PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜 (ぺるクマ!)
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#00 「Prologue」

不自然な点が多々あるかもしれませんが、読者の皆さんが楽しめたら幸いです。

今回は短めですが、どうぞ。


『色々ありがとう!また、会える時まで元気でね!鳴上くん!』

『センセイはいつまでもクマのセンセイクマー!』

『忘れないでください!僕らのことを』

『先輩愛してるー!』

『俺もガンバっから、先輩も逃げないでくれよ!』

『忘れないよ。鳴上くんのこと』

『距離なんて関係ねぇ!離れていても俺たちは仲間だ!悠!』

 

 

ーみんな……ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

ー4月7日 東京

 

「行ってきます。」

「行ってらっしゃい。気をつけるのよ。」

「分かった。」

 

 母親と軽い会話を交わして、少年『鳴上悠』は家を出た。

 

 彼は去年両親の仕事の都合で母方の叔父が住む八十稲羽に居候していたが、先月八十稲羽から実家のある東京へ帰省し、今新しい学校生活をスタートさせているのである。

 

 悠の両親は所謂転勤族というものだったので、幼い頃から両親の仕事の都合で転校を繰り返していた。それ故長く付き合った友達などおらず表面上の付き合いばかりであった。八十稲羽に行く時もそんな感じで終わるだろうと思っていた。しかし、八十稲羽で起こった『とある出来事』がきっかけで、悠はかけがえのない絆で結ばれた仲間を得た。正直帰りたくないと思ったが、帰省するのは仕方のないことだったので、ゴールデンウィークや夏休みに八十稲羽に帰ろうと悠は思っていた。

 

 

 彼は今八十稲羽に居候する前に通っていた音乃木坂学院に向かっている。音乃木坂学院は元は女子校であったが年々入学希望者が減少していることにより、悠が入学する少し前から共学化がスタートした高校だ。元女子校故に男子生徒の数はまだ少ないが。

 断っておくが、別に悠は何処ぞの変態3人組のように『ハーレムじゃあー!』という理由で受験した訳ではない。ただ家から徒歩で通えるほど近かったというのと、父方の叔母が理事長を務めることが理由であった。

 

 現在時刻は午前7:00。登校するにはちょっと早い時間帯であるがこれには理由がある。昨日学校への準備をしていると、理事長である叔母から『話があるから明日早く登校してほしい』と電話があったのだ。何か重要な話だとおもいこうしてあまり登校中の学生を見かけない通学路を歩いているのである。

 

(話って一体何なんだろう?)

 

 悠が思考の海に入りながら歩いていると、視界に長い階段があるのが目に入った。悠の記憶によれば、その階段の先に神社があったはずだ。

 

(そういえば、あそこの神社にもキツネは居なかったかな?)

 

 ふと八十稲羽で出会った神社のキツネのことを思い出していると、階段の中腹に何か倒れているのに気づいた。

 

「ん?」

 

 目を凝らして見ると、赤いジャージを着た少女が倒れている姿を確認できた。

 

「なっ!」

 

 これは緊急事態かと思い悠は無我夢中で階段を駆け上がった。この階段は傾斜がきついので駆け上がるのは相当至難だが、八十稲羽で里中の特訓に付き合ったりバスケ部でハードな練習をこなした悠にとってはお茶の子さいさいである。悠はすぐにその少女の元へ辿り着き、呼びかける。

 

「大丈夫か?しっかりしろ!」

 

 悠は少女の顔色を確認すると、少女の顔はとても辛そうに見えた。

 

「とにかく救急車を」

 

 そう思いポケットから携帯を取り出し119番しようとすると、

 

「ま……って…」

 

 と、少女が悠に話しかけてきた。

 

「!!っ。どうしたんだ?」

 

 悠は冷静に少女に問いかける。すると、

 

「お………」

 

「お?」

 

 

 

 

ギュルルルルルル〜〜〜

 

 

 

 

 

 

「………え?」

 

「お腹………すいた……」

 

「………え?」

 

 

 

 

 

ーto be continued




Next Chapter

「やっぱりパンは美味しい!」

「俺の……弁当が……」

「久しぶりね。悠くん。」

「お久しぶりやね、鳴上くん。」

「ねぇ、神隠しって知ってる?」

「今から私の部室に来なさい!」

「誰だ!お前は」

『我は汝……汝は我…』

Next #01「Long time no see.」


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#01 「Long time no see」

読者の皆様にまず謝罪を

前回の後書きに予告を書きましたが、今回の話に乗っていないセリフがあります。こういう詐欺がこれからもあると思いますが、ご容赦下さい。

また、前回に比べて今回は前回に比べて長めです。自分はあまり文才が無いので文章構造が変になってるところが多々あると思いますが、それでも読者の皆様に楽しんでもらえれば幸いです。

そして、前回言い忘れてましたが、音乃木坂の理事長は悠と親戚という関係にしてます。なので、ことりが菜々子ポジになっていますがご勘弁を。ちなみに理事長ですが公式のプロフィールが無かったので、勝手に名前や年齢を設定しています。


前置きが長くなりましたが最後に、お気に入りに登録して下さった読者の皆様に感謝を申し上げます。これからも頑張っていきますので、よろしくお願いします。

それでは本編をどうぞ。


 

 

 

 今起きていることを簡単に説明しよう。

 

 とある神社へ続く長い階段の中腹で、赤いジャージを着て左側の髪の一部を黄色のリボンで結んでいるセミロングヘアの少女とブレザーの制服を着たアッシュグレイの髪の少年がいる。そして、

 

「ハムッ、ハムッ。ん〜このサンドイッチ美味しい〜!」

 

 少女は満悦な笑みでサンドイッチを咀嚼し、

 

「……ハァ」

 

 少年はため息をついていた。

 

 

 

 話を聞くと、少女は朝早くからこの階段で走り込みをしていたらしい。しかし限界まで自分を追い込んだらしく朝早くからというのもあって、空腹になって倒れたということだそうだ。事情を知った悠はすぐさま自分の弁当として作ったサンドイッチを少女に差し出して今に至る。

 

 悠はため息を吐いたが、それは少女に対する呆れではない。大事に至らなくてよかったという意味でのため息である。自分の弁当で少女が元気になるのなら安いものだと悠は思った。

 

 しかし、限界まで自分を追い込んでまでこの階段を走り込むとは大したものだ。おまけにこの食べっぷり。悠はその姿を見て、特別捜査隊のメンバーである里中千枝を思い出した。彼女もよく河原で限界までトレーニングをしては中華屋で肉丼をかきこんでいたのだから。

 

「ん?お兄さんどうしたの?」

 

 悠の視線に気づいたのか少女が話しかけてきた。

 

 

「いや。良い食べっぷりだなと思って。」

 

「へ?……ああ、お兄さんがくれたサンドイッチが美味しすぎてね。」

 

「自信作だ。」

 

「ウソ!お兄さんが作ったの!」

 

「ああ。」

 

「これ、本当に美味しいよ!毎日食べたいくらい。」

 

「喜んでもらえてなりよりだ。」

 

「あっ。でもまた食べ過ぎちゃうな……私いつも太るよって海末ちゃんに言われるし……」

 

 どうやらこの少女は食いしん坊のようで、友達に食べ過ぎを指摘されているらしい。さっきから表情がコロコロ変わるので面白いなと悠は思った。

 

「よく食べることは良いことだ。」

 

「本当!?」

 

「ああ。よく食べるのは健康な証拠だ。だから気にするな。」

 

「えへへ〜。ありがとう!」

 

 そう言ってまたハイペースで少女はサンドイッチを食べ始めた。そろそろ止めて貰わないと自分の分がなくなるのだが、と悠は思った。

 

 

「ところで、お兄さんその制服って音乃木坂の?」

 

 少女は悠が来ているブレザーの制服に見てそう尋ねる。

 

「ああ。今日転校してきた。」

 

「そうなんだー!私も音乃木坂なの!」

 

「そうなのか?」

 

「うん!私2年生の高坂穂乃果って言うんだ!よろしく!」

 

「3年生の鳴上悠だ。よろしく。」

 

「あっ。先輩なんだ……その」

 

 どうやら悠が年上だと気づき、さっきまでフランクに話してたことが気に障ったのではないかと思ったらしい。しかし、そんなことは悠は気にしない。

 

「敬語じゃなくていいぞ。さっきのフランクな話し方の方が俺は好きだ。」

 

「へ?……うん!そうする!」

 

 穂乃果はその顔に相応しい天真爛漫な笑顔を向けてそう言った。その笑顔は悠には八十稲羽に居る愛しの菜々子と重なって見えた。

 

 

 

 

「そういえばさ、鳴上先輩って音乃木坂が廃校になるって知ってる?」

 

 

 

 悠のサンドイッチを食べながら、穂乃果はそう問いかけてきた。

 

「え?廃校?」

 

「うん。昨日学校に行ったら張り紙が出されてた。共学化したのにまだ入学希望者が減ってるからって。」

 

 さっきの天真爛漫な笑顔がウソのように穂乃果の表情が暗くなる。

 

「……そうなのか。知らなかった。」

 

 最近少子化などの影響で学校が廃校になったというニュースはよく耳にする。八十稲羽で通っていた八十神高校にはそんな話はなかったが、まさか自分がこれから通う学校がそんな危機に陥っていたとは思わなかった。もしかすると、理事長の叔母が今日自分を早く呼び出した理由がそのことに関することかもしれない。

 

「私、音乃木坂が廃校になるなんて嫌。」

 

「なんで?」

 

「だって私、音乃木坂学院が好きだもん。それに………あの学校は私のお母さんやおばあちゃんも通ってたんだ。」

 

「歴史のある学校なんだな。」

 

「そうなの……昨日お母さんの卒業アルバム見てね……写真の中に写ってたお母さん達がみんな楽しそうだったの。それを見たら、そんな人たちの思い出が詰まった学校がなくなっちゃうなんて思ったら……」

 

 なるほどと悠は思った。自分も去年通った八十神高校や八十稲羽の商店街やジュネスが無くなると聞いたら同じ気持ちになるだろう。穂乃果と違って1年しか過ごしてないが、あの場所には陽介たちや街のみんなと過ごした楽しい思い出がたくさん詰まっているのだから。

 

「確かにそれは悲しいな。」

 

「だよね!鳴上先輩もそう思うよね!」

 

「もちろんだ」

 

「なんとかしたいと思ってるけど……私じゃ何も出来ないし………どうしたら良いのか分からなくて……」

 

 穂乃果の表情がさらに暗くなる。

 自分にはどうしようもない廃校という大きな問題。一生徒の自分には何もすることが出来ないのは穂乃果も分かっている。分かっているからこそ何も出来ない自分が悔しいのだ。

 

 

 

「大丈夫だ。」

 

 

 

「え?」

 

 悠は穂乃果の目を真っ直ぐ見てこう言った。

 

「生徒だからやれることだってある。まだ諦めることはないだろ?」

 

「う、うん。」

 

「それに、高坂なら出来るさ。」

 

「へ?」

 

「今初めて会った俺が言うのもおかしいかもしれないけど、高坂のその学校を心から想う気持ちは本物だ。それさえあれば高坂なら何でも出来る。俺はそう思うぞ。」

 

 

 悠は何故こんなことを言ったのかは分からなかった。確証はないが、何故か悠はこの目の前の少女から何かを感じ取ったのだ。まるで絶望を希望に変えるような何かを。

 穂乃果は悠にそう言われて驚いた顔をしていたが、次第に元の笑顔に戻っていった。

 

「…えへへ。嬉しいな、そう言って貰えると。………ハァ、何だか元気が出ちゃった。鳴上先輩って不思議な人。」

 

「よく言われる。」

 

「そうなんだ。ん?……ああああ!!」

 

 突然穂乃果は自分の腕時計を見て飛び上がった。

 

「もうこんな時間。早く家帰らないとお母さんと海末ちゃんにに怒られるー!鳴上先輩ごちそうさまー!」

 

 穂乃果はそう言うと凄いスピードで階段を駆け下りていった。

 

 

 

 

「面白い女の子だったな。」

 

 悠は穂乃果の後ろ姿をみてそう呟いた。ふと横を見ると、そこに空っぽになった弁当箱があった。『雨の日のスペシャル肉丼』を完食して以来、胃袋が予想以上に大きくなったのでサンドイッチは結構多めに作ったのだが、どうやら全部穂乃果の胃に入ったようだ。

 

「お昼……どうしよう……」

 

 悠は本日のお昼のことを考えながら弁当箱を回収するのであった。ふと後ろから視線を感じたが気にしないことにした。

 

 

 

 

 

 

 それから数十分後、悠はやっと音乃木坂学院に到着した。登校途中に穂乃果と遭遇して時間を食ってしまったが、まだ生徒はあまり来てなかったので問題はなさそうだ。

 

(さて、叔母さんの部屋はどこだったかな?)

 

 校内に入り叔母のいる理事長室を探していると

 

「そこの貴方、何をしているのかしら?」

 

 不意に声を掛けられた。振り返るとそこに、クールさを保った金髪ポニーテールのスタイルの良い外国人系の少女が居た。これはちょうど良い。悠は金髪少女に理事長室の場所を聞くことにした。

 

 

「Hello」

 

 

 何故か英語で。

 

「は?」

 

「My name is Yu Narukami.Where is」

 

「ちょっと!私日本語話せるから!英語じゃなくていいから。」

 

「え?」

 

「えって……….何よ、その顔は」

 

「いや、外国人かなと思ったから。」

 

「違うわよ!私は日本人よ。おばあちゃんがロシア人だけど。」

 

「なるほど。クォーターか。」

 

「というかわざとよね貴方。さっき私が日本語話してたの聞いたわよね。」

 

 金髪少女はジト目で悠を睨みつける。

 

「バレたか。」

 

「バレたかじゃないわよ!」

 

「ごめん。」

 

「絶対謝ってないわよねその顔。」

 

「そうか?」

 

「いたずら成功って感じの顔してるわよ。」

 

「いたずらが成功したからな。」

 

「腹立つわね!貴方」

 

 こうして見知らぬ金髪少女と無意味な茶番劇をしていると、

 

 

 

 

「探しましたよ悠くん。」

 

 

 

 

 と、後ろから上品な雰囲気を纏った女性がやってきた。

 

「あっ、叔母さん。」

 

「もう来るのが遅いからどうしたのかと思って理事長室から出ちゃったわよ。」

 

「すみません。」

 

 この女性こそがこの音乃木坂学院の理事長であり悠の叔母である『南雛乃』である。

 歳は初老を超えていると聞いたが、それに反して容姿はまだ20代と言っていいほどの美貌とプロポーションを保っている。確か1人娘がいると言っていたが、そのことを疑ってしまうぐらい若々しい。

 

「あ、あの。理事長……彼は?」

 

 先ほど悠と茶番劇を繰り広げた金髪少女がそう尋ねる。

 

「あら、ごめんなさい。彼は私の甥で今日からここに通う転校生よ。」

 

「あ、なるほど。確かに今日転校生がくると言ってましたね。」

 

「そういえば、絢瀬さんこそどうしてこんな時間に?」

 

「あ!……それはその…」

 

 急に『絢瀬』と呼ばれた少女は押し黙った。何か後ろめたいことでもあるのだろうか?

 

「大方生徒会の仕事だろうけど、無理しちゃだめよ。」

 

「……はい……では失礼します。」

 

 絢瀬は叔母の言葉に頷くとその場を去っていった。

 

「叔母さん、彼女は?」

 

「彼女はこの学校の生徒会長よ。いい子なんだけど、無理しがちな所があるから心配なのよね。」

 

「そうなんですか。」

 

 それにしても何か気になると悠は思った。悠は今の絢瀬という少女から既視感のようなものを感じたのだ。

 

「それより、早く行きましょう。貴方を待っていたんだから。」

 

「分かりました。」

 

 悠はあの生徒会長のことが気になったが、まずは雛乃と話すことを最優先した。

 

 

 

 

 

 

「改めて……久しぶりね、悠くん。」

 

「お久しぶりです。叔母さん。」

 

 所変わって理事長室。悠は理事長室の客用ソファに座り、雛乃に挨拶した。

 

「去年は大変だったわね。兄さんと義姉さんの都合で八十稲羽に転校だなんて。八十稲羽って結構田舎だから退屈だったんじゃないの?」

 

「そんなこと無いです。確かに何も無い田舎でしたけど、俺はそこで色んなものを得ましたから。」

 

「あら?……ごめんなさい。」

 

「叔母さんが謝ることはないです。あくまで俺にとってはですから。」

 

 

「……ふふ。悠くん変わったわね。」

 

「そうですか?」

 

「そうよ。悠くん、高校1年までいつも寂しそうな顔してたのに今はとても生き生きしてるわよ。向こうで良い友達が出来たのね。」

 

「はい。いつか叔母さんにも紹介したいです。」

 

「そう。そういえば、ことりが会いたがっていたわよ。」

 

「え?……ことり?」

 

「私の可愛い1人娘のことよ。覚えてない?」

 

「……覚えてますけど。」

 

 実際、母方の叔父で八十稲羽に住んでいる『堂島家』とは違って、こちらの『南家』とはそれなりの交流はあった。確かことりは自分の1個下の女の子で、菜々子と同じく自分をお兄ちゃんと呼んで懐いていたことは覚えている。しかし、両親の仕事の都合による転勤のせいで中々会えていなかったのだが。

 

「まぁ、会ったらまた昔みたいに仲良くしてあげてね。」

 

「分かりました。」

 

 

「早速だけど本題に入るわね、悠くん。」

 

 雛乃はさっきまでの優しい雰囲気ではなく、学校の理事長に相応しい凛とした雰囲気に変わった。

 

「悠くんは知らないかもしれないけど、実はこの学校」

 

 

「廃校……ですか?」

 

 

「えっ!」

 

 悠が知っていたのは想定外らしく、雛乃は面を食らった顔をした。

 

「何で知ってるの?」

 

「今朝、神社の階段前で会った女の子に聞いたんです。その子はここの生徒でした」

 

「そうだったの……そう、この学校は廃校になるの。入学希望者が減少していく一方だから。3年生の悠くんにはもう関係ないかもしれないけど」

 

 雛乃は悲しそうな表情になった。

 

「それはもう決定事項なんですか?」

 

「ええ。入学希望者があまりにもね」

 

 

「じゃあ、今年入学希望者が増えれば廃校は無くなるんですよね」

 

 

「え?」

 

 悠の発言にまたしても雛乃は面を食らった。

 

 

「さっき会った女の子が言ってました。この学校が廃校になるのは嫌だって。だから、自分もできることなら何かしたいって」

 

「………」

 

「そんな子が居るなら、大人が諦めてはいけないと思いませんか?」

 

「………」

 

「その子だけじゃなくて、何人かの生徒がそう思っているかもしれません。だから、まだ諦めるのは早いと思います」

 

「………」

 

「俺も3年生ですが、できる限り廃校を阻止するのに協力しますよ。俺も母校が廃校になるのは嫌ですから」

 

 

 

 悠は八十稲羽で鍛えた『言霊使い』の伝達力で、そう雛乃に言った。黙って悠の言葉に耳を傾けていた雛乃は不意に大人っぽい笑みを浮かべた。

 

「ふふ、悠くんやっぱり変わったわね」

 

「え?」

 

「本当は別のことを伝えようと思ったんだけど……悠くん」

 

「はい」

 

 雛乃は改めて悠を見てこう言った。

 

「出来れば貴方は受験生だから、学業の方に専念して欲しいんだけど」

 

「…ですよね」

 

「でも」

 

「でも?」

 

「もし廃校阻止のために動いてくれる子達が貴方の目の前に現れたら、その子達の手助けをしてくれるかしら?」

 

 

「え?」

 

「お願いできるかしら。」

 

 雛乃は真っ直ぐな目で悠を見据えた。そんな目でお願いされたら断れないじゃないかと悠は思った。

 

「……分かりました。任せて下さい」

 

「そう。ありがとうね、悠くん」

 

 悠の返事を聞くと、雛乃は美しい笑みを浮かべた。その笑みを見て、思わずドキッとしてしまった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあそろそろ職員室に案内するわ。貴方の所属するクラスや担任の先生を紹介しなくちゃならないから。時間取っちゃってごめんなさいね、悠くん」

 

「いえ、大丈夫です。久しぶりに叔母さんとお話しできて良かったです」

 

「ふふ、嬉しいこと言ってくれるわね」

 

 そんな会話を交わして、2人は理事長室を出ようとする。すると、

 

「!!っ。」

 

 突然悠に目眩が生じた。突然のことに悠はその場に座り込んでしまう。

 

「悠くん!どうかしたの!」

 

 悠の異常に気付いたのか、雛乃は悠に近づき声をかける。

 

(この目眩、前にも………!!)

 

 

 

 

『我は…汝………汝は……我……』

 

 

 

 

 

 頭の中でそんな声が聞こえると同時に目眩が収まった。

 

「ハァ…ハァ…今のは……」

 

「悠くん!大丈夫!!」

 

「は、はい。大丈夫です。すみません、昨日眠れなくて……」

 

「そうなの?……保健室に行く?無理しなくても」

 

「大丈夫です。」

 

「そう……。でも、気をつけてね。無理だけはダメよ。」

 

「分かりました。」

 

 そう言って、2人は理事長室から出て行った。雛乃には寝不足と誤魔化したが、悠は内心驚きでいっぱいだった。あの目眩は去年も経験したものだ。それにあの声は

 

 

(あれは……ペルソナ?……なぜ?)

 

 

 新たな疑問を抱えながら、悠は雛乃と職員室を目指すのであった。

 

 

ーto be continuded

 

 

 




Next Chapter
「こんにちは、鳴上悠です。」

「本当に災難やったなぁ。」

「洗いざらい吐いてもらうわよ!」

「スクールアイドル?」

「ハイカラだな」

「これだ……これだよ!」



Next #02「School idol?」


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#02 「School idol?」

また、前回よりも長く書いちゃいました。というか色々詰め込み過ぎました。また、今回登場するキャラクターの口調がおかしいところがあるかもしれませんが、ご容赦下さい。

新たにお気に入りに登録して下さった皆様、ありがとうございました。文章に誤字脱字などありましたら報告してくださると助かります。質問も受け付けますよ。

こんな拙い作品ですが、これからもよろしくお願いします。
それでは、本編をどうぞ。


 

  その後、職員室にて自分のクラスの担任を紹介された。名前は『三島 美江子』という女性の先生だ。

 

「君が鳴上くん?理事長から話は聞いてるわ。担任の三島です。今年1年間だけだけどよろしくね。」

 

  良い先生だなと悠は思った。八十稲羽では『腐ったミカンが〜』が口癖だったモロキンや、ある意味強烈な印象を持った柏木が担任だったのでこれ以上濃い先生は勘弁と思っていた。

 

「じゃあ悠くん、私は仕事に戻るわ。これからの学校生活頑張ってね。」

「はい。叔母さんも」

「さあ鳴上くん、教室へ案内します。みんな待ってますよ。」

 

  雛乃と別れ、悠は担任と一緒に職員室を後にした。すると、何やら視線を感じた。

 

(ん?)

 

  悠は視線が感じる方へ目を向けるが、誰も居なかった。

 

「どうかしましたか?」

「いえ、何も。」

 

  さっきの視線は何だったのだろうか?悠はそのことを考えつつ、担任と教室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

another view

 

  あいつだ。間違いない。

  私は何度もスマホの画像を見て確信した。あの髪、あの顔。どう見てもあいつだ。

  よし、何とか昼休みにはコンタクトを取ろう。何としても、あいつからあの情報を引きずり出さなくては……

 

 キーンコーンカーンコーン

 

  あ、まずい。チャイムだ……

 

 

another view out

 

 

 

 

 

 

 

 

〈3年C組教室〉

 

「はーい、みんな。こんな時期だけど転校生を紹介するわよ。」

「先生!それは男子ですか?女子ですか?」

「男子よ。入ってきて頂戴。」

 

  三島先生の合図と同時に悠は教室へ入った。驚いたことに、クラスは殆ど女子で埋め尽くされていた。よく見ると男子は5,6人居るか居ないかだったが。

  クラスの女子は悠を見るなり黄色い歓声を上げた。

 

「あの人超カッコ良い!」

「イケメン!」

「真面目そう!」

「チッ。イケメンかよ。」

「だが、男が増えることは良い事だ。仲間が増える。」

 

  後半2人の発言に関してはそっとしておこう。悠はチョークを持って黒板に名前を書き始めた。

 

「え〜と、彼は1年生のときはここの生徒でしたがご両親の仕事の都合で去年別の高校に転校していました。そして、今日またここに転校をしてきたそうです。このクラスの中で彼と1年生の時に仲良くしていたひとがいれば、また仲良くしてあげて下さい。」

 

  三島先生がそう言い終えると同時に、悠は名前を書き終えクラスのみんなの方を向いた。そして、軽く深呼吸して自己紹介を始めた。

 

 

 

「こんにちは、鳴上悠です。好きなものは肉丼と菜々子の卵焼き。嫌いなものはありません。趣味は料理と家庭菜園にプラモづくり、そしてチェンジと合体です。よろしくお願いします。」

 

 

 

  悠は澄ました顔で自己紹介したが、クラスのみんなは沈黙した。いや困惑した。

 

(奈々子って誰?彼女?)

(チェンジと合体って何?趣味なの?それ)

(鳴上くんって……不思議くん?)

(おい!奈々子って誰だ!)

(やっぱり彼女か?彼女なのか!このヤロー)

 

  みんなの反応は様々だ。後半の2人に関しては目が殺人鬼のようになっている。

 

 

「質問があれば、どうぞ」

 

(((((質問して良いのかよ!)))))

 

  クラスが一つになった瞬間であった。

 

 

「はい!奈々子って誰ですか?」

「俺の可愛い妹のことだ」

「えっ!鳴上くんってシスコン?」

「よく言われる」

 

「はい!チェンジと合体って何ですか?」

「ノーコメントで」

「………………」

 

「はい!彼女はいますか?」

「居ません」

((うしっ!))

 

「はい!鳴上くんって料理が趣味って言ってたけど、得意料理は何ですか?」

「嗜む程度だが、コロッケに茶巾寿司だ」

「すご〜い。」

「ありがとう」

 

 

  こんな感じで、悠への質問タイムが続いていった。

 

 

「はい!……え〜と」

「質問時間は終了だ」

「えーー!何でよ!」

「そろそろ始業のチャイムが鳴るから」

 

  時計を見ると質問時間が予想以上に長引いたため、始業まであと1分切ったところであった。締めるところは締める。濃いメンバーが多くいた自称特別捜査隊のリーダーを務めたことで磨かれた統率力は伊達じゃない。

 

「オホン。まぁこんな彼ですが、みなさんよろしくお願いします。じゃあ鳴上くん、あそこの空いてる席に座って」

 

  空気になりかけていた三島先生がそう仕切り直し、悠は指定された席に座った。そして、悠が座ったと同時にチャイムが鳴った。

 あとから聞いたとこによると、その時悠はとても満足気な顔をしていたという。

 

 

 

 

 

 

<休み時間>

 

 クラスで一つの紛争が勃発していた。

 

「鳴上は俺たちの仲間にはいるんだぞ!」

「そうだ!」

「何いってんの!鳴上くんは私たちと一緒にお話するのよ!」

「そうよ!そうよ!」

「あんた達と鳴上くんを一緒にしないで!」

 

  あの衝撃の自己紹介で興味を持ったのか、悠の周りにクラスのみんなが集まったのだ。しかし、このクラスは男子と女子の仲が悪いらしくこうして悠の取り合い合戦が始まった訳であるのだが。

 

「鳴上は俺たちの仲間になるよな!」

「俺たちと一緒に【漢】を語ろうぜ!」

「鳴上くん!私たちとお話したいよね!」

「妹さんのこと教えてよ!」

「料理おしえて!」

 

  そんな一気に問いかけられても困る訳で、悠は心でため息を吐いた。とりあえず、トイレに行きたいと言って逃げることにした。

 

 

 

 

 

「ハァ」

「ホンマ大変やったね、鳴上くん」

「え?」

 

  トイレからもどる途中ため息を吐いたとき、知らない少女に話しかけられた。その少女は紫がかったロングヘアを左右に分けてシュシュで結んでいて、どこか母性を感じるような雰囲気を持っていた。特に目が行くのが…

 

(胸がでかいな……天城や直斗より大きいのか?)

 

  八十稲羽で出会った女性の中で特別捜査隊のメンバーである天城雪子や白鐘直斗は周りに比べてそれなりのものを持っていたが、目の前の少女はそれを越している。

 

「どこ見とるん?」

 

「いや!……何も…」

 

  悪戯っぽく微笑む少女を見て悠は珍しくたじろいでしまう。悠だって健全な男子高校生なのだ。

 

「あはは、相変わらずやな。鳴上くんは」

 

「え?……俺を知ってるのか?」

 

「あれ?鳴上くんはウチのこと覚えてへんの?」

 

「え〜と……」

 

  悠は言葉に窮してしまう。頭の記憶を探ってみてもこの少女に覚えはなかった。

 

 

「まぁええわ……覚えてないのは仕方ないかもしれんし」

「え?」

「それより鳴上くん、これあげるな」

 

 と、少女は右手に持ってた包みを悠に差し出した。

 

「えっと、これは?」

 

 

「お弁当。鳴上くん今日弁当ないんやろ?女の子に全部あげたから」

 

 

「なっ!………どうしてそれを」

 

「ほな、授業が始まるさかいまたな」

 

  そう言って、少女は去って行った。

 

(何で彼女は俺が今日弁当がないことを知ってたんだ?)

 

  そう思い、少女から渡された弁当の包みを見ると、メモが挟んであるのを発見した。メモを見てみるとこんな事が書かれてあった。

 

 

《昼休みに鳴上くんに小さい子が訪ねるから気をつけてな。明日弁当の感想聞かせて。 東條希》

 

 

  内容からして予言書みたいな感じだった。

 

(昼休みに小さい子が?……どういうことだ?それに………東條?あいつの名前か?……どこかで聞いたような……)

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

「急ぐか」

 

 

 

 

 

 

 

 

<昼休み>

 

  またクラスの男子と女子が悠と一緒にご飯を食べることについて紛争が勃発したが、悠の『今日はちょっと1人で食べたい』という発言により紛争は鎮圧した。悠は八十稲羽に居た時、よく陽介たちと屋上で昼飯を食べていたので今日も屋上で弁当を食べることにした。東條からもらった弁当を片手に屋上を目指して階段を登ろうとすると

 

 

「見つけたわよ!」

 

 

  階段の上から少女の声が聞こえてきた。

  またか、と思いつつ階段の上を見上げると、そこには黒髪のロングヘアを耳の上部の位置に赤いリボンで結んだツインテールのロリッコ系少女が仁王立ちしていた。つまり、この少女が東條が言っていた

 

「小さい子か」

「誰が小さい子よ!私はアンタと同じ高3よ!」

 

  悠の発言に少女は激怒する。そう言っているが、どこからどう見ても身長は小学生並みに低い。よく小学生と間違われてるんじゃないかと悠は思った。

 

「アンタ、失礼なことを考えてたでしょ」

「ビンゴ」

「さらっと肯定すんな!」

「否定して欲しかったのか?」

 

  悠は悪戯っぽく微笑む。

 

「えっ!……いや、別に……そういう訳じゃ。」

 

「ならOKだ。」

 

「全然良くない!………それはともかく、アンタ今日来た転校生で間違いないわね。」

 

「嗚呼。3年C組の鳴上悠だ。」

 

「……3年B組の矢澤にこよ。アンタ八十稲羽から転校してきたんだってね。」

 

「なっ!」

 

  これは悠も驚いた。クラスのみんなには八十稲羽から転校してきたということは言ってないのに、何で他クラスの彼女は知っているのか?

 

「じゃあ、鳴上。今からわたしに付き合いなさい。」

 

「え?…いや、俺は」

 

「ついてきなさい。」

 

  矢澤の目は『逃がさない!』と言っているように見えた。ここで拒否しても面倒くさそうなので、悠はついていくことにした。

 

(東條のメモは当たったな……何者なんだ?)

 

  悠は心のなかでそう思った。

 

 

 

 

 

 

〈とある部室〉

  着いたのはとある部室であった。その部屋の特徴を言えば、『アイドル一色』と言った感じである。壁には様々なアイドルのポスターが貼られており、棚にはいかにもレア感があるようなグッズが満載であった。

 

「さて、早速洗いざらい吐いてもらうわよ。」

 

  部室に入って早速、にこはそう言った。部屋の雰囲気に反して、2人の周りにはまるで取調室のような雰囲気が流れていた。

 

「あの、矢澤…」

「何?」

「俺……何かしたか?」

「……まだ、トボけるつもりなのね」

「いや、何が何だか……」

「ふざけないで!アンタは知ってるはずよ!」

 

  何故か別れる寸前のカップルみたいになっているが、にこは指を指してこう言った。

 

 

 

 

 

「りせちーの素顔について!!」

 

 

 

 

「え?」

 

  予想外のことで、悠は惚けた顔になった。

 

「え?ってアンタ、りせちーと知り合いでしょ!」

 

「いや、そうだけど……」

 

  りせちーとは『久慈川りせ』という人気アイドルであり、悠にとっては知り合いというか大切な仲間の1人である。彼女は去年突然アイドルを休業し、祖母のいる八十稲羽に引っ越したところ、悠と出会ったのだ。あの八十稲羽での出来事を経て、今年の春から復帰するとは言っていた。

 

「何で、俺がり……りせちーと知り合いって知ってるんだ?」

「これよ」

 

 と、にこが自身のスマホが見せてきた。するとそこには、八十稲羽でジュネスのイベントで仲間達とバンドをやった時の動画が流れていた。そこに、ボーカルを務めるりせと後ろでベースを演奏している悠の姿がバッチリ映っていた。ついでにギターの陽介も。

 

 

「………なるほど」

 

「そう。アンタ、りせちーと仲いいんでしょ。これを見る限り。」

 

「りせちーのこと、好きなのか?」

 

「そうよ!何てったって、りせちーは私をアイドルの道に導いてくれた憧れのアイドルの1人なんだから!」

 

 と、にこは明るい笑顔でそう答えた。なるほど。相当りせのファンのようだ。改めてりせの凄いを感じたと悠であった。

 

「本当はこのライブ行きたかったんだけど、場所が場所だし、お小遣いもそん時足らなかったから……」

 

「それは残念だったな……それで、ここに俺を連れてきたのは、もしかして……」

 

 

「そう!八十稲羽でりせちーがどんな風だったかをアンタから聞き出すためよ!」

 

  にこはキメ顏でそう言った。

 

 

 

「そんなことまで知りたいのか?」

 

「当然よ!ファンなら誰でも聞きたがるわ。」

 

「そんなものなのか?」

 

「そんなもの。現地に行きたくても時間もお金も無いし、困ってたとこなんだけど。」

 

「そこに、俺がやってきたと。」

 

「そう!さあ、分かったんだったらさっさと吐きなさい!」

 

  そんな尋問みたいにしなくても……まぁある程度話すことなら良いが、その前に

 

「矢澤。話すのは別に良いけど、その前に」

「その前に?」

「お腹減ったんだけど……」

「…………」

 

 

 

 

  その後東條のご飯を食べながら、にこにりせのことについて根掘り葉掘り聞かれた。単純に日頃どんなだったかは説明したが、異常に懐かれたことは伏せておいた。こんなことを言ったら、どうなるかわかったもんじゃない。悠はジュネスのイベントでのファンの様子を思い出してそう思った。

  にこの質問に答えている途中、

 

「そういえばアンタその弁当箱、中々洒落てるじゃない。」

 

  にこが悠の持っている弁当箱を見てそう言った。

 

「ハイカラだろ?」

「いや、そうじゃなくて。どっかで見たことあるなぁと思って」

 

  にこは、悠の弁当箱が気になるようだ。

 

「実はこれ、俺のじゃないんだ」

「は?」

「今朝ある事情で弁当無くして。休み時間に東條って女の子に貰ったんだけど」

 

「!!」

 

  『東條』の名前が出た途端、にこの顔が険しくなった。

 

「ん?どうしたんだ?」

「……何でもない」

 

  素っ気なく返事するにこを見て、これ以上追求するのはやめた。何故かは知らないが2人には何か『訳あり』というものがあるらしい。そこに土足で踏み込もうとするほど悠も無神経ではない。

  それにしても、あの東條という少女は何者なのか?悠はそれだけが気掛かりだった。

 

 

 

 

 

〈音乃木坂学院 校門前〉

  そうして無事にこの質問攻めから解放され、時は経ち放課後。悠は校門の前に立っていた。何故かと言うと、にこを待っているからである。何故そうなったかは、あの昼休みににこの質問攻めが終わった後のことが原因である。

 

 

 〜回想〜

 

『中々面白い話が聞けたわ。感謝するわよ鳴上』

 

『それはどうも』

 

『それでね鳴上。アンタにお礼したいから今日の放課後校門で待ってなさい』

 

『は?』

 

『お礼に秋葉原で良いもの見せてあげる』

 

『良いのか?』

 

『何?不満なの?この可愛いにこちゃんがお礼してあげるって言ってんのよ!』

 

『不満じゃない。嬉しいよ』

 

『うぇ!!』

 

『可愛いにこちゃんのお礼なら喜んで』

 

『ちょっ、ちょっと!……何言ってんのよ!』

 

『ん?どうした?』

 

『何でもない!とりあえず、今日の放課後校門で待ってなさい!いいわね!』

 

 〜回想終了〜

 

 

  にこもにこだが、悠も悠である。悠はこういう天然なところがあるので、八十稲羽でも知らず知らずのうちに結構女子にフラグを立てていた。タチが悪いことにそのことは悠本人は気づいてない訳で、相棒である陽介はそこのところには呆れていたものであった。

 

 

「待たせたわね」

 

  色々考えているうちに、にこが校門にやってきた。

 

「いや、そんなに待ってないぞ」

 

「そう。さっ、行きましょ」

 

 と、2人は秋葉原を目指して歩き出した。

  ちなみにその光景を端からみた音乃木坂の生徒は、驚きを隠せなかったという。今日やってきたばかりの転校生がいきなり音乃木坂の制服を着ている小さい少女と帰宅しているのだから。これにより、悠のクラスの女子の間では『やっぱり鳴上くんってロリコン?』という仮説が立ち、男子共は『鳴上の裏切り者ー!』と叫んだという。

 

 

 

 

 

〈秋葉原 UTX学園〉

  2人が着いたのは『UTX学園』という学校であった。何やらその校舎の大画面の前に多数の学生が集まっている。ここに入る前に何故かパンフレットを貰ったのだが、

 

「なぁ矢澤、ここは?」

 

  悠はにこにそう尋ねる。しかし、件のにこは何故かサングラスとマスクを装着していた。

 

「あれ?知らないの?鳴上」

「あ、嗚呼。」

 

  その格好に関してはツッコむまいと悠は思った。すると、

 

「痛っ」

「ん?」

 

  悠の背中に誰かがぶつかってきた。振り返るとそこには、

 

「ごっ、ごめんさない……あっ!鳴上先輩!」

 

  今朝神社の階段で出会った穂乃果がいた。彼女もこの学園のパンフレットをもらっていた。

 

「高坂。今朝ぶりだな」

「うん!って鳴上先輩はどうしてここに?」

「いや、ちょっと」

 

 と、悠が穂乃果に事情を説明しようとしたその時

 

 

 

 キャァァァァァァ!

 

 

 

  突然女子の歓声が上がり、悠と穂乃果はびっくりした。振り返ってみると、大画面にアイドルの衣装を身につけた可愛らしい3人の少女が映っていた。

 

「ホォォォ、すご〜い」

「確かにそうだな」

「鳴上先輩、あの人達知ってる?」

「いや」

「ちょっと!アンタ達、本気でいってるの!」

 

  悠と穂乃果がそんな会話をしていると、にこが怒った顔をして割り込んできた。

 

 

「彼女たちは『A-RISE』よ!『A-RISE』」

 

「「A-RISE?」」

 

「スクールアイドルよ!学校で結成されたアイドルのことよ。聞いたことないの?」

 

「「ない」」

 

「アンタたちね〜〜!」

 

  そんなやり取りをしていると、『A-RISE』と呼ばれた3人の少女達がパフォーマンスを始めた。

 

 

  彼女たちはパフォーマンスは素人の悠から見てもレベルが高いと感じた。聞き入ってしまう美声に、キレのあるダンス。悠はあまりアイドルというものに興味はなかったが、すっかり彼女たちのパフォーマンスに魅了された。こんなことを知ったら、りせは不機嫌になるかもしれないが。

 

 

 

「どうよ、鳴上。最高でしょ?」

 

  しばらくA-RISEのパフォーマンスを聞き入っていると、にこが声をかけてきた。

 

「嗚呼。彼女たちのパフォーマンスは最高だな。」

 

「でしょ!言い忘れたけどスクールアイドルってまだあまり知られてないの。でも、彼女たちはこのレベルの高いパフォーマンスで今や全国でも人気なのよ!」

 

「それは凄いな」

 

  ふと八十稲羽から帰る前に陽介とクマがA-RISEのことについて語っていたのを思い出した。りせも2人の会話を聞いて『私も復帰するなら頑張らなきゃ』と意気込んでいた気がする。

 

「アンタ今日私に会わなかったら、こんな凄いもの見られなかったわよ。この私に感謝することね。」

 

 と、にこはドヤ顔でそう言った。会ったというか連行されたというのが正しいのだが。

 

「嗚呼、感謝してる。ありがとうな、矢澤」

「べ、別に……」

 

  悠の屈託のない感謝の言葉ににこは思わず照れてしまった。そういえばと思い、悠は穂乃果の方に目を向けると、

 

 

 

「高坂?」

 

 

  穂乃果は放心状態になっていた。手に持っていたパンフレットは床に落ちていたが、目はしっかりと『A-RISE』が映っている画面を向いていた。しばらくそんな穂乃果を見ていると

 

「……これだ」

 

「え?」

 

「これだよ!」

 

 そう叫んでから、穂乃果は悠の方を向いてこう言った。

 

 

 

「鳴上先輩!私たちもやろう!スクールアイドル!」

 

「…………え?」

 

 

 

 

to be continuded




Next Chapter
「スクールアイドルやろうよ!」

「女装なら自信がある」

「私はやりません!」

「鳴上くん、知ってる?」

「こ、これは………」

「どこなの?ここ?」

「廃校になった……学校?」


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#03「I come to here」


今回も前回より長くなって、1万字近くまで書いてしまいました。
長いですが最後まで読んでくれたら幸いです。

これは戯言ですが、作業中に『ペルソナ4 ダンシングオールナイト』のOPである『dance!』を聞いていたら、「これこの小説のOPに良いんじゃないか!」と思いました。

最後に、新たにお気に入りに登録してくださったり感想を書いてくれた読者の皆様ありがとうございました。皆さんの応援のお陰で、この作品が『ルーキー日間』の43位にランクイン出来ました!こんな拙い作品ですが、これからもお付き合いしていただければ嬉しいです。

それでは本編をどうぞ!


 

 〈悠の自室〉

『んで、どうだったよ?転校初日の調子は?』

 

 あの後、にこや穂乃果とはUTX学園で別れて家に帰った。夕飯を終えたと同時に八十稲羽にいる相棒と呼ぶべき親友の花村陽介から電話がかかってきた。悠のことが心配だったのだろう。良い友を持ったものだと悠は思った。

 

「嗚呼、色々あった」

 

 悠は陽介に今日あったことを全て話した。

 

 

 

『はあ!お前、早速リア充ライフを送ってんじゃねぇか!』

 

「え?そうか?」

 

『そうだって!お前に自覚はないかもしれないけどよ。知らない女の子から弁当もらったり、秋葉原にデートしに行ったりって。羨ましすぎんだろ!』

 

「確かに」

 

『おまけにA-RISEのライブ見に行ったんだろ?良いことづくめじゃねぇか。ハァ、俺も行きてんだけどさ。行こうにも東京なんて遠いし、クマ吉のせいでバイト大変だし。畜生!俺ってば、何やってんだよ!このままでいいのかよ!ウオオオー』

 

 悠にとっては普通の1日でも、陽介にとっては夢のようなシチュエーションだったようであまりの羨ましさと日頃の鬱憤が爆発したせいか雄叫びを上げた。

 

「暑いのか?」

 

『ちげーよ!苦しんでんだよ!てか、このやりとり去年の夏もやらなかったか?』

 

「そうだったか?」

 

『…まぁいいや。それよりお前、どうすんだよ?そのスクールアイドルをやろうって件のこと』

 

 陽介は穂乃果にスクールアイドルをやらないかと言われた件について聞く。あの後、穂乃果は悠の返事を聞かずに一目散にどこかに去って行ったのが。ついでに言うと、それを聞いたにこが穂乃果の後ろ姿を憎々しげに睨みつけていた気がした。

 

 

「女装には自信があるから大丈夫だ」

『大丈夫じゃねえよ!それ一番やっちゃいけねぇやつだろうが!』

 

 悠の衝撃の発言に陽介は激しくツッコんだ。

 

「冗談だ」

 

『だと思ったよ。でも、悠の言うことは冗談に聞こえないからな。女装してアイドルやることなんてやりかねん』

 

「失敬な」

 

 いや、陽介の言い分は正しい。八十神高校の文化祭で女子陣に無理やり女装大会に参加されられた時、陽介や後輩の完二は断固拒否したが、悠は一番乗り気だったのだから。

 

「まぁ流石にアイドルはやれないが、協力はしようと思ってる」

 

『それがベターだろうよ。てか良いのか?お前受験生だろ?』

 

「そういう陽介もだろ?」

 

『うっ!そうだった……まあそれはそれとして、悠が元気そうで良かったわ。一応みんなにも悠は元気だったって言っとくぜ』

 

「よろしく頼む」

 

『了解。それじゃあ、俺これからやることあるから。また何かあったら連絡しろよ』

 

「勿論だ。それじゃあな、相棒」

 

『嗚呼、またな相棒』

 

 

 久しぶりに陽介と話したので、悠はとても良い気分になった。

 

(陽介は相変わらずだったな……里中や天城や完二、りせやクマ、直斗はどうしてるかな?……菜々子も)

 

 自室のベッドで寝っ転がりながら八十稲羽の仲間たちの事を考えていると、急に睡魔が襲ってきた。今日は色んなことがあって疲れたので少し寝ようと思い、悠は瞼を閉じて眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈????〉

 目を開けるとそこは自室ではなかった。感覚からして夢であることは間違いないが、妙に現実感がある。ここはどこなのか?と悠は周りを確認する。

 分かったことはただ一つ。何もない。ただ、悠がそこにいるだけの空間であった。

 

(ベルベットルームって訳でもなさそうだな。すると、ここは一体?)

 

 悠が冷静に思考していると、突然異変が起こった。

 

「うっ!!」

 

 激しい頭痛が悠を襲った。あまりの痛さに悠はその場に座り込んだ。すると、また突然黒い霧のようなものが悠を包み込んだ。

 

 

「うわああああ!」

 

 

 まるで高圧電流に襲われたような激痛が走り、悠は耐えきれず激しく絶叫しのたうち回った。

 やがて黒い霧は晴れていくと同時に、悠はうつ伏せに倒れこんだ。相当な激痛のせいで悠の意識は朦朧としていた。

 

 

 

「やあ、悪いね」

 

 どこからか声が聞こえてきた。

 

「あれ?大丈夫?少し手荒かったかな?」

 

(どう…い…う……こと…だ……)

 

「ほう、あんなことをされても意識がまだあるのは大したものだ。流石イザナミを黙らせたことはある」

 

(!!……こ…いつ…)

 

「正直悪かったと思ってはいるが、今君にスパッと真実を知られては俺が困るんでね。君の培ってきた力は封印させてもらったよ」

 

(な….んだ……と…)

 

 言われているとあの黒い霧に蝕まれてから、体の何かがすっぽり抜けた気がする。

 

「まぁいい。力を封じられた君がどんな物語を作るのか傍観するのもまた一興か。楽しみにしてるよ」

 

(ま……ま…て………)

 

 何者かの声が聞こえなくなったと同時に、悠の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈悠の部屋〉

 目が覚めると、今度はちゃんと自室にいた。しかし、先程の悪夢のせいか体がだるい。時計を見ると、もうすぐ午前0時であった。どうやら長い居眠りをしてしまったらしい。ふと、午前0時というワードからあのことを思い出した。

 

 

『マヨナカテレビ』

 

 

 去年八十稲羽で流れていた『雨の夜の午前0時に点いていないテレビで自分の顔を見つめると、別の人間が映る』という噂。この噂はある怪異の一端であり、その時八十稲羽で発生していた連続殺人事件のカギとなっていた。

 あの事件はもう解決したし、今日は雨の日ではないから今更何も映るわけないだろうと思いつつ、悠はダルい身体を起こしてテレビを見つめる。すると、時計がちょうど午前0時を指したその時

 

 

 テレビが映った。

 

 

「なっ!」

 

 この画面に映る映像の感じはまさしく去年何度も観たマヨナカテレビと同じであった。それだけでなく、テレビに映っているのは仲が良さそうな3人の少女でだった。影で顔はよく見えないが、髪型は左から長いストレート、セミロングヘア、サイドポニーの少女である。

 まさか!と思い、テレビに右手を突っ込んでみると………

 

 

 右手が入った。

 

 

 悠は驚き、慌ててテレビから右手を引っこ抜いた。あまりの出来事に体が固まったそのとき、

 

 

『我は汝……汝は我……』

 

 

 理事長室で聞こえたあの声が頭に響いてきた。

 

 

『汝……新たな扉は開かれたり……』

 

 

 

 声はそれだけ言うと頭から消えてなくなり、テレビの映像も消えていた。悠は終始冷や汗をかいたが、同時に確信した。

 

 また何か事件が起きると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈翌朝 音乃木坂学院〉

 昨日の疲労が溜まったせいか、悠はいつもより遅く起きたためギリギリの登校となった。クラスのみんなは悠の顔色が悪かったので気にかけてくれたが、悠は『大丈夫』と押し通した。

 

 悠は授業中も昨日のマヨナカテレビ(?)のことについて考えていた。もしもあれが本当にマヨナカテレビなら間違いなく事件が起こる。それにテレビに映った3人の少女は誰なのか?ストレートヘアの少女は分からないが、セミロングヘアの少女は確証はないが穂乃果に見えた。サイドポニーの少女は分からなかったが、何故か悠はその少女に心当たりがあるような気がした。

 

(………もしかすると)

 

「鳴上、この問題を解いてみろ」

「……え?…は、はい!」

 

 思考の海に身を任せていると、それが目に入ったのか教師に指名されてしまった。しかし、元々悠は頭はいい方なのですぐに答えられた。後からみると相当難易度の高い問題だったので、悠のクラス内での株はまた上がったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 〈昼休み〉

「鳴上くん今日こそ一緒にお弁当食べない?」

「いや、鳴上俺たちと」

 今日こそはと、クラスのみんなが悠をお昼に誘おうとすると

 

 

「鳴上くーん!探したで」

 

 

 突然教室に他クラスの生徒が入ってきた。その人物はあろうことか、昨日悠に弁当を上げた不思議少女『東條希』であった。

 

「え?」

 

「来ちゃった♪ほな、早く行こ。私待っとんたんやで。」

 

 希は悠の腕を引っ張り教室を出ようとする。

 

「ちょっと!東條さん!どういうこと?」

「東條さんって鳴上くんとどういう関係なの?」

 

 お昼の誘いを邪魔されたクラスの女子は希に食ってかかる。

 

「いや、それは」

 

 悠がただの知り合い?だと説明しようとすると、希は不敵に笑ってこう言った。

 

 

 

「私、鳴上くんの彼女やで♪」

 

 

 

 

「「「ハアアアアア!!」」」

 

 余りの衝撃的な情報にクラス全員が絶叫した。

 

「なっ!ちょっととう」

 

「いや〜高1の時から付き合ってたんやけど、鳴上くんが去年転校しちゃったから疎遠になってたんやけどな。でも、今年帰ってきてまた復縁したんや♪」

 

 悠のことはお構いなしに希は捏造情報を発信していく。

 

「いや、だから」

「さ、行こ。鳴上くん、私すんごい楽しみにしてたんやから♪」

 

 希はクラスに爆弾を投げ込んだあと、悠の腕を引っ張ってどこかに行ってしまった。

 

 このことによりクラスの女子はまるで福○ロスならぬ鳴上ロスのような状態に陥り、男子は血の涙を流し『鳴上悠に裁きの鉄槌を!』というスローガンを掲げたのであった。

 

 

 

 

 

 another view

 

 私は今穂乃果ちゃんと海末ちゃんと一緒に3年生の教室に向かっている。ことの発端は今朝のことだった。

 穂乃果ちゃんが私たちに廃校を阻止するにはスクールアイドルになるしかないって言って私たちにもやらないか?と誘ったのだ。私は別にやっても良かったんだけど海末ちゃんが

 

「私は絶対にやりません!」

 

 と頑なに嫌がっていた。まぁ海末ちゃんはあんまりそういうの苦手だってことは知ってたんだけど。それでも諦めない穂乃果ちゃんはこう言ったのだ。

 

「じゃあ、鳴上先輩に会いにいこうよ!絶対気が変わるから!」

 

 鳴上先輩?……もしかして…

 そう思い、私は穂乃果ちゃんに聞いた。

 

「ねぇ穂乃果ちゃん」

 

「ん?どうしたの?ことりちゃん?」

 

「その鳴上先輩って……おに……転校生の人のこと?」

 

「え?……うん、そうだけど」

 

 やっぱり!お兄ちゃんのことだった。

 頭にハテナマークを浮かべてた2人には説明した。そのお兄ちゃんもとい鳴上先輩は私の従兄弟であることを。説明した時、穂乃果ちゃんがスッゴく驚いていたけど。

 とりあえず、昼休みに3人でお兄ちゃんのもとを訪れることにしたのだ。海末ちゃんはしぶしぶだったけど。

 

 お兄ちゃん……

 小さい時よく遊んでもらったな。私、兄弟とか居なかったからお兄ちゃんがほんとうの『お兄ちゃん』のようだったんだ。でも、叔父さんと叔母さんの仕事の都合でよくお兄ちゃんが転校したから今まで中々会えなかったんだ。

 私が音乃木坂学院に来たのも、お母さんが理事長なのと親友である穂乃果ちゃんと海末ちゃんがいたのもあるけど、やっぱりお兄ちゃんがいるっていう理由が大きかった。でも、お兄ちゃんは私が入学したと同時に八十稲羽ってところに転校しちゃったけど……八十稲羽って確か去年奇妙な連続殺人事件があったってニュースであってたけど、お兄ちゃん大丈夫だったのかな?……

 

 そう考えているうちに、お兄ちゃんがいるという3年C組に着いた。ついに会えるんだね、お兄ちゃん。覚えてるかな?

 私たちは意を決して教室のドアを開けた。すると、そこには……

 

 

「鳴上くーん!」

「何でなのさー!」

「こんなのないよー!」

「鳴上は俺たちの敵だー!」

「今こそ鳴上に裁きの鉄槌をー!!」

 

 

 お兄ちゃんの名前を叫びながら涙を流しご飯をかきこむ女子の先輩と、カルト宗教団体のような儀式を行っている男の先輩が入り乱れるカオスな空間が広がっていた。

 

 another view out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈屋上〉

「ハァ」

「ホントゴメンな、鳴上くん」

「すまないと思ってるんだったらもっとマシな嘘をついてくれ」

 

 クラスに爆弾を投下した2人は屋上で昼飯を食べていた。悠はもう頭のキャパシティを超えているので、もはやどうでも良いと思っている。八十稲羽でもバスケ部のマネージャーである海老原に彼氏のふりを強要させられたことがあったが、これはあれよりタチが悪い。

 

 

「それはそうと鳴上くん、昨日の私の弁当どうやった?自信作やったんやけど」

 

 早速希は悠に昨日の弁当の感想を聞いた。何故かソワソワしながら。

 やはりそれかと悠は思い、

 

「美味しかった。また作って欲しいくらいだったよ」

 

 と、当たり障りのない感想を述べた。後半に誤解を含む表現があるのは気のせいだろうか?

 

 

「ホンマ!嬉しい〜♪なら、また作ってきて良い?」

「また弁当を無くした時になら」

「うん!分かった!」

 

 さっきとはうって変わって、希は少女らしい眩しい笑顔を見せた。その笑顔を見て、悠はこの少女にどこかであったような気がした。

 

 

 それはともかく、悠は希に聞きたいことがあった。

 

「東條、2つ聞きたいことがあるんだけど良いか?」

 

「ん?かまへんよ。あとウチのことは希でええよ♪」

 

「とりあえず1つ目。何で昨日俺が矢澤と会うことを知っていたんだ?」

 

 名前呼びのことはスルーしつつ、1個目の質問をした。

 

「あ!にこっちに会えたんや。良かったわ〜、占いがはずれんで」

 

「占い?」

 

「そ、ウチ占いが趣味なんや」

 

 と、希はポケットからタロットカードを取り出した。

 

「!!………タロットか」

 

「ん?どうしたん?鳴上くん」

 

「いや、何でも……それで俺が矢澤に会うことが分かったっていうのか?」

 

「そう!ウチこう見えても占いには自信あるんよ。すごいやろ?」

 

「嗚呼、すごいと思う」

 

 つくづく自分はタロットに縁があるなと思った。もしかすると希はベルベットルームの住人か?と思ったが、それはないと思った。去年出会ったベルベットルームの住人は皆独特の雰囲気を持っていたが、希にはそれが感じられないのだ。ただ単に隠しているのかもしれないが。

 悠が次にと2つ目の質問をしようとした時、

 

 

 

「あ、そうそう。鳴上くん知ってる?【音乃木坂の神隠し】のこと」

 

 希がそんな話題を振ってきた。

 

 

 

「え?神隠し?」

 

「うん。私が聞いた話やと『午前0時頃に何も写ってないテレビの画面を見つめると、次の日に行方が分からなくなる』って内容だったんやけど」

 

「!!」

 

 悠は驚いた。それはまんまマヨナカテレビに似たような内容だったからだ。

 

「それを確かめようとした生徒がおったらしいんやけど、本当に行方不明になったんやって」

 

「………」

 

「ホントかどうか分からんけど、ウチらの音乃木坂が廃校になったんはこの噂のせいでもあるんちゃうかって話が出るくらい信じられてるらしいで……って鳴上くん?どうしたん?顔色悪いで」

 

「いや」

 

 こんな偶然があるのか?悠は冷や汗をかきながら昨日のことを思い出す。

 

(『真実』……『テレビに映った少女達』…ペルソナ……神隠し………間違いない!)

 

 悠は確信した。八十稲羽で起こったことがまた起ころうとしていることを。

 昨日テレビに映った3人の少女のうちの1人は心当たりがあるので、その人物に今すぐ警告しに行こうと悠は立ち上がった。

 

「すまない東條、ちょっと用事が」

 

「鳴上くん?どうしたん?……そんなにウチといるのがイヤ?」

 

 東條は上目遣いで悠を見つめる。これには流石の悠もたじろいだ。

 

「いや、そういう訳じゃ……」

「まぁそう言っても、もう昼休み終わりやし」

「え?」

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

 

「ほな鳴上くん、ウチに付き合うてくれてありがとうな。また一緒にお昼食べよう♪」

 

 希は大人っぽい笑みを浮かべその場を去っていった。どうやら、いっぱい食わされたようだ。まだ希に聞きたいことは色々あったが、とりあえずあの人物を訪ねるのは放課後にしようと思い悠は教室へ戻った。

 

 

 

 余談だが、悠が教室に戻るとさっきの爆弾の余波が残っているのか突然男子が襲ってきたり女子が涙目で希との関係を問い詰めてきたので、悠は『言霊遣い』級の伝達力を最大限に駆使して説得したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈放課後〉

 HRが終わると、悠は穂乃果を探しに教室を出て行った。しかし、2年生の教室をしらみ潰しに探しても穂乃果は居なかった。近くにいた生徒に情報収集をすると『体育館に行った』という情報が手に入ったので、情報をくれた生徒に礼を行って体育館を目指した。

 途中、誰かが自分を付けている気配がしたが気にしないことにした。

 

 

 

 〈体育館付近〉

 体育館付近に到着した悠は辺りを捜索した。すると、

 

 

「ラブアローシュート!!」

 

 

 ……………何か声がしたが気にしない

 

 

 

「ラブアローシュート!!」

 

 

 

 ……………気になる。

 悠は我慢できず声がした方へ向かう。するとそこには、

 

 

「みんな〜ありがと〜!」

 

 

 誰もいない壁に手を振っている弓道着姿の長い髪のストレートの少女がいた。

 

「…………(そっとしておこう)」

 

「〜〜〜♪…あ!」

 

 悠の存在に気づいたのか、少女は顔を真っ赤にして迫ってきた。

 

 

「み、見ましたね……」

「…………」

「見ましたね!貴方!」

「見ちゃった」

「そうですか…見ちゃいましたか……」

「録画すれば良かった」

「!!っ、なにを言ってるんですか!」

 

 悠のトンデモ発言に少女は声を荒げてしまった。そんなことは気にせず、悠はその少女をまじまじと見た。

 

「なっ、なんですか!私に何か?」

 

 悠はこの少女の奇行?にも驚いたが、もっと驚くべきものは彼女の髪型が長いストレートだということだった。

 

(まさか……テレビに映ってたストレートの子って)

 

 

 

「お、お兄ちゃん!!」

 

 後ろから大きな声が聞こえた。懐かしい声だと思い振り返ってみる。そこにいたのは

 

「こ、ことり?どうしたんですか?」

 

 今にも泣きそうな顔をしているサイドポニーの髪型をしている悠の従兄弟『南ことり』であった。

 

 

「ことり……なのか?」

「うん!……会いたかったよ!お兄ちゃん!!」

 

 悠がそう問いかけると同時に、ことりは歓喜余って悠の元へ駆け寄り抱きついた。

 

 

「なっ!は、ハレンチなー!」

 

 

 その光景を見て、弓道着少女は顔を真っ赤にしてそう叫んだが。

 

 

「久しぶりだな。元気だったか?」

「うん!……ことり…ずっと会いたかった…なのに……」

「大丈夫だ。俺はここにいるぞ」

 

 と、悠は泣きじゃくることりの頭を優しく撫でる。八十稲羽でも菜々子とはこういうやり取りもあったので、慣れてはいた。

 それにしても大きくなったなと悠は思った。小さい時とは違って、顔もスタイルも魅力的なものに成長していた。もはや叔母の理事長を少し若くした感じである。それに、サイドポニーか………菜々子も高校生になったら、この位成長するのか?と思っていると

 

「あ、あの!」

「ん?」

 

 すっかりこの状況に置いてきぼりされかけた弓道着少女が話しかけてきた。

 

「あ、貴方が…ことりの従兄弟さんである…」

 

「嗚呼、今年転校してきた鳴上悠だ。よろしくな」

 

 悠はことりをあやしながらそう答えた。

 

「……申し遅れました。私、ことりの友人である『園田海未』と申します。先ほどはお見苦しいものをお見せしてしまいました。」

 

 と、海未は礼儀正しく気品のある挨拶をした。先程の奇行?とのこのギャップは、八十稲羽にいる天城に似ていると悠は思った。

 

「そんなことないぞ。こっちも悪かった」

「いえ、そんな。殿方にあんなところを見られるなんて……私」

「やっぱり録画」

「絶対にやめてください!!」

 

 ことりをあやしながら海未とコントのようなやり取りをして数十分後。悠は2人に話をした。

 

 

 

「私たちが誘拐されるかもしれない?」

 

「本当なの?お兄ちゃん」

 

「嗚呼、信じてくれるか?」

 

 長い髪のストレートとサイドポニーもとい海未とことりに、誘拐されるかもしれないとそう警告した。流石にマヨナカテレビのことは伏せておいたが。

 

「……正直信じられませんが、ご警告ありがとうございます。最近そんなことに関するニュースが多いですから」

 

「そうか」

 

「安心してください。今日はとりあえず、ことりと穂乃果と3人で帰りますから。もしそんな輩が現れたら私が撃退しますので」

 

「そ、そうか……」

 

 綺麗な顔をして物騒なことをいう海未。ますます天城に似ていると悠は思った。

 

「そういえば高坂を見なかったか?彼女にも一応言っときたいことがあるんだが」

 

「……さっきそこの裏にいる所を見ましたよ」

 

「そうか、ありがとう」

 

「いえ。それでは私は部活に戻りますので。ことり、後で穂乃果と一緒に弓道場に来てくださいね」

 

「うん、分かった」

 

「それでは失礼します」

 

 そう言うと、海未は部活に戻っていった。

 

「お兄ちゃん、ことりも一緒に穂乃果ちゃんのところに行っていい?」

 

 ことりは上目遣いでそう尋ねた。久しぶりに会えた喜びのせいか、ことりは悠と一緒に行動したいようだ。それに対する悠の答えはもちろん決まっている。

 

「もちろんだ。久しぶりだしな」

「うん!ありがとう!」

 

 悠はすっかりご機嫌になったことりと一緒に海未が教えた場所へ向かった。

 

 

 

 

「あれ?穂乃果ちゃんいないよ」

 

 海未が教えた場所に着いたが、ことりの言う通りそこに穂乃果は居なかった。

 

「もう帰っちゃったのかな?」

「いや、まだ鞄が置いてある。どこかに行ったんじゃないか?」

 

 悠の言う通り、壁際に穂乃果のと思われる通学鞄があった。

 

「本当だ」

 

「ちょうどいいからここで待ってよう。そのうち高坂も来るかもしれない」

 

「うん……あっ、それならことり荷物取ってくるね。教室に置きっぱなしだから」

 

 ことりはHRが終わってから真っ先に悠を探しに行ったため、教室に鞄をほったらかしにしてたらしい。

 

「そうか。気をつけてな」

「うん!じゃあまたあとでね!お兄ちゃん」

 

 ことりは悠に笑顔を向けて、自分の教室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈1時間後〉

 おかしい。もう1時間が経過しているのに、穂乃果だけじゃなくことりも帰ってこない。心配になったので、悠は2人を探しに行った。すると、

 

「園田さん、どこ行ったんだろ?」

「流石に無断で早退って訳ないよね」

 

 弓道部員らしき女の子たちを見かけた。ちょっと気になったので話を聞きに行った。

 悠が彼女たちから聞いたのは

 

 

『園田海未は休憩時間から1時間姿を見せていない』

 

 

 というものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 another view

 

 気づけば私は知らない場所に居た。さっきまで体育館の裏でダンスの練習をしてたはずなのに。何か突然眠たくなっちゃって寝てしまった。起きたらこんなところにいるなんて。

 それにここ、何か霧が濃くて前が見え辛いよ。

 

「すみません!誰かいますか!」

 

 不意に声が聞こえてきた。私はそれに向かって

 

「ここにいますよー!」

 

 と、大きな声で返した。すると

 

「その声、もしかして穂乃果ですか!」

 

 この声はまさか……

 

「海未ちゃん!何で!」

「それはこちらのセリフです!何で穂乃果がここにいるのですか!」

 

 目の前の霧の向こうから現れたのは、私の親友の1人の海未ちゃんだった。

 

「う〜ん、分かんないよぅ!気づいたらここにいたもん!」

 

「あ、貴方もですか!私も気づいたらここに」

 

 

「お、お兄ちゃん!どこ〜!」

 

 海未ちゃんとそんな話をしていると、また別の声が聞こえてきた。この声は……

 

「こ、ことりちゃん!」

「ことり!!」

「あ!穂乃果ちゃん!海未ちゃん!」

 

 今度はことりちゃんが現れた。どうなってるの?

 

「こ、怖かったよぅ。お兄ちゃんと別れたあと急に眠くなって……気づいたら……」

「ことりちゃんも!」

「ど、どうなってるのですか。」

 

 あまりのことに私たちは混乱した。すると目の前の霧が薄くなって、何か建物が見えた。その建物は……

 

「え?ここって、もしかして」

 

「私たちの……音乃木坂…?」

 

 そう、私たちが通っている音乃木坂学院だった。しかし、いつもと何か雰囲気が違うような……

 

「あ!………ほ、穂乃果ちゃん、海未ちゃん!これみて!」

 

 ことりちゃんが慌てた様子で校門を指をさしていた。私たちはすぐに校門を見た。すると、そこにはこんな張り紙が貼ってあった。

 

 

 

 

 

『廃校』

 

 

 

 

 

 この時、私たちは震えが止まらなかった。

 

「ねぇ……海未ちゃん…ことりちゃん……ここって」

「そう…です…ね……」

「ここって……………まさか」

 

 そう、私たちの今目の前にあるのは信じられないけど

 

 

 

 廃校になった音乃木坂学院だった。

 

 

 

 

 to be continuded

 

 

 

 




Next Chapter
「ここは……本当に?」

「バ、バケモノ!!」

「だ…だれ?」

『何言ってんのよ?私は貴方よ』

「ちがう!貴方なんか!貴方なんか!」




「大丈夫。俺が来た」




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#04 「I dislike you. I like you.」

今回やっとペルソナが出ます。戦闘シーンは色んなものを参考にして書いたのですが、ちょっと自信ないです。しかし、これでも読者の皆様が楽しんでいただければ幸いです。
ちなみにペルソナの設定はアニメ寄りです。

また、手元にペルソナ4の戦闘曲『Reach Out To The Truth」があれば、是非とも戦闘シーンの時に聴きながら読んでみて下さい。


最後に新たにお気に入りに登録・感想を書いてくださった方々、ありがとうございました。皆さんのおかげでお気に入りが50件を超えて、『ルーキー日間』で前回より上の31位にランクインすることができました。
まだ透明バーの稚作ですが、今後も読者の皆さんが楽しめるような作品を目指して頑張りたいと思います。

また、何かあればアドバイスしてくれたら幸いです。(しかし誹謗中傷は勘弁してください)

それでは本編をどうぞ!


 

 

ーやられた

 悠は頭を抱えてそう思った。まさかすでに神隠しが始まっていたとは思わなかった。ともかく、これ以上校内を探しても見つからないのは明白だ。

 悠はまず自分を落ち着かせた。こんな時こそ、冷静にならなければならないと去年の事件から学んでいる。あのマヨナカテレビが本当ならば、やることは1つだ。

 

 

 テレビの中に入る。

 

 

 悠は早速携帯で近場の電気屋を探す。すると、

 

「悠くん?」

 

 振り返ると理事長の雛乃が居た。

 

「叔母さん……」

 

「どうしたの?もうすぐ下校時間よ」

 

 まずいと思った。ここで雛乃に『女の子たちが誘拐されたのでテレビの中に入ります』とは言えない。とりあえず悠は誤魔化すことにした。

 

「いや……人を探してて」

 

「人?」

 

「高坂って名前の女の子なんですけど」

 

 とりあえず、思いつく名前を出した。

 

「高坂?………もしかして穂乃果ちゃんかしら?」

 

「知ってるんですか?」

 

「勿論よ、何せことりの親友だもの」

 

 雛乃は朗らかにそう答えた。

 

「ことりに穂乃果ちゃんに海未ちゃん。あの3人は小さい時からとっても仲良しだったのよね。こっちが微笑ましくなるくらい」

 

「はあ」

 

 何故だろう。その3人のことを話すと雛乃がイキイキしているように感じる。

 

「これが3人の小さい時の写真よ」

 

 雛乃が一枚の写真を財布から取り出した。見ると、そこには小学生くらいの女の子たちが仲良さそうに笑っていた。

 

「これは……」

 

「ふふ、良いでしょう?この写真見るとね、元気が出るからいつも財布に入れてるのよ」

 

 確かに、この3人の少女の笑顔を見るとこっちまで笑顔になるような純粋なものを感じる。

 

「あの…この写真、貸して貰っても良いですか?」

 

「え?…もちろん良いけど…どうして?」

 

「い、いや、その」

 

 確信はないが、これから3人を救出するためにはこの写真が必要ではないかと悠は直感した。

 

「すぐに返しますよ。ところで叔母さん聞きたいことがあるんですが」

 

「何?」

 

「ここら辺って、電気屋ありますか?」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈音乃木坂学院?〉

 

another view

 

 とりあえず私たちは校門を開けて中に入った。霧でハッキリとは見えないけど、校舎もグラウンドも間違いなく音乃木坂のものだ。でも私たちが知っているのとは違って、校舎はボロくグランドは荒れ果てていた。

 

「ど、どういうこと?」

 

「とりあえず、校舎に入ってみませんか?中に出口があるかもしれません」

 

 海未ちゃんの意見に賛成し校舎に向かった。いつも使ってる昇降口に着いたは良いけど、ドアを開けようとすると

 

「あれ?……開かないよ」

 

「な!そんな訳ないでしょ!」

 

 といい、海未ちゃんもドアを開けようとするが結果は同じだった。

 

「ど、どういうことでしょう……ドアが開かないなんて…」

 

 廃校したから開かないのかな?というか、ここはどこなんだろう?全く分かんないや。

 

『廃校か……』

 

 突然どこからか声が聞こえて来た。

 

『しょうがないよな、ここ普通の高校だし』

『通いたいと思う奴なんているのかよ』

『UTX学園に行けば良かった〜』

 

「な!」

 

「こ、声が聞こえる……」

 

「これって、音乃木坂の生徒の?」

 

 みんな廃校のことを言ってる……それに、誰も廃校を嫌だって言ってない。そんな……何で?みんな嫌じゃないの?

 

「そんな……」

 

「穂乃果……コレが現実かもしれませんね」

 

「でも!スクールアイドルやれば必ず!」

 

「ハァ、あのですね。朝から言ってますけどどこにそんな確証があるのですか?そんな確証があるとしても、私は絶対やりませんからね!」

 

「う、海未ちゃん!」

 

 そんな会話をしていると

 

 

『ラブアローシュート!!』

 

 

 どこからかそんな声が聞こえた。

 

「え?誰?」

「う、海未ちゃんどうしたの?」

「何でもありません」

 

『みんな〜ありがと〜!』

 

「これってもしかして……」

「海未ちゃんの声?」

「違います!私じゃありません!」

 

 これ、どう聞いても海未ちゃんの声だよね。

 

 

『うふふふふ、何言ってるのかな〜?これみんな貴女が隠れて言ってたことじゃない』

 

 

 すると、目の前の霧の中から誰かやってきた。現れたのは……え?海未ちゃん?

 

「海未ちゃんが……2人?」

 

「どうなってるの?」

 

 見た目は海未ちゃんだがなんか違う。目が怪しく光ってるし禍々しいオーラを纏ってるような…

 

「あ、貴女は誰ですか!それに、私はあんなこと言ってません!」

 

 こっちの海未ちゃんは声を荒げて、あっちの海未ちゃんに問いかける。ややこしいね。

 

『うふふふふふ、貴女本当はアイドルやりたいんでしょ?』

 

 突然、あっちの海未ちゃんはそんなことを言ってきた。

 

「え!」

 

「そうなの?海未ちゃん!」

 

「ち、違います!あの人が言ってることは全部嘘です!」

 

 こっちの海未ちゃんは慌ててそう言うけど、あっちの海未ちゃんはお構いなしに喋り続ける。

 

『でも、やりたくても出来ないのよね。貴女はアイドルの衣装は肌の露出が多くて嫌って言うかもしれないけど、本当は違うんだよね〜』

 

 含みのあることを言うもう1人の海未ちゃん。次の言葉に私は息を飲んだ。

 

 

『何で大キライな穂乃果のためにアイドルやらなきゃいけないの?ってね』

 

 

 

「え………」

 

 私が……キライ?……

 

「海未ちゃん……そうなの……」

 

「ち、違います!何を言ってるんですか!」

 

『事実でしょ?小さい時からそうだった。穂乃果は不真面目でズボラで考えなしで食べることだけが取り柄のくせに、みんなからチヤホヤされる』

 

 な、何を言ってるの?あの海未ちゃんは……ってこっちの海未ちゃん身体が震えてる……

 

『対して私は真面目で誠実で気品がある。それに日本舞踊の大元の娘。問題なんて起こしたことないのに……みんな穂乃果に惹かれていく!……何で…何でよ!何であんなバカな娘にみんな惹かれるのよ!』

 

 急にもう1人の海未ちゃんは声を荒げた。

 違う。こんなの私が知ってる海未ちゃんじゃない!だって海未ちゃんはこんなこと言わないもん!

 

「違う!貴女は海未ちゃんじゃない!」

 

『あら?穂乃果?貴女に私の何が分かるっていうの?』

 

「わ、分かるよ!小さい時から一緒だったもん!」

 

『ハァ、貴女は本当に何も分かっていないのね。呆れるわ』

 

『キライだからいつも穂乃果のやることに口出すんでしょ?ことりは穂乃果が心配だからって言ってるけど実は違う。本当は穂乃果のことが大キライだから!』

 

 そ、そんな……海未ちゃんがそんなこと……

 

「穂乃果違います!私はそんなこと思ってません!大体貴女はなんなんですか!さっきから適当なことばかり。貴女は、本当に誰なんですか!」

 

『さっきから言ってるでしょ?私は【園田海未】、貴方の影。貴方の考えてることなんてお見通しなんだから』

 

「違います……違います!」

 

『いい加減認めたら?私はアイドルをやりたい。それに、穂乃果なんて大キライだってことをね!』

 

「違います!………貴女なんか……貴女なんか!!」

 

 その時、嫌な予感がした。勘だけどその先は言っちゃいけないような気がした。私はすぐさま叫んだ。

 

「海未ちゃん!それ以上言っちゃダメ!」

 

 でも、遅かった……

 

 

 

 

 

「私じゃない!!!」

 

 

 

 

 

 

 

『うふふふふふふふふ、あはははははは!!あーはっはっはっはっは!!』

 

 

 

 

 

 もう1人の海未ちゃんは高らかに笑いながら、禍々しいオーラに飲まれていく。すると姿がさっきより大きくなって、弓矢を持つ山姥のような怪物になった。

 

 

『我は影…真なる我………自分に素直になれない貴方なんて消えてもらうわ。大丈夫、ラクに死なせてあげるから!』

 

 

「に、逃げよう!海未ちゃん!ことりちゃん!」

 

「うん!」

 

 私は海未ちゃんの手を取って一目散に走った。逃げないと、殺されちゃう!

 

『うふふふふふ、逃げられると思ってるの?下僕たちよ、あれを追いなさい!』

 

 後ろからそんな声が聞こえた。後ろをみると

 丸い身体にシマシマ模様をした巨大な口と巨大な舌を出した怪物達が穂乃果たちを追っかけてきた。

 私たちは懸命に走った。捕まったら命はないと思ったから。

 

 校門まで走ったけど、すでに怪物達に先回りされていた。すぐに方向転換してグラウンドに逃げたけど、

 

「痛っ!!」

 

 私たちは石につまづいて転んでしまった。こ、こんな時に…何で転ぶの……

 すぐに立ち上がろうとしたが

 

「もう……ダメ…」

 

 終わったと、私は直感した。周りは巨大な舌を持つ怪物達に囲まれており、逃げ場なんてなかったから。

 

「ことりたち…ここで死んじゃうの……」

 

 ことりちゃんも死ぬかもと思ったのか絶望した表情になっていて、今にも泣きそうだった。

 

「うう…ちがう……ちがいます……」

 

 海未ちゃんはうわ言のように、まだ否定の言葉をあげていた。すると、姿を変えたあっちの海未ちゃんが近づいてきてこう言った。

 

『うふふふふふ、言い残したことはあるかしら?特別に聞いてあげる♪』

 

 

 言い残したこと?………

 

 

 その瞬間私の視界が歪んだ。きっと涙のせいだろう。言いたいことはある。

 

 ーごめんなさい。お母さん、お父さん、雪穂………穂乃果、ここで死んじゃう。何も恩返し出来なくてごめんなさい。

 

 心の中でそう思ったのに……私が口にしたのは……

 

 

「……死ぬのはいやだよ!まだスクールアイドル始めてないのに!!………鳴上先輩にも……まだこれからのこと……言ってないのに!!」

 

 最後に何を言ってるんだろう私……もう死んじゃうのにね……それに鳴上先輩って……

 

 

「お兄ちゃんに………やっと会えたのに……こんなとこで死ぬのは……イヤだ!!!」

 

 

 ことりちゃんもそう叫んでいた。

 

『ふふふ、それで良いのね……さぁ!やってしまいなさい!下僕共!』

 

 もう1人の海未ちゃんがそう言うと、怪物達が私たちに急接近した。私は死を覚悟して思わず目を閉じた。

 

 

another view out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、いつまで経っても痛みがやってこなかった。穂乃果は恐る恐る目を開けると驚くべき光景を目にした。

 

 怪物たちが穂乃果の前で止まっていた。いや、震えてるといった方が正しいかもしれない。何かに恐怖しているような感じだった。

 

『な、何なの!この気配は!!』

 

 海未の影もオロオロしていた。何が起こったんだろうと思っていると、上から突然光り輝くものが出現した。よくみると、黄色に光り輝くカードが2枚空中に浮かんでいた。

 

 

 

『『我は汝…汝は我…』』

 

 

 いきなり声が聞こえて来た。それは厳かな雰囲気を持った女性の声だった。

 

『汝…希望を与える者よ…』

 

『世界を救った者と共に…人々に光を…』

 

 そう言うと、カードは静かに消えていった。

 

 

『ふ、ふん!何をしたのか分からないけど、こけ脅しだったようね!』

 

 光り輝くカードがなくなったことにより、海未の影はさっきまでの口調に戻った。

 

『今度こそ…下僕共!やっておしまい!!』

 

 そう命令したが……怪物たちは動かなかった。正確に言えばまだ震えていた。

 

『ど、どうしたの!…早く!私の命令が聞けないっていうの!』

 

 

 

ザッザッザッ

 

 

 

 足音が聞こえてきた。途端に穂乃果たちを囲っていた怪物たちは震え上がって海未の影の方へ逃げてしまった。

 

『なっ!ちょっと貴女たち!』

 

 足音のする方を向くと、そこには……

 

 灰色が特徴的な髪に、音乃木坂学院のブレザー、そして黒縁のメガネをかけた青年。

 

 

 

 

「大丈夫。俺が来た」

 

 

 

 

 鳴上悠が何処ぞのヒーローの名台詞を言って現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。俺が来た」

 

 決まったと悠は思った。決め台詞を言った後悠は今の状況を確認する。

 

(あれは誰かのシャドウか?もう暴走してるな。でも、高坂たちが無事でよかった。)

 

「な、鳴上先輩?……何でここに?」

「お、お兄ちゃん……」

「な、鳴上……さん…」

 

 悠の登場に3人は驚きを隠せないでいた少女たちの方に向かい、3人を安心させるため頭を優しく撫でた。

 

「安心しろ。すぐに終わらせる」

 

 悠は3人に笑顔でそう言うと、海未のシャドウに対峙する。

 

 

『お、終わらせる?随分とふざけたことを言いますね。ま、丸腰の貴方に何が出来るって言うの?』

 

 海未のシャドウは声を震わせながら見下した態度で悠に言い放った。

 

「嗚呼、確かにそうだな。丸腰じゃあシャドウには勝てない」

 

 悠は、海未のシャドウに毅然として態度でそう返した。と同時にニヤリと笑ってこうも返した。

 

 

 

「本当に俺が………丸腰だったらな」

 

 

 

 悠がそう言ったと刹那、悠の周りが青白く光り出した。

 

『な……これは…貴女は一体……』

 

 突然のことに海未のシャドウは動揺する。すると、

 

 

 

『我は汝…汝は我……』

 

 

 

 聞こえてくる懐かしい声。確か初めてペルソナに目覚めた時もこんな感じだった。

 

 そして、悠は上を向くと空中から青白く光る【愚者】のイラストが描かれたタロットカードが降りてきた。悠はそのカードに手を伸ばし、

 

 

 

 

 

 

汝…己が双眸を見開きて…今こそ、発せよ!!

 

 

 

 

 

「ペルソナっ!!」

 

 

 そのカードを砕いた。途端に悠の周りが青白く光り出し、後ろから化身のようなバケモノが出現した。

 

 隙間から光る金色の瞳を覗かせる鉄の仮面。

 ハチマキ。

 学ランをイメージさせる黒いコート。

 右手には巨大な大剣。

 

 これぞ、悠が最初に目覚めた己の原点と言えるペルソナ『イザナギ』である。

 

 

 

 

「な、なにこれ……」

 

「お、おにい…ちゃん?」

 

 イザナギの出現に穂乃果たちは驚愕した。

 

 

『だ、だから何だって言うのよ!下僕共!やっておしまい!!』

 

 海未のシャドウの声に我に返ったのか、舌を出した怪物もとい『失言のアブルリー』が4体全員悠たちに向かって突進してきた。

 

「…始めよう。イザナギ!!」

 

 悠がそう口にすると、後ろに佇んでたイザナギが動き出す。イザナギは大剣を握り直して、横へ振り払った。すると、斬撃が生まれ『失言のアブルリー』2体がそれに直撃して、消滅した。

 

ー敵は残り3体

 

 先ほどの斬撃の餌食にならなかった残り2体はそのまま突き進み、イザナギの肩と腹に噛み付いた。

 

「ぐっ」

 

 イザナギが攻撃を受けた瞬間、悠が苦痛の表情を浮かべる。自身のペルソナが攻撃を受けた場合、痛みは自分にフィードバックするのだ。

 

「な、鳴上先輩!」

「お兄ちゃん!」

 

 それを見た穂乃果とことりは心配の声を上げた。しかし、

 

「フッ」

 

 当の本人は笑みを浮かべ、イザナギは腹に噛み付いた怪物を手で引き離して放り投げ、肩に噛み付いているもう一体を地面に叩きつけて踏み潰した。

 

ー敵は残り2体

 

 放り投げられた1体は、再び立ち上がろうとした。立ち上がった刹那、いつの間にか距離を詰めたイザナギによる大剣の突きを食らって消滅した。

 

ー敵は残り1体

 

 

「次はお前だ」

 

 

 悠は海未のシャドウを見据えてそう言った。海未のシャドウは先ほどの戦闘と悠の王者のような威圧を見て震えていた。

 

『わ、私が……こんな…やつに………負けてたまるかあぁぁぁぁ!!』

 

 叫び声を上げ自暴自棄になった海未のシャドウは持っていた弓矢を構え、悠へ放った。しかし、イザナギは悠の前に立ち、放たれた弓矢を大剣でいとも簡単に斬り落とした。

 

『ま、まだよ……まだまだーーー!!』

 

 簡単に弓矢を斬り落とされたのに激昂したのか、続けて弓矢を連射した。イザナギも続けて弓矢を大剣で斬り落とし続けていく。斬り落とし続けるだけで一向に攻撃してこない様子を見て、海未のシャドウは余裕を取り戻した。

 

『ふん、受けているだけ?そんなんじゃ私には勝てないわよ!』

 

 すると、悠は不敵な笑みを浮かべながら海未のシャドウに手のひらを向け、

 

 

「イザナギ!!」

 

 

 と、拳をつくり唱えた。すると

 

 

『キャァァァァァァァァァ』

 

 

 海未のシャドウの頭上から特大の雷が落ちてきた。不意を突かれた海未のシャドウは雷をもろに受け感電する。

 

『わ、私が……この……私が………』

 

「トドメだ!イザナギ!」

 

 悠がそう言うと、イザナギは持っていた大剣を海未のシャドウへ投げつける。感電して動けない海未のシャドウはなす術もなく、身体を突き抜かれた。

 

 

『あ…あ……あああああああ!!』

 

 身体を突き抜かれた海未のシャドウは呻き声を上げ、消滅した。

 それと同時に役目を終えたイザナギも青い光に包まれ姿を消した。

 

 

 

 

 

 

another view

 

 私はあまりの出来事に、声を出すことを忘れていた。絶対絶命のピンチに現れたのは、私に勇気をくれた鳴上先輩だった。それに、アニメや漫画に出てくるような大男?を呼び出したと思ったら、あの怪物たちを簡単に蹴散らして、もう1人の海未ちゃんも倒した。

 

「お兄ちゃん……すごい!!」

 

 ことりちゃんはそんな鳴上先輩を見て目をキラキラさせていた。さっきまで心配してた表情が嘘みたいに。

 

「な、鳴上先輩……」

 

 件の鳴上先輩は、私の声に気付いたのかこちらを振り向いた。そして、

 

 

「フッ」

 

 

 と、戦闘中にも見せた不敵な笑みを私に向けた。いつもと違ってメガネをかけた先輩のその笑みに私はしばらく見惚れてしまった。

 

another view out

 

 

 

 

 

 

 

(良かった。うまく倒せて)

 

 悠は戦闘が終わった瞬間そう思った。イザナギを召喚した後身体を確認したが、あの悪夢のせいかペルソナがイザナギだけしか使えなくなっていた。正直不安であったが、腕は鈍っていなかったようで、去年は手こずっていた人のシャドウをイザナギだけで倒せた。

 

「な、鳴上先輩……」

 

 後ろから穂乃果の声が聞こえたので、悠は振り返って穂乃果たちの元へ向かった。

 

「大丈夫だったか?」

 

「は、はい!大丈夫です」

 

「お、お兄ちゃんは大丈夫?怪我してない?」

 

「嗚呼、大丈夫だ……園田は?」

 

 3人は海未の方を見る。するとそこには放心状態になっている海未がいた。

 

「園田。大丈夫か?」

 

「は………はい」

 

 海未はおぼろげながら返事をする。

 

「園田、あれを見てみろ」

 

 悠が指さした方を見ると、そこには先ほど倒した海未のシャドウが元の姿に戻って突っ立っていた。

 

「あ、あれは……私じゃ……」

 

「園田、よく聞け。あれはシャドウ。園田の抑圧された感情が生み出したもう1人の自分だ」

 

 悠の言葉に3人は驚く。

 

「あ、あれが……私………じゃあ」

 

「俺はさっき来たばかりで知らないが、自分が思ってもしなかったことを色々言われただろ?それは元々園田の中にあったものだからだ」

 

「そんな………それじゃあ、私は穂乃果のこと……大キライだったんですね………」

 

 悠の説明を聞いて海未は俯いて泣きそうになる。

 

 

 

「海未ちゃんは悪くないよ」

 

 

 

「え?」

 

 声を発したのは穂乃果であった。穂乃果は海未に近づいてこう言った。

 

 

「ごめんね海未ちゃん……私…海未ちゃんが私のことキライって気付かなくて……」

 

 

「な、何を言ってるんですか?穂乃果……」

 

 

「だって!悪いのは穂乃果だもん!いつも私は海未ちゃんやことりちゃんに迷惑かけて……それに気づかずにのほほんとしてて……私…最低だよ…………これじゃあ………友達失格じゃん………ごめん………ごめんね………」

 

 穂乃果は言葉を紡ぎながら、嗚咽して泣き出した。

 

「穂乃果ちゃん………」

 

「穂乃果……」

 

 

 穂乃果の言葉に海未は戸惑った。穂乃果がそんなことを言うとは思わなかったからだ。

 

「どうして……貴女が謝るのですか…悪いのは………私なのに…………」

 

 

 

「親友だからだよ!そんなの当たり前じゃん!」

 

 

 

 穂乃果の真っ直ぐな答えに海未は思わず目に涙を浮かべた。

 

「園田」

 

 今度は悠が海未に話しかける。

 

「誰だって他人には見られたくない一面はある。それを受け止めて見てくれるやつは中々いない。でも、園田には高坂やことりみたいにお前のそんな一面を受け止めてくれる親友がいる。園田は幸せ者だ」

 

「なる…か…み………せんぱい………でも」

 

「これを見ても嘘だと思うか?」

 

 悠は1枚の写真を海未に見せた。それは理事長が持っていた穂乃果と海未とことりの幼い頃の写真。その写真を見た瞬間、海未はハッと何かを思い出しポロポロと涙を流した。

 

 そして海未は涙を拭き、自分のシャドウの方へ歩き出した。

 

「確かに私は穂乃果のことがキライだったかもしれません。でも、あの写真を見て思い出しました。私は穂乃果が羨ましかった、要するに嫉妬してたんです。私はそれをキライと勘違いして見て見ぬフリをしていたのですね」

 

 海未はそう言うと、己のシャドウを真っ直ぐ見つめて言った。

 

 

「貴女は私、ですね」

 

 

 海未のシャドウは頷き、黄色い光に包まれて宙に浮かんだ。すると、姿が今度は山姥ではなく青いドレスを纏った女神になった。

 

 

『我は汝…汝は我……我が名は【ポリュムニア】。汝…世界を救いし者と共に…人々に光を……』

 

 

 女神はそう言うと再び光となって2つに分かれ、一方が海未にもう一方は悠の中に入っていった。

 

 

ー海未は己の闇に打ち勝ち、困難に立ち向かうための人格の鎧ペルソナ"ポリュムニア"を手に入れた。

 

 

 

「え?」

 

 これには悠は驚いた。普通ペルソナはシャドウつまり自分の本音と向き合うことで手に入る。それは1人につき1体だ。しかし、今のように2つに分かれて悠に入ってくることは今までなかった。どうなってるんだ?と思っていると、

 

「海未ちゃん!」

 

 穂乃果がペルソナを手に入れた海未に抱きついた。

 

 

「穂乃果………ごめんなさい」

 

「うん!…こっちこそごめん!」

 

 

「そして……ありがとう…大好きです」

 

 

「……私も………」

 

「穂乃果ちゃん……海未ちゃん……良かったよ〜!」

 

 

 穂乃果・海未・ことりの仲良し3人組は荒れ果てた校庭の真ん中で各々の思いをぶつけて、泣きながら抱き合った。

 

 ー3人の絆が深まったのを感じる

 

 端から眺めている悠にはその光景は微笑ましく感じた。いくつか謎が残ったが今はそれで良いと悠は思った。

 

 ある程度時間が経って、悠は3人に言った。

 

 

「3人とも、帰ろう」

 

 

 

 

ーto be continuded

 

 

 

 




Next Chapter
「悠くん?何をしているの?」

「作戦会議だよ!」

「返して」

「断る」

「認められないわ!」

「異議あり!!」

「あの子たち面白いなぁ」


「何でも1人で背負うことはないだろう?」


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#05「The step of School idol」

先ず皆さんに謝罪を
前回の予告の台詞から絵里との生徒会室での対決を予想してた方々大変申し訳ございません。また詐欺をしてしまいました。今回の話は悠と穂乃果たちの決意表明を重点に置いてしまった為、そこまで書ききれませんでした。今後出来る限りこういう詐欺をなくしたいと思いますのでご容赦下さい。
次回は必ず絵里を出しますので。


最後に新たにお気に入りに登録して下さった方、感想を書いて下さった方々、ありがとうございます!いつも励みになってます。まだ評価を貰ってない作品ですが、今後も皆さんが楽しめる作品を目指して頑張りたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

それでは、本編をどうぞ!


 

 鳴上悠は今、極限のピンチに立たされていた。身体はボロボロ、精神は折れかけている。いくら死線を幾つも超えてきた悠でも今回ばかりは状況を覆すのは無理だった。何故なら

 

 

「悠くん?……ちゃんと聞いてる?……ねぇ?」

 

「イエス!マム!」

 

「お、お兄ちゃん!怖いよぅ!」

 

 

 南家で目が笑ってない理事長の説教を正座して受けているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果と海未とことりが絆を深めあった一行は悠が使ったルートを辿って現実に帰還した。八十稲羽ではクマがいないとテレビからは抜け出せなかったが、ここでは悠だけでもテレビから脱出することは可能だった。

 悠がテレビに入った場所は秋葉原の【jeunesse】という電気屋だった。またジュネスかと悠は思ったが、しばらくはここがあの世界に入る拠点となるだろう。

 

 時刻は午後9時を過ぎており、後日また詳しい話をすると約束して急いで帰宅しようとしたが、荷物を学校に置きっぱなしだったことが発覚。すぐさま取りに行こうとして、こっそり学校に向かったところ

 

 

「あなた達?……何をしているのかしら?…」

 

 

 校門で般若顏の理事長に見つかった。

 

 

 その後、理事長の詰問を何とかかわして許可を貰い無事荷物を回収した一行であったが、理事長が一行の両親に連絡したらしく、こってり絞られて来いという命令が下った。

 

 

 しかし、悠にはさらなる地獄が待っていた。

 

 

「悠くん、今日はウチに泊まりなさい。貴方には話したいことがいっぱいあるから」

 

 

「え?」

 

 突然のことに悠は呆気に取られた。しかし、いくら親戚でもと抵抗するが無駄に終わった。

 

「兄さんと義姉さんにはちゃんと許可を取ったから大丈夫よ。明日は土曜日だし」

 

「いや、ちょっと」

 

「…異論は認めないわ……それに、貴方のお泊まりセットはちゃんとここにあるから」

 

 と、いつの間にか傍に置いてあったボストンバックを指差す。

 

「え?……どうして」

 

「兄さんに頼んで持ってきてもらったの。あの人私に頭が上がらないから♪」

 

「………」

 

 もはや完全に逃げ道は塞がれた。『異議あり!』の異の字も唱えられないほどの完璧っぷりである。

 

「さぁ…覚悟は良いかしら?」

 

 綺麗な笑顔で雛乃はそう言うが、目が笑っていないので恐怖しか感じない。

 

「は、はい………」

 

 そういえばいつか父親が言っていた。『雛乃を怒らせることは死を意味する』と。

 

 

  その後、前述の通り南家で夜遅くまで雛乃の説教を受けた悠とことりであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ」

 今日は散々だったと悠は思った。久しぶりのペルソナ召喚に、雛乃の説教を食らった悠はもうヘトヘトでだ。悠は今単身赴任で遠くにいるということりの父親の部屋を貸してもらい、布団を敷いて眠りについた。疲れきったせいか部屋に入ってきた侵入者の気配に気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこからかピアノの音が聞こえる。このメロディはと思い、目を開けると見慣れた場所に居た。まるでリムジンの車内を模した青白い空間に、奥にどっしりと座っている奇怪な長い鼻の老人とその傍らにいる秘書らしき銀髪の美女。

 間違いない、ここは去年の事件を解決するために何度も世話になった【ベルベットルーム】だ。

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ。お久しぶりでございます、お客人」

 

 

 この見た目に反して声が高い長鼻の老人の名は『イゴール』。このベルベットルームの主であるが、彼が何者なのかは今だに分からない。

 

「そうだなイゴール。もう来ることはないと思ってたけど」

 

「フフ…また災難に遭われたようですな。相変わらず面白い定めをお待ちで」

 

「ほっとけ」

 

 悠がそう言うと、イゴールは不敵に笑いながらこう言った。

 

 

「もう気付いていらっしゃると思いますが、貴方はまた大きな謎に直面しております。それはこのタロットによる占いが物語っておりました」

 

 

 と、イゴールはテーブルの上で腕を払う。すると、瞬く間に複数のタロットカードが出現した。

 

「先日また貴方の未来を占ったところ、驚くべき結果が出ましてな……近い未来は"塔"の正位置、その先の未来は"月"の正位置だったのです。これは初めて貴方とお会いした時と同じ結果でした……フフ…実に面白いですな」

 

 そう笑うイゴールに、悠は冗談じゃないと思った。

 確か、"塔"の正位置は"災難"を表し、"月"の正位置は"迷い"と"謎"を表すカードだったか。あのマヨナカテレビを見たときから薄々感じていたが、自分はどこに行っても災難に巻き込まれるのかと悠は溜息をついた。

 

 

「先日お客様は悪夢をご覧になりましたかな?」

 

 悠が己の状況を憐れんでいると、唐突にイゴールがそう聞いてきた。

 

「悪夢?………もしかして」

 

「そう…何者かが貴方を襲い、チカラを封じた夢。あれは真のことでございます」

 

「……やっぱりそうか。じゃあ俺があの世界でイザナギしか使えなくなったのもそいつのせいか?」

 

 

「ご名答でございます。その者のせいで、貴方のペルソナ全書が凍結していました」

 

 

 そう口を開いたのはイゴールの傍にいる銀髪の美女『マーガレット』だった。

 

「凍結?」

 

「ええ。ペルソナ自体は貴方の中に存在しています。しかし、そのペルソナ達に鎖がかかったような状態になっているのです。幸いイザナギだけは難を逃れましたが」

 

 道理でイザナギ以外反応しなかったのかと悠は納得した。ではこれからはイザナギだけで戦わなくてはならないのかとマーガレットに聞く。すると、

 

 

「あら?聞こえなかったかしら?私は『していた』と言ったのよ」

 

 

 ー『していた』?過去形ということはまさか

 

 

「そう、先ほどまたペルソナ全書を確認したら、不完全だけど解放されていたアルカナがいくつかありました。これには私もびっくりしたけど」

 

 どういうことだ?悠はそうマーガレットに聞くと

 

「それはこれのお陰でしょうな」

 

 マーガレットではなくイゴールがそう答えると、悠の目の前に小さな青い光の玉が出現した。これは何だと聞くとイゴールはまた不敵に笑った。

 

 

「それは貴方が本日手に入れた"女神の加護"でございます」

 

 

 "女神"?………もしかして、海末がペルソナを覚醒させた時に自分の中に入ってきたあれか?とイゴールに聞くと

 

「おっしゃる通り……それには貴方にかかった呪いの鎖を砕く力が秘められておりました。どうやら今回の貴方の旅は、"女神"たちが重要な鍵となることでしょうな」

 

 鍵?どういうことだと、悠は聞こうとしたが

 

「そろそろ時間でございます。今日は貴方様と久しぶりに話ができて良かった」

 

「では、また会うときまで……ご機嫌よう」

 

 時間が来てしまったらしくイゴールとマーガレットがそう言うと、悠の視界が暗転して意識がなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈翌朝 南家 〉

 

 チュンチュンッ

 

 鳥の鳴き声が聞こえる。どうやら朝のようだ。

 悠は目を開け、携帯で今の時刻を確認しようとする。しかし、何か違和感を感じた。やけに身体が重いような。それに布団が少し膨らんでいる。

 

「ん?」

 

 布団を開いて確認すると、悠は絶句した。何故なら布団の中でパジャマ姿のことりが悠の身体にに抱きついて寝ていたからだ。

 

「ん……お兄ちゃん…おはよう……」

 

 悠の声に目が覚めたのかことりが声を掛けてきた。とりあえず悠は冷静を保って話を聞くことにした。

 

「おはよう……ことり、何でいるんだ?」

 

「んん?……久しぶりに…お兄ちゃんと寝たくて……」

 

 答えになってない。流石にこの事態は悠も想定外だった。ことりはパジャマなのでさっきから腕に成長の証である柔らかいものが当たってるし、いつもと違って髪を下ろしているので一段と可愛く見える。結論を言うと理性的にマズイ。

 

「でもぉ、今日は学校ないし……まだこのままで居たいなぁ♪」

 

 ことりは甘えるようにそう懇願するが、そんなことはできない。小さい時ならまだしも、現在2人は思春期真っ只中の男女なので流石に色々とマズイ。間違いが起きる前にお引き取り願おうと悠は決意した。

 

「あのな…ことり、お前も年ごろなんだから、もうちょっと配慮を」

 

 すると、ことりはさらに身体を密着させて上目遣いで悠を見つめ

 

 

 

「お願い♪」

 

 

 

 と、甘い声で囁いた。

 

 

 その破壊力は里中の【ゴッドハンド】に匹敵していた。悠はなす術もなくことりのお願いを承諾してしまいそうになったが、何とか食いしばり部屋から脱出することに成功した。しかしその様子を雛乃に目撃されてしまい、昨日と同様説教を食らったのであった。

 

 

 

 

 

 

 朝の一悶着あった後、穂乃果と海未が南家にやってきた。2人はどうやら話があってきたらしい。

 

「こんにちは!お邪魔します!ことりちゃん………」

 

「お邪魔しますよことり………」

 

 リビングに入った途端、目の前の光景に驚愕した。そこには、雛乃の説教を受けて灰になった悠とことりがいたからだ。

 

「こ、ことりちゃん!どうしたの?それに…鳴上先輩まで!」

 

「あ〜穂乃果ちゃんと海末ちゃんだ〜久しぶり〜」

 

「久しぶりじゃないないですよ!何があったんですか!しっかりして下さい!」

 

「お、思い出すと……寒気が………」

 

 

 朝から騒がしい面々であった。ちなみに雛乃はその様子を見て仕事に出かけて行った。

 

 

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 

 

「それで、今日はどうしたんだ?」

 

 何とか灰から戻った悠は穂乃果たちにそう聞く。

 

「あ、あの……海未ちゃんとことりちゃんと鳴上先輩に……聞いて欲しいことがあるんだ」

 

 最初は歯切れが悪かったが、真剣な表情をつくり穂乃果は3人に言った。

 

 

「改めて3人にお願いします!私と一緒にスクールアイドルやって下さい!」

 

 

 そう言うと、穂乃果は3人に勢いよく土下座した。

 

「ちょっ、穂乃果!頭を上げてください!」

 

「穂乃果ちゃんどうしたの!!」

 

 海未とことりは穂乃果の行動に慌てたが、悠は冷静に成り行きを見守っていた。

 

「私…昨日海末ちゃんの本音聞いて……自分って勝手だなって思ったの………正直…こんなお願いする立場じゃないって分かってるけど…でも……」

 

 穂乃果は頭を下げながら、ポツポツと自分の思いを語った。

 

 

「何言ってるんですか?私はやりますよ」

 

 

 海未が穂乃果を見つめてそう返した。

 

「……え?…海末ちゃん……」

 

 穂乃果は海末の言葉に驚いたのか頭を上げて海末を見た。それを見た海末は笑顔をつくり穂乃果に言った。

 

「本音と向き合ったのは私です。あの後、私は考えを改めました。自分に素直じゃ無いといけないって。先日はあの通り拒否しましたが、今は違います。」

 

 海末は一呼吸おいて改めて告げる。

 

 

「私もスクールアイドルをやりたい。いえ、穂乃果と一緒にやりたいです」

 

 

「う、海末ちゃん……」

 

 おそらく穂乃果は断られると思ったのだろう。自分の予想に反した海末の言葉に穂乃果は目に涙を浮かべた。

 

 

「私もやるよ!穂乃果ちゃん。私も穂乃果ちゃんと海末ちゃんとスクールアイドルやりたい!」

 

 

 今度はことりが穂乃果に自分の思いを告げる。

 

「ことりちゃん……」

 

 

 穂乃果はあまりの嬉しさにとうとう涙が溢れてしまった。

 

「良かったな、高坂」

 

 と、今まで無言だった悠が穂乃果に微笑みながらそう言った。

 

「もうお前は1人じゃない。1人で背負っていく必要はないんだ」

 

「鳴上先輩……うん!」

 

 

 

「ところで、お兄ちゃんはどうするの?」

 

 嬉し泣きをする穂乃果に代わってことりが悠に答えを聞く。もちろん悠の答えは決まっている。

 

 

「女装には自信がある。問題ない!」

 

 悠はキメ顏でそう言った。

 

 

「「「…………………」」」

 

 突然の悠の爆弾発言に穂乃果たちは沈黙してしまった。悠はボケのつもりで言ったのだが、大抵の人には通じない。

 

「……ハッ!も、問題大アリです!何言ってるんですか!!先輩は!!」

 

「だ、ダメだよ!お兄ちゃん!!男の人はスクールアイドル出来ないからってそれは駄目だよ!!」

 

 我に返った海末とことりは悠に鋭くツッコんだが

 

「鳴上先輩が女装………良いかも…?」

 

「「穂乃果(ちゃん)!!」」

 

 穂乃果が悠のボケを真に受けてしまった。このままでは収拾がつかないので、悠は冗談だと訂正した。しかし、海未からは冗談が過ぎます!と本気で怒られ、ことりからは無言+ジト目で睨まれて胃が痛くなったので、これからは女装ネタは封印しようと心に決めた。

 

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 

「まぁ、俺も高坂たちのスクールアイドル活動に協力する。男だからマネージャーとかになるだろうが何だってやるさ。受験生だけどな」

 

 みんなが落ち着いたところで悠はそう返答した。

 

「鳴上先輩……ありがとう!!」

 

 悠が協力してくれると分かって穂乃果は笑顔になった。

 

「俺も廃校は嫌だからな。出来る限りのことはする」

 

 悠はそう締めくくり、早速これからの活動について話し合おうと思ったが

 

 

「それはそうと鳴上先輩……」

 

 海未が神妙な顔をして悠に尋ねてきた。

 

「どうした?」

 

 

「改めて、昨日は私たちを救っていただきありがとうございました」

 

 

 と、今度は海末が悠に頭を下げた。

 

「別にたいしたことはしていない。自分の本音と向き合ったのは園田自身だろ?」

 

「いえ、私が本音と向き合えたのは穂乃果や鳴上先輩のおかげです。それだからこそ、知りたいんです……」

 

 海末は頭を上げ、悠の目をしっかり見てこう言った。

 

 

「あの世界のことを教えてください」

 

 

 やはりそうかと悠は思った。昨日テレビの中から帰還する途中で色々3人に詰問された。しかし、クマ特製の眼鏡を掛けていない3人の霧の影響が心配だったので言葉を濁した。

 穂乃果とことりの方も見ると、『私も知りたい』という目をしていた。良いタイミングかと思い、悠は話すことにした。

 

「ちょっとキツイ内容になるかもしれないがいいか?」

 

 と、釘を刺して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果たちは黙って聞いていた。

 悠が去年八十稲羽で遭遇した奇妙な連続殺人事件。それに関係していたマヨナカテレビ。真犯人の思惑。そして、またこの地で同じことが起きようとしていること。

 年頃の女子高生には少々刺激が強すぎるかと思ったが、それでも悠は伝えなければならないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鳴上先輩……」

 

 全てを聞き終えた海未は、真剣な表情で悠に話しかけた。

 

「どうした?」

 

 

 

「私たちにも、犯人探しに協力させて下さい!」

 

 

 

「え?」

 

 海末の予想外の発言に悠は驚いた。

 

 

「鳴上先輩の話によると、また私たちのような被害者が出るかもしれないんでしょう。だから、私は犯人をこの手で捕まえて罪を償わせます!だから、私たちにも犯人探しを手伝わせてください!」

 

 

 海未は悠の目を真っ直ぐに見てそう言った。

 

 

「私も!スクールアイドルも大事だけど、これ以上私たちと同じことを繰り返したくないもん!私も犯人さがす!!」

 

「私も……その犯人を許せないし、お兄ちゃんたちとならできる気がするから!お願い!!」

 

 穂乃果もことりも悠を真っ直ぐ見つめてそう言った。

 

 ー3人から堅い決意を感じる

 

 悠は不意に去年のことを思い出した。

 陽介の殺された小西先輩の為に犯人を捕まえると覚悟を決めた時の目。

 里中の天城を必ず助けると覚悟を決めた目。

 直斗の必ず事件を解決すると覚悟を決めた目。

 

 穂乃果たちはそれらの時と同じ覚悟を決めた目をしていた。

 

 

「……分かった」

 

「「「え?」」」

 

「俺も3人が手伝ってくれたら心強いと思ってたんだ。これから厳しいことがたくさん起こるかもしれないが、よろしく頼む」

 

 悠は3人を真っ直ぐ見つめてそう言った。

 

「鳴上先輩……ありがとうございます!」

 

「お兄ちゃん、ありがとう!!」

 

「よーし!これから私たちは仲間だね!」

 

 3人も悠から仲間と認められて、とても嬉しそうにしている。そして、穂乃果は立ち上がってこう宣言した。

 

 

 

 

 

 

「みんな!絶対スクールアイドルになって廃校を阻止して、犯人を捕まえるぞ!」

 

「「「おー!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 ー3人との絆が深くなった気がする。

 

 

 ピキッ

 

 

 突如、悠の頭の中に何が割れるような音がした。その瞬間体が少し軽くなったような気がした。

 

「あれ?」

 

 悠にそんなことが起こっていると、穂乃果も間の抜けた声を上げた。

 

「どうしたんだ?高坂」

 

「いや、今みんなと掛け声をしたら体がぽっと熱くなった感じがして………気のせいかな?」

 

「穂乃果ちゃんも?実は私も……さっき体が少し熱くなった感じがしたの」

 

「え?そうなのですか?私は何も感じませんでしたが」

 

 どうやらことりも感じたらしいが、海未はそんなことはなかったらしい。悠はおそらく穂乃果たちと絆が深まったことにより、イゴールが説明した呪いの鎖が少し切れたのだろう。しかし、穂乃果たちの現象は現時点では悠には分からなかった。

 

「まぁいっか!それよりみんな、早速作戦会議を」

 

 

 

 ギュルルルル〜〜〜〜

 

 

 

「お、おなか……減った……」

 

 と、穂乃果はお腹を抱えてテーブルにうつ伏せになった。

 

「「「…………」」」

 

 時刻を見ると、午後12時前。どうやら昼飯どきのようだ。

 

「じゃあ、とりあえず昼ごはん作るか」

 

 と、悠は腰を上げてキッチンへ向かう。

 

「お、お兄ちゃん。私も手伝うよ」

 

「わ、私も手伝います」

 

 ことりと海未も穂乃果を置き去りにしてキッチンへ向かった。

 

「あ〜!みんな置いてかないでよー!」

 

 仲間はずれはイヤなのか穂乃果も3人の後を追っていった。

 

 

 最後まで締まらなかったが、これでようやく彼、彼女らはやっとスタートラインに立った。物語はこれから始まるのである。

 

 ーBeauty of destiny……

 

 どこからかそんな歌声が聞こえてきた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view

 

 私はいつもの時間、いつもの部屋でいつものことをしていた。手元には愛用のカードがある。

 

「"塔"の正位置……………………"月"の正位置…………」

 

 やはりかと私は思った。彼はまたこの運命に遭うのか。さて、この運命を彼はまたひっくり返せるか……

 

 楽しみだね、鳴上悠くん。私の………

 

 

 

to be continuded

 

 

 




Next Chapter
「もう…疲れたー!」

「何で俺まで」

「曲どうしよう」

「認められないわ!」

「証明してみせる」


「貴方のこと、嫌いだわ」


Next #06「The way of First Live」


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#06「The way of First Live」


最近執筆中にペルソナ4のBGMを聞く度に「これμ'sが歌ったらどうなるんだろう」と想像してしまいます。(例えば「Reach Out To The Truth」とか「NOW I KNOW」とか「Dance!」とか)

そんな戯言は置いといて、今回絵里のみならず真姫も登場します。また、真姫が作曲したという設定でペルソナ4のあの曲を歌わせています。そう言うのが嫌な人はブラウザバック推奨で。

そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・最高評価や高評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!ちょこっとした感想や評価が自分の励みになってます。
これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進していきたいと思います。皆さんの感想や評価をお待ちしています。
それでは本編をどうぞ。


 

【日曜日】

〈神田明神〉

 

 まだ春を感じさせる心地よい風が吹く朝方。神社へ続く長い階段に少年少女たちの声が聞こえてくる。

 

「ハァ…ハァ…もうムリ!……疲れたー!」

 

「う…海末……ちゃん…もう…ダメ……」

 

「何言ってるんですか?私はまだ行けますけど?」

 

「園田、もうやめておこう。これ以上は高坂とことりが死ぬから」

 

 その階段で息を切らして倒れこんでいる少女2人とそれを見下ろす男女2人というシュールな光景が広がっているが。

 

 

 

 

 昨日悠たちは南家でスクールアイドルへの計画を練ろうとしたが、途中穂乃果が昼から家の手伝いをすることを忘れていたらしく、母親からお怒りの電話が来た為、会議は中断となった。とりあえず決まったことと言えば、『歌詞担当は海未』・『衣装担当はことり』・『マネージャー兼交渉人は悠』・『平日は朝練で体力トレーニング』ということだけであった。

 

 で、翌日。朝からこの神社へ続く長い階段を走り込んでいる訳だが、超人的な体力を持つ悠と海末のペースに穂乃果とことりはついていけず、今の状況に至る。流石にこれ以上は翌日の学校生活に支障をきたすので、休憩を取ることにした。

 

 

 

 

ー休憩時間ー

 

「ふぅ、中々良い運動になりましたね」

 

「そうだな。この走った後の爽快感が心地良い」

 

 悠も元々運動する方ではなかったが、八十稲羽の同級生である一条と長瀬から影響を受けたのか運動することが趣味になっていた。

 

「あ!分かりますか。これが分かるということは鳴上先輩は前に部活か何かを?」

 

 今までこの手の話が合う人物が居なかったのだろう海未は興味深々と言った感じで聞く。

 

「嗚呼、八十稲羽に居た時はバスケ部に入ってた。それに仲間のカンフーの修行も手伝ってたし」

 

「カンフーですか。中々興味深いです…」

 

 海末は武道を嗜んでいるので、まだ未知の領域であるカンフーに関心を抱いた。しかし、里中のカンフーは伝統的なものではなく我流で身につけたものなのだが。

 

「今度紹介する」

 

「本当ですか!楽しみにしてます!」

 

 悠と海未が呑気な話をしていると

 

 

「う…海末ちゃん!厳し…すぎるよ!」

 

「そう……だよ、お兄ちゃんも…何か言ってよ」

 

 

 きつい朝練を強いられ、未だに息を切らしてる穂乃果とことりが元凶2人にクレームをつける。

 

「何言ってるんですか?これ位やらないとアイドルなんてなれませんよ。ですよね?鳴上先輩」

 

「そうだな」

 

 2人はこれ位と言うが、傾斜がきつく何十段もある階段をダッシュで何往復もするという練習は普段運動をあまりしていない穂乃果とことりには鬼畜としか言いようがない。

 

「そうは言っても、キツイものはキツイよ………」

 

「全く……穂乃果はいつも食べる量が多いんですからこれ位やらないと太りますよ」

 

「うっ!……い、良いもん!よく食べることは健康の証拠だって鳴上先輩が言ってたもん!」

 

「え?俺?」

 

「またそんな都合のいいことを……本当に太っても知りませんからね」

 

「ふん!……海末ちゃんはことりちゃんみたいに胸は成長してないくせに」

 

「な!なんですって〜〜〜!」

 

 自分のコンプレックスを突かれ激怒する海未。その後、穂乃果と海末の言い争いは互いの黒歴史を暴露しあうという所まで発展した。

 

「お兄ちゃん……どうする?」

 

「そっとしておこう」

 

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 

「そういえば、スクールアイドルやることは学校に伝えたのか?」

 

 穂乃果と海末の不毛な言い争いが終わったタイミングを見計らって、悠がみなにそう聞く。その質問には穂乃果が答えた。

 

「うん。一昨日鳴上先輩を探しにいった後に生徒会に行ってお願いしに行ったんだ。そしたら………」

 

「生徒会長に『部の設立に人数が足りない』とか『やるだけ無駄』とか言われて、一刀両断されましたね」

 

 途中歯切れが悪くなった穂乃果に代わって海末がそう答えた。

 まぁそうだろうなと悠は思う。話を聞く限り穂乃果は何も計画も立てずに生徒会に突撃したようだ。計画を立てずに敵地に飛び込むのは愚の骨頂だと、悠は去年の事件でよく学んでいる。

 

「ことりちゃんのお母さんに頼んだら何とかなるかな?」

 

「それは無理だよ。昨日お母さんに聞いたら、活動は認めたいけどそれを決めるのは生徒会だって」

 

 穂乃果が理事長を頼るという案を出すが、ことりはそれを却下した。

 

「それに、すでに『アイドル研究部』というものがあるから部としての活動は認められないとか言われましたしね」

 

 海末がさらに追撃を加える。これにより穂乃果のHPはどんどん削られていった。

 

「そんな〜!じゃあ、どうしたらいいの〜!」

 

 中々良い案が浮かばないので、穂乃果が子供のように喚き散らす。海末は穂乃果のその様子に全くと呆れていた。すると、

 

 

「大丈夫。俺に策がある」

 

 

 唐突に悠がそう言った。

 

「え!鳴上先輩!本当に!」

 

 悠の発言に穂乃果はすぐさま食いつき、悠に急接近した。

 

「嗚呼。1番良いのは俺たちがその『アイドル研究部』に入部することだ」

 

 悠の発言に3人はなるほどと思った。部活として認められないのなら、自分たちがその部に入れば良い。

 

「でも、この案は現時点では却下だ」

 

「え?何で?」

 

 悠の発言に穂乃果は疑問を浮かべる。一見良さそうな案だが、実は違う。

 悠が調べたところによると、件の『アイドル研究部』は先日悠が出会った小さい同級生の矢澤にこが1人で活動している部活らしい。1日彼女と過ごしただけだが、彼女からアイドルに対する並ならぬ情熱を感じた。そんな彼女に生半可な気持ちで『アイドルやりたいから入れて下さい』なんて言ったら、彼女の逆鱗に触るだろう。それに、にこは穂乃果を毛嫌いしている節がある。結論からして、現状あまりよろしくない。

 

「そうなんだ……わたしが……」

 

 原因は自分にあると感じたのか穂乃果は表情が暗くなった。

 

「別に高坂が悪い訳じゃない。タイミングが悪かっただけだ」

 

「でも!」

 

「だから、俺たちの本気を証明するんだ。これでな」

 

 と、悠は懐から一枚のチラシを出す。それは

 

 

 

「「「新入生歓迎会のお知らせ???」」」

 

 

 

「そう、ここでライブをやって俺たちの本気を証明する。これが策だ」

 

 昨日悠が雛乃に聞いてみたところ、この新入生歓迎会の時に講堂でライブをやってもOKということらしい。講堂は生徒だけでも許可を貰えば使用出来るらしい。

 

「で、でも……ライブなんてやったことないし……失敗したら……」

 

 珍しく後ろ向きになる穂乃果。やはり、失敗するのが怖いのだろう。そんな穂乃果に悠はこう言った。

 

 

「失敗するかどうかじゃないだろ?」

 

 

「え?」

 

 

「あのA-RISEだって最初から成功した訳じゃない。誰だって最初は怖いものだ。でも、俺たちがそこで全力でやることに意味がある。だから、何も怖がる必要はないぞ」

 

 

「そうだね……よーしがんばるぞ!」

 

 悠の言葉に、元気が戻った穂乃果は気合を入れる。海末とことりも同様であった。

 

「講堂の使用許可は明日生徒会に俺が取りに行く。新入生歓迎会まであまり時間は無いが、やるだけのことはやるぞ」

 

「「「うん(はい)!」」」

 

「それじゃあ、練習再開だ」

 

 悠の号令で皆体力トレーニングを再開した。そこでまた不毛な争いが起こったのは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

【月曜日】

〈通学路〉

 

  悠は今日も鬼畜の朝練(穂乃果命名)を済まして登校していた。当初『何で自分も朝練を』と思っていたが、これからまたシャドウと戦うことになるなら良いトレーニングになると考えを改めた。通学路を歩きながら悠は今回の犯人について考えていた。

 

 去年の事件はテレビで明確に報道された人物がターゲットになっていた。しかし、今回の狙われた穂乃果たちはテレビに報道されたということは聞いていない。これが去年と同じであれば何らかの共通点があるはずだ。もちろん無差別でやっているという可能性も否めないが。先日東條から『神隠し』の話を聞いた時、同じことが前も起きたみたいなことを言っていたので、そのことに関してはあるツテを使って調査中だ。

 

 ちなみに先日穂乃果たちに事件の時の話を聞くと、3人とも『1人になったときに後ろから誰かにハンカチのようなものを口に当てられ、気がついたらテレビの中だった』と言っている。誘拐の手口は八十稲羽の時と酷似している。しかし、そんなことを学校内で実行するのはかなり目立つので、犯人は学校を知り尽くした内部犯の可能性が高いだろうと悠は考えている。

 

 それにしても誰が何のためにこんなことをしているのか?足立のような考えで実行しているのならたまったものじゃないので、これ以上被害者を出さないためにも早く犯人を捕まえようと悠は決心した。

 

 

 

 

〈音乃木坂学院〉

 校内に入り教室を目指す途中、階段の踊り場で悠はある人物と出会った。

 

「貴方は……」

 

 転校初日に出会った音乃木坂学院の生徒会長『絢瀬絵里』である。

 

「おはよう。生徒会長の絢瀬……だったか?」

 

「ええ、そうよ。貴方は転校生の……鳴上悠くんで合ってるかしら?」

 

「合ってる……なぁ絢瀬、その手に持ってるのは?」

 

 悠は絵里の持っている大量の書類の束を指差す。端から見ると結構重そうだ。

 

「見て分からないの?生徒会の書類よ。これ全部やらなきゃいけないの」

 

「そうか」

 

 重そうなのに、それを表情に出さない絵里を悠は凄いと思った。

 

「早く退いてくれないかしら?急いでるから」

 

 絵里は冷たい態度を取りさっさとその場を去ろうとする。しかしどこか足がふらついているようだ。

 

「貸して」

 

 それを見かねた悠は絵里が持っていた書類を横から奪いとった。突然の悠の行動に絵里は混乱する。

 

「ちょ、ちょっと!返して!」

 

「断る」

 

「あ、貴方!」

 

「絢瀬は見るからに疲れてるだろ?俺が生徒会室まで運ぶから、道を案内してくれ」

 

「…………」

 

 絵里は無言だったが渋々といった感じで了承した。

 

 

 

〈生徒会室〉

「……ありがとう。助かったわ」

 

「どういたしまして」

 

 生徒会室に入って書類を所定の位置に置いた後、絵里は悠に礼を言った。

 

「貴方って、他人を助けて損するタイプよね」

 

「よく言われる」

 

「そう……」

 

 そんな会話をしていると、生徒会室のドアが開かれ誰かが入ってきた。

 

 

「エーリチ!おはよう!……あら?鳴上くんも来てたんやね」

 

 

 それは先日悠を散々引っ掛け回した希であった。希の登場に悠はとても驚いた。

 

「東條……もしかして生徒会だったのか?」

 

「あれ?言ってなかったっけ?ウチここの副会長よ。何かあったらウチを頼って良いよ、鳴上くん♪」

 

「そうさせてもらうよ」

 

 希はウインクしてそう言うが、悠は冷静にあしらった。先日悠のクラスに有りもしないガセネタを流し理不尽に遭わせた張本人なので少し苦手意識がある。しかし、改めて話してみるとそんな気がしないなと悠は思った。

 

「……希、やけに鳴上くんと仲が良いのね…」

 

 楽しげに話す2人を見て不審に思ったのか、絵里が少し棘のあるような言い方で問いかけた。

 

 

「そうよ。エリチには言ってなかったけど、ウチは鳴上くんのかの」

 

「知り合いだ」

 

 

 その先は言わせまいと悠は希の言葉を遮った。同じ手は二度と食らわない。

 

「知り合い?……それにしては随分と仲が良さそうだけど」

 

 

「だから鳴上くんはウチのか」

 

「知り合いだ」

 

 

「もう〜鳴上くんはガードが固いなぁ。そんな照れんでも良いのに♪」

 

 前言撤回。やっぱり希は苦手だと悠は思った。絵里は未だに2人を疑惑に満ちた目で見ていた。

 

「勘弁してくれ……」

 

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 

「そういえば、絢瀬にお願いしたいことがあったんだ」

 

「……何?」

 

 悠はここに来た本来の目的を果たそうと、絵里に例の件を話した。

 

「今度の新入生歓迎会の時に、講堂を使いたい。許可をくれないか?」

 

「何故?」

 

 

「高坂たちの初ライブの為だ」

 

 

 悠がそう言うと絵里の表情が厳しいものになった。それは何事も寄せ付けない鋭さを持っている。

 

「……貴方…あの子たちの仲間なの?」

 

「そう言ったところだ」

 

「………あの子達にも言ったけど、スクールアイドルなんてやるだけ無駄よ。廃校のことなら生徒会が考えているから、貴方たちがどうこうする必要はないわ」

 

 やはりそう簡単にいかないかと悠は思った。それが分かると、悠は少し反論をぶつけることにした。

 

「でも、廃校を阻止する手段の1つとしてやってみる価値はあるんじゃないか?」

 

「そんなこと思ってるのは貴方たちだけよ。あんなのって上手く行かなかったら恥かいて終わりなんだから」

 

 全く聞く耳はなしといった感じだ。しかし、これはまだ悠の想定内だ。ここから揺さぶりをかける。

 

「1つ聞くが、絢瀬はこの学校が廃校になるのは嫌か?」

 

 

「そんなの……嫌に決まってるじゃない…」

 

 

 絵里は少し辛そうな顔でそう答える。

 

「何故?」

 

「…貴方に言う必要はないわ」

 

 どうやら、話す気はないらしい。絵里に廃校に対してどう思っていたことを確認できたところで次の揺さぶりをかける。正直絵里の心を踏みにじるかもしれないが……

 

「高坂たちも気持ちは一緒だ。あいつらも廃校がイヤだからスクールアイドルになって廃校を阻止しようとしてるんだ」

 

「だから何?」

 

 

「絢瀬は知らないかもしれないが、高坂たちは真剣にスクールアイドルに取り組んでる。もし絢瀬がそんな高坂たちの思いを否定するというなら、それは廃校を阻止したいって言う真剣な生徒の気持ちを否定することと同じにならないか?」

 

 

「!!!」

 

 悠がそう告げた瞬間、絵里は表情を歪め、机を両手で強く叩き、殺さんとする勢いで悠を睨みつけた。これには数々の修羅場を乗り越えて鍛えた度胸を持つ悠も内心ひやっとしたが何とか冷静を保っていた。端から見ればまさに一触即発状態だった。

 

 

 

「あ……貴方こそ………何も知らないくせに……」

 

 

 

 

「はい、そこまで〜」

 

 そんな一触即発の状態の中で、2人の間に入ってきたのは今までのやり取りを傍観していた希だった。

 

 

「エリチ、ここは1つ鳴上くんの提案を受け入れてみん?」

 

 

「の、希!何を」

 

 友人のまさかの発言に絵里は狼狽える。

 

「ウチは鳴上くんの言う通りやるだけの価値はあると思うんよ。鳴上くんから聞く限り、その子たちも真剣にやってるんやろ?その子たちの気持ちも汲んでやらないかんと思うで」

 

「……………」

 

 希にそう窘められた絵里は下を向き黙り込んだ。しばらくすると絵里は戸棚の方へ向かい、そこから一枚の紙を取り出し悠に押し付けた。

 

「これは?」

 

「……講堂を使用するための許可書よ。これに必要事項を書いて、今日の放課後持ってきなさい」

 

「分かった。絢瀬、ありがとう。それと……ごめん」

 

「ふん!……」

 

 絵里はそっぽを向き、自分の席に戻っていった。

 

「東條もすまなかったな。仲裁に入ってもらって」

 

 悠は先ほど助け船を出してくれた希にお礼を言う。思惑通り絵里を挑発することができたが、絵里の怒りが想像以上だったのでどうしたら良いか分からなかったのだ。

 

「ええよ、これくらい。お返しはまた昼休みにお弁当一緒に食べることで勘弁しちゃるわ♪」

 

「………分かった。でも、今日は高坂たちと食べるから明日でいいか?」

 

「了解♪楽しみにしとる。また弁当作ってくるね♪」

 

「期待してる……それじゃあ、失礼しました」

 

 悠はそう言うと早々に生徒会室から去っていった。悠がいなくなると、絵里はドアの方を向きこう呟いた。

 

「……気にくわないわ」

 

「エリチ……」

 

 

 

 

〈昼休み とある教室〉

 

 昼ゴハンを食べるため屋上へ向かう途中、とある教室の前を通るとピアノの音が聞こえてきた。あまりに良い音色だったので、悠は思わず立ち止まって聞き入ってしまった。教室の方を見ると赤いセミロングヘアの少女がピアノで弾き語りをしている姿が見えた。彼女は悠が見ていると気づかず演奏に熱中している。

 

ーNever more

 

 少女のどこか安らぐような歌声に悠は心が洗われたように感じた。それ位この少女の歌声は美しかった。聞き入ってるうちにその美しい演奏は終わってしまった。あまりの素晴らしさに悠は思わず

 

「ブラボー」

 

 と、声を出してしまった。すると

 

「だ、誰!!って貴方!!」

 

 その少女は悠の存在に気づくと悠の方を睨んできた。

 

「聞いてたの?立ち聞きとは趣味が悪いわね」

 

 出会って早々にキツイ言葉を浴びせる赤いセミロングの少女。今日は朝から女子からキツイ言葉を浴びせられている悠だが、そこは【オカン並】の寛容さが何とかしてくれている。

 

「悪かった。つい聞きいってしまった」

 

「そう。だったら早くどこかに行って!そして今のこと忘れて!」

 

 少女は悠に無茶な要求をする。そんなにさっきの演奏を忘れてほしいのか?悠には分からなかった。

 

「どこかに行くのは出来るが、忘れるのは無理だな」

 

「ハァ?」

 

 

「だって、今の演奏は忘れるのが難しいくらい素晴らしかったんだ。忘れろっていうことの方が無理がある」

 

 

 悠は心の底から少女の演奏を賞賛した。それに対する少女の反応は

 

 

「ヴェェ!…な、何言ってるのよ!……イミワカンナイ!!」

 

 

 あまり褒められることに慣れてないのか、言葉が少しあやふやになるほど慌てていた。

 

「ん?どうしたんだ?顔が」

 

「な!何でもないから!いいから早くどっか行って!!」

 

「わ、分かった」

 

 少女の剣幕に負けて、悠はすぐさまその場を去った。演奏を褒めたのに何故怒られなければならないのか?悠にはとても理解できなかった。

 

 

 

「私何やってんだろ……褒められたのに怒るなんて…………イミワカンナイ……」

 

 

 

 

 

 

〈放課後 生徒会室〉

 

「「「「失礼します!」」」」

 

 悠と穂乃果たちはHRが終わってすぐに例の書類を提出するため、生徒会室に赴いた。そこにはすでに仕事中の絵里と希が居た。

 

「あら?高坂さんたちに鳴上くん♪いらっしゃい」

 

 無表情な絵里に代わって希が挨拶した。

 

「か、会長。これが許可書です。お願いします」

 

 と、穂乃果が代表で講堂の許可書を絵里に提出する。絵里はそれを素っ気ない感じで受け取った。

 

「……確かに受理したわ…精々頑張ることね」

 

「は、はい!大丈夫です!絶対にライブ成功させます!!」

 

 穂乃果は何処ぞの黄色い弁護士のように大声でそう宣言した。

 

「そう……」

 

「じゃあ、俺たちはこれで」

 

 許可書を提出したので、悠たちは退室しようとする。すると、

 

 

「……鳴上くん。ちょっとお話良いかしら?」

 

 

 意外なことに絵里が悠を呼び止めた。

 

「え?……良いけど。悪いが高坂たちは先に屋上に行って練習してもらえるか?昨日言った通りのメニューでよろしく頼む」

 

「うん…分かった。じゃあ後でね、鳴上先輩」

 

「先に失礼しますね」

 

「お兄ちゃん、後でね」

 

 と、穂乃果と海末とことりは先に退室した。

 

 余談だが放課後の練習はダンスレッスンをしている。ただし穂乃果が以前していた我流のものではなく、悠がりせに頼み込んで教えて貰ったオススメメニューでだ。ちなみにりせは憧れの悠がスクールアイドルのマネージャーになったことを聞いて、かなり不機嫌になった。今度時間が空いたらデートするということでなんとか手を打ってもらったが、悠の精神は削れるばかりであった。

 

 

 

「絢瀬、話って何だ?」

 

 話を戻して、悠は絵里に自分を呼び止めた理由を聞いた。

 

「単刀直入に聞くわ。貴方は高坂さんたちのライブ上手くいくと思う?あんなギャンブルみたいなことをして、上手くいくはずないわ」

 

 そんなことを言われたらぐうの音も出ない。絵里の言う通り、これはギャンブルみたいなものだ。最近始めた素人同然の穂乃果たちが短い期間の間でライブが成功するのはかなり確率が低いだろう。

 

「……確かに絢瀬の言う通りだ。これは成功するか分からないギャンブルみたいなものだというのは分かってる。でも、俺はそれでも高坂たちを信じてる。どんなに可能性が低くてもな」

 

 しかし、次の絵里の言葉が悠の心に突き刺さることになる。

 

 

 

「信じる?……そんな薄っぺらいこと良く言えるわね」

 

 

 

 

「!!!………なんだと…」

 

 

「鳴上くんには悪いけど、私にとって『信じる』なんて言葉は道徳の教科書に載ってるような薄っぺらい言葉でしかないの。貴方が信じるなんてこと言っても、それは自分の願望を言い聞かせているようにしか聞こえないのよね」

 

 

 絵里の言葉を聞いた瞬間、悠は去年のある記憶が蘇ってきた。それは、テレビの世界で事件の真犯人と対峙した時の記憶だった。

 

 

『絆なんて言葉は薄っぺらい』

『信じるなんて人を押し潰す呪いと同じだ』

『自分がこうであってほしいと願ってる理想を他人に押し付けてるだけだ』

 

 

 あの時の真犯人の言葉が甦ってくる。まさかここであの時の真犯人と似たような言葉を聞くとこになるとは思わなかった。悠はその時のことを思い出したのか、俯いて黙り込んでしまった。

 

「どうしたの?正論過ぎて言葉が出ないのかしら?」

 

 そんなことはお構いなしに絵里は悠に言葉の刃を向ける。すると、

 

「……エリチ」

 

 希が何かドス黒いオーラを出して絵里に話しかけてきた。

 

「の、希……どうしたの?……目が…笑ってな」

 

 

「絢瀬」

 

 

 絵里が友人の急変した態度に戸惑っていると、黙り込んでいた悠が突然顔を上げ絵里の瞳を真っ直ぐ見つめてきた。

 

「な、何よ…」

 

「絢瀬が何でそう考えるかは分からない……でも、俺は絢瀬が何と言おうと高坂たちを信じるのを止めるつもりはない」

 

 悠はキッパリとそう言った。

 

「何で……そんなことが言えるのよ…貴方は」

 

 悠の意外な言葉に訳が分からず、絵里は震える言葉で悠に問うた。

 

 

 

「信じることがいつも俺に力を与えてくれたからな」

 

 

 

 八十稲羽でもそうだった。互いに己の汚いところを見て絆を育んだ仲間を信じたからこそ、あの事件を解決出来て今の悠がいる。誰かに『信じるなんて馬鹿らしい』と言われようとも、悠はそれを曲げるつもりは毛頭なかった。

 

「……もういいわ。話すだけ無駄って分かったから」

 

 絵里はもう戯言はたくさんだと言わんばかりに嫌そうな顔をして、悠にそう言った。

 

「そうか。じゃあ、これで失礼するよ。高坂たちの練習を見なきゃいけないし」

 

 悠はそう言うと、退室しようとドアに手をかける。すると

 

「鳴上くん」

 

 と、また絵里が悠に声をかけてきた。

 

「まだ何か?」

 

 悠がそう言って振り向くと、絵里は悠を真っ直ぐ見てこう言い放った。

 

 

 

「私、貴方のこと嫌いだわ」

 

 

 

 はっきりとした拒絶。大抵の男ならこんな美少女からそんなことを言われたら、ショックで寝込んでしまうだろう。しかし、悠は違った。

 

「そうか……それなら俺は………」

 

 悠は全く動揺せず、口に笑みを浮かべて逆にこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「絢瀬が俺を好きになってくれるよう頑張らなきゃな」

 

 

 

 

 

 

 

「え?………ええええええええ!!」

 

「それじゃあ」

 

 悠は普通に別れを告げ普通に退室した。自分が特大の爆弾を落としたということに気付かずに。

 

 

 

 

 

「……………………………………………………」

 

「エリチ?生きとる?おーい!」

 

 絵里は悠の衝撃な発言に頭がショートして顔が真っ赤になって、口を開いたままフリーズしてしまった。しばらくこのままだろう。

 

「ハァ、相変わらず天然タラシやな。鳴上くんは………再教育が必要やね……」

 

 希はドス黒いオーラを漏らしたまま溜息をつく。

 こうして鳴上悠は、知らず知らずにフラグを乱立していくのであった。

 

 

 

 

 

〈屋上〉

 

「だから………も言って……」

「えー……でよ!……ねが……よ〜」

 

 悠が屋上の扉に手をかけたとき、外から騒がしい声が聞こえてきた。何かあったのだろうか?と思い、悠は屋上の扉を開ける。

 

「みんな、どうしたんだ?」

 

 悠はそう言いつつ、状況を確認する。そこには穂乃果と海末とことりと、もう一人

 

 

「あ…貴方は………」

 

 昼休みにピアノを弾いていた赤い髪の少女がいた。

 

 

 to be continuded

 

 




Next Chapter
「お断わりします」

「本当にそう思うか?」

「お久しぶりですね。先輩」

「センパーイ!大丈夫ですか!!」

「声がデカイ」

「この事件に覚えは?」


「あの……これ、いつあるんですか?」

#07「Preparing for First Live」


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#07「Preparing for First Live」


今回の話はタイトルの通り、ラブライブ!サイドの話がメインです。
これは私事なのですが、急に実家に帰る事になって一週間更新がストップすると思います。その為、今回のちょっと駆け足になってラブライブ!の内容が薄いものになっているかもしれませんので先に謝ります。
しかし、実家に帰ってもプロットは書くつもりです。

最後に新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!ちょこっとした感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。
先日も感想欄にて大変参考になる意見をいただきました。これらをもとに、今後も皆さんが楽しめる作品を目指して精進していきたいと思います。皆さんの感想や評価をお待ちしています。

それでは本編をどうぞ!


 

 

 

〈音乃木坂学院 屋上〉

 

another view

 

「お断りします!」

 

 私はキッパリそう言った。

 

「お願い!貴女にしか頼めないの!」

 

 本当にしつこい。何なのこの人は…音楽室でピアノ弾いてたら、いきなり入ってきて屋上まで連れていって。しかも、スクールアイドルの曲を作曲してくれって……勝手すぎる。そんな人のために作曲するなんて真っ平ごめんだわ。

 

「お断わりします!」

 

「何で!学校に生徒を集める為だよ!貴女のその歌で生徒が集まれば」

 

 本当にしつこい。

 

 

「興味ないから!!」

 

 

 これ位キツく言えばもう来ないだろう。私はそう言って、屋上から去ろうとした。すると突然屋上のドアが開いて誰かが入ってきた。

 

 

「みんな、どうしたんだ?」

 

 

 その人物は……

 

「あ、貴方……」

 

 昼休みに私の演奏を勝手に聞いて、褒めてくれたあの人だった。

 

「ん?君は……」

 

 その人は私に気づいたのかこっちに歩み寄ってきた。

 ど…どうしよう……

 あの時演奏を褒めてくれたのに私はこの人を突っぱねてしまった。そのことについて謝ろうとしたが気持ちはそうさせてくれず、どうしたら良いか分からないでいた。すると

 

 

「今日は悪かったな。勝手に演奏を聞いたりして」

 

 

 その人は私に頭を下げて謝った。

 私は呆気にとられた。相手が謝ってくるとは思わなかったから。

 

「別に……もう勝手に聞かないなら良いわよ」

 

 自分のこの性格が恨めしいわ。なんでこんな態度しか取れないんだろう。それにこの人私より年上だろうに…

 すると、その人は私のこんな態度を気にせずに微笑みながら

 

 

「じゃあ、次は許可を取れば聞いて良いのか?」

 

 

 突然こんなことを言ってきた。

 

「ヴェェ!……な、なんでそうなるのよ!」

 

「勝手に聴いたらダメなんだろ?だったら、君から許可を取れば聞いて良いことになる。それに俺もまた君の演奏を聞きたいんだ。これじゃダメか?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべるその人。

 何でだろう?……この人の頼みは断れそうにないわ………なんかこの人には菩薩みたいな凄味があるような……

 この人もこの人で訳が分からないけど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

 

「……聞きたい時はちゃんと声かけてよね…じゃなくて…声かけて下さい」

 

うっ。何か敬語で話すって難しいわね。

 

「そんなに固くなくていいぞ」

 

「べつに固くなってなんか……」

 

「とりあえず、ありがとうな…えーと……赤髪さん?」

 

「人の名前を見た目で推測しないで下さい!」

 

「ごめん」

 

 本当に訳の分からない人ね。まぁ、こんな人にはちゃんと名前を覚えてもらった方が良いわよね…

 

「……西木野真姫です。覚えておいて下さい」

 

「鳴上悠だ、よろしく。それと…何か高坂たちが迷惑をかけたみたいで悪かったな」

 

「いえ……それじゃ…」

 

 私はすぐにこの人…鳴上さんから離れて屋上から出て行った。その時、もうちょっとあの人と話がしたかったと感じたのは気のせいだろう。

 

another view out

 

 

 

 

 

〈真姫が去った後〉

 

「鳴上先輩、あの子と知り合いなの?」

 

「ちょっとな。それで、何があったんだ?」

 

 悠は穂乃果たちを見て、さっきの状況について聞くことにした。

 話を聞くとこうだ。穂乃果は生徒会室から出た後、忘れ物を取りに行く為、海末とことりと別れて自身の教室を目指した。その途中音楽室の前を通り、悠と同じく真妃の演奏に魅了されたらしい。少女の演奏を聞いて、前から問題になっていた『作曲担当』にその少女が相応しいと感じた穂乃果は、演奏が終わると同時に少女を屋上まで連行して、作曲を何度も頼んだが拒否されたということだ。

 

「……高坂、それは勝手すぎるぞ」

 

「ごめんなさい」

 

 事の顛末を聞いて、悠は厳しい口調で穂乃果を叱った。

 

「だから言ったんですよ穂乃果。いくら今作曲担当がいなくて困ってるからって、無理矢理連れてこられたら誰だって怒ります」

 

「うう……でも…………」

 

「まぁ、高坂の気持ちも分かる。正直作曲をお願いしたいくらい西木野の演奏は素晴らしかったからな」

 

「なら!」

 

「だが、それは本人が決めることだ。無理強いは良くない」

 

 そう、やるやらないかは本人が決めることだ。他人が勝手に決めて良いものではない。

 

「ううっ……」

 

「この件についてはもう終わりだ。さぁ練習を始めよう」

 

 穂乃果は不満そうだったが、悠は意に介さず練習をスタートさせた。ちなみに悠は穂乃果たちがダンスレッスンしている間、【タフガイ】級の根気と【生き字引】級の知識をもとに講堂の設備の説明書を読んで裏方の仕事を勉強してたり、ライブの宣伝のチラシを作ってたりしていた。

 

 

 

〈下校時間〉

 

「すみません、鳴上先輩。私たちがすべきことなのに色々準備してもらって」

 

 練習が終わってからの帰り道、海未が悠にそう言った。自分たちがダンスレッスンをしてる間に、ライブの準備で忙しそうにしてる悠を見て申し訳なく思ったのだろう。

 

「気にするな。ライブの主役は園田たちだ。三人にはパフォーマンスの方に集中して欲しいからな」

 

 悠はこれくらいのことでは気にしない。去年の夏休みにアルバイトに没頭してた時やジュネスのタイムセールのバイトに比べたら、軽いものだと悠は思っている。

 

「でもお兄ちゃん、あんまり無理すると体壊しちゃうよ。そうなったらまたお母さんに怒られるんじゃない?」

 

「た…確かに………」

 

 先日の雛乃の説教を思い出したのか悠は冷や汗が出た。もうあんな目に遭いたくはないと心の底から思う。すると、穂乃果が何を思ったのかこんなことを言った。

 

「じゃあ、明日穂乃果の友達にお手伝い頼んでみるよ。そうすれば鳴上先輩も楽になるから良いよね」

 

 この穂乃果の申し出は悠にとっては有難かった。実際講堂での仕事は照明やら音響やら役割が色々あるので、悠一人ではライブ当日にそれらの役割をこなすのは不可能であったからだ。

 

「じゃあ、お願いできるか?正直人手が欲しかったから」

 

「了解!任せて!」

 

 穂乃果は満悦な笑顔を浮かべそう言った。

 その笑顔の見ると不思議と悠まで笑顔になった。やっぱり穂乃果には人を笑顔にさせる何かがあるなと悠は思った。その後誰かに太股を抓られた気がした。

 

 この日悠は念のためマヨナカテレビをチェックしたが、何も映らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

【翌日 昼休み】

 

 今日のお昼は希と食べる約束をしている。

 悠は授業が終わると希を待たせまいとすぐに屋上へ向かった。階段を登る途中で、悠は後ろから視線を感じた。

 

「ん?」

 

 振り返ってみるとそこには……

 眼鏡をかけた茶髪の少女が顔の半分だけを壁に隠してこっちをじっと見ているのが見えた。本人は隠れているつもりだろうが、顔半分以外見えているので隠れているとは言えない。その姿は某青鼻のトナカイを彷彿とさせた。

 

「あの…隠れるなら逆だと思うんだけど」

 

「ハッ!」

 

 悠の指摘に少女は今更気づいたのか目に見えない速さで立ち位置を反対にした。しかし、いまさら遅い。

 

「いや、もう気づいてるから」

 

「ハゥ!…痛!」

 

 そう指摘すると、少女は素っ頓狂を上げ尻餅をついてしまった。悠はその少女の近くに歩み寄り体を起こそうと手を貸した。

 

「大丈夫か?」

 

「は、ハイ!……大丈夫です………」

 

 少女は悠の言葉に大きく返事をしたからと思えば、急に声のトーンが下がりモジモジし始めた。

 その様子を見て、悠は八十稲羽で出会った吹奏楽部の後輩である『松永綾音』を思い出した。目の前の少女は茶髪のセミショートヘアで目がくりっとしていて、何より胸はかなりのものを持っている。正直松永とは容姿は違うが、こういうリアクションや挙動不審なところは親戚ではないかと思わせるくらい似ていた。

 話を戻して、悠は茶髪の少女に話を聞いてみることにした。

 

「それで、俺に何か用があるのか?」

 

「え?……あ、はい!そうなんです……あ、あの……え、え〜と……その………」

 

 見事な動揺っぷりである。このままでは埒があかないので、悠は少女を落ち着かせるのを最優先した。

 

「落ち着け。とりあえず、深呼吸だ」

 

「は、はい!スゥ〜ハー、スゥ〜ハー………」

 

「落ち着いたようだな。焦らなくていいから落ち着いて用を伝えてくれ」

 

「は、はい。え〜と……な、鳴上悠先輩ですよね?」

 

「そうだけど」

 

「わ、私1年生の『小泉花陽』と言います。鳴上先輩に……これについて聞きたくて……」

 

 と、茶髪の少女もとい花陽はポケットから一枚の紙を取り出した。

 

「これは……ライブのチラシ?」

 

 花陽が持っていたのは、昨日悠が作成したライブのチラシであった。今朝生徒会に許可をもらい、掲示板に張ったりその近くに置かせてもらったりしたのだ。

 

「あの!このライブって、新入生歓迎会の時に講堂であるんですよね!」

 

「あ、嗚呼」

 

「私!絶対に観に行くんで!ライブ頑張って下さい!!」

 

 何故か花陽は先ほどの挙動不審な態度とは一変して、目をきらきらとさせた明るい表情で悠に顔を近づけて激励した。

 

「わ、分かった。分かったから離れてくれ」

 

「え?……ぴゃあ!、すすすすみません!」

 

 花陽は悠との距離に気づいた途端、慌てて距離をとり凄い勢いで頭を下げた。

 

「ま、まぁ落ち着け」

 

 

「すみません。……自分で言うのもアレですけど、私…アイドルのことになるとこういう感じで…暴走するんですよね……」

 

 

 なるほど。この少女は普段は恥ずかしがり屋だが、自分の興味のある方面については別人になるタイプなのだろう。

 

「誰だってそんなことはある。俺だってあるんだから気にしなくていいぞ」

 

 悠だって普段は冷静を装っているが、菜々子のことに関してはそういったところがある。

 

「鳴上先輩もですか…意外です」

 

「よく言われる。それにしてもアイドルが好きなんだな、小泉は」

 

 悠がそう言うと、突然花陽の目が輝き出した。そして悠に近づいて

 

 

「そうなんですよ!アイドルは最高です!何でかというと…………」

 

 

ー花陽はスイッチが入ったかのようにアイドルの魅力について語り出した。

 

 

 

 

 〜30分経過〜

 

 

 

 

「つまり!アイドルは日本の宝なんです!」

 

「わ、分かった。分かったから……」

 

 何故だろうか、去年の文化祭でミスコンについて熱く語った時を思い出す。あの時とは立場が逆だが、あの時の里中たちの気持ちが少し分かった気がする。そんなことを思っていると

 

 

「な〜るか〜みくん♪……みーつけた♪……」

 

 

 悠の後ろから希(修羅)の声が聞こえてきた。

 

「ひぃ!」

 

 花陽は希の姿を見たせいかさっきの明るい表情から一変して怯え始めた。何があったのかと思いつつ後ろを振り返ると、そこには笑顔なのに目のハイライトがなくドス黒いオーラを纏った希が仁王立ちで立っていた。

 

「と、東條……?」

 普段ニコニコした顔しか見たことがない悠はまだ見たことない希の顔を見て【豪傑】級の勇気を持っているにも関わらずの恐怖を感じた。

 

「中々屋上に来んから何かあったと思って探しおったんやけど……まさか…ウチとの約束を忘れて…こんなところで女の子を口説いておったんやなぁ……フフフ………」

 

 希は何か勘違いをしているようだ。悠は弁解しようにも恐怖で頭が回らない。しかしこのままでは殺される(比喩)のは明らかなのでなんとか弁解を試みる。

 

「いや…東條……これはだな…」

 

「言い訳は無用や……鳴上くん?」

 

「はい!!」

 

 

「ワシワシするよ♪」

 

 

 そう言うと希はゆらりゆらりと近づいてくる。その迫力は死神シャドウによく似ていた。

 その後、音乃木坂の校内に男の断末魔と少女の悲鳴が聞こえたという報告が生徒会に入ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈放課後 屋上〉

 

「な、鳴上先輩どうしたんですか!まるで生気が抜けてるような感じが……」

 

「お兄ちゃん……何かあったの?」

 

 穂乃果より先に屋上に来た海末とことりは悠のげっそりした様子を見てびっくりしていた。

 

「……そっとしておいてくれ」

 

 

 あの後、希の『ワシワシ』という名のお仕置きを受けて悠は終始抜け殻のようになっていた。もちろん昼飯は食べていない。その後正座させられて延々説教されたので、悠の精神に大きなダメージを与えた。花陽の話によると端からみたら浮気がバレて妻に叱られている旦那みたいな感じだったと言う。

 

 ちなみに花陽までとばっちりを受けたので、悠はお詫びの印に今度何か好きなものを奢ると花陽に申し出た。最初は頑なに遠慮していた花陽だが、最終的に休日に定食屋で白米を好きなだけご馳走するいうことになった。それでいいのか?と悠は思ったが、花陽は嬉しそうだったので何も言わなかった。

 

 

「みんなー!ビッグニュースだよー!」

 

 悠が回想にふけっていると、穂乃果が勢いよくドアを開けてやってきた。

 

「穂乃果、どうしたんですか?そんな嬉しそうな顔をして」

 

「えへへ〜!なんと!私たちのグループ名が決定したんだよ!」

 

「「「は?」」」

 

「さっきね、掲示板に置いた投票箱に1つ紙が入ってたんだ。誰か投票してくれたんだよ」

 

 

 投票箱と聞いて悠は今朝のことを思い出した。

 ぶっちゃけて言うと悠たちはまだ自分たちのグループ名を決めていなかった。一応各自で考えてはみたもののしっくりくるものがなかったのである。このままではグループ名無しで活動しなければならないので、穂乃果がある提案をしたのだ。

 

「じゃあさ、全校生徒に決めてもらおうよ!そうすればきっと良いのが見つかるよ」

 

 それを聞いて悠と海末は「丸投げか(ですか)」とツッコんだが。しかし、他に方法がないので、今朝チラシと共に悠自作の投票箱を設置したのだ。正直何も来ないだろうとは思っていたが、まさか本当に来るとは思いもしなかった。

 

 

「それで、何が書いてあったんだ?」

 

「え〜とね…………これ何て書いてあるんだろ?」

 

 穂乃果は手に持っていた紙を見るが何が書いてあるか分からないようだ。悠はと海末とことりも紙を覗いてみることにした。すると、紙にはこう書かれてあった。

 

 

 

【μ's】

 

 

 

「これは……ミューズって読むんじゃないか?」

 

「あー!あれだよね。確か……石鹸!」

 

「違うと思うよ、それは」

 

 穂乃果の的外れの答えにことりがツッコむ。

 

「おそらくミューズって神話に出てくる女神たちのことじゃないですか?」

 

 海末の言葉に悠はなるほどと思った。昔本で読んだことがある。確かギリシア神話で文芸を司る女神たちのことだったはず。その女神たちの名前は確か【カリオペイア】に【エウテルペー】、そして【ポリュムニア】と……

 

「そういえば園田のペルソナの名前って【ポリュムニア】だったよな」

 

「あ、確かに。言われてみれば【ポリュムニア】はミューズの女神の1人ですね」

 

 海末もミューズの女神たちの名前は知っているようだ。それにしても、これは偶然なのだろうか?

 

「そうなんだ〜。じゃあ、穂乃果たちのペルソナはどんな名前なのかな?」

 

「ん〜どうなんだろうね。ねぇ、お兄ちゃんはどう思う?」

 

「いや、俺に聞かれても」

 

「とりあえず、まだ分からないことの話はこれまでにしましょう」

 

 話がグループ名からペルソナ方面になりそうだったので、海末が軌道を修正する。

 

 

「そうだね……よし!これから私たちのグループ名は【μ's】だよ!!」

 

「異議なし」

 

「まぁ他にありませんから」

 

「穂乃果ちゃんが言うなら私は良いかな」

 

 

 何かぐだぐだになったがともかくここに穂乃果たちのグループ名が決定した。悠は偶然と片付けたが、このμ'sの女神たちがイゴールの言っていた旅路の鍵となることを知るのは先の話。

 

 その後、穂乃果たちの友達がやってきたのでグループ名の話は切り上げ、各自練習やライブの準備を再開した。穂乃果たちの友人たちによると、悠の指導は的確なもので凄腕の先生に教えてもらったような感じだったという。更に練習中、誰かの視線を感じた。視線の方に顔を向けると視線は消えたが、ドアが少し空いていて赤い髪が見えた気がした。

 

 この日もマヨナカテレビは何も映らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

〈翌日 神田明神〉

 

「曲が出来た?」

 

「うん。今朝家のポストにこれが入ってたんだ」

 

 いつもの朝練が始まる前に穂乃果がそんなことを言い、バッグから一枚のCDを取り出した。

 

「誰から来たのか分かったんですか?」

 

「ん〜このCD封筒に入ってたんだけど、差出人の名前書いてなくて。代わりに裏に【μ's】って書いてたんだ」

 

 差出人の名前が書いてないということはおそらくポストに直接入れたのだろう。一体誰がポストに入れたのか?

