赤き謡精、白き雷霆 (エステバリス)
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新世界のD×D
転生




『蒼き雷霆ガンヴォルト』ノーマルエンド後にこんな事になったら面白そうだなっていう妄想が10割です。

原作シラネという人にもわかるように書くので、どうぞよろしくお願いします。




 

 

━━━私の空が落ちた。私の心が騒ぎ出した。この世界の片隅で。

 

蒼い服の彼が斃れる。虚ろな瞳は一瞬で動く事を止め、私を覗き見るように息絶える。ずっと私を助けてくれた彼が。

 

「いやっ……そんな……GV━━━!!」

 

「キミもだ、()()()

 

「━━━あ、」

 

彼を仕留めた凶銃を構えた男性が私を呼び掛ける。悲しみに暮れる暇もなく振り向く。

 

だけどそれはもう遅い。もう既に弾丸は私の胴体に直撃し、彼の後を追うように倒れ込む。

 

「━━…━……━━━………………」

 

何か言っているけど、聞こえない。目には何も映らない。黒い、暗い。悔しさ? 悲しさ? よく解らないけど、涙が出てくる。

 

「……ィ、……イ……」

 

何も見えないけど、私が何を言っているかも自分の耳には届かないけれど、彼に手を伸ばす。

 

━━━触れた? 解らない。でも多分触れた。

 

「ゎ…………ぁ……………………ぃ…………」

 

きっと私は死んじゃうんだ。悔しいなあ。ずっと守られてばかりだったから。私も、彼を━━━

 

◆◇◆

 

「━━━ぁ?」

 

「ああ、起きたかい一誠」

 

━━━あれ?

 

一体何が起きているんだろう。私、死んだよね? 確かに、死んじゃった筈なんだけど。

 

「ぁ、ぅ……ぁ?」

 

喋れない? ていうか、歯の感覚がない?

 

手もなんだか凄く短いし、立てない。あれ、あれれ。

 

これはもしかして……私、赤ちゃんになってる!?

 

◆◇◆

 

(シアン)が兵藤 一誠という女の子に生まれ変わってから10年くらいが経った頃。私はある程度現状に慣れ、整理も出来ていた。

 

此処は私のいた世界とは少し違う事。私のいた世界には第七波動(セブンス)能力者と呼ばれる超能力者がいたけれど、この世界にはそういう類いの能力者は存在しない事。

 

但し、此処に例外がいる。それが私。兵藤 一誠。

 

私の第七波動(セブンス)電子の謡精(サイバー・ディーヴァ)は私の心を具現化させるもの。

 

あの時死んでしまった私は一時的に心だけの存在、つまり電子の謡精そのものになっていた。その私の心はこの兵藤 一誠の身体に宿っている。

 

だから私はその例外。ただ電子の謡精は能力者のいないこの世界では特に大した力を持たない。ただ精神に干渉して少しだけ、ライブ会場のようなテンションに陥りやすくなるように誘導する程度の事しかできない。

 

だから能力はないも同然。私は私の思うように自由に生きられる。

 

その自由には、彼はいないけれど。

 

いつまでも引きずるのはどうかと思う。でも憶えていられるうちは引きずりたい。

 

『……で、その結果がコレ?』

 

パソコンを弄る私の横から青い姿の女性が現れる。

 

モルフォ。私の電子の謡精によって具現化された私の心。私の本心の具現……と、私について研究をしていた人達は言っていた。

 

第七波動によって創られるモルフォの存在は同じ第七波動の因子を持たない人には見えない。

 

だから私とモルフォが思っている事っていうのは同じで。

 

「そう、コレ。この世の何処かに、此処にいない彼の事を遺したいの」

 

私はそう言いながら一つの動画を投稿した。

 

投稿者名『シアン』。動画タイトル『蒼の彼方』。

 

あの世界を駆け抜けた彼に、苛酷な世界を生きた彼に贈る、始まりの曲を。

 

 



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運命

 

 

兵藤 一誠、16歳になりました。

 

シアンだった頃の私は諸事情であまり発育が良くなく、13歳で一度目の生涯を終えた時も130cmしか無かった。

 

だから兵藤 一誠としての人生には期待していた。していたのに……

 

……なかった。私の身体は相変わらず130だった。

 

意味が、わからない……昔はちゃんと理由があって130だったのに、今の私は特に理由もなく130。なんで?

 

「よ、イッセー」

 

「今日もちみっこいなイッセー」

 

「ちょっと松田、元浜! ちっちゃい言わないでよ!」

 

校門で私の背中を叩いて頭をわざとらしく撫でながら友達の松田と元浜が通り過ぎていく。

 

「……もう、ホントにデリカシーないなぁあの二人……」

 

なんだかシアンだった頃に時々会いに来てくれていたジーノさんを思い出す。ちょっとオタッキーでなんというか、不思議な人。

 

あの人の影響もあり私も結構そっちの方の知識があったりする。ドラグソ・ボールはとても熱い漫画だ。

 

『アレも面白かったけどやっぱりジーノに貸してもらったあのゲームが一番よね~。あのお恥ずかしいゲーム』

 

「あはは……まあそうだけど。一番最初に手に取ったゲームだからっていうのもあるけど、やっぱりアレが一番だと思う」

 

モルフォとくだらない会話をしてから階段を登る。他の人からすれば意味のわからない独り言を喋っているように見えるからモルフォと会話する事は極力控えている。

 

ただモルフォは神出鬼没な上に時々私の意思を無視して勝手に出てくるから困りもので、決定的に怪しまれる事こそなかったものの危ない場面に何度か遭遇した事があるのも事実だ。

 

モルフォが引っ込んですぐ、私の目の前に一人の女性が映った。

 

リアス・グレモリー先輩。私の通うこの駒王学園の有名人。容姿端麗で性格も良く、人気者という言葉を絵にしたような人。

 

特に接点もない私にはあまり関係のない人だけれど、目に映ってしまえば思わず追ってしまう。そんな綺麗な人だ。

 

「あら、確かあなたは……兵藤さんだったかしら?」

 

「へ? ……あ、はい。兵藤 一誠です。なんで私の名前を」

 

「それなりに有名だからよ。あなたとても小さいでしょう? 1年の子猫と同じくらいそういう方にね」

 

「はあ……塔城さんと、ですか」

 

それだけ言うとグレモリー先輩は私の頭を松田や元浜よりも優しく撫でるとそのまま右手を上げて階段を下って行く。3年生と2年生とでは教室の階が違うのだけど、誰かに用があったのだろうか?

 

私はそんな事を考えながら教室に入って行った。さあ、今日も平穏な授業の始まりだ。

 

◆◇◆

 

さて、夕暮れ時。私は学校帰りに新しいゲームソフトを何個か一気買いをして帰路についている。アクションゲームとかシューティングゲームとか、そういうのを運動の得意でないのでゲームの中だけでも、と購入する傾向にある。

 

「今の時代で2Dアクションゲームなんてそうそう目にしないよねぇ。プレイするのが楽しみだなあ」

 

『ほどほどにしなさいよ。お母さんによく怒られてるし』

 

「わかってるわかってるって……『アイツはお前みたいに単純なヤツじゃない。いつも悩んでばかりのいくじなしだったさ……だからこそアイツは英雄になれたんだ』なんちゃって!」

 

『ホントゲームやる時だけ調子いいわねこの子……』

 

モルフォと喋りながら歩道橋を歩く。一旦そこでゲームソフトを鞄に仕舞って顔を上げると、そこには私と同年代くらいの女の子が立っていた。

 

「……?」

 

よくわからないが女の子の事が気になる。チクチクする? ズキズキする? 言葉にもできない感覚だ。気分が悪い。

 

「あなた、兵藤 一誠さん?」

 

「え?」

 

ふと、女の子が私に話し掛けて来た。よくわからない違和感に苛まれながら私はどうにか平静を取り繕い、コクリと頷く。

 

「はい、そうですけど……何か私に用ですか?」

 

物珍しさで話し掛けて来る人は結構いたけど、なんだかよくわからない感覚を伴って話し掛ける人はそうはいなかった。

 

━━━いや、いた。昔、私が兵藤 一誠じゃなくてシアンだった頃に。その人達と似たような感覚で話し掛けられていると思えば、その違和感にも納得が行った。

 

「お願いがあるの」

 

お願い。嫌な予感しかしない。だって、私をそういう目で見ていた人達は、(シアン)が彼に助けられる前によく向けられて、彼に助けられた後にも向けられた記憶のある、あの感情だから。

 

「……なん、ですか……?」

 

━━━能力者を管理する。その為にキミの電子の謡精(サイバー・ディーヴァ)が欲しいな

 

「━━━死んでくれない?」

 

ゾクッ。

 

私が予想していたのとほぼ変わりのない答えが返って来たのと同時に私は彼女に向かって鞄を投げつけて後ろに向かって駆け出した。

 

動く機会に恵まれなかったシアンよりはちゃんと動いてくれる一誠の身体に心の奥底から感謝したのは多分これが一番で初めてだ。歩道橋の手すりに身体を乗せて滑りながら降りるなんてシアンじゃできなかった。

 

だけど、彼女を引き離せない。間違いなく遊んでいる。私を追い掛けて遊んでいる。

 

逃げ切れる保証なんてない事は逃げ初めて15秒と経たないうちに察した。でも逃げなければならないというのはわかっている。

 

「まだ買ってないゲームもやってないゲームもあるのに……新しい曲も作ってる最中なのに死ねない! モルフォ、この辺りに介入できそうな電子機器とかない!?」

 

『ないわね。夕方じゃまだパソコンを使うような年齢の人が家に帰って来ている方が珍しいもの。携帯電話程度じゃそこを介してテレビ局とかにハックするにはキツいわ。そこは電子の謡精の本領じゃないし』

 

苦虫を噛み潰すようなモルフォの声。その後ろでは未だにクスクスと笑いながら余裕の表情を崩さない彼女。

 

公園の付近でとうとう足をとられた。疲労によって思い通りに動いてくれなくなった足が地面を思うように蹴れず、身体が地面と平行になるようにして崩れる。ポケットに入っていたチラシがその衝撃でポケットから出ていき、擦りむいてついた血が付着する。

 

また動き出そうにも豪快に擦りむいた足は中々動き出せない。それでも這ってでも逃げようとしたが━━━無情な事に、彼女は私の目の前に立っていた。

 

「鬼ごっこはもうおしまいかしら?」

 

「っ……!」

 

「あの方が何故そんなにもあなたを危険視するかは全然わからないけれど、死んでもらうわ」

 

右手に何か光るものが見える。それ自体に見覚えなんてないけど、その異常性はかつて見慣れたものだった。

 

「……死ねない」

 

それを見た事で本格的に死の足音を聴かされる事になったけれど、それが逆に私に死にたくないという想いを奮起させる。

 

「まだ、死なない」

 

「死ぬのよ、此処で」

 

「いや、まだ死にたくない」

 

「そう……じゃあ、無様に死になさい」

 

彼女は光を大きく振りかぶる。

 

逃れられない死。

 

避けられない終幕(終わり)

 

それでも私は━━━

 

「私は━━━私の歌を唄いたい!」

 

途端、彼女は私の元から何かに気づいたように飛び退いた。

 

━━━助かった?

 

いや、違う。まだ彼女は其処にいる。じゃあ何故。どうして?

 

疑問はすぐに晴れた。宙には私と彼女の間を挟むように男の子がゆっくりと降りてきていた。白い翼をはためかせ、銀色の髪を揺らめかせている。

 

「見つけたぞ、レイナーレ」

 

地に降り立つと共に彼の翼は消えて、代わりに一挺の拳銃をレイナーレと呼ばれた彼女に向ける。

 

「アザゼルから余計な手出しは身を滅ぼすと忠告だ。早々に手を引いた方がいい。あまり過激な事をやって、ボクも同胞を手に掛ける事はあまり好まない」

 

「白い翼……白龍皇……」

 

彼女はそれだけ言うと舌打ちをしながら何処かへと消えてしまった。

 

やれやれ、といった風に彼は未だに倒れていた私を抱き上げてベンチに座らせる。

 

「大丈夫だったかい?」

 

「え? ……はい」

 

「……そっか。なら良かった」

 

深く安堵したような声で彼は笑う。何処か儚げに。その慈愛すら思わせる姿と、空から舞い降りた最初の姿を見て、私はつい、聞いてしまう。

 

「……あなたは、天使?」

 

「え……?」

 

「あ、ごめんなさい。なんでもないです」

 

変な事を聞いてしまったか、と思ってすぐに取り繕う。だが彼はそれを聞いて少しだけ、物憂げな顔をして答える

 

「残念ながら、ボクは悪魔だよ。……彼女らが来る前に記憶の処理をしておくか」

 

「え?」

 

そう言うと彼は私の頭に右手を乗せる。すると右手がなんだかよくわからないけど光り出す。でもそれはさっきのレイナーレという女の子のものとは違い、なんだか暖かくて、彼に触れているかのような感覚さえした。

 

「……いいかな」

 

それだけ言い残すと彼はまた何処かに消えてしまった。

 

暫く私はそのままでいたけど、ふと鞄を投げつけた事を思い出す。

 

「……取りにいかなきゃ」

 

「突然呼ばれたと思ったら、あなた、兵藤さんじゃない」

 

「へ?」

 

今日何度目のすっとんきょうな声だろうか。思わず振り替えると、其処には今朝にも会った女性、リアス・グレモリー先輩の姿があった。

 

……今日1日だけで私はどれだけこの世界じゃ摩訶不思議な光景を目にしているんだろう。

 

「で、兵藤さん、あなたの願いはなに?」

 

「……あ、じゃあ鞄、一緒に探してくれますか?」

 

「……鞄?」

 

「はい、鞄です。学生鞄」

 

「そ、そう……わかったわ」

 

頭が上手く回っていなかったのかもしれない、わからない事が連続して起こってしまえば思考だって止まってしまう。

 

私は、いつからここに、とか願いってなんですか? とか、そういう事を聞く前に鞄探してくださいと言ってしまった。

 

ただ今の私にわかった事と言えば、第七波動(セブンス)能力者のような存在はこの世界にもいる事と、そういう人達がいるという事は公にはなっていないって事くらい。

 

━━━あれ? 先輩、私の鞄持ってる

 

そんな事を考えていたせいか、つい先程まで私のすぐ近くにいて大して動いてもいなかった先輩が見覚えのある蒼い天使のストラップのついた鞄を持っているのに今更気づいた。

 

「ほら、鞄持ってきたわよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「それじゃあ代価を貰いましょうか」

 

「代価?」

 

「そうよ。あなたは悪魔を呼んだんでしょう? なら代価は払わなければいけないわ」

 

悪魔……っていうと、もしかして先輩の事? なのかな。よくわからないけど、それが先輩達のルールなんだろう。先輩の話からして私はそのルールに従わなければいけない状況みたいで。

 

「……えっと、これでいいですか? 新作ゲーム」

 

「……ええ。それでいいわ」

 

今日買ってきた新作だけどそれしか渡せないのなら仕方ない。思考の止まった頭でもそれくらいは考えられたみたいだ。

 

「それじゃあまた明日、兵藤さん。今後ともよろしくね?」

 

「あ、はい。また明日」

 

そう言うとグレモリー先輩はレイナーレさんや彼と同じように何処かに行ってしまった。

 

本当に、変な事が多過ぎて頭がパンクしそうだ。

 

『大丈夫? 家に帰ったら整理しましょう。多分もう他人事じゃないから』

 

「モルフォ……うん、そうだね。そうするよ」

 

悪魔とか代価とか、そういうのはとりあえず帰ってから考え直す事にしよう。そう思いながら私はふと、彼の手があった私の頭に手を置く。

 

なんだか今日はよく頭に触られる日だ。

 

◆◇◆

 

間違いない。やっぱりあの子はシアンだ。

 

『アレがお前の言う電子の謡精というヤツか』

 

「ああ。そしてアレが、お前の言う赤龍帝なんだね」

 

『正しくは赤龍帝ドライグの宿る神器(セイクリッド・ギア)を保有する今代の赤龍帝だな』

 

翼の水晶が光り、ボクに言葉を紡ぐ。

 

「アザゼルの調査とインターネットに挙がっていた『シアン』の曲からまさかとは思っていたけど、やっぱり、キミも此処にいたんだね、シアン……」

 

だが、なんという因果だろうか。その再会はボクらが争い合う事を強制するかのように、ボクに真実を叩き付けてきた。

 

ボクは白龍皇で、彼女は赤龍帝。

 

ボクに宿る神器、白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)に宿る龍アルビオンが言うには、白龍皇と赤龍帝は所謂神話の時代から争い続ける関係にある、という。

 

「……アルビオン」

 

『なんだ?』

 

「悪いが、今代の白龍皇は赤龍帝と敵対しない」

 

『……ふん、そうか』

 

意外にもアッサリとした返事。龍とは傲慢な生き物なのだとアザゼルやアルビオンから聞いているものだから少し拍子抜けをした。

 

「咎めないのか?」

 

『いや、シアンだったか? お前があの少女を大事に思っているのは俺もそれなりの付き合いだからわかっている。それに赤龍帝と戦わずして1代を終える事もそれなりにあったからな。不思議と俺とヤツが反目しあっているだけだ』

 

そんなものなのか。長い時を生きるアルビオンと向こうでの人生を合わせても30年程度しか生きていないボクとではその辺りの考え方には齟齬があるのだろう。

 

そう結論付けて次に想うのは、彼女の姿。

 

何時だったか、ボクはシアンと何処かに旅行に行こうという話をした。

 

それはシアンの幸せを案じて言ったもので、彼女も楽しみにしていたのを憶えている。

 

彼女が赤龍帝であるのなら、きっと彼女は大きな力の渦の中心に座している。

 

ならばボクは、絶対に彼女を守り通す。今度こそ、絶対に。

 

彼女が笑って過ごせるように。彼女にボクを気づかせないように。

 

きっと彼女の幸せには堕天使の側にいるボクは不要な存在で、彼女を危険に招くから。

 

「戻ろう、アルビオン。アザゼルにはレイナーレを捕らえ損ねたと言っておこう」

 

『……ああ、ヴァーリ。いや、向こうじゃGVだったか?』

 

蒼き雷霆(アームドブルー)ガンヴォルト。白龍皇の名を次ぐ今生の名はヴァーリ・ルシファー。長き夜の始まりである日暮れに彼は何を思うのだろう。

 

 



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欠片



神器も第七波動も原作においては誰かしらの手によって人為的に疑似再現する事が可能でした。

ようは、そういうお話です。




 

 

「一誠」

 

「え? なに、お母さん」

 

あのよくわからない1日の翌日、いつものように朝ご飯を食べていた私にお母さんはほんの少しだけ、真面目な雰囲気を纏って話し掛けてきた。

 

「……何かあった?」

 

「……うん、昨日ちょっとビックリした事が沢山あって。疲れてるのかも」

 

おかげで今日寝不足なんだ、と言いながら目の隈を注目させる。まあ普段から隈こそないもののゲームのやり過ぎで寝不足だからお母さんは冗談と受け取って貰えたようだ。

 

「そう……わかったわ。でもあんまり無茶して倒れるとお父さんもお母さんも心配するからね?」

 

「わかってるよ。今日松田達とカラオケ行くつもりだから夕御飯はいいからね」

 

「はいはい」

 

そういう何時も通りのなんでもない会話。それが今、私が幸せなんだと教えてくれるのと一緒に昨日の出来事の異質さを際立たせる。

 

私は極力、お母さん達を心配させないようにしながら学校に向かった。

 

ただ思い出せないのは、何が異質だったのかを全く思い出せない事。

 

◆◇◆

 

何処ぞの劇作家が曰く。うわさになるより悪いのは、うわさされないことだけである。

 

あんなものは嘘っぱちなのだと、うわさをされれば身をもってわかる。嘘だ、立派な人の言う事なんて8割がた嘘で構成されている。

 

「……あの、木場くん。私に何か用があるんじゃなかったの?」

 

「そうなんだけどね。兵藤さん可愛いからついね?」

 

「ついじゃないよ……」

 

「いいじゃないか別に。見て褒めても減るものじゃないでしょう?」

 

「減るよ? 私の神経とか周りの人の心とかが」

 

木場 祐斗くん。2年生で一番有名な男子生徒で文武揃った天賦の才能を持つ生徒……って何時か職員室での女性の先生達の会話を聞いた覚えがある。

 

「って、そうじゃなくて。告白なら何度も言ってるでしょ? 今はそういう人を作るつもりないって」

 

で、去年の暮れに何故か告白された。

 

そうなったのは一度ボロボロだった彼と遭遇して手当てをした事……だと思う。確かその時に彼と何かの会話をしたのが切欠なのかもしれない。

 

「残念、またフラれてしまったな……まあ今回はそれじゃないんだ。リアス部長の事でね?」

 

「グレモリー先輩……? ん、じゃあ木場くんも()()()()()なの?」

 

「そういう事。ついて来てくれるよね?」

 

「まあ、うん。そういう事なら」

 

今日のお昼ご飯はおべんとうと何ラーメンにしようと悩んでいたが、呼び出されたとなるとラーメンは食べられないかな、なんて思いながら木場くんの後に続く。

 

「オカルト研究部ってわかる?」

 

「名前だけなら。入学した時に少し気になって部室探したんだけど見当たらなかったの。あっ、グレモリー先輩の事部長って言ってたけどもしかしてオカルト研究部って悪魔の集会……的な?」

 

「察しいいね兵藤さん。その通りだよ」

 

勿論僕もね。と木場くんは言う。非日常(昔の日常)って案外近くにあるものなんだなぁ、と思いながら暫く木場くんと談話をして、林を抜けた旧校舎の二階に辿り着く。

 

「うわ、綺麗」

 

「部室だからね。掃除くらいはするさ……と、ここだよ」

 

木場くんがどうぞ、と扉を開けるとそこにグレモリー先輩の姿はなかった。

 

代わりにいたのは羊羹を食べている私くらい小さな女の子と、大和撫子という雰囲気を持つ黒いポニーテールの女性。

 

この人を私は知っている。塔城(とうじょう) 小猫(こねこ)さん。私達二年生の一つ下の後輩で、有名な子。

 

「こちら、兵藤 一誠さん」

 

「ど、どうも」

 

「……どうも」

 

ペコリ、と一礼。塔城さんはそのまま羊羹にまた執心する。

 

『喋らない子ねぇ、噂通り』

 

モルフォが意識だけで話し掛けて来る。私の抑圧された本能、というだけあって彼女は私に隠れてものを言おうとしない。

 

それで、もう片方の人もとても有名人。姫島(ひめしま) 朱乃(あけの)先輩。グレモリー先輩と一緒に二大お姉さま……とか、なんとか言われている。

 

「はじめまして、兵藤さん私は」

 

「あ、いえ、存じ上げています姫島先輩。こちらこそはじめまして」

 

姫島先輩の持つ独特の雰囲気に思わずワタワタとしながら頭を下げる。女性としてのオーラが違うような、そんな感じの。

 

そういえば。

 

「グレモリー先輩が見当たらないけど」

 

「少し待っていて。さっきもう一人の先輩を連れて来ているところだから」

 

「もう一人?」

 

「そう……あ、来たね。部長、アシモフ先輩。お疲れ様です」

 

木場くんの声に釣られて後ろを振り向くと、そこにはグレモリー先輩と、白い髪に眼鏡を掛けた男の人がいた。

 

━━━何処かで、見た事があるような?

 

「祐斗もご苦労様」

 

「いえ、幽霊部員のアシモフ先輩を連れてきた部長程では」

 

「幽霊部員って……酷いな祐斗。月イチで顔は見せてるだろ?」

 

そう言いながら彼は部室に備え付けてあるソファに座って栄養調整食品を咥える。

 

()()()()()()、兵藤 一誠さん。ボクはヴァーリ。ヴァーリ・アシモフ」

 

「はじめまして……兵藤 一誠です」

 

にこやかに挨拶をするアシモフ先輩に軽くお辞儀をする。

 

それを見たグレモリー先輩はうん、と確認する。

 

「これで全員よ。それでは兵藤 一誠さん」

 

「あ、はい」

 

「私達は貴女に話さねばならない事があります」

 

「えーっと、それはやっぱり?」

 

「そう、悪魔について」

 

GV、お父さん、お母さん。やっぱりこの世界も結構危険な感じみたいです。

 

◆◇◆

 

Point of view

Morpho

 

この世の中には人間の知覚外に天使、悪魔、堕天使というお伽噺に記されるような存在が実在しているらしい。

 

リアス・グレモリーの属する悪魔と先日私達が遭遇した堕天使は冥界━━━所謂地獄の領土を巡って争っているという。

 

「えーっと、つまりグレモリー先輩はその堕天使? っていうのと争っているわけで……あれ、それなら尚更なんで私は先輩達に呼ばれたんですか? てっきり悪魔がいる事を教えてくれるだけだと」

 

「━━━いえ、そうじゃないの。貴女が生きている事にそもそも疑問があったのだけれど、これは」

 

「多分、彼女は記憶操作を受けているんじゃないかな」

 

リアス・グレモリーに答えたのはヴァーリという男の人だった。いつの間にか眼鏡を外してコンタクトレンズを目に着けようとしながら「そう、記憶操作」と言う彼に私達もリアス・グレモリー達も彼を注目する。

 

「記憶、操作? 私が?」

 

「うん。例えば先日部長の言っていた『この町に潜伏している堕天使』が元々目的だった兵藤さんに接近して、それを正体不明の第三者が迎撃した。そして第三者は彼女に自分の顔を見られる事が不都合で彼女の記憶を操作した。とか」

 

「なるほど……そうね、その可能性もあるわ。でもそれにしては少し彼女の記憶の消え方が大雑把だったわ。それはどうしてだと思う?」

 

「部長の接近に気付いて焦った結果大雑把になったか、根本的に消したかった記憶が別にあったのか、あるいは彼女自身に何かあるか。それが主な仮説だと思う」

 

「そう……それも彼女の神器(セイクリッド・ギア)の為せる技なのかもしれないわね」

 

「……え、えっと、神器……とか、よくわからないんですけど……」

 

私達の知覚外の話を知覚外のまま進められてしまっては理解が追い付けない。一誠(シアン)があたふたとしていた事に気付いたヴァーリは「ごめん」と言うと補足の説明をしてくれる。

 

神器(セイクリッド・ギア)というのは、まあ有り体に言えば人の血族に流れる特殊技能の事なんだ。人類史を遡っても本当に人間なのか疑わしい人って沢山いるだろう? 今世界の表舞台に立っている人や偉人なんかは大小あれどその多くが神器持ちだったと伝わっている」

 

「つまり、私にもそれがあるって事ですか……?」

 

「そう。察しが良くて助かるよ。大半は人類社会でしか機能しない程度のものなんだけどね。時々あるんだよ……キミのようなボクらを脅かしかねないものも」

 

世界を脅かしかねない……? 確かに電子の謡精(わたし)はあの世界では能力者を脅かしかねない存在だったけれど、それがこの世界でもそうだと言うの?

 

……いや、もしも仮に、電子の謡精のみならず、あらゆる第七波動(セブンス)が神器に相応する存在だとしたら━━━

 

『……一誠(シアン)

 

(……わかってる。もしもモルフォが、電子の謡精が神器なのだとしたら、やっぱりそういう事なのかもしれないって)

 

『わかってるならいいの。この人達を信じるかどうかは貴女に任せるわ。それでも、貴女の本能である私が判断するとしたら━━━』

 

(ううん。わかるから、大丈夫)

 

一誠(シアン)がそう言うと、彼女は一歩前に出て、リアス・グレモリー達に向かう。

 

「━━━心当たり、あります」

 

「……あるのね」

 

「はい。……生まれる前からずっと持っていたって言っても過言じゃない心当たりが。一つだけ」

 

ピクリ、と。ヴァーリの眉がほんの少しだけ潜まった気がした。あくまで私の勘だけど。

 

「……出て来て。モルフォ」

 

『……わかったわ』

 

一誠(シアン)の選択だ。私は文句もない。彼女の選択を尊重して彼女を守る。それがサイバー・ディーヴァ(わたし)

 

一誠(シアン)の意識の表層から離れて現実に実体化する。私が姿を表した事に反応を示したのは、木場 祐斗とヴァーリのみ。

 

『聞こえるならはじめまして。聞こえないから……まあ、どっちでもいいわ。アタシの名前はモルフォ。この子の第七(セブ)……貴女達の言うところの神器(セイクリッド・ギア)電子の謡精(サイバー・ディーヴァ)モルフォよ』

 

「……どうも、はじめまして」

 

「え、ええ……はじめまして」

 

私の姿を視認していないリアス・グレモリーと姫島 朱乃、そして塔城 小猫は突然虚空に挨拶をした二人を奇妙なものを見るように見つめ、それをすぐさま一誠(シアン)がフォローする。

 

「えっとですね、今ア……ヴァーリ先輩と木場くんが挨拶をしたのは私の神器です。存在自体が特別だから、きっとこの部で神器を持っているのは先輩と木場くんだけですよね?」

 

「ええ、今いる中ではそうよ」

 

「……そうですか。それじゃあ三人には私から説明します。私の神器(セイクリッド・ギア)電子の謡精(サイバー・ディーヴァ)と私は呼んでいて……多分、とても危険な神器です。それこそ確かに、手に渡った人が悪い人だったら世界が危険になるくらい」

 

神器と第七波動の関連性の予想はどうやら、当たってしまったようだ。

 

 






木場と一誠
昔一誠がボロボロの木場を助けた。その時一誠は事の理由を一切聞く事はなくただ木場の治療に専念していた。

ヴァーリ・アシモフ
当然偽名。ヴァーリ(GV)が諸事情によりルシファーの名を隠して駒王学園に忍び込む際に咄嗟に浮かんだ人物から来ている。
モルフォと一誠(シアン)がヴァーリだけ名前で呼ぶのはその人物を意識しているため。

記憶操作
ヴァーリ(GV)が一誠(シアン)に施したもの。ヴァーリは一誠の記憶から堕天使に襲われてヴァーリに救われた一部始終とシアンの記憶からGVの第七波動と彼に関する記憶を消去したものの、モルフォの存在による無意識の精神干渉がその記憶消去を不完全にしている。



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出会



モルフォがちょっと疑心暗鬼気味なのはシアンが未知の環境に晒されて不安になっていることの表れです。




 

 

結局、悪魔云々の話は置いておいて、私は保護対象というカタチで落ち着いた。

 

グレモリー先輩はいっそ自衛のために悪魔に転生する事も一つの選択肢だと提示した。それもあくまで一つの道ではあるという程度で。

 

未だに確信は得られない、憶測の範囲でしかないけどこの世界でも電子の謡精(サイバー・ディーヴァ)は危険な力だという事もわかってしまった以上はそうなってしまうのも仕方ない、と私は納得している。

 

だけどモルフォは違う。

 

『反対よ』

 

「反対って言われても……実際私は堕天使に殺されそうになったわけだし、グレモリー先輩はそこらへんをちゃんと教えてくれたからしょうがない所もあるんじゃないかな……」

 

『それよ。そのしょうがない、がいけないの。しょうがない、それしか道はない。そうやって物事を考えてたら昔みたいになるわよ』

 

「……昔」

 

それは……嫌だな。でもだからって、頭ごなしに否定するのもいけないと思う。グレモリー先輩の言っている事もわかる。モルフォの主張も理解できる。

 

「……考える時間が欲しかったから一旦保留にしてもらったんだから、この話はもっとゆっくり話そう、モルフォ」

 

『そうね……私も貴女も考える時間は必要。第一、木場 祐斗やリアス・グレモリーは友好的だったけど、悪魔よ?』

 

確かに。自分達は悪魔なんだ、と言ってその証拠まで見せてもらった以上私はグレモリー先輩達が嘘を言っているとは思わないけど、悪魔って。ようするに悪いヒト達と言っているようなものなんじゃないだろうか。

 

「それに、仮に悪魔になってしまったとして。私お父さんとお母さんに顔向けできる自信ないし……ん?」

 

話の途中でモルフォの視点がブレていた事に気付いた私はそちらに視点を移す。

 

そこには、この町の地図だろうか。イヤホンを紙を広げて疑問符を頭に浮かべている女の子の姿があった。

 

「外国の人……?」

 

『なんだかね、無性に気になるの』

 

うーん、確かに。なんだか放っておけない空気感を漂わせているというか……

 

『いえ、あれは……あ、こけた』

 

うーん……発音からしてイタリア辺りの人だろうか。

 

なんて思っているうちに私の足はひとりでに少女の所に向かっていた。何故? と問われるとそれは一つしかあるまい。

 

「……あ、あのー……大丈夫ですか……?」

 

決して流暢ではないが、はっきりとした語感で女の子に話し掛ける。すると彼女はとても驚いたように私のほうを見て───

 

「え……え?」

 

「あれ……イタリア語ってこうじゃなかったっけ……」

 

「あ、あってます……」

 

ああ、よかった。これで間違っていたら恥ずかしいなんて次元じゃない。恥ずかしさで死んじゃえそうだ。

 

『歌詞探し~、なんて言って外国語に少し触れた甲斐はあったみたいね』

 

それいわないでよ恥ずかしい。

 

「えっと……何かお探しですか? 私、この町に住んでいるので、よければ案内しますけど」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

ぱぁ、と表情を明るくする女の子の姿を見てよかった、と思うのと同時に間違ってなくてよかったとも思った。

 

「えっと……旅行ですか? あんまり観光する場所はないですから、退屈かもしれませんよ?」

 

「い、いえ! そうじゃなくて……私、今日この町に赴任することなったシスターなんですが、どうにも日本の言葉や文字が難しくて……」

 

「あ、それわかります……」

 

私も()() ()()()に転生してからというもの数年は必死で日本語を覚えたものだ。その分、流暢に日本語を使えるようになった時の爽快感と言ったらなかった。

 

因みににモルフォは私の本心の具現だからなのか、私が日本語を必死に覚えたのに楽々と覚えていた。こういうのを横暴っていうのかなぁ、と思う。

 

しかし、教会かぁ……つい最近あんな事があったせいか、思う所がある。

 

「……教会ならわかりますよ。案内しましょうか?」

 

