翔鶴ねぇ☆オンライン! (帝都造営)
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とある未来のおはなし
とある晴れた日のお昼時


【休講のお知らせ】

本日の「電子と脳の記憶学Ⅱ」はお休みとなります。代講日は後日お知らせします。
教務課



「休講か……」

 

 のんびりと流れていく雲。大学のキャンパスは今日も平和そのもので、四階建てのビルから見下ろす中央庭園を学生たちが三々五々と歩いてゆく。

 

 それにしても、休講か。となると暇だ。非常に暇だ。理系学生というのは平日ずっとぶっ通しで勉強させられるものだ。もちろんそれは嫌ではない。学徒の宿命だ、受け入れよう。

 

 だが、こうして突拍子もなく暇になってしまうと辛いものだ。空から差す光がさわやかに降り注ぎ、ちりちりと服が焼かれる気分。暇だ、大変暇だ。

 

 そして気が付いたら、首元へと手を伸ばしていた……っておっといかんいかん。ここは外だぞ? いくら脳電子工学の発展がいつでもどこでものフルダイブを実現したとはいえ、だからといってここは大学だ、公共の場だ。そして私はこの国の未来を握る工学学生だぞいい加減にしろ。

 

 まわりを見渡す。三号館の屋上にはソーラー発電パネルや昼食をとる学友たちがいて、もちろん私のような人間には構っているはずがない。いやしかし、それでも私は周囲を気にせずにはいられない。

 

 でもまあ……少しくらいなら、いいかな。と思うのだ。私が多少VRに潜っていたって誰も気にしやしないだろう、というか現に、誰も見ていないじゃないか。

 

 

 よろしい、ならば接続開始(リンクスタート)だ。

 

 

 私は首元に装着された脳神経回路接続用デバイスを軽くタッチし、小さく呟く。それを合図に視界が真っ白になる。0と1だけで構成される電脳の世界へと飛び込んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦隊これくしょん。というゲームがある、いや小説だっけ? 映画だったような気もする。漫画だっけか。まあともかく、そういう作品があるのだ。21世紀初頭に流行った擬人化系作品のひとつだ。

 

 そう、擬人化だ。いろんな物を人間に例えてしまうのだ。歴史の教科書を見れば列強諸国が擬人化された風刺絵を見ることが出来るだろう、ああいうのだ。

 

 ……といっても、21世紀初頭における日本においての擬人化というのはなんでもかんでもオンナノコにしてしまう文化のことを言うのだ。

 

 で、艦隊これくしょんにおける擬人化の対象は軍艦だ。

 そう20世紀中盤の第二次世界大戦に参加した軍艦――あ、例外もあるにはあるが――を擬人化したのだ。

 

 

 うん。でまあそれが爆発的人気を誇ったわけだ。出来ることならその最盛期に学生でありたかったものだ。

 

 まあもしその時期に学生だったら今頃社会人でとても忙しくだろうし、今の生活は送れなかったかも知れないが。

 

 

 そんなことを考えている間にも読み込みは進んでいく。ログインは頭に少し文字列を浮かべてみれば終了、思考同期型入力インタフェースを使うまでもない。

 

 タイトル画面表示、モード選択はもちろんロードゲーム。ネットワークへの接続を確認し――いつも思うんだが、なぜ大学で艦これにアクセスできるのだろうか――そして神経と身体データとの調律が始まる。

 

 

 ……あぁ、察して欲しいがこれはVRゲームだ。Virtual Reality(バーチャルリアリティー)から頭文字を取ってVRと表現するこのゲームジャンルは、要するに仮想のものとして構築された第二の現実世界で行う体感型ゲームだ。

 

 で、艦これには登場キャラが擬人化された艦娘――つまり女性だ、いや艦船は女性名詞なのだから当然だ――()()いない。「提督=プレイヤー」という存在は公式に存在するそうだが、もちろん提督というのは軍艦に乗り込んで戦うのだから、つまりまあうん。

 

 

 これ強制的に女の子しか選べないんですよね。性別。

 

 

 

 

 

 

 見知った天井だ。それは何度も見た天井。

 

 私は横になっている。ふわふわの布団を被ってる。え、始まりの街から始めろ? いや、普通に考えてくださいよ。朝起きたら布団に入ってるのが普通じゃないですか。

 

「うぅん……」

 

 いつも通りの高めの声。

 思考ははっきりしているのだけれど、どうにも身体全体に力が入らない。調律が不全だから? いや違う寝起きの倦怠感です。皆さんだって朝は少しでもお布団に入っていないものでしょう。ほら、少し横になったままもぞもぞ動いてれば大丈夫。

 

 すいっと時計を見ます。時刻は標準時。実際には民用VRには30倍までの加速が許可されているので時計が厳密な時を刻んでいるとは限らないのだが、しかし私にとっては一秒は一秒です。時の感じ方は人それぞれなのです。

 

 ……今日は、どうしましょうか。まあ特にすることもないですし、こんな時間(まっぴるま)では皆さんもいらっしゃらないでしょうし、それならこうしていつまでもお布団の中でぬくぬくとしていてもいいかもしれません。

 

 ですけど、折角ですし起き上がりましょう。誰もいないのならジムで運動でもして、この前買った水着でも着てプールで泳ぎましょう。邪魔されないからこそ好き勝手やりましょう。ええそうしましょうとも。

 

 

 ……え、お前は誰だ。ですか?

 

 申し遅れました。私、翔鶴型航空母艦一番艦、翔鶴です。一航戦二航戦の先輩方に、少しでも近づけるよう、瑞鶴と一緒に頑張ります。

 

 

 

 

 案外、私はこのゲームにハマってたりしている。

 















つまりどういうことかというと、翔鶴ねぇになりきってネカマプレイをしようという作品。
需要があるならお気に入り登録よろしくぅ!(需要はあるのか?)


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とある晴れた日の昼下がり

 私はお茶を淹れることから始めるようにしています。脳神経工学的に言うなら肩から先の各種関節を動かすことは神経の同調を促す大事な「作業」なのですが、寝起きでまず一番初めにすることと言えばお茶を淹れることだと私は思うのです。普段からそうしていますから、これはもう習慣というやつです。

 

 でもその前にお布団を片付けます。西洋ではベッドメイキングとやらをするそうですが、やっぱり部屋を広く使うなら敷布団一択だと思うんです。お部屋も広く使えるわけですし。

 

 あ、そうでした。まずこのお部屋の説明をしないといけませんね。でもその前に電気ケトルを作動させてください。

 簡易な洗面台から水を容器に入れてセット、スイッチオン。こうすれば勝手にお湯が沸きます……なんだかすごい現代チックですが、まあそれはいいとしましょう。

 

 あ、お部屋の説明でしたね。はい、私が今のんびりしているこの部屋はいわゆる物資保管庫(アイテムストレージ)というやつです。実際にはメニュー画面から出し入れできるんですけど、それじゃあ翔鶴としてアイテムを取ったことにはならないんです。

 

 え? おしいれぐらし? なんてこと言うんですか。家具を並べたら立派な部屋です。部屋とお布団と私がいれば数時間は潰せますよ、ええはい。

 まあ、簡易洗面台と畳が同居しているこの空間はおかしいと思うんですが、まあそこは突っ込まないということで。

 

 とかなんとか言っているうちにお湯が温まったことを知らせる音。急須に注いであげれば、あっという間にお茶の完成です。演算の省略とかで細かな調節は出来ませんが、まあそれでもお茶はお茶です。

 

「ふぅ……」

 

 ほっと一息。正直味覚エンジンはかなーり発展途上なので味はなんとも言えないのですが……でも、いいものです。

 

 さあ、そろそろ出かけましょう。出かけるためには着替えが必要です。だって、今の私は寝間着ですからね。そりゃそうですよ、ついさっきまで寝てたんですから。

 

 

 鏡の前に立ちます。絹の寝間着に包まれた翔鶴は、頭のてっぺんから足元まで雪のように白くて……柔らかく微笑んだ私は美しいですね、ふふ。

 おっと、いけませんいけません。私はこれから必要であり一番緊張する場面に突入するのです。

 

 さ、着替えと行きましょう。メニューからさっさと普段着に装備変更(きがえる)ことも出来ますが、それじゃあわざわざVRでやっている意味がありません。まだ体温の移っていない衣服の涼しさや摩擦、敏感なところを守ってくれる下着類。そこまで全部楽しんでこそのフルダイブだと思うのです。

 

 それに、私は女の子ですから、裸を見ることなんて慣れっこですし? ええ、そうですとも。鏡の中の私がゆっくりと寝間着を脱いで、肌に直接外気が当たります。もちろん着替えなわけですから、今着ている下着の代わりとなる新しい下着を――もちろん、戦闘時には装甲にもなる巫女風の装束も準備済みです――確認して……

 

 

「――――それぇっ!」

 

 

 つつぅぅぅぅっ――――と、ちょうど寝間着を外されて無防備になっている背中へと、一閃。

 

「ひゃうっ!」

 

 思わずみっともない声をあげながらのけ反ってしまいます。なな、なんなんですか、ダンツィヒですか? 真珠湾ですか? 空母は奇襲攻撃には弱いんですよ!

 

「ふふーん。やっぱり翔鶴ねぇは背中弱いんだね!」

 

 

 振り返れば、そこには見知った顔。私と同じ紅白の装束に私より大分小さい胸。自身に満ち溢れた顔とかわいく添えられたツインテール。

 

 はい、犯人は初めから分かってたんです。だって私の部屋に入るために必要な鍵――入室権限ともいう――を渡しているのは彼女だけですから。

 

 

 私はちょっと困ったような顔をしながら振り返ります。

 

「もう、瑞鶴ったら……いきなり脅かさないで」

 

「だって翔鶴ねぇが来てるって知ったから入ってみたら、なんと裸になってるんだもん! なにしてたの?! ねぇねぇなにしてたの!?」

 

 目をキラキラさせながら聞かれましても……えっと、なんだかキャラ崩壊しているような気がしなくもないですが、この娘が私の妹、瑞鶴です。はい、もちろんゲームの性質上「瑞鶴」という艦娘はたくさんいるのでしょうが、私にとっての瑞鶴といえばこの瑞鶴です。

 

「私は着替えていただけよ。瑞鶴だって知ってるでしょう?」

 

「知ってるけどさぁ……」

 

 そう含ませげに言いながらじとーとこちらを見る瑞鶴。

 

「な、なあに? 瑞鶴」

 

「翔鶴ねぇは今日もきれいだなぁって」

 

 そうやって微笑む瑞鶴。あぁ、私の愛しの妹。瑞鶴は今日も本当にかわいいです。

 これで中にプレイヤーが入ってなくて、ここが本当の現実(リアル)だったらこれほど幸せな昼下がりもないのでしょうが……まあ、それは無理な相談なわけでして。

 

「もう、瑞鶴ったら」

 

「えへへ」

 

 そして、そう言い返す翔鶴(わたし)も、中に人が――それも野郎が――入っているわけでして。

 なんというか、VRの闇は深いのです。

 

 

 ですが、この楽園を守るのは双方の願い。姉妹の理想。

 

 

 だからこそ、私たちの間にはある不文律があります。

 

 

「瑞鶴もお茶、飲む?」

 

 私は急須を手に取ります。

 

「うん、飲む飲むー!」

 

 私は瑞鶴の目を盗んでコマンドを入力。それをするりと湯呑へ。

 

「はい、どうぞ」

 

「いただきますっ」

 

 そして瑞鶴は湯呑を口にして、一瞬だけ止まってからお茶を飲み干します。それと同時に時計の針が止まりました。決してスタンド能力などではありません。メニューを開けば――野暮ったいのでそんなことはしませんが――電子時計は通常の1/30でゆっくりと時を刻んでいるはずです。

 

「はあ~、おいしい」

 

「そう? よかった」

 

 もちろん瑞鶴も分かっていることでしょう。私がさっきの湯呑滑り込ませたのは思考加速レベルの同期申請――もちろんレベルは最大の30倍速――で、それを瑞鶴はお茶を飲むことで承認したのです。

 ちなみに、思考加速レベルは同期しなくても中央のサーバーが勝手に同期してくれるのですけれど、加速レベルが高い方が長い間瑞鶴と過ごせますし、私は制限いっぱいまでこの最大加速を用いるようにしています。

 

 ですが、そんな事情はおくびにも出しません。

 

「ねぇねぇ、この後翔鶴ねぇはどうするの?」

 

「そうね、皆さんはいらしてるの?」

 

「ううん。だーれもいない」

 

 ここで話す私たちは祖国が誇る翔鶴型正規空母、その一番艦と二番艦。それ以外の何者でもありません。私たちはVRなんて知らない、この世界に住むたった一つの姉妹なのです。

 

「なら、演習場にでも行きましょうか」

 

「うん、行こう翔鶴ねぇ! 瑞鶴のランクアップした戦闘機捌き、見せてあげるんだからっ!」

 

「ふふ、楽しみね」

 



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とある晴れた日の海と空

「ふぅっ……!」

 

「瑞鶴は変わらず柔らかいわね」

 

 薄っぺらい布越しで伝わってくる瑞鶴の体温。健康的な白い首筋とうなじ。垂れ下がったツインテールは艶がかかっていてきらきらしているかのようにも見えます。

 

 でも、ここで集中を切らしてはいけません。私は瑞鶴の姉です。姉として、しっかり妹を導いてあげないといけないのです。間違っても食べちゃいたいなんて口にしてはいけないのです。

 

「もう少し押すわよ?」

 

「うんっ……」

 

 瑞鶴の背中が沈み、私もさらに腕に体重をかけます。

 

 え、なにをしているかって? ご安心ください。ただ瑞鶴と一緒に準備運動をしているだけです。ええ、ストレッチです。開脚前屈の手伝いをしているだけですよ?

 

「……はーち、きゅー、じゅうっ! 翔鶴ねぇ、ありがとう!」

 

 

 さて。私たちは今、演習場に来ています。

 

 まあ演習場といっても見た目は完全に呉鎮守府――現代の呉基地ではなく旧軍のそれを模したものです――なのですが、ここは指定したプレイヤーだけで隔離されたステージなのです。ルームというやつですね。プレイヤー対抗戦(P v P)は基本的にこの空間で行われるので、演習場と呼ばれているのですね。

 

 

 この空間には私と瑞鶴だけ。つまり、これから私と瑞鶴は一対一のガチンコ勝負をするのです。

 

 

「ストレッチはおしまい、さぁ瑞鶴。準備なさい」

 

「はい翔鶴ねぇ!」

 

 さあ、艤装を身に纏いましょう。

 

 私の部屋(アイテムストレージ)から運んできた装備一式。それを私は身に着けていきます。華奢な見た目に紙装甲な私の装備は少ないように思われがちですが、意外と装備しなきゃいけない装備が多いんですよね。

 

 まずは艦艇としての能力を発揮するために絶対に必要な主機(エンジン)を。といっても巨大化した靴と考えればいいのでたいした苦にはなりません。

 その次に飛行甲板以外の艤装。高角砲や機銃を取り付けていきます。私の対空兵装は史実に準拠しているので連装高角砲6基と機銃ですね。腰や背中に張り巡らせるように装着していきます。

 

 と、横を見ると瑞鶴も同じように対空装備を装備しています。あ、あれは墳進砲ですね。個人的には誘導弾でないあれがどれほどの成果を上げるのか、なんとも疑わしいのですが……。

 

 ともかく、最後に航空艤装です。飛行甲板のジョイントを巻いて、一応航空艤装に分類されるらしい腕の強化外骨格――史実の翔鶴型にカタパルトの設置スペースが設けてある名残でしょうか――を装着します。なんだかカッコいいですよね、これ。

 それから航空母艦には欠かせない格納庫、私にとっての矢筒を取り付けます。そしてそこには自慢の艦載機たち。航空隊がなければ空母なんてただの箱ですからね。

 

 ちなみに、搭載機数に関しては格納庫の収容能力に準拠しているので一概に何機ということは出来ませんが……空母艦娘の中では割と入る方だと自負しております。これでも、大型正規空母ですから。

 

 そして、空母自慢の飛行甲板。ここには着艦ワイヤやら誘導灯やらがいろいろ付いていて、艦載機を着艦させるのに必要なものが揃っています。はい、着艦に必要なものだけです。

 

 本当なら発艦も行うのですが……ご存知の通り、私は艦載機を弓矢に変化させて格納しております。つまりどういうことかというと、発艦に必要なのは弓矢です。弓掛をはめて……

 

「はい翔鶴ねぇ、これ!」

 

 瑞鶴が私に和弓を手渡してくれます。いい妹を持ったものです。

 

「ありがとう、瑞鶴」

 

 ……その分だけ、しっかりと見本を見せてあげませんとね。

 

 さぁ、準備完了です。

 

 

「五航戦、翔鶴!」

 

「瑞鶴!」

 

「「出撃します!!」」

 

 

 まあ、演習なので出撃という表現が似合うかは分かりませんが……まあ、それは良しとしましょう。

 

 

 

 

 

 演習場は呉、瀬戸内海を模しています。だから海は穏やか。私たちはそんな海を駆けていきます。

 海を走ることを想像すると難しいかも知れませんが、要は足がずんずん進んでいくだけです。バランス取りに慣れてさえしまえば、意外と簡単ですよ?

 

「さぁ瑞鶴。始めましょうか」

 

「うん!」

 

 その言葉と同時に私たちは散開。広々とした海原に二つの航路が刻まれてゆきます。

 

 

 私は矢筒に手を伸ばすと、指先の感覚で戦闘機のそれを選びます。縦揺れ(ピッチ)横揺れ(ロール)も激しい高速航行中には射位も姿勢もあったものではないのですが、なんとかして引き分――弦を引く動作――まで持っていきます。

 

 これだけでもホントに大変なんです。まずは基本の型が出来てないと話になりません。一応の形が出来るまでどれほど時間がかかったことでしょう――お察しの通り。私は現実(リアル)では弓道なんてやってませんし、仮にやっていたとしても体格の構造が根本的に違います――。そのうえでようやく、海の上で発艦訓練が出来るようになるのです。空母艦娘でプレイするのは本当に大変なんです。

 軽空母や雲龍型の方が人気があるのはそういう都合もあるんだろうなぁと思いますが、まあそれは置いておきましょう。

 

「航空隊、発艦!」

 

 ともかく、私の努力により放たれた矢は鋭く飛翔。ぱっと輝いて一個小隊4機の戦闘機へと姿を変えます。はたと見れば瑞鶴からも同様に一個小隊が上がりました。

 

「いくよ! 翔鶴ねぇ!」

 

「ええ、瑞鶴」

 

 互いの視線が交差、同時に私は戦闘機部隊へと命令。以前はインタフェースを開かないとできなかった個別指令も、今ではちょっと念じるだけでできます。それは瑞鶴も同じ。

 

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ええそうです。私たち姉妹の演習にはやり方があります。

 

 

 空母戦と一口に言っても、それは索敵に始まり制空、攻撃、直掩……様々な戦いがあります。それらを網羅するのは難しいですし、なによりそれらを全部やっていては時間がかかって仕方がありません。

 そしてなにより、考えてみてください。空母にとって必要なのは敵機を撃ち落とす、雷撃を放つ、爆弾を投下する……その一瞬、ほんの一瞬の動作。その精度だけです。

 

 

 ですので、まずは一対一です。

 

 

 瑞鶴と私、それぞれ代表として飛んできた戦闘機が腹を向けあうようにしてすれ違います。

 

 それは伝統的な(レシプロじだいの)模擬戦における開始の合図。私は直ちに念じて戦闘機の操作を完全に掌握します。自動操縦(ようせいさん)に任せてはいられません。これは一対一の勝負なのです。

 

「くっ……」

 

 瑞鶴は航空機を直接操作するとき、だいたい高度な空戦技術を使いたがります。それに真っ向から付き合う必要はありません。

 

 巴戦で決めましょう。私の戦闘機は翼を翻して相手に追いすがります。セオリー通りなら追われる立場の瑞鶴機は逆にこちらの背中を取るべく急旋回を仕掛け、お互いの機がぐるぐる回るようにして追いかけっこを始めるはずです。

 これが巴戦。機体の旋回性能と、なにより操縦者の体力・精神力により勝敗が決まる戦いです。

 

 しかし私の頭には、照準器のど真ん中に捕らえられた瑞鶴機が映し出されます。瑞鶴機は背中を明け渡すかのように急旋回をしなかったのです。

 

 ですが。これではなにかよからぬことを考えてるのがバレバレですよ、瑞鶴。

 

 射撃開始。戦闘機の両翼に備え付けられた20mm機関砲と胴体の7.7mm機関銃が瑞鶴機に襲い掛かります……が、当たらない。

 

 ――――弾丸(たま)が滑ってる? いえ、滑っているのは瑞鶴機です。直進しているように見せかけて、機体をわずかに滑らせているのです。

 

 

 次の瞬間、照準器から瑞鶴機が消えます。どうせ左捻りこみ――こんな難度の高い技を「どうせ」というのはいろいろ失礼なのですが、瑞鶴は平然とやってのけるのです――でしょう、後ろを取られる前に横ロールで逃げなくては――――

 

 

 

 

 結論から言うと、負けてしまいました。

 

「どうよ翔鶴ねぇ!」

 

 私の戦闘機が力なく海に落っこちてゆきます。あぁ、私のボーキサイトが……。

 

 私としてはやったぁやったぁとはしゃぐ瑞鶴も観賞用としては大変貴重ですし脳内保存待ったなしなのですが、演習中の身としては敗北は悲しいものです。なにより、姉として恥ずかしいものです。

 

「もう一対一では瑞鶴には勝てないわね……」

 

「そ、そうかな……? でも瑞鶴、今日はちょっと調子よかっただけだし……」

 

 謙遜というのは美徳だけどね、瑞鶴。一対一の勝率はあなたの方がかなーり上なんですよ? そういうのを一般には「煽り」っていうんですよ?

 

「ふふ、それも含めて瑞鶴の実力よ」

 

 まあ、私は翔鶴ねぇですから許しますとも。ええ。かわいい妹のためです。

 そして加えて言えば、瑞鶴が鍛えねばならないのは空戦技術ではなく、航空戦です。瑞鶴の航空機操作はエース級かもしれませんが、飛行隊司令のそれではありません。

 

「……さ、瑞鶴。次行くわよ」

 

「うん。次はスリーオンスリーだよね! 航空隊、全機突撃!」

 

 瑞鶴の号令によって空中待機していた3機の瑞鶴機が突っ込んできます。私は微笑んだまま航空隊へと下命。

 

 

 

 ええ、撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)3対0で殲滅しましたとも。一芸に秀でている程度では、私には敵いませんよ、瑞鶴。

 



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とある晴れた日の、ゆみや

急に伸びる文字数。






「お疲れ様、瑞鶴。はいこれ」

 

「はぁぁ……翔鶴ねぇ、ありがとう」

 

 肩で息をしている瑞鶴にスポーツドリンクを――元ネタは第二次世界大戦なのにこういうところがほんとに現代なんですよね――渡します。うん、いい飲みっぷりです。

 

 戦闘機機動の手合わせの後は、航空隊の空中集合や編隊飛行、それに雷撃や爆撃の訓練を行い、それに伴う回避航行、対空戦闘。かれこれやってるうちに二三時間は経ってしまいます。これで現実(リアル)では数分なんですから、思考加速というのは末恐ろしいものです。脳神経工学に感謝ですね。

 

「ねえ翔鶴ねぇ、このあとどのくらい時間あるの?」

 

 そう瑞鶴が聞いてきます。ええっと、長い時間を過ごしていると忘れそうになりますが、もともと休講になったからこうやって瑞鶴と過ごせてるんですよね。普段だったら瑞鶴と二人でも適当な海域に出撃してしまうのですが……。

 

「うーん。今はちょっと」

 

 ですが、皆までいう必要はありません。これだけ言えば瑞鶴には伝わるはずです。

 

「そっかぁ……」

 

 瑞鶴、残念そうな顔をしないで。寂しくなってしまいますから。

 ですが、このまま落ちてしまうのもなんだかもったいないですし……どうしましょう。

 

「あ」

 

「? どうしたの、翔鶴ねぇ?」

 

「そうだ瑞鶴、ジムにいかない?」

 

 残った時間をいっぱいいっぱい使って体を鍛えましょう。些細なものとはいえ能力値の底上げは大事ですし、なにより瑞鶴と一緒に過ごせますしね。

 

 

 

 

 ジム。まあ一般に言うならトレーニングジムのことですね。身体を鍛えるための装置がたくさん置いてあるところです。

 ですが、もちろんこのゲームにジムなんてありません。だって、身体を動かすだけならダンベルやらなんやらを家具コインで購入して好きな時に鍛えればいいわけですし、それを常設する意味がありませんもの。

 

「あと十分!」

 

「はいっ!」

 

 完全に現代型のルームランナー。その上をほぼ全力疾走で走っていく瑞鶴と私。横目でチラッと見た瑞鶴はスポーツブラとパンツだけで、同じ格好の私が言うのもなんですが……ええ、とってもいいものです。

 

 

 さて、この部屋がスポーツジムかと聞かれたらそれは否です。もしそうなら他の方もいらっしゃるはずですしね。

 

 ではここはどこなのか。そうですね、分かりやすく言うならクランルームとでもいうのでしょうか。艦隊これくしょんはもちろん「艦隊」を組むゲームです。私たち姉妹はコンビとしてはかなり強い部類に入るとは思いますがとはいえ翔鶴型二隻。これだけでは勝てない敵の方が多いです。

 でも、行き当たりばったりで誰かと組んでもそれは強い艦隊にはなりません。

 

 だからこそ「艦隊(クラン)」を組むのです。堅い絆で――もっとも、私と瑞鶴のそれには遠く及びませんが――結ばれた戦友たちをメンバーとし、この電子の海を切り開くのです。

 

 で、まあそんな私たちのクランなのですが、はい。クランルームの一部とはいえトレーニング器具で埋められている時点で察してください。どちらかというとおかしいクランです。

 まあここの家具配置は私の監修なのですが、しかし考えてもみてください。VRでは鍛えた分だけ能力値に直結するんです。どうして鍛えないのですか? 日々の鍛錬こそが大事なのです。実際、私も瑞鶴も初めよりずっと長く速く走れるようになったんですから、効果はてきめんです。

 

 

 と、電子音と共にルームランナーのベルト回転速度が減速し始めます。

 

「ふう、終わった終わった」

 

「お疲れ様、瑞鶴」

 

 ルームランナーの速度は散歩歩きくらいの速度まで減速。いきなり止まると身体に悪いですからね。クールダウンは大事です。

 

「わぁ翔鶴ねぇ……髪がすごいことになってるよ」

 

「え? あぁ……そうね」

 

 瑞鶴に言われるまでもなく気づいてはいましたが、ええそうなんです。後ろで結ってた髪がほどけて、私は今ちょっと大変なことになってるんです。ご存知の通り私の髪はとても長いですので、はい。なんといいますか、結っていたのが解けたら体中に張り付いてしまいまして……。

 

「そうだ! 翔鶴ねぇ、お風呂行こっ!」

 

 へ?

 

 ええ?

 

 今この子、なんてパワーワードを放ったんでしょう。お風呂? お風呂ですか? いやいや、そりゃありますよ、ええ。いやそうですけどでも、脈略がありません。

 

「だって、翔鶴ねぇも瑞鶴も汗でベトベトじゃん」

 

 まあ確かにそうですけども……。

 

 

 まあ。

 

 まあ、いいですかね。立派な理由もありますし、ええ。運動した後にひとっ風呂浴びるのはいいものですよね。

 

 

 

 このクラン、どちらかというと活動はしている方なので、結構ルームの増設が進んでいます。先ほどまでいたトレーニング区画以外にも普通に家具が置いてあるところや作戦司令部みたいな雰囲気漂う部屋だってあります。

 

 だからお風呂があるのは当然です。ええ、もちろん女湯です。何か問題でも? 私、翔鶴は女の子ですからね。もちろん同性の瑞鶴と一緒に入りますとも。

 

 

 透き通ったお湯。手で掬ってさっとかければ、ああ極楽。

 

「はぁ~やっぱりお風呂はいいよねぇ」

 

 艦船なら入渠している時以外は常に大海原に浸かっているわけですが、艦娘となれば話が違います。お風呂は立派なレクリエーション。瑞鶴の声もどこか緩んでいます。

 

「翔鶴ねぇ~」

 

「んー? なあに瑞k……」

 

 ところが次の瞬間、私の顔面にばしゃりと叩きつけられるお湯。

 

「っぷ……ず、瑞鶴!」

 

「へへーん、第二次攻撃隊、発艦!」

 

 そう言いながらもう一回。瑞鶴が手、というか腕全体を使ってお湯を全力でかけてきたのです!

 

「やったわね!」

 

 ならばこちらも徹底抗戦。テロにはテロで立ち向かう!

 温泉海域に死線?が飛び交います。

 

「よくもぉっ!」

 

「それっ!」

 

「負けないぞぉっ……って、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「瑞鶴っ!?」

 

 と、次の瞬間瑞鶴が撃沈。そんな馬鹿な、翔鶴型がこんな簡単に沈むわけがありませんし、沈むようならその前で私の手で沈めます。

 

「うひゃ、あははははは! しょ、翔鶴ねぇぇ、たすけてぇえ!」

 

 

 瑞鶴がとんでもない調子で助けを求めています。いったい何が……

 

 

 

「――――コチョコチョコチョコチョ! どうですかっ! 榛名のこちょばし攻撃はっ!?」

 

 

 

 って、あんた誰――――いえ、誰かは分かってるんですが。何やってるんですか。

 

「ひゃるなひゃあん、やめてっ、いぇめてったらぁ!」

 

「やめませんっ!」

 

「やめなさい」

 

「あ、翔鶴さん。これはご機嫌麗しゅう」

 

 ……えーとですね。はい。この突然やってきて瑞鶴をへにゃへにゃぬか漬けにしてしまったというのに、悪びれもせずにいるのは榛名さん。はい。私たちのクランを構成する戦艦サマでございます。おしとやかそうなその表情ですが、さっきまでの所業は見逃しませんからね?

 

「榛名さん。こんにちは」

 

「はい、こんにちは。翔鶴さん」

 

「まずですね。なぜここにいるのですか」

 

「女の子のいるところに榛名あり、です!」

 

「……質問を変えましょう。いつからここにいたんですか」

 

「ほんの五分ほど前です! お二人は仲よさそうにお風呂に入っていきましたが、スカートの上から尻をなでるような馴れ合いでしたので是非介入させていただこうかと思いまして」

 

 それだけいうとずいっと寄ってくる榛名さん。クランの中でも歴戦ということもあり流石の身のこなし……じゃない。

 

「な、なんですか」

 

「いえいえ、折角ですし。榛名のお相手、してくれませんか?」

 

「お、お相手といいますと……?」

 

「裸の付き合いというやつですよ? 分かってらっしゃるくせに、翔鶴さんはイジワルな方ですねぇ?」

 

 そう言いながら互いの息がかかりそうなところまで迫ってくる榛名さん。同時に榛名さんの部屋への招待状。ご丁寧に「Yes」を選択するのと同時に転移するようになっています。こ、この格好で榛名さんの部屋に行くなんて、正気の沙汰ではありません。

 

「だ、だめですよ榛名さん……まだ時間も時間ですし」

 

「だからいいんじゃないですか、30倍でゆっくり楽しみましょう?」

 

 手を握って迫ってこないでください榛名さん。

 ここ浴場で全員裸ですし、傍から見ればすごい光景なんだろうなぁとは現実逃避のなせる思考。

 

 と、視界が榛名さんから瑞鶴の髪の毛に移り変わります。瑞鶴が割り込んだのです。

 

「ダメッ! 翔鶴ねぇは瑞鶴のものなんだから、あんなピンクな部屋に連れ込まさせるわけにはいかないわっ!」

 

「ピンクの何が悪いのでしょうか?」

 

 すっとぼけないでください榛名さん。あなたのピンクは別方面のピンクじゃあないですか、誰があんなラブh……いや、とにかくあんな破廉恥な部屋に行くものですか。瑞鶴の言う通りです。

 

「じゃあ瑞鶴さん、代わりに来ます?」

 

「ふえっ?」

 

 それを聞いた榛名は、ニタァっと悪い笑みを浮かべました。

 

「お嫌いですか? ならなんで瑞鶴さんにこれが送れるんでしょうねぇ……?」

 

「え、えと……それは」

 

 途端に形勢が悪くなる瑞鶴。まあ、十中八九榛名さんから倫理コードの解除承認申請でも受け取ったのでしょう。流血描写や部位欠損もシステムとして存在するこのゲームは、無論R18指定がかけられています。しかしゲームというのはR18に付け込んでヤリたい放題ヤッてしまうもの。榛名さんの中身が殿方であることは存じておりますので、要は「好きなんダロゥ?」と言いたいのでしょう。

 

 まったく、私はともかく瑞鶴は純真無垢な女の子だというのに、なんと失敬な。

 

 ……それを抜きにしてもです。榛名さん。瑞鶴を誘惑、それもこの私の目の前で誘惑など、なんという挑戦状でしょうか。ならば結構、私は愛の力で対抗するだけです。そっと瑞鶴の肩に手を置いて、耳元で囁いてあげます。

 

「――――瑞鶴、耳を貸しちゃダメよ」

 

「は、はいっ。翔鶴ねぇ」

 

「ガードが堅いですね……榛名、嫉妬しちゃいます」

 

 よく言いますよ、誰でも彼でも誘惑してるくせに。

 と、榛名さんがぽんっと手を叩きました。

 

「そうです。いいことを思いつきました!」

 

 ?

 

「榛名と瑞鶴さん、それに翔鶴さんも混ぜて3――――」

 

 どうせそんなことだと思いました。私は全力で浴槽にねじ伏せます。

 

 

 

「……ひどいです」

 

 がっくり項垂れる榛名さん。いや、ひどいのはあなたの思考回路でしょう。

 

「でも翔鶴さんだって、おっぱいが大きいのを選んでる時点でお好きなn……ベフッ!」

 

 大和型以上の馬力を持つ翔鶴型に旧式金剛型が敵うはずもなく。カンマ三秒もかからず制圧は完了しました。

 

 今私はお風呂を出てちゃんと装束に身を包み、ソファでのんびり。榛名さんが私の腕の下で虫の息になっている以外は平和そのものです。瑞鶴はコーヒー牛乳を飲んでいますが、VRのそれはおいしいのでしょうか?

 

ふぁ()ほふひぃえば(そういえば)

 

 ソファに押し付けられたまま榛名さんが何か言います。流石に喋れなさそうなので解放してあげましょう。え、甘い? まあ、同じクランのメンバーですし、信頼関係はありますからね。一応。

 

「で、なんですか」

 

「ええ、今夜皆さんで沖ノ島沖(2-5)を攻略しようかと思いまして」

 

「はぁ……」

 

「そろそろ月も変わっちゃいますし」

 

 このひとは急に真面目な話をするんですから。ほんと調子が狂います。

 

 ……ですが、沖ノ島沖ですか。まあ要するに月次任務(マンスリー)消化というわけですが。なるほど確かに全力出撃したいところではありますね。VR艦これではどのステージでも原則艦種制限はありませんし。なによりあそこのボスは固いのが多いですし。

 

「瑞鶴は大丈夫だよ!」

 

 そう応じるのは瑞鶴、もちろん今夜は大丈夫という意味。

 

「翔鶴ねぇは?」

 

 

 ――――そうですね。

 

 もとより夜はこのために空けてありますし。望むところです。やってやりましょう。

 






古ノ湯屋ノ招牌(=看板)也。
ユイイルト云謎也。「射入ル」-「湯ニ入ル」ト、言近キヲ以(もっ)テ也。

朝倉治彦編『合本 自筆影印 守貞漫稿』


「ゆみや」とは弓矢、弓とは「射入る」――「湯に入る」もの。
江戸時代のなぞなぞだそうです。

……翔鶴ねぇになってお風呂入りたい。


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【2-5】燃ゆる沖ノ島沖!
燃ゆる沖ノ島沖!その壱


パパ(Papa)――――本艦は出港するので乗組員は全員帰艦せよ。


「あ、翔鶴ねぇ! 待ってたよ!」

 

 フォーク片手に出迎えてくれる瑞鶴。ちょっと遅くなってしまいましたが、どうやら遅刻はしなかったようです。置いていかれた、なんてなったら悲しいですからね。

 ……ってフォークですか。もちろん消える魔球(フォークボール)ではありません。肉とかパスタとかに突き刺す食器のフォークです。

 

 と、いうことはもちろん食事中なのでしょう。瑞鶴はほれほれと言わんばかりにフォークを机の上に置かれたケーキに向けて見せます……イチゴの乗ったホールケーキです。

 なんでショートケーキにしなかったんでしょうか。流石にそんな大きさでは飽きるでしょうに……あ、切り分けてるんですね。瑞鶴の前には小皿に乗ったケーキが置かれています。

 

 瑞鶴は本当に楽しそうです。それを見ているだけで私も楽しいです。

 

 しかし、瑞鶴は私に対してこう言いました。

 

 

「翔鶴ねぇも食べる?」

 

 

 ど、どうしましょう。

 正直VRで食べるものはスクロースか塩化ナトリウムでもないかぎりヘンテコな味が多いのですが……よりにもよってケーキ。それもイチゴですか。果物、生鮮食品の類は本当に再現率が微妙なんです。

 まあ、甘味がベースとなっているケーキなら……どうでしょうか。うーん。

 

 

「翔鶴ねぇ……食べないの?」

 

 そ、そんな顔をしないでください瑞鶴。う、上目づかいなんて販促で、じゃない反則ですよ! あなたにそんな顔をされてしまっては、私は……。

 

 

「ほら、あーん」

 

 

 それって、もしかしてもしかしてですか? 瑞鶴と、かか間接キスをすすす、するのだですか? 確かにここにはフォークが一つしかありませんし、私が食べるのならそれ以外に手段はなさそうですが。

 

 ええい、翔鶴。ちょっとの我慢です。味なんてどうでもいいじゃないですか。適当にお世辞言っとけばいいのです。

 

「わ、分かったわ。瑞鶴……あ、あーん」

 

 

 ぱくり。

 

 

「……」

 

 

 あ、やっぱり不味いですね。はい。食感は確かにいい感じですし、生クリームの香りも結構いい線いっているんですが……だから余計に、味が。

 

 

「やっぱり美味しくない?」

 

「そ、そんなことないわよ瑞鶴。おいしいわ」

 

 

 ごめんなさい。毎朝のお茶も変な味ですけど慣れればどうってことないのです。ですが申し訳ない。不味いものは不味いのです。私は本心から翔鶴だから突き通せますが、元来嘘は苦手なのです。え、矛盾? してませんとも。ええ。

 

 瑞鶴がちょっと寂しそうな顔。

 

「……翔鶴ねぇ。美味しく、ないんだよね」

 

 ば、ばれた。流石に今の私の表情は引きつっているのでしょうか。

 

「ええとね瑞鶴、ちょっと斬新な味だったの。それだけよ?」

 

 まあ間違ってはいません。食レポなら多分こんな感じでしょう。うん。

 すると瑞鶴が、私の目の前で手のひらをパンッと合わせました。

 

「ごめんっ。実はね、瑞鶴も美味しくなかったんだ」

 

 

 え、そうなのですか? だってさっき……。いや、待ってください、確かに瑞鶴は「美味しい」とは一言も言ってません。それに瑞鶴の分として切り取られているのであろうケーキの一部分は、確かに今私が食べた一口分しか減ってませんし……あれ? 一口分しか?

 

 

「あぁー、ダメでしたかぁ。青葉、残念ですぅ」

 

 と、私の思考を遮る声。音源へと視線を向ければ、そこには私のクランのメンバーが。

 

「ほらぁ! だから言ったじゃん青葉!」

 

 瑞鶴が頬を膨らませながらフォークを青葉へと指向。青葉さんは両手で言い訳のポーズ。

 

「いやーどうしても試してみたかったんです。榛名氏や瑞鶴氏がダメでも、翔鶴氏なら美味しく感じてもらえるかと思いまして」

 

 

 なるほど。だいたい事情は察しました。

 この青葉さん、趣味でMod作成を行ってる方でして――なんでも目標はとあるカメラをVR空間で完全再現することなのだとか――その関係でいろんなモノを作ってるんですよね。今回はポンコツ味覚エンジンに挑もうとした、と。

 

 で……まだ5/8ほど残っているホールケーキはその失敗作(さんぶつ)というわけですか。

 

 まあそれはいいのです。失敗は成功の母。そんなことを偉い人が言っていたような記憶もあります。それに味覚の完全再現、味覚エンジンの完成。それはVR業界の夢ですから、その踏み台になるのであればまあ、いいでしょう。いつか青葉さんが完成させてくれることを願うばかりです。

 

 ですが問題はそこではないのです。見てくださいケーキを、ケーキは一口分しか減っていません、つまりどういうことかというと、瑞鶴は一口も食べていないんです。ああなるほど、ホールケーキは八等分されていて残りは5/8。榛名さんと瑞鶴が食べたのなら残りは6/8であるはず。この1/8は私の分なのでしょう。

 

 

 私は青葉さんに向き直ります。

 

「青葉さん、なぜ瑞鶴をダシにしたのですか」

 

「えーいやそのあの、翔鶴氏は瑞鶴氏のいうことならだいたい聞いてくれますのですでありまして、まあ詰まるところそういうことなのでありますよ」

 

「なるほど、事情は分かりました。青葉さん。私は許しましょう」

 

「え、ホントですか? 恐縮d――――」

 

 

 残念ですが例外条項発動です。メニュー画面展開、アイテムストレージより米帝御用達トンプソン機関銃を召喚。そして腰だめ。

 

 

「ですが、こいつ(トミーガン)が許すでしょうか?!」

 

「それやりたかっただけでしょ翔鶴氏! あっやめっ――――!」

 

 

 正義の鉄槌が今、降ろされました。

 

 

 私は瑞鶴との絆を利用する輩を、ましてや瑞鶴と間接キスが出来ると囁き、あろうことに私の乙女心を持て遊んだ輩を許すわけにはいかないのです。

 

 なに、所詮はゲーム、痛覚制限くらいはありますし、修理の資源と高速修復材(バケツ)くらいは私が出しますよ。

 

 

 

 

 

 私が青葉さんの入渠に必要な操作を書面に書き込んで――もうメニュー画面を開くほどの緊急性はありませんので――いると、瑞鶴がどこか申し訳なさそうに言いました。

 

「しょ、翔鶴ねぇ……瑞鶴も悪いんだ」

 

「?」

 

「やろうって言ったのは青葉だけど、面白そうだったから瑞鶴も、つい……」

 

 なるほど。「あーん」すれば私が乗ってくると、そう思ったのですね? なるほどそれは大正解です。

 だから自分も共犯者だと、そう言いたいのですね?

 

「瑞鶴は悪くないのよ? 悪いのは思いついた青葉さんです」

 

「ううん。瑞鶴が悪いの。だから――――」

 

 

 ちゅっ。

 

 

「ず、ずいかくっ?!」

 

「えへへ、これで許してね。翔鶴ねぇ」

 

 

 

 

 

 青葉さん、申し訳ないですが……もうしばらくそこで大破のままくたばっていてください。

 

 私、少々用事が出来ましたので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






こんな作品に感想ありがとうございます!それもたくさん……恐縮であります!

