつ……!!今度会ったら覚えてろよ……」

「夏樹ちゃんのギャップでイチコロ大作戦だね!」

「私も今度、かわいいところ教えてもらおっ!」

「だぁぁぁもう!今はアタシじゃなくてあっちの話だろ!?もう知らねぇ!アタシは向こう行ってるからな!」

「あぁっ!ごめんなさいっ!そんな怒らせるつもじゃなくって!」

「では、私共も向こうへ行ってるのでして~」

「俺からも、こんな話題にしちゃってごめんなって謝っといてくれ」

 

 話の流れがいろいろと飛んでいき、数人が奥へと入って行った。まぁ実際ここからまだ人数が増えることを考えればそうした方がいいのも事実なのだから仕方ないが。さて次は……と言い出そうとしたところで、外からケンカ……というほどでも無いが、軽い論争のようなものが聞こえてくる。そのまま声はドンドン近付き、ノックもなく扉が開かれる。

 

「だから!『超常学園』で一番いいのは麗司の覚醒と仲間を守るっていう覚悟だろ!」

「分かってないわね~。丞の悪のカリスマと、後ろに隠れたいろんなものがいいんじゃないの」

「確かにあいつにもいろいろあったんだろうけど、だからって周りを巻き込んでめちゃくちゃにするのがいいわけない!」

「そうでもしないとあの世界の人間は変わらなかったわ。世界観全体を見ないのはアンタの悪いところよ」

「何を~!!」

「はい、すと~~っぷ!二人とも一旦落ち着いて」

「え?あ、もう事務所着いてたのか!おはようございます!」

「良かったわね、逃げる口実が出来て」

「なんだと!?」

「超常学園か・・・そういやこないだからようやく映画で公開されたんだったな。あの撮影の時は骨が折れたよ……」

「そう!その超常学園で……ってあれ?」

「ん?アンタ誰よ」

「こらレイナ!すいません!コイツが失礼なことを……」

「ははは、元気があっていいね。私は今日から企画で来たプロデューサーだ。いつもどおりの話し方で大丈夫だよ。南条光に、小関麗菜だね」

「スゲー!アタシ達の名前ちゃんと知ってくれてる!」

「はん。これからこのレイナ様の手伝いをするんだもの。それくらい当然よ」

 

 勢いよく話しながら入ってきたのは二人。どちらも慎重が低く、とても綺麗な青い目をした、見た感じの印象が少年といった感じの子が光。茶髪にロングで、いかにも悪ガキですといった感じの子が麗菜と呼ばれた。どうもこの二人、普段からこんな調子らしく、仲良く話していたかと思えば、気付けば今のように口ケンカをしてるらしい。だが、やはり波長は似ているというものだろうか、この事務所の中でもかなりの仲良し組だと言われている。

 

「それにしても、超常学園ねぇ。ここまで熱く語ってくれるなんて、あいつらが喜びそうだ」

「そうだ!さっきも思ったんだけど、プロデューサーってあれの関係者なの?」

「あぁ、関係者も何も、あれの主演の5人はうちのアイドルだからな」

「ええっ!?そうなの!?」

「へぇ~。あれ今かなり大人気らしいし、アンタ中々凄腕みたいね」

「なぁなぁ!今度その人達も紹介してよ!一回会っていろいろ聞いてみたいんだ!」

「あぁ、機会があればな。でも、君の場合、もっと会いたい人がいるんじゃないか?」

「っ!あぁっ!勿論!!一度でいい……本当に一度でもいいから、会ってお礼が言いたいんだ……あの人は……天道輝さんは、アタシのヒーローだからな!」

「またそれ?ったく、あんなのの何がいいんだか……」

「はいはい、またケンカになるわよ。その辺にしときなさい」

 

 忍が仲裁に入り、ケンカは起きることなく穏便に終わる。やれやれ、一息ついたところで、また外から声が聞こえる。今度は論争ではなく、女性らしいはしゃぐ声だ。そして、今度はしっかりノックの音が鳴り、扉が開き、3人の女性が入ってくる。

 

「あの新しく出来たお店、とってもいいですよ。あ、おはようございます」

「いいですね~。今度皆で行きましょう~。あ、おはようございま~す」

「ねぇねぇ!そこってドーナツもあった?あ、おっはよ~」

「うん、ちゃんとあったよ。今度プロデューサーさんも……って、あ、そっか!今日から急な企画だって!」

「あぁ、慌てなくて大丈夫だよ。3人とも、おはようございます。私がその企画で来たプロデューサーだ。よろしくお願いするよ」

「は~い。よろしくお願いしま~す」

「よろしく~!あ、ねぇねぇ!ドーナツ好き?さっき来る途中に買ってきたんだ~!」

「あ、あの!普段はそんなにいろいろ食べたりとかはしてなくてですね!?食生活とかもしっかりしてますし!だからその……」

 

 三者三様の挨拶である。それぞれ、栗色の背中までの髪を後ろに軽くまとめているのが、慌てながら弁明しようとしている子。少し薄着で、肩くらいまでの茶髪をツインテールにしているのが、少しおっとりとした喋り方をしている子。天然のピンクっぽい髪をポニーテールにしており、やたらとドーナツを推してくる子の3人である。

 

「そんなに気にしなくてもいいよ。えっと……最初の君が牧原志保、次の君が十時愛梨、そんで最後が椎名法子ちゃんであってるよね?」

「わ~すごいです~。どうして分かったんですか~?」

「はっ!もしかして、これもドーナツの力で、私のドーナツアイドルとしての知名度がドーナツの輪のように広がったからなんじゃ!」

「た、多分違うと思うな……あ!ごめんなさい、感心してばっかりじゃなくて、今日からよろしくお願いします!」

「はい、よろしくね。さっき話してたのは、この間オープンした新しいカフェのことかな?」

「そうなんです~。志保ちゃんが昨日行ってきたみたいで。その感想を聞いてたんですよ~」

「あ、あの!さっきも言いましたけど、普段はそんなに行ったりしないんですよ!?たまたま通りかかって、新しいお店だなって思ってふらっと入っただけで!」

「さっきから何慌ててるの?」

「うんうん、乙女心ってやつだね~」

「男の人の前だもんね~。分かる分かる」

「そんなこと……なんて言っちゃったら女性に失礼だよね。でも、少なくとも私はそれは気にしないから、いつも通りでいてほしいな」

「は、はい……」

「っと、話が逸れたね。そのお店なんだけど、うちの元カフェ営業者の一人も行ったらしくて、とても美味しかったって聞いたんだ。また今度是非行きたいなって思ってて、今度一緒に行って、オススメとか教えてくれる子がいたらな~なんて思ってたんだけど……どうかな?」

「わ、私でよければ是非!」

「プロデューサーさん、その言い方だと、なんかデートに誘ってるみたいに聞こえますよ?」

「で……!」

「違う違う!って、そんな強く否定しちゃ悪いんだけど、そういうのじゃないから。それに、こんなおっさんが未成年をデートに誘うって、流石にきつすぎるでしょ」

「あの、プロデューサーさんって、おいくつなんですか?」

「今が28、今年で29になるところだったかな?もう三十路も目の前ってとこだしさ」

「「「ええっ!?」」」

「ど、どうしたんだよ……」

 

 プロデューサーが年齢を言った途端、周りの数人が驚きの声を上げる。それもそのはずで、そこまで若く見えるというわけでもないが、老け込んだ顔にも見えない。普通に見れば24か25、どう上に見ても26くらいに見えるだろう。だが、蓋を開ければ28である。それも今年で29になるというのだ。彼女達からすれば驚かない方が嘘である。

 

「い、いえ……想像してたよりもいくつか上だったもので……」

「は、はい。てっきり、24か25くらいかと……」

「その誤差でそんなに驚くか?というか、そんなに若く見えるような顔してるわけでもないんだけどな……」

「ライラさんもびっくりですよ~」

「あんまりびっくりしてなさそうなんですけど……」

「アリスもびっくりしたカ?」

「わ、私は別に……」

「またまた~ありすちゃんもそう思ってたんでしょ~?」

「思ってませんし橘です」

「うわっ!ナターリアちゃんは良くて私はダメなんだ。プロデューサー、ありすちゃんがいじめるよ~」

「はいはい、かわいそうにね~」

「うっわ、扱い雑だな~。ひっど~い」

「扱い方を分かってきたって言ってほしいな。さてと、この話はこの辺でいいだろう。にしても、やっぱりこうして女所帯の中に一人で入ると、なんとも言えないな」

「いいじゃんいいじゃん。皆プロデューサーのこと気に入ってるみたいだしさ。なんなら胴上げでもしてみる?」

「止めてくれ、出来るかどうかは別として、恥ずかしさで死ぬ」

 

 そんな風に他愛のない話で打ち解けているところに、またノックの音がする。話し声が聞こえなかったので、今度は一人だろうか?などと考えてる間に今までどおり文香が返事をし扉が開かれる。と、同時に、突然一人の女性が、目をキラキラと輝かせながらプロデューサーに、正確にはプロデューサーの胸元目掛けて飛び込んで来た。

 

「プロデューサーちゃーん!今日も朝一の元気のために私のそのお山を登らせ……て……」

「……」

 

 少女の言うお山へと辿り着いた時、少女の目から輝きが消えたのが分かった。

 



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苦手を超えてこそ漢~成長は一日にして成らず~

 

 

 今、彼女は考えている。数分前にも似たような状況が無かっただろうかと……。この、自分の目の前で、3人の男性が頭を下げているという状況が……。話は先ほどの事故の時まで巻き戻る。

 

「あ、あの……怪我は無いっすか?」

「は、はい……」

「ちょっ!すごい音がしたけど大丈……ぶ……」

「うーん、これは麗さんの目には毒だね」

「きゃーっ!こないだ読んだ少女マンガみたい!」

「マジでこんな漫画みたいなことってあるんだな」

「あ~らら、大変なことになっちゃってるみたいね~」

「とりあえず、そろそろ離れてはどうですか?」

 

 各々が勝手な意見を言う中、翼の一言により急いで立ち上がって、顔を真っ赤にしながらもすぐに離れる男性。と、その後ろから二人の男性が事務所に入り、掛け声もなく同時にその男性の頭を叩いた。パーンというとてもいい音が事務所に響き、何人かは見てられないと目を逸らす。

 

「いっだ!!ご、ごめんなさい!本当にただの事故で!決してそういう下心なんかがあったりしたわけじゃなくって……」

「わざとじゃなくったって許されないことだってあるんだよ!俺が現役なら即行で逮捕してるぞ!」

「はぁ……お前の不幸癖も今に始まったことじゃないが……今回ばっかりはどう言われてもフォロー出来ないぞ。すいません、うちのメンバーが失礼なことを……」

「俺からも、本当にすいません。警察に突き出してやってもいいですから」

「あ、あの!本当にごめんなさい!こんな言葉だけじゃ誠意とか伝わらないかもしれないですけど!悪気はこれっぽっちも無くて!」

 

 そして話は今に戻る。それぞれの特徴だが、最初に入ってきた……というより事故にあった男性が短く少し跳ねた黒髪で、頬に絆創膏が貼られた男性。どうも他の男性の言葉の通り、不幸体質のようだ。次に話したのが、こちらもまた短め髪で、前髪が少し目が隠れるほどの長さになっており、どことなく怖い顔といった印象を受ける男性。現役なら逮捕している、という言葉がその通りなら、元警官なのだろう。そして最後に話したのが、こちらも短い髪だが、3人の中で一番短く、癖の無い髪で、とてもガッチリとした体形している。発言から大人びた雰囲気を感じるところ、彼が3人のリーダー格だと思われる。彼ら3人の謝罪を受け、彼女がようやく喋りだす。

 

「あはは……まぁ、事故は仕方ないよね。私もちょっと恥ずかしかったけど、こればっかりはね。それに、今から一緒に仕事して行くんだから、こんなことでいざこざ作ってもしょうがないもの。そうでしょ?『FRAME』の皆さん?」

「え?一緒に仕事って……」

「もしかして、貴女が今回の企画の?」

「はい、346プロから来たプロデューサーです。私だったから良かったですけど、他の人にはくれぐれも注意してくださいね。木村龍さん?」

「は、はい!」

「握野英雄さんに、信玄誠司さんも、彼には注意してあげてくださいね。勿論、どうしようもない時だってありますから、そんなに責任を感じたりせず、少し気にしておくくらいで大丈夫ですから」

「分かりました」

「それにしても、まだ自己紹介もしてなかったのに、よく分かりましたね。自分達は、こう言ったらなんですけど、この315プロの中でも華があるわけじゃない……というより、真逆に位置してますし……」

「信玄さん。そういうことを自分達で言っちゃダメですよ。私が分かったのはそちらのプロデューサーさんの資料があったからですが、逆に言えば、たったそれだけのことでも分かるほどに、貴方たちには魅力があるんです。たとえ華々しさが無くったって、そんな不器用で無骨なカッコ良さが好きな人だってたくさんいますよ」

「はは、そこまで言われちゃ照れくさいのを通り越して自信も付きますね。これは期待に応えられるようにしないとな。龍!英雄!」

「そうですね!ポジティブさが俺の武器なんだから、頑張ります!」

「全く……人を乗せるのが上手い人ってのはこれだから……これでやる気出すなって方が無理でしょうね」

 

 先ほどのおかしな空気は何処へやら。気付けばまた一組、彼女の言葉に助けられている。彼女のこういう言葉を飾らずに言うところが、彼女の周りに人の輪を作っていく理由である。

 

「FRAMEの皆も上手く丸め込まれたっす!プロデューサーさすがっすね!メガヤバっす!」

「人聞きの悪いこと言わないの。先生方、どうぞ遠慮なく勉強の続きを、みっちりとしてあげてくださいね」

「おい四季!お前のせいでこっちまでとばっちりじゃねぇか!」

「あ、あはは……じょ、冗談っす……よね……?」

「本当はそんなつもりは無かったんだが、プロデューサーからのお願いとあれば仕方ない。High×Jokerの諸君には特別コースで勉強を教えよう」

「か、勘弁してよ~!」

「んじゃ、おじさん達はまた奥に戻るから、皆はゆっくりしててね~」

「ほら、ハリーハリー!楽しくスタディをエンジョイだよ!」

「んじゃ、俺達も向こうで今度の収録の打ち合わせでもしとくか」

「そうですね。次はゲストも呼んでって話ですし、どんな感じにするのか、しっかり考えておかないとですね」

「言いだしっぺのお前が何も意見を出さない、なんてことは止めてくれよ?」

「あのなぁ!俺だってちゃんと考えてるっての!」

「どうだかな。ま、いざとなれば頼れる人間が近くにいるんだ。しっかりと案をもらおうじゃないか」

「ったく。ま、それもそうだな。んじゃ、もしもの時はよろしくな、プロデューサー!」

「え?私のことだったの!?」

「二人とも、プロデューサーさんのことを信頼してるんですよ。勿論、俺も信頼してますよ」

「なんか面と向かって言われると照れるわね……。まぁでも、悪い気はしないわね。いいわ!もし何かあったらいつでも来なさい!」

「おっし!そんじゃ行くぞ二人とも!」

 

 部屋を離れる者達が各々言いたいことを言いながら部屋を後にする。残ったのはCafe Parade、Altessimo、FRAMEの3ユニットとプロデューサーだけとなった。それでも十分に多いのだが。

 

「ねぇねぇ、プロデューサーさんって、向こうの事務所でもこんな感じなの?」

「こんな感じって?」

「ん~っと……なんだろ、皆のお母さんみたいな感じ?」

 

 その一言に部屋にいる数人が吹き出す。

 

「お、お母さんって……」

「でもさ?さっきのFRAMEの皆への言い方とか、アタシやレイなんかにはすっごく優しく接してくれるし」

「む……確かに、わたしも都築さんに対しては似たようなことをしたりはしているが」

「麗さん。そこで私を引き合いに出すのは……」

「だが、貴殿からはどうもそれよりも暖かい……母親に近い何かを感じるな」

「なんだろう……喜んでいいのかな……」

「いいんじゃないですか?まずもって悪いイメージじゃないですし」

「そうだな……ですね。自分達もさっきのでずいぶん気分が楽になったしな……なりました」

「誠司さん、なんか喋り方変だぜ?」

「じ、自分でも分かってる!だけどどうも前の仕事の関係上女性と接する機会ってのが無かったのもあって、緊張してな……」

「ふふ、そんなこと気にせず、いつも通りでいいんですよ?」

「はい。いや、あぁ……わかり……分かった。出来る限りでいつも通り話そう」

「あの誠司さんがタジタジだな。中々見れない光景じゃないか?」

「うんうん、そんな感じでいろんな表情が出るのは新しい発見や成長に繋がるのよ。人間はいくつになっても成長するもの。いい事じゃない」

「そうですなぁ。私もまだまだ成長せんとあきませんね」

「東雲が成長っていうと、もっと洋菓子作りの幅を増やすとかか?」

「そういう神谷は、迷子にならないように、やね」

「我らの漆黒の翼はためかせし時は今にあらず。時を重ね、定められし運命の時をもって、その翼にて漆黒の闇を翔ける」

「すぐには成長なんて出来ないから、時間をかけて、今を頑張って、その先に成長が付いてくるんだ。って言ってます」

「おお~!アスランいいこと言うね!」

「アーッハッハッハ!当然であろう。何故なら我はサタンのシモベ!天地創造に至るまで我が手中にある!」

「僕だってたくさん勉強して頑張ってるんだ。って言ってます」

「……」

「確かに、アスランさんは勉強熱心な方ですものね。都築さんもこれからは成長してもっときちんとした生活を……都築さん?」

「ん?あぁ、なんでもないよ」

 

 それぞれが成長について、という少し難しい話をしていた中、圭だけがどこか他所を見ていたようだ。が、特にその方向に何かあるようにも見えない。特に気にも留めること無く話は進んで行く。と、ここでまた部屋をノックする音が鳴る。また誰か来たようだ。幸広の返事の後、扉が開かれ。二人の男性……と、一匹の猫が入ってくる。

 

「おう!おめーら!今日も元気にやってっか!?バーニンッ!」

「よお、今日も騒がしそうだな。おはようさんよ」

「にゃあ~」

「二人ともおっはよ~。それにニャコも、おはよう」

「にゃあ!」

「にしても今日は朝から大勢集まってやがんな!なんか企画で新しいプロデューサーさんが来るって話だ……が……」

「346プロからって話だったから予想はしてたが……朱雀、これは腹をくくるしか無さそうだな」

「えーっと……よろしくね」

「お、女じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 男の絶叫が部屋中に響いた。だが、今回は半分予想されていたのか奥から人が出てくるには至らなかったようだ。叫んだ男は全体的に赤い髪をリーゼントのように巻き上げ、左右の髪は横に跳ね上げ、翼のような形になっている。朱雀と呼ばれたとおり、それを意識しているのか、ちょうどその内側の辺りを黄色で染めており、見事な色合いになっている。もう一人の男性は、綺麗な黒髪をオールバックにして、群青色の眼鏡が似合う、どこか知的な印象を受けるとても背高い男性だ。どちらも服装は学ランで、猫は前者の頭の上でおとなしくしている。

 

「あの……なんか、ごめんね?」

「ああ!いや!アンタが悪いわけじゃなくて!俺が!その……」

「悪いな、許してやってくれ。コイツは女が苦手なんだ。おっと、自己紹介が遅れたな。俺は……」

「氷刃の玄武こと、黒野玄武。座右の銘は威風堂々。全国一斉テスト・統一模試で全科目1位を取った実績もある頭脳明晰の元不良アイドル。一緒に来たのが、爆炎の朱雀こと、紅井朱雀。座右の銘は漢の中の漢。こっちも元不良だけど、不良だった理由は悪人という存在が許せなくて、それを正すため。頭の上の猫はにゃこ。朱雀君によく懐いてるわね。二人はユニットを組んでおり、ユニット名は『神速一魂』。デビュー曲はバーニンクールに輝いて。こんなところでいいかしら?」

「ほぉ……アンタ、中々すごいじゃないか。事前に情報はもらってたんだろうけど、それをしっかりと覚え切れてる。相当な切れ者だな」

「これでも向こうで50人プロデュースしてるのよ。このくらい出来なきゃ、向こうの皆に笑われちゃうわ」

「なるほど、そりゃあすげぇわけだ。っつうわけだ朱雀。この人はそんじゃそこらの女なんかとは違う。筋の通った信頼できる人だろうよ。そんな人に、お前はずっとそんなうじうじしたままか?」

「くっ……なぁ……アンタ、そこまでしっかり覚えて来たんだから、俺が女が苦手だってことも知ってるんだよな?」

「えぇ、勿論知ってるわ。でも、それでも貴方をプロデュースしたいと思ってる」

「っ!理由を……聞かせてもらってもいいか?」

「簡単よ。貴方なら、それを乗り越えられると信じてるから。私から信じないで、信じてもらうことなんて出来ないから。それを乗り越えた貴方は、きっと今よりも、もっと強く輝けるって信じてるからよ」

 

 この言葉は、完全に決め手になったのだろう。少し顔を俯かせていた朱雀は、少しの間をおいてその顔を勢いよく上げる。

 

「おおおおっし!!や、やってやろうじゃねぇか!!さ、流石にまだすぐには無理だろうけど、目標は、アンタと自分から肩でも組んで写真を撮ることだ!そのくらい出来るようになってやる!バーニンッ!」

「ふっ、乗り気になったみたいだな。アンタ。人を乗せるのも上手いみたいだ。本当にすげえ人だな」

「私は本当に思ったことしか言わないよ。じゃないと、信頼なんてもらえないでしょ?」

「あっははは!そりゃあそうだな!アンタがこの企画を任されたのも納得ってやつだ!これから短いけどよろしくな!番長さん!」

「ば、番長って……ま、それも悪くないかもね」

「玄武、お前やっぱすげぇな……」

「当たり前だろ?なんてったって、あの紅井朱雀のユニット仲間で、兄貴分だぜ?」

「はっ!言ってくれるじゃねぇか!」

「うんうん、切磋琢磨するのは良い事だね」

 

 何故か幸広がその場を締め、話は上手くまとまったようだ。とても単純に、あっけなくことが進んでるように見えるが、誰しもがやはり様々な悩みや葛藤を抱えている。彼女はそれを知らず知らずの内に少しずつ軽くしているのだろう。彼らとて、軽い言葉で流れるような簡単な人間ではない。だが、彼女の言葉には、不思議と釣られてしまうような何かがあるのかもしれない。勿論、それを彼女が意識することは無いのだが。

 

「今でちょうど半分くらいかな~?み~んなプロデューサーさんに言いくるめられちゃってるね」

「もう!そういう言い方しないでってば。そんなつもり全然無いんだから」

「は~い。ごめんなさい。でも、ほんとすごいな~って思っちゃって」

「これもある種の才能だな。うちのプロデューサーも似たようなところはあったけど、あれともまた違った感じだ」

「そうだよな。さっきも言ってたけど、なんか優しく包みこんでるって感じでさ!」

「う~ん……それなんだけど、一つ思い当たるとしたら、うちの事務所の平均年齢の問題かしら。基本的に未成年がかなり多いから、どうしても保護者的な視点になっちゃうのよね。それもあって、接する時にどうしてもそんな感じになるのかもしれないわ」

「環境は人を変えるものだからな。貴殿もなるべくしてそうなったのだろう」

「それもそうかもね。だったら、なるべくして麗君を子ども扱いしても、文句は無いよね?」

「なっ!?そ、それは遠慮して欲しいんだが!」

「珍しく慌ててるね、麗さん」

「つ、都築さんも笑ってないで助けてください!」

 

 一同の中に笑いが起こる。とても和やかな雰囲気だ。と、ここでまたノックが響く。返事から数秒後、扉が勢いよく開き、ジャジャーンと効果音でも出そうな勢いで、小柄な男性がポーズを取っている。

 

「じゃんじゃじゃーん!皆々様お待ちかね、猫柳亭きりのじの登場でにゃんす!朝の挨拶はお済ですか?お済の方はもう一回。お済でないならご唱和を。おはようございにゃんす!今日も一日、よろしくお願いしますでにゃんすよ~!」

 

 あぁ……うちにも似たのがいるなぁ……。そんなことを考えながら、彼女はまた増えた個性豊かな面々を迎えるのだった。

 



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そこに山があるから~花と魚と時々お嬢~

 

「あぁ~その……なんだ……すまなかった」

「いえ、これは彼女の責任であって、プロデューサーさんは悪くないと思われます」

「……」

「見事に目が死んでますね……。まぁ愛海ちゃんにはこのくらいがちょうどいいと思いますけど」

「まったく……だから急いで行っても良いことが無いぞと言ったんだ」

 

 彼が目から輝きの消えた少女に謝っている最中、気付けばもう一人扉のところに女性が立っていた。一人目の飛び込んで来た少女は、少し赤みがかった方くらいまでの髪で、両サイドをお団子ヘアーにしている。服装なんかも女の子らしくワンピースのようなもので、先ほどのようなことがなければ、文句なしに美少女と呼べるだろう。二人目の扉付近にいるのが、こちらは首に届くかどうかくらいの短い黒髪で、女性に言うべき言葉ではないかもしれないが、カッコイイという形容詞が似合うだろう。服装もレディース物ではあるが、スカートなどではなくスラックスに、シャツと上着というスタンダードな服装。女性にしては高めの身長が、より際立ってカッコ良さを出してるのだろう。

 

「おっと、気付かずに申し訳ない。今回企画で来させてもらった315プロのプロデューサーだ。貴女は東郷あいさんですね?」

「ふむ。やはり大手の事務所となれば、かなり出来る人のようだね。お察しの通り、私は東郷あいだ。そこにいるのと一緒に来たんだが、建物に入ると同時にここに走ってな。止めたんだが、聞く耳を持たず、結果、今のようになってるわけだ」

「なるほど……。えーっと、棟方愛海さん。だよね?とりあえずよろしくね?」

「……んで……」

「ん?」

 

 彼女の小さく呟いた言葉が聞こえず、思わず聞き返す。一瞬の静寂の後、彼女は勢いよく顔を上げ、彼に掴みかからんとする勢いで話し出す。

 

「なんでプロデューサーが男になっちゃってるんですか!!私はあの大きくもなく小さくもない、あのちょうどいい感じが大好きで!しかも多少嫌な顔をしながらでも、最後には『しょうがないな~』ってお山を登らせてくれるあの器とお山の大きさが好きなんですよ!しかもこんなにたくさんのお山を同時に見られるのなんてここだけなんです!それなのに……それなのに……どうしてこの私のためのパラダイスに!男性がいるんですか!!どうして!!」

「あはは……これは嫌われてしまったなぁ……」

「まぁ無理も無いさ。あの子にとってはこれが生きがいの一つと言っても過言じゃ無いんだろう。だからと言って肯定するつもりは無いがね」

「いいですか!お山というのは女性のとても大事な部分であり、私のエネルギー源でもあるわけですよ!それを見ることでエネルギーをチャージし、それを登ることでエネルギーを爆発させる!そんな何よりも大事なものなんですよ!ですがその中の一つを、貴方は私から奪ってしまったんですよ!それもとても大きなものを!いえ、サイズの話ではなく。ですので私は、絶対にあなたを許しません!」

「いつになく熱弁してる……内容があれじゃなければもっと良かったのに……」

「なぁ、いっつも思うんだけど、山とかなんとか言ってるの、あれってなんなんだ?」

「光。世の中には知らなくて良いこともあるのよ」

「よ~しちびっ子達!お姉さん達が遊んであげるから、奥のプチレッスンルームに行こうか!」

「えぇ~。薫、せんせぇの話もっと聞きた~い」

「まだこの企画は始まったばっかりなんだから、これから時間はいっぱいあるわ。さ、向こうへ行ってましょ」

「はい。それじゃプロデューサーさん。失礼します」

「行ってらっしゃい。フリルドスクエアの皆も、ありがとう」

 

 捲くし立てるように彼女が話し、これ以上はよろしくないと考えたフリルドスクエアにより、薫、千枝、ありす、雪美の4人は奥の部屋へと入っていく。だが、彼女の機嫌は相変わらずであり、これは難航しそうだ。と、誰もが思った中、彼が動きを見せた。

 

「棟方さん。少し話をしないか?出来れば回りに聞かれないようにこっそりと」

「嫌です!私はあなたのことを許さないと決めたんです!あぁ……本当は今頃プロデューサーのお山を登っていただろうに……」

「そうか。そのプロデューサーに関する話だったんだが、仕方ないな……諦めて他の子にお願いするとしよう。上手くやれば君が彼女ともっと仲良くなれる良い機会になると思ったんだが、仕方な……」

「まぁ話を聞くぐらいでしたら良いでしょう」

「おおっ!すごい食いつき具合」

「ドーナツ見つけた時の法子ちゃんくらいですかね~」

「あれはもっとすごいような気もするけど……」

「よし、じゃあ少し話してくるから、皆は少しだけ待っててくれ」

「別に構わないが、ここで話しても構わないんじゃないか?」

「彼女のモチベーションに関わるんでね。出来れば彼女にだけ教えておきたい話なんだ」

「……あぁ。そういうことか」

「分かってくれたみたいだね。じゃ、行こうか」

 

 皆が頭にハテナを浮かべる中、一人何かに気付いた様子のあい。やはり出来る人は違うものだ。などと苦笑を浮かべながらも、彼は相談室と書かれた部屋に愛海と共に入っていく。

 

「さて、わざわざ二人で話すとまで言った上に、プロデューサーの名前まで出したんです。無意味な話だったら本当に……」

「今。彼女は男達のど真ん中にいる」

「!」

「上は30オーバーから、下は一桁まで。熱血、冷静、ワンパク、元気、お調子者。多種多様な男達のど真ん中にいる」

「そ、そんなところに……」

「そして、彼女は私にこう言っていた。あの子達が慣れない環境で頑張るんだから、私だって負けていられない。あの子達の成長した姿に追いつけるように、頑張って成長するんだ。と」

「ぷ、プロデューサー……」

「さて、ここで問題だ。もし今のまま、私からのプロデュースを拒み、今までのままの君で彼女と再会したとしよう……彼女はどう思うかな?」

「う……それは……」

「だが、逆に考えてみよう」

「逆に……?」

「君が、彼女達の中で一番成長してみせるんだ。そして、彼女にその成長した姿をいの一番に見せる。するとどうなる?」

「はっ!?きっとプロデューサーなら、『すごいわ愛海!ご褒美に私のお山を24時間好きに出来る権利をあげるわ!』と言ってくれる!」

「いや、ごめん。そこまでは……」

「そして!『あんなところに長くいて本当に辛かったわ!お願い愛海。私のことを慰めて……』と言ってさらにお山を……」

「だから、そこまでは言ってないんだけど……」

「プロデューサーさん!」

「はい!?」

「私、目が覚めました。そうです。私は今よりももっと成長するべきなのです!あの人のために!」

「う、うん。それはあってるんだけど……」

「辛く険しい道かもしれません!ですが共に頑張りましょう!その先にある、大いなる頂を目指して!」

「あぁ、うん。そうだね」

 

 これが説得成功と言っていいのだろうか……。そんなことを悩みながらも、やる気を出した彼女に一安心する男性。かくいう彼女は今や先ほど輝きを失った目や、彼への怒りは何処へやら。来たる未来へのイメージトレーニングかのようにいつものにへら~っとした笑い方で想像に耽っている。と、長々とこんな場所にいても仕方ないと、彼女に一声掛けて現実に引き戻し、皆の待つ部屋へと戻る。

 

「なんやよう聞こえはる声でしたけど。どないしはったんどす?」

「もしかして、愛海ちゃんのやる気出た感じ?

「まぁ、なんとかやる気は出してくれたみたいだよ」

「やる気出たなんてもんじゃないです!そう!私は誰よりも頑張りますよ!そしてそのためにも……」

「え、私……?」

「志保ちゅわぁぁぁん!!今日の活力のため、そのお山を登らせ……」

「っと、ストップだ。プロデューサー君?あまり元気にさせすぎてもらっても困るんだが?」

 

 戻って早々、愛海は志保へと飛びかかろうとする。が、間一髪のところで服の襟の部分をあいが掴み、それを阻止する。志保に至ってはいつも見てる光景だが、やはりなれないのか愛梨の後ろに隠れるようにしている。まぁ、やはりデリケートな部分なだけあり、そういったことは好ましいとは思わないのは当然だろう。と、ジタバタと暴れる愛海を宥めながら雑談をしていると、またノックの音が鳴る。返事の後に入ってきたのは、ふわりと花の香りが漂ってきそうな、柔らかな印象を受ける2人の女性だ。

 

「おはようございます。今日も皆楽しそうだね」

「おはようございます。お外まで賑やかな声が聞こえてましたよ~」

「お二人とも、おはようございます。こちらの方が、今回お世話になるプロデューサーさんです」

「あ、おはようございます!今日からよろしくお願いしますね!私は……」

「相葉夕美ちゃんだね。花が大好きで、趣味でガーデニングもするくらい。花言葉なんかにも詳しくて、そのおかげでその手の番組のレギュラーももらってるね。いつも楽しそうに花の話をしてるから、見てる人も楽しいって話題だそうだよ。って言っても、これ全部プロデューサーからの情報なんだけどね」

「びっくりしたー。てっきりそんなに調べられちゃったのかと思っちゃった……」

「あ、でもこないだ公開された映画は見たよ。すごくかっこよかった。お淑やかなだけじゃなくて、あんなカッコイイ姿も見せられるなんて、本当にすごいと思うよ」

「へっ!?あっ、えーっと、その……あ、ありがとうございます!」

「うふふ、夕美ちゃん照れちゃってますね~。ところで、私のことも勉強してきてくれてるんですか~?」

「勿論だとも、高森藍子ちゃん。特に当ても無く散歩したりするのが好きで、いるだけで場の空気が柔らかくなる。というかその空間の時間の経過が遅く感じるくらいになる。どんな時もポジティブで、いつも元気をくれる。ここまでが彼女の情報だね。さっきの通り、映画での活躍も見させてもらったよ。アイドルでありながら、あんな演技が出来るなんて、正直驚いたよ」

「ありがとうございます。でも、私ってそんなにゆっくりですか~?」

「「「うん(はい)」」」

 

 この場にいる多数が一気に頷く。もう~酷いですよ~などと怒っているような素振りを見せるが、顔はとてもニコニコとしており、怒りなど微塵も感じられない。一人目の夕美と呼ばれた子は、明るめの茶髪のショートカットで、少し活発な印象を受ける。服装はワンピースに上着を羽織ったような服装で、胸元には花を象ったアクセサリーが光っており、とても似合っている。二人目の藍子と呼ばれた子は、夕美よりも濃い色の茶髪で、こちらは胸元辺りまである。後ろ髪をポニーテールにしており、その髪留めにはヒマワリの花をあしらったものが使われている。服装はいわゆる『森ガール』と呼ばれるような、全体的にふわりとした服で、彼女の温和で物腰柔らかなところに非常にマッチしていると言えるだろう。

 

「ところで、今日は皆集まるって聞いたんですけど、顔合わせ以外に何かあるんですか?」

「まぁ、少しね。それに関しては、集まってからのお楽しみって事で」

「ふふ~ん。ボクには分かりますよ!きっとかわいいボクと、他の皆さんとの出会いを祝って、パーティーを開くんでしょう!ボクと出会った記念日を祝わないだなんて、ありえませんからね!」

「本当!?ねぇねぇ!ビール飲んでもいい!?」

「わぁ~。それなら私も、アップルパイを焼いてくるんでした~」

「なぁなぁ!スシ頼んでもいいのカ!?でまえスシ!」

「まだ一言もそうだなんて言ってないんだけどな……」

「皆、楽しそうですね~。これも、プロデューサーさんのおかげかもしれませんね~」

「そうだと良いんだけどね。さ、大はしゃぎはその辺で。ちびっ子達に聞かれて。嘘から出た真なんかにならないように。今日はこれからのことで大事な話があるんだから、パーティーしてる余裕は無いよ」

「えぇ~!ちょっとくらいいいじゃ~ん!ビール飲みた~い!」

「友紀はん、あんまりプロデューサーはんを困らしたらいけまへんえ?こん中でもお姉さん側なんやさかい」

「は~い」

 

 渋々、といった様子で諦める友紀。それを周りの数人が、やれやれといった表情で眺める。元気なのは良いことだが、度が過ぎれば扱いが難しい。こんな調子で大丈夫だろうかと悩む彼に、そんな暇は与えないとばかりにまたノックの音が鳴る。返事をして入ってきたのは、またも二人の女性。いや、背格好を見るに、少女というくらいが正しいだろうか?片や赤い髪、片や青い髪と、なんともチグハグである。

 

「おう、もうぎょうさん集まっとるのう」

「おはようございますれすよ!」

「ん?なんじゃ見慣れんやつがおるのう。まさかどこぞの組の鉄砲玉か?」

「待て待て。どうしていきなりそうなるんだ。いや、まぁ別の組の人間と言われればある意味正しいんだが」

「お兄さんはどなたなのれすか?」

「あぁ、自己紹介が遅れて申し訳ない。私は今回の企画でこちらで世話になることになった315プロのプロデューサーだ。よろしく頼むよ。村上巴さんに、浅利七海ちゃん」

「な~んじゃ、そういうことかい。危うく組のもん呼ぶとこじゃったわ。にしても、よううちの名前なんぞ分かったのう。これでもこん中じゃああんまり目立った活躍はしとらんはずじゃが」

「七海もれすよ~。プロデューサーさん。どうしてわかったれすか?」

「まぁ、一番はそのすごく特徴的な髪と喋り方なんだけど、うちには君達とそれぞれ共通点がありそうなのがいてね。おかげで覚えるのが早かったんだ」

「共通点?そりゃなんじゃ?」

「共通点とは、同じようなところという意味でございますですよ~」

「ライラさん、巴ちゃんが聞きたいのは多分そうじゃないと思う」

「あら~。そうでございましたですか~」

「でも、確かにその共通点とやらは気になるな。自分達と違うアイドルを知るいい機会だ。是非教えて欲しいな」

 

 場にいる全員が、是非聞きたいという意志を見せる。……訂正。全員ではなく、1名を除いた全員だった。とここで二人の少女の容姿について。一人目の赤い髪の少女が村上巴。トレードマークのような赤い髪は短めで、服装はシャツに短パンと、まるで小学生男子のような動きやすい服装だ。が、あくまで服装そのものの話であり、それには何やら刺繍やらがあしらわれており、明らかに普通の子どもには見えないだろう。少し切れ長の釣りあがった目元が怖い印象を与えるが、話してみると案外気さくなようだ。二人目の青い髪の少女が浅利七海。こちらの青い髪は膝裏にまで届くほどのとても長い髪で、ウェーブが掛かっており、名前の通り海の波のような印象を受ける。服装はこちらは女の子らしいワンピースなのだが、こちらには魚のブローチのようなものがいくつか付いている。少し舌っ足らずなのか、『です』を『れす』と言ってしまっている。そこが好きだというファンも多いとのこと。と、ここで彼がその人物達を紹介するために口を開く。

 

「まずは七海ちゃんの方から。これは共通してるっていうより、似てるって言った方が正しいかな?七海ちゃんは魚が好きなんだっけ?」

「はい!大好きれす!」

「ナターリアも好きだゾ!」

「アンタは食べる方でしょ」

「あはは。で、うちには魚ではないけど、海が大好きな奴がいてね。それこそ、話をさせたら1時間でも2時間でも、いくらでも話が出てくるくらいには好きな奴なんだ」

「おお~すごいのれす!七海も是非聞いてみたいのれす!」

「機会があればね。さて、次は巴さんの方だけど……」

「あぁ、巴でええぞ。組のもんでもない年上の男からさん付けなんぞ、なんかむず痒うなるわ」

「そうかい?なら、改めて巴の方だけど、単刀直入に言えば、同家業がいるって感じかな」

「あ?そりゃあお前、分かった上で言っとるんじゃろうな?」

「あぁ、ちゃんと君のプロデューサーから聞いてるからね。七海ちゃんの方と違って、下手したら大惨事かもだから、あんまり深くは語らないほうが良さそうかな?」

「いや、もう遅かったようじゃ。今組のもんが走って行きよったから、数分もせんうちに、うちの組には広まるじゃろうの」

「な、なんとか穏便に済ませてくれると助かるかな……」

「ちなみに、そいつはなんちゅう奴なんじゃ?」

「あぁ、兜大吾っていうんだけども……」

「なんじゃと!!?」

「「きゃっ!」」

「お~、びっくりでございますですよ~」

 

 彼の口から名前が出た途端、驚いたように大声を上げる巴。それに周りの全員も驚いたようだ。だが、その驚きもどこへやら、彼に掴みかかる勢いで……というよりも掴みかかりながら声を上げる。

 

「おい!そりゃあ本当か!本当に兜大吾なんじゃな!?」

「ほ、本当だ!だ、だから放してくれ!首が!」

「ん?おお、すまんすまん。にしてもそうか……あいつがアイドルのう……面白いこともあるもんじゃき」

「出身からしてもしかしたらとは思ってたが、やっぱり知り合いだったか……言わないほうが良かったか……?」

「いんや。言ってくれて良かった。これでうちが今回頑張る理由も出来たってもんじゃ!」

「そうか。それならいいんだ。とまぁ、少し話が逸れたりしたけど、こんな風な共通点があったから、君達二人は特に覚えやすかったって話だ」

「了解したのれすよ!七海も海の人とお話しするのが楽しみれす!」

「ふふっ。なるほどね。こうやっていろんな子達のやる気を引き出していってるわけか。君はやっぱり凄腕のプロデューサーのようだ」

「あ、あの、あいさん。そろそろ放して欲しいんですが……」

「君のせいで怯えている少女がいるものでね。悪いがもう少しこのままいてもらおう」

「くっ……かくなる上は、あいさんのお山を……」

「なぁプロデューサー。お山ってなんのことなんだ?」

「時期が来たら教えてあげるから、今は忘れてなさい」

 

 そんな微笑ましい……?やり取りなんかを挟みつつも談笑をしている彼らの下に、また二人、少女が近付いていた。その容姿は明らかに日本人ではなく、かなりオーバーなリアクションをしながら会話をしている。と、ここで片方が何か思いついたのか、そこから二人して静かに歩を進め、扉の前に立つ。ノックの返事の後、扉を開け、いつもと見慣れぬ人物がいるのに気付いた途端、茶色っぽい金髪に青い目をした少女が第一声を上げる。

 

「グッドモーニング、エブリワン!」

 

 それは、明らかに慣れていないのが一目で分かる程の発音だった。

 



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和の心を広げましょう~六代目は花丸笑顔~

「おやおや~?皆さん元気がないでにゃんすね~?ほら、もう一回ご一緒に!せーの、おは……」

「はいはい。分かったから静かにしなさいって。皆元気がないんじゃなくて、ボーヤのテンションについていけなくて困ってるだけよ」

「朝からそのテンションなのは猫柳さんくらいですよ。皆様、おはようございます。今日もお元気そうですね」

「にゃっはは~!そう褒められると照れるぞなもし!およ?そこに見えるは見たことのないお嬢さん。あなたはもしや、ワガハイのふぁんでは!?」

「どうしてそうなるんだい。すまないねぇお嬢さん。うちの子がやかましくて」

「女性ということは、もしや此度の企画で来られたプロデューサーの方ではないですか?」

「はい。仰るとおり、今回346プロから来たプロデューサーです。よろしくお願いしますね。『彩』の皆さん」

 

 ここで、ようやく出番が回ってきたとばかりに話す彼女。先ほどからの流れの通り、どうやら最初に話した男がよく喋る人間らしく、このままでは入る隙も無かったかもしれない。『彩』と呼ばれた3人の男性の特徴は、これまた一人ひとり際立っているようだ。まずは最初に入った男を止めたオネエ口調な男。綺麗な金髪にウェーブがかかったロングヘアーだが、オールバックのようにしているので男性らしさも垣間見える。次にとても丁寧な言葉遣いの男性。こちらは他二人と違い、見た目もどこか落ち着いた感じで、年齢よりも大人びて見えるという感じだろう。最後に、最初に挨拶をした元気な男性……というよりもはや男の子、と呼んでもいいくらいだろうか。背は他二人から頭一つ分ほど小さく、髪は上が黄緑、下がピンクと、とんでもなく奇抜な色をしている。さらにそれが癖っ毛なのか、あちこちに跳ねていて、もはや目立つなというのが無理な見た目だろう。こんなバラバラな3人だが、共通点として、全員和服を着ている。どうやら名前や話し方の通り『和』をイメージしたユニットのようだ。

 

「おや?アタシたちを知っててくれるのかい?」

「むむ!ぴーんと来たでにゃんすよ!ずばり!そっちの事務所でワガハイが大人気になってて……」

「少し静かにしててくれませんか?それより、どうして我々のことを?大変失礼ですが、まだ名乗ってもいなかったのですが」

「ふふ、そちらのプロデューサーさんに情報をもらってただけですよ。それに、お三人はうちにも和風な子がいるから覚えやすかったのかもしれませんね。そちらの金髪にウェーブの貴方が華村翔真さん。元は歌舞伎の女形をされていたんでしたよね?そちらの少し緑かかったショートヘアーの貴方は清澄九郎さん。茶道の名家出身で、このユニットの実質的なまとめ役になってるみたいね。最後に一番元気で派手な髪の君が猫柳キリオ君。元は落語家で、アイドルを題材にした落語を思いついたから、それの勉強でアイドルになったとか。皆個性的ね」

「にゃんと!ワガハイ達のことをそこまで覚えていてくれるにゃんて!ワガハイ感激でにゃんす!」

「いやぁ。これはかなり嬉しいもんだねぇ。それによく見たら、プロデューサーちゃん、かなり美人じゃないかい。こりゃあさっきのお礼に、今度とびっきりのお化粧をしてあげようかね」

「うちのプロデューサーさんも、私達が円滑にコミュニケーションを取れるように計らってくれたんでしょう。今度お礼をしなくてはいけませんね」

 

 3人それぞれの名前や特徴、経歴などを覚えてきたのを披露し、しっかりと3人からの最初の信頼は得たようだ。これも彼から情報をもらってた賜物だろう。今度しっかりとしたお礼をしないと……。等と、彼女も同じようなことを考えていたりする。

 

「ねぇねぇショーマ!そのお化粧の時、私も一緒にいていい!?」

「あぁ、勿論だとも!しっかり勉強するんだよ?」

「ハーイ!」

「あはは……ま、まぁいいんだけど……」

「どうやらこっちの番長さんは流され体質らしいな。朱雀、お前も流れで肩とか組んだりしたら案外いけるんじゃねぇか?」

「ば、馬鹿やろう!向こうは流されても俺が流されねえよ!」

「大分賑やかになって来たね。これならいいBGMにしていい音楽が作れるかもしれない。少し隣の部屋に行くよ」

「あ、わたしも一緒に行きます!プロデューサー、少しの間失礼する」

「行ってらっしゃい。でも、無理はしないように……というか、させないように、かな?とにかく、都築さんのこと、よろしくね」

「うむ。貴殿も彼らの相手は大変だろうが、頑張ってくれ。では」

「さて、俺達もそろそろ動くか。勉強や打ち合わせをしてる皆に差し入れを用意しようじゃないか」

「って言っても、メインを作るのはうちなんですけど。まぁ、喜ぶ顔見るのは料理人の一番の楽しみやし、ええんやけどね」

「我も今は一時の間漆黒の羽を休め、次なる邂逅の時を待とう!次に見えしは我等が同胞が一同に集いし時よ!」

「え~っと……少しの間ゆっくりしてるから、次は皆揃ったら……みたいな感じか?」

「はい。正確には、僕も皆と一緒に休憩してくるから、また後で。皆が揃ったらまた集合しますね。って言ってます」

「ほんと、よくあれを翻訳できるよな……うちにいた趣味で暗号解読してるやつに興味本位でやってみてもらったけど無理だったぞ……」

「う~ん……アスランのは暗号なんかじゃないんだけどなぁ。まぁいっか。じゃ、俺も皆に荘一郎さんの作ったおやつ配ってきますね。あっ!荘一郎さん!俺にはプチケーキお願いします!」