 

「とりあえず、そのCDを聞いてみるか」

 

 と、悠はそう言って鞄からパソコンを取り出した。最近ライブの準備でパソコンを使うことが増えたのでよく持ち歩いているのだ。すぐにパソコンを立ち上げ穂乃果が持っているCDを入れて再生する。すると、

 

 

「おおお!すごい!!」

 

「これは…聞いてると何か楽しくなりますね」

 

「うん!思わず踊りたくなっちゃうね!」

 

 

 穂乃果たちがそう絶賛するくらい明るく思わず元気になる音楽がパソコンから流れてきた。おそらくこれはオリジナルだろうが、どこかのアイドルが歌ってるんじゃないのかと思うくらい完成度は高い。悠も思わず曲に合わせて足踏みをしてしまった。

 曲が終わると、興奮が冷めないのか穂乃果はハイテンションのままだった。

 

「あ〜凄かったー!これを穂乃果たちが歌うんだね!」

 

「ううっ、これを歌うとなるとより一層練習しないといけませんね」

 

「うん!頑張らなきゃね!!」

 

 穂乃果たちは自分たちが歌う曲を聞いて、より一層ライブに向けての気合が入ったようだ。ともかくこれでライブに必要なものは揃った。あとは本番まで練習あるのみだ。

 

「ところで、誰がこんな良い曲を作ってくれたんだろ?」

 

 穂乃果はそう疑問を口にしたが、悠は心当たりがあった。

 

「さぁ、誰だろうな」

 

「あれ?もしかしてお兄ちゃん気づいて……」

 

「さあ練習だ!曲も決まったことだし気合入れていくそ!」

 

 ことりに感づかれる前に悠は練習を促した。その後の朝練はより一層気合が入ったものになり、更に穂乃果とことりを苦しめたのだった。

 

 

その日の放課後、悠は作曲してくれたであろう人物にお礼を言いに行き、一悶着あったのは別の話。

 

 

 

 

 

 その後も色々あったが、穂乃果たちのパフォーマンスの仕上がりは徐々に良くなり、ライブの段取りも完璧に整った。あとは本番の日を待つだけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ライブまであと3日》

〈帰り道〉

 

「あ〜、あと3日でライブだね」

 

「本番が近づいてくると、緊張してきますね」

 

「本当だね」

 

 ライブが近づいているせいか穂乃果たちは緊張してきているようだ。それは今日の練習を見ると明らかだった。

 

「誰だって初めてのものは緊張するもんだぞ。だから、あんまり気にするな」

 

「そうですね……鳴上先輩がそう言うと、心強いです」

 

「俺も去年バンドを経験したからな。気持ちは分かる」

 

「ねぇ、景気づけに今日どこか寄っていこうよ!!」

 

「よし!行こう!」

 

「良いんですかね……」

 

 そんなやり取りをしていると、悠の携帯から着信音が聞こえてきた。

 

「ん?…誰からだ?」

 

 携帯を取り出し画面を見てみると、着信は知り合いからだったので通話ボタンを押した。

 

「もしもし…………そうか…今行く……場所は……分かった」

 

 悠は通話を終え携帯をポケットにしまう。

 

「鳴上先輩?どなたからだったんですか?」

 

「知り合いから。悪いけど今からその知り合いに会うことになったから俺はここで」

 

「え〜!鳴上先輩来れないの!!一緒に行きたかったのに!」

 

 穂乃果は悠が買い食いに付き合えないことが不満そうだ。

 

「大事な話なんだ。お詫びに今度お菓子作るから」

 

「本当!約束だよ!」

 

「全く。穂乃果はお菓子につられるんですね」

 

 海末が呆れる通りである。しかし、この安請け合いが後に更なる受難につながることはこの時の悠には分からなかった。

 

「了解。それじゃあ、また明日な」

 

「うん!また明日ね!鳴上先輩」

 

「鳴上先輩、お気をつけて」

 

「お兄ちゃん、また明日ね」

 

 そう言って、悠は穂乃果たちと別れて電話の人物との待ち合わせ場所へ向かった。

 

 

 

 

 

〈ポロニアンモール〉

 

 穂乃果たちと別れた悠はここの噴水広場である人物を待っていた。ライブまでどうするべきか考えていると

 

 

「すみません先輩、遅くなりました」

 

 ダークカラーのキャスケットを被ったユニセックスの外見の人物が悠の前に現れた。

 

「いや俺も今来たとこだ、直斗」

 

 悠が待っていた人物とは、自称特別捜査隊のメンバーの1人である『白鐘直斗』であった。彼女も祖父の仕事の関係で一時八十稲羽から東京に戻ってきていたのである。

 

「改めてお久しぶりですね、鳴上先輩」

 

「久しぶりって言っても、一ヶ月も経ってないけどな」

 

「フフ、そうですね。とりあえず立ち話はこれくらいにして話は店の中で」

 

「そうだな」

 

 

 喫茶店に入って席に座ると、2人はコーヒーを注文した。

 

「ここは俺の奢りだ」

 

「いえ、ぼくが払いますよ。呼び出したのは僕ですし」

 

「先輩に奢らせるのは後輩の特権だ」

 

「…先輩がそう言うならお言葉に甘えます」

 

「よろしい」

 

 そんな会話をしている間に注文したコーヒーがやって来た。二人はコーヒーを一杯飲んで一息つく。

 

「直斗、突然悪かったな。急に調べ物を頼んで」

 

「いえ、僕は嬉しかったですよ。ここ最近おじいちゃんの手伝いばっかりで退屈してたところでしたし。それに先輩も災難ですね。転校した学校が廃校になりそうだったり、またテレビの世界に遭遇したり」

 

「そういう運命の星の下に生まれたのかもな」

 

「それに、スクールアイドルのマネージャーとは……大丈夫なんですか?受験生なのに」

 

「陽介にも言われたよ。でもまあ、やれるだけのことはやるさ」

 

「先輩らしいですね。今度学校でファーストライブがあるんでしたっけ?時間が空けば見に行きますね」

 

「是非とも来てくれ」

 

 

 そんな他愛もない話をして一息ついたところで2人は本題に入る。

 

「それで…何か分かったのか?」

 

「はい。先輩の情報をもとに警察の資料を調べたところ、こんなものが見つかりました」

 

 と、直斗はバッグの中から幾つかの資料を取り出し悠に渡した。悠はその資料の内容を確認する。そこに書いてあったのは衝撃の内容であった。

 

 

 

「……2年前に音乃木坂の生徒が失踪?」

 

 

 

「ええ。捜索願も出されていたので間違いありません」

 

 内容を整理すると以下の通りになる。

 2年前、当時高校1年生であった音乃木坂学院の女子生徒2名が自宅から失踪した。しかし、捜索願が提出されてから一週間後に失踪者はひょっこり見つかり保護されたという。

 

「これって……」

 

「ええ。確証はありませんが、もしこの失踪者たちが午前0時頃にテレビを見ていたなら、噂通りに失踪したことになります。それに、これは2年前の事件なので、鳴上先輩もこの時音乃木坂に在学していたはずです。覚えてますか?」

 

「いや、覚えてない。そもそもこんな事があったなんて今初めて聞いた」

 

「そうですか」

 

 しかし、午前0時にテレビを見ていたかなんて些細なことは当然のことながら警察は調べていない。あくまで推測なのだ。

 それはともかく悠は直斗がこの資料を引っ張り出したことに違和感を覚えた。

 

「直斗、この資料で音乃木坂で生徒が失踪してたってことは分かった。でも、何か引っかかる点でもあるのか?」

 

 悠の指摘に、直斗は表情を変えた。

 

「流石鳴上先輩です。ご察しの通り、これはただ生徒が失踪しただけの話です。僕らが経験したみたいにテレビの中に放り込まれたのではなく、ただ家出しただけかもしれません。仮にテレビの中に放り込まれたとしても、クマくんみたいな存在がいない限り脱出は不可能ですしね。」

 

「確かにそうだな」

 

「でも詳しく調べてみると、それだけでは片付けられない事実がありました」

 

「どんなことだ?」

 

「大声では言えませんが、この件にある組織が捜索に関与していたんです」

 

「組織?」

 

 

「ええ、その組織の名前は……『桐条グループ』です」

 

 

『桐条グループ』

 

 悠もその名前は知っていた。日本では知らない者は居ないと言われるほどの大物財閥。あらゆる業界に手を出していると言われている。その中に警察も含まれているのではないかと黒い噂も絶えない。

 

 

「何で桐条グループが」

 

「それは分かりません。ただ調べてみると、このような失踪関係の案件に何年も前から関与しているようです」

 

「…何かあるな」

 

「ええ。先輩が体験したテレビの世界と関係があるかわかりませんが、桐条グループのことはこれからもマークするつもりです」

 

「任せたぞ、直斗」

 

 時間も時間だったので、今回はこれで解散となった。

 

 

 

 

 

 過去の音乃木坂の事件に有名財閥の影。謎が深まるばかりである。でも今は、新入生歓迎会のライブのことだけを考えようと悠は思った。

 

 

 to be continuded

 

 




Next Chapter
「ライブ…楽しみですね」

「うう、恥ずかしいです」

「不安だ」

「現実を見なさい」

「な、鳴上先輩……」


「さぁ、ステージの開演だ!」


Next #08「First Live start!!」


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#08「First Live start!」


前回一週間近く更新できないと言いましたが、予想以上に筆が進んだので少し早く更新しちゃいました。というか色々書きすぎて一万字超えちゃいましたけど。

執筆中まだファーストライブまでしか書いてないのについ先の話の構想まで考えてしまいます。真妃とか絵里とかのシャドウどうしようかなとか、ゴールデンウィークはどうしようとか、夏休みはりせの特別レッスンでその最中再び完二のヴィーナスの誕生とか……戯言ですしまだ未定のものなので流して下さい。

そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!ちょこっとした感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。
皆さんのおかげでこの作品のお気に入りが100件近くに達しました。今後も皆さんが楽しめる作品を目指して精進していきたいと思いますので、応援よろしくお願いいたします。また、皆さんの感想や評価を心からお待ちしています。



それでは本編をどうぞ!


 

 

〈ベルベットルーム〉

 

 ピアノのメロディが聞こえる。目を開けてみるとそこはベルベットルームだった。

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ。申し訳ございません。本日我が主は留守にしております」

 

 

 見ると奥にはマーガレットしか居なかった。イゴールは今回は不在らしい。

 

「貴方と2人っきりで話すのは久しぶりね。もしかして、今日は私に会いたくて来たのかしら?」

 

ーその反応に困る問いかけはやめてほしいものだな。

 

「フフフ…ごめんなさい、つい久しぶりにからかいたくなってしまったの」

 

ー勘弁してくれ。最近は東條とかのせいでからかわれ過ぎて精神が削れていってんだから。

 

 

「それはそれとして………お客様はまた新たな絆を結ばれたご様子。先日貴方のペルソナ全書を確認したところ、また呪いの鎖から解放されそうなアルカナがございました。しかもそれが日に日に増えていくの。フフ…素晴らしいわ。これも貴方の才能が成せる技かしら?」

 

ー買い被り過ぎだ。それは自分の中にある'女神の加護'とやらのお陰だろう

 

「……確かにこれはあの宝玉の影響でしょう。しかし、お客様のチカラの根底はいつも他者との絆にある。そのことを忘れないで下さい」

 

ー…心に留めておこう。

 

 

「話は変わるけど、貴方がプロデュースするアイドルのライブというものが明後日行われるのよね?私も是非とも見に行きたいわ。そのためには主の許可が必要だけれど」

 

 ………え?マーガレットも見に行くのか?

 

「あら?いけない?」

 

ーそういうわけじゃない。正直意外と思っただけだ。マーガレットはあまりそういうのに興味がないのかと思ってただけだ。

 

「失礼ね。私も妹ほどではないけど外の世界には多少興味はございます。去年貴方の通ってた学校で占いの館を出店したのがその証拠よ」

 

ー文化祭のことは思い出したくない。色々と悪い思い出があるから……それにマーガレットのせいで菜々子に天然ジゴロとか言われたんだぞ。

 

「……自覚はあるのではなくて?」

 

ー……………………

 

「まぁ、そんな過去のことはともかく。そのライブとやらを……楽しみにしてますわ」

 

ー分かった。高坂たちにも言っておく。イゴールの許可が下りればいいな。

 

「それと今更ですが、お体には気をつけて。無理をなさると身体に毒よ」

 

ー??どういう意味だ

 

「それは貴方の目が覚めたら分かると思います。では、また会うときまで……ご機嫌よう。次はライブとやらで会えれば良いわね」

 

 マーガレットがそう言うと視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ライブまであと2日》

〈翌朝 悠の部屋〉

 

 目覚めるとそこは自室だった。時刻は午前6:00。朝練の時間だ。悠はベットから起きようとしたが、体に違和感を感じた。何か体が重い。それに喉も腫れてる感覚がする。どうやら風邪を引いたようだ。マーガレットが言ってたことはこのことだったのか。

 とりあえず、ことりに風邪を引いたので今日は朝練に出れないと連絡した。

 

「ゴホッ……ゴホッ……う……これは相当ヤバイな」

 

 動くだけで体がダルく感じる。しかも咳や鼻水が止まらない。本当なら学校に連絡して休むべき状態なのだが悠はそうしなかった。何故なら穂乃果たちのライブまであと2日しかないのである。そんな大変な時期に風邪という理由で休んでられない。そう思い、悠は寝間着から制服に着替え、マスクを着用し戸棚にあった風邪薬をポケットに入れて家から出ようとする。靴を履いてドアを開けると……

 

 

「え?」

 

 

 そこには家のインターホンを鳴らそうとしている穂乃果と海末とことりが居た。

 

「あ、あれ?鳴上先輩?」

 

「……高坂………どうしてここに?」

 

 とりあえず風邪だと悟られないように平静を装い、ここにいることを尋ねた。

 

「ことりちゃんから鳴上先輩が風邪って聞いたから今日は朝練休んでお見舞いに行こうかな〜と思って。それより鳴上先輩、風邪じゃなかったの?」

 

「そ、そうだ……ゴホッ……ゴホッ!」

 

「思いっきり風邪引いてるよね!顔辛そうだし」

 

 穂乃果は悠の嘘を指摘する。どうやら誤魔化しきれなかったようだ。

 

「だ、大丈夫…ゴホッ!」

 

「鳴上先輩……その状態は大丈夫じゃないですよね。今日は休んだ方が良いですよ」

 

 無理しようとする悠を海未がジト目で諭す。もうここまでされたら黙って従うべきなのだが、予想以上に悠は頑固だった。

 

「い、いや…ゴホッ……ライブが…もうすぐなのに……俺だけ…ゴホッ……休む訳には……ゴホッ!」

 

「ダメだよ!今の鳴上先輩は休まなきゃ!今日は穂乃果たちだけで練習するから!鳴上先輩は休んでて!」

 

「しかし……ゴホッ!ゴホッ!……」

 

 穂乃果は懸命に休むよう訴えるが中々悠は折れない。

 

「……お兄ちゃん……今日は休もう……最近お兄ちゃん働き過ぎだし……ことり…無理するお兄ちゃん…見たくないよ…」

 

 ことりは悠に近づき優しく諭す。これには流石の悠も従いそうになったが、何とか歯を食いしばって思い留まる。『食いしばり』を使用する場面が間違っている気がするが。

 

「ことり……でも……」

 

 頑なに休もうとしない悠にことりは更に近づき最終手段を取った。

 

 

「……お兄ちゃん……お願い…」

 

 

 まさにクリティカルヒット。涙を浮かべての上目遣いをすることりの『お願い』は今の悠にとって効果抜群であった。悠はことりの言う通り今日は休むことを決意した。

 

 

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

 ことりの『お願い』を受け、風邪を治すべく再び寝間着に着替えてベットで寝込んでいると、悠の部屋のドアが開いた。

 

「鳴上せんぱーい、ご飯出来たよー!」

 

「こら!穂乃果、大声を出してはダメです!鳴上先輩に響くでしょ!」

 

「海未ちゃんも大声出してるけど……」

 

 ドアからお盆を持った穂乃果と海未とことりが入ってきた。悠がまだ朝食を食べてないと知った穂乃果たちは台所を借りて悠の朝食を作っていたのだ。

 

「わ…悪いな……俺のために…………」

 

 悠は身体をゆっくり起こして3人に礼を言った。

 

「とんでもない。鳴上先輩にはお世話になりっぱなしなので、これくらいはさせて下さい」

 

「はい!鳴上先輩、私と海未ちゃんとことりちゃんで作ったおかゆだよ!これ食べて元気出してね!」

 

 穂乃果はお盆を机の上に置き、茶碗を悠に差し出す。悠はそれを受け取ろうとしたが、八十稲羽で特別捜査隊の女子陣の料理が一瞬頭をよぎった。林間学校で錬成された【物体X】に、打ち上げでのオムライスたち。それらを味わった時の恐怖を思い出し、悠は手を止める。

 

「ど、どうしたの?鳴上先輩…」

 

「お兄ちゃん?……食欲ないの?」

 

「いや……ごめん…去年女子の手作り料理にはあまりいい思い出がなくて………」

 

 風邪のせいか正直に告白する悠。あの【物体X】の味を思い出すだけで身体が震えた。

 

「…な、鳴上先輩は去年…どんなものを食べさせられたのでしょうか………」

 

 あの悠が震えるくらい恐ろしいものなのかと海未はまだ出会ってない八十稲羽の必殺料理人たちに戦慄を覚えた。

 

 

「大丈夫だよ!穂乃果たちが作ったおかゆは美味しいよ!ほら、あーん!」

 

 それを見かねた穂乃果はおかゆをスプーンで掬って悠の口元へ運ぶ。これには流石の悠も驚いた。

 

「ほ、穂乃果ちゃん!…ちょっ」

 

「穂乃果!何を」

 

「良いから。あーん!」

 

 ことりと海未が穂乃果に注意するが、そんなのお構いなしに穂乃果は悠におかゆを食べさせようとする。ここまでされて食べないのは申し訳ないので、悠は口を開けておかゆを口に含んだ。よく噛んで味わっておかゆを食べる。その味は……

 

 

「………美味い。これは…普通に美味しい」

 

 

 悠は頬を緩ませてそう口にした。微妙に塩加減が効いていて風邪の悠でも食べやすいこの食感。悠の言う通り普通に美味しかった。普通のおかゆだが、【物体X】に比べたら絶品料理に変わりなかった。

 

「本当!!良かった〜!そう言ってもらえると嬉しいよ!」

 

「そうですね。簡単なおかゆとはいえそう言って頂けると本当に嬉しいです」

 

 

「むぅ………」

 

 

 自分たちが作ったものを美味しいと言ってもらえて、穂乃果と海未は喜んでいた。しかし、何故かことりは頬を膨らまして不機嫌そうにしている。

 

「ん?ことり、どうしたんだ?」

 

 ことりの不機嫌な表情に気づいたのか悠はことりにそう尋ねる。すると

 

「穂乃果ちゃん、私にも茶碗とスプーン貸して♪」

 

「え?ことりちゃん?……良いけど」

 

 ことりは穂乃果にそう言って、茶碗とスプーンを貸してもらった。そしておかゆをスプーンで掬って、

 

「はいお兄ちゃん、アーン♪」

 

 穂乃果と同じくおかゆを悠の口元へ運んだ。

 

「ちょっ、ことりまで!」

 

 まさかことりまでアーンしてくるとは思わなかった。ひょっとしてさっきむくれていたのは自分も悠にアーンしたかったからなのだろう。流石にこれ以上は気恥ずかしいので、悠はことりに止めさせるように説得する。

 

「あ、あのな…ことり……もう自分で食べられるから……」

 

 

 

「……お願い♪」

 

 

 

 この後、おかゆはことりのアーンで美味しくいただいた。

 

 

 悠がおかゆを食べ終わった後、そろそろ学校が始まる時間だったので穂乃果たちは学校に向かった。悠は今日のうちに風邪を治してしまおうと思い、海未からもらった風邪薬とポカリを口に入れてベットに入り眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈放課後〉

 目を開けて窓を見てみると、目に夕日の光が差し込んできた。どうやらあのまま夕方まで寝込んだらしい。身体を起こしてみると、朝方より体調は良くなっていた。この調子だと明日には完全に回復しているだろう。時計を見ると時刻は午後5時半。昼ごはんを食べてないせいかちょうど身体が空腹を感じたので何を作ろうかと考えていると

 

 ピンポーン

 

 玄関のチャイムが鳴った。こんな時間に誰だろうと思いつつ、悠は身体を起こしておぼつかない足取りで玄関に向かう。そしてドアを開けるとそこには

 

 

「鳴上くん、こんにちわ♪」

 

 

 手頃な風呂敷を手に持って微笑む希が居た。これには悠も驚き、危うく転びそうになった。

 

「と、東條……どうしてここに…」

 

「鳴上くんが風邪で休みって聞いたからお見舞いに来たんやけど、その様子やともう峠は越えたようやね」

 

「…そうじゃなくて、どうしておれの家を知ってるんだ?」

 

「理事長先生に聞いたんよ。理事長先生もかなり心配されとったよ、鳴上くんのこと」

 

「そ、そうか……それで、その手に持ってる風呂敷は?」

 

 と、悠は希が持っている風呂敷を指差す。

 

「あ〜これね。鳴上くんのお見舞い品。つまらないもんやけど受け取って♪」

 

 そう言って希は悠に風呂敷を差し出す。悠は恐る恐るそれを受け取った。

 

「これは?」

 

「さっき家で作ってきたフルーツポンチよ。鳴上くんが早く風邪治りますようにっと思って張り切って作ったんや♪」

 

 風呂敷をよく見てみるとその中にタッパーがあり、少しフルーツの香りがする。香りからしてとても美味しそうであった。

 

「…さっきって、生徒会はどうしたんだ?」

 

「ん?速攻で仕事終わせてきたよ。エリチから不思議な目で見られたけど」

 

「そうか…」

 

「ほな、ウチはこれで失礼するわ。鳴上くんお大事にな」

 

 希は事情を説明してその場を去ろうとした。すると

 

 

「あ〜それと鳴上くん」

 

 希は踵を返して再び悠を見つめた。

 

 

 

「ライブ頑張ってね♪応援しとるよ♪高坂さんたちにもよろしくな♪」

 

 

 

 普通の男子なら卒倒してしまうようなとびっきりの笑顔でそんなことを言って、希は去っていった。悠はめずらしくその笑顔に見惚れ、その場に立ってるしかなかった。少し顔が赤くなったのは気のせいだろう。そう思い、悠は家の中に入り希の作ったフルーツポンチをいただくことにした。風呂敷の中のタッパーを開け、器によそい、スプーンで口へ運ぶ。

 

「美味い……」

 

 フルーツポンチは文句なしに美味しかった。転校初日にもらった弁当の味から希の腕は相当なものだと気づいていたが、このフルーツポンチは別格で思わず笑みがこぼれるくらい美味い。病み上がりなのにスプーンが止まらなかった。こんなに美味しいものをいただいたのだから何か希にお返しがしたいと悠は思った。

 

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

 

 希のフルーツポンチを堪能していると、練習を終えたであろう穂乃果たちがお見舞いにと再び悠の家を訪ねてきた。

 

「鳴上先輩、体調はどう?」

 

「ああ、よく寝たおかげで大分良くなった。明日のリハーサルには参加出来そうだな」

 

「本当!!良かった〜」

 

「鳴上先輩…明日のリハーサルですが、病み上がりなのであまり無理しないでくださいね」

 

「分かった」

 

「お兄ちゃーん!大丈夫だった?寂しくなかった?辛くなかった?」

 

「大丈夫。大丈夫だから」

 

 結構穂乃果たちから心配された。これからは風邪など引かないように気をつけようと悠は心に誓った。

 

 その後、ことりがライブ用の衣装を披露して穂乃果が興奮し過ぎて海未に怒られたり、夕飯を作ろうとして海未に病み上がりだからジッとして下さいと怒られたりして、楽しい時間を過ごした。こんな些細な時間でも悠にとってはいい薬だったようで、翌日の朝にはすっかり元気になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ライブまであと1日》

〈放課後 講堂〉

 

 この日、悠たちは講堂にてライブのリハーサルを行った。主に本番での流れとその時の音量と照明をチェックするのが目的だ。穂乃果と海未とことりはステージでパフォーマンスの確認、悠は穂乃果の友人たちと音響と照明の確認をしている。

 悠は裏方のやり取りを確認しながらリハーサルの様子を見ているとこれは上手くいきそうだと確信した。最も宣伝が上手くいってればの話だが……

 その後、リハーサルは終了し各々明日に向けて英気を養おうということで解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ライブ当日》

〈講堂〉

 

 いよいよ本番の日を迎えた。

 穂乃果たちは開始時間までステージの弾幕の後ろでスタンバイしている。悠はまだ時間があったので、持ち場を離れて穂乃果たちの様子を見に行っていた。弾幕の裏では……

 

 

「な、鳴上先輩!ついに!ついにこの日が来たんだね!」

 

「高坂、ひとまず落ち着け」

 

 穂乃果は緊張で興奮しているのか声がいつも以上にでかくなって挙動不審になっていたり

 

 

「うう……き、緊張で…目眩が……それに……心臓が…」

 

「…園田、深呼吸して落ち着こう。結構楽になるぞ」

 

 海未がこういうことに慣れてないのか体が震えて縮こまっていたり

 

 

「お、お兄ちゃん……楽しみだね♪」

 

「ことり、そう言うなら俺から離れてくれないか?みんな見てるから…」

 

「やだ〜!お兄ちゃんにくっつくと緊張がほぐれるの〜!も、もうちょっとだけ……」

 

 ことりはいつも以上に大胆にスキンシップを取っていた。段々接し方がりせに似てきたのは気のせいだろうか?

 反応は三者三様だが、みんな緊張で堪らないらしい。

 

 ー……ジュネスでのライブイベントを思い出す。あの時は予想以上にお客が集まって、陽介とかすごく緊張してたな。完二とか足が震えてたし、テレビ慣れしているであろう直斗まで口数が少なかったんだから。マリーはあまり緊張してなかったか。

 

 そんなことを思い出し、悠は穂乃果たちを励ますことにした。

 

「みんな、ちょっと集ろう」

 

 悠の言葉に3人は我に返り、悠の元に集合した。あの時のりせの受け売りだが、悠は3人にこう言った。

 

 

「3人とも緊張で心臓バクバクだろ?でも、それで良いんだ。それがライブのパワーだからな」

 

「ぱ、パワー?」

 

「それに、完璧にやろうなんて思いすぎるな。お客は3人の…μ'sのライブを楽しみたいと思っているから来てるんだ。その前に……俺たちが楽しまないでどうする?」

 

「な….鳴上先輩」

 

「練習は十分に積んだ。宣伝もした。リハーサルもした。あとは本番を楽しむだけだ」

 

「お兄ちゃん……うん!!」

 

 悠の言葉に穂乃果たちは緊張がほぐれたようだ。その証拠に3人とも表情が明るい。

 

「よーし!元気が出てきたぞ!」

 

「気持ちが楽になりました。もう大丈夫です!」

 

「お兄ちゃんのおかげだね♪」

 

 ー3人が本調子になった

 

 

 悠は時計を確認すると、あと少しでライブが開始する時間だった。

 

「よし、最後にかけ声やるか!」

 

「か、かけ声ですか…」

 

「嗚呼、かけ声をすると気持ちが引き締まるからな」

 

「良いねえ!やろう!!じゃあ……これで!」

 

 悠の提案に穂乃果は大賛成し、指でピースをつくり3人の前に出した。

 

「これは?」

 

「普通はパーを出すけど、私はピースの方が良いなぁって思ったから!それで、みんなでピースを合わせたら番号を言うの!これで良いよね!」

 

「どっちも同じだと思うのですが……というか番号の意味あるんですかね…」

 

「いや、俺は賛成だ。これで行こう!ちなみに最後は『μ's ゴー』だ」

 

 と、悠も同意してピースをつくり穂乃果の手に合わせる。

 

「わ、私も!」

 

 ことりも遅れてピースを合わせて、海未も観念したのかピースを合わせる。

 

「高坂、号令頼む!」

 

「よし!……1!」

「2!」

「3!」

「4!」

 

 

 

「「「「μ's ゴー!!」」」」

 

 

 

ーかけ声により気持ちが引き締まった!

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(穂乃果)

 

 いよいよ本番だ。さっきまで緊張してたけど鳴上先輩とみんなとのかけ声のお陰で気持ちが楽になった。海未ちゃんとことりちゃんの方を見ると、2人も同じ感じだった。そうだよ、きっと大丈夫!鳴上先輩の言う通り私たちも楽しまなきゃお客さんも楽しくならないよね。

 そして、開演のブザーが鳴った。弾幕が開いた。そこで私たちが目にしたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいない無人の講堂だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちは息を呑んだ。お客さんは少ないことは覚悟していたけど、誰もいないなんて思ってもなかった。

 

「そんな……」

 

「どうして……」

 

 近くで海未ちゃんとことりちゃんの絶句する声が聞こえた。顔は見てないけど悲しい顔をしているのは声で分かった。立ち尽くす私たちを見て近くにいた裏方の2人が近寄ってきた。

 

「ごめん!宣伝はちゃんとしたんだけど……って、穂乃果?」

 

「ど、どうしたの?」

 

 多分2人は私の顔を見て驚いているのかな?

 それはそうだよね。だって海未ちゃんとことりちゃんは普通の反応してるのに、私は……

 

 

「アハ……アハハハ……………」

 

 

 笑いながら泣いてるんだもん。

 

 

 

「穂乃果?」

 

 自分でも分からなかった。何で泣いてるのに笑ってるんだろう?

 

「そうだよね……誰も見てくれないよね………やっぱり…会長の言ってた通りだったよ……これが現実だよ…………全部無駄だったんだ……」

 

 私の言葉に誰も反応しなかった。自分でも何言ってるんだろうって思う。でも、目の前にあるのは現実だ。

 そうだよ。会長も言ってたじゃん、『現実を見なさい』って。全部無駄だったんだ……

 やっぱり、私は何も…

 

 

 

 

 

 

『本当にそうかしら?』

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 突然前から誰かの声が聞こえた。

 

『顔を上げて前を見なさい。そうすれば、何か見えるかもしれないわよ』

 

 誰の声かわからなかったけど私は涙を拭いて前を見てみた。すると、

 

 

 

 

 

 ガチャッ!

 

 

 

 

「ハァ…ハァ……ライブ…間に合ったのかな……………ってあれ?」

 

 

 講堂のドアから眼鏡を掛けた茶髪の女の子が入ってきた。

 え?……お客さん……来てくれたの…………

 

「どうやらまだ始まってなかったようですね。おじいちゃんの手伝いで遅れそうでしたが、間に合って良かったです」

 

次は帽子を被った男の子が入ってきた。あの男の子って確か……

 

 

「あら?お客人がいらしたわね。今日この会場は私の貸切かと思ってたけど」

 

 

 前の席からも声が聞こえた。それに、この声はさっきの声だ。

 そっちの方を見てみると……私たちに近い席に銀髪で青い不思議な衣装に身を包んだ綺麗な女性が居た。あんな人さっきまで居たっけ?

 

 

「どうしたかしら?早くライブとやらを始めて頂戴。彼から話を聞いて、貴女たちのステージを楽しみにして来たのよ。わざわざ我が主の許可を得てね」

 

 

 その人は顔といいその立ち振る舞いといい、女子の私たちから見ても見惚れてしまうくらい綺麗だった。どこかの会社の秘書さんかな?

 …この人、私たちのライブ楽しみにしてたって……

 今度は嬉しさで泣きそうになった。すると

 

 

 

『高坂、泣くのはライブが終わってからだ』

 

 

 

 と、鳴上先輩の声が聞こえてきた。

 

「え?」

 

 多分、この声はマイクからで鳴上先輩は私たちから見えない場所にいるんだろうけど、不思議なことに私は鳴上先輩がすぐ近くにいるように感じた。

 

 

『今回は満員御礼とはならなかったが、それでも高坂たちのライブを楽しみに来た人がここに居るんだ。その人たちのために、これから俺たちの今できる最高のパフォーマンスを見せつけてやろう』

 

 

「鳴上先輩…」

 

「お兄ちゃん…」

 

 鳴上先輩の力強い声が聞こえてくる。

 …不思議だよね。まだ出会ったばっかりなのに、鳴上先輩の言葉はいつも私たちに元気をくれる。鳴上先輩が居なかったら、今頃私はどうしてたのかな………

 

 私は心を決めて客席の方を向く。

 

 

「うん!やろう!今日ここに来てくれた人たちのために!」

 

 

 今なら思う。私、鳴上先輩に出会えてよかった!

 

 

「さあ、始めよう!俺たちμ'sのファーストライブを!ステージの開演だ!!」

 

 

 鳴上先輩の言葉と同時に照明が落ちて、曲が始まる。

 

 

 

ーHey! Hey! Hey! StartDash!!

 

 

 私たちは一生懸命踊った。今日来てくれた3人のために。そして、自分たちもこのステージを楽しむために、思うままに踊った。

 私たちのファーストライブはお客さん3人という厳しい結果だったけど、全然悲しくなかった。もちろん悔しいって気持ちもあった。でも、何よりライブやって楽しいって気持ちの方がこの時勝っていたから。

 

another view out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ライブ終了後》

 

「つ、疲れた〜」

 

「もうしばらくは動きたくないです……」

 

「私も……」

 

 3人は全ての力を出し切ったようで、衣装から制服に着替えた瞬間糸が切れたようにその場に倒れこんだ。

 

 

〜回想〜

 お客は3人だけだったが、ライブが終わった時その3人から盛大な拍手をもらえた。その1人である花陽は、拍手を送りの後3人の方に近づき「これからも頑張って下さい!」と激励の言葉を贈った。直斗は何か感想を言いたげだったが時間がなかったらしく早々に退場した。もう1人であるマーガレットと言えば、花陽が激励の言葉を贈った後その場に立って透き通るような声で3人にこう言った。

 

 

「素晴らしい催しでした。まだ拙いところはあるようだけれど、それを差し引いても見事なものだったわ。我が主が言ってた通り、彼と同じく貴女たちには何か世界を変えるチカラを秘めているようね。」

 

 

「「「え?」」」

 

 

「貴女たちが今後彼とどのような道を歩むのか、楽しみにしております。それではまた会うときまで、ご機嫌よう」

 

 

 そう言って、マーガレットはその場を去っていった。

 

〜回想終了〜

 

 

「あの綺麗な人…誰だったんだろう?」

 

「さぁ?私に聞かれても……それにしても高潔で気品のある人でしたね。あのような女性に憧れます」

 

「ん〜誰かの知り合いなのかな?お母さんの知り合いでもなさそうだし」

 

「知り合いって、彼って言ってたから……鳴上先輩とか?」

 

「まさか」

 

 マーガレットのことを知らない穂乃果たちがそんな議論をしていると、件の悠が缶ジュースを腕に抱えてやってきた。

 

「3人ともお疲れ様」

 

 と、労いの言葉をかけて缶ジュースを各々に渡していく。

 

「ありがとう…鳴上先輩……」

 

「ありがとうございます、鳴上先輩」

 

「お兄ちゃんありがとう」

 

「今日のライブは良かったぞ。お客さんは3人しか居なかったが、それでも良いパフォーマンスが出来たな」

 

 悠が笑顔で3人の今日の奮闘を褒める。音響室から見れなかったし言葉は月並であるが、それでも悠は今日のライブは素晴らしかったと思った。

 

 

「ねえ、鳴上先輩……今日はありがとう」

 

 缶ジュースを一口飲んだ穂乃果が突然そんなことを言ってきた。

 

「どうした?突然」

 

 

「今日、ライブができたのは鳴上先輩のお陰だよ。先輩のお陰で……こんなに楽しいことに出会えたんだから」

 

 

「……そうか」

 

 

「穂乃果に同意です。私も今日のライブはお客さんが3人しか居ませんでしたが楽しかったです。もし鳴上先輩や穂乃果に出会えてなかったら、自分との本音に向き合えずつまらない人生を送っていたと思います」

 

「私も……自分の趣味をこんな楽しいことに生かせるって思ってなかった。これに気付けたのはお兄ちゃんのお陰だね」

 

 

 3人の気持ちを聞いた悠はそんな大袈裟なと思った。自分はキッカケを与えただけで何もしていない。そう感じられたのは穂乃果たち自身が頑張ったからだろう。悠がそう伝えると、穂乃果は首を横に振り悠に近づいて言った。

 

 

「その先輩がくれたキッカケで私たちは頑張れたんだよ。それに先輩と一緒なら、これからも頑張れる気がするの。だから……これからも…私たちのスクールアイドル活動を手伝ってくれますか?」

 

 

穂乃果は真っ直ぐに悠を見つめた。そうしなくても悠の答えは決まっている。

 

 

「答えは必要か?高坂」

 

 

悠は微笑んでそう返した。最初言葉の意味が分からなかったのか穂乃果は首を傾げたが、やがて意味を理解したのかぱぁと表情が明るくなってこう言った。

 

 

「ありがとう!鳴上先輩!!」

 

 

そして歓喜余って穂乃果は悠に抱きついた。

 

「ちょっ!穂乃果!離れなさい!!」

 

「穂乃果ちゃん!離れて!そこは私のポジションだよ!!」

 

慌てて海未とことりが悠から穂乃果を引き離した。穂乃果は少し不満そうだったが、すぐに表情を切り替えてこう提案する。

 

 

「ねえ、打ち上げ行こうよ!ファーストライブ終わったし、今日はパァとさ!」

 

「切り替えが早いですね…と言ってももうこんな時間ですし……」

 

「なら、今日は俺の家でホームパーティーでもするか。俺が手料理を振舞ってやる」

 

「本当!!鳴上先輩の手料理かぁ……楽しみ〜!」

 

「鳴上先輩…良いんですか?」

 

「気にするな。八十稲羽でも仲間とこうして打ち上げしたんだ」

 

「お兄ちゃん!!私オムライス食べたい!!」

 

 

 こうして、悠と穂乃果たちμ'sのファーストライブは幕を閉じた。一見不成功に終わったライブだったが、これがμ'sの存在を世に知らしめることになることはまだ誰も知らなかった。

 

 

 

ーto be continued

 

 




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「鳴上先輩!助けて!」

「アンタ誰?」

「鳴上くん、うちで働かない?」

「……………」



「なんで……こんなことに」

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#09「The hectic holiday1/2」


まず読者の皆様に謝罪を
先日の夜に手違いで未完成のものを投稿してしまいました。読者の皆様に混乱を与えたことをここに謝罪します。今後こういうことを無くしていくように努めますので。

今回は『まきりんぱな』編に行く前にちょっと閑話回です。タイトルの通り、鳴上くんが休日なのに様々な受難に巻き込まれるというもの。今回の作中に出てくるバイトの話はペルソナ4のアニメのドラマCDのネタが入ってます。分かる人は分かると思いますので。

そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・誤字脱字報告をしてくださった方・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!ちょこっとした感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。
皆様のおかげでこの作品のバーに色が付くことができました。これを見たときは某お祭り男みたいに声を上げて喜んでしまいました。まだまだ未熟で拙いところはありますが、これからもこの作品をよろしくお願いいたします!


それでは本編をどうぞ。


 

〈ベルベットルーム〉

 

目を開けるとそこはベルベットルームだった。今日はマーガレットだけでなくイゴールもいた。

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ。先日はマーガレットがお世話になったそうで」

 

「彼女たちの催しは大変見事でございました。マリーにも話したら『何で私も呼んでくれなかったの』と拗ねてしまいました。フフフ、ちょっとイジワルだったかしら?」

 

ー今度マリーに会った時が怖いな。

 

「あの催しの直後、貴方のペルソナ全書を確認したら、3つのアルカナが完全に解放されていました。【魔術師】に【女教皇】、そして【恋愛】。これはあの催しを通して、彼女たちとの絆が深まった結果かしらね」

 

 それを聞いたイゴールは突然目を見開き、ニヤリと笑った。

 

 

「フフフ、実に素晴らしい……だが、貴方たちの物語はまだ序章が終わったに過ぎません。これからも彼の地で起こったような出来事が貴方たちを待ち受けていることでしょう。それらをどう乗り越えていくか……楽しみですなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ライブから数日後》

〈放課後 鳴上宅〉

 

「やっと来たか……」

 

 学校が終わり今日は雨のためスクールアイドルの練習も休みなので家に帰ると、悠の元に1つの宅配物が届いた。送り主は『花村陽介』となっている。宅配物は普通のサイズだが、結構ものが入っている。中を開けているとそこにはこんなものが入っていた。

 

 

・クマ特製メガネ×9

・肉ガム×3

・編みぐるみ×3

 

 

 なんか余計なものがいくつか入っていた。

 まずクマ特製メガネは、穂乃果たち用に陽介を通してクマに頼んだものだ。今後穂乃果たちもテレビの世界に入るというのなら、クマ特製メガネは必須アイテムだ。しかし注文したのは3つのはずなのに、なぜその3倍の数を送ってくるのか。

 肉ガムは恐らく里中が送ってきたものだろう。陽介が悠に荷物を送ることを聞いてこれもと便乗したのかもしれないが、余計な世話というものだ。これは犠牲者が出ぬよう戸棚に封印することにしよう。

 編みぐるみは完二だろう。尊敬する悠のために一生懸命編んだのかもしれないが、これは悠が持つより穂乃果たちにあげる方が喜びそうなので、メガネと共に穂乃果たちに渡すことにした。

 

 とりあえず、荷物を整理して陽介に荷物が届いたと連絡した。

 

 

『おう!荷物届いたんだって?それは良かったぜ』

 

「それは良いんだが、何で頼んだメガネが9つになってるんだ?頼んだのは3つのはずだが」

 

『あ〜それね。なんかクマ吉のやつが調子に乗ってそれぐらい作ってしまったんだと。それで『バリエーションが豊富になったからセンセイもメガネでオシャレが出来るクマ』とか言って全部送らされた』

 

「なるほど」

 

 妙に陽介のクマのモノマネが上手い。自分は今のメガネに不満はないのだが。

 

『肉ガムと編みぐるみに関しては言わずもがなってやつだ。悠の想像の通りだよ』

 

「……完二は高坂たちが喜ぶからいいとして里中は余計なものを送ってきたもんだな」

 

『同情するぜ相棒。俺もやめとけって言ったんだけどよ、止められなかったわ。里中が「東京にも肉愛好家がいるかもしれないじゃん」とか言ってよ』

 

 それにしても肉ガムはないだろうと悠は思った。あれは味覚がおかしくなければ大抵の人はマズイと感じる代物なのに。

 そう思っていると、突然陽介がこんなことを言ってきた。

 

 

『それより悠、お前が手伝ってるスクールアイドルの【μ's】だっけ?結構ネットで評判になってるぞ。いや〜お前よくあんな可愛い女の子たちと知り合えたな。流石相棒、今度紹介してくれよ』

 

 

「え?……どういうことだ?」

 

『あれ?あの動画を投稿したのお前じゃないのか?』

 

「動画?…いや俺はライブのときは音響室に居たし、手伝ってもらった人に動画を撮るのを頼んだ覚えはないんだが」

 

『そうなのか?……まぁ、後で見てみ。それよりよ』

 

 と、陽介が別の話題に移ろうとした時に悠の携帯に着信音が入った。耳を離して画面を確認すると、穂乃果からだった。

 

『ん?どうした?』

 

「すまない陽介、高坂から電話が入ったから一回切るな」

 

『そうか…まぁ、また何かあったら連絡してくれ』

 

「了解。またな相棒」

 

『じゃあな、相棒』

 

 すっかりお決まりの台詞を残して陽介との対話を終え、悠は穂乃果との対話に移った。

 

 

「もしもし?」

 

『鳴上先輩!助けて!!』

 

「え?」

 

『今すぐうちに来て!』

 

 と、穂乃果はそんなことを言い残して一方的に電話を切った。何かあったのかと思い、悠は急いで家を出た。

 

 

 

 

 

〈和菓子屋 【穂むら】〉

 

「ここだよな」

 

 土砂降りの雨の中、高坂の家である和菓子屋に着くと悠は急いでドアを開ける。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 ドアを開けると、出迎えてくれたのはみどり色のエプロンを着けた女性だった。

 

「あら?こんな雨の中わざわざうちの和菓子を買いに来てくれたの?」

 

「あの、すみません。高坂に……穂乃果さんに呼ばれて来た者なのですが」

 

「穂乃果?……あら?じゃあ貴方が噂の鳴上くんなのね。ふ〜ん、雛ちゃんから聞いたけどなかなか良い男の子じゃない」

 

 と、その女性は悠に近づいてジロジロと悠を観察する。

 

「あ、あの」

 

「うん。見た目も良いし、しっかりしてそうね。うちの穂乃果とは大違いだわ」

 

「え?うちの?」

 

「あ、ごめんなさい。私、穂乃果の母親の『高坂菊花』です。先日はうちの穂乃果がお世話になったそうで」

 

 何か穂乃果とはあまり似てない母親だなと悠は思った。娘の方は元気発剌という印象があるが、菊花の方はおっとりしているという印象を受ける。

 

「改めて音乃木坂学院3年生の鳴上悠です。穂乃果さんのことはこちらもお世話になりました」

 

「あら?今時の若い子とは違って礼儀正しいのね。これならしっかり仕事してくれそうだわ」

 

 

「え?仕事?」

 

 

「あら?穂乃果から聞いてないの?」

 

「いや、その」

 

 仕事と言われても訳が分からないので事情を聞こうとすると

 

 

「あー!鳴上先輩!来てくれたんだ!」

 

 

 店の奥から私服姿の穂乃果が飛び出して来た。

 

「高坂、これは?」

 

「助かったよー!お母さん、これで明日は大丈夫だね!」

 

 

「え?明日?…….え?」

 

 

 

 詳しく事情を聞くとこうだ。

 どうやらつい先ほど、この和菓子屋の職人である穂乃果の父親がぎっくり腰になって医者から1日絶対安静と言われたらしい。和菓子の方は菊花が作るので問題ないが、それだと接客が人手不足になる。なんとかならないか?と思った時に穂乃果は助っ人として真っ先に思いついた悠を呼び出したということだ。

 

「いや、人手って高坂がいるだろう。手伝いはしないのか?」

 

 悠はそのことにツッコミを入れたが、それにも事情があった。穂乃果はこの間の初ライブに熱中しすぎたため、宿題が溜まりに溜まったらしい。それを消化するため明日園田家で勉強会を開くため高坂家にいないそうだ。

 

 

「鳴上先輩!お願い!!1日だけで良いから!」

 

 

 事情を聞いた悠は既視感を覚えた。八十稲羽で愛屋のバイトを頼まれた時と状況が似ている。あの時は看板娘の『中村あいか』が悠は料理が得意と知って、勝手に手紙で呼びつけられたのだが。

 

 

「高坂、俺が受験生だってことを忘れてないか?」

 

 

「へ!!いや、それは……」

 

「……こんなことしている間にも、他のみんなは勉強して……俺は合格が遠のいて……」

 

「あー!!ごめんなさい!ごめんなさい!鳴上先輩ごめんってば!やっぱりこの話は」

 

 突然シリアスなことを言う悠に穂乃果は慌てた。しかし、

 

 

「………と言うと思ったか?」

 

 

「へ?」

 

 穂乃果の慌てる顔を見て悠はニヤリと笑う。その顔は悠が人をからかう時の顔だった。

 

「後輩が困ってるのにそれを先輩の俺が見過ごすわけないだろ。お手伝いするよ。勉強の方は大丈夫だから」

 

「ううっ……鳴上先輩のイジワルー!そうならそうって言ってくれれば良いのにー!」

 

「ごめんごめん」

 

 からかわれたことに怒っているのか、穂乃果は少し半泣きになって悠の肩をポカポカと叩く。その様子は仲の良い兄妹に見えた。それを見た菊花はニヤニヤしていたという。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 穂乃果のポカポカから解放された悠はとりあえず明日高坂家のお手伝いをすることを承諾し、帰宅しようと思ったが……

 

 

 ゴオオオオオオオッ

 

 

 外はこの季節とは思えない嵐になっていた。携帯で天気予報を見ると、爆弾低気圧により明日の朝までこの調子らしい。どうしたもんかと悩んでいると、菊花が悠にこう提案してきた。

 

「鳴上くん、今日は泊まって行きなさい。こんな嵐の中で帰らせて何かあったら、ご両親と雛ちゃんに申し訳ないから」

 

「え?」

 

 何かまた既視感を感じた。雛乃の時を思い出したのか身体がブルッと震えた気がした。

 

「心配しなくて大丈夫よ。空き部屋はあるし、着替えはうちの人のを使ってもらえれば良いしね。明日お手伝いしてくれるなら尚更よ」

 

 悠はこの提案に最初は断ろうかと思ったが、菊花の言うことは尤もであり断ったら別のことで面倒になりそうなので、悠は菊花の提案を受け入れることにした。穂乃果は悠が泊まることを聞いて嬉しそうにしていた。しかし、ただ泊まらせてもらうだけでは申し訳ないので悠は菊花にこう提案する。

 

「なら今日の夕飯は自分が作りますよ」

 

「え?鳴上くん料理できるの?」

 

「嗜む程度に」

 

「でも……」

 

「こっちは泊まらせてもらう側なので、それぐらいはさせてください」

 

 そう言うと渋々だったが、菊花は承諾してくれた。とりあえず、キッチンに入る前に手を洗おうと思い洗面所の場所を教えてもらった。洗面所のドアを開けるとそこには…

 

 

「ウーン、どうすれば大きくなるんだろう?」

 

 

 メガネをかけた下着姿の女の子が居た。悠はそれをみた瞬間気づかれないように静かにドアを閉じた。

 

 

ーそっとしておこう

 

 

「って!アンタ誰!」

 

 そうは問屋は卸してくれなく、先ほどの少女が悠に気づいたのか下着姿のまま凄い剣幕で悠に詰め寄ってきた。

 

「いや、俺は」

 

「この!ヘンタイ!!」

 

 少女は悠の弁明も聞かずに顔にグーパンを繰り出した。少女が出すとは思えないその威力に悠は数十分気絶したのであった。

 

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

「あら?美味しそうね。これは期待して良いのかしら?」

 

「お口に合うか分かりませんが」

 

 気絶から復活した悠は何とか夕飯を作り終えることが出来ていた。高坂家の食卓に悠の手料理が並び、あまりの出来栄えに菊花は期待した目をしている。今日のメニューは『鮭ときのこのバターホイル焼き』。前とある料理漫画を読んで作ってみたいと思ってた一品である。

 

「うわ〜美味しそう!流石鳴上先輩だね!」

 

 初ライブの打ち上げで悠の手料理の味を知っている穂乃果はキラキラした目で料理を見渡している。

 

「……確かに美味しそう」

 

 先ほど悠にパンチを繰り出した穂乃果の妹である少女『高坂雪穂』は暗い表情で料理を見つめていた。どうやら事情も知らずに悠を沈めたことを気にしてるようだ。そのことで調理中何度も土下座で謝られたのだが、悠は全く気にしてなかった。これは『オカン並』の寛容さが成せるものだろう。

 

「雪穂さん…だったか?」

 

「……雪穂で良いですよ」

 

「そうか……雪穂、別に俺は別にさっきのことは気にしてないぞ。そう気に病むな」

 

「でも…」

 

「早く食べよう。これは出来立てが美味しいんだ」

 

 悠がそう言うと雪穂はまだ納得してない様子だったが、こくりと頷いて箸を持った。

 

 

 その夜、高坂家の食卓に女性3人の歓喜の声が上がったのは言うまでもない。食事中、菊花が悠を見て

 

「……これは是非とも婿に欲しいわ」

 

 と呟いていた気がしたが、そっとしておいた。

 

 

 

 夕飯の後、悠はデザートとして『穂むら』名物の和菓子【ほむまん】をいただいていた。とても美味しかったので陽介のお土産にちょうどいいと思っていると、菊花が悠にこんなことを言ってきた。

 

 

「鳴上くん、貴方和菓子作りに興味ないかしら?」

 

 

「え?…まぁ人並みに」

 

「せっかくうちでお手伝いするんだから、挑戦してみない?ちょうど材料も余っているから」

 

「…よろしくお願いします」

 

 そんなやり取りを聞いた穂乃果と雪穂は頬を引きつらせていた。

 

「お、お姉ちゃん……お母さん…まさか」

 

「鳴上先輩……生きて帰れるかな……」

 

 

 

 その夜……

 

「そこ!違うって言ってるでしょ!」

 

「は、はい!」

 

 厨房で菊花にしごかれる悠の姿があった。どうやら菊花は普段おっとりしているが、和菓子に関しては人が変わるらしい。少し分量を間違えただけで怒声が飛ぶ状況で、悠の精神のHPは減っていくのであった。その代償として悠の和菓子スキルは上がった。

 

 

 

 

〈就寝時間〉

 

「鳴上さんすみません。うちの母が」

 

「大丈夫だ雪穂……もんだいない」

 

「強がってますけど、そのやつれた顔は大丈夫じゃないですよね」

 

 菊花のシゴキが終わった後、雪穂に空き部屋を案内された。ちなみに穂乃果はまだ午前0時を回っていないにも関わらず既に就寝している。宿題はやらなくていいのかと思ったが、黙っておくことにした。

 

「それじゃあ、明日はよろしくお願いします。おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 そう言って、雪穂は自室に戻っていった。

 改めて、ここの親子はあまり似つかないなあと悠は思った。性格は言わずもがなだが、容姿も違う。雪穂は母や姉と違って赤みがかかった茶髪のショートカットでつり目をしている。こんな親子もいるのかと思いつつ、布団を敷いて眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈翌朝〉

 携帯のアラームか鳴り目が覚めた。時刻は朝4:50。この時間帯に起きたことがあまりないので身体が重いが、とりあえず服を着替えて部屋を出た。廊下を渡り厨房へ入ると、そこにはすでに作業に入っている菊花が居た。

 

「あら?鳴上くん、おはよう。こんな朝早く起きなくても良かったのに」

 

 悠が来たことに気づいたのか菊花は笑顔で迎えた。

 

「おはようございます。なにか手伝えることがあればと思いまして」

 

「え?別にそこまでしなくてもいいのに」

 

「手伝いますよ。それくらいしないと自分の気がすまないので」

 

 そう言うと菊花は悠の提案を受け入れた。悠は簡単な作業だけを任させただけだが、昨日の菊花のシゴキのお陰か手際が良くなっていた。それをみた菊花は

 

 

「一晩でここまで成長するなんて……やっぱり婿に欲しいわ………お相手として穂乃果を……いや雪穂かしら……」

 

 と、怪しげなオーラを漏らして呟いていたがそっとしておいた。

 

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

 こうして仕込みも終わり朝食も済ませて、いよいよ開店時間となった。すると、

 

 

「おはようございます。穂乃果を迎えに来ました」

 

「おはようございます」

 

 と、海未とことりがやってきた。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 ここは店員として二人に挨拶すると、悠がいると思わなかったのか海未とことりは驚愕した。

 

「な、鳴上先輩!何してるんですか!」

 

「お兄ちゃん!どうしてここに!しかもその格好って」

 

「色々あって、1日ここで手伝いをすることになった」

 

 悠がそう説明すると奥から菊花が顔を出す。

 

「あら?海未ちゃんにことりちゃん。いらっしゃい。穂乃果を迎えに来てくれたの?」

 

「はい。穂乃果が逃げる可能性があると思ったのでれんこ…迎えに来ました」

 

 今連行と言おうとしなかっただろうか?

 

 

「鳴上くん、昨日からありがとうね。夕飯や朝食作ってもらったり、朝の仕込みを手伝ってくれたり」

 

「いえ、一晩泊めてもらいましたのでこれくらいおやすい御用です」

 

 

 菊花と悠がそんな会話をしていると、それを聞いたことりが焦ったような顔をして悠に詰め寄ってきた。

 

 

「お兄ちゃん!どういうこと!!穂乃果ちゃんの家に泊まったの!しかもご飯作ったの!」

 

「こ、ことり?どうしたのですか」

 

 ことりの急変ぶりに海未は困惑する。

 

「お、落ち着け。昨日は偶々嵐で、危なかったから泊めてもらっただけだぞ。そのお礼としてご飯とか作っただけで」

 

「むぅ…………」

 

 悠の説明を聞いたことりは何故か黒いオーラを醸し出しながらむくれ始めた。そんなとき

 

 

「海未ちゃん!ことりちゃん!おはよう!!今日はよろしくね!」

 

 

 と、何も知らない穂乃果が宿題が入ってるバッグを持ってやってきた。それに気づいたことりは黒いオーラを出したまま穂乃果に近づいて

 

 

「穂乃果ちゃんおはよう♪やっと来たね♪今日は一緒に頑張ろう♪」

 

 

「こ、ことりちゃん?今日何か変だよ!目が笑ってないし」

 

 穂乃果はいつもとは違う友人の様子に動揺する。実際穂乃果は何も悪くないので、俗に言う八つ当たりというものである。

 

「何のことかな?早く海未ちゃんの家に行こう♪時間がなくなっちゃうから♪それに…聞かなきゃいけないこともあるから♪」

 

 ことりは穂乃果の腕を掴み、ズルズルと外へ引っ張っていった。

 

「ちょっ、ことりちゃん!怖いよ!どこからそんなチカラが……鳴上先輩!海未ちゃん!タスケテー!!」

 

 穂乃果の叫びも虚しく、穂乃果は外へ連れ出されてしまった。その光景をみた菊花は

 

「あらあら?まさかことりちゃんも……フフフ…ライバルが増えたわね」

 

 と意味不明なことを言い出して、店の奥に引っ込んでいった。その場に取り残された悠と海未はただ呆然とするしかなかった。

 

「鳴上先輩……私はどうすれば…」

 

「そっとしておこう」

 

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

 とりあえず穂乃果たちが去った後、休日のせいかお客さんがたくさん来店した。八十稲羽ではこんな接客をたくさんするバイトは経験してなかったので悠にしては珍しく戸惑ったが、よく店の手伝いをしているという雪穂がサポートしてくれたお陰もあって何とか円滑にお客を捌けていた。

 

 

 

 

「ふぅ、去年は接客はあまりやったことないから結構くるな……」

 

 昼休憩になって腰を下ろした悠がそう呟くと雪穂が話しかけてきた。

 

「鳴上さんって、何のバイトしてたんですか?」

 

「嗚呼、去年は確か夏休みに家庭教師に学童保育の手伝い、病院の清掃。そして夏休み終盤にジュネスのタイムセールで人の波に飲まれそうに……」

 

「もう聞きたくないです」

 

 今思えば、よくあんなバイトまみれの夏休みを送れたなと悠は思った。あれも全て菜々子の傘の為だったからか。夏休み終盤のアレは陽介に付き合っただけだが。

 

 

 

 昼休憩も終わり仕事に戻るとまたたくさんお客さんが来店したが、慣れてきたのか午前中よりかは戸惑うことはなくなった。

 途中常連さんという老夫婦から「この人は雪穂ちゃんの彼氏かい?」などと聞かれる漫画ではベタな展開があった。これに雪穂がテンパって和菓子を何個か落としてしまった。

 

 

 

 そんなことをしているうちに閉店時間となった。店を閉めた瞬間、どっと悠の身体に疲れが溜まる。慣れないことをすると結構疲れるものだなと悠は実感した。

 その場に座っていると菊花にリビングに呼び出された。リビングに着くとそこには、何か封筒を待っている菊花と胡座をかいて座っている厳格な雰囲気を持つ男性がいた。おそらくこの男性が穂乃果の父親だろう。

 

 

「今日はありがとうね、鳴上くん。助かったわ」

 

「………ありがとう」

 

 2人は悠に頭を下げて礼を言う。

 

 

「いえ、後輩のご家族が困ってるならこれくらい平気です。それに俺も今日良い経験をさせて頂きました。こっちこそありがとうございます」

 

 悠は穂乃果の父親に内心ビビりながらも今日貴重な体験をさせてもらったことに礼を言う。

 

「……………」

 

「鳴上くん、これは今日のお礼よ。受け取って」

 

 と、菊花が悠に持っていた封筒を差し出す。その封筒には『給料袋』と書かれてあった。

 

 

「そんな。受け取れません。俺は今日手伝いできただけなのに」

 

 悠は今日の労働は『知人のお手伝い』と認識していて、バイトとは思ってなかった。故に給料などもらう必要はないと相手に伝えると

 

 

「………受け取りなさい」

 

 

 と、寡黙だった穂乃果の父親がそう発言した。

 

「それは私と妻が今日の君の働きを見て、見あうと思って用意した対価だ。君が今日のことをどう思ってようが勝手だが、相手が厚意で用意したものを受け取らないと言うのは相手に失礼とは思わないか?」

 

 穂乃果の父親の言葉に悠はうっと思った。流石大人の男というべきか指摘したことは的を得ている。

 

「鳴上くん、うちの人もこう言ってるし、受け取ってくれない?私たちからの感謝の気持ちよ」

 

 流石にここまで言われては断れないので、悠は給料袋を受け取ることにした。

 

「ありがとうございます。大切に使わせて頂きます」

 

 悠は正座して深々と頭を下げた。すると、そんな悠に菊花はこう言った。

 

 

「鳴上くん、これからも穂乃果のことよろしくね」

 

「え?」

 

「最近穂乃果がね、貴方のことをよく話すの。穂乃果が結構信頼してる人だからどんな子かなと思ってたけど、昨日から接してみたら貴方がとても良い人なのが分かったわ。穂乃果が信頼するのも納得ね」

 

「……」

 

「だから、もしあの子がこの先何かあったら助けてあげてね」

 

「……私からもよろしく頼む」

 

 と、高坂夫妻が悠に向かって頭を下げてそうお願いした。

 

 

「分かりました。任せてください」

 

 

 悠はしっかりと高坂夫妻の方を見てそう返事した。それを見て高坂夫妻はとても安心したという表情を顔に浮かばせていた。

 

 

 

ー高坂夫妻と仲が深まった気がする。

 

 

 

 しかし、穂乃果の父親が急に目を細めて悠にこう言った。

 

「……ただし穂乃果を嫁には渡さんぞ」

 

「え?いや、貰いませんよ」

 

「何?……うちの娘に何か不満があるのか?」

 

「いや!そういうことじゃなくて」

 

 いきなり話があらぬ方向にぶっ飛び始めた。

 

「も〜貴方ったら。鳴上くんは結構和菓子の素質があるから私は婿に来るのは大歓迎よ。なんなら卒業後にここで働かない?婿として迎えるから」

 

「え?……いや、だから」

 

 

 良い話で終わろうとしたのに、急に台無しになってしまった。この後も悠と高坂夫妻の嫁婿に貰う貰わないの話で無駄な言い争いが続いたのである。

 

 

 一方高坂家の玄関では

 

「た、ただいま〜……」

 

「お姉ちゃん、お帰り〜ってどうしたの?結構疲れてるみたいだけど。そんなに宿題溜まってたの?」

 

「……今日のことりちゃんは……怖かった……」

 

 こんなやり取りがあったりと高坂家は結構騒がしかったのであった。

 

 

 

 こうして、鳴上悠の忙しい1日は終了した。しかし、また明日更なる受難が待ち受けていることはまだ悠は知らなかった。

 

 

 

to be continuded

 




Next Chapter

「私だ」

「センパ〜イ、明日デートしよ♪」

「鳴上先輩、明日白米食べに行きましょう!」

「お兄ちゃん♪明日はことりとデートだよ♪」

「鳴上くん♪明日お話が」


「どうしよう………」

Next 「The hectic holiday 2/2」


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#10「The hectic holiday2/2」


今回は閑話回の2回目。既に気づいている人も多いでしょうが、今回はペルソナ4ザ・ゴールデンのアニメでもあったブッキング回です。色々と考えすぎて皆さんの予想と違うものになっているかもしれませんが、それでも楽しんでいただけたら幸いです。

それと、今回の話に先の話の伏線を張ってあります。分かる人は分かると思います。

そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!ちょこっとした感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。
この作品のバーに色がついてから色々な評価をいただいて日々評価が上がったり下がったりして一喜一憂してしまいますが、それは読者の皆様がちゃんとこの作品を見ていただいている証拠ですので大変感謝です。
これからも皆さんが楽しめるような作品を目指していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

それでは本編をどうぞ。


 

〈夜 鳴上宅〉

 

 高坂家でのバイトを終えた悠は自宅でパソコンを開いていた。先日陽介が言っていた【μ's】の動画について確認するためである。調べてみると確かにあのファーストライブの動画が存在した。コメント欄には少し辛口なコメントもあったが、それでも高評価のコメントが多かった。まぁ初めてのライブにしては上出来だろう。

 それにしても誰がこの動画を投稿したのか?お客として来た花陽と直斗とマーガレットが怪しいが、それはないだろう。見た限りだと3人はカメラらしきものは持っていなかったのを覚えている。では、一体だれが?

 

 考えても分からなかったので、悠は別のことを考えることにした。それは高坂家からの帰り道でのことだ。

 

 

〜回想〜

 

「あ!鳴上先輩」

 

 帰宅途中、道端で初ライブに来てくれた花陽と出会った。

 

「こんにちは小泉。今日はおつかいか?」

 

「はい、お母さんに夕飯の食材の買い出しを頼まれて。鳴上先輩は?」

 

「俺も夕飯の買い出しだ。買い物しないと作れるものがなかったからな」

 

「え?…もしかして鳴上先輩、お料理するんですか?」

 

「嗜む程度に」

 

「凄いです!お料理出来る男の人って私憧れます!!」

 

 そんな会話をしていると、悠は何か思い出したのか花陽にこう言った。

 

「そういえば小泉、明日って時間あるか?」

 

「へ?まぁ…ありますけど」

 

 

「良かったら前に約束してた白米を奢るの明日にしないか?」

 

 

「へ?……ええええ!い、良いんですか!」

 

「嗚呼、勿論だ。俺も明日時間あるし。リクエストのお店はあるか?」

 

「………じゃあ、お願いします。ええと……ポロニアンモールの『わかつ』って定食屋にしましょう!」

 

「わかった。時間はいつが良い?」

 

「えーと……明日の12:30で良いですか?」

 

「了解した」

 

「えへへ、明日は一緒に美味しい白米食べましょうね!鳴上先輩!」

 

 花陽は満悦な笑みを浮かべていた。その後雑談をしながら花陽を駅まで送って行った。

 

〜回想終了〜

 

 

 

 そんなこともあって明日花陽とお昼を食べることになったのだが、それだけでは申し訳ないので食後にどこか連れて行こうかと思っていると携帯の着信音が聞こえてきた。画面を見ると、発信主は『久慈川りせ』となっている。何か用なのかと思い、通話ボタンを押した。

 

 

「私だ」

 

 

『え……え〜と、こちらは鳴上悠先輩の電話番号で合ってますか?』

 

「鳴上です」

 

『……もう!先輩!!驚かさないでよ!怖い人かと思ったじゃん!』

 

「ごめんごめん」

 

『まぁ、そんなお茶目な先輩も大好きだけど♪』

 

 いつものりせだった。八十稲羽でもりせは悠に積極的なアプローチを出しては特捜隊の女子陣に冷ややかな目で見られていた。りせ本人は本気なのだが、悠は冗談だと受け止めているので、空回りすることが多いが。

 そんな彼女から突然こう提案された。

 

 

『ねぇセンパーイ♪明日デートしようよ♪』

 

 

「え?」

 

『明日の午前12:30までだけなんだけど、ぽっかり時間が空いたんだ。それでせっかくだからこの前のお礼として先輩とデートしようと思って』

 

 前のお礼とは、おそらく穂乃果たちのダンスレッスンのメニューを組んでくれたことだろう。確かにお礼としてデートすると約束したが、まさか花陽と明日食事することになったこのタイミングでくるとは…

 

「あの…りせ…」

 

 

『明日は楽しみだな〜。秋葉原で待ち合わせね。あ〜、朝から悠先輩と一緒に原宿とか回って〜カフェで一緒に食事して〜別れ際に先輩と甘〜いな時間を……そして……キャー!悠先輩ったら大胆〜!』

 

 

 駄目だ。事情を説明しようとしても、りせは妄想の世界に入ってしまった。こうなったらりせは話を聞いてくれない。

 

「りせ、話を」

 

『じゃあ、後でまた連絡するから!明日は楽しみだね♪悠先輩♪』

 

 と、りせは一方的電話を切った。

 これはマズイ。これは所謂ブッキングというやつだ。なんとかしなければ。

 そんな悠を尻目にまた携帯が鳴り響く。画面を見ると今度はことりからだった。

 

 

「…私だ」

 

 

『お兄ちゃん♪明日ことりとデートしよ♪』

 

 

「え?」

 

『今日宿題ぜんぶ終わったから、明日久しぶりに兄妹水入らずでお出かけしようよ♪お兄ちゃん♪』

 

 今度はことりからのデートのお誘いだ。またこんなタイミングにと思いつつ、悠は説得を試みる。

 

「あの、ことり……明日はちょっと」

 

 

『……お兄ちゃんは…私とお出かけするの嫌なの?』

 

 

 ことりがとても悲しげな声で悠に訴えかける。これには流石の悠も慌てた。

 

「いや、そんなことはないぞ」

 

『じゃあ……明日ことりとデートしてくれる?』

 

 電話越しだが、ことりが捨てられた子犬のような目で懇願している姿が想像できた。そんなことをされては流石の悠も断れるはずがない。最近菜々子と同様ことりにも何故か甘くなっているのだ。

 

 

「あ、嗚呼。勿論だ」

 

 

『本当!!やった〜!!』

 

 悠から了承を得たのが嬉しかったのか、ことりは子供のような歓喜を上げた。その喜びようは八十稲羽に居る菜々子に似ていた。

 

 〉言ってしまった……もう後戻りはできない。

 

 

『じゃあ、明日はお洋服見て回ろうよ!ちょうど新しい服をみたいと思ってたんだ。それに……お兄ちゃんのも…選びたいな〜なんて♪』

 

「そ、そうだな……」

 

 楽しそうに明日のプランを話すことりだが、悠にはそれは悪魔の囁きにしか聞こえない。

 

『それと…色々回った後………お兄ちゃんの家で2人っきりで過ごしたいなぁ♪』

 

「は?いや、それは流石に」

 

『……お願い♪』

 

 

 

 

 〜数分後〜

 

 

 

 

『じゃあ明日のことりとのデート、楽しみにしててね♪お兄ちゃん♪』

 

 

ーことりには逆らえなかった……

 

 

「どうしよう………」

 

 マズイ…八十稲羽で陽介と密着計画を実行した時のことを思い出す。またあの時の受難に遭うことになるのかと思うとゾッとする。とりあえず、このままではみんなを悲しませることになる。あの時のようにはなるまいと悠は机に向かい、計画を練り始めたのであった。

 

 

 

 

 その後、夜中に差し掛かったと同時に悠の『パーフェクト計画』がここに誕生した。その計画は以下の通りである。

 

 

 

【パーフェクト計画 作:鳴上悠】

9:00〜12:25

『ドキドキ!りせちーと密着デート!!』

 復帰を目指すりせちーこと久慈川りせと原宿を周ります。さらにりせちーから重大発表も?お楽しみに!

 

 

12:30〜13:10

『突撃!定食屋【わかつ】の白米』

 お米を愛してやまない小泉花陽とお昼に白米!彼女は白米についてこう語る!

 

 

13:15〜18:00

『ことりが選ぶ!オススメお洋服!』

 久しぶりの兄妹デート?ことりは兄のために服をコーディネート?兄のハートを掴むためにことりは頑張ります!

 

 

 計画表があるテレビ番組表みたいになっているが、詳しくはこうだ。

 

 まず、朝9:00にりせと秋葉原で待ち合わせ。そこからりせが前から行ってみたいとリクエストしていた原宿で散策をする。色々見て回ったあと少し軽食を取り、りせと別れる。

 その後、定食屋【わかつ】があるというポロニアンモールまで行き、花陽と昼食。

 花陽と別れた後、巌戸台駅でことりと待ち合わせ。あとは普通にことりとのデートを楽しめば良い。ちなみにことりには午前中は勉強したいからと嘘をついてデートは午後からにしてもらった。ことりは不満そうだったが、こちらには受験というアドバンテージがあったのでそこを活用した。

 

 若干無理がありそうに見えるが、なんとかやるしかない。もうあの時のようなヘマはしないだろう。必ずこの計画を成功させる。そう決意して悠は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈翌日 秋葉原〉

 

 昨日あまりに遅くに寝たせいか、しっかり準備してきたにも関わらず身体がだるい。こんな調子で大丈夫なのかと思っていると、

 

 

「センパーイ!お待たせ!」

 

 

 目の前にオシャレなサングラスを掛け、髪型をポニーテールにしカジュアルな服装に身を包んだりせが現れた。いつもは髪をツインテールにしてる彼女だが変装のためかポニーテールにしてるため、いつもとは違う感じだ。

 

「いや、そんなに待ってないぞ。りせ」

 

「本当かな〜?でも、悠先輩だから良いけど♪じゃあ、行こう!午前中だけだからあんまり時間ないし……悠先輩に1秒でも多く触れたいしね♪」

 

 と、りせは悠の腕に密着してきた。

 

「ちょっ、りせ」

 

「だって今日は日曜日だから秋葉原って人多いんだもん。はぐれないようにこうしとかないと」

 

「……まぁいっか」

 

「やった〜!じゃあ早く行こ!悠先輩♪」

 

 と、2人は密着したまま秋葉原へと繰り出した。その途中、背後から誰かの視線を感じた。

 

 

 

 

another view ①

 

 こ、これは。どういうこと!鳴上のやつ。

 わたしの目と耳が確かならば、鳴上に引っ付いているあの女は私の憧れの久慈川りせだ。鳴上のやつあんなに密着して……羨ましい……じゃなくて、どういうこと?

 休日に二人でお出かけ?……まさか!あの2人は恋人同士!!これは1人のファンとして確かめなければ。必ず尻尾を掴んでやる!!

 

 

another view ① out

 

 

 

 

another view②

 

 あらあら?休日やから1人で秋葉原に出てみたら……鳴上くん、また女の子を……

 しかも学校外の女の子とはな……これはしっかり尾行せんとな…再教育のために……

 それに、にこっちも近くにいるようやし…

 楽しい休日になりそうやね♪

 

 another view ➁ out

 

 

 

 

 

 

〈原宿〉

 

 りせの要望で原宿にやってきた。

 休日なだけであって人が多かったが、りせがギュウウと腕にしがみついているのではぐれることはなかった。2人は色々お店を見て回って過ごした。見たことない大きな綿菓子を2人で協力して食べたり、ブディックでお互いの服を選んだりした。

 りせは憧れの悠と一緒に過ごせて終始嬉しそうだった。悠もりせの久しぶりのスキンシップに戸惑ったりしたが楽しそうに過ごしていた。

 

 

 

 

 色々回った流石に疲れてきたので、2人はベンチで休憩することにした。

 

「ハァ〜楽しい!!やっぱり悠先輩と一緒だと楽しいな!」

 

「それは良かった」

 

「あの綿菓子凄かったね。私ずっと東京に居たのに、あんなのあるなんて今まで気づかなかったよ」

 

「俺もだ」

 

「フフフ、悠先輩が食べるのに苦戦してたの面白かったよ」

 

「そう言うとりせもだろ?」

 

 2人で楽しく会話した。その時、どこからか黒いオーラを感じた気がしたが気のせいだろう。

 

 

「あ!そういえば、先輩がマネージャーやってるスクールアイドルの動画見たよ。ちょっと素人臭いところはあったけど、プロの私から見ても初めてにしては中々のものだったな」

 

 りせはμ'sの初ライブを好評する。それを聞くと悠は自分のことのように嬉しかった。

 

「ありがとう。りせが協力してくれたおかげだな」

 

「ううん、私はただ練習メニューを教えただけ。頑張ったのはあの子たちでしょ?それに……悠先輩もあの子たちに何かしたんでしょ…」

 

 そう言うと、りせは頬を膨らませた。やはりスクールアイドルとはいえ憧れの悠が自分以外のアイドルのマネージャーを務めているとこは気に食わないようだ。

 

「そ、それより何か俺に伝えたい事があるんじゃなかったか?」

 

 りせの目線が痛かったのか別の話題に変えようと試みる。

 

 

「あ、そうそう。実は悠先輩たちに私が出るフェスのバックダンサーを……あっ」

 

 

 りせはそんなことを言いかけたが、とある方向を見てそう声を上げる。

 

「どうした?」

 

「先輩、あれ」

 

 りせが示したほうを見るとそこには……

 

 

「ジイィィィィ」

 

 

 サングラスにマスクを装着した小学生くらいのツインテール少女が少し遠いところから2人をジッと見ていた。サングラスにマスクという組み合わせなので端からみたら不審者に見える。

 

(……あれは矢澤だよな)

 

 その少女の格好が以前にこがしていたものと同じなので悠が呑気にそんなことを思っていると

 

「あの子なんなんだろ?……何か怖い」

 

 りせはそう言いつつ、悠の腕にしがみつく。余程少女のことが怖いのか、あるいはわざとそうしてるのか真相は彼女のみぞ知る。そんなりせを見て、悠はりせを安心させようと優し接した。

 

「大丈夫だ。俺がいるぞ」

 

「悠先輩……」

 

 二人に何やら甘い雰囲気が流れて始めた。すると、

 

 

「な、鳴上〜〜〜!!」

 

 

 2人の雰囲気に痺れを切らしたのか、少女が2人に凄い勢いで急接近してきた。

 

「うわっ!あの子こっちにきた!」

 

「逃げるぞ!りせ!!」

 

「え?ちょっ、先輩!」

 

 本能が危険を察したのか悠はりせの手を掴み少女から逃げるため逃走を開始した。

 休日の原宿なので人が多かったので中々撒けなかったが、テレビの世界でシャドウから逃走した経験を思い出し何とか振り切った。

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

 不審な少女から逃げ切った2人は場所を原宿から辰巳ポートアイランドへと場所を移した。ここならもうにこに見つかるはずはないだろう。

 

「ハァ…ハァ…怖かった〜。もう!あの子誰!?もう少しで悠先輩と良いところまでいけたのに〜〜〜!!」

 

 少女から逃げ切ったあと、せっかくの悠とのデートを邪魔されたのでりせは相当ご立腹だった。もうデートの時間も残り少ない。このままでは雰囲気が悪くなるので、悠はまた時間が空いたらデートするとフォローを入れた。それを聞くとりせは多少は機嫌が良くなったのか、小悪魔的な笑みを浮かべて

 

「じゃあ、今度はとことん攻めるから覚悟しててね♪悠先輩♪」

 

 と、ウインクして言われた。

 

 

ーその後残り時間はカフェで談笑して時間を潰した。

 

 

 

12:25

〈ポロニアンモール 噴水広場〉

 

「それじゃあ先輩、私はここで失礼するね」

 

「ああ、今日は楽しかった」

 

「私も楽しかったよ♪今度は別の場所でね」

 

 途中で不審な少女の邪魔が入ったとはいえ、何とか良い感じでデートを終わらせた。第一段階が終わったと安堵していると……

 

 

「あっ!鳴上先輩、お〜い!」

 

 

 私服姿の花陽が悠たちに向かってやって来た。

 

 

「なっ!!!」

 

 

 これに悠の頭の中で警報が鳴り響いた。花陽とはりせと別れた後に定食屋の前で合流するはずだったのに。どうやら偶然にもここで合流してしまったようだ。

 

「こ、小泉」

 

「先輩……この子は…何?」

 

 まずい!りせが目を鋭くして黒いオーラを発している。なんとかしなければ…

 すると、花陽はりせをジッ見て何かに気づいた。

 

「な、鳴上先輩?この人って……まさか」

 

 な、何だ?何に気づいたんだ?

 

 

 

「久慈川りせさんですか!!」

 

 

 

 

「「………へっ?」」

 

 まさかの返答に悠とりせは惚けてた声を出した。

 

「わ、私!りせさんのファンなんです!!握手してください!」

 

「えっ、良いけど」

 

「ありがとうございます!!あと!りせさん去年の電撃休業の理由はほんとは何だったんですか?それから………」

 

 アイドル好きの本能が目覚めたのかマシンガンのように質問を投げかける花陽。花陽の勢いに対応しきれないのかりせはあたふたし始めた。流石にこれでは悠もフォローできない。

 

「そっとしておこう」

 

「センパーイ!!タスケテー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

〈定食屋【わかつ】〉

 

「パク…パク…それにしても驚きました!鳴上先輩があの久慈川りせさんと知り合いだったなんて」

 

「あ、嗚呼」

 

 あの後、花陽のマシンガントークから解放されたりせに事情を説明した。すると、りせは先ほどの怒りが花陽のせいで冷めたのか、今回のことは許してくれたが、また時間が空いたらデートするということで手を打ってもらった。

 

 

「それにしても…よく食べるな」

 

 目の前で頼んだ定食、主に大盛りの白米を美味しそうに食べる花陽を見て悠はそう呟く。

 

 

「へっ?あ…私自分で言うのもなんですけど小さい時から食べることが好きで……主に白米を食べるのが1番幸せなんですけど……女の子としては…やっぱり変ですか?」

 

 

 花陽は目を伏せて悠にそう尋ねた。女の子としては余程気にしているのだろう。以前にも穂乃果にも聞かれたことだ。

 

「そんなことない。よく食べることは健康の証拠だし、俺はそういう子は嫌いじゃないぞ」

 

 悠は花陽に微笑んでそう返す。すると、花陽はそれを聞いて安心したのか笑顔になって、止まっていた箸を再び動かした。

 

「ありがとうございます!鳴上先輩!先輩のおかげで食欲が増えました!」

 

「え?」

 

「店員さーん!白米おかわりください!」

 

 あの大盛りの白米を完食し尚且つおかわりを要求する花陽の姿に悠は絶句した。花陽の白米を食べるペースはどんどん速くなっていった。その後、店員に渡された会計簿を見て悠は顔が真っ青になった。

 

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

「鳴上先輩!今日はありがとうございました!!」

 

「……ああ」

 

 会計を済ませて定食屋を出ると、ご満悦の花陽と財布が一気に軽くなって意気消沈する悠がいた。

 

「私はこれから用事があるのでここで失礼しますけど、また機会があったら一緒に白米食べましょう!先輩」

 

「あ、嗚呼。勿論だ」

 

「ありがとうございます!また会いましょうね、鳴上先輩!」

 

 そう言って、花陽はその場を去っていった。

 

 

「…女の子はお金がかかるな」

 

 

 改めてそう実感した悠であった。

 

 

 

 

「そういえば…今何時だ?」

 

 そう思い時計を見てみると、時刻は13:15を指していた。

 

「まずい!!ことりとの集合時間が!」

 

 集合場所は巌戸台駅に指定したのでこれは確実に遅刻する。悠の頭の中でことりが待ち合わせ場所で待ち惚けをくらい、変な男にナンパされるビジョンが展開されていた。

 

(そんなことは俺が許さないし、叔母さんに知られたら殺される!)

 

 そう慌てていると

 

 

「お兄ちゃーん!」

 

 

 と、件のことりが後ろから悠に抱きついてきた。

 

 

「こ、ことり!どうしてここに?集合場所は巌戸台駅だったはずだろ?」

 

「ん〜?何かね、駅に行く途中で綺麗な女の人が突然『お兄ちゃんはポロニアンモールにいるよ』って教えてくれて」

 

「え?」

 

「ことりも半信半疑だったけど、信じて来てみたらこうしてお兄ちゃんに会えたんだ♪」

 

 ことりの話に悠は一瞬不安がよぎった。

 

「……ことり。その女の人の特徴は?」

 

「え〜と、確か紫っぽい髪の人でサングラスを掛けてたような…胸も結構大きかったし………あれ?あの人最近どこかで会ったような?」

 

「ことり、そっとしておこう」

 

 ことりの話で大体容疑者は想像できた。これ以上触れたら何かやな予感がした。

 

 

「え?お兄ちゃん?」

 

「まぁそんなことより、今日はことりが服を選んでくれるんだろ?楽しみにしてたんだ」

 

「本当!!お兄ちゃんがそう言ってくれるなら、ことり張り切っちゃおうかな♪」

 

「それじゃあ行こうか」

 

 なにはともあれ無事ことりと合流出来たし、計画も多少予想外のこともあったが順調に進んでいるのだ。最後まで気を抜かず、思いっきりことりとのデートを楽しもうと悠はことりと共に街へ繰り出した。その時、ことりは悠の腕にしがみついたが気にしなかった。

 

 

 

 

 

another view ➁

 

 ウフフフ、やっぱりあの子に警告しとって正解やったわ。鳴上くんも大変やね〜まさか女の子とトリプルブッキングとはな〜ウフフフ………

 お楽しみはこれからやで、鳴上くん♪

 

another view ➁ out

 

 

 

 

「お兄ちゃん、これなんてどうかな?」

 

「いいと思う」

 

 悠とことりは現在ポロニアンモールの洋服屋にてショッピングしている最中であった。

 

「お兄ちゃん、これは?」

 

「ブリリアント」

 

「もう!お兄ちゃんったら、さっきから良いとかブリリアントとかしか言わないじゃん」

 

「そう思うしかないから仕方ないだろ。実際ことりは何でも似合うんだから」

 

「もう……」

 

 悠の発言にことりは文句を言いながらも顔を赤くする。端から見ればもはや立派なカップルと言っても過言ではなかった。

 

「じゃあ次はちょっと冒険して……これは?」

 

「却下」

 

「え?……お兄ちゃん?」

 

「そんな露出の多いものはダメだ。ことりにはまだ早すぎるし、そんなもの着て怪しい奴に絡まれたらどうするつもりだ?」

 

「ううっ……ごめんなさい」

 

 時には兄らしく行き過ぎた行動を注意することもしばしば。

 

 

「前から思ってたんだけど、お兄ちゃんって似たような服ばっかり着てない?」

 

「そうか?」

 

「そうだよ。お兄ちゃんいつも白のポロシャツと黒のズボンを着てるところしか見てないし。お兄ちゃんも何かバリエーションを増やした方が良いよ」

 

 言われてみればことりの言うことは的を得ている。八十稲羽でも悠はそれらしか着ているところしか見ていなかった。自分も里中や天城のことを言えないなと悠は思った。

 

「でも、俺は別にこのスタイルは気に入ってるし、オシャレとかどうでも」

 

 

「ダメだよ!!」

 

 

「うお!ことり」

 

「お兄ちゃんはカッコ良いんだからもっとオシャレに気を使うべきだよ!!じゃないとお兄ちゃん、女の子にモテないよ!」

 

「ぐっ……わ、分かったよ、ことり」

 

「でも…将来のお兄ちゃんのお嫁さんとしては……お兄ちゃんがモテるのは…良くないかな……」

 

「え?……ことり?」

 

「何でもないよ♪じゃあ、次はお兄ちゃんのを選ぼう!」

 

 何かことりが不穏なことを呟いた気がしたが、気にしないでおこう。そう思いたい。

 

 その後ことりに着せ替え人形の如く色々な服を着せられたが、デートは順調に進んで行ったのであった。

 

 

 

 

〈ポロニアンモール 食品売り場〉

 

 悠とことりは服を選び終わった後、夕食の買い物に繰り出していた。

 

「本当にうちに来るのか?」

 

「うん♪一応お母さんと叔父さんと叔母さんの許可は取ったよ♪3人とも今日は忙しいからちょうど良いって」

 

「…うちの両親はともかく叔母さんまで」

 

「それよりお兄ちゃん、今日はなに作るの?」

 

 ことりの並々ならぬ行動力に肩をすくめながらも、悠は今日の夕飯は何にするか考えることにした。

 もうここまで来たが、計画に穴はない。悠はこのときパーフェクト計画の成功を確信したが、それはある人物の登場によって一気に崩れることになった。

 

 

 

「あ!鳴上!!」

 

 

 

 声がした方を振り向くと、そこには同じ買い物カゴを手に持ったにこが居た。悠は内心驚きながらも平静を保つ。

 

「矢澤、奇遇だな。矢澤も夕飯の」

 

 

「それよりも鳴上!あんた今日何で原宿で久慈川りせと一緒に居たのよ!どういうこと!」

 

 

「なっ!!!」

 

 再び悠の脳内で警報が鳴る。やはり、原宿で悠とりせを追いかけ回したのはにこだったのだ。マズイ、そばにことりが居るというのに

 

「や、矢澤、それはだな」

 

「言い訳は無用よ。今は忙しいから今日は退くけど、明日ちゃんと話を聞かせてもらうから。覚悟しなさい!」

 

 にこはそれだけ言うと、颯爽とその場を去っていった。

 

 

「……お兄ちゃん?今の話どういうこと?」

 

 

「こ、ことり?」

 

「お兄ちゃん、今日午前中は勉強したいからってことりに言ったよね?あれは嘘だったの?」

 

 先ほどのにこの発言が聞き捨てならなかったのか、ことりは黒いオーラを発しながら悠に問い詰める。ここで正直に話せば良かったのに、悠はシラを切ることを選択した。

 

「お、落ち着けことり。今のは矢澤の見間違いだろう。それに俺がことりに嘘をつくわけないだろ?」

 

「……本当?」

 

「本当だ」

 

「…………そうだよね。お兄ちゃんがことりに嘘つくわけないよね♪」

 

 悠の言葉をことりは信じたので、悠は心の中でホッとした。

 

「じゃあ気を取り直して、食材を選ぼう。ことりは何が良い?」

 

「ええ〜とね、今日は…」

 

 こんな調子で夕飯の買い物を済ませた2人だった。悠は何とか持ち堪えたと思っていたが、これで終わりではなかった。

 

 

 

〈鳴上宅〉

 

 家に到着すると、悠は早速食材を取り出し夕飯の支度をしようとする。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん宛に手紙が来てるよ」

 

「ん?誰からだ?」

 

「それが、差出人の名前は書いてないんだけど」

 

「え?……ことり中身を確認してくれるか?俺ちょっと下準備するから」

 

「分かった」

 

 とりあえず、ちょうど良い時間だし今から準備する方が良いだろう。ちなみに今日の夕飯は

 

 

「……お兄ちゃん?ちょっとこっち来て」

 

 

 

 突然ことりが低い声で悠を呼んできた。

 

「え?いや、俺今から」

 

「……こっちに来て」

 

「は、はい」

 

 ことりが低い声で呼んでくるので何事かと思い、調理場を離れる。ことりは悠の姿を確認すると、突然こんなことを言い始めた。

 

 

「ウフフフ…お兄ちゃん、ことりは悲しいなぁ……まさか愛しのお兄ちゃんが……ことりに嘘つくなんて……」

 

「え?」

 

 悠はことりの姿に恐怖を感じた。何だろう、顔は笑っているのに目のハイライトは消えている。その姿はまるで怒った雛乃のようだった。流石親子と言ったところか

 

「な、何を言ってるんだ?ことり……俺は何も嘘なんて」

 

「じゃあ、この写真はどういうこと?」

 

 シラを切り続ける悠にことりは一枚の写真を見せる。それには、今日原宿でデートしている悠とりせの姿がバッチリ写っていた。

 

「なっ!!これは…どこで……あっ」

 

 

「フフフ、お兄ちゃん…やっぱりことりに嘘ついてたんだ〜」

 

 

「待て!ことり、これがいつ撮られた写真とかは」

 

「ここにちゃーんと今日の日付けと時間が書いてあるよ。これをどう説明するのかな?」

 

 確かに写真の隅っこに今日の日付けと時間が記載されてあった。

 終わった……もう反論の余地がない。ここはもう許してもらえるようひたすら謝罪するしかないだろう。

 

「こ、ことり……その………すまなかった……ウソをついて……でも…これには事情が」

 

「……お兄ちゃん?」

 

「はい!!」

 

「フフフ、今日お兄ちゃんは色々あって疲れてるでしょ?だから、代わりにことりがお夕飯作ってあげる♪」

 

 

「え?」

 

 意外な提案に悠は困惑する。いつものパターンなら長い説教が待っているかと思ったからだ。しかし、それでもことりの目はハイライトが戻ってなかったのでやな予感しかしない。

 

「じゃあ、今から作るからお兄ちゃんは正座して待ってて」

 

「え?……いや」

 

「お兄ちゃん?…正座」

 

「分かりました」

 

 ことりは悠が正座したのを確認すると、台所に入っていった。逃げだそうと思えば逃げられるが、逃げればどんな仕打ちが待っているか分からなかったので、悠は大人しく待つことにした。

 

 

ドンドンッ…ガチャガチャッ…バリンッ

 

 

 台所からはマトモに調理しているとは思えない音が聞こえてくる。それを聞くだけでも悠にとっては恐怖だった。

 そして、しばらくして……

 

「出来たよ〜♪お兄ちゃん♪さぁ、召し上がれ♪」

 

「え?……ことり、これは料理じゃ」

 

「召し上がれ♪」

 

「いや、これ食べたら」

 

「召し上がれ♪」

 

「こ、ことり……おねが」

 

「………召し上がれ♪」

 

「……………じゃあ、いただきます」

 

 

 ことりが出したものは何だったのか?またそれを口にした悠はどうなったのか?それは読者のご想像にお任せしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈稲羽市 花村宅〉

 

「ヨースケ、センセイから電話が来てるクマ」

 

「おっ、悠からか。サンキューなクマ……もしもし相棒、どうした?」

 

『…….陽介…か』

 

「お、おいどうしたんだよ悠。そんな死にそうな声して」

 

『陽介……今までありがとう』

 

「は?……おい悠、何の冗談だ?全然笑えねぇぞ」

 

『もう疲れたよ……パトラッシュ…』

 

「オイィ!全然シャレになんねぇ台詞なんだけど!何があった!」

 

『我が…生涯に……一片の』

 

「それ以上言うな!!しっかりしろ!悠!!」

 

 

 こうして鳴上悠の忙しい休日は幕を閉じたのであった。

 

ーto be continuded

 




Next Chapter

「鳴上先輩はどうしたんでしょう?」

「さあね♪.」

「スクールアイドルやらない?」

「あら?あなたは」


「それを決めるのは俺じゃない。君次第だ」


Next #11「What do you do?」


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#11「What do you do?」

久しぶりにペルソナ4ダンシングオールナイトをやってみて、是非ともストーリーに加えたいなあと思いました。しかし、時系列的にもまだ先の話なので今すぐやれなくて残念です。

私信ですが、これから大学のほうが始まりますので今より更新スピードが遅れます。いつも楽しみしてくださる方々には申し訳ございません。大学でもちょくちょく執筆するつもりなので、よろしくお願いします。

さて、いよいよ「まきりんぱな」編に入ります。やっぱり流れ的にペルソナやテレビの世界が絡んでくるので、アニメとは違うオリジナル展開になりますが、それでも読者の皆様が楽しんでくれたら幸いです。

そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!ちょこっとした感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。
これからも皆さんが楽しめるような作品を目指していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。



それでは本編をどうぞ!


〈翌日 音乃木坂学院 3-C教室〉

 

 先日、ことりのお仕置きを受けた悠は登校早々に机にぐったりしていた。時折「生まれたことに悔いはない」だの「菜々子……愛してくれて……ありがとう…」だのとうわ言をを呟いているくらい衰弱している。その様子を見てクラスの女子たちは心配したのか悠に声をかける。

 

「な、鳴上くん?大丈夫?顔色悪いよ」

 

「ああ、ちょっとお腹が」

 

「これ、漢方薬。少しは良くなると思うよ」

 

「すまないな」

 

 1人の女子が悠に漢方薬を渡してくれた。これだけで治るとは思えないが、それだけでも今の悠にはありがたいものだった。

 

「おいおい鳴上、大丈夫か?」

 

 今度は男子たちが集まってきた。

 

「ああ、ちょっとな」

 

「具合悪いなら無理するなよ。何なら放課後に病院行けよ」

 

 なんと女子だけでなく男子も悠を心配してくれた。

 

「へ〜、あんたにしてはたまには良いこと言うじゃない」

 

「たまにはは余計だろ」

 

 何だろう。少し前はこのクラスの男女は仲が悪かったのに、以前より少し仲良くなっている気がする。

 

「でも、ここら辺で良い病院ってある?」

 

「あそこの『西木野総合病院』はどうよ?結構良い病院だって評判だぞ」

 

「確かに、あそこが良いかもね。あそこの先生って面倒見が良いって言うし」

 

「鳴上くんもきっと元気になるよ」

 

 何か八十稲羽での特捜隊のやり取りを思い出す会話だった。何やかんや言って、みんな悠のことが心配らしい。改めて良いクラスに入ったなと悠は思った。とりあえず、今日はその『西木野総合病院』というところで診察を受けることにした。

 

 その後、にこが襲来し先日のことを根掘り葉掘り詰問され、疲労が上がったことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

〈放課後 屋上〉

 

 穂乃果たちはいつも通り屋上でダンスレッスンをしていた。穂乃果はあのファーストライブの日以来『あの講堂をお客さんで満員にしたい』という新たな目標を持って、一層練習に励んでいた。しかし、今日は何故かμ’sの支えである悠が練習を休んでいるので、3人はは心配で仕方なかった。

 

「それにしても鳴上先輩はどうしたんでしょう?今日病院に行ってくるだなんて」

 

「さぁ…」

 

「きっと何か悪い物を食べて体調が悪くなったんだよ」

 

(ギクッ……)

 

 穂乃果の何気ない発言にことりは内心ギクリとした。

 

「それは穂乃果でしょ?……ん?ことり、どうしたんですか?顔が真っ青ですよ」

 

「な、何でもないよ」

 

 この時、ことりは罪悪感でいっぱいだった。いくら悠に嘘をつかれた仕打ちだとしてもやり過ぎと思ったらしい。自分のせいで悠が体調不良になっただなんて口が裂けても言えない。

 

(お兄ちゃん……ごめんなさい…バカなことりを許して…今度いっぱいお詫びするから)

 

 

 

「ところでさ、思ってたんだけどこれ誰の仕業なんだろ?」

 

 と、ことりが心の中で懺悔しているとき、穂乃果はそう言ってパソコンを取り出しμ'sの動画を画面に映した。先日悠から話を聞いてその動画を閲覧してみたが、紛れもなくあのファーストライブの映像だった。しかもこの動画はスクールアイドルランキングのサイトに投稿されていて、その順位も驚くべきことに少しずつ上がっていってるのだ。これは喜ぶべきことだが、これを誰が投稿したのかははっきりしてないので気になってしょうがなかった。

 

「さぁ?私たちがパフォーマンスに集中してて分かりませんでしたが、鳴上先輩曰く誰もカメラを持っている人は居なかったようですし」

 

「裏方のみんなもカメラなんて持ってきてなかったしね」

 

「じゃあ、一体だれが……」

 

 再び三人に静寂が訪れる。ふと、穂乃果がこう切り出した。

 

 

「…幽霊とか?」

 

 

「ゆ、幽霊!!」

 

 穂乃果の何気ない発言にことりがビビってしまった。

 

「穂乃果?冗談が過ぎますよ。幽霊なんている訳が」

 

 

 ガタッ

 

 

「ひい!!今物音が……」

 

「ま、まさか……本当に幽霊が………」

 

「そ、そそそそんなワケないでしょ!人間がいるんですよ!人間が」

 

 たかが物音がしただけでこの騒ぎようである。まるで怪談をした時の千枝とりせと直斗を彷彿とさせる。そんな3人にあきれたのかドアからある人物が姿を現した。

 

 

「うるさいわね。物音くらいで幽霊だのって大騒ぎになるなんて」

 

 

 ドアから出てきたのはまさにあきれた顔をした真姫であった。

 

「あ!西木野さんだ」

 

「良かった〜幽霊じゃなくて」

 

「人のことを幽霊扱いって…本当に失礼な人たちね」

 

 穂乃果とことりは物音の正体が幽霊じゃないと安堵していたが、幽霊扱いされた真姫はたまったものじゃなかった。

 

「すみません、うちの2人がご迷惑を。それで、西木野さんはどういったご用件で」

 

 まるで母親のように海未は娘たちの無礼を謝罪し、用件を聞く。すると、真姫はバツが悪そうな顔をしてこう言った。

 

 

「その……鳴上さんはいるかしら?」

 

 

「鳴上先輩ですか……今日は体調が悪いので病院に診察に行きましたが」

 

「え?……そうなんだ」

 

 悠がいないことを聞くと、真姫は少しガッカリした表情になった。

 

「何か伝言があればわたしがお伝えしましょうか?」

 

「…別にいいわよ、急ぎの用事じゃないし。また後日お邪魔するわ」

 

 悠がいないと分かって用がなくなったのか、真姫はすぐさま屋上から立ち去ろうとする。すると、

 

「待って!西木野さん」

 

 突然穂乃果が真姫を呼び止める。

 

「……何?」

 

 

「そ、その……今更だけどこの間はゴメンね…勝手に屋上に連れ込んだり作曲頼んだりして」

 

 

 真姫のキツイ視線にビビりながらも穂乃果はこの間のことを謝罪する。この穂乃果の行動に真姫だけでなく海未やことりも驚いた。

 

「べ、別に気にしてないから……謝らないでよ…先輩なのに」

 

 

「それでね…もし良かったらなんだけど……西木野さんもスクールアイドルやらない?」

 

 

「「は?」」

 

 穂乃果のこの発言に真姫だけでなくことりも声を上げて驚き、海未に関しては『何を言っているんだ、この野郎』と言っているような顔をして穂乃果を睨みつけた。

 

「……何で私を…」

 

 

「いや、西木野さんって歌とかピアノとか上手いし、顔とかもアイドルみたいだから即戦力になるかなぁと思って……」

 

 

 思いっきり直球な答えであった。それに対する真姫の回答はこうだった。

 

「それはあなたの勝手な思い違いよ。私はアイドルなんか向いてないしやるつもりもないから。それに、そんなことしてる時間なんてないし」

 

 前回よりキツめではなかったが、真姫は穂乃果の提案を一蹴した。いつもの穂乃果ならこう言われても食いさがるのだが今回は違った。

 

 

「そうなんだ……そうだよね。今のは忘れて」

 

 

「え?」

 

 あまりにも意外な発言に真姫は驚いた。

 

「ん?どうしたの?」

 

「いや、前みたいにしつこく勧誘するかなって思ったから」

 

「うっ!……いや、この間あなたに作曲を頼んだ時に鳴上先輩に言われたんだ。やるかやらないかは本人が決めることで無理強いは良くないって…」

 

「鳴上さんが……」

 

 真姫は空を向いてそう呟いた。

 

 

「やっぱり、不思議な人ね。もしかしたら、あの人なら私の悩みを....]

 

 

「え?鳴上先輩がどうかしたの?」

 

 真姫の意味ありげな呟きに穂乃果は首をひねった。

 

「!!っ、何でもないわ!じゃあ、私は失礼するわ。練習頑張ってちょ……じゃなくて、頑張って下さい」

 

 最後に穂乃果たちへの激励の言葉を残し、真姫は屋上から去っていった。

 

 

 

「むぅ…………」

 

 

 真姫が去った後、ことりは何故か不機嫌そうに頬を膨らませた。

 

「あれ?ことりちゃんどうしたの?」

 

「……またお兄ちゃんに悪い虫がつきそう」

 

「え?」

 

「何でもないよ♪それより2人とも、気分転換に中庭を回ってみない?」

 

 ことりが何か呟いた気がしたが、少し気分もすぐれなかったので穂乃果と海未はことりの提案通り中庭をまわることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈西木野総合病院〉

 

「これはひどい疲労ね。しかも腹痛って、何か悪い物でも食べたのかしら?」

 

「ちょっと…妹の料理を……」

 

「??」

 

 悠は病院で診察を受けていた。過労と腹痛と診断されたが、それがトリプルブッキングしたのとその罰で妹が錬成した【物体X(ことりエディション)】を食したのが原因とは言えない。言ってもばかにされるだけだろう。

 

「……また山岸さんの犠牲者が出たのかしら。まぁ、薬は出しておくわ。これからは食べ物関係には気をつけることね」

 

「ありがとうございます…」

 

 悠の診察を担当した女医さんがそう告げる。過去に同じようなことがあったのかこのような患者には慣れているようにみえた。それにしてもこの女医さん、どこかであった気がする。茶髪のセミロングヘアにつり目。誰かに似ているのだろうか?

 とりあえず診察は終わったので、その場を去ろうとすると

 

 

「あれ?その制服は……貴方はもしかして音乃木坂学院の生徒さんかしら?」

 

 

 悠の制服を見た女医がそう聞いてきた。

 

「え、ええ。そうですけど」

 

「あら?……じゃあ、うちの娘のことはご存知?」

 

「え?娘?」

 

 

「私の娘は『西木野真姫』って名前なのだけど、ご存知ないかしら?」

 

 

「西木野真姫……あっ」

 

 思い出した、というか最近初ライブの曲で世話になったばかりだったのでどんな人物かは知っている。

 

「あの素晴らしい演奏をした…」

 

「あら?娘の演奏を聴いてくれたの?しかも素晴らしいだなんて見る目があるわね。フフ、流石は我が娘だわ」

 

 女医は娘が褒められたのが嬉しかったのか明るい表情になった。

 

「あの…西木野のお母さんですか?」

 

「ええ、そうよ。そういえば貴方、この後お時間あるかしら?」

 

「ええっと…まぁ少しは」

 

「そう。私は後10分で休憩に入るから、それまで薬を受け取って待合室で待っててもらえないかしら?」

 

「え?」

 

「少し貴方とお話したくなったの。娘のことでね。ダメかしら?」

 

 女医は微笑みながらそう尋ねる。これは真姫についての話が聞けるチャンスかもしれない。実は悠も真姫のことについては気になっていたのだ。

 

「良いですよ」

 

「そうなの。じゃあ待合室で待っててちょうだい」

 

 悠の返事に女医は微笑みを返し、診察室の奥に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈西木野総合病院 待合室〉

 

 薬を5日分もらった。少し待合室で手軽な勉強をしていると女医もとい真姫の母親がやってきた。

 

「お隣失礼するわね」

 

 そう断りを入れて真姫の母親は悠の隣に座った。

 

「改めて真姫の母親の『西木野早紀』です。よろしくね」

 

「こちらこそ。音乃木坂学院3年の鳴上悠です」

 

「あら?鳴上って……じゃあ貴方が雛乃さんの甥っ子さんなのね。フフ、あの人が言ってた通り礼儀正しい子なのね」

 

「え?叔母さん?」

 

 早紀の口から雛乃の名前が出たことに悠は驚いた。

 

「ええ、あの人とはちょっとした知り合いでね。この間お話した時に貴方の話を聞いてね。可愛い甥っ子が来たって貴方のことを嬉しそうに語ってたわ」

 

「…そうですか」

 

 まさか裏で雛乃が自分のことを他人に語っていたとは。両親からはそんな話は聞いたことなかったので、なんか気恥ずかしくなった。

 

「それにしても、そんな貴方がうちの真姫とどういう風に知り合ったのかしら?」

 

 とりあえず早紀には真姫と知り合った経緯について説明した。

 

 

「ふーん、真姫に作曲をね」

 

「すみません、うちの後輩が娘さんにご迷惑をお掛けして」

 

「良いのよ、むしろ私は嬉しいって思ったから」

 

「え?」

 

 意外な返答に悠は驚いた。正直怒られるかと思ったからだ。すると、そんな悠の表情を見たのか早紀はこう語り出した。

 

 

「あの子…真姫はね、小さい時からあんな性格だから友達があんまりいなくてね。いじめられてないか心配だったの。でも、少なくとも今は貴方みたいな良い人と関りを持っているから安心したわ」

 

 なるほどと悠は思った。最初に真姫と出会った時ははじめから罵倒だったし、あんな言い方をしていれば友達はあまり出来ないだろう。前から思っていたが、真姫は八十稲羽で出会った『海老原あい』に似ている。彼女も他者に対しては突っぱねた態度を取っていたので、みんなから誤解され距離を置かれていたのだから。

 そんなことを思っていると不意に早紀がこう告げた。

 

 

「まぁあの子があんな風になったのは私たちにも原因があるのかもしれないけど」

 

 

「え?」

 

 そう言うと早紀は目を伏せて自嘲気味に語った。

 

「この病院は名前の通り私たち夫婦が切り盛りしてるの。夫がかなりの家族思いで家を大きくしたり真姫にピアノを習わせたり色々してくれたんだけど……医者って忙しいから中々真姫に構ってられなくてね。全てが裏目に出てしまったわ」

 

「裏目?」

 

「私たちが帰りが遅いから夜遅くまで大きな家で一人。それは寂しい思いをさせてきたわ。それであの子、笑わなくなったの」

 

「笑わなくなった?」

 

「私たちが医者だからあの子も自分も医者にならなきゃって思っているらしくて、高校生活が始まったばかりなのに勉強に精を出してるのよ。それも頑張りすぎなくらい」

 

「それは良いことなのでは?」

 

「私としてはあの子には勉強だらけの生活じゃなくて、この高校生の時くらいは自分の好きなことをさせてあげたいの。でもそれを伝えたところで、今まで構ってくれなかった親のいうことをあの子が聞くかしらね?」

 

 早紀はそう語り終えると虚し気に虚空を見つめ始めた。

 この人は相当娘のことを想っていると悠は思った。足立もこんな母親を持っていればあんな風にならなかっただろうと思ってしまう。そんなことはともかく、この人は長らく娘と十分なコミュニケーションが取れてないせいか娘に対して弱腰になっている。悠はこの家族を八十稲羽にいる堂島親子の以前の姿と重ねてみえてほっとけなくなった。

 

 

「今からでも遅くないと思いますよ」

 

 

「え?」

 

「あなたが娘さんに対してそう思っているのは、何を言っても分かってもらえないと思い込んでるだけです。すぐには無理かもしれませんが、これから少しずつでも自分の思いを伝えていけば分かってもらえると思いますよ」

 

「でも」

 

「少なくともあなたたちが習わせたピアノを、西木野はすごく大切にしていると俺は思いますよ」

 

 悠はあの時の真姫の演奏を思い出していた。あの素晴らしい演奏は余程好きでなければ成しえない。悠の勝手な憶測だが、それは真姫が両親が勧めてくれたものであり唯一家族とつながりがあるものだから。

 それを聞いた早紀は少し呆然としていたが、しばらくすると何か吹っ切れたような表情になった。

 

 

「そうか....フフフ、あなたの言う通り、私は分かってもらえないって思い込んでただけかもしれないわね」

 

 

 そういうと早紀は立ち上がった。

 

「そろそろ休憩時間が終わるから、私は仕事に戻るわ。ありがとうね、こんなおばさんの話に付き合ってくれて」

 

「いえ、こちらこそ何も知らないのにズケズケと偉そうなこと言って」

 

「そんなことないわ。少なくとも私にとっては有意義な時間になったから」

 

「そう言ってもらえると、嬉しいです」

 

「また機会があればお話ししたいわ。それじゃあお大事にね、鳴上くん」

 

 そういい残して、早紀は踵を返し職場へ戻っていった。

 

 

 

ー早紀との絆が芽生えた気がした

 

 

 

 早紀を見送っていると突然ポケットの中の携帯が震え始めた。携帯を開くと、画面に『園田海未』と表示されてあった。

 

「もしもし、どうした?」

 

 

『な、鳴上先輩!体調は大丈夫ですか?』

 

 

 携帯から海未の緊迫した声が聞こえてきた。何かあったのだろうか。

 

「ああ、今、病院に行ってきたところだ」

 

『あの!今から学校のほうに戻れませんか?ちょっと私には手に負えないことが起こりまして、どうすればいいのか』

 

 どうやらビンゴのようだ。何が起こったのかは分からないが、海未の声から結構焦っているのが伝わってくる。

 

「園田、落ち着け。何が起こったかは知らないが、今から学校のほうに行くから場所を教えてくれ」

 

『わ、わかりました!場所は中庭にある飼育小屋です』

 

「飼育小屋?」

 

 飼育小屋と聞いて、雛乃から音乃木坂ではアルパカを飼っていると聞いたことを思い出した。

 

『は、早くお願いします!もうすでに、ことりが』

 

 

「5分で着くから待ってろ」

 

 

 妹の危機を察したのか海未が言い終わる前に、そう言い残して通話を切り音乃木坂学院まで全速力で走っていった。断っておくが、菜々子同様ことりも実の妹ではなく従兄妹であるのでご注意を。

 

 

 

「あれ?今の人って鳴上さん?」

 

 

 

 全速力で走ったせいか病院の入り口ですれ違った少女が、件の真姫であることに気づけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音乃木坂学院 アルパカ小屋>

 

 宣告通りの5分には少し遅れたが、何とかアルパカの飼育小屋に到着した。しかし着いたはいいが、想像しなかった現場の状態に悠は困惑した。何故なら

 

 

「うええ~ん!お兄ちゃーん!!」

 

「な、鳴上せんぱーい!ヘルプ!ヘルプ!」

 

「ううっ」

 

 

 制服が動物のヨダレだらけになっていることりが泣きながら抱き着いてきて、見るからにアルパカにビビってる穂乃果と海未が悠の後ろに隠れている状態でアルパカと対峙していのだから。アルパカも興奮してるのかうなり声を出しながらこちらをみていた。このカオスな状況をどうすればいいのやら。とりあえず何かしないと何も始まらないので、泣きじゃくることりを頭を撫でてあやしながらこう言った。

 

 

「なあ園田、アルパカってどう鳴くんだっけ?」

 

 

「わ、私に聞かれても………って何言ってるんですか!」

 

「いや、同じ鳴き声で対話して落ち着けようかなと思って」

 

「あ~その発想はなかった。さっすが鳴上先輩!」

 

「小学生ですか!!そんなの無理に決まってるでしょ!!」

 

 悠の発案になぜか穂乃果は同意するが、海未は鋭いツッコミを入れる。海未のいう通りさすがにそれは無理がある。

 

「なんだと………キツネとは意思疎通できたのにアルパカは無理だと……」

 

「何を言ってるんですか?」

 

「くそっ。対話が無理なら、ことりを泣かせた償いとして丸焼きに」

 

「どういう発想ですか!!」

 

 発想が突然過激になっていく。そんなコントのような会話をしていると、そこに救世主が現れる。

 

 

 

「ほらほら、アルパカさん。落ち着いてください」

 

 

 

 飼育小屋の奥からとある女子生徒が慣れた手つきでアルパカの背中を撫で始めた。すると、アルパカは落ち着きを取り戻して、女子生徒になついた後に小屋の奥に引っ込んでいった。

 

「みなさん、大丈夫ですか?って鳴上先輩!それにμ’sのみなさんまで!」

 

「きみは...小泉か?」

 

 アルパカを手懐けて悠たちを救ってくれた救世主の正体は悠たちもよく知っている花陽だった。飼育小屋で立ち往生している人物たちが悠たちだと知ると、先ほどの落ち着きようが嘘のように花陽はオロオロし始めた。

 

「だ、大丈夫でしたか!?アルパカさんが皆さんに何かしましたか!?」

 

「お、落ち着け!ちょっとことりが何かされたみたいだが、大丈夫だから」

 

 

「こ、ことりは大丈夫じゃないよ...うええ~ん!!」

 

 

 ことりはまだ引きずっているのか、高校生であるにも関わらずまた悠の胸の中で泣き始めた。それを見て花陽はさらに慌て始めた。

 

「あわわわわわ、どどどうしよう!!」

 

「ちょっ、ことりちゃん!泣かないで~!」

 

 事態はどんどん収拾がつかない状況になっていく。それを見て悠はこうつぶやいた。

 

 

「CHAOSだな」

 

 

「鳴上先輩!そんなカッコよさげなこと言ってないで何とかしてください!」

 

「そっとしておこう」

 

「そっとしない!!」

 

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

 

 なんとかあの手この手でカオスな状況を収拾することができた。事態の収拾に貢献した悠と海未はげっそりした顔になっていた。どこか聞こえるはずのない虚し気なトランペットの音色が聞こえてきた気がする。幻聴だろうか。

 

「...病院行ったあとにこんな目に遭うとは」

 

「すみません..鳴上先輩」

 

「ところで、何であんな状況になったんだ?」

 

「それは……言いたくありません……」

 

 口ぶりからして海未が何かしたようだ。これ以上追及したら、海未のHPが0になりそうなので聞かないことにした。

 

「そっとしておく」

 

「お願いします」

 

 

 そんな貢献者2人を尻目に穂乃果と花陽はさっきのことはなかったかのように仲良く談笑していた。

 

 

「へええ~花陽ちゃんって飼育係なんだ~。すごいね!」

 

「そんなことないですよ。みんな動物の世話が苦手らしくて...私が好きでやってるだけですから」

 

「ううん、それでもすごいよ。さっきのアルパカを操ってたのはすごかったよ」

 

「別に操ったわけじゃないんですけど」

 

 ちなみにことりは汚れた制服では帰れないので練習着に着替えに行っている。その際悠も一緒に来てほしいと言っていたが、海未と一緒に一蹴しておいた。悠のシスコンも大概だが、ことりのブラコンもそろそろ危険な気がする。

 

 

「あ!そうだ、花陽ちゃん!聞きたいことがあるんだけど」

 

「は、はい。何でしょうか?」

 

 そういうと、穂乃果は意味ありげな笑みを浮かべてこう言った。

 

 

「花陽ちゃん、良かったら私たちと一緒にスクールアイドルやらない?」

 

 

「え?……ええええええええ!!」

 

 

 穂乃果の突然の誘いに花陽は大声を上げて仰天した。その声は中庭中に響いたので、離れていた悠と海未にもよく聞こえた。

 

「ええ!どど、どうしたの?私何か変なこと言った?」

 

「い、いえ……それで…何で私なんかを?」

 

「えっとね……花陽ちゃんって可愛いから、アイドルに向いてるかなって思って」

 

「そんな……私は別に可愛いわけじゃ」

 

「あと鳴上先輩に聞いたけど、アイドルとかに詳しいんでしょ?穂乃果たちアイドルとかに詳しくないから花陽ちゃんみたいな人がいると助かるなあ」

 

「…………」

 

 穂乃果がそういうと、花陽は俯き黙り込んでしまった。その様子に穂乃果は何かまずいことを言ってしまったのではないかと困惑する。そうしていると、先ほどまでげっそりしていた悠と海未が何事かと思い、2人のもとにやってきた。

 

 

「2人とも、どうしたんだ?小泉の大声がこっちまで聞こえたぞ」

 

「どうせ穂乃果が小泉さんに何かしたんじゃないですか?」

 

「ち、違うよ!ただ花陽ちゃんをスクールアイドルに誘っただけだよ!決めつけはよくないよ!海未ちゃん!!」

 

 あらぬ疑いをかけられて穂乃果は懸命に弁明するが、この手に関して海未からの信用は無いので無意味に終わった。

 

「また貴女はそうやって………すみません小泉さん。うちの穂乃果が変なことを」

 

「ちょ、ちょっと!何で海未ちゃんがお母さんみたいになってるの!?」

 

「申し訳ございません。うちの娘は普段良い子なんですが、時折暴走することがありまして」

 

「何か穂乃果が悪いことしたみたいになってるんだけど!!鳴上先輩も乗らなくていいから!!」

 

 そんな親子コントのようなやり取りをしていると、花陽が口を開き小さな声でこう言った。

 

 

「私は……アイドルが好きってだけで…詳しくありません」

 

 

「「「え?」」」

 

 

「それに私は…鈍くさくておっちょこちょいで……食べることだけが取り柄で……才能もなにもありません」

 

 

「そんなこと」

 

 

「だから、こんな私にアイドルなんて無理です………私なんかより…西木野さんを誘ったほうが…いいと思います」

 

 

 

 突然の花陽の独白に悠たちは困惑した。とりあえず話さなければと思い、悠は事情を聴くことにした。

 

「小泉、何で西木野なんだ?」

 

「それは……西木野さんは歌が上手いし綺麗だし……私なんかより才能もあってアイドル向きです」

 

「……西木野のことは分かった。でも、何で小泉はアイドルをやることに抵抗があるんだ?」

 

 これはさっき花陽自身の独白で聞いたことだが、悠はこのことにどうも納得がいかなかった。

 

「それはさっきも言いました。私は鈍くさくて、才能もないって」

 

 

「才能は関係ないだろ?世の中には才能があってもそれができない人だってたくさんいるし、才能がなくても努力して成功してる人だっているんだ」

 

 

「………確かにそうかもしれません。でも!私は」

 

 と、花陽が何か言いかけたその時

 

 

 

「かよち~ん!!一緒に帰ろう!!」

 

 

 

 運が悪いことに、遠くから花陽の友人と思わしき女子生徒が大きな声で花陽を呼んだ。

 

「すみません、もう帰ります。凛ちゃ……友達が呼んでるんで。鳴上先輩、失礼します」

 

 花陽は逃げるようにその場を去ろうとしたが

 

「小泉」

 

 と、悠が花陽を呼び止めた。

 

 

「小泉が何でそう頑なになるかは分からない。でも、俺には小泉はまだ迷っているように見える」

 

「………そんなことは」

 

「もし後悔したくなかったら、本当に自分がしたいことを見つめなおすんだ」

 

「本当にどうしたいか……」

 

「ああ。そして、それを決めるのは俺たち他人じゃない。小泉自身が決めるんだ」

 

「………ありがとうございます。鳴上先輩」

 

 悠の言葉に頷いて、花陽は今度こそ去っていった。

 

 

 

「あ〜あ、残念だったなぁ。西木野さんはともかく花陽ちゃんならやってくれると思ってたのに」

 

 穂乃果は花陽を誘えなかったことに残念がっていた。

 

「穂乃果はいつも突然すぎるんですよ。急に勧誘されてすぐにやりますって言う人がいると思いますか?」

 

「でも………鳴上先輩はどう思う?」

 

 海未の言うことが正論過ぎて何も言えなかったため、穂乃果はさらっと悠に話をふった。

 

 

「正直何とも言えないな。さっきはああは言ったが、今は何を言っても無駄だろうな」

 

 

 悠は正直にそう言った。今の花陽の様子ではだれが何を言っても首を縦に振らせるのは難しいだろう。

 

「そんな~、鳴上先輩でも駄目だなんて………」

 

「穂乃果、鳴上先輩だって万能じゃないんですよ」

 

「そうだぞ。いつまでもお父さんとお母さんに頼ってばかりじゃ成長しないぞ、娘よ」

 

「私は娘じゃないから!」

 

「もうそのネタは止めましょうよ、鳴上先輩……」

 

「ダメか」

 

 そんなやり取りをしているうちに練習着に着替えたことりが帰ってきたので、今日はここで解散となった。その際、雛乃から電話で『今日は仕事で遅くなるから出来ればことりの夕飯を作ってほしい』と頼まれたので、南家でことりと仲良く夕飯を共にしてから帰宅した。ちなみに、そこでまたひと悶着あったことは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<夜 鳴上宅>

 

 夕方まで晴れていたのに夜になってから激しい雨が降っていた。今日の受験勉強を終えて時計を見ると、もうすぐ午前0時になるところだった。穂乃果たちがテレビの世界に放り込まれて以来、天気に問わずマヨナカテレビ(?)をチェックするのが日課になりつつあった。

 

「雨か………あの時以来映ってないからといって、油断はできないな」

 

 そういって机から腰を上げてテレビの画面を見つめる。時計が午前0時を示したその時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビに2人の人影が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!!」

 

 悠は驚きながらも映っている人物が誰なのかを見極めるため画面に顔を近づける。今回のマヨナカテレビ(?)はいつも通り画面が荒れているが、少し絵がカラーになっていた。

 

 

 性別は見た目から女子、それも2人とも髪はセミロングだった。顔はさすがに見られなかったが2人とも特徴的な動きをしていた。一人は腕を組んでツンとした態度を取っているようなポーズを取っており、もう一人は自信なさげにオドオドしている。それを確認した瞬間、マヨナカテレビ(?)は消えてしまった。

 

 

 あの映像を見た悠は映った人物に見覚えがあると思った。

 

 

「あれは……小泉と西木野か」

 

 

 まだ確証はないが、映っていたのは花陽と真姫で間違いない。悠は早速穂乃果たちにマヨナカテレビが映ったと連絡を入れ、明日は朝練は無しで花陽と真姫に警告しに行くように頼んだ。気休めにもならないかもしれないがやらないよりマシだ。とりあえず、明日は忙しくなると思い、悠は布団に入った。

 

 

 

 

 

しかし………

 

 

 

 

 

 

<翌日 音乃木坂学院>

 

 学校に着き、急いで花陽と真姫のもとに向かおうとすると

 

「な、鳴上先輩!!大変!!」

 

 突然教室に穂乃果が焦った顔をして飛び込んできた。その焦りようが尋常ではなかったので、嫌な予感がした。

 

「どうした、そんなに慌てて」

 

 

「大変だよ!!花陽ちゃんと西木野さんが行方不明になったって!」

 

 

「え?」

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「必ず救いだしてみせる」

「私もペルソナ出したいなぁ」

「これは....」

「かよち~ん!」

『ふふふふふふふ、あははははははは』

「いくぞ!みんな!!」


「「「「ペルソナ!!」」」」


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#12「Am I your friend?」

どうも、ぺるクマ!です。

今回は結構長めに書いてしまったのですが、あまり話が進んでいないような…

それと最近執筆している間に考えたのですが、ベルベットルームの住人であるマーガレットって、髪は金髪と銀髪のどっちなんですかね?ゲームでは銀髪だったんですが、アニメでは金髪なんですよね。戯言ですので流してください。

今更ですが、理事長のみならずラブライブ!に出てくる母親に勝手に名前を付けちゃいました。作者的に、イチイチ『○○の母』とか書くのは少し抵抗があったので。今のところ

理事長(ことりの母)→南雛乃
穂乃果の母→高坂菊花
真姫の母→西木野早紀

となっています。まだ海未や花陽などの母親が登場するので、また勝手に名前を付けることになりますが、ご容赦ください。穂乃果のお父さんの名前も考え中です。どうでもいいですね。


そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。
前回の話を書き終えた後からたくさんの評価をいただいたので、作者としてはとても嬉しい限りです。まだまだ拙いところがありますが、これからも読者が楽しめる作品を目指して頑張りたいと思いますので、応援よろしくお願いします。


それでは、本編をどうぞ!


<昼休み 屋上>

 

 花陽と真姫が行方不明になったと聞いて、悠たちはいつもの屋上でお昼を食べながら作戦会議を開くことにした。

 

「みんな、集まったな」

 

「うん!みんな集合したね」

 

 現在屋上にいるのは、悠・穂乃果・海未・ことりのいつものメンバーである。ここなら誰も来ないので気軽に事件の話ができる。この感じは八十稲羽で特捜本部に集合した時を思い出させた。早速悠は本題に入った。

 

「それで高坂、今朝言ってた小泉と西木野が行方不明になったという話は本当なのか?」

 

「うん!」

 

「残念ながら、間違いないようです。確認もしましたし」

 

「私も確認したよ、お兄ちゃん」

 

 海未は学校に着いて早々一年の教室に赴いて花陽のことを訪ねたらしいが、そこで花陽の親友という人物から、今朝から花陽は自宅から居なくなったという情報を得たらしい。また、ことりは雛乃の伝手を使って西木野家に連絡を取ったところ、同様の情報を得たという。自宅から失踪したとは…これではまさに希と直斗が言っていた【音乃木坂の神隠し】のようだ。

 

「それにしても、昨日会ったばかりなのに行方不明って……やはりその【マヨナカテレビ】というのは本当なんでしょうか?」

 

 海未はテレビの世界を体験したばかりであるせいか未だに現在の状況が信じられなかった。

 

「正確には【音乃木坂の神隠し】だな。俺が去年体験したものとは多少違う部分があるからなんとも言えない。小泉と西木野は今日無断欠席ということになっているらしいが、実際あれが映った後に行方不明ってことはもうあっち側にいるかもしれないな」

 

「そんな………あんな危険なところに」

 

 海未はあの世界での出来事を思い出したのか少し顔色が悪くなっていった。それを聞いた穂乃果とことりも若干顔色が悪い。あの世界で死ぬかもしれない体験をしたのだ。悠がいなかったら、今頃生きているのか分からない。

 

 

「危険な場所だからこそ、俺たちが助けに行かないといけないんじゃないか?」

 

 

 悠がそういうと3人は顔を上げた。

 

「俺たちはあの世界に対抗できるペルソナを持っている。他の人はこのことを知らない。なら、あの2人を助けられるのは俺たちしかいないんだ。へこたれてる場合じゃない」

 

 悠の力強い言葉によって、穂乃果たちの顔に生気が生まれた。

 

「そうですよね……私たちにしかできないんですよね!なら、先輩の言う通りへこんでる場合ではありません!!」

 

「わ、私はペルソナ?はまだ持ってないけど……やるだけのことはするよ!」

 

「私も!」

 

 

 >4人が決意を固めた。

 

 

 しかし、まだペルソナを持っていない穂乃果とことりをあの世界に行かせるわけにいかない。ひとまず、探索はペルソナを所持している悠と海未が行い、残りの二人は現実に待機して情報収集という流れに決定した。本当は同じ東京にいるりせや直斗にも協力をお願いしたいところだが、りせは芸能界復帰の準備で忙しいだろうし、直斗も桐条グループの調査をしているせいか連絡がつかなかったので断念した。

 

 計画が万全に整ったと同時に、悠の携帯が震え始めた。穂乃果たちに断りを入れて画面を見てみると『非通知』と書いてあった。一瞬出るべきか戸惑ったが電話番号をみると覚えのあるナンバーだったので、悠は出ることにした。

 

「もしもし」

 

 

『お取込み中に申し訳ございません。マーガレットでございます』

 

 

 電話の相手はマーガレットだった。おそらく何かの道具でベルベットルームから電話しているのか少しピアノの音も聞こえていた。用事はなんだ?と聞くと、マーガレットはこう返してきた。

 

『貴方にご報告することがありましたので、こうしてご連絡させてもらいました』

 

「報告?」

 

『本日あの世界に迷い込んだ失踪者の救出に向かうおつもりでしょうが、どうやら貴方たちにとって不都合なことが起こったようです』

 

「不都合なこと?」

 

『先日お客様があの子たちの救出に使ったルートですが、何者かによって貴方の世界とのつながりが遮断されたようです』

 

「なんだと…じゃあ」

 

『ご察しの通り、前回お客様が使用したテレビからあちらの世界に行き来することが不可能となりました。貴方のペルソナ能力をもってしても同じ場所に行くことはないかと』

 

 それは大問題だ。その何者かは知らないが勝手なことをしてくれたものである。今のところあのルートしか手段がないので、今度はどこからあの世界に入らなければならないのか。そう思っているとマーガレットが唐突にこんなことを言ってきた。

 

 

『心配はいらないわ。もう手は打ってありますので』

 

 

「え?」

 

「あれ?これって……テレビかな?」

 

 マーガレットの言葉に疑問を持っていると、突然穂乃果が屋上の隅であるものを発見した。穂乃果の方に近寄ってみると、そこには人間が1人は入れるサイズの薄型テレビが置いてあった。

 

「これは」

 

「確かにテレビですね」

 

「こんなの屋上にあったっけ?」

 

 このテレビの発見にみんなは困惑した。こんなの昨日まではなかったはずなのだが……

 

 

『フフフ、私からの贈り物に気づいたようね』

 

 

「贈り物?」

 

 どうやらこのテレビはマーガレットからの贈り物らしい。どういうことなのか

 

 

『先日は貴方たちに素晴らしい催しを見せてくれたお礼と思いまして、そのテレビからあの世界に行き来できるように手配いたしました。これからはそのテレビからあの世界を出入りできるはずです』

 

 

 悠は開いた口が塞がらなかった。このテレビからあの世界に行ける?…もしかして

 

「それって、マリーを助けるときと同じことをしたってことなのか」

 

 今年の2月に特捜隊メンバーとスキー旅行に出かけた際、マリー救出のために『虚ろの森』に行ったときのことを思い出した。あの時、その『虚ろの森』とこっちの世界をテレビでつなげたのは他ならぬマーガレットだったのだ。

 

『その通りよ。それに、そのルートは私たちベルベットルームの住人にしか干渉できないようにしてあるから、また行先を遮断される心配はありません』

 

 何はともあれ使うはずだったルートを塞がれた今、マーガレットが用意してくれたルートを使うべきだろう。

 

「ありがとう、マーガレット」

 

『礼には及びません。私たちの役目はお客様の旅路を手助けすることでございますから、これくらいのことは当然のことです』

 

「でも」

 

『強いて言うなら、またあの子たちの催しが見たいわ。次も期待しているとあの子たちに伝えてくださるかしら?』

 

 どうやらマーガレットはすっかり穂乃果たちのファンになったようだ。それならお安い御用だと悠は思った。

 

「分かった。高坂たちに伝えておく。改めてありがとう」

 

『フフフ、貴方たちがあの世界でどのような物語を紡ぐのか、楽しみにしているわ』

 

 そういってマーガレットとの通話を終えた。とりあえず、穂乃果たちにマーガレットと話したことを伝えた。

 

 

「じゃあこれは、そのマーガレットっていう鳴上先輩の友達が用意したってこと?」

 

「そういうことだ」

 

「すごーい!そのマーガレットっていう人!今度会ってみたいな」

 

「…鳴上先輩の交友関係はどうなってるんですか?」

 

「お兄ちゃん、すごいね!!」

 

 海未からは陽介と同じようなことを言われ、ことりからは的はずれなことを言われた。ともかく、マーガレットのおかげであの世界に行く手筈は整った。早速今日の放課後に屋上に集合してあの世界にダイブすることにした。

 

 

 

>必ず2人を救い出して見せる!

 

 

 

 そう決意して悠たちは静かに放課後になるのを待ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<放課後 屋上>

 

 HRも終わり屋上に集合した悠たち。クマ特製メガネも穂乃果たちに渡してあるので準備は万端だ。まず、悠がテレビに触れて入れるかを確認する。すると、予想通りテレビの画面が水面のように揺れて、触れた手がテレビの中に入っていた。

 

「おお!すごーい!本当にテレビに入れるんだ!!」

 

「こ、こんなのに入って大丈夫なんですか?」

 

「お、お兄ちゃん!大丈夫!?」

 

 穂乃果たちの反応は三者三様だが、みんな見慣れない光景に驚いていた。探索班である海未はテレビに入るのが不安なのか、少し緊張していた。一方悠はテレビの中に手を突っ込んでも問題ないと知ると、安心したという笑みを浮かべている。

 

 

「よし!大丈夫だ。それじゃあ、行くぞ!」

 

 

 そう言って、悠は八十稲羽の時と同じく頭からテレビの中に入ろうとした。

 

 

「ちょっ、ちょっと!!鳴上先輩!!」

 

「待ってください!まだ心の準備が」

 

「お兄ちゃん!!」

 

 先にテレビの中に入ろうとする悠を穂乃果たちが慌てて止めようとする。しかし、ここで不測の事態が発生してしまった。

 

 

 

「すみませーん!!ここがかよちんが言ってた………え?」

 

 

 

 誰かが屋上にやってきてしまった。振り返ってみると、オレンジ髪のショートカットの女子生徒が穂乃果たちの状況を見て、目を点にしていた。

 

「あ、貴女は……」

 

 海未もその少女に見覚えがあるのか驚いた顔をしていた。

 

 

「ん?どうした?誰か」

 

「な、鳴上先輩!!早く入って!!」

 

「うお!!」

 

 予測してなかった非常事態にパニックになったのか、穂乃果が悠を押しのけてテレビに落としてしまった。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 穂乃果はパニックになったとはいえ自分がしてしまったことに気づき、顔が青ざめてしまう。

 

「ほ、穂乃果!!何を!!」

 

「穂乃果ちゃん!お兄ちゃんに何をしたの!!お兄ちゃんに何かあったら」

 

「こ、ことりちゃん!ごめんって!わざとじゃないんだってば!!」

 

 ことりがすごい剣幕で迫ってきたので、穂乃果はしどろもどろになってしまう。しかし、慌てるべきはそこではない。

 

 

 

「て、テレビに人が…入ったにゃ………」

 

 

 

 ショートカットの少女は人がテレビに入るというありえない光景を見て呆然としていた。思いっきり一般人にありえない光景を見られてしまったので、海未は何とか取り繕うと説得を試みた。

 

「こ、これはですね……ま、マジックというか」

 

 流石にマジックというのは無理があるのではなかろうか。しかし…

 

 

「海未ちゃん!早く入ってよ!!急がないと西木野さんと花陽ちゃんが……」

 

 

 せっかく海未がなんとかしようとしたのに、穂乃果はまだパニックになっているのか口を滑らせてしまった。

 

 

「は、花陽?かよちんのこと?……それに西木野?……」

 

「こら!穂乃果!!何を言ってるんですか!!」

 

 

  穂乃果のせいで、事態はどんどん悪化していく。

 

 

「穂乃果ちゃん?……お兄ちゃんの名前はでなかったけど?………お兄ちゃんはどうなってもいいってことかな?へぇ……」

 

「いやいや、違うよ!そりゃ、鳴上先輩も心配だけど!!というかことりちゃん、最近鳴上先輩のことになると何か怖いよ!」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!どうするんですか!!この状況!」

 

 3人が揃ってパニックになって言い争っていると、呆然としていた少女が口を開き始めた。

 

「まさか……あなた達は……」

 

「いや、これはね…」

 

 次の少女の発言がその場を凍らせることになった。

 

 

 

 

 

「あなた達が、かよちんや西木野さんを誘拐した犯人かにゃ!!」

 

 

 

 

「「「え?」」」

 

 少女の衝撃発言に3人は唖然としてしまう。

 

「きっとあなた達はさっきの人みたいに、そのテレビみたいな箱に入れてかよちんたちを誘拐したんだにゃ!!去年も田舎町でそういう事件があったから、そうに違いないにゃ!!」

 

 まさかの誘拐犯扱いをされてしまった。去年の事件とは、稲羽市で起こったあの連続殺人事件のことだろう。一応あの事件は全国ネットで報道されているので知っててもおかしくない。しかし、どう勘違いをされたかは分からないが、このままでは面倒なことになるのは明白だ。最悪花陽たちを誘拐したと冤罪を被せられるかもしれない。

 

「ち、違うよ!これはね」

 

 穂乃果たちはなんとか誤解を解こうとするが、当の本人は興奮しているのか全く聞く耳を持ってくれなかった。

 

 

「誘拐犯の言うことなんて聞かないにゃ!きっとかよちんもこの中に………かよちん!今助けに行くにゃー!!」

 

 

 少女はテレビの中に入ろうと穂乃果たちに突進してきた。

 

「ちょっ、待って待って!危ないから!!」

 

 穂乃果たちは入らせまいと慌てて少女を取り押さえる。しかし、

 

「離せー!!この誘拐犯め!!」

 

「だから私たちは誘拐犯じゃないってば!!」

 

「おとなしくしてください!」

 

「お願いだからじっとして!」

 

 少女の方も無理やりにでも中に入ろうと必死にもがき続ける。そう四人がもつれ合っていると、

 

 

「あっ」

 

 

 少女が足を滑らせて、テレビの方向に倒れてしまい

 

 

 

「「「「きゃあああああ」」」」」

 

 

 

 四人仲良くテレビの中に入ってしまった。穂乃果たちがテレビに入った後、屋上は夕暮れまで静寂を保っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音乃木坂学院??? 校門前>

 

「いたた。高坂、何があったんだ?………それにしても、マーガレットが言ってた通り本当にあの世界に着いたみたいだ。」

 

 パニックになった穂乃果に突き飛ばされてテレビに入ってしまった悠は辺りを見渡して、ここが以前来た霧に包まれた音乃木坂学院の校門前であることを確認した。後ろを振り返ってみると、ご丁寧に帰還用のテレビも用意されている。

 

 話は変わるが、先日八十稲羽にいる特捜隊メンバーたちにこの世界について話をして、クマにこの世界と八十稲羽のテレビの世界がつながっていないか確認してもらった。クマからの報告は『繋がっていなかった』とのこと。おそらく悠が今体験してる世界とクマの世界は全く別物だとクマは言っていた。

 そして、現地に行ってみないと詳しいことが分からないから一回東京に来るみたいなことを言っていたが、クマの財布事情ではジュネスのバイトをかなり頑張らないと無理だろう。まあ、いつもの如く陽介の財布を借りパクするかもしれないが……

 その陽介や千枝たちもクマと同じようなことを言っていたが、クマと違って皆それぞれ八十稲羽でやることがあるだろうから無理はするなと釘を刺しておいた。

 

 

 改めて、この世界は一体何なのか?

 

 

 悠がそのことについて考えようとした、その時…

 

 

 

 

 

「「「「きゃああああ!」」」」

 

 

 

 

 

 

 女子の叫び声が聞こえてきた。振り返ってみると、帰還用のテレビから穂乃果たちが出てきたところだった。どうなっているんだ?

 

 

「いたたた……ここは…」

 

「この霧……どうやら、あの世界に着いたようですね……って鳴上先輩!無事でしたか!?」

 

「お兄ちゃん!!大丈夫!?」

 

 

 テレビに入ったことを確認した穂乃果たちは悠の姿を確認すると、一目散に駆け寄った。

 

 

「ああ、とりあえず無事だが…どうしたんだ?というか何で高坂とことりまで」

 

「鳴上先輩、さっきはごめんね!でも、あれには事情が」

 

 穂乃果が先ほどの出来事について説明しようとしたが、それはある人物によって遮られた。

 

 

 

「こ、ここはどこなのかにゃ!霧で前がうっすらとしか見えないよ!」

 

 

 

 

 先ほど穂乃果たちと一緒にテレビの中に入ってしまった少女が、見慣れない光景に慌てていた。

 

「え?……あの子は…一体?」

 

「いや、これは…不慮の事故というか」

 

 海未がバツが悪そうにことの顛末を語ろうとしたが、

 

 

 

「あ!見つけたにゃ!誘拐犯!!」

 

 

 

 少女は悠たちの姿を確認すると、真っ先にこちらに向かってきた。

 

「え?誘拐?……え?」

 

 何のことか分からない悠は、ただオウム返しに返事をするしかなかった。そして、少女は悠たちにビシッと指をさしてこう言い放った。

 

 

 

「さあ!かよちんはどこにいるのかにゃ!とっとと白状しなさい!!」

 

 

「は?」

 

 

「あなた達がテレビみたいな道具を使って、かよちんや西木野さんを誘拐したのはもう知ってるにゃ!!おとなしく観念して、二人の居場所を吐きなさい!!」

 

 

 誘拐と言われてもした覚えもないし何のことを言ってるのかは分からないが、とりあえず八十稲羽で最初にテレビに入ったときに、クマに殺人犯と疑われた時と同じ状況であることは理解できた。穂乃果たちの方を見てみると3人とも『何とかしてください』と目で訴えていた。悠はあきれつつも後輩のためにと思い、説得を試みた。

 

「まあ、落ち着け。話を」

 

 

「はっ!あそこに学校みたいな建物が!!あそこにかよちんたちを監禁しているのかにゃ!?」

 

 

 少女はまだ悠たちを誘拐犯と思い込んでいるらしく、話を聞いてくれなかった。

 

「いや、だから」

 

「かよちーん!待っててにゃ!今、凛が助けに行くから!!」

 

 凛と名乗った少女は校門を飛び越えて、敷地内に入ってしまった。

 

 

「待って!そこは危険だから!!」

 

「高坂!」

 

「穂乃果!待ちなさい!」

 

 

 なんと穂乃果も凛という少女を連れ戻そうと敷地内に入ってしまう。

 

 

「もう!!本当にあの人は!勝手な行動は厳禁だって言ったのに!!」

 

「お、お兄ちゃん!急がないと」

 

「追いかけるぞ!!メガネを掛けるのを忘れるな!」

 

「「はい(うん)!」」

 

 この事態には流石の悠も焦った。先日の海未のシャドウの一件以来、この世界を訪れていないので、ここのシャドウがどう出現するか分からない。そんな状況でペルソナを持っていない穂乃果たちがどうなるのかは明白だ。本当ならペルソナを持っていないことりも危険なので今すぐにでも帰らせたいが、状況が状況である。悠たちはすぐにメガネを装着して、二人の跡を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音乃木坂学院??? 中庭>

 

「きゃああああ!」

 

 敷地内に入り穂乃果たちを追跡していると、案の定中庭の方で凛という少女と穂乃果が複数のシャドウに囲まれているところを発見した。

 

「穂乃果!!」

 

「待ってろ!…ペルソナ!」

 

 悠はすぐに手の平に出現させたタロットカードを砕き【イザナギ】を召喚した。そして、イザナギは電光石火の如く穂乃果たちを囲っていたシャドウを全て斬り捨てた。その隙をついて悠たちは穂乃果たちの方へ駆け寄ることに成功する。

 

「鳴上先輩!」

 

 悠の登場に穂乃果は歓喜の声を上げて喜んだが、それに反して悠の穂乃果に向けている顔は冷たかった。その顔は叔父の堂島が怒っているときの表情に似ていた。

 

「ひっ!…な、鳴上…先輩?」

 

「高坂、勝手に行動するなとあれほど言っただろ」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

 八十稲羽で『泣く子も黙る』と恐れられている堂島に仕込まれた威圧に、穂乃果は言葉もでなくなった。

 

「後で俺と園田で説教だ。覚悟しておけ」

 

「……はい」

 

 穂乃果は悠の威圧の前に沈んでしまった。それより凛は先ほどシャドウを一掃した悠のペルソナを見て驚いていた。

 

「い、今の…怪物はなんですか?」

 

 見たことがないものを見たせいか凛は声が上ずっている。

 

「それはだな」

 

 とりあえず、凛に簡単な説明をしようとすると

 

 

「お兄ちゃん!囲まれたよ!!」

 

 

 ことりの声に反応して、辺りを見渡してみた。周りは既に複数のシャドウが出現していて、悠たちを警戒しながら襲うタイミングを見計らっていた。更に、その真ん中にシャドウたちのリーダーらしい一回りでかいのが一体いる。外見はまるでアルパカのようであり、他のシャドウより手強そうな雰囲気を持っている。これは悠のイザナギだけでは対処できるか分からない。悠がどうしたものかと思っていると

 

 

 

「鳴上先輩、私も参戦します」

 

 

 

 海未が悠の隣に立ってそう言った。

 

「良いのか?」

 

「ええ、いつまでも先輩に頼ってはいられませんから。それに私のペルソナを試す良い機会ですので、雑魚は私が引き受けます。鳴上先輩はあのアルパカのシャドウの相手をしてください」

 

 海未は力強く頷いてそう言った。後輩が頼もしいことを言ってくれたので、悠は思わず笑みをこぼした。

 

「それじゃあ、お手並み拝見だ。任せたぞ、園田」

 

「望むところです」

 

 悠は海未の返事を聞くとともに、イザナギをアルパカのシャドウに突進させた。そして、海未は顔をキリッとさせ、雑魚シャドウたちと対峙する。

 

 

 

「行きます……」

 

 

 

 海未は目を閉じて、掌底を繰り出す姿勢を取った。すると、海未の目の前に悠と同様に青白く光り輝く【女教皇】のタロットカードが出現する。そして目をカッと見開き…

 

 

 

 

 

 

「ペルソナ!!」

 

 

 

 

 

 

 掌底でカードを砕き、海未もペルソナを召喚した。

 

 

 

 右手には大きな弓

 古来の神殿に仕える巫女をモチーフとしたような薄手の青い衣装。

 凛とした雰囲気を引き出す整った顔と美しい黒い長髪。

 

 

 

 これぞ海未が己の影と向き合って手に入れたペルソナ【ポリュムニア】。

 ポリュムニアが出現したと同時に、シャドウたちが襲い掛かってくる。

 

 

「全て討ちなさい!ポリュムニア!!」

 

 

 海未がそう指示すると、ポリュムニアは右手の弓をシャドウたちに向けて、弓の弦を力強く引いた。

 

「あれ?海未ちゃん、矢がないよ?」

 

「黙りなさい」

 

「…………」

 

 そして、ポリュムニアはある程度シャドウとの距離が近づいたと同時に弦を離す。すると、あたかも見えない矢に当たったかのように一斉にシャドウたちが凍り付き、砕けて消滅した。このポリュムニアが使用している矢のない弓はさしずめ、ビルマの民族武器である『弾弓』に似ている。

 

 

「すごーい!!…って、海未ちゃん!後ろ!!」

 

 

 穂乃果の声と同時に背後から一体のシャドウがポリュムニアに突進してきた。不意を突かれたので、その攻撃は当たってしまう。

 

 

「うっ!!」

 

 

 ポリュムニアが受けたダメージが海未にフィードバックしたのか海未は表情を歪めた。しかし、

 

 

「この!」

 

 

 すぐさま海未はポリュムニアに体勢を立て直させて、仕返しと言わんばかりに先ほどより弦を強く引き離してシャドウを消滅させた。しかし…

 

「海未ちゃん!また来るよ!」

 

 またもやポリュムニアの背後から二体のシャドウが襲い掛かってきた。

 

 

「同じ手は食らいません!!」

 

 

 海未がそういうと、ポリュムニアは背後からのシャドウの攻撃を紙一重にかわして

 

 

 

 

 

 

「果てなさい」

 

 

 

 

 

 

 ポリュムニアは先ほどとは段違いの威力を持った攻撃でシャドウを殲滅した。

 

 

 

「う、海未ちゃん…目がマジになってるよ!」

 

「海未ちゃん…怖い」

 

「…………」

 

 

 海未がシャドウを殲滅した様子に、穂乃果とことりはビビっていた。海未のポリュムニアは先ほどの戦闘から考察するに中遠距離型だろう。姿や属性は違えど、戦闘スタイルや言動からして八十稲羽の特捜隊メンバーである雪子に似ていた。

 

 しかし…

 

 

「くっ!まだ出てくるんですか!」

 

 

 またもやシャドウが地面から湧いて出てきた。いくら相手が雑魚でもこう数が増えられては腹が立つ。これではキリがないと思いつつ、再び戦闘態勢に入ろうとすると……

 

 

 

「イザナギ!!」

 

 

 

 ポリュムニアの前に悠のイザナギが躍り出て、シャドウたちに一斉に雷を落とし消滅させた。辛うじて生き残ったシャドウはイザナギの迫力に負けて一目散に逃げだした。

 

 

「もう大丈夫だ。また湧いて出てくることはないだろう」

 

 

 悠はそういうと、イザナギをタロットカードに戻して体にしまった。海未も同様にポリュムニアをしまう。

 

「な、鳴上先輩…さっきのアルパカのシャドウは?」

 

 

「一撃で仕留めた」

 

 

「………」

 

 とんでもないことをこの男は言いのける。道理で海未の救援に入ったのが早かったわけだ。

 

「やっぱり、鳴上先輩には敵いませんね」

 

「そうでもないさ。俺は途中からしか園田の戦闘を見てないが、中々センスがある戦いだったな」

 

「え?」

 

「園田みたいに遠くから支援してくれる奴がいると俺も心強い。これからも期待してるぞ」

 

 と、悠は裏表の全くない言葉で海未を称賛した。

 

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 

 悠に褒められたせいか海未は顔を真っ赤に染めた。

 

「ん?どうした?熱いのか?」

 

「い、いえ……こういう風に誰かに…特にお父様以外の殿方から、心から褒められたことなんてなかったものですから…」

 

「そうか?」

 

 

「それに…鳴上先輩に褒められると……嬉しいというか…」

 

 

「??」

 

 

 そんなやり取りをしていると、非戦闘員である穂乃果とことりが駆け寄ってきた。

 

 

「お兄ちゃん!海未ちゃん!お疲れ様!!ところで、海未ちゃん?お兄ちゃんにデレデレしすぎじゃないかな?」

 

「こ、ことり?何を言ってるんですか!!私は別に…」

 

「二人ともすごかったよ!!私も早くペルソナ出したいなあ」

 

 

 ことりと穂乃果は戦闘を終えた悠と海未を労う。ことりは海未に意味不明なこと言い出し、穂乃果に関しては不謹慎なことを言い出したので、悠はさっきの独断行動の件も含めて説教しようとすると、

 

 

 

「す」

 

 

 先ほどからビビりまくっていた凛が悠たちを見て、何か呟いていた。悠は何事かと思っていると…

 

 

「すごいにゃー!カッコいいにゃ!!」

 

 

 

「「「「え?」」」」

 

 

 突然目をキラキラと輝かせて、悠たちに詰め寄る。

 

 

「ねえ!さっきのペルソナ?っていうの、もう一回見たいにゃ!!早く出して!!」

 

「え?いや」

 

「早く!早く!」

 

 悠と海未のペルソナを見て、何か刺激されたのかは知らないが、もう一回ペルソナを見たいようだ。何がどうなっているか分からないが、これは誤解を解くチャンスである。悠は自身のペルソナを再び召喚して、凛に今何が起こっているのかなどの事情を説明した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そうだったんですか………ごめんなさい!勝手に誘拐犯扱いしてしまって」

 

「大丈夫だ、俺は気にしてないから」

 

「分かってもらえてなによりだよ」

 

「穂乃果?貴女に関しては後で説教ですからね」

 

「ううっ」

 

 何とか話を聞いてもらい、自分たちは誘拐犯ではなくこの世界に迷い込んでいる花陽と真姫を助けにきたことは理解してもらえたようだ。話してみれば意外と素直な子だったので、悠は安堵した。

 

 

「それで……【星空凛】さんでよかったかな?」

 

「は、はい。あ!でも、堅苦しいのは嫌なんで『凛』って呼んでいいですよ」

 

 珍しくフレンドリーな子であった。

 

「じゃあ凛、今も説明したがここはとても危険な場所だから早くあっちの世界に戻ったほうが」

 

 

「嫌です!!」

 

 

 凛は即答で悠の提案を一蹴した。先ほどの素直さはどこに行ったのだろうか。

 

 

「かよちんはここにいるんでしょ!ここに居るって分かっておきながら、帰るのは嫌にゃ!」

 

 

 どうやらフレンドリーでありながら頑固な性格のようである。そうは言っても、穂乃果とことり同様ペルソナを持っていない凛をこんな危険な場所に連れまわすことはできない。

 

 

「でも、ここはシャドウっていうさっき見た怪物たちがいっぱいいるんだよ!危ないよ!」

 

「そうですよ!星空さん、ここは鳴上先輩の言う通りにしてください」

 

「お兄ちゃんの言うことは聞いた方がいいよ!私と穂乃果ちゃんと一緒に戻ろう!!」

 

 

 穂乃果たちも口々に説得するが、『それでも絶対行く!』と凛は中々折れなかった。この頑固さは特捜隊メンバーの千枝に似ている。このままでは埒が明かないので、悠は何故そこまで頑なになるのか聞いてみることにした。

 

「凛、どうしてそこまで頑なになるんだ?」

 

「親友のかよちんがピンチなんだよ!!ほっとける訳ないにゃ!!」

 

 どこか既視感を感じるようなことを言いのけたその時…

 

 

 

 

 

 

『ぷくくくくくくく…あははははははは』

 

 

 

 

 

 

 

 どこからか凛に似た笑い声が聞こえてきた。この感じはまさか…

 

「だ、誰にゃ!何で笑ってるのかにゃ!!」

 

 

『何でって?そりゃ笑えるわ。本当は花陽のことを親友だなんて思ってないくせにね』

 

 

 後ろからはっきりした声が聞こえたので振り返ってみると…

 

 

 

 

 もう一人の凛がそこに居た。

 

 

 

 

 

「あ、あれは…まさか」

 

「星空さんの…影」

 

「嘘…」

 

 穂乃果たちはその【凛】を見て顔が真っ青になった。その【凛】は悠のそばにいる凛と同一人物だが、目は怪しい金色に光っており禍々しいオーラを纏っている。その姿を見て、海未の影の時の恐怖が蘇ったのだろう。

 

 

「だ、誰にゃ!凛と同じ顔をしてるけど……それにどういうことにゃ!かよちんのことを親友と思ってないって!」

 

 

 凛はその人物が己の影とは知らないので、迷わずに食って掛かった。その反応が面白かったのか凛の影は喜々と楽しそうに語り始めた。

 

 

『アンタ、小学生の時に男子から言われたよね?【女らしくない、男みたいだ】って』

 

 

「!!」

 

『自分は好きでそうしてるのに何でそう言われなきゃならないのかって思って、アンタはスカート穿くの止めたんだよね。大好きだったのにさ』

 

「そ、それとこれとは」

 

 自分の知られたくない過去を暴露されたせいか、凛の顔色が悪い。

 

『関係あるよ。スカート穿くのを止めたって、自分は女らしくないって思ってたじゃない。あんなバカな男子の言うことなんて聞き流せばよかったのにね』

 

「うるさい!!それとかよちんと何の関係があるんだにゃ!!」

 

 とうとう我慢できなくなったのか凛は声を荒げてしまう。

 

『だってさ、花陽だけだよね?こんな男っぽい自分と女として変わりなく接してくれたのってさ』

 

「そうだにゃ!だから、かよちんは私の」

 

 

 

『でもさ、花陽が居なくなったら…誰がアンタをちゃんと女として見てくれるんだろうね?』

 

 

 

 

「!!」

 

 影からの言葉を聞いた瞬間、凛は痛いところを突かれたのか顔が強張った。

 

『だから、必死こいてこの世界まで来て探しに来たんでしょ?親友だからとか言っても私にはお見通しよ。アンタがこうしてまで花陽を探すのって』

 

 

 

「や、やめて!!!」

 

 

 

 

 

 

『自分を女として見てくれる都合のいい人間が居なくなるのが怖いからでしょ?』

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いたと同時に、凛は声を更に荒げて全力で否定した。

 

「違う!!違うよ!!私はかよちんのことをそんな風に思ってない!!」

 

『誤魔化したって無駄よ。アンタのことなんてお見通しなんだから』

 

「何なの…貴女に凛の何が分かるっていうの!!」

 

 

『分かるよ?だって私は【星空凛】、アンタだもん』

 

 

「う、嘘にゃ!貴女なんか……私じゃ」

 

 凛はそう言うが、影はニヤリと凛をバカにするかのようにこう言った。

 

 

『別に私を否定したって良いよ。どうせこの場所じゃあ、アンタの運命は死ぬって決まってるんだから』

 

 

「うるさい…うるさい!!……貴女なんか…」

 

 

 マズイ!凛があの禁句を言おうとしている。

 

 

「鳴上先輩!」

 

「とにかく凛を止めるぞ…凛!!」

 

「凛ちゃん!ダメ!!」

 

 悠たちはその先は言わせまいと凛たちに接近した。しかし……

 

 

 

 

 

「私じゃない!!!」

 

 時既に遅く、凛は禁句を言葉にしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フフフフフフ、いいわ…力が…テンションが……上がってくる!!!あはははははは!!!』

 

 

 

 

 凛の影は高笑いしながら、強い禍々しいオーラを取り込んで大型シャドウに姿を変えた。その姿は、まるで神話に出てくるミノタウロスのような牛の化け物であった。

 

 

 

『我は…影……真なる我………さあ、死ぬ覚悟はできたかしら?』

 

 

 

 大型シャドウ化した凛の影は凛を殺そうと腕を振り下ろそうとすると

 

 

 

「「ペルソナ!!」」

 

 

 

『!?』

 

 間一髪のところで、悠のイザナギによる斬撃と海未のポリュムニアの遠隔攻撃で凛の影を牽制する。

 

『ちっ、余計なことを』

 

「高坂!ことり!今のうちに凛を連れて逃げろ!!」

 

「え?」

 

「でも、お兄ちゃ」

 

「いいから行け!!」

 

 悠が凛の影を牽制している間に、穂乃果とことりは悠の指示通り隙をついて凛を保護し、その場を離脱しようとした。

 

「園田!高坂たちについていけ!ここは俺が引き受ける!」

 

「分かりました!鳴上先輩も気を付けて!」

 

 聡い海未は悠の意図が分かったらしく、穂乃果たちと共に安全な場所に避難しようと戦線離脱をしようとする。これは穂乃果たちが逃げる途中にシャドウに出くわした場合の護衛役である。しかし…

 

 

 

『フフフ、逃がさないわよ』

 

 

 

 凛の影がそう言うと、地面からまたもや2体のシャドウが出現して、穂乃果たちの行く手を阻んだ。しかもそのシャドウたちは先ほどの雑魚シャドウより一回り強そうな雰囲気を持っている。

 

「そんな!」

 

「くっ、やるしかありません!…ポリュムニア!!」

 

 海未は穂乃果たちを守りつつ、シャドウとの戦闘を開始した。

 

 

「ちっ!やってくれたな」

 

 悠は思わず舌打ちをしてしまう。大型シャドウとの戦闘の場合、大技を使用するので非戦闘員である穂乃果たちが避難していれば戦いやすかったのだが、これでは穂乃果たちを気にしながら戦わなければならないので正直やりづらい。

 

『フフフ、あの小娘の前にアンタから殺すわ。良い準備運動になりそうね』

 

 悠をなめているのか、凛の影は余裕を持った顔で悠を見据えていた。

 

 

「…なめるなよ。3分でカタをつけてやる」

 

 

 ともかく不利な状況でもやるしかない。悠は穂乃果たちのことは海未に任せて、自分は目の前の大型シャドウを倒すことに専念することにした。

 

 果たして…

 

 

 

 

ーto be continuded

 

 




Next Chapter

「きゃあ!」

「わ、私は…」

「私は…何も出来ないの……」

『消えなさい』

「こんなところで…」


『思い出してください。貴方の本当の力を』

「チェンジ!」


Next #13「I want to be your true friend!」


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#13「 I want to be your true friend !」

どうも、ぺるクマ!です。

最近ペルソナ4の堂島親子の話を観直したら涙腺が崩壊しそうになりました。自分もあんな人を感動させられる話が書けたらなあと思いました。結構頑張らないといけないですけどね……

そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。
皆様の応援のおかげで、この作品のお気に入りが200件近くまで達することができました。まだまだ拙い作品ですが、これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きます。完結まで結構時間がかかりそうですが、長くお付き合いいただければ幸いです。

それでは、本編をどうぞ!