そのうえで申し訳ありませんが、感想返信についてはしばしお待ちください。作品が一段落したところでまとめて行わせていただこうかと思います。


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燃ゆる沖ノ島沖!その弐

ズールー(Zulu)――――本艦は引き船が欲しい。


「……」

 

 

「…………」

 

 

「………………」

 

 

 フルダイブVRというのはそもそも、医療向けのコミュニケーションまたは訓練ツールとして発展してきた経緯があります。

 

 

「……っぱぁ。翔鶴ねぇ……」

 

「ふぅ、瑞鶴……」

 

 

 故に身体に関する事象の演算はほとんど完璧……単なる表皮のふれあいだけでなく、胸の鼓動から、吐息の熱。分泌される体液に至るまで再現されています。ですから、肺の酸素濃度が低下すれば呼吸が求められるのは至極当然。少々惜しいですが、代償としては些細なもの。

 

 

「翔鶴ねぇ、みんな来ちゃうよ……」

 

「いいじゃない。まだ全員そろったわけじゃな」

 

 

「時津風、ちゃくにんしましたー! って、うわー……二人とも、何やってんの」

 

 

「しっー! 時津風氏、外野は黙って見ていろです」

「えーなんでさ。というかなんで青葉死にかけてんの?」

「青葉のことはどうでもいいのです!」

「時津風さんこんばんはー……おや、百合ですね!!」

「戻ってきましたか榛名氏。突然ですが、出撃前の景気づけにAV視聴と参りましょう!」

「ええ、皆さんがよろしければ、榛名もご一緒します!」

 

 

 

 

 

 

 ……さて、突然ですが。はい本当に突然ですが。このゲームにおける出撃についてご説明しましょう。

 

 艦隊これくしょんというゲームは、基本的に6隻を上限とする艦隊によって戦闘を行います。それによって深海棲艦という存在(てき)の支配下にある海域に赴き、主力(ボス)艦隊を叩くわけですが……このゲームの出撃拠点は鎮守府、つまり内地です。いや、当たり前と言われれば確かに当たり前なんですが。そりゃ軍艦は母港から出発するわけですしね。

 

 それから、主力艦隊目指して頑張るわけですが……道中には私たちの道をふさぐ敵がいます。私たちはこれらを最小限の損害で切り抜けなければなりません。ここで大事なのは、それら道中の敵を全て殲滅する必要はないということです。

 

 つまり、迂回も立派な手段です。

 

 このゲームでは、ひとたび母港を発てばどこへでも行けます。もちろん航続距離(ねんりょう)という限界はありますが、基本的にどこへでも行けます。例えば、瀬戸内海から日本海に移動する時、道は関門海峡だけではありません。九州回りで対馬海峡を通ってもいいですし、それこそ本州周りで津軽海峡を通ったっていいのです。艦艇(かんむす)というそこまで足の速くないプレイヤーと、マップの大部分が特に何もない海――潜水艦がいるなら海中のデータも生成されますが――である故の自由度ですね。

 

 ところが、自由というのは多くの面倒を生むものです。私たちは自由な編成で艦隊を組み、自由に七つの海を渡り歩く?ことができるわけですが、それは敵も同じです。あ、少し違いますね。敵主力艦隊の編成は多少のランダム性こそあれど傾向はあります。で、まあ正直それはいいんですよ。どんな敵が出てこようが倒せばいい話ですし。

 

 しかし、敵主力艦隊が自由に動き回るのは少々厄介です。いえ少々なんて生易しいものではありません。大変厄介です。

 

 

 ……はい。もうお分かりいただけたかと思います。これ、一戦当たりにすごい時間かかるんです。

 

 

 敵を見つけ、距離感を図りつつ接近し、そして戦う。戦争において血と硝煙が舞ういわゆる「戦場」というやつは戦争の最も華々しい箇所を切り取ったものに過ぎません。VR艦これではどちらかといえば戦いに主軸を置いているはず――それこそ、艦娘ひとりひとりが基本独立しているという意味では傭兵ゲームともいえるかも知れません――なのですが、索敵から始めるとなると本当に大変です。

 

 

 まあしかし、私にとっては苦でもありません。航空母艦というものは索敵と超遠距離攻撃においてこそその真価を発揮するものですし、それに瑞鶴と一緒出来るのです。苦などという言葉が存在するはずもありません。

 ……それに、任務のマップにはクソッタレの運営が日本近海に――瀬戸内海にすら――わんさか深海棲艦をバラまいてくれているので、否が応でも沖ノ島までドンパチ賑やかな弾丸旅行になってくれることでしょう。

 

 

 さあ、玄界灘の沖ノ島まで日帰り旅行の始まりです。

 

 

 

 

 

 2-5の出撃拠点は舞鶴。なるほど玄界灘に近くはなく遠くもないといった距離ですね。原速12ノットで向かうなら丸一日以上かかるでしょうが……VR艦これにおいて原速でのろのろいく艦娘なんていないので、まあ半日もあれば敵艦隊を攻撃圏内に収めることが出来るでしょう。

 

 ちなみに、以前は佐世保鎮守府や呉鎮守府からも出撃できたのですが……航空母艦六隻による主力艦隊への初手航空攻撃がセオリーになったため廃止されてしまいました。これだから大艦巨砲主義者は。

 

 

「では時津風さん、前方警戒(ピケッター)をお願いします」

 

「はーい。時津風、せんこうしちゃいまーす!」

 

 舞鶴湾を抜ける直前に金剛型戦艦である榛名さんがそう言い、陽炎型駆逐艦の時津風さんがのほほんと返事を返して増速します。

 

 

 さて、湾を抜けるということは即ち安全圏(セーフゾーン)から抜けるということです。もはやいつ敵の飛行機が飛んできてもおかしくありません。それに、どんな作戦であれ鎮守府周辺にはだいたい敵の潜水艦が潜んでいます。雷撃を躱しさえすればいいのですが、攻撃に勝る防御はありません。時津風さんが敵潜を殲滅してくれることに期待しましょう。

 

「んー……とっきーだけで大丈夫かねぇ?」

 

 そう心配げに漏らすのは球磨型軽巡洋艦の北上さん。カーキ色の制服と三つ編みおさげ、ですがそれ以上に目を引くのは四連装の魚雷発射管。

 ゴツゴツした見た目のそれは北上さんの華奢な身体を埋め尽くすように装備されていて、それが全部で十基あります。つまり合わせて魚雷四十射線。重雷装巡洋艦と呼ばれる所以です。

 ちなみに、出撃直前まで雷撃の訓練に励んでいたはずですので、先ほどの【騒動】については知らないはずです……恐らく。

 

 

 とともかく、これで全員の紹介が終わりましたね。はい。

 

 今回の沖ノ島沖(2-5)攻略は私と瑞鶴、そして榛名さんと青葉さん、時津風さんに北上さん。以上六隻で行っていきます。

 

 

「北上さんも先行しますか?」

 

 榛名さんがそう言います。いくら駆逐艦が潜水艦に相性がいいとはいえ、確かに一隻だけで戦わせるのは危険でしょう。対潜攻撃が可能な北上さんをつけるのは手かもしれません。

 

「んー……いいや。やめとく。まあなんとかなるっしょ?」

 

「そうですね。まあ、北上さんを前に出して誘爆したら大変ですし、陣形はこのままで」

 

 榛名さんがそう結論付けます。はい。この艦隊の指揮は榛名さんが執っています。普段は変なことばかり私たちに吹き込んで、挙句の果て「誰も上がってないときはひとりえっちしている」と公言して憚らない榛名さんですが、誠に遺憾なことに私たちの中では最高練度を誇る司令官(クランマスター)でもあるのです。

 

 

「敵潜はっけーん。さあー、はじめちゃいますかー!」

 

 おや、どうやら始まったようですね。とはいえ、私には何もできません。翔鶴型にも対潜装備が搭載されたことはありますから、多少のお手伝いは出来るような気はするのですが……まあ出来ないんですけどね。システム的に。

 

 というかすごい思うんですけど、なぜ航空攻撃が有効ではないのでしょうか。潜水艦の装甲板は敵の攻撃ではなく自然の水圧に耐えるために作られています。機銃弾が一発でも当たりどころさえよければ沈降できないはずなのですが……いや、愚痴を言っても仕方がありません。

 

 

「榛名さん、索敵機を発艦させてもよろしいでしょうか?」

 

 榛名さんへ意見具申。

 

「……ええ、そうですね。青葉さん、翔鶴さん、瑞鶴さん。索敵機の発艦をお願いします。索敵は二段索敵。道半ばの敵艦隊を全て見つけましょう」

 

「「「了解!」」」

 

 

 私の本領は航空攻撃。

 

 今はただ、待つのみです。

 



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燃ゆる沖ノ島沖!その参

ノベンバー・エコー・セブン(November Echo Seven)――敵の航空機が目撃された。十分注意して進行されたし。


「翔鶴さん! 榛名3番が敵艦隊発見! 空母アリ戦艦ナシ、西北西に約80キロ!」

 

 

 敵艦隊を見つけたのは榛名さんの艦載機でした。報告の形式については正式なものと多少は異なるのかも知れませんが、ここで海里を使って報告されても換算で一瞬手間取るでしょうし、なにより敵に空母が含まれているという報告のほうが肝心です。

 

 

「航空攻撃を行います! 瑞鶴!」

 

「はい翔鶴ねぇ!」

 

 

 水を打つように帰ってくる返事。私たち姉妹なら当然です。航空隊のウィンドウを表示させ、全ての搭載機が対艦装備で待機していることを確認します。どの隊にも多少の損耗はありますが、まだまだ戦力としては十二分な数。空母を含んでいようと撃滅できることでしょう。

 

「発艦作業に入ります!」

 

 その言葉とともに飛行甲板を掲げて蒸気放出、飛行甲板の中央線に蒸気が沿って流れるよう舵を切ります――操舵については、スケートをイメージしてもらえば分かりやすいかと思います――。実際には弓矢で弾き出すため必ずしも合成風力が必要という訳ではないのですが、まあ、いいじゃないですか。うん。

 

 

 矢筒から取り出した矢は戦闘機のそれ。視界の端に同じ姿勢の瑞鶴が映ります。交わされる視線は一瞬ですが、それで十分。

 

 

「「発艦はじめ!」」

 

 

 弾き出された二つの矢が瞬時に展開、二個小隊の戦闘機部隊となって舞い上がります。その後も私たちは和弓が痛むんじゃないかと不安になるくらいの急速発艦作業を行い、戦闘機に続いてぽんぽんぽんと空へ弾き出されていく爆撃機や攻撃機。あっという間に空を埋め尽くします。

 

 ちなみに私と瑞鶴が全力で航空隊を出すとその数おおよそ百五十機。航空機を新鋭機に更新すればするほど大型化するので運用可能な数は多少減りますが、それでもこのくらいは出せます。これぞ翔鶴型の面目躍如。ロートル一航戦には負けませんとも。ええ。

 

「直掩隊も、攻撃隊の援護に回って!」

 

「アウトレンジで、決めたいわねっ!」

 

 会敵必戦、突撃上等。空飛ぶ水雷戦隊である空母機動部隊に躊躇という言葉は存在しません。空中集合を終えた百を超える航空隊がまだ見ぬ敵へと飛び去って行きます。

 

「うわぁ、大盤振る舞いですねぇ」

 

 どこか他人事のようにいうのは青葉さん。あのですね、敵空母を見つけたら全力で叩くのは当然だと思うのです。

 

「それにしても、主力艦隊が見当たりません……榛名、少し心配です」

 

 どこか不安そうな榛名さん。そう、既に潜水艦や水雷戦隊などを蹴散らしつつ順調に進んでいる私たちですが、一向に主力艦隊である戦艦部隊が見つからないのです。

 

「そうだよー、ぜんぜん戦えないじゃん!」

 

 そう抗議の声を上げるのは時津風さん。いえ、戦っていない訳ではないんですよ? まあ、水雷戦隊は榛名さんと青葉さんの砲撃、そして私と瑞鶴の爆撃機が仕留めてしまいましたから時津風さんに出番はありませんでしたが……。

 

「きたかみさんーひまー!」

 

 時津風さんが駄々をこねるようにぐねぐねと舵を切ると、迷惑そうに北上さんがその未来進路から外れます。

 

「うわっ、とっきーなにさ」

 

「たいくつっ! なにかしよーよ!」

 

「何かぁ……?」

 

 そう言いながら北上さんはちらりとこちらを見ます。いや、無理ですよ? これから航空戦なんですから、制空権の奪取に爆撃と忙しいんですから。あ、こら瑞鶴の方を見たって無駄です。瑞鶴だって同じ状況なんですから、ただでさえ瑞鶴は部隊全体への指示が得意じゃないのに、やっかいごとを増やさないでください。

 

 おっと、制空戦開始です。少し念じれば即座に浮かび上がる戦場のイメージ。80キロというと航空攻撃としては随分短い距離ですが、艦娘サイズで考えると限界距離といっても過言ではないほど遠いです。視界が霞みそう……ですが、指揮は可能です。自動操縦(ようせいさん)に全部任せっきりなんてことはしません。

 

 あら、あのキレッキレな動きをしているのは瑞鶴が直接操作している機ですね。よくこれだけ距離がありながら乱れなく操作できるものです。攻撃機や爆撃機ならともかく、求められる瞬発力がその比ではない戦闘機の操作では瑞鶴には敵いませんね。

 

「翔鶴ねぇ! 制空権確保だよっ!」

 

 流石瑞鶴、それでこそ私の妹です。

 

 

「んーこりゃアタシの出番なしかねー」

 

「主力艦隊さえ出てきてくれれば出番もありますよ、北上さん」

 

「そうは言うけどさーはるはる、この調子だと配置されてる護衛全部やっつけちゃう勢いじゃない?」

 

 それから、だんだん傾きつつある太陽を見ます。確かに、この調子だと良くないです。

 

 まだ夕日というような傾きではないので敵空母への攻撃と航空隊の収容には問題ないでしょうが、この任務(2-5)では夜になってしまうとほぼ確実に敵の重巡戦隊とことを構えることになるんですよね。……そうなると空母二隻のこの艦隊ではなかなか厳しいものがあります。切り抜けられないことはないでしょうが、不利な戦いには違いありません。

 

 出来ることなら早急に主力艦隊を補足(サーチ)(エンド)撃破(デストロイ)したいものですが……未だに見つけられないとは。

 

 

 まあいいでしょう。

 

 敵艦隊上空へと達した各艦攻隊の教導機へと指示。艦爆隊より一足先に突入経路に入ります。高度を落としていく艦爆隊。一方、艦攻隊はそのまま。

 

 なぜ雷撃機(かんこう)が高度を落とさない? それはもちろん現在艦攻隊は水平投下の800kg爆弾(はちじゅうばん)装備だからです。数に限りがある航空魚雷はそうそう使えませんので。

 

 教導機を先頭にのこりは三角形の陣形を組み、設定は完全追従へ。私が操作する教導機がミスれば一発も当たりませんが……なに水平爆撃には自信があります。

 

「ヨーソロー……」

 

 

「翔鶴ねぇっ!」

 

 えっ……いいえ、いま集中を切らすわけにはいきません。投下時機近づく――――

 

 

 

「――――テッ!」

 

 投下、ピーナッツみたいな黒い塊が眼下のヌ級軽空母へと落下していきます。深海棲艦はろくに回避運動をしません。あれは当たるで

 

 

「危ないっ!」

 

 瞬間、爆炎を示す火炎エフェクトが視界に飛び込みます。それは爆炎そのもので、気づいたときには視界が揺れ、私が備えているはずの三半規管が訴えるのは姿勢制御の必要性。がくりと崩れそうになっているのです。

 

 足を……左足をやられた?

 

 どこから、いえ、その前に態勢を立て直さねばなりません。足に力を入れて主機をふかし――ふかすという表現が正しいのかどうかは分かりませんが、この時代の艦船は蒸気タービンを回しているので多分あってるはず――加速をかけることで真横に吹き飛びそうな加速度ベクトルを辛うじて斜め前へと逸らします。私の身体は人間のそれ。おかげで、横からの衝撃には弱いですが、前後ならなんとか耐えられます。

 

「翔鶴ねぇ! 大丈夫!?」

 

 被弾個所は――――やはり左足ですか、フィンごと膝から下が綺麗に消えてますね。まあゲームですので痛覚制限がかかってますし、帰投さえすれば修復でき(なおせ)ます。

 

「そんなことより! どこからですか?!」

 

 榛名さんに向けて叫べば、榛名さんは立ち尽くしていました。その先に、水平線。

 

「皆さん……榛名たちは、少しばかり困ったことになったようです」

 

 

 榛名さんが指さす先。人影。表示される敵性マーカー。

 

 あ。

 

 

主力艦隊(ボス)ですね。アレ」

 

 

 さあ復習です。沖ノ島沖(2-5)の主力艦隊は戦艦部隊。戦艦3隻を中核とする水上打撃部隊です。水平線の向こうに見えるは戦艦さんのシルエット。

 

 そして私と瑞鶴の攻撃隊は、現在敵空母部隊と交戦中。主力艦隊のために航空魚雷の在庫はありますが……肝心の攻撃機が出払っています。こういうのはオープンワールド制最大の欠点と言えるでしょうね。まあ、翔鶴(わたし)としてはだからこそ燃えるというものですが。

 

「はぁ? 主力艦隊ぃ?! 何やってんのよ偵察隊!」

 

 あのね瑞鶴。その言葉は瑞鶴自身に思いっきり突き刺さりますからね。

 

「落ち着きなさい、瑞鶴」

 

「落ち着けないよっ! 翔鶴ねぇの足が!」

 

 まあ瑞鶴の気持ちも分かります。こちとら丁寧に二重索敵で挑んでるというのに……まるであざ笑うかのような登場の仕方です。そしてこの私を真っ先に狙ったのも、偶然なら残念なほど的確な判断と言えるでしょう。

 

「榛名は欠損した翔鶴さんも好きですよ?」

 

「そういう話はしてないでしょーが旧式戦艦!」

 

「ま、まあまあ瑞鶴氏榛名氏、ここは抑えて抑えて……」

 

 ……皆さん余裕そうですね。まあ、半分(かたあし)やられたぐらいでは航行と姿勢制御の難易度が上がるだけで、航空機の発艦さえできればなんの影響もないのが私たち航空母艦ですけども。

 っと、攻撃の成果を確認です。ええ、何の問題もなく命中をたたき出していますね。これで空母部隊は当面黙らせることが出来るでしょう。もはや攻略には何の関係もない知らせですが。

 

 

「ああーわかった!」

 

 

 と、素っ頓狂な声を上げるのは時津風さん。

 

「どうされました時津風さん?」

 

「戦艦は隠岐に隠れてたんだよ!」

 

 隠岐諸島。行政的な説明をするなら島根県に属する島々です。攻略的には舞鶴と沖ノ島のだいたい中間地点にあるので、道中で手痛い目に逢ったときはここで一休みしたりもします。

 

「とっきー、そんなことあるわけないじゃん」

 

 即座に否定するのは北上さん。

 

「でもだって後ろにまわりこまれちゃってるじゃん」

 

「んぅー……とっきーの割には鋭いこと言う」

 

「”割に”はよけいー!」

 

 

 なるほど、確かに私たちの出撃と同時に全速力で駆け抜ければ隠岐諸島に隠れることは出来るかもしれません。丁度攻略の行程も3/4ほどですし、そろそろ主力艦隊というところで背後からの奇襲……運営はAIのアルゴリズムでも弄ったのでしょうか?

 

 

「皆さん第二射来ますよっ! 榛名氏、どうするんですかっ?」

 

 青葉さんがそういうのと同時に遠くに立つ煙。砲撃してきたのでしょう。それに対して榛名さんは、胸にぎゅっと両腕を寄せて、幸せをかみしめるように頬に手を当てました。

 

「あぁ榛名、なんだかアツくなってきちゃいました……突貫あるのみです!」

 

 スルー安定です。

 

「瑞鶴、攻撃隊をすぐ引き上げさせて。艦攻隊を最優先で収容、その後すぐに航空魚雷を装備させること、いいわね?!」

 

「了解翔鶴ねぇ! というか瑞鶴が支えるよ?!」

 

 そう言いながら傍に寄ってくる瑞鶴。すっと左肩が持ち上げられます。

 

「……大丈夫よ、このくらい」

 

「いーの、ちょっとくらい楽してよ翔鶴ねぇ」

 

 さっきまでのふらつく度に出力調整で――一輪車の操縦のようなものです――バランスを保ってきた私の身体が、瑞鶴によってしっかりと支えられました。艤装の隙間を縫うように背中に添えられた腕は、私同様に細いはずなのにとても力強い。

 

「回避機動に支障、でるわよ?」

 

「翔鶴ねぇに合わせるって」

 

 そこまで言うなら、まあ。仕方ないわね。なんてちょっと思ってみたりもして。

 

「仕方ないわね……ありがと、瑞鶴」

 

 

「あのー。ふたりともさ。アタシに言わせるならもうとうの昔に戦闘始まってるんだけどさー」

 

 む。いいではないですか。私たちは不本意ながら攻撃隊の帰投を待つほかないのです。というかですね。私たち姉妹は史実でもずぅぅぅぅぅぅぅっと一緒にいたんです。艦これによって急にハイパーレズ姉妹に仕立て上げられたあなた方とは格が違うのです。

 

 そんな想いを視線に込めてカーキ色の重雷装巡洋艦に送ってやると、北上さんはそのおさげをやれやれと揺らしました。

 

「はあ、やれやれだよ……。はるはる、雷撃やっちゃっていい?」

 

「援護しましょう!」

 

「……さぁーって、ギッタンギッタンにしてやりましょうかねぇ!」

 

 そう言いつつ北上さんは増速。

 

「わたしもいくー!」

 

「とっきーはあの(レズ)姉妹の援護」

 

「ええー」

 

 失敬な。レズとは何ですかレズとは。

 まぁ今日の私は幸運なことにも機嫌がいいですからね、見逃して差し上げましょう。というかそんなことに気を取られるくらいならこのかかりそうでかからない瑞鶴の少しばかり荒い吐息を感じることの方が大事ですとも。ええ。

 

「あおっちも援護よろしくねー」

 

「ええ北上氏! 青葉にお任せあれっ!」

 

 青葉さんが戦列に加わり、榛名さんと共に敵戦艦と砲戦に突入します。

 

 大幅な命中補正がかかるとはいえ、人型で撃ち合ってはそうそう当たるものではありません。しかし、それは現実の戦争でも同じ。大事なのは撃つことにより敵を引き留めることです。このゲームでは定針――まっすぐ進み続けることですね――することにより命中率がアップする仕様になっています。

 ちなみに敵の命中率はかなーり低く設定されていますので、必然的にAIは定針することを選ぶ……それはすなわち。

 

「そらっ」

 

 北上さんが魚雷を投射していきます。艦艇なら片舷20門ですが、人型だから反転せずとも40門。

 

 それが至極丁寧に等間隔で放たれていきます。戦場に敷かれる縦縞模様(スプライプ)のカーペット。まあ酸素魚雷の雷跡なんてほとんど見えないのですが。

 

 それにしても北上さん、相変わらず完璧な雷撃です……あ、ちなみにVR艦これでの雷撃の評価は意外と低いんです。雷撃は次発装填に時間がかかりますし、なにより到達まで時間がかかる。魚雷を魚雷らしく使っている駆逐艦なんて数えるほどで、巡洋艦となると補助兵器としてしか認識していないプレイヤーが多いのが実情です。まあ、仕様(ゲームバランス)的に巡洋艦の砲でも戦艦と戦えますからね。

 

 で、そんな中でも雷撃をとことん磨いているのがこの艦隊の北上さん。彼女の雷撃はほぼ誤差なく並走し、敵艦がどう避けようと被弾するような網をかけるのです。魚雷発射管が身体に固定されている以上……完璧な網をかけるのは相当な練習、そして魚雷への愛情が必要です。

 

 

 魚雷が到達、水柱数本。見事にかかったようです。

 

 

「ふふん、これが重雷装巡洋艦の実力ってやつよ」

 

 

 ……いや、まだMVPとは決まっていないんですがそれは。私の心の中でのツッコミは聞こえず、北上さんはすいーと駆け抜けていきます。

 

 まあ確かに、一回撃ってしまったら次発装填できませんもんね。北上さんは。まあこのひと鞄に次発装填用の魚雷入れてて洋上でしかも一本一本手作業で装填しようとか考えてるくらい魚雷が好きなので、一旦離脱してまた戻ってくるのでしょうが……。

 

 

「戦艦一隻中破! 一隻大破、行き足止まる!」

 

「たたみかけますっ!」

 

 青葉さんがそう報告し、榛名さんが叫び35.6cm砲が()えます。砲撃戦もいよいよ佳境へ、互いに至近、命中弾が増えているようです。

 

「くうっ!」

 

 青葉さんに被弾、流石に数の不利は覆せません。先ほどの魚雷の爆発は盛大でしたが、均等にばら撒く都合上一隻当たりに向かう魚雷は多くありません。敵護衛艦艇は蹴散らせても、肝心の戦艦は蹴散らせないのです。

 

 

 ですが、そろそろ観戦タイムもおしまいです。

 

「翔鶴ねぇ」

 

「ええ」

 

 交わす言葉はそれだけで十分。私たちは分かれて、帰投してきた航空隊を収容し始めます。制空権を取っている以上は損害も少なく、たちまち私たちの上空は空中待機機で埋め尽くされます。

 

 甲板に降ろして、矢に変形させて、矢筒に戻す。単純作業ではありますが、だからこそ敵襲が怖い。時津風さんが警戒しきれない方位へと12.7㎝高角砲を指向しておきましょう。

 

「翔鶴ねぇ、そろそろ日が沈みそうだよ……」

 

 ちらりと太陽の傾き具合を確かめます。確かに、太陽はもう橙色になりかけていました。

 

「ええそうね瑞鶴。だからこそ、ここで決めないと」

 

「……うん」

 

 

「第二次攻撃隊!」

 

「稼働機!」

 

 

「「全機発艦!!」」

 

 

 どうせ敵に戦闘機はいません。攻撃機だけ収容して即時発艦。翼を翻し私たちの攻撃機は空へと舞います。

 

「時津風さん、もう大丈夫です。突っ込んでください!」

 

「え、いいのー?」

 

 時津風さんが首を傾げます。

 ええいいんです。航空隊が飛び立ってしまえば母艦はただの箱、もはや守る意味もありません。

 

「ならいいけどさー、おしあわせにー!」

 

 なんだかんだで時津風さんも理解はしているでしょう。もちろん狙いは、艦艇(うみ)航空機(そら)からの十字砲火(クロスファイヤ)ならぬ十字雷撃。駆逐艦特有の高速を生かして一気に肉薄していきます。

 榛名さんと青葉さんの援護射撃に助けられつつ時津風さんが突貫、その隙に回り込む私と瑞鶴の雷撃隊。まさしく空飛ぶ水雷戦隊。

 

 

「さぁ、叩くよ!」

 

 

 時津風さんが背中に装備している魚雷発射管をぐるんと回して魚雷を斉射。それに合わせて私たちの艦載機も魚雷を投下。

 

 

 

 勝負は決しました。

 










☆遅れた理由☆
・いべんと(甲クリア藤波伊13あと瑞穂ドロップやったぜ)

というよりか、難しくて何度も書き直してました。文字数膨らむし切るところ分からないし……バランス感覚が難しいです。
更新遅れすまぬ……更新ペース戻したい……でも別タスクが溜まってる……。

私は作品の供給を望んでいる! 書いてください翔鶴ねぇが何でもしますから!


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【番外編】海燃ゆ!空燃ゆ!眼下燃ゆ!それが艦隊これくしょん!
駆逐艦戦記1-1


お久しぶりです。脳内劇場でズイズイしながら3-5編を考えていたのですが、ふと思いついたので番外編と参ります。

このシリーズがVR艦これのシステム理解に役立ってくれれば幸いです。


「ぶいあーるかんこれ?」

 

 それは、ある晴れた日の昼下がりであった。数学小テストのクラス平均がまったく振るわず先生がため息をついた時だった。

 

「そうそ、これがめっさおもろいんだわ」

 

「はぁ……」

 

 親友である彼はそう言うが、まあ何がどう面白いのか説明されずに言われても分かるわけがない。

 

「あーこの反応はあれか、おまえ『艦これ』を知らないな?」

 

「うん」

 

「だぁーーーーっ、そりゃそうなるよなぁ!」

 

 そう言いながら大げさに頭を掻く仕草をしてみせる親友。

 

 

 もちろん、先生に怒られた。そりゃホームルーム中ですもの。

 

 

 

 でまあ、放課後親友にいろいろ布教されてしまった俺は、ひとまずVR艦これなるものをインストールしてみることにした。St○○mでセールしていたので助かった。

 

 だいたい、VRゲームというのは値段が高くていけない。厚生省だか電郵省だか知らんけども、とにかくそういうところから認可を受けるのはとても大変なのだそうだ。しかし認可を受けなければフルダイブシステムは稼働できないようになっている。

 先生曰く精神汚染だとか違法版がどうとからしいが……まあ細かいことはいいのだ。

 

 

 よし、インストール完了。

 

接続開始(リンクスタート)!」

 

 

 

 

 親友の教え・そのいち

 

”とりあえず好きな子を探すべし!”

 

 なんでも、このゲームでは一つのアカウントで複数の艦娘(プレイヤーキャラ)を登録することが常識なのだそうだ。だからとりあえずいろいろ試すべし、とのこと。

 主な理由は、艦種によってプレイスタイルがまったく違うから、だそうだ。

 

 彼が言うには……遠距離型の空母、中距離型の戦艦、近接戦闘特化の駆逐、中距離から近距離まで多彩にこなす巡洋艦、そしてゲテモノ潜水艦と大別されるらしい。

 

 

 とりあえず、軍事的な意味で評価してはいけないそうだ。駆逐艦が戦艦を沈めるとかざらにあるそうなので……最近の駆逐艦は最高だからともかく、果たしてWWⅡ時代の駆逐艦が同年代の戦艦を沈めることなどあり得るだろうか? これ反語表現。

 

 

 

「うーん、どの艦種にしようかな……」

 

 

 親友の教え・そのに

 

”迷ったらランダムにして見ろ!”

 

 艦これというのは史実に基づいているそうだ。だからある程度プレイに硬直性が出てしまう。それを避けたければキャラの選択をランダムにしてしまえばいいそうだ。

 

 

 

「えっと……艦娘はランダムで、艦種もランダム、これだと確率論的に駆逐艦になる可能性が高まるから、レアリティを金で固定するんだっけ……というかレアリティってなんだ? 初めからほとんどの艦娘が選択できるならレアリティとか関係ないだろうに……?」

 

 

 条件指定は終わり。では実行をクリック。目の前に用意されたステージが輝く演出をもって、俺の目の前にしゅわあっと少女が現れた。目を閉じたまま眠っている少女。

 

 え……いまからこの子になれと?

 

 

 親友の教え・そのさん

 

”諦めろ! 女しかいないぞ!”

 

 

 えぇ……。

 

 

 

 

 陽炎型駆逐艦 時津風

 

 

キャラメイクを終了してよろしいですか? Y/N

 

 

 

 

 ま、まあ親友にちょっと付き合うだけだし。まあ仕方ないか。逆に考えてみればつるぺたでよかったとも言える。むしろ当たりだよ。ついてないだけと考えればいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 Yesを選択、俺の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 普通、VR空間の肉体情報はゼロから構築される。体格の異なる身体を動かすことは出来ないから、脳みそに接続される神経から全部VR空間で作ってしまおうということだ。

 脳神経工学における複数末端神経接続適応能力(マルチターミナルナーヴコネクティビティ)を利用したものらしいが……要約するとVR(ここ)にいる俺は現実(リアル)の俺とも違う存在として存在するのである。

 

 何を言ってるのか分からねえとは思うが、俺も何が起きているのか分からねぇ。俺はゲームをプレイすることにより催眠術だとかそんなチャチなもんじゃない、現代科学の恐ろしさの片鱗を味わっているのだ……。

 

 ともかく、そういう風にして俺たちは自由に「なりきり」することが出来るのだ。

 

 

「ん、んぅ……」

 

 

 目が覚めると、そこは雪国だった。なんてことはなく。

 

 

「ここは……どこだろう?」

 

 俺の出す声はずいぶんと幼く細いものになっていた。身体も小さくなっているせいかいつもとなんだか違う感じに世界が見える。

 

 うーん、性転換ゲーはあんまり好きじゃないんだよなぁ。そうは思いつつもついつい胸やお股に手が伸びてしまうのは仕方がないんです先生。ほ、ほら俺は現状を確認しているだけですし……あ、胸も息子も無事ありませんでした(無事とは言っていない)。

 

 ……というかあれか、傍から見ると俺はもう幼女になっちゃってるのか、とんでもないゲームだなこれは。よくもまあ認可が下りるものだ。電郵省は複雑怪奇。

 

 

『ようこそ! ”艦これ”の世界に!』

 

 と、目の前になんだかちみっこいのが降りてきた。二頭身くらいだろうか? 一昔前の魔法少女モノに出てきそうな先端に星の付いたステッキを持っている。

 

『私は妖精! そしてあなたは艦娘です!』

 

 なるほど、チュートリアルというやつだな。このちみっこいのがこの世界についていろいろ説明してくれるのだろう。

 

 

『では! まずは出撃してみましょう!』

 

 それだけ言ってちみっこいのが持っている星付きステッキを振ると視界がぱあっと明るくなった。これあれだ、強制転移だ。

 

「え? ちょま――――」

 

 

 

『気分はどうですか?』

 

「最悪です。主にあなたのせいで」

 

『それじゃあ戦闘について説明します!』

 

 人の話くらい聞いてくれバカAIさんよぉ……。

 

『さぁ! 今あなたが身に着けている機械を確認してみてください』

 

「身に着けている……ってあれ?」

 

 そう妖精に言われて、俺は二つのことに気づく。

 

 

 ひとつ、ここが海のど真ん中であること。

 ふたつ、俺の身体、というか背中にめちゃくちゃ大きな何かがくっついているということ。

 

「こ、これっていったい……?」

 

『あなたが今背負っているのは”艤装”です』

 

「ぎ、そう……」

 

『それを使って、あなたには深海棲艦と戦ってもらいます!』

 

「は、はぁ……」

 

 

 なるほど、わからん。

 

 

『ではさっそくイ級をやっつけてみましょう!』

 

 次の瞬間、目の前の海面が爆ぜる。

 

「わぁっ!」

 

 思わず飛びのき、尻もち。お尻がびちょっと濡れる。うぅ。気持ち悪い。

 というか聞いてはいたけどほんとに海面に立ってるんだね俺。海面で尻もちついてそれから立ち上がりつつ、やっぱりとんでもないゲームだと再認識。

 

『さあ、あなたのちからでイ級を倒しましょう!』

 

 妖精がそう要請。妖精だけに……じゃなくて、とにかく倒せと言っている。目の前にはなんだか強そうな敵キャラ、イ級。身体は俺よりもずっと大きくて、ルビーみたいな目が輝いている。

 

「え、ええっと……」

 

 こういう時はほら、あれだ、メニューだ。メニュー画面展開、装備という項目があるのでそれを選択、主砲魚雷機銃……主砲だ、機銃なんかよりずっと強い、砲兵! 戦場の女神!

 

 選択すると、手元に手提かばんみたいな箱が現れた。これを使って攻撃すればいいに違いない。

 

 構えて照準。これだけならFPSで何度もやった。簡単だ。ターゲットをセンターに入れてスイッチ。

 

「それっ!」

 

 どんって軽い音。次の瞬間イ級が爆ぜた。あれ、意外と弱い……。

 

 

『お見事! さあ次です!』

 

 まだ続くらしい。まあ、チュートリアルというからにはたいして強くはないだろう。

 

 ふ、フラグじゃないし。

 

「頑張るぞ!」

 

 そう両手を振り上げてみたり。この娘の幼さを考えれば、なかなか絵になっているんじゃなかろうか。

 

『さぁ、敵の主力艦隊が現れました!』

 

 え、主力。

 

 主力かぁ……。

 

 

 

「無理無理無理っ! 勝てるわけないじゃん!」

 

 

 主力ってことは一番強いんでしょ!? 始めたばっかなのに勝てるわけないじゃん!

 

『頑張ってくださいね!』

 

 その言葉と同時に再び爆ぜる海面。流石にまた尻もちをつくようなことはないけれど、問題なのはその数だ。全部で四つ。多すぎない?

 

 

 うわぁ、なんかいるよ。さっきのイ級とかいうのと全然違う雰囲気のやつ。なんかすごい強そう。

 

「……」

 

 で、でも……だ、大丈夫。さっきはイ級を倒せたんだ。それを四回やればいいだけ!

 

「く、くらえぇっ!」

 

 砲が火を噴く。即座に動き出す四つの影、真後ろに水柱。

 

 

「しまっ――――」

 

 

 即座に殺気を感じて飛びのく、いやいやいや、これゲームじゃないの!? なんでこんな殺されそうになってるの?!

 

 飛びのいた先にはもちろん海、着地に――――失敗。

 

 

 あ。詰んだ詰んだ。

 

 

 と、とにかくさっきの砲を……目をこすりながらなんとか起き上がると――よくよく考えると海の上で立て直せたのってもの凄いおかしいんだけど――当然というべきか砲はどこかに行ってしまっていた。

 

 そして、目の前には四つの影。

 

「えっと……て、停戦! 停戦しませんか?」

 

 両手を上げて降伏のサイン。これで皆幸福!

 

 

 直後発砲。

 

 

「デスヨネェェェェェェェ――――!!」

 

 逃げるが勝ち! 逃げるが勝ちだって! 偉い人もそう言ってたからぁ!

 

 

 

Vater unser im Himmel, geheiligt werde dein Name.

 

「!?」

 

Dein Reich komme Dein Wille geschehe,

 

 え? 何この声?

 

wie im Himmel, so auf Erden.

 

 次の瞬間、影の一つが爆ぜた。

 

Unser tägliches Brot gib uns heute.

 

 真正面ではない。側面だ。側面からの攻撃だ。

 

Und vergib uns unsere Schuld,

 

 側面奇襲に反撃を試みようとする三つの影。

 

wie auch wir vergeben unseren Schuldigern.

 

 それを嘲笑うかのように水しぶきが上がる。何かが横切ったのだと気づくころには遅い。

 

Und führe uns nicht in Versuchung,

 

 崩れ落ちる一番強そうだった異形。もはや過去形。

 

sondern erlöse uns von dem Bösen.

 

 残されたのはイ級が二つ。

 

Denn Dein ist das Reich und die Kraft

 

 まさか敵うはずもなく。

 

und die Herrlichkeit in Ewigkeit.

 

 

 『それ』はさっと()()()()()()()()()()()()を向け――――。

 

 

Amen.

 

 

 敵を粉砕せしめた。

 

 

 

 

「えっと……」

 

 誰だろう。あまりにも情けないけれど。まずやってくれたのが誰なのか分からない。俺を助けてくれた……のであろう彼女は今の俺の身体であるこの娘(ときつかぜ)と同じ格好をしていて、身に着けた箱――艤装だっけか――も似ている気がする。

 

 特徴と言えば頭についてるよく分からないラッパ? みたいなの。あ、あとズボン履いてない。多分あれシャツの下パンツ一丁だよ。どこの「恥ずかしくないもん!」だよ……別作品じゃん。

 

 

「え、えっと……」

 

 

 と、というかなんで佇んでるんだろう。この人。カッコいいとでも思ってるんだろうか。どうせズボン履いてない時点で全く頼もしくないというか、なんというか……。

 

 

 と、とりあえず気づかれないようにメニューを起動。検索で艦娘の名前を調べる。

 

 

 

 陽炎型駆逐艦 雪風

 

 

 

 なるほど。名前は分かった。同じ格好をしていたのは同型艦だからだったのだなるほど。

 

「あ、あの……ありがとうございました、雪風s

丹陽( たんやん)

 

「……へ?」

 

 雪風さんが振り返ります。

 

「私のことは丹陽( たんやん)と呼びやがってください」

 

「えと、あの……?」

 

 

 

 な、なんかすごい変なヒトに絡まれてしまったようです……。

 

 

 

 

 

 ちなみに、雪風こと丹陽が戦闘中に口走っていたのは祈り文句だったらしい。

 

 とにもかくにも、こうして俺の時津風ライフが始まったのである。

 










――――





本日を以って、貴様らは無価値な鉄屑を卒業する!
これより貴様らは帝国海軍駆逐艦である。

戦友の絆に結ばれる。貴様らのくたばるその日まで。海軍は貴様らの兄弟であり、戦友だ!
これより貴様らは戦地へ向かう! ある者は二度と戻らない。
だが肝に銘じておけ。

そもそも駆逐艦は沈む。沈むために駆逐艦《われわれ》は存在する。


だが――――二水戦は永遠である!
つまり――――貴様らも永遠である!


故に二水戦は、貴様らに永遠の奮戦を期待する!!







 というわけでタンヤン・デグレチャフ少佐。



 ド イ ツ 艦 で や れ !


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駆逐艦戦記1-2

皆様。お久しぶりです。感想は近々返しますので……


「せいぜい感謝しやがることですね。この丹陽( たんやん)が助けてくれたことを」

 そう言うのは時津風(おれ)を助けてくれた駆逐艦の雪風……こと丹陽。

 タンヤンというのはユーザー名なのかそれともリアルネームなのかは知らないが、少なくとも日本人ではなさそうな名前だ。

 どことなく中国っぽい感じがするけど……まあ艦これは第二次世界大戦ころの艦艇をモデルにしたそうだから、中国は艦艇なんて持ってないはず。つまりユーザー名だろう。下手に自国の色を持ち込んで冷ややかな目で見られるのはネトゲ界ではよくあること。

 俺も反面教師にしなきゃ。

「いやほんとにそれは、ありがとうございます」

「……」

 ちなみに、時津風(おれ)は海面にへたり込んだまま。一方の雪風(たんやん)はこっちを見下ろしたままだ。時津風と同様に幼いはずなのに、眼が据わっていて……はっきり言って怖い。

「あ、あの……」

「……初めてでやがりますか」

「え?」

「この世界は初めてでやがりますかって聞いてるんです」

 えと……つまり、この艦これというVRゲームをプレイするのが初めて……という意味だよね?

「は、はい」

「……」

 じっとこちらを見てくる雪風(たんやん)。いや嘘なんて言う理由ないですって。

 な、なにか……話を逸らす策は……。

「えっと、その。私? は初めてなんで……その、このゲームをレクチャーしてくれたりしてくれないかなー……なんて」

「……」

「いやその。丹陽さんの動きがキレッキレでしたので……」

 すると丹陽は、大袈裟にため息をついて見せた。

「……しょーがないですね。この中華民国総旗艦、丹陽サマが面倒を見てあげましょう」

 や っ た ぜ 。世の中言ってみるものだ。ガッツポーズ。

「わぁい! ……って、中華民国?」

 中華民国ってなんだっけ? そう首を傾げる俺に、丹陽はさらに大きく肩を落とした。

「そんなことも分からねーでやがりますか……いいですか、中華民国というのは……」

 ああ、なんで俺はゲームしに来てるのに歴史の授業を受けているのだろう。

「……で、分かりやがりましたか?」

「はい、分かりました……」

「ホントに分かってやがるんですかね?」

 丹陽さんがジト目で見てくる。わ、分かってますよ……俺これでも社会は4評価ですよ? まあ、ウチの学校は十段階評価なんだけど。

「ま、いいでやがりますよ。丁度編成する駆逐隊がなくて困ってたんでやがります」

「わあい!」

 まあきっと無邪気に喜んでいいよね。うん。

「じゃ、いきますよ」

 そういって丹陽さんが俺の手を取る。

「え? 行くってどこに?」

「決まってるじゃないでしょうが」

 船渠(おふろ)、でやがりますよ。

「うわぁ……」

 なんというか。すごい。丹陽さんに連れられてきた場所はなんというかすごい場所だ。

「え、ここってどんなところなんですか? 箱根? 草津?」

「……そんな豪勢な場所じゃねーでやがりますよ。血と鉄にまみれた我々艦娘の身にさらなる汚れに染め上げる場所です」

 ……? よく分からない。

「でもここすごいよ! すごーい!」

 そう言いながら俺は飛び込む! だってやったことなかったんだもの! 露天風呂とかいくと親はすぐに静かにしろとかうるさいし、いつも誰かがいて俺のことを見張ってるし。だけど今ならやりたい放題!

「……まったく。子供でやがりますか」

「丹陽さんだってこどもでしょー!」

「フン。私は台湾海軍総旗艦でやがります。年季が違うんですよ年季が」

「えーだって同じ年に見えるんだけど」

 丹陽さんとは背丈も一緒だし、艤装も似てるし……

「そりゃそうでやがりますよ。同型艦なんでやがりますから」

 そう言いながらゆっくりお湯に入ってくる丹陽さん。む、なんか落ち着いた感じだなぁ。

「……それに、VRでその質問は御法度でしょーが」

 まあ確かにそうだけどさ。VRゲームというのはプレイヤーの容姿や声を反映しない。反映されるのは喋り方だけ……そしてそれは演劇とかやっていれば問題なくごまかせるはず。つまり丹陽さんが実際にどんな人なのかは分からない。

「で、どうでやがりますか? 効能としては体力の回復、各種バッドスキルの解消があるはずでやがりますが」

「体力の回復?」

 むむむ。それはどうだろう……まあ言われてみれば身体がホカホカしてきた気が……いやこれは温泉だし。当然か。

「ここは船渠(ドック)といいやがりましてね」

「犬?」

「それはあんたのことでやがります」

 なんだそれは、失礼な。

「犬じゃないし!」

「……ともかく艦娘は軍艦です。まあ駆逐艦は厳密には軍艦ではねーのでやがりますが、とにかくそういうのを修理するのがドックなわけでやがります」

「んぅ?」

 なるほど分からん。

「つまりアレでやがりますよ。RPGでいう宿屋」

「ああなるほど! 最初からそう言ってよ!」

「世界観を重視しやがりたかったんでありますよ!」

 そう両腕を振り上げる丹陽さん。

「わ、私はダメージなんて受けてねーでやがりますからもう上がりますよ。メニューのステータスで体力が全快したのを確認したら、とっとと上がって来やがってください」

 そう言いながらさっさとお湯から飛び出していく丹陽さん。駆けだしていく。

「……」

 残されたのは俺だけ。静かな露天風呂。ゆらゆら昇る湯気。

「なーんだ。いい人じゃん」

 というかとってもカワイイ。なんだあの娘。始めは怖い人かと思ったけど、なんかすごいカワイイ! 俺はおっぱい大きい方が好きなんだけど、ああいうのも好みかなぁ……。

「……あれ?」

 そう言えば、とても今更ながらだけどさ。いや考えないようにしてただけだけどさ。

 ……今の俺、時津風(おんなのこ)だよね。

 周りを見回す。丹陽さんはずっと前に出て行ってしまって、ここには誰もいない。

「……」

 そ、そういえばなんの躊躇いもなく入っちゃったけどさお風呂。これって女の子の裸だよね……。

 まじまじと見るけど、別に膨らんでいるようすはない。あ、うんそーだよね。だって気にしなくてすむからツルペタで良かったって思ったもん。そりゃそうだよ。

「でも……こうしたら少しあったり、なんて」

 両手を胸に当てて、お椀を持ち上げるようにぎゅっと引き上げてみる。こうしたらおっきく見えるかなぁ……

「……ひっ!」

 な、なんか来た。なになに今の。

「え……っと」

 もう一回同じ動作。肌からピリッと走るような不思議な感覚。さっきより強くて……その、なんて言えばいいんだろう。危なそうな感じ。

「こ、これってもしかして……」

 よーし俺、科学者たれ。かがくはじっけんにより成されるらしい。湯船に浸かった俺の小さな胸に手を当てる。

 も、もう一回だけ。もう一回だけ……

 ★ ★ ★

「……で、のぼせたと。なにをやってやがるんですか」

「はい……すみません丹陽さん」

 結論から言うと、丹陽さんに助けてもらいました。

「全く。これだから駆逐艦は困るんでやがります」

 丹陽さんの中では俺がのぼせたってことになってるけど、実際にはのぼせたというかいきなり丹陽さんが様子を見に来て驚いた俺がお湯の中に頭ごと滑り込んじゃったんだよね。あれはやばかった。本当に沈んでしまうかと思ったよ。

「……で、一人で何してヤがったんですか?」

「え? ううんううん! ナニもしてないよ!」

「……」

 やばいこれバレてる? というかもうちょっと上手く誤魔化せよ俺! なんでこんなどう考えてもバレそうな言い方になっちゃうの? これがアレか、友人の言ってた「肉体(アバター)に引っ張られる」ってやつか!