「あ、ロール待ってよ~!じゃ、プロデューサー、また後でね~!」

 

 台風が過ぎ去ったような感覚だっただろうか。気が付けば残ったのは先ほどからいたFRAME、神速一魂、そして今来たばかりの彩だけとなった。なんとも纏まりの無い組み合わせである。

 

「いや~。皆様朝から騒がしいでにゃんすね~。もう少し落ち着いたほうがいいでにゃんすよ」

「キリオの言えることじゃないとは思うが……。だが、確かに今日は皆浮き足立ってるように感じるな。やはり今回のこの企画が一番の原因だとは思うが」

「そうだな。突然普段と違う環境になるってのは、どうにも慣れないもんだ。上手くやって行けるかの不安だったり、どんな風になるのかという楽しみだったり。人それぞれだろうけどな」

「俺は楽しみの方が大きかったかな!どうせ普段から不幸なことばっかりなんだから、もしかしたら一周回っていい事が起こるかもだし!」

「ふ~ん。それで、そのいい事ってのが、さっきのアレかしら?」

「いっ!いやっ!そういうことじゃなくて!いやいや、決してあれがいい事じゃなかったってわけじゃないんですけど!あの……」

「ちょっと龍ちゃん、落ち着きなさいって。何かあったのかしら?」

「いや~実はさっき……」

「だぁぁぁぁ!!もう止めてください!俺が悪かったですからぁ!」

「ふふっ、ごめんなさい。うちにも似たような不幸体質の子がいるんだけど、その子と違ってこっちはいじり甲斐があるから、ついね」

 

 よっぽど先ほどのことが恥ずかしかったのか、楽しそうに話そうとする彼女を全力で止める龍。勿論知られたくないというのはあるが、何よりもキリオみたいな喋ることが生きがいと言わんばかりのお喋りな人間にばれてしまっては、スピーカーで大声でその失態を暴露するようなものである。

 

「龍のあにさんほどの不幸体質……そっちも大変なんっすね」

「違うとは、具体的にはどのように違うのです?」

「これに関しては、少し龍さんを見習ってもらわないとなんだけど、うちの子方は真逆ですごくネガティブな子なのよね。自分の不幸のせいで周りも不幸になる。周りの人の不幸は自分のせいで起きてる。ってね。たった13歳の女の子が、よ?」

「そいつはなかなか、重たいもんを背負っちまってるみてぇだな」

「全部自分のせいなんて、あるはずないのにな」

「今はそれでも大分マシになってるの。最初にうちの事務所に来たときは本当に見てられなかった。何かある度にずっとごめんなさい、ごめんなさいって」

「そのようなことがあったのですね……」

「番長さん、辛い話をさせてしまって申し訳ないっす」

「大丈夫よ。むしろいろんな人に知ってもらいたいって思ってるの。そんな子が今、前を向いてアイドルをしているんだって」

「確かに、その勇気と努力は、俺達も見習うべきかもしれないな。なぁ、龍。……龍?」

「あ、ごめんなさい!その子の話聞いて、同じ不幸な体質なのに、考え方ってこんなに違うんだなって、自分ながらに思っちゃって。 きっと、その子も俺とおんなじようにいろんな不幸な目にあってて、その度に自分のせいだって思ってたんだって考えたら、俺まで辛くなっちゃって」

「龍さん……」

 

 同じ体質だからこそ分かることもあるのだろう。龍がそんな言葉を口にし、場はどこかしんみりとした空気に包まれる……だが、それを壊したのは、やはり彼だった。

 

「うにゃあああ!!いい話はいい話だけど、こんなしんみりとした空気ばっかりは、ワガハイは耐えられないでにゃんす!どうせいい話なら面白い話。どうせ面白い話なら、思いっきり笑える話。どうせ笑える話なら、思いっきりばかばかしい話をするでにゃんす!おてんとさんが登りきる前から暗くなってたんじゃ、間違えてお月さんが登ってきちゃうでにゃんすよ!」

「そうね。確かにそれもそうかも。まだまだ一日が始まったばっかりなんだもの。最初っからこんなに暗いんじゃ、一日の元気なんて出るわけないわよね。ありがと、キリオ君!」

「にゃっはは~!綺麗なお姉さんにお礼を言われちゃうのは照れるでにゃんすね~!これはもう、プロデューサーさんもワガハイのふぁんになるしかにゃいのでは?」

「こら、調子に乗るんじゃないの。せっかく上がった評価がまた下がっちゃうわよ?」

「貴方はもう少し流れというのを読むべきです。自分でいい流れを気ってどうするんですか」

「ま、今回はその流れの読めなさに助けられたって感じだけどな」

 

 しんみりした空気はどこへやら、さっきまでの騒がしかった空間に元通りである。勿論時と場合というのは大事だが、彼のこういった場の空気を一気に変えてしまう力というのは、とても役に立つ。と、そんな風に空気が戻ったところで、またノックの音が鳴る。返事の後に入ってきたのは、これまた3人の男性だ。

 

「おはようございます!」

「おはよう……」

「おう、もう結構集まっとるようじゃのう!」

「お、3人ともおはよう」

「おはようございます、誠司さん。あれ?そちらの女性の方は……?」

「……見慣れない人」

「なんじゃ?どこぞの組の鉄砲玉か?にしちゃあずいぶんとヒョロイのう」

「初対面の子にいきなり鉄砲玉扱いされるのなんて初めてよ……。まぁいいわ、私は今回の企画でこっちでお世話になる346プロのプロデューサーよ。よろしくね、秋月涼君、九十九一希さん、それに兜大吾君」

「あ、そうだったんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」

「……名前、どうして?」

「こっちのプロデューサーさんに情報をもらってたのよ。それに、この中の一人はこっち側に共通点があるからね」

「ん?共通点ってなんじゃ?」

「ワガハイが当ててしんぜよう!ずばり、共通点があるのはリョウ君でにゃんす!きっと、向こうには元は男装をしてた女性のアイドルが……」

「ボーヤのことは気にしなくていいから、続けてちょうだいな」

 

 話を遮られた当の本人は何やら叫んでいるが、こればかりは仕方ないだろう。ここで3人の容姿を紹介。一人目、秋月涼と呼ばれた男性だが、少し淡い黒髪のショートヘアーに眼鏡をかけた綺麗めの顔。言い方によっては童顔、女性っぽいといった表現も出来るだろうか。服装は緑の薄手の長袖の上に白の半そでの上着を着ていて、ズボンは普通のジーパン。言い方によってはどこにでもいそうな人と言えるだろう。だが、先ほどのキリオの発言の通り、彼は元は女装アイドルとして活躍していた過去を持っている。今でもたまにその当時の同期とは交流もあったりするようだ。次に、九十九一希と呼ばれた男性。キツネ色の髪で、後ろは長くないが、前髪がとても長く、片目は隠れ、口元近くまで伸びている。特徴的なグレーの服に、右手には薄手の指ぬきグローブをはめ、薄緑色のスカーフを巻いている。どこかミステリアスな雰囲気が漂う男性で、先ほどの喋り方を見るに、人と話すのが少し苦手なのかもしれない。最後に兜大吾と呼ばれた男性……というより男の子。癖の強そうなピンクの髪のショートヘアーで、服装は学ランに近い上着の下に、『6(roku)』と書かれた、なんとも面白いシャツを着ている。喋り方から見えるとおり出身は広島で、どうにも強い言葉遣いに感じるが、特に粗暴な性格をしているわけでもなく、訛りが抜けないのだろう。この3人もまたユニットを組んでおり、そのユニット名は『F-LAGS』。白、赤、青のトリコロールカラーのエンブレムが特徴のようだ。さてと、と女性が話を再開する。

 

「う~ん……まぁ言っちゃっても大丈夫よね?実は、共通点があるのって大吾君なんだけど、簡単に言っちゃうと、同家業の子がうちにもいるのよね」

「あ?そりゃあワシの家んこと知ってて言うとるじゃろうなぁ?」

「ちょ、大吾くん!落ち着いて!」

「そっちのプロデューサーさんにも確認したから間違いないわ。まぁ、その手の家業の子がうちにもいるってことなの」

「そうか、世間は狭いもんじゃなぁ……。そんで、そいつの名前はなんちゅうんじゃ?」

「同じ広島出身だからもしかしたら知ってるかもだけど、村上巴っていうんだけど……」

「なんじゃと!?」

「どわぁ!」

「ちょ、龍!びびったからってこっちに倒れ、ああ~!」

「あ、あにさん方!大丈夫っすか!?」

「もう~びっくりしたじゃないのさ」

「あ、すまんすまん。それにしてもそうか。あの巴がアイドルとはのう……ほんとに世間は狭いもんじゃ……」

「もしかして、仲悪いとか……?」

「いんや、同家業だけあってお互いよう知っとる仲じゃ。家同士も悪い中じゃないしの。ただ本当に驚いただけじゃ」

「……大吾、嬉しそうだね」

「あぁ!これでワシも頑張る気力が出るってもんじゃ!」

「ふぅ……一時はどうなるかと思ったよ……」

 

 途中で大声は出たものの、なんとか穏便に会話は進み、今回もまた打ち解けることには成功したようだ。彼女が、向こうでも同じようなやり取りをしたのかな~などと考えているちょうどその頃、本当に同じようなやり取りがあったというのを知るのはまた後の話。そんなこんなで話は盛り上がり、また賑わいだしてきた頃、ノックの音がまた響く。さて、今度は誰だろうと意気込む彼女の前に、扉を開けて入ってきたのは……

 

「わっふー!みんな、おっはよ~!」

 

 子どもくらいの大きさの、カエルの着ぐるみだった……。

 



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事務所の愉快な仲間達~ボーイッシュと笑顔を添えて~

 

 さて、先ほどのやたらと慣れてない英語を放った本人は、いかにもしてやったりといったドヤ顔を決めている。そんな彼女の表情を見て、男性は小さく「なるほど、こうきたか……」と呟く。その呟きを聞いたのは近くにいる数人だけだが、後にその時の彼の少し俯いた表情を見た数人は語る。あれは、いたずらが成功した悪い人間の顔だったと……。そして、彼は一歩踏み出して口を開いた。

 

「Hey, good morning Ms.Graham and Ms.Miyamoto. Do you know what I'm listening to in English now?」

「ア~、オーケーオーケー……後半全然わかんないから日本語で言ってもらっていい?」

 

 彼の流暢な英語に対して帰ってきたのは、とても流暢な日本語だった。

 

「なるほど、君は中々ユニークのセンスもあるみたいだな」

「あいさん、プロデューサーがなんて言ったのか分かったのれすか?」「あぁ、彼は今こう言ったんだ。やぁ、おはよう。グラハムさんに宮本さん。今、私が英語でなんと聞いてるか分かりますか?ってね」

「ぷっ。あっはははははは!も~バレバレじゃ~ん!せっかく面白そうだなって思ったのに~!」

「いやはや、まさかこの完璧なボケを、さらに被せてつぶしてくるとは、中々お笑いの才能を秘めているね!」

「今のどこが完璧だったんじゃ……」

「くっはー!!突き刺さる一言が!まさにドスのごとき切れ味!」

「ほんまもんのドスの切れ味を知りたいっちゅうことでええんか?」

「いやはや滅相も無い。私はどちらかと言えば任侠物より時代劇なもので。それより、今さらだけど挨拶しといた方がいい?」

「ほんとに、今さらだね。まぁいいか、それじゃあ改めて。今回企画でお世話になる315プロのプロデューサーだ。よろしくお願いするよ。キャシー・グラハムさんに、宮本フレデリカさん」

「さっきのでバレてるって分かってたけど、改めて名前言われちゃうとフレちゃん恥ずかし~い」

「キャシーちゃんも恥ずかし~い」

 

 キャッキャと顔を見合わせて笑いあう二人に、周りの数人は着いていけないのか、それとも元より着いていく気がないのかは分からない。とりあえず、二人の容姿と中身を改めて説明しよう。まずはこの状況を作った張本人とも言える、キャシー・グラハムと呼ばれた彼女。茶色っぽい金髪に青い目で、名前の通り日本人ではない。が、生まれはアメリカながら、育ちは完全に東京浅草であり、全くもって英語は話せない。正確には学校で習う程度はわかるようだが、本人曰く「日本にいるんだし日本語あれば十分じゃない?」とのこと。服装はピンク主体のノースリーブにホットパンツという動きやすそうな服装。江戸っ子らしく、活発な性格のようだ。次にもう一人、宮本フレデリカと呼ばれた彼女。自分のことをフレちゃんと呼んだり、やたらとハイテンションは言動の通り、簡単に言えば、よく分からないと言われるタイプの人間。名前の通りハーフであり、父親が日本人、母親がフランス人だ。こちらはキャシーと違い、とても綺麗な金髪で、ショートボブといった感じのヘアースタイル。目の色はエメラルドグリーンで、やはりどう見ても日本人ではない。だが、キャシーと同じく日本育ちのため、母親の母国語であるフランス語はほとんど知らないそうだ。むしろ母親もほとんど忘れてしまったとのこと。服装は今時のおしゃれな女子大生といった感じで、白主体の薄手のシャツに、ピンクのフリルの着いた上着、下はキャシーと同じくホットパンツで、綺麗なスタイルを上手く活用しているようだ。さて、そろそろ会話へと焦点を戻そう。

 

「そちらのプロデューサーから聞いてた通り、掴みどころがなくて、自由奔放。面白いこと優先で、やりたい放題。まさにそんな感じだね」

「いや~そこまで言われるとフレちゃん照れちゃうな~」

「褒めてないと思うんだけどなぁ……」

「まぁいいんじゃない?本人がそう言ってるんだし。それよりさ、さっきの続き、奥でドーナツ食べながら話そうよ!」

「いいですね~。ちょうど、人が多くて暑いな~って思ってたんです~」

「確かに暑いですね~。ライラさんも、アイスを食べたくなってきたでございますですよ~」

「お、それいいナ!ナターリアも行くゾ!プロデューサー、また後でネ!」

「よし、麗奈。アタシたちは今の間に学校の宿題を終わらせとこう」

「はぁ!?なんでわざわざ仕事に来てまで宿題なんてしなきゃいけないのよ!アンタ一人でやってなさいよ!」

「いーやダメだ!ほら、行くぞ!」

「ちょ、離しなさいって!」

「おーおー、若い子達は元気ですなぁおばあさんや」

「そうですなぁおばあさんや」

「どっちもおばあちゃんなんですね」

「おばあちゃんになっても仲良しなんて素敵ですね~」

「論点はそこじゃないと思うんだが……っと、隠れて着いていこうとしても無駄だ。彼女がいない今、君の管理は私の仕事の一つだからね」

「ぐ……わ、私のお山がぁ~……」

「お山より海のがいいと思うのれす」

「うちも山よりは海じゃのう。泳げば涼しいし、食べ物にも困らん」

「話がどんどん変わっていくな……」

「いーのいーの。こういうのが私達らしいって感じだもの~」

「まぁ、否定はしないかな。もう慣れてきたものだよ」

 

 あいが、やれやれと言わんばかりに首を振って、その場は一時の休憩のようなムードが訪れる。いつの間にやらいなくなっている子もいて、改めて彼はこの場の人数を数える。今残っているのは、あい、愛海、巴、七海、藍子、夕美、そして今来たばかりのフレデリカとキャシー、彼自身も含め9人。これでも十分に多いのだが、先ほどに比べればずいぶんと少なく感じるのは、やはり仕方ないことだろう。と、そんな寂しさを与えないと言わんばかりにノックが響く。はいは~いと気楽なフレデリカの返事の後に扉は開かれ、またも二人組が入ってくる。

 

「おっはよ~!皆今日もよろよろー!」

「おはようさ~ん。もしかして、あたしたち最後だったりする?」

「おはようございます。まだ何人か来てないですよ。それに、時間もまだ大丈夫ですし」

「おはよーシューコちゃーん!会えなくて寂しかったよ~!」

「お~おはよーフレちゃ~ん。あたしも寂しかったよ~。で、さっきから思ってたんだけど、そこにいる男の人って、今回の企画の人?」

「あぁ、その企画の人であってるよ。短い期間だが、よろしく頼むよ。塩見周子さんに、大槻唯ちゃん」

「あっれ~?唯まだ自己紹介してないのに!すっごーい!」

「あの人の入れ知恵なんやろうな~とは思うけど、初対面から一方的に知られてるのってなんかむず痒いよねー」

「えぇ~、唯的には、唯のこといっぱい知ってくれてるってすっごい嬉しいから、プロデューサーちゃんすっごいポイント高いよー!」

「ありがとう。そう言ってもらえるなら頑張った甲斐はあるかな」

 

 すごく嬉しそうに言う唯に、こちらもまた嬉しそうに返す彼。ここでまた二人の説明を。まず一人目の大槻唯と呼ばれた彼女。フレデリカにも負けないような明るい金髪を、ウェーブにして肩甲骨付近まで伸ばしており、キャップタイプの帽子を被っている。服はオレンジ主体のシャツに薄手の白の上着、ズボンはジーンズで、ぱっと見ればボーイッシュなスタイルにも見える。だが、スタイルはとてもよく、街中を歩けば5人に一人は振り向くだろう。先ほどの会話の通りかなりテンションが高く、遊んでいるギャルといった感じの印象だろうか。これまたお調子者といった子が増えたようだ。そしてもう一人が塩見周子と呼ばれた彼女。こちらは唯と対照的に綺麗な銀髪のショートカットで、キツネのように少し吊り上がった目が特徴的に思える。服装は『LOVE MUSIC』と書かれた白のシャツに、これまたホットパンツというスタイル。この事務所ではホットパンツが流行っているのだろうかと疑いたくなるほどだ。先述した吊り目もそうだが、もう一つの特徴として、とても肌が白いのだ。シャツにホットパンツでは日焼けが心配されそうだが、彼女が日焼けしているのを見た人は何故かいないそうだ。少し分かりにくいが、彼女は紗枝と同じく京都出身で、どこかのんびりした性格が彼女の売りの一つとのこと。と、ここで周子が口を開く。

 

「にしても、こんな大人数を全員集めるなんて、プロデューサーさんも大変だよね~」

「そうですね~。みんな元気ですから、集まっちゃうと、もっと元気になっちゃいますもんね~」

「唯も久しぶりに会う子とか結構いるから超楽しみ!最近皆忙しくなってきて集合とか久々だもんね~!」

「確かにそうだね。私と唯ちゃんは、この間のミニイベントで会って以来かな?」

「そうそう!夕美ちゃんとも会いたかったんだ~!そ~れハグハグ~!」

「わっ!唯ちゃん!あんまり急に来たらビックリしちゃうよ!」

「えっへへ~。夕美ちゃんっていっつもお花のいい香りがするから、唯大好きなんだよね~」

「わ、私もハグハグ~!」

「君は本当に懲りないな」

「そういやあたしも最近紗枝はんとかと会ってないな~。後でいろいろ話さないとね~」

「女が4人揃えばやかましいとよう言うが、こんだけおりゃあやかましいなんてもんじゃないのう。そんな中で男一人じゃ、大変じゃろう?」

「そうだね。うちの男連中もやかましいのは多いけど、女性の集まった時に比べれば、まだマシなのかと思ってしまうな」

「ふふっ。女の子だって、お淑やかなだけじゃなくて、こんな風に楽しくお話するのが大好きなんですよ~?」

「そうそう。大江戸から現代に至るまで、井戸端の会話は乙女の嗜みってもんよ。女性ってのは喋ってなんぼってもんさ!」

「七海は喋るのが苦手だから、皆のお話を聞いてるのもすごく楽しいのれす!」

 

 これが女子パワー……などと冗談めいて大げさに驚いてみせるが、実際のところはやはり驚いているようだ。今回の企画の裏側、「普段テレビなどでは見れない姿を見せる」というノルマは、この時点でも十分なほどに達成できているのではと考えてしまうほどだ。だが、やはりこの程度は足りないのは明白だろうし、何よりもここで満足しては企画倒れもいいところだろう。変な邪念を飛ばし、彼も会話へと戻る。

 

「考えてみれば、もう残り10人を切ってるのか。一人ひとりと挨拶したとはいえ、気付けば結構時間も経ったもんだな」

「おりょ、もうそんなに来てたんだ。危うく本当に最後になるところだったんだね~」

「ていうかプロデューサーちゃん、ずっとここで来る人皆に挨拶してんの!?」

「あぁ、覚えてもらうにはやっぱり第一印象が大事だからな。せめてその第一印象くらいは良くしたいって感じかな」

「すっごーい!唯だったら絶対途中で飽きちゃうって!プロデューサーちゃん偉いね~!唯がなでなでしてあげる!」

「おっと、この歳で年下から子ども扱いってのは無理があるな。その気持ちだけもらっておくよ」

「え~いいじゃ~ん。それとも唯のこときらい~?」

「こらこら、そういうことを言うんじゃありません。これはそういうのとは別の話だから、駄々をこねてもダメです」

「っちぇ~。ちょっとスキンシップするくらいいいじゃ~ん」

「代わりに私とスキンシップをしない?私なら抱きかかえてなでなでしてくれてもいいよ?」

「ん~?今はそういう気分じゃないな~。また今度ね」

「また今度!ってことは全否定じゃない!脈ありですよね!ね!?」

「わぉ、フレちゃんもビックリするくらいのポジティブ~」

 

 そんな他愛の無い会話をすること数分。またもノックの音がするので今度はあいが返事を返す。扉がの先にいたのは、二人の少女。ここまで二人ずつ来ると、もはや何か作為があるのではと彼が疑いそうになるが、まずこの企画そのものが作為の塊のような物なのだと思い出し、考えるだけ無駄だろうとすぐに前の少女達に集中する。

 

「おはようございます!今日も頑張りましょうね!」

「おはようっす~。ちょっと遅れそうだったけど、なんとかセーフっすね~」

「おやおや、今日のデートの相手はこちらのカワイコちゃんかい?相変わらずモテモテですな~」

「なんすかその言い方は……卯月ちゃんとはさっきまで智香ちゃんと3人で来てて、智香ちゃんは別の所属だから分かれて、そんで今2人で来ただけっすよ」

「その言い方が怪しいですな~。どう思われますかな?シューコ警部」

「そうさなぁ……これは二股事件になりそうな予感ですなぁ……」

「な、なんと!これは一大事ですぞ!すぐに対策会議を……」

「はい、その辺にしときなさい。二人とも困ってるから」

「「「は~い」」」

「やけに素直っすね……っと、ありがとうっす……じゃない、ありがとうございます!あ、申し遅れたっす!じゃなくて、遅れました!アタシは、あ、いや、私は……」

「大丈夫だから、一旦落ち着いて。はい、深呼吸深呼吸」

「あ、はいっす……。スーーーハーーー……お、落ち着いたっす」

「よし、じゃあまずはこっちから自己紹介だ。私は今回の企画で315プロから来たプロデューサーだ。これからよろしくお願いするよ。吉岡沙紀さん。それに、島村卯月さんも」

「ふぇ!?あ、はっ、はい!よ、よろしきゅお願いしましゅ!」

「あっははは!卯月ちゃん噛みすぎ~!最高に可愛いじゃん!」

「あ、ぷ、プロデューサーさんだったっすか……」

「沙紀ちゃんは今のでずいぶん疲れちゃったみたいだね。今お茶入れてくるから、ちょっと待っててね」

「あ、ありがとうっす」

 

 来て早々に騒がしく出迎えられ、挙げ句自分達で勝手に騒いでとても疲れた様子の二人。彼女達の紹介をしよう。一人目は島村卯月と呼ばれた彼女。少し茶色がかった黒髪を背中まで伸ばし、一部をサイドポニーのようにまとめている。服装はピンクのフリルの付いたワンピースで、どこにでもいるようなかわいらしい少女、といった印象を受けるだろう。だが、彼女の真骨頂は、彼女のデビュー曲の通り、その笑顔である。彼女の笑顔は、教科書があればお手本に載るかの如く綺麗であり、彼女の笑顔に励まされた、というファンレターも多く届いているようだ。もう一人は吉岡沙紀と呼ばれた少女。キャシーと似たような濃い目の茶髪のショートヘアーで、ハンチングというかベレー帽というか、そんな感じの帽子を被っている。服装は薄手の青主体のシャツに、グレーの上着を腰に巻きつけ、ズボンもハーフパンツと、かなりボーイッシュな格好をしている。先ほどの話し方の通り「っす」といったやや男っぽい喋り方が特徴で、男性ファンも勿論多いが、女性ファンもとても多い。さて、夕美がお茶を持って戻って来た頃、ようやく二人とも落ち着いたようだ。

 

「夕美さん、ありがとうっす。プロデューサーさん、さっきは取り乱して失礼したっす。突然いろいろあったもんで……」

「わ、私も失礼しました!と、突然名前呼ばれて、びっくりしちゃって、その……」

「いや~、二人の珍しい反応が見れて、余は満足じゃ」

「そろそろきつ~いお灸を据えた方がええかのう?」

「あはは~やだな~。そういう冗談って、笑える人と笑えない人がいるんだよ~?」

「そうじゃのう。冗談かどうか、試してみるか?」

「「ご、ごめんなさい。少し静かにしてます」」

「悪ノリとかはほどほどにしないとね~。怖い怖い」

「もう。周子ちゃんも、後でちゃんと謝らないとダメですよ~?」

「はいは~い。分かってるってば」

「これで皆仲直りれすね」

「さぁ!これを記念して皆で抱き合おう!私はその真ん中に行くから!」

「ふむ、そろそろ部屋ごと隔離した方がいいかもしれないな」

「静かにしてます!だからせめて目の保養だけでも!」

「ふふっ、皆いつも通りだね」

「そうっすね。なんか変に緊張したアタシたちが馬鹿みたいっすよ!」

「そう、いつも通りでいてくれればいいんだ。そんな君達と触れ合ってこそ、今回の企画は意味があるんだからね」

「や~ん。触れ合うだなんて、プロデューサーちゃんったらやらし~」

「こ、こら!大人をからかうんじゃない!」

「えへへ。ほら、プロデューサーちゃんも、いつも通り、でいいんじゃない?」

「っ!まったく……ま、私は気が向いたら、ね」

「あ~!プロデューサーちゃんだけずる~い!」

「そうっすよ!プロデューサーも『いつも通り』で行くっすよ!」

「ふ、二人とも!あんまりプロデューサーさんを困らせちゃダメですよ!」

 

 さっきの少し変な空気もどこへやら。その前までの騒がしい空気にいつの間にか戻っている。『いつも通り』というのがどれだけ大切か、皆よく分かっているのだろう。それが度が過ぎる者もいるようだが……。と、そんな風に盛り上がってる中、ノックの音が鳴る。今度は卯月がは~いと返事し、扉が開き、今度は3人の女性が入ってくる。そして、その中の一人が口を開く。

 

「おはようございます。皆さんとても元気そうで、現金な私も元気になってしまいますね」

 

 騒がしかった空気が一瞬で凍りついた。

 



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レッツエンジョイもふもふフェスタ!~双子見極めの法則~

 

 突如登場した謎のきぐるみ。だが、彼女はそのきぐるみに見覚えがあった。というより、覚えてきた知識の中にしっかりと入っていたのだ。そしてそのきぐるみの後ろから入ってきた二人の男性と照らし合わせ、正体も間違いないと判断した。その間に、後ろの二人の男性も挨拶をする。

 

「おっす、おはよう。もう大分集まってるな」

「やぁ、皆おはよう。おっと、そちらの女性が、今回の企画のプロデューサーさん。かな?」

「はい。おはようございます。おっしゃるとおり、346プロから来たプロデューサーです。よろしくお願いしますね。鷹城恭二さんに、渡辺みのりさん。それに、このきぐるみの中のピエール君も、ね」

「すっごーい!!どうして分かったの!?ボク、まだ自己紹介してないのに!」

「ふふ、それはね、お姉さんが、君達のプロデューサーだからよ」

「ええ!?それだけで全部分かっちゃうの!?じゃあね、ボクの好きなもの、なんだか分かる?」

「それも簡単よ。『粉もの』でしょ?」

「うわーっ!!ねぇねぇみのり!恭二!この人すごいよ!!ボクのことなんでも知ってる!!」

「あぁ、本当にすごいね!俺もびっくりしたよ」

「結構知られてるところではあるけど……ま、しっかり覚えてきてくれたってのは嬉しいよな」

 

 名前を当てられたきぐるみは、ビックリして頭の部分を外して驚いている。中から現れたのは綺麗な金髪のショートヘアーに紫の瞳で、どう見ても日本人には見えない。では、ここで3人を紹介しよう。まずはそのままピエールと呼ばれたきぐるみの少年から。見た目は先ほどの通りで、服装はまだきぐるみのままなので分からない。名前の通り海外の出身のようだが、履歴書には『うみのむこう』としか書かれていない。これには深い事情があるが、話すと長いので割愛しよう。かなり流暢に日本語を喋り、元気いっぱいの男の子という印象だ。次に渡辺みのりと呼ばれた男性。こちらは濃い目のグレーくらいの髪色で、男性にしては少し長いかというくらいの髪をポニーテールのように後ろにまとめている。服装はピンクのシャツに青のジーンズ、手に提げた花柄のバッグには、同じく花柄のエプロンが見えている。とても物腰柔らかな口調で、優しいという言葉が何よりも似合う人だが、先ほどのように冗談にも乗ったりするちょっとお調子者な面もあるようだ。最後に鷹城恭二と呼ばれた男性。茶髪に頭頂部だけが黒くなっており、髪型はショートヘアー。服装は胸元に『RS』と書かれたグレーのパーカーを着ており、ズボンは普通のジーンズ。少し仏頂面といった感じだが、別に態度が悪かったりするわけでもなく、どちらかと言えば好青年といえるだろう。大きな特徴としては、右目が緑、左目が青と、目の色が左右で違う、いわゆるオッドアイと呼ばれるところだろうか。だが、本人は特に気にした様子もないようだ。今度は彼女から話し始める。

 

「それにしても、なんでピエール君はきぐるみで来たの?」

「えへへっ。今日から面白いコトするって聞いたから、ビックリさせようって思ってたんだ!」

「あっはは、確かにびっくりしたよ。僕たちは何にも考えずに来ちゃったもんね」

「そうじゃのう。逆にこっちが驚かされたぐらいじゃしな」

「……俺達らしい、かもね」

「んにゃっはっは~!まだまだ甘いでにゃんすね~!それならも~っと目立つくらいに……」

「ボーヤはいっつもやりすぎなのよ」

「場を収める我々の身にもなっていただきたいものです」

「俺達の場合は、相棒がそりゃあもう面白い反応をしてくれたからなぁ。な?相棒?」

「う、うっせぇな!お前だって、動物番組で猫と触れ合う時にめちゃくちゃな反応してたじゃねぇか!」

「なっ!?俺の場合はアレルギーなんだから仕方ないだろ!」

「はい、どうどう。ケンカするなら奥の部屋に行くか外にでも行こう。ただし、相手は俺がしてやるからな」

「せ、誠司のあにさん……い、いや!自分が悪かったっす!奥行って頭冷やしてきやす!」

「お、俺も!!」

「さすが誠司さん。まとめるのが上手いな」

「もう慣れっこだしな。さて、俺達も奥で休むとしようか。これ以上ここにいると、また龍が何かやるかもしれないしな」

「ちょ!誠司さん!その言い方はあんまりですよ!」

「ほんとに、今日は皆がいて楽しそうだね。こっちまで元気になって来るよ」

「少し、騒がしすぎる気もするけど。たまにはこういうのもいいな」

 

 バタバタと神速一魂とFLAMEの5人が奥へと退場し、今は彩、F-LAGS、そして新しく来た3人『Bite』に彼女を合わせ、10人となった。人数が増えたのに、暑苦しさは少し減った気がするのは気のせいではないのだろう。と、ここで誰かの携帯の着信音が鳴る。何人かが顔を見合わせ、自分では無いとアピールしている中、涼がさっと手を軽く挙げる。

 

「あ、すいません。僕みたいです。ちょっと、電話してきますね」

「うん。ゆっくりでいいからね」

「集合までには間に合いますから。失礼します。……あ、もしもし?僕だけど、急に……」

「……あの着信音、たまに聞くやつだ」

「おぉ、確かにそうじゃのう。あの着信音の時は、いっつも席を外して電話しよるんじゃ。大事な相手なんかもしれんのう」

「おやおや~?リョウ君も中々隅に置けないにゃんすね~」

「大事な相手の一人や二人、誰だっているもんさ。詮索するのは野暮ってもんだよ」

「ねぇねぇ、スミニオケナイって何?」

「意味としては、その人……この場合は涼さんが、想像していたよりも知識や経験なんかが豊富であり、油断ならない。簡単に言えば、すごいなと思い、つい見てしまう。そのような意味合いですかね」

「おお~流石クロークン!完璧でわかりやす~い説明でにゃんすね」

 

 涼が出て行って2分ほど雑談をしたところで、外からバタバタと足音が聞こえる。そしてそのすぐ後に、ノックが鳴らずに扉が勢いよく開かれ、一人の男性……もとい、一人の子どもが入ってきた。そして後ろから少し遅れて、同じ年頃の男の子が2人入ってくる。

 

「よっしゃーー!!オレがいっちばーーん!!」

「もう、しろうくん、事務所の中まで走っちゃだめだよ……」

「そうだよ。またみんなに怒られちゃうよ?」

「へへーん!負けたからって言い訳はなしだぜ!」

「こーら、あんたたち。また走ってきたのかい?危ないからダメだって教えたでしょ?」

「げ、しょうま。いいじゃんかよ~ちょっとくらいよ~」

「ダメなもんはダメだよ。あんたたちが怪我したりしたら、誰が悲しむと思ってるんだい?」

「まぁまぁ翔真、そのくらいでいいじゃないか。この子達だって、そのうち分かってくれるさ。今はまだ、ワンパク盛りの時期だ。見届けてあげるのだって大人の大事な仕事だよ」

「みのりさん、ごめんなさい。ボクとかのんくんは止めたんだけど……」

「あー!なお!自分達だけ逃げようとすんなよな!」

「でもほんとうのことだよ?しろうくんってば、いっつもそうなんだもん」

「はいはいケンカはそんへんにしとくにゃんす。怒ってばっかじゃ幸せさんがどこかに行っちゃうでにゃんすよ」

「幸せがどこかへ行くのは溜め息をついたら、ですね」

「細かいことは放っておくでにゃんす!そんにゃことよりこんにゃことより、おちびさん達が来てから喋ってないんじゃあないんですかいお姉さん?」

「あはは……喋るタイミングが無くって……」

「んあ?あんただれだ?」

「し、しろうくん!失礼だよ!!ごめんなさい!」

「あ、もしかしてお姉さんって、今日からプロデューサーの代わりになる人?」

「そうよ。よろしくね。橘志狼君に、岡村直央君、それから姫野かのん君」

 

 突然名前を当てられて、それぞれビックリ、キョトン、ニコニコと、三者三様の顔をしている。まず一人目の橘志狼と呼ばれた子から。茶髪のショートヘアーを、かなり短いが後ろで結んで纏めている。服装は動きやすいノースリーブにベストに短パンと、元気な子どもセットといった感じだろうか。外見同様と言うべきか、中身もまさにワンパクな子どもを絵に描いたような子ども。だが、何でも一番を目指すその心意気は、このアイドルの世界では大きな武器になるだろう。次によく謝っている岡村直央と呼ばれた子。黒く短い髪を真ん中で分け、大きな丸眼鏡が特徴。服装はチェック柄のシャツに紺の上着、薄茶色のハーフパンツと、こちらは容姿と相まって勉強熱心な子どもと言った感じ。これまた中身も少し似ており、志狼のようにワンパクではなく、かなり大人しい子。ある意味この3人の中で一番常識的かもしれない。そして最後の姫野かのんと呼ばれた子。クリーム色のふわっとしたショートの癖っ毛。服装は白のシャツに軽めのベスト、胸元にはウサギのようなアップリケが付いており、ズボンは黄緑のハーフパンツと、他二人とは違ってどこかお洒落な感じになっている。年齢を考えればかなりませた感じに見えるが、やはり子どもは子どもである。カッコイイよりも、カワイイのが好きなようだ。この3人もまた同じユニットで、ユニット名は『もふもふえん』という、なんともかわいらしいユニットだ。ステージ衣装も動物モチーフで、かわいいものが好きな女性からの人気は他の追随を許さないほどに高いらしい。と、ここで志狼が声を上げた。

 

「すっげーーー!!なんでオレやなおの名前分かったんだ!?」

「ボクたちが名前で呼び合ってたから……?あ、でも苗字までは呼んでなかったよね?」

「さ~て、どうしてかな~?かのん君は分かる?」

「う~ん……かのんにもわかんないな~」

「ボク分かるよ!!あのね!この人が、ボクたちのプロデューサーだから!」

「そ、そうなのか!?」

「そうよ~。君達のことは、ちゃ~んと分かってるんだから」

「すごい……。あっ!そうだ!これから一週間、よろしくお願いします!これ、うちのお母さんからなんですけど、お世話になるから渡しておきなさいって」

「あら、お返しなんて用意してないのに……直央君、今度改めてお礼をしますって伝えてくれるかしら?」

「分かりました」

「えへへ、これからたのしみだね」

「おう!この一週間でおもいっきり成長して、あいつのことビックリさせてやるぜ!!」

「一週間じゃあそんなに変わらないと思うんだけど……」

「なんだよ!やってみなきゃわかんねぇだろ!!」

「うん、その通りよ。なんだってやってみなくちゃ分からないの。だから、一緒に頑張りましょう?直央君?」

「は、はい!!頑張ります!」

「あれ~?なお君照れてるの~?」

「だ、だって、こんな綺麗な女の人なんだもん……」

「ありがと。お世辞でも嬉しいよ」

「お~!直央君も中々やるでにゃんすね~。これぞまさに……」

「スミニオケナイ!だよね!」

「ありゃりゃ。ワガハイのセリフが取られちゃったでにゃんす」

 

 顔を赤らめて少し俯く直央だが、そんなやり取りや周りの笑顔を見て、自然と笑顔になっていた。このようなアットホーム感も、このプロダクションの大きな支えの一つなのかもしれない。そんな風に彼女が考える中、またもノックの音が鳴る。返事の後に入って来たのは、驚いたことに、ほとんど同じ顔をした二人の男だった。

 

「おっはよ~皆!今日も頑張っていこーぜ!」

「おっはよ~皆!今日も張り切っていこーぜ!」

「おう、二人ともおはよう」

「あれ?結構集まってるね。もしかしてオレ達が最後?」

「いや、まだ何人か来てないんじゃないかな?」

「そっか!なら大丈夫だね!あれ?このお姉さんは?」

「私は今回の企画で一週間お世話になる346プロのプロデューサーよ。よろしくね。蒼井悠介君に、蒼井亨介君」

「オレ達のこと知ってんの!?すげーじゃん!!」

「でもさ、どっちがどっちだか、分かってないんじゃない?」

「言ってくれるわね、亨介君。本当に分かってないと思うのかしら?」

「そりゃそうだって。身内以外で一発で見分けられるのなんて、監督……じゃ、わかんないか。プロデューサーくらいだぜ?」

「そうそう!少し違いとかもあるけど、ここまで一緒なんだし、すぐに分かるわけ無いって!」

「なぁ、気付いて無いと思いますか?」

「気付いて無いだろうね。あの様子を見る限りじゃ」

 

 二人が分かってないだのなんだの言ってるうちに、二人を紹介しておこう。まずは片方、蒼井悠介。容姿は明るめの茶髪で、少しところどころが跳ねてるショートヘアー。頭頂部にピンと立った毛、通称アホ毛と呼ばれるような毛があるのが特徴。服装は普段は運動がてら走って来るのでユニフォームらしいが、今日は普通のシャツに上着、普通のハーフパンツと、どこにでもいる学生という感じだ。少し分かりにくいが、亨介よりも少しヤンチャな感じで、元気いっぱいといった印象を受ける。そして同じく片割れの蒼井亨介。外見は双子ということもあり、悠介とほぼ同じで、頭頂部のアホ毛もある。服装も今日は同じような服装になっており、普段のユニフォームでの見分け方ではどちらがどちらかは分からないだろう。ステージ上では色の濃いフレームの眼鏡を着けているので、すぐに違いは分かるようにしている。悠介と比べると、少し大人し目の印象を受ける。だが、やはり双子なのかテンションが上がった時は見分けは付けにくいだろう。この二人は双子でユニットを組んでおり、ユニット名は『W(ダブル)』。文字通りというところだろうか。さて、先ほどの続きだが、何人かは気付いたようだが、ここで彼女が『片方を向きながら』話し出す。

 

「ねぇ悠介君。もう一回聞くけど、本当に分かってないと思う?」

「だから、絶対わかんないって!!ファンの皆でも結構間違えたりするのにさぁ!」

「オレも一回、同じ衣装の時に、間違えて『悠介く~ん!』って声援もらって、ちょっと凹んだっけ……」

「ねぇ、プロデューサーさん今……」

「しっ、もう少し見てよう?」

「案外当人というのは。気付かないものなのですね」

「あれはプロデューサーちゃんが上手いのもあるだろうけどね」

「確かにそれはショックよね~。でもさ、それはそれで今後のネタに出来るからいいんじゃない?双子ならではってのはやっぱり強みになるだろうし。ね?」

「まぁそうなんだけどさ……。ま、でも今はそんなこと言ってても仕方ないよな!で、何の話だっけ?」

「あれ?えーっと……」

「私が二人のことを、どっちがどっちか分かるかって話よ」

「「そう!それ!」」

「ふふっ。ねぇ、気付かなかった?私が最初っから、悠介君と亨介君に、それぞれ話しかけてたの」

「えっ!?ほんとに!?」

「ほんとじゃ。最初に亨介が疑った時に、しっかりと亨介とよんどったぞ」

「……皆、気付いてたね」

「ってことは、プロデューサーさん、本当にオレ達がどっちがどっちか分かるの?」

「最初っからそう言ってるでしょ?」

「なぁ!!それももしかして!」

「ボクたちのプロデューサーだから!?」

「えぇ、勿論よ!」

「「スッゲーー!!(スッゴーーイ!!)」」

 

 純粋な子ども二人の驚きの声が響く中、どうやら蒼井兄弟は本当に驚いたようだ。それもそうだろう。今まで彼らを一回で見分けた人など全然いなかったのだから。実のところ、その見分けるための大きな目印になるのが、頭頂部のアホ毛なのである。そのアホ毛が、向かって右側(本人から見て左側)に曲がっているのが悠介、逆に向いているのが亨介となっている。皆が驚いたり笑ったりしている中、ガチャリと扉が開き、さっき出て行った涼が戻って来た。が、どうも表情が思わしくないように思える。

 

「お帰りなさい、涼君。……って、大丈夫?なんだか顔色がよくないみたいだけど……」

「あ、あぁ、いえ……大丈夫です。僕はなんとも」

「なんじゃ?電話の相手になんぞあったんか?」

「……相談、乗るよ?」

「ありがとう。でも、これは僕が……いや、本人が解決しなくちゃいけないことなんだ。それまでは、言えない」

「よっぽど大きな事情みたいだね。分かった。でも、無理はしないようにね。ここの皆は、君の味方なんだから、いつでも頼ってくれていいからね」

「みのりさん……ありがとうございます。あはは、なんか、変な空気にしちゃいましたね」

「そんなこと気にしないでいいんでにゃんすよ!毎日毎日同じ空気ばっかりじゃあ空気が足りなくなっちゃうでにゃんす!たまにはガラッと空気を入れ替えて、いろんな空気を吸ってみるもんでにゃんすよ!」

「あら、たまには良い事言うじゃないかい、うちのボーヤは。ボーヤの言うとおり、いろいろあってこその人生ってもんさ。無理をしないくらいにいろいろやるのがいいもんだよ」

「なんだったら、今度気晴らしに海にでも行くか?案外、ボーっと眺めたりするだけでも気は晴れるもんだ」

「海だったらオレも行きたい!!」

「オレはいっちばん高いとこから飛び込んでやるぜ!!」

「ふふ、皆ありがとう。じゃあ、また今度行こうね」

「いえ、今度と言わず、今から行くのはどうでしょうか!」

「いやいや、今からは流石に……」

 

 この時、この場合にいる全員の思考が一つになった。

 

(((やっちゃった……)))

 



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そして歩き始めたシンデレラ達~New Game Start~

 

「わかるわ……。いい大人の朝一番の第一声がつまらないダジャレ。どう反応したらいいか分からないわよね……」

「楓さん……来る途中にずっと何か考えてるかと思ったら……」

「うふふ。やっぱり、インパクトは大事ですからね。あなたも、そう思いませんか?」

「あはは……話には聞いていましたが、まさか初っ端で見ることになるとは思いませんでしたね。いやはや、驚かされましたよ、高垣楓さん」

「あら。私のことを知ってくださってるのですか?ありがとうございます」

「346プロダクションの中で一番とも噂される歌姫なんです、彼女からの情報がなくても知っていますよ。っと、川島瑞樹さんと三船美優さんのお二人も、ご挨拶が送れて申し訳ありません。私が今回の企画で315プロから来たプロデューサーです。どうぞよろしくお願いします」

「これはご丁寧に……それに、名前まで覚えてくださって、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

「これは中々好感の持てそうなプロデューサー君ね。一週間っていう短い期間だけど、よろしくね」

 

 先ほど凍った空気をなんとか融かし、無事に挨拶を済ませる。ここで入って来た3人を説明しよう。一人目は川島瑞樹と呼ばれた女性。少し赤みがかった茶髪を背中辺りまで伸ばし、それを一つに束ねている。服装は内側にピンクのシャツ、その上にブラウンの上着を着て、ズボンはピッチリとしたジーンズと、とてもカジュアルな服装。今回の企画で担当する面々の中での最年長者であり、基本的なまとめ役となっている。だが、本人も時にかなりはっちゃけるので、実はもっと苦労してる人がいるんだとか。そして、その苦労してる人こと二人目の、三船美優と呼ばれた女性。瑞樹と同じような色合いの髪だが、こちらは少し短く、肩と背中の間くらいの長さで、瑞樹と同じく後ろで一つに束ねている。服装は緑の薄手のワンピースに赤寄りのピンクのふわりとした上着と、こちらは瑞樹とは逆に全体的にふわっとした印象を受ける。瑞樹に次いでの今回の企画の年長者側。とても落ち着いた大人の女性という感じで、男性ファン、特に、20代後半~30代前半の男性に人気が高い。先ほど言ったとおり、一番の被害者となっている人かもしれない。そして最後に、高垣楓と呼ばれた女性。グレー、というよりは銀に近い髪は肩口までの長さでふわりとした印象。服装は下にキャミソールのようなものを着ているが、その上に袖口の広いタイプの紺のワンピースを着ている。何よりも特徴的なのは、やはり右目が緑、左目が青というオッドアイだろうか。その佇まいと柔らかな物腰の中にあるどこか凛とした雰囲気から、とてもミステリアスな美人というイメージだろう。だが、当の本人は先ほどの通り突拍子もなくダジャレを言ったりするような人間であり、その一面はすでにテレビなどに出しているので周知の事実である。と、ここで巴が喋りだす。