<音乃木坂学院??? 中庭>

 

「この!!」

 

 海未は目の前の敵に苦戦していた。どうやら、このシャドウたちは相当タフな体をしているらしく、何度攻撃しても倒れないのだ。まだペルソナを召喚したばかりで、扱いに慣れていないせいでもあるが、この状況はきつい。

 

「海未ちゃん!!」

 

「くっ!!」

 

 このままではジリ貧で穂乃果たちを守り切れない。あのシャドウたちを倒すには強力な一撃が必要だろう。

 

 

(こうなったら捨て身で…)

 

 

 覚悟を決めた海未は、まず二体のシャドウのうち一体の足に狙いを定め、ポリュムニアの力で氷漬けにして足止めした。その隙をついてもう一体がポリュムニアに突進してくる。待ってましたと言わんばかりに、ポニュムニアはその攻撃を真正面から受け止めた。

 

 

「うっ!!」

 

 

 ペルソナの痛みのフィードバックにより、海未は顔を歪めた。顔色からして相当ダメージを食らったようだ。

 

「う、海未ちゃん!」

 

 そこに容赦なしにシャドウはポリュムニアに追撃しようとすると、

 

「負けません!!」

 

 その瞬間ポリュムニアがシャドウを力づくで地面にたたき落とし、弓の弦を力強く引いていた。

 

 

「食らいなさい!!」

 

 

 ポリュムニアは弦を放し、特大の氷結攻撃を与えた。近距離でその攻撃を食らったシャドウは耐え切れず、唸り声を上げて消滅した。何とか手強いシャドウを一体倒したが、まだ油断できない。先ほど足止めしたシャドウが氷を自力で砕いて脱出してきたのだ。

 

「出てきてしまいましたか…でも、負けません!!」

 

 負けられない!自分の背後で見守っている穂乃果たちを守るために。そしてこの場を任せてくれた悠のためにも、負けられない。海未はそう覚悟を決めて、再びシャドウに突進した。

 

 

 

 

 

 

 

『この!ちょこざいな!』

 

「ふっ!」

 

 凛の影は相手を見誤っていた。凛の影は巨体の割に素早く、まるで特捜隊メンバーの完二のペルソナ【タケミカヅチ】を素早くしたものと戦っているようなものだ。しかし、そんなことはこの男には関係ない。伊達に八十稲羽で幾つもの死線を切り抜けていないのだ。

 

「イザナギ!!」

 

 悠は隙を狙って、足の脛やアキレス腱など急所を攻撃していく。

 

『うっ』

 

 そして、動きが鈍ったところで

 

 

「トドメだ!!イザナギ!!」

 

 

 イザナギの得意技である落雷を放つ。案の定、凛の影は動けないのでモロに食らってしまった。

 

 

『きゃあああ!』

 

 

 凛の影は悲鳴を上げたので、悠は勝利を確信した。宣言した通り三分で片付いたので、悠は安堵したのだが…

 

 

 

 

『ふふふふふふふ、あはははははは!!』

 

 

 

 

 

 悲鳴が笑い声になったので、嫌な予感がした。まさか…

 

 

『あはははは。ふう、力がみなぎってくるわ!』

 

 

 予感は的中した。あのシャドウは雷が効かないどころか吸収するタイプだったのだ。その証拠に先ほど与えた傷が癒されており、前より力が強くなった感じがする。

 

『さあ、お返しよ』

 

「く、イザナ」

 

 

『食らえ!』

 

 

 すぐさま悠はイザナギに防御態勢を取らせようとしたが、相手の動きの方が早かったので、凛の影の高速パンチを食らってしまった。

 

 

「ぐは!」

 

 

 イザナギは真面に攻撃を受けたので、校舎まで吹っ飛ばされ壁に激突した。召喚者である悠もフィードバックにより、イザナギ同様壁に叩きのめされる。強烈な一撃だったので、立ち上がろうにも立ち上がれない。

 

(迂闊だった。まさか相手が電撃を吸収するタイプだったとは)

 

 りせが居ればそんなことは簡単に判明していたであろうが、今更そんなことを言っても仕方がない。こうなったのは、自分が油断していたせいであるのだから。

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

 

 声がする方を向くと、ことりが倒れた悠に向かって走ってくるのが見えた。

 

「く、来るな!!」

 

 そう叫んだ瞬間、

 

 

「ぐっ」

 

 

 凛の影が倒れこんでいるイザナギの首をつかんできた。フィードバックにより、悠も首を絞められたような感覚に陥る。

 

 

『フフフ、残念だったわね…貴方はここで死になさい』

 

 

 イザナギの首を折ろうとする勢いで凛の影は首を絞めた。

 

 

「ぐ…ああ……あ…」

 

 

 フィードバックで、その感覚は悠にも伝わってきた。首を絞めつけられる感覚がどんどん強くなっていき、意識が遠くなっていく。

 

「お、お兄ちゃん……いやああああ!」

 

「鳴上先輩!!」

 

「な、鳴上先輩!…きゃあ!」

 

 

 薄れゆく意識の中、ことりが泣き叫んでいる姿、穂乃果の絶望した顔、海未がこっちに気を取られてシャドウの攻撃を受けた姿が見えた…

 

 

ーこのまま何も出来ずに…死んでいくのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、お待ちしておりました」

 

 

ーこの声は……マーガレット?ということは…ベルベットルームか?

 

 

「お客様は先日、あの子たちと絆を育んだことによって【魔術師】・【女教皇】・【恋愛】のアルカナを呪いから解放させたはず。さあ、思い出して。貴方が持つ類い稀なる才能【ワイルド】の力を…」

 

ー【ワイルド】の……力…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ」

 

 マーガレットとの会話で思い出した……自分の中にあるのはイザナギだけじゃない…

 

(負けてたまるか…高坂たちを残して……陽介や菜々子たちに会わないで……死んでたまるか!!)

 

 

 

「ちぇ、チェン…ジ」

 

 

 

 悠がそう呟いた瞬間、イザナギがタロットカードに姿を変える。

 

 

『何!』

 

 

 イザナギをタロットカードに戻したので、首の拘束から解放された。

 

「お兄ちゃん!!」

 

「鳴上先輩!」

 

 近くにことりと穂乃果の声が聞こえてきたので、なんとか意識はあるようだ。悠は息を整えてタロットカードの方を向いた。そのタロットカードに描かれているのは…【魔術師】のカード…

 

 

 

 

「ハア…ハア………【ジャックランタン】!」

 

 

 

 

 そして、悠は力を振り絞りカードを砕いた。刹那…カードが砕かれて姿を現したのは、緑色のトンガリ帽子に青いマントを身に着けて、手にランプを持ったカボチャの妖精【ジャックランタン】だった。

 

 

 

 

「え?……これも…お兄ちゃんのペルソナ?」

 

「もしかして、鳴上先輩って二つもペルソナ持ってるの?」

 

 ことりと穂乃果はイザナギとは違うペルソナの出現に仰天している。

 

 

 

「やれ!ジャックランタン!」

 

 

 

 悠がそう命令すると、ジャックランタンは『ヒホッ!』と声を上げ、手に持っているランプを怪しく輝かせて特大の炎の攻撃を放った。

 

 

『きゃあああ!あ、熱い!熱い!!』

 

 

 凛の影はジャックランタンの攻撃を全身に食らい、その場にのたうち回った。ジャックランタンの攻撃は凛の影だけでなく海未の相手をしていたシャドウにも飛び火し、海未に攻撃しようと無防備だったため何の術もなくシャドウは炎に包まれて消滅した。

 

 

「へ?」

 

 

 海未は相手をしていたシャドウが突然炎に包まれて消滅したことに唖然としてしまう。何が起こったのか全く分からないのだ。

 

「海未ちゃん!大丈夫?」

 

「い、今のは……一体…」

 

「今のはあれ!鳴上先輩のペルソナのおかげだよ!」

 

 穂乃果が指をさす方を見ると、海未はその光景に目を丸くしてしまった。

 

 

「え?…あ、あれは…イザナギじゃない?」

 

 

 悠が今使役しているのがイザナギではなく見たことがないものだった。それどころか巷のゲームセンターでよく見る人形に似たものだったので衝撃を隠せない。

 

 

「すごいよね!鳴上先輩って二つもペルソナが使えるなんて」

 

「あ、あれもペルソナですか……鳴上先輩って一体…」

 

 

 2つもペルソナが使えるとはどういうことなのか。改めて悠のすごさに呆然としていると、悠から叱咤の声が上がる。

 

 

「園田!!まだ終わってないぞ!!」

 

 

「は、はい!」

 

 改めて凛の影の方を向くと、影はすでに炎を鎮火させており悠たちを睨みつけていた。

 

 

『くっ、こんな展開は予想外だったけど…こんなものじゃ、私は倒せないわよ』

 

 

 しかし、悠は臆することなく逆に凛の影を睨みつけ、怒気を含んだ声でこう告げた。

 

 

 

「お前はことりを泣かせた……その罪は重いぞ……チェンジ!」

 

 

 

 そういうとジャックランタンを再びタロットカードに戻した。

 

「な!また」

 

 次に出現したのは【恋愛】のタロットカード…

 

 

 

「【リャナンシー】!!」

 

 

 

 カードが砕かれて姿を現したのは、黒いドレスとカチューシャを身につけ手には知恵の輪を持っている金髪の妖艶な雰囲気を持つ美女の妖精【リャナンシー】だった。

 

 

「また違うペルソナだ!」

 

「鳴上先輩は、どれだけペルソナを持っているのですか……」

 

「お兄ちゃん…」

 

 またもや違うペルソナが出現したので、3人は呆然としてしまう。

 

 

『ふ、フン!だからなんだっていうのよ!消えろ!!』

 

 

 凛の影は声色が焦っていながらも、リャナンシーに攻撃を与えようとする。

 

 

「惑わせ!リャナンシー!!」

 

 

 リャナンシーは悠の命令に頷くと凛の影の攻撃を華麗にかわし、流れるように凛の影に接近し耳元に白い息をふうとかけた。すると…

 

 

 

『きゃあああああ!私は!私はああああ!』

 

 

 

 リャナンシーが息を吹きかけたと同時に、凛の影は混乱したかのようにのたうち回り、自らを攻撃し始めた。その姿を見て、穂乃果たちは唖然としてしまう。

 

 

「こ、これは…」

 

「リャナンシーの力で、あいつを混乱させた。この隙に総攻撃だ!行くぞ、園田!!」

 

 

「はい!…行きます!ポリュムニア!!」

 

 

 海未は悠の指示通り、ポリュムニアにありったけの攻撃を繰り出させた。それは的確に顔や首などの急所に的中した。

 

 

『こ、この…』

 

 

 連続で攻撃したせいかリャナンシーの掛けた混乱は解けた。しかし、混乱から解けたとはいえ、急所にありったけの攻撃を食らったせいか、凛の影は足元がおぼつかなくなっていた。

 

「今です!鳴上先輩!!」

 

 

 

「イザナギ!!」

 

 

 

 海未がそう告げると、悠は上空に佇んでいたリャナンシーをイザナギにチェンジして、上空から凛の影に向けて大剣を振りかぶった。

 

「これで終わりだ!!」

 

 

『!!や、やめて…』

 

 

 凛の影の懇願も虚しく、イザナギは振りかぶった大剣で凛の影を一刀両断した。

 

 

 

『ああああああああああああああ!』

 

 

 

 凛の影は無念にも悲鳴を上げて、消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったな…」

 

「終わりましたね……」

 

 戦闘を終えて安堵したのか悠と海未はペルソナをしまい、その場にへたりこんだ。

 

「鳴上先輩!!海未ちゃん!!大丈夫?」

 

 穂乃果たちが駆け寄ってきた。一応大丈夫だとは言ったが、まだ心配しているようだ。一応穂乃果に寄り添っていた凛も無事らしい。

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

 ことりは目を潤ませながら、悠に抱き着いてきた。

 

「ことり?」

 

 

「お兄ちゃんのバカ!!…心配したんだよ……お兄ちゃん…死ぬかもしれないって……怖かったんだよ……ううっ…お兄ちゃん…バカ…バカ……バカ……」

 

 

 どうやら相当心配させたようだ。悠はすまなかったと言葉で謝り、泣きじゃくることりを落ち着けようと頭を撫で始める。

 

 

「高坂・園田、すまないが凛のことを頼む」

 

 悠の言葉に穂乃果と海未は頷いて凛のもとに駆け寄った。

 

「凛ちゃん…」

 

「星空さん」

 

 凛は穂乃果たちに気づくとすぐに顔を上げたが、すぐに目を逸らした。何故なら穂乃果たちの後ろには、先ほど倒した凛の影が元の姿に戻り、佇んでいたからだ。

 

「あ、あれは……私じゃ」

 

 凛はまだ自分の抑え込んでいたものと向き合えないようだ。その姿が先日の自分と重なって見えたのか、海未が凛に話しかけた。

 

 

「そんなに、男性みたいと言われるのが嫌だったんですか?」

 

 

「………うん、嫌だった。あれの言う通り…私はそれでかよちんを…」

 

 海未はあまりのことの大きさに何を言ったらいいか分からなくなる。すると…

 

 

「良いじゃん。それでも」

 

 

 

「え?」

 

 そう言葉を発したのは穂乃果であった。

 

「穂乃果…何を」

 

 

「それでも、花陽ちゃんは凛ちゃんの友達でしょ?」

 

 

 穂乃果がそうケロッとそう言ったので、凛は意味が分からず呆然としてしまう。すると海未はやれやれと肩をすくめて凛に向かってこう言った。

 

 

「星空さん、私も穂乃果に同意です。貴女がどう思っていても小泉さんは貴女の友達に違いありません」

 

「で、でも……」

 

「誰だって、友達に対してそう思ってしまうことなんてあるんです。私にもありましたし…」

 

「え!?」

 

 先日の海未のシャドウのことを思い出したのか海未は苦笑いした。しかし、穂乃果の方を向くとすぐに笑顔になって凛にこう言った。

 

 

「でも、私には本音をさらけ出してもこうして認めてくれた親友がいます。星空さんや小泉さんだってそうなはずですよ」

 

「そうだよ!今の関係があやふやでも、本当の友達になれるよ」

 

 海未と穂乃果にそう言われて心を打たれたのか、目に涙を浮かべて頷きながら泣き始めた。それを見て海未と穂乃果はどうしたのかと分からず困惑したが、悠がこちらを見てよくやったと言わんばかりにサムズアップしてくれたので安心した。

 

 

「うん……私は…かよちんの本当の友達になりたい…伝えなきゃ……その前に」

 

 凛はそう言うと、涙をぬぐい取り己の影のもとに歩み寄った。穂乃果たちは少しハラハラしているが、凛の様子を見る限り大丈夫だろう。

 

「そうだね……凛は男みたいだって言われるのが嫌だった……だから、それを受け入れてくれたかよちんが居なくなるのが怖かったんだ………でも、もう貴女を抑え込んだりしないよ。これからはそんな自分をひっくるめて、かよちんに見てもらうから…」

 

 

「貴女は…私だね……」

 

 

 凛の影はその言葉に頷き、宙に浮いた。そして、海未の時と同じく眩い光に包まれ姿を変える。その姿は先ほどの牛の化け物ではなく、黄色の衣装を纏った女神であった。

 

 

 

 

 

『我は汝…汝は我……我が名は【タレイア】。汝…世界を救いし者と共に…人々に光を』

 

 

 

 

 

 そして、女神は再び光を放って二つに分かれ、あの時と同様一方は凛へ、もう一方は悠の中へと入っていった。

 

 

 

>凛は己の闇に打ち勝ち、困難に立ち向かうための人格の鎧ペルソナ”タレイア”を手に入れた。

 

 

 

(これも…イゴールが言っていた【女神の加護】なのか……)

 

 

 悠が己の体に入った物体についてそう考えていると、凛は疲れたのか両膝を突いた。

 

「凛ちゃん!大丈夫!?」

 

 突然倒れこんだ凛に穂乃果たちは心配になって駆け寄った。

 

 

「こ、これが…ペルソナ……この力があれば、かよちんを……」

 

 

 と、顔色が悪いにも関わらず立ち上がって、花陽を探そうとする。

 

 

「ちょっ!凛ちゃんダメだよ!!」

 

「そうですよ!貴方はペルソナを手に入れて身体に負担がかかってるんですから」

 

 穂乃果たちが制止するが、全く言うことを聞いてくれなかった。

 

 

「嫌にゃ!こうしてる間にもかよちんは…」

 

 自身が大変なのに友人の心配をするその姿は特捜隊の千枝にどこか似ている。しかし、穂乃果たちの言う通りこれ以上無茶をさせてはいけない。

 

 

「凛」

 

 

 悠はことりと一緒に凛の方へ赴き、諭すような声色で凛に話しかけた。

 

「せ、先輩?」

 

「今日は帰るぞ。俺も園田さっきの戦闘で体力がなくなってきたし、これ以上進むのは危険だ。ゆっくり休んで明日に」

 

「で、でも…かよちんが」

 

 凛は中々言うことを聞かない。

 

 

「じゃあこの校舎のどこに小泉が居るって、凛に分かるのか?」

 

「え……それは…」

 

 突然そんなことを言われても凛は分からなかったので、答えに窮してしまう。それを容赦なしに悠は言葉の追撃を食らわせた。

 

 

「仮に分かったとしても、この先どんなシャドウが出るか分からない。今のように小泉と西木野のシャドウに遭うかもしれない。もしこんな状態で探索を続けたら、小泉たちを助ける前に俺たちが死体になってるかもな」

 

 

 悠の発言に、凛のみならず穂乃果たちも凍り付いた。自分たちがシャドウに襲われて、死体となっている姿を想像したのか4人とも顔色が悪い。縁起でもないことを言ってしまったと悠は後悔したが、これぐらい言っておかなければ凛は止められないだろうと思ってのことだった。

 

 

「小泉たちを助けるためには俺たちがしっかりしないといけないだろ?だから、今日はゆっくり休んで、明日万全な状態で救出に向かおう」

 

 

 この悠の言葉で、流石に凛も折れた。

 

 

「分かったにゃ……ごめんなさい…勝手なこと言ってしまって」

 

「気にするな。俺も言い方が悪かったしな」

 

 その言葉に穂乃果たちは猛烈に反応した。

 

 

「そうだよ!鳴上先輩!!死体だなんて冗談にもほどがあるよ!!」

 

「鳴上先輩……言葉は選んでくださいよ…」

 

「一瞬お兄ちゃんが死んじゃうところを想像しちゃったよ!お兄ちゃんのバカ!!」

 

 

 悠の言葉があまりにも重かったので、穂乃果たちは一斉に非難の声を上げる。3人の剣幕が相当なものだったので、これからは言葉に気をつけようと悠は思った。とりあえず早く先へ進んで花陽たちの救出に行きたいところだが、今日は現実に帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(???)

 

 あらあら、もう帰っちゃうんだー。ざーんねん。

 まあいっか。どうせ、今日予告はするんだし。これなら明日来てくれるよね?

 そしたら、私をちゃんと見てくれるかな?……鳴上先輩♪

 

another view(???) out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈音乃木坂学院 屋上〉

 

 無事にマーガレットが用意したテレビを使い、現実に帰還した一行。見ると空は夕焼けに染まっており、ちょうど下校時間を告げる放送が鳴り響いていた。

 

「それじゃあ、みんな。今日は解散だな…」

 

「そうですね…今日はもうヘトヘトです」

 

 流石に戦闘で疲れたのか悠と海未はげっそりしている。そんな2人をよそに穂乃果がこう提案した。

 

 

「じゃあさ、今から何処かに食べに行こうよ!!」

 

 

「「は?」」

 

 

「明日の英気を養うためにさ!今日はパァと」

 

 前にも聞いたことのある穂乃果の案に2人は顔をしかめた。こっちは疲れているのに冗談じゃないというのが2人の言い分だ。しかし…

 

 

「賛成にゃー!凛もお腹ペコペコだから、何か食べたいにゃー!」

 

 

 なんと凛も穂乃果に賛成した。

 

 

「え?凛ちゃんも!良いねえ、何食べよっか?」

 

「先輩は何が良い?凛はラーメンが良いにゃ!」

 

「あ!私のことは穂乃果でいいよ?穂乃果も固苦しいの嫌だし」

 

「本当!!やっぱり穂乃果先輩とは気が合うにゃ!!」

 

 

 穂乃果と凛は訳が分からないが意気投合したようだ。この光景を見て悠と海未は思った。

 

 

 

((面倒くさい者同士が出会ってしまった))

 

 

 ともかくあの2人を何とかしなければそのままどこかに連れていかれるので、2人を説得することにした。

 

「あのな…もう下校時間だから……」

 

「えー!食べにいこうよー!鳴上先輩~!」

 

「食べにいこうにゃー!」

 

 2人は悠の袖を引っ張ってそう懇願する。端からみたら、駄々をこねる子供とその父親のようであった。すると…

 

 

「「…貴女たち(ねぇ)」」

 

 

 2つの低い声が聞こえてきたので振り返ってみると、そこに般若の如く怒っている様子の海未と目のハイライトが消えていることりが居た。あまりの迫力に穂乃果と凛は腰が抜けてしまい尻もちをついてしまう。

 

 

「いい加減にしなさい!!私たちはともかく鳴上先輩は今日大変な目に遭ったんですよ!!少しは気を遣いなさい!!」

 

「お兄ちゃんを困らせる人は、穂乃果ちゃんでもおやつにしちゃうぞ♪」

 

 

 2人の発言から本気で怒っていることが分かったので、穂乃果と凛は言葉が出なくなってしまう。そんな2人を見かねたのか助け舟をだすことにした。

 

「落ち着け」

 

 そう言うと、海未とことりは不承不承と言った感じだったが何とか怒りを抑えてもらった。その隙を見計らって悠は穂乃果たちのフォローに入る。

 

「俺も高坂たちとご飯を食べに行きたいが、まだ小泉たちを救出してないからそんな気分にはなれないのは分かるな?」

 

「「…はい」」

 

「だから、今日は各自でゆっくり体を休めよう。こういう時間も大切だぞ」

 

 悠の言葉に穂乃果と凛は一応頷いてくれたが、まだ顔は不満と書いてあった。

 

 

「そんな顔するな。小泉と西木野を助けたら、また手料理をご馳走するから」

 

 

 悠がそういうと、穂乃果たちは手の平を返したように急に笑顔になってはしゃぎだした。

 

「本当!!鳴上先輩、約束だよ!」

 

「鳴上先輩の手料理!?楽しみだにゃー!」

 

 そんな2人とは対照的に海未とことりは穂乃果と凛の様子に呆れていた。

 

「全く…この人たちは……」

 

「お兄ちゃん、優しすぎ…」

 

 

>とりあえず今日はここで解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<下校時間 通学路>

 

 

「ことり、いい加減離れてくれないか?もういい時間だし、叔母さんも心配するぞ」

 

 

 あの後、学校を出てから穂乃果たちと別れるまで、ことりがくっついたまま付いてきてるので流石に悠も困惑していた。こういうスキンシップはいつものことだが今回は何かおかしい。いつもより意固地になっている感じがするのだが…

 

 

「……今日はお兄ちゃんの家に泊まるからこのままが良い」

 

 

「え?」

 

「着替えはまだ持ってきてないから…今から取りに行く…」

 

 ことりはブツブツとそう言ったがその申し出は受けられない。まだ両親や叔母に連絡をしていないし、テレビに入った影響で相当疲労が溜まっているだろうから今日のところは無理にでも帰らせるのがベストだろう。

 

「ことり、今日はダメだから家にかえ」

 

 

 

「嫌だ!!」

 

 

 

「!!」

 

 突然ことりが大声を出したので悠は仰天した。どうしたのかと思っていると……ことりは悠の腕に顔を埋めて震えながら静かに語りだした。

 

 

「怖いの……お兄ちゃんが死んじゃったらどうしようって…思うのが…今日だって……お兄ちゃん…死にそうだったじゃん…また、ことりを置いていくのって……思ったから…だから……今だけでも……そばに居たいの……私は…ペルソナを出せないから……お兄ちゃんのことを……力になれないから……」

 

 

 

 ことりは泣きながら己の思いを吐露する。大袈裟なと悠は思ったが【言霊遣い】の伝達力により、ことりの内心を理解出来てしまった。どうやら自分はことりを相当不安にさせてしまったらしい。先ほど、自分が死にそうな場面を目撃してしまったのなら尚更だ。ことりの独白を聞いてそう思った悠は、震えていることりを落ち着けようと背中をさすりながら優しく声をかけた。

 

 

「ことり……大丈夫……大丈夫だから…俺はここに居るし…ことりがペルソナを持っていなくても、ことりが傍に居るだけで支えになっているから、そんなこと言うな」

 

 

「……本当?」

 

「ああ、本当だ。俺が嘘をついたことあるか?」

 

「この間、ことりに嘘ついて別の女の人とデートしたくせに…」

 

「あ…」

 

 うっかりこの間のトリプルブッキングのことを忘れていた。これは藪蛇だったかと後悔していると、ことりは悠の腕に更にしがみついてこう言った。

 

「良いよ、もう気にしてないから。それに私もあの後お兄ちゃんにひどいことしたから、今度お詫びする」

 

「そうか……」

 

 

「だから約束して……もう、ことりの前から居なくならないって…お願い……」

 

 

「ああ、約束だ。だから、今日は家に帰ろう…な」

 

「…うん」

 

 悠が優しくそう言うと、ことりは首を縦に振った。結構無理な約束をしたが、悠の心遣いで何とか落ち着けたようだ。久しぶりにことりと一対一で語り合うことができたので、ことりの気持ちが理解できた気がする。

 

「でも……夕飯は一緒に食べたい…」

 

「お安い御用だ」

 

 そういうと、ことりは顔を上げて自分を見つめてきた。たくさん泣いたせいか目元は腫れていて顔が少し赤くなっている。月明かりに照らされているせいか、その姿は従妹ながら綺麗に見えた。悠はそのことりの姿にしばし見惚れてしまった。

 

 

 

>ことりの一途な愛情を感じる…

 

 

 

 

 

「すみません、ちょっといいかな?」

 

 その声に我に返って振り返ってみるとそこには綺麗な女性が居た。容姿は大人っぽくどことなく上品さが漂っており、髪はエメラルド色の三つ編みで普通の洋服を着こなしている。

 

 

「はい……何でしょうか?」

 

 とりあえず悠は平静を保って用件を聞くことにした。

 

「君たち音乃木坂学院の」

 

 女性がそう言いかけたとき、さっきまでじっとしていたはずのことりが二人の間に割って入り女性を半眼で睨みこう言い放った。

 

 

「お兄ちゃんをナンパですか?すみません、お兄ちゃんには私という妹が居るんでそういうのは困るんですけど?」

 

 

「え?…」

 

 何を勘違いしたか知らないが、いきなり初対面の人に向かってそれはないだろう。しかも何故か見せつけるように腕を組んでくる始末である。

 

 

「いや、別にそんなんじゃ……私はただ」

 

 女性は必死に弁明しようとするが、思い込みが激しくなっていることりにその言葉は届かない。

 

「じゃあ、何ですか?男漁りたいなら別のところにしてください」

 

「だから……そんなのじゃ」

 

 いきなり逆ナンした人扱いされて女性は困惑していた。しかも容赦なしにことりが追撃してくるので、落ち着きがなくオロオロしている。こんな人が逆ナンなどしそうには見えないのだが……もしこの人が逆ナンの常習犯ならアカデミー賞を取れるだろう。

 

「ことり、落ち着け。初対面の人にいきなりそれは失礼だろう」

 

「お兄ちゃんは黙ってて!この人はお兄ちゃんを誘惑しようと」

 

 もはや通常の対話では無理っぽいようだ。仕方ない。こうなったら、奥の手を使うか

 

 

 

「ことり…それ以上言ったら、今日の夕飯はニンニクを丸ごと使ったものにするぞ」

 

 

 

「!!」

 

 ニンニクの単語を聞いた途端、ことりの顔が青ざめていった。ことりがニンニクが嫌いなことは熟知している。小さい頃、食卓にニンニクが出ただけで泣いていたぐらいなので効果覿面だろう。

 

「お兄ちゃん……卑怯だよ…」

 

 ことりは涙目で悠にそう言うが、そんなものは受け付けない。

 

「初対面の人に失礼なことを言ったことりが悪い。ほら」

 

 悠は忘れないうちにと、ことりに謝るよう促した。少々不服そうだったが、ことりは素直に頭を下げた。

 

「……ごめんなさい」

 

「すみません、うちの妹が失礼なことを」

 

 悠もことりと一緒に頭を下げる。本当なら怒ってもいいはずなのだが、この女性は中々寛容さがある人物らしく笑って許してもらえた。

 

「あはは…大丈夫だよ。それにしても仲が良い兄妹だね。私兄妹とか居なかったから少し羨ましいな」

 

「そうなんですか……兄妹居そうに見えますけど」

 

「そうかな?でもね…学校の寮に入ってた時、お兄さんみたいな人がいてね」

 

 見知らぬ女性と兄妹のことで話が弾んでしまった。ことりはその様子を見て面白くなさそうに半眼で見つめて話に割って入る。

 

 

「聞きたいことがあるんじゃないんですか…」

 

 

「あ!そうだった……ごめんね、話が脱線して」

 

「いえ、そんなことは」

 

 互いに謝りながら、悠は用件を聞くことにした。

 

 

「君たち音乃木坂の生徒さんだよね?」

 

「そうですけど」

 

「お、音乃木坂学院ってどこにあるのかな?…道に迷っちゃって」

 

 どうやら道を尋ねただけのようだ。しかし、この時間だと学校は閉まっているはずなのに何の用があるというのだろうか?

 

 

「ああ、学校ならこの先を右に曲がって真っすぐ行ったところにありますけど……」

 

「あ、そうなんだ。すぐ近くだったんだね………え?」

 

 すると、女性は少し驚いたような表情で悠の顔を覗き込んだ。天然ジゴロ(マーガレット命名)の悠でも美人に顔を覗き込まれるのは気恥ずかしいし、その様子をことりがまた半眼でこちらを睨んできているので冷や汗が止まらない…

 

「な、何か…」

 

「あ!ご、ごめんね!ちょっと知り合いに似てたというか……」

 

「ハア……」

 

「そ、それじゃあこれで。道を教えてくれてありがとうね」

 

 女性はそう言うと慌ててその場を去っていった。一体何だったのだろうか、あの女性は

 

 

「……ことりの将来の旦那さんにちょっかいを掛けるなんて」

 

「は?」

 

「何でもないよ♪お兄ちゃん、早く行こう!ことりもお腹減っちゃった」

 

「わ、分かったよ…」

 

 今なにか聞き捨てならないことを呟いていた気がしたが……そっとしておこう。触らぬ神に祟り無しというやつだ。とりあえず自分も今日の戦闘のせいでお腹が減っているので、早く帰ってご飯を作ろうと家路を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の子って、もしかして……ペルソナ使い?…それに……あの人と同じ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鳴上宅>

 

 ことりの家で夕食を取って、明日のためにと今日は少し勉強をしてから寝ることにした。勉強がひと段落して時刻をみると、もうすぐ午前0時であった。今日の天気は雨ではないが、一応確認しようとテレビを覗き込んだ。

 

 すると…午前0時になったと同時にテレビが光り、どこか高級感の漂うクラブの風景が映し出された。それを見て、去年の修学旅行で特捜隊のメンバーと行った辰巳ポートアイランドのクラブを思い出していると…

 

 

『はーい!こんばんわー!!貴方の花陽ちゃんです!』

 

『こんばんわー!真姫ちゃんでーす!』

 

 

 突然画面にドレスを着こんだ行方不明の花陽と真姫が現れたので、悠は思わず転びそうになった。2人の恰好はドレスなのだが、以前特捜隊メンバーの雪子の影が来ていたものとちょっと違う…少し露出が多めのものを着ているので目のやり場に困る。

 

 

『今日はテレビのみんなにお知らせしたいことがあるんだ~』

 

『私たちがやってるお店なんだけど~お客さんが少ないせいか、もうすぐ閉店しちゃうの~』

 

 

『そこで~閉店までとっくべつにお客さんに色んなサービスを実施することにしましたー!』

 

 

『あんなことから〜こんなとこまで〜色々しちゃうから、皆ぜひ来てね♪』

 

『閉店までそんなに時間ないけど~私たち張り切っちゃうから期待しててね!待ってるからー!』

 

 

 花陽と真姫が誘惑するようにそう告げたと同時にテレビは消えた。しばらく呆然としていると、携帯電話の着メロが鳴ったので通話ボタンを押した。電話してきたのは、海未だった。

 

 

『な、鳴上先輩!!今、テレビが』

 

「見たのか?」

 

『み、見てしまいました……あ、あんなの…ハレンチです!!』

 

 

「ああ、録画すれば良かったな」

 

 

『……………』

 

 

 

 

ーto be continuded

 




Next Chapter

「行くぞ」

「これは……」

「は、ハレンチです!!」

「やめて!」

「アンタなんか…アンタなんか……」


「絶対負けないにゃ!ペルソナ!!」

Next #14「I want you to see me」


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#14 「I want you to see me」

どうも、ぺるクマ!です。

新生活にも慣れてきてもやることが多いので色々と大変です。特にこの5月は土日にやることが詰め詰めなので、今月は更新するのが大分遅くなると思いますが、着実に執筆していくつもりなのでご安心ください。

そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・誤字脱字報告をしてくださった方々・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。

皆さんの応援のおかげで嬉しいことが起こりました。

・お気に入りが400件を超え達成!!
・この作品が日間ランキングでまさかのいきなり5位にランクイン!!

これらを確認した時は正直目を疑ってしまいましたが、とても嬉しかった反面、更に精進しなければならないなと思いました。
まだまだ拙い作品ですが、これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きます。完結まで結構時間がかかりそうですが、長くお付き合いいただければ幸いです。

それでは、本編をどうぞ!


 目を開けるとそこはそこはベルベットルーム。今回も目をつぶったままのイゴールとマーガレットが居た。

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

 イゴールがお決まりのセリフを言い終わると、マーガレットが手に持っているペルソナ全書を開いてこう言った。

 

 

「お客様は先の戦いで、新たなアルカナ【剛毅】を呪いから解放させたご様子。そして、またあの宝玉を手に入れたようございますね」

 

 

 すると、目の前に先日海未のペルソナから得た青い宝玉に加えて、黄色の宝玉が並んで現れた。おそらくこの宝玉が凛のペルソナから得た【女神の加護】だろう。

 

 

「まあ…綺麗………」

 

 

 マーガレットはその宝玉の美しさに見惚れていた。すると、イゴールは目を開きマジマジとその宝玉を見つめたと思うと、次第にニヤリと笑った。

 

「ほう……これは素晴らしい……どうやらこの宝玉には貴方にかけられた呪いを打ち砕く力だけではなく、更なる力の可能性が秘められておられるようでございます。しかし、その最たる力が発揮されるのはまだ先のことでございましょう。フフフ、貴方がこの秘められた力をどのように目覚めさせるのか…楽しみですな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<翌日 放課後 音乃木坂学院???>

 

 日付が変わり翌日。悠たちは新たにメンバーに加わった凛と共に、再びあの世界にダイブした。そして、その校門付近にて…

 

 

「おお!すごい!!昨日邪魔だった霧が晴れて見えるにゃ!!」

 

「そうだよね!昨日凛ちゃんを追いかけてたせいで掛けるの忘れたけど、このメガネって本当にすごいや!」

 

 凛と穂乃果は、悠から貰ったクマ特製メガネの性能に驚いていた。説明が遅れたが、このメガネは八十稲羽のテレビの世界の元住人で今はジュネスのマスコットキャラである【クマ】が作成したもので、視界を遮るテレビ由来の霧を取り払う性能を持っている。どうやらこの世界の霧も同じ性質を持っているのか効果はちゃんとあるようだ。すると、海未がそんなはしゃいでいる2人を注意する。

 

「貴女たち、はしゃいでる場合じゃないでしょ!確かに鳴上先輩が持ってきたメガネの性能がすごいのは分かりますが、今はそれどころではありません!!」

 

「「は、はい…」」

 

 海未の一喝により、穂乃果と凛は押し黙った。そんな3人の様子を苦笑いしながら傍観していた悠とことりは話題を戻すことにした。

 

「お兄ちゃん、さっき話してた花陽ちゃんたちの救出に時間がないかもって本当?」

 

「ああ、俺の聞き間違いじゃなければな」

 

 一応昨日見たマヨナカテレビみたいなものについては全員に説明しておいた。そして、確か花陽と真姫のシャドウはテレビでこう言っていたのだ。

 

 

 

『閉店まで時間がないけど』

 

 

 

 何の店かはあのテレビを見る限り想像がつくが、おそらくその店が閉店となるまでがタイムリミットだろう。しかし、その閉店がいつかは分からない。

 

「なら、早急に小泉さんと西木野さんを救出する必要がありますね」

 

 海未のその言葉で、全員に緊張が走った。時間がないということは、タイムリミットは今日かもしれないということかもしれないからだ。それを過ぎたら花陽と真姫がどうなるかは分からない…

 

「でも、その鳴上先輩と海未ちゃんが見たっていうクラブって学校のどこにあるんだろう?」

 

 穂乃果が当たり前のことを口にする。確認したところ、昨夜あのテレビを見たのは悠と海未だけ。穂乃果はいつも通り雪穂に呆れられながら爆睡し、ことりと凛は疲労が溜まっていたらしく早めに就寝したらしい。その質問には悠が答えた。

 

「多分、校舎の中にあるんじゃないか?場所的に室内だし。それに、もしあのテレビに映った場所が小泉たちの心の中が反映された場所なら、彼女たちと関係ある場所である可能性が高い」

 

「校舎内ですか…私たちが迷い込んだときは、昇降口が開きませんでしたが」

 

 以前穂乃果たちがこの世界に迷い込んだときに校舎内に入ろうと試みたのだが、昇降口が開かなかったのだ。しかし、それに関して悠はこう返す。

 

「もしかしたら、それには何か条件があるのかもしれない」

 

「条件…ですか?」

 

 すると、悠の言葉に反応して穂乃果がこう発言した。

 

「あ!もしかしてあれかな?『開けゴマ!』みたいなやつかな?」

 

「それは合言葉です…でも、その可能性はなくはありませんね…」

 

 しかし、これまでの探索の中でそんな合言葉みたいなワードは聞いたことがない。もしかしたら、八十稲羽のときのようにその人物に対するキーワードみたいなものが必要なのかもしれないが、考えたらキリがない。

 

「とにかく、今はここで悩んでも仕方がない。探索を開始するぞ。みんな、覚悟は良いな?」

 

「「「「はい(うん)!」」」」

 

 悠の掛け声により、みんなの結束が高まった。

 

「よし、行くぞ」

 

 悠たちは覚悟を決め、敷地内に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音乃木坂学院??? 敷地内>

 

 しばらく敷地内を歩き、途中でシャドウに襲われることなく穂乃果たちがよく使う昇降口前に到着した。

 

「ここか」

 

「はい。前来たときはどうやっても開かなかったのですが…」

 

 悠と海未はどうしたものかと思っていると

 

「そんなことより早く入ろうよ!」

 

 穂乃果は2人の話はそっちのけで昇降口のドアに手を掛ける。

 

「ちょっと!穂乃果!!」

 

 

 すると、以前は開かなかったはずの昇降口は開き、そこには穂乃果たちがいつも目にする音乃木坂学院の下駄箱の風景が広がっていた。

 

 

「あれ?開いちゃった……あ!私たちがいつも使ってる下駄箱だ!すごーい!」

 

 これには、穂乃果だけでなく穂乃果以外のメンバーも驚いていた。

 

「一体どうなっているのでしょう……」

 

 この疑問は悠でも分からなかった。しかし、今は花陽と真姫の救出が最優先事項である。

 

「その謎を解くのは後にして、探索を行うぞ。校内にシャドウが居るかもしれないから団体行動で行く。周囲の警戒を怠るな」

 

 悠の言葉で一層気を引き締めた穂乃果たち。早速探索を開始した。

 

 

 

 

 探索をして分かったことだが、どうやら校舎内も現実の音乃木坂学院と構造は同じようだが、壁や床などの設備は廃校した学校のように荒れていた。やはり、この世界は廃校した音乃木坂学院を表しているのだろう。

 現実の音乃木坂学院は廃校が決定しているからこうなったのかもしれないが、もし穂乃果たちのアイドル活動が功を奏して廃校を止められたら、どうなるのだろうかと悠は思った。

 

 

 

 

 そして、探索を進めると、ある場所に悠たちは辿り着いた。

 

 

「ここは…【音楽室】ですか?」

 

「嗚呼、ここから何か感じるぞ」

 

 悠の言う通り、この音楽室だけ他の教室とは違う雰囲気を醸し出していた。実際この音楽室は真姫が昼休みなどによく入り浸っていた場所であるので、条件は一致している。

 

「ここに……花陽ちゃんと西木野さんが…」

 

「かよちん…」

 

 みんなその扉を見て目的の人物がそこにいると認識したからか、顔がやる気に溢れていた。

 

「みんな、今からこの部屋に突入するが覚悟は良いな?」

 

 悠の言葉に穂乃果たちは覚悟を持った目で頷く。それを確認した悠は音楽室の扉に手を掛けた。

 

 

「行くぞ…」

 

 

 そして、その扉は開いた。扉を開いた先には驚くべき光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<クラブ 【まきぱな】>

 

 音楽室の中に入ると、そこには昨日テレビで見た通りの高級感溢れるクラブの光景があった。おそらくここが、昨日テレビに映っていたクラブだろう。その光景を見た穂乃果たちは見たこともない光景に目を点にしていた。

 

 

「ここって…テレビとかで出てくる……キャバクラ?だっけ」

 

「そんなハレンチなものじゃありません!!」

 

 

 穂乃果の何気ない発言に海未は過剰に反応した。しかし、そのクラブは学生が入るにしてはあまりに煌びやか過ぎる。慣れない空間に居るせいか穂乃果たちは違う意味で緊張してしまう。

 

 

「な、なんだか高そうなお店だね」

 

「そ、そうですね。なぜか緊張してしまいます……これがキャ……じゃなくてクラブ…ですか……」

 

「私たちが場違いみたいだね……」

 

「凛…何か帰りたくなってきたにゃ…」

 

 

 そんな弱気な穂乃果たちとは対称に悠はかなり落ち着いていた。

 

 

「ここが、あのテレビに映っていたクラブか…辰巳ポートアイランドに行った時の店より高そうだな…」

 

 

 緊張しまくりの自分たちとは違い、落ち着きのあるその悠の姿に穂乃果たちは唖然としてしまう。

 

 

「鳴上先輩落ち着き過ぎじゃない?」

 

「お兄ちゃんだけが大人に見えるよ…」

 

「まさか先輩、こういうところに行き慣れてるとかじゃないのかにゃ?」

 

「そ…そんなの……は、ハレンチです!!」

 

「??」

 

 

 そんなおバカなやり取りをしていると、それは突然やってきた。

 

 

 

 

『『ようこそー!いらっしゃーい!』』

 

 

 

 

「「「「「!!!」」」」」

 

 

 突然店の奥から陽気な女性の声が聞こえてきた。身構えて声がした方を見ると、そこにはテレビで見た通り花陽と真姫がまるで悠たちを出迎えるかのように立っていた。見ると、テレビの時とは違って明らかに目が金色に輝いているので、シャドウに間違いないだろう。

 

「か、かよちんにゃ!!それに西木野さんも!」

 

 探していた親友の姿を見て凛は歓喜の声を上げたが、すぐに様子がおかしいことに気づいたのか顔をしかめた。

 

「あ、あれ?…いつものかよちんじゃない……でも、顔とか同じだし…」

 

「落ち着け凛、こいつらは小泉たちのシャドウ。抑圧された感情が具現化したもう一人の小泉たちだ」

 

 困惑する凛に補足説明をすると、凛は更に困惑した。

 

 

「あれが、かよちんのシャドウ……かよちん、何があったんだにゃ……」

 

「そんなことより、構えろ!何してくるか分からないぞ」

 

 

 悠の言葉により凛も我に返って臨戦態勢を取った。その一方で

 

 

「う、海未ちゃん?顔が真っ赤だけど、どうしたの?」

 

「あ…あんな恰好を公衆の面前でするなんて……は…ハレンチです!!」

 

 

「「「「……………」」」」

 

 海未は2人の恰好を見てまたも顔を真っ赤にしてそう言った。しかし、花陽と真姫のシャドウはそんなことは気にせずにトタトタと悠の方に歩み寄り、腕に抱き着いてきた。

 

 

『待ってたよー!鳴上せんぱーい!!』

 

 

「「「「は?」」」」

 

「え?…俺?」

 

 突然花陽のシャドウに指名されたので悠たちは困惑した。悠を待っていたとはどういうことなのだろう?

 すると今度は、真姫のシャドウが反対側の腕にしがみついてきてこう言った。

 

 

『今日は貴方の貸し切りだよ~!さあ、奥に行こうよ!!色々準備してあるから♡』

 

 

「え?ちょっ、待て!俺は…」

 

 シャドウたちはそんなことはお構いなしに悠の腕を引っ張り店の奥に連れ込もうとする。

 

「お兄ちゃん!」

 

 従兄の危機を察したのか、ことりは悠の元へ突進しようとしたが海未に羽交い絞めにされる。

 

「海未ちゃん、離して!!お兄ちゃんが!!」

 

「落ち着いてください、ことり!今行ったら何が起こるか分からないでしょ!」

 

 海未がそう言ってもことりは海未の腕の中で暴れ始めた。

 

「お兄ちゃんが!お兄ちゃんが!!」

 

「こ、ことりちゃん!落ち着いてってば!」

 

 

 すると、ことりの声に反応して、花陽と真姫は、顔をしかめてこう言い放った。

 

 

『何よ、あんたたち…鳴上先輩に引っ付いてきたの?』

 

『私たちはこの人にしか用がないから…邪魔するなら強制退場してもらうわ』

 

 

 すると、真姫のシャドウが手を上げた瞬間、穂乃果たちの周りに複数のシャドウが出現した。

 

「な…」

 

「くっ!囲まれましたね…」

 

 

 そのシャドウたちは前回のものとは違い、警察官の恰好をしたものや男女がダンスしているようなポーズをしているものと姿は違うものが勢ぞろいだった。

 

 

「ことり!みんな!!…くっ!待ってろ!」

 

 

 悠は穂乃果たちを助けようと花陽と真姫のシャドウの拘束を解こうとしたが、中々離れてくれなかった。

 

『ほら、鳴上さん。あの子たちほっといていこうよ~』

 

 真姫のシャドウが甘えるようにそう言うが、仲間のピンチ(特に可愛い従妹)際の悠にはそんなものは通用しない。

 

「悪いが、そんなことしている暇はない」

 

 悠は無理やりにでもとタロットカードを手の平に発現させ、砕こうとする。

 

「ペルソ」

 

 

『もう!鳴上先輩はそんなことしちゃダメ』

 

 

 カードを砕こうとした瞬間、花陽のシャドウが悠の手を握った。突然のことに、悠は動揺してしまいタロットカードが消えてしまった。更に、花陽のシャドウは悠に顔を触れるか触れないかというところまで近づけ、こう囁いた。

 

 

『ねえせんぱい……あんなことやこんなこと……したくない?』

 

 

 そう言った瞬間、花陽のシャドウの目が怪しく光った。すると悠はクラクラするような感覚に襲われた。

 

(な、なんだ……何かおかしい…)

 

 

『鳴上さん…正直になっていいんだよ…』

 

 

 今度は真姫のシャドウが耳元で小悪魔のようにそう囁いた。

 

(まさか!……まずい…意識が………)

 

 気づいた時にはもう遅かった。

 

 

「な、鳴上先輩……?」

 

 悠の様子がおかしいことに気づいた穂乃果たちは、次の瞬間目を疑うことになる。

 

「よし!行こう!VIPルームはどこだ?」

 

 ありえないことに、先ほど抵抗していた悠がおとなしくシャドウたちに従った。その様子に穂乃果たちは驚いたが、海未は悠の目が焦点があっていないことに気づいた。まるで、酩酊している人物の顔のような…

 すると、花陽と真姫のシャドウはまるで作戦が成功したかのように喜んで、悠に更に引っ付いていた。

 

 

『やった~。じゃあ、早く行こう!』

 

『そうよね!あんな小娘たちに構ってないでさっさと行きましょう。特にあんなハレンチハレンチばっかり言ってるムッツリ娘なんてさ』

 

 

 花陽たちのシャドウがそう言い捨てると悠を連れて奥の方へ行ってしまった。すると、穂乃果たちを囲っているシャドウたちがジリジリと穂乃果たちに近づいて来る。

 

「ま、まずいよ…鳴上先輩無しで、こんなたくさんのシャドウに囲まれるなんて…」

 

「り、凛と海未先輩だけで倒せるか不安だにゃ…」

 

「お兄ちゃん……一体どうしたの?」

 

 穂乃果と凛、そしてことりは今の状況にしどろもどろになる。しかし、海未だけは何故か押し黙ったままだった。どうしたのかと穂乃果が思った刹那…

 

 

 

 

「フフフフフ……ムッツリ?……私が…ムッツリ…?あははは、おかしなことを言いますね…」

 

 

 

 

 いきなり海未がおかしくなったように笑い出した。いや、それ以前に目の焦点が合っていない。普段見ない親友の姿に穂乃果たちは、恐怖しか感じない。

 

 

 

「そんな訳ないじゃないですか……そういう貴女たちはハレンチでしょう……ハレンチなものは……」

 

 すると、海未はゆらりと掌底を繰り出す体勢をとり…

 

 

 

 

 

「滅殺です!!」

 

 

 

 

 

 

 海未は勢いよくそう言い、ブチッ!という音と共に発現したタロットカードを砕き、ポリュムニアを召喚した。

 

 

「殺りなさい!!ポリュムニア!!」

 

 

 海未がそう命令すると、ポリュムニアは目を光らせて単騎でシャドウたちに突進していった。それを見て、凛も加勢しようとペルソナを召喚しようとした刹那…

 

 

 

 ドオオオオォォォ

 

 

 

 そんな爆発音と共に目の前のシャドウたちは散っていった。見ると、爆発音がしたところで、ポリュムニアが鬼神の如く次々とシャドウたちを弓で倒していく姿が見えた。

 

 

「さぁ、もっとやりなさい…」

 

 

 海未は淡々とした口調でそう言った。

 そして、次々と溢れてくるシャドウをポリュムニアは狩っていく。まさに一騎当千だった。そこに慈悲という言葉がないくらい、海未は徹底的にシャドウを殲滅していく。そんな海未の姿に他のメンバーは恐怖するしかなかった。

 

 

「忘れてた……海未ちゃんってキレると見境がなくなるんだった……」

 

「うん……そうだったね…」

 

「凛のペルソナの見せ場がなくなったにゃ……」

 

 

 しかし、海未が無双してくれたおかげで突破口ができた。暴走する海未を盾に穂乃果たちは悠の跡を追おうと奥の方へ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<クラブ 【まきぱな】 VIPルーム>

 

 シャドウたちを蹴散らして(特に海未が)奥に進んでいくと、【VIPルーム】と書いてある部屋に到達した。

 

「鳴上先輩!助けに…え?」

 

「ハア…ハア……ハレンチなものは……え?」

 

「お兄ちゃん!だいじょ……え?」

 

「かよちーん!どこ……え?」

 

 

 部屋に入るなり穂乃果たちは目の前の光景を見て、フリーズした。何故なら…

 

 

 

「おかわり。ストレートで」

 

 

 

 奥の席で、制服のブレザーどころかカッターシャツまで全開にして、酒らしきものを飲み干している悠の姿と

 

 

『は~い』

 

 

 悠に甘えながらグラスに飲み物を注ぐ花陽のシャドウと

 

 

『鳴上さん、すごーい!』

 

 

 当然のように悠に抱き着いている真姫のシャドウの姿があったからだ。

 

 

「キングだからな」

 

 

 訳の分からないことを言って2人の頭を撫で始めるあたり、悠は酩酊状態になっていることは間違いないだろう。穂乃果たちは知る由もないが、その状態は去年の修学旅行でりせが案内したクラブで場酔いした時と同じであった。

 

 

「「「「………………」」」」

 

 

 あまりに衝撃な光景を見て、唖然とする者が2人と怒りに火が付いた者が2人。その2人とはつまり…

 

 

「海未ちゃん…やっちゃおうか?」

 

「…殺りましょう。ハレンチなものは全て滅殺です」

 

 

 ことりと海未の発言に穂乃果と凛は戦慄した。感情のない声で会話している反面、顔には殺気がこもっているのでその殺意が本物なのが実感できる。

 

「でも…お兄ちゃんには手加減してね。お兄ちゃんは、私が正気に戻すから」

 

「承知しました」

 

 そう言って、海未はポリュムニアに弓を悠たちに向けさせる。しかも弓の弦がはち切れそうな勢いで…

 

 

「ちょっと待って!!海未ちゃん、落ち着いてって!!」

 

「落ち着こうにゃ!!」

 

 

 慌てて穂乃果と凛が海未を止めに入った。

 

 

「どきなさい!穂乃果!!もうハレンチなものを見るのはたくさんなんです!!」

 

「穂乃果ちゃん!どいて!!早くお兄ちゃんに付いてる悪い虫を駆除しないと!」

 

「だから、落ち着こうってば!!」

 

「海未先輩はともかく何でことり先輩まで!」

 

 

 いつもの怒る側と怒られる側の立場が逆転しているが、穂乃果たちの言い争いは続く。すると、

 

 

『騒々しいわね……あら?』

 

『へえ、あの子たちを倒してきたんだ~。ほっとこうと思ったけど…仕方ないか……』

 

 

 真姫のシャドウがそう言ったとき、突然辺りが暗くなった。

 

 

「な、何!!」

 

「停電ですか!!」

 

「こ、怖いよ!!」

 

 

 暗闇になったので、穂乃果たちは慌てだした。自分がどこにいるかも分からないので、穂乃果たちは右往左往するしかなかった。しかし、しばらくすると突然明かりがついたので思わず目を瞑ってしまった。目を開けた瞬間、目の前に映っていたのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<クラブ【まきぱな】 ???>

 

「あれ?ここは?……それに、海未ちゃんもことりちゃんも凛ちゃんも居ない!何で!?」

 

 穂乃果は今自分の目に映っている光景が信じられなかった。さっきまで、VIPルームという煌びやかなところに居たのに、今見たこともない部屋にいるのだから。その部屋は先ほどの高級感あふれるものとは違い、壁がピンク色で周りにはぬいぐるみやおもちゃが散乱している所謂『子供の部屋』という言葉が当てはまる部屋だった。それにさっきまで近くに居た海未やことりたちが居ない。慌てるのは当然だ。

 

 

「ううっ……ここは…どこだ?…頭が…」

 

 

 不意にそんな声が聞こえてきたので振り返ってみると、そこには先ほど酩酊状態になっていた悠が頭を抱えて座っていた。まだブレザーもカッターシャツも全開したままだが。

 

「鳴上先輩!!」

 

「こ、高坂!どうしてここに?」

 

 どうやら悠も突然のことに状況を把握し切れていないようだ。

 

「鳴上先輩こそ…というか、先輩ダメだよ!高校生がお酒飲んじゃ!!」

 

「え?酒?…え?」

 

「それにシャツとブレザーをちゃんと着て!そんなに全開にしてたら風邪ひくよ!」

 

「は?……あ」

 

 ようやく自分の恰好に気づいたようだ。悠はすぐさまカッターシャツのボタンを留めていく。

 

「もう!鳴上先輩はだらしないんだから……」

 

 穂乃果は姉らしきこと言っているが、それはブーメランだろう。そう思ったが悠は黙っておくことにした。すると…

 

 

 

 

 

「やめて!!」

 

 

 

 

 

 部屋の奥から誰かの大声が聞こえてきた。

 

「鳴上先輩、この声って…」

 

「行ってみよう」

 

 

 そうして二人で、部屋の奥の方へ向かってみるとそこには……

 

 

 

「アンタは一体何なのよ!」

 

『何言ってんのよ…私はアンタ、【西木野真姫】だよ?』

 

 

 

 部屋の中央で言い争っている二人の真姫が居た。一人は先ほど遭遇した真姫のシャドウ。もう一方は、部屋着姿だが間違いなく本物の真姫であった。

 

 

「西木野!!」

 

「良かった!西木野さん、無事だったんだね」

 

 

 やっと目的の人物に出会えたので、悠と穂乃果は真姫の方に駆け寄ろうとする。

 

「な、鳴上さん…それに…貴女まで。何でここに?」

 

 突然の悠と穂乃果の登場に困惑していると、真姫のシャドウがこんなことを言ってきた。

 

 

 

『ほらほら来たよ。不幸なアンタが望んでいた希望の『鳴上さん』が…わざわざ私が連れてきてやったんだから感謝しなさい』

 

 

 

「「え?」」

 

 真姫のシャドウの言葉に悠と穂乃果は思わず足を止めてしまった。このシャドウは何を言っているのだろうか?

 

 

「き、希望?…それに、私が不幸ってどういうことよ!!」

 

『だって、アンタはずっと思ってたじゃないの?自分は不幸だって』

 

「ど、どういうことよ?」

 

 

 真姫が歯切れ悪く尋ねると、真姫のシャドウはやれやれと肩をすくめて諭すように言った。

 

 

『アンタは小さい時からそうじゃない?友達もいない、家族にも構ってもらえない、何も心から楽しめない、やれることは勉強だけ。そんなの不幸以外の何物でもないじゃない』

 

「な…何言ってるのよ……」

 

『アンタは何もなさげに振舞ってるけど、寂しかったよね?誰にも話しかけられずに、話しかけるのも怖いからって音楽室に逃げ込んだりしてさ。それに、家に帰ってもママもパパも仕事仕事で帰ってきてくれなかったし』

 

 シャドウの言葉が次々と真姫に突き刺さっていく。

 

「う、うるさい!私は…勉強しなきゃならないのよ!だって」

 

 

『ママやパパみたいに医者にならなくちゃいけないからって言うんでしょ?』

 

 

「!!」

 

 真姫は見透かしたように言う己の影に言葉を失った。それを見て影はニヤリと笑う。

 

『哀れだよねぇ。そんなことのために、自分のやってみたいことまで目を背けちゃうんだから』

 

 真姫の影の言葉に穂乃果は反応する。

 

 

「自分のやってみたいこと?」

 

 

 そんな穂乃果の呟きを他所に、真姫は更に喚きだす。

 

「何なのよ!そんなことのためにって!!」

 

『だってさ~本当はこう思ってたじゃない。こんな辛い思いをする位なら医者になるなんて真っ平ごめんだって』

 

 その言葉を聞いた途端、真姫の顔が青ざめた。

 

「そ…そんなこと……」

 

『ほら!そうやってまた自分の都合の悪いことから目を背けるんだよね~。だから友達ができなかったんだよ。あはは』

 

 まるでいじめるかのようにケタケタと笑いながら真姫に言葉の刃をむけていく。

 

『それにさ、こんな自分が嫌だからって鳴上さんに相談しようともしたよね?』

 

 その言葉に悠は顔をしかめた。

 

「俺?」

 

「ち、違うんです!それはこいつが勝手に…」

 

 思わず誤解を解こうとすると、影がまた茶々を入れる。

 

『あ~あ、そこで私のせいにするんだ~。せっかくアンタの暴言とかを気にしないで接してくれた鳴上さんなのに~?ようやく出会えた希望の人かもしれないのに~?』

 

「そ…それってどういう…」

 

『まっ、話しかけようにも無理だったよね。ずっと一人だったアンタが人気者の鳴上さんに話しかけられるわけないし、訪ねようにも行く先々にはいなかったし、本当に不幸だよね~。私ってさ!あははは』

 

 戸惑う真姫に容赦なく追い込みをかける真姫のシャドウ。真姫も耐え切れなくなったのか体が小刻みに震えているので、いつあの禁句を言ってもおかしくない状況である。

 

 

「西木野!落ち着け!!そいつに惑わされるな!」

 

「西木野さん!!」

 

 

 悠と穂乃果が真姫を落ち着けようと近づくと、真姫は近づく2人を拒絶するかのように大声を出した。

 

 

「来ないで!!」

 

 

 

 真姫の大声の迫力に負けて、悠と穂乃果は足を止めてしまった。

 

「……見ないで…こんなの私じゃ…」

 

 

「西木野さん!それを言っちゃだめ!」

 

 穂乃果が慌ててあの禁句を言わないよう注意するが、それを台無しにするかのように真姫のシャドウが横やりを入れた。

 

『フフフ、どうしたの?せっかく鳴上さんが助けてくれようとしたのに、アンタはそれを拒んじゃうんだ~』

 

「そ…それは……アンタが…」

 

 そして、真姫のシャドウは最後の追い打ちを掛けた。

 

 

『あははは、笑えるね!まぁ、これも私だと思うと』

 

 

 それが引き金となった。

 

 

「黙れ!!」

 

 

 

 とうとう耐え切れなくなったのか真姫は震えながら影に向かって叫んだ。

 

 

「アンタなんか…アンタなんか……」

 

 

 悠と穂乃果がそれ以上言わせまいと行動を起こそうとしたが、もう遅かった。

 

 

 

「私じゃない!!」

 

 真姫は禁句を叫んでしまった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フフフフフフフフフフフ…良いわ……そんなに嫌なら……私が引導を渡してあげる。あは…あはははははははははは!』

 

 

 

 真姫が禁句を叫んだあと、真姫のシャドウは嬉しそうにそう言って高笑いしながら禍々しいオーラに飲まれていった。

 

 

「そ…そんな……また」

 

「高坂!後悔してる場合じゃない!来るぞ!!」

 

 

 すると禍々しいオーラは晴れて、現れたのは巨大な蜘蛛の巣を這っている巨大な赤い蜘蛛であった。それを見た真姫は糸が切れた人形の如くその場にへたり込んでしまう。

 

 

 

『我は影……真なる我……さぁ、お望み通り楽にしてあげるわ!じっとしててね…すぐに終わるから!!』

 

 

 

 すると、真姫の影は真姫に向かって口からメスのような物体を発射した。

 

 

「させない!ペルソナ!!」

 

 

 間一髪のところで悠が召喚したイザナギが大剣で物体を弾き、真姫の危機を救った。そしてすぐさま穂乃果は真姫を保護し、悠は2人を守るかのように立ちはだかる。

 

 

『何?…邪魔するつもり?…鳴上さんでも容赦しないわよ』

 

 

 悠は真姫の影に臆することなく覚悟を決めた目で真姫の影を睨みつける。

 

 

「かかってこい。俺がお前の全てを受け止めてやる」

 

 

『あははは、本調子じゃないのによく言うわ!そんなに威勢張れるのもどこまで続くでしょうね?』

 

 確かに真姫の影の言う通り。いつもの悠なら余裕で勝てる相手だろうが、先ほど花陽と真姫のシャドウに場酔いさせられたせいか、本調子ではないのだ。しかし、どんな状況に立たされようと悠は穂乃果と真姫を守るためにやらなければならない。そう奮い立たせ、悠は戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~悠と穂乃果が合流した同時刻~

 

 

 

 

 

 

 

<クラブ【まきぱな】 VIPルーム>

 

 時は遡り、悠と穂乃果が合流していたころ、2人以外のメンバーも同じような場面に直面していた。

 

「……あ!穂乃果が居ません!!それに、鳴上先輩や小泉さんたちのシャドウまで!」

 

「ほ、本当だ!お、お兄ちゃんどこ行ったの~」

 

「何が起こったのかにゃ!?」

 

 こちらに居るのは、海未とことりと凛の3人。3人とも暗闇から目を開けると、いつの間にか近くに居た穂乃果だけでなく、海未が弓を打とうとした悠や花陽と真姫のシャドウも姿を消していたのだ。そんな状況に困惑していると…

 

 

「こ……ここは…どこ?」

 

 

 するとどこからか弱々しい声が聞こえてきたので振り返ってみると、VIPルームの奥の方でオロオロしている部屋着の花陽が居た。先ほどのシャドウとは違い、メガネを掛けているので本物だろう。

 

 

「小泉さん!無事だったんですね!!」

 

「良かった~!」

 

「かよちーん!!」

 

 

 目的の人物の発見に3人は歓喜の声を上げた。その声で、3人の姿を確認した花陽は目の前の状況が分からず困惑する。

 

「え?みなさん…何でここに?…それに凛ちゃんまで…」

 

「かよちーん!迎えにきたよー!!」

 

 凛がそう言って駆け寄ろうとしたその時、

 

 

『ちょっと。お邪魔なんだけど』

 

 

 そんな声が聞こえてきた瞬間、凛の目の前に鋭い物体が数個突き刺さった。

 

「危なっ!なにこれ!」

 

 よく見るとその物体の正体は鳥の羽であった。しかし、それは刃が鋭いのかギラリと怪しく光っていたので、これが命中していたかと思うとゾッとする。

 

「凛ちゃん!」

 

 親友が危ない目に遭ったので、花陽は心配で駆け寄ろうとすると

 

 

『私はそこの自分と話がしたいの。部外者は邪魔しないでくれる?』

 

 

 その声に花陽は足を止めた。自分に似た…否同じ声が聞こえたので振り返ってみると、そこに服装は違うが自分と同じ顔の人物が居た。

 

 

「くっ!やはり出てきてしまいましたか…」

 

 海未は花陽のシャドウの登場に顔をしかめた。本当は今すぐ花陽を保護して穂乃果たちを探しに行きたいところだが、先ほどの凛のときのように何をしてくるか分からないので、その場で成り行きを見守るしか選択肢がなかった。

 

「な…何?……貴方は…」

 

 花陽は己の影にオドオドしてそう尋ねるが、シャドウはハァと溜息を吐いてこう言った。

 

 

『ねぇ、もう我慢するのは止めようよ。自分のしたいことをずっと我慢するって辛くないの?』

 

 

「え?」

 

 唐突に訳の分からないことを言われて、花陽は困惑した。

 

 

『だって、ずっと思ってたじゃん。スクールアイドルやりたいってさ』

 

 

「そ!!…それは……違うよ…」

 

 花陽は全力で否定したが、花陽のシャドウは容赦なく言葉の刃を切り返した。

 

『違わないよね?だったら、何で鳴上先輩たちのライブを楽しみにしてたの?何で鳴上先輩に近づきたいって思ったの?』

 

「そ…それは……」

 

 

『答えは簡単じゃん。鳴上先輩たちの【μ‘s】に入りたかったからだよね?』

 

 それを聞いた瞬間、花陽は顔を真っ赤にして怒鳴り返した。

 

「違うよ!!適当なこと言わないで!!私なんて」

 

 

『鈍臭くておっちょこちょいで食べることしか取り柄がないからアイドルなんて向いていない?』

 

 

「!!」

 

 そう言われた瞬間、花陽の顔が青白くなった。まるで信じられないものをみているかのように。

 

「何で……」

 

『ほら、図星じゃない。そんなこと言うと思ったわ』

 

「何で…分かるの?」

 

 

『簡単だよ。だって貴女は私、私は貴女だもん』

 

 

 さも当然でしょと言わんばかりに答える花陽のシャドウ。しかし…

 

「嘘……違う…違う…」

 

 花陽は体を震わせながら顔を真っ青にしてそう呟いている。もういつ何が起こってもおかしくない状況だ。

 

「かよちん!しっかりするにゃ!!」

 

 そんな親友のためにと、凛は花陽に大声で話しかけた。

 

「り…凛ちゃん……」

 

 花陽は藁にもすがるような目で凛を見つめた。

 

 

「凛ちゃん……凛ちゃんなら分かってくれるよね…こんなのが…私な訳…」

 

 

 その言葉を聞いて凛は励ますために何か言おうとしたが、そこに横やりが入る。

 

 

『だからさ、いい加減に正直になったらいいじゃない?スクールアイドルをやりたいって』

 

 

 花陽のシャドウがイラついた口調でそう言ったため、花陽の意識が己の影の方に向いてしまった。

 

「黙って!貴女なんかに私のことが分かる訳ないじゃない!!」

 

 花陽は耐え切れなくなったのか涙目で己の影を睨みつける。

 

 

『お~怖い怖い。こんな姿を鳴上先輩に見られたらどうな』

 

 

 それが引き金になった。

 

 

「黙って!…うるさい…うるさい!!うるさい!!うるさい!!」

 

 

 溜まっていた感情が洪水のように溢れだしたのか、花陽は叫び続けた。そして…

 

 

「貴女なんか……貴女なんか」

 

 

 花陽があの禁句を言おうとしていると察したのか、海未たちは全力で止めにかかった。

 

「小泉さん!ダメです!!」

 

「花陽ちゃん!!」

 

「かよちん!ダメ!!」

 

 しかし、感情でいっぱいになっている花陽にその言葉は届かなかった。

 

「私じゃない!!」

 

 花陽は禁句を叫んでしまった………

 

 

 

 

 

 

 

『あははは…もういいや……正直になれないなら…私が代わりになってあげる!…フフフフフフフフ、あはははははははははは!!』

 

 花陽が禁句を叫んだあと、花陽のシャドウは高笑いしながら禍々しいオーラに飲まれていった。

 

 

「ま…またこんなことに……」

 

「どうしよう…お兄ちゃんが居ないのに…」

 

「2人とも!弱気になってる場合じゃないにゃ!!来るよ!」

 

 悠がいない状況で影が暴走したため海未とことりは不安そうだったが、凛の叱咤により気を引き締めなおし戦闘態勢に入った。すると禍々しいオーラが晴れて現れたのは、羽を大きく広げた巨大なクジャクのような化け物であった。

 

 

『我は影……真なる我…私は正直に生きたいの……だから、貴女はここで死になさい!』

 

 

 花陽の影が花陽に攻撃を仕掛けようとしたとき、海未と凛が花陽の影の前に立ちはだかった。

 

 

「小泉さんは死なせません!」

 

「凛たちが守るにゃ!!」

 

 

『ふ~ん、貴女たちはそっちの私を守るんだ…正直殺したくはないけど仕方ないわね。私が正直になれるように、貴女たちにも死んでもらうわ!』

 

 花陽の影は翼を大きく広げ威嚇する。しかし、海未と凛は臆することなく各々が自身のタロットカードを砕き、立ち向かった。

 

「例え鳴上先輩が居なくても、私がちゃんと守って見せます!!……ペルソナ!!」

 

「絶対に負けないにゃ!……ペルソナ!!」

 

 

 

 それぞれ不利な状況で戦闘を開始した悠たち。果たして……

 

 

ーto be continuded

 

 




Next Chapter

「何で?」

「このままじゃ…」

「だったらさ」

「私は諦めません!」

「お前は思い違いをしている」

「貴女は…………」


「私も……」


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#15 「Now I know」

どうも、ぺるクマ!です。

皆さんはGWはどのように過ごしましたか?私は山奥の山荘に引きこもって山を満喫してました。しかし、引きこもっていたとしても課題やら何やらで色々とありましたが……

またこの少しの間、自分の至らなさが次々と見つかり、直々修正を加えました。修正といっても細かいことや重大な修正があったりで、色々とご迷惑をおかけしました。これからもこういうことが多々あると思いますが、よろしくお願いします。


改めて、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。皆さんの応援のおかげでお気に入りが500件を超えを達成し、5/2の日刊ランキングで23位にランクインできました!

まだまだ拙い作品ですが、これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きます。完結まで結構時間がかかりそうですが、長くお付き合いいただければ幸いです。

それでは、本編をどうぞ!


<クラブ【まきぱな】 真姫の部屋>

 

 

『あはははは、どうしたの?受けてばっかりじゃない』

 

「くっ」

 

 

 悠はイザナギで真姫のシャドウによるメス攻撃を受けてばかりであった。しかし、これは本調子じゃないからではない。相手からの攻撃を受けて付け入る隙を探しているのだ。とはいっても、それは持久戦になる。これ以上長引かせる訳にはいかないので、悠はこちらから仕掛けることにした。

 

 

「イザナギ!」

 

 悠がそう言うと、イザナギは真姫の影に得意の落雷をお見舞いした。

 

「!!」

 

 真姫の影は落雷を辛うじて避けたがそれでいい。

 

「今だ!イザナギ!!」

 

 この隙を待っていたと言わんばかりに悠はイザナギに高速で突進させる。落雷はフェイクで最初からこの物理攻撃に賭けていたのだ。しかし…

 

「な!」

 

 あと少しというところでイザナギが突然動かなくなった。これは…

 

「しまった!!」

 

 相手が蜘蛛という点から想定するべきだった。イザナギの動きを止めているのは蜘蛛の巣だ。

 

 

『あはははは!!引っかかったわね、私の蜘蛛の巣に』

 

 

 真姫の影は見事に引っかかったのがおかしいのか高笑いした。悠は自分の迂闊さを呪った。場酔いのせいもあるが、自分がそんなミスをしたことが許せない。すると、真姫の影は蜘蛛の巣にかかったイザナギの元へ素早く移動する。

 

『さぁ、これで終わりよ!』

 

 そして近距離から攻撃を加えようとした。普通のペルソナ使いならこの時点でアウトだろうが、生憎悠は普通のペルソナ使いではない。

 

 

「チェンジ!」

 

 

 悠は攻撃される前にイザナギをタロットカードに戻した。

 

『!!』

 

 攻撃を加えようとした獲物がいなくなったことに真姫の影は驚愕する。そして真姫の影の前に浮かんでいるのは【恋愛】のタロットカード……

 

 

「【リャナンシー】!!」

 

 

 カードを砕き現れたのは知恵の輪を持つ妖艶な妖精【リャナンシー】。召喚されてすぐにリャナンシーは真姫の影に白い息を吹きかけた。

 

『きゃあああ!』

 

 当然のように真姫の影は混乱し、自分の張った蜘蛛の巣から転げ落ちた。この隙にと再びペルソナをイザナギにチェンジして追撃を加えようとした刹那…

 

 

『甘いわ』

 

 

 真姫の影が今度は口から炎を放射してきた。

 

「なっ!……チェンジ!!」

 

 慌ててリャナンシーをイザナギではなく、炎を吸収する【魔術師】のアルカナの【ジャックランタン】にチェンジした。なんとかギリギリでチェンジしたためダメージを受けることはなかった。しかし…

 

 

 

『そうよ…最初からこうすれば良かったんだわ!』

 

 

 

 真姫の影が己の蜘蛛の巣に戻ってそう呟くと辺り一面が炎に包まれた。

 

 

「きゃあ!」

 

「あ、熱い!」

 

「高坂!西木野!俺から離れるな!!」

 

 

 悠は穂乃果と真姫を自分の元へ引き寄せ、ジャックランタンで炎を吸収する。しかし、自分たちの周りは炎に包まれており、逃げ場なんてものはどこにもなかった。

 

 

『さあ、ここで火達磨になっておしまい!』

 

 

 そこから相手は容赦しなかった。今度は炎の攻撃を連続で行ってきたのだ。それはジャックランタンでなんとか吸収するのだが、これではいつまで経ってもこちらから攻撃を加えられない。

 

 

(なんとか…ならないのか…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<クラブ【まきぱな】 VIPルーム>

 

 悠が真姫のシャドウに苦戦を強いられている中、こちらも戦況は芳しくなかった。

 

 

「にゃー!」

 

 

 凛のペルソナが花陽の影に攻撃を加える。

 

 

 中世の騎士がかぶっていたようなオレンジの兜から覗かせる真っすぐな瞳

 レモン色の薄手の戦闘服

 右手には長剣

 

 

 

 これぞ凛が覚醒させたペルソナ【タレイア】である。

 

 先ほどから長剣による物理攻撃を加えているが、相手が紙一重にかわしてくるのだ。

 

「当たんないにゃー!」

 

 それもそのはず。相手の動きが速いというのもあるが、凛は海未とは違って初召喚でいきなりシャドウ戦に挑んでいるのでペルソナの操作に慣れていない。

 

 

『しつこいわよ』

 

 

 

 花陽の影がいい加減に焦れてきたかタレイアに攻撃しようとする。その瞬間…

 

 

「ポリュムニア!!」

 

 

 海未のペルソナ【ポリュムニア】が死角から花陽の影に遠距離攻撃を放った。

 

 

『ぐあ!』

 

 

 意識がタレイアに向いていたため、花陽の影はモロにポリュムニアの攻撃を食らってしまい、体勢を崩してしまう。

 

 

「星空さん!今です!!」

 

「了解にゃ!」

 

 相手が怯んでいる隙に、凛はタレイアを花陽の影の懐に突入させた。

 

 

「これでも食らえー!」

 

 

 タレイアは電気を纏った長剣を花陽の影に突き刺した。

 

 

『きゃあああああああ!』

 

 

 効果は抜群。花陽の影は電撃が弱点のようで、凛の攻撃を食らうとその場にひれ伏した。このチャンスは逃さない。

 

 

「チャンスです!総攻撃行きますよ!星空さん!!」

 

「了解にゃ!ちなみに星空さんじゃなくて、凛!!」

 

「今はどうでもいいでしょ!!」

 

 

 2人はすぐさまそう攻撃を開始する。海未は近距離からの特大攻撃を、凛は再度電撃攻撃を繰り出そうとした。その時…

 

 

『ま…負けてたまるかー!』

 

 

 突然花陽の影が立ち上がり、翼を広げて突風を発生させた。

 

 

「な!きゃああああ!」

 

「にゃああああああ!!」

 

 

 急接近していたポリュムニアとタレイアは近距離から突風攻撃を受けてしまい、奥に吹き飛ばされてしまった。海未と凛もフィードバックにより同様に吹き飛ばされてしまう。

 

「海未ちゃん!凛ちゃん!!」

 

「凛…ちゃん」

 

 ことりと花陽の声も虚しく海未と凛は壁に激突してしまう。

 

「くぅぅ……」

 

「ほ、星空さん!?しっかりしてください!!」

 

 海未はなんとか意識を保てたが、凛は気絶寸前であった。おそらくタレイアは疾風属性が弱点なのだろう。

 

 

 

『私の…邪魔をしないで。これ以上やるなら…死ぬだけじゃ済まないよ?』

 

 

 とても低い声で花陽のシャドウはそう告げた。その声を聞いただけで海未は心がくじけそうだった。

 

 

(一体どうすればいいのでしょう……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<クラブ【まきぱな】 真姫の部屋>

 

 炎が飛び交う中で真姫は今自分が置かれている状況が呑み込めなかった。そもそも、偶々テレビを見つめたのが始まりだった。突然眠気に襲われ、気づけば知らないところに居て、自分の影だという者に自分の胸の内を聞かれたくなかった悠に暴露された。更に、今そいつが化け物に成り代わって、自分を殺そうとしている。

 

 

「もう嫌だ…」

 

 

 

「に、西木野さん!どうしたの!?」

 

 真姫の呟きに穂乃果は過剰に反応した。

 

 

「もう嫌よ!何でこんな目に遭わなきゃいけないの!突然訳わかんないところに連れていかれて、訳わかんないこと言われて、襲われて……もうたくさんよ…」

 

 

 真姫は今の状況が呑み込めず自暴自棄になったようだ。真姫の悲痛な叫びに影は同調する。

 

 

『そうよね…だから私は不幸なのよ。友達も居ない、家族にも愛されない、やれるのは勉強だけ……そんな生活なんて…もう真っ平!!って思ったでしょ?だからアンタは生きても仕方ないのよ』

 

 

 その影の言葉は真姫の胸に重くのしかかった。まさしく影の言う通りだと思ったのだ。その言葉の重圧に負けそうになり、死にたいと思ったその時……

 

 

 

 

 

 

「それは違うぞ!」

 

 

 

 

 

 

 悠がその言い分を否定するかのように叫び、真姫に衝撃が走った。まるで弾丸でガラスを打ち砕かれたような感覚だった。ふと真姫は悠の方に視線を向ける。悠は変わらず真姫の影と対峙していたが、その背中は真姫には大きく見えた。

 

 

「お前は思い違いをしている。お前はちゃんと家族に愛されているぞ」

 

 

「え?」

 

 悠の言葉は真姫だけでなく影にも影響を及ぼした。

 

 

『う…嘘よ!デタラメを言うな!!』

 

 

 真姫の影は全力で否定するかのように、更に炎の攻撃を激しくした。しかし、それでも悠はくじけずに続ける。

 

 

「デタラメじゃない!西木野のお母さんはちゃんと西木野のことを心配していたんだ。西木野には勉強だけじゃなくて好きなこともさせたいって」

 

 

『黙れ!!』

 

 

 さらに攻撃を激しくする真姫のシャドウ。

 

 

『貴方に…貴方に何が分かるっていうのよ!!』

 

 

 もうジャックランタンが吸収できる量を遥かに超えており、受け流すしかなくなってきた。炎が更に悠たちの周辺に広がる。

 

「ぐっ!」

 

 受け流した炎が悠の顔をかすめ、肉が焦げるような音がした。

 

「鳴上先輩!!」

 

 穂乃果が心配の声を上げたが、悠はその姿勢を崩さず立ち向かい続けた。

 

 

「鳴上さん……」

 

 

 真姫は未だに悠の背中を見つめていた。どんなに攻撃されても動じることのないその背中は真姫にとって頼もしく見える。しかし、それ故分からなかった。

 

 

「鳴上さん…何で?…私を助けるの?…何で……」

 

 

 自分が傷ついても素っ気ない態度を取ってきた真姫を何故助けるのか?それに対しても悠は笑みを浮かべてこう言った。

 

 

 

「可愛い後輩が苦しんでるのを、先輩の俺がほっとける訳ないだろ?」

 

 

 

「ヴェエ!」

 

 

 今度は違う意味で真姫に衝撃が走った。

 

 

「いいいいいつから私は鳴上さんの後輩になったのよ!しかも…か…可愛いって…」

 

 

「元からだろ?」

 

「年齢的にそうだよね?」

 

 

 火が飛び交う状況でも天然をかます悠と穂乃果。ある意味すごいと言えるだろう。

 

「うっ…い…イミワカンナイ!!」

 

 

 

「それに…あいつは西木野が不幸と言っていたが、俺は違うと思うぞ」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「本当に不幸だったら、俺たちは助けに来てないだろ?誰かが助けに来てくれている時点で、西木野は不幸じゃない」

 

 

 

「!!」

 

 その言葉を聞いた途端、涙が溢れてきた。

 

「に、西木野さん?大丈夫?」

 

 穂乃果が真姫のことを心配するが、真姫は大丈夫と言ってるように首を縦に振った。

 

 

「私………」

 

 すると、真姫は静かに語りだした。

 

 

「ずっと…寂しかった……友達も居なかったし……いつも一人だったし…でも、貴女に屋上に連れていかれて…鳴上さんに演奏をもう一回聞きたいって言われた時…嬉しかったの……」

 

 

「西木野さん…」

 

 真姫の独白を聞き、穂乃果は意外な彼女の一面を見た気がした。

 

 

「だから……貴女たちのライブを見に行ったとき…羨ましいと思ったと同時に……私もあの中に入りたいって思った…」

 

 

「え!?西木野さん、私たちのライブ見に来てくれたの!?」

 

 まさかあのライブにもう一人客が居たのかと穂乃果は驚いて反応した。

 

 

「あ……う…うん……途中からだったけど……」

 

 

 穂乃果は真姫からそう聞くと、歓喜余って震える真姫の手を強く握った。

 

 

「え?」

 

 

「ありがとう西木野さん!私たちのライブを見てくれて!!」

 

 

 真妃はその言葉に驚いた。この状況で何を言っているのだろうと思った。そして…

 

 

「それに西木野さんは一人じゃないよ!!だって、今は私や鳴上先輩が居るから!!鳴上先輩の言う通り、西木野さんは不幸じゃない!」

 

 

 穂乃果がそう言った瞬間、真姫は心のつっかえが取れたように感じた。穂乃果の真っすぐな言葉に何か感じたのだろう。その言葉を聞いた時、真姫はもう一度穂乃果の顔と今身を挺して自分たちを守ってくれている悠の背中をを見た。

 

 

(本当に不思議な人たち……でも…何でだろう…この人たちと居ると…暖かい……私…この人達に出会えてよかった)

 

 

 そして真姫は涙をふき取り、己の影を見つめた。

 

 

 

「アンタは…私…今までずっと抑え込んでた…もう一人の私…なんだよね……」

 

 

 

 真姫がそう呟いたとき、真姫の影に変化が起こった。

 

 

『う…あ……ああああ!』

 

 

 真姫の影が突然苦しみだし、姿にノイズが入り始めたのだ。

 

(これは…)

 

 悠は同じ光景を八十稲羽で見たことがある。例え影が暴走したとしてもそれを受け入れようとすれば、影の姿にノイズが入り力が弱まるのだ。

 

 

『い…今更…私を受け入れるっていうの……そんな…そんなこと…あああああああ!!』

 

 

 しかし、真姫の影は負けじと炎の攻撃を更に激しくした。

 

「ぐっ!」

 

「鳴上先輩!!」

 

「鳴上さん!!」

 

 もうジャックランタンで抑えきれる量を超えている。辺りはもう火の海でこれ以上やられたら本当にチェックメイトになってしまう。

 

 

 

(このままじゃ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お客様…』

 

 ふとマーガレットの声が聞こえた。もしかして…

 

 

『お客様が手に入れたあの宝玉のチカラにより、貴方のペルソナに変化が起きようとしています。そのアルカナは【女教皇】と【剛殻】。さぁ、解き放ちなさい。あの子たちとの絆で生まれた…貴方の新たな力を』

 

 

ー新たな…力……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!チェンジ!」

 

 悠はすぐさまジャックランタンをタロットカードに戻した。そのアルカナは【女教皇】…

 

「ふっ!!」

 

 悠はすぐさま拳をつくり、カードを砕いた。次の瞬間…

 

 

 

『なっ!!』

 

 

 

 

 真姫の影が放った炎が一瞬で凍り付き、砕けて氷の欠片となった。それだけでなく火の海になっていた周りの炎も凍り付き、氷のオブジェと化した。

 

 

『な…なんなのよ!これは一体…』

 

 

 真姫の影はありえない光景を見て動揺した。そして、砕けた氷の欠片の奥からそれを行った張本人の姿が現れた。

 

 

 

 

「【ハリティー】」

 

 

 

 

 それは悠が新たに召喚したペルソナであった。現れたのは両手に金の卵を抱え、薄紅色のマントに身を包んだ鬼子母神と呼ばれた女神【ハリティー】。

 

「また新しいペルソナだ!!しかも強そう!!」

 

 穂乃果は新たなペルソナが現れたことに歓喜の声を上げた。彼女の言う通り【ハリティー】は今まで現れたペルソナとは全く違う雰囲気を持っている。

 

 

「やれ!」

 

 

 悠がそう叫ぶと、ハリティーは大きくうでを振りかぶり、手のひらを真姫の影に向けた。次の瞬間…

 

 

『な…何よこれ!!』

 

 

 ハリティーの魔法により、真姫の影が足からどんどん凍り付いていった。やがてそれは全身を覆っていく。

 

 

 

『い…いや……いやああああああああ!』

 

 

 

 真姫の影がそう叫んだと同時に全身が凍り付き、ハリティーがフッと息を吐いた瞬間砕けていった。

 

 

 バリンッ!!

 

 

 その氷の欠片は宙を舞い、ダイヤモンドダストのように光り輝いたので、先ほどの殺伐とした雰囲気が無かったかのような美しい風景を生み出していた。

 

「綺麗…」

 

 穂乃果はその光景に感嘆の声を上げたが、真姫はその光景に見惚れ声が出なかった。その光景はまるで今まで己を縛っていた鎖が解き放たれたような雰囲気だったからだ。

 

「西木野」

 

 そんな感覚に浸っていると悠がこちらに話しかけてきた。

 

「さぁ、行ってこい」

 

 悠が指で示したその先には、宙に浮かぶ怪物の姿ではない真姫のシャドウが居た。真姫は意を決して己の影の方へ向かい、しっかりと見つめてこう告げた。

 

 

「アンタは……私…」

 

 

 真姫がそういうと影は頷き、光に包まれ姿を変えた。それは今までと同じように赤色のドレスに身を包んだ女神であった。

 

 

 

『我は汝…汝は我……我が名は【メルポメネー】。汝…世界を救いし者と共に…人々に光を』

 

 

 

 そして女神は再び光を放って二つに分かれ、一方は真姫へ、もう一方は悠の中へと入っていった。

 

 

 

>真姫は己の闇に打ち勝ち、困難に立ち向かうための人格の鎧ペルソナ`メルポメネー`を手に入れた。

 

 

 

 

 真姫がペルソナを手に入れた瞬間、疲れたせいか地面に倒れそうになる。

 

 

「西木野さん!!」

 

 

 倒れそうになった真姫を穂乃果が急いで支えた。ペルソナを手に入れたことにより顔が相当疲れているように見えるが、それにも関わらず本人はすっきりしたような表情を浮かべていた。

 

「あ…先輩…」

 

 

 

「ううん、私のことは穂乃果でいいよ」

 

 

「じゃあ、穂乃果先輩…鳴上さん…ありがとう」

 

 真姫は疲れていながらも悠と穂乃果に向けて笑顔で微笑んだ。その笑顔を見ただけで悠と穂乃果は自然と笑顔になった気がした。

 

 

 

>真姫の感謝の気持ちが伝わってくる

 

 

 

「さて、ここから出て園田たちを探しに行くか」

 

 一段落したところで、悠がそう提案する。しかし、先ほどの激しい戦闘のせいか辺りはひどく荒れており出口などというものはどこにもなかった。

 

 

「鳴上先輩…どうしよう。出口が見当たらないよ…」

 

 

 穂乃果がそういうと、悠は一瞬考え込んだ。するとニヤリと笑ってこう言った。

 

「大丈夫だ」

 

「へ?」

 

 

 

「無いなら、自分で作れば良いからな」

 

 

 

「「は?」」

 

 

 穂乃果と真姫は何を言っているのか分からなかった。そして悠は再び手の平にタロットカードを発現させる。そのイラストは【剛毅】…

 

 

「ペルソナ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<クラブ【まきぱな】 VIPルーム>

 

「私は…どうすればいいの……」

 

 花陽も真姫と同じく今の状況を呑み込めなかった。自分の影という者が怪物に変身し、友達や憧れの先輩たちを傷つけている。自分に何かできないのかと思ってしまう。すると…

 

 

『何よ…簡単なことじゃない』

 

 

 そう思っていると、花陽のシャドウが花陽に話しかけてきた。

 

『おとなしく私に殺されればいいの。それでみんな救われるわ』

 

 花陽は己の影に言われて考えた。

 

(私が…死ねば……みんな助かる……それなら)

 

 そう思った花陽は、自ら死にに行こうとゆらりと己の影の方へ向かおうとした。

 

「花陽ちゃん!!ダメ!!」

 

 そんな花陽をことりが必死に止めようとする。その時

 

 

 

「そうです!小泉さんは死んではダメです!!」

 

 

 

 海未はまた花陽とことりの前に立ち、素早くポリュムニアで花陽の影を攻撃した。

 

『ぐッ!し…しつこいわね!まだ叩き足りないのかしら?』

 

 花陽のシャドウはポリュムニアに向けて再び突風攻撃を仕掛けようとする。

 

 

「こっちにゃ!!」

 

 

 今度は気絶寸前だった凛がタレイアに死角から花陽の影に攻撃させた。

 

『あああああ!こ…この!』

 

 花陽の影は焦れったくなったのか直接タレイアに攻撃しようとする。しかし、凛も大分ペルソナの操作に慣れてきたのか攻撃を紙一重にかわし始めた。

 

「まだ負けないにゃ!!」

 

 凛はそう言っているが大分息が上がっている。今は良くても時間が長引けば、攻撃があたるだろう。

 

 

「り…凛ちゃん、何で?…何でそこまでするの?…私が殺されれば…」

 

 

 花陽がそう言った時だった。

 

 

 

 

 

「ふざけないで!!!!」

 

 

 

 

 

 花陽は親友の今までに聞いたことのない大声に驚いた。その親友の言葉に本気の怒りを感じたからだ。

 

 

「かよちんはやりたいことがあるんでしょう!!それをしないまま死ぬだなんて…絶対にダメ!!」

 

 

 親友の叱咤の声に花陽はハッとなった。

 

「私の…やりたいこと……」

 

 

「スクールアイドルだよね?」

 

 と、ことりが花陽に優しく話しかけた。

 

 

「!!……私は…」

 

「花陽ちゃん……貴女は」

 

 

「もう放っておいてください!!」

 

 

 

 ことりが何か言いかけたとき、花陽は大声でそれを遮った。

 

「何で……何で先輩たちは私を助けるんですか!!私のことなんてほっとけばいいのに!!」

 

 その花陽の疑問には海未が答えた。

 

 

「鳴上先輩が…助けてくれたからです」

 

 

「え?」

 

 

「私も先日小泉さんと同じ状況に遭いました。殺されそうになりましたが、それを救ってくれたのは鳴上先輩です。だから、今度は私が貴方を助ける番です!」

 

 

 その海未の言葉で花陽の頭の中にある青年の顔が浮かんだ。

 

(鳴上先輩…)

 

 初めて会った時から不思議な人だった。最初から変なところを見せてしまったけど、気にせずに優しく接してくれて、白米も奢ってもらった。恥ずかしかった食いしん坊なところも認めてもらった。

 

 

(ああ…そうか。そうだったんだ)

 

 

 花陽が己の何かに気づいたその時…

 

 

 

「にゃあああ!」

 

 

 

 とうとう限界がきたのか花陽の影の攻撃がタレイアに直撃した。

 

「ほし…凛!!」

 

 

『アンタも終わりよ』

 

 

 花陽の影はすかさず翼をポリュムニアに向けて鋭い羽を飛ばしてきた。それはポリュムニアの腕と足に突き刺さった。

 

 

「あああああ!」

 

 

 フィードバックで痛みが伝わってきたのか海未は顔を歪めその場にへたり込んでしまう。

 

 

「海未ちゃん!!」

 

 

 

『さあ…これで終わりよ……死になさい!!』

 

 

 

 花陽の影は今まで以上に翼を広げ、最大級の攻撃を放とうとした。痛みで何もできない海未たちはこの時、死を覚悟した。しかし、次の瞬間…

 

 

 

 

 

 バアアアアアン!!

 

 

 

 

『きゃああああ!』

 

 

 

 突然花陽の影の近くの壁が爆発し、花陽の影は吹き飛ばされた。相当威力が強かったのかしばらく動けそうになかった。死を覚悟していた一同はそのことに呆然としてしまう。一体何が起きたのだろうか。すると

 

 

「【ジークフリード】」

 

 

 爆発した壁の穴から悠がそう言って姿を現した。その悠の傍らには、古代ローマのコロシアムの戦士を彷彿とさせる赤い戦士服に太い大剣を片手で持っている大男【ジークフリード】が居た。壁を破壊したのもおそらくこのジークフリードだろう。

 

「すごーい!やっぱり鳴上先輩のペルソナは最強だね」

 

「もう…滅茶苦茶だわ……」

 

 そして、悠の後ろからは元気いっぱいの穂乃果と疲れ切っている真姫も現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

 ことりは兄の登場が嬉しいのか歓喜の声を上げた。

 

 

「押忍!待たせたな」

 

「お~す!」

 

「お…おす…」

 

 離れ離れになった悠と穂乃果が登場したことに驚いたが、一番驚いたのはその二人の傍に探していた真姫が居たことだった。

 

「に、西木野さん!!ということはまさか…」

 

 

「嗚呼、無事に西木野を救出した」

 

 

 悠はさらっとそう言ったので、海未は驚愕するしかなかった。

 

「な…鳴上先輩……流石です……というか今の爆発は何なんですか!?」

 

「この【ジークフリード】の力で壁を破壊した」

 

「……………」

 

 そんな会話をしていると。吹き飛ばされた花陽の影が起き上がってきた。

 

 

 

『よ…よくも…やってくれたわね……全員まとめて…吹き飛べ!!』

 

 

 

 花陽の影は余程頭にきたのかつばさを広げ、突風攻撃を仕掛けてきた。

 

「またにゃ!」

 

「な、鳴上先輩!突風の攻撃が来ます!伏せてください!!」

 

 凛と海未が焦った口調でそう言うが、悠は逆に落ち着いていた。

 

 

「風か……なら……【ハリティー】!」

 

 

 悠はペルソナをジークフリードからハリティーにチェンジし、突風に身を踊らせた。すると…

 

 

『何!』

 

 

 ハリティーは何事もないように平然と花陽の影の風を悠たちに来ないように受け流していた。このハリティーには疾風に耐性があるためあまりダメージを受けない。そして…

 

 

「こいつを倒すには俺だけじゃ無理だ。だから…回復するぞ。ハリティー!」

 

 

 悠の言葉に応じハリティーが上に手を向けると、優しい光が海未と凛を包んだ。

 

「こ…これは……すごいです!痛みが消えていきます!!」

 

「にゃー!元気が出たにゃ!!テンションが上がるにゃー!!」

 

 ハリティーの回復魔法により、海未と凛はすっかり元気になったようだ。

 

 

「さぁ、ここからが本番だ。行け!園田!!」

 

 

 

「ハイ!…降らせ!ポリュムニア!!」

 

 

 

 海未はポリュムニアに上空に弓を放させた。すると、突然雨のように花陽の影の頭上に多数の矢が降ってきた。

 

 

『きゃああああ!!…この……今度こそ』

 

 

 しかし、攻撃はまだ続いた。

 

 

「チェンジ!…イザナギ!!」

 

 

 次は悠がペルソナをイザナギにチェンジして落雷を放った。

 

 

『ああああああ!……ううう』

 

 

 弱点である落雷を受けたことにより花陽の影は弱々しくなっている気がする。

 

 

「今だ!!凛!!」

 

 

「行くにゃ!!タレイア!!」

 

 

 凛のタレイアが花陽の影に突進する。

 

 

 

『あ…あああ…や…やめ』

 

 

 

 

「行っけえええええええ!!」

 

 

 

 

 タレイアは凛の叫び声と共に、電気を纏った長剣で花陽の影に斬撃を与えた。もちろんイザナギの落雷を受けた花陽の影に凛の攻撃を防ぐ術はなかった。

 

 

『ああああああああああああああ!!』

 

 

 凛の決死の一撃により花陽の影は消滅した。そして役目を終えたペルソナたちもタロットカードに戻り、各々の召喚者の元へ帰っていった。

 

 

 

 

 

 

「ハア……疲れたにゃ~」

 

 渾身の一撃を放った凛はその場に尻もちをついた。顔からして相当疲れているように見える。

 

 

「凛ちゃん!!」

 

 

 花陽は身を挺して自分を守ってくれた凛に駆け寄り、勢いよく抱き着いた。

 

「かよちん?」

 

 

「ありがとう!凛ちゃん……私のために…」

 

 

 花陽は泣きながら凛に感謝の気持ちを伝えた。それに対して凛はこう返した。

 

 

「うん…だって、私たちは友達じゃん…友達が友達を助けるのは当たり前だよ」

 

「うん…うん……」

 

「それに…かよちん、ほら」

 

 凛は花陽にある場所を指で示した。そこには先ほど倒された花陽のシャドウが元の姿に戻って佇んでいた。一瞬怖くなって目を背けたが、やがて意を決して己の影の方へ歩いて行った。

 

 

「私…自分に自信がなかった……だから…本当にやりたいことから目を背けてたんだよね。でも、もう大丈夫だよ……例え自分がどうであっても…これから…自分に正直に生きていくから」

 

 そして、花陽はしっかりと自分の影を見て言った。

 

 

「貴女は……私…」

 

 

 花陽がそういうと影は頷き、光に包まれ姿を変えた。それは緑色のドレスに身を包んだ女神であった。

 

 

 

 

『我は汝…汝は我……我が名は【クレイオー】。汝…世界を救いし者と共に…人々に光を』

 

 

 

 

 そして女神は再び光を放って二つに分かれ、一方は花陽へ、もう一方は悠の中へと入っていった。

 

 

 

>花陽は己の闇に打ち勝ち、困難に立ち向かうための人格の鎧ペルソナ‘クレイオー‘を手に入れた。

 

 

 

「これは……」

 

「それが小泉のペルソナだ」

 

 花陽の行動を見守っていた悠が花陽にそう説明した。

 

「ペルソナ……あっ」

 

 花陽はそう呟くとペルソナを手に入れたことによる負荷が出たのか倒れそうになる。しかし、それを軽々と悠が受け止めた。

 

「な…鳴上先輩…」

 

 花陽を優しく受け止めた悠は、笑顔で花陽にこう言った。

 

 

 

「頑張ったな」

 

 

 

 花陽はその笑顔を見た途端、顔が真っ赤になった。すると…

 

 

「あの!…鳴上先輩!!」

 

「ん?」

 

 

「き…聞いてほしいことが…あるんですけど……」

 

 

 すると悠は花陽の頭をポンと置いた。

 

「へ?」

 

 

「今はここから帰ることが優先だ。明日きちんと聞くからな」

 

 

「は…はい」

 

 

 花陽は顔を真っ赤にしたままそう呟いた。

 

 

「さあ、皆で帰ろう」

 

 

 

 その後、来た道を通りなんとか現実に帰還した一行であった。その道中……

 

 

 

 

「お兄ちゃん…他の女の子に優しすぎ…」

 

「え?」

 

「後でお説教だね……」

 

 先ほどの花陽とのやり取りにことりは嫉妬していた。その後、悠がどうなったのかはご想像にお任せしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

<昼休み 音乃木坂学院 屋上>

 

「ハムッ!…うう~ん!やっぱり鳴上先輩のサンドウィッチは美味しい!!」

 

「それは良かった」

 

「穂乃果、食べ過ぎないように気を付けてくださいよ」

 

「お兄ちゃん!ことりが食べさせてあげるよ。はい、あ~ん♪」

 

 

 時は経ち翌日。悠たちはいつも通り屋上で悠の料理で昼食を堪能していた。唯一違うところといえば、ことりの悠に対するスキンシップがまた大胆になったということだけだろう。

 

 

 テレビの世界から無事に帰還した後、悠たちは真姫と花陽を家まで送っていった。真姫や花陽もあの世界で起きたことについては未だに信じられなかったらしく説明を求められたが、それは翌日ということにしてもらった。

 

 

「そろそろ来るか…」

 

「え?誰が?」

 

 

 

 ガチャッ

 

 

 

 穂乃果とそう言った時、屋上のドアが開く音がした。そして現れたのは件の三人の少女であった。

 

 

「こ…こんにちは…」

 

「あー!花陽ちゃんに西木野さん!それに凛ちゃんまで!」

 

「穂乃果!行儀が悪いですよ!」

 

 サンドウィッチを食べながら指をさす穂乃果を海未が注意する。

 

 

 

「あの世界のことについて聞きに来たんだろ?じゃあ」

 

 

「ま、待ってください!!」

 

 

 悠が説明しようとしたとき、花陽が大声でそれを止めた。

 

「その前に…私のお願いを聞いてくれますか?」

 

「お願い?」

 

 

 そう言うと花陽は一歩前に出て、オドオドしながらも目をしっかり見開いて悠たちに向かってこう言った。

 

「わ、私…1年生の小泉花陽と言います」

 

「いや、知ってるから」

 

「ハゥ!……」

 

 少し緊張したせいで悠にツッコまれたが、それでも花陽は続けた。

 

 

「私…背も小さくて、声も小さくて、得意なことは何もありません…」

 

 

「花陽ちゃん?」

 

 そして花陽はしっかりと目を見開いて悠たちに言った。

 

 

「でも…アイドルに対する思いは誰にも負けません!!私は昨日自分の影と向き合ってそれに気づきました……だから…お願いです!!私を…【μ’s】のメンバーにしてください!!」

 

 

 そう言うと花陽は大きく頭を下げた。

 

 

「だってさ…高坂」

 

 

「え?」

 

 

 花陽が頭を上げた瞬間、目に飛び込んできたのは、笑顔で自分に手を差し伸べる穂乃果の姿だった。

 

 

 

「もちろん!!歓迎するよ!!花陽ちゃん!!」

 

 

 

 花陽は穂乃果の言葉を聞くと、涙を浮かべて穂乃果の手を握った。

 

 

 

「鳴上さん」

 

 

 今度は真姫が一歩前に出て宣言した。

 

 

「私も【μ’s】のメンバーになってもいいですか?」

 

「西木野?」

 

「私…あのもう一人の自分が言ってた通り自分って不幸だと思ってました。でも…昨日家に帰ってママとパパに会ったら…怒ったりはせず…私が帰ってきたことを心から泣いて…喜んでました…」

 

「それは良かったな」

 

 悠がそう言うと、真姫は顔を朱色に染めながらもこう続けた。

 

「鳴上さんが言ってた通り、私はちゃんと家族に愛されてるし…友達も居るし…全然不幸じゃなかった」

 

 そして、真姫は悠をしっかりと見つめ己の決意を言葉にした。

 

「それに…私、自分がやりたいことに気づいたんです。多分それは…鳴上さんや穂乃果先輩たちと一緒にスクールアイドルをすることだったと思うんです。だから…私も…メンバーに入れてください!!」

 

 真姫も花陽と同様に頭を下げた。もちろん、その問いに対する悠の答えは穂乃果と同じである。

 

 

「嗚呼、勿論だ。よろしくな、西木野」

 

 

 悠は笑顔で手を差し伸べそう返した。

 

 

「な…鳴上さん」

 

 

 真姫は悠がそう言ってくれたことを嬉しく感じ、悠のその手を握ろうとすると

 

 

「うん♪よろしくね、西木野さん♪」

 

 

 そうはさせまいと、ことりが横から割って入ってきた。

 

 

「なっ!!ちょっと!!」

 

 良い雰囲気だったのを邪魔されたので、真姫は少し顔をしかめた。すると

 

 

「お兄ちゃんは渡さないから……」

 

 

 と、低い声で真姫の耳元にそう呟いた。

 

 

「ヴエェエエエエ!イ…イミワカンナイ!!」

 

 

「???」

 

 ことりに言われたことに、真姫は顔を真っ赤にしながら過剰に反応した。それがどういうことなのか天然男には分かるはずがない。

 

 

「それで…凛はどうするんですか?」

 

「え?」

 

「私たちはまだまだメンバーを募集してますよ?」

 

 と、今度は海未が凛に向けて手を差し伸べた。

 

 

「凛も…凛も入るにゃ!かよちんや穂乃果先輩、鳴上先輩たちと一緒にスクールアイドルをやりたいにゃ!」

 

 

 凛も最初から入る気満々だったらしく、嬉しそうに海未の手を握った。

 

「フフフ、メンバーが一気に増えましたね。鳴上先輩」

 

「嗚呼」

 

 そして、悠は新たにメンバーになった花陽・真姫・凛に向かってこう言った。

 

 

「改めて3人とも、これから色々あると思うがよろしくな」

 

 

 

「「「はい!よろしくお願いします!!」」」

 

 

「よろしくね!!花陽ちゃん!西木野さん!凛ちゃん!」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしく♪」

 

 

 こうして悠たちの【μ’s】に新たな仲間が加わった。彼女たちもペルソナを手に入れているし、各々の個性も素晴らしいものを持っているので、今後のスクールアイドルの活動やテレビの世界の探索でも大きな戦力となるだろう。一息ついたところで悠がニヤリと笑って口を開いた。

 

 

「よし!じゃあ、今日はアレだな」

 

「アレだね!」

 

 穂乃果も悠と同じくニヤリと笑った。当の三人は何のことか分からない。

 

「あ…あの……アレってなんですか?」

 

 花陽が意を決してアレの正体について聞く。

 

 

 

「勿論、今日は鳴上先輩の家で花陽ちゃんたちの歓迎会だよ!!」

 

 

 

 

「「「え?」」」

 

 いきなり歓迎会と言われ3人は呆然としてしまった。

 

 

「え…ええええええ!!なななな鳴上先輩の家でですか!!」

 

「わ~い!楽しみだにゃ~!!」

 

 

 花陽は悠の家でやるということに驚き、凛は余程楽しみなのかすごく喜んでいた。

 

 

「な…鳴上さん、いいんですか?こんな大勢で鳴上さんの家に…」

 

 

 真姫がおずおずと悠に質問した。

 

「気にするな。今日はうちの両親は出張で居ないから」

 

「そういう問題じゃないんですけど」

 

「ところで、今日はみんなのリクエストに応えることにするが、何が良い?」

 

 悠がみんなのリクエストを聞こうと、すでにメモの準備をしている。顔からしてやる気満々だった。

 

 

「急にそんなこと言われても…」

 

「私も…でも鳴上さんが作るものなら何でも」

 

 

 海未と真姫は遠慮がちだったが、残りのメンバーはそうではなかった。

 

 

「穂乃果はパンが良い!!」

 

「凛はラーメンだにゃ〜!!」

 

「お兄ちゃんのコロッケ!!」

 

「わ、私は白米が良いです!」

 

 

 穂乃果と凛、ことりに花陽は遠慮しないで自分のリクエストを言っていった。

 

「遠慮なさすぎでしょ!!何ですか!そのバリエーションの多さは!!」

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

「鳴上さん……大丈夫かしら……倒れたりしないわよね…」

 

 

 その日の放課後、穂乃果たちは悠の料理を楽しみにしながらダンスレッスンに臨んだ。そして…

 

 

 

 

 

 

<放課後 鳴上宅>

 

 鳴上宅では悠の数々の手料理が振舞われ、穂乃果たちがそれを絶賛する声が響き渡っていた。

 

「おお~!このサンドウィッチ美味しい!お昼のとは違った味がするよ!!」

 

「こ…この茶巾寿司……今まで食べたものの中で一番美味しいです」

 

「お兄ちゃんと作ったコロッケ最高!」

 

「は~白米がこんなに…幸せです!!」

 

「にゃー!このざるラーメン、タレが効いてて美味しいにゃ!」

 

「このトマトのリゾット…美味しすぎ……」

 

 

 彼女たちのリアクションを見て、悠は作り甲斐があったと心の中で喜んだ。その後、花陽たちはテレビの世界の説明を受けて新たに決意を固めたり、今後の予定を話し合ったりと騒がしい歓迎会となったが、悠たちは終始とても楽しそうであった。

 

 

 

 

 こうしてまた一つの事件が終幕し、【μ’s】に新たなメンバーが加わった。悠と彼女たちの物語はこれからも続くのであった。

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「図書館に行こう」

「あ!鳴上さん!!」

「私はやってません!!」

「この人だ…」

「何で?」

「白鐘直斗の助手の者ですが?」


「ハラショー!!」


Next #16「The rest in the brief moment」


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#16 「The rest in the brief moment」

どうも、ぺるクマ!です。

今回は閑話回。誰が登場するかは読んでからのお楽しみです。

あらかじめ言っておきますと、次回予告の通り今回の話で悠がちょっとした事件に遭遇しますが、その事件は7月に続編が発売される某ナゾトキゲームのとあるエピソードを参考にしました。そういうのが苦手な方に先に謝っておきます。また、事件パートは初めて書いたので色々拙いところがあるかもしれませんので、ご容赦ください。

そして前回お伝えするのを忘れていたのですが、活動報告の方にてアンケートを行っています。よかったら是非ともそちらもご覧ください。

最後に、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。
まだまだ未熟で拙い作品ですが、これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きます。応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


 目覚ますといつものあの場所に居た。床も壁も、天井に至るまで全て群青色のリムジンの車内を模した不思議な空間、【ベルベットルーム】。

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ。本日、我が主は留守にしています」

 

 

 声がした方を向くと、いつもの定位置にマーガレットが座っていた。彼女の言う通り、イゴールは居ないようだった。毎度思うが、あの奇怪な老人はここを留守にしている間どこに行っているのだろうか?

 

「先日はご苦労様。先の戦いによってまた新たなアルカナを呪いから解放させたようね。そのアルカナは【月】と【星】。そしてまたあの宝玉も」

 

 マーガレットがそう言うと、ペルソナ全書から色とりどりの宝玉たちが出てきて宙に浮かんだ。それはイゴールがいうところの【女神の加護】。先日の戦いで真姫と花陽のペルソナから得たものも含めて、その数は4つになっている。

 

「何度見ても美しいものね。これを見ていると、つい何か作りたくなってしまうわ。これらなら何の材料にするのが良いかしら?」

 

 突然何を言っているのだろうか?一応大事なものなのだが

 

「フフフ…冗談よ。そんなことしたら、主に叱られるもの。つい先日、うっかりシャンパンをこの宝玉にこぼしてしまった時もそれはもう厳しく…………………何でもないわ。忘れて頂戴」

 

 今聞き捨てならないことを聞いた気がする。前は確かペルソナ全書にワインを

 

「忘れなさい」

 

…………マーガレットの目が本気になっている。そっとしておこう。

 

「まぁそれはともかく、貴方が着実に失われた力を順調に取り戻しているようでなによりだわ。他者と絆を築き、育てることは貴方の大きな力となる。それはあの子たちにとっても同じこと。貴方とあの子たちは一体これからどのような物語を紡ぐのかしら…楽しみだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~花陽たちの歓迎会から数日後~

 

 

<休日の朝 鳴上宅>

 

 長かった平日が終わり、学生の誰もが楽しみにしている休日。時刻は朝8時を過ぎたころに悠は目を覚ました。

 

「ふぁあ…まだ眠いな…」

 

 花陽たちの歓迎会から数日、悠は勉強に精を出していた。一応悠も受験生なので、花陽たちの救出に使った分の遅れを取り戻さなくてはならない。ここ最近は穂乃果たちの練習が終わった後は真っすぐに家に帰って勉学に励んでいるのだ。穂乃果は悠と買い食いに行けなくて寂しいと愚痴っていたが…

 

(さて…今日も頑張るか…)

 

 早速悠は布団から起き、朝食を作ろうと部屋を出た。すると…

 

 

トンットンットンッ

 

 

 台所から包丁で何かを切っている音が聞こえた。誰かが台所で料理しているのだろう。

 

(母さんか?…あれ?でも、今は父さんと一緒に明日まで出張だったはず…)

 

 一体誰が料理しているのかと思い、台所を覗いてみると…

 

 

 

「ん~これでいいのかな?」

 

 

 

 悠が愛用しているエプロンを身に着けて料理に格闘していることりが居た。

 

「ことり?」

 

「は!!お、お兄ちゃん……おはよう!」

 

 まだ悠が起きてないと思ってたのか、悠の声に仰天しながらもことりは笑顔で挨拶した。

 

「おはよう。どうしたんだ?こんな朝から家に来て」

 

「え、え~と、それは」

 

 ことりが悠に訳を説明しようとすると、何かグツグツと煮えたぎってる音や何か焦げているにおいがしてきた。

 

「ああ!味噌汁が沸騰してる!!大変大変!…ああ!卵焼きが焦げちゃった!!」

 

 どうやらことりが用意した朝食が台無しになった音だったようだ。その証拠にフライパンから黒い煙が出ているし、鍋から水が溢れだしている。

 

 

「うえええん!お兄ちゃんの朝ごはんがー!!」

 

 

 ことりは何とか失敗を取り繕うとあたふたし始めた。その姿が少し微笑ましいと思ったのは秘密にしていこうと悠は思った。

 

 

 

~数分後~

 

 

 

 結果だけ言うとことりの朝ごはんは失敗に終わった。しかし、せっかくことりが作ってくれたものなので、悠はそれを頂くことにした。

 

「ごめん、お兄ちゃん…失敗しちゃった…」

 

 テーブルの隣に座っていることりは少々浮かない顔をしている。悠のために作ったのに失敗してしまったことを申し訳なく思っているのだろう。しかし、悠はそんなことは気にしなかった。従妹が作ったものであれば、失敗作だろうが何でも食べる。

 

「気にするな。卵焼きは焦げても美味しいからな」

 

「うん…」

 

 実際卵焼きは焦げているし味噌汁も沸騰しすぎたせいで熱すぎるので、飛び切り美味しいという訳ではなかったが、食べれないということはなかった。こんなの『物体X』に比べたらなんてことはない。それよりも…

 

 

「それで、どうしたんだ?突然家に上がって朝食を作ろうだなんて」

 

 

 ことりがこの家にお邪魔することは珍しくないが、さっきみたいに朝早くから朝食を作ることは今までなかったので、その理由を聞いてみた。

 

「……花嫁修業?」

 

「え?」

 

「じゃなくて……お兄ちゃん、本当は受験生なのにことり達の世話ばっかりしてるじゃん。だから、ことりが身の回りの世話をしてお兄ちゃんを楽させようって思って……私にできるのは、これくらいしかないって思ったから」

 

 どうやら最近の勉強や【μ’s】の練習で忙しそうにしている悠を見て、何とかならないかと思ってのことのようだ。

 

「お兄ちゃん、迷惑だった?」

 

 ことりが目を潤わせて悠にそう尋ねた。すると、悠はことりに優しく微笑んでこう返した。

 

「迷惑な訳ないだろ。俺はことりがそう思ってくれたのはとても嬉しいぞ」

 

「お兄ちゃん…」

 

「それに、これからちょっと忙しくなるかもしれないから、ことりが何かしてくれるのは俺としてもありがたい。時々で良いからまたお願いできるか?」

 

 悠がそう聞くと、ことりの表情に笑顔が戻り、満悦な笑顔で言った。

 

「もちろんだよ!!ありがとう!!お兄ちゃん、だーい好き!!」

 

 そして歓喜余って悠に抱き着いた。ことりがこんなスキンシップを取るのは今に始まったことじゃないが、最近は穂乃果たちが居るところでも普通にやってくるのでいい加減気恥ずかしい。

 

「わ、分かったから。ほら、こんな姿勢じゃことりのご飯が食べられないから」

 

「は~い♪」

 

 ことりは悠にこれからもお世話する約束ができて、とても嬉しいのか終始上機嫌で朝食を食べていた。悠はことりのその笑顔を見ただけで癒され、今日も1日頑張れそうな気がした。ただ、『花嫁修業』とは一体どういうことなのか気になったが、触れたら嫌な予感しかしないのでそっとしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<図書館>

 

 ことりと朝食を取ったあと、悠は近くの図書館の自習スペースで勉強していた。元々今日の休日はこの図書館で勉強しようと思っていたのだ。ちなみに、悠に付いてきそうなことりも何やら用事があるからと言って悠より先に家を出ていった。つまり、今日悠は一人なのである。

 

(それにしても…勉強のためとは言え、一人で休日を過ごすのは久しぶりかもな)

 

 そんなことを思いながら悠は勉強に没頭した。今日の自習室は静かだったので、いつもより集中して取り組むことができ【生き字引】の知識に磨きがかかった。

 

 

 

 

~数時間後~

 

 

 

 

 思った以上に勉強がはかどった。ちょうどいい時間だったのでお昼を食べに行こうと自習室を出たとき、思わぬ人物と出会った。

 

 

「あれ~?鳴上くんやん♪」

 

 

 後ろから聞き覚えのある声がしたので振り返ってみると、そこに私服姿の希がニコニコしながら立っていた。

 

「と、東條」

 

「こんにちは、鳴上君♪なんか最近お話してないから会うのが久しぶりな感じがするな」

 

「そ…そうだな」

 

 まさかこんなところで希と会うとは思ってもいなかった。希の言う通り、最近は花陽たちの一件で色々と忙しかったので、こんな風に話すのも久しぶりな感じがする。

 

「東條もここで勉強か?」

 

「そうよ♪最近生徒会も忙しかったから、こういう日に一気にやろうかなと思って。鳴上くんも?」

 

「嗚呼、俺も最近忙しかったからな」

 

 最も行方不明になった花陽と真姫の救出のためにテレビの世界でペルソナを使って戦うのに忙しかったとは、口が裂けても言えないが…

 

「ふ~ん、そうなんかぁ~…………あ、そうだ!鳴上くん♪」

 

 希は何か思いついたのか悠の腕に抱きついてきた。ぎゅっとしっかり抱き着いてきたので、悠の腕に希のメロンのような大きさの胸の感覚が伝わってくる。

 

「なっ!東」

 

 これには流石の悠も驚いたが、すぐに希がこう提案してきた。

 

 

「せっかく会えたんやし、これから息抜きにデートせん?」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<巌戸台 定食屋【わかつ】>

 

 で、悠は希の提案を承諾し希と昼食を取っている。最初は正直乗り気ではなかったが、希がデートしなかったら、またクラスのみんなや穂乃果たちにあることないこと吹き込むと言われたので仕方なくデートに行くことにした。結局一人で過ごす休日は半日で終わってしまったのだった。

 

「鳴上君?どうしたん?顔が暗いけど」

 

 悠の暗い表情に気づいたのか希が心配して声をかけた。事の元凶は彼女自身のはずだが、そんなことを本人に言えばどうなるかは知ったもんじゃない。

 

「そっとしておいてくれ」

 

「ふ~ん…そういえばこの定食屋さんええなぁ。ウチこういう雰囲気のお店好きやで」

 

 希は悠が連れてきたこの【わかつ】の雰囲気が気にったようだ。先日花陽と一緒に昼食を取ったことを思い出し、お昼を取るならここだろうと思って希を連れてきたのだ。一応デートと言うなら定食屋は邪道だろうと世のカップルは言うかもしれないが、近くにある店がここしか知らなかったのでしょうがない。そんなことを思っていると、注文していた定食がやってきた。

 

「おお!これは美味しそうやね♪じゃあ、いただきます」

 

「いただきます」

 

 早速2人は注文した定食に箸をつけた。ちなみに悠は前回花陽と来た時に頼んだDHA盛り沢山の焼き魚定食を注文しており、希も悠と同じものを頼んでいた。

 

「うん!美味しい!!ウチはどっちかと言えばお肉が好きやけど、このお魚も美味しいわ。鳴上くんと同じもの頼んで正解やったね」

 

「それは良かった」

 

 どうやら希は焼き魚定食の味が口に合ったようだ。それを聞いて悠は素直に嬉しいと思った。自分が作ったわけではないが、自分と同じものを食べて美味しいと言ってくれるのはどこか嬉しく感じる。

 

「ウフフ、こうして鳴上くんと食事するのは楽しいな」

 

「そうか?」

 

「うん。機会があったら、またこうして一緒に食べに行っても良い?」

 

「もちろん」

 

 そんな穏やかな感じで2人は昼食を取っていた。しかし、世間というのは本当に狭いもので、そんな2人の姿を目撃している者が居た。

 

「あれ?あそこに居るのって鳴上先輩じゃないのかにゃ?」

 

「本当だ。お~い、鳴上せん……え?」

 

 それは偶然にも【わかつ】で食事していた花陽と凛であった。

 

「かよちん?どう………あー!鳴上先輩が女の人と一緒に居るにゃ!」

 

「あ、あの人って確か、生徒会副会長の人だったよね。どういうことだろう………」

 

「う~ん……もしかしてあの人、鳴上先輩の恋人じゃないのかにゃ?」

 

「こ、恋人…そんな………あふっ」

 

「か、かよちん!しっかりするにゃー!!」

 

 2人を見て何を想像したのかは知らないが、花陽は気を失いかけた。凛がそれを見て大声を出したので、その声は店中に響き渡った。

 

「ん?あそこの人どうしたんやろ?何かあったんやろか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を終えた後、希が秋葉原をブラブラしたいという要望から電車に乗り込み秋葉原に向かっている。

 

「はぁ、美味しかったなぁ。流石は鳴上くんやね」

 

「ありがとう」

 

 休日のせいか電車の座席は全部埋まっていたが、混んでいるというほどではなかったので、少し安堵した。強いて言えば、近くに男性が疲れているのか少し寝息を立てているのが気になったがそっとしておいた。

 

「そういえば、鳴上くんは進路はどうするん?」

 

電車に揺られていると希がそんなことを聞いてきた。

 

「大学には行くと思うが、その先はまだ特に決めてないな」

 

「そうなん?意外やな~。まぁウチもなんやけど」

 

「東條こそ意外じゃないか。俺はもう道を決めていると思ってたけど」

 

「ウフフ、そうなん?」

 

 そんな他愛ない話をしていると…

 

 

 ガタンッ

 

 

「キャッ!」

 

「うお!」

 

 何かの拍子で電車が少し揺れて2人は体勢を崩してしまう。気づけば希は壁に寄りかかり、悠はそれを覆う体勢になっていたので、所謂壁ドンをしているような状態になっていた。

 

「「あっ」」

 

 悠はもちろんだが希の顔も少し赤い。顔が近いせいか希の顔がよく見えた。華奢な顔立ちにパッチリした大きな目、綺麗な艶がかかった髪。そんな綺麗な顔の希に悠は見惚れてしまった。

 

「わ、悪い!東條!」

 

 正気に戻ったのか悠は素早く離れようとすると、希に手を掴まれた。

 

「東條?」

 

「な、鳴上くん……あのな」

 

 希が顔を赤くしながら、悠の顔に近づいて行った。顔が触れるか触れないかというところまで来た時だった。

 

 

「チドリ~~~~!!」

 

 

「「!!」」

 

 と、近くで寝ていた無精髭の水色の野球帽を被っている男性が突然奇声を上げたので2人はびっくりしてしまった。男性のせいで良い雰囲気が台無しである。周りの乗客もその声が煩わしかったのかその男性に冷たい目線を送っていた。

 

「あ、夢……夢か、ハァ」

 

 男性はそんな冷たい目線に気づかずがっかりした表情で座席に座り直す。その落ち込み具合が相棒の陽介と重なって見えたので、悠は心配になって男性に声をかけた。

 

「あの…大丈夫ですか?疲れてるように見えますけど」

 

「ん?おお!少年よ!お前は俺っちのことを心配してくれるのか!」

 

「え、ええ」

 

 悠に心配されて余程嬉しかったのか、男性は目をキラキラさせて悠に詰め寄ってきた。軽く話しかけただけなのにこんな反応をするとは思わなかった。すると、男性は半泣きになって悠に愚痴をこぼし始めた。

 

「なぁ、聞いてくれよ。ここ最近仕事がきつくてよ~。先輩は無理難題押し付けてくるし、何かやらかしたら処刑だって言われるし、俺が指導してる野球チームの少年たちはあまり言うこと聞いてくれないし、せっかくいい夢見れたのに途中で覚めちゃうし、もう良いことなんて全くないんだよ~!!」

 

「はあ」

 

 何故か酔っぱらいを介護しているみたいになっている。どこかのブラック企業にでも勤めているんだろうか愚痴の内容が半端ではない。そもそも『処刑』とはどれだけブラックな企業に勤めているのだろうか。そんな男性に若干引きながらも同情していると、背後に修羅が現れた。

 

「お兄さん?」

 

 先ほどの良い雰囲気だったのを邪魔されてご立腹なのか、希がドス黒いオーラを出している。

 

「東…條?」

 

 希は表情は笑顔だが、目が据わっていたので本気で怒っているのは間違いなかった。一度怒っている希に遭遇したことがあるが、この怒りはどこか殺意のようなものを感じる。それほど本気ということだろう。

 

「え?…うお!何?お嬢さん何か黒いオーラが…」

 

 男性は希の剣幕にビビって仰け反ってしまう。希があまりに怖いので逃げ出そうとしたが、そうする前に男性は希に服の襟を掴まれてしまう。

 

「ちょっとあっちでお話せん?お兄さんに言いたいことがあるんやけど?」

 

 そして、希はその男性を隣の車両に連れて行こうと掴んだ襟を引っ張った。

 

「え?ちょっ!!何!?何かホラーになってる!俺が何かしましたか!?っておい!少年!お前その子の彼氏なんだろ?何とかしてくれよ!!」

 

 男は必死にマシンガンのように話しながら悠にそう懇願する。しかし、自分は希の彼氏ではないし、本気で怒っている希の恐ろしさは知っているので悠は手の出しようがない。

 

「すみません……」

 

「少年ーーーー!!」

 

 その後、悠に見捨てられた男性は希に引っ張られ隣の車両に連れていかれた。男がどうなったかは悠は知らないし知りたくもない。

 

 

(そっとしておこう……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<秋葉原駅>

 

「あ~スッキリした♪日頃の鬱憤が晴れた気分やわ~♪」

 

「そうか…」

 

 電車で男を説教し終えた後の希は先ほどとは打って変わって満悦な笑みを浮かべていた。笑顔は素敵なのだが、さっきしたことを考えると恐怖しか感じない。ちなみに希の鬱憤晴らしの犠牲になった男は逆に廃人寸前になっていた。その男は別の駅で降りたが、悠は男性に見捨てたことを心の中で謝っておいた。そんなことを思っていると、意外な人物に出会った。

 

 

「あれ?鳴上先輩じゃないですか」

 

 

 聞き覚えのある声がしたので振り返ってみると、そこに特捜隊の後輩である直斗が居た。

 

「直斗?珍しいな。こんなところで会うなんて」

 

「ええ、ちょうどお爺ちゃんの手伝いが終わったところで、少し買い物をしていたんですよ」

 

「なるほどな」

 

 まさか秋葉原で直斗と会うとは驚きだ。直斗とそんな話をしていると、悠の隣にいる希が話しかけてきた。

 

「鳴上くん?この子って、探偵王子の白鐘直斗くんやない?」

 

 どうやら希も直斗のことは知っているらしい。まぁ、元々【探偵王子】という名前で有名だったので当然といえば当然だが。

 

「嗚呼、俺の後輩だ」

 

「後輩?」

 

「はい。改めて探偵の白鐘直斗と申します。鳴上先輩には八十稲羽で色々とお世話になりました」

 

 直斗は初対面である希に帽子を取って挨拶した。直斗の挨拶を聞いて、お世話になったのは自分のほうだろうと悠は思ったが。

 

「へ~あの有名な探偵さんが鳴上くんの後輩か~。やっぱり鳴上くんは面白いなぁ」

 

 希は直斗の挨拶を聞き終えると、悠を見てそう言った。どこが面白いのか悠には全く分からなかったが、また一層希に興味を持たれたようだ。

 

「ところで先輩、そちらの女性は?」

 

「ああ、この人は」

 

 悠が希を紹介しようとしたその時、希が先手を打った。

 

 

「初めまして。私、鳴上くんの『彼女』の東條希や。よろしくな♪」

 

 

「へ?」

 

 希の発言により一瞬その場が凍った。

 

「先輩、彼女いたんですか?」

 

 直斗が疑惑に満ちた目で悠にそう聞く。無論そんな事実はないので、悠は弁明することにした。

 

「待て、直斗。俺と東條はそんな」

 

「もう~後輩の前やからってそんな照れなくていいんよ、鳴上くん♪」

 

 更に誤解を招くように希が悠の腕に抱き着いてきた。その様子を見て直斗は完全に信じている訳ではなさそうだが、対応に困っているのか苦笑いしている。

 

「先輩……可愛い彼女さんですね」

 

「だから…」

 

 悠がそう言った時だった

 

 

「違います!」

 

「じゃあこれはどう説明する気だ!」

 

 

 どこからか誰かが言い争っている声が聞こえた。声がした方を見てみると、改札口の近くで少女と駅員さんが小学生くらいの男の子を挟んで言い争っている光景が目に入った。

 

「直斗」

 

「もちろんです。行きましょう」

 

 雰囲気からしてあまり穏やかではないが、何かあったのであれば見過ごせない。悠は直斗と一緒にその場に向かうことにした。

 

「すまない東條、ちょっと」

 

「鳴上くん、ウチも行く。ウチの知り合いが巻き込まれている気がするから」

 

「え?」

 

 どうしたらそういうことが分かるのかは分からないが、結局そう言う希も言い争いの現場に付いてきた。

 

 

「すみません、何かあったんですか?」

 

 

 直斗が警官にそう話しかけると、警官は機嫌が悪そうに振り返った。

 

「あん?誰だアンタら?関係のないやつは……って白鐘探偵!失礼しました!」

 

 警官は声を掛けたのが直斗だと気づくと、先ほどの不機嫌な態度とは一変して敬礼した。この様子から改めて白鐘家の警察の信頼度が高いことがよく分かる。

 

「ご苦労様です。何かあったんですか?」

 

「ええ…って君たちは何だね?野次馬かい?」

 

 警官は今度は悠と希に視線を移して睨みつけた。まぁ直斗はともかく悠は単なる一般人なので当然といえば当然だが、ここはあの手を使うことにした。

 

「自分はこの白鐘探偵の助手の者ですが?」

 

「ええ!し、白鐘探偵の助手!?ほんとうか?」

 

「ええ、彼は僕の助手ですよ。最も、彼の方が僕より優秀かもしれませんが」

 

 直斗がそうお墨付きを付けると警官は唖然としてしまった。一応八十稲羽で悠は直斗と絆を深めたことで助手と認められているのであながち嘘ではない。とりあえず、これでは話が進まないので直斗は改めて警官に事情を聞いた。

 

「それで?一体何があったんですか?」

 

「え、ええ……実はこの女の子たちがいたいけな子供から財布を盗んだということが」

 

 警官が直斗にそう説明したところ、その女の子たちが警官の言うことに猛烈に反論した。

 

「私はやってません!」

 

「そうです!亜里沙がそんなことはしません!!何で信じてくれないんですか!!」

 

 一人は少し弱い金髪が特徴のハーフの女の子、もう一人は悠の知っている人物だった。

 

「雪穂?」

 

「な…鳴上さん!助けてください!!私たちは何もやってないんです!!」

 

 雪穂は悠が居ることに気づいたのか悠に助けを求めた。

 

「亜里沙ちゃん?」

 

「の、希さん?」

 

 どうやら雪穂の隣にいる金髪の少女は希の知り合いらしい。とりあえず犯人扱いされて興奮状態になっている雪穂たちを落ち着かさせて事情を聴くことにした。

 

 

 話を整理すると事の概要はこうである。

 被害者は小学生くらいの少年。少年は休日なので財布を持って秋葉原に出かけにきていたた。そして電車に乗っている最中に少年は財布がないことに気づいたらしい。電車に乗ったとき、隣に座っていた女子中学生が怪しいと思った少年は駅員にそのことを話して、その女子中学生を呼び止めた。駅員が近場の警官を呼び、女子中学生の荷物を確認したところ、その少年の財布が出てきたということ。その女子中学生というのが雪穂の友人である『亜里沙』という少女らしい。

 

 

「鳴上さん!信じてください!亜里沙は人の財布を盗るなんてそんなひどいことは絶対にしません!」

 

 もちろん悠は雪穂がそんなことで嘘をつく人物ではないことは知っているので信じてあげたいと思っている。しかし、荷物検査で少年の財布が出てきたという事実があるのでそんなことを言っても誰も信じてくれないだろう。

 

「この人だ…この人が僕の財布を盗んだ」

 

 被害者の少年は確信があるのかしつこく亜里沙の方を指さしていた。その頑なな少年の様子に悠も違和感を覚えた。少年をよく見ると、何故か少年の方が震えているような感じがするのだ。直斗も悠と同じことを思ったのか警官にあることを頼んだ。

 

「すみません。その盗まれた財布を見せてもらえますか?」

 

「え?良いですけど」

 

 直斗にそう言われ、警官は盗まれたという少年の財布を見せた。

 

「これは……」

 

 悠は直斗とその財布を見ると、ふと件の少年を一瞥した。少年は悠たちの視線に気づきビクッとなった。注目したのは少年の手に持っている袋であった。

 

「先輩、分かりましたか?」

 

「嗚呼、何となくな」

 

 正確に言えば、この財布と少年の持っているもの袋から真実が見えてきた。悠も伊達に直斗から探偵の心得を指導してもらっていない。

 

 

「分かりましたよ。この事件の真相が」

 

 

「え!本当ですか!やはりこの少女が」

 

 警官はまだ雪穂たちを疑っているのか直斗にそう聞くが、直斗はそれに対して首を横に振った。

 

「いえ、違います。犯人は彼女たちじゃありません」

 

「え!?…じゃあ、彼女じゃないとすると一体どういうことになるんですか?荷物検査で少年の財布は彼女の鞄から出てきたんですよ」

 

 警官の疑問は最もだが、ある可能性を考えればそんなことは解消する。あることを確認するために悠は少年に質問した。

 

「まず最初に君に聞くが、これは君の財布じゃないな」

 

「え?」

 

「これはデザイン的にも女物の財布だ。つまり、これは君のお母さんの財布だな」

 

 悠の言う通り少年の盗まれたという財布は主婦が愛用してそうな古風のデザインの財布だった。このような財布を小学生の男の子が好きで持ち歩くとは考えにくい。完二は例外かもしれないが。

 

「あ……それは……」

 

 声が詰まっているところを見れば答えはビンゴのようだ。

 

「おそらく君が町に出かけたのはお母さんからおつかいを頼まれたからだろ?でも、君は偶然欲しいものが目に入ってしまいそれを買ってしまったんだな」

 

「えっ?…違うよ。僕、欲しいものなんて」

 

「じゃあ、その手に持っているものは何かな?」

 

 悠は少年が持っている袋を指差した。少年はビクッと震えて袋を自分の後ろに隠した。

 

「これは…お兄さんが言ってたでしょ?お母さんに頼まれた…」

 

 しかし、悠はその少年の言葉をバッサリと斬り捨てた。

 

「違う。それはおそらくバスケットシューズだろ?袋のデザインからして、この近くのスポーツショップのものだ」

 

「!!」

 

 悠の言う通り、少年が持っている袋の中身はよく見るとバスケットシューズであった。そう指摘された少年は袋を抱えて震えあがった。沈黙は肯定ということだろう。

 

「待ってください!どういうことなんですか!」

 

 悠の言ったことを呑み込めない警官がそう問いただす。今度は悠の代わりに直斗が質問に答えた。

 

 

「つまり、そこの少年はおつかいの最中、魔が差して自分の欲しいものを勝手に買ってしまった。お母さんにそれを知られるのが怖くて、誰かにお金を盗まれたことにするのを画策。そのために、電車でたまたま隣に座っていた彼女の鞄にわざと財布を入れたということです」

 

 

 直斗がそう言った瞬間、この場にいる全員が絶句した。まさかこんな小さい小学生がそんなことを考えたとは、とても信じがたいようだ。

 

「ちょっ!何を証拠に」

 

「証拠はこれです」

 

 と、直斗は警官に貸してもらった少年の財布を突きつけた。

 

「先ほどこの財布の中を確認しましたが、中身はお札はなく小銭ばかりでした。仮にそのシューズを含めた買い物だとしても、これではおつかいといった買い物ができるはずありません。それに少年が持っている袋のシールが剥がれていないのを見ると、ついさっき買ったばかりだということが推測できます」

 

「しかし…たったそれだけで」

 

 警官は直斗と悠の説明を聞いても、まだ信じられないのか納得していない様子だった。

 

「だったら、本人に聞いてみますか?あんまり小学生に詰問するのは好ましくありませんが」

 

 と、直斗はその場に縮こまっている少年に視線を向けた。しかし、少年は震えながらも悠と直斗に反論する。

 

「違うよ!お兄さんたちが言ってることは全部嘘だよ!」

 

 予想以上に少年は頑なだった。こうなっては簡単には口を割ってはくれないだろう。どうしたもんかと考えていると、今までのやり取りを聞いていた希が縮こまっている少年に近づき、視線を合わせた。

 

「東條?」

 

「僕?お兄さんが言ってたことは本当なんやろ?」

 

「……」

 

 希は優しくそう言ったが、少年は首を横に振るだけで一言も発さない。しかし、希は続けてこう言った。

 

「嘘はあかんよ?嘘ついたら閻魔様に舌を抜かれるって教わらんかった?」

 

「………………」

 

「どんなことがあっても嘘はついたらあかん。嘘ついたら嘘つかれた人も傷つくし、自分も傷つくことになるんやで」

 

 希が我が子を諭す母親のように少年にそう言った。すると、希の言葉を聞いた少年は涙を浮かべて泣き出した。

 

「うっ…うっ…だって…だって……みんな持ってるんだよ…僕だけ…持ってなくて…」

 

 希の言葉に心を動かされたのか少年はおもむろに自分の思いを吐露した。自分以外の友達はそのシューズを持っているのに自分だけ持っていないという劣等感から今回のことが起こってしまったのだろう。少年の事情を察した悠は希と一緒に少年に視線を合わせてこう言った。

 

「君の気持ちはよく分かった。でも、君はそのシューズで楽しくバスケができると思うかい?」

 

「え?」

 

「大事なのは良いシューズでバスケすることじゃない。誰よりも楽しく、誰にも負けないプレイをすることだろ?」

 

 悠が真っすぐ少年の目を見てそう言うと、少年は観念したのか悠と希の目を見て言った。

 

 

「うん……僕が悪かったです。ごめんなさい」

 

 

 ついに少年は自分のしたことを認めた。警官は信じられないと驚きを隠せていなかった。しかし、少年の言うことに悠は首を横に振った。

 

「謝るのは俺たちじゃないだろ?」

 

 と、悠は雪穂と亜里沙の方を指差した。少年はコクンと頷くと、雪穂たちの元へ行き、頭を下げた。

 

「ごめんなさい、お姉ちゃんたち……僕が悪かったです」

 

 少年は震えながらも雪穂たちに謝罪した。おそらく濡れ衣を着せた雪穂たちは怒っているのだろう少年は思っているのだろう。しかし、その予想に反して雪穂と亜里沙は少年を責めることはせず、代わりに雪穂が少年にこう言った。

 

「ううん、良いよ。でもその代わり、二度とこういうことしちゃだめだからね」

 

「はい……」

 

 雪穂が少年にそう言い終えると、さっきまで事件の真相に驚いていた警官が雪穂たちに駆け寄って『勝手に犯人扱いしてすまなかった』と謝罪した。おそらく警官は警察であるにも関わらず、真相を掴めず雪穂たちを容疑者扱いしてしまったのを悔いているのだろう。雪穂たちは一瞬戸惑ったが、誰でもそんなことはありますよと警官にそう言った。警官は雪穂たちの対応に驚いたが、それでもと何度も雪穂たちに謝罪し、自分の持ち場へと戻っていった。

 

 

「一件落着ですね」

 

「そうだな」

 

 

 悠は直斗の言葉にそう返して警官が戻っていくのを見送ると、少年の方を向いてこう言った。

 

「それじゃあ、行こうか」

 

「え?」

 

「そのままじゃ家に帰れないだろ?俺が一緒にお店に行って、そのシューズを返品できるように頼んでやる」

 

「え?……本当?」

 

「ああ」

 

 少年は悠が返品するのを手伝ってくれると聞いて嬉しそうだった。すると、

 

「あ!鳴上くん、ウチも行くよ」

 

「私も行きます。みんなで行った方がお店の人も分かってくれると思いますから」

 

「私も!」

 

 どうやら希や雪穂、そして亜里沙も付いて来るようだ。

 

「直斗は?」

 

「ええ、僕も今なら時間がありますのでお付き合いしますよ。先輩の彼女さんとも少し話がしたいですし」

 

「東條は彼女じゃないから………」

 

 どうやら直斗も付いて来るらしい。少年はみんなの気遣いに戸惑ったが、すぐに悠たちにありがとうとお礼を何度も言って、自分がシューズを買ったお店に案内した。

 

 

 

 結果をいえば、少年が買ってしまったシューズはなんとか返品してもらった。その後、少年は今度はちゃんとおつかいをしてくると悠たちにそう告げて、改めて悠たちにお礼を言って商店街の方へ去っていった。

 

「鳴上先輩、白鐘さん、本当にありがとうございました!」

 

「あ、ありがとうございました!」

 

 駅に戻る途中、雪穂と亜里沙は悠たちに改めてお礼を言った。

 

「いえ、僕らは当然のことをしただけですよ」

 

「そうだな」

 

「あ…あの、お礼とかは」

 

「そんなものは要らない。俺たちは雪穂たちが無事だったってことだけで、満足だからな」

 

 と、悠はそう言って雪穂たちに笑顔を向ける。

 

「わ、分かりました。あ!でも、また家の店に来てくださいね。お母さん、鳴上さんにまた会いたがってましたから」

 

「そ、そうか…」

 

 悠は穂乃果と雪穂の母親である菊花のことを思い出す。先日のあのバイトで菊花の和菓子のシゴキを思い出したのか少し冷や汗が出ていた。その一方で

 

「あれ?亜里沙ちゃん、どうしたん?」

 

「ハ、ハラショー……あの人、カッコいい…」

 

 亜里沙は悠のその笑顔を見たせいか顔を紅潮させていた。亜里沙の反応に何か気づいた希は悠に向けて黒いオーラをむき出しにした。その様子を目撃した直斗は希に恐怖を感じ、いつか悠が刺されるのではないかと思ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東條、今日はすまなかったな」

 

「ええよ、謝らんでも。今日は色々あったけど、鳴上くんと過ごせただけでウチは満足や」

 

「そうか」

 

 雪穂たちと別れた2人はそろそろ帰ろうと夕暮れの道を歩いていた。最初は息抜きのデートですぐ終わるだろうと思っていたが、すっかり太陽が沈むころになっていた。この時間帯で女子を一人で帰らせるのは危ないので、悠は希を家の近くまで送り届けることにしたのだ。しばらく歩きながら他愛ない話をしていると、希がこんなことを言ってきた。

 

「そういえば、こうやって一緒に帰るのも久しぶりやなぁ」

 

「え?」

 

「ううん、気にせんでええよ」

 

 希はそう言うが、悠はそのことが気になった。一緒に帰るのが久しぶりとはどういうことだろうか?そんなことを思っていると、希が住んでいるというマンションが見えてきた。

 

「それじゃあ鳴上くん、ウチはここで。送ってくれてありがとな♪」

 

「ああ………なあ、東條」

 

「ん?」

 

 

「今日はありがとう。息抜きに誘ってくれて」

 

 

 悠は笑顔で希にお礼を言った。何だかんだ言って、悠にとって今日の希とのお出かけは楽しかったのだ。すると、その笑顔を見た希は不意打ちを食らったかのように顔を真っ赤にして下を向いた。何かまずかったのかと悠は慌てたが、それは杞憂だった。

 

「ズルい…その笑顔は反則や……」

 

「え?」

 

 どうやら希は悠の笑顔に見惚れていただけのようだ。そんなことを天然ボケ男の悠が気づくわけはないが。

 

「まあ、鳴上くんはそういう人やったね……ウチこそありがとう♪今日は楽しかったわ」

 

「そうか」

 

 希はそう言うと、悠に顔を近づけて笑顔を作りこう言った。

 

 

「また一緒に遊ぼうな♪鳴上くん♪」

 

 

「え?」

 

「ほな」

 

 希はそう言うと、サッと悠から離れて自分のマンションの中に消えていった。希が去った後も悠は呆然としていた。希の笑顔に少し見惚れていたということもあるが、あの笑顔をみると、どこか懐かしいように感じたからだ。

 

(もしかして俺と東條はどこかで出会ったことがあるのか……)

 

 そんなことを考えながら悠は自宅に帰っていった。自宅に帰ってからも悠はそのことが気がかりだったが、特に思い当たることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日…

 

「な、鳴上先輩!この間の休日に副会長と一緒に【わかつ】に居ましたよね!?何してたんですか!?」

 

「「「「は?」」」」

 

「え?」

 

 練習中の花陽のその一言で屋上が取調室と化し、悠が穂乃果たちに色々と詰問されたことはまた別の話。

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「鳴上くん、すごいね」

「悠くんはGWはどうするの?」

「少し休め」

「大丈夫です。問題ありません」

「海未ちゃんが」


「先輩のようになりたいです」


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#17「I'd like to come to be you」

どうも、ぺるクマ!です。

最近、温暖化のせいかどこに居ても暑くかったり寒かったりして体調が崩れやすくなりましたね。かく言う自分も先日喉をやられました。皆さんも健康管理には十分気をつけてください。

一応今回も閑話回。さあ、今回は誰が登場するのでしょう?ちなみに、皆さんが気になるGW編は絵里・にこ・希たちがメインの『三年生編』を挟んでから開始するので、もう少し待ってください。

最後に、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方、活動報告にてアンケートに答えてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。
まだまだ未熟で拙い作品ですが、これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きます。アンケートもまだまだ募集しておりますので。これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


<昼休み 音乃木坂学院 3-C教室>

 

「この間の実力テストの結果が張り出されたよー!」

 

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り終わり、生徒がお昼の準備をしようとしたところで、とある女子生徒が教室に向かってそう叫んだ。

 

「ああ、ついに来ちゃったか~。あんまり見たくないな~」

「私も…あんま出来なかったし」

「見たくないけど、行くしかないか…」

 

 みんなが言っているのは、先日行われた受験生向けの実力テストのことだ。悠たち三年生は始業式が終わって間もない時にそのテストが実施されていたのだ。その結果がたった今掲示板に張り出されたらしい。クラスのみんなはあまり出来が良くなかったのか重たい足取りで掲示板の方へ向かっていく。悠もテストの結果は気になるので、とりあえず掲示板の方へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 掲示板に着くと、他のクラスからも集まったのか結構な人だかりができていた。流石に近くからは見えないので少し遠くから見ようと思っていると

 

「「「鳴上くん!」」」

 

 前方からクラスメートの女子たちが悠に駆け寄ってきた。一体何事かと思っていると、こんなことを言ってきた。

 

「鳴上くん、テストの結果すごかったよ!」

「元々頭良いってことは知ってたけど、あそこまでとは思わなかったわ」

「今度勉強教えてもらっていい?」

 

 そう言われて掲示板の方を見ると、彼女たちの言う通り悠の成績は学年トップであった。成績表の一番上に『鳴上悠』と記載されている。その下が『絢瀬絵里』となっており、彼女も悠と並んでトップであった。まさか自分が彼女と並んでトップになるとは思わなかったので、悠は驚きを隠せない。そんなことを思っていると、今度はクラスメートの男子たちが駆け寄ってきた。

 

「おい!鳴上!すげーじゃねえか!生徒会長と並んで学年トップってよ!」

「やっぱりお前、すげえやつだったんだな!何か自分のことのようで嬉しいぜ!」

「何か必勝法とかあるのか?教えてくれよ」

 

 そうは言っても別に必勝法があるわけではない。それに、この学力テストは穂乃果たちとスクールアイドル活動を始める前に受けたものなので、今は少し学力が下がったのではないかと悠は思っている。

 見ると、クラスメートだけでなく他クラスの生徒からも尊敬の眼差しで見られていた。どうやら皆から一目置かれたようだ。こんなことは八十神高校でもあったがやはり気恥ずかしくなる。そう思っていると

 

(ん?)

 

 ふと何か別の視線を感じたのでその方向を見ると、少し遠いところから生徒会長である絵里がこちらをジッと見ていることに気づいた。何の用があるのかと思い、絵里と目を合わせると何故か絵里は目を逸らして逃げるように去ってしまった。

 

(絢瀬?どうしたんだ?)

