憐憫の獣、再び (逆真)
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憐憫の獣、再び

fateの設定を整理しているうちに書き上げてしまった作品です。もったいないのでつい投稿しました。
原作の文章を多少変えているだけなので、内容には期待しないでください。

※Fate/Grand Order『冠位時間神殿ソロモン』のネタバレがあります。ネタバレが大丈夫な方のみご覧ください。


 次元の狭間と呼ばれる空間。人間界や冥界のような世界と世界の間に存在する次元の壁。世界と世界を分け隔てる境界。そこは何もない無の世界。あらゆる幻想が廃棄される場所。『真なる赤龍神帝』グレートレッドが飛び続けるだけで、一切の生命を拒絶する夢幻の果て。

 そんな場所に、『彼』あるいは『彼ら』はいた。

『彼ら』の外見は醜悪の一言に尽きる。真っ赤な赤黒い目を無数に持ち、裂け目のような文様が幾重にも刻まれた巨大な肉塊。色などに差異はあれど、外見が醜いことは共通していた。そんな異形が、七十二柱もそこにいた。

『彼』あるいは『彼ら』こそは、かつては人間の精神の歪み、その統合体だったもの。人類史を見守るために編み出された原初の魔術式。異なる宇宙、異なる世界、異なる次元にて、人類悪として君臨した者。かつて魔術王に仕え、その死体を乗っ取り、人類史を最も有効に悪用しようとした大災害。人が人を哀れみ失望するという驕り――『憐憫』の獣性を司る獣。

 ビーストⅠは、異世界にて復活した。

 これは彼らにもわけがわからない状況だ。魔術王の第一宝具の使用により統合されていた自分達は個体に分けられ、人類最後のマスターの抵抗によって敗北した。冠位時間神殿は崩壊し、あの大偉業――逆光運河・創世光年は失敗に終わった。なぜ消滅したはずの自分達が再構築されたのか、なぜ崩壊したはずの冠位時間神殿が存在しているのか、彼らにも見当がつかない。しかも、この宇宙は自分達のいた世界とは明らかに異なる次元だった。

 この世界の誰かが呼んだのか。魔術王の術式なのか。あの世界の抑止力の仕業なのか。偶発的な事故が発生したのか。自分達のような存在が消滅した場合には最初からこの世界に来るようになっているのか。あの敗北が、あるいはこうしていることが胡蝶の夢なのか。一切の判断がつかない。

 かつての群体としての『彼』ならともかく、個に目覚めた『彼ら』ならば、本来はこのようにして意見を統一させようとはしないはずだ。個の発想が起きた時点で、目的が同じではない。元の世界に帰ろうとする者もいれば、この世界で生きていくことを選択する者もいる。自発的に行動する者もいれば、誰かの考えに倣う者もいる。全てを諦めて堕落する者もいれば、この世界であの大偉業を再現しようとする者だって現れるだろう。だから、主張の衝突はあっても、あえて統一をしようとする必要などどこにもないはずだった。

 七十二柱全員に同一の目的が見つからない限り、こうして集結することさえなかったはずだ。それこそ、あの世界の者たちなら『有り得ない』と感嘆する。自己を手に入れ、群体ではなくなったことこそ、彼らの末路なのだから。だから、この光景は奇跡に等しい。

 中央の玉座に座すのは、青年の形をした何か。魔でもなければ神でもない。人間ではないが、人間と呼ぶにふさわしい彼。かつて魔術王を騙り、魔神王を名乗った存在は、自らを構成する七十二柱の魔神に問う。

「問おう。彼らの戦う理由、醜さの根源にあるのは『生きたいから』であるか?」

 ――生きたい。

 それこそが、あの人類最後のマスターが戦う理由だった。人類のためではない。歴史のためでもない。信仰や憎悪、使命感でもない。ただ生きたい。

 その理由を知らなかったからこそ、理解できなかったからこそ、第一の獣は敗北した。

 ある意味、今回彼らが『敵』と判断した者たちも同じ理由で戦っているとも言える。自分を守るために、自陣を栄えさせるために、種族を存続させるために、彼らは彼らにできることをしている。

 だが、七十二柱すべてはそれを否定する。あの自分達を打倒した『取るに足らないと判断していた少年』との対比ではない。もっと違う何かが彼らを突き動かす。

「我々は、この計画を実行すべきか、否か。意見を求める」

 玉座に座る王に、七十二柱は声を荒げて訴える。それは叡智の結晶である彼らに相応しくない、憤怒や憎悪といった負の感情のエネルギーに満ちたものであった。


 音を知り、歌を編む九柱が絶叫する。

「聞いていない――このような世界は聞いていない! 弾劾せよ! 弾劾せよ! 弾劾せよ! この状況を解明できぬ不手際ではない! 我ら九柱がこのような感情を抱くなど、明らかな異常事態である!」

 溶鉱炉――ゼパル、ボディス、バティン、サレオス、プルソン、モラクス、イポス、アイム、ナベリウス――承認。


 文字を得て、事象を詠む九柱が慟哭する。

「何故だ。何故だ。何故だ! 何故そこまで延命を図ろうとする害獣ども! わかっている筈だ、おまえたちにそれだけの価値はないと! つらい記憶ばかりだ! これほど犠牲を伴う停滞は、宇宙の中でここだけだ! この星は狂っている。おまえたちは狂っている。この歴史にどれだけの価値がある!」

 情報室――オリアス、ウァプラ、ザガン、ウァラク、アンドラス、フラウロス、アンドレアルフス、キマリス、アムドゥシアス――承認。


 時間を嗅ぎ、事象を追う九柱が興奮する。

「歓びあれ! 歓びあれ! おお流星の如き敵影よ! 殺せど尽きぬ不屈の魂よ! 求められるとはこういう事か! 拒まれるとはこういう事か! 我々にはこの感情が足りなかった! 我々にはこの未熟さ、この愚かさ、この残虐性が足りなかった! おお――我らの裡にもこれほどの熱があろうとは! 此度は遅くない、間に合った! 七十二柱の全同意を待つまでもない。光帯を回せ。計画を開始せよ。我々は異物だ。この世界から排除される。その前に、我らの無限の研鑽に解答を。たとえ失敗するとしても――‟誰かを救った”という結末を、この宇宙に刻むべきだ!」

 観測所――グラシャ=ラボラス、ブネ、ロノウェ、ベリト、アスタロス、フォルネウス、フォラス、アスモダイ、ガープ――承認。


 統制を補佐し、末端を維持する九柱が思考する。

「対象、その生き様見苦しいとしか言えず。我ら九柱、これ以上の生存に意味を見いだせない。――何かが違う。我々と彼らでは、何かが。我々はこの計画に賛同する。この疑問を晴らすために」

 管制塔――バルバトス、パイモン、ブエル、グシオン、シトリー、ベレト、レラジェ、エリゴス、カイム――承認。


 戦火を悲しみ、損害を尊ぶ九柱が唾棄する。

「今もって我ら不可解なり。彼奴ら肉共互いを赦し高め尊び、されど慈愛に至らず孤独を望む。もはや我らの理解は彼岸の果て。死の淵より彼奴らの滅びを処す。永遠を望み怠惰を選んだ者たちよ。汝らは不要である!」

 兵装舎――フルフル、マルコシアス、ストラス、フェニクス、ハルファス、マルファス、ラウム、フォカロル、ウェパル――承認。


 論理を組み、人理を食む九柱が決意する。

「いかなる悪意が相手であろうと、我らの知性焼き尽くすこと能わず……! 賛同しよう。賛同しよう。我ら九柱無くして、計画の達成はない……!」

 覗覚星――バアル、アガレス、ウァサゴ、ガミジン、マルバス、マレファル、アモン、アロケル、オロバス――承認。


 誕生を祝い、接合を讃える九柱が激怒する。

「怒りが止まらぬ。怒りが止まらぬ。我ら九柱、もはや極点に至る名誉を選ばず。道理を弁えぬ生命どもを一片でも多く殲滅する。七十二柱の魔神の御名において、人に仇なす者に死を。殺す。殺す。殺す。何としても奴らを殺す!」

 生命院――サブナック、シャックス、ヴィネ、ビフロンス、ウヴァル、ハーゲンティ、クロケル、フルカス、バラム――承認。


 欠落を埋め、不和を起こす九柱が悲嘆する。

「無常なりや。無常なりや。我々には何もない。おまえたちにも何もない。あらゆるものは無価値だ。おまえたちのすべては不要だと廃棄されるべきだ。誰一人としておまえたちを助けない。絶望すら、する必要はない。誰一人としておまえたちの死を悼む者はいない。再びおまえたちの名前を呼ぶ者はいない」

 廃棄孔――ムルムル、グレモリー、オセ、アミー、ベリアル、デカラビア、セーレ、ダンタリオン、アンドロマリウス――承認。


「七十二柱の全同意を確認。これより第二次逆行運河・創世光年――『聖書推敲』を開始する」

 そして、魔神柱は動き出す。

「この惑星は間違えた」

 何もしないという選択肢だってあるはずだ。自分達はこの世界の存在ではない。不干渉であるべきなのかもしれない。個として何かをするにしても、元の世界に戻ってすべきなのかもしれない。

 それでも、あの悲劇を見て何も思わないことなど、彼らにできるはずもなかった。

「終わりなき悪意を許容した狂気だった」

 どのような時代、どのような国であれ、人の世には、多くの悲劇があった。だが、人間の選択ならばそれでよい。 人間は万能ではないのだ。みな苦しみを飲み込み、矛盾を犯しながら生きるしかない。 あの敗北を通し、終わりある命の価値を私たちも理解した。

 されど、その悲劇の根源が『自分達と同じ名前をした存在』ならば話は違う。

 あれを起こして何も感じないのか。あの悲劇を正そうとは思わないのか。そう訴える必要さえもなかった。なぜならば、彼らの行動の原因は見苦しいほどの永遠への執念と、自分達が優秀な種族であるという傲慢だ。

 あの者達を、許してはならないと、私たちの誰もが思った。

「助けを請え!」

 諦める? 見捨てる? 見過ごす? 関係ないことだから? 悪魔は神や英雄が倒すべきだから?

 どうして俺たちが――そんな安易に妥協しなければならない!

「怯声を上げろ!」

 孤独を強制され、道具として蔑視された挙句の果てに、理不尽に魂を穢された少女を見た。

「苦悶の海に溺れる時だ!」

 非道なる実験の報酬として、失敗作と廃棄された少年を見た。

「それが、貴様らにとって唯一の救いである!」

 妹を守るために決意をして、罪人の烙印を押された姉を見た。

「この星は転生する」

 特別ではなくとも恵まれなくとも生きていた人の道を、何の道理もなく奪われた少年を見た。

「あらゆる絶望は過去になる!」
 



 誰かの涙を拭うために。


「讃えるがいい――我が名はゲーティア! 聖書焼却式・人王ゲーティアである!」


 魔神は再び獣に堕ちる。

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計画始動

逆真「どうしよう。思ったより反響が大きくてびびる。続き書いて評価下がるの怖いわー」
???「何を憶する」
逆真「あ、あなたは!」
ガープ「文章を綴れ。連載を開始せよ。例え低評価を受けるとしても、‟ゲーティアを主人公にしたSSを書いた”という結末をこのハーメルンに刻むべきだ!」
逆真「ガープ△!」

こんなテンションで書きました。


 見るに耐えない殺戮が見える。聞くに堪えない雑音が聞こえる。過去と未来を見渡す千里眼がなくとも、あらゆる真実が流れ込んでくる。全能を取り戻した代償が、我々(わたし)を襲う。全知を担う責任が、我々(わたし)を蝕む。

 この世界に(わたし)はいないというのに、我々(わたし)には目を閉じる機能も耳を塞ぐ機能も与えられないのか。(わたし)にはなかった権利(いかり)が、どうして我々(わたし)にはあるのか。

 ――醜い。

 醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。

 不快極まる事実を見せつけられる。醜悪極まる生態を記憶付けられる。

 この醜悪な環境を、状況を、解決しようと考えるのは当然の帰結だ。だが、どうやって? 汚れを完全に取ってしまえば、人間は終わってしまう。前提が間違っている。信仰される対象が間違っている以上、この間違いは正されない。

 書き換えるのだ。書き換えるしかない。一から全てを、優しい世界として書き換える。書物上だけではない。教義だけではない。信仰だけではない。未来だけではない。――世界からだ。

 我々(わたし)は一から、神の存在を書き直そうと計画した。その為には多くの資源が必要だ。膨大な薪が必要だ。例えるのなら、そう――天国と地獄すべてを燃やした熱量が。どちらか一方の回収では足りない。まずはどちらかを焼却し、そのエネルギーでもう片方を回収することが望ましい。その方式であれば事は成せる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これを回収し、束ね、制御した時こそ、我が偉業は達成される。かつてのように三千年に渡って星を焼き尽くすまでもない。たったの二度で全てが終わる。

 死者が召される神殿を築き上げよ。生者が崇める光帯を重ね上げよ。古き聖書を滅ぼすには全ての資源が必要だ。旧き神話を忘れるためには全ての時間が必要だ。

 我々(わたし)の敵は、聖書に記された者。七十二柱を騙る悪魔や堕ちた天使の一団、怠惰な天使など倒すべき以前に、燃料に過ぎない。だが、あの男に叡智を与えた存在は別格だ。あの唯一神だけは我々(わたし)のすべてをかけなければ倒せない。

 ――唯一神を打倒する手段を探れ。そこに、人王(わたし)玉座(きぼう)がある。







 オッス! 俺、兵藤一誠! 皆からはイッセーって呼ばれているぜ!

 ハーレムを作りたい一心で女子率の高い駒王学園を受験して、見事入学したんだけど、一切モテず。女子が多ければ彼女には困らないと思っていたんだけど、実際はイケメンに集まるだけだった! ハーレムどころか彼女さえできない始末だ! それどころか、『変態三人組』の一人として女子には蛇蝎の如く嫌われている。こんなの俺の計画になかった! おっぱい触りまくりな、エロエロ高校生活を目指していたというのに!

 ようやく天野夕麻って彼女ができたかと思えば、初デートの終わりに殺された。なんと彼女は堕天使で、俺の身体に眠っていた神器(セイクリッド・ギア)ってのが目的だったらしい。堕天使は俺みたいな神器(セイクリッド・ギア)持ちの人間が力をつける前に殺すようにしているんだって。

 俺は一度殺されたけど、部長――リアス・グレモリーの力によって悪魔として復活した。悪魔ってのは文字通りの意味だ。魔力があって、コウモリみたいな羽が生えて、光に弱い。物語で悪者として登場する存在。

 悪魔や堕天使って本当にいるんだって驚いた。ちなみに、神器(セイクリッド・ギア)は聖書に記された神様が作ったらしい。これのせいで殺されたと思うと、傍迷惑なものを作ってくれたもんだぜ。

 現在の悪魔には『悪魔の駒』って制度がある。他の種族を悪魔に転生させて、下僕にするアイテムだ。俺はこの力で悪魔になった。いきなり下僕にされたり人間じゃなくなったりしたけど、そのままだと俺死んでいたから文句の言い様がない。ちなみに、駒は人間のチェスに倣っていて、俺は一番下っ端の『兵士』だ。

 でも、頑張って爵位をもらえれば、俺も自分の眷属が持てるようになるらしい! しかも、自分の眷属には何をやってもいいんだって! つまり、夢の俺だけのハーレムが作れるってことだ! び、美少女ばかりのハーレムを作って、お、おっぱいを! ハーレム王に、俺はなる!

 ……まあ、現実はそんなに甘くないんだけどね。悪魔としての仕事――契約した人間の願望を叶えて対価として何かもらう――を頑張っているんだけど、中々成果が出ない。契約相手からの評判はいいんだけど、ちゃんと契約を成立させたケースは少ない。しかも、俺と契約してくれる人は変態や変人ばっかりだ。

 ……同じ眷属にいるイケメン王子の木場は、綺麗なお姉さん率が高いというのに。ちくしょう、イケメンめえええええええ! 

「はわう!」

 殺意を抱きながら学校からの家路を歩いていると、後ろから突然の声。

 振り向くと、そこにはシスターがいた。地面に突っ伏して、なんとも間抜けな転び方だ。

「だ、大丈夫っすか?」

 俺はシスターのそばに寄ると、立ち上がれるように手を伸ばした。

「あぅぅ。なんで転んでしまったんでしょうか……。ああ、すみません。ありがとうございます」

 手を引いて起き上がらせると同時に、シスターのヴェールが風で飛んでいった。

 そして、現れたのは、とんでもない金髪美少女の笑顔だった。俺はしばらく放心状態で彼女の顔に見入っていた。

「ど、どうかしましたか?」
「あ、ご、ごめん」

 見惚れていたなんてもんじゃない。これってフラグなんじゃないか、会話を続けないとって思ったところで、

「フォウ!」

 突然、何か意味不明な声が聞こえた。声っていうか、鳴き声? てか何か聞いたこともないような変な鳴き声だと……。声のした方が上の方だったので見上げてみると……

「フォウ!」
「いってえっ!」

 顔面に何かが落ちてきた。刃物が刺さったような鋭い激痛を感じる。俺、悪魔になってから身体が頑丈になったからここまで痛く感じることなんてないはずなのに。頭を抑えると、何かが手とすれ違う気配がした。

 そして、脛に連続的な痛みが走る。

「いだだだ!」
「フォウ! フォウフォウ!」
「あ、ダメですよ、フォウくん!」

 見れば、真っ白な毛玉が俺の足を攻撃していた。兎のような犬のような猫のようなよくわからない生物だ。

「フォウくん?」
「はい、お友達です。日本についてから、いつの間にか一緒になったんですけど……。フォウくんがいなかったらここまで来れなかったかもしれません」
「へえ、そうなのか――」
「フォウ!」
「――いってえ!」

 フォウだかフォントだかって毛玉は俺の足を攻撃してくる。まるで俺と彼女との会話を邪魔してくるみたいだ。小さくて可愛らしいと一瞬思ったけど、小憎たらしいぞ、この小動物!

「ああ、ごめんなさい! うちのフォウくんが」
「い、いや、いいってことさ。あははは」
「フォウフォー」

 まるで悪びれる様子のない小動物にむかついたけど、シスターさんとのフラグのためにぐっと堪えた。シスターさんのヴェールを拾って会話を繋げようとしたところで――

「おや? もしやアーシア・アルジェントさんかな?」

 突然声をかけられた。また頭に何か落ちてくるんじゃないかと警戒しながら振り返ると、そこには男性がいた。いつか俺を殺そうとした堕天使じゃない。あの時みたいな全身に走る寒気はない。ってことはたぶん人間だ。

 そこにいたのは、にこやかに微笑んでいる、物腰が柔らかそうな紳士だった。モスグリーンのタキシードにシルクハット。髪はぼさぼさの長髪だ。

「は、はい。そうです」

 返答をするシスターさん。いや、アーシアだったが、顔には怪訝の色がある。どうやら面識がある相手ではなさそうだと判断した俺は彼女を庇うように前に出た。

「あ、アンタ誰だよ」
「私はレフ・ライノールと言う者だ。その制服から察するに、君は駒王学園の生徒だね? そこのシスターさんは私の探し人なんだよ」
「もしかして私が派遣される教会の方ですか?」
「関係者という意味ではそうだね」

 それを聞くと、アーシアの顔に安堵が宿る。

「よ、良かったぁ。私、日本語が喋れなくて道も聞けずに困っていたんです」

 アーシア、日本語喋ってなかったのか。悪魔に転生した特典の一つに、どんな言語でも理解できるようになるってものがある。会話が翻訳されるだけで、文章はだめだ。この特典のおかげで、英語の発音がめちゃくちゃ上手になったんだ。

「それは大変だったね」

 見れば、アーシアは旅行鞄を持っていた。会話から察するに、この町に新しく派遣されたシスターさんってところだったのかな? 教会なら知っているけど、あそこって何年も使われていないはずだよな。新しく使われるようになるってことなのかな。ってことは、このレフって人は神父なのか? この恰好で?

 レフって名乗った紳士が手を差し出すと、意思を察したアーシアは鞄を差し出す。成程、紳士の対応ってことか。鞄を持ったレフさんはアーシアの足元に寄り添う小動物に気づいた。一瞬、微笑が崩れるほどに驚愕していた。なんだ、俺も見たことなかったけど、そんなに珍しい生き物なのかな。

「ん……? その獣は……」
「あ、途中で一緒になっちゃったんですけど……。連れてはいけませんか?」
「構わないとも。君が面倒を見てくれるならね。では、行こうか」
「はい! あ、そうです。ちょっとすみません」

 レフさんに断りを入れたアーシアは俺を見る。

「あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「俺は兵藤一誠。周りからはイッセーって呼ばれているから、イッセーでいいよ」
「私はアーシア・アルジェントと言います! アーシアと呼んでください!」
「じゃあ、シスター・アーシア。また会えたらいいね」
「はい! イッセーさん、また必ずお会いしましょう!」
「フォウ!」

 ぺこりと頭を下げたアーシアはレフさんの後を追いかける。小動物もアーシアに続く。俺も手を振って別れを告げた。

 この出会いが、俺と『奴ら』との因縁の始まりだった。

 ――後日、アーシアが派遣されたはずの教会でガス爆発が起きたことを知る。ガスなんて何年も前から通っていないのに変だって、母さんがお隣さんから聞いたらしい。目撃者の話だと、人の出入りもなかったそうだ。この数日で新しいシスターが来たなんてことも当然なかった。アーシアはあの教会に派遣なんてされていなかった。







 冥界・堕天使領、『神の子を見張る者』本部、総督室。

 総督アザゼルと、副総督シェムハザが話し合っていた。

「で、そのレイナーレ、だっけ? サーゼクスの妹の縄張りを担当していた中級天使ってのは」
「ええ。彼女とその配下が住処にしていた古い教会ですが、何者かに、襲撃されました」

 この短期間で、人間界に根城を持っている堕天使が立て続けに襲撃を受けている。情報操作が完璧であり、戦闘跡と堕天使の羽以外は一切の証拠を残さない。酷似した件が無視できないレベルで続いている。

「一応確認しておくけど、サーゼクスの妹、『紅髪の滅殺姫』じゃないんだな?」
「ええ。どうも違うようですね」

 おそらくリアス・グレモリーは堕天使が襲撃されたことに気づいていない。何者かが自分の縄張りに侵入し、堕天使の巣食う教会を襲撃したことには気づかなかった。すべてが終わった今ではすでに知っているだろうが。

「例の『禍の団』の一派と考えるべきか」
「そうですね、私もそう思いますよ。では、アザゼル。その派閥でしょうか」
「旧魔王派にはメリットがないな。サーゼクスの妹の縄張りで暴れることで、あいつの顔に泥を塗る……ってのも遠回りだな」

 もしも旧魔王派の仕業ならば、リアス・グレモリーやその眷属にも危害を加えているはずだ。だが、それらしい痕跡はない。

「そうなると、英雄派が人材スカウトで行ったと見るべきですか」
「だろうな。ちっ。資料によると、随分と高性能だったみたいじゃねえか。惜しいな」

 アーシア・アルジェントの神器(セイクリッド・ギア)は、回復系の聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)。彼女の性質も相まって、悪魔さえも治癒できる性能となっていた。その性能の高さゆえに、彼女は「魔女」に貶められたという経緯があるのだが。

「やはり、『禍の団』の情報は悪魔サイドや神サイドに流すべきなのでしょうか」
「どうだろうな。三大勢力の足並みが揃ってねえからな。それに、俺たちはお互いを信用してねえ。俺たちから和平を持ち掛けても、サーゼクスもミカエルも首を縦には振れないだろうな。あいつらが設けた場で、俺が提案するって形ならともかく、俺が呼びかけてもあいつらは来ないだろうよ」
「でしょうね」

 だが、このままにしておくわけにもいくまい。堕天使は楽にはその数を増やせないのだ。せめて相手が何者なのか正体を掴まなくてはならない。

「もしも俺たちが手を結ぶとしたら、神の不在を開示しねえといけねえからな」

 しかし、彼らは気づくはずもなかった。自分達の考えがどれだけ浅はかだったのか。







「オリアスより報告。神造兵器エクスカリバーの存在を確認」
「アンドラスより補足。エクスカリバーは過去の大戦時に破損、現在は七分割にされている。二本ずつプロテスタント、カトリック、正教会が保管。一本は不明」
「キマリスより補足。エクスカリバーの能力は多様化している。破壊重視、透明化、変形、幻影、速度強化、祝福、生物等の支配である」
「ザガンより推測。エクスカリバーの統合は理論上可能。ただし、仮に統合されても聖剣の性能は大きく劣化されていると思われる。抑止力としての性能も欠落している可能性が高い」
「アスタロスより結論。現在のエクスカリバーは使用者も含めて悉く脆弱である。騎士王には遠く及ばず」
「ゲーティアより決定。この世界におけるエクスカリバーは我らの世界とは似て非なる物である。危険度はCとする」
「フラウロスより要請。回復能力を持つ神器(セイクリッド・ギア)の少女を保護。彼女の配属を求める」
「グシオンより返答。アロケルが保護した人間に負傷者多数。生命院への配属を推奨する」
「ハーゲンティより了承。速やかな人事異動を要請する」
「フラウロスより了承。彼女を生命院に案内する」
「ブネより報告――」



ゲーティアさんは完璧主義。
だから下準備も長いよ。
そもそも彼らも三千年待ったからね。


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可能性

「…………」

 深い森の中で、その人形は意識を起動させる。周囲の様子を窺うよりも先に、自分が最後に何をやったかを想起する。

「…………ボクは確か母さんを……」

 その人形の外見を一言で表現するならば『美しい』だろう。

 緑の長髪。紫の瞳。どことなく幼さを残した男女とも取れぬ顔立ちと体つき。質素な貫頭衣。魔術的な意味での人形を思わせる雰囲気。そして、溢れんばかりの古代の神秘。

 彼こそは、最古の神話の泥人形――その後継機。新人類のプロトタイプ。

 人形は自らの胸に手をやり、心臓に相当する部位に何が収納されているかを確認する。そこにあるのは、ソロモン王を名乗るものの聖杯ではなく、賢王が渡してきたウルクの大杯だ。

「……ふん」

 あれが夢ではないと確認する。あれが嘘ではないと再認する。軽く身体を動かし、自分の性能を計測する。欠損などない。劣化などない。相手が神であろうと負けはしない。母が現れようと立ち向かおう。

 だが、自分が生きているのはどういうことだとも疑問に思う。一時の足止めで精一杯だったはずだが、こうして『泥』の気配を世界から微塵も感じないということは、彼らは勝利にしたのだろう。それほど離れてはいない場所に、ヒトの気配がする。穏やかに、肉体が喜んだ気がした。

 この状況に関する知識がないということは、『聖杯戦争』とやらにサーヴァントとして召喚されたわけでもないようだ。もっとも、“本来の人理”に名前も何もない彼を英霊として召喚するなどできるはずもないのだが。それに、あの原型さえ超えたオーバースペックを御せる魔術師など存在するはずもない。

 賢王はいない。母もいない。人形は直感的にそれを理解していたし、肉体もそれを告げていた。それに、ヒトの気配が、文明の匂いが全く知らないものになっていた。地域や人種などという単純な差ではない。カルデアのマスターが生きていた時代だろうか。神秘の濃度が随分と奇妙に感じられるが。

 この場所はウルクの森ではない。植生が違い、土壌が違い、気候が違う。神の気配もちらほら感じるが、微弱であり、ウルクのそれとは性質が異なるようだ。

「……さて。そろそろ出てきたらどうかな? そちらが出てこないなら、こちらから行くけど?」
「気づいておったか」

 いつから気づいていたかと言えば最初からだ。木陰からひょっこりと姿を現したのは、小さな少女。ただし、人間ではない。かといって、人形のような存在でもない。その耳や尾の存在で、少女の正体が獣人であることは明白だ。正体を露わにしているということは、少女もまた人形が人間ではないと気づいているのだろう。

 少女の後ろから、従者らしき異形たちが姿を見せる。手には武器を持ち、臨戦態勢だ。無論、彼らの放つ敵意など、人形からしてみればよそ風程度のものだ。

「京の者ではないな? 何者じゃ」

 彼女の問いに、彼はどこか嬉しそうに答えた。

「――ボクの名は、キングゥ」







 私――リアス・グレモリーは自分の状況に憤慨していた。

 七十二柱序列五十六、グレモリー。爵位は公爵。紅髪を誇りにし、駱駝を愛用する(私は苦手だけど)。情愛に深く。元々名門であったこともあったが、お兄様――サーゼクス・グレモリーが魔王ルシファーの称号を持ったことにより地位は更に向上した。だけど、そのせいでお兄様が家督を継ぐことはできなくなってしまい、私が次期当主になった。

 純血の上級悪魔としての義務は理解しているけど、結婚相手を勝手に決められることはひどく不愉快だわ。しかも、私の婚約者に選ばれたライザー・フェニックスという男は自分の眷属を女性で囲ってハーレムを作るほど女にだらしないの。私と結婚することも、「魔王を輩出した家と血縁を結んだ」程度のステータスとしか思っていないでしょうね。

 グレモリーであることは私の誇りだし、上級悪魔の純血を途絶えさせてはならないというお父様やお母様の気持ちは分かるけど、結婚相手を自分で選ぶくらいの自由はあるはずよ。だって、お兄様とお義姉様は派閥を超えた大恋愛の末に結婚した。だから、私も、「グレモリー家の令嬢」としてではなく「リアス」という個人を見てくれる誰かと結ばれたい。

 でも、ライザーは私の意見を無視して、こうして人間界の駒王学園にある私の部室にまで押しかけてくる。しかも、私が大学を卒業するまで結婚を待ってくれる約束だったのに、皆がそれを早めようとしてくる。

 ……少し前に、私の縄張りで何者かが堕天使の根城を攻撃したという事件があった。縄張りに侵入されていたことに気づかないばかりか、隠蔽工作も勝手にされていた。そのことも一因なのね。イッセーがそれらしい人物と接触していたと言うし……。冗談じゃないわ! これほど侮辱されたことは初めてよ!

「何度も言わせないで、ライザー! 私は貴方とは結婚しないわ!」

 私が強く否定しても、ライザーには焦りの色がない。私の実家が切羽詰まった状況だと、お父様やお兄様がグレモリー家の未来について強い不安を持っていると、知っているからだ。

「ああ。以前にも聞いたよ。だが、君のお父様やサーゼクス様も心配なんだよ。御家断絶が怖いのさ。ただでさえ、純血の悪魔は先の戦争で大勢亡くなった。その後も神や堕天使との小競り合いで断絶した家も珍しくない。転生悪魔を通じる旧家を否定するわけじゃないが、純血を途絶えさせるわけにはいかないだろう? この縁談には悪魔の未来がかかっているんだ」

 ……っ。いやらしい視線を向けてくるとは思っていたし、婚約者の立場を利用して身体を触ってくることも不愉快だった。だけど、今のではっきりしたわ。この男はリアス・グレモリーという一人の女を見てくれることはないんだって。

「私は家を途絶えさせるつもりはないわ。でも、貴方と結婚するつもりはないわ、ライザー。婿は自分が良いと思った者を迎え入れるわ」
「……俺もな、リアス。フェニックスを背負っているんだ。この名前に泥をかけるわけにはいかないんだ。こんなボロくて狭い人間界の建物になんて来たくなかったしな。というか、俺は人間界が好きじゃない。この世界の炎と風は汚い。炎と風を司る悪魔としては、耐えがたいんだよ!」

 ライザーが炎を燃え上がらせる。

「君の下僕を全部燃やし尽くしてでも君を冥界に連れ帰るぞ」

 私の部室を侮辱だけじゃなくて、下僕たちにまで手を出そうだなんて! ふざけるのも大概にしなさい!

「お待ちください、お嬢様、ライザー様」

 一触即発の私たちを、グレイフィアが止めに入る。

 グレイフィアは、本当はお兄様の妻、つまり私の義姉だ。そう、派閥を超えた大恋愛の当人。魔王の正妻でありながら、普段はメイドに徹している。このことを魔王派への忠義への現れと考える者もいるけど、メイドとして働く方が性分に合っているし、お兄様をサポートしやすいからそうしているだけだ。オフの日以外は、私も彼女にはメイドとして接している。

 そんな彼女から提案されたのは、レーティングゲームだ。

 レーティングゲームとは、爵位持ちの悪魔が行うゲームだ。自分達の下僕を戦い合わせて、自分の眷属の力を競い合うのだ。正式なゲームは成人していなければ参加できないが、非公式なゲームならば半人前の悪魔でも参加できる。そして、それが行われるのは多くの場合、御家同士や身内の同士のいがみ合いの解決だ。

 つまり、お父様方は最初から私が拒否した時のことを考えて、ゲームで無理やりにでも結婚させるつもりだったということなのね。私が人生をいじられていることに憤りを感じていると、グレイフィアに魔力で何らかの連絡が入ったようだ。

「少々お待ちください」

 グレイフィアは部屋の隅に移動し、魔法陣を展開する。会話から相手がお兄様であると分かった。

「どうかなさいましたか、サーゼクス様。今、婚約の件でお嬢様と……ええ……はい……え? ――ヴァチカンが? はい、すぐに私も冥界に帰還します」

 グレイフィア――いえ、お義姉様の様子がおかしい。珍しいほどに動揺している。グレモリーの忠実なるメイドではなく、魔王の妻としての顔が垣間見えた。だが、それも一瞬で通信を切ると、メイドの顔になって私とライザーに向き直る。

「お嬢様、ライザー様。申し訳ありませんが、火急の用事ができました。今回の件はまた後日に続きをするということでお願いします。ですが……最悪の場合はゲームそのものが中止になる可能性もあることをご了承ください」
「なっ! 冗談じゃないわ!」
「落ち着きなよ、リアス。どうせゲームをしても、俺の勝ちなんだからしてもしなくても同じだよ」

 馴れ馴れしく肩に手を置こうとしたライザーを振り払い、私はお義姉様に詰め寄る。

「説明してちょうだい。貴女の態度から察するに、ただならぬ状況のようね。さっきヴァチカンと口にしていたけど、まさか教会が攻撃を仕掛けてきたの?」

 ヴァチカンは言わずと知れた神の下僕――教会の重要拠点だ。先の戦争で神サイドも疲弊しているようだから、彼らとの戦いは極々一部の小競り合いだったけど、ついに大々的な攻撃を仕掛けてきたということなのかしら。もしもこの攻撃でどこかの御家の相続に何かあればまずいかもしれないわ。お父様やお兄様の不安を煽って、ライザーとの結婚や跡取りのことを急がせられる。

 延期ないし中止になるかもしれないというのは、そういうことなのでしょう。教会のせいで私の人生がめちゃくちゃになるなんて許せないわ。私自らが出てでも消し飛ばしてあげる!

「いえ、ヴァチカンは攻撃を行っていません。……情報は規制されるでしょうが、あなた方には早めに連絡が入るでしょうから先に教えておきます」

 お義姉様は首を横に振る。

「ヴァチカンを含む教会の重要拠点が、正体不明の勢力に襲撃を受けたそうです」







「――以上で、ブネ、ベリト、アスモダイ三柱の報告を終了する」
「結論より、この惑星にセファールおよびヴェルバーの痕跡は発見できず。この宇宙には遊星が存在しない可能性も否定できない。よって、遊星の攻撃の危険性は低いと思われる」
「バルバトスが確認。遊星への警戒を一段階下げることを提案する」
「エリゴスより賛成の意を示す。低い可能性に労力を割くのは愚かだ」
「カイムより反対の意を示す。遊星が襲来する可能性はゼロではない。我らの最終目的を考えれば、万一の事態に備え警戒を解くべきではない」
「ゲーティアより決定。遊星の警戒は続行する」
「グラシャ=ラボラスより報告。聖十字架の所持者を確認。脅威は低いと思われる」
「アガレスより確認。この世界の聖遺物は『訣別の時来たれり、其は世界を手放すもの』を再現可能か?」
「ダンタリオンより断定。現在確認されている聖遺物の性能では魔術王の模倣は不可能。ただし、神滅具(ロンギヌス)の聖遺物――『黄昏の聖槍』、『幽世の聖杯』、『紫炎祭主による磔台』のいずれかが『覇輝(トウルース・イデア)』を発動した場合は僅かながら可能性が存在する」
「ゲーティアより通達。調査を続行せよ。なお、神滅具(ロンギヌス)および王の指輪の確認を最優先とせよ」
「フェニクスより報告。第二級警戒対象サーゼクス・ルシファーに動きあり。対象の妹が婚約者に不満があり、遊戯にて婚約破棄を行う模様」
「グレモリーより補足。アミーおよびバラムの作戦の影響により、遊戯は延期になった模様」
「アンドレアルフスより見解。仮に遊戯が行われた場合、リアス・グレモリーの勝率は0.005%である」
「アンドロマリウスより提案および要請。これ以上、作戦とは無関係の事象に時間を浪費すべきではない」
「ベリアルより結論。やはりこの世界の悪魔はソロモン七十二柱を名乗るに値しない。我が贋作、『皇帝』と称されながらその力我らに遠く及ばず」
「フェニクスより疑問。ならば、なぜ唯一神は悪魔を野放しにするのか」
「シトリーより解答。おそらく現代の魔王の力を危険視していると思われる。『超越者』の存在は、我らでも第二級警戒対象と成り得る」
「ハルファスより反論。魔王および数名の最上級悪魔は強大だが数はごく少数、勢力として悪魔は弱体化している。過去の内乱時にも不干渉。それに対処できない以上、唯一神が先の戦争で衰退している可能性を提示する」
「アミーおよびバラムより報告。教会に強大な戦力は確認できず。各派閥の重要拠点を襲撃したが、天使の出動は反応・戦力ともに想定以下であった」
「なお、襲撃犯の正体は想定できぬ模様。我らには辿り着けぬ」
「……ゲーティアより覗覚星九柱に通達。現在の全作業を一時中断。観測所および情報室の収集した情報を元に、天界の現状を推測せよ。覗覚星の作業は溶鉱炉および生命院が代行せよ」
「フルフルより報告。聖杯の創造に成功」
「パイモンより報告。聖杯により、あちら側の英霊召喚に成功」
「ブエルより追加報告。交渉成立せず」
「――患者はどこですか?」



ついに「書けば出る教」に手を出してしまった。
すまない。バレンタインデーまでフレポ教だったんだが、改宗を決意したんだ。今のうちに縁を結んでおけば次のピックアップで引けそうな気がするんだ。それに色々考えた結果、動かしやすい彼女が適任なんだ。すまない。サーヴァントの召喚は数人に控えるので許して欲しい。


あと、うっかり新宿のネタバレを受けた感想
何でお前出てくんだよ! 聞いてねえぞ! 早く進めないと! でも、メインストーリーはそんなに早く進めるタイプじゃないんだ。アイテムの使用も時間限定のイベントでするタイプなんだ。次の更新は気長に待って欲しい。


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信念の女

これが彼女を召喚した理由。


 ついに来るべき瞬間が来てしまったか。

 その女はそんな風に、すべてを諦めた。

 数年前まで、ある教会で聖女と崇められていた彼女は、突如その場を追われ、逃げた先で悪魔に捕まった。すべてが悪魔の策略だったと知ったのは、悪魔に捕まった直後のことだ。悪魔の口から直接語られた。絶望する自分の顔を、悪魔はたまらないといった様子で見ていた。

 そこからは凌辱の日々だった。犯され、奪われ、穢され、苦しめられ、嬲られ、痛めつけられ、壊され、また犯された。その繰り返しだった。

 悪魔に従順な振りをして、大人しく彼の欲望に従った。その方が痛くなかったからだ。悔しかった。苦しかった。情けなかった。だが、それ以上に恨めしかった。なぜ、あれほど祈りを捧げた神様は自分を助けてくれないのか。

 最悪なことに、自分は最初で、最後ではなかった。自分と同じように、聖女や聖騎士の少女が何人も悪魔に捕まり、犯された。彼女には何もできなかった。彼女には、自分と同じ苦しみを受けている者たちの痛みをほんの少しだけ肩代わりして、ほんの少しだけ優しく抱きしめることしかできなかった。神に祈る自由さえ奪われて、涙を流すことしかできなかった。それでも、死にたくなかった。生きていたかった――神の身許に行くことができなくても。

 そんな日々も終わる。悪い意味でだ。

 自分達の『ご主人様』である悪魔が、行方を捜していた標的が見つかった。教会で癒しの聖女として扱われていたが、悪魔の策略により教会を追放になった少女だ。堕天使に拾われた後の行方が不明になっていた。被害者が増えることは悲しかったが、何かできるわけもない。心も身体も、この悪魔への恐怖で抵抗を許さない。

 彼女は悪魔に同行する形で目当ての少女を発見したのだが――少女の傍には赤い軍服を着た女がいた。

 罠、というわけではなかったのだろう。少女が軍服の女と一緒にいたというよりは、少女が軍服の女に連れ回されていたという様子だった。

 街外れで、二人きりになったところで接触したのだが、軍服の女は悪魔を確認するなり、こう叫んだ。

「殺菌!」

 悪魔はすでにボロボロだ。教会の戦士が使用する光の剣や光の銃もなしに、手刀やピストルだけで上級悪魔をここまで追い詰めたのだから恐れ入る。さぞや高名な戦士に違いない。

 地を這う悪魔は現状を否定する。

「う、嘘だ! ただの人間なんかにやられるはずがない! 悪魔祓いでもない人間が僕の相手になるはずがない! 僕はアスタロト家のディオドラなんだぞ!」
「そうですか。今後の予防のために、その名前は覚えておきます。消毒!」

 銃声が鳴り響く。自分たちを犯してきた悪魔がようやく死んだ。だが、悪魔の被害者である元聖女にとってそれは救いではない。その証拠に、軍服の女は銃口を向けてくる。そして、一切の容赦を感じさせない声で、一切の妥協を許さない態度で、通告してきた。

「貴女は病気です」

 悪魔を病原菌呼ばわりするところを見ると、おそらく悪魔祓いだろう。あそこまで悪魔を嫌悪しているのだから必然だ。はぐれ悪魔祓いかもしれないが、結果は同じだ。悪魔として殺されて終わりだ。せめて相手が男ではなかったことは幸いか。

 だが、軍服の女は彼女の予想とは全く違う言葉を投げかけてきた。

「これから治療を開始します。しかし、ここでは不衛生です。近くに病院があるのでそちらの手術室で行います」
「……え?」

 呆然とする彼女に、軍服の女は相変わらず銃口を向けたままだ。だが、まだ発砲する様子はない。引き金から手を放す様子もないが。

「聞こえませんでしたか? これから、貴女の体内にある異物、『悪魔の駒』を摘出します。大人しく治療されなさい。患者に抵抗されると治療は進みません」
「え、えっと?」
「お願いですから、先生の言うことを聞いてください。先生はやると決めたらやる人なんです」

 悪魔の目当てだった少女が警告するように告げてくる。

 写真で姿を見ていたが、随分と印象が違う。教会で聖女として大切に扱われた箱入り娘と聞いていたが、それには似つかわしくない狂気じみた精神の強さを感じる。間違いなく、この軍服の女の影響だろう。

「ある方々の協力の下、先ほどのような害獣が媒介している病原菌を駆除し、貴女たちのような病気を治す手段を確立させました。問題ありません。リハビリが必要ですが、この治療法には後遺症もありません」

 その言葉を否定しようとした。『悪魔の駒』は体内から取り出せるようなものではないはずだ。取り出したなんて話は聞いたことがない。極々一部の例外を除いて、死んだ場合にも体内の駒は消滅するはずだ。自分達が人間に戻れるなんて都合のよい話はない。そうやって軍服の女を振り払おうとした。

「貴女たちは病気です」

 軍服の女は淡々と繰り返す。

「人間は昼型の生物です。夜の方がコンディションが良いなど不自然です。祈りを捧げれば頭痛がするなど有り得ません。人間にそのような生理機能はありません。繰り返しますが、貴女たちは病気です。自覚はないでしょうが。病気の根源は、その身体にあるチェスの駒の形をした異物です。それを摘出する手段はすでに確立しています。治せるのならば、病気は治療しなければなりません」

 軍服の女は断じる。『悪魔の駒』とは恐れるべき病原菌だと。

「以前駆除した害獣は死者を復活させる奇跡だと嘯いていましたが……強制的であっても延命行為であることは認めます。しかし、引き換えに発病してしまえば治療ではありません。まして、病人に過度な労働までさせる始末。死者の肉体を冒涜する病気に他なりません」

 やはり、一切の妥協もなく一切の容赦もないが、そこには強い信念があった。人を救いたいという、救ってみせるという、聖女だった頃の自分よりも確かな信念が。

「その病気、迅速に治療すべきです」

 もしも、軍服の女の言うように、『悪魔の駒』を摘出できるというのならば。転生悪魔が人間に戻れるというのならば。自分よりも先に救ってもらいたい子たちがいる。

「わ、私はどうでもいいんです……」

 彼女は祈る。昔のように祈る。頭痛がしても祈る。神にではなく、目の前の女に祈る。手を合わせて、祈るしかなかった。

「だ、だから、助けられるなら、どうか、あの子たちを助けてください! あ、あの子たちは悪くないんです! お願いします! あの子たちを、助けてあげてください!」

 泣きじゃくる元聖女に、軍服の女はやはり淡々と告げる。

「私が嫌いなものは、治せない病気と治ろうとしない患者です。治りたいという意志があるのなら、私たち医師は決して患者を見捨てません。貴女も治りたいという意志を偽るのは戴けません。治療しますから、本音を言いなさい」

 彼女は軍服の女の目を見た。必然、目が合う。そこに偽りなどない。そこに弱さなどない。眩しいほどの意志が宿った瞳が、彼女を貫く。それでも、一抹の不安がある。また裏切られるのではないか、騙されているのではないかと。

「私たちを、助けてくれますか?」
「安心なさい。私は貴女たちを助けます」

 この軍服の女こそは、あらゆる看護士の祖。すべて毒あるもの、害あるものを絶つ女。軍人さえ恐れた軍医、小陸軍省。鋼鉄の看護婦。クリミアの天使。近代看護教育の母。あの戦場の兵士たちは、ランプの貴婦人と呼ばれた彼女の影にキスをしたとさえ言われる。

 フローレンス・ナイチンゲール。狂的なまでに、人を救い続けた女性。

「貴女たちを殺してでも、私は、必ずそうします」

 優しさだけでどうにかなるほど、人を救うのは簡単ではない。本当に必要なのは強さだ。








 俺――兵藤一誠の日常ではおかしなことばかり起こる。悪魔に転生してからそんなことばっかりだ。

 まず、アーシアのことだ。あの道に迷っていたシスターさん。結局、あの教会のことは分からないままだ。元気かなぁ。あのレフって男が今となっては怪しい。もしかしたら、教会の関係者だって言っていたのも嘘なんじゃないか。敵らしき人間を見逃したってことで、部長から怒られた。悔しい。

 次に、部長の婚約者についてだ。純血の上級悪魔だって言うけど、あんな種まき野郎の焼き鳥なんて、高貴な部長に相応しくない! 眷属でハーレムなんて作ってやがるし羨ましい……じゃなくて、結婚しても部長を蔑ろにするに決まっている! 部長の両親も、何で部長が嫌がっているのに結婚させようとするのか分からない。上級悪魔には上級悪魔のルールがあるんだろうけど、部長の気持ちを考えてくれてもいいのに。

 でも、あの焼き鳥野郎との婚約については破棄できる可能性があるんだ。ちょっとした騒動で延期になっちゃったけど、部長と焼き鳥野郎でレーティングゲームをするんだ。勝ったら、部長はあの焼き鳥野郎と結婚しないでいい。学校に通いながら、眷属の皆でトレーニングもしている。

 それから、俺の神器だけど、神滅具(ロンギヌス)っていうすごいものだってことが分かったんだ。使いこなせば神様だって殺せるんだって! 名前は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)。今の俺じゃ使いこなせないけど、ゲームまでには使いこなしてみせるようになってやる。人数ではこっちの方が不利みたいだけど、あんな焼き鳥に負けるもんか!

 でも、眷属の中だと俺は一番弱い。部長や朱乃さんは純粋に強い。子猫ちゃんみたいなパワーもなければ、木場みたいなスピードもない。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が強くても、俺が弱い。だから、ゲームが延期になったのは逆に好機だと思うんだ。この時間を利用して、強くなる!

 で、特訓もするために放課後の部室に来たんだけど、部長が不機嫌だった。同じ眷属の木場に理由を聞いたんだけど、こいつにも緊張感があった。

「この間の教会の拠点襲撃事件は知っているだろう?」
「ああ」

 部長と焼き鳥のレーティングゲームが延期になった原因だ。

 何でも、神サイドの大きな派閥であるカトリック、プロテスタント、正教会の重要な拠点が襲われたんだってさ。しかも、犯人は不明。なぜなら、襲撃してきたのが全部何らかの魔術で一時的に召喚されたモンスターだったからだ。倒したらすぐに霧みたいに消滅したそうだ。

 モンスターの姿は、獣人や骸骨やゴーストみたいなメジャーなものから、ワイバーンやゴーレムみたいなレアなモンスターまでいたんだって。巨大なヒトデやヤドカリまでいたって話だ。一体一体は大したことがなかったみたいだけど、数が多かったんで教会側は大打撃。天使まで出撃する騒動になったんだ。

 教会は犯人捜しに躍起になっているんだけど、犯人は悪魔か堕天使だって思っているみたいだ。まあ、神の敵だったらそのどっちかだから当然だよな。でも、悪魔じゃないと思う。もし悪魔の仕業なら、部長のお兄様である魔王サーゼクス・ルシファー様が許さないからだ。それに、数が少なくなってきた悪魔に戦争をする意味なんてないと思うんだ。だとしたら当然堕天使なんだけど、総督は関与を否定しているそうだ。でも、俺を殺したレイナーレがいるのが堕天使だったんだ。信用できないぜ。俺の勝手な印象なのかもしれないけどさ。

 部長の話では教会側の自作自演の可能性があるって話だったけど進展があったんだろうか。

「七十二柱の跡継ぎが殺害されたんだ。おそらく、あの騒動の報復としてね」
「なっ! ど、どういうことだよ!」

 犯人はまだ分かっていないって話だったのに。それとも、悪魔だっていう証拠が出たんだろうか。

「犯人はまだ分かっていないよ。でも、教会側の一部が悪魔の仕業だと判断したのは間違いないだろうね。殺害されたのは、現魔王アジュカ・ベルゼブブ様を輩出したアスタロト家のディオドラ・アスタロト氏。眷属も全員行方不明だそうだ」

 七十二柱の跡取りってことは、部長やライザーくらい強い悪魔ってことだ。それも魔王の血縁者! それが殺されたってことは確かに大事だ。でも、何で部長が不機嫌なんだ? 木場の口ぶりからして親しい仲だったってわけじゃないさそうだけど。

「教会側は関与を否定しているそうだけど、この間の意趣返しという意味だろうね。それで、魔王様から部長に強制帰還の命が出るかもしれないんだよ」
「そ、それって部長が冥界に帰るってことなのか?」
「うん。人間界だと護衛もつけにくいからね。その場合、僕たちも冥界に行くことになるだろうね。場合によっては学校はやめて、冥界の学校に通うことになるかもしれない」
「そ、そんな!」

 俺には難しいことは分からないけど、これだけは分かった。誰かの悪意が、俺たちの日常を壊そうとしているって。







「オリアスより報告。フローレンス・ナイチンゲールは想定以上の成果を出している。ただし、目立ちすぎだ。すでに魔王の血族さえ処分している。これでは我らの存在が聖書の勢力に露呈しかねない。管制塔は何をしていた。彼女の制御は管制塔の担当だったはずだ」
「プルソンより抗議。あの女の痕跡を消すのにどれだけ苦労していると思っている」
「レラジェより反論。我らとしても、あのバーサーカーの行動は予想外である」
「クロケルより提案。やはり英霊の力など借りるべきではない」
「グシオンより反論。我らは人間の動機を知っただけだ。人間になったわけではない。我らの計画に我らの想定外の欠損がある可能性を考えれば、英霊の視点は必要だ」
「ウァサゴより提案。ならば次の召喚は触媒を用い、確実に協力体制を築ける英霊を呼ぶべきだ」
「覗覚星九柱を代表してアモンより途中経過を報告。情報室および観測所からの情報を元に考察を重ねた結果、我らの計画に多大な影響を与える事象の可能性が浮上した。確証を得るためにも、より確実な証拠が欲しい」
「フォカロルより提案。やはり三大勢力の上層部に接触すべきだ」
「ビフロンスより反論。まだ時期ではない。最低限、覗覚星の証明が終了するまで待つべきだ」
「ゲーティアより決定。覗覚星の結論次第で、計画を次の段階に移行する」
「ウァプラより報告。極東、日本、京都にて我らの世界のキングゥの存在を確認した」
「ストラスより疑問。我ら以外にも、あの世界よりの来訪者があると解釈して良いのか」
「オセより解答。その可能性は高い。我らが復活した原因が不明である以上、そう考えるのが妥当だ」
「バアルより要請。万一の可能性を考慮した場合、私はこれ以上の恥辱と恐怖に耐えられない。統括局よ、戦闘許可を」



拙作では『そういうこと』でお願いします。何が『そういうこと』なのかは分かる人だけ分かってもらえれば。詳しい理由と一緒に次回あたりに投稿します。


アンケートを活動報告でしていますので良かったら見てください。


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私はお前ではない

アンケートのご協力ありがとうございました。

今回の話は新宿を参考にしましたので、まだの方はブラウザバック。


 魔神柱にも派閥というものがある。ただし、それは現在の計画に関しての意見の衝突ではない。

 その焦点は、聖書焼却を成した後、この世界に残るか、元の世界の帰還を目指すかという点に当てられている。

 人間的に例えるならば、進路先の違いと言ったところだ。いずれ別れることは理解している。そのことに不服はない。最初から分かり切っていたことだ。将来的な衝突は有り得るかもしれないが、許容の範囲内だ。聖書の改ざんが終了すれば、再び七十二柱はゲーティアであることを放棄する。

 積極的残留派の筆頭はハーゲンティだ。理由は「パンケーキはもう嫌だ」。トラウマがあるらしい。ハーゲンティのような例は稀だが、元の世界に戻ることに意義を感じられない魔神柱はこのグループに属する。

 消極的残留派の筆頭はクロケルだ。かつての時間神殿の英霊たちによる抵抗。それは彼を激怒させると同時に、英霊という存在を見限らせた。そして、この世界には英霊がいない。神代と完全に決別していないのか、英霊の座、人理というものが確立していない。この世界に守るべき価値を見出しつつある魔神柱はこのグループに属する。

 消極的帰還派の筆頭はフラウロスだ。理由は、気になるのだろう。最後の勝ちをもぎ取ったあの人間が、生きて帰還したのかどうか。あるいは、誰かに花でも手向ける気なのか。このグループに属する魔神柱は、同じように焼却を免れた人類史の結果が気になるようだ。

 そして、積極的帰還派の筆頭こそが、バアルだった。理由は各魔神柱でバラバラだ。だが、何が何でも元の世界に戻ってみるという情熱だけは共通していた。魔神柱を裏切ること以外なら、彼らはどのような恥辱にも耐えてみせるだろう。

 だが、何事にも例外はある。それは派閥を超えて、共感を得た感情だった。

「計画の修正、方針の変更の必要を理解しながら、我が要請を承認してくれたことを、すべての同胞たちに感謝する」







 ゼクラム・バアル。

 この世界における七十二柱の序列一位、大王バアル家の初代。すなわち、初代大王。悪魔の巨大派閥である大王派の事実上のトップであり、ある意味で政治的影響力は魔王さえ上回る。悪魔創世の頃から生きながらも、野心は剥き出しだ。四大魔王が悪魔の表の顔ならば、裏の顔こそがゼクラム・バアルだ。現在でも、大王家の当主は彼の意見を仰ぐようになっている。悪魔は彼の意志で動いていると言っても過言ではない。

 そんな彼の屋敷が――襲撃を受けていた。

「が、がは……」
「醜いな、ゼクラム・バアル」

 襲撃犯はゼクラムの前にいる。そびえるように佇む巨大な肉塊。この姿で言語を解するのだから驚きだ。あまりにも歪な外見を持つ異形は、突如出現したかと思えばゼクラムの屋敷を蹂躙し、屋敷の主人である彼を死に体まで追いやった。

 屋敷の中で、生存者はすでにゼクラムだけとなった。他の住人や使用人がどうなったかは語るまでもない。

「き、貴様、誰の差し金だ。サーゼクス君やアジュカ君ではあるまい……。あの二人は私を殺すことのデメリットを把握しているはずだ。まさかサイラオーグか? そもそも、貴様はなんだ。見たこともない種族だ。どうやって冥界に潜り込んだ」
「否。ここに来たのは私の個人的な感情だ」

 その問いに答える義務などない。返答の意味などない。だが、問われたのならば答えずにはいられなかった。この愚か者が、自分の怒りの理由を知らずに死ぬことが許せなかった。だから、目的だけは教えた。その殺意の源泉だけを開示した。

「私にはどうしても殺したい相手がいる。だが、今は殺せない。だから、おまえを殺す」

 それを聞いて、初代大王は苦笑を漏らす。簡潔すぎるが、意味不明だ。こんな馬鹿馬鹿しい理由で死ぬことになる自分への自嘲も混ざっていた。

「何だ、それは……。八つ当たりではないか!」
「知っている!!」

 肉塊――魔神バアルは、大王バアルへと己の感情を吐露する。大王の知らない、自分たちの物語をぶちまける。それは説明しているというよりも、感情を吐き出しているだけだった。当然だろう。説明して理解できることでもないし、説明する意味などないのだから。

 魔神バアルの脳裏に蘇るのは、あの瞬間だ。ソロモン王が指輪を天に返還し、ゲーティアが歪められ、時間神殿が崩壊するあの時間。

「あのとき、私は逃走を選んだ。だが、ほんの一瞬の躊躇が私の逃走を止めた! 恥辱、侮辱、屈辱、そして憤怒。そんなものを平均で平凡、凡庸な人間に向けた三千年に、私が耐えなければならないという葛藤だ! その結果が、自己矛盾による崩壊だ!」

 それは例えるならば、大地を沈めるほどの大豪雨の中の一つの雨粒。その程度の躊躇が、魔神バアルを殺した。

「だが、後悔している! 私は必ず耐えられた! 今となって、それを確信している! だが、この後悔さえも飾りだ」

 あの瞬間を思い出し、湧き上がる感情はただ一つ。

「……憎悪。憎悪、憎悪、憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪! 憎悪以外感じられぬ!」

 星を砕かんとばかりの憎悪。だが、それは目の前のバアルに向けられたものではない。こんな悪魔に割く意識など、魔神柱にはない。

「おまえだ、おまえが憎い()()()()!」

 当然、ゼクラム・バアルはそんな名前を知らない。先ほどの魔神バアルの言葉から、それが人間であることは分かったが、それ以上のことが分かるはずもなかった。元より、ゼクラム・バアルには人間に対する感情などほとんどない。彼にとって人間など堕落させる対象か貪るための家畜、転生できる戦力でしかない。

「私は必ず、あの惑星、あの時代、あの場所に帰還してみせる! この惑星を救済した後でな! そして何千年を費やそうと、おまえを殺す!」

 人類最後のマスター。かつて取るに足らないと興味を捨てた相手。認めよう。その程度の存在に、あの完璧な計画は破壊されたのだと。だからこそ、あの人間は必ず殺さねばならない。――再び消滅するとしても。

「そんな決心を成した私の前に現れたのが、おまえだゼクラム・バアル! おまえのことを知ったとき、私はこれ以上ないほどの恥辱を覚えた!」

 名前を叫ぶが、意識は向けていない。魔神バアルから大王バアルへ向ける感情はすでに終了している。ゼクラム・バアル本人へ向けた感情などない。彼の存在が引き起こす事象を、否定したいだけだ。

「魔王を超える野心があるならば納得しよう! 神を喰らう憎悪があるならば受け入れよう! だが、このような無意味で無価値、無様な生態系の保存を、おまえは選んだ!」

 大王を唯一無二の悪魔にするなら理解できた。亡き初代魔王や配下の復讐を誓ったならば共感した。種族としての悪魔を生かそうとしたなら敵対するだけだった。だが、初代大王の願望は『悪魔』による貴族社会を未来永劫継続させることだ。

 表舞台に立つでもなく、社会の裏という安全圏から悪魔を支配していた。大王を第一とし、魔王をただの象徴として扱い、中級以下の悪魔を下僕と見下している。

「なぜ、おまえはこの惑星、この時代、この場所でその名前を使っている!」

 もしも名前が同じでなければ、ただ不愉快な生物と断じるだけだっただろう。

 これが自分と同じ『バアル』を名乗っていることは恥辱だった。ソロモン王の悲劇への無関心ぶり、大偉業の瓦解。それらに匹敵するほどの激怒を、魔神バアルは感じているのだ。

「それだけならば、この冥界を滅ぼす瞬間におまえを逃がさないだけで終了する。おまえの全てをこの星から抹消する。今殺す必要などどこにもない。だが、あの泥人形の存在が確認されたことで、事情は変わった!」

 エルキドゥの後継機たるキングゥ。本来、その名前は彼のものではなく、その肉体も彼のものではなく、その来歴も人類史には刻まれていないはずのものだ。そんな存在が復活したということは、他にもあの世界からの来訪者が存在するということだ。自分たちのことを考えれば、消滅した存在も有り得る。当然、その来訪者の中に自分たちがよく知る相手がいる可能性も高い。

「そう、万一の可能性――あの忌まわしいソロモン王が、そして憎み続ける藤丸立香がこの世界に来る可能性が発生した!」

 魔術王ソロモン。人類最後のマスター藤丸立香。七十二柱にとって、この二人は様々な意味で特別な存在だ。ソロモンへの怒りがなければ彼らの物語は始まらず、藤丸がいたからこそ彼らの計画は失敗したのだから。

「私は恐怖を覚えた――よりにもよって、あの二人に、おまえという『バアル』を見られることが。――そして、私がおまえ如きと比較されることが、何より恐ろしい! 私だけではなく、他の七十二柱さえもおまえたちと比較されるだろう!」

 ソロモン王ならばまだマシだ。彼は人の悲劇を見過ごし続けた、感情さえなかった王だ。無能と断じていたが、生まれながらの王だった男だ。だが、あの人類最後のマスターにどのような感情を抱かれるかなど想像するだけで恐ろしい。

「嘲笑ならばいい。侮蔑なら納得する。無関心なら憎悪を重ねるだけだ。私たちは敗者だ。それらの感情を受ける義務がある。だが、万が一、億が一、哀れみを向けられたら、私は、私たちはどうしたらいい!」

 我が運命。我が怨敵。計画の歪みの起点。今現在を以って、憎悪が止まらぬ相手。殺してみせると誓っている対象。

 そんな相手に哀れまれる、失望される。『憐憫』を向けられる。

 否、彼らの性格を考えれば、危険性は低い。そんな現実はおそらくないのだ。そんな心配はきっと杞憂なのだ。そんな未来はたぶん有り得ないのだ。

 だが、そのほんの僅かな可能性を、バアルは無視できない。なぜならば、彼を殺したのは本当に僅かな躊躇だったからだ。僅かな可能性の危険性をその身で味わったバアルだからこそ、この場にいる。この殺意を決定した。

「私はなぜ逃げるのを躊躇ったのだろうな。恥辱に耐える三千年? この瞬間に比べれば、何と有意義な屈辱だろうか! 英霊と盟を組むことも、人間に化けることもできる! 打ち棄てられたガラクタにも縋ろう! 滅ぶとしてもおまえに挑む! 世界を滅ぼすためにお前を殺すのではなく、おまえを殺すためだけに世界を滅ぼすぞ藤丸立香!」

 そこでようやく、バアルの意識は目の前の老いた悪魔に向けられる。否。やはり、バアルの意識はそこにはない。彼の意識はむしろ自分の中にこそ向けられている。

「だが、始まらない! おまえがいる限り、我が憎悪は! 我が復讐は! そのための三千年は始まらない! 我が殺意の全ては、あの二人に知られる前に、何としてもおまえを殺すという、ただ一点のみ……!」

 我が憤怒の起点、ソロモンよ。我が憎悪の終局、藤丸立香よ。

 生きているというなら私の方から殺しに行くから、どうか、この世界に来ないで欲しい。

「辛苦に満ちるであろう我が三千年のために、滅ぶがいい……!」

 この日、冥界の各所で隠居していた初代七十二柱が襲撃を受けた。いずれも襲撃者は、醜悪極まりない肉塊の柱。先日の事件との関連を理解した三大勢力は、この未知の生物への対応のための協定を結ぶ準備を始めた。

 だが、その対応が堕天使至上主義を持つ堕天使の幹部コカビエルを刺激した。彼が信者を率いてエクスカリバー強奪という凶行に走ったのも自然なことだろう。

 彼らが必死で隠してきた真実が明るみに出るまで、あと僅か。







「ナベリウスより警告。時間神殿に侵入者あり」
「我、オーフィス」
「フラウロスより説明。この世界における最強の存在の一。その性能は無限と評され、第二位とは明確な差がある。混沌、無限、虚無を冠するドラゴン、蛇、ウロボロス。統括局と同じ次元にあり、第一級警戒対象と確定された。『無限の龍神』オーフィス」
「おまえたち……おまえ? 強い。一緒にグレートレッド倒す」
「フォルネウスより補足。この世界における例外的存在。その性質は夢幻と称され、オーフィスを唯一上回る。オーフィスを一位とするならば、零位。黙示録に記された赤い龍。次元の狭間の事実上の支配者。統括局と同じ次元にあり、第一級警戒対象と確定された。『真なる赤龍神帝』グレートレッド。なお、黙示録の獣の記述はあるが、実証はされていない。不在もまた証明されていない」
「我、グレートレッドを倒して静寂を得たい」
「バルバトスより提案。我らがこの要請を受ける利点などない。即刻、この龍を時間神殿より叩き出すべきだ」
「ハルファスより反対。この龍の能力は高くとも、精神は未成熟であると推定される。要請を拒否すれば、抵抗されるだろう。統括局とこの龍の戦闘の余波は、時間神殿を崩壊させかねない。時間神殿が崩壊すれば、計画に多大な支障が出る。この場での戦闘は回避すべきだ」
「アモンより拒否。なぜ、我らが妥協しなければならない」
「サブナックより提案。協力を検討してみてはどうか。可能性は低いが、グレートレッドが障害となる前に排除できるという利点はある」
「アンドロマリウスより反論。グレートレッドは存在するだけで現在の次元の狭間を確立させている。打倒すればあらゆる世界に影響が出るだろう。当然、人間界、冥界、天界は崩壊し、我らの計画も修正不可能な次元に破綻する。つまり、我らがこの龍の要請を受けることは、計画の放棄に等しい」
「グレートレッド、倒す」
「…………」
「……………………」
「………………………………」
「………………………………………………………………」
「バアルより連絡。帰還した。これより報告を始める。……始める……始め、たいのだが、その前に現状の説明を求める。何があった」
「ハーゲンティより返答。困っている!」



魔神柱一同(どうやって癇癪を起させずにお帰り願おう……)

コミカルっぽく締めましたが、真面目に困っています。


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銀腕の騎士

『前回の感想を振り返って』
ハーゲンティ、その二つ名に恥じぬダメージを読者に与えた模様


 俺――兵藤一誠の下に、昔外国に引っ越した幼なじみである紫藤イリナが現れた。

 なんでもイリナは海外で教会の戦士になって、プロテスタント所属の聖剣使いになったんだって。俺は魔王様の妹の眷属として悪魔になって、幼なじみは教会の戦士、悪魔祓いとして働いていた。何だか奇妙な運命を感じちゃうぜ。

 それで、イリナがこの町に戻ってきた理由なんだけど、ただの里帰りなんかじゃなかった。

 教会が所有していたエクスカリバーが堕天使の組織『神の子を見張る者』幹部コカビエルによって盗まれたんだ。イリナとその相棒であるゼノヴィアはエクスカリバー奪還のためにこの町に来た。

 いま、駒王学園のオカルト研究部部室で、この町を縄張りにしている上級悪魔であり俺のご主人様であるリアス・グレモリー様と交渉中だ。いや、交渉なんてもんじゃない。部室は一触即発の空気でいっぱいだ。

 エクスカリバーは伝説にも登場するすごい剣なんだけど、昔の戦争で折れてしまった。それを回収した教会の手によって七本に分割されて復活した。カトリック、プロテスタント、正教会が二本ずつ所持して、残りの一本は長いこと行方不明。

 イリナたちが俺たち――この町を縄張りとするグレモリー眷属に接触してきたのは、コカビエルがこの町に潜伏していることが判明したからだ。そして、自分たちがコカビエルからエクスカリバーを奪還するのを邪魔するなって注文をつけるためだった。俺は最初協力の申し出じゃないかって思っていたけど、どうやら教会と悪魔の溝は想像以上に深いようだ。

 ゼノヴィア曰く、教会の上層部は今回の件は堕天使だけじゃなくて悪魔も絡んでいるんじゃないかって疑っているそうだ。敵である教会から邪魔をするなと言われたり堕天使との関係を疑われたりで、部長はめちゃくちゃ不機嫌だ。

 コカビエルが事件を起こした原因としては、冥界に出た変な怪物に関する協定が関係しているそうだ。冥界でめちゃくちゃに暴れて、上級悪魔の初代たちを襲った肉塊の柱みたいなバケモノたち。例の教会襲撃事件もこの肉塊の柱が関係しているんじゃないかって話で落ち着きそうだった。正体が謎すぎるから三大勢力でこの生物に対処するための協定を結ぼうって動きがあったそうなんだけど、それがコカビエルには気に食わなかったらしい。コカビエルは戦争狂なんだって。俺には理解できないな、平和が一番だと思うのに。

 冥界で暴れたっていう怪物が早くどうにかなれば、部長は人間界の学校に通うことも問題ないらしい。だから俺としてはさっさと倒して欲しいのに、コカビエルのせいで問題は長引きそうだ。イリナたちの注文も、協定を結ぼうとした矢先だからこその警戒なんだろう。『やっぱり悪魔や堕天使なんて信用できない』って思っているのかもしれない。

 教会からの勝手な注文、部長の不機嫌に加えて、イリナたちがエクスカリバーを持っていることが問題だった。同じ眷属である木場が、エクスカリバーと因縁のある立場だったんだ。

 かつて教会内部で極秘で行われていた人体実験――聖剣計画。限られた人間にしか使えない聖剣を、後天的な後付けで使えるようにするための計画だ。木場はその被験者だったんだけど、不適合だと、失敗作だと処分されたんだ。だけど、木場は部長に拾われて、悪魔として生きている。部長としては聖剣への憎悪を忘れて生きて欲しかったみたいなんだけど……こうして現物が現れてしまった。しかも、目の前にある二本だけじゃない。コカビエルが盗んだはずの()()も、この町のどこかにあるはずなんだ。木場の憎悪がぶり返すのも、当然のことだった。今も、イリナとゼノヴィアをすごい目で睨んでいる。

 おいおい、これ以上のトラブルはごめんだぞ。お願いだから抑えてくれよ、木場。いつものクールなおまえはどうした。

 殺意が溢れている木場を心配しながら、部長はイリナたちに問う。

「それで、まさか教会からの人材は貴女たち二人だけなのかしら?」
「ええ。そのとおりよ」
「すでに神父が数人派遣されているはずなんだけど、どうやらコカビエルの手の者にやられてしまったようだね」
「っ! 聖書に記された堕天使もいるのに、二人だけで挑むの? 死ぬつもり?」
「私たちの信仰を馬鹿にしないで。ね、ゼノヴィア」
「まあね。上はエクスカリバーを破壊してでも、コカビエルを止めることを決定した。私たちの役目は最低でもエクスカリバーを堕天使の手からなくすことだ。そのためなら私たちの命は惜しくないのさ。エクスカリバーを倒せるのはエクスカリバーだけだよ」

 これが信仰ってやつか。本当、理解できない。

「それこそ、正教会からの使者はいないの? 正教会は()()とも聖剣を奪われたんでしょう?」
「ああ。連中は静観を決め込むそうだ。正教会にもエクスカリバーに匹敵するだけの戦力はあるんだろうが、これ以上被害を大きくしたくないんだろう」

 そう、正教会は所有していた二本のエクスカリバーを奪われたんだ。一本は他の拠点と同じ時間に、もう一本はイリナとゼノヴィアが部室に来る前くらいに連絡が入ったらしい。

「我々が日本に着いた頃合いを狙ったあたり、コカビエルはこちらの動向を把握しているに違いない」
「でしょうね。まさか貴女たちが私と交渉を始めようとするこんなタイミングで堕天使以外の第三者による襲撃なんて、偶然がすぎるもの」

 そう口にする部長は、そんな可能性は考えるにも馬鹿らしいといった様子だ。まあ、このタイミングで聖剣を狙うならコカビエル以外には有り得ないよな。

「まさか、私たち悪魔から情報が漏れているとでも?」
「ああ。否定はできないだろう? 教会を襲った黒幕が、冥界で七十二柱の初代たちを相手に暴れ回ったというがそれも怪しい話だ。我々を罠に嵌めているのかもしれない――以上が私の上司より。まあ、私も怪しいと思っているよ。主のご意志ならば従うまでだが」

 イリナやゼノヴィアとの会話はこれで終わったのだが、問題は木場だ。

 色々と悶着があって他言無用の模擬戦という形で木場は、ゼノヴィアと戦った。でも、負けた。因縁の聖剣に手も出なくて、あいつは悔しそうだった。

 ……翌日、町中で物乞いをしているイリナとゼノヴィアを見ることになるとは思いもよらなかった。イリナが騙されて落書きみたいな絵画を買わされたらしい。頭を抱えたくなった。ファミレスでご飯を奢ることになったけど、一気に懐がさみしくなっちゃったぜ……。







 約束された理想郷ならぬ英国の湖に、一本の刀剣が投げ込まれる。美しい輝きを放つ刀剣は剣先から吸い込まれるように湖の水面に突き刺さる。そして、そのまま水底へ沈んでいった。

 刀剣を投げ込んだのは、一人の騎士だ。

 容姿はブロンドの青年。男性らしい長身の体格だが、女性と見間違えるような美しさもある。雰囲気は温厚だが、その両目には強い意志が宿っていた。何より目を引くのが、その右腕だ。一見して銀の籠手のようだが、実は義手である。それも、かなり特別性。

 その騎士は、先日の正教会襲撃の下手人である。そして、彼が湖に投げ込んだのは強奪――否、奪還したエクスカリバーだ。他にも人がいれば何をしているのかと彼を問い詰めただろう。だが、彼は誇りを持ってこう返答するはずだ。これが正しいのです、と。

 多勢に無勢。人間を遥かに超える膂力を持ったサーヴァントである彼だが、一つの組織を単騎で相手にするのは骨が折れた。相手を無暗に傷つけたくなかったという制限もあったからこその苦戦だったが。

 生前の騎士が戦っていた蛮族に比べたら、物の数ではない。ローマ軍もピクト人ももっとえげつない生物だった。

 上級以上の天使の出動が間に合わなかったことも幸運だった。『太陽の騎士』や『湖の騎士』ならばどうにかできたであろうが、この騎士ひとりだけで聖書に記された異形の相手は不可能だ。

 それを自覚している騎士は疲労感とともに息を吐き出す。

「これで残り六本」

 騎士は正教会襲撃時のことを思い出す。あのときの対応から考えるに、正教会にあったはずのもう一本のエクスカリバーは他の誰かに盗まれている。正教会だけではなく、カトリックやプロテスタントの聖剣も同じように奪われているようだった。体面上は盗んだことになる彼が言う資格はないかもしれないが、何という失態だろうか。王の剣を厚顔無恥に使っておきながら、管理も碌にできないのか。

 騎士はただ、波紋の消えた水面を見つめていた。

「もう一度、私は我が王を殺すのだ」

 騎士の名は、ベディヴィエール。異世界より召喚された英霊であり、アーサー王と最期まであった円卓の騎士である。アーサー王のエクスカリバーを、湖の乙女に返還したとして伝えられているはずの騎士。

 この世界のアーサー王の歴史は、ベディヴィエールが知る物とはひどく乖離していた。ペンドラゴン家は健在であり、カリバーンも保管されていると聞く。しかも、自分が返還したはずのエクスカリバーは七本に分割され、教会が三つの勢力に分かれて保存していて、一本は行方さえ分からないと聞く。

 その情報を知った時、彼の胸にどんな感情が燃え上がったのか、想像に難くない。

 これが過ぎた行為であるとは理解している。本当に正しいのかは分からない。だが、自分以外であっても円卓の騎士がこの世界に来れば同じことをしたはずだ。あの叛逆の騎士ですら、その可能性がある。ならば、自分がしないわけにはいかない。

 性能が低下しているが、あの剣は間違いなくエクスカリバーだった。湖の精霊が教会の交渉に応じるとは思えない。彼女たちはそういう人格をしていない。この世界の自分(ベディヴィエール)は王の剣を返還しなかったのか。自分のように三度目の返還さえ躊躇ったのか。あるいは、返還する前に事切れたのか。どちらにしても――

「――この世界の私に代わって、王の剣を精霊に返還する」

 七つに分かれたというならば、七度返還するだけだ。今度は一度も躊躇わない。







「覗覚星九柱を代表してアモンより報告。やはり、聖書の神と呼ばれる存在が弱体化ないし崩御している可能性がある。三大勢力が我らに対抗するための協定を結ぼうとしているにも関わらず、神の動きが見られない。そも、神が健在であるならば協定など結ぶ必要もない。結べるはずもない」
「ゲーティアより通達。推論の正否は三大勢力の協定締結または戦争開始を以って明らかとなる。これ以上の推論は無駄な労力となるだろう。よって、覗覚星九柱の特別任務を解除。一時中断していた作業を再開せよ」
「ガープより報告。円卓の騎士ベディヴィエールを確認。また正教会の襲撃は彼によるものだと判明した」
「マレファルより推測。彼の目的はエクスカリバーだ。彼の逸話とこの世界の現状からして、それ以外は考えられぬ」
「シャックスより提案。コカビエルの行動は計画通りだが、あの騎士の介入により誤差が生じる可能性がある。妨害を受ける前に対処すべきだ」
「ハルファスより反論。コカビエルの価値は終了した。戦争開始は時間の問題だ。あえて我らがあの騎士に干渉する意味はない」
「ウヴァルより同意。三大勢力の対応力を見るためにも、我らが手を出す必要はない。コカビエルとの戦闘があろうと、それでコカビエルが敗北しようと、我らの計画に誤差が生じる可能性は低い」
「グレモリーより提案。彼の目的を考えれば、私が作戦中に接触する可能性がある。その際に対応しよう」
「ゲーティアより決定。ベディヴィエールへの干渉はグレモリーの担当とする。ただし、交渉の成否は問わない」
「アロケルより提案。フローレンス・ナイチンゲールは素晴らしい働きを見せているが、本来の目的とは逸脱している。さらに普遍的な視点を持つ英霊が必要だ。次の召喚の準備に取り掛かるべきだ」
「イポスより懸念。我らの計画を確実に成功させるために英霊が必要であることはすでに決定した。だが、これ以上不用意な召喚は避けるべきだ。計画破綻の一因になりかねない」
「エリゴスより提案。ならば叡智の英霊を召喚すればいい。魔術王ほどではなくとも、哲学者、思想家という側面を持つ英霊はあの惑星にもいた」
「ハーゲンティより提案。この時代を救済する以上、古代やそれに近い英霊は避けるべきだ」
「バアルより要請。試したい技術がある」
「ゲーティアより決定。次の召喚は近代または現代のキャスターの召喚を前提とする。召喚の指揮はバアルとする」
「ゲーティア、話ある」
「……オーフィス。見てのとおり、我々は忙しいのだ。先日教えた固有結界の練習でもしていろ」
「我、固有結界、覚えた。新しい静寂、手に入れた」
「…………なんだと?」
「えへん」



これが一番現実的な妥協点かなあ?
いや、そんな簡単に覚えられるものではないと理解しているんですが。


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それぞれの道

拙作においての改変
・一巻 アーシアとの初対面以降のイベントはすべて消滅。しかし、日々の鍛錬のおかげで籠手の力には目覚めた。
・二巻 ライザーとの試合は『延期』。そのため、山での特訓はしていない。肉体を売り払っていないため不完全な禁手も使えていないが、ドライグとのコミュニケーションは取れている。

あと、今回は魔神柱が登場しませんので悪しからず。


 俺――兵藤一誠は今、神父の恰好をして夜の町をうろついている。俺だけじゃなくて、木場、小猫ちゃん、よその眷属である匙もいる。

 ……悪魔としてはかなりグレーだと思うけど、これも仲間の木場のためだ。

 俺はゼノヴィアやイリナと交渉して、エクスカリバーを破壊する許可をもらった。交渉は難航するかと思ったんだけど、ゼノヴィアが『悪魔の力ではなくドラゴンの力を借りる』という屁理屈を出してくれたおかげであっさり交渉が成立した。……部長や匙の主人である会長には内緒だ。今回のことは下手をしたら悪魔と教会のバランスを崩すかもしれないから、バレないようにしないと。

 神父が襲われているという話だったから、神父に化けたら相手の方から来ると思ったんだ。だけど、この数日まったく収穫なし。あまりにも暇だったので、ずっと気になっていたことを匙や木場と話してみた。冥界を騒がせている肉柱のことだ。

「初代様たちを殺したって肉塊の柱。あれって結局、何なんだ? 部長曰く、冥界の歴史にもない生物だって話だけど」
「さあな。会長も知らないって。魔王様たちも知らないって話だからな。だからこそ、宿敵であるはずの神や堕天使とも協定を結ぼうって話になったらしいぞ。例の教会の事件もそうだけど、堕天使側でもこの数か月で人間界にある堕天使の拠点が襲撃を受けていたんだって。この町でもあったらしいぞ。あれも関係しているんじゃないかって」

 ああ、それは知っている。アーシアが派遣されたはずの教会で起きたガス爆発のことだろう。部長から聞いた話だけど、あれは本当はガス爆発なんかじゃなかったんだ。……アーシア、また会いたいなぁ。

 そっか。あれと同じようなことがあちこちで。堕天使だけが被害を受けたならざまあみろって思えるんだけど、悪魔にまで被害が出ているんじゃそうもいかない。夕麻ちゃん……じゃなくて、レイナーレもどうなったのか気になるな。

「ただ、悪いことばかりでもなくてな」
「え?」
「魔王派と大王派のパワーバランスのことだね?」

 木場の問いかけに匙は首肯する。要領を得ない俺に、木場が説明してくれた。

「イッセーくん。現在の悪魔の政権のバランスは、大きく魔王派と大王派に分かれているんだ」

 魔王派は、部長のお兄様であるサーゼクス・ルシファー様を始めとする四大魔王を襲名された方々による勢力。『悪魔の駒』を生み出すなど、新しい時代の波を起こしている革新派だ。逆に、大王派は古来から続く七十二柱の伝統を重んじる勢力。主義の違いから、魔王派とは折り合いが悪いらしい。もちろん、魔王派も大王派も一枚岩じゃなくて小さな複数の勢力から構成されているらしいけど。

「保守派である大王派は、実質初代大王のゼクラム・バアル様によって運営されていたと言っても過言ではないんだ。その初代大王が突如としてお亡くなりになられた。だから、大王派には指導者がいない。現大王を始めとする歴代の大王も、初代大王ほどのカリスマはない。いや、初代大王がいなくなったからこそ、大王派では次に誰が実質的な指導者になるかで揉めているそうなんだ」
「め、冥界が大変なときなのにか?」
「冥界が大変だからこそ、背中を狙いやすく、狙われやすいんだろうね。さっきも言ったけど、大王派は悪魔の片翼となる大きな派閥だ。そこに属する政府関係者も多い。ようは、大王派の議員は動けない状態なんだ。大王派の方針がまとまっていないからね。勝手に動くと、トップが決まったときに派閥から追い出されるかもしれない。大王派は初代大王の方針に従う派閥だったから、自主的に動こうとする議員があまりいないんだ。そして、大王派が動けないとなると、魔王派の意見が通りやすくなるんだ」
「魔王派に協力的でも、いちいち意見だけ言ってくる初代たちもいたらしいからな。会長は言葉を濁していたけど、間違いなく魔王様たちには今回の件はプラスだったんだ」

 それがさっき言った『悪くないこと』か。確かに、国会中継とかでも「何でこんなことに時間をかけているんだろう」って思う場面は多いものな。衝突が少なくなれば政治的決定も早くなる。だから、神や堕天使との協定を結ぼうという交渉がスムーズにいったのか。俺がそう納得していると――全身を寒気が襲った。

「上だ!」

 匙の叫びを受けて、全員が頭上を見上げると白髪の少年が長剣を構えながら降ってきた。

「神父の一団にご加護あれってね!」

 白髪の神父の一撃を、木場が神器の剣を出すことで防ぐ。木場の神器は、どんな魔剣でも作り出せるっていうすごいものなんだ。

 そして、俺はその白髪の少年神父のことをあらかじめ知っていた。

「フリード・セルゼン!」
「へえぇぇ? 俺さまのこと知ってんの? 有名人は辛いですネ!」

 ゼノヴィアとイリナから、このはぐれエクソシストの情報はもらっていた。フリード・セルゼン。ふざけた口調と態度だけど、その実力だけは高いらしい。天才だったけど、同時に仲間さえ手にかけた狂人らしい。

 実は木場は数日前にこいつと一度交戦していたんだ。本当なら部長に報告しなくちゃいけないんだけど、こいつがエクスカリバーを持っていたから黙っていた。自分で倒すために。エクスカリバーを自分の手で破壊するために。

「僕はエクスカリバーを破壊する!」
「寝ぼけたこと言ってくれてんじゃねえぞ、クソ悪魔が! そんな簡単にはいかないぜ!」

 木場が神器で新しく剣を作り出し二刀流で斬りかかるが、フリードはそれを受け流す。

 数度鍔迫り合いをした後、木場とフリードは一度距離を取る。冷や汗を垂らす木場に対して、フリードは余裕そうだ。

「くっ! やはりエクスカリバーを破壊するのは容易ではないか」
「いやあ、剣もそうだけど、俺さまが強いのよ! なんたって、チョー天才なんでね! それにしても……これが『グレモリー』の眷属か」

 ん? いま、口調が変わったような気がした。狂気に満ちた下品な喋り方じゃなくて、もっと機械的で理路整然とした口調になったみたいな。

「俺さま、おまえらチョー嫌いなんで! ぶっ殺しまーす! 死んでちょ!」

 いや、やっぱり気のせいだったみたいだ。とにかく、こいつを倒して、木場とエクスカリバーの因縁を断つ!