 

「さて、もう人数もかなり揃ってきた頃じゃろう。いっぺん全員を集めようかの」

「七海も呼んでくるれすよ!この事務所の中も広いれす!」

「じゃあ、私と藍子ちゃんは外に行った皆を呼びに行きましょうか」

「そうですね~。お散歩がてら、呼びに行きましょうか~」

「ふむ、では私たちも呼びに行った方がいいかな?」

「あいさん……?その達ってのはまさか私も含まれるので……?」

「いや、あいさん達には千川さんの所に行ってほしい。プロジェクターを使えて、全員が入れる大きめの部屋を、今日一日使えないか確認して欲しいんです。お願いできますか?」

「ぷ、プロデューサーさん?なぜ、あいさんたち、なんですか?」

「なるほど、承知した。彼女たちが外から集めたメンバーは直接そちらに行ってもらった方が良さそうだね」

「そうしてもらえる助かります」

「分かった。では行こうか。美しい女性に会いにな」

「い、いやだああああああああ!!ちひろさんはだめええええええええ!!!私のお山さんたちがあああああああああ!!」

「悲しき断末魔よのぉ……」

「諸行無常ってやつだねぇ……」

「ところでさ、なんでプロジェクターのある部屋なの?なんか見んの?」

「ま、それは後のお楽しみってことで。後来てないのは……3人か。もうすぐ時間なんだけども……」

「そういえば、なんで大人組の3人がこんなに遅かったんすか?特に美優さんとかはもっと早く来そうなイメージなんすけど」

 

 その発言に、ビクッと3人の肩が動いたのを彼は見逃さなかった。おかげで大体想像はついたようだ。そして、その後に口を開いたのは、美優だった。

 

「その……とてもお恥ずかしい話ですが、昨日は我々3人でお酒を飲んでおりまして……」

「かなり遅くまで飲んじゃって、気付けば深夜の2時近く。で、ここから一番近い美優ちゃんのアパートに泊めてもらってたの」

「起きたら何度か見たことある天井で、すぐ近くに美優さんが寝ていて……ふふっ、なんだかドキドキしちゃいました」

「か、楓さん!!み、皆さん!違いますからね!私と川島さんもかなり限界だったので、家に着いて布団を用意したらすぐに寝てしまっただけで!!その!!」

「み、美優ちゃん落ち着いて。変に喋りすぎるとそれこそアウトよ」

「あ、あはは……まぁ、遅刻されてないので大丈夫ですが、無理はなさらないでくださいね?」

「う……はい……」

「ねぇねぇシューコちゃ~ん」

「なんだいフレちゃーん」

「これってなんかのフラグかな~?」

「かもしれないね~」

「こらそこ、物騒なこと言わない」

「「は~い」」

 

 そんなやり取りをすること数分。集合予定時刻まで後1分となった。これはもう間に合わないかと思い、そろそろ移動する準備をしようとするが、廊下からドタバタと走る音がする。どうやらなんとか間に合ったようだ。そして、ノックも無く勢いよくドアは開き、3人の女性(一人は少女と言うべきだろう)が飛び込んで来る。

 

「せ、セーーーーフ!!!」

「や、やばかったっす……オタクにこんな運動させちゃダメっすよ……」

「ギリギリだったね~!!ニューレコード更新!って感じ?」

「皆さん、おはようございます。大丈夫ですか?」

「あぁ、卯月。おはよう。なんとかギリギリって感じかな。たはは……」

「日本人は時間にうるさいんだから、もっとしっかりしなくちゃダメだよ~」

「あはは……中身日本人の外国人から言われると、その言葉の重さもひとしおっすね」

「まぁまぁ、間に合ったんだからオッケーじゃん?ね?プロデューサーちゃん?」

「え?プロデューサー?」

「おはようございます。今日から一週間、企画で君達のプロデューサーをさせてもらう者だ。時間ギリギリだけど、今回は大目に見よう。次は気をつけるようにね。神谷奈緒さんに荒木比奈さん。それに、三好沙南ちゃんも、ね」

「あれ?あたしたちまだ自己紹介してないのに……」

「分かった!プロデューサーさん、きっと私達の攻略本持ってるんだ!」

「う~ん。近いといえば近いかな?君達のプロデューサーさんから君達の情報を教えてもらったんだ」

「なるほど。それなら納得っすね」

 

 挨拶も一段落したところで、今回増えた最後のメンバーを紹介。一人目は神谷奈緒と呼ばれた女性。茶髪のかなり量の多い髪を、前髪はパッツンに、後ろは腰の手前辺りまで伸ばしており、それを後頭部辺りでお団子を作り、肩口辺りまでにしてある。服装は緑のシャツに青の薄手のジャケット、赤のデニムと、中々ボーイッシュな服装。最初に入って来た時からそうだが、とても表情豊かだが、本人は至ってクールを装っているつもりらしい。そんな彼女はこの事務所の中のいじられ役筆頭である。次は荒木比奈と呼ばれた女性。奈緒よりも明るめの茶髪だが、こちらは髪型など全然意識していないのか無造作に伸びて無造作に癖が付いている。服装もジャージと、明らかにアイドルと言っていいものでは無いと思われる。眼鏡の奥のけだるそうな目が、彼女の性格を物語っていると言っても過言ではない。そんな彼女の趣味は絵を描くことであるが、『お絵かき』などの優しいものではなく、『商業用』というものだ。深くは追求しない方が良いだろう。そして今回の企画の346プロ最後のメンバー、三好沙南と呼ばれた少女。黒寄りの群青色の髪を両サイドでおさげにし、前髪は髪留めで少し上の方に留めてある。服装は何かのゲームのデザインの入ったパーカーに、ハーフパンツと、どこか少年っぽさがある。先ほどの会話やパーカーの柄を見ての通り、ゲーム大好きっ子であり、仕事も専らゲーム関連が多くなってきているらしい。最新作から古き良きゲーム、果ては隠れた名作と呼ばれるゲームまで、ゲームというゲームはなんでもやりたがる貪欲な少女だ。だが、やはり精神年齢は歳相応であり、先ほどのようにすっとゲームのような感覚で話してしまうようだ。さて、そんな3人だが、ようやく走ってきたことによって荒れていた息も整ってきたようだ。

 

「ところで、3人はどうしてこんなギリギリになっちゃったのかしら?」

「いや~、実は昨日ここ3人で、名作のアニメ&ゲームを持ち寄って遊ぼうって企画をやってたんすよね。約束してたのもこの企画を聞かされるずっと前からだったんで、今さらずらすのもあれかなって思っちゃって」

「で、比奈さんの家に集まってアニメやらゲームやらで夜遅くまで遊んだ結果……」

「起きたのがギリッギリで、急いで走ってきたってわけなんだ」

「おお~!たっのしそ~!今度フレちゃんも混ぜてよ~!」

「フレちゃんはすぐに飽きちゃうって思うな~」

「そんなことないよ~」

「じゃあ今まで最初から最後まで見たアニメ全部あげてみ?」

「ん~とね~……なんにもないかも~」

「つまりそういうことなんだよ、フレちゃん」

「でもさ!お泊りするのって楽しそうじゃ~ん!今度皆でやろうよ~!」

「お泊り会!楽しそうですね!私もまた響子ちゃんや美穂ちゃんとやろうかな~」

「女子会ってやつね。わかるわ~」

「まぁ、私たちはつい昨日同じような感じになっちゃったんですけどね」

「あら、今度は昔の少女マンガでも持って行きましょうか?皆で集まって、漫画を読まんか?うふふ」

「おーう……これまたレベルの高いギャグだ……だがしかし、日本のお笑いで鍛えられたこのキャシーちゃんはその程度じゃあ負けませんぜ!」

「何と戦ってるっすか……っと、そろそろ移動した方がいいんじゃないっすか?」

「うん、確かにいい時間だね。じゃ、奥の皆を呼んできて……」

「せーんせぇっ!」

「うわっ!!」

 

 振り向こうとしたその時、彼の背中に思いっきり何かが飛び乗った。その正体は、奥の部屋から出てきた薫だったようだ。それを筆頭に、ゾロゾロと他のメンバー達も出てくる。

 

「薫ちゃん、危ないからそういうことしちゃだめだよ?」

「えっへへ~ごめんなさ~い」

「よいしょっと……さて、メンバーも揃ったみたいだから、さっき言ったとおり、今からちょっと大きめの部屋に移動するよ」

「ねぇねぇ!何するの~?皆で遊んだりとか!?」

「この全員で何かっていうには、ちょっと多すぎるんじゃない?」

「ま、それに関しては着いてからのお楽しみってことで。さ、勝手なことしてはぐれたりしないようにね~」

「「「は~~い!!!」」」

 

 ちびっ子達の元気な返事を合図に、移動を開始するメンバーたち、まずは1階に降りて、ちひろの元へと向かう。上がる時にはエレベータを使ったが、この人数では無理なので、階段を使うことに。だが、その最中でもやはり話というのは尽きないものである。

 

「ねぇねぇプロデューサーちゃん。プロデューサーちゃんの事務所って、どんな人たちがいるの?」

「さっきまでも結構話してたけど、そうだな~……特徴的なとこと言えば、あぁ、まだあいつの話をしてなかったな」

「あいつって?」

「うちの事務所の中でもとびっきりの変り種だ。なんてったって、もと女性アイドルとして活躍してた過去があるんだからな」

「え?でも、315プロって……」

「そう、男性アイドルのプロダクションだ。つまり……」

「女装してた……ってことかしら?」

「正解。女性アイドルって言ったけど、正確には女装アイドルだったってわけさ。今は元気に男性アイドルやってるけどね」

「あの……もしかしてそれって、秋月涼さん……っすか?」

「そうだけど……以外だね。比奈さんが知ってるなんて」

「い、いえ、ネットでいろいろ見て回ってる時に、たまたま見かけたページが女性アイドルの正体が男性だったって記事で、そのアイドルの名前が秋月涼さんだったんで、もしかしたらって思ったんっす」

「たしかに、その手の大きな事実は今のネットが流通した世界ではすぐに広まってしまいますからね」

「どんな形であれ、今あいつは男性アイドルとして頑張ってるんだ。私はそれを応援するだけだよ」

「ひゅーひゅー!プロデューサーさん、熱いねぇ!よっ!男前!」

「褒める気がないなら無理しなくて良いって。さて、ようやく着いたな……」

 

 話している内に1階到着。今度は先ほどの受付に行き、ちひろを探そうとするが、逆に向こうから見つけてくれたようだ。彼女が手を振りながら声をかかる。

 

「あ、プロデューサーさん。こちらです」

「千川さん。先ほどはありがとうございました。それで、東郷さんにお願いしていたと思うのですが……」

「はい、伺ってますよ。プロジェクターのある大きめの部屋で、一日使える部屋でしたよね?」

「はい。そうです。それから、ブルーレイレコーダーなんかもあればありがたいんですが……」

「はい、それもありますので、後で持って行きますね。部屋の鍵はもう東郷さんに渡してありますので、向かっていただいて大丈夫です。部屋はそのまま1階の突き当たり右側の第5会議室です」

「何から何までありがとうございます」

「いえ、これが仕事ですから。では、また後でお持ちしますね」

 

 自分の事務所の事務員に、この人の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。心の底からそう思う彼であったが、そんなことを今考えても仕方ないと、また動き始める。今度はそれほど距離も無かったので、すぐに到着した。ノックをすると、中からどうぞと、あいの声が返ってくる。その返事に続き、そのまま部屋へと入ると、奥の部屋にいなかったメンバー、要は外に行っていたメンバーが全員揃っている。

 

「やぁ、待たせてしまったかな?」

「いや、こちらも先ほど着いたところさ」

「や~ん。なんかデートの待ち合わせみた~い」

「茶化すんじゃありません。さてと、改めていろいろと確認しないとね。まずは……」

 

 そう言って彼はぐるっと全員を見る。

 緒方智絵里、鷺沢文香、佐城雪美、龍崎薫、佐々木千枝、橘ありす、城ヶ崎美嘉、速水奏、一ノ瀬志希、赤城みりあ、西園寺琴歌、二宮飛鳥、神崎蘭子、白菊ほたる、乙倉悠貴、依田芳乃、向井拓海、木村夏樹、喜多見柚、桃井あずき、工藤忍、綾瀬穂乃香、ライラ、ナターリア、輿水幸子、小早川紗枝、姫川友紀、南条光、小関麗菜、牧原志保、十時愛梨、椎名法子、棟方愛海、東郷あい、相葉夕美、高森藍子、村上巴、浅利七海、キャシーグラハム、宮本フレデリカ、大槻唯、塩見周子、島村卯月、吉岡沙紀、高垣楓、川島瑞樹、三船美優、神谷奈緒、荒木比奈、三好沙南

 総勢50人のメンバー。改めてその全員を一望し、このメンバーたちとやっていくのだと、再確認する。そして……

 

「さっき聞いた人もいるだろうし、まだ聞いていない人もいるだろうが、もう一度だけ聞いておく。これからの一週間、私からのプロデュースを受けるのが、少しでも嫌だと思う人は今名乗り出て欲しい。別に説教したいとかそういうのじゃない。まずは、知っておきたいんだ」

 

 彼の言葉に、何人か反応は見せるが、今度のこの問いかけに、手を上げるものはいなかった。

 

「ありがとう。これで遠慮なく。胸を張って言える。……これから一週間、俺が君達のプロデューサーだ!!よろしくな!!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 こうして、50人のシンデレラと、それを導く一人の魔法使いの、長く短い一週間がスタートした。

 



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目指すその先へ~伝説の始まり~

 

 先ほどの全員のやっちゃった……から5分が経った。現在の状況はと言うと……

 

「……とありますが、何も海とは入ることだけが楽しみではありません。先ほど恭二が言ったように、見ることで癒しを得ることも多々あります。海とは全ての生物の生まれ故郷であり、全ての生物が必要とする水そのものです。なので、人は海を見ると、時には母に包まれたように落ち着き、またある時には童心に返るようにはしゃぐのです。そう、海とはまさに癒しの場そのものなのです!さらに言えば、今の季節だと……」

 

 ご覧の有様である。全員の心が一つになるのもうなずけるというものだろうか。と、ここでようやく救いの手が差し伸べられる。

 

「古論、そろそろストップだ。そちらのお嬢さんが困惑してらっしゃるぞ」

「おや?これは失礼しました。海の話をされていたようですので、つい舞い上がってしまいまして」

「一人で舞い上がってたけど、周りはそれに着いていけてない感じだったけどね~」

「さて、お待たせしてすまんね、お嬢さん。って、普通に考えりゃ、こんだけアイドルがいる中で普通にしてるお嬢さんがいるわけないよな。ってことは、だ」

「流石、洞察力なんかはピカイチですね。申し遅れました。私が今回の企画でお世話になる346プロのプロデューサーです。よろしくお願いしますね、『Legenders』の皆さん」

「なんと。私たちをご存知でしたか?」

「嬉しきや 己知られる 顔合わせ プロデューサーさんからの入れ知恵もあるのかな?とりあえず、嬉しいことは確かですね~」

「同感だな。一人ひとりの自己紹介は必要かい?」

「自己紹介していただいてもいいですよ?葛乃葉雨彦さん?それに、古論クリスさんと、北村想楽さんも」

「必要なさそうだね~」

「そのようですね。いやはや、素晴らしい予習ですね」

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 止めに入った二人も含めて、今名前のあがった3人を紹介しよう。一人目は葛乃葉雨彦と呼ばれた男性。青、というよりは水色くらいだろうかという短めの髪をオールバックにしている。切れ長の目に白っぽい肌がとても綺麗な印象を与えている。服装は上下とも黒主体の服装で、襟元から見える上着の裏地は紫色で、何か模様のようなものが描かれている。首元にはネックレス……というより数珠のようなものが掛かっている。左手にも数珠をはめており、不思議な雰囲気を漂わせている。本人曰く元は掃除屋であり、ちょくちょく事務所内も掃除したりしているようだ。喋り方がどことなく古風なところがあり、たまにどういう掃除をしているのかが分からないとの噂もあるが、それに関しては本人しか知り得ないこともあるだろう。二人目は北村想楽と呼ばれた男性。髪色は毛先だけ黒く、それ以外の部分は白いというとても奇抜な髪色で、髪型オーソドックスな口元、首裏辺りまでのショートカット。服装はズボンは普通のジーパンに、腕の辺りに模様の入った薄茶色の上着、そして内側に、何故かそんなにかわいくない鳥の絵に『Chun-Chun』と描かれた白いシャツを着ている。何が気に入ったのだろうか……。少し間延びした声に、柔らかな物言いだが、たまーに強烈な毒が飛んでくるという、話しやすいのか話しにくいのか分かりにくいタイプ。このユニット『Lgenders』では、最年少でありながらも、他二人を上手くまとめたりするなど、頑張っているようだ。最後に古論クリスと呼ばれた男性。綺麗な銀色の髪を、肩甲骨を超えるくらい、前も胸元付近まで伸ばしており、雨彦とはまた違った綺麗さを感じる。が、問題は服装である。パッと見は普通の男性的な服装で、ズボンはデニム、上着はグレーで、内側は青系統の長袖の服装……に見える。だが、実際によく見ると、その内側の青い服は、ダイバー用のウェットスーツである。明らかに私服として着る物ではない。この服装と、先ほどの会話で分かるとおり、無類の海好きである。元は大学の海洋学の助教授を務めていたそうだが、それでは魅力を伝えきれないと判断し、アイドルになる決心をしたそうだ。それほどまでに、彼の海への愛は、広く、深いのだろう。このように、今までもそうだが、特に個性の強い3人となっているが、それもそのはず、彼らは一番新しく出来たユニットであり、新メンバー募集のオーディションを勝ち抜いた3人だからだ。と、ここで雨彦が口を開く。

 

「ところで、そろそろいい時間だと思うんだが、他の皆はもう集まってるのかい?」

「まだ見てない子達がもう一組いますね。それに、最初に会ったけど、出て行っちゃって、そのまま戻って来てない子達も」

「あら~。僕達よりもゆっくり来る人がいるんだね~」

「一度出てったっちゅうのは虎牙道のことかのう?あの3人なら、さっき車で向かう最中に見かけたけぇ、その内帰って来るじゃろう」

「……それじゃ、俺達は奥の皆を呼んで来ようか」

「そうだね。プロデューサーさん、この後の予定ってどうなってるんですか?」

「それなんだけど、お隣のジムのレッスン用の部屋を一日借りることになってるの。あそこなら全員入れるだろうし、今日の後の予定としてもちょうどいいしね」

「レッスン用の部屋ってことは、やっぱり何かのレッスンをするのかい?着替えなんかも必要そうだねぇ」

「あ、実際には身体は動かさないの。というより、一室を借りて、ちょっと皆に見てもらいたいものがあるのよね」

「見てもらいたいもの?う~む……気になるでにゃんすねぇ……」

「まぁ、考えても分からないものは分からないでしょう。では、我々も皆を呼びに行きましょうか」

「そうだねぇ。子供のお使いってわけでもないけど、あの人数を呼びに行くのに3人じゃあ少ないだろうしねぇ」

「やっぱりワガハイの力が必要でにゃんすよね!!仕方ないでにゃんす!!さぁ、行くでにゃんすよ!!」

「うふふ、お願いね、キリオ君」

「なぁなぁ。まだ来てないのって誰なんだ?」

「し、しろう君。そんな言い方失礼だよ!」

「大丈夫よ。いつも通りでいてちょうだい?で、まだ来てない子達なんだけど、私の記憶が確かなら、後は『Jupiter』の3人だけのはずね」

「あぁ~Jupiterの3人は昨日遅くまでラジオの仕事があったんじゃなかったっけ?」

「そうそう!そこから帰ってって考えると、やっぱきっついよねー」

 

 どうやら最後の組はかなり遅くまで仕事をしていたらしく、睡眠時間の関係で少し初動が遅れているようだ。と、そんな話をしていると外から話し声が聞こえてくる。どうやらその最後の組が到着したようだ。そしてノックの後に扉が開かれる。

 

「おっす、おはようございまーす」

「おはよう皆。今日も一日よろしくね。チャオ」

「北斗君も、毎日そればっかりで飽きないよね~。あ、皆おっはよ~」

「あ、じゅぴたーの皆、おっはよ~!臨時のプロデューサーさん、もう来てるよ!」

「みたいだな。初めまして、俺・・・じゃねぇ、私は……」

「ふふ、いつも通りでいいですよ、天ヶ瀬冬馬君?それに、伊集院北斗君に、御手洗翔太君も、いつも通りでね?」

「おお!すごいや!僕達のこと知ってくれてるんだ!」

「こんな綺麗なレディに覚えてもらえるなんて、光栄だね」

「話に聞いたとおり、女性の扱いは得意みたいね。でも、そのカッコイイスマイルは、ファンの女性のために取っておいた方がいいんじゃない?」

「エンジェルちゃん達はエンジェルちゃん達、今目の前にいるのはこの麗しのレディだ。その時の最高の笑顔を見せなきゃ、かっこよくないじゃない?」

「北斗のそういうとこ、俺も見習うべき……なのか?」

「冬馬君は、今のままでいいんだよ」

「なんだよその言い方!」

「はいはい、着いて早々ケンカしないの。ところで、今の時間、分かってるかしら?」

「あ、あっはは~それは~その~……」

「す、すんません……で、でも!言い訳がましいっすけど、昨日は遅くまで……」

「冬馬、翔太、プロデューサーの顔、見てみな?」

「「え?」」

「くっふふ……」

「あーー!!ひっどい!!プロデューサー!知ってて言ってたの!?」

「ちっ!そりゃそうだよな!俺達の名前だってあいつから聞いたんだ!そりゃあ知ってるに決まってるよな!やられたぜ!!」

「ごめんごめん。ほら、機嫌直して」

 

 子供をあやすような態度にさらにぶすっとした表情をする二人だが、このまま腹を立てても仕方ないと、なんとか機嫌を戻す。さて、最後に登場した3人を紹介したいと思う。一人目は天ヶ瀬冬馬と呼ばれた男性。少し赤みのある茶髪のショートヘアーで、頭のてっぺんにあるアホ毛が特徴。服装は白のシャツに赤のチェックの上着、ズボンは青のデニムと、いかにも若い子のファッションである。口調は『~だぜ』などの少し強気なことが多く、その理由の一つとしては、彼らの315プロダクションに来る前、961プロダクションで活躍していた時のキャラクターの影響が、少し残っているのかもしれない。勿論、それ抜きにしても強気な性格なのは間違いないのだが。二人目は伊集院北斗と呼ばれた男性。少し色の薄い金髪を、オールバックというほどではないが、前髪の部分を上に跳ね上げている。服装は白の薄手の長袖のシャツに、彼らのユニット『Jupiter』のロゴの入った緑ベースの上着、下は冬馬と同じく青のデニムである。冬馬と違い、こちらはチャラいというイメージ。どこかのホストと違和感は無いだろう。本人の性格、見た目ともにそのような感じだが、アイドルとしての彼の姿は女性だけでなく男性も引きつける。そこもまた、彼の魅力の一つだろう。最後に御手洗翔太と呼ばれた男性。というより彼は少年だろうか。緑色の少し癖のありそうな髪をカチューシャで止めてオールバックにしている。服装は薄手のボーダー柄の長袖の上に、黄緑の半袖の上着、ズボンはサスペンダー付きのズボンだが、片側だけ外しており、少しお洒落な中高生といった見た目だろうか。他二人と違い少し子供っぽく、その見た目や中身の通りこのユニットの最年少である。元気が特徴で、ユニット内だけでなく、315プロ全員の中でも、トップレベルのダンスパフォーマンスを見せる。彼らは前述した通り、元は961プロダクションという大手の事務所にいたが、考えの違いから袂を分かち、今は315プロダクションの看板アイドルとして頑張っている。と、ここで奥にいた他のメンバーもちらほらと戻って来始める。そこで、北斗が口を開く。

 

「そういえば、やっぱり俺達が最後ですか?」

「そうね。ただ、今はまだ虎牙道の皆が戻ってないのよね」

「あれ?どっか行っちゃったの?」

「実は一番最初に来てたんだけど、まだ時間あるからって走りに行っちゃってね。もうすぐ戻ると思うんだけど……」

「皆さんもう動き始めているようですし、書置きを残して先に向かいましょうか?」

「そうね。じゃあ、誰か書置きお願いできる?私はジムの人に今から使うって言いに行くから」

「うむ、任せたまえ」

「じゃあ、すぐにジムのほうに……」

「っ!危ない!!」

「へっ!?」

 

 扉へと向かっていた彼女の体が不意に横に引っ張られ、バランスを崩して何かに倒れこむ。その直後、その扉がバン!と大きな音とともに開き、一人の男が駆け込んで来る。

 

「っしゃあああ!!やっぱりオレ様が一番だな!!!」

「お前、事務所の中まで走るなよ。あぶねぇだろ」

「あぁ?んなもん当たったやつがわりぃんだよ!!オレ様の邪魔をするやつなんざぶっ飛ばしてやらぁ!」

「いい加減にしないと怒るぞ?それに、本当に何かあったら……」

「事実何かある寸前だったんだけどな。お前さんたち、ちょっと気をつけねぇと流石に笑い事じゃないぜ?」

「雨彦さん。って師匠!?大丈夫っすか!?」

「う、うん。大丈夫だけど……」

「ほらみろ、言ったとおりじゃねぇか。すいません。うちの馬鹿が」

「べっつにいいじゃねぇか。結局何も無かったんだしよぉ」

「そういう問題じゃないだろ!」

「そうだな、流石に今のは危なかった。謝るのが筋ってもんじゃないかい?」

「っち!っせーなー!!はいはい!さーせんっしたー!これでいいかよ!」

「お前は本当に子供だな……いや、子供たちの方が素直に謝るんだ。子供以下だな」

「んだと!?」

「事実だろ」

「あ、あの……雨彦さん……助けてくれたのは嬉しいんですけど……」

「ん?どうかしたかい?」

「そ、そろそろ、離していただけたらな~と……」

「あぁ、悪いね。気付かなかった。女性に対してこりゃあ失礼をした」

「あはは……」

「カッコイイーーーー!!!アメヒコ!今の最高にかっこよかった!!女の子なら絶対ときめいちゃうって!!」

「ジェントルマンだね。僕も、負けてられないね」

「いつから勝負になったんだ?」

「ボクもお姫様守る役、やりたい!」

 

 突然入って来たのは漣。そして、彼女が倒れこんだ先は、彼女を引っ張った雨彦であった。が、そのまま会話が続き、その倒れこんだ状態のままで会話をされた彼女からすれば、男性達のど真ん中、それも子供から大人まで大勢いる中で、男性に抱きしめられるような状況なのだ。顔を赤くして恥ずかしくなるのも仕方の無いことだ。さらに言えば、先ほどの説明の通り、雨彦もとても端正な顔立ちをしているので、恥ずかしさもひとしおというものだろうか。そんな風に周りから茶化されながらも、なんとか状況も収まり、改めて隣へと向かうことになる。

 

「すいませーん。部屋を予約させていただいていた、315プロダクションの者なんですけど」

「あ、いつもご利用いただきましてありがとうございます?あら?初めて見ますけど、新しい事務の方ですか?」

「いえ、少し番組の企画でお世話になっている者です。まぁ、一週間だけなんですけどね」

「そうでしたか。男性の中に入るのは大変でしょうから、私でよければいつでもお話相手程度にはなりますので、いつでも来てくださいね」

「ふふ、ありがとうございます」

「それで、部屋の方ですが、このまま突き当たりまで進んでいただいて、左手の部屋になります。言われてましたとおり、大きめのモニターと、DVD、ブルーレイのプレイヤーも用意しておきましたので、ご自由に使ってくださいね」

「急なことだったのにすいません。それでは、失礼しますね」

「すっげぇ……大人の応対って感じだ……」

「そりゃあ大人なんだから当然でしょ」

「はいはい、話は後。動くわよー」

「あ、はい!」

 

 事務の女性との軽い話も終わり、そのまま用意された部屋へと向かう。かなりの大人数になってしまったが、部屋に入るとかなり大きめの部屋になっており、十分に全員入れる大きさであった。そして、全員を集め、彼女は口を開く。

 

「さてと、今日もこれからいろいろあるし、話さないといけないこととか、決めなきゃいけないこともあるんだけど、まずは最初に、一番大事なことからね」

 

 そう言って、全員を見渡す。

 牙崎漣、大河タケル、円城寺道流、若里春名、榊夏木、秋山隼人、冬美旬、伊勢谷四季、硲道夫、山下次郎、舞田類、天道輝、桜庭薫、柏木翼、神谷幸広、東雲荘一郎、アスラン=BBⅡ世、卯月巻緒、水嶋咲、都築圭、神楽麗、木村龍、握野英雄、信玄誠司、紅井朱雀、黒野玄武、猫柳キリオ、華村翔真、清澄九郎、秋月涼、兜大吾、九十九一希、ピエール、鷹城恭二、渡辺みのり、橘志狼、岡村直央、姫野かのん、蒼井悠介、蒼井亨介、古論クリス、葛乃葉雨彦、北村想楽、天ヶ瀬冬馬、伊集院北斗、御手洗翔太

 以上の合計46名。彼女の本来受け持っている50人よりも少ないが、男性と女性ではまた違うもの多いだろう。改めてそれを確認しながら、彼女はもう一度口を開く。

 

「今、ほんの少しでも、私からのプロデュースに不満や不安がある人は手を挙げてちょうだい。別にどうこうしようって話じゃなくて、まずは知っておきたいの」

 

 そう問いかける彼女に対し、真っ先に動いた者がいた。それは漣だった。彼は勢いよくその手を挙げる。周りも多少ビックリしたのか彼を見るも、そのまま立ち上がり、言葉を発した。

 

「今のおめーになら不満はあるぜ。おめー最初にオレ様に言ったよな?オレ様たちを1段階、2段階レベルアップさせるってよ。そんなことを言ってた上に、オレ様に説教までしやがったやつが、今さら周りの顔色なんざ伺ってんじゃねぇよ!!」

「っ!」

「オレ様がやってやるって言った相手は、おめーみたいに弱気なこと言うやつじゃねぇ!もっと強気で、絶対に負けないって顔してるやつだよ!!今のお前の言葉なんて、なんにも聞こえねぇな!!」

「そうね。うん、私が悪かったわね。漣に教えられるなんて、私もまだまだね」

「オレ様なんだから当たり前だろうが!バーーカ!」

「漣、その辺にしとけ。せっかく上がった評価が落ちるぞ」

「あぁん?オレ様に命令すんじゃねぇよ!」

「はいはい、落ち着いた落ち着いた」

 

 彼の言葉で気持ちが変わったのか、それとも初めからそのつもりだったのか。それは彼女にしか分からないが、彼女の目には炎が灯ってるように見える。

 

「いいわ!!そこまで言われちゃあやるしかないわね!!あなたたち全員!これから私が一週間面倒見ます!!ちゃんと着いて来なさいよ!?」

「「「「はい!!」」」」

 

 こうしてまた、シンデレラ達と時を同じくして、一つの大きなストーリーが始まった。長く短い、一週間の物語が……。

 



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その大きな舞台へと~さん?ちゃん?それとも?~

 

「さて、皆の意思疎通が出来たところで次の決めることは、だ。皆の呼び方をしっかり決めたいと思う」

「呼び方……ですか?」

「えぇ、何人かは既にしっかり決まってますが、ほとんどの子がまだ暫定的な呼び方なので、ここでしっかりと決めたほうがいいかと思いまして。と、言うわけで、これからどう呼ぶのがいいかを聞いていくから……」

「はいはいはーい!!フレちゃんはね~フレちゃんって呼んで欲しいな~!!」

「話は最後まで聞く!呼び方は簡単に分けて6種類。苗字か名前か、それに付け加えて、呼び捨て、ちゃん付け、さん付けのどれかを選んで欲しい。ニックネームや特別な呼び方は無し。OKかな?」

「「は~い」」

「素直でよろしい。では改めて、苗字の呼び捨てがいい人は手を挙げて」

 

 これに手を挙げたのは、先ほど自分から申し出た穂乃香のみであった。ある意味特別だからか、少し恥ずかしそうである。

 

「ふむ、綾瀬だけか」

「おお~穂乃香チャン特別扱いされてるね!」

「や、止めてってば!」

「はいはい、ケンカしないように。さて、次に苗字にさん付けが良い人は?」

 

 これに手を挙げたのは、ありす、藍子、夕美、愛梨、卯月の5人となった。

 

「橘さんは分かってるし、島村さんもそんな気はしてたけど、他3人は少し予想外なところだな。理由を聞かせてもらってもいいかい?」

「私は~大学の女友達の皆から、『男から名前で呼ばせちゃダメだよ』って言われてますので~」

「あぁ……勘違い男子を作らせないためだね……良い仕事してるよ、そのお友達の皆」

「で、お花組二人はどうして?」

「お花組って……あ、ええっと、理由なんですけど、その……た、単純に男の人に下の名前を呼ばれるのが恥ずかしいかな……って」

「私もそうですね~。いざ名前で呼ばれちゃうと、照れちゃいますから~」

「なんか、藍子ちゃんはそうでも無さそうなんだけど……」

「そうですか~?でも、やっぱり恥ずかしいんですよ~」

「ん、分かった。じゃあ次は、苗字にちゃん付け……って言いたいけど、流石にこれは無いよね。ってわけで、飛ばして名前を呼び捨てって人は誰かな?」

 

 こちらは手を挙げた人数が多く、美嘉、奏、志希、琴歌、飛鳥、蘭子、ほたる、芳乃、拓海、夏樹、柚、忍、ナターリア、幸子、紗枝、友紀、光、麗奈、志保、愛海、巴、七海、キャシー、フレデリカ、唯、周子、沙紀、奈緒、沙南、そして文香も入れた合計30人である。

 

「大多数は予想通りとして、文香さんもかい?」

「はい……その、プロデューサーさんは年上の方ですので、そちらの方がよろしいかと」

「私個人としては、文香さんはさん付けで呼ぶのが合ってると思うのですが……雰囲気というか、そんなところが」

「お気持ちをは嬉しいですが、やはり年上の方からさん付けで呼ばれるほどの者ではありません。それに……」

「それに?」

「あ、あの……耳を、貸してください」

「分かりました、どうぞ」

 

 少し近付き、文香へと耳を向ける彼。そして、そこに近付き、少し頬を赤らめながら、文香は耳元でこう囁いた。

 

「わ、私だって、年下らしく、貴方を頼りたいんですよ?」

「っ!!!」

 

 かなりの威力があったようだ。悶絶したくなるのを耐え、出来る限り表情には出さず、彼は一言、「分かった」と答えを返した。周りからは散々何を言われたのかと聞かれたが、結局彼が企画中にそれを口にすることは無かった。

 

「さ!気を取り直して次行くぞ次!」

「あ~!プロデューサーちゃんごまかした~!」

「誰にだって秘密にしたいことはあるものよね、文香」

「わ、私は何も言いません……」

「ほら、次だよ次!名前にさん付けで呼んで欲しい人は?」

 

 これにはまた数人が手を挙げる。挙げたのは、あい、美優、比奈、ライラの4名だ。

 

「まぁこの辺りも予想通りですかね。比奈さんはどうして?」

「いやぁ。周りの皆から、比奈さん比奈さんって呼ばれてるッスから、突然呼び捨てだと心臓に悪いかなって」

「比奈さんらしいな!」

「さて、残りは決まってるけども……一応。本当に一応だけど、聞いておこう。名前にちゃん付けで呼んで欲しい人、手を挙げて?」

「「「はーーい!!!」」」

 

 元気のいい返事とともに手がいくつか挙がる。手を挙げたのは、智絵里、雪美、薫、千枝、みりあ、悠貴、あずき、法子。そして……何故か手を挙げている、楓と瑞樹の10人だった。はぁ……という大きな溜め息の後に、彼は口を開く。

 

「ええっと……智絵里ちゃんは大丈夫かな?男から名前で呼ばれるって結構嫌なんじゃないかなって思うんだけど」

「その……少し恥ずかしいですけど、でも、少しでも早く慣れるためにも、頑張ります!」

「分かった。他のチビっ子達も大丈夫として、さて、問題は……」

「は~い瑞樹ちゃんで~す!」

「楓ちゃんで~す」

「お二人とも、苗字にさん付けでよろしかったですね?」

「ちょっとちょっと!せっかくこんだけ意思表示までしてるのに、それを無視するのって酷くないかしら?」

「ちゃん付けの話を、ちゃんと付けないと、ですね」

「楓さん……」

「美優ちゃん、ほんの冗談だから怒らない怒らない~。プロデューサー君も、困らせちゃってごめんね。そっちの言うとおり、苗字にさん付けでいいからね」

「あら、私は本気でしたよ?ちゃん付けで呼ばれるなんて滅多になくて、面白そうだな~って」

「はいはい、ちゃん付けなら私がいつでも呼んであげるわよ」

「もう……すみません、プロデューサーさん。年長側の二人がこんな自由な感じで……」

「いえいえ、そういう姿を見せてもらえるのも、ある意味役得ということで。じゃあ、全員の呼び方も決まったことだし、今日の一番大事な話をしようか」

 

 その言葉に、先ほどまでガヤガヤとしていた空気がぴたりと止まり、全員の目が彼を見る。真剣だったり、少しポカンとしてたり、不敵に笑っていたりと人それぞれだが、全員しっかりと聞く体勢に入ったようだ。それを察した彼は、そのまま言葉を続ける。

 

「今回のこの企画。一週間のプロデューサーの入れ替わりだが、事前の説明でもあった通り、この346プロ、そして、こちらの315プロの仲を良好なものにするためというのも含まれている」

「皆で仲良くするのは大事でございますですね~」

「そういうことです。だから、今回の企画の最終日である7日後の日曜日。そこである一大イベントを行うことが決定した」

「一大イベント?」

「なになに~!?皆で一緒に集まって、パーティーするとか!?」

「まぁ、似たようなものかもしれないね。この二つの事務所での合同で、大規模のライブを行うことになった!タイトルは文字通り『346プロ&315プロ合同、超大型ライブ』!」

「お……」

「「「大型ライブーーーーー!!??」」」

 

 まさに絶叫。この場にいる彼以外の、ほぼ全員の声が揃った。

 

「ちょ、ちょっと!それどういうことよ!!」

「えらい急な話どすな~」

「練習時間……足りるのかな……」

「ていうか、観客とか大丈夫なの?」

「あたしらの中の何人かは、ライブの経験も少ないっすよ!?」

「はい、落ち着いて。まずは一つずつ答えていこう。まずは観客に関してだけど、今日の昼に告知と抽選を行い、その2日後に当落の発表を行う。もちろん、ライブビューイングなんかも設けるから、来られない人のためにも最大限の配慮は行う。ライブの映像も、しっかりと残すからね」

「期間は短いけど、普段の来るお客さんの数を考えれば、確かに十分な数かもしれないね」

「そして次に歌う楽曲についてだけど、今回はかなり特殊な方式を取る。親睦を深めるというのも兼ねているので、両事務所、こちらの場合はこの部署、という形だけど全員参加し、楽曲はお互いに協力し、男女混合で楽曲を歌ってもらう」

「えっと……つまり、私たちの中の何人かは315プロの男性アイドルの曲を、全員が、男女混ざって曲を歌う。ということでしょうか?」

「そういうことになりますね」

「……」

「「「「ええええええええええええええ!!!!」」」」

 

 これまた大絶叫。しかし、こればかりは仕方ないだろう。今までライブといっても、自分の事務所の中だけのことであり、今まで自分たちが歌ってきた、CDとして出してきた楽曲を歌っていたのに、今回急にそれ以外を歌わされる可能性があるばかりか、それを男性と一緒に歌うというのだ。驚かないわけがない。

 

「そいつはちょっと無理があるんじゃないか?アタシや拓海みたいなのならまだしも、智絵里やほたるみたいな子は、どうしてもそういうのには入って行きにくいだろ?」

「たしかに、そこはやっぱり本人の意思が必要なところだ。こればっかりは、成長だのなんだの抜きにして、無理なものは無理だと言うしかないだろう。だけど、これだけは覚えてて欲しい。俺は、君たちならやれると信じているし、もし何かあっても、俺は絶対に頑張った人を責めたりしない。だから、出来る事なら頑張って欲しい」

 

 そう、強く言う彼の言葉に、全員はそれぞれに考える仕草をする。そして、数秒後、もう一度彼が口を開く。

 

「今回のこの大型ライブ、練習の期間はかなり短い。だから、メインはダンスなんかのパフォーマンス方面じゃなく、歌をメインにしていこうと思ってる。男性の曲を女性がそのまま歌うのが難しい歌詞なんかを少しアレンジしたり、ソロの楽曲に上手く合わせ、普段聞けないハーモニーを響かせたりするんだ。勿論、生半可な練習じゃあ難しいだろう。さぁ、それを聞いたうえで判断して欲しい。この中で、今回のこのライブに出るのを辞退したい子は、手を挙げてくれ」

 

 彼の言葉に、各々が反応を返す。あるものは自信満々に、あるものは少し自信なさげに、あるものはきゅっと固く目をつぶって不安な気持ちを抑えながら。だが、その誰もが、手を挙げることは無かった。

 

「分かった。じゃあこれから一週間、大変かもしれないが、ライブに向けてしっかり頑張っていこう!」

「ライブ久しぶりだゾ!楽しみだナ!」

「大丈夫かな……また私のせいでトラブル起きたりとかしたら……」

「ほたるは心配性なのでして~。ですが、殿方と一緒に歌うなど今までに無きこと。私も少し、緊張するのでして~」

「そうだ!どの曲歌うのか皆で決めるって言ってたけど、どうやって決めるの?」

「確かに、私たちは、まだ向こうの皆様の曲を知りませんものね」

「……なるほど、そのためのこの部屋と、プロジェクターか」

「さすがあいさん。その通り。今日は今から皆に、うちの事務所の皆のライブの映像を見てもらう。その中で、もし『この曲が歌いたい』『この人と一緒に歌ってみたい』っていうのがあれば教えて欲しい。勿論全部を確実にその通りには出来ないだろうが、それらの意見を合わせて、君たち、そして我々プロデューサーで組み合わせを考えてみよう」

「私はかわいい女の子のお山の映像の方が……」

「かの瞳を持つ者に導かれし遠き同胞らの姿!しかとこの目に焼きつけ、新たなる旋律の礎とせん!」

「プロデューサーさんが育てたアイドルの皆さんのライブ!とっても楽しみです!一緒に歌う人、しっかり考えないと!って言ってるよ」

「ありがとうみりあちゃん」

「えへへ~」

 

 ちょうど近くにいたからか、そのまま成り行きで頭を撫でると、とても嬉しそうに笑うみりあ。少し遠くから「ずるーい!」と声がするが、そろそろ見始めないと遅くなるので、再生の準備を始める。その間、自分も撫でろと言わんばかりに近くに来た薫の頭を撫でたり、それを見たありすから白い目で見られたりといろいろあったが、無事に準備が完了し、全員で見る準備を整える。

 

「さてと。今回見てもらうのは、3ヶ月ほど前に行ったライブの映像だ。まだ一般には販売されていないが、今回特別に用意してくれた。今リリースされている曲の大部分を歌ったかなり大規模のライブだから、時間もそれなりに長い。途中で休憩も挟んだりするから、何かあったらすぐに止めるように言うようにね」

「「はーい!!」」

「うん、いい返事だ。じゃあ見ようか」

 

 そうしてディスクは再生される。製作会社のロゴや、注意書きの表示が終わり、映し出されたのは満員のライブ会場。そして、場内のアナウンスが終わり、華々しい音楽と共に、46人の男性アイドルが、その姿をステージの上に現すのだった。

 



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手には舞踏会への招待状を~呼び方も考え方もそれぞれに~

 

「さーて。次に決めなきゃいけないことだけど、皆の呼び方を決めようかなって思うの」

「呼び方……ですか?」

「うん。ちゃんと決めておかないと、毎回ころころと呼び方が変わっちゃうと分かりにくいじゃない?」

「優先すべき事柄かどうかは分からないが、必要なことではあるだろうな」

「お前はなんでそういう棘のある言い方ばっかり……」

「お二人とも、ケンカは後で。それで、具体的にどうするんですか?」

「簡単よ。呼び方は大きく分けて6つ。苗字、名前の呼び捨てか、それぞれにさん、か君、を付けるって感じね。出来るだけ皆の意見は取り入れるつもりだけど、よっぽどの場合は変えますからね」

「ねーねー!あたしはちゃん付けがいいんだけど、だめ?」

「あ、それも今言おうとしてたの。咲ちゃんだけは特別。ね?」

「ホント!?やったー!!」

「良かったね。咲ちゃん」

「それじゃ、聞いていくわね。まず最初に、苗字の呼び捨てがいい人は手を挙げて?」

 

 ある意味予想通りとでも言おうか、ここで手を挙げるものは誰もいなかった。

 

「ま、流石に女性から苗字呼び捨てってのもね。それじゃあ次、苗字にさん付けの人は?」

 

 こちらは先ほどと違い手が挙がる。挙げたのは、道夫、次郎、類、輝、薫、圭、誠司、幸広、荘一郎の合計9名だった。

 

「先生方三人は、先生って呼んでもいいんですけど、やっぱりアイドルとしては、先生呼びよりもさん付けの方がいいですよね?」

「うむ。我々も同意見だ。公私混同を避ける意味でも、この呼び方が一番だろう。

「おじさんは咲ちゃんみたく『ジローちゃん』って呼んでくれても大丈夫だけど……ほら、よそ様の目、ってのがあるじゃない?」

「俺はプロデューサーちゃんよりもヤングだけど、他の二人がさん付けなんだし、同じのがいいんじゃない?」

「確かにそうね。他の6人も、さん付けで違和感無さそうだし、大丈夫そうね?」

「自分は女性と触れ合う機会もないですから、距離感というのがよくわからなくて……。このくらいがちょうどいいかなと」

「うちは名前のほうが長いさかい、こっちのが楽やろ思いますので」

「ふふっ、ありがとう。それじゃ次、苗字に君付けの人、いるかしら?」

 

 こちらも苗字の呼び捨てと同じく誰もいない。

 

「ま、予想はしてたけどね。じゃあ次、名前の呼び捨ては?」

 

 これにはかなりの人数が手を挙げる。漣、タケル、隼人、旬、夏来、春菜、四季、翼、アスラン、龍、朱雀、玄武、一希、ピエール、恭二、悠介、亨介、想楽、冬馬、北斗と、合計20人。ほぼ半数である。

 

「おい!呼び捨てってのは一人前の男として認められた証なんだよ!お前らみたいな半人前にもなってねぇのが呼ばれるもんじゃねぇ!!」

「お前、それまだ信じてたのか……」

「一人前の証って、どういうことっすか?」

「おいてめぇ!こりゃどういうことだ!!まさかさっきのあれは嘘で、オレ様の名前を呼び捨てで呼びやがったのか!?」

「うん。そうだけど、何か問題あったかしら?」

「大アリだ!!なんでてめぇなんかに呼び捨てにされなきゃなんねぇんだ!!今度からオレ様の事は漣様って呼びやがれ!」

「あら、本当にいいの?」

「あぁ?」

「本当にやってもいいけど、そうしたら貴方の評価は『付き添いの女性に自分を様付けで呼ばせる男』になっちゃうでしょうね。何人かの男はすごいって思うかもだけど、間違いなく女性の評価は最下層まで落ちるでしょうね」