 

 自分に何かあるのかと気になったが、周りの人の対応に追われてそれどころではなくなった。とりあえず放課後に屋上に行く前に生徒会室に寄って、話を聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<放課後 三年教室廊下>

 

 ようやくHRが終わり放課後になった。教室を出て生徒会室に向かおうとすると

 

「鳴上せんぱーい!」

 

 後ろから聞き覚えのある元気いっぱいの声が聞こえてきた。振り返ると穂乃果がこちらに手を振って走ってくるのが見えた。穂乃果は悠の近くに寄ると太陽のような笑顔で手を握ってくる。

 

「こ、高坂。一人か?」

 

「うん!海未ちゃんとことりちゃんは掃除当番だから後で来るって」

 

「そ、そうか」

 

「それより鳴上先輩!提示版見たよ!実力テストで学年で一位取ったって!」

 

「あ、ああ」

 

 穂乃果もあの掲示板を見たらしい。しかし、穂乃果は興奮しているのか妙に顔が近い。

 

「やっぱり鳴上先輩はすごいね!穂乃果の自慢だよ!」

 

 穂乃果はそれからも興奮して悠を褒めちぎった。穂乃果の気持ちは嬉しいのだが、廊下でそんなことをしているとかなり目立つので恥ずかしい。何より廊下にいる生徒みんなの視線(特に女子の穂乃果に対する視線と男子の悠に対する視線)が痛い。何とか穂乃果を宥めようとすると、

 

「こら!穂乃果!!手を放しなさい!鳴上先輩が困っているでしょう」

 

 今度は掃除当番だったはずの海未がやってきて悠の手を握っている穂乃果を叱った。

 

「園田?掃除当番じゃ?」

 

「穂乃果が何かするんじゃないかと思って抜けてきたんです。そんなことより穂乃果!離れなさい!周りの人が見てるでしょ!!」

 

「え~あとちょっと~。だって鳴上先輩の手って気持ちいいもん」

 

 何か先ほどとは違うことを言い始めた穂乃果。そんなことをことりの前で言ったらただでは済まないだろう。すると、

 

「穂乃果……?」

 

「ヒィ!」

 

 中々言うことを聞かない穂乃果に対して海未の凄みの効いた低い声で脅す。それに穂乃果はビビって悠の手を放したが、それは逆効果だった。

 

「うええん!鳴上せんぱーい!海未ちゃんがいじめてくる~。いくら穂乃果が鳴上先輩と触れ合えて羨ましいからってあんまりだよー!」

 

 今度は悠の身体に抱き着きついて子供のように泣き始めた。ことりほどではないが、穂乃果も時々自分がピンチになると、このように悠に甘えてくることがある。そこに、りせのようなわざとらしさがないので対応に困るのだ。それにさっきから向けられている視線がより鋭くなった気がする。どうしたもんかと悩んでいると、

 

「ほう……」

 

 突然辺りの気温が下がったような感覚に襲われた。この気配は…

 

「穂乃果…よくもまあ私の目の前でそんなハレンチなことを……貴女という人はどうも私を怒らせるのが上手なようですね……」

 

 見ると、淡々とした口調の海未がハイライトのない目でこちらを見ていた。あれは先日クラブ【まきぱな】で見せた敵を狩る本気の殺意だ。これには悠だけでなく今までのやり取りを傍観していた野次馬も恐怖して、その場から逃げていった。穂乃果は海未の殺気を受けて、あの時の恐怖を思い出したのか口をパクパクさせていた。

 

「ま、待て!落ち着け!園田!!」

 

 悠は何とかしようと海未に制止の声を掛けるが無駄に終わった。

 

「大丈夫です鳴上先輩、すぐに終わりますから………」

 

 海未はそう言うが淡々とした口調からして絶対大丈夫じゃない。海未がホラー映画のようにゆっくりと近づき獲物を狩ろうとしたその時だった。

 

 

「悠くん、探しましたよ。あら?穂乃果ちゃんと海未ちゃんも居たのね」

 

 

 混沌としたその空間に仏(雛乃)が降臨した。雛乃の姿に気づいた海未は目のハイライトを戻して、雛乃にお辞儀した。

 

「り、理事長!し、失礼しました!」

 

「あら海未ちゃん、そんなにかしこまらなくていいのよ。いつも通り叔母様で良いのに」

 

「い、いえ…そういう訳には……」

 

 あの殺気に臆せず海未を一声で宥めるとは雛乃の並ならぬ寛容さに悠は驚愕する。これが年の功というものだろうか。悠の【オカン】級を超える【女神】級の寛容さというべきだろう。海未の本気の殺意から免れたため、悠と穂乃果は雛乃にお礼を言う。

 

「叔母さん、ありがとうございました」

 

「ことりちゃんのお母さーん!ありがとう!怖かったよ~」

 

「フフフ、良いのよ。それにしても三人とも仲が良いようで良かったわ」

 

 今のどこを見ればそう見えるのだろうか?それはそれとして、

 

「それで叔母さん、俺を探してたってどうして?」

 

「悠くんに聞いておきたいことがあったから探してたのよ。ちょっとお時間貰ってもいいかしら?」

 

 雛乃が悠に用事とは珍しい。少し予定は違うが、生徒会室に行く前に雛乃の話を先に聞くことにし、雛乃にOKの返事をした。

 

「それじゃあ穂乃果ちゃん・海未ちゃん、少し悠くんを借りるわね」

 

「「は、はい」」

 

「また、後でな。練習は先に始めといてくれ」

 

 雛乃と悠は穂乃果と海未にそう断りを入れて、悠を連れて理事長室に戻っていった。

 

「行ってしまいましたね。ハァ…」

 

「あれ?海未ちゃん、どうしたの?顔色が悪いけど」

 

「…何でもありません。それより穂乃果?」

 

「何?」

 

「覚悟は良いですか?」

 

 悠と雛乃という抑止力がいなくなったせいか、海未は穂乃果にさっきの制裁を加えようと笑顔のまま穂乃果に近づいていく。

 

「逃げるが勝ち!さらばだー!」

 

 本能が危険を察知したのか穂乃果はそう言って全力疾走で逃げ出した。

 

「待ちなさい!」

 

 こうして校内を舞台に穂乃果と海未の追いかけっこがスタートした。その後、うっかり転んで海未に捕まり、先ほどの一件がことりにばれた穂乃果は海未とことりからお仕置きを受ける羽目になった。悠が屋上に来るまで新メンバーである花陽たちはその光景に恐怖していたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<理事長室>

 

 理事長室に入ってから悠は接待用のソファに座らされた。自分は学生なのだから別にソファでなくてもと思っていると、雛乃が先に口を開いた。

 

「悠くん、この間の実力テストで学年トップを取ったようね。おめでとう♪」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 雛乃もあの実力テストの結果を知っていたのか、理事長室について早々そのことで褒められた。面と向かって雛乃に褒められるのは気恥ずかしいが嬉しくもある。

 

「ふふ、流石我が甥っ子だわ。今度ご褒美を上げなきゃね」

 

「ご褒美?」

 

「フフフ、期待して良いわよ」

 

 雛乃はそう言うと悠に向かってウインクする。その仕草は普通に若々しくて可愛いらしい。今更だが、この人は本当に年を取っているのだろうかと不思議に思うが、そのことを聞くと大変なことになりそうなのでそっとしておこう。ご褒美のことは気になるが、話が脱線しそうなので本題に入ることにした。

 

「それで叔母さん、話ってなんですか?」

 

「あっ、そうだったわね。付かぬ事を聞くけど、悠くんはGWは何か予定はあるのかしら?」

 

「え?」

 

 意外な質問、というか予定確認だった。何故ここでそんなことを聞くのかと思うが正直に答えることにした。

 

「俺は八十稲羽に帰るつもりです」

 

「あら?『行く』じゃなくて『帰る』っていうのね」

 

「はい。あそこは俺にとって、大事な家族や仲間がいる大切な場所ですから」

 

 そもそも悠はどんなことがあろうともGWは何が何でも八十稲羽に帰るつもりだった。己の運命の起点となった場所であり、陽介や菜々子たちと深い絆を結んだ場所でもあるので、長期休暇のときは八十稲羽で過ごしたいと思っている。すると、それを聞いた雛乃は何故かジト目でこちらを見てきた。

 

「ふ~ん、じゃあ私と悠くんは家族じゃないのね。そんなこと言うなんて…私、悲しいわ………」

 

 更には目に涙を浮かばせてそっぽを向いて泣き始めた。何故こうなったかは分からないが、雛乃にそう言われると流石の悠も慌て始めた。

 

「い、いえ!そんなことは!叔母さんは」

 

「…………フフフ、冗談よ♪」

 

「え?」

 

 見ると、雛乃は悲しそうな表情ではなくイタズラが成功した子供のような顔で舌をペロッと出していた。それを見た瞬間、自分はからかわれたのだ気づいた。

 

「……叔母さん」

 

「ごめんなさい、ちょっとからかいたくなったの。悠くんが慌てる姿を少し見たくなったから」

 

 それにしてもタチが悪い。迫真の演技だったので、つい本気にしてしまった。

 

「まあ、でも悠くんが稲羽市に帰る予定ならちょうど良かったわ」

 

「え?」

 

 雛乃は先ほどのほんわかな雰囲気に戻ってこう切り出した。

 

「実は私、GWは仕事の関係で稲羽市に行くことになったの。悠くんがあっちで通った八十神高校の校長先生と会談したりとか色々とね」

 

「ハァ、それは……」

 

「それでね、空いた時間は是非とも悠くんに稲羽の町を案内してもらおうかと思ってね」

 

「え?」

 

 どういうことだろうかと思っていると、雛乃は悠の考えを見透かしているようにこう返した。

 

「一度見てみたいのよ。悠くんが一年過ごした稲羽の雰囲気とそこで出会ったお友達とか。それに、私も随分堂島さんに会ってないからご挨拶しなきゃって思って」

 

「それは分かりましたが…ことりは?」

 

「勿論ことりも付いて来るわ。一緒に行く?って聞いたら、お兄ちゃんとなら絶対に行くって言ってたわよ」

 

 どうやら雛乃だけではなくことりも付いて来るそうだ。そんな会話をしていると、

 

 

 コンッコンッ

 

 

 ドアをノックする音が聞こえてきた。誰か来たのだろうか。

 

「はい。どうぞ」

 

「失礼します」

 

 そう言って入ってきたのは、この後訪ねる予定だった生徒会長の絵里だった。

 

「絢瀬?」

 

「な、鳴上くん……何でここに?」

 

 まさか悠が理事長室に居るとは思わなかったのか、絵里は慌てて悠から顔を逸らしてそう聞いた。何故顔を逸らすのかは分からないが、とりあえず質問には答えることにした。

 

「いや、叔母…理事長に呼ばれて」

 

「そう……」

 

 絵里は相変わらず素っ気ない態度を取っているが、どこかよそよそしい。何かあったのだろうか?すると、雛乃がそんな絵里に声を掛けた。

 

「あら?絢瀬さん、どうしたの?」

 

「い、いえ…書類を渡しに来たのですが……お取込み中のようなのでまた後で出直してきます。じゃあ、失礼しました!」

 

「あ、絢瀬?」

 

 絵里はそう言うと悠の制止の声も聞かずに、その場を去ってしまった。絵里が去った後、雛乃は原因は悠にあると思ったのか悠に疑惑の目を向けてきた。

 

「悠くん?絢瀬さんに何かしたの?」

 

「い、いえ……強いて言えば、この間高坂たちのライブの件で少し揉めたというか…」

 

 尤も、最初は一触即発になったが最終的に悠が絵里に特大の爆弾を落としたことが原因だろう。

 

「そう……悠くん、絢瀬さんと喧嘩したのね」

 

「別に喧嘩って訳じゃ…」

 

「ハァ、それにしてもことりだけじゃなくて悠くんや絢瀬さんも心配ね。どうしたもんかしら……」

 

 そう言って額に手を当てて溜息をつく雛乃。廃校の問題も抱えているせいか、少し顔色が悪そうだ。悠はそんな雛乃を見ると何とかしたいと思った。しかし、悠ができることと言えばアレしかないだろう。

 

「あの、叔母さんの好きな料理って何でしたっけ?」

 

「え?」

 

「良かったら今日、叔母さんの好きなものを夕飯に作ろうと思って。叔母さん、疲れていそうだから」

 

 雛乃は悠のその言葉に面を食らったような顔をする。しかし、すぐに穏やかな顔に戻り手を口に当てて微笑んだ。

 

「……フフフ、やっぱり悠くんは優しいわね。そういうところは兄さんに似てるわ」

 

「叔母さん?」

 

「でもごめんなさい。今日は帰りは遅くなるから、悠くんのご飯は食べられそうにないわね」

 

「そう…ですか」

 

 悠は雛乃の返答を聞いて少し暗い表情になった。

 

「そんな顔しないで。悠くんのその気持ちはとても嬉しいから」

 

 そう言うと雛乃は立ち上がって悠の隣に座り、悠の頭をあやすように撫で始めた。悠は突然のことに呆然としてしまう。八十稲羽で過ごしているときは菜々子に、今ではことりによくやっている仕草だが、自分がやられるとは思わなかった。

 

「ことりから聞いてるわよ。悠くんも最近頑張り過ぎて疲れてるって。だから、これは日頃頑張ってるご褒美ね」

 

 そう言って雛乃は更に悠の頭を撫で続ける。最初は戸惑ったものの、段々暖かい気持ちになってきた。何だろうか、遠い昔に母親によくやってもらったことを思い出す。すると、雛乃は悠に目を合わせて優しい笑顔でこう言った。

 

「悠くん、ありがとう。気を遣ってくれて」

 

 

>雛乃の暖かい気持ちが伝わってくる……

 

 

 雛乃にそう言われると、悠は恥ずかしくなったので練習に行ってきますと言って早々に理事長室から退散した。屋上に向かう途中、雛乃に撫でられたところを触れて、先ほどのことを思い出すと恥ずかしくもあったが、それと同時に嬉しくも感じた。すると、ポケットの携帯が震えたので確認してみる、雛乃からメールが来ていた。

 

 

『From 南雛乃

 言い忘れてたけどさっきのご褒美はテストのものとは別だから、そっちの方も楽しみにしててね。あとGWはことり共々よろしくね、悠くん♪』

 

 

 とりあえず、雛乃とことりの3人で八十稲羽に帰省することになった。何だか今回の帰省は楽しくなりそうな予感がしたので、悠は密かにフッと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<夜 鳴上宅>

 

 今日の練習が終わり帰宅すると、悠は八十稲羽にいる叔父の堂島にGWはそちらに行くと連絡を入れた。

 

『そうか、GWはこっちに帰って来るのか』

 

「ええ、ご迷惑でなければ」

 

『何を言ってるんだ。家族が帰ってくるのに迷惑な訳ないだろ?菜々子も喜ぶぞ』

 

 堂島は我が子が帰省するのを聞いた父親のように喜んでる。菜々子と同じく堂島も悠が帰ってくるのが嬉しいようだ。

 

『しかし、義兄さんの妹さんも来るのか……』

 

 しかし、雛乃も来ると知ると何故か声のトーンが下がった。

 

「あの、叔母さんと何かあったんですか?」

 

『…あんまり思い出したくないんだが、お前が生まれる前の親戚の集まりで義兄さんと調子に乗って酒飲み過ぎたことがあったんだよ。その時あの妹さんにこってり絞られてな、それからあの人には何というか…苦手でな………これは菜々子に言うなよ』

 

 そう語る堂島の声が果てしなく暗い。どんな風に絞られたかは分からないが、悠も一回雛乃に怒られたことはあるので、その恐怖は共感できる。そんなことを思っていると

 

『おお菜々子か、今悠から電話が………分かった分かった……悠、菜々子と電話代わるぞ』

 

 どうやら堂島が電話している相手が悠と気付いた菜々子が電話に代わるそうだ。そして、電話の向こうからあの可愛い声が耳に入ってきた。

 

 

『お兄ちゃん!!』

 

 

 この声は間違いなく八十稲羽にいる愛しの従妹【堂島菜々子】のものだった。

 

「菜々子、久しぶりだな。お兄ちゃんだ」

 

『お兄ちゃん!全然電話してくれなかったから、菜々子すっごく寂しかったんだよ!』

 

「ごめんな。お兄ちゃん、学校で色々忙しくて」

 

『じゃあ、学校で何かあったの?』

 

「それはな…」

 

 しばらくこんな感じで菜々子にこっちで起こったことを色々話した。勿論、ペルソナやテレビの世界のことは伏せておいた。菜々子は終始楽しそうに悠の話を聞いていた。特に食いついたのは、悠がスクールアイドルのマネージャーをやっていることだった。

 

『菜々子、陽介お兄ちゃんたちとその動画見たよ!みんなとっても可愛かった!』

 

「そうか」

 

 話を聞くと、どうやらジュネスで陽介や千枝たち特捜隊のみんなと一緒にあのファーストライブの動画を見たようだ。菜々子にそう言われると、穂乃果たちのことだがとても嬉しい。しかし、

 

『あ、でもクマさんは菜々子の方がお嫁さんにしたいくらい可愛いって言ってくれたよ』

 

 この言葉を聞いた瞬間、悠の中にドス黒い感情が生まれた。

 

「……そうか(クマ、高坂たちを愚弄した挙句、菜々子をナンパするとはいい度胸だな)」

 

 悠の心の中に即刻あのクマは始末するべきなのではないかという気持ちが芽生えた。もしGWで菜々子だけでは飽き足らず、ことりもナンパしたらクマの命はないだろう。その翌日に鮫川でクマの遺体発見というニュースが流れてもおかしくはない。

 

(まず陽介にクマの暗殺許可を貰わなくては…いつも煮え湯を飲まされてる陽介ならすぐに許可を……)

 

『お兄ちゃん、大丈夫?何か声が怖いよ…』

 

「あ、ああ、大丈夫だ。心配かけてごめんな」

 

 どうやら頭の中でクマの完全始末方法を考えていたら、菜々子を怖がらせてしまったようだ。今のは冗談だが、今後はこういうことがないように注意した方がよさそうだろう。尤も、あのクマが何もしなければの話だが…

 

『うん……あ、お兄ちゃん今度のGWは菜々子のところに帰ってくるんだよね』

 

 ちょっと悠のことが心配になったのか、心優しい菜々子は話題を変えてくれた。それに対する悠の返答はもちろん決まっている。

 

「もちろんだ」

 

『本当!!菜々子、ちゃんと良い子で待ってるから!楽しみにしてるね』

 

「ああ、お兄ちゃんも菜々子と会えるのが楽しみだ」

 

 正直菜々子とこういう風に会話していると早くGWが来ないのかと思っている。GWが来るまでは時が経つのが長く感じそうだ。

 

『うん!じゃあ、菜々子宿題があるからお父さんに代わるね』

 

「分かった、ちゃんと宿題頑張るんだぞ」

 

『は~い!じゃあお兄ちゃん、またね♪』

 

 菜々子がそう言い終わると、声が堂島に代わった。

 

『ははは、相変わらず仲が良いな。菜々子がとても嬉しそうだったぞ』

 

「ええ、自分も菜々子が元気そうで何よりでした」

 

『そうか。じゃあGWのことは分かったから、義兄さんの妹さんにはよろしく言っといてくれ』

 

「分かりました。それじゃあ」

 

 堂島や菜々子との久しぶりの通話を終えて、そろそろ良い時間だったので晩御飯を作ろうとする。しかし、冷蔵庫にあまり材料がなかったため、近場のスーパーに買い出しに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スーパーで食材の他に切らしていた洗剤や新しいタオルなどを購入した。悠は買い出しを済ますと早く帰ろうと急ぎ足で自宅へ帰ろうとする。しかし、その道中での電柱で思わぬものを目撃した。

 

「ん?」

 

 それは道端の電柱に手を付けて息を切らしているジャージ姿の少女。何事かと思い少女に近づいて見ると、その正体が分かった。

 

「園田?どうしたんだ?」

 

「な、鳴上せん…ぱい」

 

 正体は海未であった。ジャージ姿や息を切らしていることからして、トレーニングをしていたと推測できるが、その顔はどこか辛そうで目の焦点が当っていない。

 

「園田、何をしていたかは知らないが少し休め。このままじゃ危険だ」

 

「だ、大丈夫です。も、問題ありません……」

 

 海未は悠の警告を振り切ってその場を去ろうとするが、足がふらついて歩くのがやっとといった感じだった。そして、小石につまずきその場に倒れそうになる。しかし、それを悠は自分の身体で海未を受け止めた。

 

「あ……せん…ぱい」

 

「ほらな、その状態じゃ無理だ。一旦あそこの公園で休むぞ」

 

「は…はい……」

 

 といっても、海未をこのまま歩かせるのはどうかと思ったので、悠は海未を背中に乗せて公園に向かう。心なしかその時の海未は疲れているせいなのか、はたまた別の要因があるのか、顔が真っ赤になっていた。

 

 

 

 

 

 

 一先ず公園に入ると海未をベンチで先ほど購入したしたタオルを枕にして横にさせる。海未が呼吸を整えたのを確認すると、まずは水分補給をと思い、またスーパーで買ってきたスポーツドリンクを飲ませた。

 

「すみません、鳴上先輩……ご迷惑をおかけして」

 

「迷惑じゃない。園田の身体の方が大事だ」

 

「はい…すみません」

 

 先ほどよりかは海未の顔色が良くなっているので、もう大丈夫だろう。何とか落ち着いたようだ。

 

「それで、どうしたんだ?こんな時間に、こんなになるまでトレーニングをして」

 

 放課後の練習の後にもトレーニングをするとは感心するが、あんな倒れそうになるまでするのはやり過ぎだ。実は穂乃果やことりから最近海未の調子が変ということは聞いていたが、まさかこのトレーニングのやり過ぎが原因なのか。そう聞くと海未はバツが悪そうに俯いて、呟くように答えた。

 

「…先輩のように、強くなりたいから」

 

「え?」

 

「この間、花陽と真姫の救出の時、私は何もできませんでした。鳴上先輩が来てなかったら、今頃死んでいたでしょう」

 

「……………」

 

「私は…もっと強くなって、先輩と同じように…穂乃果たちを守れるようになりたいです…だから」

 

 その話を聞いて悠は合点がいったと思った。話から察するに、この間のシャドウ戦で花陽のシャドウを倒しきれなかったのを引っ張っているのだろう。海未が辛そうに言葉を紡ごうとすると、悠は海未の肩に手をそっと置いた。

 

「え?」

 

「園田の守るために強くなりたいって気持ちはよく分かった。俺の仲間にもそんな風に考えてたやつが居たからな」

 

「そうなんですか……」

 

「でも、無茶しすぎだ。それで体を壊したら元も子もないだろ?」

 

「うっ、そ、それは…」

 

「厳しいことを言うようだが、一人で皆を守るなんてことはフィクションじゃない限り不可能だ。俺はそれを去年の事件で痛感したし、園田もこの間の小泉たちの事件で分かっただろ?」

 

 悠のその言葉に海未はショックなのか俯いてしまう。悠の言う通り、人間一人では何もできない。悠にしろ海未にしろペルソナが使えるとしても、所詮はただの高校生なのだ。

 

「じゃあ……私は…どうしたら……」

 

 海未は何をしたらいいか分からなくなったのか、悠にすがるように問いかけてきた。

 

 

「そんなに落ち込むことないだろ?園田は十分に頑張ってるし、俺も園田を頼りにしてる」

 

 

「え?」

 

 悠の答えが意外だったのか。海未は思わず聞き返してしまう。

 

「スクールアイドルの練習の時は俺よりも皆を引っ張ってるし、探索の時もはしゃいでる高坂たちを窘めたりしてくれるしな。それに、園田もペルソナも遠距離タイプだし中々強いから安心感がある」

 

「そ、それは……ほめ過ぎです。私にできることなんてそれくらいしか…」

 

「園田、人は一人じゃ何でもできないが仲間がいればどんなこともできる。だから、1人で強くなろうとしなくていい。みんなで強くなれば良いんだ」

 

「…………先輩」

 

「何かあったら、迷わず俺たちを頼ってくれ。俺も園田の力になりたいし、それは高坂たちだって同じなはずだろ?」

 

 海未は悠の言葉を聞いた瞬間、何かが吹っ切れたような感じがした。今まで悩んでいたことがバカみたいに思うくらいだ。

 

「そうですね…私が愚かでした。私には…ちゃんと向き合える友達や先輩がいるのに…一人で勝手に悩んで…自分を痛めつけて……」

 

 海未はそう言うが、言葉に反して顔は生気が戻った感じになっている。どうやら海未の悩みに一役貢献できたようだ。

 

「さあ、もうこんな時間だ。そろそろ帰らなくちゃな。園田、家まで送ろうか?」

 

 悠は海未の表情を確認すると、公園の時計を見てそう言った。流石にもう遅い時間だったので、帰らなければまずいだろう。

 

「い、いえ!私の家はすぐ近くなので、そこまでしてもらうわけには」

 

「それでもだ。最近は物騒だからどんなことがあるか分からないんだ。園田は女の子なんだから尚更な」

 

「お…女の子……」

 

 悠に女の子と言われ赤面する海未。そして、結局海未は悠に家まで送ってもらうことにしてもらった。送ってもらっている道中、海未は悠にこう切り出した。

 

「あ、あの!鳴上先輩」

 

「ん?」

 

「私、これからも頑張って強くなります。今は先輩に頼りっぱなしですし、先輩のようになれないかもしれませんが、必ずいつか先輩の頼れる後輩になりたいと思ってます。それまで私のこと見守ってくれますか?」

 

 海未は何か決心した顔でそう言ってきた。

 

「当たり前だ」

 

 悠の返事を聞いた海未は安心したという表情を顔に浮かべて、ありがとうございますと言わんばかりに頭を下げた。

 

「これからも私のことを見ていて下さいね。鳴上先輩!」

 

 

>海未との絆が深まった気がする。

 

 

 海未を家まで送り届けた悠は、時間も時間だったので急いで帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view (直斗)

 

 鳴上先輩に頼まれた調査。桐条グループに関してはあまり進展はなかったが、先輩の言っていた音乃木坂学院の二年前の失踪事件のことについては情報を掴んだ。僕はそれを自室の机に広げて吟味しているところだ。そこにはその時の失踪者の名前と証言が記載されている。これを見て分かったことはただ一つ。

 

ー失踪者は失踪していた時の記憶が曖昧であること。

 

 これは僕らが経験したあの事件。テレビに落とされた時のことと似ている。しかし、まだハッキリしていないところがある。僕は直接本人たちに会って確かめようと思い、失踪者たちの今の住所を調べて薬師寺さんに明日の予定を伝えるため自室を出た。もしかしたら、あの事件と同様に先輩が今遭遇している事件も一筋縄ではいかないかもしれない。

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「どこかのアイドルグループみたいだよね!」

「アイドルなめんじゃないわよ!!」

「どうしたんだ?」

「わあ、すごーい!」

「お姉ちゃん、この人は」


「矢澤が…」


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#18「Niko raid on heros.」

どうも!閲覧ありがとうございます、ぺるクマ!です。

最初に謝っていきますと、また予告詐欺をしてしまいました。というのも執筆を進める中で、やっぱり変更しようということが最近多くなってきたので、またこういうことが起きると思います。ご了承ください。

今回から三年生編というか『にこ』編です。どんな展開になるか考え中ですが、楽しめていただければ幸いです。

最後に、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。
皆さんの応援のお陰でお気に入り件数が600を突破しました!
まだまだ未熟で拙い作品ですが、これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きます。応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


ーここはどこだ?

 

 気づけば悠はどこかの学校の正門に立っていた。視界はぼんやりとしていてハッキリ見えないが、どこかで見たことがあるような校舎であった。ここがどこであるのか確認しようとすると、

 

 

「悠くん!」

 

 

 ふと後ろから女の子の声が聞こえてきた。見てみると、そこに髪の長い女の子がいた。顔はぼんやりとしていてよく見えない。この子は一体?

 

「ごめんね!先生から色々頼まれてて」

 

「あ、ああ。別に……待ってなんて…」

 

「ほら、帰ろう。随分待ってたんでしょ?」

 

 女の子はそう言うと、悠の手を引っ張って帰路に立った。しばらく二人で並んで他愛ない話をする。授業のこと、給食のこと、掃除当番のことなど今日起こったことを楽しそうに話した。

 

(この感じ、懐かしいな……あれ?)

 

 そんなことを思っていると、突然少女は歩みを止めた。どうしたのかと聞くと、少女はふと悠の顔を覗き込んでこう言った。

 

「悠くん……あのね」

 

 少女がそう言いかけた瞬間、視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

 視界が再び明るくなると、そこには行き慣れたベルベットルームの光景が広がっていた。今日はイゴールだけがおり、マーガレットは居なかった。

 

「フフフ、随分と久しいですな。本日はマーガレットは少々席を外しておりますが、まあごゆっくりと」

 

 しかし、マーガレットがいないとは珍しい。何かあったのだろうか。そんなことを思っていると、突然イゴールがこんなことを聞いてきた。

 

「お客人は先ほど夢をご覧になっておりましたな」

 

 まさにその通りだが、何故知っているのだろうか?

 

「貴方がご覧になっていたのは、おそらく過ぎ去った貴方の過去の記憶でございましょう」

 

 今のが過去の記憶?そんなわけないと思っていると、イゴールは不敵に笑ってこう言った。

 

「ご記憶にないとおっしゃるかもしれませんが、さて、それはいかがでございましょうな?……ヒヒヒ…」

 

 意味深にそんなことを言うので一体どういうことだと聞いてみると、イゴールは悠を見つめ、あることを語りだした。

 

「一つ古い話をいたしましょう。昔、夢を見た男がおりました。夢の中で男は蝶となり、自由に空を遊ぶ楽しみを謳歌しておりました。やがて夢が覚めたとき、男はふと思ったのです。『自分が蝶の夢を見ていたのか、それとも今が蝶の見ている夢なのか』とね。そう、如何なる御仁も己の全てはご存知ない。それでも貴方は貴方であり、夢か現かは己で探すことでございます。特にこの部屋ではね…ヒヒヒ」

 

 言っていることがさっぱり分からなかったが、今のはもしかしたら自分が忘れている記憶かもしれないということか。

 

「さあ、貴方が見たその夢が今後の旅路にどのような影響を与えるのか……見物でございますなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<朝 神田明神>

 

 いつもの朝練。今日は珍しくことりと穂乃果が先に着いていた。悠に気づくと二人とも元気よく挨拶する。

 

「あ!鳴上先輩、おはよう!」

 

「お兄ちゃん!おはよう!」

 

「おはよう。今日も元気だな」

 

 ストレッチをしながら話を聞くと、海未は今日は弓道部の朝練があり、一年メンバーも日直や委員の仕事があるらしいので、今日の朝練はこの3人ということらしい。

 

「そう言えば、今日の海未ちゃん結構声色が良かったんだけど何かあったのかな?昨日まで暗かったのに」

 

「まさか…お兄ちゃん?」

 

「何で俺に疑いが向くんだ」

 

 さて、ストレッチも終わり本格的に始めようかと思ったその時だった。

 

(ん?)

 

 後ろから誰かの強烈な視線を感じた。振り返ってみるがそこには誰も居ない。気のせいかと思ったが、また同じ方向から同じ視線を感じた。

 

「あれ?どうしたの、鳴上先輩?」

 

 何も気づいていない穂乃果は悠にそう訪ねる。

 

「……誰かいる」

 

「え!」

 

「お兄ちゃんも感じた?やっぱりあそこに誰かいるよね」

 

 どうやらことりも同じ視線を感じたらしく、悠と同じく視線が感じた方向を見ていた。

 

「少々思いすぎかもしれないが、高坂とことりを狙っている不審者かもな…」

 

「ええ!」

 

「お、お兄ちゃん…どうしよう」

 

「二人とも俺から離れるな」

 

 そう言う悠の顔はテレビの世界でシャドウと対峙しているときのようになった。こんな朝早くから女子高生に手を出そうとする輩がいたら容赦はしない。ましてや可愛い従妹が目当てなら尚更だ。絶対に死ぬより辛い地獄を味わせてやる。そんなことを思いながら、悠は穂乃果とことりと一緒に追跡を開始した。

 しかし、相手は結構気配を消すのが上手いらしく中々尻尾を掴めなかった。そして、相手が気配を消しながら悠たちに何か仕掛けようとしたその時、

 

 

ーカッ!ー

 

「そこだ!」

 

 

 悠は落ちていたドングリを気配がした方へ投げつけた。

 

「ぐへっ!」

 

 悠の投げたドングリは見事に誰かに命中したようだ。いくら相手が気配を消せる強者でも、テレビの世界で幾つもの死線を超えてきた悠には敵わない。急いで捕縛しようと声がした方に駆け寄ると

 

 

「痛った~!って何すんのよ!!」

 

 

 悠のドングリが顔に当たって悶えているサングラスとマスクを装着し茶色いコートを着た少女がいた。というかにこだった。こんな朝からそんな恰好をして、何をしに来たのだろうか?

 

「こ、この子が…不審者?」

 

「こんな小さい子が?ってあれ?この子どこかで…」

 

 ことりと穂乃果はそれが誰かは分からなかったので、にこの不審者と言われてもおかしくない怪しい恰好に怯えていた。

 

「だ~れが小さい子よ!私はれっきとした高校生よ!というか不審者って何よ!!」

 

 少女は2人に激しくツッコミを入れると装着していたサングラスとマスクを外した。案の定、正体はにこだった。

 

「やっぱり矢澤だったか……」

 

 悠は正体が分かり切っていたので、溜息をつく。

 

「ちょっと鳴上!何よ!その溜息は」

 

 悠のその態度が気に食わなかったのかにこは悠の言葉に噛みつく。

 

「矢澤ならやりかねないと思って…」

 

「だから何を!?」

 

「……ストーカー行為」

 

「ア…アンタ失礼ね!普通女の子にそんなこと言う!?」

 

 そんなこと言っても先ほどの一件や悠とりせを原宿で追いかけまわした前科があるので説得力がない。

 

「とりあえず署までご同行願おうか」

 

「アンタは警察か!」

 

「おれの叔父さんは現職の刑事だが?」

 

「ウソ……くっ!」

 

 穂乃果とことりは話についていけないのか悠とにこのコントを傍観するしかなかった。ことりは、仲が良さそうに見えるのかちょっと不機嫌なオーラを出しているが……しかし、こんなやり取りを続けても不毛なだけなので、悠は率直に聞くことにした。

 

「冗談はそれくらいにして…矢澤、俺たちに何の用だ?」

 

 悠がそう聞くと、にこは不機嫌そうに無言でそっぽを向き始めた。どうやら話す気はないらしい。

 

「………アンタたち」

 

 にこはしばらく黙り込んでいると、悠たちを指さしてこう言い放った。

 

 

「解散しなさい!」

 

 

「「「え?」」」

 

 にこはそう言うと颯爽と去っていった。突然のことだったので、思わず声を失っていたが、結局何をしに来たのだろう?

 

「結局あの人は何がしたかったんだろうね?」

 

「そっとしておこう」

 

「……」

 

 悠とことりはあまり気にしてなかったが、穂乃果はにこの言葉が引っかかったのかしばらくにこの方を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<放課後 音乃木坂学院 廊下>

 

 HR終了後、実力テストの結果の影響かクラスメートのみならず他クラスの生徒からも色々と声を掛けられたので、その対応に追われてしまい、いつもの集合時間に遅れてしまった。指定場所に着くと、すでに悠以外のメンバーが集合していた。

 

「遅いよ、鳴上先輩!みんな待ってたんだよ!」

 

「そうだにゃ!真姫ちゃんなんて鳴上先輩が来ないからずっと不機嫌だったにゃ」

 

「ちょっ!そんな訳ないでしょ!」

 

「え?だってさっき小声で『鳴上さん、まだなの?』とか『鳴上さんが居ないと私」

 

「それ以上言ったら、ぶっ飛ばすわよ!」

 

 真姫は顔を真っ赤にしながらニヤニヤしている凛にそうツッコむ。どこかと仲がよさそうな2人を微笑ましく思いながら、悠は時間に遅れてしまったことを謝った。

 

「すまない、ちょっとな。それより、今日練習するのか?」

 

「当たり前じゃん。何でそんなこと聞くの?」

 

「だって、雨降ってるし」

 

「「「「「「えっ」」」」」」」

 

 穂乃果たちは思わず窓を見てみると、悠の言う通り外は雨が降っていた。これに対して穂乃果は憤慨する。

 

「何で!?さっきまで降ってなかったのに!!それに、今日は降水確率は50%って言ってたじゃん!」

 

「その50%が当たったんですね」

 

 そうは言っても納得しない穂乃果にせがまれて試しに屋上に行ってみる。しかし、残念なことに既に屋上の床は濡れているので、これでは練習はできそうにない。

 

「今日は休みだな」

 

 悠の言葉で皆は納得した様子で帰り支度をはじめようとした。穂乃果はまだ納得できてないようだが、床が濡れているし危ないから仕方がない。そう思った時、

 

「あ、雨が弱まったみたいだよ」

 

 ことりが窓を見てそう言ったので、外を見てみるとことりの言う通り雨がさっきより弱まっていた。すると、穂乃果と凛のおてんばコンビがここぞとばかりに外に出てはしゃぎ始めた。

 

「ほら!これくらいなら練習できるよ!」

 

「よ~し!テンション上がるにゃー!!」

 

 凛は元気が盛り上がってきたのか何かを始めようとする。あの調子だと何かやらかしそうだったので、悠は即刻やめさせるようにした。

 

「お、落ち着け凛!!雨が弱まっても床が似れてるから危な」

 

 

「行っくにゃー!!」

 

 

 悠の制止の声も虚しく、凛は小雨の中アクロバットを始めてしまった。凛のポテンシャルが成せる技なのか、はたまた偶然なのか幸いにも足を滑らして大怪我という事故にはならなかった。しかし、凛がかっこよくポーズを決めた瞬間、急に雨脚が強くなった。にも関わらず

 

「すごーい!凛ちゃん、カッコいい!」

 

「えへへへ~」

 

 穂乃果と凛はまだはしゃいでいる。随分と危ない真似をした上、そんな元気があるとは全く笑えないし呆れるしかない。

 

「お兄ちゃん、穂乃果ちゃんたちどうしよう?」

 

 止められないと察したことりは兄に意見を求める。悠は溜息をついてこう言った。

 

「そっとしておこう。巻き込まれる前に帰るぞ」

 

「鳴上さんに賛成。私も帰る」

 

「私も…ちょっと」

 

「そうですね。あの2人はほっといて帰りましょうか」

 

 悠の返事を皮切りにおてんばコンビ以外のメンバーは早く帰ろうと屋上から去ろうとする。これ以上ここに居たら、自分たちも雨の中に引きずり出されるかもしれないからだ。すると、帰ろうとする悠たちを止めようと、おてんばコンビはずぶ濡れになりながら口々に抗議した。

 

「ちょっと!みんな、帰っちゃうの!」

 

「それじゃあ、凛たちがバカみたいじゃん!」

 

 そう言うと、それに反応した海未と真姫が冷たい態度でキツイ言葉を浴びせた。

 

 

「「バカなんです(だから)」」

 

 

 海未と真姫のツープラトン攻撃に穂乃果と凛は大きなダメージを食らい撃沈した。悠たちは苦笑いするしかなかったが、とりあえず海未と真姫の言霊攻撃に倒れていた2人を引きずって悠たちは早々に退場していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数日後~

 

 

<放課後 秋葉原 ワクドナルド>

 

 放課後、練習を開始しようとしたが今日も生憎の雨だったので練習は中止。故に何もすることがなかったので、μ‘sのメンバー全員で買い食いをしに来ていた。

 

「今日も雨か…」

 

 悠は頼んだバニラシェイクを飲みながら窓を見てそう呟いた。

 

「ええ、天気予報では明日も雨みたいです。しかし、今はまだGW前ですが、梅雨に入ったときのことを考えると、屋上以外の場所も考えないといけませんね」

 

 海未の言う通り、いつまでも雨だから練習中止という状態を続ける訳にもいかないので、そういった場所が必要だ。しかし、そうは言っても体育館とかは他の部活が使っているので、まず無理だろう。とりあえず、明日生徒会に行ってどこか空いている場所がないか聞いてみることにした。そんなことを考えてポテトをつまもうとしていると、

 

「ぶうぅ」

 

 悠の目の前に座っている穂乃果は何故か不機嫌なのか怖い顔で頼んだポテトをやけ食いしている。さっきからこんな調子で正直話しかけづらい。

 

「穂乃果?ストレスを食欲にぶつけていたら大変なことになりますよ」

 

 海未が穂乃果にそう注意するが、穂乃果はやけ食いを止めない。

 

「だって、雨が止まないんだもん!練習できないじゃん!」

 

 どうやら、数日続けて練習できないことに不機嫌になっているらしい。そんなこと言われても何もどうしようもないし、こんなことで不機嫌になるとは、どれだけなのだろうか?

 

「もう!天気も空気読んでよ!まだ梅雨じゃないんだよ!!」

 

 そうは言っても天気は何も変わらないので仕方がない。天気を自在に変えられるなんてそんなの神様しかできないだろう。そんな穂乃果に一同は溜息をついて、各々頼んだものを食していた。穂乃果が少し食い散らかしたせいかテーブルが少し汚れたので手に持っていたハンカチで拭こうとすると、

 

 

「あ!鳴上先輩、何かおしゃれなハンカチを持ってますね」

 

 

 花陽が悠の手に持っているハンカチに目をつけてそう言った。それを聞いた一同はすかさず話題をそちらに持って行った。

 

「本当だ。この模様って花火かな?すごく綺麗!」

 

「確かに…見た目から察するにこれは手作りですね」

 

「夜空っぽい色の布に花火の刺繍、それに風景までって……クオリティ高い!こんなの中々できないよ!」

 

「すごくキレイ……どこかで売ってるのかしら…」

 

「凛もこんなの欲しいにゃ~」

 

 悠の持っているハンカチがすごく穂乃果たちを魅了したようだ。

 

「ああ、これは八十稲羽に居る完二が手拭いの生地を使って作ってくれたものだ」

 

「え……完二って名前からして男の人?」

 

「ああ、俺の後輩だ」

 

 このハンカチの作成者が男だという事実に穂乃果たちは驚愕する。

 

「嘘!男の人でこんなもの作れるの!!」

 

「俺が八十稲羽からこっちに帰る前に完二がくれたんだ。この花火の刺繍はまた皆で八十稲羽の花火を見ようって思いを込めたものらしい」

 

 このハンカチを見る度に夏休みに見た花火大会を思い出す。悠としてはあの花火は大切な仲間や家族と一緒に見た忘れられない思い出の一つだ。今年は去年一緒に見られなかった直斗も一緒なのでより楽しみである。そう語る悠の顔が輝いて見えたのか穂乃果たちはとても羨ましそうであった。

 

「ちなみにこの間、ことりたちに渡した編みぐるみもそいつの手作りだ」

 

「「「ええ!」」」

 

 以前悠から編みぐるみを貰った穂乃果と海未とことりは思わず各々の鞄につけている編みぐるみを手に取る

 

「こ、これも…その人の手づくりなんだ!すごーい!」

 

「うわあ!可愛いです~。見てるだけで癒されます~」

 

「こんな可愛いもの作れるなんて…尊敬しちゃうにゃ!」

 

 穂乃果と花陽と凛は完二作の編みぐるみを絶賛した。もし完二がこの場にいたら大声を出しながら顔を真っ赤にして照れているだろう。しかし、興奮する3人とは反対に、海未とことりと真姫は顔が沈んでいた。

 

「なんというか…すごいのはすごいのですが……逆に女子として敗北感を感じるというか……」

 

「同感…」

 

「ことりも………」

 

 どうやら、八十稲羽の女子陣と同じく完二のあまりの女子力の高さに落ち込んでいるようだ。ことりは洋服づくりを嗜みとしているせいか他の2人より更に暗い。この後、試しに完二の写真を見せてやろうかと思ったが、今この三人に見せると更にダークサイドに落ちそうなのでやめておいた。

 

「ハア~いつかその完二って人に会ってみたいなぁ…ってあー!!」

 

 しばらく完二の編みぐるみに見惚れていた穂乃果が突然自分のトレイを見て叫びだす。それを海未がそんな穂乃果にイラつきながら注意した。

 

「穂乃果、うるさいですよ!周りのお客さんが」

 

「穂乃果のポテトがない!!………鳴上先輩、穂乃果のポテト食べたでしょ!」

 

 確かに穂乃果の頼んでいたポテトがなくなっている。穂乃果は何故か向かい側の席にいる悠に疑いをかけた。

 

「え?俺じゃないぞ」

 

「自分が食べた量も覚えてないんですか?大体鳴上先輩がそんなことするわけないでしょ」

 

「そうだよ。穂乃果ちゃん何言ってるの?お兄ちゃんが盗るのはことりの心だけだよ」

 

 疑いを掛けられた悠とそれを弁護する海未とことりが穂乃果の言い分をバッサリと斬る。ことりの最後の言葉は語弊があるかもしれないが。

 

「それはそうだけど!ってあれ?鳴上先輩のポテトもないよ」

 

「え?」

 

 穂乃果の言う通り、悠の頼んでいたポテトもすでになくなっていた。まだバニラシェイクにしか手をつけてないので量は結構あったはずだったのに、これはどういうことだろうか。すると、みんなの疑いは全てある人物に向けられた。

 

「「穂乃果(ちゃん)?」」

 

「ち、違うよ!穂乃果は何もしてないよ!むしろ被害者だよ!」

 

 その動揺っぷりが逆に怪しいと更に疑いを持たれる穂乃果。一年生組は苦笑いや溜息をつきながら傍観している。これでは流石に穂乃果が不憫なので、悠は仲裁に入ることにした。

 

「落ち着け、2人とも。俺は何も気にして……ん?」

 

 悠が塀で隔てられている隣の席に何か気配を感じたので壁の上から隣の席を見てみた。するとそこには、『魔女探偵ラブリーン』の格好をしてむしゃむしゃとポテトを食べている少女が居た。というかその少女には見当がついたので、悠は溜息をついてその少女に話しかけることにした。

 

 

「矢澤…何してるんだ?」

 

 

「ぶっ!」

 

 正体を看破されたからかコスプレ少女もといにこは食べていたポテトを吹き出した。悠は大丈夫なのかとにこに近寄ろうとするが、にこは突然立ち上がり悠たちの方を向いてこう言った。

 

「違うわよ!私は矢澤って人じゃなくて……」

 

 と、にこは一呼吸置くと、突然子供っぽい笑顔を作り……

 

 

「素行調査は弊社にお任せ!魔女探偵ラブリーン!!」

 

 

 にこがあのテレビでお馴染みのセリフを可愛く決めた。が、その瞬間、店内は一気に凍り付いた。店内の客たちはにこに冷ややかな目線を送り、穂乃果たちに限っては頬を引きつらせて苦笑いしていた。

 

「な…何よ」

 

 にこはどうしたらいいのか分からないのか、その場に硬直している。これは流石の悠も固まるしかなかった。それは穂乃果たちも同様であるのでこう思った。

 

(((((((そっとしておこう……)))))))

 

「何か言いなさいよー!」

 

 店内にはにこの悲痛の叫びが木霊した。

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

「で、ポテト泥棒はお前だな」

 

 にこをしばらく慰めたあと、悠はにこに先ほどのことについて問い詰めた。しかし、当の本人は容疑を否認している。

 

「………何のこと?私はなにも知らないなぁ」

 

「とぼけるな。席の位置的にも俺と高坂のポテトを盗めたのは矢澤しかいないし、矢澤のテーブルには何か頼んだ形跡もない。それにまだ矢澤の口周りにはポテトの塩が残ってるぞ。これは立派な証拠じゃないか?」

 

「はっ!…ぐうぅぅ」

 

 悠の指摘に、にこは観念したかのように俯く。そんな安いハッタリが直斗に鍛えてもらった悠に通用すると思ったのだろうか?

 

「あとな、さっきのラブリーンは何だ?セリフにキレもないし、徹底さが足りていない!うちの妹の方がもっとラブリーンらしくて可愛いぞ!」

 

「ぐはっ!………って、何でそんなこと言われなきゃならないのよー!」

 

 とどめを食らったかのようににこはその場に項垂れながら、そうツッコんだ。周りも若干引きながら、そこはどうでもいいのでは?と思ったが、悠にとってはどうでもよくない。去年の夏休み以来、『ラブリーンと言えば菜々子、菜々子と言えばラブリーン』と悠の中では定義づけられているのだ。すると、

 

「お、お兄ちゃん…可愛いってそんな……みんなの前で堂々と言うなんて……嬉しいけど、恥ずかしいよ……」

 

 何故かことりが照れてもじもじしていた。どうやら『妹』という単語で自分と勘違いしたらしい。それに花陽が涙目で、真姫は半眼でこちらを睨んでいた。

 

「でも、ラブリーンはことりにはちょっと……どうせなら予行演習でウェディングドレスとか…」

 

「ことり、一旦落ち着きましょうか」

 

 ことりは自分の世界に入ったようで訳の分からないことを言っている。海未がトリップしていることりを現実に引き戻そうとすると、被害者である穂乃果はにこに掴みかかる。

 

「それより穂乃果のポテト返して!ついでに鳴上先輩のも!!」

 

「俺のはついでなのか…」

 

 穂乃果にしては本気で怒っている。食べ物の恨みが怖いとはまさにこのことだろう。しかし、にこは穂乃果に掴まれても舌を出して小ばかにしたような態度を取った。穂乃果がその態度にキレて今度は頬を引っ張ろうとすると…

 

「言ったでしょ!アンタたち、解散しなさいって」

 

「はあ?」

 

「か、解散!?」

 

 にこからの発言に花陽は困惑した。理由を問い詰めようとすると、にこはお構いなしに言い続けた。

 

「アンタたち、ダンスもステップも全然なってない。プロ意識が足りないわ」

 

 にこは意気揚々とそんなことを言うが、先ほど泥棒を働いたラブリーンに言われても困る。

 

「アンタたちがやってるのはアイドルに対する冒涜!恥じよ!とっとと止めることね」

 

 にこは穂乃果たちにそう言い終えると、悠の方をちらっと見て颯爽と去っていった。以前と同じで何をしに来たのか分からないので呆然としてしまう。とりあえず、にこが悠たちに対して嫌悪感を抱いていることは分かった。

 

「……あの人、何だったんですかね?」

 

「さあ?」

 

「にしても、訳が分からないわよ。突然解散しろだなんて」

 

 花陽とことり、真姫が口々にそう言う。しかし、穂乃果に関しては『解散しろ』と言われて何か思うところがあるのかその場に呆然としていた。

 

「穂乃果、大丈夫ですか?」

 

「あ…うん………大丈夫…」

 

「あれ?鳴上先輩、どうしたのかにゃ?考え込んで」

 

 悠はにこが去ってから手を顎に当てて何か考え込んでいた。

 

「矢澤は確かアイドルの……………あっ」

 

「せ、先輩?」

 

「園田、もしかしたら練習場所が確保できるかもしれないぞ」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

<昼休み 音乃木坂学院 生徒会室>

 

「ありがとうな、東條」

 

「ええよ、これくらい。お礼は…」

 

「……分かった。明日一緒に弁当食べるから。献立は…」

 

「ええよ、この間鳴上くんに良い店紹介してもらったから、明日はウチが鳴上くんの分も作るから。楽しみにしとき♪」

 

「ああ、楽しみにしとく。それじゃ」

 

 悠は希にあることを聞くと、早々に生徒会室を去っていった。目的のことを聞けたのはいいが、その代わりとして明日昼食を一緒に食べようということになった。それくらい安いものである。悠が去ると、悠が来てからずっとそっぽを向いていた絵里が恨めしそうに希に問いかけてきた。

 

「希、鳴上くんと前より仲良くなってない?」

 

「そう?元から鳴上くんとは仲良かったで。それよりエリチ、良かったん?」

 

「……何がよ?」

 

「鳴上くんに亜里沙ちゃんを助けてもらったお礼言わんで」

 

 先日悠と直斗が解決した事件の被害者だった亜里沙は絵里の実の妹なのだ。妹からその話を聞いた絵里はそのことに関してお礼を言おうとしているのだが、中々言えないでいる。

 

「さっきだってお礼言うタイミングは結構あったやろ?はよ言わんと、ずっと言えんようになってしまうで?」

 

 すると、絵里はうっとなりながらもジト目で希を見てこう言った。

 

「……仕方ないじゃない。だって…」

 

「だって?」

 

 

「鳴上くんとの接し方が分からないんだもの!!」

 

 

「………はぁ?」

 

 親友の予想外の発言に希は思わず聞き返してしまった。

 

「だって鳴上くん、今結構学校の間で人気なのよ。そんな彼に話しかけたら噂になっちゃうし…彼に迷惑じゃない!」

 

「いやエリチ、いくら何でもお礼言うだけやで?」

 

「それに……あ、あんなこと言われたら…彼とどう接したらいいのか分からないのよ!」

 

 どうやら絵里は以前自分が悠を嫌いと公言した時に、悠が『絵里が自分を好きになってくれるよう頑張る』と言ったことをすごく気にしているらしい。一応あの件に関しては誤解を生む言い方をした悠に非があるのだが。

 

「……」

 

「本当にもう…どうすればいいのよ」

 

 そう言って項垂れる絵里。そんな稀に見る親友の残念な姿に希は溜息をつくしかなかった。

 

「そっとしとこう……」

 

 悠の口癖を真似して希は未だに頭を抱えている絵里を他所に昼食を取り始めた。希としてはこれ以上ライバルが増えるのは好ましくないが、親友の悩みも解決したいと思うので、どうしたもんかと口を動かしながら思考の海に入っていった。

 

「とりあえず、明日鳴上くんとはオハナシしようかいな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<放課後 アイドル研究部室前>

 

 今日も雨だったので練習は中止し、悠たちはにこに会うためにアイドル研究部の部室前に来ていた。場所は以前連行されたことがあるので一応把握していた。早速ドアをノックしようとしたその時、ちょうどこの部室の主であるにこがやってきたところだった。

 

 

「あ、アンタたち……」

 

 

 にこは悠たちの姿を見て呆然としたかと思うと、目にも止まらぬ速さで悠たちを押しのけて部室に逃げ込んだ。

 

「なっ!ちょっと!!」

 

 穂乃果は必死に止めようとドアを開けようとするが、鍵がかかっていて開かなかった。

 

「あ、開かないよ~!」

 

 すると、凛は何か思いついた顔をしてみんなに言った。

 

「外から行くにゃ!」

 

「え?」

 

「凛は先に行くにゃ~!」

 

 凛はみんなにそう言い残し、外に出ようと廊下を走り出した。

 

「ちょっと!凛、待ちなさい!!」

 

「くっ、俺が一緒に行ってくる。園田たちはそこで待ってろ!」

 

 あの調子だと凛がまた何をしでかすか分かったもんじゃないので、ストッパーとして悠が追跡することにした。何とか凛に追いつき外に出ると、ちょうどにこが窓から逃走しようとしているところだった。

 

「見つけた!」

 

「げっ!」

 

 にこは悠たちの姿を確認すると、咄嗟に反対方向に雨の中走り出した。

 

「待つにゃー!!」

 

「逃がすか!」

 

 悠と凛も負けじと雨の中へ走り出した。雨のせいか地面は走りづらかったが、八十稲羽で散々雨の中を走り回った悠や雨の中でもアクロバットができる凛にとってはそんなものは関係なかった。そして、ある程度距離が縮まったとき、2人はアタックを仕掛けることにした。

 

「行くぞ!凛!!」

 

「うん!!」

 

 

ーカッ!ー

 

「「ペルソナー!」」

 

 

 2人は何故かそう叫び、にこに掴みかかろうとする。凛はギリギリのところで掴み損ねて前方に転がり込んでしまったが、悠はしっかりとにこの胴体をホールドすることに成功した。

 

「ちょっ!離しなさい!って………!!」

 

「大人しく…ってあれ?」

 

 悠は手に何か違和感を感じた。何か柔らかいようでそうではないようなものを掴んでいるような…それに何故かにこの顔が赤いような……

 

「あっ」

 

 気づけば悠はにこのあるようで無いような胸をしっかりと掴んでいた。それに気づくと悠は咄嗟に手を放したが、もう遅い。

 

「あれ?鳴上先輩?どうしたの…ってヒィ!」

 

 起き上がった凛が見たのはどこぞの戦闘民族のような赤いオーラのようなものを発して悠を睨みつけるにこの姿だった。

 

「な…鳴上ィ………」

 

 にこはゆらりゆらりと拳を構えながら近づいて来る。心なしかどこぞのハンターのように拳にオーラが集中しているように見えた。

 

「お、落ち着け!これは…じ」

 

 

「変態!!」

 

 

 にこは制裁と言わんばかりに、右ストレートを思いっきり悠の顔面にぶつけた。悠は成す術もなく吹っ飛ばされ、その先にあったアルパカ小屋に突っ込んだと同時に意識がブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<保健室>

 

 意識が戻ると、悠は保健室のベッドで寝ていた。どうやら自分はあの後、保健室に運ばれたらしい。まだ殴られた顔が痛い。

 

「起きた?」

 

 声がする方を向くと、そこには足を組んで椅子に座っているにこが居た。

 

「矢澤…俺は一体………」

 

「言わないといけない?」

 

 にこが悠をギロッと睨みそう言ってきた。ここで余計なことを言うとまた右ストレートが来そうなので、そっとしておいた。とりあえず、また余計なことを言わないうちに話題を変えることにした。

 

「あ、あの…それより、高坂たちは?」

 

「…さっきまで居たけど、希にどこかに連れていかれたわよ」

 

「そうか……」

 

「あいつらから聞いたわよ。鳴上が私をあいつらのスクールアイドルに引き込もうとしてたこと」

 

 そう、当初の悠の目的はにこを【μ‘s】に引き込むことなのだ。昼休みに絵里と希から聞いた話によると、実質【μ‘s】は正式な部活ではないので部室は与えられない。しかも、にこのアイドル研究部が既に存在しているため、新たに部活動申請しようとも受理されないのだ。しかし、その二つの部活が統合すれば話は別とのことだったので、悠はにこが自分たちに興味を持っているであろう今なら、にこを【μ‘s】に引き込めるのではないかと思ったのだ。しかし、

 

「あいつらにはもう言ったけど、その話はお断りよ」

 

「なぜ?」

 

「前にも言ったけど、アンタたちのしていることはアイドルを汚してるの。そんな奴らと手を組むなんて真っ平ごめんだわ」

 

 そう拒絶されてはぐうの音もない。簡単にはいかないだろうとは踏んでいたが、ここまでとは思っていなかった。一体自分たちの何がいけないのだろうか?そんなことを聞こうと思ったが、それを聞く前に先ににこが口を開いた。

 

「それはともかく…アンタを殴り飛ばしたことは謝るわ。ごめんなさい」

 

 そう言ってにこは頭を下げる。確かに気絶はしたが、こんなのは悠にとってはテレビの世界で手強いシャドウにぶっ飛ばされるよりマシである。最近なんて首を絞められたり炎で焼かれそうになったりしたので、それらに比べたらまだ可愛い方だ。

 

「あ、ああ。こんなの大したことじゃ……」

 

「でも!アンタが私の胸を触ったことは別!」

 

 どうやらにこは自分の胸を触られたことを随分と気にしているらしい。そう言うと、にこは悠に指をさしてこう宣言した。

 

 

「責任取ってもらうから!」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スクールアイドルをやってた?」

 

「あの先輩がですか?」

 

 一方、希に話があると言われて保健室から渡り廊下に連れられた穂乃果たちは希からにこの過去の話を聞いているところだった。

 

「そう…最初は三人やったんやけどな…にこっちの意識が高すぎて、一人辞めて…またもう一人辞めてもうたんよ………そして、何かあったのか転校してな…」

 

「「「え?」」」

 

 あまりの話の重たさに穂乃果たちは押し黙るしかなかった。あのにこという先輩に一体何があったのだろう。

 

「副会長、何で私たちにこんな話をするんですか?」

 

 正直この話は自分たちには重すぎる。海未の疑問は最もであった。

 

「んー?鳴上くんや貴女たちなら、にこっちを何とかしてくれるやろうと思ったからや」

 

 その希の発言に海未は更に疑問を抱いた。毎度この人は会う度に悠のことを口にしている。

 

「それにしても、副会長は随分と鳴上先輩を信頼してるんですね」

 

 海未のその言葉に何名か反応した。特にことりに関しては黒いオーラを発している。そんな海未の言葉に希は一瞬面を食らったが、微笑みを返してこう言った。

 

「ウフフ、当然よ。だって鳴上くんはウチの」

 

 しかし、そう言いかけた時だった。

 

 

「あ、あのな矢澤」

 

「別に良いじゃない?責任取ってもらうんだから」

 

 

 穂乃果たちは昇降口からそんな会話をする悠とにこが相愛傘をして出てくるところを目撃した。相愛傘をしている上、にこが悠に引っ付いているその光景に穂乃果たちは唖然としてしまい開いた口が塞がらなかった。

 

「お、お兄ちゃん!どこ行くの!?」

 

 ことりが耐え切れなくなってそう叫ぶと、悠は穂乃果たちの姿を確認するなり顔が真っ青になった。

 

 

「こ、ことり…それに」

 

「ちょっ!鳴上!!行くわよ!!」

 

「うお!」

 

 

 にこは穂乃果たちを見るなり雨の中にも関わらず、悠を引っ張って慌ててその場を去っていった。

 

「ど、どういうこと……」

 

「今…責任を取ってもらうとか言ってなかったかにゃ?」

 

「な、鳴上先輩……まさか…」

 

「ハ……ハレンチです!!」

 

 先ほどの光景に困惑する穂乃果たち。中には変な妄想に入って顔を真っ赤にしている者もいる。すると、

 

 

「ほほう……鳴上くん、今度はにこっちに手を出したんかいな……これは再教育確定やなぁ」

 

 

 希は悠たちが去った方を向いてどす黒いオーラを発しながらそう言った。

 

 

「お兄ちゃん……これは流石にことりも許せないかな……」

 

 

 更にはことりまで希と同じく黒いオーラを発している。もしここがテレビの世界であれば、シャドウたちは2人の姿に怯えて逃げていることだろう。

 

「お、妹ちゃん気が合うなぁ。どうする?尾行する?」

 

「…しましょう。そして、何か一線を超えるようなことになれば、その場できついお仕置きを与えましょうか」

 

「ウフフフ、ワックワクのドッキドキやな~♪」

 

「ふふふ、そうですね♪」

 

 2人とも笑顔でそんなことを言っているが、内容がアレなだけに恐怖しか感じない。穂乃果たちは唯々その様子を見守るしかなかった。

 

「これ、穂乃果たちも行かなきゃダメかな?」

 

「行くしかないでしょ……ハレンチなものを殲滅したいのは山々ですが、鳴上先輩に何かあったら私たちが止めるしかないんですから…」

 

 海未の言う通り、もしこの2人が暴走した際には仕方ないが自分たちがストッパーになるしかない。不本意ながら、渋々ついて行くことにした。

 

「わ、私も…行きます!鳴上さんのことが…気になりますし…」

 

「……仕方ないから私も行くわよ。言っとくけど、鳴上さんが気になるとかあんなやつに渡すもんかとか思ってるわけじゃないんだからね!」

 

「何か大変なことになったにゃ…」

 

 どうやら一年生組もついて行くらしい。そして、一同は各々鞄をを持って悠とにこの尾行を開始した。どうやらこの雨の中、一つの波乱が巻き起ころうとしているようである。

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「何か寒気が…」

「これくらい当然でしょ?」

「ウフフフフフ…」

「逃げられると思ってるの?」

「に、逃げるわよ!」


「どうしてこうなった……」


Next #19「Niko digs her own grave.」


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#19「Niko digs her own grave.」

どうも!閲覧ありがとうございます、ぺるクマ!です。

最近朝と夜の気温差が激しいのか少し体調を崩していました。これから梅雨入りしていき、体調を崩しがちになりますが皆さんも気を付けてください。

今まで週一くらいで更新してきましたが、講義などが最近忙しくなってきたので更新スピードが遅くなると思います。しかし、この作品を書くこと自体は楽しいですし、読者の皆様の感想や評価が自分の励みとなっていますので、更新が遅くても完結まで続けるつもりですので、よろしくお願いします。

そして、今回この話にP3メンバーの誰かが登場します。明記してないとはいえ、某実写映画の予告編のように出し過ぎじゃね?と思っているかもしれませんが、もうすぐあの話を書き始めるので……

最後に、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方々、ありがとうございます!
まだまだ未熟で拙い作品ですが、これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きます。応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


<放課後 秋葉原 喫茶店>

 

「はぁ……」

 

 外の雨音がBGMとなっているような静かな秋葉原の喫茶店にて、悠は思わず溜息をついてしまった。それと言うのも、今自分の目の前で美味しそうにパフェを堪能している少女が原因なのだが、誰とは言わない。すると、悠の溜息が聞こえたのか、少女もとい『矢澤にこ』はパフェを食べる手を止めてしかめっ面で注意してきた。

 

「何よ、あからさまに溜息なんかついて。この可愛いにこちゃんとデートできてるんだからもっと嬉しそうな顔しなさいよ」

 

「そうは言ってもな…」

 

 時を遡ること数十分前。悠たち【μ‘s】は部室の確保のため、にこの所属するアイドル研究部を訪ねたところ、悠が思わぬハプニングでにこのあるようで無いような胸を触ってしまったのだ。その代償として悠が受けたのは、にこのグーパンとにこから提示された罰だった。その罰の内容というのが…

 

 

【にこが良いと言うまで、にこの言うことを何でも聞くこと】

 

 

 まぁ要するに、このことを口外されたくなければ自分の命令に従えということなのだ。その一環として、今この喫茶店で一番高いパフェを奢らされている。

 

(どうして…こんなことに……)

 

 そんなことを思いながらコーヒーに口をつける。ここのコーヒーは中々だが、叔父の堂島が淹れてくれたコーヒーの方が美味しい気がした。あのコーヒーの味が恋しくなってきたと思っていると、にこが話しかけてきた。

 

「それより、アンタ本当にコーヒーだけで良いの?」

 

「ああ、八十稲羽に居た時、刑事の叔父さんがよく淹れてくれてな。それからコーヒーが好きになったんだ。まぁ、出費を抑えるためでもあるけど…」

 

 悠はそう言うとにこが食べているパフェに目を向ける。すると、にこは取られると勘違いしたのかパフェを守るように手で囲った。

 

「ダメよ!これは私が頼んだものだから、絶対にあげないわ!」

 

「いや、何も食べたいなんて言ってないけど」

 

 食べたいという気持ちはないわけではないが、本人が譲るとは思えない。

 

「ていうかこれはアンタの奢りで、アンタへの罰なんだからね!」

 

「分かってる…」

 

 そう言って悠は軽くなった財布に目を落とす。最近参考書を買ったり、穂乃果たちに色々奢ったりしたせいか、財布が随分と軽くなった。このままではGWに八十稲羽に帰る際、陽介たちのお土産も買えないので流石にバイトを考えなくてはならないだろう。どこか良いバイトはないものかと思っていると、突然にこがこんなことを言ってきた。

 

「はぁ、アンタにそんな暗い顔されたらこっちも楽しくないわね。仕方ないから私のパフェ食べさせてあげるわよ」

 

「え?」

 

 にこの発言に呆然としていると、にこがパフェを少しスプーンで取って、悠の口元に寄せてきた。

 

「ほら、口開けなさい」

 

 おかしい。普通ならここは『はい、あ~ん』とか甘酸っぱいことを言うはずなのに、何故にこはこんな脅し文句のようなことを言うのだろう…

 

「いや、矢澤…別に俺は」

 

「良いから口開けなさいっての!」

 

 そうやってにこは気迫で強引に悠の口にパフェを運んだ。

 

「うぐっ!」

 

 無理やり口にパフェを入れられて、少し気管に入ってしまったのか悠は思わず咽てしまった。これでは味もへったくれもない。にこもこうなるとは思わなかったので、どうすればいいのか分からずあたふたとしたが、事態に気づいたウエイトレスさんが慌ててお冷を持ってきてくれたので大事には至らなかった。

 

「鳴上………大丈夫?」

 

「ケホッ…ケホッ………し、死ぬかと思った…」

 

「うっ…ごめん…」

 

 にこは申し訳なさそうに俯いて悠に謝罪した。この後、一応にこのパフェは美味しくいただいたが、その時何故か背後に殺気のようなものを複数感じたのは気のせいだろう。そう思いたい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、2人は会計を済ませて店を出た。見るとさっきまで降っていた雨は上がっており、空に眩しい太陽が出ていた。にこは悠に付きあってほしいところがあると言ってきたのでそれに従うことにした。すると…

 

「なあ、矢澤…何か視線を感じないか?」

 

「……そうね」

 

 2人の言う通り、遠く離れたところから2人をしっかりと監視している一行がひとつ……

 

「あの女……お兄ちゃんを窒息させかけるなんて………」

 

「ことり、一度落ち着いてください。それと手に持っている傘を降ろしてください。危ないですから……」

 

 黒いオーラを発しながら2人を睨むことりを宥めようとする海未。先ほどのことがとても許せないらしく、店を出てからこの調子なのだ。重度のブラコンもここまで来れば恐ろしいものである。それともう一つ厄介なのが……

 

「ん~!あそこのフレンチトースト美味しかったね!」

 

「あのケーキも中々だったにゃ!」

 

「…アンタたちは何をしに来たのよ」

 

「あははは……」

 

 喫茶店で食べたスイーツの感想を大声で言い合っている穂乃果と凛、それを冷ややかに見る真姫と苦笑いする花陽である。目的は悠とにこの尾行であるはずなのに、このバラバラ具合。日頃、悠がいかに穂乃果たちを上手にまとめていたかを痛感させられる。どうしたもんかと頭を悩ませる海未に意外な救世主が現れた。

 

「まあまあ、ここは一旦落ち着こうや」

 

 それはさっきまでことりと再教育がどうだのお仕置きはどうだのと相談していた希だった。その希は疲れ切っている海未に微笑みかけてこう言った。

 

「見たところ、鳴上くんはにこっちに嫌々付き合ってるって言った感じやから、今のところは大丈夫やろ。そう気を張らんでええって。高坂さんたちみたいに気楽に行かな」

 

「え?」

 

「妹ちゃんも、にこっちは男の子との経験がなかったからテンパっただけよ。お兄ちゃんも気にしてないようやし、許してやってや」

 

 そう言ってことりを宥める希。ことりも希の言うことを聞いて大分落ち着いてきているようだ。そうして希は穂乃果たちも落ち着かせて尾行に集中させることに成功する。いつも悠がしているポジションの役割をそつなくこなすその手際には海未は感嘆を覚えた。しかし……

 

(何でしょう、この気持ちは……何かモヤモヤします……)

 

海未の心の中に自分にも分からない感情が渦巻いていた。それは何なのかを考えようとしたその時、

 

 

「あ!鳴上先輩たちが居なくなったにゃ!!」

 

 

「「「「え?」」」」

 

 己の心の中の感情に気を取られていたせいか尾行対象の2人を見失ってしまった。おそらく海未たちの気配に気づいたので、姿をくらましたのだろう。

 

「ほ、本当だ……」

 

「は、早くお兄ちゃんたちを追いかけないと……」

 

 急いで辺りを捜索しようとする穂乃果たち。すると、そんな穂乃果たちを希は止めた。

 

「ちょい待ち。闇雲に探しても、この人の多い秋葉原で2人は見つからんと思うで?」

 

「で、でも……」

 

 希の言うことは正論だが、だったらどうするのだと穂乃果たちは納得し切れていないようだ。しかし、希は穂乃果たちに余裕の笑みを返し、懐からタロットカードを取り出してこう言った。

 

 

「大丈夫よ、ウチがこのカードで鳴上くんとにこっちの居場所を当ててみせるから」

 

 

「「「「え?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、逃走者2人は……

 

「ここなら大丈夫だろう」

 

「アンタにしては中々うまいことを考えたわね」

 

 悠とにこは穂乃果たちの追跡を逃れるために辰巳ポートアイランドを訪れていた。秋葉原から逃走する際、最初はにこがサングラスとマスクでやり過ごそうと提案したがそれでは逆に目立つので、悠がここに逃げ込もうと提案したのだ。我ながらナイスアイデアかと思ったが、相手には希がいるので油断はできない。何とかしなくてはと思い、商店街の方へ行こうとすると

 

 

「ワン!」

 

 

「うお!」

 

 突然1匹の犬が悠にすり寄ってきた。外見からして犬種は柴犬だろうが、毛並みは珍しいことに灰色で赤い瞳を持っている。その柴犬は何故か初対面の悠にとても懐いてるようで、ズボンの裾を噛み始めた。

 

「ワンワン!!」

 

「な、何よこの犬」

 

「俺に聞かれても……」

 

 一刻も早く逃げ場所を探さなければいけないのに、この犬は中々裾を離さない。どうしたもんかと思っていると、

 

 

「コロマル!ダメじゃないか!」

 

 

 すると、遠くからこの犬の飼い主らしき少年が近づいてきた。服装と見た目からして中学生だろう。身長もにこより高く爽やかな印象を持つ顔をしているので、結構女子にモテそうだ。その少年の声に反応したのか犬は悠の裾を噛むのを止めて離れて言った。

 

「くぅ~ん……」

 

「すみません!うちのコロマルがご迷惑を…」

 

 少年は悠たちに迷惑が掛かったと思ったのか深々と頭を下げた。見た目によらず中々礼儀正しい。そんな少年と犬に怒ることなく、悠は優しく返事を返した。

 

「気にするな。俺はそんなに気にしてないから」

 

「で、でも……」

 

「別にこのコロマルって子も、何も悪意があって俺に接したわけじゃないだろ?なあ」

 

「わん♪」

 

 コロマルと呼ばれた犬は悠にそう言われて嬉しかったのか、喜びを露わにして再び悠に懐き始めた。それに対して悠はよしよしとコロマルの頭を撫でる。そんなほのぼのとした光景を目にした少年は不思議そうに悠とコロマルを見ていた。

 

「珍しいなぁ。コロマルが初対面の人にこんなに懐くなんて」

 

「そんなに珍しいの?」

 

「うん、今まで全く僕や知り合いの先輩たち以外は関心を持たなかったんだ。だからこんな風に知らない人に懐くのは珍しいなって思って」

 

「なるほどね……」

 

 にこは少年の呟きに反応したが、その返答を聞いて納得したようだ。

 

「ちょっと違うけど……何かあの人に似ているな」

 

 少年が悠とコロマルがじゃれあっているのを見て何かを思い出していると、隣のにこがワナワナと震えていた。

 

「というかアンタ……何で私にタメで話してんのよ!ちゃんと年上には敬語を使いなさいよ!」

 

「…何言ってるんだよ?君はまだ小学生だろ?」

 

「違うわよ!私はれきっとした高3よ!」

 

「はあ?」

 

 どうやらこの少年はにこを本気で自分より年下だと思っていたようだ。まあ、身長も彼の方が高いし見た目的にもそう見えるだろうから仕方のないことだろう。しかし、端から見ればそれは兄妹喧嘩のようにも見えた。商店街の道でそんなほのぼのとした雰囲気が流れ始めている中、それをぶち壊す者が現れた。

 

 

「にこっち♪鳴上くん♪、み~つけた♪」

 

 

「「「!!」」」

 

 背後に聞き覚えのある冷たい声が聞こえたので思わず悪寒を覚えた。振り返ってみると、そこには腕を組んで仁王立ちしている希がいた。

 

「の、希……」

 

「何でここが……」

 

「ふっふっふ、女の子はスピリチュアルやからね♪鳴上くんの行動パターンなんてお見通しよ♪」

 

 答えになっていない。それに顔は笑ってはいるが、希の瞳にはハイライトがないので恐怖しか感じない。

 

「な、何ですかあの人……笑っているのに怖いんですけど……」

 

「くぅ~ん………」

 

 少年もコロマルも希の黒いオーラに恐怖している。まだ純粋な中学生や犬に見せてはいけないものを見せてしまったような気分だ…

 

「あら?その子は……うふふ、にこっち…鳴上くんのみならずその子にも手を出そうとしとったんかいな?」

 

「はあ!何言ってんのよ!そんな訳ないでしょ!」

 

「じゃあ、そっちの子が?」

 

「ち、違いますよ!!僕はロリコンじゃないです!!」

 

「だあれがロリだっていうのよ!」

 

 あらぬ疑いを掛けられたので、にこと少年は慌て始めた。希はその様子を見てニヤニヤしているので、明らかに遊んでいるのは明白であった。改めて希の人身掌握術に関心を覚えるが、そんなことをしている場合ではない。早くこの場から逃げなければと思い、慌てている2人を正気に戻そうとしたその時

 

「わん!」

 

 コロマルと呼ばれた犬は悠のポケットからはみ出ていたハンカチを口に食わえて近くの細い路地に駆け出した。

 

「お、おい!」

 

「コロマル!何してるんだ!!」

 

「ちょっ!あの犬どういうこと!」

 

 悠と少年、にこはコロマルを追うために駆け出した。

 

「なっ!ちょっと!」

 

 これに一番驚いたのは意外に希であった。どういうことかと思っていると、背後からこんな声が聞こえてきた。

 

「よーし!鳴上せんぱい……ってあれ?先輩は?」

 

「お兄ちゃんが…いない……どういうこと?」

 

「ごめん……作戦失敗や…」

 

 どうやらさっき悠とにこたちが逃げようとした先に穂乃果たちが潜んでいたらしく、そこに悠たちが来た瞬間に捕まえようとしたらしい。妙に穂乃果たちが居ないと思ったら、このための布石だったとは。もしかしてコロマルは……

 

「何か分からないけどチャンスよ!このまま逃げ切れるわ!!」

 

「ああ!頼むぞ、コロマル!」

 

「ワン!」

 

「って、僕は逃げる理由なんてありませんよね!!勝手に巻き込まれただけですよね!!」

 

 各々がそう言って、コロマルの後を追って逃走を再開する。希たちも逃がすものかと必死に悠たちの後を追ったが、その後悠たちの姿を捉えることは出来ず、捜索を断念せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハア…ハア……どうやら逃げ切ったようだな……」

 

「そのようね……」

 

「ぼ…僕まで……恐怖を感じましたよ……」

 

 何とか希たちの追跡を振り切り、神社の方に逃げ込んだ悠たち。辺りを見渡す限り、もう希たちの気配はなかった。もう今日の追跡は諦めたのだろうが、どっちにしろ明日もまた学校で会うことになる。その時どうするかは考えるだけで頭が痛くなるが、今はそっとしておこう。それよりも今はさっきの逃走を成功させた功労者に労いの言葉を掛けるのが先だろう。

 

「ありがとうな、コロマル。おかげで助かったよ」

 

「ワン!!」

 

 悠がお礼を言うとコロマルは嬉しそうに喜んだ。どうやらコロマルが悠のハンカチを奪ったのも、希たちから逃がすためのことだったらしい。

 

「君の方もごめんな。こんなことに巻き込んでしまって……」

 

「いえ、そんなことは……」

 

「今度君とコロマルにはお礼しないとな」

 

「いえ!お礼なんて結構です!……あの、そろそろ僕たち寮の門限があるので、帰らなくちゃいけないんですけど」

 

「そうか……」

 

「くぅ~ん」

 

 コロマルはもうお別れの時間だと知ると寂しそうな顔になった。それを見た悠はコロマルに優しく近づき、頭を撫でてこう言った。

 

「そんな顔するな。また会えるからな」

 

「わん!!」

 

 悠がそう言ってくれて安心したのか、コロマルはまた悠に懐き始めた。その様子を見て、少年は羨ましそうであった。

 

「ふふふ、コロマルがここまで懐くなんて…やっぱりあの人みたいだな…」

 

「あの人?」

 

 少年の言葉を聞き、悠は思わず聞き返してしまった。すると、少年は懐かしむようにこう語った。

 

「ええ……今はもう居ないですけど、僕の憧れであって……忘れられない人です」

 

 少年はそう語るが、悠は見逃さなかった。少年がその人物を語るときの表情が嬉しそうであり、少し後悔を抱えているような感じになっていることを…

 

「…………」

 

 にこもその表情に思うところがあるのか静かに少年の方を見ていた。

 

「あ……すみません、何か湿っぽくなっちゃいましたね」

 

「気にしなくていい。そう言えば、まだ名乗ってなかったな。音乃木坂学院3年の鳴上悠だ。よろしく」

 

「……月光館学園中等部2年の【天田乾(あまだ けん)】です。またお会いした時はよろしくお願いします、鳴上さん」

 

「ワンワン!!」

 

 少し湿っぽくなったが、悠と乾は互いに自己紹介をしたあと固い握手を交わした。そして、コロマルは名残惜しそうにしていたが、ちゃんと乾に寄り添って寮へと帰っていった。

 

 

ー天田乾・コロマルと絆が少し芽生えた気がする。

 

 

 乾とコロマルと別れた後そのまま自宅に帰ろうとしたが、さっきまで蚊帳の外だったにこが突然夕飯の買い物がしたいから付き合えと言ってきたのでそれに付き合うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<スーパー>

 

 とりあえず、にこの行きつけというスーパーに足を運んだ悠とにこは買い物かごを手にして、買い物を開始する。

 

「今日は何にしようかしら……」

 

 早速にこは食材売り場で食材を物色し始めた。その手つきからして、かなり手馴れているように見える。

 

「そうね……今日は肉が安いから、野菜のこれとこれを買ってカレーかしらね」

 

 悠は真面に買い物をしているにこの姿を見て驚愕した。というのも、八十稲羽に真面に買い物をしている女子を見たことがないので一種の感動を味わった。にこのまともに買い物をする姿をみると思わず涙してしまう。その悠の姿を見て、にこは思わず引いてしまった。

 

「な、何よ…」

 

「矢澤がまともに買い物が出来る女子で良かった……」

 

「アンタ失礼ね!私だって買い物くらいできるんだから!」

 

「あ、ごめん…八十稲羽には、こんな女の子が居なかったからな。俺の知ってる女子はカレーに片栗粉や強力粉、それにキムチやコーヒー牛乳とかを入れてたから……」

 

「……アンタ何言ってんのよ?料理にそんなことするやつなんて現実にいる訳ないじゃない」

 

 いや、実際それを実行した必殺料理人達は実在する。にこだってあの林間学校で錬成された物体Xを目にすればそんなことは言ってられないだろう……というか、その必殺料理人の一人にりせが入ってることは黙っておこう。にこの安全と夢を損なわないためにも……

 そう思っていると

 

 

「お姉さま?」

 

 

 すると、奥から小学生くらいの女の子がそう言って近寄ってきた。外見や身長からして小学生、そしてその顔は……

 

「矢澤?」

 

 見ての通り髪型は違えど、どう見てもにこにそっくりなのだ。

 

「こころじゃない!どうしてここにいるのよ!」

 

「ちょっとお姉さまの帰りが遅かったので、ここにお姉さまがいるかもしれないと思ってきてしまったのです」

 

「そ、そうだったのね……ごめん」

 

 やりとりから察するにこの子はにこの妹のようだ。それにしても高坂家とは違って顔立ちがよく似ている。年的にも菜々子と同じくらいだろう。そんなことを思っていると、こころと呼ばれたにこの妹が悠の存在に気づき指を指してきた。

 

「お姉さま、この男の人は誰ですか?」

 

 何やらこの子に疑惑の目で見られている気がする。何やらお姉ちゃんに着く悪い虫と勘違いされているようだ。

 

「え~と…俺は……矢澤のとも」

 

 

「マ、マネージャーよ!」

 

 

「え?」

 

「こいつは私の優秀なマネージャーなのよ」

 

 突然にこが言い出したことに悠は困惑した。自分はいつからにこのマネージャーになったのだろう。そんなことを言ったら余計誤解されるだろう。

 

「え?……いや、俺は」

 

 変な誤解を受ける前に訂正しようと思ったが、もう遅かった。

 

 

「こ、この人が……お姉さまのマネージャーさんなのですね!」

 

「え?」

 

 想像していたリアクションとは違い、こころというにこの妹はそれを真に受けたのか目をキラキラさせながら悠に近づいてきた。

 

「は、初めまして!私、お姉さまの妹の【矢澤こころ】と申します。いつもお姉さまがお世話になってます!!」

 

「あ、ああ……マネージャーの鳴上悠です…よろしく」

 

「鳴上さん…素敵な名前ですね!まさに仕事が出来そうな人の名前です!!」

 

 そう言われたのはこの子が初めてのような気がする。そんなことを思っていると、こころがこんなことを提案してきた。

 

「あの!いつもお姉さまがお世話になっているお礼に我が家で夕飯を食べにいらっしゃいませんか?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<矢澤家>

 

「お、お邪魔します……」

 

「どうぞ!お上がりください!」

 

 何故か成り行きで矢澤家にお邪魔してしまった。夕飯を食べるくらいならと思って軽々しく来てしまったが、どうも気まずい。思えば女子の家に来たことは八十稲羽ではなかったので、これが初めてといったところだろう。にこも同じなのか気まずい顔をしている。すると、

 

「お姉ちゃん、お帰り!」

 

「お帰り~」

 

 奥からこころより小さい女の子と男の子が現れた。この子たちもにこの兄妹なのだろうか

 

「ここあ、虎太郎、この人はお姉さまのマネージャーさんよ。挨拶しなさい」

 

「「は~い」」

 

 こころがそう言うと二人は元気よく返事して悠の元へ駆け寄った。

 

「こんにちは、マネージャーさん。【矢澤ここあ】です」

 

「虎太郎……です」

 

 ここあは元気溌剌と言った感じで、虎太郎はのんびりとした感じで悠に挨拶した。マネージャーと勘違いされていることに少し違和感を覚えるが、そこは合わせて悠も2人に自己紹介をした。

 

「ああ、こんにちは。鳴上悠だ。よろしくな」

 

「なるかみゆう?……じゃあ、悠兄だね!よろしく」

 

「ゆうにい~」

 

 なんだろう…この子たちと話すとすごく和む気がする。姉とは違ってみんな礼儀正しくて良い子だ。何故姉の方は…

 

「鳴上?今失礼なことを考えなかった?」

 

「……何でもございません」

 

 余計なことを考えていたら背中に悪寒を感じた。

 

「ったく……さあ、上がりなさいよ。夕飯作るから」

 

「え?矢澤が作るのか?じゃあ、俺も」

 

「アンタは一応お客様なんだからおとなしくしていなさい」

 

「ええ…」

 

 幼いころから忙しい両親のために料理や家事をこなしてきた悠にとって、おとなしくしてろとはあまりに出来ないことである。それに、女子の手料理に全くいい思い出のない悠にとっては不安しか感じないが、とりあえず信じてみようとおとなしくすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<矢澤家 リビング>

 

 矢澤家のリビングに通してもらって気づいたのは、部屋は綺麗に片付いているということだ。洗濯物は綺麗に畳んであるし、何より隅々まで掃除が行き渡っている。家事スキルが高い悠からしても中々のモノだと思った。こころに聞くと、家事のほとんどは全てにこがやっているとのことだったので、改めて特捜隊女子陣には見られなかった女子力に感嘆してしまった。すると、

 

「ねぇ悠兄~、遊んで!」

 

「遊んで~」

 

 どうやらここあと虎太郎は悠と何かして遊びたいらしく、ソファに座っていた悠にそうせがんできた。次女であるこころがそんな妹や弟にお客様なんだからと窘めたが、悠はその申し出を受け入れた。

 

「良いぞ、何して遊ぶ?」

 

「やった~!あのね…」

 

 子供の相手は八十稲羽で学童保育のアルバイトをしたことがあるから慣れている。あの時は多数の子供たちを相手にしたのだから、これくらいは大丈夫だ。その後、ここあと虎太郎とゲームやおままごとなどをして遊んだ。

 

「わーい!悠兄おもしろーい!」

 

「うん!」

 

 こころも最初は戸惑ってはいたが、楽しそうな妹と弟を見て輪の中に入っていった。すっかり悠は矢澤姉弟に気に入られたようだ。そんな悠を中心にしてはしゃぐ妹や弟たちを見て、料理をしているにこは驚愕した。

 

「ここあたちがあんなに懐くなんて……初対面の犬にも懐かれたりして、不思議なやつね……」

 

 そう思っているうちに今日の夕飯であるカレーが完成したので、にこはみんなをテーブルに呼んだ。さて、みんなが席に着いてカレーを頂こうとした時に、ここあがこんなことを言い出した。

 

「ねぇ悠兄、ご飯食べたらさっきの魔法もう一回見せて!」

 

「ま、魔法?」

 

 ここあが突拍子もないことを言い出したので、にこは思わず聞き返した。

 

「はい!先程、悠お兄様が私たちに素敵な魔法を見せてくれたのです」

 

「へぇ~…魔法ね……」

 

 こころの言葉を聞いて、悠の魔法というものに少し興味を持ったが、さりげなくこころの悠の呼び方が『悠お兄様』となっているので随分と懐いたものだと、にこは少し苛立ちを覚えた。にこも悠と同じくシスコンなのだろう。

 

「まあ、一種の手品みたいなものだ。分かったよ、お姉ちゃんのご飯食べたらもう一回見せるよ」

 

「「わ~い!」」

 

「それじゃ食べようか。いただきます」

 

「「「いただきま~す」」」

 

「…いただきます」

 

 悠の号令と共にみんな夕食に箸をつけた。にこのカレーは文句なしに美味だった。こころたちと遊んでいる最中に調理中のにこの様子を見たが、それは悠から見ても文句なし。学校での様子とは違い、家事も出来るし料理も出来るしまさにパーフェクトだ。

 

(日頃の行いや性格を治せば、矢澤は良い嫁になるんじゃないか……まぁ誰かと結婚したとしたら、相手が通報されるかもな…………)

 

 そんな失礼なことを考えながら、悠はにこの夕飯を堪能した。

 

 

 

 

 

 そして、夕飯を食べ終わったころ…

 

「で…その魔法とやらを見せてみなさいよ」

 

 にこはリビングのソファに座って悠にそう言った。最初こころ達に見せたのは、菜々子にも見せた輪ゴムを使う簡単な手品だったが、次は難易度が少し高いものをすることにした。

 

「じゃあ始めよう。まずここに金ぴかに光る500円玉があります」

 

 悠はポケットから500円玉を取り出して、にこ達に見せる。さっきとは違うものが始まるのを見て、こころ達は目をキラキラとさせて成り行きを見守っていた。

 

「これを手の中に入れて……よ~く見てろよ」

 

 悠は500円玉を手で握りしめて数回腕を振った。すると……

 

 

ー手の中にあったはずの500円玉が忽然と消えてしまった。

 

 

「えええ!どういうこと!!」

 

「わー!すごーい!!」

 

「流石、悠お兄様です!」

 

「すご~い」

 

 悠の魔法…もとい手品を目の前にして、にこは驚愕、こころ達は歓声を上げた。

 

「ど…どういう……あ!分かったわ!……鳴上、アンタさっきの500円玉を自分のポケットかどこかに隠してるわね!」

 

 にこがあたかも論破を決めたような決め顔でそう指摘した。それを聞いたこころ達をおおっと関心したような声を上げたが、悠は涼しい顔で肩をすくめた。

 

「さぁ?どうだろうな?」

 

「とぼけても無駄よ!早速アンタの身体を調べさせてもらうわよ!」

 

「ご自由にどうぞ」

 

 にこは悠の動揺しない顔が気に食わなかったのか絶対見つけてやると意気込んで、悠の服やズボンを隈なく調べたが500円玉は出てこなかった。

 

「嘘……どういうことよ……」

 

「悠お兄様、さっきの500円玉はどこにあるのですか?」

 

「じゃあ、答え合わせだ。答えは………」

 

 悠が意味深に沈黙するのを見て、こころ達は固唾を飲んで次の言葉を待つ。そして、悠の口から出た答えは……

 

 

こころのポケット(・・・・・・・・)だ」

 

 

「「「え!」」」

 

 こころは慌てて自分のポケットの中に手を入れると、先ほど悠が消したはずの500円玉が姿を現した。

 

「ええ!嘘!!どうなってんの!!」

 

「び、びっくりしました……でも、悠お兄様すごいです!!」

 

「悠兄!さっきのよりもすごいよ!」

 

「すご~い!」

 

 矢澤姉弟は悠の手品に驚きを隠せなかった。一方、悠は手品が成功したことに内心ホッとしていた。この手品は以前ある人物が悠と菜々子に披露してくれたもので、悠も密かに見様見真似で挑戦していたのだ。正直成功率は五分五分だったので、内心焦りっぱなしだったのだが、何とか出来て良かった。

 

(……足立さん)

 

「ねえ!悠兄、もう一回やって!」

 

「悠お兄様、もう一回お願いします!」

 

「もういっか~い」

 

「な…鳴上!もう一回よ!今度こそ見破ってやるんだから……」

 

 ある人物に思いを馳せていると、矢澤姉弟から手品のアンコールがやってきた。こころ達は目をキラキラとさせて続きを待っているが、にこに関しては本気で見破ろうとしているのか眼光を鋭くしている。

 

「分かった、じゃあ」

 

 その後、悠の手品ショーのお陰で矢澤家はこころ達が寝付くまで賑やかだったという。ちなみに、にこは悠の手品のタネを一個も見破れなかったので、ずっと悔しそうにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こころたちが寝付いた後、夕飯の皿洗いなどを手伝って、悠は帰宅することにした。

 

「じゃあ、俺はこれで。また明日、学校でな」

 

 悠は早々にドアノブに手を掛けたところで、にこが話しかけてきた。

 

「……鳴上」

 

「ん?」

 

「今日はありがとう……パフェ奢ってくれたり、こころ達と遊んでくれたり……」

 

 にこは俯きながらそうお礼を言った。

 

「別にいい。パフェの件は矢澤の条件の一環だし、こころ達と遊んだことは成り行きだったけど、俺は楽しかったぞ」

 

「そう……」

 

「それに、今日は矢澤の意外な一面も見れたしな」

 

 悠がいたずらっぽくそう言うと、にこは顔を真っ赤にして慌て始めた。

 

 

「な!ななな何言ってんのよ!!アンタ私のこと好きなの!?」

 

 

「え?…」

 

 突然のにこの失言に悠は思わず固まってしまった。にこも己が何を言ったのかに気づいたのか、更に顔を紅潮させていた。

 

「な……何でもないわ!何でもないから今のは忘れなさい!!違うから!!」

 

「すまないが矢澤、俺はロリコンじゃなくてフェミニストだから……」

 

「違うって言ってんでしょ!」

 

 悠の発言も十分アウトに近いが、このままではこころ達を起こしかねないので悠はにこを宥めることにした。

 

「まあ落ち着け、俺も本気にしてないから」

 

「……なら良いわよ。でも、まだ責任は取ってもらってないわ!明日はもっとキツイものをお願いするから覚悟しなさい!」

 

「臨むところだ。それじゃあ、おやすみ」

 

「おやすみ……気を付けて帰りなさいよ」

 

 こうして悠は矢澤家をあとにして帰宅した。帰宅した途端、今日の疲れがどっと押し寄せてきたので、悠はそのまま布団に入って眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(にこ)

 

「私……何であんなこと言ったんだろ………」

 

 私はお風呂に入りながらそんなことを呟いていた。気にしているのはさっき鳴上に言ったあの言葉。その場の勢いで言ってしまったとはいえ、何であんなことを言ってしまったのかは分からない。今でも茹で上がったタコのように顔が真っ赤になっているのよね。別に鳴上が本気で好きという訳ではないけど、ただ……

 

「あいつと居ると……何か楽しいのよね…昔のことを忘れられるというか……」

 

 …昔……あの日…………

 

 あ~ダメダメ!こんなことで暗い気持ちになるのはアイドルにとって大敵なのよ!明日も学校があるんだから元気で行かないと!

 

 私はそう気持ちを奮い立たせて風呂から上がって、いつも通りパックをしてリビングへ向かった。リビングに着くと外から雨の降る音が聞こえたので窓を見てみると、思った通り雨が降っていたわね。

 

「ここ最近雨が多いのよね。まだ梅雨じゃないって言うのに」

 

 だからこそ鳴上たちは必死に雨の日の為の練習場所を探してるのよね。あいつら……自分たちがやっていることが無駄だってまだ気づかないのかしら?明日また来たら完膚なきまで叩きのめして追い返してやる。さてと、明日は鳴上に何をしてもらおうかしら?

 そう思って、私は部屋に行こうとすると

 

 

プツンッ

 

 

 リビングの奥からテレビの電源が切れたような音が聞こえてきた。気になってその音の方を見ていると何もなかった。あったのは家のテレビだけ……

 

「そう言えば学校で午前0時くらいにテレビを見つめると神隠しが起こるって噂が前からあったけど…まさかそんな馬鹿げたことがある訳ないわよね」

 

 でも、本当かどうか気にはなったし時刻もちょうど0時を指すくらいだったので、試しにテレビの画面を見つめてみた。そして、時計が0時を指した瞬間………

 

 

「な…何よ……これ…………どういう…」

 

 

 この時、私は知らなかった。それが2年前の…私が忘れたくても忘れられない過去と向き合うキッカケになるということ。そして、

 

 

 私の運命を変える出来事のキッカケにもなるということに………

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「矢澤がいなくなった…」

「悠お兄様!」

「鳴上くんってロリコン?」

「ロリコンじゃない、フェミニストだ」

「これは……」


「絶対に助けるぞ」


Next #20「Niko become missing.」


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#20「Niko become missing.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

執筆中に様々なペルソナシリーズの楽曲を聞いて聞いているのですが、最近P4Dのエンディングの『カリステギア』にはまっています。最初聞いた時は気にも留めなかったのですが、改めて聞くと良い曲でした。いずれP4Dのストーリーも組み込みたいなぁと思っているので、上手く穂乃果たちと繋げられたらなと思ってます。その前にGW編やにこ編、絵里編、希編など盛り沢山ですが頑張ります。

そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。

これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きますので、応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


<鳴上宅>

 

「……お兄ちゃん?」

 

「はい…」

 

 にこの家を訪問してから翌日。朝から悠の部屋はまるで冬が再来したのではないかと思えるくらい冷たい空気に支配されていた。もちろん発生源は正座している悠の目の前で、おたまを片手に持って無機質な笑みを浮かべていることりである。今朝目覚めると、目の前にことりが冷たい笑みを浮かべて部屋に侵入していたので、あまりの怖さに咄嗟にダイビング土下座をかまして、今に至るわけだ。

 

「確認するけど、お兄ちゃんはロリコンなのかな?」

 

「…………」

 

 おそらく昨日にこと一緒にいたからそんなことを聞いてきたのだろうが、ヒドイ偏見である。普通に違うと言えば済むはずだが、今のことりは目が据わっているのでそれだけでは納得しないだろう。ここは慎重に言葉を選ばなくてはならない……

 

「な、何を言ってるんだ?俺はロリコンじゃなくて、フェミニストだ」

 

「大抵ロリコンの人はそう言うんだよね?」

 

 どうやら言葉を間違えたようだ。その証拠に部屋の空気が更に冷たくなったような気がする。こうなったら言弾でも嘘弾でもいい。とにかく打ちまくって、ことりの心に訴えるしかない。

 

「ち、違うんだ!昨日は偶々矢澤に付き合わされただけで、別にことりが想像していることは何もしてないぞ。俺がそんなことするわけ…」

 

「………………………………………」

 

 必死に言い訳はしてみるが、ことりは表情を崩さずどんどん部屋の空気が冷たくなるばかりで状況は全く改変されていない。全部無駄撃ちだったようだ。

 

「………………………………………」

 

 ことりの長い沈黙は心臓に悪い。もうお仕置きでも何でもいいから早く何か言ってほしい。そう思ったとき、ことりがこんなことを言ってきた。

 

「………お兄ちゃんはさ、ことりの気持ちを考えたことある?」

 

「え?」

 

 そう言うと、ことりは目を伏せて俯きだした。悠はどういうことなのか分からずに混乱していると、

 

「本当は分かってるんだよ。お兄ちゃんは優しいから、色んな人のところに行っちゃうって。それはお兄ちゃんの良いところだし、ことりも仕方ないっては思うけど…………でも、ことりは寂しいよ……お兄ちゃんが他の女の人と仲良く話したり、お出かけしたりすると……胸が痛くなるくらい寂しいよ…」

 

 そう語ることりの表情はとても辛そうであった。予想外のことりの独白に悠は戸惑ってしまった。

 

「ことり…」

 

「あ、ごめんね…朝からこんなこと言っちゃって…でも、平気だよ。ことりは大丈夫だから。朝からお兄ちゃんに迷惑かけてごめんね」

 

 ことりは先ほどの表情とは違って眩しい笑顔を悠に向けるが、顔が少し強張っているので無理して作っているのが分かる。その姿が以前の菜々子と重なって見えたのか、そんなことりを見た悠は、正座を崩してことりを抱きしめた。

 

「え?…お兄ちゃん?」

 

 突然の悠の行動にことりは訳が分からず、手に持っていたおたまを床に落として呆然としてしまう。

 

「ごめんな…ことり。俺はことりがそう思っていることに気づけなかった……」

 

「お、お兄ちゃん…離してよ。恥ずかしいから」

 

 ことりは恥ずかしいのか慌てて悠の拘束から逃れようとする。いつもは自らスキンシップを仕掛けることりだが、自分が受け手になるのは耐性がないようだ。ことりのそんな姿が愛おしいと思ったのか、悠は決してことりを離そうとはしなかった。

 

「妹が寂しい思いをしているのに、それに気づけないなんて、俺は兄失格だ。だから、そのお詫びになるかは分からないけど、今はこうして甘えていい」

 

 悠のその言葉を聞いた途端、ことりはピタリと動きを止めた。そして……

 

「ズルい…こんな時だけ優しくして………ますます好きになっちゃうよ…………スゥ…スゥ……」

 

 悠には聞こえない小声でそんなことを呟き、悠の胸の中に顔を埋めて眠ってしまった。おそらく、早起きしてこちらに来たので疲れたのだろう。しばらくそっとしておこうと思い、悠はことりが目覚めるまでその態勢を維持し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、今日の朝ごはんは…どうかな?」

 

 自室での甘い時間を終えて朝食を取っていると、今日の朝ごはんを調理したことりがおずおずと感想を聞いてきた。

 

「うん、前より上手くなったな。味噌汁も良い味が出てるし、卵焼きも中々だ」

 

「本当!!良かった~!」

 

 まだ悠の腕には届いてないものの、この前のモノに比べたら随分良くなっている。

 

「やっぱり料理本のおかげだね」

 

 聞けば休みの日に辰巳ポートアイランドで、ふらっと訪れた古本屋にとても参考になる料理本を見つけたらしく、それを使って勉強したらしい。それを聞いた悠は改めて料理本の有難さを再認識した。是非とも八十稲羽の必殺料理人達も、この健気な従妹を見習ってほしいものである。

 

「それでね、そこの古本屋のお爺さんがとても面白い人でね」

 

 どうやらことりはそこの古本屋がとても気にったようだ。ことりがこんなにも絶賛するのだから、自分も今度そこに行ってみようと悠は思った。

 

 さて、ことりとそんな楽しい会話をしながら朝食を平らげて学校に行く準備をしようと自室に入ったと同時に、悠の携帯の着メロが鳴り響いた。画面を開いてみると『矢澤にこ』の名前が表示されている。こんな朝から放課後の予定でも伝えようというのだろうかと思いながら、通話ボタンを押すと……

 

『あ、あの!こちらは悠お兄様の携帯であってますか!』

 

 にこの声ではなく、妹のこころの声が聞こえてきた。

 

「そ、そうだが…こころ、どうしたんだ?」

 

 

『悠お兄様!た、大変です!お姉さまが…どこにもいないんです!』

 

 

「え?」

 

 こころのその言葉を聞いた瞬間、頭の思考がフリーズして思わず携帯を落としそうになった。一体どういうことだろうか?

 

(まさか……)

 

 一瞬嫌な予感が頭をかすめたが、まずは状況確認が先だと思ってこころにこう返した。

 

「こころ、今家にいるのか?」

 

『え?……はい』

 

 今の時刻は午前7時。ちょうど小学生や幼稚園児が起きても良い時間だ。

 

「今から俺がそっちに行くから、待ってろ」

 

『え?…え?悠お兄様?』

 

 悠はこころの返事も待たずに電話を切り、急いで身支度を済ませて玄関に躍り出た。すると、ことりが珍しく焦っている悠に驚きながらも声をかけてみた。

 

「お、お兄ちゃん?どうしたの?そんなに慌てて………それに」

 

「ことり、大変だ!また事件が起きたかもしれない」

 

「え?」

 

『事件』という単語を聞いた途端、ことりは体が震えるのを感じた。最初は冗談かとことりは思ったが、悠の真剣に思い詰めている顔を見て、冗談ではないことを察した。

 

「俺は今からそいつの家に行ってくるから、高坂たちに放課後屋上に集合って伝えてくれ!じゃっ!」

 

「あ!おにい」

 

 ことりの制止の声も聞かず悠は颯爽と外に出てしまった。

 

 

「お兄ちゃん…制服が違ってたんだけどな……」

 

 

 ことりの言う通り、慌てていたせいか悠が今着ている制服は音乃木坂学院のモノではなく、去年通っていた八十神高校の制服だった。にこが失踪したと聞いて、八十稲羽で身に着いた捜査魂に火が付いたのか、思わずクローゼットにしまってあった八十神高校の学ランに手が行ってしまったらしい。ことりはそのことをメールで伝えようとしたが、

 

「でも…学ランのお兄ちゃん…ブレザーよりかっこよかったな。まるで番長って感じで……」

 

 悠の学ラン姿に見惚れてしまったのか、ことりは思わず頬を朱色に染めてしまった。

 

「メガネを掛けたら…もっとカッコ良いかも………キャッ」

 

 ことりはこうして自身の妄想の世界に入ってしまい、海未からの電話に気づくまでずっとトリップしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<矢澤家>

 

「悠お兄様!」

 

 矢澤家に着くとこころが出迎えてくれた。こころは姉が失踪したことにかなり焦っていたが、とりあえず落ち着かせて状況を聞きだした。

 

 話によれば、こころは今日は珍しく朝早く起きてトイレに行こうとしたところ、にこの部屋が開けっ放しになっていることを発見した。不審に思って部屋に入ってみると、そこにいつも居るにこの姿はなく、学校の荷物もそのままになっていた。まさかと思い玄関の方に行くと、にこのいつも履いている靴がそのままになっていて更に不安になったという。どうしていいか分からず、思わず悠のことを思い出し、にこの携帯を使って連絡を取ったということらしい。

 

「……なるほどな」

 

 話を聞いた悠はまた事件が起きたのだと確信した。まだ明らかになっていないことは多いが、前回花陽と真姫が失踪した時と状況が同じである。昨日はあまりに疲れていたので、マヨナカテレビをチェックするのを忘れていたことに今更ながら気づいた。

 

(まさか昨日映ったマヨナカテレビに矢澤が映っていたのか……くそっ!)

 

 昨日寝込んでいた自分が恨めしい。あの時我慢してマヨナカテレビのチェックを怠っていなかったら事件を未然に防ぐことが可能だったかもしれないのに。今は自分を責めることよりも、今の状況をどうするかが先である。一番の問題は……

 

「どうしましょう……お姉さまが居ないと私、家事も料理もあまり出来ませんし……ここあや虎太郎をしっかり面倒を観なきゃならないのに…………」

 

 そう、にこがいないこの状況ではこころが家のことをしなければならないだろう。しかし、しっかりしてそうとは言え、こころはまだ小学生だ。一人で姉弟の世話をしたり家事をしたりするには負担が大きすぎる。

 

「お母さんやお父さんは?」

 

「…お母様はお仕事の出張で遠くに行ってまして、お父様は……」

 

「…ごめん、言わなくていい」

 

「は、はい…」

 

 こころの口ぶりからして大体の事情は察してしまった。それに事情は違うとは言え、この姉弟が八十稲羽に訪れる前の自分と重なって見えて、悠はほっとけないと思った。こうなれば自分ができることはただ一つ。こころ達に嘘をつくことになるが仕方ない。

 

「こころ、実はな……お姉ちゃんは今遠くに取材に行ってるんだ」

 

「え?…」

 

 悠の言葉をを聞いて、こころは目を見開いて驚いた。

 

「昨日俺のところに連絡があってな、取材が急に入ったらしくて…心苦しいけど、代わりにこころ達の面倒を見てほしいって」

 

 正直その場で思いついた作り話なので信じてもらえるか不安だったが、こころは悠の言葉に頷いているので一応信じてもらえているようだ。しかし、

 

「でも、例えお姉さまのマネージャーさんでも、家のことで迷惑をかける訳には…」

 

「遠慮するな。これはお姉ちゃんから頼まれたことだし、俺もこころたちのことが心配だからな」

 

 こころは不承不承といった感じだったが、最終的に悠の申し出を受け入れた。

 

 とりあえず時間も時間なので、ここあと虎太郎を起こすのをこころに任せて、矢澤家の冷蔵庫にあるもので簡単な朝食を作らせてもらうことにした。すると、こころに起こされたここあと虎太郎がリビングにやってきたところだった。2人とも台所にいるのが、にこではなく悠がいることに少し驚いていた。

 

「あれ?悠兄が居る。お姉ちゃんは?」

 

「なんで~」

 

「ああ、2人ともおはよう。実はな…」

 

 ここあと虎太郎にもこころと同じ説明をした。2人とも何の疑問も持たずに悠の説明を受け入れたが、悠は内心心苦しかった。まだ小さい子供に嘘をつくのは結構辛いものだが、状況が状況なので仕方がないと思うしかない。

 

 朝食を食べ終わった後、そろそろ学校が始まる時間なので、こころ達を見送ろうとすると、こころが心苦しそうに尋ねてきた。

 

「悠お兄様、本当に良いのですか?お兄様だって学校があるはずなのに……」

 

「大丈夫だ。学校には遅れるって連絡は入れているから」

 

 こころを見送った後は、朝食に使った食器の皿洗いや洗濯、掃除などの家事をするつもりなので確実に学校に遅刻する。連絡を入れた雛乃には随分と怪しまれたが、何とか誤魔化しきれた。バレたら確実に絞られるだろうが、今は自分のことよりも目の前の幼い少女たちのことが大事である。

 

「そうなのですか……悠お兄様、本当にありがとうございます。私たちのために」

 

「気にするな。それより早く学校行かないと遅刻するぞ。ここあや虎太郎も待ってる」

 

「はい。じゃあ、悠お兄様…いってきます!」

 

「悠兄~、いってきま~す!」

 

「いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 こころ達は悠に元気よくそう言って、学校に向かっていった。悠はこころ達を見送ってから家事に取り掛かる。あの少女たちを見て思ったことはただ一つ…

 

 

(絶対に矢澤を助けてやる…何が何でも)

 

 

 悠は心の中で誓って、家事を順調にこなしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音乃木坂学院>

 

 一通り矢澤家の家事が終わると、悠は急いで学校に向かった。幸い家事は早く済んだので、2時限目の授業は間に合いそうだったのだが…………

 

「鳴上…何故学ランなんだ?」

 

「え?」

 

 昇降口に入った瞬間、すれ違った知り合いの教師にそう指摘された。悠は今自分が着ているのが八十神高校の学ランだということに気づいたのだ。これはマズイと思ったその時……

 

 

「悠くん?それはどういうことかしら?」

 

 

 偶然通りかかった雛乃にその姿を目撃されてしまった。すれ違った教師は雛乃のあまり見ない怖さに恐怖してその場から急いで退散した。悠も逃げようとしたが、雛乃の笑顔なのに瞳が全く笑っていない表情に圧倒され、足がすくんで動けない。

 

「ふふふ、朝から遅刻はするし、制服も八十神高校のモノと間違えるなんて……悠くんも随分大きくなったわね~。私や音乃木坂学院に対して反抗したくなったのかしら?」

 

「いや…それは………」

 

 悠は必死に言い訳をしようにも、恐怖のあまりに言葉がうまく紡げない。打つ手なしと思った悠は撤退しようとしたが、雛乃に背を向けた瞬間、既に制服の襟を掴まれていた。

 

「悠くん?理事長室にいらっしゃい……」

 

 その後、悠は雛乃の理事長室に連行され、一時間以上説教されました。雛乃の説教を受けた後の悠が憔悴しきった顔になって、クラスメイトから結構心配されたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<昼休み 屋上>

 

「はぁ……」

 

 朝から色んなことがあった悠は、屋上のアスファルトの上に寝っ転がっていた。何か疲れてここから動きたくない気分である。今回制服を間違えたことに関して、雛乃は笑って許してくれたが、今後二度とないようにと厳重注意された。ちなみに八校の学ランは雛乃に預けている。まぁ全て自業自得な訳だが、それもこれも全てにこを誘拐した犯人が悪いのだ。

 

(それよりも、今日弁当作ってないからどうしようか………)

 

 空を見ながらそんなことを思っていると誰かが近づいて来るのを感じた。

 

 

「そんなところで寝とったら風邪引くで、鳴上くん」

 

 

 聞き覚えのある関西弁が聞こえてきたので顔を上げてみると、案の定にこにことした笑顔をしている希の顔があった。

 

「東條か……何の用だ?」

 

「ひどいな~折角約束通り弁当持って来たって言うのに」

 

「え?」

 

 見ると、希の手には二つの弁当袋があった。それを見て、悠は昨日生徒会である情報を教えてくれたお礼に希とお昼を食べる約束をしていたことを思い出した。昨日は色々あったせいかすっかり忘れていた。

 

「…ごめん。忘れてた」

 

「ええよ、鳴上くん今日は朝から大変やったやろ?何かあったか知らんけど、学校に遅刻したり、制服間違えて理事長先生に怒られたりしてな」

 

 そう言われてはぐうの音もない。それに、昨日あんなに自分とにこを追いかけまわしたのに、それに関して話題を振らないのが不思議である。とりあえず、悠は希から弁当を受け取って一緒に食べることにした。弁当箱の蓋を開けると、白米に色とりどりのおかずといったド定番の弁当の姿があった。

 

「これは美味しそうだな……」

 

 一応希の料理の腕は知っているので期待はできる。悠は箸を取って、おかずの一つであるハンバーグを口に入れる。悠は気づいていないが、希は悠の様子を固唾を飲んで見守っていた。すると、悠は電撃が走ったかのように目を見開いてこう言った。

 

「!!…旨い!旨いぞ!!」

 

「ホンマ!!」

 

「ああ!これは、俺好みの味だ!」

 

 それを聞いた希は心の底から嬉しそうに目を輝かせた。悠は希がそんな顔をしているとは露知らずに、弁当の中身を口にかきこんでいく。朝から色々あって疲れていたのか、走り出した箸が止まらない。それどころか自分の細胞の一つ一つが活性化されていく感じがする。

 

 そうして全ての弁当のおかずを完食した悠は手を合わせて全ての食材、そして希に感謝を込めてと思いながら

 

 

「ご馳走様でした!」

 

 

 某美食屋のように大声でご馳走様を言った。悠のそんな姿に一瞬驚いたが、次第に微笑みながらお礼を言った。

 

「うふふ。お粗末さま、鳴上くん♪」

 

 希のその言葉で悠は我に返った。何かみっともないところを見られた気分である。しかもそれが穂乃果たちならともかく、希に見られたのだから尚更恥ずかしい。

 

「あ…ごめんな、東條。みっともないとこを見せてしまって」

 

「ええよ、気にせんで。あ!鳴上くん、口に米粒がついとるで」

 

 希は微笑みながらそう言うと、悠の口元に手を伸ばした。見ると、本当に悠の口周りに米粒がついており、希はそれを一粒取ると自分の口に含んだ。

 

「え?」

 

 悠はそれを見て呆然としてしまう。ラブコメにありそうなことをされて悠は慌てるが、希は平然と悠に微笑みかけている。何か自分だけ意識しているみたいで馬鹿みたいだ。まだ口に米粒がついているのか、再び希が悠に近づこうとしたその時……

 

「お、お兄ちゃんから離れて!!」

 

「ちょっ!ことり!!」

 

「見つかっちゃうよ!!」

 

 屋上のドアが勢いよく開いて、ことりが屋上に駆け込んできた。それにことりを止めようとする海未や穂乃果の姿も出てきた。更には気まずそうな顔をしている一年生組も出てくる。どうやら屋上のドアに潜んでいたらしい。

 

「あらあら?どうやら見られとったらしいな」

 

 焦る悠とは違って希は随分と余裕だった。どこにそんな余裕があるのか不思議である。

 

「お、お前たち……」

 

「「あははは」」

 

 穂乃果と凛が苦笑いしてその場を誤魔化そうとしたが、他のメンバーはそうは行かなかった。

 

「それよりお兄ちゃん!どういうこと!!副会長さんと一緒にご飯食べるなんて!そ、それに……口についた米粒取ってもらうなんて!そんなラブコメっぽいこと、ことりはまだやったことないのに!!」

 

「そ、そうです!前に【わかつ】でも一緒にいましたし、どういうことなんですか!!」

 

 ことりと花陽が凄い剣幕で聞いてくる。海未も真姫も言葉にはしてないが、目を鋭くしてこちらを睨みつけていた。これには悠も何が何だが、分からないので慌てるしかない。

 

「み、みんな!落ち着け!落ち着いてくれ!」

 

 その後、悠が【言霊遣い】級の伝達力でことり達を説得しようとしたが、運悪く昼休み終了のチャイムが鳴ってしまい、気まずい雰囲気のまま解散となった。ちなみに、希は気配を消して一足先に屋上から退出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<放課後 音乃木坂学院 屋上>

 

 時は経ち放課後。悠たち【μ‘s】は作戦会議のために再び屋上に集合していた。昼休みのこともあってか、何人かは未だに不機嫌だったが、とりあえず会議を始めることにした。

 

「そ、それじゃあ【音乃木坂失踪事件特別捜査会議】を始めようか……」

 

 すると、捜査会議という単語に反応したのか穂乃果と凛がそれに食いついた。

 

「え?捜査会議?…わあ!何か刑事ドラマみたいだ~!」

 

「じゃあ、この屋上が捜査本部ってこと?うーん!テンション上がるにゃー!!」

 

 これにより少しだが、他のメンバーの雰囲気も良くなったようだ。こういう時の穂乃果と凛の元気の良さには助けられる。みんながまともに話を聞いてくれる雰囲気になったところで、悠は今回の事件のことを話した。

 

 

「え?今回行方不明になったのって、あの矢澤先輩なの……」

 

「ああ、一応近辺の人に聞き込みはしたが、今日矢澤を見た人は誰もいなかった」

 

「そんな……昨日見たばかりなのに…なんで」

 

 みんな昨日まで姿を見たにこが行方不明になったことに戸惑いを隠せないようだ。すると、悠の説明を黙って聞いていた真姫が口を開いてこう言った。

 

「それにしても……自宅からの失踪って、私と花陽の時と同じじゃない」

 

「確かに…」

 

 真姫の言う通り、前回の事件の時は2人とも自宅からテレビの中に失踪している。前にその時のことを詳しく聞いたところ、2人とも学校に流れていた『神隠し』の噂を興味本位で試そうとしたところ、テレビの画面に何か映ったことは確認したが、それからのことは覚えていなく、気がついたときにはテレビの中に迷い込んでいたとのことだ。

 

「本当に一瞬でした。何か映ったと思ったら、突然意識を失ってて……」

 

 花陽がその時のことを辛そうに語る。正直思い出させるのは気が引けるが、事件解決ためなのだから仕方ない。それを聞いた海未が己の見解を示した。

 

「犯人はテレビの向こうからターゲットを眠らせてあそこに引き込んだということになるのですが……」

 

「そうなるな」

 

「あれ?でもさ、何で穂乃果たちの時は違ったんだろ?」

 

 悠が海未の見解に同意を示すと、突然穂乃果がそんな疑問を口にした。それに関しては悠も不思議に思っていたことだった。

 

「確か、高坂たちの時は学校で俺と会ってから一人になったときに攫われたな」

 

「え?……そうなんですか?」

 

「しかし、穂乃果の言う通り、何で犯人は花陽と真姫の時から手口を変えたのでしょうか?」

 

 何故穂乃果たちの犯行の後から手口が変わったのか?それは確かに不思議である。八十稲羽の時のように一件だけ模倣犯の仕業だったということも考えられるが、今のところは確証がない。

 

「それに私たちが狙われた理由って何なのかしら?何の共通点もないはずなのに」

 

 穂乃果たちが狙われると分かったのは例のマヨナカテレビだが、八十稲羽の時のようにテレビで報道されたということも聞いてないし、特に事件を起こしたということも聞いていない。

 

「みんなスクールアイドルのことで悩んでたとかは?」

 

「うーん…どうでしょう?それはあまりに漠然としてますし」

 

「もしそうだとしたら、学校にたくさんいるかもしれないじゃない。その中で何で私たちが攫われたのかってことになるでしょ」

 

穂乃果の思いつきを花陽と真紀が反論する。

 

(共通点か………)

 

 悠が思った攫われた穂乃果たちの共通点は悠と関りがある(・・・・・・・)ということ。もしそうなれば、犯人は悠のことを知っている人物ということになる。しかし、悠の知り合いにこんなことをする人物がいるとは思えない。振り返ってみれば、今はまだ分からないことだらけである。

 

「まあ、それは犯人に聞くしかないだろうな。でも、今は矢澤の救出が先決だ。今日ぐらいにもあのマヨナカテレビが映るだろうな」

 

 悠のこの言葉に穂乃果たちはピリッとした雰囲気になった。しかし、

 

「しかし…またあれが映るんですね……あんなハレンチなものが………」

 

 何故か海未の顔が真っ赤になっている。どうやら前回の花陽と真姫のマヨナカテレビを思い出したらしい。同じくマヨナカテレビを見た穂乃果やことりも思い出したのか、やや気まずそうな表情になった。それを見た花陽と真姫の顔が青くなる。

 

「え?え?私たち、どのように映ってたんですか!?」

 

「ううっ……聞きたいけど…聞きたくないような…」

 

「凛は見てないから気になるにゃ~」

 

 凛は特捜隊の陽介や千枝と同じように、事故のような形でテレビの中に入ってペルソナを手に入れたので、マヨナカテレビには出演していない。凛にとっては興味本位で聞いているのだろうが、花陽と真姫にとっては重要なことである。それに対して、穂乃果たちは気まずそうにこう返した。

 

「えっと、確か…シャドウの時と同じキャバ嬢のような格好で……」

 

「何かと人を誘惑するような感じで色々しゃべってたよね……」

 

「あんなことやこんなことって……ハレンチです!!」

 

「「(ヴぇ)えええええ!!」」

 

 それを聞いた途端、花陽と真姫が赤面した。そして、すぐさま悠の元に詰め寄り、切羽詰まった顔でこう聞いてきた。

 

「な、鳴上さん………もしかして、見た?」

 

「見たんですか?」

 

 正直に言うと2人がかなりのダメージを負うことになりそうだが、嘘を言うよりマシだと思ったので、悠は正直に告白した。

 

「………見ちゃった」

 

 

「「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

 

 悠がそう言った瞬間、花陽と真姫は一気に顔を更に赤くしてそう叫び、その場で悶え始めた。

 

「は、恥ずかしい姿を鳴上さんに見られた~!!」

 

「もう、お嫁にいけない~~~~~~!」

 

 余程悠にそんな姿を見られたのが嫌だったのか、2人の壊れ具合が半端ではない。あまりの出来事に穂乃果たちは若干引いていた。悠はそんな2人を慰めようと話しかける。

 

「落ち着け、嫁には行けるから安心しろ。大体アレなんてまだかわいい方だぞ…もっとヤバいやつだって………」

 

 そう言って悠は八十稲羽に居た時に見たマヨナカテレビの数々を思い出す。逆ナンにストリップ、そしてサウナ……………サウナ?

 

 

 

『ボク、完二☆』

 

「………………………」

 

「ちょっ、ちょっと!鳴上先輩!勝手にテレビに入ろうとしないで!!」

 

 アレ疑惑のある後輩のサウナを思い出してしまい、衝動的にテレビの中に入ろうとする悠を穂乃果が慌てて止めに入った。

 

「いや、気持ち悪いもの思い出したから、テレビの世界でシャドウを狩りまくろうと思って」

 

「それほどなの!!」

 

 悠のその様子を見た穂乃果たちは、何を思い出したのかと戦慄してしまう。聞いてみたいと思ったが、悠のガチで青くなっている顔を見ると、中々聞き出そうとは思えない。

 

「な、鳴上先輩は一体何を見たのかにゃ……」

 

「先輩がこうなるほど衝撃的なものなのですから、聞かない方が正解かもしれませんね」

 

「そうしてくれ……」

 

 正直アレは穂乃果たちには見せられない。最悪トラウマになることもありえるかもしれないので心の中にしまっておこうと悠は思った。これ以上自分と陽介以外の被害者を出したくない。

 とりあえずグダグダにはなったが、今日は必ず午前0時にテレビをチェックするとして、もしにこが映った場合は明日救出に向かうという形で解散となった。

 

「ことり」

 

「何?お兄ちゃん?」

 

「ちょっと頼みごとがあるんだが……」

 

 悠はことりにあることを頼んで、矢澤家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<矢澤家>

 

 会議を終えて矢澤家に着くと、すでにこころ達は帰宅していて、みんな悠の帰りを待ってくれていた。夕飯を作って一緒に食べたり、ここあ達の遊びに付き合ったりしているうちに、こころ達が寝付いしまった。悠は勉強しながらマヨナカテレビが映る時間を今か今かと待つ。

 

 そして、時刻は午前0時前。そろそろマヨナカテレビが映る時間だ。外でざあっと降る雨を一瞥した悠は、矢澤家のテレビに目を向ける。すると、午前0時になった瞬間、ザザッという音と共に、映像が鮮明に映し出された。そこで悠が目にしたものとは……

 

「……何だこれ?」

 

 映し出されたのは、某子供教育番組に出てきそうなファンタジーっぽい背景に遊園地っぽい建物がそびえ立っている映像だった。一体何なのかと思っていたその時、

 

 

『にっこにっこにー あなたのハートににっこにっこにー 笑顔届ける矢澤にこにこー にこにーって覚えてラブニコっ♡』

 

 

 小学生の女の子がしそうな衣装を身に着けたにこが、そう言いながら妙な振り付けをしてとびっきりの笑顔で画面に飛び出してきた。

 

「…………」

 

 何というか反応に困る。それに前回の花陽と真姫のものみたいに、健全な男子高校生が喜びそうなものではない。ロリコンなら喜びそうな映像だが、ある意味目を背けたくなるくらい衝撃的だった。

 

『みんな~こんばんは~!みんなのにこだよ~。今日は~ファンのみんなと仲良くなるために~とっくべつな企画を用意したんだにこっ!題して~

 

 

 

 

【にこと行こう!みんな大好きニコニ―ランド!】』

 

 

 画面にでかでかとそんなタイトルのテロップが映し出されて、合成音声のような歓声が聞こえてくる。これは八十稲羽のマヨナカテレビでもあったものだがこっちのも同じようだ。

 

『もうファンの皆と一緒に遊園地で遊べるとか、と~っても楽しみ~。にこちゃんは先に入場してるから、皆が来るのを楽しみに待ってるよ♡それじゃあ、次に会う時まで~バイバイにこ~』

 

 

 にこはそう言うと、投げキッスをして遊園地の方へと走り出して行った。にこの姿が見えなくなったと同時に映像は消えた。

 

 

「うわぁ…………」

 

 

 テレビが終わった後、思わず悠はそう呟いてしまった。今まで様々なマヨナカテレビを見てきたが、これは1、2を争うくらい衝撃だったかもしれない……というか、にこが小学生っぽい格好をしていることが自虐過ぎて笑えない。そう思っていると、携帯に海未から電話がきた。

 

『な…鳴上先輩……』

 

 海未の声が果てしなく暗い。海未にとっても余程衝撃的なものだったのだろう。

 

「見たのか?」

 

『見ました……何だか…花陽たちとは違った意味で、見てはいけないものを見てしまったというか………痛々しいというか』

 

「そうだな……」

 

『……………………』

 

「録画したけど」

 

『要りません!!』

 

 海未はそう怒鳴って一方的に電話を切った。それと同時に、今度はことりから電話がきた。

 

「私だ」

 

『お兄ちゃん……試してみたけど、やっぱりさっきのテレビ…録画出来なかったよ』

 

「ですよね……」

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「え?」

「にっこにっこにー♪」

「うわ~、楽しいー!」

「100円をくれ」

「クスクスッ、クスクスッ」

「もう嫌!」


「これは厄介だな……」


Next #21「Niko meets her shadow.」


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#21「Niko meets her shadow.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

先日感想欄で何某のアルカナは?という質問を受けましたが、今のところ悠が解放したアルカナで言うと以下の通りです。

穂乃果→【魔術師】
海未 →【女教皇】
ことり→【恋愛】
真姫 →【月】
凛  →【剛毅】
花陽 →【星】

また、まだ解放してなくて確定しているのは

にこ →【戦車】
希  →【女帝】
理事長→【法王】

他はまだ考え中です。もう決めているものもあるのですが、特に悩んでいるのは【隠者】ですかね……



そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きますので、応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


♫~♫♩~♩~

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 聞き覚えのあるピアノのメロディと女性の声が聞こえたので目を覚ますと、案の定悠は空間にあるもの全てが群青色に染まったリムジンの車内を模した部屋【ベルベットルーム】にいた。今回はマーガレットがいつもの定位置に座っていおり、イゴールはいなかった。思ったのだが、去年はマーガレットとは反対に座っていたマリーはどうしたのだろうか?

 

「またあの世界に迷い人が入らしたようね。その迷い人はかなり己の過去に縛られているようだけど、心配はいらないでしょう。彼の地で多くの他者と深い絆を結ばれた貴方なら、きっとその迷い人を救えるはずだから」

 

 そう言うと、マーガレットはペルソナ全書を開いて語り掛ける。

 

「人は誰しも過去を背負っているもの。例え忘れていようとも、空に浮かぶ太陽や月のようにそれから逃れることはできません。それは貴方もよく分かっていることでしょう」

 

 そして、マーガレットはペルソナ全書を閉じてこちらに向いて微笑んでくる。

 

「貴方がどのように迷い人を救うのか、楽しみにしております。では、貴女がまたこの場所に入らす時まで…ご機嫌よう」

 

 そして視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

<放課後 音乃木坂学院?? 校門前>

 

「うわ~、すごいです~。このメガネを掛けると視界がクリアになるなんて」

 

「本当ね……どうやって作ったのかしら?」

 

「え~と、確か鳴上先輩が言ってたけど、クマって人が作ったんだって」

 

「「クマ?」」

 

 にこのマヨナカテレビが流れてから翌日、悠たちはマーガレットが用意したテレビであの世界に来ていた。いつもの校門付近にて、新たにメンバーに加わった花陽と真姫はクマ特製メガネの性能に驚いている。そんな2人の様子を見ていたことりが帰りのテレビの方を見て心配そうに呟いた。

 

「お兄ちゃん、まだかな?」

 

「余程大事な電話なのでしょう。おとなしく待っていましょう」

 

 悠はテレビに入る前に直斗から電話が掛かってきたので、今はここに居ない。長くなりそうな話だったので、悠は穂乃果たちに先にテレビの中に入るように言ったのだ。ことりは何の話なのかと気になってしょうがない様子である。すると、

 

「そう言えば、ことり先輩は何を持ってきたのかにゃ?」

 

 先ほどまで穂乃果としゃべっていた凛がことりが手に持っている箱を指さして聞いてきた。ことりは微笑みながら凛の質問に答えた。

 

「ああ、これは救急箱だよ。皆がケガしたら、これで手当てしようかなって思って」

 

 どうやら前回の花陽と真姫の救出の時、悠が負傷していたのを思いだしたのか家から救急箱を持って来たらしい。救急箱以外にも、役に立ちそうなものは鞄にしまってあるらしい。その心遣いに皆は感心した。

 

「へぇ~それは良いにゃ!ことり先輩は気が利くにゃ!」

 

「ううん、私は皆と違ってペルソナを持ってないから、これくらいはしないと…」

 

 ことりは申し訳なさそうに首を横に振る。どうやらまだ自身がペルソナを持っていなくて一緒に戦えないことを気にしているらしい。

 

「いえいえ、何もしない穂乃果に比べたらことりはいい仕事をしてますよ」

 

「ちょっ、海未ちゃん!それはひどいよ!!私だってちゃんと持ってきたよ!えーと……」

 

 穂乃果が海未にそう反論して、ポケットから何かを取り出そうとした拍子に大量のお菓子が飛び出してきた。ビスケットにマシュマロ、そしてキャンディー・ほむまんetc…。それを見た海未は目を細めて穂乃果に聞く。

 

「穂乃果?一応聞いておきますが、そのお菓子が何の役に立つのですか?」

 

「ううう………」

 

 穂乃果が何も反論できずに黙り込んでしまった。穂乃果とて皆のことを思ってお菓子を持ってきたのだが、海未の言う通り何の役に立つかは不明である。その時、

 

 

「皆、待たせたな」

 

 

 直斗との電話を終えたらしい悠がテレビの中からやってきた。すると、穂乃果が悠なら分かってくれると思ったのか、最後の望みとばかりに悠に向かって突進して、胸に抱き着いてきた。

 

「うえ~ん!鳴上せんぱーい!海未ちゃんがいじめてくるー!」

 

「ちょっと穂乃果!」

 

「お、おい」

 

 テレビに入って早々に穂乃果に抱き着かれたので悠も流石に慌てた。すると、その様子を見たことりと花陽が穂乃果に食って掛かる。

 

「穂乃果ちゃん!離れて!!そこはことりのポジションだって言ったでしょ!」

 

「早く離れてください!!」

 

 そうしてことり花陽が穂乃果を引き離そうとする。しかし、穂乃果も中々離れようとはせずに必死に悠にしがみつく。もう校舎に突入する前から状況がカオスになっていた。

 

「ハァ、この人たちダメかも………」

 

 真姫は暴れる穂乃果たちを傍観しながら、静かにそう呟いた。

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 とりあえず、穂乃果のお菓子に関しては、おやつは300円までだという理由で悠が没収した。それに納得のいかなかった穂乃果をあやすのに時間がかかったが、一旦落ち着いたところで悠たちは探索を開始する。

 

 今回の救出対象はにこなので、彼女に関係するところがマヨナカテレビに映ったあの遊園地への入り口になるだろう。にこに関係しそうな場所と言えば一つしかない。

 

「ここだな」

 

 校舎一階にあるアイドル研究部の部室である。読み通り、前回の音楽室のように他とは違う雰囲気が漂っていた。

 

「行くぞ…」

 

 悠は皆にそう言って部室の扉を開け、中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<遊園地【ニコニーランド】>

 

 中に入ると、悠たちはあのマヨナカテレビに映った遊園地の入り口に立っていた。入り口の看板にデカデカと【ようこそ!ニコニ―ランドへ】と書かれてある。看板の周りには、にこをモチーフにしたらしいキャラクターが看板に描かれており、何か痛々しさしか感じられない。それでも、目の前に遊園地が広がっていることに穂乃果たちは大はしゃぎだった。

 

「うわあ、すご~い。本当の遊園地みたいだにゃ~!」

 

「そうだね~」

 

しかし、その中で真姫だけは反応が違った。

 

「何よこれ。遊園地だからって期待したけど、見てみればデスティニーランドのパクリじゃない」

 

「それ言っちゃだめだよ!真姫ちゃん!!」

 

 真姫の言う通り、このニコニ―ランドは悠たちの世界にあるデスティニーランドに似ているのだ。しかし、それを一々気にしては身が持たないのでそっとしておこう。それにしても、何事にも興味を示さない真姫がここまで気にするとは珍しい。余程デスティニーランドに思い入れがあるのだろう。一同はとりあえず遊園地の中に入ったのだが、そこで花陽がこんなことを言い出した。

 

「あの……私たち普通に入場できましたけど、お金とか大丈夫ですかね?後払いとかだったら、今日手持ちが少ないから不安なんですけど」

 

「心配するところはそこですか……」

 

 何というか色々と花陽は真面目過ぎる。ここはテレビの世界なのでそんなことは気にしなくていいだろう。そう思ったその時、

 

 

 

『にっこにっこに~!皆~やっと来てくれたねー!』

 

 

 

「「「「「!!」」」」」

 

 にこの声が聞こえたので全員それに反応して身構える。

 

『もう~そんなに慌てないでよ~。にこは今日みんなとこの遊園地で遊ぶことを楽しみにしてたんだよ』

 

 辺りを見渡すが、にこの姿は見当たらない。どうやら今の声はスピーカーか何かで話している声のようだ。

 

『でも~、にこはまだ皆と会う準備できてないから〜それまでこの子たちと遊んでてね』

 

 にこがそう言ったと同時に、悠たちの周りにシャドウたちが出現した。

 

「なっ!」

 

「い、いきなり!」

 

 入場して早々にシャドウに囲まれたので一同は動揺した。それに、まるでボロボロになったクマのぬいぐるみのような形をしたものや王様の恰好をしたものなど今まで見たことないシャドウまでいる。入場して早々いきなりシャドウに襲われる展開に皆が混乱していると、

 

「皆、落ち着け!」

 

 悠が皆を一喝して、我に返させた。そして悠は覚悟を決めてペルソナを召喚しようとすると、それは海未の声によって止められた。

 

「鳴上先輩、ここは私たちに任せてもらえませんか?」

 

「え?」

 

 突然の海未の申し出に悠は面を食らった。海未は真剣な表情のまま悠にその理由を説明する。

 

「この数のシャドウなら私たちでも対処できますし、まだ覚醒したばかりの花陽や真姫にここでペルソナに慣れさせる必要があるでしょう」

 

「いや…それはそうだが…」

 

「それに、もし矢澤先輩の影が暴走した場合は鳴上先輩のチカラが不可欠です。だから、この場は私たちに任せて、鳴上先輩はことりと穂乃果の守りに徹してください」

 

 要するに、この先にこのシャドウとの戦いを想定して、悠には体力を温存しておけということなのだろう。見ると海未の目はしっかりとした決意が宿っており、凛や花陽、真姫の方を見ても皆同じ目をしていた。後輩がそこまで言うのであれば仕方ないと思った悠は、海未たちにこの場は任せることにした。

 

「分かった。この場は任せる。思いっきりやってこい」

 

「「「「はい!」」」」

 

 悠がそう言うと、ペルソナを持っている海未・凛・花陽・真姫は気合が入ったような返事をして各々の戦場へと赴いた。悠は頼もしい後輩を静かに見守ることにした。

 

 

 

「行きます!ペルソナ!」

 

「ペルソにゃ!」

 

 海未は掌底で、凛は拳でタロットカードを砕き、戦闘を開始していた。海未はともかく凛は前回の戦いでやっとペルソナの扱いに慣れたようで、次々と襲い掛かるシャドウを蹴散らしていた。あの2人は問題なさそうだなと思い、次に目を向けるのは覚醒したばかりの花陽と真姫だった。

 

 

 

「………私も行くわよ!」

 

「わ、私だって……皆の為に…鳴上先輩のために頑張らなきゃ!」

 

 真姫と花陽は心を落ち着けてそう言うと、真姫は手刀を繰り出すような構えを取って【月】のアルカナのタロットカードを、花陽は【星】のタロットカードを両手で支えるように発現させた。

 

 

カッ!

 

「「ペルソナ!」」

 

 

 真姫は手刀で、花陽は両手を合わせてカードを砕く。それと同時に、2人の後ろから彼女たちのペルソナが姿を現した。最初に現れたのは真姫のペルソナ。

 

 華麗に靡く赤い長髪。

 炎をモチーフとした仮面。

 麗人としての雰囲気を漂わせる赤い貴族服。

 鋭い指を持つ黄金の手。

 

 これが真紀のペルソナ【メルポメネー】の姿。そして次に現れるのは花陽のペルソナ。

 

 背中に生えたエメラルド色に光る鳥の翼。

 おとぎ話の妖精を彷彿とさせる黄緑色のドレス。

 腰には凛とした雰囲気を引き立てるレイピア。

 

 これが花陽のペルソナ【クレイオー】の姿だった。

 

「やって!メルポメネー!!」

 

 真姫がそう指示すると、メルポメネーは腕を手前でクロスさせ、手に炎を発現させる。そして、その手に纏った炎をシャドウたちに目掛けて放った。放たれた炎は勢いよく燃え盛り、シャドウたちを蹂躙する。相当威力があったのかシャドウたちは悶え苦しんで、消滅した。しかし、その炎をかわしていた複数のシャドウが不意をついてメルポメネーに襲いかかる。

 

「お願い!クレイオー!!」

 

 花陽がそう言うと、クレイオーは自身の翼を大きく靡かせて、メルポメネーを襲おうとしたシャドウたちの周りに大風を発生させる。威力は台風並み。シャドウたちはクレイオーの風に吹き飛ばされ消滅した。その風に何とか耐え切ったシャドウが一体いたが、いつの間にか高速で移動したクレイオーにレイピアで突かれて倒されてしまう。危なげながらも、2人は何とかシャドウを撃退することに成功した。

 

「やるじゃない、花陽」

 

「真姫ちゃんこそすごかったよ。一気にあの数のシャドウを倒すなんて」

 

「こ、これくらい当然よ」

 

 真紀は花陽にそう言われてクールにそう言った。すると、その時…

 

「イザナギ!」

 

 悠のイザナギの雷が真姫のメルポメネーの後ろに落ちた。何事かと思い、真姫と花陽が振り返ると、そこにはメルポメネーとクレイオーに奇襲を仕掛けようとしたらしいシャドウたちが雷を食らって苦しみながら消滅する姿があった。

 

「目の前の敵を倒したからって警戒を怠るな。シャドウは神出鬼没だから、どこから攻撃してくるか分からないぞ」

 

 悠はすっかり油断していた真姫と花陽に向かって厳しい口調でそう言った。初めての戦闘だからということもあるだろうが、油断は禁物。ここは遊び場ではなく戦場だ。悠の言う通り、シャドウは神出鬼没なので油断したら寝首を掻かれるのだ。

 

「ご、ごめんなさい…鳴上さん」

 

「すみません……」

 

 厳しく怒る悠を見た真姫と花陽は申し訳なさそうに目を伏せて反省する。ちょっと厳しすぎたかと思ったが、これくらいは叱っとかないといけないだろう。しかし、叱った後にフォローを入れるのも重要である。

 

「でも、2人とも初めてにしてはかなり上出来だ。これからも期待しているぞ」

 

 これは世辞ではなく本当のことである。まだ初めての召喚なので拙いが、上達すればかなりの強者になるだろう。そもそも悠は人を褒めるときは本心しか言わないので、その心は人に届きやすい。

 

「「は、はい!!」」

 

 悠の心からのフォローのお陰で2人はよりやる気が出たみたいだ。やはり八十稲羽で培ったコミュニケーション能力は伊達ではない。辺りを見渡すと、シャドウの姿は見えなくなったので、どうやらここら辺りは掃討し終えたようだ。真姫たちとは違う方で戦闘を行っていた海未たちが合流してお互いを労い終えたと同時に、あの声が聞こえてきた。

 

『お待たせ~!』

 

 再びにこの影の声が聞こえてきたので、悠たちは思わず身構えた。

 

『それじゃあ、にこも準備できたところで始めるよ!【にこちゃんと一緒!?みんな大好きニコニ―ランド】ー!』

 

 そう言うと同時に盛大なファンファーレが流れて、同時にどこからか誰かの歓声が聞こえてきた。これは八十稲羽でもあったことだが、もしかしてここも外から誰かに見られているのだろうか?

 

『それじゃあ、みんな~。にこは今一番奥にある【ニコニ―キャッスル】の広場で待ってるから~そこに集まってきてね~。みんなが来るのを待ってるにこっ!』

 

 そう言うと同時にファンファーレが鳴り止み、辺りは静かになった。結局にこの影は姿を現さなかった。警戒を解くと、真姫が呆れたようににこの影に悪態をついた。

 

「ニコニ―キャッスルって……ますます痛々しいわね」

 

「それは言わないでおこうよ、真姫ちゃん…」

 

「でも、その広場に矢澤がいるのは確かだろう。大抵失踪者は一番奥の場所にいるからな」

 

 思い返せば、この世界でも八十稲羽でも、失踪者はその各々が作り出した世界の最深部にいることが多い。ならば、先ほどにこの影が言った一番奥にあるという城の広場に行けば、目標にたどり着けるだろう。

 

 悠たちはにこの影が言った指定場所に向かうため、その場を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view (にこ)

 

 身体が重い。ここはどこ?何か霧っぽいのが辺りに充満しててよく見えないけど……

 確か私は噂を確かめようと思ってテレビを見つめたら、突然意識が遠くなって……。そんなことを思っていると、突然声が聞こえてきた。

 

 ーもうにこちゃんには付いて行けない!

 ー理想が高すぎるよ!

 

「え?…この声は……」

 

 忘れようもない。この声は2年前、あいつらが私の元を去る前に言い残した言葉だ。思い出すだけで足が震える。どうして今更……。そう思っていると、また別の声が聞こえてきた。

 

 ーあ、矢澤だ。

 ーあ~あの痛いって噂の?

 ースクールアイドルやってたけど、メンバーに飽きられたって人?

 

「な、何よ!誰が言ってるのよ!」

 

 今のは明らかに知らないやつの声だったけど、言っているのは私の悪口だ。どこの誰か知らないけど、本人の前で悪口だなんていい度胸じゃない!私が声を荒げたにも関わらず、悪口の声は止まらない。

 

 ー理想が高すぎたんじゃない?

 ーそもそもあんな小学生みたいな人がアイドル?

 ー子役の間違いじゃないの?

 ーそもそも高校生かどうかも怪しいぜ。

 

「な、何よ!アンタたち!!言いたいことがあるなら、ちゃんと正面から言いなさいよ!」

 

 そう叫んでも辺りには何も居ない。探そうにも、周りが霧に邪魔されてどこから声が聞こえてくるのか分からない。

 

 ーあんな性格だからいつも一人なんじゃないの?

 ーあ~、普段の行いからして幼稚だからな。

 ーいつも部室で一人だってよ。

 ー寂しくないのかね~。

 

「うるさい!アンタたちに何が分かるっていうのよ!私が始めたこの部活は私一人で終わらせたいだけよ!」

 

 そうだ。別に寂しくなんかない。あいつらが去っても私は一人でやるって決めたんだから。すると、聞き覚えのある声が突然聞こえてきた。

 

 

『クスクスッ、クスクスッ。また強がっちゃって~』

 

 

「だ、誰?」

 

 その声が聞こえてきた方を見ると、今度は人影が見えた。ようやく出てきたのね。人を散々からかった罰として一発殴らせてもらうわ。私はそう思って身構える。

 

『寂しくない?。嘘ばっかり~。本当は鳴上たちみたいに皆でいるのが羨ましいくせに~。自分だけで大丈夫?。それはアイドルになるっていう到底叶うはずのない夢に縛られてる自分への強がりじゃないの~?』

 

 その影はゆっくりと私に近づいて来る。しかし、現したその姿を見て私は絶句した。

 

「う、ウソ………」

 

『さっさとそんな無意味な夢なんて諦めて楽になったら?もう一人のワ・タ・シ?」

 

 その姿は他でもない。小学生の恰好をした私…『矢澤にこ』にそっくりだった。

 

 

another view (にこ) out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、悠たちは…………

 

「つ、疲れた~!!」

 

「もう……ダメにゃ」

 

「ううう………」

 

 目的の広場にたどり着く直前で穂乃果と凛、更には花陽までがグロッキー状態になっていた。表情からしてもう動きたくないと物語っている。倒れこむ穂乃果たちに向かって、その姿を見下ろしていた真姫が呆れた様子で呟いた。

 

「ハァ、たかが遊び疲れただけじゃない……」

 

 真姫の言う通り、穂乃果たちは数十分前まで広場に向かうことなどそっちのけで、グロッキーになるまでこの遊園地にあるアトラクションを楽しんでいたのだ。このダンジョンは遊園地というだけあって、ジェットコースターやコーヒーカップ、メリーゴーランドなどの様々なアトラクションが完備されていたのだ。

 

「だから止めましょうって言ったのに。言うことを聞かなかった貴方たちの自業自得です」

 

 元はと言えば、目的の広場に向かう途中に目に入ったアトラクションを見た穂乃果が、少しでいいからと言ったことが始まりだった。それに賛同した凛と花陽と一緒に少しと言いながらも辺りのアトラクションをまわりにまわっていた。3人が疲れているのは、先ほどコーヒーカップに乗って調子に乗ってカップを回し過ぎたことが原因である。

 

「しょうがないじゃん。遊園地なんて久しぶりなんだからさ。でも、真姫ちゃんだってメリーゴーランド乗ってたじゃん」

 

「なっ!そんな訳ないでしょ!」

 

「嘘にゃ!私たちが見えてないところで、メリーゴーランドの馬車に乗っていたの知ってるんだからね!」

 

 真姫は穂乃果と凛の指摘に顔を赤くして焦ってしまう。実際真姫も穂乃果たちに隠れてメリーゴーランドに乗っていたことは事実なので、否定は出来ない。このままでは収拾がつかないと思った海未は悠にフォローを求めることにした。

 

「鳴上先輩からも穂乃果たちに何か言ってください………」

 

 そう言って悠の方を振り向くと、そこにあった光景に海未は絶句してしまった。何故なら、

 

「くっ!逃げられた……今度こそヤツを」

 

「ねぇお兄ちゃん、早く観覧車に行こうよ~」

 

 ことりに観覧車行きをせがまれながら、近くにあった釣りを体験できるゲームで遊んでいたからだ。その姿を見た穂乃果は海未に茶々を入れようとしたが、それは阻まれた。何故なら、海未は悠たちの遊んでいる姿を見て、身体をワナワナと震わせながら、額に青筋を浮かべて悠たちを睨んでいるからだ。そんなことには気づかずに悠はまだ釣りゲームで遊ぼうとする。

 

「ちょっと待ってくれ、今度こそヤツを釣り上げて………あっ。ことり、100円くれ」

 

「お金いるんだ…」

 

 何かどこか見たことのあるやり取りである。悠がそう言った瞬間、ブチッと海未の堪忍袋の緒が切れてしまった。海未はずんずんと歩きながら2人の元に近づいていき、2人の肩をガシッと掴んでこう言った。

 

 

「鳴上先輩?どういうことか説明してもらえますか?」

 

 

 笑顔でそういう海未の姿に悠とことりは恐怖を感じざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 

 

 

<【ニコニ―キャッスル広場】>

 

「やっと……着いたな…」

 

 あの後、海未の説教を食らった悠たちは何とかにこの影が居るという広場にたどり着いた。とりあえず、さっきのことは忘れて辺りを警戒しながら広場に入ると、こんな光景が目に入った。

 

「ちょっと!アンタその恰好止めなさいよ!私が小学生に思われるじゃない!」

 

『何言ってるのよ?アンタは体型的に小学生じゃない』

 

「な、何よ〜〜〜〜〜〜!この!」

 

 2人のにこが取っ組み合っている姿が展開されていた。その光景を目のあたりにして、悠たちは思わず黙り込んでしまった。前に完二を助ける際にも、同じような光景を目にしたことがあるが、アレは目に毒だった。しかし、目の前にある光景は小学生同士が喧嘩しているようにしか見えないので、どうしたらいいのか分からない。

 

「あ、アンタたち!何でここに!」

 

 すると、にこは悠たちの気配に気づいたのかこちらを振り向いてフリーズしていた。

 

「いや~、何というか……その」

 

「助けに来た……」

 

「何よ!そのやる気のない返事は!!」

 

 覇気のない穂乃果と悠の返事が気に食わなかったのか、にこは盛大にツッコミを入れた。このやり取りは何かデジャヴを感じる。すると、

 

『スキあり!』

 

「ぐはっ!」

 

 にこの影が後ろからにこに飛び蹴りを食わらせて、にこをダウンさせた。自分が自分をダウンさせるという驚きの光景に目を奪われていると、にこの影が悠たちに向かってこう言った。

 

『も~!みんな遅い!にこはずっと待ってたんだよ!!にこを待たせたみんなにはオシオキだぞ☆』

 

 にこの影の言葉にその場にいる全員がハテナマークを頭に浮かべた。悠は一瞬これにもデジャヴを感じて嫌な予感がしたが、それは的中した。

 

 

「「「「「きゃあああ!」」」」」

 

 

 突然どこからか水しぶきが飛び出して悠たちに襲い掛かった。それは四方八方から降り注いだので避けられるはずもなかった。おかげで悠たちは全員ずぶ濡れになってしまった。

 

「ケホッケホッ!な、何今の…」

 

「さ、寒いです……」

 

 掛かったのは思いっきり冷水だったので体が冷えるのを感じる。このままでは風邪をひきそうだ。

 

「皆、大丈夫……か………」

 

 皆の無事を確認するために穂乃果たちの方を振り向いた悠なのだが、そこで思わずフリーズしてしまった。理由は簡単。ずぶ濡れになっているため、穂乃果たちの制服が濡れて、シャツから彼女たちの下着が透けて見えているのだ。しかも、水を掛けられたせいなのか、顔が赤くなっていて表情が扇情的に見える。ここに完二がいれば、間違いなく鼻血を出して倒れていることだろう。悠はそんなことにはならないが、健全な男子高校生にとってご褒美のような光景を目の前にして、することはただ一つ。

 

(な、何か録画できるものはないか!)

 

 今の穂乃果たちのあられもない姿を収められるものがないかとポケットを漁っていた。まぁ、この場に陽介がいたら同じようなことをしていただろう。ポケットを漁ってみると、尻ポケットから携帯電話を発見した。

 

(これだ!)

 

 悠はすかさず携帯を取り出してカメラを起動させようとしたが、悠の携帯は防水機能が付いていなかったのか故障していた。

 

(なん…だと……)

 

 理想郷(アガルタ)を目の前にしてこのアクシデント。悠はショックで思わず項垂れてしまった。すると、悠の項垂れる姿を見た凛が話しかけてきた。

 

「鳴上先輩?何をしているのかにゃ」

 

 凛の声に反応したのか、穂乃果たちも悠の姿に注目した。

 

「ふ、服が…」

 

「服?」

 

 穂乃果たちは改めて自分たちの今の恰好を見る。そして、自分たちの制服が透けているのを見た途端、反射的に腕で体を隠して赤面した。

 

「な、鳴上先輩のエッチ!!」

 

「先輩!見ないでください!」

 

「ハ……ハ……ハレンチです!!」

 

「最っ低!!」

 

 穂乃果と海未と真姫は、顔を真っ赤にしながら悠に罵声を浴びせた。年下に弱い悠にとって穂乃果たちの罵声は結構心にくる。まるで言葉の投げナイフだ。しかし、ことりは反応が思っていたのと違った。

 

「お、お兄ちゃん、ダメ!今日は勝負下着じゃないから……」

 

「ことりちゃん!何言ってるの!!」

 

「こ、ことりまで………ハレンチです!!」

 

「と、とりあえず落ち着け!」

 

 ことりの勝負下着というのは気になるが、もうパニック状態になっているので、その場を落ち着かせることに専念した。

 

 

 

「うう……何しに来たのよ…あいつらは………」

 

 悠たちが騒ぐ光景を目にして、立ち上がりながらにこはそう呟いた。すると、先ほど自分を殴ったにこの影がにこの方に近づいてこう言った。

 

『ねぇアンタ、自分を偽り続けるの疲れないの?』

 

「は?」

 

『もう無理するの辞めようよ~。自分を騙すのも、家族を騙すのも嫌じゃないの~?』

 

 唐突にそんなことを言われたので、にこは困惑した。

 

「な、何を言ってるのよ!私は自分を偽ってなんて」

 

『だってさ、アイドルどころかスクールアイドルもやってないのに、よくもまあ言えたものよね。自分は宇宙一のスーパーアイドルなんてさ~。これが嘘だって分かったら、こころ達はどう思うだろうね~?』

 

「!!」

 

 影がそう言うと、にこは何か思い出したかのように顔をしかめた。

 

「そ、それは……」

 

 すると、にこの影はさっきまでの子供っぽい可愛げのある声とは一変して、今までのシャドウ同様に冷たい声でにこにこう言った。

 

『叶うはずのない夢や理想を追い続けて何になるっていうのよ。アンタはそれで人を傷つけたことを忘れたの?』

 

「ど、どういうことよ……」

 

 

『2年前にあいつらが失踪したのってアンタのせいじゃない』

 

 

 その言葉を聞いた途端、にこは顔が徐々に真っ青になっていった。それに伴って体が震えて始める。にこの影はそんなことはお構いなしと言わんばかりに、鋭い言刃をにこに向ける。

 

「な……なにを…………」

 

『とぼけたって無駄よ。2年前にアンタがあいつらとスクールアイドルを結成して、僅かな時間で解散したこと忘れたの?それもアンタの叶うはずのない理想をあいつらに押し付けたせいでね』

 

 影の言葉が百発百中の投げナイフのように、にこの心に傷を与えていく。影の言葉のせいなのか、まるで思い出したくもないものを思い出したかのようで、にこの表情が苦しそうだ。

 

『そして…あいつらがアンタの下から去った次の日に失踪したことも覚えてる?アンタが高い理想を押し付けたせいで、耐えられなくなったあいつらはアンタがいる音乃木坂が嫌になったから転校したんだよ!』

 

 影がそう強く言うと、にこは糸が切れた人形のようにその場にへたり込んでしまった。しかし、にこの影は容赦なしに攻撃を言刃による攻撃を続ける。

 

『まあ、今のアンタはただのストーカーだけどね。鳴上たちが上手く行ってるようだからって跡を付けまわしたり、先輩面して解散しろって言ったりさ。それって鳴上たちが自分の夢を先に叶えそうだったから妬ましかったんだよね?』

 

 もう自分の影から何を言われても、にこは何も反応せずに俯いているだけだった。顔は前髪で隠れているので、どんな表情をしているのか分からない。

 

『本当は分かってるんでしょ?自分がどれだけ鳴上たちを僻んだって、あの2人を転校させた過去は消せないし、そんな自分にアイドルなんて向いてないって』

 

すると、にこの影はにこの肩を掴んで諭すように言った。

 

『だから、もう夢を諦めて楽になったら?。ここはアンタの本当に望んでいる一人で楽になれる世界なんだからさ』

 

 にこはそう言われても、しばらくその場で俯いたままであったが、突然にこの影の手を振り払った。

 

「………よ」

 

『は?』

 

「何よ!さっきから勝手なことばっかり!!私は寂しくなんかないし、こころ達に嘘なんてついてない!!鳴上たちのことなんてどうだっていいじゃない!アンタが私の何を知ってるっていうのよ!」

 

 にこは先ほど言われたことが納得いかなかったのか、烈火の如く怒鳴り散らした。しかし、影は臆することなく平然とこう返す。

 

『ハァ?今さら何言ってるのよ。簡単なことじゃない。それは私はアンタでアンタは私だからよ』

 

「アンタが…私?」

 

『ようやく分かった?分かったらさっさと…』

 

「………違う…違う違う違う!!…………アンタなんか……」

 

 にこは声を震わせながらも全力で影の言葉を否定する。もう次の言葉がどんなものかは容易に想像できた。悠はその禁句は言わせまいと大声でにこに呼びかけた。

 

「よせ!それ以上言うな!」

 

「ダメー!!」

 

 しかし、それはフラグであった。

 

 

 

 

 

 

 

「アンタなんか……私じゃない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うぷ……うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ………………あーっはっはっはっはっは!違わない!私はアンタ、アンタは私ーーーーー!』

 

 にこの影はそう高笑いすると、今までの影と同じように禍々しいオーラに包まれていった。そして、その包むオーラの大きさはどんどん大きくなっていき、やがてそれが晴れていく。そこには二体のSPを模したようなシャドウと、それらに守られるように玉座に居座っているSPより一回りでかいピンク色のドレスを纏った女王の姿があった。それが暴走したにこのシャドウである。

 

 

我は影…真なる我………まだ幻想にすぎない夢を追い続けるって言うなら、ここで死なせてあげる。それが…アンタの為だからね

 

 

 変貌を遂げたにこのシャドウが手を上げると、にこのシャドウの傍らに居たSPのシャドウたちがにこに襲い掛かってきた。にこはあまりの無力感に心を飲まれてしまい、助からないと思ったのか目を閉じてしまう、すると、

 

「イザナギ!」

 

 悠はすかさずカードを砕いて【イザナギ】を召喚し、攻撃が当たる前に眼前のにこを抱えさせて救出した。見ると、今SPたちが攻撃したところには大きな窪みが出来ている。相当な腕力を持っているシャドウのようだ。悠はそんなことを思いながら、にこを自分たちの方へ引き寄せることに成功した。しかし、にこは自分を助けた【イザナギ】という得体の知れないもの、何よりそれを使役する悠の姿に驚きを隠せなかった。

 

「な、鳴上……アンタ一体…」

 

「話は後だ」

 

 状況を把握し切れていないにこを穂乃果とことりに任せて、悠は海未たちとにこのシャドウと対峙する。見ると、にこを救出されたのが気に食わなかったのか、にこの影は悠たちを憎々し気に見据えていた。

 

鳴上ィ……良いわ、元々アンタたちのことは目障りだったのよ。そいつ共々、ここでくたばってもらうわ!

 

 にこのシャドウが冷たい声で警告するが、悠たちはそれでは屈しない。そっちがその気なら、こっちも全力で行くだけだ。

 

「行くぞ!皆!!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 悠の言葉と同時に、各々がタロットカードを発現させる。たった一人の少女を救うため、皆は己の武器の名を敵に向かって叫んだ。

 

 

「「「「「ペルソナ!!」」」」」

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「なにこれ!」

「このままじゃ……」

「貴方の趣味は何だったかしら?」

「俺はお前の夢を笑わない」

「す、すごい……」


「覚えておきなさい。私は………」


Next #22「Niko begins to aim for her purpose again.」


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#22「Niko begins to aim for her purpose again.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

今回はシャドウ戦が入っているので、本当は来週の月曜に更新する予定でしたが、予想以上に手が進んだので早めに更新してしまいました。

この7月は学生の自分はテスト期間に入るので、今月はあと1話しか更新できないと思います。これからの予定としては、閑話回を一回挟んで8月から本編はGW編に入る予定です。楽しみにしていてください。余裕があれば、次回のあとがきにGW編の予告編を入れようかなとは思ってます。


そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方・誤字脱字報告をしてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。読者の皆さんの応援のお陰でお気に入り件数が650を突破しました。これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きますので、応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


「「「「ペルソナ!!」」」」

 

 悠たちはペルソナ召喚し、にこの影の元へ突進していく。先行したのは陽介の【ジライヤ】と同じく素早さが売りの凛の【タレイア】。高速で移動してにこのシャドウとの間合いを詰めて一撃を食わらしたが、一体のSPがそれを阻んだ。渾身の一撃のはずなのに、SPは何事もなかったかのように涼しい顔をしていた。

 

「んにゃっ!」

 

 一方、次に先行した真姫の【メルポメネー】は中距離から炎の攻撃を放ったが、凛と同じくもう一体のSPに防がれた。

 

「ウソ!」

 

 威力は大火事並みのはずなのに、信じられないことにそのSPはびくとも動かなかった。これには真姫だけでなく悠たちも驚きを隠せなかった。

 

「なによ、こいつら……攻撃が全然効かない」

 

「鳴上先輩!あのシャドウは一体何なのですか!?」

 

 海未は信じられないのか焦った声で悠に問いかける。悠も去年同じようなことに遭遇しているので、あらかた目星はついていた。

 

「おそらく、こいつらは矢澤のシャドウの一部だ。去年同じシャドウと戦ったことがあるが……あいつらは相当手強いぞ」

 

 完二のシャドウもこんな感じだった。アレもどんな攻撃をしても通用しなかった上に精神攻撃を与えられたのだ。アレを思い出すと何故か吐き気が襲ってきた。

 

「そんな……って海未ちゃん!!花陽ちゃん!!」

 

「「!!」」

 

 今度はSPたちが動いていた。SPたちは気が緩んでいる隙をついて海未の【ポリュムニア】と花陽の【クレイオ―】を広場の柱に叩きつけて、手錠のようなもので拘束した。それを受けた海未と花陽の表情が苦しそうだ。

 

「園田!小泉!一旦ペルソナを戻せ!」

 

「こ、この距離では…無理です」

 

「わ、私も………」

 

 ペルソナを一旦カードに戻せば手錠の拘束から逃れられる。しかし、召喚者とペルソナの距離が遠すぎるのでそれは無理だった。ならば自分があの手錠を破壊しようと、悠はイザナギをポリュムニアたちの方に向かわせて手錠を破壊しようとしたが、思った以上に頑丈だった。

 

クスクスッ、この程度?

 

 にこの影はここぞとばかりにSP達を後ろに下げ、悠たちに向けて吹雪を放った。

 

「しまった!チェン…」

 

「メルポメネー!」

 

 悠がペルソナをチェンジしようとしたが、真姫が悠たちを庇ってメルポメネーの炎で吹雪を相殺しようとする。だが威力はにこのシャドウの方が上回っていたので、真姫の抵抗も虚しく押し返されてしまった。

 

「きゃあああ!」

 

「真姫ちゃん!」

 

 真姫のメルポメネーは火炎属性なので氷結属性は弱点。しかもペルソナのダメージはフィードバックで召喚者にも返ってくるので、真姫もダメージを受けた。ことりが急いで真姫に駆け寄って治療するが、回復には時間がかかるだろう。

 

あははははは、本当に大したことないのね。笑っちゃうわ!!

 

 にこのシャドウの言葉に凛は憤りを覚えた。それはやられてしまった親友の花陽や真姫、先輩である海未を嘲笑しているように思えたからだ。

 

「よ、よくも……かよちんや真姫ちゃんを………許さないにゃー!」

 

「よせ!凛!!」

 

 凛は怒りに任せてにこのシャドウに突進してしまう。激情に駆られてしまったのでSPの存在を忘れてしまった。SPがにこのシャドウを守るように立ちはだかり、凛のタレイアに鉄拳を食らわそうとするが、それはあるものに防がれた。

 

「ぐっ……ま、間に合ったか…」

 

「な、鳴上先輩!」

 

 悠がペルソナを【ジークフリード】にチェンジしてタレイアをSPの鉄拳から庇ったのだ。ジークフリードは物理攻撃に耐性があるため、吹き飛びはしなかったものの、急所に鉄拳が入ったのでフィードバックでダメージが伝わった悠はその場に項垂れてしまう。

 

「な、鳴上先輩!ごめんなさい…凛のせいで………」

 

「鳴上!アンタ……」

 

 凛とにこが悠に駆け寄るが、悠の表情はすこぶる悪い。それを好機と捉えたのかのか、にこのシャドウはニヤリと笑った。

 

 

さあ、そろそろ終わらせるわよ!皆まとめて氷漬けにしてあげるわ!!

 

 

 そう言うとにこのシャドウは力を溜めていく。アレを何とか防がなければ、その場でゲームオーバーだろう。しかし、そう思ってもあの攻撃を防げるペルソナを持っているだろうか?氷結属性に有効なペルソナと言えば現時点では【ハリティー】があるが、あれでは全部は防ぎれない。

 

(くっ…このままじゃ……)

 

 悔しさのあまりに、悠は思わず目を閉じてしまう。その時…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、お待ちしておりました」

 

 

 不意に耳元にあの奇怪な老人もといイゴールの声が聞こえてきた。もしかして…

 

「【女神の加護】を4つ所持するお客様なら、今こそあのチカラを発揮できるはず。さぁ、彼女たちに特と見せつけて下さい。お客様の持つ【ワイルド】の真のチカラ(・・・・・)を」

 

 

ーワイルドの真のチカラ(・・・・・)……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーガレットの話を聞いて目を開いた悠は思わずニヤリと笑った。

 

「そうか…思い出した」

 

「な、鳴上?」

 

「俺の趣味は、チェンジと………合体だ!

 

 

 悠がそう言うと、悠の周りが青白く光り出した。頭の中でイゴールがタロットカードを2枚テーブルに並べる映像が鮮明に浮かんでくる。それと同時に、悠の目の前に【魔術師】と【女教皇】の2枚のタロットカードが出現した。

 

「え!カードが…2枚!?」

 

 穂乃果がそれに驚いたと同時に悠の足元にタロットカードのイラストが描かれた魔方陣が展開された。悠がその2枚のカードに手を合わせると、更にカードの輝きが増していく。そして、にこのシャドウが最大級の氷結攻撃を繰り出した瞬間、悠は2枚のカードを合わせるようにして砕いた。すると、

 

 

グオオオオォォォ

 

 

 怪獣のような唸り声を上げながら新たなペルソナが出現した。そのペルソナはにこのシャドウが繰り出した氷結属性の攻撃を全て無効化する。現れたペルソナは8つの頭と8本の尾を持った巨大な大蛇【ヤマタノオロチ】。その光景にその場にいる穂乃果たちは驚きを隠せなかった。

 

「な、何よあれ!蛇!?」

 

「あれが合体というやつかにゃ……鳴上先輩すごいにゃ!!」

 

 ヤマタノオロチはにこの攻撃を無効化し終えると攻撃態勢に入った。8つある内の2つはSPたちに向かって行き締め付ける。SPは必死に抵抗するが抜け出せない。それどころか締め付ける力が徐々に強くなっていき、顔が真っ青になっていく。その瞬間、海未のポリュムニアと花陽のクレイオーを拘束していた手錠が姿を消した。

 

「す、すごい!お兄ちゃん!!」

 

「さっすが鳴上先輩!!」

 

 穂乃果とことりはそう言うと、解放された海未と花陽の元へ駆け寄った。幸い2人は無事だったので、穂乃果とことりは安堵した。すると、海未と花陽はヤマタノオロチに締め付けられているSPたちをギロッと睨みつける。

 

「よくもやってくれましたね……お返しです!!ポリュムニア!!」

 

「私も!クレイオー!」

 

「凛も行くにゃ!タレイア!!」

 

 そして海未はポリュムニアに強く弓を引かせて、特大の攻撃を放つ。案の定SPは威力に耐え切れず消滅し、もう一体は戦線に復帰にした花陽のクレイオーと凛のタレイアに剣で刺されて消滅した。

 

 それを見たにこのシャドウは激怒する。トドメとばかりに放った自身の攻撃を難なく防がれ、自分のお付きのSPのシャドウが倒された。それもこれも、全てあの男のせいだ。

 

な……鳴上ィィィ!』

 

 にこのシャドウは怒りに任せて悠に攻撃する。しかし、それはヤマタノオロチによって防がれた。いくら氷結属性の攻撃をしようとも氷結属性が効かないヤマタノオロチにはにこの攻撃は無意味であった。

 

「ふっ。俺に攻撃を加えても無駄だぞ。お前を倒すのは俺じゃない」

 

何!?

 

 その時、にこのシャドウの背後に一つの影が接近した。

 

 

「さっきの仕返しよ!メルポメネー!!」

 

 

 回復したばかりの真姫はさっきの仕返しと言わんばかりに、にこのシャドウの背後から特大の獄炎を繰り出した。無論にこのシャドウは悠に気を取られていたので、無防備にもメルポメネーの獄炎を受けてしまう。

 

ああああああ!熱い!熱いイイイ!