しかし、私の脳裏にある教会といえば今はもう使われていないものだったはずなのだが、私の知る限りこの辺りにある教会といえばそこしかない。

 

「ほ、ほんとうですか!? あ、ありがとうございます! これも主のお導きのお陰ですね!」

 

彼女はそう言うと両手を重ねて何処かしらへと祈りを捧げている。

 

「え、えっと……こっちです」

 

そうして私はシスターを連れて教会に向かう。

 

道中、公園を横切った時、それは起こった。

 

「うええぇぇぇん!!」

 

聞こえてきたのは子供の泣き声だった。

 

「大丈夫、よしくん」

 

お母さんもついているようなので私は早くと泣き止むといいなぁ、程度に思いながらシスターを連れてその場から離れようとしたのだが。

 

「え、あ? シスター?」

 

シスターは男の子の方に一直線に向かって行ってしまったので私も慌ててあとを追う。

 

「大丈夫? 男の子ならこのくらいの怪我で泣いてはいけませんよ?」

 

 

 

言葉は通じてないだろう。だけどシスターは優しく微笑むと手を男の子の方に向けて───

 

「え……?」

 

『これは……よろしくないわね』

 

男の子の傷が見る間に無くなっていく。私は茫然としていたが、すぐにそれが何なのかを理解した。

 

神器(セイクリッド・ギア)だ。見間違えようがなかった。

 

彼女の光を見ていると身体が疼く。それは左腕であり、また私の心でもある。

 

────共鳴している、と表現すればいいのだろうか。ともかく、アレを見ていると身体の節々に心地よさを感じる類の違和感を感じてしまう。

 

「はい、これでもう大丈夫ですよ」

 

シスターはそういうと男の子を一撫ですると、茫然とする男の子と彼のお母さんを置いて私の所に戻ってくる。

 

「ごめんなさい、つい」

 

「う、ううん。大丈夫」

 

私が何とかそう答えると、男の子は我に返ったようで、シスターに向かって

 

「ありがとう、お姉ちゃん!」

 

と言った。

 

「ありがとう、お姉ちゃん。だそうですよ」

 

彼女はニッコリと微笑んだ。その顔を見てしまうと私はどうにも今の力について追及する気力は起きなくなった。

 

部長曰く、神器とは異質な力。その異常性が故に一般社会から疎まれている場合が多いらしい。

 

それを考えてもシスターの神器について追及するのは彼女の過去を覗き見るような気がして。どうにも私はそこからしゃべる言葉を失っていった。

 

「……あの、今の力について聞かないんですか?」

 

「……え? 聞かなきゃダメだった?」

 

「い、いえ。そういう訳じゃないんですが……」

 

「私は気にしないよ? だって、シスターのその不思議な力はとても優しかったもん。危険だったら私もちょっと怖いけど勇気を出して聞いてたけどね?」

 

全部GVの受け売りに過ぎない。彼は聞かねばならない事と聞いてもいい事、きっと聞いちゃいけない事の線引きがしっかりしていた。

 

「……優しいんですね」

 

「……そんな事ないよ。私に色々教えてくれた人がたまたま優しかっただけ」

 

事実だ。嘘は言っていない。GVがそこまで思慮深くなければきっと私も無遠慮にシスターに接していたに違いない。

 

だというのに、シスターは。

 

「それでも、貴女は優しい方です」

 

なんて言うのだ。

 

それからは二人とも話す事が無くなり、数分間何も言わずに歩き続ける。

 

「……あ、ここ、ここです」

 

やはり例の教会だったようだ。しかし今は使われていないはずなのにどうしてここなんだろうか。何か事情があって左遷されたとも考え辛いし……あるいは、神器に関するなにかか。

 

ともかく、悪魔に関わっている私がここに長居するのは多分よろしくないのだろう。そうと決まれば早めにここから去った方がいいかな……

 

「じゃあ、私はこの辺りで」

 

「あ、待ってください! せめて何かお礼をさせてください!」

 

「い、いえ。構いませんっ好きでやったことなので」

 

「で、でも……申し訳がありません。せめてお茶でも」

 

シスターは善意で言ってくれているのだろうが、その善意に応えてはいけない。絶対にしてはいけないという訳ではないのだけど、それが原因でグレモリー先輩達に迷惑をかけるわけにもいかないのだから。

 

「え、えっと……急用があるの。だからまた今度にでも。今日は名前。名前だけでいいかな?」

 

「え、は、はい」

 

「私はイッセー。兵藤 一誠。イッセーでいいよ」

 

「はい、イッセーさん。私はアーシアです。私もアーシアで構いませんから」

 

「はい、よろしくねアーシアさん。また今度会おうね」

 

そうしてアーシアさんは去り際の私を姿が見えなくなるまで見届けてくれた。ああ、本当にあの子は優しいんだな、と自分が隠し事を沢山していたみたいで恥ずかしくなってくる。

 

ひとまず彼女の事は黙っておこう。別に打ち明ける義務もないのだし、グレモリー先輩達に限ってそれはないと信じているけれど彼女を脅威と断じて殺しに来る可能性もなくはない。

 

「もし、そうなったら私は……」

 

きっと無理をしてでもアーシアさんを助けに行く。それが私の知っている天使(ヒーロー)がしてくれた事だから。

 

『………』

 

モルフォはそんな私を見て、何を思ったのだろう。あんまり自分の本心というものはわからないものだから。

 

◆◇◆

 

その夜、私はグレモリー先輩から来て欲しいという連絡を貰った。なにやら悪魔というものを知ってもらうためとか、何とか。

 

「はぐれ悪魔、というヤツがいてね。とある理由で主の悪魔の下を脱した悪魔がいるんだ」

 

私に説明をする木場くんは心なしか少し嬉しそうだ。

 

……告白されて断る度によく聞いているんだけど、果たして私にそんな好意を向けられる要素なんてあるんだろうか。人付き合いだって学園でも煙たがられている頭のお恥ずかしい松田と元浜にちょっと変な桐生さん。うーん、ダメだ。わからない。

 

『私もてんでわからないわ。今のところ一誠(シアン)がオリジナル曲投稿者のシアンだって知ってる人なんてお父さんとお母さんくらいだし』

 

私にだけ聞こえるようにモルフォが言う。シアン目当てでアプローチしている、というのもなさそうだ。

 

聞いても聞いても木場くんは「そういうとことかかな?」なんて言ってはぐらかすんだ。まったく、私をペットか何かのように見ていないだろうか。

 

「それは言ってみれば主の拘束を離れて自由になったって事でもあるからね。その力でひと暴れしてみたくなる悪魔もいるのさ」

 

木場くんの言葉を聞きつつ整理する。

 

「要するに、そのはぐれ悪魔っていうのがこの町に来たからグレモリー先輩達がその対処をする、って事でいいんですか?」

 

「そうだね。誓約という枷が外れた悪魔程厄介なものはないからね。見つけ次第始末する。これは天使も堕天使もおなじ、暗黙のルールみたいなものさ。それにキミを呼んだのは……キミに見て、知って欲しかったからなんだ。キミが関わる事になってしまった世界というのがどんなものなのかを……」

 

そう言っていると不意に、塔城さんが左手を私の前に差し出してきた。

 

「先輩。危ないので下がっていてください。血の臭いがします」

 

血の臭い? って言うと……

 

『臭うわ。敵意、悪意……それから、これは殺意?』

 

モルフォが少し怯えながら呟く。私の本心を投影したアルターエゴなのだ。私でも理解できない動物本能があるのだろう。

 

「さて、イッセー。いいタイミングよ。悪魔の特性というものについて教えてあげるわ」

 

グレモリー先輩がそう言う。気丈な人だ。私なんて、こんなに本心が怖がっているというのに。

 

「詳しくは省略するけれど、私達悪魔はその絶対力を大きく落とした時に人間を悪魔に変質させること以外にも一つの機能を追加したのよ。……それが悪魔の駒(イーヴィル・ピース)

 

「ピース……?」

 

「そう。悪魔は人間界におけるチェスをシステムに組み込んだの。主の(キング)、そして下僕の女王(クイーン)戦車(ルーク)僧侶(ビショップ)騎士(ナイト)、そして兵士(ポーン)。大軍を持てなくなった代わりに少数に強大な力を持たせる事にしたの。これが意外と悪魔には好評でね……まあ、その話はおいおいね」

 

グレモリー先輩がそういったと同時に、全身に寒気が迸った。

 

『これは……一誠(シアン)、気を付けて』

 

モルフォの注意喚起に一層身を構える。すると聞こえてきたのは────

 

「不味そうな匂いがするな……いや、美味そうな匂いもする。甘い? いや、酸い?」

 

それは、地底から囁かれる狂喜の声。不気味だ。少し前に桐生さん達と遊んでいたTRPGにも確かこういうのがあった。SANチェック、だっただろうか。

 

「はぐれ悪魔バイサー。貴女を消滅させに来たわ」

 

人の発するものとは明らかに外れた恐慌の声。

 

暗がりから現れたのは異様な風貌をした魔物だった。上半身が一糸纏わぬ姿の女性────いや。バケモノの図体の下半身がある。

 

陳腐な言い方をするが、これは女性でも獣でも、ましてや悪魔ですらない。

 

これは、キメラだ。四足の下半身だけでも5メートルはくだらない。果たして立てば何メートルになるのだろうか。

 

「主の下を脱しその力を思うように扱う姿は万死に値するわ。グレモリー公爵の名において貴女を消し飛ばして差し上げるわ」

 

「小賢しいいいい小娘如きがあああああ!! その髪のように貴様の肢体も紅に染めてくれるわあああああああ!!!」

 

「……雑魚程洒落の利いた台詞を吐くものね……裕斗」

 

「はい、部長」

 

木場くんが怪物に斬りかかる。速い。人間の目じゃとても追いきれない。

 

「裕斗は騎士。その力は高速化。裕斗は技巧派で、剣技に優れているのよ」

 

なるほど。特技と特技が嚙み合っている。まさにリアス・グレモリーの騎士といった感じだ。

 

「そして次は小猫とヴァーリ。二人は戦車。その能力は単純明快。力」

 

先輩がそういうと塔城さんとヴァーリ先輩が怪物の下に向かう。

 

怪物は塔城さんと先輩を踏み潰す。だが、二人は全く動じていない。

 

「小猫は単純な理屈によって力を。ヴァーリは電気を扱い、生体電流を活性化させて駒による強化を更に増やしているのよ」

 

「……電気」

 

彼も電気を扱っていた。それに確か彼も同じような理屈で身体を強くしていた。

 

二人が怪物を剛力で投げ飛ばすと、そのまま二人はその剛腕で殴り飛ばす。

 

もうすでにヤツは虫の息だ。

 

「最後に朱乃。彼女は女王。これもわかりやすいわ。戦車、騎士、僧侶、兵士のいいとこどり」

 

「そ、それって……」

 

電気。

 

電気。

 

電気電気電気電気電気電電気電気電気電気電気電気電気電気電気電気電気電気電気電気電気電気電電気電気電気電気電気電気電気電気電気気電気気電気電電気電気電気気電気電気電気電気電電気電気電気気電気電気電気電気電気。

 

「……グレモリー先輩。アレは?」

 

「朱乃の趣味よ。あの子、敵対者にはどうしようもないくらいSだから満足するまで止まらないわ」

 

そ、そうですか……そう、ですか……

 

朱乃先輩の電気地獄が終わると、グレモリー先輩はツカツカ、とはぐれ悪魔の下へと向かう。

 

「何か、言い残す事は?」

 

「……殺せ」

 

「そう」

 

そういうとグレモリー先輩ははぐれ悪魔を消し炭にしてしまった。

 

唖然、としているとヴァーリ先輩が私のそばにいつの間にかやってきていたようで、私に話し掛ける。

 

「悪魔がそばにいる生活をするのならこういう光景には早めに慣れた方がいいよ。……よくあるからさ」

 

それだけ言って彼は私から離れていった。

 

「……慣れろ、か」

 

GV()はいないのだもの。仕方ないわ』

 

モルフォの言葉にちょっとした違和感を覚えながら、私は夜更けに溶け込んでいく先輩達を追いかけたのだった。

 

 






彼が昔では絶対言わないであろう、悪魔の環境に慣れろという言葉を使ったのは彼女に彼だと気づかせないためと、立場上仕方ない現状にあるからです。彼女を連れて何処かへ行ったとして、自分と彼女を三勢力全てを敵に回す状況と多少危険でも環境に慣れさせるかを天秤に計った結果とも言えます。



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殺信



 白き鋼鉄のX発売決定ですね。

 アキュラくんとかRoRoちゃんとか色々気になるものもありますが、それよりも今は目の前の蒼き雷霆ガンヴォルトオフィシャルアートワークスです。

 買おうね!




 

 

side

Váli

 

 魔法陣を潜り抜ける。転移の魔法を利用して召喚者と邂逅する為。いつもの光景だ。

 だが、その先の光景はあまり見覚えのない光景だった。

 

「これは」

 

「あら? あれれぇ? これはこれはもしや、悪魔くんではあぁりませんかぁ?」

 

 血染めの死体と血染めの神父。一見すると日常から掛け離れた光景を神父という者の常識的から掛け離れた要素がセットになって同居していた。

 

悪魔祓い(エクソシスト)』。天界側に属する聖なる力を授かった人間。その名の通り洗礼の力を以て悪魔を祓う者。

 

 即ち、ボクら悪魔の天敵。

 

「何故殺した。人間はボク達悪魔の契約者である以前に、お前達の同族だろう」

 

「はぁ~? 悪魔なんかを呼び出すヤツと悪魔をブチ殺す俺様達を一緒にしてくれちゃ困るんですけど。ていうか、悪魔の分際でなーに勧告(エクソシズム)してくれちゃってるわけ?」

 

「勧告をしているつもりはないよ。ただ悪魔と関わっているのなら人間だろうと殺すのかと聞いているだけだ」

 

「おーいえあはぁん? それブッ殺確定っしょ。信仰心のない人間は、神に代わってオシオキよってなぁ!」

 

 そう言うと神父は会話を切り上げてボクに銃弾を放つ。

 

「光か!」

 

「御明察ゥ! テメェらクソッタレ悪魔を殺す最強で最凶の武器だよ死ね死ねくたばれ!!」

 

 神父は正確に、的確に人間にも悪魔にも共通する身体構造上の弱点を狙う。

 が、甘い。この程度はヤツにとってもボクにとっても小手調べ程度だ。あまりにお粗末な銀弾は瞬く間に雷撃の盾によって防がれる。

 

「……へェ、中々生意気じゃないですかオタク。ま、解りやすぅい挑発ですし? むしろ防いでくれないと困るといいますかぁ」

 

「御託はいい。ボクはお前に関わって無駄な時間を費やすつもりはない」

 

「んじゃコイツはどうよぉ!?」

 

 続いては光の剣。先程の嘗め切った攻撃とは違う、本気の殺意を込めた攻撃だ。———が、ボクはそれを最小限の動きのみを使って回避する。

 あの光は厄介だ。聖なる加護を賜った光は悪魔にとって天敵そのもの。例えそれが悪魔を消し去るに値しない威力だとしても力をそぐには十二分に有効な手だ。アレに当たればボクとてタダでは済まないだろう。

 

 当たれば、の話だが。

 

「チッ……なんなんだその面倒な動き!」

 

「ふ———!」

 

 そして隙を見てコートの裏側から取り出した機械的で無骨な銃を取り出し、ヤツの身体に二発撃ち込む。

 

「ガッ……あ? なぁんすかコレ、ぜんぜん痛くねえんすけど。やる気あんの?」

 

「慌てるなよ……!」

 

 そしてボクは自らの第七波動(セブンス)———否、今となっては神器(セイクリッド・ギア)となった力、蒼き雷霆(アームドブルー)を発動させる。

 

「迸れ、蒼き雷霆よ(アームドブルー)! 稲妻纏いて、殺戮の信仰に酔う神徒を焼き払え———!! 雷撃麟!!」

 

「―――ギ、ガ!? な、なんスカこれ……! さっきの弾が電気を誘導してんのか!?」

 

 膝を付きながらも神父は僅かな情報から正確に蒼き雷霆の力を読み解き、強引に避雷針(ダート)を引き抜く。

 雷撃麟をマトモにくらいながらも神父は瞬時にそのカラクリを見破る辺り、戦闘経験は豊富らしい。

ここでこの男を野放しにしてしまえば悪魔(ボクら)と関わりを持ってしまった彼女だって殺されてしまうだろう。

 どうする。こっちに来る時アザゼルに貰ったリミッターをカットするか?蒼き雷霆だけでも勝てる自信はあるが、確実に倒す自信はない。

 

(ボクの素性がリアスやシアン達に割れるのだけは避けたい……なんとか、いけるか?)

 

 そうして正面切って突撃する。当然、神父は銃で牽制しながら剣を振り被る耐性に入った。

 

「撃殺殴殺滅殺塵殺ゥ!」

 

 弾丸を避け、防ぐ。活性した身体を振るって回避し、新たな避雷針を撃つ。

 

「それが、当たっちゃダメなのはさっき学んだッスよォっと!!」

 

 剣を振るう。だが――そこが明確な隙だ。

 ボクはまだ彼に見せていない一手がある。直接電気に干渉しない、あるいは特殊なコーティングを施されたものでもなければ、悪魔の弱点である光ですらも、例外ではないッ!

 

 剣がボクの身体と衝突するその瞬間ボクの身体は揺らめき、神父の振るった剣はまるでそうなるのが当然というように通り抜けた。

 

「ッ――!」

 

「……な、にィ……!?」

 

「電磁結界カゲロウ――どんな攻撃も、ボクには通用しない」

 

「はァ!? ンだよそのチートッ――」

 

「そして……!」

 

 咄嗟に距離を取られる。『剣』は届かない……なら!

 

「迸れ、蒼き雷霆よ(アームドブルー)!」

 

 天体のごとく揺蕩え雷

 是に到る総てを打ち払わん

 

「ライトニングスフィアッ!!!」

 

 ボクの身体を中心に雷の球体が三つ現れる。

 それを始点にするように雷が張り巡らされ、瞬く間に雷は神父を襲う――!

 

「んなろォ……!!?」

 

 雷が家屋を焼き払う。崩れた屋根で煙が上がる。

 ボクはすぐに煙を駆け抜けて銃を構える。――が。

 

「いない……逃げられたか」

 

『節約主義が悪く働いたなヴァーリ。俺の力を使えばもっと楽にあの神父を捕えられたろうに』

 

「結果論だろそれ……それに、お前の力を無暗に使えばどこで見られるか分かったものじゃない。

 ここはグレモリーとシトリーが見ている地なんだ。他の場所に潜入するのとはワケが違うじゃないか」

 

 だが……あの光、明らかに神父が単独で使うには不自然なモノだった。

 神父の身でありながら同族を殺す、かつての世界におけるまさしく悪魔(デーモン)の所業だ。彼がマトモな神父ではなく、はぐれものであることは疑いようもないだけになおのこと気がかりだ。

 

「順当に考えればレイナーレ……だけど、自身にさえ牙を剥きかねない男を手元に置いてまで何をするつもりなんだ……?」

 

 わからないが……ひとまずリアス達への報告だな。

 そう思って祐斗に電話をかけ……ようとしたら、その彼から電話がかかって来た。

 

「裕斗か? 丁度今から電話しようとしてたところで――」

 

「先輩! 兵藤さんが……堕天使に襲われた!」

 

「――何!?」

 

◆◇◆

 

 夜中の部室。部員の人達が皆私の心配をしに来てくれた。

 楽曲編集の合間を縫ってコンビニに軽く買い出しに行ったら見慣れない人に声を掛けられて、反射的に逃げた。

 案の定、その人は堕天使だったみたいで追い回された。

 また追い掛けられて、また公園に来て、今度は木場くんに助けられて……

 

『……また? そういえばあの時アタシ達ってどうやって助かったのかしら?』

 

「……誰だったっけ?」

 

「はい兵藤さん。カップ麺だけど、どうぞ」

 

「あ、ごめんね木場くん」

 

「構わないよ。怪我している女の子に危ない真似をさせるワケにはいかないからね」

 

 カップ麺……懐かしいなぁ。カップラーメンに心躍らせて、カップ焼きそばに悪戦苦闘したこともあったっけ。

 今となってはいい思い出……あ、美味しい。GVも木場くんも、あっさりお塩の味で優しい味だなぁ……

 

「……あれ? なんか、涙が」

 

「え……あれ!? 不味かった!?

 ご、ごめん兵藤さん!」

 

「あ、そうじゃなくて……ごめんね木場くん。昔のこと思い出してつい」

 

 ダメだな、これは。心配してくれてる人の不安を掻き立てるなんて。

 

「……辛かったら言ってもいいんだからね?」

 

「う、うん。ごめんね、大丈夫だから。大丈夫だよ」

 

 とりとめなく大丈夫だと言って、なんとか信じてもらう。ああ、もう。まるで人と関わらなかったシアンが憎らしい。GVと沢山お喋りして、この世界でもそれなりに友達ができたから結構マシになったと思ったんだけどな。

 

 ……というか、今こうして取り繕う方がアッサリ言葉が出てきてしまった。

 前の世界で学校に行った時も、モルフォや反政府組織フェザーの話題についてはそれらしく取り繕ってばかりで、そっちの方が気楽になってしまったのかもしれない。

 

 それからいくつか言葉を交わして、木場くんは周囲を回ってくると言って部屋から出ていった。

 今、部室は部員の人達が屋内と屋外とで何人かに分かれて私を守ってくれている。時々さっきの木場くんみたいに部屋に入って、少しお話もしてくれる。

 ずっと見回りしっぱなしのヴァーリ先輩を除いてはだけど。

 

「はぁ……私、変なのかな」

 

『変だけど。まあ木場やヴァーリみたいにアタシを知覚できる人なら心配はないんじゃない?

 私、あなたの思ったことを言ってしまう自身なら誰よりもあるわ』

 

「そうだけど……モルフォに頼らないとちゃんとしたお話もできないのかと思うと情けなくて、恥ずかしくて」

 

『適材適所って言葉が世にはあるわ』

 

「色んなことはできて損ないと思うよ」

 

 カップ麺を啜って、一息。落ち着いて考えてみるとここ数日でいきなり話が進みすぎだ。

 私はもう頭いっぱい。あの夜から毎日知らないことだらけなせいで毎日習ったことの復習だらけ。

 シアンレコード(メモ帳)もそれまでは半ばポエム帳と化していた日記でしかなかったのに、いつの間にやら悪魔や天使、堕天使に関するメモばかりだ。

 

「……メモとその他用で分けようかな……?」

 

 そう思った瞬間善は急げと言いたい。だけど怪我もしてしまっているし、現に夜の襲撃があった以上はこんな時間帯にも歩けない。

 さてどうしよう。迷った。

 

「……兵藤さん、今大丈夫?」

 

 迷っていたらヴァーリ先輩の声が聞こえてきた。

 私は軽く「はい」と答えると、先輩は「じゃあ入るよ」と一言言ってから入室してきた。

 

「こんな時間にすまない。明日も学校だから人間のキミは早く寝るべきなんだろうけど……」

 

『あら、だったらもっと早く来るべきじゃないの? 貴方が訪問者最下位よ』

 

「モルフォ……ああ、そうだね。その通りだ」

 

 心底申し訳なさそうに先輩は頭を下げる。

 なんだろう。ただ、ここに今まで来なかったことだけじゃない。もっと根本的に違う部分で謝罪をしているような……そんな気がする。

 第七波動同士を感応させて力の波長を引き上げる電子の謡精がある私は、結構人の感情の機微に聡いところがある。と言っても、その事実に気付いたのは死んで暫く、意識がモルフォと融合した僅かな時に初めてで、それを意識的に使ったのはこっちに来てからのことだ。

 

 我ながら、あの頃は人の感情っていうのにあまり慣れなかったんだな、とつくづく思わされる。

 そして、人の感情を揺さぶって、第七波動のソナーと化していた力が改めてどれほど大きな影響を与えていたのかも、心底から痛感して。

 

「贖罪と言う程大げさなものじゃないけれど、お詫びとして少しだけ……キミに伝えようと思う」

 

「……はい?」

 

「聞くと、モルフォの力は精神の干渉、それによる神器のブースト……だよね」

 

「えっと……はい」

 

 私の答えも聞かないうちに先輩は頷いて、続ける。

 

「確かにその力は強力で、いかようにも神器を持つ者達を強くできるのかもしれない。

 けど……神器っていうのは本来人の血族に与えられる力だ。悪魔や堕天使がわざわざ電子の謡精だけを狙っているのだとは、ボクは思えない」

 

 先輩を訝しげに見るモルフォを他所に、先輩は喋る。

 

「電子の謡精だけじゃない……いや、もしかすると堕天使達は、それ以外の力を狙っていて、謡精の力そのものは全く知覚していないんじゃないかな?」

 

 違う……力?

 

 そんな可能性を全く考えたことがなかった。

 あの世界じゃ電子の謡精の力ばかりを狙われる日々が続いていたせいで、私が狙われる理由なんてそれ以外にないと無意識に思い込んでいた。

 

「杞憂ならそれはそれでいいんだ。ボクが変なことを考えていたってだけで終わる。

 それでも……堕天使が狙うのならそれだけキミは危険な存在なのだ、とボクは思っている」

 

 前戦争で一番の打撃を受けたのは間違いなく堕天使達だからね、と付け加える。

 

「じゃあ、戻るよ。いい加減顔くらい出せとリアスに怒られたんだ」

 

 そう言って先輩は頭に手をポン、と置いてから部屋を後にする。

 なんとなく、その箇所に手を当てて感触を再確認する。

 

「冷たくて、あったかい手」

 

 多分、それがしっくりする言い方だった。

 

 






 一年以上ぶりの更新です。お久しぶりです(それあとがきで言うことなのだろうか)

 Xの発売決定とかswitch版GVとか、更新してない間にもガンヴォルトシリーズはキチンと見てましたし、プレイもしてました。

 それで一年ぶりに書くにあたって設定再確認してたら改めてD×Dの設定の便利さと、GV組の人間的な親和性とか以外なほどあってビックリ仰天しましたっていうどうでもいい報告を添えて、あとがきを終わりにします。



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願望



 バケモノどもは神の御許に送ってあげよう!




 

 

 私がオカ研の皆さんに守られて、半日もしないうちに怪我は半分以上が治った。

 小猫ちゃんとかがビックリした風に私を見ていたけど、先輩達は「神器の力だろう」と特に気にしてもなかったようです。

 ……とはいえ、私の憶えているか限り何もせずに傷が勝手に治る、という現象はモルフォの力ではできなかったハズで、実は内心小猫ちゃんより私の方が驚いていたりしました。

 

 先輩方にもう帰っても問題はないと認められた朝、私は一旦に家に帰ることになりました。

 お風呂も済ませて、お母さん達には昨夜にちょっとした事故に巻き込まれて怪我をしたから、大事を取って休ませてほしいと頼みました。

 よくよく考えてみれば、それは結構穴のある論理だったのですが、お母さんとお父さんは何も言わずにわかった、と言ってお仕事に向かって行きました。

 

 そうして私は凝りもせずに外に出て、今先日出会ったシスターのアーシアさんと一緒にいます。

 

「……はい、アーシアさん。オレンジジュースでよかった?」

 

「あ、ありがとうございます、イッセーさん」

 

 アーシアさんはジュースを貰うと、私が自分に買った紅茶を飲んでから遠慮がちにちび、と一口つける。

 

「……おいしいです」

 

 理由はよくわからないけど、この顔は無理をしている顔だ。私もそういう顔を作っていたからわかる。

 あんまり踏み込むのはよくないんだろうけど、私はとても踏み込みたい。困っているアーシアさんを見過ごしたくない。

 ……が、とはいえ。生憎なことに私はこんな状況で自然にお悩み相談に誘導できるほど話術が得意なわけではないのです。

 

(短い期間だったけど恋心をマトモに表せられないくらい私は不器用な女なのでした……)

 

『彼も大概だった気がするけど』

 

 心のモルフォ、容赦のないツッコミ。確かに、確かにそうなのだ!

 GVは朴念仁だった。

 あ……あんなにアプローチしても彼は気付きませんでした! というか意識が朦朧としていた時のことだけど、私彼にハッキリ告白した覚えはあるのです! 感応波で!

 

 ……そういえば! 結局二人纏めて死んじゃったからお流れになっちゃったけどGVとは旅行の約束もしていました! 反故とは言わないけどあれは実質反故なのでは!?

 

「……あのー、イッセーさん? さっきから表情が二転三転としていますが……」

 

「ひゃわ!? あ、ご、ごめん!

 変なこと考えてた!」

 

「ふふ、よろしければ相談、乗りますよ? これでも私はシスターなんですから」

 

 ……あれ、私の方が相談してもらう側……?

 

「い、いいです! どうせもう叶わないことなので!!」

 

「いいえ、よくはありません! 迷う人を見捨てることを神は致しません!」

 

「いえその! あまり人に言うような話でもなくってですね!」

 

「でしたら尚更! 私達だけのことと思って!」

 

 誰か助けてーっ!!

 

◆◇◆

 

 はい、それからどうにかしてアーシアさん本人の相談の方に話を繋げられた私は、アーシアさんが教会のやってることが正しいことなのかがよくわからなくなってきた(意訳&意図的に伏せられた部分を照合した推測)ということを知りました。

 え、私の話ですか?

 

「えっとですね……なんていいますか、私は昔……三年くらい前かな? に好きな人がいました」

 

「はい、はい!」

 

 こうして絶賛事情説明という名の恋愛暴露の刑を受刑しているところです。

 代償というのでしょうか、これを。嗚呼神様。私は何か罪を犯してしまったのでしょうか。と実在するとわかった今文句の常套句のように神様を引き合いに出してみました。

 

「その、ですね……その人は昔、悪い人達に利用されていた私を助けてくれた人で、なんというか……一目惚れ、でした……」

 

「それで、それで!?」

 

 このシスター、完全に神様の赦し云々を言い訳にしています。個室ではありませんが、即席で「ここを懺悔室とします!」と用意された公園の一角は年頃の女の子トークルームです。ただの。

 にゃじぇ……どうしてシスターの懺悔を聞くハズが私の懺悔を晒さなければならない……

 

「それから、二人暮らしが始まって……紆余曲折を経て彼とはどうしても別れなくちゃいけなくなりました……」

 

「………」

 

「……あ、えっと……変な空気にしちゃってごめんねアーシアさん。お詫びにお昼奢りますので! お詫びと懺悔料代わりに私は今日一日アーシアさんのやりたいことのお手伝い、するよ?」

 

「え……いいんですか?」

 

「い、いいの! うん! そうと決まったら善は急げ! さあアーシアさん行こう! どこか行きたいとこある!?」

 

 変な空気と、恥ずかしい初恋話を一掃するために私は強引にそう捲くし立ててアーシアさんの手を掴みました。

 私に引っ張られて足をもたつかせてしまったアーシアさんは少しだけ逡巡するような表情を見せながらも、どうやら私の意図を汲んでくれたみたいですぐに最初に会った時……とは言い難いけど、笑顔を作って私に応えてくれた。

 

「で、でしたら! 私、はんばーがー? っていうのを食べてみたいです!」

 

 そこからはなんともあっという間で、私はその日は日が暮れるまでアーシアさんと遊んでいた。

 ハンバーガーの食べ方を教えたり、ハンバーガーを上手く食べられなくて手や鼻の頭がケチャップまるけになったり、迫りくるゾンビにいちいち十字を切ったり、バスケットボールをマトモに投げられなかったり。

 ともかく、楽しく過ごした。

 

 時折アーシアさんは教会の人としての癖が変なカタチで発露されて、それでもニコニコと笑っていて。ある時は初めて会った時みたいに泣いている子供に優しくしていたり、ともかく、充実していた。

 多分、兵藤一誠の人生で一番満たされた日なのではないでしょうか? そう思っても違和感はないくらいに楽しかった。

 

「……あっそんだー!」

 

「あはは……ちょっと疲れちゃいました」

 

 お廻りさんに見つかったらきっと即補導だったんだろうなぁ、と内心で思いながらも遊びつくした。クタクタです。私もアーシアさんも、揃って。

 兎角、アーシアさんの反応はそのどれもが新しいものを見て目を輝かせる子供そのもので、今や先日の子供の親探しも大きな子供が小さな子供達にお世話を焼いていたような感覚に風変わりしてしまったのです。

 GVとの旅行の時に備えて色々と雑多な知識を蓄えていたものですが、それがまさか女の子のために発揮されるなんて意外も意外だった。

 ……今にしてみればGVは本当にダメなこと以外は何をやっても「シアンがそういうなら」と受けいれていたろうし、お出かけの知識が彼に役立ったのかは定かではない。

 

「っ、とっと」

 

 ズキ、と鈍い痛みが脇腹を襲う。

 先日襲われた時の傷が開きかけているのかもしれない。最初に堕天使に襲われた日ほどではないけど、かなり全力で身体を動かし続けていたのだから当然なのかもしれない。

 

『今日の完治は無理っぽいわね』

 

(かも……)

 

 そんな風に思っていると、アーシアさんはそんな私の様子に気付いたのか、心配そうに私の方を覗き込んでくる。

 

「あの、イッセーさん……間違っていたら恐縮なんですが、どこかお怪我をしていませんか?」

 

「……あはは、隠せなかったや。この前ちょっとね」

 

 脇腹を軽く擦りながら答えると、彼女は「失礼します」と言って私の服を脇腹のところまで捲ると、そこに手を当てる。

 するとアーシアさんの手からは綺麗な光が溢れ出す。アーシアさんの瞳と同じ翠玉の光。

 シスターとか、聖母とか、そういう概念に包まれているような気さえする。あったかくて、優しくて、享受したくて、不思議と眠たくなってしまうような、そういう感覚。

 

「……はい、終わりました。どうですか?」

 

 アーシアさんに言われたままに身体をひねったり腕を回したりする。

 すごい、本当に何事もないように動く。

 

「すごい、すごい! 痛みも全然ない! すごいよアーシアさん!」

 

 大袈裟かもしれないが、本気も本気で驚いたのは事実で、アーシアさんの手を握って、ブンブンと振って嬉しさを前面表現する。

 とんでもなく、すごい!