「ええと違うんだよ丹陽さん。別にね? 変なことしてたわけじゃないんですよ」

「身体が気になったと」

「そう!……じゃなくて!」

 うわああこれあれだ、口開けば開くほど墓穴掘るやつだ。ヤバい。

 ところがこんな俺を見つめる丹陽さんは、急に吹き出した。

「え?」

 それからおかしくなったみたいに少しふふふと笑い声を漏らした彼女は、ゆっくりと俺に向かっていった。

「……変らないもんですね。時津風は」

「へ?」

「さ、着替えたらとっとと行くでやがりますよ」

「え待ってよ、どういうこと?」

 何のことだが分からないこちらは追いかけながら聞く。雪風(タンヤン)は顔だけ向けて答えた。

「別に、こっちの話です」

 その眼は、今日見た中でも一番寂しそうだった。

 

 



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駆逐艦戦記1-3

「ほら、ここでやがりますよ」

 

 丹陽さんが俺を連れてきたのは、不思議なところだった。いや別に見た目はただの道場なんだよ。よく見ているから知ってるし。

 

「ここって?」

 

「見て分かりやがらねーでありますか」

 

「えいや、柔道場なのは分かるんだけど……」

 

 そう言いながら足を進める丹陽さん。俺もついて行って、入る直前で一礼。礼儀は大事だ。

 

「さて、教えてもらいましょうか。あんたはなんの武道をやってやがるんです?」

 

「へ? 武道?」

 

 武道ってあれだよね。タマネギが乗ってるやつ...…それは武道館か。

 ぽかんとした様子のこちらに対して、丹陽さんは指を立てながら言った。

 

「そもそもでやがりましてね。実際の身体と大幅に異なるアバターを動かすのは難しいのでやがります」

 

「はあ」

 

 まあそうだよね。そりゃ。だからこそ同身長・同体重と同じ設定のアバターを使うことが推奨されている訳だし。まあこのゲームだとそれが無理なことからも分かってもらえるように、別に同じ体格でプレイしなきゃいけないわけじゃない。

 

「あんたのリアルの体格は時津風よりもきっと大きいのでやがるのでしょう?」

 

「ちょっと待ってよ。どうしてそんなこといえるのさ」

 

「慣れてるならのぼせたりなんてしねーのでやがります」

 

「いや……確かに……そうだけどさ」

 

 それを言われてしまってはぐうの音も出ない。

 

「にもかかわらず。あんたは思ったよりも動けてやがりました。今日が初めてのはずなのに」

 

「ほうほう……」

 

 確かに言われてみると別にこの身体が動かしにくいとか不便だなと思ったことはない。

 

 あ……いや、さっき浴場に置かれてたコーヒー牛乳に手が届かなかったのは不便だったかなぁ。あ、でもVRのコーヒー牛乳は苦みと甘みだけで再現されているのでおいしくないって聞いたことがあるから、じゃあ不便なことはないな。

 

「これを説明するのは簡単でやがります。要は人間としての動きが分かっていればいい。ヒトの骨格を使いこなせればいいのでやがります。普段の人間が()()()身体を動かしすぎなのでやがります」

 

「ふむふむ……」

 

 俺が神妙に頷くと、丹陽さんは段々と乗ってきたのか指をくるくる回しながら徐々に調子をあげていく。

 

「つまりでやがります。自身、ヒトの身体の動きをこなせる人間ならなんの障害もなく動かせるのでやがります。それは即ちーーーー」

 

 

 そして丹陽さんは俺に立ちはだかるように両手を広げる。

 

 

「ーーーー武道を極めた者だけ、でやがりますよ」

 

 

 ……。

 

「えっと……よく分からない」

 

「なんでよく分からないんでやがりますか! とってもわかりやすかったでしょーが!」

 

「うーんというかさ。じゃあスポーツ選手とかなら大丈夫なの?」

 

「大丈夫に決まってるでやがります。あれもヒトの動きを完璧に動かせるようにしますからね。当然洗練され、研究され尽くした動きをしてやがってくれることでしょう」

 

「でもスポーツは『武道』じゃないじゃん」

 

「……」

 

 押し黙る丹陽さん。え、何この間。もしかしてそこまで考えてなかった的なサムシング?

 

「ねぇ丹陽さん……ホントに分かってるの?」

 

「わ、分かってやがりますよ」

 

 わ、分かりやすい。

 

「嘘だ。絶対嘘だ」

「そんなことないでやがります。いま丹陽が言ったことは論文ですらありやがりますよ」

 

「うそだぁ。絶対丹陽さん読んでないでしょ」

 

 論文ってたしかすごい文書のはず。まさか丹陽さんが呼んでいるとは思えない。

 

「いやまあ、確かにやってるんだけどさ」

 

「ほぅらあってやがりました。だから丹陽のいうことは正しいっていってやがるのです! ……で、なにをやってやがるんです?」

 

 む。思いっきり話を変えてきやがったな。この駆逐艦(ヒト)。まあいいか。

 

「柔道だよ」

 

「なるほど、柔道でやがりますか。ふむふむ……やはりここに連れてきた甲斐があったというものでやがります」

 

 どこか満足げに頷く丹陽さん。

 

「ちなみに丹陽さんは?」

 

「え、丹陽でやがりますか? それはですね……」

 

 ところが、そこまで言って丹陽さんは押し黙る。少しの間をおいてから、ニヤリと笑みをこちらに向ける。

 

「それはでやがりますね……丹陽を倒せたら教えてやりやがりましょう」

 

「え? なにそれ教えてよ。こっちはただで教えてるのに」

 

「なにを言ってやがるんですか。これは同時にあんたの実力を品定めする場でもあるんでやがります。それに――――」

 

 あーなんかイラッとした。

 俺はなにやらごちゃごちゃ言っている丹陽の胸ぐら……あー正確に言うなら制服の襟っぽいところを掴んで、それからすっと一押し。

 

「ちょ」

 

 丹陽さんが慌てたところを一気に引き寄せる。一押しされて戻ろうとしたところを一気に引き寄せられたのだから、これはたまらない。丹陽さんはあっという間に倒れる。すかさず固める。

 

「はい、倒したよ」

 

 俺の袈裟固めにばっちり拘束された丹陽さんは足をバタバタ振る。だけれどバタバタでは抜け出せない。ホントにこのヒト、武道やってるのかな?

 

「倒したよ、じゃねーでやがります! こんなの反則でやがりますよ!」

 

「……倒せって言ったじゃん」

 

「確かにそうですけど! 艤装込みに決まってるじゃねーでやがりますか! 艦これをなんだと思ってやがるんですか!」

 

「えー」

 

 そう言う俺に「えー。じゃねーでやがりますー!」とどうにか抜けようとバタバタする丹陽さん。その度に俺は押さえる。というか本当に柔らかいね丹陽さんの腕。なんというかふよふよしてる……。こうしてみると丹陽さんって小さいよね。言動のおかげで全くそういう気がしないけど、陽炎型駆逐艦の雪風ってすごいちっちゃい子なデザインだよね。

 

 まあ。時津風(おれ)も同じっちゃ同じなんだけどさ。

 

「……」

 

 まてよ。

 

 俺、女の子とこんなに密着するの初めてだ。入渠(おふろ)では自分の身体(?)にはさっき触ったけど、こうやって女の子とこんなにくっつくのって初めてだぞ。これはヤバい。なんというかヤバいでしょ。

 

「な、なんでやがりますか……?」

 

「あ、ううん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、いう訳で仕切り直しでやがります」

 

 目の前には艤装、艦娘としての装備を背負った丹陽さん。もちろん俺も同じ艤装を背負っている。

 ここは演習場と呼ばれているルームらしく、演習をするのにはうってつけの場所らしい。どううってつけなのかは分からないが、とりあえず呉という街がモデルだそうだ。四方を陸地に囲まれた海っていうのなかなか不思議な景色だと思う。瀬戸内海いってみたいなぁ。

 

「そういえばさー。駆逐艦っていうのは一番弱いんだよね? どうやって戦うの?」

 

 俺はさっきからかなーり気になっていたことを聞いてみる。なんでも艦これに登場する艦娘にはいろいろ種類があるらしいのだ。あいや、種類ぐらいは俺だって知ってますよ? 汎用護衛艦とミサイル護衛艦とヘリ搭載型なんちゃらみたいな感じでしょ……って思ってたらそれ以上に複雑でしかもわかりづらかった。

 でもそんな俺でも分かったことがある。

 

 駆逐艦は、不利だ。射程は短いし索敵は出来ないし……。

 

「……分かってないでやがりますね。駆逐艦はロマンでやがります」

 

「ろまんー?」

 

「マロンではないでやがりますよ」

 

 そりゃしってるよ。

 

「さぁーいくでやがりますよ。駆逐艦丹陽、抜錨!」

 

 あれ? 抜錨って確か「錨」を「抜」ことなんじゃ……いや、そんなこと考えてる場合じゃない。戦いは始まっている!

 

「あ……く、駆逐艦時津風! 抜錨!」

 

 名乗りはこれでいいよね。うん、なんかそれっぽい! サマになってたかな?

 とにかく俺は海を走り出す。さっきーーあ、さっきっていうのは丹陽さんに助けて貰った時ねーーはいきなり『チュートリアル』とか言われて始めさせられたけど……

 

 

「ふふふ……これでもFPSには自信あるんだよね……」

 

 肩から提げた看板みたいな砲を構える。メニュー画面を展開。主砲のページを開いて状態を確認する。装填済み。いつでも撃てるってコトだね。

 

 続いて魚雷のタブへ、四連装魚雷と書いてある。俺の背中に載っている、というか俺が背負っているこのでかーいのが魚雷だね。

 

 最後に機銃。機銃はFPSにて最強! でもこのゲームだと弱そう……。

 

 

 

 そんなこんなで加速する俺……でも、向こうから走ってくる丹陽さんを見た瞬間。俺は驚愕に目を見開くことになる。














次回は、VR艦これの戦闘について触れます。


<カットバッセナツガキター,キタイノルーキーナツヤスミー!
水着回やりたい。


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駆逐艦戦記1-4

「な……」

 

 俺だって別にVRゲームが初めてな訳じゃない。かの有名な戦場ゲームなんて何度もやったし、PvPーーーー対人戦の経験だって中学生にしてはあるつもりだ。流石に廃人には勝てないけど。それでも十二分に強い自信はあるのだ。

 

 だけど。こんなの見たこともなかった。

 

「は、はやい……!」

 

 丹陽さんがこちらへと突っ込んでくる。海の表面を滑りながら突っ込んでくる。

 

 そう、滑りながらやってくるのだ。見たことがないくらい早い。

 

「35ノットを、なめてやがるんじゃあないでしょうねぇ!?」

 

 さ、35ノット……ていうのがどの位なのかは分からない。けど、とんでもなく早いのは分かった。

 

 慌てて構えた連装砲。狙いを付けようとして……

 

 

「……って、早すぎる! こんなの当たらないよ!」

 

「当てられるものなら当てやがってください!」

 

 と、とにかく! 撃たなきゃ始まんない! 叔父さんもパチンコは打たない限り当たらないって言ってた!

 

「それっ!」

 

 発砲。手に持った連装砲が火を噴き、水柱が立つ。しかしそれは丹陽さんの背後に立っただけ。恐らく彼女の服を濡らすことも叶わないだろう。

 

「甘いっ!!」

 

 丹陽さんが光る。いや光ったのではない。丹陽さんの主砲の一閃。発砲したのだ。

 

「やばっーーーーっ!」

 

 避けなきゃいけないのは百も承知。でも海の上でそんなホイホイ動けるはずがなく……次の瞬間、俺の視界はぐちゃぐちゃにかき混ぜられた。

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

「……目覚めやがりましたか」

 

「ーーーーっ!」

 

 見知らぬ天zy……違う! 天井ですらない真っ青な空だ。そして俺の視界に映るのは幼顔の陽炎型駆逐艦、ゆきか……じゃなかった。

 

「あ……丹陽さん」

 

 えーと、何がどうなったんだっけ? 確か俺は……そ、そうだ。

 濡れてしまった身体を、そう。不思議なことに海の上に浮いているこの体で起き上がる。

 

「そ、そうだった……確か演習で……」

 

「そーゆーことでやがります。という訳で、教えないでやがりますよ」

 

 そう胸を張って見せる丹陽さん。無い胸を張られましても……というか、教えない?

 

「……なんの話だっけ?」

 

「忘れやがってんでやがりますか!! この私がなんの武道を極めてるかって話でやがります!」

 

「えーと、そうだった。ごめんごめん……で、なんの武道やってるの?」

 

「ひっ、ひとの話を聞きやがるのでやがりますー!」

 

 抗議の声を上げる丹陽さん。ぶんぶん振った手が一回、俺にぽかりと当たる。

 

「いたっ」

 

 

《戦闘終了》

 

 

「へ?」

 

 なんかいきなり目の前に変なウインドウが表示されたんですけど? これなに? 現代文明の利器ってやつなの? いやそりゃVRゲームなんて文明の利器中の利器ですけども!? なんというかほら、メタイってやつ?

 

「えっと、これどーゆーこと?」

 

 丹陽さんの方を見る。丹陽さんはどこか困惑した様子。

 

「あー……ぎりぎり中破で耐えていたのを、今の一発で大破判定を食らったんでやがりますね」

 

「大破判定……あーうん。これ演習だもんね」

 

 そりゃあ大破判定とか中破判定とかあるもんね。というか今ので決まるのか。拳骨一発で大破する駆逐艦ってなんだよ。俺か。

 そんなことを考える俺を傍目にホロウィンドウは勝手に映像を流していく。お互いの名前とレベル……うわー、なにこのレベル差。勝てるわけないじゃん。というかなんで道場では丹陽さんのこと押し込めたんだろう。VRゲームってレベル差は身体の性能に直結するはずなんだけどな。

 

 それにしても、こんな短いPvPでも経験値がもらえるらしい。『敗北D』と書かれたウィンドウには取得経験値が表示され、数字がみるみる減っていき……

 

「あ、レベルアップした」

 

 某RPGゲームのようなファンファーレが鳴り響くわけでもなく、何の感傷もナシにレベルが上がった。まあ、ゲームの初期ってレベル上がりやすいしね。それはまあ良いんだけどさ。

 

「……これなに?」

 

 目の前に表示されたのは《Select New skill !》という英語の文字列。この時津風の身体が完全に幼子でも中身は中学生。このくらいは余裕で読める。でも、それで意味が分かるわけではない。

 

「スキル? なにこれ?」

 

「そんなことも知らないんでやがりますか」

 

「知るわけないじゃん」

 

 初めてなんだし。

 

「いいでやがりますか。まずこのレベルというのは私たちのレベルじゃないのでやがります」

 

「はぁ」

 

 レベルが俺たちのレベルじゃない? それじゃあ何のためにレベルを上げるんだか分からないじゃないか。普通はレベルが上がったら筋力向上でより多くのアイテムが持てるようになったり器用になって狙撃や工作が上手くなったりするものだというのに。

 そんな俺の疑問を知って知らずか、丹陽さんはウィンドウを開いた。

 

「ほら、これを見やがってください」

 

 あ。文字が反転してる。鏡文字……じゃないよね。これ俺と丹陽さんが向き合ってるせいで文字が読めない奴だ。仕方がないので丹陽さんの後ろに回り込んで覗き込む。

 丁度背中からおおい被さるような格好だ。

 

「ち、近いでやがりますよ……」

 

「えーだって読めないじゃん。ふむふむ……わかんないや」

 

 とりあえず何かのツリー図? 小さな六角形のアイコンが繋がっている。丹陽さんは背中に張り付いた俺を初めは引きはがそうとしていたが、やがて諦めたようで溜息を一つ吐いてから説明を始めた。

 

「これは近代化改修(スキル)樹形図(ツリー)でやがります。まず忘れられると困るのは、これら近代化改修は別に身体強化を行うものではないということでやがります」

 

 

 

 

 

 

「……なるほど。つまり、攻撃力(STR)機動性(AGI)、あと生残性(VIT)の三方面で()()の強化をしていくと。その近代化改修を獲得するのにはレベルを上げる必要がある。なんか普通だねー」

 

「別に普通でいいでやがります」

 

 とりあえず基本的なことはよく分かった。さっきの戦闘でも使った大砲や背中に背負った大きな鉄の塊、これら艤装の能力を向上させるのが「近代化改修」というやつだそうだ。

 

 改修には大きく分けて三つの方向性があり、攻撃力(STR)は主砲のアップグレードや砲弾の威力向上。機動性(AGI)は加速や最大速力、旋回半径の改善。そして生残性(VIT)は装甲や消火、誘爆防止とかで……まあとにかくいろいろと戦いを楽にしてくれるやつらしい。

 あと、補助の近代化改修として電探系を強化してくれる索敵(INT)とか、照準精度や装填速度に関係する器用(DEX)なんてのもあるらしい。

 

 でも説明聞いてて思ったのは……これらのスキル、必要なくね?

 

「いい着眼点でやがります、さっき言った通りレベルもスキルも私たちのためにある訳じゃないのでやがります。艤装がちょっと強くなったぐらいで決定的な差が生まれる訳ねーのでやがります」

 

 索敵(INT)器用(DEX)は戦闘スキルの向上には直結しやがりますが、コスパは悪いでやがりますしね。

 

「えぇ……じゃあなんのためにレベルを上げるのさ」

 

「……勝手に上がる、と言ったほうが正しいんでやがります。低いレベルならさっきみたいな演習でもホイホイあがりやがりますし」

 

 別になくても困ることはないでしょーが、あるに越したことはないのでスキルはなにか選択するべきでやがりますよ。そう言う丹陽さん。

 ないよりはマシかぁ。でもツリー上位でも「魚雷発射管を水平にせず次発装填が出来る」とか「第三戦速以上の時波の発生を低減する」とか「浸水発生時に排水作業を10%促進する」みたいな役に立つのかよく分からないのばっかりなんですけど……。

 

 これはあれか、先人に学べという奴か。

 

「ちなみに丹陽さんはどんなスキルなのー?」

 

 といってもなんとなく予想はつく。あんなに早い動きをして見せたのだ。きっと機動性ガン振りに違いない。

 と思ったのだけれど。

 

 

「……え、攻撃しかないじゃん」

 

 丹陽さんのスキルのリストには攻撃攻撃攻撃……攻撃に関する強化しかされていなかった。

 

「他艦種の攻撃系近代化改修は制御の簡略化が多いのでやがりますが、駆逐艦(こっち)だと火力の向上がかなり多いのでやがります。特に魚雷系の強化は重宝しやがりまs……」

 

「いやいやいや! 待って、待ってよ、じゃああの動きはスキルのせいじゃないってこと?! 全然当たらなかったんだけど!」

 

「……? 当たり前でやがります。主機を上手く扱ってやれば簡単でやがりますよ」

 

 平然と言ってのける丹陽さん。

 

「なにそれ、あんな動き出来る気がしない……」

 

「まー慣れでやがりますね」

 

 なんだそれは……。唖然とする俺に、丹陽さんは無い胸を張る。

 

「ま、この私についてきやがれば間違いはないでやがりますよ」

 

 

 それから表示されるフレンド申請。

 

 

 あぁ……そういえばフレンド登録もなにもしてなかったな。というか表示はしっかり「雪風」って書いてあるのね。ところが。

 

「あれ? ユーザーIDが書いてないよ?」

 

 そう、そのフレンド申請の表示には肝心のユーザーIDが表示されていなかったのだ。いくら数百の艦娘から選べる(らしい)このゲームでも、艦娘がダブることは必ずあるだろうに。

 

「……ぁあ、そういえば肝心なこと、説明してやがりませんでしたね」

 

「肝心なこと?」

 

「ユーザーIDは表示しないものなのでやがります」

 

「なにそれ、不便じゃん」

 

 普通こういうのってプレイヤー同士の交流を重視するものなんじゃないの? それともあれか、ソロ専用ゲームとか??

 ……いやそれならフレンド機能いらないか。

 

「私たち艦娘はあくまで艦娘同士の交流にとどめておくべきなのでやがります」

 

「えーなんでさ。キャラクターとか変えたり出来ないじゃん」

 

 複数アカウント所持とか普通やらない? そういう時不便だよね? というか割と理解が出来ない。フレンド機能ってこういう多人数でやるゲームに絶対必要なものだと思うんだけど。

 

「別に今の身体が気に入らないのなら新規キャラを作ればいいのでやがります。でも、それは私が知ってるあんたじゃねーのでやがります」

 

 現実の知り合いだったらともかくも、ね。そういってのける丹陽さん。まあ事が事だからメタ発言のオンパレードになりつつあるのはいいとして、どうして丹陽さんがこんな薄っぺらい関係だけに留めようとするのか意味が分からなかった。

 この広いネットの海でせっかく知り合ったんだ。別の艦娘……例えば戦艦プレイとかもしてみたいし、空母とかもやってみたい。この丹陽さんとの縁を無駄にはしたくなかった。

 

 でも丹陽さんは頑なに拒むのだ。

 

 

「……このゲームはいい意味でも悪い意味でも本家リスペクトでやがるってことですよ」

 

「なにそれ、どーゆう意味?」

 

 

 

 それから丹陽さんは、こう言い放ったのである。

 

 

 

「艦娘は――――沈むとその分の記憶が削除されるのでやがります」

 

 

 

 

 

駆逐艦(ようじょ)戦記。第一章【完】





 それは、順風満帆な艦娘ライフのはずだった。


「――――雪風、アンタまだ時津風と組んでるワケ?」
「あんたはお呼びじゃねーのでやがります。とっとと岐阜に帰ってUMAでもやっていろってんです」


 時津風と丹陽の前に現れた駆逐艦。


「ねぇ丹陽さん。今のって……」
「あんたは気にすることね―でやがりますよ。さ、次にいきやがりましょう」
「でも、知り合いなんじゃ……」
「とうの昔に縁は切れたのでやがります」


 拒絶する丹陽。


「ね、ねぇ天津風……丹陽さんは」
「アタシに聞いてもどうしようもないわよ。あれは、雪風自身が飲み込まなきゃどうしようもないことなんだから」


 丹陽が隠す過去とは?



 翔鶴ねぇ☆オンライン番外編「駆逐艦戦記」

 怒涛の第二章突入決定!!



























「あなた、何人目の時津風だと思う?」
「え? えっと……それはどういう」




 暫し待たれよ!(本編書くから)


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海に!行きたい!!瑞鶴と!!!

夏を忘れてしまった貴女に捧ぐ。


 さて皆さん。夏ですね。ええ、素晴らしきかな夏です。

 

 

 今では珍しいといえる木造一階建ての小屋。

 

 ……いえ板をとりあえず繋げただけの壁は隙間から外の景色が見えますし、屋根も同じように太陽の光がさんさんと降り注いでいます。小屋と形容していいのかも怪しい、雨風を防ぐのも厳しそうな簡単な建物です。

 

 まあそれはいいのです。所詮はこんな小屋、着替え場所でしかありません。大切なのは私の目の前に置かれた鏡なのです。

 

「ふふふ……」

 

 おっと、いけませんね。私がしたことが。ついつい声が漏れてしまいました。これではいけません。鏡の中に映し出された私は清廉潔白でなければならないのです。それは見た目だけのモノであってはいけないのです。

 

 ええ、鏡に映った私、翔鶴型航空母艦の一番艦「翔鶴」は、その身に柔らかな布を巻いております。大きめのそれは私の細めな身体の大半を隠してはくれますが……決して万能というわけではありません。下半身はどうしても見えてしまいます。

 

 艤装を付けていない私の足。我ながらよく整備されたツヤツヤの生足です。あ、今の言い方はちょっとよくありませんね。まるで良くないコトを考えているみたいに思われかねません。私は純真無垢の翔鶴ですし、なにより瑞鶴の姉です! 瑞鶴の生足……じゃない、瑞鶴と一緒に過ごすのです! そんな瑞鶴の姉は純真無垢ではなければならないのです!

 

 さあ変な思考を全て取っ払い私は翔鶴、瑞鶴の姉になります。なります? いやこの言い方は変ですね。私は初めからたったひとりの瑞鶴のお姉ちゃんではありませんか。

 

「翔鶴ねぇー、まだー?」

「あっ! ええ瑞鶴っ! 今行くわよっ!」

 

 し、しまった。少し声が裏返ってしまったでしょうか……いや、だって。だってですよ? ず、瑞鶴も私と同じ格好なんですよ? だって色違いのおそろいを用意したんですもの。え? 普段もおそろいの格好をしてるだろうって? 違います、そういう話をしてるわけじゃないんです。

 

「もう翔鶴ねぇ! おそいよぉ!」

 

 しびれを切らした瑞鶴が仕切りの向こうから出てきます。

 

「瑞鶴……」

 

 ああ、素晴らしいことです。瑞鶴。瑞鶴の艶がかかった肌の色。瑞鶴が辛うじて必要とする胸を覆う布の色はその肌を引き立てるためにあるのです。

 

「……むう」

 

「どうしたの瑞鶴?」

 

「やっぱり翔鶴ねぇの方が……」

 

 そこでついっと視線を逸らす瑞鶴。ふふふ、大丈夫よ瑞鶴。私は決してタンクの大きさを比較なんてしないし、そんな無粋なことはするべきではありません。皆生まれたまま、天から授かったままの姿で生きているのです。なんら恥じることはないではありませんか。

 

 そしてそんなことより、私には重要なことが、使命があるのです。

 

「ね、ねぇ瑞鶴?」

 

「? なぁに翔鶴ねぇ?」

 

 首を傾げる瑞鶴もいいものです。私の企みの一寸も知らないその感じとか……。

 

「サンオイル、ちゃんと塗った?」

 

 

 

 

 

 さて、時間を数時間ほど前に戻しましょう……といっても現実時間(リアル)においては数分前に過ぎないのですが、この私、翔鶴にとっては数時間です。

 

 目の前にはおもむろに艤装を収容していく榛名さん。私と瑞鶴が所属している艦隊(クラン)旗艦(リーダー)を務める恐らく艦隊で一番強い方です。

 

 で、その榛名さんが言うには。

 

 

「サンオイル……ですか」

 

「ええ、サンオイルです!」

 

 そんな溌剌とした笑顔で言われましても。そんな榛名さんに対し、私はどのようにでも受け取ることの出来る笑みを浮かべることで対応を試みます。

 

「まあ、必要性は理解しますが……」

 

 私、翔鶴の身体はどちらかと言えば白人、いえ北欧人のそれとも言えるでしょう。銀色の髪に金色の眼。肌の色こそ日本人よりといえるかも知れませんが、このくらいは誰だって色がつくものです。

 

 そして考えてもみてください。日に焼けて真っ黒になった私を見て喜ぶ人が居るでしょうか? 少なくとも瑞鶴は喜ばないでしょう。私たちはその控えめで健康的な肌の色。うっすらと血が通うのが認められるほのかに温かい肌の色こそが、私たちの装束に映えるのですから。

 

 ですのでサンオイルという発想はよく分かるのです。サンオイル。別名サンスクリーン剤。まあ要は日焼け止めです。それだけの存在です。

 いえ、否定するつもりは毛頭無いんですよ? 高速修復材で日焼けを直すなんて考えるわけではありませんし、私のこの身体は生きているんです。ぞんざいに扱うつもりなどありません。

 

 

「でしょう! 榛名、翔鶴さんならきっと分かってくれると思ってました!」

 

 私の手を取って弾まんばかりに振る榛名さん。

 何でしょう。どうしてこんなにハイテンションなのでしょうか。こういう時の榛名さんはだいたいロクなことを考えてないんです。私は経験則で知っています。ええ、大変遺憾ですが経験則です。

 

「実はですね、榛名。このようなサンオイルを入手しまして」

 

 そう言いながら榛名さんが腰に手を回し何かを取り出そうとします。一体何を……

 

「ほら、サンオイルとは思えないほどの粘性があって……」

「分かりました止めてください」

 

 ほら絶対そうだと思いましたよ! ええ!

 私が慌てて榛名さんが出してきた怪しげなそれを引っ込めされると、途端に榛名さんは不満顔。それから頬を膨らませるようにして抗議してきます。あのですね、そんなことされても全く聞く耳を持つ気分になれないんですけども。そしてですね。

 

「なぜですか! いいじゃないですか別にサンオイルぐらい! 市販品の日焼け止めなんてだいたい乳濁液じゃないですか!」

 

「それをいうなら 乳 液 タ イ プ で す !」

 

 なんですか乳濁液って、時と場所を考えてください。どう考えてもそれってs……いえ、なんでもございません。わ、私は純真無垢ですので? そんなことは知りもしないのです、はい。

 

「榛名さん。まず、落ち着きましょう?」

 

「ええ、榛名は大丈夫です」

 

「えと……その、落ち着きましょう?」

 

「ええもちろん。榛名は落ち着いてます。その上で至極冷静に、貴女にこのサンオイルをお勧めしているのですよ?」

 

 榛名さん。今日の榛名さんは暑さで頭がやられてしまったのでしょうか? それとも元から……前者のような気しかしませんが。とにかく状況を考えて欲しいものです。

 

「もぉー。とっきーさぁ、こっちはいいからさぁ……」

 

「えぇ、いーじゃん。きたかみさんと一緒にいれば楽出来るしー」

 

「その分アタシが苦労することになるんだけどね……」

 

「榛名氏ー! 翔鶴氏ー! パラソルはこっちでいいんですかぁー!?」

 

 

「……ほら、青葉さんがパラソルの設置場所聞いてますよ」

 

「ふふ。大丈夫ですよ翔鶴さん? ちゃんと自分に素直になって?」

 

 

 私たちの艦隊(クラン)はただいま南方海域に展開しております。目的は夏期特別大演習。ついでに敵艦隊を叩く。

 

 まあ早い話が、海に遊びに来たのです。

 

 

 

 

 

 説明すること約一分。榛名さんの言い訳(じょうほう)が的確だったのもありますが、なにより私の妹である瑞鶴はとても優秀でしたので、私の言わんとすることをすぐに理解してくれました。

 

「……そっか、確かに大事そう。でも翔鶴ねぇ、瑞鶴は日焼け止めなんて持ってきてないよ」

 

「大丈夫よ瑞鶴。ちゃんと私が持ってきてるから」

 

 そう言いながら私は「普通の」サンオイルを取り出します。もちろん普通のです。榛名さんが私に握らせようとした意味の分からない白濁色のサンオイルなんて論外です。

 

「さっすが翔鶴ねぇ!」

 

「ふふ……じゃあ瑞鶴、塗ってあげるから横になって?」

 

「はーい」

 

 そう言いながら瑞鶴は床の上に敷かれたレジャーシートの上にうつ伏せになります。私はサンオイルの蓋を開けると、容器を振って手のひらにその液体を出します。流石は医療技術が元となったVRゲーム、こう言った液体の表現は本当に凄いものです。

 

「……」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………。

 

「……」

 

「翔鶴ねぇ? まだー?」

 

「ええ瑞鶴、今から塗っていくわよ?」

 

「うん。早く早くー」

 

 

 …………………私も。私もこんなことはしたくないんです。

 

 

 寝そべった瑞鶴に寄り添うように私も屈みます。私とおそろいの水着を着た瑞鶴は、まあもちろん私と同じ水着なわけですから……背中から見るとほとんど紐だけです。

 

 

 今、私の目の前には瑞鶴の背中が広がっています。瑞鶴には贅肉なんて余計なものはついていません。足先から髪紐で纏められた後頭部手前のうなじに至るまで、全てが最低限度の、そして最高級の素材で出来ているのです。

 身体機能を追求した下腹部のくびれはもはや見事という他ありませんし、控えめに、それでも確かに主張する曲線は背中越しでも見応えがあるものです。

 

 そして何よりこの弛緩した筋肉。身体中の力が抜けて、瑞鶴がどれほどリラックススしているのかがよく分かるというもの。

 

 

 そして、私は今…………その、その瑞鶴の完成された身体に、無防備に背中を晒す瑞鶴に…………

 

 

「じゃあ、いくわよ。瑞鶴」

 

「早くやってよー。時間なくなっちゃうよ?」

 

 その通りね瑞鶴。素早く、そう素早く丁寧に終わらせましょう。まずは……やっぱり背中から始めるのが正解なのでしょうか? ともかく最終的には身体全体に行き渡らせることが重要でしょうから、とりあえずこの背中を塗りつぶすことにしたいと思います。

 

「んっ……」

 

 瑞鶴の息づかいを間近に感じつつ、ゆっくりと塗り込んでいきましょう。うなじから始めてそこから下へと。背中といってもただ平坦な訳ではありません。ヒトなんですから当然背骨があるわけですし、胴体という頭の次に大切な部位を動かすための筋肉はそれぞれが別の役割を持って複雑に絡み合っています。当然起伏も激しいのです。

 

 それでも、何よりも特筆すべきはやはり肩甲骨でしょう。普段は装束やら艤装やらに隠されて全く見ることの叶わない瑞鶴の裏側。薄い皮膚を伴ってせり上がり、手持ち無沙汰に動かされる瑞鶴の腕に連動して動くそれに、私は液体を両手で包み込むように丁寧に馴染ませていきます。

 

 なんだか、骨格標本でも見てた方がいいんじゃないかと言われそうですね。ですが骨格標本なんかではダメなのです。瑞鶴の、と付くからこその特別なのです。小さなタンクの周辺や肩、脇なども入念に。ゆっくりとくびれの周りにも塗り込んでいきます。

 

 瑞鶴の肌は本当にいいですね。控えめに言って最高です。ただハリのある肌という訳ではありません。その下に潜む筋肉、その力強さあってこその至宝なのです。

 

「うぅん、翔鶴ねぇ。ちょっとくすぐったい……」

 

「もう少し我慢してね、瑞鶴」

 

 脇腹がくすぐったかったのでしょうか? 瑞鶴が声を漏らしながら身体をよじらせます。

 

 

 考えてみれば、なぜ私が瑞鶴にこうして触れる機会は少ないのでしょう? 姉妹艦だというのにおかしな話です。

 ……曲がりなりにも、榛名さんには感謝しなければならないのかも知れませんね。あの方が居なければ、私は瑞鶴にサンオイルを塗ってあげるという発想に至らなかったでしょうし、その天才的ひらめきがなければ、きっと私は瑞鶴の肌をこうしてなでまわ……瑞鶴のスキンケアをしてあげることも無かったでしょうから。

 

 さて、そのようにして上半身への塗り込みは終わりました。次は下半身へと移ります。

 

 

 まずは……まあ臀部(でんぶ)。つまりお、お尻ですよね。大事なところの露出を辛うじて防いでいる紐パンには触れないようにスルーして、そっと塗っていきます。贅肉をそぎ落としたといったようなことを先ほどは言いましたが、ここからさきはある意味で治外法権です。弾力に満ちたそれを揉んでいると感じ取られぬ程度に楽しみつつ、ゆっくり下へと降りていきます。

 

 その次は太ももです。これは女性ホルモンの作用なのでしょうが、女の子の筋肉というのは基本的に男の人のそれよりも柔らかくなります。どうやらこれは人間だけではなく哺乳類では共通の事象のようです。

 

「……」

 

 だから……本当にいいものです。私も同じように女の子で、むしろタンクの大きさから鑑みるに私の方が女性ホルモンの作用が大きいはずなのに、それでも、瑞鶴のはいいものです。捧げ銃の代わりに奥底が切なくなりそうですが……そこはなんとか押さえ込みます。流石にここまで来て変なことをしてしまう姉ではありませんもの。

 

 とにかく段々と細くなっていく足にも残さずにサンオイルを塗っていきます。

 

「さあ瑞鶴。終わったわよ?」

 

 私の塗り具合に合わせて姿勢を変えながら待っていた瑞鶴がこちらを振り返ります。

 

「うん。じゃあ今度は瑞鶴の番だね!」

 

「?」

 

 ? どういうことでしょう。瑞鶴の番? 首を傾げる私に、瑞鶴は右手を差し出します。

 

「はい、今度は瑞鶴が翔鶴ねぇにやってあげる」

 

「え……でもいいわよ瑞鶴。もう皆さんも待ってるでしょうし、早く行かないと……」

 

「ダメだよ翔鶴ねぇ! 日焼け止めは放っておいたらダメなんでしょ!」

 

「え、えぇ……そうだけど……」

 

 あれ? これってもしかして私も塗られる流れでしょうか? いや、確かに流れ通りなら私は瑞鶴とサンオイルの塗りあいっこをするのが至極当然の流れとも言えますし、そうと言えないかもしれません。

 

「ほら、早く! 早く塗って皆の所にいこ?」

 

 とりあえず、逃げられ無さそうな様子ではあります。仕方が無いので私は瑞鶴に背を向けることに。

 

 まあしかし。これも考え方次第です。瑞鶴にサンオイルを塗ってもらえるなんて滅多にないことでしょう。そう考えれば、全然お得な訳です。それこそお釣りしか返ってこないようなオトクさです。

 

「じゃあ塗ってくよー」

 

 しかし忘れていました。瑞鶴の言葉の後に背中にぞくりと走る感覚。

 

 

「ーーーーひゃっっ」

 

 私、背中がせ……背中はあんまり強くないんです。

 

「ず、瑞鶴っ? 背中をそんな風に撫でないでーーーーあっ」

 

「翔鶴ねぇ、もうちょっと待ってねー? 直ぐに終わるから」

 

 そう言いながらペタペタと私の背中にサンオイルを塗っていく瑞鶴。瑞鶴、まさかわざとやってるんじゃ……いえ、そんなことはあり得ません。私の瑞鶴ですよ? この私が瑞鶴を信じなくてどうするというのですか。私が声を押し殺して耐える中、瑞鶴は背中を一通り塗り終えると……。

 

 いや、待ってください。それは流石に不味いですよ!

 

「瑞鶴、そこは私が自分で……」

 

「いいでしょ。瑞鶴がやるの」

 

 だからといって、私のタンクにまで瑞鶴が手を出す必要はないと思うのです、そりゃ後ろで「瑞鶴じゃダメ……?」みたいな雰囲気を出されたなら無下には出来ませんけども、私だって直接タンクは触ってないじゃないですか! なのに瑞鶴だけズル……いかどうかはともかくとして。

 

 なんというか、いろいろ大変です。瑞鶴はまるで割れ物の陶器に触るようにゆっくり触れてくるんです。ゆっくりと形を捉えるように触られるからいろいろ言い表しようのない気分になっちゃうんですよ! これもしかしてホルモンとか出ちゃってるんでしょうか? もしそうだったら私もっと大きくなっちゃうかも知れません。

 ……普段は気にすることはありませんが、この身体は轟沈でもしない限りはずっと私の身体で在り続けるのです。あんまり大きいのも考え物です。

 

「……翔鶴ねぇのは、おっきいよね」

 

「え、えぇそうね瑞鶴」

 

 特に深い意味もなにも無いのでしょうが、というか無いと信じたいですが、瑞鶴がそう言います。私はそれに返すので精一杯。

 

「いいなぁ……瑞鶴も大きかったら良かったのに」

 

 その言葉と一緒に瑞鶴の手が私のタンクから離されます。大きさについての愚痴は……私からはノーコメントとしておきましょう。そちらの方が、多分幸せです。はい。

 

「あっちょっと翔鶴ねぇ! まだ動かないでよ! 終わってないんだから」

 

「だ、大丈夫よ。顔周りくらいは自分で塗るわ」

 

 というかそもそもですね。瑞鶴に跨がられてて私の理性はもういろいろ大変なんですよ。ホントは跨がられているだけで厳しいところがあるんです。私はこの状況から抜け出したいのです。

 ですが私と瑞鶴はこの世界で唯一の姉妹。ですので馬力は一緒。これでは重力を味方に付けた(わたしのうえにまたがる)瑞鶴から逃れることは出来ません。

 

「じゃあ塗ってくいくよ。翔鶴ねぇ」

 

「……ぇえ、そうね。お願い」

 

 どうやら諦めるしかないようです。私のふくらはぎに座る格好だった瑞鶴が移動して、足首あたりに軽く体重がかかります。ふくらはぎの時ほどではありませんが……瑞鶴のその、臀部(でんぶ)の感触がダイレクトに伝わってくるのです。

 

 

 あれ……ちょっと待ってくださいよ?

 

「思ったんだけどさ」

 

 背後から聞こえる瑞鶴の声。どこか沈んでるように聞こえるのは気のせいでしょうか? いえ、気のせいなどではないはずです。ここまで瑞鶴は私の上半身にサンオイルを塗ってきました。これから下半身に塗っていきます。

 

 つまりこういうことです。

 

「翔鶴ねぇってさ……おしり()大きいよね」

 

 

 例え話をしましょう。亜細亜と欧州の中間点。民族学的なことはともかく地理的にはインドより西のアフガニスタンを除く西アジア、及びエジプトなど北アフリカの一部地域のことを指します……えーとあまり意味がありませんねこの例え。ごめんなさい。つまりアレなんですよ。今から瑞鶴がサンオイルを塗るのは、私の中東、腰回りなんですよ! いろんな大事な場所が詰まっている腰回りです。これはもう、なんというか大変な事態です。

 

 

「そ、そうかしら?」

 

「大きいよ! 比べればわかるもん!」

 

 臀部(おしり)が大きいってそんなにいいことでしょうか? まあ私のような所謂安産型の体型は生物学的には好まれるのかも知れませんが、個人的には瑞鶴のスレンダーな身体も相当素晴らしいものだと思うのです。まあこれは個人的な意見であって、瑞鶴は賛成してくれないのでしょうが……まあ、それもまあ……ええ。いいものですよね。

 

 そんな現実逃避をしている最中にも瑞鶴は私の臀部(おしり)にサンオイルをまんべんなく塗りたくっていきます。私の背後で起きている出来事である以上実際に見ることは叶いませんが、想像するだけでもかなり背徳的な光景であることでしょう。相手が瑞鶴でなければ許されざる光景であることでしょう。

 

 ……さっきまで私も同じことをやっていただろうって? ご冗談を。私は瑞鶴の姉として果たすべきことをしただけです。逆に言えば瑞鶴だってそうなんです。

 そうですよ、なにが背徳的な光景でしょう。私の臀部(おしり)に触れているのは瑞鶴なんです。他の方なら問題しかありませんが、瑞鶴なら問題なんて一つも無いではありませんか。

 

 

 にゅる。

 

 

「……ず、瑞鶴?」

 

「あ……ゴメン翔鶴ねぇ……ちょっと、つよくやり過ぎちゃった」

 

 

 いいのよ。瑞鶴、あなたなら。

 













海に行かずに7500字。


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【3-5】オーロラと踊れ!
オーロラと踊れ!その壱


 私、翔鶴型一番艦、翔鶴の一日は布団の中から始まります。

 

 正直、布団から出たくありません。

 

 

 そもそも考えてみてください。脳神経工学がもたらした思考加速の技術により、一般市民たる私でも30倍の世界に浸ることが出来るのです。つまり朝の五分は二時間半になり、一日は一か月になるのです。

 

 分かりますか? つまりこうです、VR空間というのは寝るには最高の空間なのです。

 

 まあ実際には電郵省令で思考加速には日ごと週ごとの制限がかけられてはいるのですが……そもそもあれはVR中毒による衰弱死を避けるための省令ですから私の現実(リアル)での生活リズムを考えれば実質的に規制は受けていないも当然。

 

 ……おっと失礼、私は翔鶴以外の何者でもありませんでしたね。私は帝国海軍の航空母艦であって、決して脳神経工学を学ぶVR時代の申し子ではないのです。なんだか何を言っているのか訳が分からなくなってきましたね。もうこの話はやめましょう。精神衛生的に良くないですからね。

 

 

 さて……なんの話でしたっけ。そうです睡眠です。安眠です。翔鶴としてもここは譲れないのです。ええ五航戦ですが譲れません。

 

「……」スヤァ

 

 そう、私の隣に瑞鶴が寝てるんです!