 

 にこのシャドウは氷結属性。つまり、真姫の火炎攻撃は弱点であるので大ダメージを食らったことだろう。攻撃が決まった真姫はどSな性格を感じさせる嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view (にこ)

 

「な…鳴上………」

 

 私は言葉を失っていた。もうダメだと思ったその時、鳴上が魔方陣みたいなのを出して、そこから蛇の怪物を召喚して逆転した。その鳴上の後ろ姿はまるで物語に出てくる主人公みたいで、不覚にもカッコいいと思ってしまった。

 

「アイドルになるって夢…本気なんだろ?」

 

 そんなことを思っていると、鳴上が急に私に話しかけてきた。

 

「え?」

 

「それなら俺たちと一緒にスクールアイドルをやろう。矢澤の本気に高坂たちなら付いてきてくれるはずだ。俺が保証する」

 

「な、何よいきなり……」

 

 鳴上はそう言ってくれたが、私は簡単に首を縦に触れなかった。そうであっても私があいつらを傷つけたのは変わらないし、それに……

 

「アンタだって思ってるんでしょ?こんな小学生みたいな私にアイドルなんて……」

 

 別に言われて言ってるわけじゃないけど、こんな私なんて……。すると、

 

「いや、良いと思う」

 

「え?」

 

 鳴上は戦闘中にも関わらず私の方を向いてトンでもないことを言ってきた。

 

 

 

「だって矢澤はとっても可愛いじゃないか」

 

 

 

「は?……………はあああああああああ!!」

 

 なななな何澄ました顔で何言ってんの!コイツ!!バッカじゃないの!!何でそんな恥ずかしいことを平然と言えるのよ!!というか、そんなことはもっと雰囲気のあるところで言いなさいよ!!

 

う……嘘よ嘘よ!私が可愛い訳がああああ!

 

 私が心の中で鳴上を罵倒しているとあっちの怪物もかなり動揺していた。そういえば、あいつは私って言ってたわね………。そんなことを思っていると、ふと視界が霞み始めた。これは……

 

 

「わ…私……泣いてるの………可愛いって言われただけなのに………」

 

 

 何で涙が出たのか分からなかった。でも、鳴上のお陰で私の中の何かが吹っ切れたような感じがした。

 

(本当…鳴上って……)

 

 私はある決心をして立ち上がる。それに気づいたのか鳴上はあいつまでの道を開けてくれた。その目は私に行ってこいと言っているように見えた。私は鳴上が用意してくれた道をゆっくりと歩いて、散々暴れ回っていたあいつに歩み寄る。

 

アンタ……何のつもり…』

 

 あいつはさっきの炎を攻撃のせいか弱々しくなっていたけど、冷たい声で私に話しかける。でも、さっきと比べて私は平然としていられた。

 

「よくも人のことを散々言ってくれたものね。私からもアンタに言わせてもらうわ」

 

な、何よ………』

 

「アンタが私って言うなら、覚えておきなさい。私は………」

 

 私は握りしめた拳を更に握りしめて

 

 

宇宙一のスーパーアイドルになるって決まってんのよーー!

 

 

 私に全てをぶつける勢いで思いっきりそいつの腹を殴り飛ばした。

 

『きゃああああああああああ!』

 

 やけくそで殴ったのに、あの怪物…もとい私の影は思ったより吹き飛んだ。ふふん、図体がデカい割に大したことなかったわね。振り返ると、今の私の姿を見たのか高坂たちは引きつった顔をしていたけど、鳴上だけはよくやったと言わんばかりにサムズアップしてくれた。それを見た私は何故かお父さんに褒められたような気がして、無性に嬉しくなった。

 

 

another view (にこ) out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「えええええ!」」

 

 穂乃果たちは信じられないものを見てしまった。何故ならにこが自分の暴走したシャドウを腹パンで沈めたからだ。

 

「じ、自分で自分のシャドウを倒しましたよ!!あの人」

 

「い、一撃だったにゃ…」

 

「信じられない…」

 

 悠は穂乃果たちとは反対にその光景にに懐かしさを感じていた。体型や性別は違う者のその光景は八十稲羽に居る頼もしい後輩の姿と重なって見えたからだ。すると、己の影を殴り飛ばしたにこは悠の方を見て言った。

 

「ありがとう、鳴上……また借りが増えたわね」

 

「いいさ。それよりほら」

 

 悠が指差したところに、元の姿に戻ったにこの影が倒れていた。にこはそれを確認すると、ゆっくりと歩み寄って己の影を見下ろしてこう言った。

 

「情けないわね。散々私を貶したくせに」

 

『う…うるさい……私は……』

 

「本当は分かってたわよ。私の中にアンタみたいなのがいるなんて」

 

『!!』

 

「私は理解者が欲しかったのよ。自分のアイドルになりたいって夢を分かってくれる仲間が欲しかった………でも、その癖して自分の勝手な理想を押し付けて転校させたり、羨ましいってことだけで鳴上たちに八つ当たりしたりして………本当に私は最低な女ね。アンタの言う通り、私に夢を持つ資格なんてないわ」

 

「そ、そんなことは…」

 

 花陽は自虐するにこを止めようとしたが、それを悠は制止する。自分の影と向き合ってるときは他人が口出しするのは良くない。

 

「でも………それでも私はアイドルの夢をあきらめきれない。今はあいつらを傷つけた過去とは正面から向き合えないけど……いつかアンタに胸を張って答えを出せるようにするから、これからの私をちゃんと見てなさい」

 

 そして、にこは一呼吸おいてはっきりと言った。

 

 

「アンタは私で、私はアンタね」

 

 

 にこがそう言うと、にこの影は無表情だったものの一瞬笑ったような感じがした。そして、にこの影は光に包まれ姿を変えた。それはピンク色のドレスに身を包んだ女神であった。

 

 

 

『我は汝…汝は我……我が名は【エラトー】。汝…世界を救いし者と共に…人々に光を』

 

 

 

 そして女神は再び光を放って二つに分かれ、一方はにこへ、もう一方は悠の中へと入っていった。

 

 

 

>にこは己の闇に打ち勝ち、困難に立ち向かうための人格の鎧ペルソナ‘エラトー‘を手に入れた。

 

 

「あっ…」

 

「矢澤!」

 

 にこがペルソナを手に入れたと同時に膝をついたので、悠たちは心配になってにこの元へ駆け寄った。しかし、にこは疲れた表情はしているものの、何か吹っ切れたと言っているような嬉しそうな表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音乃木坂学院 屋上>

 

「……なるほどね。つまりアンタたちは私のようにテレビの中に入れられて、鳴上に助けられて、スクールアイドルをやりながら犯人を捜していると………」

 

「そういうことだ」

 

 にこを救出してテレビの世界から帰還した悠たちは、まずにこに事情を説明した。にこは最初は話が呑み込めないような感じだったが、ペルソナやシャドウなど現実ではありえない光景を目撃したせいかまずは納得したようだった。

 

「あの……信じてもらえましたか?」

 

「……アレを見せられたら納得するしかないじゃない」

 

「そ、そうですよね……」

 

 花陽はまだにこが自分のシャドウを殴り飛ばした場面が忘れられないのか、にこに対して遠慮がちな態度を取っていた。あんな衝撃的なシーンを忘れろというのは無茶な話なので、仕方ないかもしれないが…

 

「それにしても、矢澤先輩も花陽たちと同じ方法でテレビの世界に入れられたんですね」

 

「ああ」

 

 今回のにこの事件で、悠の中にある仮説が生まれた。これは八十稲羽の事件を通して分かったことだが、テレビに人を入れられるのはペルソナ能力を持つ者のみ(・・・・・・・・・・・・)で、普通の人間ならば人をテレビの中に入れられない。にこたちをテレビに引き込んだのが人間であれば、その人物はペルソナ能力を持っていることは確実だろう。

 

「でも……まだ分からないことだらけですね」

 

 海未の言う通りまだ分からないことはある。犯人がペルソナ能力を持っていたとしても、どのようにしてテレビの引き込むターゲットを選んだのか、どうやってテレビの中からターゲットを眠らせてかつテレビの世界に引き込んだのか。その方法は未だ皆目見当もつかない。

 

「とりあえず、矢澤を家に帰そう。今は矢澤を休ませることが先決だ」

 

 あの世界にメガネ無しで過ごしたにこの身体は疲労でいっぱいのはずである。その状態のまま家に帰すのは危険だと思ったので家まで送ろうと思ったのだが

 

「…別にいいわよ。一人で帰れるから」

 

 その提案はにこに一蹴された。

 

「でも…」

 

「良いったらいいの!私はアンタたちに心配されるほどヤワじゃないわよ」

 

 そう言いながら屋上の扉に向かうが、足取りはかなり不安定だった。心配なので手を貸そうとすると、にこは悠たちの方を振り向いてこう言った。

 

「それとアンタたち、明日話があるから私の部室に来なさい」

 

「「「「は?」」」」

 

「分かったわね?それじゃあ」

 

 そう言い残してにこはクールに去っていったが、その数秒後にドアの向こうから人が階段から転げ落ちる音が聞こえたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

<放課後 音乃木坂学院 アイドル研究部室>

 

「いらっしゃい。待ってたわ」

 

 にこ救出から翌日。悠たちはにこに言われた通りアイドル研究部にやってきた。部室に入った瞬間、初めて部室に入った穂乃果たちは、部室の光景を見て驚嘆した。

 

「すご~い!鳴上先輩の言う通り、部屋全体がアイドル一色だ~」

 

「このポスターは『A-RISE』?……それだけじゃなくて、全国のスクールアイドルのポスターがこんなに……」

 

「校内にこんなところがあったんですね……」

 

 まあ自分も初めてここを訪れた時もびっくりしたので、この反応は当然だろうと悠は思った。部屋の主であるにこは穂乃果たちの反応に満足したのかドヤ顔で椅子に踏ん反り替えっている。

 

「こ…これは……まさか……」

 

 すると、花陽はアイドルオタクの血が騒いでいるのか、手に何かのDVDボックスを持って体をワナワナと震わしていた。

 

「ふっ、アンタ中々良い目をしてるじゃない。その価値に気づくなんて」

 

「あれ?花陽ちゃん、このDVDってそんなにすごいものなの?」

 

「な、何を言ってるんですか!穂乃果さん!!これは『伝説のアイドル列伝………」

 

 花陽は穂乃果どころか近くにいた真姫や凛、海未を巻き込んでそのDVDについて解説し始めた。悠は花陽がアイドルの話になると、話が長くなることは知っているので一旦花陽たちから離れた。すると、ことりが隅にある棚を見上げて呆然としている姿が見えた。

 

「ことり?どうしたんだ?」

 

「え……いや……」

 

 見ると、ことりの目線の先に可愛らしいサインが書いてある色紙があった。それに気づいたのかこの部室の主であるにこが2人に解説を入れた。

 

「あら?兄と同じで目の付け所が良いわね、鳴上妹。それは秋葉のカリスマメイド『ミナリンスキー』さんのサインよ」

 

「ミナリンスキー?」

 

「そう。秋葉のメイド喫茶に突如舞い降りた天使だって噂よ。最もネットで手に入れたから本人の姿を見てないけど」

 

 正体不明のカリスマメイド『ミナリンスキー』。悠はメイド喫茶などというものに興味はなかったが、にこの話を聞いて興味が湧いたのか少し行ってみたいと思った。しかし、それを察したことりがすごい剣幕で悠に迫ってきた。

 

「お兄ちゃん!メイド喫茶なんてぜーったいに行ったらダメだからね!!」

 

「こ、ことり?」

 

「どうしたのよ、鳴上妹?」

 

 ことりの突然の剣幕に悠のみならず、近くに居たにこやアイドル知識を披露していた花陽たちも驚嘆していた。

 

「お兄ちゃんがメイド喫茶なんて行ったら悪い虫……じゃなくて女の子がいっぱい寄ってきそうだからダメ!絶対ダメ!!分かった!?」

 

「あ、ああ……」

 

「どんだけブラコンなのよ、この子は……」

 

 何故か麻薬防止のキャッチフレーズみたいになっているが、とりあえず首を縦に振っておいた。しかし、普段悠に女の話が出ると静かに黒化して怒ることりがこんな剣幕で叱責するとは珍しい。

 

「ことり……もしかして、その『ミナリンスキー』っていう人を知ってるのか?」

 

「え!?…………いや、知らないけどすごい人だな~って思って……。それにそんな人に会ったら、お兄ちゃんが………」

 

「??」

 

 どういうわけか歯切れが悪い。だが、悠にはことりが嘘をついているということは分かった。別に悠はどこぞの弁護士のように相手が嘘をつくと反応する腕輪やノイズが聞こえる耳を持っているわけではない。悠はことりが『知らない』と言った瞬間、ことりの左手が震えているの見抜いたのだ。これはことりが小さい時から嘘をついたときに見せる仕草だったので一発で分かった。

 

 しかし、わざわざこの場で可愛い従妹の秘密を暴くのは、気が引けたのでやめておくことにした。とりあえず、今はにこの話を聞くことにしよう。

 

 

 

 

「それで、話って……何ですか?」

 

 海未がおずおずと尋ねると、にこは神妙な顔で悠たちに問うてきた。

 

「アンタたち、これからもスクールアイドルをやりながら犯人を追うんでしょ?」

 

 それは当たり前だと、穂乃果たちは首を縦に振った。

 

「なら…私も協力するわ。アンタたちの犯人探しとスクールアイドルに」

 

「ほ、本当ですか!!」

 

 穂乃果はその言葉が余程嬉しかったのか、目をキラキラとさせた。

 

「どこの誰か知らないけど、勝手に私をあの世界に引き込んで、家族を泣かせた罪は重いわ。絶対に一発殴って罪を償わせなきゃ気が済まないのよ」

 

「いや…殴るのはどうかと思いますけど……」

 

 海未がにこの過激な発言に冷静にツッコむ。

 

「でも……正直不安なのよ」

 

 さっきとは一変して、にこは少し暗い表情になってそんなことを言ってきた。何故なのかと聞くと、にこはそのままの表情でこう返す。

 

「鳴上の言う通り、アンタたちがスクールアイドルに本気で取り組んでいるのは分かってる。でも、私がまた自分の理想を押し付けて……あいつらと同じことにならないのかなって……」

 

 どうやらまだ2年前のことは引っかかっているらしい。いくらあの自分の影と向き合えたとはいえ、簡単にあの過去は割り切れないようだ。どんな過去でも、月や太陽のように逃れられないとマーガレットも言っていた。何とか出来ないもんかと考えていると、

 

 

「大丈夫だよ!にこ先輩!!」

 

 

「え?」

 

 話を聞いた穂乃果が勢いよく立ち上がって、にこの目を真っすぐ見てこう言った。

 

「私はにこ先輩に何があったかは分からない。でも、今まで私たちに解散しなさいって言ってきたのって、にこ先輩がスクールアイドルに対して真剣に考えていたからでしょ?」

 

 にこは穂乃果の言葉を聞いて呆然としてしまった。まさか悠にではなく穂乃果にこんなことを言われるとは思わなかったのだろう。そして穂乃果は太陽のような笑顔を向けて、にこの心に響く言弾を撃った。

 

 

「そんなにこ先輩なら私はついていけるよ。だって、にこ先輩は一番スクールアイドルのことを本気で考えてくれているし、ちょっと怖いところもあるけど信用できるから!」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、にこの今まで自分が作ってきた壁が打ち抜かれたような感覚に陥った。それほど、穂乃果の言葉が心に響いたのだろう。すると、他のメンバーたちもにこに向かって各々の言葉をかけ始めた。

 

「私も穂乃果に同意です。にこ先輩の指導なら参考になりますし、私も大歓迎です」

 

「ことりも!」

 

「わ、私も!にこ先輩について行きたいですし、アイドルの話もしたいです!!」

 

「にこ先輩なら信用できるにゃ!」

 

「過去に何があったかは関係ないとは言い切れないけど……鳴上さんや穂乃果さんが言うならね」

 

 海未たちの言葉を聞き終えたにこは、自分の胸が熱くなるのを感じた。こんな自分を穂乃果たちは受け入れてくれている。そんな風に思えたからだ。

 

「そういえば、矢澤にはこれをあげないとな」

 

 悠はそう言うと懐からクマ特製メガネを取り出して、にこに渡した。

 

「これは…鳴上たちがあっちの世界で掛けてたメガネ?」

 

「ああ、俺たちの仲間の証(・・・・)だ」

 

「え?」

 

 そして悠はポケットから去年から愛用している黒縁のメガネをにこに見せる。それに習って、穂乃果たちも自分たちのメガネをにこに見せた。にこは少し驚いたが、悠たちに仲間と認められて嬉しかったのか目に少し涙が浮かんだ。

 

「仲間……うん!」

 

 にこはようやく自分が欲しかったものと出会えたと言わんばかりに悠が渡してくれたメガネをぎゅっと握りしめた。そしてメガネを掛けて、改めて悠たちに顔を向ける。

 

 

「アンタたち!スクールアイドルを名乗るからには私は手加減しないわよ!覚悟は良いわね!」

 

 

 そう言ったにこは勝気な笑顔を浮かべていた。それにつられて悠や穂乃果たちも笑顔でにこに改めて挨拶をする。

 

「ああ、臨むところだ。こちらこそよろしくな」

 

「「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」

 

 こうして、悠たち【μ`s】に『矢澤にこ』という新たなメンバーが加わった。彼女のアイドルに対する情熱や信念はこれからも穂乃果たちに良い影響を与えるだろうし、その腕っぷしは事件解決の手助けにもなるだろう。それに、にこが仲間になるということはこの部室を悠たちも使えるということなので、当初問題になっていた練習場所のことも解消できた。

 

「じゃあ、早速みんなには私のにっこにっこにーを」

 

 ガラッ

 

にこっち~、ちょっと話があるんやけど……

 

 にこが何かを言いかけた時、生徒会副会長の希が笑顔で部室に入ってきた。しかし、その笑顔の瞳のハイライトは消えているので恐怖しか感じない。さっきまでの良い雰囲気が台無しである。

 

「と、東條……」

 

「あらっ、鳴上くん♪それに高坂さんたちまで。安心してええよ、用があるのはにこっちだけやから」

 

そう言われても、目が笑ってないままなので反応に困る。

 

「な…何よ、希。目が怖いわよ………」

 

「ここ昼休みに提出した部活申請の書類なんやけど、不備があったから再提出な」

 

「ハア!?不備~?どこがよ!」

 

「というか矢澤、もう部活申請の書類を出してたのか?」

 

 悠はにこが既に部活申請の書類を生徒会に提出していたことにツッコミを入れた。性格上にこがそんな面倒なことをするとは思えなかったので、逆に疑いたくなる。

 

「そうよ。どうせアンタたちをこの部活に入れるつもりだったから、今日のうちに書類を書いておいたの。授業をサボってまでね」

 

「いや、授業サボったらダメでしょ。一応にこ先輩だって鳴上先輩と同じ受験生なんですから」

 

「うっさいわね!それで希?どこに不備があったっていうのよ」

 

 海未のツッコミを一蹴して改めて希に問うと、希は持ってきた書類をにこにある場所を指さしながらにこに突きつけた。

 

「ここの部長名のところ、名前が『鳴上にこ(・・・・)』ってなってるんやけど?」

 

「え?…」

 

「そして、この副部長のとこは『矢澤悠(・・・)』って書いてあるんやけど………これはどういうことかいな?」

 

 その瞬間、部室の室温が一気に下がったような感覚に襲われた。悠は思わずブルッと震えながらも確認すると、その発生源は希だけでなくことりや海未、花陽と真姫からも発せられていた。

 

「あ…これは……その」

 

 にこはしどろもどろに言い訳をしようとするが、もう手遅れであった。

 

「にこっち?これはウチに喧嘩売っとるということでええんやな?」

 

「に、にこ先輩!どういうことなんですか!?」

 

「勝手に鳴上性を名乗るなんて……それ将来のことりの名字なんだけど?」

 

「……ちゃんと説明してくれますよね?にこ先輩?」

 

「いくら先輩でも、こればっかりは…ね……」

 

 目の笑ってない海未たちがにこに詰め寄ってくる。その光景はさながらホラー映画のようだった。あまりの恐怖に、にこは思わず顔が真っ青になっていく。

 

「ちょっ、落ち着きなさい!どうして……な、鳴上!助け」

 

 何とか希たちから逃れようと悠に助けを乞うが、当の本人は…

 

「高坂、凛、今からちょっと外に行くか」

 

「あ!良いね!ちょうど喉が渇いてたんだ~」

 

「凛もちょうど行きたいところだったにゃ!」

 

 バタンッ

 

 悠は巻き込まれるのを避けるため、穂乃果と凛を連れて部室から出ていった。それを見たにこは、見捨てられた屈辱から思わず叫んでしまった。

 

 

 

な………鳴上イィィ!覚えときなさいよ~~~~~~~~~!

 

 

 

 その後、アイドル研究部室からにこの断末魔が聞こえたのは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<屋上>

 

「ふう…平和だなぁ」

 

 にこを置き去りにした悠は屋上でフェンスに寄りかかって空を見上げていた。穂乃果と凛は悠の分も買ってくると下で飲み物を選んでいる。今日の空は今まで雨だったのが嘘のように青空が広がっている。久しぶりに太陽をみているようで、心が穏やかになるのを感じる。それに来週はGWだ。陽介たちのお土産はどうしようかと考えていると……

 

 

ー……ざわ…だ……えろ

 

 

「!!!」

 

 背後からそんな掠れた声と共に濃密な殺気を感じたので、悠は思わず振り返った。しかし、振り返ると先ほどの殺気は消えていた。そこにはただ遠くに高層ビルが立ち並ぶ景色が見えるだけだった。

 

「今のは……一体」

 

 今のはなんだったのだろう。何か八十稲羽で夜間清掃のアルバイトをした時にも感じた、誰かにジッと見られているような感覚と似ていたような。

 

「……気のせいなのか?」

 

 しかし、今のは気のせいでは片付けられないような気がする。そんなことを思っていると、

 

「鳴上先輩!お待たせ!」

 

「お待たせにゃ〜!」

 

 ちょうど飲み物を抱えた穂乃果と凛が帰ってきた。悠は遅れて反応して穂乃果たちから飲み物を受け取った。

 

「あれ?鳴上先輩、何かあったの?」

 

「え……いや、何か視線を感じて」

 

「「??」」

 

 その後しばらく穂乃果たちと他愛ないことで談笑したが、あの自分に向けられた殺気が何だったのかと、頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「いらっしゃ~い♡鳴上さーん!」

「お金を稼ぐのは大変だな………」

「私も行く!」

「お疲れ様」


「何で鳴上君が家に来てるのよ~~!!」


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#23「Part-time work panic.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

先日も言った通り、テスト期間に入るため今月の更新はこれが最後となります。テストは8月上旬ごろに終わるので、それまで待っていてください。

あとがきの方にGW編の予告を書いたのでそちらの方もどうぞ!更に活動報告に新しいアンケートを行いますので、そちらの方もどうぞ。

そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方・誤字脱字報告をしてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。

読者の皆さんの応援のお陰で
・お気に入り件数が700を突破!
・7/9の日刊ランキングで9位にランクイン!
することが出来ました!

これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きますので、応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


 目覚めると悠はある教室の窓側の席に座っていた。空は夕焼けに染まっているので、おそらく今は夕方だろう。

 

(これはいつぞやイゴールが言っていた過去夢なのか?)

 

 その証拠に体が現実より体が小さくなっていた。見たところ小学生だろうか?胸の名札を見ると、五年生と書かれてあった。五年生と言えばと悠は思い出した。

 

 

 この時から悠は積極的に友達を作ろうとはしなくなった。それは単に親の度々訪れる転勤が原因である。悠の両親は外資系企業に勤めており、何度か転勤を繰り返している。この小学生時代で、長くて2年、最短で半年といった具合に何回も転校した。折角出来た友達も親の転勤で離れ離れになってしまうので、何度も悲しい思いをして両親を困らせたものだ。

 

ーまた同じ思いをするならば、もう友達なんて作らなくていい。

 

 いつしかそう思うようになり、友達を作ろうとは思わなくなり孤立していった。そのことに悠は何も違和感を感じなくなった。自分はいつも孤独なんだからと考えるようになっていった。

 

 

 

「あれ?…君は昨日転校してきた人だよね?まだ帰らないの?」

 

 

 

 窓を見て回想にふけっていると、後ろから声を掛けられた。振り返ってみると、そこに幼げなを顔しているのに関わらず、どこか大人っぽい雰囲気を持った女の子が居た。誰もいない教室で一人黄昏ている悠は見て心配になったのだろう。それに対して、悠は素っ気なく返した。

 

「別に……帰っても、誰も居ないから」

 

 悠の両親は転勤も多ければ帰りも遅い。仕事が忙しいのか家のことは全くしなかったので、家事はいつも悠がやっていた。今の悠が家事スキルが高いのも、きっとこれの影響だろう。

 

「そうなんだ……あ!ねえ!君の家ってどこにあるの?」

 

 話を聞いた少女は少し頬に人差し指を当てて考え込んだと思うと、こんなことを言い出した。

 

「え?」

 

「良かったら一緒に帰らない?実は私も君と同じ転校生で、お父さんとお母さんが仕事で帰ってくるのが遅いんだ。だからさ……私も家に帰っても家族がいないの」

 

 驚いた。まさか自分と同じような境遇の者がいるとは思わなかった。しかし、同情されるのは気に障るので断ろうかと思ったが、この女の子はしっかりと自分の目を見て言っているので断るのは気が引ける。

 

「うん……良いよ」

 

 悠はそう言ってくれたのが嬉しかったのか、女の子は手を合わせて大喜びした。

 

「やった~!ありがとう!!え、え~と…名前は確か…」

 

「…鳴上悠」

 

「そう!鳴上くん!良い名前だよね!」

 

「そ、そうかな……」

 

 そんなこと言われたのはこれが初めてだろう。小学生の女の子らしい笑顔で言われたので、思わずドキッとしてしまう。

 

「じゃあ、今度は私だね!私の名前は…」

 

 しかし、女の子が名前を言おうとした瞬間、突然視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~にこ加入から数日後~

 

 

「………………」

 

 悠は浮かない顔で朝食を取っていた。別に朝食の出来がよろしくなかったとかそういうのではない。昨日見た過去夢であの時悠に優しくしてくれた少女の名前が思い出せなくてモヤモヤしているのだ。すると、

 

「あら?鳴上くんどうしたの?さっきから黙り込んで。具合でも悪いのかしら?」

 

 そんな悠の様子が心配になったのか一緒に朝食を取っていた菊花(・・)が話しかけてくる。

 

「いえ、そういうことでは……」

 

「ハムッ…ハムッ……きっと疲れて食欲がないんだよ!鳴上先輩、食べられないならそのお魚ちょうだい!!」

 

「お姉ちゃん、鳴上さんの手料理だからってがっつき過ぎ」

 

 現在悠は穂乃果の家『穂むら』で朝食を取っている。何故かというと、昨日ここ『穂むら』でバイトしていたからだ。度重なる出費により陽介たちのお土産を買うお金が足りなかった悠は穂乃果の母の菊花に頼んでバイトさせてもらっているのだ。バイトを頼んだ時、菊花は待ってましたと言わんばかりに快くOKを出してくれたが、その時目が獲物を狙う猛獣のようになっていたのが気になった。

 

 

「昨日あんなに頑張ってたんだから疲れて当然だよ」

 

 雪穂の言う通り、昨日はただのバイトなのに色々とあった。いつもより人が多く来たので接客に追われたり、夜にまた菊花も和菓子講習を受けたりした。お陰で昨日のバイトが終わった後の悠はとても疲れ果てていた。今日も『穂むら』のバイトなので気を引き締めなければ。

 

「鳴上くん、今日の午後は休みなさい」

 

「え?」

 

 突然菊花にそんなことを言われた。一体どういうことだろう?別に働けないというほどではないと菊花に伝えると、菊花は呆れた様子でこう言った。

 

「穂乃果から聞いたのよ。鳴上くん最近頑張り過ぎだって。それなのに昨日はあんなに張り切って……無理し過ぎよ」

 

 確かに。最近悠は【μ‘s】の部室確保やにことのゴタゴタ、テレビの中でのシャドウ戦など色々なことに奮闘した。それにも関わらずこうやってまた働きにいっているのだから、無理してるというのは間違いではないのだが……。

 

「頑張るのは良いけど、無理をしちゃだめよ。それで身体を壊したら元も子もないし、ご両親や雛ちゃんだって心配するわよ。もっと自分の身体に気を遣いなさい」

 

 確かに菊花の言う通り自分の身体への配慮が足りなかったかもしれない。前に陽介にも同じことを言われたなと思いつつ、悠は菊花の言う通り今日の午後は休ませてもらうことにした。

 

「ありがとうございます。お気遣い頂いて」

 

 悠は菊花に感謝の言葉を述べた。何かと雛乃と同じくこの人には頭が上がらない。

 

「何言ってるの。鳴上くんのことを心配するのは当たり前じゃない。将来の義理の息子なんだから……

 

 何か小声で不吉なことを言ったような気がする。それに穂乃果の父が作業している厨房から途轍もない殺気を感じた気もするが、そっとしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、朝食を取った後は早速仕事だ。穂乃果の父が朝早くから仕上げた和菓子を店頭に並べて開店の準備をする。今日も午前中は雪穂と店番だ。

 

「鳴上さん、お母さんが言ってた通り無理しないでくださいね」

 

「ああ、善処するよ」

 

 今日は昨日と同じくお客さんが大勢来た。もうすぐGWなので、帰省する人はお土産でここの和菓子を買いに来たのが目的の人が多いらしい。悠も実は陽介たちのお土産にこの『穂むら』のほのまんを買おうと思ったのだが、その時所持金あまりなかったのでこうしてバイトしているのだ。まあそれ以外に特捜隊の各々に個人で渡すものも考えてはいるのだが。

 

 そうしているうちに、時計はお昼の時間を指していた。お客の数も大分落ち着いてきたので、悠たちはお昼休みに入ることにした。すると、

 

「あっ!鳴上さん、携帯が鳴ってますよ」

 

 雪穂が机の上に置いてあった悠の携帯が鳴っているのに気づいて知らせてくれた。悠は雪穂にお礼を言って、携帯の画面をチェックする。画面には『クマ』と表示されてあった。

 

「クマから?」

 

 着信が来たのは意外にも八十稲羽にいるクマからだった。クマから電話が来るとは珍しい。とりあえず出てみようと思い、悠は通話ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?鳴上くん、どこか出かけるの?」

 

「はい。ちょっと買い物ができたので。すぐに戻りますよ」

 

「そう。気を付けてね」

 

 菊花にそう断りを入れて悠は『穂むら』から町へ繰り出した。本当は外に出る予定はなかったのだが、先ほどのクマの電話で町に用事が出きたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~悠とクマの通話記録~

 

『センセイはGWにこっちに帰ってくるクマか?』

 

「ああ。勿論そのつもりだ」

 

『も、もしかして…センセイがプロデュースしてるという【μ‘s】のプリティーちゃんたちも!』

 

「それはまだ分からないけど……クマ、もし高坂やことりに手を出そうとするなら」

 

『め、滅相もないクマ!クマはセンセイが手塩に育てたプリティーちゃんたちに絶対に手は出さないクマ~!!』

 

 悠が低い声で脅すとクマは焦って弁明する。そうは言っても前科がありすぎるので全然信用できない。ここは一応分かったということにしておくが、もし現地で穂乃果やことりたちに手を出したら即刻私刑を執行しよう。

 

「それで、俺に用があるんじゃないのか?」

 

『そ、そうクマ~。大変キョーシュクですが、実はクマはセンセイに頼みがあって、こうやってデンワしたクマよ』

 

 クマから頼みとは…どうせロクなことではないだろうが一応聞いておこう。

 

『センセイはクマたちにお土産を買ってくるクマよね?』

 

「あ、ああ。今お金がないからバイトして、みんなのを選ぶのはこれからだけど…それがどうかしたのか?」

 

『実は…ヨースケのお土産でご指定したのがあるんですが…』

 

「は?」

 

 クマが陽介のお土産の相談?それ以前にお土産とはもらう側が指定するものではないと思うのだが…そう言おうとすると、クマは悠に事情を話し始めた。

 

『ヨースケが昨日、お気に入りのナースさんをママさんに燃やされて、今すんごく落ち込んでいるクマ』

 

「ナース?」

 

『やーねーセンセイ、ご本の話クマよ。お胸がプリ~んとしてて、お尻がポヨ~んと』

 

「よく分かったよ……」

 

 要するに、陽介は健全な男子高校生なら誰しもが持つエ……言い方を変えればオタカラをお母さんに燃やされたらしい。自分は両親が仕事で家にあまり居ないのでそう言ったことは今のところない。しかし、最近はことりがよく出入りしているので、最近見つかりにくい場所に隠したばかりである。そんなことより……

 

「つまり…クマは俺にそれを陽介のお土産として買ってほしいと……」

 

『さっすがセンセイ!その通りクマ!!センセイの居る都会っチューところは、そういうのがいっぱいはずクマよね?可哀そうなヨースケのためにもここは一つお願いしたいクマ』

 

「……………………」

 

 いや、どんな罰ゲームだよとツッコミたい。仮に買ったとしてもお互い傷つくだけだろう。しかし、日頃ジュネスのバイトや仲間のツッコミなどで苦労している陽介の姿を想像すると、何とかしてやりたいと思ったのも事実。

 

「分かったよ…」

 

『およ~!さっすがクマのセンセイクマー!!それじゃあセンセイ、お土産楽しみに待ってるクマ~。【μ‘s】のプリティーちゃんたちにもよろしくお願いクマ~』

 

 そう言うと、クマは機嫌が良さそうに電話を切った。

 

 

~通話記録 終了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で、悠は苦労人の陽介のために本屋でナースのオタカラを購入した。ちなみに普通の高校生なら他の雑誌などに挟んでオタカラを購入するものだが、悠は【豪傑】級の勇気があるのでそんな小細工などせずに普通にレジに出して購入。店員さんには若干引かれたようだがこの際気にするのは無しだ。とりあえず、これをこのまま『穂むら』に持って帰るのは流石に気が引けるので、一旦家に帰ることにした。

 

 

 

 

 

 しかし、この後悠は思った。この時の俺はどうかしていたとしか思えない…と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<穂むら>

 

ザアアアアアアアアッ

 

 家に帰ろうと思ったが『穂むら』に家の鍵を置いていたのを思い出して引き返したのだが、途中で雨が降り出してしまった。急いで走ったお陰かあまり濡れはしなかったが、手にオタカラを持っているせいか結構精神的に疲れた。店に入ると、店番をしているらしい割烹着を着た穂乃果が声をかけてきた。

 

「あ!鳴上先輩!お帰り~!雨大丈夫だった?」

 

「ああ、ただいま……」

 

 元気よく出迎えてくれた穂乃果だが、その姿には愕然とするしかなかった。何故なら穂乃果は両手に食べかけのほむまんを持っていからだ。

 

「高坂………つまみ食いしてたのか?」

 

「え!?…いや、これは自分のだよ!自分用だから、お店のやつじゃないから!」

 

「……そこの棚のほむまんが二つほど無くなってるけど」

 

「ハウ!!」

 

 穂乃果は嘘がバレたので、まるで偽証が見抜かれた証人みたいなリアクションを取った。穂乃果は店番をするとよく商品のほむまんをつまみ食いすると雪穂から聞いてはいたが、まさかこんなあからさまにやっているとは思わなかった。すると、穂乃果は顔を真っ青にして悠に泣きついてきた。

 

「お願い!鳴上先輩!!お母さんに言わないで!これバレたらまたお小遣い減らされちゃうから!鳴上先輩の給料に持っていかれちゃうから!」

 

「…………………」

 

 今更だが、穂乃果が泣きつく様はどこかの駄女神に似てきたように見える。というか今聞き捨てならないことを聞いた気がする。どういうことなのか説明を求めようとすると、

 

 

ほ~の~かぁ~?ま~たつまみ食いしてたの?

 

 

 時はすでに遅しというべきか、菊花が店内に現れて穂乃果に鬼のような形相を向けていた。

 

「ヒィ!!」

 

 菊花の存在に気づいたのか穂乃果は顔を真っ青にして悠の後ろに隠れてしまう。菊花の怒りの声に穂乃果のみならず悠も恐怖を覚えた。すると、菊花は悠に気づくと先ほどとは違う柔和な笑みを悠に向ける。

 

「鳴上くん、お帰りなさい」

 

「は…はい……」

 

「あら?顔が疲れてるわね。雨が降ったから大変だったでしょ?少し上の部屋で休んでいいわよ。私は今からこの愚娘に説教するから……」

 

 菊花は穂乃果に目線を向けると、穂乃果は更に震えあがった。

 

「い、嫌だ!お母さんの説教は嫌だ!先輩!助けて!!」

 

 母の説教が嫌なのか穂乃果はまるで捨てられた子犬のような目で悠に懇願する。しかし、悠はすぐさま穂乃果の後ろに回って差し出すように背中を押した。

 

「…どうぞ」

 

「嫌だ~~~!!」

 

 悠はあっさりと穂乃果を菊花に差し出し、巻き込まれないようにと二階へと上がった。後ろから『鳴上先輩のバカ~~!』という悲痛な声が聞こえた気がするが、そっとしておこう……

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 とりあえず、穂乃果の無事を祈りながら悠は二階にたどり着く。菊花の言葉に甘えて早速休もうと部屋の襖を開けると

 

 

「ううん……あれもこれもやってるのに全然胸が大きく」

 

 

バタンッ

 

 悠は勢いよく襖を閉める……今のは幻覚だろう。きっとオタカラを買ったせいで疲れてるんだ。何も見てない。決して下着のまま何かの雑誌を読んでいる雪穂の姿など見ていない。そう思い込んで、悠は次の部屋の襖を開ける。

 

 

「貴方の心にラブアローシュート♡みんなありがとう~!!」

 

 

バタンッ

 

………何も見ていない。鏡の前で痛いポーズを取っていた下着姿の海未など見てみない。そうだ、きっと疲れているのだ。早く部屋に入って休まなくては、オタカラの呪いにかかってしまう。悠はそんな意味不明なこと思い、早く休みたい一心からさっさと次の部屋のドアを開けた。

 

「あっ…………」

 

 悠は後悔した。何故部屋に入る前に誰かいるのかチェックしなかったのだと。そして、何故そこが脱衣所であることを確認しなかったのかと。

 

 

 

「な…なな………」

 

 

 

 最後にラスボスがそこにいた。その部屋には雨に降れたのか濡れた服を乾いた服に着替えている最中の花陽が居たのだ。しかも下着は下の方しか履いていない……

 

「な…鳴上…せん…ぱ………い」

 

 花陽は顔を真っ赤にして身体を震わせながらこっちに近づいてきた。

 

「お…落ち着け!これは……」

 

 

見ないでください!!

 

 

 

 

 

ドンッ!!

 

 

 

「「え!?」」

 

 突然何かデカいものがぶつかったような音が響いてきたので、穂乃果と菊花は驚いた。

 

「な、何!」

 

「今のって二階から……」

 

 何かあったのかと思い、穂乃果と菊花は急いで二階へと上がっていく。二階に上がった瞬間、2人は思わぬものを目にしてしまった。そこで二人は目にしたものとは………

 

 

「な、鳴上さん!大丈夫ですか!!」

 

「と、とにかくお医者さんを!」

 

「あ…ああ………」

 

 

 二階の廊下で倒れこんでいる悠とあたふたとしている雪穂と海未、その場であられもない姿でへたり込んでいる花陽の姿だった。もはやカオスとしか言いようがない。

 

 

「貴女たち!さっさと服を着なさい!!」

 

 

 菊花の本気の怒声が『穂むら』全体に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~ 

 

 

 聞き覚えのあるピアノの音が聞こえてくる。

 

「あら?この時間に入らすとは珍しいわね」

 

 案の定ここは【ベルベットルーム】のようだ。目を開けると、いつも通り全てが群青色に染まっているリムジンの車内のような空間がそこにあった。

 

「ようこそ、ベルベットルームへ。主は今留守にしております」

 

 いつもの席にはこちらを見て微笑むマーガレットが居る。最近は彼女と2人で会うことが多くなっている気がする。あの奇怪な老人はどこへ行ったのだろうか?

 

「先の戦いで迷い人を救っただけでなく【戦車】のアルカナと桃色の【女神の加護】を手に入れたようね。それに、あの迷い人も以前と見間違えるように生き生きとしているようで……ふふふ、流石貴方というべきかしらね」

 

 マーガレットが言っているのはにこのことだろう。確かに彼女の言う通り、にこは自分がやりたいことに打ち込めているせいか初めて会ったときより生き生きとしている。それはとても嬉しいことなのだが……何故か練習でみんなに自分の持ちネタを練習させて、挙句の果てに悠にまでその練習を強要しているのだ。本人曰くマネージャーならこれくらいやって当然だという理由で……

 

「ふふふ、それでもあの子は少なくとも貴方と出会ったことによって救われたのでしょう。それは…今まで貴方が救ってきた者たちも同じ」

 

 すると、マーガレットはペルソナ全書を開いてこう語り始めた。

 

 

「貴方は昨年の事件を通して多くの者と絆を育み、救ってきました。あの時の経験はきっとこの先の貴方とあの子たちの旅の手助けになるでしょう。そのことをお忘れにならないようお気を付けください」

 

 マーガレットの話を聞いた悠は首を縦に振った。何故かは分からないが、マーガレットがこういう話をするということは、この先何かあるということなのだろう。すると、マーガレットはペルソナ全書を閉じて悠に微笑んできた。

 

「本当はもっと貴方と世間話をしたいのだけど、あの子たちを待たせたら悪いから今日はここまでね。それでは、またお見えになる時まで…ご機嫌よう」

 

 そうして悠の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………うっ」

 

 目を開けると、見覚えのあり天井が見えた。体が少しだるい感じがするが、起き上がって辺りを確認しようとすると

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

 

 突然近くに居たらしいことりが泣き顔で悠に抱き着いてきた。

 

「うおっ!…ことり……」

 

「お兄ちゃんが倒れたって聞いたから駆け付けたの!お兄ちゃん、ずっと眠ったままだったから心配したんだよ!ううっ…ううう」

 

「ちょっと、ことり!鳴上先輩は起きたばっかりなんですよ!」

 

「そうよ!とにかく鳴上さんから離れなさい!」

 

 悠に抱き着いたことりを海未と真姫が引き離す。すると、部屋の襖が開いて穂乃果と凛、花陽が入ってきた。

 

「あ!鳴上先輩起きた!!良かった~!」

 

「良かった…良かったよ~!凛ちゃ~~ん!」

 

「か、かよちん…落ち着いてにゃ……苦しい……」

 

 悠の無事を確認して安堵したのか穂乃果と花陽は大喜びして、凛は喜ぶ花陽にヘッドロックを掛けられて苦しそうにしている。

 

「ったく…余計な心配かけるんじゃないわよ、鳴上」

 

 見ると、そんな穂乃果たちの横に先ほどマーガレットとの会話で話題になったにこも居た。話を聞くと、どうやら皆悠が倒れたと聞いて心配になって駆け付けたらしい。悠が気絶した原因になった花陽は焦った顔で悠に必死で謝ったが、悠は自分も悪いと花陽に言い聞かせた。

 

「というか鳴上はちゃんと人が居るのか確認すればよかったじゃない」

 

「うっ……それを言われると………」

 

「まあまあ、いいじゃん!鳴上先輩は無事だったんだからさ」

 

 そんな穂乃果の一言によってこの話は終わり、悠は穂乃果たちに断りを入れてお手洗いに行った。お手洗いで用を足すと、部屋へ戻る途中に上に上がってきた菊花と会った。

 

「あら?鳴上くん、もう起き上がって大丈夫なの?」

 

「は、はい…ご心配をおかけしました」

 

「本当よ。あの子たちも私もかなり心配したんだからね。ことりちゃんなんてこの世の終わりみたいな顔してたし」

 

 菊花の話を聞くと相当心配をかけてしまったようだ。菊花はとりあえず今日の夕飯は自分が作るからそれまで休んでなさいと言ってその場を去っていた。悠は菊花に申し訳ないなと思いつつ、自分の部屋に戻っていく。

 

 部屋の前まで戻ると穂乃果たちの楽し気な話し声が聞こえてきた。穂乃果たちの楽し気な声を聞いていると、悠はフッと笑ってしまった。今の穂乃果たちの雰囲気はまるで去年、ジュネスのフードコートで繰り広げていた仲間との日常を連想させたからだ。さて、自分のこの部屋に入って穂乃果たちの話の輪に入ろうと襖に手を掛ける。

 

 

 

 しかし、このとき悠は忘れていた。今の状況で隠さなければならなかったオタカラの事を

 

 

 

「あれ?この本は何でしょう?」

 

 部屋の襖に手を掛けた途端、海未のそんな声が聞こえてきた。何か嫌な予感がして部屋に入ってみると、海未が部屋の隅に袋からはみ出ている本を見つけて中身を確認しているところだった。悠はその本を見て顔が一気に青ざめる。

 

「!!ま、待て!園田!それは…………」

 

 悠はそれを見て止めようとしたが遅かった。

 

「…………………」

 

「う、海未?どうしたのよ……」

 

 海未は本を見た瞬間、顔を真っ赤にして身体を震わせ始めたので、にこは心配になって声をかける。

 

「は……は……………ハレンチです!!」

 

「ぐふっ!!」

 

 海未は本の内容が許容範囲を超えていたのか、その本を謝ってにこに思いっきりぶつけてしまった。海未から重い一撃を食らったにこは気絶してしまい、その拍子でその本がことりの手に着地してしまった。悠はこの時、ヤバいと思ったがもう遅い。案の定ことりはその本の内容に目を通した瞬間、ことりの目のハイライトが消してこちらを向いてきた。

 

 

お兄ちゃん?これは何かな?

 

 

 ことりの手には『×××ナース、夜の看護 DX』と書かれた本が一冊。それを見た悠は冷や汗が止まらない。それは今日陽介のお土産として買ったオタカラであったからだ。

 

「そ、それは……」

 

「ふふふ、お兄ちゃん……ことりが居るのにこんなもの買うなんて……」

 

 悠は思案する。その本は八十稲羽の相棒へのお土産だと言ったところで信じてもらえるだろうか?いや絶対にない。ならどうすれば……しかし、ことりは無慈悲にも悠が答えを示す前に判決を下した。

 

 

「とりあえず、お兄ちゃんが洗濯機や布団の下とか使わなくなった参考書の表紙を被せて本棚の奥とかに隠してるこういう本全部燃やそうかな。お兄ちゃんにはことりが居るから、こんなの必要ないしね♪」

 

 

 何かオシオキが待っていると思っていたら、トンでもないことを言い出した。いやしかし、それよりも……

 

「どうしてそれを………」

 

「ふふふ♪ことりが知らないとでも思ったの?……まぁお兄ちゃんも男の子だし、見て見ぬふりをしようかなって思ってたけど……ね…」

 

 我が従妹ながら恐ろしい。どうやら悠が想像してたよりも早く悠のオタカラの場所を把握してたようだ。もっと見つかりにくいところにするべきだったか……

 

 辺りを見渡すと、穂乃果と凛の微妙に引きつってる顔、真姫のジト目が痛い。何とか助けを求めようとも、にこはまだ気絶しており海未は真っ赤になってエンスト中、花陽は悠のオタカラを見て顔を真っ赤にしているため、助けを求めることが出来ない。四面楚歌とはこの事を言うのではなかろうか。そう思っているうちにことりがトドメを刺した。

 

「お兄ちゃん?何かいうことある?」

 

 悠は打つ手なしと判断し、ことりたちに頭を下げた。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、悠の隠し持っていたオタカラはことりの手によって処分され、学校で落ち込んでいる悠の姿が確認された。更に【μ's】のメンバーの一部には将来ナースになろうかと画策し始めた者が居るとか居ないとか。結局悠も相棒と同じ目に遭うことになり、改めて悠は決意した。

 

 

(稲羽に帰ったら絶対クマをシバき倒す!)

 

 

 

 とりあえずクマのお土産はみんなのよりランクをダウンしてやると悠は心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋の中、少年は寝転がってブツブツと呟いていた。

 

「っはは…やっとだ………やっと僕の望みが叶う……」

 

 しばらくそんなことを呟きながらニヤニヤしていたが、突然顔を歪めて乱暴に立ち上がり、腰に差していた刀を抜刀して近くにあったテレビを切り裂いた。それでは飽き足らず、切り裂いたテレビだけでなく周りのものを八つ当たりするように壊し始めた。

 

 

「ハァ…ハァ………」

 

 八つ当たりを終えると上を見上げ、そこに映る月を見ながらこう言った。

 

「あいつは俺と同じ匂いがするのに……目障りだ。僕は一人になりたいのに…………必ず消してやる。ゆっくりと…殺してやる。くくくく……はははははははは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また別の場所では、誰も居ないとある教室に一人の少女が眠りから目を覚ましていた。

 

「うう……ウチは寝とったんかいな。春から生徒会長に任命されたんに……情けないなぁ」

 

 そう言うと、少女は思いっきり伸びをして席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼・彼女らが動くその時、新たな事件の影が悠たちに迫ろうとしていた。そのことを本人たちはまだ知る由もなかった。

 

 

ーto be continuded




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「また会えた…お帰り。ずっと忘れてなかったよ」






八十稲羽を離れてから数か月後……GWを利用して、悠は叔母の雛乃と【μ`s】の皆と共に再び八十稲羽に帰ってきた。久しぶりに触れる八十稲羽の空気と久しぶりに会う仲間と家族に悠は心が躍っていた。

「お帰り!お兄ちゃん!!」
「久しぶりだな!相棒!!」
「鳴上くーん!久しぶり~!」

雛乃と穂乃果たちに仲間を紹介して親睦を深めつつ、久しぶりの八十稲羽での休日を満喫しようとした。だが………







ー雨の夜に映る高校生同士の決死の格闘番組……そこで負けたものは、翌朝死体となって発見されるー








『P-1グランプリの開幕クマー!!』


突如『決死の格闘ショウ』と名打たれた番組が流れ出したマヨナカテレビ。普段と装いの違うクマの姿。勝手な肩書きと共に紹介される特捜隊メンバーと【μ‘s】のメンバーたち。これを境にほのぼのとするはずだった休日が激変する。







「それでは新たな仲間を迎えると同時に、ここに八十稲羽特別捜査隊再結成を宣言します!」


意味不明のマヨナカテレビが流れて翌日、陽介や穂乃果たちと共に特別捜査隊を再結成した悠たち。相次ぐ仲間の失踪とテレビの中を調査していたクマの音信不通。不審に思った悠たちはテレビの中にダイブすることを決意する。しかし、そこで待ち受けていたのは…………













「んフフフフフ、やっときたクマね~」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと戦わんか~い!」

悠たちに決闘をするように煽る『クマ総統』と名乗る『クマ』















「お兄ちゃんなんてキモイんだよ」
「貴方の勝手な行動に振り回される私たちのことも考えてよ」
「鳴上先輩が居なくなれば良いんですよね……」

強要される突然変わり果てた仲間たちとの望まない決闘。














「早くこの騒ぎを撤収しい。こんなグランプリ、生徒会は認めへんよ」

戦いの最中で出会った八十神高校生徒会長を名乗る一人の少女。













「君が鳴上悠か……」
「誰ですか?貴女は……」

悠のことを知る謎のペルソナ使いたち。















そして……

「やぁ、久しぶりだね。悠くん」

赤い霧と共に現れた、ここには居ないはずの人物。















これは『クマ』が用意した悪ふざけなのか?
そうでなかったとすれば『クマ総統』とは何者なのか?
P-1グランプリの真の目的とは?




真実を掴むため、悠たちは仲間を信じてぶつけ合う!果たして悠たちはこの事件の真相にたどり着けるのか!?


絆のチカラが試される新たな物語の幕が上がる。



間章【THE ULTIMATE IN MAYONAKA WORLD】

2017年8月開始予定


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【THE ULTIMATE IN MAYONAKA WORLD】
#24「I‘m back to YASOINABA.」


閲覧ありがとうございます。お久しぶりのぺるクマ!です。


やっとテストが終わって、この通り執筆活動を再開しました。いや〜この試験が終わった後の解放感がたまらんです。たまらんと言えば、来年にペルソナ5のアニメ化が決定したり、5と3のダンシングゲームが出るようなので、ペルソナファンとしては滅茶苦茶嬉しいです!アニメのジョーカーの名前はどのようになるのかな。また、どのように物語を展開していくのか楽しみです。来年はペルソナの年ですね。


それはともかく、今回から本編はGW編である【THE ULTIMATE IN MAYONAKA WORLD】がスタートです。自分としてはようやく特捜隊メンバーを登場させられるので嬉しい限りです。活動報告にてμ‘sの肩書きを募集しましたが、アイデアをくれた『アルカミレス』さん・『Million01』さん、ありがとうございます。大変参考にさせていただきました。


そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方・誤字脱字報告をしてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。皆さんの応援のお陰でお気に入りが750件に到達しました。

これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きますので、応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


〈???〉

 

『こんばんは、5月1日のナイトジャーナルの時間です。まずは本日起こった国内線ハイジャック事件関連のニュースからお伝えします』

 

 

この世はくだらない幻想に満ちている

 

 

『今日未明、○○空港国内線にてハイジャック事件が発生しました。一時状況は膠着していましたが、警察の特殊部隊の尽力によりハイジャック犯は全員逮捕され、人質となった乗客は皆無事だったとのことです』

 

 

世界の終末こそが安寧の地である

 

 

『しかし、このハイジャック事件はどのような目的で行われたのかは不明ということで、警察は調査を進めています』

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界には誰もいない、誰もいらない

全て壊れてしまえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 目が覚めると眩しい光が目に入ってきた。しばらして目が慣れてくると、のどかな田舎の風景が視界に映った。どうやら電車の中で寝ていたようだ。それに、何か悪い夢でも見た気がする。随分と寝ていたようなので体を動かそうとすると、肩に何か寄りかかっているのを感じた。思わずその方を見ていると…

 

「zzz…zzz………お兄ちゃん……」

 

 可愛いらしい寝息を立てながら自分の肩に寄り添って眠っていることりの姿があった。悠と一緒に時を過ごしている夢を見ているのかとても気持ちよさそうに寝ている。そんなことりを見ていると何やら前から暖かい視線を感じた。

 

「ふふ、悠くん良く寝ていたわね。気持ちよさそうに寝ていたから、ことりも寝ちゃったわよ」

 

「叔母さん…」

 

 目の前にはそんな2人を暖かい目で見守っていたらしい叔母の雛乃。すると、後ろから賑やかな声が聞こえてきたので振り返ってみる。

 

「やった~!!穂乃果が勝った~!!」

 

「ぷぷぷ……海未、アンタ本当にトランプ弱いわね」

 

「海未先輩は弱すぎだにゃ~!」

 

「も、もう一回です!次こそは負けません!」

 

 そこにはトランプゲームを楽しんでいるらしい穂乃果と凛、海未とにこが居た。海未は負けてしまったのが悔しいのか再戦を申し込んでいる。

 

「あっ!真姫ちゃん見て!田んぼだよ!田んぼ!お米だよ!」

 

「見れば分かるから。落ち着きなさいよ、花陽」

 

 その横の席では八十稲羽の景色を見て興奮する花陽とそれを宥める真姫。花陽は初めて見る田舎の景色に興奮しているようである。すると、誰かがことりが寝ているところとは逆の肩をつんつんと叩いてきた。

 

「鳴上くん起きたんやね。はい、お茶」

 

 振り向いてみると、隣の座席からペットボトルのお茶を差し出す希の姿があった。その隣には起きた悠をジッと見ている絵里の姿も。しかし、絵里は悠が自分を見ていると気づくと、すぐに窓の方に視線を移した。

 

「東條……絢瀬も……」

 

 悠は希に礼を言って受け取ったお茶を一口飲んで喉を潤した。そして、穂乃果たちの賑やかな光景を見た悠はふと思い出した。

 

 

(ああ、そうか……今日はみんなで八十稲羽に帰る日だったな…)

 

 

 今日は5月2日。叔母の雛乃と【μ‘s】のメンバーと一緒に八十稲羽に帰省する日だった。

 

 

 

 

 

 

 

【稲羽市】またの名を【八十稲羽】

 

 去年、悠が両親の海外出張の都合で一年間過ごしてきた山梨県にある田舎町。初めてあそこを訪れる最中にベルベットルームに入って、イゴールに‘災難が降りかかる‘と予言された。そして予言の通り、悠は八十稲羽で発生した‘連続殺人事件‘に巻き込まれることになる。しかも、それは普通のものではなかった。【マヨナカテレビ】、【テレビの中の世界】、【シャドウ】、そして今でも使役している心の力【ペルソナ】。こういうのもなんだが、とにかく常識はずれなことばかり降りかかった。

 

 しかし、悠はそこでかけがえのない出会いを経験することになる。共にペルソナを力を得て、共に悩み、戦って災いに立ち向かった、陽介・千枝・雪子・完二・りせ・クマ・直斗の【特別捜査隊】の仲間たち。彼らと出会わなければあの事件を解決出来なかったし、今の悠も居なかっただろう。辛いこともあったが、彼らとあの街で共に過ごし、笑いあったり喧嘩したりして、事件の謎を追いかけた日々は忘れられない大切なものとなっている。

 

 両親が海外出張から帰国するのに合わせて、仲間に見送られながら八十稲羽を去って数か月後。GWを利用してみんなの待つ八十稲羽に帰省しているのだ。その際、仕事の都合で八十稲羽に行くことになっていた雛乃と悠が過ごした八十稲羽に行ってみたいと付いてきた穂乃果たちも一緒である。今日は平日だが、学校が4時限授業であったので、授業が終わった後にみんなで電車に乗り込んで、今に至る訳だ。

 

 

「いや~楽しみだな~今日から泊まる旅館。どんな料理が待ってるのかな~」

 

「本当ですね。私、お友達や先輩と一緒にお泊りなんてしたことなかったからワクワクします」

 

 どうやら穂乃果と花陽は自分たちが泊まる旅館が楽しみなようだ。八十稲羽で旅館と言ったらあそこしかないだろう。

 

「私たちが泊まるその旅館ってあの『天城屋旅館』ですよね」

 

「稲羽市の『天城屋旅館』って秘湯で有名な老舗旅館じゃない。鳴上さんの仲間がその旅館の女将の娘で、口利きしてくれたってことだけど……シーズン中なのに泊まれるなんて中々ないわよ」

 

「これも鳴上先輩のお陰だにゃ~」

 

「ふんっ!旅館が楽しみだなんて、アンタたちはお子様ね」

 

「……鳴上さんのお陰で久慈川りせに会えるとか言って騒いでたのは誰だっけ?」

 

「うぐっ…………」

 

 穂乃果たちのそんな賑やかな会話を聞いていると、騒がしいがこういう電車の旅も悪くないと悠は思った。

 

 

 

 

 

 

 そんな穂乃果たちの楽し気な会話をBGMに窓の景色を見てみると、とある場所に黒塗りのリムジンが停車しているのが見えた。

 

(こんなところにリムジン?)

 

 これはまた珍しいものを見たものである。こんな田舎にリムジンを乗り回す金持ちが何の用なのだろうか?あまりに奇妙な光景にふと疑問を感じていると、希が窓から見える稲羽の景色を見て話しかけてきた。

 

「ええところやね。鳴上くんはここで一年過ごしたんやな」

 

 そういえば、希や絵里は八十神高校の生徒会との交流会ということで一緒に来たのであった。2人の事情を思い出した悠は希の質問に答える。

 

「ああ…ここは俺にとって、大事な場所だからな」

 

 ここにはもう一つの家族といって良い堂島親子や様々な災難を共に乗り越えた大切な仲間たちがいる。悠にとって稲羽の町は思淹れのある場所なので、そう言われると、とても嬉しく感じた。

 

「……そうか」

 

 希は悠の言葉を聞くと、そう呟いて再び稲羽の景色に目を向けた。何故かその希の様子に悲し気な寂しさを感じたのは気のせいだろうか?少し気になったので、どうしたのかと聞こうとすると、

 

 

 

 

 

 

「次は~八十稲羽~八十稲羽~…終点です」

 

 

 

 

 

 終点のアナウンスが流れてきた。どうやら目的地に着いたようだ。この話はまた今度にしよう。悠は隣で寝ていることりを起こして、自分の鞄とことり、雛乃の荷物を棚から下ろした。

 

「思ってたんやけど……鳴上くん、荷物多すぎやない?」

 

「そうか?」

 

 実際悠の荷物はぎゅうぎゅうに詰まった大きめのボストンバッグだ。これには悠の荷物はもちろん、八十稲羽に居る陽介や千枝たち、お世話になった人たちへのお土産がたくさん入っている。それ故にこのような状態になっているのだが……。悠の荷物を見て、穂乃果たちは苦笑していたが気にしないでおこう。

 

 そして電車はゆっくりと『八十稲羽駅』停車する。ドアが開くと、生暖かい風が吹き込んできて、その風の匂いに悠は懐かしさを覚えた。少し感傷的に過ぎたかと苦笑を漏らして、悠は穂乃果たちと共にホームへと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<八十稲羽駅前>

 

 

 駅から出ると懐かしい八十稲羽の風景が広がっていた。しかし、駅前だというのに相変わらずここは静かだった。

 

「うわあ。ここが八十稲羽なんだ~!」

 

「空気が美味しいですね、良いインスピレーションが湧きそうです」

 

「都会と違って風が気持ちいいです~」

 

 穂乃果たちはあまりこういう田舎に来たことがないのか、都会とは違う風景に感激している。それは生徒会の絵里や希も例外ではなかった。

 

「なんというか…何もないわね。まさにド田舎だわ」

 

「ちょっと真姫ちゃん!」

 

「鳴上先輩の前でそういうことは」

 

 稲羽の街を見て呟いた真姫の言葉に花陽と海未がそう注意すると、真姫はしまったという表情を浮かべた。何事もズバッと言ってしまう性格のせいで、敬愛する先輩の思い入れのある場所に失礼なことを言ってしまった。真姫は罪悪感で俯向いてしまったが、悠は真姫の失言を気にすることはなく、笑顔で真姫に接した。

 

「気にするな。俺も初めて来たときはそう思ったから、西木野がそう思うのは当然だ」

 

 真姫の言う通り、八十稲羽は田舎町なのでこれといったものは何もない。それは真姫だけじゃなく皆が思っていることだろう。しかし、この何のないという感じがこの街の持ち味なのかもしれないと悠は思っている。真姫は悠の言葉を聞いて安心したが、逆に悠の笑顔に見惚れてしまい、顔を赤くして俯いてしまった。悠は真姫のその様子にハテナマークを頭に浮かべたが、後ろから数名の鋭い視線が突き刺さったのは言うまでもない。

 

 

 

 

「あら。もうすぐ迎えが来る頃ね」

 

 そんな一幕が終わったと同時に、時計を見た雛乃がそう言った。そろそろ天城屋旅館からお迎えのバスが来る時間のようだ。余談だが、天城屋旅館は雛乃たちのような遠くから来るお客のために、今年からマイクロバス送迎のサービスを始めたらしい。

 

「悠くん、私たちは天城屋旅館に泊まるけど、悠くんは堂島さんの家に行くのよね?」

 

 改めて説明しておくと、堂島とは悠の母方の叔父である【堂島遼太郎】のことである。現職の刑事であり、小学生の娘の【堂島菜々子】を男手一つで育てている。悠は去年この堂島の元でお世話になって、今では大切な家族のような存在となっている。

 

「はい。でも叔父さん、今日は本庁に呼ばれているらしくて迎えに来られないそうです」

 

 一応今日みんなと来ることは堂島には伝えてあった。ただ、堂島は本庁の急な呼び出しで迎えに来れないということ。堂島は電話で迎えに行けなくて済まないと謝っていたが、刑事なら急な仕事は仕方ないだろう。叔父のその様子に電話越しで微笑んでしまったのは内緒の話だ。

 

「ええ!お兄ちゃん、旅館泊まらないの!?ことりと一緒じゃないの!?」

 

 ことりは悠と一緒に旅館に泊まれると期待していたのか、ガッカリした様子だった。他にもことりほどではないものの浮かない表情をしている者が何人か居た。その中に希はともかく絵里も含まれているのは気のせいだろうか。

 

「そうなの…堂島さんも大変ね。もうすぐ暗くなるし、菜々子ちゃんって子のことも心配だわ」

 

 堂島が本庁に行っているということは、菜々子は家で一人で悠を待っているということになる。雛乃の言う通りこれ以上待たせてはいけないと思い、早く堂島家に向かおうとすると、

 

 

 

「お兄ちゃんっ!!」

 

 

 

 どこからか悠をそう呼ぶ愛らしい声が聞こえてきた。振り返ってみると、そこに小学生くらいの女の子がこちらに手を振っている姿が見えた。悠のことを『お兄ちゃん』と呼ぶ女の子はことり以外一人しか考えられない。

 

「菜々子?」

 

「「「「え?」」」」

 

 思わず悠はその少女に駆け寄った。やはりそこに見間違えるはずのない菜々子の姿があった。

 

「菜々子、一人で迎えに来てくれたのか?」

 

 この駅から堂島家までは歩けない距離ではないが、小学生の菜々子の足では中々の道のりである。それにもうすぐ暗くなる時間だったので、もし会えなかったらどうするつもりだったのだろう。そんな悠の心配をよそに菜々子は元気よく質問に答えた。

 

「へーきだよ。お父さんにも言ったし、バスも一人で乗れた」

 

「え?」

 

「お父さんが迎えに来れないって言ってたから、菜々子が代わりに来たんだ」

 

 得意げにそう言う菜々子を見て、悠はそういうことかと察した。きっと菜々子は悠に少し大人になったところを見せたかったのだろう。そんな年頃だというのは分かるし、娘を溺愛する堂島がよく許可を出してくれたものだと思う。

 

 

「お兄ちゃんお帰りなさい!菜々子、ずっと待ってたよ!」

 

 

 菜々子が悠に天真爛漫な表情でそう言ってくれたので、悠は微笑ましくなって菜々子の頭を撫でてこう返した。

 

「ああ、ただいま。お兄ちゃんも、菜々子に会いたかったよ」

 

「うん!」

 

 悠の言葉を聞いた菜々子はとても嬉しそうに笑った。この天使を彷彿とさせるような笑顔を見ると、悠は本当に自分は八十稲羽に帰ってきたのだと実感した。

 

 

 

「お兄ちゃん、あの人たちは?」

 

 菜々子が悠の後ろを指さす。振り向くと、穂乃果たちが悠と菜々子を見て呆然としている姿があった。ことりなんかは悠と菜々子のやり取りを見たのか羨ましそうな表情をしている。すっかり菜々子との会話に夢中になって、穂乃果たちに紹介するのを忘れていた。

 

「悠くん、もしかしてこの子が……菜々子ちゃん?」

 

「はい。この子が叔父さんの娘の菜々子です」

 

 悠がそう紹介すると、穂乃果たちから驚きの声が上がった。特に何か対抗心を燃やしてることりや、兄妹がいる穂乃果とにこ、そして絵里は菜々子をまじまじと見ている。すると、悠の後ろに立っていた菜々子は一歩前に出て、雛乃と穂乃果たちに向けて礼儀正しくお辞儀した。

 

 

「こんにちは、堂島菜々子です」

 

 

 去年は人見知りが激しい性格だったので、悠とコミュニケーションを取るのにとても時間がかかったものだが、悠や特捜隊の皆と触れ合ったお陰か、このように初対面の人でも臆することなく挨拶できるようになっている。これには悠も少し驚いたが、成長したなと心の中で喜んでいた。

 

「か、可愛い………ことりにこんな可愛い従妹が居たなんて……」

 

 ことりは先ほどの対抗心は何処へ行ったのか、菜々子を見て顔がふやけている。何やら自分に妹ができて嬉しいと言っているような感じだ。

 

「あら、悠くんに似てとても礼儀正しい子ね。こんな可愛い姪っ子が居るなんて、叔母さん嬉しいわ」

 

 雛乃は菜々子の礼儀正しい姿を見て、すっかり菜々子を気にったようだ。2人だけでなく、穂乃果や希たちの菜々子を見て、可愛いと言ってくれたので悠はとても嬉しく感じた。

 

「良かったな、菜々子」

 

「うん!……あっ!μ‘sの人たちだ!動画で見たより可愛い!」

 

 菜々子は穂乃果と海未、ことりを見てそんなことを言ってきた。その反応をに3人はとても驚き、穂乃果は菜々子におずおずと尋ねる。

 

「え?……菜々子ちゃん、穂乃果たちのこと知ってるの?」

 

「うん、知ってるよ。菜々子、陽介お兄ちゃんたちと一緒に動画見たもん。陽介お兄ちゃんや千枝お姉ちゃんたちも、μ‘sはすごいって言ってた」

 

 そういうえば、前に電話したときに穂乃果たちの動画を見てファンになったと聞いた気がする。目の前にファンになったアイドルが居るので、菜々子はとても嬉しそうだ。穂乃果たちもこんな小さな子にすごいと言ってもらえて嬉しそうである。ふと見ると、絵里が菜々子の発言を聞いて複雑な表情をしているのだが、どうしたのだろう。

 

 

「歌もダンスも上手だったよ。みんな可愛いし、良い人そうだから、菜々子μ()()()()()()!」

 

 

「「「「「「な、菜々子ちゃん……」」」」」」

 

 菜々子の心からの言葉に穂乃果たちは感激している。最近あまり見られない純粋な小学生の真っ直ぐな言葉に心打たれたようだ。それにしても穂乃果やことりはともかく、花陽や凛、そして普段あまり表情の起伏が少ない真姫までも感激している。にこは嬉しさのあまりにそっぽを向いて泣きそうになっているし、何故か生徒会の2人も感動していた。相変わらず菜々子の心の言霊は健在のようだった。

 

 

 そんなやり取りをしているうちに、八十稲羽駅に天城屋旅館からと思われるマイクロバスが到着した。バスから降りてきた仲居さんが知り合いの『葛西』だったので、悠は葛西に挨拶をした。葛西さんも悠の登場に驚いていたが、笑顔でお帰りなさいと悠の帰還を喜んでいた。

 

「それじゃあ悠くん、菜々子ちゃん、気を付けて帰るのよ。堂島さんによろしくね」

 

「分かりました。じゃあ皆、また明日」

 

「鳴上先輩!菜々子ちゃん!また明日~!!」

 

「お兄ちゃ~ん!菜々子ちゃ~ん!!」

 

 そうして、穂乃果たちを乗せたマイクロバスは旅館に向けて走り去っていった。マイクロバスが見えなくなると、悠は菜々子の方を向いてこう言った。

 

「菜々子、俺たちも帰ろうか」

 

「うん!」

 

 雛乃たちを見送った後、悠と菜々子は手を繋いで堂島家に向かった。悠は気づかなかったが、誰も居なくなった駅に2人の後ろ姿をジッと見ている青いハンチング帽を被った黒髪の少女の姿があった。

 

「…お帰り、悠」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<堂島家>

 

 

 皆と別れて久しぶりの堂島家に帰ってきた悠は、荷物をリビングに置いて早速台所に立っていた。本庁に行って疲れて帰ってくる堂島のために美味しいご飯を作ろうと思ったのである。冷蔵庫を開くと、そこにはたくさんの食材があった。ここに帰ってくる途中、菜々子から昨日堂島とジュネスでたくさん買い物をしたと聞いていたが、菜々子の言う通りたくさん入っている。さて、これらの食材から何を作ろうかと悠は思案した。

 

「お兄ちゃん、お夕飯作るの?菜々子もお手伝いするー!」

 

 ある程度構想ができて調理を開始しようとすると、菜々子がお手伝いを申し出てくれた。もちろん悠はそれを承諾し、久しぶりの共同作業となった。こうやって菜々子と料理するのも久しぶりだと悠は思わず頬が緩んでしまう。

 

 

「ただいまー!帰ったぞ」

 

「お父さん!おかえりなさい」

 

 料理が完成に近づいたころに、叔父の堂島が寿司を手に持って帰宅してきた。菜々子は堂島の声を聞くと、顔をぱっと輝かせて玄関へ駆けて行った。そして、帰ってきた堂島が台所に姿を現した。

 

 

「おう!悠、久しぶりだな!元気だったか?」

 

 

 堂島は悠の顔を見ると、二カッと笑って迎えてくれた。まるで自身の息子が久しぶりに帰ってきたように。

 

「はい。お久しぶりです、叔父さん」

 

「んっ?お前、料理作ってたのか?まいったな……そうと知っていれば」

 

 堂島は買ってきた寿司を見て苦い顔をする。しかし、それは悠にとっては想定内だった。

 

「いえ。叔父さんが寿司を買ってくるかなと思って、それに合う軽いものを作りました。問題ないです」

 

「ははっ、分かってるじゃねえか」

 

 

 

 そうした懐かしいやり取りをしながら、食卓に3人が揃った。こうして3人で食事をしていると、数か月の空白を全く感じない。寿司を美味しそうに頬張る菜々子、仕事終わりのビールを飲んで渋い笑顔になる堂島。あの時とは全く変わってない光景で、まるで自分は変わらず家族の一員で、今もこの家に居て当然のような暖かい空気がそこにあった。今までそういうことに縁のなかった悠にとって、それはとても嬉しく感じた。

 

 

(叔父さん…菜々子………ありがとう…)

 

 

 心の中で2人に感謝の言葉を述べて、悠は食事しながら堂島と菜々子の3人で家族の会話を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<天城屋旅館>

 

 

 一方、天城屋旅館に泊まっている穂乃果たちは浴衣に着替えて部屋でゴロゴロしていた。

 

「はあ~料理美味しかった~!」

 

「お布団ふっかふか~♪」

 

「温泉も気持ち良かったですね~」

 

「極楽だにゃ~」

 

 天城屋旅館の自慢の料理や温泉を満喫したので、だらけきった状態になっている。ちなみに、雛乃と希や絵里とは別の部屋なので穂乃果たちがこのような状態になっていることは知らない。

 

「貴女たち、いくら何でもだらけ過ぎですよ」

 

 海未はそんなだらける穂乃果たちを注意するが、穂乃果たちは全く聞き入れようともしなかった。こういう時は一緒に注意してくれる真姫も長旅で疲れているのか、窓側の椅子で静かに稲羽の景色を眺めていた。

 

「全くアンタたちは情けないわね~。こんなのでだらけてたらダメじゃない~」

 

「にこ先輩、テーブルにうつ伏せになっている状態で言われても説得力ないです」

 

 にこまでこの調子である。天城屋旅館を満喫しているのは結構だが、程度というものはあるだろう。明日は悠とその仲間たちに八十稲羽の町を案内してもらう予定なのに、この調子で大丈夫なのだろうかと海未は頭を悩ませた。

 

 

「失礼します」

 

 

 すると、凛とした言葉と共に、部屋に穂乃果たちと同じ年代らしいピンク色の付け下げを身につけた少女が入ってきた。大和撫子然とした美貌を持ったその少女の名は【天城雪子】。悠たち特捜隊のメンバーの1人で、この天城屋旅館の女将の娘である。

 

「あっ、雪子さん!どうしたの?」

 

 雪子の登場にだらけきっていた穂乃果たちはすぐに起き上がった。旅館に着いてから色々と世話をしてもらったため、穂乃果たちはすぐに雪子と打ち解けあっている。雪子も悠の向こうでの後輩ということもあるが、どうやら穂乃果たちのことを相当気に入ったらしい。

 

「お仕事終わったから、穂乃果ちゃんたちとおしゃべりしようかなって思って。お茶請けも持ってきたよ」

 

「本当!やった~!!

 

「ありがとうございます!」

 

「あ、ありがたくいただくわ」

 

 穂乃果たちは喜んで雪子を部屋へ招き入れて、雪子が持ってきたお茶請けを食しながら楽し気に談笑した。話題はお互いの学校のことや生活のこと、そして悠のことなどで盛り上がり、とても楽しそうだった。

 

 しかし、真姫はあまりその雰囲気に馴染めないのか、一歩下がったところで穂乃果たちの会話を聞きながら窓の外を見ていた。それを見た雪子は気掛かりだったので、真姫に声を掛けようとする。何故かその姿が寂しそうで、仲間になる前の直斗と同じ雰囲気を感じたからだ。すると、

 

 

「ね…ねえ……ちょっと良いかしら?」

 

 

 雪子が真姫に声を掛けようとしたと同時に、別の部屋に泊まっている浴衣姿の絵里と希が入室してきた。心なしか絵里は少々顔色が悪い。

 

「あれ?会長さんに副会長さん。どうしたんですか?」

 

 雪子のお茶請けをパクパクと食べていた穂乃果が2人にそう尋ねた。絵里はバツが悪そうに穂乃果の質問に答える。

 

「いや…その……少し貴女たちの部屋に居させてくれないかしら?」

 

「え?………絵里さん、部屋に何か不満な点でもあったの?」

 

 絵里の申し出を聞いて、部屋に何か不満があったのかと雪子はおずおずと尋ねる。ちなみに雪子は絵里と希とは同級生ということもあって、既に意気投合している。それに対しして、絵里ではなく希が代わりに答えた。

 

「違うんよ雪子ちゃん、エリチが部屋から女の人のすすり泣く声が聞こえるって言ってな。ウチは何にも聞こえなかったんやけど、エリチが怖がりやからそれで」

 

「ちょっと!希!!」

 

 絵里は颯爽と希の口を塞ぎにかかったが、時は既に遅く、穂乃果たちの耳にバッチリ入っていった。穂乃果たちは絵里の事情を聞いて、普段は毅然な生徒会長という印象を持つ絵里の意外な一面を見た気がして、少し顔を緩みそうになった。

 

「それにしても、女の人のすすり泣く声って………」

 

「旅館とかではありきたりな怪談みたいですけど、そんなことありませんよ。会長はただ疲れてるだけなんですよ」

 

 しかし、逆に『女のすすり泣く声』という単語が気になったのだが、海未はそれを絵里が疲れてるだけと一蹴する。それを聞いた雪子は

 

「あっ……絵里さんと希さんを案内した部屋って山野アナの……」

 

「え?………雪子さん?」

 

「ん?どうしたの、海未ちゃん?」

 

「……何でもありません」

 

 不意に雪子のそんな呟きが聞こえた気がしたが、海未は嫌な予感がしたのであえて追及はしなかった。そういうことで、絵里と希を交えて穂乃果たちのガールズトークはしばらく続いたのだった。

 

 会話に一段落ついて、絵里たちが自分たちの部屋に向かったときには、時計は日付が変わる午前0時を指す前であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<堂島家 悠の部屋>

 

 

 菜々子がはしゃすぎ過ぎて寝付いた頃合いに、堂島に促されて、悠は2階の自身の部屋に入っていた。数か月前まで使っていた自分の部屋は、全く変わっていなかった。この稲羽を去るのが名残惜しいままドアを閉じた、あの時のままだった。悠は下でゆっくりしている堂島に感謝しつつ、ソファに腰を下ろした。

 

「ここはいいところだな………」

 

 大切な人たちがそこに居て、変わらず自分に接してくれた。それを確かめた悠は、本当にここに変わらぬ絆があることを感じた。

 

 明日は久しぶりに陽介たちに会える。そして穂乃果たちを紹介して、八十稲羽の周辺を案内しよう。それなら明日は忙しくなると思い、悠は早めに寝ようと布団を敷くことにした。その時、

 

 

(!!)

 

 

 窓から強烈な視線を感じた。音乃木坂で感じた濃密な殺気。

 

 思わず振り返ってみたが、誰もいない。どうやら気のせいだったようだ。久しぶりに菜々子と叔父に会ってはしゃぎ過ぎたせいか疲れているのかもしれない。

 

「……って雨か」

 

 窓を見ていると外は雨が降っていた。この部屋の窓から雨を降っていると思わず後ろにある時計を確認してしまう。時刻はもうすぐ午前0時になろうとしていた。こうして、夜の雨の日に時間を確認してしまうのは、アレのせいだろう。

 

 

「マヨナカテレビ………」

 

 

『雨の降る夜の午前0時に点いていないテレビで自分の顔を見つめると運命の相手が映る』というもの。現在悠と穂乃果たちが追っている【音乃木坂の神隠し】の似た噂。

 

 あれに映るのが自分の運命の相手ではなく、テレビに入れられた人物が映ると知った時からついてしまった悪い習慣だ。

 

「まさか……音乃木坂だけじゃなくて、ここでもまた映るってことはないよな……」

 

 不意にそんなことを呟いてしまった。あの連続殺人事件は解決した後に、マヨナカテレビは映らないのは確認した。それに、悠が東京で過ごしていた最中に八十稲羽では映っていないということは陽介たちからも聞いている。

 

 

 映るはずがない…

 

 

 しかし、悠はついてしまった悪習慣のせいか悠は惹かれるように、テレビの画面を覗き込んでいた。案の定、テレビの画面に映ったのは自分の姿のみ……

 

 

 

 

 

 

 

 のはずだった…

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!」

 

 

 

 

 突然テレビに光が灯り、何かが映った。そしてそれに映っているのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~テレビ内容記録~

 

 

ライバル…それは、強敵と書いて[とも]と呼ぶ!

 

高校生同士の決死の格闘番組!新たな伝説が今幕を開ける!

 

 

 派手なBGMとよくテレビで聞く男性ナレーションの声と共に、画面には格闘番組に出てくるようなリングとアリーナが映し出された。次に妙な恰好をした『クマ』が現れる。

 

 

『オトコの中のオトコたち!出てこいクマーーー!!』

 

 

 

 

 

可愛い菜々子・ことりは誰にも渡さん!

【鋼のシスコン番長】鳴上悠

―――当然です

 

 

 

寂れた田舎を踏み台に、大英雄に俺はなる!

【キャプテン・ルサンチマン】花村陽介

―――退屈なもんは、全部ぶっ壊す!!

 

 

 

女を捨てた肉食獣!

【男勝りの足技系ドラゴン】里中千枝

―――肉を食べなさい!肉をっ!!

 

 

 

私をリングへ連れてって!

【難攻不落の「黒」雪姫】天城雪子

―――一撃で仕留める

 

 

 

薔薇と肉体の狂い咲き!

【戦慄のガチムキ皇帝】巽完二

―――もっと奥まで、とつ・にゅう☆

 

 

 

見た目は子供、頭脳はバケモノ!

【IQ2000のKY探偵】白鐘直斗

―――バカ軍団ですか…?

 

 

 

破廉恥なものには正射必中!

【純情ラブアローシューター】園田海未

―――ラブアローシュート!バンバンバーーン☆

 

 

 

 

アイドルのためなら何でもやります!

【シャイな巨乳お米っ娘】小泉花陽

―――ご飯おかわり!特盛りで!

 

 

 

運動スキルはA⁺、勉強スキルはE⁻!

【核弾頭猫娘】星空凛

―――んん~~!テンション上がるにゃああっ!!

 

 

 

私は全てにおいてNo.1!

【小悪魔ツンデレプリンセス】西木野真姫

―――い、イミワカンナイッ!!

 

 

あなたのハートににっこにっこにー!

【夢みるナルシストアイドル】矢澤にこ

―――にっこにっこに~♡

 

 

 

 

 

戦え!たった一つの王座を懸けて!!

 

激闘【P-1 Grand Prix】!!今宵、開戦!! 

 

 

~テレビ内記録終了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ…今のは……」

 

 今映ったのは確かにマヨナカテレビだった。まさか事件が解決したこの八十稲羽で再びマヨナカテレビが映るとは驚くしかない。いや、それよりも驚いたのは…

 

 映っていたのは()()()()()()()()()()μ()()()()()()だったということだ。

 

 

「鋼のシスコン番長………」

 

 あまりのことに状況が呑み込めず呆然としていると、悠の携帯が鳴り響いた。着信主は陽介。おそらく今の番組を陽介も見たのだろう。とりあえず、今は仲間と連絡を取って状況を確認するしかない。悠は急いで通話ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<天城屋旅館>

 

 

「い、今のって……何?」

 

「な、鳴上先輩や……私たちも映ってましたよね……」

 

 旅館に泊まっていた穂乃果たちも悠たちと同じくテレビの前で驚愕していた。穂乃果の提案でここでもマヨナカテレビが映るか試してみようとしたのだ。すると、午前0時になった瞬間、本当にマヨナカテレビは映った。しかし、そこに映ったのは変なキャッチコピーで紹介され、『P-1Grand Prix』という格闘番組に出演している自分たち。どういうことなのかと思っていると、穂乃果たちの部屋に雪子が駆け込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、先ほどのマヨナカテレビを観て驚愕していたのは悠や穂乃果たちだけではなかった。

 

 

「何や…今のは……」

 

 

 とある部屋の一室。親友が隣で寝ているのをよそに、その人物は部屋にあったテレビの前で固まっていた。

 

 この町ではやっていた『マヨナカテレビ』という噂。何となく自分の通っている高校で広がっている噂に似ていたので、せっかくだからと試してみたのだ。しかし、そこに映っていたのは変な格闘番組に出演している自分の想い人と知り合いたち。彼女は急いで鞄からタロットカードを取り出して、占いを始めた。

 

「嘘……そんな…………」

 

 彼女はその結果を見た途端、声を失った。想い人たちの未来を占った結果、タロットが示したのは災いを表す『"塔"の正位置』だっだのだから。

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter


「それではここに八十稲羽特別捜査隊再結成を宣言します!」


「相変わらずのガッカリだな」

「クマと連絡が取れない?」

「行こう!」


「ちょっと!何かいつものと違わない!?」


「こ…ここは………どこだ?」


Next #25「Welcome to Mayonaka World.」


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#25「Welcome to Mayonaka World.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

夏休みに入って、神輿を担ぎに地元の祭りに参加したのですが、担いでる途中にゲリラ豪雨に遭ってずぶ濡れに(泣)。他にも災難はありましたが、出店でたこ焼きやリンゴ飴など食べたり花火見たりして如何にも日本の祭り!というものを久しぶりに感じられたので、そこは良かったかなと思いました。ちなみに、神輿を担ぐ前の住職さんの前言葉で『伊弉諾尊』の名前が出てテンションが上がったりしました。

はい、こんなつまらない作者の近況はスルーしてもらってまずは一言。前回より開始したこのGW編ですが、原作とは多少違った展開になるのでご注意下さい。それでも、読者の皆さまに楽しんでもらえたら幸いです。

そして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方・誤字脱字報告をしてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。

これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きますので、応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


<ジュネス八十稲羽店 フードコート>

 

 

『ジュネスは毎日がお客様感謝デー!来て、見て、触れてください!エ~ブリディ♪ヤングラ~イフ♪ジュ・ネ・ス♪♪』

 

 

 奇妙なマヨナカテレビが流れた翌日。悠は仲間たちと会うために、ジュネスのフードコートに来ていた。いつも人が少ない八十稲羽だが、ここだけはいつも人が溢れている。今日からGWと言うこともあって、更に人が多く行きかっていた。この賑やかな感じに悠は懐かしさを覚えた。

 

 本当は菜々子も連れてきたかったのだが、お友達のミナちゃんとタケヨシくんと遊ぶ約束をしていたらしく、今は一緒に居ない。まぁ、菜々子も友達の付き合いは大事だろうし、そこはしょうがないのだが……

 

(タケヨシとやら……菜々子に手を出したら、ただじゃ済まさんぞ……)

 

 男友達も一緒とあってか、悠の内心は穏やかではなかった。流石は『鋼のシスコン番長』と言われる程のシスコンぶりである。それはさておき、悠はこのフードコートで待っているであろう仲間たちを隈なく探した。すると、去年みんなで捜査会議をするときに使っていた大きいテント席に目を向けると、

 

「あんたさ、少しは節操というのを持ちなよ。キャプテン・ルサンチマン?」

 

「うっせー!女を捨てた肉食獣に言われたくねぇんだよ!」

 

「ああん!」

 

 テント席で互いを罵りあっている八十神高校の制服を着た男女がいた。あの緑色のジャージの少女に、首にヘッドフォンを付けている少年は、間違いなく特捜隊の仲間の【里中千枝】【花村陽介】である。また痴話喧嘩かと悠は苦笑しながら、ゆっくりと2人に歩み寄って声をかけた。

 

 

「相変わらずだな。2人とも」

 

 

 その透き通った声に2人はハッとなって振り返る。そこには、2人の様子を懐かしそうに見て微笑んでいる自分たちのリーダーの姿があった。

 

「お、おおお!悠!!」

 

「鳴上くん!!」

 

 2人は悠の登場に驚き、先ほどの険悪な雰囲気を忘れて悠の元へ駆け寄って自分たちのリーダーの帰還を喜んだ。

 

「お帰り、相棒!元気だったか!?」

 

「おッ帰り~!元気そうで何よりだよ!」

 

 悠は2人のその言葉を聞くと、陽介とは拳を合わせて頷き、千枝とハイタッチしてこう返した。

 

 

「ああ、()()()()

 

 

 

 数ヶ月ぶりの再会を果たした3人はフードコートの大きいテント席に腰を下ろした。雪子たちは、何やら遅れてくるという連絡を受け取ったので、それまではと3人はビフテキを食していた。陽介が再開の記念にということで、奢ってもらったのである。

 

「どうよ、久しぶりのビフテキのお味は?最高だろ?」

 

 陽介がビフテキを口にした悠に、味の感想を求めてきた。正直言うと、このジュネスの肉はお世辞にも美味しいとは言えないのだが、これぞ稲羽の味というのも悠に感じさせるものだった。

 

「ああ、稲羽に帰ってきたなって感じだ」

 

「おお!じゃあ、一緒にもう一枚いっとく?」

 

「里中、お前はそれで何枚目のつもりだよ……」

 

 どうやら千枝は悠が来るまでに、何枚もビフテキを平らげていたらしい。陽介がそうツッコむと、千枝は当然でしょと言わんばかりにポカンとした顔になった。それがついおかしく見えたので、悠は笑いを漏らした。陽介と千枝も悠に釣られて口に笑みを浮かべた。こういうやり取りも懐かしいものだと悠は思う。

 

 

「ん?」

 

 

 すると、背後に誰かの視線を感じた。昨日感じた濃密な殺気とは違うが、気になったので振り返ってみると、そこには誰もいなかった。

 

「悠?どうした?」

 

「いや……何か視線を感じて」

 

 一瞬、紫じみた髪がチラリと見えた気がしたが、あれはもしかして。

 

「おまたせ!」

 

 すると、向こうから雪子と穂乃果たちが走ってくるのが見えた。走ってきたのか息が上がっている。

 

「ごめんね。身支度に時間が掛かっちゃって」

 

「……花陽がご飯食べるのに時間がかかったのが原因でしょ」

 

「ちょっ!真姫ちゃん、そんなこと言わないで!!」

 

 どうやら原因は花陽にあったようだ。まああえて追及はしないが。とりあえず、全員フードコートに集合したので、まずは自己紹介から始めた。

 

 

 

 各々が自己紹介が終わると、陽介は満悦な笑みでこんなことを言ってきた。

 

「いや~、こんなに可愛い子たちがペルソナ使いで後輩だなんて。流石は俺の相棒!鼻が高いぜ!!」

 

「………これだから、ジュネス王子は」

 

 千枝は犯罪者を見るような目で陽介にそんなことを言ったが、こんな可愛い少女たちに囲まれて、冷静でいられるはずがない。陽介の心の中はもうウハウハであった。

 

「あれ?そういえば、鳴上先輩の仲間って陽介さんたちだけじゃないよね?まだ居ない人いるよね?完二って人とか」

 

 穂乃果は陽介たちを見て、そんなことを言ってきた。穂乃果たちは事前に悠の仲間に誰がいるのかというのは聞いて来ている。花陽とにこは元々ファンであるりせに会うのが大半の目的でここを訪れたわけなのだが。

 

「ああ……実はな……」

 

 陽介はそんな穂乃果たちを見て、苦々しそうに説明した。昨晩、あの謎のマヨナカテレビが映った際、陽介は悠に連絡する前に他のメンバーにも電話を掛けていたらしい。しかし、その中で完二と悠より先に帰省していたりせ、そしてクマとの連絡がつかなくなっていたと言う。悠は昨日陽介から電話で聞いていたので、このことを把握していたが、何も聞いていない穂乃果たちにとっては衝撃であった。

 

「なっ!久慈川りせが行方不明!どういうことよ!もし、見つからなかったら、アイドル界の大損失よ!!そうなったらどうしてくれんのよ!!」

 

「そうです!どう責任を取ってくれるんですか!?陽介さん!」

 

 この報告を聞いたにこと花陽は激昂し、陽介に掴みかかった。

 

「お、俺に言われても……って…ぐるじい……」

 

 余程会いたかったアイドルが失踪したと聞いて我慢ならなかったのだろう。陽介を掴む手に力が相当入っているように見える。とりあえず、このままでは陽介が窒息しそうなので、慌てて悠たちは花陽とにこを落ち着けさせた。

 

「それにしても…鳴上くんも穂乃果ちゃんたちも折角来てくれたのに、何だが慌ただしくなっちゃったね…」

 

 雪子は申し訳なさそうに悠と穂乃果たちにそう言った。悠と穂乃果たちはとんでもないと言おうとすると、雪子は先ほどとは一変して笑顔で言った。

 

「でも、来てくれてよかった!」

 

 雪子が笑顔でそう言ったので、自然とみんなが笑顔になった。それをいいタイミングとばかりに陽介が立ち上がって、わざとらしく咳払いした。何をするのかは聞かされてないが、悠にはある程度想像はついていた。

 

 

 

「それじゃあ……悠の帰還と穂乃果ちゃんたちの加入を祝して、ここに特別捜査隊の再結成を宣言します!!」

 

 

 

 陽介がそう高らかに宣言すると、雪子や千枝、そして穂乃果たちから拍手が上がった。

 

「おお!再結成!」

 

「その名前聞いたら、燃えてきた!やるぞー!おー!!」

 

「「「「おーーー!!」」」

 

 そして、千枝の掛け声と共に、穂乃果とことり、そして凛が乗って歓声を上げる。あまりに大きい声だったので、周りの人がこちらに注目してしまった。

 

「拍手はおかしくねぇか!?何か調子に乗った俺が恥ずかしくなるから、もうやめて!」

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「しっかし……この話は、はじめっから笑えないんだよな」

 

「そうですよね…」

 

 先ほど話した通り、あのマヨナカテレビが映った後に数名の仲間との連絡が取れない状況になっているのだ。ちなみに、もう一人の仲間である直斗は連絡はついている。連絡を取った千枝によると、何やら調査を依頼されたらしく、その関係で今日は稲羽に来れないとのこと。悠たちに会えなくて残念だと言っていたらしい。とりあえず、直斗は無事ということだ。

 

「でも、昨日のマヨナカテレビはすごく鮮明に映ってたね」

 

 雪子は昨日のマヨナカテレビを思い出したのか、複雑な表情でそう言った。それに対して、窒息しかけた陽介は補足を加える。

 

「ああ。あれが鮮明に映るのは、被害者があっち側に入れられてからっていうのが、去年のルールだったからな」

 

「それは私たちが今遭遇してるものと全く同じですね」

 

 海未は、八十稲羽でもマヨナカテレビの法則は同じなのかと納得する。

 

「というか、あんな大勢が一気に映ったのって初めてだよね」

 

 千枝の言う通り、これまで八十稲羽ではマヨナカテレビは映るのはテレビに入れられた被害者だけだったので、音乃木坂での事件は例外としても、あんなに大人数が一気に映ったケースは見たことがない。

 

「第一あたしら、こっちに居るし。というか、何であたしら?しっかも、あんな失礼なキャッチコピー付きで!あたし、女捨ててないっつの!」

 

 千枝の怒りの言葉に何名か反応した。あれはどのテレビでも例外なく映っているはずなので、既に不特定多数の人に見られている訳だ。千枝はここに来る途中に生徒に声を掛けた時点で逃げられて、雪子と海未たちに関しては、バスに乗車している最中に、他人からまじまじと見られたらしい。

 

「そうです!何ですか!?純情ラブアローシューターって!!」

 

「勉強スキルE⁻って、凛はそこまで馬鹿じゃないにゃ!」

 

「何が小悪魔でツンデレよ。イミワカンナイ…………」

 

「私なんてナルシストよ!ふざけんじゃないわよ!」

 

「巨乳お米っ娘って……そんなに太ってないのに………」

 

 海未たちはここぞも言わんばかりに不満を爆発させた。余程あのキャッチコピーが癪に障ったのだろう。穂乃果とことりは自分たちは映らなくて良かったと言わんばかりの表情をしている。ちなみに、花陽の発言に何名か反応していたが誰とは言わない。しかし、ここで地雷を踏んでしまう男が居た。

 

「あー花陽ちゃん、大丈夫だって。よく食べることは健康だって言うし、ここには肉ばっか食ってんのに貧相な体つきの肉食獣がいるし」

 

ビキッ

 

「それに、もう胸の成長の望みのなくて子供体型のままのやつだって世の中たくさんいるんだぜ」

 

ビキッ、ビキッ、ビキッ

 

「陽介、そろそろやめておいた方が……」

 

 約数名からただならぬ殺気が漏れ出しているので、悠は陽介に制止の声をかけるが、陽介は止まらなかった。

 

「そいつらに比べたら、花陽ちゃんは胸が大きいしスタイルが良いってこ」

 

 

バキッ!!

 

 

「「「「ペルソナーーーー!」」」」

 

 

「ぐはっ!」

 

 

 失礼な事を言った陽介は千枝と海未、凛とにこから蹴りを食らって、テントから大きく吹き飛ばされた。セクハラに近い事を言った上に彼女たちのコンプレックスに触れてしまったので当然である。やはり陽介はどこまで行ってもガッカリ王子だった。

 

「このセクハラジュネス王子が!」

 

「胸の大きさで良し悪しを決めるなんて……花村先輩、破廉恥です!」

 

「女は胸じゃないにゃ!!」

 

「誰が子供体型よ!まだ希望はあるんだから!!」

 

 悶絶する陽介にそう罵声を浴びせる千枝と海未、凛とにこ。にこに関してはそれは自爆だとは気づかないのだろうか?

 

 

「ぶっ!あははははは、千枝たち……、ここはテレビの世界じゃないから……ペルソナは出せないよ………ぷっあははははははは、あ~はははははは!」

 

 

 雪子がそんな陽介たちのやり取りを見て、腹を抱えて笑い出した。突然訳もなく笑いだした雪子に、何の知らない穂乃果たちはぎょっとしてしまう。

 

「え……雪子さん?」

 

「あー……出たよ。雪子の訳わかんないツボ………」

 

 雪子は普段は物静かなタイプなのだが、特段面白くもないことで笑いのツボにはまり、突然笑い出すことがある。そのツボは付き合いが長い千枝ですら未だに分からない。まあ、これは気心知れた仲間の前でしかやらないので、多くの人は知らないが、初めて見た穂乃果たちにとっては衝撃であろう。

 

 

「陽介さん、大丈夫?」

 

 ことりはそんな雪子に驚きつつも、吹き飛ばされた陽介が心配になったのか陽介の元に駆け寄って呼びかけた。

 

「おおっ!こんなところに、菜々子ちゃんと同じような天使が……」

 

 陽介は自分を気遣ってくれることりに感動している。自分の周りの女子は菜々子以外こんな自分を気遣ってくれないので無理はないのだが。しかし、そこは不運に定評のある陽介。更なる刺客が現れた。

 

「陽介………ことりに手を出したら、ただじゃ済まさんぞ」

 

「出さねーよ!!つーかお前、ここに来てもシスコンかよ!」

 

「当然だ」

 

 シスコンを発動させて陽介に警告する悠。陽介がことりを狙っていると思ったのだろう。無論、陽介にはそんな気はないとは言えないが不条理も良いところである。すると、ことりは悠の言葉に何故か感銘を受けて、笑顔でこう言った。

 

 

「お兄ちゃん……でも、大丈夫だよ。ことりはお兄ちゃん以外の男の子には興味ないから♪」

 

 

「ぐほっ」

 

 ことりからの痛手の追撃。実を言うと、陽介はμ‘sのファーストライブの動画を見てから密かにことりのファンだったので、今の言葉は陽介の心に深い傷を負わせた。

 

「ありがとうな、ことり」

 

そんな陽介をほっといて、悠はことりの言葉が嬉しかったのか微笑みをした。

 

「うん!今日のお兄ちゃんの学ラン姿は番長って感じでカッコいいし……鋼のシスコン番長って言われても、ことりは全然気にしないよ♪だって、どんなお兄ちゃんでもことりのお兄ちゃんだから♡」

 

「そうか」

 

 突如テント内に兄妹の空間とは思えない甘々な空間が展開され、千枝たちは困惑した。これには先ほどまで腹を抱えて笑っていた雪子も正気に戻った。穂乃果たちはある程度慣れてはいるが、やはり何度見ても、きついものはきつい。しかし、ことりはしばらくすると、目を細めて悠にこんなことを尋ねてきた。

 

「でもお兄ちゃん、『可愛い菜々子・ことりは誰にも渡さん』ってところだけど……結局ことりと菜々子ちゃん、どっちが一番大事なの?そこははっきりさせてよ」

 

「え?」

 

 何故かよくある『私とあの女どっちが大事なの?』的な修羅場を匂わせることを聞くことり。昨日の悠のキャッチコピーを見て、そう聞いているのだろう。しかし、悠にとっては菜々子もことりもどっちも大事なので選べない。

 

「あ~、何か親戚って感じだわ」

 

「うん………鳴上くんはシスコンって分かってたけど、ことりちゃんはブラコンなんだね………」

 

 困惑する悠とことりのやり取りを見て、千枝と雪子は微妙な表情になった。悠はともかく、まさかことりもブラコンとは想定外だったようだ。

 

「というか、ことりの方が重症ですけどね」

 

 海未は千枝にそう補足を加えた。床に倒れこんでいる瀕死の陽介に、ブラコン全開で悠に詰め寄ることり。もうテント席は色々とカオスだった。

 

「……ねえ、何か飲み物買いに行かない?こんなカオスな空間に居るのが耐えられないから」

 

「「「「「賛成……」」」」」

 

 真姫の言葉を皮切りに、悠とことり、陽介以外のメンバーは買い物をしに席を離れた。しかし、買い物が終わって席に戻っても、悠はことりに詰め寄られてるままであった。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「それにしても、今回一番気になるのって、あのクマさんでしたよね。テレビの中で、主催者のように振舞っていましたし」

 

 海未は皆が落ち着いたタイミングを見計らって、話の修正を図った。海未の言葉に、千枝たちの蹴り攻撃から復活した陽介も真面目な顔で海未に合わせる。

 

「ああ、海未ちゃんの言う通りだ。そしてそのクマが今、行方を眩ましてる」

 

「「「アヤシイ………」」」

 

「まあ、あのクマくんが訳もなくこんな悪ふざけをする気はしないんだけど……」

 

 千枝はあのクマのことは理解してるつもりなので擁護するように言った。

 

「いや、今回のアレはクマが仕掛けたってことはないだろう」

 

 悠が確信を持っているかのように断言したので、陽介たちは頭にハテナを浮かべた。何故そう思うのかと問うと、悠はこう答えた。

 

「俺が不思議に思ったのは、何であのマヨナカテレビに映ったのが()()()()使()()()()だったのかということだ」

 

「「「あっ」」」

 

 そうなのだ。今回のマヨナカテレビに映っていたのは悠たちと向こうで既に覚醒している海未や凛たちだった。もし、クマが全員を巻き込んだ悪ふざけを企んでいるのならば、まだペルソナを覚醒させていない穂乃果とことりも映ってなければおかしい。

 

 悠は陽介たちに向こうで似たような事件が起こったということを知らせてはいるが、穂乃果とことりはペルソナ使いに覚醒していないということは知らせてない。これは悠の仮説だが、今回の事件は悠たちが追っている音乃木坂の犯人である可能性があると踏んでいる。

 

 

「やっぱり、テレビの中を調べるしかないな」

 

 陽介の言う通り、考えても埒が明かないので真実は現場で突き止めるしかないだろう。事件は会議室ではなく現場で起こっているのだから。

 

「でもさ、クマくんが居ないと、あたしらテレビから出られないんじゃない?」

 

 そうだった。音乃木坂ではマーガレットが用意してくれたテレビのお陰で、悠と穂乃果たちは自由にあの世界を行き来していたが、ここではクマがテレビを用意しないと自力での脱出は不可能だった。うっかり忘れてたと思っていると、陽介は含みのある笑みを浮かべてこう言った。

 

「へへっ、そいつは心配いらねえよ。この間、俺があっちに出口用のテレビ置きっぱなしにしといたから」

 

「えっ、マジで!」

 

「ふーん、見た目に反して用意周到なのね。花村さん」

 

 千枝と真姫が陽介の発言にそんな反応をした。陽介はチャラそうに見えて結構考えるタイプなので、そこまで言う必要はないんじゃなかろうか。陽介もちゃんとした理由があって、

 

「いやだって、考えてみ?クマ公があっちに居ないときに、寝ぼけてテレビの中に入っちまったら…………怖いだろ?」

 

「そんなドジ踏まないって」

 

「むしろ、そんなドジを踏む人がすごいです」

 

 やっぱり陽介は陽介だった。千枝と海未はそう言うが、用心に越したことはないだろう。実際悠も初めてマヨナカテレビを見た時は右手を不用意に突っ込んで中に落ちかけたことがある。というか悠はまだしも、陽介や完二もそんなことが起こりそうなので怖い。

 

「でも、これなら自由にテレビの中を調べられるね」

 

「ああ、陽介のお陰だな」

 

 どんな理由であれ、出口が確保してあるのなら心強い。

 

 

「じゃあみんな、これからあっちに行くわけだが、準備は良いな?」

 

 

「「「応っ(はい)(うん)!!」」」

 

 悠がそう問いかけると、みんな力強く頷いてくれた。陽介や穂乃果たちの目は真剣に満ちている。穂乃果たちはともかく、変わらむ信頼を寄せてくれる仲間たちを見て、悠は誇らしい気持ちになった。そして、一同はベンチから腰を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ジュネス 家電コーナー>

 

 去年使っていたテレビの前に悠たちは居た。ただし、一気に大人数でテレビの中に入ると目立つので、人数を2組に分かけた。先行隊は悠と陽介、そして海未と凛に花陽の5人である。稲羽でのダイブが初めてである海未たちは今から飛び込む大型テレビをマジマジと見ている。

 

「これが…鳴上先輩たちが使っているテレビですか……私たちが使っているものと、あまり変わらないですね」

 

「でも……こんな人が多いところで先輩たちは普通に向こう側に入ってたんですか?」

 

 花陽の言う通り、悠たちの周りには人が多く行き渡っていた。音乃木坂では誰も来ない屋上でダイブしていたので、こんな人が多い公衆の面前でダイブするのは気が気でないようだ。

 

「いや…いつもここは人が少ないから、普通に入れたんだけど………連休だからな」

 

 陽介の言葉に一同は納得した。この家電コーナーは色々と家電製品は充実しているのだが、何故かテレビを買う人があまりいないので、いつもはこのエリアは人が少ない。だが、今日からGWということもあって、様々な家電製品を求める客が多いようなので、いつもより人が居るのだ。

 

「………でも、前より活気が溢れてる」

 

 悠は周りのお客を見てそう言うと、本当に入れるのかを確認するために、手をテレビの画面に当てた。すると、思った通りに手を当てたところから、画面が水面に触れたかのように揺れた。それを見た陽介と海未たちはより一層緊張感を増した。

 

「よし、人が居なくなった。今だ!」

 

 陽介が周りに人が居ないのを告げると、悠たちは一斉にテレビの中へとダイブした。

 

 

 

 

 

 

 

「鳴上くんたち、行った?」

 

「はい。今テレビに入ったのを確認しました」

 

 遠くの方では後から入る千枝と雪子、そして真姫とにこが控えていた。

 

「じゃあ、私たちも行くわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレビの中へとダイブすると、そこはいつもの空間が広がっていた。この先を行けば、あのスタジオのような広場に着くだろう。しかし…

 

「お、おい!何かいつもと違くねえか!!」

 

「「えええ!」」

 

 陽介の言う通り、いつもと何か違う感じがする。それに、何か空間が歪み始めて怪しげな光に包まれている気がする。

 

「ちょっ!何とかしないと!」

 

「先輩!どうすれば!」

 

「無理だ!これじゃあ何も出来ない!」

 

 

 

「「「「うわあああああ!」」」」

 

 

 

 そうして一行は謎の光に包まれて、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 聞きなれたメロディが流れてくる。目を開けると、思った通りリムジンの車内を模した蒼い空間、【ベルベットルーム】だった。どうして自分はベルベットルームに居るのだろうか?自分は今さっきあのジュネスのテレビに入って、それから……覚えてない。そんなことを思っていると、

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 

 いつものお決まりの台詞が聞こえてきた。しかし、この声はイゴールでもマーガレットでもない。この透き通った懐かしい声は………

 

「マリー?」

 

 そこには、マリーが居た。あの時と同じように、マーガレットの席とは反対のソファに腰を掛けて、無表情で悠を迎えてくれた。悠が自分を認識したと気づいたのか、マリーは立ち上がって柔和な笑顔を作ってこう言った。

 

 

「お帰り、悠。また会えたね。ずっと忘れてなかったよ」

 

 

 その立ち姿と笑顔は間違いなく、マリーのものだった。積もる話はあるが、今はマリーに聞かなくてはならないことがある。イゴールとマーガレットはどうしたのかとマリーに聞くと、彼女は厳しい顔つきになって答えた。

 

「鼻とマーガレットは今ここには居ない。鼻は分からないけど、マーガレットは妹の気配があるから捕まえに行くって」

 

「妹?」

 

 そういえば、以前マーガレットから『妹』の話を聞いたことがある。確か『妹』はある人物を救うために、ベルベットルームの規則を破って出て行ったとか。すると、マリーは腰の青いバッグから一枚の紙を取り出した。

 

「これは、マーガレットから悠への伝言。読むね」

 

 マリーはそう言うと、マーガレットから預かったらしいメモを読み上げた。

 

 

 

 

 

 

 

『私情により、その場に居ない無礼をお許し下さい。しかし、貴方に伝えたいことがあるので、ここに記しておくわ。彼の地でもこの部屋に呼ばれて戸惑っているだろうけど、ここはお客様の定めと不可分の部屋。この部屋で、全く無意味なことは起こらない。

 

 貴女は確かに一度、扉を開いたけれど、万物は常に移ろい、一つ処に留まらないもの。貴女がかつて得た筈のものも、時は移ろわせていく。貴方はそれらを、今一度思い返すことでしょう。自身が開いた扉の先をどのように歩くのか、それを見せて頂戴』

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーガレットの言葉を聞いて最初に浮かんだのは、陽介たち特捜隊の仲間たちとの笑顔と楽しく過ごした記憶だった。悠にとって大切なあれらが移ろう………?

 

(そんなはずはない)

 

 久しぶりに稲羽を訪れた時、今までの転校のこともあって、そんなことを考えてなかったといえば嘘になる。だが、こんな自分を陽介たちは忘れず暖かく迎えてくれたので、悠はそれは絶対にないと思った。足立にはそんなのただ自分の願望を押しつけてるだけだと言われるかもしれないが、それは確信を持って言えることだった。

 

 マーガレットが何故自分にこのような言葉を送ったのかは気になるが、まずマリーに聞くべきことがある。

 

 

「マリー、一体何が起こってるんだ?」

 

 

 悠はマリーにそう尋ねると、マリーは渋い顔で返答した。

 

「この部屋のルールで詳しくは話せない。けど…気づいてるでしょ?君たちを利用して、この町で悪だくみしようとしてるヤツが居る」

 

 マリーから告げられたことに、悠はやはりかと思った。そもそもあの悪ふざけはクマが仕組んだものとは考えられないし、何者かが仕組んだものとすれば辻褄は合う。

 

「あのマヨナカテレビは俺たちを誘い出すための罠だったのか」

 

「そういうこと。悠が向こうで追ってる犯人かは分からないけどね。私もこの騒ぎを解決するために頑張るけど……それじゃあ、全然足りない。だから、また悠やガッカリーたちに迷惑かけちゃうかもしれない………」

 

 そういうことかと悠は納得した。詳細は少々長くなるので省くが、マリーの存在は言わばこの町そのものと言ってもいい。マリーがここまで言うということは、それほどの脅威が稲羽を襲っているということだ。事情を把握した悠は沈んだ顔をするマリーに近づいて、彼女の肩に手を置いた。

 

「えっ?」

 

「大丈夫だ、マリー。この町は必ず俺が守ってみせる。だから安心しろ」

 

 マリーは悠の言葉に驚いた顔をしたかと思うと、悠の手を振り払って顔を伏せてしまった。悠はどうしたのかと心配になって声をかけようとすると……

 

 

「ば、バカ!ニブチン!キザオトコ!オンナッタラシ!!悠なんてどっか行っちゃえ!!」

 

 

 顔を真っ赤にして悠にそんな罵声を浴びせた。せっかく良いことを言ったのに、ひどい返しである。これはこれでマリーらしいと言えば、らしいのだが。とりあえず、ことの重大さは分かったので、マリーに礼を言って部屋から出ようとすると、

 

「ま、待って。ここを出て行く前に…これを持って行って………」

 

 そう言ってマリーが取り出したのは、一つの日本刀だった。悠は戸惑いながらもそれを受け取った。

 

「これは?」

 

「悠が私をあの墓から救ってくれた時に使ってた日本刀。悠を悪しきものから守ってくれますようにって……願いを込めて………」

 

 マリーは顔を赤くしたままそう言った。確かに、これは悠が今年の2月にあの墓からマリーを救うために使用した日本刀だった。試しに鞘から出してみると、刃がピカピカに光っているくらい手入れされている。ハイカラだなと思い、悠はマリーに感謝して日本刀を鞘に納めた。

 

「ありがとう、マリー。行ってくる」

 

 悠はマリーを真っすぐ見て礼を言うと、マリーは悠の言葉に頷きながら微笑みを返した。

 

「行って。悠ならきっと、真実にたどり着くはずだから。あと一つ、この事件の犯人は……………

 

 マリーが何か重大なことを言おうとしていたが、その肝心な部分は悠の耳には届かず、悠の視界は暗くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(絵里)

 

「ここが、八十神高校。悠くんの母校ね」

 

 私こと絢瀬絵里は理事長と親友の希と共に、八十神高校の正門に立っていた。理事長が廃校阻止のヒントになるかもしれないと、ここの生徒会との交流会を目的として訪れたのだけど……理事長、鳴上くんのこと好きすぎじゃない?もしかして、実は鳴上くんの通ってた学校を見に来ただけなんじゃ……

 

「立派な校舎やね……」

 

 不意にそんなことを思っていると、隣の希がそんなことを言ってきた。確かにこの八十神高校は田舎の高校にしては、校舎はちゃんと整備されていて、そこそこ大きい学校だった。それはそうと、ジュネスで少し買い物してから希の顔色が悪いんだけど、大丈夫かしら?気になって声を掛けたけど、本人は問題ないの一点張りだし……

 

 運動場を見ると、GWなのに部活に励んでいる部活生の姿が見えて、その姿は活気に溢れていた。そういえば、行きのバスの中で、ここのサッカー部が県大会に行けるかもしれないって生徒が言ってたわね。そういえば……

 

 

(P-1グランプリって何なのかしら?)

 

 

 バスの中でここの生徒らしい人が噂していたあの話。真夜中に流れていた『P-1グランプリ』という高校生同士の格闘番組で、そこで負けた人は死体となって発見されるって………物騒な話ね。まっ、そんな根も葉もない噂なんて信じないけど。

 

「それじゃあ絢瀬さん・東條さん、行きましょうか」

 

「「はい」」

 

 理事長の後について行って、私たちは校舎の方へ歩いて行った。

 

 

another view(絵里)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻って目を開くと、光が差し込んできた。身体の状態は良好で、手足の感覚はある。その証拠に、手に先ほどマリーからもらった刀があるのが分かる。瞼をゆっくりと開くと、悠は目の前にある光景に目を疑った。

 

「こ、ここは!」

 

 今自分が居るのは、ついこの間まで、陽介や千枝と雪子、そして自分が通っていた八十神高校の正門だったからだ。あまりの出来事に悠は焦ったが、一旦心を落ち着けてじっくりと観察した。

 

「いや……ここは間違いなくテレビの中だ」

 

 悠は八十神高校の正門と校舎を見てそう思った。見た目は現実のものと瓜二つだが、この場所には、去年感じていた出入りする生徒の姿が思い浮かぶ暖かさが感じられなかった。ここは自分が知っている八十神高校じゃないと確信を持って言える。

 

 状況確認のために辺りを見渡すが、一緒にテレビに入った陽介や海未たちはおろか、千枝や花陽たちの後半組も居ない。同じ場所から入ったのに、どういうことなのだろうか。こんなことは初めてなので、どうすれば良いのかと頭を悩ませていると、

 

 

 

 

『は~い!おっ待たせしました~!ようやく、大本命の悠先輩が目を覚ましたよー!』

 

 

 

 

 不意に頭上から聞き覚えのある声が聞こえてきた。この人を惹きつけるような甘ったるい声は……

 

「りせなのか!?」

 

 そう、特捜隊の大切な仲間の一人であり、今でも穂乃果たちのスクールアイドルの件で世話になった【久慈川りせ】だ。悠がそう叫んだが、あちらにこっちの声が聞こえないのかあえて無視しているのか分からないが、返事はなかった。

 

『実況はこの私、みんなのりせだよ~♥。さあみんな~、今日は空気の読みあいとかいらないから、本性むき出しでドカーンとやっちゃお~う!!全員注~目!!』

 

 

ウオオオォォォ

 

 

 そんなりせの声と同時に、多数の声が聞こえてきた。驚いて見てみると、何と正門の向こうから多数の八十神高校の制服を着た生徒がこちらを見ていた。予想外の出来事に、流石の悠も混乱してしまう。こんな多数の人が何故テレビの世界に居るのか?すると、先ほどのりせとは別の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

『ノフフフフフ、やっと起きたクマね~。さあ、センセイが起きたので、本格的なP-1グランプリが始まるクマよーーー!!』

 

 

 

 

 頭上を見ると、さっきは何も映ってなかったモニターに光が灯り、そこには今回の騒ぎの原因であろう『クマ』の姿が映し出された。妙な帽子とマントを身に着けている、あのマヨナカテレビで見た通りの恰好をしている。それに、今マヨナカテレビで放送されていた大会名と同じ名前を口にした。しかし、このクマは本当に自分たちの知っているクマなのだろうか?

 

「おい。どういうつもりだ。お前は本当に………」

 

 クマがなのかと悠がテレビに映ったクマ?にそう聞こうとすると、クマ?はウザったそうに悠の言葉を遮った。

 

 

『かっ~、センセイの話は長いクマっ!ごちゃごちゃ言っとらんで、戦いんしゃい!もう対戦者も待っとるし、みんな既に戦っとうとよ!』

 

 

「何っ?」

 

 今クマ?が聞き捨てならないことを言った気がする。みんな既に戦ってる?……どういうことだ。

 

 

 

 

「本当……待ちくたびれたぜ、相棒」

 

 

 

 

 不意に後ろから声がしたので、振り返ってみる。そこには一緒にテレビに入った陽介がいた。あまりに唐突だが、陽介の姿を見て悠はほっとした。しかし、先ほどのクマ?の発言からの登場とあのマヨナカテレビに映っていた番組内容から察すると……

 

 

「俺に陽介と戦えって言うのか!?」

 

 

「らしいな。というか見りゃ分かんだろ?」

 

 陽介は悠の言葉に呆れたように淡白にそう返した。その陽介の様子を見て、悠は違和感を覚えた。何故か姿は本物の陽介のはずなのに、何かが違うような感じがする。すると、画面のクマ?がそんな2人をこんなことを言ってきた。

 

『ムムッ、仲間ヅラしてぬるま湯にチャプンッなんてさせんクマよ!この戦いは…デスマッチ方式。勝者しか先に進めんクマからね』

 

 クマ?の言葉は完全に2人を煽るようなものだったので、流石に悠も腹が立って声を荒げてしまった。

 

「いい加減にしろ!どんな企みがあるのか知らないが、俺たちはこんな大会に参加するつもりはないぞ」

 

 悠がそう言うと、画面のクマ?は驚いた表情になったが、次第に悪意丸出しにニヤリと笑って、とんでもないことを言った。

 

 

 

「ほほ〜う…そんなこと言って良いクマか?センセイがこの大会に参加せんということは………ナナちゃんやコトチャンはどうなっても良いということクマね?

 

 

 

「……えっ?」

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「菜々子とことりが!?」

「もう手遅れだろ?」

「何だと……」

「大体あの子たち、本当の妹じゃねぇんだろ?」


「鳴上先輩!陽介さん!」


「「ペルソナ!」」


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#26「VS Captain Ressentiment!!」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

今回は前回の展開と予告通り、VS陽介です。ここで言っておくと、特捜隊メンバーのペルソナは超覚醒したバージョンで行きます。一応P4Gの後日談という設定なのでその方が良いかなと思ったので。

新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方・誤字脱字報告をしてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。

これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きますので、応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


クマ?の発した言葉に、悠は絶句した。それほどクマ?の言葉が彼に衝撃を与えたのだ。

 

「な…菜々子とことりが……どうなってもいい…だと……」

 

クマ?の言葉は、この世界に菜々子とことりが居るということになる。そんなはずはないと悠は思った。菜々子は今は現実で友達と遊んでいるはずだし、ことりに関しては危ないからという理由で穂乃果と一緒にジュネスに置いてきたはずだ。テレビにダイブする前に笑顔で見送ってくれた。もし、クマ?の言ってることが事実だとしたら……

 

 

「あれ?お前知らなかったのか。菜々子ちゃんとことりちゃん、クマと一緒だったぜ」

 

 

陽介は軽い調子のまま、さらっと重要なことを宣った。それを聞いた悠は焦って陽介に問い詰める。

 

「おい陽介!菜々子とことりをどこで見たんだ!」

 

「うおっ!相棒どうしたんだよ。急に弾けんなって」

 

「そっちこそ、何でそんなに平気なんだ!ことりはともかく、菜々子は去年ここでどんな目に遭ったのか知ってるはずだろ!」

 

去年、菜々子はとある人物に誘拐されてこの世界に入れられたことがある。そのせいで、一時体調を崩して危篤状態になったのだ。今は奇跡的に助かって元気に日常を送れているのだが、今でもあの時のことを思い出すと胸が締め付けられる。だというのに陽介は……

 

(いや、落ち着け……落ち着くんだ)

 

考えてみれば陽介に強く当たるのはお門違いだ。陽介はただ、菜々子とことりがクマ?と一緒にいるのを見たと言っただけだ。我ながらこのシスコンぶりには怖くなると悠は思った。

 

「陽介、教えてくれ。菜々子とことりは確実にあのクマ?と一緒に居るんだな?」

 

しかし、陽介は予想に反した反応をした。

 

「はっ?そんな知らねーよ。まぁ多分今でも一緒に居るんじゃないの。それより悠よ、そんなに菜々子ちゃんとことりちゃんが心配なのか?」

 

「何?」

 

「ははは、そんなんだからシスコンとか言われて、気持ち悪がれてるんだぜ」

 

おかしい。何かがおかしいと、募った違和感が一層強くなった。確かに陽介は無神経なことを言ったりはするが、それは気を遣いすぎて裏目が出てしまうのがほとんどだ。こんなあからさまに嫌みを言って楽しそうにする最低なやつじゃない。

 

「お前は……本当に陽介なのか?」

 

「はっ?何言ってんの?どう見ても俺だろうが。というか、この場で一番ヤバいのは悠、お前だろ?」

 

「なんだと?」

 

 

「いつまでもシスコンをこじらせてよ。大体あの子たち、()()()()()()()()()()()?お兄ちゃんとかキモイっての」

 

 

「!!っ」

 

その言葉は悠の心に突き刺さった。言われた内容にもだが、何よりそれを陽介に言われたことが悠にとって痛手だった。

 

「ことりちゃんとかあんな良い子なのに、ブラコンとかありえないだろ?それに俺があの2人を見たのは、結構前だし、もう手遅れだって。去年の菜々子ちゃんの時だって…なっ」

 

「……………」

 

悠はもう何も言えなくなった。確かに陽介の言う通り、あの2人は従妹であって本当の兄妹じゃない。だが、そうであったとしても悠にとって、あの2人は本気で自分を慕ってくれて、自分に生きがいを与えてくれた大切な家族だ。たとえシスコンだと言われても、それだけは悠にとっては譲れない。

 

それに、自分の知ってる陽介は決して人の命を軽く見るような人間じゃない。何故なら、去年大切な人を失う辛さを一番味わったのは、他ならぬ陽介だったからだ。大切な人を殺されても、それに背を向けることなく向き合っていた姿勢は、悠も尊敬したものだ。菜々子が入院した時も、陽介は悠の抑えきれない犯人への感情を受け止めてくれた。それらを陽介は忘れてしまったというのか……。

 

 

「構えろ………陽介」

 

 

悠は意を決して、懐からメガネを取り出して装着する。そして、マリーから貰った日本刀を抜刀し、手の平にタロットカードを発現した。

 

「なっ!お前、この大会に参加しないんじゃなかったのかよ!」

 

正直悠は先ほどまでは、この陽介は偽物ではないかと疑っていた。よく漫画である本物がこの場に現れて『そいつは偽物だ!』と叫ぶワンシーンがくるのではないかと思っていた。だが、それはないと確信した。目の前に居るのは紛れもない本物の陽介だ。本物だからこその違和感がある。それならば、やることは一つ。まず何が起こっているのかを知るために、一旦向こうの誘いに乗るしかない。

 

「陽介、お前なら分かってるはずだ。この状況を打開する、最善の方法を。だから…恨みっこ無しで全力で行くぞ」

 

この言葉が本当の陽介に聞こえているかは分からないが、とにかくやるしかない。陽介には悪いが、自分の前で菜々子とことりを侮辱したらどうなるかを、これを見て嘲笑っているであろう犯人に思い知ってもらう。すると、

 

 

『あっれれ~~~?妹のためなら結局相棒と殴り合っちゃうんだ~?まあ、どうでもいいけど。それじゃあ、行っくよ~!リングイーン!』

 

 

刹那、悠と陽介の周りに頭上から4つの柱が降ってきて、2人を囲むように地面に突き刺さった。それに驚愕すると、あの柱は赤く光り始めて一つのリングが完成した。これは何なのかと思ったが、そんなものは気にしてる場合じゃない。目の前の陽介は驚きはしているものの、既にタロットカードを自分の真上に発現させて戦闘態勢に入っていた。

 

 

カッ!

「行くぞ!【イザナギ】!!」

カッ!

「行くぜ!【タケハヤスサノオ】!!」

 

 

2人はタロットカードを砕いてペルソナを召喚すると、目の前の強敵(相棒)に己の武器(ペルソナ)をぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(絵里)

 

「あら?今は休憩中かいな」

 

「そのようね。まあ、5月なのにこの暑さはキツイわよ」

 

現在、私と希は渡り廊下の方から運動場を見渡していた。何故かというと、どうやらあちらの生徒会の方でトラブルが起こったらしく、交流会の開始時間が遅くなったからだ。このままこの学校の生徒会室で待ってもよかったのに、せっかくだから校内探索でもしたらどうかという理事長と向こうの先生との提案でそうしてもらっている。

 

それよりも……ここの先生って何て言うか……個性的な人多くないかしら?。職員室に入って分かったけど、妙にケバイ先生とか、ファラオの頭巾っぽいのをしてる先生とか、手にパペットを持って話してる先生とか居たけど……鳴上くん、こんな先生たちに勉強を教えてもらったのね。

 

そんな訳で、私と希は今校舎を探索しようとして、渡り廊下に居る。今は休憩中らしく周りを見ると、飲み物を飲んで談笑している生徒の姿が多く見受けられた。

 

「おー、お疲れさん、長瀬」

 

「何だよ、一条かよ」

 

「んなこと言うなよ。折角大会前の親友を労いに来たってんのに」

 

「余計なお世話だっつの」

 

ふと見ると、そこには部活動生らしき2人の男子が話しているのが見えた。片方はユニフォームから察するとバスケ部、もう片方はサッカー部といったところね。2人はあんな会話をしながらも仲よさそうで、心から部活を楽しんでいるように見えた。部活か……

 

「エリチも部活したかったん?」

 

「何よ…希」

 

「あの男の子たちを見てる目が鳴上くんと高坂さんたちを見てる目と同じやったから、そうなんちゃうかなっと思って」

 

「………そんな訳ないじゃない」

 

希にはそう言ったけど、指摘されたことは的を得ていた。実のところ、私はあの2人や運動場で部活に励んでいる生徒を見て、羨ましいと思った。癪だけど、私が鳴上くんや高坂さんたちに抱いてる気持ちはこんな風なのだろう。私もあんなことが無ければ、今頃彼らや鳴上くんたちのようにあんな青春を……って考えるだけ無駄ね。もう今更……

 

「あっ、一条先輩と長瀬先輩、お疲れ様です!」

 

すると、あの2人の元にトロンボーンを手にした背の低い女の子が駆け寄ってきた。察するにあの子はあの2人の後輩なのだろう。違う部活の人たちが集まるだなんて光景は珍しいわね。でも、あんな小さい子がトロンボーンだなんて、失礼だけど意外だわ。

 

「おー、松永か。お前も連休なのに部活か?」

 

「はい!私たち吹奏楽部も大会近いですし。それよりお二人とも、今日は鳴上先輩が帰ってくる日ってご存知でしたか?」

 

え?今あの子、鳴上って言った?もしかしてあの子、鳴上くんの後輩なの?じゃあ、鳴上くんはこっちでは吹奏楽部に入ってたのかしら?

 

「あー!そういやそうだった!!まいったなぁ、夕方まで部活だし……」

 

「何、鳴上だって都会から帰ってきたんだから疲れてるだろ。今日はゆっくり休ましてやろう」

 

「それもそうだな。あいつとは万全の状態でまたバスケしたいし」

 

「私もまた鳴上先輩にトロンボーン聴いてほしいです」

 

え?…あの人たちも鳴上くんの友達!?しかも、バスケって……鳴上くんバスケ部にも入ってたの!?吹奏楽部とバスケ部を兼部してて、あの成績って……鳴上くんって本当に何者なのよ……

 

「ねぇ、少しお話してええか?」

 

私が改めて鳴上くんのスペックの高さに驚愕していると、希があの3人に声をかけている姿が……って希!いつの間に。突然話しかけられたから3人ともびっくりしてるけど。

 

「うおっ!!スッゲェ美人!…って、その制服はうちの学校のじゃないよな」

 

「うん。ウチは鳴上くんと東京から来たもんやからな」

 

「東京からか……って鳴上って言ったか!じゃあアンタ、都会の鳴上の友人なのか?」

 

「こんな綺麗な人がお友達だなんて……鳴上先輩すごいです」

 

「いや~ウチと鳴上くんは友達やないよ」

 

「え?」

 

何故か上手く打ち解けてるわね。私と違って希はコミュニケーション能力が高いから、こう知らない人と話せるんだけど。そこは少しだけ羨ましいところね。って希は何を言って……

 

 

「ウチは、鳴上くんの………彼女や」

 

 

「「「はっ?」」」

 

その希が放った言葉に私も彼らも思考が停止した。今…希はなんて言った?

 

 

「去年はウチの彼氏がお世話になりました」

 

 

「「「…………えええええええええ!!」」」

 

「の……希ぃーーーー!何言ってるのよ~~~~~~!?」

 

まずい!希の言葉を真に受けたのか、あの3人絶対誤解してる!早く誤解を解かないと!!私はこれ以上あの3人に勘違いされないように全速力で駆け出した。

 

 

 

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「風の吹くままよ!!タケハヤスサノオ!」

 

「ふっ!イザナギ!」

 

大剣と手裏剣がぶつかる音が響き渡るリング内。陽介のペルソナ【タケハヤスサノオ】が放った疾風属性の攻撃を悠の【イザナギ】は紙一重に躱した。決闘開始のリングが鳴ってから、悠は陽介の攻撃を躱しては攻撃を加えて、防がれるという繰り返しだった。

 

『あれれ~?シスコン番長どうした~!?そんな調子じゃ妹たちは救えないぞ~~!そのままぶちのめしちゃえ!キャプテン・ルサンチマン!』

 

上のモニターからりせの煽りとヤジが飛び交ってくる。このりせ、実況であるが故か隙を見てはこちらを煽ってくる。差し詰め【煽りせちー】と呼ぶべきか。しかし、悠はそんな煽りを気にせずに目の前の戦況を見定める。今は一進一退の攻防に持ち込んでいるが、明らかにこっちが不利だ。陽介は相変わらず速さで勝負しているので、こっちはついて行くのに精一杯。しかも陽介の覚醒したペルソナ【タケハヤスサノオ】は【イザナギ】にとって属性的に相性が悪い。このままではジリ貧だ。この状況を打開する一手があるとすれば……

 

「おいおい相棒、らしくねぇな。お前はペルソナをチェンジできるはずだろ?こんな貧相なイザナギで何やってるんだよ?」

 

お次は陽介がこちらを煽ってきた。そうだ、悠には他のペルソナ使いには無い【ワイルド】の力、ペルソナを幾つも所持できる力がある。その力を使えば、タケハヤスサノオと相性の良いペルソナを出せるだろう。だが……

 

『無駄無駄~!だって先輩、力封じられてチェンジが出来ないんだもんね~♪キャハハッ』

 

「おっと、そうだったな。チェンジの出来ない悠なんて、雑魚と変わりねえ!」

 

モニターのりせからの解説が入り、陽介は余裕と言った表情を見せた。りせの言う通り、悠は東京で何者かの手によって、八十稲羽で培ってきたものを全部封じられている。以前の力さえあれば、目の前のタケハヤスサノオを簡単に倒すことが出来るだろうが、今のままではどうしようもない。そうこうしているうちに、タケハヤスサノオの突風攻撃がイザナギに炸裂してしまった。

 

「ぐっ!」

 

「っしゃあ!隙あり!!」

 

陽介はここぞとばかりに猛烈な攻撃のラッシュを放った。そして、イザナギは上空に舞い上がり、その瞬間地面に叩きつけられた。そのダメージは悠にもフィードバックし、悠は膝をついてしまった。イザナギは辛うじて立ってはいるが、大剣で身体を支えている状態でどう見ても虫の息だった。悠もフィードバックで来た痛みのせいか、手にしている日本刀で身体を支えている。その様子を見たモニターのりせは邪悪な笑みを浮かべる。

 

『あ~あ、シスコン番長もこれで終わりか~♪なんか悠先輩には幻滅しちゃったな~。じゃあ、さっさと終わらせちゃえ♪キャプテン・ルサンチマン!』

 

「こいつで終わりだ!くたばれ!相棒!!」

 

これでトドメとばかりに、タケハヤスサノオは最大の攻撃をイザナギに繰り出した。攻撃の規模は台風並みなので、食らえば一溜りもないだろう。これで終わる。誰もがそう思った。悠は膝をついたまま動けずその場で………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニヤリと笑って、何かを呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴオオオオオオオツ

 

タケハヤスサノオの攻撃が決まって辺りに土煙が発生した瞬間、陽介は勝利を確信した。手負いの悠があの大技を食らって立てる訳がない。やがて煙が晴れて陽介の目に入ってきたのは

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()だった。

 

 

 

 

 

「なっ!!」

 

陽介えぇぇぇ!

 

陽介は驚いて防御しようとするが、それは遅かった。(イザナギ)は振りかぶった拳を思いっきり陽介(タケハヤスサノオ)の顔面に叩きこんだ。それはまるで、悠と陽介の思い出深いあの時を再現するかのように……

 

「ぐはっ!」

 

陽介は悠のパンチの勢いに耐え切れずに倒れこむ。そこからモニターのりせがテンカウントと始めたが、そこから陽介が起き上がることはなかった。

 

 

『K.O!!まさかまさかの大逆転!!この勝負、悠先輩の勝利ーー!さっすが悠先輩!惚れ直したぞ~♥』

 

りせのコールで周りの観客が悠の勝利を祝うかのように大歓声を上げた。しかし、悠はそれに喜ぶことなく黙って膝をついたままであった。それは陽介から受けた痛みからではなく、無力感からだ。勝利したのは良いが、倒した相手が大事な相棒なので素直に喜べない。

 

 

『しかし、どういうことだ~?花村先輩のあの攻撃を受けて立ち上がれるはずないのに~?早速今のシーンをリプレイしてますが、土煙が邪魔で確認できません!』

 

先ほど、悠が陽介の特大の攻撃をどう防いだのかが気になるのか、モニターのりせは先ほどのシーンを画面にリプレイさせた。どこから撮ったのか気にはなるが、今更だろう。

 

画面には土煙で悠が何をやったのかは分からないが、種明かしをすると答えは単純だ。悠はあのタケハヤスサノオの大技を食らう瞬間に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。リャナンシーは疾風属性に耐性があるので、タケハヤスサノオの攻撃を食らっても耐えられる。そして、土煙が発生した瞬間にリャナンシーの回復魔法で痛みを緩和して、ペルソナをイザナギに戻しと同時に陽介も元へ走っていった。そうすることで、先ほどのシーンに続いたわけである。

 

悠は最初からこの時を狙っていたのだ。わざとチェンジが出来ない芝居を装い、隙を作って強烈な一撃を加える。チェンジが出来るなら他にも方法があっただろうが、この方法を取ったのは、かつて陽介が自分に言った言葉を思い出したのがキッカケだった。

 

 

 

 

 

 

ーお前がもし道を間違った時には、今度は俺がぶん殴ってても止めてやるよ。例えどんなに地の果ての、真っ暗な場所までだってな。それが相棒ってもんだろ?

 

 

 

 

 

 

あの言葉を言われた時、表情に出してなかったが自分にこんなことを言ってくれる親友が出来たものだと心の底から嬉しかった。だが、同時に陽介にも同じことが起こったのなら自分もどこに行こうが、ぶん殴ってても止めようと心に誓ったものだ。無謀で自己満足であったとしても、今がその時だとこの作戦を実行した。結果として上手く行ったが、これ以外にも策はあっただろうと今更ながら思う。どこまで行っても、自分たちは殴り合う方が合っているかもしれないと悠は心の中でそう思った。

 

しかし、そんな悠の心境を汚すかのように、悪意に満ちた陽気な声がモニターから聞こえてきた。

 

 

『ぶっはは~!センセイお見事クマ~!決着の付け方はこちらが求めてないものクマだったけどね~~』

 

 

すると、また頭上のモニターにクマ?が映りだした。クマ?の言葉にカチンと来たが、悠は冷静を保ったまま、厳しい口調でクマ?に問いかけた。

 

「おい……こんなことをまだ続ける気か?」

 

『ハア~?そんなの当たり前でしょうが!大体何のためにセンセイたちを……って何!?』

 

当然クマ?は何か焦った様子で、モニターから姿を消した。かなり焦っている様子だったので、何かあったのだろう。少し時間が経つと、再びクマ?の姿がモニターに映りだした。

 

『チッ……あの小娘どもが……まあいい。それよりもセンセイ?言っておくと、ナナちゃんとことりちゃんのことが知りたいなら、ここまで来てみんしゃい』

 

「何?どういうことだ?」

 

『プププ、急いだほうが良いと思うクマよ?それじゃっ!』

 

悠が待てと言うのを待たずに、意味深なことを言い残してクマ?は画面から消えた。あの言い方からして、やはり菜々子やことりはこちらに来ているのだろう。考えたくもないが、そうとしか捉えられない。それに、何やらあちらでトラブルが起きたようだが、何があったのだろう?

 

辺りを見渡して見ると、さっきまで歓声を上げていた学生たちは姿を消していた。しかし、あれは学生ではない。悠は対戦中にチラッと学生たちを観察したが、あれは人間ではなく人間の形をしたものに見えた。おそらくあれらはシャドウに違いない。それにさっきまで自分たちを囲っていたリングも跡形もなく消えていた。少し疲れているのか、上空に何か光るものが校舎の上空に消えていったのは気のせいだろうか?気にはなるが、それより目の前の相棒の状態を確認することを優先した。

 

 

「陽介、大丈夫か?」

 

倒れている陽介に近寄り、肩を貸して起き上がらせる。殴った頬が腫れていて少々痛そうだが、その以外には大したケガはない。悠は良かったと心の中で安堵した。しかし、当の本人は怒り心頭といった様子であった。

 

「痛って……って悠!お前もうちょっと加減しろよ!久々にお前のパンチ食らったけど、死にそうなくらい重かったぞ!殺す気か!」

 

「それはお互い様だろ……加減なんてする余裕なんてなかったし」

 

作戦が上手く行ったとは言え、陽介もこちらに容赦なしに攻撃していたので手を抜いていたらやられていただろう。

 

「つーか!つーかですよ!ナースナースってうるせっつの!俺の頭の中、ナースばっかじゃねぇっつの!しまいには、ことりちゃんにナースの恰好をさせて迫る気かって…俺はそんな変態じゃありませんっ!!」

 

「俺がそんなこと言う訳ないだろ……」

 

そんなこと言った覚えもないし言うはずがない。それより、ことりのナース姿について詳しく……

 

 

「はっ!?メッチャ言ってただろ!いきなりそっちの好みにダメ出しとか、どんだけドSだよ!東京でそんな属性を身に着けてしまったのか!?というか………………ナース好きで何か悪いんですか!?

 

 

陽介の悲痛の叫びは後方の校舎に大きく木霊した。何というか、これ以上にない思い切った開き直りだった。これがもし誰かに見られていたら黒歴史ものだろう。しかし、

 

「ちょっ、ちょっと待て!一旦落ち着こう!」

 

何か陽介の叫びを聞いて何か引っかかったので、興奮する陽介を落ち着けさせて、決闘前にお互い何を言われたのかを確認してみた。結果、互いの話は全く食い違っていた。どうやら、陽介は悠にナース好きの性癖について散々罵られていたらしい。陽介はテンションに任せて具体的な例を出そうとしていたが、悠は強い口調で制止した。その方がお互いのためだし、先ほどことりを例に出されたので、十分傷ついた。しかし、これで一つ気づいたことがある。

 

「陽介、菜々子とことりがこっちに来ているのは本当か?」

 

「な、何!?嘘だろ!?」

 

予想通り、陽介は先ほどの無関心な態度が嘘のように絶句していた。これは本気で菜々子とことりの身を案じている様子だった。とりあえず、これではっきりした。陽介は自分の意志で喋っていたのではない。方法は分からないが、第三者が陽介に喋らせていたのだ。そう言えば、先ほどあのクマ?は知りたければここに来いと言っていた。おそらくその第三者があのクマ?だろう。もしかしたら、あの煽りせちーもクマ?に喋らされているだけかもしれない。やはりあのクマ?を潰すしかないのかと心の中で思ったその時、

 

 

「鳴上せんぱ~~い!!」

 

 

ふと聞き覚えのある声が聞こえてきたので、校舎の方から誰かがこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 

 

「「高坂っ!(穂乃果ちゃんっ!)」」

 

 

こちらに走って来たのは誰であろう、八十神高校の制服を着た穂乃果だった。一瞬偽物かと思って日本刀を構えようとしたが、穂乃果が2人の元に駆け寄る方が早く、穂乃果は悠に抱き着いて泣きべそをかいた。

 

「うわ~ん!!鳴上せんぱーい!怖かったよーーー!」

 

突然の穂乃果の登場に2人は困惑した。何故ここに穂乃果が居るのだろうか?まさか、

 

「お、おい悠、こいつは……」

 

「いや、この高坂は本物だ」

 

陽介はこの穂乃果は偽者ではないかと言おうとしたが、悠ははっきりとそう断言した。この悠を抱きしめる腕の強さや温かさ、そしてこの裏表を感じさせない純粋な感情表現は間違いなく本物の穂乃果だった。

 

「高坂、何でここに。ことりと一緒にジュネスで待ってたんじゃないのか?」

 

悠の言う通り、穂乃果とことりはペルソナを持ってないので、ジュネスでの待機していたはずだ。すると、穂乃果は顔を上げて事情を説明しようとするが、

 

「え、え、あの、それは…その!」

 

何か怖い目に遭ったのか、少しパニックになっていた。

 

「落ち着け。一旦深呼吸だ」

 

「う、うん。スゥ~……ハァ~……って違うの!穂乃果たち()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

「「え?」」

 

穂乃果はみんながテレビに入ったのを確認した後、やることもなかった2人は穂乃果の発案で興味本位でテレビを近づいて行ったらしい。すると、背後から声を掛けられたので振り返ってみた瞬間に、背中を押されてテレビの中に入ってしまったというのだ。そして、気づいたら見知らぬ学校の放送室らしき部屋にことりと一緒にいたらしい。その時には既に、服装も八十神高校のものに変わっていたとか。

 

「そこに……穂乃果たちの他に、あのマヨナカテレビに映ってたクマさんと、久慈川りせが居たの……クマさんが何かテレビに向かって話してる最中に、久慈川さんが穂乃果たちを逃がそうとしてくれたんだけど…途中でクマさんに気づかれて………穂乃果は何とか逃げ切れたけど………ことりちゃんはクマさんに捕まっちゃって……穂乃果どうしたら分からなくて……」

 

その後は必死に校舎を走り回って、誰かを探していた最中に外から陽介の大声に気づいて、正門付近に居た悠と陽介を発見したということらしい。

 

穂乃果の報告を聞いて、悠と陽介は顔を見合わせた。穂乃果とことりを落としたのは何者か、また何故2人を落としたのかは分からない。だが、ペルソナを持たない穂乃果とことりをテレビに落とせたということは、その人物はペルソナ能力を持っているということは確実だろう。

 

「厄介なことになってきたな。これって足立や生田目のような俺たちの他にペルソナ能力を持ってるやつが関わってるってことだろ?」

 

「ああ……でも、りせと高坂のお陰で分かったことがある」

 

さっきクマ?の元でトラブルが起きた様子だったが、その時りせが穂乃果たちを逃がそうとしたときのことだったのだろう。りせの機転と穂乃果の必死の逃走のお陰でクマ?の居場所が判明した。穂乃果の証言からすると、クマ?居場所は放送室だ。居場所が判明したので、後はそこに乗り込むだけだと思ったその時、

 

 

「あんたたち!何とかグランプリの参加者やね?」

 

 

今度は聞き覚えのない誰かの声が聞こえてきた。どこからかと辺りを見渡すと、校舎の方からこちらに何者かが向かってきているのが見えた。

 

「「誰だ!」」

 

悠と陽介は少女の登場に驚きながらも穂乃果を守るようにして、ペルソナを召喚する態勢に入った。

 

 

「な、なんやアンタたち。何か分からんけど、女の子に暴力を振るおうとするとか、男として恥ずかしくないん?」

 

 

現れたのは水色の長い髪のポニーテールで頭にカチューシャのような飾りを着けている少女だった。驚いたことに、その少女は何と八十神高校の制服を身に着けている。少女は悠と陽介の気迫に多少たじろいだものの、言葉には気強さが残っていた。この少女はどうやらシャドウではなく本物の人間、そしてペルソナ使いとしての雰囲気がなかったので、悠と陽介は臨戦態勢を解いた。

 

「すまない、驚かせるつもりはなかったんだ」

 

「本当にすんません。シャドウか犯人かと思ったんで」

 

悠と陽介は驚かしてしまうことに対して少女に頭を下げて謝罪した。少女は2人の謝罪を気にすることなく、逆に諭すようにこう言った。

 

「すまないちゃうよ。ウチやから良かったけど、他の人にやったらどないしとったん?というか、シャドウか犯人って何言うてはるの?」

 

悠と陽介は少女の言葉にウっとなった。状況が状況でもあるが、彼女の言う通りだったので反論できない。見た目に反して喋り方が関西弁、というか京訛りだが、悠はまるで希に怒られているような気分になった。

 

「それよりアンタたち、生徒会の許可得んと、こんなことしたらあかんやろ」

 

「「「えっ?生徒会?」」」

 

 

「さあ、さっさと観念して他の仲間集めて解散しいや!生徒会はこんなグランプリ認めへんよ!今すぐこのグランプリは中止や!」

 

 

少女は悠たちに向かって力強くそう言い放った。思わずひれ伏したくなるような覇気を感じたが、それどころではない。生徒会かどうとかは知らないが、この少女は悠たちがP-1グランプリを引き起こした張本人と思い込んでいるようだ。早くその誤解を解かなくては。

 

「ま、待ってくれ!話を聞いてくれ!俺たちは」

 

 

 

 

ドオオオンッ!

 

 

 

悠が少女に事情を説明しようとしたところで、どこからか爆発音が聞こえてきた。突然のことに一同は慌てたが、少女は爆発音がしたであろう方向に目を向けた。

 

「あそこは体育館かいな!次から次へと……アンタ達はそこで待っとき!」

 

少女は恨めしそうにそう呟くと、悠たちにそう言い残して体育館の方へ駆けだした。

 

「ま、待って!」

 

「っち、しゃあねえ!俺たちも行くぜ、相棒!」

 

「ああ!」

 

おそらく体育館では誰かが戦闘をしているだろう。あのクマ?の差し金かは知らないが、丸腰でその場に飛び込むには危険すぎる。悠と陽介、そして穂乃果は少女を止めようと体育館に向かって走り出した。が、

 

 

「どへっ!」

 

 

突如、さっきとは別の音…人が何かに思いっきりぶつかったような大きな音と陽介の情けない声がした。悠と穂乃果が振り向くと、そこには見えない壁ににぶつかったように倒れこんでいる陽介の姿があった。

 

「な…なんじゃこりゃ……………」

 

「よ、陽介さん!?どうしたの!」

 

悠はその様子を見て、あのクマ?の言っていたことを思い出した。『この大会は勝者以外は進めない』。どうやらこのエリアには勝者しか進めない見えない壁があるらしく、負けた方はここからは出られない仕掛けになっているようだ。

 

「お、俺はここまでのようだ……相棒、穂乃果ちゃんを連れてあの子を追ってくれ……無茶はするなよ………」

 

陽介はそれを思い出したのか、陽介は倒れこみながらも悠と穂乃果にサムズアップしてそう告げた。まるでよくある映画のワンシーンのようでカッコいいのだが、鼻血を出している状態なので全てが台無しだった。

 

「ああ、お前の犠牲は無駄にはしない。行くぞ!高坂」

 

「うん………陽介さん、さようなら!!」

 

陽介の言葉に頷き、悠と穂乃果はさっきの少女を追って体育館へと向かった。陽介の弔い合戦のために……

 

 

「って俺死んでないからーーー!!」

 

背後に相棒の悲痛の叫びが聞こえた気がしたが、そっとしておこう。

 

 

ーto be continuded

 




Next Chapter

「急がないと!」

「アンタ何のつもりなん!?」

『ムホホ……センセイったら、悔しそうクマねぇ~』

『嘘つきヤローに興味はないクマ!』

「いつもいつも貴方は………」


「必ず報いは受けてもらう。覚悟しておけ」


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#27「Student council president」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

前回は息抜きとして番外編を投稿しましたが、本編だと思ってびっくりした方がいましたら、すみませんでした。先日やっと部活の一週間合宿から帰ってきました。滅茶苦茶疲れましたし、外で思いっきり活動したので日に焼けました。しばらくは家で休みたい気分です……

ここでお知らせ。この間章は出来れば10月までには終わらせたいと思っています。なので、希と絵里の話を待っている方々、もう少しお待ちください。また、今回の話は色々盛り過ぎて今までより文字数が多くなっています。というのも、先日公開されたプリズマ☆シロウを見に行ったら、これぞ主人公と言った士郎くんの姿に感化されて、カッコいい悠を書きたいと思ってしまったのが原因なのですが………

新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

最近低迷気味ですが、これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きますので、応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


悠と穂乃果が体育館へ向かったのを見送った陽介は地べたに寝ころんで空を仰いでいた。自分は悠に敗れて、ここら一帯から出られないようになっている。情けないが自分はここまでだろう。だが、不思議と陽介の心に後悔や絶望といった感情はなかった。

 

「…相棒なら……悠ならやれるだろうよ」

 

陽介は空を見てニヤリと笑ってそう言った。自分で言うのもなんだが、悠は絶対にどんなことがあっても挫けない。去年自分の想い人の命を奪った連続殺人事件を追った際も、相棒は何事にも惑わされず自分たちを引っ張って事件を解決へと導いたのだ。そんな悠なら、この奇妙な事件も東京で穂乃果たちと追っている事件を解決できる筈だ。その時……

 

 

 

 

「あ~あ!つまんねえの!てめえらのナカヨシコヨシの戦いはよぉ!!」

 

 

 

 

突如、どこからか誰かの声が聞こえてきた。聞き覚えのない少年の声だったので、陽介はギョッとする。思わず辺りを見渡すが誰もいない。どこかに隠れているのだろう。陽介は思わず身構えるが、相手は姿を見せずに陽介を罵った。

 

「アイボーアイボーってうるせえんだよ!一人の時は弱虫毛虫のクセによ~。群れてる時だけはしゃぎやがって、犬かっての!」

 

陽介は相手の言葉に腹を立てた。言われたことは心当たりがあるので否定はしないが、姿を見せずに悪口を言われるのはすごく腹立たしい。

 

「どこにいやがる……出てきやがれ!この臆病者!!」

 

 

「ここだよ…犬が」

 

 

すると、空からまた自分たちを囲っていた四つの柱が出現し、陽介の周りにリングが出来上がった。これに陽介は驚愕する。これはさっき悠と戦った後に消えたのではなかったのか?すると、

 

 

「お前らがナカヨシコヨシみたいな戦いをしたから、欠片が全然集まんなかったぜ……ったく動くのは()()()()()()()?なのにってな!」

 

 

瞬間、陽介の目の前に見たこともない少年が出現した。赤髪に顔にバツ印の刀傷、腰には二刀の日本刀と八十神高校の学ランを結んである。どこからどう見ても八十神高校では見かけない外見だった。

 

 

「な、何者だ?お前………」

 

少年は陽介の問いに返答することはなかった。代わりに雰囲気を変えて、腰に差している二刀の刀を抜刀して陽介に向けた。

 

 

「さあ、僕たちのために……あの子のために戦え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠と穂乃果はひたすら体育館へと走った。あの生徒会を名乗る少女を止めるためでもあるが、あそこで仲間の誰かが戦っているのであれば、自分たちが止めなければならないからだ。見たところ、この八十神高校は悠が去年通っていたものと同じだったので、体育館への道順は覚えていた。穂乃果と急いで走っていると、悠はふと自分の身体に違和感を覚えた。

 

「鳴上先輩?どうしたの?」

 

「いや……さっきの傷が」

 

先ほどの決闘で陽介に与えられたダメージが無かったかのようになっている。リャナンシーの回復魔法で痛みを緩和したとはいえ、それは考えられないことだった。悠はもしやと思って()()()()()()()()()に目を移す。見た目では感じないが、悠が先ほど陽介から受けた傷や疲労は全てこの日本刀が癒してくれたようだ。『悪しきものから守ってくれるように』とはそういうことか。マリーも中々神らしきことをしたものである。

 

そう思っているうちに、2人は体育館の入り口に到着した。悠と穂乃果は互いに頷いて中へと足を踏み入れた。そこには…

 

 

「これはっ!」

 

 

体育館の中には異様な光景が広がっていた。端々に大量の椅子が積み上げられており、それらは天井まで届きそうなくらい巨大なオブジェと化している。そのせいか、ここはまるで廃墟化した建物のような雰囲気を出していた。ここはテレビの世界だが、去年この体育館でバスケ部の友人【一条康】と共にバスケに励んでいた思い出が汚されたかのように感じて、悠は少し怒りを感じていた。

 

「あ、あれって!?」

 

穂乃果が何かを見つけたように、体育館の中心を指さした。そこには二つの人影があった。一つは扇を持って澄ました表情をしている雪子、もう一方は傷ついて床に倒れている八十神高校の制服を着た海未がそこに居た。

 

 

「「天城!(海未ちゃん)!」」

 

 

悠と穂乃果は心配になって駆け寄ろうとしたその時、あの忌々しい声が2人の足を止めた。

 

 

『ムホホ~、センセイのご到着クマ~。恐れ多くもクマから逃げた小娘と優雅にデート中クマか?急いで来たっぽいけど残念!もうここでの決闘は終わってしまったクマ~~。んで、勝者は当たり前と言ったら当たり前のユキチャンだクマよ~~。まぁ、覚醒して一月のヒヨッコがユキチャンに勝てるわけないクマよね〜』

 

 

「っお前!」

 

悠はクマの言葉に思わず噛みついてしまった。戦いに間に合わなかったことにもだが、大事な後輩である海未を嘲笑されてので腹が立つ。

 

『おう~、悔しそうな顔クマね~。そうそう、その表情がたまらんクマ~』

 

クマ?は戦いを止められなくて悔やむ悠を面白いものを見たかのように嘲笑った。普段のクマからは考えられないほどの表情だ。

 

 

「ふざけないでよ!!友達が傷ついて苦しんでるのを見て何が楽しいの!?」

 

 

穂乃果も親友をバカにされて悔しかったのか、モニター上のクマ?に突っかった。それを見たクマ?は更に邪悪な笑みを浮かべてこう返す。

 

『ほほう……おバカな小娘には知らんかも知らんけど、人の不幸は蜜の味っていうクマよ~?クマはそれが大好物なんだクマ〜。小娘も大人になれば分かるクマよ〜』

 

それを聞いた穂乃果は更に悔しそうな顔をする。今すぐ殴りに行きたいのにそれが1番出来なくてもどかしくなっているようだ。そんな穂乃果を悠が優しく諭した。

 

「高坂、あいつの言葉を真に受けるな」

 

「でもっ!」

 

「今は天城と園田を気にするべきだ」

 

悠の言葉で穂乃果は少し落ち着きを取り戻したようだ。2人は急いで倒れている海未の元へと駆け寄った。

 

「園田、大丈夫か?」

 

「海未ちゃん!大丈夫?」

 

「う…ううう………鳴上先輩……穂乃果………私は…」

 

辛うじてだが、何とか意識があるようだ。雪子に一緒に手当てしてもらおうと彼女の方へ目を向けると、雪子は慌てずもせずに耳を疑うようなことを言ってきた。

 

 

「鳴上くん?何慌ててるの?別段痛くしなかったから、大丈夫なはずなんだけど?」

 

 

悠たちの様子を見て放った雪子の言葉に悠は驚きを隠せなかった。重症というほどではないが、どこからどう見ても海未は重体である。傷ついている人はほっとけない性分の雪子からとは思えない発言だった。

 

「ちょっ!雪子さん!何言ってるの!?海未ちゃんどう見ても大丈夫じゃないじゃん!!」

 

「???」

 

穂乃果の焦った声を聞いても雪子は訳が分からないと言わんばかりに首を傾げている。もしやと思い、悠は雪子にこう話しかけた。

 

「それより天城、俺たちをこんな大会に巻き込んだあのクマ?の居場所が分かった。そこに菜々子とことりが居るらしい」

 

「え?そんな…………」

 

雪子は菜々子がここに居るとは思わなかったようで、少し焦った顔になった。どうやら先ほどの陽介とは違って、菜々子やことりのことを心配してくれているようなので大丈夫かと思ったが、それは間違いだった。

 

「ああ。俺は今からあのクマの居る放送室に乗り込んでくる。だから、天城は高坂と園田の保護を頼む!天城が2人といてくれれば安心」

 

 

 

「……そんなの嫌よ。だって、その子たち、鳴上くんの後輩でしょ?私は全然関係ないもの………」

 

 

 

「!!」

 

悠の言葉を遮ってそう言った雪子に穂乃果は動揺してしまった。まだ出会って一日しか経ってないが、自分たちに見せてくれた優しい心を持つ雪子から発せられた言葉とは思えなかったからだ。

 

「ゆ、雪子さん?……雪子さんだよね!私たちにあんなに優しくしてくれた」

 

しかし、雪子は穂乃果の言うことが分からないらしく、目を伏せてこんなことを言ってきた。

 

「え?……何て言ったらいいか分からないけど…どうしても鳴上くんが我侭だなって思って……」

 

「「えっ?」」

 

 

「いつも知らない人とか…自分に関係のある人とかを助けたりするのは、とても偉いと思うんだけど……あなたの自己満足に付き合って、危ない目に遭う私たちのことはどう思ってるんだろうなって思って……」

 

 

慣れ親しんだ雪子に投げかけられた静かで辛辣な言葉。穂乃果をそれを聞いて、嘘だと言わんばかりに困惑している。

 

 

「鳴上先輩は我侭ですか………確かにそうかもしれませんね」

 

 

「え?」

 

今度は穂乃果に介抱されている海未が悠に向かってこう言った。

 

 

「先輩はいつもいつも……穂乃果と一緒に自分の思い付きで人を引っ掻き回して…………どうして貴方はそう簡単に人を巻き込めるんですか?それに付き合わさせる私たちの気持ちも考えてくださいよ…………」

 

 

「ちょっ!海未ちゃん!!」

 

穂乃果は海未が優に投げかけられた言葉に動揺した。しかし、悠は雪子と海未の言葉に何の動揺もしなかった。何故なら2人とも陽介の時と同様に惑わされているからだ。2人の言葉は一見正論に聞こえるが、暗にこう言っているのだ。

 

 

【自分に関係のない人は傷ついても構わない】と。

 

 

命の重さを蔑ろにするようなことをこの2人は絶対に言わない。自分よりも他人に重視を置く2人の言葉とは思えなかった。

 

 

「あ、アンタら!グランプリは中止って言ったやろ!!」

 

 

すると、体育館に姿が見えなかったポニーテールの少女がやってきた。悠は彼女の姿を見るとぎょっとし、またあらぬ疑いをかけられると思っていると、

 

『何ねえ、この犬っコロは!!せっかく良い泥沼シーンが見られるっちゅうのに!カンケーない犬はご退場願うクマ!』

 

突然頭上のモニターからクマ?が映し出されて、少女に向かってそう言った。すると、少女はモニターのクマ?に向かって言った。

 

 

「関係なく無い!ウチはこの学校の生徒会長や!!ウチはこのグランプリは絶対認めへん」

 

 

 少女の言葉に悠は驚きを隠せなかった。この少女が八十神高校の生徒会長?全くもって知らなかった。だが、彼女の今の言葉を聞いて、悠はどこか納得した。先ほどは突然の出会いであまり分からなかったが、彼女に音乃木坂学院生徒会長である絵里に似た雰囲気を感じたし、その言葉にはそう並みならぬ使命感を感じた。しかし、クマ?はその会長の言葉が鬱陶しく聞こえたのか、迷惑そうな顔をする。

 

 

『ハァ〜、キャンキャンとうるさい犬っころクマねぇ。お犬は隅っこでおとなしくしんしゃい!はい、お座り〜』

 

 

全く自分の言葉に取り合わないクマ?を見て、会長は思わず顔を歪めた。余程相手にされなかったのが気に気に食わなかったのだろう。このままでは暴走してしまいそうなので、悠は彼女とクマ?の間に割って出た。

 

「どうした?女性に優しいクマにしては、随分な仕打ちじゃないか?」

 

自分の知っているクマ?は無類の女好きなので、女性にこんなひどい言葉は掛けない。綺麗な女性を見かけたら、すぐにナンパを仕掛けるクマはどこに行ったのだろうか。

 

『フンッ!枯らっきしの()()()()()()には興味なんてある訳ないっしょ~』

 

「嘘つき?」

 

まるで彼女を知っているかのような口ぶりだった。思わずそれについて質問しようかと思ったが、やめておいた。今まで通りこちらの質問はあまり受け付けないようだし、何よりあちらが本当のことを言うのかどうかも怪しいものだ。それはそれとして、今はやることがある。

 

 

「な、鳴上先輩!!」

 

「アンタ!」

 

 

悠は雪子と対峙して日本刀を抜刀した。その悠の姿に穂乃果と生徒会長は驚き、慌てて止めようとしたが、もう遅い。既に悠と雪子が戦うことはこの体育館に入った時点で決められていたのだ。あのクマ?の思惑通りになっているのは癪に障るが、一先ずこの負の連鎖を断ち切るためには決着をつけるしかない。悠が日本刀を構えると、頭上もモニターにあの煽りせちーが映った。

 

 

『きゃはっ!さっすが悠先輩!目的のためなら、女の子が相手でも容赦なし?ホンット、筋金入りのシスコン野郎だね!その調子でガンガン進んじゃえ!じゃあ、いっくよ~!リングイーン!』

 

 

刹那、悠と雪子の周りに頭上から4つの柱が降ってきて、2人を囲むように地面に突き刺さって一つのリングが完成した。先ほどの陽介との戦いと同じことが起こったことに驚いたが、悠は平常心を保って日本刀を握り直した。たとえ今言葉が通じなくても、戦うことになっても……自分たちは分かりあえる。信じるんだ。己と仲間を。

 

「生徒会長……すまないが、今は耐えてくれ。これが終わったら、全て話す」

 

生徒会長は何か言いたげだったが、悠の言葉を聞いて押し黙った。今はこの戦いを見守ることしかないだろうと思ったのだろう。そして雪子の方を見ると、彼女は好戦的な笑みを浮かべて扇を構えていた。穂乃果たちを守ることには抵抗したのに、悠と戦うことに異論無しと言うことは完全に惑わされているようである。ならば、この戦いを以てその幻覚を解いてやる。

 

 

「おいで!【スメオオミカミ】!!