 

「ホントに、すごいよアーシアさん……私、こんな力そのものが優しいだなんて初めて見た」

 

「……この前見た時にも驚かれませんでしたよね、イッセーさん」

 

「うん。私もそうだから。ある程度知ってるよ。悪魔とか、天使とかも」

 

 その言葉に呼応するようにモルフォが現れる。アーシアさんは驚いたように目を丸くしてらっしゃる。

 

「全然気づきませんでした……」

 

「アーシアさんみたいに優しい力じゃないからね……私達がどう思っていても、この力は沢山私達の嫌なことに使われたから」

 

 優しい力と、嫌なこと。その二つに反応するようにアーシアさんの表情が崩れ出した。

 

◆◇◆ 

Point of View

Morpho

 

 アーシア・アルジェントの力は優しい力ではない。彼女の力は、無垢の力だ。

 その癒す力が発覚した時、彼女は偶然カトリック系の孤児院に引き取られていた身であり、あっという間に聖女とあがめられたのだという。

 曰く、彼女の力は人や犬を癒す力があるのだ、と。

 トロい、とアーシアは自虐するが、そんな彼女でも気付く程に『アーシア・アルジェント』が人間ではなく人を癒す生体ユニットとしてしか見られていないような感覚はあったのだという。

 それでも彼女は自らに役目があり、自らが必要な存在であることを糧に、従来の優しさで人を癒し続けた。

 転機は突然起きた。ある日、教会の前で倒れた男を、彼女は癒したのだ。

 それは悪魔だった。彼女の力は本来教会の者とは相反する悪魔ですら癒す力があった。

 そうしてこれみよがしに弾劾されて、アーシア・アルジェントという名は魔女の名となった。

 捨てられたアーシアを拾った者こそがはぐれ悪魔祓い。

 少女は信心を捨てた覚えなどなく、それでも世界は少女に冷たく、少女から正しく信心する自由を奪い去った。

 アーシア・アルジェントは一人、虚空に溶け行くようではあったが理不尽な糾弾にも気丈だったのだろう。

 それでも彼女は自分の信じたものを捨てなかった。

 

 そしてそれは――経緯は違っても、一人で生きる力のない彼女の姿はアタシ達に重なったのだ。

 

「……アーシアさん、友達になろう?」

 

 あーだこうだと悩んで、遊びつくして時間がかかったのだけれど、結局一誠(シアン)の言いたかったことはこれだった。

 私ならもっとこう、最初に見かけた時点でそう言ってたのだけど。それはきっとよくないことで。

 私があの子の本心ならば、あの子は私の理性で。

 私達は一心同体で。

 

「……あの、私、お友達のなりかたとか、よくわかりません」

 

「私もよくわかんないんだ。でもこれから探せばいいんだよ」

 

 わからないのは本当だ。今だってアタシ達が何故松田や元浜と一緒にいるのかも謎だし、どうしてアタシ達に友達がいるのかとか謎すぎる。

 でもきっと友達のなりかたって、そういうものなのだろうと思う。なろうと思ってたらもうなってる。それ以外の理由なんて……多分いらないんだ。

 

「私、世間知らずです」

 

「私も大概だった」

 

 カップ焼きそばでシンクをボゴってさせたこともあるぐらいは。

 まあ、それだけだとスケールが小さく見えるけど、アーシアと同じくらいの頃があったのは本当だ。

 

「日本語、わかりません」

 

「教える! 私でも憶えられた!」

 

「……ふふ、まるで自分が外国人みたいですよ?」

 

「ぅぐ……い、いやー、その、ジョークだよ。うん。友達っぽくね」

 

 一誠(シアン)がそう言うと、アーシアはくすくすと笑った。

 

「絶対、今の友達っぽい会話じゃありませんよね?」

 

 笑いながら差し伸べられた手を取る。二人がお互いに再確認するように両手を握り合い、見つめ合っている――

 

「無理、よ」

 

 いると、数日前の声が聞こえてくる。

 反射的に一誠(シアン)が顔を向ける。

 そこにいたのは数日前、私達を襲ってきた堕天使だった。

 

「あ、あなたは……!?」

 

「……数日前の兵藤一誠。まあいいわ。今日の目的はあなたじゃないから」

 

 若干周囲を警戒するように言う。堕天使を見たアーシアは怯えたように彼女を見ている。

 

「レ、レイナーレ……さま……?」

 

 レイナーレ。それがあの女の名前なのだろう。

 

「この子に何か、用ですか」

 

「そうって言ったでしょ? 人間風情が堕天使に話し掛ける権利があると思って?」

 

 レイナーレは心底嫌なものを見るような目で一誠(シアン)を一瞥すると、目線を再度アーシアに向ける。

 

「その子はウチの境界の飼い犬なのよ。さっさと渡してくれる? アーシア。あなたも逃げても無駄よ」

 

「……逃げ、る?」

 

「……嫌です。私はもうあの教会には戻りません。

 人を殺してしまうような場所にはいられません。それに、あなた達は私を……」

 

「そんなこと言わないで頂戴アーシア? 

 私達の計画にはあなたの力は必要不可欠なのよ」

 

 近寄ってくる堕天使。身を竦ませるアーシア。

 ……とはいえ、アタシ達にも戦う手段など毛頭なくて――

 

『――いや、あるかもしれない』

 

 あの男の言葉を鵜呑みにするなら。だけど。

 

 ――電子の謡精だけじゃない……いや、もしかすると堕天使達は、それ以外の力を狙っていて、謡精の力そのものは全く知覚していないんじゃないかな?――

 

 それがどれだけ役立つのかはわからない。それでも、賭けるならそれだ。

 

『シアン! 集中しなさい!』

 

「え、モルフォ!?」

 

『ヴァーリ・アシモフに言われたことを思い出すの! あなたには――アタシ達にはまだ力があるかもしれないっていう!』

 

「あ、あの話!? でも」

 

『いいから! イメージするの、シアン。神器(セイクリッド・ギア)保持者が第七波動(セブンス)であるアタシを知覚できるのなら、その原理も大体が共通している筈よ!』

 

「イ、イメージって急に言われても……!」

 

 間違っていたら死ぬ、間違ってないなら生きれるかもしれない。そういう賭けだ、これは。

 

 シアンが促されるままに目を瞑る。

 右手を左の頬辺りまで引いて、腰を軽くひねる。

 間違いなく彼の動きそのもの。

 

 イメージとはすなわち、思い描くこと。心身が持つ『強き己』を想像し、創造することに他ならない。

 だからこそシアンはその構えを取った。彼女が知っている、私達が知っている一番強い人を思い描いた。

 

『イメージができたら後はアタシ達がどうやって戦うか。アタシ達が戦うのは初めて、ぶっつけ本番だから……やりやすいように!』

 

「私のやりやすいもの……!」

 

 じわり、じわりと傷みが溶け込むように、想像という偽りを創造という現実に、(とき)放つ――!!

 

 ――その時、アタシ達の脳裏に(モルフォ)とも(シアン)とも異なる声が聞こえた。

 

『……求めるか、力を』

 

 姿は見えないが、成熟した男の声だった。

 だけど、そんなものはどうでもいい。

 

『騒々しい歌声が十余年聞こえ、こちらのクレームも十余年応じず終い……

 どうしてやろうかと思ったが、こうして呼び掛けられるとなかなかに心地の良い声だ。

 我が相棒、そして心象の翼よ! 求めるならば、力をくれてやる!』

 

「『――うん!』」

 

『いいだろう! 壊れそうになる思い出も、震え眠る夜も覚悟するがいい!

我が力、貴様達にくれてやるッ!!』

 

『それでも、この先のことなんてわからなくてもッ!!』

 

「私は、行けるのなら何処までだって! 手を取るよッ!!」

 

 言葉と共にシアンの身体は赤い光に包まれる。

 でも、それは一瞬の些末事。

 そうだよシアン。弱い自分には今日でさよなら。

 守られるだけは、嫌だったよね。

 

 






 作品コメントがなかったらまた投稿するなんてなかったと思います。
 読者様方のコメントはモチベーションの天地すらもくつがえすッ! 無限の愛ッ!!
 これぞ、愛・絶技ッ!!



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覚悟



 一ヶ月間声の出ない妹のためにセラピーカリキュラムに取り組んでいました(大嘘)




 

 

 光が止む。その光が消えた時、私の左手には――スタンドマイクが握られていた。

 

「……なに、これ……?」

 

『……おかしい。俺の神器は確かに籠手だった筈だ。何故こんな……棍の現代アレンジみたいなデザインになっているんだ……』

 

『おめでとうシアン。あなた立派に戦闘要員から排除されたわよ』

 

 嬉しくなぁい! 折角意気込んであのカッコいいポーズ取ったのにこれは全く嬉しくない!

 

「上のお方にあなたの神器が危険だから排除するように言われてああはしたけど……見込み違いだったのかしら?

 その武器にもならない神器がどれだけ危険だなんて皆目見当とつかないわ」

 

 ぬぐぐぐ……私だって今ものすごく同意したいよ。私だってスタンドマイクで戦えと言われたら困惑するよ! これで殴れと仰る!?

 

 

「ええいともかく! やれることがあるならなんだってやってやる! 私の神器、力を貸して!」

 

『Boost!!』

 

 心象の世界で聞こえた声と同じ声が響く。すると身体が一瞬のうちに軽くなったような感覚を覚える。

 これが私の神器の力? モルフォの力を自分だけに絞ったような……

 

「ああもう、こういうのによくよく縁があるのかな、私!」

 

 私の突進に堕天使レイナーレは一瞬虚を突かれたような表情を作るが、すぐに哄笑を挙げた。

 

「なに、その神器、カタチが独特なだけで『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』!? 

 アッハハ! 自分の力を倍加させる力。強ければ単純に厄介だけど、所詮人間のあなたがそれを使ったところで堕天使に敵うわけがないでしょ!?」

 

「ッ……! だとしても!」

 

 マイクを叩きつける。レイナーレは自身の言葉を実践するかのようにひらりと躱す。そして彼女はそのまま右手を翳してゆったり、しかし私には攻撃されたと知覚さえできない速度で私の頭を掴んで叩きつけてきた。

 

「ぐ、ェ!?」

 

「人間は人間らしく……上位存在(わたしたち)にひれ伏しなさいッ!」

 

 ヤバイ、頭がふらふらしている。目の前がチカチカして、平衡感覚もなくなっている。

 そんな感覚もすぐになくなった。……小難しく考えなくてもわかる。アーシアさんが神器で治してくれたんだ。

 

「アーシア。その人間を殺されたくなかったら大人しく私達のところに来なさい。

 その力、『聖母の微笑み(セイクリッド・ヒーリング)』はその人間の持つ『龍の手』擬きとは違って希少性の高い大事な力。

 応じないなら……わかるわね?」

 

「こ、この……!」

 

「……わかりました」

 

 私が立ち上がって交戦意思を見せるよりも早く、アーシアさんがその言葉に乗ってしまった。

 

「ダメだよアーシアさん!」

 

「……いえ、いいんですイッセーさん。今日は本当にありがとうございました。楽しかったです」

 

「ダメだって! 友達でしょ!? 頼ってよ、守るから!」

 

「友達だったら、危険なことに巻き込みたくなんてないですよ」

 

 そう言ってアーシアさんは精一杯の笑顔を見せて、レイナーレの下まで行ってしまった。

 

「待ってアーシアさん!」

 

「しつこいわよ人間。せっかくこの子のお陰で命拾いしたというのに、その命を無駄にするつもり?」

 

 まあ私はそれでも構わないけど? と言って、レイナーレは笑いながらアーシアと共に消えていった。

 そうして、結局ここに残ったのは何もできなかった私だけ。

 結局、これだった。

 

 何も、出来なかった。

 力を貰った筈なのに、私は結局また、『守られた』のだ。

 ずっと守られるだけの私が嫌だったから、今度は守れる私になりたいと思っていたのに。また守られる私だった。オカルト研究部の皆に守られて、それであまつさえ最低限の戦う力すらなかったアーシアさんにも守られた。

 

「……う、ふ、ぅう……! うあぁ……!!」

 

 雨が降ってくる。さっきまで晴れていた筈の空はいつの間にか黒く染まっており、ぽつぽつと私の顔を濡らしていく。

 

『……シアン』

 

 モルフォが胸に手を当てながら私を気遣っている。私の心傷に呼応しているのだ。

 男の声は、応えない。何も言おうとはしない。私に失望したのか、あるいは他の何かか。

 

「ああ……うあああああああ……!!!」

 

 それはきっと、兵藤一誠の私にとってとっても大きな転機だったんだと思う。

 束の間の幸せ、だったんだ。

 

◆◇◆

 

 悪魔にシスターを助けに行く。そう言えば反発が来るのは容易に想像がついた。

 だから私はオカ研の皆には何も言わずに家に帰った後、改めて私の中にいる彼と話すことを決意した。

 

「答えて。あなたは、誰?」

 

 問うと、彼はああ、と頷くように呟く。

 

『俺の名は赤龍帝……さっき発現した奇妙な神器に宿っていた龍だ。名をドライグという』

 

『奇妙って。あなた自身がそれを言うの?』

 

『知らん。俺だってあんなカタチを取ったのは初めてだ。意味がわからない』

 

 ともかく、コンタクトできただけでもとっても進歩。なのでは?

 なんだかさっきの……言葉? 的に。

 

『しかし……理解(わか)ってたが弱いなお前』

 

「理解ってたって……理解ってたって……!」

 

 私も理解ってたけど! そう直球に言わなくても!

 

『だがしかし、そう悲観することもないぞ相棒。

 ヤツは赤龍帝(おれ)について致命的な思い違いをしている』

 

「『思い違い?』」

 

 あ、ハモった。

 

『そうだ、思い違いだ。

 ヤツはあのおかしなスタンドマイクの力を見た時、ヤツは何と言った?』

 

「え? えー……龍の手(トゥワイス・クリティカル)。一定時間所有者の力を倍加させる、ありふれた神器だって言ってた」

 

『俺は龍の手なんぞじゃない。本来在るべき名こそは赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)

 その力は“10秒毎の倍加能力”だ』

 

『っていうことは』

 

「倍加をやり続ければ理論上は無制限に強く、しかも重ねる毎に爆発的な上昇量になる……ってこと!?」

 

 心底驚いた。そんなある種チートじみた性能のモノがこの世にあっていいのか。

 彼の雷の力は電子機器の爆発的発達も大きな原因として世界最強足らしめていた、と聞いたけど……これはそんなものじゃない。

 

 そこに居る時間も場所も関係なく、持ち主を最強にできる。

 

『如何にも。勝手に誤解してくれているのならこれほど好都合なこともないだろう。今のお前では耐えきれる倍加容量にも限界はあろうが……恐らくあの堕天使に一泡吹かせるぐらいはできる』

 

「なるほど……10秒の倍加までのネックもあらかじめある程度のチャージをしておけば……」

 

『そのある程度分はカバーできるわね……』

 

『神をも殺す力、神滅具(ロンギヌス)と呼ばれた力は伊達じゃない。お前がどれだけ弱くともあの堕天使を殴る程度訳はない』

 

 それは、それまで戦うことができなかった私に明確な光明として差し込んだ。

 それから私は何度か籠手の力を試して、何度までが限度までか、どこまで応用が利くのかをひとしきり試した後、日が沈み切ったタイミングで家を静かに出た。

 

 

――兵藤一誠(シアン)が籠手の力を試し始めたのとほぼ同じタイミング。

 兵藤家の家の屋根に佇んでいたヴァーリ(GV)はふと口を開いた。

 

「リアス、ボクだ。

 ……彼女、行くみたいだよ」

 

 そう呟くと同時に、ヴァーリの脳裏にリアス・グレモリーの声が聞こえてくる。

 

『悪いわねヴァーリ、学生の本分の方もあるのに、彼女の尾行なんて任せてしまって』

 

「構わないよ。彼女どこか危ういところがあるから……」

 

 赤龍帝の力を感じ取ったヴァーリはシアンが家に帰ってくるのとほぼ同じタイミングで彼女の尾行を始めたのだ。リアスに「彼女の神器の力を感じたから」と先に言い残して。

 そして家に帰った一誠とモルフォ、そして表層に姿を現した赤龍帝の会話を聞き、こうしてリアス達に逐一情報を伝えているということだ。

 最も、ごく一部の話はヴァーリが意図的に隠したままなのだが。

 

「祐斗と小猫を教会の近く……公園辺りで落ち合えるように配置しておいてほしい」

 

『あら、あなたは彼女の一人じゃ無謀な突貫を肯定するというの?』

 

「……いい加減庭で堕天使達にうろちょろとされるのも腹立たしいだろう、リアス。

 事情はどうあれ人殺しを飼う堕天使は悪魔も天使も、ましてや堕天使だって御免だと思うけど」

 

 肯定するのか、という問いに答えることはしない。ヴァーリ・アシモフは保護対象である兵藤一誠を肯定することはできない。

 それでもガンヴォルトはシアンの味方だから。シアンが正しいと信じた行動をガンヴォルトは助けたい、そう思ってしまう。

 

『……エゴね、あなた』

 

「ボクもそう思うよ」

 

『まあいいわ。支度をするから……暴れましょ』

 

「了解。イグニッション」

 

◆◇◆

 

「やあ兵藤さん、待ってたよ」

 

「結構待ちました」

 

 教会に向かう途中の私を迎えたのはレイナーレやアーシアさん、ましてや堕天使などではなく、木場くんと塔城さんだった。

 ……まさかバレてる? いやまさか。だってあの後の私は家にずっと籠っていて、誰とも連絡なんか取ってないのに。

 

「えっと……待ってたって?」

 

「行くんでしょ? 堕天使の教会に」

 

「う……」

 

 本当にバレてる。いったいどうして……

 

「ヴァーリ先輩。あの人が夕方頃急にキミのことを見に行くって言ってたからね。

 ……もしかして会わなかった?」

 

「会ってないけど……」

 

『私の方も特にそれっぽい感覚はなかったわ』

 

 私にだけ聞こえるようにモルフォが語る。いつのタイミングからか着けられてたみたいだ。ちょっとゾッとするな……

 

「で、本題はそうじゃないんだ。

 行くのかい? 殺されるかも……いや、殺されるよ?」

 

「それでも、私は守るって言った人に守られちゃったんだ。ちゃんと守らないとカッコ悪いよ。

 私が憧れた人に恥ずかしいことをしたんじゃ私は、死んじゃうより惨めだから」

 

「いい覚悟……でも無謀は無謀だよ」

 

「だからってなにもしないことは!」

 

「うん、だから僕達も行くよ」

 

「……え」

 

 予想外の返答だった。だってこの件の話は兵藤一誠の完全な私情で、悪魔である彼等が無作為にそれに介入するなんて思えなかったから。

 予想外なんてものじゃない。予想から真っ先に排斥していた返答だ。

 

「アーシアさん……っていう子は僕達にはよくわからない。

 でも兵藤さんは部長とも取引をした立派なお客様だからね。商売相手を無意味に減らすのはしたくないかなって」

 

 柔和に答える木場くん、でもその直後、その顔と雰囲気が一瞬だけ、殺意に満ちたように変貌したのをアタシ(モルフォ)は見逃さなかった。

 

「それに、実は僕堕天使や神父っていう存在が大嫌いなんだ」

 

「そうなの? 木場くん、結構悪魔の神様に対して信心深いとかそういう印象あったんだけど」

 

「信心……というよりは忠節だよ。悪魔の神様っていうのは……元々は神様だった祖バアル様とかそういうの。

 そのバアル様だって聖者によって蠅の王へと貶められた面もあるからあんまり信仰って感じじゃないかなあ」

 

 木場くん豆知識を披露。GVはそういうの知ってそうだな。物知りだったし。

 

「で、塔城さんは……」

 

「御二人だけでは不安ですので、フォローしてやってくれと先輩から」

 

『あの人、自分が来ないで二人に来させたっていうこと……? なに考えてるんだか』

 

 多分、部長達や自分じゃなくてわざわざ木場くんと塔城さんを選んだのには先輩なりに理由があるんだろう。

 だから今はありがたく、この頼もしい援軍を頂戴しておこう。

 

「えっと……よろしくお願いします」

 

「うん」

 

「よろしくお願いされました」

 

◆◇◆

 

 そして少し歩くと、すぐに教会はその姿を現した。

 寂れた様子で、一見誰もいないように思える。それでも『居る』という事実が私にはわかる。

 アーシアさんの神器が。私達に向かってヒリヒリと鼓動を伝えている。

 まるで日焼けしたての状態でお風呂の湯船に浸かったような、そんなジンジンと身体に残る痛みだ。

 

「これ、図面ね」

 

 木場くんはそういうと、持っていた教会の見取り図のようなものを広げた。

 お、おお……下準備万端。私は無策に突っ込もうとしてた……私人間なのに、木場くんが悪魔なのに。

 

「相手の陣地に攻め込む訳だからね。少しでも場所の不利を無くす必要がある」

 

 にこやかに木場くんは言う。なんというか、場慣れしてるなぁ。

 

「聖堂の他に宿舎。怪しいのは前者の方だね」

 

「宿舎は? ないの?」

 

「ない。堕天使やはぐれの悪魔祓いは聖堂に構えてトラップや破壊工作をするのが基本だ」

 

 キッパリと断言する木場くん。自身に満ち溢れている。

 

「どうして?」

 

「神のおわす場所。そこを貶めることで彼等は信じていた神を汚したという背徳感や自己満足に酔いしれるのさ。

 愛していたからこそ、自らを見捨てたことへの愛憎が尚増してね」

 

『……倒錯してるわね』

 

 本心からそう思ってしまったのか、思わずモルフォが木場くんにも聞こえるように声を出す。当然塔城さんには聞こえていないんだけどね。

 

「そう、アイツらは倒錯している。だから天使も悪魔も一般市民さえも殺してみせる。

 危険だよ……そういうヤツらは生かしてはおけない」

 

 そうまでなる程に敬っていた信徒を見捨てた神様にも落ち度はある。それでも、その道を選んだのは誰でもなく彼等自身。多少の同情はしても、手を止める理由にはできない。

 

「とにかく聖堂の入り口は目と鼻の先。一気に行けると思う。

 問題は入ってからだ。間違いなく刺客がいるはずだよ。刺客を退けつつ、地下に繋がる道を見つけられるかだ」

 

「そこは問題ないと思う。今もアーシアさんの神器の声が聞こえるから。

 第七……神器の居場所を特定するの、結構得意なんだ」

 

 大電波塔のブーストがなくても教会の中にいるとわかってさえいればモルフォの歌がソナーになって場所を示してくれるはず。

 

「わかった。そこは兵藤さんに任せる。

 ……いいかな? 行くよ」

 

 月明りが私達を照らす。夜の月に照らされながらミッション……まるで私が彼になったような錯覚に陥ってしまうけど、それを瞬時に振り切る。

 走れ、走れ、月よ照らせ!

 私達はもう教会の敷地内に入った。それはすなわち堕天使達に私達が侵入してきたと教える行為。

 最早後戻りもできない。

 

 聖堂の中は至って普通の雰囲気だった。教会に備え付けられた椅子、祭壇、そして埃を被ったパイプオルガン。

 ……いや。

 

「聖者の彫刻、頭だけ砕けてるね」

 

『わかりやすい背信そのものね。悪趣味、芸術性の欠片もメッセージ性もない直球よ』

 

 その時、パチパチパチと大仰な風に乾いた拍手が聞こえてきた。

 私達が視線を向けると、そこにいたのは白い紙を携えた一人の神父。

 

「やあやあどうもごたいめぇん! 一人で来るだろうってあの堕天使サマは言ってたけど、賭けは俺チャンの勝ちだったようですねえ」

 

 へらへらとした笑顔を浮かべながら彼は腕を大きく振って、まるで私達を出迎えているかのようにお辞儀までする。

 

「そこのお嬢ちゃん? ダメですよおあの堕天使さんにお友達取られたからって悪魔どもに頼っちゃ、人間の面目丸潰れ! パァ! 地獄行き決定だぜ!?」

 

『なにあれ、話してて頭痛くなりそう』

 

『奇遇だな、俺もあの手の輩は苦手だ』

 

 脳内で会話をしないで二人共、こっち割と緊張感あふれてるんだから。

 

「兵藤さん、キミは下がって。僕らが隙を作るからそのうちに地下への道を探すんだ」

 

「……あそっか。アンタらアーシアたん取り戻しに来たんでしたっけえ? 

 そんならそこの祭壇の下。そっから行けるぜ」

 

 あっという間に、ケロっと吐く。

 

「木場くん、あっという間に見つけちゃった」

 

「ああ、うん……」

 

「ま、ここで殺しゃ問題ナッシングってわけでございますよっとォ!」

 

 そう言うと神父は光の剣を取り出すと、真っ先に飛び掛かってくる。対象は無論――私か!

 

「ぐ、籠手を……」

 

「させはしないッ!」

 

 私が籠手(という名のマイク)を発現させようとした時、木場くんが間に入って黒い剣で光を受け止めた。

 

「木場くん!? 悪魔って光ダメなんじゃ!?」

 

「ご生憎様……『光喰剣(ホーリー・イレイザー)』……光を食う魔剣なんだよ、これ」

 

「テメエもあのバチバチ野郎と一緒の神器使いってか!?」

 

「行って、二人とも! コイツは僕がなんとかする!

 終わったらすぐ追いかけるから任せてくれ!」

 

「でも……」

 

「行きましょう兵藤先輩。裕斗先輩のお邪魔にならないうちに」

 

 それは暗に、私が邪魔だと言っているのと同義だ。

 それは事実で、私はその言葉を聞いてすぐに塔城さんの背中に隠れて祭壇の方に向かった。

 

「行かせるかッッつーの!!」

 

「……フンッ」

 

 神父が銃を構えるより先に塔城さんが祭壇を地面ごと持ち上げて神父に投げ付ける。ご、ゴリラ……

 

「ゴリラじゃないです。猫です」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 そういう顔で見られることは何度もあるのだろうか。似たような体験があるだけに怖ろしい。

 ともかく、私と塔城さんは階段を下り、奥へと進む。

 

「……ドライグ、お願い」

 

 あらかじめ最低限の戦闘力は持った状態で始められるように籠手を呼び出す。

 

『Boost!!』

 

 ドライグの音声が無機質に響く。あとはこれを何度も繰り返せば、ギリギリレイナーレを殴り飛ばせるだけの力になるはず……

 

「つきました」

 

 塔城さんが小さく呟く。……そこにあったのは一枚の大きな扉。ここから先は大きな戦いがある、とでも言わんばかりに大きく、道を隔たる四角い鋼鉄の一枚岩(モノリス)が聳えていた。

 

 それを見て私は息を整え、扉に手をかけ――ようとした時、扉はまるで私達を迎えるかのように一人でに開いた。

 

「「………!」」

 

 私と塔城さんは同時に息を呑む。そこにいたのはさっきの神父よりは整って均一的な恰好をしている、はぐれの神父の群れだった。

 

「モルフォ、どれくらいいるかな……?」

 

『目視できるだけで多分20人はくだらないわ。ドライグがいないとあなた即座に黒焦げになるとこだったわ』

 

 想像はしたくない。

 

「いらっしゃい、悪魔の皆さん?」

 

 その声に反応し、部屋の奥に目を向ける。そこにいたのは見間違いようもない、あの堕天使レイナーレだった。

 

 




 

 フリード神父にはぜひともT殺を着て欲しい所存。

 七夕なので、ガンヴォルト3作目でGVが救われますように
                           CYAN


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龍哭



 なんだかんだでアスロック……じゃなくてアキラさん……でもなくアキュラくんが好きだから早く白き鋼鉄のX発売してほしい今日この頃




 

 

 部屋の奥には十字架に磔とされたアーシアさんの姿がある。

 一瞬、あまりの物量と殺意に気圧されて竦んでいた意思は彼女の姿を見た途端、目覚めるように声を出していた。

 

「……アーシアさんッ!!」

 

 彼女もまた、わたしの声に呼応するように閉じていた瞳を開き、私に応えてくれる。

 

「イッセー……さん?」

 

「助けに来た! 助けるから!」

 

 わたしはできるだけアーシアさんを不安にさせないように微笑みかける。彼女はそれに安心したように微笑む――が。

 

「感動の御対面のところを邪魔するようだけど……もう儀式も終わりなのよね」

 

 儀式が終わる……? それってどういう――

 疑問を浮かべるよりも早く、アーシアさんの身体は不自然に光を帯び始めた。

 

「――う、あ、あぁぁああああぁあぁぁぁあああああッッ!!!??」

 

 まるで何かに心臓を鷲掴みにされている。そんな気さえする根っこから響く声が聞こえる。いや、これは誇張表現でもなく……文字通り引き抜かれようとしている!?

 

『見えるわ、あの子の心臓と同化している神器が。本当に似ている……第七波動の奔流に』

 

 神器と第七波動(セブンス)の流れはここまでくっきりと可視化できるまで強烈に顕在してもなお目立った相違点が見当たらない程に酷似している。

 第七波動は因子だと聞いたことがあるけど、それでさえも摘出処置にはかなりの無理が祟るらしい。……全て皇神(スメラギ)の人達の会話を聞いた又聞き程度でしかないけど。

 第七波動ですら摘出に危険が伴うんだから、魂と繋がった神器を強引に摘出されれば、その人がどうなるかだなんて一つしかない……!

 

 歯噛みをしながら突撃しようとすると、木場くんが後ろから現れる。

 

「ごめん、待たせた!」

 

「させないっ……!」

 

「邪魔はさせんぞ、悪魔の信奉者が!」

 

 わたしが動くのに神父達が反応し、魔法陣を展開する。

 邪魔だけは一人前な!

 

「どいて!」

 

 苛立ちを隠すこともなく赤龍帝の力を解放させる。早くしないと籠手の力で倍増できる力の限界が来る。それを過ぎてしまえばあの堕天使を殴り飛ばすどころか、いつもの弱っちいわたしに逆戻りになってしまう。

 時間が惜しい。一分一秒だって無駄にはできないというのに――!

 ブーストされた力を振り回すようにスタンドマイクで神父達を薙ぎ払う。

 塔城さんも全力で応じてくれているけれど、足りない。アーシアさんに届かない……!

 

「あ、ああああああ……!」

 

 嘆き続けたアーシアさんの声が一際大きくなった瞬間、彼女の心臓のある部位から大きな光が飛び出してくる。

 感覚で理解できる。あれが、アーシアさんの優しい光(セイクリッド・ギア)だ。

 

「これよ! これこれ!

 この力を求めていた! この力が、悪魔さえも癒す光が我が物と為れば! あのいけ好かない龍も関係ない!

 私が、私だけの愛を頂戴できるッ!!」

 

 

 堕天使が恍惚とした表情で光を抱きしめる。人を蠱惑するかのような美貌を持った彼女が周囲への注意も、恥じらいも投げ出して歓喜に震えている。

 ……きっとわたしが男の子だったら軽率に惚れてしまっていた。それほどにあの堕天使は、人を人と思わない天使のようで悪魔よりも悪意に塗れた女は魅力的に笑っていた。

 

 ……でも。でも。

 

「レイナーレ! それを返して! それはあなたがあなただけの愛を貰うための力じゃない!」

 

「……なぁに? もう私のものなのに、未だにこの魔女の力だって言うの?」

 

「魔女じゃない! アーシアさんはアーシアさんだよ!」

 

「へえ、同性愛嗜好(レズビアン)? 出涸らしで良ければあげるわ、よ!」

 

 レイナーレはそう言って、磔にされていたアーシアさんをおもむろに掴んでわたしに向けて投げてきた。無論、私が吹っ飛ぶくらいの力で。

 

「ッ……! アーシアさん、アーシアさん……!」

 

「……イッセーさん?」

 

「助けるって言ったよ。来たよ。次はちゃんとわたしが助けるから……!」

 

「………、はい」

 

 アーシアさんの返答には力を感じられない。魂と直結した神器を引き抜かれたんだ。今こうしてわたしと喋れていることさえ奇蹟に等しい。

 

「先輩、その人を庇いながら戦うのは無理があります。

 道を作るので上に」

 

「………わかった」

 

 木場くんと塔城さんの補助と籠手によって上がっている力のお陰で特に苦も無くアーシアさんを運び出すことに成功する。

 後ろを確認するまでもなく二人の「ここは通さない」という強い意志を感じた。

 ありがとう。ごめんね。

 わたしはそう言おうとしたけれど、きっとそれが二人の求めているものじゃないから。わたしは二人を巻き込んだ責任を取ることにした。

 

「もうすぐ……もうすぐでアーシアさんは自由だよ。もう籠の中の鳥じゃない。自由でいていいの」

 

 アーシアさんの意識がトんでしまわないように声を掛け続ける。

 アーシアさんは、律儀に一言一句に笑みを返してくれるけど、どんどんと反応するまでの時間に間が生じてしまっている。

 

「……アーシアさん。わたし、日が沈むより前にアーシアさんに好きだった人の話したよね」

 

 わたしはふと、アーシアさんにしつこく相談された彼との話を蒸し返す。

 ……正直、どうしてそんなことを言い出したのかは私にもわからない。

 

「わたし、もうアーシアさんも好きなんだよ? また私、好きな人をなくしたくないよ」

 

 懇願するような、猫撫で声だった。みっともないことを言っている。

 自由だと言っておきながら、わたしは楽になってもいいはずの彼女に苦しんで欲しいと、そう言っているんだ。

 ……それでも見過ごせない。わたしの言葉がアーシアさんを困らせてしまっても。だとしても。

 

「わたし、アーシアさんにもっと綺麗なものを沢山見て欲しいの……! 世界がこんなにアーシアさんに優しくないまま、アーシアさんに死んでほしくないよ……!」

 

「……イッセーさん……」

 

 ひゅう、と空気の通りが悪くなっていることを嫌でも思い知らされる音を奏でながら、それでもアーシアさんは気丈に笑っていた。

 

「ちょっとの間だったけど……友達ができて、すごく……嬉しかったです」

 

「もっといいこと沢山あるよ! だからもっと欲張って!」

 

「じゃあ……生まれ変わっても、友達になってくれますか?」

 

「そんなこと言わないでよ……これからだよ。ゲームセンターでも、カラオケでも、海でも山でもいいよ。まだ見ぬ運命がある!