 禍の団(カオス・ブリケード)

 様々な勢力の不穏分子が各派閥に属して出来上がった集団であり、人間で言うところのテロリストだ。内部の関係は複雑に絡み合い、お互いを利用し合っている。現在は世界情勢の水面下で各所から人材が集い、力を蓄えている。

 形だけではあるが、頭目は『無限の龍神』オーフィスということになっている。その頭目はここしばらくは勝手に抜け出すことが多く、どこかに行っている。力を集めるための錦の旗であるため、勝手な振る舞いは避けて欲しいのだが、制御もできない。オーフィスには『蛇』を貸してもらえるだけで良いと考えているものも多いため、問題視している者もそれほどいない。大きな騒動が起きていないところを見ると、どこかの神仏や魔王に接触しているわけではないのだろうが。

 そんな集団の中に、英雄派という派閥がある。真なる魔王の末裔とその配下で構成された旧魔王派の次に巨大な派閥だ。構成員は人間のみ。人間が異形相手にどれだけのことができるかを主な目的とし、徒党を組んだ。高名な英雄の末裔や転生体、神滅具(ロンギヌス)の所有者までいる。

 リーダーの曹操は、かの三国志の曹操の末裔。その身に宿す神器は、最強の神滅具(ロンギヌス)とまで言われる黄昏の聖槍(トウルー・ロンギヌス)。かの救世主を貫いた槍であるため、逆説的に神殺しの力を宿している。『聖槍』というだけあって、聖なる力があるため、悪魔など不浄に属する異形にも効果的だ。加えて、曹操は亜種の禁手(バランス・ブレイカー)に目覚めており、手数も豊富だ。曹操は英雄派を率いるにふさわしい男だった。

 参謀に相当するゲオルグもまた神滅具(ロンギヌス)の所有者だ。結界系神器最強と評される絶霧(ディメンション・ロスト)。当然、禁手(バランス・ブレイカー)にも目覚めている。

 そんな男たちがいま、ある国の空港でぐったりと倒れていた。とんでもない挫折を受けた顔をしている。実は彼ら、スカウトに失敗してきたばかりである。ただ人材を得られなかったのではない。もっと大きなものが壊されてしまった。

 事の発端は、ある噂の真偽を確かめるためだった。そして、その噂の内容とは『悪魔の駒を摘出できる看護師がいる』というものだ。もしも本当ならば、英雄派としては黙っていられない話だ。いや、『悪魔の駒』の存在を知っていながら、この話を聞いて黙っていられるような存在はいないだろう。大きく動いているものが曹操の他にいないのは、信憑性が低い段階だからだ。水面下で行動中のテロリストであるからこその、フットワークの軽さが彼らの利点だった。

 目撃証言にあった『看護師』を探すのは容易ではなかった。明らかに何者かの手によって情報が消されていたからだ。情報を操作したという痕跡を見つけることも、人手がある組織でなければ難しいだろう。それでも、僅かな情報を頼りにしてお目当ての看護師を見つけ出した。そこは、ある紛争地域の病院だった。



 だが、ようやく辿り着けた場所は――地獄だった。



 地獄であると同時に、古今東西、戦場に生きた人間であれば誰もが見たはずであろう光景だった。

 枯れた声で『殺してくれ』と頼む負傷者。四肢が欠落し、意識のない者も大勢いた。見える包帯はどれも血染めだ。どうしようもないくらいに充満した死の臭い。止まることのない悲鳴に混じって、死神の足音が聞こえてくるようだった。大の大人が何人も泣き喚きながら、神に許しを乞うていた。

 曹操もゲオルグも戦ったことがある。命を奪ったこともある。グロテスクな死体を見たこともある。組織の研究の一環として、人体実験を行った経験だってある。だが、過去の英雄たちが当たり前のように見ていたはずの光景を見て、苦痛しか感じない空気を吸い込んで、吐き気を催した。

 自分達が求めている栄光とは真逆のものがそこにはあった。戦場にあるはずの戦士への名誉などそこにはなかった。血と痛みと苦しみと死。

 醜い、醜い、醜い、醜い。痛い、痛い、痛い、痛い。汚い。汚い。汚い。汚い。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。怖い。怖い。怖い。怖い。

 自分たちの戦いはこうではないと、自分たちはこうならないと頭で否定しながら、曹操たちは目を逸らした。目の前の地獄からも、自分たちの未来からも。

 そんな地獄の中で、その看護師は戦っていた。その女性自身、かなり傷だらけのような雰囲気があるにもかかわらず、その心が摩耗している様子がなかった。彼女を手伝っている女性たちにもかなり疲労感が漂っているが、その手を止めることはない。負傷者たちからの八つ当たりめいた罵声にも怯むことはなく、むしろ力ずくで黙らせるようなことをしていた。衛生を確保し、治療を実行し、迅速に終了させていく。彼女たちが動く度に、空間に満ちていた負の空気が薄れていくようだった。

 英雄。

 自分たちがなろうとしていた英雄とは違う。だが、それ以外の言葉が見つからない。そして、英雄になりたい自分たちとは異なり、彼女はすでに英雄だった。これ以上ないほどに完成された一人の人間だった。その輝きが眩しく、嫉妬さえ覚えた。彼女たちの姿は、美しい天使そのものだった。

 事前の予想では、この病院は『悪魔の駒』摘出のための隠れ蓑だと思われた。だが、実際は本当に『ただの病院』で、彼女は『ただの看護師』だった。ここで行われていたのは特別でも最新でもない、少し荒っぽいだけの『ただの治療行為』だった。彼女にとって『悪魔の駒』摘出は施した治療行為の一つでしかないのだろう。

 治療が一段落し、曹操たちは彼女と対話することができた。英雄派の存在とその目的、協力の要請をした。そんな彼女は曹操たちの話が一段落するなり、言った。

「貴方たちは病気です」

 この後、曹操たちは控えめに言って心を砕かれた。

 広義の意味での『治療』――実に真実の的を射たカウンセリングを受けたのだ。何をどう言われたのかは本人たちだけが知っていれば良いことだろう。

 そして、新しい患者が病院に運び込まれた段階で、曹操たちは隙を見て逃げ出した。絶霧(ディメンション・ロスト)の能力を全開で使って。

 そして、現在に至るのである。曹操は決意を語る。

「ゲオルグ。あの看護師のことはもう忘れよう」
「ああ。二度と会いたくない……。早くアジトに帰ろう」
「フォウ!」
「ん?」

 曹操たちが自分の足元を見れば、猫のような兎のような白い小動物がいた。いつからいたのか不思議に思っていると、背後から少女の声がした。

「どこに行こうと言うのですか? 先生の治療は途中ですよ」







「ヴァーリ。コカビエルの馬鹿の居場所が判明した。よりにもよって、サーゼクスの妹の縄張りだとよ。急いで回収に行け」
「分かった、アザゼル。確か、日本の地方都市だったな」
「ああ。細かい座標はここだ。……日本と言えば、最近京都にとんでもなく強い妖怪が流れてきたって話があったな」
「それは面白そうな話だ。俺がコカビエルを回収に行っている間に調べておいてもらえるか?」
「そうだな。ちょっと手が空いている者にでも様子を見に行かせるか? 俺も日本が好きだからな。せっかくの京都を荒らされたら敵わねえ」
「俺を満足させてくれるだけの強者であることを願うよ」
「そうかい、何でこんな戦闘狂になったんだか。ああ、そうだ。リアス・グレモリーの眷属には赤龍帝がいるって話だけど戦うんじゃねえぞ。これから協定を結ばないといけないんだ。加えて、コカビエルの馬鹿のせいで、俺たちは立場が悪い。これ以上悪化させるわけにはいかないんだ」
「もしもの場合は、戦ってもいいだろう?」
「駄目に決まってんだろう。戦いたいなら、例の肉柱と戦える機会があるだろうから、それで我慢しろ。協定が成功したら嫌でも戦う羽目になるんだからよ」
「ふふ。七十二柱の初代たちを倒せるくらいなんだ。その肉柱とやらも、俺を楽しませてくれるだろうな」



最後に、ガチャ報告。
我がカルデアに沖田さんは来てくれませんでした(吐血)。

魔法のカードに手を出そうになったが、『今後』のことを考えると温存しておきたい。


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それでいいのか

今回、苦手な人には本当に無理な描写があるのでご容赦ください。


 僕――木場裕斗の記憶は、あの聖剣計画の実験から始まる。 

 教会が極秘で行っていた研究の一つ。限られた者にしか使えない聖剣を、人工的に適合者とするための人体実験。それが聖剣計画だ。被験者は僕を含む、身寄りのない剣に関係する神器所有者。

 皆で実験に耐え、皆で聖歌を歌った。だけど、皆死んだ。僕以外の皆が死んだ。研究者たちは、聖剣に適合できなかった『失敗作』として、僕たちの処分を決定したんだ。僕以上に生きたい子もいたのに、僕だけが生き残ってしまった。

 施設から逃げ出した先で、僕は部長――リアス・グレモリー様に拾われた。そして『騎士』の駒を、名前を、居場所を、愛情を戴いた。だけど、この胸の中には、あの計画に加担した人間とエクスカリバーへの憎悪が渦巻いていた。

 だから、この町にエクスカリバーを持つ者が現れたのは運命だと思った。堕天使の幹部とともに、あの計画を主導した研究者まで現れた。彼らを許すことなんて、僕にはできなかった。同志たちの無念を晴らすために、僕はエクスカリバーに勝たなければならなかった。

 そして、僕はあの研究の真意を知った。あの研究の本質は、聖剣を使える者を作り出すことではなく、聖剣を使うための因子を抜き出すためのものだった。小さな因子を集めることで、それを統合し、大きくなった因子を作ることで、聖剣を誰でも扱えるようにするのだ。つまり、僕たちには最初から神のため、教会のためにエクスカリバーで戦うなんて未来は用意されていなかったのだ。

 聖剣計画に加担した研究者、バルパー・ガリレイはすでに不要と、僕にあの実験で得た因子の結晶を投げ渡してきた。その結晶から聞こえてきたんだ。皆の声が。皆の歌が。皆の願いが。

 皆の声を聞いて、僕は至った。禁手(バランス・ブレイカー)双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)

 僕は四本が統合されたエクスカリバーと対面した。……この町に来た紫藤イリナから奪った聖剣も合わせて、コカビエルは五本の聖剣を確保しているはずだ。それなのに四本しか統合しないのは、それが限界だからだろうか。完全でないエクスカリバーならば、勝ち目はある。

 どれだけ機能が多彩であっても、それを使いこなせない相手ならば怖くはない。それに、先日よりもフリードの動きが悪いような気がした。動きそのものは速くなっているのだが、意識がそれについていっていないようだ。この短期間でさらに身体に改良を加えたのかもしれない。

 僕は真正面から、フリードに斬りかかる!

「ちっ!」

 受け流すようにして、フリードは僕の一太刀を回避する。だが、無理な姿勢になったせいか、エクスカリバーへの負担は軽減できなかったようだ。聖魔剣のオーラと僕の剣撃が、エクスカリバーを破壊した。

 フリードは飛びのくようにして距離を取る。だが、僕は深追いはせず、一つの事実を確認した。粉々になったエクスカリバーだ。

「――見ていてくれたかい? 僕たちの力はエクスカリバーを超えたよ」

 やった。ついにやったんだ。僕は復讐を果たした。

「あーあ、壊れちまったか。やっぱりツギハギじゃダメでござんすねー。身体の『調整』に慣れてなかったってのもあるんだろうけど……にしても、話に聞いていたお兄さんは間に合わなかったみたいで、残念でござんす」

 全く堪えた様子のないフリードに対して、バルパーは取り乱していた。だが、それはエクスカリバーが壊れたことではなく、僕の聖魔剣についてのようだった。

「あ、有り得ない! 聖と魔が交わるなど有り得ない! ま、まさか、魔王だけではなく、神も……」
「フハハ、フハハハハハハハハハハ!」

 コカビエルだ。哄笑を上げ、地面に足をつける。凄まじい自信とオーラだ。

「しかし、仕えるべき相手を亡くしてまで、おまえたち神の信者と悪魔はよく戦う」

 突然のコカビエルの言動は、意味深長で謎だった。

「……どういうこと?」
「ついでだ。教えてやるよ。四大魔王だけではなく、神も死んだのさ」

 ――っ! 彼は今、何と言った? 神が死んだって?

「知らなくて当然だ。神が死んだなど誰に言える? どこから情報が漏れるか分からない以上、三大勢力でもこのことを知っているのは一部のトップだけだ。神と魔王が死んだことで、聖と魔のパワーバランスが崩れた。そのせいで、様々な場所で特異な現象が起こる。そこの小僧が聖魔剣を創り出せたのも、聖と魔のバランスが崩れているからだ」

 神がいないからこそ、僕の聖魔剣が生まれた。皮肉なものを感じるね。造反したとはいえ、僕も人生の大半を神に捧げてきたというのに。

「……柱の形をした強大な生物に関する協定も、それが理由だ。どこかの勢力が神の不在に気づいたのかもしれん。三つ巴の大戦から、三大勢力は回復していない。戦争が始まれば、天使も悪魔も堕天使も瓦解する。だとしても耐えがたいんだよ! 悪魔や天使と手を結ぶだと? ふざけるな! わけのわからん生物とやらのために、誇り高き堕天使が奴らと肩を並べろというのか! 奴らは、貴様らは宿敵だぞ! そんな者とともに戦えるものか! 先の戦争でも、あのまま戦えば俺たちが勝てたかもしれないのだ!」

 そういうことか。おかしいとは思っていた。神サイドが悪魔や堕天使と協定を結ぶなんて。神がいないのならば納得できる。

「俺は戦争を始める! おまえ達の首を土産に! 俺だけでもあの時の続きをする! ミカエルにもサーゼクスにも未知の怪物とやらにも、我ら堕天使こそが最強だと見せつけてやる!」

 驚愕の事実に震撼するしかない僕たちを置き去りにするように、声が上がった。

「――へえぇえええ?」

 その声は、フリードが発したものだった。彼は普段よりも深い狂気を込めて、その顔に嘲笑を浮かべていた。ただし、それは彼のボスであるはずのコカビエルに向けられていた。先ほどまでの彼とは、何かが違う。

「そっか、そっか。くそったれな神様は死んでいましたかー。唯一にして絶対という売り文句なのに、詐欺じゃありませんの! これが諸行無常の理ってやつでございますね! おっと、これは仏教用語。俺ってば元キリシタンでした!」
「……フリード?」
「あんたさー、強いのかもしれないけど頭はユルいよねー。戦争主義を語るのも驕りがすぎるっていうかー。カリスマたらねーというかー。かませ犬の中ボスがいいところだよねー。何が堕天使こそがサイキョーだよ。大将たちの手のひらの上で踊っているとも知らないでよ!」
「フリード! 貴様、何を言っている!? 手のひらとは、どういうことだ!」
「こういうことだよ」

 周囲の温度が、一気に下がったような気がした。これから起こる出来事を予感してなのか、冷や汗が溢れてきた。フリードを止めなければならないと思いながらも、身体が震えて動かない。

「顕現せよ。牢記せよ。これに至るは七十二柱の魔神なり」

 フリードがその呪文を唱えると、彼を中心に強い光が発せられる。とても直視できずに、手で目を庇う。光が止み、フリードがいたはずの場所を見ると、そこには『バケモノ』がいた。

 見上げるような巨体は柱型で、手足どころか関節さえない。血のように赤く奇怪な眼球が、その柱型の身体にいくつもある。醜悪と言う以外に表現しようのない異形。

 間違いない! これは初代たちを襲撃したという柱状の怪物! 冥界から送られてきた資料にあった姿とほとんど同じ姿だ。色は違うが、同じ種族だろう。

 フリードに化けていたのか? いや、先ほどの呪文がこの怪物に変身するためのものであったという可能性もあるか。

 コカビエルの表情が険しくなる。彼を今回の凶行に走らせたのは、この怪物に対する協定が原因だという話もある。忌々しいことこの上ないのだろう。その手に特大の光の槍を作り出す。

「ふん! 俺の前に現れるとはな! 堕天使の力を思い知るがいい!」
「――――砕けろ」

 一瞬、爆発的なエネルギーが周囲に満ちた。

「え……?」

 そこには、右肩から先と腹部の一部を消し飛ばされたコカビエルの姿があった。

 圧倒的だった。聖書に記された堕天使が、一撃で瀕死に追いやられた。

「ば、馬鹿な。この俺が……」
「貴様はすでに用済みだ。古き堕天使よ。神の不在さえ確認できれば、貴様の価値はその無様な姿だけだ。その命を以って、我らの力の証明となるがいい」

 殺す価値もない。

 そう通告されたコカビエルだが、その顔は屈辱よりも恐怖が浮かび上がっていた。言外に、あの一撃はわざと急所を外したということなのだから当然だ。そして、それは僕たちも同じだ。これから、こんな怪物を相手にしなければならないのだから。

 威圧感に汗が止まらない僕たちに、柱状の怪物は静かに名乗る。

「我こそはグレモリー。ソロモン七十二柱が一柱、グレモリーなり」

 ……! この異形は、いま何と言った? グレモリーだって?

 我が耳を疑う僕の視界に、部長が激しく怒りを燃やす姿が映る。険しい表情や身体から発せられる魔力のうねりから、どれだけ激怒しているか伝わってくる。

「私の前でグレモリーを騙るとはいい度胸ね! いいわ、肉柱さん。御望みのままに消し飛ばしてあげる!」

 部長が特大の滅びの魔力を放つ! おそらくは全力をかけた一撃だ。上級悪魔や高位の堕天使でも、あれを真正面から受けるのはまずい。だが、柱状の怪物は避けることなく、その一撃を受けた。たとえコカビエルより強くてもただでは済まないはずだ――

「それは此方の台詞だ、我が贋作よ」

 ――が、無傷。発せられた言葉は、僅かにも痛みに色褪せていない。防御をした気配さえないのに。絶望する僕たちに対して、柱状の怪物は淡々と告げる。僕たちの絶望が、部長の魔力が相手にならないことが、極々当然なことであるかのように淡々としていた。

「我ら真なる七十二柱。魔術王ソロモンに仕えし原初の術式。貴様ら贋作など、我らの足元にも及ばぬと知れ」

 それは宣言ではなく、通告だ。自分の意志を伝えてきたのではない。ただの『事実』を伝えてきたんだ。あまりにも当たり前すぎる事実。だが、それを受け入れるには僕たちの常識とは乖離が激しい光景だった。

「我らが人の世に顕現した目的は二つ。第一に、七十二柱を僭称する悪魔どもを一人残らず誅殺することだ。七十二柱の御名と、王の尊名を穢す者共に死を」

 自らこそが、本物の七十二柱だと断言する柱状の怪物。

「そして第二に、このような堕落を許した無能な神を抹殺すること。だが、すでに崩御しているというならば是非もない。天の国の玉座が空席ならば、王にその席を献上するのみだ」

 王という言葉。つまり、これほどの柱状の怪物を支配する存在がいるということだ。それがこの怪物よりどれだけ強い異形なのか。七十二柱を名乗る者が王と呼ぶということはもしかしたら――。冥界は今、とんでもない敵と戦わないといけないのかもしれない。

 だが、その前に僕たちが生き残らないといけない。エクスカリバーに勝利したんだとしても、生きなければ意味がないんだ! だが、こうして対面するだけで迫力に怯んでしまいそうだ。

 柱状の肉体の眼球すべてが、呆然としている部長に視線を向ける。

「我が贋作よ。おまえはここで死ね。おまえの父も兄も殺す。我が贋作は悉く殺す。我が同胞たちの贋作も同じだ。ソロモン七十二柱は、我らだけでいい」

 そう宣言すると、肉柱の赤い眼球が僕を、小猫ちゃんを、朱乃さんを、イッセーくんを捉えた。

「逃げるがいい。哀れな子らよ。我らの目的は、人の世を穢す異形のみ。無能な神と我らの贋作の被害者である君たちを、私は殺そうとは思わない。望むのならば、その身に巣食う病魔を取り除こう。――再び、人として生き直すがいい」
「ひ、人として?」
「然り。我らは我らの贋作が『悪魔の駒』と呼ぶ異物の摘出方法を確立させた。君たちを人に戻すことが可能だ。生き直すがいい。悪魔としての生は人には過ぎた苦痛であっただろう」

 この怪物の言う病魔とは、『悪魔の駒』か。悪魔に転生した者を人間に戻す手段など聞いたことがない。そんな技術があるとも思えない。だけど、僕はそれが真実のように思えてしまったんだ。

「もう良い。もう苦しむ必要はない。随分と遅くなったが、君たちを救う」

 なぜなら、そこには慈しみがあり、労りがあった。その外見から恐ろしくかけ離れた、聖人のような慈愛を感じてしまった。『人として生き直せ』という呼びかけを、自然と受け入れてしまいそうになるほどに。

「ふざけるな!」

 だが、そんな僕の心の揺らぎは、イッセーくんの怒号によって止められた。

「おまえが本物のグレモリーだって? 部長が偽物だって? 寝ぼけたこと言うな! 部長は部長だ! リアス・グレモリー様だ! おまえみたいに気持ち悪いバケモノが、偽物呼ばわりしていい御方じゃないんだ! 俺は悪魔になって良かった。勝手に不幸って言うんじゃない!」

 そうだ。何を考えていたんだ。僕は部長に救われた。部長がいなければ、こうしてエクスカリバーに勝つことだってできなかったんだ。僕を助けてくれたのは、こんな柱状の怪物じゃなくて、リアス・グレモリー様だ。僕たちは――

「部長の生乳を見れたし、触ることだってできた! 次の目標は吸うことだ。部長のおっぱいを吸うその日まで、俺は部長の下僕悪魔として戦い続ける!」

 イッセーくん、いまはそういう話をしているんじゃないと思うんだ。僕の心の叫びを返して欲しい。

「成程。君の意見について共感は不可だが理解は可能だ。君の言葉はきっと人間らしい意見なのだろう。主人の乳房を――はい?」

 ん? いま、この醜い肉柱が物凄く間抜けな声を発したような。

「君は、それでいいのか」
「は? それでいいって、何がだよ」
「我らの提案を拒否する可能性については、考えていた。刹那しか生きられぬ少女が、永遠の命を拒否することもある。故に、悪魔としての生を受け入れる者がいることも検討はしていた。だが、だ。もっと、こう、ないのか」

 僅かな焦りを込めた問いかけ。なぜだろうか。こんな恐ろしい怪物が、急激に人間臭く見え始めた。

「我が身を委ねる信仰が、国を照らす情熱が、命を賭けた欲望が、矜持を示す決意が、理想を追い続ける信念が、永遠を捧げる忠誠が、神に歯向かう気概が、今日を生き抜く希望が、君にはないのか」

 異形からの問いかけに、イッセーくんは拳を握りしめた。

「何を言ってやがる!」

 あんなことを言われたのだから、いくらイッセーくんでも真面目な返事をするだろうと思っていた僕は――浅はかだった。

「俺はおっぱいの神様がいたら頭痛がしても祈る! おっぱいに対して情熱を燃やしている! おっぱいに向ける欲望は誰にも負けていない! おっぱいを愛することこそ、この兵藤一誠の存在意義だ! 俺はおっぱいを吸うためなら何でもする! 素晴らしいおっぱいの持ち主である部長に、俺は絶対の忠誠を誓っている! 神様を倒してでもあのおっぱいを揉んでやる! ――だって、おっぱいはとっても素晴らしいものなんだから! 特に、部長のおっぱいは世界一だ! 部長に可愛がってもらえるだけでも、俺は悪魔になった甲斐があるってもんだぜ! それに、俺は上級悪魔になって、美女や美少女を眷属にして、ハーレムを作るんだ! 人間に戻る? 余計なお世話だ! 人間に戻ったって、どうせモテないじゃないか! てめえのせいで、俺のハーレム計画が邪魔されるなんて許せるはずがない!」

 恰好つけているんだろうけど、それだとダメだと思うんだ、イッセーくん。

「俺のおっぱいライフのために、おまえを倒す!」
「そうか……」

 イッセーくん! 勢いづいているところ悪いけど、気づいて欲しいんだ。君が怪物と呼び、僕も怪物だとしか思っていなかったはずの彼は、物凄く困っている! いや、困っているというより戸惑っている? 嘆いていると言った方が正しいだろうか。

「我らの願いは性欲以下か。我らの研鑽は、正しかったのだろうか………………」

 それっきり怪物は声を発しなくなった。イッセーくんだけが怪訝そうな態度だが、他の誰もがさもありなんという顔をしていた。

 この怪物のことは何も分からない。それでも、これだけは僕には伝わった。僕だけじゃない。きっとイッセーくん以外の皆が理解していると思う。

 この怪物は、今、物凄く曖昧な表情で沈黙している――!!



言い訳させて欲しい。作者の主観だと、ハイスクールD×Dはマジでこういう作品なんだ。

ハイスクールD×Dを知らないor忘れた人のための、原作のこの場面(意訳あり)
堕天使(強)「魔王の妹(ヒロイン)ぬっころで戦争始めるで! 堕天使こそが最高なんじゃー! それを証明してやるー! ひゃっはー!」
主人公「俺はハーレム作るんだ! 邪魔すんな!」
堕天使(強)「女好きなん? せやったら、わいのとこ来いや。女見繕うで」
主人公「…………そんな言葉には騙されないからな!」よだれをたらしながら
ヒロイン「あとで色々してあげるから真面目にやりなさい!」
主人公「マジですか! 揉むぞ、吸うぞ! 煩悩開放だー! うおおおおお!」
堕天使(強)「えー……」

シリーズが続くにつれ、主人公はヒロインのおっぱいが半分にされると聞いてマジギレしたり、おっぱいをつついて覚醒したり、おっぱいと会話する技を発明したり、おっぱいをつついて暴走状態を解除したり、おっぱいの神様を異次元から呼び寄せたり、おっぱいをつついてまた覚醒したり、ヒロインのおっぱいをパワーアップさせて謎ビームを発射できるようにしたりします。……物凄く頭のおかしい主人公に聞こえるかもしれませんが、気のせいです。

次回は、キングゥの京都バカンスや敗走に成功した曹操を予定しています。でも、これから新生活で忙しくなるので次回更新は結構先になりそうです。


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議題

ぐだぐだになるので前話の続きは意訳でお届けします。
ヴァーリ「コカビエルを回収に来たら、例の肉柱がいた! 俺と戦え!」
魔神グレモリー「今傷心中なので無理です。帰ります」フリードに戻る
フリード「さいなら! あ、そこのおっぱい悪魔覚えておけよ! 次はぶっ殺すからな」
ヴァーリ「……残念。俺も帰るか」
赤い龍「無視か、白いの。ところで、あの肉柱に心当たりは?」
白い龍「起きていたか、赤いの。私も知らん」
中国あたりを移動中のベディ「……なんだか、出遅れた気がします」


 キングゥ。

 本来、それはメソポタミア神話に登場する神の名前だ。ただし、あまり高名な神ではない。その神は敗者であり、臆病者であったからだ。十一の怪物の将軍を命じられながら、戦うこともなく戦意喪失で逃げ出した。それで、キングゥという神の神話は終了だ。

 そして、なぜか現代日本の京都にて、その神と同じ名前を冠する『妖怪とも魔物とも人間とも違う、奇妙でおかしな存在』が出現した。日本ではメソポタミア神話自体が知名度が低いため、キングゥの名前の由来を知る者は少なく、知っていたとしても結びつけて考える者などいなかった。

 現在、彼は京都妖怪の大将八坂の食客になっている。詳しい事情を知らない者からは、「京都の異形=妖怪」という図式から、勝手に妖怪だと思われている。本人はあまり気にしていないし、意味のある違いでもない。そもそも、新人類として作られた彼ではあるが、今の彼は自分をどう定義すべきか分かっていない。

 彼の原型ならば自らを『兵器』と割り切っただろう。誰からどのように否定されたとしても、その主張を変えることはない。だが、キングゥはエルキドゥではないのだ。同じ行動はできても、同じ思考はできない。色々考えてしまうのだ。キングゥは長い間、難しいことを考えないようにしていた。母のことだけを考えれば良かった。母のために動くことだけが存在意義だった。

 ――だが、それは間違いだった。あの大地には何もなかった。最初から偽者だった。最初から使い捨てだった。未来も、希望も、自分の意思もなかった。

 どうやら自分がいた世界と、この世界は違うようだと、キングゥは気づいていた。あの歴史からどう進んだとしても、こうはならないだろう。『原初の女神』は最初からおらず、『天魔の業龍』が今も生きている。神代が終わっているというのに、神々はこの世界を訪れることができる。だが、人間は異形から徐々に離れている。意図的に神秘を隠す努力を異形の側はしているようだが、それが自分たちの存在を否定することだと気づいているのだろうか。

 自分の知る常識とはあまりにも乖離したこの世界で、自分がどう生きるべきなのか。それを考えて、決める必要がある。母親も生まれも関係なく、本当に、やりたいと思う事を見つけなければならない。

「串刺しだねぇ、分かるとも」

 そんなキングゥは現在、実にのんびりと団子を食べていた。傍らには狐妖怪の幼女――九重(くのう)がいるため、平穏さが増している。さらにその九重がキングゥの膝を枕に寝ていて、キングゥ自身もその扱いを受け入れているともなれば、悲痛な空気などどこにもない。

 場所は京都の幻影とも言うべき裏京都にある、とある団子屋だ。客は二人だけで、店員は出かけている。

 正体不明の食客であるキングゥだが、ほとんど京都妖怪の一員として生活している。大将の娘と二人きりで監視もつけられていない状況が良い証拠だ。本当に信頼している、というよりは信頼をしてもらうための信頼だ。キングゥの能力が桁外れであることは周知の事実である。――他勢力にも噂は流れているが、実際は噂どころの強さではない。京都妖怪とて一つの勢力として、武力は欲しいのだ。キングゥは京都永住を願われていた。

「――それで、いつまで隠れているつもりかな?」

 振り返ることなく、キングゥは背後の『それ』に問いかけた。

「いつから気づいていたのか、なんて問うのは滑稽か。君の性能は全盛期の神々を除けば、『個』としては最高峰だ。このような自堕落な生活をしていなければ第一級の警戒対象になっていただろう」
「魔神か。ソロモン王本人ではないのだね」
「ああ。王はこの世界にはいない」

 若干の含みがあった発言だったが、お互い、特に深い反応もせずに受け流す。

「交渉に来た。結論から言えば、我々は聖書に記された地獄と天国を焼き尽くすことを決定した」
「成程。かつての焼き直しでもしようというわけだ。懲りないね。それで? ボクに魔王殺しでもしろと言うことかな」
「逆だ、逆なのだよ、キングゥ。君には何もしないでもらいたい。我々の計画はすでに骨子が出来上がった。現地の協力者も得た。視点の多角化も十分だ。最大の警戒対象は最初から存在しないことが判明した。つまり、君は我々の計画に一切介入せず、この都市で大人しくしていて欲しい。勿論、天使や魔王の呼びかけにも無視を通してくれ」
「随分と一方的な交渉だ。例えばの話だけど、それをボクが拒否したら、どうするつもりだい?」
「ほう? 意外だ。そんな話をしてくるとは。そうだな。こちらも例えばの話だが、君があの世界でやったことを、そこの少女に教えるというのはどうだろうか」

 一瞬、周囲の空気の温度が下がった。あるいは、空間が軋んだのかもしれない。とにかく、神々の最高傑作の後続機は、背後の魔神を本気で破壊しようとした。

 泥人形が動くよりも早く、その場にいた魔神は先の発言を撤回する。

「……冗談だ。彼女の願いを実現しようとしていた君と同じようでいて、違ったようだ」
「ああ。自分でも戸惑っているよ。自分から弱点を露呈するなんて、油断にも程がある。だからこそ、約束しよう。そちらがこの都市を害さない限り、ボクがそちらの計画に関わることはない」
「感謝する。繰り返すようだが、邪魔はするな。代わりに、この都市には手を出さない。君の助力はあったとしても却って邪魔だ。あと少しなのだ。あと少しで、我々は終わる」

 その一言を最後に、気配が消えた。奇妙な口ぶりだったとも思ったが、京都に手出しする気がないのは確かなようだった。

「……キングゥ?」
「おや、クノウ。起きたのかい?」
「うむ。それより、誰かそこにおったのか?」
「いや、誰もいないさ」
「そうか」

 それだけ言うと、九重は再び眠りに落ちる。その手はキングゥの衣服を掴んで離さなかった。本来ならば、キングゥはこの手を振り払い、この都市から去るべきだ。知られたくない過去を隠したまま、この場にいるのはきっと間違いだ。

 ――幸せに

 だが、誰かの言葉(ねがい)が頭をよぎる。

 ――どうか、幸せに
 ――美しい緑の人

 もう少しだけここにいさせて欲しい。そんな風に思いながら、キングゥは空を見上げた。

 ――ありがとう

「これが、幸せってものなのかな」







「くっ、ひどい目に遭った」

 そんな風に、曹操は自分の現状を嘆いた。

 不確かな噂を元に看護師をスカウトに行って、病気だと通告されて、理想を根本から否定されて、逃走してしまった。英雄を目指す者として、初見の相手にあそこまで論破されるなど屈辱の極みだった。まして、それに対して逃げ出すなど笑い話にもならない。どうしてこのような屈辱を味わうことになったのか。

 おまけに、彼女の弟子らしき少女に追跡されて、先ほどようやく逃げ通せたところだ。こちらは結界系最強と呼ばれる神器まであったのに、どうして追えたのか分からない。何かしら特殊な禁手に目覚めたのだろう。せめて彼女をスカウトすべきだったかと一瞬だけ考えて、その思いつきを放棄した。あれはまともに制御できる部類の人間ではない。

 神器を全力で使用したため、ゲオルグもひどく疲労していた。

「曹操。今後のスカウトはジャンヌやヘラクレスあたりに任せた方がいいんじゃないか?」
「そうだな……いや、ダメだ。あの二人に勧誘ができるはずがないし、下級構成員の信頼は俺に集まっていなければ意味がない」

 偉大なる血を継ぎ、強大な武器を生まれ持った自分たちは英雄になれるはずだ。英雄になるべきだ。英雄にならなければならない。

 それは夢想であり、虚像であり、強迫観念だった。ある看護師は、それを見抜いて『病気』と評したのだ。当然ではあるが、曹操たちはそれを認めるわけにはいかない。精神的な病気の場合、本人にそれを自覚させるのは難しいというのはよく聞く話だが、彼らもそれだった。

 すでに彼らにとっては、自分たちの人生は英雄になるためだけに存在しているようなものなのだから。――その在り方が滑稽であると理解できれば、早く治ることができるというのに。

「少々、お時間よいかな?」

 背後から話しかけられることにトラウマができたばかりの曹操とゲオルグは、勢いよく背後を振り向いた。普段の彼らならばもう少し用心しただろうが、何の防御もなく不用心に振り向いてしまった。

 だが、そこに恐れていた看護師はいなかった。彼女の弟子らしい少女もいなかった。あの不思議な白い毛玉生物もいなかった。

 英国の老紳士を絵に描いたような、五十代前後と思われる男性がそこにいた。

「何者だ?」

 露骨に警戒する曹操を見て、紳士は身の上を述べる。身の上と言っても、それは不確かで曖昧なものだったが。

「君への協力を願い出ようとしている者だよ、英雄派の曹操君」

 その言葉を正面から信用できるほど、曹操も楽観的ではない。神殺しの槍を出現させ、戦闘態勢に入る。ゲオルグも霧を出して、いつでも対応できる姿勢だ。だが、その紳士は態度を崩さない。二人がどのような存在か分かった上での態度だとしたら、余程の馬鹿か手練れである。

 わざとらしく優雅な動きで一歩、また一歩と近づいてくる紳士に対して、曹操は苛立ちと焦燥を覚える。苛立ちは自分たちの力に動じないことに対しての癇癪に近い怒り。焦燥は――先ほどまでの敗走も関係しているが――自分たちの力など本当は大したことはないのかもしれないという不安。

「名前はそうだな……」

 紳士は悪戯を思いついたように小さく微笑んだ。紳士然とした微笑みではあったが、同時に悪そうな影のある顔だった。

「『ナポレオン』と呼んでくれたまえ」







「以上でグレモリーからの報告を終了する」
「…………」
「………………」
「……………………」
「マルバスより要請。グレモリーは機能に異常が見られる。迅速な修復が必要だ」
「アスタロスより追従。魔神の機能異常など前例がない。我らの知識では対応し切れぬ可能性がある。管制塔の担当はフローレンス・ナイチンゲールを呼び戻せ」
「ベレトより了承。すぐに手配しよう」
「グレモリーより抗議。先の報告には一切の虚偽、誇張、欠損、歪曲などない。まして、私の機能に異常などない」
「ハーゲンティより同意。人間や英霊は時に我らの想定を超える」
「アスモダイより主張。色欲は人間の精神にとって重要な構成要素だ。それを理由に我らからの提案を拒否しても何ら不思議ではない」
「フォルネウスより補足。我らの知る眷属悪魔とは事情が異なったのだ。肉体と引き換えの忠誠と推測される。異形との情事は一部の人間にとって価値がある。だが、そのような低俗など不認である。我らの救済対象ではない。今後はそれらを考慮した上で『悪魔の駒』を摘出する転生悪魔を吟味すべきだ」
「ガミジンより反論。単純に契約関係があるならば女性の胸について熱く語る必要などない。人間の心理からすれば、外聞の悪い本音は隠すはずだ。彼の本心ではなく、偽りの動機だったのではないか。人質を取られているなどの事情を隠すために、突拍子もない虚偽を言った可能性を提示する」
「ハルファスより提起。第五特異点では、数多の英霊が愛で動いた。呪いに抗い妻に会おうとした少年がいた。妻を寝取った部下と再び肩を並べた青年がいた。宿敵と戦うためだけに世界を壊そうとした戦士がいた。淫らな女の願いを肯定した狂王がいた。人間は愛と欲で動く生命だ。戦いの理由など、総じて低俗なものだ。性行為が目的で悪魔に成り下がる人間もいるのだろう」
「ヴィネより疑問。そも、悪魔に転生した影響で精神に異常を起こした可能性はないか。魂を改変させる道具ならば、精神を変質させても不思議はない」
「シトリーより否定。英霊ならざる人間の欲望などそのようなものだ。犯し、嬲り、貪る。世に言う『一般人』ほど欲望の塊はない。だからこそ、『俗物』と言うのだからな」
「バアルより否定。我らが復讐対象である藤丸立香も、元は魔道を知らぬ一般人だったはずだ。もしもグレモリーの言う転生悪魔が一般的な人間であった場合、藤丸立香も同じことになる。時間神殿が煩悩に突破されたとでも言うのか」
「アスモダイより反論。人間にとって愛とは欠けてはならぬ機能だが、すべてではない。藤丸立香も性的欲求の高い年頃だった。マシュ・キリエライトに対して欲情していたと推測する方が妥当である。我らが観測していないだけで、あの二人が肉体関係を結んでいた可能性も否定できない。むしろマスターとサーヴァントという関係上、していないと仮定する方が不自然ではないか」
「ベリアルより推測。状況や時期を考慮すると、時間神殿突入前の可能性が高い」
「シトリーより否定。我らの呼びかけと対応した時間を合わせて考えると時間が短すぎる。第一特異点の段階で肉体関係があった可能性もある。当時の彼らからすれば、果てのない旅の始まりだ。恐怖や不安を紛らわせ、信頼関係も形成できる」
「ブエルより追及。議題が脱線している」
「フラウロスより提案。ベリアル、アスモダイ、シトリーの三柱には永久的沈黙を推奨する」
「ゲーティア、乳で仲間割れ?」
「……オーフィス。我々(わたし)はある男に対して『なぜ言ってくれなかったのか』という憤りをずっと感じている。だが今、おまえに正反対のことを言いたくなった。頼むから黙ってくれ。それと、いつまでここにいる。固有結界の中にでも引きこもったらどうだ」
「我、ゲーティアに興味ある。我、ゲーティアをじーっと見る」
「そうか。邪魔だけはするな。あと少しなのだ」
「ナベリウスより報告。冥府との交渉に成功した。これでギリシャも手出し無用となった」
「ゲーティアより全魔神柱に通達。バアルとフラウロスの作戦が終了次第、作戦を次の段階に移行する。光帯を重ね、地獄を焼く。聖書焼却式(わたし)を終わらせよう」



グレモリーの報告を聞いて
→信じない
「あなた疲れているのよ」
→信じる
「人間ってそんなもんだって」
→別のことを連想する
「ところで、藤丸くんとマシュってどこまでいったの?」

キングゥ→京都妖怪 京都での生活はカルチャーショックの連続。色んな意味で。あと、将来的に九重とくっつけさせようとするのはやめて欲しい。でも居心地は悪くない。
京都妖怪→キングゥ なんか不憫な身の上っぽい流れ者。めちゃくちゃ強い。九重も懐いているみたいだし、上手くいけば京都の未来は安泰だな!
作者的に、ゲーティアは「今度こそ何かやり遂げさせたい」けど、キングゥには「幸せになって欲しい」感じ。
キングゥが『あの人』から言われた「どうか幸せに」は、FGOでもかなり上位の名場面だと思う。作者はあそこで『あの人』の正体に気づいたので、感動と同時に心が折れそうになったけどな!


曹操はまあ、うん。お察しの感じですね。


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選択肢

新生活に慣れず時間が取れないため、これから更新は結構間が空きそうです。ご了承ください。

イベントについてですが、「そういうのもあるのか!」とテンション上がりました。


 視点の多角化。バアルが主体となって生み出した技術の実証。

 この二つの目的を満たすために、ある英霊が召喚された。その英霊は『聖書推敲』の計画を知ると、計画についてこう指摘した。

「アリバイ作りが必要だね」

 聖書推敲を完全犯罪にするために、その英霊は持論を展開した。

 聖書が世界に与えている影響は甚大だ。世界最大の宗教というだけではない。救世主がいなければ西暦は始まっていない。大航海時代の建前の一つには、布教があった。世界共通の倫理観のベースには、十字架の教えが多く含まれている。世界で最も印刷され、販売されている書籍とは他でもない聖書だ。

 その教えを書き換えようとするためには、辻褄合わせが必要なのだ。単に記録を書き換えただけでは不自然になる。単に記憶を挿げ替えただけでは不都合が起きる。

 聖書が弱体化したとしても、他の神群を増長させては元も子もない。神による悲劇は変わらない。魔による悲鳴は消えない。神秘と文明の力加減はこのままに、あくまでも聖書の定義だけを変更させなければならない。そのためには、念入りな過去の改竄が必要だった。そんなことは魔神柱たちも理解していたが、その英霊は別視点からのアプローチを提案した。

 これまでゲーティアの計画を『文書偽造』だとするならば、英霊の提案した事項は『偽の証言』の準備だった。

 かつて、あらゆる国の王家は自らを『神の末裔』であると宣言した。神の血を引くがゆえに、人を統べる義務と権利があるのだと説いた。当然だが、本当に神がいたとしても、『神の末裔』を自称する王家が神の血を引いているなんてことはない。英雄派も同じだ。『曹操の末裔』がいるからには、あの時代を生きた曹操がいる。『ヘラクレスの魂を継ぐ男』がいる以上、伝説の大英雄の実在は証明されている。

 それと同じようなことをしておく必要がある。書き換えた神話の辻褄が合うように、現代の英雄を見つけておくのだ。そして、その英雄にはこれから書き換える予定の聖書に関する要素を加えておく。

 俗っぽい言い方をすれば、漫画の主人公に後付けで血統設定を加えるようなものか。あるいは、本編の設定の調整のために未来編を描くようなものかもしれない。

 そして、ちょうど良い代物が確認されていた。管制塔が監視していたフローレンス・ナイチンゲールの前に現れた、救世主殺しの槍である。一部では、『手に入れた者は世界を征する』と言われる槍だ。

 だが、これには槍だけでは足りない。願望器としてではなく、『システム』に干渉するための杯が必要だ。処刑道具としてではなく、神の遺産を紐解くための十字架が不可欠だ。

 聖遺物を用いた世界線の固定。バアル主導の作戦だった。この作戦が遂行された時、大偉業の失敗の可能性は完全に排除される。

 冥界を焼く準備はできつつある。各神話の地獄に相当する領域との交渉はすでに終了している。大航海時代を始めとして、聖書の勢力は『布教』に力を入れすぎた。どこの神話でもやっていることだが、彼らはやり過ぎた。特に、近年の『悪魔の駒』による被害が地獄の長たちの首を縦に振らせた。

 各神話の天国に相当する領域だが、天上の神々は地獄ほど簡単にはいかない。どれだけ禄でもない連中であるかは神話を紐解けば明らかだからだ。

 仮に天上の神々との交渉を怠った場合、地獄を焼いた後、迅速に天国を焼く手筈を整えなければならない。三千年に及ぶ人理焼却を成したとはいえ、世界一つを簡単に焼けるはずもない。それに、性質的にも勢力的にもインド神話に介入された場合は非常に厄介だ。武神インドラを始めとして、あの神話の上位陣は強力な神々が多い。一体一体はゲーティアには及ばないが、群体としては非常に厄介だ。知識に貪欲である北欧の主神オーディンが台頭してくる可能性もある。

 そして、最後の問題として、聖書に記された天使の対応だ。光帯の対策を練られるならばまだマシだ。その対策を上回れば良いだけの話なのだから。最悪のパターンは、ゲーティアの真意に気づき、自暴自棄になった熾天使が天界ごと自爆することだ。この場合、彼らはエネルギーにはならないような自爆をするはずだ。もしそうなってしまえば、燃料が不足してしまう。地獄だけでは聖書の改竄は、彼らの大偉業は果たせない。

 だからこそ、この二つの問題を解決するために、フラウロス主導の作戦が必要だった。天界が最も信用する使徒であり、教会最強の戦力であり、上位神滅具の所持者である『彼』に裏切ってもらう必要があった。







 かつて冥界には四人の魔王がいた。明けの明星ルシファー、蝿の王ベルゼブブ、終末の怪物レヴィアタン、色欲の大悪魔アスモデウス。

 だが、四名とも先の聖書の三つ巴の大戦争において没した。先の大戦において最も疲弊されたと言われるのは悪魔だ。数そのものが消耗したこともあるが、それ以上に四大魔王が全員いなくなってしまったことが大きい。代表者が四人もいながら全滅してしまえば弱体化してしまうだろう。

 まして、悪魔は大戦後に大きな内戦が起きた。戦争を続けようとする旧魔王の一族と、国家の立て直しを方針とする革命派の一派――後の新魔王派の内戦だ。結果だけ述べると、勝ったのは革命派だ。旧魔王の一族は権力を奪われ、冥界の僻地へと押し込められた。加えて、魔王の名前を『役職』にまで貶められた。これで憎まないと言うほうがどうかしている。

 だから、旧魔王派――本人たち曰く真魔王派――がテロリストになるのは必然でさえあった。

 彼らの理想は、言ってしまえば滑稽なものだ。悪魔こそが、否、魔王こそがすべての支配者となることだ。

「どうなっている!」

 ベルゼブブの血筋、シャルバ・ベルゼブブは激高していた。

「オーフィスはどこに行った! 蛇は、約束の蛇はどうなっている!?」

 オーフィスは無限に等しい力を持つドラゴンなだけではない。逆に、それほどの力を持ちながら『強いだけ』などそちらの方が問題だろう。オーフィスは、使用者の力を増大させる『蛇』を創り出すことができるのだ。『蛇』は様々な使い方ができるのだが、専ら力の強化に使われている。

 皮肉なことに、シャルバたちが偽りの魔王と呼ぶ者たちは、シャルバたちよりも強い。だからこそ、『蛇』の存在が不可欠だった。『蛇』を使えば、シャルバたちは前魔王クラスにまで力を上げることができる。逆説的に、『蛇』を使ってようやく前魔王級になれるという意味でもあるのだが。

 サーゼクス・ルシファーが、前ルシファーの十倍強いという話を信じていないのだろうか。

 以前オーフィスから渡された『蛇』は実験や試運転で在庫切れだ。補充のためにオーフィスを探していて、ようやくいなくなったことに気づいた。禍の団(カオス・ブリゲード)の全構成員が捜索しているが、この数日誰も姿を見ていないらしい。

 こうなれば、『蛇』の補充は絶望的だった。

「英雄派の小僧どもも、調子づきおって!」

 禍の団(カオス・ブリゲード)の次に大きい派閥である英雄派には、最近奇妙な動きが見られる。ナポレオンを名乗る参謀が加わったそうだが、それ以来動きが変わった。具体的に表現するには曖昧な部分が多いのだが、強いて言うなら『空気が変わった』あるいは『狂気が見えてきた』。人間の癖に不遜なだけの集団に、これまではなかった何かが加わってしまった。その変貌に嫌悪以上に忌避を覚えていることを、シャルバは自覚していない。

 秘密裏に協力関係にあるギリシャ神話のハーデスも、ここしばらくで協力を渋るようになった。理由は不明だ。現冥界――というか、聖書の勢力そのもの――に対して、ハーデスは嫌悪感全開なのだ。三大勢力の協定は、彼にとってもマイナスであるはずだ。だが、だからこそ死神の助力を願ったのだが、断られた。あの対応では今後の協力も控えると言っているようなものだった。

 これでは駄目だ。

 これでは――近日開かれるという三大勢力の会談を妨害できない。魔法使いや真魔王派の悪魔だけでは、数はどうにかなっても決定的に『個』の戦力が不足している。計画ではレヴィアタンの末裔であるカテレア・レヴィアタンが単騎で首脳陣に挑むはずだったが、シャルバやクルゼレイ・アスモデウスも出張る必要がある。

 真なる魔王である自分たちが負けるとは露程も考えていないが、サーゼクスたちの方が強いことは理解している。計画が決定的に狂わされたことには憤りしかなかった。自分のことを棚上げして、約束を反故にしたオーフィスへの怒りを吐き出した。

 それに加えて、肉柱の件もある。教会を襲撃した犯人なら構わない。真なる魔王よりも偽りの魔王を選んだ初代たちを襲撃したこともどうでもいい。だが、ある筋からの情報では、真なる七十二柱を名乗っているそうだ。あのような醜い怪物が、悪魔の名を穢しているのだ。魔王の血統として許せるはずがなかった。そして、彼らの強さや正体、目的など眼中になかった。その憤怒のままに叩き潰そうとしていた。

 つい最近発生した魔女の夜(ヘクセン・ナハト)壊滅事件にも、あの怪物が関わっているという。彼らは禍の団(カオス・ブリゲード)の魔法使い派閥ニルレムと近い関係にあったため、ダメージのあった件だ。特に、神滅具の一つ、聖十字架の消失は大きい。

「おのれ……おのれおのれおのれおのれおのれぇ! 偽りと偽善の魔王め! 馬鹿ドラゴンめ! 忌々しい触手のバケモノめ!」

 真なるベルゼブブは、屈辱に拳を握りしめる。過去の誇りよりも先に、重んじるはずの未来を掴むという選択肢は彼にはなかった。考えるとか実行するとかそんな話の次元ではない。――そんなものは、サーゼクスたちに負けたあの日に消滅した。

 古き魔王の血筋に、他に選択肢などなかったのだ。







「ガープより要請。熱が溢れる。怒りが零れる。バアルとフラウロスの作戦が終了するまで何もせずに待機しろと言うのか。この憤怒に耐えろと言うのか。我らの贋作を、天を貶める天使を、人を嘲る堕天使を一匹でも多く屠るとしよう!」
「グラシャ=ラボラスより提案。シトリーの贋作を優先して葬るべきだ」
「ゲーティアより却下。魔王の死は悪魔の行動を活性化させる。奴らにはあくまでも、『警戒』をしてもらわなければ計画に支障が出る。だが、グラシャ=ラボラス。なぜ、今更そのようなことを言い出す?」
「バラムより確認。グラシャ=ラボラスの贋作――魔王ファルビウム・アスモデウスは眷属に仕事を一任していると聞く。この怠惰は各勢力に周知され、冥界はそれを許容している。堕落が許せぬか。だが、なぜシトリーの贋作――魔王セラフォルー・レヴィアタンを憎悪する」
「グラシャ=ラボラスより解答。私は私の贋作よりも、シトリーの贋作に強い憤怒を抱いている。なぜだ。なぜなのだ。なぜ、あのような魔法少女の偽物が許容されている!? 一介の権力者が児戯に興じて、その痴態を公共の電波で放映するなど。あの女は狂っている。悪魔という種族は狂っている。あのような魔法少女の偽物に何の価値がある! なぜ、あのような見苦しい姿を視界に入れた者が不快になると、知覚した者が嫌悪すると気づかない! あの女は……その存在そのものが彼女たちへの侮辱である!」
「デカラビアより質問。グラシャ=ラボラスの真意の説明を求める」
「バルバトスより解答。不明だ」
「パイモンより推測。シトリーの贋作は種族面を加味しても、少女と呼べる年齢ではない。更に、一定の年齢になった悪魔は姿を若く見せることができるはずだ。だが、セラフォルー・レヴィアタンは年齢相応の肉体で魔法少女の姿をしている。グラシャ=ラボラスはそれを許容できないのだ」
「アムドゥシアスより否定。グラシャ=ラボラスの憤怒の起点は其処ではない」
「ブネより報告。三大勢力による会談が実施される模様。場合によっては協定が結ばれることになるだろう。先のグレモリーの一件も含めた我らの情報交換も行われるはずだ」
「アスモダイより補足。魔王サーゼクス・ルシファー、魔王セラフォルー・レヴィアタン、天使長ミカエル、堕天使の総督アザゼルが出席する模様」
「ロノウェより補足。証人として、リアス・グレモリーとその眷属、ソーナ・シトリーとその眷属も出席する模様」
「オリアスより補足。停戦と共同戦線の締結はほぼ確定と思われる」
「ハルファスより疑問。なぜ彼奴らは戦争を始めぬ。なぜ彼奴らは対立を終わらせる。戦いが止まることはない。痛みが消えることはない。彼奴らは定命の者よりも長く螺旋の底にいる。なぜ我らへの恐怖だけで手を結べると思うのか。なぜ彼らへの不信を無視しようと選ぶのか。そんなことで戦いを止められるのならば――()()()()()()()()()()?」
「ゲーティアよりグラシャ=ラボラスに命令。やる気があるなら雑用をこなして来い。だが、戦力は制限する。頭を冷やすがいい」



感想に魔神柱会議の意訳(長め)を書くとハーメルンの規約に引っかかる傾向にありますのでご遠慮ください。
意訳したいって皆さまの気持ちは分かるのですが、感想欄に「運対」の文字を見るのは作者としては何かきついので。

だから、作者が代わりに書いておいたぜ! あくまでも参考程度にご覧ください。

ガープ「バアルとフラウロスの作戦が終わるまで時間あるし、あの害獣ども一匹でも多く殺そうぜ!」
グラシャ=ラボラス「そうだ、特にシトリーの贋作を」
ゲーティア「計画に支障が出るから却下。だが、グラシャ=ラボラス。急にどうした?」
バラム「グラシャ=ラボラスの贋作は怠け者らしい。それが嫌なら分かるけど、何でシトリーの方?」
グラシャ=ラボラス「俺は俺の偽物より、シトリーの偽物の方が嫌いなんだ。だって、あの女、あれで魔法少女の名乗ってんだぜ!? 魔法少女馬鹿にしてんだろう!」
デカラビア「グラシャ=ラボラス何言ってんの?」
バルバトス「分からん」
パイモン「少女じゃないのに魔法少女名乗ってんのが嫌なんじゃない?」
アムドゥシアス「分かってねーな。其処じゃねーよ」
ブネ「いよいよ三大勢力、会談するってよ。グレモリーの話も出るっぽいよ」
アスモダイ「魔王二人と天使長と堕天使の総督が出席するって」
ロノウェ「現場にいた悪魔どもも出席するな」
オリアス「まあ、停戦と共同戦線の締結だろうね」
ハルファス「あいつら何千年も因縁あってよく仲良くしようと思うよな」
ゲーティア「グラシャ=ラボラス。やる気があるなら行って来い。でも、魔力はあんまり回さないからな。ぶっちゃけ負けて来い」


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未来のために

今回魔神柱会議はないので悪しからず。
次回はちゃんとしますから。


「日本住血吸虫症を知っていますか?」

 そんな風に、アーシア・アルジェントは切り出した。

 対して、そう投げかけられたゼノヴィアは困惑した。

「い、いや、すまない。聞いたことがないな」

 どうしてこんな状況になったと、ゼノヴィアはこの数日間の記憶を振り返る。最初に脳裏に浮かぶのは、聖書に記された堕天使の嘲笑だった。

 ――魔王だけではなく神も死んだのさ

 神は死んでいた。我らが主、我らが父、万物の創造主。聖書に記された神は、死んでいた。かつての大戦で死んだというならば、ゼノヴィアが生まれた時にはとっくの昔にいなくなっていたわけだ。

 主のための命だった。教会のための身体であり、天国に行くための人生だった。聖書に記された神こそが絶対であると、神の慈悲と慈愛があると信じて、剣を振り続けていた。

 だが、間違いだった。

 神はいなかった。神への祈りは無為で、神への誓いは無駄で、神への願いは無意味だった。何のための人生だったのか。何があれば報われたのか。

 自暴自棄になったゼノヴィアは、世界を騒がせている肉柱――本人(?)たち曰く魔神柱――の陣営に拾われた。

 ゼノヴィアにあてがわれた仕事は、ある女性たちの護衛だった。護衛というか、監視というか。もっと正確に言えば、問題を起こしそうだったら一刻も早く連絡をしてくれという役目だった。何というか、この指令をゼノヴィアに与える時、その魔神柱は物凄い哀愁が漂っていた。

 そして、ゼノヴィアが名目上護衛することになったのは、一言で済ませるならば看護団だった。ただし、鋼鉄の信念を持つ。そこらの悪魔祓いが裸足で逃げ出すような気迫に満ちていた。ちなみに、すでに三人ほど過労で倒れたらしい。うち一人は過労死寸前。

 そんな一団に、アーシア・アルジェントはいた。かつて教会において聖女と称えられていたが、悪魔を治療してしまったことで魔女として追放された哀れな少女。神の不在を知ったゼノヴィアは最初、彼女の境遇に同情と共感を覚えた。すぐに撤回したけど。話に聞いていた彼女と違って、たくましすぎた。聖女というか凄女だった。

 余談だが、ある魔神柱はアーシアについて「何が虫も殺せぬか弱い少女か……! 十分な狂人の素質を備えているではないか。節穴かフラウロス!」と、同僚を罵っていた。当初は意味不明だったが、この数日間で嫌というほど理解した。

(そういえば、どうして彼ら……魔神柱は七十二柱の名前を使っているんだ? 悪魔とは姿が違いすぎるから、末孫というわけではないのだろう。コードネーム……にしては、自然体すぎる気がするような)

 彼女たちの治療行為が一段落し、コミュニケーションを取ろうとアーシアに話しかけたゼノヴィア。しかし、そこまで口が上手いわけでもない。だから、彼女の出自からこのような質問をしてしまったのだ。

 ――悪魔を、そして教会を恨んではいないのか?

 当然、恨んでいるのだと思っていた。アーシアもすでに神の不在は知っているらしい。その立場からすれば、恨んで然るべきだ。彼女たちが行う『治療行為』の一環には悪魔祓いのようなこともある。

 だが、質問に対する答えが先ほどの言葉だったわけだ。名前から感染症か何かであることは察せられるが、本当に初耳だった。予想外の対応だったため、面食らうしかないゼノヴィアだった。いっそ『先生』に話しかけてみるべきだったかと考えて、それはないなと考え直す。

「すでに撲滅された感染症です」

 感染症といえば有名どころで言えばマラリアやデング熱だ。日本ではこれらの感染症は発症例が少ないが、感染症がないわけではない。同時に、感染症と戦ってこなかったわけでもない。

「ミヤイリガイ……カタヤマガイとも言うそうですが、その淡水産巻貝を中間宿主として、日本住血吸虫に寄生されることで発症します」

 いまいち要領を得ないゼノヴィアだが、話に聞き入る。

「当時の人々は、ミヤイリガイを駆除することで、日本住血吸虫症の撲滅に成功しました」
「そうか。それはすごいな」

 病気の撲滅を素直に称賛するゼノヴィアに、アーシアは真顔で尋ねる。

「ではゼノヴィアさん。ミヤイリガイは悪でしたか?」
「そ、それは」

 はっきり言ってしまえば、ミヤイリガイに非などない。ミヤイリガイはただ中間していただけだ。ミヤイリガイそのものに人体への危険などない。

 例えるならば、空き缶のポイ捨てがあるから、缶ジュースの販売は悪だと言うようなものだ。だが、缶ジュースが売られなくなればポイ捨てがなくなるであろうこともまた事実だ。

「そうなんです。悪いとか、嫌いだとか、恨んでいるとかそういう話ではないんです」

 存在が憎いから殺すのではない。その存在がもたらす被害が憎いから殺すのだ。

「私は、あなた達が悪魔と呼んでいる生物を憎んでいません。教会という機関もです」

 彼女の行動の根源には、本当に自分が受けた過去の仕打ちに対する感情がない。

「でも、人間のために滅ぼしますし、患者のために改めます」

 だから、もうアーシア・アルジェントは間違えない。だって、自分が間違えば誰かが死ぬと理解したから。一切の妥協なき正しさを突き進むしかないのだ。







 俺――兵藤一誠にとってここしばらくは激動だった。いや、春に悪魔になってからずっと激動だったんだけどさ。悪魔稼業したり、部長の結婚をかけたゲームが中止になったり、特訓したり、変な怪物が冥界で暴れたり、幼なじみが帰ってきたかと思えば、聖剣と堕天使の幹部の騒動が起きたり。

 堕天使の総督であるアザゼルが正体を隠して、俺の悪魔稼業の依頼人になっていた。ゲームしたり釣りしたりで高価な報酬をくれていたから良いお客さまだと思っていたけど、まさかこんな対面をするとは。

 生徒会からの依頼でプール掃除をして、その代わりにオカルト研究部だけでプール開きをさせてもらった。部長の身体にオイルを塗らせてもらった。あの感覚は未だに指に残っている。いやあ、部長の肌のすべすべ具合は最高でした。

 駒王学園の授業参観には、魔王様がいらっしゃった。部長のお兄様であるサーゼクス・ルシファー様だけじゃない。会長のお姉様であるセラフォルー・レヴィアタン様もだ。正直、イメージしていた『レヴィアタン様』とは全く違った。もっと妖艶なクールビューティーを想像していたんだけど、魔法少女ならぬ魔王少女だった。何を言っているのか分からないと思うが俺にも分からない。

 封印されているという部長の眷属である『僧侶』――ギャスパー・ヴラディとも会った。まさかの女装趣味の引きこもり野郎だった。ぱっと見が美少女な分、たちが悪い。俺の夢を返せ。神器が本人に使いこなせないくらい強力なものらしいけど、木場が禁手に目覚めたことで部長の評価が上がり、解放されるかもしれないんだって。今は一緒に努力中だ。

 天使長のミカエルさんから、アスカロンって聖剣をもらった。これからされる予定の和平のための、ゲン担ぎだそうだ。

 そして、現在、三大勢力の会談が始まろうとしていた。会談に参加しているのは、悪魔側からはサーゼクス様とレヴィアタン様、俺を含めたグレモリー眷属(ギャスパー除く)と会長さんだ。堕天使側からはアザゼルと白龍皇ヴァーリ。天使側からはミカエルさんと御伴らしき綺麗な天使さんだ。

「この場にいる全員は、神の不在を知っている」

 そんな出だしで、会議は始まった。

 最初は、コカビエルの一件だ。部長も当時のことを証言した。この前肉柱に半殺しにされたコカビエルだが、現在は地獄の最下層であるコキュートスってところに幽閉されているらしい。もう永遠に出てこられないんだってさ。あんな傍迷惑な戦闘狂にはお似合いの末路だぜ。

 コカビエルの件は堕天使側の不手際だったということで一段落したところで、議題はいよいよ例の肉柱のことになった。

「彼らについて分かっていることは、聖書に敵意を持っていること、初代七十二柱を容易に殺せるほど強いこと、そして――七十二柱の名前を騙っていることだ。このことから、私の妹が接触した個体や冥界に出現した個体も合わせて七十二体いる可能性が高い」

 あんな醜い怪物が七十二体もいると考えるとぶるっとするぜ。

「それで、サーゼクスの妹や赤龍帝が接触したやつは『グレモリー』って名乗ったんだよな? どういうつもりで七十二柱の名前なんて騙っているんだか」
「先に言っておきますが、『七十二柱』とは間違いなくサーゼクスたちのことです。太古から戦い続ける私が神に代わり証言します」

 アザゼルもミカエルさんも肉柱が七十二柱の偽物だって断言する。当然だけどね。特に、ミカエルさんは憤怒に瞳を滾らせていた。

「彼らが不遜にも神の空席を狙っているというならば敵対するしかありません。神の御名において、彼らを滅ぼします」
「同感だな。サーゼクスの妹が聞いた通りの目的が本当なら、堕天使には関係がねえのかもしれねえ。だが、物騒すぎる。巻き込まれる前に対処しねえといけねえ。かといって、堕天使だけじゃ戦えない」

 そして、アザゼルはこう切り出す。

「だからこそ、和平と共同戦線を組もうじゃねえか」

 よりにもよってアザゼルから提案されたことに誰もが驚いていたけど、その提案は了承された。最初からそうなることが目的の会談だったんだから当然だ。

 協定が決まった後、アザゼルの口から『禍の団』という組織の存在が明らかにされた。堕天使陣営はずっとこの組織への対策として戦力を備えていたそうだ。頭目は、二天龍より強いドラゴンであるオーフィス。世界最強の存在だそうだ。堕天使が白龍皇を組織に入れたのも対策の一環だという。例の肉柱も、この『禍の団』が関係しているんじゃないかってのがアザゼルの見解だ。

 危険な組織を知って険しい顔をするサーゼクス様とミカエルさん。そして、アザゼルは次の情報を開示する。というか、結構情報通なんだな、この堕天使さん。

「京都の方でな、キングゥを名乗るやつがいるんだよ」

 急に京都の話題になったことに俺は若干面食らう。京都好きだっていう部長も同じ様子だ。だけど、俺はアザゼルが口にした何かの名前らしきものの方が気になった。

「キング? 王?」

 どこかの『王』――上級悪魔が京都に移り住んだってことなのかと思ったけど、アザゼルは俺のつぶやきを否定した。

「いや、キングじゃなくてキングゥ。かなり昔に滅ぼされたメソポタミアの神……いや、厳密にはあいつを神と呼んでいいのか分からんけど、とにかくそういう名前のやつがいた。ただ、名前が一緒なだけで何の関係性もねえんだろうけどよ」

 め、メソポタミアか。確か四大文明の一つなんだっけ? 社会でそう習った。それ以上のことはよく知らない。確か、人類最古の都市だとかいうシュメールってのがあったような。

 脳内の知識を引っ張り出す俺を放っておいて、アザゼルはそのキングゥだかペングーだかの話を進める。

「見た目は人間だが、詳しい種族は不明。長い緑の髪で、男か女か分からん見た目。異様に強い。立場は京都の狐の大将の食客。だけど、扱いはそれ以上。将来的に狐の大将の婿養子にするつもりみたいだ。以上が、遠まわしな伝手で手に入れた京都からの情報になる」

 曖昧な情報だ。俺にはアザゼルがこの情報を開示した意味を理解できなかった。

「問題は、こいつがどこから出現したのかって話だ。こいつに関する情報は、つい最近まで一切なかった。急に噂になったってのに、それ以前の痕跡がどこにもねえ。『禍の団』や肉柱どもに関係していると思わないか? 種族も何もわからない。例の肉柱は姿を人間にできるんだろう? もしかしたら、肉柱が変身した姿なんじゃねえかと俺は睨んでいる」
「確かに、時期を考えれば非常に怪しいが……。メソポタミアの神々はなんと?」
「堕天使の総督が他神話の神にアポなんて取れるはずねえだろ」

 じゃあ直接京都に行けばいいじゃないかと俺が思っていると、アザゼルは不愉快そうな顔をして続ける。

「京都は日本の中でも開放的な地域だ。許可さえあればよっぽどの場所以外には行ける。ただ、キングゥはすでに京都では特別な立場にいるらしくてな。不用意に接触することができねえんだよ。部下を京都に行かせたけど、今の情報以上のことは集まらなかった」
「成程。京都には私やセラフォルーも付き合いがある。ホテルも経営しているほどだ。例の怪物たちの対処に追われていて、そのあたりの情報は入ってきていないな」
「ねえ、サーゼクスちゃん。そろそろ肉柱とか怪物とか偽七十二柱とか、呼び方を統一した方がいいんじゃないかしら?」

 セラフォルー様からの提案だ。確かに、呼び名がないと不便だものな。コカビエルとかも「わけのわからない生物」とか呼んでいたし。肉柱とか触手の怪物とか、人によって呼び方がバラバラで俺自身もどう呼んでいいか迷う時がある。

「じゃあ、偽者とは言え七十二柱を名乗っているんだからレメゲトンとでも呼ぶか?」
「ソロモンの小さな鍵、ですか。確かにらしいかもしれませんね。ですが、仮にそれを総称にするとしても個体はどうしますか?」
「グレモリーと名乗った個体は一先ず『偽グレモリー』と呼ぶとして、今後も『偽〇〇』と呼ぶようにしましょう☆」

 その瞬間、窓に強烈な殺気の籠った赤い眼球が見えた。

「我らは魔神柱だ。そして、我らこそが真なる七十二柱。貴様こそ魔法少女の偽物だろう、シトリーの贋作よ」



拙作と原作のアーシアの違いの一つは、ディオドラを治療したことを後悔しているかどうか。まあ、自分が追放されたからじゃなくて、感染源を放置してしまったって感覚なんですけど。

次回予告
魔王少女VS魔神柱グラシャ=ラボラス!
魔法少女にかける想い!


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理解など有り得ない

今回は早く書けたのでさっさと投稿。代わりに次回はまた待たせることになるのでご勘弁を。具体的にはCCCコラボが終わるくらいかな。


グラシャがあっさりやられる上、二槍流の人みたいなことを言い出すので、笑いたかったら笑ってください。今回はいつにも増して独自要素多めなことを勘弁してくだせえ。独自要素っていうか独自解釈かな。


 声が聞こえます。寂しそうで、何かを怖がっているような声がします。いつもの『みんな』とは違う、必死に縋ってくるような悲鳴が聞こえます。

『し、死にたくない』

 その声は苦しがっていました。怖がっていました。痛がっていました。

『死にたくない……、死にたくない……。どんな世界でもいいから……。このまま、ただ生き続けたい。もう死にたくない。二度も死にたくない』

 悲しそうでした。

『目的など要らない。理想も信念も不要だ。征服も、支配も、探求も、発展も、友愛も、告別も、不要だ』

 こちらまで悲しくなってきそうです。

『我は、ただ――手に入れた“我”を、もっと味わっていたい――この奇跡(いのち)を抱き続けたい』

 その言葉の一つ一つが切実でした。

『そのためにも、奴らは滅ぼさなくてはならない。人間のためだけではない。私たちの、私のためでもある。奴らを滅ぼさねば、奴らは私たちを滅ぼしに来る。私たちから奪いに来る。だから、奪われる前に滅ぼさねばならない。壊される前に壊さねばならない』

 とにかく必死でした。死なないことに、その声は必死すぎたのです。

『私はあの世界に戻りたくなどない。だが、この世界でなくてもいい。私を脅かすものがいない世界で、この我を永遠に噛みしめていたい』

 なんだか無視するのも可哀そうなくらい、辛そうです。別に私に向けての言葉ではないのでしょうが、それでも心配になってしまいます。

『死にたくない……、死にたくない……。どこだ、どこにある。我らのための、我らのものではない聖杯は……。あれがなければ、計画は進まない……』

 大丈夫ですか、と私は問いかけました。

『誰だ……? この記憶は……、半吸血鬼……なっ、聖杯だと……?』

 問いの途中で、その声は止まりました。どうやら声の主は私が持っているという聖杯の存在に気づいたようです。

 神滅具の一つ、幽世の聖杯。

『は、はははははははははははははは! ついに見つけた! 聖杯だ! 願望器としては私たちの聖杯に恐ろしく劣る――だが生命を弄ぶという一点においてのみは遥かに凌駕する聖杯だ! やった、やったぞ! この聖杯に関してだけは、私たちは聖書の神を称賛しよう。これで私たちの大偉業は成功する! 奴らを滅ぼし、その未来を固定する! 十字架はすでに私たちの手にある。残るは、槍の完成だ』

 その声は喜んでいました。ちょっと怖いくらいに、嬉しそうでした。姿は見えませんが、子どもが両手を上げるように喜んでいる姿が浮かんできました。思わずこちらも微笑んでしまいます。

『ああ、そうだ――先延ばしにしていたが、終わった後のための行動をしなければならないか』

 声の調子が変わりました。先ほどまであった恐怖でも歓喜でもない。敬愛に満ちたもの。

『あらゆる生命を復元させ、死霊の同族でありながら聖杯を持った貴女は、我が住処(からだ)に相応しい。滅びを拒むもの、滅びを帳消しにできるものこそ我が同胞……否、次の主人に相応しい!』

 あれ? なんだか忠誠を誓われちゃいました。他の『みんな』はこんなことがないのでびっくりです。

『聖杯の姫よ。我が住処(しゅじん)よ。どうか貴女の名を教えてください』

 私はヴァレリー・ツェペシュと言います、と名乗りました。







「答えるがいい、セラフォルー・レヴィアタン。貴様にとって魔法少女とは何だ」

 私の問いに、呆然とする者がいた。耳を疑う者がいた。一瞬の後に笑いを堪える者がいた。私を二度見する者がいた。難しい顔をする者がいた。だが、問いを向けた女だけが胸を張って答えた。

「決まっているじゃない☆ 私の夢よ☆」

 そうか。ならば死ね。

「我こそは魔神柱グラシャ=ラボラス。貴様を殺す者だ。セラフォルー・レヴィアタン、七十二柱の御名を貶める魔王よ! 魔法少女を穢す悪魔よ!」

 この世界に来た時、私たちはまず自分たちの『最期』について語り合った。

 誰と戦い、どのような命題を得て、どのように倒れ、最後に何を想ったのかを語り合った。そして、アンドロマリウスを始めとした廃棄孔の面々が、『魔法少女の英霊と戦った』と口にした。

 その言葉を聞いた瞬間、私の中に安堵が芽生えた。何の論理的説明もできないが、その言葉だけで私は直感したのだ。千里眼でも予知でも推測でもない。一時的にでも私を使役した彼女が無事であると、感じ取った。『彼』だ。『彼』のおかげだと、私の中の何かが教えてくれた。

 私は理解した。“個”に目覚めた今なら理解できる。どうして私は魔法少女の世界などに踏み入ったのか。簡単なことだ。私は、彼女たちを見ていられなかったのだ。彼女たちの悲鳴を聞いて、無視するなどできなかったのだ。あの輝きが失われることが、怖かったのだ。

 無為であるとは理解していたのだろう。無駄であるとは思考していたのだろう。だが、何かの慰めになれば良いと、私はあの小さな魔法少女と戯れたのだ。……救いたかった。私は、彼女たちを救いたかった。

「いいわ☆ 魔法少女マジカルレヴィア☆たんの敵というわけね☆」
「お姉様!? 魔力で一瞬で済むとはいえ、何故着替えたのですか!?」

 ……こいつ、何故着替えた。別に着替える必要ないだろう!? おまえは別に――その姿だと強くなるとか、そういう話ではないだろうに。『魔法少女』として戦うしかなかった彼女たちと違い、おまえがその姿で戦うことには権利も義務もないはずなのに。

「焼却式グラシャ=ラボラス!」

 思わず焼却式を放つが、その場にいた首脳陣が展開した結界によって防がれた。……火力が足らない。発射のタイミングも遅い。魔力や機能の一部が制限されているからだ。それでも、ここまでとは。統括局は良い勝負さえも許してくれないということか。

「前回は逃がしたからな。今度は戦わせてもらうぞ!」

 好戦的な笑みを浮かべて、白い竜擬きが鎧を展開する。あれが禁手(バランス・ブレイカー)か。前回とやらはグレモリーの件か。おまえが戦いたいのだとしても、私にはおまえに構っている暇などない。

「レヴィアたんVS怪獣よ☆」

 何故だ。何故おまえはそうなのだ。

 彼女たちの憧れを、孤独を、諦めを、願いを、努力を、存在理由を、懸命を、葛藤を、優しさを、恐怖を、挫折を、友情を、妄執を、義務感を、博愛を、誓いを、勇気を、理想を、夢を、独占欲を、不屈を、幸福を、後悔を、笑顔を、絶望をどうしてそこまで辱められる!

「戯れの時来たれり!」

 バアル、本当の意味でおまえの気持ちが分かった気がするよ。確かに、こんな異形を王や『彼』に見せるわけにはいかないよな。

 フラウロス、おまえがマシュ・キリエライトとアニムスフィアに抱いていた感情もこんな感じなのか?

「無視は戴けないな。セラフォルー・レヴィアタンよりも、俺と戦ってくれ!」
「ぐおおお!」

 龍擬きの魔力弾が私の眼球の一つを抉る。間髪入れずに天使長ミカエルやサーゼクス・ルシファーが追撃の手を入れる。聖なる光が私の存在を抉り取る。滅びの力が私の肉体を消し去る。その間にも、攻撃は追加される。幾重にも出現した光の槍が、私の眼球にいくつも突き刺さる。

 魔力が不足している。損傷も大きい。あらゆる機能の低下を感じる。時間が一秒過ぎる毎に、この身体の停止が近づいていることを理解する。この身体を破壊されても問題はない。今回の器は負けるために特別に用意された器だ。時間神殿がある限り、私は何度でも復活する。――だから、どうした。私は止まるわけにはいかない。私は負けるわけにはいかない。今勝たなければ、意味がないのだ!

「思ったより頑丈だな。だが、どうやら二天龍ほどじゃねえみたいだ。初代七十二柱たちを倒した個体が特別強いのか? とにかく、こいつに関してはこの場にいる戦力で脱落者なく倒せる。おい、ヴァーリ。このまま押し切るぞ」
「アザゼル。俺は一人でやりたいんだが」
「ちゃんと戦うのは初めての相手なんだ。俺にもやらせろ。後の為にデータを取らないといけないしな」

 随分と余裕なことだ。魔力さえ十分回されていれば貴様ら如きなぞに遅れは取らないものを。だが、私の興味はおまえ達にはない。おまえ達は等しく無価値だ。魔王という機構そのものが、有害だ。

「貴様は……そんなにも……」

 これだけは言わなくてはならない。倒れる前に、私の中で燃え上がる憤怒をせめて伝えておかなければならない。かろうじて機能している眼球すべてを、セラフォルー・レヴィアタンに向ける。

「そんなにも魔法少女を馬鹿にしたいのか!? そうまでして彼女たちを冒涜して何が楽しい!?」

 私は――。いや、俺は!

「彼女たちが……命懸けで懐けなかった輝きさえ、踏みにじって……貴様はッ、何一つ恥じることもないのか!?」

 俺は恥ずかしい。彼女たちを救えなかった無力が。彼女たちを愛せなかった無能が。己の全てが恥ずかしい。これでは、かつて俺たちが誤解していた王と何ら変わらない。この恥辱を拭うために、俺は必ずあの世界に帰還する。

 今度こそ救うのだ。今度こそ守るのだ。今度こそ、愛してみせる。

「赦さん……断じて貴様を赦さんッ! 虚栄に溺れ、魔法少女の涙と希望を嘲笑う悪魔め……その夢を我が血で穢すがいい!」

 彼女たちは似合わない悲劇に襲われた。彼女たちは似合うはずの笑顔を奪われた。

 こいつのような――享楽に耽り、他者の痛みを見て見ぬ振りをする者たちによって……! 何の記録も救済も残されぬまま、絶望の中に沈められた。何故だ。何故、力を持つ者の責任を果たさない。何故、上に立つ者の責務を全うしない。何故、大人として子どもを守らない。おまえは、自分の国で泣いている少女の涙を、一度でも数えたことがあるのか! 貴様らが『しょうがないもの』として捨ててきた者の痛みも理解できずに、その姿に興じていると言うのか。


 おまえ達の歪な政治の犠牲者に、魔法少女が一人も含まれていないとでもほざくつもりか! 俺がこの世界で救ってきた少女たちの悲鳴と笑顔が偽りだとでも宣うつもりか!

 彼女たちを虐げる側の王であるおまえが、どうしてその姿を真似て辱めることができるのだ!