 隣に瑞鶴ですよ!

 もし私が鋼鉄の塊であったなら絶対になしえなかったであろう光景です!

 

 分かりますか佐藤記者! 私の興奮を! あなたには分からないでしょうね!

 失礼しました。

 

 いやもう、ホントに。すごいんです。瑞鶴は私の方に顔を向けて寝ています。もちろんツインテールは解かれて彼女の輪郭の一部分となり、閉じられた瞼に添えられた可愛いまつ毛と控えめな眉毛。

 ああ、なんて愛おしんでしょうか私の瑞鶴。そっと顔を近づけると柔らかく暖かい吐息が……まあ正確には鼻息なのですが、それもまたよいものです。

 

「ん、ぅん……」

 

 と、瑞鶴がうめき声を。これは起きる兆候ですね。と、とりあえず瑞鶴を舐めるように見まわしていたことがばれるのは小恥ずかしいですので……私はそっと目を逸らします。それから寝返りを打つフリをしてそっと瑞鶴に背を向けます。

 これで完璧です。

 

「……翔鶴ねぇ? 起きてる?」

 

 小さく聞こえる瑞鶴の声。小さいのは周りへの配慮でしょうか。私はころりと瑞鶴に向き直って、そっとささやくように返します。

 

「おはよう、瑞鶴。よく眠れた?」

 

「うん。翔鶴ねぇと一緒だったからね」

 

 そう微笑む瑞鶴……そ、その表情は反則ですって。そんな顔されたら……私……。

 

「あれ? 翔鶴ねぇどうしたの、顔赤いよ?」

 

「な、何でもないわ……」

 

「ふーん?」

 

 な、なんですかその何か企むような声音は。

 

 その刹那、私の太ももを拘束するようにナニカが回されます。

 

「ひゃっ……ず、瑞鶴?」

 

「もう、翔鶴ねぇったらぁ」

 

 もちろん私たちは同じ布団……当然ながら二人で入ってもまだ十分広いヤツに……くるまっている訳でして、私の太ももに回されたのは彼女の足以外の何物でもありません。

 あ、もちろん素足ですよ? 裸で眠るのは健康上よいとされますからね。当然の配慮です。

 

 そうちょっといたずら気に笑いながらもっと絡めてくる瑞鶴。膝が、あ、当たっちゃってますって。

 

「ず、瑞鶴やめなさい? 他の方もいるし、それにもう朝よ?」

 

「えぇ~いいじゃん。もうちょっと寝てようよぉ」

 

「ずいかく!?」

 

 おかしい、今日の瑞鶴調子がおかしいですよ! 一体何があったというのでしょう。私たちは世界に唯一の翔鶴型姉妹。どんな艦よりも美しい翔鶴型に恥じない姉妹でなければならないのです。

 

「いいじゃん姉妹なんだからぁー」

 

 ……いえ、ちょっと待って下さい。もしかするともしかするとこれも「健全」というものなのでしょうか? 確かに姉妹仲がいいことはいいことです。それは世界平和よりも尊いものです。それならばむしろこれは歓迎すべき状況なのでは?!

 

 ですが、ですがですよ皆様。これではまるで私が瑞鶴の手玉に取られているようではありませんか……私の方がお姉さんだというのにホント調子が狂います。

 

 いつも思うんですよ。なんでこんな積極的になれるんですかこの娘は。

 

 これは大変な危機です。

 このままでは姉の威厳がなくなってしまいます。このまま瑞鶴の圧力(物理)に屈してばかりでは、私の危機です。私はこの空を支える一航戦の跡継ぎ。妹の手玉に取られるなんて、日本の空を担う航空母艦としても看過できない事態です。

 

 ですので公序良俗に反することは百も承知。一転攻勢に出させていただきましょう。深い意味などありませんとも。ええ。

 

「……もう、しょうがないわねっ」

 

 足に力を入れて瑞鶴の細いももを逆に拘束、そこから一気に身体を捻って上半身をぐっと瑞鶴に近づけます。私が持ち上がったことで布団も持ち上がり、そこに隙間が出来て冷たい空気がするっと入ってきて、それを補うため瑞鶴にぐっと肌を押し付けます。

 

 

 ここまで一秒とカンマ五秒。その後の動作におおよそ二十秒。

 

 

「……っぱぁ」

 

「えへへ……そうこなくっちゃ翔鶴ねぇ」

 

 両頬を染めた瑞鶴が小さく笑って、私も笑います。

 

十分(じゅっぷん)だけよ?」

 

「うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あー、ご両人。申し訳ないんですが日の出です。作戦行動開始ですよ」

 

 

 というわけで私たちは、北方AL海域(3-5)に来ていますクソッタレ。

 

 

 

 北方AL海域(3-5)というのは、月次任務の中でも中途半端な難しさを誇ります。そう中途半端なのが問題です。攻略を諦めるほどではありませんが、かといって攻略しようとすると大変です。空母に戦艦、それに悪名高き防空巡洋艦ツ級、さらには陸上型となんでもござれのステージ。

 

 ……さらに、どう考えても一日では攻略できないこの広大さ。

 

 移動するだけでも骨が折れますし、ステージの地理条件が北極圏に似せていることもあり吹雪は当然時には電波障害まで発生する始末。この前の沖ノ島沖(2-5)なら一日でごり押しするのが私たちの艦隊(クラン)ですが、ここ闇雲に突撃して勝てるほど楽な場所ではありません。

 

 真面目に勝利を目指すなら、着実に前進しないといけないんです。

 

 にも関わらず私たちの艦隊(クラン)はいつもひじょーに気ままに動いているので月次任務の消化がギリギリになってしまいます。そういう訳で例のごとく月末が迫っている今日この頃なのですが……まあ悪いことではありません。

 

 

 なんせ、さっきのように瑞鶴とお泊り会が出来るんですからね!

 

 

 しかもオーロラのおまけ付き! まあ空母の夜間戦闘なんて現実的じゃありませんし、当然です。

 個人的には(夜の)自由度が高く楽しい海域。私の北方AL海域(3-5)に対する認識は、まあそんな感じです。

 ただ、惜しむらくは……

 

 

「へくちっ!」

 

 

「んー。やっぱ寒いよねぇ。青葉っち大丈夫?」

 

「す、すみません北上氏……青葉、ちょっと寒いかなって……」

 

 そう言いながら腕を抱く青葉さん。まあそりゃ半袖じゃ寒いですよね。しかもおへそのあたりとか丸出しですし。一方の北上さんはわざわざ長袖の制服を用意してマフラーまで巻く重装備。改二の格好だと北上さんもお腹を露出させることになるのですが、ベージュ色の制服はちゃんと隙間なく彼女の身体を覆ってくれています。

 

「ご存じですか青葉さん? 子供の身体って大人よりも温かいらしいですよ?」

 

 そう言うのは私たちの艦隊(クラン)の旗艦、榛名さんです。どちらかと言えばレベルの高い艦娘で構成される私たちの艦隊の中でもその実力は指折り付き……なのですが、とりあえずその時津風さんに向ける熱い視線を止めましょうか。

 

「えーと、なにかな? 榛名さん?」

 

「時津風さん。青葉さんの直掩をして貰ってもよろしいですか?」

 

「なんで?」

 

「青葉さんが寒がってますから、抱かれて暖まって貰って欲しいんです」

 

「ふえっ? 榛名氏!? 何言っているんですか?」

 

 素っ頓狂な声を上げたのは青葉さん。そりゃそうですよね。なんせあの榛名さんからいきなり抱けと命令されたわけですから。ご愁傷様です。

 

「風邪を引かれては困りますからね。あ、青葉さん? くれぐれも変な気は起こさないように」

 

「だっ、誰が起こしますか!」

 

 顔を真っ赤にしながら青葉さん。私と瑞鶴のスカートを狙ってきたり、変なModを作ったりとなかなか榛名さんと同様に掻き回してくれる方なのですが……こういう話になると急に奥手になるんですよね。

 

「んー……。とっきー、こっち来よっか」

 

「はーい」

 

 北上さんが自分の艤装をポンと叩き、時津風さんがそれに従うように北上さんの背へと回ります。北上さんはなんだかんだで時津風さんに甘いです。

 そして榛名さんの魔の手から無事逃れた時津風さん。

 

「んぅー。残念です」

 

 榛名さん。これでも私たちの中で一番の実力者だとか言うのだから本当に不思議です。あれですが、天才とは紙一重的なサムシングなのでしょうか?

 

「うーん。ねぇ翔鶴ねぇ」

 

「どうしたの? 瑞鶴」

 

 すると瑞鶴は、寒さのためでしょうか少し頬を赤らめながら近寄ってきます。接触事故の一つや二つ起きてもおかしくない距離ではありますが、まさか私たちの連携の前でそんなことが起こるはずもなく。瑞鶴はささやくように私にこう言います。

 

「瑞鶴も……ちょっと寒い、かな?」

 

 あら。瑞鶴ったら、しょうがないんですから。

 

「おぉぅ。相変わらずお熱いねぇお二人とも」

「翔鶴さんと瑞鶴さんはなかいいよねー」

 

 そう言う北上さんは頭の後ろで手を組んだまま。時津風さんに至っては北上さんの背に隠れたまま顔だけ出しての煽り台詞。

 

 冷やかすのは勝手ですけどもね。私は単に瑞鶴を温めたいだけなんですよ? 可愛い妹に凍えられてはお姉ちゃんも後を追って冷凍七面鳥になってしまうかもしれません。いえ、冷凍鶴でしょうか。非常に不謹慎ですね。

 というかあなた方だって大概ですよ。いくら榛名さんの魔の手から逃れるためだからといってそんなにくっついてしまって。どうせもう……いえ、いけません。瑞鶴の面前で私はなんて破廉恥なことを考えているのでしょう。いけませんいけません。

 

「翔鶴ねぇどうしたの?」

 

「なんでもないわよ。瑞鶴」

 

 なんといいますか。瑞鶴は時折野生動物のような鋭さを見せるんですよね。内心が見透かされているようで本当に怖い……いえ、瑞鶴に見透かされて困る気持ちなどあるものですか。そりゃキスくらいはしますよ? でもそれは姉妹だからであって、それ以上のことは考えたこともありません。

 

「あー……翔鶴氏、少しいいですか」

 

「なんですか青葉さん。取材は広報を通してくださいね?」

 

「いや、そういうのじゃなくて……ですね」

 

 

 

 青葉2番機、敵艦隊発見です。

 

 

 

 ああ、そういえばここ戦場でしたね。すっかり忘れてました。

 

「ところで、なんで榛名さんに報告しなかったんですか? 艦隊旗艦はあの方なのに」

 

「あぁ……それはお察しください」

 

 ……なるほど。だいたい察しました。

 

「なんですか青葉さんも翔鶴さんも、まるで榛名がそういうことしか考えてないみたいに!」

 

「事実です」

「事実でしょう」

 

 

 

 さあ、いよいよ北方AL海域(3-5)攻略戦が始まります。

 



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オーロラと踊れ!その弐

3-5編は少し長くなりそうな予感


「青葉さん、数は?」

 

「ちょおっと待ってくださいよぉ……戦艦1を基幹とする打撃群、随伴に水雷戦隊がついていますねぇ」

 

 編成を見る限りは『北ルート』初手の打撃群、ということでしょうか。

 

「青葉さん! 敵艦隊の座標をお願いします。翔鶴さんと瑞鶴さんは航空隊発艦させてください。合戦用意ですっ!」

 

 旗艦の榛名さんが一声号令すればたちまち陣形が戦闘用のそれへと変わります。もちろん私と瑞鶴も離れ離れ。まあ密着してたら航空隊も発艦できませんし、致し方ありません。たいへん名残惜しいのですが、矢を取り出し弓を引きます。

 

「行くわよ、瑞鶴」

「うん! 翔鶴ねぇ!」

 

「航空隊、発艦はじめ!」

 

 文字通りに息の合った発艦作業により、私たちの翼が北の空へと舞い上がっていきます。まさに一糸乱れぬ編隊飛行とはこのことです。艦隊のそらを覆いつくさんばかりの百機越えの艦載機たちが、青葉さんの偵察機が送ってくれた座標へと殺到していきます。

 

 攻撃隊を見送っていると、瑞鶴が話しかけてきました。

 

「翔鶴ねぇ。私の彩雲、どこに飛ばせばいいかな?」

 

「そうね……」

 

 彩雲。偵察機ですね。我に追いつくグラマンなしとはよく言ったものです。そしてこの索敵が重視される戦場においては索敵機をどう動かすかは生死にすら関わってきます。

 私は榛名さんへと視線を振ります。航空作戦についての作戦立案とその指揮は基本的にこの私が任されてはいるのですが、旗艦との連携は大事ですからね。

 

 こちらの視線に気付いた榛名さんは私を一瞥だけしてすぐに向き直ります。任せる、ということでしょう。それにしても戦闘時の榛名さんのとても凜々しいことといったら! 流石は艦隊(クラン)の旗艦を務めるだけの猛者ということでしょう。

 

「北東方向を中心に30°おき120°の二段索敵を」

 

「りょーかい! 索敵機、発艦しちゃって!」

 

 彩雲の数には限りがありますが、索敵は可能な限り濃密にしたいものです。たちまち瑞鶴の弓から彩雲が飛び立ちます。あの子たちが敵機動艦隊を発見してくれることに期待しましょう。

 そんなこんなで、航空機たちは空に消えていきます。

 

 さあ、意識を向こうへと飛ばしましょう。念じれば私にも艦攻を通じて戦場が見えます。例の如く直接の指揮下に入る小隊を完全追従に変更、今回は主力艦隊(ボス)に取りつくことが重要ですので出し惜しみはナシです。お腹に大事そうに抱えた航空魚雷、いつも通り3機で編成される小隊ごとに分散、私が直接操作する小隊長機に従わせて雷撃を敢行します。

 よくある空母プレイングでは小隊ごとの微調整は自動制御とし、残りの部隊の大まかな突入コースを指定するだけのことが多いそうですが……正直、そんなまどろっこしいことをしていては戦闘がいつまで経っても終わりません。完全追従なら小隊長機の操作だけで済みますし、なにより操作すべき機体数を少なくすることが出来ます。小隊ごとに雷撃タイミングはずらせば、一回一回の雷撃に文字通りの全身全霊を注ぎ込むことが出来るわけです。

 

「翔鶴ねぇ! 制空権確保ッ!」

 

 瑞鶴からの報告。まあ飛んでいたのなんて敵戦艦や巡洋艦の偵察機程度でしょうからそんなに難しいことではないのでしょうが……ともかく、これで私たちの攻撃隊を阻むモノはいなくなりました。

 

 と、言いたいところなのですが。

 

「うわッ、ツカスが撃ってきた!」

 

 その言葉と同時に二個小隊分の反応が無くなります。あとカンマ一秒でも早く降下していれば躱せたでしょうか? いえ難しいに違いありません。艦これ特有の対空防御システム「対空カットイン」が発動したのです。初弾から異常なまでの命中率を叩きだすこの対空砲火を躱すのは至難の業。味方に居ればこれほど頼もしい防空の要もありませんが、敵となれば厄介です。

 

「瑞鶴。「つかす」だなんてそんな汚い言葉を使っちゃ駄目よ?」

 

「ご、ごめんね。翔鶴ねぇ……でも翔鶴ねぇの雷撃機が……」

 

 窘めれば、しゅんと目を伏せる瑞鶴。私の機体が壊されたことに怒ってくれるのは嬉しいですし、この反省気味にしょぼくれたツインテールがまさに瑞鶴を形容してくれているよう。いつまで観ていても飽きることはないでしょうが……残念ながらクソッタレの早漏対空ビッチことツ級がいる以上はそんなことをしている暇はありません。

 

「ありがとう瑞鶴。まずはツ級から潰すわよ。雷爆同時攻撃!」

 

「りょーかい!」

 

 瑞鶴の操る艦上爆撃機が翼を翻し、その白い腹を太陽へと向けます。急降下爆撃直前の動作。これから高揚力装置(フラップ)をいっぱいに開いて死線の中へと飛び込むのであろう翼。

 

 もちろん私の雷撃機も負けてはいません。対空砲火を躱す最善の方法は極限まで高度を下げてしまうことです。旗艦級(フラッグシップ)ともなれば電探と連携して対空砲火を放たれることもありますが、海面を舐めるように飛びさえすれば海面にもレーダー派が反射して狙いがまあ気休め程度にはマシになるのです。

 

 しかし、先陣を切った小隊の二番機が落伍します。それは仕方がありません。ツ級のモデルがなんだかは知りませんが、実際かつての日本海軍も雷撃機に対する対空射撃の方が得意だったのです。それはもちろん日本海軍の大半の砲が仰角を水平にしないと再装填が出来なかったという悲しい都合から来るものなのですが……まあ、そうでなくとも真っすぐ突っ込んでくるだけの雷撃機は三次元的な動きをする急降下爆撃と比べて被弾のリスクが高いのです。

 

 そしてまた、雷撃が命中した際の戦果(リターン)が高いのもまた事実。優先すべきは雷撃機の撃墜という気持ちはよく分かります。

 

「……だからって、頭上が疎かになっていませんか?」

 

「やっちゃえ艦爆隊!」

 

 直上より急降下、瑞鶴の航空隊が放った大重量500㎏爆弾の鉄槌がツ級の頭部に見事命中。頭部が潰れて規制がかかりそうな光景が描画されるよりも早く爆炎に包まれます。たった一発の爆弾で大炎上。これでは対空射撃のしようもありません。

 

 そしてがら空きになったツ級の横っ腹に残った一番、三番機が魚雷を発射、向こうは操舵能力すら失ったかのように変針も増減速もせず、二本の航空魚雷は白い泡を立てながら吸い込まれていきます。

 

「やった! 沈めツカス!」

 

「……」

「ご、ごめんなさい」

 

 流石は私の妹、微笑みだけで私の言わんとすることを分かってくれたようです。

 

 さて、戦闘に意識を戻しましょう。ツ級というクソッタレの防空の要が無くなってしまえば、あと残っているのは敵の漸減という名の作業です。

 

 図体がデカくて当たりやすい戦艦もいいですが、数がいて厄介な駆逐を瑞鶴の爆撃と連携して潰していきます。もちろんベストは戦艦含めてすべてを吹き飛ばしてしまうことですが、手数が足りないのです。命中率が仮に100%であっても爆弾一発では一隻が限度。雷撃隊も一小隊で一隻です。

 

 とにかく小型艦艇を中心に吹き飛ばしていきます。手早く駆逐艦・軽巡洋艦を片付けられずに戦艦が残ると厄介ですからね。射程や装甲の関係上、まともに戦艦とタイマンを張れるのは榛名さんくらいです。

 

 

 

 そうこうしている間にも縮まっていく彼我の距離。榛名さんが砲撃戦の開始を宣言するまで後数分……とにかく敵戦力の漸減に努めましょう。



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オーロラと踊れ!その参

さて皆さん。2017秋イベントは如何でしたか?ええ私はもちろん全ての海域を甲難易度で制圧しましたとも。なんていったってあのレイテですからね。
もちろん皆さんも私の瑞鶴をちゃんと活躍させてくれましたよね?ですが瑞鶴の活躍はあの程度では収まることを知りません。西村艦隊ももちろんいいですけれど、私にとってしてみれば今回のイベントは前座、次回はいよいよ本番です。次回こそ瑞鶴が全てを制するのです。迫りくる月刊空母、週間護衛空母を蹴散らし、レイテ湾の輸送船を撃滅してみせましょう。



……出来ることならば、私もその場に居合わせたかったのですけれど。


「……まあ、初手の水上打撃部隊はこんなものでしょう」

 

 そう言いながら用具納め……戦闘終了を宣言する榛名さん。極寒の海に浮かぶのは深海棲艦の死骸死骸死骸。まあ死屍累々もここまでいけば恐ろしいモノです。

 

 結論から言えば、やはり随伴艦を連れない主力艦艇など恐るるに足らぬということです。私たちが小型艦の撃破を徹底しておかげもあって榛名さんと青葉さんが砲撃を始めるころには敵の戦艦は丸裸。

 

「まあ流石にこのくらいなら負けはしませんよぉ」

 

 自信ありげに主砲を仕舞う青葉さん。かすり傷すらついていません。まあ先制攻撃で大分削りましたからね。当たり前と言えば当たり前です。というか瑞鶴と私がこれだけ頑張ったというのだから、むしろ傷ついて貰っては困るというモノ。

 

「……あ、レベル上がった」

 

 と、ぽつりと呟いたのは瑞鶴の声。「れべる」というのが何のことだかは知りませんが……わざわざ呟くぐらいだから何かあったのでしょう。

 

「どうしたの? 瑞鶴」

 

「あ、翔鶴ねぇ。瑞鶴ね、練度(レベル)が90になったよ!」

 

 練度……あぁ。戦闘を重ねれば増えていくアレですね。ええもちろん知ってますとも。ちなみに私の練度は95。まだまだですね、瑞鶴。

 それにしても90ですか。それって確か……

 

「改二甲の錬度ね」

 

「うん!」

 

 そうですか。ついに瑞鶴も改二甲が実装できる錬度まで上昇しましたか……私たちにとって錬度とはどれほど多くの戦場を駆け抜けてきたかの証明です。

 

 皆さんもご存知の通り錬度が上がれば私たち艦娘の各種ステータスは上昇、そして近代化改修(スキル)によってより戦闘が捗るようになるわけですが……ある一定の錬度に達すると、「改造」という特殊な行為に及ぶことが出来るのです。

 

 ここにおいての改造というのは大規模改装のことを指します。私たち翔鶴型航空母艦はまさに洗練され完成された航空母艦ですからまあなんの問題もない訳ですが、三段腹……間違えました三段甲板を装備していた赤城先輩や加賀先輩となるとろくに戦えるようにするためには大規模な改装が必要な訳です。

 

 まあ、私たち翔鶴型は先ほども申し上げた通り完成された空母ですので? 実際私も改造なんかせずにここまでやって来たわけですが……それでも改造が悪い話とは思いません。

 

 例えば私たちの艦隊(クラン)にて魚雷火力の大半を担う北上さん。改造によって単なる軽巡洋艦としては考えられない魚雷の搭載数を実現、重雷装巡洋艦として名を馳せています。というか四六時中魚雷のことばっかりでルームでのんびりしている時も魚雷を磨いている始末ですが……それでも、改造によって戦い方が大きく変わることはよくあることなのです。

 

 さて、そして完成された私たち翔鶴型にも、完成されているからこその改造が存在します。

 

 

 それが「改二甲」という訳です。

 

 

「……そういえば、翔鶴氏は『改二甲』は実装されないんで?」

 

 そう聞いてくるのは青葉さん。敵機動艦隊を偵察中なだけででこのタイミングでその質問はちょっと呑気……いえ、のんびりではないでしょうか。

 まあ、悲しいことに手持ち無沙汰なのはこちらとて同じ。少し話に付きあってあげましょう。

 

「わざわざ改二甲なんて実装する必要があるんでしょうか? 私は甚だ疑問ですね」

 

「えぇ。そういうものですかねぇ……?」

 

 そもそもですね、青葉さん。改二甲実装といえば聞こえはいいですが、これ要は錬度を上げることで手に入る近代化改修(スキル)を全て捨てるってことですからね。

 それにですよ! 瑞鶴に改造なんて実装させちゃったら迷彩装備になっちゃうんですよ?! 迷彩ってことはつまりアレですよ、お姉ちゃん(わたし)沈んじゃってますよ!?

 

 

 

「ねぇ翔鶴ねぇ……でも瑞鶴、ちょっと景雲とか使ってみたいなって」

 

「瑞鶴?」

 

「ほら、噴式? とかってのも使ってみたいし……」

 

 ふんしき……あぁ。私の部屋でインテリア扱いされているアレですか。まあ飛ばしたら強そうではありますよね。カタパルトも耐熱甲板も備えない今の私では運用のしようがありませんが。

 

「噴式ですか……確かに、航空戦略の幅は広がるとは思うけれど……」

 

 ですけれども、近代化改修を捨ててまで取るべきものでしょうか? 私たちの近代化改修は方向性の違いこそあるとはいえ基本的には航空系ばかり。それによって生み出される運用の幅はとても大きいものです。

 

「翔鶴さん。別に大規模作戦とかが近いということもありませんし、この機会に噴式攻撃を試してみては如何です?」

 

 私が迷っているのをもう一押しとでも思ったのか、榛名さんまでそんなことを言ってきます。

 

「ねぇ翔鶴ねぇ~。瑞鶴使ってみたいよぉ~噴式攻撃機~」

 

 そう言いながらすり寄ってくる瑞鶴。装備を肩や腰の艤装に戻し、控えめに腕を広げています。

 それから瑞鶴は腕を広げて私のことをぎゅっと拘束。

 

「ず、瑞鶴ったら……」

「しょうかくねぇ~」

 

 胸当て同士がぶつかり、瑞鶴は私の首元に顔を埋めます。ツインテールが私の首を撫でて、ふんわりとした洗剤の匂い。それは私にとってはどんな香水よりも甘美なものです。

 

 

 これはアレです。お姉ちゃん特権ですね。

 

 

「ねぇー、いいでしょぉ。おねがい」

「瑞鶴……」

 

 ……そ、そう言えば改二甲は迷彩じゃなかったような気がしなくもないですね。しなくもないです。ということはこれは許される……のでしょうか?

 

 ……ハッ!

 

 危ないところでした。改造ツリーとしては瑞鶴は「無印」から「改(迷彩)」になってそこからさらに「改二(迷彩)」といって「改二甲」の順番で実装していくことになります。つまりどうやっても瑞鶴は迷彩衣装に袖を通すことになってしまうではありませんか!

 

 そう、これが瑞鶴の「おねだり」なのです。今みたいに私と目を合わせないように「おねだり」するのです。本当にずるいと思います。ずるいですよね。いつも割を食うのはお姉ちゃんの方なんです。最高に幸せですね。

 

「いいでしょ。ねぇえ……」

 

「そ、そんなにいうなら……まあ。いいのかしら?」

 

「ホント! やったぁ!」

 

 次の瞬間、私から離れて飛び跳ねる瑞鶴。そんなに噴式攻撃機を使いたかったんですか……なんでしょう、お姉ちゃん。利用されたみたいでちょっと寂しいです。

 

「相変わらず妹馬鹿ですねぇ。翔鶴氏は」

 

 青葉さんがそう私の肩を突きます。突かないでください、というか貴女なんでそんなニヤニヤしてるんですか。失礼な。

 

「……瑞鶴が幸せなら、まあいいんです。はい」

 

 それに、改二甲ならばまあ、瑞鶴の装束は紅白ですし。まあ、私としては許容範囲内なのです。ぴょんぴょん跳ねる瑞鶴のツインテールを眺めながら、そう結論付けます。

 

「ところで翔鶴氏は、改二甲の実装はなさらないんで?」

 

「私は……そうですねぇ」

 

 瑞鶴が改二甲を実装するならば、私も確かに改二甲を実装してもいいのかも知れません。しかしどうなんでしょう。現実に軍艦翔鶴が噴式機を運用した歴史はないわけですから、それはどうなんでしょう。

 え? 瑞鶴もないじゃないかって? それはいいんですよ。今の私たちは人の形をしてますし、瑞鶴の願いを叶えてあげるのはお姉ちゃんである私の特権であり、義務でもありますからね。

 

 瑞鶴を傍目に、北の空。私は……翔鶴は、瑞鶴の姉としてどうすればいいんでしょうか。

 

「翔鶴ねぇ!」

 

 瑞鶴。私の可愛い妹。

 

 

 

 

 

「――――危ない!」

 

 

 

 え。

 

 

 

 

 直後、電探に感。

 

 

 ああ、完全に忘れていました。私としたことが。

 なにかあれば偵察機が教えてくれるだろうなんて考えていたのではないでしょうか。これだけ晴れているのだから対空見張りを怠るなんてありえないなんて、そんなことをどこかで思っていたのではないでしょうか。

 

 

 

 

 敵機直上。急降下。

 

 

 



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【番外編】突撃!陽炎型駆逐艦!燃えよ第十六駆逐隊!!
駆逐艦戦記2-1


さて読者の皆様。遅ればせながらあけましておめでとうございます。
今年も瑞鶴と、いえ私の瑞鶴をどうぞよろしくお願い致します。



さて。今回からは駆逐艦戦記の続き、2-1から2-4までをお送りしていきたいと思っております。

私翔鶴と致しましても、前回までの3-5AL海域攻略戦の推移が気になって気になって瑞鶴としか眠れない夜をお過ごしの方も多いのではないかと心中慮っておりますが、その上での作者のこの暴挙、この投稿。

ですがどうかご無礼をお許しください。



……今の私には、3-5攻略戦の仔細をこれ以上紡ぐことは叶わないのです。


 爆音。お腹の底に響くようなくぐもったそれ。振り返れば蒼い海がにわかに膨らみ、それから巨大な水柱が立つ。

 

 水柱というのは、文字通り水の柱だ。どこからどう見ても物理法則に従っていないそれは、ここが電子の海であることを忘れてしまいそうだ。

 とはいえ、このゲームがなんやかんやとリアルさを重視する都合上、物理法則には従うわけで。

 

「あぶっ」

 

 巨大な水柱が風に煽られて、こちらへと降ってくる。もちろん降り注ぐ水が避けられる訳がなく。

 

「うわぁ……びちょびちょ」

 

 駆逐艦「時津風」。俺がこのゲームを始めて以来使っている艦娘(アバター)は、現在絶賛対潜哨戒任務に参加中。

 普通なら潜水艦なんてそうそう出てくるものじゃないだろうけど、そこはゲームということで……コツさえ掴めば簡単に発見できる。

 

 発見してしまえば簡単、今みたいに爆雷を投下してドカンである。

 

「さすがに手応えはあったし、やっつけたと思うけど……」

 

 水柱の場所を中心に、ぐるりと大きな輪を描くように旋回する。潜水艦を撃沈出来たなら、何かしらの浮遊物が浮かぶはず……お、油っぽいのが浮かんできた。

 

「重畳。大分上手くなって来やがりましたね」

 

 同じく浮遊物を確認したようで、この時津風と同型艦である陽炎型駆逐艦の艦娘が近寄ってくる。見れば、制服からタイツまで水を吸ってしまっているこっちと違い……全くの無傷である。いや、別に俺も傷を負ったわけではないのだけれどもさ。

 

「むー……なんで丹陽さんは無事なのさ」

 

「それは風が決めることなのでやがります。風下にいるのが悪いのです」

 

 陽炎型駆逐艦「雪風」。どういうわけだか中華民国に引き渡されてからの艦名である丹陽を名乗るこのヒトは、このゲームのレクチャーを頼んでからの付き合い。今ではお互いがログインしているのなら大抵は行動を共にする仲だ。

 

「さ、帰りやがりますよ」

 

「はぁい」

 

 気付けばもう現実で一ヶ月。俺はもうすっかりこのゲームの虜になっていた。

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

「しっかし、分からんなぁ~」

 

「えぇ。なんで」

 

 それは、ある晴れた日の昼下がりであった。いい加減近づいてきた定期考査を前にしても未だに振るわない数学小テストの点数。先生が考査前最後の小テストを前にしてホームルームにまでその話題を持ち込むなか、俺たちはと言えばゲームの話に華を咲かせる。

 

「駆逐艦なんてあのゲームじゃ一番役に立たないだろ。主砲の射程も短いし、索敵に使える装備も少ない。知ってるか? 駆逐艦を使ってるユーザーこそ多いが、アクティブユーザーはとことん少ないんだぞ?」

 

「アクティブ……なに?」

 

 聞き慣れぬ言語に首を傾げれば、やれやれと言った様子でかぶりを振る親友。彼こそが俺にVR艦これという存在を教えてくれた犯人(そんざい)であり、また俺と同じくこのゲームにドはまりしている一人だ。

 ともすればしょっちゅう一緒にプレイしていてもおかしくはないのだが……実はとある事情から、彼とはそんなに一緒にプレイすることはない。

 

「アクティブユーザーだよ、アクティブユーザー。要は、きちんと定期的にログインしてるプレイヤーのこと! 駆逐艦は登録数こそ多くても毎日遊んでるヒトは少ないってこと!」

 

「あー……言われてみれば確かに、駆逐艦の人数は少ないよね。実装艦娘数としては一番多いのに」

 

「だって出来ることが少ないもの。やり込むのは変態かロリコンでしょ」

 

 変態か変態(ロリコン)。前者は賞賛、後者は侮蔑。

 

「ろ、ロリコン……」

 

 そ、そんな犯罪者みたいな目でこっちを見るの止めてくれない?? 別に俺、そんなことしようとも思わないししし。そりゃ見るのは初めてだったし興奮を通り越して逆にまじまじと見たけどさ。丹陽さんに「その肉体年齢じゃ普通は痛いだけでやがりますよ」って言われたから控えてるし……。

 

「そう思われても仕方ないでしょ。お手軽に砲雷撃したいなら重巡洋艦でいいし、水雷や対潜に特化したいんなら軽巡洋艦でいい。わざわざ装甲も薄い駆逐艦選ぶ理由ある?」

 

 しかも偵察機積めないし。いや、そりゃその通りなのだ。

 実際、丹陽さんが居なければもうとっくに駆逐艦()()は止めていたような気がする。

 ……そういえば、あの時の丹陽さん、後ろで「ま、慣れればイケますけど」とか言ってたような……あのヒトってもしかして? いやまさか、ないよね。変態なのはプレイスタイルだけだと思いたい。

 

「でもまあ、よくしてくれる駆逐艦のヒトもいるし……」

 

「そんなこと言わずに空母プレイやろうぜー。今なら私の姉妹艦にしてやろう!」

 

 

 いきなり親友の声が大きくなって、まわりの視線がこっちに向く。気付いた先生がそれにお小言。

 

 とりあえずこういう時ばかりは男子校で良かったと思う。女子に「男子のクセに姉妹だって、きもーい」とか言われた日には立ち直れそうにないからだ。

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

「ふー。あったかいー」

 

 VRであれ現実であれ、やはりお風呂はいいものだ。なんていったって身体がぽかぽかと温められるのが良い。しかもVRならどんなに長い間はいってもふやけたりしないから最高だと思う。

 

 びしょびしょになってしまった後だから、それは余計にそう思う。

 

「で、やがりますね」

 

 そう頷く丹陽さんも俺と同じく顎まで使ってのんびりと。一応戦闘がメインであるこのゲームだけれど、入渠と称してお風呂にはいれたり、自分の部屋に布団を敷いてお昼寝したり、とにかくなんでもアリ。

 

 それこそ戦闘を一切せずにこうして艦娘として生活するだけの楽しみ方だって出来るのだ。最近のゲームってホントに自由度が高いのが多いよね。

 

「でも丹陽さん。なんで公衆浴場なの?」

 

 そう。ここは公衆浴場。あー……正式にはなんか別の名前があったような気がするけど、まあ皆そう呼んでいるので正式な方は知らない。

 まあとにかく、誰でも自由に入れるお風呂なのだ。プライバシーもへったくれもない空間だ。

 

「ふふふ。そんなことも分からないでやがりますか」

「……分からない」

 

 さっき自由度が高いといったような気がするけど、自由度が高いっていうことは色んな艦娘がいるんだよね。

 例えば……ほら、あそこにいる金剛型姉妹。

 

 

『……は、はるなぁ。皆見てるよ……?』

『気になさったら負けですよお姉様? 洗いっこぐらいどこの姉妹だってするじゃないですか?』

 

 

「……あ、『ああいうの』が目的?」

 

「違いやがりますよ……。公衆浴場(ここ)にはですね。様々な艦娘が集まるんでやがります」

 

「ああいうのも……」

 

「アレは目的じゃないでやがります。いいですか、私たちはこの前駆逐艦トライアスロンに参加したでやがりましょう?」

 

「え、ああうん。参加したね」

 

 駆逐艦トライアスロン。もちろんオリンピックでやられているトライアスロンとは違うものだけれど、トライアスロンのように様々な技能を総合的に競うものだ。

 

「あそこで時津風もなかなかいいスコアを出しやがりましたからね」

 

「桁クラスでスコアが上の丹陽さんに言われても……」

 

「丹陽は歴戦でやがりますからね」

 

 まあ、砲撃と機動性の部門ではそこそこいい結果が出せたけどさ。結局ビギナーには変わらないわけで。

 そしてなんの躊躇いもなく歴戦って言えちゃう丹陽さんはどれだけ自信家なんだか……まあ実際、スゴイ強いけどさ。

 

「でもさ。いいスコアを出すとどうなるのさ」

 

 すると丹陽さんは、自信満々に言うのだった。

 

「オファーが来るのでやがります」

 

「オファー?」

 

 オファーというと、誰かに誘われる的な感じだろうか。

 

「まあ待ってれば分かりやがります。公衆浴場(ここ)はそういう場でやがりますからね」

 

 はあ。まあそういうのだからそうなのだろう。どういうことなのかはよく分からないけれど。そういうことなのだろう。

 

 そして気付けば、いつの間にか寄ってくる影が二人。

 

「ねぇ。隣、いいかな?」

 

「っぽい?」

 

「えー……と」

 

 えーと。誰だっけ。いや「っぽい?」の方は分かるよ流石に、夕立でしょ? 知ってる知ってる。しかしもう一人、このおとなしめの方は誰だ?

 

「(誰だっけ丹陽さん……っていない?!)」

 

 いつの間にか消えてる? というか何処行ったの??

 うーん。さあ困ったぞ。いやね、服を着てりゃ分かったのよ。これでも初心者並に勉強したしね? でもほら、ここお風呂じゃん。着衣で入るのってテレビくらいじゃん?

 

「えーと」

 

「時雨だよ。よろしく」

「夕立っぽい!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 答えを先に言われてしまい。なんというか申し訳ないというか、恥ずかしい気分に。

 

「ううん。気にしないで。意外と間違われるんだよね。僕」

 

「時雨はキャラが立ってないし、しかたないっぽい! でも髪飾りを見れば見分けるのは余裕っぽい?」

 

「キャラがたってないなんてことはないんじゃないかな……?」

 

 あ、なんか二人で会話を始めてしまった。ど、どうしたものか。丹陽さんもいなくなってしまったし、俺がおどおどしていると、時雨がこっちを向く。

 

「……ぁあ、ゴメンね。今日は君が本題だった」

 

「本題??」

 

 その言葉に、夕立がにやり、と笑う。紅い瞳も相まってなかなか怖い。今更気付くけどこの二人「改二」コンビだ。やばい。

 

「この前のトライアスロン、見せてもらったっぽい」

「どうだろう、もしよければ、今度一緒に出撃しないかい?」

 

 あ、『オファー』ってのはそういうことか! お誘いを受けるってことなのね?

 

 いやでも、この二人って確かかなり強いじゃなかったっけ? というか改二の時点でもうスゴイし。

 

「で、でも。私じゃ釣り合わないんじゃないかなぁ……?」

 

 と、とりあえず時津風っぽく返しとこう。あでも初対面なんだしこういう時は敬語なのかな? 分からないので時津風で。これでも俺は一応ロールプレイ派だ。

 

「そんなことないっぽい!」

 

 ずいっと身を乗り出してくる夕立。

 

「ち、近い、近いって……」

 

 その上お、おっぱいが丸見え……。

 

「あはは、夕立。あんまりがっついちゃダメだよ?」

 

 それに、駆逐艦は層が薄いからね。有望な子は囲っときたいじゃないか。そう言いながら時雨はウインク。時雨さん。あなたそういうキャラでしたっけ……あぁ。中のヒト(プレイヤー)でキャラは決まるから、別に変な話じゃないのか。

 

 ま、まあ。流れ的にはこれ了承する奴だよね? 了承した上でお試しで艦隊を組んでみて、それから仲間になるのを決める的な。

 

「じゃ、じゃあ。よろしくおねが――――」

 

 

「――――待つのでやがります」

 

 

 と、俺の声を遮る声。

 

「あれ、丹陽さん?」

 

 いつの間にか後ろに丹陽さん。いつにない厳しい面持ちで改二の二人を睨んでいる。え、すごい怖いんだけど、なにこれ。

 

「せっかく時津風にオファーが来たと思ったら、『港湾駆逐艦組合』の狂犬二匹でやがりますか」

 

「夕立は犬じゃないっぽい!」

「……所属艦隊ナシ(フリー)の野良中華民国クンには言われたくないけどね」

 

 喧嘩腰には喧嘩腰。なんか急に険悪なムード。

 

「……どうせ駆逐隊を組むんでやがりましょう? 駆逐隊の僚艦はこの丹陽で決まってるのでやがります」

 

「まあ、そういうならいいけどさ。いくよ夕立」

「ぽーい……」

 

 

 

「……ったく。油断も隙もないのでやがります」

 

「と、というか。よかったの? あれ」

 

 オファーってのはつまり、艦隊(クラン)へのオファーだった訳でしょ? それをあんな風に喧嘩腰で拒否するって……。

 

「『港湾駆逐艦組合』は水雷戦特化のクランでやがります。水雷戦なら、別にこの二人でも出来るのです。艦隊(クラン)ってのはですね。ただ参加するだけじゃ意味がないんでやがります」

 

 そう言う丹陽さん。そういえば、何時だったか俺が大手の艦隊(クラン)に参加しようとしたときも止められたっけ。「駆逐艦は『呼ばれる駆逐艦』じゃないと居場所がない」とかなんとか。

 

「トライアスロンの成績も良かったやがりますのに、来るオファーは水雷系だけ……やっぱり大規模作戦(イベント)で戦果を残すしかないのでやがりますかねぇ……」

 

 ぶつぶつと丹陽さん。そんなに艦隊(クラン)に参加することが大事なのかな……。

 

「でもさ。私は丹陽さんと駆逐隊を組むだけでも楽しいよ?」

 

「……さ、さいでやがりますか」

 

「あ、紅くなった! 照れた? ねぇ照れた??」

 

 それに、この丹陽さんとの関係、居心地が良くて俺は気に入ってたりもするのだ。

 

 だから、このままでもいいかなぁ。なんて――――

 

 

 

「ねぇ。雪風、あんたまだこんなコトしてるの?」

 

 

 

 ――――そう、思っていたかったのだけれど。

 

 



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駆逐艦戦記2-2

おかしい。作者の意図としてはこのシリーズはVR艦これというゲームがこんな感じのだったら面白そうだよねっ!っていうのを発信するための場所だったんだ……それがなんで、こんな話に発展して行っているんだ……。
(駆逐艦戦記1-3あたりからずっと思っていたことを今更言う作者)


 それは突然の来訪者。平穏をぶち壊す低い、敵意の籠った声。

 

 

「ねぇ。雪風、あんたまだこんなコトしてるの?」

 

 その言葉に雪風……丹陽さんも声を低くするように答えた。

 

「……その名前は捨てたのでやがります。私の名は丹陽。中華民国海軍の丹陽でやがります」

 

「どう名乗るかは勝手だけどね。私にとってはいつまでも雪風だから、お生憎様」

 

 そう言い返す相手。きっと結ばれた口元に、駆逐艦娘の特徴ともいえる細い身体つき。

 

「相変わらず、減らない口でやがりますね」

 

「ありがとう。幸運艦サマに褒めてもらって嬉しいわ」

 

 

 と、とりあえず。開幕冒頭剣呑な雰囲気が漂ってるなか、とても肩身の狭い時津風です。

 えーとだ。あれ、ここって今の今までお風呂だったよね?? いや今も胸まで温かいお湯がなみなみと張られてますけど、うん。すごい冷えてきた。

 

 

 丹陽さんに敵意を向ける相手を観察する。

 

「で? あんた、名前は?」

 

「へっ? 私っ?!」

 

「他に誰がいるのよ……まあ、察しはついてるけどね」

 

 まあ察しがつくというのは分からないでもない。俺の友人なんて「目元だけで見分けられるね!」とか訳わかんないこと言ってるぐらいだし。

 まあ要するに、例え裸でも分かるヒトには分かるのだ。艦娘鑑定士の朝は早い……みたいな?

 

 と、とにかく名乗ろう。だ、大丈夫大丈夫。これでも鏡を見ながら何度も練習したんだ。挨拶の練習っていうのも変だけど。折角見た目は可愛い女の子なんだし、やっぱり第一印象はバッチリ決めたいじゃん?

 と言うわけで不肖時津風! ばっちり挨拶を決めたいと思います!

 

 起立ッ!

 

「……別に立たなくても良いわよ。それともあれ? 痴女なの?」

 

 着席ッ!

 ……だ、誰が痴女なものですか!

 

 でもまあ、俺と丹陽さんの前に立ち塞がるこの艦娘はちゃんとタオルで大切なところ隠してるもんね……言われても仕方が無いかもしれない。

 

「コホン。えーと……わっ、私は陽炎型駆逐きゃ……駆逐艦の時津風! よ、よろしくねっ!」

 

「……」

 

 う、うわー。微妙な反応……というか挨拶で噛むとかなにやってるんだ。ドジっ娘属性とかそういうの目指してるんじゃないのにさぁ……馬鹿なの? 死ぬの?