「ちっ!わーったよ!!その代わり!絶対にオレ様のことを成長させやがれよ!?出来なかったらただじゃすまさねぇからな!」

「勿論!任せなさい!」

「すみません師匠……うちの漣がご迷惑を……」

「大丈夫。この辺も想定内だから。さて、他の呼び捨てメンバーだけど、翼君と相楽君が呼び捨てなのは意外ね?」

「俺は別に君付けでもいいんですけど、20超えて君付けだと、周りからの目もよくないかもですから」

「忘れたき、君で呼ばれし、在りし日を。流石にこの歳で君付けっていうのは恥ずかしさが勝つよねー。どうしてもだったら仕方ないけど」

「あぁ!違う違う!単純に語呂が良くて呼びやすいかなって思っただけなの。じゃ、これからは呼び捨てで呼ぶわね、想楽?」

「これはこれでくすぐったい気もするけど、君付けよりはやっぱりマシかなー」

「さて、後は2種類、名前にさん付けがいい人は?」

 

 こちらは先ほどより少ないが手が挙がる。道流、英雄、翔真、九郎、みのり、雨彦、クリスの7名のようだ。

 

「ここの皆は妥当って感じかしらね?苗字にさんでも良かったかもしれないけど、名前のほうにしたのには理由があるのかしら?」

「自分は、今回の企画で少しでも女性に慣れるって目標を立てたッス!そのためにも、まずは身近な師匠に慣れるために、名前で呼んでもらうことにしたッスよ!」

「アタシはやっぱり距離感があるのが嫌だからだねぇ。せっかくのいい機会なんだ。少しでも仲良くさせてもらえるなら、それに越したことは無いって思ったのさ」

「俺も似たようなもんかね。ま、強いて違う点を言うなら、この苗字をずっと背負いっぱなしってのが好きじゃないから、ってとこかな」

「雨彦さんだけはちょっと特殊みたいだけど、他の皆も同じような感じみたいね。それじゃ、最後に君付けがいい人、手を挙げて?」

 

 何人かがハーイ!と元気に声を上げながら手を挙げる。巻緒、麗、キリオ、涼、大吾、志狼、直央、かのん、翔太の合計9名だ。

 

「うん、元気でよろしい。そうね、この皆は最初に会って呼んでる時から君付けで呼んでたし、それで大丈夫そうね」

「本当は僕は呼び捨てかなって思ったんだけど、女の人に呼び捨てにされるのって、未だに慣れてないんですよね。姉ちゃんや、他の先輩の皆さんとかからは慣れたんですけど、あはは……」

「なんじゃ涼。そんなこと気にしとったんか。ちっさいことばっかり気にしとったらモテんぞ?」

「ロールは君付けでいいの?」

「うん。自分でも童顔だって事は分かってるし、呼び捨てよりも、君付けとかの方が呼びやすいって、よく友達に言われるから」

「確かに、呼び捨てよりは呼びやすいわね。こっちのことしっかり考えてくれるなんて、以外に紳士的じゃない」

「我らが魂の故郷の双璧たる一角であり、光の民らへの先駆けともなれば、これしきのこと宵闇がが光を包み込むより容易きことよ!」

「カフェパレードの一員で、それもウェイターなんだから、そのくらい朝飯前ですよ!って言ってくれてます。ありがとう、アスラン」

 

 これで46人全員の呼び方が決まり、和やかな空気が流れる。そしてその空気のまま、彼女は次の話題へと話を変える。

 

「さて、じゃあ次だけど。というか、これが今日の一番のメインになるわけなんだけど……」

「お?ついにめいんえべんとでにゃんすね?さぁさぁ皆の衆!心して聞くでにゃんすよ!!」

「貴方が一番うるさいです。もう少しお静かに」

「大丈夫よ。このくらい盛り上がってくれてる方が、こっちとしても気が楽だから。で、その決めることなんだけど、今回のこの企画の最後。ちょうど1週間後の日曜日に、大型のライブをやることになってるの」

「おお!ライブか!!って、1週間後!?そりゃあちょっと早すぎないか!?」

「練習時間、足りるかな……」

「はいはいストップ。重要なのはここからよ。それで、今回のそのライブだけど、この企画だからこそ出来るスペシャルサプライズでお届けするわ」

「この企画だからこそ……って、もしかして!?」

「そう!うちの346プロと、君たちの315プロ。両プロダクションでの合同ライブになるの!」

「「「「おおおおおおお!!!!」」」」

「「「「ええええええええ!!????」」」」

 

 歓声と驚きが一緒になったような声が上がる。まぁ普通に考えて、ただライブをするというだけでも普段からかなりの時間をかけて練習していたのに、それがたったの1週間しかなく、それも今までに無い女性アイドルとの合同ライブなのだ。様々な声が出るのも当然といえば当然である。

 

「そ、そんな大掛かりなライブ、間に合うんですか!?」

「っていうかうちの事務所と女性アイドルを合わせるって、どう考えても無謀すぎますって!」

「やっべ、どんなかわいい子がいるんだろ……すっごい楽しみ」

「ほ、本当にあの346プロの子達と一緒にライブが出来るのかい!?すごい!すごいよ!!」

「誰が来たって、オレがナンバーワンだけどな!!」

「しーずーかーに!!」

「「「「……」」」」

「はい、よろしい。いろいろ疑問とかあるだろうけど、一つずつ、ね。まずはライブまでの期間について。私も向こうでプロデューサーやってるんだから、この期間が短すぎるのは分かってるわ。だから今回は、パフォーマンス面を少し控えめにして、歌をメインにしようと思ってるの」

「なるほど!それなら歌詞と音程覚えたら、後はなんとかなるもんね!」

「次に、今回のライブの目玉とも言える試みなんだけど、今回のライブでは、全体曲以外の全部の曲を、男女混合で歌ってもらうことになるわ」

「それって、あっちの子達がこっちの曲を歌ったり、逆に僕たちが、あっちの子達の曲を歌ったりするってこと?」

「そういうことね。で、誰が誰とどの歌を歌うか、だけど、歌や人の相性もあるから、全部をその通りとはいかないけど、今からそれを皆で決めていこうってことよ」

「俺は……旬と一緒に歌えれば……それでいいんだけど……」

「まぁ、あんまりごちゃごちゃと混ぜすぎても難しいから、出来るだけユニットの形は崩しすぎないようにはするつもりだけど、まずはこっちにどんな子がいるのか、見てもらいましょうか」

「ん?見てもらうって……」

「なるほど、さっき言ってたモニターやらの準備はこれのためか」

「そういうこと。今から見てもらうのは、この間346プロの中のうちの所属だけでやった中規模のライブよ。実際に歌だったりMCだったりを見てもらった方が分かりやすいでしょ?」

「確かにそうだな。それがわかってないと、話が始められないしな」

「そ、そのライブって……もしかして!3ヶ月前に開催されたツアー公演の4箇所目の公演なんじゃ!?」

「そ、その通りだけど、みのりさん、知ってらっしゃったんですか?」

 

 突然声を荒げたみのりに少し困惑するも、肯定を返す彼女。何を隠そう、みのりにはアイドル好きという一面があり、彼自身がアイドルでありながらも、いまだにいろんなアイドルのライブへと自ら足を運んでいる。そんな彼からすれば、今回のライブは願ってもないことなのかもしれない。ちなみに、先ほどの騒がしかった時、一緒にライブが出来るのを一番喜んでいたのが彼である。

 

「勿論知ってるとも!!そのツアーはその公演以外は全部見に行ったんだ!!ただ、その日だけはどうしてもこっちの仕事と被っちゃってね……」

「あぁ、そういえばそのくらいの時に、やたらと仕事中にそわそわしたり、途中で元気が無かったりしてたような……」

「みのり。あの時少しさみしそうだった」

「そうだったんですね。じゃあ、だからこそこれは、見る価値があるってことですよね?」

「勿論!!というか、それまだ公式では発売されてないのに、それよりも先に見られるなんて!!今日は嬉しいことだらけだよ!!」

「み、みのりさん落ち着いて……」

「あ、ご、ごめん!つい興奮しちゃって」

「ふふっ。それだけうちのアイドルの事を好きで思ってくれる人がいてくれるって分かって、私は嬉しいですよ。さぁ、気を取り直して見て行きましょうか。ちゃんと誰とどんな曲を歌いたいか、考えながら見ててちょうだいね?」

「「「はーい!」」」

 

 そして部屋の明かりは落とされ、モニターには映像が流れ始める。大きな会場に、光るペンライトの海。円形の中央舞台と、そこから道で繋がる大きな正面ステージ。開演のアナウンスが終わり、正面モニターの大時計の針が12時を指した時、軽快な音楽とともに正面ステージの扉が開かれる。そこから現れるのは、行進用の旗を持ち、元気に、優雅に、華麗に、淑やかに、いろんな表情を見せながら、キラキラとした衣装を身にまとう、50人のアイドルの姿だった。そうして50人のシンデレラ達のための大きな舞踏会は、大きな歓声と共に幕を開けた。

 



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ずっと憧れていたもの~木星の輪でパレードを~

 

 モニターには今は46人全員が揃っており、オープニングの全体曲を歌っているようだ。流石に男性アイドルというべきか、女性からの黄色い声援がとても多い。だが、客席が映れば男性のファンもやはり少なからずはいるのが伺える。

 

「いやー……すごいっすねー。アタシらと違って動きがやっぱ派手っすね。それに女性のファンの数がすごいっす」

「またまたー。女性ファンの数じゃあうちの事務所でも上から数えた方が早い人が何をおっしゃるやら」

「そ、それとこれとは別っすよ!!」

「あ、みりあ達と同じくらいの子もいるんだー!」

「うさぎの……衣装……?」

「その子たちは『もふもふえん』っていうユニットでね。うちの最年少のユニットで、それぞれウサギ、羊、狼のイメージの衣装を着てるんだ」

「楽しそー!!ねぇねぇ!薫もあぁいうのやってみたい!!」

「私も……ペロみたいな……黒猫……」

 

 そんな風に思い思いのことを話すうちに、どうやら1曲目が終了したらしい。人数が多いためか、自己紹介は先ほどの曲の間にテロップで表示されていたようだ。そして軽いMCを挟み、そのまま次の曲へと映っていく。次は順番にユニット曲を歌っていくようだ。会場は今、黄緑色のサイリウムの光で染まっている。

 

「あっ!Jupiterじゃん!」

「お?よく知ってたな、友紀。そう、こいつらはJupiterって言って、うちの中では一番古い……というより、うちで一番最初に入って来たユニットだな。元は別の事務所で活動してたそうだが、わけ有りでうちに来たそうだ。ま、深くは詮索しないでやってくれ」

「人それぞれ事情はあるものさ。過去に縛られるなんて生き方をしない彼らの生き様は、素直に尊敬に値するね」

「ところで、友紀さんはなんれこの人たちのことを知ってたんれすか?」

「ん~?いや~。知り合いにすっごいJupiterの……特に、天ヶ瀬冬馬君のファンがいてさ~。それで少し、ね」

「あれ?友紀さんにそんなお友達がいたなんて初耳ですね。まぁ、そのお友達も、ボクを見れば必ずボクのファンになるでしょうけどね!」

「大丈夫。その子、もう幸子ちゃんのファンだからね」

「フフーン!当然ですね!!その人も、見る目はありますねぇ!」

 

 楽しげな会話をしているうちに曲も終盤に差し掛かっている。モニターに映るJupiterの3人もエンジンが掛かってきたのか、動きがより一層大きく、激しくなっていく。そんな姿を、とても熱心な目で、少し頬を赤らめながら見ている人物がいたのだが、それには誰も……いや、友紀一人を除いて気付かなかったようだ。

 

 時間は進み、今は5曲目あたりまで進んだだろうか。拍手と歓声とともに今舞台にいたユニットが暗転とともに姿を消し、次に照明が点いた時には、楽しげな音楽とともに、4人の男性と一人の女性……もとい、5人の男性の姿があり、会場は赤紫のサイリウムで染まった。

 

「この音楽、なんだか聞いてるだけですごく楽しくなってきますね!」

「歌ってる人達の衣装、なんだか喫茶店とかのウェイターさんみたい」

「お、流石志保だな。実際にそれをモチーフにして作られた衣装なんだ。こいつらはCafe Paradeっていうユニットで、さっき少しだけ話したけど、元カフェの経営をしてたユニットなんだ」

「なるほどね~。ところでさ、さっきからすっごく気になってて、多分皆も気になってると思うんだけど、一人女の子がいるように見えるのはシューコちゃんの気のせいかな~?って」

「あ!唯もそれ思った!あの子めちゃくちゃかわいいじゃん!」

「あれ?でもさっき、315プロダクションは男性だけって……」

「そうだな。女の子がいるように見えるのは気のせいだ。ここに映ってるのはれっきとした男だからな」

「マジで!?そこらの女の子より余裕でかわいいじゃん!」

「こいつは水嶋咲って言ってな。元からそういうのに興味があったんだが、踏み出すきっかけが無かったんだ。だけど、テレビでさっき言ってた涼のことを見て、自分もそんな風になりたいって、あんな風に女装をするようになったんだ。勿論、ファンの皆はそれを知った上で応援してくれてるから、安心してくれよ?」

「なりたい自分になるために、自分から一歩を踏み出すこと。それは、とても勇気のいることです……」

「あぁ。だからあいつは、人一倍頑張ってるし、人一倍の勇気を持ってると俺は思うよ。それに、あいつの目指してるものは『世界一かわいいアイドル』だからな」

「世界一かぁ。大きく出たねぇ」

「目指すならなんでも一番。良い心がけですね!ですが!ボクがアイドルでい続ける限り、一番はボクですからね!」

「はいはい、幸子はんはほんにかいらしな~」

「トーゼンです!なんてったってボクですからね!」

 

 皮肉がここまで通じないと、京の人間としては面白みに欠けるだろうか。とは言うものの、幸子をかわいいと思っているのは嘘ではないので、まぁええかと流してしまうのが紗枝のいつもの流れである。と、そんな流れを見ているうちに、気付けば曲も終盤に差し掛かる。

 

「っ!!今のサビに入るところのハモリ!!あれさっき言ってた水嶋さんですよね!?すごいです!!」

「男性でありながら、あのような高音での歌えるというのはすごいですわね。私も見習うようにしませんと」

「瞳を持つ者よ!先刻より映りしかの封じられし瞳を持つ者はもしや……!」

「そう。あの者こそサタンのしもべにして光の民を導きし闇の化身。名をアスラン=ベルゼビュートⅡ世。かの地にて至高の詠唱術を極めしもの」

「みりあちゃーん」

「えっとね、蘭子ちゃんは、プロデューサーさん!さっきから見ていたけど、あの片方の目を隠してる人ってもしかして?って言って、プロデューサーさんは、その通り、あれがさっき言ってたサタンのお友達でファンの中でも人気が高いアスラン=ベルゼビュートⅡ世さん。あのユニットの中でも、一番歌が上手いんだよ。だって」

「詠唱は歌のことだったんだね。てっきりゲームの呪文のことかと思ったのに」

「ゲーム脳的にはやっぱりそっちっすよね~」

「それにしても、5人のユニットでありながら、ここまで個性を出した上でその全部を壊さずに、より活かしあう。並大抵のことではないよね」

「あたしたちフリスクも頑張ってるけど、まだまだここまでではないもんね~」

「目指せ!カフェパレード大作戦だね!」

「じゃあ!まずは人数を合わせるために5人目のメンバーに私を是非……」

「仲良しグループの邪魔をしないように。気にせず続けてくれたまえ」

 

 またこの流れか……。などと何人かが呆れる中、あいの手の先でジタバタと暴れる愛海。だが、数秒で諦めたのか大人しくなった。そんなコントのようなやり取りの間に曲は終わったらしく、今はMCの時間のようだ。

 

「千枝、まだMC慣れてなくて……いっつも、何を言えばいいのか分からなくて、つい下がり気味になっちゃいます……」

「じゃあ今度のライブは、千枝ちゃんも一緒に前に出ようね!!薫からいーっぱい話しかけるからね!」

「えぇっ!?う、うん。ありがとう」

「みりあも一緒にやる~!!」

「MCといえば、こないだの飛鳥ちゃん!面白かったよね~」

「や、止めてくれないか……あれはあんまりいい思い出じゃないんだ……」

「私は楽しかったですよっ!」

「ほら~年下の子がこんな風に言ってるのに、いつまで拗ねてるのかにゃ~?」

「うるさい!苦手なものは苦手なんだ!!大体、ボクよりも適任の人ならいくらでもいただろうに、なんでボクが選ばれたんだ」

「ん?そりゃ~志希ちゃんがプロデューサーにお願いしたからだけど?」

「なっ!?この自由奔放娘!!なんで君はそうやっていつも……」

「はい、そろそろストップだ。今はケンカする時じゃなくて、皆で映像を見る時だろう?飛鳥、君は早く大人になりたいというなら、理不尽を余裕の笑みで流せるのも、大人にとっては必要なスキルだ。志希も、たまになら煽ったりするのはいいが、度が過ぎると嫌われるぞ?本当に相手のことを気に入ってるなら、ちゃんと相手のことも考えてあげないとな」

「っ!ボクとしたことが、つい熱くなってしまってたみたいだね。すまない皆」

「志希ちゃん的にはこんなんじゃ嫌われないってわかってるんだけどにゃ~。ま、飛鳥ちゃんが謝っちゃったんなら仕方ないよね~」

「へ~。上手くまとめるものね。私たちでも志希の扱いには苦戦させられるのに」

「まぁ、こっちにもまた違った意味で尖ったやつがいるからな。どっちがマシかってのはノーコメントって感じで」

 

 何それ~。などと笑いが生まれるが、その間も映像は途切れていない。MCでは上手く会場を盛り上げているらしく、歓声や笑い声が定期的に聞こえてくる。と、盛り上がったところでどうやら次の曲に入るらしい。そして舞台のライトが落ち、数秒の後、音楽と共に舞台の一番上にスポットライトが照らされ、一人の男が映し出される。その瞬間、客席からは歓声が上がると同時に、見ているアイドル達の中の一人からも大きな声が上がる。

 

「ああああああああ!!!」

「っ!!うっさいわね!!隣で急に叫ぶんじゃ……」

「天道さんだ!!皆!これがいつも言ってる天道さんだよ!!」

「ちょ!分かったから落ち着きなさいって!」

「あ、ご、ごめん!でもそっか。このライブで歌ってたんだっけ……あぁ~、やっぱカッコイイな~」

「まさかそこまでアイツのファンだったなんてな。少し驚いたよ」

「あぁ!天道さんはアタシのヒーローなんだ!アタシに、アイドルって道でもヒーローになれるって教えてくれた人なんだよ!」

「そうか……その言葉、ちゃんと伝えといてやるからな」

「でも、確かに中々様になっとるのぉ。男としてのあるべき姿って感じじゃな」

「大人の男性という感じですね……とても凛々しいです」

「これで中身がもっとちゃんとしてりゃあなぁ……」

「ちゃんとしてらっしゃらないんですか?」

「まぁ、簡単に言えば、こちらの楓さんからお酒好きってのを抜いて熱血を足したって感じですかね……」

「「えっ?」」

 

 彼の言葉に、美優、瑞樹の二人が同時に驚きの声を上げる。というのも、彼女たちからすれば楓とはとても身近な存在であり、その彼女からお酒好きを取った場合残るもの。それを考えた時、残ったものは一つしかなかったのだ……。

 

「あら?私と似てるということは、言葉遊びが好きな方なんですか?」

「あなたのはそんないいものじゃないでしょ?素直にダジャレって言いなさい」

「まぁ、その通りなんですけどね……そう、あいつテレビとかでもちょくちょくダジャレ言ったりしてて、滑った回数だってかなりのものですよ」

「そんな風な方には見えないのですが……」

「う~ん。アタシは別に面白いと思ってるわけじゃないけど、天道さんなりの個性の出し方なんじゃないかなって思うよ」

「今さらっとひでぇこと言ったよな」

「でもほんと、この曲の前向きな姿勢は見習いたいもんだな。アタシらみたいな尖ったやつでも、前向いて行けばなんとかなりそうな気がするぜ」

「そう思わせてくれるのが天道さんなんだ!!あの人は本当にカッコイイんだよ!!」

「あぁ。中々にロックな人みたいだな」

「そのうち皆ロックになっちゃいそうだね」

「アタシをだりーと一緒にするなよ?ちゃんとロックかそうじゃないかの区切りは付けてるさ」

「じゃあじゃあ!ナターリアはロックか?」

「そうだなぁ……熱いハートは持ってると思うが、まだロックにはなってねぇな。これから頑張れば、ロックになれるかもな」

「そっカ!ならナターリア、頑張ってロックになるゾ!」

「ライラさんもロックになるですよ~」

 

 褐色二人が謎の決意表明をしたところで、曲も終盤に入っている。そこからは皆もどうやら聞き入ったらしく、そのまま大歓声のままに終わりを迎えた。歌いきって一人、その舞台に立つその姿は、まさしくヒーローそのものといった感じだろうか。そして舞台は暗転し、彼は静かに舞台から姿を消していく。が、次の瞬間にはまた別の音楽が鳴り始め、また別の場所から現れた人が次の曲を歌い始める。この余韻と次の曲の重なりも、ライブの醍醐味の一つとも言える。彼女たちもまた、それを与える側になっているのだが、今は純粋に、目の前で行われるライブに目を奪われている。アイドルとは等しく人の目を引きつける力を持っているのかもしれない。

 そして4曲ほどが過ぎ、暗転から開けた時、立っていたのは頬に絆創膏をつけた一人の男性。この直前、彼は後ろで見ていた少女……ほたるを出来るだけ前に連れてきて一言、彼のライブをよく見ていてほしいと告げた。よく分からないながらも見ていたが、画面に映る男性の最初の一言で全て理解した。

 

「さぁ!悪い事は考えないぜ!行くぞ!!」

 



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切り込み隊長はSo Happy~純情な漢の大きな決意~

 

 モニターの中で、歌い、踊り、時にはウィンクなんかのファンサービスもしていくアイドル達。そんな姿を、こちらの男性アイドル達も揃って見ている。今はオープニングの全体曲を歌っているところだ。

 

「やっぱり男と女じゃあ全然違うよなぁ。なんかこう……華があるって感じか?うちには無い感じだよな」

「当たり前のことではあるが、確かにその通りだな。演出、ダンス、声質、どれをとってもうちとは違うものだ」

「皆キラキラしてて、かわいいですね~」

「ありがとう翼。うちの自慢の子たちだもの、かわいいに決まってるわ」

「うむ、教え子の成長を見届けるようなものだろう。気持ちはとてもよく分かる」

「キュートなエンジェルちゃんから素敵なレディまで、素敵な子ばかりだね」

「北斗、わかってるだろうけど相手の子を口説こうとしたりするなよ……?」

「冬馬君ってば心配性だな~。そのくらい北斗君なら分かってるって」

「お?オレたちくらいちっちゃいのもいるんだな!」

「元気いっぱいでかわいいね」

「大人しそうな子もいるんだ」

「あの子達はうちの中でも年少組ね。他の所属の子とも合わせてだけど、リトルマーチングバンドガールズっていうユニットもあるの」

「わふー!それ、たのしそう!」

「ピエールなら似合うかもね」

 

 そんな話をしている内に、最初の一曲目は終わりを向かえる。色鮮やかなサイリウムに照らされながら、少女達はステージに集まり、挨拶をする。人数が多いため、一人ひとりの挨拶とはいかないので、簡易的な挨拶と、少しのMCを挟み、早速次の曲へと向かうようだ。そして、照明が落ち、人影が一人、また一人と舞台から降り、最後に一人の影が真ん中に残った。そして照明が一気に明るく照らし、綺麗な金髪をポニーテールにした少女が、バックダンサー達と共にパフォーマンスを始める。

 

「あ、この曲前にうちのラジオで流してなかったっけ?」

「あぁ!確かにあったっす!スッゲーテンション上がる曲だったっすね!」

「確か……大槻唯ちゃん……だっけ?」

「はい。夏来正解!唯はうちの中でも切り込み隊長ってイメージの子でね。皆を先導して一気に盛り上げてくれるの。この時だって、最初は少し緊張してたのかもだけど、ライブ前になったら『早く歌いたい!』って、うずうずしてたくらいだもの」

「すっごく元気でパワフルだし、イングリッシュの発音もパーフェクトだね!」

「これは会場が盛り上がるのも頷けるよな」

「そういえば、うちとは違ってあんまり固定化されたユニットってのが無いんだっけ?」

「はい。正確には、固定のユニットもあったりするんですが、それは基本的に他の所属とのユニットで、うちでは出来るだけいろんな子との可能性を広げるために、固定化はしないようにしてるんです」

「いい心がけじゃないか。うちの子達も一回同じようにしてみるかい?」

「おお!面白そうでにゃんすね!!まずは試しに、かのんクンとピエールクンの間にクロークンを入れてみるでにゃんす!」

「え!?くろうさんをかわいくしてもいいの!?」

「勿論でにゃんす!ありったけ可愛く……」

「しません。やりません。やらせません」

「ふふっ。ここの皆はうちと違って、ユニットだからこそ得られるものを大事にしてるみたいだから、今のままの方がいいんじゃないかしら?」

「そうかもしれないねぇ。ほらボーヤ。いつまでも騒いでないで、今は一緒にこの子達のライブを見ようじゃないのさ」

「おっと!そうだったでにゃんす!もう!クロークンが駄々こねるからでにゃんすよ?」

「はぁ……そうですね。私が悪かったです」

 

 そんな風に盛り上がりながらもライブの鑑賞は続き、気付けば4曲目が終わろうかというところ。各々がいろいろな感想を言い合いながら、誰と組むのがいいだろうかと考えているようだ。中でも女性が苦手な朱雀は、どうすればいいんだと言った表情をしながら見ている。が、その不安は次の曲と共に吹き飛ばされることになる。曲が始まる前に舞台の中央に一人の女性が現れる。が、その姿は先ほどの全員共通の衣装にアレンジを加え、白の長い羽織に漢字の刺繍の入った服……いわゆる特攻服であった。

 

「おいオメーら!!もっと盛り上がる準備は出来てんだろうなぁ!?」

「「「いえええええええい!!!!」」」

「声が足りねぇぞ!!!本当に準備できてんのかぁ!??」

「「「「「いええええええええええええええい!!!!!」」」」」

「オッケー!!それじゃあ行くぜ!!夏樹!沙紀!」

「「了解!(っす!)」」

「「「純情Midnight伝説!」」」

 

 このような前フリから曲がスタートし、会場の熱量は一気に跳ね上がる。煽られた客も、煽ったアイドルも、全力をぶつけあうかのようにステージを熱狂させる。そんな姿を見て、先ほどまで悩んでいた朱雀は一気に目を輝かせる。

 

「か、かっけぇじゃねぇか!向こうにもこんなアイドルがいたのかよ!」

「驚いたぜ……。番長さん、この人たちについて教えて欲しいんだが」

「えぇ、勿論。歌ってるのは、センターが向井拓海、右側が木村夏樹、左側が吉岡沙紀ね。元々この曲は、さっき言ったとおり別事務所との合同ユニットの曲なんだけど、そのユニットのリーダーが拓海でね。私たちの公演で歌うことになったの。あ、沙紀はユニットメンバーじゃないけど、似合うからって推薦されて歌ってるわ」

「向井拓海に、木村夏樹……。玄武!オレは決めたぜ!組むならこの人たちしかいねぇ!」

「そう言うだろうと思ったよ。番長さん、俺らはここから特に無ければ、できればこの人たちと組ませてもらいたい。大丈夫かい?」

「えぇ、向こうも多分、同じようになるでしょうからね。ちなみに、拓海も元暴走族って感じだから、上下関係しっかりしなきゃ、怖いわよ?拓海は今18だから、貴方たちより年上だからね?」

「「お、おっす!!」」

 

 神速一魂の二人は、どうやらこの中の二人……拓海と夏樹と組むのを決めたようだ。実はほぼ同じくらいのタイミングで向こう側も神速一魂の二人に目を付けていたとかなんとか……。思いのほかすんなり決まったこともあってか、朱雀は食い入るようにしてその曲を見ている。だが、たまに女性の身体のラインがアップになるようなタイミングでは目を逸らしている辺り、まだまだ免疫力は足りないようだ。そして、興奮冷めやらぬ中曲は終わり、ここからは一度MCを挟むようだ。

 

「MCもライブの中では大事なんだから、しっかり見ておいてね。男性同士、女性同士と違って難しいでしょうけど、MC無しのライブなんて流石に体力持たないんだから」

「うん。MCだってライブの一部だからね。ファンの皆の休憩する時間だって必要だし、何よりこういう話をすることで、もっといろんなことを知れるからね!」

「あぁ、俺達ももっと上手くMCできるようにしないとな」

「MCといえば、こないだのツアーの時にやってた替え歌企画。あれ面白かったよね~」

「そうそう!皆その時の開催場所に合わせていろいろ考えてたもんな!」

「皆は良いよな。普通に歌詞があるところだったんだから。俺なんて感想部分を上手く繋げって言われたんだぞ?」

「でもカミヤ、すっごい上手に繋いでたよ!」

「うむ!流石は我等Cafe Paradeを統べる者!」

「あはは、ありがとう。やっぱりこういうのもいい思い出って感じかな」

「そうね。曲だけじゃなく、そういうのも含めてお客さんとコミュニケーションを取って、笑顔の思い出を作る。大事なことよね」

 

 良い具合にまとまったところで画面を見ると、画面内でも会場に笑顔が溢れているようだ。それを微笑ましく見ながらも、やはりどこか浮かない顔をしている人物が一人。先ほどの電話以降、何やら気が気でないようだ。そんな涼を心配しながらも、自分達には何も出来ないことを知っており、声をかけることも出来ない同ユニットの二人。そんな中MCが終わり、舞台は暗転。次の曲が始まるようだ。

 

「お?この曲カッコイイな」

「なんか、独特な世界観って感じだな」

「おお!今の演出すげぇな!」

「こっちも中々だけど、やっぱり演出の手の込み具合が違うって感じだな」

 

 各々が思ったように感想を言いながらも曲が進んで行く中、涼はただじっと、その曲を聞き、眺めていた。何か……何かありそうな気がする……そんな風な自分の中の直感を信じて……。そして、曲は終盤へと差し掛かり、ラスサビに入っていく。そしてその場面は唐突に訪れた。

 

「っ!!」

「おわっ!ど、どうしたんじゃ?涼?」

「……何か、あった?」

「プロデューサーさん!この人と、この曲を歌わせてください!」

「りょ、涼君?まぁ、今はまだ意見を出し合うタイミングだから、涼君の意見の一つとして……」

「違うんです!僕は……この曲を歌いたい……いえ、歌わなくちゃいけないんです!」

「歌わなくちゃいけない?それってどういう……」

「涼……。ボス!オレからもお願いじゃ!涼のわがままを、通してやってくれんか!」

「……俺からも、お願いします」

「大吾君に一希まで……。分かったわ。必ずとは約束できないかもしれないけど、出来るだけ意見を通せるようにしてみる」

「あ、ありがとうございます!」

「しっかし、突然どうしたんじゃ?涼らしくもない」

「……ラスサビに入ってから、だよね?」

「うん。これが、今僕が出来る精一杯だから」

 

 そんな決意の言葉に、周りの人間はそれ以上何も言えなかった。その後は、突然すいませんでした。と謝りながら涼は座り直し、続きを見ていくこととなった。涼の言葉を皮切りに、この人と組みたいという言葉が積極的に出てきたようだ。かなり唐突なことではあったが、涼の発言はどうやらプラスの方向に働いたらしい。彼女もどこか嬉しそうにこの場を眺めながら、誰が誰と組みたいと言ったかをメモしていく。

 また数曲が過ぎた後、舞台の上には二人の女性がいる。手には普通のマイクではなく、長さ40センチほどの足の付いていないスタンドマイクとでも言おうか、そんなものを持っている。女性二人はとても美しく、まさに清楚な美人という言葉を体現したような姿をしている。だが、この曲で何人かは、一気にイメージを変えることになるだろう。音楽が鳴り始め、テロップはその曲名を画面に映した

 

『Nocturne』

 



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その一歩は小さいけれど~皆で笑いあうために~

 

(どうしてこの人は、この歌をこんなに楽しそうに歌えるんだろう……)

 

 それが彼女の……白菊ほたるの真っ先に出た感想だった。画面の中で歌うアイドルの姿は、それほどに眩しく、とてもいい笑顔だった。曲の歌詞の中には、彼の実体験に基づくものであろう不幸な話が入っている。だが、その後に続くのは、どれも物事をプラスに持って行こうという意思を示した歌詞だった。彼女にとっては考えられないような、そんな前向きな歌。だからこそ、彼女はどうしようもなく、目を離すことが出来なかった。

 

「どうだ?ほたる。あれがうちで一番の不幸な男で、うちで一番前向きな男だ」

「プロデューサーさん……」

「ん?」

「私には、彼みたいに、自分の不幸を笑うことは出来そうにありません」

「そうだね。君は、自分の不幸が他人を巻き込むのが怖いんだね」

「はい。私が不幸なばかりに、周りの人もたくさん巻き込んで、皆が辛い思いをするのが、嫌なんです」

「それは君が優しいからだよ。何も悪いことじゃない」

「いえ、私は自分がかわいいだけなんです。『またあの子のせいで』『あの子がいたから』そんな言葉を聞きたくなくて、自分から一人になる道を選んできたんです」

「そうかもしれないね」

「でも……」

「でも?」

 

 そこで彼女は一度言葉を区切って、また画面に目を向ける。画面の中の男性は、ちょうど曲の間奏部分なのだろう、ファンの皆に向けて大きく手を振りながら、舞台の上を右から左へと走っている。だが、ちょうど真ん中を過ぎた頃だろうか、何もないはずのステージで結構な勢いをつけて転んでしまう。マイクがその衝撃音を拾い、客席や一緒に見ているアイドル達から悲鳴やどよめきがあがるが、彼はすぐに起き上がり、そのまま『いってて』などと言いながら苦笑い。そして間奏が終わる前にこう叫んだ。

 

『今皆の不幸は俺がもらった!!後は全力で楽しもうぜ!!』

 

 今までにないほどの、一際大きな歓声が上がり、そのまま最後のサビへと入って行く。彼の歌声も、先ほどのミスなど無かったかのように、より力強いものへと変わっている。その姿を見て、改めて彼女は続きを口にする。

 

「でも、私も……少しでも変わりたい……」

「うん」

「彼ほどじゃなくていい……それでも、この不幸な体質を、ただ不幸のままで終わらせたくない……」

「うん」

「皆と謝り合うんじゃなくて、笑いあいたい」

「うん」

「もっと!昔の私が安心できるように!笑っていたい!!」

「それなら、もう答えは決まってるね?」

「はい!プロデューサーさん、私に、この人と歌わせてください!きっと、私の中で、大きなきっかけになるはずだから!」

「よし!よく自分から言ってくれた!任せろ!俺が絶対に、君とあいつを一緒のステージで歌わせる!約束だ!」

「……っ!!はい!!」

 

 二人の会話を口を挟まずに見ていた皆も、彼女の言葉に心を揺さぶられる。何人かは、『大丈夫だから。一緒に笑おう』と、泣きながら彼女に抱きついていた。ちょうどよく、と言うべきだろうか。曲が終了し、場面はMCに移ったようだ。この間にと、彼は今のところ組み合わせの良さそうな子たちや、誰が誰に興味を持ったかなどをメモしていく。期間は短いのだ、少しでも早く決めるに越したことは無いだろう。と、ここで卯月から声が上がる。

 

「それにしても、やっぱり男性アイドルの皆さんってすごいですよね。あんなに激しいダンスとかしながら、あれだけ歌えるんですから」

「そうね。私たちの中にも激しいダンスがメインの子とかもいるけど、やっぱり男と女では、根本的に体力とか動きの迫力が違うものね」

「ダンスがメインの曲やってる奏ちゃんが言うと説得力あるよね~」

「それに、歌声の力強さも違うよね。私たちの中だと、拓海サンとかが一番声が出る人だと思うけど、やっぱり男の人の声って違うよね~」

「あぁ?それはアタシの声があいつらに負けてるって言いてぇのか?」

「落ち着け拓海。柚はそんなこと一言も言ってないだろ?単純に、声の質が違うって話だよ」

「そゆこと~。女性の張った声ってのもやっぱりカッコイイからね。いつもありがとね、うちの特攻隊長サン」

「んだよ。そういうことなら早く言えよな。でも、確かにやっぱ野郎とじゃあ違いは出るよな。こればっかりはどうしようもねぇ」

「お互いに無いものを持ってるからこそ、今度やる合同ライブに期待が持てるってものさ。さぁ、そろそろMCも終わる頃だ。しっかり見といて、どんどん意見とか出していってくれよ?」

「「おう」」

「「「「はーい」」」」

 

 威勢のいい返事と元気な返事が重なり、場面はちょうど暗転。そのまま次の曲へと入るようだ。この調子で見て行けば、今日中にでもある程度は決められるだろう。

 

 そして時間は一気に飛び、今は昼を過ぎた頃。見る予定のライブ映像はディスク2枚分であったため、現在は途中休憩も兼ねて昼食の時間のようだ。各々が食堂で食べたい物を頼み、席に座って自由に話している。何人かは別の所属の仲のいい子のところへ行き、今回の企画のことを話しているようだ。今、彼の席の周りには比奈、沙南、悠貴、夕美、千枝が座っており、何故か膝の上には芳乃が座り煎餅を食べている。

 

「芳乃。どうして君が私の膝の上にいるのかな?」

「先ほど~、薫と雪美から、そなたの膝の上は心地がよいと聞きました~。ですので、確かめてみようと思いまして~。重いでしょうか~?」

「いや、対して重くない……というか、年齢の割りに軽すぎるくらいだ。もう少ししっかりと食べたほうが……じゃなくて。そんな重さのことよりも、周りの視線がだな……」

「まぁまぁ、この事務所の中には、四六時中自分の担当の子にべったりな男性のプロデューサーもいるっスよ。このくらいじゃあ特に何か言われることは無いっスから」

「それに、人に好かれるのって、いいことだと思いますよ?心が優しい人の証拠ですから」

「比奈さんに相葉さんまで……。普通はだめだと思うんだけどなぁ……千枝ちゃんや悠貴はどう思う?」

「……なぁ……」

「千枝ちゃん?」

「へっ!?あ、な、なんでも無いです!千枝はいいと思います!」

「芳乃さん、いいなぁ。プロデューサーさんっ!私も今度膝の上乗せてくださいっ!」

「はぁ……ここまで来たらもうやるしかないかな……」

「うちのプロデューサーもそうだけど、プロデューサーさんも結構な流され体質だよね~。頼まれたら断れないゲームの主人公みたい」

「主人公だなんて柄でもない。せいぜい脇役だよ。さ、それよりも早く食べよう。まだまだ見ないといけないんだ」

「おっと、忘れてたっス」

 

 そう言って全員自分の前の昼食を食べていく。その間にも、先ほどのライブに関しての話をしているようだ。

 

「いや~。途中で卯月ちゃんも言ってたっスけど、あっちの皆さんはパワフルですごいっスね~」

「そうですねっ!皆さん背も高くてカッコイイですし、あの中に入ったら、私の身長も目立たなくなるかなっ?なんてっ!」

「悠貴の身長は、アイドルとしては長所なのでして~。私からすれば、うらやましいことですね~」

「私も、前は芳乃さんくらいの方が良かったですっ!でも、今はもうそんな事思って無くって、この身長だからこそ輝けるんだってこと、分かっちゃいましたからっ!」

「それは、とても良きことですね~」

「私も、成長したらもっと大きくなれるかな?悠貴ちゃんみたいに、背の高い素敵な女性になりたいな……」

「ふふっ、大丈夫だよ、千枝ちゃん。これから背が伸びるのなんてまだまだ先なんだから。それに、もしもあんまり背が伸びなくたって、背の低い素敵な女性だっているんだから。ね?」

「そうそう。ゲームにだって、小さいことをちょっと気にしたりするけど、とっても大人っぽくて素敵な人だっているからね!見た目よりも、中身が大事なんだよ!」

「そ、そうかな……そうだと、いいな。えへへ」

「プロデューサーさん、今の『えへへ』どうっスか?」

「100点だな。アイドルとして最高の笑顔だ」

「へ!?あぅ……あんまり、見ないでください……」

「ごめんごめん。でも、常に理想を目指すのもいいけど、今しか出来ないことだってあるんだから、それを忘れないようにね」

「はい……」

 

 そう返事をしながら、まだ少し赤い顔を隠すように、ごまかすように昼食を食べ進める千枝を見て、その場にいた6人は微笑ましく思う。その後も他愛の無い談笑をしながら昼食を進め、20分ほど経って全員が完食し、食堂を後にする。席を立つ際に、膝の上から芳乃を下ろす姿を、千枝が羨ましそうに見ていたのは内緒のお話……。

 

 そして今はまた全員が先ほどの部屋へと集まり、2枚目を見ようという段階。一旦昼食を挟んだので、全員の集中力が途切れていないか心配だったが、そこは流石にアイドル達、いらぬ心配だったようだ。そして2枚目のディスクの再生を始め、最初に現れたのは、綺麗な和服を着た3人組のユニット。その中でも一番目立つ、背が低い奇抜な髪をした男が第一声を口にする。

 

『さぁさぁさぁ!!ここからはワガハイ達の出番でにゃんす!綺麗な礼儀は脱ぎ捨てて、大見得切ってあいや御免。話の言葉を歌に変え、一世一代の大舞台!見なきゃ末代までの笑いもの!ここに集まる聴衆の皆々様。今しばらくのお付き合い。え~、毎度くだらないより上げるでにゃんす!』

 

 



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惹かれあう音楽と音楽~別名:世紀末歌姫~

 

 蒼い……それがこの曲を見て、聞いた者大多数の感想だろう。それほどに、この曲は鋭く、何かを解き放つような曲だった。自然に乗れるリズムでありながら、有無を言わさぬような圧倒するほどの歌声。まるで相反するような物が、そこに混在するという矛盾。しかし、不思議とそれが心地よく、曲が終盤を迎える時には、見ている者のほとんどが、もうその世界に引き込まれていた。そんな中、曲が始まる前には少し眠そうにしていたその瞳を、今や大きく見開きそれを見ている者がいる。そして、その人物から声が上がり、彼をよく知る同じユニットのもう一人は驚かされることになる。

 

「プロデューサー。このお二人と、僕たちAltessimoを合わせた4人で、この曲を歌わせてもらえないだろうか」

「つ、都築さん!?」

「ごめんね、麗さん。でも、僕はどうしても、彼女たちと歌ってみたい。この『Nocturne』という曲と、彼女たちの歌声は、きっと今の僕では届かない所へと連れて行ってくれる。そんな気がするんだ」

「まぁ、今の段階だとまだ決定とはいかないので、第一希望って形になっちゃいますけど、良かったですか?それに、麗君まだ決定してませんし」

「いや、わたしは都築さんの意見に従おう。これは自分の意見を言ってないわけじゃなく、わたしだって都築さんと同じ意見なんだ。あの二人の歌声は、どこか引き込まれるものがある。それをもっと間近で聞き、それに自分たちの音を合わせてみたいんだ。」

「そっか。分かった。それなら出来るだけ組めるように意見を通してみるわ。都築さんも、それでいいですか?」

「はい。無理を言ってすいません」

「ふふっ。そのくらい大丈夫ですよ。でも、彼女たちの歌がこれだけだなんて思わないでくださいね?もうすぐこの曲は終わりますが、この後続けて左の人が歌います。彼女にはある呼ばれ方があるんです」

「呼ばれ方……?」

「それは、いったい……?」

「彼女の異名は『シンデレラの歌姫』」

 

 彼女のその言葉に続くかのように曲は終わり、そのまま一人を残し、会場の明かりのほとんどが消える。会場は静まり返り、スポットライトに照らされる彼女がモニターに大きく映される。そこに映る彼女は静かに目を瞑り、『その時』を待ちわびているようだった。その数秒後、ついに『その時』は訪れた。曲が流れ始め、それに合わせ、彼女の口は、その歌を紡いでいく。会場は、一面の緑で埋め尽くされていた……。

 

 その歌声は、先ほどとは違う……ただ、圧巻の一言だった。見ていたアイドル達も……あの漣ですら、声を上げることが出来ない。それほどまでに、彼女の歌声は全てを引き込んだ。ある者は、初めて聞くはずのこの曲に涙を流していた。会場も、割れんばかりの大きな拍手が巻き起こっている。映像はここでMCに入るようで、会場に一気に明かりが灯る。ここで、彼女は見ていた圭、麗の二人、そして他の皆にも声をかける。

 

「どうかしら?うちの歌姫様の実力は?」

「ここまでとは……まさに、歌姫……ですね」

「わたしも、歌にはいくばくかの自信はありましたが、これを聞くと、その自信も折れてしまうな」

「音楽に精通してる二人にそう言ってもらえるのは、私のことでは無いけど鼻が高いわ。他の皆はどう?」

「噂では聞いていたが、正直なところ、これほどとは思わなかったな」

「この人と一緒に歌う自信は……ちょっとまだ無いかな」

「けっ!ダンスありならオレ様の方が100倍スゲーからな!!」

「歌で負けてることは認めるんだな。お前にしては素直じゃないか」

「あぁ!?てめぇは歌でもオレ様以下だろうがよ!」

「お前さんたち、その辺にしとかないと、また怒られちまうぜ?にしても本当にいい声持ってる人だ。うちの古論もかなり上手いはずなんだが、やっぱりこれが男と女の違いってやつかねぇ」

「ぐすっ……すごいよね……アタシ、この人のことほとんど知らないのに、なんでか涙が止まんないんだもん」

「……文字や言葉もそうだけど、歌にだって……魂は宿る。……とても、心が震えた……」

「ふふ、皆ありがとう。はぁ……ほんと、歌とビジュアルの面に関しては本当に言うこと無いどころか完璧なんだけどなぁ……」

「何々?なんか問題でもあるの?」

「それに関してはいくつかあるんだけど、その内の一つは……うん。もうすぐだから見てくれた方が早いわね」

「「??」」

 

 皆が頭にクエスチョンマークを浮かべる中、画面の中ではアイドル達が集まりMCを続けている。だが、話を振られた件の女性は先ほどの歌の感想を求められ、少しだけ「そうですね~」などと時間を空けた後、こう言った。

 

「とても素敵な景色をありがとうございます。このライトの景色は、最後まで『消し切』らないようにお願いしますね」

 

 画面の中も含めて、2秒ほど周囲から声が消えた……。その後、画面の中は待ってましたかのような大歓声が起きたが、こちら側は今もまだ頭が追いついていないようだ。

 