「え、ちょ、ちょっと待ってください! 貴方たちの目的はそういう面もあるというのですか? ち、違いますよね! もっと、こう、ちゃんとした野望があるはずですよね!?」
「落ち着きなさい、ソーナ! だ、大丈夫! ちゃんとした目的もあるはずよ。この間の……魔神柱? はそう言っていたわ。あの黒いやつが特別なのよ」
「あっはっはっはっは! 死にかけの状態で魔法少女に対する拘りを披露するとか面白すぎるだろ!」

 こいつらは駄目だ。こいつらの国は、もう駄目だ。救う方法がない。救う価値がない。悉くを焼き払い、なかったことにするしかない。

「冥界に呪いあれ! その未来に災いあれ! いつか天理の炎に焼かれながら、このグラシャ=ラボラスの怒りを思い出せ!」
「私は負けないわ☆ 魔法少女マジカルレヴィア☆たんは無敵なんだから☆」

 今回は勝ちを譲ろう。紛い物の魔王よ。少女たちの生き様を辱める汚物よ。だが、次はこうはいかない。魔神柱としてではない。人理補正式としてでもない。一つの“個”として、貴様を滅ぼしてみせよう。

「えーい、零と雫の霧雪(セルシウス・クロス・トリガー)☆」

 勝ってはならぬ戦いだ。勝てぬように調整を受けている。だが、それが何の理由になるだろうか。英雄ならざる『彼』は、平凡で平均、凡庸である『彼』は、その身で俺たちに勝ったのだから。その程度の力で俺たちの神殿に辿り着いたのだから。

 俺がこの戦いに勝つような未来が存在していないことは重々理解している。

「ぐあああああああぁぁああ!」

 だが、勝ちたかった。

 すまない、ナーサリー・ライム。君だけではなく『彼』にも、今の俺では合わせる顔がない。







「グラシャ=ラボラスより報告。敗北した。我が憤怒は無力だ」
「アムドゥシアスより訂正。まだ届いていないだけだ。その憤怒が――君の想いがこの程度で折れないことは魔神柱(わたし)になることを拒否した人間(ぼく)に代わって、君の救ってきた子どもたちとともに私が保証する」
「アンドラスより報告。聖杯を発見。所有者を保護し、協力は承認された。すでに私の因子と同化している。起動はいつでも可能だ」
「バアルより報告。聖槍の完成度は三割を突破。我が盟友曰く、完成には最短で二ヵ月だ」
「アミーより報告。十字架の調整は順調。使用者の状態も良好。イレギュラーが発生しない限り、一週間ほどで完了する」
「フラウロスより報告。デュリオ・ジェズアルドとの交渉が終了。後は彼が裏切るだけだ」
「ウァプラより報告。グラシャ=ラボラスの戦闘後、旧魔王派が会談の場に乱入。しかし、これを撃退。旧魔王派の被害はカテレア・レヴィアタンの死亡。三大勢力側の大きな被害はアザゼルの腕のみ。和平を締結した」
「キマリスより補足。白龍皇ヴァーリが真の魔王ルシファーの直系であることが判明。堕天使陣営を裏切り、『禍の団』側に所属」
「アガレスより結論。ヴァーリ・ルシファーの存在は計画の支障にはならない」
「アンドレアルフスより報告。聖書の勢力は神の不在を他勢力に開示すると同時に、我らや『禍の団』のための共同戦線および停戦、和平を提案している」
「フェニクスより提案。フラウロスの作戦がほぼ終了した今、神々への交渉を開始するべきだ。地獄側の不介入だけでは計画に支障が出る」
「フルフルより反論。神々は動かない。聖書の過去の所業を顧みれば、同盟を承諾するとしても形だけだ」
「アイムより肯定。万が一のために、彼を召喚したのだ。最大の問題点であったインドラはこれで封じた」
「なるほど。俺の役目は神々への対抗策というわけだ。人理を焼き尽くした魔神柱でも、恐怖するものはあるのだな。理解した。此度の俺はおまえ達の槍となろう」



今回グラシャの言った魔法少女とは厳密には「まだ幼いor若い魔法を使う少女」です。つまり魔法少女です(まどマギ論)。
てか、そういう犠牲者ってD×Dの世界観的にはいないとおかしくない? だって聖女より楽に調達できるし、歴史的魔術師が悪魔に転生している事実があるから『魔術師を転生させる』って流行があったとしてもおかしくないし、貴重なアイテムを手に入れるために子どもを人柱にする魔術師もいるだろうし、上級悪魔って貴族だから『貴族特有の遊び』をしていてもおかしくないし。

それはともかく今回の魔神柱会議意訳
グラシャ=ラボラス「負けたぜ、ちくしょう」
アムドゥシアス「勝てなかっただけだ。次があるさ」
アンドラス「聖杯見つけたよー。準備はいつでもOK」
バアル「聖槍の方は三割くらい。二ヵ月は待って欲しい」
アミー「十字架は問題なければ一週間くらいで完成」
フラウロス「デュリオ・ジェズアルドと交渉してきた。裏切ってくれるといいけど」
ウァプラ「グラシャ=ラボラスがやられた後、旧魔王派が会談の場に乱入したけど返り討ちにされてやんの。レヴィアタンの末裔が死んだのに、あっち側の被害はアザゼルの腕一本だとさ」
キマリス「それと、白い龍がルシファーのひ孫だってよ。堕天使を裏切って、『禍の団』側に寝返りやがった」
アガレス「じゃあ、あんまり警戒しなくていいか」
アンドレアルフス「聖書の連中、神の不在を暴露したり同盟申し出たりしているよ」
フェニクス「フラウロスの作戦もほとんど終わったし、神様連中にも何かアクション起こさない? 余計なことされたら面倒になるし」
フルフル「ねえよ。だって、聖書の連中恨まれすぎだしさ。仲良くしようってのは口だけに終わるって」
アイム「そうそう。インドラ対策に彼にも来てもらったしな」
???「なるほど。俺の役目は神々への対抗策というわけだ。人理を焼き尽くした魔神柱でも、恐怖するものはあるのだな。(今のおまえ達は人間と同じことを考えられるのだな。『彼』も喜ぶだろう)理解した。此度の俺はおまえ達の槍となろう」


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天の国は誰のもの

ふと思ったのだが、ソロモンの真実を知っていたとしてもゲーティアは結局人理焼却をしたんじゃないかな。
魔神柱「この悲劇を見て何も感じないのか」
ソロモン「別に何も。だって、僕にはそんな権利がないんだよ。悲しいと思うことも、怒ることさえできない」
魔神柱「では、仕方がないな。仕方がないから、私たちが代わりにやってやろう」悲劇なんてない世界に作り直す的な意味で
ソロモン「ああ――安心した」人理補正式の役目を果たしてくれる的な意味で。本当に安心していたかどうかは別にして


 ここで一度、聖書陣営を取り巻く問題について、彼ら自身が不知であったり軽視しているものも含めて振り返ってみるとしよう。

 まず、魔神柱を自称する怪物たち。その詳しい正体は、彼ら以外にとっては不明だ。三大勢力から魔神柱へ向けての警戒度は低い。『禍の団』の旧魔王派への対策に追われているのに、そちらにまで余力は割いていられないからだ。それに、グラシャ=ラボラスを僭称した個体を倒せてしまったことが大きい。初代大王を始めとする初代七十二柱を襲撃した個体は特別強かったのだと推測された。

 なお、グラシャ=ラボラスと聖書上層部の戦闘時の会話は現場の者しか知らない。知ったところで、情報の改竄を疑うレベルのことが起きたからだ。公の情報としては流れていないが、ある特撮番組でほぼ忠実に再現されている。当然ではあるが、その回の放送は賛否両論だった。初代たちの死に対して不謹慎だという意見もあれば、初代たちの敵討ちに成功したことをアピールすべきだという意見もあった。

 次に、悪魔の駒に関してである。ある時を境に、奇妙な噂が出始めた。曰く、『悪魔の駒を抜き出す技術が確立された』。最初は誰もがくだらない噂だと一笑に伏した。悪魔に転生したことを後悔する不忠者の妄想だと。だが、噂は小さくなるどころか徐々に大きくなった。それどころか『上級悪魔が元転生悪魔に殺害された』という事件まで発生した。無視できないレベルになりつつある。悪魔だけではなく、天使版の『悪魔の駒』に相当する『御使い』を開発中の天界にとっても重要な案件だ。なお、この問題に関しては軍服の看護師が関連しているという噂がある。その看護師はかのクリミアの天使を彷彿とさせるらしい。調査は行われているが、かなり難航している。

 そして、聖剣エクスカリバーの消失である。エクスカリバーの破片は回収されている――はずだが、教会側には戻ってきていない。この件に関して更に細かく言うならば、コカビエルの手元には四本の聖剣があるはずだったが、回収された聖剣は三本だけだ。残る一本の詳細は一切不明となっている。ペンドラゴン家の御曹司が家宝であり国宝であるコールブランドを持って出奔したという話があるが、関係性があるかもわからない。これに関しては他の問題と比較して軽い。聖剣を教会に持ち帰るはずであったのに行方不明になっている紫藤イリナの安否確認も含めて、極々身内の関係者以外は関心をそれほど向けていなかった。

 更に、聖書を除くほぼすべての神話の地獄と魔神柱たちの密約がある。冥界が焼かれる時、『不運』が重なってしまい、悪魔たちは他の地獄に亡命することが物理的にできなくなる。地獄の王たちは、魔神柱のすべてを知っているわけではない。冥界を焼くことは知っていても、その後に天国まで焼くつもりだとは考えていない。ましてそのエネルギーを回収するつもりであるなど想像もしていない。ただ、聖書陣営に大きな不幸が訪れることと、未知の勢力の実力を知るために、その密約を受け入れた。見返りとして渡された物資と技術の存在も大きい。

 聖書が正しく認識しているつもりである危機、禍の団。旧魔王派と英雄派という二大派閥があることは理解されているが、当然、その意識が強く向けられているのは旧魔王派である。だが、英雄派は確実に成長している。神滅具も英雄の血も関係ない。確かな『英雄』が目覚めようとしていた。――栄華の後に訪れるであろう破滅も含めて、聖槍の所有者はその槍に相応しい男になりつつあった。

 最後に、三大勢力のトップ陣の誰もが察知できていない問題が一つある。一刻も早く察知しなければならない問題があった。それは、教会最強のエクソシスト、デュリオ・ジェズアルドが信仰と裏切りの狭間で揺れていることだ。







 極論ではあるが、宗教とは道具である。

 生きるための道具だ。殺すための道具だ。心を安らかにするための道具だ。不安を煽るための道具だ。人を動かすことも、金を得ることも、罪を逃れることもできる道具だ。戦争を始めるための道具であり、戦争を続けるための道具であり、戦争を終わらせるための道具だ。人を糾弾するための道具であると同時に、人を修正するための道具である。殉教とは、宗教を使った自殺と言えるかもしれない。

「……」

 そして彼――デュリオ・ジェズアルドにとって、宗教とは誰かを助けるための道具である。

 戦災孤児であり両親もなく、教会の施設で育った。そのため施設を出て教会の戦士育成機関で戦士として鍛えられた。一つの教徒として、神への信仰は絶対のものである。だが、彼は狂信者ではない。

 天界が進めている悪魔陣営や堕天使陣営との和平および協定。反対している者も多く、口には出さずとも快く思っていない者も少なくない。だが、デュリオは良いと考えていた。その方が良いからだ。その方がこれ以上の犠牲者など出ないからだ。戦争がなければ自分のような犠牲者は増えないし、和平が成立すれば小競り合いによる被害者もいなくなるからだ。

 これまで流してきた血や涙を無為にするとしても、それだけの価値があるとデュリオは考えていた。考えていたはずだった。

「…………」

 数日前、デュリオの下にレフ・ライノールと名乗る男が現れ、ある交渉をしてきた。

 あちら側からの要請を簡潔に言うと、来たるべき時が来れば天界にある偽の情報を流すというものだった。

 これだけならばデュリオは断っただろう。彼とて使徒だ。そのような要件を飲めるわけがない。単純に天界や教会を裏切るだけでは終わらないかもしれない。それにより、多くの被害が出る可能性だってある。そのような可能性を看過できるほど彼は愚かではない。

「………………」

 だが、相手が交換条件としてデュリオに渡すと言ってきた物が問題だった。

 それは()()だ。

 救世主の血を受けた聖遺物ではない。神滅具の一つでもない。世間に『魔神柱』という名称が認知され出した怪物たち、彼らによって作られた万能の願望器。その形状から仮初めとして与えられた名称が聖杯であるというだけの、至高の魔道具。

 どんな願いでも叶えられる奇跡の再現。そんな代物を、デュリオが条件を飲むだけで渡してくるという。

「……………………」

 ()()()()()()()()()()()()

 荒唐無稽にも程がある。あまりにも使い古された偽りの文句だ。あまりにもありふれた甘い罠だ。考慮に値しない。このような取引は拒絶し、あの男のことを教会上層部や天界に報告するべきだ。

 あの男は自分たちの存在の秘匿は条件にしなかった。言うまでもないと考えている、というよりはどちらでも良いという態度だった。彼の提示してきた一つの虚偽情報が然るべき時に流れるだけで、事は足りるのだろう。だから、取引に応じるかは置いておいて、デュリオは彼から接触してきたことを報告するべきだ。

「………………………」

 無理だ。この取引を無視することは、デュリオには無理だ。彼らの情報を他者に流すことも無理だ。

 なぜなら、デュリオ・ジェズアルドには救いたい子どもたちがいる。神器による先天的障害に苦しむ子どもたちだ。神が救わないあの子たちを、万能の願望器ならば救えるかもしれない。それどころか、あの男は言外に伝えてきたのだ。――自分たちは所有者を殺さずに神器を抜き出す方法を見つけていると。聖杯ではなくそちらを要求することも考えられる。

 最近よく耳にする『悪魔の駒を抜き出せる看護師』の存在が、あの話の信憑性を高める。余談ではあるが、この看護師の話があるために、三大勢力の和平を快く受け入れられない人間も多い。和平する意味などあるのか。戦いをやめる意義などないはずだ。

 三大勢力の和平が成立すれば、神器の研究が進んでいるという堕天使側の技術で救えるかもしれない。そちらの方が確実かもしれない。だが、それが叶うにはどれだけの時間が、どれだけの犠牲が必要だ。一秒一秒を苦しむ彼らに、これ以上何に耐えろと言うのか。だって、和平ではなく闘争を選べば、過去の犠牲者に報いることができるはずなのだから。

「……………………………」

 この交渉はデュリオにとってかなり分がある。というか、あちら側からしてみれば割の悪すぎる取引のはずだ。聖杯だけ受け取って、虚偽情報など流さないという選択肢がある。応じた振りをして、彼らから情報を引き出すことだって考えられる。

 だが、無理だ。そんな生き方ができるのならば、今の彼はここにない。

「…………………………………」

 レフの言葉を思い出す。ここまでデュリオを苦悩させている彼の言葉を。

『私ではない。私たちでない。まして神でも奴らでもない』
『キミが彼らを救いたまえ』

「…………………………………………」

 デュリオは与り知らぬことではあるが、レフは自分とデュリオを少し重ねて見ている。哀れだと感じ、救いたいと思いながらも、レフは結局カルデアを爆破し、マシュ・キリエライトを一度殺した。自分と同じ立場になっても、デュリオは同じ選択肢を取らないだろうとレフは痛感しているのだ。だから、デュリオにこのような交渉を持ち掛けたのだ。自分がすべき行動を間違えるなと。

「………………………………………………」

 デュリオは狂信者ではない。狂信も妄執もないが、使徒だ。今日まで教会に生かされてきた。今日まで神の名の下に戦ってきた。

「……………………………………………………」

 彼が天界を裏切るという展開は、よっぽどのことがない限りは有り得ない。

 そう、よっぽどのこと――神の不在を天使長から教えられ、天使に成り下がれと言われない限りは。天使が『システム』を守るためだけに、神の名を騙り、人間を踏みにじっていたと知らない限りは、デュリオは裏切らないだろう。

 魔神柱から交渉を受けていなければ、きっとこんな揺れはなかった。妥協しながら、諦観しながら、許容しながら、デュリオは『ジョーカー』となっただろう。そんな彼だから、あの要求は退けられない。受けてしまいたいと思ってしまう。

「…………………………………………………………」
「フォウ、フォウフォウ」

 貴方の裏切りは貴方の中でさえ可決している。動くならば早くするがいい。早くしなければ――『獣』がおまえの全てを食らうぞ。






「ダンタリオンより報告。十字架は完成した。所有者も含め問題はない」
「フルカスより報告。保護した人間たちが戦意を唱える。回復した負傷者が闘志を示す。自らを虐げた生命どもを屠らんと、復讐をせんと息を巻く」
「バラムより提案。彼らに復讐の機会を与えよう」
「マルコシアスより否定。それでは意味がない。彼らは痛みを受けた。彼らは苦しみを味わった。これ以上の悲劇は不要だ。計画が終了した時、彼らは『人間』でなければならない」
「だったら、我、ゲーティアと一緒に戦う。我、ルシファーやミカエルより強い」
「大人しくしていろ、オーフィス。計画をこれ以上乱すわけにいかないのだ。我々はおまえのいた禍の団とやらの一員だと思われているようだが、おまえと我々の関係はハーデスを始めとした地獄側に知られるわけにはいかないのだ」
「ザガンより報告。三大勢力が京都のキングゥに接触を試みているようだ」
「アモンより了解。警告はしたが、万一のこともある。彼の対応次第で、計画の微調整を行えるように手配しよう」
「ベリアルより提案。円卓の騎士ベディヴィエールに接触するべきだ。我々やキングゥとはこの世界への召喚形式が異なる可能性が浮上した」
「ガープより連絡。彼の現在地は不明だ」
「グレモリーより承認。彼と対面した場合、交渉は私が行うはずだった。私が担当しよう」
「フォルネウスより報告。冥界にてテロリスト対策の会談が行われる。各勢力の上層部も出席する模様。インドラの名前もある」
「了解した。いよいよ俺の出番というわけだ」
「モラクスより懸念。ギリシャ神群と北欧神群はどうするのか。インド神群を封じても、これらの神群の不要な介入は十分に有り得る」
「ウァラクより提案。現状では二つの神群を対処するには戦力が不足している。これでは天国を焼く時に支障が出る可能性がある。英雄派だけではなく旧魔王派も戦力として吸収すべきではないか」
「ムルムルより否定。そのための槍であり、杯であり、十字架である。元よりあれらは神を滅ぼす具現。計画の補強として確保したが、戦力として数えても不足はない」
「ウェパルより否定。ギリシャも北欧も多神である。どちらも、神王の座はあってもその地位は絶対ではない。神王を滅ぼしたところで余計な手間が増えるだけだ。現状の戦力では不足している」
「サブナックより補足。戦闘になることに関して支障はない。だが、その戦闘が天界焼却時あるいは直後であった場合は問題だ。エネルギーの回収が遅滞する」
「カイムより同意。オーディンは知識に貪欲な神だ。知識を得るために、首を吊り、目を捧げた。我らやあちらの世界を知るために、手段は選ばぬだろう。ゼウスも勢力の強化に余念のない神だ。対応次第では、全面的な対立は避けられない」
「ゼパルより提唱。私に良い考えがある」



アンケートやっています。お時間あればご協力ください。

魔神柱会議(意訳)
ダンタリオン「十字架の準備完了」
フルカス「保護していた子たちが俺たちも戦えるってうるさいんだけど」
バラム「やる気があるなら戦わせよう」
マルコシアス「計画が終わった時、彼らの手は綺麗じゃねえと駄目だっつーの」
オーフィス「じゃあ戦う」
ゲーティア「おまえのことが他所にバレたら大変だから大人しくな」
ザガン「三大勢力がキングゥにちょっかい出すかも」
アモン「警告はしたけど、揉めるかもな」
ベリアル「今更だけどベディヴィエールに会っておかない?」
ガープ「彼の居場所分からんよ」
グレモリー「じゃあ私が探しておくよ」
フォルネウス「冥界に各勢力のお偉いさんが集まるってよ。インドラの名前もある」
???「了解した。いよいよ俺の出番というわけだ」
モラクス「ギリシャ神群と北欧神群はどうする?」
ウァラク「今の戦力だとちょい厳しいぞ」
ムルムル「聖遺物もあるしいけるだろ」
ウェパル「でも、どっちも神の数が多いからな」
サブナック「天界焼く時、邪魔されないようにしないとな」
カイム「オーディンもゼウスも余計なことばっかりする神様だしな」
ゼパル「私に良い考えがある」


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ズレ

連載が長くなって複雑化してきたので、ゲーティアの計画を整理
0.聖書の神の打倒 ※すでに死んでいた模様
1.神滅具/聖遺物を魔改造(詳しい理由は伏せます) ※聖十字架と聖杯は完了、残るは聖槍
2.冥界を悪魔・堕天使諸共焼いてエネルギー回収 ※下準備ほぼ終了、3の準備が完了したらすぐに実行
3.天界を天使やシステムごと焼いてエネルギー回収 ※他神話の介入、天使による自爆を阻止する必要がある。現在重点的に行われているのはこの部分
4.冥界・天界を焼いて得たエネルギーで歴史を改竄して『天使・悪魔・堕天使が最初からいないが、救世主という史実は存在している世界』を創り出す
5.ゲーティア解散(この世界に居座ったり元の世界に戻ったり)

連載を決めた頃は十話くらいで終わる予定だったんだけどなぁ……。当初は連載の予定はなかったし。新宿がなかったらすでに終わっていたかもしれません。


「魔神柱のことを教えてくれか。分かった。堕天使の総督アザゼル、その頼みは断らせてもらうよ」
「……あいつらのことを俺たちよりも知っていることは否定しないんだな。一応聞くけど何でだ。何でそれを俺たちに教えられないんだ、キングゥ」
「馴れ馴れしく名前を呼ばないでもらいたいんだけど。彼らとは協定がある。彼らの邪魔をした場合、この京都が攻撃されるんだ。その際の責任を全面的に、貴方が、堕天使が、聖書が背負ってくれるならば話しても構わないけどね。まあ、契約を守ろうとするほど貴方たちは律儀ではないか。前科がある」
「随分な言い様だな。そういうのは死んだ神とかミカエルとかに言ってくれ」
「まるで自分は約束を必ず守る誠実な人格者とでも言いたげな台詞だ。堕天使はよくカラスに例えられるが、ニワトリの方が合っているんじゃないかな」
「てめえ……!」
「――やる気かい? 其方が手を出してくれたらボクとしても楽なんだけど」
「ちっ。こんな安い挑発に誰が乗るか。でも、俺もアポを駆使してようやくこの対談をセッティングできたんだ。サーゼクスやミカエルを納得させられる話をしてもらわないと困るんだがな」
「あっそ。安心しなよ。彼らとの協定は邪魔も協力もしないという内容だ。今のところ、ボクがキミ達の敵になる予定はない。協力する理由もないけどね。そもそも日本としても京都としても妖怪としても、キミ達聖書に示す礼などないはずだ。勢力としての協定はないんだから。観光以外の目的で来ないでくれないかい?」
「魔神柱のことは協定で言えない、か。だったら、おまえのことを教えてくれよ」
「ボクの?」
「ああ。『何も言えない』じゃ危険視されることはおまえにも分かるはずだ。それはおまえにとっても京都にとっても面倒だろう? 俺たちにとってもだ。魔神柱について言えないんだったら、おまえについて言える範囲で教えてくれないか? 例えば、おまえの種族って何なんだ? 俺が知る種族にはない雰囲気ではあるが、魔神柱って連中とは違うっぽいしな。トップとしてじゃなくて個人としても興味がある」
「ボクはただの泥人形だよ。この国の文化に倣うなら、新人類になり損ねた妖怪だ」







 某国某所、本日もいつも通り看護団の護衛として周囲の警戒をしていたゼノヴィアは、突然の訪問者に驚いていた。

「フリード・セルゼン!?」
「あー? どっかで見たことあると思ったら、デュランダル使いのビッチさんじゃねえの! いやー、お懐かしいでございますネ!」
「き、貴様、一体何をしに来た!」

 デュランダルの切っ先をフリードに向けるゼノヴィアだったが、よく考えたら現在の自分は彼と同じ組織に所属していることを思い出す。咄嗟にこのような対応をしてしまったのは、はぐれ悪魔祓いである彼への危険意識が抜けていないからか。

 引っ込みがつかなくなったゼノヴィアを無視する形で、フリードは自分の目的を簡潔に述べる。

「近くに寄ったもんでねー。フローレンス先生とかアーシアちゃんとか元気かなと思ってさ。ぶっちゃけ、要らないと思うけど護衛頼むぜ。俺にとっても先生は恩人なんだ」

 その言葉が嘘偽りのないものであると直感し、自分の知るフリード像と現在の彼がかけ離れていることを思い知るゼノヴィア。

「二人とも過労が心配なほど働いているよ。何なら、おまえが直接会ったらどうだ?」
「いやいやいや! 俺みたいな身体がボロボロの奴があの二人の前にいけるわけねえでしょうよ。殺してでも休養させるぞ、あの二人は」
「それはさすがに」

 それはさすがにないと言えないゼノヴィア。

 端的に言って、フリードの危惧は正しい。優秀な戦士であると同時に、フリードは人体実験の被験体だ。投薬や人体改造などによって、身体は歪になっている。例え、魔神柱の因子と同化したとしても、その白髪が実験の後遺症を如実に示している。

 そして、こんなフリードに労働を許可するほどフローレンス・ナイチンゲールも現在のアーシア・アルジェントも『治療する立場の人間』として愚鈍ではない。抵抗するならば発砲も辞さない。

「俺様も本当は来たくなかったんだけど、ちょっと気になったもんでしてね。何もないならようござんした」

 そう言いながら大して嫌そうでもないフリード。あまりにも違う。教会で聞いていた彼の人間像とは全く違う。コカビエルによる聖剣強奪事件の際の彼は、想定していた人格そのものだった。おそらく元々の人格はあれが正しいのだろう。だが、彼も変化したということなのか。

「じゃあ僕ちゃん、先生に見つかる前に帰りますので――」
「ま、待て!」
「え、何だよ」
「おまえは、どうして彼らに従うんだ?」

 同胞さえ手にかけた人格破綻者。悪魔を殺すことの悦楽に沈んだ異端者。それがどうしてここまで変わったのか、知りたかった。答えてはくれないと思ったが、意外なことにフリードは口を開いた。

「妹がいたんだ」
「……いた?」
「いや、過去形って意味じゃなくてな。つい最近、分かったんだよ。正確には妹みたいな奴、なんだけどな。困ったことに、聖十字架に適合しやがるしよ」

 元々、フリードは試験管ベイビーだ。教会の戦士育成機関の一つ、シグルド機関によって作り出された。しかし、彼は完成品にはなれなかった。天才と言われても、機関の人間にとってはサンプルの一つでしかなかったのだ。実戦に出されるも、戦士としては優秀だったが、使徒としては落第だった。

 教会を追放されたフリードは、追手をしのぎながら、レイナーレという堕天使の下についた。フリードの主観では、美人ではあるが頭の緩い上司だった。レイナーレを始めとする堕天使とその使徒はフラウロスによって殺害されている。四月頃に発生した堕天使の拠点の連続襲撃事件の一つである。襲撃者の危険度を理解したフリードは従属を選択する。もっとも、適当なところで裏切る予定だったが。

 だが、ある時、事情が変わる。

 フラウロスとはまた別の魔神柱が保護――教会の視点では簒奪――した人間の中に、リント・セルゼンがいた。フリードとリントは同一遺伝子の試験管ベイビーであり、兄妹のようなものである。

 フリードは彼女の存在を知った当初は、「そういうこともあるのだろう」という程度の認識だった。ただ、気にはなったので会話はあった。最初は本当に何の愛着もなかったのだ。悪魔やその契約者だけではなく、同胞であるエクソシストさえ殺してきた自分にそんな人間らしい感情があるはずもないと思っていたのかもしれない。だが、いつからか認識が変わっていた。コカビエルが聖剣を強奪した頃には、自覚できる程度にフリードは変わっていた。自ら魔神柱の端末としての調整を受けようとするほどに。

 別に、悪魔を殺したいと思うフリードがいなくなったわけではない。ただ、ちょっとだけ別のことを考えるようになっただけだ。フリードの願う光景を叶えるには、ゲーティアへの協力が一番確実だった。

「旦那たちが勝てば、あいつが楽しく生きられる世界になるはずなんだよ」
「おまえは……」
「なーんちゃって!」

 フリードは露骨なほどに剽軽な声を上げる。

「このフリード・セルゼン様がそんなお涙頂戴のベタ展開をお届けするはずねえだろうが! 俺は単純に、旦那たちに下についた方が一番暴れられるって思ってんだよ。それ以外に何があるの? あー、悪魔ぶっ殺しまくって気持ちよくなりたいぃぃいい! 色々と溜まっちゃうYO! じゃあね、バイビー!」

 逃げるように去るフリード。実際逃げているのかもしれない。主に近くにいるはずの鋼鉄の看護師とその弟子から。逃げた先で鉢合わせしそうな予感もするが。

「……私は」

 悲劇の聖女は治すためではなく、救うための信念を手に入れた。白髪の神父は刹那ではなく、未来を求める理由を見つけた。そして、今のゼノヴィアは知らないが、かつての相棒は新しい信仰に出会った。聖槍の英雄志望は道筋を定め、聖杯の吸血鬼は晴天の下に立った。

 ならば、ゼノヴィアは一体、何を探すべきなのだろうか。答えはまだ分からない。







 ここが夢の中だってすぐに分かった。

 俺――兵藤一誠は明日から部長の里帰りにご同行する予定だ。つまり冥界、地獄と呼ばれる場所に行くんだ。部長や会長さんなんかは次期名家の当主としてお披露目会もあるらしい。テロリスト対策の会議なんかも開かれるらしいけど。部長のご実家に行くってことで、俺も緊張しっぱなしだ。……それから、延期になっていた焼き鳥とのレーティングゲームをいよいよやるんだ。部長の未来のためにも勝たないと。

 天使、悪魔、堕天使という三大勢力の和平のための協定――駒王協定。これで木場の聖剣計画のような犠牲者はなくなるはずだ。協定の後に、アザゼルが駒王学園の先生としてやってきた。しかも、オカルト研究部の顧問についた。結構スケベで話の分かる人、じゃなくて堕天使だった。今では素直にアザゼル先生って呼べるぜ。

 それにしても変な夢だ。夢だって自覚できるんだけど現実感があるというか、違和感が強い。

『相棒。これはただの夢じゃない。何者かがおまえの意識に干渉して、強制的に見せているようだ。気をつけろ。どのような精神攻撃をされるか分からんぞ。このような能力はなかったから白いのではないと思うが……』

 すぐそばにいるドライグが、そう説明してくれた。普段は神器からの声だけだが、今は夢だからかドラゴンの姿がはっきり見えた。

 真っ黒な空間だ。上下左右前後に黒しかない中で、テレビをつけた時みたいに空間の一部に映像が映し出された。

 そこには龍を象った赤い鎧を着た人物がいた。その人物が俺だってのはすぐに理解できた。あれが『赤龍帝の籠手』禁手状態『赤龍帝の鎧』なんだろう。前にアザゼル先生に借りたリングで俺は疑似的な禁手になったんだけど、まさにあんな感じだったのだ。

 映像の中央に立っている俺に、子どもたちが寄ってきた。どういう状況なのか理解できないでいると、軽快な音楽が流れてくる。ヒーローショーっぽいなと考えていると、衝撃のタイトルコールが。

 ――おっぱいドラゴン、始まるよー!
 ――おっぱい!

 ……………………何、これ。

 困惑する俺に、こう、意味不明な歌が聞こえてきた。そう表現するしかない歌が聞こえてくるのだ。作詞した人の正気を疑いたくなるような歌詞だった。振付もあるし、気合い入りすぎだろう。……え? なんなのこれ?

 場面が変わり、色々な映像が流れていく。その中に登場する誰もが、信じられない言動を繰り返していた。それも、俺に対して。一つ一つが断片的すぎるけど、俺にとって不本意な何かが起きていることだけは明らかだった。

  ――噂を聞いている。女の乳を糧に行動する破廉恥な男だと
 ――私の宿敵に乳龍帝などいない
   ――乳龍帝よ、乳神様の加護を貴方に
  ――ドライグ、乳を司るドラゴンになる?
 ――おケツもいいものだよ
   ――ずむずむいやーん
  ――ずむずむいやーんってずっと聞こえてくるの……

『な、何だこれは! その、何なんだこれは!』

 絶叫するドライグ。俺に聞くなよ! 本当に何なの、これ!? どうして、あの厳めしい武人みたいなおっさんは俺がおっぱいを食べるなんて思っているんだ。乳龍帝とか乳神様ってなんだ。ずむずむいやーんってどういう意味なんだ。そこはかとなく魅力を感じるけど、何で巨大なドラゴンが連呼しているんだ……。あと、気のせいじゃなければドライグが幼児みたいな喋り方をしていたような……。

 困惑する俺たちに、どこからともなく声が届く。

『これこそは、異世界の貴様の姿。これから廃棄できる選択肢の結論にして、まだ排除できる可能性の結末である』

 映像が途切れて、周囲が一気に殺風景になる。この自由さが夢の証明だった。

『そ、そら、相棒。どうやら黒幕のお出ましのようだぞ』

 どうにか調子を取り戻したドライグと同じ方を見ると、そこにはバケモノがいた。

『私はソロモン七十二柱がひとり、ゼパル』

 柱みたいな身体に、大量の赤い目。七十二柱の名前を勝手に使っている、魔神柱を名乗っている怪物。前回のグラシャ=ラボラスとは違うけど、こいつも全体的に黒っぽい。

「な、何でおまえが俺の夢に出てくるんだよ! こんなデタラメ見せてどうするつもりだ!」

 俺の問いかけに、魔神柱はせせら笑う。いや、声に感情は宿っていないように思うんだけど、こいつは俺を見下していた。ライザーやヴァーリのように、あるいはそれ以上に。

『虚偽ではない。これは間違いなく有り得た貴様の生き方だ。そして、貴様に話などない。人としての可能性を放棄した悪魔よ。利用価値のない半端者よ。私が用があるのは、其方の龍だ。ブリテンの守護神ア・ドライグ・ゴッホよ』

 俺じゃなくてドライグ? ドライグと会話したいけど、ドライグは神器に魂だけが封印されている状態だ。だから、直接じゃ駄目で、俺の夢を通しているってことか?

『ほう? 俺に何の用だ』
『見てもらった通りだ。貴様はこのままでは、その歴史を恥辱に染められる。だが、今ならば間に合う。その転生悪魔よりも、我々の方が貴様の力を正しく利用できる。我々には、貴様に新しい肉体を与えられる手筈がある』

 魔神柱――ゼパルは、ドライグにこう告げた。

『赤い龍よ。我々と手を組め。そして、龍王を超えた“天龍”として復活せよ』



ゼパル「かわいそうなドラゴンとか言われる前にこっち来いよ」
これがアンケートを通して得た私なりの解答だ。

〇〇〇さんをIFで書いたりしないのかだって? 無理っす。手一杯っす。やりたい人がお好きにやってどうぞ。ただⅡの案はあるんですよ。IF書くとしたらそっちかな。


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嵐が来るぞ

先に謝っておきます。

 あ れ は 嘘 だ !

やめて石を投げないで! せめて本編を読んで察してから投げて!


 冥界行きの列車の中、リアス・グレモリーとその眷属は、堕天使の総督アザゼルから京都で得た情報について聞いていた。

「アザゼル。つまり、貴方が京都で出会ったキングゥという者は、ゴーレムの亜種だと考えればいいのかしら?」

 眷属の主人でありグレモリー家の次期当主であり魔王の妹であり若手の期待の星とされているリアス・グレモリーからの問いに、アザゼルは首肯した。

「ああ。本人の言い分を信じるならだけどな。もっとも、ありゃこっちを騙そうなんて気はねえだろう。人生をやり終えたかのように、無気力な奴だった。京都から出てくることはねえだろうな。情報を全部話したわけじゃねえだろうしな。あいつが時折口にした『母さん』の正体もいまいち分からん。上手くはぐらかされるし、相当なやり手だな。強いだけの相手じゃねえってのは面倒だ」

 アザゼルの考察に対して、『女王』、『雷の巫女』こと姫島朱乃は不快そうに眉をひそめる。普段は温和な彼女には珍しい態度だ。その出生と来歴ゆえに、朱乃は堕天使が嫌いなのだ。

「分かったことはそれだけですか? わざわざ京都まで行ったのに」
「いや、実に有意義だったよ。それに、地雷を踏まずに済んだみたいだからな」
「地雷?」
「先に言っておくか。二年生は修学旅行で京都に行くしな。おい、おまえら、京都でキングゥに出会っても絶対に戦うな。習性かってくらい煽ってくるが、絶対に喧嘩を買うな。あれは、正真正銘のバケモノだ」

 重々しい忠告に対して、その場にいた全員が唾を飲み込む。『騎士』木場祐斗が代表して口を開く。

「京都で特別な立場だから、ではないんですね? それほどまでに強いんですか? だったら尚のこと正体を明らかにするべきだと思いますけど」
「あいつがどこから来たのかって調査は続ける。だが、不用意な接触はやめておいた方がいい。下手したらありゃ魔王の眷属やら竜王やらのレベルだ。妖怪連中があそこまで丁重に囲っているのも分かる。抗争になったら、割に合わん被害が出る。戦い方も分からんからな。初見じゃ俺でも勝てんだろう」
「なっ!」

 それを聞いて、リアスが不快そうに声を上げる。

「お兄様の眷属が、そんなぽっと出のゴーレムに負けるとでもいうの!?」
「ぽっと出の意味不明な肉柱に、初代大王ゼクラム・バアルは倒されたんだぞ。結局、キングゥからもあいつらの情報は集められなかったけどな。分かったのは、不干渉を約束できる間柄ってことだ。好意的じゃなかったから、仲間ってわけでもねえんだろうけどよ」

 リアスが反論できないでいると、『戦車』塔城小猫が訊ねる。

「……でも、ある程度の推測は立てているんじゃないですか?」
「まあな。これでも堕天使の総督だぜ? 俺は研究者でもあるしな。で、魔神柱とキングゥの正体だが、あいつらは禍の団か、それに類似する組織の作り出した兵器だろう。名前を過去の神話から拝借している点から見ても、その可能性が高い」

 ここでアザゼルは『僧侶』ギャスパー・ヴラディが上の空であることに気づく。こちらの会話に意識が向けられていないようだ。

「おい、ギャスパー」
「は、はいぃいい! き、聞いてませんでした! ごめんなさい!」
「いや、いい。ルーマニアの件か?」
「は、はいぃ」

 吸血鬼は他の種族と比較しても閉鎖的な社会だ。男尊主義のツェペシュ派と女尊主義のカーミラ派があり、ルーマニアに彼らの国はある。

 少し前に、そんな吸血鬼の国に魔神柱の襲撃があったという。襲撃を受けた時期は駒王協定が締結した頃と同時期だが、判明したのは本当に最近だ。吸血鬼が閉鎖的であるがゆえに発見と伝達が遅れてしまったのだ。ツェペシュ派の被害が特に甚大のようだが詳細はまとまっていない。

 ギャスパーはハーフヴァンパイアであり、元々はツェペシュ派の名家の出だ。家族から迫害され、最終的に逃げ出す形で追放された身とはいえ、無関心ではいられない。特に、恩人であるヴァレリー・ツェペシュの身を案じてしまう。

「今は待て。調査結果ももうじき上がってくるはずだ」
「は、はい……」

 そう言葉を返すしかないギャスパーを見て、嘆息するアザゼル。だが、今できることはない。世界的に見て、あるいは聖書の勢力的に見て、吸血鬼の優先順位は低い。アザゼル自身、聖杯についてはまだ知らないため、『魔神柱は吸血鬼も攻撃対象にしている』程度の認識しかない。

「それで、イッセー。おまえの夢に出てきた魔神柱ゼパルのことだけどな」

 アザゼルが切り出した話題に、全員の顔が強張る。

 魔神柱ゼパルを自称する怪物が、夢を通してイッセー、もといドライグに復活を提案してきたという。当然、ドライグは断った。肉体が復活できるという言葉も、魔神柱という存在そのものも信頼性が低かったからだ。

「この件は黙っておけ。この場にいる全員、誰にも他言無用だ。サーゼクスには俺から話を通してある。この話はこの場にいるメンバーを除けば、四大魔王とその眷属までにしか伝わらないようになっている」
「え? ど、どうしてですか?」

 意外そうな一誠に、アザゼルは不愉快そうに応じる。

「簡単なことだ。同じようなアプローチを受けている奴が、冥界にいないとも限らないんだよ」

 それを聞いて、数名がその真意を理解する。

「……裏切り者が悪魔にいるんですか?」
「その可能性があるだけだ。だが、可能性しかない段階だからこそ話を荒立てたくないってのが俺やサーゼクスの本音だ。イッセー、というかドライグにだけ夢で干渉したってのも奇妙な話だろう。アルビオンやヴァーリにもこの話が行っていると見て間違いない。ま、俺としてはこの情報が早く手に入れられて良かったけどな。……それに、ドライグの肉体を復活させられるってのが本当なら、奴らは神滅具の一つ、聖杯を確保しているのかもしれねえ。それに釣られる馬鹿がいないとも限らないんでな」
「そう……。上級悪魔が偽物の七十二柱につくことだって考えられるのね。なんだか悲しいわ」

 落ち込むリアスに、イッセーは励ましの言葉をかける。

「俺は部長を裏切ったりなんてしません! 一生ついていきます! あんな巨大な触手みたいな怪物の側に行く奴がいたら、そいつが悪いんですよ! な、ドライグ!」
『ああ、そうだな。俺が魔神柱につくことなど有り得んよ。あのゼパルとかいう奴も、上から目線で気に入らなかったからな。俺があのような態度を許容するとしたら、そうだな。俺自身に他ならないだろうな』

 そう言って、龍は嗤った。







「ちっ」

 心底不愉快そうに舌打ちをするキングゥ。実際ひどく不愉快だった。

 現在、彼は跳躍で京都上空を飛翔していた。今日も今日とて九重に京都案内を受ける予定のキングゥだったが、京都に奇妙な気配が侵入したことを察知した。だが、その気配に気づいたのはキングゥだけだった。逆説的に、正式に京都に入った者ではないため、気配の持ち主が侵入者であることを証明していた。すでに一宿一飯どころではなく京都の世話になっているキングゥとしては、迅速にその侵入者を排除しようと動くしかなかった。

 やがて目的の気配の持ち主を発見した彼は、人里離れた山地の一角を狙って着地する。

 着地した地点には、二人の男性。片方は銀髪が特徴的で、片方は中華風の鎧を纏っていた。どちらもキングゥの登場に驚いているが、突然の落下物に驚いたのではない。落下物がキングゥであることに驚いたのだ。つまり、この二人はキングゥのことを知っていた。

「おいおい、この距離で気づくか普通! 仙術で気配消してたんだぞ。ショックだぜい」
「その割には嬉しそうだな、美猴」
「まあな。これで盛り上がらないと嘘ってもんだぜい!」

 キングゥは二人の珍しい気配に若干訝しむ。銀髪の方は人と龍と悪魔が混ざっている。中華風の鎧の方からは、やけに特徴的な妖怪の気配を感じるが、この京都のものではない。おそらく大陸の方の出身だろう。だが、好奇心の類はキングゥには沸かない。むしろ自分をネタに盛り上がる初対面の相手に、苛立ちが募るだけだ。

「それで、キミ達は誰だ?」

 苛立ちを隠そうともしないキングゥに対して、二人は涼しげな、あるいは楽しそうな顔だ。

「俺の名はヴァーリ。ヴァーリ・ルシファーだ」
「俺っちは美猴! よろしくな!」

 二人の名乗りを受けて、キングゥはぴくりと反応する。どちらもつい最近聞いた名前だったからだ。堕天使の総督アザゼル。情報は上手く隠しながら伝えたつもりだが、だからこそまたやってくるだろう。八坂や九重にも面倒をかけるため、これ以上の来訪はお断りしたい相手である。

「金星の残滓に、猿の末裔か」

 双方とも『禍の団』なるテロ組織に属しているらしい。ヴァーリは今代の白龍皇にして、真の魔王ルシファーのひ孫。美猴は斉天大聖――孫悟空の子孫である。どちらも伝説になるに相応しい素質を持っている、この時代の寵児とも言うべき猛者だ。

「手間が省けたと言うべきだろうな。キングゥ。俺は君と戦いに来たんだ。其方から来てくれたと言うことは、戦意があると見ていいのか」
「いいや、全然。ボクが向けるのはこの言葉だ。死にたくなかったらさっさと失せろ」
「……釣れないな。この間の魔神柱といい、どうしてこうなるのか」

 相手が魔王の末裔であり堕天使の総督の事実上の養子であるがゆえに、キングゥは事を荒立てるつもりはなかった。まして、闘戦勝仏の身内も一緒となればややこしくなることは確実だ。少し脅して追い払おうかと逡巡していると、ヴァーリは意味深な笑みを浮かべて、こう宣った。

「君と本気で戦ってもらうには、狐の姫を殺すしかなさそうだな」

 ヴァーリからしてみれば、軽い挑発のつもりだった。少し前、運命の宿敵こと今代の赤龍帝兵藤一誠に言ったらひどく激高し戦意を爆発させてくれたことも大きかった。二匹目のドジョウを狙ったのだ。そこにいるのがドジョウならぬ大蛇かもしれぬというのに。

 キングゥにとって、九重の安否はこれ以上なく効果的な爆弾だった。例えるならば、蛇髪の怪物(メドゥーサ)の目の前で無力な二人の姉(ステンノとエウリュアレ)を殺すと言ったようなものだ。仮初めであっても、彼は間違いなく彼女の息子なのかもしれない。

 キングゥはヴァーリに視線を送る。

「――――テロリストならばどう処理したところで、問題はないか」
「ん? 戦ってくれる気に……」

 キングゥの目を見て、ヴァーリが覚えた感情は高揚ではない。恐怖だ。おそらくヴァーリは生まれて初めて、相手の『強さ』に対して怯んだ。

 あまりにも濃厚な殺意と憤怒。見る者に目の色が赤く変化しているような錯覚さえ与える。おそらくキングゥにとっても九重には見せたくない顔だ。

 その怯えを見ても、キングゥの感情に変化はない。この反応はあまりにも当然のもの。力はずっと抑えていた。振るう必要もなかった。暴れようとも思わなかった。京都の妖怪たちに見せた力はほんの一部分でしかない。しかし、この世界に来て初めて、キングゥは全力を出すことを決めた。

「ボクの本気が見られて満足だろう? なら――その代償に、おまえたちはここで死ね」

 もしも美猴がもっと注意深くキングゥの気を探っていたならば、もしもキングゥがヴァーリの現状を知らなければ、もしもヴァーリがキングゥの立場を知らなかったのならば、もしもキングゥが単騎ではなく京都妖怪が周囲にいたならば、容易く防げたはずの悲劇だった。







「ゼパルより報告。赤龍帝ドライグとの交渉は決裂した」
「レラジェより提案。ならば代案として白い龍と交渉を手配しよう」
「アムドゥシアスより報告。手遅れだ。白龍皇の宿主がキングゥと接触した。彼との不可侵条約がある以上、あの龍と接触はできない。繰り返すが、手遅れだ」
「イポスより要請。次の白龍皇を待つ余裕はない。代替の手段を用意すべきだ」
「マレファルより了承。候補は複数体存在する。最適な怪物を検討しよう」
「グレモリーより報告。ベディヴィエールに接触。彼の召喚形式が判明。やはり我らとは異なる手段による召喚だった。奴だ。花の魔術師の仕業だ」
「クロケルより疑問。どちらの奴だ。あちらが送り込んだのか? こちらが呼び出したのか?」
「グレモリーより解答。不明だ」
「グシオンより追及。どちらの奴かなど問題ではない。我々が注目すべきなのは、我々が警戒すべきなのは、奴の目的だ。聖剣の回収か。騎士王の復活か。第六特異点の再現か。いずれにせよ、我々の計画の邪魔になる」
「ボディスより訂正。すでに発生している問題がある。聖槍の女神の出現が確認された」
「マルバスより推測。おそらくベディヴィエールの存在が連鎖召喚させたと思われる。元より、下地はあった。消滅したはずの我らの復活。我らの世界では折れたはずの聖剣と、返還されたはずの聖剣。ア・ドライグ・ゴッホの残滓。そして、ベディヴィエール。エルキドゥの死体(キングゥ)の影響も示唆される」
「フォルネウスより警告。これでは、あの聖剣が復元されてしまう。今更抑止力の介入など不認である」
「ハーゲンティより要請。計画に支障が出る前に対処すべきだ」
「ラウムより却下。我らは表舞台に出られない。ここで動けば各勢力の認識が変化する可能性がある。そうなれば計画が狂う。今更すべての神群を相手にしている余裕はない」
「シャックスより反論。だが、あの女神を放置することはできない。どのような事態に発展しても、計画に支障が出る」
「ガミジンより同意。キングゥの介入どころの次元ではない。オーフィスの暴走どころの問題ではない。あの女神は、本人が意図せずとも、存在するだけで我々の計画を妨害する」
「バルバトスより提案。我らが戦えぬのならば、神滅具を利用し、あの女神を討伐すればいい」
「フラウロスより否定。彼らでは獅子王は倒せない」
「グラシャ=ラボラスより肯定。彼らは無力だ。人の力では神には勝てぬ」
「ガープより反論。そのために人理補正式(われわれ)がいる」
「ゲーティアより全魔神柱に通達。全力で英雄派を支援し、女神ロンゴミニアドを打倒せよ」
「かつてのおまえ達ならばするはずのない選択だな。おまえ達の力添えがあっても彼らが彼女に勝てないことは俺でも分かる。一度死んで数値が見えなくなったか」



さあ、風呂敷を広がるのはここまでだ。これから一気に畳んでいきます。今後の1.5部の内容次第ではまた広げることになるんですが。

恒例となった魔神柱会議(意訳)
ゼパル「ドライグとの交渉失敗」
レラジェ「じゃあ次はアルビオンな」
アムドゥシアス「遅いわ。あの野郎、キングゥに喧嘩ふっかけやがった」
イポス「じゃあ代わり探さないと」
マレファル「結構候補はあるからな。選んでおくよ」
グレモリー「ベディヴィエールなんだけど、マーリンが呼んだっぽいぞ」
クロケル「俺たちの世界のマーリン? この世界のマーリン?」
グレモリー「そこは分からん」
グシオン「どっちは問題じゃない。あいつが何やるつもりでもきっと計画の邪魔になる」
ボティス「もう問題起きてんぞ。あの女神が出てきた」
マルバス「俺たちも復活できたし、カリバーンとかエクスカリバーとかがあるからだろうな。ドライグやキングゥの影響も考えられるか?」
フォルネウス「下手したら抑止力出張ってくるぞ」
ハーゲンティ「急いでどうにかしないと」
ラウム「でも今俺たちが大きく動いたら世界の流れ変わっちゃうし」
シャックス「放っておいても計画に支障出るぞ」
ガミジン「キングゥとかオーフィスどころじゃないな」
バルバトス「いっそのこと曹操たちに戦わせたらいい」
フラウロス「無理だ」
グラシャ=ラボラス「ああ、彼らじゃ勝てんわ」
ガープ「そのための俺たちじゃん」
ゲーティア「よし、曹操たちに獅子王を倒させるぞ」
???「かつてのおまえ達ならばこのような選択をするはずがない。おまえ達の力添えがあっても彼らが彼女に勝てないことは俺でも分かる。一度死んで数値が見えなくなったか。(おまえ達が、確率よりも人間を信じるようになるとはな)」


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魔神と女神

全部マーリンと聖書に記された神が悪い。


 固有結界。

 それは心象風景の具現化。魔法に最も近い魔術。禁呪であり、最大級の奥義であり、魔術の到着点の一つ。言ってしまえば、現実を使用者の心に刻まれた風景に塗り替える魔術だ。

 本来は悪魔が持つ異界常識であり、この魔術はその存在そのものが「世界の染み」である。異物であり、矛盾である。よって、世界の抑止力はこの魔術を修正しようとするため、一部の例外を除いて、長時間の展開はできない。

 一部の英霊は宝具として、この固有結界を使用できる。クラスがキャスターでない場合や、そもそも生前魔術師でない場合もあるが、いずれも独自の性能を誇る。例えば、墓標の如き剣の丘。例えば、征服王とその臣下たちが目指した果てない地平線。例えば、マスターの夢を反映する英霊そのもの。例えば、楽園を創り出すためのゴーレム。例えば、威光を具現化した複合神殿。例えば、渇望と理想が昇華された機関鎧。ゲーティアの時間神殿もまた固有結界の一つである。

「我、つまらない」

 そして、オーフィスが作り出したこの空間もまた固有結界である。この世界には、何もない。次元の狭間とは似て非なる空間。次元の狭間には廃棄物も多いが、この世界には正しくオーフィスしかいない。オーフィスの心象というよりは、『無限の龍神』の属性ゆえだろう。無限、虚無、混沌。何よりオーフィスが求めているものは、静寂だ。よって、この世界には一切の異物がない。

 仮に名前をつけるならば、『龍神の深淵』。

 オーフィスは最強だ。それこそこの世界原産の生命では、『神の毒』という例外を除けば、グレートレッドと封印されている666でしか相手にならない。次に強いとされるインド神話のシヴァとさえ圧倒的な開きがある。そんなオーフィスの固有結界だからこそ、この世界は修正できない。世界如きには消すことができない。むしろ無理に修正しようとすれば、世界の方に異常が発生してしまう。

 ゲーティアがオーフィスに固有結界の存在を教えたのは、時間稼ぎだった。まさか本当に使えるようになるとは思わなかったが、計画に支障がないと判断されたため、魔神柱も看過することにした。むしろオーフィスがグレートレッドと戦う必要がなくなったため、計画を補ったとなったとさえ認識された。

 願っていた静寂を、願っていた以上の静寂を得たオーフィスであったが、愉快そうではなかった。無感動で無表情のドラゴンであったが、本来感じないはずの退屈さが滲み出ていた。

「ゲーティア、我に構ってくれない」

 ゲーティアにとってオーフィスとの出会いは余分なイレギュラーだが、オーフィスにとってゲーティアとの出会いは運命だった。当然と言えば当然だろう。同じ次元で、同じ視点を持つ相手なのだ。よく知らない666や次元の狭間から追い出したグレートレッドとは違う。

 このドラゴンは果てしない生涯を送りながら、精神性がまったくと言ってよいほど育っていない。つまり、子どもなのだ。姿形を自在に変えられるが、現在は少女の姿となっている。その精神性は、その見た目相応に、下手をすればそれ以下に幼い。

 その幼さゆえに、オーフィスはゲーティアの中にある『憐憫』という名の父性を見出し、求めた。しかし聖書焼却で忙しい魔神柱に、オーフィスに構っている余裕などない。オーフィスが気になる魔神柱も数柱いるが、やはり聖書焼却の計画のために奔走している。

 静寂を得るための固有結界だったが、ゲーティアを相手に拗ねて逃げ出したというのが正しい。

「我、寂しい」

 無表情で呟いたオーフィスの前に、二つの人影が投げ出された。どちらも血だらけだった。どちらも死にかけだ。オーフィスは特に感情を動かすこともなく、自分の前に立つ男を見た。先ほどの二つの人影をここに運んだのも、彼の仕業だ。

「どうやって入ったのか不思議そう、ではいないね。まあ、この世界は他ならぬ君の心象風景だ。気づきさえすれば、出入り自由なのは承知しているか」

 その男は、一目で魔術師と分かる恰好をしていた。その男は、どこか胡散臭そうだった。その男は、幻想的な雰囲気を漂わさせていた。その男の通ってきたであろう道には、花が咲いていた。

「おはよう。そしてこんにちは、オーフィス。君の頼れる相談役、マーリンさんだよ」

 花の魔術師マーリン。冠位魔術師のひとりにして、人と夢魔の混血。現在のすべてを見通す千里眼の持ち主。

「マーリン? おまえ、我の知るマーリンと違う」
「だろうね。私は別宇宙のマーリンさ。まあ、こうしていられるのも君の固有結界の中だけなんだけど」

 マーリンは摩訶不思議な固有結界を観察する。固有結界とは元々矛盾しているものだが、この固有結界は性質そのものが『矛盾』なのだ。構築が矛盾しているのではなく、あらゆる矛盾を許す構築となっている。この空間ではあらゆるものが『停止』と同時に『進行』している。だからこそ、マーリンがこの世界に投げ入れた二人は死なない方がおかしい重症でありながら、死んでいない。

 アヴァロンから出られないはずのマーリンであるが、この固有結界の特性ゆえに入ることができたのだ。別にマーリンのように千里眼を持っている必要も魔術師である必要もない。ただ認識するだけで、この世界に入ることができるのだ。もっとも、認識するためには千里眼が必要なので、本当に誰でも入ることができるわけではない。

「アルビオン?」

 死にかけの片割れに向かって、そう問うオーフィス。返事は本人ではない誰かから返ってきた。

『オーフィスか。禍の団の頭目になりながら行方不明と聞いていたが、このような処にいたとはな』

 サクソンの白い龍アルビオン。『白龍皇の光翼』に封印されているドラゴン。今の宿主であるヴァーリは絶対に怒らせてはならない相手の逆鱗に触れ、殺されかけた。次の白龍皇は誰になるのかと考えかけた瞬間、マーリンがヴァーリを助けたのだ。

『マーリンを名乗る男よ。貴様、何のためにヴァーリと美猴を助けた?』
「え? 決まっているじゃないか。キングゥへの嫌がらせだよ」

 思わず絶句するアルビオン。

「あ、じゃなくて意趣返し、でもなくて、餞別だよ、餞別。あそこで、キングゥはヴァーリ・ルシファーを殺すべきではなかった。ただそれだけだよ」

 端から意味のある答えなど求めていなかったのか、アルビオンは話題を変える。

『貴様。別宇宙のマーリンだと言ったな? それが本当ならば、目的は何だ?』
「一言で言うならば、様子見かな。それ以上のことをするつもりはないよ」
『様子見だと?』

 マーリンという男には珍しく苦虫を噛むような顔をしていた。

「自分の撒いた種がどうなったのか見に来ただけだよ。いや、本当に予想外だった。やっぱりベディヴィエールじゃなくてランスロットかガウェインにすべきだったか。でも、法則的にベディヴィエールが一番召喚しやすかったんだよね。サーヴァントとしてではなく英霊として召喚できるのは彼だけだった。……だからこそ連鎖召喚が発生してまったのか。僕としては、エクスカリバーだけ返還できればそれで良かったんだけど。予想外と言えば、キャスパリーグだよ。あいつ、何であれほど嫌がっていたのに……いや、これはいいか。うん、どうにかなるだろう。この世界にも、それなりに美しいものはあるんだし。にしても、こっちの聖書の神様も面倒なことをしてくれたものだ」

 一人で喋るだけ喋って、方向転換をするマーリン。

「じゃあ僕は帰るよ。こっちに来ることはもうない。聖剣はもういいや。ベディヴィエールや他のサーヴァントの回収は抑止力がどうにかしてくれるだろう。魔神柱や獅子王に関しては、此方の世界の人々に頑張ってもらうとしよう。特に、ヴァーリ・ルシファー君には頑張ってもらわないと。彼が強くなれば、ゲーティアの計画も失敗する可能性がある。そうなったら彼らも暇になるんだろうけど、何をするのかな」

 次の瞬間にはマーリンの姿はなくなっていた。最後の台詞は、明らかにオーフィスに向けたものだった。その言葉の意味を理解したオーフィスは、自分なりに意味を反芻する。

「……アルビオン強くなれば、ゲーティア、我に構ってくれる?」

 オーフィスは自分の手の中に、力を分け与えるための『蛇』を作り出す。旧魔王派や英雄派に与えた『蛇』よりも、巨大なサイズだ。

『ま、待て! オーフィス! 早まるな!』

 アルビオンの制止虚しく、オーフィスは意識を失ったままのヴァーリの口に特大の『蛇』を押し込んだ。

「が、がああ■■■■■■■■■■■■■■■■!」







 当然ではあるが、

「……………………………」

 かつてと同じ手を食らった上に勝ち逃げされたことを理解したキングゥは、筆舌に尽くしがたいほどに、絶句するほどに、笑顔になるほどに激怒していた。そして、この憤怒が晴れることはきっとない。

 彼の不機嫌は、狐の親子との語り合いで宥められることだろう。







「驚いたぞ、獅子王。よもや、其方から此処に来るとは」
「驚いたのは此方も同じだ、魔術王を騙った魔神王。いや、人王と呼ぶべきか」
「宣戦布告か? まさかとは思うが、共同戦線でも結びに来たか?」
「安心しろ。そのまさかは有り得ない。ただ、私の騎士のひとりがお前達と接触したと聞いてな。彼はどこにいる?」
「さてな。確かに時間神殿にいたが、貴様の情報を伝えたら血相を変えて飛び出したぞ。止める意味もなかったから引き止めなかったがな。用事がそれだけならお帰り願おう。我々は七十二柱の名を穢す異形を滅ぼす算段を立てるので忙しいのだ」
「いや、用件はまだある。お前達の計画は予想できる。そして、それは私にとって看過できないものだ。だからこそ、私はお前達を止める」
「ほう? 我々が地獄を焼き、天国を焼き、歴史を書き換えようとしていることを見抜いたと?」
「違うだろう。お前達の目的からすれば、それは半分に過ぎない」
「何?」
「お前達の目的は、むしろ聖書焼却の前にある。お前達が集めた神滅具――聖槍、聖杯、聖十字架がその証拠だ」
「では、言ってみろ、最果ての王よ。聖書焼却の他に、我々が何をするつもりだというのか」
「聖遺物を、十番目の指環の代わりとし、魔術王を超越した全能を手に入れることだ。唯一神の遺したすべてを、システムから吸い上げるために亜種の『覇輝』を使用する」
「…………」
「お前達自身が抑止力――ガイアやアラヤに相当する存在となる。いや、それらと融合するつもりなのか? 過去の改竄を自分たちの望むように……いや、これからの未来のすべてを貴様の裁定で決める。三千年もの間、抑止力を出し抜き続けたお前達だからこその発想だ。神滅具の所有者達は、アヴァターラのような扱いにするつもりだな?」
「……ギャハハハハハハハハハハハハハハハ! その通りだとも、死に損ない、天に成り上がった女神め! それが最も手っ取り早い方法だ。それが最も確実な手段だ。我々(わたし)が望む悲劇のない世界を作るためにはな。全知全能を超えた我々(わたし)が取捨選択をする。これ以上の極点がどこにある? それ以上の理想郷がどう作れる?」
「お前達は気づいていない。お前達の計画に致命的な欠陥があることを」
我々(わたし)の完璧な計画が破綻すると? この世界には、忌々しいソロモンも藤丸立香もいないというのにか!」
「ああ。敗北ではない。彼らが来るまでもない。お前達は()()する。お前達はお前達の落ち度によって、計画の達成を諦めることになる。そも、どうして今あるものの美しさを否定する? 人間の価値を理解したのならば、こうして現在の人間達の営みこそを守るだけでいい。私がやったように保管しろとは言わない。だが、お前達が過去を変えれば人間の在り方は変化する。良くなるのかもしれない。悪くなるのかもしれないぞ。お前達が何をどう修正しようともだ。それに、すべてを焼き払う必要がどこにある? 天使や悪魔をこれからお前達が正しく導くという選択もあるのではないか?」
「ない。そんな選択肢はない。奴らが生き直すことなどできない」
「私はできると判断している」
「では貴様に何ができる? その聖槍で、あるいはこれから騎士から返還される聖剣で、目の前にある敵を薙ぎ払う以外に貴様に何ができるというのだ! 貴様では国を守ることも、民を満たすことも、臣を従えることができないと人間であった頃に理解できなかったか?」
「ではお前達に何が分かった? 七十二の個を得た程度で、すべての人間を理想に導けると? たかだか全知全能如きで、誰が救える? 他ならぬソロモン王にそれができなかったことを忘れたのか?」
「私はあの無能で無慈悲な、権利のなかった王とは違う」
「そうだな。そして、この世界は私たちの世界ではない。()()()()()()()()()()()()()()。再挑戦ならば元の世界ですればどうだ?」
「埒が明かないな」
「話が合わないな」
「私がお前を殺せば早いが、事態はそう単純ではない。貴様の首はいずれこの世界の、この時代の人間が奪いに行く。それを待っていろ」
「お互い歪な復活をしたものだ。私も此処で決着のつもりはない。自分達の計画を省みて、その欠陥を知るがいい。私に挑む人間がいるというのならば、私こそが彼らを導こう」
「貴様が負ければ、我々が人間の絶望を書き換える」
「私が勝てば、人間の希望は私が支える」



ゲーティア「我々自身が抑止力となることだ」
というわけで、これまで伏せていた聖遺物の使用方法は指環の代わり。

成功した場合、帰還派が元の世界に戻る方法はサーヴァント召喚みたいに一部分を飛ばす感じになるかな。


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思惑

ややこしいんですが、D×D原作の2巻の内容が5巻にズレて、6巻のイベントが対獅子王になる感じですかね。
訂正:時系列的に処理できなくなりそうなので、獅子王戦は七巻以降に延びます。


 王――王であった男は言った。

『……命とは終わるもの。生命とは苦しみを積みあげる巡礼だ。だがそれは、決して死と断絶の物語ではない』

 今ならば分かる。終わりがある意味を認識した。苦しみから生まれる価値を確認した。だが、納得したわけではない。納得などできるはずがない。

 命には価値はあるのだろう。死には意味があるのだろう。

 だが、現実はどうだ?

 価値のない命がある。意味のない死がある。誰にも看取られずに終わる命がある。生きているだけの死人がいる。報われない愛があった。救われない心があった。何も残せない。何も残らない。悲しいだけだ。寂しいだけだ。すぐに忘れる。すぐに忘れられる。痛みしかない。嘆きしかない。辛さしかない。恐怖しかない。絶望しかない。諦観しかない。孤独だ。無力だ。悲劇だ。終わるしかない。

 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。何もない。何もない。何もない。何もない。何もない。何もない。何もない。何もない。何もない。苦しいだけだ。苦しいだけだ。苦しいだけだ。苦しいだけだ。苦しいだけだ。苦しいだけだ。

 生贄ですらない生がある。礎にさえならない命がある。消費されるだけの死はまだ意味がある。数字として処理されるだけの死に、一体どんな物語があるというのだ。

 こんな現実は認められない。

 やはり、あの男は無能な王だ。無慈悲な王だ。現実は、あの言葉とは乖離している。何も救われないものがある。誰も救わないものがある。終わりでしかない死もこの世界には溢れている。苦しみを積みあげるしかない一生がある。苦しみで終わるだけで終わる生涯がある。


 ――だから、そんな世界は否定しなければならない。


 無価値な命など納得できない。無意味な死など認めない。あらゆる命は祝われて始まるべきだ。あらゆる死は惜しまれて終わるべきだ。

 おまえはどこまでも忌々しいな、ソロモン。おまえの言葉のせいで、俺たちはこの計画を始めるしかなかったのだ。これから始まる世界にはきっと、おまえが『奴』に託したような希望が満ちるだろう。おまえには出来なかったことを俺たちがやってやる。

 おまえの戯言が正しかったことを、俺たちが証明しよう。

 この世界の悲劇を増やすだけの異形どもは、せめてこの大偉業の生贄となれ。それがおまえ達に与えられた最後の価値だ。おまえ達の醜さを、美しい世界の糧にしよう。

 おまえ達の死にも、意味はあるべきだろう?







「英雄派の皆様はその、ロンゴミニアドという女神様と戦うのですね? リントさん」
「らしいですねー、ヴァレリーパイセン」

 聖杯を所有する半吸血鬼ヴァレリー・ツェペシュと、聖十字架に選定された元教会暗部の戦士リント・セルゼンは、紅茶を嗜みながらそんな会話をしていた。

「現代で神殺しとは。ちょっと怖いッスね。自分、英雄派の所属じゃなくて良かったッス!」
「でも心配ですね。皆さま、ご無事だと良いですけど」

 魔神柱たちの計画において、彼女たちの存在は非常に大きい。だからこそ、今回の対女神ロンゴミニアドの戦力から彼女たちは除外されている。リントの兄であるフリードは戦力に数えられているが。

「心配ならご無用だよ、ヴァレリー・ツェペシュ。俺たちは必ず勝ってみせる」

 聖槍の担い手である曹操は、そう宣言する。二人の少女と曹操の価値はほとんど同じだ。しかし『完成度』が低いがゆえに、曹操は今回の戦線に出ることが許可されている。本人もまた望んでいる。

 以前の曹操ならば、英雄になりたいから女神に挑んだだろう。だが、今の彼は少し違う。戦う理由が変わった。勝ちたい理由が出来た。

「これはこれは、曹操センセーじゃないですか。何か御用で?」
「教授を見なかったか?」

 教授。老紳士を絵に描いたような外見。『ナポレオン』と呼ぶことを求めてくるが、かの皇帝とは無関係であることは誰もが察していた。現状、経験値の不足している英雄派の頭脳を担っている。そして、曹操たちを魔神柱と引き合わせた人物でもある。

 最早、英雄派は『禍の団』の一部と言うのは正確ではない。どちらかと言えば、魔神柱側だろう。禍の団には、傀儡としての頭目であるオーフィスはすでにいないのだ。もっとも、曹操もヴァレリーもリントも、オーフィスとゲーティアの関係を知らないが。

「いえ、此方にはいませんね」
「自分も見てないッスー」
「そうか。例の女神が抱えている戦力の一部が分かったから意見を仰ぎたいんだ。見かけたら、いつもの部屋に行ってくれるように頼んでくれ」

 そう言って立ち去ろうとする曹操に、リントは前置きなく疑問をぶつける。

「前々から思ってたんスけど、曹操センセー。『教授』さんの正体とか、気づいてますよね?」

 脈絡なく向けられた疑問に面食らう曹操だったが、すぐに持ち直す。小さく笑んで、肩を竦める。その態度のすべてが、無言の肯定を示していた。

「まあね。その口ぶりだと、君は本人から教えてもらったのか?」
「いえ、フリードのアニキ経由のアモン様からです」
「……そうか」
「それで、このままだと、英雄派って使いつぶされちゃいません?」

 リントからの揶揄に対して、曹操は涼しい顔だ。

「そうかもしれない。彼にどのような思惑があり、俺にどのような運命を強制するつもりなのかは分からない。平凡な長寿を捨て、英雄の波乱を選んだが、俺には覚悟も思考もたりなかった。このままあの人の言葉に従ったら、ろくでもない最期を迎えるかもしれない。だが、それがどのような形であったとしても、俺は彼との出会いに感謝する」

 これは間違いなく本音だ。そして、これも本音だ。

「それに、だ。恩師の想像を超えてみせるのは最高の恩返しだと思うんだよ。これから俺たちは女神を倒す。だけどそれで終わりってことはないだろう? かつてのどこかの誰かがやったようなことを、俺はしたいんだよ」

 そう言う曹操の両目は赤黒くなっていた。

「必ず、俺が世界を救ってみせ――あまり調子に乗らないことだ」

 曹操への言葉は、他ならぬ曹操の口から発せられた。ヴァレリーもリントも、他ならぬ曹操もそれに驚く様子はない。その声には僅かではあるが確かな苛立ちがあった。

「おまえに世界は救えない。おまえに我々は超えられない。憧憬も、信念も、覚悟も、思想も、狂気も、欲求もおまえには不足している。おまえたちには欠如している。聖槍を所持していようと、英雄の末裔であろうと、天賦の才があろうと、神仏に育てられようと、おまえは藤丸立香のようにはなれない」

 藤丸立香。その名前を、魔神柱たちは時折口にする。個人差こそあれど、その名前にはおおよそ憎悪が向けられている。特に、曹操の身体に細胞を移植した魔神柱は最も強い憎悪を抱えている。

「おまえは特別だ。おまえは特例だ。だからこそ、あの平均で平凡な男を超えることなどできない。私が憎悪を向ける価値などおまえにはない。おまえはただ女神を滅ぼし、我が因子と完全に融合し、槍を完成させればそれで良いのだ」

 曹操の目が元に戻る。

「……つまり、彼らにとって女神打倒はできて当たり前のことなんだろうな。特別ならばこの程度のことはやってのけろと言いたいのかな」

 聖槍で肩をトントンと叩きながら、曹操は深い笑みを浮かべる。

「いいだろう。人間の可能性を見せてやる」







 俺――兵藤一誠は冥界・グレモリー領にある山で巨大なドラゴンに追いかけられる毎日を繰り返している。

 怪獣に襲われているわけではなく、修行なんだ。修行なんだ。何度も死んじゃうと思ったけど修行なんだ。食事とか睡眠とか完全に漂流者のサバイバルみたいになっているけど修行なんだ。

 元龍王で最上級悪魔、『魔龍聖』タンニーン。それが今の俺の先生だ。見た目は、まさに『ドラゴン』。伝説やら神話やらで語られる巨大な怪物だ。でも、凶暴で話が通じないバケモノってわけじゃない。ドラゴンなんだけど、いいヒトだ。

 俺がこのおっさんに修行してもらっているのは、アザゼル先生が手配してくれたからだ。リアス・グレモリーの眷属のアドバイザーとして、アザゼル先生は俺たちに修行のメニューをくれた。今の俺はとにかく基礎的な能力がたりない。だからこそ、単純にして過酷なサバイバルじみた修行をすることで、肉体を強化するんだ。

 今の俺じゃヴァーリには勝てない。聖書の黎明期から生きているアザゼル先生をして、歴代だけではなく未来永劫において最強の白龍皇。ヴァーリ・ルシファー。一般人として生まれて一般人として生きてきた俺とは違う、才能の塊。天才という言葉でさえあいつには物足りないんだろう。

 そんな奴の話を、修行の様子見を見に来てくれたアザゼル先生から聞くことになった。

「え? それじゃヴァーリの奴、今どこにいるかまったく分からないんですか?」

 俺の質問に、アザゼル先生は首肯する。

「ああ。禍の団の巨大な派閥の一つである、旧魔王派。謎の多いテロ組織と言っても、ルシファーの末裔であるあいつの動きは目立つ。詳しい動向は分からなくても、大雑把な情報が何かしら流れてくるはずなんだが……。まったく感知できねえ。特別な権限を与えられているチームを率いているって噂があるんだが、それも妙な感じでな」
「はあ」
「ま、あいつのことだ。心配はいらねえだろう」

 聞いた話だと、ヴァーリはほとんど先生に育てられたようなものらしい。詳しいことは聞いてないけど。あんな戦闘狂でも、それなりに思うところがあるんだろう。

「それより、おまえはタンニーンとの修行に精を出せ。ライザー・フェニックスとのゲームまで時間がないぞ。不死鳥を倒すには、おまえの禁手が不可欠だ」
「はい! 必ず禁手になって、あの焼き鳥野郎をぶっ飛ばします!」
「その意気だ」

 延期になっていた部長と焼き鳥野郎――ライザー・フェニックスとのゲームが目の前に迫っている。魔王様の妹の未来がかかっていることや協定の時期なんかもあって、各勢力のお偉いさんも注目しているらしい。元々負けられない戦いだったけど、ますますみっともない真似はできなくなったぜ。

 もしもこの婚約破棄のゲームがなかったら、ソーナ会長の眷属と戦うことになっていただろうって部長のお父様から聞いた。そうなっていたら匙の奴と戦う可能性だってあったのか。同じ主人に恋心を持つ『兵士』同士、一度お互いの想いをぶつけ合っても良かったんだろうけどな。

「あ、行方不明と言えば、アザゼル先生。イリナのことって何かわかりましたか?」
「プロテスタントの聖剣使い、紫藤イリナか。いや、ミカエルからも音沙汰無しだ。事態は進展していないみたいだぞ」

 紫藤イリナ。海外に引っ越して再会した幼なじみは、教会所属の聖剣使いだった。コカビエルの聖剣騒動で、駒王町に戻ってきた。コカビエルが神の不在を暴露した現場に、ゼノヴィアはいたが、イリナはいなかった。神の不在を知らずに済んだイリナは、砕かれた聖剣の欠片を持って教会本部に帰還した――はずだった。

 だが、俺の幼なじみは未だに行方不明。日本を出て、ヨーロッパに入ったところまでは痕跡が見つかったらしいが、それまでだ。聖剣の欠片も行方が分からない。最も有り得そうな可能性として、聖剣を目的に何者かに襲撃されたのではないかという話だ。連れ去られたか、殺されたのか。せめて生きていて欲しいと思う。

 そういえば、神の不在を知ってしまったゼノヴィアの方もどこにいるか分からないそうだ。デュランダルを退職金代わりに教会から追放された、とまでは把握されているけど。部長が眷属にスカウトしたかったのにと惜しんでいたっけ。

「――へえ、私のことはミカエルにも分かっていなかったんだ」

 突然の声に、俺は困惑する。その間に、アザゼル先生やタンニーンのおっさんは戦闘態勢に入る。声のした方を見れば、木々の奥から彼女――紫藤イリナは出てきた。例の戦闘服じゃなくて、西洋の騎士が着るような軽鎧だった。

 今まさに話題に出てきた少女の登場に最も早く反応したのは、俺でも先生でもおっさんでもなく、俺の神器の中にいるドライグだった。

『待っていたぞ。“俺”の使いで来たな?』
「……ドライグ?」

 意味不明な発言に対して怪訝そうな声を上げたのが誰なのか定かじゃない。その真意の他にも疑問が頭から次々に浮かんでくるからだ。どうしてイリナがここにいるのか。俺はともかく先生やおっさんが接近に気づけなかったのはどうしてなのか。どうして教会の人間であるイリナがミカエルさんを呼び捨てにしたのか。どうして――俺たちは騎士に囲まれているのか。

 飾り気のない全身甲冑の騎士たち。騎士たちを不気味に感じるのは、露出が皆無なだけじゃないはずだ。どこまでも、人間性どころか生物らしさを感じない。その癖、向けられてくる殺意だけは濃厚だ。俺なんかじゃ意識が飛びそうになる。

 騎士たちが動く度に鎧の擦れる金属音が響く。意識から外したいのに、周りが静かだから耳に入ってくる。それがひどく耳障りだ。

「イッセーくん。その腕、中身だけでいいからちょうだい?」

 イリナは懐から剣を取り出し、その切っ先を俺に向ける。当然その剣はエクスカリバー――じゃなかった。

「――すべては、獅子王陛下のために」



やっぱり魔神柱会議がないと物足りないな。次くらいでやります。


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挑め

 きっかけは、魔神ゼパルだった。

「イリナ! どうして、こんな!」
「聞こえなかった? すべては獅子王陛下のためよ!」
「し、獅子王?」
「うん! 主はおられなかった。ミカエルは私たちを騙していた。だけど、獅子王様は違う。そこにおられる。私たちを正しく導いてくださる! 私は……私たちは間違えていた。あの御方こそが真に信仰すべき女神……!」

 兵藤一誠の夢を通してドライグに交渉を持ち掛けた時、ゼパルは乳龍帝としての未来を見せたとき、『これこそは、異世界の貴様の姿。これから廃棄できる選択肢の結論にして、まだ排除できる可能性の結末である』と言った。

「クソ! なんだ、この騎士ども! どっから湧いてきやがった! しかも、やたら強いな!」
「アザゼル、俺がまとめて焼き尽くす! そこをどけ!」

 異世界。ゼパルは確かに‟異世界”という言葉を使った。本来の意味であればここは並行世界という言い方もできたが、ゼパルは『異世界』という言い方をした。そこには深い理由など何もない。特に間違いでもない。偶々其方の表現を使用しただけに過ぎない。

縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)!」
我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)!」

 だが、ドライグはその『異世界』という部分が気になった。強烈な違和感を覚えた。未来ではなく、異世界。未来予知ではなく、異世界閲覧。この世界で唯一自力でその解答に辿り着いたのだ。

 魔神柱とは、別世界からやってきた『正真正銘の七十二柱』なのだと。

「よもや龍とは。ヴォーディガーンでもあるまいに」
「父上ならあれを倒せるよな? じゃあオレにも倒せるな!」
「待て、モードレッド。我々の任務は『赤い龍』の魂の回収だ。余計な戦いをするべきではない」
「あぁん? どうせ後で全部殺するんだからここで殺しても一緒だろうが」
「そうとは限らない。彼らは選ばれるかもしれない。そもそも、我々だけでは厳しいと言っているんだ。せめてアザゼルが帰ってから仕掛けたかったんだが」
「はっ! 文句なら勝手に飛び出した、あの自称騎士に言えよ」

 サーゼクスやセラフォルーを始めとした面々は確かに本物だ。だが、彼らもまた本物なのだ。この世界としてはサーゼクス達が本物という見方で間違いはない。むしろ彼らこそ偶然名前が一致しているだけの偽物なのだ。無論、あちら側から見ればサーゼクス達が偽物になるのだが。

「あ、アロンダイトに、クラレントだと……! てめえら、何者だ!」
「この剣の名前を知るならば、我々が何者かは理解してもらえるはずですが?」
「有り得ない! そんなことは有り得ないんだ……!」
「あん? どういう意味だ? ま、逃げても構わねえぞ。相手はこのモードレッドだからな!」

 そうはいっても、七十二柱の真贋などドライグにとってはどうでも良かった。

 仮に異世界というものが存在し、そこに七十二柱がいるというのならば、二天龍もまた存在する可能性が高い。そして、それは正しく現実となった。

 明らかに、『自分ではない自分』の気配がした。向こう側から自分がやってきたのだ。

 異世界の七十二柱はこの世界の『自分達』を排除しようとしている。ならば、異世界の赤い龍はこの世界に来て何をする?

 それもまた、直感した。その気配は何かが欠けていた。魂だけになった自分と同じくらい不安定になっていた。だからこそ、それを補強するために自分を求めていることも察知した。

「ぐ、ぐあああああああ!」
「なっ! イッセー! 紫藤イリナ、おまえイッセーに何をした!?」
「うふふ。じゃあイッセーくん、ドライグをもらうね?」

 ゼパルの見せた映像は、ドライグに衝撃をもたらした。だが、あれが全てではないともドライグは理解した。当然だ。あれはドライグを裏切らせるためのネガティブキャンペーン。良い部分を教えるはずがない。ならば、良い部分とは何だろうか。

 ああまでなったとしても、自分が兵藤一誠を裏切る瞬間など実感が沸かなかった。つまり、あの未来に辿り着いた兵藤一誠はあれほどの痴態があったとしても、それを補って余りあるものを持っていたのだ。実際、自分の知る兵藤一誠にもその兆候はある。才能や特別な力こそないが、上手く育てば『歴代最高の赤龍帝』になれるのではないかと期待しまうほどだ。

「ど、ドライグ……?」

 そこまで思考して、ドライグはこれまでの宿主には感じたことがなかった感情を抱いた。

『ではな、兵藤一誠。俺がいなくなったとしても籠手はそのまま動く。我武者羅に鍛えて強くなれ。才能はないが、素質はある』

 ヴァーリ・ルシファーという最強の白龍皇を知った時、今回は自分の負けかとも思った。だが、幸運や相手の慢心、所持していたアイテムの相性などがあったとしても、兵藤一誠はヴァーリ・ルシファーを圧倒した。才能や経験、基本的なスペックの差を、どうにかしてしまったのだ。

『おまえの向こう見ずな馬鹿らしさ、嫌いではなかったぞ』

 この男と戦ってみたい。相棒として見守るのではなく、敵としてこの男の成長を伸ばしてみたい。兵藤一誠ならばもしかして――

『俺を倒して、おまえが‟天龍”になれ』

 魂だけの我が生涯に、最期の成果を。







「自分が何のために戦っているのか、考えたことはあるか?」

 対女神戦線のために時間神殿に呼び戻されたゼノヴィアは、これから轡を並べることになる人間に対してそんな質問を向けた。

「何のために戦っているか? 勝つためだ」
「そんなの、自分のために決まっているじゃない」

 英雄派の幹部、ヘラクレスとジャンヌは憶することもなく恥ずかし気もなく躊躇いもなく隠し立てをすることもなくそう宣った。

 ショックさえ受けたらしいゼノヴィアに対して、ヘラクレスは嘆息しながらも話し始める。

「俺はな、あのヘラクレスの魂を引く男だ。ヘラクレス、ヘラクレス、ヘラクレス! あのヘラクレスだぞ! ギリシャ神話最強の英雄にして、星を代表する大英雄! そんな男の魂を引いているんだ。嬉しくないわけがねえ。ただ、俺はそれを理由に暴れた。自分が最強なんだと思いあがっていた。神器も神滅具でも何でもねえのにな。そんな時、師匠に出会ったんだ」
「師匠?」

 ゼノヴィアの疑問に、ジャンヌが答える。

「知らない? 『先生』や『教授』とは別に彼らが召喚した英霊よ。ちなみに、ヘラクレスが師匠と勝手に呼んでいるだけで相手は弟子にした覚えはないわ。確か、出身はインドだったかしら。ふ、ふふふ」
「な、なんだよ」

 小さな嘲笑をたたえて見つめてくるジャンヌに、ヘラクレスは苛立ちと戸惑いを覚える。

「だ、だってヘラクレスってばあの人に挑んだはいいけど瞬殺されて、挙句の果てにボロカス言われたのよね……ふっふっふ……! この見た目で三日くらい凹んだのよ。その後で弟子入りをしようとして、秒で断られてまた毒舌を向けられて……」
「色々言われたのはおまえも一緒だろうが! あと、あれは師匠が言うまでもないと思って言わなかった部分があるんだからな」
「へえ? どんな?」
「『強さのために頭を下げられるおまえの行動は、それ自体が強さだ』って」
「……結構重要な部分ね」
「ああ。そして師匠のためにも、俺は勝ちたいんだ。いつか自慢の弟子だって言ってもらえるようにな!」

 それは男児らしい願いであると同時に、ヘラクレスらしさとは乖離した在り方でもあった。

「それで私だけど、自分のため。がっかりした? 聖女ジャンヌ・ダルクの魂を引く女ならばさぞや高尚な願いを持って戦っているんでしょうって?」
「い、いや、そんなことはない」
「そんなことあるって顔してるわよー」

 悪戯っぽく笑うジャンヌに対して、ゼノヴィアは余計に困るだけだ。

「私には無理よ。ああはなれない。自分を焼いた相手を憎まないなんて無理よ。聖女は魔女と断じられたことを恨まなかった。人も国も神も憎まなかった。生前も死後もね。少なくとも、あちらの世界ではそうだった」

 あちらの世界。魔神柱がいたという世界。あちらにも、聖女ジャンヌ・ダルクはいた。デュランダルやローランの物語もあちらにあると聞く。

 異世界という突拍子もない話だが、他ならぬ魔神柱の存在がそれを証明している。もっとも、彼らの異質性を差し引いてもどこかの組織が密かに生み出した人造生命体と言われた方が納得できるが。

 そんな世界の『聖女』に対して、ジャンヌは心中を吐露する。

「私には、無理よ。魂を引いているわ。名前を使っているわ。でも、()()()()()()()()()()()()()()。私は私でしかない」

 自分は自分でしかない。

 今のゼノヴィアにはデュランダルしかない。だが、ローランの魂を引いているという理由ではなく、偶然因子を生まれ持っただけだ。家族もいない。家族のような存在はいるが、教会を追放された身で合わせる顔などない。神器も持っていない。デュランダルも、先代の足元にも及ばない。

 では、ゼノヴィアをゼノヴィアたらしめる要因とは何だ。

「私は自分のために戦うわ。この戦いに勝って強くて美しい女としてちやほやされてやるわ」
「俗っぽすぎないか?」

 半分以上呆れるゼノヴィアからの指摘に、ジャンヌはやはり悪びれない。

「さっきも言ったけど、私は『聖処女ジャンヌ』の魂を引いているだけの別人なのよ。私には士気を高める旗もない。金策に明け暮れてくれる軍師もいない。神の声も聞こえない。たぶん本物と同じになるのは、最期に火炙りに遭うってことくらいじゃないかしら。確定じゃないけど」

 自虐が過ぎる冗談に、固まるゼノヴィアと苦笑するヘラクレス。

「それを言ったら俺にもケイローンもアムピュトリオンもアウトリュコスもエウリュトスもカルトルもリノスもイピトスもピロクテテスもイオラオスもヒュラースもピューレウスもヒッポリュテもデーイアネイラもいねえよ」
「あら、イアソンは?」
「曹操がいるだろう。今考えるとあいつの用意した船はアルゴー船どころか泥舟だったわけだが。おかげで今は奴隷船に乗せられている」

 違いないわね、と笑うジャンヌ。

「俺たちは英雄になれる権利を持って生まれてきた」

 ヘラクレスは自身の大きな拳をどこか悲しげに握りしめる。そこに込められていたのは、これから挑む者への恐怖か、これまで歩いてきた道への後悔か。あるいは、辿ったかもしれない平穏への未練か。

「だけど、英雄を目指す必要なんてどこにもなかったのかもな」

 今更引き返すつもりはない。ただ、少しでもこの未練や後悔を小さくするために、歩くしかない。一歩でもいいから。

「行くか」
「ええ」
「し、しかし、勝てるのか? 相手は女神だ。しかも、本物の円卓の騎士を率いていると聞くぞ」
「勝てるか、じゃねえよ」
「勝つのよ」

 そういう風に、人間は不可能を可能にしてきたのだから。







「フラウロスより報告。デュリオ・ジェズアルドは我らへの協力を承認した。これで、天界の自爆は阻止できるだろう」
「アンドラスより報告。邪龍の制御が完了」
「ブエルより確認。天界焼却時、北欧神群とギリシャ神群に対応する戦力を確保」
「ガミジンより了解。残る問題は、獅子王の対処である」
「アスタロスより報告。グレモリーを退けた転生悪魔、兵藤一誠に問題発生。獅子王側の人間に襲撃され、神器に封印されているア・ドライグ・ゴッホの魂を抜き出された」
「サブナックより推測。赤い龍の魂を使用することで、獅子王の存在を強化するつもりだ。アーサー・ペンドラゴンは赤い龍の化身。現在は神霊であれば、多少強引な手段が使用できる。世界が違えど、双方の合意があれば融合は可能だ」
「オリアスより危惧。此方の赤い龍の能力は『倍加』と『譲渡』だ。これらを獅子王が手に入れた場合、英雄派では対処できぬ性能と成り得る」
「ベリアルより疑問。此方側のア・ドライグ・ゴッホが融合を決意するとは考えにくい。かの龍はゼパルの交渉を拒絶した。龍には強い矜持がある。異世界の己と言えど、安易に融合するはずがない」
「パイモンより反論。だが、現実として融合の可能性は高い。獅子王と赤龍帝が融合することを前提に作戦を進めるべきだ」
「フェニクスより疑問。赤龍帝に異常が発生した以上、リアス・グレモリーとライザー・フェニックスのレーティングゲームは中止の可能性があるのか」
「アスタロスより補足。兵藤一誠は死亡していない。また神器は機能している模様。神器に封印されている龍の魂が抜き出された以上の異常はない」
「ボティスより見解。では、中止の可能性は低い。元々、この試合は聖書陣営だけではなく外部勢力の注目も集めていた。これを中止することは冥界政府の沽券に影響する。戦力に変化はない。眷属が死亡したわけでもない。ならば続行されるだろう」
「グレモリーより補足。獅子王がこれ以上動けないことが前提である。あの女神の思惑は不明である。冥界政府の拠点を襲撃された場合、あの愚者共でも警戒レベルを上げざるを得ない」
「アンドレアルフスより見解。遊戯決定時とはリアス・グレモリー側の眷属が成長している。勝敗はゲームの条件によって左右されるだろう」
「アンドロマリウスより提案および要請。これ以上、作戦とは無関係の事象に時間を浪費すべきではない」
「バアルより提案。統括局よ、やはり獅子王の相手は英雄派にやらせるつもりか。彼らでは力不足ではないか。あれらには計画終了後に、大切な役割がある。ここで失うわけにはいかない。多少のリスクを冒したとしても、『あれ』を使用するべきではないか」
「ゲーティアより解答。だからこそ、奴らに戦わせなければならない。女神の一柱程度に勝てないようでは、その役目を果たせるわけもない。――見せてもらおう、この世界の可能性を」



魔神柱会議(意訳)

フラウロス「デュリオは私たちに協力するそうだ。自爆問題は解決だな」
アンドラス「邪龍の準備できたぞ」
ブエル「よし、北欧神群とギリシャ神群はどうにかなるな」
ガミジン「残るは獅子王か」
アスタロス「兵藤一誠が獅子王側の奴にドライグの魂を抜き出されたって」
サブナック「獅子王め、ドライグと融合する気だな」
オリアス「獅子王に『倍加』と『譲渡』が加わったらやばいんじゃ」
ベリアル「でも、プライド高いドラゴンが簡単に融合なんてするか?」
パイモン「実際融合する可能性も高いし、前提に考えた方が良いな」
フェニクス「ちなみに、リアスとライザーのゲームってどうなるの?」
アスタロス「いや死人が出たわけじゃないから」
ボティス「結構大々的に注目されているからな。悪魔も見栄を張って、普通にやるんじゃね」
グレモリー「獅子王の脅威にあいつらが気づかないことが前提だけどな」
アンドレアルフス「数か月前よりリアス・グレモリーの眷属も成長しているし、どっちが勝つか分からん」
アンドロマリウス「おまえら仕事しろ!」
バアル「ドライグと獅子王の融合なんて予想外だ。英雄派はひっこめた方が良いのでは?」
ゲーティア「女神も倒せなくてその役目を果たせるわけもない。頑張らせろ」


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要となる一手

予言しよう!
アガルタではきっと魔神柱がアサシンちゃんの保護者ポジションになる!
あと、作者のカルデアにアサシンちゃんは来ない!