 

「……コミュ障でやがりますか?」

 

 丹陽さん! せせら笑うような表情でこっちみないで!

 

「……まあいいわ。同じく陽炎型駆逐艦の初風よ。こっちは天津風」

 

 そういう初風さんの後ろには、ポニーテールの女の子……あぁ。うん。このちょっとキツメな目線を投げてくるのが天津風さんか……。

 

 というかさ。

 みんながなんか冷ややかな目で見てるんですけど?! 初風さんといい天津風さんといい、そして丹陽さんまでも!

 

 なんで? 俺なにも悪いことしてないじゃん! なに、シリアスっぽくなってるところでボケかましたのが悪いって? わ、笑いの力って言うのはすごいんだぞ。つまりどういうことかというと……これ、俺スベった? いや、笑いを取るつもりは無かったんだけど……。

 

「えーと。はい。その……ごめんなさい……」

 

 小さな肩をさらに縮こめて小さくなる。すると初風さんは聞こえよがしにため息。す、すみません……。

 

「謝らなくていいわよ。で? この幸運さんとどのくらいつるんでるのかしら?」

 

「え? かれこれ一ヶ月くらいですけど……」

 

 あ、リアルでいう一ヶ月ね。夜戦とかの時間要素も絡んでくるこのゲームでは、どうしてもそういう時間絡みはややこしくなりがちだ。そこに思考加速の恩恵も加えるとなると、ゲーム内時間というのを統一するのは難しい。だから一ヶ月っていうのはリアルでの一ヶ月。

 

「ふぅん。思ったより長いわね」

 

 それから初風さんは丹陽さんの方を見て。

 

「で、アンタはこの子に決めたわけ?」

 

「……それは時津風自身が決めることでやがります。私がどうとか、そういうのは関係ないのでやがります」

 

「常識的には、まあそうね。いいわ、そういうことにしといたげる」

 

 そう言って初風さんは踵を返し……かけたのだけれど。

 

 

「あぁそうだ。時津風さん?」

「ひゃい?!」

 

 いきなり振り返ったと思えば俺の方へと向き直る。キッと射貫かれて、思わず飛び上がりそうになってしまった。

 

「連絡先、交換しときましょ?」

 

 同時に現れる(ポップ)する文字列。フレンド追加を承認しますか?

 

「え、あ、はい。そうですね……じゃあ」

 

「初風」

 

 その声で俺の指は止まる。た、丹陽さん。まだやるおつもりですか……。

 

「私たちは互いに不干渉でやがります……そう決めたじゃねーですか」

 

「あら。同型艦同士で絆を深め合うのは貴女への干渉に入るわけ? まぁ、時津風さんが嫌だって言うなら控えるけど」

 

 え、それ俺に聞いちゃうの? というかやめてよこういうの?! なんか丹陽さんも初風さんも因縁深そうだし、この対立は俺の知らない原因なんだろうからどっちが悪いとか分かんないし!

 あと、NPC同士のイベントならともかくこういうプレイヤー同士のいざこざは本当に終着点が見えなくて困るんだよ!!

 

 え、どうしよう。ここで《Yes》を選択しちゃうと丹陽さんとの友好が50ダウンするとかあるの? どうしよう。

 

「これは私と初風の問題でやがります。別に、連絡先ぐらい交換しやがればいいのでやがりますよ」

 

 おどおどしている俺に、丹陽さんはそう言う。

 うん……なら、まあ。いいかな。

 

 《Yes》をタップ。そして現れるフレンド追加の通知。【初風】という艦名に同じ艦娘同士を識別するための艦娘ID、そして《フレンドメモを追加しますか?》という文字列が浮かぶ。さっきの艦娘IDが機械上の処理のためなら、このメモはプレイヤーのための識別記号……ちなみに、艦娘IDはランダムに生成される文字列で、ユーザーIDとは異なるもの。初風さんとのフレンド登録は、艦娘(ときつかぜ)としてだけの関係だ。

 

 

 とりあえず「公衆浴場で出会った初風さん」と書いておく。ちなみに丹陽さんのフレンドメモは「丹陽と称する事実上の雪風」だ。テレビで似たような表現を聞いて、それがツボったのでそうしているのだ。

 

「あっ……私も、いいかしら」

 

 そう言ってきたのは天津風さん。

 

「いいですよ」

 

 と言うわけで追加。それを確認した初風さんは、さぱさぱとお湯をかき分けて行ってしまう。

 

 

「じゃあね。時津風」

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 き、気まずい……。

 

 やっぱりフレンド交換したのは間違いだったのだろうか。基本的には誰かと繋がるのって良いことだと思うし、そうあるべきだと思うんだけど……。

 

 あの後。初風さんたちを見送った丹陽さんと俺は、どちらともなく公衆浴場から出て、タオルで入念に身体を拭いた。別にゲームなんだからそんなことしなくても良いとは思うんだけど、()()だしこういうのも良いと思う。

 

 ……やっぱ俺変態なのかな、という疑惑が常に張り付いてつきまとうのは仕方が無い。

 

「あ、あの……」

 

「なんでやがります?」

 

「えと……なんでもないです」

 

「……」

 

 丹陽さんから目を逸らす。

 やばい。流石にこの繰り返しは良くない。さっきから丹陽さんはずっと考え込んだ表情だし……でもどう声をかけたものか。このままログアウトなんてもっての他だろうしなぁ……。

 

「はい、でやがります」

 

「えっ?」

 

 と次の瞬間、目の前に現れる牛乳瓶!

 

「へぼっ」

 

 痛い。痛いよマジで痛い! 顔面直撃とか勘弁してよ! 鼻血出たらどうすんのさ……あ、鼻血は出ないのかな? ダメージの表現ってゲームごとで違うし、そういえばこれまで顔に砲弾とか爆弾受けたことないなぁ。

 

 そんなことを痛みからの現実逃避で考える俺に、丹陽さんは盛大なため息。

 

「はぁ……言いたいことがあるなら言ったらどうでやがりますか」

 

「え……あー。うん」

 

 これは思い切って言っちゃった方がいいだろう。うん。誰かさんも後悔先に立たず、とか偉大なこと言ってるし。

 牛乳瓶を拾いながら言う。

 

「丹陽さんはさ……初風さんと、その」

 

「何があった? でやがりますか?」

 

「……うん」

 

 丹陽さんは手に持ったもう一本の牛乳瓶、そのふるーい感じのする紙製の蓋を取り外しながら口を開く。

 

「別にどうこうってやつではねーのでやがりますが。昔、アレとは艦隊(クラン)を組んでやがったのでやがります」

 

艦隊(クラン)?」

 

 艦隊(クラン)って、アレだよね。さっき時雨さんたちの……ええと、『港湾駆逐艦組合』だっけ。そういうの。

 

「艦隊の名前は『第十六駆逐隊』……ま、安直な名前でやがりますがね。あの場にいた天津風も参加してやがったのでやがります」

 

「……じゃあ」

 

 じゃあ。初風さんと丹陽さんは昔、同じクランで揉め事を起こしたと言うことだろうか。

 

 もう少し何かを聞きたい。でも、何を聞けば良いのか、何を聞いても許されるのかが分からなかった。

 でも、丹陽さんの表情を見たら……もうこれ以上は聞かない方がいいのかも知れない。

 

「丹陽と初風、そして天津風は昔同じ艦隊に所属していた」

 

 それ以上でも、それ以外でもねーのでやがります。それだけ言って話を畳む丹陽さん。

 

「ごめん……その、変なこと聞いちゃって」

 

 俺は誤魔化すように牛乳瓶の蓋を取る。

 

「いーのでやがります。あ、それは奢りじゃねーでやがりますからね」

 

「えっ」

 

 

 結論から言えば、牛乳は舌触りがやな感じだった。

 未発達な味覚エンジンが悪いんだ。そう思うことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 来るだろうな。とは思っていた。フレンド交換だって、そういう目的なのだろうな。とは思っていたし。

 だから、その通知を見ても驚きはしなかった。

 

 驚いたことを強いて上げるとするなら……

 

 

「ごめんね。呼び出しちゃって」

 

「いえ……その。大丈夫です」

 

「その、さ。そんなにかしこまらなくて大丈夫よ? その、()()()()()っていうのは正しくない言い方かも知れないけれど……」

 

「じゃ、じゃあ……天津風」

 

 俺のことを呼び出したのは、初風さんではなく天津風さんだったことだ。

 らしくないっていうのは、きっと「標準的な時津風」と比べてらしくないって意味なんだろう。でも、いきなりフランクに接するのってなかなか難しい。

 

 こういうゲームって「なりきり」を重視するかどうかって結構意見が分かれるみたいなんだよね。結局、艦これって水上を疾走しながら大戦争をするアクションゲームなわけで、別に女の子になりきって遊ぶゲームじゃないわけで。

 俺と丹陽さんだってよくつるむからこそ女の子らしい話し方をするだけなのだ。

 

 でもまあ、上位プレイヤーほど成りきり度は上がるって友人も言ってたし……もっと時津風になりきった方がいいのかなぁ……いや、高級車にのればお金持ちになれるわけではないし、なりきりをすれば上位プレイヤーになれるってのはおかしな理屈か。

 

 

 ……そんなことより、今は目の前の天津風に対応しなきゃ。

 

「天津風はさ……今日はなんで、呼び出したの?」

 

「立ち話もなんだし、演習場行きましょ?」

 

「……うん。そうしよっか」

 

 

 

 友人曰く「呉軍港」をモチーフにしたと言われる演習場は、静かな場所だ。立ち話をするのにも丁度良い。

 

 でも、折角演習場にいるんだ。演習をしない理由はない。天津風と俺は配置につく。

 これも一種の、「拳で語り合う」って奴なのだろうか。

 

《行くわよ》

 

 無線越しの天津風の声。

 

「あ、天津風……お、お手柔らかにしてよねっ?」

 

 念のため言っとくと俺初心者だからね! ここ一ヶ月丹陽さんに鍛えて貰ったおかげでひとしきりの操作には慣れたけど、まだそういう域だからねっ?

 

 同時に海を蹴る。速度調整には艤装についているコントローラーを使うことが出来るが、手を使わずに出力を調節するのにも大分慣れてきた。艤装がうなりを上げ、流れる海原の速度が上がっていく。

 

《ねぇ時津風。あなた、どのくらい聞いたの? ゆき……丹陽に》

 

 天津風の声。

 

「昔、同じ艦隊だったってことだけ」

 

《そう……》

 

 俺と同じように速度を上げていく天津風の影が一閃。もう撃ってきた。波を軽く蹴って進路変更。この距離ではすぐ躱せば当たることはない。

 

「ねぇ! その『第十六駆逐隊』っていうのは、どういう艦隊(クラン)だったの?」

 

 着弾。思ったよりも近い場所に水柱が上がる。これ進路変更してなかったら当たったんじゃ……。

 

 いや、そういう「たられば」はあとだ。とにかく撃ち返す。

 

 着弾、当然当たるわけがない。そりゃ向こうだって回避してるだろうしね。

 天津風は俺の問いに答える気配はない。変わりと言わんばかりに閃光。また撃たれたのだ。

 

「ねぇ、答えてよ! それは『港湾駆逐艦組合』みたいな駆逐艦のクランだったの?」

 

 次の瞬間、視界が揺さぶられる。丁度真横の海が破裂して、全身を水飛沫が撫でたのだ。

 

「なっ……!」

 

 そんな……ちゃんと回避したはずなのに……!

 次の瞬間、頭に思い出されたのは丹陽さんの言葉。

 

 

 

『別に深海棲艦は使わないテクでやがりますから覚える必要はないですが……砲撃が上手い艦娘となると、相手の回避のクセを見抜いて回避先に砲弾を落としやがります』

 

『え……なにそれ、じゃあ避ける意味ないじゃん』

 

『精々クセを見破られないようにするんでやがりますね』

 

 

 

 まさか、回避のクセを読まれた? それも一発で?

 そんな。馬鹿な。偶然でしょ?

 

 そんな希望的観測はすぐに打ち砕かれることになる。今度破裂したのは足下。疑いようもない、天津風は俺の回避のクセを読み取っている!

 

 ダメージチェック。足下が破裂したと言っても扱い上は至近弾。直撃じゃないから何発も食らわなければ大したダメージではない。

 逆に言えば、何発も食らってはダメだ。

 

 とにかく、砲撃の腕が上なのはよく分かった。ならこっちの攻撃が当たることのない遠距離でやり合う理由はない。進路変更、天津風に真っ直ぐと向ける。

 

 俺が突撃してくるのを悟ったのだろう。天津風も足を一瞬止め、それから真っ直ぐこちらへ向かってきた。

 対面して突撃する二隻の艦娘……即ち、反航戦の格好である。

 

 交わされる互いの砲火。激しい主砲の煌めきが見えれば、即座に服を、艤装を、身体を掠める砲弾。

 

 でも、目の前の天津風という艦娘。かなりの手練れだ。丹陽さんでも敵うだろうかってくらい……あーいや、丹陽さんフツーに強いし、良い勝負しそう。

 

 そして、俺に向かって突撃を続けながら天津風は言うのだ。

 

 

《『港湾駆逐艦組合』ね……ああいう駆逐艦なら誰でも入れるような大型艦隊(クラン)じゃないわ》

 

 

 

 ()()()は四隻だけの艦隊(クラン)だったの。



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駆逐艦戦記2-3

 止めどなく降り注ぐ砲弾を必死に躱す。回避の癖が読まれているのは分かった。なら方法は一つしかない。回避のタイミングをずらし、その読みを無効化すること。心の中で数を数え、その分だけ回避を我慢する。

 

 はっきり言って、余裕はない。

 

 でも、こっちだって負けてはいられない。連装砲を取り出して応射、撃って撃って撃ちまくる。牽制程度にならないのは知っているけれど、そうでもしなければ天津風が攻撃の手を緩めることはないだろう。

 

 海が破裂する。水柱が立つ。対面の突撃――つまり反航戦――はどちらからとでもなく同航戦に移行し、気づけば互いに距離を測りあいながらの撃ち合いに変わっていた。過度に近づこうとすれば遠のかれ、逃げようとすれば追ってくる……そんな感じの、撃ち合い。

 

 

 でも、これはただの演習ではないのだ。丹陽さんが何者なのか、丹陽さんがどんな過去を持つのか、それが知れるまたとないチャンスなのだ。

 だから、俺は天津風に聞く。聞かなくちゃいけない。

 

「四隻だけの艦隊(クラン)……? なにさっ、それ!」

 

 普通、艦隊(クラン)っていうのは他のゲームでいうギルドのようなものだ。いうならば所属クラブのようなもので、別に同じ艦隊(クラン)だからといって一緒に出撃するという訳ではない。だってほら、艦これって六隻の出撃制限があるわけで。

 

 で、となると四隻の艦隊(クラン)ってのはとても不便な訳だ。通常の海域(ステージ)ならともかく大規模作戦(イベント)ともなると四隻で出撃するのは不利でしかない。

 というかそもそも、四隻しかいないってことは四人のプレイヤーが同時にログインしていないといけない訳で……いくら思考加速で現実の三十倍長くプレイできるといっても、そんな風に皆揃うなんて出来るのだろうか?

 

《そのままの意味よ。所属艦娘四隻、四人だけの小さな艦隊(クラン)だったの》

 

 砲弾の応酬の一瞬の間を縫って、天津風は答えてくれる。撃ち合いだけで精一杯の俺とは違って、その問答には余裕すら感じられた。

 

「よく分かんないけどっ……!」

 

 その瞬間、気付く。水飛沫を立てる水面に紛れて――――雷跡。

 

 そんな! 天津風が魚雷を放った様子なんて無かったのに!

 

 流石に避けられない。丹陽さんは「飛べば避けられるのでやがります」とか訳わかんないこと言うけど、今私たち30ノット……車で言うなら時速50キロとか余裕で出てるからね? 車道を猛スピードで走る車の上で跳んだりはねたり出来るかっての!

 

「なら……こうだっ!」

 

 咄嗟の判断で弾種切り替え、この前ゲットした近代化改修(スキル)である『熟練装填妖精(クイック・チェンジ)』だ。攻撃(STR)機動(AGI)生残(VIT)の三系統の主要近代化改修とは異なる補助系の器用(DEX)スキルで、これがあれば大分楽になるって教えて貰ったのでとりあえずつけていたのだ。

 

 変更するのは徹甲弾から対空弾へ、一瞬ホップした調定画面から急いで「爆発距離:0」を選んで、次の瞬間()()()()()()撃つ。

 

 爆発距離が0ということはすぐに爆発するということで、海へと放った対空砲は即座に炸裂。俺の目の前に巨大な水柱が立った。

 もちろん、至近弾の判定が出てダメージが入る。蓄積したダメージはついに小破へと突入してしまった。

 

 なぜそんなことをしたかって? そりゃ「至近弾()雷撃(はら)は変えられない」からである。

 

 水柱は水中で対空弾頭が破裂した証拠。そのエネルギーは海を震えさせ、こちらへと向かってくる魚雷にも衝撃を与える。

 ……そして、予想通りにさっきの水柱よりも巨大な水柱、そして耳を震わせる轟音。

 

 

《ふぅん。やるじゃない。良い判断ね》

 

 

 耳鳴りの後には、どこか満足げな表情で俺に主砲を向けてくる天津風の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……でもまあ、負けますよねー」

 

 うん。知ってた、勝てるわけがない。いや勝てるわけねーよ! 勝てるかボケェ!!

 

 だってさぁ、アレだよ?! いきなり回避癖見切って回避した先に砲弾落としてくるヒトだよ? ランダム回避にしたって限界あるし、そもそも至近距離での撃ち合いとか負けるしか無いじゃん!

 最後にヤケクソで放った魚雷は案の定躱されるしさぁ……いやホント、フィギュアスケートかなにかみたいな綺麗な舞でしたよ。見えなかったのが残念。

 

「ま。初風じゃないけどさ、なかなか見所あるじゃない? どーりで雪風が可愛がるわけね」

 

「は、はぁ」

 

 というわけで感想戦という名の反省会です。はい。今回の演習は頑張ったと思うんだけどなぁ。でも、なんだかんだと課題とか教えてくれるあたり、天津風も優しいと思う。

 

「時津風はさ、雪風と普段何してるの?」

 

「え……一緒に出撃したり、他の艦娘と野良艦隊つくったり……」

 

 野良艦隊というのは、さっきから話題にしている艦隊(クラン)とは大きく異なる性質を持つ。ログインしている艦娘を募集し……まあ要するに暇なヒトを集め、即席の艦隊を作るのだ。

 駆逐艦は射程の短さや索敵能力の低さからあんまり人気はないというけれど、それでも対潜戦に特化し、本領の夜戦では爆発的な火力を誇る。

 

 つまりまあ、随伴艦としての需要はない訳ではないのだ。問題は「ない訳ではない」というだけであってあるかというと微妙というところ。だって同じことは軽巡でも出来るじゃん。それに、軽巡なら一部の艦娘を除いて偵察機が積めるし……。

 

 だからこそ、駆逐艦でプレイするなら野良艦隊への参加が一番手っ取り早い。数合わせの意味合いが強くても参加してしまえばこっちのものだし。

 

「そう。野良艦隊とか……やっぱりソロがメインなのね」

 

 どこかため息交じりに言う天津風。そりゃだって艦隊(クラン)に参加していない艦娘が出撃する方法といえばそれじゃないですか。

 

 そんなこんなで反省会は続いていく。ひとしきりの話を終えると、天津風も俺も話すべき話題が無くなってしまう。

 

 思えば、どうして天津風は俺に会いに来たんだろう。なにか聞きたいことがあったのだろうか。

 それとも、俺がなにか教えに来てくれた……いやないか、天津風はPC、つまりプレイヤーキャラであって、どこかでVR艦これをプレイしているプレイヤーの思うがままに行動している。

 イベントに必要な情報とか、クリアの条件とかを教えてくれるNPC(ノンプレイヤーキャラ)じゃないわけで。そもそも、この前の丹陽さんと初風さんのいざこざはイベントですらないのだ。あのまま終わりかも知れないし、また、どこかの機会で勃発するかも知れない。

 

「……なんか、押しつけがましくなっちゃたわね」

 

「いやそんな。全然助かったよ。色々参考になったし」

 

「なら、いいんだけど」

 

 これは解散の流れだろうなぁ。そう思いながら、天津風を見る。

 

 今の俺には、聞きたいことが一つあった。

 

「ね、ねぇ……」

 

「なに?」

 

「その……」

 

 でも、そんなこと聞いてしまっていいんだろうか。

 

 

 

「その……また、今度演習をしてもらっても、いいかな?」

 

 

 

 無理だ。聞けるわけがない。

 その日の俺は、そのまま天津風と別れた。

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

 誰かの叫びが無線に乗った。

 

《チクショウ! だから『タバ作戦』なんてフラグしか立たねぇ作戦名は止めろって言ったんだ!!》

 

 あ、こんにちは。時津風です。突然ですが()()()()()()です。つまりVR艦これではありません。

 このゲーム。現実の地形データを利用したタイプのガンシューティングゲームでして、まあとりあえず歩兵装備で撃ち合うゲームなんですよ。市町村単位で国が作れて、天下統一を目指す的なゲームです。ガッチガチのプレイヤー対プレイヤー(P v P)ゲームです。

 

 ちなみに現在は俺の所属国家である大東京共栄圏が滅びる瞬間でございます。ついに最終防衛線である多摩川を支える対空砲陣地が破壊され、待ってましたと言わんばかりに頭上を通り過ぎていく戦闘ヘリ。東海道同盟にはあんな高コストの武器をたくさん揃えるだけのポイントがあると考えれば、まあいくら23区を保持してる大東京でも勝てないですよ。

 

「あーあ。負けちゃったなぁ……」

 

 うん。まあ、あんまり悔しくはないんだよね。別に愛着がないわけじゃないよ? VR艦これを始めるまでは町田遠征とかネズミ帝国征伐とか西へ東へ東京の兵士として戦いましたよ?

 でもまあ、最近なおざりになってたからなぁ……ログインもしてなかったし。今日の東海道同盟との最終決戦であるタバ作戦――とある映画で出てくる作戦が元ネタらしい――も、人手が足りないから参加してくれって頼まれたから参加した訳で。

 

 そしてまあ、引退気味だった俺にまで声をかけるほどヒトがいない状況で、勝てるわけはもちろんない訳で。

 

「おいTaisei。敗戦おめでとう」

 

「え……あぁうん俺のことか。というか久しぶりねMASAKI」

 

 あ、Taiseiってのは俺のユーザーID。VR艦これでは識別のためにランダム生成される艦娘IDを使うことはあってもユーザーIDを明かすことはないから、俺は最近ずっと「時津風」だったんだよね。

 そういう訳で「Taisei」と呼ばれるのはかなり久しぶりになる。なのでつい反応が遅れてしまった。ごめんよMASAKI。

 

 ……というか敗戦おめでとうってなんだよ。

 

「いや。これで清々しく新しい国家に移籍できるなぁと思ってよ。お前はどうすんの? やっぱ東海道同盟かね?」

 

「うーん……でも、俺は大東京にしか所属したことしかないし、丁度滅んだからこれが『止め時』かなぁ」

 

 そう言うと少し残念そうな……いや、フルフェイスマスク被ってるから表情は見せないんだけど、MASAKIは残念そうにいう。艦これを始める前はいつもバディを組んでたものね……残念がる気持ちも分かる。

 でもゲーマーの性か、結局ゲームに飽きてしまったら仕方ないんだよね。

 

「……そうか。最近全然オンにならなかったけど、リアルが忙しくなった的な?」

 

「あーその。新しいゲームにハマっちゃってさ」

 

「なに?」

 

 え、聞いちゃう? 聞いちゃうの?? アレだよ? この世界では屈強な兵士やってる俺だけど、控えめにいって向こうだと女の子だよ?

 

「えーと……その、艦隊これくしょんというゲームでして」

 

 ところがその次にMASAKIが放つ一言に、俺はびっくり仰天どころか宇宙にまでぶっ飛びそうになる。

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

「丹陽さん丹陽さん丹陽さん!!!!!!!」

 

「……なんでやがりますか」

 

 思いっっっきり面倒くさそうな顔をする丹陽さん。しかしそんなこと構っていられない。

 

 

VR艦これ(このゲーム)でエッチが出来るって本当(マジ)!?」

 

 

「……なにを出し抜けに」

 

「いやね! この前聞いたの!! 別ゲームの友達に!!! そしたら――――べぶぅ!!」

 

 痛い。ジンジンするし目が回る。丹陽さんに思いっきり叩かれたのだ。

 

「分かった。分かったでやがりますから、とりあえず部屋に移動しやがるのです……少しは自重しやがってください」

 

「あ……ごめんなさい」

 

 そう言いながら鬱陶しそうにメニュー画面を開いて何かしらを操作、俺の目の前にメッセージが表れる。部屋への招待画面だ。

 

 まあ部屋というか物資保管庫(アイテムストレージ)なんですけど。とにかくプライベートな空間に移動しろってことね。

 

 

 という訳で移動。丹陽さんの部屋は最低限の調度品が揃えられているだけだけど、対する俺の部屋なんて整理のせの字もないから部屋の体裁を保っているのは羨ましい。

 

「……で、なにを吹き込まれたんでやがりますか」

 

 目の前にはお茶。丹陽さんがたった今淹れてくれたお茶。落ち着けって意味なのは分かる。

 うん。大丈夫……ここに移動する前の周囲の目線で落ち着いたよ……流石にいつもの集合場所――つまり掲示板前――で叫ぶ内容じゃなかったね。他のヒトもいるってのに。

 

「えーとですね……VR艦これは、その……かなり本格的な……」

 

「S〇Xでやがりますか」

 

「セッ……!」

 

 な、なんでそんなはっきり言っちゃうかなぁ!

 

「公衆の面前でエッチとか言ってた艦娘はどこの誰でやがりますか?」

 

 いや、それはまあ、反省していますよ……はい。項垂れる俺に、丹陽さんはお茶を啜る。

 

 いやね。ほら、初めてプレイした時にもおっぱい触って変な感触はあったんだよね。うん実際。でもほら、なんか()()()()()()()()()と思ったんだよ。だってほら、艦娘って軍艦の擬人化な訳じゃん? そういうのって、どうなんだろーって思うじゃない。

 

 だからね。考えないようにしてたんだよ。俺は。

 

 でもほら。少年よ大志を抱けって言ってたじゃん? ただし性的な意味でって付け加えるらしい。偉いヒトがそんなこと言うわけないし、流石に後半のはギャグだと思いたいけど。

 とにもかくにも、メッチャ気になる。気になってしまったのだから仕方が無い。

 

「……で、どうなの?」

 

「めげないでやがりますね」

 

 ま、アンタらしいでやがりますけど。付け加える丹陽さん。なんだとぅ。

 

「いいでやがりますよ。メニュー画面を出しやがってください」

 

「……えなに。本当に出来るの?」

 

 丹陽さんの眼を思わず見てしまう。丹陽さん(このヒト)、本気だ。

 えなに、これから始まっちゃう的な??

 

「……」

 

 丹陽さんの剣呑な眼。思わず引き下がりそうになる。いや、いやね。俺はその、知らないんですよなにも。なんといいますか、その、ほらね? ね?

 どうなるんだろう。俺、まだ時津風の(この)身体のこと何も知らないのに、その、ほらネットで違法うpされてる感じにされちゃうの? いやまさか。それはヤバくない?

 

 

 

 

 

 

 



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駆逐艦戦記2-4

誤解を避けたかったので二話連続投稿!


 

 結論から言えば、俺はヘタレだった。

 

 

 

「はぁ――――――――――――――そんな覚悟で聞きやがるんじゃねーですよ」

 

「……す、すみません」

 

 気になることがあるとすぐに突っ込んでしまうのは悪いクセだ、というのを今日は身をもって体験した。

 ことの発端はこのゲーム――つまり、俺が今どっぷりハマり込んでいるVR艦これというゲーム――でその、え、えっちが出来ると聞いたのだ。分かるよね? なにがいいたいか? ゲーム内でえっちするなんて、そんなのほら、なんというかさ。しかも今の俺って中身はともかくゲーム内での外見って小学生かも怪しい感じの子供だし。

 

 それでですよ。丹陽さんに単刀直入に聞いたんですよ。出来るのかって。

 

 そしたら、その、なんでだか「えっちをしたい」と解釈されたみたいで……丹陽さんに迫られて……いや、迫られてというか、ぐいっと近づかれて、その……。

 

 

 とりあえず、丹陽さんに呆れられてます。はい。

 

 

「全く……分からないでやがりますね。なんだってそんなことに興味を持ったんでやがりますか?」

 

「えっと……MASAYAさん、あ、別ゲームの友達なんだけど、このヒトがVR艦これは『ゆりえっち』するための場所だって……」

 

「……」

 

 押し黙る丹陽さん。うーん、なんというか。不味いことを言ってしまっただろうか。いや、うん。一応ね、言葉の意味は調べたのよ。「ゆり」ってのは女の子同士の恋のこと。それどうなんだろう、生産性なくない? 恋ってほら、男の子と女の子がするものじゃん?

 

「……まあ。そういう認識がされやがってるのは事実でやがりますけどね。実際、性別規制なしでプレイ出来るゲームはそこまで多くないのでやがりますし」

 

「えぇと……」

 

 なんだか不機嫌そうだ。まあそれは分かる。だって戦争ゲームをエッチするゲームって言われたら誰だって嫌だよねぇ……。

 

「……だからこそ人気があるんでやがりますけど」

 

 ところが、丹陽さんは聞こえるか聞こえないかの声でぼそり。

 え。もしかして丹陽さんそーいう趣味だったりするの?

 

 いやそりゃね。丹陽さんも俺も見た目はカワイイ女の子ですよ。だから俺もね、ついつい丹陽さんに抱き着いたりしちゃうのよ。そういうこともあるよ。柔らかいし。暖かいし。

 

 ……もしかして、そういう俺の軽はずみな行動がさっきのアレに繋がっちゃったのかな?

 

 だとしたらなんというか……とっても申し訳ない。

 

 

「ま。外野の声は気にしたら負けでやがりますよ。で? 知りたいんでやがりますか? 知りたくないんでやがりますか?」

 

 丹陽さんは俺にそう聞いてくる。さっきみたいな迫ってくる感じではなく、落ち着いた調子で、いつもみたいに冷静沈着な瞳で。

 もしかして……揶揄(からか)われていた?

 

 な、なんか悔しい。そりゃあさ、きっと丹陽さんはプレイ歴も俺よりずっと長くてさ、リアルでも俺より年上なんだろうけどさ。だからってさっきみたいにからかうことないじゃん。正直思いっきり身の危険感じたんだからね? 死ぬかと思ったよホント。

 丹陽さんとはいえネットの知り合いだもんね……もっと気をつけないといけないよね……。

 

 そんなこんなでずっと一人反省会を続けている俺だったが、やがて丹陽さんが呆れたようにもう一度言った。

 

「……なに黙ってやがるんですか。えっちなこと、知りたいんでやがりますか?」

 

 

「………………しりたい」

 

 そりゃまあ。知りたいよ。うん。

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

「まず常識的に考えて、VRゲームは性行為(そういうこと)をする場所ではねーのでやがります」

 

「まあ。それはそうですよね」

 

「で、やがりますから、この丹陽がこうやって脱いでも……」

 

「まってまってまってぇえええええええええ!」

 

 いきなり意味が分からないことを言い始める丹陽さん。いや、脈絡がないといったほうが正解か。

 

「止めるなでやがります。ものはやって見せた方が早いのでやがりますよ」

 

「いや! 意味わかんないし、というか誰も求めてない!」

 

「えっちなことが気にやがるんでしょう?」

 

「だからって、おかしいでしょ!」

 

「この丹陽の身体じゃ不満でやがりますか」

 

「そんなこと言ってないよ!」

 

「じゃあ問題ないでやがりますね」

 

 なんで! なんで! なんで脱いでるの!? ねぇなんの躊躇いもなく下を脱がないでよ! あなたの服装って自称ズボン(ぱんつ)だけじゃん! いや、というかなんで更に脱ごうとしてるの!!

 慌てて手で目を覆う。そういうの誰も求めてないって!

 

「……って、あれ?」

 

 掌の隙間から見た丹陽さん。ところが不思議なことに、俺が想像したような風景は広がってはいなかった。

 

 そこには――――――光があった。下半身のごく一部にだけ。

 

 

 これあれだ。深夜アニメとかでやけに光が濃い奴だ。あと湯煙がやけに濃かったり円盤になると盛大に修正される奴だ。

 

「ほら。心配することはないでしょう? こういう風に、ちゃんと隠されるのでやがりますよ」

 

「でもお風呂の時はそんなこと……」

 

 そこまでいいかけて、思う。そうだっただろうか。自分の身体に変な光が被っていたとかそういうのはなかったけれど……。

 

「公衆浴場は()()()()()でやがりますから、不自然にならないように調整されてるんでやがります」

 

「……な、なるほど」

 

「アンタが随分無防備に晒しやがった「あの時」も肝心な部分は辛うじて認識できない(みえない)ようになってやがりますよ」

 

「わ、悪かったですね……」

 

 さらっと黒歴史をほじくり返す丹陽さん。このヒトアレだよね、絶対根に持つしいつまでもネチネチ突いてくるタイプだよね。

 

「ま、そんなVR艦これ(このゲーム)にも、抜け道はしっかりあるのでやがります」

 

「ぬ、抜け道……」

 

 なんだか悪いことをするようないいかた……いや、実際悪いことか。だって時津風(おれ)や丹陽さんみたいな小さい子にえっちなことさせるとか、どう考えても悪いことだよね。だってほら、悪いことだよ。うん。

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

「……で、上から三つ下のを選びやがってください」

 

「…………これ、ですか」

 

 そういうことでやがります。丹陽さんの非常に長い長い誘導に従ってたどり着いたのはその項目。いついつの電郵省令第何号云々かんぬんについてのなんとやら……メニュー画面の選択肢で急に長ったらしくなったこれが、所謂『倫理コード』の解除ボタンだというのはよく分かる。

 倫理コードというのはとどのつまり、いろいろイケないことが出来るようになっちゃうよ。というアレである。VR艦これは()()()()()()()ではないものだと思っていたからないものだと思っていたけど。まさか実装されているなんて。

 

「これを解除しやがれば、アンタのいうようなことも出来るようになるのでやがります」

 

 もちろん、自分自身のにも奥深くまで触れるようになるのでやがりますよ。そんなことを説明する丹陽さん。奥って、奥ってあれだよね。つまりその、女の子の大切なところの奥ってことだよね?

 

「……」

 

 うん……丹陽さんは根っからの戦闘狂だと思ってたし俺の前ではそういう風に振る舞ってたけど、うん。これは丹陽さんに対する認識を改めた方がよさそうだ。本当に。

 

「ち、ちなみに……丹陽さんはこれ使ったりとかは……」

 

「別に」

 

「嘘だ。絶対嘘だ」

 

 流石にここまで誘導しといて否定するのは無理があるでしょ、ちょっと。

 そう思ったのだが、丹陽さんは否定した訳ではなかったようだ。

 

「昔の話でやがりますよ。今は全くでやがります」

 

「……」

 

 また、()()()か……。

 

 最近の丹陽さん、そう。俺が艦隊(クラン)『第十六駆逐隊』の存在を知って、その構成メンバーだったという天津風と交流を持つようになって以来、丹陽さんはよく「昔の話」という言葉を使うようになったと思う。

 いや、もしかしたら俺が意識するようになったから気付くようになっただけで、丹陽さんは言ってたのかも知れないけれど……ともかく、丹陽さんはその「昔の話」というのを聞かせてくれたことは一度もないのだった。

 

 なんとも、言えない雰囲気になりそうなので、俺は話題逸らしも兼ねて丹陽さんに質問する。それは倫理コード解除の下に現れているコマンドについてだった。

 

「あぁ……それでやがりますか。選択(タップ)してみればすぐ分かるでやがりますよ」

 

「え……じゃあ、えいっ」

 

 すると浮かびあがったのは、今まで見たことのないメッセージ。

 

 

《『VR艦これ』を終了しますか?》

 

 

「え、えぇえええ?」

 

 いやいや、なんでそうなるの。もちろん『No』を選択。いま目下プレイ中じゃん。すると丹陽さんは、にこりともせず言うのだ。

 

「終了画面が出たでやがりますでしょう?」

 

「うん。なんで?」

 

「それは当然、現実(リアル)でのアナタの同意が必要でやがるからですよ」

 

 現実での同意が必要……。あー知ってる知ってる。フルダイブVRって、なんか脳の神経かなんかを読み取るみたいなことをして、それをコンピューター上で再現するだけなんだってね。

 だからそれは本人の思考じゃなくて本人の思考を限りなく正確に再現したものらしくて、だから現実ではありえない思考の加速なんかも出来るんだって、聞いたことがある。

 

 で、その関係で課金の決済みたいな法的な責任が関わってくるものは、フルダイブ中ではなく現実で承認しないといけないって……じゃあこれは。

 

「課金画面?」

 

「なんでこんなまだるっこしい場所にあるんでやがりますか」

 

「まあそうだよね」

 

 フルダイブのVR空間では個人の行動に法律を当てはめるのは難しいとされている。だから金銭の取り扱いが絡むゲーム内通貨とかは前払い(プリペイド)が基本なのだ。

 とはいうけど、課金の場所は別にあったしなぁ。というかゲームを運営していく上で大切な課金がこんな分かりづらいところにあるわけがない。

 

「なら……これは……」

 

「損害の表現、そして反映設定でやがります」

 

 

 それはわかりやすく言うならば、R18Gを許すかって話らしい。ゲームにおける小破や中破、そして大破に轟沈といった艦娘の損害は、普通HP制……つまり、どれだけ攻撃を受けたかのみで判定される。

 

 ただ、設定によってはこれを細かい部位ごとのダメージ判定に切り替えることも出来るそうなのだ。つまり骨折とか、そういう判定もしてくれるらしい。例えば艤装で攻撃を受ければ主機(もとき)が壊れて動けなくなるかもしれないし、腕を失えば主砲が打てなくなるかもしれない。

 

 逆に言えば腕を盾代わりに攻撃を受け続ければ、HP制の時よりも多くの攻撃を受けても沈まない、ということになる。

 もちろん、痛覚制限入ってるとはいえ痛いんだけどね。あとさっき言ったみたいに主機やられたら他のところが無傷でももう詰みだし、要はダメージをどうコントロールするか。そういうものなのだと思う。

 

 で、まあ。その判定にもいくつかの段階がありまして……その最高バージョンが『リアリスティック』。部位ごとの損傷が如実に再現される鬼畜使用。腕に砲弾が当たった時に貫通判定が出ればまず間違いなく腕が消し飛び、胴体に当たれば良くて喀血。艤装損傷からの誘爆もあり得る……って、誰がそんな設定を使うんだ。それ。

 

「……というかさ。リアリスティックって『一発轟沈』もありえるんじゃ……」

 

 例えばさ、頭に砲弾とか直撃したら気絶しただけでも絶対沈んじゃうじゃん。

 

「だからこそ、電郵省令に基づく同意ってやつが必要なんでやがりますね」

 

「つまり、一発轟沈に対する認証……ってこと?」

 

「それと、それに伴う艦娘(アバター)情報の削除、プレイ記録(きおく)の削除ってとこでやがりますかね」

 

「……丹陽さん。この設定ってさ。必要なのかな?」

 

「『()()()()()()』の行使が、でやがりますか?」

 

 忘れ去る権利って……あ、そういえばそういうのがあるとか公民の授業で言ってたな。フルダイブVRにおける消費者の云々。

 

「……忘れ去る。権利」

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

「天津風から聞いてるわよ。結構頑張ってるそうじゃない」

 

「は、はい……」

 

 久しぶりに見るその艦娘。公衆浴場以来の顔合わせとなる陽炎型の艦娘は、俺のことをあの時と同じようにじっと見つめていた。

 

「どうしたの? 天津風の前では随分フランクに接していると聞いているわよ?」

 

「え……まあ、それは」

 

 なんだかんだ。天津風とは週一くらいのペースで稽古をつけてもらうようになっていた。いくら俺だって毎日丹陽さんと行動しているわけではない。リアルの友人と艦隊を組んだりもするし、一緒に動くヒトがいなければ野良で活動したりする。

 

「ま、別にいいんだけどね。私はあなたと付き合いがあるわけでもないし。礼儀正しいのはいいことだし」

 

 それで? わざわざ来たことだし、聞きたいことがあるんでしょ?

 

 その通りだ。ずっと考えてたこと。初風さんなら、きっと知っているはずのこと。

 

 

「丹陽さん、ううん。雪風さんが()()()()()()()()()()は、なに?」

 

 

 俺の質問を聞いた初風は、笑った。というよりか、微笑んだ。という方が適当だろうか。

 

「そうね……じゃあその前に」

 

 

 雪風(アイツ)にとって、あなたは何番目の時津風(あなた)だと思う?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




―――――――何も知らなきゃ、それで良かったのかもしれない。

「第十六駆逐隊? 野良中華民国クンの古巣でしょ。知ってる知ってる」
「結構伝説的な艦隊(クラン)だったっぽい?」
「そこのさ……時津風ってヒトは、どんな艦娘だったの?」


―――――――何も知らなくたって。それでいいはずなのだから。


「私の過去を嗅ぎ回ってるようでやがりますね」
「そ、そんなこと」
「忠告がいいでやがりますか? それとも警告がお望みですか?」
「……べ、別に。その」
「私は中華民国の駆逐艦。過去が必要でやがりますか?」


「天津風、わかんないよ。何があったの?」
「時津風。貴女はどっちを知りたいの? 昔の時津風? それとも……雪風のこと?」

「……なんで、アンタはそうやって……!」
「勝ったら、勝ったら認めてもらうから――――私が、雪風(あなた)の時津風だってこと!」



次章、駆逐艦(ようじょ)戦記堂々完結!





……さて皆さん。そんなこんなで駆逐艦戦記も2章を無事終えたわけですが……もちろん最大の問題にお気づきのことでしょう。本編の3-5編、これがどー考えても未完結以外の何者でもないんですよね。実際、翔鶴ねぇどこ行ったんだタイトル詐欺だ瑞鶴かわいいなど様々な意見が寄せられている訳でして……

白状しますと、情報不足ではあったんです。このVR艦これというゲームを描く作品として読者に提供するべき情報は、不足することはあれど満足することは決してありません。

この駆逐艦戦記(さくひん)は、その不足する情報を補い、可能な限り本編の展開に説得力を持たせるために必要な情報を提供してきた訳です。

もう、聡明なる読者の皆様方はお察しかと思います。


3-5編《後編》”鶴の矜持”


ご期待ください。



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【3ー5】鶴の矜持は。
鶴の矜持は。その壱


お待たせしました。


「翔鶴ねぇ!!」

 

 

 瑞鶴。私の大切な妹、瑞鶴。

 

 驚愕に染まった彼女の顔を見て、いくつもの悔恨が頭をよぎります。

 偵察を、対空見張りを、直掩を。なにが足りなかったのでしょう。いや何もかも足りなかったのです。

 

 北方作戦なんて手慣れたモノで、ある種ルーティンのようにこなしていたのは事実です。瑞鶴に改二甲になりたいとせがまれて、そしてなにより改二甲を実装できる練度にまで育った瑞鶴の立派な姿に心を躍らせていたのも事実です。

 

 あぁ。ごめんなさい、瑞鶴。

 こんなお姉ちゃんを、許して下さい。

 

 

 

 

 ――――――敵機直上、急降下。

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

 

「対空戦闘! 主砲三式――――――――撃ぇっ!!」

 

 ちぃっ! 抜かりました!