 他に、他にだって!」

 

 言葉に詰まると、アーシアさんがしょうがない子供を見るかのように笑ったのを感じ取る。

 

 笑わないでよ。

 理解(わか)ってるよ?

 でも、認めたくないよ。

 

「きっと、もっと早くに会えていたら、ううん……あの時逢わなかったら……こんなことにならなかったのに……」

 

 その言葉が悲観の言葉じゃないことを私は識っている。

 

「出逢ってしまったから泣いてしまうんじゃないよ……出逢えたから泣けるんだよッ!」

 

 アーシアさんは困ったように。

 彼女を負ぶったわたしの頭を弱々しく撫でて。

 小さく、確かに聞こえる言葉を紡ぐ。

 

「私のためにそんなに泣いてくれて……ありがとう。ごめんね、イッセーちゃん」

 

 そうして、微笑んだまま事切れた。

 聖母の微笑みを遺して、アーシア・アルジェントという個人に遺るものなど何も亡く。

 

「………ッ!!」

 

『悲観に暮れ、咽び泣く場合じゃないぞ、相棒』

 

一誠(シアン)。あなたが今したいことはなに?』

 

 赤龍帝が冷静にわたしを諭す。

 モルフォが心の奥底にある焼き付くような感情とは違う、冷えた本性を代弁する。

 

「戦う……戦わないと」

 

「へえ、誰と戦うと?」

 

 その言葉と共に堕天使レイナーレが現れる。

 身体のあちこちに傷はあれど、それでも堕天使は余裕を崩さない。

 

「見なさい、あの騎士にやられた傷」

 

 レイナーレが傷口を手で覆うと、その傷は見る間に消えていく。

 それを見ると、頭が冷えていくのが理解できる。

 かつても今も、怒ることはあった。例えばいつかの思い出の中での出来事。例えば少し前、理不尽なゲーム。

 

「堕天使を治療する唯一無二の絶対存在! それに私はなった!

 ああアザゼル様! シェムハザ様!

 レイナーレは御二方のお力になってみせましょう! これ以上ないくらい、素敵なことよ!」

 

 でもそれは、幸せの中にある怒りで。

 

「……アーシア・アルジェントが優しい人だったって、知ってる?」

 

「ええ、知ってるわよ。あんなに優しくなれけば……今こうして私に神器を奪われるわけがないじゃない!」

 

「『その口を閉じなさい、木っ端堕天使』」

 

「え……ぎゃッ!?」

 

 気づけばわたしは、コレを籠手で殴り飛ばしていた。

 モルフォとわたしの言葉が同調(シンクロ)する。感情が爆発する。

 アレの御大層な自分語りが、籠手の力が溜まるには十分な時間をくれたみたいだ。

 

「な、何、この力……!? 兵藤一誠の神器は凡百でどうしようもない、『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』じゃなかったの!?」

 

 心が問いかけてくる。

 

――如何にして力を使う? なんのために、力を振るう? 間違った道を、在り得ざる道を。どうやって征く?

 

 ニタリと笑みが零れる。

 復讐心を否定はしない。

 『悪魔』が優しかったように、堕天使だって優しい人がいる可能性を、手を取り合う可能性を否定はしない。

 でも、今は。今この瞬間は。

 

 

               ――SONG OF DIVA――

                   霧時計

 

 

 「――虚構の夜空浮かぶのは緑色の霧煙る」

 

 『誰の影?始まっていた証』

 

 「『もう戻れない針は刻みながら進んでいく』」

 

「な、今度はなに……!?」

 

 歌う。これが鎮魂歌になることなんてありはしない。

 彼の力になった歌。わたしの第七波動(セブンス)電子の謡精(サイバー・ディーヴァ)は他者の持つ第七波動に干渉し活性化させる力。

 ……だけど、そこには一つだけ気になることがあった。

 今のわたしは『電子の謡精』と『赤龍帝の籠手』、第七波動と神器という極めて近しい性質を持つ力を持っている。

 そしてわたしは今私自身の身体に私とモルフォと赤龍帝、三つの魂を宿している。

 大本こそ同じであるわたしとモルフォは『異なる同一人物』だけれども、わたしと赤龍帝は明確に『同じ魂に宿った別人』だ。

 

 「照れた時伏し目がちに笑う癖も」

 

 『左利き整えられた指先も』

 

 「首元の軽いグリーンティも」

 

 『静かな寝息熱い体温さえも』

 

 「離さないと誓った」

 

 『[霞む慟哭]』

 

 「確かめたいよ愛の行方を――」

 

 それなら、謡精が赤龍帝に歌い掛けることだってできる。

 

『Boost‼』

 

 そして、引き上げられる回数に限度があったとしても、一度の強化でその強化する幅そのものを更に強化してしまえば。

 本来できる強化の水準を軽く凌駕することだってできる。

 

「っ、あああああああああああああああッッッ!!!!!」

 

「一人でハミング一つ口ずさんだ程度で! 所詮ただの人間如きが堕天使に敵うと思うなああああああ!!!」

 

 その言葉を聞いて安心した。『一人で』と。

 つまりコレは今、モルフォが見えていない。

 アーシアさんの『聖母の微笑み』を取り込んで神器使いになったハズのアレは、未だ神器使いと呼べるほどアーシアさんの神器と適合していないことを証明してくれた。

 完全に魂に溶け込んでいないのなら奪い返せる。それがアーシアさんの生死に最早関係がなかったとしても、アーシアさんには聖母の微笑みがお似合いだから。

 

 『永遠を欲しがる君と永遠を生きたかった

  思い出す記憶(データ)開いては閉じ繰り返す』

 

「でああああああああ!!!!」

 

「消えてしまえ!!!」

 

 光の槍が投擲される。悪魔は光の濃度が濃いと致命傷らしいが、それもただの人間であるわたしにはただの槍と遜色のない弱っちいものでしかない。

 籠手で振り払うとアレは顔面を蒼白とさせ、翼を翻す。

 

 「傷ついたとしても構わない素顔のまま」

 

――あ、それは一番やっちゃいけないことだ。

 

 『熱くなる両の手に掴む星

  冷やす涙乾いて』

 

 籠手をおもむろに投擲し、翼膜を突き破る。

 突然の出来事にバランスを崩した瞬間、わたしは一瞬でヤツに肉薄して胸倉を掴む。

 

「い、嫌! 離しなさい、劣等種!!」

 

 「『時は今も進んでいる』ぅううううううううううううううううううう!!!!!!!」

 

 全力で殴り飛ばす。龍の力の強化を右腕と、身体が崩壊しない程度に下半身に込めて。

 顔面に、一直線に。

 殴られたヤツは錐揉みしながら豪快に吹き飛ぶと、ステンドグラスに頭から突っ込んでいき聖堂から姿を消した。

 

「……ハァッ、ハァッ……」

 

『時間切れだ相棒。心象の力で俺の強化そのものを更に強化する連携、ぶっつけ本番だったが予想通りに動いてくれたな』

 

『アタシも久しぶりに全力で歌えて満足。強化はまたし直しになるけど、もう一か二回分くらいの強化で十分なくらいの痛手を与えられたハズよ』

 

「う、うん……早く追い掛けないと、アーシアさんの神器で回復されちゃう」

 

 籠手を拾いなおす。またわたしへの強化を与える声を聴いてからステンドグラスの先へ行くと――

 

「がッ……あ……?」

 

 堕天使レイナーレは明らかに奇妙な姿を見せていた。

 

「か、回復できないっ……!? あ、あの悪魔ッ……!」

 

 堕天使は近寄ってくるわたしにすら気付かないそぶりで、一心不乱にアーシアさんの力を使おうとしている。

 でも、光は無情なことに、一瞬のうちに霧散していく。 

 

「あ、あの男ッ!!! 私に何をしたッ!? 

 い、嫌! 死にたくない! 私はまだ死にたくない! 生きてアザ」

 

 ボンッ、という警戒な音を立ててレイナーレは消滅した。その場にアーシアさんの持っていた、優しい緑色の光を遺して。

 

「……え?」

 

 今のは? わたしがこの堕天使を殺したわけがないことだけは理解できる。

 だって殺すつもりがなかったから。堕天使の処遇をきっと殺されかけただけのわたしが決めるのはよくないんじゃないかと思っていた。

 でも事実として堕天使レイナーレは死んだ。アーシアさんの神器を遺して。

 

 

「……驚いたわ。あなたの力が電子の謡精だけじゃないだろうことはヴァーリから聞いていたけど、まさか単独で堕天使を撃破するだなんて」

 

「……あ、リアス部長」

 

 気づくと、わたしの傍にはリアス部長がいた。

 いや、部長だけじゃない。木場くんと塔城さん、姫島先輩にヴァーリ先輩もいる。

 

「ちょっとごめん」

 

 ヴァーリ先輩がそう言うと、わたしが手に持っていた籠手(マイクだけど)を手に持つ。

 

「……うん、思った通りだ。原型がないくらいに変形してるけどこれは凡百の神器とはワケが違う。

 間違いなく、『神滅具(ロンギヌス)』の一角、赤龍帝の籠手だよ」

 

「えっ、え……わかるんですか?」

 

 思わず素っ頓狂な声を出すわたしに木場くんはクスリと笑って答える。

 

「先輩は神器、『白の雷装(ブランシュ・エクレール)』で自分自身限定とはいえ生体電流を操れるくらい生き物の構造にも精通しているんだ。

 正直僕にはピンとこない話なんだけど、その力の応用で神器がどういうタイプのものなのかをざっくりと把握できるんだって」

 

「強化系統の神器パターンに、龍の力が持つ特有の反応。それでいて龍の手とは比べ物にならないポテンシャルるのなら、答えは一つしかないよ。

 けど、未だに彼女の神器が赤龍帝の籠手だとはボク自身信じられない」

 

 はいこれ、と籠手を返される。そのまま籠手はわたしの中に入るように消えていく。

 

「っと、無駄話が過ぎてしまったわね。この神器はアーシア・アルジェントさんに返すとしましょう」

 

 突然、部長がそんなことを言い出した。

 

「え……? で、でも部長。アーシアさんはもう……」

 

「さて、兵藤一誠さん。これ、なんだかわかる?」

 

 わたしの言葉を遮るように、部長は紅色に染まったチェスの駒を見せてきた。

 

「え、えっと……ビショップの駒? 確か、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)でしたっけ」

 

「そう。僧侶(ビショップ)の悪魔の駒。

 いつか言ったし、あなたにも提示したわよね? 悪魔に転生するか、と」

 

「は、はい……ってまさか――」

 

「そのまさかよ。アーシア・アルジェントの持つ堕天使や悪魔をも癒す力は祐斗達から聞いています。

 そんな稀有な力を持つ彼女をこのまま神の御許に送られることは我慢がなりません。故に、彼女はこれから私の僧侶(ビショップ)として存分に働いていただきます」

 

 リアス部長はそう言うと、何かの呪文を唱えだす。それがわたしにとって望むものであることは想像ができる。

 話が美味しいような気がしてならないけど。

 

『それでも、アーシアの力を悪魔が欲するというのは事実よ。彼女の力は死ぬかもしれない悪魔達を生き永らえさせる力。

 絶対数が激減したという悪魔にとっては喉から手が出るほど欲しいでしょうね』

 

『当然、それは俺達もだ。ただの人間が堕天使を始末できてしまうレベルにまで引き上げる神器はそれだけで脅威だ。天使や堕天使達に引き込まれるならと……邪な画策をされてしまっても不思議ではないだろうな』

 

 ……確かに。実際にレイナーレを殺したのがわたしじゃないにしてもそれを証明する手段はなく、打倒したということ自体は嘘じゃない。

 ちょっとお腹痛くなってきたかも。

 

 そんなことを考えていると、アーシアさんの瞼がふいに開く。

 神器の光と同じエメラルドの翡翠をした瞳は一度死んでしまった身であることをまるで思わせない潤いを持っていて。

 それまでの緊迫とした雰囲気を一切感じさせないきょとんとした表情で彼女は口を開いた。

 

「……イッセーさん?」

 

 きっと、感極まるとはこういうことを言うのだろう。

 多分、今わたしは人に見せられない顔をしている。

 だから皆は笑っているんだ。絶対。人に見せられない顔をしているわたしを見て笑っているんだ。よかったねって。

 

 決めたよGV。わたし決めた。

 わたし、幸せになる。

 こんな風に人に見せられないような顔を沢山して、人に見てほしくないような笑顔を沢山見て、わたしはこの世界であなたに証明するから。

 

 わたしは今、幸せだよって。

 

 

               新世界のドラゴ(D)ンディ(×)ーヴァ(D)

                     了

 

 






 どうしておおまかな道筋が確定していた単行本一巻が終わるのに一年以上かかったのか、コレガワカラナイ



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盤上愚者のB×D
爪痕




 ソーリー、いつも遅くてすまんな




 

 

 少し、昔のお話をすることにする。

 

 小さな頃の兵藤一誠(わたし)には二人の友達がいた。

 一人は紫藤イリナ。同い年の男の子。それで名前がイで始まるからお互いにイッくんって呼んでいました。

 もう一人はイッくんのお兄さんの……お兄さんと言っても、イッくんのお父さんが拾った孤児だったらしくて苗字が違って苗字はわからない。

 拾われた子というのもつい最近本人に聞いた話だから、苗字も同じだとずーっと思っていたので。

 そんなお兄さんの名前は曹操。なんと三国志のあの曹操とまったく同じ名前。

 

 そんな話をしたのだから当たり前というか、帰結としては自然というか。ワタシは今、ソーくんと電話をしているところなのでした。

 時間はだいたい五分くらい遡って、休日の朝。お父さんもお母さんもいない我が家に突然電話が掛かって来た。

 寝起きで少し気分の波が揺らいでいるばかりか、知らない番号だったから「セールスならお断りですよ」と言って切ろうと思っていたのだけれど……

 

『電話番号に変わりはないようだな、十年近くぶりか……イッセー』

 

「……へ、あの、どちら様で」

 

『む、声変わりしたせいでわからないか? オレだ、曹操だ』

 

「え、曹操って……あのソーくん!?」

 

 それが今のちょっと長めのお電話の始まりです。

 

『父さん……イリナの父からの仕事の手伝いを何年か前に始めてな。今日本にいる』

 

「もしかして電話してくれたのって……」

 

『ああ。無償にお前の声が聴きたくなった』

 

 そ、ソーくん……その発言は結構アレなのでは……

 

「今どこ? 会える場所にいるなら予定立てて合いに行くよ?」

 

『いや、それが実はもう向こうの家に戻るところだ。すまん』

 

「あ、そうなんだ……あ! じゃあイッくんは!? 今いる?」

 

『いない。だが……イッくんか』

 

「……どうしたの?」

 

『なんでもない。今度はイリナも一緒に来るかもしれん。時間が合えば会おう。

 オレも仕事をしている身だ。食事の奢りくらいはできるぞ』

 

「ご飯は賛成。でもわたしだってお金に困ってるわけじゃないから奢りじゃなくていいよ」

 

『……お前、昔はボクじゃなかったか?』

 

「さ、流石に高校生にもなってボクって言う女の子はないかなーって……」

 

 頭のおか……お恥ずかしい限りだが、中学校に上がる少し前までわたしは彼……GVの口調を作為的に真似ていた時期があった。

 モルフォにすら『似合わない』『ダサい』と非難轟々だったからきっとわたし自身もどこかで無理をしていたんだろうと、今では反省して歴史の海へとポイしました。

 

「ともかくっ!ご飯なら今度都合が合えば三人でね!

 それと口調の話終わり!」

 

『お前がそういうなら掘り下げはしないが……今度はイリナも一緒で来る』

 

「うん、お母さん達も楽しみにすると思う」

 

 そう言ってソーくんとの電話はこれで終わり。

 わたしはいつ会えるのか、十年も経ってきっと大きく変わったのであろう二人を想像しながら二度寝を敢行――

 

「おはようイッセー。悪魔じゃないんだから朝は健康的に早起きしましょう?」

 

「お、おはようございます部長」

 

 そうしてわたしは部長に家から追い出されたのでした。

 

◆◇◆

 

音速(おそ)いわよイッセー。走り込みが足りない。

 五十メートル走はせめて平均の九秒台に乗りなさい」

 

「そ、そんなこと、いわれても、ぉ……!

 わたし運動苦手なんですぅ……!」

 

 悪魔の人達と嫌が応にでも付き合わなければならなくなったわたしは堕天使レイナーレの戦いの翌日からこうして部長やオカ研の人達に身体作りを手伝ってもらうことになりました。

 関わるしかなくなった私よりもどっぷり世界に浸かっている皆が私に構ってくれること自体に引け目を感じている事実があったりもしますが、一度それを部長に漏らしてこっぴどく叱られてしまったのでこれはもう言わないようにしていたり。

 

「だらしのないことを言わない。あなたの赤龍帝の力は倍加の繰り返し。いくらスペックそのものの高さと“電子の謡精(サイバー・ディーヴァ)”との相性が優れていたとしてもあなた本人がへっぽこじゃなんの意味もないのよ?」

 

「うう……わかってますけどぉ……」

 

 皆がわたしに優しくしてくれていることは骨身に染みているのだけれど、キツイものはキツイ。

 特に部長は本当に厳しく指導をするから、訓練が終わる度に身体が悲鳴を上げるまでがお約束。

 筋肉痛の類は慣れたせいなのかもう滅多に起こらないけれど。

 

 部長が曰く、「私に教えを乞うのなら相応の覚悟はあるのでしょうね?」との事。その言葉に違わないくらい最高にスパルタしているのが部長なのです。

 わたしが50メートルを走り終えると水分の補給だけ済ませてさっさとシャトルランへ。この流れを毎朝繰り返してその度にこれまでの記録と見比べっこ。その後体幹を鍛える諸練習をこなせば朝練の時間は終わり。

 この朝が日常になるまで続いてなんとなく理解(わか)ったのだけれど、部長はこの手のモチベーションを管理する能力が非常に優れている。

 記録を見比べて自分の成長を確実に実感できるように仕立てる。「平均」「〇〇が足りない」といった言葉選びも絶妙で、わたしにもできるかもしれない、とその気にさせる。

 多分、わたしが一人でこれをやり出したら三日となく投げていたかもしれない。辛すぎて。

 

◆◇◆

 

 時を少しだけ遡り、深夜。

 駒王町にあるマンションの屋上にヴァーリ(GV)は立っていた。彼は深夜になると必ず高いところに赴く。

 なんのため? と問われると彼は決まって「星を見る為」という。

 奇特な悪魔だ。彼の唯一の趣味だと、何度か一緒に星を見た木場は言うが、同時にヴァーリの眼には星を見ている感じはしないとも木場は言う。

 

 実際のところ、ヴァーリは星を見ていない。かつて存在した世界での出来事を追想しているにすぎない。

 高いところに現れるのは単に、あちらの世界での思い出が深夜と高所に偏っていたからでしかない。

 昔の世界では趣味らしい趣味もなく、趣味を作るような暇もなかった。

 シアンとの僅か半年の生活はその一種灰色の思い出の中でも燦然と輝いたものだ。ネットゲームに興じることになった彼女に一日で禁止宣言を勧告したり、色々あったが。

 

『GVよ。何度も聞くが、お前のいた世界は頻繁に郷愁に浸れるほど素晴らしい世界だったのか?』

 

「……いや、決して素晴らしい世界とは言えないだろうね。差別が横行していたし、テロリズムだって頻繁に起こる。そんな世界、そんな時代さ」

 

『………』

 

「今の悪魔や天使達の縮図とそう変わらない世界だ。もしかしたらあの世界にも悪魔や天使がいたのかもしれないな」

 

『柄にもない冗談を言うな。似合わんぞ』

 

「ごめん。でもこうやって毎日考えるくらいは愛着があるんだよ。酷い世界でも生きた世界だったから」

 

『そうか……なあ、ヴァーリ』

 

 白龍皇アルビオンがまた問う。

 

『この世界はどう映る?』

 

 ヴァーリは固まった。そういう質問の答えを用意していなかったのだろう。

 暫く考えるように右手を顎に当てた後、彼は少し笑うように言った。

 

「そんなに変わらないかな。今のボクも、今いるこの世界も」

 

『そうか……なら最後の質問だ』

 

「?」

 

『同じような郷愁を毎日して、リアス・グレモリーからの招集をサボってもいいのか?』

 

「今週はアザゼル達の方の任務に出張ってこっちは何もやってないから行かなくてもいいとボクは思う」

 

『……アザゼルみたいな言い訳の仕方をするようになってきたな、お前』

 

◆◇◆

 

「最近リアスの様子がおかしい?」

 

 ヴァーリがその報告を聞いたのはオカ研の部活(という体の悪魔活動)に入る直前のことだった。

 目の前にいる少女、兵藤一誠は偶然行き道で一緒になったヴァーリの横を歩きながらかつての自分(GV)に向けていた信頼のものとは違う、いくばくかの不信を交えた瞳をしながら相談をしてきた。

 

(堪えるなあ、この眼は)

 

 彼女なら無条件で受け入れてくれる。そんな都合のいい事を思っていたわけでは決してない。

 だけれども、今のヴァーリの態度はかつての家族に接するそれではなく。共通の友人がいる知り合い程度のものだ。

 一重に彼が一誠(シアン)に関わることは彼女を不幸にすることなのだという事実を、前世の不幸と白龍皇と赤龍帝の宿痾とも化した性質がそうさせかねないからだ。

 

「そうなんです。時々、ですけど。

 私の鍛錬見てくれてる時もオカ研活動してる時も……なんというか、集中してない時? ぼーっとしてるっていうか……浮かない顔もよくして」

 

 少しだけヴァーリが他所を見るような顔をした後ふむ、と顔をしかめる。

 

「……同じ高校生っていう立場に身をやつしてるから時々忘れるかもしれないけど、リアスはアレで公爵だから。

 身分特有の悩みっていうのはあるんじゃないかな。悪魔、若干時代感覚が古いところもあるし」

 

「古い?」

 

「そう、例えば――」

 

 扉を開ける。そこで一つの違いがある事に二人は気付く。

 部室の中にいつもあるグレモリー家の紋章が別物に変化していたのだ。

 

「――フェニックス」

 

 ヴァーリがそう呟くと、そこからまばゆい光が放たれる。光を嫌う悪魔にとって害ある光ではない。むしろ心地良さをどこか感じるもので、それがヴァーリにとっては少し嫌になるところがある。

 

 光が止む。

 だがそれは目を焼く感覚が消えたことを意味してはいない。

 心地良さを覚える光帯は消え、身を焦がす赤い光源が部室それそのものを包んだからだ。

 赤い光――炎の中に見える男のシルエット。だがどんな男までかはわからない。その身は炎の持つ生存本応を脅かす強烈な圧と陽炎の揺らめきでその姿を不確かなものにしているからだ。

 熱気が集まる。一誠は思わず額に浮かべた汗を拭いだしたまさにその時、まるで彼女の動きとシンクロしているかのように炎の中の男が腕を振るった。

 目を焼かんばかりの光に圧されていた一誠が瞳を開けると、そこに炎は既になく、代わりに男の姿が明確なものとなっていた。

 

「ふぅ、人間界も久しぶりだな」

 

 ニヒルな声だ。まるで事の為す事ほぼ全てを斜に構えたようなダーティな雰囲気を男の存在そのものから感じられる。

 悪魔だから、というものではない。これは『そういう存在』という前提を抜きにしてもそういう感想を抱かなくてはいけない恰好をしていたからだ。

 

 はだけたスーツに緩んだネクタイ。そこはかとなく悪さを感じる顔と逆立った金髪。

 有体に言って、ホストだった。

 

「愛しのリアス、(会い)に来たぜ」

 

 






 投稿を三つ目の人格に丸投げしてたらサボられたので仕方なく二つ目の人格を解放させて書きました

 離The裂苦死ョNさえあればこんな遅れることなかったのに……!



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宣言

  

 がんばって書いた。ほめて




 

 

 婚約、というものがある。それは今も昔もヴァーリ(GV)には縁遠い話だ。

 彼自身には、だが。

 だけれども、今のヴァーリの立場は公爵家の眷属悪魔。本人に縁遠くとも、関連者に全く縁がないなど、そんなわけがあるハズもなく。

 

「は、はぁ……えっと、ライザー・フェニックスさん……部長の婚約者さんですか……」

 

 その場にいた女性……リアスの兄サーゼクスの女王(クイーン)グレイフィア(一誠は彼女の立場とか、どうしてここにいるのか等は聞いていない)からの説明をかいつまんで、自前の水筒からお茶を一杯挟んで一誠はそう言った。

 

「はい。貴女の事情はリアスお嬢さまより伺っております。

 悪魔の世界の政治に関係がないとはいえ……その存在は最早悪魔はおろか天使、堕天使のいずれも見逃すことはできないでしょう。故にこうして説明をば」

 

 一誠には与り知らぬことではあるが、少しだけヴァーリが苦い顔をしていた。

 

(関わらせない選択肢は、もう本当にないんだな) 

 

 自販機で買ってきた安物のパックコーヒーに口を付ける。お湯みたいな味はしない。しっかりとしたコーヒーの味だ。

 それでもヴァーリはコーヒーらしいその味に少しだけ辟易として、いつか飲んだコーヒー風味のお湯がひどく懐かしんだ。

 

(凶弾は既に放たれてしまった。きっと彼女の過酷な未来は、もう変えようがない。それでもボクが……)

 

「先輩、怖い目線」

 

「――え?」

 

 ふと、彼の思考を(うつつ)へと引きずり戻す一言。

 ヴァーリが視線を斜め下に移すと、彼を心配そうに、少々懐疑するような目で見ている小猫の姿があった。

 

「そういう目で見続けると、一誠先輩にいつか気付かれます」

 

「……ごめん、ちょっと物騒な考え事をしていた。ありがとう」

 

「いえ」

 

 コーヒーが口に合わない。失礼だが糖分補給もできるジュースにでも買い変えようか、そう思った時――

 

「いい加減にしてちょうだい!」

 

 リアスの怒号が響く。

 声の方に視線を移すと、そこには激高したような表情でライザーと相対するリアスと、そんな視線も軽く流すようなライザーがいた。

 

「ライザー! 以前にも言った筈よ! 私はあなたと結婚なんてしない!」

 

「ああ、以前にも聞いたよ。だがリアス、そうも言ってられないだろう?

 お前のお家事情、結構切羽詰まってるって聞いたが?」

 

「余計なお世話だわ! 私が次期頭首である以上私の婿くらい私が決めるッ! 

 父も兄も性急に過ぎるのよ! 当初の話では私が大学を出るまでは自由であった筈でしょう!?」

 

「その通り。キミは自由さリアス。大学に行くことだって自由だ、キミの訳ありな下僕達について僕達は口出しなんてしようものかよ。

 でもお義父さまも義兄上も心配なのさ。御家断絶が怖い。

 先の大戦で実に多くの悪魔が死んだ。我々は元々繁殖能力が地上の生き物達に比べてあまりにも弱い……戦争を脱したとはいえ悪魔、天使、堕天使の三陣営は今も小競り合いの拮抗状態。

 ある意味、三陣営が誰も彼も自由でもあるこの地上に居座り続けるキミがくだらない小競り合いで死んでしまえばグレモリーはそこまでだ。実際そういう話だってなくはないんだ。純潔悪魔のお家同士がくっつくなんてこのご時世大して珍しいことでもない。

 純血の上級悪魔……それがどれだけ価値と希望を秘めた存在か、若くともキミにだってわかるだろう?」

 

 リアスが歯噛みする。ライザーの言い分は、今の悪魔情勢からすると御尤も至極な事実なのだ。

 ライザーは経験と家の品位を示すかのように、姿に似合わず紅茶を優雅に飲みながら話を続ける。

 

「新鋭気質の悪魔――キミの下僕達のような転生悪魔が幅を利かせすぎるのは僕達純血にとってはあまりよろしいことじゃあない。

 いや、イキのいい若者たちが増えること自体は大賛成さ。減り過ぎた悪魔の事情も打開しうる妙案であるのは違いない。……それでも純血の悪魔を途絶えさせるわけにはいかないだろう? だからだよリアス。我が家には俺の兄がいる。それでもグレモリーはキミの兄と、キミの二人だけ。

 しかも義兄上はお家を出られたと来たものだ。キミしかいないのさリアス。婿を得なければグレモリーは潰える。それは正しいことか? キミのエゴで、長く続いたお家を潰すことが? もう既に『七十二柱』の家は半数以上が亡くなっているというのに」

 

「え、遠大なお話……」

 

 小声で一誠が木場に囁く。木場も同意しながらも二人から視線を外さない。

 

 古いしきたりだ。先程ヴァーリが一誠に語ったように悪魔は古臭く、封建主義な部分が今もある。

 当時の人間社会よりは幾分もマシだろうが、貴族社会が未だに顕在しているような世の中なのだ。

 日本人の感覚で言えば天皇が多くいるというのか。血を費やしてはならない家が多くあり、その家も既に半分が最早存在していない。こうなれば悪魔達が血を繋ぐことを急くのも、なんら不自然はない。

 

「私は家を潰させない。婿養子だって迎えるつもり」

 

「おおそうか! なら今からでも早すぎるなんてことはない、さっそく俺と」

 

「でもそれはあなたじゃない。私は私の心が決めたヒトと結ばれる。鳥が自由に空を羽ばたくように、古い家でもそれくらいの権利はある筈なのよ」

 

「……意固地だなリアス。お前がそういう女だと知っているし、お前がお前自身とグレモリーの誇りに賭けていることだって理解しているつもりだ。

 だが、だからこそ。俺にもそれはある。俺とてフェニックスの子だ。本来こんなボロ屋敷に来たいわけないだろ? 