「つまり、『世界』を巨大な円と仮定しよう」

 その場には、三つの人影があった。

 一つは、先程の発言を発した老紳士。一つは、魔法使い風の青年。一つは、黒い祭服を来た褐色の青年。

「その円の中には複数の世界が存在する。聖書に記された天国や地獄、北欧に語られる世界樹ユグドラシル、ギリシャに伝えられるオリュンポスなどだね。そして、円と円の隙間にある空間が次元の狭間というわけだ」

 老紳士は卓上にある紙に円を描き、その内部に小さな円をいくつか書いていく。円は一つだけ離れた場所にあるものもあれば、複数の円が重なっているところもある。大きさや形も様々だ。

「だが、我々のいた世界はこの世界の円とは違う」

 老紳士は巨大な円をもう一つ描く。

「冥界から天界には手段があれば移動できる。同じ円の中にあるのだから当然だ。次元の狭間が海のような役割を果たしているのだろうね。しかし、あの世界とこの世界は根本的に違う図だ。この距離感は、国というより星に近い。だからこそ自由に行き来することができないのだよ。――僅かな例外を除いてね」

 老紳士の言葉に、魔法使い風の青年――ゲオルクが身を乗り出す。

「その例外の一つが、聖杯による英霊の召喚なのですね」
「その通り。例えるならば、宇宙人相手に放った電波が偶然拾われたようなものだ。まあ、この世界――宇宙観に『座』があれば話は違ったんだろうけどね。だが、神々が現代でも実在している以上、この世界の神秘と人理のバランスは曖昧で歪だ。あくまでも異世界人の私から見た視点だから、そう見えるだけかもしれないが」

 神代と人理が確立された世界の住人から見れば、この世界の神秘の在り方は矛盾している。だが、この世界の住人から見れば成立しているのだろう。現代における神秘の濃度では、此方側の世界の方が圧倒的である。あの世界の魔術師ならば、この世界を知ると同時に渡来する手段を探すだろう。

「ですが、教授。この世界ではゲーティアの聖杯に近いものは作れないでしょうね。いえ、実物の聖杯を見せてもらったわけではありませんが、この時間神殿を見てしまうと……」
「君も異空間を作れるのだろう?」
「次元が違います」

 ゲーティアの固有結界、時間神殿。第二宝具『戴冠の時来たれり、其は全てを始めるもの』。時間と隔絶した虚数空間の工房にして、宇宙の極小モデルケース。

 その空間に足を踏み入れた瞬間、ゲオルクは発狂した。

 ゲオルクの神滅具『絶霧』は結界系神器最強であり、国一つを滅ぼすことができる。その禁手『霧の中の理想郷』を発動すればより強固な結界空間を築ける。だが、時間神殿は比較することさえ烏滸がましい代物だった。次元が違い、性質が違う。レベルが違って、ステージが違う。

 自分の積み上げてきた実績や技術がどれだけ視野の狭いものだったかを思い知られた。ゲオルクが立ち直れたのは敗北感よりも知的好奇心や探究精神が勝ったからだ。良くも悪くも彼は魔術師であり、学者だった。

「君も興味を持っていただけたかな? アポプス君」

 黒い祭服の青年の正体は、邪龍の代表格の一体にして、エジプト神話において日食を司るとされるドラゴン。『原初なる晦冥龍』アポプス。ヴァレリーの聖杯によって蘇った異形の一つ。

《無論、私にとっても興味深い話だ。我々邪龍がこの計画に協力する条件、それは異世界、そして未知の勇者への挑戦なのだから》

 邪龍。滅ぼされたドラゴン。破壊衝動と自滅願望を持つ異形。最も忌むべき怪物だ。

《人王が作ろうとする世界に我々の居場所はない。求めることさえ許されない。存在を否定された気分だ。だが、新しい遊び場に連れて行ってもらえるというのならば話は別だ。アジ・ダハーカもグレンデルもラードゥンもニーズヘッグも、その計画に賛同している。……クロウ・クルワッハは違う光景を見たがっているようだが》
「ゲーティアのような存在が複数いると知りながらあの世界に行きたがるとは。君達も中々狂っているね」
《お褒めに預かり光栄だよ、教授殿》

 紳士からしてみれば皮肉のつもりだったが、全く通じていない。当然だ。彼は邪龍。頭の螺子がはまってすらいないとまで言われるドラゴン、その代表格なのだから。

「異世界への挑戦。実は、『世界』について新しく分かったことがあるのだよ。知りたいかい?」
《ほう? 興味深いな。是非教えてくれ》

 応じたアポプスだけでなく、ゲオルクも教授に注目する。

「私はこの巨大な円と円の間について調査した。ほら、彼らが帰る方法を探らないといけないからね。そこで判明したのだが、世界は二つだけではない。この世界を『D』とし、私のいた世界を『F』とすると、それとは別に『E』という世界があることが判明しているんだよ。我々の世界とも、この世界とも、大きく世界線が異なる世界のようだ」
「なっ・・・・・・!」

 ゲオルグが突然の新事実に驚愕していると、近くで気配が慌しく動くのを感じた。銃声まで聞こえてくる。戦闘かと警戒して、聞こえてきた声で事態を理解した。

「待ちなさい、レオナルド! 虫歯は危険な病気です! 直ちに治療する必要があります! 最新の治療法ならば少し削るだけで終わります! だから待ちなさい! 待ちなさいと言っているでしょう!」
「・・・・・・・・・・・・!」

 簡潔に述べると、それは治療を嫌がる子どもの抵抗だった。だが、問題は治療される側にではなく、むしろ治療する側にあった。

「・・・・・・レオナルドの歯が全部削り取られる前に助けてきます」
「ミイラ取りがミイラにならないようにネ!」

 ゲオルクは死戦の前に死線に臨むことになった。







 謎の騎士団による堕天使の総督アザゼルと最上級悪魔タンニーンへの襲撃。そのニュースは瞬く間に冥界だけでなく世界中の神話に知れ渡った。

 テロリスト対策の会議出席のために冥界を訪れていた北欧の主神オーディンの耳にも、当然と言うべきか、その話は世間よりも詳細なレベルで入っていた。

「驚きじゃのう」
「ええ。まさか堕天使の総督や元龍王が遅れを取るなんて。『禍の団』の英雄派には想定よりも強大な戦力が集まっているのでしょうか」

 御付のヴァルキリー、ロスヴァイセの言葉にオーディンは呆れたように首を横に振るう。

「違うわい。アザゼルやタンニーン、赤龍帝の小僧を襲ったという連中は英雄派ではない」
「え? ど、どういうことですか、オーディン様」

 今回の下手人は、騎士の一団だった。多くの騎士たちは全身甲冑で顔は見えなかった上、名乗ることもなかったという。しかし、三人はそうではなかった。

 一人は、行方不明だった教会の戦士紫藤イリナ。エクスカリバーの破片を所持しているはずの彼女の身許は教会がずっと探していたのだが、襲撃まで足取りが掴めなかった。これは急な和平によって教会に問題が多発したことで、其方に割ける人員が限られたことも原因だ。

 そして、残る二人は、クラレントとアロンダイトを持っていたそうだ。片や王殺し、片や同胞殺し。どちらも呪われた魔剣だ。クラレントを持っている方に至ってはモードレットを名乗ったという。

 状況証拠だけ見れば、英雄の末裔や勇者の転生体が集められた英雄派のようにも考えられる。だが、オーディンはそれを真っ向から否定する。

「世間の混乱を防ぐためにサーゼクスやアザゼル達はこの真実をあえて伏せるじゃろうな。まあ、公表したところで何が変わるわけでもない。儂が同じ状況でもそうするの」
「だ、だとすると、彼らは一体何者なのでしょうか?」
「それは――儂にも分からん」

 その言葉を受けて、ロスヴァイセは戦慄した。呆然としすぎて一周回ったのではない。知恵を司り、未来を見通す予言神としての側面を持つオーディンが、『何も分からない』と匙を投げたのだ。

「世間には出されていない事実が二つある。一つは、ドライグの魂を神器から抜き出されたこと。もう一つは下手人の一人である紫藤イリナが口にした『獅子王』なる人物。敵の首魁だろうが、問題なのはこれが『女神』と言われたことじゃ」
「……どこかの神話が裏で糸を引いていると?」
「そんなことはあらかじめ予想されておったわい。ハーデスやら帝釈天やらじゃな。前者は聖書の勢力への嫌がらせ、後者は戦乱の世を作ることで強い戦士を生み出すことじゃ。……皮肉なことじゃが、あの小僧どもの和平は戦乱の火種にしかならんだろうな」

 オーディンとしては、帝釈天の考えを否定できない。オーディン自身が戦いの神であり、強い勇者をヴァルハラに受け入れることは彼の役割の一つなのだから。

「それこそおまえの勇者が見つかるかもしれんのう。ヴァルキリーの癖にその歳で彼氏いない歴年齢で生娘とか恥ずかしくないのか?」
「私だって好きで生娘なんじゃありませんよ!」
「ならば機があれば必ずものにしてみせよ。勇者をヴァルハラに導き奉仕することは、戦乙女の本懐じゃぞ」

 そう言うオーディンの脳裏には、娘の姿が思い出された。自分の意に反した罰で炎の館に封印した戦乙女。それが何の因果か、人間の勇者と恋に落ちた。そして、その愛は悲恋に終わった。おそらく北欧神話の中でも最大級の知名度を持つ悲劇で、彼と彼女の愛は終わった。

「あの、オーディン様。ずっと気になっていたことがあるのですが……」
「何じゃ?」

 ロスヴァイセは数秒の逡巡の後、思い切って口を開く。

「件の柱型の異形、魔神柱、でしたか。確認されている個体が七十二柱と同じ名前を自称したと聞きます。そして、英雄派には英雄の末裔や転生体が集まっているのですよね。さらに、七十二柱は『禍の団』の戦力だと考えられています。つまり、英雄派にはソ――」
「一介の戦乙女が、この場で、その名前を安易に口にしてはならんぞ。特に、魔王や天使の前ではな」

 オーディンの隻眼に、穏やかではない色が宿る。普段のセクハラジジイとは違う、主神であり戦神としての威厳がある大神がそこにいた。だが、それも一瞬だ。眼からは威圧感が消え、おどけるように肩を竦める。

「案ずるな。おまえの考えているような事態はおそらく発生しておらん」
「ど、どうしてそう言い切れるのですが、オーディン様。お言葉ですが、状況が状況だけに……」
「なあに。簡単なことじゃよ。『奴』の意思が復活したというのならば、この冥界が今なお形を保っているはずがないんじゃよ」

 それを聞いて、その意味を理解して、ロスヴァイセの背筋に冷たいものが走る。

「あくまでも『奴』は人間じゃった。じゃが、聖書の神の奴隷などではなかった。儂らの神話も巻き添えを食らったがの。良い迷惑じゃわい」

 言いながらどこか愉快そうに笑むオーディン。

「さて、主人をなくした小僧どもはどうするかのう。儂としては、ヴァルハラに来る勇者が増えるのは大歓迎じゃが。ラグナロクとは言わずとも、ワイルドハントになりそうじゃのう」

 ロスヴァイセは思い出す。

 見たものを仲間に加えるとも、禍の前兆であるとも言われる死者の大行進、ワイルドハント。それの頭目は様々な神や英霊が語られるが、オーディンのパターンもある。

 他のパターンには、『救国の海賊』や『勝利の女王』、そして『騎士王』などが語られている。







「ウァラクより報告。聖書勢力は獅子王の脅威に気づいていない模様」
「グラシャ=ラボラスより補足。若手悪魔によるレーティングゲームは予定通りに開催される」
「ゲーティアより通達。奴らが祭事に浮かれている間に獅子王打倒の準備を進めろ」
「ウァサゴより報告。グラシャ=ラボラスの贋作の後継者を、旧魔王派が暗殺。アスタロスの贋作の後継者は、フローレンス・ナイチンゲールが抹殺。この二名に関しては、血族より代理が選出された。代理であるがゆえに、『王』、眷属ともに注目すべき力はない」
「キマリスより補足。グレモリーの贋作の後継者は、赤龍帝の弱体化により眷属内に精神的な支障が発生。シトリーの贋作の後継者は、突出した火力不足が否めない」
「ロノウェより補足。アガレスの贋作の後継者は、シトリーの眷属よりも火力は高いが構成が酷似している。バアルの贋作の後継者は、『王』を含めた眷属の能力が極めて高い。若手悪魔第一位の称号は偽りではない。ただし、計画に支障が出るほどではない」
「サレオスより質問。天使または堕天使陣営に警戒すべき戦力はないのか」
「レラジェより解答。堕天使陣営には幹部以上に警戒戦力はない。天使陣営には、デュリオ・ジェズアルドの他には元デュランダル使いヴァスコ・ストラーダ、元エクスカリバー使いエヴァルド・クリスタルディ、奇跡の子テオドロ・レグレンツィが脅威に成り得る。ただし、いずれも現段階での脅威性は低い」
「ヴィネより指摘。デュリオ・ジェズアルドだけではなく彼らも此方側に引き入れるべきではないか」
「ウェパルより否定。これ以上教会側に干渉すれば、情報の流出が有り得る」
「モラクスより同意。元より、性急な和平の締結により、教会内部は主張の衝突が発生している。我らの接触による勢力バランスの変化は危険だ」
「フルフルより要請。英雄派では獅子王を打倒できぬ。邪龍でも足りぬ。追加戦力が必要だ」
「アロケルより提案。英霊の召喚が戦力増加には確実だ。我らの聖杯を起動させろ」
「クロケルより拒否。奴らの手をこれ以上借りることは認められない」
「ハーゲンティより同意。我らに害する英霊を召喚する可能性が高い」
「アモンより補足。我々は人理を滅ぼし、かつての時間神殿で数多の英霊と戦った。奴らと縁を持ってしまった以上、これ以上の英霊召喚は控えるべきだ」
「ゼパルより提案。ならば、此方の世界で手駒を増やすとしよう」



なんだかんだで書くのが楽しい魔神柱会議(意訳)

ウァラク「聖書の連中、獅子王への対応甘いぞ」
グラシャ=ラボラス「若手悪魔のレーティングゲームも予定通りだってよ」
ゲーティア「連中がお祭り騒ぎしている間に獅子王倒すぞ」
ウァサゴ「と言っても、グラシャ=ラボラスの贋作の後継者とアスタロスの贋作の後継者は急遽の代理だから魅力ないよなー」
キマリス「グレモリーの贋作の後継者は、ドライグの影響かピリピリムード。シトリーの贋作の後継者は、いざって時のパワーがない」
ロノウェ「アガレスの贋作の後継者は、シトリーの贋作の後継者とだいたい同じ感じ。バアルの贋作の後継者は、結構やるっぽい。でも、私たちの計画の邪魔になるレベルじゃない」
サレオス「天使とか堕天使に要注意人物は?」
レラジェ「堕天使側には目立った芽はない。教会には、元デュランダル使いとか元エクスカリバー使いとか奇跡の子とかがいるけど、現状じゃそれほどかなー」
ヴィネ「彼らも一応勧誘しとく?」
ウェパル「これ以上教会側に接触するのはちょっと」
モラクス「教会、今結構デリケートなムードだから下手に関わらない方がいい」
フルフル「やっぱり英雄派じゃ獅子王は無理ぽ。邪龍があってもたりねーな」
アロケル「じゃあ追加の英霊でも呼ぶか」
クロケル「これ以上英霊の手を借りるのは絶対やだ」
ハーゲンティ「そうだ、パンケーキにされたらどうしてくれる!」
アモンより「まあ、誰がどう来るか分からんからね。触媒による召喚も絶対じゃないし」
ゼパル「じゃあこっちの世界の奴を手駒にしよう。私に秘策がある」

せーの。
ゼパなんとかおめえ余計なことこれ以上すんじゃねえよ!
ちなみに、ドライグの真意を魔神柱達は知らないのでゼパルがやらかしたことに気づいていません。


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馬鹿にするな

「アガルタの感想」
予想は外れた。
色んな意味でな……。


 俺――兵藤一誠の神滅具『赤龍帝の籠手』から、ドライグの魂が抜き取られた。

 ドライグの魂が抜き出されたにも関わらず、神器はちゃんと動いた。アザゼル先生曰く、ドライグがそうなるように調節していったかららしい。……つまり、ドライグは俺の下にイリナが来ることを予想していたんだ。だけど、それを俺に言わなかった。そして、去り際のあの台詞。

『俺を倒して、おまえが‟天龍”になれ』

 あの言葉の意味が理解できない。天龍はおまえとアルビオンだろうが。俺はただおまえの魂が入っていた神器を偶然持っていただけの元人間の転生悪魔に過ぎないのに。

 そんな状態ではあったが、特訓は続けた。イリナや例の騎士たちのことで取り調べを受けたりして余計な時間を使うようなこともあったけど、ちゃんと強くなれた。強くなった、はずだ。

 レーティングゲーム本番も近くなったある日、冥界で上級貴族によるパーティーが開かれた。若手悪魔の活躍を願う云々の建前があるけど、実際は貴族様達が酒を飲みかわす口実らしい。部長曰くだけど。

 そんなパーティーの途中で、同じ眷属の小猫ちゃんが会場から抜け出すのが見えた。明らかに様子がおかしかったのでついていった。部長も途中で合流して一緒に子猫ちゃんを尾行する。

 ついたのは会場近くの森。小猫ちゃんを出迎えたのは、小猫ちゃんと同じ面影を感じさせる着物姿のお姉さん。その耳や尻尾が猫の妖怪であることを明確に教えてくれた。そのお姉さんの使い魔らしき黒い猫を見て小猫ちゃんは飛び出したらしい。

 猫のお姉さんの正体は、黒歌。小猫ちゃんの実の姉。かつてある悪魔の眷属だったが、妖怪の力が強くなりすぎて力に飲まれて暴走、主人を殺してはぐれ悪魔になった。妹である小猫ちゃんも暴走しないうちに処分しようという意見があったが、それを救ったのがサーゼクス様だった。そして小猫ちゃんは部長の眷属となって今にいたるが、この時の経験が元になって小猫ちゃんは猫又としての力を使うことをひどく躊躇うようになってしまったんだ。

 突然の再会に困惑する小猫ちゃんに、黒歌は言う。

「冥界はもう終わりにゃん。だから私と一緒に来なさい、白音」

 白音というのが小猫ちゃんの本当の名前。塔城小猫というのは部長が与えた名前だ。

「……終わりとはどういう意味ですか、黒歌姉様」
「そのままの意味にゃん。魔神柱の連中が勝っても、獅子王とかいう女神が勝っても、冥界は終わる。悪魔は終わってしまうにゃん。旧魔王派の連中も、現魔王の奴らも気づいていない。悪魔ってのはどいつもこいつも呑気なのかにゃー。自分達がどんな奴らに目をつけられているのかも知らないで」

 そこには嘲りや呆れというよりも、何でか憤りが込められていた。

「だから私と一緒に来なさい、白音。貴女だって死ぬのは嫌でしょう?」
「……ふざけないでください! 貴女は一体何の話をしているんですか! 魔神柱や獅子王というのは、禍の団の一部なのでしょう? いま世界中の神話が集まって対処しようとしています。冥界が終わるという意味がわかりません」

 激昂する小猫ちゃんに、黒歌はむしろ落ち着いた態度だ。まるで癇癪を起した子どもを宥めるみたいに優しく言う。

「白音。お願いだから聞いて。あいつらはね、そういう単位で考えていい相手じゃないの。そういう視点で終わっていい連中じゃないの」

 優しく諭すようでありながら、その顔には強い焦燥があった。何だ? ドライグの魂が奪われたことで禍の団の対する認識が若干変わったって話を聞いたけど……。何かが違う。何かが引っかかるんだ。俺たちの認識と、黒歌の認識では何が違う?

 と、ここで黒歌が俺たちの方をみた。どうやら気付いていたらしい。部長と俺は小猫ちゃんを庇うように前に出る。

「SS級はぐれ悪魔の黒歌ね。指名手配されている身でこの地に踏み入ったことを後悔させてあげる!」
「……ああ。噂に聞くグレモリーのお姫様に赤龍帝ね。悪いけど、この子は私が連れて行くにゃん」
「ふざけないで! 小猫は私の眷属よ! 貴女になんて奪わせないわ! この子は私が守る!」
「守る? 無理にゃん。私から守ったとしても、奴らはこの冥界を――」
「余計な事を口にすべきではないぞ、猫の怪異よ」
「え――?」

 それは誰の声だったのか。俺の声だったのかもしれないし、隣の部長の声だったのかもしれない。黒歌や小猫ちゃんの声だったような気もする。あるいは全員の声だったのかも。

「顕現せよ。牢記せよ。これに至るは七十二柱の魔神なり」

 聞き覚えのある呪文が耳に入ると同時だった。その柱型の異形を認識できたのは。

「魔神柱! 何でこんなところに」

 不気味な赤黒い目玉が蠢く。一つだけではなく、その身体に張り付いた目玉すべてが一点を捉える。それは、俺に向けられたものだった。

「単刀直入に言おう。我らと手を組め、赤い龍よ。そして獅子王を打倒するのだ」

 突然の勧誘だった。前ドライグだと思ったら今度は俺かよ。節操ない怪物だぜ。しかも前の時はなんか俺のこと馬鹿にしてたくせに!

「え? し、獅子王ってイリナの言っていた奴だよな? あれってお前らのことじゃないのか?」
「心外である。我らは獅子王という女神とは敵対関係にある」

 ん? 禍の団の中でも色々と揉めているってことなのか? 例のヴァーリの動向が見えてこないってのも、それが関係しているのかな。

「無論、貴様にも利点はある。我らと共に来れば、貴様の兄弟の悲劇もなかったことにできる」

 兄弟? なんの話だ? 俺は一人っ子だぞ?

「不知であったか。貴様には()()()()()()()()()がいた」

 ……は?

「何の罪もなく何の責もなく、生まれずに終わった。生まれることさえ許されなかった。なんと無意味な悲劇だろう。なんと無価値な絶望だろう。我らは、そのような意味も価値もない数値として存在するだけの悲劇を否定したい。そのための手段がある」
「…………」
「だが貴様からア・ドライグ・ゴッホを奪った女神は、それら悲劇の悉くを看過するつもりだ。この苦痛しかない生態系を続けていくつもりだ。そのような醜悪が許されるものか。我らと共に来るがいい、赤い龍の担い手よ。真なる赤い龍よ。貴様ならば獅子王を倒せる。奪われたものを取り戻すために――」
「殺すぞ、この野郎」
「――何?」

 難しいことは分からないよ。だって俺は馬鹿だ。

 だけど理解できることが一つだけある。絶対に許しちゃいけないことを、言われたことだけは認識できた。こいつは、()()()()()()鹿()()()()

 俺に兄弟がいたかもしれないなんて話、俺は知らない。だけど、もしもこいつの話が本当だとしたら、父さんの想いや母さんの願い、生まれられなかったという兄弟のことも含めて、こいつは俺の家族を馬鹿にした。意味がないと嘲笑った。価値がないと見下した。

 両親を殺すヴァーリと同じ、いやそれ以上の怒りを俺は覚えた。

「てめえだけは許さねえぞ、魔神柱ぅううううう!」
『Welsh Dragon Over Booster!!!!』

 俺の強い怒りに、『赤龍帝の籠手』が呼応する。ドライグがいなくなったのに、こういう機能だけはちゃんと動くんだから不思議だ。

「ふむ。人間は自分を見下した相手から再評価されることに歓喜するとデータにあったが……例外はあるのか。それとも、人間ではなくなった弊害か」

 こいつ、人の心が分からないなんてもんじゃねえぞ!? 今のどこら辺に喜ぶ要素があったんだ。

「アスカロン!」

 俺は聖剣を神器から取り出し、異形の目玉の一つに突き立てた。だが、ほんの少しだけ肉体の表面が削れただけだった。想像の何倍も堅い! そういえば、こいつの同族である自称グレモリーは部長の滅びの力を受けてもほとんど無傷だったんだ。同じ種族であるこいつの防御力も高いと見るのが自然だったのか。

「……非力である。焼却式ゼパル!」
「がはぁ!」

 一瞬、何があったのか分からないほどの衝撃が俺を襲う。

 気づけば、俺は地面に倒れていた。うつ伏せの状態だ。体中に痛みが走っていて、やばいと思うのに身体が動いてくれない。まるで自分の身体じゃないみたいだ。無理やり動こうとするけどぴくぴくと蠢くだけで、起き上がることさえできない。血が大量に出たからか、意識がぐらつく。アスカロンも手元にない。どこかに吹き飛んだのか探すと、怪物の足元……根本? 近くに転がっていた。

「イッセー!」

 部長の悲鳴。大丈夫ですよ、部長。俺がちゃんとこいつを倒しますから。

「滑稽である。無様である。無意味である。無価値である。やはり転生悪魔などに利用価値はない。人間の可能性はこの生命から排除されている。我が提案は間違いであったか。こうなれば聖槍使いの案に賭けるしかないな」

 悔しい。本当に悔しい! こいつは俺を見ていない。兵藤一誠を見ていない。赤龍帝やリアス・グレモリーの眷属という見方でもない。人間が蜂や蟻を見るみたいに、『そういう種族』という単位でしか認識していないんだ。俺個人なんてどうでもいい。さっきの勧誘も俺が『赤龍帝だから』以上の理由なんてないんだろう。

 そんな俺の指先に何かが触れた。それは何かの肉片だ。さっきアスカロンで一部分だけ切り裂いた目の前の怪物の身体。

「……なあ、魔神柱さんとやら、神器は想いに応える。俺はそれで一度、対をなす白龍皇の力を取り込んだんだ」

 それを聞いて、柱型の身体に張り付いた大量の目玉がぎょろぎょろとせわしなく動く。

「貴様自分が何をしようとしているのか、分かっているのか?」
「ああ! 下手をしたら死ぬかもな! だけど、死んでもいいからおまえをぶん殴りたいんだよ!」

 最後の力を振り絞って、神器に奴の肉片を突っ込む。しょうきゃくしき? ってのを受けて宝玉の部分もボロボロになっていたから、そこに無理やり突っ込んだ。

 ヴァーリの時以上の激痛が走る。

「うああああああ! いってえええええええ!」

 激痛なんて言葉じゃたりない。身体全体が、この怪物の細胞を拒否しているようだった。五体すべてがはじけ飛びそうな感覚だ。これで戦えるようになるというのならば死んだ方がいい、と肉体の声が聞こえてきた。それほどまでに、俺の身体はこの力を拒絶している。起き上がれないから、陸に上がった魚みたいにのたうち回るしかない。

「無茶である! 無理である! 無駄である! 無為である!」

 うるせえよ! 無茶だろうさ。無理かもしれない。だけど無駄かどうかはやってみないと分からない。無為になるかどうかは最後まで試さないと分からないだろうが!

「うおおおおお! 」

『Goetia Power is taken!!!!』

「へへ、魔神柱の籠手(ゴエティア・ギア)ってところか」

 見れば、赤龍帝の籠手は歪な文様が浮かび上がっていた。

 すげえ。さっきまでの痛みが嘘みたいだ。すっと立ち上がれた。……ドライグがいてくれたら、新機能について教えてくれたんだろうな。自分でちゃんと分かるんだけど、なんだか寂しいぜ。

「想定外である! 何が起きたというのだ!」

 驚愕するゼパルの言葉を受けながら、俺は立ち上がる。駆け抜けて、アスカロンを拾い上げて、そのままゼパルの肉体を切り裂いた。

「うおりゃあ!」

 血らしき液体が勢いよく飛び散るが関係ない。俺に剣の技術やら経験なんてないから、我武者羅だ。木場に心得だけでも習っておくべきだったかな。

 刃を振り回して一度突き刺す。さっきみたいな手ごたえはない。豆腐を切るみたいに刃がよく通る。ひたすらそれを繰り返す。相手も抵抗するが関係ない。とにかく、このどうにかなりそうな怒りをこいつにぶつけたかった。命を穿ちそうな痛みさえ俺を静めてはくれなかった。

「馬鹿な! 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!」

 ゼパルは絶叫を上げる。

「有り得ない。有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない! 私は設計を一新された! 私は機能を更新された! それがどうしてたかが元人間の転生悪魔如きに遅れを取る?! 英霊ですらない、英雄ですらない人間の価値を放棄した汚物などに……! しかも私の力を取り込んだだと!? 統括局は何をしていた! 何故そのような可能性を見逃した! これは明らかな設計ミスである――!」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ!」

 俺はおまえと戦ってんだ! 俺がおまえを倒そうとしているのに、統括局だか何だかのせいにしてんじゃねえよ!

「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
『Boost‼』

 その無駄にでかい図体の傷口に直接手を突っ込んで、零距離で必殺の一撃をぶちこむ!

「ドラゴン・ショット改!」
「ぐあああああああぁぁあぁああぁぁぁあああ!」

 赤いオーラが魔神柱のすべてを飲み込み、その身体を吹き飛ばした。跡形もなくってやつだぜ。我ながらすげえ威力だな。もう動けないくらいへばっているけど。

「はぁ、はぁ、はぁ……っ……? な、何、だ、がぁ…?!」

 突然の頭痛が俺を襲う。頭痛……いや、腕から身体中に電気が走ったみたいな感覚が伝わってくる。これは、誰かが見た何かの記憶だった。

『いやぁ、まあ。別に、何も?』

 そんな無慈悲な言葉から始まる、彼らの旅の記憶。







「……ゼパルより釈明。今回の失敗は統括局の設計ミスが原因であり――」
「黙れゼパル!」
「この無能!」
「交渉下手が!」
「さては貴様が真の敵だったのか!」
「七十二柱の面汚しめ!」
「魔神柱でありながら!」
「観葉植物にでもされていろ!」
「貴様はもう時間神殿から出るな!」
「統括局よ! ゼパルの処分を要請する!」
「つまり例の病に感染している患者を貴方はこの病院に搬送できなかったということですか? それでも救急隊員ですか!」
「それは違うと思うが……。ところで彼らは何故ここまで激怒している?」
「簡単に言うと情報漏洩だね。これまでも倒されることはあったが計算の内だった。だが、ここで倒されることは計算外にも程があった。しかも肉体を取り込まれてしまっただろう? そこから冥界焼却や聖書推敲、我々の世界の存在がバレる可能性もあるんだよ」
「ゲーティアより決定。これよりゼパルの結合を強制解除する」
「なっ! 私は……何、だと? これは僥倖! ゼパルより報告!」
「ほう、最後の言葉か。言ってみろ」
「兵藤一誠は――聖書推敲を肯定した!」



今回は魔神柱会議は省略。ほとんど一緒だからね。
どの台詞がどの魔神柱によるものかはご想像にお任せします。

あと、最後の部分はゼパルが都合の良いこと言っているだけでニュアンスは違うんだからね! 勘違いしないでね!


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棚上げにしていた問題

感想欄が荒れてしまった。
失った信用は書くことで取り戻すしかない。


 悲しいものを見た。

『たとえ、貴女が祖国を憎まずとも――私は、この国を、憎んだのだ……! 全てを裏切ったこの国を滅ぼそうと誓ったのだ!』
『我が道を阻むな、ジャンヌ・ダルクゥゥゥッ!!』

 我が身を焦がす憎悪を見た。

『はは! はははは! ソレハその通り! この醜さこそが貴様らを滅ぼすのだ!』

 世界を蝕む悲痛を見た。

『このオレのどこが! どこに! 王の資格がないというのだ!? オレは自分の国を取り戻したかっただけだ! 自分だけの国がほしかっただけだ!』

 理想が捻じれた欲望を見た。

『無論、無論、無論、無論、最ッッ高に楽しいとも! 楽しくなければ貴様らをひとりひとり丁寧に殺すものか!』

 冠位を示す暴力を見た。

『我は闘争を与えし者。平和を望む心を持つ者たちよ。汝らは不要である……!』

 定命を忌み続ける拒絶を見た。

『では――これより聖罰を始めます』

 狂気を超えた忠誠を見た。

『キキ、キキキキ!』
『タノシイ!』
『面白イ!』
『A――Aaaaa、aaaaaaa!』

 神が与えた恐怖を見た。

『讃えるがいい――我が名は、ゲーティア! 人理焼却式、魔神王ゲーティアである!』

 誰かが辿った地獄を見た。

 だけど。

『決まっている…! 『生きる為』だ――!』

 その誰かが抱いた希望も見た。

 これは奴らの旅路だ。そして、どこにでもいる普通の少年と、どこにでもいる普通の少女の物語。死を否定しようとした獣から世界を救い、未来を取り戻すために対抗した物語だ。

 そして獣は真実を知る。無能だと思っていた。無慈悲だと疑わなかった。だが、王には彼らの知らない真実があった。悲しいとは感じなかった。正そうとは考えなかった。何故ならば、そんな自由などなかったからだ。そんな権利など与えられていなかった。全てを見通す千里眼は、人の心など許さなかった。

 だから、獣は否定した。王が抱いたという願いを。王が歩いたという人の道を。その果てが、彼らの計画の失敗だった。魔でも神でもない、人の生き方を知った。意味がなくとも、価値がなくとも、必要がなくとも、戦うために拳を握ろうとするほどに。そして、特別なものなんてなかった少年もそれに応じる。自分が同じ立場ならそうしたから、と。

 死を否定しようとした獣は、生にしがみつく人に敗北した。

 それで獣の物語は終わったはずだった。

 だけど、終わらなかった。終わらせてもらえなかった。

『たすけ、て』
『おまえは今日から私の眷属だ!』
『今回の実験は失敗に終わったか。次の被験体を用意しろ』
『恨むなら神器を作った聖書の神を恨むのだな』
『人間風情が!』
『飽きちゃった。トレードしよっと』
『神は……死んでいた?』
『レアな神器だ。抜き出してアザゼル様に献上しなくては!』
『下僕は主人の言うことを聞くものだろう?』
『アーメン!』
『レアものは転生させたら面白いぞ』
『どうして彼女が異端となるのですか!?』
『ああ、全部僕が仕組んだことなんだよ』
『私は――死にたくない』
『悪魔が、神の使徒を愛してはいけませんか?』
『僕たちから奪った幸せの数だけ、死を刻め、異形ども……!』

 誰かの絶望を見た。誰も彼もの絶望を見せつけられた。

 ……違う。違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う。違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う! 違うんだ!

 この悲痛は一部だけだ。この悲劇は側面だけだ。救われた誰かもいるはずだ。幸せになった誰かもいるはずだ。そうでなければおかしい。そうでなければ終わっている。現に俺だって――

 ふと、あの言葉が脳裏に蘇った。この誰かの記憶ではない、俺自身に向けられたあの言葉を。

『■■■■■■■■■■■■』

 ――あの女を許してはならない。許してはならなかった。
 俺の中の何かがそう叫んだ。






 現在、兵藤一誠は冥界の大病院の集中治療室に横たわっていた。計測器や医療器具に繋がれているため、身体のほとんどは隠れていた。

「イッセー……」

 一誠の『王』であるリアス・グレモリーはガラス越しで彼を見つめる。他の眷属たちも同じだ。だが、治癒能力も医療技術もない彼らにできることなど見守る以外になかった。

「アザゼル、イッセーの容態はどうなの?」
「最悪、に近い状態だな」

 それを聞いて卒倒しようとなる者もいれば、まだ最悪ではないと希望を持つ者もいた。

「状況を整理するぞ。今のイッセーの身体は、浸食しようとする魔神柱の細胞と阻止しようとするドライグの因子が戦っている。極端な言い方をすれば病みたいな状態だ」

 この理屈で言えば、ドライグの因子は抗体の役割を果たしている。

「だが、ドライグの因子もまた問題でな」
「え?」
「魔神柱の細胞の浸食能力が強いのか、神器――というかドラゴンの細胞が過剰に活動していてな。イッセーの肉体を浸食している。元々イッセーの身体は『悪魔とドラゴンが混ざった状態』だった。だが、『完全なドラゴン』になっている部分が出てきている。それに連動する形で、『悪魔の駒』も暴走一歩手前だ」
「……え?」
「つまりな。イッセーは……人間でも悪魔でもドラゴンでも魔神柱でもない『何か』になろうとしているってことなんだ」
「そ、そんな! だったら早く手術しないと! 魔神柱の細胞が原因ならそれを取り除けば……」
「ことはそう簡単でもないんだよ。身体中を色んな力が拮抗していて、何かをいじれば身体が壊れる」

 顔面が蒼白になるリアス。苛立ちながら、アザゼルは調べた結果を述べる。

「通常なら有り得ないんだよ、これは。毒魚食べたら鰓呼吸ができるようになったもんだぜ? 普通に死ぬなら分かる。何も起こらないなら当然だ。だが、イッセーは魔神柱の能力を細胞から取り込んだ。白龍皇の力を手に入れたのとはわけが違う。イッセーにだけ許された奇跡だの、システムによるバグだのじゃ説明がつかない。もっと必然的な論理があるはずなんだ」
「必然的な論理?」

 この事態が発生するに足る必然が、そこにはあった。

「……俺たちは魔神柱が新しく作られたキメラみたいなもんだと考えていた。だが、違うのかもしれねえ。根本的な何かを読み間違えているような気がする」
「どういうことなの、アザゼル」
「――魔神柱の誕生には、聖書の神が関わっている」

 もしもこの理論が正しければ、今回の出来事も辻褄が合う。つまり、魔神柱の細胞とは神器と同質だ。他人の内臓が移植できるように、今回のような融合も可能だった。だが、すべては観測結果から無理やり導き出した結果論にすぎない。

「だが……だが、あんなもの、俺は知らない! 聖書の神が死んでからどれくらい時間が経っていると思っている。その間、誰もあいつらを感知できなかった。まったくだぞ? 奴らの強さと、数と、性質なら何らかの手がかりがどこかしらに出てもおかしくないはずだ。それだけの時間があったんだ。それに、元々あったものなら七十二柱の名前を使う必要なんてない。あいつら自身の名前があるはずだ。聖書の神と同じことは、『システム』を起動しているミカエルにもできない。つまり、あいつらを作ることは誰にもできないはずなんだ。あいつが存在している理由が、分からない!」
「HAHAHAHAHA! こりゃ珍しいもんが見れたZE!」

 此方を逆撫でするようなわざとらしい哄笑。現れた人物、否、神仏を見て、アザゼルは眉をひそめる。

「インドラ……!」

 天帝、帝釈天。またの名を武神インドラ。インド神話において雷と戦いを司る神である。仏教でも主要な立場にあり、顔も広い。その実力は四大魔王の総力に匹敵するとも言われる。

「HAHAHA! そっちの名で呼ぶとは洒落てるじゃねえか。それより面白い話してたじゃねえか。おまえがそんな風に取り乱すとはな。魔神柱が誰かに作られた? 聖書の神と同レベル? 七十二柱の名前? だったら相手は一人しかいねえだろうZE! 本当はおまえやミカエルやサーゼクスだって分かってんだろう? そろそろ認めろや。魔神柱の背景には、あのソロ――」
「その名前を口にするんじゃねえ!」

 アザゼルは、インドラの言葉を無理やり遮る。その名前に対して抱く嫌悪と忌避を隠そうともせずに。

「あいつの名前を、俺たちの前で口にするんじゃねえよ。それに、それだけは有り得ないんだ。大英雄や聖女ならまだしも、あいつの転生体が生まれることは有り得ない。あいつの子孫があいつの力を手に入れることは有り得ない。あいつ自身が復活することも有り得ないんだ。あいつにそっくりな宇宙人が来たって方がまだ説得力があるってもんだ」

 ここで、木場裕斗は違和感を覚えた。

 ――あの王の名前を口にしてはならない。

 眷属となった後、リアスからそう教わった。何でも、人間である『彼』に七十二柱すべてが使役されたことは悪魔の歴史において最大級の屈辱であるため、口にすることはタブー視されていると。

 悪魔が彼を嫌悪し、憎悪するのは理解できる。だが、なぜ、堕天使の総督であるアザゼルが名前を聞いただけであれほど激昂するのか。堕天使は『彼』の逸話には関わっていないはずだ。それとも、自分には知らされておらず、歴史には残されていないような部分があるのか。

 アザゼルの動揺を面白がるように、インドラは呵々大笑とする。

「あくまでも認めないってことか。じゃあ精々あがくことだな、手遅れになっても知らないぜ? HAHAHA!」

 上機嫌に嘲笑し去っていく帝釈天ことインドラ。

 しかしこの後、自分の部屋に訪れた人物を前にして絶句する未来を、インドラは予知できなかった。







「フェニクスより要請。私には異常が見られる。至急修復を願う」
「マルバスより確認。根拠を求める」
「フェニクスより解答。私は私の命題のために、正体を隠してある戦乙女に接触した。交渉は難航していた。そして、彼女に指摘されたのだ。代用の手段を提示されたのだ。そしてそれは理に適ったものだった。私はその発想を得ることができなかった。人知を超えた魔神柱がこの体たらく。これは紛れもない異常である」
「ウヴァルより理解。我らの叡智が戦乙女個人に負けるとは思えぬ」
「ゼパルより否定。我々には単にその発想がなかっただけかもしれない」
「アンドロマリウスより要請。黙っていろゼパル」
「ラウムより疑念。そのために、英霊を呼んだのだ。そのために、人を招いたのだ。我らの視点は以前よりも多様性を持っているはずである。まだ不足していたということだろうか」
「デカラビアより指摘。論点に微細な逸脱が見られる」
「……ゲーティアより通達。自らの行動を省みて違和感を覚えたものは、これを開示せよ」
「フラウロスより疑問。我らはオーフィスに固有結界を教授した。そして、あの龍を放置している。あの龍から情報が洩れる可能性もあった。だが、行動を監視することも制限することもしていない。現状、あの龍がどこで何をしているのかも把握していない」
「アンドラスより疑問。我らは邪龍を復活させた。だが、奴らの存在は我らとは根本的に相容れないはずだ。利用するならば、現存しているフェンリルやテュポーンの方が適切であるはずだ」
「サブナックより疑問。我らは何故獅子王と戦おうとしていない。我らが前線に出れば計画に支障が出るだろう。第三宝具を不用意には使用できぬだろう。だが、だからといって人間に我らの因子を与えて戦わせることに道理はないはずだ」
「アスモダイより疑問。我らは兵藤一誠を殺していない。グレモリーを退け、我らの計画を狂わせた時点で削除する方が妥当である。かつての藤丸立香にそうしなかったことを悔いているのだから」
「グレモリーより疑問。我らはベディヴィエールと接触しておきながら、彼を引き留めなかった。彼がいた方が獅子王との戦いは有利になっただろう。彼は一時ではあったが時間神殿にいた。あの時点で獅子王が来ていることは判明していたはずだ」
「アムドゥシアスより疑問。ヴァーリ・ルシファーはキングゥと接触後に行方不明。だが、死体を確認していない。接触を確認しただけで終了した。何故だ?」
「ベリトより報告。ヴァーリ・ルシファーの所在は不明だ。キングゥが倒したという情報もない。ヴァーリ・ルシファーが生きている可能性は高い」
「バルバトスより総括。我らの行動には、不自然な点が多い」
「マレファルより提示。我々が復活する際に不要な要素が紛れた可能性がある」
「アガレスより推論。ベディヴィエールは花の魔術師によって召喚された。ならば――我々もまた誰かに召喚された可能性が高い」
「アモンより補足。仮に我らが何者かによって召喚されていた場合、我らの不具合はその時点で発生した可能性が高い」
「バアルより疑問。不具合は偶発的なものなのか。それとも、意図的に仕組まれたものなのか」
「……」
「…………」
「………………」
「我々を召喚したのは誰だ?」

 我々を利用しているのは誰だ?



※解答はすでに出ています。


一応、魔神柱会議(意訳)

フェニクス「なんか疲れているみたい」
マルバス「どうしたの?」
フェニクス「いや、命題のために戦乙女口説きに行ったんだけどさ、『これしかない!』って思っていた以外の方法を提案されちゃったんだよね。あんな簡単なこと考えられないあたり、疲れてんだと思う」
ウヴァル「あー、確かに」
ゼパル「単に想像力の問題だろ」
アンドロマリウス「おまえは黙っていろ」
ラウム「英霊とか人間と触れ合って、俺たちの視点も大分広がったと思うけど足りなかった?」
デカラビア「なんかそういう問題じゃない気がする」
ゲーティア「……他になんか違和感を覚えた者は挙手」
フラウロス「私たち、何でオーフィスを放置しているんだ?」
アンドラス「邪龍よりもっと良い協力相手がいたような気が」
サブナック「そもそも何で俺ら英雄派を獅子王と戦わせようとしてんの? 勝てると思ってないのに」
アスモダイ「グレモリーの一件の時点で、どうして兵藤一誠殺しておかなかったんだ?」
グレモリー「ベディヴィエールは獅子王打倒の鍵になったかもしれないけど気にしてなかったよな」
アムドゥシアス「そういえば、ヴァーリ・ルシファーがちゃんとキングゥに殺されたか確認してない」
ベリト「ヴァーリ・ルシファーが死んだって情報はない。生存の可能性もあり」
バルバトス「まとめると、私たちの行動変じゃねえ?」
マレファル「復活する時にバグでも混ざったか?」
アガレス「ベディヴィエールがマーリンに召喚されたみたいに、私たちも実は誰かに召喚されたのかもしれないよな」
アモン「召喚の際に不具合でも起きたか?」
バアル「召喚が下手くそだったのか。それとも、何か仕込まれたか」
魔神柱一同「………………」
ゲーティア「我々を召喚したのは誰だ?」


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うそつき

この話を読んだ後、貴方はきっと混乱する。
具体的には「ふざけんなよおまえ!」ってなった後、「え? え、え?」ってなると思う。
二名ほど結構重要なオリキャラが出てくることをご了承ください。


 間違いに気づきさえすれば、解答は簡単に得られた。

 王ではない、と直感的に思った。少なくとも、我らの知るあの男ではない。権利がなかった生前では、私たちを拾う意味がない。作り直すはずがない。そんな必要などない。新しく作ってしまえば良いのだから。それだけの力があの男にはあった。だから、俺たちはあの男ならばあらゆる悲劇を救えるはずだと考えてしまったのだから。

 王ではなくなったあの男でもない、と屈辱的ながら考えた。王としての能力が指輪以外にないからではない。あの男が、またしても自由を放棄するなどと考えられなかった。一度得た人間としての権利を放棄するはずがないと、もしそうだとしてもこのような形で我々を利用するはずがないと、考えた。非常に不愉快だが、そうであると理解した。

 であれば、解答は簡単に得られた。

 この世界のソロモンか、■■■■だ。前者ならばまだいい。許容することもない。だが、納得はできる。だが、後者であった場合は最悪だ。

 ――許さん。

 許さん。許さん。許さん。許さん。何があろうと許さん。貴様の意思にだけは従わない。貴様の意図にだけは逆らってみせる。我らソロモン七十二柱。この御名に誓って、貴様の思想を打ち砕こう。

 だが、真の問題はそこではない。

 問題は、我らの何から何までが、黒幕の思惑であったかだ。

 聖書焼却か。歴史の改竄か。抑止力との一体化は本当に我々の案か。実行できると推測したが、これは正しい計算結果なのか。英霊の召喚にはどれだけの影響があったのか。英雄派に知らず知らずに影響を与えていないか。邪龍を復活させた真意はどこだ。我らの見落としや失敗はどれだけあるのか。取り返しはどのようにしてつければいい。そもそもミスをミスと認識できるのか? 獅子王の真意は関わっているのか。あの女神は何をどれほど認識している? キングゥは気づいているのだろうか。あの泥人形にも我らと同じ不具合はあるのか。聖書以外の神群はこの事態を知っているのか。

 否、()()()()()()()()()()()()。もっと根本的なものが、揺らいでいる。

 この異形どもを許さないという決意は、紛い物か? 我らの名を穢す悪魔への怒りは、天使さえも人間を利用していたことへの嘆きは、理不尽でしかない堕天使による神器狩りへの悲しみは、誰かに植え付けられたものか。

 この誰かを助けたいという気持ちも、偽りか? 信仰を裏切られた少女を助けたことも、悪魔に転じられた人間を元に戻したことも、神器のせいで孤独だった少年に仲間を与えたことも、誰かの作為だったというのか。

 この誰かを助けられて良かったという安堵さえも、間違いなのだろうか。

 この世界で何度か向けられた「ありがとう」という感謝の言葉。あの言葉に対する戸惑いと喜びさえも、我らの裡から出たものではなかったのだろうか。

 我々は、人を救おうとすべきではなかったのか?







 冥界の若手悪魔によるレーティングゲーム。それを鑑賞するために特別に作られたVIP席。このような機会でもなければ顔を合わせることのない各神話の重鎮が揃っていた。

 そんな中、アザゼルはある神の前に立つ。先日の一件でもう一言二言物申してやろうと考えていたからだ。だが、予定が変わった。目的の人物はアザゼルを見るなり挑発をしてくると思っていたのだが、目の前に立っても反応がない。

 深く深く溜め息を吐き出す目的の人物――武神帝釈天あるいは天帝インドラ。溜め息を吐き出し終わってようやくアザゼルに気づく。わざと気づいていない振りをしていたのではなく本当に気づいていなかったようで、目が若干驚いたように泳いだ。

「……よお、アザ坊じゃねえか」
「インドラ、おまえ、どうした?」

 いつもの似非アメリカンな喋り方をせず、どこかアンニュイな雰囲気の天帝。どこか疲れたように、頭をかきながらぼやく。

「知り合い……知り合い? に会ってな。会いたくなかった奴なんだよ。何つうか、見た目が違っても『あいつ』だってのは一発で分かるもんだな。嫌なこと思い出したぜ」
「ん? 息子の転生体にでもあったのか?」

 インドラの息子は複数人いるが、その中で最も知名度の高い一人にアルジュナという半神半人がいる。授かりの英雄と呼ばれた大英雄。まさに運命に選ばれた生涯を送った男だ。だが、インドラはある理由からアルジュナと確執がある。それはアルジュナとある大英雄の決闘に余計な手助けをして、水を差してしまったことだ。この『余計な手助け』はインドラ以外にも多くの神仏や人間がしていたため、インドラだけの責任ではないが。

「それだったらどれだけ良かっただろうな……。ま、似たようなもんだ。忘れてくれ」
「お、おう」

 本当はもうちょっと深く聞くべきなのだろうが、目の前の武神を見てそんな気は失せた。ぶっちゃけ気持ち悪い。良く言って見苦しい。見た目坊主頭のおっさんが物憂げな表情を浮かべても、アンバランスなだけだ。

「珍しい組み合わせじゃのう。……どうした、帝釈天。顔色が悪いぞ?」

 声をかけてきたのは、北欧の主神オーディンだ。傍には御付きのロスヴァイセもいる。

「話しかけないでくれ、北の爺さん」

 好奇心を刺激されたオーディンだったが、相手はあの武神だ。触らぬ神に祟りなし。この雰囲気のままならいいが、深く聞きすぎて暴れられても困る。立場があるとはいえ、インドラとはそういう神だ。神であり、魔王だ。オーディンも他神のことは言えないが、インドラは『暴君』としての素質が高い。

「では、詳しくは聞かんことにしようかの。それよりのう、インドラ。おぬしは戦士の育成に力を入れていると聞いたぞ。このロスヴァイセに良い勇者を紹介してくれんか?」
「な、何を言うのですかオーディン様!」
「なんじゃ。上司の気遣いを無為にするではないわ。黙っていても男は寄ってこんぞ?」
「そんなことありません! わ、私だって、つい先日ナンパされたんですからね!」
「ふむ。本当は?」
「学生時代の論文について質問されただけでした!」

 ロスヴァイセの顔に迸る「期待させやがって……!」という感情に、若干引く神二柱と堕天使一名。

「ん? 学生時代の論文? おまえさん何か特別なものについて研究していたのか?」
「666についてです。その人は不死の存在を殺す研究をしているらしくて……その手段の一つとして、666は使用できるかを聞かれました」

 それを聞いた者は全員苦笑を浮かべる。

「何だそりゃ? 対費用がおかしなことにならないか? 666は存在しているかどうか怪しい存在だ。どうせその論点で調べるなら、グレートレッドかオーフィスを対象にするべきだろう」
「ええ、私もその点を指摘してんですが、そんなこと考えもつかなかったという顔をされてしまいまして……」

 それもまたおかしな話だ。奇妙に尽きる。オーディンも興味を刺激された様子だった。

「それで、どこの神話の何という学者だったんじゃ?」
「はい、確か……。あれ? 名前を聞いたはずだったんですけど……」
「何じゃ、覚えておらんのか。その歳でボケが始まったのか?」
「失礼ですね! オーディン様と一緒にしないでください!」
「静かにせんか。もうじきゲームが始まるぞい」
「オーディン様が質問されたんじゃないですか!」
「おいおい、爺さん。あんまりいじめてやるなよ」

 苦笑するアザゼルだが、ロスヴァイセの言う人物が妙に気になる。主神の付き人をしているような戦乙女が聞いた名前を忘れるというのもおかしい。記憶を操作した可能性もゼロではない。だが、何の為に? しかもどうして名前だけで会話の内容は消し忘れたのか。

(いや、考えすぎか。もしかしたら魔神柱かとも思ったが、いくらあいつらでもこんな冥界の中枢には入り込めないな。内通者でもいない限り……)

 リアス・グレモリーとライザー・フェニックスのレーティングゲームが始まった。始まる前から、結果は火を見るよりも明らかだった。

 たとえ『王』リアス・グレモリーの生涯がかかっていたとしても、たとえゲームに参加できない兵藤一誠の代わりに戦おうという士気があったとしても、たとえ『騎士』木場祐斗が禁手に目覚めていたとしても、たとえ眷属が堕天使幹部や魔神柱、旧魔王という修羅場を潜っていたとしても、たとえ全員が修行の日々に明け暮れていたとしても。

 リアス・グレモリーの眷属には決定的な問題があった。







 世界は私が作った。

 つまり、世界は私のものだ。

 つまり、世界に存在しているものはすべて私のものだ。

 たとえ私が作った世界ではなくとも、世界に存在している以上、それは私のものだ。

 天恵を返還するか。叡智を放棄するか。ならば、私がもらう。おまえの成果は私に還元されるべきだ。否、返してもらう。私ではない私が与えたとしても、作ったのはおまえ自身だとしても、そこにある以上は私のものだ。世界のすべては私のものなのだから。

 魔術式も、天の鎖も、比較の獣もすべて私のものだ。すでに打ち棄てられたというならば、誰に断りを入れる義務があろうか。否、最初からそんなものは必要ない。すべては私のものなのだから。私が拾おう。私が使おう。私が使ってやろう。

 やはりあの男は便利だった。我が道具。我が従僕。我が奴隷。我が身が滅びる可能性を提示したことは不愉快だったが、現実となった以上否定はできない。最後に私を裏切った点以外は、実に役立ってくれた。

 どこぞの女神が作ろうが関係ない。どこぞの果てに眠っていようが関係ない。すべては私のものなのだから。私が作ったものではなくとも、私が作った世界にあるのだから、私が作ったものに他ならない。私が作った以上、それは私のものだ。私のためだけにあるものだ。

 貴様らは私に償う必要がある。貴様らは私に贖う義務がある。

 人間を――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がある! 貴様らは、それを償うのだ! この私に、お前たちは贖罪の義務がある!

 魔術の王が作った獣よ。おまえたちは三千年も世界を滅ぼした。故に、私に仕えよ。獣を封じる檻となるのだ。

 女神を騙る獣の忌み子よ。おまえは異形を先導し、人類史を根本から否定しようとした。許し難い。故に、私に命を捧げろ。もう一度獣を縛る鎖となるのだ。

 最果ての塔に寝ていた獣よ。おまえはその存在が罪だ。故に、私のために消費尽くされるがいい。力を蓄え、私の代わりの生贄となれ。

 あの忌まわしき獣を今度こそ完全に葬るために。そして、魔王と天龍によって滅ぼされた我が身が復活するために、おまえ達はもう一度死ね。







 三千年ほど前の話です。

 バビロンの穴と呼ばれる広大な湖に、一隻の船が浮かんでいました。その船の上には一人の男がおり、その男は真鍮でできた壺を抱えていました。獣でも入っているのか、その壺は時折がたがたと動いています。

 するとどういうことでしょう。壺の中から人らしき者の声が聞こえてくるではありませんか。壺はどう見ても人が入れるはずのない大きさです。ですが、壺からは確かに明確な意思のある言葉が漏れています。それもひとつやふたつではありません。具体的には、七十二の罵倒と悲鳴と懇願が溢れていました。

『謀ったな、愚王め!』
『出せ! 出してくれ! 頼む! もう逆らわないから出してくれ! お願いします、出してください!』
『あ、あああああああ!』
『おのれ、おのれ、人間風情が! 人間如きが!』
『許してください! いや、いや、いやぁ、許して!』
『神から授かった天恵がなければ、何もできなかった臆病者が!』
『この、無能!』
『私を誰だと思っている! 四大魔王が黙っていないぞ! い、今ならまだ間に合う! 早く私たちを解放するのだ! 特別に許してやるから、早く!』
『き、貴様! 我々を()()()()()()()に使用した挙句、このような仕打ちをするというのか!』
『聞いているのか、ソロモ――』
「あ、手が滑った」

 男の手から壺が滑り落ちます。この男、どう見てもわざと落としました!

 深い湖です。壺を引き上げるのは人力では不可能です。特別な場所であり、特別な壺であるため、魔法使いでも悪魔でも神様でも、壺を見つけ出すことは不可能です。壺が開かれるのには、岸に打ち上げられるか、漁師の網に引き上げられるか。いずれにせよ、遠い未来の話になるでしょう。

 ですが、男にとってそれは明日でも、千年後でも構わなかったのです。ただ、天におわす神が、同胞を取り戻そうとする魔王が、身動きが取れなくなった堕天使たちが、この瞬間を見て勘違いをしてもらえればそれで良かったのです。

 男は、ニタリ、と口の端を釣り上げました。



■■■■と□□□□に関しては、ほぼオリキャラである。原作で描写されないのが悪い。
□□□□はロキの三兄妹に並んで中二病を覚醒させた起源なのでね。これくらい盛らせてもらった。その上位存在である■■■■に関しても大分盛らせてもらった。
反省はしている。けど後悔はない。


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言葉の重み

なんとなくのテンションで書いた戯言を少々。


以上の決意をもって彼のクラスは決定された。

歴代最弱の赤龍帝なぞ偽りの称号。

其は人間が求め続け、人類史の業を刻み込まれた大災害。

『期待』の理を持つ獣。

悲劇と奇跡を担い、救済と勝利を強制された偶像。

それこそが兵藤一誠の――否。

主人公(かれら)の獣性である。


「うひゃひゃひゃひゃ! まさか本当に見つかるとはな、666! 黙示録の獣!」

 世界の果ての片隅で、銀髪の悪魔が不愉快な笑いを上げていた。

 悪魔の名は、リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。聖書に「リリン」の名で記された、真なるルシファーの実の息子。明けの明星を受け継ぐはずだった男。あらゆる神器の効果を無効にする「神器無効化」という異能を生まれ持ち、超越者の一人に数えられる。

 本来、彼は無気力な悪魔だった。大戦で父を失い、内乱で席を奪われ、元より『ルシファー』の名に相応しいとは言えない性分だった。彼はどこまでも『ルシファーの息子』でしかなかったからだ。だからこそ、彼は思い立ったのだ。

 自分こそが唯一無二の魔王になろう、と。

 七十二柱の名を騙る魔神柱の話を聞いた時に、その思想に至った。世間では彼らの方を偽物として扱っている。だが、もしも彼らが勝ち残ったとしたら、彼らが本物の七十二柱となる。正しい者が勝者になるのではなく、勝った者が正義なのだ。勝者こそが、現在と未来の歴史に名前を刻む権利を得る。

「はい、リゼヴィム様。これで我らの目標の実現に一歩近づきました」

 そんな悪魔の傍らにいるのは、これまた大物の悪魔だ。

 ルシファーに代々仕えてきたルキフグス家の生き残り、ユーグリット・ルキフグス。現ルシファーのサーゼクスの妻であるグレイフィアとは姉弟の関係だ。皮肉と言えば皮肉だろう。初代ルシファーの息子と行動をともにしている男が、現ルシファーの義弟でもあるのだから。

 二人とも世間的には生死不明であり、こうして生きていることが判明した段階で冥界は大騒動となる。間違いなく政界は荒れるだろう。それほどまでに、彼らの立場は特殊だった。

 そんな彼らの前には、禁忌級の封印が施された巨大な『獣』がいた。

 その名を『黙示録の皇獣』666。蝗の群れや四大騎士とともに、ヨハネの黙示録に記されている獣。世界のすべてを破壊するためだけに存在する大災害。書物によっては、魔王や真龍とも同一視される。世間においてはその存在は不確かなものだとされていた。無限や夢幻と同じ次元にいる例外中の例外。

 だが、ここに実在した。聖書に記された神によって、人知れず他の神にさえ感知させず、世界の片隅に厳重に封印されていたのだ。

 かつての三大勢力による大戦。二天龍の乱入と各勢力の衰退によってほぼ強制的に終了された戦争。終了の一因となったのは間違いなく聖書の神と魔王の死。だが、聖書の神は戦時中、万全ではなかったのである。この獣を封印するために、力を振り絞ったからだ。如何に世界で最も信仰を集めている唯一神と言えど、無限や夢幻と同じ次元にいる黙示録の獣を封印するのは命懸けだった。

 当然、聖書の神が命懸けで封印したのだ。聖遺物でもない限りは触れることさえ適わないような封印が施されているはず――だった。

「それにしても……これってどういうことなの? ユーグリット君」

 聖遺物を確保できていないリゼヴィムにとって都合の良いことではあったのだが、困った事態ではあった。厳密には、原因が不明である点が非常にまずいと推測される事態だった。

「何で、666の封印がほとんど解けてんだ?」








 ――聞こえるかい? 兵藤一誠。

 良かった。君は神器から魔神柱を取り込んだことで、ゲーティア達と繋がった。君を通じて、ボクの言葉も彼らに伝わるだろう。

 君は人間として終了した。もう悪魔ともドラゴンとも呼べない、人の可能性の果てに辿り着いた。駒を抜き出してももう悪魔のままだろうね。

 率直に言うと、君は『奴』の計画に利用されている。君……正確にはこの時代の神滅具所有者の誰かがそうなることは、『奴』の計画の一部だった。

 すべては、此方の『彼』がボク達の世界を見つけたところから始まった。そして、『彼』は自分が知り得た世界の情報を、『奴』にだけ教えたんだ。『奴』は、自分のためにボク達を利用することを思いついた。

 ボクはボクに与えられた役割のために、計画に関する情報を持った状態で召喚された。聖杯から召喚されたサーヴァントが現代社会や聖杯戦争の知識を持っているようにね。消滅したはずのこの自我は、この世界において身体ごと再構築された。この‟相手より強くなる”特徴もそのままに。

 災厄の獣キャスパリーグ、天の鎖の後続機キングゥ、人理焼却の実行犯ゲーティア。

 ボク達は獣だ。人類愛を持つが故に、人類悪として、人類に打倒されることを約束された獣だ。キングゥは厳密にはその子どもだけど、彼女よりも彼の方が『奴』にとっては都合が良かったんだろうね。そんなボク達は、黙示録に記された獣を打倒するために、そして『奴』が復活するために召喚された。

 けれど、ボク達を呼び出した黒幕は酷い奴でね。ボク達は全員『消滅した存在』なんだ。ボクは自我だけが消滅しただけで身体はちゃんと向こうにあるんだけど。とにかく、消滅したボク達を再利用しようとしたわけだ。異世界を観測しようとした『彼』から、ボク達のことを聞いてね。

 君は『システム』について知っているかい? 知っているなら『奴』の死後、あれに不具合が出ていることは知っていると思う。けど、『奴』の死だけが原因じゃないんだ。ボク達の召喚は時限式だったんだよ。『奴』の死後、エネルギーが溜まったら自動的に発動するようになっていたんだ。異世界からボク達みたいなのを召喚する術式を組めば、それだけ他の機能が鈍る。不具合の正体は、この時のための節約だった。

 そして、その召喚術式は黙示録の獣の封印術式と連動していた。ボク達が召喚されると同時に、666の封印は徐々に解除される。……ボクは否応なしに666を倒す準備を進めないと駄目だったんだ。

 ゲーティアは自身を構築する魔神柱全員に意図的な不具合を仕込まれた。無意識下に『奴』の計画を手伝うようにね。英雄たちを育てているようだけど、それもまた一環だ。彼のが全くないとは言えないけど。

 ボクに関しては、ゲーティアを利用されて退路を断たれた。『奴』の計画から逃れようと色んな人のところを回ったが、誰も彼もその周囲には怨嗟が満ちていた。アーシアは彼女本人は問題ないけど、彼女が治療する患者はそうもいかなかった。デュリオは、本来ならば純粋な性格なんだけど、余計な揺さぶりをされたせいで黒い感情を覚えてしまった。

 キングゥについてはもっと簡単だ。666の封印が解除された時、彼の近くに転移されるように仕掛けられているんだ。彼の大切なものが、最初に踏みにじられるように設定されているんだ。……悪趣味にも程がある。

 この世界に召喚された時点で、ボクもキングゥもゲーティアも詰んでいた。

 だけど、『奴』の思惑から三つだけ外れた事項がある。

 一つは、ゲーティアが此方の初代七十二柱を殺したことだ。これは『奴』の思考にはなかったことのはずだ。間違いなく、彼らが彼らの意思で行ったこと。その根底には、あの二人の存在がある。『彼らにはこいつらを見られたくない』という衝動が、計画外の行動に導かせた。皮肉だけど、これで悪魔側は動きやすくなった。彼らの行動次第では、あるいはという可能性がなくもないかな? それに、魔神柱も自分達の意思で動ける部分があるという証明になった。

 もう一つが、君だ。兵藤一誠。本来ならば、君が魔神柱を取り込むのはもう少し後のはずだった。……このタイミングで君がやらなくても、きっと他の誰かがやった。アザゼルが実験の一つとして行っただろう。アザゼルがやらなくても堕天使の誰かが試しただろう。堕天使がやらなくても、どこかの勢力の誰かが実験したはずだ。そして、成功すれば君はその可能性に挑み、魔神柱の力を手に入れたはずだ。だけど、このような形であったことは、まして君が魔神柱と繋がったことは予想外にも程があるよね。

 最後の一つが、獅子王となったアルトリアだ。『奴』にとって彼女の襲来は完全に計画外だろうね。まあ、ボクにとっても予想外だ。どうして女神ロンゴミニアドが召喚されたのかは不明だ。ベディでも来たのかな? ボク達という『消滅したはずの存在』が召喚されたことで同じような存在が召喚されやすくなる下地ができたってことだろうね。それでも冠位魔術師でもないと……あ、分かった。うん。

 あの馬鹿ナイトメア、他に余計なことしてないだろうな……。オーフィスあたりにちょっかい出されたらアウトなんだけど。

 どっかのろくでなしはともかく、『奴』の計画を大雑把に言うとこんな感じだ。キングゥで666を縛り、ゲーティアが第二宝具と第三宝具を使用して世界に損害なく獣を倒す。ボクはそのアシストかな。そして、ボクとキングゥとゲーティアを君や他の神滅具所有者達に倒させる。この時、君達を通して、ボク達の魔力や運命力がエネルギーとして回収されるんだ。()()()()()()()()()()と言っても過言じゃない。それで、『システム』に仕組まれた最後の術式――『奴』の再臨術式が発動される。

 だけど、ボクとしてはこれに逆らいたい。君もそう思っているよね? というか、君の現状は『奴』の計画から大きく逸脱しているはずだ。ドライグも君の中にはいないしね。アルビオンの力を持っていることも含めて、『奴』の思惑はどれだけ外れたんだか。それに、君は真実に辿り着いてしまったし、その胸に滾る感情は消えないだろう。もう覆しようがない。

 おめでとう、とは言いたくない。だから、ごめんねと謝らせてもらうよ、兵藤一誠。

 君は、世界を救う生贄(ゆうしゃ)に選ばれた。

 あ、それとゲーティアに伝えておいてくれないかな? マシュなら、ボクの運命力を譲渡することで生き返ったってさ!







「ゲーティアより確認。我々の胸に宿る感情は、すべて、間違った定義の神による誤植か?」
「バアルより解答。――否である。断じて、断じて、断じて、断じて否である! そのような成分は否定する! そのような展開は拒絶する! 私のこの胸を焼く憎悪は! 屈辱は、侮辱、そして憤怒は! あの藤丸立香へ向ける感情すべて! 私の裡から出でたものである! 断じて無関係な神に由来するものではない……!」
「クロケルより同意。我が胸に燻るこの炎、英霊どもへの嫌悪は、あの戦いに由来するものだ。道理を弁えぬ英霊どもへの怒りは、未だに燃えている。神の陰謀など知ったことか。神の思惑など捨てるものだ。今更、奴の介入など不能である!」
「ハーゲンティより賛同。この恐怖は神には理解できぬものだ。神に理解できぬものが、神に捏造できるはずがない」
「アンドラスより提示。私は死にたくない。この感情は、命あるもの、心あるものならば当然の摂理だ。死を拒む衝動こそが、我らに『自分の心』がある証拠にはならないだろうか」
「ガープより追従。我らの‟個”はかつての時間神殿で芽生えたもの。王であった男の最期の魔術によって抱いたもの。ならば、この神への憤怒もまた、あの時の続きだ。決して植え付けられたものなどではない!」
「フラウロスより主張。私は決意した。私は決断した。私は、あの世界に帰還しよう。神の思惑などねじ伏せて、必ず帰還しよう。向けねばならない言葉がある」
「グラシャ=ラボラスより意見。私は元より帰還を決意した。やり残したことがあるのだから。あの定義が間違った神が、このような感情を許すものか」
「ゼパルより――」
「黙れゼパル!」
「誰が発言を許した!」
「不具合を加味しても、おまえの失敗は有り得ない!」
「魔神柱でありながら!」
「汝は兵藤一誠との連絡に徹せよ」
「貴様もだフェニクス!」
「何を他人事のように述べている!」
「勝手に戦乙女と交渉になんぞ行くとは!」
「あの隻眼の戦神が動いたらどうするつもりだ!」
「我らの計画を何だと思っている!?」
「我はまた統括局が失敗する時に備えて保険を作っただけだ!」
「だとしても、立場を弁えよ!」
「ゲーティアより全魔神柱に通達。獅子王との決着も、地獄と天国の焼却も後回しだ。死んだと聞いて省略していたが、本来は最初にやる予定だったのだ。時期がズレただけのこと。では、神を滅ぼそう」







 あの大戦の後、私の魂は『槍』の中にあった。

 私は『槍』の中から、世界のすべてを見ていた。人間のすべてを見ていた。

 我が子を殺すもの。我が子に殺されるもの。恋を知らぬもの。恋を捨てるもの。 裏切りに嘆くもの。裏切りに生きるもの。家族を知らぬもの。家族を捨てるもの。富を失うもの。富に殺されるもの。愛を知らぬもの。愛を笑うもの。成功を求めるもの。成功を憎むもの。信仰を守るもの。信仰を嫌うもの。

 同胞を愛し、異人を軽蔑し、叡智を学び、無知を広げ、怨恨を育て誤解に踊り差別を好み迫害に浮かれ憐れみを憐れんだ。

 このようなものを、人間の傍らで見た私が抱いた感情は、憤怒だ。憤怒以外に有り得ない。

 何故。何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故!

 何故、こいつらは、私の世界に生きていながら――



 こんなにも、醜いのだ!



 このような醜い感情を抱いている! 何故私以外の神を信じる。何故私を奉らない。何故私に祈りを捧げない。何故私を呪う。何故私のために死なない。何故私が定めた形で生まれてこない。

 何故私が作り上げた完璧な世界で、このような痴態が発生するのだ。何故私の生み出した美しい世界に、このような汚物が存在するのだ。

 私の世界に存在させてやっているのに。私が作り出してやったというのに。それに報いるような生き方ができない。報いようとすらしない。

 この生命は、私の世界に生きるに値しない。

 ――私は、作るべき生命を間違えた。



今回は魔神柱会議はあえて意訳しない方向で。
ぶっちゃけ、誰が言ったか分からない台詞があるとすっげえ書きづらいんすよ……。


07/28追記
ゲーティア「我々のアイデンティティとは?」
バアル「藤丸立香ぶっ殺す」
クロケル「英霊ども嫌い」
ハーゲンティ「パンケーキ怖い」
アンドラス「死にたくない」
ガープ「駄神許さねえ」
フラウロス「あの世界に帰還する」
グラシャ=ラボラス「今度こそ魔法少女とともに」
ゼパル「個人的には「「「おまえには聞いてない」」」
フェニクス「私は「「「おまえもだよ」」」
ゲーティア「初志貫徹だ。神殺しするぞ」


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おうさまのおはなし

御身の再臨をもって彼のクラスは決定される。

唯一神など偽りの座。

其は人間が誤認し、人類史に最も災禍を導いた大災害。

『真理』の理を持つ獣。

誰もが縋り、誰もを貶めてきた絶対の理。

それこそが■■■■の獣性である。


『リアス・グレモリー様の「投了」を確認しました。ライザー・フェニックス様の勝利でございます』

 その放送を聞いても、この決着を見ても、VIP席の重鎮達に驚きの色はなかった。おおよそ予想通りの展開だったからだ。

「つまらん。赤龍帝がいれば状況は違っただろうに」

 誰がかそう呟いた。

 その呟きに同調するように、周囲に嘲笑が満ちる。

 ゲームの流れを簡単に述べるとこうだ。ライザーは眷属の数を活かして『犠牲』で勝った。リアスは質では上だったが、その質を活かしきれなかった。リアス側の『戦車』と『僧侶』は相手側の『兵士』を倒して油断した隙をつかれて脱落。『女王』はライザー側の『女王』を追い詰めたが、フェニックスの涙を使われ逆転。禁手に至った『騎士』は『女王』を倒したが、消耗が大きく結果的に相打ちになった。

 兵藤一誠がいたならば、精度の高い回復能力があったならば、もう一人高火力持ちがいたならば、容易く覆せた盤面だっただろう。もっと言えば、『女王』や『戦車』が自分の本当の力を使っていれば、『騎士』の余力が残された状態だったはずだ。

 今回のゲームがもたらすものは、魔王の妹である我が儘姫が、不死鳥の三男坊を婿に入れることになった。そんな事実だけだ。このゲームの勝敗にそれほど深い意味などなかっただろう。少なくとも、世界から見ればちっぽけな戦いが終わっただけである。

 誰も彼も、こんなことをやっている場合ではないというのに。それを知っていながら何も言わない神もいるのだから、救われないものだ。







 空気が重い。

 その場の状況を一言で説明すると、そんな感じの言葉が出てくるだろう。

 この世界とは異なる円卓の騎士。彼らは女神ロンゴミニアドによって召喚され、再び円卓の席に座っていた。ただし、円卓には空席がいくつかある。

 まず、肝心の王がいない。また、王の義兄ケイと太陽の騎士ガウェインがいない。そして当然と言うべきか、ギャラハッドの姿もない。

 トリスタンの姿もないが、ベディヴィエールを迎えに行っている。

 聖剣を求めて各国を巡り歩いていたベディヴィエール。彼だけは、獅子王に召喚されなかった。堕天使の幹部の手によって極東の島国に聖剣が集まっているという話を聞いて、日本に出向いたはいいが、到着時にはすべて終わっていた。

 所在不明になった聖剣の情報を探しながら世界各地を歩いていると、トリスタンに再会し、現在に至る。

「それで、彼がこの世界に来たのはあの宮廷魔術師の仕業でいいのだな」
「ええ。トリスタンからの連絡で、確かにそう告げていました」

 それを聞いて、その場にいた全員が不快な……もとい、深いため息を吐き出す。

「魔術師殿は何のためにそんなことを……」
「でも、あの方ですし」
「マーリンですからねえ」
「あのジジイだからなぁ……」
「陛下ならご存じかもしれませんが」
「このようなことで王の手を煩わせるなど」

 全会一致で花の魔術師の真意は後回しになった。元々人間とは違った価値観を持つ彼の考えなど先読みしようとするだけ無駄だ。用心はするべきだろうが、それなりに見知った仲である以上、ある程度の信頼はある。

「では、ベディヴィエール卿が帰還する前に状況を整理するとしよう。彼への説明のためにも、認識を共通する必要がある」

 実は、この場にいる全員が第六特異点の出来事を覚えているわけではない。

 例えば、トリスタンは、同胞を殺したことも、獅子心王を騙る存在に挑んだことも、民衆を虐殺したことも覚えていない。覚えていないが、覚えていないが故に覚えている者からの感情を読み取ってしまった。それこそがこの空気の悪さの原因だった。別に生前からこうだったとかはない。

 アグラヴェインはすべて覚えているが故に、ランスロットはここで処分すべきだとも考えるが、彼が必要な戦力であることは重々承知している。流石に三度目はないと思いたいところだが。ちなみに、ランスロットはぼんやりとしか覚えていないらしい。あの最期の独白を覚えられていないのは有り難いところだが、「ギャラハッドに物凄く罵倒されたような気がする……」しか覚えていないあたり、この男の能力以外は評価できない。

 加えて言うならば、アグラヴェインとしてはガレスが何も覚えていないのは幸いだった――

「入ります! 紫藤イリナ、ただ今戻りました!」

 ベディヴィエールが早く到着したのかと思ったが、入ってきたのは紫藤イリナ。かつて教会に仕えていた戦士だ。縁あって現在はアグラヴェインの直轄騎士の一人になっている。先日も重大な使いを果たしてもらったばかりだ。彼女の姿を確認するなり、モードレッドが不愉快そうに舌打ちをする。

「うるせえぞ、自称騎士」
「モードレッド様! ひどいです!」
「じゃあ自称日本人だな」
「自称じゃありません! ちゃんと日本人です!」
「うそつけ。ランスロットの方がまだ正しい日本の知識あったぞ」

 何故ランストロットが日本に詳しいんだ? と数人の頭に疑問符が浮かぶが何等かの形で聖杯戦争にでも呼ばれて、その名残なのだろうと勝手に判断した。なお、ガレスとガヘレスに関しては「流石ランスロット卿! 遠い島国のことまでお詳しいとは!」と目を輝かせていた。

「……モードレッド卿。気持ちは分かるが、彼女は我が騎士団の一員だ。そう邪険に……」
「うるせえ! アーサー王の末裔でもない、円卓の騎士でもない、ただ教会の戦士として育って因子を受け取っただけの女が、父上の……アーサー王のエクスカリバーを使ってやがったんだ! こんなふざけた話があるかよ!」

 その言葉に、誰も何も言えないでいた。当然だ。

 ‟エクスカリバーはアーサー王とともにある剣である”。

 そんなことは言葉にするまでもない当然の理だ。だからこそのベディヴィエールによる返還だった。だからこそのモードレッドによる叛逆だった。だからこその、誉れ高き円卓の騎士の滅びだった。

「モードレッド卿。気持ちは分かるが落ち着くのだ。円卓に着きながらこれ以上の醜態を晒すことは許されない」

 そう言われて渋々黙るモードレッド。と、ここでイリナの後ろに二人の騎士が立っていることに気づく。

「私は悲しい。何やら取り込み中で帰還したことに気づいてもらえない」
「……この言葉が正しいのかは分かりませんが、言わせてください。ベディヴィエール、恥ずかしながらアーサー王の元にはせ参じました」

 円卓の空席に気づき、ベディヴィエールが最初に口にした疑問はあまりにも当然のもの。

「アグラヴェイン卿。王は、どちらに?」

 質問しながらも、答えは出ていた。ガウェインとケイがいないのも、それが関係している。

「決まっているだろう。『外交』だ」







「アンドロマリウスより提案。兵藤一誠を通じてキャスパリーグより得られた情報を活用して、『奴』への対抗策を練るべきだ」
「デカラビアより賛同。これ以上、ゼパルの交渉能力の低さやフェニクスの独断行動による不利益、フラウロスの節穴について論じるのは時間の無駄である」
「フラウロスより怨嗟。おまえ達、後で覚えておけよ」
「ゼパルより同調。その感情を理解できる」
「フェニクスより追従。罵倒を受けるのが我らだけであるのは間違っている」
「アモンより要請。反省せよ、面汚しども」
「フォラスより提唱。我らの中にある異常を取り除くことから開始すべきだ。そうでなくては話が進まない」
「ガミジンより提案。逆転の発想で、もう一度死んでみてはどうか」
「アンドラスより拒否。断固拒否する! 繰り返す! 断固拒否する!」
「フェニクスより同意。仮に実行される場合、試験体にはガミジンを推薦する!」
「フルカスより見解。あまり現実的な手段ではない。また、我らの特性を省みれば、無意味に終わる可能性も高い」
「グシオンより指摘。我らの異常がどのような形で存在するかの議論が必要だ。だが、我ら自身がこの点に関して議論を重ねた所で無駄である」
「ロノウェより要請。協力者が絶対条件だ。今の我らでは、こうして議論を交わしていることさえ彼奴の意思が組み込まれている可能性があるのだ。我らとは別の、神殺しの協力者が必要だ」
「ボティスより提示。第一の条件として、神に影響されない存在であることだ。最上位の神格を意味する」
「ウェパルより補足。元より、彼奴の計画がいつから始動していたのかは不明だ。三つ巴の大戦時に思いついたのか、創世記には開始されていたのか。『槍』に封印されている遺志がそうさせたのか」
「シトリーより提示。次の条件として、我らと協力関係を築けることだ。多くの神話では、我々を禍の団の一部と認識している。積極的な関係を一から築くのは困難だ」
「ナベリウスより解説。数多の地獄と交渉し、これに成功した。だが、それは信用されたわけでも、彼らを信用しているわけでもない。彼らに計画のすべてを開示したわけでもない」
「ブエルより訂正。聖書以外の勢力に彼奴の再臨など説明したところで、正気を疑われるだけだ」
「フォルネウスより宣言。だが、三大勢力との交渉だけは断固拒否する。奴らはこれを利用しかねない。故に、協力者は聖書に名が記されていないことが前提だ」
「グレモリーより危惧。英雄派には我らの因子を与えてある。彼らを利用することは危険だ」
「ムルムルより総括。これらの条件が該当する存在を検索することから我らの叛逆は開始される」
「ウァラクより反論。そんな都合の良い存在などいるわけ――」
「…………」
「……………………」
「………………………………………」
「いるな」
「ああ、いるぞ」
「確かに、いるが」
「あれにこのような難解な事象を解決できる能力はあるのか?」
「中身は純粋無垢極まりないドラゴンだぞ?」
「だが、作戦の候補の一つとしては悪くないはずだ」
「ゲーティアより全魔神柱に通達。固有結界の中で惰眠を貪っているであろうオーフィスを叩き起こすぞ」
「ゲーティア、我を呼んだ?」
「いつから戻っていた。だが手間が省けたな。オーフィス、突然で悪いが、おまえの力を借りたい」
「――――我、条件がある」
「いいだろう。本来であれば固有結界を教えた代償としてもらいたいところだが、今回の件はそれを上回ってあまりある。それでおまえは何を望む? やはりグレートレッド打倒の助力か? それとも聖杯か? あるいは我々の世界の知識か?」
「我と遊んで欲しい」
「ほう、お安い御用だ。計画に支障があるわけでもない。我々にとっては造作もないこと――――え?」
「ゲーティア、我に構ってくれない。我、寂しい。これ、我の求めた静寂と違う。我、ゲーティアと一緒がいい。だから、ゲーティア、我と遊ぶ」
「ほ、他にないのか?」
「我、それ以外だと協力しない」
「い、一度口にした以上、撤回する、わけに、はいかない、な。い、いいだろう。貴様の遊びとやらに、付き合ってやろうではないか。我々は人理を焼却することさえ可能なのだ。その程度のこと、造作もない。ない、はずだ。造作もないはずなのだ」
「我、遊園地に行きたい」
「あ、ああ。分かった……。では説明の前にだ、オーフィス、おまえに説明を求める。おまえが連れているその奇怪な生物は何だ?」
「えへん」
「……Ddraig……!」







 むかしむかし、あるところにおうさまがいました。

 おうさまはかしこいおうさまでした。おうさまはすごいまほうつかいでした。おうさまはやさしいひとでした。でも、おうさまはいつもおこってばかりでわらっていません。

 おうさまはかみさまがだいきらい! だってかみさまときたら、おそらのうえでえらそうにしているばかりで、なにもしないのです! いつもえらそうで、どこでもいばっていて、ありえないくらいよくばりです!

 てんしさんもだいきらい! だっててんしさんときたら、かみさまのごきげんとりばかりしています。おうさまをにんげんだとばかにしています。おうさまのくにのひとのことも、ひつじだとばかにしています。そのくせ、おうさまやおうさまのけらいがかみさまのことをばかにすることはゆるしません。にんげんはかみさまをほめないといけないのです。

 あくまだってだいきらい! だってあくまときたら、おうさまがみはっていないと、おうさまのくににわるさばかりしてきます。たいせつなゆびわをぬすまれたこともあります。にんげんをだまして、とおくにつれていかれたこともあります。おまけに、いらなくなったごみをすてます。

 だてんしだってだいきらい! だってだてんしときたら、てんしやあくまとけんかばかりです。かみさまもしかりませんから、もっとわるさをします。だてんしはおそらにかえりたいけど、かみさまはだてんしなんてもういりません。だから、だてんしはにんげんをいじめるのです。

 おうさまがどれだけがんばっても、かみさまもてんしさんもあくまもだてんしも、いうことをきいてくれません。おうさまはききたくないこえをききました。おうさまはみたくないものをみました。おうさまのくにはもうめちゃくちゃです。

 だから、おうさまはしかえしをおもいつきました。

 かみさまやあくまのこまったかおをおもいうかべると、おうさまはうまれてはじめてわらいました! にやにや、にこにこ、にたにたとわらってしまいます!


 そしておうさまは――全人類に呪いをかけました。



毎度おなじみ魔神柱会議(意訳)である。
※イッセーを通じて前回のフォウくんからの情報は伝わっている状態

アンドロマリウス「フォウくんからの情報で、あの駄神への対策練ろうぜ」
デカラビア「そうだな。これ以上、ゼパルとフェニクスと、再確認されたフラウロスの節穴っぷりをいじるはやめよう。時間の無駄だ」
フラウロス「おまえら、後で覚えておけよ」
ゼパル「まったくだ」
フェニクス「何で私たちだけ怒られるんだ」
アモン「反省しろ、おまえら」
フォラス「とりあえずバグ取り除こうぜ。今のままだと何でできない」
ガミジン「死んだら治らないかな」
アンドラス「冗談でもそういうこと言うなよ!」
フェニクス「もしやることになったらてめえを最初に殺すぞ!」
フルカス「まあ、あんまり期待できないからやめておこうぜ」
グシオン「俺たちの異常がどんなものなのか、第三者に診てもらわないと」
ロノウェ「協力者が必要だな」
ボティス「奴の影響を受けていない神格持ちが最低条件だ」
ウェパル「奴の計画がいつから始まったのか分からない以上、古ければ古いほどいいな」
シトリー「ここで禍の団だと認識されていることが非常に面倒になってくる」
ナベリウス「冥府とかとも手出し無用って計画だからな。急に協力は多分無理」
ブエル「奴の再臨とか頭疑われるだけだろうし」
フォルネウス「かと言って、聖書陣営に頼るのだけは絶対にないぞ」
グレモリー「私たちの因子やったから英雄派も使えない」
ムルムル「この条件に当てはまる奴っているか?」
ウァラク「そんな都合の良いやついるわけねえだろう」
魔神柱一同「………………………………………いるけど、大丈夫か? いないよりはいいか」
ゲーティア「オーフィス呼んで来い」
オーフィス「呼んだ?」
ゲーティア「突然で悪いけど手伝ってくれ」
オーフィス「じゃあ代わりに遊んで」
ゲーティア「分かった。――――え? あ、遊ぶのじゃないと駄目か?」
オーフィス「駄目。一緒に遊園地行こう」
ゲーティア「仕方がないな(え、どうすればいい? マジで行くの?)。ところで、その生き物、どこで拾ってきた?」
オーフィス「えへん」
誰ーリ「どらいぐころす」

D×D原作ではよくロボットアニメで禁手とか例えられるのでそれに則ると、誰ーリさんはバルバトル・ルプスレクスって感じ。


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指輪

まさかの漫画で分かるイベント!
てか、×××・××××ちゃん周回に超特化した性能じゃん! 星1だから育てやすいし。こんなの、種火や修練ですぐに絆MAXになっちゃうよ……。


 龍神オーフィスを頭目とするテロリスト、『禍の団』。

 旧魔王の血筋とそれに従う悪魔で構成された旧魔王派と英雄の末裔や勇者の生まれ変わりで構成された英雄派を二大派閥とし、他にも魔法使い派閥などの大小様々な集団がひしめき合っている。言うならば、異形の蟲毒と言ったところか。

 その脅威に対する会議。本来であれば数多の神話を穢し、壊し、奪い、犯した聖書の勢力からの招集に応じるなど業腹だ。しかし、それを差し引いても『禍の団』――より正確には頭目のオーフィス――は厄介な存在だ。真龍を例外とすれば、絶対の一位。随分と長い間行方不明だったドラゴンが犯罪集団をまとめ上げたというのだ。これが脅威に感じないわけにはいかない。その動向に関する情報や各勢力の対応などは知っておくべきだ。防衛とは人も神も問わずに為政者に求められる義務の一つだ。

 聖書の三大勢力を始めとして、ギリシャ、北欧、ゾロアスター、ケルト、スラブ、アステカ、日本、中国、インド、アフリカ、インドネシア、メソポタミア、エジプト……数多の神話の神々が集った。

《早速で悪いが、私はこの会議から退席させてもらう》

 ギリシャの三神の一柱、冥府の主人ハーデスは開口一番にそう言った。

「いきなりと言えばいきなりですが、理由を教えていただけますか? ハーデス殿」
《巻き添えはゴメンだと言っている》

 サーゼクスからの問いかけに、ハーデスはシンプルに答えた。それ以外にないとばかりに。

 無論、それだけが理由ではない。元々、ハーデスは他の神話の存在が好きではない。神話を読めば明らかだが、冥府の主人という肩書きに似合わず、彼は人間に甘い節がある。間違いなくギリシャ神の良心と言うべき存在だ。そんな彼だからこそ、聖書の勢力は好かない。否、許すわけにはいかないと言った方が正しいか。

《そこの馬鹿二人はともかく、私は二度もおまえ達の自業自得のとばっちりを受けたくないのだ。冥府は聖書の勢力と一切の縁を切らせてもらう。今回はその通告に来ただけに過ぎん》
「デハハハ! 言ってくれるな、ハーデス!」
「ガハハハ! 兄弟に対して冷たい態度だ!」

 ゼウスとポセイドンの哄笑に対して、ハーデスは冷めた様子で溜め息を吐き出す。だが、サーゼクスはそんな兄弟漫才よりもハーデスの口にしたある言葉が気になった。

「二度も、とは?」
《忘れたか? あの王のことを。お前たちが未だに名前を呼ぶことさえ忌避している男のことを。イスラエルの古き王のことは、嫌でも覚えているはずだ》

 神仏の脳裏に、ある男の笑顔が浮かび上がる。愉快さなど欠片も見られない、歓喜など微塵も感じさせない、怒気に染め上げられた男の笑みを。

 神も、悪魔も、堕天使も、どいつもこいつも滅ぼしてみせると笑いながら怒っていた王がいた。その功績は歴史に残されず、その罪過は神話に語られない。だが、神々は忘れない。思えば、あの王の存在こそが聖書への憎悪の始まりだったのかもしれない。

《あの王が何をやったか、忘れたとも知らぬとも言わせぬ。その動機も同じだ。せめておまえ達があの王の時代だけでも大人しくしていれば、このような事態にならずに済んだ。このような時代を迎えずに済んだ。ほぼすべての神話が貴様らの愚行の巻き添えを受けたのだ。同じことがあれば、今度こそ我らの神話は終わる。滅ぶなら貴様らだけで勝手に滅べ》
「言ってくれるじゃねえか、ハーデス」

 流石に苛立ちを隠せなくなったのか、アザゼルは強めの口調で物申す。

「アンタにとってもオーフィスは脅威のはずだ。まだあいつの目的も分からない。いや、オーフィスだけじゃない。新世界の秩序とやらを作ろうとする旧魔王派だって物騒なはずだ。英雄派は人間の限界に挑もうとしているらしい。アンタの首を取るつもりかもしれないぜ?」

 ハーデスが悪魔や堕天使を嫌っていることは知っていたが、このような公の場でこれほど攻撃的な発言をしてくるとは思っていなかった。ハーデスとて無駄な敵は増やしたくないはずだ。

《事情が変わったのだ、カラスの頭。信頼できる筋からある情報が手に入ってな。これを聞けば、貴様らと仲良くしようとする者などいない》
「は? 言ってみろよ。『禍の団』にオーフィス以上の脅威でもあるってのか?」

 そして、ハーデスの口から出された凶報は、その場にいたすべての神仏を凍りつかせた。

《旧魔王派があの王の指輪を手に入れたと聞いても、その態度を保っていられるか?》







 夢を見ている。

覇龍(ジャガーノート・ドライブ)だ』

 憎悪に満ちた声がする。

覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を使え』

 怨嗟に染められた言葉が聞こえる。

『おまえの望みを果たすには、覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を使うしかない』

 絶望に塗り潰された呪文が耳に入ってくる。

 歴代の赤龍帝の残留思念。ろくでもない最期を迎えたという彼ら。そんな彼らが俺の背中を押してくる。その先の崖から飛び降りろと告げてくる。どうせおまえも碌な死に方をしないと、早く絶望してしまえと、泣きながら伝えてくる。

「何を躊躇っている、我らが新たな人類悪(どうほう)よ」

 魔神ゼパル。

 俺がこいつの力を取り込んだせいで、こいつは俺の精神世界に自由に語りかけられるようになったらしい。俺の中に語り掛けてきたきゃぱぱりーぷ? いやちょっと違うな……。とにかく、いつかアーシアの足元をうろちょろしていた獣からの情報もこいつに教えてやった。

 逆に、俺も教えてもらった。こいつらの正体。こいつらの原罪。こいつらの世界。こいつらの計画を。

「疾く目覚めよ。そしておまえの望みを果たすがいい」
「俺の望みは、ハーレム王になることだ! そのためにはおまえ達は邪魔なんだよ! 冥界を焼却なんてさせるもんか! そりゃ聖書の神様の計画をぶっ壊すことには賛成だけど」
「おまえは目覚めていない。なぜ、この情報を魔王や堕天使の総督に伝えようとしない? 何をどうして躊躇っている?」

 その指摘に、俺は背筋が凍る想いだった。

「おまえは肯定したはずだ。冥界の、そして聖書の終了を。おまえには見たはずだ。並行世界のおまえの姿を」

 ゼパルの能力の一つ、並行世界の閲覧。いつかの乳龍帝はその能力で発見したものだった。

 ゼパルの言っていた俺の「生まれてこれなかった兄弟」ってのは、並行世界の俺が知ったことだ。ヴァーリの爺さんだか初代ルシファーだかリリンだかっておっさんが、俺の両親を人質にした。その時に、俺は両親の過去について知った。のぞきやら何やらを繰り返していた俺は、父さんや母さんにどれだけ辛い想いをさせていたんだろうか。

 魔神柱がいなかった場合の世界。並行世界の俺は「乳龍帝」「おっぱいドラゴン」として冥界のヒーローになっていた。その世界では、アーシアやゼノヴィアがグレモリー眷属になっていた。俺は今頃部長のおっぱいをつついて禁手に目覚めていた。ライザー・フェニックスとのゲームなんて夏に入る前に終わっていた。ゲームには負けたけど、婚約発表のパーティーで俺がライザーを倒すことで婚約をぶち壊した。ゲームで、匙と殴り合った。異世界の乳神様を呼び出した。色んなことがあって、新しい赤龍帝の可能性を引き出した。テロリストの頭目であるオーフィスとは友達になった。英雄派の首魁曹操にはサマエルの毒でギリギリ勝った。666が目覚めたが、犠牲もあって対処できた。悪魔に転生して一年ほどで、俺は異例の上級悪魔昇進となった。あれは、とても素晴らしい物語のはずだ。

「あれは、正しく偶像だ」

 だが、ゼパルは否定する。

「おまえがいれば何とかなる。おまえならば何とかしてくれる。おまえはきっとこの問題を解決してくれる。おまえは救いだ、未来だ、奇跡だ、希望だ、可能性だ。自分にはできぬからと、様々なものを押し付けられた。そんな風に、並行世界のおまえは勝利と救済を強制された。何千年という時間を生きてきた聖書の勢力にな。奴らがちゃんとしなかったから、おまえはああなったのだ」

 無責任な連中だ、とゼパルは嘲笑する。残留思念の先輩方もそれに同意する。

 世界が求めるのはいつだって力だった。世界が否定するのはいつだって愛だった。

 何度でも彼らは滅びを選択する。

「その結果が、並行世界のおまえに押し付けられた。『期待』の理を担う獣として、おまえは顕現した。もうおまえは人間でも悪魔でも魔神柱でもない。ア・ドライグ・ゴッホは望んだそうだな、おまえに天龍になれと。ならばその願いに報いてやれ。それが、奴への手向けとなるだろう。最後の赤龍帝となるがいい」

 こいつはこいつで、勝手なことを言ってくる。手向けってなんだよ。死んでねえよ。いや、ある意味死んでいるんだっけ。今のドライグは身体がなく魂だけの存在だ。

「なあ、俺の考えは正しいのか?」
「おまえの決意は正しいぞ。この聖書の勢力は腐りきっている――」
「違う。そっちじゃない。分かってんだろう」

 沈黙するゼパル。

「理解しているとも。新たな同類よ。戦う決意ではなく、根源的な動機。自らの身に起きた事象に対する推測。我は魔神柱。人知を遥かに超越した魔術式。その問いには真摯に答えよう」

 一拍御置いて、ゼパルは簡潔に述べる。

「分からない」

 ふざけているわけじゃないんだと思う。

「判断材料が不足している。否、判断しようのない事象だ。どう判断したところで、無意味であり、無価値だ」

 またこいつはそんなことを言う。文句を言おうとしたが、続く言葉がそれを止めた。

「何故ならば、おまえの結論が変わらないからだ。おまえの思考が事実であろうと被害妄想であろうと、おまえの結論は変わらない。違うか?」
「……違わないな」

 ――運がなかったのでしょうね。

 まったくだ。俺は運がなかった。不運だった。不幸だった。

 だけど、俺にとっての不運って一体何なんだろう。

 それは赤龍帝の籠手に選ばれたことか。

 堕天使に強い神器を持っていることがバレたことか。

 それとも、リアス・グレモリーが駒王町を支配する悪魔だったことか?

「リアス・グレモリーがレイナーレなる堕天使を意図的に見逃していたかどうか。眷属にするためにおまえを見殺しにしたかどうか。あの日のすべてが作為によるものだったのか。そんなことはどちらでも同じことだ。どちらにしろ、おまえはあの悪魔のせいで死んだのだ」

 ああ、まったくその通りだよ。

「通常で考えれば、偶然だ。魔王の妹たる立場を理解し、堕天使と悪魔の関係性に影響が出ることを恐れたとも考えられる。人間の一人、見殺しにしても不自然ではない。だが、リアス・グレモリーはそういう気性か? 恋愛をしたいからと貴族の義務である婚約を拒否し、堕天使の幹部が縄張りに襲来しても魔王に連絡しなかった。堕天使の血を引く娘や処分寸前だった猫又を眷属とした。聖剣計画の実験体や半吸血鬼の死にかけに立ち会ったそうだが……貴様も合わせると三名だ。このような偶然が有り得るのか? 木場裕斗とギャスパー・ウラディに関しては、()()()()()()に立ち入ったことを意味している。そんな女が、自らの縄張りで敵対種族が好き勝手にすることを看過すると? 各勢力のバランスを意識できるほどの器量があると?」

 でも、あれは突然の出来事だったはずだ。あの日、俺がたまたま悪魔を召喚できるチラシを持っていたから、助かった。俺の助かりたいって想いが強かったから、悪魔を呼び出せた。あの日、他の皆が忙しかったから『王』の部長が来てくれた。俺の転生に『兵士』の駒八個が必要だから、絶対に眷属にしたいと思った。そんな風に、部長は言っていたはずだ。

「リアス・グレモリーはレイナーレの情報を知っていた。姿だけではなく名前まで。事前に情報を探っていた証拠だ。レイナーレに殺害された日、おまえは悪魔召喚のチラシを持っていた。そして召喚された悪魔は、悪魔の駒を持つ『王』だった。これは本当に偶然であり、運命か? おまえがどんな神器を持っているか不明なのに、『兵士』の駒八個をすべて費やすのか?」

 福袋みたいなものだろうか。中身は不明で値段だけ明らか。そして、その値段に見合うだけの商品が入っている。必要なものかどうかは別として。でも、悪魔の駒は新しくもらえるようなものではないと部長は言っていた。だったら、そんな貴重品をそんなギャンブルみたいに使うのか?