 内心でそう毒づこうとも時既に遅し、覆水は盆に返らず。

 

 戦艦榛名の備える四基の主砲塔より三式対空弾頭が飛び出し、その時限信管を働かせて北の空に汚い華を咲かせる。このゲームをプレイしているならば誰もが知っているであろう三式弾。内蔵された子弾頭がマグネシウムの燃焼炎と共に敵機を貫く。

 

 しかし、果たしてそれに何の意味があろうか。

 

「敵の狙いは空母です! 瑞鶴の直掩は私が! 青葉は救援!」

 

「りょっ、了解です!」

 

 帰ってきたのは青葉の返事。それがやけに強ばっていたことから呼び捨てになっていたことに気付くが、今回ばかりは勘弁して貰おう。

 同時に今更敵機を認識した機銃が自動で応戦を開始、流石に戦艦級の艦娘ともなれば対空砲火の密度は段違い。

 対空機銃の最大の目的は撃墜ではなく敵機の投弾動作を阻害することにある。目論見通り敵急降下爆撃機はその編隊を崩され、投弾する爆弾はひらりひらりと榛名を避けていく。

 

 だがそれが今、何になろうか。

 

 いくつもの水柱が視界を塞ぐ。いつも以上に冷たい海水が襲いかかってくる。僚艦の姿を隠す水柱、これすらも敵の術中。

 直掩戦闘機ナシの対空戦ほど、厳しいものはない。ましてや、主力の被弾で艦隊の士気が下がっている時はなおさらのこと。

 

 流石と言うべきか、敵艦隊。鶴の二人はいつも通りだったが、それでも周辺警戒を怠っていたわけではなかった。そもそもこういった事態があるからこそ今回は二人の間に茶々をいれることもしなかったわけだし、北上さんと時津風さんだって私同様周辺警戒を怠っていたのだ。

 

 電探の配備が完全に成されているこの艦隊、いくら雲の間を縫ったとしても、敵攻撃機が到達出来るはずはないのだ。

 

 しかし現実に敵はそれをやってのけた。今はその対処こそが肝要。既に艦隊の航空戦力は倒れた。妹の瑞鶴は一芸には秀でるが空母という戦術単位としては評価は中の下、少なくとも複数の空母を相手取ることは出来ない。

 

 反攻は不可能、されどこちらを先に発見、さらには先手を取った敵の索敵能力はピカイチだ。撤退も不可能。

 翔鶴だけでなく、手塩に掛けた僚艦たちをここで一手に失うのは痛い。

 

 なにより、掲示板で僻みを言われるぐらいには成長させたこの艦隊(クラン)の主として、全滅は誇り(プライド)が許すわけないのである。

 

「時津風さん、北上さんのフォローに! 此方は結構、生存を最優先!」

 

「了解!」

「あいあー。こりゃ負け戦だねぇ……」

 

 通信に乗るのは弾けるような時津風さんの声、そして調子の変わらぬ北上さんの声。こういうのは逆に頼もしいモノだ。

 

「負け戦? それを引き分けに持ち込むんでしょうがっ!」

 

 だから、こちらも負けじと精一杯笑ってみせる。表情を取り繕うのは現実でも難しいし、感情がダイレクトに伝わりがちなVRではさらに難しい。だが、しっかりと笑ってみせる。

 そんな私の……榛名の笑顔につられるかのように、北上さんは口角をつり上げた。

 

「そうこなくっちゃ」

 

 いくよ時津風、ついてきて。そう低く告げて通信が途切れる。

 ……さて、水雷組はこれで大丈夫。来るのが分かっている空爆を躱せないほどの練度ではありません。必ずや敵艦隊に取り付き、引き分けに持ち込むぐらいには善戦してくれることでしょう。そうでなければ、戦力の分散はただ単にリスクを負うのみ。信じていなければ送り出したりなどはしません。

 

 問題は――――

 

 

「翔鶴ねぇっ! 翔鶴ねぇがぁあ!」

 

 

 ――――この鶴。その顔に浮かべ、声となって実体化する錯乱は演技か、はたまた本物か。彼女の言動には時折私も騙されそうになりますよ。裏が見え透いている翔鶴さんとは違うだけに、取るべき方策も手探り状態。困ったものです。

 

「瑞鶴さん! ご無事ですかっ!」

 

 とにかく、今は戦闘中。下手に時間を割かないためにも彼女(ずいかく)を動かさねばなりません。

 それにしても本当によく翔鶴さんは手なずけたものです。一発も爆弾が当たっていないというのにこれですよ? 私もここまで取り乱さすような妹が欲しいものですが……その望みは無事に帰ってからですね。瑞鶴さんの前へと躍り出ます。

 

「榛名さん! 翔鶴ねぇが! 翔鶴ねぇ――――――!」

「瑞鶴!」

 

 瑞鶴の肩を掴む。普段は血気盛んな若鶴はその頬を真っ白に染め、極寒の中に吐き出される息も荒く……やはり通常のそれではない。

 TRPGとかなら「正気に戻る条件」があるはずなのですけど……なんなら説得でダイスでも振ってみますか? 正直瑞鶴さんにそれが通用するとは思えません。

 

 こうなれば……少々、いやかなり手荒ではありますが、無理にでも言い聞かせるしかないでしょう。どのみち瑞鶴が動いてくれなければどうしようもないのですから。

 

「瑞鶴! よく聞きなさい。このままでは私たちは全滅です。私たちには、直掩の戦闘機が必要です。戦闘機を発艦させなさい」

 

「でも! 翔鶴ねぇが!」

 

「翔鶴さんは青葉さんが安全を確保します。大丈夫、翔鶴さんは沈みません。簡単に空母が沈んでたまりますか!」

 

 残念ながら空母ほど脆い艦種もないのですが、とはいえ今はそれでゴリ押すしかありません。というか、演技だったらやめていただけませんかね瑞鶴さん。流石にそんなことしている余裕はありませんって。

 

「翔鶴氏、しっかりしてください! 翔鶴氏!」

 

 どこか悲壮感の混じる青葉さんの声。瑞鶴を煽るような発言は止めて欲しいんですがね。まあ本心からの台詞ならば仕方ないでしょう。

 それにこういうのの止め方は、至極簡単。質問してやれば良いのです。

 

「青葉さん! 翔鶴さんは!?」

 

「確保しました! ですが……」

 

「結構! 対空戦闘続行、敵を引き付けさせないで!」

 

 この返事が聞きたかったのです。青葉さんの方を見遣れば……あぁ。ボロ雑巾のようになった翔鶴さんの姿が、純白の装束が煤と血に濡れて、まるで赤黒い迷彩のよう。

 

「あ、あぁぁあ……!」

 

 瑞鶴の絶叫にも似た叫びが響きます。

 肩につけられているはずの航空艤装は付け根ごと吹き飛ばされ、銀色に輝いていた髪は跡形もありません。私の描画設定がノーフィルタ(R-18G)であることと、翔鶴さんの被弾時影響(ダメージエフェクト)判定がリアリスティックであることも相まって、直撃を受けた上半身は形を保っている部分の方が少ないぐらい。

 

 それでも、私は瑞鶴に言わねばなりません。

 

「ほら! 沈んでなんかないでしょう! 瑞鶴、直掩機を発艦させなさい! この海域から、貴女のお姉さんを連れ帰るためにも!」

 

 

 そして、私たち全員が、助かるためにも。

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

「……それで、翔鶴氏の様子は?」

 

 声をかけてきたのは青葉さん。少し疲れた様子なのは気のせいではないでしょう。

 

高速修復材(バケツ)を使わせて頂きました。翔鶴さん(あのかた)は嫌がるでしょうけど、あの怪我では仕方がありません」

 

「まぁ、そうでしょうねぇ……」

 

「……」

 

「……」

 

 さて。困りました。即断即決が求められる戦闘指揮や痴話なら楽なのですが、この手のケアは正直苦手なんですよね。榛名(わたし)

 

「ばーん! 戻ったよー!」

 

「いやー。私ととっきーが小破するなんて久しぶりだよ。もー」

 

「うふふー。北上さんとお揃いーっ!」

 

「いや、怪我にお揃いとかないし……」

 

 と、ここで北上さんと時津風さんが帰ってきました。多かれ少なかれ傷を負っていたとはいえ、反撃を担当した二人がこれだけの損害で済んだのはこのクランの長として誇らしいことではあります。まあお二人にとっては十八番の夜戦ですし、敵の主力が空母であることを考えれば不思議な話ではないのですけれど。

 

「……それで、ずいっちは?」

 

 まあ、そうなりますよね。ここは私のクランルーム。戦闘の後は各々の反省点を振り返るのが私たちのやり方ですが、瑞鶴さんと翔鶴さんはこの場にいません。

 

「お察しの通り、翔鶴さんのところですよ」

 

「やはりか……じゃあ今日は解散かねぇ?」

 

 いかにももう帰りたそうな様子でいう北上さん。

 残念ですが、それ以外の選択肢はないでしょう。私は首肯。北上さんは無表情のまま私に聞いてきます。こんな状況でも水雷職人を貫けるあたり、このヒトの面の皮は私以上のようです。

 

「で? どうするのこれから」

 

()()()は探しておきます」

 

「……そ」

 

 私がそう言えば、眼を細める北上さん。それからくるっと踵を返しました。

 

「じゃ、任せたわー」

 

「え、北上さん、帰っちゃうの?」

 

「帰るよー」

 

 引き留める時津風さんを無視するように消える北上さん。振り返った時津風さんが、頬を膨らませて私のほうへ向かってきます。

 

「もぉー榛名さん! あんなこと言うから北上さん怒っちゃったじゃん!」

 

「別に、アレは怒っている訳ではないですよ。時津風さん」

 

 怒りながら、それでも『時津風らしく』しようとしている時津風さんにそう返します。状況が状況なんですし、なにも北上さんのように突き通さなくてもいいとは思うんですがね……いえ、それは榛名(わたし)の言えることではないですね。

 

「じゃあ『代わり』ってなにさ。そんな言い方しなくてもいいじゃん!」

 

 

 『代わり』。

 

 私の作り上げた艦隊(クラン)。その最大の特徴は構成人数にあります。一度に出撃する艦娘の上限は通常艦隊なら6隻まで。そして、私の艦隊(クラン)に所属する艦娘は6隻……つまり、穴が出来たときにそれを埋める予備の艦娘がいないのです。

 

 あるヒトにいわせれば少数精鋭主義ですし、別のヒトに言わせれば非効率な艦隊(クラン)でしょう。なんせ誰かがいなければそれは戦力の低下に直結しますし、VR艦これがゲームである以上は全員が常にログインしているなどと言う状況はあり得ませんからね。

 

 ですが、これが私のやり方です。常に同じメンバーで臨めるから艦隊としての結束の高さはトップクラスを誇ると信じていますし、誰かが待機していなくちゃいけない艦隊(クラン)って、なんというか非効率な感じがして嫌なんですよね。

 それに、私たちは大規模作戦(イベント)とかではちゃんと戦果を挙げてきたわけですし私はこの考えが間違っているとは思っていません。

 

「まあまあ時津風氏、榛名氏にだって考えがあるんですよ……」

 

「でも」

 

「北上氏だって怒っている訳じゃないでしょうし……それに、事実は事実ですから」

 

 そう時津風さんを宥める青葉さん。ですが当の青葉さんだって、きっと『代わり』という言葉に納得しているわけではないのでしょう。

 ですが、ここで()()()()()()()()なんて言えるでしょうか? それは無いものねだりと言うものではないでしょうか?

 

 艦隊(クラン)への参加は強制しておけるものではありません。私はこの艦隊を維持していきたいと思っていますし、翔鶴さんに固執して北上さんがこの艦隊(クラン)を脱退してしまったのなら目も当てられませんから。

 

「うーん。でもさぁ……」

 

 納得いかなそう、それでも言葉にはならないようでソファに座り込む時津風さん。代わりに青葉さんが私の方を見ます。

 

 

「……それで榛名氏、代わりっていいますけどどうするんですか?」

 

「考えはありますよ? 今日にでも話は繋いでおきます……問題は、数ですけどね」

 

「数、ですか」

 

「正直、翔鶴さんの復帰は絶望的ですよ。扱い(ゲーム)の上では翔鶴さんは轟沈を免れたことになっていますが、あの人。損傷設定が『リアリスティック』ですからね」

 

「……」

 

 時津風さんも青葉さんも何か言い返したりはしませんでした。その言葉は、ただ重い石のように沈むだけ。

 別に難しい話ではありません。損傷設定が『リアリスティック』ということは翔鶴さんの被弾ダメージはそのままダメージとして扱われていると言うこと。つまり頭部に直撃した爆弾のダメージが全て頭部に入っている、ということです。

 

 システムとしては大破に過ぎないとはいえ、損傷したのは頭部。それも全損です。

 私は別に生物について詳しいわけではありませんが、頭を失って生きていられる動物なんて、よほど希少な生き物でない限りいないことでしょう。

 

「……そういうことです」

 

「で、でも! 翔鶴さんは今は全部直ってるじゃん!」

 

「そりゃ高速修復材(バケツ)を使いましたからね。五体満足ですよ」

 

 問題は、()()()()()()()()()()()()()()()()ことです。

 

「……」

 

「まあともかく、損害判定でリアリスティックを選択しているはずの翔鶴さんは()()()()()()轟沈の扱いになっているはずです。轟沈すればどうなるか――――時津風さんもご存じだとは思いますが」

 

 VR艦これのもっとも悪魔的な設定――そして私が最も気に入っている設定――である『轟沈時の扱い』。死に戻りだとか初見殺しだという言葉が横行するこのゲームの世界において、VR艦これの大本となったゲーム、所謂『本家』ですね。これで沈んだ艦娘は決して復活しない、という設定がありました。

 プレイヤーが提督という艦隊の指揮官であった本家ならどうということはありませんが、このゲームでの主体は艦娘(わたしたち)です。

 

「リアリスティックなんて一発轟沈もありえる設定ですからねぇ……翔鶴氏もホント物好きですよ」

 

「で、でも! ゲーム的には轟沈してないんでしょ?」

 

 青葉さんの言葉に反論する時津風さん。もちろんその通りです。一発轟沈を避けるシステムは存在しますし、そもそも記憶の削除はリアルでの省令によって本人の同意が必要であると定められています。

 

 だから、VR艦これのデータサーバーで翔鶴さんが削除されることはないはずです。システム的に一発轟沈はありえませんし、なにより翔鶴さんは今この世界に存在しています。

 つまりややこしい話ですけど、翔鶴さんの記憶を失ったのは翔鶴さん(なかのひと)だけなのである。

 

「えぇ、ですからゲームのサーバーには一定期間データが残されますし、彼女(しょうかく)が望めば復活(サルベージ)も出来ると思いますよ?」

 

 しかしそのためには、ゲームにログインする必要がある。

 翔鶴であった記憶を削除された人間が、果たして再びログインすることなどあるでしょうか?

 

「ほ、ほら。複垢とか……あるんじゃないかな?」

 

 そうですね。実際、一度でもサーバーに端末が接続されれば情報がサルベージされるでしょうから、複垢プレイ……つまり、別の艦娘でプレイしようとしたときに記憶のサルベージ発生、そのまま復帰するなんて可能性もあるでしょう。

 しかし私が答えるより先に口を開いたのは青葉さんでした。

 

「失礼な質問かもしれませんけど、時津風氏は複垢プレイされるんですか? ああ、もちろん無理に答える必要はありませんけど」

 

「え……そ、それは……」

 

 口ごもる時津風さん。それは青葉さんが言わんとすることに気付いたからでしょう。

 

「そういうことです。翔鶴氏が別の艦娘でプレイしているのを……青葉は、想像できません」

 

 

 

 










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鶴の矜持は。その弐

E7甲クリアしました。

なんといいますか。はい。すごい、なんというか、その。瑞鶴のボイスがいいです。はい。


 VR艦これにおけるログアウトには二種類あります。というより、どのようにログアウトが表現されるか、といった方が正確でしょうか。

 

 一つ目は、ログアウトと同時に消えてなくなる方式。一般的(よくある)というか、ある意味当たり前ですよね。ログアウト中の人間(アバター)が街路とかに捨て置かれてたりしたらすごいというか滅茶苦茶邪魔ですし。

 

 で、もう一つは睡眠方式。死んだように眠って、顔にラクガキしようが殴ろうが目覚めることはありません。これは物資保管庫(アイテムストレージ)艦隊(クラン)ルームという確固たるプライベートスペースがあるからこそ出来る技で、布団に横たわってから眠る様にログアウトするのです。

 こうすると、次ログインしたときまるで眠りから覚めたかのように『起きる』ことが出来ますし、寝間着inお布団スタートというなかなか欲張りな展開が楽しめるわけです。いいこと尽くめですのでとてもおススメです。

 

 

「……そんなことを、翔鶴さんは仰っていましたかね」

 

 だとするなら、艦隊(クラン)ルームに設けられた一室――といってもパーティションで区切っただけなのですが――でベッドに横たわる翔鶴さんは、きっと『眠っている』と呼ぶのに相応しいのでしょう。

 あの北方の戦火のなかからどうにかして連れ帰った翔鶴さんを船渠(おふろ)に入れ、高速修復材を使った彼女は……生まれたてのような新品の身体です。少なくとも外側(ガワ)だけは。

 

 

「……翔鶴ねぇ」

 

 そんな翔鶴さんの眠るベッド。その横に瑞鶴(かのじょ)はいました。

 

「瑞鶴さん」

 

 そう呼べば、ゆっくりと振り返る。翔鶴型の二番艦、瑞鶴。

 

「榛名さん……」

 

 さて、本当にどうしたものでしょうか。寄り添うようにゆっくりと隣へ。流石に最低限度の信頼されているようで、瑞鶴さんはなにか抵抗したりといったことはありません。

 しばらくはお互いに黙ったまま。やがて瑞鶴さんは、ぽつりぽつりと話し始めました。

 

「私もね。分かってるんだ。翔鶴ねぇがこのまま目覚めない原因も、ここでこうやってたって何も解決しないってことも」

 

 まるで自分自身に言い聞かせるように。ゆっくりゆっくりと。

 

「だってさ。もし目覚めるんだったら翔鶴ねぇが瑞鶴(わたし)にこんな顔をさせるわけないじゃない?」

 

「……そうですね。それについては同感です」

 

 瑞鶴の姉はなにも言わず、安らかというよりは無表情という表現が適当な顔をして横たわったまま。

 

「榛名さん……初めはね。()()の延長だと思ってたんだ、多分」

 

 それは、翔鶴さんが被弾したときの錯乱具合を言っているのでしょうか。それとも、普段の振る舞いのことでしょうか。それは榛名(わたし)には分かりません。

 瑞鶴さんはそのまま続けます。

 

「でもさ、こうして待ってたらさ。本当に翔鶴ねぇが帰って来るんじゃないかって、そう信じてる瑞鶴(わたし)がいるんだよね、おかしいよね」

 

「……」

 

 言いたいことが分からない訳ではありません。この世界はゲームの世界。つまり私たちの存在は虚構です。ですが、計算に裏付けられた肉体と感情があることは事実です。それが電子的な処理においてしか存在しないとしても、存在するのは事実なのです。

 

「この世界の私にとって、翔鶴ねぇは一人しかいなくって。だからその翔鶴ねぇがいなくなるなんて信じられなくて……」

 

 ねぇ榛名さん。瑞鶴、どうしたらいいのかな?

 

 あぁ。本当に不思議なものです。この場にいる「榛名」と「瑞鶴」は単なる人体モデルにしか過ぎなくて、あくまで遠隔操作される傀儡に過ぎないというのに。榛名(わたし)瑞鶴(このひと)も、信じられないほど感情移入してしまっている。まるで自分自身のことのように、いえ、まるで榛名や瑞鶴(かんむす)自身であるかのように。

 

「……ホント、リアリスティックなんて狂った設定ですよ」

 

 記憶の削除。いくら技術的に可能で、そして虚構の、いうなら夢に過ぎないVRゲームだからといって、記憶を削除するなんてとんでもない設定です。忘れられる権利があるからってそれを轟沈の再現に用いるなんて酷な話です。

 

「ですが、だからこそ私はこれが好きなんです」

 

 なにを言っているんだ。そんな顔をする瑞鶴さん。理解して貰えないかも知れません。ですが、それでもいいんです。

 

「一発轟沈すらありえて、それで記憶が消されてしまう。非常に合理的じゃありません。少なくとも、ゲームの(こういう)場には不適切でしょう」

 

 でも、それが生きてる証なんじゃないでしょうか。

 

「いつ消えるかも分からない。いつか何もなかったことになってしまうかも知れない。それがいつも通りの戦闘も、一晩の過ちも、私が榛名(わたし)として過ごす全ての瞬間が、かけがえのない、素敵なものになるんです……貴女だって、そうだったんじゃないんですか?」

 

「……」

 

 何も言わず、俯くだけの瑞鶴さん。やがて砂時計のように少しずつ、でも途切れることなく言葉を紡いでいきました。

 

「……ちょっとね。甘えてたんだ。私が「瑞鶴」だから、翔鶴ねぇは優しいし。強いし。だから「瑞鶴」であったなら、ずっと一緒にいてくれるかなって……でもね。気付いたらいつの間にか、すごい居心地よくなってちゃって。離れられなくなっちゃって」

 

 私たちは二人組(コンビ)ではなく姉妹なのだと。昔、翔鶴さんは言っていました。当然あのヒトのことですから、まあ瑞鶴さんには甘々でしょうし……瑞鶴さんにとっても素晴らしい環境だったのでしょう。こんな時代、誰だって無条件に愛されたいんですから。

 

「でもさ、こんなのってないよ。理由もなく、いきなりさ。もう翔鶴ねぇが戻ってこないなんて信じられない。それだったらさ、もっとちゃんと、いっぱいいろんなことすればよかった。例え二人のタブーだったとしても翔鶴ねぇのリアリスティック設定に口を出せば良かった!」

 

 実際、翔鶴さんと瑞鶴さんの姉妹関係は本物(げんさく)の鶴姉妹のようでした。それが二人の暗黙の契りだったのでしょうし、それを護るために翔鶴さんはあえて『リアリスティック』という設定を選んでいたようにも思えます。

 もちろん、それは彼女なりの「轟沈などしない」という自信の表れでもあったのでしょうが……。

 

「まだやり足りないことばっかりだし。翔鶴ねぇに言ってほしいこと言ってもらえてないし、翔鶴ねぇが教えてくれたみたいに艦載機も飛ばせないし、近接戦闘も出来ないし……それになにより、私が伝えなきゃいけないことを伝えてない!」

 

 瑞鶴さんの口調が激しくなって、徐々に声が掠れ始めます。それを美しいと思ってしまったのは、私の心が歪んでいるせいでしょうか。

 今の瑞鶴は、まるでVRから、そう仮想(Virtual)の軛から解放されているように感じたのです。

 

「あぁあ、榛名さん。瑞鶴、なんで泣いちゃってるのかな、泣くつもりなんて、ないのに……!」

 

 本当に、本当にずるいですよ、翔鶴型姉妹(あなたがた)は。こんな臭い芝居なんかで、榛名(わたし)の涙腺を刺激しようなんて。電子回路上の涙腺なんて、開いたってどうしようもないというのに。

 

「大丈夫。大丈夫ですから。いいんですよ」

 

 そういって、せめてもと瑞鶴さんの背中をさすってあげます。クランマスターとしてではなく、一人の艦娘として。

 

 

 

 とはいえ、私はやっぱり艦隊(クラン)旗艦(マスター)です。ひとしきり涙を流した瑞鶴さんに、説明しないといけないことがあります。

 

「翔鶴ねぇの……代わり?」

 

 その言葉に、眼に、私に対する隠しようもない憎悪が混じったのは言うまでもないでしょう。VR空間というのは元来、感情を隠しにくい場所なんですから。

 

「ええ。そうです。翔鶴さんを待つための代わりです」

 

「……待つため?」

 

 瑞鶴さんの表情が疑念のそれに変わります。これは別に難しい話ではありませんし、瑞鶴さんにとっても悪い話ではないはずです。

 

「ええ、この艦隊(クラン)の名声を保つ。それによって翔鶴さんが帰る場所を守ってあげるんです……帰る場所がなくなったら、悲しいでしょう?」

 

 榛名の言葉に、瑞鶴は納得したようなしないような表情で、小さく頷くに留めます。

 それでいいんです。理解されなくても良い。

 翔鶴さんが目覚める日を待つと決めたのは私ですし、目覚めなければこの瑞鶴さんを育てて立派な空母にしてしまえばいいだけです。

 

「そのためにも、私たちは北方AL海域(3-5)を攻略しなければなりません。欠員は私のほうで手配しますが……瑞鶴さん。僚艦は、必要ですか?」

 

 それはつまり、空母の補充が必要かということ。翔鶴さんがいない以上、航空戦指揮は瑞鶴さんが担当することとなります。北方の制空権争いは厳しいですし、一隻だけでは辛いのでは、という提案でもありました。

 

「……これは瑞鶴のわがままだけど、翔鶴ねぇを待ちたい。瑞鶴は、翔鶴ねぇを信じたい」

 

「分かりました……次の出撃では空母は貴女だけですけど、大丈夫ですね?」

 

「大丈夫、きっと。大丈夫!」

 

 こんな顔を瑞鶴(このこ)にさせる翔鶴さん、貴女は本当に、罪作りな艦娘(ひと)ですよ。まったく。瑞鶴は無条件に貴女が帰るのを信じるつもりですし、そのために空母の席は空けておくとまで言いました。

 

 そしてこの私にまで「待つ」という選択肢を選ばせた。

 

 恥ずかしい話、翔鶴さんが帰ってこないなんていうのは、その実私も信じられないのです。この世界が仮想現実ではない「世界」として存在するならば、そこでは本来とは異なる法則が働いてもおかしくはないと思うんです。

 

 ちゃんちゃらおかしい理論で結構、榛名(わたし)が信じる以上はそれが正解なのですから、これでいいのです。

 

 

 

 さあ、還ってきなさい瑞鶴狂(しょうかく)

 

 貴女はただで消えてなくなる艦娘ではないでしょう?

 









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鶴の矜持は。その参

「金剛型の妹分、比叡です! 普段は艦隊(クラン)『Tea Party』に所属していますが……榛名の艦隊(クラン)が危機だと聞いて、駆けつけました!」

 

 元気いっぱいの声。清潔さの象徴とも言える白に真紅の装飾が踊る装飾。健康的な小麦色の肌。

 

「と、言うわけで助っ人の比叡お姉様です。『Tea Party』については、皆さんご存じでしょうけど」

 

「まあそりゃ。水上打撃部隊系の艦隊(クラン)としては結構な重鎮ですものねぇ」

 

 とりあえずおもむろに頷いておきます。

 翔鶴氏の『代わり』として榛名氏が連れてきたのは、長い付き合いだという比叡氏。「榛名の相談にも乗ってくれて、さらにこうして助っ人にも入ってくれるお姉様はとってもお優しい方だと思います。榛名、幸せです!」というのは榛名氏の談ではありますが……つまり比叡氏も榛名氏の被害者ということなのでしょうか。

 

「とにかく。私たちは今月もしっかり北方作戦にトドメを刺さなければなりません。だからこそ比叡お姉様をお呼びしたのです」

 

「うんうん、大丈夫。お姉ちゃんちゃんと分かってるよ。ところでさ榛名……そろそろ、降りてもいい?」

 

「いいえだめです。比叡お姉様のふくよかな臀部(おしり)は榛名だけのものです」

 

「えぇ……」

 

「もしかして榛名のお膝は、お姉様のお気に召しませんでしたか……? でしたら榛名!!」

「わー! わかったわかったよ! いいお膝です! オネエチャンウレシイ!!!」

 

 まあ、そうですよね。やっぱり被害者ですよね。分かってましたよ青葉。決して一瞬たりとも比叡氏が榛名氏のお膝の上じゃないとヤダヤダな方だなんて思いませんでしたよ。ええもちろんですとも。

 一応状況だけ説明しておきますと。はい、比叡氏が榛名氏の膝の上に座っています。比叡氏と榛名氏の背丈はほとんど同じですから、青葉からは榛名氏のお顔を見ることは出来ません。まあ、きっと楽しそうな顔をしているのでしょう。

 

「さて……こんな比叡お姉様ですけれど、実力は折り紙付きです」

 

「こんなって酷くない!? ねぇ!」

 

 そう反論する比叡氏ですが、榛名氏はどこ吹く風。顔は見えませんけど。

 

「ご安心ください。青葉、分かってますから」

 

「ホントに……?」

 

「えぇ、本当です」

 

 というのもですね。榛名氏が以前所属していた艦隊(クラン)でもある『Tea Party』は、やはり榛名氏の古巣というだけあって相当に強いんですよ。特に、制空権の確立も怪しいような戦場で展開される大火力の戦艦・重巡を並べての突貫はもう見物ったらありゃしません。

 そこからわざわざ引っこ抜いてきたわけですから。そりゃもう一騎当千、いえ一隻当千ですしょうとも。しかも比叡氏はそこのNo.2! 榛名氏のコネには、流石の青葉も舌を巻かされます。

 

「では作戦についてご説明します。敵の主力艦隊にさえ取り付いてしまえば勝利は確実です。そのためには――――」

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 鏡の前に立つ。この身体で身支度をするのはもう慣れたもので、気づけば両手が髪型を整えてしまっていた。深緑のツインテール。いつもなら三回に一回は翔鶴ねぇが結ってくれて、自分で結ったときは癖でちょっとズレがちな右のを翔鶴ねぇが直してくれるんだよね。

 

 バランスを鏡で確認して。ちょっと直す。だって、完璧じゃない「瑞鶴」で翔鶴ねぇに会いたくないんだもの。

 

「翔鶴ねぇ。このままじゃ瑞鶴、癖が直っちゃうよ?」

 

 そんなこと言ったって目の前に眠る私の姉が目を覚ますわけではない。

 

「……榛名さんがね。再挑戦(リベンジ)、するんだって。北方AL海域(3 ー 5)に。空母の数が足りないから、制空戦は結構つらいかも」

 

 姉は応援してくれるだろうか。

 

「いつだったかさ……翔鶴ねぇは、私が世界でたったひとりの妹だって、そう言ってくれたよね」

 

 二房の髪を結わえるリボンを、そっと外す。わざとらしい演技だと。そう笑われるかもしれない。でも、言葉にすればそれが本物になるような気がするし、不思議と本当のことのように思えてくるのだ。

 世界で唯一。たったひとり。その言葉は、きっと嘘じゃなかった。待っても待っても目覚めない姉がそう言ったのだ。たったひとりの妹が信じなくて、誰が信じるというのか。

 

 重力に惹かれて髪は落ちる。透き通るような髪は、下ろしてしまえばまるで姉のようだ。

 

 

「……まさか、こんな形で使うことになるなんて思わなかったけどなぁ」

 

 決戦仕様、などと安い文句が飾られた陣羽織。課金アイテムの一種に過ぎない装束も、ここまでくればまるでこの瞬間のために誂えられたかのよう。こんな悪趣味な(すてきな)衣装(ドレス)を用意してくれた運営には、感謝するほかないだろう。

 

 

「行ってくるね。翔鶴ねぇ――――瑞鶴()()、行って参ります」

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

「いいですか皆さん。前回私たちが不覚を取った原因はもう分かっています」

 

 私たちは一路、北方AL海域へと向かう。幌筵(よみにくい)泊地を出発して、キスカのあたりで一泊。まあ部外者(ひえいさん)がいるから夜はすっ飛ばしてすぐ朝にして……というか思えば野営って飛ばすのが普通。ウチの艦隊(クラン)みたいにキャンプじみたことやってるのは珍しい方なのだろう。

 

「電探を完全装備していた私たちの()をかいくぐって敵の爆撃機が来たのには訳があったんです。この前のアップデート、もちろん皆さんは覚えてますよね?」

 

「覚えてる覚えてるー。台風が追加されたんだよねー」

 

 それから早く台風の中で戦いたいなーと続けるのは時津風ちゃん。この子本当にそう思ってそうだから怖い。

 

「えぇ、確か。天候関連でしたっけ?」

 

「そうですそうです。台風を始めとして気象条件がいくつか追加、各海域(ステージ)の天候がランダムに変わるようになったんですよね」

 

 そう説明を続けていく榛名さん。その間にも艦隊は単縦陣を組んでどんどん進む。もうすっかり寒い。この前来たときは呑気に翔鶴ねぇと温めあってたりしていたっけ。

 

「そうです。その気象条件の一つ……オーロラです」

 

「オーロラ……まさか」

 

 息を呑んだ北上さん。榛名さんは小さく頷く。

 

「そういうことです。太陽の電磁気(オーロラ)による電子機器の異常……結局の所、私たちは機械に頼りすぎていたと言うことですよ」

 

 電探。現代ではレーダーという名前で親しまれているこの装置は、VR艦これの中では敵艦隊や敵艦載機の接近を知らせてくれる便利なアイテム。というか、思考加速のおかげで長時間の出撃が可能になったこのゲームでは必須アイテムだ。

 

「電探が使えなくなるなんて……」

 

「あいえ、使えなくなるわけではないようです。一定時間ランダムで電磁波が発生しますけれど、再起動すれば使えるみたいですよ?」

 

「あれ? そうなんですか?」

 

「ええ、つまり定期的に動作チェックをしてみれば問題は無いわけです」

 

 これについては、先遣隊(けんしょうぜい)に感謝ですね。そう呟く榛名さんの台詞はシカトすることにする。翔鶴ねぇなら、多分そうするハズだから。

 

「まあとにかく青葉達は、お互い電探がちゃんと動いているのかどうか確かめ合いながら進めばいいわけですね。分かりましたか? 打ち合わせ(ブリーフィング)に参加してない瑞鶴氏?」

 

 えっ……。まさかそんな風に言われるとは思ってなかったわけで。そりゃ、確かに青葉さんたちが参加してた打ち合わせには参加しなかったけれども。

 

「な、なんかごめんね?」

 

「いえいえ、良いんです……その衣装、似合ってますよ?」

 

 

 

★ ☆ ★

 

 

 

 夢というのには、色々なものがある。夢というのは不可思議なもので、誰も望んでいないような驚きびっくりな結果や過程。もしくはオチとも呼べないような意味不明でかつ中途半端な終わり方をすることもある。

 

 だというのに、夢の私は常々その終わり方に納得するし、夢の中で展開される諸法則が自然の摂理からいかに離れた代物であろうとそれを受け入れてしまう。本当に夢というのは不思議なものだ。

 

 

 今日は、夢を見た。

 

 

 愛おしくて、忘れられないような夢。

 

 しかし、夢というのは忘れてしまうものだ。そう、それこそ起きて瞼を二、三回開けたり閉じたりすれば消えてしまう。まるで掌からこぼれ落ちる滴のように。

 

 だとしても、それを惜しんではならない。夢の存在意義は記憶の整理にある。脳神経工学を専攻する学生にあるまじき非科学的な比喩で申し訳ないが、夢というのは一杯になった記憶の本棚をひっくり返し、大切な記憶(ものがたり)だけを地下深くの書庫へと仕舞い込む作業なのだ。

 ありとあらゆる記憶をごちゃごちゃにして確認していくから、当然その副産物である夢は支離滅裂なものになる。当たり前の話だ。

 

 

 今日は、夢を見た。

 

 

 夢の中の私が、どんな姿で、どんな人物だったかは思い出せない。普段通りのしがない大学院生かもしれないし、案外どこかの宰相サマかもしれない。

 ただ、とても大切な誰かを見守る。ただそれだけの夢だった。

 

 

 きっと明日も、夢を見る。

 

 

 

 

 そう。私は――――あの子を、あの子を。

 

 

 

 

「翔鶴ねぇ、見てて。瑞鶴、しっかりやってくるからね」

 

 

 

 

 守らなきゃいけないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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鶴の矜持は。その肆

長い!一万字!ごめん!


「青葉2番! 敵艦隊発見!」

 

 その言葉と共に、AL海域(3 - 5)を示す図面にポップする敵艦隊の表示。瑞鶴さんの僅かな艦攻を偵察に動員する訳にもいかず、やむなく私と比叡お姉様と青葉さんの三隻から合計8機の偵察機による一段索敵となった訳ですが……なんとか索敵には成功したようです。

 

「比叡お姉様」

 

「なに? 榛名」

 

 流石は比叡お姉様、戦闘となると顔つきが違います。やはり榛名の臀部にしか興味の無いダメお姉様ではなかったということです。お礼はたっぷりするとは約束しましたけれども、これは……いえ、その話は後にしましょうか。

 私は湧き上がる劣情を押さえ込みつつ、至極平然とした表情を生み出します。

 

「瑞鶴さんの艦載機の損耗を抑える必要があります」

 

「だから、艦攻艦爆を投入させないって?」

 

 AL海域(3 - 5)といえば激しい航空戦というイメージはありますが、その実展開している深海棲艦の航空戦力が多いかと言われれば微妙なところです。北方棲姫(ほっぽちゃん)護衛要塞(ゆかいななかま)たちの航空戦力は確かに厄介ですが、ボスマスには空母系の敵はいないんですよね。

 だからこそ、ボスに取り付いてしまえば勝ち、なのです。問題はどう取り付くか、ただその一点に絞られます。

 

「二戦です。二戦だけ持ちこたえられれば良い。それ以上の負担はかけるべきではありませんから」

 

「……分かった。なら、瑞鶴ちゃんに戦わせない訳ね?」

 

「逆ですよ。徹底的に戦って貰うんです、なんせ一対三、その次は北方棲姫(ほっぽちゃん)。制空だけならともかく、その無力化までやって頂くんですからね」

 

 だからこそ、航空戦が必要なのです。矛盾しているようですが矛盾はしていません。敵の戦力はいずれをとっても厄介な代物。故にこの海域(ステージ)の攻略は、一般的には可能な限り多くの航空戦力――即ち航空母艦――を投入し、()()()()()()()()を撃滅するのがセオリーというものです。

 

 しかし、それはこの戦力では叶いません。今この艦隊が擁する航空母艦は瑞鶴さんのみ。正直、制空権の確保もおぼつかないでしょう。

 

「それ、出来るの?」

 

「やって頂くほかないでしょう。今は《純白》の片割れを信じることにします」

 

 全ての航空戦が純粋な計算によって成されていた原作とは異なり、VR艦これ(このせかい)では艦娘(プレイヤー)の技量に大きく頼る。つまり航空母艦の数など些細な問題に過ぎないのです。

 

「本気で言ってないクセに」

 

「あ、バレました? やっぱり何度も肌を重ねたお姉様には見抜かれてしまいますね」

 

「……」

 

 呆れたような、蔑むようなお姉様のジト目を躱しつつ私は前を見ます。

 

 《純白の鶴翼》。それは瑞鶴さんと翔鶴さんに……いえ、翔鶴さんに与えられた称号(ふたつな)。第一次改装すら施さず、建造時のまま(むかいぞう)で幾多の戦場を駆け巡った五航戦姉妹(しょうかくがた)に与えられた《純白》の二文字は、翔鶴さんを一言で表すに相応しいものだったと思います。

 

 無改造の翔鶴型。

 

 翔鶴さんが如何に自惚れようと、そして史実の翔鶴型がいかに優秀な艦艇であろうと、艦これという枠組みの中における翔鶴型というのは決して強い艦ではありませんでした。無改造では各艦載機の機数もイマイチ、搭載量でも耐久値(HP)でも特筆すべき点はありません。

 

 にも関わらず、彼女は決して改造に手をつけようとはしませんでした。戦闘を重ねることにより向上する練度が改へと、改二へと、そして改二甲に相応しいものに達しても。

 

「でも、今の瑞鶴さんは改二艤装ですよ? 信じるかはともかく、戦力として数えるならば、重要な局面で集中運用。用兵の基本でしょう?」

 

「……まあいいよ。総旗艦殿、指示を」

 

 比叡お姉さまがそう言い、榛名のことを熱い目線でジッと見つめます。ありきたりな言葉で表すなら、いえ敢えて言いましょう。お姉様はやっぱりイケメンだったのです……!

 

「比叡お姉様……!はr」

「指示」

 

「随伴の巡洋艦を、旗艦(かしら)の戦艦は私が落とします」

 

「了解、じゃあ……いこうか!」

 

 比叡お姉様が増速、その動きを読み取った青葉さんたちが指示を請うように私の方に視線を送ってきます。回線を開き、指示を出すことにしましょう。

 

()()()()()叩き潰します。青葉さん、水雷組の指揮を!」

 

《了解! 北上時津風両氏、続いてください!》

 

 その言葉で一斉に陣形が動きます。単縦陣は崩され、敵艦隊のいる方向へとそれぞれ増速。

 我ながら笑いそうです。なにが「いつも通り」だと言うのでしょう。私は戦艦、比叡お姉様は巡洋艦、そして青葉さん以下の艦娘は駆逐艦。強い敵に艦娘を強い順に割り振っただけの、なんの戦術もない作戦。これでは自ら艦隊戦という集団戦の利点を捨てて乱戦に持ち込むようなものです。普段であれば採らない戦術。

 

「瑞鶴さんは1個戦闘機小隊だけの派遣をお願いします。あの水上打撃群には戦闘機がいませんから、それだけで制空は確保状態になりますので」

 

 正直弾着観測なんて遠距離戦用のシステムをこの状況で使うとは思えませんが……まあ、切れるカードは多いにこしたことはありません。

 それに、瑞鶴さんだって状況把握ぐらいはしたいことでしょう。

 

《榛名さんっ、瑞鶴は参加しなくていいの?!》

 

「比叡お姉様とは艦隊連携の経験はないでしょうし、下手に介入すると誤爆しますよ? お姉様()()は随分をトリッキーな動きをしますから」

 

 悪かったわねトリッキーで、そんな抗議が聞こえて来そうですがそれは無視(それ)。実際、単純な強さでは比叡お姉様もなかなかなんですけど、お姉様加減を知らないんですよね……うっかり戦艦と殴り合いでもさせたら、艤装がボコボコになるまで()()()()()()()()をしそうで怖いんですよ。

 

「瑞鶴さんは敵空母群の捜索をお願いします。奇襲が可能ならそちらの自由判断で仕掛けてください……貴重な航空戦力は対空母戦に回しませんとね」

 

《……わ、わかった》

 

 そう言いながら瑞鶴さんは偵察機を放つ準備を始めます。彼女が殴り合いに参加する理由はありません。私たちの距離はどんどん離れていきます。

 

「それにしても……」

 

 今頃、瑞鶴さんは「改二」の性能に驚いているのではないのでしょうか。

 そもそもステータスを底上げする改造を施さない理由などあるはずもありません。少なくとも、翔鶴さんほどの実力を持つ艦娘(プレイヤー)であれば、改二や改二甲に換装した日にはトップ空母プレイヤーを狙うことも夢ではなかったでしょうに。

 

 でも、彼女はそれをしなかった。自分だけがしないのであればまだ「縛りプレイ」の領域なのでしょうが……それを瑞鶴にもさせなかった。

 

 皮肉なものです。貴女が一番避けたかったのは、貴女の瑞鶴さんが”あの姿”になることだったというのに。

 

《翔鶴ねぇ……やるよ。瑞鶴航空隊、発艦!》

 

 貴女がいなくなってしまった今、瑞鶴さんは改二の装束……そう海上迷彩に身を包んで戦っています。そう深緑の迷彩です。貴女の目的は彼女をその姿にさせないことではなかったんですか?

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

 榛名さんの言わんとすることは分かっているつもりだ。

 

 

 空母の戦力不足。要は私だけじゃダメってこと。戦闘機の数を増やした都合上私の攻撃機は数が心許ない。だから、少しでも損耗を避けようとしている。

 

 私が放った偵察機が空を舞う。北の寒空に飛んでいく。偵察は釣りと同じだ。目標の頭上を通り過ぎても、雲や、太陽の光の加減や、その他諸々の要素が悪く重なれば見つからないこともある。

 そして、じっくりと待たなくちゃ始まらない。

 

 この待つというのがなかなかに大変なのだ。そりゃ空からの景色は楽しいし、実際の偵察にかかるような何時間も待たされるわけではないからいいのだけれど。

 

「それにしても、改二ってすごい……」

 

 無印(いぜん)と比べると飛躍的に改善された航空隊(スロット)の割り振り。そして、根本から改善された対空火器……まあ、こっちは使わなくても、というか使わない方がいいんだけど。

 

 とにかく、攻撃力(STR)機動力(DEX)生残性(VIT)。これら全ての基本ステータスが上昇して、各種艤装もグレードアップされている。これが大規模改装。”改”を飛ばしていきなり”改二”になったのだから、その差は歴然だった。

 

 とはいえ、これから挑むのは絶望的に大きい戦力差による航空戦。そりゃ改装してからはこの世界での数日分を航空戦の練習に費やしたけれど、果たして勝てるかどうか。

 

 そして、ついに凶報が入る。いや吉報というべきか。

 

「瑞鶴7番より入電。我、敵空母を発見せり……」

 

 報告相手を探す。でも、味方は全員敵艦隊の()()にかかっていた。そう、まさに掃討という言葉が適当だろう。青葉さん、北上さんに時津風さんが駆逐艦をバッタバッタとなぎ倒し、榛名さんと比叡さんの金剛型二人が深海棲艦のヒト型を相手に大立ち回り。

 

 そう。いま私の報告を聞いたところで、誰の戦闘に役立つというのだろう。発見したからどうなのだ。偵察機は敵に見つかっているか? こちらとの距離は、そして此方の位置は掴まれているのか? それらを総合的に鑑みたときに先制攻撃の必要はあるのか? それを決めるのが、航空戦を一任された艦娘の役目というものではないのだろうか。

 

 じっと集中する。偵察機からの景色に映るのは身じろぎもせずに進む深海棲艦の姿。これらがどう動くのか。

 

 とにかく、偵察機を艦隊から引き離す。さっきは霧の切れ間から見つけた艦隊だけれども、霧はそこまで濃くないから下手をすれば見つかってしまうだろう。それこそ、上空直掩でも飛ばされた日にはすぐ発見されてしまう。

 

 晴れていたのであれば、水平線まで下がってもいいのだけれど……今回は決して視界が開けている訳ではない。下手に離れたなら、見失ってしまうかもしれないのだ。

 

「えっと、こういう時は随伴艦の動きを見て……陣形変更の気配はナシ、ということは気付いてない、よね?」

 

 迷うな、その迷いが一瞬の命取り。姉にかかれば即断即決だっただろう。即断即決に必要なのは情報? 情報をこれ以上とることなんて出来ない。偵察機の増派なんて悠長なことをしている暇はないのだ。

 

 じゃあ翔鶴ねぇなら……こう言うことだろう。脅威は即座に排除、大切な瑞鶴のためですもの。

 ホント、分かりやすいったりゃありゃしない。

 

「一方通信! 我、敵空母群を発見せり。瑞鶴航空隊、これより航空戦に突入す!」

 

 宣言だけ、わざわざお伺いを立てる理由もない。ただ闘えばいい、守ればいい。それに必要なのは、思えば情報でもなんでもないのだ。

 

 翔鶴ねぇは、無条件に私のことを「瑞鶴」として扱ってくれた。それはきっと、『自分が裏切られてもいい』という覚悟だったんだ。

 

 ――――だって、私が翔鶴ねぇの想う瑞鶴(わたし)()()()()()()()()ことなんて、あり得ないのだから。

 

 だから、私も覚悟を持とう。翔鶴ねぇの想いには答えられないかもしれない。それでも、翔鶴ねぇが認めてくれる瑞鶴(わたし)になる。なってみせる。

 

 翔鶴ねぇの妹は、空母瑞鶴っていうのは――――こんなもんじゃない!