 それに俺は人間界が大っ嫌いだ。風も炎も汚らしい。風と炎の悪魔としては耐え難いのだよッ!」

 

 ボゥ、と炎が巻き上がる。

 ライザーの内心が発露したかのような焔は部屋全体へと伝わり、チリチリと肌を焦がす。

 

「我慢の一つ覚えすらしないで嫌だ嫌だと……俺はキミの下僕も、そこの赤龍帝をも燃やそうとキミを連れ帰る所存だ」

 

 その時、ライザーもリアスも、恐怖で足の竦んだ一誠とアーシアを除いた全員が臨戦態勢に入った。

 ある者は赤い破壊の権化を。ある者は生命に恐怖を植え付ける炎を。ある者は剣を、雷を、その四肢を。 

 

 ――それでも、一人冷静な者がいれば場は収まるものだ。

 

「そこまでです、皆さま」

 

 グレイフィアがライザーとリアスの間に割って入る。静かに、それでもなお明確な迫力を以て。

 

「これ以上をやるとなれば私とて傍観者でいられる筋合いはありません。

 御二人のお言葉を借りるならば、私もサーゼクスさまの名誉のためにここにいるのですから」

 

 ライザーはその言葉に頭の平静さを取り戻したようにふぅ、と呟くと身体に纏った炎をあっさりと消し去る。

 

「……最強の女王と評されるあなたにそう言われると俺とて恐ろしい。怪物揃いのサーゼクスさまの眷属とは、是非とも戦いたくないね」

 

 ライザーの言葉を皮切りに、他の者達も戦意を収める。

 全員の戦意が消えたことを確認すると、グレイフィアは話を続ける。

 

「こうなることは旦那さまもサーゼクスさまも、フェニックスの方々もご承知の上でした。正直に申し上げますと、これを最後にするつもりだったのです」

 

「最後……?」

 

「これで決着がつかないことさえも承知の上です。故に最後の手段を。

 お嬢さま、御自身の意思を貫き通す覚悟がおありなら……『レーティングゲーム』で決着をつけることをお勧めいたします」

 

「――ッ!?」

 

「レーティング……ゲーム……?」

 

「爵位持ちの悪魔達の遊行。下僕同士を競わせて戦うゲームのことだよ」

 

 聞き覚えのない単語に混乱とする一誠にやはり木場が囁く。

 そう、悪魔の遊行。『兵士(ポーン)』『騎士《ナイト》』『僧侶(ビショップ)』『戦車(ルーク)』『女王(クイーン)』、そして『(キング)』のチェスの駒から為るゲーム。

 

「未成年であらせられるお嬢さまは公式なルール上レーティングゲームに参加する資格はございません。

 しかし純血の悪魔の場合、非公式なゲームを行うことが可能です。その場合のほとんどが――」

 

「お家同士の揉め事……」

 

 リアスは嘆息しながらグレイフィアの言葉に続く。

 

「つまるところお父様はここまで全てを予見して、このゲームで明確なものにしようというハラなのね……どこまで私の人生を弄りまわせばッ……!」

 

「……それは、ゲームの拒否とみてよろしいでしょうか?」

 

「冗談。このウザったらしいゴタゴタを終わらせるにはいい機会ですもの。決着を付けましょうライザー」

 

 その物言いは挑戦的だ。挑発的と取ることさえもできる。

 

「へぇ、受けるのか。まあいいけど。

 俺はもう成熟してるし、公式のゲームも何度か経験済みだ。今のところ勝ち星の方が多い。それでもやるのかい?」

 

「やるわ。やって消し炭にしてあげる。

 あなたもあなたの眷属も、この婚約関係も何もかも」

 

「OKその意気や良し。そっちが勝てば好きにすればいいさ。だが俺が勝てば即結婚だ」

 

 両者の間にはすさまじい火花が散っているかのようだ。最早そのにらみ合いは、悪魔ではない一誠は完全に蚊帳の外。

 

「招致しました。御二人の御意志は私どもから、両家の方々にお伝えいたします。

 両家の立ち合い人としてこのゲームの指揮も同じく、私が取らせていただきます」

 

「ええ」

 

「ああ」

 

 二人が同時に頷くとグレイフィアは頭を下げる。

 そしてそれを皮切りにするかのようにライザーは再びリアスに嘲笑するかのような眼で話し掛ける。

 

「なぁリアス。お前の眷属はここにいるのに、赤龍帝を除いて全員かい?」

 

「だとしたら?」

 

「いや、正直役不足じゃあないかなって。『雷の巫女』以外てんで話になりそうもない。なんならそこの赤龍帝ちゃんもハンデに投入してもいいくらいだ」

 

「彼女は悪魔の世界に関わらざるを得なくとも悪魔の政治には関らせません。それが彼女を庇護する私の責務です」

 

「っ………」

 

 リアスの言葉を聞いて一誠は少し、息を呑んだ。それを目ざとく見ていたのかそれとも、ライザーはニタリと笑って「まあキミがそれでいいならいいけど?」と続ける。

 

 

「それで勝てる見込みなんて万に一つもありはしない。

 俺は勝てないゲームは嫌いだ。それでも勝ち以外に在り得ないゲームはもっと嫌いなんでね。

 ハンデをやる。ゲーム開始は十日後でどうだ? その間にレーティングゲームの基礎をしっかりと学んでくるといい」

 

「……慈悲とでも言いたいの?」

 

「屈辱か? ならそれはお門違いだ。下僕達を統べ、レーティングゲームに誇りを賭ける頭首は盤上を俯瞰する『王者』でなくてはならない。

 リアス、はっきり言って今のお前は感情に任せた獣そのものさ。『紅髪の殲滅姫(ルインプリンセス)』が聞いて呆れるよ。……下僕の無様は主の無様そのものの世界なんだよ。レーティングゲームは」

 

「っ……ご忠告痛み入るわ。それならお言葉に甘えます」

 

 リアスが心底屈辱そうに、それでも彼の言葉にしっかりと耳を傾けていることにライザーは感心し、魔法陣を展開する。

 帰る気なのだろう。

 

「十日。それだけあればキミは下僕達をなんとかできるさ」

 

 そしてライザーの視線は二人の男――ヴァーリと木場に映る。

 

「リアスに恥をかかせるなよ、リアスの『騎士』と『戦車』。お前達の一撃はリアスの一撃だ。努々忘れちゃあいけない」

 

 別に二人に気をかけているわけじゃない。それはライザーにとって当たり前の、婚約者への誠意である。

 

「リアス、次はゲームで会おう」

 

 そう言い残してライザーは消えた。そこに残ったのはオカルト部の部員達と、グレイフィアだけだった。

 

 






 がんばって書く、ほめて(クソザコ乞食)


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靄雲



 一話を書き上げるのが致命的に音速い




 

 

 わたし(シアン)には結局、結婚の行く末を決めるゲームに参加することは能わなかった。

 相手のライザー・フェニックスが認めているのだから。私も参加したいと言うことは簡単だった。

 でも、それを言えば間違いなく、私は部長の厚意と信頼を蔑ろにすることだってよくわかっていて。結局、オカルト部の人達のためにも、部長のためにも私はなにかをすることができなかった。

 

『相棒は考え事に耽る生き物だな』

 

「詳しいんだね……えっと」

 

『ああ、結局あれから名前も言っていなかったな。改めて名乗ろう、俺はドライグ。赤龍帝ドライグだ』

 

「……ドライグ」

 

『お前達は俺達の世界に転生……この場合は悪魔になることとは全く別の意味を持っているらしいが。

 それをしてこの世界に生を受けてからもずっと俺が呼び掛けていたことを知らなかったのだ。まったく、話ができるまで16年費やそうとは思いにもよらなんだわ』

 

『ヴァーリ・……アシモフの言葉を契機にあなたの存在を朧気に知覚したことが大きいんでしょうね。

 アタシも発現するまで全然、存在を知らなかった……目と鼻の先の隣人だったのに』

 

 ともかく、あんまりわたしの頭の状況は芳しくない。助けてもらっているみんなになにもできていないという焦り、きっとそう言われてそれで信頼に不興を買うんだろうという恐れ。

 もう少し人付き合いのできる前世と今生を送りたかったものです。皮肉ではなく、真剣に。

 

 オカ研の皆々様方は……修行に行くとかなんとかで、お山の方に行きました。わたしもなにかのお手伝いができないものかと思ってついて行こうと思ったら部長が「あなたは何も心配しなくてもいいの」と言って突っぱねられてしまい。

 歯がゆくて仕方がない。

 

◆◇◆

 

 場所と時間は移って、陽が暮れ始めたグレモリーの別荘。

 半日を修行に費やしたグレモリー眷属たちの晩餐と言ったところだろう。

 

「こ、これ……アシモフ先輩が作ったんですか……?」

 

 アーシアが唖然としていた。食卓に並ぶ素材は山菜や猪をはじめとして、山で取れるもののあり合わせを料理した、といった雰囲気をこれでもかと醸し出している。

 

「色々あって料理は人並みにはできてね。レシピもないなりに拘っていた期間が半年ほどあったから、久しぶりにと思って」

 

 メガネを拭きながらヴァーリは答える。

 ……が、話題はすぐに代わった。メガネを掛けているヴァーリが、興味深かったのだ。

 

「……先輩って部活の時メガネ、掛けてましたっけ?」

 

「ああ、実はちょっとだけ眼が悪くて。いつもはコンタクトなんだけど……あれはボクの神器の力を増幅させる特殊なものだから、修行のために外してきたんだ。あと、学校の時は普段使いのためにメガネって感じかな」

 

「ヴァーリはメガネよりコンタクトの方が似合ってるわ」

 

「先輩はコンタクトの方が似合ってると思いますよ」

 

 偶然にも重なる、リアスとアーシアの声。

 

「………」

 

 昔、そんな話を彼女としたことがある。彼女もまたそんな答えを返したな、とふとヴァーリ(GV)は郷愁に駆られた。

 でも、そんな感傷も少しだけのことで。

 

(今のボクはグレモリー眷属のヴァーリだ。彼女とはただの高校の先輩後輩でしかない。

 ……それで、白龍皇と赤龍帝ってだけだ)

 

 ヴァーリ・アシモフは兵藤一誠の先輩である。それがGV(ガンヴォルト)の課したシアンへの接し方。

 きっと兵藤一誠にとってシアンの記憶は辛いものばかりで、GVといたひとときの安らぎはそれを癒すような力もないのだから。

 

「……たまに言われるよ。コンタクトの方がいいって」

 

 いつものような表情で二人に返答する。

 それでこそヴァーリ・アシモフだ。

 隠し事は慣れてる。自分は悪魔の情勢を監視するために眷属となった堕天使側の者だし、自分が『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』と対を為す神器『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』の所持者であることだって隠し事だ。

 

「それより早く夕食にしよう。小猫が全部食べてしまいそうな勢いで料理を見つめてる」

 

「あら、本当」

 

「……全部は食べません」

 

「冗談だよ」

 

 そんな風に他愛のない、いつもの部室風景から一誠を取り除いたらこうなるんだろうな、という空気そのままに会話をしながら食事を始める。

 山菜のおひたしを口に運ぶ。いつもは出汁浸しを省いているが、人様に出すものなのだからと浸した甲斐もあったようだ。みりんがそれなりに効いている。ヴァーリは別段味に目ざといわけではないが、鈍いわけでもない。普通の舌だ。普通の舌がおいしいと思ったのなら、それは普通にうまくできたということなのだろうと勝手に納得しておく。

 問題はこれが舌が肥えているであろうリアスに通用するかどうかだが。

 

「……いいと思うわ。これ、好きよ」

 

「よかった。リアスの舌に合うかは正直不安だった」

 

「ええ。あなたが女の子だったらいいお嫁さんになれると思うわ」

 

「勘弁してくれないかなそれは……」

 

 さしものヴァーリも本気で嫌そうな顔をした。自分が女だったらばなんて想像はしたこともないし、仮になってどうしろというのだろうか。

 結婚願望はないが、それ以上に男に抱かれる趣味など毛頭ないというのに。

 

(……さて、今日の修行をして改めて思ったけど。『蒼き雷霆(アームドブルー)』だけじゃライザー・フェニックスに勝つのはきっと無理だ)

 

 『蒼き雷霆』━━それがGVが持つ神器『白き雷装(ブランシュ・エクレール)』の本当の名だ。

 この世界にヴァーリとして生まれ直した時からシアンがいる可能性を考慮していた彼は以来徹底的に蒼き雷霆の名を外に出すことをしなかった。

 

(昔、不死の第七波動(セブンス)使いと戦ったことはある。でもあれは二人……いや、三人だったか。の生命輪廻能力者が互いを生き返らせ続けていた、いわば疑似的な不死だった。だから同時に倒せば問題なかった。

 それでもライザーは……フェニックスは、単独でその生命輪廻を続ける。規模ではどちらもひけを取らなかったけど、レーティングゲームの性質上厄介なのは間違いなくライザーだ)

 

『どうするヴァーリよ。フェニックスはお前が望むならば俺の力を振るうに能うが』

 

(……使わないよ。今ボクが白龍皇であることは悪魔の世界に行き渡るわけにはいかない。

 少なくとももう少し……アザゼルが三勢力への和平を取り付けるまでだ)

 

『意固地な』

 

(……意固地でいいよ。とにかくボクは白龍皇の力には頼らない。今は使うわけにはいかないんだ)

 

 そうして食後、入浴を済ませて更に訓練をこなして、その日の修行は終わりとなる。

 

◆◇◆

 

 何日か修行をして、ボクに「このままでは負ける」という事実が次々と突きつけられる。

 修行をして、皆とチームワークを高めれば高めるほどにどうしても蒼き雷霆だけでは勝てないという現実が突き刺さる。

 皆が弱いとか、ボクが未熟だとか言っているんじゃない。レーティングゲームがチェスを模したチーム戦である以上、個人の力が勝敗に直結する展開が少ないのだ。

 正直な話、チーム戦というのもボクに影を落とす。昔はチームミッションをこなすことも多かったが、シアンとの出会いを契機にボクのこなす依頼は単独任務が殆どになっていた。加えてこの世界に来てからも複数人で動くことがあまりなかったし、どうしても意識が先走ってしまう。

 ゲームエリアの広さ次第だが、状況次第で多対多の戦闘なんて当たり前だ。広範囲に雷の力をぶつけるボクの力とも相性が悪い。

 そしてなによりもフェニックス側がレーティングゲームの経験を積み、不死という明確で単純かつ強力な強みも兼ね備えている。経験ほどありふれて、明確な力量差を出すものはない。

 

 ……これらの負け一直線への理由はどれも、ボクが白龍皇の力を使わなければの話だ。

 早い話、白龍皇の光翼を使えばいい。

 それでもふんぎりがつかない。

 

 隣で祐斗がぐっすりと寝ている。

 

「……水、いや、お湯……」

 

 なんとなく喉を潤したくなったためキッチンにまで足を運ぶ。

 

「あら、起きたの?」

 

 そこにはリアスがいた。リビングのソファに腰をかけ、メガネを掛けてレーティングゲームの戦術書を読み通しているようだった。

 

「ちょっと眠れなくて。昔から深夜は眼がよく見えてしまって」

 

「悪魔でしょう。当たり前じゃない」

 

「それはそうだ」

 

 少しの間が空き、どちらともなくクスリと笑う。

 

「少しお話でもしましょう? 口が湿りすぎて乾かしたい気分なの」

 

「わかった。少し待って」

 

 お湯を沸かした後、豆の量を少なくしてコーヒーを挽いて、淹れる。

 

「……それ、お湯じゃないの?」

 

「コーヒーの風味があるから、きっとコーヒーだよ。

 悩み事があるととりあえずこれを飲む。心の整理とかによく使うんだ」

 

「変わった事を……」

 

 リアスが呆れている。正直自分もこんなものが気分転換になるなんてと呆れている部分がある。

 でも、なる。ボクはこれが一番落ち着く。

 

「ところでリアス。そのメガネ」

 

「これ? あなたのとは違うわ。気分的なもの。

 考え事をしているとこれを掛けると、それっぽく見えるでしょう? カタチからって案外大事なのよ」

 

「なるほど……ボクもリアスはメガネがない方がいいと思うよ」

 

 意趣返しとばかりに言ってやる。彼女の方はありがとうと、予想通りの返答をしてくる。

 雰囲気の明るさもそれなりに。ボクはふと、彼女に一つ質問を投げ掛けることにした。

 

「……リアス。そういえばどうしてキミはこの縁談を拒否してるんだ?

 言っちゃなんだけど、先日のライザーの言ってることは至極尤もだったから、どうしても気になるんだ」

 

 明るくなった雰囲気を一蹴するような質問に彼女は嘆息する。その溜め息は気分をパァにした恨みというよりも、やはり来たかという感じのものだ。

 

「……私は『グレモリー』なのよ」

 

「そうだね。キミはリアス・グレモリーだ。きっとどこまでいってもグレモリーは付きまとうんだろうね」

 

「……ええ、そうよ」

 

「嫌なの?」

 

「無論誇りよ。同時にリアスをグレモリーに縛り付ける呪い。

 冥界の誰しもが私をグレモリー家のリアスだって言う。リアス・グレモリーを見てくれない。だから人間界の生活は充実してるわ。

 皆は悪魔のグレモリーのリアスを知らないもの。この生活を手放したくないしくらい充実してる」

 

 リアスは遠い瞳でどこかを見ている。

 抑圧された自分、というものだろう。彼女は誇りであり、軛でもあるグレモリーの名を受け流せるほど歳を取っていないし、賢しいわけでもない。

 これまでも、これからも、家の看板を背負い続ける彼女だからこその悩みだ。

 ボクには縁遠い話だ。

 

「私ね、私をグレモリーのリアスじゃなくてリアス・グレモリーとして見てくれるヒトと一緒になりたい。

 ライザーは私をグレモリーの御令嬢として接しているの。グレモリーのリアスを愛する度量と覚悟がある。それがたまらなく嫌。

 それでもグレモリーの誇りは抱いていたい。矛盾していると思うけど、私はこんな小さな夢があるんだって、胸を張りたい」

 

 ……嗚呼、それは、反則だ。

 そんなことを言われたらボクは……意地でもゲームに勝たねばという気になってしまう。

 彼女の矛盾した願いに比べれば、ボクの隠し事なんてきっと些細だ。社会を揺るがすという意味では多分こっちの方が大きいけど、今ボクは彼女の願いが叶えてはいけないものだなんて思えない。

 

「リアス。キミが自由を望むのなら、ボクは(チカラ)を貸す。

 だから約束しよう。簡単にゲームを投げ出さないで欲しい。ボクを……皆を頼ってほしい」

 

「ヴァーリ……」

 

 あまり自分の本心を吐露するようなことはリアス達にはしていない。だから彼女がボクを驚くような眼で見ているのも、納得できてしまう。

 

「リアス。眠れるようになるまで話をしよう。キミの不安がなくなるように」

 

「……あら、まるで天使ね、あなた」

 

「そんなわけないだろ」

 

 そうして今日も夜が更けていく。

 

 






暗いと不平を言うより進んで灯を付けましょうってか?



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決戦



 白き鋼鉄のXの続報まだですか(ドラゴンMFD楽しかったです)




 

 

 それから時は暫く経過して、ボク達グレモリー眷属とフェニックスの眷属が行うレーティングゲームの当日がやって来た。

 時間帯は11時30分頃。そして試合時間は午前0時丁度から。

 悪魔にとって特に大きな力を得る……とかそういうのよりも。レーティングゲームが娯楽としての側面を持つようになった都合、夜行性である悪魔にとってはゲームを中継したり、子供達に見せる娯楽として、この時間帯に行われることはある意味必然だ。

 

 部室には一誠(シアン)を含めたオカルト研究部の部員が全員、学生服を身に纏った状態で集っている。

 リアス曰く、「私達のユニフォームといったらこれでしょう?」とのこと。まあ、尤もらしい。

 

「悪魔の情勢について教えて貰う時にも色々夜に連れ出されましたけど……やっぱり皆さん、悪魔なんですね」

 

「時々授業を受けるのが大変になるくらいにはね」

 

 一誠と祐斗がそんな風に語り合っている。一誠の方はくぁ、と欠伸をしており、彼女が人間であるのだと教えてくれる。

 ……なにがあってもキミと、キミの想いは守る。ボクは今もそう誓っているけれど。今だけは、強がりをしている女の子(リアス)を優先させてほしい。

 仮令(たとえ)その果てに、キミに過酷な紅き運命を背負わせてしまうことになったとしても。

 

 ボク達が思い思いにくつろいで決戦の時を待っていると、時間の十分前辺りに不意に一つの魔法陣が浮かぶ。

 そこから現れたのはグレイフィアさん。この決闘に対して中立である彼女がここに現れたということは、その理由は二つとない――

 

「皆様、ゲーム開始十分前になります。準備はお済になりましたか?」

 

 誰も言葉を発さない。だけどその表情だけで、全員の意思確認をするには十分と言えるものはあった。

 

「開始時間になりましたら、ここから転送用の魔法陣で自動的にゲーム盤に転送されます。

 そこはレーティングゲーム用に用意された異界。どれだけ暴れられても問題がない空間となっております。どうぞ存分に、力を振るうと良いでしょう」

 

「……あ、そうだ。部長」

 

 グレイフィアさんの言葉が終わると、思い出したように一誠がリアスに話し掛ける。

 

「確か部長にはアーシアちゃんの他にもう一人、僧侶(ビショップ)がいるんですよね? その人は……」

 

 ……ああ、そういえばそんな話をしていた。あの子については色々とあるし、一誠がゲームに参加しないといっても、説明の一つくらいはしないと気がかりになってしまうだろう。

 自分の主の危機だというのにどうして駆けつけてこないのだろうか、と。

 

「……残念だけど、もう一人の僧侶は参加できないわ。それについても……いずれちゃんとした説明をしましょう」

 

 理由があることを匂わせると、彼女は「そうですか」と言ってその話題に触れることはやめた。

 

「今回の『レーティングゲーム』ですが、両家の方々も別室のモニターからご覧になります」

 

 ……両家の行く末を決める大事なゲームだ。これを見届けないというわけには、形式としてもいかないのだろう。

 でも、このゲームを見るのが両家の人間だけで済むなら、それはそれでボクにとっても都合がいいのかもしれない。

 

「そして魔王ルシファー様も今回の一戦をご覧になりますので。どうか皆様、それをお忘れなきよう」

 

 魔王ルシファーがこのゲームを見るという言葉に少しばかりの驚きがリアスに迸る。

 

「お兄様が? ……そう、お兄様が、直接御覧になるのね」

 

「……へ、はい? お兄様?」

 

 あ、これ言ってなかったっけ。言ってなかったかも。一誠(シアン)が信じられないことを聞いたような目で問い返してくる。

 

「そう、部長のお兄様は魔王ルシファー様だよ」

 

 そして祐斗はあっけなく答える。

 

「え、え? えーっと、この試合を見に来てる魔王さまはルシファーなんだよね? で、でもえっと、部長のお家はグレモリーで……?」

 

 他の魔王さまもレヴィアタン、ベルゼブブ、アスモデウスで……? と、目に見えて混乱し出す。

 

「魔王さまはよく話題に挙がる前大戦で致命傷を受けて、もう崩御なさっているよ。

 それでも魔王がいないようじゃ悪魔の政治も成り立たないから、大戦を生き延びた各家から特に優良だった方々を新時代の魔王として名を継いだんだ」

 

ボクが助け船を出す。すると彼女はすぐにああ! と合点がいったように手を合わせる。

 

「つまり職業:ルシファーっていうことですか?」

 

「まあそんな感じ。で、その一人がリアスの兄である、サーゼクス・ルシファー様ということだ」

 

「……グレモリーじゃなくなってしまったんですね。それで部長は繰り上がってグレモリー家の家を継ぐことに」

 

 少し暗く、彼女は落ち込んだ。リアスの問題を正しく受け止めて、咀嚼できているその姿は、彼女が生前様々な事情を孕んでいたとはいえ、歌姫(ディーヴァ)であったこと思わせる。

 

「それでは皆様、お時間です。選手の皆様は魔法陣へ。兵藤様は後程、私どもが別個に用意した観戦用の部屋にご案内致します」

 

「あ、はい」

 

 グレイフィアさんに促され、そこでボク達は部室に用意されている魔法陣に集まる。

 

「なお、一度あちらに転送されますと、ゲームの決着がつくまで魔法陣での転移は不可能となります」

 

 魔法陣がグレモリーのものを示すものから、ゲーム盤への転移用の別のものに変化すると、ボク達の身体は暗い光に包まれた。

 

◆◇◆

 

 ――眼前に広がっていたのは、いつもと変り映えがしないように見えた部室だった。

 アーシアが困惑したように周りを見ている。事前に説明が無ければそんなものだろうという、想像通りの反応をしてくれる。

 

『皆様、この度グレモリー家、フェニックス家のレーティングゲームの審判役(アーピター)を務めさせていただいております、グレモリー家の使用人、グレイフィアでございます』

 

 まるで校内放送のようにしてグレイフィアさんの声がこの『異界』全体に広がる。

 

『我が主、サーゼクス・ルシファーの名のもと、ご両家の戦いを見守らせていただきます。

 早速ですが、今回のレーティングゲームの舞台はリアス・グレモリー様、ライザー・フェニックス様両名のご意見を参考に、リアスさまの通う人間界の学び舎、駒王学園を模した作りとなっております』

 

 ……相当な再現だ。壁の作りから窓の様子、壁の染みや傷までどこもかしこも寸分の狂いもない程に再現されている。

 空が白い、という一点を除けば完全に見分けがつかないほどに完璧だ。

 

『両陣営、転移された先が本陣となります。

 リアスさまの陣営は旧校舎、オカルト部部室。ライザーさまの陣営は新校舎、生徒会室となっております。

 兵士(ポーン)の方はプロモーションをする際、敵陣営に行く必要があります』

 

 プロモーションは兵士が別の駒に昇格する、悪魔の駒の元となったチェスにもあるルールだ。

 兵士が他の駒になれば、その駒が持つ特性を弾き継ぐ、強烈な一手。兵士一人が女王(クイーン)になればその戦力は決定的に変化するだろう。

 

「……ボクらには関係ない話だけど」

 

「確かに兵士がいない以上こちらの話としては無関係ね。

 それでもあっちは使える悪魔の駒は全て使っているわ。当然兵士もいて、この部室の守護は一大事というわけよ」

 

「数も質も、普通に考えたらあちらに分がある……そうなるとこちらから攻めるのはあまり得策とは思えないけど」

 

「ええ。その為にも敵側の兵士の全滅(キャプチャー)は必須よ。それと……朱乃」

 

「はい部長。では皆さん、これを」

 

 朱乃がボク達に差し出してきたのはイヤホンマイク。

 

「なるほど、これでミッション中のやり取りをするってことか」

 

「ミッション?」

 

「あ、いや、なんでも」

 

 ポロリと出したそんな言葉を軽く濁していると、タイミングを待っていたようにグレイフィアさんの放送が割って入る。

 

『おまたせ致しました。ゲーム開始の時間となりました。

 なお、ゲームの制限時間は人間界の夜明けまでとなっております』

 

 キンコンカンコン、とまるで授業が始まるかのように、レーティングゲームの始まりを告げるチャイムが鳴る。

 粋と言うのか、無粋というのか。ともかく、ボク達の最初のレーティングゲーム、その狼煙が上がるのだった。

 

 






 GVは第七波動店「蒼き雷霆」って知ってる?
 カレラ殿スレで突如現れた小料理店なんだって



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接敵



 アキュラくんは前書きあとがき埋めたい病って知ってる?
 別に隙間恐怖症でもないのに埋めたくなる、不思議な病気なんだって。




 

 

「さて、と。まずは手始めにライザーの『兵士(ポーン)』を撃破(キャプチャー)しないとね。プロモーションでもされたらもう勝ち目は薄いでしょうし」

 

 リアスは余裕にも、いつものようにソファに腰掛けながらくつろぎ始める。

 朱乃もそんな彼女に呼応するように紅茶を淹れ出す。

 うん、いつも通りの態度が崩れていない。下手に焦ることもせずに、よく冷静に努められている。

 

「部長、随分と余裕なんですね……」

 

 アーシアがついポロリと漏らす。

 まあ、そこはボクがフォローしておいた方がいいか。

 

「レーティングゲームっていうのは基本、長時間に渡って行われるものだからね。こうしていつも通りのルーチンワークができる余裕があるっていうのはとてもいいことだ。

 実際のチェスを見たことはある? アレと同じで、早期に決着をつけるパターンこそあれど基本は長く戦うことになるんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「『(キング)』を倒せばおしまいというルールこそあれど、その本質はチェスや将棋と同じ陣取りゲームってことさ。

 特にゲーム盤には川や森が存在する場合もあるから、場所の性質も考えると陣取りは数も経験の質も負けているボク達には急務だ。そうすると、短期決戦(ブリッツ)はボク達が必然的に不利を背負うことになる」

 

「私達の本拠地付近には森があるわ。これはこちらの領土ととっても差し支えないでしょう。

 逆にライザーの本拠地は生徒会室。まあこれはある意味当然ね。よって新校舎はあちらの領土。入ればその動向は全て確認されているのが自然よ。

 校庭も新校舎からは丸見えという構造上、ここを無策で直進するのは愚の骨頂ね」

 

 ふむふむ、とボクとリアスの話を聞くアーシアはあ、と手を叩く。

 

「なら新校舎に入るのは裏の運動場からですか?」

 

 リアス、軽く苦笑。

 

「普通ならね。でもそれは先方だって招致のハズよ。運動場なら……戦場の広さを利用しない手はないでしょうね。そこに騎士(ナイト)と兵士の三、四人態勢といったところかしら」

 

 こん、こと、と白側の駒を広げられた地図の運動場に配置する。

 これで盤上を疑似的に俯瞰している、チェスのプレイヤー目線に立っているというワケだ。

 

「部長。旧校舎寄りの体育館。先ずはここを占拠してはどうですか?

 ここを取れば新校舎までのルートを確保できますし、体育館は新旧いずれの校舎にも隣接しています。牽制の役割としても十分だと思います」

 

「そうね、祐斗。この狭い場所を取るのなら戦車(ルーク)ね。あちら側はわざわざ攻勢に出る必要がない以上体育館の損害なんて気にしないでしょうし……ヴァーリと小猫に中盤、ここをお願いしていいかしら? ここはできるだけ綺麗な状態で陣取りをしておきたいわ」

 

「了解」

 

「……わかりました」

 

 チェスや将棋といった盤上遊戯は基本、先手こそが絶対的な有利を持つ。

 先に試合展開を行い、ゲームを動かせるという意味は、『同じ力を同じ数だけ持っている』チェスや将棋においては圧倒的なアドバンテージとなるからだ。

 だが、レーティングゲームではそうはいかない。これはチェスに見立てたゲームであると同時に駒が『個性を持つ生き物』なのだ。加えて、外的要因に左右されるような盤の構成がされている。

 よってこれは『チェスに見立てたゲーム』であってチェスの定石はほとんど通用しない。『個性の柔軟性』が戦略に幅を持たせるゲームであり、ゲリラ戦で数の差を逆転させる作戦を中心にしなければマトモな勝筋を見いだせていないボク達には相当な苦戦を強いられるだろう。

 

「……ひとまず罠ね。裕斗と小猫は罠を森に仕掛けて来て。予備の地図も持って、設置場所のチェックもね。後でその地図をコピーするから」

 

「はい」

 

「了解」

 

 リアスの指示が飛ぶや否や、二人はさっさとその場から去っていった。小猫の嗅覚と祐斗の判断なら疑うこともないだろう。

 

「トラップの設置が終わるまでは各自待機。……あー、朱乃」

 

「はい、なんでしょう部長」

 

「二人が帰ってきたら森周辺、空も含めて霧と幻術をお願いできるかしら。勿論ライザー側にだけ反応するように。

 それで序盤は終わりになるかしら。中盤からのゲームは激しくなるけど、その時にまたお願いね」

 

「わかりました」

 

 ……わかっていたが、ボクとアーシアのこの段階での役割は皆無、か。

 

「え、ええっと先輩……私達はどうすれば……」

 

 アーシアが不安気にボクに話し掛けてくる。同じ境遇に立たされたのだ。まあボクかリアスに相談するというのは妥当か。

 

「大人しく待機、かな」

 

「え、でも……」

 

「大丈夫。このゲームはさっき言った通り削り合いながら数の不利を減らす戦闘にせざるを得ない。それならアーシアの優しい力は間違いなく輝くよ」

 

「……わかりました」

 

「それまでは緊張をほぐすなりなんなり、同じ手持ち無沙汰のボクが付き合うよ」

 

 ボクがそう言うと、アーシアはひとまずは納得したように頷く。

 

「……じゃあ世間話をいいですか?」

 

「いいよ。ボクが答えられるならね」

 

 そう言うと、アーシアは少しだけ躊躇ったようにして、すぐに首を振ってボクに向き直る。

 

「どうしてイッセーちゃんを避けているんですか?」

 

「———、」

 

 すごく答え辛い質問がいきなり飛んできた。

 おいそれと答えられる内容でもなければ、アーシアからしてみれば同じ部活の部員を心なしに避ける理由など、隠す必要がそうないのかもしれない。

 

「……そうだな」

 

「はいっ」

 

「リアスの眷属悪魔になる前の話だ」

 

「あら、ヴァーリが私の眷属になる前の話? 興味深いわね」

 

 ボクが静かに話し出すと、リアスと朱乃もまた興味ありげに顔を向ける。

 

「……振っておいてなんだけど、あんまり面白い話じゃないよ?」

 

「私はそれでも聞きたいわ。あなた、全然昔のこと話そうとしないじゃない」

 

「そうですね。あまり詮索はしないようにしているけれど、私もそろそろヴァーリくんの事情の一つでも聞いてみたいものです」

 

「えっと……私も、です!」

 

 困った。女性はこういう話が大好きだ。理屈ではなく、乙女心というヤツだろうか。

 

「とある女の子を……拾ったんだよ。一緒に暮らしていたのは半年だけだったけど」

 

「へえ……」

 

「半年でそれなりに、彼女と一緒の生活は板についていたと思う。

 ……うん、忘れられない、忘れることを許してはいけない日々だ」

 

 彼女(シアン)との日々は……兵藤一誠として生きる彼女にはボク(GV)は枷になってしまう。だからボクは彼女の前ではヴァーリ・アシモフとして生きる。

 それがシアンという少女をあの鳥籠から解き放ってしまったボクの責任。あの世界で彼女を守り通せなかったGVに、シアンと共にこの世界で同じ艱難辛苦を受けさせるわけにはいかない。

 

「訳あってあの子を死なせてしまったんだ。

 ……女々しいかもしれないけど、彼女はあの子ととても似ていて、とてもじゃないけど積極的に接しにいく気にならないかな」

 

「そう、だったんですか……」

 

「まあ……」

 

「………」

 

 三人は三者三様、それでもボクになんといえばいいか。言葉を探しているようにしている。

 だからあんまりいい話じゃないって言ったんだけど……言えるような返事がこれくらいしか思い浮かばなかったのは事実なんだけれど。

 

「こういう話ばっかりだからあんまり言いたくないっていうのもあったんだけど……」

 

「せ、先輩! じゃあ、今度からイッセーちゃんとお話しましょう! お手伝いしますから!」

 

「え?」

 

「だってですよ!? 先輩それじゃあ、その子を死なせてしまったことが心残りでイッセーちゃんと話せないんですよね!?

 じゃあイッセーちゃんとお話できるようになれば、ちょっとでもその心残りを解かせないかって思うんです!」

 

 間違いではない。その理屈なら、確かにボクと兵藤一誠がしっかりと話すことができるようになれば、ボクが提示した理由は意味を為さなくなる。

 

 ちょっと言い訳が雑だったかもしれないな……

 

「ありがとうアーシア。その時が来たら頼りにさせてもらうよ」

 

 別に彼女と絶対に関わるわけにはいかないというわけでもない。むしろ今まで避け気味だったせいでアーシアはこの問題を突き付けてきたのだ。

 仲のいい友達、とまではいかずとも普通に話せる先輩くらいの距離感が丁度いいのかもしれない。

 

「その時は私も手伝うわよ。部員間の悩みを解決するのは部長の務めでしょう?」

 

「あら、でしたら副部長の私も」

 

「リアス、朱乃……面白がってない?」

 

「そんなことないわ」

 

「ヴァーリくんったら、クラスでも必要以上に人と親しくなろうとしませんものね」

 

「不自然にならない程度にはクラスメイトとも喋っているつもりだけど」

 

「そういう風に言うから私達が心配してるのよ」

 

「……了解。気を付けるよ」

 

 そんな風にして、祐斗と小猫が帰ってくるのを待ち続けた。

 

◆◇◆

 

 序盤の陣地確保が終了して、いざ任務開始といった頃。ボクは今回の作戦の相方となる小猫を隣に置いて軽いストレッチをしていた。

 

「いいかしら、ヴァーリ、小猫。体育館に入れば激突は避けられないわ。

 もしもここで二人が敗れ去るなんてことがあれば、その時点でこちらの不利はいよいよ決定的なものになる。キッチリ頼むわよ」

 

 小猫とボクは静かに、しかし確かに頷く。

 失敗は許されない、重要拠点への遊撃任務。隣に相方がいることを除けばあちらで何度もやっていたのだ。気負う必要はない。

 

「では、僕も行ってきます」

 

 祐斗は既に腰に帯剣して出向く準備を済ませている。

 

「頼むわね祐斗。例の指示通りに」

 

「抜かりなく」

 

「アーシアは私と一緒に拠点待機ね。前線の状況次第で勿論動くけど、常に誰かと一緒にいること。ヒーラーの貴女を真っ先に狙わない道理はないわ」

 

「は、はいっ!」

 

 アーシアも声を張って威勢を見せる。

 彼女の力は短期で戦いを終わらせる為の無茶を可能にする貴重な生命線。序盤のゲームメイクに不要であったとしても、総合戦においてボク達が彼女にどれだけ頼ることになるかは容易に想像がつく。

 

「朱乃は頃合いを見て、お願い」

 

「はい、部長」

 

 朱乃の広範囲への攻撃は短期戦によって必然的に起こる混戦を一気に終わらせる手管として有力だ。騎士のボク祐斗がどれだけ守勢に転じて負けない展開を作っても、彼女がいない限りは勝利する展開を作ることはできないだろう。

 全員の確認を取り終えると、リアスは一歩前に出て、その細い腕を決意を新たに表明するかのように力強く振るう。

 

「さあ、私の可愛い下僕達。準備はいいかしら?