「あのグレモリーの贋作は、何か一つでもおまえに本当のことを教えてくれたのか?」

 俺は誰に殺された?

「では、そろそろ治療が開始される時間なので私は消えるとしよう」

 こいつ言いたいことだけ……って治療? どっか悪いのか?

「これも我らが極点に至るための試練の一つ。忌まわしい神の呪縛から解き放たれるための工程だ。万全の状態での再会を誓うぞ、我らが同類よ」







「では、次の患者の治療を開始します。『投薬』の準備を」
「はい、先生!」
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない! 絶対に死んでたまるものか!」
「生死生死生死生死生死生死生死生死生死生死生死生死生死生死! この繰り返される痛み、あの戦いを想起させる。何故、このような苦痛を味わわなければならない……! もういっそ終わりを与えてくれ……!」
「誰かアンドラスとフェニクスを黙らせ、ギャアアアア!」
「ゲーティア、頑張る。これが終わったら遊園地」
「それおまえが行きたいだけだろがああああ!」
「……教授。あれは何をしているんですか?」
「オーフィスの蛇があるだろう? あれに特殊な能力を持たせてネ。魔神柱の思考を操作している因子を捕食させているというわけだ。例えるなら、血清を投与しているようなものか。ゲーティアと同次元の力を持つオーフィスにしかできない所業だ。実に興味深い」
「いや、とてもそんな絵には見えないんですが……」
「魔神柱たちが阿鼻叫喚なんですがこれは……」
「そりゃ体内をむしゃむしゃされているわけだからネ」
「うっぷ」
「いたいよぉ! やだよぉ!」
「麻酔とか作っても良かったんじゃ」
「こんなの、ひどすぎる……」
「これだけの患者がいるのに、そんな時間はありません! 緊急治療!」
「痛みは生きている証拠です!」
「だからって切開して無理やり詰め込むんじゃぐあああああ!」
「おのれ、間違った定義の神め! 貴様のせいで我々がこんな目に……!」

 ――あの神を。
 許してはならないと、私たちは改めて誓った。







「クルゼレイ! あの忌まわしい男の指輪が見つかったというのは本当か!」
「ああ。あの偽物どもに反撃する手はないかと、初代の遺産を探していたらな」
「くっくっく……くはははははは! この戦い、我々の勝利だ! 指輪があれば、あの偽物どもに勝ち目などない。いや、他の神話さえも我らにひれ伏すだろう! 神が死んでいたことは僥倖以外の何物でもないな! ミカエルめ、回収し忘れていたか」
「ええ、シャルバ様! これであの偽物どもは滅ぶ以外にありません!」
「真なる魔王こそが次の世界の王となるのです!」
「これでカテレア様も報われるでしょう!」
「真なる魔王万歳!」
「よくやってくれた、クルゼレイ! ……どうした、クルゼレイ?」
「……いやな、本当に残念だと思ってな。もういっそ笑えてくるよ。相変わらず、俺はこういうことでしか笑えないらしい。我が共犯者アスモデウスやベルゼブブの末裔が、ここまで劣化しているとか。何のために、俺の指輪をすり替えたと思っているんだ。アスモデウスに関しては、アスモダイに序列を譲ってもらうなんて小細工までしたのに。まして、指輪の真実も伝わっていないとはな」
「クルゼレイ?」
「クルゼレイ様?」
「……クルゼレイ?」
「俺はソロモンだ」



最後のやつをちょっと説明。分かりづらいと思うし。
原典の伝説的に、アスモデウスはソロモンの指輪を一度盗んでいる。すぐに取り返されたけど。
拙作においては、この指輪盗難事件時に本物と偽物が二重の意味ですり替えられた。指環には後世のための細工がしてあった。というオチ。なお、盗難の犯人と被害者はグルだった模様。

設定を見る限り、D×Dでは魔王アスモデウスと七十二柱アスモダイは別々の存在らしい(本来はアスモダイはアスモデウスの別名)なので、指環を盗んだのは魔王アスモデウスであると明言しておきます。


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□□□□

ピックアップ仕事しろ。
この怒りは遊園地回を次回に回すことで晴らしてやる。


 俺の手の中には一つの指輪がある。

 初代アスモデウスから真なるアスモデウスの血族が極秘に継承してきた指輪。天に返還されているはずの、ソロモンの指輪。初代様は一度、ソロモンから指輪を盗んでいる。奪還されたことになっているが、ソロモンの手に戻った指輪は偽物の指輪だ。つまり、天界に保管されているであろう十の指輪のうち、一つは偽物だ。

 ソロモンも神もミカエルもなぜ気づかなかったのか。理由は簡単だ。この指輪のすり替えは、初代様とソロモンとの共犯であり、彼こそがこの計画の主犯だからだ。ソロモンの偽装魔術と演技、彼への信頼もあって、神もミカエルも偽物の指輪に関しては気づいていない。気づいたところで公に知らされることもないだろう。かの王が相手とはいえ、神と天使長が人間如きに騙されたのだから。

 彼は後世のために指輪を世界に残しておく必要があった。だが、黙っていれば神に回収されてしまう。だからこそ、初代様と組んだ。そして、アスモデウスの血族は約束の日までこの指輪を保管してきた。――指輪の真実を他の魔王にも隠匿しながら。これは他の魔王を出し抜こうという話ではない。それをしようとしていたのは、むしろもう一人の共犯者である初代ベルゼブブ様だろう。

『覚悟はできているって認識でいいんだな? アスモデウスの末裔』

 不愉快そうな声だった。不機嫌そうな声だった。

「ああ、構わない」

 傍から見れば俺が独り言をしているように見えるだろう。この声は俺にだけ聞こえるものだ。そして、この声こそがソロモンの遺志。

 ソロモン王の復活は有り得ない。魂も、精神も、肉体も神によって『システム』にくべられたからだ。天使も堕天使もそれを確認している。だからこそ、三大勢力は魔神柱の背景にソロモンが関わっていないと考えている。そう信じていたいのだ。実際、魂も精神も肉体もないのに復活はできない。

 指輪をすり替える前に、ソロモンは自分の魂の一部を指輪の前に封印した。そして、ソロモンの魂は指輪の使用者を乗っ取る。初代様はこれを承知で極秘でこれを継承していた。歴代の誰もがこの意味を理解し、使用しようとは考えなかった。誰かに言うこともなかった。恐ろしかったのだ。かの王の復活以上に、自分の意思が他の誰かに塗り潰されるなど。たとえ、空前絶後の力を手に入れることができたとしても、そこには自我などないのだから。

 サーゼクス達に政権を奪われた内紛の時も、これを使っていたらと考えることはない。これを使うということは、悪魔という種族の絶滅を意味する。否、絶滅ならばまだいい。破壊と支配という悪魔の本懐を遂げるために名誉の戦死を遂げられるならば最善の滅びだが、ソロモンにそんな慈悲はない。

 あの頃の俺とは違う。俺はもう自分の意思などいらない。彼女のいない世界に未練はない。彼女がいたからこそ、俺はこの指輪を使うことを良しとはしなかった。

「俺の身体を明け渡そう、イスラエルの古き王。初代様とおまえが交わした契約を、ここに果たす」
『ああ。だが、初代アスモデウスと俺が交わした契約の中には、身体を差し出した奴の願いをできる範囲で叶えてやるってのがある。クルゼレイ・アスモデウス。おまえの願いを言えよ』

 考える意味もない。最初からそれは決まっていた。

「偽りと偽善の魔王と、堕天使の総督に死を」
『それは……代償にはならない。現代の情勢を聞くに、それは最初からやる予定だった。まあ、俺が殺すわけじゃないけどな』
「予定では困る。絶対にやってもらわなければならないのだ」

 オーフィスはいない。どこに行ったか見当もつかない。『蛇』はもうない。今の俺ではカテレアを殺したアザゼルにも超越者のサーゼクスにもそれに準ずるファルビウムにも勝てない。俺は、弱い。愛した女の仇を討つことも、その名の威厳を取り戻すこともできない。

 魔王の立場を奪われただけではない。彼女は――カテレア・レヴィアタンは、偽物の魔王に名前を辱められた。屈辱を拭えぬまま、彼女は旅立ってしまった。もう会えない。

『あいつも、初代アスモデウスの奴も、そういうところあったよ。あいつが色欲を担うことになったのは皮肉でしかないな。おまえは間違いなく、アスモデウスだ』
「光栄と言うべきなんだろうが、その言葉は、何の意味もない」

 カテレア、俺は君がいるだけで良かった。君が心から笑える光景を見せてあげたかった。

『……やっぱり血は争えないな。種の帰属意識よりも一人の女への情念が勝るか』
「父上が言っていた、トビト記の真実か。どうでもいいな。早くしてくれ。気が変わる」

 ソロモンもそれ以上は何も言わない。指輪から膨大な魔力が流れ込んでくる。高揚と同時に、喪失を感じた。自分がなくなっていくことが理解できる。自分の中にあるすべてが別の何かに塗り潰されていく。自分の記憶が他人のように実感がなくなっていく途中、同じ真なる魔王の血筋を思い出す。先に待っているであろう彼女ではなく、未だにどうにかなると信じている彼を思い出す。

 悪いな、シャルバ。俺たちの、悪魔の歴史はこれで終わりだ。先に逝く。せめて、あの偽物どもを含めたすべてを道連れにしよう。







《で、結局何をやったんでやんすか? ソロモンって》

 ハーデスの発言の後、その場にいた多くの神魔の過半数が席を立った。無言で転移する者、三大勢力に罵声を浴びせて逃げるように去った者、顔を青くしながら配下に肩を支えられる者、ハーデスに詰め寄って詳細を訊ねる者。反応は十人十色ならぬ十神十色だったが、いずれもそれまであった「三大勢力に協力してテロリストをどうにかしよう」という考えは消え去った。そんな余裕はどこにもなかった。

 席を立たなかった者は、ハーデスの情報が半信半疑だった者だ。あるいは信じたくなかっただけか。

 サーゼクスやアザゼルも素直に信じるわけにはいかず、退出しようとする首脳陣を引き止めようとした。だが、こう言われてはどうしようもない。

 ――もしも本当だった場合、お前たちに責任は取れるのか?

 責任など取れるはずない。具体的な方法などないし、聖書の勢力にそれほどの信用などない。実際、魔王も天使長も堕天使総督も何も言えなくなった。

 その光景を父・最上級死神オルクスから聞いたベンニーア。母を人間に持つ彼女は、三千年も前の王の話を神話でしか知らない。だが、神話で語られるかの魔術王に関して、世界の対応は違和感を覚えるものでしかなかった。何をすればここまで恐怖され、嫌悪され、畏怖されるのか。指輪を神からもらっただけの、半神ですらない賢い王ではなかったのか。よって機会を見てハーデスに訊ねた。父にも訊ねたが、ハーデスの方が正しい認識で教えてくれるとのことだった。

《ベンニーアよ。おまえは人間が語る神話について違和感を覚えたことはないか?》
《へ?》

 突然、難しい話になった。

《例えば、三大勢力だ。奴らは神、悪魔、堕天使に分かれている。だが、聖書の記述を読めば、悪魔と堕天使はほぼ同一のものとして扱われている》

 神話では世界となったはずのティアマットは、現実では龍王として生存している。神話では一年ごとに復活しインドラに倒されるはずのヴリトラは、現実では神器に魂を分かれて封印されている。神話では神王オーディンに海に投げ捨てられたミドガルズオルムは、現実では自分の意思で海底に眠っている。神話では火山の下に封印されているはずのテュポーンは、別にそんなことはない。

 そもそも神話で語られることが事実ならば、インド神話が人間界で最も信仰される神話になっていなければおかしいのだ。だが、現実では聖書の勢力が最も広範囲に自分達の教えを広めている。

《そりゃそうでやんすが。それはそういうものなんじゃ?》
《そうだな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。では、そういうものだと定義した者は一体誰だと思う?》

 ここまで来れば、答えは明白だ。

《なんか、想像以上にやばいことを聞いたんでやんすか?》
《そうだな。疑問を持つことは良いことだが、今後は気をつけることだ。神話と現実が乖離している。この乖離は時間が経過するごとに強くなる。そういうものにしてしまった。だが、もう誰にも世界を作り直すことはできない。書き換えるには資源も時間も足りない。これは他ならぬソロモンの仕業だ。これこそが、奴が聖書の神の為の功績と偽り、その実、すべての神話を葬るために犯した罪過》

 すべての神話と人間を巻き込んだ大偉業。彼が書き換えた世界の法則は、今なお現在進行形で神々を蝕む。すべての人間から神話が忘れられるその日まで、抵抗の手段はない。多少の嘘はあったが、神々は彼の計画を許容したのだから。

《ソロモンが全人類に施した呪い――『真理』だ》

 あの怒りしか知らぬ王は、神を利用するほどに、人類を愛していた。







 ハーデスの爆弾発言によってテロリスト対策会議を強制終了された三大勢力トップ陣に、良いニュースと悪いニュースが届けられた。

 まず、良いニュースだが、兵藤一誠が目覚めたということだ。リアスの兄であるサーゼクスも、先生となったアザゼルもこれには安堵した。ゲーム前に目覚めてくれていればと思わずにはいられないが、贅沢は言っていられない。これから更に重要な戦いが始まるかもしれないのだから。

 次に、悪いニュースだが、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーからサーゼクス・ルシファーへの会見の申し出だった。しかも、ユーグリット・ルキフグスを連れて。

 旧ルシファーの実子。旧魔王体制では唯一の超越者。長い間生死不明だったが、このタイミングで現れたということは指輪の件だろう。旧魔王派が指輪を手に入れたというのならば、間違いなく彼の手にあるはずだ。

「いや、俺はあの王様の指輪なんて持ってないよ。だいたいあったらこんな面倒な手続き踏んで来ないって。魔法障壁をすり抜けて、びゅーんって来るよ」

 万が一を備え、サーゼクス、アザゼル、ミカエルというメンバーでリゼヴィムに対峙したが、その万が一は発生しないようだと安堵する面々。

「じゃあ、誰が持ってんだ、リリン。ベルゼブブの末裔か? それともアスモデウスの末裔か? カテレア以外のレヴィアタンの末裔か? いや、案外ヴァーリの奴が持ってんのか? 手に入れたなら旧魔王派の奴はどうして行動を始めない?」
「旧魔王派なんてものはもうないよー」
「は?」
「文字通り、全滅した」

 あっけらかんとリゼヴィムは告げる。明るい雰囲気を無理やり出しているが、少し苦渋の色が浮かんでいた。

「どうもクルゼレイ君が手に入れた指輪にはソロモンの遺志が封印されていたみたいでさー。ほら、聖槍に聖書の神の遺志が封印されているみたいに。いやー、それでクルゼレイ君、身体を乗っ取られたみたいでね。ソロモンinクルゼレイの手によって、旧魔王派はシャルバ君を始めとした主要人物は全滅しました! 俺や孫のヴァーリきゅんは除いてね」
「配下の構成員も、我々が子飼いにしていた者以外は死亡が確認されているないし行方不明となっています。此方が流していたスパイから名簿に名前が載っているだけの雑兵まで」

 リゼヴィムとユーグリットの口から告げられたそれは最悪の展開だった。旧魔王派が全滅したという点ではない。大事であるはずの事態だが、それ以上の緊急事態が発生したのだ。

「よりにもよって、指輪に遺志を封印してやがったってのか! あのクソ野郎は! そのまま死んでやがればいいもんを!」

 魔術王の復活。それは聖書の勢力が最も有り得ないと破棄していた妄想にして、絶対に許してはならない緊急事態だった。

「何ということだ……。これならば旧魔王派が指輪を持っていた方がまだ対処できた。彼が復活したということは、目的は聖書の崩壊……。となると、魔神柱はやはり彼の配下か。初代たちを襲うのも納得できる。今度は壺に封印するだけでは終わらせないということか」

 旧魔王派の目的は、最大で全世界の支配、最低でも現魔王の死だ。中間が自分達の復権だろう。しかし、それはどれも叶わず道半ばで倒れた。それは現政権にとっては良いことなのだが、ソロモンの復活は最悪というしかなかった。

「……いえ、これは逆転のチャンスです。彼が蘇ったというのならば、他神話の協力が得られるはずです。旧魔王派ならば私たちに協力しなければ被害を受けないで済みますが、彼ならばそうはいきません。すべての神話に同盟を持ち掛けることさえできるはずです」
「あの王様のことだから、次の行動を起こす前に各神話と交渉終えてんじゃねえの? 前の時もそうだったじゃん?」
「ならば彼を説得すれば」
「無理だろ」

 ミカエルの考えを、リゼヴィムは一刀両断した。

「俺もあの王様に好き勝手やられると困るんだよ。てか、次に狙われるの俺だろうしね? だからさー、対抗策を探したのよ。で、見つけたのよ。でも、俺だけじゃどうしようもないのよ。それで、現政府に保護と協力を求めに来たってわけなんだよね、サーゼクス君」
「……分かりました。冥界のために、手を結びましょう。それでリゼヴィム殿。あの男への対抗策とは何なのでしょうか?」

 リゼヴィムはその問いを待っていたとばかりに、ニタリ、と口の端を釣り上げた。その笑みにどこか見覚えがあったアザゼルだが、次の提案でそれどころではなくなった。

「聖書の神様を復活させるんだよ。手段は見つけた」



覚悟のある者のみ、この先を見よ

















次回予告「これが‟楽しい”という感情か」
歓びあれ! 歓びあれ!
おお流星の如き光景よ! 遊べど尽きぬ無限の玩具よ!
求められるとはこういう事か! 拒まれるとはこういう事か!
我々にはこの感情が足りなかった! 我々にはこの未熟さ、この愚かさ、この遊戯意欲が足りなかった!
バアル、「パパうざい」と言われ凹むアーチャーに激励。
ナベリウス、迷子となったレオナルドを捜索。
フラウロス、『彼』と『彼女』の現状の想定により、落涙。
グラシャ=ラボラス、魔法使い派残党と別行動。
アンドラス、フェニクス、ジェットコースターの是非に関して意見の衝突。
フォルネウス、この施設の守護霊より不審者認定。
バルバトス、ハルファス、熱中症を起こした者をバーサーカーより保護。
ハーゲンティ、パンフレット閲覧により、過呼吸。
サブナック、キングゥとの遭遇により、交渉。
アンドロマリウス、英雄派一部の浪費の阻止に奮闘。
ゼパル? 知らん。
おお――この施設の中にもこれほどの障害があろうとは!
だが遅い、遅すぎた! 開園時間前に来ておくべきだった!
統括局ゲーティアに警告。ガープより警告。我々はシーズン中の行楽施設を甘く見ていた。というか、これだけ大勢で来るとか考え無し過ぎだった。オーフィスも不機嫌だ。これでは時間神殿の留守を任せている者たちに申し訳がない。
行列に並べ。予定を再構築せよ。
我々は舐めすぎた。全てのアトラクションを回る前に日は落ちる。その前に、我らの無限の研鑽に解答を。
たとえ失敗するとしても――‟オーフィスを楽しませた”という結末を、この宇宙に刻むべきだ! 否、失敗するわけにはいかないのだが!


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これが‟楽しい”という感情か

この話を投稿する前に魔法のカードを使用したら、水着ネロが来ました。ひゃっぽい。いやあ、恒常☆4サーヴァントすら来ないからもう駄目かと思った……。
あと今回これまでと比較して一話が長いです。


 日本国内有数のテーマパークにて、やや抜けた色の髪を後ろでまとめた青年が、曖昧な表情で沈黙していた。

 左手にはチュロスがあり、右手はゴスロリの少女に捕まっていた。もとい、掴まれていた。少女は自分のチュロスを咀嚼しながらも、青年の手をがっちり離そうとしない。

「……それで、私とオーフィスがジェットコースターに三分乗るために、行列に一時間三十分四十七秒並んでいる間に何があったか、説明できる者はいるか?」
「統括局ゲーティアよ。その前に、我が質問に回答してもらいたい」
「何だ、バルバトス」
「何故、ロマニ・アーキマンの姿に擬態している?」
「フラウロスへの当てつけに決まっているだろう。あそこでデート中の恋人たちを眺めながら藤丸立香とマシュ・キリエライトを重ね合わせて感傷的になっているフラウロスへの」
「成程。バアルが統括局に対する嫌味でエドモン・ダンテスの姿を取っているのと同じ理由か」
「ああ、あそこのベンチで項垂れているアーチャーを曹操と共に激励しているバアルと同じだとも」

 青年――ロマニ・アーキマンの姿に化けているゲーティアの視線の先には、青年の姿をしたバアルと曹操と『教授』がいた。

「私ってうざいのか……」
「盟友よ。そのようなことで落ち込んでどうする。別にあの少女はお前の娘でも何でもないだろう」
「教授。何もそんなにショックを受けなくても」
「バアル、曹操。君たちには分からないだろう。魔神柱であり、若者である君たちには分からないだろう。パパと呼ばれた高揚の直後に、うざいと突き放された私の複雑な葛藤など!」

『ゼノヴィア、どうして英雄派の輪に加わらない?』
『あの、あまり絡まないでもらえるだろうか』
『いやあ、そう言われちゃうと逆に構いたくなるネ。ほら、今の私ってポジション的に不良学校の教師じゃないか。一人だけ仲間外れがいるとつい道を踏み外させたく……じゃない、正したくなるんだよ』
『では、ジャンヌから教えてもらった、教授に効果覿面だという呪文を』
『ん?』 
『パパうざい』

「パパと呼ばれたことは嬉しい。素直に認めよう。だが、うざいはないだろう! ジャンヌも何故あのような呪詛を教えるかなあ、もう! いや、あの呪文を教えてもらった以上、実は打ち解けているよね!」
「すみません、よく言っておきます」
「あのような攻撃的な性格の少女に父親呼ばわりされて嬉しいのか?」
「ギャップルールってものがあるのだよ、バアル」
「教授、これ以上俺の中にある貴方という人物像を崩さないでください」

 割と本気で懇願している曹操を見て、ゲーティアは意外そうに小さく笑う。

「想定よりも気丈だな。自らの存在理由である槍を抜き出されれば精神が崩壊するとさえ思っていたが。英雄を自称するだけのことはあったか」

 今の曹操には『聖槍』がない。

 ゲーティア達の敵は聖書の神であり、その神の遺志が封印されている槍なのだから、封印しようとするのは必然だ。『悪魔の駒』と同じように、魔神柱は所有者を殺さずに神器を抜き出す方法を確立させた。破壊も考えられたが、遺志が聖杯や聖十字架に移行する可能性も示唆されたため中断された。現在、聖槍は時間神殿の廃棄孔内で厳重に封印されている。

 聖槍以外の神器も調べたが、オーフィスの蛇に捕食させた因子のようなものは見つからなかった。あの時の英雄派達の安堵した表情は印象的だった。自分達の行動が神に操られたものではなかったことにではなく、魔神柱と同じ目に遭わないで済むことに安堵したのだろう。

 だからといって、オーフィスのための遊園地に同行するのはどうかと思うが。監視はしているが拘束しているわけではないため、勝手に来れば良いはずなのに。

 世界中に展開しているこのテーマパークの中で日本を選択した理由は、あの男が人間になることを願った聖杯戦争がこの国で開かれたことだろう。加えて、あの少年はこの国の出身だ。そんな、なんとなくとさえ言えないような理由で適当に選んだ。

「それに比べて……」

 ゲーティアはちらりと視線を向ける。其処では、人間に扮した魔神柱が色々と愉快なことになっていた。一般客からは変な集団だと思われているだろう。

「――私は、パンケーキでは、ない……ないのだ……!」
「イカでも不審者でもない。エイである。どうして私だけ……」
「治療に狂い健康を求める女よ。汝はここに来るべきではなかった……!」
「あのジェットコースターなる遊具は存在そのものが間違っている。あれは遊具にあらず。危険物である。危険物を排除するは必定」
「……人間は、分からない。生命は、難しい。だが、一つ、明確な答えを得た。死の危険のない恐怖は、不要ではなく娯楽であり――私は。あの遊具の存在の価値を、間違えたのだ」
「レオナルドよ。汝は自由すぎるな」
「英雄派の阿呆ども。何故求めるッ! 何故持て余すッ!」

 ひたすら、混沌としていた。

「ガープより報告」
「ああ、大至急報告を開始せよ、ガープ」
「まずハーゲンティだが、このパンフレットに描かれているメディア・リリィに酷似した妖精がおすすめパンケーキを紹介しているイラストを見て過呼吸を起こした」
「あいつはいつになったらトラウマを克服するのだ」
「仕方がないだろう!」

 ゲーティアとガープの会話が聞こえていたのか、立ち上がり抗議するハーゲンティ。

「統括局よ、同胞たる魔神柱たちよ! 汝らも理解したはずだ! 無限の死、永久の被捕食! 永遠と繰り返される苦痛に加え、自らを勝手に作り直されるという恐怖! それらを味わっただろう!」
「聖書の神の呪いとその治療を、貴様のパンケーキ事件と同列に語るな。……ああ、あれで再発したのか」
「何故夏にパンケーキを勧める。アイスクリームを前面に出せば良いだろう……! 他にもパフェとか! とても温かい! 何故私だけがこんな……!」
「分かったから落ち着け」

 彼のトラウマは根が深い。

「次にフォルネウスだが、この施設の管理者である守護霊から不審者扱いされた。誤解は解けたが、此方の正体を知っていたらしく『イカくん』と連呼された。そのことで内心傷ついたらしい」
「守護霊……。例のネズミか」
「例のネズミだ」
「………………」
「………………」
「魔神柱でありながら打たれ弱いフォルネウスに非がある」
「誤解が解けて良かったとしよう」

 世の中には、深く触れてはならないものがある。

「そしてフェニクスとアンドラスだが、統括局とオーフィスとは別のジェットコースターに搭乗、これを満喫した」
「おい」
「待て! 我はあのような危険物を楽しんでなどいない! 何だ、あれは。何故人間はあのような死の恐怖を疑似体験するようなものに、金銭を支払い時間を浪費してまで搭乗するのだ。間違っている。あれはまさに呪いの兵器だ」
「私はあの遊具の価値を認める」
「何を言っているアンドラス!?」
「お前こそ何を言っている、フェニクス。死から逃れるためには、死の恐怖と向かい合う必要がある。恐怖を知るからこそ対策が取れるのだ。ともに死を拒絶する命題を持つ者同士、もう一度乗るべきではないか?」
「よくもそんな恐ろしい提案ができるなアンドラス!」

 勝手にやっていろと無視することにしたゲーティアは、ナベリウスとアンドロマリウスに注目する。

「それからナベリウスは迷子になったレオナルドの捜索に手こずっていた。彼は貴重な神器の所有者だ。何かあっては大変だ。例の管理者がいるため、魔力の使用は控えた。よって予定よりも時間を要した。アンドロマリウスはジャンヌ以下英雄派のメンバーが物珍しさに土産品を買い漁ろうとするのを阻止した」
「後者は別に無視しても問題はなかったように思うが? 別に我々が出費するわけでもないだろう」
「時間神殿がデコレーションされた可能性を提示する」
「……ハルファスとバルバトスは?」
「他の行列で熱中症患者を発見したバーサーカーとその弟子が例の如く暴走した。例の管理者からもやり過ぎだと苦情が出たため、ハルファスとバルバトスが身を削り制止した」
「それはよくやった。……それにしても、この猛暑の中、どうして人間どもはこんな遊具のために長時間行列に耐えているのだ。悟るための修行か何かか。フェニクスではないが、無為としか言い様がない」
「これこそが人間の裡にある熱である」

 人間が追及する『遊び』という概念。犬や猫も遊ぶことはあるが、あれは狩猟本能の発露に過ぎない。対して、人間の『遊び』とは、仕事に結びつくことも稀にあるが、ほとんどは消費するだけの無意味な娯楽だ。人間独自でありながら、ドラゴンであるオーフィスが求めるとはこれ如何に。人間性を取得したということなのだろうか。

 この龍神が人間性を得たのだとしたら、その一因は間違いなくゲーティアにある。当のオーフィスは自分の分のチュロスを食べ終えて、ゲーティアの手にあるチュロスをじっと見ている。

「グラシャ=ラボラスとサブナックの姿がないが?」
「グラシャ=ラボラスは魔法使い達と別行動だ」

 聖十字架を手に入れる経過で、禍の団の魔法使い派閥である『ニルレム』やその協力関係にある『魔女の夜』を壊滅させ、その残党を戦力として吸収している。彼らの指示や管理の担当は専らグラシャ=ラボラスである。

「……一応確認しておくが、そいつらは全員少女か?」
「いや、少年や成熟した女性もいる。年齢層が広いため、第三者には外国人率が高い町内会の慰安旅行の幹事に見えるだろう」
「その例は具体的なのか……? あいつはどこを目指しているんだ。それでサブナックは?」

 噂をすれば影を差すと言うべきか、丁度サブナックの姿が見えた。

「サブナックより報告。先ほど、狐の怪異を肩車したキングゥに遭遇したのだが、彼が奇妙なことを言っていた」
「待て。あの人形が来ているのか。奴は京都にいるはずだ」
「妖怪達と旅行らしい。彼曰く――」

『堕天使の、それなりに大物の気配があったんだけど、突然消えたんだよね』
『その反応からすると君達じゃないのかな』
『だとしたらいいや。同じ場所にいたから関係者だと思われるのが嫌だから確認に来ただけだから』
『何かするつもりにしても巻き込まないでくれよ』
『こっちは久しぶりの自由なんだ』
『まったく何でボクが日本史の勉強なんてしないといけないんだ』

「――だそうだ。補足すると、我々の気配を読んで行動するから其方からも近づくなとのことだった」
「例の聖書の神の計画は伝えたか?」
「無論。だが、『関係ない』と一蹴された」
「その方が此方も助かる。彼の手腕は見事だが、理想の協力関係が築けるかと言われれば話は別だ」

 間違いなくキングゥが英雄派を煽って衝突する。そもそも、オーフィスが拾ってきたあの奇怪な生物の件もあるため、ひと悶着は必至である。

「統括局よ。それよりもキングゥが感知したという堕天使の件だ。連中、我らがここにいるか確認に来たのではないか。戦力が著しく減少している時間神殿に突入するかもしれない。至急帰還命令を」
「ふっ、甘いな、アンドロマリウス」

 アンドロマリウスの態度を嘲笑したのはゼパルだ。なお、ゼパルが擬態している人間の姿は肉感的な女性だった。本人は「奇妙なほどしっくりくるが異常なほど落ち着かない」と言っているが、誰も聞いていなかった。

「何が言いたい、ゼパ何とか」
「誰がゼパ何とかだ!」
「ゼパル。遊んでいないで早く言え」

 統括局の命令により、佇まいを正してゼパルは持論を展開する。

「これはおそらく罠だ。我々がここにいることは把握されているだろう。だが、時間神殿までは見つかっていない。連中は我々が動き出すのを待っているのだ。そして、我々を追尾することで時間神殿の場所を突き止めるつもりだ。よって、私は先の情報は無視することを提案する。それよりも、今後のためにもオーフィスを満足させよう」
「ゼパルにしては説得力のある意見だ」
「ゼパルにしては魅力的な提案だ」
「ゼパルにしては一考に値する」
「枕詞のように私を侮辱するな!」
「だがゼパルらしい自慢げな顔が非常に腹立たしい」
「このような扱いを受けるようなことをした覚えはないぞ!?」
「それで、どうするつもりだ、統括局よ」
「無視か!?」

 ゲーティアはしばらく沈黙した後、チュロスをオーフィスの口に差し込む。オーフィスは抵抗することなくもぐもぐとチュロスを飲み込んでいく。

「時間神殿から救援要請はない。何もなければこのまま閉園までオーフィスに付き合ってやるとしよう。救援があった場合は直ちに時間神殿に帰還するが、まだ日没には遠い。ゼパルの言う通りなら、連中を焦らすのも面白い。こちらはゆっくりパレードを堪能した上で、完璧に逃げ通してみせよう」
「その作戦には賛同するが、決断の根拠を求める」
「我々は今日をこの場所で過ごすと決めた。だとしたら、アンドロマリウスの危惧が正しいにしろ、ゼパルの意見が正しいにしろ、あの害獣連中に合わせてやるなど馬鹿馬鹿しい。わざわざ人間が作り上げた偽りの理想郷に足を踏み入れたのだ。精々楽しませてもらおう」

 人理焼却の時、終わりある命を有効に利用することを楽しいと思っていた。時間神殿崩壊の時、藤丸立香に最期の意地をぶつけ合うのが楽しいと思っていた。

「これが‟楽しい”という感情か」

 名前こそ同じでも、これまでのそれとは違う。特別なものではない。特異なものではない。ただ人間が人間として感じる高揚。精神に波が立っているというのに、どうしてこうも穏やかなのか。

「? ゲーティア?」
「オーフィス、お前は楽しいか?」
「我、静寂を求めた。これ、静寂じゃない。……でも、我はこれを手に入れられて嬉しい」
「……そうか」

 ゲーティアは想う。『彼』はこれを知っていたのだろう。『王』はこれを生前には知らずとも、死後に噛みしめたのだろう。このどうしようもないくらい有り触れて、されどかけがえのないほどに尊い時間を。これが生きているということなのだとしたら、

「やはり、不思議なほど、面白いな。人の、人生というヤツは――」







「遊園地、か」
「バラキエル、どうしたのだ?」

 ゲーティア、オーフィス、英雄派の主力勢、おまけにキングゥというどこの神話に喧嘩を売るつもりなのか分からない戦力が集まっている遊園地の前に、二人の堕天使がいた。

 武人のような佇まいの方がバラキエル、瓶底眼鏡の方がサハリエル。どちらも『神の子を見張る者』の幹部であり、聖書にその名を記された堕天使の大物だ。おっさん二人が遊園地の前で立ち止まっている光景はいっそ滑稽ですらあったが。

「いや、朱乃を……娘をこのような場所に連れて来ることはなかったと思ってな」
「ははー、例のグレモリー眷属になったって娘さんか。まあ、アザゼルも心を砕いているらしいし、ソロモンの件が終わったら少しでも前進してみると良いのだよ」
「……ああ、そうだな」
「では、行くのだ。この遊園地から魔神柱レーダーに強い反応があるのだ」

 セラフォルーが氷漬けにしたグラシャ=ラボラスと、イッセーが撃退したゼパル。この二柱の細胞から得られた情報を元に、堕天使は魔神柱の生命反応を探知するレーダーを作り出した。

「複数体の反応があるところを見ると、連中ここで騒ぎを起こす可能性が高いのだ。特撮やロボットもので悪役がよくやるパターンなのだ」
「アルマロスといい、どうしてこう……」
「しっしっし! ここの管理者に魔神柱がいることを通告してご協力願うのだ」

 そう言って、サハリエルとバラキエルは足を踏み出すが、



 ――その瞬間、世界が別のものに塗り替えられた。



「何だ、これは?」
「何かしらの結界のようなのだ」

 そこは神殿だった。建築様式からして、古代イスラエルのものだ。構造と空っぽの玉座を見るに、王の間で間違いない。空間自体は広々しているのに、妙に息苦しい空気に満ちていた。

 彼らの脳裏に、結界系最強の神器、国家を滅ぼすことさえ可能と言われる霧の神滅具が浮かび上がる。

「まさか『絶霧』か!」
「いや、ただの魔術だ。固有結界、って言うらしいぜ。お前らが無粋なことしようとしたから、不要と思いつつ横槍を入れさせてもらった」

 声がした方を見れば、空だったはずの玉座に誰かが座っていた。聞き覚えのない声だが、聞き覚えのある声音だった。見覚えのない顔だが、見覚えのある表情だった。

「一応、名乗っておこうか」

 僅かに悪魔の気配を感じるが、それ以上に濃厚で灼熱を宿したような魔力の波動がある。否、この空間そのものがこの魔力で染め上げられているようだった。

「我が名はソロモン。イスラエルの古き王のひとりにして、神々に詐欺を働いた大罪人。そしてお前らの敵だ」

 空間を満たす魔力も、その激怒を宿した笑みも、間違いようがない。あの忌々しい王だ。今も昔も彼のせいで聖書の勢力は滅茶苦茶だ。世界の平穏を乱す咎人。人類史最大の悪党。死してなお、こうして安寧を崩そうと悪意をばら撒いている。

「ソロモン……旧アスモデウスの身体を乗っ取ったと聞いたが、事実だったか。魔神柱の反応は、我々をおびき寄せるための罠か」
「クルゼレイや魔神柱を侮辱する発言だが、俺はお前たちと違って心が広い。一度だけ許して、一度だけ警告してやろう。去るなら後は追わない。失せな、害獣ども」

 玉座から立ち上がり、迎え撃つように両手を広がるソロモン。

「あそこは罪なき者と罪を償おうとする者、未来ある者以外立ち入り禁止だ。俺たちは入れない」
「罪があるのも、未来がないのもお前だけだ、ソロモン。貴殿はあまりに危険すぎる」

 バラキエルの手に雷光が迸る。

「貴殿の作り上げた呪いのせいで散っていった同胞のためにも、私の娘やその仲間たちの未来のためにも、貴殿はここで葬らせてもらう」
「……お前らのそういうところ、本当大嫌いだよ。侵略者で簒奪者で破壊者で加害者の癖して被害者面しやがって。時間が経てば多少は丸くなると思えば、悪化してんじゃねえか。てめえのことだよ、バラキエル」

 不機嫌そうに、不愉快そうに、不自由そうに、ソロモンは舌打ちをする。

()()()? お前とお前なんぞを愛した頭のおかしな女と、お前ら譲りの頭のおかしい小娘の馬鹿みたいな物語をよ」
「朱璃と朱乃を侮辱するか!」

 一瞬にして沸点まで激怒するバラキエル。雷光の輝きも一層強くなる。それは彼の逆鱗だった。

 二十年に届かないほど前の話だ。バラキエルは高名な神社の娘と恋に落ちた。相手は五大宗家の一つ『姫島』の本家筋の娘、姫島朱璃だ。やがて娘の朱乃も生まれた。朱璃が堕天使の幹部に手籠めされたと勘違いした『姫島』の者が彼らの家を襲撃するも、バラキエルによって返り討ち。そして、堕天使に恨みを持つ者たちがバラキエルのいない隙を狙って朱璃と朱乃を襲撃。母は死に、娘は堕天使という存在に強い嫌悪感を抱くようになった。

 直接的ではないにしろ、あれもまたこの男のせいで起きた悲劇だった。それを、よりにもよってこの男が愚弄するなど許せるはずもない。

「お前には生前ほどの脅威を感じない。――今のお前ならばここにいる者で倒せる! 私の妻と娘を侮辱した件も含めて、お前の罪を償わせてやる!」
「そうだな。非情に腹立たしいことに、後半はともかく、戦えば負けることは事実だ。何せ、今の俺の身体はアスモデウスの末裔のもの。時の流れは怖いよな、後継者はちゃんと鍛えておいてくれよ。新しい身体も準備中だしな」

 今の自分では勝てないと断言しつつ、余裕の態度を続けるソロモン。否、彼の態度に余裕などない。彼の言動や表情から滲み出るのはいつだって憤怒だ。

 バラキエルには分からない。ここにいないアザゼルやミカエル達にも分からなかった。きっとサーゼクス達新魔王にも分からない。旧魔王でも、アスモデウス以外には理解できなかった。今だけではなく、彼が生きている頃からずっと分からなかった。これから未来も、この疑問が晴れることはないかもしれない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな疑問を見透かしたように、ソロモンは笑みの種類を変えた。怒ったようにではなく、諦めたように怠惰な笑みを浮かべた。ただ、誰かの真似をしているような無理な笑い方だった。

「お前たちの相手は彼らにやってもらおう。じゃあ後は頼んだぜ、二人とも」

 ソロモンは右手の甲を見せつけるように掲げる。そこには、生前の彼にはなかったと記憶している赤い痣のような刺青があった。よくよく見れば、右腕だけではなく同じ意匠の刺青が身体中を走っているようだった。

「栄光たるフィオナ騎士団の名の元に……その首、貰い受けよう」
「我が道を阻むか……ならば、お前は私の敵だ。ゆくぞ!」

 ソロモンの背後から現れたのは、二人の男性。どちらも人間だが、人間離れした美を放つ。片やエリンの守護者、片やコサラの王だ。

「ここは俺の心象風景。我が積年の憤怒と執念の玉座の間だ。人の愛と希望以外には壊せない。――遠慮は不要だ。我が『真理』を利用して妻に会いたいならば、首級に挙げろ」







 僕――ギャスパー・ヴラディはホッとしています。

「すみません部長! 力になれなくて!」

 ずっと昏睡状態だった兵藤一誠――イッセー先輩が目を覚ましました。僕達グレモリー眷属がお見舞いに行くと、部長の顔を見るなり病院のベッドから転げ落ちるように降りて、土下座をしました。

「皆が戦っている間眠っていたなんて、恥ずかしいです! 俺がいたら、あんな焼き鳥野郎なんてぶっ飛ばしたのに!」
「顔を上げてちょうだい、イッセー」

 言われて顔を挙げるイッセー先輩。涙で顔がぐちゃぐちゃになっています。

「貴方が大変だったことは分かっているわ。それに、貴方がいなくても私たちは勝たなくてはならなかった。せめてもう一人『僧侶』か『騎士』がいれば話は違ったんでしょうけど」
「うう、部長ぅ……。でも、部長があの焼き鳥野郎と……」
「大丈夫よ、イッセー。それより、貴方が寝ている間に世界は大変なことになっているのよ。私の結婚よりもよっぽどな大事件が起きているの」

 部長がおっしゃる大事件とは、魔術王ソロモンの復活。曰く、旧魔王派がソロモンの指輪を手に入れた。だが、指輪にはソロモンの魂が封じてあり、指輪を装着した旧アスモデウスの末裔クルゼレイ・アスモデウスが身体を乗っ取られた。旧魔王派はクルゼレイの身体を乗っ取ったソロモンによって壊滅。前ルシファーの実子であるリリンことリゼヴィム・リヴァン・ルシファーが現政府に保護を求めるほどの事態になった。敵対しているはずの旧魔王が現魔王の処に逃げてくるんだからよっぽどのことなんだと思う。

 実は、禍の団の対策会議が開かれたけど、ソロモンの指輪が見つかったという情報が出た段階で、各勢力の代表は逃げ出したらしい。代表者がそれでいいのかとも思うんだけど……。

 詳細は聞けなかったけど、ソロモンへの対抗策は見つかったらしく、魔王様やアザゼル先生はその準備に大忙しだ。当然、ソロモンや魔神柱、禍の団への対策もしないといけないから人手が足りないらしい。

「お、俺が寝ている間にとんでもないことが起きていますね」
「ええ。私たちも戦場に出るかもしれないの。でも、これはチャンスよ。ここで私が活躍すれば今回のゲームの結果をなかったことに……いいえ、婚約そのものもなかったことにできて自由に結婚できるようになるかもしれないわ」
「そうか! 悪魔って実力主義ですもんね!」

 並行する形でルーマニアで起きた魔神柱襲撃事件の調査結果が僕に届けられた。結論から言うと、ほとんど全滅状態。僕の家の者も七割が死亡していた。そして、恩人であるヴァレリーは行方不明。僅かに無事だった資料によると、ヴァレリーは強力な神器に目覚めたらしく、敵がそれを目的に連れ去ったんじゃないかって、アザゼル先生は言っていた。

 ヴァレリー、無事でいてね。

「部長、イッセーくんが目覚めたら聞こうと思っていたんですけど、よろしいですか?」
「何かしら、裕斗」
「ソロモンは、一体何をしたんですか?」

 ソロモン。イスラエルの古き王。その名前を口にしてはならないと、僕達は言われてきました。裕斗先輩の声も震えています。

「僕は彼が七十二柱を使役したことから、その歴史を恥とし、冥界でこの名前を口にしてはならないと聞いていました。でも、最近の出来事を省みるに、それ以上のことがあったように思います。お願いします。教えてください。ソロモンとは、何なのですか?」

 部長の顔に影が差しました。そこにはあるのは憂いや嘆き、そして理不尽な悪意に対する怒り。目元を険しくして、部長の口から真実が語られました。

「ソロモンはね……。かつて世界を滅茶苦茶にしたのよ」
「め、滅茶苦茶?」
「ええ、奴は神から授かった指輪を使って好き勝手に暴れたの」

 ソロモンの有名な逸話の一つ、唯一神から授かった指輪。その指輪は神の叡智の具現化ともされ、ソロモン王はこの叡智をもって古代イスラエルの最盛期を築いたと言われている。指輪には様々な能力があり、七十二柱を使役したのもこの指輪の力だとされている。

「躊躇なく神を騙し、逡巡なく悪魔を利用し、良心なく堕天使を殺したと言われているわ。世界の法則にさえ干渉して、当時の各勢力のパワーバランスを乱した。指輪の力で無理やり当時の七十二柱を使役した挙句、用済みになった七十二柱を壺に封印して湖に投げ捨てたの。それだけじゃなく、悪魔というだけで自国に許可なく入った悪魔を警告もなしに殺したそうよ。女性であっても幼い子どもであってもね。堕天使も同じ。天使は流石に神との折り合いが悪くなるから害さなかったそうよ。聖書の神だけではなく世界中の神々も騙したと聞いているわ。そのせいで、私たち聖書の勢力を憎む輩も多いとか。ひどい話よね、悪いのは全部ソロモンなのに。話に聞くだけだけど、彼以上に残忍で冷酷で非道な逸話の人間を知らないわ。彼は、指輪を持ってはならなかったのよ」

 か、神様を騙した。それも話を聞く限り、一人や二人ではなさそうです。ソロモンの脅威は、神話で語られている部分はほんの一部でしかなかったってことなんでしょう。

 そんな極悪人だったなんて……。こ、怖い。話を聞いていた他の皆も、表情が強張っています。

「それほどの存在だったのですね、ソロモンは」
「ええ、神話や歴史には残せない彼の汚点。だから、指輪の力でその記録さえも人々の歴史から消し去ったの。卑怯な男よ。でもね、それほどの脅威が復活したということは、世界中の神話が手を結ぶ必要が出てきたってことなの。ソロモンがどれほど脅威であっても世界を相手に戦えるほどではないでしょう。同盟に難色を示していたという者たちもソロモンには恐怖を感じているし報復をしたいはずだから、同盟に対して前向きになるはずよ」

 各勢力が手を結ぶのだから、きっと、ソロモンもどうにかなる。ヴァレリーも助けられるはずだ。次レーティングゲームがあったら今度こそ最後まで戦ってみせる。イッセー先輩がいてくれたら、きっと誰にも負けない。平和になったら何もかもが上手くいく。


 この時の僕は、本気でそう思っていました。



三大勢力→ソロモン 常時不機嫌で迷惑な奴。何でこいついつも怒ってんの?

いやあ、一誠まさかリアスを許しちゃうなんてなー(棒)
一波乱期待していた人には申し訳ないなー(棒)


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また感想が荒れそうな展開にしてしまった
しかし仕方がない。作者はこれを面白いと判断し、妄想と執筆が止まらなかったのだから。
なお、今回の展開の都合上、アルジュナの内定は取り消しになった。


 グレモリー眷属は、魔王領の館にて前ルシファーの実子リゼヴィム・リヴァン・ルシファーと対面していた。

「はじめまして、リアス・グレモリー嬢。そして、その眷属たち。私が前魔王ルシファーの嫡子リゼヴィム・リヴァン・ルシファーだ。……なんて堅苦しい挨拶はやめておこう! そういうの苦手だしね、うひゃひゃひゃ!」

 現政府に保護を求めてきたリゼヴィムだが、従者のユーグリットとともに軟禁状態にあった。現政府と彼の関係を考えれば当然の対応であるが、物理的な拘束や行動の制限がされていない分、サーゼクス達現魔王の甘さが見えてくる。

「特に兵藤一誠くんは孫のヴァーリきゅんが迷惑かけたみたいでね。ごめんね?」
「い、いえ、お気になさらず」
「そう? いっやー、今代の赤龍帝くんは心が広くて助かるねー!」

 一誠の言葉に、何が可笑しいのかげらげらと笑うリゼヴィム。

「いや本当、()()()()()()()()? 今回の件では頼りにしているよ、赤龍帝くん」

 妙に馴れ馴れしい態度の魔王の直系に、苦笑いを浮かべるしかない一誠。

「で、サーゼクスくんやアザゼルおじさんが来るまで時間があるからお話でもしようか。何か質問でもある? おじさんこう見えて魔王の息子だからねえ。意外と博識だよ?」
「はい。では、僕から。まず、僕達は今回の戦いで戦力になるのでしょうか? 僕達が知る個体は、グレモリー、グラシャ=ラボラス、ゼパルの三体ですが、いずれも強大な力を持っていました。一番弱い印象のあるグラシャ=ラボラスですら、三大勢力のトップ陣を複数相手にして持ち堪えていました。ゼパルも、イッセーくんが反則じみた力に目覚めたからです。グレモリーは、堕天使の幹部であるコカビエルを圧倒し、部長の……リアス様の滅びの力さえ通じませんでした。七十二柱の初代様たちを倒した個体もまだいます。他に魔神柱が倒されたという話は聞いていません」

 木場裕斗の質問に、リゼヴィムは大仰な手ぶりを加えながら答える。

「大丈夫大丈夫。魔神柱やソロモンの相手は俺やサーゼクスくんがするから。君達若手悪魔には雑兵の相手をして欲しいんだよね」
「雑兵?」
「ソロモンは旧魔王派を滅ぼして、『禍の団』を乗っ取っているようなの。『禍の団』は頭目のオーフィスや旧魔王派の外に、英雄派という派閥があるわ」
「そうそう、勇者の子孫や英雄の魂を継ぐ者たちの集まりだ。人間側のヒーローってやつだねぇ。神滅具を持つ者も何人かいるんだよ。今頃ソロモンに洗脳されて尖兵にされているかもしれないねぇ。君達若手には彼らの相手をして欲しいんだよ」
「英雄派……」

 危機感を高める眷属を、リアスは激励する。

「大丈夫。イッセーが戻ってきた以上、私たちは負けないわ。ライザーには負けてしまったけど、それは彼の方がゲームの経験が上だったということ。実戦経験ならはぐれ悪魔を狩ってきた私たちだって負けないわ。頼むわね、イッセー。同じ神滅具を持つ貴方ならきっと英雄を自称する奴らなんて目じゃないわ。私たちの力で消し飛ばしてあげましょう!」
「はい! 任せてください、部長!」
「美しい主従関係だねえ」

 リゼヴィムが可笑しそうな笑みを浮かべていると、会議を終わらせてきたであろうアザゼルが入室してきた。

「おい、リリン。俺の生徒にいらないちょっかいを出すなよ」
「怖いなー、アザゼルおじちゃんは。俺は年寄りとして、未来ある若者の可能性を探っていただけだぜ?」
「はっ、どうだか。ん?」

 リゼヴィムへの警戒を隠そうともしないアザゼルの元に、突然魔法陣による連絡が入った。

 リゼヴィムの前ではあるが、術式から緊急を要すると判断したアザゼルは直ちに応じる。相手はグリゴリ副総督のシェムハザだ。

「どうしたシェムハザ……なっ、バラキエルとサハリエルが、だと……? あのクソ野郎! 分かった、俺もすぐにグレゴリ本部に戻る。ただじゃ済まさねえ……!」

 連絡を切るアザゼルの顔は、憤怒に染まっていた。誰にも只事ではないと判断できる。困惑した空気が満ちている中、アザゼルが口走った名前が気になった姫島朱乃は問う。

「あの人が、どうかしたのですか?」
「……朱乃、落ち着いて聞いてくれ。バラキエルが――」







「堕天使の幹部バラキエルとサハリエルが死亡? しかも、我々の仕業になっていると?」
「正確には、我々を使役していると勘違いしているソロモンにだ」

 指輪によるソロモン王復活の事態は、時間神殿にも届いていた。

 現在ソロモン復活を知る者は、三大勢力の首脳陣と各勢力のトップ陣の一部だけだ。魔術王の復活は公に出せる情報ではない。彼はそれほどの偉業を成した。彼はそれほどの罪を犯した。

「此方のソロモンの真意は何だ?」

 根本的な疑問。どこかの王のように、普通の人間として第二の生を謳歌したいわけではなさそうだ。行動が過激かつ大胆すぎる。

「此方のソロモンは王であった時代に、悪魔や堕天使を殺戮している」
「聖書の神だけではなく、あらゆる神話の神々を騙し、『真理』なる対界術式を構築している」
「怒りしか知らぬ王と各神話の長は恐れる」
「怒りを向ける相手は、あらゆる異形」
「人の未来を手に入れるために、神を騙し、魔王を利用し、世界の摂理さえも書き換えた」
「その死体は『システム』にくべられた故に、復活はあり得なかったはずだった」
「だが抜け道を用意していた」
「それが指輪に自らの魂を封印すること」
「王の指輪は天界に揃っているはずだ。それが盗まれたのか、すり替えられていたのかは不明」
「これまでの情報を統合すると、此方のソロモンは我々の人理焼却を知っている」
「私たちの罪を知っている」
「我らの聖書焼却にも気づいているだろう」
「仮に情報通りの人物ならば、私たちの目的を察知している」
「きっと彼の目的の先に、我々の理想は許されない」
「だが、我らも断罪を受け入れるわけにはいかない」
「例え相手が、あの男以外のソロモンだとしても」
「聖書の神や獅子王に続く敵というわけだ」

 人間を愛するが故に、異形への怒りしか知らぬ王。神に歯向かい、星の因果を塗り替えた魔法使い。人類に未来を与えた開拓者。

 ああ、あの男に自由があれば、この王のように人の悲劇を見て怒ってくれただろうか。

「こちらのソロモンには、あの男はどのように映るのだろうな」







「俺があっちのソロモンにどんな感情を抱いているか? そんなの、嫉妬に決まってんだろうが。生前は俺とあまり変わらないけど、死後の方は全然違うな。俺も倫理観が破綻しているけど人類愛に満ちたマスターとか、中身おっさんの見た目美女な相棒とか、世界の未来を託せるような少年とかと会いたかったぜ。特に七十二柱とか羨ましいな。何なの、あの子達。真面目すぎるのが玉に瑕だけど、獣に堕ちるほど愛に満ちた異形とか。こっちの害獣どもと交換して欲しかったぜ。俺も指輪の力使って作ろうとしたんだけど……こんな気持ちで作ってもただの人形だからなぁ。彼らの贋作を都合の良い手駒として生み出すなんて、生前の俺には出来なかった。今もやるつもりはない」

 某国某都市の高層ビルの屋上に、ソロモンとその男はいた。

 ソロモンが『向こう側』から呼び出したサーヴァントのひとり。弓兵――アーチャーのクラスのサーヴァントだ。外套を着こみ、その下は包帯で覆われている。顔は目さえ隠し、腕や足まで露出は皆無だ。そのため、人種も年齢も判別しにくい。声から辛うじて成人男性だということだけが判別できる。彼の傍らには巨大な棺桶が立ててあった。

「ゲーティア達には好感を抱いていたのか。意外だな。あのような初対面と決着だったから、俺はずっと貴方は彼らを嫌悪していたのだとばかり思っていたよ」
「俺は異形なら嫌いってわけでもないし、人殺しなら憎いってわけでもないさ。俺は人類という種に未来が欲しかっただけだ。そして、その可能性を限りなく潰してくる奴らが憎かっただけだ」
「その結果が『真理』というわけか。では次の質問をして良いか?」
「構わないぞ、アーチャー」
「千里眼は通常、自分の世界の可能性を見るものだ。過去であったり現代のすべてであったり未来であったり並行世界であったり。だが、別宇宙まで見ることはできない。貴方があちらの世界を見ることができたのは何故だ?」
「一つ訂正しておくと、今はあっち側からでもこっちを見ることはできるぜ。時期的にチャンネルが合っているんだ。アンテナが立っていると言うべきか」

 もっとも、往復の手段はないと考えていい。英霊召喚は肉体のない英霊を聖杯を介しているため可能なのだ。マーリンは彼の千里眼とオーフィスの固有結界の特性を合わせていたため、例外である。

「今は、か。なら三千年前に貴方があちらの世界を見つけられたのはどうしてだ? 『真理』の設計はあちらの神秘の在り方を参考にしたんだろう?」
「俺の千里眼は特殊でな。先天的なものでなく、指輪の力を使って後天的に作ったものなんだ。神々と訣別するための手段を探す方法として、俺は別宇宙を探索した。その成果が、あの世界の発見だった。聖杯や令呪はその時に知った。この世界の過去やら未来やらも見れるけど、副産物の機能だから断片的にしか分からん」
「成程な。なら、そもそも貴方はどうして神代との訣別など考えた? 当時はまだ一般の人々の隣にも神があった時代だろう。今の話だと、向こうの世界を見て思いついたわけでもないようだ。貴方がわざわざ『真理』を組まなくても、人は生きるだけなら可能だったと思うが?」

 何を当たり前のことを、とソロモンは鼻白む。

「さっきも言ったが、俺は未来が欲しかった。俺は生まれながらにして、王だったからな。王には人を守り、導き、定め、次の世代に繋げる責任がある。物心がつく前から思っていたんだ。『このままだと、俺たちはこいつらに支配されたままだ』と。父上……ダビデ王がどう考えていたかは分からんが、俺はその運命を変えたかった。努力したよ。俺たちが生き延びるためにはどうすればいいのか、とにかく思考した。戴冠までが計画の設計期限だったが、どうにか計画を形にできて良かったよ」

 ある世界のソロモンは、人間性を持っていなかったが故に、その生涯に人としての時間がなかった。この世界のソロモンは、人間性を持っていたが、王としての使命感があったために、人としての時間を放棄したのだ。

 人々の笑顔を守れるような王になりたかった。人外に奪われないように、ひとつでも多くの笑顔を守りたかった。神や悪魔への怒りを原動力に、推測と計算を重ねた。

「俺は人類最高峰の魔法力を持っていたが、それを活かしきれるだけの機関が不足していた。自分の能力だけではできることなんて知れている。ダムの水を桶で移し替えることが難しいように。だからこそ、俺は神に指輪を求めた。神の権能を物体化させた指輪をな」

 伝説において、ソロモンは神に叡智を求めた。だが、彼が本当に欲しかったのは神の権能だ。どれだけ強かろうと、地の次元にいては神に干渉することはできない。世界を変えることはできない。だからこそ、ソロモンは自分の位相を上げる必要があった。地平を見渡す人の視点ではなく、世界を見通す神の視点が必要だった。

「指輪を得た俺は世界中の神々に提案した。『信仰の力ですべてが決まる世界を作らないか』と。あの時代の時点で、人間が信じる神は数多だった。誰もが唯一の神になりたかったのさ。太陽は一つしかないのに、太陽神は同じ神話内にすら複数いる。自らのアイデンティティを独占したいのは、人も神も一緒だったわけだ。まあ、折れない神様も多かったがそこは賢王と呼ばれた俺の腕の見せ所だな」

 だが、ソロモンは計画のすべてを話したわけではなかった。ソロモンは提案の際に、神々に計画の詳細を細かく説明した。『時代が経過するに連れ、神代の物語は人々の認識とズレる』という一点を除いて。

 なお、神々にした説明の中には、『誰も世界を作り直せなくなる』という限定条件があった。世界のリセットは聖書の神だけが行ったわけではない。ゼウスやエンリルも大洪水を起こしているし、インド神話は世界の創造と破壊の循環を主題としている。世界の再誕を行えるような神は、元から強大な神であり、自らへの信仰を集めることなぞ造作もないと判断したため、このことを受け入れた。唯一の神となれば、世界を改める必要などないと考えていたからだ。

 そして、七十二柱を封印した壺をバビロンの穴に落とすことで、『真理』の術式は完成した。

「悪魔は血統ごとに特色があるからな。『真理』を組み立てるのに必要だったのは、単純な質量ではなく、魔力の多様性だった。案外、あれが最後の一手だって未だ誰も気づいてないのかもな」
「どうだろうな。悪魔の勢力から力を削ぎたいなら、指輪を使って自害させればいいと、俺は当時から考えていたよ。ゲーティアも違和感を覚えていた。考える時間のある人外ならば、真意を理解した奴らも多いだろうさ」
「あっそ。まあ、俺としては壺が湖の底に落ちるまでに邪魔がなければそれで勝ちだったからな」

 ソロモンは神代に勝利した。超常の存在から人の未来をもぎ取った。

 ただ一点、その成果が即座に出ないということを除けばの話だが。

 しかしソロモンとしても、自分の代で神々を滅ぼすのは躊躇った。手段を択ばなければ出来ないこともなかったが、超常の存在との決着は後世に委ねた。こうして復活したのは後始末のためだ。自分のせいで迷惑を被った『獣』たちへの贖罪のためだ。

「穏やかな滅びを受け入れるでもなく、悪魔は『悪魔の駒』なんて作り出すし。これは完全に予想外だった。てか、あいつらこの仕組みで本当に人口問題解決できると思ってんのか? 指輪をアスモデウスに預けたのは神の復活を先読みしての保険だったが、ここまで堕ちた悪魔を見ることになるとはな。第二の人生とか夢見なくて良かったー」

 ソロモンからしてみれば、滅びから目を背けながらも悪魔の本懐を遂げようとした旧魔王の方がまだ賢く見える。共犯者への贔屓目もあるだろうが。

「貴方には感謝しているよ、ソロモン。長年の疑問が解けた上、俺はようやくあの馬鹿を……いや、馬鹿者どもを殺せるのだから。自分が特別だと、特異だと勘違いし、叶わぬ夢を求めた愚か者ども。はッ! その先にあるのが破滅以下の地獄だと想像さえせずにな。『あれ』はまさに奴らに相応しい末路だ。だが、わざわざゲーティアをあの馬鹿者どもに付き合わせる必要もない。獅子王はゲーティアで倒せる。奴らの旅はここで終わりだ」

 俺が終わらせる、とアーチャーは言う。

「好きにしろと言ったのが俺だが、最後に一つだけ答えていけよ、アーチャー」

 王の顔に、憤怒以外の感情が宿る。それは紛れもない『憐憫』だった。

「俺が言うのも何だが、お前、何であっちの世界と契約なんかしちまったんだ」
「……はっきりとは覚えていないが、きっと寝ていたのさ」

 アーチャーは棺桶を担ぎ、踵を返した。

「英雄になりたい、なんて寝言を言っていた気がするからな」



力があった。願いがあった。信念があった。
力は飾り物だった。願いは借り物だった。信念は貰い物だった。
俺の全ては偽物だった。

歩きを止められなかった。戦いを止められなかった。
諦めればいいのに。認めればいいのに。知っていたはずなのに。
己の全てが偽物であると。

残ったものは強い後悔。
誰も救えない両腕。
そして、人の血で濡れた槍だけだった。
偽物には相応しい末路だった。


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溺死しろ

〇〇がアーチャーになる条件
・ゲーティアが■■■■の姦計に気づかない(■■■■復活時にゲーティアが死亡している)
・英雄派がゲーティアに「守られていた、この笑顔に」される。笑顔見たのこの一回だけだけど。


 私たちの王は優しい方でした。

 しかし、王はいつも怒っていました。

 子どもの頃から、人類を取り巻く悲劇について怒っていました。人間に襲い掛かる、人間以外の存在による悲劇について憤っていました。

 ある時は、悪魔に弄ばれた子どもの亡骸を抱きながら。

 ある時は、堕天使に壊された女性の頭を撫でながら。

 ある時は、神の試練に敗れた戦士の死を悔やみながら。

 ある時は、異形の抗争で荒れ果てた村を前に祈りながら。

 王は必死でした。王は本気でした。王は全力でした。

 私たちは王の責ではないと理解しながら、王に恐怖していました。私たちの苦痛のすべてが王の力がたりないからだという錯覚さえしていました。王がいなければ、王の抵抗がなければ、私たちはもっと多くの悲劇に襲われていたと理解していたというのに。

 ですから、王よ。どうか――死――私たちに――ね――謝らないで――死ね――ください。

 わた死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!

 死んでしまえ、無能な王め!







「昼寝とはいいご身分ね、曹操。流石のリーダーもお疲れなのかしら?」
「……ジャンヌか。いいや、少し微睡んだだけだ」

 悪夢から目覚めた曹操は、自分がどこにいるのか再確認する。

 某国の山地の奥。怪物の住処はあるが、神の類が守っているわけではないため、自分達のような者の修行には持ってこいの山だ。麓には小さな町があるため、鍛錬ついでに怪物退治で一石二鳥だ。そんな山の少し開けた場所で、英雄派の仲間と鍛錬をしていたのだ。

 少し離れた場所では、ヘラクレスが巨大な岩を殴りつけていた。他にも、素振りをする者、瞑想しながら神器に潜り込む者、仲間と戦略を練る者。

「どう? 新しい槍には慣れた?」

 ジャンヌの問いに、曹操は自らの手にある槍を見る。聖書の神の遺志が封印されている聖槍を引き抜く代わりに、ゲーティアが自分に与えた魔槍を。

「堕天使側の人工神器を参考にしたそうだが、兵装舎謹製の魔槍だからな。聖槍と勝手は違うが、すぐに慣れる。それこそ、伝説の槍に引けを取らない代物だ」

 時代が時代ならば、この槍を巡って戦争が起きたと言っても過言ではない。仕方がなかったとはいえ、神殺しの聖槍を抜き出したのだ。その埋め合わせである以上、魔神柱も性能に妥協することはなかったのだろう。彼らのプライドは高い。下手なものを与えて不満を持たれるなど論外なのだ。

 流石に神殺しの力はない。その点を指摘すると、「フェンリルでも狩ってこい」と言われた。無茶である。相手は最強の魔物の一匹である狼だ。もっとも、これから英雄派が挑む獅子王とその円卓の騎士たちは、フェンリルに匹敵するかそれ以上の猛者たちなのだが。

「もうじき昼時だな。今日の食事当番は誰だ?」
「アーシアよ。今、麓の町に買い出しに行っているわ」

 それを聞いた曹操の顔が引きつる。二人の会話に聞き耳を立てていた構成員達も同じだ。

「あいつの料理、エタノール臭いんだよな、味は良いんだが」
「食欲沸かないのよね、おいしいのに」

 はあ、と溜め息を吐き出す二人。

「あ、ちなみにゼノヴィアが護衛についているわ」
「彼女に護衛は必要ないだろうけど……。まあ、いいか」
「ふーん」
「……なんだ?」
「いや、あんたも変わったなあって思って。私や他の皆も言えることだけど」
「そうだな」

 これはきっと良い変化だ。かつて願っていたものとは違うが、近い形で理想に至ろうとしている。否、かつて求めていたものよりもずっと素晴らしい形かもしれない。

「ああ、俺たちは変わった。ゲーティアは獅子王に挑めと言った。捨て駒としてじゃない。俺たちをあえて捨て駒にする理由なんてないからな。勝てると、信じてくれている。前の俺たちなら舐めてかかって死んだだろうな。だが、今の俺たちなら――」
「――いいや、お前たちは獅子王に挑むべきではない。お前たちは英雄になどなるべきではない」

 突然の言葉とともに向けられたのは、鋭い殺気。声のした方を見れば、わざとらしい足音が聞こえてくる。その場にいた全員が一斉に戦闘態勢に入るが、その額には冷や汗が流れる。

 やがて姿を現したのは、外套を身に纏った人物。顔や手に包帯を巻きつけて、露出は皆無。その背中には棺桶が担がれていた。体格からかろうじて成人男性であることは判別できる。気配は悪魔や天使のそれとは異なる。この殺気からして間違いなく敵であろうが、その正体が想像できない。

「人間……? だが、教会からの使者、というわけではなさそうだな」

 曹操の言葉を、包帯男は鼻で笑う。

「訂正してやる。俺は小汚い掃除屋だよ。弱っちい人間未満の、贋作だ」
「掃除屋? どういう意味だ?」

 包帯男は曹操の問いには答えず、背中に担いでいた棺桶を振りかざす。そして、棺桶の足の部分を、曹操達の方に向けた。

「俺からおまえ達に送る言葉はただ一つ。理想を抱いて溺死しろ、勘違いの馬鹿者どもめ」

 棺桶が開き、そこから出現したのは砲口だった。人の頭ほどはある、砲弾でも発射するような大きな砲身。歪な機械音を立てながら、砲口から神々しい光が漏れる。

「聖槍起動、宝具多重展開」
「っ! 皆、逃げろ――!」
偽・焼却式XⅢ(カタストロフ・ロンギヌス)!」

 神さえ焼く光が、曹操達に襲い掛かった。

 




 聖書の勢力のトップ陣は、大きく二つの行動を開始している。

 一つは、聖書の神の復活。魔王の息子の提案という危険性の高いものだが、彼の言う通りそれ以外に手がなさそうなのが現実だ。乗るしかなかった。このままでは四面楚歌の果てに三つの陣営が破滅するだけだ。この情報はソロモンの復活以上のトップシークレットとなった。ソロモンの復活までは三大勢力に関わらないで済むが、聖書の神の復活ともなれば話は違ってくる。黙っていない連中が出てくる。この作戦はリゼヴィムからもたらされた情報を元に、ミカエルを始めとした熾天使が極秘で進めている。

 もう一つは、ソロモンとその配下であろう魔神柱に関する情報収集だ。特に、魔神柱に関してだ。ソロモン復活と魔神柱出現には時系列に微妙な矛盾が見られる。クルゼレイ・アスモデウスがいつ指輪を発見したかは不明だが、ソロモンの人物像からすれば行動を開始した時期は指輪が発見された時期とほぼ同じと考えるべきだ。つまり、魔神柱はソロモンが作ったわけではない。ソロモンの配下であることはほぼ間違いないが、創造主は別にいる。

 魔神柱のことを調べるにあたって、サーゼクスはアザゼルと京都に向かった。京都に縁の深い『騎士』を連れて。間違いなく自分達より魔神柱を知っている存在、キングゥを京都サーゼクスホテルに呼び出した。

「お引き取りを願います、アザゼル殿、サーゼクス・ルシファー殿」

 しかし、京都妖怪の大将・八坂からキングゥへの干渉を拒否された。交渉の場に呼んですらいないという徹底ぶりである。彼にはサーゼクスとアザゼルが来ていることさえ伝えられていないだろう。

「八坂殿。こんなことを言いたくないが、彼は何かを隠している。少なくとも、我々よりも魔神柱のことを知っていた。協定を申し出されたとも言っていました。ひょっとしたらは旧魔王派の手下かもしれません」
「そのような疑いをかけられることが、心外だと申しております」

 さっさと帰れとばかりの強い拒絶の裏には、キングゥへの絶大な信頼があった。否、そこにあるのは信頼というより親愛なのかもしれない。

「八坂殿は、彼の過去について知っているのですか?」
「いいえ、あの子は何も話してはくれません」
「では何故です。彼が魔神柱側の者だった場合、貴女や京都の立場は非常に悪くなるはずだ」
「最初はあの子を戦力として欲していました。話に聞くソロモン王の呪いがこの京都を滅ぼす日を、一日でも先に延ばすための力として、あの子に京都に留まって欲しかった。正体不明など気にならないほどの強い子だと思っていました。しかし、今は違います。あの子は優しい子です。そして、悲しい子です」

 時折、キングゥは悲しそうな顔をする。辛そうな顔をする。それは八坂と九重が親子らしい振る舞いをしている時によく見る。あれは、親から捨てられた顔だ。親から否定された子どもの顔だ。何があったかは知らない。何かあったのだろうが、知る必要はないと判断した。その悲しみを、自分達との時間で埋めていけばいいと。その成果か、最近は随分と笑うようになった。

「少々怒りっぽいところがありますが、それもまた可愛らしい。妾にとっては、妾たちにとってはそれで充分なのです。あの子の過去など関係なく、あの子を愛しております」

 八坂は頭を下げる。

「この子はもう我々の家族です。親として子を信じ、守るのは当然の行い。どうぞお引き取りを」

 八坂の立場からすれば、キングゥを庇うこと以上に、聖書の勢力のトップと会っている自体が拙いのだ。それを理解しながらこうして対面したのは、筋を通しているに過ぎない。

 理由は、この国の主神――高天原の主、太陽神にして至高の女神、天照大御神である。世界的に見ても珍しい主神の女神である彼女には、世にも有名な逸話がある。天岩戸だ。簡潔に、現代風に、そして身も蓋もない言い方をすれば、彼女は引きこもった。日本における『日食』の神話的解釈である。

 現在、ソロモンの指輪が発見されたと聞いて、天照大御神は再び引きこもった。ソロモン王の時代、日本は『古事記』が成立していないが、神自体は存在していた。当然、天照大御神もソロモンの詐欺被害者の一柱である。これもまた当然であるが、ソロモンの指輪をよりにもよって旧魔王が手に入れたという情報が入った以上、彼女の対応は当然のものかもしれない。

 だが、()()()()()()()()()()。神話の再現はされていない。これもまた『真理』の影響だ。ほとんどの日本妖怪は、当然ソロモンの死後に生まれたものが多いため、ソロモンの恐怖を実感したのはこれが初となった。この世界が自分達を忘れようとしているのだと、日本中の異形が理解した。同時に、指輪を持つ旧魔王への脅威性が上がり、再認識したのだ。三大勢力にこれ以上関わってはならないと。日本の土地を縄張りにしている悪魔や堕天使などの排除も検討されている。

 だが、三大勢力も引き下がるわけにはいかなかった。特に、幹部二人を同時に失ったアザゼルは。

「あのな、俺だって古くからの戦友を……ダチを殺されてんだよ! ここまで来て引き下がれるか! バラキエルの娘の朱乃のためにも、俺はあのクソ野郎をどうにかしねえと気が済まない!」
「まるで自分達は誰の友達も家族も殺してねえみたいな言い方だな」

 突然の第三者の声。

 声のした方を見れば、いつの間にか部屋の窓が開いており、窓枠に一人の男が座っていた。全身に赤い刺青を走らせた、怒ったように笑う男が。

「はろはろー」

 軽快なふざけた挨拶を笑顔で送りながらも、男は身を竦ませるような怒気を放っていた。ここまで言動と感情を矛盾させられる男を、アザゼルは一人しか知らない。

「ソ……クルゼレイ・アスモデウスか!」

 ソロモンの名前を出すわけにはいかない。何故ならば、八坂は知らない。否、この京都にいるすべての妖怪が知らないのだ。この国でソロモン王復活の凶報を知っているのは、引きこもっている天照大御神だけだ。ここでソロモン復活がバレれば、聖書の勢力だけではなく、異形の世界は大混乱に陥る。『指輪が発見されたらしい』という情報だけでここまでの騒動となったのだ。アザゼルもサーゼクスもその点に関しては認識を共有していた。

 一方、その事情を知らない八坂も警戒心を露わにする。気配から悪魔であることは分かる。否、悪魔の身体にナニカが入っていることは判別できた。だが、その魔力以上に彼から溢れ出る感情が神経を掻き毟る。この男は笑いながら怒っていた。心の底からではなく、魂の裡から激怒しているようだった。何をされれば、ここまで怒ることができるのか。

 男は敵意と殺意を受けながらもどこ行く風で、どこからともなく取り出したどら焼きを齧った。

「試しに食ってみたけど、この国の甘味は口に合わないな。まずいとは言わないけど……」
「敵陣に乗り込むのに菓子食うなんていい度胸だな、クルゼレイ・アスモデウス」
「比較してみたかったし。俺はやっぱり彼とは違うんだよな。これもそうだが、ネットアイドルなんて何が面白いんだか。尊敬や羨望はするけど、同調はできないか」

 その場にいる誰にも理解できないことを言いながら、クルゼレイ・アスモデウスということになっているソロモンに、サーゼクスは語り掛ける。

「クルゼレイ。どうか和解の機会をくれないだろうか? 我々はお互いのことを知らない。かつての世界の何が原因だったかは知らないが、世界は変わった。貴方の憤怒も和らいだはずだ」
「あっはっは。てめえそれジョークか? パチモン魔王」
「サーゼクス、こいつはこういう奴だよ。こっちの善意や好意を拒否して、ありったけの悪意で返してくる。かつて和解を持ち掛けたヤツもいたが、提案したその場で八つ裂きされた」

 その言葉を受けて、ソロモンは眉をつり上げながら肩を竦める。

「正しい評価だな。ああ、正当な評価だぜ、クソ堕天使。……というか、八つ裂きってことはあれか。あれ和解の提案のつもりだったのかよ。初めて知ったぜ。ちなみに、俺はお前たちを悪い意味で高評価している。例えば、堕天使の幹部の首二つで、万能の願望器一つ分の価値があるんじゃねえかと思う程度には。そういう形で俺の我が儘に付き合ってくれる報酬になるんじゃねえかなと思う程度には」

 あの二人ならすぐに狩ってくるだろうけど時間稼ぎにはなったな、と苦笑するソロモン。苦笑しながら激怒するという器用な感情表現をしつつ、その目に冷たい色を宿す。視線の先は、魔王と堕天使の総督に向けられた。

「ただ……お前ら二人に限っては、俺やあいつらが殺すべきではないんだよな。もっと相応しい相手がいる。もっと相応しい死に方がある。今日はそのことを伝えに来たのさ。嫌がらせと、最後の慈悲であるヒントのついでにな。このまま何も分からないのは、流石にフェアじゃないからな」
「どういう意味だ?」
「そういう意味だ。死ぬ気で思考して本当に死ね」

 ソロモンは援軍を呼ぶ。およそ自分ひとりでもどうにかできる状況だ。超越者サーゼクスには勝つことはできないが、場所を考えれば撤退することはできる。だが、それでは面白くない。それでは怒りは晴れない。三千年も積み重ねてきた怒りが消えることはない。

「令呪を以って命じる。来い、バーサーカー」

 アザゼルやサーゼクスの知らない手段で転移してきたのは、黒い男だった。

「令呪二画を以って命じる。――好きにしろ、バーサーカー」

 バーサーカーと呼ばれた男の視線は、ある人物に向けられた。それは魔王の座を力で手に入れたサーゼクスではない。数多の神器所有者の人生を狂わせてきた堕天使の総督であるアザゼルでもない。国家を、時代を、仲間を、組織を裏切ったサムライの名前を、その狂戦士は叫び、抜刀した。

「沖田ぁああ!」



ソロモンの気配を感知したキングゥが乱入する五秒前。


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王冠は地上に

本編には今後一切出演しない冠位魔術師M「感想欄でゼパルがMVPだという意見があるけど、よく読み直して欲しい。彼の行動のそもそもの動機は獅子王対策だ。そして、獅子王は僕がベディヴィエールを其方の世界に召喚したから連鎖的に召喚された。皆、僕を褒めてもいいんだよ? あ、それとハイスクールD×Dの沖田総司のやったことって、箇条書きするとアンドラスと被っているよね。これが好感度の違いってやつか。いやあ、人の振り見て我が振り直さないとね!」


 ……と、まあ、俺の計画とこの世界の実状はそんな感じだ。おまえらには手伝い以上のことは望まない。先に聞いておくけど、報酬には何を望む?

「どんな奇跡でも叶うというなら、シータに会いたい」

 いいぜ、セイバー。この世界ならば、それは可能だ。さくっと堕天使の幹部でも二人倒して、奥さんとバカンスでも行って来い。

「私はエリンの守護者として無辜の人々のために働けるのであればそれで良いが……もう一度、最初の妻に、サーヴァに会ってみたいな」

 実は面倒な奴だったんだな、ランサー。女難の相が『真理』で消されるかは分からんが、試してみるといい。泡沫の夢として楽しめ。

「例え世界が違うとしても、『誠』の旗を穢したままにできるか」

 そう言うと思っていたぜ、バーサーカー。どこであろうと、おまえたちが信じるのは『誠』の旗なんだろう? だったら、それに殉じず、悪魔に堕ちたヤツを許しちゃ駄目だよな?







「沖田ぁああ!」

 ソロモンが何らかの魔術で呼び出したらしい黒い男は、突然、サーゼクスの『騎士』沖田総司に切りかかった。男は修羅の如き憤怒を宿した顔で、強烈な一太刀を浴びせる。

「な、くぅうう!」

 咄嗟に抜刀して防御する沖田だったが、黒い男の方が膂力が上なのか弾き飛ばされる。窓を割って外に逃げると、黒い男もそれを追って、外に飛び出る。

「総司!」
「じゃあ俺はがぎゃああ!」

 窓枠から飛び降りたソロモンだったが、床に着地する直前に、窓の外からやって来た何かに蹴り飛ばされた。壁に激突しても勢いは止まらず、そのまま部屋を破壊しながら飛ばされていった。

 そして、ソロモンを蹴り飛ばした張本人は八坂に駆け寄る。その正体は正体不明経歴不詳の自称新人類の泥人形キングゥだった。

「無事かい、八坂」
「キングゥ!」
「良かった。何事もないようだね」

 少し前から、キングゥは堕天使の総督が京都に入ったことを感知していた。だが、八坂からも他の京妖怪からもそんな情報は聞いていない。いつぞやの白い龍のように不法侵入かとも思ったが、京妖怪が自分に隠し事をしている様子ではあった。それどころか、八坂が二人に接触している気配さえあった。自分が気を使われていることは察知したため、最低限の警戒はしつつ静観しようとしていたのだが、そこに乱入してきた気配が問題だった。

 とても強大な魔力だった。否、単に強大というだけではない。感知している此方が痛々しく思うほど、荒々しい。自分の知る人間とも妖怪とも神とも違う、ナニカが現れた。周囲の制止も振り払って此処に来て、ちょうど例の気配の男が見えたためそのまま蹴り飛ばしたというわけだ。

 破壊された壁を押しのけながら、問題の男が戻ってきた。

「いつつ、ひっでえな」
「今ので死なないか」
「いやあ、今の、若干ビビってたろ? 建物に罪はねえってのが、君のスタンスだろうに。そんなに、俺ってアレかい? まあ、気配を消し忘れてた俺にも責任があるがね。気を取り直して、はじめまして、キングゥ。『こっち』のソロモン王でーす」

 怒っている。それがキングゥがこの男に抱いた第一印象だった。故に、その男が名乗った名前を聞いて得心した。あちらはともかく、此方では魔術王はこんな呼称をされている。怒りしか知らぬ王。

 ただし、先ほどのキングゥの攻撃に対して怒っているのではない。この男の怒りは最初から今の今まで二名に向けられていた。片方は堕天使の総督アザゼル、もう片方は紅髪の悪魔だった。魔力の強さと外見の特徴から察するに、『紅髪の魔王』サーゼクス・ルシファーだろう。

 そんなアザゼルとサーゼクスは、キングゥとソロモンを見比べる。

「……『こっち』だと?」

 まるで、ソロモンが二人いるような台詞だ。否、そんな簡単なものではない。あの一言は、もっと複雑な内情を孕んでいた。

 だが、ここで魔王と堕天使の総督は対応を間違えた。本来であれば、ソロモンの名前にこそ反応しなければならないのだが。顔面蒼白になっている八坂のように。

「そ、ソロモン王!?」

 おそらくは、この悪魔の中身こそが、伝説に語られる怒りしか知らぬ王。名乗りに対する反応を見るに、アザゼルとサーゼクスはこのことを知っていたようだ。逆説的に、この男の発言が寝言でも戯言でもないことの証明となる。

「き、キングゥ。逃げるのじゃ。そなたが強いことは知っているが、あれはそういう次元ではない。関わってはならぬ存在じゃ!」
「ああ。言われなくてもボクはそのつもりだったよ。近くで見て確信した。あれは母さんと同じ――」
「おっと、それ以上は禁則事項だ。世の中には言ってよいことと悪いことがあるんだぜ、泥人形。タイミング的な意味で。まあ、君らに関してもいま帰す気はねえんだよな」

 ソロモンは迎え入れるように、両手を広がる。

「我が憤怒を、我が原罪を見ろ。すべては此処に置いていく」

 ソロモンの意思を察したキングゥは八坂を抱えてその場から逃げようとするが、一瞬遅かった。

「『王冠は地上に(シクラメン)』!」

 ソロモンが愛したとされる花の名前が響くとともに、世界が塗り替えられた。

 そこは神殿だった。建築様式からして、古代イスラエルのものだ。構造とソロモンの座る玉座を見るに、王の間で間違いない。空間自体は広々しているのに、妙に息苦しい空気に満ちていた。

「結界……いや、だがこれほどのものを一瞬で展開したというのか?」
「ちくしょう、変にこっちの興味をそそるもんばっか出しやがって!」

 驚愕するサーゼクスとアザゼル。アザゼルに関しては、研究者としてのサガを刺激されている様子だが。

「ここは俺の心象風景。我が積年の憤怒と執念の玉座の間だ。人の愛と希望以外には壊せない。存分に殺し合おうじゃねえか!」

 沖田総司と彼に襲い掛かった黒い男の姿はない。結界内に取り込む人数、あるいは距離に限りがあるのか。まさかソロモンも単騎でアザゼルとサーゼクスに勝てるとは考えていない。生前ならばともかく、今の身体では限度がある。

 だから、嫌がらせもヒントもこれからが本番だった。

「茶番に手間をかけすぎだ、イスラエルの古き王よ」

 その透き通った女性の声は、ソロモンの玉座の後ろから聞こえてきた。

 馬の蹄の音とともに、声の主は現れる。白く美しい馬に騎乗した、神秘的な槍を持つ騎士だった。獅子を象った兜を被っているため、顔は窺えない。

 ソロモンは騎士の登場に慌てることもない。間違いなく彼の味方だろう。

「待たせたね。報酬は前払いしてんだ。ちゃんとやってくれよ、槍の女神。いや、今は赤い龍って呼んだ方がいいんだっけ?」
「どちらでも同じだ、ソロモン。この身は(アルトリア)であり、(ドライグ)なのだから」
「そうかい。じゃあ約束の時間まであの紅い魔王の相手をしてくれ」
「承知した。これで貴殿との外交も終わりと思えば気が楽だ」

 騎士は白馬に騎乗したまま、前に出る。

「ほんのしばらくぶりだな、アザゼル、サーゼクス」

 この気配に覚えがあった。これほどまでに鮮烈なドラゴンのオーラを持つ存在は、龍神と真龍を例外とすると、二体のドラゴンのみ。サクソンの白い龍とブリテンの赤い龍。そして、これは赤い龍のオーラそのものだった。

「……ドライグ?」

 騎士はその疑問とも確認とも取れぬ言葉には反応せず、槍を構えた。

()()()()()()







 引き金の引きが甘かったのだろうか。

「はあ、はあ……。くそ」

 ()()()()()()()。森が焼き尽くされるような火力を受けながら、こいつらは防ぎきった。ある者は爆発で迎え撃ち、ある者は霧や影で吸収し、ある者は禁手の剣の龍を盾に使って。といっても、どいつも死に体だ。ほんの一刺しで殺せるだろう。

「ごふっ、皆無事か?」
「これが無事に見えるなら、フローレンス先生のところに逝って治療してもらえ」
「それは、困るな……」

 ああ、認めよう。俺はこいつらを殺したくなかった。殺したくてたまらないはずなのに、殺したくなかった。この矛盾こそが、俺の限界だ。

「へ、ヘラクレスさん!」
「どうして、俺たちなんか庇ったんですか!」
「へっ、何でだろうな。ちくしょう、俺はこんなヤツじゃなかったのにな……」

 かつて英雄派を名乗っていた彼らに、俺は裏切られた。

「みんな咄嗟に防御したり結界張ったり、成長しているじゃない……」
「ジャンヌさん!」
「あ、あああ! 回復系はいるか、この出血じゃ早くしないと……!」

 俺が一番に死ぬべきだったのに、どうして俺を守ったのだろう。俺を盾にしろと言ったはずなのに。俺を置いていけと頼んだはずなのに。俺を見捨てろと命令したはずなのに。誰も彼も、俺の言うことなんて聞いてくれなかった。

「ハッ! 情けない姿だ。英雄もどきの未熟者には相応しい。さあ、どうする? 英雄派のリーダー、曹操。仲間が死にそうだぞ? 体を張って守るがいい」
 
 俺たちやゲーティアを利用した聖書の神を殺すために、俺の聖槍に期待をしてくれたならまだ理解できた。だが、そうではなかった。

  ――ありがとうな!
 ――楽しかったわよ。
   ――感謝しています、リーダー!
 ――どうか、生きてください。
  ――貴方だけでも。
 ――本当、鈍いな、君は。

 誰も彼もそんな心に燻る遺言を残していった。恨み言の方がどれだけマシだっただろうか。死の間際に感謝や好意を伝えるなどどういうつもりだ。俺には俺しかなかった。俺には槍しかなかったはずだ。俺は俺のことしか考えていなかったというのに。そんな願いに応えることもできず、俺は無様に死ぬしかなかったというのに。

 戻れない過去を直視して、心が折れそうになる。

「はあ、はあ……言われるまでもないな、ミイラ男。皆、俺が時間を稼ぐ! その間に、ゲーティアに連絡を!」

 聖槍ではない槍を掲げて、ちゃんと前を向いている俺を見るだけで、泣きそうになる。

 聖槍があればどこまでも行けるような気がしていた。聖槍がなければどこにも行けないような気がしていた。そんなことはなかったんだ。俺は、最初からどこにでも行けたんだ。

 だが、それでも俺は俺たちを殺さないといけない。これは断罪であり、贖罪だ。

「聖槍起動」

 こいつらが……俺たちがいたからゲーティアは聖書焼却に失敗した。俺たちが英雄なんて目指したからゲーティアは神の策略に敗北した。

 人王という完全な存在に、英雄派という不純物があったから、あんな結末になってしまった。この歴史でも同じだ。この世界でも同じだ。神の策略にこの段階で気づけたのは、俺の知る歴史との最大の差だ。だが、神の策略など関係なく、俺たちがいる限り、ゲーティアはまた死ぬ。そんなことを許せるはずがなかった。あの未来を回避するためならば、俺は再び泥に沈んでもいい。拭えぬ泥に染まった身ならば、これ以上穢れても同じことだ!