「い、今のは……?」

「お、親父ギャグ……?」

「そ、これが彼女の悪い癖っていうかなんていうか……。そういうのが大好きなのよね、あの人。あんなに美人なのにもったいない……」

「なんか、急に彼女に親近感が湧いてきた」

「お前と一緒にするんじゃない。彼女はもっとまともだ」

「お前なぁ!!言い方ってもんがあるだろ!!」

「あはは……あ、そういえば、その内の一つって言ってましたけど、まだ何かあるんですか?」

「うん。というか、場合によってはこっちの方が問題だったりするのよね……」

「あぁ~、なんとな~く察しはついたかな~、おじさん」

「山下君もか。実は私も、この手の話で問題になりそうなことと言われて、ピンと来るものがある」

「えっ?先生たちわかんの?」

「アタシもその手の業界ってのは多少なりとも知識はあるからねぇ。大方の予想はつくってもんさね」

「にゃんと!!ちょうちょさんも分かるんでにゃんすか!?」

「さすが、大人組の皆さんは察しがいいですね。ま、隠すようなことでも無いから言っちゃうけど、要はあの人、お酒が大好きなのよね」

 

 大人の面々は、やっぱりと言いたげな表情だ。未成年組もその答えを聞いて、なるほどと頷いたりしている。だが、そういう一面も大人っぽさと考えるのだろう。何人かは逆に女性でお酒好きなんてカッコイイと目を輝かせている。

 

「さ、あの人の話はこのくらいにして、そろそろこのMCも終わるわ。こっから先も、じゃんじゃん意見出していってね!」

「「「はーい(でにゃんす!)」」」

 

 元気な返事とともに、ちょうど画面は暗転し、次の曲が始まるようだ。こちらもこの調子で行けば決まるのもそう遠くないだろう。

 

 そして時は流れ、こちらも今はお昼。前半分を見終わったので、ちょうどいいので休憩に入ったようだ。この利用しているジムは設備も整っており、個人で持ち込んだ食事を食べるのももちろん大丈夫だが、食堂も用意されているので休憩などもしやすい。何人かは外に食べに行ったようだが、大多数はここに残っている。今、彼女の周りには翔太、冬馬、想楽、翼、九郎の5人がいる。なんとも珍しい集まり方だが、これには少しわけがあった。

 

「いや~、ここのご飯ってほんとおいしいよね~!たるき亭にも負けないくらいなんじゃないかな?」

「あそこは定食屋なんだから、味よりも値段だろ。それに、あそこはあんまり行きたくねぇからな……」

「そこのお店、何か問題でもあるの?」

「あぁ~、違う違う。問題があるのは冬馬君の方。っていうか、そのお店のすぐ上の方って感じかな~」

「ばっ!!翔太!!余計なこと言うんじゃねぇ!!んなことよりも!今はもっと大事な話があるんじゃなかったのかよ!!」

「そうだよね~。もちろんそっちも気になるけど、決めることしっかり決めないと、大変なことになっちゃうからね~」

「そうですね。ここまで半分見てきましたが、私たちは、どうにも合いそうなところが見当たりません。もちろん、入ろうと思えば入れるかもしれませんが、それではこの企画としての良さを消してしまうのでは、と」

「そうね。翔太君の場合は、元気な子と組み合わせると映えるでしょうけど、今見てきた中だと、元気というより少し子供っぽ過ぎるのよね」

「そうだね~。流石に10歳とかの中に入るのは抵抗あるかな~。せめて13歳か14歳くらいだったら良いんだけどね~」

「冬馬は逆に、同じ世代にしては周りの元気が強すぎる感じね。大人っぽいとまで行き過ぎると、合わせるのもまた感じが変わってきちゃうかもだし」

「別に俺は大人っぽいって方向でもかまわねぇ。……って言いてぇけど、今回は大事な企画だ。焦らずにしっかり考えるぜ」

「ありがとう。そして他の3人も、やっぱり同じ世代に合わせようとすると、どうにもバランスが取りにくい、って感じね」

「俺の場合は、年齢よりも子供っぽ過ぎるってよく言われちゃうんですよね。主に輝さんと薫さんに」

「私の場合は、年齢の割りに落ち着き過ぎている、と」

「僕は掴みどころが無さ過ぎるってよく言われるね~。言ってるのが掴みどころしかない人だから参考にならないんだけどさ~」

 

 と、このようにこのメンバーはここまで見てきた中でも、どうにも合わせるのに難がありそうなメンバーだ。もちろん、彼らも言ったように合わせようと思えば合わせられる実力は持っているが、それでは彼らの本質……要は良さを潰してしまうのでは無いか、ということで、こうして集まって話し合いの場を設けたようだ。

 

「そうねぇ……まぁ、翔太君に関しては、合う相手がまだ出てきてないってだけで、間違いなく合う相手はいると思うわ」

「え、そうなの?」

「うん。年もさっき言ってたくらいだし、元気な感じの子だし。その子の歌う曲だって、多分翔太君にも似合うと思うわ」

「そっか!じゃあその子の番が来たら教えてね!」

「えぇ。それから冬馬だけど、この企画って、要はお互いに相手の方に何人かを派遣するって考えなわけだけど、逆に言えば、全員が行くわけにはいかないのよね」

「ってことは、俺は俺の歌ってる曲を、向こうの誰かに来てもらって歌う……ってことか?」

「うん。幸い、冬馬が歌ってる曲は、ユニット曲もソロ曲も、いろんな方向に幅が広いわ。きっとピッタリ合う子はいるはずだから、いろいろ考えてみましょう」

「そうか……あんたがそう言うなら、そっちの方が良さそうだな。それじゃあ俺は、自分と一緒に歌えそうな相手を見つけることに集中させてもらうぜ」

「お願いね。それで、残りの3人だけど、こっちもちょうどいい案があるのよ」

「いい案、ですか?」

「知っての通り、うちの事務所はあんまり決まったユニットってのを用意していないの。だから、いっそのこと3人を同じチームにして、こっち側からの何人かと合わせて歌うのはどうかなって」

「僕たち3人が同じチーム?なんだかずいぶんと個性的だよね~。悪い言い方をすると、大雑把っていうか」

「あぁっ!ごめん!!別に適当にしようってことじゃないからね?本当に、ちょうどいい曲があるのよ」

「大丈夫ですよ、プロデューサーさん。想楽君だって、本気で言ったりしてませんから。それで、ちょうどいい曲ってなんなんですか?」

「簡単に言えば、うちの中でも同系列の子集めたユニットじゃなくて、無作為に選ばれた子達で歌った曲があるの。本当に個性的な集まりになって、最初は大丈夫かなって心配になっちゃったけど、これが凄いいい曲に仕上がったのよ」

「すっごい!!うちのメンバーでそんなんやったら、絶対上手くいかないよね!!」

「自慢げに言うことじゃないと思うんだけどね~」

「あはは……まぁ、そんな曲があるから、きっとあなたたち3人が入っても良いものに仕上がると思うの!確かその曲も後半部分に入ってるはずだから、一回聞いて見てくれないかしら?」

「そうですね。まずは聞いてみないことには、話も進められないでしょう」

「ですね。あ、すいませ~ん。こっちおかわりお願いしま~す」

「相変わらずよく食べるよね、翼君」

 

 指摘されながら頭を掻く翼を見て笑みを浮かべながらも、彼女は頭の中で思案を続ける。こちら側である程度まとめたとしても、向こうで出た意見だって考えなければならないのだ。意見を多く用意しておくことに越したことはないだろうと、さらに頭の中で組み合わせの案を考えていく。が、そこで隣に座っていた想楽から肩を軽く叩かれ、そちらを向くと、想楽はテーブルの上を指差している。今度はそちらに顔を向けると、もうすぐ冷めてしまいそうな料理がまだ半分は残っていた。「やっちゃった……」とでも言いたげな顔をしながら、急いで料理を口に運ぶ。そんな彼女を見た皆も、彼女が自分たちのために頑張ってくれているのだということを理解しているのだろう。どことなく顔を綻ばせながら、残っている料理を口にし始める。食べ終わったのは、そこから数分後の話だ。

 

 そして休憩が終わり、今はまた同じ部屋に全員が集合している。すでに映像は再開されており、今は曲の真っ最中のようだ。先ほどまでもそうだったが、休憩を挟んだことで皆が集中力を取り戻したのか、しっかりと見ているようだ。流れている曲が終わり、歌っていた子がステージ場から降りていく。そして次の曲がイントロが流れ始めたのだが、ここで見ていた中から声が上がる。

 

「えっ!?この曲ってもしかして!!輿水幸子ちゃんの曲!?」

「そうだけど……幸子のこと知ってるの?咲ちゃん」

「知ってるも何も!アタシが目標にしてるアイドルの一人なんだもん!」

「あ、そういえばこの前話してたっけ。そっか、それがこの子なんだね」

「なるほどね。かわいいを目指す咲ちゃんだからこそ、自分のことを堂々とカワイイって言ってる幸子のことが目標ってわけで」

「うん!あぁ~やっぱり幸子ちゃんかわいいな~」

 

 どうやら、咲の相方はこのまま決まりそうだ。そんな風に思いながら、彼女は画面の中で歌い、踊る彼女を見て……。

 

「大丈夫……かな……?」

 

 少し、不安になったようだ。

 



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和洋折衷はいかが?~一週間の始まりの終わりに~

 

 一言でそのステージを表すのなら?そう聞かれれば、大半の人が口を揃えて『和』だと答えるだろう。それほどまでに彼らのそのステージは分かりやすく、また、見た人の心を引き付ける何かを持っているようだ。衣装、モニターによる演出、そして歌い踊る姿そのものから、『和』を見事にアイドルという形で演出した見事な姿だった。同じく和を一つの特徴としている彼女たちから見ても、それは同じだったようだ。

 

「こらまた、えらい雅なお兄はんらが出て来やはりましたなぁ」

「あんなにはっちゃけてるのに、しっかり和風な感じに出来るのってもはや才能って感じだよね~。シューコちゃんには無いところだよ」

「着物の着こなしもさることながら~、節々にある所作からも、和を大切と思う心が見えます~。とてもよきことかと~」

「346プロが誇る和風アイドル達からそんな風に言ってもらえるなら、あいつらも喜ぶだろうさ。あいつらは『彩』ってユニットでな。ま、文字通りというか見たとおりというか、『和』をモチーフにしたユニットだ」

「私たちが言うのもおかしいかもですが、そちらのプロダクションの皆さんは、本当にいろんな方がいらっしゃるんですね」

「なになに~?ありすちゃんも男の人が気になっちゃうお年頃かな~?」

「そ、そんなんじゃありません!それから、橘です!!」

「フレデリカ、あんまりからかったりしないようにね。まぁ、ここはそういうメンツが集まってるところだから、特に和をイメージした紗枝、周子、芳乃の3人は組みやすいんじゃないか?」

 

 その言葉に3人は思案する。その間も映像は進んでおり、今はちょうど曲が終盤に差しかかる手前、といったところだろうか。3人以外の皆は画面に集中しており、それぞれに楽しんでいるようだ。と、ここで3人からそれぞれ声が上がる。

 

「うちはせやな~……あの金髪の一番雅なお兄はんと一緒に歌うてみたいどすな~。あの人、朝方言うたはった歌舞伎の女形のお兄はんですやろ?」

「お、よく気付いたな。って、そりゃああんなメイクしてあんな大見得切ってたら気付くよな。あいつはその言ってた元歌舞伎役者だ。うちの中でも年長側だな」

「お化粧もお上手やろうし、うちの曲にもうまいこと合わしてくれはるやろなぁ思うんやけど、どないやろか?」

「あぁ、あいつなら問題ないだろうな。女性の曲も問題なく出来るだろう」

「わたくしは~、もう一人の背の高い方の所作が気になりまして~。あの動きや言葉には、和の心が備わっております~」

「こっちも流石だな。こっちは出身が茶道の名家でな。小さい頃からそういうのをしっかりとやってきたらしい。染み付いた癖みたいなもんなんだそうだ」

「なるほど~。あの所作はやはり幼き頃からの賜物でしたか~。とても素晴らしいことでして~」

「でさ~、シューコちゃんはどうなの?残ってるのはあのすっごい髪したちっちゃい子だけみたいだけど」

「うーん。今の見てた感じ、あの子って落語かなんかやってた?」

「その通り。元落語家で、志望動機は、アイドルの小噺を思いついたから、自分で体感してみたいから。っていう、ちょっと変わったやつだな。誰にでもフレンドリーだし、面白いやつではあるんだけどな」

「いやー、シューコちゃんも和風アイドルではあるんだけどさ、今言ってたみたいな伝統ある和の系譜って感じではないんだよね~。うちの場合、和って言っても和菓子だし、多分だけど合わないんじゃないかな~」

「あーらら。見えないところで振られてしまったねぇ少年クン。でも、見てた感じすっごい面白そうだし、さっき歌ってたソロ曲も楽しそうだし。アタシはちょっと気になるな~」

「それならフレちゃんも気になる~。紗枝ちゃんのやってるこんちきちんみたいなの、一回やってみたかったんだ~」

「ははっ。確かにあの曲を、あえて日本人以外が歌うっていうのも面白いかもしれないな。よし、候補として入れておこう」

「「ヤッター!!」」

 

 なんとも面白い方向に動いたな……。などと彼が考えている間にも、時間はどんどん過ぎていく。皆が思い思いに意見を出し合い、あーでもない、こーでもないと考える姿は、いつかの自分を見ているかのようだと。そんな彼の考えをよそに、気付けば最後の曲が終わりを迎えようとしていた。外はもうすぐ日が暮れるかという頃合。このまま全員の意見をまとめて、今日は解散となるだろう。そして、数分の後、歓声と拍手に包まれながら、その舞台は幕を閉じた。ブルーレイも動作を停止し、最初の画面に戻っている。

 

「さて、ここまで全部を見てもらったわけなんだが、単刀直入に聞きたい。この中で、まだしっかりと『この人と組みたい』とか『ちょっと組んでみたい』っていう意見が無い人は、手を挙げて欲しい」

 

 彼のこの言葉に各々は少し思案し、半数とまではいかないが、20人ほどは手を挙げただろうか。やはり慣れない男性との合同ライブというのもあり、大きく出られないというのもあるのだろう。だが、これに関しては彼も予想はしており、よし分かった。と一言話し、手を下ろさせる。

 

「これだけの人数がいて、たったこれだけの資料でここまでの人数が組んでみたいと思う相手がいてくれたんだ。それだけで十分すぎるくらいだよ。それじゃあ、時間も遅いから、一人ずつ聞いてると暗くなっちゃうな。この紙に、自分の名前と、組みたいと思う相手を書いて私に渡して欲しい。いない子は、どういう子と組んでみたいか、とかでもいいし、何も書かなくてもいいからね。名前が分からないなら、特徴だけ書いてくれても、まぁ大体分かると思うから」

 

 そう言いながら配られた紙に各々が名前を書いていく。決まっているものはすんなりと、それ以外の子も、いろいろと悩みながらも何かしらは書いたようだ。少しはしゃいでいたのもあってか、小さい子たちは少し眠そうにしているが、ここで声をかけても「眠くない!」と帰ってくるのは目に見えていたので、彼は少し微笑ましく見ていた。そして数分後、書かれた紙の回収が完了し、今日のメインの仕事は終わりを迎える。

 

「よし。皆、今日はお疲れ様。皆の協力のおかげで、スムーズにレッスンに移行していけそうだ。明日からは普通のお仕事と平行して、オフで時間のある子には、積極的に練習をしていってもらおうと思ってる。もちろん、もし時間が合えば、こっちの連中とも合同で練習できるように調整もしてみるつもりだ」

「お、男の人と一緒に……ですか?」

「あぁ。最終的には同じステージに立ってもらうんだ。いきなり本番で緊張するよりも、少しずつ慣らしておいた方がいいかと思ってね。勿論、ちょうどその時に気が乗らなければ、別の日に改めたりはするから安心していいよ」

「は、はい……」

「さて、こんな大掛かりな企画になって、慣れないこともここからたくさん起こると思う。だけど、最初に言ったとおり、君たちならそれを乗り越え、さらに成長できると信じてる。この一週間だけでいい。俺を信じて着いてきて欲しい!」

 

 そう言って、彼女たち一人ひとりの目を見る男性。彼女たちもそれを真剣に見つめ返し、少し周りを見回して、全員が少し笑みを浮かべる。彼女たちの答えは、もう決まっていたようだ。

 

「「「「はい!よろしくお願いします!プロデューサー(さん)(君)!」」」」

 

 彼女たちの答えと笑顔を見て、自分のこの企画への参加は、間違っていなかったのだと再確認する。これもひとえに、彼の仕事に対する熱意や、一人ひとりに真剣に向き合う姿勢から来るものなのだが、彼がそれを自覚することは当分無いだろう。

 

 数分経ち、今は元の事務所内。時間も遅いので、荷物を持って急いで帰る仕度をしている。ほとんどの者はすでに出ており、残っているのは自宅から通っている年少組と、他数人だ。彼の今日の事務所での最後の仕事は、彼女たちを送り届けることらしい。

 

「さぁ、薫ちゃんに千枝ちゃん、みりあちゃんに雪美ちゃん、準備は出来たかな?」

「「「「はーーい!!!(はい……)」」」」

「橘さんは346プロの用意してる女子寮に住んでるんだっけ。本当に送らなくて大丈夫?」

「子供扱いしないでください。それに、文香さんもいるから大丈夫です」

「はい。ここから距離もありませんし、私がしっかりと送り届けますので、ご心配には及びませんので」

「分かった。そこまで言うなら大丈夫だね。でも、文香も女の子なんだ。本当に気をつけてね」

「は、はい……ありがとう、ございます」

「あれ~?ふみふみったら、顔赤くなってな~い?」

「も、もう!唯ちゃん!」

「あっはは!ごめんごめ~ん。そんじゃ、おっさき~!プロデューサーちゃん。まったね~」

「気をつけるんだぞー!さて、それじゃあ私たちも行こうか。私は先に車の貸し出し許可をもらって来るから、文香はこの子たちと一緒にゆっくり来てくれ。あ、それから、事務所の施錠も頼む」

「はい、分かりました」

 

 文香に鍵を渡し、一足先に下に降り、ちひろに社用車の貸し出し許可をもらう。理由を説明するとすんなりと貸し出してくれるあたり、案外ここの規約なんかはゆるいんじゃないかと彼は考える。勿論そんなことは無いのだが。そうこうしてる内にちょうど手続きが終わる頃、文香たちが降りてきたようだ。文香から鍵を受け取り、ちひろにその鍵と入れ替わりで社用車の鍵とナンバーの書かれたカードを借りる。

 

「鍵とカードの返却は、社用車の駐車スペースの近くに用務員の方がいらっしゃいますので、そちらにお願いしますね」

「分かりました。それじゃ、返し終わったらそのまま帰りますので、お先に失礼します。お疲れ様です」

「はい。お疲れ様でした。明日もよろしくお願いしますね」

 

 事務的なやり取りを終え、事務所の入り口に皆を待たせ、すぐに社用車を取りに行く。途中、明かりの点いた小さな建物があったので、それが先ほど言っていた用務員用のスペースだろう。確認も済ませ、すぐに彼女たちの元に戻る。車を近くに止めると、薫、みりあの二人はわーいなどと言いながら後ろに乗り、雪美も控えめに後ろの車に、一番遠く、最後に降りる千枝は助手席に乗るようだ。彼は一度車から降り、文香とありすに向かい合う。

 

「改めて、今日一日お疲れ様。橘さんも文香も、慣れない状況なのによく頑張ってくれたね」

「と、当然です。私はプロのアイドルなんです。このくらいなんてことありません」

「ふふっ。私は、少し驚きました。どんな方が来られるのか、とても不安もありました。ですが……」

「来たのはこんな優男だった。かな?」

「いーえ。そんな風に自分を過小評価しちゃう人には、教えてあげません」

「あらら。困ったな。それじゃ、最終日に答えを教えてくれないか?」

「はい。分かりました」

「もう!二人して私を放っておかないでください!さぁ文香さん!門限もあるんですから早く行きますよ!」

「ごめんなさいね、ありすちゃん。それじゃあ失礼します。また明日からも、よろしくお願いしますね」

「あぁ、こちらこそよろしくな。橘さんも、よろしくお願いします」

「ま、まぁ……貴方の事は少しは信頼しても良さそうですからね……」

 

 どこか素直になれないありすを見ながら、微笑ましく笑う文香と男性。完全に打ち解けるのはもう少し先になりそうだが、そう遠くは無いんじゃないかと、文香は思っていた。そしてそのまま男性は車に乗り込み、最後にもう一度二人に挨拶をしてから車を出す。

 

「皆、待たせてごめんね。それじゃ、近い所から順番に回っていこうか。最初は誰かな?」

「えっとねー!薫のうちが一番近いよ!」

「よっし!それじゃあ案内お願いしてもいいかな?」

「はーい!」

 

 車を使ったものの、彼女たちのご両親が、彼女らが歩きでも通えるようにと、近場に引越しをしていてくれたそうだ。車でならほんの数分で着いてしまう。だが、そのほんの数分でも、彼女たちからしてみれば、今までにない大きな出来事なのだろう。あんなことがあった。こんな仕事をした。そんないろんな話を頑張って彼に聞かせている。楽しそうにはしゃぐ彼女たちを見て、自分ももっと頑張らないとと気持ちを新たにする男性。そして、楽しい時間は終わるのが早いと言うべきか、気付けば最初の目的地、薫の家に到着していた。

 

「あ!せんせぇ!ここだよ!」

「お、了解。っと、よし、ここが薫ちゃんの家だね?」

「うん!せんせぇ!送ってくれてありがと!」

「どういたしまして。それじゃあ薫ちゃん。また明日ね」

「はーい!明日もお仕事!頑張りまーっ!」

 

 そう言って薫は元気に家の中へと入っていく。そうして、次はみりあ、その次は雪美と、順番に家に送っていく、どこも車で数分圏内なので、すぐに着いてしまう。みりあなんかは、全然喋りたりないと文句を言っていた程だ。だが、彼からまた明日と言われると、すぐに笑顔で返すあたりが、やはり元気な子供のいい所だろう。そうして最後に、千枝の家の前まで着いた。

 

「はい、千枝ちゃんはここでよかったかな?」

「はい!ありがとうございます」

「まだ少し、大人の男は苦手かな?」

「い、いえ!そうじゃないんですけど……」

「何か言いにくいことかい?」

「あ、そ、その……えっと……」

「無理して言わなくても大丈夫だよ。まだまだ時間はあるんだからね」

「は、はい……あの。送ってくれて、ありがとうございました。また、明日、ですね」

「うん。また明日。ゆっくり休むんだよ」

 

 その言葉にしっかり頷いたのを確認し、彼は車を出す。それを見送る千枝は、大きく息を吐いて考える。なんで『自分も膝の上に乗ってみたい』という一言を言うのが、こんなにも難しいんだろう。と……。冬でもないのに、彼女の顔は少し赤らんでいたのは、本人すらも気付かないことだった。

 そんなことを知らない彼はそのまますぐに会社に戻り、言われたとおり用務員に鍵とカードを返却する。ご苦労様ですと一言交わし、そのまま会社を後にする。長かった一日がようやく終わりを迎えるのだ。だが、これは本当に長い一週間の本当の始まりであり、これからもっと大変なのだということは、彼もとっくにわかっているだろう。そんなことを考えながら、明日からも頑張ろうと気合を入れなおし、帰路に着く。彼の一週間は、まだまだこれからだ。

 



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終わりは静かに?それとも激しく?~勝ち取る歌~

 

 今は先ほど幸子の曲から時間は過ぎ、終盤に差し掛かるバラード調の曲が流れている。彼女がふと周りを見ると、何人かは眠そうな表情を浮かべている。長時間の視聴と、身体を動かしていない気だるさからだろうか。そこにスローテンポのバラード曲となると、眠気が来るというのも頷けるというものだ。だが、ここで寝てもらっては何のために時間を取っているのか分かったものではない。彼女は手をパンパンと叩き、眠そうな数人の目を覚まさせる。

 

「ほらほら、後もうちょっとだから、最後までしっかり見てね。今回のライブではバラード曲は少なめにする予定だけど、いくつかは歌ってもらうんだから、ちゃんと歌いたいって思える曲を見ておいてね」

「でもさ~。さすがにこのタイミングでバラードって眠くなっちゃうよね~」

「超分かるっす!!やっぱりライブって言ったら、思いっきりハジケル感じが最高っすよね!!」

「君たち、彼女たちの歌はとても素晴らしいものばかりだ。確かに我々とは方向性は違うだろうが、表情や歌い方に関しての技術、それらを見て、覚えることは、必ず我々の力になるだろう。しっかりと見るように」

「「は、はい(っす)!!」」

「さっすが硲先生。にしても、こんな若い子たちがよくもまぁこんな難しい歌を歌えるものよねぇ。おじさん尊敬しちゃうわぁ」

「ふふっ。女性からしたら、S.E.Mの皆さんの曲は大人の男性って感じの曲で、とっても難しいんですよ?」

「あらら。こりゃ一本取られちゃったね。ま、向き不向きは人それぞれだからね。それを以下に伸ばすか、以下に上手く育てるか、が大事なのよね」

「うむ。山下君の言うとおりだ。まだ若い内は良いところを伸ばすこともとても大事だ。吸収できるところはしっかり吸収していくように」

「なんか、いつの間にか授業みたいになっちゃってる……」

 

 そんな春名のぼやきは誰に聞こえるでもなく消えていく。そしてまた時間は過ぎ、バラードパートは終わり、今やライブは最高潮の盛り上がりを見せている。まさにラストスパートというものだろうか。さっきまでの鬱憤を晴らすかのようなアップテンポな楽曲の連続に、見ている彼らも知らずに身体が乗っており、とても気分が良さそうだ。だが、そんな中で少し神妙な面持ちをしている冬馬を見つけ、彼女は少し近づき声をかける。

 

「難しい顔してるわね。何かあったのかしら?」

「別に。そういうんじゃねぇよ。ただ、組む相手の事を、いろいろと考えてただけだ」

「ふーん。それで?誰かお眼鏡にかなう子はいたの?」

「べ、別に選り好みしたいってわけじゃねぇよ!誰かと組めって言われりゃあ、そいつと全力でやってやるさ」

「言うねえ冬馬。そういう強気な発言、嫌いじゃないぜ?」

「茶化すなよ。だけど、そうだな。こっち側から誰かって言うなら、一人だけ……」

「お?誰々?そういうのはしっかり教えてちょうだい!」

「ほら、さっきソロ曲歌ってたやつだよ。なんというか、そいつの雰囲気が、知り合いに少し似てる気がしてな……ほ、ほんの少しだし!べ、別にそいつとなんかあるってわけでもねぇからな!!」

「あ~らら。冬馬くんってば、自分から墓穴掘っちゃってるよ。でも、確かに冬馬くんの言いたいことも分かるかも。どことなく似てるよね~。は……」

「馬鹿!!いらないこと言わなくて良い!!!お、俺からはこんだけだ!!後は勝手にしてくれよな!!」

「ふふっ。分かったわ。素直に話してくれてありがとう」

「冬馬。女性には素直にって言った俺のアドバイスを早速実践するなんて、流石じゃないか」

「そういうんじゃねぇよ!!」

 

 男の子同士って仲良いなぁなどと彼女が思う中、Jupiterの3人によるコントのようなやり取りは続いたようだ。だが、それもすぐに終わり、今はまた集中して映像を見ている。この調子なら、向こうからのも合わせて上手くまとまりそうだ。そう、少し楽観的に考える彼女だった。

 

 そして時間は流れ、画面では先ほど登場していたアイドル達が一同に集まり、客席へ向けてお辞儀をしている。見て分かるとおり、最後の一曲まで終わったのだろう。客席からは、惜しみない拍手が贈られている。見ている彼らからも拍手が出てきて、何人か……特にみのりは、ボロボロと泣いている。きっと彼女たちの挨拶の言葉に心を打たれたのだろう。

 

「あぁ……まさかこんなところであの見られなかったライブを見られるなんて……この仕事やってて本当に良かったよ……」

「みのり泣いてる~!泣いちゃダメー!ほら、笑って笑って!」

「ピエール。みのりさんは悲しくて泣いてるんじゃないから、今はそっとしといてあげな」

「そうなの?どこも痛くない?」

「ぐすっ……あぁ、大丈夫だよ、ピエール。心配してくれてありがとう」

「こんな風に泣いてくれる人がいるっていうだけで、彼女たちも喜ぶでしょうね。ありがとうございます、みのりさん」

「うっ、そんな風にプロデューサーさんから言われると、また泣いちゃうじゃないですか……」

「ああっ!!ごめんなさい!!」

「ああー!プロデューサーがみのり泣かせた!!」

 

 少し頬を膨らませて怒るピエールに、ごめんねと謝る彼女だが、そんなやり取りを見た皆の中に大きな笑いが生まれる。彼女も少し驚いていたが、そんな姿を見てピエールまで笑い出したのを見て、やられた!と彼女が思うのは、皆の中で笑い転げるほんの直前だった。そして、ひとしきり笑い終えた後、先ほどのようにパンパンと手を叩き、話を戻す。

 

「さ、改めてなんだけど、見てもらってどうだったかしら?」

「途中で何回か言ってたけど、やっぱ俺たちと違って女の子ってアイドル!って感じがして可愛いよね!」

「そうそう!こう……華があるってやつ?それに、俺たちとは違ったかっこよさもあって、凄かったよな!」

「美しき 歌と舞より その姿 僕たちが出せる男性の魅力と違って、そこにいるだけで十分にアイドルが出来るって流石だよね~」

「はい。どなたもとてもお綺麗でしたね。特に、あの海にも負けぬ綺麗な青い髪をした少女。MCでの魚の話といい、とても仲良く出来そうです!」

「古論の話は置いといて、確かに皆の言うとおりだな。でも、そういうアイドルとしての華やかさ、綺麗さだけじゃなくて、俺にはあの子らの芯の強さみたいなのも見えたな。ありゃあ相当のもんだ」

「えぇ!なんたって、うちの自慢の子たちだもの!!」

「我と肩を並べるに相応しき新たなる光の民も見つけた!かの者は我と波長を同調し得る稀有なる存在!」

「僕も一緒に歌いたい子見つけたよ。あの子なら仲良くなれそう!って言ってます。多分、あの髪の毛巻いてたゴシックドレスの子かな?」

「あっ!確かにどことなくアスランの感じに似てたかも!良かったねアスラン!!お友達増えるかもだよ!」

「うむ!」

「アスランを分かってくれる人が増えるのは嬉しいな」

「そうやなぁ。仲良くなってくれはったら、お礼にお菓子でも作りましょうか」

 

 各々からいろんな感想が出てくる。この調子なら、本当に良い具合に決まってくれるかもしれない。だが、ここで一箇所から声が上がる。

 

「それで?オレ様と組んで虎牙道の曲を歌うのはどいつになるんだ?一番マシだったやつらは不良どもが持っていきやがったからな」

「こら!そんな言い方をするんじゃない!」

「んなこたどうだっていいんだよ!それでどうすんだよ。誰がオレ様と組むんだ?」

「それなんだけど、君たち虎牙道の3人は、3人そのままでこっち側の曲を歌ってもらうわ」

「ああ!?オレ様に女の曲を歌えってのか!?冗談も大概にしやがれよな!」

「ふん。どうせ自信が無いだけだろ」

「そうやって安い挑発すりゃあ乗ってくると思ってんじゃねぇだろうな?言っとくが、どんな曲だって歌えねぇ歌なんざねぇよ。けどな、なんでオレ様がわざわざ女のチャラチャラした曲を歌わなくちゃいけねぇんだよ。こればっかりは絶対にゆずらねぇぞ」

「駄々をこねるんじゃない、漣。すみません、師匠。なんとかこっちで説得しときますんで……」

「チャラチャラした曲、ねぇ……。漣。あなたに歌ってもらおうと思ってる曲は、女性アイドルらしい曲とは正反対。むしろ、あなたのような人にこそ相応しい曲だと思うわ」

「あぁん?んな曲が都合よくあるかっての。これではいそうですかって返事なんかしねぇよ、バーーカ!」

「えぇ、返事は曲を聞いてからでいいわ。今ちょうどその曲の音源もスマホに入れてあるから、ここで流しましょうか」

 

 そう言いながら彼女は自分のスマホを操作する。曲はすぐに見つかったのか、すぐに再生の準備に入る。虎牙道の3人は勿論、他の皆も気になるのか、すぐに聞く体勢に入った。そして数泊の後、曲は始まった……。

 

 数分後、曲の再生が終わり、スマホをポケットの中にしまう彼女。周りの皆は感心したように頷いており、どうやら反響はとても良かったようだ。そして、肝心の漣はと言うと……

 

「……っち!確かに曲の内容も曲調もオレ様には向いてるかもしれねぇな」

「なんでいちいち上から目線なんだお前は」

「そんなもんオレ様がナンバーワンだからに決まってんだろ。バカかオメーは。んなことより、確かに曲は良いかもしれねぇけど、途中に入る女っぽい歌詞が気にくわねぇ!!オレ様に女言葉使わせるつもりか!?」

「いえ、そこはメロディや音程が変わりさえしなければ、女性っぽい言葉を男性っぽい言葉に変えてもらって構わないわ。もちろん、これは他の皆もだけどね。さ、これでどうかしら?」

「ちっ!しっかたねぇなあ!そこまでやるんだったらやってやってもいいぜ。ただし、やるからには絶対足引っ張るような奴を入れんじゃねぇぞ?」

「失礼な言い方をするなってば」

「大丈夫ですよ、道流さん。漣もよ。ちゃんと足を引っ張らないような相手を用意するわ」

「すんません。よろしくお願いします」

 

 最後にタケルが頭を下げ、なんとか丸く収まったようだ。そして、改めて落ち着いたところで、向こうと同じく、今の段階で組みたいと思う人を紙に書いて提出させる。そして、ものの数分でその作業も終わり、時計を見ればもう6時を差している。朝から休憩を挟みながらとはいえ、ぶっ通しでライブの映像を見ていたのだ、身体を動かすのも疲れるが、これはこれで疲れるだろう。彼女はまた皆に声をかける。

 

「さぁ、こんな時間になっちゃったし、今日はここで解散にしましょうか。荷物を持ってきてる人はそのまま帰っても大丈夫よ。未成年組の中で車で送るのが必要な子はいる?」

「ハイジョ組は結構近いんで大丈夫でーす」

「Jupiterの方は、俺が責任持って送り届けるよ」

「うちは迎え呼んだら来てくれるから大丈夫だよ!」

「ほとんど大丈夫そうね。もふもふえんの皆はどう?」

「なおのとこの母さんがいっつも俺たちも送ってくれるんだ!」

「僕たちは大丈夫だよ。プロデューサー」

「そっか、じゃあ直央君、お願いしていい?」

「は、はい!大丈夫です!」

「よし!それじゃあ皆大丈夫そうだし、ここで解散しましょうか!今日は一日お疲れ様!明日からは、いつも通りの仕事をしながら、空いてる人はここを使わせてもらえる事になってるから、歌の練習ね」

「「「「はい(はーい)!!」」」」

 

 全員(か、どうかは分からないが)返事したのを見て、ニッコリ笑って頷く。その笑顔に隼人が少しときめいていたのは内緒の話だ。

 

 車での送迎がある者も全員を見送り、最後に事務所に鍵をかけ、事務所を後にする。今回のこの大きな企画に、改めて自分が抜擢された事の重さ。そして、その間のここのアイドル達の道を、自分が導いていくのだということの責任。そんなものが彼女の肩には重くのしかかっていた。だが、彼らに実際に触れ、話し、笑いあった今、その不安や重圧はとても軽いものになっていた。今の彼女にあるのは、いつも通り。あの子たちと接する時のように、一緒に歩いていくという気持ちだった。さぁ、そのための一歩を踏み出そう。まだまだ一週間は始まったばっかりなのだから。

 

 ちなみに、これは余談なのだが、朝方に道夫も言っていた通り、315プロダクションにも勿論事務員はいるのだが、今日はアイドル達との顔合わせと、ライブ映像の鑑賞を優先するために、合わない時間帯で出勤していたようだ。これを彼女が知るのは、もう少し後の話だ。

 



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一日の終わりに~ずっと見てたい笑顔のために~

 

 明かりの点いた小ざっぱりした部屋の中に、カタカタとキーボードを打つ音が響く。机の前に座る彼は、どうやら今日一日の簡易的なまとめを作成し、彼女に報告するようだ。忘れてはいけないのが、これはあくまで企画として行っているものであり、本来はそれぞれの相手の管理する部分だ。重要なことから些細なことまで、報告するのは大事な業務ということだ。と、ここでひと段落したのか、マウスを操作し、送信ボタンをクリックした。ふぅ……と一息つき、今伝えたばかりの今日あった出来事を思い返す。今までの自分のプロデュースと大きく勝手が違う女性、女の子へのプロデュースということもあり、まだ一日目なのがずいぶんと疲れているように見える。

 

「いやはや、うちのやつらも元気だけど、こっちは元気の質が違うなぁ。完全に振り回されたって感じだ」

 

 と、独り言まで出る始末だ。だが、これに関しては彼の癖でもあり、一人で何か考えたり、物思いに耽ったりする際には、それが口に出たりすることがあるらしい。彼も勿論自覚しているが、どうせ誰も聞いてないんだし、大丈夫だろうと放っておいているそうだ。と、そんな風に考えていると、

 

『You got a mail』

 

 とても機械的だが流暢な英語でのメール着信を知らせる音声が鳴る。どうやら向こうも同じタイミングでまとめ資料を作成しており、ほぼ入れ違いくらいになったようだ。彼としても早く自分の育てたアイドル達が、自分のいないところで変なことをしていないか確認したかったので、ほっとしたような心配なような、複雑な表情だ。そして何が書かれているのかと不安になりながらも、そのメールを開いた……。

 

 時間を少し戻し、所も変わってここは女性側の部屋。同じく散らかった様子もない綺麗な部屋で、彼女もまた机の上のパソコンに向かいキーボードを鳴らしている。と、ここで『ピロンッ』と、小さな音がパソコンから鳴る。どうやら向こうからの報告の方が先に来たらしい。内容が気になるところだが、今は自分のこの報告を早く相手に送ることを優先することに決めたのか、そのままキーボードを叩き続ける。

 

「『以上が今日一日の報告になります』……と。さて、打ち間違いは……」

 

 打ち終わったのかキーボードを打つ手を止め、今まで打っていた文字を確認するために画面とにらめっこをしている。目を左から右、また左に戻って右に流すという動作を数回繰り返し、よし、と小さく言うと、そのまま送信ボタンを押した。う~んと大きく伸びをして、一息つき、スマホの画面を見る。時計は22:30を差しており、普段ならば明日の準備を済ませて寝る体勢に入る時間だが、今日はそういうわけにも行かない。まずは先ほど来た報告を確認し、次にライブの組み合わせもしっかりと決めなければいけないのだ。明日が少し心配ではあるが、これも大事なアイドルのためと、気持ちを切り替えてメールを開く。

 

『業務報告:一日目。内容が多いため、箇条書きにて失礼します。

 

・緒方智絵里さんとの最初の会話で、少し驚かせてしまいました。その後はなんとか話せるようになりましたが、距離感がとても難しく、今後はいっそう注意を払いたいと思います。

 

・注意不足により、市ノ瀬志希さんに、何かしらの薬を服用させられました。本人曰く、数日後に効力が表れるそうですが、状況次第では大変なことになり兼ねませんので、事前に報告を。

 

・小学生以下の子達はとても懐いてくれています。むしろおもちゃにされているという状況でしょうか。就業時も家まで送り届けましたので心配はありません。

 

・神埼蘭子さん、二宮飛鳥さんとは上手くコミュニケーションを取れたと思います。確かに少し難しい喋り方をされますが、意味をしっかり理解しようと聞けば大丈夫かと。

 

・白菊ほたるさんとは、最初に少しだけアクシデントは起きました。たいした問題では無かったのですが、彼女は想像通り、自分のせいだととても謝っておりました。ですが、うちの木村龍の話をして、少しは前向きになってくれたようです。

 

・向井拓海さん、木村夏樹さん両名と少しいざこざのような物が起きましたが、本人達によるただの冗談で、遊び半分だったそうなので一応報告のみとしておきます。彼女達とも、今は打ち解けています。

 

・今は鷺沢文香さんのお陰で控えめになりましたが、ナターリアさんからのスキンシップが男という立場上とても心臓に悪いです。もしよければ、そちらからも注意をしていただければ幸いです。

 

・南条光さんは、どうやらうちのアイドルの数人にとても興味を持っているようで、特に天道輝と話したがっています。今度時間を取って話をさせてあげたいと思うのですが、いかがでしょうか?

 

・槙原志保さんと、今度新しく出来たカフェに行くことになったのですが、1対1では問題なので、他にも数名来てもらい、こちらからもスイーツが好きな者を出そうと思うのですがどうでしょうか?よろしければ、情報交換も兼ねて、プロデューサー様にも来ていただければと。

 

・棟方愛海さんに関してですが、事後承諾で申し訳ありませんが、彼女のやる気を出すために、あなたのことを少し話題として使わせていただきました。この企画が終わりましたら、彼女を存分に褒めてあげてください。

 

・事前にお話していた通り、こちらの兜大吾のことを、そちらの村上巴さんに話させていただきました。当初はとても驚かれておりましたが、今はとても興味を持っているらしく、タイミングがあれば会って見たいとのことです。こちらの大吾の方はどうでしたでしょうか?

 

・予想していた通り、キャシー・グラハムさん、宮本フレデリカさんとの顔合わせでは、向こうから悪戯を仕掛けて来ました。それをきっかけに彼女達とも仲良くなれましたので、今後も問題は無いかと思われます。

 

・高垣楓さん、三船美優さん、川島瑞樹さんの年長者3名とも、問題なく打ち解けることが出来たかと思います。少し心配事はありますが、とても限定的な状況なのでこれに関しては大丈夫かと思われます。

 

・特記はしませんが他のアイドルの皆さんとも、友好的な関係を持てたかと思います。今後も各アイドルの皆さんに特記すべきことがあれば報告します。

 

・ライブに関してですが、最初こそは全員驚き、心配などの声も大きかったものの、事情・内容の説明などを行うと、ほぼ全員が前向きな考えとなり、組み合わせの決定に向けても、意欲的に意見を出してくれています。別途添付するファイルに、現段階での全員の組み合わせの希望をまとめましたので、確認のほう、よろしくお願いします。

 

こちらからの報告は以上となります。何か不明な点や、確認したい事項等ありましたら、連絡をいただければすぐにお答えします。また、組み合わせ希望に関しては、お互いのアイドルの要望を出来る限り通した上で、可能な限り違和感や無理の無い組み合わせに出来ればと考えておりますので、確認が完了しましたら、さらに密に決めていければと思います。お時間をおかけすることになるかもしれませんが、よろしくお願いします。

 

315プロダクションプロデューサー』

 

『 報告が遅くなりまして申し訳ありません。今日一日の業務報告をさせていただきます。

 まず最初にお会いしたのはTHE 虎牙道の皆さんでした。なんでも朝のトレーニングをされていたそうです。そこで今日一番大きなトラブルが起きたのですが、牙崎漣さんが、私からのプロデュースを拒否されました。ですが、それに関してしっかりと理由を聞き、対策を講じ、なんとか説得することは出来ましたので、ご安心ください。

 他の皆さんも、やはりいきなりの女性と近しく接するというのに戸惑いがあるのか、とてもぎこちない様子でしたが、話す内に皆さん少しずつ慣れてきていただけていると思います。特に、水島咲ちゃんに関しては、最初からとても親しく接していただけて、その場の雰囲気をとても良くしていただけました。とても感謝しています。

 ですが、いくつか気がかりな事がありました。まずは一つ目は、F-LAGSの秋月涼さんに関してです。顔合わせの後、どこかから電話があったようなのですが、その電話以降、どうにも表情が優れませんでした。同じユニットのお二人が聞いても「これは自分、そして相手のことだから」と、内容を話していただくことは出来ませんでした。これに関してもう一つ気になる点が、ライブの映像確認中に、ある楽曲にとても興味を持たれており、その楽曲を是非歌いたいとの希望がありました。添付する資料に、他の皆さんとまとめてありますので、確認をお願いします。

 次に、神速一魂の紅井朱雀さんに関して。こちらは涼さんのように深刻ではないのですが、女性が苦手とのことですので、距離感がとても難しくなるかと思われます。最大限注意を払い、悪化させるようなことだけは無いよう気をつけますが、本当に万が一のことがあった場合はなんとお詫びすればいいのか分かりませんので、あらかじめ謝罪の言葉を送らせていただきます。

 最後にアスランさんの言葉についてなんですが、やっぱりうちの蘭子や飛鳥と違って、全部を把握するのは少々時間が掛かりそうです。ただ、彼は彼なりに、私達に言葉を精一杯伝えようとしてくれていますので、時間は掛かるかもしれませんが、しっかりと向き合っていきたいと思います。

 最初に報告しました牙崎漣さんとのやり取り以外では、アイドルの皆さんとのトラブルなどはありませんでしたので、ここからも短い期間ではありますが、良好な関係を築けるのではと考えております。

 ライブに関しては、ほとんどの人が初の女性とのライブでの共演ということもあり、緊張や驚きが大きいようですが、拒否の方向の意見はほとんど出ていませんでしたので、皆さん前向きに取り組んでいただけています。ほとんど、という所に関しても、すでに納得していただけましたので、添付する資料で少し補足だけさせていただきます。

 組み合わせや楽曲の指定に関しては、先ほど言いました添付する資料にまとめてありますので、確認をよろしくお願いします。本人達の意見を最大限考慮したものと、個人的に相性がいいだろうと思う組み合わせも考えてみましたので、良ければそちらもご一考していただければと。

 今回の報告は以上となります。今回の企画、最初はどうなることかと思いましたが、皆さんと直接触れ合ってみて、いつも通り、アイドルの皆を輝かせたい。この子達と一緒に成長したいと思えました。短い期間かもしれませんが、任せてください。きっと今より、成長した彼らの姿を見せてみせますので。

 346プロダクションプロデューサー』

 

「ったく!漣のやつ、あんだけ言うことはちゃんと聞けって言っといたのに、結局困らせやがったな!!でも、あの漣を丸め込むとは、あの人もやっぱり凄い人だ。それに、報告内容もきっちり文章化して送ってくれてるしな。箇条書きだなんてやっぱり子供っぽ過ぎたか?」

 

「志希ったら!あれだけそういうのしちゃダメって言ったのに!!でもほんと、うちの子のことちゃんと見てくれてるのね……。あの社長さんの会社だけあって、あの人も案外熱血なタイプだったりするのかしら?それに、報告も箇条書きで、一つひとつが凄く分かりやすいし。ダラダラと長い文章より、こっちの方が良かったかしら?」

 

 それぞれがそれぞれに、相手からの報告を読み、思った感想を口にしている。人はこれを無いものねだり。もしくは隣の竹は青いなどと言ったりするが、関係ない人からすれば、どちらも十分に凄いのだというのは明白だろう。そこからお互いに添付されたファイルに目を通し、お互いのアイドルの、誰と組みたいかという意見を確認していく。確認作業だけを終えた段階で、時計の短針は11時の目前だったが、彼らの作業はここからが本番だ。男性側の直通連絡用のスマホに着信の音声が響き、受け取ると電話口から数日前に聞いた女性の声が聞こえてくる。お互いにお疲れ様ですの定型文を言い終えた後、すぐに本題へと入っていく。企画とはいえかなりの規模のライブになるのだ。失敗は許されない。ああでもない、こうでもないと、二人して意見を出し合う。それもひとえに、この二人がアイドルの皆が大好きだからだろう。一度決まった所でも、他に良さそうな所があれば一度考え直す。組み合わせが決まれば、曲を。そして曲が決まれば今度はその順番も決めなければならない。だけど二人の顔には嫌な空気は一つもない。それが、二人の一番大好きな仕事なのだから。

 

 その日、この二人がそれぞれのベッドに入った時、時計の短針は2時を越えていたそうだ。

 



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お仕事を始めましょう~あっちとこっちとそっちも?~

 

 少女達の戦いは終わった……

 

『帰ってこられたんだね。またここに』

『えぇ……昔見た景色のままです』

 

 世界の為に戦い。そして世界を守り抜いた少女達……

 

『ねぇ、この花はなんて言うの?』

『えっと、これはチグリジアかな?確か花言葉は……』

 

 だが……

 

『司令部から全ヴァルキュリアに伝達!緊急事態です!都市中央部で大事故を確認!原因は……』

 

 蒔かれていた最後の悪が……

 

『どうして……どうしてなの?』

 

 今、芽吹いた。

 

『ユミちゃん!!』

 

 それは、起きてはならないはずの戦い。

 

『目を覚ましてください!ユミちゃん!』

『ダメです!このままじゃ都市が!!』

 

 ヴァルキュリアの次なる相手は……

 

『アッハハハハハハ!!』

『被害拡大!!都市機能7割が停止しています!」

 

 共に戦ってきた、ヴァルキュリア。

 

『皆さん……後は、お願いしますね』

『フミカさぁぁぁぁぁぁぁん!!!!』

 

 愛するモノを守るために。

 

『ユミちゃん相手に使いたくなんて無かった……でも!』

『ダメ!!アイコちゃん!!』

 

 愛する世界を守るために。

 

『サァ!決着ヲ付けヨウ?ワタシとアナタ、ドッチが最強ナノカ!』

『そっか……最初っから教えてくれてたのに、気付けなくてごめんね、ユミちゃん。でも、もう大丈夫だから……』

 

 愛する全てを守るために。

 

『『はあああああああああああ!!』』

 

 今、最後の戦いが幕を開ける!劇場版『生存本能ヴァルキュリア~約束の花言葉~』。大ヒット上映中!今、映画館へ行くと、スペシャルキーホルダーをプレゼント!