 

 

雪子は悠がペルソナを召喚する前に扇でタロットカードを砕いて、ペルソナを召喚した。黄金に光り輝く美しい姿をした雪子のペルソナ【スメノオオミカミ】。あんなペルソナを持つ雪子が変わってるはずがない。しかし、あの超覚醒しているペルソナで【イザナギ】だけでは勝てないだろう。ここで悠は切り札を一つ切ることを決心した。

 

 

「悪いが天城、加減は無しだ」

 

 

 悠は掌にタロットカードを発現させる。しかし、そのイラストは【愚者】ではなく【魔術師】のカードだった。

 

「えっ?」

 

 

【ジャックランタン】!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(絵里)

 

「それにしても、鳴上くんはこの学校の友達に慕われとったなぁ」

 

「そうね……」

 

わたしと希は八十神高校の校舎を歩きながら先ほど出会った人たちとの会話を思い出していた。先ほど知り合ったのは、バスケ部の【一条康】くんとサッカー部の【長瀬大輔】くん、そして吹奏楽部の【松永綾音】さん。希がさっき『自分は鳴上くんの彼女』という嘘を3人に吹き込んだから、その誤解を解くのに苦労したわ。希はとても不満そうだったけど、全く気にしない。そんなこともあって、お知り合いになった。そして、一息ついて3人に東京での鳴上くんはどうなのかと聞かれたので、私と希は分かる範囲で音乃木坂での鳴上くんの様子を彼らに伝えた。

 

 

「へぇ~、鳴上先輩は東京でスクールアイドルのマネージャーをしているんですか」

 

「なんつうか、あっちでも結構人から好かれてるって、鳴上らしいって言っちゃらしいな」

 

「ああ、鳴上はそういうやつだからな」

 

 

話を聞いてみると、3人とも鳴上くんに悩みを解決してもらったらしい。一条くんはお家の事とバスケのことで、長瀬くんは女の子のことで、松永さんは自身のことで相談に乗ってもらったらしい。3人とも、悩みが解決したのは鳴上くんのお陰って言ったし、随分と鳴上くんを慕っているようだった。彼らの他にも鳴上くんに相談に乗って悩みを解決したという人はいるらしい。その時、希が心底彼らを羨ましそうな目で見ていたけど、どうしたのかしら?

 

そのこと以外にも彼らからは色々な話を聞いた。試験ではずっと学年トップを維持し続けたことや体育祭では陸上部を押しのけて最下位から一位になったこと、夏休みに数多くのバイトをこなしたこと、鮫川の伝説のヌシを釣り上げたこと、文化祭で女装大会に出場したことなど………えっ?女装?

 

一条くんがその時の姿を写メで撮っていたらしいので、見せてもらったけど……何というかはまりすぎて思わず笑ってしまったわ。希が欲しいからと言って、一条くんにその写メを貰っていたけど………その後、一条君たちは部活の休憩時間が終わったらしく、その場で別れた。

 

 

 

そうして八十神高校の校内を歩きながら彼らの話を思い出していると、不意に私は鳴上くんが羨ましいと心底思った。彼は私と違って一条くんたちだけじゃなくて、天城屋旅館の雪子さんや他の稲羽の人たちからもすごく慕われていた。私が以前彼のことを嫌いと言ってしまったのは、単純に私には持っていないものを持っている彼に嫉妬していたからなんだろう。そういえば……

 

 

『絢瀬が俺を好きになってくれるよう頑張らないとな』

 

 

ううっ、思い出すだけで胸がドキドキするわ。あれは私の嫌いという認識を改めさせようとして言ったことだろうと思うんだけど……あんな笑顔で言われたら私……

 

 

「あれ?アンタ達、ここの生徒じゃないよね?どこから来たの?」

 

 

しばらく校舎の中を見学していると、今度はある女子生徒に声を掛けられた。容姿は今時の女子高生を絵に描いたような感じだった。こういうタイプの人は正直苦手だけど、私はしどろもどろになりながらも彼女の質問に答えた。

 

「えっと…私たちは東京から」

 

「東京?へえ、都会から来たんだ。都会ってことは、鳴上の知り合いとか?」

 

今、鳴上って言った?じゃあこの人も鳴上くんの知り合いなの!そう思っていると、隣の希がしめたと言った顔をして一歩前に出た。まさか……

 

 

「初めまして。ウチはその鳴上くんの彼女や。よろしゅうな」

 

 

やっぱりィ!何で希は鳴上くんの友人と分かった途端にそんなこと言うのよ!私は焦って彼女に違うと言おうとしたが、彼女の口から発せられた言葉に私は思考が停止することになった。

 

 

「はあぁぁぁぁ!?アンタがあいつの彼女!?あれだけハーレムを広げておいて、こんな彼女が居るとか……鳴上のやつ、どういうことよ!!」

 

 

「「はっ?」」

 

ハーレム?今この人ハーレムって言った?ハーレムってあのハーレムのことよね……もしかして鳴上くん……この時、私の心の中に自分でも分からない感情が芽生えていた。言葉では表しきれない複雑な気持ち……

 

 

「なぁ?ハーレムってどういうことか教えてくれへんかいな?」

 

「えっ?」

 

希は目のハイライトを消して、彼女からその言葉を聞いた途端にずいっと彼女に近づいてそう尋ねた。私も希に倣ってずいっと彼女に詰め寄って、その鳴上くんのハーレムについて問いただす。彼女は困惑していたけど、どうしても聞いておかなければならないだろう。そのハーレムとやらについて…

 

another view(絵里)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……何で……」

 

雪子はあまりの出来事に困惑していた。聞いていた話とは全く違っていたからだ。悠は東京で何者かに力を封じられて、去年自分たちを何度も助けたチェンジや合体が出来なくなっており、今所持しているペルソナは【イザナギ】だけのはすだ。しかし、今自分を苦戦させているのは別のペルソナなのだ。魔術師のタロットカードの【ジャックランタン】。体型はとても小さいのに、スメオオミカミの周りをちょこまかと纏わりつき、自身の炎をランプに吸収する。それがとても鬱陶しかった。

 

 

『ちょっと、先輩!チェンジが出来るって聞いてないんだけど!!先輩がチェンジ出来たら、そんなのチートじゃん!チートよチート!チーターよ!!』

 

 

煽りせちーはそんなことを言ってくるが彼は気にしなかった。何か妙に危険な発言をした気がするが自分も気にしない。ともかく、悠がチェンジを可能にしているなら、それはりせの言う通りチートに等しい。今すぐにでもスメオオミカミと相性の良いペルソナを召喚してもおかしくない。その結末を避けるためにも、雪子は早期決着を決断した。そのために雪子は手始めに…

 

「ふっ!」

 

自身の武器である扇を悠に投げつけた。悠は雪子の行動に驚き、咄嗟に日本刀で扇をはじき返す。扇は惜しくも弾かれてしまったが、それでいい。

 

「今よ!スメオオミカミ!!」

 

悠が扇を投げつけられてあっけに取られた瞬間を狙って、雪子はジャックランタンに物理攻撃を仕掛けた。案の定、悠は反応するのが遅れてしまい、ジャックランタンを回避させることが出来ずにスメオオミカミの攻撃が直撃してしまった。

 

「ぐっ……」

 

ダメージのフィードバックが来た悠は思わず体に手を当ててしまう。顔の歪み具合からして相当なダメージを受けたようだ。それを勝機と見た雪子は攻撃の手を緩めることなく、ひたすらスメオオミカミでジャックランタンを殴りつける。

 

『おおっ!雪子先輩の機転で面白い展開になってきたぞ~!そのままやっちゃえー!女の敵であるシスコン番長をやっつけろ~!』

 

スメオオミカミがジャックランタンを蹂躙している姿を見て煽りせちーは更に煽ってくる。悠はダメージを受けながらも戦況を把握する。肉弾戦でジャックランタンでは不利と判断して、悠はペルソナをチェンジすることを決断した。

 

「ちぇ、チェンジ!」

 

スメオオミカミの攻撃の隙を見て、悠はペルソナを【ジャックランタン】から【イザナギ】にチェンジする。ここで一気に懐に入って一撃を決めようとしたその時、

 

 

花と散れ!スメオオミカミ!!

 

 

雪子はタイミングを見計らったようにそう言うと、スメノオオミカミは両手を光り輝かせて、イザナギが立っている場所の中心に蓮の花を彷彿とさせる魔方陣を展開させた。刹那

 

 

「ぐあああああっ!」

 

 

魔方陣から大火焔が出現し、イザナギを襲った。当然避けきれることもなくイザナギは大ダメージを受けてしまい、それは悠にフィードバックする。先ほどの陽介戦とは比べ物にならないダメージに悠は倒れそうになりながらも、日本刀で身体を支えながらも意識を失わぬよう踏ん張った。何とか踏ん張って意識を保ちながら、悠は己の愚かさを呪った。完全に読まれていた。まさかチェンジする瞬間を狙って大技を繰り出してくるとは思わなかった。もう虫の息であるイザナギと悠の姿を見た雪子はクスっと笑いながらこう言った。

 

「焼き具合はどうだった?鳴上くん。トドメはウェルダンで行くよ」

 

雪子のさらっと言った言葉にその場が凍り付いた。アレは本気ではなかったのか。あまりの容赦の無さは流石雪子と言ったところかと悠は思った。そして雪子はトドメを刺そうを扇を構えなおす。

 

 

「雪子さん、止めて!鳴上先輩が死んじゃうよ!止めて!!」

 

「そ、その子の言う通りや!アンタ、その人は友達なんやろ!!」

 

 

リングの外で穂乃果と生徒会長が雪子にそう懸命に訴えるが、雪子は耳を貸さずに悠を見据えたままだった。

 

 

深紅に染まれ!スメオオミカミ!!

 

 

そして雪子は無慈悲にもそう言って、スメオオミカミに倒れそうなイザナギの周りに先ほどと同じ魔方陣を展開させた。

 

「いや……いやああああああ!鳴上せんぱーい!!」

 

穂乃果の悲痛な叫びと同時に、蓮の花の魔方陣から大火焔がイザナギを襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(悠)

 

ああ、負ける。俺は朦朧とする意識の中そう思った。身体は言うことを聞かないし、意識を保てるだけで精一杯。どう見ても詰みだった。チェンジを使えば勝てると思っていた自分を愚かだと思う。相手はあの聡明な頭脳をもつ天城だ。こっちがチェンジを使えると分かれば、その裏をかくこと位してくると分かっていたのに……俺はここで負けるのか。菜々子やことりを……救うことが……

 

 

「いや……いやああああああ!鳴上せんぱーい!!」

 

 

 

諦めそうになったその時、俺の頭に高坂の悲痛な叫びが聞こえた。その声を聞いた途端、ある光景が頭に浮かんだ。それは何時ぞや音乃木坂学院の屋上での練習風景。辛いながらもダンスのステップを懸命に練習することりや園田たちの姿。そして、みんなを励ますかのように太陽のような笑顔を浮かべる高坂の姿だった。

 

 

 

 

 

 

ー負けられない

 

 

 

 

高坂の笑顔を思い出した瞬間、俺はそう思った。そうだ、俺にはまだ負けられない!やるべきことがある!菜々子やことりだけじゃなくて、この世界に囚われた仲間たちを……目の前でクマ?に惑わされている天城や園田を助けるためにも!俺は負けられない!!

 

俺は遠くなりそうな意識の中、無我夢中に何かを掴むように手を強く握った。

 

 

 

another view(悠)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パリンッ!

 

 

「「「えっ?」」」

 

スメオオミカミの大火焔がイザナギを襲うとした瞬間、突然辺りが眩い光に包まれて雪子たちは思わず目を瞑った。そして、目を開けてみるとそこには……蓮の花の形をした氷のオブジェが出来上がっていた。

 

「な……どういうこと………」

 

雪子は目の前で起きたことが信じられなかった。今のは自分の中でも最大級の攻撃だったのに、それ以前に悠はもう虫の息で立ち上がる気力なんてなかったはずなのに……一体何が……

 

 

「天城、チェックメイトだ」

 

 

不意に耳にそんな声が聞こえたので驚いて見てみると、目の前にボロボロになりながらも真っすぐな目で日本刀をこちらに向けて立っている悠の姿。そして、己のスメオオミカミに触れている悠のペルソナ、イザナギとは違う片手に金の卵を抱えて薄紅色のマントに身を包んだ【ハリティー】という【女教皇】のペルソナの姿があった。

 

「あっ」

 

それに気づいた時にはもう遅かった。ハリティーが触れていったところから徐々にスメオオミカミが凍り付いて行く。フィードバックにより凍り付いていく感覚が雪子にも伝わってくる。そして、悠がもう片方の手で指をパチンと鳴らした瞬間、凍った部分が爆発してスメオオミカミはダメージを受けて倒れた。雪子もフィードバックによって倒れてしまい、モニターの煽りせちーのテンカウントに間に合って立ち上がることはなかった。

 

 

 

『K.O.!!この勝負、またまた悠先輩の大逆転勝利ーーー!!』

 

 

 

煽りせちーが悠の勝利宣言をしたところで、悠は一息ついた。そして【ハリティー】の回復魔法を使って体力を戻そうとすると、思わず力が抜けて倒れそうになった。しかし、倒れる直前に悠の元に駆け付けた穂乃果が悠を抱きしめて支えてくれた。

 

「高…坂?」

 

「ひっく……なる…かみせん……ぱい………」

 

穂乃果の顔を伺うと、顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。その顔を見ると、悠は申し訳ない気持ちになった。以前音乃木坂で死にかけて、ことりにこのように泣きつかれて心配をかけた時と似ていたので、また自分は女の子を泣かせてしまったのかと思う。しかし、今回は穂乃果が居なかったら自分は負けていただろう。悠は穂乃果にありがとうと感謝の気持ちを伝えて、あやすように穂乃果の頭を優しく撫でた。すると、

 

 

『プププ、良いクマねぇ~この感じ!普段スカした薄っぺらな仲間たちが、本性を晒してボッコボコに殴り合う!これぞP-1グランプリの醍醐味クマ~~!』

 

 

頭上からあのクマ?の悪意に満ちた陽気な声が聞こえてきた。折角良い雰囲気になったのに、ここぞとばかりに台無しにするのはどこかの白黒熊に似ている。クマ?の発言を聞いた穂乃果は顔を上げて憎々し気にクマ?を睨みつけていたが、悠は何とも思わなかった。仲間同士で戦うことには抵抗感があるが、それ以外に皆を救う方法がない以上とっくに割り切っている。しかし、それに我慢ならなかったらしい穂乃果が抗議しようとした瞬間、意外な人物が声を上げた。

 

 

「あ……アンタ!こんなことして何が楽しいん!?この人たちは友達なんやろ!?」

 

 

それは先ほど、穂乃果たちと一緒に悠たちの戦いを見ていた生徒会長だった。その姿を見て悠は意外に思った。てっきり〈なぜこの騒ぎに巻き込むのか?〉と言うのではないかと思っていたが、そうではなく〈何故友達同士で戦わせるのか?〉と言っているのだ。出会ったばかりなのに、彼女は悠たちの痛みに共感してくれているのだ。悠はそれを見て、何だが照れ臭くも嬉しさで胸がいっぱいになった。だが、こちらとて言われっぱなしでは終われない。ある程度の回復が終わったと同時に悠は立ち上がり、会長の前に立ってモニターのクマ?と対峙した。

 

 

「クマ……残念だが、お前の思い通りにはならないぞ」

 

 

『何ねセンセイ?そんなボロボロな恰好で』

 

「これくらいで俺たちがバラバラになると思ったか?互いを憎みあうとでも思ったか?残念ながら、それが既にお前の誤算だ。俺は仲間を信じてる。決してお前に惑わされたりはしない!」

 

『ムム…なんちゅうおバカなことを言ってるクマ!センセイのクセに脳がお花畑クマね。大体それはセンセイの』

 

 

バアアアアンッ!

 

 

クマ?がそう言い終わる前に、悠は再びイザナギを召喚して大剣をモニターに向けさせた。これには穂乃果のみならず、モニターのクマ?やその場にいる全員が仰天した。クマ?がそれに対して文句を言おうとすると、

 

 

 

忠告しておくぞ

 

 

 

その声は普段の悠から想像できないほど冷たく、その裏には激しい怒りを感じさせるものだった。

 

 

 

「お前が本当のクマなら、どんなことをしてでも俺たちが助けてやる。()()()()()()()だ。だが………お前が偽者でこの騒ぎの黒幕であるならば……その時は、俺と仲間を踏みにじったり、高坂たちを傷つけたりした報いは受けてもらうぞ。覚悟しておけ!!」

 

 

 

『くっ…………この野郎…』

 

クマ?はそんな恨み節を吐き捨ててモニターから消えていった。あの表情を見て、やはりあれは本物のクマじゃないと確信した。きっと何者かがクマに化けて、本人に罪を着せようとしているのだ。少し気を緩めて振り返ると、そこには先ほどの悠の姿を見て、腰を抜かしている穂乃果と海未、そして何とか立っているが明らかに恐怖している生徒会長といつの間にか目を覚ましていた雪子の姿があった。

 

「な…鳴上先輩……怖い………」

 

「……腰が」

 

「アンタ……ヤクザちゃうよね?」

 

「うん…裏社会のボスみたいな感じだった」

 

ひどい言われようだった。普段怒らない人ほど怖いものはないと言うが、先ほどの悠の怒りは穂乃果たちには恐怖を感じるほど怖かったらしい。少しやり過ぎたかと思いつつ、悠は腰が抜けた穂乃果と海未を起こして、雪子に話しかけた。

 

「天城、大丈夫か?」

 

「うん、平気。少し様子はおかしかったけど、鳴上くんが何かを解決しようとしてることは目で分かったから。それより、鳴上くんの方こそ大丈夫?痛くなかった?」

 

「痛かったというより、死ぬかと思った……もう二度と天城とは戦いたくないな」

 

雪子が少し暗くなったが、悠に優しく微笑んでくれたのでこれで確信が持てた。やはりあのクマ?がある方法を使って喋らせていたのだ。念のためだが、一応確認してみる。

 

「天城には、俺が天城のことを悪く言ってるように聞こえたんじゃないか?」

 

「え……うん。そうだけど……」

 

雪子の暗い表情をを見て、悠はやれやれと首を横に振った。あのクマ?は自分に何を言わせたのだろうか?でも、重要なのは言われた内容じゃない。悠はそんな雪子に気にするなと声を掛けようとしたが…

 

 

「鳴上くんが…私のことを……生物兵器製造機って言ってた……」

 

「え?……」

 

「わ、私だって!ちゃんとお料理を勉強してるんだよ。でも…去年のことがあるからって…生物兵器はひどいよ……」

 

「…………」

 

何と言うか的を得ている気がする。確かに去年味わった物体Xは生物兵器と言っても過言ではない破壊力を持っている。何時ぞやか雪子たちの料理を使ってシャドウを撃破したことがあったような気がするのだが……すると、

 

「……ううっ…鳴上先輩にあんなことを……ムッツリって言われるなんて………私…もう生きていけません」

 

「海未ちゃん!!って鳴上先輩!海未ちゃんになんて言ったの!?」

 

海未も何を言われたのかは知らないが、何か変なことを言われたらしい。頭を抱えるほどのことを言われたのだろうか。

 

 

「アンタら何者なん?……」

 

 

そんな状況の中、置いてきぼりにされていた生徒会長が話しかけてきた。おそらく先ほどのペルソナを使役する姿を見て、そう思ったのだろう。とりあえず、良い機会なので穂乃果と海未に今の状況を、そして生徒会長には自分たちのことやこの世界のことを一から説明することにした。

 

 

ここが自分たちが去年何度も訪れたテレビの世界であること。

心の力であるペルソナのこと

立ち入った人の心によって、景色が変わるということ。

そして、今その世界があのクマ?によって好き放題されていること

 

 

「そ、そうだったんですね……アレはあのクマさんが………許せません…次会ったら八つ裂きにしてやります……」

 

穂乃果と海未は今の状況に納得したようだが、海未からはあのクマ?に対する憎悪を感じた。仮にあのクマ?が操られているだけの本物であったならば、クマの生存確率は五分五分だろう。

 

(クマ、合掌)

 

一方、生徒会長の方は訝しげに話を聞いていたが、ペルソナを目のあたりにしたせいか、一応納得はしたらしい。

 

「そうか…だから君たちがテレビの中って言ってたんやね。正直信じられへんけど……」

 

「ああ、もしかしたらこの学校は、君の心の風景が現実になった場所っていう可能性もある」

 

「ウチが…この学校を?」

 

生徒会長はこの学校が自分の心の風景を映した場所であるとは信じられないようだ。当然と言えば当然の反応である。

 

「それはそうだよね……あれ?でも何でだろう?いつもなら被害者のシャドウが出てきて……」

 

雪子はこの世界に来てから誰かのシャドウを見ていないことに疑問を持った。今までの事例から言って、被害者がこのテレビの世界に入ると被害者の心の風景が映し出されると共に、自身の抑圧された感情が具現化したシャドウが出てくるのが常だった。

 

 

「もしかすると、あのクマがこの子のシャドウかもしれない」

 

 

「「「え?」」」

 

悠の発言に雪子たちは驚いた顔をした。

 

「先ほどやり取りで、僅かだがあのクマは俺の偽者という単語に動揺していた。あれが偽者なら、俺たちの知ってるクマ以外の誰かが、あのクマに化けていることになる」

 

「そういうことですか。つまり、この場所が会長さんの心の風景ということは、ここには必ず会長さんのシャドウが居なければならない、ということですね」

 

海未の言う通りである。今まで数ある人のシャドウを見たことがあるが、どれもこれもペルソナでしか対抗できない尋常ではない程の力を持っていた。今回の相手は、陽介や雪子、海未にやったように相手の目や耳を遠距離で錯覚させる能力を持っている。そんな力を以てすれば、自分の姿を偽ることだってできるはずだ。クマに化けて、この大会を主催することだって不可能ではない。問題はそれが、赤の他人にも化けられるということである。となれば、いつ誰に化けて自分たちの目の前に現れてもおかしくない。

 

 

「か、会長さん?どうしたの?顔色が悪いよ?」

 

見ると、悠と雪子の話を聞いた生徒会長はすっかり顔色を失っていた。シャドウがどうこうというのはピンと来てないようだが、この騒ぎは自分が引き起こしてしまったと思い込んでいるようだ。そんな気にすることはないと言おうとすると…

 

 

 

「ウチ…今から放送室に乗り込んでくる」

 

 

 

「「「え?」」」

 

「あのクマって言うのがこの騒ぎの元凶やんな?それがウチから出てきたもんやって言うなら……ウチが責任取らんと……生徒会長として放っておけん!」

 

「待ってくれ。ペルソナを持ってないのに、あそこに乗り込むなんて無謀過ぎる。ここは俺たちに任せて、高坂たちと元の世界に…」

 

会長の意見に反論する悠。悠の言う通り、この騒ぎの黒幕がシャドウだとしたら、生身の人間が相手をするのは危険すぎる。そのシャドウが会長本人のものだとしたら、更にまずいことになる。自身の影と向き合うということがどれだけ辛いものかを自分たちはよく知っている。だが、会長は澄ました顔でこう返した。

 

「帰れって言うん?なら出口は何処やの?そこまでどうやって行くん?」

 

「それは……」

 

悠は生徒会長の目を見て言葉に詰まってしまった。それは自分と同じ覚悟を決めた眼差し。その中に責任感と使命感を秘めた決して退かない目だ。この目をしているということは、今の自分が何を言っても無駄だと悠は思った。

 

「決して無謀やないよ。アンタらみたいに強くはないかもしれんけど、ウチはこう見えて喧嘩には自信あるんよ」

 

「…ダメだ。そんなことで行かせる訳には」

 

それでもここに残るのは危険すぎると悠は諭す。それにイラっと来たのか、会長はキッと悠を睨みつけてこう言い放った。

 

 

 

「危険やってことは分かっとると。でも……人に迷惑かけて、友達同士を戦わせて、一人で先に逃げるなんて、()()()()()()()()()!!」

 

 

 

「!!っ」

 

 生徒会長はそう言い捨てると悠の言葉を待たずに体育館を出てしまった。悠は追おうとはせずその場に立ち尽くしてしまった。あの生徒会長の言葉にどこか聞き覚えがあったからだ。遠い昔に同じようなことを言われて怒られたことがある気がする。

 

 

「な、鳴上先輩!追おう!!出ないとあの人が危ないよ!」

 

 

呆然としている悠に穂乃果はそう叱責して、手を引っ張ってあの生徒会長を追おうとした。突然のことに悠はついて行けず焦った顔をすると、

 

 

「お願い!行ってあげて!!今は鳴上くんが頼りだから!」

 

「先輩!穂乃果と一緒に行って下さい!」

 

 

悠はその雪子と海未の言葉にハッとなった。そうだ、自分たち【特捜隊】は被害者を放っておくことなんてできるはずはない。それに2人は先ほどとは違って、ここに残されることは気にせず、出会ったばかりの生徒会長を追えと言っている。

 

「ああ、行ってくる」

 

「うん、信じてるから」

 

「いってらっしゃい。鳴上先輩、穂乃果」

 

雪子と海未は悠の行ってきますに笑顔でそう返した。2人の心からの信頼を感じ取った悠は穂乃果に引っ張られながらも生徒会長の後を追うことにした。まだ離れてから少ししか経ってないのですぐに追いつくだろう。必ず追いついて見せる!そう心に決めて、2人は校舎中へと入っていった。

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「なんで鳴上先輩は仲間を信じられるの?」

「私たちも…あんな風に」

「アンタ誰や!?」


「ど、どうしてあなたがここに……」





「やぁ、久しぶりだね〜。悠くん」





Next #28「Wirepuller」


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#28「Wirepuller」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

つい先日、『大逆転裁判2』をクリアしました。最後まで目の離せないストーリーと相変わらずの嘘を見破ったときの快感がたまりませんでした。BGM自体もすごく雰囲気にあって良かったですし、あるBGMの使いどころも思わず興奮してしまうくらい最高でした。こういうゲームを考えた巧舟さんはやはりすごいと感じました。自分もあのように人に面白いと感じてもらえるストーリーが書けたらなぁと思います。

それはそれとして、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きますので、応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


悠と穂乃果は単身で校舎に乗り込んだ生徒会長を止めるために、ひたすら校舎の中を走った。もう追いついても良い頃合いだというのに、彼女は一向に姿が見えない。それどころか、同じ場所を延々と走り続けている気がする。走っても走っても同じ景色しか見えない状態が続いている。これもあのクマ?の仕業なのか。この世界があのクマ?もとい会長のシャドウが作り出したものなら、こういう状況操作は可能だろう。逆に言えばそれほど放送室に行かせまいとしているのが分かる。すると、

 

「鳴上先輩!あれ!!」

 

穂乃果が息を切らしながら指を指した方向に、水色のポニーテールをした少女もとい生徒会長の姿があった。悠はここぞとばかりに距離を詰めて声を掛けようとすると、生徒会長は待ってましたと言わんばかりに振り返ってきた。

 

 

「もう追いついたんか。足速いなあ、鳴上くん。それに、穂乃果ちゃんやったっけ?」

 

 

生徒会長は特に疲れているという訳でもなく澄ました顔でそう言った。どうやら会長は悠たちが追いかけてくることは予想していたらしい。何やら狐に化かされたようで、悠と穂乃果は軽くあしらわれた気分になった。しかし、追いついたはいいが、ここで彼女にここから帰った方が良いと説得しても自分の意思を曲げたりしないだろう。仕方ないと思いつつ、悠は会長にこう言った。

 

「約束してくれ、絶対に俺と高坂から離れないと。そして…決して無茶はしないでくれ。この二つが守れないなら、俺は力づくでも君を保護しなければならなくなる。君の命に関わることだ」

 

「会長さん、お願い!鳴上先輩の言うことを聞いて!」

 

悠が会長にそう言うと、穂乃果も頭を下げてそう懇願した。かなり強めに、そして脅しのような圧力をかけて提案したので、反発して断られるかと思ったが、悠の予想に反して会長は肩をすくめながらこう返答した。

 

「……おおきに。ほな一緒に行動させてもらうわ。アンタらと居た方が、早くあのクマをとっちめられるかもしれへんしな」

 

会長の返答に悠と穂乃果はホッとした。しかし、会長はその後、悠を見ると釘を刺すかのようにこう言った。

 

「でも、無茶しちゃいかんのは鳴上くんの方やろ?さっきかて、一歩間違っとったら死ぬところやったんやで」

 

会長のその一言に悠はぐうの音も出なかった。自分から言っておいて何だが、完全にブーメランだ。陽介と雪子との対決では確かに死ぬかもしれないと思うような無茶はしたし、穂乃果を泣かせたくらい心配をかけてしまった。しかし、そうは言われても自分は無茶をするだろう。仲間や菜々子たちを助けるためにも。そんな悠の気持ちを知ってか知らずか、会長がこんなことを尋ねてきた。

 

「なあ?こんなこと聞くのも野暮やけど……鳴上くんは何で戦えるん?友達と戦わされるんって、ツラいやんな?」

 

「……」

 

「あっ…ご、ごめん。無理に答えんでも……」

 

どうやら先ほどの雪子との戦いを見て、思うところがあったらしい。穂乃果も会長の言葉を聞いて、自身も思うところがあったのか悠に視線を向ける。そう聞かれては答えない訳にもいかないので、悠は自分が思っていることを答えることにした。

 

「そうだな、避けれるのなら俺だって避けたいさ。何の為に戦うにしろ、それでも俺は仲間を信じるよ」

 

悠の返答に穂乃果は少し驚いたが、会長は表情を崩さずこう返してきた。

 

「…それって、戦っても相手の人が、アンタを嫌いにならんって事?それとも…アンタも戦いたないって相手の人も分かるって事?」

 

「どうだろうな、両方かもしれない。でも、理由がなければ仲間と戦うことなんてありえないだろ?俺はそう思ってる」

 

「………」

 

上手く言えたつもりはないが、それが今の悠に出せる答えだった。すると、会長は悠の言葉を聞いて少し黙りこんだが、突如こんな言葉を口にした。

 

 

「それがただの殺し合いだとしても?」

 

 

「「えっ!」」

 

突然出た物騒な言葉に悠と穂乃果を思わず声を出してしまった。

 

 

殺し合い

 

 

あのクマ?はそんなことを言ってきていないが、もしそうだとしたらどうするのかなど、悠はすぐには答えられなかった。殺し合いなど、日常から大きくかけ離れた状況、ましてやそれを大切な友人とさせられるだなんて、考えられない。だが、

 

「……例えそうだったとしても、俺はそんなことはさせない。()()()()()()()()()

 

悠は静ながらも力強くそう断言した。もし仲間たちとそれを強要されたとしても、自分は従わない。必ず命がけでそれを止めてみせる。

 

「そう………ごめんな。物騒なこと聞いてしもて。なんでそない言うたか、自分でもよう分からん…」

 

そう宣言した悠の言葉に納得したのか、会長は少し頷いて歩を進めようとした。しかし、それはもう一人の人物によって止められる。

 

 

 

ダメだよ!そんなの!!

 

 

 

「高坂?」

 

穂乃果が突然大声を上げて悠に迫ってきた。あまりに突然だったので、悠はただ豹変した穂乃果を見て慌てるしかなかった。

 

「……死ぬなんて言わないで!!何で……鳴上先輩はそんなこと言うの!?」

 

「そ、それは…言葉の綾で……でも、もしそうなったら俺は……」

 

訳が分からないと顔で言っている悠に穂乃果はキッと睨みつけてこう言った。

 

 

「ふざけないで!だって、穂乃果たちは……まだ鳴上先輩に八十稲羽を案内してもらってないんだよ!!

 

 

思いがけない穂乃果の叫びに悠と生徒会長は驚いてしまう。もちろん穂乃果がこんな大きな声で悠に怒鳴ったことにもだが、その怒鳴った内容が突拍子のないものだったからだ。

 

「高坂……それはどういう」

 

「ずっと楽しみだったんだよ!先輩がいつも楽しそうに語ってた稲羽の街を案内してもらうの。先輩の通ってた八十神高校とか、愛屋っていう中華屋さんとかに案内してもらったり、完二さんや直斗さんを紹介してもらったりとか。ずっと楽しみにしてたのに、鳴上先輩がそこに居なかったら……()()()()()()()()()

 

「…………………」

 

「だから……死ぬなんて言わないでよ!鳴上先輩が言うと……本当に死んじゃうかもしれないから」

 

「……………」

 

どこまでも澄んだ真っすぐな瞳で言う穂乃果の言葉に悠は気づかされた。

 

今日はGWの最初の日。穂乃果のみならず、海未やことりや花陽、凛や真姫やにこも、そして何より叔母の雛乃もいつも悠が楽しそうに語っていた八十稲羽を案内してもらうのを楽しみにしていたのだ。そして、陽介たちも初めて訪れる穂乃果たちをどのように案内しようかと張り切っていた。本来なら今頃、悠は陽介たちと共に穂乃果たちを稲羽のあちこちを案内していて、楽しい休日を過ごしていたはずだ。だが、そんな皆の楽しみをあのニセクマが邪魔して、自分たちをテレビの中へ誘い込み、仲間同士で戦わせて、それを見物にして嘲笑っているのだ。

 

 

(…………許さん)

 

 

悠は思わず拳を握り締めてしまった。どんな理由があったとしても、仲間や後輩から楽しみを奪ったことは許せるわけがない。悠の心に新たな決意が生まれた。もしかしたら自分は仲間を助けることやあのクマ?の言動のせいで目が曇っていたのかもしてない。こんな簡単なことに気づけてなかったのだから。手始めに、悠は己の気持ちをぶつけてくれた穂乃果の肩に優しく手をおいた。

 

「すまなかったな、高坂。お陰で目が覚めたよ」

 

「えっ……………?」

 

 

「絶対みんなでこの騒ぎを終わらせて帰ろう。向こうで叔父さんや叔母さん、東條たちも待ってるし、高坂たちには()と陽介たちとで稲羽の魅力を知ってもらわないとな」

 

 

いつも通りの優しい目でそう言う悠。穂乃果はそれに最初ポカンとしていたが、次第に表情が明るくなっていった。

 

 

「うんっ!絶対だからね!そのためにも………鳴上先輩!ファイトだよ!!」

 

 

この時、穂乃果はこの世界に来て初めて笑った。それは無理に笑っているのではなく、心の底から安心したことを表現しているような眩しい笑顔だった。それに釣られて、悠もつい微笑んでしまった。今だから思えるが、穂乃果が自分の傍に居てくれて良かったと思う。そんな2人を端から見ていた会長は羨ましそうに見ていた。

 

「アンタら仲ええな。まるで、本物の兄妹みたいやなぁ」

 

「ええっ!そ、そうかな……なんか嬉しいな……………って、ダメだ!!これ、ことりちゃんに聞かれたら、怖い目に遭わされる~~!」

 

「どういうことやねん……………ふふっ」

 

会長が何気なくいった言葉に穂乃果は照れてしまったが、ことりに聞かれたらと想像したのか顔が青ざめて頭を抱えだした。そんな穂乃果を見て、会長は呆れつつも微笑を浮かべた。そう言えば、会長も出会ってから初めて笑った気がする。やはり穂乃果には人を自然に笑顔にする何かがあるようだった。

 

(ん?)

 

しかし、悠はその彼女の笑顔に違和感を覚えた。上手く言えないが、彼女らしくない気がする。そう言えば、まだ自分たちは出会ったばかりで、生徒会長のことはよく知らなかった。もしかしたら、悠たちの知らない重荷を背負って生きてきたのかもしれない。そもそも本当にあのクマ?が彼女のシャドウだとしたら、彼女の抑圧された感情というのは何だのだろうか?そう思うと、彼女が明るく振舞っているのが、その裏返しに見えて少し怖くなる。

 

(……考え過ぎか)

 

ふと違和感を感じたら、それについて考察せずにはいられなかった。去年あの事件を追っているうちに、些細なことについても疑り深くなる癖がついてしまったのかもしれない。そう思っていると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけたよ、鳴上くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背後から聞き覚えのある女子の声が聞こえてきた。その声を聞いて、穂乃果と会長は思わずビクッとして後ずさった。しかし、悠はあからさまな展開に肩をすくめてしまった。何故なら、声からしてその正体はもう分かっているのだから。

 

 

「やっぱりか、()()

 

 

「あははっ、やっぱりそう思った?」

 

悠の言う通り、そこには緑色のジャージに身を包んだ特捜隊のメンバー【里中千枝】がそこにいた。一緒にこの世界に飛び込み、去年ずっと一緒に居たメンバーと戦わせられたことを考えたら、次の相手は千枝が来るだろうとは予測はついていた。見た目もその佇まいも千枝そのもので、おかしなところは見当たらないが油断は出来ない。先ほどの雪子や海未も印象はこうだった。穂乃果や生徒会長も先ほどの雪子たちのこともあって警戒している。

 

「里中、気づいているか?この戦いの目的は……」

 

悠の問いに、千枝は元気よく答えた。

 

「知ってる。あたしたちが喧嘩するようにって、相手の言葉がおかしく聞こえるんだよね。大丈夫!鳴上くんは事件が終わるなり、あたしたちを置いて行って、そこの小娘たちに乗り換えたクソヤローだけど、大事な仲間だもん!」

 

はい確定。正気と見せかけて、最後の部分は暴言が混じっている。これはあからさまだなと悠は内心溜息をついた。相手もネタ切れなのか、内容が見え見えになってきている。しかし、千枝は突如顔を険しくして、こんなことを言ってきた。

 

 

「てか、あんたたちなんて所詮、ただ友達同士で戦わされてるだけじゃない。こっちは散々()()()()()()()()()……アンタら人間のせいでさ!!」

 

 

「「はっ?」」

 

もはや会話が測定不能。あからさまとは思っていたが、言動がおかしくなったり千枝のプロフィールから逸脱したりと、支列滅裂している。まるで自分は人間ではないと言ってるようなものだ。そう言えば千枝のキャッチコピーは『女を捨てた肉食獣』だった。穂乃果や会長も最初はポカンとしていたものの、千枝の言動がおかしくなっていったので、目が可哀そうなものを見ているかのようになっている。しかし、悠はこの千枝との会話で引っかかる言葉があった。

 

 

 

殺し合い

 

 

 

先ほど会長が自分に言った言葉だ。まさかここでその言葉が出るとは思わなかった。

 

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい………アンタたちにだって、同じ苦しみを味わわせてやるっていってんのよ!!」

 

 

内容がもはや悠に対する悪口ではなくなっている。もしかしたら、あのクマ?が己の思っていることを千枝に代弁させているのかもしれない。先ほども考えたが、もしあのクマ?がこの世界を作り出したであろう会長のシャドウならば、これは会長の抑圧された本心なのかもしれない。一体あの会長の過去にどのような関係があるのだろうか?ますます今年の八十神高校の生徒会長の謎が深まったが、今はその詮索はよそう。どんなことであれ、友人にありもしない酷いことを言わせているのは、友人として許容できない。

 

 

「やるぞ、里中」

 

 

悠は覚悟を決めて日本刀を抜刀する。それを見た千枝も唸り声を上げながら、カンフーの構えをとった。そして、例の如くいつの間にかあった頭上のモニターに煽りせちーが映し出された。

 

『おおっと!やはり獣の女の子にも傷つけることを臆さない悠先輩!チェンジというチート能力を持っていながらも、先ほどは大苦戦!?口先ばかりのシスコン番長は無事この試合に勝利することは可能なのでしょうか?さあ行くよ~!リングイ~ン』

 

刹那、悠と千枝の周りに頭上から4つの柱が降ってきて、2人を囲むように地面に突き刺さって一つのリングが完成した。もう毎度のことになってきたので、もう気にしなくなってきた。だが、一体このリングは何故出現させているのだろうか?そんな疑問もよそに、千枝は己のタロットカードを発現させていた。

 

 

ーカッー

「来い!【ハラエドノオオカミ】!!

 

 

千枝はタロットカードを自慢の蹴りで砕き、己のペルソナを召喚した。現れたのは手に赤い薙刀を持って、戦国武将を彷彿とさせる黄金の甲冑に身を纏った【ハラエドノオオカミ】。正直手強そうだが、穂乃果との会話で新たな決意をした悠は臆することなくこう言った。

 

「天城じゃないが……一撃で仕留めてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(絵里)

 

拝啓、愛しい亜里沙へ。お姉ちゃんは今とても疲れています。何故なら……

 

 

ウフフフフフフフ………………

 

 

隣で黒い笑みを浮かべながら、何かをノートに記録している親友が同じ部屋に居るからです。

 

 

さっき校舎の中で出会った【海老原あい】さんにハーレムのことを聞いてから、私たちは一旦最初通された八十神高校の生徒会室に戻ってきた。そして、希はこの部屋に戻ってからずっとこの調子。書いているのは何かを記録したノート何だけど、何故か今の希が書くと黒魔術の本みたいに見えて、不気味に見える………ハッキリ言うと、とても怖い。さっき希に質問攻めされて、顔を青くしていた海老原さんの恐怖が分かる気がする。

 

かく言う海老原さんも鳴上くんに悩みを相談してもらった一人らしい。かつて抱いていた人に愛される存在になりたいという願望と先ほど出会った想い人の一条くんについて。少し迷惑をかけてしまったけど、鳴上くんに相談して良かったとか言ってたわね。希には言ってないけど、その迷惑というのが一時鳴上くんに彼氏になってもらったことらしい。その時、私の心の中に何故かイラっとした感情が芽生えたのは秘密。

 

 

「エビちゃんの話によると……特に危険なのは…久慈川りせちゃんか…………雪子ちゃんも少々………………マリーって子も気になるけど……………要注意なのは妹ちゃんだけかと思うてたんやけどなぁ………全くウチのゆ……鳴上くんはモテすぎて困るわぁ……………」

 

 

今鳴上くんのこと下の名前で呼ぼうとしなかった!?それにもう勝手に自分のものみたいに言ってるんだけど。何かもう希が怖すぎて、一緒にいるのが嫌になってきた。あ~、早く誰か来ないものかしら……まだ時間はありそうだし、聞いてもいいわよね。

 

「ね、ねぇ……希?」

 

最近はにこっちやエリチというダークホースが……………ん?エリチやん。どうしたん?」

 

私の声が聞こえたのか、希は書いてるものから目を離して私の方を向いた。まだ正気を失っていないことには安心した。というか、私の名前も言わなかった?まさか私も希のブラックリストに入ってるの!?希に対して更に恐怖心を持ってしまったけど、私はさりげなく希にあのことを聞いた。

 

 

「前から思ってたんだけど、希は何で鳴上くんにそう執着するの?ただ好きって訳じゃないわよね?」

 

 

気になっていた。希は鳴上くんが来る前までは、私以外の人に深く関わろうとはしなかった。でも、鳴上くんが転校してきた途端、アプローチの仕方はともかく、人が変わったように鳴上くんに積極的に関わろうとするようになった。あの希がこうなったということは、昔2人に何かがあったことは察しがつく。私がそう聞いたのが意外だったのか、希はポカンとしていたが、やがて持っていたペンを机に置いて、こう語りだした。

 

「う~ん………高坂さんたちにも聞かれたんやけどな。こう言うのもアレやけど、例えエリチでもこれだけは詳しくは話せへん」

 

「そ、そうなの……」

 

まさか高坂さんたちも聞いてたなんて。どうせ希のことだから、自分の彼氏だからとか言って、誤魔化したんでしょうけど。

 

 

「まぁ……親友のよしみで、少しだけ……………鳴上くんはウチに『()()』をくれた人なんや」

 

 

「えっ…………?色彩?」

 

私は希が口にした単語にただ首を傾げるしかなかった。相変わらず分かりにくい例えを出す希らしい言葉だけど、『色彩』と言われても流石に私も意味が分からない。どういうことなのかと、もっと詳しく聞こうとすると、希は懐からカードを一枚取り出して、それを見つめだした。

 

「それにしても、鳴上くんたちどうしとるんかいな……トラブルに遭ってなければええんやけど……」

 

何か不吉なことを言いだした希。ふと見ると、そのカードは希がいつも愛用してるタロットカードで、そのイラストは……『塔』?どういうことなの?私はじれったくなって、希に問いただそうとすると、この部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。

 

 

 

 

 

another view(絵里)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このっ!ちょこまかするな!!」

 

千枝のペルソナ【ハラエドノオオミカミ】は悠のペルソナ【イザナギ】に連続攻撃を仕掛けていた。だが、イザナギはそれをなんとか躱す。決闘が開始してから、ずっとこの調子である。その拮抗状態に我慢できなくなったのか、時々千枝が直接悠に自慢の蹴りを仕掛けてくる。悠はペルソナと同様に千枝の蹴りをヒラリと躱すが、千枝の蹴りが重いのか、地面に蹴った跡がハッキリ残っているのを見ると、当たったらどうなるのかと内心ヒヤリとした。流石普段から河原で修行していることはあるなと悠は感心する。

 

(そろそろ頃合いか…)

 

悠は日本刀を構えなおすと同時に、イザナギも大剣を構えなおした。それを見て、千枝もカンフーの構えを取り、ハラエドノオオミカミも薙刀を構える。そして……

 

 

 

 

 

 

ドオオオオオンッ

 

 

 

 

 

(イザナギ)千枝(ハラエドノオオミカミ)が激しくぶつかり合い、周りに衝撃が走った。例えるなら、武道の達人同士のぶつかり合いのようで、リングの外に居る穂乃果や会長にも、それは伝わり自然と身体が震えてしまった。両者ともに一歩も引かないせめぎ合いは続いていく。だが、時間が経つにつれて徐々に悠が押され始めた。やはりイザナギとハラエドノオオミカミではパワーに差があったようである。顔が力んでいく悠に対して、千枝はしてやったりと言った笑みを浮かべ始めた。このままでは押し負ける。そう思った穂乃果の目に信じられない光景が映った。

 

 

「えっ?」

 

 

突如千枝がバランスを崩れてしまい、勢い余って宙を舞って床に仰向けに倒れてしまった。これには穂乃果や生徒会長どころか、千枝本人も何が起こったか分からないと言った表情になる。だが、

 

 

 

ーカッ!-

「今だ!ジャックランタン!!」

 

 

 

悠はこれがチャンスとばかりに、ペルソナをジャックランタンにチェンジして最大出力でハラエドノオオミカミに火焔を食らわせた。

 

 

「きゃあああああああっ!」

 

 

ハラエドノオオミカミは成す術なく大ダメージを食らい、フィードバックでそれを受けた千枝は耐え切れずにその場から動くことはなかった。

 

「すまない………加減出来なかった」

 

 

 

 

 

『K.O.!!またまた悠先輩の大勝利~~!!もう、さっきから先輩が勝ってばっかで退屈~。つまんな~い』

 

 

煽りせちーは悠の勝利宣言の後、そんな愚痴をこぼしてモニターから消えた。悠はそんなことは気にせず、日本刀を鞘に納めた。皮肉なことに、対戦するにつれてこういう手合いが慣れてしまった気がする。勝つためとはいえ、恐ろしいものだ。しかし奇妙なことがある。先ほどのことを考えれば、ここでモニターにクマ?が映って、悠に嫌みの一つ言ってくるなずなのだが、今になってもモニターに何も映る気配がなかった。あちらで何かあったのかもしれない。気にはなるが、まずは千枝を起こすことが先だろう。

 

「里中、大丈夫か?」

 

千枝は起き上がって、悠を見るとこう言った。

 

「いたたた、何とかね………まさかあそこで、あたしの蹴りを()()()()なんて思わなかったよ。いつの間に護身術とか習ったの?」

 

どうやら千枝は先ほどのタネが分かったようである。千枝の言う通り、悠は先ほどのせめぎ合いで押されていた時、日本刀の受けていた形を少しずらして、千枝の押していく力を受け流したのだ。いくらパワーがあるとしても、それを受け流されてはどうしようもない。柔道や剣道、合気道などの武道でよく使われるものである。

 

「いや、前に読んだ『THE 武道』って本で、園田に少し教えてもらっただけだ。正直初めて試したから加減出来なかったけど。ごめんな」

 

そう謝る悠だったが、千枝は気にしていないと言わんばかりに手を横に振った。

 

「良いよ良いよ。相変わらず鳴上くんは強いなぁ……正直ちょっと差とか感じちゃって、ショックかも。まあ当然かな?鳴上くんはあたしらと違って、今でも現役バリバリだもんね」

 

「よく言うよ……………里中の方こそ、まだまだ現役だろ?相変わらず威力のある蹴りだったし」

 

「そう?じゃあ、あたしもまだまだイケるぞよっ!ってね」

 

そう言うと、悠と千枝は笑いあった。その笑う千枝の笑顔を見て悠は内心ホッとする。それは人一倍友達思いの千枝を感じさせるものだったからだ。すると、そんな2人のもとに穂乃果と生徒会長が駆け寄ってきた。

 

「千枝さん!大丈夫!?」

 

穂乃果の問いに千枝は当然だと言わんばかりに元気よく答える。

 

「うん!まあね。最初、鳴上くんにワケ分かんないこと言われてビックリしたけどさ。でも、鳴上くんがそんなこと言うはずないってことは分かってたから。なんせあたしら、ずっと一緒だったしね」

 

千枝がそう言うと、生徒会長は呆れたように肩をすくめた。

 

「……本当の仲良しやけん、考えとることが分かんやな」

 

「そうそう!だって、鳴上くんが私のことを猪武者~とか()()()()()()()~とかなんて言うはずないもん」

 

「……………」

 

千枝の言葉を聞いた途端、悠は気まずそうに目線を逸らした。

 

「な、なんでそこで黙るのさ!?あ、あたしだって、料理勉強してんだからね!」

 

千枝は目を逸らす悠に声を荒げた。猪武者はともかく、『生物兵器製造機』は雪子同様に的を射ている。というか、事実のような気がする。雪子ほどではないにしろ、千枝も一応八十稲羽の必殺料理人の一人なのだから。にしても、あのニセクマは自分に何を言わせているのだろうか?自分は相手が思ってもいないことを言われたのに、陽介はともかく雪子や千枝には本心を喋らされている気がする。何か不公平だと悠は思った。

 

「あれ?てか、何で穂乃果ちゃんがここに居るの?それに、穂乃果ちゃんの後ろに居る子、誰?」

 

千枝は穂乃果の後ろにいる生徒会長を見て首を傾げた。そういえば、千枝に穂乃果のことや会長のことを説明するのをすっかり忘れていた。ここで改めて千枝に生徒会長のことを紹介しようとすると………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ~、奇遇だね。そこに居るのは悠くんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「!!っ」」

 

突如、背後から聞こえてきた。声から察するに、それは男の声だった。だが、悠と千枝はその声を聞いた途端、背筋が凍った。その声はある人物のものであり、ここにいるのはあり得ないはずの人物。そして、悠を『悠くん』と呼ぶ人物は、叔母の雛乃以外に一人しか考えられない。2人は恐る恐る後ろを振り返った。

 

 

「嘘……」

 

「どうして、ここにあなたが居るんですか………」

 

 

悠と千枝はそこにいる人物を見て、驚愕せずにいられなかった。そこにはだらしない背広の恰好した男がいた。信じられない人物の登場に動転してしまい、悠は思わずその人物の名を大声で言った。

 

 

 

 

 

「足立さん!!」

 

 

 

 

 

「やあ。久しぶりだね、悠くん、元気してた?」

 

 

その人物、もとい【足立透】は人懐っこい笑顔を浮かべて悠たちに向かって手を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<放送室>

 

『締めんぞ!きゅっと締めんぞ!ゴラァ!!』

 

『わ、私はそんなに太ってないよ!!』

 

『だ~れが小学生よ!ぶっ飛ばすわよ!!』

 

『バカ軍団ですか?』

 

薄暗い放送室でニセクマは椅子にふんぞり返っていた。先ほどからここで、ポップコーンを食べながら、モニターで彼らの戦いを見ていたのだ。普段から仲間だの友人だの、本当は思ってもいないことを隠しながらぬるま湯に浸かっている連中に互いの悪口を言い合わせて、その反応を見て楽しむ。途中、思わぬ来訪者たちが現れたが、刺客が即刻始末した。一人取り逃がしたようだが、その者は戦闘能力が低いようなので、いずれ潰れるだろう。この催し物に支障が出るほどではない。だが、今のクマの表情はそれらを見て楽しむにしては、不機嫌な表情をしていた。

 

「何故だ……何故だ…………何故アレが集まらない………」

 

どうやら己が立てた計画が思うように進まなくてイライラしているといった感じだった。気のせいか、この放送室に負のオーラが充満しているように見える。それは人から見れば赤い霧のようだった。

 

 

 

 

「全てはあいつの仕業か………鳴上悠!!」

 

 

 

 

先ほど自分に生意気にも喧嘩を売ってきたあの少年。今このクマが不機嫌なのも、全てモニターで千枝と分かりあって笑顔を浮かべている悠が原因だ。あの清々しい笑顔がクマには憎らしく見える。それにあの笑顔を見ると、クマの目線の先のスタジオで倒れている少女たちの言葉が木霊した。

 

 

『お兄ちゃんは絶対負けないもん!私のお兄ちゃんは最強なんだから!!』

『アンタなんかが、悠先輩に勝てる訳ない!!』

 

 

すると、クマは更に機嫌が悪くなったのか、ポップコーンを握りつぶして、地面に叩きつけた。先ほどより顔が険しくなっている。何が絶対だ。何が勝てるわけないだ。何故人間は他者をそう信頼する。人間など自分のことしか考えない生き物ではなかったのか…………自分の思い通りにならない事態にクマは決心した。

 

 

「………今に見ていろ………鳴上悠……」

 

 

戦え、ペルソナ使いたちよ。お前らが争えば争うほど、我が願望は成就へと近づく

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「足立さん……ですよね?」

「いや~、相変わらず悠くんはモテるねぇ」

「アンタ!!何でここに」

「あれは嘘だったんですか?」

「ウチの……名前………」



「エキセントリックお邪魔します」



Next #29「The way of the truth ①」

























Next extra?

「最近お兄ちゃんが変なの」

キッカケはことりの一言から始まった。


最近悠は練習に参加する頻度が少なくなったり、帰りがとても遅くなったり、よく寝不足になっている。それだけのはずだった。


「お兄ちゃん………あの逆ナン女と一緒にいた……」


偶然見てしまったある女性と一緒に居る悠。その表情はとても楽しそうで、ことりの不安が膨らんでいく。この事実を追求すべくことりは【μ's】のみんなに悠の足取りを追うことを提案する。


「人妻かよーーーー!」
「超絶年上ーーーー!」
「社長ーーーーーー!」


次々と目撃される悠と数々の女性との逢引き現場。

「お兄ちゃん……何で…………」

「ことりちゃん…」

受け入れがたい現実を目の前にしてしまったことりはどうするのか?そして、ことりはついに真実を知る。


Extra➁「"Witch detective" Kotori.」

contribute some day!


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#29「The way of the truth ①」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

もう9月の下旬で季節の変わり目になりましたね。自分も学校が始まったり、車校の卒業が間近だったりと新生活に慣れようと励んでいます。この時期、油断していると一瞬で風邪を引いてしまう時期なので、皆さんも気を付けてください。

それと、前回予告で書いたExtra➁について。
本当は9/13に投稿する予定だったのですが、まだ本編に登場していないor登場しているけど名前が明かされてないキャラがいることやストーリーを考え過ぎたなどの理由で予告だけという形になってしまいました。なので、このExtra➁を楽しみにして下さっている方、もう少し待ってください。

そして新たにお気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方、最高評価・高評価・評価をしてくださった方、アドバイスやご意見をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

☆祝☆
お気に入り950件突破!
9/15日刊ランキング:23位&6位!
9/16日刊ランキング:3位!

改めて読者の皆様、ありがとうございます。このような嬉しいことが起こったのも、読者の皆様の応援があってこそです。これからも皆さまが面白いと感じてくれる作品を目指して精進して行きますので、応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


「足立さん………ですよね?」

 

信じられない人物の登場に悠はもう一度聞き返してしまった。その人物の名は【足立透】。悠と千枝たち特捜隊には因縁のある人物である。悠は足立の姿を見て、呆然としてしまったが、千枝は足立を睨みつけながらカンフーの構えを取った。

 

「うん、そうだよ。しっかし悠くん、見ないうちに大きくなったねえ。やっぱり成長期ってやつなのかな?」

 

そんな悠たちとは対称に足立と飄々としている。それに彼が見ているのは悠だけであって、自分を睨みつけて戦闘態勢に入っている千枝は気にしていないようだ。千枝は足立のその態度に腹を立てて飛び掛かろうとしたが、悠が無言でそれを制した。すると、足立は視線を悠の傍に居る穂乃果と生徒会長に移した。

 

「ありゃ?里中さんの他にも見かけない子もいるね。悠くんの新しいお友達?」

 

足立にそう聞かれた穂乃果は思わずビクッとして悠の後ろに隠れてしまい、生徒会長は本能的に危険なものを察知したように後ずさった。初対面の人でも臆せず接することができる穂乃果だが、何故か今は足立には怯えている。悠たちの足立に対する雰囲気が穏やかではないと感じたからだろうか?このままでは会話が進まないので、怯える穂乃果の代わりに悠が紹介した。

 

「こいつは高坂と言います。俺の東京の後輩です。そして、こっちは…」

 

「ふ~ん、悠くんの後輩なの?いや~相変わらず悠くんはモテモテだねぇ。こんな状況でも女の子を3人も侍らすなんてさ。ちなみに高坂さん、下の名前はなんていうの?」

 

悠が穂乃果を紹介すると、足立は嬉しそうに、そして羨ましそうにそう言って、穂乃果にナンパまがいのことを質問してきた。足立のその行動に見かねた悠は足立にしかめっ面で制した。

 

「足立さん、俺の大事な後輩にナンパするのは止めてくれませんか?」

 

悠に制された足立は大袈裟に後ずさった。

 

「おっと、ごめんごめん。いや~最近可愛い女の子を見てないからつい調子に乗っちゃったよ~。でも悠くん、少し堂島さんに似てきたんじゃない?ちょっとあの人にドヤされたと思っちゃったなぁ」

 

本当にそんなことを想っているのだろうか?相変わらず本心で言っているのか分からない人だと悠は思った。叔父の堂島の苦労が少し分かった気がする。

 

「な、なんやこの人……」

 

生徒会長はのらりくらりと会話する笑顔の足立に不気味さを感じていた。それに先ほどまで笑いあっていた悠と千枝がこの足立が登場した途端、一変して警戒態勢を敷いている。それほどまで、あの男が危険だということなのだろう。一方、悠は最初この足立は偽者なのではないかと思ったが、それは違うと確信した。あの人懐っこい笑顔とその裏に隠れた不気味さ、そして人を食ったような声色は間違いなく【足立透】本人だったからだ。しかし、このままのらりくらりとかわされては埒が明かないと判断したので、悠は足立に単刀直入に質問した。

 

 

「足立さん、改めて聞きます。何故あなたがここに居るんですか?」

 

 

悠がそう聞くと、足立はバツが悪そうに頭を掻きながら答えた。

 

「ん~……何でここに居るのかって言われてもねぇ………まあ、僕としては大人しくするつもりだったんだけどさ、どうしてもって言われて頼まれちゃったんだよ。ほら、僕って頼まれたら断らないタチじゃない?」

 

「頼まれた?あのクマにですか?」

 

しかし、悠の返答に足立は首を横に振る。

 

「違うよ。あの凶暴なクマくんが僕にそう言う訳ないじゃない。()()()()の方だよ」

 

「もう一人?」

 

「ありゃ、その様子だと悠くんまだあの子に会ってないようだね。彼、君に訳アリっぽかったから、もう絡んでたと思ってたんだけどな」

 

足立の言葉に悠は思わず眉を顰めた。足立の話が本当だとすれば、この事件の黒幕はあのニセクマの他にもう一人いることになる。それに、その人物は悠に訳アリということだが……すると、千枝は我慢の限界がきたのか、強い口調で足立に問い詰めた。

 

「そんなことはどうでもいい!!アンタ、やっぱりあのニセクマと共謀してこの事件を」

 

「えっ?いや~、その辺りはどうなんだろう?それより悠くんたち、今大変なんじゃないの?あのクマくんにお仲間同士の決闘をさせられてるって」

 

「なっ!アンタ、何で知っとるん!?」

 

生徒会長は足立がこの世界で行われていることを知っていることに食い掛った。しかし、足立は例の如くそれを気にせず話を続ける。

 

「まあ、僕としてはあれを良い見世物と思ってるけどね。仲良さそうにしてる君たちがいがみ合うのを見るのは面白いし、良い暇つぶしになりそうだし」

 

「…アンタ、やっぱり…」

 

千枝はやはり足立はそんなことのためにこの事件を起こしたのかと思ったのか、これでもかというくらい足立を睨みつける。しかし、足立は千枝の睨みに動じず、肩をすくめながら悠に向かってこう言った。

 

 

「それにしてもさ、悠くんも好きだよね。自分から首突っ込んで痛い目にあってさ。お友達を助けるためだ~とか言っても、そんなの人生で何の得もしないよ。友達なんて、時が経てばポイっと忘れるんだからさ」

 

 

「そんな……そんなこと!!」

 

足立の辛辣な言葉に穂乃果は違うと反論しようとしたが、悠は何も言うなとそれを制した。穂乃果にとっては今の言葉は聞き捨てならないものだったかもしれないが、この男の言葉に惑わされてはキリがない。それに足立の言葉を聞いて、やっと本音が出たなと悠は思った。今の足立の言葉に思うところがないと言ったら嘘になるが、自分とこの男は考え方が違う。去年そのことを身を持って思い知ったので、悠はあまり動揺はしなかった。足立の言葉を静かに聞いた悠は一歩前に出て、足立に真っすぐな目で質問した。

 

 

「足立さん、あなたは俺に”現実のルール”に従うと言ったはずだ。あれは嘘だったんですか?」

 

 

「ルール?………………ルールねぇ………

 

悠の口から出た言葉に何か気になることがあったのか、足立は考え込むように小声でその言葉を復唱する。

 

「嘘でないと言うなら教えてください。ここで一体何が起きてるんですか?あなたは知ってるはずだ」

 

再度足立にそう問う悠。しかし、足立は悠の発言に思うところがあるのか、黙ったままだった。その沈黙が鬱陶しかったのか千枝がまた再度問い詰めようとすると、足立が口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…相変わらず青臭いねぇ……君ってやつは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチャッ

 

 

そんな言葉が足立から発せられたその時、足立は懐から不気味な音がするあるものを取り出して悠に向けた。それは黒に光る拳銃だった。

 

「ぴ、ピストル……」

 

「足立さんっ!!」

 

足立がピストルを構えたのを見て、悠は思わず日本刀を抜刀、千枝はカンフーの構えを取って穂乃果と生徒会長を守るように足立の前に立ちはだかった。穂乃果は恐怖のあまりに悠の背中にしがみついている。足立は一瞬表情を歪めたものの、すぐ無表情に戻って自分を静かに睨む悠にこう言った。

 

「こんなところでも"現実のルール"なんてさ。ルールって言葉に縛られてるから、君は"()()()()()()"にもバカ正直に従っちゃってるんじゃないの?」

 

「ここのルール?」

 

「ほら、友達同士でリングイ~ンってやつ。そのおかげで()()()()()()()()()()()()()()()()。全くガキはお気楽だね~」

 

「そ、それはどういう意味よ!」

 

千枝は足立にそう問い詰めるが足立は質問に答えるつもりはないと言わんばかりに沈黙を貫いた。だが、同時に悠は確信した。やはり足立はこの事件に何らかの形で関わっていることに。すると、足立はチラッと生徒会長の方を見てこんなことを聞いてきた。

 

 

 

「知らないと言えばさ………悠くん、君はそこの関西弁の子の名前とか知ってるわけ?」

 

 

 

「えっ?」

 

思わぬ質問に、悠は空いた口が塞がらなかった。何故ここで生徒会長の名前のことが出てくるのか?足立の意図の分からない発言に困惑しながらも、悠は思わず生徒会長の方を見てしまった。

 

「……ウチの…名前?」

 

「せ、生徒会長さん?どうしたの?」

 

穂乃果が足立の言葉で何か考え込む生徒会長に声をかけると、千枝が『生徒会長』という言葉に反応した。

 

「えっ?この子が生徒会長?」

 

「ああ、この子が八十神高校の生徒会長らしいけど、里中は知ってたか?」

 

まだ千枝に生徒会長のことを紹介してなかったので悠が千枝に説明してそう聞くと、千枝は悠の説明に難色を示した。

 

「それっておかしくない?確かに鳴上くんが東京に帰った後、新しい生徒会の選挙はあったけどさ。でも、今年の生徒会長って()()()だったはずだよ」

 

千枝が生徒会長を見てそんなことを言ってきたので、悠と穂乃果は驚愕した。八十神高校の生徒会長は男?じゃあ、目の前にいるこの子は……

 

「ウチの……名前…………」

 

すると、会長は動きを止めた。別段足立はおかしなことを聞いたわけではないので、悠はその反応を不審に思った。それに、今の会長の様子は足立が怖いから答えづらいという訳ではなく、どこか脈録を欠いたような陰鬱さを感じさせた。

 

「ウチの…名前は…………………ウチの…記憶……」

 

段々顔色が悪くなっていく、そして身体も小刻みに震えだした。どうしたのかと思っていると、会長は口を開いた。

 

 

「いやや!もう戦いとうない!同胞殺しなんてちゃう!!」

 

 

「同胞殺し?」

 

「だ、大丈夫?」

 

同胞殺しという物騒な単語に悠と穂乃果は驚いた。それに、生徒会長の様子がおかしい。顔が絶望に染まったように目の焦点が合ってないし、狂ったように息遣いも荒くなっている。その様子は、まるで何か思い出したくないものを思い出したかのように感じだった。穂乃果はそんな会長が心配になって、落ち着けさせようと会長に触れようとしたその時……

 

 

 

 

「あ…ああ……ああああアアアア!!」

 

 

 

 

 

「きゃあっ!」

 

「「高坂(穂乃果ちゃん)!!!」

 

落ち着けさせようとした穂乃果を何か獲物を振り払うかのように、会長は手を穂乃果に向けて思いっきり振り払った。その動作に嫌な予感を感じた悠と千枝は穂乃果を庇うように2人の間に入って会長の手に触れた刹那、悠と千枝はその細腕に軽々と投げられて背後の壁に思いっきり叩きつけられた。

 

「「ぐっ…」」

 

「な、鳴上先輩!千枝さん!」

 

壁に叩きつけられた悠に穂乃果は駆け寄って、身の安全を確かめた。改めて会長の様子を見るが、どう見ても正気じゃない。このままでは危ない気がしたので、悠と千枝は互いに顔を見合わせて、抑え込もうとジリジリと会長に近づこうと試みる。少々荒っぽくなるが、今はそんなことを言ってる場合ではない。しかし、

 

 

 

「なっ!」

「うそ……」

 

 

 

気づいたときには、()()()()()()()()()()()()()()()()()。おそらくジャンプしたのだろうが、それは飛び跳ねたというには次元が違い過ぎる。あの脚力はもう人間業ではない。あまりの衝撃で固まった悠たちをよそに、会長は壁を三角飛びの要領で蹴って方向転換すると、床に着地したと同時に猛スピードで廊下の先に消えていった。その様子を間近で目撃した悠たちは何が起こったのか分からずと呆然してしまう。

 

「あの子…何者なの?」

 

「さっき、記憶がどうとかって」

 

悠は穂乃果の呟きにハッとなった。あの会長はどこか記憶が抜け落ちている節があった。先ほど足立に名前を聞かれたことで、忘れていた記憶を取り戻しかけたのかもしれない。しかし、そうだとして、あのようになってしまうほどの記憶とはどういったものなのだろう。

 

「ありゃりゃ、これは予想外だったなぁ。まさか名前を聞いただけで、あんなに取り乱すなんて」

 

足立は拳銃を指に掛けて会長が逃げた先を見てそう呟いた。奇妙なことに足立は先ほどの光景を見ても、驚愕の表情が見当たらない。そう言えば、先ほど足立は初対面の穂乃果に名前を聞いたが、何故同じ初対面であるはずの会長に名前を聞かなかった。もしやこの男は……

 

「足立さん…もしかして、あの子のことを知ってたんですか?」

 

「……さあね?例えそうだったとしても、僕には関係ないね」

 

「なっ!!」

 

「じゃあ、僕はここで失礼するよ。いつまでも君たちみたいなガキに付き合うつもりはないし」

 

足立はそう言うと、手に持っていた拳銃を懐にしまって、近くの教室のドアに手を掛けた。

 

 

 

 

「精々足掻きなよ、悠くん。みんなの楽しいGWは君の手にかかってるんだからさ」

 

 

 

 

足立は悠に手を振ってそう言い残すと、教室に入って去っていった。悠は立ち上がって足立を追いかけようとしたが、教室に入ると既に足立はいなくなっていた。

 

「くっ!足立さん……」

 

思わず悠は顔をしかめてしまう。足立は確実に何かを知っているはずだ。会長のこともあったが、せっかくの手がかりを逃がしてしまったような気分になって悠は己を呪いたくなる。

 

 

「鳴上くん!」

 

 

すると、それを見かねた千枝が悠に大きな声で呼ぶ。

 

「早く穂乃果ちゃんとあの子を追ってあげて!!あたし、ここで待ってるからさ!」

 

「えっ?でも……」

 

「確かに足立さんのことは気になるし、あの子が何であんなに取り乱したかは分からないけどさ。でも、足立さんがどんな風に関わってるにしろ、あの子は助けなきゃだめだよ!」

 

「里中………」

 

「いつもみたいにサクッとあの子を助けてやりなよ。鳴上くんなら足立さんに負けないし、絶対あの子を助けてやれるって信じてるからさ」

 

戸惑う悠に力強く、そして輝かしい笑顔でそう言って聞かせる千枝。その目は悠なら絶対出来ると確信していることを物語っていた。確かにどんな形であれ、あの生徒会長は何者かにこの世界に落とされた被害者だ。自分たち特捜隊は絶対に被害者を見捨てたりはしない。それに、自分の心配より他人の心配をするとは、自分の仲間はこういう優しいやつばかりだなと悠は心の中で誇らしく思った。悠は千枝に感謝して、彼女と信頼の証のハイタッチを交わした。

 

「ああ、任せろ!」

 

「うん!頼りにしてるよ!我らがリーダー!!穂乃果ちゃんも鳴上くんのことをよろしくね」

 

「は、はい!行こう!鳴上先輩!」

 

千枝とのハイタッチを交わしたあと、悠は穂乃果を連れて会長が逃げた方向に走っていった。そこにどんな結末が待っているかは知らないが、目的はただ一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(絵里)

 

「おま~ちど~う」

 

部屋に入ってきたのは、岡持を持った女の子だった。青く光る黒髪のショートヘアに雷文の髪留めが特徴的で、八十神高校の制服の上に赤いエプロンと三角巾を身に着けている。見るからに私たちと同じ高校生だろうけど、何か寡黙というかどこか掴めない雰囲気を醸し出している印象的な子だった。

 

「あ、あの……何の用かしら?」

 

私は少し戸惑いながらもその子に何か用があるのかと質問する。

 

「でまえ、お届けに来た~」

 

「えっ?出前?」

 

その子は私の言葉を気にせずに、教室に入ってきて岡持ちをテーブルに置いて、中から丼を2つ取り出した。

 

「は~い、にくどん3人前お届け」

 

彼女はそう無感情であり無気力な声色で私たちの目の前にその肉丼が置いた。お肉がたくさんでボリューム満点、炒めたお肉から食欲をそそる匂いが鼻を刺激する。時計を見るとちょうどお昼頃だったので、ちょうどいいとは思ってたけど……

 

「あの………ウチら、出前なんて頼んでないんやけど………というか、ここ学校の中やで?」

 

希が女の子に当然の質問をした。希の言う通り、私たちは出前なんて頼んでないしする暇もなかった。それに、ここって一応学校なんだけど、出前ってして良いのかしらとツッコミたい。そう思っていると、その子は澄ました顔でこう返答する。

 

「うちのでまえ、どこでも届けるから、もんだいない」

 

「いや、そういうことじゃなくて………」

 

どこでも届けてくれる出前なんて聞いたこともないんだけど……どこか抜けているのかしら、この子は。それよりどうするのよ。明らかに一つ多いし、頼んでないものにお金なんて

 

 

「あら?もう出前届いたのね」

 

 

すると、困惑する私たちの前に理事長が姿を現した。もう届いたのねって、まさか……

 

「理事長!?こ、これ理事長が頼んだんですか!?」

 

「そうよ♪本当は八十神高校側が用意した弁当でも良かったんだけど、悠くんからどこでも何でも届けてくれるっていう出前のことを聞いたから、試しに頼んでみたの。本当に学校でも届けてくれたから驚いたわ。ついでに絢瀬さんと東條さんのも頼んじゃった」

 

満悦な笑顔でそんなことを言う理事長。やっぱり情報網は鳴上くんか……この人やっぱり甥っ子のこと好きすぎじゃないかしら?まあ、それほど家族を大事にしてるってことでもあるんだろうけど……

 

「おかいけい、2400円」

 

「は~い。ありがとね、あいかさん」

 

「まいどあり~」

 

「あっ、それと去年はうちの甥っ子がお世話になたわね。悠くんが『あいかの出前はすごく良い』って褒めてたわ」

 

「いえ……私の方こそ鳴上くんにはお世話になった」

 

困惑する私たちをよそにその子と理事長はそんなやり取りをしていた。そのやり取りからもう常連さんとのやり取りに見えるのは気のせいかしら?それに鳴上くん、この子のことを下の名前で呼んでたのね……

 

「ええなぁ…あいかちゃん……鳴上くんに下の名前で呼んでもろおて…………」

 

「うちの肉丼気にったら、これ使って」

 

希からそんな呟きが聞こえたかと思うと、彼女…あいかさんははポケットから数枚のチケットを取り出して理事長に差し出した。

 

「これは?」

 

「にくどんのむりょうけん。商店街の愛家で使えるから。鳴上くんと使って」

 

「あらまあ、ありがとう。是非とも悠くんたちと使わせてもらうわ」

 

こ、この子……あまりに寡黙な子って思ってたら、商売根性がすごすぎる。こんなサービスを持ってくるなんて。すると、あいかさんは希と私に視線を移した。

 

 

「あなたたちが、鳴上くんの彼女?」

 

 

「「えっ?」」

 

おもわぬ発言に私と希は思わず間抜けな声を出してしまった。どういうこと?希は一条くんや海老原さんの時のように、まだあいかさんに何も言ってないはずなのに。すると、あいかさんは私が思っていることを見透かしたように、こう答えた。

 

「いま、学校で噂になってる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が居るって」

 

「「………………」」

 

それどう聞いても希よね。胸が大きいってどうみても希しかいないし………って私も大きいか………それに、もう希のあのデタラメがこの学校で噂になってるの!?早すぎじゃない!?これには流石の希も焦った顔してるし。というか、それに私も入ってるの!?

 

「あら?東條さんと絢瀬さん、いつの間に悠くんとお付き合いしてたの?」

 

何も知らない理事長は私と希を見てそんなことを聞いてきた。これには流石の希も更に慌てた。ってまずい!?

 

「えっ?……え~と…それは………」

 

「あっ!それ希です。私は全然関係ないんで」

 

「エ、エリチ!?」

 

私は冤罪を免れるために真実を言った。形的に私が希を売ったように見えるかもしれないけど、気にしない。希はというと私に売られたと思っているのか、普段の姿からは信じられない程オロオロしている。その姿を見て少し面白いと思ったのは内緒。

 

「………おめ~でとう」

 

すると、突然あいかさんが希に向かってそんなことを言ってきた。これには希も素っ頓狂を上げる。

 

「ふぇっ?」

 

「鳴上くんは良い人だから、きっとあなたを幸せにしてくれる」

 

「えっ?」

 

「じゃあ私、他の出前もあるから」

 

そう言うとあいかさんはテーブルの岡持ちを持って、そそくさ教室の扉の方へ向かっていった。

 

「どんぶり、置いといて~」

 

「「どこに!?」」

 

「ま~いど~」

 

彼女はそう言うと、何事もなかったかのように去っていった。何だか…嵐のような子だったわね、あいかさん。それより、丼を置いといてって言ってたけど、一体どこに置いとけばいいのかしら?

 

「それで東條さん、悠くんと付き合ってたの?それに、どこまでいったの?」

 

あいかさんがいなくなった途端、理事長が笑顔で希にそんなことを聞いてきた。再びオロオロし始めた希がチラチラとこっちを見て助けを求めているけど、私は無視。だって今の理事長の顔、ニコニコしてるけど怖いんだもの………笑顔だけど殺気を感じるとかそんなのじゃなくて、何も感じないからこそ怖いのよ…………危なかったわ。

 

「キスはしたの?それとも……もう一線を」

 

「すみません!!あれは嘘です!ウチは鳴上くんの彼女やないです…………………………まだ

 

の、希が折れた!?自ら嘘と公言した!?余程あいかさんに言われたのと理事長の追及が堪えたようね。でも、最後の方、小声で何かいわなかったかしら?まあそれはともかく、これに希も少しは懲りたでしょう。というか嘘をついたらどうなるのかってことを今身をもって知った気がする。

 

「そう……まあどうして嘘をついたのかは後で良いとして、冷めないうちに肉丼食べちゃいましょ」

 

「そうですね。せっかく届けてくれたあいかさんに悪いですし」

 

まあ希の疑惑を不問にして私たちはそれぞれ出前の肉丼を自分の前に置いてスタンバイする。改めて見ると、見た目からしても匂いからしても、美味しそうなのは分かった。

 

 

「それでは、いただきます」

 

「「いただきます」」

 

 

私と理事長、遅れて希は肉丼に箸をつけた。口に広がる肉丼の味に私は感激した。鳴上くんには失礼かもしれないけど、こんなところにもこんな美味しいものがあるなんて思わなかった。これは亜里沙にも食べさせてあげたいくらい。希や理事長の方をチラッと見ると、私と同じように肉丼の味に感動していた。希に関しては美味しいものを食べたせいか顔色が良くなって輝いているように見える。

 

「美味しいっ!!」

 

「ホンマやね。食べても肉しか見えへんけど、美味しいわ……このまま食べ続けたら、体中が肉になってしまうような気になるなぁ」

 

「ふふ…これは悠くんも病みつきになる味ね」

 

食べても食べても、肉…肉…肉………………全く底が見えない……希の言う通り、体中が肉になったような気がする。それでも、残すのは気が引けたので無理にでも詰め込んだ。そして、

 

 

 

「「「ご馳走様でした!」」」

 

 

 

 

数十分後、私たちは肉丼を完食した。食べ終わった後、全てを受け入れる境地に達したような気分になって、私は寛容さが向上したような気がした。とりあえず、空になった丼は校門付近に置いておこうと言うことになり、私と希は丼を置きに校門へ向かった。

 

 

 

another view(絵里)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えた会長を追うために悠と穂乃果は再び校舎内を走り続けた。だが、先ほど同様に走っても走っても同じ景色ばかり続いて行く。埒が明かないと思い、悠と穂乃果は近くの廊下で一旦立ち止まって休憩を取った。本当はこんなことをしている間にあの生徒会長が何をしているのかと気が気で仕方ないのだが、今は打つ手がないので仕方ない。それに、悠の頭の中には先ほどの足立の言葉が気になっていた。

 

 

 

ここのルール

もう一人の黒幕

生徒会長の名前

 

 

 

それにこのグランプリには全く関係がない穂乃果やことりが何故この世界に落とされたのかも気になる。そして、今一番気になっているのは最後に足立が残したあの言葉だった。

 

 

 

 

 

みんなの楽しいGWは君たちの手にかかってるんだからさ

 

 

 

 

 

あの言葉が妙に引っかかる。何故かこの言葉に不吉な予感を悠は感じたのだ。それにこれは悠の思い違いかもしれないが、足立は悠に何かを期待しているかもしれない。だが、あの足立が悠に何を期待しているのか皆目見当もつかない。そう思っていると…

 

 

 

『……ンパイ!悠センパイ、聞こえる!?』

 

 

 

 

突如、廊下にそんな声が聞こえたので悠と穂乃果は足を止めた。周りを見渡すが、そこには悠と穂乃果以外誰も居なかった。

 

「えっ?誰?」

 

「この声……というかこの感じは…本物のりせなのか!?」

 

「り、りせさん!?」

 

この校内放送ではない、頭に響く感じは間違いない。りせのペルソナ【コウゼオン】の能力だ。りせのコウゼオンの能力は通信と解析。まだ【μ‘s】のペルソナにそのような能力を持つ者はいないが、戦闘力が低い代わりにサポート能力が高いペルソナである。おそらくどこかで悠に直接通信しているのであろう。

 

『良かった~…悠先輩と繋がって。上手く穂乃果ちゃんとも合流できたみたいだね』

 

「りせさんだ………本物のりせさんの声だ!」

 

りせの声を聞いて悠は少し安心した。さっきまでモニターでこちらを散々煽ってきたりせとは違う声。間違いなくこれは本物のりせだ。

 

「ああ、何とかな。そっちは大丈夫なのか?」

 

『うん……突然誰かにテレビに入れられて、変なニセクマに捕まって……それから穂乃果ちゃんとことりちゃんが来て……先輩達は何故か戦ってるし……あのクマ、ヤバいと思ったから穂乃果ちゃんだけでも逃がせたけど……』

 

「りせ、今ことりと放送室に居るんだな?菜々子は?」

 

『…ごめん!あんまり時間ないかも!!とにかく先輩早く放送室に来て!何故か分からないけど、あのクマは先輩が思ってることよりヤバいことを………きゃあっ!』

 

「りせっ!どうした!?りせっ!!」

 

「りせさん!?」

 

何度呼びかけたが、りせが応答することはなかった。完全に通信は絶たれたようだ。おそらくクマに見つかったのだろう。悠は焦りを感じずにはいられなかった。先ほども言った通り、りせはサポート能力は高いが戦闘力は格段に低い。それに今りせはあのニセクマにとって都合が悪いことを暴露しようとしたので、何をされているのか分かったもんじゃない。段々悠の心に余裕がなくなっていく。それを見た穂乃果は落ち着けさせようと悠に声をかけた。

 

「な、鳴上先輩!落ち着いて」

 

「落ち着こうも何も…どうすればっ!」

 

 

ガタッ

 

 

悠が穂乃果に何か怒鳴りつけようとしたとき、近くの教室からそんな物音が聞こえた。悠と穂乃果は何事かと思って恐る恐るその教室のドアを開ける。

 

 

 

 

「いたた………………ここは何処?私……確か………」

 

 

 

 

そこには頭を抱える一人の女性が居た。エメラルド色の三つ編みに清楚さを感じさせる白を強調した私服。そして、どことなく上品な雰囲気を持つこの女性に悠は見覚えがあった。

 

 

「あ、あなたは……逆ナンの人?」

 

 

「ち、違うよ!私は逆ナンなんてしたことないから!って、あなたは……確か音乃木坂で会った……」

 

悠の発言にその女性は誤解だと言わんばかりに抗議した。その人物は以前出会ったことがある人物だった。ことりとの下校中に学校の場所を聞かれて、ことりに逆ナンなのかと罵られた女性。あの時、逆ナンという単語が印象に残りすぎて、失礼だがついそう読んでしまった。まさか再会するのが、こんなテレビの世界とは思わなかった。

 

「鳴上先輩、この綺麗な人と知り合いなの?」

 

「ああ、この間、道を聞かれてな……あの、このままじゃあなたのことをずっと『逆ナンの人』って呼び続けてしまうので、名前教えてくれませんか?」

 

見知らぬ人に対してこう言うのはどうかと思うが、自然とあのやり取りが頭に残っているので仕方ない。相手の女性も不本意ながら、悠の提案を了承したようだ。

 

「……私、逆ナンなんてしたことないのに………私は【山岸風花】って言うの。よろしくね」

 

「改めて。音乃木坂学院3年の鳴上悠です」

 

「お、同じく音乃木坂2年の高坂穂乃果です」

 

その逆ナンの女性…改めて風花が自己紹介したので、悠と穂乃果も自己紹介した。あの時は道を聞かれただけで名前は聞いてなかったが、改めて聞くと良い名前だなと思った。しかし、【山岸】と聞いて悠はどこかでその名前を聞いたことがあるような気がした。確かあれは、真姫の両親が経営する西木野病院で……

 

「鳴上悠くんに高坂穂乃果さんか。改めて聞くと、2人とも良い名前だね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「そう言われると……何か照れちゃうね」

 

風花は悠と穂乃果をまじまじと見たと思ったら、笑顔でそんなことを言ってきてくれた。何というかこの風花は上品な雰囲気からして、お姉さんと言った感じがあるので褒められると何か照れ臭い。

 

「でも鳴上くん、やっぱりあなたは……」

 

風花が悠に何かを言いかけた瞬間、いつの間にか教室の頭上にあったモニターに光が灯って、あの忌々しい悪意に満ちた声が聞こえてきた。

 

 

『んもー、センセイったらこんなところにいたクマ?およ~、そっちのかわい子ちゃんは誰クマ?さてはセンセイ、逆ナン中だったクマね?どれだけハーレムを広げるつもりクマ?』

 

 

例の如く意地悪そうな表情で悠をからかってくるニセクマ。ハーレムという言葉に穂乃果と風花がビックリしたような顔をしたが、悠は無視してニセクマに問い詰めた。

 

「誤解を生むような言い方は止めてもらおうか。山岸さんはお前がこの世界に落としたんだろ?」

 

『ハア~?何を言っとるクマ~?確かにこいつのお仲間は勝手に飛び入り参加してきよったけど、そんな弱いペルソナ使いの小娘なんて知らんクマ!』

 

「えっ?」

 

今聞き捨てならないことを聞いた気がする。目の前にいる()()()()()()()使()()?悠と穂乃果は思わず条件反射で風花を見てしまう。

 

「う、うん…私も鳴上くんと同じペルソナ使いなの。でも、私のは情報解析型だから戦闘力はないんだけどね」

 

風花の告白に悠と穂乃果は驚きを隠せなかった。まさか自分たち【特捜隊】や【μ‘s】の他にもペルソナ使いが居たとは。それに情報解析型とはうちのりせと同じ能力かと悠は思った。しかし、ここで新たな疑問が浮上する。この世界に自分たち以外のペルソナ使いが何故居るのか?あのニセクマの話によれば、風花の仲間はここに乱入してきたと言っていたが、この世界に何か目的があったのだろうか。

 

『さてと、お察しの良いセンセイなら……分かっとるクマよね?』

 

思考の海に入ろうとする悠にニセクマが含みのある言葉を発する。その言葉の意味を悠はすぐに理解した。そして、少し遅れて穂乃果もクマの意図に気づく。

 

 

「……まさか、鳴上先輩と風花さんを戦わせる気なの!?」

 

 

穂乃果の言葉にその場に戦慄が走った。そう、このニセクマは大会に関係のない人物まで戦わせるつもりなのだ。まだ陽介たちのように友達同士を戦わせるのはまだしも、まだ互いを知らない者同士を戦わせるのは許容できない。

 

「ちょっと待て。こんなのは決闘じゃない。ただの弱いものいじめだ」

 

先ほど風花は己のペルソナを情報解析型と言った。つまり、りせ同様戦闘力は低いわけである。そんなものを悠と戦わせたらどうなことになるかなど容易に想像がつく。そう異議を唱えた悠だが、モニターのニセクマはだんまりを決め込んだのか口を開かなった。

 

「お前は何がしたいんだ?友達同士の決闘が自分の思い通りに行かなかったからと言って、今度は自分にとって都合の悪い人たちに潰し合いをさせるのか?一体どういう」

 

 

 

ギリリッ

 

 

 

悠がクマにそう言いかけた瞬間、モニターからそんな不吉な音が聞こえた。不気味に思って見てみると、悠と穂乃果、それに風花は思わず絶句してしまった。

 

 

 

 

『ったく、何をごちゃごちゃと……それが人間やろうもん。自分たちに関係ない人達を殺させたんやからなぁ

 

 

 

そこに映っているのはニセクマであったが、雰囲気が違っていた。ぞっとするほど憎々し気に、この世の全てを呪わんばかりの怨嗟がニセクマを包んでいた。もはや既に、クマ特有の愛らしさなど微塵もない。やっと本性を現したかと悠は少しビクつきながらもそう思った。それに、あのクマの今の発言で、悠の頭の中で点と点がつながったようにあの言葉がよぎった。

 

 

ーそれがただの殺し合いとしても?

ー同胞殺しとちゃう!!

ーアンタにも同じ目に遭わせてやるって言ってんのよ

 

 

もしかしたら、あの言葉は彼女の過去そのものなのではないか?例えばこう推測できる。彼女は過去に誰かから戦いたくない相手と戦わされた。そして、その相手を自分で殺してしまった。そう考えれば、このシャドウの言動と彼女の言葉が合致する。だが、どうしても引っかかることがある。何故その怒りをぶつける相手が自分たちなのか?それに彼女は自分のことを人間と言っているが、彼女は一体何者なのか?

 

 

………そうや。良いこと思いついたわ。この試合からルールを変更しようか…どっちかが死ぬまでリングから出られへんっていうルールになぁ

 

 

悠がそう思考していることをよそに、モニターのニセクマはただならぬ雰囲気で突如とんでもないことを言ってきた。このままでは強制的に風花と決闘をさせられてしまう。何とか話を逸らして、この戦いを回避できないものかと考えていたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~れ~~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「えっ?」」

 

 

 

ドカアアン!!

 

 

 

突然その場にそぐわない声が聞こえたと思ったら、その瞬間天井が爆発して何者かが乱入してきた。悠は思わず爆発によって発生した瓦礫から穂乃果と風花を庇う。しばらくして崩落する音が鳴り止んだあと、悠は辺りを見渡して状況を確認する。見ると、天井はボロボロに崩落しており、先ほどニセクマとやり取りしていたモニターは跡形もなく粉々になっていた。何か起きたのかと破壊された辺りを見てみると、粉塵のもうもうと立ちこめる中から乱入者らしき人物が姿を現した。

 

 

 

「エキセントリックお邪魔致します」

 

 

 

それは若い女性でこの場にそぐわない奇妙な恰好をしていた。この人物がこの惨事を起こした張本人に間違いないだろう。それにしても、何の意図があってのことだか知らないが、ここは廊下や扉がある教室なのに、何故天井から大袈裟に入ってくる?規格外過ぎるだろうと悠は心の中でツッコミを入れる。

 

「おやおや、天井とモニターが粉々に…一体どなたがこんなことを」

 

困った顔をして破壊された天井とモニターの残骸を見る女性。それをやった張本人が自分といった自覚がないのだろうか?それはアンタだよとツッコミたいが悠は何とかその言葉を飲み込んだ。しかし、

 

「へ、変な人だ!」

 

悠の代わりに穂乃果がその女性を見てそう叫んでしまう。それに反応した女性はやっとこちらに気づいて、小首をかしげた。

 

「おやおや、これは失礼しました。人が居るとはめんつゆ知らず……」

 

「「「め、めんつゆ?」」」

 

女性が発したそぐわない言葉に3人は思わず聞き返してしまう。

 

「そばつゆ?……おつゆ?…………まあ、とにかくそんな感じで御座います」

 

「いや、どんな感じですか………」

 

出会い頭に意味不明なことを連発する女性。これには穂乃果のみならず、風花も訳が分からず困惑した。一体この女性は何者なのだろうか?しかし、悠はこの人物の服装を見てもしやと思った。特徴的な群青色の服に、特徴的な銀髪に黄金色の瞳。雰囲気は違えど、あのベルベットルームの住人に似ているのだ。悠は単刀直入に質問した。

 

「もしかして…あなたはベルベットルームの?」

 

すると、女性はオーバーに手を口に当ててこんなことを言ってきた。

 

「まあっ!これが世に言う"ナンパ"で御座いましょうか?外見のみで異性を判断して声をかけ、その内面が己の推察通りかどうかに賭ける、禁断の儀式……そちらに別の女性がいらっしゃるのに、なんと大胆な御仁で御座いましょう」

 

突然なんて勘違いをしてくるんだ。見ると、穂乃果と風花はこの女性の言葉を真に受けて、シラ~と効果音が付きそうな目でこちらを見ていた。

 

「鳴上先輩……こんな状況でナンパはないよ」

 

「鳴上くん………」

 

「いやいや!ナンパじゃなくて、俺の知り合い……マーガレットに似ていたから」

 

確かに傍から見れば、悠がこの少女をナンパしているように見えるかもしれないが、それは大きな誤解である。

 

「マーガレット?…………………では、貴方様が"鳴上悠"様で御座いますね?」

 

「えっ?俺を知ってるんですか?」

 

「ええ、先ほど姉さまから追いかけられた際に貴方様のことは聞いております」

 

マーガレットが姉様?ということは、この女性はマーガレットが以前語っていた『妹』なのだろうか?確かにみれば、少し顔立ちが似ている気がする。それに、追いかけられたときとは、一体どんな…

 

 

「姉様の()()()()()()()方と」

 

 

「とんでもない誤解だ!!」

 

マーガレットはこの人になんて誤解を招くことを言ったんだ。確かに稲羽から東京に帰る際、そんなことを言っていた気がするが、言い方というものがあるだろう。もしかしたら、この人の誇張表現かもしれないが、それは姉同様である。後ろを振り返ってみると、そこにはもうすでにごみを見るかのような目で悠を見ている穂乃果と風花がいる。とりあえず、この女性とコミュニケーションを取る前にあの2人の誤解を解くのが先のようだった。

 

ーto be continuded




Next Chapter

「期待がマッハ加速で御座います」

「これで正気なのか……」

「鳴上くん!?」

「来て!ペルソナ!!」

「一人追加だな」

「彼女の真名は…………」


「ドロー、ペルソナカード」


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#30「The way of the truth ➁」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。


今週は色々大変でした。部活の山合宿で野原を走り回り、車校の卒検を危なげながらも突破し、増え続ける課題をこなし………すったもんだありましたが、休日は丸一日暇だったので、その時間を利用して何とか書き上げました。

気づけばもう10月で今年もあと少し終わりですね。10月と言えば自分は食欲と運動の秋としていますが、皆さんはどんな秋をお過ごしでしょう。この時期は梨やリンゴなどの果物などが美味しすぎてつい食べ過ぎてしまう……気をつけよう。

それはさておき、
新たにお気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方、アドバイスやご意見をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

これからも皆さまが面白いと感じてくれる作品を目指して精進して行きますので、応援よろしくお願いします。

今回はあの人物が…………それでは、本編をどうぞ!


~悠と穂乃果が去ってから数分後~

 

 

「なに…これ………」

 

 

悠と穂乃果を元気よく見送った千枝は今、危機に瀕していた。何か重力で押されているような感覚だ。その証拠に体が重く、思うように動かない。気を抜いたら潰される。一体どうなっているのかと思っていると、頭上から誰かの声が聞こえてきた。

 

 

「ギャハハハハッ、たいしたことねえな」

 

 

見ると、そこには千枝を笑いながら見下す少年がいた。赤髪に顔にバツ印の刀傷、腰には二刀の日本刀と八十神高校の学ランを結んである少年。そして、緋色に光る目をしていた。この人物は一体何者なのか?八十神高校の制服を持っているということは、八高の生徒だろうか?しかし、こんな目立ちそうな装いをしている人物など、学校で見たことがない。それに何より………あの緋色に光る目は嫌な雰囲気を感じさせた。まるで、全てを飲み込むブラックホールのような感覚……そう思っていると……

 

「チッ………あ~あ、やっぱりペルソナ使いをこの力で操れるまでは行かねえか…………さっきの犬やカマトト、ムッツリたちもそうだったからなぁ」

 

さらっとそんなことをぼやく少年。おそらく千枝と戦う前に誰かにその力を試したのだろう。ただ、彼の言う『犬』・『カマトト』・『ムッツリ』が誰なのかは千枝には分からなかった。だが、一つだけ分かったことがある。こいつは自分の仲間を傷つけた。人一倍仲間想いの千枝はその事実が分かった途端、思わず歯軋りを立ててしまう。それに気づいた少年はニヤリと邪悪な笑みを浮かべてこう言った。

 

「ったく、な~にが頼りにしてるよ?だよ!お前はただ一人になるのが、怖いだけだろ?この自慢傲慢欺瞞ヤローが!お前なんてただ便利に使われてるだけだっつ~の!」

 

「!!っ」

 

「あと、我らがリーダーだっけ?お前らがやってるのは寒~いトモダチゴッコだろ?本当はもうあのリーダーに良い様に扱われるのはコリゴリだとおもってんじゃねえの?もう()()()()()()()っつってな?ハハハハハッ」

 

千枝の心をえぐるような悪口。さっきまでの悠とのやり取りを知っているということは、近くで見ていたのだろう。今すぐにこいつの顔面に靴跡を入れたいが、何かの力で地面に這いつくばることしかできない自分にはそれが出来ない。こいつは自分たちを否定している。まるで去年の足立のように。しかし、

 

 

「………………………」

 

 

改めてその少年を見たが、ふと噴き出た怒りが冷めた。改めて千枝が感じたのはただの憐み。自分たちをバカにしてくるこの少年は何故か寂しくしているように見えて、可哀想と思ってしまった。そんな千枝の反応が気に食わなかったのか、少年は突然顔を歪め不機嫌そうな声を出す。

 

 

「何だよ………………つまんねえ……つまんねえつまんねえつまんねえ!!!僕をそんな目で見るな!!」

 

 

少年は大声でそう言ったかと思いきや、突然近くの影を思いっきり蹴り飛ばした。勢いよく壁を蹴った音が廊下に木霊する。

 

「ッざけんなよ!!ゴミカス共が!!鳴上のせいでアレは集まんねえし!足立の野郎はどこ行ったか分かんねえし!ッざけんな!!コンチキショーがっ!!」

 

突然人が変わったように荒れ狂う少年。もはやそれは狂気としか言いようがないほどの狂いっぷりだった。しかし、千枝はこの少年の口から悠と足立の名前が出てきたことに違和感を覚えた。まさかこの少年が足立の言っていたもう一人の黒幕なのか?足立の話ではこの少年に頼まれてこの事件関わっているということになるが、どうやら関係は上手くいっていない様子だった。いや、それ以上に気になることがある。悠のせいでアレが集まらない?どういうことなのかと思っていると、荒れていた少年が急に大人しくなった。そして……

 

 

「もういいや………ここで一人死んだって、構わねえだろ」

 

 

少年のその言葉に千枝は背筋が凍った。この少年、まさか自分を殺すつもりなのか?そう思った刹那、少年は刀を抜刀して、その刃を千枝の頭に向けた。この少年、本気で千枝を殺す気である。それを直感した千枝の冷や汗が止まらない。そんな千枝に構わず、少年は無慈悲にこう告げた。

 

 

 

「じゃあな、肉女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<とある教室>

 

「そういうことだから、分かってくれたか?」

 

エリザベスから発せられた言葉の誤解を解くために、持ち前の【言霊遣い】級の伝達力で穂乃果と風花を説得した悠。悠の伝達力のお陰か2人とも、何故か安堵した顔で納得していた。

 

「良かった。もし鳴上くんが女の人に乱暴する子だったらどうしようって思ってたの」

 

「あの…山岸さん………俺はそこまで言ってませんけど………」

 

先ほどのの爆弾発言で自分は風花にどのようなイメージで見られていたのか気になる。おそらく良くないイメージだと言うのは察しがついたので、少し傷ついた。そして、今度は穂乃果がこんなことを言ってきた。

 

「よかった~。これ本当だったら、ことりちゃんに告げ口してたところだよ」

 

「いや………それは勘弁してくれ………」

 

ことりに知られたら怒られるどころではないと思う。どんな形にしろ説得は成功のようだ。この誤解を生みだした張本人の方をチラッと見ると、悠の慌てようがおかしかったのかクスクスと笑っていた。何というか、その姿はからかってくる希みたいで怒りたくても怒れないというところが悩ましい。

 

「おやっ?どうやら話は終わったご様子。これで話を進めることが出来るかと存じます」

 

いや、それもこれもあなたが余計な発言をしたせいだろうというツッコミを喉に押し込んで、悠は彼女の話に耳を傾ける。とりあえず、あの女性は自分のことを知っているようだし、情報を引き出さなくては。

 

 

「では、まず自己紹介から。私の名は【エリザベス】。あなたの推測通り、ベルベットルームの元住人。絶賛()()()()()でございます」

 

 

彼女…もとい、エリザベスの言葉に悠はやっぱりかと思った。エレベーターガールを彷彿とさせる群青色の服装に、マーガレットと同じ黄金色の瞳、顔立ちからしてベルベットルームの住人だと思っていた。ただ、マーガレットと違ってエリザベスは顔が意外に幼く見えたので、もしかしたら自分より年下なのではないかと悠は思った。その横顔は達観した哲学者のように、はたまた穂乃果が見せる無邪気さを感じさせる。ただ……

 

「絶賛職務放棄中………」

 

「そんなこと堂々と言えるって…ある意味すごいよね……」

 

この予想もつかない発言を連発する奇抜さのせいでどうコミュニケーションを取ったらいいのか分からない。どうやらベルベットルームの住人にもマーガレットのような厳かな雰囲気の人もいれば、エリザベスのように自由奔放なタイプの人間も居るらしい。おそらくこのエリザベスが担当になった客人はかなりエリザベスの相手に苦労しただろう。自分はマーガレットで本当に良かったなと心の底から思った。

 

「私、元はベルベットルームの住人でしたが、訳あって職務を放棄し旅に出ておりました。その道中、並々ならぬ強い力のぶつかり合いを感じ、私はこの激ヤバ赤マル要チェケラスポットに降り立ったのでございます」

 

「げ、激ヤバ赤?」

 

「まあ、それがこんな辺鄙な場所とは思いませんでしたが」

 

テレビの中まで辺鄙と言われると少し複雑な気持ちになった。八十稲羽は確かに田舎だが、そんな悪いところではない。エリザベスの失礼な発言に悠は少し神経を逆撫でされたが、悠は何とか落ち着いてエリザベスの話に再び耳を傾ける。

 

「そして、すわ何事かと来てみれば………………何にもなく、なん・たる・ガッ・カリでございます」

 

「…………………」

 

「な、鳴上先輩!落ち着いて!!日本刀を抜刀しようとしないで!!」

 

さらっと失礼を上乗せするエリザベス。彼女の更なる発言に悠は青筋を浮かべていたが、穂乃果と風花が慌てて止めに入った。自由過ぎる振る舞いや発言に穂乃果や風花、果ては悠も困惑する。去年、稲羽で様々な人と知り合って絆を結び、人付き合いには慣れたつもりだったが、エリザベスのようなタイプはどうも勝手が分からない。流石の悠もこの感じを乗りこなすのはオフロード過ぎる。そう思っていると、エリザベスは突然目に真摯な意思を宿した光を宿してこんなことを言ってきた。

 

「しかし、その言葉は撤回しなければなりません。幸運にも私は今、"ワイルド"の力を持つあなたと巡り会えたのですから」

 

「「"ワイルド"?」」

 

"ワイルド"という言葉の意味が分からない穂乃果と風花を思わず復唱して首を傾げる。しかし、悠にはその言葉に聞き覚えがある。本来ペルソナは一人一体という原則を無視して、複数のペルソナを扱える特別な力だと悠はマーガレットとイゴールから聞いている。

 

「私にはある願いがございます。しかし、並大抵のことでは叶えられないものなのですが………"ワイルド"、その力にこそ、私の願いを叶える為のつっかけがある気がしたのでございます」

 

「つっかけ?」

 

「ぶっかけ………?とっかえひっかえ……………?まあそんな感じでございます」

 

「いや……言葉遣いがどうかとおもいますよ……」

 

相変わらずの自由な発言だが、その言葉に真剣さが伝わってくる。それに、エリザベスの話を総合するとこういうことだろう。自分にはどうしても叶えたい願いがあるが、今まで色々な方法を試してもどれも失敗に終わった。そしてマーガレット曰く禁則であるが、その願いを叶える術を見つけるためにベルベットルームから飛び出して旅に出た。その道中、唯一のカギとしてその願い事に【ワイルド】の力が関係していると考えた。そして、先ほど彼女が言っていた『並々ならぬ力のぶつかり合い』…おそらくこのP-1グランプリのことだろうが、そこに【ワイルド】の力を秘めている者の気配を察してこの世界に立ち入ったと。悠がそう考察を立てていると、エリザベスが脈録もなくこんなことを宣ってきた。

 

 

 

 

「というわけで、鳴上様。私とお手合わせ願えないでしょうか?」

 

 

 

 

「「「はっ?」」」

 

突然何を言い出すのかと思いきや、お手合わせ?突然そう言われても困る。エリザベスはやる気満々のようだが、悠にとっては迷惑も良いところだ。早く放送室に居るりせやことり、菜々子を救出に向かわなくてはならないのに。

 

「いや、俺たちそんなことしてる暇は…」

 

「私、正直ワクワクしております。期待がマッハ加速でございます。有り体に申し上げれば、私は貴方の中に眠る”可能性”を見せていただきたいのです」

 

「いや…俺、やるとは言ってないんですけど………」

 

こっちが決闘を断ろうとすると、エリザベスはもうやつこと前提に話を進めていく。こちらの意見など不要と言わんばかりの乱暴っぷりである。もしやあのクマの仕業かと思い、悠は一応確認を取ることにした。

 

「あの…一応聞いておきますけど、俺の言葉通じてます?あのクマの能力で惑わされているとか……」

 

 

「あのような小細工、おととい来やがるべきでございます!!」

 

 

エリザベスは決め顔でそう言った。言葉遣いはアレだが、どうやらニセクマに惑わされているということはなさそうだ。

 

「こ、これで正気なのか…ある意味すごいな」

 

こうなると彼女のことが逆に心配になってくる。何か色々と問題のある妹を見ているような気分になって、マーガレットが心配になるのも当然だなと思った。自分にも妹は2人いるが………

 

 

「な、鳴上先輩!前っ!!」

 

「えっ?」

 

 

 

 

ガキンッ

 

 

妹のことに思考を巡らせている最中に穂乃果のそんな声が耳に入ってきたので反応すると、悠の目の前に何かが飛んできたので反射的に日本刀で防いだ。何とか防ぎ、飛んできた物体を見てみると、それは数枚のタロットカードだった。エリザベスは手に持っていた本…おそらくペルソナ全書を開いており、先ほどとは売って変わって戦闘モードに入っていた。

 

 

「鳴上様、もう既に戦闘は始まっています。手加減はいたしません」

 

 

「!!っ」

 

刹那、これまでの陽介や雪子、千枝との戦いがまるで戯れであったと感じさせるほどの信じ難い苛烈なプレッシャーが悠の全身の肌をビリビリと苛めた。この感覚に悠は見覚えがあった。これは去年、マーガレットと戦いになったときと同じだった。やはりそこは元とはいえベルベットルームの住人であるのか、覇気が半端ではない。これは生半可な気持ちでかかったらやられる。悠はそう再認識すると、マリーの日本刀を抜刀する。

 

「「鳴上先輩(くん)!?」」

 

その行動に穂乃果と風花は慌てるが、エリザベスは既にやる気だ。どういうことかは分からないが、戦わなくてはこちらがやられる。悠は気持ちを切り替えて戦闘態勢に入った。

 

 

「私、エレベーターガールを務めていた身でございますが、幾つか荒事の心得もございます。どうぞ殺すつもりでおいで下さいませ。ドロー、ペルソナカード!」

 

 

悠の様子を見たエリザベスは今の表情に似合わない恐ろしい警告すると、一枚のタロットカードを顕現する。そのカードのイラストは【死神】。エリザベスはそのカードを手に持ち、ペルソナ全書を開く。

 

 

 

ーカッー

【タナトス】!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウオオオオオオォォォ

 

 

 

 

 

 

 

エリザベスがタロットカードを砕いた瞬間、耳を塞ぎたくなる雄叫びと共にペルソナが召喚された。そのペルソナは無数の棺桶を鎖で繋いだオブジェを背負い、飾り気のない一振りの刀を構える処刑人のような出で立ちをしており、顔には鳥か獣の頭蓋骨を模したような無機質な仮面を付けている。 そして、普通のペルソナには無い異様な気迫も感じられた。

 

 

(あれは……ヤバい……!!)

 

 

そう思った悠はプレッシャーに負けないように自身も【愚者】のタロットカードを発現させて砕いた。

 

 

 

ーカッー

【イザナギ】!!

 

 

 

イザナギを召喚し、颯爽とタナトスと激突した。剣を交えて分かったのは、あのタナトスというペルソナは見た目によらず相当力のあるペルソナだということだ。一撃一撃が気を抜いたら負けると思えるほど重い。武器は飾り気のない無銘の剣のはずなのに、大剣を持つイザナギに競り勝っている。

 

 

ウオオオオオオォォォ

 

 

更には規則性の読めないでたらめな攻撃。それはとある作品風に言うならば、まさに狂戦士(バーサーカー)。それを平気で使役しているエリザベスの涼し気な表情が恐ろしく見える。そして、タナトスのデタラメな攻撃に打ち負けてしまい、イザナギは虚しくも押し飛ばされた。フィードバックでその反動は悠にも返ってきたが、何とか踏ん張って踏み止まる。踏み止まった悠は改めて、こちらを涼し気な表情で見るエリザベスを一瞥した。彼女が何故こんな強引に戦いを仕掛けてきたのかは分からない。元ベルベットルームの住人であるので簡単に勝てる気はしないが、それでも立ち塞がるのであれば戦うしかない。そう思った悠は、イザナギをタロットカードに戻した。

 

「何はともあれ………全力で行かせてもらう!【ジークフリード】」

 

そう言って悠はペルソナを【ジークフリード】へチェンジする。そして、ジークフリードに大剣を握り直させると再びタナトスとの剣戟へ身を投じた。その様子を見たエリザベスは嬉しそうに微笑んだ。

 

「やはり鳴上様も数多くのペルソナを所持していられるご様子………これは楽しめそうでございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風花はエリザベスが召喚したペルソナ【タナトス】を見て、驚きを隠せなかった。それはあの狂気とも言える戦いっぷりに恐怖を抱いたというのもあるが、何を隠そうあのタナトスは風花の知っている人物がかつて使役していたペルソナと同じだったからだ。何故エリザベスがあの人物のペルソナを使役しているのか。だが、今はそれを気にしてる場合じゃない。悠があの人物と同じく複数のペルソナを使役できるのにも驚いたが、自分の能力で測定したエリザベスの戦闘力は()()()()。今の悠では絶対に太刀打ちできないだろう。しかし、そんな圧倒的に不利なこの状況でも、悠は諦めるような素振りは見せず、あのタナトスに立ち向かう。その姿があの人物と重なって見えて、風花は自然と胸が熱くなるのを感じた。

 

「鳴上先輩………………頑張って!!ファイトだよ!!」

 

そんな悠を穂乃果は元気よく鼓舞する。本当は彼女も怖いはずなのに、今自分に出来ることを精一杯やっているのだ。しかし、戦力の差は歴然に等しいのでこのままでは悠は負けてしまう。ならば、微力であっても自分が彼のサポートをするしかない。それに……また()()()のように、何もしないまま知り合いが消えていくのは真っ平ごめんだ。

 

「穂乃果ちゃん!」

 

風花は意を決して、悠の応援に必死になっている穂乃果を自分の方へ引き寄せる。穂乃果は風花の突然の行動に思考が追い付かず慌ててしまった。

 

「えっ?えっ?風花さん?」

 

「良い!?絶対私から離れないでね!!」

 

「は、はいー!!」

 

先ほどの穏やかな雰囲気とは違い、戦いに赴く厳かな雰囲気の風花に穂乃果はびっくりして言われるがままにするしかなかった。風花は穂乃果のことを確認すると、悠の方を向いた。本来自分のペルソナ召喚には()()()()が必要なのだが、この世界は自分たちペルソナ使いにとって環境が良いのか、アレがなくても問題なく召喚できるようだ。風花はそれを確認すると、祈るように手を合わせて意識を集中する。そして…

 

 

 

ーカッー

ペルソナ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキンッ!ガキンッ!

 

タナトスとジークフリードの剣戟は熾烈を極めていた。ただ最初イザナギを使っていた時よりかは上手く立ち回れているのだが、徐々に押され始めてきている。何か手はないものかと考えていると、

 

 

 

『鳴上くん!疾風属性の攻撃が来るよ!!』

 

 

 

「えっ………?山岸さん?」

 

突然頭に響くように風花の声が聞こえてきた。何事かと思って辺りを見渡そうとすると、すぐに風花の叱責の声がした。

 

『良いから!疾風属性に耐性のあるペルソナを出して!早く!!』

 

「ちぇ、チェンジ!!【ハリティー】!!」

 

風花の叱責に若干驚きながらも、言われるがまま悠はペルソナを疾風耐性のあるハリティーにチェンジした。刹那、ハリティーに疾風属性の攻撃が直撃する。幸い間一髪ハリティーにチェンジできたので、ダメージはさほどでもなかった。しかし、先ほどの風花の声が聞こえた感覚がりせのサポート時のものと酷似していたので、思わず風花の方を見てみる。

 

「これは……ペルソナなのか?」

 

そこにはペルソナが居た。思わず見惚れてしまう蝶のような羽に紅色のドレスを着こなした女性の姿をしている。そしてその下半身の透明な空間に風花と穂乃果が居る。もしかして、これが風花のペルソナなのか。

 

『これが私のペルソナ【ユノ】。さっき言った通り戦闘タイプじゃないけど、全力で鳴上くんをサポートするよ!穂乃果ちゃんも私と一緒に居るから、気にせず全力で戦って!』

 

「は、はいっ!!」

 

『鳴上先輩、頑張って!!穂乃果と風花さんがついてるから!』

 

何はともあれ、サポート役が居るのはとても心強い。去年りせのサポートでどれだけ助かったのかを思い出すと、先ほどと違って気が楽になった。強力なバックアップを得た悠は果敢にタナトスに攻め込んだ。まずはハリティーの氷結魔法でタナトスを凍らすことを試してみる。だが、攻撃は受けたものの、すぐにそれは破壊され、逆にカウンターを繰り出してくる。すると、風花からの通信が入る。

 

『次!火炎属性、来ます!』

 

「ッ!【ジャックランタン】!」

 

風花の通信と同時にペルソナをジャックランタンにチェンジ。瞬間、タナトスの火炎攻撃がジャックランタンを襲った。今度は違う属性の魔法を仕掛けてきたので悠は思わず困惑する。

 

「な、何なんだ…あのペルソナは………違う属性の魔法を次々と………」

 

『私も分からない……あの人が使ってた時と違う………って、氷結属性!』

 

「【ヤマタノオロチ】!!」

 

 

次々と休む暇もなく違う魔法攻撃と物理攻撃を仕掛けてくるタナトス。風花のサポートもあってか危なげながらも防げてはいるが、そう長くは持たないだろう。去年ならまだしも、現在は呪いのせいでペルソナのストックがあまりないので、いずれやられる。あのタナトスというペルソナはどれだけチートなのだろうと悠は思った。それに剣戟から違う種類の魔法攻撃に切り替えてくるとは……何といやらしい攻撃をしてくるのだろう。それに、まだあのエリザベスは全力を出してないのか余裕といった表情をしている。風花がサポートしてくれているのに、このまま防戦してばかりではいられない。

 

「山岸さん、あのペルソナの弱点は分かりますか?」

 

『えっ…?うん、あのペルソナは光属性が弱点だけど…鳴上くん、光属性のペルソナは持ってるの?』

 

「……いえ、ありません」

 

残念ながら現在所持しているペルソナで光属性の攻撃ができるペルソナを持っていない。強いて言えば、()()()()()()()()()()()()()が2つある。花陽とにことの絆で解放された【星】と【戦車】のアルカナだが、何が出てくるかは分からない。しかし、その迷いが仇となる。

 

 

『な、鳴上くん!そこから離れて!!』

 

 

「えっ?」

 

解放していないアルカナを解放するべきかと悩んでいたせいか、風花の突然の警告に反応が遅れてしまった。何か嫌な予感を感じたので、その場を離れようとするが、もう遅かった。既に悠の周りは無数のタロットカードに囲まれていた。

 

「迷いは禁物でございます」

 

エリザベスがそう言って指をパチンと鳴らした瞬間、タロットカードから無数の衝撃が悠を襲った。悠は何が起こったのか理解できぬまま、フィードバックで力の奔流に巻き込まれて木の葉のように舞っていた。上下の認識がままならない中、地面が急激に近づいてきて全身を打ち捉える。

 

『『鳴上先輩(くん)!!』』

 

地面に叩きつけられた悠に心配の声を上げる穂乃果と風花。悠は起き上がろうとするが、立ち上がることが出来なかった。どうやらあの瞬間、急所を数多く攻撃されたらしく痛みで身体が思うように動かない。段々意識が遠くなっていく。このままではまずいと思い、首をエリザベスの方へ向けたが、そこには彼女はいなかった。

 

 

「そろそろ終焉と参りましょう」

 

 

すると、彼女は声が頭上から聞こえてきた。まさかと思い、風花と穂乃果が上を見上げると、そこにはタナトスを後ろに従えて宙に浮いているエリザベスがいた。人が宙に浮くという現実ではありえない現象を目のあたりにして、2人は思わず絶句してしまう。そんな2人は放っておいて、エリザベスは指を鳴らしたと同時に、タナトスは両手を上げてそこに白いエネルギーを集めていく。それは徐々に大きくなっていきそこら一帯を覆いつくす大きさまでになる。風花と穂乃果はその大きさとただならぬエネルギーの強さに畏怖してしまい、声を出すことが出来なくなっていた。そして、エリザベスは無慈悲にこう告げた。

 

 

 

「メギドラオンでございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地面に叩きつけられた悠は薄れゆく意識の中で、ある光景が目に浮かんでいた。それは去年、陽介たち【特捜隊】と過ごした日常の風景だった。ジュネスで買い食いしてフードコートで雑談している場面だろう。陽介が千枝にビフテキを奢らさせて文句を言っていたり、雪子が何故かツボに入ったのかそれを見て大笑いしていたり、完二とりせがつまらないことで喧嘩したり、それを直斗と苦笑いしながら傍観したり、クマが菜々子と遊んでいたり………………まるで走馬燈のようじゃないか。ああそうか、ここで自分は終わりなのかと悠は感じた。

 

 

 

 

 

「……くーん」

「………ぱ~い」

 

 

 

 

 

 

(あれ……?)

 

だが、それは誰かの小さくとも響く声によって遮られた。そして、よくよく見てみると、その光景に違和感がある。何がおかしいのかと思って見ると、その光景には【特捜隊】だけでなく、穂乃果たち【μ‘s】も居た。

 

(えっ……?)

 

さらっと千枝に便乗して陽介に何か奢らせようとする穂乃果と凛、そんな2人に陽介の苦労も考えろと諭す海未。りせと一緒に完二を睨むにこに、喧嘩を仲裁しようとする花陽。直斗と一緒にそれの光景にあきれると同時に羨ましそうに傍観する真姫。そして、クマと一緒に菜々子と遊ぶことりの姿があった。さらに奥を見ると、悠を見つけて手を振っている雛乃、悠にニコニコした笑顔を見せる希に、気まずそうに目を逸らす絵里もいる。

 

これはどういうことだ?何故穂乃果たちがこの走馬燈の中にいるのだろう……去年彼女たちと知り合ってないはずなのに…………

 

 

 

 

(………そうだったな)

 

 

 

 

 

悠は再認識した。これは走馬燈ではない。悠が望んでいた光景、本来あるはずだったGWのワンシーンだ。今現実はどれほど時間が経っているだろう。まだ一日しか経ってないかもしれないし、もうGWは終わっているかもしれない。しかし、例えそうだったとしても、悠の目的は変わらない。

 

 

(高坂が教えてくれたじゃないか……絶対みんなで現実に帰って……八十稲羽をまわるって………そのためにも…()()()()()()()()!!!)

 

 

自分はまだ負けられない。まだやり残したことがあるのに、このまま終われるはずがない。悠は残った力を振り絞るように心の底から叫んだ。

 

 

 

 

 

 

イザナギ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

!!っ

 

エリザベスがメギドラオンを放とうとした瞬間、右手に激痛が走った。あまりの痛みに思わず顔を歪めてしまい、手にしていたペルソナ全書から手を離してしまう。何事かと見てみると、そこには信じられない光景があった。メギドラオンを放とうとしたタナトスの右手に大剣が突き刺さっている。それをやった張本人はあろうことか、いつの間にか召喚されていた悠のペルソナ【イザナギ】だった。

 

 

 

ウオオオオオオォォォウオオオオオオォォォ

 

 

 

タナトスはあまりの激痛にメギドラオンを解除して暴れ回る。散々空中で暴れまくったタナトスはついに地面にひれ伏してしまった。それと同時に、悠の限界が来たのかイザナギはタロットカードに戻ってしまった。

 

(一体……何が……………これは…………)

 

右手の痛みを回復魔法で癒しながらエリザベスは一体何が起こったのかと困惑したが、その答えはエリザベスの目の前にあった。今の悠はフラフラになりながらも日本刀で身体を支えている状態である。だが、エリザベスの目には彼が大勢の人間に支えられているように見えているのだ。

 

ヘッドフォンを首に付けている少年や緑色ジャージと赤色のガウンを身に着けた少女たち、如何にも不良といった感じの少年やアイドルや探偵を感じさせる雰囲気を持つ少女たち、クマの着ぐるみ。そして彼らと違う制服の7人の少女たち。推測するに、彼らは悠の仲間だろう。エリザベスには聞こえないが、彼らは倒れそうな悠に励ましの言葉をかけているのが分かる。頑張れ、俺たち私たちがついているからと。そして、悠は彼らの言葉に応じるかのように頷き、エリザベスの方に目を向ける。

 

悠から向けられた瞳にエリザベスは思わず慄いてしまった。自分はまだまだ本気を出しておらず余裕なのに対して、彼は立てるかどうかも怪しいくらい衰弱している。こんな圧倒的に不利な状態でも、彼の瞳はこう語っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対に勝つ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦い前の会話からして普段は物静かでクールな雰囲気を持っていそうな彼のものとは思えない、確固たる意志を感じる。久しぶりに鳥肌が立ってしまった。この感覚を感じたのは実に数年ぶりだろう。おそらくあの人物と対峙した時と同じ、いやそれ以上のものだった。エリザベスは少し呆然としてしまったが、彼女は悟った。

 

 

(これが彼に眠る"ワイルド"の…いえ……()()()()()()………………お見事)

 

 

そしてエリザベスは悠の隠れた力に満足したのか、ニンマリと口元に笑みを浮かべてタナトスをタロットカードに戻してペルソナ全書を閉じた。それと同時に、戦いの終わりを告げるかのように悠の身体は地面に吸い寄せられるように倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「えっ?」」

 

風花と穂乃果はエリザベスが取った行動の意味が分からず、困惑していた。とりあえず、もう戦闘を継続する気配はなさそうなので、風花は自身のペルソナをしまい、穂乃果と一緒にボロボロの悠に駆け寄った。見ると、悠はもう立つのは困難というくらいのダメージを負っていた。それにも関わらず、最後にあのタナトスに渾身の一撃を与えられたのは驚きだ。改めてエリザベスの方を見ると、彼女はこちらを見て満悦な笑顔を浮かべていた。

 

 

「ふふふ……感服致しました。まさかこれほどのチカラを持つ者があの方以外にも居らしたとは……流石は姉上が認める御仁でございます」

 

 

エリザベスはそう言葉を切ると、自分の中で何かを整理するように幾度となく頷いて見せた。その表情はまるで忘れていた愉悦を思い出したかのような感じだった。やがて、彼女は己の中で整理がついたのか再びペルソナ全書を開き、ボロボロな悠に温かい光を包ませた。温かい光に包まれると、傷ついていた悠の身体が癒えてく。光が消えると悠の身体はエリザベスとの戦闘前と同じ…いやそれ以上に回復していた。

 

「……これは……」

 

「鳴上先輩!!」

 

悠が元気を取り戻した瞬間、穂乃果は歓喜余って悠に抱き着いた。

 

「こっ、高坂…」

 

「良かった…良かったよ~~~~!!鳴上ぜんばーい!!」

 

今まで以上に泣きじゃくる穂乃果。ここまで泣かれたら、また心配をかけてしまったと申し訳なくなってくる。もう無茶はしないと言ったはずなのに、これでは先輩失格だ。それに、意識が朦朧としていた中での渾身の一撃を受けてもなおエリザベスはあまり疲れておらず、余裕の表情だったので、完全に自分の負けだった。相手はベルベットルームの住人であるので仕方ないと言えば仕方ないが、少し悔しい。前にマーガレットと渡り合ったこともあって、心の何処かに慢心があったのかもしれない。

 

 

「鳴上様、誠に不思議な方でございます。先ほどの戦いは大変なご迷惑をかけてしまったとはいえ、互いにうらなり……いえ、予想以上に嬉しい収穫があったと存じます」

 

 

「うらなり……?」

 

「すずなり?……おいなり…………?まあとにかく上機嫌でございます」

 

戦いが終わった後ですらエリザベスはこの調子とは。ますます敗北感を感じてしまう。だが、何故かはわからないがそんな悠と穂乃果の様子をエリザベスは羨ましそうに見ていた。その表情は先ほどとは打って変わって、言い方は悪いが如何にも純粋な子供を連想させた。すると、エリザベスは悠を見つめてこんなことを言ってきた。

 

 

「私は先ほど目にしました。あなたを支える数多くの人々との絆を………それに、あなたのチカラはもっと強い"可能性"が秘められていると思われます。私、好奇心をマックス抑えられぬ愛らしい性質でございますので、もっとあなたの"可能性"を……いえあなた自身のことが知りたくなってしまいました。ふふふ♪」

 

 

クスクスと笑うエリザベスの言葉を聞いた途端、悠はエリザベスに対して悪寒を感じてしまった。上手く言えないが、エリザベスの自分を見る目が新しいおもちゃを見つけた子供のような感じだったのだ。また変な人物に目を付けられたなと悠は思う。東京でも、希や菊花など何人かの人物に目を付けられているのでこれ以上は勘弁してほしい。そんなことを思っていると、エリザベスはそんな悠にこんなことを言ってきた。

 

「それでは私はこれで失礼致します。姉上がそろそろ追ってきそうなので、その前にトンズラでございます。一応この辺りに張られていた結界は排除致しましたので、この部屋を出た先の階段を上がれば、鳴上様の目的地はすぐそこでございます」

 

「「えっ?」」

 

さりげなくとんでもない発言をするエリザベス。つまり、あのニセクマが自分たちを放送室に行かせまいとしていた結界とやらを消したということだろう。あまりに突拍子のない発言に驚愕して、どういうことなのか説明を求めようとすると、エリザベスはいつの間にか教室のドアの傍に立っていた。

 

 

「それでは鳴上悠様、ご武運を。きっとあなたなら()()()()()をお救いになられるでしょう。また会える日を楽しみにしております。ベ~ルベルベル♪ベルベット~♪♪わ~が~あるじ~♪ながいはな~♪♪」

 

 

エリザベスは悠の制止の声も聞かずに、優雅にスキップしながら聞き覚えのある鼻歌と共に廊下の方へと去っていった。最後の最後まで自由な人だなと思う。ただ、あの鼻歌は以前マーガレットが妹とよく一緒に歌っていた唄と聞いていたものだったので、姉との思い出は大切にしているのだなと悠は感じた。それはそれとして、彼女の言葉にあった"あの方"とは一体誰なのだろうか?まさかと思うが……

 

「あれ…?これって、エリザベスさんの落とし物かな?」

 

穂乃果は何か見つけたのか、悠から離れてそれを床から拾った。穂乃果が手に持っているのは綺麗な装飾のついた白金細工の栞だった。おそらく穂乃果の言う通り、これはエリザベスのものなのだろう。返そうにも持ち主であろう彼女はもう去ってしまったので、機会があったら返そうと、とりあえず栞は穂乃果に預けておくことにした。

 

「それはそうと…放送室へ急ぐぞ!高坂」

 

「うん!エリザベスさんが何とかしてくれたみたいだから、早くあのクマさんを何とかしないと」

 

悠と穂乃果は早くこの事件を解決しようとエリザベスの言葉を信じて、教室を飛び出した。目指すはこの騒ぎを引き起こしたニセクマの居る放送室。

 

 

「あっ!ちょっと待って!私を置いてかないで!鳴上くーん!穂乃果ちゃーん!!」

 

 

風花も今のところ、頼れる人物がこの世界に精通しているであろう悠と穂乃果しかいないので、遅れながらも教室を出る。それに勘ではあるが、あの2人について行けば、自分たちの()()()()()に近づけるのではないか。そう思った風花は急いで先へ行ってしまった2人を全力で追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(希)

 

 

……………んっ?今、何か嫌な気配が…

 

「そうなの。悠くん、そんなに多くの人に慕われてたのね」

 

「まぁ…慕われてるというか……って希?どうしたの?」

 

「えっ…?いや、何もあらへんよ。ちょっとぼうっとしてただけや」

 

時刻は昼過ぎ。理事長先生の用事も終わったらしいので、今は鳴上くんたちと合流しようと八十神高校の校門を出て行っている最中やった。結局ウチらの生徒会での交流会は相手側の生徒会長が急病ということで中止になってもうたんやな。まあ、そのお陰で恥ずかしい目にあったりしたけど、鳴上くんのことを色々聞けたから、ウチにとっては役得やったけどな。

 

それはさておき、エリチが理事長先生と話している中、ウチは突然嫌な予感を感じた。何か鳴上くんにまた女の子の気配があったような……それもあるけど、あの学校で何か良くないことが起こるような予感。占いと趣味としてるから、そんなことに敏感なだけかもしれんけど……それを感じた時、私の頭の中に昨日の夜中に映ったあの番組がよぎった。

 

 

 

高校生同士の決死の格闘番組

鋼のシスコン番長

P-1グランプリ

 

 

 

すると、理事長先生が何か思い出したようにこんなことを言い出した。

 

「そういえば、ここの先生たちが興味深い噂話をしてたわね」

 

「噂、ですか?」

 

「何でもね、『夜中の0時に密かに流れてる格闘番組があって、そこで負けた人は翌日死体となって発見される』って言う内容なんだけど。ちょっと物騒よね」

 

「えっ!」

 

「ああ、私もここに来る途中にそんな噂を聞きましたけど、それって根も葉もない噂じゃないですか?去年、この街で奇妙な連続殺人事件があったって話は聞いてますけど………希?」

 

 

理事長先生の話を聞いたウチは思わず八十神高校の校舎を見てしまう。やっぱり何か嫌な予感がする。理事長先生やエリチの言う通り根も葉もない噂話やけど、昨日見てしまったあの番組予告とその噂話が繋がってるように感じてしまう。もしかしたら鳴上くんたちが、それに巻き込まれて…………

 

 

 

 

 

「大丈夫。悠ならきっと帰ってくるから」

 

 

 

 

 

ウチがそう不安に駆られたその時、ふと前から誰かの声が聞こえてきたので振り返ってみる。そこにはウチらと同じ高校生らしい女の子がいた。ショートカットの髪型に青いハンチング帽と手提げ鞄。それにすらっとしたスタイルにオシャレな服装に身を包んだその姿は、ウチや横にいるエリチも見惚れてしまうくらい綺麗やった。

 

「あら、お人形さんみたいで可愛い子ね。あなたも悠くんのお友達なのかしら?」

 

 

ウチらと違って、理事長先生は余裕たっぷりにその女の子に質問していた。今この子悠って鳴上くんのこと下の名前で呼んでたんやけど…もしかして………

 

 

 

「今、悠は大変な目に遭ってるけど、ガッカリーや緑のと赤いの、それにコーハイ?たちがついてるから大丈夫。だから、君たちも悠を信じて待ってて」

 

 

 

「「「えっ?」」」

 

彼女は理事長先生の質問に対してそう返した途端、ウチの視界が真っ白になった。そこから先は覚えてない。

 

 

 

 

 

another view(希)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠と穂乃果は急いで放送室への道を駆け抜ける。迷ってる暇なんてない。早くあのニセクマを何とかしてりせたちを救出しなければ。後ろから待ってと叫ぶ風花の声が聞こえるが、心苦しくもそれを無視して走り続ける。階段を上り切ると、エリザベスが言っていた通り『放送室』と書かれたプレートがある部屋が見えてきた。やっとたどり着いた。これでこのふざけたグランプリに決着をつけられる。悠はそう思って勢いよくその扉を開いた。扉を開けたとき、そこに待ち受けていたのは……

 

 

「ほほーい!センセイのご到着クマ~。それに、ちゃんとおバカな小娘もいるクマね」

 

 

まるでこちらが来るのを待っていたかのように、放送室の椅子に踏ん反り返ってこちらを見ているニセクマ。見た目もモニターで見た姿のままだったので、こいつは間違いなく本物のニセクマだろう。目の前にいるこの事件の元凶であろうニセクマを見て、悠と穂乃果は身構えて、対峙する。

 

 

 

 

いよいよこの事件も終幕へ。その先に待ち受ける真実を求めて、今ここに役者は出そろった。

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「楽しめただろう?P-1グランプリ」

「どういうことだ……」

「ことりちゃんっ!!」

「菜々子っ!!」

「お前は一体何者だ」


フン……ふっふっふっふっふ……………


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#31「The truth of "Labyrinth"」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

先日、やっと自動車免許(MT)を取ることが出来ました。まだ慣れないところはありますが、徐々に練習を積んでいこうかなと思います。ちゃんと交通ルールは守って。

さあ、この間章もついに終盤へ。あと4,5話くらいで終わる予定なので、早く希・絵里編が読みたい方々、もう少し待ってください。

そして、新たにお気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方、アドバイスやご意見をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

皆さまが面白いと感じてくれる作品を目指して精進して行きますので、これからも応援よろしくお願いします。

ついにニセクマの正体が明らかに!?それでは、本編をどうぞ!


another view(??)

 

ウチはこの学校の生徒会長。今年の春の選挙でみんなに選ばれた。だと言うのに……何なんこの記憶は……

 

 

『お前は特別な敵と戦うために造られた兵器だ』

『目標は同型機体全てとの戦闘。そして破壊』

 

 

この人たちは誰や?研究員?それに何言うてはるん?ウチは人間や……それに、何やのこの光景は……散らばる機械の残骸?みんな…人間のような顔をしてる……それを壊してるんは………

 

 

 

 

 

ウチっ?

 

 

 

 

 

ちゃうっ!!こんな過去…こんな記憶……全部嘘やっ!

 

助けて……助けて……誰か助けてっ!!

 

 

another view(??)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<放送室>

 

悠と穂乃果はこの事件の元凶であろうニセクマと対峙している。辺りを見渡すと、ニセクマの傍に気を失っているりせの姿が見受けられた。エリザベスと戦う前での通信のこともあって、何かされてないか心配だったが、外傷は見当たらないので一先ず安心した。しかし、おかしなことに同じく放送室に囚われているであろうことりや菜々子の姿はなかった。

 

「おい、菜々子とことりは何処だ?そして、りせに何をした?」

 

普段の悠からは考えられない冷たい声色でそう問いただしたが、ニセクマは全く動じずに陽気な笑い声を上げて答えた。

 

「ぷぷぷ……どこを見とるとね、センセイ?センセイの大事な大事なナナちゃんとコトリちゃんはそこクマよ~」

 

ニセクマはふとりせが居るのとは反対方向に手を向ける。不審に思ってそこを見ると…

 

 

 

「「お兄ちゃん……」」

 

 

 

「「菜々子(ことりちゃん)っ!!」」

 

そこには菜々子と音ノ木坂学院の制服を着ていることりのの姿があった。囚われたと分かってずっと探していた自分の家族がそこにいた。今すぐにでも駆け寄りたい衝動に駆られて一歩前に出た瞬間、悠は奇妙なことに気づく。いつの間にか菜々子とことりの隣にいた()()()()()()()()()()のだ。さっきまで2人を後押しするように横に立っていたのに、そんなことがあり得るのだろうか?遅れてそのことに気づいた穂乃果は驚きを隠しきれずこんなことまで言ってきた。

 

「これって……ミスディレクション?ってヤツなのかな?凛ちゃんから借りた漫画にのってた…」

 

「それは違うだろ……」

 

それ以上は色々と面倒なことになりそうなので、今はよしておこう。

 

「「お兄ちゃん……………」」

 

ニセクマが姿を消したことに気を取られていた悠に、菜々子とことりから弱々しい声がかかる。悠に助けを求めるようにこちらを見つめる2人は見るからに衰弱して、今にも倒れてしまいそうだった。あのニセクマが急に姿を消したのは気掛かりであるが、今は菜々子とことりの保護が最優先だ。悠は焦る気持ちを抑えきれずに2人に手を伸ばそうとすると、

 

 

「鳴上くんっ!ダメっ!!そこから離れて!!」

 

 

悠たちに遅れて放送室に入ってきた風花が緊迫した声で悠にそう言った。風花の警告に悠は思わず足を止めてしまう。何を言ってるんだ?早く菜々子とことりを保護しなければならないのに。そう思ったが、改めてことりの方を見ると違和感を感じた。何故ことりは持ってきてもない音ノ木坂学院の制服を着ているのか?まさか……

 

 

 

 

「ダメっ!!」

 

 

 

 

まずいと思った瞬間、風花と穂乃果が何か言い始める前に、聞き覚えのある声と同時に横から衝撃が走った。誰かに押し倒されるように転がった悠。転がると、近くで鈍い金属音がしたので何事かと思ってみると、ついさっきまで悠が居た場所には数本の剣が突き刺さっていた。もしもさっきまでそこにいたら、今頃悠は串刺しになっていただろう。それに、いつの間にか弱々しくなっていた菜々子やことりもいなくなっていた。そして、その悠を救ってくれたのは……

 

 

()()()っ!何で…」

 

 

つい先ほどまで、菜々子と悠に助けを求めていたはずのことりだった。それに思わず驚いてしまったが、よくよく見ればこのことりは音ノ木坂学院の制服ではなく八十神高校の制服に身を包んでいた。ことりは顔を上げて悠が無事だったことに安心すると、笑顔を浮かべた。

 

「良かった…お兄ちゃん………うっ…」

 

無理をしていたのか途端に眠るように倒れてしまった。その様子に傍から見ていた穂乃果と風花は驚愕する。

 

「ことりちゃんっ!?さっきまでそこにいたのに……まさかっ」

 

「穂乃果ちゃん、落ち着いて。あの子は本物だよ。さっきあなたたちの前に現れたのは偽者だから」

 

「えっ?」

 

悠にもたれかかって眠ることりを見て、風花はそう断言する。穂乃果は未だに混乱していたが、まさしく風花の言う通りだと悠は思った。流石はサポート系のペルソナを所持していることもあって、あの菜々子とことりが偽者だということは看破していたようだ。この抱き着く感覚や胸辺りにくる柔らかい感触は間違いなく本物のことりだった。こういう事態に不謹慎だが、八高セーラーのことりも中々可愛いと思ってしまった。

 

しかし、今思えば、迂闊だったと自分を責めざる負えない。相手は自分たちの感覚を操ることができる。今までの戦いで陽介や海未たちにやったように。そんなことは分かっていたはずなのに、衰弱している菜々子やことりを目のあたりにして、すっかり心が乱れてしまっただろう。去年事件に菜々子が巻き込まれたことがまだトラウマになっているようなので、我ながら情けない。

 

 

『チッ!あ~あ、もう少しでセンセイをオダブツにできたのに……小娘が邪魔しおって……』

 

 

穂乃果と風花にりせの無事も確認してもらった同時に、不意にニセクマの声が聞こえてきた。振り返ると、そこにニセクマの姿があった。ただ、先ほどとは違って、雰囲気が風花と決闘させられそうになった時に見せた狂気に染まっているものになっている。悠はその姿を目にしたと同時に、日本刀を抜刀する。ちょうどニセクマと穂乃果たちの間に入っている状態なので、これなら穂乃果たちを守り切れる。そう思ったとき、悠の後ろにある放送室のドアが開いた。

 

 

「なっ……どういう状況なん……」

 

「か、会長っ!?」

 

入室してきたのは、先ほどまで姿を晦ましていた生徒会長だった。あの時と違って随分と落ち着きが戻っていたが、ものすごく顔色が悪い。それに、彼女は目の前で展開されている状況と悠とニセクマとの間にあるただならぬ雰囲気にただただ困惑して言葉が出なくなっていた。それに構わず悠は冷たい声でニセクマに問いただした。

 

「お前は一体何者だ?」

 

 

 

 

 

 

 

「フン…ふっふっふっふっふ…………」

 

 

 

 

 

 

 

悠がそう詰問した途端、ニセクマが不気味な声で薄く笑い、周りに異様な雰囲気に包まれた。何事かと思っていると、ニセクマは禍々しいオーラに包まれて、着ぐるみの中から黒い泥のような何かが溢れてきた。それはやがて一つに集まり何かの姿に変えていく。気づけば放送室の雰囲気は変わっていた。どこにでもあるような広いスタジオのような放送室の感じはそこにはなく、空間が禍々しいものを感じる赤い色に染まり、ふと横を見ると、作りかけの人形のようなものが多数ぶら下がっていた。そんな異色な雰囲気と共に、さっきまでニセクマが居た場所には、代わりのものが立っていた。それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我は影……真なる我………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな斧を軽々と手に持って、こちらに不気味な笑みを浮かべてる生徒会長と同じ顔…目を鈍い金色に怪しく光らせているシャドウだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長と同じ顔っ!ってことは、やっぱり」

 

「ああっ、あのニセクマは会長のシャドウだったんだ」

 

やはり推測通り、あのニセクマはこの生徒会長のシャドウだった。その証拠に鈍い金色の瞳以外の見た目は会長そのものである。ただ違うところがある。目にいくのはその体。あれは人間のようだが、四肢の所々に金属部品が露出している。衣装かと考えたが、肉骨格まで露わになった関節はいくつもある。まるで、ロボットのようだった。

 

「ウチと…同じ顔………それにロボットっ?」

 

会長はあのニセクマが自分と同じ姿になったこと、そしてその姿が何故かロボットのようであったことに困惑している。すると、

 

 

ふふふ……あなたの望み通りにしてやったわよ。みんなお互いがおかしくなった幻を見て殴り合った。私はあなたの心の影、ロボットなのはあなたよ

 

 

会長のシャドウ……呼び方を変えてシャドウ会長はそう困惑する会長が可笑しかったのか薄気味悪く笑いながら話かけた。それを聞いた会長は頭を抱えて全力で否定する。

 

「ウチの望み?な…何を言うとるんっ!?それに、ウチは人間やっ!!ロボットなんかやないっ!!ロボットなのはアンタやろっ!!」

 

ふふふ……まだそんなこと言ってるの?ちょっとそこのお姉さん、この"私"に本当のことを教えてあげたら?

 

シャドウ会長は会長の反応を見てクスクスと笑うと、この状況に追いつけなくなっている風花にそう言った。突然そう言われた風花は仰天する。

 

「わ、私っ?」

 

だってあなた、"()()"の人でしょ?だったら知ってるはずよね……"私"の本当の正体を

 

「!!っ」

 

シャドウ会長にそう言われた風花は何か痛いところを突かれたように顔を歪めて黙りこんでしまう。その表情は図星を突かれたようにも見える。

 

「山岸さん、どういうことですか?」

 

悠は風花にどういうことなのかとそう問いただす。会長の正体を風花が知っているということも引っかかるが、それ以上に引っかかったのは"桐条"という言葉。"桐条"とはまさに、悠が直斗の協力を得て調査している企業だからだ。まだ穂乃果たちには言ってないが、特捜隊の仲間である直斗の調査で"桐条"が音ノ木坂学院の事件と関りがある可能性が浮上しているのだ。しかし、風花は悠の問いに黙り込んだままだった。

 

「風花さん?」

 

「……ごめんなさい……私もどう言ったらいいのか………」

 

 

穂乃果の声に反応したが、知っているは知っているがどう言ったらいいのか分からないようだ。そんな風花の態度にしびれを切らしたのかシャドウ会長はウザったそうに吐き捨てた。

 

ハア……だったら、私が代わりに答えてあげる。この"私"の正体をねっ!」

 

「えっ!!」

 

風花は自分の真名を告げようするシャドウ会長を止めようとしたが、シャドウはそんな風花の言葉を無視して高らかに真名を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「"私"の名は【ラビリス】っ!シャドウを殲滅するために"桐条"のクソ野郎どもに造られた対シャドウ兵器よっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い……いや………いやああああああああああああっ!!

 

 

 

 

シャドウ会長が高らかに自身の正体を明かすと同時に、会長がおかしくなったように悲痛の叫び声を上げた。

 

「会長さんっ!!」

 

「お前っ!一体何を…………………えっ!?」

 

悠と穂乃果がシャドウ会長に何をしたのかと問い詰めようとした瞬間、会長の周りを白い煙が包み、会長の身体を覆っていった。そして、白い霧が晴れたと同時に会長の姿は変わっていた。それは、人間の姿ではなく、シャドウと同じ全身に金属部品が剥き出しになっているロボットの姿だった。それには悠たちもだが、会長本人も驚いていた。

 

「うそ……ウチ………人間じゃなかったん……?」

 

自分の目に映る機械仕掛けの腕や身体を見て、真っ青になっている会長。正直信じられないが、シャドウと同じ姿をしているということはこれが会長の本当の姿なのだろう。そして、その正体はシャドウが言った"桐条"が作り出した対シャドウ兵器【ラビリス】。"桐条"と言えばと、悠はふとあることを思い出した。それは、音ノ木坂でにこを救出する前の直斗との会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~にこ救出前~

 

「桐条グループに企業内偵?」

 

『ええ……警察、それも公安直々の依頼です。しばらくは先輩と連絡が取れなくなりそうです』

 

時を遡ること一週間前、音ノ木坂のテレビに落とされたにこを救出する前に直斗からそんな連絡があった。この音ノ木坂の失踪事件に桐条グループが関わってるかもしてないという情報を入手して以来、直斗にその桐条グループを調査してもらっていた。しかし、直斗も色々調査をしてくれたらしいが、あまり有力な情報を掴めなかった。そんな折に警察からの依頼で企業内偵という本格的な調査することになったというので、これは手がかりを掴めるビッグチャンスだ。連絡が取れなくなる前に、直斗はこれまでの調査報告をするためにこうして悠に電話を掛けたということだ。

 

「そもそも、何で公安が直斗にそんな依頼をしたんだ?それなら公安が直々にやればいい話だろうに」

 

『ええ。最初は僕もそう思ったのですが、どうやらこれは()()()()()()()()()が絡んでいるようです』

 

「えっ?」

 

直斗の話によれば、元々桐条グループは警察からシャドウ絡みのことで非合法な研究や非人道的実験などの活動をしているのではないかと目を付けられていたらしい。それが顕著になったのは、12年前に辰巳ポートアイランドで発生した爆発事件だということ。公式では建設工事中のガスの管理ミスが原因とされているが、実際は当時桐条グループが密かに行っていたシャドウを人為的に利用するための実験が暴走したことによるものらしい。

 

「…まさか、その時に現実の町にシャドウが溢れ出たというのか?」

 

『公安はそう考えていますが、確証を得られていません。何しろ、シャドウやペルソナなんてオカルトみたいな話を当時の警察が鵜吞みにしなかったものですから。しかし、もしこれが事実だとしたら……』

 

「……俺が高坂たちと追っている事件は、"桐条"が撒き散らしたシャドウが引き起こしたものかもしれないということか……」

 

公安の調べによると、実際3年前に同じ辰巳ポートアイランドで発生した"集団無気力症事件"も12年前に町に溢れ出たとされるシャドウが引き起こしたものだったらしい。要するに、公安は"桐条"がその事件を含めて裏で非合法な活動をしているのではないかと睨んでいるそうだ。ただ、何か特殊な事情により、そう易々と尻尾を掴むことが出来ない。そこで代々警察からの信頼が厚く、そしてシャドウやペルソナに理解のある直斗にその尻尾を掴んでほしいということだ。

 

静かに直斗の話を聞いた悠だが、思わず溜息をついてしまった。何というか段々話のスケールが大きくなっている気がする。稲羽の連続殺人事件も"テレビの世界"という不可思議なものが絡んでいたので大概だったが、今回はそのテレビの世界に"桐条"というシャドウを研究していたとされる巨大組織まで絡んでいるかもしれないからだ。

 

『ええ………僕はこれから桐条グループに潜入して調査を進めますが、先輩も気を付けてください』

 

「ああ、ありがとう。直斗の気をつけてな」

 

そんな会話を終えて直斗との会話は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この八十稲羽に帰ってきてから、マヨナカテレビが再び映ったり、音ノ木坂で出会った風花と再会したり、マーガレットの妹のエリザベスに遭遇したりと驚くべきことは数々あったが、一番の驚きはこれだろう。まさか自分と直人が密かに追っていた"桐条"に関係するものとこんなところで遭遇するとは。改めて会長…ラビリスを見る。最近人間に近いロボットが造られたなどといったニュースをよく見かけるが、これはその先を行き過ぎているのではなかろうか?体はロボットなのに、まるで心のある人間そのものがそこにいるような感じだ。凛が見たら興奮しそうだなと思いつつ、シャドウの方へ視線を向ける。すると、ラビリスのシャドウはニヤリと笑って喜々と語りだした。

 

ふふ……思い出した?それが"私"の本当の姿よ。それに、そこのダンマリのお姉さんだって知ってるでしょ?"私"は"桐条"にペルソナを扱える兵器として造り出されて、同胞同士で戦わされた。研究のためだとか都合の良いこと言って、"私"たちに命令して互いを破壊させ合ったのよ。友達と呼べた子までもね

 

シャドウラビリスが語ったことに悠たちは息を呑んだ。語られたことの重さにも対してもだが、それを語っているシャドウラビリスの言葉の裏に狂気とも言える怒りを感じた。このシャドウが語ったことに嘘は無いようなので、残念ながら"桐条"がシャドウの研究のために非人道的な実験を行っていたことは事実のようである。すると、シャドウラビリスは蹲るラビリスに近づいて語りかけた。

 

同胞と何度も何度も戦わされて辛かったよね?悲しかったよね?だけど、この気持ちを分かってくれる人なんていなかった。普通に学校に通ってる連中を、自分と同じ目に遭わせたい。それがあなたの望みでしょ?だから『学校』で『格闘大会』ってわけよね?

 

仲間同士でガチで争わせて、この自分の苦しみを分からせたかった。結構苦労したのよ?この感覚を誤認させる力でそれぞれに違う幻覚を見せたり、わざわざ姿を変えていがみ合うように煽ったりね

 

つまり、このシャドウラビリスは自身の能力を持って自分たちに幻覚を見せて戦いを煽っていたのだ。あの実況の煽りせちーもりせ本人ではなくこのシャドウが自分たちに見せていた幻だったのだろう。

 

けど、無駄だった……せっかく仲間同士の醜い戦いが見られると思ってたのに……そこの鳴上くんたちは全然憎みあわなかった…………それどころか更に仲良くなってね……ガッカリしたでしょ?自分の苦しみを分かってもらえなかったんだから

 

シャドウラビリスは悠と穂乃果を見てつまらなさそうにそう吐き捨てると、蹲っているラビリスに顔を近づけて詰め寄った。

 

 

そうっ!"私"は()()()()()!人でもなければどこにも属さないっ!居場所も目的もない"私"の気持ちなんて誰にも分かってもらえないのよ!どうせあなたはただ破壊して破壊されるだけの存在なんだからっ!!

 

 

シャドウの辛辣な言葉に会長…ラビリスは苦しそうに身体を震わせている。それでも、必死にラビリスはそれは嘘だと言葉を振り絞った。

 

「ちゃう……ちゃう……こんなの…ちゃう………ウチはみんなに選ばれた生徒会長で……」

 

みんなっ?そのみんなはどこにいるの?ここには見当たらないわねぇ……だって、みんな"私"の手で壊しちゃったもの………

 

シャドウラビリスはラビリスの言葉に、スタジオに吊るされている人形たちを見てそう返す。まさか、話の流れからして、あれはラビリスがその研究所とやらで壊してきた同胞を表しているのか。そう思うと、背筋が寒くなっていくのを感じる。一体"桐条"はラビリスにどのようなことを強いてきたのだろう。すると、シャドウラビリスは次はこちらを見て、不気味な笑みを浮かべた。

 

そのみんなにはこの子たちも含まれるよね?

 

シャドウラビリスはそう言った瞬間、放送室の大モニターに光が灯る。そこに映し出されたのは……

 

 

「「「なっ…………!?」」」

 

 

3人はモニターに映っているものを見て驚愕した。何故ならそこに映っていたのは、磔にされて苦しそうな表情を浮かべている()()()()だったのだから。

 

「陽介っ!里中っ!それに天城や完二、クマ、直斗」

「う…海未ちゃんに、凛ちゃん?花陽ちゃんや真姫ちゃん……にこ先輩……」

「そんな……桐条さん……真田さん…………アイギスまで」

 

映っているのは先ほど戦った陽介や雪子、千枝だけではなく完二や直斗にクマと言った特捜隊のメンバーに、東京から一緒に来た穂乃果とことり以外の【μ‘s】のメンバー、そして風花の仲間を思わしき女性と男性だった。風花は仲間が磔にされていることにトラウマがあるのか、体が小刻みに震えている。

 

「おい、みんなをどうするつもりだ?もうお前の企みは終わったはずだろ」

 

「そうだよっ!何でこんなことするのっ!?こんなこと……意味がないじゃん!!」

 

仲間が磔にされてキレかけている悠と、同様にこんなことしても意味ないと叫ぶ穂乃果。しかし、シャドウラビリスは2人の反応を見てニヤリと笑い、狂気に満ちた笑顔でとんでもないことを言い出した。

 

意味がない?……そんなことないわ。だってもう同胞と戦わされる苦しみを分かってもらえなかったんなら……あなた達には()()()()()()()を味わってもらわないとねっ!!

 

そんなシャドウラビリスの言葉に悠と穂乃果は絶句してしまう。それはもう自分たちの想像を超えた狂気という言葉では表せない"人間への憎しみ"を感じる。

 

だって、これはそこの"私"が望んでることなのよ。仕方ないじゃない?」

 

シャドウラビリスは何も詫びれることなく肩をすくめてそう言うと、ずっと頭を抱えて黙っていたラビリスが反論するように大声を上げた。

 

 

「ち…ちゃうっ!ウチやないっ!ウチはそんなことを望んでない!!何もしてないっ!壊したのはアンタやっ!!鳴上くんと穂乃果ちゃんの友達を傷つけたんはアンタやっ!!ウチやないウチやないウチやないウチやないっ!!」

 

 

シャドウの言葉に惑わされて、ラビリスは必死に否定の言葉を並べていく。その目は事実を受け入れたくない恐怖心で焦点があっていなかった。この何度も見てきたデジャヴを感じる状況はまずいと悠は直感する。

 

「鳴上先輩、まずいよ!かいちょ…じゃなかった、ラビリスさんがこのままじゃ」

 

会長の様子を見た穂乃果が切羽詰まった声で悠にそう言う。穂乃果も今までのことを思い出したのか悠と考えが同じだったようだ。そうだ、この状況ではいつあの禁句を言ってもおかしくない。

 

「な、何がまずいの?」

 

しかし、風花はこの世界のことを知らないので、何がまずいのかと2人に尋ねる。状況が状況だが、悠は平静を装った声で風花に説明した。

 

「このテレビの世界で出現したシャドウはその人物の心の中にある認めたくない感情が具現化したもの。もし、それを否定したら、シャドウは暴走して本人に成り代わろうと襲ってくるんです」

 

「えっ!?」

 

悠の説明を聞いて、早くラビリスがあの禁句を言おうとするのを止めようとするが、それは遅かった。

 

 

 

 

 

 

「アンタなんか…………ウチやないっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

ラビリスはとうとう耐え切れなくなって禁句を叫んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ……ふふふふ……あははははははははははっ!!これで自由っ!!私はこれで自由よっ!!あははははははははははははははっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

禁句を聞いたシャドウラビリスは今まで以上に高笑いしながら、赤黒いオーラに包まれていく。何度も見てきた光景だが、このラビリスのものは今までとは比べ物にならないくらい恐怖を悠は感じていた。陽介たち特捜隊や海未たちμ‘sたちの時とは違う、怨念に近い概念。そのオーラが消えていった瞬間、背後に守護者のような牛の怪物を顕現したシャドウラビリスは手に持つ斧を振りかぶってラビリスに襲い掛かる。ラビリスは己の影を否定したことにより、気絶してしまい動けない。

 

 

「させないっ!!」

 

 

間一髪のところで、悠がタロットカードを砕いて召喚したイザナギが2人の間に割って入り、シャドウラビリスの攻撃を受け止める。

 

ちっ!?このっ

 

瞬間、イザナギはシャドウラビリスを力で押し飛ばし、放送室の奥まで追いやった。それを狙って、悠は気を失っているラビリスを抱えて、風花と穂乃果の元へ運んだ。

 

「山岸さん、会長…ラビリスと高坂たちをお願いします」

 

「えっ?う、うんっ!」

 

「それと…後で話は聞かせてもらいますからね」

 

「……分かった。気を付けてね。【ユノ】!!」

 

風花は悠の言葉に圧倒されたが、すぐさまユノを召喚し、穂乃果と倒れているりせとことり、ラビリスを保護した。これで心置きなく戦える。そう思った(イザナギ)は、シャドウラビリスに向けて日本刀を構えなおして、暴走したシャドウラビリスと対峙する。吹き飛ばされて、起き上がったシャドウラビリスは立ち塞がる悠を憎々し気に睨みつけていた。

 

何?この私を倒そうっていうの?たかがペルソナを使えるだけの人間風情が私に勝てるはずないじゃない

 

恨みに満ちた声色でそう言うシャドウラビリスに臆することなく、悠は真っすぐな瞳でこう返した。

 

「……俺は言ったはずだぞ。俺たちの絆を踏みにじったり、後輩を巻き込んだ報いを受けてもらうと」

 

ぷぷぷ……あはははははははっ!あなたも大概よね。仲間?絆?そんなものを口にするあなたを見るだけで反吐がでるのよっ!やってしまえっ!!【アステリオス】っ!!」

 

刹那、【アステリオス】と呼ばれた牛の怪物は雄叫びを上げて悠に襲い掛かった。その一振りを受けるのはまずいと判断した悠は間一髪その拳を躱した。だが、その瞬間に衝撃波が発生して悠は後方に吹き飛ばされる。それをイザナギが受け止めてくれたので、大事には至らなかったが、改めてあのシャドウラビリスが顕現したアステリオスの恐ろしさを再確認した。

 

どうっ!これでも引かないつもりっ!?本当は怖くて逃げたいんでしょ!?そんな今日会ったばっかりの赤の他人…いえ、ガラクタなんて見捨てたいんじゃないのっ!?