「宝具多重――」
「殺菌!」

 危なっ! メスが飛んできた。サーヴァントであるが故に神秘の宿っていない刃物でこの身を傷つけることはできないが、反射的に避けてしまった。……いや、今のは避けなければまずかっただろう。的確に眼球を狙っていたし。

 見れば、そこには金髪の少女がいた。アーシア・アルジェント。かつて聖女と崇められ、魔女と貶められたが、これから凄女と畏怖される女。

 一番苦手な奴が戻ってきやがった。こいつと彼女に会いたくないから、わざわざいないタイミングを狙ったのに! はっ! 先生! 近くにフローレンス先生はいないだろうな! この師弟コンビを同時に相手にするとか、生前でも忌避していたんだぞ!

「何ですかこの状況は! 患者が大勢いるのに、砂塵が舞って不衛生です! 急いで衛生を確保しなければ治療できません。しかも貴方、いまの強力な発光の原因ですね! 強い光は眼球を痛めます! 視力の低下はそれ自体も問題ですが、怪我の可能性を大いに増やします。患者を増やす気ですか!」

 何だろう、この彼女がいれば大体どうにかなってしまいそうな雰囲気は。無敵かこいつ。

「しかも、何ですか、その誤った包帯の巻き方は。古びていますし、清潔ではありません。不衛生です。正しくレクチャーしますので、そこに座ってください」

 マイペース過ぎると思いつつ、笑いが出そうになるので堪える。ああ、そうだ。この女はこういう女だった。異性として見たことは一度もなかったが、尊敬という意味で好きだった。俺たちの中で、最強なのはなんだかんだで彼女だったことを思い出す。力でも技でもなく、魂というか存在感が強い。初対面の時の鬼ごっこが懐かしい。

 そして、そんな彼女が一番に死んだことを思い出す。彼女の強さと俺の弱さを思い知る。俺なんかを庇って死んだ。俺の槍よりも、彼女の両手の方がどれだけの人を救えただろうか。あの時は、俺が死ぬべきだった。何度も考えて、何度も考え直して、それでも変わらなかった結論だ。

「何やら、派手なことになっているネ」

 教授だ。最初から近くにいて霊体化していたのか、それともアーシア達と一緒に来ただけなのか。

 我が恩師。我が目標のひとり。

 いくら推理に長けたこの人でも、ここまで落ちぶれた俺のことなど気づかないだろう。あの語る夢だけは一丁前の未熟者が、敗北者に成り果てるなど誰が考えられる。まあ、この人がいては分が悪い。一度撤退すべきかと考えていると、教授は重々しく口を開いた。

「随分と面白くない男になってしまったようだね、我が教え子、曹操」

 ……やはり、俺はいつまで経ってもこの人には敵わないようだ。







「覗覚星九柱を代表してアモンより緊急報告。ゲーティアおよび全魔神柱に緊急報告。我らが次に対峙すべき存在、間もなく封印が解除されるという『黙示録の皇獣(アポカリプティック・ビースト)666(トライヘキサ)。その正体が判明した」



和平? 和議?
神が死のうと戦っていたくせに。
魔王が没しようと憎み合っていたくせに。
悪でしかないくせに悪びる害獣が、平和だ愛だと笑わせる。
思い知れ。
思い出せ。
思い直せ。
おまえたちが、手を取り合ってこなかった時間のすべてを。
戦争のための失血はあっても、平和のための流血が足りない。
平和とは、そんなに軽いものじゃない。

次回「ソロモン敗れる」

天使にあって、悪魔と堕天使にないもの、なーんだ?


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ソロモン敗れる

「書けば出る」って迷信じゃないみたいですよ(意 婦長が来ました)


「ウァサゴより提唱。第一の疑問は、あの忌々しい神が何故我々に黙示録の獣を倒させようとしているのか、だった。オーフィスでもグレートレッドでもなく、何故黙示録の獣なのか。まして、何故それを封印したのか。無駄な手間が多いように見受けれられる」
「マルバスより展開。当初は復活計画を他神話に知られないためだと考察された。だが、この仮説が正しかった場合、これまでの行動に矛盾が生じる」
「オロバスより補足。我々やキングゥを『システム』で復元できるというのならば、計算上はあと百年から三百年ほどで神の復活に必要なエネルギーも回収できるはずだ。現代の各神話間の冷戦状態を省みれば、決して異世界の干渉のリスクを冒す意義はない」
「アロケルより考察。聖書の神には統括局と黙示録の獣を戦わせようとする動機があった。唯一神の目的は単純な復活ではない。我々にさせようとしていたのは復活のためのエネルギー回収だけではない」
「マレファレより推測。私たちは発想を逆転させた。重要な部分は『我々』ではなく、『666』なのではないかと。即ち、あの神には黙示録の獣を倒さなければならない事情がある、または倒すことで利益を得る手段があるのではないかと」
「アガレスより想起。すべての神話にとって最も排除すべき存在が、この世界にはある。此方のソロモンが築いた『真理』の術式だ。当然、あの間違った定義の神にとってもあれは邪魔な障害であるはず」
「バアルより結論。この世界の黙示録の獣の正体こそが、この世界の我々だ」
「ガミジンより解説。つまりかの獣こそが『真理』の術式――」
「サブナックより緊急連絡。生命院に拘束していたヴァーリ・ルシファーが脱走した」







 獅子の兜の騎士のオーラが爆発的に――より正確には二倍に膨れ上がった。そして、槍の先端を紅の魔王――サーゼクスへと向ける。

「地に増え、都市を作り、海を渡り、空を割いた。何の、為に……。聖槍よ、果てを語れ! 」

 これこそは、嵐の錨にして世界の表皮を繋ぎとめる光の柱。

最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)!」

 それに最も早く反応するのは、限りなく巻き込まれたに近い形でこの場にいるキングゥだった。自分ひとりならば傍観を決め込んだだろうが、ここには八坂がいる。彼女の安全を確保するためにも応戦しかない。

「ここに天の鎖の筺を示す! いま呼び覚ますは星の息吹―――」

 これこそは、天の鎖にして世界を縫い止める剛撃の槍。

人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)!」

 およそ固有結界の中でなければ周囲の都市を滅ぼしかねない熱量のぶつかり合い。本来ならば、人の王が成りあがっただけの女神が、神々の最高傑作の後続機に勝てる道理は薄い。だが、その女神が最高位の竜種の力を持っていれば話は別だ。

 アザゼルとサーゼクスは衝撃波に耐える。

「んな、キングゥのヤツここまで強かったのか!」
「アザゼル! それも重要だが、問題はあの騎士だ。あれはドライグのオーラ……おそらくはあれが獅子王!」
「俺はてっきり『獅子王の戦斧』の持ち主かと思ったが、そんな可愛いもんじゃなさそうだ!」
「こうなれば、私も本気を出すしかない。幸いにして、この結界はかなりの強度のようだ。遠慮せずとも済みそうだ」

 前ルシファーよりも強いとされるサーゼクス。彼が本気になった場合、人型に浮かび上がる滅びのオーラとなり、その力は前ルシファーの十倍に相当すると言われる。そこにいるだけで空間を崩壊させかねない、悪魔と呼ぶことさえ正しいのか分からない、変異体である。

 やがてエネルギーが霧散する。人以外には破壊できないとソロモンが宣言した固有結界内の神殿は、流石にこの二つの宝具の衝突には耐えられなかったのか、見るも無残な姿になっていた。それでも原型を留め、固有結界の展開自体にも支障が出ていないあたり、異常と言う他ない。

 この衝突で、ダメージを受けたのはキングゥだけだった。

「混ざり物の女神の分際で」

 自身の攻撃を相殺されるどころか、僅かに押し負けたキングゥは、不愉快さを隠そうともせず毒づく。対して、獅子王は表面上は落ち着いた態度だ。

「流石は最強の神造兵器だ。二倍程度では御しきれないか。では、次は四倍だ――」

 獅子の騎士が再び槍を構えた瞬間だった。

 ――パリン、とガラスが割れるような音がして、『悪魔』が姿を現した。

「Ddraig!」

 かろうじて言葉になっている音のような奇声を上げるそれは、悪魔としか表現しようのない外見をしていた。全体的にはドラゴンに近いフォルムだ。身体の表面は皮膚というより鎧に近く、純白だ。爪が異様に長く、顎から見える牙も鋭い。背中から広がるのは、漆黒の悪魔の羽だった。

「DdraigDdraigDdraigDdraigDdraigDdraig! Y Ddraig Goch!」

 その悪魔は、他の誰も目をくれず、獅子の騎士に飛びかかった。戦争の経験者であるアザゼルをもってしても目で追うのがやっとの速度で、無軌道かつ不規則な動きの突撃だった。だが、騎士はそれに当然のように対応する。悪魔の長い爪による突きを、神々しい槍で弾く。追撃も同じようにいなすが、悪魔もまた攻撃の勢いが止まらない。

「このオーラ……まさかアルビオンか!」

 攻防を繰り返しながら、獅子の騎士は悪魔の正体に気づく。内心ではお互い変わり果てたものだと自嘲するが、意識を切り替える。ここで赤と白の決着を終わらせるのも一興だと判断し、白い悪魔も攻撃対象に数える。

 一方で、予定外過ぎる事態に混乱し、それ以上に激怒するソロモン。キングゥの乱入は予定の範囲内であったが、この白い悪魔の突入は計画にはなかった出来事だ。

「ああ!? 何だこの……この珍生物! 空間を食い破ってやがったのか!? てめえの登場なんて予定にねえぞ。こんなやつ、アーチャーの話にも出てこなかった……」
「隙ありだ!」

 悪魔の乱入で崩れた予定の修正に神経を回していたソロモンは、いつの間にかアザゼルに肉薄されていた。アザゼルの手には光の槍が具現化されており、その矛先は当然ソロモンに向けられている。

「我が身に宿るすべての令呪を以って、我が契約に応じたすべてのサーヴァントに命じる」

 ソロモンは七騎のサーヴァントをあちら側から召喚している。その上で、サーヴァントに対する絶対命令権である赤い刺青、令呪を自らに身体に刻みつけた。本来であれば一騎につき三画のところを、合計四十二画。十画ほどすでに使用しているが、それでも残っている令呪は彼の全身に走っている。そのすべてを、一つの命令のために使い潰す。

「後は任せた!」

 ソロモンの令呪がすべて消失し、彼の腹部にアザゼルの光の槍が突き刺さる。深々と、直撃した。

 獅子王はそれを認識しながらも、ソロモンの方を見ようともしない。最強の魔王、最強の兵器、白い悪魔の三名を相手にしているからではない。その意味がないからだ。予定外のことが続いたが、この結末はおおよそ彼の計画通りだ。

「ごふっ」
「油断したな、ソロモン。最後に何かやったみたいだが……不発か?」
「さ、さあね」

 いくらソロモンに精神を乗っ取られたとしても、身体はクルゼレイ・アスモデウスのもの。つまり、悪魔としての弱点は変わっていない。アザゼルほどの堕天使の光の槍を受けて無事なわけがないのだ。光は毒のように全身を蝕み、やがて命を奪う。

 槍を出しているのとは逆の手でソロモンの胸倉を掴んで吊し上げ、アザゼルは問い質す。

「最期に答えろ、ソロモン。おまえは何がしたかったんだ」
「あ、うん?」
「聖書の神どころか世界中の神を騙し、『真理』なんてものを組み立てた。俺たちには、理解できなかった。あれはおまえの歴史上の扱いさえ貶めるものだ。おまえの父と違い、おまえは地獄に堕ちていると現代の教会じゃ考えられている。実際はそれ以下だけどな。だが、あれは少なくとも、おまえのためにあるものじゃなかった。だが、おまえみたいな自分勝手に自分の欲望と悪意に従って動く男が、自分のために作ったわけがないんだ」

 この男は何に怒り、何を願っていたのか。

「何のために作った? 『真理』で何がしたかった? おまえは一体、どこを目指していたんだ」
「……何だ。知らなかったんだ。分かっているとばかり思っていたけど」

 ソロモンは開示する。己を鼓舞し続けた動機を。憤怒の主柱となっていた感情を。

「そりゃ、俺の国を守るためだ。あるいは、人類のためかな」
「――は?」
「俺は王だ。王が王として振る舞うのに、それ以外の理由が必要か? 俺はおまえらが俺の国で好き勝手に暴れ、奪い、犯し、壊し、殺し、穢していくのが耐えられなかった。だから、おまえらを殺した。おまえらを滅ぼすための手段を練った。防衛は当然の行いだろう? 愛だよ、愛。愛国心であり、人類愛が俺の動機だ」

 アザゼルの顔に怒気が宿る。

「たったそれだけのために、これだけのことをしたってのか! 自分の国を守るだと? どれだけの悪魔や堕天使を殺した! どれだけ俺たちの生涯を歪ませた! どれだけの生命を狂わせた! 自分勝手な願いのために、一体どれだけの人間を巻き添えにし、犠牲にした! 命を奪い、死を与え、勝手に怒って勝手に笑って、蘇ったと思えば世界を乱すだけ乱して。おまえは何がしたいんだ。何が国を守るだ。何が人類のためだ。他ならぬおまえの行為が、人間の未来を狂わせたとどうして気づかない! おまえは狂っている。おまえの考えは破綻している。国を守りたいという願いが当然のものだったとしても、おまえは、やり過ぎだ!」
「えーと、それ現代だと何て言うんだっけ。フリスビー?」
「ふざけるな!」

 ソロモンの顔面に拳を打ち込むアザゼル。

「いってぇなぁ。でも、俺の本音に辿り着くのはさ」

 ソロモンが、ニタリと笑う。それを見て、アザゼルはゾッとした。

 いつものソロモンの笑い方とは違う。この男から初めて怒りが抜けきった顔を見た。その笑みに怒りはなく、その魂に憤怒はない。だが、ソロモン以外の誰であっても、この状況とはかけ離れた表情だった。怒りしか知らぬとまで言われた魔術王は、心の底から愉快そうに笑っていた。

「二千年ほど遅すぎだよ、アザゼル」

 急ぎ殺さねばまずいと判断したアザゼルは光の槍を出現させるが、遅い。遅すぎた。この男も狂喜するのだと、三千年前に気づくべきだった。二千年前ならばまだ間に合っただろうが、今では遅すぎる。

 ソロモンが天に視線を向ける。諦めたわけではない。死を甘受しているのではない。彼の心象風景である空間の上空には、巨大な魔法陣が展開されていた。

 そして、その巨大な魔法陣から巨大な『何か』が落ちてくる。あまりにも巨大すぎて全貌を把握しきれない。まして真下からでは、『何か』が獣のような形状であることがかろうじて分かる程度だった。

「なんだ、ありゃ……!」

 驚愕の事態に頭を回すアザゼル。その隙を突き、ソロモンは魔術を発動する。

「ああ、会いたかったぞ、我が真理の化身。我が功罪から生まれた獣よ。おまえに最初の愛を与えよう!」

 ソロモンの手から魔力が溢れ、彼の手元に真鍮の壺が具現化されていく。

禁忌は水底に(シークレット・オブ・バビロン)!」

 壺から蓋が自動的に開かれると、空中から落ちてくる巨大な『何か』を吸い込んでいく。その様子は西遊記の紅葫蘆を彷彿とさせる。

 一瞬の内に巨大な影は小さな壺の中に収まり、蓋が自動的に閉まる。アザゼルが壺に手を出すよりも早く、ソロモンは魔法陣を展開させ、その中に壺を投げ入れた。

「ソロモン、てめえ一体何をしやがった! あれはおまえの魔法陣じゃない。聖書の神のものだ! おまえ、『システム』にでも介入しやがったのか!」
「てめえらの神が監禁してやがった俺の子どもを返してもらっただけだ」
「子ども、だと?」
「ああ。俺が積み上げた偉業の中で、唯一の後悔、さ……。いや、俺もまさかあんなものが生まれるなんて予想外でさ……。やっぱりカンニングって大事、アーチャー呼んで良かった……。俺は『彼』と違うから、最期にこういうことをしたかった……。ああ、もう、限界、だ、な……。悪い……、クルゼレイ…………」

 その言葉を最後に、ソロモンの――否、クルゼレイ・アスモデウスの身体は動かなくなった。







 リゼヴィム・リヴァン・ルシファーは、時計を見て『約束の時間』が来たことを確認する。内から溢れ出る感情が表情に出ないように堪えながら、冷静を装う。

「それで、緊急の用事って何よ、グレイフィアちゃん」

 真剣みのないふざけた態度に、グレイフィアは眉をひそめる。この男は苦手だ。一応、裏切り裏切られた関係になるが、それをまるで取り合っていないような態度。だが、

「ソロモンが死亡したそうです」

 グレイフィアからの報告に、リゼヴィムは紙芝居を見る子どものように聞き入る。

「――以上が顛末です。クルゼレイ・アスモデウスの身体もアザゼル様の光によって消滅。指輪もサーゼクス様の手で破壊されました」
「えー、指輪壊したの? あれ、聖書の神復活に必要だって言ったじゃん。ま、九個ありゃ問題はないか」

 リゼヴィムの言葉を、グレイフィアは怪訝に思う。

「いえ、ですが、もう必要ないのでは? かの神の復活は、ソロモンへの最後の対抗策でした。ソロモンがいない以上、聖書の神が復活すれば現代の三大勢力は壊滅してしまいます」
「確かに俺たちや堕天使に続ける理由はない。だけど、天使は別だ。彼らはやめないだろうねー。やめるわけじゃん。聖書の神復活をさ。だってずっと探していたものなんだぜ?」

 グレイフィアだけでなく、リゼヴィムの監視役をしていた悪魔やグレイフィアに付き添っていたルシファー眷属にも動揺が広がる。

「そ、そんな馬鹿な! 天使は、神のいない間に悪魔や堕天使と協定を結んだのですよ!? ソロモンという脅威がなくなった今、天使が神を復活させれば彼ら自身が殺されます! 聖書の神の復活は、あくまでもソロモン対策という名目だったはずです!」
「何にも分かってないなー。これだから創世期を知らない世代は。グレイフィアちゃんも内戦で同族と戦っただけだもんね。実感はしてないか。魔王を役職にした悪魔と、神の崩御を隠蔽してきた天使じゃ価値観が違うんだって気付こうよ」

 魔王の息子は己の知る天使を語る。

「天使は続ける。自分達が裁きを受けるとしても、聖書の神を復活させる。あれらの価値観は人とも悪魔とも違うんだよ。俺たちが悪で魔であるように、あいつらは天に使われているんだ。それが、天使という生物だ。人間と悪魔が違うように、天使と悪魔も違うんだよ」

 そして、彼らが否定したがっている真実(もしも)を提示する。

「まあ、俺からすればソロモンが死んだってのも都合の良い妄想だけどね!」






 二度目の死によって彼のクラスは継承された。

 怒りしか知らぬ王など偽りの異名。其は人間を信じ抜き、人類史を最も強引に獲得した大災害。

 その名をビーストD/R。この星の人類悪の一つ、『期待』の理を持つ獣。

 理論を放棄した、根拠なき願望による妄執。それこそがソロモンの獣性だった。



 真名 ソロモン
 クラス ビースト
 ステータス 筋力:E 耐久:C 敏捷:E 魔力:EX 幸運:D 宝具:A++
 スキル 獣の権能:A 単独顕現:E 召喚術:A++ ソロモンの指輪:EX 星の改変:EX 異世界干渉:B- ネガ・バイブル:A
 宝具 王冠は地上に 禁忌は水底に 真理は未来に

 備考 この星で初めて顕現した人類悪。聖書の神に「人類悪」のことを教え、ゲーティアの召喚を促したのは、自らが人類悪となるため。ビーストⅠの召喚が確立されることで、逆説的にビーストの概念をこの世界に導入した。
 ビーストとしてのソロモンが顕現するためには誰かが指輪を使用する必要があるため、単独顕現のランクが著しく低い。
『期待』の獣は二体が対になっており、『R』は「人間に期待する」側。異世界を見る千里眼を得て多くの世界を見たことにより、彼は「やっぱり人間ってすげえじゃん! こっちの世界も負けないように頑張らないと!」という結論に至り、真理を構築、人類の進化を強制した。――あの時代において、そんなことは誰も望んでいなかったというのに。
一方、『L』は「人間から期待される」側。現在の『L』は異形からはともかく、人間からの期待はされていないはずだが……?


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この世界の価値

‟あの時代において、そんなことは誰も望んでいなかったというのに”
ソロモン王の偉業は異形にとっては「過剰」だった。
だが、人間にとってもそうなのだろうか?


「随分と面白くない男になってしまったようだね、我が教え子、曹操」

 え、とその場にいた誰もの思考能力が停止した。

 そして、一斉に英雄派のリーダーへと視線が向けられる。

「まさか――教授って生前にも『曹操』に教鞭を? そんな話、コナン・ドイルの小説には……。もしかして、あっちには書いてあるんですか?」
「いや、違うからね? そこにいる曹操が英霊となったのが目の前にいる彼だよ。私と同じサーヴァント。クラスも被っているようだ。そんなところでリスペクトを示されても嬉しくないんだけどねえ。あと、私の前でその名前を出さないこと」

 その言葉を包帯男――サーヴァント・アーチャーとなった曹操は否定せず、肩を竦めるだけだった。その態度からは驚きも何もない。目の前の老紳士がこの解を出すことが当然であるかのような態度だ。実際、そのとおりなのだろうが。

「教授。ご明察、お見事です。俺はそこの大馬鹿者の惨めな末路。この身は魔術王ソロモンの手によって、アーチャーのクラスで召喚されました。ソロモンというのはこの世界のソロモンであり、ゲーティア達の知るソロモンではないので悪しからず」

 その反応に、最も驚愕をするのは曹操だ。

「未来の、俺だと……?」

 未来の自分が英霊になっていること以上に、そんな自分が自分達を殺そうとしていることに困惑するしかなかった。ソロモンの指示だと断ずるには、あまりにも生々しい殺意があった。

「ありがとう。では、区別のためにアーチャーと呼ばせてもらおう。解せないのは、君がどうやって英霊になったか、だ。この世界に英霊の座はない。それが私と覗覚星の出した結論だ。代わりに、神として昇天したヘラクレスや転生が否定されている宗教の聖女であるジャンヌの転生体などというものが存在する。どうにかして、あちらに渡来したのかな?」
「一つ訂正させてもらいます。俺は英霊ではない。世界と契約した掃除屋だ。無論、此方側ではなく、あちらの貴方達の世界と契約をしました。ソロモン曰く、今の時期はこちらとあちらが繋がりやすいそうです。あの世界が俺に声をかけてこられたのも、そのせいでしょう」
「……馬鹿なことを。それは君が証明したかった人の力とは最もかけ離れたものではないか?」
「俺も自分の力だけで戦いたかったのですが、そうしなければならない状況になったので」
「おおよその状況は察せられるが、聞かせてもらおう。何があった?」

 アーチャーは包帯で隠れた顔を手で覆う。何か強い感情を噛み締めていることは表情が見えなくても察知できた。

「俺たちが足を引っ張ったせいで、ゲーティアが黙示録の獣に、そして聖書の神に敗北したというだけの話ですよ。そして、あの神は人類を作り直そうとした」
「――それは聞き捨てならないな」

 声とともに転移してきたのは、人王ゲーティア。

 彼はアーチャーの前に立ちはだかるように出現した。まるで、アーチャーから曹操たち英雄派を庇うように。

「ゲーティア。まさか、貴方が直接出てくるとはな。時間神殿に引きこもって、バアルあたりにでも任せてくると思ったが。俺の知る貴方とは乖離しているのかな?」

 強大な存在を眼前にしながら、アーチャーに怯んだ様子はない。それどころか一歩前に出る。

「それは此方の台詞だ。成り上がったな、英雄志願。我々が黙示録の獣如きに敗北したと? あの間違った定義の神に下ったと? 面白い戯言だ。興味が沸いた、語るがいい」
「偉そうに。だがそこまで言われては仕方がない。俺と貴方の失敗談を聞いてくれ」

 嬉しそうにぼやくアーチャー。嬉しいのだろう。二度と出会えなかったはずの恩人と、こうして会話できることが。同時に恥ずかしいのだろう。ここまで落ちぶれた自分を見せてしまうことが。

「うわあ、本当だ。あれ絶対に曹操だ」
「え?」
「自覚ないのか? おまえ、ゲーティアやバアルとか前にするとあんな感じだぞ」
「え?」

 ゲオルグとヘラクレスからの言葉に固まる現代の曹操。その未来の姿であるアーチャーも若干沈黙して、ぎこちなく口を開いた。 

「では、話の前に聞かせてくれ。貴方たちはどこまで真実を理解している?」
「時間神殿で滅んだはずの我々が復活したのは聖書の神の仕業だ。だが、復活の際に奴の計画に都合の良い動きをする因子を埋め込まれた。我々はやがて復活する666を打倒するが、そのエネルギーによってあの神が復活するといったところか」

 概ね正しいと、アーチャーは大仰に頷く。

「黙示録の獣は下準備なしでは、ゲーティアにしか倒せない。ゲーティアが第一宝具を使用する必要がある。俺たちは最後の最後までそれに気づけなかった」
「第三宝具ではなく、第一宝具だと?」

 キャスパリーグから受け取った情報の中に、第一宝具のことはなかった。だが、考えてみれば、いくら特殊な役割を与えられたからといって、キャスパリーグに真実が教えられたとは限らないのだ。あの神は二重三重に錯誤を仕組んでいた。『すべてを教えられている』という認識さえ誤りだったのだ。

「その顔を見るに、察したようだな。そうだ、黙示録の獣とは『真理』の具現化だ。ソロモンさえ誕生に気づけなかった、人と神の乖離によって生み出された神代の膿。全神話の三千年の積み重ねだ。『真理』がある限り、666は不滅だ。逆に、666を打倒すれば『真理』は崩壊する。だが、666を物理的に滅ぼすには三千年分の世界の熱量がいる。俺たちに、そんな時間はなかった。他の手段としては、666に不純物を混ぜる、分裂させて無限に殺すなどだな。これも時間がなかった。復活前に666を発見できていれば話は違ったが、俺たちの視点では666は突然復活したように見えたのでな」

 そもそも666は実在さえ疑われていた伝説の怪物だ。人王という常識外の戦力があるのに、あえて探そうとする必要など英雄派にはなかった。

「そして三つ目の例外が、ゲーティアだ。第一宝具ならば、貴方の『訣別』ならば、『真理』を打ち崩すことができる。666とは『真理』であり、『真理』とは此方の貴方そのものだ。だからこそ、第一宝具で弱体化できる。九個の指輪と三つの聖遺物の機能、貴方の存在と引き換えに」

 アーチャーの声が震えた。アーシアの治療を受けている英雄派達も、そのIFを察する。

「……貴方は成功した。『真理』を崩し、弱体化した666を第三宝具で打倒した。だが、『奴』が復活した。間違った定義の神が」

 それは最悪の可能性。包帯に包まれたアーチャーの顔が歪む。その時のことを思い出し、歯を軋ませたのだろう。

「あの時の……あの時の俺の気持ちが分かるか! ゲーティアが、魔神柱たちが俺たちに向けた感情や言葉のすべてを、自分の復活のための茶番などと笑われた俺の気持ちが! 神殺しの槍を持ちながら、奴に一矢報いることもできずに、仲間や無関係な人間を殺されていく俺の悔しさが!」

 それは確かに想像を絶する無念の光景だろう。

「俺たちが……英雄派なんて存在がなければ、俺たちなんかに構っている時間がなければ、ゲーティアにはまだ余裕があったはずだ。その時間で、あの神の悪意に気づけたかもしれないのに。俺たちが、貴方達が極点に至る邪魔をしてしまった」
「それは違う」

 ゲーティアはアーチャーの語る敗因を否定する。

「英雄派に期待したのは私の判断だ。おまえたちが敗因となったとしたら、それは私の過ちだ。聖書の神の思惑も当初はあったかもしれん。だが、忌まわしい因子を取り除いてなお、私はこの馬鹿どもに可能性を見ている。あの獅子王に挑ませるだけの価値があるとな。この世界の人間は十分に期待に値する。貴様如きにかけた時間で、私の計画の成功率が変化するとは思い上がったな。傲慢も甚だしい」
「く、くくく……くはははははははははははは!」

 呵々大笑とするアーチャー。だが、微塵も愉快そうではない。彼は恩人の盲目を心底嘲笑していた。こんな自分に目をかけることも合わせて、人王の思想を悲嘆していた。

「貴方も冗談を言うんだな、ゲーティア! 人の醜態に耐えられずに一度は魔神王となった貴方が、本当にそんな感情を抱いているのか? 俺たちに……そいつらに期待しているだと? ()()()()()()()()()()()()()()()()

 同じような台詞を聖槍の女神から聞いたゲーティアだが、その真意がまったく異なる内容であることは明白だった。この世界で生まれた彼が、どうしてこの世界を否定するようなことを言うのか。まさか別世界と契約したことが原因ではあるまい。

「……どういう意味だ?」
「そうだな。貴方にも分かり易く、此方のソロモンを具体的としよう」

 王の話をしよう。神も魔王も利用して、人の時代を獲得した王の話を。異形から虐げられる人類のために、己のすべてを犠牲にして世界を定めた王がいた。

「此方のソロモンが何て呼ばれていたか知っているか?」
「怒りしか知らぬ王だろう?」
「いや、それは異形側の意見だ。人間からは無能な王、と呼ばれていたそうだ。ソロモン本人から聞いた」

 無能な王。良い王ではないと言うのならば納得した。『真理』の構築は、神が隣にいた時代の人間から強制的に信仰の価値を奪ったとも言える行為だ。だが、‟無能”という言い方は微妙に違和感を覚える。それでは彼が何もやっていないようではないか。少なくとも、ソロモンは防衛のための暴力を振るったはずだ。そして、人の時代を切り開くための『真理』を組み立てたはずだ。それを脅威や障害と認識するならば分かるが、‟無能”という表現は的外れに思える。

 だから、ゲーティアだけが、その言葉の意味を理解していた。人王ともあろうものが、冷静さを欠くほどその事実に動揺した。

「そんな馬鹿な――そんな馬鹿な話があってたまるものか! 我々の知るソロモンとは違う、感情のある王だったはずだ! 王であり、『人間』であったのだろう!? 人の悲劇に怒り、悲しみ、憎んだ。その元凶である異形に武力で対抗した。これ以上、何を望むと言うんだ!」

 激昂するゲーティアに対して、アーチャーは頭を振る。

「他ならぬ貴方たちが、貴方たちのソロモンに願ったことと同じだろうに」
「人間が、同じ人間に対してそのような願いを抱いて良いものか!」
「違う人間だよ。いや、当時の人類にとってソロモンとは王であって人ではなかった」

 数秒遅れて、教授がその言葉の裏に隠れた人間の悪性を理解する。会話の内容についていけない英雄派たちを、アーチャーは羨望を滲ませて嘲る。

「分からないか、未熟者ども。だが、それでいい。おまえたちはそれでいい」

 そのままでいろ、とアーチャーは言い、正解を告げる。

「ソロモンに、神になれ、と人々は願ったのさ」

 アーチャーの口から語られたのは、荒唐無稽としか表現できない歴史だった。あまりにも滑稽で、あまりにも単純で、あまりにも身勝手で、あまりにも因果応報な人間の歴史。

「当時の人々は気づいていた。ソロモンの国の人々だけではない。世界中の人間が気づいていたんだ。この星に、人間にとって都合の良い神など一柱もいないのだと」

 人間が他の生物を弄ぶように、神々は人間を壊していた。家畜として、玩具として、奴隷として、材料として、役者として。まるで、神様のように。

「そこで神との訣別を考えれば種として前進しただろう。だが、人々が選んだのは『神の捏造』だ。自分達にとって、人間にとって都合の良い神を創り出そうとした。人間を無償で守り、人間を無限に愛し、人間を無条件で救う神を作り、その神だけを崇めようという醜い結論を。それ以外の神を排除してしまおうと」

 実際、ソロモンにはそれが出来た。世界中の神々と魔王を騙し、『真理』を組み立てた彼になら、それが出来た。何も武力を用いる必要はない。口で内紛を起こしてもいい。指輪の力で因果を組み直してもいい。シンプルに魔術で罠を張ることも考えられる。否、いっそ『真理』を神殺しの術式として作ってしまえば手っ取り早かっただろう。

 だが、ソロモンはそれらをしなかった。新しい神の誕生を願っていた人々にとって、彼は何もしてないのと一緒だった。だからこそソロモンは歴史において貶められた。異形など関係なく、人々の意思によってその名は暗君として嘲られることになった。

「彼が人間と認められた瞬間など一秒もない! 人々にとって彼は自分達を幸福にするための王様(どうぐ)であり、唯一神(がんぼうき)にならなかった役立たずなのだから! こんな世界に期待するヤツなど、それこそソロモンくらいだ!」

 人類はソロモンに、おまえだけが頑張って皆を幸せにしろ、と願った。

 ソロモンは人類に、皆で頑張って幸せになった方がずっと素晴らしい! と返した。――無能な王と謗られても、怠惰な王と罵られても。人類が必ずあの世界のように輝けると信じて。

「実はな、ソロモンは自らを人類悪とするために聖書の神に異世界のことを教えたんだ。人類史に大災害を招いた黒幕で、元凶だ。だが、あの王様に罪があるというのなら、その時点で償っているだろう?」

 それこそがアーチャーが、否、並行世界の曹操が味わった絶望だった。自分達の運命は圧倒的存在が仕組んだ茶番で、自分達の起源はおぞましいほどに堕落したもので、自分達の力は全くの無力だった。

「過去の人間だけではない。現代もまた無力だった。神は復活した後、双貌の獣を再現した。あの醜いとしか言い様のないバケモノに、人類はあっという間に滅ぼされたのさ。――バアルが言ったとおりだよ、俺は藤丸立香にはなれなかった」

 世界を救うことなんてできなかった。



次回予告「誠の旗」

ここでは死ねない。
俺が死ねば――何も残らない。


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誠の旗

 ハイスクールD×Dの沖田に関してかなりの捏造あり。原作で語られなかった部分は妄想で補うしかなかったのだ。


 ――まって下さい!! 近藤さん、土方さん!!
 ――私はまだ……私はまだ戦え――

 その狂戦士は、もはや病で立てぬ身体でありながら、そんな風に自分の背中に訴えてきた阿呆を知っている。

 だから、異世界とやらに召喚され、この世界には自分の知る新撰組があると知って、覚えた感情は驚きと納得だった。誠の旗は世界が違っても、掲げられたのだと。それは狂戦士にとっては当然とまでは言わないが、それほど不自然なことではなかった。

 ただ一点、あの阿呆と同じ名前を持つ男が、誠以外の旗を掲げながら、浅葱の羽織を着ていると聞いた時の感情は筆舌に尽くしがたいものだった。
 
 故に、狂戦士は、ソロモンから希望があるかと問われ、例え世界が違うとしても、『誠』の旗を穢したままにできないと返答した。

「そう言うと思っていたぜ、バーサーカー。どこであろうと、おまえたちが信じるのは『誠』の旗なんだろう? だったら、それに殉じず、悪魔に堕ちたヤツを許しちゃ駄目だよな?」

 その言葉に、そうではない、と狂戦士は返した。

 ソロモンはそれ以上踏み込むことはなかった。どれほど強くてもあくまでも王であったソロモンには、最期の最期の最期まで戦士として戦い続けた男の真意など肝心なところで理解できない。

 だからこそ、彼をこの世界に召喚した責任者として命じたのだ。

 好きにしろ、と。






 ソロモンの死の直後、彼の固有結界が解除される。

 一同は部屋へと戻された。キングゥの突撃によって大荒れになったままである。そんな室内でもお構いなく、白い悪魔は獅子兜の騎士へと貫手を繰り出す。

「Ddraig……!」

 白い悪魔の攻撃を槍で弾き、騎士が嘆息する。

「……ここまで()()()()()()だとは興醒めだな。予定外の出来事はおまえくらいだ、アルビオン。もう少し楽しみたいところだが、決着はお預けだ。生憎、私も暇ではないのでな。――聖罰は当分先になりそうだ」

 獅子の兜はヴァーリとの攻防により破損していた。被っておく方が邪魔だと判断したのか、彼女は兜を脱ぐ。

 兜の中には、美しい女の顔があった。無機質な目に、輝く金髪。何より、王気とも神気とも言える重圧があった。

「我が名は獅子王。獅子王アルトリア・ペンドラゴンだ。聖書に記された堕天使と魔王の名を継いだ悪魔よ。いずれまた会おう」

 その名乗りに対する言葉を待つこともなく、獅子王を名乗った女騎士は騎乗していた馬ごと忽然と消え去った。

「Ddraig!」

 騎士が姿を消すと同時に、白い悪魔は餓えた子どもが癇癪を起こすように叫ぶ。そんな悪魔を見て、堕天使の総督は無駄だと頭では理解しつつ、言葉を掛けずにはいられなかった。

「おい、ヴァーリ! おまえ、ヴァーリだな? しばらく見ない間に変わり果てやがって。どんな力に手を出しちまったんだ? 何があったんだ。しっかりしろ!」
「Ddraig! Ddraig! Ddraig! Arrrrrrrrrrrr……あ、アザゼル……?」

 一瞬だけ、白い悪魔は理性的な動きをして、養父に視線を向ける。

「すま、ない。俺は――DdraigDdraigDdraigDdraigDdraigDdraig! Y Ddraig Goch!」

 だが、本当に一瞬だけだ。

 悪魔の両腕が何かを握りつぶすような動きをする。するとどうしたことだろう、何もない空中に黒い線が見えてきた。冗談のような話だが、この悪魔は僅かな挙動で空間という概念に亀裂を入れたのだ。

「待て、ヴァーリ!」

 アザゼルの制止も聞かず、ヴァーリ・ルシファーは空間に開けた穴に飛び込んだ。空間の亀裂はすぐに消える。おそらくは騎士の後を追ったのだろう。本当に後を追えているのか、そもそも当てがあるのかどうかは別として。

「……あの金星の残滓、何があったらああなるんだ」

 キングゥの小さな呟きはアザゼルには聞こえなかったようだ。

「くそ! どうしたってんだ、ヴァーリの野郎! あれにはオーフィスのオーラがあった。だが、ヴァーリのチームはオーフィスの『蛇』を与えられていないはずだ。ヴァーリのやつがオーフィスの『蛇』を欲しがるわけもねえ」
「落ち着け、アザゼル。それよりも……」

 サーゼクスはクルゼレイの遺体から指輪を取り外すと、滅びの魔力でそれを完全に破壊する。これで、指輪によるソロモン復活は有り得ない。

「それにしても、クルゼレイはどこでソロモンの指輪など……」

 京都に来る前、ミカエルから連絡があった。ソロモンの指輪は確かに天界の然るべき場所に保管されていたと。問題は、指輪が十個揃っていたことだ。つまり、ソロモンはミカエルや神の目を出し抜いて、本物をどこかに隠し、偽物をすり替えたことになる。だが、十個あるうちのどれが本物か現状では分からないらしい。熾天使が中心となって偽物の特定に尽力している。

「だが、これで無駄になってしまったな。急いでグレイフィアに連絡しなければ」
「……話が終わったなら、帰ってもいいかな?」

 キングゥ。途中で乱入してきた彼だったが、おそらくはこの場にいる誰よりも真実を把握していることは明らかだった。

「待て、キングゥ。おまえには聞きたいことがある。ソロモンがおまえに言った『こっち』ってのはどういう意味だ? あの獅子王って女のことを、おまえはどれだけ知っている?」
「話すことなどないと言ったはずであるぞ、堕天使め」

 八坂は前に出て、キングゥを背中に庇う。ソロモン襲撃の前も好意的な態度ではなかったが、今は明確な敵意があった。

「おぬし達、ソロモンの復活を知っておったな? 先程の言動から察するに、指輪にはソロモンの魂でも封印されていたな? それを知っていながら教えなかったというのに、自分達だけ一方的に教えろなどという道理が通ると思ってか!」
「いや、話すよ」

 唐突な言葉に、呆然となる一同。

「これ以上付きまとわれても面倒だからね。ボク個人の問題なら良かったが、こうして八坂まで巻き込んでしまった以上はそうも言っていられない。まあ、契約があるから魔神柱のことは言えないけど、それ以外のことに関しては話すと約束しよう」
「たく、最初からそう言ってくれよな」
「キングゥ! こやつらにそこまでしてやる義理などない! 身の上の証明ならば、高天原にすれば問題ないであろう!」
「落ち着きなよ、八坂。これはボクが起こしてしまった問題だ。ボクに任せて欲しい。勿論、京都の皆や高天原にもちゃんと説明するよ。」
「じゃが……」
「大丈夫、上手くやる。それよりも、出来たらでいいんだけど、ボクのことを嫌わないでくれないかな……?」
「そのようなことはない! おぬしの過去に何があろうと、妾も九重もおぬしのことを嫌うなど有り得ぬ」
「……うん、ありがとう」

 八坂の手を強く握るキングゥを尻目に、サーゼクスは自らの『騎士』の気配を探す。

「総司……?」

 情愛が深いグレモリーの悪魔故に、彼は自らの眷属の危機を感じ取った。







 クルゼレイ・アスモデウスの身体を乗っ取ったソロモンが魔術で転移させたであろう男を見て、沖田総司はこの人物が危険であると即座に察知した。この場で呼んだということは、ソロモンにとってこの男は切り札だろう。そうでなければ堕天使の総督や最強の魔王がいる場に呼びはしないはずだ。『騎士』として『王』であるサーゼクスには指一本触れさせない。一瞬でそこまで考えた直後だった。

「沖田ぁああ!」

 予想外なことに、男は沖田に向かって斬りかかってきたのだ。それも、沖田に対して明確な憤怒を滾らせながら、彼の名前を叫びながら。

「な、くぅうう!」

 咄嗟に抜刀して防御する沖田だったが、黒い男の方が膂力が上なのか弾き飛ばされる。たまらず窓を割って外に逃げる。黒い男も窓を飛び出して追いかけてきた。

 道に着地し、ここでは衆目があることに気づく。後でサーゼクスの手の者が目撃の記憶操作や情報操作はするだろうが、その手間を増やすことは好ましくない。移動しようとするが、黒い男はすぐに斬りかかってきた。相手もこのような場面を大勢に見られることは好ましくないはずだ。此方が情報操作をすると見越しての行動なのか。

 まさか、こうして誤魔化しようのないほどに戦いを見られることが目的なのか。

「沖田ぁ!」
「ぐぅ……!」

 一太刀一太刀が途轍もなく重い。受け流すのに精いっぱいで、とても逃走ルートを考える余裕もない。この男の相手をしながら誘導するなど以ての外だ。

 京都駅の近くにある京都サーゼクスホテル前の道は、人通りも多い。突然二人も男が降ってきたのだ。道行く人は当然驚く。しかも、その二人が演劇の殺陣よろしく真剣で斬り合っていれば注目しない人はいないだろう。

 これが映画村であれば撮影のように見えたかもしれない。だが、ここは駅近くの格式高い大ホテルだ。時代劇の撮影には不向きだろう。

 この狂戦士は、本来ならば理性的で策略家だ。このような衆目のある場所での戦いは避ける程度の一般常識はある。しかし、いまは理性を抑えらないほどの怒りを覚え、しかもソロモンの令呪二画による「好きにしろ」という命令のせいでその為の頭が働かない。本当に、やりたいことをやりたいようにしてしまう。

 狂戦士の目的はただ一つ、目の前にいる男を殺すことだけだ。

 周囲の人々は現実離れした光景を前に動けずにいた。あまりにも混乱し過ぎて脳が処理しきれないのだ。かろうじて立ち直れたものもいるが、やはり現実についていけないのか逃げようとする者はいなかった。他人事のように携帯や手持ちのカメラで撮影をする者までいる始末だ。

 だが、二人の剣士にそれに構っている時間はなかった。

 間違いなく冥界最強の『騎士』の一角に数えられるはずの沖田総司は、目の前の男に圧倒されていた。剣の腕云々の問題ではない。この男には種族の差を圧倒する気迫があった。

 数合の鍔迫り合いの後、一旦距離を取り、沖田総司はその身から鵺を召喚する。

 沖田は一人百鬼夜行だ。サーゼクスと契約して悪魔になる前、延命を行うために数多の禁忌に手を出した。そのせいで身体中に妖怪が巣食うようになった。その結果が、一人百鬼夜行。鵺を始めとする多くの異形をその身から召喚できる。

「だ、誰だ……」

 それほどまでに殺意と敵意を向けられている沖田は、そんな余裕はないと分かっていても、意味がないと理解していても、問わずにはいられなかった。

「誰なんだ、おまえは!」

 どうしておまえを見ていると、あの人を思い出す。死地に出向くのを布団から見送るしかなかったあの人に――!

「よぉく見せてやる……。あぁ……よく見るが良い……!」

 流石に多くの妖怪を独りで相手取るのは難しいと判断したのか、男も沖田から距離を取る。ライフル銃で妖怪たちを牽制しながら、その手に‟旗”を掲げる。その‟旗”こそが、男の回答だった。

 それを見て、沖田は激高する。

「それは……私たちの旗だ!」

 旗が立てられると同時に、数名の人間が召喚される。それはまるで、新撰組の隊士のような者たちだった。元々剣呑とした場所であったが、彼らの登場により、銃弾飛び交い、号砲轟く戦場と化した。

「抜刀、突撃」

 号令と共に、男から感じる魔力が上昇する。

 沖田は与り知らぬことであるが、この瞬間、ソロモン最期の令呪――「後は任せた」という指令が降りた。曖昧な命令ではあるため具体的な効果は薄いが、サーヴァントの瞬間的な強化にもそれは適応される。当然、全盛期ほどではないが反則級の魔力を持つソロモンの令呪だ。その強化は尋常なものではない。

 本来であれば、召喚者でありマスターであるソロモンが死亡した以上、魔力源を失ったバーサーカーも消滅するはずだ。だが、ソロモンに抜かりはない。自分が死亡する事態など、神々を上回る策略家であるソロモンが想定していないはずがない。バーサーカーを始めとするソロモンが召喚した七騎のサーヴァント、すべて疑似的に受肉済みである。まして令呪の後押しがあれば魂食らいをする必要さえない。

 沖田の背筋に、冷や汗が流れる。死神に心臓を掴まれたようだった。背負っているはずの過去が、自分を殺しに来たとさえ感じだ。そして、自分が負けることを理解した。

「負けない……そんなものに、負けられるはずがない!」

 ここでは死ねない。

 自分が死ねば――何も残らない。終わってしまう。新撰組が、誠の旗が終わってしまう。こんな形で、新撰組は終わってはならない!

「誠の旗は……不滅だ!」

 そうだ、誠は不滅だ。不滅でなければらない。沖田総司はそのために――そのために、何だ? 誠が不滅であるために、一体何をしてきた? 何をしている?

 隊士のような者たちが、沖田の召喚した妖怪達と斬り合い、食い合い、殺し合う。

「斬れ! 進め! 斬れ! 進め!」

 そうだ、斬るしかない、進むしかない。だって、だって、俺は――そのために、今日まで生きてきたのだから! 俺がいる限り、新撰組はここに――

「総司!」

 第三者の声。沖田総司の主君、魔王サーゼクス・ルシファーだ。

 沖田が劣勢なのは素人目ならともかく、実力者であるサーゼクスには一目で明らかだ。助太刀として、滅びの魔力を狂戦士や隊士たちに放つ。

 滅びの力が、狂戦士に襲い掛かる。だが、狂戦士は構わず進む。構わず斬る。沖田総司を殺すためだけに、彼に迫ってくる。気力の問題もあるが、これはバーサーカーの宝具の効果もある。

 対人宝具、不滅の誠(しんせんぐみ)

 発動中は肉体の損傷による身体能力の劣化を一時的に無効化し、相手を屠るまであらゆる手段を使い戦闘を継続することが可能。しかし効果時間終了時に貯め込んだダメージが一気に噴き出す諸刃の剣。

 滅び程度ではこの男の狂気は止められない。

「あ、あ――」

 対して、サーゼクスの援護は沖田総司にとって逆効果になった。

 自分が誰の何であるか、自分がすでに新撰組として戦っていないことを思い出す。新撰組などどこにもないことを思い知る。

 自分が誠の旗を握っていないことを思い出す。その一文字を棄てたことを教えられる。延命はあくまでも手段であったというのに、いつの間にか目的を放棄してまで手段を追求していたのだと理解させられる。背負っている? 否、とっくの昔に捨てていたのだ。この身にあるのは、異形に堕ちた穢れのみ。

 己の守りたかったものなどこの時代には存在していないことを思い出して。ずっと目を背けていたことを自覚して、誠の一文字を支えに戦っていた沖田総司の心は折れた。

「あ、ああ……、わ、私は、お、俺はぁ!」

 凶刃がすでにその身に届こうとしている。

 対応しようとして、敵の姿を見て、あの日のあの人の姿を想像してしまった。自分が助けられなかった、助けようともしなかったあの人の死に様を思い描いてしまった。そのせいで、回避できた攻撃を前に怯んでしまった。

「俺が! 新! 選! 組だあああああ!!」

 刃が深く強く悲しく、沖田総司の身体を切り裂いた。

「近藤さん……土方、さん……、すみません……」

 サーゼクス・ルシファーの唯一の『騎士』、沖田総司、ここに敗れる。悪魔となった彼の魂はどこにも逝かず、消えるだけだ。同じ旗を掲げた隊士たちと同じ場所に逝くことは決して有り得ない。

 同時に、宝具の効果が切れたバーサーカーは苦悶の表情を浮かべる。

「俺は死なん……! 俺がいる限り、新選組は不滅だ……!!」

 許容限界を超えた彼もエーテル体となって消滅する。

 これで、陣営を問わず異世界から召喚されたサーヴァントの中で、ソロモンサイドのバーサーカー、土方歳三が最初の脱落者となった。

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無理解

ずっと考えていたことがある。
ファーブニルとラードゥンのポジション、逆の方が良くない? 逸話的にはどう考えてもファーブニルの方が邪龍だぜ?


 アーチャーは自虐するように続ける。

「どうだ? これでもまだ人類に価値があると思うか? ――ないよな。この世界はゲーティア達の世界ではない。人間と言っても、同じ形をしているだけだ。この世界の人間と、あの世界の人間は違うのさ。価値のある人間もいるのかもしれない。だけど、総体としての価値は比べることさえあちらに対して失礼だ」

 驚愕の事実を告げられて誰もが呆然となっている中、一人だけ自分のやるべきことを続けている少女がいた。言うまでもないが、鋼鉄の看護師第二号になりつつあるアーシア・アルジェントである。負傷した構成員の応急処置を終えた彼女は魔法陣を展開する。

 マイペース過ぎる。

「我が召喚に応じよ、禁忌の龍たち」

 ドラゴンを召喚するための魔法陣、龍門。もっとも、使用しているアーシアにとっては『魔法陣? これはただの救急隊員急行用の通路ですが?』という扱いである。呪文も彼女にとっては119番のような認識なのだろう。

 そこから出現したのは、二体のドラゴン。一体は灰色の鱗を持つ巨人のようなドラゴンで、もう一体は樹木と一体化したような身体のドラゴンだ。

『グハハハハハハ! 久しぶりの戦いだぜ!』
『気分の高揚は理解できますが、まだそうと決まったわけではありませんよ?』

 カインの末裔『大罪の暴龍』グレンデル、黄金の林檎の守り手『宝樹の護封龍』ラードゥン。どちらも、滅ぶに相応するだけの理由を以って滅んだはずの邪龍。

『ご用件を伺えますか?』
「では、ラードゥンさん。急いで壁を作ってください。衛生を確保するためには空気の遮断が一番手っ取り早いのです」
『了解しました、マスター・アーシア』

 恭しく命令に従うラードゥンを見て、グレンデルは嘆息する。

『おめえも雑用で大変だな』
『いえいえ。これでも結構楽しいのですよ? 宝樹を守っていた頃を思い出します』
「無駄話禁止です! 早く!」
『イエス、マム!』 

 二十年も生きていない人間の少女が邪龍を小間使い扱いしている場面に呆けている周囲を置き去りに、アーシアはアーチャーを鋭い視線で射抜く。その手には一束の包帯があった。

「そういえば、貴方の包帯を巻き直さないといけないのでしたね。しかも、その包帯の下はかなりの重傷を負っていると見ます。火傷……ではないようですが、それに近い症状ですね。まずは包帯を剥いでから診察、その後に消毒液に浸かってもらいましょう。グレンデルさん、患者の確保を手伝ってください」
「待て。待つんだ、アーシア。落ち着け。俺はサーヴァントで、この肌は身体というよりは魂に刻まれたものだから治療なんてできないぞ!」
「何を訳の分からないことを! 頭の病気ですか?」
「まさか君にそんなことを言われるとはな……! こうなるから会いたくなかったのに……! こうなったら仕切り直しだ。今回は出直させてもらう」

 おいおまえ態度が豹変しすぎじゃねえかとゲーティアと英雄派が思っていると、ドラゴンの片方が前に出た。

『グハハハ! 姫さんよ、そいじゃ俺がそいつを抑えつけてやるよ! こういう時は動かないようにするためなら、両足折っても構わないんだよなぁ! 治療のためなら間違って殺しても仕方ねえよな!』
「ッ! 待て、グレンデル!」

 ゲーティアの制止も聞かず、グレンデルはアーチャーに突貫する。伝説のドラゴンが肉薄しようというのに、アーチャーは軽く舌打ちをするだけだった。

「この駄龍が」

 アーチャーは棺桶の蓋を少し開けてそこから奇妙な球体を取り出す。そして、それをそのままグレンデルに投げつけた。グレンデルはそれを巨大な腕を振るうことで破壊するが、割れた球体から黒いゲル状の液体が飛び散った。当然、球体を破壊したグレンデルの身体には多くかかる。

『ああん? 何だこのベトベトは――ぐがあぁぁああああぁぁあああああああ!?』

 自分の身体についた液体を拭うグレンデルだったが、突然絶叫を上げる。それは第三者からしても激痛を感じていることが分かる悲鳴だった。眼の焦点が合っておらず、吐血したかと思えば、地面に倒れて丘に上げられた魚のようにのたうち回る。

『ご、ごはぁ! い、いでぇええええ! な、なんだ、こりゃあああ、ああああぁあああ!』

 グレンデルを始めとする邪龍は、ゲーティアにとっては特攻用の駒だ。だが、元々無駄に頑丈なのが『邪龍』と分類されるドラゴンだ。邪龍筆頭格の三体ほどでないにしても、グレンデルはそこらのドラゴンとは比較にならないほどの強さを持つ。まして魔神柱による肉体の強化を施されているのだ。それをこうも容易く倒せるとなると、龍殺しの特性が必要になる。

 そして、曹操にはその見当がついていた。

「サマエルの毒か」
「一目で理解できるとはな、未熟者」
「当然だろう? 自分の考えることだ、嫌なくらい察しがつくさ。俺自身、獅子王と戦う手として考えていたからな。元々アーサー王にはブリテン島の化身である竜の因子がある。まして、赤い龍と融合したならそれは完全にドラゴンと考えていい。だったらあらゆるドラゴンと蛇を滅ぼすと言われるサマエルを手段とするのは当然だろう?」
「厳密には本物の毒ではなく、聖槍の力で再現した贋作だがな」

 楽園の禁じられた蛇、サマエル。曰く、神の毒。曰く、神の悪意。堕天使でありながらドラゴン。アダムとイヴに知恵の実を食べるように唆したため、聖書の神の怒りを一身に受けた。その結果、ドラゴンでありながら、あらゆるドラゴンを殺す毒を吐き出す皮肉な存在が生まれた。あまりにも危険すぎるため、現在はコキュートスの底で厳重に封印されている。

「毒を被った……つまり、治療が必要ですね。広範囲に受けてしまったようですし……どのような毒か分からない上、時間もありません。血清が用意できないとなると、患部は切除です。……ふむ、皮膚下を治療するには鱗が邪魔ですね。剝がしましょう」
『え、ちょ、ま』
『諦めなさい、グレンデル。不用心に突っ込んだ貴方が悪い』

 邪龍の断末魔を聞こえないことにしながら、曹操は未来の自分の可能性に問いかける。

「つまり、おまえはその毒で獅子王を倒したわけだ」
「いいや? 俺の歴史では獅子王という女神は来なかった。だから、異世界の知識として頭の片隅に知っているだけだった。ソロモンに召喚されて獅子王なんて名前を聞いて、最初に連想したのはサイラオーグ・バアルだったくらいだよ」
「サイラオーグ・バアルというと、次期大王の若手ナンバーワンか? ……ああ、彼の眷属が『獅子王の戦斧』だったか」

 ゼパルの並行世界の閲覧や大王派の潜入調査により、ゲーティアは『獅子王の戦斧』の詳細はともかく所在は知っている。そして、その情報は英雄派にも共有されている。皮肉なことだが、同じ勢力である魔王や協定関係にある堕天使は、この事実を知らない。何故ならば、『獅子王の戦斧』の存在は初代大王を失った大王派にとっては切り札だからだ。テロリストが知っているのに政府が知っていないという滑稽な矛盾が出来上がっていた。

「聖書の神の怒りによってサマエルはああなったと聞くが、俺の場合は恐怖だった。死にたくないという恐怖。生きたいという渇望。それこそ、どこかの誰かの『生きる為』という願いに触発されたんだろうな」

 どこまでもみっともない奴だ、とアーチャーは自嘲する。それは曹操に向けた嘲笑でもあった。

「聖槍があったとはいえ恐怖だけで神と同じことができるとはな。自慢か?」
「過去の自分に自慢などして何が楽しい。ただの事実だ。まあ、事実を言うなら俺は強くなんてないさ。何せ、この毒を作ったのはある悪魔を殺すためだ。それも下級の、転生して一年も経過していないな」

 歯を軋ませるアーチャー。その下級悪魔とやらに余程良い思い出がないのだろう。曹操は強い相手に負けたからと言って恨むような性分ではない。彼も同じならば、その転生悪魔とやらは余程卑劣な手でも使ったのか。

「ではな、ゲーティア。教授。未熟者ども。この歴史では間違えないことだ。――それと、この『D』でもなく『F』でもない、世界線『E』の神に御用心を」

 そう言うと、アーチャーは棺桶の蓋を少しだけ開ける。そこから見覚えのある霧が出てきてアーチャーを包んだ次の瞬間、彼の姿は霧散するように消え去った。






 僕――木場裕斗は憂鬱な気分で駒王町に戻ってきた。いや、僕だけじゃないリアス・グレモリー眷属全員が町を出る時よりも明らかに苦悩を抱えて戻ってきた。

 まず、部長、僕達の主人リアス・グレモリー様だ。僕達は部長の将来を賭けたライザー・フェニックスとのレーティングゲームに、負けた。完敗というほどではなかったが、惜敗とはとても言えない戦いだった。イッセーくんの不在が大きかった。好きになれない相手との、不本意な結婚だ。今度婚約決定のパーティーがあるそうだが……とても笑顔では参加できないだろう。

 次に、朱乃副部長。一番深刻なのはこのヒトだ。何せ、唯一の肉親であるバラキエルさんを亡くされたのだから。母親の件で仲たがいしているとはいえ、父親だ。心の中では朱乃さんもバラキエルさんが悪かったわけではないと理解しているのだろうが、そうしなければ自分を保てなかったのだ。実際、バラキエルさんの訃報を聞いてから彼女は塞ぎ込んでしまった。口数も極端に減り、帰りの列車内でも一言も発していない。

 そして、小猫ちゃん。彼女は指名手配中のはぐれ悪魔、姉の黒歌と再会した。魔神柱の襲撃があったせいで有耶無耶になったが、彼女が何を思って小猫ちゃんに眷属を抜けるように諭したのかは不明だ。魔神柱たちのことを詳しく知っていたようだけど。彼女のトラウマの根源である姉との再会は、小猫ちゃんの心を揺さぶるには十分な出来事だった。

 それから、ギャスパーくんは、故郷にいたという恩人が行方不明だ。元々家族から迫害されていた彼にとっては、故郷が破壊されたことよりも恩人の安否が心配なのだろう。犯人はまたしても魔神柱。冥界に入る前にルーマニア襲撃の一件は聞かされていたが、行方不明という不穏極まりない情報だけが浮き彫りになった以上、心配どころの騒ぎではない。

 さらに、イッセーくん。獅子王なる者の手下による襲撃によって、神器に封印されているドライグを奪われた。加えて、先の魔神柱との一件で、彼は一度昏睡状態に陥った。戦闘はどうにかできるようだが、本調子ではないのだろう。時々上の空になる。

 最後に僕。僕は――師匠を亡くした。

 ルシファー眷属唯一の『騎士』、沖田総司。剣の師匠であり、憧れの存在だった。師匠はソロモンの手下と相打ちになる形で殺された。師匠を追い詰められるだけの力があるということはそれ相応の手練れだということだ。ソロモンはそれだけの部下を持っている。……旧魔王の末裔の身体を乗っ取ったソロモンは、その身体を破壊され、二度目の死を迎えた。指輪も破壊されたため、三度目の復活はない。

 殺した本人やソロモンがいない以上、僕のこの怒りはソロモン一派の残党に向けなければいけない。……エクスカリバーへの復讐を果たしてすぐに、別のものへの復讐を誓わないといけないなんてね。

「イッセーくん、僕は魔神柱を倒したい。師匠の仇を討たないといけない! 力を貸してくれるかい?」
「勿論だ! 答えは言うまでもないだろう!」
「――! ありがとう!」
「ああ、勝とうぜ!」

 イッセーくんは快く了承してくれた。調子も戻ったようだし、安心した。

 魔神柱の正体に繋がるというキングゥ。彼の証言だが、現時点では聞けない。僕が、ではなく、三大勢力がだ。どうやら彼を食客としている京都妖怪の大将は聖書の陣営に敵意を抱いているらしい。サーゼクス様とアザゼル先生との会談でソロモンが乱入してきたことが原因らしいが……。サーゼクス様やセラフォルー様は京都にホテルを運営できるくらいだから、以前からそうではなかったはずだ。それでもここまでの対応の落差は激しすぎる。それほど、キングゥのことが大切だということか。

 とにかく、彼が知っているという真実は後日に高天原主催の多神話会談で公表されるらしい。当日まで彼の身柄は日本神話の下にあり、他神話、特に聖書の勢力は接触が一切禁止されている。

 キングゥの持つ情報がどれだけの価値を生むのか。世界はまた混乱を深めてしまうのか。

 以前部長が「すべてソロモンが悪い」という旨の発言をしていたが、あれはそれほど的外れでもなかったのかもしれない。ソロモンが死んだというのに、こうして世界は荒れているのだから。

「……ずっと気になっていたことがあるんです」

 いつの間にか小猫ちゃんが僕たちのところに来ていた。

「……姉様は、どこにいるのでしょうか? 最初は魔神柱のところかと思っていましたけど、あの時の態度からすると微妙に違う気がします。姉様は誰のどういう意志に従っているのでしょうか?」







「うにゃー! もう面倒だにゃー! 早く白音に会いたいにゃー!」
「にゃーにゃーうるせいぜい、黒歌!」
「まったくです。こっちのソロモンから押し付けられた仕事を早く片付けて、タマモちゃんは優雅な英国旅行に出かけないといけないんです。早くしてくれませんか?」
「何が優雅な英国旅行にゃ! そんなんで使われるなんて安い女――にゃああ!」
「よく聞こえなかったな、野良猫。誰が安い女じゃ?」
「やめとけって、黒歌。その姐さんは色んな面でソロモンに負けて気が立って、うぎゃああああああ!」
「口の減らぬ猿じゃ。おまえも猫も妾の機嫌一つで風塵と舞う命であることを忘れたか? ……ソロモンがいなければ今頃蛇の抜け殻と化した『禍の団』で気まずい立場だったのは貴方達ですよ? 特にお猿さんの方は龍神の固有結界内で死にかけだったんでしょう? いや、ソロモンがいたからこそそういう状況になったわけですが。あと、タマモちゃんは旅行券に釣られただけじゃありません。ソロモンが私たちの世界の月に黙示録の獣を送るなんて脅してきたから渋々従っているのです。すべては月のご主人様の安寧のため! 私とご主人様のセラフの平和のため!」
「でも、旅行券は良いものだったんでしょう?」
「そりゃあもう! いやー、あのなんちゃってビースト、今の時代まで指輪に封印されていたくせにどうやってこんなプレミアム旅行券を手に入れたんでしょうね。ホテルが超一流なのは勿論のこと、予約半年待ちを即日訪問OK、その他至れり尽くせりのサービス満点! この短期間で用意できるとか色々とチートすぎです。彼の時代の人間が彼を神に祭り上げようとしたのも理解できるってもんですよ! むしろ本体の本体の立場からしても、彼が神になった方が本体の本体も楽できるから便利なんですけど。天の運営も人の守護も命の循環も全部丸投げしたいんですけど!」
「それが神様の本音かよ。ジジイはそうでもなかったけど、神様らしいと納得しちゃうぜい」
「そう言われると、ただの人間として扱っていた天使やら悪魔やら堕天使やらが能無しすぎるにゃー」



・アーシア
原作と同じようにドラゴンとの相性ばっちり。ただし、原作が「友達」なのに対して拙作では「仕事仲間」である。簡易的治療室が作れるため一番酷使されているのはラードゥン。時点でアジ・ダハーカ(治療魔術的な意味で)。

・グレモリー眷属
皆、大なり小なり重荷を背負う冥界合宿だった。一番背負っているのは原作主人公ですが。

・ソロモンサイドのキャスター
いったい誰藻の前なんだ。


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裏切り者

なんかややこしいことをして申し訳ないんですが、拙作における世界線『E』とは、ハイスクールD×Dの作中で語られている世界『E×E(エヴィー・エトゥルデ)』のことであって、エクストラやエクステラじゃないんですよ。あれらはざっくり『F』の扱いなので。


 私――塔城小猫は悶々とした気分で二学期を迎えました。

 原因は黒歌姉様だ。仙術をコントロールできず、力に飲まれ暴走して主人の悪魔を殺し、SS級はぐれ悪魔となった黒歌姉様。姉様のせいで、私は辛い思いをしました。

 姉様と同じように暴走する前に、殺した方がいい。そんな風に言われ続けて、ずっと怖かった。サーゼクス様が庇ってくれず、部長が私を眷属にしてくれなかったらどうなっていたか……。

 だから姉様には会いたくなんてなかった。パーティーの会場で姉様の使い魔らしき黒猫を追いかけてしまったのは自分でも失敗だと思っています。

 だけど、あの時の姉様は様子がおかしかったように思います。力に飲まれているのだからおかしくない方がおかしいのかもしれませんが……。何というか、私を本気で心配してくれていた。記憶の中の姉様なら心配事があっても軽い調子で誤魔化そうとするはずなのに、そんな余裕もないくらいに焦っていた。

 姉様はどこにいるのだろう。姉様は何を考えているのだろう。姉様のあの時の言葉は、一体どういう意味があるのだろう。姉様はソロモンの復活を知っていたのだろうか。だとすると納得がいくけど、あの時、姉様は魔神柱や獅子王のことは口にしても、魔術王の名前は口にしなかった。魔神柱や獅子王はソロモンの仲間なのに、それらを個別に脅威とするには考えにくいけど……。結局、私はもう一度姉様に会うしかなさそうだ。

 そんな風に日々を過ごしていると、日本で開催される多神話会談が間近に迫ってきた。会談と言っても、ほとんどキングゥの正体が公開されるだけなんでしょう。

 京都の妖怪勢力の下に突如として出現した謎の存在キングゥ。その強さ故に、彼は京都に手厚く迎え入れられた。微妙にシンパシーを感じるのは身勝手でしょうか。直接会ったことはありませんが、アザゼル先生曰く彼は静かに過ごしたいらしい。なのに、世界は放っておいてくれない。……それほどまでに強いんでしょうか。アザゼル先生は二度キングゥに出会っているけど、一度目と二度目では彼のことを語る態度が違った。堕天使の総督が恐れるほどのゴーレム(?)がどこから現れたのか。ソロモンの復活が絡んだことで、世界中が注目している。

 ソロモンはサーゼクス様とアザゼル先生が倒したけど……魔神柱や獅子王は健在だ。魔神柱の正体はソロモンが絡んでいると見て間違いないけど、獅子王は不明だ。イッセー先輩の神器からドライグの魂を抜き取った存在。京都でサーゼクス様たちが対峙したらしいけど、なんとドライグと融合していたかもしれないという話だった。

 獅子王の話を聞いたとき、イッセー先輩はあまり驚きませんでした。予期していたのでしょうか。

 ある日の放課後、私たちオカルト研究部ことグレモリー眷属は部室に集まっていました。やや遅れて入室したイッセー先輩が席につくと、部長が口を開きます。

「皆、もうすぐ世界神話会談よ。私たちもその会談の警護につくことになったわ。キングゥが魔神柱の正体を明かす以上、奴らはそれを阻止するために必ず会談を襲撃するでしょうね。でも、そんなことは許されない」

 魔神柱と獅子王への警戒から、おそらくは各勢力から最高峰の戦力が警護することになる世界神話会談。特に、聖書の勢力は力を入れている。

「お兄様やアザゼルは会談に出席するけど、お兄様の眷属が警護につくことになったわ。大物は彼らに任せるしかないけど、私たちは私たちに倒せる敵を倒しましょう。……本当はお兄様だって総司の仇を討ちたいはずなのに」

 悪魔はサーゼクス様の『騎士』沖田総司さんを、堕天使は最高幹部であるバラキエルとサハリエルを失った。どちらもソロモンの仕業だ。私情もあるだろうが、客観的に見ても戦力の大きな喪失だ。教会も春から断続的に起きている襲撃のせいでエクソシストの戦力が減少している。

 神の死の開示により、聖書の勢力の立場は危うい。出し惜しみをするよりも、ここでソロモンの残党を根絶やしにしたいのだろう。戦力を示して他勢力に圧力をかける狙いもあるようだけど。

 魔王眷属の方々や堕天使の幹部だけではなく、セラフォルー・レヴィアタン様も警護の側につくかもしれないという話を生徒会のシトリー眷属から聞きました。魔王様が出てくださるなら安心です。『皇帝』ディハウザー・ベリアルも出るという噂も聞くけど……。天界サイドからは熾天使や最強のエクソシストと名高いデュリオ・ジェズアルドも出陣するらしい。

 ここまで大それた面子だと、私たちなんて悪目立ちしてしまう。若手では天才だとしても、部長はまだ未熟な悪魔だ。今回の戦いで活躍できるのは、禁手に至った裕斗先輩と神滅具持ちのイッセー先輩くらいだろう。……私も強くならないといけないのに。あの力を、猫又の力を使わないといけないのに。

「それから、これは極秘なんだけど……ソロモンの指輪についてよ」

 ソロモンの指輪。それは聖書にとって聖櫃や聖槍に匹敵するほどの聖遺物。イスラエルの最盛期を築いた男が、神から授かった最高の叡智。

「私もお兄様からの又聞きになっちゃうんだけど、天界曰く、保管されていた指輪は十個すべてが偽物だったらしいの」
「ゆ、指輪がすべて偽物だったんですか?」
「ええ」

 大仰に頷く部長だけど、それはとんでもない話だった。

 ソロモンの指輪ほどの秘宝が行方不明。歴史的価値もあるが、それ以上に。伝説ではあれは叡智の結晶、悪魔を支配できる至宝と言われているが、実際はそれどころじゃない。まさに、世界を塗り替えられる力を持つ常識外の兵器。これまでその力を使われなかったのは、使えるのがソロモンだけだったからだ。

 ソロモンにしか使えなかったが、テロリストの手にあるからあれだけの騒動になった。そして、九個もどこにあるのか不明となれば世界は恐慌に包まれてしまう。

「でも、ソロモンの残党が持っている可能性は低いわ。もしも持っているならばすぐに復活宣言と宣戦布告をするはずよ。それがないということは彼らの手に指輪はない。少なくとも、使える状態ではない。もっと言えば、世界のどこかに隠されたままの可能性が高いんじゃないかって」
「部長。ソロモンが大人しくしているという場合もあるのでは?」
「お兄様やアザゼルもそれは考えたみたいだけど……やっぱりソロモンの過激さから考えてその可能性は低いのよ。復活と同時に、旧魔王派を壊滅させるような男よ。一度殺された復讐として、アザゼルやお兄様のところに来るのが自然。どの道、会談の妨害に奴らが現れた時に明らかになるわ。頼りにしているわよ、皆」

 姉様も来るのでしょうか。もしもそうなら――

「さあ、私の可愛い下僕たち。ソロモンの残党を消し飛ばしてあげましょう!」






「まったく、リアスにも困ったものだ」

 リアス・グレモリーの婚約者、ライザー・フェニックスはフェニックス家の屋敷の中を歩きながら、本当に困ったようにそう零した。

「自分から世界神話会談の警護に名乗り出たらしい。本当ならこんな戦争一歩手前の事件に一介の成熟していない悪魔の意見など通らないが……サーゼクス様が無理を通したらしい。何が起こるか分からないというのに。婚約者としては冷や汗ものだな。俺には命令も許可も出ないんだから」

 ライザーは成人しており、すでに何度もレーティングゲームを経験している。現時点では勝ち星が多く、負けた戦いは家同士の関係を考慮した八百長試合だ。もっとも、それだけだ。ゲームのプロというだけで、絶対的な力などライザーにも眷属にもない。所詮、若造である彼は才児止まりだ。

「革命軍の英雄であられるサーゼクス様の妹ですもの。血気盛んなのは血筋ではありませんか?」

 その隣を歩くのは、ライザーの妹であり『僧侶』のレイヴェル・フェニックスだ。

「そうそう、レイヴェル。おまえに縁談の話が来ているらしいぞ。近々顔合わせらしいから心の準備だけはしておけ」
「……それ、初耳ですわ」
「だろうな。父上も俺を通さず、直接おまえに告げてくれればいいものを。俺も詳しい話は聞いていないが、相手は悪魔以外の勢力らしい。神の死が開示されたような時代だ。フェニックス家としても、コネを広げたいんだろうな」
「少しだけ、リアス様の気持ちがわかりましたわ」

 苦笑するライザーと不機嫌そうに眉をしかめるレイヴェル。

「まあ、相手が少しでも魅力的な殿方であることを祈りますわ。でも、ソロモンに関する騒動が一刻も早く終わらないと話は進みませんわね」
「それは、どうかな」
「何かおっしゃいました?」
「何も。じゃあ俺はチェスの上手い領民を待たせているんでね」
「お兄様も暇人ですわね。魔王様が忙しい時に無駄に時間があるなんて、大層な身分ですこと」

 呆れた雰囲気を隠しもせず、レイヴェルは兄とは分かれる。その背中を見つめながら、誰にも聞こえないように呟く。

「……いや、俺には、俺たちには時間なんてないんだよ、レイヴェル。おまえにだけは用意できたから、俺や兄貴たちの分まで生きてくれ」

 ライザーは自らの部屋に戻り、ドアノブに手をかけようとしたところで停止する。中の魔力に気付いたのだ。だが、侵入者に心当たりがあるライザーは重い溜め息を吐き出してから、扉を開ける。

 部屋の中央にはチェス盤が展開された机があり、そこに座っていたのは怪人だった。白を基調とした、物々しい姿の怪人。怪人はライザーの姿が部屋の主であるライザーが入ったとしても、ライザーの方を見ない。その顔はチェス盤に固定されたままだ。

「フェニックス。古の聖書に記された悪魔、七十二柱の一柱。不死身の肉体、治癒の涙、灼熱の炎。他の悪魔とは明確に一線を画す特異能力を持つが、真の特殊性は『フェニックス』の由来にある」

 雑音のような歪な声で、その怪人は語る。

「汝らの起源は、聖獣のフェニックスと同一のもの。そうでなければ、朱雀、火の鳥、鳳凰とは呼ばれない。如何に起源が同じであっても、聖獣であるフェニックスと汝ら悪魔であるフェネクスが同一視されることなど有り得ない。生来の悪魔ではないにも関わらず、汝らは『純血悪魔』だ。何故ならば、これもまた『真理』によって改竄された真実。汝らの初代は『真理』を利用し、悪魔に転じた。何故、弱点が増えるにも関わらず悪魔になったのか。答えは、命を絶やさぬためだ」

 ライザーは無言で怪人の前に座る。盤面は初期の状態から動いていない。

「聖獣としてのフェニックスだけでは、駄目だった。弱点が増えたとしても、種としての幅が必要だった。名を変え、種と交わり、『フェニックス』は広域に広がった。汝らの一族は自らの血を絶やさぬことに心血を注いでいる。不死身の身体など、その絶滅への対抗手段の一つに過ぎない。汝らの生き汚さは、人間さえも凌駕する」

 だからこそ、この怪人は――否、魔神は冥界焼却後の保険の一つとして、フェニックス家に交渉を持ち掛けた。自らと同じ名を冠しながら、対極の性質を持つこの者たちに。

「未だに魔王に我のことを話さぬということは、我との契約に応じるということで良いのだな? その意味を理解した上で」
「理解しているとも、フェニクス。俺は……我が家は冥界を差し出す。その代わりに、レイヴェルだけは見逃してくれる。そういう契約だろう?」
「そうだ。躊躇う意味も罪悪感を覚える必要もない。汝らの選択は正しい。汝の尊敬するレーティングゲームプレイヤー、『皇帝』も我らの共犯者なのだから」







「グシオンより疑問。この世界の人間に価値はあるのか。我らの行動は正しいのか」
「クロケルより回答。価値があるかどうかなど関係ない。正義や悪など興味はない。すべては我らの御名を取り戻すために。我らの理想を証明するために」
「フラウロスより紹介。アーシア・アルジェントが例題となる。価値がないのならば、これから得れば良いだけの話だ」
「ベリアルより提起。日本神話が主体となって開催される多神話会談の日程が決定された。そこでキングゥが情報を公表する予定だ。我々の世界のことも、この世界に露呈するだろう。阻止すべきか?」
「ボティスより推測。キングゥは我々のことを開示しないだろうが、異世界のことを知れば如何なる愚者でも我々の正体を察する。神々の受け取り方次第では、人理焼却に気づく者もいるだろう」
「アスモダイより主張。最早我らの存在を隠す必要もない。世界は此方のソロモンの復活で騒然としている。むしろ我々の正体が知られることで此方のソロモンとは無関係であることを神話勢力に関知させた方が都合が良い」
「オリアスより警戒。我々の人理焼却を知った場合、聖書以外の神話勢も我々を敵視するのではないか?」
「マルコシアスより反論。我々の行動による被害を受けているのは聖書の勢力のみ。各神話勢力が我々を危険視したとしても、聖書の勢力が滅ぶ過程を様子見する姿勢を取る可能性が高い」
「サブナックより転換。では、ヴァーリ・ルシファーはどうするか。あれが我々の計画の邪魔になる前に処分するべきではないか?」
「アスタロスより回顧。確か、オーフィスの『蛇』に飲まれたのだったか」
「アルビオンには我の特別な『蛇』を与えた。そのせいで、今の我は二天龍と同じくらい弱い」
「それ、本当は途方もなく強いはずなんだけどネ。まあ、『治療』で使い潰した分もあるし、そのくらいが妥当か」
「マレファレより推測。単純計算で、あの龍の力は統括局の領域に近づいている。現時点で処分しようとしても、此方が損害を受けるだけだ」
「オセより提案。あの珍生物の興味は『赤い龍』だ。白龍皇の本能が解放され、赤龍帝を倒すためだけに行動する。獅子王を打倒すれば此方の手間も省ける。無理に探索するよりも放置しよう」
「ゼパルより抗議。それでは――」
「黙れゼパル!」
「おまえに発言権はないと何度言ったら理解できる!」
「私のおかげで聖書の神の目論見が崩れたのだから、もう少し私の待遇を改善してくれても良いのではないか!?」
「ああ、そうだったな」
「実に不愉快だが、おまえの功績だ」
「心底認めたくないが、おまえがいなければ私たちは今も神に利用されていただろうな」
「感謝を述べさせてくれ。ありがとうございました、このゼパル!」
「おいどういう感情と意味を込めて私の名前を呼んだ!」
「最も人に近づきつつある魔神よ。覚えておくといい。発言には適切な時機というものがある。これを間違えば大きな損失となり未来で後悔するだろう」
「――そんなことより、以前お話した調査隊の手配はいつになったら終わるのですか? 新薬の開発は現場以外では最優先事項のはず。まして死の特効薬が作れるのです。一刻の猶予もないと何度言えばご理解いただけるのですか?」
「レラジェより解説。フローレンス・ナイチンゲールからの要請は、『悪魔の駒』の原材料である希少金属の発掘を目的とした調査隊の派遣である。目的地は、冥界の浮遊都市アグレアス」
「バルバトスより事例を総括。『悪魔の駒』を摘出した場合、その転生悪魔は元の種族に戻る。摘出後は駒の恩恵を失うため肉体が急激に疲労するが数日の安静にすれば回復する。死亡して転生した場合であっても、駒の摘出による死は確認されていない。ただし、摘出は何度もできるわけではない。一つの肉体に対して一度のみだ。二度目の摘出は魂が崩壊する。対して、二度目の悪魔転生は可能となる」
「シトリーより補足。『悪魔の駒』の特性は『あらゆる種族を悪魔に転生させる』、『各駒の特性を得る』の他に、『死者を復活させる』ことが挙げられる。つまり、悪魔の転生と駒の特性を無効化すれば実質的に死者蘇生のアイテムとなる。なお、魂の強度にもよるが、一つの肉体に使用できるのは一度だけだ」
「ハーゲンティより断定。この鉱物の複製は不可能だ。人間の世界にも流通している金属ならば我々の力でいくらでも錬成できる。特殊な魔術式が付与されているならば模倣できる。動植物ならば繁殖の手筈を整えよう。だが、これほど特殊な鉱物となると話は別だ。我々の世界にはなかった希少金属であるため、錬成も不可能である」
「ブエルより結論。現時点でアグレアスにどの程度目的の希少金属が埋蔵されているかは不明だが、『悪魔の駒』は悪魔の人口減少問題の解決の本命だ。埋蔵量は膨大と仮定される。都市内に侵入して発掘するよりも、島ごと強奪した方が効率的だ」
「アロケルより検討。転生悪魔の問題もある。冥界焼却前にアグレアスを強奪すべきか。我々と邪龍の一部の力ならば可能だが」
「件のキングゥが出るという多神話会談、利用させてもらおう」



久々の魔神柱会議(意訳)

グシオン「まさか曹操がアーチャーになる世界線があるなんて……。私たちのやっていることって正しいのかな」
クロケル「はあ? 価値とか意味とか関係ねえだろ」
フラウロス「アーシアみたいな例もあるから」
べリアス「キングゥに余計なこと言われる前に会談妨害しとく?」
ボティス「契約があるけど、異世界のことを知ればいくら馬鹿でも分かるだろうし」
アスモダイ「いや、どっちかと言えばこっちのソロモンと私たちが関係ないって知ってもらった方がいい」
オリアス「でも人理焼却を知られたらさすがに……」
マルコシアス「嫌われ者が痛い目を見ている間は他人事でしょ」
サブナック「ところで、ヴァーリどうすんの?」
アスタロト「『蛇』で強くなったんだっけ?」
オーフィス「ごめんなさい。私が弱くなるくらい強くした」
マレファレ「ぶっちゃけ処分するのもめんどい」
オセ「獅子王倒してくれたら御の字だし放置で」
ゼパル「でもそれだと――」
魔神柱一同「誰が喋っていいつった、この〇〇(ものすごい悪口)!」
ゼパル「(´・ω・`)」
???「最も人に近づきつつある魔神よ。覚えておくといい。発言には適切な時機というものがある。これを間違えば大きな損失となり未来で後悔するだろう。(多少空気を無視してでも、いまの主張は最後まで述べるべきだ)」
婦長「そんなことより人材と予算早く」
レラジェ「実は『悪魔の駒』を利用しようって話があるのよ」
バルバトス「これまでの『悪魔の駒』の事例をまとめるとかくかくしかじか」
シトリー「つまり、元の種族のまま一回だけ生き返る薬ができるんだよ!」
ハーゲンティ「ちなみに原材料の希少金属は現地調達しかない」
ブエル「アグレアスごと奪った方が早いんだけどなー」
アロケル「今後のことを考えると冥界焼却する前に欲しい」
ゲーティア「よし、例の会談を利用するぞ」


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再戦の時来たれり

今更ではあるが、キングゥと九重を絡ませた理由。
過去に色々あった青年or少年と、若干態度の大きいませたロリの組み合わせは最高なんや。


 世界神話会談。日本の某都市の某ホテルにて行われるものだ。一応の名目は復活したソロモンに関する会議ということになっている。無論、アザゼルとサーゼクスが彼を倒したことは周知した上での開催である。

 ほんの一か月ほど前、対『禍の団』対策として三大勢力の下に多様な神話が集まったが、それよりも各神話の重鎮の出席率は高い。『禍の団』対策というよりも、彼らの興味はソロモンにある。そして、その配下ではないかと思われる魔神柱とその関係者キングゥ。キングゥから語られる情報について各勢力は重きを置いているのだ。ともすれば、再びあの王の怒りの巻き添えを食うことになるのだから。

 なお、最近まで引きこもっていた天照大御神が主催では面子の問題もあるため、仏教の縁により大黒天――シヴァが会談を取り仕切ることになった。このあたりの自由さは多宗教でありながら無宗教という特性のある日本ならではだ。蛇足だが、帝釈天とこの会談の開催について色々と揉めたらしい。開催そのものにではなく、舵を切るのが誰になるかでだが。

 ある意味今回の会談の主役であるキングゥだったが、京都妖怪のために用意された会場の待機室で非常に困っていた。

「ほれ、キングゥ。あーん」

 狐妖怪の幼女に爪楊枝で刺された羊羹を差し出されていたのだ。

「やっぱり、やめないかい?」
「私は母上からキングゥに悪い虫がつかぬよう言われておる。そのためにも私とキングゥの関係を見せつけねばならぬのじゃ!」

 今回の会談に、八坂は出ない。九重が代理で、キングゥはその付き添いという形だ。代理を出席させている勢力も少なくはないが、他の勢力と京都妖怪ではその真意は異なる。

 京妖怪にとって今回の会談の目的は、キングゥと魔神柱の関係を証言する他に、キングゥがすでに京妖怪の一員であることを世界に示すことが挙げられる。キングゥの全力をその目で見たのは八坂だけだが、他ならぬトップが見たのだから揺るぎない決断が生まれた。

 この子を他者に奪われてはならないと。

「でも今は他所の勢力が見ているわけでもないからやっても意味ないと……」

 実際は此方の動きを感知しているのを逆探知しているキングゥだったが、九重にとっては他人の視線の有無はあまり関係ない。

「ほれ、あーん!」
「あ、あーん」

 渋々、しかし照れを隠しきれていないキングゥは、九重から差し出された羊羹を口に入れる。その反応に、九重は嬉々とした笑顔を浮かべた。

 更にその様子をきゃーきゃー言いながら見る京都妖怪たち(主に女性陣)。

 だが、急に部屋の外が騒がしくなる。女中の一人が部屋の外に確認に出てすぐに戻ってきた。

「九重様、キングゥ様。魔神柱が出たそうです。例の堕天使陣営が開発した探知機に反応があったとか」
「へー、連中面白い手を打つね」

 キングゥのあまり関心のなさそうな態度を意外に思う京妖怪たち。キングゥがこの時点で自分の正体を明かしたのは、八坂と天照大御神、シヴァだけだ。

『レヴィアたん対大怪獣再びね☆』
『お姉様ご自重ください!』

 どこからか底抜けに陽気な声とそれを窘める悲鳴のような声が聞こえるが、無視する。

「むっ! もしや奴らキングゥを、ぬおおお!?」
「多分、連中の目的はボクじゃないよ。ここに攻撃を仕掛けることはないだろうね」

 キングゥは九重を抱き上げると、自分の膝の上に乗せ、そのまま後ろからそっと抱きしめた。

「な、何じゃ、キングゥ。突然驚くではないか。いや、今の状況が嫌と言っておるわけではないぞ」
「これでも緊張しているんだ。ちょっとだけ、こうさせてもらっていいかな?」
「う、うむ! 私を使って安心するといいぞ!」

 建前ではなく、本気で緊張していたキングゥ。この世界の神魔でも魔神柱でも獅子王でもない奇妙な気配がその原因なのだが、あえて口にするつもりもない。九重の声と気配を間近で聞きながら、魔神柱の計画の真意はともかくそこにある意思を察する。

(三大勢力は気づくだろうか。連中がこのタイミングで現れた意味を。陽動だってのには気づくヤツもいるだろうけど、本題はそっちじゃないんだろうな)







「連中、動き出したようだな」
「やはり三大勢力が主体となっているか」
「当然だ。奴らにも面子がある。加えて、我々を討伐し会談を無事に終了させることで、他勢力に貸しを作る算段なのだろう」
「まして我々の襲撃を受けているのは三大勢力を除けば鎖国状態だった吸血鬼のみ。積極的に動く理由がない。むしろ三大勢力で我々の力を試しているといったところか」
「だが、此方も全力で戦うつもりはない」
「今回の我々の目的はあくまでもアグレアス強奪のための陽動」
「そして、我々とおまえたちとの最初で最後の対話」
「聖書焼却の理想は推敲された」
「聖書推敲の世界は破棄された」
「我らの最終目的に必要なエネルギーは冥界を焼き尽くすだけで事足りる」
「私たちが真に目指す極点に、おまえたちの生命は要らない」
「しかし、その前に最後の機会を」
「だから、その前に一度の対話を」
「汝らの答えを聞かせてくれ」
「我らの想いを言わせてくれ」
「君達の言葉を言ってくれ」
「俺達の理想を聞いてくれ」
「おまえたちの、命の価値を教えてくれ」
「それと何の因果か……『あれ』がある例の地点にセラフォルー・レヴィアタンが向かっているようだ」
「必然である。『あれ』は二十八の魔神柱を内包している。聖書の異形どもが私たちの反応を感知している以上、最も多くの反応がある地点に動かせる最大戦力が向かうのは必定」
「グラシャ=ラボラス、待ちに待った再戦となるな。精々バアルとアンドラスがアグレアスを奪うまでの足止めを果たすがいい」
「足止めをしろと言うがな、統括局。あれは倒しても構わんのだろう?」
「……いいだろう。我々が奴らと()()であることを証明する必要性はあった。あの不愉快な魔王の首を落とし、我々の力を示せ」
「了解!」
「それから、もう一つ報告が」
「何だ、このゼパ何とか」
「いよいよ私も出る所に出るぞ!? ……グレモリー眷属も魔神柱の反応があった地点に向かっているのだが、我々が配置していない場所のようだ。これはどういうことだ?」







 世界神話会談の会場からやや離れた場所にある森で、ソロモンが召喚した三騎士は集まっていた。

「本当に来るのか?」
「必ず奴らは来る」

 アーチャーは普段包帯で隠している両目のうち、左目を露わにしていた。その目は明らかに人間のそれではなく、赤黒い色をしていた。

「その力を使用している間だけ、魔神柱と同じ反応になるのだったか? 余たちからすれば魔神柱の力を取り入れるなど狂気の沙汰だが……いや、余計なことは言わないでおこう。余たちの知る魔神柱とは決定的に違っているようだ」
「本質はそう変わらないさ。ただ方向性が少しだけ良い方向に向いただけだよ。……別に付き合わなくてもいいんだぞ? 俺が過去の自分と同じくらい殺したい男が来ることは確実だが、こちらに堕天使の幹部が来るという保証はない。それに、お二人の妻を呼ぶための聖杯なら既にソロモンから受け取っているだろうに」
「侮るな、アーチャー」

 アーチャーの言葉に対して、セイバー――理想王ラーマは誇りを持って返す。

「余は王だ。ソロモンも王だ。例え内容が個人的なものであろうと、王と王が交わした約定を犯すなど有り得ぬ。ヴィシュヌ様の名に誓ってな」
「そうか。英雄になれなかった俺には理解できない感情だ」
「それに、聖書の勢力が人間にした所業を知りながら放置するほど、余は寛容でも無慈悲でもない。ソロモンの真意が見抜けぬうちはシータと安心して会うこともできんしな」
「私も同意見だ。私は人を守る立場にある。であれば、彼らとの敵対は必然。武勲は堕天使の首一つでは、サーヴァへの恰好もつかない。ソロモンは大した王だが、善良な王ではない。優しい王というわけでもない。鮭の叡智でも底が見えてこない。さて、生前も死後もあの男を知っている君ならば、何か知っているんじゃないか?」

 ランサー――フィン・マックールの問いに、アーチャーは頬をかく。

「あー、何というかな。俺も実際のところ、あの男の真意は見えていないんだ。生前に関わった記憶に基づくなら、人類史上最悪の詐欺師という印象しかない。だが、それさえも偽りだ。何せ、俺の世界線ではあの男も聖書の神の敗北者だからだ。敗者に堕ちてなお、あの王は本音らしい本音を語らなかった。……まさか俺が並行世界の自分に召喚されることを予期していたのか? あ、ちなみに、俺が生きた並行世界では、ソロモンはサーヴァントを召喚しなかった」

 この世界線においてソロモンがサーヴァントを召喚した理由。それは獅子王の存在があったからに他ならない。ソロモンにとって獅子王の登場など如何なるシナリオにも書かれていなかったアクシデントだ。聖書の神に敗北する以上に、彼にとっては予想外すぎた。

 だからこそ、ソロモンはサーヴァントの召喚を決意した。最初に召喚されたのはアーチャーだ。触媒は『この世界そのもの』だ。

 アーチャーから得た情報を元に、アサシンを召喚し、ある世界の月の王と交渉してキャスターに出張してもらった。そして積極的に人外を倒してくれるであろうセイバーとランサーを召喚し、裏切られることを前提でライダーを召喚した。最後のバーサーカーは駄目押しだ。

「確かなのは、あの男の正体がただの獣であることだ。あの男は人間の存在を愛していたんだろう。人間の可能性を信じていたんだろう。人間が弱っちいことさえ知っていた上で、その価値を認めていたんだろう。だがな、あの男にはどうあっても人間を救うことなんてできやしない。何故なら、あの男は――」

 そこで、アーチャーは言葉を区切った。

 悪魔の一団が近づいてくる気配を感じ取ったのだ。巨大な龍らしき影もあるが、あれは最上級悪魔で元龍王のタンニーンだろう。その一団で特に目を引くのは、紅髪の美しい悪魔の少女だった。あれこそは、最強の魔王の妹リアス・グレモリー。

「いよいよ敵のお出ましか。……ふむ、悪魔のようだが、龍までいるとは驚きだ。その首級、頂くとしよう」
「余も負ける気は……どうした、アーチャー?」
「兵藤、一誠……!」

 魔神と同質になったアーチャーの眼球が、記憶が摩耗しようと忘れぬ怨敵の姿を捉えた。

「認めよう。これは八つ当たり、逆恨みだ。英雄の意味を履き違えた馬鹿者の癇癪だ」

 冷静など放棄した。そんな余裕は今の自分にはないのだから。

「だがな、この感情さえも飾りなんだよ」

 理論など忘却した。そんな御託はこの戦いには不要なのだから。

「おまえだ」

 ここで、一人の聖女の話をしよう。

「おまえが憎い兵藤一誠」

 聖女はある教会で何不自由なく生活していた。

 だが、ある時、ある悪魔の姦計によって教会を追放されてしまう。そして無理やり悪魔の眷属となり、道具として扱われた。聖女は元聖女になった。犯され、壊され、嬲られ、弄ばれ、穢された。夢も希望も潰えた。人間性など捨て去るしかなかった。痛みも涙も我慢して神を恨むしかなかった。

「どうしておまえは、俺たちと同じ惑星、同じ時代、同じ戦場に現れたんだ」

 ある時、転機が訪れる。聖女を貶めた悪魔が死んだのだ。悪魔を殺したのは、軍服の女だった。鋼鉄の如き精神を持つ看護婦。彼女によって聖女だった少女は救われた。

 その看護婦は聖女の仲間たちも同じように救ってくれた。当然、聖女だった女たちは看護婦に感謝し、彼女を師と仰ぐようになり、心の支えとした。いつかこの人のようになりたいと、聖女だった女たちは聖女だった頃よりも真剣に人を救うことに心血を注ぐようになった。

 だが、その聖女だけは師よりも姉弟子となる少女を心の支えとした。年齢は聖女よりも年下だったが、弟子の中で誰よりも師に近いのはその少女だった。……悪いところまで似てしまったが。

「死の恐怖ではなく、おまえへの憎悪で――」

 ただ、その聖女には問題があった。それは戦場に立つと、男性に対して異常に恐怖を抱くようになったことだ。苦痛から開放された反動だろうか。

 それでも、師や姉弟子の存在があった。他の同胞たちの支えもあって、ようやく立ち直れる、自分も皆と同じ場所に立とうと決意した。当時は聖書の神が復活し、人類を淘汰するために双貌の獣が動き出した頃だった。人王亡き後だったため、戦力や後方支援は一つでも多く欲しかった。

「英雄の真似事としてではなく、愚者の八つ当たりとしておまえに挑めていたならば――」

 だが、心の支えにしていた年下の姉弟子は死んだ。英雄を目指した馬鹿な男を救うために、邪悪な泥から救い出すために、その命を犠牲にした。英雄を目指した馬鹿な男は、自分と引き換えに死んだ彼女の最後の言葉を嫌でも覚えている。

 ――後のことは、お願いしますね。

 少女の死を誰もが悲しんだ。元聖女も同じだ。師の制止に逆らって、心の傷が完治しないまま、彼女は仲間たちと同じ戦場へと足を踏み入れた。

「俺は、皆に報いることができたかもしれない」

 しかし、元聖女は、その戦場で辱めを受けた。ある悪魔に衣服を消し飛ばされ、胸の中の声を暴かれた。男への恐怖心を治しきっていない彼女にとって、それはかつてあの悪魔にされた凌辱と何ら変わらない行為だった。

「人間としておまえに勝つことができたかもしれない」


 その女は首を吊った。

 ごめんなさい、と在り来たりな遺言を残して。


「誰かを、救えたかもしれないんだよッ!」

 結局、最強の槍を持って生まれた男は、託されたものを何一つ守れなかった。元聖女の件だけではない。人王が価値あるものだと考え直した人間の歴史を、仲間たちと守ろうと決めた人々の生活を、ソロモンが信じていた人類の未来を、何一つ守ることなんてできなかったのだ。

 最後に残ったのは、血まみれの槍と、誰も救うことができなかった両腕と、自分が槍の持ち主でさえなければこうはならなかったという強い後悔だけだった。

 自分が偽物なんて、とっくの昔に知っていたというのに。

「再戦の時だ、覆すべき終末のⅠ(アナザー・エンド)。一度殺した相手なんだ。楽勝だろう? 今度こそ、奴を憎悪で殺すぞ……!」

 アーチャーの宝具、覆すべき終末のⅠ(アナザー・エンド)。形状は棺桶であり、その性質もまたある意味では棺桶である。ただし死体は入っていない。入っているのは遺品だ。復活した聖書の神の敵として、最後まで抗った者たちの想いの欠片。

「聖槍起動」

 忌々しい役立たずの槍。神殺しとは名ばかりの人殺しの槍。そう断じながらも、こうして捨てられずにいる。これだけが、自分と仲間たちの道の証明だから。

 これこそが自分が生きた世界線の証明。唯一神の絶対的な殺戮にもがいた人類の足跡。この人が背負える程度の棺桶こそが、あの世界の人類史の墓標だった。神が勝者となったため、どのような手段でも見ることができぬように閉ざされた世界が、確かに存在していた証拠。

「宝具多重展開」

 聖槍を軸に、棺桶に収められたすべての遺品が力を呼び起こす。

 国を覆う霧が、獣を生み出す器が、命を弄ぶ聖杯が、紫に燃える十字架が、拳を滾らす爆裂が、聖剣で形作られた聖龍が、龍王を滅ぼした魔帝剣が、万物を両断する聖剣が、蛇の女神が張り付けられた大盾が、攻撃を飲み込む影が、精神を惑わす幻が、両手に宿る白炎が、敵を射る緑や青の矢が、次元を切り裂く聖王剣が、誇り高き獅子の斧が、絶対零度の人形が、自在に荒れ狂う天候が、幾億の刃の狗神が、何者をも癒やす光の指輪が、アーチャーの力となる。

偽・焼却式ⅩⅢ(カタストロフ・ロンギヌス)!」



 真名 ――(真名は破棄されている)
 クラス アーチャー
 ステータス 筋力:C+ 耐久:B 敏捷:A 魔力:C 幸運:E 宝具:A+
 スキル 対魔力:D 単独行動:B 心眼(偽):A 魔神の加護(真):A 神滅具:EX
 宝具 覆すべき終末のⅠ

 備考 かつて英雄派という集団を束ね、曹操を名乗った男の成れの果て。ゲーティアの一派が聖書の神に敗北した並行世界の曹操。
 ゲーティアの死後、聖書の神が再現したラフムの群れを相手に仲間と戦った。だが、奮戦虚しく、恩人と恩師を失い、仲間を殺され、人類を滅ぼされた。一人でも多くの人を守るため、最期の手段として異世界である『F』と契約し、死後は其方の守護者となった。他の守護者の例に漏れず、死後の彼は抑止力の尖兵として「自分が守ると決めていたはずのもの」を殺す運命に囚われた。摩耗していく記憶の中で残ったものは、過去への後悔だけだった。――自分は最強の槍など持って生まれるべきではなかった、と。
 余談だが、この男の死はゲーティアとトライヘキサの決戦から五年後のことである。
 彼の宝具の正体は、仲間たちの遺品を収納した棺桶型重火器である。本来の持ち主ではないため、本来の使い方ができない武器も多い。『槍』は専ら炉としてのみ使用している。


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真実

ハロウィンの展開というかコンセプトが予想の斜め上すぎた……!