 敵は将来を有望視されている才児、紅蓮の輪廻(リインカネーション)、ライザー・フェニックス。

 誇りと実績に裏打ちされたあの鼻っ柱をへし折って差し上げなさい!」

 

『はい!』

 

 その言葉と同時に駆け出す。

 

「それじゃあ先輩、先に待ってます」

 

「ああ、先に待っててくれ……グッドラック」

 

 ボクがそう言うと、祐斗は一瞬呆気に取られたような顔を見せた後、クスりと笑ってボク達と別れて行った。

 

「先輩、格好付けですね」

 

「これを言わないと締まらないんだよ」

 

 体育館に来ると、侵入を察知されないように裏口のドアを調べる。

 ……異常なし。問題なく開く。先にあちら側が動いていて、鍵を掛けられていた時のことを考えていたが、どうやら杞憂だったらしい。

 

 ――いや、この電気信号は。

 

「小猫」

 

「はい、います」

 

 裏口から入り、演壇の裏側から体育館内に出る。

 いるとわかっているのなら無暗に隠れる理由もない。ボク達がここに来る前からいたということならば、敵もまらボク達がここにいることなどもう理解(わか)りきっていることだ。

 

「そこにいるのはわかっているわよ、グレモリーの下僕さん達! 貴方達が入ってくる姿はバッチリと監視させてもらってたんだから!」

 

 そこにいたのは四人。チャイナドレスの女性と瓜二つの容姿をした双子の女の子。そして棍を携えた女の子。

 レーティングゲームでは事前に敵チームの顔写真と与えられた悪魔の駒(イーヴィルピース)を確認することができる。瓜二つの二人を分身や二重人格の受肉化ではなく、単なる双子だと断言した理由もそれだ。

 

 『兵士』3、『戦車(ルーク)』1。こっちは『戦車』2であるが、数の不利という悩みにいきなり直面したということになる。チーム全体を見ればおおよそ3倍の戦力差だ。ここまで人数に違いがあるとなれば、流石にこの問題と衝突しない展開の方が少なくなるだろう。

 しかも陣地の妨害と準備に時間を要し、接近戦が性質上不得手となる朱乃、戦わせるわけにはいかないアーシア、『王』であるリアスの三人……戦力の半分が機能しない状況ともなると、ボクと小猫、そして祐斗の三人で中立地帯の陣地取りを進めていかなくてはならない。

 

 つまり、この人数不利は必定――

 

「行こう、小猫。『戦車』を任せてもいいかな?」

 

「……了解です。先輩は私に邪魔が来ないようにお願いします」

 

 ボク達はそれぞれの対峙する敵を明示するように別れる。相手方もボク達の意思を尊重――いや、ボク達の自身をへし折るためにその誘いに乗って来た。

 チャイナドレスの『戦車』がその服装に違わぬ、拳法の構えを。棍を持つ少女はその得物を構え、双子は――

 

「解体しまーす♪」

 

「チェーンソー……随分と物騒なものを持ち出してくるな」

 

 ボクの銃を、ダートリーダーを眉間に向けて撃ち出す。刃が完全に回転するよりも前に当てられるなら、と射貫いたが、彼女達はレーティングゲームでの場数を証明するように回避した。

 

「鉄砲撃ちながら言われたくはないわ!」

 

 二人はチェーンソーを床に当て、その音を豪快に打ち鳴らしながら接近してくる。

 

「聴覚、そして視覚的な心理攻撃のつもりか!」

 

 心理的なまやかしなど!

 

「ボクには通用しない!」

 

 二人の攻撃の軌道を読み切り、チェーンソーにダートを三発ずつ押し当てる。

 ダートの弾は避雷針の用途を主とし、それ単体での攻撃性能は皆無と言っていい程に持ち合わせてはいない。だが、その弾にはボクの雷撃が円滑に伝わるように、ボクの髪の毛に特殊なコーティングを施したものを使っている。弾そのものは針程度の痛みしか与えずとも、その弾の固さは避雷針として機能させる為に十二分な硬質化も施してある。

 

「このっ……!?」

 

「は、刃が回らない!?」

 

「いくら魔力で強化していようとも、チェーンソーは精密に作られている。

 加えてゲーム盤によって精密に再現された駒王学園の体育館の床は表面板の段階から複数の素材を用いて作られている。そこにボクの鋼鉄の顎が加われば、一時的でもそいつを動かせなくする程度造作もない」

 

 回転する力を失ったチェーンソーなど、最早重いだけの鉄板だ。

 ……とはいえ、彼女が視ている状況で無暗にダートと雷撃鱗を使うのは避けたい。できるなら、肉弾戦でねじ伏せるべきだ。

 

「だったら、拳でェ!」

 

「小細工ナシの!」

 

「三人掛かり!」

 

 チェーンソーを即座に捨てると、棍持ちの女の子と息を合わせて取り囲んで来る。

 武器を捨てて尚態々近づいてくれるのならもうこちらの思い通りだ。

 

「ふッ――」

 

 白き雷装(ブランシュ・エクレール)と偽った蒼き雷霆(アームド・ブルー)によって身体能力を底上げする。そこに『戦車』の駒特性である筋力の強化が加われば、『プロモーション』を果たしていない『兵士』なんてものの数ではない。

 リーチの兼ね合いで一番最初に伸びてきた棍の下に左手を添える。棍を受け止めると、右手で上から先を持ち、一気に左手は上に、右手は下に向けて力を籠める。

 すると急なベクトルの変動に棍の女の子は堪え切れず、両手を棍から離して上空に投げ飛ばされる。

 

「しまっ、武器を!?」

 

 一瞬の攻防で武器を奪い取られるとは思いもよらなかったのだろう。双子は慌てて距離を取ろうと足を踏み込むが、即座に膝裏を奪った棍で叩く。

 

「「きゃあ!?」」

 

 二人が倒れ込んだ瞬間を逃す程優しくもない。棍を足元に手放し、雷の力を付与した両手で二人の腹部と背部を殴りつける。

 

「「が、ぅあああああ!?」」

 

 そして悪魔の持つ翼によって空中で態勢を整えようとしている棍の女の子には槍投げの要領で棍を投げ返す。姿勢制御に手一杯であった彼女は自慢の武器によってなすすべなく倒されていった。

 

「ぐ、ぅえ!?」

 

 双子がひとしきりもがき、棍の女の子が異物を一気に身体に押し込まれたようなうめき声を挙げた後、その姿は光のように透けてゲーム盤から消えて行った。

 

『ライザー・フェニックス様の「兵士」三名、リタイヤ』

 

「なっ—―」

 

「よそ見ッ」

 

 一分にも満たない一方的とも言えたやり取りに呆気を取られた『戦車』の女性。無論小猫もその隙を見逃さず、強烈なボディブローを捻じ込んだ。

 

「ぐっ、あ……!」

 

 いくら攻防性能に特化した『戦車』といえど、同じ『戦車』の渾身の一発が入れば膝を落とす。瞬間、小猫は回し蹴りを浴びせ、チャイナ服の女性を完全にのした。

 

『ライザー・フェニックス様の「戦車」一名、リタイヤ』

 

 体育館が屋内である状況を維持したままここを制圧できたのは大きい。このまま校舎を通って祐斗と合流を――ッ!

 

「小猫! 後ろだ!」

 

「え——ガッ!?」

 

 小猫が突如、彼女の後ろから現れた女の魔法により、ボクの後方へと吹き飛ばされた。

 

撃破(テイク)

 

 その女はフードを被り、魔導師の風貌をしている。

 見覚えがある。彼女はライザーの『女王(クイーン)』だ。

 

「残念だったわね? こちらが多少の『兵士』を犠牲(サクリファイス)にしても、一人そちらを倒せればその戦力差は現状維持。メンバー不足の貴方達には大打撃でしょう?」

 

 小猫を助けるために後ろを振り向くのは愚策だ。彼女はその瞬間を待っている。

 

「戦うというのならこちらも受けるのは吝かではありませんが……ライザー様のようなワイルドな顔ではないけれど、その端正な顔をめちゃくちゃにしてしまうのは気が引けてしまいますわね」

 

「親切にありがとうございます。ライザー・フェニックスの『爆弾王妃(ボム・クイーン)』、ユーベルーナさん」

 

「……あまりその呼び方、物騒で好みませんの」

 

 『女王』と一戦交えるか……彼女への勝算はないわけではない。

 だけどここで祐斗との合流ができなければ、あちらの物量先方でこちらの戦力が消えていくのは明白。

 撒くか? いや、一歩しくじれば祐斗との合流で更なる激戦になりかねない。確実に始末するか、彼女をこの場に押し留める手管があれば……

 

「ヴァーリくん」

 

 突如聞こえたその言葉。ボクと『女王』ユーベルーナの間に挟まれるように体育館の窓を叩き割って朱乃が現れる。

 

「お行きなさいな。二人が先にここを制圧してくれたおかげで、私も力を温存したまま『爆弾王妃』さまと対峙できますわ」

 

 図ったようなタイミングだ。図っているなら小猫がやられる前から来てくれていただろうが。

 ともあれ、これで祐斗との合流を遅らせる必要は無くなった。

 

「……任せた! 小猫、後は任せろ」

 

「ッ……ごめんなさい、先輩……もっと、皆さんのお役に立ちたかったです……」

 

「ノルマは果たしたんだ……謝ることはないさ」

 

「……ご武運を……」

 

 朱乃に体育館を任せ、運動場に向けて駆け出していく。

 途中、小猫がゲームから退場したという無慈悲なアナウンスが鳴り響いた。

 

 






 ミチル。変な病気の名前を出してブロッコリーから逃げようとするな。
 それと、そんな病気は医学上存在しない。



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吶喊



 This is サボり魔。




 

 

 祐斗の待つ運動場への移動途中、突如としてやはり無骨な校内アナウンスが響く。

 

『ライザー・フェニックス様の「兵士(ポーン)」三名、脱落(リタイア)

 

 兵士が三人……状況から察するに祐斗か。

 これでフェニックス眷属陣営の脱落者は七。こちらは小猫一人を失ったのみで、戦力差は9対5。二倍以下にまでもつれ込んだが、倒した七人のうち実に六人が兵士というのが現状。油断なんて欠片もできない。

 

 考えながら走っていると、林の影から一人の生体電流を感じる。これは……

 

「祐斗か?」

 

「はい、先輩も壮健で何よりです」

 

 壮健、か。

 死角の位置となる体育用具入れの物陰に潜んでいた祐斗は周囲を警戒しつつ、ボクの下へ歩み寄ってくる。

 

「アナウンスは丁度聞いたよ。三人を一網打尽とはね」

 

「勝手な予想ですけど、最初の兵士三人撃破は先輩ですよね? それは遠まわしな自慢ですか?」

 

「できるわけないじゃないか。自慢なんて」

 

 どちらとも、小猫の話題は出さない。お互いを鼓舞するためにも、可能な限り自陣営の脱落者の話はしないでおいている。

 ボクと祐斗で互いの間に決めた事だ。小猫が邪魔だとかそういうわけではない。ただボク達の間では、話題にしないようにしようというだけの話――

 

「……勝とう、祐斗」

 

「言われるまでもありません」

 

 互いに拳をぶつけあう。ボク達はこれでいい。こうすれば、お互い彼女についてどう思っているかなんて、だいたいわかってしまえる。

 

「状況は?」

 

「敵の司令塔が予想外に狡猾です。なんとか見回りの兵士だけは一か所に集めて一網打尽にしましたが……恐らく僕の手の内は見られました。

 犠牲(サクリファイス)を好んで使用している……そんな印象です」

 

 『爆弾王妃(ボム・クイーン)』との会話でなんとなく察しはついていたが、そういう作戦を全面的に敷いているようだ。

 王たるライザー・フェニックスの絶対的な不死性と、『悪魔の駒(イーヴィルピース)』全てを使い切った人数状況だからこそできる得意技、というべきか。

 

「指揮を取っているのは『騎士(ナイト)』『戦車(ルーク)』『僧侶(ビショップ)』が一人ずつの合計三名。随分と厳重に固めています」

 

「先方としても運動場はそれだけ完全占拠に足るポジション、か。

 リアスへの報告がそっちに行き渡ってると思うけど体育館は現在朱乃が『爆弾王妃』と戦闘中。広範囲への攻撃を撒き散らして戦っているだろうから、当然ここ一本に防衛戦力を注ぐことになっているんだろう」

 

 祐斗と状況の整理。あちらではこうして直にチームメイトと作戦を会議する機会はそこまで多くなかっただけに、今ボクは普段やっていたミッションと、このレーティングゲームに異なる感触を見出していた。

 いい意味で緊張感が違う。個人で臨機応変に、適宜仲間達の遠隔的なサポートがあったあちらとは違い、その場に仲間がいる戦闘は仲間のいない実感も、いる実感も非常に湧きやすい。

 

 ふと、祐斗の手を見る。

 彼の右手は震えていた。堕天使との実戦経験もあり、未だ師より劣る剣の腕の腕はまだしも、常に心の未熟さだけは見せまいと心掛けている祐斗は今、はっきりと見てとれる震えを見せていた。

 

「緊張してる?」

 

「え? ……はい。正直言えば。

 先輩は全然ですね。まるでいくつもこんな修羅場を潜って来たみたいで、憧れます」

 

 確かに、失敗の許されない状況には慣れているけど。

 

「そんな事ないよ。この敵がいるんだと誰しもが理解している、張り詰めた空気にはそこまで縁がない」

 

 慣れない空気に当てられているのもまた事実だ。

 七十二の柱に連ねるグレモリーの眷属に身を寄せている以上はこの感覚とは否応なしに付き合っていくのだろう。

 

 あの夜、リアスに言った言葉に嘘はない。

 自由を望む彼女に、自由を望み続ける限り(チカラ)を貸す。その為にもこの世界には慣れる必要がある。

 

「祐斗、ボク達は今、試されている。

 ライザー・フェニックスに。グレモリー家とフェニックス家に。そして、レーティングゲームそのものに。

 緊張に負けてしまうのは簡単だ。足掻く努力を止めればいい。ボク達のその先を、リアスの自由を捨てればいいだけだ」

 

「そんなの、まっぴらですよ」

 

「……そうだね。ボクも御免だ。だから、強くなろう。この戦いの末に。この戦いの中で」

 

「……はい!」

 

 ボク自身の想いを追想しながら祐斗を激励する。『彼』ならもっと上手く、私情に流されない励まし方もできたのだろうか。

 ……いや、もう終わった話だ。あの世界に未練や思い残しがないわけじゃない。それでも、ボクは今ここに居る。あちらにはいられない存在となってしまった。最早、『彼』があの世界で何をしているのかなど、関係することができない話だ。

 

 その時、勇んだ女性の大声があてずっぽうに飛んできた。

 

「私はライザー様に使える『騎士』カーラマイン! こそこそと腹の探り合いに徹するだけの状況も飽きた!

 リアス・グレモリーの『騎士』よ、いざ尋常に剣を交えようではないかッ!」

 

 ボク達が目を向けたのは声の発生源。野球グラウンドの方だ。

 ピッチャーマウンドに甲冑姿の女性が堂々と仁王立ちをしている。

 あそこまでの広所に、朱乃が戦闘中という状況だからか。あるいは単にあの山が気に入ったのか。どっちだろう。

 

「……呼ばれたからには応えないのは、『騎士』として、剣士として黙ってはいられないか」

 

 祐斗はそういうと、用具小屋の物陰から出て行った。

 

「ゲームに試されてるって言ったばかりなんだけどな……」

 

 真正面からのぶつかり合い。ボクには縁の少ない言葉だ。

 そして祐斗は誇りを選んだ。正しくない選択だろうけど、嬉しい選択だったんだろう。実際ボクも祐斗の返答に少し笑っている。

 

「付き合うのが先輩の務めかな」

 

 ボクもゆっくりと、祐斗の後を追うことにした。

 

「僕はリアス・グレモリーの『騎士』、木場祐斗」

 

「『戦車(ルーク)』、ヴァーリ・アシモフ」

 

 『騎士』カーラマインに応えるようにボク達は名乗りを上げる。

 彼女はその様子を見て純粋に、満足なものを見られたような表情を浮かべた。

 

「まさか不利の状況でありながら応える者達がいたとは。正気の沙汰とは思えんな、嬉しく思うぞ」

 

 何も言わず、祐斗が一歩前に出る。

 

「私好みの愚か者だよ、お前達は」

 

 そう言うと『騎士』カーラマインは鞘に帯剣した剣を抜く。銀光に塗れた剣を抜き身にして、祐斗の言葉を待っているようにしている。

 

「『騎士』同士の削り合い……望むところだよ。できるなら尋常に、尋常ならざる剣舞を演じたいものだね」

 

 祐斗もまた、己の『神器』で生み出した剣を持ち攻撃的に答える。

 両者はどちらでもなく、笑う。次の瞬間、互いに合図の一つもなしに剣戟を始めた。

 

「……で、仕掛けてこないのかい? ライザーの『戦車』と『僧侶』」

 

「気付いていたか」

 

 剣劇を演じる二人を後目に、ダートリーダーを構える。銃口の先には顔の半分にだけ仮面を付けた女性と、ドレスを着こんだ女性。仮面の方が『戦車』で、消去法的に『僧侶』となるドレスの女性は――

 

「レイヴェル・フェニックス……ライザー・フェニックスが妹を眷属悪魔としている話は耳にしたことがあったな」

 

「それはまた耳年増なことですわね」

 

 レイヴェル・フェニックスはボクをじぃ、と観察するように視線を送る。探られる目は正直好きではないのだけれど……

 

「あちらの剣バカに乗っかっていった剣バカの『騎士』といい、どちらも中性的で男の色がない顔ですこと……もしかしてリアス様はそういう趣味をお持ちで?」

 

「そういうわけじゃないと思うよ。ボクも祐斗も、行き倒れたところを拾われただけだからね」

 

 ボクの方は嘘だけど。

 レイヴェルがそう、と興味なさげに返答をする。

 その間にボク自身の体内電流を活性化させ、戦闘の準備に移行する。が、レイヴェルは敵対意思を見せたボクに対して小さく嘆息をする。

 

「私、あなたのお相手は致しませんわよ。イザベラ、あなたが相手をしてあげたら?」

 

 イザベラ、と呼ばれた仮面の少女は頷き、レイヴェルと前後を入れ替わる。

 

「元からそのつもり。さ、手持無沙汰同士で戦り合うとしよう」

 

「レイヴェル・フェニックスはお飾りの眷属だ、とでも言いたげだな」

 

「そんな強がりを言って。有難いという感想が出ないのは男の子だからですの?」

 

「まさか。ボクが女の子だとしても言うに決まってる」

 

 バチ、と溢れた電流が眼前で火花を散らす。

 これ以上の与太話は止そうと、『戦車』イザベラに告げるようにして。

 

「……では、行くぞ! 銃の『戦車』よ!」

 

 イザベラは言葉と同時にボクに肉薄する。『戦車』の特性で強化された拳が眼前に迫り、それを回避する。

 

「この程度は躱すか、ならば一段、二段とギアを上げようか!」

 

 だん、だん、だん、と。文字に起こすならまさしくその表現通り。

 彼女の四肢から放たれる攻撃は一発、二発と速度も重さも、キレも伸びる。

 侮りか、余裕か。それとも楽しみか。彼女は尻上がりに調子を上げて行って少しずつ、間隔も短く拳を振り放つ。やがてそれは折り曲げた腕を鞭のようにしならせたフリッカージャブ等、バラエティにも富みだしてきた。

 

「ッ……!」

 

 生体電流の活性化によってどうにか凌げているのが現状だ。第七波動(セブンス)の能力者達はその特異性から彼女のような力技を主軸にする者がまず少なく、こうも単純に攻め立ててくる類の敵とは相対した経験がかなり少ない。

 

(苦手なタイプだな……力技を主体にした第七波動使い……デイトナやカレラを思い出す)

 

 『怒れる爆炎(バーントラース)』デイトナ、そして『欲深き磁界拳(マグネットグリード)』カレラ。かつてGV(ガンヴォルト)が戦った強力無比なる第七波動使いである。

 デイトナは炎、カレラは磁力と、イザベラのような正真正銘力一辺倒の敵ではなかったが、己の力を直接的な暴力としてのみ使っていた二人はこれまでの敵の中でイザベラにとても近いと言える。

 

「そら、そらそら! 動きにムラが出てき始めているよ!」

 

(反撃手を出さなくては……! それでもこの一撃一撃に隙のない行動は、迂闊に攻め手に転じられない!)

 

 チェスを模したレーティングゲームで無粋な表現だが、将棋で着々と詰まされていくような不快感を感じる。自分のやりたいことを純粋な力技の脅威で怖気付かせに来ている。

 

「足元、お留守さ!」

 

「しまっ……!」

 

 ズンッ、という重い音が腹部の臓腑(うちがわ)から響いた。脚だ。全身を使ったしなるような拳の動きで、本命の脚を強引に隠していたのか?

 一撃が重いッ!

 

「グ、あ……!」

 

 本気の本気で放たれた、加減無しの一発……!

 『戦車』でなければ耐えられなかった! 相手と同じ駒特性を持っていたことに感謝しなければならない。

 

「驚いた。今のを堪えるのかい。

 正直駒特性だけの防御力だと思っていた、謝罪させてもらうよ」

 

「っ……それは、どうも」

 

 軽口を叩いていられるぐらいの余裕はある。日頃の鍛錬は未だボクを裏切ってはいない。

 

「だがその調子で、今の状態で更にギアを上げた攻撃をされれば流石に立てもすまいだろう。過小評価し、蔑んでしまった謝罪だ。一撃で終わらせる!」

 

 来る――!

 

「ッ、駆け抜けろ、『白の雷装(ブランシュ・エクレール)』! ヒーリングヴォルト!」

 

 活性化した生体電流が身体中を駆け巡る。これによりボクの身体の自然治癒力が高まっていき、イザベラに負わされた傷は見る間に失せていった。

 

「回復能力!? 事前の確認では回復能力を持つのは金髪の『僧侶(ビショップ)』の子だけだったが……隠しものがあったということかい!」

 

「そういうことに、なりますね!」

 

 体勢を立て直し、再び迫ってくる攻撃を回避する。攻撃力に比重を置いていたせいか、大振りになっていた拳はそれまでの隙のない攻撃と比較して明らかに簡単に回避ができた。

 

「だったら!」

 

 再び攻撃のテンポが高まっていく。一撃、一撃と攻撃の速度を上げていき、やがては眼前に迫る拳の回避のみに意識を刈り取らせる攻撃――

 恐らくはこれが『戦車』イザベラの得意とする戦い方なのだろう、剽軽な物言いと相手を立てるように正々堂々とした振舞い。どれも彼女という存在の真実だろう。だがその振舞いこそが、彼女の『正々堂々とした攻撃』に意識を刈り取られる戦略として成り立っている。そこに的確な蹴りを繰り出す。拳の回避のみに意識が向いたその瞬間を見逃さない嗅覚と観察力、直感があるのだ。

 だが。

 

「そこか!」

 

「ッ、な!?」

 

 一度体験してしまえば、どのタイミングでどのように仕掛けてくるかの予測も立てられる。

 そして、隙を見せればボクの距離だ!

 活性化した生体電流だけではない。周囲に存在する分子を電離させ、プラズマを構成させる。生まれたプラズマや電流はボクの右手に集中していき、周囲に火花を散らす。

 

「ッ……あああああああ!!!!」

 

 グレモリー眷属側がユニフォーム代わりに運用している制服が飛び散るプラズマに焼き焦がされる。

 そしてダートの弾丸を更に右手に打ち込む。避雷針は対峙する敵ではなく、ボク自身だ。

 

「くらえ……!」

 

「………! これは、喰らえないッ!」

 

 技と呼べるほど大層なものであるつもりもない。やぶれかぶれの攻撃だと誹られようとも仕方はないだろう。なにせボク自身こんな攻撃はしたことがない。

 こんな、自分のセブンスで自分の身体に傷をつけるような真似、普通の人間じゃしない。

 そんなボクの意を汲んだのかは定かではないが。イザベラは全力でボクの攻撃を回避しにかかった。

 

「うおおおおあああああああッッッ!!!!!」

 

「……避け、切ったァ!」

 

 力任せに、全身を駆け巡る稲光の奔流を振り被って叩く。大振りの一撃は意地の回避体勢に入ったイザベラには掠りもしない。全力で避けたんだから、当たり前だが――

 

「雷よ、迸れ!!! 眼前の敵を打ち砕く青龍の牙となれ!!!! 迸れ――『白の雷装』!! 降雷波!!!」

 

 蒼い雷が白い光を伴ってボクの腕から落ちてくる。イザベラの身体を空振った腕はそのまま地面に落ちて行き――雷の余波が彼女を焼き焦がした。

 

「ぐ、ああああああ!!!??」

 

 雷の余波にイザベラは焼かれる。だがこれは余波を当てただけで、クリーンヒットしたわけではない。彼女とてまだ戦えるに違いはない。

 

「な、めるな……! 私とてライザー様の『戦車』だ、これしきの雷で止まるものだと思わないことだ……!」

 

「侮るものか!」

 

 雷を当てられたのならこちらのものだ。あちらの世界では電気代を賄うような細かな調節を効かせられなかった『蒼き雷霆(アームドブルー)』だったが、この世界に生まれ直して既に、ボクはガンヴォルトとして生きたよりも長い時間を過ごしている。

 ボクがボクのセブンスに対して、何もしていなかったわけはない。今のボクは他者に流した電流によって、意図的に特定の筋肉を麻痺させることも可能だ。

 

「なっ……これ、は!? 足がッ、腕枕で夜通し寝た寝起きの腕のように動かない……!?」

 

 その例え方はどうなんだと思わないでもないが、そんなことをいちいち気にしている理由もない。こちらを恨めし気に睨むイザベラを一瞥し、再び雷を帯びた腕を叩きつける。

 

「ぐ、ぉあ!?」

 

 あっさり、と言うべきなのか。その一撃を受けてイザベラは地に伏してやがてその姿は霧散していった。

 

『ライザー・フェニックス様の『戦車』一名、戦闘脱落(リタイヤ)

 

 ボク達の敵、そのうちの一人を確かに倒したという証明のアナウンスが聞こえる。

 ただ淡々と、誰が倒れたのかを教えてくれるこのアナウンスが有難い。

 

「リアス。そっちの状況は今どうだ?」

 

 現状の再確認を行うべく、敗退していったイザベラの後方に控えているレイヴェル・フェニックスに警戒を露わにしながらリアスに通信を送る。

 

「こっちは祐斗が『騎士』と交戦中で、ボクも同じくライザーの『僧侶(ビショップ)』と対峙している……リアス?」

 

 返事が、ない。

 どういうことだ。グレイフィアさんのアナウンスはリアスと、彼女の傍にいたアーシアの脱落を知らせてはいない。二人が健在だということは確かだが、今二人は何をしている――?

 

「どうしたんだリアス? 応答してくれ」

 

「――あら、もしやリアス様と連絡がつかないことにご心配をなさっているのですか?」

 

 と、まるで謀っていたいたかのようにレイヴェルが話し掛けてきた。

 彼女の顔は全てを察しているとでも言いたげに笑っている。

 どういうことだ? 何故、彼女がリアスと応答が取れないことを知っている。何故、確信を持ってそうだと問い詰めて来た?

 

「祐斗――」

 

 思わず、祐斗の方へ向き直る。だが目を向けた先に、更にボクは驚愕させられた。

 

「聖剣使いと会った……と言ったな?」

 

「ああ、あの男は確かに聖剣を振るっていた」

 

「ならその男について聞かせてもらおうか」

 

「ほう? お前もまた、聖剣と奇縁で結ばれていると? 答えてやるのも吝かではないが……我等は剣士だ。剣にて応えようではないか」

 

「……半殺しまでなら大丈夫か」

 

 祐斗の全身から殺意が溢れ出している。常日頃から温和であり続けている祐斗は今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を持っていた。

 彼の事情は知っている。裕斗が怒りに狂い、殺意を滲ませるのに妥当な理由は確かに存在する。

 

 だがまさか、こうも豹変してしまうとは思いもしていなかった。常日頃から貼り付いている爽やかな顔は今の祐斗には存在しない。あるのはただ、目的を果たすだけの悪鬼――

 そんな祐斗の豹変にボクが驚愕していると、ぞろぞろと多くの気配が校庭に集いだしていきていた。

 

「ここね」

 

「あれ? イザベラお姉ちゃんは?」

 

「もしかしてやられちゃった?」

 

「ッ……! これは……!」

 

 ライザーの眷属悪魔達が集まってくる。『兵士(ポーン)』が二人、『僧侶』が一人、『騎士』が一人。

 ライザーの眷属悪魔はこれで全員。朱乃と戦っている『女王』とライザー本人を除いて全員、この戦場に総動員されている。

 

「この状況。本陣の防御を捨て去ったボク達二人だけへの対抗策……! まさか、まさかリアスとアーシアは――!!」

 

『先輩! ヴァーリ先輩、聞こえますか!?』

 

「そのまさか、ですわ」

 

 通信機からアーシアの怒号が響く。それしか考えられない。二人は、いや()()()()()!!!

 

「アーシア! まさか二人は!!」

 

『はいっ……! 今私達は屋上にいます。ライザーさんが一騎打ちを申し出され、部長がそれに応じました。おかげで私達は何事もなく校舎内に突入できました。できました、けど……!』

 

 なんて……なんてことだ……!

 リアス……そんなにボク達が信用なかったのか!? いや、わかっている。キミの誇りがライザー・フェニックスから逃げることを良しとしなかったことくらいわかっている。

 だけれどそれは……! その判断は……!

 

「お兄様ったら、意外にリアス様が善戦なさるものですから高揚したのかしら?

 普通に戦えば此方側の圧勝ですもの。お兄様なりの慈悲なのでしょうね」

 

 レイヴェルが「ホホホ」と口元に手を当てて笑う。

 断じて慈悲じゃない。ライザーはリアスの性格を知っていて策に組み込んだんだ。

 

「リアスの心を従僕にするつもりか……ライザー! 彼女自身の意思で!」

 

「随分と人聞きの悪いことを仰いますのね。お兄様はそちら側に『一縷の望み』を与えてあげたというのに」

 

 ライザーの眷属悪魔達がボクを囲う。行かせないつもりか!

 ここで脂を売っている間にもリアスは、二人は――!

 

「アーシア! リアス! 今すぐにそっちに向かう!」

 

 通信機越しにそれだけ伝えると、ボクを囲む眷属悪魔達を一瞥する。

 ――今この時ほど、普段シアンにGVの戦っている姿を見せたことがなくて良かったよ心底思ったことはない。

 私生活からメンテナンスに取り出していて、使い方の理屈も説明したことのある避雷針(ダートリーダー)とは違って、『蒼き雷霆(アームドブルー)』のスキルは私生活の用途なんてない。

 任務の時に聞こえてくるシアンの歌で見えるモルフォもまた、その姿が『蒼き雷霆』と『電子の謡精(サイバーディーヴァ)』の感応によってそこにいるように見えるだけだ。ボクに歌い掛けているのは確かだが、ボクとコミュニケーションを取っているわけではなかった。

 

「邪魔をするなら容赦はできないんだ……! 迸れ、『白き雷装』!!」

 

  ――閃く雷光は反逆の導

   轟く雷吼は血潮の証

   貫く雷撃こそは万物の理――

 

 青白い雷光を纏った鎖がボクの周囲から現れる。それらは校庭を張り巡り、やがて鎖の網を形成していく。

 

「これは……!? まさか、全員今すぐ逃げなさい! その鎖は!」

 

 遠方で校庭の戦況を俯瞰していたレイヴェルと『騎士』の二人が即座に反応して飛び退く。それに一歩遅れたように『兵士』と『僧侶』が動き出すが、もう遅い。

 

「ヴォルティックチェーン!!!」

 

 鎖から大量の雷が流れる。射程圏内から逃げられなかった三人を鎖は捉え、強烈な電撃を浴びせる。

 

「きゃ、ああああああ!?」

 

 雷は彼女達を焼き、瞬く間に膝を付かせる。

 

『ライザー・フェニックス様の『兵士』二名及び『僧侶』一名、撃破』

 

 うつ伏せや仰向けになって倒れると共に、アナウンスが響いて眷属悪魔達は倒れる。

 攻撃後、大技を使うことはできないことが難点だが、短時間で複数人の敵を一掃できることはやはり心強い。

 

「そんな、バカなことが……!? 広範囲の殲滅は『雷の巫女』の専売特許だった筈……ッ!?」

 

 新に現れた方の『騎士』が驚愕している隙に彼女へと肉薄する。ボクの元々の機動力は多くの『騎士』に見劣りしない。『騎士』と見合えば大抵が瞬殺に終わる――

 

「降雷波!」

 

「ぎゃ、うぎあ!!」

 

 雷を込めた掌底を叩き込み、『騎士』を倒す。遅れてグレイフィアさんのアナウンスが響き、これで残るはカーラマインとレイヴェルだけ。

 

「シーリス!? ニィ! リィ!」

 

「余所見をするなッ!!!」

 

「ガ、ァ!?」

 

 カーラマインもまたその同様に付け込まれ、祐斗が一撃でのす。これで高みの見物を決め込んでいたレイヴェル以外全員だ。

 

「……驚きましたわ。まさかここまで善戦なさるなんて」

 

 それでもやはりレイヴェルの余裕は消えない。

 強がりではないことくらいはわかるが、それにしても豪胆と言わざるを得ない。まるで彼女は未だに自分達の勝ちを確信して疑わない、そんな目を――

 

『リアス・グレモリー様の『女王(クイーン)』一名、戦闘脱落(リタイヤ)

 

 その瞬間、響き渡るアナウンス。

 

「なっ……朱乃が!?」

 

「まさか……!?」

 

 朱乃が、負けた……!? いやそれよりも、『爆弾女王(ボム・クイーン)』を抑えていた朱乃がやられたということは――!