 

 

「瑞鶴航空隊、全機発艦!!」

 

 

 誰に対してでもなく叫ぶ。ならきっと、叫ぶ相手は瑞鶴(わたし)自身だ。何度も翔鶴ねぇと一緒に型を作った弓を引く動作。揺れる海の上では全然うまくいかないけれど、それでも精一杯理想の形に近づけて放つ。

 絶やすことなく、何発も、何発も。やがて北方の空には私から飛び立った何十もの翼が。これで全部、これっきり。今の私に残された艦載機は一機もない。

 

 チャンスは一度だけ。幸いにも、まだ偵察機が見つかった気配はない。この一撃で、決めるしかない。

 

 目標は空母だけ。空母さえ落とせれば後は榛名さんたちがやってくれる。是が非でも制空権を確保してみせる。

 

 

「目標……輪形陣中央、敵空母! 艦載機、やれ!!」

 

 

 これでも装備品の開発には力を入れているのだ。彗星二一型甲が雲の切れ間から飛び込み、魚雷を抱えた流星改が水面とぶつかりそうな高度へと落ちていく。

 

 当然、敵だって気付かない訳ではない。艦載機もすぐに上がってくることだろう。

 

 そのための艦戦隊だ。

 

「上がらせるな! 墜ちろ!!」

 

 ありったけの改修素材(ねじ)を注ぎ込んだ私の零戦52型熟練部隊(いわもとたい)。深海棲艦空母へと飛び掛かり、次々と機銃掃射を浴びせる。

 20㎜機関砲から次々と繰り出される弾丸の群れが形成する帯は、いうなら死のカーテン。それが覆いかぶさった日にはヲ級の象徴でもある頭の変な帽子みたいなやつから出てくる敵の戦闘機はひとたまりもない。飛び上がった瞬間にはその命を散らしていく。

 

 真っ向からやりあって制空権を保持するなんて無理な話だ。だったら、端から制空権争いなどしなければいい。飛び上がる戦闘機を片っ端から落とせば、時間は稼げる。

 

 問題は、時間が稼げるだけということ。零戦の20㎜弾は威力が高い反面、弾丸の数が少ない。つまるところ、この弾丸を湯水のように使って初めて作ることが出来るカーテンは、長持ちしないのだった。

 

「それが……どうしたっていうのよ! 彗星は急降下! 流星は突撃!」

 

 翔鶴ねぇは本当にすごいと思う。制空戦闘をこなしながらも艦爆や艦攻隊の指揮を完全追従でこなしてしまうのだから。私にはそんなことは出来ない。だから、自動操縦(ようせいさん)に頼るしかない。それでも!

 

「瑞鶴航空隊を……舐めるなぁあ!!」

 

 爆弾が飛ぶ。魚雷が水面に踊る。こんなところで負けはしない。たった一人でも、十二分にこの空を支えて見せるから!

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

 戦闘というのは教科書通りにやるに限ります。榛名の放った徹甲弾が敵戦艦の顔に直撃したことで戦闘はようやく終結をみました。まあ、敵戦艦を組み倒してマウント取った状態ですから、そりゃあ万に一つも外すわけが無いんですけどもね。

 

「掃討完了、ですね」

 

「榛名は、相変わらず乱暴だねぇ……」

 

 弛緩した、というより考えるのを止めたような表情の比叡お姉様。比叡お姉様も十分乱暴だと思うのですが……ぁあ、そういえば比叡お姉様は『Tea Party』の中でも比較的良心的な存在でしたっけ、なんだかそんな気がしてきました。

 

「青葉さん、状況は?」

 

《もう仕留めてますよ、これから瑞鶴さんの方に向かいます》

 

 その言葉を聞いてほっとひと安心。先ほどの一方通信からも分かるように、瑞鶴さんは既に敵空母群との戦闘を開始してしまっています。するとシステム上は水上打撃群と同時に空母群とも戦闘を開始した扱いになってしまうんですよね。つまり12対6、単純計算で倍の戦力です。

 まあ双六(すごろく)みたいに艦隊を進めるわけではありませんし、ゲームとしては至極妥当、一艦娘として言わせて貰えれば複数の艦隊を相手にするのは非常に楽しいのですが……ともかく、今の瑞鶴さんは丸裸です。早く護衛してあげないと大変なことになってしまうでしょう。

 

《一方通信! 我、敵空母2隻を沈黙せしめる!》

 

「……なかなか、良い調子じゃないですか」

 

 瑞鶴さんも結構やるものです。そう感心していると、比叡お姉様が併走してきます。少し困り顔の様子、どうしたというのでしょう。

 

「……榛名さ、電探の様子チェックした?」

 

「えぇ、戦闘開始前にチェックしたのが最後です。流石に戦ってる最中はそんな余裕は在りませんから」

 

 そう言うと、比叡お姉様は頭を掻きます。どうしたというのでしょう。

 

「だよね……それがさ、私の調子悪くて、再起動したんだよね……」

 

「ええ」

 

「そしたらですね……」

 

 比叡お姉様が明後日の方向を、向きます。その先には雲。薄っぺらく広がる雲。

 

 そこから、ごま粒のような小さな……たこ焼き。

 

「あー……これは……」

 

 瑞鶴さんが無理な奇襲を仕掛けたせいで迎撃アルゴリズムが変わったのでしょうか。いや、確かにあれの元ネタは陸上基地ですし、奇襲を恐れて先手を打とうとしてくるのはよく分かるんですけども、ね。

 

《榛名氏! 電探に感、これって新型(たこやき)じゃないですか!?》

《あちゃー……》

《えっ? なんで見つかってるの!?》

 

 無線に走る青葉さんたちの嘆き声。まあ妥当な反応だと思いますよ。このステージで新型(たこやき)使ってくるのって確か北方棲姫(ほっぽちゃん)だけだったハズですし、というか瑞鶴さんの報告が正しければ敵空母は半分以上が無力化されて残りの艦載機も瑞鶴さんが釘付けにしているはずですし。

 

「これってさ。多分水上打撃群の通報ってことでいいよね?」

 

 とは比叡お姉様。

 

「でしょうね……二個艦隊を一斉に相手取るのは理論(システム)上は可能でも、あまり推奨はされないようですね。今後に活かしますか」

 

「あのーはるな、へたするとこれ主力(ボス)も出てきて三個艦隊分の戦力を相手取るとか在りそうなんですけど……」

 

「それはないと信じたいですね。とりあえず輪形陣、瑞鶴さんを死守しますよ」

 

 とはいえ、まだ終わってはいません。航空戦さえ乗り切ってしまえば、地上から動けない北方棲姫(ほっぽちゃん)なんて敵ではありません。ないはずです。

 

 瑞鶴さんと合流する頃には、既にごま粒はたこ焼きほどの大きさへ。つまり敵航空隊は間近に迫ってきていました。

 

「可能な限り密集させて陣形を作りましょう。瑞鶴さん、航空隊の収容は?」

 

「榛名さん、ごめん。間に合わない、戦闘機隊全機弾薬欠乏、燃料はまだあるからとりあえず退避させる!」

 

「結構です。直掩ナシなんてままある話です、やりましょう。お姉様、しばしお付き合いを」

 

「分かってる。大丈夫、合わせるから」

 

 比叡お姉様は深く頷きます。ご迷惑をおかけします。ですが、奥の手を使わねばどうにもこの状況は乗り切れそうにないのです。

 

「お願いします――――最終防空陣形!」

 

 迫り来る艦載機の群れを前に、私たちは併走。徐々に陣形を輪形陣から変化させていきます。

 

 私たちが組むのは最後の手段。最悪(こんなとき)を想定して準備していた超密集陣形。最大限に濃い弾幕を張るために作ったこの陣形を用いれば、これまでにないほどの濃密な対空射撃を提供し、そして敵艦載機の狩り場を空間に作り出すことでしょう。

 

「こんな状況で申し訳ないですが、この陣形の弱点について話しておきましょうか」

 

「……はるはる、それ不謹慎じゃない?」

 

 とは北上さん。重雷装巡洋艦である北上さんは、正直この陣形の最大のウィークポイントだったりします。誘爆した日には全員巻き添えですからね。

 

「ですが、弱点は知っていて損しないでしょう?」

 

 そもそもこの陣形には明らかな欠点があります。はっきり言って僚艦との距離が狭すぎるんです。それこそ、艤装同士がもうぶつかっているんじゃないかってくらいです。もちろんぶつけたら大変ですし狙いもぶれます。とはいえ足を止めるわけにもいけませんから、まっすぐ進む訳ですが……それだけで精一杯、下手に曲がれば即座に接触事故へと発展する陣形なんです。

 自惚れるつもりはありませんが、私たちほどの高度な連携がとれる艦隊でなかったら陣形を組んだ段階で誰かしらが事故で沈む気がします。

 

 逆に言えば、私たちならそれはなんとかなるんです。で、今回比叡お姉様が助っ人なんですよね。まあこれは比叡お姉様に頑張って頂きましょう。

 榛名の考えることなんてお見通しでしょうし、多分大丈夫でしょう。現に陣形組めましたし、これはもう突破した難関とします。

 

「……私の努力が随分軽んじられてない?」

 

「よく分かりましたね。大当たりですが気のせいです。むしろ、問題なのは比叡お姉様が戦艦であることですね」

 

「え、まさかの存在否定……?」

 

「この榛名がお姉様を拒絶するとお思いで? この陣形はですね、戦艦1空母2巡洋艦2駆逐1(ふだんのへんせい)で組むことを想定しているんです」

 

「あぁ……」

 

 この陣形はいうならば私たち専用の戦術です。翔鶴さん(くうぼ)が減り、比叡お姉様(せんかん)が追加された状況で、想定通りの効果を発揮してくれるかどうかは正直未知数なのです。

 

「しかし、そんな問題も些細なものです。本題はここから……この陣形は、言うなら敵に一発でも爆弾や魚雷の投下を許せばおしまいです。それを防ぐために猛烈な対空砲火と上空直掩を必要とするのですが……」

 

「え。ちょくえん……?」

 

 そうよく気付きましたね時津風さん。あぁ大丈夫ですよそんなマジで食べられる五秒前みたいな感じの顔しなくても。

 

 そうなんです。この陣形、六隻が各方向を担当して防空を行うというコンセプトで設計してあるんですよ。それぞれが『面』の防空を担当して、それにより立体の防空を考えなくてもよくする。そのようにして可能な限り負担を落とすことで機銃の一発にまで正確な照準を実現するという陣形なんです。

 

 まあ考えてもみてください。六つの『面』が私たちを覆います。六角形の壁ですね。では屋根はというと? もうお分かりかと思います。

 

「もしかして……直上に来たらダメな奴ってこと?」

 

「そういうことです」

 

 そもそも、対空砲火というのは敵航空機を撃墜することを主眼としているわけではありません。目的は敵を追い払うこと。濃密な対空砲火は、敵を意図した場所に()()することを実現させます。

 

 ここで、追い込まれた航空機を墜とすための戦闘機が、本来であれば必要なんですよね。

 

 先ほども行ったとおり、この陣形と対空砲火は、この空間に狩り場を作り出すことが目的なんです。狩りを行う鷲がいない時点で、この陣形は攻撃手段を喪ってしまっているのです。

 

 それでも、盾として使えないわけではありません。これで最低限、抵抗するしかないでしょう。少しでも耐え凌ぎ、陣形を解消してからは各個の技量に頼るしかありません。

 

 

 せめて一小隊でも戦闘機隊がいれば……。

 

 とその時、たこ焼きのうるさい音に紛れて、別の音。()()()()()()()()()()()。深海棲艦の艦載機が出す音ではありません。プロペラの音、プロペラが空気を捕まえる音。

 

 

 ――――瑞鶴航空隊所属の()()()

 

 

「瑞鶴さん、まさか流星に制空戦をやらせるおつもりですか?」

 

「……やるしかないでしょ。流星だって、20mmを積んでるんだから!」

 

 空を睨んだ瑞鶴さん。艦隊全滅と艦載機全滅を天秤にかける気持ちは分かりますが、そんなことをしても艦載機を無為に喪うだけで終わってしまうでしょう。

 

「無茶ですよ、機銃があればいいという話じゃないんですよ?」

 

「そりゃそうだけど……待って、流星改から報告、8時方向に未確認機」

 

「新手ですか」

 

「まぁ今更、100が101に増えたってどうってことないけどねぇ」

 

 そういう北上さん。ところが瑞鶴さんの表情が、ふと止まりました。

 

「……違う、敵機じゃ無い」

 

「?」

 

「敵機じゃ無い――――敵じゃないよ! 榛名さん!!」

 

 まさか。

 

 そんなまさか。

 

 

《――――艦隊旗艦、そして随伴艦の皆さん。ご迷惑をおかけしました》

 

 

 いや、来ると分かっていたのではなかったか。だから待っていたのではなかったか。この陣形も、戦術も、艦隊(クラン)も、それら全てを共に積み上げてきたこの僚艦を、ずっと待ってたのではなかったか。

 

 思わず吊り上がった口角を誤魔化すように、私は口を開きます。今は少しだけ普段の淑女としての嗜みを捨て、挑発するかのように。

 

 

「いつから、北方海域は遊撃部隊編成(ななせきへんせい)で出撃できるようになったんですか――――翔鶴さん?」

 

 

《お姉ちゃん特権ですっ――――翔鶴型航空母艦一番艦、翔鶴……参る!》

 



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鶴の矜持は。その伍

大変お待たせしました。

文字数で見ても、掲載期間で見てもずいぶん長くなってしまった北方3-5編も、今回でおしまいになります。
一応あらすじを載せておきますけれど、もし良ければ前話か前々話くらいから見て頂けると嬉しいです。

《前回までのあらすじ》
翔鶴を事実上喪失した瑞鶴たちの艦隊は、再び北方AL海域へと挑む。空母は瑞鶴一隻のみという状況に榛名は空母艦娘の応援を呼ぶことを提案するが、翔鶴を待つと決めた瑞鶴はこれを固辞。航空劣勢を免れない戦いを強いられた艦隊は奮戦するが、空を覆い尽くす敵艦載機群にいよいよ追い詰められてしまう。

その時、北の海に瑞鶴たちを救う翼が舞い降りた。


「翔鶴型航空母艦一番艦、翔鶴……参る!」

 

 その高らかな宣言と共に、一斉に飛びかかる海鷲達。ダイヤモンド型に陣形を組んだ戦闘機小隊は、二機に分かれ、四機に合わさることはあれど、決して一機一機を離ればなれにしたりはしません。

 戦闘機とは、結局は前にしか攻撃できない単純な生物。それを組み上げたにすぎない航空戦とは、その実決して複雑なモノではないのです。誰かの尻尾を新鋭機(タコヤキ)が食い破らんとすれば、僚機がすかさず食ってかかる。他の獲物に狙いを定めた戦闘機ほど無防備で脆い存在はありません。20mm機関砲に打ち抜かれた新鋭機(タコヤキ)は変形して、それから空中に華を咲かせます。

 

 私の航空隊は今や北方海域の空を自由自在に動き回っていました。どんよりと曇る空は彼らにとってのキャンバス、己の芸術に従うままに彩っていく。稲妻が走り、朱が咲き、黒が舞う。緩やかな、もしくは俊敏な曲線を描き、深緑が空を覆っていきます。

 四機一個小隊による連携を保ちつつの航空戦は、慣れれば決して難しい操作が必要なわけではないと聞きます。要は誰がどの敵機に照準を向けるかが肝心、必要なときにだけ制御し、確実に伸びていく撃墜数(スコア)

 

「騎兵隊の演出なんて、好きではないのですが……」

 

 しかし、この際となっては致し方ありません。そもそも榛名さんが悪いんですよ。なんであんなあっさり補充戦力を引っ張ってこれるんですか。私たちの艦隊(クラン)は六隻のみで編成されるからこそ最高の連携が保てるのであって、そんじょそこらの艦娘を連れてきた程度ではむしろ足手まといにしかならないはず。

 

 しかし、戦闘機の眼を借りて戦場を見下ろしてみればなるほど納得です。あの比叡さんは艦隊(クラン)《Tea Party》の副旗艦(マスター)も務める比叡さん。正直瑞鶴以外はどうでもいい私でも知っています。榛名さんが《Tea Party》を脱退しても未練たらたらで、旗艦(マスター)である金剛さんとはいつも所有権を争う――一般論として、比叡さんの所有権は比叡さんが保つべきモノだと思うのですが――ほどの高練度艦娘。

 

 となれば榛名さんとは阿吽の呼吸というものでしょう。この艦隊の呼吸は榛名さんが決めるのですから、まさか榛名さんを熟知して居るであろう比叡さんが付いていけないハズがない訳です。

 

 にしても、おかげで無駄な手順を散々踏むことになりました。まあ、相変わらず調子を変えることもない榛名さんはそのままでいてもらいましょう。

 

 問題は、瑞鶴ですよ。

 私の大事な妹。瑞鶴さえ居なければ、私がこの戦場に舞い戻ることはなかった……いえ、出来なかったことでしょう。それほどに瑞鶴は大切な存在なんです。瑞鶴なくしてこの翔鶴は存在し得ない。

 

 ――――――それだというのに。

 

 瑞鶴、何故貴女はそんな悲しそうな眼で空を仰ぐのですか、無線に乗ったあのぱっと開いた一点の曇りもないヒマワリのような声の調子は消えてしまいました。ただ黙々と、空襲に備えて空中待避させていたのであろう艦載機を収容するのみ。

 

 そして、その表情に色を乗せる――――洋上迷彩。

 

 瑞鶴、私の瑞鶴が、あの迷彩を身体に纏っていたのです。

 

 

★ ★ ★

 

 

「まったく、やれやれですよ」

 

 瑞鶴さんの収容作業は既に始まっています。最低限の航空打撃力として瑞鶴さんが動員したのは流星。急降下爆撃も可能でかつ十二分な搭載量(ペイロード)を誇る万能攻撃機。爆弾を搭載すれば、再び瑞鶴さんの強力な刃となることでしょう。

 私はあくまで戦艦ですので、砲撃戦でなければ大きな出番はありません。撃ち漏らして瑞鶴さんの方へと寄ってくる爆撃機を三式弾で粉砕しつつ、空を仰ぎます。

 

「本当に、やれやれです」

 

 お姉ちゃん特権なんて意味不明な(よくわからない)ことを言った翔鶴型の一番艦は、多少のブランクは屁にもしないよう。まあ、この世界での一、二週間は思考加速の使いようによっては現実(リアル)での数日にも満たないわけですから、思えば随分と早く帰ってきたものです。

 

 ですけれど、それが瑞鶴さんの時間と釣り合うわけではありません。

 

 瑞鶴さんは無言で補給が済んだ流星を放っていきます。戦闘機も追加投入。翔鶴型が一隻増えても制空権が取り戻せるわけではありません。瑞鶴さんのダメ押しあってこそ、拮抗に戻されたシーソーゲームは徐々に傾き始めていきます。

 そう、瑞鶴さんが異様なまでに無言なのです。さっきはあんなに嬉しそうな声を上げたはずなのに、それを思わせないほどに静かな表情を保った瑞鶴さん。

 

「……榛名はさ、ホント心配性だね」

 

「比叡、お姉様」

 

 いつの間にか、私の背後には比叡お姉さまが。お姉様は声だけは随分と優しく。対空攻撃の手は一切緩めることなく言葉を続けます。

 

「榛名はさ、瑞鶴が怒ってると思ってるんでしょ?」

 

「私は怒ってますし」

 

 いくら窮地を救ってくれたとはいえ、そもそもこの窮地が生まれたのは勝手に沈んだ翔鶴さんのせいです。一度無事な姿を見てしまえば、後に沸き起こるのは身勝手な翔鶴さんへの憤り……憤りと表現するほどでもありませんが、いずれにせよ彼女の尻拭いをさせられているわけですから。言いたいことは山ほどあります。

 

 まあ、散々帰ってこいとか言いながら帰ってきた途端怒るわけですから、なるほど勝手な話です。翔鶴さんにとってもそれは理不尽でしょうね。

 ですが、人間なんですからそういうものなのです。顧みる気はありません。

 

「あはは……榛名は素直だよね」

 

 笑う比叡お姉さま。私は本気で言ってるんですけどね。

 

「私はともかく、瑞鶴さんには怒る権利がありますよ……というか、怒って欲しいです」

 

 来る者拒まず、去る者追わず。そんな言葉もあります。一艦隊(クラン)旗艦(マスター)として、その姿勢は最低限守りたいモノ。だから私は翔鶴さんに軽口は言っても、それ以上は言わないつもりです。

 だから怒るというの瑞鶴さんと翔鶴さん、二人の関係あってこその権利。というか瑞鶴さんが怒らないと意味がないんです。瑞鶴さんが怒らなければ翔鶴さんはきっと戦い方を改めることはないでしょう。また未改造のままで戦い続けて、そして……。

 

 だからこそ、瑞鶴さんにはしっかり怒って頂かないと。

 

「いやー。榛名から聞いた話だけで判断するのはどうかと思うけどね。怒らないでしょ」

 

「それは分かっています」

 

 どうせ瑞鶴さんは翔鶴さんに盲目的な好意を抱いているんでしょうし……まあ、逆もまた然りなのが厄介なのですが。

 

「第二次攻撃隊、稼働機全機発艦!」

 

 瑞鶴さんは補給作業を終えたようです。艦載機の向かう先は北方棲姫。制空権を回復した以上、反撃に出るのは当然です。

 

「まあ一つ言えるのは、全て瑞鶴さんの胸三寸ということです。今回ばかりは、翔鶴さんにも主導権はありませんよ」

 

 

★ ★ ★

 

 

 制空権を取り戻したこともあり、艦隊の空から敵の航空隊は消え去りました。防空戦はこれで終いです。

 

「全航空隊、稼働機発艦してください!」

 

 となれば次はいよいよ攻撃の時間です。瑞鶴を助けるためですもの、私だって無策でやって来たわけではありません。かの大戦では長らく主力攻撃機として戦線を支えた天山。確かに後継機である流星が実装された今となってはこれを使う艦娘はほとんどいないのですが、私が用意したのは只の天山ではありません。

 

 そう『天山一二型(村田隊)』。空母艦娘の誰もが欲しがる、最強の攻撃機です。今は陸用爆弾である800㎏爆弾(八〇番)を腹に抱えた私の翼は北の空へと争うように飛び立っていきます。

 そりゃ当たり前です。なにせ私の瑞鶴と随伴艦の皆さんを苦しめたのですから。私は本当に思うんですよ。あの北の列島の端っこに座ってるだけで大きいお友達の皆様にチヤホヤされるお姫様というのはですね、その実攻撃性の超高い(エネミー)なんです。

 

 私の瑞鶴が艦載機を切らしているのをいいことに散々いじめ倒す凶悪犯。この私、翔鶴の敵です。それ以外に形容の仕様がありましょうか。瑞鶴の敵は、姉である私が責任をもって倒さなければなりません。そう、たとえこの命に代えてでもです。

 

 天山の視界を借ります。この村田隊はいわゆる熟練(ネームド)機と呼ばれるもので、他の艦載機よりも操作性がいいというのが定説です。爆弾の着弾補正が掛っているとか聞いたことはありますが、実際どこまで補正がかかるのかは怪しいもの。とはいえ、補正があるなら使わない理由はありません。

 

 それと同時に、上空で監視の任につく彩雲で攻撃の最大効率化を図りましょう。今回は瑞鶴と無線を繋いでいませんが、私は瑞鶴の考えることなんてお見通しです。補給を終えた瑞鶴が艦載機を放ちます。友軍(わたし)の成果とはいえ制空権確保は確保です。何にも妨害されることなく瑞鶴の雷撃隊も空へと舞い上がり、隊長機と思しき流星改が私の村田隊の横に付けます。

 

 ああ、そうです。この高揚。どんなに敵新型艦載機(たこやき)を撃ち落としても満たされることのなかった私の何か。欠けていた身体の一部分。まさしくこれこそが私の求めていた光景です。私は瑞鶴を護り、導かねばならなかった。それを一度は、轟沈という形で丸ごと失いかけたのです。本当に、どうしてこんな大事なことを私は忘れていたのでしょうか。

 確認の言葉も、わざわざ無線を交わす必要もありません。私たちの攻撃隊は一斉に別れると、各中隊ごとに精密無比な爆撃を敢行するのです。

 

「翔鶴航空隊、突撃!」

 

 深海のマスコットと呼ばれることもある北方棲姫。うじゃうじゃと群がる護衛要塞(でかいたこやき)をなぎ倒したことで彼女はすっかり丸裸となりました。それでも空を護らんと上がってくるタコ焼きも、私の翼にかかればたちまち完食です。タコ焼きって食べた後が大変なんですよね。あれって外側は冷めても中身がなかなか冷めなくて熱いんですよね。

 そんなことを考える間に、タコ焼きも全滅。

 

「ここで北方棲姫もしっかりと撃滅しておきたいところですが……」

 

 彩雲が伝えてくる戦況は、未だ決して芳しくはありません。なにせ敵艦隊の大量の随伴艦が残っているのです。既に榛名さんや比叡さんの強力な砲撃、そして北上さんたちによる統一雷撃によりその勢いは急速に衰えてはいましたが……それでも健在な敵艦艇が多いのは事実です。

 

 仕方がありません。北方棲姫を甚振るのは、次の機会にいたしましょう。

 既に投下した艦攻は帰投させ、爆弾未投下の機を集合させます。瑞鶴にも私の考えは伝わったようで、瑞鶴航空隊も集まってきました。

 

 よもや敵機のない空、残るは鈍重な輸送艦や戦艦に、あとは軽巡ツ級(クソッタレの早漏対空ビッチ)

 

 私と、そして瑞鶴の艦載機の敵ではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 北方棲姫をスルーし、他の全ての敵艦を撃沈した私たち。当然ながら作戦は終了で、これより帰路に就くことになります。

 普段なら多くの艦娘(プレイヤー)が何の感傷もなくYesを選ぶであろう《帰投しますか?》の問いかけ。私はそれを無視して、瑞鶴の方へと駆け寄ります。

 

 考えてもみてください。もちろん皆様のご慧眼ならご推察いただけると思うのですが、はっきり言ってもう限界なんですよ。私が――つまりこの翔鶴ですが――どれほど長い時間瑞鶴と顔を合わせていないと思いますか? 思考加速を鑑みればもう数か月とか会っていないんじゃないでしょうか。

 

 と、そこへ艦隊(クラン)旗艦(マスター)である榛名さんが立ちはだかります。いえ本人には立ちはだかる意図はないのかも知れませんが、普通に瑞鶴への進路上に立つということは妨害でしかありません。

 

「翔鶴さん」

 

 しかし、榛名さんにもご迷惑をおかけしたのは事実です。無下にはせず、しっかりとご挨拶することに致しましょう。

 

「御待たせしました、榛名さん」

 

「全く、翔鶴(あなた)というヒトは……」

 

「ちょっとその話は後で、今は失礼します」

 

「え」

 

 はい、とりあえず挨拶完了です。さあ、瑞鶴に会いに行きましょう。文句言いたげな青葉さん、いつも通りの北上さんに楽し気な時津風さん、そして物珍し気に私のことを見てくる比叡さんの横を通り――――瑞鶴のもとへ。

 

「瑞鶴!」

 

 迷彩に身を包もうと、瑞鶴は瑞鶴です。私は瑞鶴に駆け寄ります。私が何度も結んであげたツインテールが揺れて、その整った顔立ちが私に向けられ――――

 

「あ、さっきはありがとうございました。()()()()()、ですよね?」

 

 その瑞鶴の言葉に、私は息が詰まりました。

 

「ず、ずいかく……?」

 

 はじめまして? はじめましてといいましたかこの子は?

 

「はい。私、()()()()()()()()()()の瑞鶴です。よろしくお願いいたします」

 

 い、一番艦? 瑞鶴は、私の瑞鶴は二番艦でしょうに。私たちは翔鶴型の姉妹で、私が一番艦、そして瑞鶴が二番艦。

 だというのに、瑞鶴は一番艦と名乗り……よりにもよって、一番艦だと。

 

「ず、瑞鶴?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

 待って下さい瑞鶴。その普段よりも完成された微笑みと丁寧語はなんですか。瑞鶴というのは元が完璧なんですから完璧な笑顔なんて要らないんですよ。そしてなんですかその敬語は。

 いえ、まさか。そんなはずがありません。

 

「私よ? 翔鶴型一番艦の翔鶴」

 

「はい。存じ上げておりますが……」

 

「え、え?」

 

 てっきり飛び込んで来ると構えていた両腕が北の空を彷徨います。あからさまに困惑の表情を貼り付けられては、こちらも困惑で返すほかありません。

 そんなはずがありません。だって、どう考えても瑞鶴の筈なんです。ここは私の艦隊(クラン)で、ここに所属する瑞鶴は私の、私だけの瑞鶴のはずなのに。

 

「あ、あの……榛名さん?」

 

 困った時の旗艦(かみ)頼み。榛名さんを振り返ると……。

 

「……」

 

 なんですか。なんなんですかその笑みは。榛名は大丈夫です的な何かですか。翔鶴は大丈夫じゃないんですけれど?!

 え、でもアレですよね。ここまで綺麗に笑ってるってことは含み笑いですよね? 瑞鶴が私のことを綺麗さっぱり忘れてるとかそういうのではないですよね??

 

「ね、ねえ瑞鶴……その、覚えてるわよね?」

 

「なにをですか?」

 

 瑞鶴の太陽みたいな笑顔が突き刺さります。そ、そんな話があってたまりますか。私は確かに沈んだ、もしくは撃沈判定に相応しい損傷を受けました。

 にも関わらず、私はこの場所に今立てています。何故かなんて私だって理解できていないんです。ともすれば消去法的に私が瑞鶴を忘れなかったからこそここに居るんですよ。

 

「私のこと、貴女のお、お姉ちゃんの……」

 

「?」

 

 それだというのに、これは……あんまりですよ。

 いや、流石に悪い冗談ですって。そ、そうに決まってます。だって榛名さんだって深刻そうな顔全然していないじゃないですか。

 

「ず、ずいか、く……本当に、覚えてないの?」

 

 私が手を伸ばすと、瑞鶴が――――血相を変えます。

 

「覚えてない……? なに、貴女は……私がこんな簡単に忘れるって思ってるんだ。本気で?」

 

「え……?」

 

「忘れるわけないじゃないですか。私にこの空を、空母艦娘を教えてくれたのは貴女ですよ? この世界で、唯一の姉妹艦を、この瑞鶴(わたし)が忘れるとでも……?」

 

「そ、それは……」

 

「ねぇ。翔鶴ねぇだって知ってるんでしょ? 私が翔鶴ねぇのこと忘れるわけないって。でも、今思ったでしょ? 私が翔鶴ねぇのことを忘れたかもしれないって。少しでも本当にそう思ったでしょ?」

 

「それは」

 

 ええ、そうですよ。分かっています。まさか瑞鶴が私のことを忘れることがあるわけない。

 だからこそ認めねばなりません。確かに私は、瑞鶴が私を覚えていてくれたことに心底安心している。当然の摂理が証明されただけのはずなのに。

 それは、瑞鶴に存在を忘れられることが、どれほど恐ろしい事であるのかの証明でした。

 

「……翔鶴ねぇが轟沈した(やった)のは、そういう事なんだよ?」

 

 瑞鶴は、私に一歩たりとも歩み寄ることなく……そこに立っていました。私が護らなきゃいけなかった。護れるはずだった純白を棄て、迷彩に身を包んで。

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

 本家では鎮守府ごとに管理される資材。ですが私たち艦娘一人一人に大きな裁量権が与えられるこの世界では、もちろんそんなシステムは存在しません。故に資材は一人一人の財産です。出撃入渠に使われる普通の資材に、装備を開発するための特殊な資材。他にも高練度艦娘(エンドユーザー)向けとも言われる、課金でも手に入れるのが難しい特殊機材。

 

 その一つである試製カタパルトと、数千に及ぶ鋼材と弾薬の消費は、流石の私でもかなり重たい出費でした。なにせ一回の出撃でどんなにこっぴどくやられても精々数百の消費ですからね。その十数倍ともなると重たいというか、破綻してもおかしくないレベルですよ。

 

 それでも。

 

「……」

 

 極端にデザインこそ変わらないものの、新しい服に袖を通すというのは緊張するものです。ましてや、それを誰かにお披露目するとなると。もちろん姿見で落ち度がないかの確認はしていますし、全く問題はないと思うのですが。

 いえ、大丈夫に決まっています。間を開けてしまったことで僅かながらの齟齬(ラグ)が生じていた身体ももう完全に使いこなせますし、新機軸の艦載機運用システムの調律はこれからですが、それも私にかかれば完璧にこなせますとも。

 

 なにせ私は、翔鶴型航空母艦の一番艦。翔鶴なのですから。

 

 カーテンに手をかけます。大きめの更衣ロッカーとしか表現のしようのない大規模改装施設を出ます。

 

「……ど、どう? 似合うかしら?」

 

 翔鶴改二。翔鶴型の大規模改装であるそれは、射出機(カタパルト)を搭載、各種艤装を大幅にアップデートしたまさに正規空母艦娘の完成形と言うべき装備です。私が立てば、目の前にいる影は向日葵のように笑顔を咲かせます。

 

「うん! とっても似合ってるよ、翔鶴ねぇ!」

 

 ああ、やはり瑞鶴には笑顔が似合います。無表情でも、哀愁漂うわけでもなく、完全というわけでもない、いろんな色を混ぜたようなその笑顔。

 それが私に向けられていることが、私にとっては、なによりもの幸福なんです。

 

「ねえどう? 瑞鶴も似合ってる?」

 

「えぇ……瑞鶴も、とっても似合ってるわ」

 

 装束を換えたのは私だけではありません。瑞鶴も迷彩のそれから一転、輝くような純白の衣装になりました。ですがそれは決して、私が瑞鶴に強いてしまっていた未改造(むじるし)のそれではありません。

 

 瑞鶴改二甲。噴式航空機運用能力を付与した、最高の名が相応しい艤装です。

 

「これでまた、お揃いだね。翔鶴ねぇ」

 

 瑞鶴、貴女はすぐそういうことを言うんですから。

 

「えぇ……」

 

 もう居ても立っても居られません。私はゆっくりと瑞鶴に近づいて、そっと抱擁します。

 

「しょ、翔鶴ねぇ?!」

 

「ありがとう。瑞鶴、ありがとう」

 

 私の側に居てくれて。一度は契りを破った私を赦してくれて。

 

「もう、翔鶴ねぇってば……」

 

 ダメですよね。こんなすぐに妹に抱きついてしまうお姉ちゃんなんて。

 

 でも今日だけは、今だけは許して下さい。

 私は瑞鶴を導いているつもりだった。瑞鶴に全てを与え、瑞鶴を脅かす全てから瑞鶴を護るのだと。そう決めて突き進んできたはずだった。

 

 なのに気付けば、瑞鶴から私は、こんなにも大きな宝物を与えて貰っていたんです。それを改めて確かめたかったんです。

 

「瑞鶴。私、頑張るわ。貴女との約束を、今度は絶対に破ったりなんてしない」

 

「うん。翔鶴ねぇ……だから瑞鶴にも、翔鶴ねぇのこと、護らせてよね?」

 

 今は噴式機も使えるんだから。そう腕の中で意気込む瑞鶴。きっと瑞鶴はこれからも成長するのでしょう。そして私も。

 だから私は瑞鶴の肩に手を掛けて、それから精一杯の笑顔で応えるのです。

 

「あら。瑞鶴を護るのは私よ? だって、それがお姉ちゃんですもの」

 

「もう、調子いいんだから!」

 

 

 
















榛名「まあ、ゲームの出来事なんですけど」
翔鶴「ぶち壊すこと言うの止めてくれません???」


お久しぶりです。帝都造営です。
平素より「翔鶴ねぇ☆オンライン!」をご愛読くださっている皆様に、すこしばかりお知らせがあります。

私、帝都造営はコミックマーケット94に参加します。もちろんサークル参加です。

お恥ずかしながら、私は先日東京にて開かれた同人誌即売会「砲雷撃戦よーい!」にて、「翔鶴ねぇ☆オンライン!」の同人誌版(書き下ろし)を製作しました。

本当なら更新を待ちわびて下さっている皆様に真っ先にお伝えするべきことではあったのですが、その原稿にかかりきりになっていたことやリアルの事情も重なり、読者の皆様にお知らせする機会がなかった(次話更新出来なかった)のです。

ひとまずC94金曜日マ-26a「帝都ファンタジア」で参加予定です。
同人即売会関連の詳しい話は、活動報告に掲載しますのでそちらをご覧下さい。


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【番外編】「駆逐艦乗り」と書いて「水雷屋」と読む!
駆逐艦戦記11-11


最近投稿していなかったのでとにかく投稿。
日付ネタで例のアレです。

設定的にどうなの? とか自分の中でもあるのですが、あくまでネタ優先ということでご容赦ください。
ちなみに、章タイトルが示す通りこれまでの「駆逐艦戦記」からはだいぶ先のお話になりそう。

ではどうぞお楽しみ下さい。


 なんでもかんでも電子化されるこの時代では、生活空間だって電子化される。だからこそ丹陽(たんやん)さんとわたしはこうやって艦娘(アバター)の姿でのんびり過ごすことだって出来る。このVR艦これはもちろん抜錨、つまり海に出て敵と戦ったり誰かと演習したりするゲームなのだけれど、たまには出撃しなくても楽しめるくらいには充実していた。

 

 ゲーム本来の機能以外を充実させて、いくらでもその世界に入り浸れるようにする。こういうユーザーの囲い込み競争は今じゃどこのVRオンラインゲームでも行われてることで、そういう意味じゃこの世界の虜になったわたしも囲い込みの対象というわけ。

 まあ、楽しければいいので気にしない。軍艦は女性名詞だからとかいう理由で女性の艦娘(アバター)しかいないのはどうかと思うけど、あえて思いっきりロールプレイに吹っ切れる理由にもなったのだから一長一短というヤツ。

 

 と言うわけで、今日もわたしは駆逐艦乗りの師匠と仰ぐ陽炎型駆逐艦の雪風……こと、丹陽(たんやん)さんの所へ遊びに来ていた。あ、丹陽ってのは自称ね。なんでも駆逐艦雪風の戦後の名前がそれで、丹陽さんはそっちを好んで使うのだ。

 

「こんにちわっー......って、なに読んでるの?」

 

 入室許可を得て入れば、丹陽さんはソファに寝そべって紙を眺めていた。

 

「これはでやがりますね……うわっ、何しやがるんですか!」

 

「いーじゃん他に乗るところないんだしー」

 

 だってしょうが無いじゃん。丹陽さんの部屋……名目上は物資保管庫(アイテムストレージ)……はあんまり家具が多くない上に拡張も最小限。つまり部屋は狭くて家具も少ない。正直言って身体を置く場所はない。その上二人がけのソファに丹陽さんが寝転がっていたら、もう座る場所は丹陽さんしかない。

 

「だからっていきなりヒトに馬乗りになるヤツがどこに居やがるんですかッ! 降りやがってください! 降りろッ!」

 

「えー、けち」

 

「誰がッ!」

 

 まあそこまで言われちゃ仕方がない。保管庫(へや)の管理権が丹陽さんにある以上は追い出されるのも困る。従って降りると、丹陽さんはため息交じりに紙を摘まんでこちらに見せてくる。

 

「ブログでやがりますよ。ほら、こないだの大規模作戦(イベント)の所感を纏めたヤツ」

 

「あー。今回もなんかスゴかったもんねー……でもそれ、普通にブラウザで見ればいいんじゃ」

 

 そう、別にブログの記事ならわざわざ紙の物体(アイテム)として出現させる必要があるとは思えない。だって丹陽さんが持ってる紙は結局電子情報に過ぎないわけで、つまり実質電子書籍。

 

「いいのでやがりますよ。大事なのは雰囲気でやがりますから」

 

「ふーん」

 

 そういう風に言って続きを読む丹陽さんは結構ロールプレイに拘る艦娘(ヒト)だと思う。まあわたしもロールプレイにハマってるのでなんとも言えないんだけどさ。

 

 ……あ、そうそう。そんな話をしに来たんじゃないんだよ。

 

「ねぇ、丹陽さん」

 

 床に座って、丹陽さんに向かう。ちょうど正座をすれば、こっちに顔だけ向けてくる丹陽さんと目線が同じ高さになる。

 

「……なんでやがりますか」

 

「私とポッキーゲームしよ?」

 

 丹陽(たんやん)さんにお願い事をするなら、突拍子のないお願いの仕方をした方が聞いてくれやすい。それが一番だと分かったのはつい最近のこと。だから今日のお願いはちょっと予想しやすくて、聞いて貰えるかは難しい。

 そして案の定、丹陽さんは目を白黒させてから、大きなため息を吐いた。

 

「やっぱり言って来やがりましたか」

 

「あ、やっぱりってことは準備してたんだよね? ね?」

 

「言っときますが、やりませんからね」

 

「えー……」

 

「えー。じゃないでやがります」

 

「11月11日なのに?」

 

(カレンダー)になんの意味があるんでやがりますか」

 

 いやまあ確かに、意味はないけど。でも意味はあるよ。だって意味があった方が面白いじゃん。11月08日(いいおっぱい)の日とか11月09日(いいおくさん)の日とか……あれ、11月10日ってなんだっけ、トイレかな?