 

「…………………………」

 

悠の様子を見たシャドウラビリスは高らかに悠を嘲笑う。しかし、悠はそんなシャドウラビリスを気にすることなく、地面に降り立ち、静かに日本刀を構えなおしてシャドウラビリスを睨み返した。

 

 

「確かに俺は何も知らない。"桐条"がラビリスにどんな酷いことを強いてきたのか、どんな辛い思いをしてきたのか。だが、どんなことであれラビリスはこの世界に落とされた被害者だ。俺たち特捜隊は被害者を見捨てることは絶対にしないっ!」

 

 

千枝に言われたことを思い出す。どんなことがあっても、ラビリスは助けなくてはならない。そのために自分たちはこの世界に飛び込んできたのだ。悠の決意を聞いた途端、シャドウラビリスは苦虫を食い潰したような表情になり禍々しいオーラを増幅させた。今の悠の言葉は彼女の神経を逆撫でさせたようだ。

 

本当……ムカつくわね………もういいっ!ひと思いに殺してやるっ!!

 

シャドウラビリスは悠の言葉を聞いて怒り狂うと、再び手に持った機械仕掛けの斧を振りかぶって悠に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く………得体の知れないロボットまで助けようとするなんて、相変わらず君は酔狂だね」

 

放送室とは別の薄暗い教室。男はモニターで悠とシャドウラビリスの戦いを視聴していた。その男の背後には磔にされている数名の少年少女がいる。男の手には一丁の拳銃が握られている。男…足立透はふと背後をチラッと見ると、再びモニターに向かってこう言った。

 

「でも、速攻で決着を着けなきゃ時間がないかもよ?君たちに死なれたら、僕が困るんだからね。悠くん」

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「諦めない」

「鳴上先輩っ!」

「これで終わりだっ!」


「みんな…力を貸してくれ」


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#32「Break out of...①ーLonelyー」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

先日配信されたFGOの英霊剣豪七番勝負、とても面白かったです。自分は剣術…もとい弐天一流を習っている身なので、より一層楽しめました。その影響か、稽古に一層励み過ぎたり、季節の変わり目にやられたりして、情けないですが風邪を引いてしまいました。自分この時期に弱いらしく毎年のように引いてしまうのですが……とりあえず、全快になるように努めたいと思います。体調管理はやっぱり大事ですね……

最後に新たにお気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方、アドバイスやご意見をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

皆さまが面白いと感じてくれる作品を目指して精進して行きますので、これからも応援よろしくお願いします。

悠VSシャドウラビリス!それでは、本編をどうぞ!


another view(ラビリス)

 

ウチは……違う……こんな記憶………違う…………

流れ込んでくる本当の記憶。ウチは"桐条"に造られた兵器……研究者たちに実験のためと同胞同士で戦わされた。ウチはこんなやり方違うと抗議したのに、彼らは聞きもしなかった。逆にロボットに自我が目覚めたとか興味深いとか勝手なこと言って……辞めもしなかった。

 

目に映るんは、ウチが自分と似たロボットたちを破壊していく場面ばかり…みんなウチを見て………

 

 

 

 

嫌や嫌や嫌や嫌や嫌やっ!何でこんなのを見せられんといかんとっ!何で何で何でっ!!こんなの見たないっ!!こんな記憶……こんな過去なんて全部っ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生んでくれて…愛してくれてありがとう…………そう伝えてほしい…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふとそんな声が聞こえた気がした。聞いたことのある優しい声。この声は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あなたが幸せになれること…心から願ってます』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウチの幸せ?

 

 

 

 

その言葉が頭に響いた瞬間、真っ黒になっていた視界が急に開けてきた。何か悪い夢から解放されたかのように。目を開けて見ると、そこでは激しい戦闘が行われていた。ここはなんやろ。まるで大きな放送室のような場所で、何故か辺りを赤色が支配していた。戦ってるんは誰やろう?意識が覚醒したばかりなのか、視界がぼんやりとしか映らへん。

 

 

「鳴上くんっ!下から来るよっ!」

 

 

薄っすらとした意識の中で、そんな声が聞こえてきた。ぼんやりと見えたのは…エメラルド色の長い髪の人。この人は確か……"桐条"の人……この人はウチが出会った研究者たちとは違う……本気で私を助けたいって思ってる。

 

「ら、ラビリスさんっ!大丈夫っ!?」

 

今度は上から違う女の子の声が聞こえた。薄っすらとしか見えへんけど、この声は……穂乃果ちゃんやったっけ……彼女は私が目覚めたことに驚いた様子だったけど、同時に安心したって顔をしてる。ウチが起きたこと…喜んでくれとるんよね?

 

「う……ウチは………」

 

「もう少し待っててね!鳴上先輩が絶対助けてくれるから」

 

鳴上くん?

 

 

『チェンジっ!【ジャックランタン】!………………【ハリティー】!!』

 

 

 

そう思ったとき、隣ですごい大きな音が聞こえてきた。その方を見てみると……大きな背中があった。到底敵わないだろう敵に諦めずに立ち向かう、一人の男の子の大きな背中……

 

あははははっ!こんなもの?

 

『【ヤマタノオロチ】!!』

 

!!っ…このっ!!

 

その男の子…鳴上くんはもう一人の私……私のシャドウと戦っている。何故彼は戦っているのだろう。私は鳴上くんやそのお友達を傷つけた元凶なのに……何で………でも、彼が私のために戦ってくれていると思うと、不思議に嬉しいと思っている私がいた。

 

 

 

another view(ラビリス)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チェンジっ!【ジークフリード】っ!!」

 

ぐうぅぅぅっ!!

 

あのアステリオスという怪物はとても手強いが、先ほど戦ったエリザベスのタナトスより弱い。さっきは拳の衝撃波を受けてしまったものの、どれほどのものかを理解しておけば躱すのは容易い。シャドウラビリスの感覚を惑わす能力のせいか時折姿を消して不意なところから襲ってくることはあるが、

 

『鳴上くんっ!右っ!!』

 

こちらには風花のサポートがある。そんな甘っちょろい姑息な手が通じるわけがない。風花の指示通りに躱すとシャドウラビリスの攻撃が横をすり抜けていた。そこを突いて日本刀で一閃を仕掛ける。しかし、その一閃もシャドウラビリスに防がれた。風花のサポートで攻撃を真面に受けてないとしても、こちらがシャドウラビリスに責める一手が足りない。もっと強い一撃を与えられるペルソナが欲しいところだ。

 

何なのよ……何なのよアンタたちはっ!!たかが人間の分際でっ!!

 

あちらも苛立っているのか攻撃が段々単調になってきた。だが、その反面威力も上がってきているので、当たったら終わりということは変わりない。そんな状況に冷や汗を掻きながらも悠は戦闘に集中する。変わらずシャドウラビリスの猛撃は休むことなく続いていた。

 

何が被害者を見捨てないよっ!何が憎みあったりしないよっ!!それはただあなたの妄想っ!自己満足だろうがっ!!

 

戦いの最中でも辛辣な言葉を浴びせるシャドウラビリス。以前の悠であれば、激しく動揺して自己嫌悪に陥ってしまったであろうが、今の悠はそうはならなかった。そんなことを言われたのは初めてではないのだから。

 

「確かにお前の言う通りかもしれない。だが、それが俺の自己満足や綺麗事だとしても俺は仲間を…俺たちの絆を信じるっ!!」

 

悠はそう高らかに言うと、ジークフリードを突進させてアステリオスに攻撃を仕掛ける。だが、アステリオスは忽然と姿を消してジークフリードの攻撃を躱す。そして、攻撃が当たらず態勢を崩したジークフリードの後ろから拳を落として地面に叩きつけた。その痛みはフィードバックで悠にも返ってくる。フィードバックの痛みで思わず膝をついてしまい、何とか立ち上がろうとしたが、すぐさまシャドウラビリスが斧を振りかぶって悠に迫る。

 

目障りなのよっ!あなたみたいな存在はっ!!一人でいるのが怖くて絆という言葉で誤魔化す偽善者はっ!早く私の前から消えろっ!!

 

語気を荒くして斧を振り落とすシャドウラビリス。立ち上がっては間に合わないと判断した悠は、飛び込むように前転して回避する。危なげながらも回避できたが、次は逃がしてくれないだろう。改めてシャドウラビリスの方をみると、アステリオスと共に相変わらずこちらを憎々し気に睨みつけている。これが宿業だと言わんばかりに。だが、悠はシャドウラビリスとぶつかる度に彼女から別の感情を感じていた。人間への憎しみや怨念とは違う、悲しみや羨望、助けてほしいという感情。それを理解した途端、悠は自分の中で何かがハジケた気がした。そして、悠は何をするのかと思いきや、己の武器である日本刀を地面に投げ捨てた。

 

『な、鳴上くんっ!?何をっ!?』

 

この行動にはサポートに回っていた風花も焦ってしまう。シャドウラビリスはこれを勝機とみなし、ニヤリと笑って突進しようとしたが、悠をみるなり思わず足を止めてしまった。何故なら今の悠からは、先ほどとは違う雰囲気に身を包んでいたからだ。悠はそんなシャドウラビリスを見据えてこう言った。

 

 

 

「見せてやる。仲間との絆ってものをっ!!」

 

 

 

瞬間、悠の周りが激しく青く輝き出した。そして、悠の掌にタロットカードが一枚出現する。悠が顕現したタロットカードは【戦車】。今まで顕現したどのタロットカードよりも激しく輝いていた。それを見たシャドウラビリスは怯えるように恐怖した。

 

な……何よあれ………や、やってしまいなさいっ!!アステリオス!!

 

アステリオスは主人の命令に従い、雄叫びを上げながら悠に接近する。そして、高く拳を振り上げて悠に振り下ろそうとした瞬間、悠はニヤリと笑ってカードを砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「!!っ」」」

 

刹那、皆は驚くべき光景を目にした。巨体で悠の今持つペルソナではあまり太刀打ちできなかったアステリオスが何かに殴り飛ばされた光景を。

 

アステリオスっ!!一体何が……

 

シャドウラビリスはアステリオスが吹っ飛ばされたのが納得いかなかったのか悠の方を見る。そこには今まで見たことのないペルソナが居た。青い瞳を覗かせる牛の頭を彷彿とさせる黄金の兜と鎧。白いマントを背中に身に着けたアステリオスに匹敵する筋骨隆々の巨体。手に持つのは巨大なハンマーをイメージさせる武器。そのペルソナの名は

 

 

 

 

 

「【トール】」

 

 

 

 

 

エリザベスとの戦闘では使いきれなかった、にこと結んだ絆で解放された【戦車】のペルソナ。トールの召喚に風花はとても驚いていた。まさかこの土壇場でこんな強力なペルソナを召喚するとは思わなかったのだろう。そして、悠はシャドウラビリスが呆けている隙にトールに指示する。

 

「やれっ!トールっ!!」

 

悠がそう指示すると、トールは斧を高々に振り上げて地面に落とす。その瞬間、イザナギの出す雷よりの大きく光り輝く迅雷がアステリオスとシャドウラビリスに直撃した。

 

 

ウオオオオオオォォォ

 

 

落雷を受けたアステリオスは相当なダメージを受けたようで、動きが鈍くなっていた。それでも主人の命令を守ろうと悠の元へ攻撃しようとしたが、その前に悠のペルソナのトールが先にアステリオスに鉄槌を叩き落とした。そして、アステリオスは実体を失って消滅した。シャドウラビリスはアステリオスが消滅したのを目にすると、自身もトールの雷撃を受けてボロボロになりながらも、立ち上がって悠を弱々しくも睨みつける。

 

何で……何で私が……人間よりも強いこの私が負けるのよっ!!うわあああああああっ!!

 

自分が侮っていた相手に負けるはずがないと思っていたのか、アステリオスがやられたのと自分も大ダメージを受けた今の現実が受け入れられず自暴自棄になったシャドウラビリスが感情的に突進してくる。

 

「言ったはずだぞ」

 

大振りになったシャドウラビリスの斧をヒラリと躱す悠。大振りなったため、斧は地面にめり込んでしまいシャドウラビリスは動けない。その瞬間を狙ったかのように、悠は投げ捨てた日本刀を拾い上げてシャドウラビリスを斬り捨てるように一太刀浴びせた。

 

 

 

「人間の……()()()()()()()()()。それがお前の敗因だ」

 

 

 

悠がそう言い終えると、悠の一太刀を喰らったシャドウラビリスは糸が切れた人形のように床に倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『て、敵シャドウ…戦闘不能!鳴上くん、すごいっ!』

 

『お疲れっ!鳴上先輩!』

 

「ふぅ……」

 

風花と穂乃果の声を聞いて日本刀を鞘に収めた悠は安堵の息を吐いた。今回のシャドウはとても厄介だったが、エリザベスのタナトスに比べたらそうでもなかった。改めて倒したシャドウラビリスを見てみる。宿業成敗と言わんばかりに一太刀浴びせたので、倒れたまま大人しくなっている。それを確認すると、今度は後ろの風花たちの方へ視線を向ける。そこには風花に穂乃果、そして意識が戻った様子のりせとことりが安心しきった表情でいる姿があった。ラビリスはまだ表情が優れないが、とりあえず全員無事ようだ。悠は皆の無事を確認した途端、安心して力が抜けたのか体のバランスが崩れて倒れそうになる。

 

 

「「お兄ちゃん(せんぱい)っ!!」」

 

 

倒れそうになるギリギリのところで心配になって駆け付けてくれたことりとりせが身体を支えてくれた。

 

「お兄ちゃんっ!大丈夫っ!!」

 

悠の身体を安定させたと同時に、ことりはりせよりも先に心配そうに悠の顔を覗き込んでくる。その妹の顔が久しぶりのように感じてニヤけそうになったが、悠は心配させまいと平静を保って笑顔をみせた。

 

「ことり、ありがとう。お兄ちゃんは大丈夫だから。心配かけたな」

 

「もう……本当は大丈夫じゃないくせに…………」

 

悠の言葉にことりはしかめっ面をして、腕に抱き着いた。どうやら、無理をしているのがバレたようだ。流石我が従妹だなと思いつつ、今度はことりとは反対側にいるりせに改めてお礼を言った。

 

「りせ、高坂とことりのこと、ありがとうな。りせのお陰で高坂と合流できたし、この事件も乗り越えられた」

 

りせは悠に褒められたことに少し照れて頬を朱色に染めたが、疲れていることを感じさせないアイドルスマイルで悠にこう返した。

 

「ううん。私は自分に出来ることをやっただけ。でも、悠先輩なら必ずここに来てるくれるって信じてたからね」

 

りせの笑顔から全く偽りのない信頼を感じる。やはり仲間にそう言われると嬉しくなって、悠は思わず微笑みを返した。りせは久しぶりにカッコいい悠の姿を見たので、歓喜余ってそのままことりを押しのけて悠にハグしようとしたが、穂乃果と一緒にこちらの様子を傍観している全く知らない女性が居るのに気づいた。自分とは全然違う上品で清楚、そして奥ゆかしい雰囲気を持つ風花に少々見惚れたが、また悠が引っ掛けたのかと表情が険しくなった。

 

「ところで先輩、穂乃果ちゃんの他に()()()()()()()女の人がいるけど……この人誰?」

 

少しイヤミを含めて如何にも不満ですという声色で悠に尋ねるりせ。悠はそんなりせの様子に若干驚いたが、まだりせは風花とはまだ初対面だったのを思い出して、改めて風花を紹介しようとした。

 

「ああ、この人は…」

 

りせに風花を紹介しようとすると、風花の顔を見たことりが目を見開いて大声を上げた。

 

「ああっ!お兄ちゃんを誑かそうとした逆ナン女っ!!」

 

ことりは風花の姿を確認するなり音乃木坂でのことを思い出したのか、瞬時に風花から悠を守るかのように立ち塞がって風花を威嚇する。その姿はまるで、大切な卵を守る親鳥を思わせるような気迫であった。どうやら、ことりは未だに風花があの時、悠を逆ナンしたものと勘違いしているらしい。りせはことりの発言が衝撃だったのか、思わず風花から後ずさってしまった。

 

「ええっ!この人、悠先輩に逆ナンしたの!?」

 

「ち、違うよっ!私は道を聞いただけで、鳴上くんに逆ナンなんか………」

 

風花はまた変な勘違いをされたので、必死に弁解しようとあたふたした。先ほどの戦闘時に見せた落ち着きが嘘のようだ。しかし…

 

「う~ん…そういう風に焦ってるのが逆に怪しいというか……最近いるよね、大人しそうに見えて肉食系の女子って」

 

こんなところまで来て、お兄ちゃんをナンパしようとするなんて…………

 

「話聞いてるっ!?」

 

なんとか弁解しようとしても、思い込みの激しい2人に言葉は届いていないようだった。自分をサポートしてくれた恩人が可哀そうになってきたので、風花に絡むことりとりせを落ち着けようとすると、そんな3人とは反対に静かだったラビリスはゆっくりとこちらに歩いてきた。

 

「鳴上くん……これは何なん?」

 

悠の近くに着くと、ラビリスは改めて自分と姿のそっくりな影について質問する。

 

「これはシャドウ。自分の心の中にある抑圧されたもの……無意識に見たくないと閉じ込めていた感情が具現化した"もう一人"の自分だ」

 

「もう一人の…ウチ………」

 

悠にシャドウの説明を聞いたラビリスは今は大人しくなっている自分の影の方をチラッと見たが、すぐに目を背けて俯いてしまった。やはりというべきか、自分とは似つかない暴言や荒々しく暴力を振るったあの影が自分というのが認められないようだ。考えることもあるだろうと思い、悠は風花にあることを聞いてみることにした。

 

「山岸さん。聞きたいことがありますが、いいですよね?」

 

そう言うと、風花は悠の問いにこくりと頷いた。しかし、何を勘違いしたのかすぐにことりが悠と風花の間に割って入って、悠に詰め寄った。

 

「お、お兄ちゃんっ!一体何を聞くつもりなのっ!?まさか……あの人の趣味とかスリーサ…ふぇっ!?」

 

何かとんでもないことをことりが言う前に、悠はことりの頭を撫でていた。前触れもなく悠に頭を撫でられて、ことりは顔を真っ赤にして驚いて素っ頓狂を上げてしまう。そんなことはお構いなしに、悠はことりの頭を撫でながら微笑んでことりに話しかけた。

 

「ことり、一回落ち着こう。なっ」

 

「う……うん…………」

 

悠に優しくそう声を掛けられたことりは、頬を朱色に染めて大人しくなった。しかし、手を合わせてモジモジしたり、口角が上がったりしているのは気にしない方向で。

 

「ああっ!ことりちゃん、ずる~いっ!せんぱい、私にも~!!」

 

りせはことりが優に頭を撫でてもらっていることが羨ましかったのか、自分にもと悠に要求する。しかし、悠はそれはまた今度と言って要求をはねのけた。りせは少し不満顔だったが、先ほどよりは話が聞ける雰囲気になったので、改めて悠は風花に顔を合わせてもう大丈夫ですよという視線を向ける。風花は悠のことりのあやし方を見て、若干戸惑いの表情をしていたが、深呼吸した後に静かに語った。

 

 

 

 

 

自分たちは【シャドウワーカー】という"桐条グループ"と警視庁が共同で設立した特殊部隊から来た者で、過去の事件で各地に溢れだしたシャドウを殲滅するのが目的の組織であるという。ちなみに風花自身は正式に所属しているわけではないらしい。何故なのかと聞くと、本人曰く

 

「職業が特殊部隊というのは……アレだから」

 

ということらしい。何となく気持ちは分からなくない。おそらく直斗が公安に頼まれて調査している"桐条"の組織とはこの【シャドウワーカー】のことだろう。何故公安自身が内偵をしないのかこれで合点がいった。そして、この世界に来た目的は今は閉鎖された"桐条"の研究所で封印されていたラビリスの回収だという。詳しく聞くと、ある理由で封印されていたラビリスは先日その研究所からシャドウワーカー本部に護送される途中に盗まれてしまったという。

 

「盗まれたって、どういうことですか?」

 

「鳴上くんはニュースを見なかった?5月1日に起こった飛行機のハイジャック事件」

 

ハイジャック事件と聞いて、悠はふと見たニュースの内容を思い出した。確かに5月1日に某空港にてハイジャック事件が発生していた。警察の特殊部隊の働きによって人質になった乗客には被害はなく、犯人も捕まったと聞いている。もしかして…

 

「それがラビリスを荷物として乗せていた飛行機で……乗客や犯人に気を取られている間に、ラビリスが盗まれたらしいの」

 

なるほど。確かにハイジャック事件では人々の目に向くのは、人質の方であって荷物の方はあまり目が向かない。そのラビリスを盗んだ犯人も中々考えたものである。それで、ラビリスが盗まれたことに気づいたシャドウワーカーはすぐに調査に乗り出したらしい。そして、そのラビリスと同じ"桐条"に造られた兵器である"アイギス"による感知を手掛かりに辿り着いたのが、この八十稲羽であったということらしい。

 

「もしかして……リムジンで稲羽に来たんですか?」

 

悠は八十稲羽に帰省した道中に見かけたリムジンを思い出した。もしかして、アレに風花たちが乗っていたのか?そう聞くと、風花は何故か苦笑いしながら返答する。

 

「わ、私とアイギスはどうかと思うって言ったんだけど……美鶴さん、ちょっとズレてる人だから……」

 

田舎にわざわざリムジンで来るだなんて、どんな人だろう?こんな田舎にリムジンはおかしいと思ったが、その美鶴さんという人物はかなりズレているというかぶっ飛んでいる人らしい。そんなことしたら、八十稲羽のような田舎ではかなり目立つだろうに。少し困った上司を持つ風花に少し同情してしまった。それはさておき、風花たちシャドウワーカーがこの世界に来た経緯は分かった。すると、

 

 

「全部……思い出した………ウチが"桐条"に造られた兵器で……友達同士で殺し合いをさせられたん……………」

 

 

すると、ずっと黙っていたラビリスが口を開いた。気持ちの整理がついたのか、先ほどよりは落ち着きを取り戻しているような声色だった。

 

「でも、その友達がな……最後に言うてたんよ。()()()()()()()()()()って……………でも、現実に戻ったとしても、そこのウチが言った通り、ウチは居場所もない…目的もない………ただのガラクタや」

 

自分に置かれた現状を自虐的にそう語るラビリス。だが、すぐに顔を上げて

 

 

「ガラクタなはずなのに……何でウチは………ここに居たいって思うてるんやろう……何で鳴上くんたちと一緒にいたいって思うとるんやろ………何で…ウチはガラクタで………鳴上くんたちを苦しめた元凶なんに………」

 

 

震える声でそう呟いた。それを聞いた悠は少し驚きながらも、一呼吸置いてラビリスに向かってこう言った。

 

 

「良いんじゃないか?それでも」

 

 

「えっ?」

 

悠がラビリスに向かってそう言ったので、思わずラビリスは悠の方を振り返った。ラビリスがこちらを振り向いたのを見ると、悠は真っすぐにラビリスの目を見てこう言った。

 

「そう思うってことはラビリスには心があるんだろ?だったら、君はガラクタなんかじゃない」

 

「!!っ…………………でも…」

 

「本当に心のないガラクタだったら、俺たちと一緒にいたいなんて思わないはずだぞ」

 

悠の言葉にラビリスは目を見開いたが、すぐにまた俯いてしまった。頭では分かっていても、やはりシャドウの言葉が心に残っているのか、まだそれを受けきれていないようだ。すると、その様子を見ていた穂乃果がラビリスに近寄ってこんなことを言ってきた。

 

 

「じゃあさ、穂乃果たちと一緒に八十稲羽をまわろうよっ!ラビリスさん」

 

 

「えっ?」

 

突然穂乃果に言われたことにラビリスは戸惑った。"()()()()()()()()()()()()"?どういうことなのだろう。ポカンとしているラビリスを見て、内容が伝わってないと思ったのか、穂乃果は更に説明を付け加えた。

 

「あのね、この事件が解決したら鳴上先輩たちが穂乃果たちを八十稲羽のあちこちを案内してくれるって約束してたんだ。ラビリスさんも一緒に行こう!」

 

そう言われてラビリスはやっと穂乃果が言ったことが理解できた。そう言えば、千枝との決闘の前に、穂乃果はまだ悠に八十稲羽を案内してもらいたいと言っていた。つまり、それにラビリスもどうかと誘っているのだ。正直なところ、ラビリス自身も行きたいと思っているのだが、すぐに首を縦に振ることは出来なかった。只得さえ自分は人間ではないし、そんな自分がついてきたら、悠や穂乃果の友達が何を言うのか分からない。それに、こういう時どう返したらいいのかラビリスには分からなかった。

 

「いや……ウチは…………」

 

「鳴上せんぱーいっ!ラビリスさんも一緒に八十稲羽をまわるのっていいよね?」

 

ラビリスの返事も聞かずに悠に確認を取る穂乃果。それに対してラビリスは思わず慌ててしまう。いつ自分は一緒に行くと承諾したのだろう?慌てて違うと言おうとする前に、悠はそんな穂乃果の質問にサムズアップして答えた。

 

「もちろんだ!」

 

「な、鳴上くんもっ……ええの?………ウチなんかを……」

 

迷わずラビリスの同行を認めた悠。ラビリスには穂乃果と悠の言動が分からなくなっていた。自分は"桐条"に造られた兵器で、人間でなければ何者かなんて自分でも分からない。そんな得体の知れない自分が悠たちの輪の中に入って良いのか?ラビリスの問いに、悠と穂乃果はポカンとした。すると、

 

「ラビリスは自分がこの事件の元凶だから、俺や高坂はともかく、陽介や園田たちが自分を受け入れてくれるのかが気になってるんだろ?」

 

悠の指摘にラビリスはうっとなる。どうやら自分の考えていることが分かっているようだった。そんなラビリスの反応をよそに、悠はラビリスに向かってこう言った。

 

「大丈夫だ。俺たちはラビリスのように、自分の影に悩まされて一緒に乗り越えていった者同士だからな。きっとラビリスと友達になりたがるはずさ」

 

悠はそう言葉を切って、穂乃果やことり、りせの方を見る。3人ともラビリスを見て、もちろんと言うように頷いた。しかし、それだけでは穂乃果は物足りなかったらしく…

 

 

「そうだよっ!穂乃果たちもラビリスさんと友達になりたいんだもん!」

 

 

まるでみんなの心を代弁するように、穂乃果が一歩前に出てラビリスにそう言った。

 

「確かにラビリスさんはロボットだけど、ここまで一緒に行動して良い人ってことだって分かったし、何があったかは知らないけど…私はラビリスの助けになりたいんだ。鳴上先輩が私たちを助けてくれたように。それじゃあ、ダメかな?」

 

ラビリスは悠と穂乃果の言葉、そしてことりとりせの反応を見て、何故か分からないが胸が熱くなるのを感じた。

 

「ウチ……アンタらの輪の中に入ってもええの?」

 

ラビリスの問いに悠たちは勿論と言わんばかりにこくりと頷いた。その瞬間、ラビリスは自分の足元に水滴が落ちていくのを感じた。どこから出てきたのだろうと思い、反射的に自分の頬に手を当てると、それは自分の目から流れていた。その証拠に気づかなかったが、視界がうっすら霞んでいる。つまり……

 

 

「ウチ……泣いてるん…………?おかしいな……ウチはロボットで……涙なんて出んはずなのに………」

 

 

ラビリスは泣いている。きっとそれは何者かも分からない自分を暖かく受け入れてくれた人が見つけて、嬉しいと感じたからだろう。その気持ちは悠に痛いほど分かった。ラビリスの過去に比べたらそうでもないかもしれないが、親が転勤族だったが故に自分もこの八十稲羽に来る前はずっと一人ぼっちだったのだから。陽介たち特捜隊と出会って、みんなと心から分かち合えたときの喜びは今でも忘れられない。ラビリスは自分の目から出た涙を拭くと悠たちに向かってこう言った。

 

 

「うん……ウチも…行く………ウチも…鳴上くんや穂乃果ちゃんたちとイナバっていうところをまわってみたい」

 

 

ラビリスが自分の誘いを受けてくれたことに穂乃果は嬉しくなってぱあっと表情が明るくなった。穂乃果とは対称に、風花は少々困った表情になる。その表情から上司にどう報告しようかと悩んでいるようだった。

 

「でも………もう一人、連れて行かなあかんのがおるやろ」

 

ラビリスはそう言うと、自身の後ろでずっとただず待っていた自分の影と向き合った。どうやら、自分の心の奥底にあった自分に向き合う決心がついたようである。

 

 

 

 

 

自分の影と顔を合わせたラビリスは儚げに微笑んで語りかける。

 

「ごめんな。ずっと見んふりしとって。ウチがアンタをずっとひとりぼっちにしてた」

 

「………………」

 

シャドウラビリスは本人の優しい言葉に戸惑いながらもそう頷く。それを見たラビリスは微笑んで、我が子を抱きしめるようにそっと自分の影を抱擁した。

 

「ええよ。ウチはアンタで、アンタはウチなんやね」

 

ラビリスは自分の影を受け入れようとしている。それが分かったのか、シャドウラビリスは驚いたのか目を見開いたが、すぐに嬉しそうに笑った。その途端、2人のラビリスから眩い青白い光が発生し、2人だけでなく辺りの空間をも包んだ。その光は輝きを増していったので、悠たちは思わず目を瞑った。そして、輝きが弱まったので目を開けてみると、ある光景が目に入った。シャドウラビリスがいたところにはシャドウから生まれ変わったペルソナがいた。ラビリスと同じ銀色の髪をたなびかせ、外見は美しい女神のよう。これがラビリスのペルソナだろう。自分のシャドウを受け入れると、シャドウはペルソナに生まれ変わる。ロボットがペルソナを持つとは驚きだが、ラビリスには人間と同じ"心"がある。今回も例外ではなかったようだ。

 

「こ、これって、どういうことなのっ!?」

 

風花はまるでありえないものを見たかのように狼狽している。悠たちにとっては見慣れた光景だが、風花にとってはそうではなかったらしいので、悠がそのことについて解説した。

 

「ここのシャドウは抑圧された感情が具現化して、もう一人の自分に変化したもの。そのもう一人の自分を受け入れたら、そのシャドウはペルソナに変わるんです」

 

「しゃ、シャドウがペルソナになるなんて………」

 

混乱する風花をよそに、シャドウから変化したラビリスのペルソナが厳かな声色でラビリスに言葉をかけた。

 

 

我は汝…汝は我……我が名は…【アリアドネ】

 

 

「これが、ウチのペルソナ……」

 

ラビリスだけでなく、端から見ていた悠たちもラビリスのペルソナの姿を見て、感嘆の声を上げた。そして、アリアドネは光に包まれてタロットカードに姿を変えて、ラビリスの胸の中へ入っていった。

 

 

>ラビリスは己の深い闇を乗り越えて、困難に立ち向かうための人格の鎧ペルソナ"アリアドネ"を手に入れた。

 

 

「あっ」

 

ペルソナを手に入れたことによる負荷のせいかラビリスは誤って倒れそうになる。それを予期していたかのように、悠は倒そうになったラビリスをしっかり受け止めた。

 

「な…鳴上くん…………」

 

「頑張ったな、ラビリス。もう一人じゃないぞ」

 

悠の労いにラビリスは思わずポカンとしてしまう。しかし、すぐにラビリスは悠に出会ってからのことを思い出すして自然と口が笑みを浮かんでいることに気づいた。本当に不思議な人だ。自分は悠たちに仲間同士の決闘をさせて元凶だというのに、まるでもう自分の仲間だというように接してくれる。これだからあんなに仲間に信頼されているのだろう。

 

「うん…ありがとな。鳴上くん」

 

そんな悠に心から感謝して、悠の耳元でお礼の言葉を囁いた。

 

 

 

>ラビリスからの心からの感謝と信頼を感じる……

 

 

 

 

 

 

 

 

「「むう~……………」」

 

 

ラビリスと悠がお互いに言葉を交わしている様子を見て良い雰囲気に見えたのか、ことりとりせは揃って頬を膨らませていた。このままでは暴動が起こりそうなので、それにいち早く気づいた風花が2人を宥めにかかった。

 

「こ、ことりちゃん、りせちゃん。そんなにむくれないで」

 

「「だって」」

 

「羨ましいのは分かるけど……鳴上くん、早くここを出ないと。早くあなたたちの友達や美鶴さんたちを助けにいかないきゃ」

 

 

風花の指摘に悠はハッとなった。そう、この騒ぎの元凶であろうシャドウラビリスを倒したからといって全てが解決したわけじゃない。まだ磔にされている陽介や海未たちの救出が残っている。急いでラビリスを連れて皆の救出に向かおうとすると、

 

 

 

 

 

 

!!っ

 

 

 

 

 

突然どこからか殺気を感じた。この感じは……まさか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、遅いんだよっ!バーカっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「!!っ」」」

 

突然頭上から誰かが降ってきて悠に襲い掛かった。しかし、何とか反応した悠は鞘に入れたままの日本刀で防御することに成功する。相手は奇襲が失敗したことに舌打ちして、大きく後退する。悠はすばやく穂乃果たちを庇うように前に立ち、日本刀を抜刀した。

 

「誰だっ!」

 

相手に向かってそう叫ぶと、相手がゆっくりと歩いて姿を現した。悠を襲った相手の正体は悠と同年代と思われる少年だった。赤髪で顔にバツ印の刀傷、腰に八十神高校の学ランを結んである。両手には物騒な刀が握られている。少年は悠を見るやいなやニヤリと笑った。それは先ほど戦ったシャドウラビリスの邪悪な笑みに似ていた。

 

 

 

 

 

 

「くくくっ………ゴミカスのみなさん、こんにちは~。僕の名前は皆月 翔(みなづき しょう)。今回の事件の黒幕で~す」

 

 

 

 

 

 

「「「なっ!」」」

 

皆月という少年の言葉に悠たちは困惑した。この事件の黒幕はラビリスのシャドウだったはず…………もしかして、この皆月が足立が言っていたもう一人の黒幕なのだろうか?それに、足立の口ぶりからして、()()()()()ということ。だが、悠はこの皆月とは初対面であり、見覚えなどなかった。そう思っていると、皆月は悠を指さして高らかにこう言った。

 

「今からお前に面白いものを見せてやる。()()()()()不明の()()()()()ムにご()()()()()ってな」

 

「何?」

 

「たっぷりと味わわせてやるよ。"絶望"をなっ!」

 

そう言った瞬間、少年の目が怪しい赤色に光った。それを見た途端、頭がぐちゃぐちゃに回っているような感覚に陥り、悠は意識を失った。

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「ここは…どこだ?」

「ようこそ、"僕の世界"へ」

「教えてやるよ。お前の好きな真実ってやつを」


「それじゃあ……………さよなら」


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#33「Break out of...➁ーDispairー」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。


まず初めにお詫びを。
先日、手違いで未完成のものを投稿してしまいました。読者の皆様に混乱を与えてしまい、申し訳ございません。前にもこんなこともありましたが、またやってしまうとは思いもよらず、穴があったら入りたい気分になりました。こんなことが再発しないようにしたいと思います。繰り返しになりますが、本当に申し訳ございませんでした。


気持ちを切り替えて……この間章、もといアルティメット編もあと数話です。10月までには終わらすと言っておきながら、もう10月終盤ですが、楽しめてもらえたら幸いです。

最後に新たにお気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方、アドバイスやご意見をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


ついにクライマックス突入っ!黒幕を名乗る"皆月翔"とは何者なのか!?
それでは、本編をどうぞ!


風が耳元をすり抜ける音が聞こえてきた。その音で悠の意識は覚醒した。意識を取り戻して、悠は最初に己の身体の状態を確認する。少し体の節々は痛むが、身体は自由に動くようなので、問題はなさそうだ。確かこの事件の黒幕であったラビリスのシャドウがペルソナになったと同時に、"皆月翔"という真の黒幕を名乗る少年が現れて………そういえばと目を開いて、皆の様子を確認しようとする。しかし、そこに映ったのは

 

 

「何だ…これは……」

 

 

悠は目の前に広がっている景色を見て仰天する。そこは先ほどラビリスや穂乃果たちと居た放送室ではなかった。そこにあったのは幾つも十字架が不気味なほど大きな赤い月をバックに地面に突き刺さっている。そして、近くに見えるのはスプーンのようにねじ曲がった東京でよく見たムーンライトブリッジ。その光景はさながら、ホラー映画を想像させるような雰囲気で今にも幽霊やお化けが出てきそうな感じだった。そんな雰囲気に圧倒されそうになるが、それどころではない。

 

(こ、高坂やことりたちは……)

 

辺りを見渡すが、ここには悠以外誰もいなかった。一体彼女たちはどこへ行ったのか?それにここはどこなのか?悠は立ち上がって辺りを調査する。見たところ、どうやらここはどこかの建物の屋上であることが分かった。どこの屋上なのか気になったので、おそるおそると落ちないように慎重な足取りで端まで辿り着いて、下を覗いてみた。

 

 

「!!っ」

 

 

下を見下ろすと、そこには赤く不気味な霧に包まれた町があった。一体どこなのだと思って目を凝らす。見てみると、そこには()()()()()()()()()()()()()()()()()()が見えた。さらに見てみると、歪んだ電柱に()()()()()()()()()()()()()。見覚えのあるものを見つけていくたびに、悠の顔はどんどん青くなっていく。

 

 

(まさか……ここは…)

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、ここは稲羽市。君たちが暮らす現実だ、鳴上悠」

 

 

 

 

 

 

 

 

背後から声が聞こえてきた。思わず振り返ってみると、そこには手に日本刀を持つ少年がいた。赤色が特徴的な髪に目立つバツ印の刀傷。間違いない、こいつは先ほど黒幕を名乗った皆月だ。こいつが自分をここに連れてきた張本人だと確信した悠は思わず身構える。そんな悠を気にもせず、皆月は淡々とした態度で話しかけた。

 

「信じられないという顔をしているな。だが、ここは正真正銘君たちが住む現実だ。君たちがあちらの世界でモタモタしていた間に、このように仕込みをさせてもらった」

 

「………………」

 

「改めて自己紹介しよう。俺の名前はミナヅキ……"ミナヅキショウ"。()()()が"皆月翔"だ」

 

皆月はそう言うと手に持っていた日本刀を悠に投げ渡した。手に取って確認すると、それは紛れもなくマリーの日本刀だった。ないと思っていたら、皆月が持っていたようだ。わざわざ敵に武器を返すということは、例え悠とここで戦闘になっても余裕で勝てるということだろう。それに、自分の目の前にいる皆月だが、少ない会話だったとはいえ、放送室で会った時と別人のように感じる。ここで戦闘をしても無駄になるだけだと判断したので、悠は臨戦態勢を整えながら対話を試みた。

 

「おい、高坂やことり、ラビリスたちはどうしたんだ?」

 

まず悠は皆月についさっきまで一緒にいた筈の穂乃果たちの安否について尋ねた。悠がそう聞いた途端、皆月は少し面を食らった顔をしたものの、すぐに瀬々笑うような表情で悠を見た。

 

「ふっ…俺たちのことより他人の心配をするとは………安心しろ、どうせ皆滅びるんだから、今生きてようが関係ない」

 

皆月の発言に悠を目を見開き、心に怒りの感情が沸き上がってきた。一体どういうことなのかと感情に任せて皆月に詰め寄ろうとすると、

 

 

 

 

「…少し時間がある。冥途の土産に教えてやろうじゃないか。君の好きな真実というやつを」

 

 

 

 

皆月は腰の刀を一刀抜いて悠の首先に突きつける。話はしてやるが、余計な動きを見せたら容赦しないということだろう。とにかく、どんな状況であれ話を聞くに越したことはないので、悠はいつでも日本刀を抜刀できるように構えて、皆月の話に耳を傾けることにした。悠が大人しくなったのを見ると、皆月はおもむろに今回の事件の詳細を話し始めた。

 

 

「今回の事件を起こしたのは、"あの子"の願いを叶えるためだ。"この世界を滅ぼしたい"という、あの子の願望をね」

 

 

「何だと?」

 

皆月の言うことに悠は疑問を感じる。こいつはさっきから"あの子"と言っているに加えて、"俺たちが皆月翔"と言っている。つまり、こいつの他にも共犯者がいるらしい。

 

「この世界はくだらないまやかしに満ちている。"絆"だ"友"だと騒ぎ、その裏にあるものを平然と踏みにじる。まさしく君のような存在がだよ。そんな世界に価値はない。ならば、全て消してしまえばいい」

 

「………………」

 

皆月の言葉に悠は顔をしかめた。今日はよく自分の信じているものが否定される日だなと思う。事件を起こした目的は"絆"と"友達"が蔓延る()()()()()()()()()?あまりに飛躍しすぎて馬鹿げているとしか思えない。だが、そんな馬鹿げていると思うことをミナヅキは真剣な顔で語っている。それからして、彼にはそうすることができるであろう手段を知っていると悠は踏んだ。

 

「そんなことが出来るわけないだろ?」

 

あえて、皆月の言うことを否定して、その手段を聞き出そうとする悠。悠の返答に皆月は予想通りと口元に笑みを浮かべてこう言った。

 

 

「君は"人の超えた力"を見たことがあるだろ?かつて足立が得て、君たちが倒してしまったものだ」

 

 

"人の超えた力"?その言葉と足立で悠はあるものを思いだした。"人を超えた力"というのは、例を挙げると俗に言う神様や女神などと言った超越した存在が使う力のこと。去年の事件の元凶であり、あの世界の霧を発生させていたもの…………まさか

 

 

「その通りだ。俺たちは()()()()()()()()()()世界を滅ぼす」

 

 

そう言った皆月の瞳が赤い炎のように光り出した。それを見て悠は確信する。こいつは足立と同じく"人の超えたもの"にペルソナ能力を与えられた者かと。そして、皆月は己が立てた計画の全貌を暴露した。

 

 

 

 

まず、今回の事件の被害者であるラビリスを護送中の飛行機から盗み出して、悠たちのお陰で平和になった稲羽のテレビの世界に放り込む。そして、ラビリスの心の風景が反映されて創り出された世界で、発生したシャドウを集める。そうして集めたシャドウを粘土細工にように集めて一つの大きな集合体をつくる。それを"器"にして"人を超えた力"をそこへ降臨させるという。何とも理解しがたい内容だった。

 

「それだけでは足りなかった。それに、そのシャドウたちを落ち着かせる"制御するもの"も必要だった。だから、あのシャドウが開いたP()-()1()G()r()a()n()d() ()P()r()i()x()()()()()()のさ………」

 

映るはずのないマヨナカテレビが映ったことにより、この世界にダイブしてきたペルソナ使いたち…つまり悠たち特捜隊とμ‘sに仲間同士の決闘を強要して、強い心の力を持つペルソナ使いの力を削ぎ落して、シャドウにする。そして、ペルソナ使い同士の激しい衝突で生まれる"ペルソナの欠片"という制御体になるものも調達したという。決闘の際に出現したあのリングはそのためのものだったらしい。

 

「シャドウの方は上手く集まったが……"ペルソナの欠片"は中々集まらなかった。()()()()、君のせいで」

 

「……どういうことだ?」

 

あまりに話の内容がぶっ飛びすぎて、訳が分からない。その"ペルソナの欠片"というものが中々集まらなかったのは自分のせいだと言われても、自分はあの世界にダイブしてから流されるまま行動していたので、そんな特別なことなどした覚えはなかった。

 

「自覚がないのか………だから、俺たちが直々に戦って集めるしかなかった。P-1Grand Prixで負けた敗者たちと戦ってな」

 

だが、どんなことであれ、悠たちはテレビの世界にダイブした時点で、まんまと皆月の策略に嵌っていたのだ。どうやったかは知らないが、P-1grand prixに気を取られている中で皆月が自分たちから計画に必要なものを調達し、現実を赤い霧が蔓延る状態にしていた。足立が言っていた"ここのルール"に従っていたら大変なことになるという意味が今になって理解できた。ということは、足立は皆月の計画に加担していたことになる。何故足立が皆月の計画に加担したのかは気にはなるが、一つ皆月に聞いておきたいことがあった。

 

 

「何故ラビリスだったんだ?この世界に放り込むなら、他の人間でも良かったはずだ」

 

 

「!!っ」

 

悠の唐突の質問に、皆月は面を食らった表情になる。

 

「わざわざハイジャックを装ってまでラビリスを盗んだってことは…………お前は"桐条"に恨みをもつ人間なのか」

 

「…………………」

 

悠の質問に皆月は押し黙った。沈黙はビンゴと言うべきかその反応からして、何かあるようだなと悠は思考する。"桐条"という言葉を耳にした時に、皆月の刀を手にする力が強くなったのが見えたので、アタリのようだ。

 

 

 

「…そこまで頭が回るとはな………流石は特捜隊のリーダーを務めたことはある」

 

 

 

余裕だった表情を歪めて皆月は悠を睨んだ。先ほどの落ち着いた雰囲気が嘘だったように、張り詰めた空気が皆月を包んでいる。その迫力に圧倒されていると、皆月は重々しい口調で言葉を発した。

 

 

 

「恨みはあるのかだと………?当然だ。何故なら"桐条"は………"あの子"に非人道的な実験を強いた悪魔たちなんだからな。あの悪魔たちのせいで"あの子"の中に俺が生まれた」

 

 

 

「なっ!?」

 

 

皆月翔は"桐条"が秘密裏に進めていた"人工的にペルソナ使いを生み出す計画"の被験者だった。孤児だった皆月は"桐条"の研究者だった【幾月(いくつき) 修司(しゅうじ)】という男に拾われ、有無を言わさずに身体をペルソナ使いになるように改造されて、実験という名目の戦闘訓練を強いられた。他人とは触れ合えない隔離された環境での残酷な実験の最中に皆月の中に"ミナヅキショウ"という人格……今悠と話している人格の者が生まれたが、結果的にその実験は失敗し、皆月は植物状態に陥ってしまった。

 

「……意識を取り戻した時には幾月は死に、俺たちはこの稲羽市の病院に居た。すぐに病院を抜け出して何とか生きてきたが………俺たちのことを分かってくれる人間はいなかった」

 

「………………………」

 

あまりのことに悠は絶句してしまった。"桐条"はラビリスたちのような実験だけでなく、こんな自分と同じような子供にそんなことまでしていたとは。ますます過去の"桐条"のことが分からなくなってくる。皆月…今はミナヅキが語る姿に桐条に対する相当な憎しみを感じた。

 

 

「分かるだろう?"あの子"の痛みを分かってもらえない…"絆"や"友"という言葉であの子のやらされたことを誤魔化すこの世界はいらない。俺は…"あの子"のためにこの世界を滅ぼし、"あの子"だけの世界を創る」

 

 

ミナヅキの赤く光る瞳から相当な覚悟が伝わってくる。それを感じた悠は皆月に何と言葉をかければいいのか分からなかった。どれだけ自分の知らない苦痛を味わったことだろう。でなければ、"自分以外の誰もいない世界を創る"など、端から聞いたら妄言としか捉えられないことを考えたりはしないだろう。それに、もし自分が皆月と同じ立場であったならばそう考えていたのかもしれないと悠は思った。しかし…

 

 

 

 

「…そんなこと、やって良いわけがない」

 

 

 

 

悠は皆月の不意をついて、日本刀を抜刀した。確かに皆月のされたことは許されることではない。だが、どんな理由があったとしても、自分勝手な動機でこの世界を滅ぼして良いわけがない。それに、そんな世界で()()()()()()()()()()()()()()。その間違いを自分が止めてやる。悠はそう覚悟を決めてミナヅキを見据えて日本刀を構える。

 

 

「ふっ、あくまで俺たちの邪魔をするか………だが、どちらにしろもう遅い。君が今何をしようと、計画はもう仕上げに入ったからな」

 

 

「何?」

 

皆月の言葉に動揺していると、足元が小さく揺れ始めるのを感じた。それは次第に大きくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ

 

 

 

 

 

 

立っているのも難しいほどの激しい揺れと共に、辺りの空気が変わっていくのが見える。さっきまで真っ赤に染まっていた世界は次第にどす黒い深紅になっていき、禍々しい雰囲気が辺りを包む。そして、下の方から無数の何かが引き寄せられるように渦を巻きながら集まってきた。あまりの勢いに強風が発生してバランスを取るのがままならなくなってきたが、悠は目で集まってきたものを確認する。

 

 

 

「あれは……シャドウっ!!」

 

 

 

渦を巻いて集まっているのは無数のシャドウ。皆月が集めたといっていたシャドウたちだろう。明らかにこの数は尋常じゃない。その渦は次々とシャドウを巻き込んで、竜巻のように唸りを上げている。間近で見ると、すごい迫力が伝わってくるので、悠は思わず息を呑んだ。あんなものに巻き込まれたらひとたまりもない。

 

 

 

 

 

 

「くくく……ははははははははははははははははははっ」

 

 

 

 

 

ふと、皆月が狂ったように笑い出したのでそっちを振り返ってみる。そこには先ほどまでなかったものが出現していた。人の背丈ほどの大きさの透明な物体がぼんやりとした光を放ちながら、ゆらゆらと漂っている。あれが皆月がシャドウの他に、自分たちから集めたという"ペルソナの欠片"のようだ。それを目の前にした皆月は狂ったように笑っている。先ほどの大人びた雰囲気はそこにはなく、まるで欲しかったものを与えられた子供のようであった。あれはおそらく"ミナヅキ"の方ではなく、皆月本人の人格のようだ。

 

 

 

 

 

「はははは、もうすぐこの世界は滅ぶ!僕だけの世界が完成する!!はははは」

 

 

 

 

 

皆月はこれから世界が滅ぶ様を想像しているのか、恍惚な表情を浮かべている。それ故に、同じ場にいる悠の存在を忘れているようなので、今がチャンスだ。悠は気配を消して皆月の死角に回った。狙うは"ペルソナの欠片"ただ一つ。アレを破壊すれば、皆月の計画は失敗するはずだ。隙をついて破壊しようと、"ペルソナの欠片"に急接近する。もらったと思ったが、

 

 

 

 

「バレバレなんだよっ!」

 

 

 

 

悠が"ペルソナの欠片"に一閃を繰り出す瞬間に、いつの間にか皆月が悠の懐にすばやく潜り込んでおり、腹に一発強烈な拳を叩きこんだ。

 

「がっ!」

 

かつてない衝撃が悠を襲う。皆月の拳は重くしばらく身体が動けそうにないくらいの威力だった。あまりの威力に悠は日本刀を手放してしまい、その場に倒れてしまう。蹲る悠を見ると、皆月はさらに凶悪な笑みを浮かべて笑い出した。

 

「だっせえな!!鳴上ー!」

 

皆月はそう悠を蔑むと、瞳に赤く光が灯った。その瞬間、悠は身体が押しつぶされそうになる感覚に襲われた。まるで金縛りにあったかのように身体の自由が利かなくなる。そういえば、皆月は放送室で同じような手で悠を拘束したような気がする。これが皆月の能力なのかと思っていると、それを待っていたかのように皆月は蹲る悠の腹を蹴飛ばした。

 

「ぐはっ………!」

 

腹に来る衝撃は想像以上の痛みがあったので、胃液が込み上げてきた。それに咽る間もなく、皆月はまた一撃また一撃と悠を蹴り飛ばす。

 

 

「はははは。見ろよ、鳴上!もうすぐお前の世界は滅びる。何も出来ないで見届けるしかない気分はどうだ?絶望的だろ?」

 

 

そう言いながら皆月は、まるで優悦に浸った子供のような表情をしていた。しかし、突然蹴るのを止めたのかと思うと、再び悠を蹴り飛ばす。その時の皆月の表情は先ほどの子供のような表情ではなく、恨みを持つ仇を目の前にした者の表情だった。

 

 

「目障りだったんだよ……ムカつくんだよっ!お前は()()()()()()()()()のに!僕と同じ孤独な人間だったくせにっ!!」

 

 

「がはっ!」

 

 

「僕に持てなかったものを持っているお前がっ!目障りなんだよっ!!」

 

 

皆月はその一撃一撃には恨みが込めて、悠を甚振っていく。もう何発も蹴りを入れられたせいか、痛みが全く感じなくなり、視界もぼやけてきた。今自分がどこに居るのかも把握しきれない。そんな悠の様子を見た皆月は甚振るのが飽きたのか、蹴りを入れるのをやめて、悠の首根っこを掴んだ。

 

 

「くくく……どうせなら、お仲間たちにも見せてやりたかったな。お前が無残に死んでいくところをなぁっ!」

 

 

皆月はそう言うと、腰に差していた物騒な刀を一本抜刀して、刃を悠に向ける。抵抗しようにも、さっきまで力強く甚振られたせいか全身に力が入らない。そのせいか、ペルソナを召喚するためのタロットカードを発現する気力もなくなっている。もう終わりかとあきらめかけたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

パアアアン

 

 

 

 

 

 

瞬間、拳銃の発砲音と共に、何かが壊れた音がした。見てみると、"ペルソナの欠片"の表面にヒビが入っていた。そのひび割れの原因となっているものは一発の銃弾だった。

 

 

「何っ!?」

 

 

 

「チッ」

 

誰かの舌打ちが聞こえる。それに反応した皆月は正体が分かったのか、凄まじい殺気を纏って、悠から離れてある人物と対峙した。

 

 

 

 

 

「テメ―っ!何やってやがんだよ、()()ぃぃ」

 

 

 

 

 

 

皆月の言葉に驚いて見てみると、そこには銃を構えて戦闘態勢を取っている足立がいた。拳銃の照準は先ほどヒビが入った"ペルソナの欠片"に向いてる。つまり、先ほどの銃撃は足立によるものだったのだ。足立が取った行動に悠は困惑せざるを得ななかった。足立は皆月の協力者ではなかったのか?

 

 

「あれ?僕がいつ”協力する“って言ったっけ?ははは」

 

 

皆月の遠吠えに足立はあっけらかんと人をバカにした表情でそう言葉を返した。その言葉を聞いて、悠は確信する。()()()()()()()()()()()()()()()のだ。おそらく協力者のフリをして、皆月の計画をぶち壊そうと機会を待っていたのだろう。さっきのがそのときだったのだ。

 

「足立さん……」

 

そのことが分かった途端、悠は思わずそう呟いてしまった。その呟きが聞こえたのか、足立は皆月の近くに転がっている悠に目をやると、やれやれと呆れた表情でこう言った。

 

「ちょっと悠くん、いくら何でもやられ過ぎだよ。こんなガキ一人にさ。都会に帰ってからあんな可愛い子たちを侍らせてるから、平和ボケしたんじゃないの?」

 

足立の言葉に少々うっとなる。言い方はどうかと思うが、的を得ているので言い訳のしようがない。

 

 

「……………言っとくけど、君らのためじゃないよ。僕は僕のけじめを付けにきただけだからね」

 

 

足立は不貞腐れたように悠にそう言った。おそらく足立のことなので、悠たちに気づかれずにことを済まそうとしたのかもしれない。それが足立らしいと思って、悠は思わず安堵した。

 

 

「分かってます、あなたはそういう人じゃない……ぐっ!」

 

 

足立の言葉にそう返答した途端、脇腹に衝撃が走った。皆月が怒りのあまりに八つ当たりで悠を蹴飛ばしたようだ。思いっきり腹を蹴られたので、再び胃液が逆流して体に激痛が走る。それを見た足立の皆月を見る目が一層険しくなる。

 

 

 

 

「クソボケが…ぶっ壊してやるっ!!」

 

 

 

 

皆月は二刀の刀を構えなおして、足立に突進する。だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

ーカッー

「…ペルソナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

足立は皆月の攻撃を躱すと、掌に発現させていた赤いタロットカードを砕いた。それと同時に禍々しいオーラを纏うペルソナが召喚された。悠の【イザナギ】と外見は同じだが、アレに反して禍々しい雰囲気を持ったそのペルソナの名は【マガツイザナギ】。突然目の前でペルソナを召喚されたら普通の人間は驚くのだが、皆月は恐れることなく突撃する。だが、マガツイザナギの禍々しい迫力に押されて、皆月は突撃も虚しく尻もちをついてしまう。足立は尻もちをついた皆月を地面に縫い付けるように、上に乗りかかってマウントポジションを取った。流石は元刑事というだけであって、皆月もそう簡単には抜けられないようだった。

 

 

「テメエ……どういうつもりだ。最初から裏切るつもりだったのか?恩知らずにも程があるだろーが!?」

 

 

抑え込まれたにも関わらず、刃のように鋭い眼差しで足立を睨む皆月。相当頭に血が上っているのか、怒りで身体が震えていた。

 

 

「ゴミカスが調子に乗りやがって、勝った気になってんじゃねえぞ!僕に逆らうとか、マジでバカだろ?そんなんだから、鳴上に負けたんだよっ!バーカバーカバーカっ!」

 

 

罵るボキャブラリーがなくなったのか、駄々をこねる子供みたいに"ばか"としか言わなくなった皆月。

 

 

 

「ごちゃごちゃうるさいんだよ、バーカ」

 

 

 

足立もいい加減うんざりしのか、黙らせるように皆月の下顎に銃口を突きつける。

 

 

 

「あのさー、君って人のこと言えるの?調子に乗って人様のもの盗んで、テレビの世界でバカな大会開かせてさ。せっかく高坂さんみたいな可愛い子たちがわざわざ都会から遊びに来たって言うのに……君のせいで、あの子たちの楽しみが台無しだよ」

 

「もう十分楽しんだろ?君みたいなクソガキに“あの力”が制御できるわけないって。今すぐ悠くんたちにゴメンナサーイって土下座して、お家に帰った方が良いんじゃない?今なら間に合うかもよ」

 

 

 

 

相変わらず人を食ったように諭す足立。だが、

 

 

 

「うるせぇうるせぇうるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!何見下してんだっ!ぶち殺すぞっ!僕はやれるんだ!やれるから、やっちまって何が悪いっ!下顎から串刺しにされてえかっ!?」

 

 

 

その言葉に皆月は更に癇癪を起したように怒鳴り散らした。自分がやらかそうとしたことに対して反省も謝罪する気はないようだ。それに、()()()()()()()……とは。その言葉は去年、足立も悠たちに動機として言ってたことだ。かつて自分が口にした言葉を言われた足立は顔をしかめて吐き捨てる。

 

 

「君を見てると、ムカつくんだよねぇ。だけど、これで終わりだよ」

 

 

足立はそう言うと、皆月を抑えつけたまま拳銃の照準を"ペルソナの欠片"に向ける。その距離は数メートル。これを破壊してしまえば終わりだ。足立は意を決して拳銃の引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

「!!っ」

 

 

 

 

 

 

だが、拳銃の引き金を引いたと同時に、皆月の瞳が赤く光り、気づいたときには足立と皆月の位置は逆転していた。放った弾丸は惜しくも"ペルソナの欠片"をすり抜けてしまう。今度は皆月が足立に馬乗りになっている。計画を邪魔されたせいか、皆月の目が燃えるように怒りに満ちていた。

 

 

 

「殺してやるよ、足立……元の形が分かんなくなるくらいぐちゃぐちゃにしてやるぁっ!!」

 

 

 

バキッ!

 

皆月は癇癪を起して足立の胸倉を掴み、容赦ない勢いで足立の顔を殴った。ありったけの力で殴ったせいか、足立の口から出血が確認できた。それに関係なく皆月は何度もその勢いで足立を殴りつける。

 

 

バキッ!バキッ!

 

 

辺りに皆月が足立を殴る鈍い音が木霊する。

 

「足立…さん………」

 

悠は思わず足立の元に駆け寄ろうとするが、皆月に殴られて蹴られた痛みがまだ残っていて身体が動かない。それを尻目に皆月は怒りが頂点に達しているのか、足立に振り落とす拳の勢いが容赦ない。このままでは何も出来なければ自分の目の前で足立が殴り殺されるかもしれない。それだけは絶対にダメだと思い、悠は身体に鞭を打って、近くに転がっている刀に手を伸ばそうとした。だが、上手く身体が動いてくれない。

 

 

(動け…動け………今動かないと…足立さんが………)

 

 

自分の身体に何度も暗示をかけるが、身体は言うことを聞いてくれなかった。このまま何も出来ずに、見殺しにしてしまうのか?自責の念に駆られて心が半ば折れかけて意識が遠くなりそうになったその時、何者かが走ってこの場になだれ込んでくるのが見えた。その姿は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(足立)

 

 

バキッ!バキッ!

 

「ぐ……はッ…………!」

 

苦い鉄の味が口の中を支配していく。凄い力だな……僕は一撃ごとにぐわんぐわんと揺れる衝撃の中でそんなことばかり考えていた。なんだよ、結構まだ余裕あるじゃない、僕。これも去年堂島さんに散々シゴキを受けていたお陰かな……

 

 

「ハア……ハア……ハア……テメェ、何考えてんだ?これがどれだけ大事なモンか分かってんだろうな…僕の計画をぶち壊すつもりだったのかよっ!」

 

 

バキッ!

 

「がはっ…………!」

 

 

更に一段と鉄の味が広がっていく。一思いに僕を殺したけきゃ傍に転がってる刀でブスっと刺せばいいのに、皆月は馬乗りになったまま殴りつけてくる。簡単に死なせはしないってことか。相当頭に血が上ってやがる。やっぱりガキはガキだよなあ………

 

 

「言ったでしょ?"協力する"なんて言ってないって…………隙をついて、あれを壊そうとしたんだよ………」

 

 

そう、僕は元々この計画をぶち壊す魂胆だった。僕の目的は"()()()()()()()()()()()()()"こと。この皆月の起こした事件で誰か死んで、現実でその死体が発見されたら、去年のここで起こった連続殺人事件は再捜査されることになる。そうなることは僕としては何としても避けたい事態だった。そのためにわざと協力するフリをして機会を伺ってたんだ。正直またあの特捜隊の連中と顔を合わせるのは気が向かなかったし、彼らのために動いてるように思えて癪だったけど、そうは言ってられない状況だったし。高坂さんみたいにわざわざ都会から来てこの事件に巻き込まれたっていう子も居たから尚更ね。

 

 

「このクソ虫がっ!散々姿を晦ませてやがったから、クソの役に立たねえと思ってたが……まさかこの瞬間を狙ってやがったとは…なぁっ!!」

 

 

バキッ!バキッ!

 

「がっ……ぐ……………」

 

 

あー…まずいな、意識が朦朧としてきた。殴られる痛みすら分からなくなってきて意識が飛びそうだ。しかし、最近のガキは加減というものを知らないのかねぇ……こんなに殴ったら本当に死んじゃうっての。

 

 

「んっとにムカつくぜ、クソゴミがっ!折角テメェだけはぶっ壊さないでおこうとおもってたのによぉっ!テメェが出来なかった世界が滅ぶ様を見せて気持ち良くさせてやろうと思ってたのによぉっ!」

 

 

バキッ!バキッ!

 

「ごはっ…!……ぐ……はっ…………」

 

 

強烈な一撃に、遠のいた意識を繋ぎとめる。そう、こいつが僕をわざわざあそこから連れてきたのは僕に世界の滅亡の様子を見せるためだそうだ。僕が出来なかったものを見せて、僕をスッキリさせてやろうと思ったらしい。笑っちゃうよね。実際こいつの言ってたことには共感は持てた。

 

世の中はくだらない馴れ合いばっかりだ。"絆"や"仲間"とか耳当たりの良い言葉を軽々しく言ってるヤツに限って、自分が傷つくと簡単に人を斬り捨てる。結局他人に寄り縋らないと生きていけないのに勘違いするバカがこの現実には多くて困る。まさしく僕が嫌いだった悠くんたち特捜隊のガキたちみたいなのがね。こんなクソみたいな現実なんて、手品みたいにパッと消えてしまえばいいと思ったよ。実際僕はそう思って、去年の"あの事件"で世界を滅ぼそうとした訳だし。でもね……

 

 

 

 

 

 

「一緒にすんじゃねえよ……クソガキが」

 

 

 

 

 

 

 

「!!っ、ああ?」

 

 

僕の言葉に皆月は驚いたような表情をする。何故か分からないけど、僕は残りの力を絞り出すように掠れた声で皆月に言った。

 

 

 

 

「…誰かに嫌われて、世界に嫌われて……テメェはただ駄々こねてるだけのクソガキだろうが。俺はね……マジでこの世界が大嫌いなんだよ……テメェみたいな半端なガキと一緒にされるのなんか……はは………こっちから願い下げだね………」

 

 

 

 

言ってやった。そして、僕の命もここで終わっただろう。この言葉を聞いて、皆月がキレない訳がないだろう。バカだよね、僕も。まさかこんな状況でこんなこと言っちゃうなんてさ。そんな自分に笑えてくる。悠くんの悪影響でも受けちゃったのかな?はははっ

 

 

「終わったぞ、テメェ………望みどおりに殺してやる」

 

 

皆月は僕の言葉に我慢の限界がきたのか、静かに立ち上がって、側に転がっていた刀を拾い上げて抜刀した。そして、その刀の刃を僕の首元に突き立てる。冷やりとした鉄の感触に肌が栗立った。どうやら完全に僕を殺す気のようだ。その証拠に僕を見下ろす彼の目は据わっていた。はは、ダッサイなぁ…僕。バカなことを言ってしまって、それにキレたガキに殺されましたーなんて……堂島さんに情けないってドヤされそうだなぁ。あーあ、最悪だよ。まだ食べたかったウナギ食べてないし、ここで僕が死んだら去年の事件が複雑化するし、僕には何も残らなくなる。まあ…()()()()()()()()し、あとはなんとかなるだろう。だから、

 

 

「…君さあ…知らないでしょ?」

 

 

「?」

 

 

最後に何も知らないガキに一つ警告していてやろう。

 

 

 

「あいつら……悠くんたちはしつこいんだ……こっちがどれだけ叩きのめしても………何度も何度も這い上がってくる………覚悟しときなよ」

 

 

 

「……………死ね」

 

 

僕の警告に皆月は一瞬動きが止まったものの、すぐに僕に処刑人のような冷た言葉を吐いて、刀を僕に振り落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめーーーーーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドオオオオオオオオオンッ!

 

 

 

来るはずのない衝撃が来ない……その代わりに、誰かの雄叫びと何かが壊れる大きな音が聞こえたので、朧気ながらも目を開けて確認してみた。

 

 

 

「なっ……………」

 

 

 

 

ありえない光景に僕は絶句するしかなかった。さっきまで僕に刀を振り落とそうとした()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから。あまりに衝撃が大きかったせいか、"ペルソナの欠片"は大きく砕け散って霧散していく。一体…誰が………

 

 

「アンタっ!大丈夫なん!?意識はあるん?」

 

 

見ると僕の様子を確認するためか、こっちを覗き込んでいる女の子がいた。水色のポニーテールに八十神高校のセーラー服。身体は人間ではなく、機械の部品が剥き出しのロボット……確か、この子は皆月が今回の事件のために盗んだものであり、悠くんが救おうとした……"ラビリス"って言ったっけ?…………そうか、だとしたら………

 

 

 

「悠っ!大丈夫かっ!!悠っ!!」

「鳴上先輩っ!しっかりしてくださいっ!」

「鳴上くんっ!」

「センパイっ!大丈夫ですか!?」

「鳴上っ!しっかりしなさいよっ!」

「待っててください。今から回復を……」

「花陽、アンタいつの間に……」

「ちょっ!あれって……足立じゃない!?」

「ぎょえええっ!何でアダッチーがここに!?」

「ラビリスちゃんっ!そいつも…こっちに保護しろ!」

 

 

 

 

それと一緒に別の声が聞こえてくる。この聞き覚えのある声は………

 

 

 

「はは……全く……君たちは…相変わらずムカつくね……本当に…………」

 

 

 

彼らの姿を確認して、僕は思わずそう言った。あとは君らで何とかなるだろう。君たちのしつこさは僕自身が身を持って知っている。人がここまでやったんだ。最後まで気を抜かないで頑張ってよね、僕の嫌いな特捜隊の諸君。そう思った瞬間、心が安堵したのか僕の意識はプツリと途切れた。

 

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「みんな……」

「助けに来たぜっ!相棒!」

「な…何アレ……」


「最後の戦いだ!みんな、やるぞっ!」

「「「おおっ!!」」


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#34「Break out of...③ーLast Battleー」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

先日、執筆中の息抜きで部屋を掃除していたら中学の時に読んでいた浦沢直樹の「MASTER KEATON」が出てきたので、読み直してみました。久しぶりに読んでみると、とても面白かったので、つい一気読みしてしまいました。余談ですが、今作の海未のペルソナである【ポリュムニア】の武器もこの「MASTER KEATON」からヒントをもらったんですよね。

そんな小話は置いといて、改めて新たにお気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方、アドバイスやご意見をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


長らくお待たせしました!いよいよ、アルティメット編最終決戦!果たしてその結末は!?

それでは、本編をどうぞ!


「悠っ!悠ー!しっかりしろっ!悠!」

「先輩!起きてくださいっ!鳴上先輩!」

「センパイっ!」

「鳴上くんっ!」

「鳴上さんっ!」

 

 

誰かの声が聞こえてくる。聞き覚えのある…温かくどこか安心させる声。それに、先ほどまで身体を蝕んでいた痛みが少しずつ癒されていく気がする。ぼやけてきた視界も段々クリアになっていく。ゆっくりと目を開けると、

 

「よ、陽介………」

 

「大丈夫か?助けに来たぜ、相棒!」

 

目の前に最初の決闘で戦って、友情を再確認した陽介の笑顔があった。視界がクリアになってきたので、よくよく見てみると、陽介は傷だらけであった。そんな傷まで負ってまでここまできてくれたのか。

 

「な、鳴上先輩!良かった……良かったです~~!!」

「にゃ~!鳴上先輩~~!!」

 

ふと見ると、陽介とは別に悠の手を握って涙を浮かべながらも嬉しそうに喜んでいる少女たちがいる。

 

「小泉……凛………」

 

よく見ると、彼女たちも陽介と同様に傷だらけであった。それに陽介や花陽、凛だけではない。千枝や雪子、完二やりせと直人、そしてクマの特捜隊に、海未と真姫、にこのμ‘sの仲間たちがそこにいた。

 

 

「鳴上くんっ!」

「良かった…無事で」

「センパイっ!」

「先輩、ご無事で何よりです」

「うえ~ん!良かった~悠センパ~イ!!」

「うわ~ん!センセイ、良かったクマーーー!」

「ってどこ触ってんだ、エログマ!」

「ぐふっ!」

 

「鳴上先輩っ!」

「鳴上さん……良かった……」

「全く……心配かけんじゃないわよ!ううっ……」

「真姫ちゃんとにこ先輩も心配し過ぎて泣いてるにゃ」

「「な、泣いてない!」」

 

 

「みんな………」

 

この場に仲間の皆がいることに悠は胸が熱くなった。一部セクハラを働いた者や涙で顔がぐしゃぐしゃになっている者もいるが、大切な仲間の姿を見ると、悠は自然と笑顔になった。ふと見ると、悠の傷を癒してくれているのは見覚えのあるペルソナたちを確認する。そのペルソナは雪子の【スメオオミカミ】と花陽の【クレイオ―】。

 

「天城……小泉………ぐうっ」

 

「鳴上くん、動かないで。私と戦った時より、傷がひどいから…」

 

「先輩、無理しないでください」

 

雪子と花陽が傷ついた身体で動こうとする悠を制止する。2人の回復魔法のおかげで大分動けるようになったが、まだ皆月に蹴り飛ばされたところが痛む。そう簡単には治らないようだ。

 

 

 

「鳴上くん、無事やったんやね。良かったわ」

 

 

 

次に悠に話しかけたのは八十神高校のセーラーに水色のポニーテールが特徴的な女の子……そして機械仕掛けの斧を持っている。その後ろに従えているペルソナは確か…【アリアドネ】。ということは、

 

「ラビリス……君まで………高坂と…ことりは?」

 

「あっちの世界で風花さんとシャドウワーカーっちゅう人たちに任せとる。ここはどうもペルソナ使いじゃないと行動できひんようになっとるらしいっちゅうて……でも、風花さんなら安心や」

 

なるほど。道理でいつも一番に駆け寄ってくるあの2人がいない訳である。しかし、風花とその仲間たちが一緒なら安心して任せられる。

 

 

 

「それよりも皆、来るでっ!」

 

 

 

ラビリスの言葉で一同は一斉にラビリスの視線の方を見る。つい先ほどまで”ペルソナの欠片”が浮遊していた場所にはフラフラに立っている皆月しかいなく、”ペルソナの欠片”はなくなっていた。どうやら陽介たちがここに殴りこんできたと同時に、ラビリスが破壊したらしい。皆月は大事なものを破壊されたせいか、燃え盛るような赤い瞳でこちらを睨んでいた。

 

 

「よくもやってくれたな………もうすぐ"あの子"の世界が完成するところだったのに……」

 

 

皆月から今までに見たことがないほどの殺気を感じる。いや、あの感じは皆月ではなく、"ミナヅキ"の方だ。自ら立てた計画が成功間際に頓挫されたので、その怒りは尋常ではないだろう。今すぐ自分たちに襲い掛かってもおかしくない状況だ。

 

 

「やる気ってんなら受けて立つぜ。あの時のリベンジがまだだからな」

 

 

陽介はミナヅキを見ても臆せず、まだ手負いの悠を守るかのように立ち塞がって戦闘態勢に入った。皆も陽介と気持ちは同じなのか、陽介に続いて戦闘の構えを取る。そして、りせは早速【コウゼオン】を召喚してサポート体制に入る。その様子を見たミナヅキは殺気を醸し出しながらも小馬鹿にするように吐き捨てる。

 

 

「ふん、死に損ないが何人来ようが俺に勝てるわけないだろ。"絆"なんて弱いやつが群れるための言い訳だ……"孤独"こそ本当の力だということを教えてやる!」

 

 

ミナヅキはそう言うと、床に落ちていた自身の刀を拾い上げて構えを取った。

 

 

 

 

ーカッー

【ツキヨミ】!!」

 

 

 

 

それと同時にミナヅキは手に取った刀を横に振るったと同時に、ミナヅキの背後にペルソナが出現した。頭に三日月を思わせる意匠をあしらえ、漆黒の刀剣を携えた黒衣が特徴的恰好をしている。ミナヅキが召喚したペルソナを見て、りせはその戦闘力の高さに驚愕した。

 

『うそ…あいつ、ペルソナ持ってたの!?しかもこの戦力って………みんな、気を付けて!あのペルソナ、結構強いよ。妙な力を持っているから、みんなで束になっても勝てるかどうか……』

 

りせの解析によりそのような結果が出た。しかし、ミナヅキの話では"桐条"が強いた実験は失敗に終わったはずではなかったのか?なにがどうあれ、ミナヅキがペルソナを持っていたとは想定外だ。足立や悠に使った能力はまだ序の口だったということだろう。しかし、その報告を聞いても、陽介たちは怯む様子はなかった。

 

 

「へっ、何が相手だろうが関係ねぇ!お前ら、全力で行くぞっ!!」

 

 

「「「「「おお(はい)っ!!」」」」

 

 

陽介が喝を入れるように鼓舞すると皆の士気が一気に高まった。流石は自称特捜隊副リーダー。幾度か悠の代わりに皆を引っ張ったことはある。しかし、その様子が気に入らなかったのか、ミナヅキは陽介たちを見る表情が更に歪んでいた。張り詰めた緊張の中、陽介たちがミナヅキの【ツキヨミ】に対抗すべく己のペルソナを召喚しようと、各々が自分のタロットカードを発現させて砕こうとしたその時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やってくれたの……"死の羽根"を宿し者よ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、緊迫した雰囲気の中に何者かの声が聞こえてきた。その声からして、聞き覚えの無いものと間違いない。悠たちは誰か来たのかと辺りを見渡したが、どこにもいない。だが、皆月は違った。

 

 

「この声……まさか、()()()()か!!」

 

 

皆月はその声に聞き覚えがあるようだ。だが、その表情は先ほどと打って変わって青ざめている。何が起こったのだろうか?それに、カグツチとは一体……

 

 

 

「せっかく我が力を貸してやったというのに、使えぬ傀儡よ。お陰で計画は台無しだ」

 

 

 

刹那、ミナヅキとツキヨミの周りを赤い霧が覆い始めた。それは今この稲羽市を覆っている霧と酷似していたので、悠たちはぎょっとなる。ミナヅキは焦りの表情を見せる。

 

「や…やめろ……やめろくれっ!俺は"あの子"のために……」

 

ミナヅキはそう訴えかけるが、お構いなしにミナヅキを覆う赤い霧はどんどん濃くなっていく。ミナヅキの表情が段々苦しくなっているにも見える。

 

 

 

 

 

「落とし前として、貴様らの身体をもらい受ける」

 

 

 

 

 

「う…うああああああああああっ!」

 

 

 

 

カグツチと呼ばれた声がそう宣言した途端、ミナヅキは悲鳴を上げて苦しみだした。悠たちは困惑してただ成り行きを見守るしかなかった。何かアクションを起こそうとした瞬間に赤い霧は消え去り、代わりに虚ろな表情で立ち尽くしているミナヅキがそこにいた。何が起きたのかと思った途端、ミナヅキの目が怪しい金色に光り、それに呼応するかのように皆月の身体が赤色に染まっていく。身体は皆月のものを残しているものの、もはや端から見れば別物と化していた。

 

 

 

 

 

 

「くくく……やはり身体があるとは良いものよなあ………実に良い………」

 

 

 

 

 

 

それから発せられた声に一同は動揺する。その声は皆月のものでもミナヅキのものでもない、違う誰かの声に変わっていたからだ。皆月が"桐条"の非道な実験により二重人格だという事実を含めても、あまりに変わりすぎている。

 

「な、何なんですか…これは……」

「こ、この人……どうしたんですか……」

「まるで…もう別人みたいじゃない……」

 

海未と真姫たちはありえないものを見たかのように声が震えている。普通ならこうなるはずなのだが、特捜隊のメンバーは皆月の様子にデジャヴを感じていた。

 

 

「お、おい…これって……足立の野郎の時と同じじゃねえか?」

 

 

皆月のその様子を見て、完二はそう言った。その言葉に特捜隊メンバーに衝撃が走る。足立の時と同じというキーワードが去年のあの光景を思い出したからだ。

 

「ま、まさか…こいつは………りせっ!」

 

陽介は完二の言葉に何か察したように、りせに確認をとった。そして、改めてミナヅキの状態を解析したりせは皆にこう言った。

 

 

 

「うん!完二の言う通り、こいつの意識はもう()()()()()()っ!私たちが"アメノサギリ"と戦ったときと同じだよ」

 

 

 

りせの報告を聞いたμ‘sメンバーは頭にハテナを浮かべたが、特捜隊メンバーは動揺を隠せなかった。

 

 

 

 

アメノサギリ

 

 

 

 

かつて稲羽のテレビの世界で晴れぬ霧を発生させて、自分たちの町に垂れ流した"向こう側の存在"。

 

 

「くくく……まさにその通りだ。そこな小娘の言う通り、我はこの町が晴れぬの霧に包まれた時に生まれしもの。鳴上悠、そして特捜隊の者ども、貴様らとは因縁浅からぬ間柄よ」

 

 

皆月の身体を乗っ取った何者かはそう言うと、悠たちの方へ向き直って邪悪な笑みを浮かべたまま己の名を告げた。

 

 

 

 

「我が名は【ヒノカグツチ】。"他者を顧みぬ他者とのつながりをかなぐり捨て個の為にのみ生きようとする者たちの総意"。生きとし生ける者全てを殺し尽くす者よ」

 

 

 

 

ヒノカグツチはまるで見せつけるかのように、禍々しいオーラを放ってそう言った。改めて皆月に乗っ取ったヒノカグツチを見ると、そのオーラは尋常じゃない。"アメノサギリ"程ではないにしても、皆月の身体から感じるその迫力に悠たちはあの時の絶望を思い出すほどに絶句してしまった。

 

 

「あ、アメノサギリ?って何ですか…それに、ヒノカグツチって……どれも日本神話に登場す名前なんじゃ……」

 

 

海未は絶句する悠たちを見て、震えながらも質問した。自分たちより手練れであるはずの陽介たち、果ては類いまれなる力で今まで自分たちを助けてくれた悠ですら、皆月に乗り移っている存在に絶句しているので聞かずにはいられなかった。その質問に陽介は平静を保って答える。

 

「海未ちゃんたちは知らないから分からないんだろうけど、俺たちが去年あの連続殺人事件を追いかけてる時に、テレビの世界の霧が現実に漏れ出したことがあったんだよ。その犯人がアメノサギリっていうテレビの世界に居たやつだったんだ」

 

「なっ……じゃあ、目の前にいるのって……その」

 

 

「ああ、あいつみたいに実体はないようだが、こいつもアメノサギリと同じ"向こう側の存在"……こいつが真の黒幕か!」

 

 

考えてみれば、"桐条"から非人道的な実験を強いられていたとはいえ、このような大掛かりなことを皆月たちだけで思いついたとはありえない。皆月が足立のように"向こう側の存在"に力を与えられていたのなら、それを与えていた存在がいると考える方が自然だった。それにしても、あの連続殺人事件を解決したことによって"向こう側の存在"は全ていなくなったと思っていたが、まだ生き残りがいたとは思わなかった。そう思っていると、

 

 

 

「そ、その声は……アンタやったんやね!ウチの夢の中に現れた声は!!」

 

 

 

ラビリスは何か思い当たるところがあったらしく、ヒノカグツチに向かってそう言った。ラビリスにそう質問されたヒノカグツチは何が可笑しいのか、笑いながらラビリスの質問に答えた。

 

 

「ハハハハッ、その通りだ。眠っておったお主の願望を我が計画に利用しようと思ったのだ。幻想とはいえ願いを叶えさせたお主を特捜隊や外から来た小娘どもに差し向けてペルソナの力を削ぐ役割をさせたつもりだが、まさか特捜隊の者どもに誑かされた挙句にペルソナを覚醒しよるとは。人形の分際で生意気よ」

 

 

ヒノカグツチの言葉はこの場にいる悠たちの怒りを煽るのに十分なものだった。まだ出会ったばかりとはいえ、ラビリスは自分たちの仲間だ。仲間をバカにされるのはとても腹が立つが、怒鳴り散らしたい気持ちを抑えつける。

 

 

「お前の目的はなんだ?」

 

 

悠がそう問いただすと、ヒノカグツチはニヤリと笑って答えた。

 

 

 

 

「我の望みはただ一つ…完全なる実体を手に入れることよ」

 

 

 

 

「何?」

 

 

「貴様らに言う通り我にはあのアメノサギリのように実体がない。完全な実体を手に入れるためには、大量のシャドウとそれを制御する"ペルソナの欠片"が必要だということを聞いたのでな。そのために、こ奴らとお主らを利用したのだ。集めたシャドウと融合し、"ペルソナの欠片"を喰らえば、我は実体を持って現実世界に降臨するという寸法よ。あの小僧がシャドウと"ペルソナの欠片"を集める計画を練ってくれたが、実に良い計画だった。最も、あの小僧は()()()()()()()()()ことは思ってもみなかっただろうがな」

 

 

ヒノカグツチに言葉に、皆はより一層怒りを感じた。つまり、こいつは元から計画を練ってくれた協力者である皆月を裏切ろうとしていたのだ。アメノサギリと違って、あまりに自分勝手すぎる。

 

 

「し、しかし、あなたの計画はたった今失敗に終わりました。今更どう足掻こうが、あなたの負けです!」

 

 

ヒノカグツチの計画をの詳細を聞いて、海未は恐怖を押し殺して反論する。確かに、先ほどヒノカグツチの計画の要である"ペルソナの欠片"は破壊された。海未の言う通り、その時点でヒノカグツチの計画は失敗したのも同然のはずである。だが、ヒノカグツチは海未の反論にそれがどうしたと言わんばかりに嘲笑った。

 

 

 

「ハハハ、我を前にして口答えするとは中々強かよの、外から来た小娘よ。確かに計画は失敗した…だが、まだ我は()()()()()()()()()。今回はこのような結末だったが、次はそうはいかん。こ奴らの身体で生きながえながら次の機会を待つだけよ」

 

 

 

堂々と再犯予告をするヒノカグツチ。またの機会が来るまで皆月の身体を利用して逃げ続けるということだろう。そんなことはさせまいと、悠たちは戦闘態勢を取る。

 

 

 

 

「だが、その前にまず貴様を消しておかなければならんの、()()()

 

 

 

 

「!!!」

 

ヒノカグツチが悠に向かってそう言ったので、悠本人のみならずその場にいる陽介たちも動揺した。

 

 

「どういうことだ!?」

 

 

「貴様のせいで、今回の計画は狂ったのだ……正確にいえば、()()()()()()()()()のせいでな」

 

 

悠の中にあるものと聞いて、一同は困惑する。だが、悠本人には心当たりがあったので、反射的に自分の胸に手を当てた。

 

 

(もしかして、こいつは"女神の加護"のことを言っているのか?)

 

 

自分の中に今あるものと言ったら、アレしか思いつかない。あの宝玉にどのような力があるのかは、悠はおろかベルベットルームのイゴールやマーガレットでさえ、未だに正体が分かってないのだ。今までは、イゴールの推測通り悠が何者かにかけられた呪いを打ち消す効果しかないと思ったが、アレにはどうもヒノカグツチにとって都合が悪い力もあるらしい。すると、

 

 

 

 

「邪魔のものは全て消しさればならん」

 

 

 

 

ヒノカグツチがそう言うと、皆月の身体を再び赤い霧に包み、別の姿へと転生した。その姿はミナヅキのペルソナであるツキヨミ。姿こそは変わっていないものの、普通のペルソナより一回りも大きく、足立の【マガツイザナギ】と同じく禍々しい雰囲気を醸し出していた。その姿を目のあたりにして、悠たちは絶句してしまう。

 

 

 

 

 

 

「鳴上悠よ、仲間と共に絶望しながらこの世から消えるがよい」

 

 

 

 

 

 

ヒノカグツチが悠たちにそう言った瞬間、上空に渦を巻いていたシャドウたちが一斉にヒノカグツチに向かって急降下してきた。それを確認したヒノカグツチは掌を上に向けると、集まってきたシャドウが灼熱の業火に変化する。それを解析したりせから驚愕の声が聞こえた。

 

 

『な、何アレ……って危ない!!』

 

 

だが、りせの警告は遅く、ヒノカグツチは悠たちに向けて業火を放っていた。悠は無謀と思いながらも、みんなを守るためにペルソナを召喚しようとする。その時、

 

 

 

 

ーカッ!ー

「正当防衛ですっ!【ヤマトスメラミコト】!!」

 

 

 

 

ヒノカグツチの業火が悠たちに向けられる寸前に、悠より早く直斗が己のペルソナを召喚し、皆の前に機動隊が使うようなシールドを発現させる。その瞬間、地獄の業火が悠たちを襲った。幸い直斗が張ったシールドのお陰で皆無傷で済んだ。直斗の盾がなければ死傷者が出ていただろう。

 

 

「ッハハハハハ。呆れた胆力だ。どんなに足掻こうが、仲間同士で戦い続けた貴様らに勝機はないわ!」

 

 

ヒノカグツチは直斗の必死の抵抗を嘲笑うと、弄ぶように追い打ちをかける。このままではみんなに直撃してしまう。次こそはと、悠はみんなを守るためにタロットカードを砕いた。

 

 

 

ーカッ!ー

「【ジャックランタン】!」

 

 

 

火炎ならこいつが有効だと、悠はジャックランタンを召喚する。だが、召喚されたと同時に、ヒノカグツチの業火がジャックランタンを襲う。結果的に皆を守れたが、業火の火力が想像以上だったのかジャックランタンは業火を吸収しきれずに消滅し、悠はフィードバックで大ダメージを負ってしまい、床に膝をついてしまう。

 

 

「そんな……鳴上先輩が」

「こんなの……勝てる訳ないじゃない」

「にゃ~………」

 

 

悠が戦闘不能になったのを見て、海未たちは委縮してしまった。それ以前に、あのヒノカグツチは今まで戦ってきた他人の暴走したシャドウとは迫力が桁違いだ。そんなものに立ち向かうのは正気の沙汰じゃない。その様子を見て、ヒノカグツチはニヤリとした。

 

 

 

 

 

 

「終わりだ」

 

 

 

 

 

 

 

そして、トドメトばかりにヒノカグツチは悠に向けて業火を放とうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうはさせねえよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、業火を放とうとしたヒノカグツチに大爆発が襲い掛かった。それに怯んでしまい、業火は明後日の方向へと飛び出してしまった。それをやった張本人は、【タケハヤスサノオ】・【スメオオミカミ】・【ハラエドノオオカミ】・【タケジザイテン】・【カムイモシリ】。つまり、特捜隊メンバーのペルソナたちだった。

 

 

「陽介さん!?」

「雪子さん?それに、千枝さん?」

「完二さん………クマさん…」

 

 

自分たちよりも前に出て、あのヒノカグツチに立ち向かった姿勢に海未たちは驚きを隠しきれなかった。悠は陽介たちの方を見て、頼もしく思ったのか陽介に向けて拳を出した。

 

 

 

「頼んだ」

 

「ああ、ここは任せとけ」

 

 

 

悠と陽介は互いにそう言って拳を交わした。たったそれだけのやり取りだったが、2人の間に固い信頼があるのを海未たちは感じた。それに、陽介だけではない。千枝に雪子、完二やりせやクマ、そして直斗もそれに応じるかのように頷いてヒノカグツチと対峙した。

 

 

「き、貴様ら……よくも……」

 

 

ヒノカグツチは陽介たちを憎々し気に睨みつけるが、陽介たちは怯まずにヒノカグツチを睨み返す。

 

 

「なーにが実体を手に入れるためだっての。そんなことで、俺たちの大切な場所を奪われてたまるかってんだ!!」

 

 

陽介がそう叫んだと同じ瞬間、陽介のペルソナのタケハヤスサノオはヒノカグツチの懐に入り込み、目にも止まらぬ速さで攻撃する。だが、多少攻撃が通じたものの、ヒノカグツチはすぐに態勢を整えて、陽介たちに向かってまた業火を放つ。しかし、ヒノカグツチの業火が直撃する直前、雪子のスメオオミカミが皆の前に立ち、業火を全て吸収した。

 

 

「みんなの楽しみを奪っておいて、自分勝手な理由で死ねだなんて…絶対に許さない!!」

 

 

雪子がキッと睨んでそう言うと、その隙に千枝のハラエドノオオカミが腹蹴りを、完二のタケジザイテンとクマのカムイモシリが突進攻撃をヒノカグツチの腹部に繰り出した。

 

 

「せっかく鳴上くんと穂乃果ちゃんたちが都会から遊びに来てくれたのに、アンタのせいで台無しだっつの!」

「テメェがぶっ倒される覚悟はできてんだろうなぁ?ゴラァ!!」

「クマの大切なセンセイたちを巻き込んでヒドイことさせたなんて…許さないクマ!!」

 

 

パワーのある3体のペルソナの攻撃を受けて、ヒノカグツチは唸り声を上げて後退する。

ヒノカグツチが3人の攻撃に怯んでいるのを好機に、直斗はヒノカグツチの周りに光魔法の魔方陣を発現させた。

 

 

「皆さんの楽しみを奪った報い、きっちり受けてもらいます!!」

 

 

直斗がそう言ったと同時に、ヤマトスメラミコトの光魔法が発動した。魔方陣から放出される光がヒノカグツチを包んだ。これで決まったかのようにみえたが、ヒノカグツチは消えることなかった。

 

 

 

「効かぬ効かぬ!!我にそんな小細工は……ぐっ!」

 

 

 

ヒノカグツチはそう豪語しようとした瞬間を狙って、先ほどまで気配を消していたラビリスが思いっきり斧を振り落として、ヒノカグツチを床に叩きつけた。

 

 

「ウチも陽介くんたちと同じや。鳴上くんや穂乃果ちゃんたちを傷つけてといて、ただで済むと思わんどいて!!」

 

 

ラビリスの攻撃が効いたのか、ヒノカグツチは先ほどよりもダメージを受けているように見える。ここが踏ん張り時だと、陽介は皆を奮い立たせて、己のペルソナを突進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(海未)

 

私は何をしているのでしょう……

 

 

目の前で陽介さんたちが戦っている姿を見て、私はそうすることしか出来ない自分を情けないと思いました。陽介さんたちはあのヒノカグツチという到底私たちでは敵わないバケモノを相手に臆せず、果敢に立ち向かっています。さっきまで私はあのヒノカグツチという化け物の迫力に震えていたのに、今は震えが止まり、陽介さんや雪子さんたちの戦っている姿に目が離せませんでした。だって、あの方たちの目はどこまでも澄んでいて、真っすぐだったのですから。あれが、鳴上先輩が昨年一緒に戦った仲間の姿…………

 

 

 

私も……あの方たちに近づきたい!

 

 

 

陽介さんたちの戦っている姿に触発されて、私は不意にそう思いました。今はまだ未熟で、陽介さんや雪子さんたちと肩を並べるなんておこがましいですが、少しでも……あの人たちに近づきたい!ここで弱音を吐いていても始まりません。

 

私はそう自身を奮い立たせて、立ち上がります。すると、花陽も凛も真姫も、そしてにこ先輩も同じ気持ちだったのか、私に呼応するように立ち上がりました。私たちも戦いましょう!鳴上先輩を守るために………そして、一歩でも特捜隊の皆さんに近づくために!!

 

 

 

 

 

 

 

ーカッ!ー

【ポリュムニア】!!」

 

 

 

 

 

 

 

another view(海未)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バアアアアアアアン

 

 

 

「ぐおおっ!だ、誰だ!!」

 

 

 

ヒノカグツチが新たに陽介に向けて業火を放とうとした途端、ヒノカグツチの肩に一本も矢が突き刺さった。誰がやったのかと振り返ってみると、

 

 

 

 

「海未ちゃん!!」

 

 

 

 

それをやったのは他でもない、真剣な目でヒノカグツチを見据えている自分たちの新たな後輩の一人である海未であった。

 

 

「陽介さん、すみません!!遅れながら私たちも参戦します!」

 

 

その声にもうヒノカグツチに対する恐怖は感じられない。しっかりとした戦意を持って戦いに参戦している。だが、今の海未の攻撃はあまりヒノカグツチには効かなかったようだ。

 

 

「小娘が……生意気な!!」

 

 

ヒノカグツチは今度は海未をターゲットにしたのか、掌の業火の玉を海未に向けて放つ。ポリュムニアは何なくヒノカグツチの攻撃を紙一重に躱した。それに苛立ったのか、ヒノカグツチは次々とポリュムニアに向けて業火を放っていく。そして、ついに業火がポリュムニアの身体にかすってしまい、ポリュムニアの動きが鈍ったのを機にヒノカグツチは追撃をかける。瞬間、待っていましたと言わんばかりに海未は不敵に笑った。

 

 

 

「今です!みんな!!」

 

 

 

 

ーカッ!ー

「「「「ペルソナ!!」」」」

 

 

 

 

海未の合図と同時に凛の【タレイア】、花陽の【クレイオー】、真姫の【メルポメネー】、にこの【エラトー】の魔法が一つに合体してヒノカグツチの急所に直撃した。雷撃・疾風・火炎・氷結属性が合わさった攻撃は相当な威力があったのか、ヒノカグツチは呻き声を上げながら膝をついた。ヒノカグツチに膝をつかせるほどの攻撃を放ったμ‘sたちに陽介たちは思わず感嘆した。悠からはまだ覚醒して日が浅いと聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。感嘆したと同時に、自分たちも負けられないと陽介たちは士気を更に高くした。

 

 

 

『よし!海未ちゃんたちのお陰で、ヒノカグツチの動きが止まったよ!仕掛けるなら今がチャンス!アーユーレディ?』

 

 

 

「OK、りせ!お前ら!一気に攻めるぞ!!」

 

 

 

りせからそのような報告が入り、攻め時だと悟った陽介の号令で皆は一気にヒノカグツチの元へ攻め込んだ。この調子ならいける。誰もが、そう思った時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小賢しい羽虫どもが!調子に乗るなあぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒノカグツチはついに本気を出したのか陽介たちの総攻撃を受ける前に、炎の衝撃波を発生させて陽介たちを退ける。今の攻撃で陽介たちは結構なダメージを受けたのか、すぐに動けそうになさそうだ。

 

 

 

 

「茶番はもう終わりだ!我が業火を持って、一人残らず焼き尽くしてやる!!」

 

 

 

 

ヒノカグツチは今までの仕返しと言わんばかりに、両手を上空に掲げて、発現させた業火の出力を更に倍増させた。それは業火というには生ぬるい、小さな太陽のようだった。あれがこちらに放たれては一溜りもない。放たれたら完全に終わりだ。

 

 

(まずい、このままじゃ…………)

 

 

悠は何とかしようと身体を起こそうとする。その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全く……見てらんないよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒノカグツチの業火が再び繰り出されようとした瞬間、青いタロットカードが発現され砕かれた。それによって召喚されたペルソナが倒れている陽介たちの前に立ち塞がって、業火を放とうとするヒノカグツチに一太刀浴びせた。不意を突かれたせいか、ヒノカグツチは両手に発現した小太陽を維持しきれず、自身に落としてしまう。

 

 

 

「ぐおおおお!き、貴様っ!!」

 

 

 

何が起こったのかと見てみると、そこにいたのは【マガツイザナギ】だった。このペルソナを使役する人物は一人しかいない。

 

 

『はぁ……詰めが甘いんだよ君たち。せっかくお膳立したのに………僕が目覚めるまで片付けてくれないんだからさ……』

 

 

マガツイザナギからくたびれた様子を想像させる足立の声が聞こえてくる。今の状況から察するに、足立のマガツイザナギが皆を守ってくれたのだ。その足立の行動に悠は思わず驚くしかなかった。今までの足立は自分たちにヒントを与えることはあっても、直接手助けをすることなどなかったはずだ。

 

 

 

『……今回だけだよ。僕もやらなきゃいけないことがあるんだから。さっさとやっつけてよね』

 

 

 

足立はそう言うと、マガツイザナギは【道化師】のタロットカードに姿を変えて、悠の中に入ってくる。その瞬間、悠の中に荒ぶる力が湧いてくるような感覚が襲う。そして、その力を抑制しようと、"女神の加護"たちが輝きだす。それを感じた悠はヒノカグツチの方をみて、ニヤリと笑った。

 

 

「な、鳴上先輩?どうしたんですか?………えっ!?」

 

 

悠の様子が心配になったのか、近くにいた花陽は悠の顔を覗き込んだ。すると、悠は立ち上がってスタスタとヒノカグツチの方に歩みを進めようとした。

 

 

「待ってください!先輩はまだ……」

 

 

まだ完全回復してないのに、戦場に出るのは危険すぎる。花陽は悠を何としても止めようと悠に抱き着いた。すると、突然悠はこちらを振り向き、自分を行かせまいとしがみつく花陽の頭をあやすように撫でた。

 

 

「え……」

 

「大丈夫、すぐに帰ってくるから。待っていてくれ」

 

 

悠は花陽の頭を撫でながらそう言われては何ともいえなくなる。だが、不思議なことに悠のその真っすぐな瞳を見ると、何かやってくれるような予感がした。それに応じようと、花陽は悠の目を見て願うように言った。

 

 

「…必ず帰ってきて下さいね。みんな待ってますから」

 

「ああ、必ずだ」

 

 

悠はそう言うと、真っすぐにヒノカグツチの元へと歩いていった。花陽は悠に頭を撫でられてたせいか、顔を真っ赤にしてながらも、悠の無事を祈るかのように手を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、悠はゆっくりと歩いていき、カッターシャツのボタンを外していく。先ほどのダメージが動けるようになった陽介たちも、悠がヒノカグツチの元へ歩いていくのを見て止めようとしたが、それは阻まれた。今の悠が纏っている雰囲気を感じて大丈夫だと直感したのだから。

 

 

 

 

「何のつもりだ…仲間に頼らねば何も出来ぬ人間風情が。手負いの貴様が何をしようと、もはや貴様と仲間たちの運命は変わら…………むっ!?」

 

 

 

 

ヒノカグツチは自分の元に向かってくる悠をそう罵ったが、すぐに表情が険しくなった。さっきまでとは違い、悠に身に纏っている雰囲気に途轍もないものを感じていた。

 

 

 

「ああ、お前の言う通りだ。俺は一人じゃ何も出来ない、ただの人間だ。でも、()()()()()()()

 

 

 

悠は歩み寄る足を止めて、自分を見下ろすヒノカグツチを見る。黒縁のメガネから覗くその瞳はどこまでも真っすぐだった。

 

 

 

 

「仲間がいたから……俺を信じてくれるみんながいたから、ここまでやってこれた。みんなとの"絆"があったからこそ、俺はここにいる」

 

 

 

 

悠はマリーの日本刀を抜刀して、鞘を地面に投げ捨てる。

 

 

 

 

 

「終わりにしよう、この戦いを。俺たちの"絆"で!」

 

 

 

 

 

悠はそう宣言すると、自分の目の前に一枚のタロットカードを顕現する。顕現されたタロットカードは次第に青く眩い光り、今までのタロットカードよりも大きな輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

千が死に逝き、万が生まれる

 

 

 

 

 

 

感じる。悠のイザナギと足立のマガツイザナギ…二つのイザナギの力一つに溶け合って生まれる、今までに感じることのない相反する力の融合。荒ぶるその力を制御するため、光り輝く"女神の加護"たち。この場にいる陽介たち特捜隊と海未たちμ‘sたち仲間との変わらぬ"絆"。

 

 

 

 

 

 

「鳴上!しっかり決めてきなさい!!」

「先輩!!必ず帰ってきてください!」

「鳴上さん……お願い」

「行っくにゃー!鳴上先輩!」

「信じてます、鳴上先輩」

 

 

「鳴上くん!任せたで!」

「センセイ!一発かましたれい!」

「先輩、頼りにしてますから」

「いっけーーー!悠センパイ!」

「センパイ!ガツンと一発決めてくれ!」

「大丈夫!鳴上くんなら出来る!」

「いつも通り、すごいの頼んだよ!」

「美味しいとこ、持ってけ!相棒!!」

 

 

 

 

 

 

そして……あの世界で悠の無事を祈る3人の少女の"祈り"

 

 

 

 

『鳴上くん、頑張って!』

『お兄ちゃん、待ってるから。無事に帰ってきて!』

『鳴上先輩!ファイトだよ!!』

 

 

 

 

それらは大きな一つの力へと変わって、発現したタロットカードに集中し輝きを増してく。やがて、そのカードのイラストは【世界】に変化した。悠はそれを目の前の敵を倒すために解放すべく、日本刀を逆手に持ち替えて構え、その名を叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊邪那岐大神(イザナギ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【世界】のタロットカードを日本刀を突き刺すようにして砕くと、悠の背後に【イザナギ】が召喚される。そして、イザナギは神々しい光に包まれて今までは違う姿に転生した。

 

 

 

黒い学ランは白い長ランに

手に持つ大剣は金の環の大太刀に

そして雰囲気は荘厳さを感じさせるものへと変化した。

 

 

 

その姿に転生したそのペルソナの名は【伊邪那岐大神】。かつてあの連続殺人事件の黒幕をも打倒した、悠の最強のペルソナだ。

 

 

 

 

「イ、イザナギが進化したにゃ!」

「すごい……」

「これも…鳴上先輩のペルソナ……」

「まるで神様みたい」

「あいつ……」

「鳴上くんって、本当に何者なんや……」

 

 

 

ヒノカグツチとは違う、伊邪那岐大神が放つ神々しいオーラに陽介と海未たちは圧倒される。だが、陽介たちはそれを見て、悠ならやってくれると安心感を抱いていた。それに反してヒノカグツチは何か伊邪那岐大神に恐れを感じて震えていたが、意を決して伊弉諾狼大神に最大出力の業火を放った。だが、伊邪那岐大神は大太刀を振るって、業火をいとも簡単にかき消した。

 

 

 

「ば、バカな!こんな……こんなことが……」

 

 

 

己の攻撃が打ち消されたことにヒノカグツチは動揺する。その隙に、伊邪那岐大神は手に持つ金の環の大太刀を手元で一回転させて大きな輪を作る。そして、その輪から金色のオーラが集まってヒノカグツチに向けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで終わりだ!ヒノカグツチ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グオオオオオオォォォーーーー!!」

 

 

 

雷撃の如く伊邪那岐大神が放ったその光の渦はヒノカグツチに直撃する。途端、使役していたツキヨミは徐々に霧状に崩れていき、皆月の身体が露わになった。そして、その皆月の身体から赤い霧のような存在が追い出されるように飛び出して、その姿を消していく。あれがヒノカグツチの本体なのだろう。伊邪那岐大神の攻撃により、本体が保てなくなったようだ。

 

 

 

 

 

「バカな……我れが……"絆"などという…まやかしに………あやつの話とは違う……」

 

 

 

 

ヒノカグツチはそう言い残して、光に飲まれて跡形もなく消滅した。ヒノカグツチが消滅した途端、先ほどまで赤色に染まっていた空間が徐々に元の形に戻っていく。全て収まったときには空には大きい満月が浮かぶ夜空へと変わっていった。

 

 

「終わった……」

 

 

悠はヒノカグツチが完全に消滅したのを感じると、全ての力を出し切ったように床に倒れこんんだ。それに呼応して、役目を終えた伊邪那岐大神も青い光に包まれ、イザナギの姿に戻って消えていった。仲間が自分を呼ぶ声が聞こえたが、大いなる力を解き放った疲労のせいでよく聞こえなかった。だが、薄れゆく視界に映ったのは稲羽を思い出させる満天の星空だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

聞きなれたお決まりの台詞が聞こえたのでふと見てみると、いつの間にか悠はベルベットルームの定位置に座っていた。ずっと戦い続けていたせいか、この蒼い空間も久しぶりに感じてしまう。それに、いつもの向かいの席に女性の姿が見受けられた。しかし、よく見てみると、それはいつもこの部屋で世話になっているマーガレットではなく…

 

 

 

「こんな感じでよろしいでしょうか?随分と久しぶりなので、少々困惑気味でございます」

 

 

 

「………何でここにいるんですか?エリザベスさん」

 

そこにはマーガレットの妹であるエリザベスがいた。悠はエリザベスにそう質問したが、エリザベスは悠の質問をスルーして、ベルベットルームの全体をマジマジと見ていた。すると、悠の方に踵を返して、話しかける。

 

「見事な戦いで御座いました、鳴上様。貴方様とお仲間たちの尽力により、現実を浸食しようとした赤い霧は完全に晴れました。これで、あなた方の大切な町に平和が戻るでしょう」

 

頓珍漢なことを言いだすかと思ったが、意外なことにベルベットルームの住人らしく、悠たちの功績を称賛し労った。と、感心している場合ではない、悠がヒノカグツチを倒して倒れてしまったあと、どうなったのだろうとエリザベスに問いただす。仲間の安否を確認しなければと思っていると、

 

「ああ、それと鳴上様の仲間たちは無事でございます。あのヒノカグツチという存在が消滅したと同時に、鳴上様たちが居た建物は崩壊しましたが、私が安全な場所に転移させました。今頃、あなたたちがいつも集っている場所で鳴上様がお目覚めになるのを待っているかと存じます」

 

それを聞いて悠はひとまず安心する。それに、稲羽の町の住人もマリーが自身の力で赤い霧から守ってくれたのだという。菜々子や堂島たち稲羽の住人も無事だったと聞くと、肩の荷が下りた。すると、エリザベスはいつもイゴールが座っている席に腰をかけて、悠の顔をマジマジと見る。いくらベルベットルームの元住人とはいえ、主の席に座って良いのかと思っていると、エリザベスはこんなことを言ってきた。

 

 

「本当にあなたは興味深い方でございます。何者かに呪いをかけられて不完全な状態にも関わらず、"ユニバース"に匹敵する力を解放した……それに、あなたのみならず、お仲間たちもどんなにボロボロな状態でも最後まで戦った。これがあなたのいう"絆"というものの力なのでしょうか?」

 

 

何処から見ていたかは分からないが、どうやらエリザベスはあのヒノカグツチとの戦いを見ていたらしい。エリザベスの言う"ユニバース"という力が何なのかは分からない。それに、あの時は不完全というか、ヒノカグツチや皆月が仕掛けたP-1 Grand Prixでの仲間たちとの決闘やエリザベスやシャドウラビリスとの戦闘で体力的にもボロボロだった。でも、それでも悠があのヒノカグツチと戦えたのは……

 

 

 

 

「傷ついて倒れそうになっても、"誰かのために立ち上がる"。その力が"絆"だと俺たちは思ってる」

 

 

 

「?」

 

 

 

「俺は孤独じゃない。そう思える仲間が居たからこそ、戦えたんだ」

 

 

 

 

 

悠の答えを聞いて、エリザベスは一瞬呆けたものの、すぐに満足げな表情になった。どうやら悠の出した答えがお気に召したらしい。

 

 

 

 

「ふふ……鳴上様が羨ましゅうございます。私と違って、あなた様には大切に思えるお仲間がたくさんいらっしゃるのですから」

 

 

 

 

そう言うエリザベスの表情は変わらず笑みを浮かべていたが、どこかその裏には寂しさを感じた。

 

 

「……そろそろお時間です。本当はもっと鳴上様とお話したかったのですが、いつまでもお仲間たちをお待たせする訳にはいきませんので」

 

 

エリザベスの言葉に、それもそうだなと思い、悠は頷いた。向こうでみんなも待っているだろう。それに、エリザベスには色々と世話になった。また会える日があれば、その時は是非ともお礼をしたい。自分も出来る限り、エリザベスの力になりたいから。そう言うと、エリザベスはクスクスと笑いだした。どうしたのかと聞くと、エリザベスはこう返した。

 

 

「いえ、鳴上様は"あの方"に似て、お優しい方だと思いまして。ですが、()()()()()()()()()と思いますので、その時にでもお礼をさせてもらうと致しましょう」

 

 

「え?」

 

 

今何と言った?

 

 

 

 

「ああ、鳴上様にお伝え忘れていたことがございました。私、しばらく放浪の旅を中断して、一旦ベルベットルームに戻ることを決意いたしました。つきましては、姉様と一緒に鳴上様の今後の旅路に付き合うこととなりますので、これからもよろしくお願いいたします」

 

 

 

 

「え……?よろしく?え………?」

 

 

あまりの衝撃な発言に悠は唖然としてしまった。エリザベスが()()()()()()()()()()()?それに、自分の旅路に付き合う?まさか……

 

 

 

「それでは鳴上様、近々お会いする時まで、おととい来やがれでございます」

 

 

 

エリザベスは悠の返事も待たずにそう答え、悠の視界は暗転した。視界が暗転する中、悠は思った。また別の意味で厄介なことになりそうだなと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が覚醒した悠は閉じていた目を開ける。すると、視界に見覚えのある天井が映った。

 

「ここは………」

 

ここがどこか確認すべく悠は身体を起こした。伊邪那岐大神でヒノカグツチを打倒したあのあと、エリザベスが自分たちを安全な場所に転移させたと言っていたが……確認すると、自分はとあるテント席のベンチに仰向けになっていたようだ。そして、ふとテントの外に目を向けると、そこにはある光景が悠の目に映し出された。

 

 

 

 

「ジュネス?」

 

 

 

 

多数の白い丸テーブルに椅子が乱立し、ビフテキやたこ焼きと書かれた旗が立ち並ぶ屋台たち。ここはジュネスのフードコートだった。外はまぁ薄暗いし人の気配が全くないので、まだ開店前なのだろう。一瞬、ここは現実なのかと疑ったが、それは違うと直感した。肌に感じる涼し気な風の感触と匂い。それと向かいの山から出てきた朝日の光。間違い、ここは現実の…自分にとって大切な八十稲羽だ。

 

 

 

(帰ってきたんだな……本当に)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「鳴上先輩(お兄ちゃん)!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思わず感慨に浸っていると、誰かがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。見える人影は2つ。2人とも悠の知っている人物だった。そして、2人は悠の近くまでくると、突然悠の胸の中にダイブしてきた。悠は危なげながらも2人を受け止めて踏み止まる。

 

 

 

 

「高坂……ことり………」

 

 

 

穂乃果とことりは少しの間、悠の胸の中に顔を埋めていたが、顔を上げた。

 

 

 

 

 

「「お帰り、鳴上先輩(お兄ちゃん)」」

 

 

 

 

 

悠に向けたその笑顔は朝日に負けないくらいの眩しい笑顔だった。2人の笑顔を見ると、悠は自分は帰ってきたのと実感した。悠はそれに応じるように、彼女たちに微笑んで返答した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠たちのその様子を風花は少し遠いところから見ていた。だが、彼女は3人に交わろうとはせず、ただ朝日に照らされる3人を母親のように暖かい目で見守っていた。

 

 

 

 

ーto be continuded




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#35「Best Friends」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

突然気候も寒くなっていって、布団が気持ちよく朝起きるのが辛くなる今日この頃です。こんなに寒いのに、先日友人の学園祭の出店の売り子を張り切りすぎて、風邪を引きかけました。寒さに弱い自分でありますが、読者の皆様も風邪やインフルエンザには気を付けてください。

改めて新たにお気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方、アドバイスやご意見をくださった方、高評価を下った方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


それでは、本編をどうぞ!


5月4日

 

 前日に謎の番組予告がマヨナカテレビにて報道され、多くのペルソナ使いたちを巻き込んだ"P-1 Grand Prix"を利用した事件は真の黒幕であるヒノカグツチが打倒されたことによって幕を閉じた。調査の結果、この事件においての稲羽市による被害者は一切なし。巻き込まれたペルソナ使いたちも皆無事だった。強いていえば、この町の住人の記憶が一日飛んでいるような感覚に襲われたということ、今朝方に商店街付近を見かけない黒塗りのリムジンが走っていたこと、稲羽上空にそれまた見かけないヘリが滞空していたこと、留置場で去年の連続殺人事件の犯人が謎の大怪我を負ったなど多少不可思議なこと起こったりもしたが、今日も八十稲羽には平和な時間が流れていた。その裏で自称特捜隊の少年少女たちの命懸けの奮闘があったことなど知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――事件解決から数時間後

 

 

 稲羽市に通じる公道を噂の黒塗りのリムジンが目立つように走っていた。そのリムジンの車内では3人の人物が会談している。

 

 

「全く…今回の任務は情けない結果に終わってしまったな。本当は我々が解決すべきことを巻き込んでしまった彼らに任せてしまったのだからな」

 

 

 中央に座ってそう呟く女性の名は【桐条美鶴】。彼女は日本でも有名な"桐条グループ"のご令嬢にして、シャドウワーカーの創設者兼部隊長を務めている強者である。グラマスな体型の上にライダースーツともSMスーツともボンテージともとれる戦闘服というかなり奇抜な恰好をしている。外に出れば、男どもの目を引くことは必至だろう。色々な意味で。

 

 

「だが、面白い奴らに出会えて、俺は満足だがな」

 

 

 美鶴の右側の席に腰を下ろして、嬉しそうにそう返す白髪の男性の名は【真田明彦】。美鶴とは古い仲であり、シャドウワーカーの隊員の一人である。上半身裸の上からマントを羽織るという奇抜な恰好をしているので、こちらもかなり目立っている。

 

 

「何とも興味深い人たちでありました」

 

 

 そんな2人に言葉を返したのは、金髪に黒いスーツを着こなした【アイギス】という名の少女。彼女は今回の任務の対象となっていた"ラビリス"と同じ、桐条に造られた対シャドウ兵器である。彼女はラビリスの後に開発されたので、ラビリスからすれば彼女は妹になる訳だ。

 

 

 それはさておき、彼女らがこの稲羽市を訪れた目的は先日皆月に盗まれた"ラビリス"の回収である。ラビリスの居場所がこの稲羽市でかつその町のテレビの世界だと判明したことに驚きはしたが、ラビリスの回収のために美鶴たちは稲羽のとあるゴミ捨て場のテレビから、テレビの世界にダイブした。だが、その世界では"P-1 Grand Prix"という仲間同士で戦わせるという趣味の悪い格闘大会が開かれている最中で、あのニセクマに美鶴たちもその参加者とみなされ例外なく仲間同士の決闘を強要されてしまった。そして、その最中に事件の首謀者である"皆月翔"に不意を突かれて昏倒し、気づけば磔にされていたところをあの自称特別捜査隊の少年少女に助けられたということだ。美鶴の言う通り、大の大人、それも自分たちより年下のペルソナ使いの少年少女たちに助けてもらったとなっては面目ない。

 

 

 しかし、自分たちとはルーツが違うとはいえ、あの田舎町にペルソナ使いがいるとは思わなかった。それに、先ほどその少年少女たちと会談した時に対峙した時の雰囲気は、自分たちと同じ、もしかしたらそれ以上の修羅場をくぐり抜けてきたというのが見て分かった。その中で美鶴の目を引いたのは、彼らのリーダーという"鳴上悠"と少年だった。彼らと共にヒノカグツチという黒幕と激闘を繰り広げたラビリスからの話によれば、悠は他のペルソナ使いと違って、数多くのペルソナを使役する能力があるらしく、その力を持って桁違いの強さを持つペルソナを召喚して、見事勝利したということらしい。その話を聞いた時、美鶴の脳裏で"彼"の姿が悠と重なって見えて、思わず興味を持ってしまった。

 

 ちなみに、明彦は"里中千枝"という自分と雰囲気が似た少女が気に入ったらしい。彼女の方も明彦のことが気にったのか、明彦のことを"師匠"と親しみを込めてそう呼んでいた。他にも"園田海未"という東京から訪れた少女にも興味を持ったらしいが、相手の方は明彦の恰好が上半身裸でマントだけだったので、破廉恥だと明彦を罵って友人の後ろに隠れてしまった。明彦自身はそのことに関して、海未はとてもシャイな性格なのだろうと思い込んでいるようだが、自身の通報されてもおかしくない恰好が原因だということには気づいていない。

 

 

「しかし、本当に良かったのか?ラビリスをGWの間だけとはいえ、あいつらに預けるだなんて」

 

 

 悠のことを思い返していると、明彦からそんなことを尋ねられた。そう、本来なら任務の対象であるはずのラビリスは今この車内にはいない。今頃、稲羽市に残って特捜隊の少年少女たちと観光しているところだろう。何故そうなったのかと言うと、これはその悠たちからのお願いであったからだ。先ほどの会談で美鶴たちが今回の事件解決のお礼に何かしたいと申し出た際、悠は迷うことなくラビリスを見てこう言ったのだ。

 

 

 

"GW中だけでいいからラビリスを自分たちとこの八十稲羽で過ごさせてほしい"

 

 

 

 これには流石の美鶴たちも驚いたものだ。このお願いを美鶴は快く承諾したが、明彦はそのことに眉をひそめた。仮にもラビリスは"桐条"のトップシークレットに該当する遺産の一つだ。助けてもらったとはいえ、出会ったばかりの少年少女たちに預けるのはどうかと思った。一応あの戦いの最中に彼らと親しくなったという風花もついてはいるが、それでも何か起こるのではないかと明彦は危惧しているのだ。だが、

 

 

「大丈夫だ」

 

 

明彦の疑問に、美鶴は断言するようにそう返した。

 

 

「彼らの目を見ると、昔の私たちを思い出してな。私が言うのもなんだが、彼らなら安心してラビリスを任せられると感じたんだ。ラビリス自身も鳴上たちのことを信頼しているようだし、風花もついていれば問題ないさ。明彦はこれでも不満か?」

 

 自身満々と言った感じでそう豪語する美鶴。それを聞いた明彦は観念といった感じで溜息をついた。

 

「そういう訳じゃない……ただ……少し心配だっただけだ」

 

 古い付き合いである明彦はこういう時の美鶴の人を見る目はかなり信用してもいいと若手いたつもりだったが、ここ数年様々なことがあったせいか少し心配症になっていたらしい。

 

「それに、私はラビリスにはアイギスと同じく兵器としてはなく人間として生活してもらいたいと思っていたからな。私たちよりも先に親しくなった鳴上たちに色々一般常識を教えてもらった方が良いだろう」

 

 美鶴のこの発言に明彦は一応納得はしたが、アイギスは一般常識なら美鶴も少し教えてもらうべきではないのかとツッコミたくなった。極秘任務でリムジンで田舎町を訪れると言う極秘任務ではあるまじきことをやらかした美鶴に一般常識うんむんと言われたくない。しかし、そうなると尋ねなければならないことがあると、アイギスは美鶴にあることを質問した。

 

 

「美鶴さん、ひょっとして姉さんを鳴上さんたちの学校に通わせることも考えているのでは?」

 

 

 アイギスの質問に美鶴は少し驚いた表情を見せるも、すぐにフッと笑みを浮かべてこう返した。

 

 

「そうだな、ラビリスがそう望むのであればそうしよう。アイギスもその方がいいと思っているのだろ?」

 

 

 美鶴の返しにアイギスはこくんと首を縦に振った。何を隠そうアイギスも数年前、美鶴たちがまだ学生だった頃に、一時辰巳ポートアイランドの月光館学園に学生として過ごしたことがある。あれはアイギスにとって人間社会を理解するにあたって様々なことを学んだ良い体験だった。それに、あの鳴上悠という少年は自分に色んなことを教えてくれた"彼"に似ていると感じている。それならば、自分の姉…ラビリスを任せても大丈夫だろう。

 

 さて、稲羽での事件は事後処理など色々やることが盛り沢山だが、この他にも解決しなければならないシャドウ事案はたくさんある。自分たちもあの特捜隊の少年少女たちのように頑張らなくてはと美鶴たちはより一層気を引き締めた。色んな意味で今回の事件は初心に帰る良いきっかけになったのかもしれない。

 

 

 

「そういえば"逆ナン"とは何なんだ?」

 

 

「「はっ?」」

 

 そんな良い雰囲気が車内を包んだとき…脈絡も無しに美鶴そんなことを尋ねてきた。せっかく引き締まった雰囲気になったのに、何を聞いて来るのかと明彦とアイギスは思わず呆けてしまう。

 

「いや、風花が鳴上の妹に"逆ナン女"と睨まれながら言われていたのが気になってな。逆ナンとはどういう意味なんだ?」

 

 どうやら先ほどの特捜隊の会談の際、風花が悠にお世話になるからよろしくと挨拶したところ、ことりという鳴上の妹…正確には従妹が"逆ナン女は近づくな"みたいなことを言いながら睨みつけたことが気になったらしい。明彦も"逆ナン"という言葉の意味が分からなかったのか、美鶴と同様首を傾げていた。この2人、どれだけ浮世離れしているのだろうかとアイギスは呆れてしまった。

 

「逆ナンとは女性が外見のみで男性を判断して声をかけ、その内面が己の推察通りかどうかに確かめる行為…いわば、男性が女性にするナンパと同じであります」

 

 呆れながらもアイギスは律義に"逆ナン"とは何なのかを分かりやすく説明した。一応ナンパのことは知っているのか、美鶴は納得という表情を見せた。

 

「ほう……そういうことか。しかし、ということはあの風花が鳴上にその逆ナンとやらをしたということになるが……」

 

「ナン………パ…………」

 

 すると、"ナンパ"という単語を聞いた途端、明彦が何か思い出したくないことを思い出したかのように項垂れた。

 

「真田さん?どうされました?」

 

 様子がおかしくなった明彦にアイギスは心配になって呼びかけるが、明彦は俯いたまま応じなかった。

 

俺は…俺は負けてない………いつかリベンジを

 

「明彦……後でそれはどういうことなのか説明してもらうぞ?」

 

 そんな明彦の様子を見て、美鶴はつい呆れてしまった。どうせ碌なことではないだろうが、聞いておく必要があるだろう。そう思い、美鶴は外の風景に目をやった。

 

 

(あの鳴上という少年……是非ともシャドウワーカーの隊員として迎え入れたいものだな…)

 

 

 美鶴はふとそんなことを考えた。自分たちには果たせなかったラビリスの回収に懐柔、あの事件の黒幕を打倒したという実力、そして何よりあの会談の時に見せた王者のような雰囲気と仲間たちに心から慕われるカリスマ性。こんなどこを探しても見つからない逸材は是非とも迎え入れたい。会談の際に悠に自分の連絡先を渡したのだが、それはこのためだったりもする。だが、

 

 

(…やはり止めておくか。シャドウ事案解決は私がやらなければならない"贖罪"だ。何も関係のない彼を巻き込むわけには……しかし……)

 

 

 シャドウワーカーの目標は世のシャドウ事案…かつて"桐条"が世に撒き散らしたシャドウによる事件の全解決。それはその諸悪の根源である"桐条"の娘である自分が解決しければならない。今更だが、そんなことに無関係な悠を関わらせるのはよろしくない。しかし、あの逸材を放っておくのは勿体ないという気持ちがあるのも事実。

 

(さて、どうしたものか………)

 

 悠をシャドウワーカーに勧誘すべきか否か、そんなことを考えながら、美鶴は稲羽の和やかな風景を呆然と眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ジュネス稲羽支店 フードコート>

 

 

ザワザワザワザワザワザワッ

 

 

 一方、こちらはGWの影響か普段よりもかなりの賑わいを見せているジュネス稲羽支店。昼前のこの時間帯だが、フードコートのいる人はいつもより多い。その中で人々の視線はとあるテーブル席に集中していた。

 

 

「ことり、そう密着しなくても……」

 

「えへへ~♡」

 

 

 そのテーブル席には、自称特捜隊のリーダー鳴上悠の腕にぎゅうっと密着するようにしがみつくその従妹の南ことりの姿があった。あの事件が決着して稲羽に帰ってからずっとこの調子で今朝方、シャドウワーカーの美鶴たちと会談した時も、その後の稲羽商店街の散策の時も、ずっとこの調子で離れないのだ。先ほどのシャドウワーカーの美鶴たちにも奇異な目で見られて居心地が悪かった。

 

「ことり……そろそろ」

 

「ダ~メ!これはことりを心配させた罰って言ったでしょ。今日一日……だけじゃなくて明日もこうしてぎゅっとするの♡」

 

 離れようとする悠に更に密着して、甘い声でそう囁くことり。このままトイレまでついてくる気なのだろうか。だが、今回の事件では色々と心配をかけてしまったことは事実であり、可愛い従妹にこう甘えられるのも満更ではないので、このままこうしていようと悠は思った。もちろんトイレに行くときは絶対に離れてもらうことにする。昼間からいちゃつく(ことりが一方的に)2人に周りはざわついていた。

 

 

「おい、あれ鳴上だぞ」

「鳴上くんって彼女がいたんだ」

「知らねえの?もう学校で噂になってるぜ」

「あれ?確か鳴上くんの彼女ってすごい巨乳って聞いたけど」

「それに学生にしては大人っぽいって」

「でも、あの子ってそんな感じじゃないような」

「まさか浮気?」

 

 

 ざわつく周囲の中にそう八高生たちの気になる発言を聞いた。自分に彼女が居る?しかも巨乳?それに、もう学校で話題になってる?何だろう、嫌な予感しかしない。こういう時の予感は最近よく当たることは多いので、悠は何故か背中に冷や汗が出た。

 

「ねぇ…にこちゃん、あの2人って東京でもああなの?」

 

「まあ……毎日ってわけではないけど……流石にあんなの見せつけられたら、たまんないわよ」

 

「私も散々注意はしているにですが……どうも止まらなくて」

 

「マジで……悠先輩にあんなに堂々と甘えるなんて……菜々子ちゃんもあんな風になるのかな………」

 

「流石にそこまではないでしょう……」

 

 雪子は2人の様子を見て、にこにそう尋ねた。にこ、そして海未は気まずそうな表情で雪子の質問に返答する。それを聞いたりせは強力なライバルが出現したのと、菜々子も大きくなったらこうなってしまうのかとうんざりした表情になっていた。普段ポーカーフェイスを保っている直斗までも微妙な表情になっている。

 

「いくら何でも、見せつけられるこっちの身にもなれって感じよね……羨ましい

 

「真姫ちゃん、本音が出てるよ」

 

「ヴぇっ!」

 

「ユキチャーン!クマもセンセイとコトチャンみたいに甘えた~い」

 

「ごめん、それはむり」

 

「ガビ~ンっ!」

 

 真姫と花陽がそんなやり取りをしている隣では、一番このことに食いつきそうなクマは悠とことりのいちゃつく姿を見て、自分もやりたいと雪子に誘いかける。だが、バッサリと雪子に断られたのでショックでしなしなと机にうつ伏してしまった。ちなみに完二は言えば、外見によらずピュアな心の持ち主であるため、悠とことりの姿に何を想像したのか鼻から出る鼻血を抑えて俯いている。先ほどのシャドウワーカーとの会談で、美鶴の恰好にも鼻血を出していたので、少々貧血気味だった。

 

「花村~、ビフテキまだ~?」

 

「陽介さ~ん?」

 

「まだなのかにゃ~?」

 

「うっせーな!こっちに帰って早々にビフテキ三枚も注文されて、すぐにできるかっての!?この食い気3トリオっ!」

 

 陽介は千枝・穂乃果・凛たち"食い気3トリオ"にビフテキをに注文されて、肉を焼くのにてんてこ舞いになっていた。シャドウワーカーとの会談の後に軽く穂乃果たちを商店街を案内した際に惣菜大学でビフテキ串を数本食したくせによく食べる。千枝はいつものことだが、穂乃果と凛は千枝と妙に気が合ったらしいので、2人が千枝から悪い影響を受けないかと陽介は心の中で心配になった。

 

「穂乃果ちゃん、凛ちゃん、よく噛んで食べてね。ジュネスのお肉って美味しくないから」

 

「天城さん!?さらっとそう言うこと止めて下さいますか!?」

 

 クマをバッサリと切ったばかりの雪子が穂乃果と雪子にそんなことを言ってきた。いつものことだが、いい加減そういうことを言うのはやめてほしいと思う。戦いが終わっても、陽介の心労でストレスが溜まりまくっていた。

 

 

「ここは人がいっぱい居て賑やかやね」

 

 

 雪子の隣でフードコートの賑わいを見てそう呟くのは水色のポニーテールが特徴的な女の子、あの事件を通して仲間になったラビリスだ。今は八高の制服ではなく、先ほどことりや穂乃果、雪子たちに選んでもらった私服に身を包んでいる。身体の機械の部分が見えないようにと、長そでにロングスカートという服装だが、ファッションセンスのある女子が選んだだけあって、ラビリスの雰囲気にバッチリ似合っていた。悠とことりの次に周りの人の視線を釘付けにしている。ちなみに洋服代は雪子たちが陽介名義でツケで支払った。それを聞いた陽介はラビリスのためなら安いものと強がっていたが、またバイト頑張らないといけないと心の中で涙した。

 

 

「八十稲羽って随分と静かな町だなあって思ってたけど、イメージと違って活気があるね」

 

 

 風花も田舎町にしては結構な賑わいっぷりに感嘆していた。だが、風花が座っている席の向かい側は悠とことりである。まだ誤解が解けていないのか、ことりが時々こちらに鋭い視線を送ってくるので落ち着かない。これに風花はどうしたらことりの誤解が解けるのか、そしてどうしたらことりと仲良くなれるのかを溜息をつきながら頭を悩ませた。

 

 人によってそれぞれだが、特捜隊の面々は勝ち取ったひと時の和やかな時間を満喫していたのであった。

 

 

 

 

 

 

「ハァ…それにしても今回は色々あったな…」

 

 千枝たちのビフテキを作り終えてくたびれた陽介はぐでっとテント席のベンチに座り込んでそんなことを言いだした。どうやら、今回のことに関して振り返ろうとしているらしい。これに特捜隊の面々はちょうどいいと思い、話し合いの思考に頭を切り替える。

 

「仲間同士で戦わせられたり、そこに足立が出てきたり、果ては桐条グループのお偉いさんと知り合ったりって……盛り沢山すぎるだろ…」

 

「あははは、確かに…あれだけのことがあったに、一日しか経ってないっていうのも信じられませんけど……」

 

 今朝方の美鶴たちシャドウワーカーとの会談を思い出したのか、皆は思わず苦笑いしてしまった。美鶴たちの会談は最初から落ち着かない雰囲気で始まった。相手が"桐条グループ"の重役ということもあるが、近くに高級感溢れるリムジンが停まっていたり、突然軍用ヘリが上空に現れたりしたしたので、どうしようかと冷や汗を感じざる負えなかった。

 

 それに、服装は目のやり場に困るものだったり、あまりに浮世離れしていたりなど色々とずれているところはあったが、会話してみると【桐条美鶴】は根は優しく、器の大きい人物だなと悠たちは感じた。出なければ、彼女たちの目的であったラビリスをGWだけなら一緒に過ごしていいとOKしてくれなかっただろう。それに、あの事件を解決したこともあってか彼女たちに随分と気に入られたようで、"何かあれば喜んで相談に乗る"と連絡先まで教えてもらった。悠と直斗にとって今追っている音ノ木坂の事件のカギを握っているであろう美鶴たちと繋がりを持てたことは何よりの収穫だった。

 

 

「しっかし、あのヒノカグツチという野郎、本当に迷惑なやつだったぜ。皆月の野郎もだったけど、下手したら現実滅んでたって、笑えねえだろ」

 

 完二は今回の黒幕であったヒノカグツチのことを思い出したのか、うんざりとした感じでそう言った。

 

「ええと…あのヒノカグツチって、人の迷惑を考えないで、自分のことばっかり考えている人の心が集まった存在ってこと?」

 

 りせが確認するようにことりに引っ付かれている悠に尋ねる。

 

「そうだな、恐らく去年この町は霧に包まれた時、”自分だけ助かればいい”と考えた人たちの心が集まって、あのヒノカグツチが生まれたんだろうな」

 

 悠は去年、この町が霧に包まれていたときのことを思い出していた。あの時は町が正体不明の霧に包まれ、原因不明の体調不良が流行り始めたこともあって、町はとんでもない騒動になっていた。考えてみれば、"向こう側の存在"は人がこうでありたいと願った思いの集合体たちだ。それでヒノカグツチという存在が生まれていてもおかしくなかった。ヒノカグツチといえば……

 

「そのヒノカグツチなのですが、僕はあいつが散り際に残した言葉が気になっているのですが……」

 

 あの戦いで悠が召喚した伊邪那岐大神の一撃を受けた後、ヒノカグツチは散り際にこう言っていた。

 

 

 

"あいつが言っていたことと違う"

 

 

 

「あの言葉から察するに、ヒノカグツチは誰かから実体を得るための方法を聞いて、皆月たちを唆して今回の事件を起こしたという訳か」

 

 陽介がヒノカグツチが言葉を思い出して、簡潔に事件に至るまでの経緯を推察した。陽介の推察は悠と直斗と同じ考えなので、そこはあっているだろう。問題は"ヒノカグツチに方法を教えたのは誰なのか?"ということだ。

 

「僕がこの事件で気になったのは、"何故事件が鳴上先輩と穂乃果さんたちがこの稲羽に訪れたときに起こったのか"という点です。皆月たちがそれを狙っていたとも考えられますが、あまりにもタイミングが良すぎます」

 

「ああ。それに、俺たちが見たP-1Grand Prixの予告映像に俺たちはともかく、稲羽に初めて来たばかりの園田たちも映ってたのも変だ」

 

 直斗と悠が自分たちの疑問点を示す。これらの疑問点が解消されるとする答えは、一つしか考えられない。それに気づいた海未が恐る恐るといった感じで2人に尋ねた。

 

 

「それって………私たちが追っている音ノ木坂の犯人かもしれないということですか?」

 

 

 海未の出した答えにその場にいた皆、特にμ‘sメンバーは驚愕した。自分たちが追っている犯人が今回の事件に根底に関わっていると思えば当然の反応である。それに、悠にはその存在に心当たりがあった。穂乃果たちの事件が起こる前に、悠の夢の中に現れた人物がそのヒノカグツチを唆した者かもしれない。しかし、それは現時点ではその可能性があるという訳で、まだ決めつけは良くないと悠と直斗は念を押した。どちらにしろ、このことは事件を追っているうちに明らかになるだろうということで、その話は打ち切った。

 

 

 

「それにしても、あの皆月って人、可哀そうだよ……」

 

 ヒノカグツチについての話が終わると、皆月のことを思い出したらしい穂乃果がそう呟いた。それを聞いた皆は先ほどまで饒舌であったのが嘘であったかのように黙り込む。ちなみにその皆月はというと、あの事件のあと、シャドウワーカーに身柄を拘束され、軍用ヘリで護送された。ヒノカグツチに身体を乗っ取られた影響なのか、はたまた伊邪那岐大神の一撃が効いたのか、悠たちにみせた凶暴性が嘘であったかのように大人しくなっていて、抵抗することもなくヘリに乗り込んだ。しかし、悠を見る目が憎々し気なのは変わっていなかった。美鶴は皆月の処遇は良い様にすると言っていたが、どのようになるのかは悠の知るところではない。

 

 皆月にどんな過去であって、ヒノカグツチと共に今回の事件に及んだのかは先ほど直接話を聞いた悠や事情を知るシャドウワーカーの美鶴から聞いていた。皆月に何があったのかは理解したつもりだが、それでもあのP-1 Grand Prixでの所業を思い出すと許せないという気持ちも出てしまい、あの皆月にどういう気持ちを抱いていいのか分からない。

 

 

「俺も…あいつと同じようになっていたかもな」

 

 

 悠のふと発したその一言に皆はびっくりしてしまった。面を食らったような表情をしていたので、説明不足だったなと思い、悠は何故そう感じたのかを説明した。

 

 あの皆月は自分を"同じ匂いがする孤独な人間"と言っていた。最初はそんなことはないと思っていたが、皆月の目を見た途端、そうなのかもしれないと認識を改めてしまった。あの目はかつて自分も八十稲羽を訪れる前までしていた"孤独"な目であったからだ。もし自分が陽介たちと絆を結べなかったらあんな風になってしまったのではないかとも思った。そう話すと、皆もそのこと想像してしまったのか表情が暗くなってしまった。この話はまずかったかと思ったが、仲間であるみんなにこそ聞いてほしかった。

 

 

「でも、それはもしもの話だ」

 

 

 だが、話はこれで終わりではない。

 

 

 

「俺は今回の事件で改めて思ったよ。俺はあいつと違って信じられる皆がいる。それだけで俺は十分幸せ者だなって」

 

 

 

 真面目な顔と偽りの感じない声色で放ったその言葉に皆は呆然としてしまった。みんなのその反応に何か変なことを言ったのかと悠は少し焦ってしまう。すると、

 

 

「ったく……照れること言うなっての!この人タラシ!」

 

 

 陽介は皆を気持ちを代弁するかのようにそう言うと、悠の背中をバシッと叩いた。見ると、陽介の顔は悠の言葉のせいか照れ臭そうな表情をしていた。それは陽介だけでなく、他のみんなも陽介と同じく照れくさそうな顔をしている。悠の一言がそれほど心に染みたという証拠だ。

 

「でも、あっちで何かあった時は俺たちに言えよ。すぐに東京に駆けつけるからな」

 

 陽介はすぐに神妙な顔つきになり、悠に念を押すようにそう言った。確かに今回のことで、自分たちが追っているのはヒノカグツチを唆したかもしれない恐ろしい存在である可能性が浮上したのだ。その時は自分や海未たちだけでなく、陽介たちの力も借りた方がいいだろう。悠は承知したと言うようにああと言って首を縦に振った。

 

「そうそう!花村の言う通り、超特急で駆けつけるから」

 

「おうよ!先輩のためなら、学校サボってても行くっすよ!」

 

「いや、巽くんはともかく、里中先輩は成績まずいんじゃなかったんですか?」

 

「「ぐっ……」」

 

 千枝と完二の意気込みに直斗はツッコミを入れる。2人は直斗のツッコミに痛いところを突かれたのか、黙り込んでしまった。そういう心意気は嬉しいが、出来れば学力に余裕があったらにしてほしい。ただ得さえ、千枝と完二の学力はアレなのだから。

 

「穂乃果ちゃんたちも何かあったら、すぐに私たちに連絡してね。鳴上くん、自分が危ない時ほど、一人で抱え込もうとするから」

 

「そうそう、先輩ってそういう頑固なことあるからね~」

 

 雪子とりせが穂乃果たちにそう念押しをする。それを聞いた悠はうっとなる。それは去年の"あのこと"を言っているのだろう。あの時のことは一応謝ったつもりなのだが、まだ根に持っているようだ。

 

「あはは、確かに」

 

「薄々分かってたわよ、こいつがそんなやつってことは…私の時もそうだったし…」

 

 穂乃果たちも悠にそういうところがあるということは承知していたらしい。

 

「安心してください。いざとなったら雪子さんたちに連絡しますが、私たちも今より強くなって鳴上先輩を支えてみせますから」

 

 海未の力強い言葉に雪子は自然と笑顔になった。どうやら海未に安心して任せられるような安心感を感じたらしい。ヒノカグツチの対決の中で見せた成長ぶりは悠も見ていたので、これは期待が高まる。

 

「ウチもいざとなったら、鳴上くんたちに協力するで!」

 

「うん。美鶴さんも言ってたけど、私も鳴上くんたちの役に立ちたいからね」

 

 ラビリスも胸をドンと叩いてそう宣言する。傍にいた風花も自分もと悠の方を向いて頷いた。仲間たちのその姿に改めて自分は恵まれていると思った。こんなにも自分を心配してくれる仲間がたくさんいるのだから。稲羽に来る前の自分にはこんなに仲間が出来たことは想像できなかっただろう。もし皆月の言う通り、自分たちが似ているのであれば、皆月にも心から信頼できる仲間と出会えるはずだ。いつか皆月にもそういう仲間と巡り合えますようにと悠は心の中でそう願った。

 

 

 

 

 

 

「よし!湿っぽい話は終わりにして、これからのGWのこと考えようぜ!」

 

 今回の事件の話はこれで終わりにして、GWのことを考えようと明るい調子で話題を変えた陽介。陽介の一言に、皆も賛成と言った感じだった。何はともあれ事件は終わったのだ。それに、邪魔されたとはいえGWはまだ数日もある。今は楽しいことを考えよう。

 

「そうだ!事件解決の打ち上げとして、堂島さん家で宴会ってんのはどうだ?菜々子ちゃんも含めてさ」

 

「おおっ!それ賛成!!」

 

「いや、こんな大人数じゃ堂島さん家入り切れないんじゃないっすか?」

 

 陽介の提案に完二が中々鋭い指摘をする。確かに堂島家は特捜隊メンバーでギリギリの状態だったので、これに穂乃果たちが入るとなると少し厳しい気がする。菜々子は喜ぶかもしれないが、人がぎゅうぎゅうに入ってる我が家を見て、堂島が卒倒してしまうかもしれない。

 

「じゃあさ、天城屋旅館(うち)で打ち上げしない?菜々子ちゃんやラビリスちゃん、風花さんたちもお泊りで」

 

 ここで雪子から中々魅力的な提案を出してきた。確かに天城屋なら大広間で一緒にご飯を食べられるし、打ち上げの場所に最適である。それに菜々子も一緒ならより一層楽しめるだろう。

 

「え?いいのか?だって、今シーズン中……」

 

「大丈夫。こうもあろうかと、鳴上くんたち用の部屋取っておいたから」

 

 陽介の疑問に雪子はそう言うと、ドヤ顔で皆にサムズアップした。こういうイベントの場合、この次期女将に抜かりはない。何はともあれ、事件打ち上げは天城屋旅館に決定した。これには既に宿泊している穂乃果たちはともかく、悠や陽介たち男子組も大いに喜んでいた。

 

「やったー!じゃあ、ことりはお兄ちゃんと一緒の部屋に泊まる~♡」

 

「えっ?良いのか?」

 

「ダメに決まってんだろ!部屋は男女別!」

 

 天城屋旅館で打ち上げをすることが決定した瞬間、ことりがさらっとそんなことを言ってきた。悠は思わず了承しそうになるが、すばやく陽介がツッコミを入れる。そんな美味しいイベントを悠だけにされる訳にはいかないし、あの様子だと間違いが起こりかねない。ことりは拗ねてしまったが、これが最適解である。これ以上この話は止めようと、危機感を感じた陽介は別の話題を振ることにした。

 

 

「そういやお前の叔母さん、もうそろそろ仕事終わるんだろ?」

 

「ああ、さっき電話で八高での用事が終わったから今からジュネスに向かうって。それと絢瀬と東條たちと一緒に学校で愛屋の出前を頼んだって」

 

「マジか。お前の叔母さん、稲羽に適応するの早すぎだろ」

 

「そういや、もうお昼だね。ちょうどいいし、あたしらもお昼は愛屋の肉丼にしようよ。今から愛屋に出前頼むから」

 

「おお!それいいっすね!」

 

「賛成クマ~!」

 

 時刻を確認すると、そろそろお昼の時間を指す頃合いだったので悠たちは千枝の提案に賛成する。悠もちょうど久しぶりに愛屋の肉丼が食べたかったころだったし、穂乃果たちに早速稲羽の味を体験してもらうのにもってこいだ。

 

「愛屋の出前って…どこでも何でも届けてくれるって鳴上先輩が言ってたやつかな?」

 

「確か…学校にいても、ジュネスの中にいても、誰かに追いかけられてる時でも届けてくれるって言ってましたね」

 

「嘘かと思ってたけど…本当にあるっぽいわね……」

 

 μ‘sメンバーは以前悠から聞いていた噂の愛屋の出前は本当だったのかと、再認識する。にわかに信じられない話だが、陽介たちが何も不思議に感じていないところを見るとそう思わざる負えない。すると、千枝は愛屋の出前が初心者である穂乃果たちにいつの間にか持っていた愛屋のメニューを見せた。

 

「穂乃果ちゃんたち、何頼んでもいいんだよ。今日は()()()()()だから」

 

「っておい!何本人の了承もなしに決めつけてんだ!?」

 

「はあ?アンタ毎日ジュネスのバイトやってんだから、みんなに奢れるくらいのお金あんでしょ?」

 

「ふざけんな!!お前、俺がここで時給400円でこき使われてるの知らねえだろ!?」

 

「うわぁ…これだからジュネス王子は……」

 

「それ関係ねえだろ!この肉食獣!」

 

「ああんっ?」

 

 いつも通り痴話喧嘩を始める陽介と千枝。ここまで仲が良いともう付き合ってるんじゃないかと思えるほどなのだが、本人たちは口を揃えて否認している。ここまで来ると当分収まりそうにないので、喧嘩する陽介と千枝をよそに穂乃果たちのリクエストを聞いて、注文するとしよう。

 

「う~ん、どれにしようかな……鳴上先輩は何かオススメはある?」

 

「肉丼だな。稲羽に来たら、これだけは食べたほうがいい」

 

「じゃあ、私はそれにします」

 

「私は………この大盛りを………」

 

「風花さんはどうします?」

 

「う~ん……最近ダイエットしてるから……卵とご飯で」

 

「えっ?」

 

 風花のリクエストにその場は騒然となる。ダイエットしているからと言って、それは良いのだろうか。そういえば、ラビリスはどうしようかと彼女の方を見てみると、ラビリスは悠たちの様子を静かに眺めていた。どうしたのかと思っていると、

 

 

「ふふふ、みんな仲良しさんやな」

 

 

 ラビリスは嬉しそうにそう呟いていた。そして、悠と穂乃果、ことりに向かってこう言った。

 

 

「ウチ…鳴上くんたちと出会えてよかった。お陰でこうして…みんなと楽しく過ごせるから。鳴上くん、穂乃果ちゃん、ウチを誘ってくれて…助けてくれてありがとうな」

 

 

 偽りのない心からの優しい笑顔でお礼を言うラビリスに、悠たちも思わず微笑んでしまった。ラビリスは造られたロボットだというが、その笑顔はそれを感じさせない、むしろ人間というのが正しいのではないかと思わせる人間らしいものだった。ラビリスのお礼を聞いて、悠はふと何かを思い出したかのようにある人物の方に顔を向けた。

 

「高坂」

 

「ん?どうしたの?鳴上先輩?」

 

 悠を向けたのは陽介に焼いてもらったビフテキの残りを頬張る穂乃果であった。これから肉丼がくると言うのにまだ食べてなかったのかとツッコミたい気持ちを抑えて、悠は穂乃果にあることを伝えるために目を合わせて言った。

 

 

「ありがとうな。あの事件の時に俺を支えてくれて。高坂がいたから、俺は目的を見失わずに戦えたよ」

 

 

 あのP-1 Grand Prixの最中に何度も心が折れかけた時、一番自分の近くで支えてくれたのは他ならぬ穂乃果だった。傷ついた悠を見て心配して泣いてくれたり、叱ってくれたりした。穂乃果がいなかったら自分は本当にどうなっていたかは分からない。

 

 

「ぶう…………」

 

 

 精一杯お礼を伝えたはずなのに、何か不味かったのか穂乃果は頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。これには悠も感謝が足りなかったのかと慌てて何が悪かったのかと問うと、穂乃果はそっぽを向きながらもこう答えた。

 

 

「まだ穂乃果のこと名前で呼んでくれないなぁって…」

 

 

「え?」

 

「だって、陽介さんとか千枝さんとかはすぐに穂乃果のこと名前で呼んでくれたのに、鳴上先輩はまだ名字呼びなんだもん。名字呼びって他人扱いしてるみたいで嫌だなって思って………」

 

 穂乃果にそう言われて、悠は唖然としてしまった。何かと思えばそのようなことを気にしていたらしい。そう言えば完二やりせ、直斗は仲間になってすぐに名前呼びにしたのに、後輩が多い今では、従妹のことりや凛、穂乃果の妹の雪穂以外はみんな名字呼びだったことに今更気づいた。深く考えたことはなかったが、もしかしたら穂乃果たちにどこか遠慮しているところがあったのかもしれない。

 

「ははは、確かにそうだな。それじゃあ」

 

悠はそう言うと穂乃果に右手を出した。

 

 

「これからもよろしくな、()()()

 

 

 不意打ちで名前呼びされたので、これには穂乃果も驚いて仰け反ってしまった。しかし、それ以上に悠がやっと自分を名前で呼んでくれたので嬉しくなり、悠の差し出した手をぎゅっと握った。

 

 

「うん!こちらこそよろしくね、()()()

 

 

 

 

 あのP-1Grand Prixの事件は解決した。だが、東京に帰ればまたやらなければならないことはたくさんある。受験もあるし、穂乃果たちとのスクールアイドル活動、そして何より今回の事件で更なる恐ろしい存在が関わっている可能性が浮上した"音ノ木坂の神隠し"。やることは山積みだ。それでも、今はこの仲間の皆で勝ち取った平和な時間を楽しんで過ごすとしよう。

 

 

「おま~ちどう」

 

 

 すると、愛屋の出前娘である【中村あいか】が大きな岡持ちを持ってやってきた。皆は小腹が減っていたのか、待っていましたと言わんばかりにあいかの来訪を歓迎する。人がごった返すフードコートに大きな岡持ちを持って登場したあいかに穂乃果たちは驚愕したが、これは序の口だ。今までのあいかの武勇伝を聞いたら、さぞ卒倒することだろう。さあ、午後の案内のためにも、久しぶりの丼をいただこう。あいかへの勘定も済ませ、皆に肉丼がまわったところで箸をつけようとしたその時だった。

 

「鳴上くん、お帰り。そして、おめでとう」

 

あいかが悠を見るなり、脈録もなくそんなことを言ってきた。

 

 

「えっ……?ああ、ただいま。あいか、おめでとうってどういう」

 

 

 

()()()()、幸せにして上げてね」

 

 

 

「「「「「「はっ?」」」」」」

 

 

「えっ?」

 

 

 あいかの爆弾発言により、その場が一気に凍り付いてしまった。そして追い打ちをかけるかのように、誰かから肩をガシッと掴まれた。背後から覚えのある魔王のような迫力を感じる。この気配はまさかと思いつつ、悠はゆっくりと振り返ってみる。そこにいたのは、

 

 

 

 

 

 

「鳴上くん、ちょ~っと聞きたいことがあるんやけど……ええよね?」

 

 

 

 

 

 

 

悠に安息が訪れるのはまだ先にようだった。

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「それじゃあ、皆さん」

「「「「乾杯!!」」」」」

「ここは勇気を振り絞って………」

「どうするんだ!!」

「お仕置きが必要やね……」


「ちくしょう!!良いことなんて一個もない人生!!」


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#36「Party at AMAGIYA Hotel.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

やるべきことを終えて、先日やっと友人と「Fate/stay night Heaven's Feel」を見に行くことが出来ました。戦闘シーンが見入ってしまうほどクオリティが高かったりして、第二章がとても気になるくらい面白かったです。自分的に驚いたのが、登場人物の"柳洞一成"の声優さんが、ペルソナ4で足立さんを演じた真殿光昭さんだったことに気づいたいうことですかね。正反対のキャラだったから全然気づかなかったです。

さて、ここで今後の予定を申し上げます。次話で8月から開始したこの【THE ULTIMATE IN MAYONAKA WORLD】は完結して、その次からいよいよ、おまちかねの希・絵里編に入ります。次話のあとがきにアルティメット編でも書いた予告編を載せたいと思います。楽しみしてください。

最後に、新たにお気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方、アドバイスやご意見をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

至らない点は多々ありますが、これからも応援よろしくお願いします。

今回はアルティメット編後日談。打ち上げの会場である天城屋旅館での出来事とは!?
それでは、本編をどうぞ!


5月5日早朝

 

 天城屋旅館のとある一室で園田海未は目を覚ました。目が覚めて最初に襲ったのは額に手を付けたくなるほどの頭痛だった。何か頭にものをぶつけたような痛みなので、思わず顔をしかめてしまう。それに、自分は何かに覆いかぶさって寝ていたようだ。寝相の良い自分にしては珍しいことだ。なんだろうかと思い、うっすらとした目を見開いて見る。

 

「えっ?」

 

 

 

 そこには己が尊敬する先輩である()()()()()()があった。

 

 

 

「えっ?なるかみ…せんぱい………えっ!?」

 

 

 状況を読み込めず、海未はパニックになって思わず飛び上がってしまう。一体どういうことなのか。よく見れば、ここは海未たちが泊まっている部屋じゃない。更には自分が着ている浴衣は少しはだけており、この部屋には海未と悠の2人しかいない。

 

 

「…思い出しました……私は昨夜……鳴上先輩に………あわわわわわわわっ!!