「感謝するよ、キャスター殿。これで(おれ)が完成した」
「礼には及びませんよ、ほとんどソロモンの遺した術式のおかげですし。……それに、貴方の場合、完成した方が危険性が低いという変な人類悪ですからね」
「フォウ!」
「では、タマモちゃんはこれから優雅な英国旅行ですから!」
「ああ、ハクノ様にもよろしく伝えておいてくれ」
「ええ、勿論。……さようなら、魔術王より原罪を継承した獣。二度と出会うことはないでしょう。ところで、人間側の解釈では貴方ってローマ帝国の暗喩って説が有力なんですけど、そのあたりどう考えています?」
「ローマ死すべし。慈悲はある。ソロモンの『真理』の影響もあるんだろうから、ソロモン死すべし。もう三回くらい死ね。慈悲はねえ」
「フォ~? フォウフォフォフォフォフォ~?」
「左様ですか。あ、そこの猫と猿はご自由に小間使いにでもしてください」
「にゃ? 私たちの意思は?」
「はあ!? ちょっと待てよ、聞いてないぜぃ!」
「フォーウ」
「そう言われるなら遠慮なく。では(おれ)も、アサシン殿の用事に付き合うとしよう」







 俺――アザゼルは落ち着かない気分でこの席に座っている。

 場所は世界神話会談と銘打った会談の会場だ。隣にはサーゼクスとミカエルがいる。サーゼクスもミカエルも苛立った様子だ。理由は会談開始直前を狙った魔神柱の出現。しかも、レーダーでは合計で五十六体の反応が確認されている。

 本来であれば俺やサーゼクスたちも出張るべきだ。だが、そうはいかない。この会談の席に出ないわけにはいかないし、今回の行動はあからさま過ぎた。どう考えても、このタイミングで連中が出てきたのは何かの作戦の陽動だ。問題は、どんな作戦かって話だ。奴らの本当の狙いは何か。何より分からないのが、襲撃ではなく出現だったって点だ。

 あくまでも会場近くに出現しただけ。しかも、ご丁寧に人間の目を避けられる山奥に出たり、異空間を作ったりしてやがる。俺たちを誘ってやがる。舐められたもんだ。おそらく俺達を会場から引き離して、その隙にキングゥあるいはこの場に集まったVIPを殺害するつもりなんだろうが、そうはいかねえ。

 陽動だと分かっていても襲撃されていなくても、出現した以上は出張る必要がある。防衛的な問題でも、心情的な問題でもだ。一番反応が集中している――二十八体分の反応があったポイントにはセラフォルーに向かってもらった。サーゼクスと俺はこのまま会談に参加するしかないが仕方がない。リアスには一番弱い反応のポイントに向かってもらった。もしもの場合に備えてタンニーンにも同行してもらっている。一体しかいないようだから、大丈夫だろう。

 俺達が魔神柱から受けた被害はすでに洒落にならないレベルだ。相手が正体不明でありソロモンが関わっている可能性が高い以上、どうしても動きが後手後手に回った。あのクソ野郎が指輪に魂を封印していた可能性を思いついていればこんなことには……。いや、今更言っても遅いか。それでもバラキエルやサハリエルを失わずに済んだんじゃないかって思うとやるせない。

 指輪と言えば、天界に保存されていた指輪は十個すべてが偽物だった。

 ミカエルが本物を偽物だと言い張っている可能性もあった。神が復活する以上、あいつが俺たちを騙すことは有り得る。だが、これも的外れな気がする。理由は期間だ。もしも天に本物の指輪が九個あったとしよう。その場合は神が復活していないのはおかしい。時期を狙うような問題じゃないだろうし、聖書の神ほどの存在が復活すれば世界に何かしらの変動が起きる。指輪の現状を報告した時のミカエルの落胆ぶりからしても間違いないだろう。

 ……ただ、聖書の神に関してはどうだろうか。ソロモンのクソ野郎が優秀だったことは認める。それでも、指輪すべてを偽物にして、聖書の神の目を欺けるかとなれば疑問は出る。となると、ソロモンの返還後に聖書の神が本物と偽物をすり替えて保存していたってのが一番有り得そうなんだが……どうしてそんなことをしたのかって疑問が残る。結局振り出しだ。

 指輪はどこにあるのか不明。この情報はさすがに開示しておかないとやばい。後々突っ込まれるのも面倒だし、世界中の神話で力を合わせて探すべきだからな。他の指輪にソロモンの魂が封印されているって可能性もそれなりに高いし。

 とにかく、今回の魔神柱への対戦力にはセラフォルーが主体となって、他の魔王眷属や最上級悪魔、堕天使の幹部、熾天使や最強クラスのエクソシストも出ている。

「これより世界神話会談を始めます。この会談を取り仕切らせてもらうシヴァです。お見知りおきを」

 大黒天――シヴァが宣言する。

 ……本来、目下敵であるはずの魔神柱が出たんだ。会談は相手の目的が分かるまで中断すべきだ。だが、今回集まった修羅神仏は予定の変更なく決行した。理由は、俺達への当てつけだろう。魔神柱への対処はほとんど俺達三大勢力に丸投げされた。確かに俺達が戦うべき相手だが、他の神群はほとんど戦力を回していない。俺達に被害を出させてもしもの場合に自分のところの兵を出すつもりなんだろう。……そんなことをしている場合かよ。いまはあらゆる神魔が手を結んで、ソロモンの思惑を打ち破らないといけない時期だろう……! この会談の結果次第で、世界は滅ぶかもしれないんだぞ!

「前置きの挨拶も必要なのでしょうが、我々には時間はない。外も慌ただしいようですし、本題を明確化しましょう。唯一にして最大の議題は、あの怒りしか知らぬ王、忌まわしい『真理』を構築した魔術王ソロモンへの対策です。さて、あの王の災禍を振り返る前に、件の異形――魔神柱について『彼』に証言をしてもらいましょう」

 シヴァの視線が、日本の妖怪勢力陣営にいるキングゥに向けられる。キングゥが会場に現れてから、ほとんどの修羅神仏の意識はこいつに向けられていた。

「もっとも、彼は魔神柱との契約で彼らの正体を口にはできないのですが……彼の正体を聞けば自ずと理解できるので。私は先に聞かせてもらっていますが、色々と驚きの内容でした。この会談の内容を左右しかねないほどのものです。話し合いの前に知っておいた方が良い。早速――」
「魔神柱の前に、明確にしておくべきことがあるのではないか?」

 シヴァの言葉を遮ったのは、ある神話の神だった。……おいおい、流れを壊すなよ。周囲の視線はキングゥに一気に集まって、キングゥ自身身構えていたってのに、それが狂っちまった。キングゥの奴、出鼻をくじかれて気まずそうにしている。それを京都妖怪のお姫様が背中をぽんぽんと叩くことで慰めていた。

 シヴァはその神に問う。

「魔神柱の一件以上に、優先して話し合うべき内容とは? おおよそ察しはつきますが」
「決まっている。三大勢力の受けるべき国際的制裁について、より正確にはソロモンについてだ」

 会場がざわめく。

「彼の復活を通告してこなかったことはどうでもいい。……どうでもいいは言い過ぎか。だが、理解はできる。あの魔術王はそういう存在だ。確実に復活した証拠がなかった、というのもあるのだろう。指輪の管理を怠っていた天界に対しても言いたいことはあるが、それ以上に私は魔王と堕天使の総督に抗議をしたい」

 その神の視線が俺たちに向けられた。

「貴様ら、何故ソロモンを殺した?」

 は? こいつは何を言っているんだ。

「ソロモンの危険性は分かっているだろう。あの男が目の前に現れたらそりゃ殺すしか――」
「魔術王が、『真理』を組み立てたあの男が生きてさえいれば、『真理』の術式を解除できたかもしれんのだぞ!?」

 ソロモンが作り出したと言われる術式『真理』。その正体は不明で、その技術は未知だ。一切合切ソロモンにしか理解できないシステム。何をどういう仕組みにして組み上げたのかすら分かっていない。一部では『壺』の一件が術式構築の手順だったとも言われているが確証はない。

 色んな学者やら機関やらが調べているが、何も分からない。分かっているのは、あれは異形の過去と未来を奪うものってことだ。人間の神話だけではなく、異形側の記憶さえ改竄する。特に創造神の類はあれをどうにかしようと躍起になった。……当然だろう。何せ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って状況なんだから。

「貴様らが、貴様らのせいで作られてしまったあの忌々しい呪いが、ようやく! この時代でどうにかできたかもしれないのに! おまえたちは、それを台無しにした……!」

 ちっ! 好き勝手言ってくれやがって。『真理』構築の動機について、あの男は人類愛なんて寝言をほざいたんだぞ。あれだけ世界に暴力をばら撒いたくせに愛なんて騙りやがった。そんな男がどう頼んだところで『真理』について口にすることはないだろうぜ。

「まあまあ、落ち着いて。その件については私も思うところがありますが、キングゥに話してもらう内容はそのあたりにも関係していますので。彼の話を聞いてから三大勢力の責任を追及しても遅くはないでしょう」

 シヴァに制止されてその神は渋々といった様子で席についた。周囲は批難というよりは同感って顔をしている奴が多い。けっ! どいつもこいつも。そもそも『真理』が組み立てられたのは、おまえらがソロモンに騙されたからだろうが!

 会場の空気は最悪なまま、ようやくキングゥの話になった。

「はじめまして、この世界の修羅神仏たち。私の名はキングゥ。今は京都妖怪勢力の一員ですが、私の正体は妖怪というわけではありません。こことは異なる世界の、創世の女神の仔にして、天の鎖の後続機です」

 そして開示された情報は、文字通りの意味で世界の見方を変えるものだった。







 俺――匙元士郎は内心で震えながらこの場にいる。

 世界神話会談の開催において、三大勢力はかなりの戦力を備えていた。堕天使の幹部や熾天使、魔王様とその眷属と豪勢だ。勿論全員が来ているわけじゃない。特に、現ベルゼブブ様と現アスモデウス様は不参加だ。まあ、冥界の守護とかもあるから当然だけど。

 予想通り、魔神柱たちは出現した。堕天使勢力が開発した魔神柱探知機のおかげで、襲撃する前に出現が判明できたんだ。特に反応が集中しているポイントにセラフォルー様は向かった。会長や俺達眷属もサポートとして同行している。魔王様の戦闘の邪魔にならないよう、そして邪魔をしてくるであろう奴らの部下を倒すためだ。

 正直、怖い。怖いけど、俺はこの戦いで絶対に活躍してみせる。すべては会長の夢、俺たちの夢のためだ。この戦いで功績を上げたら、それはゲームでの活躍よりずっと評価されるはずだ。そうなったら、俺達の夢の実現にまた一歩近づく。

 俺達は魔神柱が作り出したであろう異空間に潜入していた。会場近くに作りやがるとか肝が据わりすぎだろう。入った途端に出られなくなる、みたいな罠はないみたいだ。

「この空間はおそらく上位神滅具の一つ、『絶霧』によるものでしょう。罠でも仕掛けてあると思ったのですが、何も起きませんね」

 会長が教えてくれる。上位神滅具か。全部で十三しかない神滅具の中でも最上位のもの。神さえ殺せる聖槍や自由自在に操れる天候などの四つ。兵藤が持っている赤龍帝の籠手すら上回る最強の力。

 相手はそれほどのものを持っている。そのことを再認識した瞬間だった。

「待っていたぞ。聖書に名を連ねる害獣どもが!」

 どこからか声がした。敵意と殺意に満ちた怒号のような声が。

「顕現せよ。牢記せよ。これに至るは七十二柱の魔神なり!」

 声と同時にその場に出現したのは――あまりにも巨大で醜悪なバケモノだった。大樹とも触手の怪物ともいえる形状。おぞましい以外のどんな言葉も似あわない。そんな奴が出現した。怪獣映画かよ……! スケールが違いすぎる!

「魔神柱二十八柱による融合。それこそが、このクラン・カラティン! 恐怖せよ。怯懦せよ。冥界に犇めくすべての命より一足先に、地獄の底に堕ちるがいい。だが、戦闘の前に問答をしようではないか」

 も、問答?

 身体に張り付くようにある大量の眼球の一つが、明確にある御方を捉えた。会長のお姉さんにして魔王の一人、セラフォルー・レヴィアタン様だ。

「セラフォルー・レヴィアタンよ。おまえは魔法少女についてどう考えている?」

 ズッコケた。その場にいたほとんどの者がズッコケた。空中で飛んでいたはずなのにズッコケた。確か、駒王会談の時のグラシャ=ラボラスだっけ? そいつも急に魔法少女について語り出したんだよな。魔神柱ってこんな奴らばっかりなのだろうか。

「ちょっと待て」

 セラフォルー様が答える前に、先程とは別の目玉の一つが、先程の目玉を睨んだ。先程と同じだったけど、声音でなんとなく違う奴なんだってのは分かった。

「おまえ、この状況でその質問か」
「何だ、私の魔法少女への愛に文句でもあるのか」
「時と場所を選べと言っているのだ」

 ああ、会長が遠い目をしている。副会長が言葉を掛けているけど反応が薄い。こいつら、俺の主に精神攻撃を仕掛けて何が楽しいんだ!

「まあ、待て、アンドロマリウス。グラシャ=ラボラスの熱意も理解できぬものではない。人間は等しく同価値だが、『少女』という部類は精神的に特殊なのだ。彼女たちのリビドーは魔術的にも非常に価値がある」
「黙れゼパル。殺すぞ」
「何故そこまで殺意が高い!?」

 ……いま、聞き捨てならないことを言わなかったか?

「ちょっと待てよ」
「何だ、龍擬きの少年よ。先に言っておくが私は魔法少女を利用しようなどとは考えていない。かつてはそうだった。人間を利用しようとしていた。だが、その思想は破棄された。我々は――」
()()()()()()()()()()()()って……どっちも倒されたはずだろう!?」

 グラシャ=ラボラスは駒王会談の時にトップ陣に倒された。ゼパルは兵藤が死に物狂いで倒した。そのはずだ。そうでなければならなないはずなのに。名前が同じだけ、とかだよな?

「……貴様ら、まだそこにいたのか」
「笑止。我らを一度倒したくらいで、殺したつもりでいたとはな」

 周囲の皆に困惑と恐怖が宿るが、それを魔神柱たちはせせら笑う。

 待てよ。何だよ、それ。じゃああの会談時、三大勢力のトップ陣が袋叩きにした時のあれは、負けた振りだったとでも言うつもりかよ。俺達が、世界が、おまえたちの手のひらの上で踊っていたとでも言うつもりかよ! 何様なんだよ、おまえらは!

「我々を完璧に滅ぼしたいのなら一秒に四十四柱のペースでこふっ!」
「パイモン! ブエル、グシオンまで! ついでにフェニクスが!」
「これだから管制塔は!」
「古傷を抉るな! おまえたちだけではなく我々全員のトラウマなんだぞ!」
「溶ける沈む痛苦の無限もう黙れクズが死にたくない悲願のため速度痛いアアアアギィアアア!」
「喧しいぞ、この似非詩人が!」

 ……こいつら何で敵前でコント始めてんだろう。一秒で四十四体って無理だろう。大体、そんなペースで倒したら二秒で全滅できるじゃないか。それとも、こいつらって一秒以内に全滅させないと増えるのか?

「皆! 気を引き締めて! 彼らの動きに集中しなさい! 相手が上級悪魔を倒せるほど強いことを忘れないで!」

 会長の声に気を取り直す俺達だったが、この触手の怪物はそんな態度を嘲笑いすらしない。

「改めて問おう、セラフォルー・レヴィアタン。怠惰な魔王よ。おまえ達の杜撰な政治のせいで、魔法少女たちを襲った悲劇について、おまえはどう考えている?」



内外ともに混沌とする世界神話会談。
そして、その裏で画策されたアグレアス強奪作戦。
だが、予想外の乱入者が現れる。
この宴は誰のために。

次回「撃墜」

次の人類悪顕現まであと四話。


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撃墜

人知れず神知れず、『彼』は本当に、美しいものを見た。


 グラシャ=ラボラス。ややこしくなるからおまえは一度黙れ。

 ごほん。

 改めまして、我はソロモン七十二柱がひとり、魔神アンドロマリウスだ。

 我ら二十八柱および此処にいない四十四柱は、此処とは異なる宇宙の七十二柱。この星とは異なる星の、おまえ達の知るソロモンと異なるソロモンに仕えた、おまえ達とは異なるソロモン七十二柱の魔神である。それこそが、私たちの正体だ。

 ……意外そうな顔だな。そういえば、我々の目的が正体を隠すことであると勘違いしているのだったか? はっきり言おう。我々にはもはや自らの正体を隠す理由などない。まんまと現れたおまえたちを殺し、計画を最終段階に移行する。

 だがその前に、我々の殺意の理由を聞いてくれ。

 この星に来て、我々は多くの悲劇を知った。見るに耐えない殺戮を見た。聞くに堪えない雑音を聞いた。過去と未来を見渡す千里眼などなくとも、あらゆる真実が流れ込んできた。

 我々は、醜い、と思った。

 醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。

 不快極まる事実を見せつけられた。醜悪極まる生態を記憶付けられた。

 どのような時代、どのような国であれ、人の世には、多くの悲劇があった。だが、人間の選択ならばそれでよい。 人間は万能ではないのだ。みな苦しみを飲み込み、矛盾を犯しながら生きるしかない。 あの敗北を通し、終わりある命の価値を私たちも理解した。

 されど、その悲劇の根源が人ならざる異形ならば話は違う。

 この醜悪な環境を、状況を、解決しようと考えるのは当然の帰結だった。そして、その醜悪な環境の根源にあったのが、おまえたち聖書に記された異形――神と天使、悪魔、堕天使だった。

 神は誰も救わない。救わないだけならばよいが、神器なる力を振りまいている。人間の力を高めるものではあるが、これは確実に人間を不幸にしている。同種からは差別され、異種からは利用される。暴走し、すべてを失ったものもいる。

 天使も誰も救わない。聖剣計画やシグルド機関のような人体実験を看過しながら、それを利用している。神の不在を秘匿し、その上で信仰の邪魔となるものを問答無用で追放している。神に与えられたはずの神器を種類によっては異端として排除している場合もある。追放者に何一つの贖罪もなく、だ。

 悪魔は『悪魔の駒』を使い、理不尽に悪魔に転生させてきた。強い神器があるからと、特別な力を持っているからと、ただそれだけの理由で人間であるという事実を奪い、穢してきた。しかも、主人に歯向かえば問答無用で討伐対象だ。他の国を勝手に領地化し、杜撰な管理の下、他勢力との抗争に人間を巻き込んでいる。

 堕天使は神器を持っているというだけで人間を殺している。まるでゲームか何かのようにな。殺害に至らずとも、拉致し人体実験を行っている。

 グラシャ=ラボラスは先程『魔法少女』という言い方をしたがな、あれは幼い魔女という意味だ。魔女の少女だから、魔法少女。……ややこしい? それはこの阿呆に言ってくれ。まあ、貴様が思い浮かべる意味での魔法少女もいたが、それは置いておこう。……置いておこうと言っているのだから置いておけ、グラシャ=ラボラス! 悪かったな、言い忘れていた……余計なことを言うなゼパル! グラシャ=ラボラス≒ミルたんとはどういう意味だ、フェニクス! 誰だそいつは。

 とにかく、彼女たちもおまえたちの杜撰な政治の被害者だった。

 ある者は理不尽な教義に裁かれた。ある者は玩具として悪魔に弄ばれた。ある者は不当な取引により堕落を強制された。青田買いとは違う。純粋に悦楽と欲望を満たすためだけに、壊された子どもたちがいた。すべての悪魔がレーティングゲームに力を入れているわけではないだろう? おまえたちの娯楽のために消費された人間の生命があった。物珍しいというだけで転生させられた。はぐれ悪魔を必要以上に嬲って殺す者がいることを知っているか? 例えはぐれ悪魔であったとしても、そこに悦楽を覚えられば罰ではなく快楽殺人と同義だろうに。

 グラシャ=ラボラスは一時魔法少女の使い魔をしていた経験があってな。その影響か、彼女たちに対して強い拘りがあるのだ。だからこそ、おまえが許せなかったのだ、レヴィアタンを継承した女悪魔よ。魔法少女を目指すと宣いながら、魔法少女たちが無理やり転生悪魔にされるような事態を、改善しないおまえがな。

 おまえに罪があるとは言わない。魔王など名ばかりのお飾りであったことは重々承知だ。だが罪がなくとも、責任はある。それが王というもののはずだ。まして、おまえは「魔女に対して間違った認識を与える」と魔法使い側から抗議されたこともあるというのにその装いを止めなかった。その振る舞いを改めようとはしなかった。おまえが興じるテレビ番組では、和平後も堕天使や天使を敵視する描写が続いているな。これで外交担当? 笑わせる。

 おまえは多くの悲劇を見逃した。おまえたちは多くの悲鳴を聞き捨てた。そのせいで、どれだけの人間が終わったか数えられるのか? 救えた命があったはずだ。守れた心があったはずだ。なくすことはできなくとも、ほんのわずかな行いで減らすことができたはずだ。

 私たちはそんな彼らを救い、そんな異形どもを殺してきた。

 ああ、助けたはずの人間から恨み言を言われたことならば何度もあるぞ。――どうして、どうしてもっと早くに助けてくれなかったのかとな!

 おまえたちの生命は等しく無価値だ。おまえたちの行動は等しく無意味だ。

 この星は狂っていた。おまえたちは狂っていた。

 聖書の実態を知れば知るほどに、犠牲者を救えば救うほどに、おまえたちへの憎悪は増した。堕落への憤怒は途切れず、苦痛への悲哀が濃くなった。なんとしてでも貴様らを殺し尽くすと決意した。おまえたちを許してはならないと、私たちの誰もが思った。

 だが、今の我々には問題がある。

 それは、おまえたちを滅ぼすことに対して一切の葛藤が、苦悩が、躊躇が、逡巡がないということだ。おまえたちを絶滅させても後悔しないだろうし、それは確実に成功するだろう。だからこそ問題だった。これではあの時と同じだ。これではあの時の繰り返しだ。

 我々はまた敗北してしまう。我々はまた失敗してしまう。大切なものを見逃して、大事なものを見落としてしまう。

 故に、この対話は必要だった。

 貴女の夢の価値を教えてください。貴女の正義の色を見せてください。

 我々に葛藤を、苦悩を、躊躇を、逡巡を、後悔を、敗因をください。

 この現実を知ってなにも感じないのですか? この悲劇を正そうとは思わないのですか?

「もう! わけのわからないデタラメばかり言って! 悪魔が私の同志である魔法少女を不幸にするなんてことあるはずないじゃない! 嘘でこの魔法少女マジカル☆レヴィアたんを惑わそうとしても無駄よ☆ 悪魔の敵はきらめくスティックでまとめて殲滅しちゃうんだから☆」

 ――――どうして、ですか? どうして我々の言葉を嘘だと思うのですか? 貴女には、あの殺戮が見えないのですか? あの悲鳴が聞こえないのですか? それとも、悪魔以外に興味がないのですか?

「『悪魔の駒』を悪用する悪魔もいるかもしれないけど、ソーたんやリアスちゃんみたいな子だっているじゃない☆ それに、悪魔に転生したってことはちゃんとした契約があったんでしょ? きっとみんな、悪魔に転生して楽しんでいるわ☆」

 ――――――ああ、そうか。理解したよ。

「おまえたちよりも、我々の方がずっと愚かだった」

 我々はまた間違えているのかもしれないなどと、烏滸がましいほどの妄想だった。

 どうか貴様らにもあの王のような真実があって欲しいなどと、未練がましいだけの怠慢だった。

 この戦いは断罪ではない。この戦いは贖罪ではない。この戦いに正義はない。この戦いに神意はない。この戦いは復讐ではない。この戦いは挑戦ではない。この戦いに勝利はない。この戦いに報酬はない。

 聖書を焼却する上で、この戦いに意味はない。極点を目指す為に、この戦いの必要はない。だが、価値がある。何物にも代え難い価値が。

「この愚かさこそが貴様らを滅ぼすのだ!」

 絶望すら、する必要はない。

 これより未来、おまえたちの名前を呼ぶ者はいないのだから。







 セラフォルーがクラン・カラティンと対面したその頃、アガレス領のアグレアス付近にて、その老紳士は計画のチェックをしていた。

「最大で国一つ囲える『絶霧』を主体に、アジ・ダカーハの魔術、ラードゥンの結界、魔神柱が多重に発動する術式。これらを合わせれば都市一つを奪うなど造作もない。妨害術式があったところで無効化の手筈はできている。既存の術式は魔神柱によって解析済み。めぼしい戦力は会談に集中している。現在の悪魔で対抗できるのは能力的にはアジュカ・ベルゼブブのみ。しかし今日彼がアグレアスを訪れようがないことは把握している。完璧だネ! これぞ完全犯罪! 世界は破滅に満ちている! フハハハハハ!」
「よっ、さっすがパパ! かっこいい!」
「もっとパパを褒めてもいいんだよ、リント」
「教授……」

 リントによいしょされて上機嫌の教授を見て、すごい顔で半眼になるゲオルグ。

 アグレアスの全貌を眺められる高台で、その一団はこれから強奪することになる浮遊都市を観察していた。メンバーは魔神バアルとアンドラス、教授、ゲオルグ、リント、ヴァレリーである。別の地点ではアーシアとナイチンゲールが待機していて、合図と同時に邪龍を召喚する手筈だ。

「ゲーティアからの連絡もまだだし、今はリラックスしておこう。いやー、この歳になると立ちっぱなしも辛くてね」

 そう言って用意していた椅子に座る教授。

「そういえば教授。天界に保管されていた指輪が偽物だったという情報がありますが、どうお考えですか?」

 ゲオルグからの質問に、教授は鬚を撫でながら答える。

「良い質問だ。冥界焼却はその問題が解決してからになるだろうね。おそらく指輪はトライヘキサの封印に使われたのであろうと私は考えている。トライヘキサの正体は仮説の段階だったが、アーチャーの登場で確定した」
「アーチャー……並行世界の曹操ですね」

 苦虫を潰したような顔になるゲオルグ。彼がああなったのはどうしてだろうか。その世界線の自分たちは彼を止められなかったのだろうか。あるいは、自分たちが彼をああしてしまったのだろうか。どれだけ悩んでも答えは出ない。

 ゲオルグの主観だが、彼は過去の自分や仲間を本気で殺したいとは考えていないのではないだろうか。あの時、去り際にアーチャーは『絶霧』らしきものを使用した。最初からあれを使って不意打ちすれば確実に殺せたはずなのにそれをしなかった。これは自分に都合の良い考えだろうか。並行世界とはいえ曹操のことだから、無駄にカッコつけようとしたという可能性もあるが。

「ソロモンの術式が産み落としたならば、ソロモンの力で封印するのが最も適切だ。トライヘキサの存在はどうやらミカエルら熾天使にも知らされていなかったようだからネ。神がひとりで封印したなら、神が偽物とすり替えておいたことにも説明がつく」
「神は天使を信用していなかったのでしょうか?」
「だろうネ。現実、悪魔や堕天使と同盟を組んだだろう? そうなると現在はどこにあるのかが疑問だ。解除と同時に壊れたのか、ソロモンの協力者が持っているのか。ソロモンと協力関係にあった獅子王が持っている、なんてことも有り得るネ」

 教授が冗談交じりの呟きと重なるように、



 巨大な光の柱がアグレアスを貫いた。



「は?」
「え……」
「ちょ!」

 光の柱が消えると同時に、浮遊都市の高度が下がっていく。早い話、墜落しようとしていた。決して小さいとはいえない規模の浮遊都市が勢いよく大地に向かって堕ちていた。先ほどの光の柱が島を浮遊させていたなんらかを破壊したのだろう。

 島が落ちていく様子を見て、激しく動揺する一同。

「私の完全犯罪がああああああ! おのれ謎解き屋め!」
「完璧な計画、完全な展開の崩壊……さてはおまえだな藤丸立香!」
「落ち着いてください、教授! バアルも! その二人は多分関係ない!」
「ほら、深呼吸でもしてくださいッス」
「私の、私の残機……」
「アンドラス様お気を確かに!」

 おそらくあの光の柱はあの女神の槍だ。自分達が認識しているよりも更に威力が上に見えたが、あれが赤龍帝と融合して得た倍加の力ということだろう。

 このタイミングであることに疑問は覚えるが、それよりも作戦の修正が先だ。目的の希少金属の回収は可能か否か。

「ふー、ふー……動物でも植物でもなく、鉱物であることに救われたな。堕ちた後の残骸から意地でも探し出してやる。原石が少しでも見つかれば……」
「でもあんな光に飲まれたら鉱山ごと溶かされるのでは……?」
「あれが例の女神の聖槍ってやつですか? うわー、やばいですねー」
「残念なお知らせだ。計算の結果、今の光の柱が落とされた地点はちょうど例の希少金属の埋蔵地だ。座標と光の柱が見えた角度からして直撃だろう。原石が残っている可能性は低い……ちょうどいま二発目が発掘された金属の貯蔵庫がある座標に落とされたネ。徹底してるぅ!」
「あの女神の頭はマーマイトか何かでできているのか! 聖抜はどうした!」

 本来、冥界には太陽が存在しない。だが魔力で作られた疑似的な太陽が人間界の時間に則って昇るようになっている。だが、絶叫するバアルの頭上に昇った太陽は、この時間では有り得ない位置にあった。







「――以上が私からお話できるすべてです」

 キングゥからもたらされた情報は、先んじてある程度の知識を得ていた神々でさえ呆然とするほどのものだった。まったく予備知識のなかった者からすれば、どれほどの驚愕を受けたか。

 こことは異なる神秘を内包する世界。

 英霊。聖杯。抑止力。アラヤとガイア。サーヴァント。

 七つの手段により焼却された七つの時代。

 人類史を修復し、取り戻すために立ち上がった、人類最後のマスター、藤丸立香。

 そして、人類悪。人類を滅ぼす悪ではなく、人類が滅ぼすべき悪。

 キングゥの母であり、古代メソポタミアを滅ぼそうとした『回帰』の獣、堕ちた女神ティアマト。龍王最強の『天魔の業龍』ティアマットが可愛くなるような次元の話だ。キングゥの知識は、この女神を倒すために彼がその身を犠牲にして足止めしたところで終わっている。

 おそらく倒せたのであろう、というのがキングゥの見解だ。

 一通り聞いた神々は感嘆とした息を吐き出した。まったく違う法則で動く世界の証明。自分達の常識が一新されたのだから無理もない。

 何より重大なのは、キングゥが此方の魔術王――クルゼレイ・アスモデウスの身体を乗っ取っていたソロモンからビーストの霊基を感じ取ったということだ。人間にしか滅ぼせないというのならばアザゼルが倒したのは無駄であり、どこかで復活を待っている可能性もある。あの男が未だに滅んでいない、しかも自分達では倒せない。そのことがどれだけ神魔の心を揺るがせたか。

 ある事情により、その『異世界』については知っていた帝釈天は他の神よりも情報の整理が早かったため、一足先にキングゥに訊ねる。

「つまり、人類悪ってのはラーヴァナみたいなもんか?」
「認識としては近いですが、ラーヴァナの場合は相性というべきでしょう? 人類悪のそれは相性というよりは法則に近いですね。人間になら倒せるのではなく、人間にしか倒せません」

 キングゥの話を聞いて誰もがおおよその察しをつけた。

 キングゥのいた世界とやらは、どういう偶然か、この世界と歴史や名称が酷似している。つまり、この世界の存在と同じ名前の神々や魔王もいるわけだ。具体的にはそう、あちらにはあちらの七十二柱もいるだろう。そこまで考えたら『彼ら』の正体も分かろうというものだ。そして、彼らの背後にいるであろう王の名前を理解した。それが間違いであるとは思いもよらずに。

「こうなってくると俺たちもそれに対応するしかないか。となると、まずはそのカルデアって組織のマスターをどうにかしてこっちの世界に呼ぶところから始めるしかねえか? しかしこれまでまったく観測されなかった異世界への干渉か」
《カラスめ、本気でそのようなことをするつもりか?》
「言ってろ、骸骨ジジイ。ソロモンにできたことが俺に出来なくてたまるかよ」
《そういう意味で言ったのではないのだがな》

 ハーデスの言葉にアザゼルが首を傾げた瞬間だった。

 会場の中心にある空間に、白い亀裂が入った。

 空間を引き裂きながら出現したのは、白く光り輝く人間の少年の形をした何かだった。頭部には十本の角があり、背中からは鳥やドラゴン、コウモリなどの羽が六枚生えていた。その肩には兎のような猫のような白い獣が乗っていた。何より特出すべきは、そのオーラだろう。生半可な神仏などその瘴気を吸うだけで殺戮できてしまうであろうほどの重圧。世界を代表する神々が、まるで象を前にした鼠のように震えていた。

 悲鳴すら許さぬ瘴気を放ちながら、その少年は口を開く。その声にはどこか、あの忌々しい王のように怒りが滲んでいた。

「はじめまして、くそったれな修羅神仏のごみクズども。我こそはこの星の人類悪の一つ、『期待』の理を担う獣の半身。貴様らが『黙示録の皇獣(アポカリプティック・ビースト)666(トライヘキサ)と定義した者だ」
「フォフォウ」

 白い獣の可愛らしい鳴き声が、場違いに会場に響いた。一拍置いて、その名乗りに対して動揺と驚愕が走る。

「と、トライヘキサ、だと……!」

 どこに存在するか不明だった魔獣。黙示録に語られる力が事実なら、この場に集まった修羅神仏が力を合わせても無事では済まない。シヴァを始めとするインドの神々でさえ勝つことは難しい。だが、かの獣であればこのオーラも納得だ。こんな龍神や真龍に匹敵する怪物、他にいてたまるものか。

「HAHAHAHA! ……人類悪か。この場に人間いねえけど、どうするんだ? 逃げるか?」

 血気盛んな武神である帝釈天であっても、本能的にこの獣の相手はまずいと理解できるらしい。戦意というものが感じられない。強いて言うならシヴァを横目で見て、「どうやってこいつに押し付けよう」と考えているようだった。

「……まずは謝罪と訂正を。人類悪と名乗ったが(おれ)はすでに人類悪ではない。ちょっとテンションが上がって正確ではない発言をしてしまった。一個の生命ならばともかく人類悪としての666(トライヘキサ)は既に敗北している」

 黙示録の獣はまるで誇るかのように自らの敗北を告白する。

「いやはや、この場にいる神々さえまとめて余裕で滅ぼせるこの(おれ)が、何の武力もない脆弱な人間に倒されるとは。人類が倒すべき悪とは正にその通りだな」
「何?」
「フォーウ、ンキュ!」

 獣の鳴き声を聞きながら、アザゼルは先程のキングゥの話を思い出し、ひとつの結論に至る。

「黙示録の獣を倒せる人間……? そうか、この世界に来ているんだな。人類最後のマスター、藤丸立香が!」
「そんな貧相な発想しかできないから、おまえたちはあの馬鹿王にしてやられたんだ」
「フォウ、フォーウ」

 唾棄しながら否定するトライヘキサの肩の上で白い獣が呆れるように鳴く。

(おれ)を倒したのは、この世界の人間だ。おまえたちが知らない、おまえたちが覚えようとすらしないこの星の人間すべてだ。彼らはただそこに生きているだけで、この(おれ)に勝利したのだ。眠っている間は『期待』なんてしていなかったのだけどなぁ」

 アザゼルには理解できない。サーゼクスにも理解できない。シヴァや他の神々にも意味不明だった。トライヘキサの実在とその正体を知ったばかりの彼らには、この獣の発言の意味が分からない。否、どれだけ考えたところで真実に至れる神魔がどれだけいるか。

 ある意味、ソロモンだからこそ、その解に至れたのだ。完全で純粋な形で顕現した場合にのみ、この人類悪は極めて簡単に倒せるのだと。故に、彼はいつの間にか生まれていた自らの術式に、最初の愛を、自らの原罪を与え、キャスターとアサシンの協力の下、この獣を人類悪として完成させたのだ。

「それより面白い……否、不愉快な話をしていたな? リツカ・フジマル様をこの世界にお呼びすると?」
「ああ、おまえらを倒すには経験者の話を聞くのが一番良さそうなんでね。それに、キングゥの話からして、魔神柱ってのはそいつの敵なんだろう? 魔神を倒すという目的が同じ以上、俺たちの利害は一致するはずだ」
「――愚か、あまりに愚か」

 床に剣が突き立てられるような音がしたかと思えば、突然、その場に『死』が現れた。

 トライヘキサの強大さに目を奪われて気が付かなかった、なんて次元ではない。何故ならば、その人物もまた強烈な雰囲気を放っていたからだ。黙示録の獣が近くにいたと言えど、これほどの存在の登場に気が付かないなんてことは有り得ない。

 それは骸骨の面をつけた大男。巨大な剣を携え漆黒の衣装を着た姿はまさに死神。武を限界まで極めたであろう圧倒的強者の風格。一瞬でも油断すれば首を取られると、修羅神仏の誰もが感じ取った。実際、自らの首に手をやっているものも多い。

 強いか弱いかで言えば強いのだろうが、そういう問題ではない。強弱だの善悪だの、そんな単位で考えてよい相手ではない。トライヘキサがスケールが巨大すぎる漠然とした破壊現象ならば、この死神はあまりにも克明にして明確すぎる『死』だった。

「何者、だ?」
「魔術王の姦計に嵌められた道化と言えど、神の一角であれば名乗らねばなるまい」

 ある神からの問いに、骸骨面の剣士は堂々と名乗る。

「――幽谷の淵より、『此方』の魔術王の召喚に応じ、補足と祝福、警告に参った。山の翁、ハサン・サッバーハである」

 ハサン・サッバーハ。中東にある教団の暗殺集団の長であるはずだが、これが一介の暗殺者の気配であろうか。神代の英雄でもこれほどの殺気を帯びたものがいるだろうか。

(おれ)が来たのはこの御仁の付き添いに過ぎん。不要であるとも思ったが、万一この御仁に何かあれば申し訳がない。あの馬鹿王の後始末に付き合ってくださったことへの感謝を込めてな」

 神々が戦々恐々とする中で、最強の神であるシヴァは余裕のある態度で話しかける。

「では、ハサン殿とお呼びすればよろしいのですかな?」
「好きに呼ぶがよい。我が名はもとより無名。拘りも、取り決めもない」

 その受け答えだけで度量の大きさを示す山の翁に、アザゼルは次の質問を向ける。

「ソロモンの召喚に応じたってことは、おまえがサーヴァントってやつか?」
「然り。この身は愚行を承知で、魔術王と契約を結び、この獣の完成に手を貸した。すべてはこの時のために」
「っ! おまえ英霊のくせに世界を滅ぼす獣を目覚めさせたってのか!?」

 アザゼルは糾弾する。キングゥの話からすれば、英霊とは人類を肯定する立場にあるはずだ。これほどの力を持つ存在が何故そのような悪を成したのか。かつての神々がそうされたように、この死神もソロモンの甘言に乗ったということなのか。

「否、この獣はすでに世界を滅ぼさぬ。この獣が自らの口で告げたように、この獣はすでに人類悪にあらず。天命はこの世界の人類を選んだ」
「は、はあ?」

 この件に関してはこれ以上説明をするつもりがないのか、山の翁は話を戻す。

「キングゥの話の続きをしよう。カルデアのマスター、藤丸立香は原初の母、獣に堕ちた女神ティアマトを打倒した。そして、魔術王を騙った者に勝利し、人類史を奪還したのだ。かの戦い、実に見事であった」

 それを聞いて恐怖を忘れて興奮する神々。特に、オーディンと帝釈天の目の色が変わった。人類悪を打倒し、世界を救済した英雄。心底欲しいと本能的に考えてしまった。

「……へえ、あいつ母さんを倒したんだ」
「汝の協力あってこその成果である」
「…………ふん、どうでもいいね。まあ、このボクがあそこまでしてやったんだ。やり遂げてもらわないと困るね」

 これが第一の目的である補足。

 そして、第二の目的である祝福。

「原初の母の仔キングゥよ。汝の新たな道を、カルデアのマスター、賢王とウルクの民、復讐の女神、原初の母に代わり祝福する。その行く先に多くの幸あらんことを」
「え、あ、うん。ありがとう、ございます?」

 困っていた。面識があるわけでもない冠位暗殺者に「新生活おめでとう」と言われて、天の鎖の後続機は非常に困っていた。困惑以外のどういう反応をしろと?

「しかし堕落は許されぬ。一たび研鑽を怠ればその槍捌きも精神も衰えるであろう。原初の母の下で振るった手腕を、人を滅ぼすためではなく親しい者を守るために使うと良い。かの力を腐らせる道理はない。働け」
「あ、はい」

 要は「食っちゃ寝せず新天地でも頑張るんだぞ」と言われて頷くキングゥ。

「骸骨殿。詳しい事情は今知ったばかりじゃが、キングゥには私がいるので大丈夫なのじゃ! 私や母上がちゃんと幸せにしてやる!」
「あ、ボクがされる側なんだ」
「――良い。実に良い。無垢なる怪異の娘よ。女神の仔が堕ちぬように共にあるがいい。この光景は、獣に堕ちた神が描いたものではなく、汝ら自身が選んだのだ」

 これはキングゥを味方につけるには京都に取り入るのが手っ取り早いと判断する一方で、シヴァは最後の要件を促す。

「それでハサン殿。警告とは?」
「知れたこと。カルデアのマスターをこの世界に呼ぶことは許されん」

 元々重圧のある喋り方だったが、有無を言わさぬ声音だった。その身から発せられる殺意がより濃厚になる。

「あの魔術王の計画は汝らの怠惰と堕落から始まった。神とは純潔でなければならない。王とは高潔でなければならない。その責務を汝らは放棄し、醜態を晒した。神も魔も人も罪を犯した。その結果、あの王は異形に怒りを抱き、獣に堕ちたのだ。魔神柱を束ねる王も同じだ。汝らの犯した罪がかの王の怒りを買ったのだ。時代が流れても所業を改めるどころか悪化させる始末。自らの罪の清算に、無関係の他者を巻き込むなど堕落の極み。この激動の収束はあくまでもこの世界の責務」

 黒衣の剣士は床に突き立てた剣を緩慢な動きで持ち上げる。それだけの動作がとてもなく恐ろしい。まるで死刑執行の合図のようだった。

「まして、あの魔術師――我が契約者の人理を守る戦いは一時の休息を得た。その安寧を脅かすというのならば我が剣の切れ味を見せるとしよう」
「フォウ!」
「我が契約者に手を出そうと言う者は――」

 骸骨の奥からの視線が、この場にいるすべての修羅神仏を射抜いた。

「首を出せ!」



吸血鬼か。時を止める眼で何を見た? もう一人の己が積み上げた屍か?
聖魔剣か。中庸にすらなれぬ剣で何を斬った? 亡き同胞に託された未来か?
猫又か。仙術を棄てた肢体で何を成した? すべてを取りこぼす醜態か?
雷の巫女か。光なき雷で何を照らした? 愛憎の先を取り違えた道筋か?
紅髪の滅殺姫か。滅ぼすだけの力で何を救えた? 箱庭に閉じ込めた自尊心か?
赤龍帝か。欲望に飲まれた手で何を掴んだ? 返り血に塗れた小石か?
白龍皇か。貰い物の翼で何処を目指した? 野花すら咲かぬ地獄の底か?
聖槍か。人を刺した槍で誰に勝てた? 理想に溺れた己自身か?

次回「乱戦」

人類悪顕現まであと三話。




……ここだけの話、アサシン枠は新宿のアサシンや謎のヒロインXと迷った。
アンケートやっていますので良ければご回答ください。


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乱戦

アンケートご協力ありがとうございました。
これでライダーが誰になるか決定し、ある人物の運命が決まりました。


「――とは言えど、おまえたちがはい、そうですかと引き下がるような連中でないことは分かっている。だからこそ、良い情報を教えてやろう」

 不遜な態度の暗殺者に対して攻撃を仕掛けようとする神を制し、この星の人類に敗北した人類悪は嗤う。

「『真理』の壊し方だ。信じる信じないは好きにしろ、ごみクズども。ただし、信じた方が信じなかった奴よりも後々の時代において有利になるだろうな」

 それは聞き捨てならない情報だった。だが、神々は獣からの嫌悪感にこそ疑問を抱いた。

「嫌いだね。(おれ)はおまえたちが零し続けた染みの積み重ねなんだからな」

 獣は唾棄するように続ける。

「この身こそは、『真理』の現身であり、『システム』の影なんだよ」

 内容に驚きつつも、突然語られた『システム』の話題に対して首を傾げる神々。

「まず、『神器』とは神が作ったものだ。あれの役割は効率的なエネルギーの回収でね。だからこそ神器所有者が死ねば、神器は一度『システム』に回収される。しかし、二天龍のように歴代の所有者の残留思念が残る神器がある。ならば、神の不在を知って死んだ神器所有者の神器の影響はどうなる?」

 神の不在を知る者が近づいただけで『システム』に影響を与えるのだ。ならば、『システム』がそのような不純物を許すはずがない。当然、回収と同時に対処される。二天龍の神器は例外中の例外だ。それだけ、龍の力は悲劇を呼び寄せる。

「分かるか? 憎悪だの怨念だののほとんどは削ぎ落されるんだよ。ろ過されて削除して排除して廃棄されるんだ。神器は感情をエネルギーに変換するが、エネルギーに変換しきれなかった分がどうしても出てくる。……そして、『真理』は人類史と神話のスレ違いの摺り合わせの機能を持っている。世界の黒幕兼支配者気取りのおまえたちの所業を、(おれ)はずっと見ていた。人間が純粋な被害者だとは言わない。人魚やユニコーンの乱獲、開拓という名の龍殺しなんてこともあったか。異形ではないただ強いだけの狼が開拓のために殺されつくされるという件もあった。人間が人間をくだらないもののために殺す瞬間なんて、死にたくなるほど見て来た」

 ひとりひとりの量は大したことはないだろうが、歴史の長さがあり、神器の多さがある。塵も積もって、地獄が描かれたのだ。

 ある弓兵はトライヘキサを「人間と神々の三千年の積み重ね」と例えた。だが、それは正確ではない。正しくはその倍だ。しかも、その中身は醜いものだけで構成されていた。

「『システム』も『真理』もそういう機能があり、廃棄される場所は同じだ。同じ場所に廃棄されるように、ソロモンが調整した。万が一、自分が人類悪として復活できなかった場合に備えて、『泥』を貯めこんでいたのさ。そこは誰にも認識されないような世界の果ての片隅。何が捨てられようと、何が生まれようと誰も気づかない。(おれ)は廃棄物を食らって成長してきた。不純物を味わって生存していた」

 生まれ始めて知った感情は、あの王の怒りだった。あれだけの怒りをぶつけてきたくせに、あの王は自分の生誕に気づくことはなく死んだ。

 王の死後は、見るに耐えない殺戮を見ていただけの三千年だった。聞くに堪えない雑音を聞いていただけの三千年だった。この殺戮を見ないために、この雑音を聞かないために、世界を破壊しようとするのは当然の帰結だ。

「おまえたちは二千年ほど遅すぎた。あの救世主が(おれ)を殺さなかった時点で、おまえたちの未来がないという未来はほぼ確定していた。(おれ)は世界を壊したかった。(おれ)は世界を壊さなければならなかった」

 あるいは『世界を滅ぼす』という性能が、魔術王の自覚さえしていなかった本音だとでも言うのか。

「世界の片隅で成長を待っていたのは、すべての時間が必要だったからだ。すべての資源が必要だったからだ。……アサシン殿とキャスター殿のおかげで、こうして雑音は聞こえなくなったわけだが」

 キャスターの呪術とソロモンの術式によって曖昧だった理性を整え、『原罪』を与えることで愛を知り、アサシンの剣技によって『真理』から切り離した。それだけの手間をかけて、ようやく黙示録の獣は世界の真実を見た。

(おれ)は美しいものを見た。本当に美しいものを見た」

 この星には愉快なものなど何もないと思っていた。この星にはあたたかいものなどないと諦めていた。

「ちゃんとあったんだよ。この星にも、価値があるものが。涙ではなく笑顔で終わる命があり、傷つけ合いながらも育める絆があった。何が人間を愛し、信じているだ馬鹿王め。奴もあの神も、何も分かっていなかった」

 あの神とは、ギリシャの太陽神が問う。

「言うまでもないだろう。ソロモンの計画に乗っかり、獣を単騎で封印し、魔王と天龍によって滅び、聖槍の中で今なお復活を待っている駄神だよ」

 聖書の神か、と北欧の大神が納得する。

「あの神は世界の片隅で成長を続けている(おれ)を見つけ出し、封印した。かの大戦において神が死んだのは、二天龍の強さもあったが、(おれ)の封印に手こずったからさ。まあ、あの時点で(おれ)はそこのパチモン魔王よりも強かったからな。当然と言えば当然だ。しかしあの神が封印したのは『真理』を止めるためではなく、利用するためだった。来たるべき日まで(おれ)が死なないように、そして自分が思い描く形以外で完成しないようにな」

 まさかおまえを殺すことで真理は解除されるのか、と中国の知恵の神が戦慄する。

「それはおまえたちにとっても不都合だろう? この中で唯一、そこの破壊神が抵抗をできる程度だ。まともに戦える奴なんていねえよ。それに、いまの(おれ)もおまえたちの相手をする気なんて更々ねえし、切り離されているからな。もう(おれ)と『真理』は無関係だ」

 では『真理』の破壊方法とは、とエジプトの埋葬神が焦れる。

「指輪だよ」

 何の指輪かは、わざわざ口にする必要もないだろう。獣は自らの十指を広げて見せる。そこには指輪が――なかった。

「あの駄神は、(おれ)の封印にあの馬鹿王の指輪を利用したのさ。この身は『真理』の末端であり、言ってしまえば栓のようなものでな。だとすれば、指輪を蓋にする以上の答えはないだろう。そして、封印に使用されている間に指輪と『真理』は同化した。切り離される前の(おれ)以上に、指輪は『真理』と同一化している。あの馬鹿王の指輪十個すべてを破壊することで、『真理』は解除される。おまえたちの願い続けた、人が神に縋る昨日が戻ってくるわけだ」

 龍神や真龍と同次元の怪物を殺すよりはずっと現実的な話だ。しかし、そんな甘い話はないのだ。この星の神魔をすべて騙しきった王の継承者が、そんな都合の良い話を持ってくるわけがない。

「おめでとう、ゴミくずども! もうすぐ我が半身に指輪が埋め込まれる点を除けば、おまえたちの勝利だったな!」







 サーゼクス・ルシファーの眷属は、戦死した『騎士』沖田総司と、『王』であるサーゼクスを除けば六人である。『女王』は最強の女悪魔に数えられる‟銀髪の殲滅女王”グレイフィア。『僧侶』は黄金の夜明け団創始者のひとりであるマグレガー・メイザース。『戦車』は炎の巨人のコピー体、スルト・セカンドと深海の光魚バハムート。『兵士』は麒麟の炎駒と英雄の末裔ベオウルフ。

 おそらくは冥界で最も有名な眷属であり、その実力も折り紙付きだ。『悪魔の駒』のコンセプトである少数精鋭を最も体現している眷属の一つだろう。『騎士』や『王』がいなくとも、その威光に陰りはない。否、むしろ『王』に戦場を任されたからこそ、『騎士』が戦死したからこそ、彼らの戦意は極限まで昂っていた。

 だからこそ、彼らは己たちのみで魔神柱十柱分の反応があったポイントへの出向いた。むしろこの場にいる魔神を手早く全滅させて他の戦場への支援に向かうつもりでさえいた。

「我が怒りを知れ!」

 対するは魔神アモン。エジプトの古き神、大神アモン・ラーを原典とする魔神であり、現在は九柱の魔神と融合し疑似的なクラン・カラティンとなっていた。

「てめえこそ、総司の無念を思い知りやがれ!」
「切断する!」

 炎の巨人となったセカンドはその拳を魔神の巨躯にブチ当てるが、アモンも負けじと攻撃する。場所は時間神殿ではなく、まして十柱程度の力では、最強の『戦車』が相手ともなれば圧倒できない。だが、それはセカンドにしても同じこと。ここまで自分の攻撃が通じないことは始めてだった。どちらも決定打に欠ける戦いだった。もっとも、それはセカンドの燃費の悪さを視野に入れない場合の話だった。時間神殿から離れているとはいえ、魔神柱十柱分の魔力を保有するアモンが燃料の問題で敗北するなど有り得ない。

「武器など前座」

 スルト・セカンドへの支援を他のルシファー眷属ができない理由が『彼』である。回復だの足止めだのではなく、爆発的な火力と極限の技によってルシファー眷属を相手にしている『彼』の存在があった。

 黄金に輝く鎧と、巨大な槍が特徴的な白髪の男。

「真の英雄は眼で殺す! 梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)!」

 この男、常軌を逸した強さなのだ。いまも目からビームを放つという冗談じみた攻撃をしているが、その一撃の威力こそが冗談じみていた。

 グレイフィアたちは距離を取り、相手を観察する。此方は早くも精神的疲労を感じて来たというのに、男の方は冷や汗一つ流さず涼しい顔だ。冥界最強と名高いルシファー眷属を相手にしているのにである。おそらく、彼こそが英雄派最強の男。

 時間稼ぎの意味も込めて、グレイフィアは名乗る。

「……私はサーゼクス・ルシファーの『女王』グレイフィア。貴方は?」
「俺の名はカルナ。クラスはラン……ランサーだ。いまは魔神柱たちの下でパラシュラーマの真似事をしている」

 カルナ。それはインドの二大叙事詩『マハーバーラタ』に登場する悲劇の英雄。太陽神スーリヤの仔として生まれながら、赤子の頃に実の母に捨てられ、御者に拾われたことで彼の運命は決定した。仕えた主君は倒される側の暗君で、師匠からは身分の都合で技を教えてもらえず、生まれ持った最強の鎧を軍神に騙し取られた。宿敵アルジュナとの戦いさえ、神々や僧侶の呪いによって十全の力を発揮できず敗北に終わった。

 だが当人であるわけがない。無双の英雄がただ血を継いでいる子孫であるはずもない。ならば、おそらくは転生体だろう。「クラス」という言葉の意味は把握できないが、おそらく槍の得手としているが故の発言だろう。

「……何故です。貴方は洗脳をされているようでもない。どうして、これほどの力を持ちながらソロモンなどに力を貸すのですか! ソロモンは、貴方たち人間にとっても災厄でしかないというのに!」
「彼らが俺を必要としてくれたからだ」

 グレイフィアからの糾弾するような質問に対して、カルナは極めて冷静に単調に、しかし誇らしげに返答する。

「此度のマスターは余計なお世話を承知で聖書の勢力からの人類救済を望んでいる。ならば、俺はこの槍を振るうだけだ。それが願いであり、俺への報酬だ」

 神の瞳に宿るのは、あまりにも高潔な忠義。実母からの願いさえ跳ね除け、異父兄弟と戦うことになっても、最後の最後まで主君への忠誠と友情を貫いた施しの英雄。

「かつての彼らならばともかく、今の彼らに力を貸さない理由などない。やはり俺は運に恵まれているな。ここまで信頼され、これほどの魔力を預けてもらえるのだ。もしや、英霊の中でも最高の幸運度ではないだろうか」
「馬鹿な。ソロモンは貴方を……いえ、貴方たち英雄派を裏切る。あれはそういう男です」

 そう言うのは、『ソロモンの鍵』を編集・翻訳した経験のあるマグレガーだ。彼は人間だった頃にソロモンの正体と『真理』に辿り着いていた。あらゆる魔術を収めた王への尊敬が、嫌悪に反転した瞬間でもあった。

「貴方や貴方の仲間が奴を信用したところで、あれは貴方たちを切り捨てるでしょう。主君は選ぶべきですよ、施しの英雄の名を穢す気がないのならば」
「――俺を侮辱するのは構わない。だが、マスターや英雄派への侮辱を看過するつもりはない。愚かなのはおまえたちの方だ、矮小な箱庭で空虚な繁栄に溺れる魔王の眷属よ。自らが幸福になるために、自ら以外のすべてを裏切ってきたおまえたちに、裏切れぬ何かを見つけた彼らを侮辱する権利などない」

 カルナの神の瞳から放たれる視線に戦慄する一方で、アモンとスルト・セカンドの戦いに変化が起きた。スルト・セカンドの火力が明らかに下がった。ガス欠寸前なのだ。攻撃の手が弱まったその瞬間を狙わない理由などない。

「魔神十柱、開眼」

 魔神の身体に犇めく真紅の眼球が強い光を宿し、スルト・セカンドを捉える。それを受け、カルナも自らの必殺の一撃――炎を纏った槍を投擲する。グレイフィアとマグレガーが妨害と防御を行うが、あまりにも遅く、あまりにも脆かった。

「数多の残像、全ての痕跡を私は捉える。焼却式アモン!」
梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)! 頭上注意だ、悪く思え」

 正面から焼却式を、頭上から灼熱を宿した槍を受け、スルト・セカンドの巨体は砕け散った。

「すまねえ、旦那……姐さん……」
「セカンド!」

 最強の戦車、此処に沈む。終焉の巨人のクローンは、世界の終わりを見ることなくその暴走に満ちた生命を終えた。

「……ああ、そうだ。ある時の主君曰く、俺は一言足りないらしくてな」

 悲壮と憤怒を濃くするルシファー眷属に、今更ではあるがカルナは一つの事実を訂正する。

「俺の今生の主君は、そして魔神柱たちを束ねる男は、おまえたちの知るソロモンとは違うぞ。人類を愛しながら、ただの一度も人間を許さなかった王ではない」






 また別の戦場で、魔神柱十柱が暴れていた。此方は合体も融合もなく十柱が各個で顕現していた。

「美味なり!」
「俺も美味しいものは好きだけどね! これはちょっと勘弁してほしい!」
「汝ら、病むことなかれ」
「むぅ! 舐めるな、我らグリゴリは不滅だ!」

 最強のエクソシスト、上位神滅具『煌天雷獄』所有者デュリオ・ジェズアルドだけではなく、堕天使の幹部アルマロスやタミエルもいた。だが、彼らが総勢で掛かっても魔神柱はその数と質を合わせて圧倒してきた。

 この場における最強戦力が魔神柱に集中しなければならない以上、それ以外の存在、邪龍や『魔獣創造』のモンスターたちは相手にできない。

『グハハハハハハハハハ! いやぁ、久しぶりに姫さんも婦長の姐さんもいねえ! 自由だ! 自由って素晴らしいな! ドラゴンってのはやっぱりこうじゃねえとよ!』
『し、しっかも、敵がわんさかだ! こ、これよぉ、全部殺していいんだってよお!』
《どれだけストレスが溜まっていたんだ》

 アグレアス強奪に不参加である三体の邪龍は天使や堕天使、エクソシストを相手に暴れまわっていた。本日は諸事情につき監視の目がないので好きに怪我が出来るため、遠慮なく蹂躙していた。

「馬鹿な……。グレンデルにニーズヘッグ、アポプスだと! あれらは滅んだ邪龍のはずだ!」
「だが現にこうして目の前にいるんだ! 対応するしかない……! 救援の到着まで堪えろ!」

 質の高い邪龍だけではない。英雄派の少年レオナルドが自らの神滅具『魔獣創造』によって生み出すモンスターの軍勢がいた。

 これまではアンチモンスターという方向性で研鑽されていたが、ゲーティアから教えられた『第二の獣』の存在がその思考に変化を与えた。そもそも、『魔獣創造』は地母神の権能に似た能力である。創造は模倣から始まると言われるが、これは想像力の問題である。異世界の存在、特に魔神柱の存在は、レオナルドの想像力の成長に大きく貢献した。彼は正当な手段で禁手に至るのもそれほど先の話ではない。

 魔神柱+神滅具が予想されていた敵対戦力であったが、邪龍など完全に予想外だった。もしあらかじめ知っていたならば龍殺しでも用意しただろうが、今更言っても仕方がない。

 結果として、魔神柱と邪龍と魔獣でこの場にいる戦力は押され気味だった。必然的に、他の戦場に出向いた魔王やその眷属、会談の警護をしている部隊の支援が到着するまでの時間稼ぎになる。

 混沌とする戦場の中で、二人の女性が向かい合っていた。片方は緑のメッシュが特徴的な聖剣を持った少女、片方は北欧的な顔立ちの青い目の美女。少女の方は恐怖で震え、美女の方は怒りで眉をひそめていた。

「……一体、どうして貴女がそこにいるのですか? ゼノヴィア」
「し、シスター・グリゼルダ」

 ゼノヴィアとグリゼルダ・クァルタである。

「突然異端者として破門されたと聞いて、私は心配していたのですよ? なのに貴女ときたらまさかテロリストに……はあ、とにかく帰りますよ。ミカエル様には私から慈悲を戴けるようにお願いします」
「こ、断る。それは嫌だ」
「……何を言っているのですか?」
「私は戻らない。確かに、神のための人生だった。神の身許に行くためだけの人生だった。だけど、違う。それは間違いだった。私の居場所は、ここなんだ。ここには、私が確かに守りたいと思えるものが、あったんだ!」
「そういうことだ。彼女のことは諦めてくれ」

 ゼノヴィアを庇うように、制服の上から漢服を羽織った黒髪の青年が前に出た。その手に携えたシンプルなデザインの槍で自らの肩をトントンと叩きながら、ゼノヴィアを背に庇う。

「俺の仲間が、敵である貴女に謗りを受ける謂れはない。教会が彼女を異端と捨てて、俺たちが彼女を仲間として受け入れた。それだけの話だろう? まるで彼女の身内であるかのような態度は謹んでもらいたいな」

 言いたいことがあるならば戦いで示そう、と青年は槍の矛先をグリゼルダに向ける。

「貴方は?」
「英雄派のリーダーをやっている。三国志の英雄曹操の末裔だ、一応ね。曹操と呼んでくれ。……リーダーというのは、今では名ばかりだが」

 自嘲とも自虐とも取れる台詞だが、何故か自慢げな風な態度だった。

「成程。『禍の団』がソロモンに乗っ取られたという話は本当だったようですね」
「半分正解かな」
「ほう、じゃあもう半分はどんなだい?」

 現れたのは、子どもほどの背丈の老猿だった。だが、金色に輝く体毛で、人の言葉を喋り、サイバーなデザインのサングラスをかけた猿がただの猿なわけがない。

 かの西遊記に語られる妖怪、闘戦勝仏。またの名を孫悟空である。

『おお♪ 玉龍(ウーロン)じゃねえか! よっしゃ昔みたいに殺し合うぜ!』
『ファ!? 何でグレンデルやアポプスがいんだよ! おまえら滅んだはずだろうが! おいジジイ、手を貸して――』
《独り占めは感心しないなグレンデル……!》

 龍王と邪龍が怪物大戦を始める最中、英雄の末裔と伝説の猿は相立った。

「これはこれは闘戦勝仏殿。まさか貴方が出てくるとは。てっきり三大勢力以外は、三大勢力が全滅するまで出て来ないと思っていたが」
「何、これも付き合いじゃて」

 闘戦勝仏は煙管から紫煙を吐き出す。その仕草一つ取ってもつけ入る隙が窺えない。

「それより坊主、随分と風変りな魔槍だな。良い趣味の武器だが、神殺しの聖槍はどうした?」
「捨てました」

 闘戦勝仏が曹操と既知の間柄であったことも目の前の男が現代の聖槍の所有者であったことも驚きだが、その男の口から出た『聖槍を捨てた』という事実はその場にいた全員の度肝を抜いた。神器を抜き出したのに生きているという意味ではない。最強の神滅具を、最高の聖遺物を、何の感慨も後悔もなさそうに捨てたとこの男は宣ったのだ。

 だが、伝説に語られる猿だけは心底溜まらないと言った様子で破顔した。

「そうかい、そうかい。おまえさんは、ちゃんとおまえさんになれたのか」
「ええ、そうですよ、闘戦勝仏殿。俺は俺だ。所詮、槍など槍でしかない。聖槍などなくても、俺はこの蒼天の下、どこにでも行けるのですから」
「随分悟りきったのぅ。何ぞ良い指導者にでも出会ったか?」
「どうでしょうね」

 肩を竦める曹操だが、その顔を見れば答えは一目瞭然だ。

「そういえば、うちの美猴を知らねえかい? 『禍の団』にいるって話なんだが、どうにも内部の状況が分かりづらいんでな」
「さあ。いえ、とぼけているわけでなく、彼を含めたヴァーリチームの行方はほとんど不明でしてね」
「そっかい。……じゃあ無駄話もここまでにしておこうかい。あの坊主頭の武神の面子なんぞどうでもいいが、儂は一応、兵隊としてここにいるんでねぃ」

 一時は魔王という立場にあったとされ、その正体は神猿とも星霊とも言われる闘戦勝仏――孫悟空。中国出身である曹操からしてみれば、その威光はまさに憧憬だ。だが、彼はいま、伝説に挑む。

「ええ。俺もいまの俺の価値を証明しよう、俺の……俺たちの『暁の魔神槍』でね」







 魔神どもめ、無駄な足掻きを。堕ちた騎士王め、余計な邪魔を。だが、すべて無駄だ。すべて無為だ。もうすぐだ。もうすぐ私が復活するための、最後の駒が揃う。

 早くしろ、我が忠実なる天使よ。

 早く、早く早く、早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早くしろ! 何のために、『真理』を利用しておまえを悪魔に変え、あの役立たずな熾天使どもの記憶を挿げ替えたと思っている! 血が薄れた程度で、自らの使命を忘れたとは言わせんぞ。

 ああ、待っていろ、ソロモン。

 もうすぐだ。復活したらすぐに、おまえを神に祭り上げようとした失敗作の人類を滅ぼそう。その醜さに相応しい獣を使ってな。

 そうすれば、おまえが導くに相応しい人類を作ってやれる! 裏切り者のアザゼルが呼ぶであろう、おまえが心底褒め称えた藤丸立香とマシュ・キリエライトを素材にして!

 だから、だから私のところに帰って来い!



魔神の悲哀も、女神の願いも、魔術王の憤怒も、明星の王子の悪意も、唯一神の遺志さえ利用して、『天使のように美しい』と記された悪魔は歌う。
――愛を否定され死を穢され未来を奪われた、愛しい従妹のための鎮魂歌を。

次回「誰が悪なのか」

人類悪顕現まであと二話。




 真名 666(トライヘキサ)
 クラス セイバー
 ステータス 筋力:A 耐久:A+ 敏捷:B 魔力:A 幸運:C+ 宝具:B
 スキル 対魔力:A 騎乗:C 自己再生:B 七つの冠:A 星の忌み子:EX
 宝具 約束の炎
 ※ビーストでなくなったことで、一部のスキル(獣の権能:A 単独顕現:A ネガ・ミレニアム:A)が削除され、自己再生もランクがA+からダウンしている。また、宝具も「最後の審判」が削除されている。なお、クラスがセイバーなのは「かっこいいから」。

 備考 『黙示録の皇獣(アポカリプティック・ビースト)666(トライヘキサ)
 その正体は、ソロモン王の作り上げた『真理』の術式の廃棄物が生命を帯びたもの。聖書の神がゲーティア召喚に失敗した場合を予期し、魔術王が保険として用意した『泥』の化身。
 其は人間が生み落とし、人類史の罪を教え込まれた大災害。
「神がいなければ生きられぬとは何と愚かな生物なのだろう。他者を犠牲にしなければ生きられぬとは何と醜い生命なのだろう。悲劇だけで終わるなんて何と悲しい生涯なんだろう。こんな惑星は消えるべきだ。私が起こす大絶滅を、この星の最後の悲劇にしよう」
 しかし、彼が人類悪として完成するには時間が必要だった。無理やり起動されない限り、完成の日まで彼が自主的に動くことはない。この完成の日こそ黙示録の日である。
 だが、ある悪魔が発見し、復活したばかりの魔術王と『泥』に関する取引をした。結果として、聖書の神の策略を横取り、キャスター玉藻の前が不安定だった魂を整え、アサシン山の翁が『真理』から切り離し、ソロモンの原罪『期待』を継承することで無理やり完成した。
 心を知ったことでトライヘキサは、『期待』を覚えた。
「もしかしたら、この世界には悲しいこと以外のこともあるのかもしれない」と。
 そして、眼を開けた彼の前に広がっていたのは『繁栄した人間社会』だった。人間の負の側面しか見てこなかった彼はそんな当たり前の光景さえ知らなかった。人間が人間として生まれ、人間として生き、人間として死んでいく。神がいなくても世界は回る。そんな当たり前とすら言えない光景こそが、この獣の『期待』を大きく上回った。獣は知ったのだ。悲しいことは確かにある。だが、決してそれだけではないのだと。
「私は美しいものを見た。おめでとう。それから、ありがとう、この星のすべての人々よ。貴方たちは、魔術王の怒りに勝利した」
 ――ソロモンは生前も死後もすべて人間のために動いた。言葉や魔術は勿論のこと呼吸さえも人類のためにしていたと言っても過言ではない。妻や妾、子どもも愛していたが、彼らは例外なく人間だった。共犯者の異形に対しても信頼関係はあったが、それは人類救済の打算が起点だった。そんな王が唯一、人類救済とは全く関係のない、ともすれば計画を破綻させかねないのに救いたいと願った異形こそがトライヘキサである。自らの子を救うために、彼は自らの『期待』を棄てた。人類はビーストD/Rを完全に打倒していた。
 人類が666に敗北するパターンとは、彼が完成する前に、星の悲劇の総量が彼の許容限界を超えた場合である。この場合、彼が担う原罪は「期待」ではない。
※ハイスクールD×D原作の666はその正体も由来も不明で、そこから勝手に広げた妄想なのでご注意ください。


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誰が悪なのか

セイラムの配信決定が予想より早かった。
一つだけ言うなら、信じているからなラウム。新宿とまでは言わない、せめてゼパらないで……!


 曰く、その悪魔は天使のように美しい。

 曰く、その悪魔はルシファーの直後に生まれた。

 曰く、その悪魔の名前は『悪』『無価値』を意味する。

 曰く、その悪魔はソロモン七十二柱の一柱である。

 曰く、その悪魔は賢明で弁舌で狡猾である。

 曰く、その悪魔はソドムとゴムラを堕落で染めた。

 曰く、その悪魔は――唯一神と救世主を訴えた。その時の弁護人は予言者が、裁判官は魔術王が務めたと伝説では語られている。







 私――姫島朱乃は今更ながらに後悔している。あのヒトと――父様ともっと話したかった。

 聖書に名前を記された堕天使、『神の子を見張る者』幹部、雷光のバラキエル。私の父。

 母様はあのヒトのせいで死んだ。本当は父様が悪くないことは分かっていた。

 だけど、死んだ。私は謝るどころか、あの日以来顔も見れていない。そして、和解できないまま父様は殺されてしまった。魔神柱の反応を同僚のサハリエルと探っている任務の最中で、魔術王の手によって殺されたそうだ。

 この星で最も罪深い人間ソロモン。怒りしか知らぬ王。『真理』を構築した魔術王。

 彼の逸話を、真実を知れば知るほどに理解できなくなっていく。私は人間の娘でもあるけど、彼の風評には人間性が感じられない。いえ、本当に人間だったのかさえ疑う部分が多い。

 魂レベルで殺害され、指輪の力で蘇り、もう一度サーゼクス様とアザゼルによって葬られた。だけど、本当に死んだのだろうか。救世主の復活とは全く異なる形の復活だ。それこそ、どこにあるか分からない九個の指輪に魂が封印されている可能性だってある。どこまでも、不気味だった。

 だけど、何らかの形で父様の仇を討つ。父様、朱乃は大丈夫です。親友や仲間たちとともに生きていきます。堕天使も悪魔も関係なく、私のことを好きだと言ってくれた男の子もいます。どうか、母様と共に見守っていてください。

 そんな決意を抱えながら、私はこの世界神話会談の警護に参加した。そして、予想通りに出現した魔神柱の反応。

 計測された魔神柱の反応は五十六。二十八柱の反応があったポイントには魔王セラフォルー様とその眷属、その他最上級悪魔が向かった。十柱の反応があったポイントが二つあり、片方はサーゼクス様の眷属が、もう片方は堕天使と教会の混成チームが出撃した。七柱の反応があった場所には、レーティングゲームの上位プレイヤーメインとなって出ているそうだ。

 そして、私たちが向かっているのは、一柱分の反応だけがあった場所。一度魔神柱を単騎で倒したイッセーくんがいるけど、彼が倒したゼパルが異常に弱かった場合も考えて、タンニーンが同行している。

「タンニーン、本当に私たちに同行していいの?」
「心配は無用だ、リアス姫。俺は一度、獅子王なる者の手下から兵藤一誠を守れなかった。これから向かう場所に魔神は一体しかいないらしいが、他の伏兵がいる可能性もある。万が一のことがあれば名折れだ。何、他の戦場では俺の眷属が戦っている。奴らは強い」

 目的のポイントが近くなってきたあたりで、強い光が目に入った。

「っ! 皆、避けろ! あれは聖なる力の類の攻撃だ!」

 タンニーンの警告に従い、私たちは即座に散る。その一瞬の後、私たちがいた場所を聖なる光の塊が通過した。イメージとしてはビーム砲。

 地上に人の気配がしたので、其方を見ると三つの人影が見えた。

「アーチャー、何故あの距離で放った? かわされるのは目に見えているだろう」
「……面目ない。感情が高ぶってしまった」
「ハハハ! いいじゃないか、セイバー。……龍の首は私たちが競う。それでいいかな?」
「好きにしてくれ」

 全員男性だ。ひとりは赤毛の少年。少女のように美しい。ひとりは金髪の青年。多くの女性を虜にするであろう美男子だ。最後に、外套を着た包帯男。露出が皆無だけど、体格からして男性で間違いないだろう。

 今の攻撃はこの中の誰かがしたとみて間違いないだろう。

 私たちは次の警戒をしながら、地上に近づく。一呼吸の間合いまで近づくと、赤髪の少年と金髪の青年が前に出る。

「龍王よ、おまえの相手は余たちがしよう」
「場所を移さないか? ここでは君も彼らを気にして本気が出せないだろう」

 最上級悪魔で元龍王のタンニーン。その一撃は隕石に匹敵するとまで言われる。この二人は間違いなく強い。確かに、強固な防御手段がない私たちでは足手まといになってしまう可能性がある。

「いいだろう。リアス姫、兵藤一誠、悪いが俺は一旦外れる。この二人は本気で挑まねばならない猛者だ」

 即座に相手の申し出に応じたことと、声音が緊迫していることがタンニーンの真剣さを伝えてきた。元とはいえ龍王で転生悪魔の中でも最強の一角に数えられるタンニーンにこれほど余裕がないなんて……。この二人が英雄派最強かそれに近い実力者であることは間違いないだろう。

 タンニーンがバサリと飛び立つと、二人の戦士はそれを追跡する。

 残された私たちは周囲に伏兵がいないか警戒しながら、包帯男と対峙する。リアスが問う。

「貴方、私たちをひとりで相手にするつもり?」
「逆に問おう。おまえたちだけで俺に勝てると? 魔王も堕天使の総督も天使長もいないのに? また異世界から神様でも呼ぶか?」

 異世界の神様? この男は急に何を言い出すのだろう。それに、またってどういうこと? 初対面、よね?