 

「祐斗! 早くそこから離れろ! 女王の爆弾は恐らくもう既にッ!!」

 

 瞬間、祐斗のいた場所から爆音が響く。聞き覚えのある爆音だ。嫌なことに、その音が聞こえた時は小猫が脱落した。考えたくもないが、今回もまた……!

 

「ッ……祐斗!」

 

 祐斗が爆心地の中心で突っ伏していた。制服も身体もボロボロに焼け爛れ、戦える状態ではないことは明白だ。

 すぐに祐斗の姿はこれまで倒し、倒されていった悪魔達同様に消えていく。駆け寄る暇もなく、また駆け寄るという思考すらも警戒を優先してしまっていたボクには許されず、祐斗の姿はやがて跡形もなく消えてしまった。

 

『リアス・グレモリー様の『騎士』一名、戦闘脱落(リタイヤ)

 

 ただ淡々と、誰が倒れたかを教えてくれるこのアナウンスが恨めしい。

 

 






 夏までに二巻終わらせたいなー!
 終わるかナー!?



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挑戦



 白き鋼鉄のXの発売日をはじめとした続報が続々来てる中ようやく投稿してますがぼくはげんきです




 

 

 二つの陣営が入り乱れた運動場は閑散としたものとなり、今やこの場には3人の悪魔を残して誰も彼もがいなくなってしまった。

 二人の騎士が彩った剣戟の世界もまた、然るべき戦いが終わったことを示すかのように霧散していく。

 悲観に暮れる暇はない。

 

「『騎士』、撃破」

 

 『爆弾王妃(ボム・クイーン)』の冷静で、平坦な声。

 朱乃も祐斗も、先程の小猫も。皆彼女一人にやられた。

 そしてこの盤面において、たった一人の『戦車(ルーク)』にわざわざ相手をする必要もなく。彼女は踵を返すように屋上へ去って行った。

 

「ぐっ……待て!」

 

 正直、度重なる連戦と大多数へのヴォルティックチェーン(おおわざ)で身体が重いが、転倒することもなくしっかり足は言う事を聞いてくれている。贅沢は言っていられない。

 ボクがなんとかしないといけない。

 

「どう考えても其方の負けでしょう? 無駄に傷つくことを良しとしないのならば、大人しく身を引くことをお勧めしますわよ」

 

 雷の鎖から逃れたレイヴェルが焔の翼をはためかせながら降りてくる。余裕綽々といった表情だ。

 戦う必要もないだろう、わざわざ手を下す必要もないだろう。そんな彼女の情を覚える。

 ……だったら、その厚意は受け取っておこう。

 

「試合が終わっていないのなら諦める道理はない。それにキミは、グレモリーとフェニックスの頭首達が見ているこの場で、自分の主の意思を蔑ろにしろと言うのか?」

 

「詭弁ですわね。主を思えばこそ、この戦いはもう諦めるべきですわ。主にみすみす下僕がやられていく姿を見せつけることが温情だとでも?」

 

 平行線だ。勝たなければならないボク達と、最悪負けても構わない状況にある彼女らでは見えている世界が違う。

 

「それに、貴方もまるっきりの新入り悪魔でないのなら理解(わか)っておいででしょう? 私達フェニックスは不死身で、いかなる傷をも治す万能の薬、フェニックスの涙を作り出すことができる。

 ルールに抵触してしまいますからもてる数に限りはありますが、レーティングゲームに大人気のこれを生産元が持っていないわけがないでしょう?」

 

 フェニックスの涙。レーティングゲームにおいて使用制限を課せられる程の逸品。使えばたちまちにあらゆる傷を癒すフェニックス家の万能薬。

 これの流通こそが前大戦において圧倒的なダメージを受けた悪魔の中でフェニックス家を台頭させた道具。端的に言ってしまえば成金――

 

 グレモリー家もこの婚約話に躍起になるワケだ。(リアス)を愛していないわけでは当然ないだろうが、大戦の影響によって種族単位で大打撃を受けた悪魔は優れた家同士での結びつきを強くする必要が当然あったわけで。資金面における心配がないフェニックス家は恰好の結婚相手になる。

 理解はするが、それがリアスの本心を縛り付ける枷であっていいわけがないッ――!

 

「ご高説感謝するよ、レイヴェル・フェニックス。ボクが諦める口実も、諦めることに甘えてしまいそうになる甘言も受け取る。

 だがボクは、だからこそボクは。リアスが諦めると言わない限り諦めない。彼女が諦めると言ってしまった時は……有難く、キミの情けを受け取る」

 

「ッ……! 知りませんわよ、主が負ける姿を見届ける以上の屈辱を、お兄様に味あわされることになっても……!」

 

「……ああ」

 

 ボクがこれからやろうとしていることは、愚かなのだろう。

 

◆◇◆

 

 雷の翼を纏う。悪魔に似つかわしくない、蒼白く光る翼だ。

 

 ボクは羽ばたく。彼女の自由を掴む為に。立ち昇る朝日はまだ早いけれど、輝く翼は夜の闇でも消えることはない。

 

 ボクは、彼女の自由を諦めたくはない。

 

「リアス……! アーシア!」

 

「ヴァーリ……!」

 

「先輩……!?」

 

 リアスはボロボロ、アーシアも『爆弾王妃』に追い詰められ、今まさに三人と同じ末路を辿りかねないという瞬間。

 間に合った……!

 ライザー・フェニックスが『爆弾王妃』に追いついたボクに少しだけ驚くような顔を見せる。

 

「『戦車』の小僧……レイヴェルめ、見逃したのか。戦況に大差はないが面倒をしてくれる」

 

「妹が反抗期だったおかげで間に合ったみたいだ」

 

 不愉快そうな顔をするライザー。ああ、そうだな。不愉快だろう。

 

「ライザーさま、彼のお相手、私がいたしましょうか?」

 

「ああ。完膚なきまでに叩き潰してやるといい」

 

 『爆弾王妃』が右手を構える。ボクはそんな彼女を一瞥して、ライザーに向き直る。

 

「ライザー・フェニックス。貴方はボクと祐斗に言ったな。

 『お前達の一撃はリアスの一撃だ』と」

 

「……? ああ、言ったとも」

 

「なら、ボクが見せる。リアスの一撃を。

 ボクがリアスに代わって、貴方に挑戦する」

 

「なっ……ヴァーリ……!?」

 

 リアスはボロボロの状態でボクを睨む。だがボクは、彼女の我儘に着いていけても、その我儘な挑戦を見過ごすことはできない。

 

「リアス、『(キング)』のキミが負ければそこまでだ。それに今のキミは正直足手まといになる。

 仮にこのまま戦いに入ったとして、ボク達の回復を担当できるアーシアを放っておくとも思えない。だからここはこうするのがいいんだ」

 

「でもッ、それじゃあ貴方が!」

 

「リアス」

 

 彼女の言葉を遮る。ボクはそれまで以上に真剣な面持ちをしていただろう。

 

「キミにこれから辛い選択を迫る。きっとこれは、ライザー・フェニックスとの婚約よりもキミに辛い未来をもたらすことになってしまう。

 それでもキミが自由を求めるなら……ボクはキミに過酷な未来を押し付けることになってしまう」

 

 その先にあるものが、あの時の彼女(シアン)と同じだったとしても。

 

 ボクには、目の前にいる今の彼女(リアス)を見過ごすことはできない。

 

「そうしないとライザー・フェニックスには勝てない。だから……こうするのなら、キミにも覚悟をしてもらわないといけない」

 

「……何を、するつもりなの」

 

「ライザーを倒す」

 

 確固たる意志はここに。決意は決まっている。

 あとは、彼女がそれを求めるかだけ。

 リアスはボクの眼差しを暫く見続ける。任せるか、任せまいか。ボクの言う「過酷な未来」に即答することを許されない気を感じているのだ。

 

「ヴァーリ……正直、私は貴方がライザーに勝てるだなんて信じることはできない」

 

「わかってる」

 

「でも貴方の言う通り、今のままではどう足掻いても私達は詰み。私の望みを叶えることはできない」

 

 リアスの言葉は尤もだ。手があると言っても、それをこれまで仄めかしもしなかったというのに信じろという方が難しいだろう。

 彼女が否定しても、それは仕方ないことだ。それならば、ボクは愚直に、今のボクのままでライザーを倒しにいく。勝つ確率が万に一つもなかったとしても、彼女に臨まれたヴァーリ・アシモフとして戦う。

 

「――でも」

 

 だが。

 

「貴方が私に覚悟を求める代わりに、貴方の秘密を一つ(つまび)らかにできるのならそれもいいかもしれないわ」

 

 冗談めかして言っているが、彼女は過酷な未来を受け入れる目をしていた。

 それでこそリアス・グレモリーだ。それでこそ、ボク達の『王』であるリアスだ。

 

「貴方が隠し事を晒してもいいと言っているのだもの。私は果報者ね」

 

「……かもしれないね」

 

 ふっ、と笑い合って。ライザーに向き直る。

 

「作戦会議は終了か? どの道結果は変わらないんだ。もっとしっかり話し込んだ方がいいと思うぜ?」

 

 ライザーがクク、と笑う。

 情けか。侮りか。

 いずれにせよ、ヤツは今ボクに挑戦状を叩きつけてきた。

 いや、ライザー・フェニックスにとってそれは、挑戦状ですらなく、リアス・グレモリーとの婚儀を終わらせる最後の儀式という認識なのかもしれない。

 

「もう十分だ、ライザー。ボクはお前に勝つ」

 

「ハッ! デカイ口を叩くんじゃあないぞ雷使い!

 貴様程度の雷が、フェニックスの貴焔に焼かれることをせいぜい光栄に思うがいい!」

 

 ライザーの炎が、屋上全体を激震させる。

 同時に、ボクの雷もまた周囲一帯を蒼白く照らし、夜の学校とは思えない光景を作り上げる。

 

「いくぞッ……アルビオン! 『神器融合(アームド・フェノメノン)』ッ!!」

 

『委細承知だ我が宿主よ! 嗚呼――久方ぶりに白龍皇の時間を楽しもうではないか!!』

 

 雷を右手に集約させて、振るう。

 稲光は焔をも巻き込んで輝き、ボクの背に集約される。

雷光に阻まれた翼が、姿を現す――

 

「煌めけ、白き翼よ――悪滅の雷を以て、その光翼を晒せ!

 誘因子隔離用人工神器、一時機能停止……神滅具(ロンギヌス)起動。断ち切れ、『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』!!」

 

 悪魔として失格も甚だしい白の翼が雷を振り払う。

 雷光を帯びた蒼い翼膜から白い羽根のようなプラズマが散る。

 その翼は炎の翼を携えるフェニックスという特別を前にしても尚、異端であった――

 

「蒼白い、龍の翼……! それに神滅具『白龍皇の光翼』だと……!?」

 

 ライザーの顔色が変わる。彼のその顔は、ゲーム開始前に渡された眷属悪魔達の情報にはこれが一切、記載されていない情報であったことの証明には十分で。

 

「リアス……お前、赤龍帝を保護していたのに飽き足らず、白龍皇までも手中に収めていたというのかッ!?」

 

 赤い焰の群れを前にしても尚、その雷光は色褪せないものであった。

 

◆◇◆

 

『「白龍皇の光翼」……だと……ッ!?』

 

 ドライグの驚愕する声が魂の中に響く。刹那、わたしの魂にもわたし自身の叫びが響いた。

 

「あれが……!? 先輩が、『赤龍帝』と対を為すっていう、『白龍皇』……!?」

 

『どういうことなの……!? ヴァーリ・アシモフの魂からは全く、二つ目の神器の波長が確認できなかった! 彼の翼が晒されるその瞬間まで!』

 

『俺の嗅覚もまるであの男からアルビオンの気配がなかった……高精度のステルスをヤツが持っていた筈もない。それは雷撃を操るヴァーリ・アシモフからも同様に。

 ヤツは――否、ヤツらはどうやって、俺達からその存在を欺けていた……!?』

 

 赤龍帝には対となる龍、白龍皇という存在がいる、というのは部長やドライグに聞かされた話だ。

 赤龍帝と白龍皇――二天龍に関わった者はロクな生き方をしないとか、なんとか。他にも色々。

 勿論そんなロクでもないことにわたしの周りの人達を巻き込みたくはないし、わたし達はこれでも意識して白龍皇の存在を探していた。

 

傍目八目(おかめはちもく)……あるいは灯台もと暗しってヤツね……』

 

 先輩がそうだとは微塵も思っていなかった。

 赤龍帝と白龍皇はそれまで出逢えば殺し合う宿業に生まれた間柄で、お互いの存在を認知し合えばその時点で殺し合いに発展するものだと思い込んでいたからだろう。わたし達は身近にいる人達が白龍皇なわけがないと、オカルト部員の人達の神器の探知を怠っていた、のかもしれない。

 

『……しかしヴァーリ・アシモフが白龍皇ということならば、当然戦闘練度や二天龍としての戦闘経験、能力は俺達よりも上だということになる。

 相棒、心象の翼よ、お前達が当代の赤龍帝となってしまった以上、ヤツの戦いはしっかりと見ろ。それがお前達のためだ』

 

「………」

 

 先輩の翼はどこか毒々しく、寂しげだった。

 

◆◇◆

 

「白龍皇……ヴァーリが……?」

 

 リアスが戦場の渦中で呆けている。だがそれでいいのかもしれない。

 ライザーがリアスに向かって滾る感情を露わにしている。それも当然だろう。

 

 戦場が静かだ。少なくともボクの観て、聴いていたこの戦場は、始まりから終わりまで常に慌ただしく、目まぐるしくしていたというのに。

 いや。いいや。そうだとしても。

 

「ライザー……」

 

「リアスの『戦車(ルーク)』……いや、『雷撃の白龍皇(Blitz Dragon)』……ッ!!」

 

 そう溢すと、彼の軽い口は重くなった。ライザーはボクに対して軽口を交え合うつもりもなく、煉獄の炎を纏って突貫してきた。

 

「下がれユーベルーナ。ヤツが『白龍皇』ならば俺がやらねばならん!」

 

「承知……!」

 

「白龍皇……貴様がどれだけの異端を有していまいが、俺の炎は魂魄を浄化する煉獄の炎! いかに二天龍の一角といえども魂に作用する焔を受ければッ!!」

 

 ライザーの炎が迫る。だがそれはブレたボクの身体を通り抜ける。

 

「話にあった電磁結界(カゲロウ)か……! 白龍皇の力以外にも神器を携えて、とんだデリシャスセットだな貴様は!」

 

 舌打ちをしながらライザーは構わず炎の弾丸を放つ。いくら同じものを放とうとも……

 ……いや!?

 

「足元に……!?」

 

 足元に炎が着弾し、爆発。煙を巻き上げる。これは……!

 

「目くらましか!」

 

 周囲が見えない。だがこの程度なら!

 

「……ッ、そこからか!」

 

 左に向き直り、身体を捻じる。すると目を向けた先からはライザーの右腕が煙を突っ切って伸び、ボクの首があった場所に迫って来ていた。

 カゲロウの存在を知っていながら、攻撃を行ってきた……?

 

「お前のその無敵の守りが、お前自身の神器由来なのは知っている! だったらば『白龍皇の光翼』のようなデタラメな力はないッ! お前のその無敵の力は、お前自身が溜め込んでいる雷のエネルギー量に依存していると踏んだぞ!!」

 

「ッ……!」

 

 目敏い! やはり玉石混交としているとはいえ、群雄割拠とした悪魔社会のレーティング・ゲームで勝ち星の方を多く挙げているだけはある。

 眼が良いんだ、このライザーは。データにも目を通して、恐らくはここに来るまでにボクが行ってきた戦いも観ていたに違いない。

 

 ライザー・フェニックスは、『不死』と『眼』によって生きている。本質は長期戦特化のスタミナタンク!

 

 ……今のボクはライザーと同じで長期戦に向いている。だがこの長期戦の傾向には致命的な相性がある。

 

「うおおああああああああ!!!」

 

 咆哮。ライザーは吼えると、ボクの回避に対して間髪入れずに拳を振るい、炎の弾丸もまた連射する。

 

「貴様が白龍皇だというのなら、俺の不死は最早松と鶴のみを飾る吊るしひなの飾り物に等しい!

 であれば、貴様を早々に仕留めなければ……俺は負ける!」

 

 白龍皇の力は半減の力。攻撃を加えた相手から断続的に戦闘能力を半減させ続ける、簒奪の力。一撃加えて白龍皇の力で半減を続ければ、ライザーに勝ち目はなくなる。

 一撃だ、一撃当てればそれでいい。避雷針(ダート)を当てるいつもの戦いと違いはない。

 ――だというのに、ボクの反撃手はライザーに当たらない。これがヤツの執念か、ライザー・フェニックスの誇りが為す業だと言うのだろうか。

 

「俺に負けねばならない道理などない! グレモリーが相手だろうとも、白龍皇だろうとも、それが単に悪魔の下僕でしかないというのなら尚のことに!! だから俺は!!!」

 

「泥臭く卑怯と後ろ指を指されられようとも構わない。どんな誹りを受けようとも! 彼女に自由に羽ばたく翼を渡す約束をした!! だからボクは!!!」

 

 お互いの拳がすれ違う。拳戟は標的に触れることは能わず、空を切る。

 ライザーはボクにボクの雷撃のエナジーを使わせることはできなかった。ボクはライザーに布石の一撃を加えることはできなかった。

 だが、それらがほぼボクとライザーの二人の身体を掠めそうになるまでに肉薄していた事実は覆らない。

 

「「今ッ!! お前に負けるわけにはいかないッ!!!」」

 

 紅い焰と蒼い雷が、互いの敵意を感じ取るように弾けた。

 

 






 アキュラくんが元気に討滅とかグズとかバケモノとか言ってるとこはやく見たいです



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不忠



ち、違う! 白き鋼鉄のXが手を放してくれなくて……!!




 

 

 先輩とライザーさんの戦いは熾烈を極めていた。

 不死のフェニックスと、半減の白龍皇……どちらも長いスパンで戦い続けることが得意分野だというのに、お互いに後がない状況なのだと吐露するかのように戦っている。

 短いスパンでの息切れをまるで勘定に入れていない。

 

 苛烈。

 凄絶。

 

 炎と雷が飛び交うこの戦場には、そんな表現こそが似合う。

 

『案ずるなよ相棒。白龍皇はかつて神に反逆せし二天の龍が一翼。

 たかだか不死の一つ二つ、ものの敵ではあるまい』

 

「……そう、なのかな」

 

 どうにも、先輩の放つ白龍皇の力には圧倒的な強さを感じない。二つの神器を解放してもそれだけじゃライザーさんに勝てないのではないか、という不安が拭えない。

 落ち着いて、『電子の謡精(サイバー・ディーヴァ)』の感応の力を使う。

 

 電子の波に意識を傾ける。

 0と1が世界を象り、距離も、隔たりも、モルフォ(わたし)の眼から消えていく。

 

「………? これは……」

 

『綻び……? ヴァーリ・アシモフの魂と直結している筈の神器が、僅かに乖離している。

 もしかしてこれ? 魂とリンクしている神器との繋がりが少しでも離れたというのなら、確かにこの力の違和感はわかるけど』

 

『なに?』

 

 魂と密接にリンクした神器は、僅かにでも魂を離れた途端にその力は本来あるべき輝きを失う。それはアーシアちゃんの神器を奪ったレイナーレが、モルフォの存在を知覚できなかったことから予想していた。

 あの時はアーシアちゃんの神器が完全に定着していなかったから、今回は先輩が白龍皇の神器との繋がりが隔たれているから。条件は少し似ていて、少し違う。

 

『……恐らくはその隔たりが、俺達に存在を知覚させなかった要因なのだろう。

 今、ヴァーリ・アシモフとアルビオンは、完全に繋がってこそいないが神器の力を表出できる程度には明確な結びつきを持っている。だから白龍皇の力の波動を、相棒達は知覚できるのだろうな』

 

「……先輩」

 

 先輩は今、何を思っているんだろう。

 

◆◇◆

 

 ライザーの炎を避ける。去り様に右手を突き出すが、当たらない。

 

「……ちィッ」

 

 一撃を当てられない。ライザーの攻撃に当たっていないことも確かだが、一撃を当てるまでは無尽蔵の耐久能力を持つフェニックスに分があるようだ。

 

「まさか……ここまで一撃たりとも当たらないとはな、雷撃の白龍皇!

 だが! 同様に貴様攻撃の一撃たりとて俺に届いてはいない!

 聴こえるぞ、貴様の力が消える音、俺の炎から脱する度に力の源が削がれていく音が!」

 

「調子に乗ってくれて……!」

 

 一撃当たればオシマイであるライザーは確実に、肉体面とは違う精神の均衡が崩れそうはじめていることはわかる。持久戦を続ければ当てられる。だが……

 

『ヴァーリ、悪い知らせだ。「電磁結界(カゲロウ)」に回せる力がほとんどなくなりつつある。融合した力を行使している以上、リミッター状態では使えてあと一回。ここ一番の場面まで温存しろ』

 

「……僕も条件が五分ということだ……!」

 

 ボクの神器の状態を知ってか否か、ライザーはボクが白龍皇の力を解放した時と比べると目に見えて表情が生き生きとし出している。恐らく理屈はともかく、状況は理解しているのだろうが。

 

「どうした白龍皇!? 貴様の動きがなまっちょろいッ! その程度の力で俺を倒すと嘯いた挙句にこの体たらくか! 不格好にも朝焼けのように輝く雷翼は飾りと見るが!?」

 

「ピカピカ光って不格好なのはお互い様じゃないか……劫火を纏う不死鳥の割には、兄妹揃って乾かない舌でよく喋る!」

 

「皮肉を言うには力が伴わなければさぁ!」

 

 ライザーの炎が襲い来る。一瞬の一撃を叩きこむためにも無駄な被弾は一切許されない。大仰に避けて不用意な攻撃を誘発したりすることはできないから、確実かつ、追撃の猶予を与えない回避行動が強要される。

 

「こいつならどうだッ!」

 

 ライザーが隙に付け入ってくる前に、翼膜を形成する薄緑のエネルギー体に雷撃のエネルギーを籠めて乱射する。超広範囲にばら撒いた、あまりにも無様な一撃を当てるだけの殺意を欠片も感じない攻撃だが、それを当てるだけでいいのだから関係はない。

 だが――

 

「……なるほど、これが貴様の十八番(オハコ)か! 理屈は違うが、覚えてしまえば便利ものだな」

 

 ライザーの姿が炎に揺らめく。存在をブラして攻撃を回避した……まさか!

 

「電磁結界……いや、陽炎(カゲロウ)……」

 

 まさかこの戦闘の中で、見様見真似で会得したっていうのか……?

 これが若手注目ルーキーの実力だとでもいうつもりなのか。

 

「完全に形成が出来上がったぞ白龍皇! 俺は貴様と違ってフェニックスの無限の力を持っているッ!

 この、貴様からいただいた永劫回避の力に制限などないッ!! 最早片手で数えられる程度にしか回避能力を使えない貴様とは雲泥の違いを持つ!! さあ、消化試合に付き合ってもらうぞ……そうら!」

 

 調子を完全によくしたのか、ライザーはそれまで抑えていたような嘲笑を浮かべて炎を撃ち出す。

 ライザー・フェニックスの力の根源こそはその圧倒的な生命力。そこに無制限の回避能力が加わってしまえば、誰でも悲観をしてしまいたくなる心がある。

 だからとて、簡単にリアスの望みを投げ出す理由にはならない。

 

「ふはははは!! いい気分だ! 二天龍とまで呼ばれた白龍皇――その現代が今こうしてフェニックスの威焰に這い蹲り、逃げ回るッッ!! 悪魔としてこれほどの悦びは他に多くはあるまいなぁ!?」

 

「ッ……!」

 

『耳を貸して熱するなよヴァーリ。アレはまさに溺れている。己の実績と、我らに勝てるという思い込みにだ。

 ならばいくらでもやりようはある。落ち着いて、熱くなれ』

 

 脳裏に響くアルビオンの声。ありがたい、落ち着く。あちらの世界で何度となく聞いたオペレーションに近い助言が、ボクの頭をスッキリさせてくれる。

 ああ。大丈夫。アルビオンの言う通りだ。

 

「大仰なのはいいが……一撃も与えられていないのはお互い様だろ? 上から見下す割には、随分とお粗末な掃除風景だな」

 

「……ふ、ははは!

 ――言ってくれるッ!!!」

 

 炎の勢いが二割増しで増える。そうだ、それで来い。それでいいんだ。

 見せつけるように、広範囲へ炎を薙ぐ。ボクの電磁結界を雑に、一撃で剥がす腹積もりなのだろう。

 

「それを待っていた……!」

 

 超範囲へと繰り出す攻撃、そしてさっさと攻防に決着をつける、『当てるためだけの攻撃』――!!

 

「さあ無様に柔肌を晒せッ!! 竜鱗を剝いて我が力の前に屈しろッッ!!!

 白龍皇ォォォォオオオオオオオッッッ!!!!」

 

 流すつもりの挑発を流せず、注意力が散漫になるその一瞬、いくら本気になった攻撃だとしても、当てるという一点だけに注力した攻撃ならば。

 態々(わざわざ)電磁結界(カゲロウ)で回避してやる理由は、ない。

 

「耐えてくれよ、アルビオンッ!」

 

『誰にモノを言っている……俺とて二天龍だ! 物理的な力こそドライグには劣るが、逆さ鱗を悟られぬ厚さ程度は持っているとも! 貴様こそ能力の調和に気を取られて、肝心の防御を疎かにしないことだ!』

 

 白龍皇の翼が再び、雷光に覆われる。一瞬、翼の輪郭が見えなくなるほどの雷に覆われたそれは、すぐに姿を元に戻す。

 ただ違うところがあるとするならば、白翼が蒼白く輝いていること。

 

「ッ……うぅ……! 神器適合率上昇……! 宝剣の神器因子の隔離機能、70%までカット……ッ!」

 

 互いの相乗強化に加え、神器同士(じんきとセブンス)が別々の人格を内包することで、奇跡的な調和を果たした一誠(シアン)のそれとは違い、ボクの神器と第七波動はどうやら、著しく神器同士そのものの相性が悪いらしい。

 分断する白龍皇の力と、分散する雷撃の力。分断の力を乗せた雷撃をばらまくという意味ではいいように見えても、これはボクの身体能力を活性化させる作用や細かい応用にも干渉してしまう性質を持っているらしい。白龍皇としての力を大きく使えば使うほど、ボク本来の戦い方には大きな支障が生じてしまう。

 

 だからこそ、今のボクではただの頑丈さ、翼のはためきであろうとアルビオンの力を使えるのはできて30%。それも、全力で二つの力の波を拮抗させながら。間違いなく、ボクは彼女よりも二天龍の力を扱えていない。

 だとしても……ッ!

 

「お、ああああああああああああ!!!!!!! うううううううううううううおあああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 ともすると、その姿は暴走しているといえるのかもしれない。だがボクは今リアスが、アーシアが、朱乃が、裕斗が、子猫が切り開いて、萌芽させた逆転の芽を眼前に置かれている。

 だったらどうして、負けを認める必要があるのだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッッ……!! 疑似宝剣”建御雷(タケミカヅチ)”、段階制御解除二段階承認ッ!! ”白龍皇の光翼”、解放(バースト)!!」

 

 言葉と共に、ライザーの炎の中へと身を沈めていく。一瞬、されどもその炎に身を焼かれないように。

 電磁結界を停止した状態の炎熱はさすがに、身を焦がす感覚とはこういうものだ、と教えられる。

 だが、フェニックスの炎に白龍皇の龍鱗が屈するわけがない……!

 

「迸れ、白き雷装よ(ブランシュ・エクレール)! 紅蓮渦巻く傲慢の不死鳥を射落とす、雷の鏃となれえええええええッッ!!!」

 

 ボクの翳した手は、炎の渦を振り払っていた。

 

◆◇◆

 

 刹那。時が止まったように、雷鳴と炎の弾ける音に包まれた戦場は音を失った。

 

「白龍、皇……ッッ!!」

 

「フェニックス……!」

 

 不意をついて放ったヴァーリの拳はしかし、ライザーの会得した陽炎(カゲロウ)によって避けられる。

 

「貴様はッ……! ここで倒さねばならない!!」

 

 ライザーはヴァーリの一撃を避けてすぐ、反撃に回る。紅蓮の炎を纏った拳を、彼の鼻っ柱に寸分の狂いもなく放つ。

 だが、ヴァーリもまた最後の電磁結界(カゲロウ)でライザーの攻撃を回避し、あろうことか彼の腕を掴んでいた。

 

「なっ……」

 

「焦ったなライザー……ボクを一刻も早く倒さねばならないという、己への避けられない敗北の可能性からくる焦り……お前が不滅のフェニックスでなかったなら、『負けるかもしれない攻防』に必要以上の焦りを覚えなかっただろうに……」

 

 ライザーは必死の形相でヴァーリを振りほどこうとする。だがその手が離れることはない。陽炎によるすり抜けを試みようとしても、もう遅い。

 

「必殺の一撃も必要ない……お前を倒すには、これだけで十分だ」

 

「やめろッ……! 離せッ!! 地上の薄汚れた転生悪魔が、俺にただやられる以上の恥辱を与えるというのか!?」

 

「……雷撃麟」

 

 一瞬、二人の周囲に蒼白い電光が迸る。

 ”蒼き雷霆”と”白龍皇の光翼”の神器の力が融合している今のヴァーリは、電撃に白龍皇の半減の力を付与することもできる。

 電撃そのものに半減の力が掛かり、単純な威力そのものは低下してしまうが、半減し続ける力が発動さえしてしまえば関係はない。

 

「………」

 

 一瞬、安堵する。だがしかし、次の瞬間にヴァーリの身体はライザーの下から噴き出た爆音とともに吹き飛ばされていた。

 

「ライザー様ッ!! 彼を、白龍皇にトドメさえ刺してしまえば恐らく半減の力はそこまでの筈! 確実なトドメを!!」

 

 ライザーが思わず向けた視線の先には、彼の命でこれまで勝負に手出しをしていなかった爆弾女王(ボム・クイーン)ユーベルーナだった。彼女は表情にライザーと同等か、それ以上に焦りの色を醸し出しながら二人のいた場所……正確にはヴァーリのいた場所に向けて両手を翳していた。

 

「っ……恩に着るぞユーベルーナ!」

 

 ライザーは即座にヴァーリの方へと向き直り、炎の螺旋を構える。即座に炎を飛ばすが――

 

「行きなさいアーシア!! あなたの悪魔になってからの訓練、その成果を見せる時よッ!!!」

 

「はい部長!! アーシア・アルジェント、全力で飛びます!!!」

 

 リアスの指示よりもコンマ早く、アーシアが黒い翼をはためかせて飛び出した。

 アーシアの魔力量は非常に多く、ただ翼で移動するという一点においては新人ながらにグレモリー眷属の中でも指折りの光速(はや)さを誇る。

 ライザーの炎がヴァーリを掠めた瞬間、アーシアの手が間に合う。ヴァーリを庇った影響で彼女の制服には火が付き、柔肌が露わになるが、アーシアはそんなことをまるで意に介さず、運動場のさらに奥を超え、グレモリー眷属のスタート位置であるオカルト研究部部室に衝突してようやく止まる。

 

「……リア、ス……」

 

 朦朧とする意識の中、ヴァーリはただリアスのことを想う。

 

 任せてほしい、倒す。そう言った手前でこんな失態を犯した自分を、彼女は許してくれるだろうか。

 ただヴァーリはリアスの無事を祈りながら、耳も目も不確かな状況で自分が退場しないように、意地で意識を保ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ライザー・フェニックスさま、『(キング)』のリタイヤを確認。リアス・グレモリーさまの勝利です》

 

 そのアナウンスと共に、ヴァーリは緊張の糸が抜けたように意識を手放した。

 

 






 アキュラくんに地獄を背負わせた淫帝を許してはおけぬ。



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行方



 夏までには2巻分終わらせたいと言って気づいたらコートを羽織る季節。
 …………ふむ、なんでだろうな……?