 

『ねぇ、もし私が敵になっちゃったら、どうする?』

『決まってるよ。絶対に……』

 

 

 346プロの事務所内のテレビで映画の告知CMが流れる。現在時刻は朝の7時30分を過ぎた頃。どうしてこんな時間かと言うと、昨日の段階で話して決定したライブのメンバー及び楽曲の組み合わせを、事務所の掲示板に貼っておくためだ。流石に女性アイドルの個人連絡先を聞くわけにもいかないので、このような形にしたのだろう。

 

「さて、ここなら全員見れるだろうし、大丈夫だろう。それより驚いたよ。まさかこんな時間なのにもう人がいるなんてね」

「私は、いつも一番早くに来ていますので……癖、というわけではありませんが、もう慣れてしまいましたので」

「アタシは昨日は最後になっちゃったから、今日はちゃんと来ないとってな!やる時はやるんだってとこ、見せとかないとだし」

「ふふ、奈緒ちゃんらしいですね。私はライブのことで頭がいっぱいで、わくわくして早くから起きちゃったんです」

「皆それぞれに理由があるんだな。でも、やる気があるのは何よりだ。っと、よし。もう見ていいよ。これが、今回のライブの組み合わせだ!」

 

 おおおお!と思いおもいに声を上げながら貼られた紙を見るアイドル達。中には「ええええええっ!!?」と、叫び声のようなものを上げる子もいたが、まぁ大丈夫だろう。今ここにいるのは、文香、奈緒、卯月、比奈、沙南、悠貴、そして彼の7名。文香は言ったとおり。悠貴は日課のランニングのついでに。残りの4人は、昨日遅くに来たのを気にしているのか、かなり早い内に来ていたようだ。

 

「ま、待ってくださいっス、プロデューサー!こ、この組み合わせには異議を申し立てるっス!」

「あぁ~。確かにこれは比奈さんには荷が重そうだな……。プロデューサーさん。なんでこんな組み合わせになったんだ?」

「そうだね。この中だと明らかに比奈さんだけ浮いてるけど、これに関してはしっかりとした理由はあるよ。だけど、それはまだ言えない」

「ちょ!どういうことっスか!理由があるにしたって、アタシがこんな中に入るなんて!」

「もう決定しちゃったんだし、変えるのは難しいんじゃない?どうなの?プロデューサー?」

「無理ではない。けど、私たちなりに考えを持って組み合わせを作ったから、出来ることならこの組み合わせのままで行きたい。理由に関しても、出来れば自分達で見つけてくれるのが一番いいと思ってる」

「そ、そう言われちゃうと……なんか、上手く丸め込まれたって感じっス」

「頑張りましょうっ!比奈さんっ!」

「私たちも頑張りますから!」

「うっ……元気と笑顔が眩しいっス……」

 

 最初はかなり反対していたが、比奈もなんとか納得してくれたようだ。それもこれも組み合わせに問題があるのだが、反対も無くなった今、これ以上追及する必要も無いので割愛する。その後も組み合わせに関して様々な反応が出たが、比奈以外はどれも驚きや楽しみといった、プラス方向の反応だったので、どうやら組み合わせは全体的に見れば好印象のようだ。

 

「それにしても、こんな早い時間に来ちゃってどうしよっか?一応私と比奈さん、奈緒さんの3人は番組の収録があるんだけど、他の3人は違うでしょ?」

「そうですね。今日はオフの予定でしたので、私はこの発表を見て、自主レッスンなどをしようかと考えておりました」

「私は午後からレッスンなので、一回帰って汗を流しますっ!ちょうど別のプロジェクトにも参加させてもらってるんですっ!」

「たしか、13歳以下の子を対象にした、ジュニアアイドル部門でしたっけ?ふふっ、楽しそうですね」

「そういう卯月は、今日はニュージェネでの仕事じゃなかったか?」

「はい!久しぶりに凛ちゃんや未央ちゃんとのお仕事なので、楽しみです!」

「その仕事へは、渋谷さんのプロデューサーさんが同行されるそうなので、私は着いて行きませんが、大丈夫そうですか?」

「はい!凛ちゃんのプロデューサーさんとも、面識はありますし、ニュージェネの統括プロデューサーでもありますので」

「分かりました。では、皆さん仕事やレッスン等に備えて、各々準備をお願いしますね」

「「「「「「はい(っ)(っス)!」」」」」」

 

 全員の元気な返事が重なり、この場は一度解散となった。とは言うものの、先ほどの通り仕事の予定の3名はその場に残った。さらに時間が8時を過ぎた頃、場を離れた3名と入れ違いかのように、周子、フレデリカ、キャシーの3名が入ってきた。どうやら彼女達も今日は仕事の予定らしい。

 

「おはようさ~ん。う~ん。やっぱり普段は人が少なくて落ち着くなぁ~」

「おはよー!プロデューサーさん、今日も色男してるねぇ。まるで昔なつかし、葛飾は柴又の人気者みたいだ」

「この事務所でそれを分かる人が何人いると思ってるんだ。それに、褒められてるのか微妙だぞ?」

「大人気作品の俳優さんに似てるだなんて、褒め言葉に決まってるじゃああ~りませんか」

「どうだかな。とりあえず、3人ともおはよう。ところで、フレデリカはさっきから喋らないけど、何かあったのか?」

「よくぞ聞いてくれました!それがさ~、聞くも涙、語るも涙も出ないありふれた一日の始まりで、何も無くていつも通りなんだ~」

「プロデューサーさん。フレちゃんの話をちゃんと聞こうとするのは止めといたほうがいいよ。疲れてまうから」

「シューコちゃんひどーい。フレちゃんのナイロン製のハートが傷ついちゃった~」

「伸縮自在でちょっとやそっとじゃどうにもならなそうだな」

「わお!奈緒ちゃんがツッコミしてくれるなんて嬉しい~!お礼にチューしてあげちゃおっか?」

「わーっ!止めろって!!ちょっ!キャシーも悪乗りするな!!」

 

 たった3人。されど3人。人が3人変わっただけで、一気に騒がしくなる事務所内。最初は我関せずと静かにしていた比奈や沙南も、気付けば巻き込まれて、数分後にはワイワイと騒ぎあっている。だが、いつまでもこうして騒いでいても仕方ない。そう考えた彼はパンパンと手を叩き、全員の注目を集める。

 

「よし、それじゃあ確認だ。今日の仕事はこの6人で、比奈さん、奈緒、沙南の3人は番組の収録。フレデリカ、キャシー、周子の3人はロケの予定だ。間違いないな?」

「は~い。多分あってま~す」

「こっちも大丈夫っス」

「で、収録の現場が離れてるから、俺は片方にしか行けないんだが、今回は比奈達の方に行くことにする。局を使うことになるから、挨拶も必要だし、何より一番最年少の沙南もいるから、責任はしっかり持たないとな」

「も~。プロデューサーってば気にしすぎだって!今回の番組は、何回もゲストで参加してる番組だからもう慣れてるのに~」

「いや~。世の中何が起こるかわかりゃあしませんぜ?例えば!突如ゲストの枠が増えて全く知らない人といきなり出演することになったりだとか!!」

「ま、そういう不足の事態もあるってことだ。さ、そうと決まればそろそろ準備しようか。今日のはかなり時間が掛かる収録だからな」

「確かに。毎度あそこの収録は時間掛かるんだよな~。なんせ大体がクリアするまで、とか、条件達成したら、とかの耐久レースみたいなもんだしな~」

「こっちはこっちで、いい画がいくつか取れるまで練り歩くことになるんだろうな~。帰ったら湿布貼ってすぐ寝なきゃかもやね~」

「ほら、文句で口ばっかり動かさないで手を動かす。比奈さん組は私が社用車で連れて行きます。周子達は8時半にはロケ地行きの社用車が出るから、それに乗ってくれ」

 

 テキパキとした指示をしながら、自分も手早く荷物をまとめる。と言ってもさほど大きな物も無いので、持ってきたカバンと少し出した筆記具程度だ。数分後には全員の準備も終わり、そのまま事務所を後にする。鍵はまた誰かが組み合わせの確認をするだろうと考えてそのまま開けておくこととなった。その旨をちひろに伝え、そのまま社用車の貸し出し口へと向かう。昨日見かけた係員とは別の人だったが、やはり問題なく手続きは終わった。どうやら彼の存在はしっかりと周知されているらしい。そのまま車を入り口へと回し、同行する3人を乗せる。助手席はどうやら沙南が座るようだ。

 

「それじゃ、お願いするッス」

「「お願いしま~す!」」

「はい、任されました。っと。それじゃあ、そっち3人も頼んだぞ。スタッフさんたちの指示にはちゃんと従うようにな!」

「分かってるって~。フレちゃん、外ではいい子にしてるんだよ~?」

「本音は?」

「やりたいようにやるのが一番だよね~」

「まぁまぁ、フレちゃんのことはこっちに任せといて」

「かの有名な戦艦大和に乗ったつもりで!」

「そりゃあ心強い。フレデリカっていう大砲が重過ぎて沈没しないように気をつけてな」

 

 もはや友達かと思えるような軽いやり取りをして、その場を車で去っていく。向かうのはここから数キロ離れたテレビ局で、少し先ほどの通り、番組の収録を行うようだ。車の中では、今回はなんだろうとか、難易度はどのくらいか、などと言った今回の仕事に関することを話している。そんな風に話すこと数十分。目的の場所に到着したようだ。関係者用の入り口に車を向け、入り口の警備員に社員章を見せる。

 

「えーっと、あぁ、346プロさんですね。いつもお世話になってます。どうぞ、お通りください」

「ありがとうございます。ご苦労様です」

 

 事務的なやり取りだが、こういう地味なやり取りも仕事においてはとても重要なことなのだ。そのまま車で奥へと向かい、関係者用の駐車スペースに停める。かなりの広さがあるが、まだ朝の早い時間のためか、停められている車はそう多くは無い。そのままゾロゾロと車を降り、局の中へと入る。その入り口でも先ほどと同じようなやり取りを行う。やはりこういう確認はとても大事な作業なのだろう。有事以外では警備員の仕事がそれしかないからやってる、というのもあるだろうが。

 

 そのまま通路を歩き、楽屋を目指す。その途中でも先ほどの続きのように話しているが、人間というのは何かをしながらの行動というのは注意力が散漫になるものだ。ふとした時。特に、曲がり角を曲がる時なんかは、特に反応が遅れてしまうものだろう。勿論彼女達も例外ではなかったようで、少し前を歩く沙南が角を曲がろうとした瞬間だった。

 

「わっ!ったた……」

「あ、すまない。大丈夫だったか……ですか?」

「あ、ヘーキです!こっちこそごめんなさい。余所見しちゃってて」

「あれ!?君、もしかしてアイドルの三好沙南ちゃん!?」

「え?あ、はい。そうですけど……」

「うわぁ!すごい偶然だよ!まさかこんなところで会えるなんて!」

「ところが、偶然じゃないんですよ、みのりさん」

「わふー!プロデューサー!!」

「っと、ピエールも元気そうだな。恭二も」

 

 彼女がぶつかった相手は、偶然なことに315プロのアイドル。Beitの高城恭二であり、その恭二がいるということは、他の二人、みのりとピエールも一緒にいたようだ。驚きながらもプロデューサーに会えたのが嬉しいのか、彼に飛び込むピエールに、沙南だけでなく、比奈、奈緒の二人も見つけ、興奮冷めやらぬといった状態のみのり。そして、何がなんだか分からず呆然とする他の4名。そう、ここからが、本当の合同企画の始まりなのだ。

 



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さぁお仕事を始めましょう~和洋混ざってブラリ旅?~

 

「おおおおおお!!これはすごいでにゃんす!!」

 

 まだ人数の少ない事務所の中にキリオの驚きの声が響く。が、

 

「いや、まだ見てませんから、フライングしないでくださいよ」

「ボウヤはこっちで抑えてるから、プロデューサーちゃんは気にせず作業続けてちょうだいね」

「あはは、ありがとうございます。でも、もうすぐですからね」

「やふー!ボクも楽しみ!」

「ああ~誰と組むことになるんだろう……楽しみな反面怖いなぁ……」

「みのりさんなら大体の人と問題なく組めるっすよ。むしろ俺の方がどうなるか」

「っしょ……と。よし、もう見てもオッケーよ!」

「「待ってました!(でにゃんす!)」」

 

 彼女の声に飛びついたのはキリオとピエールの二人。他のメンバーもゾロゾロと壁に貼られた紙へと向かう。時刻は現在7時半を過ぎた頃。向こうと同じく、こちらでも同じやり方にしたのだろう。昨日遅くまで起きていた疲れを見せないよう気をつけながら、昨日と変わらない笑顔で朝早くから行動している。が、そんな彼女も、それに唯一気付いた翔真に耳元でこっそり「あんまり無茶するんじゃあないよ?」と言われた時は、耳が赤くなってしまっていた。と、そんな回想をしている内に、どうやら一通り見終わったらしい皆が彼女の元へと集まる。

 

「やふー!ボクが一番年上だ!とっても楽しみ!」

「なんとなくそうなるだろうとは思ってたけど、やっぱりあいつと組むのか……。嫌ってわけじゃないけど、複雑だな」

「ほほ~う。ワガハイは中々に面白い組み合わせになったでにゃんすねぇ……」

「でも、見てた限りじゃあ一番ピッタリなんじゃないかい?」

「私は予定通りになりましたね」

「俺は恭二と同じところだけど、良かったのかい?なんなら、もっと別のところでも大丈夫だよ?」

「いや、みのりさんお願いです。一緒に歌ってください。正直あいつと二人っていうのは少し距離感が難しいです」

「わ、分かったよ。でも、そこまで言うなんて珍しいね」

「ま、まぁ……」

「どうする?どうしてもって言うならまだ変更は出来るけど」

「ああ、いや。そこまで我が侭は言わないっすよ。ただ、久しぶりに会うことになるから、心配ってだけで」

 

 恭二はどことなく難しい顔をしていたが、どうやら自分の中で何かのふんぎりが付いたのか、それとも諦めたのかは定かではないが、これ以上文句は言わないようだ。他のメンバーも、驚いたり喜んだりと、いろんな表情を見せているが、恭二も含め、やはりこのように形として見ることで、ライブが出来るという実感が湧いてきているのか、気分は良さそうに見える。そんな皆の表情を見ながらも、そろそろ切り替えるために彼女が声をかけようとする直前、その声は別の場所から上がった。

 

「はいはい。それじゃあそろそろ準備をしましょうか。ライブも大事だけど、お仕事だって大事なんだから」

「そうだね。本当は早く346プロのアイドルの皆に会いたいところだけど、俺たちだって立派なアイドルなんだ。ファンをがっかりさせないためにも頑張らないとだね」

「みのりさん……本音ダダ漏れっすよ……。ま、確かに二人の言う通りだよな。これで仕事が中途半端になったら、それこそ会わせる顔がねぇ」

「やふー!ボクもがんばる!」

「そうと決まれば、早速準備するでにゃんすよくろークン!」

「自分の事はご自分でお願いしますね」

 

 なるほど……。と、彼女は一人納得していた。何かと言えば、315プロのプロデューサーの、見ていてどこか安心できる姿に、であった。きっと彼も最初からああだったのでは無いのだろう。だが、彼が見てきた……一緒に歩いてきたアイドル達の中には、このように率先して場を動かしてくれる人間が多いのだ。アイドルとしてのことを彼らに教えると同時に、彼もまた、このアイドル達から様々なものを与えられていただろう。だからこそ、彼はあんなにも頼れる人となったのだろう。そんな風に考えながら、彼女もまた準備を始める。ここから始まる本当のこの企画のために。

 

「それじゃ、今日の予定を改めて確認するけど、Beitの皆はゲーム番組の収録、彩の皆は町を散策するロケ番組の収録で間違いなかったわね?」

「ゲーム!楽しみ!」

「こちらの方は、久しぶりのゲストさんを交えての散策とのことなので、少々心配ではありますが……」

「大丈夫でにゃんすよ~。ほんとーにくろークンは心配性でにゃんすね~」

「誰のせいだと……」

「まぁまぁ。今日はそういうのもあって、私は彩の現場の方に出ることになってるんだけど、そっちは大丈夫そうですか?」

「問題ないよ。あの番組には何度かゲストで出させてもらってるから、もう勝手もある程度分かってるからね」

「そっすね。毎回面白いゲーム持ってきてくれるんで、やり応えがあるんだよな。今回も楽しみだ」

「ふふっ。なんか、普段は大人っぽい恭二が、急に子供っぽく見えちゃうわね。でも、そういう一面に、女性って案外弱かったりするものよ?」

「か、からかわないでください!ほら!みのりさん!ピエール!そろそろ行こう!」

「ふふ、恭二もそんなので照れない照れない」

「てれないてれな~い」

「じゃ、アタシたちもそろそろ動こうか」

「そうですね。ゲストさんをお待たせするわけにもいきませんから」

「にゃっはは~。どんな人が来るか楽しみでにゃんすね~」

 

 そんな風に楽しげに話す全員を見ながら準備をしていると、ガチャリと音を立て、入り口の扉が開いた。もしかしたら、誰かが見に来たのかと思い、そちらを向こうとした瞬間だった。

 

「おはようございまぁぁぁぁぁ!?」

 

 なんとも情けない悲鳴と、誰かが転んだような音が事務所の中に響いた。悲鳴とほぼ同時に振り向いたため、彼女は見てしまった。今しがた部屋に入ってきたであろう人物が、それは見事に入り口の扉の段差に引っかかり転ぶ瞬間を……。

 

「あ、あの!大丈夫、ですか?」

「いったた……あ、僕なら大丈夫です。驚かせちゃって申し訳ありません」

「も~、けんクンは朝っぱらから騒がしいでにゃんすな~」

「ボウヤにだけは言われたくないだろうねぇ」

「おはよう、賢君。賢君本人もそうだけど、持ち物とかも大丈夫かい?」

「はい!書類はカバンの中ですし、手に持ってたのはお昼ご飯に買ったおにぎりくらいですから」

「その……さっき転んだ時、ガッツリ下敷きになってたっすけど」

「へ?あ、ああああ!ぼ、僕のお昼ご飯が……」

 

 入って早々、謝ったり笑ったり悲しんだりと、なんとも忙しいこの青年。彼の名前は山村賢。昨日は出会っていなかったが、この315プロダクションの事務員をしている。緑色の髪に、額の上に付けている赤い眼鏡が特徴的だ。先述の通り、315プロのプロデューサーが、あえて昨日は会わないように時間を調整し、今日が初対面となった。が、これである。彼の愛されるべきポイントでもあり、弱点でもあるのが、このドジさだ。彼も彼なりに気をつけてはいるようだが、わざとやっているのかと疑われるほどに毎度の如く何かをしでかしている。これも文字通り、ほんの挨拶程度のドジだと言えるだろう。

 

「あ、もしかして、事務員の山村賢さんですか?」

「はい。申し遅れてすみません。そちらは346プロダクションのプロデューサーさんですね。昨日はお会いできずごめんなさい」

「いえ、そちらのプロデューサーさんからお話は伺っていますので大丈夫です。改めましてですが、これから一週間、よろしくお願いしますね」

「はい!よろしくお願いします!」

「さて、賢君との挨拶も終わったことだし、そろそろ行こう。これで遅刻してたんじゃ、それこそ賢君に笑われちゃうよ」

「だね。それじゃ、お留守番はよろしくね、賢ちゃん」

「行ってらっしゃい!気をつけてくださいね~」

 

 そんな賢の純粋な言葉と笑顔に見送られながら、彼らは事務所の外に出た。Beitの3人は近くのタクシーを捕まえて、残りの4人は、ロケのスタッフがすでに待機してくれていたので、それに乗り込んですぐに出発となった。向こうにはしっかり者のみのりさんもいるし、何よりこの企画の関係上、信頼できる人がいるのだ。そう考え、彼女は何も心配していなかった。そんな彼女の期待を、みのりは見事に受け流すことになるのだが、この時の彼女にはその考えは浮かばなかったようだ。

 

「いやはや、月に二回の番組とはいえ、こんな風に看板番組を持たせてもらえるなんて、嬉しい限りだねぇ」

「毎度猫柳さんがどこかにいなくならないかを見張らないといけないのが大変なこと以外、とても楽しい番組ですからね」

「そんな人を猫みたいに言うなんて酷いでにゃんすよ~」

「人の言葉を喋って、身体も声も数倍大きい分、猫より性質が悪いです」

「いや~それほどでもないでにゃんす」

「褒めてない褒めてない」

「それで、今回の目的地でもあるロケ地は浅草だっけ?前にも一回行ったことあったと思うけど、大丈夫なのかい?」

「そこを上手くやるのがワガハイ達の仕事でにゃんすよちょうちょさん。それに、げすとさんも来てくれるでにゃんす。3人寄れば文殊の知恵なら、そこから増えれば文殊さんにだって勝てるでにゃんすよ」

「流石キリオ君。期待してるわね」

「任されたでにゃんす!」

「心配です……」

 

 そんな会話を車の中ですること数十分、少し開けた場所に、何台もの車が停まっており、そこにこの車も停まった。どうやら目的地へと到着したようだ。車から降りて、ん~~と長く伸びをするキリオを尻目に、彼女はキョロキョロと辺りを見回す。まるで、誰か知っている人を探すかのような素振りだ。

 

「どうかしたかい?プロデューサーちゃん?」

「いえ、今回のゲストさんがもう来られてるなら、ご挨拶をしようと思ったんですが、まだみたいですね」

「そうですね。まぁ時間にも余裕はありますし、焦ることも無いかと」

「挨拶は大事でにゃんすね!何よりも第一印象っていうのは大事なものでにゃんす!だからここは出会い頭にワガハイが一席を……」

「やめてくださいね?芸人集団かと思われちゃいますからね?」

「そうだよボウヤ、やるなら歌舞伎の大見得を……」

「違いますから。華村さんも悪ノリしないでくださいよ」

「ふふっ、この調子なら、どんな方が来てもすぐ仲良くなれそうですね」

「どんな人でもどんとこいでにゃんすよ!」

「3番駐車場、ゲストさん入りまーす!」

「「「はーーい!」」」

「っと、話してる間に来たみたいだねぇ。それじゃ、挨拶に行きましょうかね」

 

 スタッフさんの声や動きを見ていると、どうやらちょうど今入ってきた車がゲストの乗っている車のようだ。車が停まったのを確認し、彩の3人と彼女は車の元へと向かう。が、肝心のゲストが中々出てこない。彩の3人は不思議に思っていたが、彼女だけは、3人には見えないように、なるほどっと言いたげな顔をしていた。

 

「ん~?何かあったでにゃんすかねぇ?」

「でも、それにしてはスタッフさんも落ち着いているような……」

「遠くから来てくれたゲストさんで、移動中に寝てた。とかかもしれないねぇ」

「ぷろでゅーさークンはどう思うでにゃんすか?」

「んん?そうねぇ……第一印象って、大事なんじゃないかと思うの」

「それはワガハイがさっき言ってたでにゃんすよ~」

「プロデューサーさん?」

「ん?スタッフさんが扉を開けるのかい?」

 

 4人が扉の前で話してる最中、運転席から降りたスタッフが、後部座席の扉の前に立った。そして、それを勢いよくガラッっと開けると、どこからともなく『ババーン!』とでも聞こえてきそうな……いや、実際に何かしらでその音を鳴らしながら、車の中という狭い環境で、見事にポーズを決めた、金髪二人、銀髪一人、合計3人の女性の姿がそこにあった……。

 



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ゲームで繋がるコミュニケーション~ドッキリ大成功?~

 

 現在地はテレビ局内の宛がわれた控え室。沙南、奈緒、比奈の3人と、Beitの3人、そしてプロデューサーが同じ部屋にいる。時間は先ほどから約20分経過しているが、番組の収録までにはまだ時間に余裕はある。先ほどのてんやわんやからなんとか落ち着きを取り戻し、全員が一息ついたタイミングで恭二が話を切り出した。

 

「さて、みのりさんも落ち着いたことだし、そろそろ説明してくれるか?プロデューサー」

「あはは……ごめんね。昨日ライブ見たばっかりだから興奮しちゃっててさ」

「ま、想定の範囲内でしたね。っと、それよりもこの状況の説明なんだけども、簡単に言えばこれが今回の企画のもう一つのメインなんだ」

「企画のメイン……?それにさっきからの口振りからすると、これは単なる偶然とかじゃないってことか?」

「あぁ。実はこの企画の期間の間……まぁ厳密には最初の顔合わせと、最終日のライブ以外の5日間なんだけど、とにかくこの期間の皆の仕事やレッスンは、可能な限りお互いの事務所のメンバーと被るように調整したんだ。っと言っても、社長やらが勝手に決めただけで、知らされたのはこの企画が決まった後だったんだけどな」

「うちの社長さんも対外ッスからねぇ……。で、今回のあたしらの仕事にバッティングしたのが、このBeitのお三方ってことッスか?」

「そういうことだ。ここを合わせた理由としては、お互いの事務所で同じ番組に何度も出てるメンバーってこともあってだな」

「やふー!一緒におしごと!たのしみ!」

「そっかー……へへっ。そうなんだー……」

「沙南?どうかしたのか?」

「なるほどな。そういうことだったか。こりゃ、腕が鳴るな」

「恭二?なんかいつになく楽しそうだけど?」

「そりゃあそうでしょうね。なんてったってあの二人、この中でもこの番組のゲスト参加回数は抜きに出てるし、毎回スコアとかも凄い記録出してるんだ。それなのにまだ一回も共演が無かったからね。お互い、かなりライバル視してるんじゃないかな?」

「「とーぜん!!」」

 

 二人が声を揃えて返事をし、お互いに睨み合う。だが、それは嫌悪感等のマイナスの感情が入ったものではなく、お互いに純粋に楽しみだったのが伺えるほどに、嬉々とした表情で睨み合っている。彼のライバル視しているという予想は見事に的中しており、お互いがお互いに、是非ともお互いに相手をしてみたかったと思っていたようだ。と、そのような事情説明が終わった所で外から声がする。

 

「すいませーん。346プロさんと315プロさーん。今日の打ち合わせしたいんですけど、今お時間大丈夫ですかー?」

「あ、はい!すぐ行きます!さ、ちょっと変則的ではあるけども、仕事は仕事だ。しっかりと話聞いて、ちゃんとやるんだぞ?」

「分かってるよ!どんなゲームでも、説明書を読むのは大事だもんね!」

「俺はどちらかと言えば説明書読まない派だけど……流石にこういうのはちゃんと聞かないとな」

「今回はどんなゲームなんだろうな~」

「たまには懐ゲーって言われるやつもやってみたいッスね~」

「なつげー?夏にやるゲーム?」

「違うよピエール。懐かしいゲームっていうの略して懐ゲーって言うんだ。少し古いゲームってことだね」

「すごい!みのり、物知り!」

「ほら、雑談は後あと。行くぞ」

 

 彼の言葉に各々が返事をして、すぐに外に出る。いたのは局のロゴの入った帽子を被り、同じくロゴの入ったシャツを着た男性。似た格好の人が他にもうろついているのを見る限り、番組のADなのだろう。ADはおはよございますと挨拶をすると、そのまま7人を収録現場であるセットルームに案内した。そこはすでにセットが組まれており、ゲーム画面を映す用の大型のモニターと、それとは別のプレイヤー用のモニター、席が中央に2席と左右に3席ずつセットされている。全員がセットを見ていると、ADが説明に入った。

 

「見ていただいたとおり、今回は3対3の対戦形式で行われる予定です。ゲームの内容はその時まで秘密とのことです」

「なるほどね~。だから3人ずつってことか~」

「うわぁ、足引っ張らないようにしないとな……」

「あ、大丈夫だよ奈緒さん!勝ち負けは勿論大事だけど、それよりもやっぱり大事なことがあるから!」

「あぁ、ピエールやみのりさんも、気にしなくていいっすよ。だって……」

「「ゲームは楽しくやるのが一番だからね!(だしな!)」」

 

 お互いに言う事が分かっていたのか、顔を見合わせてニヤリと笑いあう。その姿はもはや通じ合った歴戦のライバルといった所だろうか。もう一度言うが、この二人は今回の共演が初めてであり、それ以外での交友も一切無かった。お互いのことを知ってるが、初対面である。

 

「恭二も沙南ちゃんも良い事言うね。そう、やっぱり楽しまないとだよね!」

「やふー!ボクもいっぱい楽しむ!」

「この調子でしたら大丈夫そうですね。あ、勿論八百長など一切無しの真剣勝負ですので、テレビ映えなんかは気にせずにやって欲しいとの上からの指示もありましたので、そこら辺も安心してくださいね」

「おお~。こういう番組にしては珍しいッスね」

「でも、確かに手を抜いたのが分かっちゃうと興ざめだもんな。そういうのって大事だよな~」

「なおさら楽しみになってきたな」

「あ、ところでさ、今日の司会って誰なの?」

「そういえばまだ聞いてなかったね。あの4人の中からで、しかも席が2つってことは、どっちかの組み合わせなのは分かるんだけど……」

「みのりさんはどっちでも良いんでしょ?」

「勿論!!むしろ一人だとしても十分に嬉しいよ!!なんてったってアイドルなんだからね!!」

「ははは……で、誰なんすか?」

「それなんですけど、今回は特別な回だから、それも直前まで秘密にして欲しいと上から……。すいません!」

「いえいえ、そういうことでしたら大丈夫ですよ。ありがとうございます」

「まぁ、そういうこと言うってことだし、大体察しはついちゃったんだけどね」

「だな。さて、どんな無茶振りが来てもいい覚悟だけはしとくか……」

「恭二、顔色よくない。大丈夫?」

「あはは。確かにあの二人は強烈ッスからね……アタシも2回目のゲストの時に原稿の調子はどうかとか聞かれて手元狂っちゃったッスから」

「あたしはフルボッコちゃんのフィギュアを目の前でちらつかせたり、声真似で寸劇されたりして大変だったっけ……」

 

 全員がいろんなことを思い出してるのか、どことなく浮かない表情でうなっているのを見て、ADやスタッフ達も苦笑いしている。きっとこの場にいるほぼ全員が被害にあったのだろう。他に特に質問が無ければ後は撮影開始まで待機とのことだったので、全員は一旦控え室に戻る事にした。

 

「さて、改めてだけど、今回の企画の一番の醍醐味としては、二つの事務所のメンバーが仲良くなることだ。これから先の仕事で、良き仲間として、そして良きライバルとして成長するには、こういう外からの刺激っていうのは大事だからね」

「仲良く!!ボク、得意!さな!なお!ひな!もう友達!」

「へへっ、なんか照れくさいな……。でも、ありがとな、ピエール」

「年下の男の子からの呼び捨て……なるほど、これが……」

「比奈さん。その辺にしとかないと、顔にやけてきそうですよ」

「はっ!?あ、危なかったッス……こ、これが男の子パワー……」

「そう!本当にピエールのこのすぐに仲良くなろうとする所とか、笑顔ってすごいんだよ!」

「はいはい、みのりさんも落ち着いて」

「あ、ご、ごめん。ついね」

「ねぇねぇ恭二さん!今度一緒にオンラインゲームやろうよ!協力とか対戦とかいろいろさ!」

「おう、勿論だ!あ、やりやすい様に連絡先も交換しとこうか。あぁ~……でも、男アイドルが女性アイドルの連絡先を持つのって良くねぇよな」

「そんなの気にしなくても良いと思うんだけどな~」

「まぁ、友達としてなんだから、そのくらいは大丈夫さ」

「やったー!さっすがプロデューサーさん、話が分かる~!」

 

 そこからは、それぞれがそれぞれに楽しそうに話していた。だが、その時間も束の間で、どうやら撮影の準備が整ったようで、先ほどのADが呼びに来た。全員の準備も出来ていたようで、すぐに向かうこととなった。撮影スタジオは先ほどよりも少し豪勢になっており、これでようやく完成のようだ。しかし、相変わらず真ん中の2席は空いたままだ。

 

「346プロさんと315プロさん、入られましたー!席に着かれ次第撮影オッケーです!」

「「「はーい!!」」」

「それじゃあ、もう準備は出来てますんで、名前の書いてある席に着いてください。自己紹介とかもそのまま流れで行きますんで、考えといてもらったセリフ、お願いします!」

「分かりました。さぁ、行こうか!」

「はい!」

「じゃあ、ちゃんと見ててね、プロデューサーさん!」

「おう!期待してるからな!」

 

 そして、スタッフの案内の下、6人はそれぞれの席に着いた、向かって左から、奈緒、比奈、沙南、真ん中の空席二つを挟んで、恭二、みのり、ピエールの順に並んでいる。そして、中央に本来いるはずの司会がいない状態のまま、スタッフ達は撮影を開始する動きを見せる。いつもと違う開始にメンバー達も驚いているが、そのままではダメなので、なんとか普段どおりの表情をしている。そして……

 

「それでは、撮影始めまーす!カウント5秒前から!5!4!3!……」

 

 撮影スタッフの合図で、撮影が開始され、カメラは中央の空席部分を映す。相変わらずそこには誰もおらず、後ろの大きなモニターのみが映っている。と、開始して10秒ほどが経ったかという頃、どこからともなく、とても特徴的な笑い声が聞こえてくる。

 

「んっふっふっふ~。み~んな良い感じに混乱してるね~?」

「このか~んぺきなカモフラージュだもん。仕方ないよね~」

「さてさてさて、それじゃあそろそろ?」

「主役の登場のお時間ですかな?」

「いっくよ~?」

「せーっの」

「「ドーーーーーン!!!」」

 

 どこからともなく聞こえる声と同時に、突然後ろのモニターの中央部分がバリーン!と、紙が破れるような音を立てながら大きな穴が開き、そこから二人の少女が姿を現した。そっくりな背丈にそっくりな体型。そっくりな衣装にそっくりな顔。違うとすれば、髪型がそれぞれ違う方向に髪を結んでおり、片方はただ結んだだけ、片方はサイドポニーのようになっているところくらいだろうか。よく見ると、破壊されたと思われたモニターは、とても精巧に描かれた絵だったようで、それの後ろに隠れていたらしく、さらによく見ると奥にはしっかりと本物のモニターもある。主演者側のほぼ全員が驚いているのを見て満足したのか、二人はそのまま続ける。

 

「さぁさぁさぁ!今回の司会者は~~、この、双海亜美と!」

「この、双海真美がお送りするぜ~~!!」

「全国のにぃちゃんねぇちゃん?」

「はっちゃけちゃう準備はオッケーかな?」

「ゲームは一日好きなだけ!」

「大人も子どもも関係なし!」

「「765プロゲーム部活動記!2時間スペシャル!!はっじまるよー!」」

 

 



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『和』っと驚く『彩』開を~金と銀と時々真っ赤?~

 

 

 沈黙のまま8秒間が経過した。この後すぐにリアクションが起きるのだが、ここで一度時間を止めて、全員の様子を見てみよう。まずは見てる側、彩の3人は、キリオは驚いた猫の如く目をまん丸に、翔真は少し唇を噛んで、噴出しそうになるのをこらえているように見える。そして九郎だが、もはやこの時点で今回のロケの過酷さに気付いたのか、すでに頭を抱えている。次に見られている側、金髪二人に銀髪一人の様子。金髪の片方ことキャシーは、それはもう見事な満面の笑み。まるで『さぁ!笑え!』といわんばかりである。金髪二人目ことフレデリカは、まさかの真顔。ある意味最大級の破壊力だ。そして最後に銀髪こと周子だが、ここで今一度彼女の容姿について説明を少し、彼女は綺麗な銀髪の短めの髪に、かなり白めの肌がとても似合っている女の子だ。そう、彼女の肌はとても白いのだ。『本来は』。今、彼女の思考は一つで埋め尽くされているのだろう。普段からは考えられないほど顔は赤く火照り、目は正面よりも下を向いている。今は時間を止めているから分からないが、2秒ほど前からプルプルと小刻みに震え始めているので、もはや限界なのは目に見えている。そして最後。この鉢合わせの現場になるのを知ってて、わざと双方に伝えなかった彼女だが、それはもうにこやかな笑顔でこの両者を見ている。さて、そろそろ時間を進めよう。そこから2秒・・・合計で10秒経過した瞬間だった。

 

「なんで!?なんでプロデューサーさんがおるん!?」

「あっははははははは。ちょっとプロデューサーちゃん!何よこのカワイイ子たち!」

「あ~シューコちゃん動いちゃった~。シューコちゃんの負けね~」

「にゃんと!今のは動いたら負けというげぇむだったでにゃんすか!危なかったでにゃんす・・・」

「お~スタッフさんにも大うけだね~。こりゃあ今回はもらったぜい!」

「はぁ・・・頭が痛い・・・」

 

 その場は気付けば両者(一部を除く)とスタッフたちの笑いで埋め尽くされていた。彼女達(一部を除く)の思惑通り、掴みは間違いなくバッチリだと言える。彩の3人(一部を除く)も、彼女達のことを気に入ったのか、とても仲良さそうに話している。プロデューサーも大体こうなることを予測していたのか、うんうんと頷きながらその様子を眺める。だが、そうは問屋がおろさないと言うかの如く、先ほどから除かれていた一部側が彼女に詰め寄った。

 

「ちょっと!ほんまに聞いてなかったんやけど!?なんでおるんやさ!」

「そういう企画だからね」

「無理です。諦めさせてください。今回のロケは辞退させてください」

「だめです。緊急性の無い個人的な判断での辞退は認めません」

「企画やからってそういうのはちゃんと言っとくもんと違う!?それに相手の人らもここの人って聞いてないんやけど!!」

「そりゃあロケ番組のゲストとしか私も聞いてなかったんだもの。こんな風に動くのが決まったのも企画がスタートしてからだしね」

「私では絶対この皆さんを制御できません。制御しなかったら絶対に収拾がつかなくなって破綻します。無理です」

「制御しきれなくても大丈夫。本当によっぽどさえなければ今回は大目に見るとチーフスタッフさんからも許可はいただいてます」

「「・・・はぁ・・・」」

「あら、息ぴったり。じゃ、その調子でそれぞれのまとめ役、よろしくね?」

 

 そう言って二人からの恨みのこもった目を見てみぬ振りをして、残りの4人の元へと向かう。どうやらこっちで話している間にも話は進み、ほんのちょっと時間でも十分に仲良くなれているようだ。翔真はフレデリカの突拍子も無い言葉にも上手く言葉を返し、キリオはキャシーに先ほどのポーズの経緯を聞いている。実際の所かいつまんで説明すると、到着する少し前に、キャシーがせっかくだから最初に何か面白いことをしようと提案したのがきっかけだったらしい。そこからいろいろと案が出された結果、あのポーズとなったとのこと。ちなみに動いたら負けというのはフレデリカが勝手に追加した冗談だった。そんな話をしている内に周子の顔がいつもの白さを取り戻し、九郎も渋々だが納得したのか諦め顔で合流し、改めての自己紹介となった。

 

「それじゃ、れでぃーふぁあすとってもので、そちらの皆さんからどうぞでにゃんす」

「いやいや、ここは男性の皆さんからバシッっとかっこよく決めていただきたいでございますねぇ」

「せっかくあんなに面白いのを見せてもらったんだ。そのまま自己紹介が見たいじゃないのさ」

「うちはもう絶対あんなんやらんけどもね」

「でもでも、それ言ったらそういうのやってない側からやるのもいいんじゃな~い?」

「もう誰からでもいいでしょう」

「「「「「じゃあどうぞどうぞ」」」」」

「・・・皆さん本当は打ち合わせしてたでしょう?」

「そんなことあらへんよ~」

「「ね~?」」

「はぁ・・・もういいですよ・・・じゃ、私から順に左回りでいきますよ」

 

 どこかで見たようなネタを交えつつ、そこからは順次自己紹介をしていく。周子の時には翔真から『さっきの可愛かったわよ』という言葉が飛んで、また危うく発熱モードになりかけたが、今回はなんとか抑えたようだ。そしてグルリと一周終わったところで、そういえばとキリオが声を上げる。

 

「もしかして、そちらの金髪のお二人さん、合同ライブでワガハイとご一緒するお二人にゃのでは?」

「ええーそうだったのー?」

「いや、さっき見て来たとこでしょ。そう!何を隠そう、猫柳キリオさんとご一緒させていただくお二人ってのは、あっしら二人のことでござぁい」

「どこのお国の方ですかね?」

「ビックリだけどあれでも生粋の平成の日本生まれ日本育ちなんよね~」

「いやぁ、まさかそこが組むことになるとは私も予想してなかったからね~。面白いこともあるものね」

「ほんとに楽しそうね、プロデューサーちゃん」

「えぇ勿論。私の好きな事は、アイドルの可能性をいろんな方向に広げることだもの。こんなにいいチャンスは早々無いですからね」

「ふふ、ボウヤも九郎ちゃんも、新しい刺激でいい成長が出来そうね」

「あら、勿論翔真さんも、ですよ?」

「おっと、アタシとしたことが。勿論アタシだって頑張らないとね」

「ちょっとちょっとプロデューサー?なぁに内緒話してんのさ」

「なんでもないわよ。さ、そろそろスタッフさんに挨拶して、撮影の準備に入りましょう」

 

 その言葉に各々が返事を返し、一同はスタッフへと挨拶をする。その際に、今回はどういった場所を回るのかという話になったところで、金髪一号ことキャシーが口を開いた。

 

「ふっふっふ・・・今回のロケ地であるここ浅草・・・何を隠そう、このキャシーちゃんの生まれ育った町よ!あっちの端からこっちの端まで、浅草の中はまるっと全部キャシーちゃんの庭ってもんよ!」

「そりゃあ心強いねぇ。それで、どんなところを紹介してくれるんだい?」

「そいつは行ってのお楽しみってもんさ!テレビで有名なあのお店から、ご近所さんでも知らないような秘密のお店まで、おいしいところは残さず出すつもりで行こうじゃないさ!」

「それはにゃんとも楽しみでにゃんすね~」

「ねぇねぇシューコちゃん。食べ物以外のお店ってどのくらい紹介されると思う?」

「多くて2個くらいじゃない?」

「期待して・・・いいんでしょうか・・・?」

 

 なんとも不安になりそうな雰囲気だが、とにもかくにも今回の案内人はキャシーで決まったようだ。果たしてこの決定が吉と出るか凶と出るかは、始まってみなければ分からないだろう。そして数分後、撮影の準備も無事に完了し、後はメインメンバーさえ動けばいつでも撮影可能という状態にまでなったようだ。とは言うものの、ゲスト側は後での参加になるので、まずは彩の3人が準備を進める。

 

「さて、もうすぐ開始だけど、準備は大丈夫?」

「ワガハイはいつでもおーけいでにゃんす!」

「アタシも大丈夫だよ」

「はぁ・・・。私も、大丈夫です」

「も~。クローくんもそろそろしゃきっとするでにゃんすよ~。そんなんじゃ、かわいこちゃんたちに笑われちゃうでにゃんすよ?」

「分かってますよ。もう吹っ切れました。いつもどおりやらせていただきます」

「その意気だよ九郎ちゃん。さて、いつでもオッケーよ」

「ん、了解です。それじゃあスタッフさん、準備できたら始めてください!」

「「「はーい!!」」」

 

 周りからは大勢の返事が飛び、カメラやその他の機材なんかがあわただしく動く。そして、ついに収録はスタートした。

 

「んにゃっほほ~い!今回も始まったでにゃんすよ~!」

「アタシたち彩の3人が、日本のいろんな場所を巡る旅番組」

「今回は2度目になりますが、東京は浅草に参りました」

「ではでは、笑顔を探しに東へ西へ」

「彩り広げて浮世を歩き」

「届けてみせます、日本の心」

「「「『ワンダフル日本、笑顔の景色』スタートです(だよ)(でにゃんす)!!」

 

「・・・いや、少しは合わせーや」

 



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お騒がせ双子大爆発!~トリの栄冠は誰の手に?~

 

「さーてさてさて真美さんや?」

「なーんでござろう亜美さんや?」

「さっきも言ったとおり、今回はすっぺしゃ~るってなわけで、超超超豪華なゲストさんが来てくれてるじゃああ~りませんか」

「お~!真美ともあろうものがうっかりしてたじゃあ~りませんか!ではではでは~?そろそろ、紹介コーナーの方、いっちゃいますか~?」

「いっちゃいましょ~!ってなわけで、最初のリアクションでいっちばんいい感じのリアクションをくれちゃったけど、絶賛待ちぼうけをくらって油断しちゃってる奈緒ねーちゃんからいってみよ~!」

「えぇ!?い、いや!台本だったら向こうからって・・・」

「ほっほぅ・・・さては奈緒ねーちゃん、トリになるからって、サイッコーに面白いネタを用意してくれちゃってるね~?」

「まっ・・・」

「な、なんだってー!も~、奈緒ねーちゃんってば、そんな大事なことはもっと早く言ってくれないとじゃ~ん。それなら、しっかりトリを務めてもらわないとだよね~」

「あの・・・」

「それじゃあ改めて、サイッコーに面白いネタを用意してくれてる奈緒ねーちゃんのために場を暖めてもらうべく、ピエるんから自己紹介、いってみよっか~!」

「やふー!ボク、ピエール!今日はBeitの二人も一緒!頑張る!」

「うんうん。やっぱりピエるんの元気いっぱいの自己紹介はいいですなぁ・・・これにはテレビの前のにーちゃんねーちゃん達もときめいちゃったんじゃな~い?」

「だ・け・ど!そ~んな中でもおねーさまがたの視線を奪っていっちゃうのがお次の王子様!実は収録のたんびにいろんなところでカットシーンを大量生産しちゃってるお茶目さん。みのりん、いっちゃって~!」