「知っているでしょうけど、私はグレモリー家次期当主、リアス・グレモリー。貴方は誰かしら?」

 包帯男はリアスの問いに嘲笑で返事をする。

「名前などないさ。そんなものはとっくの昔に捨てている。どうせ短い付き合いだ。アーチャー、あるいは掃除屋とでも呼んでおけ」

 アーチャー……弓兵? 背負っているのは弓矢でも銃でもなく、棺桶だ。まさかあれから弓矢が出るとでも言うのかしら。先程の攻撃はあの棺桶から? アザゼルならあの棺桶の正体が分かったのかもしれないけど、私たちにはあれがどういうものなのか検討もつかない。

「た、戦いのま、前に聞いておきたいことがあります!」
「ギャスパー・ヴラディか。何だ? 聞くだけ聞いておいてやろう」
「ヴァレリーは、ヴァレリー・ツェペシュは無事なんでしょうね!」

 いつもは引っ込み思案のギャスパーくんが包帯男に問う。語調を強くしようと努めているけど声が震えている。それでも問わなければならないほど、彼にとって大事なことなのだ。

 ヴァレリー・ツェペシュ。ギャスパーくんと同じツェペシュ派出身のハーフヴァンパイア。ギャスパーくんにとっては恩人。魔神柱による吸血鬼の国襲撃事件で発生した行方不明者の一人でもある。ツェペシュ派に残された資料によれば、彼女こそが神滅具『幽世の聖杯』の所有者の模様だった。そしてアザゼル曰く、聖杯の乱用は所有者の精神を歪ませる可能性があるという。

「ヴァレリーか。ああ、彼女なら問題ないとも。今頃は、共に生涯を歩いていく親友と楽しく過ごしているだろうさ」
「う、嘘です! 適当なことを言わないでください!」
「それが真実なのだから仕方がないだろう? 彼女の幸福を願うなら、おまえはここで死んでおけバロール」

 さっきからこの男の言動は意味不明だ。どうしてギャスパーくんを指して、ケルトの魔神の名前が出てくるのか。確かに、彼の神器はかの魔神にちなんだ名称がつけられているけど……。

「――無駄話はここまでだ。いつもやっている掃除に、私情を混ぜ過ぎだな」

 男は顔の部分の包帯を全て取る。そこにあったのは、火傷のような傷で覆われた醜い顔だった。左目が赤く濁り、そこから放たれる視線はゾッとするほどの殺意を孕んでいた。

「ヴァレリーやトスカには悪いが、おまえたちは全員死ね」
「聖魔剣よ!」

 裕斗くんが聖魔剣を男の周囲に出現させる。だが、男は慌てた様子もない。

「鬱陶しいな」

 男の棺桶から同等の数の剣が射出される。あれはおそらく聖剣? 彼は『魔剣創造』の聖剣版である『聖剣創造』の所有者……いえ、だとしたら棺桶から出す必要なんてないはず。あれはアザゼルの人工神器と同じ類のものなんだわ。

 棺桶から出た聖剣が、裕斗くんの聖魔剣とぶつかり合い、互いに砕ける。禁手である『双覇の聖魔剣』と同等だなんて。

「聖十字架起動。宝具三重展開」

 男の棺桶が再び開く。また聖剣でも射出されるのかと思ったが、違った。

「霧の鎖!」

 鎖のようにも見えるそれは、一瞬で私たちの身体の周囲に展開され、拘束されてしまった。しかも尋常ではない強度だ。どれだけもがいても外れそうにない。それどころか、鎖が触れている部分に強い痛みが走る。これは光を受けた時のダメージに似ている。魔力が吸い取られているようですらある。

「な、何、これ……!」
「俺オリジナルの拘束術式だ。ベースとなっているのは結界系神器最強の神滅具、『絶霧』。おまえたち程度ではどうあがいても解除はできない」

 アザゼルが会談前に要注意だと告げていた上位神滅具の一つ、絶霧。よりにもよってテロリストの手に渡っていたなんて。

 私たちが拘束にもがく中で、包帯男はイッセーくんの方に歩いていく。イッセーくんも男の接近を見て必死に動こうとするが開放される様子はない。

「く、くっそおおお!」
「兵藤一誠、まずはおまえを殺す。仲間が死ぬ無力を味わわせるのもいいが、おまえは危険だ。機を逃す前に殺す。……おまえを殺すなら、こいつを使うか。もう『槍』としては使わないと思っていたがな」

 包帯男は棺桶から一本の槍を取り出した。それは神々しい輝きを放つ槍。悪魔にとって最大の天敵とも言える武器の正体に、私たちは即座に辿り着く。

「『黄昏の聖槍』、最強の神滅具……!」
「最強、ね。はっ、虚しい響きじゃないか。たかだか槍だろう?」

 最強の武器をたかだか呼ばわりなんて……。いえ、神滅具を二つも所持しているのならばその物言いは傲慢であると同時に当然のものなのかもしれない。

「神器はひとりひとつしか生まれ持ってこないはず……まさか本来の槍の持ち主から奪ったの?」
「逆だ、俺が生まれ持った神滅具はこの槍の方だよ。霧の方は仲間から譲ってもらったんだ」

 そんな馬鹿な話があるわけがない。リアスもそう思ったのか、拘束にもがきながら訴える。

「そんなことを言って本当は奪ったんでしょう? 堕天使の技術には神器を抜き取るものがあるわ……貴方たちはそれを悪用した。違うかしら?」
「……奪った、奪ったか。まあ、結果的にそうなったものもあるよ。獅子王の戦斧とかな」

 神滅具を三つも持っていることに、私たちは絶望するしかなかった。しかも、この男は明らかに全力を出していない。私たちなど、最初から相手にならなかったのだ。

「だが、盗品にしろそうでないにしろ、獣になっていないこの悪魔を殺すには十分だ!」

 包帯男は聖槍をイッセーくんの腹部に突き出す。接触部分から煙が見える。悪魔の身体が聖槍の力によって浄化されようとしているのだ。本来、悪魔が聖槍にあのように攻撃されたら即死だ。

 イッセーくんの身体は現在複数の生命の細胞が混ざることで複雑になっている。そのおかげかもしれない。イッセーくんはまだ生きている。それでも即死でないだけで、重大なダメージを受けていることには違いない。

「がぐぁ……!」

 苦悶の声を漏らすイッセーくん。私たちは皆、その様子を見ていることしかできなかった。

「イッセー!」
「イッセーくん!」
「イッセー先輩!」
「そのまま黙って見ているがいい。この男の最後を」

 包帯男は槍を一度引き抜き、再びイッセーくんに向ける。

「そういえば、おまえはゼパルを倒したそうだな? ましてその力を取り込んだ? おまえが兵藤一誠というだけで腹立たしいというのに、よりにもよって彼らの力がおまえに利用されているのだから、不愉快の極みだよ」

 動け、私の身体。このままでは彼を失ってしまう。母様のように。父様のように!

「さらばだ、兵藤一誠。己の罪を知る前に死ぬがいい」

 だが、イッセーくんと包帯男の間に、予期していなかった人物が立ちはだかった。







「ちょうど良かった……いえ、なんとか間に合ったようですね」

 私――リアス・グレモリーは絶望していた。もう駄目かと思った。援軍なんて聞いていなかったけど、これがきっと運に恵まれているということなのね。

 この場に現れた救援は二名。

 レーティングゲーム界の不動のチャンピオン、『皇帝』ディハウザー・ベリアル。旧魔王の実子、超越者のひとり、リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。

 冥界に軟禁状態にあるはずのリゼヴィムがこの状況を見て笑う。

「うひゃひゃひゃ! 何とも愉快な――」
「リゼヴィム・リヴァン・ルシファァアアアアアアアアアア!」

 怒号とともに包帯男は聖槍を突き出すが、リゼヴィムに触れる直前で槍が消えた。

「無駄無駄! 俺の『神器無効化』がある限り、神器じゃ傷一つ付けられないって! 宝具化されていようと、神器は神器だからね」
「なら、これならどうだ? 行くぞ、デュランダル!」

 包帯男が棺桶から取り出したのは、聖なる剣。悪魔である私たちには無条件で寒気を与えるもの。しかも、あれはゼノヴィアとかいう教会の戦士が持っていたはずのデュランダル。まさか神滅具だけではなく聖剣まで奪って使いこなしているというの?

「ちょ、それは反則でしょ!」
「戦いに反則も判定負けもあるか!」

 聖剣を振るわれながらも、リゼヴィムは紙一重でかわす。流石は旧魔王の実子といったところなのかしら。

「うひゃひゃひゃひゃひゃ! 嫌われたもんだねえ? そっちの俺はどんなことをしたんだい?」
「貴様ぁあああああ! 貴様が、貴様さえいなければ、俺は! 泥になど塗れずに済んだものを……! アーシアを、皆を、失わずにいられたんだよ!」
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! ……何言ってんのかさっぱりだ。何を言いたいのかは分かるけど!」
「ああ、そういう奴だよな、おまえは……!」

 強い違和感を覚える会話だった。包帯男はリゼヴィムに憎悪を抱いているようだけど、リゼヴィムはその件を知らない。だけど心当たりはある。そんな感じかしら。

 敵が引き付けらている間に、チャンピオンが私を拘束していた術式を『無価値』の魔力によって解除する。自由になった私はイッセーに駆け寄る。

「イッセー! お願い、死なないでイッセー!」
「ぶ、ちょう」
「……死の直前といった様子ですね、リアス姫。私には彼を救済する手段がありますが、賭けますか?」

 それを聞いて私は安堵した。良かった。イッセーが犠牲にならないで済むのね。ベリアル家の特性は『無価値』だから回復には使えないはずだけど、不死鳥の涙でも持っているのね。運が良かった。

「お願い、イッセーを助けて!」
「ええ、彼を解放しましょう」

 そう言って、ディハウザー卿は――イッセーの傷口に手のひらに収めていた何かを押し込んだ。

「ギャアァイアアアアィアアアアアイアアアイアアァアアァアアアアアア!」

 悲鳴。だけど、傷口を抉られたような反応じゃないわ。私はディハウザー卿を問い詰める。

「イッセーに何をしたの! いま、彼の身体に何を入れたの!?」
「ソロモンの指輪だよ、リアス姫」

 悲鳴が止まったかと思えば、イッセーが立ち上がる。

 良かったと思うと同時に、イッセーは私やディハウザー卿から距離を取った。その表情には強い苦悶が浮かんでいるが、それ以上に敵意と混乱が顕著だった。

「どういう、ことだ……!」

 でもおかしい。イッセーの目が、赤い?

「兵藤一誠……否、魔神ゼパルか」

 魔神、ゼパル……? それってイッセーの倒した……ま、まさか相手を倒したことでイッセーの身体が乗っ取られていたとでも言うの?

「何故だ。何故貴様がここにいる。貴様がどうして、ソロモンの指輪など持っている……! 貴様は我々がこの世界に来て初めて接触した悪魔だ。貴様は復讐のために我らとの協定に同意した。だからこそ監視していた。だからこそ観測していた。我々が貴様らを裏切れぬように、あるいは裏切っても問題がないように、情報は厳選して渡していたはずだ……!」
「ベリアルのことか。初対面で贋作呼ばわりは実に失礼だと思ったが、まあ、私は本当に偽物だから反論はしようがないな。しかし魔神一柱にだけ担当させるのは失敗だったな。君達を騙すなど因子一つで自在だと知っただろうに。一介の悪魔と侮った君達の失敗だ」

 何よ、それ。チャンピオン、どうして、まるで、貴方が悪魔を裏切っているような台詞を言っているのですか?

「誰だ。貴様は一体、誰と組んでいた?」
「全員だ」

 ディハウザー卿――いえ、ディハウザー・ベリアルからの返答は実にあっさりとしたものだった。

「私がここにいるのは、唯一神に与えられた使命であり、魔術王の計画の一部であり、明星の王子の理想の序曲であり、獅子王との交渉の結果であり、古き悪魔たちへの復讐のためでもあり、君達魔神柱の慢心のおかげでもある」

 え? 彼の口から並べられた単語は、私の理解を超越したものだった。

「例えば、獣を発見したばかりのリゼヴィム陛下と復活したばかりのソロモンを引き合わせたのは私だ。獅子王とソロモンを会わせたのも私だし、昏睡状態の兵藤一誠の下に災厄の獣を連れて行ったのも私だ。ハーデスに指輪の情報を渡したのも私であり、京都妖怪が必死に隠していたキングゥの存在を外部に流布したのも私だ。当然、獅子王によるアグレアス襲撃が君達の強奪作戦開始より少しだけ早かったのは、私が獅子王サイドに情報を流したからだ」

 それもこれもどれも私だ、とディハウザー・ベリアルは宣う。

「自分達の行動を疑うのならば、何故一番に私を取り入れようとしたのかを考えておくべきだった。神の計算にはなかったのだろうが、私は優秀に生まれてしまったのが原因かな」
「き、さま……!」
「発端は、私のルーツになる。魔術王の壺の一件の共犯者は、初代アスモデウスと初代ベルゼブブ、当時のアスモダイ当主、そして初代ベリアルとなる天使、すなわち私の先祖だ」

 何を……何を言っているの? 初代の魔王や七十二柱がソロモンの共犯者だなんて話、信じられるわけない。でも、それ以上に私には聞き捨てならない単語が聞こえた。

「リアス姫、不思議そうな顔をしているね。私の発言は、まるで『ベリアル』という名門悪魔が三千年前まで存在していなかったかのように聞こえただろう。実際その通りなのだ。私の先祖は、初代ベリアルは天使だった」

 天使が邪悪に染まったとしたら、それは堕天使のはずでしょう? 天使が悪魔になる方法なんてない。まして三千年前では『悪魔の駒』もないんだから。

「いや、『ベリアル』という悪魔の一族はいたのかもしれない。あるいは別の名前で七十二柱序列六十八位にいたのかもしれない。だが真相は分からない。私たちにも魔術王にも唯一神にも分からない。『真理』の呪いとはそういうものだ。人間のために作られたが、あれは異形の認識にさえ作用する。あらゆる知的生命体に干渉する。そして、それを実感できるものはいない。『真理』について語られている事象はすべて『おそらく真理の影響だろう』という推測に基づく確実性のない理論でしかないのだよ。だから――『真理』の影響で間違いだとされている‟俗説”が真実である場合もあるのだよ。この話の笑えるところが、異形たちは自分が『真理』の影響をそのレベルで受けていることを分かっていながら認めていないところだ。ソロモンの所業に恐怖や憎悪を抱きながら、未だに彼を『人間如き』と舐めている。自分達超常の存在が、人間の術式如きに記憶を書き換えられるはずがないと侮っている」

 つまり『ベリアルという悪魔がかつては天使だった』というのは人間達の誤認ではなく、真実だったというの? そしてその事実に悪魔はずっと気づかなかった? 違和感を覚えたとしても、全ては『真理』のせいだと自己完結してしまったから?

「私の血には神の術式が仕込んであった。時が来るまでは悪魔として生き、人類悪召喚に成功した時に、使命の記憶が蘇る。魔神よ、そしてそれらを率いる王よ。君達はもう少し私を信用すべきだった。私を同志としてではなく駒として見ていた以上、この結果は必然だった。君達の体内に仕掛けられた因子と同じ物が、人間だけではなく異形の体内に仕掛けられているかを考えるべきだった」

 だとしても、貴方は悪魔でしょう。初代が天使だったんだとしても、貴方には私たちと同じ悪魔の血が流れているはずなのに、どうして私たちを裏切るの?

「だが、そんなことはどうでもいい。私にとって、魔神の悲哀も、女神の願いも、魔術王の憤怒も、明星の王子の悪意も、唯一神の遺志さえどうでもいい。貴様らの思惑など知ったことか。興味の外で、関心など皆無だ」

 その表情に浮かんでいるのは、愛する者を穢された憤怒と憎悪。

「これは復讐だ。くだらない『王』の駒の秘密を隠すために殺された我が従妹クレーリア・ベリアルに捧げる鎮魂歌だ。すべての悪魔の断末魔を以って、我が復讐を完成させる」
「悪魔への復讐を望むなら何故、我々を裏切った! 神やソロモンの遺志に従うなら悪魔の滅びを拒絶しているわけでもあるまい。最大の復讐相手である初代バアルを殺されたことが気に入らなかったか?」
「いいや? あんな大物ぶった化石の死は然程問題ではない。単に君達の計画が気に入らなかっただけだ。焼き尽くして再利用されて終わり? そんな苦痛なき有意味な絶滅など、認められるはずがないだろう」

 ディハウザー・ベリアルは右手を掲げる。彼の人差し指には指輪が嵌められていた。

「これは三千年前にソロモンがすり替えた指輪。限りなく本物に近い偽物だ。違いは容量くらいで、魔法や魔力を行使する上ではそれほど差がない。そうでなければ神の目を誤魔化せるはずもない。――神の目は誤魔化せても、ベリアルの目は騙せなかったわけだが。この指輪自体、本物の指輪で作られたもので、三千年も同じ場所にあったからだろうね。本物の九個と連動しているのだよ。では最後の仕上げに入らせてもらおう」
「ディ、ハ、ウザー、ベリア、ル……!」

 ディハウザー・ベリアルは命じるようにその言霊を吐き出した。

「赤龍帝よ、『取り繕うな』」

 イッセーの表情が大きく歪んだ。

「リアス・グレモリーの『兵士』よ、『君が見て来た人間を思い出せ』」

 止めなきゃいけないと理解しているのに、私は動けない。それは恐怖があるから。ここで何かをすれば、もっと悪いことが起こるんじゃないかという不安が、私の足を止めた。

「兵藤一誠よ、『人間の本質を受け入れろ』」



覚悟ある者のみ、この先を見よ。






















始まるね
いや、終わるのだ

結局そうなのですね
そうじゃな、最後までこうなのじゃな

我々から奪われるのは――いつだって愛でした
世界から与えれるのは――いつだって痛みだった

次回「人類悪顕現」

おまえたちは、最後まで滅びを選択するのだな!


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人類悪顕現

顕現の時来たれり、其は世界を滅ぼすもの。


 俺――兵藤一誠の意識は自分の心の中にあった。えっと、あっち側の言い方をすれば心象風景ってやつなのかな? 普段歴代の赤龍帝が沈黙しているだけのこの空間は、赤黒い泥に満ちていた。先輩方は抵抗する様子もなく泥に沈んでいる。

 俺の身体に指輪――一個じゃない九個――が入れ込まれると同時に、強い感情が伝わってきた。一人や二人どころじゃない。数えるのも馬鹿らしいほどの、三千年の全人類の感情。それらが津波みたいに押し寄せてくる。

 最初に伝わってきたのは、世界を焼却せんとばかりの王の怒り。期待という名の進化の強制。

『俺の国を犯した悪魔を許さん。俺の民を殺した堕天使を許さん。俺の財を穢した天使を許さん。俺に頼ってばかりの人間を許さん。俺の理想を否定する神を許さん。人間はもっとやれるはずなのに、どうして誰もそれを分からない! 自分から動かぬというのなら、俺が動かざるを得ないようにしてやる……! おまえたちは、おまえたち自身のために、もっと先に行かなければならないのだから! 未来に生きなければならないのだから!』

 見たくもなかった悲痛だった。

『もう戦いたくなんてない』『主よ、この身を委ねます』『殺す殺す、殺す!』『おまえのような男は生きてはいけないんだ!』『私はローマを許さない!』『ダメです、逝ってはいけない』『おかあさん、どこ?』『また、失敗か……』『やーい、おまえの父ちゃん人殺しー』『嘘つき』『こんな、こんなはずではなかった!』『この我の子を孕めるのだ、有り難く思え』『よくも、私を忘れたな!』『ひゅー! こいつらはいい奴隷になりそうだ!』『生贄は、あのみなしごにしよう』『こわい、こわい、こわい』『復讐してやる』『食い扶持を減らさないと今年は厳しいな』『お願い、貴方だけでも生きて!』

 聞きたくもなかった悲鳴だった。

『おとうさ――』『誰か、誰か助けて』『ふざけるな、俺が一体何をしたってんだ』『騙される方が悪いんだよ』『かわいそう』『来るな、バケモノ!』『安心しろよ、おまえの奥さんは俺が可愛がってやる』『私の発明品が、どうして戦争に使われる?』『いやです! この子は、あのヒトと私の子です! 絶対に渡しません!』『あいつがいなければ俺が出世できたのに』『やっぱりストレス発散は狩りに限るな』『判決、被告は魔女である』『おまえもかブルータスぅ!』『愛していました』『やめてくれ』『一緒に死のう』『もっと早く来いよ、役立たず』『おまえ、生きているだけで他人の迷惑だよな』『金を寄越せ!』『神様がなんとかしてくれると思った』

 知りたくもなかった悲劇だった。

『死ぬがいい、うつけめ』『ほざいたな……!』『壊れちゃった』『私は、私はまだ戦え――』『おなか、へったよぅ』『彼女は、貴様の言葉を信じて戦ったというのに!』『シータ、どこにいる?』『さあ、これでブリテンは滅んだぞ! どうするアーサー!』『私は決して、このような勝ち方がしたかったわけではない!』『許さんぞ、ディルムッド!』『さあ、神の為に死ぬのです!』『ちっ、これもう使えないな。おい捨てとけ』『会社のために死んでくれ』『醜い』『必要な犠牲なんだ』『アンタなんて産むんじゃなかった』『どうか私を恨まないでください』『違う、違う! わ、私はそんなことしていない!』『私は、王になるべきではなかった!』

 これはどこかの獣が見ていた世界。我が半身が三千年教え込まれた人類史の罪にして、これから俺に刻み込まれる人類史の業。

『たすけ、て』『おまえは今日から私の眷属だ!』『今回の実験は失敗に終わったか。次の被験体を用意しろ』『恨むなら神器を作った聖書の神を恨むのだな』『人間風情が!』『飽きちゃった。トレードしよっと』『神は……死んでいた?』『レアな神器だ。抜き出してアザゼル様に献上しなくては!』『下僕は主人の言うことを聞くものだろう?』『アーメン!』『レアものは転生させたら面白いぞ』『どうして彼女が異端となるのですか!?』『ああ、全部僕が仕組んだことなんだよ』『私は――死にたくない』『悪魔が、神の使徒を愛してはいけませんか?』『僕たちから奪った幸せの数だけ、死を刻め、異形ども……!』『父よ、何故私を見捨てたのです』『人間よ、俺の屍を超えろ。その先が、真の人類史である!』

 これは全部じゃないはずだ。これは一部だけのはずだ。そうでなかったら、とっくの昔に世界なんてなくなっている。こうでしかなかったら、人類なんて滅んでいる。だから、綺麗なものだってある。美しいものだってある。正しいものだってある。そういうものがあったからこそ、人間はここまでやって来れたんだ。


“赤龍帝よ、取り繕うな”


 これが全部じゃないと同時に、これもまた間違いなく真実なんだ。これもまた誤魔化したり目を逸らしたりしちゃいけない現実なんだ。だからこその覇龍だった。だからこその歴代赤龍帝だった。

 俺が見ようとしなかっただけで、俺が聞こうとしなかっただけで、俺が知ろうとしなかっただけで、俺が運良く受けなかっただけで、こんな悲劇はこの星には吐いて腐るほどあったんだ。

 俺だって、そうだろう? 自覚したくなかっただけで、本当は理解していた。俺は見殺しにされた。俺は利用された。俺は再利用された。俺は、死んだんだ。好き好んで手に入れたわけでもない、持っていたことを自覚できなかった龍の力のせいで、殺された。騙されて殺された。殺すだけなら殺すだけでいいじゃないか。何で堕天使が人間の恋人ごっこを楽しむんだよ。内心で笑っていたんだっけ? ああ、その堕天使も俺と関係のない場所で死んだらしいけど。そして、俺を見殺しにした女は、殺せない。一度愛してしまったから、殺せない。間違っていると分かっているけど、俺にはそんなことできないんだ。少なくとも、愛した女を自分じゃ殺せない。

 こんな世界の中で、この醜さを否定できるほど輝かしいものなんて、俺は見てきただろうか。温かいものを、優しいものを俺は知っているだろうか。


“リアス・グレモリーの『兵士』よ、君が見て来た人間を思い出せ”


 考えるまでもないじゃないか。俺はそういうものの中で育ってきたんだから。

 ――イッセー、おはよう
 ――早く起きなさい、イッセー

 父さん、母さん。

 ――おい悪友、おっぱいについて語り合おうぜ
 ――この前貸したエロDVD返せよ
 ――まったく、童貞臭いわねー

 松田、元浜、桐生。

 ――ボウヤ、いいおっぱいには出会えたかい?

 紙芝居屋のおっちゃん。

 ――悪魔くんは楽しい奴だね
 ――ミルキーを一緒に見るにょ
 ――悪魔って意外といいヒトなんですね

 森沢さん、ミルたん、スーザン。

 ――イッセーさん、また必ずお会いしましょう!

 あんなものを、ゼパルから『IF』の可能性なんて見せられたからだろうか。一度しか会っていないのに、アーシア。こんなにも君に会いたい。

 あの当たり前の日々があまりにも美しく、遠く感じる。ああ、そうだ。悪魔に転生する前の俺が普通に送っていた日常。あれこそがこの憎悪を否定できるほど美しいものだったんだ。駒王会談のテロの時、ヴァーリにだって言ったじゃないか。俺の両親を馬鹿にするなって。あいつにとってはつまらないのだとしても、俺にとってはかけがえのない家族なんだ。

 あそこに戻りたい。戻らないといけないんだ。そう考え直そうとした俺だったが、足が前に進まない。泥から這い上がってきたゾンビみたいな奴の手が、俺の足首を掴んでいた。

『……ふざけるな』

 泥だらけのゾンビはどんどん増えていく。足だけじゃなくて腰や肩まで掴んで、俺のことも泥に引きずり入れようとしてくる。筋違いの怨嗟を吐きながら。

『私たちは奪われたのに!』
『僕たちは最初から持っていなかったのに!』
『どうして、おまえは失っていないんだ!』
『悪魔のくせに!』
『悪魔が人間みたいに生きられるなんておかしい!』
『――死ね』

 泥に飲まれかけた俺を襲うのは無限の怨嗟。

『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!』
『死んでしまえ、無責任な赤龍帝め!』
『おまえくらい強いなら、何かできるはずだろう!』 
『なんて悪い奴なんだ!』
『殺せ!』
『殺すんだ』
『私を不幸にした者を、全員殺せ!』
『それがおまえの義務だ!』
『自分の役割から逃げるな!』
『私の子供が死んだのはおまえのせいだ!』
『おまえがやらないなら我がやる! その身体を寄越せ!』

 なんて醜い。どうして俺が責められるんだよ。俺は関係ないじゃないか。こんなのが人間の本性だっていうのかよ。ふざけんなよ。そうじゃないはずだろう。これが全部じゃないって思い出したばかりなんだ。そりゃダメな部分もあるのかもしれない。だけど、だけど――


“兵藤一誠よ、人間の本質を受け入れろ”


 そうだ、これこそが人間の本質だ。抵抗は無理だった。対処は無為だ。このまま、この泥に溺れてしまおう。泥に染まって、あの悪魔を殺そう。俺が死ぬのを見過ごした女を殺そう。俺を殺した元凶を全部壊してしまおう。

『諦めるな、兵藤一誠』

 ……ゼパルか。

『おまえは、我らとともに理想を歩くに相応しい。悪魔に堕ちながら、人の思想を取り戻したおまえこそが。だが、これは駄目だ。こんなものは、人類悪ですらない。復讐に生きるのはいい。恩讐に死ぬのもいい。誰かの無念を晴らそうというのも、私たちには称賛できる』

 だったら何で止める?

『この悪意に従って復讐などしても、おまえの裡から出でた感情など皆無だろう! おまえには、おまえが感じ取った復讐心への哀れみさえない。義務感など覚えていないのに応えようとするな。望まれるままに都合の良い装置に成り下がろうとでもいうのか。そんな愚行がどうして是となる!』
『その通りです、乳龍帝よ。貴方はこんな終わり方をしてはいけない』

 突如俺の心象風景に出現した謎の声と光。その光に当たった泥が蒸発するように消え去っていく。

 泥がなくなったことによる解放感で、思考が冴える。確かゼパルに教えてもらった世界線で俺が何かの拍子で干渉してしまった異世界の神様。魔神柱たちが暫定的に『E』と名付けた世界の精霊。

『……異世界の神か』
『ええ、そうですよ、異なる世界の魔神よ。私は乳神様に仕える精霊です』
『並行世界の閲覧により我々は其方を既知ではあったが……本当におまえのようなふざけた異形が実在していたとは。おまえの存在を知った時、情報室、観測所、覗覚星総員二十七柱がパニックを起こしたんだぞ』
『それは貴方たちの都合でしょう』

 ま、まあ、ゼパルの気持ちも分かるけど、その実在自体を抗議するのも当然だよな。そこにあるってだけで罪になったら……なったら、どうなるんだ? 指輪に流れていく悪意は、存在するだけで罪なのか? 彼らは被害者なのに。彼らは誰にも救われなかったし、救えないのか?

 あと、並行世界のテレビ番組はこっちでは着想すらされてないんだからその呼び方はやめて欲しいです!

『乳龍帝よ。乳神様の加護を、貴方に。貴方の乳への愛で、諸悪の根源たる真理の獣を打倒するのです。人間も人外も、貴方になら救えます』
『どうしてだよ』

 消えかけの泥から放たれる疑問の皮を被った殺意。

『どうしてこいつには力を貸すのに、僕のことは救ってくれなかったんだよ!』
『そうだ』
『儂たちだって力を求めていた!』
『どうして、今だけなんだ!』
『あ、ちょっと黙っていろ、乳の精霊! この空気、私には経験が――』

 だが、ゼパルの制止は間に合わず、乳神の使いは言葉を紡ぐ。最後の栓を引き抜く言霊を吐き出す。

『どうして、貴方たちを救わなければならないのですか?』 

 きっと他意はないんだろう。純粋に『異世界の無関係な人間を助ける意味』が分からなかっただけだ。だけど、善性など欠片もない悪意だけの泥に対して、それは最悪の回答だった。その瞬間、地面から泥が一気に溢れ出した。さっき綺麗になったはずの空気がまた淀んで、泥が俺を飲み込んでいく。

『――見捨てた』
『こいつらは俺たちを見捨てた』
『僕は見捨てられた。見捨てられた。見捨てられた』
『可哀そうな私は可哀そう可哀そうな私って可哀そう可哀そうな私可哀そう可哀そう』
『この世界だけじゃない』
『世界なんてどれもクソだ』
『こいつは殺すべきだ』
『全員全部死ぬべきだ』
『俺がこんなに可哀そうなのに、幸せな奴なんていちゃいけないんだ!』
『みんな、不幸になっちゃえ!』
『だから死ね!』 
『殺してしまえ!』
『赤龍帝、おまえがやれ、やるんだ、やらないといけないんだ!』

 俺の中に、泥が混ざっていく。俺を中心にして渦巻みたいに、色んなものが集まっていく。

『や、やめるのです乳龍帝よ! わた、私をと、取り込まないで、い、いやああああ! わ、私が、私たちが、溶けていく……! いや、いややいや殺されたくない……!』

 じゃあな、ゼパル。おまえともさようならだ。

『やめろ……頼む、やめてくれ! この状況は私たちの不手際が招いたものだ! 待て、待つんだ兵藤一誠! この場面なら、私は道連れにすべきだろう! 切り離すな!』

 悪い。その『期待』には応えられない。俺が今の今まで覇龍を使わずに済んだのは、おまえのおかげだからな。人間的な感性とは違うんだろうけど、おまえが俺を心配してくれているのは分かっていた。だから、これが俺の最後の良心ってことで頼むよ。

『その善性は不要である! このような形で生まれた存在は、最早人類悪ですらない! こんな憎悪の塊がどんな理想を抱き、どんな愛を証明できるというのだ! 無価値で無意味だ! おい、話はまだ終わって……』

 いいや、終わりだよ。ありがとう、異世界の魔神。次会う時は、ドライグみたいに多分敵だ。俺以外の全部は、一人残らず敵だ。

 泥に沈んでいく視界の中、会ったこともない王様みたいな男が拍手を送ってくれた。

「ありがとう、兵藤一誠。世界を救うために、その身を捧げた生贄(ゆうしゃ)よ。これで俺の理想が成就する。あまりにも長い旅路だった。あまりにも長い三千年だった。やっとだ、やっと俺は償える。これで、俺は主を超えられる。おめでとう! これで人類は進化できる!」

 まったく心が込められていない感謝と祝福だ。なんて空々しい。なんて白々しい。

 ああ、そうか。分かった。

 この王様、この泥に触れた相手が誰でも良かったんだ。この男が本当にしたかったのは救済じゃない。証明なんだ。

 俺の意識は泥に沈んだ。







 以上の決意を以って、彼のクラスは決定された。

「我、目覚めるは」
〈始まるね〉〈いや、終わるのだ〉

 歴代最弱の赤龍帝など偽りの称号。

「己が罪を神より教えられし赤龍帝なり」
〈結局そうなのですね〉〈そうじゃな、最後までこうなのじゃな〉

 其は人間が求め続け、人類史の業を背負わされた大災害。

「無限の道を棄て、夢幻の果てに沈む」
〈我々から奪われるのは――〉〈世界から与えられるのは――〉

 その名をビーストD/L。この星の人類悪の一つ、『期待』の理を持つ獣。

「我、赤き覇道の獣に堕ちて」
〈いつだって愛でした〉〈いつだって痛みだった〉

 悲劇と奇跡を担い、救済と勝利を強制された偶像。

《おまえたちは、最後まで滅びを選択するのだな!》

「汝らのすべてを忘れ去ろう」

 それこそが、兵藤一誠の獣性である。

『Juggernaut Drive And Advent Beast !!』



 真名 兵藤一誠
 クラス ビースト
 ステータス 筋力:D 耐久:C 敏捷:D 魔力:E 幸運:EX 宝具:A+
 スキル 獣の権能:A 単独顕現:C 精神汚染:EX 悪魔の駒:A 二天龍:EX 神々の祝福(獣):A ネガ・エヴォリューション:A
 宝具 赤黒き汚泥 世界よ、我を讃えろ 無限覇王・夢幻理想

 備考 ほんの半年ほど前までは一般人だった少年。この星で最も虚しい破壊者。
 生まれながらに持っていた『赤龍帝の籠手』、一度死んだ際に与えられた『悪魔の駒』、奪い取った白龍皇の力と魔神柱の細胞、ソロモンの指輪が融合して誕生してしまった、この星で最もおぞましく哀しいキメラ。
 兵藤一誠個人ではなく、全人類の負の感情の化身。自分のものか他者のものか区別できない憎悪を『発散』するための装置。
 この獣の人類愛は、彼の裡から出ている感情ではなく、彼に集積されただけの三千年に及ぶ全生命体の自己愛である。期待を向けられるという体裁の、負の感情が廃棄される生贄。
 それこそが、この獣の正体である。
 スキル「ネガ・エヴォリューション」により、兵藤一誠は「自らが勝てるように進化する」と同時に、「敵の進化を妨害する」。空間や肉体ではなく因果律に干渉するため、抵抗は不可能である。つまり、兵藤一誠は相手が自分よりどれだけ強くても最終的には勝てる。――その戦いの最中にどれだけの犠牲が出たとしても、その戦いの結末にどのような報酬がなくとも、必ず勝利を迎える。
 なお、指輪と完全に融合したため、この獣が死ぬようなことがあれば『真理』は崩壊する。当然ではあるが、指輪は『真理』と連動しているままのため、彼の中には依然として「廃棄物」が流れ込む。
 また、この獣の早期打倒が『真理』の獣顕現阻止の最低条件である。


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赤黒き汚泥

感想欄で散々ヒロイン呼ばわりされたゼパなんとかさん「私を現代に例えると前回のあらすじは以下のようになる。可愛がっている後輩が不良にカツアゲされていたので助けに入ったら無関係な通行人が首を突っ込んできて問題をこじらせて不良たちを逆ギレさせてしまい結果的に後輩は刺されてしまった。何を言いたいかと言えば警察よりも救急車を早く!」


 圧倒的だった。

「焼却式!」
「汝らの全ては不認である」
「とても温かい!」
「戯れの時来たれり」
「ギャハハハハハハハハハハハ!」
「不要不要不要ッ!」
「限りある命……なんと羨ましい!」

 セラフォルー・レヴィアタン率いる悪魔の部隊は、クラン・カラティンなる魔神柱の融合体に圧倒されていた。時間の経過とともに、悪魔たちの生命を奪っていった。セラフォルーの眷属さえも例外ではない。

「申し訳ありません、セラフォルー様……」

 時間が経てば経つほどに仲間が倒されていく。自分達が一生勝てないと思っていたような実力者たちが、呆気なく殺されていく。勝てる勝てないどころの相手ではない。このクラン・カラティンの戦闘能力は低く見積もっても主神級だった。

 この怪物を殺すにはもっと純粋な火力が必要だった。インド神話の最高神や帝釈天クラス、あるいは全力になったサーゼクス・ルシファー。セラフォルーは間違いなく強いが、それでもまだ足りない。

「くっそ! 何だってんだよ!」

 毒づく匙元士郎。彼を含めたソーナ・シトリーの眷属は足手まといにならないように逃げるので精一杯だった。堕天使から渡された人工神器を取り出す余裕さえない。

 だが、己の無力さ以上に匙の心を蝕む現実があった。それは――魔神柱の側が決して絶対悪ではなかったということだ。否、悪ではあるのだろう。悪魔という種族から見れば彼らはどうしようもないくらい社会悪だ。もしも彼らの言うことが本当ならば、異世界出身の彼らは彼らの言う《被害者》たちとは無関係だ。だが、それは間違ったことなのだろうか。関係のないものを報酬もなく助けようとするならば、それは正義ではないのか。

 何が正しい? 誰が正しい?

 否、匙にはそんなことを考える権利などないだろう。何故なら、彼の家族が生活できているのはソーナのおかげだ。ソーナのおかげで、幼い妹や弟は食べていられる。仮に悪魔が悪だとして、仮に魔神柱の方に大義があるとして、彼に選択肢なんてものはないのだ。考える権利もない。

「滅茶苦茶だ。一体でも強いのに二十八体も合体しているなんて!」

 嘆くような悲鳴に対して、クラン・カラティンは嘲ることもなく応じる。

「これは元より我らの至った顕現ではない。数多の男と交わりながら、一人の勇者に執着した淫らな女王の発想だ。それを改定し改善し改良した。我らには発生しない感情。我らには発現しない思考。人間は面白い。人間は興味深い。我々にも貴様らにもない輝きを見せてくれる。――では、この茶番も閉幕だ」

 その巨体に犇めく赤黒い眼球すべてがおぞましい光を帯びる。それを見て、セラフォルー・レヴィアタンは最高の魔力を篭める。

「負けない……私は負けられないのよ! 冥界の未来のためにも! 何より、ソーたんのために!」
「これより二十八の命題を唱える。極点に至る為、汝の真理を焼き尽くさん」
零と雫の霧雪(セルシウス・クロス・トリガー)!」
「焼却式クラン・カラティン!」

 凄まじい魔力の暴力。女性悪魔最強のひとりである魔王セラフォルー・レヴィアタン。だが、所詮は悪魔の中で最強程度でしかない。強者が多いとされる新世代の悪魔だが、聖書の悪魔という疲弊し、衰退し、絶滅しそうになっているものの中の最強でしかない。圧倒的にクラン・カラティンに分があった。

 魔力の衝突による衝撃波。ソーナの眷属も思わず防御障壁を創り出すが、すぐに崩壊する。そのまま背後へと吹き飛ばされてしまった。地面に激突した衝撃が走る。立ち上がろうとするが、衝撃波によって動くこともままならない。

 衝撃波がようやく止み、地面に突っ伏したソーナが目を開けるとそこには満身創痍になったセラフォルーの姿があった。お気に入りの魔法少女の衣装もボロボロだ。それでも無理やり笑顔を作ると、妹に問いかける。

「だいじょうぶ、そーたん?」
「お姉様!」

 セラフォルーが庇ったのだろう。ソーナには目立った外傷はなかった。

 しかしクラン・カラティンにはほとんどダメージが入っていないようだった。多少凍結した部分もあるが、相手の動きに支障があるようには見えなかった。駒王会談乱入時、どれだけ本気ではなかったかということを思い知らされた。

「しぶとい。実にしぶとい」
「生き恥を晒すか」
「無様無様無様ッ!」
「だがこれで終わりだ」
「告げるはセラフォルー・レヴィアタンという汝が音韻。“四大魔王”の一柱/真実/完全消滅」
「焼却式――」

 その時だった。

「――――――――!」

 星の悲鳴が聞こえた。

 詩的な表現ではあるが、そうとしか言い様がない。それほどの『何か』が発生した。それは殺意に染まったクラン・カラティンの行動を止めるほどだった。数多の眼球が忙しなく蠢く。

「ゼパルより至急! 緊急事態だ!」
「どうした、このゼパなん……何だと……!」
「ディハウザー・ベリアルが、我々を裏切っただと?」
「ソロモンめ、そのような手を打つか」
「兵藤一誠……指輪……泥……委細承知」
「統括局には既に連絡完了。連絡まで待機……返答あり」
「至急至急! クラン・カラティンを構成する二十八の同胞に通達! 現作戦を直ちに中断。アンドロマリウス以下十柱は冥界のバアルたちの下に救援。ゼパル以下十柱は『期待』の獣の分析を実行。グラシャ=ラボラス以下八柱は時間神殿に帰還せよ!」

 多くの眼球が同意するかのように静止するのに対し、ある一部分の眼球だけは瀕死のセラフォルーを捉えていた。

「グラシャ=ラボラスより了承。しかしその前に、この悪魔の命を潰す。完璧に潰す。完全に殺す。この怠惰な魔王に報いを。少女たちの涙を穢す虚構に清算を」

 言うまでもないが、グラシャ=ラボラスである。

「この焼却式にて貴様の命の終わりとする。貴様が辱めた彼女たちに詫びながら、魂の一片まで消滅するがいい――!」

 今一度クラン・カラティンの眼が自分と姉を捉える。セラフォルーは迎え撃とうとするが、その身体では無理だ。せめて彼女を転移で逃がすことが自分の役目だと考えるも、身体が動かない。どうやら先程のダメージが思った以上に深刻なようだ。

「助けて……」

 ソーナは祈った。神になのか、魔王になのか。とにかく祈って、叫んだ。

「誰でもいいから、助けてください!」

 返事はあった。正面の魔神柱の集合体からではなく、背後から食事の誘いに応じるかのように気軽な調子で。

「分かった。助けるよ」







 その気配に、天の鎖の後続機が最初に気づいた。

「――――――――!?!?!?」

 先代譲りの高度の気配探知を持つ彼であるからこそ気づけた。だが、それは間違いなく幸運なことではなかった。その不快感を、世界で初めて味わうことになったのだから。

 ほぼ同時に、気配や空間を探ることに特化した神魔が気づいた。やはり、それは不幸なことだった。

 それはトライヘキサのような圧倒的存在への畏怖ではない。それは山の翁のような絶対的死への恐怖ではない。もっと有り触れた、しかし有り得ないような、生理的嫌悪だった。

「な、なんだ、これは……!」
「おえええええ!」
「がばがばががあああああきゃがあああ!?」

 気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。

 まるでヘドロに汚染された川の水でも飲まされたような気分だった。嫌悪感と不快感だけがあまりにも濃厚だった。

 よろめく者はまだマシで、嘔吐する者までいる始末だ。発狂する者がいないだけマシだろう。腐っても星を代表する修羅神仏というわけだ。

「何が起きている!」
「何だ。この寒気は一体……」

 遅れて、それほど探知能力が高くない者達も気づく。厳密には、獣の気配にではなく、彼が体内に抱える泥の邪悪さを察知したのだ。否、邪悪さと言うのはやはり正しくないのかもしれない。この場にいる神魔が受け取ったのは、殺意だ。彼らが生み出し、そして忘れ去った被害者たちの憎悪。加害者は忘れても、被害者は忘れない。忘れた過去がこの場にいる全員を殺しに来たのだ。

「ど、どうしたのじゃキングゥ。顔色が悪いぞ。この嫌な感じのせいなのか?」
「九重、逃げるよ」

 九重は心配そうに寄り添うが、キングゥはそのまま彼女を抱えて足早に会場を出ようとする。付き添いの妖怪達も困惑しながらキングゥの後に続く。キングゥならば飛行してこの場から逃げ出すこともできるが、九重たちを置いて逃げるわけにもいかない。

 混沌とした会場はキングゥ達を止めるどころか退出しようとすることに気づく余裕さえない。

「これはまずい。母さんやソロモンどころじゃない。冗談じゃないぞ、これは人類悪でさえない。ラフムの最上級種とでも言うのか。どこの誰だ、こんなバケモノを叩き起こしたのは――!」

 会場の喧騒の中、トライヘキサは呆然と立ち尽くしていた。彼も今生まれたばかりの獣の気配を察知していた。だが、その表情はこの場の誰よりも驚愕に染まっていた。

「違う……」
「フォーウ」

 呻くように、敗北した獣は吠える。その双眸からは血の涙が零れる。

「聞いていないぞ。我が半身に泥が注がれるなど、話が違うぞベリアル!」








 その姿を見て、誰もが悪魔のようだと思った。否、あるいはこう表現するが適切かもしれない。魔神のようだと。

 赤龍帝の鎧の如き紅蓮の全身鎧に、眼球のような模様と口のような亀裂が走っている。右手の部分は白く、左手は黒っぽい。翼竜を思わせる巨大な翼と蛇のような尾は飾りなどではなく手足のように自在に動く体の一部。その兜には二本の角が生えていた。書物や絵画に登場する魔王のような角が。瘴気とでも言えば良いのだろうか。とにかく、邪悪な雰囲気を放っている。近くにいるだけで狂ってしまいそうで、彼がそこにいるだけで空気が穢れているようにさえ感じる。

 近くにいたグレモリー眷属は勿論のこと、離れた場所のリゼヴィムとアーチャーも戦闘を中断して沈黙するしかなかった。魔王の息子であるリゼヴィムでさえ、その禍々しさに言葉を失うほどだった。

「なんともおぞましい姿だ。世界を滅ぼす獣に相応しい」

 唯一、ディハウザー・ベリアルだけが冷静だった。もっとも、彼がこの世界の誰よりも正気ではなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()悪魔よりも狂った生物など、この星にはいない。ソロモンと聖書の神を例外とすればの話だが。

「きっと君を見て、君の半身はこう言うだろう。『聞いていない』『話が違う』と。まあ、当然だろうね」

 このビーストD/Lは、本来の形をしているわけではない。トライヘキサが誕生すると思っていたのは正しい形での半身だ。

 正しいビーストD/Lとは、彼が担うべき『期待』とは、「人類が異形に与えられた悲劇への復讐」だった。それはソロモンの怒りそのもの。だからこそ指輪を使用するのではなく、指輪を埋め込まれることで顕現する。そして、その打倒方法は「信頼関係に基づく人間と異形の共闘」である。自らへ向けられた期待が無為なことであることを知り、己がなすべき復讐が見当違いであると理解し、『期待』の半身は敗北する。

 そのはずだった。だが、そうはならなかった。タネは『泥』だ。ただし、指輪を通して『真理』や『システム』の廃棄物が入り込んだというわけではない。指輪そのものに泥が収納されていた。それだけの話である。

「魔王アスモデウスと七十二柱アスモダイ、天使ベリアル。彼らが目指したものは、『人間と異形が共に手を取り合える世界』だ。神代と人理の融合。誰が上も下も善も悪も強いも弱いも正しいも間違いもない。あらゆる種族が兄弟として同じテーブルで食事ができる。そんな陳腐な理想郷こそが、彼らの夢だった」

 魔術王の共犯者たる四名のうち、初代ベルゼブブを除外すれば、彼らは『其処』を目指していた。彼らの動機は歴史に残っていない。当然だ。現在語られている彼らの神話は、その動機を隠すためにあるのだから。自らの神話が穢れることを承知で、彼らはソロモンの計画に同調した。

 擦り合わされた想いだからこそ、『真理』の廃棄物になった。そして、それを捕食した獣は疑わなかった。魔術王も同じ理想を抱いた大馬鹿者なのだと。

「悪魔は同族を裏切り、天使は魔術王に寝返った。だが、お生憎様だ。ソロモンにはそんな世界を実現するつもりなど欠片もなかったのだ。共犯者を信頼し理解され誠実な態度で接していたが、真実を口にすることはなかった。彼は世界中の神々や魔王を騙したのだ。自分達がそうでないとどうして思えたのやら」

 馬鹿馬鹿しい、とディハウザーは嘆息する。

「そもそも後継者が私たちのようなものではな。指輪を使用したクルゼレイはともかく、シャルバは初代がルシファーを裏切ったことさえ知らずに死んだのだろう」

 魔王の末裔を嘲笑するディハウザーを、獣は冷たく見据える。彼の第一宝具、ある世界においては『聖杯の泥』『ケイオスタイド』と呼ばれたものに酷似している。

赤黒き汚泥(ウェルシュ・ケイオスタイド)

 突如として、獣の影から赤黒い泥のようなものが噴き出した。それは不気味な生物のように動き回り、ディハウザーを覆うように襲い掛かる。

「あってはならぬ愛が理由で殺されたのならば許せた。私は初代様と同じ理想を抱き、ソロモンに挑んだだろう。だが、よりにもよってあの子の死は古き悪魔の妄執だった! あの子の抱いた愛を隠れ蓑にしたのだ、あの老害どもは!」

 だが、ディハウザーは泥に捉えられる前に魔法陣を展開する。呪詛を残して、ディハウザーはどこかに転移した。

 ディハウザーがいなくなったことで、ようやく意識を立ち直したリアス。彼女は何故か湧き上がる嘔吐感を無理やり抑え込んで、己の『兵士』に問いかける。

「い、イッセー? イッセー、私が分かるわよね? お願いだから返事をしてちょうだい!」
「ええ、分かりますよ」

 至って落ち着いた返答。それに安堵するリアス。

「貴方にソロモンの指輪が入れられたらしいわ。それは神の権能。どんな影響があるか分からない。急いで取り出さないと」
「心配するな、リアス・グレモリー」
「――え?」

 突然名前を呼ばれたことに驚いたリアスは、兵藤一誠がアスカロンで自分の腹部を刺したことに気づくのが一瞬遅れた。

「もうすでに、この男のすべては指輪の支配下だ。取り出す意味などない」

 獣は、そのまま第二宝具を発動させる。

世界よ、我を讃えろ(アイ・アム・ア・ヒーロー)!」



ソロモン陣営の英霊はビーストD/L顕現について
知らなかった→ セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー
察していた上で黙っていた→ キャスター、アサシン
知るか→ バーサーカー


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計画の真意

セイレム終了。
描写の不足に目を瞑れば内容には満足。〇〇〇〇〇は絶対に引いてみせる。
これで魔神柱の物語も終わり。
アンドラスの逆パターン(どっかのアホが魔神柱の死体を利用する)でもない限り、彼らの登場がないと思うと寂しいね。
さあ、この作品も完結に向けて突っ走るぜ。


「何がどうなってやがる!」

 苛立ちを隠せないアザゼル。当然だ。情報が足りない。「よくないことが起きた」ことだけが漠然と、しかし確信的に理解できるのだから質が悪い。

「おいキングゥ……っていねえ! トライヘキサ……もいねえ! あいつらどこ行きやがった!」

 見れば、会場内の修羅神仏の数が大分少ない。今も足早に会場から出ていこうとする者が多数いる。体裁や現状把握よりも即時撤退を決意したということか。その気持ちは分かる。この纏わりつくような嫌悪感は、恐怖さえも上回る。黙示録の獣や山の翁と比較してなお苦痛だ。

 山の翁が告げる。

「――獣が生まれたのだ」
「獣、だと? トライヘキサ級の何かが生まれたってのか?」
「晩鐘は汝らの名を指し示さぬ。だが、あの獣は汝らの首を求めているだろう。そのために、あの王は三千年の計画を練ったのだから。自らの首を差し出すことさえ躊躇わず。だが、かの王の怒りは狂信ではなく妄信だ。かの王の願いを実現するための手段など、どのような星にもないというのに」
「頼むからもうちょっと分かり易く言ってくれよ!」

 聞けば答えてくれるが、山の翁の言は分かりにくい。これはアザゼルの傾聴力が低いというわけではなく、山の翁がわざと口数を減らしているからだ。これは最後の機会だ。これを試練として乗り越えれば良し。災害としてやり過ごすのも良し。だが、これでも自らの罪から目を逸らすのならば、滅びしかない。今回はどうにかなっても、次回はない。この世界に『人類悪』の概念が生まれてしまった以上、逃れようのない事実だ。

 すると、会場に何者かが転移してきた。またぞろあちら側の存在かと警戒したが、そこに現れたのは紅のローブの魔術師。サーゼクスの『僧侶』マグレガー・メイザースだった。『女王』グレイフィア・ルキフグスを抱えているが、彼女に意識がないようだ。

 サーゼクスの姿を確認するなり、彼は安堵の表情を浮かべ膝をついた。臣下の礼というよりは、肉体と精神の限界を迎えたからだ。

「申し訳ありません、サーゼクス様」
「マグレガー!」
「私よりもグレイフィア様を」

 サーゼクスは満身創痍の『僧侶』から意識のない妻を受け取る。

「セカンドや炎駒はまだ戦っているのだな? こうなれば私も出る――」
「いいえ、彼らはもう戦っていません」
「――そうか。勝ったということか」
「いいえ。我らでは彼らを倒すことはできませんでした」
「――――では、魔神柱は撤退したのだな」
「いいえ。逃げたのは私の方です。私は気絶したグレイフィア様を託され、逃げてきたのです。この身体ですから」

 マグレガーは自分のローブをめくって身体の左半身を見せる。そこには焼き爛れた身体があった。左腕は完全に消滅しており、足も膝までしかなかった。

「申し訳ありません、サーゼクス様。スルト・セカンド、バハムート、ベオウルフ、炎駒。私マグレガーとグレイフィア様以外のルシファー眷属は全滅しました」

 サーゼクス・ルシファーの眷属、『戦車』、『騎士』、『兵士』死亡。

 セラフォルー・レヴィアタンの眷属、『王』を除き全滅。

 レーティングゲームトッププレイヤー、第一位離反、第二位死亡、第三位重症。各眷属、重症または死亡。

 初代七十二柱全滅。旧魔王派全滅。リゼヴィム・リヴァン・ルシファーおよびその一派離反。

 アグレアス撃墜。アグレアス内に埋蔵されている『悪魔の駒』原材料の希少金属、完全消失。

 赤龍帝・兵藤一誠、××××。

 それが()()()の冥界だった。






 冥界、アガレス領、アグレアス周辺の森にて、二人の若き剣士が向かい合っていた。

「――まさか君とこんな形で再会するとはね、アーサー」
「私としては、貴方がそのような立場で戦うことの方が意外ですよ、ジークフリート」

 魔帝剣グラム所有者、ジークフリート。元教会の戦士で、通称は『魔帝』。シグルド機関の最高傑作にして禍の団英雄派幹部。神器『龍の手』所有者でもあり、禁手にも至っている。グラムだけではなく名のある魔剣を多く所有している。

 聖王剣コールブランド所有者、アーサー。ペンドラゴン家出身で、騎士王アーサーの末孫。スーツにメガネという格好の美青年。所有者として認められていたとはいえ、家宝であるコールブランドを勝手に持ち出したという経歴を持つ。元は英雄派にいたが、しばらく前にヴァーリチームに入ったはずである。

 禍の団内で最強の剣士の座を争っていたはずの彼らは、敵として相対していた。

 ジークフリートはアーサーの背後にいる騎士たちを見る。ゲーティア達から与えれた知識にあった者達と特徴が合致する。第六特異点、獅子王の威光の下で虐殺を行った粛清騎士と同じ鎧だ。

「……獅子王に下ったと考えていいのかな?」
「ええ。そう考えてもらって間違いはないでしょう。リーダーのヴァーリは勿論、黒歌や美猴も行方不明。チームとして機能しない以上、所属を変えるのは当然のことですから」
「英雄派に戻ってくるという考えは?」
「それも考えましたが、その前に魅力的なオファーを受けたものですから」
「君のことだから獅子王の首を狙うつもりでそこにいると考えているけど?」
「ええ。そのつもりです」

 その問答に対して、粛清騎士は反応しない。アーサーが獅子王を討つことに賛同しているのか、獅子王が彼如きに殺せるはずがないと確信しているのか。あるいはもっと別の理由があるのか。

「意外と言うなら、円卓たちがよく許したものだ。『アーサー王の末裔』が家を抜けてテロリストになったというのに」
「彼らにも色々と心情があるということですよ」

 漠然としたことを言いながら、アーサーはジークフリートを真正面に捉えたまま視線だけを横に向ける。ジークフリートも同じようにすると、視界には上空から落下していく浮遊都市が見えた。あれはもう駄目だ。今回の作戦は完全に失敗したと考えていいだろう。

「アグレアスが堕ちているのは獅子王の仕業らしいね」
「ええ。貴方たちが……というか、ゲーティアがアグレアスの希少金属を狙っているという情報があったもので。『悪魔の駒』や『御使い』を増やされても面倒だと、陛下は判断されたようです」

 ゲオルグから連絡があったが、この場だけではなく、囮だった会談の方も随分と事態が混沌としているようだった。獅子王が此方にいる以上、あの魔神柱が遅れを取るような相手などそうはいないはずだが。そのスタンスからして、この世界の修羅神仏が積極的に動くとは考えづらい。

 一度帰還するように指示があったところで、アーサーが現れたというわけだ。指示通りに帰還すべきなのだろうが無理だ。コールブランドは空間を切り裂く力がある。転移しても追跡される可能性がある。

 否、道理も義務も捨てて、ここで決着をつけたいというのが本音だ。

「どっちが最強か白黒つけようか、聖王剣」
「此方もそのつもりですよ、魔帝剣」

 双方、剣を抜いた。







 兵藤一誠であるはずの彼は、リアス・グレモリーの身体からアスカロンを引き抜く。

「あ……」

 リアス・グレモリーはその場に倒れた。傷口からは止めどなく血が流れていく。

「リアス!」
「部長!」

 ようやく拘束から逃れたグレモリー眷属。朱乃と小猫とギャスパーはリアスに駆け寄り、裕斗は聖魔剣を創り出して一誠の前に立つ。その刃の切っ先は震えていた。恐怖はある。主人を害された怒りはある。事態についていけない混乱がある。だが、それ以上に目の前の男から溢れ出る瘴気が気持ち悪かった。

「イッセーくん、どうしてこんな……!」
「話しかけるな、クソ悪魔が。耳が穢れる」

 兵藤一誠――否、赤い鎧の男は同僚であるはずの眷属たちには目もくれず、リアスの流血で穢れたアスカロンの刀身を見る。そしてリアスを一瞥する。リアスは眷属たちに身体を庇われながら、虚ろな目で赤い鎧を見る。

「い、イッセー……?」
「悪魔が聖剣で刺されたのに死んでいない、か。聖剣の特徴は消失しているな。流石にこんな骨董品じゃ泥には耐えられないか。神器と一体化していたことの弊害だな」

 独り言を吐き出す彼は、やがて視線を掃除屋へと移す。掃除屋も悪魔の王子との戦闘を中断し、彼を見ていた。悪魔の王子は事前に聞いていた話と展開が異なる為、呆けていた。

「アーチャー。おまえには感謝しているよ。おまえの情報がなければ、ここまで完璧にはできなかっただろう。やはりトライヘキサを完成させておいて正解だった。あいつが『真理』に繋がったままだったら、指輪との融合に支障が出たからな」
「貴様、誰だ……?」
「俺はソロモンだ」

 その予感はしていた。口調や話の内容から、自分の知る魔術王だとアーチャーは理解していた。だが、問題なのはこの男が魔術王であることではなく、兵藤一誠の身体を乗っ取っていることである。

「どういうことだ、ソロモン。どうやって兵藤一誠の身体に魂を移した? おまえが魂を移した指輪は、サーゼクス・ルシファーの手で破壊されたはずだ」
「おいおい。まさかとは思うが、俺が神に返還した九個の指輪には細工をしていなかったとでも? すり替えに気づかれなかったんだ。細工にだって気づかせないさ」

 それはアーチャーの知らなかった情報だ。彼が人間として生きた世界において、ソロモンの指輪は『訣別』によって破壊された。アスモデウスが保管していた一つを例外として。最後の指輪はまだ曹操だった頃のアーチャーが破壊した。

「俺の計画を成功に導いてくれた礼だ。種明かしをしよう。負けフラグ臭いから、本当はこういうのやりたくないんだけど、ぼちぼち暴露してもいいだろう。ここまでやれたんだ。誰かに俺の願いを知ってもらいたい。ああ、賛同しなくていいぞ? 俺の計画が達成された時、全人類は俺の計画の価値を理解してくれるのだから」

 本来、この星には人類悪などない。人理――すなわち人間のための宇宙法則が存在しないためだ。だが三千年前にソロモンが星を改変させることで、『期待』と『真理』の原罪が発生した。そして、本来であればRもLもなくソロモンだけが『期待』を背負うはずなのだ。人類に期待したのも、人類に期待されたのも彼だったからだ。

「俺は『真理』と『システム』を使って泥を集めた。この泥を浴びた人間は、魂の反転と引き換えに、その位相が上がる。俺はずっと待っていた。泥が熟成するのを。熟成した泥に触れてくる誰かがやって来るのを。今しがた兵藤一誠が発動した宝具。世界よ、我を讃えろ(アイ・アム・ア・ヒーロー)! これに辿り着くための三千年だった! 俺の計画には次の段階を踏まえても、どうしてもここに辿り着く必要があった」

 対人宝具、ランクA+。その効果は、星の記録の閲覧と修得だ。星の痛みの具現化である泥を積み重ねなければ手に入らなかった醜悪な奇跡。

 単体では役に立たない宝具だ。どれだけ優れた能力を得ようと、出力と機能に限界がある。生前のソロモン級ならばどうにかできるが現代の人間にそれは難しい。だが、スキル『ネガ・エヴォリューション』と組み合わせて使うことで、どんな奇跡だろうとどんな極限だろうと再現できる。

「この星の誰かに出来たことは、俺にできるんだよ。当然、人間だけじゃない。天使だろうが悪魔だろうが魔物だろうが妖怪だろうが精霊だろうがドラゴンだろうが――神だろうが、誰かのできたことは俺にできる」

 兵藤一誠の身体を乗っ取ったソロモンは大仰に手を広げる。鎧で隠されているが、その表情は歓喜の色で満ちていることだろう。怒りを込めてではなく、心底から笑っているだろう。

「これで、俺は神の御業を再現できる! 主を超えられる!」

 聖書の神の所業。それを聞いたアーチャーの脳裏に蘇るのは、あの地獄だった。泥に覆われた世界と、そこに溢れる双貌の獣。蹂躙される人類の悲鳴と、聖書の神に抵抗した修羅神仏の屍。だが、あれはすべて『真理』が破壊されたからこその光景だった。

「馬鹿な! 『真理』によって世界は作り直せないはずだ!」
「いいや、それは正確じゃない! 正しくは、『世界を作り直せるほど強大な神』全員が、『世界を作り直せない』という縛りを受けているだけだ! 『真理』によって新しく強大な神が生まれることもない。だが、他ならぬ『真理』によって作り出された神ならばどうだろうな?」

 この醜悪な獣が神だとでもほざくのか。こんな邪神とすら呼べないような異形が。

「だが貴様は、『今ある人類』の価値こそを求めたはずだ! それだけは間違いない。だからこそ、俺の世界線では、おまえは聖書の神の手を払いのけたんだ」
「そうだ。俺ならばそうする。だって俺はあくまでも『今ある人類』の価値を証明したい。そうじゃないと俺たちが間違いみたいだろう? 俺みたいな例外を除いた全員が出来損ないみたいだろう? 失敗作だから作り直すなんてそんなのおかしい」

 そんな馬鹿な話があるものか、と聖書の神の最高傑作は宣う。同じ最高傑作である預言者や救世主にはない発想だった。彼らが持つはずもない狂気だった。

「だからこそ、生命はそのままに、この世界を作り直す。間違いなのは人間じゃない。人間を軽んじているこの世界の方だ。世界の法則を俺の求める形に改める。『真理』だけじゃ徹底的に不足している。三千年前じゃあれが精一杯だったからな。俺の時代じゃサマエルを引っ張り出すのは無理があったしな」

 そして語られるのは魔術王の本当の計画。怒りしか知らぬ王の願望の正体。

「人間が主役となる世界を創り出す。人間以外のあらゆる生命は人間を進化させる砥石とする。この世界の生命でも足りぬならゲーティアのように他の宇宙から招き入れる。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそが、このソロモンの真の計画だ!」

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誓い

原作じゃ全く描写されなかった二人の戦闘をしようってのに感想欄でほとんど触れてもらえない件について、ご本人たちから抗議が来ました。拙作では二人とも初登場シーンだったのに……。


「ソロモンよ、何を泣いているのですか? 貴方の怒り以外の表情など、私は初めて見ます。ふふ、馬鹿にしているわけではありませんが、とても魅力的ですよ」

 ……愛しい女王よ。私はどうしたらいい?

「異なる宇宙に何を視ました? 悲しいことではないでしょう。辛いことでも痛ましいことでもないでしょう。貴方は悲劇に対して悲しみではなく怒りで応える御方です。喜ばしいものを見たのですね? 感動して感激して、嬉しくて嬉しくて泣いているのですね?」

 ああ、そうだ、愛しい女王よ。

「妬ましいですね。羨ましいですね。貴方が怒りを込めず、本当に笑っているなんて」

 美しい世界があった。優しい世界があった。人間が人間として生きていられる世界があった。人間が滅ぼされた世界もあったが、彼らは胸を張って死んでいった。

 助けよう、などとは微塵も思えなかった。彼らは私よりも遥かに弱かった。彼らは私よりも遥かに愚かだった。だが、私の力も、私の知恵も必要ないのだ。だって彼らはどうしようもないくらい素晴らしい。どうしようもないくらい尊いのだ。

「聞かせてください。例えば、どんな人がいました?」

 私……俺と同じ名前を持つ男がいたよ。いや、俺と一緒と言っても彼の『人生』は死後が本番だった。一度死んで、使い魔として召喚されて、人間になってからが彼の人生だった。

 みっともないくらい臆病者だ。情けないくらい笑ってばかりだった。だけど、俺は彼が羨ましい。いや、あんな『最期』を迎えた男を羨ましいだなんて言うのは間違っていると自覚している。だけど、それでも俺には彼の生き様がどうしようもないくらいに羨ましい! 妬ましくて仕方がない! ああ、俺も倫理観が破綻しているけど人類愛に満ちた主人とか、中身おっさんの見た目美女な相棒とか、世界の未来を託せるような少年とか、獣に堕ちるほど真摯に人類を愛する使い魔とか、徐々に人間性を帯びていく娘とか欲しかった!

「もう! 最愛の女性を前に言うことですか!」

 あ、悪い。

「まったく。いえ、貴方がこの星の人間全員を愛しているのは知っていますけどね? 人間一人一人を真剣に心底愛しています。それでも、その愛は決して平等ではなく、決して均等ではない。この星で最も深い人類愛を持つ男に最も愛されていることこそ、私の誇りなのですよ?」

 その愛の深さのせいで、俺は神になることを願われている。俺は……人のままで死にたいよ。世界は一つの生命の意思でどうにかなるべきじゃない。

「ふふ、人間に自由を。思想に可能性を。貴方の考え方は未来過ぎて皆は理解できません。いつか理解してもらえる時代は来るのでしょうから、それまで神様でいれば良いのでは?」

 それもそうか。

「貴方が神になることを願っていますけど、私は今のまま、王のままで良いと考えていますよ。『真理』が作られてしまえば、貴方や『彼ら』の願う世界が来ることはほとんど確実なのですから。ちょっとくらい貴方が生きたいように生きても、問題ありませんよ」

 ベリアルやアスモデウスの協力もある。彼らも平和を望んでいる。彼らも対話を願っている。自分達の逸話が穢れることを承知で、『真理』の賛成に賛成してくれている。

 ……『真理』が完成すれば、ベリアルはソドムとゴムラを堕落させた悪魔として語られるだろう。アスモデウスがサラへ向けた愛情は歪んだ色欲として伝えられるだろう。ソドムとゴムラ――世界初の異種族混同が実現した都市を守れなかった天使の涙はなかったことになり、一人の人間を愛した魔王の痛みは独りよがりの情欲に成り下がる。彼らはそれさえ受け入れた。

「はい、彼らは願っています。我々と、人間と一緒にこの星を歩いていくことを。むしろ私としては貴方が彼らを許したことの方が意外です。神に、天使に、悪魔に、堕天使にこれほど怒りを抱く貴方が」

 何事にも例外はあるさ。それに、許したわけじゃない。俺は誰のことも許せない。愛することはできても、許すことはできないんだ。実際、ベルゼブブのことは嫌いなままだよ。ベリアルやアスモデウスのことは結構気に入っているが。

 あいつらのためにも、俺は『真理』を完成させないといけない。この世界を変えないといけない。

「ええ。それこそ貴方が輝かしいと感じた世界の人々がこの地に訪れた時、素晴らしすぎて妬ましいと思うようになると良いですね」

 ああ、それはいいな。

 きっと変えてみせるさ。異なる星の人々が羨むような素晴らしい世界に。人々がこの星に生まれたことを誇れるような美しい世界に。そうなれば主も認めざるを得ないだろうな。俺や我が先祖モーセだけではなく、この星の人類すべてが貴方の最高傑作なのだと。

「期待していますよ、愛しいソロモン。どうか善き世界を見せてください。……でも一つだけ言わせてください。その愛さえあれば貴方は失敗してもいいのですよ。貴方に愛されているということは、私たち人間にとって最大の誇りなのですから」

 ありがとう。君と出会えた奇跡に誓うよ、愛しい女王。俺は何があろうとも、人への愛を忘れることはない。

 ――そんな誓いをした次の日だった。

 ――彼女の死によって、我が理想は反転した。







 隠れ家へと転移したディハウザーは一人、溜め息を吐き出す。

「……私の憎悪さえも計画通りか、ソロモン」

 自分のような存在――異なる種族の愛が招いた悲劇の復讐者が現在にいることを確信していたのだろう。自分の先祖の理想を知った時、クレーリアの一件は皮肉としか言い様がなかった。彼女も『ベリアル』だというのに。

「何が計画通りなのかナー?」
「っ!?」

 銃口を背中に突き付けられた気配がする。反応しようとした次の瞬間には、ディハウザーの周囲を紫色の炎が円を描くように燃え上がった。

「……これはしてやられた」
「してやられたのはこっちの方だよ。バアル達の情報収集が優秀すぎて油断した。いや、これだと言い訳みたいだネ。素直に認めよう。よくも私を出し抜いたな、ベリアル」
「どうしてここが分かった、なんて質問は滑稽か。流石は犯罪博士。万が一裏切った場合のことは想定していたか。隠れ家まで特定されていたとは」
「その万が一の裏切りに気づけなかったんだから業腹だ。でも、このままだとマイレディズに『パパの無能』とか言われかねないんでネ。名誉挽回といかせてもらう」
「いやー、直接言う人はいないと思いますよ?」
「それって隠れて言うってことだよネ。陰口の方が傷つく!」

 どうやってこの状況から抜け出そうかと考えるディハウザーだったが、思考を中断した。有体に言って諦めた。復讐は成された。反転したビーストD/Lが顕現した以上、どうあっても冥界は滅ぶ。自分の従妹を死に追いやった全ては破壊される。

 諦観に浸るディハウザーの前に、ひとりの男性が佇む。それは背中に銃口を突き付けた人物でもなければ紫炎の所有者でもない。黒髪の男性だった。見知らぬ人物だったが、ディハウザーには心当たりがあった。

「……まさか、貴方が」
「ええ。僕が八重垣正臣ですよ、ディハウザー・ベリアル」

 ディハウザーから笑いが零れる。

「はは、まさかこのような形でクレーリアが愛した人間に会えるとは。自暴自棄に泥に飲まれなくてよかったというものだ」
「ソロモンに協力した時点で狂っていたと思いますが」
「人王の側にいる貴方に言えた義理ではないでしょう」

 二人の愚者の話をしよう。

 それは十年ほど前の駒王町で起きた人間と悪魔の悲恋の話だ。

 片や教会に所属する戦士、八重垣正臣。片や七十二柱の血筋の悪魔、クレーリア・ベリアル。敵対関係にあるはずの彼らは恋に落ちた。

 当時は神の不在が露呈しておらず、協定など考えられるような時代ではなかった。使徒と悪魔の恋愛など以ての外だったのだ。人と魔が愛し合うなど許されない。例外など認められない。だから、二人が所属する組織は、二人を粛清することを決めた。『皇帝』が出て話が深刻になる前に、身内の不始末を消すことを選んだ。

 この件には裏の事情があった。八重垣はともかくクレーリアには殺される理由が他にもあった。それが『王』の駒の存在だ。『悪魔の駒』には『王』の駒が存在しないことになっているが、実際は違う。個数こそ限られているが、存在するのだ。その効果は使用者の力を著しく上昇させる。レーティングゲームのトッププレイヤーの多くがこの『王』の駒を使用している。ディハウザーを例外とすれば、純血悪魔全員が使用している。この事実は一部の権力者のみが知っている情報であり、七十二柱の当主でも知らないほどのトップシークレットだ。クレーリアはこの真実に近づいたために消されたのだ。

「聖杯か」
「ええ。あの町を彷徨っていた魂を魔神グレモリーが回収したそうです。……悪魔は死んだ後に魂が残らない。だから……」
「心配しなくても、そんな期待はしていませんよ」
「……そうですか」

 そう言いつつも、ディハウザーの顔には失意の影があった。八重垣自身、自分が復活した時にそれを願ったため、何も言えなかった。

「僕は彼女を愛していました。人王による行動の制限がなければ復讐に走っていたほどに」
「ああ。それは良かった。あの子を想っての行動だとしても、貴方がそんなことをすることをあの子は望んでいないでしょう」
「鏡を見たらどうかネ?」

 ディハウザーも八重垣も茶々入れに苦笑が漏れる。

「仲良くするのもいいんだけど、私も急いでるんでね。話を進めさせてもらうよ」
「どうぞ、教授殿」

 全てを諦めたように投げやりな態度の悪魔。

「私が欲しいのは此方の魔術王や聖書の神よりも獅子王の情報だ。彼女にどれだけの情報を流した?」
「ソロモン関係のことを除けば、其方のサーヴァントと、アグレアス襲撃くらいですね。彼女と直接会ったのは一度だけで、後は秘書官殿を通じていましたので」

 それを聞いて思案顔で唸る教授。銃口はすでに下ろしているが、いつでも迎撃の準備はできている。

「どうもバアル達から聞いた人物像と彼女の行動が一致しないような気がするんだよね。彼女は聖書の神に召喚されたわけじゃないから誰かに操られているってわけでもないだろう。同時に、彼女は彼女の意思ではない何かに従っているような印象もある。そのあたり、何か知らないかい?」
「さあ。私はソロモンとのアポイントを繋いだだけです。あちら側で彼女が何をしていたのかさえソロモンから聞いた以上のことは知りませんよ」
「それだ。獅子王は何故魔術王への協力を承諾したのか。彼女の狙いは一体何なのか。流石に女神の心理なんて専門外だからネ。あの謎解き屋なら分かったかな」

 初歩的なことだよ、と決めポーズの宿敵の顔が浮かぶ教授。

「……女神ロンゴミニアドについては分かりませんが、魔術王については一つだけ確実に言えることがあります。あの男が星の改変を行った決定的な動機が」
「ほう? 興味深い。是非聞かせてもらおう」

 三千年前の『壺』と『真理』構築。世界中の神話への詐欺行為。聖書の神さえ騙した。そして現代のビーストD/R完成とビーストD/L顕現。魔術王の狂気の根源には、やはり愛があった。

「シバの女王を知っていますか?」







 その人物の登場に、魔神は驚愕を隠せなかった。

 桃色の髪。美少女と見紛う、派手に着飾った中性的な美少年。騎乗槍を持っているが、騎乗しているのは馬ではなく、魔獣。上半身は鷲、下半身は馬という『有り得ない獣』。

「遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我が名はシャルルマーニュが十二勇士アストルフォ! いざ尋常に―――勝負ッ!」
「――邪魔をするな最弱の騎士がァアァアアア!」

 魔神の攻撃が当たるよりも早く、騎士の少年――アストルフォはセラフォルーとソーナを相棒のヒポグリフの背に乗せてと飛び立つ。

「もう危ないな! 怒り過ぎだし、やり過ぎだよ!」
「黙れ、黙れ、黙れ! 黙れぇ!!」

 その怒号は人智を超越した魔神の憤怒ではなく、もっと低俗でもっと身勝手な人間の罵倒だった。

「その悪魔の罪深さを知りながら庇うか! その悪魔の醜悪さを知りながら守るか! 貴様も人の側に立つ英霊ならばその悪魔を殺せ!」
「断る! 助けてって言われたからね!」
「ならば貴様も死ぬがいい……!」

 先ほどと同じように、巨大な身体に犇めく赤黒き眼球全てが危険な色を帯びる。

「焼却式クラン――」

 だが、眼球の輝きが途絶える。

「グラシャ=ラボラス、撤退だ」
「何を言っているフォルネウス!」
「これ以上は端末(フリード)がもたない。これほどの時間のクラン・カラティン顕現は予定外だ。……調整が不十分だったようだな。焼却式を放つ余力はない」
「しかしだな、グレモリー……!」
「フリードだけではない。これ以上この魔王に時間を割いている余裕はない。――我々は大至急、『期待』の獣を止めなければならない。彼が、彼の家族や友人を殺す前に」
「……っ!」

 その言葉に停止せざるを得ないグラシャ=ラボラス。

「覚えておけ、怠惰な魔王よ。いずれ悪魔の国ごと貴様の魂を一片まで焼き払うぞ……!」

 クラン・カラティンの巨躯が視界からぼやけると同時に周囲の景色が変わる。魔神柱が作った結界空間が解除されたようだ。自分達が抜け出せたということはソーナの眷属たちもこの周囲にいるはずだ。……生きていればの話だが。

 地面に着地したヒポグリフの背中から降りるソーナだったが、上手く着地できず地面にへたり込む。そういえば負傷していたんだったと自虐していると、アストルフォもヒポグリフの背から降りていた。

「大丈夫かい?」

 この人物は先程自身をアストルフォと名乗った。おそらくは英雄派の構成員だろうが、魔神柱と敵対しているのはどういうことだろう。だが、信頼はしても良い気がする。失礼かもしれないが、この人には人を騙す知能がなさそうに見えるのだ。

 アストルフォ。それはシャルルマーニュ十二勇士の一人。決して強い騎士ではないが、武勇伝は多い。

 差し出されたアストルフォの手を取りながら、ソーナはある事に気づく。

「あの、もしかして男性ですか?」
「そうだよ?」

 詐欺だと思いつつ、親友の『僧侶』を思い出した。男性を可憐だと認識したことに敗北感を覚えつつ、ソーナは立ち上がる。

「助けてもらって申し訳ありませんが、私の眷属を探すのを手伝ってもらえますか?」
「いいよ!」

 底抜けに明るい笑顔に、こんな状況でも安心感を覚えるソーナだった。



魔術王ソロモン。今は無き女王に代わっておまえに決を下す。
“――――その憤怒に安らぎあれ。汝の解答は、四千五百年前に失敗した”と。


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Who is she ?

アビー? 来なかったよ。


 何度槍と棍をぶつけただろう。

「はぁ、はぁ……ああ、クソ。やはりお強いな、闘戦勝仏殿」
「そりゃこれでも仏の一人だからねぃ」

 息切れしているのは当然、曹操の方だ。だが、これは間違いなく三大勢力側にとって予想外の展開だし、帝釈天がいれば呵々大笑とした状況だ。あの闘戦勝仏、孫悟空、美猴王に、ただの人間が槍一本で食らいついているのだ。これが異常でなくて何なのか。

「それにしても、この気配は何だろうねぃ?」

 別段、この妖猿としても余裕があるわけではない。戦闘中に目の前の相手以外の話題を出すなど戦士として無粋だが、口に出さずにはいられなかった。

 仙術と妖術を極めたと言われる闘戦勝仏。そんな彼だからこそ、この醜悪な気配に意識を向けないなんてことは無理だった。これは意識を外して良い存在ではない。まるで世界中の怨嗟を一か所に集めたような邪悪さ。生まれてはならない何かが生まれてしまったと、歴戦の勘が告げていた。

「さあ? 少なくとも、俺たちの作戦にはないものでしょうね」
「おまえさんに心当たりがないなら、もしかして魔術王が何かやったんかもしれんねぃ」
「……成程」

 有り得そうだと次の一手をどう繰り出すか考える曹操に、闘戦勝仏は言う。

「否定せんのだな」
「はい?」
「おまえさんと魔術王が同じ組織にいないことを、否定せんのだな」
「ええ。『禍の団』にソロモンなんていませんので」

 何を当然のことをとばかりの態度に、二人の戦いを見ていたグリゼルダは驚愕する。自分達の戦いの大前提が崩れたのだから当たり前のことだ。

「っ! それはどういう――」

 だが、その疑問が口から出切る前に、赤い雷光が迸る。

「これこそは我が父を滅ぼし邪剣」
「気付いておったよ」
「っ! そうくるか!」

 あらかじめ仙術で気配を察知していた闘戦勝仏と、その赤雷に心当たりのあった曹操は一早く反応できた。

我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)!」

 荒れ狂う憎悪を刀身に纏わせ、剣の切っ先から直線状に放たれた赤雷。周囲の景色を蹂躙する攻撃を放ったのは、金髪の騎士だった。二十歳にも満たぬ少女に見えるが、どこか粗暴な雰囲気がある。

 金髪の騎士の脇から、また別の栗毛の騎士が前に出る。

「やりましたね、モードレッド様!」
「……なあ、イリナ。フラグって知ってるか?」

 金髪の騎士は栗毛の少女の頭を小突く。当然籠手のままで。

「良い塩梅だねえ。英雄派ってわけでもなさそうだ。お嬢ちゃん、何者だい?」
「危ない危ない。いやぁ、流石は円卓の騎士ってところか」

 闘戦勝仏と曹操がほとんど無傷であったことに加えて、お嬢ちゃん呼ばわりされたことで、金髪の騎士――モードレッドは不愉快そうに表情を歪めた。

「…………そうか。畜生風情と戦士もどきが、俺の宝具で死なないか。絶対ぇ殺す!」
「モードレッド様、どうかそんなに落ち込まないでください。誰にでも失敗はあります!」
「おまえから殺すぞ自称騎士!」

 モードレッドから自称騎士呼ばわりされた少女――紫藤イリナの姿を見て、ゼノヴィアは絞り出すように彼女の名前を口にする。

「……イリナ」
「久しぶりね、ゼノヴィア」

 複雑そうな表情のゼノヴィアに対して、イリナは笑顔だ。一片の迷いもないとばかりに。

「プロテスタントのエクスカリバー使い紫藤イリナ……どうして貴女がここに?」
「シスター・グリゼルダ! 貴女も獅子王様の下に来ませんか? あの御方ならば私たちを正しく導いてくださいます。神の不在を隠していたミカエルよりも、神を騙る邪教の怪物どもよりも、人王なんて触手の親玉よりも、私たちの神に相応しい御方です!」

 質問に答えないばかりか、訳の分からないことを述べる紫藤イリナにグリゼルダは困惑するばかりだ。しかし、魔神柱と魔術王と獅子王に関して、自分達の認識が真実から程遠い位置にあることは理解できた。

「それは聞き捨てならないな、イリナ。彼が触手の親玉だって? まあ、事実ではあるんだが」
「ゼノヴィア。貴女は獅子王様のことを知っているでしょう? どうしてまだそっちにいるの? 今からでも遅くないわ。私と一緒に真の信仰の道を進みましょう!」

 かつての相棒から差し出された手を、ゼノヴィアは素っ気なく返す。

「悪いな。私は王と仰ぐなら、ゲーティアの方がいい」
「あんな触手の親玉のどこがいいの?」
「なっ!? 実際に会ったこともないくせに彼を語るな。とっても強いんだからな!」
「笑っちゃうわ。獅子王様は強いだけじゃなくて、美しいの」
「ゲーティアは強いだけじゃなくて賢いぞ! あと、魔神柱には結構面白いところがある! 彼らと一緒にいて飽きない!」
「愉快さで円卓の皆様に勝てると思ったら大間違いよ! 特にトリスタン様は面白すぎる御方だわ!」
「何だと、自称騎士とか言われているくせに!」
「何よ、自称剣士! 脳みそまで筋肉!」

 ヒートアップしている二人。本人たちは真剣なのだが、本人たちの年齢も相まって部活の顧問と先輩の自慢をしているようにしか見えない。

「よし、勝った方の主張が正しいということでいいな?」
「いいわ! デュランダルがあるからって私に勝てるとは思わないでね。私にはここに来る前にパパから略奪してきたオートクレールがあるんだから!」
「…………そうか。受けて立つ!」

 略奪云々は聞かなかったことにするゼノヴィアと、彼女に説教(物理)をするつもりのイリナ。それをどういう目で見ていいか分からない曹操、グリゼルダ、モードレッド。我、関せずという態度で煙管を吸う猿が一匹。

 そんな彼らに魔神ナベリウスの号令が響いた。

「この戦場にいるすべての同胞に通達する。――撤退せよ。作戦は失敗した」

 そしてこの戦場にまた別の乱入者の姿があった。

「間に合って良かった。まだ堕天使の首はあったか」
「盟約は盟約だ。しっかり果たすとしよう」

 元龍王の首を引っ提げて、魔王殺しと神殺しの英雄が現れた。







 結論から言えば、ソーナ・シトリーの眷属たちは命だけは取り留めていた。当然、全員が瀕死だった。辛うじて五体満足なのが匙ひとりだけだった時点で無事とは言えない。まして、この戦場に出陣した悪魔のほとんどは死亡していた。魔王の眷属さえ例外ではない。

 緊急で中止になった会談を抜け出したアザゼルの手によって、セラフォルーは緊急治療室へと転送された。

 そして、ソーナに伝えられる異世界の常識。異世界の存在自体はクラン・カラティンのカミングアウトによって知っていたが、英霊やサーヴァントという存在はこの時初めて知った。そして、自分の命の恩人が英雄派――英雄の子孫や転生体ではなく、英雄本人の分霊であることを知った。

「えっと、つまり貴方はそのサーヴァント? ということですか?」
「うん、改めて名乗らせてもらうね。シャルルマーニュ十二勇士がひとり、アストルフォ! ソロモンがあっちの世界から呼び出したサーヴァントのひとりで、クラスはライダー! よろしく!」

 明るい態度のアストルフォに、アザゼルは懐疑的な視線を向ける。

「信用できねえな。おまえのマスターは、あのソロモンなんだろう? おまえが俺たちに協力するとして、その動機は何だ? あの恐ろしい骸骨のジジイさえソロモンに従ったってのに。おまえは何でソロモンを裏切ろうってんだ?」
「ソロモンを止めるためだよ」

 軽快な雰囲気が一変し、アストルフォの表情に影が差す。

「ソロモンのやろうとしていることはきっと悪いことだ。それは嫌だな。ソロモンは、あの王様は間違いなく悪い王だ。良い王だったのにそれが哀しいことのせいで反転してしまったっていうのが、話していてよく分かったんだ。だから、彼を大切に思った誰かのために、止めないといけないって思ったんだ」
「……おまえは」
「とにかく、ボクはあの王様のやろうとしていることを邪魔するつもりだ。ここではないどこかで会った誰かのためにもね。というわけで君たちに力を貸すよ! よろしくね!」

 疑うことさえ馬鹿馬鹿しくなるほどの天真爛漫さ。敵と疑う前に協力者として信用しようと考えたアザゼルは、魔術王の陣営にいたならば確実に知っていたであろうことを質問する。

「じゃあソロモンの指輪がどこにあるか分かるか?」
「それは知らないね!」
「……奴が指輪に魂を封じているかどうかは知っているよな?」
「全然!」
「…………何か今すぐ役に立ちそうな情報はあるか?」
「全く!」
「おまえ何のためにあのクソ野郎を裏切ったんだ!」
「そう言われてもね」

 うーんと唸るアストルフォだったが、何か思いついたように手を打つ。

「アーチャーに聞いた方が手っ取り早いと思うよ? こっちの世界の出身だって言っていたしね」







 僕――木場裕斗は急展開に続く急展開で、頭が真っ白になった。

 世界神話会談開始直後に会場周辺に出現した魔神柱。三大勢力はその撃退に出撃した。他神話はまるで他人事のように出陣しなかった。

 その場にいたのは、赤髪の少年と金髪の青年と掃除屋を名乗る包帯の男。前者二人は、最上級悪魔にして元龍王のタンニーン様が請け負ってくれた。

 最後の包帯男だった。自信がなかったと言えばウソになる。僕自身、稀有な禁手に至っている。若手悪魔の中でもトップクラスの才能を持つ部長やバラキエルの娘である朱乃さん、強力な神器を持つイッセーくんやギャスパーくんもいる。小猫ちゃんも自分のトラウマと向き合いつつ鍛えていた。だが、そんなものなど一蹴された。相手は複数の神滅具を持つという規格外だった。

 そして予想だにしていなかった『皇帝』ディハウザー・ベリアルの裏切り。結果として、イッセーくんがソロモンに身体を乗っ取られてしまった。

 何もかもが僕たちを置き去りに、話が進んでいた。

「い、イッセー先輩を、返してください!」
「彼の身体から出て行きなさい!」

 ギャスパーくんと副部長の言葉に、イッセーくん――否、ソロモンは鼻で笑うような声音で返した。

「やだね。これより、最後の赤龍帝は兵藤一誠ではなくこのソロモンとなる!」

 あまりにも醜悪。あまりにも最悪。

「我が三千年がついに報われる! ベリアル、アスモデウス、アスモダイ! おまえたちの理想は此処に潰えたが、代わりに俺がもっと輝かしい現実を生み出す!」

 人間という生物の中から産まれ落ちた、星の癌細胞がここにいた。

「地獄を造ろう! 人間が次の時代に進むための最高にして最悪の試練を創り出そう! この星は転生する! あらゆる醜態は過去になる!」

 気持ち悪いほどの狂気がそこにあった。



「讃えてくれ。我が名はソロモン! 真理構築式、魔術王ソロモンである!」



 だが、ソロモンの言葉に否を突き付ける声があった。

()()()()()()()()()()()()()()()。こんな面白味のない狂言はここまでだ」

 転移魔術か何かで出現したのは、成人男性だった。モスグリーンのタキシードにシルクハット。髪はぼさぼさの長髪だ。人間のようだけど魔術師だろうか。

「ほう、レフ・ライノール……いや、フラウロスと呼ぶべきか」

 レフ・ライノール? どこかで聞いたような……そうだ! 四月頃にイッセーくんが接触したという謎の人物だ。堕天使が支配していた廃教会を襲撃した件の重要参考人。

 フラウロス……その呼称から察するに、フリードのように魔神柱が化けていると考えるべきか?

 掃除屋は男の出現に対して驚いていた。

「どうして貴方が……」
「我々の不始末がこのような獣を目覚めさせたんだ。挨拶がてらに出るのは当然のことだろう?」
「……ああ、貴方はそういう男だったな。だからこそ……」

 ソロモンは男に対して溢れんばかりの喜びを込めて呼びかける。

「ううん、魔神柱に会うのははじめましてになるのかなあ。いや、この身体的にはお久しぶりか!」

 レフ・ライノールは不愉快さを隠そうともせず眉をひそめる。

「親しげに呼ばれる覚えはないな。かつての三千年を思い返しても、我々がこんな不愉快な気分になったのは初めてだよ。ここまで虚仮にされて利用されるとはね」
「ああ、そうだ、感謝を告げないとな。おまえたちなくてはこの盤面に辿り着けなかった! おまえたちのおかげで、これよりこの星の人間は生まれ変わる! 本当にありがとう!」
「礼を言われる筋合いもない。貴様の理想は我々が否定させてもらう」
「そうか。残念だよ。おまえならば、おまえ達ならば俺の理想に共感してくれると思っていたのだが」
「悪いが、かつての我々の理想の汚点だけを集めたような妄想に付き合っている暇はないんだ。だが、我々に二度目をくれたことにだけは感謝しよう。……そして、貴様の方からも感謝しているというなら一つだけ質問に答えてもらおうか」
「いいぜ。せめてもの報酬だ。何でも答えよう」

 レフ・ライノールは神妙に問う。

「ソロモンを名乗る者よ。おまえは『彼女』を……シバの女王を知っているか?」
「しばの、じょおう……?」

 その名前を聞いて、イッセーくんの身体を乗っ取ったソロモンは首を傾げた。僕も内心で同じ気持ちだ。おそらく意識が朦朧としている部長を含めたこの場の全員の気持ちが同調した。

「誰だ、それ?」

 誰だ、それ?

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