 

「だったら、11月11日は『いい井伊』の日でやがりましょう」

 

「なにそれ暗殺されそう」

 

 そのヒトって確か桜田門外で殺されちゃう人じゃなかったっけ……。

 

「……ってそうじゃなくて! いいからポッキーゲーム!」

 

「いやでやがります」

 

「やるの! やーるーのー!」

 

 もしもやる気がないのなら実力行使あるのみ。さっき降りろと言われた丹陽さんの背中に改めて飛び乗る。

 

「もしもやってくれないと……」

 

「な、なんでやがりますか」

 

 時津風の身体は確かに小さいけれど、同じサイズの丹陽さんを押さえ込むのには十二分。背中を取られた丹陽さんの顔が青ざめる。

 

「『やる』って言ってくれるまでコチョコチョしちゃうよぉ……?」

 

 右手に五本、左手に五本。合わせて十本の指を見せつけるようにわきわきと動かす。丹陽さんの弱点は分かってるから、この攻撃からは丹陽さんも逃れられない。三分と耐えられないはずだ。

 

「や、まって」

 

「もんどーむようッ!」

 

 なんかこういう映画のシーンあったよね。命乞いをする丹陽さんにわたしは正義の指を振り下ろした。

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

「ひ、ひきょうーでやがりますっ、よ……」

 

「ふふん。初めからやるって言ってくれればいいのに。ほら乱れてるよ」

 

「誰が乱したんでやがりますか……」

 

 恨めしそうにこっちを睨んでくる丹陽さん。いやだって、抵抗にならない抵抗で勝手に服装を乱したのは丹陽さんの方じゃん。こっちは悪くない、ノーギルティ。

 とにかく丹陽さんを起き上がらせると、二人でソファで座る。ちょうどお互い向き合って、対面になるような格好になった。

 

「ほら、早く。始めるよ!」

 

 とにかく思ったよりも時間がかかってしまったので、こっちとしては早く始めたいところ。アイテムリストから問題の物体(ブツ)を顕在化させる。

 

「ほら、ポッキー」

 

「……わざわざ買ってきやがったんですか」

 

「だって、そっちの方がいいじゃん」

 

 味と香りまで再現された緻密なデータも、今や商品として通用する時代。問題は現実(リアル)と違って栄養にならないこと。まあそれを逆手にとって『VRダイエット』なる概念もあるらしいから、単純に悪い話じゃないのかもしれないけれど……。

 まあとにかく、今回は雰囲気大事ということでポッキーのデータを持ってきました。外箱のパッケージから再現されたそれを丹陽さんに突き出す。

 

「……で、どうすればいいんでやがりますか」

 

「えーと。確か両方から食べるんだよね。それで、先に離しちゃった方が負け!」

 

 そう言えば、恐らくそのゲームのルールを知っているであろう丹陽さんは憂鬱な顔をする。

 

「食べればなくなるのでやがります。なくなれば離すことになりやがります」

 

「うん。そうだね」

 

 もちろん、ポッキーゲームの至る結末はそこ。最後の最後にはポッキーゲームを離さなくちゃいけない。というか、二人がポッキーを両端から食べていった先に待つ結末は言うまでもなく接吻(キス)

 丹陽さんは少し考える素振りをしてから、重々しげに言った。

 

THE ONLY WINNING MOVE IS NOT TO PLAY

 

「……なにそれ」

 

 英語なのは分かる。他は分からない。

 

「勝つための唯一の手はプレイしないこと……それがポッキーゲームの本質でやがります」

 

「そうかな?」

 

「そうに決まってやがります」

 

 丹陽さんは、このゲームに勝ち方はないという。果たしてそうだろうか、だってポッキーゲームのルールは簡単。

 「どちらかがポッキーを離したら負け」

 ……つまり相手にポッキーを離させたら「勝ち」というわけ。

 

「じゃあ、丹陽さんは絶対に勝てないと思ってるわけね」

 

「……そ、そうでやがります。最後には二人とも負ける、そういうものでやがります」

 

 いつもみたいな勝ち誇るような笑みを浮かべる丹陽さん。でもこっちには分かる、その笑みは明らかに引きつっている。()()()()()()()ということが、何を意味するか分からない丹陽さんではないのだから。

 だからこそ、丹陽さんに挑発的な笑みを向けてやる。

 

「じゃ、もし……丹陽さん()()が負けたら、なんでも言うこと聞いてくれる?」

 

「……その手には乗せられないでやがりますよ」

 

「ふぅん?」

 

 丹陽さんにはこれだけでいい、ちょっと顔を覗き込んであげるだけで、みるみる顔が赤らんでいく。もう隠せないよね。

 

「……だいたい、アンタは私に何をさせやがりたいんですか」

 

「んー? べつにぃー? そっかー、丹陽さんはゲームしたくないんだー? 勝てないから?」

 

「『勝つための手』が、ゲームをしないことだと言ってやがるんです」

 

「ゲームをしないのに勝てるわけないじゃん」

 

「核戦争と同じでやがりますよ。ゲームをしたらどっちも負けるんでやがります」

 

 なんかスゴい大きな例えになってきた。

 

「負けるのが怖いんだ?」

 

「そんなこと……ああもう、やってやればいいんでしょーが!」

 

 そう言いながら丹陽さんは私の手から箱をひったくると、銀色の包みを破ってぽっきーを一本差し出してきた。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 だからそのまま顔を近づけて、はむ、とポッキーを咥える。重力に惹かれて落ちてきた髪の毛を手で退けて丹陽さんを見ると、何故か丹陽さんは驚きの表情を浮かべていた。

 

ふぉうひたの(どうしたの)?」

 

「い、いきなり咥えるじゃないでやがりますよ」

 

()ぇー。ふぁって(だって)ふぉうふうふぉのふぁん(そういうものじゃん)

 

 それに、丹陽さんはチョコが付いていない場所を持っているわけで、こっちが手で受け取るとチョコを触ることになってしまう。それだったら直接咥える方が正しいと思んだけど。

 というか、あんまり長い間このままだとチョコ溶けちゃう。

 

ふぁらふぁいの(やらないの)?」

 

「やっ、やりますよ!」

 

 そういってさっさと反対側を咥える丹陽さん。初めからこうしてくれれば良かったのに。

 

「……」

 

「……」

 

 というか、思ったよりも近くなるね。ポッキーゲーム(これ)。まあポッキー自体の長さは20cmくらいだし、そりゃあ近くなるか。

 

 さて、それじゃあさっさと食べちゃいましょう! あんまり一気に食べてしまうと面白くないので、少しずつ、削り取るみたいにポッキーを噛んで……丹陽さんが全然食べてないことに気付いた。

 

ふぇ()ー。ふぁべて(たべて)

 

「……」

 

 もうこのまま一気に食べてしまおうか。とも思ったけど、それじゃあつまらない。顎をくいっと上げて、ぐいっと丹陽さんごと引っ張る。

 

「!」

 

 もちろん丹陽さんはポッキーに食いつかないと離れてしまうので、慌てて食いつく。そうやって色んな風に弄ぶウチに、どんどん互いの距離が狭くなっていく。もう半分くらいなくなってしまっただろうか。

 距離が縮まるほど余裕がなくなる。こちらの顎の動きに合わせるのもいよいよ難しくなってきたようで、丹陽さんの表情もだんだん強ばってきた。結局この艦娘(ひと)は負けん気が強い。ポッキーゲームですら勝ちを譲ってくれる気はなさそう。

 

 でも、このゲームは焦った方が負けだから。

 

 丹陽さんが反撃の一手として一気にポッキーを引っ張った。唾液で組織が甘くなっているポッキーを引っ張るのはなかなかにリスキーだけど、絶妙なバランス感覚で最大の引き幅を引き出した。

 すると今度はこっちの危機。丹陽さんにポッキーを引っ張られた分だけ前にでないと離してしまう。まあ、一発逆転を狙うならこうするって分かってたんだけどね。

 

 というわけで、そのまま前に出て……丹陽さんに身体を預けた。

 

「!!」

 

 丹陽さんの眼が見開かれる。丹陽さんが引いたところに、こっちが身体ごと丹陽さんを押した。もちろんその結果として丹陽さんは背中から倒れてしまう。流石にポッキーを強く噛んだくらいじゃ支えられる訳もなく、丹陽さんの口からするりとポッキーが抜ける。

 その一瞬で、ポッキーは丹陽さんの食べかけの部分までこっちの口に収まってしまった。

 

「……むぅ」

 

「ほら、わたしだけ勝ったでしょ?」

 

「はいはい、完敗でやがります」

 

 と口では言うけど、表情が「ほら、これで満足でやがりますか?」って言ってる丹陽さん。あーもう、そうやって意地張るんだから。

 

「というか……退きやがって下さい」

 

 そう丹陽さんは言う。まあ丹陽さんが倒れたようにこっちも倒れたものね。端からみれば押し倒したみたいな感じになってるよね。

 でもさ、もしそれがこっちの狙いだったらどうする? 丹陽さん?

 

「やだ」

 

「え」

 

「だって、勝ったら何でも言うこと聞いてくれる……って、言ったよね?」

 

 今日はあなたの負けだよ。丹陽さん。

 








はやく駆逐艦戦記の第三章かかなきゃ(使命感)


そうでした。お知らせです。今年の冬コミ当選しました。

サークル「帝都ファンタジア」は二日目(日曜日)西地区み-13aです!

同人誌展開版「翔鶴ねぇ☆オンライン!」シリーズの新刊だします!
今回はとある方をお招きして、6対6の「艦隊戦(クランマッチ)」を描く予定です。

もしよろしければ、ぜひお越し下さい!

コミケWebカタログ
https://webcatalog.circle.ms/Perma/Circle/10391570/


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駆逐艦戦記3-1

(感想・お気に入り登録などの)応援、ありがとー!


お久しぶりです。


 定期考査も終わり、面倒な夏期講習も終わった。いよいよ夏本番というヤツで、つまり冷房の効いた部屋で朝から晩までゲーム三昧!

 

 だったはずなのだけれど。

 

「しかし……まさかプールが閉鎖してるとは思わなかったぞ……」

 

「水温が高すぎるって書いてあったけど、いったいどうなってるんだこの夏……」

 

 そう。もうお察しのことだろう。俺はプールに来ていた。小学生の集まりならともかく、この年でしかも男子校でプールと来た。

 なんのポロリも望めないプールサイドとなっては泳ぐ前からやる気も失せるものだけれど、家の冷房を付け替えるとかで俺の安息の場所はないのである。流石に暑い部屋でゲームをやってるうちに熱中症とか洒落にならないので、こうして親友のこいつを誘ってきたのだけれど……まさか、プールすらも暑さにやられているとは。

 

「仕方がない。図書館にでも行こう」

 

「そうだね、それにしても……あづい」

 

「言うな」

 

 騒がしいばかりの蝉の鳴き声。そらを埋め尽くす青。残された雲が力強く空へと伸びていく。絵に描いたような夏。

 

「暑い……というか熱い」

 

「二度も言わないで、余計に暑くなる」

 

 そう、俺たちは真っ赤な太陽の下にいる。太陽は熱い。あまりに熱い。つまり暑い。アスファルトは燃えてるんじゃないかと疑うほどの温度。

 

「とける……海……いきたい……」

 

 もちろん、その“海”というのは電子の海。時代を席巻しているといっても過言ではないVRゲーム『艦隊これくしょん』のこと。現実の海はこの小さな島国と世界を繋ぎ、インターネットもまた世界を繋いだ。

 

「図書館のネットブース、空いてるかなぁ」

 

「いや、無理だろ……あそこ人気だし」

 

「だよなぁ……」

 

 ネットの仮想空間に構築される電子の海は、いつだって快適。とはいえ貧弱な携帯回線でフルダイブ型のゲームにログインするのは躊躇われるもの。痛覚も再現できる全体感型のゲームはどうしても通信量が多くなるから、携帯回線を使った日にはたちまち速度制限が掛かるだろう。それは困る。

 

「……ん? というか、お前もしかしてVR艦これやろうとしてた?」

 

「え。そうだけれど」

 

 こいつは俺が『VR艦隊これくしょん』にどハマりしていることを知っている筈。なんで当たり前のことを聞くのだろう。

 ところが俺の親友は首をぶんぶんと振る。

 

「いやいや。それは不味いだろ、あれ一応成人向けゲームだぞ」

 

「え、そうなの……あ、いや。そうか」

 

 そういえば、あの世界(ゲーム)って()()()()()()とかも出来るんだったな……確かに公共施設でそういうのにアクセスするのは不味いかもしれない。

 

「でも、別に俺は駆逐艦乗り(すいらいや)プレーしかしないし」

 

 極めて自由度の高いゲームであるVR艦これというのは、艦娘(プレイヤー)ごとにプレイスタイルが大きく分かれる。大規模作戦(イベント)攻略に血道をあげる攻略系や、艦隊(クラン)運営を楽しむ提督系、味覚エンジンやNPCの言動などをひたすらに研究する求道系など。自らを「遊び人(ホモ・ルーデンス)」と名乗る自由奔放な艦娘(プレイヤー)だっている。

 そんな中で、どうしても「操作可能艦(プレイアブル・キャラ)は全員女の子」という前提から「そういう遊び」に興じるヒトはいなくはないわけで。ただ俺はそういうことをするためにプレイしている訳ではない。

 

「あ、その顔は信じてないな???」

 

「いや。別に? シンジテルヨ、ウン」

 

「絶対信じてない!」

 

 いやまあ確かに、艦娘はみんな可愛いし「自分の艦」に対する思い入れは半端なモノではないとは思う。でもそれは、もう一人の自分というか家族に対する思い入れであって、別に時津風の身体をどうこうしたいとかロリコンとかそういう話ではないのだ。

 

「とにかく。俺はただ戦うだけだし。というか倫理コードをオフにしておけば済む話じゃん」

 

 公共の空間でわいせつ行為はよくない。なら、それをしなければいい。

 ところが、この俺の鉄壁の理論に親友は首を傾げる。

 

「いや。お前、そもそもなんでVR艦これが成人向けなのか知らないのか?」

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

「……いいですか? 向こうの指揮艦は綾波さんです」

 

 そう言ったのは朝潮型の一番艦である朝潮さん。本家(げんさく)通りの真面目なヒトで、今回の戦隊(パーティー)において司令艦(リーダー)を務めてくれている。海の向こうを睨んだままに言う彼女は、その『綾波さん』というのを随分と警戒しているようだった。

 

「綾波さんはとにかく近接戦闘を得意とします。私たちも近接戦闘で劣るわけでは決してありませんが、戦いの常道とは相手の得意分野に乗らないことです」

 

 私たち駆逐艦乗り(すいらいや)というのは、たいてい近接戦闘を好む傾向がある。まあそういうのが好きな艦娘(プレイヤー)集団だとばっさり切り捨ててもいいのだけれど、ここには駆逐艦という艦娘の特性、さらにいえば限界が関係しているというべきだろう。

 

 駆逐艦は元来、武装の都合で射程が短い。観測射撃モードなら水平線の向こうにだって撃てる戦艦や巡洋艦とは違い、駆逐艦の砲撃は目の前の敵艦を撃つことしか出来ない。威力も劣るし、優っているのは速射性くらいなものだと思う。

そういう訳だから、駆逐艦としての強みというのは、小柄ゆえに誇る高い機動力と速射性の高い主砲を軸に据えた機動戦となる訳で……結果、近接戦闘が多くなるという訳だ。

 

 だからまあ、決して俺は近接戦闘が好きな訳ではないのだけれど……。

 

「ハイッ、大潮意見具申!」

 

「なんですか。大潮?」

 

 本家(げんさく)と同じように元気いっぱいに手をあげる大潮さん。なんだろうね、やっぱり「なりきる」艦娘(プレイヤー)って多いんだよね。勿論俺だってロールプレイは一応する方。だってこんな可愛い子(ときつかぜ)が「俺」とか言ってたらどうかと思うじゃない? そういうことだ。

 でもまあ、ロールプレイをしていても所謂「中の人」が飛び出すことは往々にしてあるわけで。

 

「ハイッ、綾波さんの先手を取って突撃します!」

 

 うーん……この大潮さん。さっきの朝潮さんの話をちゃんと聞いていたのだろうか。

 言ってたよね「相手の得意な近接戦をする必要なない」って。突撃したら近接戦になっちゃうじゃん。それともあれなの? ヒトの話を聞かないというロールプレイなの? これは指摘した方がいいのだろうか。

 まあ朝潮さんならきっと却下するだろう。このヒトが求めているのは突撃以外の戦術のはずだし。そう俺が朝潮さんを見やると、彼女は顎に手を当てて考える素振り。

 

「うーん。やはり突撃ですか」

 

「……え?」

 

 待って待って。それ考えることなの? 即却下するべきじゃないの?

 流石にこのまま突撃になると大変な気がするので、俺は口を挟むことにする。正直、朝潮さん達は初対面で、こっちから飛び入り参加させてもらってる都合があるからあんまり口出しとかしたくないんだけど……。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。突撃なんてしたら綾波さんの思う壺なんじゃないですか?」

 

「時津風さんもそう思いますか!」

 

 目を輝かせるように食いついてくる朝潮さん。完全に気圧された俺はうんうんと頷くだけ。距離感が分からないのって辛いよね。俺は別にコミュ障ってわけじゃないけれど、流石に初対面の相手に時津風(ロールプレイ)を突き通せるほどの度胸はなかった。

 

「これは難しい問題ですね。荒潮、満潮。貴女たちはどう思いますか?」

 

 どうやら朝潮さんは他のヒトにも意見を聞くらしい。まあ突撃しても勝てる保証はないし、ここは何か妙案を出してもらう事を期待したい。

 ……したかったのだけれど。

 

「あらあら……突撃しちゃうのぉ?」

 

「ふん、どーせ最後は突撃するんでしょ」

 

ところが、困ったというか楽しげに主砲を振り上げる荒潮さん。呆れという言葉を擬人化したような満潮さん。というか満潮さんは口元が歪んでません?

 

「え。ちょっと待って下さい本気で突撃するんですか?」

 

 慌てて回り……というか複縦陣を組む面々を見回す俺。今回は朝潮さん達四隻の戦隊(パーティー)ゲストとして参加させて貰っている立場なので決定権はない。

 けれど、だけれども。これはどうかと思うのだ。

 

「それでは単縦陣を組んで下さい! 突撃よーい!」

 

「聞いちゃいないよ!」

 

 叫びたくもなるよ、だって誰も聞いていないんだもの。するすると速度を調整しながら単縦陣へと組み替えられていく。

 

「あらあら時津風ちゃん? 遅れてるわよぉ?」

 

「えっ」

 

 するーと寄ってきた荒潮さん。視界の後ろに居たこともあって気付いたときにはすぐ間近。

 

「わっ、ぶつかるッ!?」

 

「あぶなーい。ふふふ♪」

 

 そう言いながら衝突……をしないように荒潮さんは俺の腕を掴む。それはもう、やわらかく絡まるように。丁度イチャイチャするカップル(リア充爆発しろ)がよくやる感じに腕を抱きしめてきたのだ。

 

「え。あのちょっと」

 

 近いですって。そんな言葉は口から出ない。しかもなんか良い匂いするし。五感を再現するのがフルダイブVRとはいえ、こんな匂いまで再現できるのか……いや、現実逃避している場合じゃないよねうん。離れようとしても、荒潮さんはぴったりくっついて離れない。そうして俺の小さな胸に手を当てると、底なし沼のような笑みを浮かべた。

 

「心臓がどきどきしてるわねぇ?」

 

「いや……! そら、そうですよ!」

 

 だって、衝突寸前からの急転直下なこの展開だよ??? 驚くなって方が無理があるじゃん? しかもなんか良い匂いするし!

 

「大丈夫よ、安心して?」

 

 いや、安心もなにも貴女のせいなんですがね荒潮さん。そんな抵抗を俺が見せるまもなく、荒潮さんは口元を耳に寄せる。ふぅっと吐かれた温い息が、髪の毛を撫でる。

 

「痛いのは最初だけ、慣れればすぐに楽しめるようになるわよぉ?」

 

「いやそれは誤解を生みますって!」

 

 そういうことではないでしょ?! 俺の抗議も聞かず、頑張ってねぇと荒潮さんは離れていく。

 

「ちょっと!? 荒潮さん? 荒潮さーん!」

 

「うふふふふ~♪」

 

 いやいや。じゃんけんポンのお姉さんじゃないんだからさ。そんな投げっぱなしはないでしょ。ねぇ!

 

「……ったく。なに惑わされてるのよ、時津風」

 

「あ。満潮さん」

 

 と、入れ替わるように俺の隣にやってきたのは満潮さん。陣形組まなくていいんですかね? そろそろ突撃するんじゃないの?

 

「いい? これは私たちの艦隊旗艦(クランマスター)からの依頼(オーダー)なの。私たちの任務はあなたを『生きて還すこと』なんだから、浮ついて変な動きしないでよね?」

 

「あと、はい……それは分かってるんですけれども」

 

 俺が頷くと、満潮さんはため息。なんというか、すごく視線が鋭い。

 

「まあ。痛覚制限の解除は触覚系の制限(リミッター)を外すことでもあるから、抱きつかれて気持ちいいとかいう気持ちは分かるけれど……とにかく、真面目にやってよね」

 

「は、はい……」

 

 あの、なんというか。どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

『いや。お前、そもそもなんでVR艦これが成人向けなのか知らないのか?』

 

『なんで? エッチな描写があるからじゃないの?』

 

『なわけないだろ? あれはR18G、グロ描写があるからだよ。エッチなのはR18にするんだから付け足そうか程度のオマケ!』

 

 そしてその「グロ描写」とやらを()()()()()()()()ゲームモードは「リアリスティック」と呼ばれていた。被弾するとHPではなく部位ごとの耐久計算が行われ、負荷の掛かりすぎた箇所は破損する。要するに腕がもげたり足が折れたりする。

 もちろん、頭に被弾したりすれば……。

 

『だからこそ、電郵省令に基づく同意ってやつが必要なんでやがりますね』

 

 ()()()()()()()()()()。丹陽さんはそんな風に言った。艦娘が轟沈すれば、その艦娘(キャラクタ)に紐付けられた記憶が削除される。VR消費時代の新権利「忘れ去る権利」を応用したトンデモないゲームシステム。

 

 俺は、これを知らなきゃいけない。かつて丹陽(ゆきかぜ)さんに何があったのかを知るために。

 

雪風(アイツ)にとって、あなたは何番目の時津風(あなた)だと思う?』

 

 

 

 初風のあの言葉の、本当の意味を知るために。

 



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駆逐艦戦記3-2

戦闘前の説明シーンが予想以上に伸びちゃったので分割。これでも削ったのですが……


 

 刻は少し遡る。

 

「やぁ。今日は来てくれてありがとう! やっとボクらの艦隊(クラン)に入る気になってくれたんだね?」

 

「あ、いや……そういう訳じゃなくてね? 今日は時雨さんに相談したいことがありまして」

 

「やぁ。今日は来てくれてありがとう! やっとボクらの艦隊(クラン)に入る気になってくれたんだね?」

 

「いやだから。相談したいことが……」

 

「無駄っぽい。時雨はすぐ勧誘Botになるっぽい」

 

「ふふ、いい雨だね……」

 

 なんだろう。公衆浴場(おふろ)艦隊(クラン)に誘われた時とはえらい違い。それともあの時は仮にも「公衆の場」だったから抑えていただけで、元々こういうヒトなのだろうか。

 

「ごめんね時津風、ウチの艦隊旗艦(マスター)はこんな感じっぽい」

 

「そんなことはないよ夕立。ただ、今日はいい雨だからさ……つい、ね……」

 

 そして夕立さんのなんて頼もしいことだろう。用件を聞くっぽいと応接セットに転がり込んだ彼女に、俺はその件を切り出すのだった。

 

 ★

 

 天津風曰く、それは四隻だけの艦隊(クラン)だった。

 

「『第16駆逐隊』……久しぶりに聞いた艦隊(クラン)名だね」

 

「知ってるんですか?」

 

 頷いた時雨に俺は思わず身を乗り出していた。元々ダメ元だったのだ。知ってるだけでも大当たり。ところが、続いた次の言葉に俺は首を傾げることになる。

 

「知ってるというか。彼女たちはウチの『リアリスティック・パッケージ』の元ネタなんだよ」

 

「りありすてぃっく・ぱっけーじ?」

 

「時雨、それは組合のことを説明しないと分からないっぽい?」

 

 夕立さんがそんなことを言う。実際分かっていないので俺はこくこくと頷いておく。それもそうだねと時雨は微笑むと、じっと俺のことを見つめた。

 

「まず時津風は、僕たちの艦隊(クラン)……『港湾駆逐艦組合』がなにをしているか知っているかな?」

 

「大規模作戦の攻略じゃないの?」

 

 時雨に誘われたことで意識するようになったので、この「港湾駆逐艦組合」という名前がちょいちょい大規模作戦の戦績上位組(ランカー)に入っていることは知っている。

 

「実はその時、僕たちは他の艦隊と共同で攻略をしているんだよ」

 

「いつも大規模作戦の戦績掲示は他の艦隊(クラン)さんと一緒っぽい」

 

 あれ? そうだっけ? 言われてみれば、いつも「港湾駆逐艦組合」の全文は掲載されていなかった気がする。複数艦隊(クラン)名を表示すると文字数制限で溢れることがあるので「《オクチャブリスカ・レボリューチィアとなかまたち》&《港湾駆」みたいな表記になるのだ。まあ、どう考えても組んでる艦隊(クラン)の名前が長いのが原因だろうけれど……。

 

「僕らの艦隊(クラン)は、一言で言えば『駆逐艦派遣業者』なんだよ」

 

 アウトソーシング、という言葉がある。英語がよく分からない俺のために夕立さんは外部委託と訳してくれる。要するに、仕事を部外者にやってもらうことらしい。

 

「夕立たちの目的は、強力な駆逐艦が居ないか足りない艦隊(クラン)に駆逐艦戦力を提供することっぽい」

 

「中世系ファンタジーにおける『冒険者ギルド』とでも言えばいいのかな? 雑多な掲示板から募集要項を探して野良戦隊(パーティー)を組むのは大変だし手間が掛かる。しかも連合艦隊とかを組もうとすると駆逐艦が複数必要だったりする」

 

 駆逐艦は、とにかく特殊な艦種。艦これが艦隊を組むゲームである以上は連携はどうしても必要になってくるが、駆逐艦の連携は単なる攻撃防御といった連携では済まない。

 

「もちろん理想は信頼し合う個々人が集まって戦隊を組むことだけれど、現実(リアル)の都合を考えると難しい。だから、僕たちはいつでも均質な戦力を提供できる組織を作った。それが港湾駆逐艦組合」

 

 時雨さんの話によると、組合に所属する構成員(クランメンバー)は艦隊内で演習を繰り返すことで技術を磨き、その技術を他の艦隊(クラン)に提供。そうすることで大規模作戦などの報酬を山分けしてゲットしているらしい。

 

「なんか……ホンモノの企業みたい」

 

「会社ごっこをやりたい! ってところから始まったから、それは間違ってないっぽい!」

 

「まあ元々は駆逐艦に不利な報酬体系の是正のためだったんだけどね……」

 

 なんでここまで大きくなっちゃったかな、と苦笑する時雨さん。おっと、話がそれた。

 

「で。その組合とさっきのリアリスティック・パッケージはどう関係してくるの?」

 

「うん。リアリスティック・パッケージはリアリスティック設定の駆逐隊を派遣する契約(サービス)なんだよ」

 

 リアリスティック設定は危険だけれど、上手く使いこなせばこの世界(ゲーム)では一番強い。確かに、HP制が適用されないリアリスティックに「中破」や「大破」などのペナルティは適用されない。文字通りに「肉を切らせて骨を断つ」戦い方が出来る。

 

「『第16駆逐隊』はね、その戦い方で大規模作戦(イベント)に挑み続けた艦隊(クラン)だったんだよ」

 

 4隻だけの艦隊(クラン)。大規模作戦は複数艦隊を同時に動かす連合艦隊戦(レイドバトル)形式で挑むのが一般的。そこにたったの四隻で挑むなんて、想像もつかない。

 

「すごかったんだよ。本当に」

 

 時雨さんは、そう言ったのだった。

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

「突撃~~~~~!!!」

 

 号令一斉。五つの主機(もとき)が唸りをあげる。駆逐艦の装備はどうしても射程が短いので、戦いの主軸はこうした電撃(とつげき)戦になる。

 

「遅れてないですね! いいですね時津風さん!」

 

 風にのった朝潮さんの声が俺の耳に届く。時津風は朝潮型よりも新しい陽炎型なのだから、この位で遅れを取るつもりは……と言いたいところなのだけれど、それでも危うく遅れそうになった。

 理由は至極単純。

 

《ふふふ、危なかったみたいねぇ》

 

 声ではない声が聞こえる。コイツ、脳内に直接……? な通信は個別通信(カスタムチャット)だ。正直今は口を開く余裕もないので、俺も念じることで返事をする。

 

《こ、こうなるって分かってましたよね!? 荒潮さんッ!》

 

 横目で笑ってくる荒潮さん。俺は必死に()()()()()()()()抗議する。

 

《姿勢も低くしないとダメよぉ? 空気抵抗をモロに受けちゃうからね♪》

 

 そう、リアリスティックモードの特徴の一つ。空気抵抗。

 そもそも、艦娘は滅茶苦茶足が速い。というのも、艦娘は女の子の身体をしていても軍艦を擬人化した存在な訳で。つまりおおよそ軍艦と同じ能力を与えられている訳で。

 その一つが速力。軍艦は戦うこともあって速度が出せるように設計されている。フネと聞くとのんびり進んでいくイメージがあるけれど、丹陽さんが言うには「遠近ホーと経済速度のなせる技」らしい。遠いとモノはゆっくり動いて見えるし、そもそも速く動くと燃費が悪くなるらしいのだ。まあ全速力で走ると疲れるし、そらそうだよね。

 

 まあとにかくそんな感じで高速で動けるのが駆逐艦。それでも、高速道路を走る自動車やバイクよりは遅いのでなんとかやっていける。

 そう、なんとかやっていけてるつもりだったのだ。風という一番大切な要素を無視していたから。

 

「これっ、やばいっ……!」

 

 そもそも。人間の服はあまり風を考慮していない。防寒対策の施されたウインドブレーカーなどは名前の通り(ウインド)遮断(ブレーカー)するけれど、それは逆に普通の服が遮断(ブレーカー)しないからこそ。

 

《台風の中にいるみたいでしょう~? 生きてるって感じで気持ちいいわよねぇ♪》

 

《そーいう問題じゃないー!》

 

 そう、本当に暴風が俺を襲っているのだ。速度は下げられないから風は止まないし、俺の制服はウインドをブレーカーしてくれない。

 さて、ではここで時津風(おれ)の制服をみてください。

 

《ほらほら、今度は右が解けかかってるわよぉ?》

 

 その言葉に俺の右手が動く、なんとか解けないように引っ張って抑える。しかし風とは残酷なモノで、僅かな隙間を狙って吹き込んでくれば風圧で服が吹き飛びそうになる。

 そう、問題は服なのだ。知っての通り時津風という艦娘は、なんというかその……ほら、あれですよ、アレ。服がね?

 

「時津風さんッ! 遅れてますよ!」

 

 いやいやいや。朝潮さんもしかしてわざと? それとも突撃に集中しすぎてこっちの事情なんて見ていない? どっちにせよ酷いと思うよ俺は。もう少しね、配慮ってものをお願いしますよ。いやまあ、リアリスティックモードの世界に案内してくれる人達にこんなことを言うのはどうとは思うんだけどさ。

 もう少し! 思いやりをもってくれないかな!

 

《でも、時雨さん(クランマスター)からは徹底的にしごいてくれって依頼(オーダー)なのよねぇ》

 

 俺の頭の中を読んだかのように荒潮さんが言う。でも、このまま増速したら見えちゃうじゃん!

 

《可愛いわねぇ♪》

 

 あ”ら”し”お”さ”ん”ッッ! ぜったいワザとでしょ!!

 

「うぅ~~~!」

 

 でも、これでも俺だってこの身体の扱いには慣れてきているのだ。無理矢理なんとか制服の端を縛って原状回復。陣形を立て直す。少なくとも、これで服がめくれて状態で敵に突っ込むという恥ずかしい様を見せることは回避された。よかったよかった。

 まあ、ちゃんとタイツは履いてるしめくれたからといって別に恥ずかしい場所がみられることはないのだけれどもね? というか、そう考えると雪風……あぁと、あの人は丹陽って名乗ってるけれど彼女だけじゃなくて一般的な駆逐艦雪風のことだ……雪風の服装って、なんというか。すごくすごいよね。いや他人(ヒト)のこと言えないんだけれどさ本当に。

 

 ……なには、ともかく。これで準備は整った。

 そろそろ相手も迫ってくるはず。俺は、ようやく空いた両腕を使って連装砲を構えた。

 

「さぁ! 叩くよ!」

 

 さあ、砲雷撃戦の始まりだ。

 




次回は戦闘回!

あとお知らせです。なんと本作「翔鶴ねぇ☆オンライン!」の設定をベースにした小説をプレリュード先生(ID:128417)が書いてくださいました!やったね!

それでは、先生の「加古鷹おんらいん!」もあわせてよろしくお願いします~!
URL→https://syosetu.org/novel/243735/


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翔鶴ねぇのクリスマス

駆逐艦戦記が遅れております。とりあえず更新!


 虚空に浮いた仮想ウインドウ、その衣装(コスチューム)に関する項目を選択。そこに浮かんだいくつもの選択肢をスクロールして、私は物資保管庫(アイテムストレージ)の奥底に眠っている『それ』を取り出します。

 なにかと効率ばかりを追い求めるシステムが「自動で着替えますか?」などと無粋なことを聞いてくるのでもちろん無視、手元に『それ』を呼び出します。

 なに、難しいことを考える必要はありません。専用の衣装は公式が配布してくれていますし、なんなら有志製作の衣装だってあります。要するに、自分が気に入った服を着ればいいだけのこと。

 

「ふんふん、ふふふ~♪」

 

 みなさんこんにちは。今日の翔鶴、つまり溢れんばかりの機能美を身に纏ったこの私ですは大変気分が良いのです。それもそのはず、なにせ今日は……。

 

「翔鶴ねぇ、榛名さんからメッセージきたよ! やっぱり予定がついたみたいだからクランルームに集まりましょう、だって!」

「……そ、そうですか」

「? どうしたの翔鶴ねぇ?」

 

 小首を傾げる瑞鶴。私よりも小さくて……あ、小さくはないですね。とにかくぎゅっと抱きしめて守ってあげたくなる細い線で象られた私の大切な妹。

 

「ううん、なんでもないわ。そう……なんでもないの」

 

 その瑞鶴と、姉妹水入らずで過ごす予定だったのですが……。

 

 

 ★

 

 

「翔鶴さんに瑞鶴さんっ、メリークリスマスー!」

「わーい! 榛名さんもメリークリスマス!」

 

 艦隊(クラン)『秘密の花園』は所属艦娘(プレイヤー)が僅かに六隻という小規模な艦隊(クラン)です。そして翔鶴(わたし)にとっては紛れもない現実であるこの世界も仮想現実(VR)であるという建前を取っ払うことは出来ず、その六隻が全て常にログインしている訳ではありません。それでもまあ、招集をかければだいたい集まるのですが……。

 

「あ、今日は別に招集はかけてないですよ? あくまで有志のクリスマスパーティですからね。他の方の邪魔をしてしまってはいけませんし」

 

 だったら、私と瑞鶴も放っておいてはくれなかったものでしょうか? 私たちが二人でクランルームにやってきたあたりからもう理解しているとは思いますがね榛名さん。私と瑞鶴は、さっきまでず~~~~っと二人で居たんです。

 いつも居るだろうって? 違うんですよそうじゃないんですよ佐藤記者。今日は特別な日、クリスマスじゃあないですか! この大切な日に私の瑞鶴と一緒に居られる幸せ! あなたには分からないでしょうね!

 そしてきっと榛名さんにも……いえ、このヒトに限ってそれはないですね。きっと分かった上で私を呼び出したに違いありません。

 そしてそのX級戦犯である榛名さんは、素知らぬ顔でこう続けるのです。

 

「ところで、お二人はサンタクロースの格好をされてないんですね?」

「え? あ、うん。なんか翔鶴ねぇが『別にいいでしょ』っていうから」

「……瑞鶴。お姉ちゃん、今の情報はわざわざ言わなくてもよかったと思うの」

 

 そう言えば、何かを言いたげにじとーと私に視線を寄越す瑞鶴。な、なんですか。まさか瑞鶴まで榛名さんの味方をするんですか? これが俗に言う「背後からの一撃」ってやつなんですか???

 

「そうですか~。残念ですねぇ、今日はみんなでサンタコスして写真撮影しても許される日なのに……」

「榛名さん。それは多分クリスマスという行事のボタンを数十個レベルで掛け違えていると思いますよ?」

 

 ちなみにご慧眼をお持ちの皆様は当然気付いているとは思いますが、今の榛名さんははっきり言って目に余る格好をしておられます。いえまあ、確かにサンタクロースの格好ではあるんですよ。ただその、肩をむき出しにしたりおへそを見えるようにしたり、果てはミニスカートを更に切り詰めたようなスカートにしたり……。

 

「まず、公式版の衣装を着るという選択肢はなかったんですか」

「いいじゃないですか翔鶴さん。せっかくの身内パーティなんですから」

 

 そう。榛名さんはどうしたことか公式に配布されている衣装ではなく有志製作の衣装、それもかなーりキワドイ感じのサンタクロース衣装(コスチューム)を纏っているのです。

 ……というか、これはもはや水着なのでは? いくら寒さ暑さをある程度無視できる仮想現実と言っても、温度の概念はちゃんと実装されているわけですし……。

 

「ルームは温度調整されてるので問題ありません!」

 

 そう言いながら部屋の隅を指さす榛名さん。そこには、いつの間にやら用意された暖炉。

 

「……なんか、いつの間にか増設されてるんですけれど」

ここ(クランルーム)は榛名の部屋でもありますから」

 

 それは私物化なのでは……と言いたいところですが、まあ実際クランルームは皆々して勝手に飾っているのでまあ榛名さんの言い分は分からないでもないです。

 

「わぁ~すごい。ちゃんと炎が揺れてるしパチパチって音もする。ほんのり暖かいし本当に暖炉って感じだぁ……」

 

 そんなことを言いながら手をかざす瑞鶴。ルームの設定で室温を弄ってしまえば簡単に調整できる温度も、こうして暖房器具を設置するだけで暖められている気分になれるのだから不思議なものです。

 

 とその時、にこにこしながら暖炉を見ていた可愛い瑞鶴の表情が変わります。なにかに気付いたようです。

 

「あれ。これってもしかして……?」

「ふふふ……瑞鶴さん、気付かれてしまいましたか……」

 

 どこぞの悪代官みたいな笑みを浮かべる榛名さん。まあ榛名さんの言動は常に悪代官っぽいですから仕方ないのですが、キワドイ系サンタコスでそんな表情をされてもコメントに困りますね。

 しかし榛名さんはそんな私の内心を知らず、腰にかけてのくびれを強調するようなサンタコスのままガッツポーズをしてみせるのです。

 

「なんとそれ、天下の『ヒトミブランド』なんです!」

「え……!? 榛名さんすごい!」

 

 びっくり仰天といわんばかりに驚いてみせる、驚きに勝るほどの喜びが混ざった瑞鶴の表情、有志系のMod製作者の中でも「ヒトミブランド」はひときわ輝く憧れの的です。ブランドという名前で呼ばれていることからも分かるとおり、同じ製作者がつくったというだけで希少価値がグンと上がる一品ということになります。

 さらにこのブランド、量産品(コピー)をつくらないんですよね。つまり同じデザインの品は存在しない、世界に一つだけのデザイン。こんな事情からゲーム内通貨で一桁二桁は当たり前に取引額が跳ね上がるのです。

 

「でもこれ、すっごく高かったんじゃないの?」

「まあ、それなりには。艦隊旗艦(クランマスター)である私から皆さんへのクリスマス・プレゼントだと思って下さい」

「ありがとう! ほら翔鶴ねぇも!」

「え、えぇ……榛名さん、どうもありがとうございました」

 

 なんでしょう。榛名さんが当然のように「いいこと」をしているのにヒジョーに違和感があります。これはなんでしょうか、いわゆる光堕ちというヤツですか? それとも何か遠大な計画の一端なのでしょうか。

 

「いえいえ。やっぱり素直に感謝されると嬉しい物ですね。あ! ちなみにお代は身体で払ってくれてもいいんd……」

 

 失礼、私が深読みしすぎましたね。一歩踏み込んで跳躍、そのまま身体を一本の軸にして回転跳び蹴りを食らわせます。断末魔に黒がどうとか言ってた気がしますが気にしませんとも、ええ。

 

「しょ、翔鶴ねぇ……」

「いいのよ瑞鶴、この変態(はるなさん)は蹴られてもいい方だから。それに、ちゃんと加減はしてるわ」

 

 ぽんぽんと手を叩きながら言えば、瑞鶴はなんだか不満そうな顔……私が恩を仇で返したとでもいいたいのでしょうか。

 

「でも翔鶴ねぇ。やっぱり私は身体で払うよ!」

「は?」

 

 しまった。ちょっと強い言葉を使ってしまいました。こういう時は「え?」とか「ふえ?」とかの方が良かったですかね。いえ、流石に「ふえ?」は狙いすぎですね時津風さんじゃないんですから。

 ……というか、そう言う問題じゃないでしょう今は。

 

「瑞鶴、あなたなんてことを……」

「だって。私たち榛名さんにクリスマスプレゼント用意してないじゃん。だったら肉体労働(からだ)で返さなきゃ!」

 

 そう言いながら瑞鶴は仮想ウインドウを展開すると……え、待って下さい一体何を始める気なんですか? というか瑞鶴あなた、そんなに積極的な性格じゃないんですよね??

 そして瑞鶴は何かを取り出したのでしょう。虚空から光の粒が寄り合って、物体を顕現させます。そしてそれが、なんと私に差し出されました。

 

「はいこれ! 翔鶴ねぇも手伝ってね?」

「……あ、飾り付けですか。なるほど」

 

 それはなんでもない。そう何でもなさ過ぎるクリスマスの飾り付けでした。あれですね、なんか折り紙をくるっと巻いて作った鎖っぽいなにかとか、あと針葉樹の葉っぱと松ぼっくりとかで作ったなにかとか、そういうのですね。もちろん既製品ではありません。瑞鶴が差し出したのはその材料。それを机の上に広げると、続いてハサミやらノリやらを展開していきます。

 

「ふふん、工作なんて久しぶりだね! 翔鶴ねぇ!」

「え、ええ。そうね、なんだか私も楽しくなってきたわ」

 

 もちろん本心です。だって邪魔はさっき倒しましたし、今は瑞鶴と水入らず。二人で並んで座ると、道具を手に取って加工してゆきます。もちろん私はヒトの姿をした航空母艦の翔鶴ですが、自らの手を操ることなどお手の物です。一つ一つの材料にはきっと瑞鶴の想いが籠もっているのですから、それを丹念に飾りへと昇華させていきます。

 

「そういえばさ翔鶴ねぇ。私たちは着替えなくていいの?」

「え?」

「いやだから、クリスマスの衣装。さっき着替えようとしてたでしょ?」

「あれは、クランルームにいくことを優先したから……」

 

 そこで、瑞鶴からの視線が突き刺さります。これはあれですね、弁明は許して貰えないタイプの視線ですね。

 

「……分かったわよ。でも、流石にここでは着替えられないから、替えてもいい?」

「うん。いいよ」

 

 そう言いながら自分も仮想ウインドウを展開する瑞鶴。私も同じ画面を開くと、衣装を選択。効率ばかりを求めるウインドウが提案してくる自動着替えを承認。途端に服が光に包まれて、別の衣装へと形を変えていきます。

 ……こういうの、よく美少女が変身して戦うタイプの作品演出としてよくありますけれど、実際にする側になってみるとなんというか、恥ずかしいんですよね。だってこれ、光に包まれているだけで服は着てない時間があるってことですし……。というか全身がスースーしますし。それを瑞鶴の隣でやっていると考えると、なんというべきでしょうか。心が掻き乱されます。

 

「……はい、お着替え完了! 翔鶴ねぇ可愛いよ~!」

「そ、そんな……可愛いだなんて……」

「もぅ、照れないでってばぁ!」

 

 瑞鶴はそう言いながら私に体重を預けてきます。さらりと腕が背中に回されて、普段の道着モデルの装束とは違う材質の、ふわふわとした感触も直に伝わってきます。

 

「ふふ、やっぱりいつもと違うと楽しいね。翔鶴ねぇ」

 

 そんな声は私の耳元から。確かに、いつもと違って瑞鶴に抱きすくめられるのも悪い気分ではありません。そっと私も、抱き返しておきます。

 

「ええ、私も楽しいわ。瑞鶴」

 

 こうして、いつまでも時間が止まっていたら良いのに。もちろんそれが許されないことは分かっています。それでも、こうして瑞鶴の温もりが感じられる時間が私にとっては大切な時間なんです。

 

「あのさ、翔鶴ねぇ」

 

 そんなとき、瑞鶴が口を開きます。すっと私の肩から顔を退けて、ちょうど真正面に彼女の整った顔立ちが。

 

「翔鶴ねぇにはね、ちゃーんとプレゼント用意したよ?」

 

 ああ、この子はどんな台詞をどのタイミングで言えばいいか完璧に理解しているのでしょう。二人きりで過ごせなくなったことを私がどう考えていたか、さっき榛名さんをはっ倒したのがどちらかという私怨に近かったことをよく理解しているのでしょう。

 だってそれが私の賢い妹、瑞鶴なのですから。

 

「実は私も、用意したわ」

「やった!」

 

 うきうきと言わんばかりに身体を揺らして、満面の笑みを浮かべる瑞鶴。私と瑞鶴の視線が絡み合って、二人の距離が次第に近づいていきます。

 

「はぁ……いいですねぇ……最っ高のクリスマスプレゼントですよ……」

 

 最悪のタイミングで、横からの強烈な視線を感じるまでは。

 

「…………榛名さん。いつから起きてたんですか?」

「手加減したってご自分で仰っていたじゃありませんか。お邪魔はしませんから、このまま続けて下さい? ねぇ青葉さん?」

「ええ! 後からやってくる時津風北上両氏のためにも。バッチリ記録しておきます! 青葉、はりきっちゃいますよぉ!」

 

 ……まあ、二千歩譲って榛名さんはいいでしょう。問題は隣のパパラッチ。いつから居た。ここでカメラを構えるということは戦争をご所望ですね? クリスマスまでに戦争は終わらなかったんですね?

 

「もう翔鶴ねぇったら! 今日くらいカッカしないの!」

「でも瑞鶴……、この人達がやってるのは……」

 

 私は言いたいことが百から二百ほどあるのに、瑞鶴が私の頬を引っ張るので言わせて貰えません。むむむーと言っていると、私の愛おしい妹は耳元で一言。

 

「明日お休みでしょ? だから、ふたりっきりでずーっと一緒にいられるよ?」

「……ずるいわよ、瑞鶴」

 

 そんなこと言われたら、ここで怒れないじゃないですか。最高の明日のためには、まず今日を最高にしなくちゃいけなくなっちゃうじゃないですか。

 仕方が無いので私は青葉さんと榛名さんに向き直ります。もちろんお二人だって私の艦隊(クラン)の大切な僚艦(なかま)ですもの。無下にするつもりは毛頭ありません。

 

「まあ、まあいいでしょう。それじゃあ榛名さん? クリスマスパーティーを盛り上げる準備をしようじゃありませんか」

「ええ、そういたしましょう!」

「よーし、青葉がんばっちゃうぞー!」

「やろっ、翔鶴ねぇ!」

 

 

 

 それでは皆さんもハッピーメリークリスマス!

 

 



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