「あはは・・・その節は毎度スタッフさんありがとうございます・・・っと、改めまして、Beitの渡辺みのりです。今日は対戦形式というスペシャル回に呼んでもらえて光栄です。絶対勝つから、応援してくださいね」

「う~ん。こうやってさらっとアピールしちゃって、それなのに嫌味なところやあざとさがないのがみのりんの良さだよね~。おねえさまがたの声援はぜーんぶみのりんが独り占めかも?」

「そ~んな二人を率いるのは、ゲスト参戦回数1位タイ!もはや準レギュラー!いや・・・もしかするとレギュラーも狙ってるんじゃないかにゃ~?恭二にーちゃん、いってみよ~!」

「うっす、Beitの鷹城恭二だ。今日も全力で楽しませてもらうぜ。それから、レギュラーはマジで狙ってないからな。こういうのはゲストで入る方が自由にやれるから楽しいんだよ」

「な~るほど、司会だと見てるだけの時もありますからな~。真美も見ててたま~にそうじゃないよ~って言っちゃいそうになるんだよね~」

 

 ・・・いったいどこからこれだけの言葉が出てくるのだろうか・・・。見てる人からそんな感想も出てきそうな司会進行をしているこの双子こそ、765プロダクションに所属アイドル、双海亜美と双海真美である。自称元祖双子アイドルであり、自称アイドル1の物真似上手であり、自称妹にしたい双子ランキング1位である。とまぁそんな冗談はさておいて、開始早々のこのはっちゃけ具合を見ていただいて分かるとおり、まさにやりたい放題だ。これで何故怒られないかと言えば、この二人が自由にやればやるほど、不思議なことにこの番組の視聴率や評価率は上がっているのだ。まぁ何よりもスタッフ達もこういったノリが好きな人間が集まっているというのも少なからずあるのだが、それはそれである。と、ここで彼が全員のほうを順番に見ていると、明らかに一人、彼にヘルプのサインを送っている人物がいる。カメラに映っていないタイミングで必死に彼に助けを求めているが、この状況で彼に何が出来ようか・・・。そして彼は深く一度頷くと、彼女に向けてサインを返した・・・。手を握り、親指だけを伸ばし、それを天へと突き立てる。それは見事なグッドサインだった・・・。それを見た少女が口パクでバカと叫んだのは言うまでも無いだろう。

 

「んっふっふ~男性メンバーの紹介が終わって、次はテレビの前のにーちゃんお待ちかね、女性メンバーの紹介ターーン!まずは!恭二にーちゃんと同じくゲスト最多出場のさなさな~!」

「は~い!ゲーマーアイドルこと、三好沙南でーす!今日はチーム戦ってことらしいから、いっつもより気合入れて、頑張っちゃうよ~!」

「うむす!いつもどおり明るく元気でパーフェクトな挨拶ですな~。世のにーちゃん達は、もし町のゲーセンでさなさなを見かけても、自分から声かけたりしちゃだめだかんね~?」

「最近は登下校中の子に挨拶しただけで騒がれちゃう・・・なんとも悲しい世の中だねぇ・・・さてさて、そんな社会のグレーな部分を投げ捨てるために、こちらもグレーをぶつけようじゃあありませんか!ひなひな!挨拶れっつらごー!」

「誰がグレーな部分っスか。っと、申し送れたっス。自分は荒木比奈っていいます。沙南ちゃんの仲良しメンバーとして選ばれたみたいなんで、頑張っていくっスよ~」

「この無気力に見えて実は結構やる気満々とこ、嫌いじゃないぜ~?でもでも、そのやる気はもーっと別のところにも向けないとなんじゃ・・・あ、これ以上はダメ?も~しょうがないな~。ひなひなはちゃんと後で止めてくれたにーちゃんのお礼言わなきゃダメだよ~?」

「そ~んなひなひなと事は置いといて・・・さぁついに、お待ちかねの時間が来ましたな~」

「そうですな~・・・わざわざ流れを止めてまで最後がいいと言ったほどのサイッコーの自己紹介・・・見なくちゃ番組も始められないってなもんですよ」

「では・・・」

「では・・・」

「「ではではでは!」」

「奈緒ねーちゃん!」

「自己紹介!」

「「いっちゃってー!!」」

 

 その言葉と共にセットの証明が暗くなり、奈緒にのみスポットライトが当てられる。何度も言うが、これは完全にあの双子のアドリブであり、今のこの状況は、完全にスタッフの悪ノリである。そして、そのスポットの中央で俯いている奈緒だったが、それもほんの3秒ほど、勢いよく上げた顔は、もはや何か吹っ切れたのか、普段では絶対に見ないような、少し悪戯っ子のような笑顔だった・・・。

 

「あ、あの・・・アタシ、神谷奈緒って言うんだけど・・・実は、ゲームってとっても苦手でさ・・・で、でも・・・みのりさんが、この空気の中でも全力の一発ギャグを見せてくれたら、頑張れる気がするんだ!だからみのりさん・・・アタシのために・・・一発ギャグ、して・・・ほしいな?」

「おーっと奈緒ねーちゃん!!ここでまさかの巻き込みだーー!!」

「対するみのりん!どうかえ・・・」

「喜んで!!!」

「即答!!男だぜみのりん!それじゃあみのりんのギャグまで3秒前!3、2、1、キュー!」

「ゲームの最高難易度をノーミスでクリアする瞬間と、それを見られてたのに気付かずに平静を装って挨拶をする恭二の物真似・・・『これ避けて、これで、ラスト!!・・・っし!!ったーーーー!!やっぱゲームなら俺天才だわ!!!次はどれを・・・みのりさん、おはざす。今日早いっすね』」

「っ!!」

「おおおお!!これはか~な~りレアなものが見れたんじゃあありませんかな~!?」

「さてさて、この件に関してはある方からお話を伺いたいと思うのですが・・・さっきのあれ、本当だったの?恭二にーちゃん?」

「っ!!みのりさん!!聞いてたんだったらなんで何にも言わなかったんすか!!あの後も普通だったから絶対聞かれてないって思ってたっすよ!」

「いやぁ、あんなレアな恭二を見れたし、言わなかったらまた別のタイミングで見れるかなって思って」

「う~む愉快愉快!奈緒ねーちゃんナイスキラーパス!この功績に免じて、自己紹介いじりは勘弁してしんぜよう!」

「はは~。ありがたき幸せ。なんてな。みのりさん、急に振っちゃってごめんなさい」

「大丈夫だよ。むしろご褒美だからね」

「すいませーん、ここカットお願いしまーす」

「みのり。嬉しそう!」

「このまんまじゃあみのりんがダメダメモードになっちゃいそうなので、ここらで自己紹介パートは終了のお時間。スタッフのにーちゃん達がセットを頑張ってくれてる間に、雑談タイムとしゃれこもうぜぃ!」

 

 あわや大惨事というところだったが、どうやら無事に事なきを得たようだ。彼からも編集スタッフに先ほどのみのりのワンシーンをカットするようにお願いをして、彼自身はスタッフの邪魔にならない位置へと移動する。その間も撮影は続いており、セットの中では双子の二人が出演メンバーに今日の意気込みなんかを聞いている。相変わらずテンションははちゃめちゃなままだが、司会進行としてはいい仕事をしていると考えるべきだろうか。と、彼がそんな風に考えている間にセットの準備が完了したようで、早速一つ目のゲームが開始されるようだ。

 

「にーちゃん諸君ごくろー!頑張ってくれたおかげでひなひなの私生活の一部がばらされずに済んだところで、早速やっていっちゃうよ~!」

「今回はさっきも言ったとおり特別ルール!3人対3人でゲーム3本勝負!一つのゲームで代表者を一人出して、代表者同士でレッツらバトル!」

「実は裏で選出順を既に決めてるとか、どんなゲームをやるか最初から分かってるなんて事も無い完全なガチバトル!」

「さぁさぁまずは第一戦目!ゲーム内容は~こちら!!」

「「リズムゲームMAXコンボ対決~!!」」

「ルールはとーっても簡単。ゲームする人は、このリズムゲームから1曲好きな曲を選んでもらいまーす!」

「そして、実際にその曲をプレイしてもらって、できるだーけコンボ数を稼いでもらいまーす!」

「そしてお互いに1曲ずつプレイしたらMAXコンボ数を確認!勝っていた方が一本先取!」

「先に三本とった方の勝ち。ルールはたったのこれだけ!」

「楽にコンボ出来る曲を狙うもよし」

「難しい曲で大穴狙いもよし」

「戦いは数なんだよにーちゃんねーちゃん!」

「なんで君達の歳でそれを知ってるんスか・・・」

「ふっ・・・ボーヤだからさ・・・」

「このためだけにわざわざサングラスまで・・・」

「そんなニューパイプだかユーライクだかわかんないのは置いといて、そろそろ一人目、選んじゃいなYO!」

「シンギングターイム、スタート!」

「歌ってどうすんだ」

「「本日はみんなに~」」

「本当に歌うの!?」

「Foo!!」

「ふーー!」

「これ・・・無事に撮影終わんのか・・・?」

 

 そんな奈緒の小さなぼやきは、こんな状況でもしっかりとカメラを回し続け、その場面をきっちり抑えたスタッフの手によってお茶の間に流れたのは、この収録のオンエアの日であった・・・。

 



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自由気ままに歩きましょう~ツッコミ役は修羅の道?~

 

「おんや~~?今どこからともなくちゃんと合わせにゃさいとのお声が届いたでにゃんすよ~?」

「そ~んなありがたい言葉をくれるカワイコちゃんたちは、どこのどなたなんだろうねぇ?」

「要約すると、本日のゲストの紹介コーナーです。それではどうぞ」

「はいは~い。今回のゲ・・・」

「あ、知らざぁ言ってきかせやしょう!!」

「え?」

「見た目はフランス、中身はハーフ、喋る姿はフレデリカ~。お茶の間のみ~んなに大好きになってもらいたいアイドルTOP30くらいには入ってると思うフレちゃんだよ~」

「ちょっとま・・・」

「生まれも育ちも葛飾柴又・・・人呼んでフーテンのキャシーってなぁ、オイラのことさ・・・ふっ、今日も浅草の風が呼んでるぜ・・・」

「いや、こんなん聞いて・・・」

「んでもって最後に我らがリーダー!」

「泣く子も笑うその美貌。とくとごろうじろ!」

「「どぅるるるるるるる・・・デン!!」」

「えっ・・・この流れでうち!?何なんこれ?」

「シューコちゃん、あれあれ」

「え?えっと・・・お里は違えど下町人情、うちら京都の十八番。聞いて驚き見て笑え?」

「三人合わせて~~」

「「メイド・イン・イタリアン!!」」

「いやイタリアどっから出てきたん!」

「お~!息ピッタリでにゃんす!」

「こりゃあこっちも負けてられないねぇ」

「はい。そろそろちゃんとやらないと監督さんに怒られちゃいますからね。それと、あんまりツッコミ役をいじめすぎると後が怖いですよ?」

「「は~い!」」

「え?ほんまになんやったん?台本もなんも無いからこんな感じでとしか言われて無かったんやけど?」

「実はさっきキャシーちゃんと一緒に考えたんだ~!面白いでしょ?」

「ねぇ九郎さん、うちら二人だけでデートしようや~。絶対その方が二人とも楽やと思うんやけど」

「気持ちは分かりますし、お誘いはとても嬉しいですけど、私達がいなくなった残りの皆さんがロケをすると考えてください」

「ごめん。うちが悪かったわ・・・」

「むっ!心外だねぇシューコちゃん!私達だってやりゃあ出来るとも!」

「そうでにゃんす!くろークンも酷い言い草でにゃんすよ!」

「「ちょっと静かにしててください(しとってな)」」

「息ピッタリだねぇ」

「それじゃ、フレちゃんご一行、しゅっぱ~~つ!」

 

 カット!と声が飛ぶ。その声を皮切りに、そこら中から大きな笑い声が上がる。勿論それは出演者や彼女も例外ではなく、一部の例外を除いて場の雰囲気はとても朗らかなものだ。逆にその除かれた一部は始まってすぐだというのに襲ってくる疲労感か、はたまたこの先の不安を感じてか、二人そろって大きなため息を吐いている。先ほどの周子の発言の通り、この番組には台本というものが存在しない。出演者達によって本当に気ままに気になった場所を見ていくという行き当たりばったりな番組だ。勿論先んじてスタッフが撮影場所を回り、撮影の許可を得ているが、この番組は隔週での放送でありながらかなりの人気を持っており、紹介されたお店や名所なんかは目に見えて人気が出るのだ。よっぽどが無ければ撮影を断れることも無いだろう。と、そんな裏話はさておいて、今はキャシー監修のもと、どういうルートで回るかを考えているようだ。

 

「確か前回は、この先の通りを右手に入って行ってましたね」

「その先に人形焼のお店を見つけちゃったんでにゃんすよね~」

「あぁ~あのお店の人形焼は美味しいからね~。外までいい匂いもするし、つい行っちゃうのも分かる分かる~」

「ほんじゃあ今回は逆に左の方に行く感じなん?」

「いやいや、ここはあえてもう一回右に行っちゃお~!」

「おや、その心は?」

「人形焼食べたーい!」

「キャシーさん、左にはどういうお店があるんですか?」

「えぇ~ん。くろちゃんが冷たいよネコちゃ~ん」

「くろークーン、女の子を泣かしちゃ~ダメでにゃんすよ~?」

「そうですなぁ・・・あっちの通りってなると・・・そうだ!今年で創業80年になる老舗のお煎餅屋さんがあるよ!」

「いいね~。けど、シューコちゃん的には甘いものも食べた~い」

「ふっふっふ。このキャシーさんの情報力を甘く見ちゃあいけやせんぜ。同じ通りにゃあ下町の甘いの筆頭。あんみつを売ってる甘味処がございやすぜ!」

「お~!あんみつ!!フレちゃん大好き~!食べたこと無いけど」

「それならここは行っとかないとねぇ。後はまたいつも通り、気になったところを見ていこうじゃないさ」

「あにゃ?今度はワガハイがしょぼんとしちゃうでにゃんすよ~?」

「はいはい。ちゃんと構ってあげますから、勝手にどこかいったりしないでくださいね」

「やっぱり最後にはちゃんと構ってくれるくろークン大好きでにゃんすよ~!」

「「「ひゅ~~お熱いね~!」」」

「スタッフさんたちも悪ノリは止めてください」

 

 見ていただいて分かるとおり、こちらの番組もメインパーソナリティーである彩の3人と、スタッフ達の仲はとても良い。というのも、単純に彩の3人の、特にキリオの絡んだ掛け合いが面白いからというのが一つ。そして、収録中にスタッフに話を振ったり、美味しかったものをスタッフにもおすそ分けしたりと、普段から仲良くするようにしている。そのおかげというべきか、今のようにスタッフ側からも彩をいじるという事も多々有り、10回目記念の特典DVDでは、撮影の舞台裏を映したメイキング映像が付属され、その評判はかなりの物となり、次も是非メイキングをとの声が相次いだ程だ。と、またもや裏話になってしまったが、どうやらそろそろ撮影が再開されるようだ。

 

「それじゃ、そろそろ始めましょうかい?」

「そやね~。プロデューサーさんもワクワクしとるみたいやし」

「あ、ばれた?」

「プロデューサーからのあっつ~い視線でフレちゃん照れちゃう~」

「照れちゃうでにゃんす~」

「ちょっとおいで九郎ちゃん」

「なんです?」

「あ~内緒話なんてずる~い!」

「ほらほら、キャシーは説明のこと考えとかないとでしょ?」

「自由な喋りでこのキャシーちゃんが黙るとお思いで?」

「あら失礼。それで、そっち二人はいつまで内緒のお話してるのかしら?」

「ほらほら九郎ちゃん。言ったげな」

「な、なんで私がこんな・・・」

「ん~?九郎さんもじもじしてんね~」

「これは・・・面白いものが見れそうでにゃんすね?」

「はぁ・・・ぷ、プロデューサーさん!」

「ん~?なにかしら?」

「その、は、恥ずかしいので・・・あんまり見つめないで、くださいね?」

「っ!!!」

 

 普段は冷静なツッコミ役が、突然ボケるとどうなるか。面白ければそのまま笑いとなり、そうでなければ面白くないことをネタに笑いとなる。では、普段は色白の優男に見えるような男性が、突然頬を染めながら、小首を傾げて年上の女性にお願いをするとどうなるか。答え合わせをしよう。

 

「にゃっははははは!!くろークン最高でにゃんすよ!!」

「うっわ~。今のはプロデューサーさん効いたやろな~」

「あっはは~!プロデューサー顔真っ赤~!」

「ぐぬぬ・・・まさかこのキリの字以外にキャシーちゃん以上に目立てる相手がいようとは・・・侮れんですな・・・」

「いや~いい表情もらっちゃったよ、プロデューサーちゃん。そんな表情も出来るんじゃないか」

「さ、流石に今のは破壊力高すぎるんじゃないかなって・・・お姉さん思うな~。あはは・・・」

「あぁ・・・今すぐこの場から消え去りたい・・・」

「Foo!!」「もう一回!もう一回!」「録音オッケー!?」「バッチリっす!」「新たな世界が見えました」「九郎ちゃんのお姉さんになりたい・・・」

「スタッフさん?その録音とか映像をメイキングで使ったら、私この番組下りますからね?」

「「「サーイエッサー!!」」」

 

 答えは大騒ぎである。まぁそれも仕方ないだろうか。基本的にツッコミ役やら進行役をやることが多い九郎が、突然このようなことをすれば大騒ぎにもなるだろう。だが、騒いでばかりでは収録はいつまで経っても終わらない。ひとしきり騒ぎ終わると、全員が気持ちを切り替えて、改めて撮影開始となった。

 

「それにしても、前に来た時にも思ったけど、この辺の町並みは映画なんかで見そうなくらいに綺麗なもんだねぇ」

「さっすが旦那。目の付け所がいいですなぁ。それもそのはず、この浅草の通りは、時代劇に下町人情物語。果てはタイムスリップ映画と、た~っくさんの場所で本当に使われてるんですともさ」

「なるほど。実際の町並みを使ってるからこそ、いい映像が撮れるというわけですね」

「あ、そういえばシューコちゃんも結構前にこの辺でドラマの撮影してたわ~。他社の番宣になってまうからあんまり言えんのやけどね~」

「なんのなんの!細かいことは言いっこなしでにゃんすよ!そこはほら、あっちのおにーさまおねーさまの皆さんが、あそこの奥のほ~うにいるこわ~いおじさんにお願いしてくれるでにゃんすから。ね?」

(『止めて!!』というカンペが出る)

「ふむふむ、フレちゃんフランスっ子だから日本語わかんな~い。あれってオッケーってことでいいの?」

「もちろんでにゃんす!」

「やった~!スタッフさんたちだ~い好き。具体的にはこの前買った150円くらいのお菓子の次くらいに好き~」

「それあんまし高ぁ無いやん」

「スタッフさんいじりもそのくらいにしないと、また変な無茶振りが飛んできますからこの辺で」

「そろそろどっかのお店にでも寄りたいとこだけど・・・っと、良い所に良さそうなお店があるじゃないさ」

「ほほう、お目が高い。あちらは今年で創業80年にもなる老舗のお煎餅屋さんでございます。代々続く変わらぬ味で、ここらじゃ知らない人はいないってな程の名店ですなぁ」

「おお!おせんべいでにゃんすか!早速お邪魔するでにゃんす!」

 

 これがいつものこの番組の進み方だ。周りを見てゆっくりと歩き、気になるものがあればそこに行く。今回は事前情報を持つキャシーもいるお陰でスムーズに回れるので、さらに調子良く行くかもしれない。だが、いつもいつも、何も起きないままで終わらないのがこの番組が人気である所以なのだ。きっとまた、何かしら起きるのだろう。例えばそう・・・

 

「ごめんくださ・・・」

「んにゃーーー!!!だーからなーんで麗花ちゃんはいっつも茜ちゃんの食べる分を食べちゃうのーー!!」

「茜ちゃんの方に出てるあんみつさんが、私に食べて欲しそうにしてた気がするんだ~」

「理由になってにゃーーーい!!」

 

 本当に偶然に、別の旅番組とロケの場所とタイミングが被ってしまったりするかもしれない・・・。

 



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ゲームスタート!!~好きな物を好きなだけ~

 

「さーて無事にシンギングタイムも終わったところで」

「言葉どおり本当に歌ってたしな」

「細かいことは言いっこナッシングだぜ~恭二にーちゃん」

「そうだよ恭二。せっかく765プロのトップアイドル二人が生で、それもアカペラで歌ってくれたんだ。喜ばないとだよ」

「みのり!楽しそう!」

「んじゃ、気を取り直して、お互いの一人目のプレイヤー発表ターイム」

「まずは男性チームから、一発目のにーちゃんはだれだーい?」

「やふー!一人目はボクだよー!」

「ほほー!男性チームはピエるん!対する女性チームは~?」

「こっちはあたしだよ」

「む、奈緒ねーちゃんか~。それじゃ、お互いに選出した理由を聞いてみよ~」

「ボク、難しいゲームって出来ない。でも、音楽ならダイジョーブ!」

「あたしも似たような感じかな~。この先どんなジャンルが来るかわかんないけど、あたしが一番出来るのは音楽ゲームだろうし」

「うむす。二人ともアイドルやってるだけあって、リズムゲーには自信ありって感じだねぇ」

「ならば、その力を思いっきり発揮してもらおうじゃああ~りませんか」

「それじゃあ後ろで頑張ってくれたスタッフのにーちゃんのお陰で準備も出来たことですし」

「早速第一回戦」

「「いってみよ~!!」」

 

 二人の声が合わさると同時に、中央のモニターにはゲームの画面が映し出される。そこをカメラがしっかりと映し、その間に奈緒とピエールは中央付近の待機席に移動。残りのメンバーは少し外側の席に移動した。プレイヤーは一番真ん中、司会席にゲームの実機を置くので、そこでゲームをプレイする。真剣にやるもよし、実況しながらやるもよし。その人のポテンシャルが試されるのもこの番組の持ち味の一つだ。ちなみにゲーマー二人は、遊びがある時は基本かなり喋りながらやるが、本気モードに入ると一言も話さなくなるタイプである。

 

「最初のジャンルは音ゲー!」

「専用コントローラーを使ってレッツリズム!」

「楽曲はジャンルごとに分かれて、なんと150曲を収録!」

「今回は1回の勝負事に同じジャンルから曲を選んでもらうよ~」

「曲自体は変えてもいいし、あえて同じ曲で勝負を仕掛けるもよし!」

「さぁさぁ、先か後か、決めてちょうだいな!」

「う~ん、ここは様子見で後がいいけど・・・」

「やふー!それならボクが先にやるよ!」

「え、いいのか?もしかして知ってるゲームとか?」

「ううん。でも、奈緒は女の子。だから、優先するの、大事」

「おお~!ピエるんかっこいいー!!まさに王子様!これにはテレビの前のねーちゃん達も鼻血ものですなぁ」

「カッコイイよピエール!!」

「テレビの中のにーちゃんからも熱い声援がきてますなぁ~とまぁそれはさておき、奈緒ねーちゃんは本当に後でいいのかい?」

「そうだな。せっかく選ばせてくれるんだし、遠慮なく後にさせてもらうぜ!」

「それじゃあピエるん!楽曲のジャンルを選んでくれたまえ!」

 

 ピエールが真ん中の席へと移動し、ゲームを操作し始める。ほぼタイムラグもなく後ろのモニターにはその映像が映り、ピエールはジャンルをいろいろと見ている。J-POP、洋楽、アニメソング、懐メロなどのジャンルがある中、ピエールのカーソルはJ-POPで停止した。

 

「ほほう、J-POPとは無難ながら、いい所を突きますなぁ」

「ここなら知ってる曲、多そう!」

「うむす!絶対に洋楽とかよりは知ってる曲のオンパレードですな!」

「ほんじゃ、早速一曲目を選んじゃってちょうだいな!」

 

 ピエールが曲を選び始めてる間、スタッフに混ざり様子を見ていた彼は他のメンバーの様子を見てみる。恭二と沙南は真剣そのものだし、みのりも言わずもがな夢中で見ている。比奈は少しあくびをかみ殺してる状態だが、彼がジッと見つめて、目が合った瞬間にヤバイと思ったか、すぐにしっかりと表情を引き締めていた。奈緒はというと、どことなくそわそわしているのが伺える。彼が何かあったかとサインで聞いてみたが、特に何もないとの答えが返る。そんなやり取りの間にピエールは曲を決めたのか、画面には2クールほど前のドラマの主題歌になった曲が選択されている。

 

「うーむ。しょっぱなの曲としては申し分ない知名度と難易度ですなぁ。んではでは、お手並み拝見といきやしょう!」

「さぁピエるん!レッツスタート!」

「やふー!ボク、頑張る!」

 

 ゲームがスタートすると、曲が始まる。どうやらこのゲームは、上から下にノーツが降ってきて、それをタイミングよく叩くタイプのようだ。基本は落ちてくる場所にあわせてボタンを押し。長押しや矢印なんかは、専用のタッチパットでも出来るようだ。手元のボタンと、タッチパットの操作で忙しいが、ピエールは早い段階で慣れたのか、曲のAメロ終わり頃から順調にコンボ数を増やしている。

 

「やふー!このゲーム!楽しい!」

「うむうむ。やっぱりゲームは楽しんでなんぼですなぁ」

「調子よさげなピエるん!このままラストまで行っちゃうかい!?」

「がんば・・・あっ!!っとと」

「おおっと!間一髪セーフ!長押しの終わりに矢印とは、中々に巧妙なトラップですなぁ」

「ピエるんの反応速度も中々よのぉ。離す直前に指先だけで横入力を成功させるとは」

「もうちょっと・・・あぁっ」

「ありゃりゃ。今度は失敗。やっぱりラスサビには引っ掛けがあるのが音ゲーの常識じゃの」

「てなことを言ってる間に一曲メ終了ー!!」

「うー・・・もう少し頑張りたかった・・・」

「さてさて、今回はMAXコンボで勝負するので、ピエるんのコンボ数は~~じゃん!357コンボ!!」

「初プレイのゲームでこれなら見込みあるね~」

「いいよ!よく頑張ったよピエール!!」

「やふー!次はもっと頑張る!!」

「さてさて、次は奈緒ねーちゃんの番ですぜぇ?」

「J-POPから一曲、さぁさぁ何を選ぶんDai?」

「う~ん・・・」

 

 今度は奈緒の番だ。中々決めかねていたが、ようやく決めた一曲は、他事務所のアイドルの曲のようだ。

 

「アイドルの奈緒ねーちゃんが、別のアイドルの曲をゲームでプレイ。これは新たなハリボテーションのフラグかな?」

「コラボレーションな。というかそんなのないから!怒られちゃうから勝手なこと言っちゃダメだって!」

「そこらへんはほら、えらーいとこにいる大にーちゃん大ねーちゃんがちょこちょこっとしてくれるから」

「いや、あっちで小にーさんがバッテン出してるから」

「ちぇっ、つまんないの~」

「もっともっとハンガリーにならなきゃだよにーちゃんたち!」

「ハングリーな。まーた下の方にテロップで出るんだろうけどさ」

「そんなオトナのジジョウは置いといて、さぁさぁレッツプレイだよー!」

「ふぅ・・・よし!」

 

 雑談を終えて気合を入れてから、奈緒のゲームがスタートした。サビから始まるタイプの曲のようで、いきなりの速いテンポに少し調子を崩されていたが、先にピエールのを見ていたお陰か少し調子よく出来ているように見える。

 

「ほほう。伊達にピエるんに先にやらせたわけじゃありませんなぁ」

「ところで奈緒ねーちゃん。さっきスタッフのにーちゃんにあっつ~いラブコールをしてたけど、あれはなんDai?」

「ちょっ!ら、ラブコールって!あぁっ!」

「んっふっふ~。こんなことで取り乱しちゃうなんて、まだまだですなぁ~」

「先に見てからプレイなんだから、このくらいは当然じゃ~あ~りませんか~」

「んぐ!そ、それはそうだけどぉ!!」

 

 その後も亜美真美からの言葉は続き、あれよあれよと言う間に曲は進んで、気付けば終了。

 

「いや~ボロボロでしたな~」

「奈緒ねーちゃんにはガッカリだぜ・・・」

「うぅぅ・・・こんなのがあるって分かってたら絶対先にやったのにぃ・・・!」

「分かったことをただやるだけだなんてつまんないじゃ~ん?」

「さーてさて、奈緒ねーちゃんのMAXコンボは残念ながら261と悲し~い結果となってしまったので」

「音ゲー勝負1本目は、ピエるんの勝利!!」

「「ぱちぱちぱち~!!」」

「やふー!勝ったよ!恭二、みのり!」

「いいぞ、ピエール!その調子でいこう!」

「どんまいだよ奈緒さん!」

「まずは落ち着くっスよ~」

 

 双方から応援や賞賛、アドバイスが飛び交う中、ここで一度休憩が入る。亜美真美たちはスタッフと打ち合わせをしているが、打ち合わせというよりは、あまりやり過ぎないで欲しいという嘆願のように思える。そんなスタッフを苦笑いで見ている彼の元に、奈緒がやってきた。

 

「あ、あのさ・・・プロデューサーさん」

「ん?どうした?奈緒」

「つ、次なんだけどさ・・・あたしがジャンルを選ぶと思うんだけど・・・」

「順番的にはそうなるだろうね。何かあった?」

「いや、そうじゃないんだけど・・・えっと・・・」

「そうだな・・・私からアドバイスするとしたら、好きにやればいい」

「っ!い、いいのか?」

「大丈夫ですよ。それとも、奈緒のファンは、一つの番組の一つの企画だけで、奈緒のことを嫌いになるかな?」

「そんなことない!ファンの皆は、あたしが好きなものや、あたしの気持ちを良いって言ってくれてる!だから・・・あ・・・」

「分かったでしょ?それでいいんですよ」

「うん。分かった!あたし、全力でやるよ!」

 

 最初に声をかけてきた時の彼女は、どこか浮かない表情をしていたように思えるが、今は見るからに晴れやかな表情だ。見ていた沙南や比奈も安心した表情だが、同じく見ていたみのりは、目に涙を浮かべながらうんうんと頷いている。彼も彼女のファンの一人なので思うところがあるのだろうが、事情を知らない人が見たら完全に不審者一歩前だろう。みのりがイケメンでなければ通報間違い無しだ。そんな格差社会はともかくとして、15分の休憩が終わり撮影再開となった。

 

「それじゃあ気を取り直して、今度は奈緒ねーちゃんが先にやる番かな~?」

「さぁさぁ奈緒ねーちゃん。ジャンル選択を・・・」

「もう決めてるよ!あたしが選ぶのはアニソンだ!」

「わぁお!思い切った選択だ!しかしそれもそのはず、前のゲストの時にあっつ~い話をしてくれたのを覚えてますとも」

「奈緒ねーちゃんと言えばアニメ!音ゲーと言えばアニソン!もはや常識と言ってもいいですなぁ」

「好きなものだったら負けない自信はあるよ!」

「自信満々だねぇ!そんじゃ、曲のチョイスもいってみようか!」

 

 よし、と一息入れてから奈緒は曲を選び始める。きっと、アイドルなのにアニメが好きという一面を、思いっきり出していいのか心配だったのだろう。しかし、彼の言葉で自信が出たのか、今は「こんな曲が入ってるのか!」「この曲まで!?」と、嬉々として曲を選んでいる。その楽しそうな表情のお陰で、現場の空気はかなりやわらかくなっているのに気付いていないのは、本人だけなのだろう。勿論気付かないからこそいいのだが。

 

「よし!これに決めた!」

「おお!これは毎週日曜朝8時から、アニメタイムで絶賛放送中の魔法少女フルボッコちゃんリターンズのオープニング曲じゃああ~りませんか!」

「丁寧な説明をサンキューだぜマイシスター!この曲ってことは、奈緒ねーちゃんも本気だねぇ」

「あぁ!まずは一本追いつかないとな!!」

「その意気だぜ奈緒ねーちゃん!それじゃあ~」

「レッツプレーイ!」

 

 曲が始まり、画面には先ほどまでと同じようにノーツが降ってくるが、先ほどと違う、アニメのオープニング映像が後ろで流れている。最初こそそれを見て少しテンションが上がっていた奈緒だったが、すぐに集中しなおして、コンボ数をしっかりと稼いでいく。そしてなんと・・・。

 

『フルコンボ!!』

「わーお!!奈緒ねーちゃん!!まさかの初見でフルコンボー!!」

「これには見ているスタッフのにーちゃんねーちゃんからも拍手の雨あらしだぁ!」

「へへっ!どんなもんだ!」

「やっぱり聞きなれてる曲だと違うんですなぁ」

「やる気が全然違いましたなぁ」

「なお、凄い!でも、ボク、負けない!」

「うむす。ピエるんもやる気バッチシすなぁ」

「それでこそ男の子ってなもんよ!ではでは、早速選んじゃってちょうだいな!」

 

 奈緒のフルコンボに負けじとピエールもコンボを狙うが、惜しくも数箇所ミスしてしまい、コンボ数は届かずとなってしまった。これにより1対1の振り出しに戻り、またピエールが選ぶ番となった。今度は「みのりが色々教えてくれた!」として懐メロを選択。こちらもかなりの接戦となったが、ピエールが勝利。続く4試合目、奈緒がもう一度アニソンを選択し、またもやフルコンボをしてみせ、ピエールの奮闘むなしく、勝負は最終戦へともつれ込んだ。

 

「長く続いたこの戦いも」

「気付けば次が最後の1戦」

「最後はちょっと趣向を変えて、ジャンルを選んだ側が後にプレイする形でやろうじゃありませんか!」

「さてさて、どっちが選択するんDai?」

「やふー!それならなおが・・・」

「いや、ピエール、ここはそっちが決めてくれ?」

「え?でも・・・」

「あたしだと、またアニソンを選んじゃうからな。最後は、お互いにフェアにやりたいんだ」

「んー・・・分かった!ボク、選ぶね!」

「おー!ここにきてこのスペースシップ!美しきかな」

「スポーツマンシップだな」

「そうとも言う」

「さてさてピエるん、どのジャンルにするんだい?」

 

 うーんとうなりながらジャンルをクルクルと動かしていたピエールだったが、それはどれにするか悩んでいるというより、何か不思議なことが起きたのを確認しているような顔に見える。そして、悩み悩んだのか、ピエールは口を開く。

 

「ねぇねぇ。ジャンルって、これ以外にない?」

「およ?どったのピエるん?お気に召さなかった?」

「ううん。そうじゃなくてね、曲の数、足りない」

「足りない?」

「最初の説明、150曲って言ってた。でも、数えたら、120曲しかない。まだ、何かある?」

「ほほう・・・」

「なるほどなるほど・・・」

「「良くぞ聞いてくれました!!」」

「うわっ、びっくりした」

「何を隠そうこのゲーム、さっきピエるんが言ったとおり、最初に遊べる曲は120曲!」

「そして、曲をたーっくさんクリアすることで、隠しジャンルが解放されるのです!」

「そして、その隠し楽曲だけど・・・」

「なんと!この収録前に我らゲーム部のエース!杏奈ちんが!」

「数日間頑張ってもらって!全楽曲出してくれております!!」

「そのメモリーカードがこちら!!いやぁ、さすがは我らがエースですなぁ」

「ちなみに気付かなかったら、テロップとかでちょろっとだけ紹介して、さらーっと流されちゃってたよ」

 

 全員の思考が『気付いてくれてよかった』と統一されたところで、一度ゲームがリセットされ、メモリーカードからデータを読み込む。そしてジャンル選択画面には、先ほどまで存在しなかった『隠し楽曲』というジャンルが追加されている。そしてもう一つ先ほどまでと違い、各ジャンルの右上に『COMPLETE!』の文字が金色で表示されている。

 

「そしてなんと、本来隠し楽曲を出すだけでよかったところを」

「杏奈ちんのゲーマーとしての血が騒いだのか、まさかの隠し楽曲までフルコン済み!」

「このゲーム、フルコンするとMAXコンボ数が曲を選ぶ時に見えちゃうから、最大でどのくらいコンボが取れるのか分かるのだ」

「なので!先行はどのくらいのコンボ数の曲を選ぶか!」

「後攻は相手のMAXコンボを見てから、どのくらいの曲を選ぶのかという駆け引きが出来るのだ!」

「さぁさぁ面白くなってまいりました最終戦!」

「このピエるんからのキラーパスとも言える隠し楽曲!」

「「いってみよーー!!!」」

 



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いい物探し勝負開始!~『普通』は彼女の褒め言葉~

 

「嫌な予感がします。この場を離れましょう。いますぐ」

「うちもさんせー。これ以上はもう無理やって」

「およ?あそこににゃにやら見目麗しいお嬢さんがお二人もいらっしゃるでにゃんす。お話を聞いてみるでにゃんすよ!」

「スタッフさ~ん。カットお願いしま~す。流石にこれは良くないです」

 

 九郎と周子の願いもむなしく、キリオと気付けばフレデリカまで先ほどの声の方へと向かっていた。キャシーは入ろうとしていたお店の人に挨拶をしており、翔真はスタッフの方に動いて何やら確認をしている。

 声がした方にいたのは二人の少女。一人は赤い短めの髪が外側に跳ねており、身長はやや低め。クリクリとした目がどこか特徴的で、全体的にかわいらしいといった表現が出来るだろうか。そしてもう一人は青いロングヘアーをツインテールにしており、こちらは逆に身長がやや高め。とてもにこにことした笑顔をしており、すらっとしたスタイルで美人といった形容詞が合うだろうか。そしてその彼女達から少し離れた場所に、カメラやマイクなどの機材を持ったスタッフがおり、あちら側も何かしらの撮影を行っているのが伺える。プロデューサーこと彼女がどうしたものかと悩んでいると、横から翔真が声をかける。

 

「プロデューサーちゃん。今確認してきたけど、あちらさんは765プロさんの子達みたいだねぇ」

「ですね。赤い髪の子が野々原茜ちゃんで、青い髪の子が北上麗花ちゃん。あの二人がセットって事は、二人が看板の旅番組の収録でしょう。被っちゃうなんて珍しい」

「流石、ものしりだねぇ。ところで、アレ止めなくていいのかい?」

「止めようとして止まるなら、九郎も周子もとっくに行動してますね」

「言えてるね」

「プロデューサーさん、お願いです。今からでも遅くないですから場所を変えましょう」

「シューコちゃん的にはもう手遅れやと思うけどね~。明らかに絡んだらあかんの目に見えてるやん」

「う~ん。確かに他所の番組とブッキングしちゃうのは良くないわね。でもこの日に合わせてスタッフさんも調整してくださってるし、違う場所ってのも急には難しいのも事実だしね」

「あの子達と早い内に離れて、何事もなかったかのように再開できるのが一番なんだろうけど……」

 

 煮え切らない言葉の行き先を翔真、そして残り3人が見やると、そこはもはや混沌(カオス)と呼ぶべき状態となっていた……。

 

「にゃにゃ!?茜クンも猫キャラでにゃんすか!?ワガハイと被ってしまうでにゃんすよ!」

「ふっふっふ~。この茜ちゃんを、そんじゃそこらの猫キャラと一緒にしてもらっちゃあ困るよキリオ君!何しろ茜ちゃんは、誰よりさいっこーにキューートな猫ちゃんなんだから!」

「にゃんと!?それならワガハイは、さいっこーーーにぱわふるな猫ちゃんになるでにゃんす!!」

「レイカちゃんってすごいふわ~ってしてるよね。どうしたらそんなふわ~ってなれるの?」

「普通にしてたらなれますよ~。そういうフレデリカちゃんもふふ~んってしてて、ナイスふふ~んですね~」

「いやいや~それほどでもあるよ~。フレちゃんにかかればみ~んなふふ~んだからね~。よくわかんないけど」

「茜ちゃんもこういうとこ見習って欲しいな~。だからプリンがすぐ食べられちゃうんだよ」

「それ茜ちゃん関係なくない!?っていうか食べてるの麗花ちゃんだからね!?」

「もう、茜ちゃんってばおこりんぼなんだから~。もっとキリオ君みたいに笑ってなきゃダメだよ~」

「んにゃっはっは~それほどでもあるでにゃんす!」

 

「どうするん、あれ。いくらシューコちゃんでもあれは無理やて」

「同じく無理ですね。ただでさえギリギリだと言うのに……」

「ほんとどうしましょうね」

「えらく弱気だねぇ」

「他所様のアイドルってのもあって、かなりデリケートな部分ですからね。それに、向こうだって収録のはずですし、こっちに場所を譲ってくれって言うのも気が引けますし」

「プロデューサーって立場は大変だねぇ」

 

 そんな風に話している間にも、4人はさらにカオス空間を展開していく。向こう側の止めに来たスタッフも見事に巻き込まれ、中々の惨事となっている。こちら側からも誰か行くかと相談している最中、渦中の一人、麗花がこちらに興味を示したのかふら~っと歩いてくる。

 

「こんにちは~。皆さん元気にラジオ体操してきましたか~?」

「あ~、今朝はしてへんかったかな~」

「奇遇ですね!私もです!」

「じゃあなんで聞いたんですか……」

「何かを聞くのに理由っているんですか?」

「い、いえ、別にそういうわけでは……」

「あらら、一本取られちゃったね九郎ちゃん。それで、何か面白いものでも見つけたのかい?」

「はい!」

「?」

 

 翔真の問いに元気よく返事した麗花は、今度はちょこちょこと周りを動きながら、彼女……プロデューサーの事をじっくりと見ている。何がなにやら分からない彼女は、ただただ黙ってそれを見ているしか出来ない。麗花からの先制パンチをもらって若干ぐったりしていた二人も、何事かと見ていたが、正面に戻ってきた麗花は、何か分かったのか、うんうんと頷き、彼女に向けて親指を立て、綺麗なサムズアップでこう言った。

 

「そちらのプロデューサーさん。いい感じにやや普通ですね!とってもナイスです!」

「えっと……褒められてるの……?」

「??褒めてるように聞こえませんか?」

「一般的に見ると、すごく微妙なラインかな?」

「その反応、やっぱりいい感じにやや普通ですね!うちのプロデューサーさんソックリです!」

「プロデューサーさん。シューコちゃん、考えたら負けやって思う」

「同感です。猫柳さんと同じ……いえ、それ以上のものを感じます」

「アタシも同意見だねぇ。ま、それはともかくとして、そろそろ方向性を決めないと、いつまで経っても撮影が出来ないんじゃないかい?」

「そ、それもそうですね。あの~北上さん、向こうから来たってことは、そのまま今私達が来てた方向に向かうんですよね?」

「え、そうなんですか?」

「え?」

「いっつもスタッフさんから好きにしていいって言われてるから、そういうの考えたこと無いんですよね」

「これがいわゆる天才型ってやつなんやろね」

「猫柳さんも似たようなものではありますけどね」

 

 これが天然最上級素材……などと彼女が呆気に取られてる内に、今度はスタッフを引き連れて茜もこちらへと合流する。

 

「もう!麗花ちゃん勝手に別の事務所の人のとこに行っちゃダメだって!」

「え~?でも楽しそうだったし」

「麗花ちゃんは良くてもスタッフさんとプロちゃんが大変なの!ほら!あっちでお互いにすっごい頭下げ合っちゃってるじゃん!」

「うわ~。赤ベコさんみたいでかわいいですね~」

「そうじゃにゃ~~い!!」

「あ、あの、野乃原さん。少しいいですか?」

「んにゃ?あ、うっかりしちゃってた!ご挨拶が遅れてごめんにゃさい!」

「あぁ!それは大丈夫です。それより、偶然こうして撮影が被っちゃったわけだけど、やっぱりそのままってわけにはいかないと思うんです」

「そうだよね~。茜ちゃん的にはおいしいからいいけど、事務所的にはわかんにゃいからね~」

「こちらも似たようなものですね。で、もし良かったらなんですけど、そちらがこれからどっち方面に向かうか教えてもらえませんか?こちらはそこと被らないように動こうかと思いますので」

「ん~~。そうしたいのは山々にゃんだけど、うちってほんとに台本なくて、麗花ちゃんが好き勝手動いて転がっていく番組だからさ~」

「うわ、ほんまに台本無いんや」

「これは流石に驚きだねぇ」

「麗花ちゃん次第ではどうなるかわかんにゃいんだよね~」

「困りものだよね~」

「本人がそれ言うんか~い」

 

 話が進みそうで進まない状態が数分か続き、スタッフ間でもどうしようかという空気が出てき始めた頃、場を動かしたのは先ほどまでお店の人と話していたキャシーだった。

 

「ふむふむ、話は聞かせていただきやした。ここはいっちょ、勝負をしてみるのはいかがかね?」

「「「「勝負?(でにゃんす?)」」」」

「そ!よーいドンで撮影再開して、この浅草でおいしい物、素敵な物、珍しいものをそれぞれ探してきて、収録後に見せ合いっこしてみようじゃありませんかと!」

「へぇ~面白そうじゃないか」

「収録後ということは、お互いの収録は普通にして、ここで会ったのは放送では使わないという事になりますかね?」

「その方がお互いにいいんじゃな~い?ねぇスタッフさん?」

「「是非それでお願いします!!」」

「大変やなぁ上の人も……」

「それで、勝ち負け決めるのは誰~?」

「そりゃあ中立で見てくれる人がいいんだけど、今いるのは全員どっちかのスタッフだもんね~」

「じゃ、そっちのプロデューサーさんが良いと思いま~す」

「え、私?」

「いやいや麗花ちゃん話聞いてた?向こうの人なんだから……」

「大丈夫。あの人、プロデューサーさんに似てていい感じにやや普通だから、ちゃんと見てくれるよ」

「ぷっ……あっははははは!!」

「お、プロデューサーがこの笑い方するのめっずらし~い」

「まぁ確かに、これは笑っちゃうのも仕方ないねぇ」

「……は~笑った。いいわ!そんな風に言ってくれたんだもの、私がしっかりと公平に見てあげようじゃないの!」

「にゃにゃ!プロデューサークンもノリノリでにゃんすねぇ!」

「ついに止める人がいなくなってしまうんですね」

「九郎さん、最初から分かってたことやん。あの人、うちらを纏めてる人なんやで?」

「その通りですね。そんな人がお祭りが嫌いなわけありませんよね」

「「はぁ……」」

 

 二人のため息は突如として決まった浅草いい物探し勝負の喧騒の中に消え、そんな二人を余所にルールが決定されていく。そうして最終的に決められたルールが、『浅草を大通りから東西に分けて探すこと』『お店で販売されている物にすること』『探すのに必死になって、収録を中途半端にしないこと』という3つのルールとなった。とても単純であり、それ以外は周りの人に聞いたりするのも自由で、むしろそういったコミュニケーション能力も勝負の肝となるようだ。スタッフ達もDVDに収録する舞台裏映像に使うつもりなのだろう。しっかりとその様子も映しており、相手スタッフや上の者に使用許可を得ようと相談や連絡をしている者もいる。

 