 

 

「……ッ、ここは……」

 

 薄暗い灯りに起床を促され、目を覚ます。どことも知れない部屋で起きたボクの傍らには、小猫と兵藤一誠(シアン)がいた。

 ただし、シアンは眠っているけれど。

 

「……先輩、おはようございます」

 

「おはよう。今何時?」

 

「人間界の、日本時間で午前の4時です。一誠先輩は1時を過ぎた辺りで眠ってしまいました」

 

 小さな寝息を立てながら、ボクが体重を預けているベッドに覆い被さって眠るシアン。彼女が眠っているからだろう、まず間違いなく聴こえるだろう赤龍帝ドライグの声は聴こえない。

 対して小猫は真っ暗とは言わない程度に付いた灯の中で本を読んでいた。心なしか、眼が光っている。

 一応、夜の生き物である悪魔なのでボクもタイトルくらいの大きさなら読めるが、平時と変わらずすらすらと読めるのは彼女ならではだろう。

 

「……"我輩は猫である"?」

 

「愛読書です」

 

 あちらの世界でも聞き覚えのあるタイトルだった。

 この世界に生を受けてすぐに知ったことだが、悪魔も関わりを持つ神話においても、あちらの世界とこの世界とで一定以上の同一性を持っている。

 二つの世界では、第七波動(セブンス)能力という概念が出てくる以前の歴史が特に共通項目が多い。

 まるで二つの世界は、どこかで枝分かれをしたように似通っている――

 

「小猫、よく本を読んでるよね。それかよく食べてる」

 

「サブカル全般が好きですから。あとよく食べるは余計です。

 ……部長達を呼んできます。一誠先輩も起こしたら悪いので、このまま連れていきます」

 

「ああ、ありがとう」

 

 小猫はそう言うと慎重に、迅速にシアンの膝裏と背中を抱き抱える。

 

「……うーん、GV……たこ焼きはお好み焼きでももんじゃ焼きでもないってば……」

 

「……一誠先輩、眠るとよくじーぶい?という名前を出しますよね。

 以前の堕天使騒動で、部員で代わり代わりにお見舞いしていた時も皆さん口を揃えて言っていました」

 

「……そうなんだ。ボクは初めて聞いたよ」

 

「それは先輩が、眠っている時お見舞いに来なかったからです」

 

 ぐうの音も出ない。まさか頻繁に寝言でボクの名前を出すと思わなかった。

 ……シアンがガンヴォルト(ボク)を慕ってくれていた事は自覚していたが、あの辛い世界の思い出と共に、覚え続けてしまっている事への申し訳なさを突いてくるような言葉に、咄嗟に嘘を付けなかった。

 

「先輩、サーゼクス様やフェニックス家の方々は先輩の使った"神器"の説明を求めています。皆さんが来るまでもう少し休んでいた方が後が楽だと思います」

 

「わかった。ありがとう」

 

 ボクは小猫の抱えた彼女から逃げるように、再び暗い闇の向こうへと意識を放った。

 

◆◇◆

 

 ヴァーリ(GV)が眠ってすぐ、小猫はリアスと眷属、そしてグレモリー家とフェニックス家の者達を引き連れて彼の眠る部屋に入ってきた。

 

「先輩、入ります」

 

 小猫が三回部屋をノックしてそう言った数秒後、扉の向こうではもぞもぞと絹の擦れる音が鳴り、やがてヴァーリの声が返ってくる。

 

「……わかった」

 

 少し憂い気を含んだ声だった。小猫が「失礼します」と言って室内に入ると、後続が導かれるように部屋内へと入っていく。

 

「おはようヴァーリ。気分はどう?」

 

「少し良いよ。キミがそう聞いてくれて、ボクのやったことはなんの無駄でもなかったってわかったから」

 

 申し訳なさそうに、だが誇らしげに聞いてくるリアスの姿を見て改めて、自分達がライザー・フェニックスに勝利したことを実感したのか。ヴァーリは少しだけベッドに備え付けられた背もたれに預ける体重を大きくした。

 だが安堵の雰囲気はすぐに消え、ヴァーリはリアスの後ろにいる者達に視線を向ける。

 

「……この度は、本当に申し訳ありません。ジオティクス様、ヴェネラナ様、サーゼクス様。それにフェニックス家の方々も」

 

 先に口を開いたのはヴァーリの方だった。彼は背もたれから身体を離し、深々と頭を下げる。

 

「顔を上げたまえ、ヴァーリ・アシモフくん」

 

 落ち着いて澄んだ声がする。ヴァーリにサーゼクスと呼ばれた男が柔和な表情を崩さずに、彼の方へと歩を進める。

 

「父と母、そしてフェニックス家の方々は今回の縁談を自分達が急きすぎた故の反発だったと言っていらっしゃる。

 少なくとも縁談の件に関しては、いち眷属悪魔でしかないキミが一方的に頭を下げることはかえって無作法だ」

 

「……ありがとうございます。ですが」

 

「ああ、キミがなにを謝罪の大部分に置いているかは理解している。キミが纏った"神器"……"白龍皇の光翼"についてだろう」

 

 改めてサーゼクスがそう切り出すと、室内の空気が一際重いものへと変ずる。

 サーゼクス・ルシファー、今の悪魔情勢を仕切る四人の魔王、その一角『ルシファー』であり、同時にリアス・グレモリーの実兄。

 魔王の座を戴いたことでグレモリーの家を継ぐ資格こそ彼は持たないものの、魔王として、そしてグレモリー家に属していた者として、七十二柱の純粋悪魔同士による縁談に出席していたのだろう。

 

「結論から言わせてもらうが、グレモリー家とフェニックス家はキミの神器について、黙殺することを関係者各位の総意として決定した」

 

 その言葉に対してヴァーリは驚いたようなそぶりを見せることはなく、先ほどまで彼女……兵藤一誠が眠っていた場所を一瞥して、返答する。

 

「……それは、彼女がグレモリーの庇護下にあるからですか」

 

「流石に目ざといか。兵藤一誠……いや、赤龍帝と白龍皇の邂逅によって大いなる災禍が齎される可能性は極めて高い。地球という星の歴史が証明している。

 そして現実にそのような災禍が起きることがなかったとしても、赤龍帝と白龍皇が所属を同じくしているという事実は悪魔、天使、堕天使の三勢力内外問わず方々に大きな影響を与えることは想像に難くない。

 三勢力はいずれも、前大戦において冷戦状態を継続せざるを得ないほどに疲弊している。そこに無用な混乱分子を入れ込むことはこちらとしても避けたい」

 

「だとしたら、ボクをリアス・グレモリーの眷属悪魔から追放すればいいはずです。そうすれば彼女を巻き込んでまで七十二柱の二柱がこんな隠し事に躍起になることもなくなる」

 

 ヴァーリの言葉は、どこかで彼自身の本心が入り混じっていた。リアス達やシアンに迷惑をかけられなず、そしていっそ彼女の元を離れれば自分は楽になれるのではないかという邪さを持つ本心。

 だからいっそ、GV(ガンヴォルト)はこの暖かい空間から逃げ出したかった。

 

「……選択肢の一つとして、私もそれを提示はしたんだがね」

 

 だがサーゼクスは鼻白むような素振りは見せず、むしろ誇るようにリアスとヴァーリを見て笑った。

 

「そんなことは許さない、あってはならないと私が伝えたわ」

 

 ヴァーリの前にリアスが出る。彼女は優しく、だが確かに叱責するような厳しい目を向けながら語る。

 

「ヴァーリ・アシモフ。あなたは私が見出した誇るべき眷属悪魔です。あなたが白龍皇だということは……残念だけどまだ完全に受け入れることはできていない。あなたが私に、そういう決定的な隠し事をしていたことにも言いたいことはあります。

 ()()()()()? その程度で私は貴方を見捨てないわ。災禍をもたらすかもしれないというだけで自分の眷属を捨てるほどリアス・グレモリーも、()()()()()()()()()弱くないわ」

 

 あなたもそうでしょう? と暗に言われているのだろう。リアスはヴァーリをまっすぐ見つめながら言い切る。まるでヴァーリの心境を見過こしたような翡翠の瞳に、彼は目を逸らす。

 

「……それはキミの思い込みだよリアス。ボクはキミが思っているほど強くない。弱いつもりはないけど、大切なもののひとつも守れやしないんだ」

 

 逸らした目のまま、ヴァーリはリアス以外の誰かに話しかけるように告げる。

 過去を語りたがらないヴァーリは何を経たのだろうかという疑念が部屋内を静かにさせる。

 誰も二の句を継がない状況で、ヴァーリが口を開こうとしたその時。

 

「……あの、起きたら違う部屋だったんですけど。もしかして今お邪魔ですか?」

 

 いつの間にか開いた扉と共に、一誠(シアン)がいた。彼女はおずおずとしながら、作ったような笑顔で乾いた声を出す。

 

「い、いえ……邪魔ってわけじゃないんだけど……」

 

「そ、そうですか? その割には皆さん……その、爆発寸前、みたいな空気なんですけど……」

 

 一誠は「でもいいなら……」と扉を閉めると、多くの人に隠れていて(主に身長で)発見できなかったヴァーリの姿を見つけて安堵する。

 

「あ、先輩。起きてたんですね。よかった……」

 

「まあ、うん。おはよう。……兵藤さん」

 

 どこかよそよそしい挨拶を交わす。二人とも、改めて会話をしようとなると何を言えばいいのかわからないのだろう。

 

「先輩、あの……」

 

「……うん」

 

「……わ、わたし! 先輩が誰でも関係ないと思うんです! 先輩、ずっとよそよそしくて。でも先輩が白龍皇(そう)なんだってわかって……スッキリしました」

 

「……え?」

 

 彼女の口から出てきた言葉にヴァーリは不意を突かれたようで、彼は素っ頓狂な声と目で一誠を見返す。

 

「だって先輩がわたしを単に嫌ってたとかそういうのじゃないんだってわかって。だからよかったって……」

 

「……キミは」

 

「あ、も、勿論問題はそれだけじゃないんだってことはよくわかってます。赤龍帝と白龍皇(わたしたち)のことはちゃんとドライグ……赤龍帝から聞いたよ。

 でも、ドライグからはこの神器の持ち主たちが争ったことだけを聞いたんじゃない。争わずに終わったこともあったって」

 

「だからといってそれは、二人が出会わなかっただけでボクらはもう――」

 

『だから、アタシ達もそうなるって言いたいの?』

 

 突如聞こえる、一誠と似たようで非なる声。それに反応したのは一誠とヴァーリと、裕斗。つまり神器(あるいは第七波動(セブンス))を持つ者達で、それならば声の持ち主はモルフォに限られる。

 だがモルフォは一言、二人の会話に水を差しただけで何も言わなくなった。

 

 この言葉は、シアンの本音や理想の具象でしかない自分が語ることでないと言うように、モルフォは再び姿を消してしまった。

 

「……例がないだけです。なければ造ります。わたしが、わたしと先輩が長い長い悪魔たちの歴史に二天龍が並び立つ姿を残します!

 でも、わたしだけじゃそれはダメで、先輩だってがんばってくれないとできないわけで、それで、えっと――!」

 

 必死に続きの言葉を探す彼女の姿を見ていて、自然とヴァーリの顔には笑みが浮かんでいた。

 

「……そう、か。そうかもしれないな」

 

「……え?」

 

「実はゲームの最中、アーシアとリアスに、もう少しキミと仲良くしたほうがいいと言われてたんだ。

 キミとそうすることができれば、二人に言われたこともちゃんとこなせるな、と思って」

 

 まだ完全に受け入れることはしないのだろう。二天龍の宿命というしがらみがある以上、GV(ヴァーリ)シアン(いっせい)の手を握ることはできない。

 だが、手を取るくらいならできるはずだ。

 

(……ボクが守っていた彼女は、いつの間にかボクの知らない彼女になっているんだな。

 いや、当たり前か。それで、その当たり前にボクは気づけないでいて)

 

「先輩?」

 

「キミがそういうなら、ボクもキミの隣にいるよ。

 ……兵藤さん、リアス、みんな、そしてグレモリー家の方々。これからきっとボクは多くの迷惑をかけることになると思います。けど……ボクがここにいてくれることを、許してくれますか?」

 

 ヴァーリがそういうと、だれもがふっと笑う。

 リアスがその場の誰かから代わるでもなくヴァーリの前に立つと、彼の額に人差し指をぶつける。

 

「最初から私たちはそう言っているのよヴァーリ。少しは人の話を聞きなさいな」

 

 後悔することがあるとするならば、もっと早くに打ち明けるべきだったことだろう。

 ボクは守れなかった後悔と、彼女を鳥籠から解き放った自責から。彼女に対してどっちつかずなままでいた。

 彼女を案じ続けるあまり、ボクは愚かにも彼女達を一番蔑ろにする選択をしてしまっていた。

 もう後には引けない。打ち明けた以上ボクは全力で兵藤一誠を守る。

 それがボクの、彼女にもらった思い出の責任なのだから。

 

                 盤上愚者のB(ブリッツ)×D(ドラゴン)

                     了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

…………

 

 眼が、眩む。声が、聞こえる。

 

 …くん……! ……■■■■くん……!

 

 この……声……■■……■……? いけ……ない……こんな……ところに……いては……危険……だ……

 

 ……クソッ……機能が、低下して……あと、少しだというのに……

 

 意識が、消える……オレ、は……

 

 ………………ミチ、ル……

 

 

 






 


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用語辞典(1~2章時点)

 

 

 GV

 ガンヴォルト。略してじーぶい。かつての世界の、ヴァーリのコードネーム。かつてシアン(現・兵藤一誠)を助けたことを切っ掛けに大きな運命の輪が動きだすこととなった雷の能力者。かつての世界では世界そのものへの雷撃能力の強さや、チームメンバーのサポートを受けながらの電撃作戦を主としていたことから『最強の能力者』と称されていた。

 だが、そんな彼は彼女と共に命の灯を失ってしまった。かつて最強と恐れられた蒼き雷霆は、後悔と懺悔に生きる哀れな少年でしかなくなった。

 

 蒼き雷霆

 アームドブルー。かつて第七波動(セブンス)と呼ばれた体内から電気を放電し、また体内の電子を操る力。彼らの存在した世界においては電子機器が非常に発達した世界であったため機器類への干渉の影響力の大きさや、体内の電子を操ることで自身の肉体を電子に変換してあらゆる攻撃を回避する電磁結界(カゲロウ)のみならず、生体電流を活性化させることで身体能力にも作用させる力も持っていたことから『最強の第七波動』と呼ばれていた。

 果たして現在の世界においては、超常の力の多さや身体能力を強化する術がポピュラーに存在することから、電磁結界を除いてはごく一般的な電気を操る神器として扱われている。名前も一誠にヴァーリのかつての名を隠蔽するため『白き雷装』(ブランシュ・エクレール)という名で呼ばれている。

 また、GV(ヴァーリ)がこの力とは別に発現した『白龍皇の光翼』とは電気の「分散していく性質」と光翼の「力を分断する能力」の相性が致命的に悪い。さらに蒼き雷霆が通常の神器とは違いGVの因子に起因する能力であるため、外的要因がなくてはこの力を封印することができない。現状白龍皇の光翼と蒼き雷霆は同時に発動させなくてはならず、常時はヴァーリが白龍皇である事実を隠蔽するために白龍皇の力を封印、隔離していた。

 彼の放つ電気によって周囲に蒼白い羽根状の雷が飛ぶことがあるため、彼は時々天使と誤認されることがあるらしい。

 

 蒼の彼方

 あおのかなた。あるいはEtarnal Blue。一誠がネット歌手のシアンとして動画投稿を始めた際のデビュー曲。とはいってもこの曲はかつての世界でシアン(モルフォ)が謡っていたものなので、いかなるルートかこの曲が現在の世界で存在していることを知ったヴァーリはこの世界にシアンが存在することを確信させた曲ともなっている。

 現在某動画投稿サイト再生数26万再生。

 

 アシモフ

 アイザック・アシモフ。アメリカの作家兼科学者。手掛ける作品は主にロボットを用いたもので、『ロボット三原則』はアシモフを知らずともロボット関連のメディアに多方面へ姿を見せる為、知っているという者も少なくない。

ヴァーリは自らの偽名に彼のファミリーネームを使用しているが、直接の引用はアイザック・アシモフに起因するものではないらしい。

 ……銃の腕を持つ人間と、只人は決して手を取り合えないのだろうか。

 

 ヴォルティックチェーン

 蒼き雷霆の力を使った必殺技。超範囲に放雷のチェーンを張り巡らせて放電するというもの。火力・攻撃範囲ともに見事の一言に尽きるが、その分消費が非常に激しく、使いどころが限られてしまう。

 

 お湯みたいなコーヒー

 分量が正しくないせいでほとんどお湯に近いコーヒー。感覚としては柑橘類の風味のする水とか、そういう部類。

 

 霧時計

 きりどけい。かつての世界でバーチャルアイドルモルフォが謡っていた曲の一つ。

 

 電子の揺精

 サイバーディーヴァ。シアン(兵藤一誠)の持つ第七波動と呼ばれる力。彼女の持つ因子が歌声を通して第七波動能力者、あるいは神器保有者の精神に干渉する精神感応能力。一誠の精神自体にも感応しているためか、この第七波動自体が彼女の理想や本音を具現化させた少女『モルフォ』のカタチをとる。

 この能力は能力者の精神と密接な関係にあり、シアン=モルフォと波長が合った者に謡いかける。かつての世界では性質が極めて近しい蒼き雷霆の第七波動と感応し、GVをパワーアップさせる現象が多く見受けられた。

 また、この能力による歌声を聞いた能力者はパワーアップの有無に関係なく特殊な干渉波を検出され、これをソナーとして使用していたという経歴もある。

 現在の世界では一誠が誰かと戦う機会に恵まれていないため他者を強化させたことはない。しかし彼女が所有する『赤龍帝の籠手』の「段階的に力を倍加し続ける」という特性に非常に噛み合っており、「籠手の強化能力の質そのものを強化する」ことで、短時間で強引に人間が堕天使を圧倒する段階にまでパワーアップを果たした。

 

 シアン

 兵藤一誠のかつての世界での名前。電子の揺精の力を利用されていたところをGV(かつてのヴァーリ)に救われたことで、束の間の幸せを享受していた少女。だが彼女もまた、恋した少年と共に放たれた凶弾によって倒れ――

 現在の世界では一誠の動画投稿者としてのハンドルネーム。わざわざ過去の自分の名前を選んだ理由は特にないと本人は思っているが、この名前はきっと、この世界にいるとも思わない『彼』に「わたしは幸せだよ」と伝えるための名前なのかもしれない。

 その名前が、彼を苦しめるとも知らずに。

 

 スタンドマイク

 学校や大規模な会場で、集会や講演会、ライブを行ったりなどに使われることがある。利点としては、長時間マイクロホンを手で持つ必要がなく、手を体の前に置いて話すことができる。また、ライブではギターを用いての歌唱においてマイクスタンドは欠かせない。 (Wiki〇edia:マイクスタンドより引用)

 もしくは赤龍帝の籠手のこと。

 

 第七波動

 セブンス。奇特な者はそのままだいななはどうと称することもある。かつての世界に存在した、超能力現象の総称。そのため、神器の起こす力もかつての世界の基準に当てはめると第七波動に該当する。当時の波動エネルギー研究における特殊な第七波形を有した人間だけが発現していた能力であることがその名称の由来。

 また、どういう理由か第七波動の生み出すエネルギー波形は神器のエネルギーと非常に似通っており、神器を所有する者は第七波動エネルギーによって外界に姿を現すモルフォの姿を視認できる。

 現在の世界では(一誠とヴァーリのみが意識していることだが)神器との区別のために暫定的に「特殊な第七波形因子に由来する力を第七波動」、「魂と密接にリンクしている力を神器」としている。

 

 曹操

 そうそう。かつての三国志の英雄と同じ名を持つ人物。一人であてもなく放浪していた時に紫藤イリナという人物の父親に拾われ、紫藤家の一員として彼の仕事を手伝って暮らしている。だが本人の強い希望で書類上紫藤家の養子となっているわけではないらしく、苗字は不明である。

 幼少期の一誠にとっては身近な年上の男性であり、紫藤家が海外に引っ越した今もなお兄と呼べる存在。

 

 ソングオブディーヴァ

 モルフォの歌による感応、パワーアップ現象のこと。共鳴による強化現象にこぎつけるにはモルフォの波長との合致が必要だが、その分謡いかけた対象に比類なき力を与えることができる。

 

 避雷針

 ダートリーダー。ヴァーリの銃から放たれる特殊な弾頭。その正体は彼の髪の毛に特殊なコーティングを施したもの。硬質化させた髪の毛でしかないため、弾頭それ自体の威力は大したものではないが、ヴァーリの体内から発生する雷撃を誘導させる性質を持つ。この性質は着弾させた避雷針の数が増えるごとに強い誘導を発揮するため、たくさん当てたほうがお得。ちなみに口径さえ合致していれば小石やワイヤーを射出することもできるらしい。

 なお、ヴァーリはこの特殊な弾頭を発射する銃の調整のために日夜メンテナンスに追われている。オーバーホールもできるらしい。

 

 建御雷

 たけみかづち。ヴァーリが『白龍皇の光翼』の力を隔離・隠蔽するための宝剣。かつての世界の宝剣は補助として用いられた完全な人工品を除き、由緒正しい刀や呪術的アーティファクトを最先端技術で加工したものである。

 しかしこの宝剣は前大戦のどさくさに紛れてとある陣営が獲得した雷と剣の神の因子を最先端技術によって作られた刀に施す、という真逆の手順を経ることで完成している。

 

 倒錯者(とうさくしゃ)

 危険な者のこと。

 生かしてはおけない。

 

 宝剣

 ほうけん。かつての世界に存在した第七波動の誘因子を隔離管理し、私生活で過度な能力を使わないための『足枷』。第七波動と神器の相性の悪さに苦心していたヴァーリはかつての世界の技術である宝剣に着目。第七波動ではなく、自身が白龍皇であることを隠蔽するため、神器の力を隔離・隠蔽するアイテムを考案し、用いている。これによりヴァーリは電撃の力を生前通り十二分に発揮することができる。

 だが、愛銃のメンテナンス程度ならこなせど、機械開発を得意としているわけでもないヴァーリがどのようにして神器の力を隔離するアイテムを作成したかは不明である。

 

 メガネ

 視力が悪く、よくものが見えない人の手助けとなるアイテム。最近ではコンタクトレンズにその役割を手渡しつつあり、もっぱら変装やオシャレとしての用途の面が強くなっている。

 余談だが、メガネをかけた人がとても好きというフェチズムも存在しているが、残念ながらヴァーリのメガネ姿はコンタクトに劣る。

 

 モルフォ

 電子の揺精の力によって具現化した兵藤一誠の理想とする彼女の本音。性格は大人しく、引っ込み思案な一誠とは対極を為すように自由奔放。

 かつては本体であるシアンが囚われていたため、能力者をあぶりだすソナーとして国民的バーチャルアイドル活動を行っていた。ちなみに当時は企業という枠を超えた存在であり、新曲はソッコーDLが合言葉になるほど人気だった。

 悪魔の世界という環境に身を投じた彼女の不安を反映するかのように、今の彼女は少しピリピリと警戒心を露わにすることがある。

 きっと、心底から落ち着ける心のよりどころさえあれば彼女もかつての自由な少女に戻るだろう。

 

 ライトニングスフィア

 蒼き雷霆によって放たれる必殺技の一つ。周囲に雷玉を発生させて広範囲を薙ぎ払う、巻き込む力に優れた攻撃。

 

 吾輩は猫である

 わがはいはねこである。夏目漱石の長編小説にして処女作。英語教師の飼い猫『吾輩』の視点から飼い主一家や教師の門下生や友人の人間模様を描く不朽の名作。

 「吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当がつかぬ」という冒頭の文はあまりにも有名。

 

 



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白鋼守撃のL×R
昔日


 一章書くと一年放置する病気にでも罹患しているのでしょうか。
 あけましておめとうございます。そして来年もよろしく……ソーリー


 

 

 わたし、兵藤一誠は駒王町に一番近い場所に位置する空港に足を運んでいます。なぜと問われると、今日は空の向こうからやってくるお客様がいるからで。

 

「あ、ソーくん! いらっしゃい日本に!」

 

「ああ。久しぶりだなイッセー」

 

 ソーくん。名前を曹操というわたしの小さい頃からのお兄ちゃんみたいな人。

 ライザー・フェニックスさんと部長の婚約騒動が終わってから少しした頃、ソーくんから一通の電話が届いた。

 内容は『諸事情あって暫く駒王町の近くで仕事をするから、よければ部屋を貸してほしい』というものだった。どうやら色々込み入ったお仕事で、ソーくんの他にもイッくんともう一人、わたしの知らない人も一緒に来るらしく。それでもお母さんに聞いてみたら一発で「懐かしいから是非使って~!」と言ってくれたのだから家族の縁っていうのはすごく大きいものだ。

 

「えっと、ソーくんだけ? イッくんともう一人の人は?」

 

「イリナともう一人……ゼノヴィアは今職質を受けている」

 

「……はい?」

 

 え? なんて?

 

「職質を受けている。大事な持ち込み物が検査に引っかかったんだ」

 

「え、ええ……」

 

 職質って……なにを持ってきたんだろう……ソーくんがお父さんの大事なお仕事のお手伝いをしているって聞いてるから、それ関連なんだろうけど。

 

「多分、なんとかできると思うんだが……本人たちが少し問題がある。だからもしもの可能性が否定できない」

 

「ど、どんな人なの……」

 

 ソーくんはすごくしっかりしているから、悪い人っていうわけじゃないんだろうけど。もしわたしとあんまり波長の合わない人だったら嫌だなぁなんて、俗物的な考えがよぎる。

 そんなことを考えていると、ソーくんがふと、やって来た方に目を向けなおした。

 

「イリナ。ゼノヴィア。こっちだ」

 

 イッくんが来る! そう思ったらわたしの心は自分でもびっくりするくらい高揚していて、幼馴染と再会するっていうだけでこんなにも明るい気持ちになるんだなって思えてしまった。

 

「イッくん!」

 

「その声イッくん!? お兄ちゃんの傍にいる!?」

 

 イッくんの声が聞こえる。その時、わたしは一つの違和感を抱いた。

 

『……あれ、イリナの声、変わってなくない? 男の子ならもう変声期なような……』

 

 モルフォの声(わたしのこころ)が感じた僅かな違和感。それを証明するように、そこには()()()()()()が立っていた

 

「「久しぶり!! イッく~~~~…………ん…………?」」

 

 声が重なる。……あれ、イッくん……?

 

「「……女の子……?」」

 

 どうやらわたしたち、お互いが男の子だと思っていたらしいです……

 

◆◇◆

 

「おばさん、おじさん、久しぶりです。こっちが、仕事の都合で一緒に日本に来たゼノヴィアです」

 

「ゼノヴィアです。ふつつかものですが、紫藤兄妹ともども暫くお世話になります」

 

 ゼノヴィアと名乗る青い髪の女性はぺこりと一礼をする。

 

「彼女は、その、少々世間がわからない。責任や金銭に関わるトラブルが起きたらオレが責任を取るから、どうか大目に見てあげてください」

 

 そーくんがそういうと、彼女は露骨に眉をひそめる。お母さんたちは数年ぶりのそーくんとイッくんを歓迎しつつもゼノヴィアさんを快く受け入れる。数年会っていなかった娘の友達と、その仕事仲間をその場返事で泊めてくれる辺り懐の深い両親だなって心底思う。

 

「曹操くんとイッくんは本当にお久しぶりねぇ。ゼノヴィアさんも、自分の家だと思って寛いでね」

 

「ありがとうご婦人。それでは遠慮なく厄介に預からせてもらう」

 

 あらかじめ聞いていたゼノヴィアさんは、確かに不思議な印象こそ受けたけどそこまで妙ちくりんな人じゃなかった。服装とか態度も変だというほど奇妙ではなく、対人交流もしっかりできている。そーくんが「世間知らず」だと言うからにはその気はあるのだろうけど、そこまで気を張らなくてもいいのかな……?

 

「……あ! そういえばお母さんお父さん!! なんでイッくんが女の子って教えてくれなかったの!? わたし全然違う人とハグしたかと思ってすごい恥ずかしかったんだよ!?」

 

「あら、知らなかったの?」

 

「あれだけ仲が良かったんだからずぅっと知ってるものだと思ってたぞ」

 

 確かに……ずーっと家族ぐるみで仲良くしていたのに今日になるまでイッくんが女の子だなんて一切気が付かなかったっていうのはかえってすごいことなんじゃないだろうか。

 

「兵頭さん、心ばかりですが。オレたちの宿代です」兵藤

 

「そういうの気にしないでいいのよそーくんったら! 昔からイッセーによくしてくれたし、今だって頼ってくれるくらいなんだからこれは家族付き合いってことにして」

 

「し、しかし……」

 

「どうしてもっていうなら、そのお金でイッセーも連れてご飯でも行ってきて。ゼノヴィアちゃんとはイッセーも初対面だけど、久しぶりに幼馴染水入らずで楽しんで来て」

 

「……感謝します」

 

 そーくんはそう言って、封筒を持ち込んだカバンの中にしまった。正直、私だって奢られるのは本当にいいのかなっていう感じで好きじゃないんだけど。そーくんの顔を見ると、私が断ったら絶対えらいことになってしまうんだろうなってわかってしまう。

 

「三人とも、玄関で立ち話もなんだからさ。上がってよ。お部屋案内するから」

 

「ああ。……お邪魔します」

 

「お邪魔しまーす」

 

「お邪魔します」

 

 三者三様のお邪魔しますで、家に三人お客さんが来たのでした。

 

◆◇◆

 

 カキィン、という金属音が黄昏時の空に木霊している。

 野球部の人達が「こえろー」とか、「よっしゃ回れー」とか言っている声が聞こえる。

 

「イッセー、ゴロを捕球する時はもっと腰を下ろして、胸を張るの。グラブは頭より少し前で平行になるイメージで地面に少しだけつければいいわよ」

 

「は、はい!」

 

 その日私たちはそんな野球部と同じく、運動着で野球の練習をしていた。理由は一つ、来週は駒王学園の数ある行事の一つ、球技大会が控えているから。

 クラス対抗戦、男女別競技、色々あるけど、部活対抗戦というものもあるわけで。悪魔の皆さんがいるこのオカ研で、人間な上運動音痴な私が練習に混ざるのは忍びなくもあるけれど、部長は「あなたはオカ研の大事な部員です。それに総力戦に備える必要だってあるのよ!」と熱弁するので、私もつい、熱が入った練習をしてしまうのです。

 

 ああ、でもこういうの、いいなぁ。それに部長やみんなが確かに私を部員の一人として必要にしてくれているんだから。私、がんばれる。

 

「そういえば、球技大会って文化祭や運動会……じゃない。体育祭とも違うからお父さんたちは来れないんだよね」

 

『一応父兄の参加自体はOKみたいだけど。お父さんとお母さんに言ってみる?』

 

「んーん。平日だもん。無理に来てもらうことないよ」

 

『……そっか』

 

 モルフォにそう言われると、なんだか私の心が私の言葉で抑圧されたみたいで、少し胸がチクチクする。

 

「イッセー、今日は大分遅いから早く帰るのよ。ご両親に心配をかけてはいけないわ」

 

「はい。この前から幼馴染が三人ほど仕事で居候をしているので、寄り道なしで帰ろうと思います」

 

 私が言うと、部長は途端に怪訝そうな顔をして

 

「……そうなの?」

 

 と聞いてきた。

 

「え? はい」

 

 「妙ね」そう部長は呟くと、早く帰りなさいと言ったにもかかわらず、その場に立ち止まって、私の足を引き留める。あ、あれ……私なにかマズイこと言ったかな……?

 

「イッセー。駒王町が私……グレモリーとシトリーの二つの家の悪魔によって管理されていることは教えたわね」

 

「は、はい。確か、ちょうどキレイに二分割して土地を管理しているとかなんとか……」

 

「悪魔の世界にはこっちの世界の権力者に顔が利く者もいるの。お兄様もその一人。私は、不服だけどその繋がりで駒王町を管理し、学生として生活をしている。だけど、町を管理する仕事はちゃんとしているわ」

 

「はぁ……それでなにが今の話に繋がるんですか……?」

 

「……駒王町に居候をしに来る人がいるなんていう報告は受けていないわ。少なくとも、私の方からは」

 

 それ、って……

 

「……確証は持てないわ。本当になんのこともない海外出張で、駒王町に住むあなたの家が都合のいい仮屋にできるだけっていうこともある」

 

 けど。部長はそう言って私の顔に向けて、人差し指を立てた。

 

「あなたがこの世界に関わるようになった堕天使騒動、あれもその筋からの連絡が切っ掛けで判明した騒ぎでもあるの。……改めて忘れないで。あなたはもう、悪魔(わたしたち)や堕天使、教会とは無関係でいられないっていうことの意味を」

 

 部長は「それじゃあ」と言って、私が帰る道とは真逆の方へと歩いて行った。

 

◆◇◆

 

「ソーくん。ソーくん達は『教会』から来た人達なの?」

 

 学校から家に帰ってきた一誠はにべもなくオレ達三人を集めて問うてきた。突然『そのこと』を話題に出されてオレ達は……特にオレとイリナは信じられないものを見るような目で一誠を見てしまっていた。

 

「い……イッくん……なんでそのこと」

 

「やっぱり」

 

 動揺してつい言葉を漏らしたイリナの言葉を一誠は聞き逃さなかった。しまったというような顔で口を押さえたが、もう遅かった。

 

「……わたしね、悪魔の人たちと知り合いなの。ていうか、何度か助けてもらってるの」

 

「なっ」

 

「だから教えて。答えて。ソーくん達はわたしにとって大事な人たちを……殺しちゃうために来たの?」

 

「必要とあらば」

 

 言葉に詰まったオレ達を横目に、ゼノヴィアが答えた。

 

「宿を借りている身分で隠し事をしてしまうようで申し訳ないが、我々は教会の仕事を果たすためにこの駒王町に来た。仕事の障害に……兵藤一誠。キミの言う友人の悪魔がなるというのなら、私達はキミの友人を斬る」

 

「……そう、ですか」

 

 それは、オレ達の総意であることに違いはなかった。邪魔をするなら斬る。斬らなければならない。それほどにオレ達に託された使命は教会にとって……いや、ともすれば三大勢力すべてにとって脅威となる事柄なのだから。

 そして一誠は。

 

「じゃあ、よかった」

 

「え?」

 

 よかった。その言葉を聞いてゼノヴィアは目が点になっていた。一誠は目に見えて安心したような、心配事がまるっとなくなったようにあっけらかんと笑った。

 

「必要なら斬る。っていうことはみんなのやらなきゃいけないお仕事は悪魔を殺すことじゃないんだよね? だからよかったって。わたしの大事な人同士が殺し合わなくて本当によかった」

 

「……キミは」

 

「お仕事、がんばって!」

 

「……キミはおかしな子だな……きっと、誰よりもキミの隣人を愛せる子だ」

 

 混じりっけと屈託さを感じさせない笑顔で一誠は言う。困ったような心配の顔と、それが大丈夫だと知った時の顔。それは数年離れていてもオレ達兄妹には忘れることなんてない表情で──

 

『──ありがとう、アキュラくん──』

 

『──あこがれていたの。家族で食事をすることに。普通の家族みたいですてきだと思わない?──』

 

『──アキュラ、くん──』

 

『アキュラクン ワタシヲコロシテ』

 

『アリガトウ』

 

 ……違う。この子は、あの子じゃないんだ。オレの勝手な未練に巻き込んじゃいけない。もう、オレはあの世界の存在じゃない。

 

「……ありがとう、一誠。夜はどうする? 実は今日おじさんとおばさんは遅くなると伝え聞いている。四人でどこかに行こう」

 

「本当!? じゃあせっかくだからお寿司とか天ぷらとかのお店にしようよ! 二人には久しぶりの日本料理を食べてほしいし、ゼノヴィアさんにも日本のいいとこ見てほしいもん!」

 

 ……神に仕える仕事をするオレ達が言うことではないのであろうが。神よ、オレの願いを聞いてくれ。この子の……オレの優しい妹の望みに応えてほしい。

 

 



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