「さぁさぁ、決まったことだしそろそろ撮影を再開しようじゃないか。このまんまだと勝負どころか日が暮れちゃうよ」

「それもそうですね。勝負はともかく、収録はしっかりしませんと」

「くろちゃんってば、実は内心ワクワクしちゃってるんじゃな~い?」

「してません」

「くろークンは恥ずかしがり屋さんでにゃんすからねぇ」

「よし!そうと決まれば頑張ろうね麗花ちゃん!」

「は~い。あ、ねぇねぇあのお店何かな~?」

「んにゃ!?ちょちょっと麗花ちゃん!まだカメラ回ってないから~!」

「行ってしもたな」

「さ、こっちも再開しましょう。さっきの続きとして、このお煎餅屋さんからがいいかしら?」

「そうでにゃんす!まだワガハイおせんべい食べてないでにゃんす!」

「入ってすらいませんからね」

「はい。じゃあおせんべい屋さんに入るところから再開で、1分後からカメラ回しま~す。準備お願いしま~す」

 

 ようやく動くと言うべきか、スタッフからの声が飛び、彼女も慌ててスタッフ側へと戻って画面側から外れる。気付けばもう麗花や茜の姿は無く、スタッフの数人も挨拶を済ませ、急ぎ後を追いかけていった。あっちも大変そうだと苦笑いしながらも、今はこちらに集中しようとしっかりと6人の姿を見つめる。突如として始まった勝負もあるが、何より今は収録が大事なのだ。彼女の目はプロデューサーの目に戻り、6人も気を取り直して乱入前の調子に戻ったようだ。

 

「5秒前、4、3……」

「ここがそのおせんべい屋さんでにゃんすね?早速おじゃまさせていただくでにゃんす!ごめんくださ~い!」

「猫柳さん、あんまり大声は周りに迷惑ですから」

「おっと、これは失礼でにゃんす」

「あ!おいしそうなデザート発見!フレちゃんあれ食べた~い」

「いいねぇ、後でいただこうか」

「浅草のど真ん中に金髪のビジュアル値高い男女二人がおったら目立つなぁ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。後であんみつ奢ってあげるよ」

「ええの?さっすが翔真さん。男前~」

「あ、おっちゃん久しぶり~!そうそう!今テレビの収録でこっち来てんの!また応援よろしくね~」

 

 戻った、というよりは、悪化したというべきだろうか?そんな風に考えながらも、これもまた彼ら彼女らの良さとも言える所だと考え、暖かな目で見守る彼女やスタッフ達。まだまだ始まったばかりの収録。ここからどんな展開が起こるのかは、ここにいる誰にもまだ分からないことだろう。ちなみに余談だが、こちらから離れて5分ほどで、麗花の頭から勝負の事が消えかけていたそうだ(収録後の茜談)

 



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音ゲー対決決着!!~最高の花束を~

 

「へぇ~。隠しトラックだけあって、いろんな幅の曲があるんだな~」

「そうともさ!このゲームオリジナルの曲やJ-POPに洋楽」

「奈緒ねーちゃんのだーい好きなアニソンもしっかり入ってるYO!」

「べ、別にいいだろ!あ、でもこの曲入ってるのか……」

「そんなこと言いながらしっかり食いつく奈緒ねーちゃんであった」

「ちかたないね……好きなんだからさ……」

「聞こえてるぞ!でもそうか……全部見たけど、あたしにはこれが一番向いてそうだな」

「ほほう。奈緒ねーちゃんはあくまで最後までアニソンで勝負ですな?」

「あぁ。特にこの曲はかなり好きだし、コンボ数だってかなり稼げるんだ。難しいかもしれないけど、やってやる!」

「うむす!いい気合いだぜ奈緒ねーちゃん!」

「泣いても笑っても最後の一回。亜美たち司会は今回はだまーって見てることにしようじゃありやせんか」

「さぁ、奈緒ねーちゃんの好きなタイミングで始めちゃってくれい!」

「ふぅ……よし!」

 

 奈緒の気合の一声の後、曲が決定されてゲームが始まっていく。先ほどまでと違い、かなり複雑な譜面となっていたが、ここまでの4回でかなり慣れてきていたのか、順調にコンボ数を稼いでいく奈緒。そして途切れることなく終盤に差し掛かり、曲の転調にあわせてさらに複雑さを増していく。だが、それも織り込み済みだったのか、少しギリギリな部分もあったが、無事に繋ぎ切り、曲の終了後、画面には大きく『FULL COMBO』の文字が光っていた。スタジオ内は拍手喝采で、対戦相手のピエール含む男性陣も拍手を送っている。

 

「よっっっっっしゃーーーー!!どうだ!!!!」

「な、な、なんとぉ!!」

「杏奈ちんいわく、このゲーム中TOP10には入る難易度のこの曲を、まさかの初見でフルコンボとは!!」

「スタジオのにーちゃんねーちゃん!」

「そしてテレビやPCの前のにーちゃんねーちゃんも!」

「「奈緒ねーちゃんにはーくしゅー!!!」」

「ナオ!すごい!」

「奈緒ちゃんやるっスね!同じアニメ好きとして、鼻が高いっス!」

「奈緒さん最高だよ!」

「へへっ、ありがとな!」

「さぁさぁ、これは後攻のピエるんにはかな~りプレッシャーになっちゃうんじゃないかな~?」

「MAXコンボも中々の数字、これを超える必要があるわけだけど、どうなっちゃうかな~?」

「曲選びも重要ですなぁ。さてさて、何を選ぶのかな~?」

「ボク、もう決めてる」

「おっと!?ここでまさかの発言!既に曲を選んでいたとは!」

「奈緒ねーちゃんが選んでる間に、目星をつけておいた感じだね~。さぁ、注目の楽曲は~?」

「えへへ、これ!」

「っ!」

 

 少しはにかみながらピエールが選んだ曲に、数名が反応する。画面に映された曲名は『Cherish BOUQUET』。何を隠そう、同じくBeitのメンバーであるみのりのソロ曲だ。

 

「ぴ、ピエール。それ……」

「うん。みのりの曲。この前プロデューサー、ゲームにみのりの曲が入るんだって喜んでた。さっき思い出した」

「あぁ。そういや言ってたっけか。このゲームだったんだな」

「愛する仲間の曲で最後の戦いに挑む。泣かせるじゃあありやせんか……」

「しかし良いのかいピエるん?奈緒ねーちゃんの曲のMAXコンボと、こっちは5回分しか変わらない。ってことは、ほとんどフルコンボが条件ってことになる」

「ミスって良いのは最初か終わりの4つ目まで、しかも難易度はあっちよりも高いんだぜ?」

「そ、そうだよピエール!選んでくれるのは嬉しいけど、それで失敗しちゃったりしたら……」

「きょうじがね、教えてくれたの」

「?」

「ゲームってね、楽しくやるのが一番だって。だからね、ボクこのゲームの中の曲で、一番好きな曲をやりたい!」

「あぁ、その通りだピエール。好きにやるのが、一番いいんだよ」

「ピエール……!」

「それにね。ボク、自信ある。みのりの曲なら、絶対に出来るって」

「カッコイイねぇピエるん!それじゃ、その自信のほど、しっかり見せてもらおうじゃないのさ!」

「泣いても笑ってもこれが最後の一曲!奈緒ねーちゃんが逃げ切るか!」

「はたまたピエるんが男を見せるか!」

「みのりにーちゃんの思いも乗せて!」

「「レッツゴー!!」」

「よーし!ボク、頑張る!」

 

 一呼吸だけ空けて、曲はスタートした。高難易度というだけあり、前奏部分から中々の難しさで、見ているスタッフの数人は、あれは自分には無理だなと身震いしたほどだ。だが、ピエールはそれを歌を口ずさみながら綺麗にコンボを繋げていく。そしてサビ、さらには大サビへと突入し、難易度の高さも頷けるほどの難しさとなっていく。周りのメンバーやスタッフ達は固唾を飲んで見守る中、当のピエールは緊張するどころかさらに楽しげにプレイを続ける。そして、長く思えた2分弱も、ついに終わりを迎える。その結果は……

 

『FULL COMBO!』

「っよし!」

「「決まったーー!!!」」

「最後の最後にして!」

「ピエるんまさかの大逆転!」

「そのコンボ差たったの5!」

「だがしかし、されどその差は間違いなく勝っている!」

「765プロゲーム部特別編3本勝負!」

「第1ゲーム、音ゲーMAXコンボ対決は~……」

「「ピエるんの勝利だ~~!!!」」

 

 スタジオ内からは全員から大きな拍手が起こり、先ほどまでゲームを映していた大型モニターには『BeitチームWIN』と大きく表示されている。負けた奈緒も少し悔しそうな顔を浮かべてはいたが、ピエールの屈託のない笑顔に癒されたのか、今は笑顔で拍手を送っている。そしてその拍手から数秒後、一段落したのを見計らって司会の2名が喋りだす。

 

「いや~。これは765プロゲーム部の中でも指折りの名シーンにランクインですなぁ」

「スペシャルDVDの名シーン集には入るのは確定でしょうなぁ」

「えへへ。やった!」

「この無邪気さがまぶちいぜ……」

「あれで真美たちより年上ってのがよくわかんないけどね」

「それがピエールの良さなんだよ!」

「はい、こっちで止めとくんで進めてもらって大丈夫っすよ」

「すまないねぇ恭二にーちゃん……」

「とまぁそれはさておき、残念ながら負けちゃった奈緒ねーちゃんも大健闘だったねぇ」

「いやー頑張ったんだけどなぁ。ごめんな!沙南!比奈さん!」

「いやいや、いいっスよ。あたしだったら、あんなに出来なかったっスから」

「勝負は時の運って言うもんね!大丈夫!後は私と比奈さんに任せてよ!」

「まぁ、やれるだけやってみるっスよ」

「うん。任せた!」

「いや~、男同士の友情も熱くていいけど、女の子同士だって負けていませんですなぁ」

「むしろ男性メンバーよりしっかりしてるっぽいけどね」

「女の子は強い生き物だからね」

「草食系男子を食いつぶす勢いで頑張っていただきやしょう」

「さぁ、気を取り直したところで」

「そろそろ次の勝負の発表ターイム!」

「3本勝負第2試合」

「勝負の内容は~」

「「クイズゲーム3本先取勝負~~!!」」

 

 中央の大型モニターに、大きく今二人が言った内容、クイズゲーム3本先取勝負と映される。こちらのルールも先ほどとほとんど同じで、お互いに順番にジャンルを選び、選んだ順にクイズをプレイする。問題はそのジャンル内から10問選出され、その正解率で勝負する。これを繰り返し、先に3回勝った方の勝利となる。

 

「大まかなルールはさっきと変わんないけど、大事なのはここから!」

「このゲーム、ジャンルを選んだ方は好きなジャンルで勝負できる超有利なルール!」

「だけどその代わり、このゲームの一つのジャンルの中に、問題は60問しか入っておらず、それが完全にランダムで出題される!」

「つまり、同じ問題が出題される可能性もあるのだ!」

「さらに、解答形式も色々あり、基本の4択クイズ、文字の並び替え形式、文字数指定の入力形式等々」

「有利な側が難しいの引いたり、逆に不利な側が運任せでも当たっちゃったりと、実力だけが大事じゃないのだ!」

「さらに、2対2にもつれ込んだ時の最終戦は、超特別ルール!」

「お互いが自分の好きなジャンルをそれぞれ選んで、その自分の選んだジャンルで勝負してもらうよ~」

「ただ~し!そこまでの4試合で選ばれたジャンルは使用不可!」

「手付かずのジャンルから選んでもらうかんね!」

「一気に勝ちを狙って有利なジャンルを先に使うか!」

「はたまた最終戦を狙って得意なジャンルを温存か!」

「ちなみに、正解数が同点になった場合はサドンデス!」

「同じジャンルで同じ順にもう一回ずつやって勝負を決めるよ!」

「回数を重ねる毎に答えが分かるのが増えちゃうから、ジャンル選ぶ側は気をつけないとだよ~?」

「さぁさぁそろそろいいかな?お互いのチーム、残り2人からどっちが出るんだい!?」

「女子チームからは比奈さんだよ!」

「まぁ、最終戦のルールはなんとなく予想つくんで、そっちは沙南ちゃんに任せたいっスからね~」

「Beitチームはみのりさん。お願いします」

「うん。アクションとかよりは出来ると思うよ。一応年長者だし、頑張らないとね」

「うむうむ。順調で妥当な選出ですな」

「ひなひなは最終戦で待つさなさなのためにも、頑張らんとですなぁ」

「みのりにーちゃんは、恭二にーちゃんの活躍見たいからって手を抜いたりしちゃあダメだかんね!」

「勿論。全力で頑張るよ」

「個人的には少し手加減して欲しいっスけどね~。だめっスか……?」

「お~っと!ここでまさかの盤外戦術!」

「ひなひな、普段は滅多に見せないアイドルフェイスの上目使いだ~!」

「ぐっ……!」

「みのりにーちゃんは胸を抑えて大きくうずくまる……!」

「負けるなみのりにーちゃん!恭二にーちゃんのために!!」

「そうだ……俺は、恭二のためにも、勝たなくちゃいけないんだ!」

「みのりにーちゃん!腹痛の精神でなんとか耐えた~!」

「不屈な。というか、この茶番いるのか?」

「こういうのもありかなって」

 

 スタジオ内はさっきまでのピエールへ向けた暖かい笑顔から、純粋な笑いに包まれる。やはりこの二人が喋る時は、どうにも話を面白おかしい方へと進めなければ気がすまないようだ。しかし、いつまでも笑っていては収録が終わらない。スタッフ達も気持ちを切り替えて、諸々の準備に動く。その間に出ていたメンバーは水分補給等も兼ねて一度席を外し、今は彼の下へと集まっている。

 

「ピエール。よく頑張ったな。最後の凄かったぞ!楽しかったか?」

「うん!みのりの曲大好きだから、すっごく楽しかった!」

「うぅっ……!ピエールがそんな風に言ってくれて、俺は嬉しいよ……」

「はいはい、落ち着いてくださいって」

「奈緒も、惜しかったけど、よく頑張ったな。間違いなく、このゲームで一番楽しんでたのは奈緒だったよ」

「へへっ、プロデューサーさんのお陰だよ!でも、悔しかったなぁ……ピエール。次は負けないかんな!」

「またやろうね、ナオ!」

「さて、次は比奈さんとみのりさんだけど、二人ともこういうの案外得意そうだから、面白い勝負になりそうですね」

「あたしはまぁ、ネットやらなんやらで多少はいろんな知識持ってるかな~ってくらいっスね」

「俺もたまに新聞やニュースを見たりするくらいだからね。ジャンル次第って所かな」

「そのくらいの方が楽しめそうでいいですよ。っと、そろそろ撮影も再開するみたいだ。皆、ここからもこの調子で頼んだぞ!」

「「「「「「はい!(は~い)(ハーイ!)」」」」」」

 



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ガラスに映った華の彩り~華の浅草良い物探し~

 

「ん~!あんみつって美味しい~!」

「初めてのあんみつはお気に召したみたいだねぇ」

「あんみつにもいろいろあるけど、ここのんはシンプルで美味しいわ。後で紗枝はんにも教えてあげよ」

「んにゃにゃ!こっちのおせんべも負けてないでにゃんす!長年変わらぬ味加減に焼き加減。素晴らしいでにゃんすよ!」

「初めて食べたものをさも長年食べてきたように言えるのは貴方くらいですよ」

「え?こないだのライブ見てくれた?まいったな~。これでまた浅草でのあたしの評判が上がっちゃうよ~」

 

 自由っていうのを形にするとこうなるんだと言わんばかりの自由っぷりである。先ほどまでのやり取りなど無かったかのように各々が好きに動いている。カメラマンも誰を映せば良いのやらといった表情だ。それを少し離れた場所で見る彼女はというと、何故か満足げな表情をしている。きっとこの組み合わせにしたのは正解だったと思っているのだろう。名前の通り、苦労する者もいるが、それは必要経費とでも考えているのだろうか。

 

「さてさて、浅草ってのはこんなもんじゃあございやせん!あっちにもこっちにも、まだまだ見るとこ聞くとこ触るとこ!山のようにあるんでさぁ!」

「それじゃ、ここは一つキャシーちゃんに食べ物以外のオススメを紹介してもらおうじゃないさ」

「よし来た!それならまずは、浅草と言えばこれ!人力車で移動開始ってなもんよ!」

「おお~。フレちゃん人力車って初めて見る~。運転していい?」

「フレちゃん。人力車は乗っけてもろたら後は勝手にやってくれはるんやで」

「前に来たときも乗せていただきましたが、人が乗ったこのサイズの台車を引っ張る皆さん。本当にすごいですね」

「くろークンくらいならワガハイでも運べそうでにゃんすねぇ」

「ボウヤくらいなら、アタシも運べそうだけどね」

「じゃあ翔真さんはフレちゃんが~」

「いや無理やて」

「人力車を引いてくれるお兄さん達のあたたか~い笑顔ももらえた所で、さぁさぁ乗った乗った!」

「よろしくお願いします」

「よろしくでにゃんす~!」

「ねぇお兄さん、これって免許あったりするの?」

「いやさすがに無いでしょ」

「ありやすよ!」

「あんの!?」

「冗談です」

「嘘か~い!」

「ユーモアのあるお兄さんだねぇ。こっちも頼むよ、お兄さん」

「美人さん乗せりゃ体力なんざいくらでも沸いてきまさぁ!」

「おや、嬉しいねぇ。だけど残念、アタシは男だよ」

「えぇ!?うちのかみさんより綺麗だってのに!?やっぱ世の中わかんねぇことだらけだ」

 

 キャシーと女性カメラマン、周子とフレデリカ、九郎とキリオ、そして翔真と小柄な男性カメラマンという割り振りで人力車へと乗り込み、景色を眺めたり、いろんな場所の説明を受けながら次の場所へと移動していく。時折引いてる男性よりも詳しいことがキャシーから飛び出したり、キリオやフレデリカが勝手に下りようとしたりと大変ではあったが、揺られること15分で次の場所へと到着したようだ。と、到着した所で一度カットが入り、収録再開からようやくの小休止となった。

 

「にゃっふふ~。人力車楽しいでにゃんすね~」

「急にドアを開けようとした時はどうなることかと思いましたがね」

「お兄さん慌てたはったなぁ。九郎さんが止めたからなんとかなったけど」

「ボウヤ。危ないことはあんまりしちゃダメよ?」

「うにゃ~。気をつけるでにゃんす」

「それでそれで?今度はどんな美味しいもののお店なの?」

「残念無念。美味しいもの以外と言われたから、次は食べ物じゃないんでさぁ」

「あ、ほんまに食べもんちゃうんや」

「あれ?信じられてなかったの?」

「はいはい。雑談は後にして。はい、飲み物」

「あら、ありがとうね、プロデューサーちゃん」

「ありがとうございます」

「なぁプロデューサーさん。さっきの勝負の話、どないすんの?」

「ん?そりゃあやるって言ったからにはやるよ?勿論公平を期すために私はなーんにも口出ししないけど」

「んにゃ~。美味しいものに素敵なもの、珍しいものでにゃんすよね~」

「言いだしっぺのキャシーちゃ~ん。なんかある~?」

「パッて思いつくのならいくつかあるんだけど、簡単に思いつけちゃうものじゃあなんかな~って」

「今から行く所の物はダメなんですか?」

「ダメってことも無いんだけど、一歩足らない気もするんだよねー」

「せっかくなら他に無いくらいのものにしたいものねぇ」

「ここまで浅草育ちをアピールしてきた身としては、勝たないわけにはいかんのですよ」

「それも大事だけど、今はまず収録の方も大事にしてよ?あなた達はゲストなんだから。自由に、とは言っても相手さんの迷惑になるような事じゃダメだからね」

「え~?フレちゃんそんなことしないよ~。3回に1回くらいしか」

「せやな。手前2回が大丈夫やった思うから今回が3回目やで」

「その情報は欲しくなかったですかね……」

「くろークンは心配性でにゃんすねぇ~。大丈夫でにゃんすよ!そんな時のためにワガハイがいるんぞなもし!」

「……」

「九郎さん、よう言うん我慢しはったな」

「いえ、慣れてますから」

「九郎ちゃんも気苦労が絶えないねぇ」

「他人事ですなぁ翔真さん」

「ふふっ、いざって時は助けてあげるつもりだけどね」

 

 彼ら彼女らの自由さにもそろそろ慣れてきたのか、周りのスタッフ達も笑いながらその会話を見ている。何人かはカメラも回し、メイキング映像に使えるシーンを逃さないようにしているようだ。このアットホーム感も撮影には大事であり、メンバーの緊張がほぐれたり、いい空気でスタッフ達も仕事ができるので、お互いに良いことばかりなのだ。時折肝を冷やす発言があったり、時間が押してしまったりすることもあるが、そこもまた自由だからこそのものだとある程度は割り切られているように思える。そんな良い空気の中、小休止も終わり撮影再開の流れとなる。再開は人力車を降りるシーンからなので、もう一度乗りなおし、すぐ様再開となった。

 

「はいはいとうちゃ~く!」

「お兄さんたち、ありがとうね」

「ありがとうございました」

「ん~!座りっぱなしで疲れちゃった。休んでいい?」

「座ってたんやから十分休めてるでしょ」

「さてさてキャシークン、ここはなんのお店なんぞな?」

「ふふふ、良くぞ聞いてくれました。こちらのお店はとんぼ玉の制作体験の出来るお店でごぜーやす!」

「とんぼ玉?」

「綺麗な模様を付けて、真ん中に穴を開けたガラス玉のことを、とんぼ玉と言います。はるか昔に海外から伝えられた技術ですね。主流なのは江戸とんぼ玉と呼ばれており、根付けやかんざしなんかの装飾品に付けられたりしています」

「さっすが九郎ちゃんだねぇ」

「それで、ここはそのとんぼ玉を自分で作れるってことなん?」

「まぁ体験教室ってやつだから、1から10までとは行かないけどねん」

「でもそれ面白そ~う。フレちゃん、自分の顔とか描いてみた~い」

「にゃかにゃかに難しそうでにゃんすけど、ワガハイも猫の顔を描いてみたいでにゃんす!」

「流石にそれは無理でしょうね。しかし、こういう体験ができるのは良いですね。是非やらせていただきましょう」

「んではでは!レッツゴー!」

 

 九郎の説明を受けて興味が湧いたのもあり、一同はそのまま店の中へと入っていく。中には所狭しと様々な柄のとんぼ玉が並べられており、それぞれが惹かれる色のとんぼ玉の方に散っていく。九郎は緑を主体にしたとんぼ玉、フレデリカは黄色や金、翔真は赤、周子は青、キリオは色の混ざり合ったものを見ている。どれも素晴らしい出来であり、素人目にしてもいい品であるのが分かる。キャシーはというと、奥で店主と話しており、撮影の説明と、とんぼ玉の制作体験の受付をしている。スタッフ達もオンエア用にいろんな角度から並んでいるとんぼ玉を撮影しており、広い店内が少し手狭に感じるほどだ。だがそれも束の間、受付が終わったのかキャシーが皆の下へと戻る。

 

「はいは~い。とんぼ玉がどんなもんか確認できた~?」

「すごいもんやなぁ。こんなちっさいガラスにこんな綺麗に模様描けるもんなんやなぁ」

「ワガハイ猫ちゃんは諦めるでにゃんす……代わりに、ワガハイの髪の色で綺麗に塗るでにゃんす!」

「いいねぇ。アタシはどうしようかねぇ~」

「ねぇねぇ。フレちゃん良い事思いついちゃった~」

「どうしたんですか?」

「あのね。皆で3つずつくらい作って、それをぐるっとわっかに繋いで腕輪にしちゃうのどう?」

「あ、それええやん!」

「確かに、世界に一つだけのブレスレットですね」

「よっし!それなら善は急げだ!3つも作るなら早くやらないとね!」

「頑張るでにゃんす~!」

「ご指導、よろしくお願いします」

 

 そしてここでカットの声が飛ぶ。大丈夫だとは思うが、実際に3つを作るとなると時間も限られてくるので、それの確認をしたいらしい。スタッフ達は店主に確認を取っており、メンバー達はどんな柄にするのかを色々と話し合っている。作りたいものを、とは言ったものの、やはりそれで合作として一つの物を作るのなら、どこかしらに統一感があった方が見栄えは良いだろう。スタッフが持っていたメモ帳を使い、デザインや色合いの案を出し合ったり、繋げる時の順番なんかも話している。どうやらここに来たのは大正解だったようだ。スタッフ達の確認も終わり、撮影再開が近づいてくる。

 

「ワガハイの髪の毛の色で3つ作ったら、他の色合いも明るい色の方がいいでにゃんすかねぇ?」

「ん~。フレちゃん的には、反対側にそれとちょっと遠い色とかを置いたりするのも綺麗だと思うんだ~」

「そんじゃあうちが青と白で作ってもええ?頭ん中に出せてるんよ」

「いいんじゃないかい?アタシはそうだねぇ……ちょうど間、ってわけでもないけど、彩の紫に近い色で作ってみようかねぇ」

「綺麗なものに、仕上がると良いですね」

「あ、準備できた?はいは~い。さてさて皆の衆、準備の方が出来たみたいなので、奥の工房へレッツゴーでい」

「さて、私も……」

「あ、プロデューサーは、ダーメ」

「え?どうして?」

「これから作るブレスレット、765プロさんとの勝負の素敵な物の所に使おうと思っててねぇ」

「先に見てしもたら面白う無いやん?」

「てなわけでここからはワガハイたちとスタッフさんだけで行くでにゃんすよ~」

「む~……」

「ほらほら、むくれてちゃあせっかくのお顔が台無しだよ」

「別にいいですよ~だ」

「あ、拗ねてる」

「かわええとこあるやんか~」

「うっさい!さっさと行ってきたら良いでしょ!べ~っだ!」

「おへそがあっち向いちゃったでにゃんす」

「仕方ないね。んじゃ、気を取り直して頑張っていこーぜーい!」

「ごめんなさい、プロデューサーさん。出来るだけ早く戻りますから」

「ふふっ、ありがとね、九郎。でも大丈夫、こういう時間だって欲しかったの。考えないといけないことも多いからね」

「分かりました。それでは、また後で」

「うん。頑張ってらっしゃいね」

 

 そう声をかけ、全員が奥へと入って行ったのを見届けてから、同伴するスタッフに頭を下げ、短い間だけどあの子達をよろしくお願いしますと、丁寧に言葉を紡いでいた事を、6人は知らなかっただろう。

 



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勝負に情けは無用なり~目指せ満点クイズ道~

 

「あ……」

「あ……」

「「圧倒的だぁぁぁぁ!!」」

「第2試合が始まって早数分」

「1セット目でやや優勢かに見えたみのりにーちゃん」

「だがしかし!返しの比奈ねーちゃんがまさかの全問正解のヨイショ!」

「快挙だな」

「続く第2セット比奈ねーちゃんが選択側!得意なジャンル選んでこちらも全問正解!」

「みのりにーちゃんもケンコーしたけど残念ながら一歩届かず」

「健闘な」

「なんと2対0の状態でみのりにーちゃんのターンに!1ターン目で出遅れちゃったのは、痛いんじゃな~い?」

「いやぁ。まさか10問の内3問も被って、他のも簡単なのばっかりが出るとは、我ながら運がないなぁ」

「ぐ、偶然っすよ!それにほら、3度目の正直ってよく言うっスから!」

「2度あることは3度あるとも言うよね~」

「さぁさぁ3度目があるのか無いのか四の五の言わずに!」

「2枚目顔でクールに1発、決めちゃいなYO!」

「はは、ありがと。うん、今ので緊張もほぐれたし、頑張るよ」

 

 そう言いながらコントローラーを操作してジャンルを選ぶみのり。先ほど説明の通り、現状は比奈が圧倒的に優位という状況だ。何もみのりが手を抜いたり、スタッフが何か細工をしたというわけでもなく、運も含めた実力で、比奈が圧倒しているだけである。まぁ勿論クイズなのでちょうど運よく持ってる知識の部分が出題されるというのもよくある話ではあるのだが、今回はその運がかなり偏ったとも言えるだろう。ちなみにそれぞれの選んだジャンルが、みのりが懐メロイントロクイズ。文字通りイントロから曲が始まり、制限時間内に答えるというものだ。比奈が選んだのは漫画。こちらもそのまま、漫画に関する各種問題が出題された。そんな背景を語っている内に、どうやらみのりがジャンルを決めたようだ。

 

「よし、これにしよう」

「ほほう、これは意外や意外。この追い詰められた土壇場、一番得意なアイドルを選ばず」

「みのりにーちゃんが選んだのは自然ジャンル!元お花屋さん的には見逃せない所だけど、自信はアリアリかな~?」

「花以外の問題も多くあるだろうけど、少しでもやりやすい方が良いからね」

「本音は?」

「アイドル問題は最後に持っていけば絶対に勝てる自信がある」

「素直でよろしい」

「自然っスかぁ……文系はまだいいんすけど、理系が苦手なんでちょっとキツイっスねぇ……」

「みのりにーちゃんこれは正解を引いたか~!?勝ち星を稼ぐ大チャーンス!」

「さぁさぁ、気合入れて~」

「「スターット!!」」

「よし!」

 

 そしてみのりが選んだ自然ジャンルで第3セットは幕を開けた。3問目で少し首を捻っていたみのりだったが、6、7、8、9問目と、花に関するクイズが続いて一気に得点を稼ぎ、結果は10問中9問正解という中々の好成績を残した。

 

「いやはや、亜美達には全然分からん問題ばかりでしたなぁ真美さんや」

「そうですなぁ。コーコーセイの仕組みなんて聞いたことすらありませんでしたなぁ亜美さんや」

「光合成だね」

「というかそれ小学校の理科で習うからな」

「「??」」

「こらそこ。顔見合わせて知りませんみたいなポーズ取るな」

「まぁまぁそんなどうでも良いことは置いといて!」

「続いてお返し、比奈ねーちゃんのターンだぜ!」

「ここまで連続で全問正解で来てる比奈ねーちゃん」

「苦手ジャンルと言えど、幸運の女神様が転がり込んでるのかもよ?」

「なんだろ。頭の中で茄子さんが転がってるイメージが……」

「止めて、想像しちゃったじゃんか」

「ヒナ!頑張ってー!」

「ピエるん、比奈ねーちゃん敵なの分かってる?」

「ピエールはこういうやつだから良いんだよ。それに、相手が強い方が燃えるしな」

「同感。強い相手を倒してこそ、だよね」

「おお……やるか分からない第3試合に向けてメラメラと闘志をたぎらせておられますなぁ……」

「この闘志を生かすも殺すも比奈ねーちゃん次第!」

「さぁ比奈ねーちゃん!」

「「レッツゴー!!」」

 

 今度は比奈が答える番だ。とは言うものの、わずか4問目で既に2問を間違えてこの段階で既にみのりが勝つのが決まってしまった。とはいえルールはルール。最後までやらなければならない。比奈はしきりに「こんなん習った覚えないっす……」「木なんてどれも同じじゃないっスか……」等とボヤキながら答え、最終的には先ほどまでの快進撃はどこへやら、半分の5問正解するのがやっとという体たらくだ。10問が終わり、先ほどまでと違って明らかに疲弊しており、見かねたスタッフ達によって休憩と相成った。

 

「うぅ~……だから理系は無理だって言ったんスよ~」

「比奈さん……私でもまだ分かる問題あったぞ?」

「まぁまぁ、仕方ないって。それに、まだこっちがリードしてるしさ!」

「みのり凄い!あんな難しいこと知ってて、エライ!」

「まぁ、これでも元花屋だし。あのくらいは知っておかないと怒られちゃうからね」

「専門的な知識って、やっぱり大事っすよね。どこで役立つか分かったもんじゃないですし」

「だな。みのりさんの場合、トーク番組なんかでもこういう一面を出せるっていう強みになってるしな」

「ねぇねぇ、次の比奈さんのターンだけどさ……」

「……おぉ!それ良いな!」

「でしょ!?」

「でもなんというか……良いんスかね?」

「ん?作戦会議か?」

「あ!プロデューサーさん!ねぇねぇ、ゲームってさ、勝つためだったら相手が不利になることって全力でやるべきだよね?」

「ん~?そうだな。ゲームの範囲内でって意味でなら、その通りだろ。ゲームで勝つためにコントローラーの線を抜いたり、直接攻撃したり、なんてのが無ければ良いんじゃないか?」

「ほらほら!プロデューサーさんもこう言ってるしさ!」

「そうだぜ、荒木さん。どんな時でも全力でってのがゲームをやる上での鉄則だ。油断や手加減は、相手に失礼だ」

「うっ……わ、分かったっス」

「それじゃそろそろ再開しますんで、準備のほう、お願いしまーす」

「あ、はーい!よし皆、ちょうどこの辺が折り返しになるだろうし、頑張れよ!」

 

 彼の言葉に各々返事をしながら所定の位置へと戻っていく。比奈だけは未だにどこか浮かない表情をしているように見えるが、それもなんとか戻し、今はいつも通り……よりは少しだけ気合が入ってるであろう顔つきをしている。ように見える。そしてそのまま双子もスタッフとの話を終え、位置に着いたところで撮影は再開される。

 

「さぁさぁさっきの失態から立ち直りたい比奈ねーちゃん、選ぶのはどれかな~?」

「もう決めてるっスよ。それは……これっス!」

「な、なんと比奈ねーちゃん!」

「ここでみのりにーちゃんの一番の十八番、アイドルジャンルを選んだ~!」

「なるほど、そう来たか」

「そ。こっちが選んで先にやる以上、被るクイズが出る可能性もあるから、中途半端なのは選べない。かと言って、それで万が一にでも負けた場合、相手は絶対に得意なジャンルを残してるのを知ってる。だったら、ここを落としてでも良いから得意なジャンルを残しながら、相手の得意なジャンルを消す!これがうちの作戦だよ!」

「さなさな説明サンクスだぜぃ」

「にゃるほど、これは考えましたなぁ」

「それに、比奈さんだってアイドルなんだ、もしかしたら、があるかもだしな」

「まぁ、全問正解できなかった時点で負けなんで頑張るしかないっスね」

「これ俺にも若干プレッシャーだよね?」

「大丈夫すよみのりさん。みのりさんがアイドルに関するクイズを間違えるわけありませんから」

「うん。恭二。それもプレッシャーだから」

「さぁ心臓バクバクのみのりにーちゃんを尻目に」

「比奈ねーちゃんのパクチーの一発!」

「バクチっスかね?」

「「スタート!!」」

 

 ダメで元々、と軽い気持ちで始めた比奈のターンだったが、これが思いのほか良い方向に転がったか、同じ事務所の仲間の問題も多く出たのもあり、正解数は9問とかなりの好成績だ。これでみのりは勝つためには全問正解か、9問正解してからのサドンデスに勝利するしかない。だが、問題傾向を見ていたみのりからは既に笑みが見えており、かなりの自信があるようだ。

 

「さてさて~?みのりにーちゃんのターンだけど、さっき緊張してたっぽかったけど、今は自信満々って感じだねぇ」

「まぁね。どういう範囲が出るのかが分かれば大丈夫。これなら勝てるよ」

「おお!勝てる発言とは本当に強気ですなぁ!これは期待できますな」

「みのり!頑張って!」

「任せて、ピエール!」

「これは、延長戦にかけるしか無さそうっスね」

「作戦の内だから平気だって。まぁここからは比奈さんがいかに頑張れるかってとこなんだけどね」

「沙南、それ比奈さんにめちゃくちゃプレッシャーかけてるから」

「おやおや、今度は比奈ねーちゃんがプレッシャーでバックバクのターンですかな?」

「その結果は神のみぞ……いや、みのりにーちゃんのみぞ知る!」

「「レッツゴーだよ!」」

 

 自信満々にスタートしたみのりだったが、5問目に差し掛かった所で解答の手が止まる。これはもしかして……?と全体に期待の空気が流れたが、その後すぐに淀みなく正解を選び、その自信は折れることなく全問正解へと到達した。現場の空気は良かったような残念なような、不思議な空気となっている。

 

「ん~。一部怪しいような感じだったけど、そこ以外完璧な解答でしたなぁ」

「んでもさ?あそこだけなんか変だったけど、なんだったの?」

「あの問題の写真に写ってたアイドル、俺の大好きなレジェンド級のアイドルなんだ。俺がまだ若かった頃、俺より年下なのに日本中……もしかしたら、世界にまで名を響かせたほどなんだ」

「そんなに凄い人だったのか」

「今はそのお子さんがアイドルとして活躍してるんだよ。そんな人のデビュー当時の写真なんて珍しいものを見れてさ、つい拝んじゃったんだ」

「にゃるほど。そういうことだったか~」

「まぁ、みのりにーちゃんに限って間違えるなんて無いよね~」

「ナチュラルに拝んだってのをスルーしちゃうんスね」

「「慣れてますから」」

「それで、予定通り追いつかれちゃったわけだけど、ここからが正念場!」

「説明してた通りここからはサドンデス!お互いにジャンルを一つずつ選んで勝負だよ!」

「もし正解数が並んじゃったら、今度はその相手の選んだジャンルも答えるのだ!3回引き分けたらまたジャンル変更だよん!」

「ちなみにこれも言ってた通り、ここまでの勝負で使ったジャンルはどれも使用不可!新しいのを選んでもらうよ~ん」

「そんじゃ最終戦に向けて」

「シンギングタイム」

「「スタート!!」」

「だから歌うなって」

 



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お次のお店は潜入捜査?~ペアで一緒に探し物~

 

 アイドル達とスタッフの多数が店の奥の制作スペースに入ってから早2時間が経過した。朝からの収録であるため時間に余裕はあるが、そろそろ次の場所への移動も視野に入れようかとスタッフと彼女が話し合いをしている。大勢の撮影スタッフがいるからか、付近は少し見物に来た一般人もおり、これ以上集まるようなら周りへの迷惑も考慮する必要があるだろう。そんな風に思い始めた頃、店の奥がにわかに騒がしくなる。どうやら無事に制作が完了し、カットが入ったようだ。そのまま3分ほど待っていると、スタッフ一同を引き連れてアイドル達が店の外へと出て来た。皆思い思いにいい表情をしており、制作はいい物が出来たようだ。

 

「あいたたた。やっぱり細かな作業は疲れちゃうねぇ」

「おかえりなさい。翔真さん。それに皆もね」

「ただいまでにゃんす!」

「スタッフの皆さんも、お待たせしてしまい申し訳ありません」

「プロデューサーさん、期待しとってや~?」

「フレちゃん的にもすっごく良いな~って思えるのが出来ちゃったんだ~」

「へぇ~。そこまで言うなんて楽しみね。期待してるわよ~?」

「おうともさ!さて、そろそろお次の場所に行きましょうかね」

「おや、次の場所も決まってるのかい?」

「いくつか候補は考えてあるのさ。一つ目はここから右に行った先にこれまた老舗の人形焼屋さんがあるからそこに行く」

「時間はそこそこ掛かったとはいえ、また食べ物ですか?」

「でもシューコちゃんおいしい人形焼食べてみたいな~」

「二つ目は逆に左の方に行った先にあるオリジナルのデザインの発注までやってる服屋さん」

「ん~、フレちゃんそっちも行ってみたいな~」

「アタシも服は見ておきたいねぇ。浅草独自のものもだし、オリジナルっていうのも気になるとこだよ」

「三つ目は骨董品を扱ってるお店が向こうの通りにあるからそっちまで足を伸ばす」

「んにゃにゃ。掘り出し物ゲットの大チャンスでにゃんすね?」

「確かに面白そうですね」

「んで、最後はそことはまた反対方向の通りにある雑貨屋さんかな~。普通の雑貨屋さんと違って、浅草らしさのある昔懐かしのものや、日本の伝統である和をモチーフにした物なんかが多くあるんだよね~」

「彩の3人的にはやっぱりここ行きたいんとちゃうん?」

「行きたくないって言えば嘘になっちゃうねぇ。さて、どうしようかい」

「いっそ全部いっちゃお~」

「そんな時間はございません」

 

 キャシーから出された4つの選択肢をについて、各々からいろんな意見や考えが出てくる。ぶらり旅の企画なのだからここまでしっかり決める必要も無いかもしれないが、折角案内役がいてくれるというのならそれを使わない手もないというものなのだろう。プロデューサーやスタッフにも適度に話を振りながらの議論が5分続いた結果、次の行き先は決定した。

 

「それじゃあそろそろ回しまーす」

「っと、収録もまだまだ続くんだから、無理とかはせずに全力でね!」

「また無茶なこと言わはんなぁ」

「簡単でにゃんす!いつも通りで大丈夫でにゃんすよ!」

「それはあなたくらい……」

「「?」」

「今回はそうでもなさそうですね」

「九郎さん。うちの二人がすまないねぇ……」

「それは言わないお約束。というやつですかね」

「ふふ、なんだか熟年夫婦みたいだよ」

「華村さんまでからかわないでください!」

「あらやだ奥さん、あのお二人アイドル同士なのに怪しい関係なんですってよ~?」

「や~ん。お熱いわね~」

「ほらほら、二人ともその辺にしとかんと九郎さんがほんまにおらんなってまうから」

「あ、あの~……」

「あ、はいはい。ほらあんた達。遊ぶのはまた後で、そろそろ撮影に戻りなさい」

「最初に種をまいたのはあなたですけどね」

「言うじゃない。それだけ言える気力があるなら心配ないわね」

「くろークンは強い子でにゃんすよ!こんなのへっちゃらでにゃんす!」

「さ、しまっていこうかい」

「「「おー!」」」

 

 てんやわんやとあったものの、なんとか撮影は再開した。どうやら選んだのは雑貨屋のようだ。彩として和のモチーフのものは押さえておきたいというのがやはり大きいのだろう。勿論あちらとの勝負に使えそうなものを探してというのもあるだろうが、だ。そうして街並みリポートしながら歩くこと数分でその店へと到着した一行だが、ここでまた問題が発生する。

 

「まぁ、この人数は無理だよね~」

「というかカメラさんすら無理そうですね」

「こんなけ所狭しと物があったら無理やろうね~」

「すみませんねぇ……なにぶん趣味でいろいろと集めておりましたらこうなりましてなぁ」

「いやいや。店長さんは悪くないよ。さて、それよりもどうしたもんかねぇ」

「こないだ使った小型かめらクンはどうでにゃんしょ?」

「わーお。それ面白そ~う。フレちゃん持ちた~い」

「精密機器なのでゲストさんに持たせるわけにはいきませんから。責任を持って私が持ちます」

「あぁ~!そう言ってくろークンまた独り占めでにゃんすね!?ずるいでにゃんす!」

「スタッフさんからの指示ですから」

「ボーヤはそれよりもいろいろ見て回る方が向いてるんだよ。適材適所ってやつさ」

「あ、ねぇねぇ。男子チームと女子チームっていうのも味気ないし、ここは男女ペアで3組に分かれて珍しい物探しでどーだい?」

「お?ええや~ん。ほな、がんばろなー九郎さん」

「はい。頑張りましょう」

「ちょいちょーい!!そんな勝手はお母さん許しませんよ!」

「誰がおかんやねん」

「ペアは厳正なくじ引きによって決めたいと思います!カモーンスタッフちゃん」

「はは~」

「わーお。スタッフさんノッリノリ~」

「こちらスタッフさんが後でお弁当食べるようのお箸に1~3の数字を2セット書いたものでございやす」

「ほんと、うちの子が勝手行ってごめんなさい」

「いえいえ」

「で、これを男子チームと女子チームに1つずつ引いてもらって、同じ数字同士で組むというわけだ!」

「分かりやすくていいねぇ」

「はぁ……ここまでやったんなら拒否は出来ませんね。分かりました」

「こらこらくろークン。女の子に対して失礼でにゃんすよ?」

「分かってます。誰と組んでも精一杯やりますよ」

「それじゃ、レッツくじびきた~いむ!」

 

 こうして唐突に始まったペア分けだが、勿論の事ながら簡単なルールなので数秒の内に決着は着いた。そして現在、肩を落とす男女が一人ずつ、ニコニコした顔の男女が二人ずつという状況になっている。言わずもがなだろうが、肩を落としているのが周子と九郎、残りが4人だ。周子の持つ割り箸には1、男性側で1を持っているのはキリオ。九郎の手には2の割り箸があり、その対の2はフレデリカの手の中にある。そしてキャシーと翔真の箸には3の数字が書かれていた。これには双方の保護者である彼女も苦笑いをするしかない。そして組み分けが終わる少し前から撮影は再開されており、ここはテロップで入れない事情を流す予定だそうだ。

 

「これ細工とかしてたりしませんよね?」

「むむ!往生際が悪いでにゃんすよ~!」

「そんなに言われたらフレちゃんかなし~い」

「お~よしよし。かわいそうなフレちゃんや」

「分かってますから。本気で嫌なら最初から一緒にやってません。よろしくお願いしますね。宮本さん」

「やたー!よろしくね~くろちゃ~ん」

「ちょっ!近いですから!変な噂とか出たらどうするんですか!」

「あぁ、気にせんでもええよ。この子どこでもこんなんやからお茶の間の人らもそういうんじゃないってわかったはるやろし」

「そういうもんなのかい?」

「そうなんじゃない?」

「ささ、これ以上遅くなっちゃうとお日様があくびしちゃうでにゃんす!早速探し始めるでにゃんすよ~!」

「うちも行こ~っと」

「アタシたちも行こうかい」

「ラジャー!そんじゃおっちゃん、少し騒がしくしちゃうかもだけどごめんね」

「いやいや。少しくらいにぎやかな方が嬉しいからね。ゆっくり見てっておくれ」

「それじゃ、くろちゃんも一緒に、シャルウィーダンス?」

「踊ってどうするんですか。でも、せっかくのお誘いですからね。行きましょうか」

「ん~。ちゃんと乗ってくれるとこ、素敵だよ~。さ、れっつごー!」

 

 小型カメラを持った九郎も店内へと入り、先ほどまで静かに客を待つだけだった店の中は急に騒がしくなる。スタッフの2名ほどがカメラ等の機材を持たずに私服姿でカメラには映らないように中に入り、問題が無いように気をつけているので、この間にと彼女はいろいろと思案を巡らせる。突然の勝負となった765プロの二人のこと、現在別の場所で仕事をしているであろう6人のこと。レッスンをしているであろう皆のこと。そして迎えるライブのこと。この短い期間で今までと違う新しいことがいくつも起きてるなぁ等と思ってふいに表情が緩むが、それと同時にこれがいかに大変なことかというのも考えてすぐにその表情を引き締める。そして一度頭を振るとカバンの中からメモ帳とペンを取り出して何かを書いていく。書かれたものを見てみれば、それは今日の仕事内容に関しての記述だった。報告も大切な仕事の内なので、忘れないように適度にメモにしているようだ。

 

「おお~!これは中々のものでにゃんす~!」

「猫柳さん、少しうるさいですよ」

「くろちゃん怒んないで~。ほら、うちわであおいだげる。ぱたぱたー」

「フレちゃん、それ売りもんやから勝手したあかんて」

「ふふ、にぎやかで楽しいねぇ」

「ですなぁ。お?おっちゃん、これってもしかして?」

 

 中から聞こえる皆の声を聞いて、また表情が緩むが、今度はそれを引き締めたりはしない。今だけは楽しそうにしている彼ら彼女らの気持ちを一緒に考えたいと思ったようだ。他のスタッフ達も和やかな雰囲気でカメラで映されるモニターを見ている。この和やかな空気はここからしばらく続き、彼らが店から出て来たのは、入ってから30分も経ってからだった。

 



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