 

 

 辿り着いた結論に海未は急速に顔を赤らめて頭が沸騰してしまう。いつも人のことを破廉恥だ破廉恥だと言っている自分がまさかこんなことをしてしまうとは。どうしようどうしようとパニックになってしまい、頭がパンクしてしまった。

 

 

 

何故このようなことになったのか。それを知るためにも時を遡ってみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<天城屋旅館>

 

「「「「こんばんはっ!」」」」

 

「いらっしゃいませ」

 

 P-1Grand Prix事件を無事解決した特捜隊&μ‘sは雪子の提案により、事件解決の打ち上げの会場となる天城屋旅館に来ていた。お昼を食べてから穂乃果たちや今回の事件で仲良くなったラビリスや風花、そして途中で合流した雛乃や希、絵里たちに自分たちの住む稲羽市をあちこち案内したので疲れがあるものの、仲間たちとお泊りイベントというのは色んな意味でテンションが上がる訳で、意気揚々と荷物をまとめてここにやってきたわけだ。

 

「すみません。お忙しい中、大勢で押しかけて」

 

「いいえ、鳴上くんたちなら大歓迎よ」

 

「はあ……」

 

 出迎えてくれた仲居の葛西に断りを入れる悠だが、葛西の方は全く気にしてない様子だった。まあ悠は葛西だけでなく天城屋旅館の板前さんや女将さんなどからも気に入られている節があるので、その反応は当然だったりもする。

 

「わあ、お泊り楽しみだね。お兄ちゃん」

 

 それに、今日は菜々子も一緒だ。伯父の堂島がまた本庁に出張ということだったので、菜々子も一緒に泊まるのは都合がよかったし、皆も菜々子が大好きなので一緒なのは大歓迎だった。初めて出会うラビリスや風花にも問題なく仲良くしているので、この調子なら今日は楽しい夜になるなと悠は思う。ただ、一番の心配はそのラビリスだった。

 

「ここが旅館なんやな……雪子ちゃん、ウチも温泉に入れるん?」

 

「う、うん。大丈夫だよ」

 

 ラビリスが部屋に案内される途中で雪子にそう尋ねる。この光景に事情を知らない雛乃と絵里、希は首を傾げた。

 

「ラビリスちゃん、どうしてそんなこと聞くの?何か問題でもあるの?」

 

「あっ……え~と……」

 

 雛乃の質問に言いよどむラビリス。ラビリスが対シャドウ兵器…つまりロボットであることは絶対にバレないようにとシャドウワーカーの美鶴から釘を刺されているので、おいそれと無関係である雛乃たちに言えるわけがない。一応ラビリスのことは、東京で知り合った風花の遠い親戚という設定で雛乃たちに紹介してはいるが、何度も怪しまれている。

 

「ら、ラビリスちゃんは少し特殊な体質だから、そんな自分でも入れるのかって心配になったんじゃないですか!?あははは」

 

 雛乃の疑問に答えられないラビリスに代わって、陽介がアドリブで答える。一応間違って訳ではないが、どこか微妙な解答である。雛乃たちはそれで納得してくれたが、まだ疑惑がぬぐい切れてない様子。今日だけでもこういう場面は何回もあったので、その度に誤魔化すのに陽介たちは奮闘した。自分から美鶴たちにラビリスと一緒にGWを過ごさせてくれと直談判しておいて何だが、こんなに苦労するとは思わなかった。とにかく皆で協力して何とかボロを出さないようにそうようと、特捜隊&μ‘sは心に決意した。

 

 

 それから各々が自分たちの部屋に荷物を置きに行った後は、楽しい食事の時間だ。相変わらず天城屋旅館の料理は美味で悠ですら唸らせるほど絶品だった。こんな家系で何故必殺料理人が生まれてしまったのかが不思議なほどに。それはともかく、みんな天城屋旅館の料理に舌鼓を打ちつつ、今回の事件解決を祝うかのように過ごした。穂乃果と花陽がご飯のおかわりたくさん要求して海未に怒られたり、クマが調子に乗りすぎて雛乃をナンパしかけたことにより陽介と悠からアイアンクローを食らって悶絶したり、完二が凛から色々話しかけられてドギマギしたりと夕食の時だけでも色々あったが、皆楽しい時を過ごしていた。悠たちが楽しそうにしているその様子を絵里と希が羨ましそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<悠たちの部屋>

 

「ハァ~、幸せクマね~」

 

 クマは天城屋旅館の自慢料理を存分に堪能したのか、至福といった表情でゴロゴロしていた。食事前まではまたも女子たちと部屋が遠いことに不満をグチグチと言っていたものだが、やはり美味しいものを食べたお陰かそんなことを忘れるくらい気分が高揚しているようだ。陽介たちも同じなのか少し布団に寝転がったり、テーブルにうつ伏せになったり、緩み切っていた。

 

「さて、今から何します?トランプします?」

 

「女子は少し遊んでから風呂入るって言ってたけど………風呂入るときはなぁ……」

 

 陽介のその一言に、この場にいる男子たちは去年のあの出来事を思い出した。風呂の場所を間違えたのは女子の方だというのに、痴漢の濡れ衣を着せられたあの事件を。あの時のことを思い出すと、頭が痛い。みんな思っているのは同じなのか、陽介も完二もクマも頭を抱えて俯いていた。

 

「今回は穂乃果ちゃんたちもいるし、気を付けないとな」

 

 その言葉に一同は頷いた。風呂は去年の教訓を生かして、女子陣が入ってないであろう遅めに入ることにする。とりあえず、それまでは完二が持ってきたおっとっとを食べながらトランプということになった。

 

 

 

 

「ハァ…先輩も大変っすねぇ」

 

 2,3回目の七並べの最中、手札を見てダイヤのJを場に出した完二がそう漏らした。対決の最中に悠から音ノ木坂での出来事を聞いたので、その感想を呟いているのだ。事件の方も変わらず修羅場をくくり抜けてきているようだが、その上にスクールアイドル活動のこともあって、まだ一ヶ月しか経ってないのに波乱万丈である。今悠たちが話題にしているのはファーストライブの裏側についてだ。

 

「ホノちゃんたちのファーストライブ……お客さんがナオちゃんを含めて3人しかいなかったなんて、センセイのプロジュースなのに世の中分かってないクマね」

 

 クマは納得がいかないと言うように、場にカードを放り出す。そう思ってくれるだけでも悠としてはありがたかった。この場に穂乃果たちもいれば喜んでくれるだろう。

 

「それに、そのライブのためにあの絢瀬さんと喧嘩したって…相変わらず肝が据わってんな……って、パス1」

 

「嗚呼…あの時は東條の仲裁がなかったらやばかった」

 

 講堂使用の許可を絵里に取りにいったときのことを思い出して、悠は思わず苦笑いしてしまった。穂乃果たちのためとは言え、あの時はやりすぎたなと今更ながら反省する。どんなことであれ、絵里の気に障ることを言ってしまったのだから。絵里とは今でも微妙な関係であるものの、少しは会話できる関係が維持できているのはあの時仲裁に入ってくれた希のお陰だろう。

 

「つーかその東條さんだけどよ、おまえあの人に何したんだよ。げっ、パス2」

 

「…身に覚えがない」

 

 悠は今度は希の話題かと溜め息をつきながら、手札からカードを一枚出す。陽介の言わんとしていることは、午後の案内の前に希が悠に色々詰問したあれのことだろう。”ハーレム"だの"彼女"だの悠にとっては希の問いは身に覚えのないことなので理不尽も良いところだ。更に案内の最中、友人の一条や長瀬、松永や海老原に出会った時に"こんな美人の彼女がいたんだ"みたいなことを言われて、仲間たちの雰囲気が凍ったことは思い出すだけで胃が痛い。それに叔母の雛乃まで目が笑っていなかったので、生きている心地がしなかった。

 

「あの東条って人、何であんなに先輩に積極的なんすかね?」

 

 改めて完二が素朴な疑問を口にしてカードを場に出す。確かに悠もそこは引っかかっていた。希とは転校初日に出会うまで何も接点が無いはずなのに、アプローチの仕方はともかく何故そう悠に積極的に関わろうとするのか。すると、クマが何か思いついたかのように声を明るくしてこう言った。

 

「もしかして!2人は10年前に結婚を約束した幼馴染で、センセイは忘れてるとかクマか?」

 

「そんなどこぞの漫画みたいなことねぇよ……やべ、パス3」

 

 クマの思い付きに陽介は呆れながらそれを否定する。悠も陽介に同感だった。希のような人物と今まで会ったことはなかったのでそれはありえないと思った。あり得ないと思ったのだが……

 

 

「俺は昔、東條に会ったことがある気がするんだけど………思い出せなくて…」

 

 

 心当たりがあるとすれば、最近よくみることになった過去夢だろう。希と出会ってから少しして、妙に昔の夢を見ることが多くなった。イゴールはあれが悠の忘れている過去が映し出されたものと言っていたが、もしかして……

 

「思い出せないって、まるで以前のマリーちゃんみたいだな……って、誰だ!ハートの3止めてるやつ!くっそー、破産だーー!」

 

 場に出せるカードがないのか、話が進んで行くたびにどんどん陽介は追い詰められて負けてしまった。相変わらず運がないなと思っていると、手札が厳しい状況で自分の番が回ってきた。どうしたもんかと悩んでいると、

 

「あ、お兄ちゃん、そこカード出せるよ」

 

「本当だ。ありがとうな、ことり……()()()?」

 

 何故か耳元にこの場にいるはずのない人物の声が聞こえてきた。恐る恐るとその方へ振り返ってみると………そこには満悦な笑顔でこちらに微笑む浴衣姿のことりが当然のように座っていた。

 

 

「「うおおっ!ことり(ちゃん)!!」

 

「コトチャン!!」

 

 

 突然のことりの登場に悠たちは驚愕して仰け反ってしまう。

 

 

「てへっ、来ちゃった♡お兄ちゃん!」

 

 

 ことりの方は悠たちのリアクションに驚きもせず、早速流れるように悠の腕にしがみついて甘え始めた。事態について行けず、悠のみならず陽介と完二、クマはフリーズしてしまう。いつの間にこの部屋に忍び込んでいたのだろう。ブラコンもここまで来ると恐ろしい。

 

「ど、どうしてここにいるのかな……ことりちゃん?」

 

 陽介はとりあえず平静を装って恐る恐る事情を尋ねた。すると、ことりはキョトンとした感じでこう返してきた。

 

「えっ?やっぱりことりとお兄ちゃんが同じ部屋じゃないのは不公平かなって思って。だからクマさん、部屋を交換して」

 

 何を言い出すかと思えば、いきなりそんな無茶な要求をしてきた。普通なら絶対ダメと押し通すものだが、この色好きなクマは"女子部屋"という単語に惑わされたのか嬉しそうな顔をする。

 

「えっ?クマが女子部屋に?良いの?」

 

「良いわけあるか!そんなの羨ましすぎるだろ!!」

 

「クマ公だけに良い思いさせてたまるか!ゴラァ!!」

 

 陽介と完二は絶対ダメとクマを止めにかかる。クマの性格からして女子たちに良からぬことを考えているのが目に見えているのもあるが、去年の夏まつりの時といい今回といい、このクマはいつも自分たちを差し置いて美味しいところを持っていく傾向がある。もうそんなことを懲り懲りだとその背中は物語っていた。対してクマの方はこんな美味しいイベントを逃すまいと、陽介たちに反抗する。

 

「クマー!だって、ヨースケとカンジにこんなウフフなイベント勿体ないクマ!!」

 

「「なんだとてめえ!!」」

 

 かくして陽介・完二・クマによる女子部屋行きを賭けたバトルロイヤルが開始された。目の前で繰り広げられる陽介たちの取っ組み合いに、悠は呆れて溜息をついた。ここまで来るともはや醜い争いにしか見えない。それよりも解決しなければならないのは…

 

「えへへ~、今夜は二人っきりだね。お兄ちゃん♡」

 

 自分の身体にしがみついていることりについてだ。もちろん、悠だって出来ることならことりと一緒にこの天城屋旅館を満喫したい。だが、こんなところを穂乃果たち…それも希に見つかったらただでは済まないだろう。それに、万が一そんなことになった場合、菜々子の教育によろしくないし、嫌われてしまう。陽介たちには悪いが、ここはことりに部屋に戻ってもらうしかない。意を決して、ことりに断りをいれようとすると……

 

 

「お兄ちゃん……ことりと一緒に寝るのは………だめ?」

 

 

 上目遣いで悠のそう問いかけることり。こちらの意図を読んだのか、先手を打ってきた。ことりは今浴衣であり、風呂上りではないのに何故か色っぽい雰囲気を醸し出しているので悠はつい見惚れてしまう。それに加えて以前より進化したであろう上目遣いは反則である。頭の中では"菜々子はどうするのか"という警告がなされているものの、ことりの甘言に負けてOKという言いそうになったその時、

 

 

 

ドドドドドドドドドッ!バンッ!!

 

「ことり!見つけましたよ!」

 

「「「うおっ!!」」」

 

 間一髪のところで障子が勢いよく開く音が部屋中に響き、同時に海未を筆頭とした女子陣が悠たちの部屋に殺到した。まるで、強制捜査に来た警官たちのように現れた女子陣に男子は驚愕して腰を抜かしてしまう。

 

「えっ………どうして」

 

「突然姿を晦ましたので、もしや鳴上先輩の部屋に行ったのだろうと思ってきたのですが……案の定でしたね」

 

「まあ…ずっと悠先輩と同じ部屋じゃないと嫌だって言ってたからね」

 

「ともかくそこまでやで、妹ちゃん?」

 

 絶句することりをよそに海未と穂乃果がそう解説を加える。これまでのことりの所業から海未たちは行動パターンはお見通しのようだった。海未たちが来てくれたなら流石のことりも諦めるだろうと、悠は心の中で安堵した。ことりと離れるのは名残惜しい気もするが、ともかく話がややこしくなる前にことりを引き渡そう。"早く離れろ"と言わんばかりに怖い笑顔を向ける希やそれでも居座ろうと悠に必死にしがみつくことりが何らかのアクションを起こさないうちに。すると、

 

 

「ところで……陽介さんたちは何をしてたんですか?」

 

 

 別の方で取っ組み合いになっている陽介と完二、クマの様子を見て疑問に思ったのか、花陽はおずおずとそう尋ねてきた。こういう時に限って話をややこしくするのは、決まってあのクマである。

 

「いや~ね、コトチャンがセンセイと一緒に寝たいからクマと部屋代わってほしいって言ってたの。それでヨースケたちが自分たちと代われってクマに迫ってきて、バトルロイヤルに」

 

「おい!クマ!ちげぇだろ!!」

「元はと言えばテメェが」

 

 陽介はクマが失言を訂正させようとしたが、もう遅かった。クマの失言を耳にした女子陣は自分たちの部屋に侵入するつもりだったのかと思わず身を引いてしまう。そして、

 

 

 

「「ほう……」」

 

 

 その中で、海未とラビリスはクマの失言に青筋を浮かべていた。その冷たい声に皆は慄いてしまう。

 

「つまり、陽介さんたちはことりが来たのを良いことに、女子部屋への潜入を考えたと?」

 

「これは……生徒会長として、見過ごせへんなぁ」

 

 バキバキと指の関節を鳴らしてこちらを見据える海未とラビリス。背後には何故か修羅が現れそうな雰囲気を醸し出している。

 

「って、そうは言ってねぇよ!つーか、何でラビリスちゃんまで!」

 

 そんな2人に陽介は恐怖しながらもツッコミを入れる。どうやら幻想だったとはいえ、ラビリスは生徒会長というキャラを中々捨てきれてはいないようだ。さしずめ"偽の生徒会長"と称するべきか。すると、

 

 

 

「話は聞かせてもらったわ………」

 

 

 

 冷たい響きを持つ声と共に、感情を全て押し殺したような表情の"真の生徒会長"…もとい絵里も入ってきた。彼女が纏っている雰囲気は海未とラビリスよりも迫力があった。

 

「よくもまあ、生徒会長の私がいる前でそんな風紀を乱すようなことを言えたものね」

 

「いや…これは……」

 

 お怒りモードの絵里に委縮してしまう男子陣。無実を訴えようとするが、海未にラビリス、そして絵里と風紀に厳しいもの同士が揃えばもう誰も逆らえない。それは【豪傑】級の勇気を持つ悠でも震えてしまうものであった。

 

「兄妹だからと言って……それを良いことに旅館で同衾だなんて……み、認められないわっ!!」

 

「「「そっち!!」」」

 

 悠とことりが密着している姿に絵里はビシッと指を突きつけてそう言い放つ。この流れでズレたことを指摘する絵里に皆は思わずツッコミを入れてしまった。だが、いずれにしてもこの流れはまずい!

 

「ま、待て!これは誤解だ!」

 

 悠が勇気を振り絞って説得を試みようにも3人はもう止まらなかった。

 

 

「「「問答無用!全員そこに正座しなさい!!」」」

 

 

「「「「ぎゃあああああっ!」」」」

 

 

こうして、風紀の鬼たちによる説教が始まった。端からその様子を見ていた穂乃果たち曰く、見ている自分たちも正座してしまうほど怖かったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――1時間後

 

 

「…良いことなんて…一個もない人生…………」

「り、理不尽だ……」

「足が……痺れて………」

「クマ~…………」

 

 絵里とラビリスの説教は約一時間にも及び、全員正座のし過ぎで足がしびれていた。ちなみに悠たちに説教し終えた風紀の鬼たちは満足げな表情で怯える穂乃果たちを連れて帰っていった。それはともかく、説教をされた悠たちは思った。本当は自分たちは何も悪くないのに、全面的にクマが悪いのに、何故正座させられて一時間も説教されなきゃならないのか。去年の理不尽な冤罪を思い出して、悠たちの中にどうしようもない怒りがストレスとなって溜まっていく。

 

「くそっ……このモヤモヤ、()()で何とかしないとな……」

 

 陽介の呟きにぐちぐち文句を言っていた皆の動きが止まった。そうか、このモヤモヤを解消するにはアレしかない。

 

「やるか」

「やるっすか」

「やるクマね」

 

 男4人はよろよろと立ち上がり、足を引きずりながらも部屋を出た。向かうは自分たちのストレスを発散するにうってつけのあの場所だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、良いお湯だったわ。流石は秘湯で有名な天城屋旅館ね」

 

 溜まっていた仕事が一段落したので、雛乃は娘たちより先に温泉に入っていた。やはり話に聞いていた通り、ここの温泉は最高である。疲れも取れたし、せっかくだから甥っ子の様子でも見に行こうかと歩みを進めようとすると、

 

 

「うおおおおおおおおっ!!」

「ほわあああああああっ!!」

 

 

 何やらどこかで男二人の雄叫びが聞こえてきたので、雛乃はビクッとなる。この声は悠の友人のものだと思われるが……一体どこからだろう。他のお客さんの迷惑になるし、ここは教育者として注意しようと雛乃は声を頼りにその場所を探してみる。辿り着いたのは"遊戯室"だった。

 

「あら?」

 

 遊戯室の中を覗いてみるとそこには、

 

 

「「うおおおおおっ!!」」

 

 

 2人の少年が雄叫びを上げながら卓球をしていた。一方は甥っ子の悠、もう一方はその友人である陽介だった。その近くでは悠の後輩だと言う完二という厳つい少年と熊田という金髪の美少年がソファに座って、牛乳を一気飲みしながら悠と陽介のラリーを見物している。普段見ない悠の姿を見て、雛乃は唖然としてしまった。ここは保護者として、節度を持てと注意するべきなのだが

 

「ふふふ」

 

 雛乃は悠が友人とはしゃぐ姿を見て、思わず微笑んでしまった。昔は友達を作ろうとはせず、ただ一人であろうとした悠が、こんなに生き生きと友人たちはしゃぐ姿を見られるとは夢にも思わなかった。午後に商店街などを案内してもらった時の様子を思い出すと、悠はこの稲羽でとても仲が良い友達と出会えたのだなと雛乃は改めて感じた。すっかり注意する気がなくなったとき、ラリーを終えたらしい悠たちがラケットを置いて汗を拭いていた。

 

「ふぅ、いい汗かいたな」

 

「じゃ、流しにいくか………って叔母さん?」

 

 どうやら相当卓球に熱中していたようで、雛乃が居ることに今気づいたらしい。そのキョトンとした顔が可愛らしく感じたのか、雛乃はいたずらっぽく微笑んだ。

 

「凄いラリーだったわね、悠くん。オリンピック狙えるんじゃないかしら?」

 

「こ、これは……その………」

 

 雛乃にはしゃいでいた姿を見られたことに恥ずかしく思ったのか、悠はあたふたとしてしまう。雛乃としては、あまり見ることのない悠の子供のような姿を見れただけでも役得だった。

 

「ふふふ、ゆっくり温泉にでも浸かって、その汗を流しに行くと良いわ。今の男湯は露天の方よ。楽しんでらっしゃい」

 

 雛乃は嬉しそうにそう言うと、軽やかな足取りでその場を去っていった。一方、その場に残された悠たちは羞恥の心でいっぱいだった。

 

「雛乃さん、本当に年取ってんのかな……俺には叔母さんというより、お姉さんにしか見えなかったぞ」

 

「…そっとしておこう」

 

 何も言えぬ雰囲気のまま、悠たちは風呂道具を片手に温泉へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<天城屋旅館 露天風呂>

 

その頃、その露天風呂では……

 

「ハァ~良いお湯ですねぇ~」

「でしょ?私も初めて入ったときは感激しちゃったな」

「昨日は大浴場だったから……あっ!星が綺麗です~」

 

「ことりお姉ちゃん、おんせん気持ちいいね」

「そうだね。出来れば、お兄ちゃんも一緒に入りたかったなぁ」

「菜々子も!」

「いや、ダメですからね」

 

「見てみて~、バタフライ!」

「凛のバタフライの方が綺麗だにゃー!」

「こらっ!温泉で泳ぐんじゃありません!!菜々子ちゃんが見てるでしょ!!」

 

「大丈夫だよ、海未ちゃん。私も時々泳いでるから」

「旅館の娘がそんなこと言って良いのかよ……」

「真姫ちゃん、こっちおいでよ。広いよ」

「話聞いてないし」

 

「え……いや、私は……」

「そんなこと言ってないで」

「うわっ!ちょっ、雪子さん!」

 

「ハァ…極楽や~」

「本当そうね。ラビリスさんも来ればよかったのに」

「ああ……ラビリスは今調子が悪いから後で入るって」

 

 

 特捜隊&μ‘sの女子陣がゆったりと露天風呂を満喫していた。その中で、にこは少し離れたところで湯に顔半分を隠しながら、他の女子たちを見ていた。特にある一部分を。

 

(うっ……でかい)

 

 そう、この女子陣の面子は揃いもそろって胸が大きい者が多いのだ。例えば、りせと親しげに話している花陽、菜々子と楽しそうに遊んでいることり、そんな2人に付き添っている直斗。極めつけはその様子を微笑ましく眺めている希・絵里・風花の3人だ。希と絵里はただ得さえ服の上からでも凄いのに、風呂場では更に破壊力を増している。風花は服を着ているときは何ら脅威ではないと思っていたが、その認識が甘かった。彼女は着瘦せする体質だったのか、見てみると実際の大きさは花陽クラスだったのだ。着痩せとは心底羨ましい。それに比べて自分は………

 

 

(うがーーー!あのガッカリ王子があんなこと言わなきゃ、こんなに気にしなかったのにーーーー!!)

 

 

 にこが不満爆発といった感じで心の中で悶絶していた。どうやらジュネスで陽介が子供体型と言ったことを気にしてるらしい。それに関してはにこだけでなく、穂乃果たちを注意していた海未も、真姫に絡む雪子を宥めようとしていた千枝もそのことに関して気にしていたらしく、密かに意気消沈していた。

 

 

(((まな板だけの世界になればいいのに…)))

 

 

 

 

 一方、こちらでは件の絵里と風花と希はことりと話し終えた菜々子を囲んで話をしていた。

 

「菜々子ちゃんはこんな年なのに料理や洗濯とか出来るんだね」

 

「うん!最近はね、おさいほうができるようになったの。完二お兄ちゃんが教えてくれたんだ」

 

「へぇ、偉いなぁ」

 

 小学生にしては、大人のようにしっかりしている菜々子に絵里と風花は感心する。育った環境か従兄の悠の影響なのか分からないが、ここまでの家事をこなせる小学生がいるとは驚きだ。

 

「おさいほうかあ……って、完二くん?あの完二くんに教えてもらったの?」

 

「うん!完二お兄ちゃんって、おさいほう上手だよ。いつもあみぐるみ?ってお人形作ってもらってるんだ」

 

「「「えっ?」」」

 

 完二が菜々子に裁縫を教えたということに、3人は驚いてしまった。悠たちから完二は手芸が得意で商品価値がつくほどの腕前だと聞いていたが、まさか本当だったとはとは。信じてなかったわけではないが、あの外見から編みぐるみををせっせと編む姿はあまり想像できなかった。人にはそれぞれ意外な一面があるものだ。

 

 

「菜々子ちゃんは本当にしっかりしてて、ええ子やなあ」

 

 

 すると、希が菜々子のしっかりしている様子を見て、母性が働いたのか菜々子の頭をよしよしと撫でる。撫でられている菜々子も気持ちよさそうだ。

 

「えへへへ~ありがとう、希お姉ちゃん」

 

「菜々子ちゃん、正しくは希お()()()()()や」

 

「??」

 

「菜々子ちゃん!スルーして良いからね!」

 

 希が菜々子に何か良からぬことを吹き込もうとしたので、慌てて絵里がツッコミを入れる。それはともかく、絵里も希と同じで菜々子はとてもいい子だと思った。菜々子にはお母さんがおらず、刑事のお父さんが男手一つで育てているという事情は悠から聞いていたが、そんな家庭事情で育ったとは思えないほどいい子に育っている。

 

「そういえば、菜々子ちゃんの将来の夢は何なのかな?」

 

  何気に風花が聞いたその質問。だが、風花は知らなかった。その答えがこの場に爆弾を落とすことになることを。

 

 

 

「えーとね。菜々子の将来の夢は、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 その瞬間、露天風呂の空気は凍り付いた。菜々子の夢は"お兄ちゃんのお嫁さん"………お兄ちゃんとは、従兄である悠のことのはずなので、つまり……

 

「あれ?お姉ちゃんたち…どうしたの?」

 

「えっ?いや、ごめんな。お姉ちゃんたち、ちょっと驚いてしもうて……な、菜々子ちゃんはそんなにお兄ちゃんのことが大好きなんやね」

 

「うん!菜々子、立派なおにいちゃんのおよめさんになりたいから、毎日おべんきょうや家事をがんばってるんだ」

 

 菜々子の将来の夢を聞いて少し複雑な気持ちになる一同。何というか…菜々子くらいの女の子であれば、誰かのお嫁さんになりたいという夢を持ってもおかしくないが、それがお父さんとかではなく、悠であったとは思わなかった。気まずい空気が露天風呂を支配する。すると、

 

「な、菜々子ちゃん!このにこお姉ちゃんと"にっこにっこ~"をやってみよっか!?」

 

「えっ……にっこにっこ?」

 

「そう!アイドルの決めポーズみたいなものよ。菜々子ちゃんもやってみない?」

 

「うん!やるー!」

 

 にこがこの微妙な雰囲気に耐えられなかったのか、菜々子に自分の決め台詞を教えようと提案してきた。菜々子もにこのそれに興味あったのか、喜んで承諾する。お陰で微妙な雰囲気が少し和らいだので、珍しいにこのファインプレーに皆は感謝した。

 

 

「じゃあ、行くわよ。せ~の………にっこにっこに~♡」

 

 にこが菜々子にも分かるようにとゆっくりとお手本を見せる。菜々子は戸惑いながらも、見様見真似で挑戦する。

 

 

 

 

「えっと……にっこにっこに~♡」

 

 

 

 菜々子が"にっこにっこに~"を披露した瞬間、露天は静寂に包まれた。どうしたのかと菜々子は皆に聞こうとすると……

 

 

 

「「「「可愛い!!」」」」

 

 

 

 女子たちの気持ちが一つになった。何というか、菜々子のにっこにっこに~は何かの才能故なのか、初めてにしては可愛く決まっていた。まだオドオドしているので拙いが、上手く行けば本家を超えるのではなかろうか。そう思わせるほど、菜々子の"にっこにっこに~"は可愛かった。

 

「菜々子ちゃん!すごいじゃない!」

「菜々子ちゃん、可愛い!可愛いよ!」

「にこ先輩よりぐっと来ました」

「菜々子ちゃん、もう一回やって!」

 

 あまりの可愛さに女子たちは興奮してしまう。菜々子も女子たちの反応に若干驚いたものの、褒められて嬉しかったのか照れ臭そうに笑った。

 

「ぐぐぐっ……ま、待ちなさい!さっきのはまだ序の口よ!序の口!これからが本番よ!」

 

 予想外の反応に負けず嫌いが発動したのか、にこが負けじと皆にそう宣言する。自分より10歳下の女の子に負けるのがそんなに嫌なのかと希たちは呆れてしまったが、そんなのはお構いなしに、にこはスタンバイする。

 

 

「見なさい!これが本当の………にっこにっ」

 

 

その時

 

 

 

ザバ~ン!!

 

 

 

 

「ぐはっ!」

 

 

 にこがもう一度お手本を見せようとした瞬間、にこの頭上から何か落ちてきてにこに直撃した。

 

 

「にこ先輩!」

「一体何が……」

 

 

 突然の出来事に動揺する一同。すると、湯気からにこに落下した飛来物がその姿を現した。

 

 

 

 

 

「やあ、ベイビーたち」

 

 

 

 

 

 それは爽やかな笑顔を向けるクマの姿であった。

 

 

「「「「ええええええええええっ」」」」

 

 

 クマの登場に女子たちは素っ頓狂を上げてしまう。ここは女湯であるはずなのに、何故このクマがここにいるのか。すると、

 

「おい、クマ公!何してんだ!?」

「すみません!大丈夫ですか!?」

「ケガとかはないっすか!?」

 

 女子の悲鳴に誰かが大声を上げて露天風呂に突入する。その誰かとは言うまでもなく

 

 

 

「ゆ、悠先輩!!」

「なっ!穂乃果!!」

 

 

 

 悠と陽介と完二、特捜隊男子陣だった。悠たちの登場に女子陣は菜々子以外ぎょっしてしまい、その場にフリーズしてしまった。この状況は……

 

「ああっ!あんたら~~~~!」

 

「な、何でお前らがまたしても!!」

 

 千枝と陽介の大声に全員ハッとなったのか、反射的に女子は身体を湯船に隠す。そして……

 

 

 

「は……は……ハレンチです!!

 

 

 

 海未がそう言い放って近くに置いてあった桶が悠たちにぶん投げる。それが見事にクマの股間にヒットしたのを合図に女子たちは目の前に変態たちに総攻撃を開始した。前回とは違って人数が多いので、悠たちは桶を避けようにも避けれなかった。状況は以前に増して最悪だ。

 

「悠、どうする…ぐほっ!」

「早くしねぇと…ぶっ!」

 

 陽介と完二は悠に指示を仰ぐが、その隙に顔や足などに桶がクリーンヒットする。飛んでくる桶の数が多すぎる上、運動神経抜群の千枝と海未、絵里が的確に当ててくるのでこのままではジリ貧だ。

 

 

「ゆ、悠先輩のヘンタイ!!」

「鳴上さんのチカン!!」

「出てってください!」

「何であなたたちがここにいるのよ!」

「悠くんのエッチっ!」

 

 説得しようにも穂乃果たちはパニックになっているのか、こちらの言葉を届いておらず、ひたすら桶を投げ続けていた。何か最後の誰かが気になることを言っていた気がするが………

 

「お兄ちゃんのバカー!まだ心の準備できてないのに!」

 

 ことりの叫びにはグサッと来たが、何とかしてこの最悪な状況を打開する方法を考える。すると、ふっと頭に【豪傑】級の勇気が下りてきて、悠にヒントを与えてくれた。そして、悠は決断する!

 

 

 

「ここは勇気を振り絞って、この場にとどまる!!

 

 

「「「おうっ!!」」」

 

 

 

 悠がそう言い放った途端、それに応じた男どもの力強い返事で露天風呂は静寂に包まれる。だが、

 

 

「「「「きゃああああああっ!!」」」」

 

 

 それは全く効果がなく一瞬に女子の総攻撃は再開された。先ほどよりも的確に急所を狙ってきている。

 

「って、去年も思ったけど、この勇気にどれほどの意味があるんだ!!」

 

「ぐはっ!確かに」

 

 何故こんな状況でバカなことを考えてしまったのだろう、何か別の力が働いた気がする。今はそれよりも

 

 

「ここはやむ負えん……撤退だ!!

 

「「「サー!イエッサー!!」」」

 

 

 考えを改めて即座に撤退を指示する。こういう時は撤退するに限るので、男たちは懸命に出口に向かってダッシュする。逃げ出す男どもを逃がすまいと、女子たちは攻撃の手を緩めない。

 

 

「お兄ちゃんの………チカン!!

 

 

「ぐふっ!」

 

「お前ら、覚えとけよー!!」

 

 

 最後、ことりが投げた桶と言葉の投げナイフが悠の背中に直撃した後に、男子は出入り口をバタンと閉めて脱出に成功した。

 

「後で…制裁が必要ね」

「お仕置き確定や」

「最低」

 

 残った女子たちはまだ投げていない桶を片手に息が上がっていた。中には恨み言を言っている者もいたが、それは気にしない。

 

 

「すご~い!いっぱい当たってた」

 

 

 菜々子が先ほどの穂乃果たちの攻撃をそう喜んで拍手する。本当は笑えることではないのだが、菜々子から称賛された穂乃果たちは照れ臭そうに微笑んだ。さて、この後あの変態共をどうするべきかと考えようとしたその時、

 

 

「「「きゃああああ!ちかーん!!」」」

「「「何でだーーーー!!」」」

 

 大浴場の方から、女性の悲鳴と男どもの叫びが聞こえてきた。それに何か引っかかりを覚える女子たち。すると、

 

 

「あっ!この時間、ここ()()だった」

 

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 雪子からの衝撃発言に女子陣は思わず硬直してしまう。つまり、この露天風呂は今の時間は"男湯"であり、悠たちが入ってきたのは何ら間違いではなかったということである。何より、大浴場から聞こえてきた悲鳴がなによりの証拠だ。

 

「男湯と女湯の交代の時間…忘れてた。あはははは……」

 

 雪子はそう苦笑いするが、他のメンバーはただ気まずそうに目を伏せるしかなかった。とりあえず、このままここに居る訳にはいかないので大急ぎで露天風呂から撤退する。後で悠たちにちゃんと謝りに行こうと決意して。

 

 

 

「さっき鳴上くんたちが遊戯室で大声上げながら卓球してたんやけど。何故か傷だらけやったし、何があったんやろうか?」

 

「「「……………………」」」

 

 

 部屋に戻った際、ラビリスがそんなことを聞いてきたが、ラビリスのその質問に全員は沈黙したままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<悠たちの部屋>

 

「確かめたけど、今の露天風呂の事件は"男湯"だったぞ。葛西さんや雛乃さんにもちゃんと確認とったのに……ひでーよ、ひでーよあいつら………ううう」

 

ことりに痴漢って言われた……ことりに痴漢って言われた………

 

「ハァ…………」

 

 露天風呂で女子の理不尽な襲撃を受け、自分たちの部屋に逃げ込んだ悠たちは死屍累々といった様子でくたばっていた。その姿をどこか哀愁が漂っており、それは卓球をしても晴れることはなかった。特に悠に至ってはことりに変態呼ばりされたことが余程心に来たらしく、窓の景色を見ながら死にそうにそう呟いている。中々シュールな光景だ。

 

 

「なあ、お前たち…………()()()?」

 

 

「いや」

「何も」

「全然」

 

 

「ちくしょう!!良いことなんて一個もない人生!!」

 

 

 二度も酷い目にあったのに、またしてもご褒美がないというこの惨状。何一つ良いこともなく、陽介はこのまま不貞寝を決め込もうとしたその時だった。

 

 

 

 

「ううう………」

 

 

 

 

「「「「!!!っ」」」」

 

 

 布団に潜り込もうとしたその時、部屋のどこかから女性のすすり泣く声が聞こえてきた。その聞き覚えのある声に一同はビクッとなる。

 

「ううう………」

 

 

「!!っ、今のって…………」

 

「き、聞こえちゃった………まさか……」

 

「ははは……そんな訳ねぇって」

 

 陽介は怯えた声を出す完二とクマにそう言うが、自身も身体が震えている。悠はやはりかと額に手をつけて俯いた。

 

「…やっぱりここは」

 

「何が!?何がやっぱり!?俺は何っにも心当たりありませんよ!?」

 

 陽介は強くそう言うが、それは自分に言い聞かせているようにしか見えない。もう陽介にも分かっているだろう。このあちこちに張られた()()()()()()()()をみれば

 

 

「やっぱり、ここはあの()()()()()()()()()()()()ってことっすか!」

 

 

「ああああ!ゆっちった!そのこと上手いこと見て見ぬふりしてようと思ってたのに、お前ゆっちった!!」

 

「くっ、天城のやつまたしても………」

 

 悠たちは知る由もないが、この部屋はつい昨日までは絵里と希が泊まってたのだが、絵里がこの部屋はやはり女性のすすり泣く声が聞こえるので嫌だと雪子にそう言ってきたので、仕方なく千枝たちの部屋でお世話になっている。これを良いことに雪子はまた悠たちをこの部屋に通したのがあらましである。

 

 

「ちくしょうっ!風呂の仕打ちと言い、この部屋のことと言い、いつまでもやられっぱなしじゃねえか!」

 

 

 陽介の苦言は届くことなく、容赦なしにまた女性のすすり泣く声が少し大きくなって聞こえてくる。このままでは寝るどころではない。

 

 

「こうなったら……ユキチャンたちのところに行く!」

 

 

「「「はっ?」」」

 

 突然立ち上がってそう宣言するクマに悠たちは戸惑ってしまう。この展開はどこか既視感を感じる。

 

「みんなの寝顔見ながらじゃないと安心して眠れませんから」

 

「アホか!お前、去年それでどんな目に遭ったか忘れたのか!?」

 

 陽介の警告にクマはうっとなって黙り込む。去年のあの時、クマの甘言に乗せられて、リベンジと言わんばかりに雪子たちの部屋に忍び込んだ結果、最悪の結末が待っていたのだ。今回はあのバケモノたちはこの旅館に泊まってないようだが、潜入する部屋には雪子たちはおろか穂乃果たちがいるのだ。もし、潜入がバレれば今度こそ死ぬかもしれない。

 

「じゃあ、コトチャンのママさんのところに…」

 

「もっとマズイわ!」

 

「そんなことしたら、どうなるか分かっての発言か?クマ…」

 

「ぎょええええっ!!センセイ、ごめんさいクマ~~!!」

 

すると、

 

 

ジリリリリリリリッ

 

 

「「「うわっ!」」」

 

 突如聞こえる謎の電話音。この部屋のものからかと思っていると、

 

「あ、メールだ」

 

「ややこしい着信音にするんじゃねえよ!」

 

 どうやら悠の携帯の着信音だったようだ。さっきまでの雰囲気は何処へやら、悠は陽介のツッコミを気にせずにメールを開く。メールの相手はことりだった。

 

 

『お兄ちゃん!来て!』

 

 

 メールの内容を確認した悠は携帯を閉じると、不意に立ち上がった。

 

「よし、行こう!」

 

「「決断早っ!」」

 

 高らかに宣言する悠のあまりの決断の速さに一同はツッコまざるをえなかったが、悠はつかつかと部屋を出て行った。陽介たちもクマよりも何をしでかすか分からないので、遅れずについて行く。だが、この時悠たちは知らなかった。今自分たちが向かっている場所では、更なる恐怖が待ち受けていることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<女子部屋前>

 

 女子部屋の前までやってきた。改めて女子部屋に潜入となると、やはり緊張感は増す。去年は躊躇なく潜入できたものだが、今年は女子の人数も多い故か中々扉を開けることは出来なかった。

 

「んじゃ、クマがお先に!ヨーソロー!」

 

「おい!このバカぐま!」

 

 躊躇なく扉を開けて、女子部屋に突入したクマ。これには陽介たちも慌てるしかなく、クマの後に続いて、そっと入ろうとすると、

 

 

 

バタンッ

 

 

 

 部屋から人が倒れる大きな音が聞こえてきた。倒れ方からして普通ではなさそうなので、何かあったのかと悠たちは急いで、女子部屋に突入する。

 

 

「「「なっ!!」」」

 

 

 女子部屋に突入すると、そこには白目をむいて倒れているクマがいた。それだけではない。見れば、この部屋に泊まっているμ‘sメンバーとここに遊びに来ていたらしい千枝とりせまでも眠るように倒れていた。悠・陽介・完二は部屋の惨状を見て硬直した。

 

 

「な、なんだ……これは………」

「ここで……何が…」

「ど、どういうことっすか………」

 

 

 確認する限り、外傷は見当たらないが全員意識を失っている。穂乃果やことりに花陽、りせに風花、絵里に希、更には荒事に即座に対応できそうな千枝や凛、にこまでも気絶している。それにその周辺には不自然なことに周囲のあちこちにが散らかっていた。一体誰がこんなことを……

 

 

 

 

 

「ふふふふふふふふふ………まぁ…鳴上先輩じゃありませんか」

 

 

 

 

 空気が一瞬にして寒くなる。奥から聞こえる不気味な女の声。聞くだけで背筋が凍ってしまう。何か良くないモノがここにいる。逃げなくてはと頭が理解しているのに体は動かなかった。震える身体を動かして、気配がする方に目を向けると……

 

 

 

「なっ……あれは………」

「虚数空間……」

「じゃなくて……園田…なのか」

 

 

 

 そこには髪を不気味に下ろした浴衣姿の海未がそこにいた。いつものキリッとした雰囲気はそこにはなく、ただゆらゆらと不気味な雰囲気を醸し出していた。それはまるで影がそのまま直立したような立体感の無さがある。そんな海未に慄いていると、海未はゆらりと獲物を見つけたかのようにその手に持った何かをこちらに向けてくる。

 

 

「ふふふ……こんな夜中に女子の部屋に忍び込むなんて………全く…先輩は破廉恥ですね……」

 

 

 そして、それがビュンと投げられた瞬間、近くにいた完二がバタリと倒れた。

 

「か、完二っ!何でだ?何で完二が……?」

 

「これは……枕?」

 

 見ると、完二の顔に一つに枕が被さっていた。まさか、枕で意識を刈り取ったと言うのか。もしかして、穂乃果たちもこのようにして倒れたということのか。それならこの奇妙な惨状が何故できたのかということに納得できる。だが、今は感心している場合ではない。

 

 

 

「て、撤退だっ!!」

 

 

 

 悠の号令に陽介は目が覚めたかのように飛び上がり、悠と共に出口目指して走り出す。なりふり構わずダッシュする2人。だが、海未()は悠たちを見逃すわけはなく、2人に向かって弾丸(まくら)を放った。

 

「ぐほっ!」

 

「陽介!!」

 

 弾丸(まくら)は陽介の後頭部に綺麗にクリーンヒットした。陽介は弾丸(まくら)の衝撃で気絶して倒れてしまう。この距離で正確に後頭部に当てるとは、"純情ラブアローシューター"の名は伊達じゃない。海未()は手を休めることなく、悠に向けて次弾を放つ。狙いは先ほどと同じ後頭部。これは当たる!……と思ったが、

 

 

ーカッ!ー

(死んでたまるか!)

 

 

 寸でのところで悠は枕を後ろ手で振り払い、回避に成功する。死にたくないという思いが、悠に力を与えたのだ。何とか影の追撃を振り切って脱出に成功した悠は女子部屋の扉をバタンと閉めた。静寂に包まれる女子部屋。

 

 

「ふふふ…逃がしませんよ」

 

 

海未()はまだあきらめてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ………死ぬかと思った」

 

 

 大急ぎで自分の部屋に逃げ込んだ悠は、息を切らしながらも生還できたことに喜びを感じていた。もしかしたら、この喜びはヒノカグツチを倒して稲羽に無事帰ってきたとき以上かもしれない。流石に海未もここまで追いかけてくることはないだろう。しかし、緑茶をすすりながら思い返してみると、ふと疑問が湧く。何があって海未はあのようになったのだろうか。

 

(そういえば、園田は安眠を邪魔されると不機嫌になるって穂乃果が言ってたような……まさかな…)

 

 ふと思い出した情報と枕が奇妙に散らばっていた状況からあらかたの想像はついたが、これ以上触れるのはやめておこう。さて、陽介たちのことは心配だが何とかなるだろう。緑茶を飲んで一服した悠はそろそろ寝ようと思い、布団に入ろうとすると

 

 

「あれ?」

 

 

 布団に入って寝ようとしたとき、部屋の明かりが突然消えた。悠は何事かと思い、身体を起こす。すると、障子が勝手に開き……

 

 

 

「ふふふふ………見つけましたよ」

 

 

 

 海未()が手に獲物を持ってそこに立っていた。その姿を確認した瞬間、悠の意識は一気に覚醒する。まさかここまで追いかけてきたのか。それに先ほどより一層覇気が強くなっている気がする。あまりの恐怖に固まりそうになったが、悠は枕を片手に戦闘態勢を取る。逃げられないのは明らかなので、ここは戦うしかない。

 

「悪いが、眠ってもらうぞ。園田!」

 

 悠はそう宣言して力強く弾丸(まくら)を投げる。だが、あっけなく躱されてしまった。負けじと近くにあった弾丸(まくら)を次々に投げつけるが、どれもこれも全て海未に躱されてしまう。そして、とうとう(まくら)切れになってしまった。これはマズイ!

 

 

ふふふふふ……今度こそ……って、きゃあっ!!

 

 

 海未は悠の意識を刈り取らんと枕を投げようとした瞬間、海未は布団に足を引っかけてしまい、体勢を崩してしまう。

 

 

「えっ!」

 

 

海未の身体は必然的に悠の方に吸い込まれていくように近づいていき……

 

 

 

ゴンッ!

 

 

 

 認識する間もなく、悠と海未は互いに頭をぶつけてしまい、そのまま海未が悠に覆いかぶさるような状態で布団の上に倒れてしまった。頭をぶつけた衝撃か2人とも眠るように気絶してしまったので、その状態のまま朝まで起きることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以上が冒頭に至るまでの話である。事の発端は悠が察した通り、海未が寝ている傍らで、穂乃果たちが修学旅行みたいなノリで枕投げをしてしまったことにあった。穂乃果たちのみならず、遊びに来た千枝たちもヒートアップしてしまい、その流れ弾が寝ていた海未に被弾してしまったことにより、あの惨状が生み出されたわけである。この騒ぎは後に"天城屋枕投げ事件"として、特捜隊&μ‘sのメモリーに深く残ることとなった。ちなみにこの騒ぎで生き残ったのは、

 

 

「ラビリスちゃん、どう?」

 

「うん!とっても気持ちええ。温泉ってええものやね」

 

「良かった。ラビリスちゃんの身体に問題なくて」

 

「ところで、千枝ちゃんや穂乃果ちゃんたちはどないしたん?」

 

「菜々子ちゃんと直斗くんはもう寝ちゃってる。千枝たちは穂乃果ちゃんたちの部屋で遊びに行くって。そう言えば、海未ちゃんがちょっと眠たそうだったけど…」

 

「変なことになってないとええけどな」

 

 

 遅めの時間帯に温泉を満喫していた雪子とラビリス、そして別の部屋で既に就寝していた菜々子と直斗だけだった。

 

 

 

 

 翌朝、海未と同じく変な頭痛でと共に意識が覚醒した悠も自分の布団の横で蹲る海未を見て事態に気づいてのだが、何か対策を練るには遅すぎた。既にそこには、指の関節をパキパキと鳴らして怖い笑顔でこちらを見ている希とことりの姿があったのだから。その迫力には駆けつけた陽介たちのみならず、絵里(真の生徒会長)ラビリス(偽の生徒会長)も真っ青だったという。その後の展開はお察し願うが、悠はこの件に関して、以下のコメントを述べていた。

 

 

 

"あってはならない経験をしてしまった……とりあえず、互いに気絶していただけであって、間違いは起こらなかったので良かった。そう思っておこう。"

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「叔父さん、お世話になりました」

「家族として、話を聞いてくれますか?」

「お兄ちゃん…」

「俺からの頼みだが」


「ありがとう、私を忘れないでくれて」


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#37「Goodby YASOINABA.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

新たにお気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方、アドバイスやご意見をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

今話はアルティメット編最終回。ここまで長かった………10月で終わらす予定だったのに、長引いてすみません。最後まで楽しめてくれたら幸いです。

それでは、本編をどうぞ!


5月5日夕方

 

 楽しい日々は過ぎ、稲羽を過ごす最後の夜が近づいてきた。名残惜しくも明日には東京に帰らなくてはならない。この八十稲羽に帰省してから本当に色々あった。P-1Grand Prixに巻き込まれて、新しい仲間のラビリスや風花、そして美鶴たちシャドウワーカーと知り合ったり、陽介たちと久しぶりに共闘したり、天城屋旅館で女子陣に酷い仕打ちにあったり…………後半は碌なことがなかったが、とても楽しいGWだったと思う。そんなことを思いながら、悠はみんなと離れてある場所へ向かっていた。目指すはある人物との思い出が深いあの高台だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<八十稲羽 高台>

 

 高台に辿り着くと、そこの展望台で思っていた通りの人物がいた。悠より先にそこから見える稲羽の景色を眺めている人物は、

 

 

「マリー」

 

 

 展望台にいた少女…マリーは悠の声に気づくと、こっちに振り向いた。相変わらず無表情だったが、その裏に嬉しさが感じられた。

 

 

「お疲れ様、悠」

 

 

「ああ、そっちこそお疲れ」

 

 悠はそう言うと、マリーの隣に立って一緒に稲羽の景色を眺めた。何だかこうして2人で稲羽の景色を眺めるのも久しぶりだ。今はちょうど日が山に沈むところだったので、夕焼けで稲羽の街並みがより一層美しく見える。

 

 

「ありがとう、悠。ヒノカグツチってやつから、この町を守ってくれて」

 

 

 しばらく夕焼けに染まる稲羽の景色を満喫していると、マリーがあらたまってお礼を言ってきた。

 

「気にするな。この町はマリーやみんなとの思い出が詰まった大切な場所だからな。守るのは当然だ」

 

 悠がそう言うと、マリーは何を思ったのか頬を朱色に染めて俯てしまった。どうしたのだろうと思っていると、マリーがこちらにジト目を向けてくる。

 

「悠…また、私を置いていっちゃうんでしょ」

 

 ジト目を向けながらそんなことを言うマリーに、悠は少しうっとなる。明日東京に帰るので、そのことを言っているのだろうが、置いていくという表現はいかがなものだろうか。

 

「置いていくって……別にそういうことじゃ……」

 

 すると、マリーは悠の傍まで近づき、悠の服の袖を掴んだ。

 

「マリー?」

 

 

「……寂しいよ……せっかくまた悠に会えたのに……これでお別れだなんて……私…ずっと…ずっと待ってたんだよ。私、悠とずっと一緒にいたいのに………また待ってるだけだなんて……」

 

 

 マリーは俯きながら寂しそうにそう言った。袖を掴んでいる手が少し震えているので、マリーの気持ちがストレートに伝わってくる。そんなマリーを心配させないようにと、悠はマリーの震える手にそっと自分の手を添えてこう言った。

 

「安心してくれ。マリーがここにいる限り俺は帰ってくる。俺にとって、マリーは大事な人だからな」

 

「……………」

 

 マリーは悠の言葉を聞いてポカンとしてしまう。すると、突然顔が茹蛸のように真っ赤になった。そんなマリーの様子に熱でも出たのかと思い、額に手を当てようとすると、マリーはその手を振り払う。そして、

 

 

「バカ!ボケナス!デリカシーゼロの天然ラブマシーン!素直過ぎだよ……だから、君はモテるんだ……あのキンパツやフシギキョニュウに………

 

 

「お、落ち着け、マリー」

 

「分かってるよ!このおんなったらし!」

 

 ありったけの大声量で罵詈雑言を悠に浴びせて、そっぽを向いてしまった。毎度のことだが、自分は思ったことを言っただけなのに何故ここまで言われなければならないのか。完全に怒っているような雰囲気なので、どうしようかと悩んでいると

 

「悠…目、つぶって」

 

「えっ?」

 

「良いから!黙ってつぶんのっ!!」

 

 凄い剣幕でそう迫るマリー。そう言われては従うしかないので、悠は慌てて目を閉じた。しかし、数分待ってもマリーは何も言ってこないのでどうしたのかと目を開けようとすると、マリーにまだ目を閉じてろと怒られてしまった。そうしてること更に数分後、再び目を開けようとすると、マリーがこちらに近づいてくる気配を感じた。証拠にマリーの息遣いがとても近く感じる。

 

 

「ありがとう……私のこと、忘れないでくれて。悠はこれからもコーハイたちと大変な目にあって、私のことを忘れちゃうかもしれないけど………私はこれからもどんなことがあっても、ずっと悠のことを忘れないから……だから…………悠もそうであってね」

 

 

 刹那、悠の頬に温かく柔らかいものが触れた感触が伝わってきた。突然の出来事に悠は驚き、慌てて目を開けると、そこには恥ずかしそうに身体を震わせて、顔を今まで以上に真っ赤に染めているマリーの姿があった。

 

「こ、これは……お礼!お礼だから!!」

 

 マリーはそう言い捨てると、全速力で駆け出して夕焼けに姿を消した。悠はそれを呆然と見つめるしかなく、ただまだ頬に残っている温かい感触に手を当てていた。マリーが何故このようなことをしたのかは野暮なので考えない。だが、それに対して悠は誰もいない展望台にこう呟いた。

 

 

「忘れるわけないだろ……」

 

 

 マリーはもういないが、ここにまだ彼女がいるのなら悠はそれだけは言っておきたかった。例え何があってもマリーのこと、それに特捜隊の仲間たちのことを忘れるわけがない。マリーにとって悠との思い出が大事なのと同じように、悠にとってもこの稲羽での思い出は忘れがたいほど大切なものなのだから。下を見ると、薄暗くなったのか稲羽の町にポツポツと灯りが付き始めた。帰りが遅くならないようにと、悠は満足げな表情で高台を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月5日夜

<堂島家>

 

「とうとう明日帰っちまうのか…」

 

「ええ。数日が過ぎるのは早いですね」

 

 高台から帰ってきた悠は堂島家で堂島と菜々子と一緒に夕飯を取っていた。本当なら陽介たちとどこかで夕飯を食べるつもりだったのだが、陽介から"今日は堂島さんたちと一緒に過ごせ"と言われてここにいる。堂島はここ数日本庁に呼ばれっぱなしで中々一緒に過ごす時間は少なかったので、そう思うとみんなの気遣いはとてもありがたかった。これで最後という訳ではないが、GW最後の夜は堂島と菜々子と一緒に過ごしたかったのは事実である訳だ。

 

 菜々子と一緒に手際よく料理や食器を並べていると、ふと堂島がこんなことを聞いてきた。

 

 

「お前、こっちに帰ってから何かあったのか?」

 

 

「えっ?」

 

 堂島からの唐突の質問にギクッとなる悠。

 

「いや、どうもお前が何かやり切ったって顔をしてるからな。あえて聞かないでおくが、済んだんなら結構なことだ」

 

「えっ………まあ」

 

 堂島の言葉を聞いて、悠は少しヒヤリとした。相変わらず堂島の刑事の勘は恐ろしい。悠のことを心配してのことなのだろうが、その刑事特有の追及する目を向けるのは勘弁してもらいたい。

 

「またお父さんがお兄ちゃんとばっかり話してる……」

 

「おお、すまんな菜々子。悠と話すとついこうなっちまうからな」

 

 堂島は菜々子にそう言うと、箸で悠と菜々子が作った料理をつまみ、まだ手に付けてなかったビールを飲み干した。

 

「か~っ、やっぱりお前の料理を食いながら飲むビールは最高だな」

 

「そう言って頂けると嬉しいです」

 

「お父さん、飲みすぎちゃだめだよ」

 

 そこからはいつも通りの堂島家の食卓となった。去年はジュネスのお惣菜や弁当で済ませたものだが、悠の影響か菜々子も料理を覚えたので、バランスの取れた食事を送れているらしい。P-1Grand Prix事件のせいか、こういう風に3人で食事するのは数日ぶりなのにまるで久しぶりのように感じた。

 

 

 "お前の帰る場所はここにある"

 

 

 雰囲気がそう言ってくれているような気がして、悠はまた堂島と菜々子に感謝を感じられずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 食事の時間が終わり、デザートに菜々子が野菜菜園で育てた果物を切ろうとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。こんな時間に誰だろうと思い、メロンをまな板に置いて玄関に行くと、そこには意外な人物がいた。

 

 

「こんばんは、悠くん」

「こんばんは、お兄ちゃん♡」

 

「叔母さん!それに、ことりも」

 

 そこにいたのは、叔母の雛乃と従妹のことりであった。こんな時間などうしたのだろうかと思っていると、菜々子も来客が気になったのか堂島と一緒に玄関に駆け寄ってくる。

 

「ああ!ことりお姉ちゃんに雛乃おばさんだ!こんばんは~」

 

「あ、アンタは……義兄さんの妹さん…」

 

 菜々子は雛乃とことりが来たことに嬉しそうにしていたが、堂島はまるで苦手なものを見るような表情になった。

 

「こんばんは。菜々子ちゃん。堂島さんも」

 

「初めまして、堂島叔父さん。お兄ちゃんの従妹の南ことりです」

 

「あ、ああ……どうして、ここに?」

 

「ここに来てからまだ堂島さんにご挨拶してなかったものですから。よろしければ、私たちも上がってよろしいでしょうか?」

 

「ああ、はい。どうぞ。ちょうど、悠が果物を切るところだったので、良かったら」

 

 珍しくあの堂島がかしこまっている。以前親戚の集まりで悠の父親と酒飲み過ぎて雛乃にこってり絞られたことがあるらしいので、それのせいなのかもしれないが。とりあえず、雛乃とことりも堂島家の食卓に加わり、デザートの果物を一緒に頂いた。その際、ことりが堂島家でも悠に甘え始めて、堂島がその様子を訝しげな表情で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「堂島さん、少しお話してもいいですか?」

 

 デザートも食べ終わって堂島家の雰囲気に溶け込み始めた頃、悠と菜々子、ことりが一緒に皿洗いをしているときに、雛乃が堂島にそんなことを言ってきた。

 

「ん?どうした?改まって」

 

 酒がまわってきたのか、堂島も先ほどのへこへこした態度もなくなり、いつもの堂島に戻っている。

 

「どうしても堂島さんに話しておきたいことがあるんです。()()()()()()として」

 

 雛乃の目から真剣な思いを感じる。そう思った堂島は少し間をおいて立ち上がってこう言った。

 

「………聞こう。とりあえずコーヒーを淹れてくるから、アンタは縁側で待っていてくれ」

 

「えっ?」

 

 堂島の言葉に雛乃は驚いた。おそらく、雛乃の話はあまり悠に聞かれたくないのだろうと察しての気遣いだろう。実を言うと、この話はあまり悠に聞かれたくないと思っていたので、雛乃は堂島のその気遣いに感謝した。

 

「この家にはインスタントしかないんだが………アンタはどうする?」

 

「じゃあ、ブラックで」

 

「分かった」

 

 堂島は雛乃の言葉に頷き、いそいそと台所へと向かった。雛乃は堂島の言葉に甘えて窓を開けて縁側に座り、堂島を待つ。数分経ったとき、堂島はコーヒーの入ったカップを2つ持って縁側にやってきた。

 

「ありがとうございます」

 

「ああ、俺が淹れたから、口に合うか分からんが」

 

「そんなことは……美味しい。とても美味しいです」

 

 堂島の淹れたコーヒーはインスタントとはいえとても美味しかったので、雛乃は自然に笑ってみせた。堂島は世辞とはいえ、雛乃の反応が嬉しかったのか、照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「まあ、コーヒー淹れるのは家での俺の仕事でな。死んだ妻に結婚する時に約束させられたんだ。"家のことはこれだけでいい。だから、必ずやり続けること"ってな。それで、コーヒーを淹れるのだけは自信がある」

 

「あっ…すみません……私」

 

「そう気にしなくていい。それで、話っていうのは何なんだ?」

 

 堂島はコーヒーを一口飲んでそう言うと、話を聞く姿勢を取った。職業病のせいか、堂島のその姿勢に雛乃はまるで職務質問を受けているような気分になったが、とりあえずコーヒーを一口飲んで、静かに語りだした。

 

「去年、悠くんを堂島さんのところに預けるって義兄さんたちに言われた時…私は心配だったんです。小さい時からの悠くんを知ってましたから、また一人で孤独なろうとしてないかって……でも、私の予想に違って帰ってきた悠くんは今までとは別人のように変わっていました。自ら積極的に人と打ち解けあって、仲のいい友達や慕ってくれる後輩がたくさんできて………私、悠くんが変わってくれて本当に嬉しかった」

 

「そ、それは良かったな」

 

「そうなんですよ!それで、悠くんがこの町のことを語るときの表情がとても楽しそうで」

 

 その後、悠についてのことを丸々10分間聞かされた。楽しそうに悠のことを語る雛乃に堂島は若干引いてしまう。何というか親バカが息子の自慢話をしているようで、中々割り込めない。このままではまずいので、堂島は思い切って話題の路線を戻そうとすると、

 

 

「私、悠くんの話を聞いて、この町……八十稲羽を訪れてみたいと思ったんです。そして実際に訪れてみて、この町が羨ましいなって思いました」

 

 

「どういうことだ?」

 

 雛乃が語りだしたことに疑問を持ったのか、堂島はそう聞き返す。それに雛乃の表情が先ほどと打って変わり、寂しそうなものに変わっている。

 

「悠くんがこの町に来て、懐かしそうな表情をしていたり、陽介くんたちと楽しそうに過ごしているところを見てると……悠くんがいるべきなのは()()()()()()()()()()()()()()()()と感じてしまったんです」

 

「……………………」

 

「そう思うと、私……悠くんに家族として見られていないんじゃないかって………怖くなったんです。私は堂島さんと違って…何も出来なかったから………ダメですよね、私って」

 

 雛乃はそう言うと、コーヒーを一口飲んで空を仰いだ。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。どうやらこれが本題らしく、本人は相当気にしているようだ。そんな雛乃を見て、堂島はしばらく黙り込んでいたが、ふとコーヒーを飲んで言葉を発した。

 

 

「こういうのもなんだが、俺はあいつには何もしちゃいねえよ。俺が逆にあいつに世話になっちまったからな」

 

 

「えっ?」

 

 堂島のふとした言葉に雛乃はハッとなって、堂島に視線を向ける。そこには刑事としての雰囲気はなく、今の堂島は一人の父親としての表情をしていた。

 

「俺は娘……菜々子と向き合うことから逃げてたんだよ。あの日、菜々子を迎えに行ったせいで、千里……妻が死んだんじゃないかって考えてしまったことがあった。あの子が居てくれただけで、何度救われたかを知っていたはずなのにな。それで、段々あの子と向き合えずに寂しい思いをさせてしまった…」

 

「………………」

 

「だが悠は……あいつは俺にその大事なことを思い出させてくれた。あいつが俺を真剣に叱咤してくれたお陰で、俺はあの子と向き合うことができた。そうして俺…俺たちはなれたんだよ。本当の家族ってやつに」

 

「堂島さん…」

 

 堂島が神妙にそう語る姿を見て、雛乃は呆然としてしまった。すると、堂島はコーヒーカップを傍らに置き、雛乃の目を見据えた。

 

 

「あいつは俺の姉貴に似て、心優しいやつだ。そんな悠がアンタを家族と見てないなんてあり得ねえよ。アンタはもっと自信を持った方が良いんじゃないのか?そんなんじゃ、悠と娘さんが逆にアンタのことを心配し過ぎてぶっ倒れるかもしれねえぞ?」

 

 

 堂島の気さくな言葉に雛乃は思わず涙してしまった。涙を流す雛乃に堂島は気に障ることを言ってしまったかと慌てている。雛乃は大丈夫だと両手でジェスチャーする。そして、

 

 

「…ありがとうございます。堂島さん」

 

 

 雛乃は涙を拭って、堂島に頭を下げた。その表情からはもう暗いところは見受けられない。どうやら、少し雛乃の悩みに貢献できたようだ。

 

 

「一つ聞いておきたいんだが……アンタ、そこまで悠のことを気にしてるのは、悠が義兄さんと似ているからとかじゃないよな?」

 

「えっ?」

 

 突然の堂島からの質問に首を傾げる雛乃。何のことだろうと思っていると、堂島が直球に言った。

 

「だってアンタ、()()()()だったんだろ?」

 

「なっ!!」

 

 不意打ちにそんなことを言われて、雛乃はびっくりしてしまい、手に持っていたコーヒーをこぼしてしまう。その慌てようから図星ということは明白だった。堂島はその反応を見て、やっぱりかと言うように溜息をついた。

 

「前に義兄さんが話してくれてな。"ウチの雛乃がブラコン過ぎて大変だった"って。確か、高校生になっても一緒に風呂に入ろうとしたり布団に潜り込んだり、義兄さんと仲良くしてた女を目の敵にしてたり……あとは大学生のとき」

 

「ど、堂島さん!それ以上言ったら怒りますよ!!」

 

 柄にもなく子供のとうに止めにかかる雛乃。どうやら雛乃にとっては恥ずかしい過去らしい。その様子を見た堂島はニヤッと笑ってこう返した。

 

「おっと、これは失礼。だが、義兄さんからその話を聞いたときは驚きましたな。しっかりしてるアンタがブラコンだったって」

 

「…………昔の話です」

 

 雛乃はぷいっとそっぽを向いて拗ねてしまった。これはからかい過ぎたかと堂島は反省する。何というか、童顔のせいか雛乃は年の離れた妹みたいな感じがするので、ついからかってしまった。

 

「このことは悠や娘さんにも言ってないんだろ?だったら、俺が今すぐ…」

 

「そういう堂島さんだって、学生時代にご両親に内緒で原付を乗り回してたんでしょ。でも、結局お義父さんに見つかってしこたま殴られたとか」

 

「ぶっ!な、何でそれを」

 

 まさかのカウンター。菜々子にも言っていない秘密を暴露されて、堂島はコーヒーを吹き出してしまった。この秘密は悠にしか話してないのに、何故それを雛乃が知っているのだろう。

 

「義姉さんに聞いたんですよ。"遼太郎が失礼なことを言ったら、言ってやりなさい"って言われて」

 

「姉貴め、余計なことを……」

 

「堂島さんだって、私の話を兄さんから聞いたんでしょ。ちなみに、この話を菜々子ちゃんに今聞かせても良いんですよ?」

 

「そ、それだけは勘弁してくれ。俺が悪かった!」

 

 いい笑顔更にとんでもないことを言いだす雛乃に頭を下げる堂島。悠のお陰で本当の家族になったとは言え、菜々子に家のことはほとんど任せっきりなので、家での立場がなくなってきている。そんなことを知られては父親として立つ瀬がない。堂島にとってそれを菜々子に知られるのだけは勘弁してほしかった。しかし、雛乃はしてやったりと勝ち誇った表情を浮かべた。

 

「ふふふ、これでおあいこですね」

 

「……アンタってひとは。これは義兄さんが頭が上がらない訳だ」

 

 堂島はやられたと言わんばかりに溜息をついたが、内心はとても穏やかだった。その後も2人は互いのコーヒーがなくなるまで、楽しそうに会話していた。

 

 

「お父さんと雛乃おばさん、楽しそうだね」

 

「そうだな」

 

「見てて微笑ましいよね」

 

 

 悠と菜々子とことりはそんな2人の様子を暖かく見守っていた。時が過ぎてことり雛乃が天城屋旅館に戻るまで、堂島家には温かい笑い声が絶えなかったという。どうやらまた2人、堂島家にここを訪れる家族が増えたようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月6日

<稲羽駅>

 

 そして、とうとう帰りの電車の時間がやってきた。悠たちが帰ることもあって、先に帰ったりせと直斗を除く特捜隊のメンバーや堂島と菜々子が見送りに来てくれた。ちなみにラビリスと風花も同じ電車で帰る予定である。

 

「叔父さん、お世話になりました」

 

「「「「お世話になりました」」」」

 

 悠は堂島にGW中に世話になったことにお礼を言う。それにならって、穂乃果たちもGW中に稲羽の様々な場所を案内してくれた陽介たちにお礼を言った。

 

「ああ、久しぶりにお前の顔が見れて良かった。またいつでもゆっくり来いよ。こいつも待ってるからな。アンタたちも今度はゆっくりウチに遊びに来るといい」

 

「はい!」

 

「ほら、菜々子。そんな悲しそうな顔するな。悠が帰りづらくなっちまうだろ」

 

「……………」

 

 堂島は横で拗ねている菜々子の背中を押してそう言った。菜々子の方はもう悠が帰ってしまうので、マリーと同じ寂しそうな顔をしていた。出来ることなら、悠も菜々子ともっと長く過ごしたかったが、こればっかりは仕方がない。休みというものには期限があるのだから。

 

「菜々子、また夏休みに来るから」

 

「本当!?」

 

悠がそう言うと、菜々子はとても嬉しそうに笑った。だが、

 

「マジっすか!?」

 

「もちろん、ひと夏いるんだよな?」

 

「え?」

 

 悠が夏休みにもこっちに来ると聞いて、完二と陽介は嬉しそうに聞いてきた。培った勘がこの流れはまずいと警報を鳴らしている。

 

「やった!一か月もあるじゃん!何でもできるよ!」

 

「えっとねー、夏祭りでしょー?海水浴でしょー?花火大会もあるね!」

 

 千枝とクマも悠が夏休み中ずっといると思い込んでいるのか、もう夏休みでも予定を立てていた。もう千枝たちの中では、自分が夏休みはずっとこっちにいるのが確定事項みたいになっているようだ。

 

「盛り沢山だー!じゃあ、穂乃果たちも一緒に良い?」

 

「もちろん、良いに決まってんじゃん!」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ、穂乃果ちゃんたちもいなきゃ始まんねえしな」

 

話に穂乃果たちも食いつき、一緒に夏休みをどう過ごすのかと計画を練り始める。

 

「あの…それ、ウチも加わってもええの?」

 

「うん!ラビリスちゃんだけじゃなくて、風花さんや絵里さん、希さんも一緒にね」

 

「「「え?」」」

 

 もう話が進み過ぎて、止めようにも止められない。実際夏休みにこっちに帰ることはすでに決めていたが、どの程度滞在するかを悠まだは決めていなかった。思わず堂島と雛乃の方を見ると、堂島は二カッと、雛乃はニコッと笑ってこう言った。

 

 

「俺は構わんぞ。悠がいれば菜々子も喜ぶし、俺も嬉しいしな」

 

「私も別に良いわよ。但し、ちゃんと勉学にも励んでもらうけどね」

 

 

 

「「「やったー!!」」」

 

 

 堂島と雛乃の許可が下りたと同時に、皆は歓声を上げた。みんなは嬉しそうな表情を見ると、内心焦った自分が馬鹿らしく感じて、思わず口角が上がってしまった。みんなが一緒なら今年の夏休みも楽しくなりそうだなと思う。今度は平和に休暇を過ごしたいので、P-1Grand Prixのような事件が起こらぬよう祈るばかりである。

 

 

 

 

『まもなく上りの電車が参ります。危険ですので、白線の内側までお下がり下さい』

 

 

 

 

 そう思っているとそんなアナウンスが駅内に流れてきた。どうやら悠たちが乗る電車が来るようだ。少し時間が経つと、悠たちが乗る赤い電車が駅に停車しドアが開いた。さて、そろそろ電車に乗り込もうと足を踏み入れたその時、

 

 

「お兄ちゃんっ!!」

 

 

 荷物を持ち上げて雛乃たちと電車の中に乗り込もうとする悠を菜々子は抱き着いて止めにかかった。どうしたのかと思っていると、菜々子は涙目でこう訴えてきた。

 

「やっぱり帰っちゃいやだ!菜々子、お兄ちゃんともっと遊びたい!もう少しここに居て!」

 

「菜々子……」

 

 やはり悠がもう行ってしまうと思うと、寂しくなったのだろう。それにこのGWはP-1 Grand Prixに巻き込まれたり、穂乃果たちを色々案内したりとあまり菜々子と過ごす時間が取れなかった。本人はここまで平然としていたが、いざお別れと思うと耐えられなくなったらしい。

 

「ナナちゃん、クマと一緒に遊ぶクマー!」

 

「菜々子ちゃん、ウチに遊びにおいでよ。ムクっていう犬がいるからさ」

 

「それとも、またウチに泊まりに来る?」

 

 クマと千枝、雪子が気遣うように菜々子にそう誘いをかけたが、菜々子はそれらを一蹴するように首を横に振って悠にしがみつく手を離さなかった。

 

 

「やだっ!お兄ちゃんとがいい!!」

 

 

 ここまで菜々子が駄々をこねるのは初めてだ。後ろにいる穂乃果やことりたち、果てには雛乃までもどうしたものかとハラハラとしている。このままでは電車に乗り遅れてしまう。どうしたものかと思っていると、

 

 

「菜々子、あまり我がまま言ってると、夜に怖い話するぞ?」

 

 

 菜々子は堂島の言葉にビクッと震えてしぶしぶと悠から離れた。結果的に効果覿面だったが、流石に小学生の娘にその宥め方はないだろうと悠は思った。少し残念な宥め方をされた菜々子をフォローすべく、悠は菜々子に目を合わせて、笑顔で菜々子の頭を優しく撫でる。

 

 

「菜々子、夏休みの時はいっぱい時間があるから、その時にたくさん遊ぼうな」

 

「………うん!菜々子、良い子で待ってるね。お兄ちゃん!」

 

 

 悠の笑顔に安心したのか、菜々子はそう言って笑顔を返した。その様子は従兄妹ではなく、本物の年の離れた兄妹のように見えて、その場にいたみんなは微笑ましくその様子を見守っていた。

 

 

「つか、菜々子ちゃんって怖い話ダメなんすね」

 

 菜々子が怖い話が苦手だということが意外だったのか、陽介は堂島にそんなことを聞いてきた。

 

「ああ、寝る前にテレビで怖い話なんか見ると、一人でトイレに行けなくてな。夜中に起こされるんだよ、俺が」

 

「お父さん!!」

 

 悠の前で自分の恥ずかしい話を暴露された菜々子は頬を膨らませて父親に怒ってきた。

 

「はっはっは、すまんすまん」

 

 堂島は菜々子のその姿が珍しかったのか、明るい表情で笑っている。

 

 

「もう……お父さんなんて知らない!!」

 

 

 からかわれたことに怒った菜々子が思わず悠たちが乗る電車に駆け込んでしまった。悠は菜々子を止めようと追いかけて、電車の中へ入っていく。だが、そのタイミングはあまりにまずかった。

 

 

 

ジリリリリリリリッ!

『発車しまーす』

 

 

 

「「えっ」」

 

 

 菜々子に追いついたと思ったら、その途端に電車のドアが閉まってしまった。ホームを見てみると、そこには呆然としている堂島と陽介たち、そして乗り遅れてしまった雛乃と穂乃果たちがいた。そして、ゆっくりと電車が動き出して景色が流れる。

 

 

 

 

 

「「「菜々子(ちゃーん)――!!」」」

 

 

 

 

 

 事態に気づいた堂島たちが必死に悠たちが乗る電車を追いかける。その様子は端から見れば、悠が雛乃たちを置き去りにして、菜々子を東京へ連れて帰ろうとしているようにしか見えなかった。

 

 

「あ、あれ……?お兄ちゃん………?」

 

 

 菜々子は外にいる堂島たちと、自分の傍にいる悠を交互に見て、少しパニックに陥ってしまった。

 

 

 

 

「そっとしておこう……」

 

 

 

 

 

 悠は溜息をついてそう言うと、とりあえず落ち着くために菜々子と一緒に電車の座席に腰を下ろした。さて、これからどうしたものか。そう考える悠の目には相変わらずのどかな稲羽の風景が広がっていた。

 

 

THE ULTIMATE IN MAYONAKA WORLD

-fin-




Next Chapter








"さあ、物語の続きを始めようか"









八十稲羽の事件を特捜隊メンバーと解決して、東京へ帰省したμ‘sたち。




「な、鳴上さん!こんにちは!」
「鳴上くん、真姫のことよろしくね」
「鳴上先輩!…お。お弁当!作ってきました!!」
「ドラスティックお邪魔いたします」






いつも通り練習に励みながらハチャメチャな毎日を送る彼らの元に一つの知らせが届く。







「ラブライブが開催されます!!」






全国のスクールアイドルのナンバーワンを決める"ラブライブ"の開催広告。廃校から学校を救うため、悠たちはラブライブの出場を目指すことを決意する!だが……




「このグループのリーダーって誰なんですか?」
「「「えっ?」」」
「始めるわよ!戦争を!」


「来週から中間試験だ!」
「赤点取ったら……」
「「「タスケテーーー!!」」」




色々と問題は山積みで、それに奮闘する日々が待ち受けていた。そんな中、






再び映ったマヨナカテレビ






その被害者とは意外な人物だった。



「えっ?」
「嘘っ!」
「あの人が…」



そして、事件を追う中で蘇る過去の記憶。




「これは……」
「思い出されたようですな」




それは、忘却の彼方に置き去りにした彼女との物語。その物語が、彼女を救うカギとなる。






「貴女なんか……私じゃない!






「逃げろっ!」
「悠先輩っ!!」


これまでにない試練が悠たちに降りかかる。




「もう、先輩に頼ってばかりは嫌なんです!」
「絶対に負けない!」
「必ず助けます!」




その先に待つ残酷な真実に悠たちはどう受け止めるのか。



抗え!



少女のために。己のために。学校のために。新たな物語が幕を上げる!





PERSONA4 THE LOVELIVE 最新章


【μ`SIC START FOR THE TRUTH】





12月下旬開始予定


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【μ`SIC START FOR THE TRUTH】
#38「Leader Wars」


閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

今年も残り少なくなってきましたね。年末は課題に忘年会に合宿…………年が明けたら試験に突入と色々と忙しくなるので、今年の投稿はこれが最後になると思います。少し早いですが、読者の皆様も良いお年をお過ごし下さい。

本編も進めますが、また番外編も何か書こうと思ってますので、活動報告にて年末アンケートを取りたいと思います。是非ともそちらもご覧ください。

改めて、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・最高評価や高評価、評価をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

皆様の応援のお陰で、お気に入り1000件突破!12/14の日刊ランキング39位・15位・14位にランクインすることができました。至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

さあ、今回から新章がスタートです!
それでは、本編をどうぞ!


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

………美しいピアノのメロディーが聞こえてくる。

 

 

 

 

 

聞き慣れたそのメロディーで目を覚ますと、悠は別の場所にいた。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模した空間。ここは【ベルベットルーム】だ。

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

目の前に鼻の長い奇怪な老人がいる。この老人の名は【イゴール】。このベルベットルームの管理者であり、未だに正体が掴めない人物である。そして、その両隣には2人の女性が座っている。右手にいるプラチナ色の髪の女性はイゴールと同じく去年から世話になっている【マーガレット】。そして、左手にいる銀髪の女性は先日の稲羽で起こった事件で知り合ったマーガレットの妹である【エリザベス】だ。以前に比べて、ここも随分華やかになったものだなと悠は思った。

 

「いやはや、先日は彼の地で別の災難に遭われたようですな。その際にこのエリザベスが大変お世話になったとか。どういう風の吹きまわしでこちらに戻ってきたのかは存じませぬが、この子は随分とあなたに興味をお持ちのようだ。この先、大変迷惑をかけるかもしれませぬが、何卒宜しくお願い致します」

 

イゴールはエリザベスに手を向けて頭を下げてきた。エリザベスは悠に向けて意味ありげな笑みを浮かべている。何とも嫌な予感しかしないが、善処するとイゴールにそう言った。

 

 

「さて……エリザベスからお聞きしましたが、何でもその災難の元凶はあの霧の住人の生き残りだったとか………ふふふ、あなたとあの者たちとの因縁は切っても切れぬものかもしれませぬな」

 

 

話を変えて縁起の悪いことを言い始めたイゴール。あまりそうフラグ的なことをいうのはやめてほしい。やつらみたいな存在に遭遇するのはあのGWの一件で十分だ。そう言うと、

 

 

「ふふふ………」

 

 

その様子を見ていたマーガレットがこちらを見て微笑んできた。そして、手元にあるペルソナ全書を開き、そこに綴られている悠のこれまでの記憶を閲覧する。

 

「お客様は彼の地で彼らとの絆を再確認して、あの子たちと更に絆を深め、新たに出会った者たちとも絆を築いた。それにより得た力は今後の旅路に更に役に立つでしょう。しかし、それは()()()()()()()()であるかもしれない。そう感じておられるのでしょう?」

 

マーガレットの言葉に悠は首を縦に振った。今マーガレットが言ったことは全て悠も感じていたことだからだ。あの事件は悠たちが八十稲羽を訪れた時に起こったことといい、"桐条"が関わったことといい、あまりにも出来過ぎていることが多い。あの事件の結末もその何者かの思惑通りなのではないかと悠も思っていたのだ。

 

「あの事件がお客様のこれからの旅路に影響するのは間違いないでしょう………お客様とあの子たちの行く末、どのように変わっていくのかしら。楽しみだわ」

 

マーガレットはそう言うと、ペルソナ全書を閉じてイゴールに目配せした。

 

「今宵はこれまでに致しましょう。では、またお見えに」

 

 

「では鳴上様、またお見えになるまでご機嫌よう。次お会いした時は、鳴上様お薦めの飲食店を紹介してくださいまし」

 

 

「これ!エリザベスっ!私の台詞を取った上に、お客人に図々しいことを言うでない!!」

 

イゴールの締めの台詞を横からすり取ったエリザベスをイゴールが叱責する。何とも言え難いその光景を最後に悠の視界は再び暗転したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鳴上家 悠の部屋>

 

 

………………………

 

 

 

次に目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。それに、どうやら自分はベッドではなく、机の上で寝ていたようだ。机の上に教科書と机が開きっぱなしになっていたので、どうやら勉強の最中に睡魔にやられてしまったらしい。見ると、自分の肩には毛布が掛けられていた。

 

 

「お兄ちゃん、起きた~?」

 

 

すると、部屋のドアが開いてエプロンをつけたことりがティーカップを手に持って入ってきた。GWで八十稲羽から帰ってきてから数日、ことりは今でも朝早くからこうして料理や洗濯など悠の身の回りのことをしてくれる。そんな甲斐甲斐しい妹に感謝して悠はことりに朝の挨拶をした。

 

「ああ…おはよう………」

 

「また机の上で寝てたんでしょ。いくらGWで色々あったからって、無理しすぎだよ」

 

ことりは部屋の状況を見て、悠に注意する。GWはP-1Grand Prixの事件に巻き込まれたり、その後に陽介たちとはしゃいだりと遊んでばかりの休日だったので、勉強がおろそかになっている。その遅れを取り戻そうと悠はこっちに帰ってから夜遅くまで勉強をしていたのだ。周りから完璧超人と言われている悠とて人間なので、勉強をしないと学力は下がるのは必然である。

 

「大丈夫……ふぁあ…………問題ない……」

 

眠たい目をこすって強がるが、ことりは怒るように頬を膨らませる。

 

「もうっ!そんな眠そうな顔で大丈夫じゃないでしょ。ほら、これ飲んで」

 

ことりはそう言うと、手に持っていたティーカップを悠の傍に置く。匂いからして、これはコーヒーだ。どうやらここに来る前に淹れてきたらしい。

 

「……うん、うまい」

 

ことりのコーヒーを飲んだ瞬間、すっかり目が覚めた。自身の淹れたコーヒーを美味しそうに飲んでいる悠の姿を見て、ことりは嬉しそうにしている。堂島家を訪れて堂島が淹れたコーヒーに感銘を受けたのか、こっちに帰ってからことりはコーヒー淹れにすっかりはまったらしい。まだまだ堂島ほどの腕には到達してないが、これはこれで美味だ。そう思っていると、

 

「そう言えば、さっきにこ先輩からメールが来たよ。大事な話があるから放課後に部室集合って」

 

「矢澤が?」

 

ことりからの報告を聞いた悠は頭にハテナマークを浮かべた。何というか、にこからの話となると、嫌な予感しかしないのだが……

 

「何かあったのか?」

 

「それは分かんないけど………それより朝ごはん出来てるからね。早く来ないと冷めちゃうよ。あっ、お兄ちゃんの制服は昨日アイロンかけたから」

 

ことりは悠に必要事項を言うと、飲み終わったカップを回収してリビングに向かっていった。その後ろ姿を見て、菜々子といいことりといい、自分は良い家族を持ったものだなと悠は実感した。そして、身体を起こしてリビングへと向かう。果たして、にこからの話とは何なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音ノ木坂学院 アイドル研究部室>

 

カンッ

 

「……全員そろったわね。それじゃあ、緊急会議を始めるわよ」

 

放課後、今は【μ‘s】の拠点となっているアイドル研究部室にメンバーが集まって早々、にこは手に持った木槌を叩いて重々しく言い放った。そんな重々しい空気の中、皆が思ったことは一つ。

 

(((何で木槌を持ってるんだろう?)))

 

いくらなんでも会議に木槌はないだろう。これではまるでオークションか裁判みたいじゃないか。皆の疑問を他所に、にこは淡々と話を進めていく。

 

 

「はっきり言うわよ。ついに、μ‘sの真のリーダーを決める時が来たわ」

 

 

「えっ?」

 

「元々私が加入した時点で決めなければならなかったのよ。GWはP-1Grand Prixに巻き込まれたり、りせちゃ……りせちーにお近づきになったりとかで大変だったし、このままズルズルいくのもまずいわ」

 

何を言い出すのかと思えば、にこにしては珍しく至極真っ当の内容だった。そんなことを思ったのがバレたのか、にこからギロッと睨まれたがそれはスルーする。

 

「あ、あの~……何で今決めなければならないんですか?それに、μ‘sの真のリーダーって?」

 

花陽がおずおずと言った感じで尋ねると、にこは更に木槌をカンカンと叩き、皆に指を突きつけて言い放った。

 

 

「あんたたちっ!この間の取材のこと、忘れたわけじゃないでしょうね!?」

 

 

"取材"と聞いて、悠はにこが何が言いたいのかを理解した。それは数日前の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数日前~

 

 

「取材?」

 

「そう。今、生徒会で部活動を紹介するビデオを製作しようってことになっとってな。それで各部に取材させてもらってるんよ。スクールアイドルは最近流行ってるし、鳴上くんたちにとって悪い話やないやろ?」

 

先日、希が部室にやってきて悠たちにそう取材を申し出てきたのだ。唐突なことなので少し反応に困ったが、希の言うことは確かだったので悠たちは取材に応じることを承諾した。あまりそういうことに慣れていない海未と真姫は最後まで取材を渋っていたが、これは自分たち【μ‘s】の存在を広めるために重要なことなのだと、悠と穂乃果で丸め込んだ。

 

「ちなみに報酬はカメラのレンタルや」

 

「カメラ?」

 

「μ‘sのPVを作るのにいるやろ?ちょうど稲羽のジュネスでええのが手に入ったんや」

 

希は鞄からジュネスで買ったというビデオカメラを取り出して悠たちに見せる。手に持った感覚や内蔵されている機能からして、それは中々の上物だと言うことが分かった。

 

「これは良いものだ」

 

「やろ?陽介くんが動画撮るんやったらこれが良いって、お薦めしてくれたんや」

 

ちなみに希がそのビデオカメラを購入する際、陽介に購入する代わりに稲羽での悠のことを包み隠さず教えるという取引があったことは悠は知らない。それはともかく、μ‘sのPVと言えば今のところあのファーストライブの時のものしかない。未だあの映像を投稿したのが何者なのかは判明していないが、これを機会に新たなPVを作るのもアリだろう。ちょうど海未と真姫も稲羽に行って新たなインスピレーションが湧いたとも言っていたので、この機会を利用するほかない。そういうことで、取材を受けた悠たちだった。

 

 

取材はいたって簡単。メンバー全員のインタビューに練習風景の撮影といった内容だった。ただ取材するのが希だったゆえか、悠への質問が他のメンバーよりも多かったり、隙あらばスキンシップを取ろうとしてことりと衝突したりしたこと以外は何も問題はなかった。しかし、問題が発生したのは希がμ‘sの皆が集まる場所を取材したいと言って悠の家を訪れた時に起こった。

 

 

 

 

 

「ふ~ん、ここが鳴上くんのお家……すごく片付いとるね」

 

悠の家に訪れた際、取材に来た希はそんな感想を持った。心なしかその表情は今までの取材の時より楽しそうに見える。

 

「まあ、普段両親が家開けてるから基本的に俺一人なんだけど、最近はことりが掃除とか洗濯とかしてくれるからな」

 

「そうだよね!忙しいお兄ちゃんの身の回りのことはおはようからおやすみまで全部ことりがやってるから」

 

「ほほう……」

 

バチッと言わんばかりに火花を散らせることりと希。取材だというのに、そんなことはやめてほしい。お陰で一緒に来た穂乃果や海未たちが怯えているではないか。悠が落ち着けというと何とか2人は静まってくれたが、2人の目にはまだ闘志が残っていた。

 

「それはそれとして、いつも鳴上くん家に集まるの?」

 

気を取り直して取材に戻る希。それに答えたのは、鳴上家のお菓子をつまみ食いしていた穂乃果だった。

 

「よく集まるっていったら穂乃果の家もあるけど、お店が忙しい時は邪魔になるから悠先輩の家に集まるんだ。ここなら先輩がお菓子やご飯作ってくれるし、事件の話もできるし」

 

「……事件?」

 

「あっ!え、え~と……むぐっ!」

 

「な、何を言ってるんですか穂乃果?最近あったじゃないですか!ほら、稲羽の天城屋旅館で……ってあ……」

 

「あ~……海未ちゃんが鳴上くんと一緒に寝とったアレ?」

 

「~~~~~~~~っ!!」

 

うっかり"事件"のことを滑らしそうになった穂乃果を黙らせて誤魔化そうとしたが、逆に墓穴を掘ってしまった海未。しかし、海未の尊い犠牲により何とか事件のことはむやむやにすることができた。だが、"事件"という言葉を聞いた途端、希から感情が一切なくなったように見えたのだが、気のせいだろうか。

 

「ふ~ん、ここで歌の歌詞やステップとかを考えとるんやね」

 

「うんっ!海未ちゃんが歌詞で、ステップがことりちゃんだね」

 

「えっ?」

 

穂乃果が告げたことに思わず聞き返してしまう希。

 

「ほ、他には?」

 

「あと、作曲とかは真姫ちゃんが担当してるかな?あっ、悠先輩は難しい生徒会との交渉とか穂乃果たちの身の回りのことをしてくれるよ」

 

「そうじゃなくて……穂乃果ちゃんは何もしてないん?」

 

「えっ?私もちゃんと仕事してるよ。悠先輩たちを励ましたり、料理出すの手伝ったり、他のアイドルの動画見て凄いなあって思ったり………これくらいかな?」

 

「………………………」

 

穂乃果も言葉に希は開いた口が塞がらなかった。どうやら希の想像とはかけ離れた答えだったらしい。すると、希は意を決したように悠に話しかけた。

 

「鳴上くん、一つ聞きたいんやけど?」

 

「何だ?」

 

「このμ‘sのリーダーって穂乃果ちゃんよね?」

 

「……そうだな」

 

 

「じゃあ、何で穂乃果ちゃんがリーダーなん?」

 

 

「「「………………」」」

 

希の率直な質問に誰も明確な答えを出した者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取材のことを思い出した皆は苦い表情になった。

 

「思い出したでしょ?つまりそう言うことよ。そうとなれば、早く決めなければならないでしょ。新しいPVのことだってあるし」

 

「ああ………なるほどな」

 

何人かはにこの言わんとしていることを察したが、まだ分からないと言う者も何人が居たので、にこは補足をつける。

 

「PVもだけど、リーダーによって曲のセンターだって変わるでしょ?よって、今回のPVのセンターは真のリーダーがやることにするわ」

 

しかし、そうとなると誰がリーダーをやるのかという話になる。今までは暫定として名目上リーダーは穂乃果ということになっていたが、改めて考えるとメンバーの中で誰がリーダーにふさわしいかと考えると結構難しい。すると、にこは勢いよく立ち上がり、背後にあるホワイトボードに何やら書き始めた。

 

「いい?リーダーの条件はね」

 

何かを書き終えると、にこは澄ました顔でホワイトボードに手を当てる。そこには、にこの考えたリーダー像の特徴が記してあった。

 

 

①:誰よりも熱い情熱を持って、みんなを引っ張っれる存在であること

②:精神的支柱になれる懐の大きさを持つ人間であること

③:メンバーから尊敬される存在であること

 

 

「つまり、この条件を満たすメンバーといえば………」

 

にこが木槌を手に、皆に答えを求める。皆の答えは…

 

 

「悠センパイ!」

「鳴上先輩ですね」

「お兄ちゃん!」

「鳴上先輩です」

「鳴上先輩だにゃ!」

「鳴上さんね」

 

 

結果はにこを除いて全会一致で悠だった。

 

「なんでよ――――!!」

 

にこはそんな皆の答えに納得がいかないのか八つ当たり気味に木槌をカンカンと叩く。

 

「だって、悠先輩は器大きいし、みんなから尊敬されてるよ?」

「練習の時でも事件の時でも、いつも私たちを引っ張ってくれてますしね」

「それに、鳴上さんはあの花村さんや雪子さんたちのリーダーを務めてたのよ。あんな濃い人たちをまとめてた実績から見ても、そう考えるのが自然なんじゃない?」

 

「ぐっ………」

 

3人の説明に、にこはぐうの音も出なかった。確かに八十稲羽で出会ったあのメンバーからの信頼度やまとめ方の手腕から、悠はにこのリーダー像にピッタリ一致している。それは認めざるをえないが……

 

「てか、鳴上はそもそもマネージャーで男じゃない!事件の時はまだしも、スクールアイドルとしてのリーダーの座を取るとかあってはならないわ!」

 

にこからの反論に皆はハッとなった。今までずっと事件に巻き込まれてばかりだったので忘れていたが、悠は皆のリーダー的存在であるにしても、()()()()()()()()()()()()としてはそうはいかない。スクールアイドルとしても主役は穂乃果たちであって、悠はマネージャー……サポート役なのだ。

 

「別に女装をすれば…」

 

「「「絶対にダメ(です)!!」」」

 

悠からの女装案にその場にいる皆が全員異議を出した。

 

「アンタ正気!?そんなこと出来る訳でないでしょ!!」

「鳴上さんが女装したら、私たちが変人集団って思われるじゃない!」

「まだあのネタを引っ張るつもりですか!?」

 

皆の指摘は最もだったので、この場は引き下がった。またしばらくは女装の件は封印しておこう。しかし、そうなると一体悠の他に誰がリーダーとふさわしいのか?再び頭を悩ます一同。

 

「ふっふっふ……しかたないから、私が」

 

「私はやっぱり穂乃果先輩が良いかなって思うけどな」

「私は反対。やるんだったら、鳴上さんの次に頼りになる海未さんだと思うけど?」

「そうだよ!海未ちゃんはリーダーに向いてるよ!」

「わ、私ですか………でも…」

 

花陽と真姫が各々リーダーにふさわしい人物を指名する。穂乃果は海未がリーダーをやるのは大賛成なようだが、海未本人は自信がないのか承諾を渋っている。

 

「しかたないから私が」

 

「ことり先輩は?」

「え?」

「あっ!確かに、ことりちゃんは悠先輩の妹だし、イケるかも!」

「血筋で判断するってどうなのよ………」

「でも、ことりはリーダーを務めるには少し………」

「だからって、私たち一年がリーダーっていうのもどうかと思うけど……」

 

今度はことりはどうかという意見が出たが、これもあまりよろしくなかった。

 

「し~か~た~な~い~か~ら~」

 

「やっぱりここは穂乃果先輩に」

「だから、μ‘sのためにも海未先輩を」

「だったら、投票とかで」

 

「…………………………」

 

段々会議の雲行きが怪しくなってきた。どうやるにしろこのままでは平行線なので、悠は一旦皆を落ち着けようとすると

 

 

「静かにしろ――――!!」

 

ガンッ!!

 

 

いつの間にか空気となりかけていたにこが木槌と大声で黙らせた。何か木槌から鈍い音が聞こえたのは気のせいだろうか。

 

 

「こうなったら……白黒はっきりつけようじゃない………始めるわよ!戦争を!!」

 

 

「「「えっ?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

<秋葉原>

 

 

「第一次スクールアイドル大激突!チキチキ、リーダー戦争!」

 

 

あの会議から翌日、悠たちは秋葉原のとあるカラオケに来ていた。にこは部屋に案内されるなりマイクを手に取ってそう宣言する。何か痛々しさしか感じられないし、何処かで聞いたことのあるようなタイトルだったが、あまり追及しない方がよさそうだ。

 

「で、何でカラオケに来たんだ?矢澤」

 

「決まってるじゃない!話し合いでセンターが決まらないなら、歌とダンスで決着を着けるのよ」

 

「決着?」

 

にこが言ったことに疑問符を浮かべる花陽。すると、凛が何かひらめいたようにこう聞いた。

 

「みんなで得点を競うのかにゃ?」

 

「そうよ。歌とダンス、そして鳴上が用意した課題で一番だった者がセンター。これで文句ないでしょ?」

 

「なるほど……矢澤にしては良いアイデアだな」

 

「してはって何よ!?」

 

悠の言葉に突っかかるにこ。つまり、センターの座は実力で争うということにしたのだろう。これなら何となく決まりそうだし、いつもの練習の成果を試すいい機会にもなるので一石二鳥だ。海未と真姫はあまり乗り気ではなさそうだが、とりあえず皆はそれで良いとにこの提案を承諾した。ちなみに悠は監視役として、この戦いを見守る立場に居ろと言われた。

 

何はともあれ、こうしてμ‘sの真のリーダーもとい、センターを決めるリーダー戦争がここに開戦された。

 

 

 

 

 

リーダー戦争1番目、カラオケ対決

 

「どれ歌おうかな?」

「私、カラオケって久しぶりです」

「鳴上先輩は何を歌いますか?」

「そうだな……」

 

皆は何を歌うのかとメニューを見て曲を選び始める。その様子は仲良しな友達とカラオケに来たみたいな雰囲気だったので、対決前といった緊張感がまるでない。そう言えば、稲羽にはカラオケなんて娯楽はなかったし、こうやって誰かと一緒にカラオケをするのは結構久しぶりかもしれない。自分は監視役だが、それはそれで楽しもうかと悠は思った。自分は何を歌おうかと考えていると、ふとにこの方を視線がいった。そこには…

 

 

(くくくく……こんなこともあろうかと、高得点を狙える曲はすでにピックアップ済みよ。あいつらはあんまりやる気なさそうだし、これでセンターの座は私のもの………)

 

 

「…………………」

 

悪巧みする悪代官のような笑みを浮かべているにこの姿があった。何というか、こんな調子で大丈夫なのだろうかと悠は初っ端からこの対決の行く末が心配になった。

 

 

 

 

 

 

数十分後……

 

「これでみんな90点台だ。みんな以前に比べて上手くなってるな」

「えへへ~、いつも練習しているからね」

「真姫ちゃんや鳴上先輩がおかしいところを教えてくれるし」

 

悠を除くメンバー全員が歌い終えた結果、得点は皆90点以上という成績を残していた。やはり普段の練習を真面目にやっているお陰か成果はついてきているようだ。練習の成果を実感している穂乃果たちの隅で、自身の目論見が外れたにこは飲み物を片手にワナワナと震えていた。

 

 

(こいつら……バケモノか………)

 

 

「さてと、最後は俺か」

 

にこが心の中で絶句している中、悠はメガネを掛けてフッと笑い、マイクを手に取った。

 

「俺はこの対決と関りはないが………本気で行くぞ」

 

 

 

 

 

「「「100点っ!!」」」

 

悠が歌い終えた後、画面に表示された得点はまさかの満点。あまりお目にかかれない点数に皆は驚愕してしまった。それを出した本人と言えば……

 

「ふっ、我ながら満足のいく結果だ」

 

と、クールにそう言った。悠のその姿に、にこのみならず穂乃果たちもただ呆然とするしかなかった。

 

 

(一番のバケモノはこいつだった…………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーダー戦争2番目 ダンス対決

 

カラオケ対決を終えた一行は、次に秋葉原のとあるゲームセンターを訪れた。

 

「さあ、次はダンス勝負。使用するのはこのダンスゲーム機よ」

 

にこが指定してきたのは、このゲームセンターで人気のダンスゲーム機だ。これを見た穂乃果たちは難色を示した。

 

「凛は運動は得意だけど、ダンスは苦手だにゃ……」

「これ難しそうだよ」

「どうやってやるんだろ……」

 

ダンスゲームということ自体を初めてプレイする者が多いのか、初めてやるゲームに戸惑いをみせている。実はこれもにこの策略があった。

 

 

(そう、初めてのド素人がこのゲームで高得点を取るのは不可能……ぷくくくく…………カラオケのことは想定外だったけど、これでセンターは私のもの……)

 

 

「「おおっ!凛ちゃんすごーい!」」

「なんかできたにゃー!」

「これなら私も出来そう!」

 

 

「…………えっ?」

 

 

またもやにこの思惑は外れたようであった。

 

 

 

 

 

 

数十分後……

 

「はあ~楽しかった~~♪」

「これでみんな躍ったね」

 

ダンス対決もカラオケと同様に皆ハイスコアという好成績を修めていた。目論見が外れたにこは休憩用のソファで魂が抜けたように座り込んでいる。

 

「ここまでやってきたのは良いのですが…全然差がつきませんね」

 

ダンス勝負も皆高得点を出したので、カラオケでの点数を加えてもそう差はついてなかった。これではセンターに誰がふさわしいかは決められない。

 

「でも……やっぱり一番は…」

 

凛がそう言うと、皆は一斉にある方向に集中する。

 

「あっ、取れた」

「お兄ちゃんすご~い!ジャックフロスト人形3体ゲットだよ!」

「たまたまだ。ことりのアドバイスもあったからな。1体はことりにだ」

「わ~いありがとう!お兄ちゃん大好き!」

「よしよし」

 

そこにはUFOキャッチャーでジャックフロスト人形を3体ゲットして、ことりといちゃつく悠の姿があった。悠はさっきのダンスゲームで皆を抜いて一番だった。それどころか、悠のダンスに惹かれる何かがあったのか、周りに人が集まったほどに。

 

「やっぱり鳴上先輩が一番だったにゃ」

「もし鳴上さんが女だったら、間違いなくμ‘sのセンターだわ」

「良かったのか悪かったのか複雑です」

 

自分たちと同じ未経験なのに、あっさりと自分たちより高得点を取った上に、人を魅了した悠に一年生組は複雑な感情を抱いてしまった。

 

「こ、このままじゃ終われないわ!最後の対決よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーダー戦争3番目 魅力対決

 

「歌とダンスで決着が着かなかった以上、最後はオーラ…魅力で決めるわ!」

 

「魅力?」

 

ところ変わって、秋葉原のとある広場に集まった一行。最後の対決の内容が魅力対決と宣言したにこに、皆は首を傾げた。にこ曰く、魅力はアイドルとして必要なものであり、どんなに歌やダンスが下手でも他人を惹きつける魅力が備わっていれば、それを超えるものはないということらしい。そのことに関しては何となく分かる気がするのだが、

 

「そんなもの、どのようにして競うのですか?」

 

海未の指摘通り、魅力と言ってもどのようにして競うかが難しい。すると、にこは海未の質問に不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふっふっふ、ちゃんと考えはあるわよ。鳴上、例のアレは?」

 

「こちらに」

 

にこに言われて、悠は手に持っていた手提げ鞄からあるものを一枚取り出した。その手際はまるで凄腕の秘書のようだ。

 

「それは、μ‘sのチラシ?」

 

それは以前、悠たちが創作したμ‘s宣伝用のチラシであった。

 

「そう、それ相応の魅力が備わっているのであれば、黙っていても人は自然に寄ってくるものよ。制限時間内に一番多くチラシを配れた者が勝者。いいアイデアでしょ?」

 

「まあ実を言えば、余ってたチラシを処理したいっていうのもあるけどな」

 

「って、余計なこと言うんじゃないわよ!」

 

悠とにこの仲良さそうなやり取りに、無表情で目を細めることり以外のメンバーは苦笑いするしかなかった。多少強引な気がするが、アイデアとしては悪くないのでこの対決は決行することとなった。ちなみに、にこの心の中は…

 

 

(……今度こそはカラオケやダンスの時のようなことはないわ……チラシ配りは前から得意中の得意……この"にこスマイル"にかかれば、どんなやつでもイチコロよ……これでセンターの座は私の………くくくくっ……)

 

 

 

 

 

「μ‘sでーす!よろしくお願いいたしまーす!」

「よろしくお願いしまーす!」

 

 

道行く人にチラシを配る穂乃果たち。彼女たちの笑顔もあるせいか、大抵の人はチラシを持って行ってくれた。特にトラブルになるようなことは今のところないので、順調だなと端から見守っている悠は思っていた。もし穂乃果たち(特にことり)にナンパするような輩がいたら、即刻私刑を執行していたところだ。だが、

 

「にっこにっこ~♡これ、よろしくにこ♡」

「いや、俺っち急いでるんで」

「…………………」

「ぎゃああっ!手がー!手があああっ!」

「よろしくにこ♡」

 

実力行使でチラシを渡そうとするにこの姿が……これはまずいと悠は大急ぎでにこの元に駆け寄った。

 

「落ち着け!矢澤!」

 

「うぐっ!」

 

とりあえず、にこを堂島仕込みの威圧で落ち着けさせる悠。にこが大人しくなった隙に、悠は被害にあった人に頭を下げた。

 

「すみません、うちの者が無礼を!」

 

「い、いや……これくらい大丈夫ってこと、ってあああっ!お前はあの時、俺っちを見捨てた少年!」

 

男性の発言を聞いて、顔を上げる悠。よく見てみれば、その男性は水色のキャップ帽にどこかの野球チームのユニフォームと思われる服装をしている。それを見て悠は思い出した。この人は以前電車の中で鉢合わせたことのある人物だったと。

 

「あなたは確か……ブラック企業の人?」

 

「どんな覚えられ方!?確かに合ってるっちゃ合ってるけど、その呼び方はないだろ!?俺には【伊織(いおり)順平(じゅんぺい)】っていうかっちょいい名前があるんだよ!」

 

「はあ……」

 

何だろう。何故かこの男性……順平から相棒の陽介と同じ雰囲気を感じる。このツッコミ気質といい、アンラッキー体質といい。

 

「大体よー、俺があの時あの子に何をされたかお前は知らな………あっ、電話?はい、伊織です………えっ?えええええっ!?それ、俺の責任ですか!?いや、そう言う訳じゃ……わ、分かりました………ちくしょう――――――!良いことなんて一つもねえええ!!」

 

この間のことを愚痴ろうとした順平に一本の電話がかかり、その内容からあまり良くない事態が発生したらしい順平は涙しながら明後日の方向へと去っていった。何というか、前もこんな感じだったなと悠は順平に対して痛まれない気持ちになった。

 

「今のやつ……鳴上の知り合いなの?」

 

「まあ…そんな感じだ。それより矢澤、さっきみたいなことを二度とするんじゃないぞ」

 

「うっ……でも」

 

「あんなことしなくても、矢澤には十分魅力があるんだ。自信を持っても良いんじゃないか?」

 

「!!っ……あ、アンタってやつは………ああもう!やってやるわよ!」

 

悠の言葉に不意に顔が赤くなったにこはやる気を取り戻したのか、颯爽とチラシ配りに戻っていった。やる気が出たのは結構だが、何故顔が赤くなったのだろうと悠は首を傾げていた。ああは言っているが、また同じようなことをやらかしそうなのでにこを重点的に監視するかと悠は元の位置に戻った。

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

「すごーいっ!ことりちゃん、全部配っちゃったの!?」

「えへへ~、いつの間にかなくなってたんだ~♪」

「流石ことり先輩だにゃ!」

 

制限時間が過ぎて何枚配れたかを確認すると、皆かなりの枚数を捌けていたが、唯一ことりだけが手元にあったチラシを全て配っていた。この快挙には流石我が妹だと、悠は心の中で喜んでいた。しかし、

 

おかしい……この私が………ありえない

 

自分の予想とかけ離れた結末に、にこはショックでへたり込んでいた。その姿があまりにも哀愁を帯びていたので、悠はそんなにこを励まそうと、にこの肩にポンッと手を置く。

 

 

「矢澤、こんな時だってあるさ」

 

 

「慰めになってないわよ!うわああああああんっ!!

 

 

にこの魂の咆哮が秋葉原中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鳴上宅>

 

「結局、みんな同じだったね」

 

全ての対決を終え、集計結果のために一旦鳴上家を訪れた一行。今回の成績を集計した結果、最終的に皆同じという結果になった。

 

「そうですね。ダンスの点数が悪い花陽は歌が良くて、カラオケの点数が悪かったことりはチラシ配りの成績が良くて……って、にこ先輩…大丈夫ですか?」

 

あははは……何とでも言いなさい………私なんて………

 

思惑が大きく外れたせいか、にこはまるで灰になったように意気消沈していた。そうは言っているが、皆より練習量が少ない割には皆と同じ点数を取っているので、そこまで気にすることはないだろう。

 

「鳴上先輩……どうしましょう?」

 

「そっとしておこう。今クッキー焼いてるから、それで元気になってもらうしかない」

 

悠はそう言ってクッキーを焼いているオーブンに目をやる。焼きあがるまで、あと少しと言ったところだ。

 

「でも、どうするのよ。みんな同じだったら、決められないじゃない」

 

真姫の指摘に皆は再び頭を悩ませる。メンバーの中で一番だった者がセンターだということで始めたリーダー戦争だが、結果は皆同じという結果だったので、これでは誰が一番かは決められない。これでは結局振り出しに戻っただけではないか。また平行線な議論をしなくてはならないのかと皆がそう思ったとき、

 

 

 

 

 

「「別になくても良いんじゃない(か)?」」

 

 

 

 

 

「「「えっ?」」」

 

悠と穂乃果が揃ってそんなことを言いだしたので、皆は仰天してしまった。声が重なった悠と穂乃果は思わず顔を見合わせる。

 

「あれ?悠先輩も同じ考え?」

 

「穂乃果もか」

 

互いに考えたことが一緒だったことに2人は二カッと笑った。だが、2人の発言に納得がいかない海未たちはすかさず説明を求めた。

 

「で、どういうことですか?なくても良いって……それって、もしかしてリーダーがってことですか?」

 

「うん!そうだよ。だってさ、これまでリーダーがいなくてもこうやって練習してきたんだし。リーダーがいなくても平気だと思うよ。いざとなったら、悠先輩もいるし」

 

穂乃果の言葉に悠も同調するように頷く。確かにμ‘sを結成して一年生組やにこが入った現在まで、リーダー的な存在がいなくても各々が自分の役割をしっかりとこなして活動してきた。穂乃果の言うことにも一理あるだろう。だが、

 

「でも…それじゃ……」

「そうよ!リーダーがいないグループなんて聞いたことないわよ」

「大体、センターはどうするの?」

 

穂乃果と悠の意見に反論するメンバー。すると、穂乃果がふとこんなことを言い始めた。

 

 

「私、考えたんだけど……()()()()()()()()()っていうのはどうかな?」

 

 

「「「みんなで順番?」」」

 

「他のアイドルのを見て思ったんだけど、こうみんなで順番に歌えたら素敵だなって思ったの。そんな曲を作れないかなって。どうかな?」

 

皆の顔をしっかりと見てそう提案する穂乃果。ただ漠然と他のアイドルの動画を見ていた訳ではなかったようだ。しかし、穂乃果の意見に海未たちは思案顔になる。穂乃果の提案するそんな曲を作ることは可能だが、それは中々難しいチャレンジになるだろう。それに今の自分たちにそんなことができるのだろうか。そんな不安が心に芽生えそうになったその時、

 

 

「俺はそうするべきだと思う」

 

 

悩む皆に悠はそう切り出した。

 

 

「今日の対決を見て思ったが、皆いい歌声だったしダンスのステップも上手だった。チラシもことりほどではないにしろ、みんなに魅力があるからこそ受け取ってくれた人がいたんだ。今回の対決でみんな同じすごい才能や魅力があるって分かったのに、それをPVに活かせないのは勿体ないだろ?」

 

 

悠の言葉を聞いた途端、心に芽生えそうになった不安が一瞬で消し飛んだのを感じた。どうやら悠の何も偽りのない言葉が不安を取り除いてくれたようだ。相変わらずこの男は皆の心をよく理解している。

 

 

「……鳴上先輩がそう言うのでしたら、難しいかもしれませんがやってみます!」

「そういう曲はなくはないしね」

「今のメンバーの数ならそうすることも出来ると思うよ」

 

 

海未・真姫・ことりの創作陣は不安が消し飛んだお陰か、穂乃果が提案するものを創ってみようと決断した。

 

 

「みんなで歌うんですね」

「凛もソロで歌うんだ」

「ふん、今回はそうしてあげる。その代わり、私のパートはカッコよく決めなさいよ」

 

 

花陽と凛、にこも賛成のようだ。自分も歌ことになったのか、少し緊張もあるがそれ以上に期待に胸が膨らんでいるらしい。満場一致。これにて今回の議題について決着がついた。

 

 

「決まりだな」

 

「よーし!頑張るぞ!!みんなが歌って、みんながセンター!」

 

 

穂乃果の掛け声に皆の心は一つとなった。それと同時にオーブンに入れてあったクッキーが焼きあがり、景気づけに美味しいコーヒーと共に頂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、新たなPVの方向性が決まり、生徒会のビデオカメラで撮影を開始した悠たち。初めての試みなので色々と行き詰まることもあったが、皆でお互いを励まし合ったり、機械に強いという風花も協力してくれたこともあって、無事に新たなμ‘sのPVは完成した。そのPVをネットに投稿したところ、前回よりもかなりの好評を受け、μ‘sの存在が更に世に広まることとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日

 

<音ノ木坂学院 アイドル研究部室>

 

「すごっ……まさか、ここまで好評だなんて」

 

放課後、一同は部室のパソコンで先日投稿した新しいPVの評価を見て驚いていた。ファーストライブの動画のときもそうだったが、あの時以上に高評価だったので驚愕するのは無理はない。今回は穂乃果の提案は功を奏したようだ。

 

「私、すごく嬉しいです!」

「たくさん頑張った甲斐があったね」

「陽介も菜々子も良かったって言ってたぞ」

「雪子さんもメールですごくよかったって言ってたわ」

「あれ?真姫ちゃん、いつの間に雪子さんとメアド交換してたの?」

「……成り行きでね」

 

新たなPVが成功したことにより、皆嬉しそうに頬を緩ませていた。稲羽にいる特捜隊メンバーからもだが、ネットでも賛美の声が上げられていたので無理もないだろう。一番喜んでいたのは、やはり今回の提案者である穂乃果だった。

 

 

「やったー!やったよ!悠先輩!」

「ああ、穂乃果のお陰だ」

 

 

嬉しさのあまりに穂乃果と悠はハイタッチを交わす。この様子を見て、皆はこう思った。

 

 

"この2人こそがμ‘sの真のリーダーである"と。

 

 

何にも囚われず自分の一番やりたいことを恐れずに挑戦しようとする真っすぐな心を持った穂乃果。誰よりも人の心を理解して、皆を自然に良い方向へと導くリーダーシップを持つ悠。

 

それらはきっとこの2人にしか持っていないものなのだろう。μ‘sにリーダーはいないということになっているが、やっぱりそれらを合わせ持つ2人がμ‘sの真のリーダーだ。そう思った皆の心はどこか晴れやかだった。これからも自分たちはあの2人を中心に活動していくだろう。

 

 

だが、一つ気になることが……

 

 

「今更なんですが、鳴上先輩と穂乃果はいつの間に互いを名前で呼ぶようになったんですね」

 

 

その瞬間、先ほどの微笑ましい空気が嘘のように凍り付いた。海未の発言にそう言えばと悠と穂乃果以外のメンバーが2人に疑惑の目を向けてきた。

 

「確かに……今まで黙ってたけど、これは見過ごせないわね」

「何かあったんですか?」

「か、かよちんに真姫ちゃん!何か怖いにゃ!」

 

冷たい表情で自分たちを見つめる真姫と花陽に悠と穂乃果はたじろいでしまう。よく見れば、海未とにこも2人と同じ表情でこちらを見ていた。ことりに至ってはその上に目の瞳孔が開いているので笑えない。

 

「な、何って……名字呼びって他人みたいで嫌だなって思って……P-1Grand Prixに巻き込まれた時に悠先輩が……」

 

「へえ……あの時にお兄ちゃんと何かあったんだね」

 

「ちょっと!穂乃果そんなこと言ってないよ!何かみんな誤解してない!?」

 

「とりあえずみんな、落ち着け!」

 

だが、どれだけ懸命に訴えても海未たちはその表情を崩すことはなかった。焼け石に水とはこのことを言うのだろうか。悠と穂乃果はこのままではヤバいと感じたのか、互いに顔を見合わせる。

 

「悠先輩、こうなったら……」

 

「ああ……撤退だ!!」

 

迫りくる恐怖から逃れるため、悠と穂乃果は全速力で部室から逃げだした。それを見た海未たちも事情を聞くまで逃がさないと悠たちを追跡する。こうして始まった鬼ごっこは学外にまで範囲を広げて日が暮れるまで続けてしまい、今日の練習は中止となった。こういうことも悠たちμ‘sの日常の一部かもしれない。何はともあれ、一つ山場を越えたμ‘sの皆は今日も元気だった。

 

 

 

 

 

 

だが、悠たちは気づいていなかった。先ほどの会話がとある第三者の耳に入ってしまったことを。

 

「P-1Grand Prix………」

 

先ほどまでの悠たちのやり取りを偶々聞いてしまったその者は物陰で密かにそう呟いた。

 

 

 

「やっぱりあのテレビ……鳴上くんたちが関わっとったんやね」

 

 

 

 

ーto be continuded




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「ドラスティックお邪魔いたします」

「どういうことかしら?」

「勘弁してくれ……」

「私もついて行きます!!」

「隠してること、やるやろ?」


「さあ、食道楽と参りましょう」


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#39「Gourmet journey」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。


今年は自分にとっての楽しみがありすぎて、とても胸がわくわくしてます。何をかと言うと、

「Fate/EXTRA Last Encore」
「PERSONA5 THE ANIMATION」

です。また「PERSONA5 THE ANIMATION」の主人公の名前が"雨宮蓮"とは……カッコイイとしか言えない。漫画版の"来栖暁"も良いですが、こちらもしっくりきますね。他にもFGOの第2部とか先が気になって楽しみすぎます。


突然ですが、皆さまにお知らせが……新年早々で大変申し訳ないですが、1月中旬辺りから試験期間に入るので、更新が一月末までストップすることになります。大変申し訳ございません。試験が終わったら更新再開するので、待っていてください。


改めて、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・評価をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

前書きがとても長くなってしまいましたが、それでは本編をどうぞ!


〈???〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………ここは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚めると悠は夕焼けに染まるとある道端を歩いていた。この見覚えのある景色。それにこの心地よい風。それらから、これは夢であると悠が直感した。そう、これは過去夢。自分が忘れている過去の記憶が夢となったもの。それはつまり…

 

 

「悠くん、どうしたの?ぼうっとして」

 

 

予想通り、悠の隣には件の少女が居た。顔を覗きこむような姿勢で話しかけてきたので、少しびっくりしてしまう。

 

「いや、何でも……」

 

悠は少女に心配をかけまいと平静を装ってそう返すが、少女はそれを見て何か気に障ったのか少し悲し気な表情になった。

 

「ふ~ん……でも最近、悠くんそう言うこと多くない?もしかして……私と帰るのつまんなくなった………」

 

「い、いや!そういう訳じゃ」

 

「……ふふ、冗談だよ」

 

少女は慌てる悠を見て満足したのか、悲し気な表情から一変して、いたずらが成功したといった晴れやかな表情になった。それを見て、悠はからかわれたのだと気づきムッとなる。

 

「ごめんってば!じゃあ、一緒に帰ろうか」

 

そんなやり取りを終えて、悠と少女は再び歩き出した。少女と他愛ない話をする中で、悠は少しずつこの時のことを思い出していた。

 

 

前回の教室でのやり取りから、悠はこの少女と帰ることが日常となっていた。今日会った出来事を帰宅中に振り返ったりするだけで何も特別なことではないが、前の学校から一人で帰宅することが多くなった悠にとって、この日常は何か特別なものを感じていた。

 

しかし、気掛かりなことにこの夢の中でも()()()()()()()()()()()。この時の自分は彼女の名前を知っているのだろう。だが、思い出そうとしてもどうも靄がかかったみたいに思い出せない。悠は失礼かもしれないと思いつつも、思い切って彼女の名前を聞くことにした。すると、

 

「ねえ、悠くん……」

 

少女は悠が質問しようとする前に、こちらを見てそんなことを言ってきた。

 

 

 

 

 

 

「もし私が悠くんのことを忘れても、悠くんは私のことを覚えててくれる?」

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

唐突な質問に悠は困惑してしまう。いきなりそんなことを言われても、どう返答していいのか分からない。すると、少女は困惑する悠に何を思ったのか、顔を覗き込んで

 

「な~んてね♪私が悠くんのことを忘れるわけないじゃない。それじゃあ、私の家はこっちだから。また明日ね」

 

少女は悠に微笑んでそう言うと、手を振って自分の帰路へと立って行った。まだ聞いてないことがあるので悠は彼女を引き留めようとしたが、声が出すことができずその姿を見送ることしかできなかった。そして、悠の意思に反するかのように視界は暗転してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……かみ」

 

 

 

…………………誰かの声が聞こえる。

 

 

 

「るかみ…………」

 

 

 

 

………………眠い…あと…………

 

 

 

 

 

 

 

「鳴上くんっ!」

 

 

 

 

 

 

「!!っ」

 

耳元に大きな声が入ってきたので、悠は思わず仰け反ってしまった。目の前に教師がいる。そして、周りのみんながこちらを凝視している。

 

 

「目は覚めましたか?鳴上くん。もう授業の時間ですよ」

 

 

自分を起こしてくれた教師の言葉と共に、悠は思い出した。ここは学校で、授業の間の休み時間にウトウトして寝てしまったことを。証拠に、今は古文の授業なのに自分は前の時間の教材がそのままの状態で置いてあった。

 

「はい…すみません……」

 

「全く…GWが明けてからこの調子ですよ?いくら勉強以外のことも色々忙しいからって、あまり無理しないでくださいね。あなたは受験生なんですから」

 

寝起き早々に現実を叩きつけられてしまった。別に勉強を怠っている訳ではないが、穂乃果たちといるとついつい自分が受験生であることを忘れてしまう。今後気を付けなければと悠は思った。

 

「善処します」

 

「もう……鳴上くんにもしものことがあったら、私が理事長にドヤされるんですからね

 

悠の返事を聞くと、教師は若干愚痴をこぼしてから黒板に向かい、授業を開始した。授業中、ノートを取りながら、悠は先ほど見た夢のことを考えていた。

 

 

(またあの夢か………一体あの女の子は何なんだ?)

 

 

そのこと考えながらぼうとしていると、また教師に注意されてしまった。本当に最近は色々と調子が狂う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~昼休み~

 

<屋上>

 

やっと午前中の授業が終わり、昼休みとなった。悠はお昼を食べるために弁当を片手に屋上へと向かう。稲羽でも屋上で皆と昼食を取ることが多かったせいか、この音ノ木坂学院でも屋上へ足を運ぶのが日常になっている。μ‘sのの練習場所としてもあるが、やはり自分は屋上で昼飯を食べるのが好きらしい。そう思っていると屋上に辿り着き、ゆっくりドアを開ける。

 

 

 

 

 

「ドラスティックお邪魔いたします」

 

 

 

 

 

そこに待っていたのは穂乃果たちではなく、群青色の衣装を身に着けた銀髪の女性……というか、エリザベスだった。予想外の人物の登場に悠は危うく転びそうになる。

 

「エリザベスさん……どうしてここに?それに、どうやって校内に」

 

「ここが屋上という場所なので御座いますね。以前呼んだ"ラブコメ"いう書物によれば、愛の告白を行うには定番のスポットだとか。しかし、このような殺風景な場所が何故そのような場所となっているのか些か疑問を感じます。そもそもこのような場所では………」

 

話を聞いていない………相変わらず自由な人だなと思いつつ、悠はエリザベスに再度コンタクトを試みる。

 

「ハァ………何でここにいるんですか?エリザベスさん」

 

「あら、申し訳ございません。今年あたりに私が再登場するゲームというものが登場と聞いて浮かれてしまい、話が脱線してしまいました。実は、少々鳴上様に………」

 

何か危ない発言をしたようなエリザベスはそう言うと、悠に用件の内容を手短に説明した。

 

 

 

 

 

 

その時屋上のドア付近では………

 

 

 

「ちょっ!アレどういうこと!?」

「な、鳴上先輩が……知らない女性と話してます!?」

「銀髪で綺麗な人………」

「お兄ちゃん……また別の女を引っかけて………」

「ことり先輩!?目の光が消えてるにゃ!?」

 

 

 

悠よりも遅く来たμ‘sメンバーがドア陰に隠れて、エリザベスと悠の様子を伺っていた。ブラコン魂に火が付いて今にも飛び出しそうなことりを抑えつつ、穂乃果は悠と会話しているエリザベスの方を見る。

 

「あ、あの人って、もしかしてエリザベスさん?」

 

「穂乃果、知っているのですか?」

 

「うん。あの人は"エリザベス"っていう人で、悠先輩と風花さんと一緒にP-1Grand Prixであった人だよ。確か……悠先輩が戦ってボコボコにされたような…………」

 

「「「ハァ!?」」」

 

穂乃果の一言に海未たちは衝撃を受ける。自分たちの知る限り一番強いペルソナ使いである悠がボコボコにされた?あまりに信じられないことだが、あの戦いを見ていない海未たちにはそう思わざる負えないだろう。

 

「な、何でそんな人がこんなところに………」

 

悠に何か話しているエリザベスの方を観察して、皆は悶々と考える。じっくり観察していると穂乃果があることに気づいた。

 

「なんか、エリザベスさんってあの人に似てない?」

 

「あの人?」

 

「ほら、私たちのファーストライブに来てくれたあの…秘書っぽい人」

 

「「「「「あっ」」」」」

 

そう言えばと皆は改めてエリザベスを見る。身につけているエレベーターガールを模したような群青色の衣装は確かに、ファーストライブに来てくれたあのプラチナ色の髪の美しい女性が身に着けていたものと似ていた。

 

「確かに……雰囲気があの人に似てますね」

「もしかして、あの人とエリザベスって姉妹なんじゃ」

「じゃあ、何でその人がこんなとこ来たっていうのよ」

「もしかして……」

 

そんな感じでひそひそとエリザベスは何者か?という話し合っていると……

 

 

 

 

「……………何やってるんだ?」

 

 

 

 

 

「「「きゃあっ!」」」

 

突如、頭上から声が聞こえてくる。その声の主は言うまでもなく悠だった。突然声を掛けられたので、穂乃果たちはびっくりしてしまう。それに、悠の背後にはエリザベスもおり、こちらを興味深そうな目で見ていた。

 

「悠先輩っ!?それに、エリザベスさん……」

 

「おやおや、皆さまお揃いでしたか。ちょうど皆さまにお願いがありましたので、手間が省けたと存じます」

 

エリザベスの言葉に穂乃果たちはキョトンとなる。この人が自分たちにお願い?どうしうことなのだろうかと思っていると、穂乃果たちの返答を待たず、エリザベスは用件をストレートに伝えた。

 

 

「今日一日、鳴上様を私にお貸しいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 

「「「えっ?」」」

 

あまりにストレート過ぎる内容に穂乃果たちは絶句するとともに混乱した。

 

「な、何でなの?お兄ちゃん………まさかっ!そのエリザベスっていう女に弱みでも握られて」

 

「どうしてそうなるんだ………実はな」

 

と、変な憶測をすることりたちに呆れながら悠は皆に事情を説明した。

 

 

 

 

 

 

「辰巳ポートランドを回りたい?」

 

「ええ。私、この世界を離れて随分経つので、いざ戻って見ると、この世界の食べ物が恋しくなったのです。しかし、私一人では心細いので、是非とも鳴上様に案内をお願いしたのでございます」

 

エリザベスのお願いに穂乃果たちは難色を示した。言っていることが所々意味不明だが、要するに自分の用事に悠を貸してほしいということだ。皆はそんなの断ればいいのにと思うのだが、悠には悠の事情がある。

 

「P-1Grand Prixの時、色々この人には世話になったからな」

 

「あー…それじゃ、しょうがないね」

 

悠の一言に穂乃果は納得したように頷いた。しかし、海未たちは当然訳が分からないので穂乃果の反応に抗議した。

 

「しょうがないじゃないでしょ!穂乃果は何故納得してるんですか!?」

「そうよ!この人、明らかに怪しいじゃない!」

「アンタは何でそう納得してんのよ!」

「穂乃果ちゃん!どういうこと!?」

 

皆の抗議に多少驚きはしたものの、穂乃果はあっけらかんと説明する。

 

「だって、エリザベスさんは良い人だし。大丈夫だよ」

 

「あ、あなたはいつもそういうことを………」

 

「それに戦いはしたけど、エリザベスさんのお陰であのニセクマさんのところに行けたし、悠先輩の傷を治してくれたし……そんな人が悪い人なわけないじゃん。この人は絶対良い人だよ」

 

「「「……………………」」」

 

穂乃果の言葉に押し黙る一同。よくもまあ、それだけのことでそんなことが言えたものだと海未たちは思ったが、口にはしなかった。よくは分からないが、穂乃果の口ぶりや悠のエリザベスに対する態度から、あの事件の裏にこの人物の助けがあったことは明らかだろう。沈黙は肯定と取ったのか、エリザベスは嬉しそうな表情でこう言った。

 

「では、皆さまご納得いただけたということでよろしいですね。それでは、鳴上様。本日はよろしくお願いいたします」

 

エリザベスは海未たちの返事を聞かずにそう言うと、悠たちにお辞儀してその場から去っていった。エリザベスが去ったと同時に、海未たちはふうと溜息を吐いた。

 

「確かにあの人は悪い人ではなさそうですね」

「穂乃果ちゃんが嘘を言う訳ないし」

「仕方ないですね。今日は鳴上先輩抜きで練習しましょうか……しかし、鳴上先輩?」

 

海未たちはそう言うと、キッと悠を見てこう言った。

 

 

 

 

「「「絶対に手を出さないでくださいね!」」」

 

 

 

 

「何でだ………」

 

悠は皆のその言葉に思わず呆れてしまった。何というか、エリザベスと辰巳ポートランドに行った後の方が心配になってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~放課後~

 

帰りのHRも終わり、エリザベスとの約束の時間が来た。きっと今頃エリザベスは音ノ木坂学院付近で待っているだろう。

 

「あら?鳴上くん、今日は練習ないの?」

 

教室を出ると、生徒会室に向かう途中だったらしい希と鉢合わせた。あまりに唐突な出現だったので、悠は少し驚いてしまう。

 

「いや、ちょっと今日は用事があるから、穂乃果たちに任せてある」

 

「ふ~ん。でも、その前に鳴上くんと会えて良かったわ。ちょうど伝えたいこともあったし」

 

「俺に?」

 

すると、希はふわっと悠の耳元に近づいた。その行動に悠は思わずドキッとしたが、それに構わず希は悠の耳にこう囁いた。

 

 

 

「さっき鳴上くんのこと占ったんやけどな………今日はあの銀髪の人食べ物に気を付けとき」

 

 

 

「えっ?銀髪……?」

 

「ふふっ、女の子はスピリチュアルなんやで。ほな」

 

希は口に手を当てて微笑むと、軽やかにその場を去っていった。希のその姿に悠は思わず呆然としてしまった。何故か一瞬あの夢に出てきた少女と雰囲気が似ていたのは気のせいだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

希とのやり取りを終えて待ち合わせ場所に着いた悠だったが、肝心のエリザベスがいなかった。何か準備でもしているのだろうかと思い、しばらく校門付近をウロウロして待っていると

 

 

ここだよね、お姉ちゃんの学校って……あ、あそこに居るのって

ん?どうしたの、亜里沙?……あっ!鳴上さんだ!おーい!鳴上さーん!」

ゆっ!雪穂……

 

 

ふと声を掛けられたので、その声がした方に目を向けてみると、そこにはこちらに手を振る中学生の姿が見受けられた。よく見ると、それは自分のよく知っている人物だった。

 

「雪穂。久しぶりだな」

 

「はい!お久しぶりです。GWはお姉ちゃんがお世話になりました」

 

穂乃果の妹である【高坂雪穂】だった。相変わらず、礼儀正しくて良い子だ。よく見ると雪穂の後ろにもう一人、見知っている顔が

 

な…な……鳴上さん…………

 

悠を見てながらモジモジとしている雪穂と同じ制服を着ている薄い金髪の少女。その顔に見覚えはあった。

 

「君は確か……亜里沙だったかな」

 

「は、はいっ!覚えててくれたんですね!鳴上さんっ!」

 

悠が自分の名前を憶えていたことが嬉しかったのか、表情がとても明るくなる少女。彼女の名は【絢瀬亜里沙】。雪穂の親友であり、以前希と秋葉原へお出かけした時にとある事件に巻き込まれところを助けた際に知り合った女の子だ。雪穂と共にスリも濡れ衣を着せられそうになったところを偶然その場にいた悠と直斗が助けてくれたのだ。余程あの時のことが忘れられないようで

 

 

「鳴上さんが私のこと覚えててくれたー!わーい!」

 

 

人目を気にせず喜びを表現するかのようにピョンピョンと跳ねていた。その様子はまるで可愛らしいウサギを連想させた。感情を素直に表現するのはいいことだが、完全に道行く人が奇異な目でこちらを見ている。

 

「あ、亜里沙!嬉しいのは分かるけど、ちょっと抑えて!人が見てるから……って亜里沙!?」

 

雪穂がそう諭すが亜里沙は止まらず、勢い余って悠に抱き着いてしまった。その光景を目にした人々は唖然としてしまう。このままでは何かまずいと思ったので、なんとかして亜里沙を引き離そうとすると、

 

 

 

 

「まあ鳴上様、随分と楽しそうでございますね」

 

 

 

 

何故か悪いタイミングで件のエリザベスが来てしまった。エリザベスの登場に周囲で悠たちの様子を見ていた野次馬が湧く。女子中学生と仲良く絡んでいた男に不思議な衣装を身に着けた美人がやってきたので当然のことといえる。

 

「私をお待ちしている最中に………おや?」

 

エリザベスは何か言いかけたと思うと、雪穂と亜里沙の方をしげしげと見て黙り込んでしまった。どうしたのだろうと思っていると、

 

「な、鳴上さん……この人はまさか……彼女さんですか?」

 

エリザベスを見て、今にも泣きだしそうな顔でそう聞いてくる亜里沙。何故いきなり彼女なのかと聞いて来るのが甚だ疑問だが、ここは正直に話したほうがいいだろう。

 

「いや、そうじゃない。この人はエリザベスさんって言って、ただの知り合いだ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「あ、ああ………」

 

それに加えて、今日はその時のお礼としてエリザベスが行きたがっている辰巳ポートランドを案内するのでその待ち合わせをしていたことも説明する。別にエリザベスは彼女じゃないし、知り合ったのは本当にGWの時なので嘘は言っていない。悠の説明を聞いて信じてくれたのか、亜里沙は安心したかのようにほっと息を吐いて元の表情に戻った。その様子をハラハラと見守っていた雪穂もホッと息を吐いた。すると、ダンマリとしていたエリザベスが突然ニンマリと笑って、こんなことを言ってきた。

 

 

「ふふふ………これも何かの縁で御座いましょう。よろしければ、あなた方も私たちと一緒に食道楽の旅と参りませんか?」

 

 

「「えっ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<辰巳ポートランド>

 

そんな訳で、エリザベスと雪穂、そして亜里沙と共に辰巳ポートランドにやってきた。平日の放課後ということもあるのか、駅には帰宅する学生が多く見受けられた。

 

「この景色……久しぶりでございます。あの時とお変わりはありません。さあ、食道楽の旅と参りましょう」

 

巌戸台駅について、感慨に浸りスタスタと歩みを進めるエリザベス。久しぶりの辰巳ポートランドを訪れて、とてもテンションが上がっているように見える。

 

「わ~ここが辰巳ポートランドか~。私、ここに来たことがないから楽しみだなぁ」

 

そして、亜里沙もエリザベスと一緒にはしゃいでいた。

 

「な、鳴上さん……本当に私たちもついてきてよかったんですか?」

 

「まあ、エリザベスさんが良いって言ったからな」

 

自分たちも付いてきて申し訳ないと表情を曇らせる雪穂を宥める悠。エリザベスが何を思ったのかは分からないが、今日偶々出会った雪穂と亜里沙も同行させるとは一体どうしたのだろうか?まぁあの人の考えてることが分からないのは今に始まったことじゃないので、深く考えないことにした。

 

 

そんな感じで、しばらく歩いていると、

 

 

「おや……このかぐわしい匂いは!?」

 

 

何かの匂いを察知したのか、エリザベスは前触れもなく走り出した。どこに行くのかと、急いでエリザベスを追跡する悠と雪穂と亜里沙。すると、

 

 

「あら~、あんさん久しぶりやないの~。今までどこいっとんたん?」

「ええ、諸々の事情で少しばかり旅をしていたのでございます」

「へぇ~それは大変やったな~」

 

 

エリザベスを追って辿り着いたのは"たこ焼き屋『オクトパシー』"。そこでエリザベスは店主のおばちゃんと仲良さげに会話していた。あまりに予想できなかった光景に悠はズッコケそうになる。

 

「あら、今日はお連れさんもおったんやな。おや〜?もしかして、こっちのイケメンはあんさんの彼氏なんかぁ?」

 

ニヤニヤしながらこちらを見るたこ焼き屋のおばさん。今日何度そういうことを言われただろう。おばさんの質問を真に受けた亜里沙がまた泣きそうな目でこちらを見てくるし、雪穂も雪穂で何故か慌てている。

 

「いや……そういう関係じゃ」

 

「もう~!そんな照れんでええやないのぉ。初々しいなぁ。よしゃ!今日はこの彼氏さんに免じてサービスしちゃろ。ウチ自慢のほっぺたが落っこちてまうほど美味しいたこ焼き!1パック400円で、今日はあんさんらにそれぞれ一個ずつサービスや」

 

勘違いしたまま、たこ焼きを焼いていくおばさん。何とも痛まれない気分になったが、ご厚意で作ってくれたものを受け取らないというのは申し訳ない気がしたので、それらを買うことにした。

 

「鳴上様、私はこの世界の通貨をいくらか持っていますので、奢ってもらう必要はなかったのですが」

 

そう言って、どこからかは知らないがパンパンになった財布を取り出したエリザベス。あまりのパンパンさに悠だけでなく雪穂と亜里沙も仰天した。一体いくら持ってきたのかが気になるところだが、どちらにしろ女性に奢ってもらうというのは男として気が引けるので、ここは悠が全額支払うということにした。

 

 

「はい!たこ焼き4パック。おおきに!また来てや~」

 

 

おばさんから出来上がったたこ焼きを受け取ると、近くのベンチでたこ焼きを食べることにする。蓋を開けてみると、美味しそうな匂いを漂わせるたこ焼きたちが悠たちを待っていた。料理スキルが高い悠から見ても、焼き上がりが上々でその上で踊っているかつお節やソースの匂いが食欲をそそった。

 

「わあ、これがたこ焼きかぁ。初めて見た~!」

 

亜里沙はそんな美味しそうなたこ焼きを見て目を輝かせていた。

 

「ん?亜里沙はたこ焼き食べたことないのか?」

 

「ああ、亜里沙は少し前までロシアで過ごしてたんですよ。あっちの生活が長かったらしいので、まだ日本の文化に慣れてないところがあって」

 

「なるほどな」

 

雪穂の説明を聞いて納得する悠。そう言えば、亜里沙は絵里と姉妹であるということだったが、もしかして絵里もそんな感じなのだろうか?そう思っているうちに、亜里沙は早速たこ焼きを店から貰ったお箸で掴んで、口に頬張った。

 

「ハラショー!とっても美味しいっ!」

 

美味しそうにたこ焼きを頬張る亜里沙。どうやら、たこ焼きがお気に召したようだ。雪穂もたこ焼きを頬張り、美味しそうな表情をしている。さて、自分も冷めないうちに食べるかと悠と雪穂もたこ焼きを口に頬張った。

 

(うん……これはいいタコを使っているな。噛み応えも中々だし、何よりソースが中の食材とマッチしている。こういうのが、たまらないな)

 

悠からの高評価をもらったたこ焼き。雪穂も同じ感想を持ったのか、幸せそうな顔をしていた。

 

「はて?ハラショーとは……」

 

先に黙々とたこ焼きを食べていたエリザベスは亜里沙が発した言葉にふと疑問を持つ。

 

「ああ、私が住んでいたロシアではこ感動した時とかに"ハラショー"って言うんですよ」

 

「ほう……確か"ロシア"とはこの世界で一番土地の広い国家であることは存じ上げておりましたが、まさかそんな感情を表現する言葉があるとは。では私も」

 

亜里沙の解説を聞いたエリザベスは自分もやってみたいと思ったのか、改めてたこ焼きを一口頬張った。そして、

 

 

 

「このプリプリとした食感は……ハーラショーでございます!」

 

「ハラショー!」

 

 

 

意気投合するエリザベスと亜里沙。2人とも楽しそうで見ているこちらも心温まる光景であった。そんな感じでたこ焼きを食べ終わると、休憩する間もなくエリザベスは立ち上がってこう言った。

 

「さて、お次は"ドリンクバー"という食材と参りましょう。混合比によって無限の味を引き出せるというドリンクバー…………楽しみでございます」

 

「どりんくばー………何かおいしそうですね」

 

「待て!ドリンクバーというのは亜里沙が今考えているものじゃない!」

 

「亜里沙!?惑わされないで!?」

 

エリザベスの間違った情報を鵜吞みにする亜里沙に悠と雪穂が一斉に突っ込む。このような調子で悠と雪穂はエリザベスと亜里沙の行動や言動に振り回されながら、"まんが喫茶"・"ワクドナルド"・"甘味処"と色々な飲食店をハシゴした。こうして、美味しいものを食したエリザベス・亜里沙・雪穂の笑顔と引き換えに、悠の財布はどんどん軽くなっていったのであった。

 

 

 

(…また菊花さんにアルバイト頼もう……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音ノ木坂学院 アイドル研究部室>

 

ところ変わってアイドル研究部室。海未たちは落ち着かない様子でバタバタしていた。正体不明の女性がいきなり姿を現して、悠を辰巳ポートランドに連れて行ったので、気持ちは分からなくはない。

 

「鳴上先輩……大丈夫ですかね」

 

「……心配ね」

 

「あの人…お兄ちゃんに何かしたら……ことりのおやつに………」

 

「ちょっと!みんなソワソワしすぎだよ!別にエリザベスさんは良い人だから大丈夫だって!」

 

穂乃果は落ち着かない皆にそう言うが、海未たちは取り合おうとはしなかった。

 

「しょうがないでしょ!私たちはあのエリザベスっていう人と会ったのは初めてだし。そもそも一回会っただけでそう信じられる穂乃果さんの方がおかしいわよ!」

 

「穂乃果はおかしくないもん!悠先輩と考えが同じなだけだもん!!」

 

「ほ・の・か・ちゃん……………?」

 

「し、しまったー!ことりちゃん!違うんだってば!」

 

真姫の反論に子供のように突っかかる穂乃果。しかし、思わぬ失言でことりの逆鱗に触れてしまったらしく、次はことりを説得しようと慌ててしまう。その様子をみて、椅子にふんぞり返っていたにこがこう呟いた。

 

「アンタもアンタだけど、鳴上も鳴上よ。仮にもあのエリザベスってやつはP-1Grand Prixの時じゃ敵だったんでしょ?根拠もないのにそんなやつを簡単に信じられるなんて、お人好しが過ぎるわ」

 

「それは……」

 

にこの指摘に言葉を詰まらせてしまう穂乃果。穂乃果たちはまだ知らないが、以前悠も人を信じすぎて酷い目にあったことがある。この場に悠もいたならば、悠も穂乃果と同じく言葉を詰まらせていただろう。

 

「ったく、こんな時まで心配かけるんじゃないわよ……今のμ‘sにはあいつが必要不可欠なのに………もしものことがあったら、私が困るじゃない……」

 

にこはそういうと、椅子と身体を窓に向けて再び踏ん反り返る。空を見つめて平静を保っているが、口を不自然にパクパクさせているのがもろバレだ。何だかんだ言って、かなり悠のことを心配しているようだ。すると、

 

 

 

「そう言えば、花陽ちゃんは?」

 

 

 

穂乃果にそう言われて、一同は部室内を見渡す。言われてみれば、ことりと同じくあたふたしていそうな花陽がどこにも見当たらない。どうしたのだろうかと思っていると、

 

 

 

 

 

「み、みなさん!大変です!!」

 

 

 

 

焦った表情の花陽が部室に駆け込んできた。そして、その花陽の口から、今後μ‘sの未来を…果ては悠の旅路の運命を左右する出来事の詳細が告げられたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鳴上さん、大丈夫?」

 

「何とか……生きてる」

 

あの後、何件かの店をハシゴした悠たちだったが、残りの所持金は帰りの電車賃だけとなっていた。所持金が少なくなり灰になりかけている悠を雪穂は心配そうに見ていた。ちなみに、エリザベスはもうここにはいない。悠たちと最後にポロニアンモールの甘味処を満喫したところで、

 

 

「本日はありがとうございます。今回はあまり時間が無かったので、少ししかハシゴ出来ませんでしたが、満足致しました。まだまだ訪れてみたい場所がございますので、その時は是非ともご一緒して頂ければと存じます」

 

 

その時は雪穂様と亜里沙様もご一緒にと付け加えて言うと、エリザベスはスキップしながらその場を去っていった。3人はその様子をただ呆然と見ているしかなかった。

 

「何というか…不思議な人でしたね」

「日本語ペラペラだったけど……どこの国の人なんだろう?」

 

去っていったエリザベスを見て、雪穂と亜里沙はそう感想を述べた。しかし、悠はまたあのようなことになるのかと思うと寒気がして、またバイトしなければならないと心の中で深いため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<秋葉原前>

 

「ああ!今日は楽しかった~!」

 

帰りの電車に乗って、秋葉原駅まで着いた時、亜里沙は嬉しそうな顔をしてそう言った。今日のことが余程楽しかったらしい。まあ、こんな可愛い子が喜んでくれたのならこっちも嬉しくなる。こちらは所持金を大半失ったが、ある意味エリザベスに感謝しなくてはならないだろう。

 

「良かったな、亜里沙」

 

「はい!今日は日本に来て、食べたことないものをいっぱい食べたから楽しかったです!でも……お姉ちゃんにも食べさせてあげたかったなぁ」

 

「お姉ちゃん?」

 

お姉ちゃんとは自分の学校の生徒会長である絵里のことだろう。亜里沙にそう返すと、亜里沙は突如表情が曇りだした。

 

 

「はい……お姉ちゃん、最近元気がないんです……GWに稲羽っていうところに行ってから、少し明るくはなったけど……やっぱり学校に行くといつも元気がなくて……………多分、お姉ちゃんの学校が廃校になるから…」

 

 

「「………………」」

 

 

「私、そんなお姉ちゃん見るのが嫌だから……昔の明るかったお姉ちゃんに戻ってほしいから、何とかしたいって思ってるけど……私にできるのって、ただお姉ちゃんの傍にいることしかないから………」

 

 

先ほどの明るさが嘘のように悲し気になった亜里沙。余程姉のことが心配なのか、その言葉には重みが感じられた。話から察するに、昔の絵里は今の雰囲気と違って明るい女の子だったらしい。あの絵里にこれまで何があったかは分からないが、亜里沙はそんな姉に何かできないかと悩んでいるようだ。すると、

 

 

 

 

「えっ?………鳴上さん?」

 

 

 

 

 

亜里沙が気づいた時には、悠に頭を撫でられていた。あまりに唐突なことに亜里沙はもちろん雪穂も唖然としてしまう。

 

 

「大丈夫だ、亜里沙。きっと亜里沙にしかできないことがあるはずだ。俺も協力するから、一緒に探そう。絢瀬…お姉ちゃんが元気になる方法を」

 

 

これは悠の本音でもある。今まで絵里と接してきて、彼女が何かに縛られているのは悠にも薄々感じていた。元々困っている人を放っておけない性分の悠もそんな絵里に何かしてあげたいと亜里沙と同じことを考えていたのだ。今は何もできないが、亜里沙の力になるのなら何でも協力しよう。そのことを伝えると亜里沙はまだ呆然としていたが、

 

 

「あ、ありがとうございます!鳴上さん!」

 

 

悠からの言葉を聞くと、亜里沙は嬉しくなり、先ほどと同じ…それ以上の笑顔でこちらを見つめていた。

 

 

 

 

 

ー亜里沙から信頼と好意が伝わってくる……

 

 

 

 

 

「…………」

 

「雪穂?どうしたんだ?そんな不機嫌そうな顔をして」

 

「……はっ!?、べ、別に何もないですよ!?」

 

「??」

 

そんな2人の様子を雪穂は複雑そうな表情で見ていた。悠にそう指摘されると、誤魔化すように慌ててそっぽを向いた。その行動に悠と亜里沙が不思議に思っていると、

 

 

 

 

 

 

「あっ!鳴上くん!」

 

 

 

 

 

振り返ると、先日お世話になった風花がこちらに手を振って近づいているのが見えた。

 

「山岸さん?どうしてここに?」

 

「ちょうど秋葉原に買いたいものあったの。ここって電気製品が充実しているから」

 

「なるほど」

 

確かにここ秋葉原は"オタクの街"とも呼ばれてもいるが、電気製品もかなり充実している。風花は確か、見た目によらず理系で機械をいじることがとても大好きだと言っていたので、それ関係の買い物に来ていたようだ。そんな感じで風花と何気なく話していると、

 

「な…鳴上さん………この人は?」

 

風花と親しく話すのを見て、またもや泣きそうな表情になる亜里沙。今度はぎゅっと悠の腕を握り締めながら聞いてきた。また彼女と勘違いしているのだろうと思い、今日何度目か分からない説明をする。

 

「…この人は山岸さんって言って、ただの知り合いだ」

 

「そ、そうなんですね…………」

 

亜里沙は悠の説明を聞いて一応納得したものの、何か釈然としていない様子だ。どうしたのだろうかと思っていると、雪穂が亜里沙の代わりに口を開いた。

 

 

 

「鳴上さんって、女の人の知り合いが多くないですか?」

 

 

 

雪穂にジト目で指摘された悠はうっとなった。何というか事実なのだが、そんな目で言われると結構キツイ。一応陽介や完二、クマ以外にも男の知り合いはいるのだが、今思えば女子の知り合いが多いような気がする。

 

「あはは…確かにそうかも。本当に鳴上くんって"あの人"にそっくり」

 

風花にも呆れた様子で指摘されてしまった。風花の言う"あの人"とは誰かは知らないが、その人物も相当女性の知り合いが多く、相当苦労したに違いない。会ったことないのに、何故かその人物に悠はシンパシーを感じてしまった。

 

「そう言えば鳴上くん、この子たちは?」

 

「ああ、この子たちは」

 

風花にそう言われて、まだ雪穂と亜里沙を紹介してなかったことに気づいた悠は、手早く2人を風花に紹介した。GWで知り合った穂乃果と絵里の妹だということもあるのか、風花は2人を見てとても驚いていた。すると、風花が何か思い出したかのように、カバンから何か入ったタッパーを取り出した。

 

 

「そう言えば、明日鳴上くんたちにあげようって思って、今日料理本で見た"ゴマ団子"を作ってみたの。試作品だけど、よかったら食べてみて」

 

 

そして、風花は笑顔でタッパーから一つのゴマ団子を取り出した。見た目は普通のゴマ団子……形はちゃんと丸に整えられており、団子を包んであるゴマも中々いい色になっている。だが、

 

 

 

(!!っ、何だ…この悪寒は……)

 

 

 

それを見た瞬間、悠の中にある第六感が警報を鳴らした。このゴマ団子を食べてはいけない。去年、あの必殺料理人たちに苦しめられたことにより生まれた第六感がそう言っている。まさか、この風花も必殺料理人なのか?ここは止めた方がよさそうだと思っていると、

 

「うわぁ、美味しそう!いただきまーす!」

「ちょっと亜里沙、そんな勝手に」

 

何も知らない亜里沙は雪穂の制止を聞かずに、ひょいっと風花のゴマ団子を手にとって口に入れようとする。まずいっ!このままでは亜里沙の大事な味覚に甚大な被害が出てしまう。

 

 

「まてっ!亜里沙!!」

 

 

悠は亜里沙の手からゴマ団子をひったくって自分の口のなかに入れた。

 

「あっ」

 

突然の悠の行動に亜里沙のみならず雪穂も風花も驚いてしまう。しかし、この勇気ある悠の行動が亜里沙の味覚を守ることとなった。

 

 

 

(うむ…外はザクザク中はドロドロ、口のなかに甘味苦味酸味がグチャグチャにコラボレーションして………あれ?地面がこんなにも近)

 

 

 

 

バタンッ!!

 

 

 

 

「「「鳴上さーん(くーん)!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風花のゴマ団子を食べた悠は意識を失い、すぐに近くにある西木野総合病院へ搬送された。幸い命に別状はなかったが、この時のことを悠は後にこう語った。

 

 

 

"アレはうちの必殺料理人をも凌駕するほどの威力だった。下手すれば、本当の生物兵器になりうる可能性もある"と…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院に搬送された悠はなんとか意識を取り戻したので、担当医であった真姫の母親の早紀は良かったと安堵した。やはり、普段娘がお世話になっている人物が搬送されたとあって、かなり心配していたようだ。しかし、原因が風花のゴマ団子だと判明すると、早紀は般若のような形相で一緒に来ていた風花を奥の病室に引っ張り、ひたすら説教した。話によれば、風花は今回のように自分の料理で人を病院送りにしたことが何度かあるらしい。

 

「山岸さん!貴女は何度やったら気が済むの!?」

 

「ち、違うんです。今回は上手くいったと思って……前にあの人に教えてもらったレシピにアレンジを加えてみたというか………」

 

「……………他に言うことは?」

 

「ううっ……ごめんなさい………」

 

こっそりとその現場を覗いてみたのだが、それは言葉に出来ないほどの修羅場が展開されていた。その様子はさながら姑に叱られる嫁を想像させた。しかし、母親の様子を見に来た真姫も加わり、風花の状況が更に悪化することとなる。

 

 

 

(これは…山岸さんを何とかしないとまずいな……)

 

 

 

稲羽以外にも必殺料理人を発見した悠は、機会があれば風花に料理を教えようと心から決意した。これ以上自分以外の被害者をなくすために、そして風花を助けるためにも………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、同じ現場に居合わせた雪穂は……

 

「えっ!?鳴上くんが倒れたの!?穂乃果!今すぐ見舞いに行くわよ!!」

 

「大変大変!?悠先輩が倒れたって、みんなに知らせなきゃー!」

 

「だから、もう鳴上さんは大丈夫だって!お母さんもお姉ちゃんも落ち着いてよ!お、お父さんも見舞い品で、そんなにほむまんを作らなくて良いから!!もう……」

 

高坂家では悠が倒れたとの話を聞いて大騒ぎになっていた。悠が倒れたと聞いた途端、大慌てする家族を宥めるのに雪穂は苦労していた。

 

(ああもう!うちの家族は何でこうなのよ!……鳴上さんみたいに、もっと落ち着いた人がウチにも欲しいよ。ハア、ことりさんが羨ましいなぁ………ん?鳴上さん?……そう言えば)

 

家族の慌てる様子に呆れていた雪穂はふと思った。

 

 

(何で亜里沙が鳴上さんに頭を撫でられてたとき、胸が痛くなったんだろう?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、亜里沙の方は

 

 

「鳴上さんが亜里沙を身をもって助けてくれた………ハラショ~、鳴上さん♡」

 

 

自分を守るために物体Xの餌食になってくれた悠に更に想いを募らせていた。家に帰ってその話を散々聞かされた姉の絵理は亜里沙のその様子に、軽く引いていた。愛しの妹が恋に目覚めたのは嬉しいことだが、相手があの悠なだけに素直に喜べないでいる。

 

「亜里沙………鳴上くん、一体私の妹に何をしたのよ……」

 

稲羽での悠の話を思い出したのか、思わずため息を吐いてしまう絵理。だが、この時彼女の心に複雑な感情が芽生えていたのだが、それが何なのかを彼女自身が知るのは、もう少し先のことである。

 

 

 

 

 

 

しかし、この時悠は知らなかった。今日のこの一日…強いて言えば、雪穂と亜里沙と過ごしたことが、後々の旅路に影響を与えることを。

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「テストが始まるぞ」

「悠くんは1番を取りなさい」

「先輩!ヘルプミー!!」

「ご長寿クイズか………」

「あなたには負けないわ!」



「これは……まずいな」



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#40「Specialist」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

やっと試験が無事終わりました!試験中、執筆したいだのだらけいだのの誘惑に負けそうになったり、試験前に熱を出して3日寝込んだりしたなど色々とありましたが、何とかやり切ったので自分的にはホッとしています。

今回は予告やタイトルの通り、試験の話ですので所々自分が試験勉強中に思っていたこと所々ありますが、気にしないでください。

改めて、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・評価をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

それでは本編をどうぞ!


<???>

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――またあの夢か

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠はまた見覚えのある場所で目を覚ました。ここはあの時と同じ教室。だが、雰囲気はあまりよろしくなかった。すると、

 

 

 

 

「だからお前が犯人なんだろ!」

「ぜってぇそうだよ!!」

 

 

 

 

 何か怒鳴り声が聞こえてきたので見てみると、何人かの小学生が誰かを囲っていた。よく見ると、彼らが囲っているのは泣きじゃくっているか弱い女の子だった。そして、その子は…悠のよく知っているあの少女だった。

 

 

ち、違う…よ……私じゃ…

「嘘だ!だって盗んだのお前しかいないだろ!」

「ちゃんとお前だって証言もあるんだからな!」

 

 

 女の子は泣きながらも反論するが、逆に切り返されてしまった。どうやらあの女の子は何かを盗んだことを疑われているようだ。

 

 

 

ううっ……ちがう………私じゃ…ないよ………だれか……助けて………

 

 

 

 少女は泣きながらも誰かに助けを求めるが、周りは気まずそうな顔をしているが誰も彼女を助けようとはしない。本当に彼女がやったのだと思っているのだろう。それとも自分には関係ないのだから関わりたくないと無意識に避けているのだろうか。だが、その中でそんな傍観者たちに怒りを抱いている者がいた。

 

 

 

―――――それは違う!!

 

 

 

 それはもちろん悠である。あの少女は絶対にそんなことはしない。今まで一緒に過ごしてきて、彼女がそのようなことをしない人物だということは知っている。そして、悠は確信していた。何故かは知らないが、自分はあの少女が犯人ではないと心から確信している。何かを犯した人間があんなに涙を零しながら怯えるはずはないのだから。

 

 

 

 

―――――今の彼女に味方してあげられるのは……

 

 

 

 

 彼女を助けたいという気持ちが溢れたのか、悠はいつの間にか大きな声で、指を突き立てて叫んでいた。そう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異議あり!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「きゃあっ!!」」」

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 が、気が付いてみると、そこは夢の中の教室ではなく、よく見慣れた場所であるアイドル研究部室だった。

 

「ゆ、悠先輩……?」

 

 いつの間にか夢から覚めていたのか、景色が変わっていたことに驚いてしまう悠。それに、皆の前で立ち上がってどこかに指を突きつけている姿に穂乃果たちは驚いて腰を抜かしている。悠は皆にすまないと謝って椅子に腰を掛けて頭を抱えてしまった。穂乃果達の前であんな醜態を晒すとはなんとも恥ずかしい。しかし、それよりも

 

 

(今の夢……本当にあったことなのか?)

 

 

 頭を抱えながら悠は先ほどの過去夢のことを振りかえる。あんな有名ゲームのエピソードみたいなことがあったのか?あんなことに覚えなんてないのだが、夢に出てきたということは本当にあったのかもしれない。

 

「ど、どうしたんだろう?先輩……」

 

 悠の突拍子のない行動に穂乃果たちは呆然としてしまう。それはそうだ。さっきまで机で寝ていた悠が突然立ち上がって"異議あり"などと法廷でしか聞かない単語を大声で叫んだのだから。

 

「夢で弁護士になってたのかな?」

 

「あっ!お兄ちゃんが弁護士っていいかも!ことりが悪い検事さんに無実なのに起訴されて絶望の淵に立たされた時に、お兄ちゃんがことりを冤罪から助けてくれるの!」

 

「おお!まるで逆○裁○か9○.9みたいだにゃ!」

 

「ええなぁ、鳴上くんが弁護士って」

 

 穂乃果の一言で何故か悠が弁護士になったらという話題に花がさいてしまった。和気あいあいと話しこんでいるが、今はそんなことをしてる場合なのか?それに、何故ここに希もいるのか?色々とツッコミたいことがあるが……

 

(俺が弁護士でことりを救う?…………ハイカラだな)

 

 何故か本人も弁護士になることは満更ではないらしい。しかし、弁護士になるにはあの難関と言われる司法試験に合格しなければならない。中々大変だろうなと思う。だが、あのゲームの主人公は芸術学部だったにも関わらず独自で勉強して

 

「それで、ことりがその後にお兄ちゃんの助手になって、2人で色んな事件を解決していくうちに、私とお兄ちゃんは惹かれ合って最終的に………きゃっ♡」

 

 ことりが何を想像しているのか知らないが、目がトロンとなっている。あれはもう完全に自分の世界に入っている証拠だ。

 

「ああ……何か悠先輩とことりちゃんとなら、そんなことありそう………」

「凛もそんな気がするにゃ」

「ていうか、鳴上は検事にも」

 

 それに呆れる穂乃果と凛。にこも和気あいあいと会話に加わろうとしたその時、

 

 

 

 

 

バンっ!!

 

「誰のせいで、鳴上さんがストレス溜まってると思ってんのよ!ただでさえ、鳴上さんは色々と大変でロクに寝てもないのよ!」

 

「赤点取りそうでμ‘sにも鳴上先輩にも迷惑かけそうな人がこんなことしてる暇があるんですか!?」

 

 

 

「「「ごめんなさーい!!」」」

 

 

 真姫と海未の剣幕に穂乃果・凛。にこの3人は勢いよく土下座した。その光景をみたその時、悠の脳裏にあることが浮かんできた。

 

(ああ…そういうことか………)

 

 悠はこのやり取りから、悠は一週間前のことを思い出した。そして、再認識する。今の自分たちの状況が本当にまずいことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~1週間前~

 

 

 

 エリザベスと雪穂・亜里沙と辰巳ポートランドをまわって、風花の物体X(ゴマ団子エディション)で病院送りされた翌日のこと。午前中の授業が終わって昼食を取るために屋上へ行こうとしたとき、

 

 

 

『3-Cの鳴上くん、理事長室に来てください』

 

 

 

 校内放送で理事長室に呼び出されてしまった。クラスメイトたちから何かしたのかと言われたが、身に覚えがない。どういうことなのかと疑問を持ちつつも悠は理事長室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<理事長室>

 

 

「失礼します」

 

「いらっしゃい、悠くん。待ってたわ」

 

 理事長室に入ると、驚いたことにそこには部屋の主である雛乃の他に、生徒会長である絵里もいた。悠の入室に絵里はとても驚いた表情をしている。

 

「叔母さん、絢瀬にも用事があったんですか?」

 

「彼女は偶々よ。何か私にお願いしたことがあるらしいけど…それよりも悠くんは体調の方は大丈夫なの?西木野さんのところに緊急搬送されたって聞いて、私すごく心配したのよ」

 

「「………………」」

 

 雛乃の問いかけに悠と何故か絵里はいたたまれない気持ちになって俯いてしまう。昨日悠が西木野総合病院に搬送されたことは当然雛乃の耳にも届いている。雛乃も悠が病院に搬送されたとあって、これ以上ないくらい心配したらしい。それ故、その原因がGWで知り合った風花にあると判明した時は……………これ以上は語らない。

 

「俺のことは大丈夫です。それより話ってなんですか?それに、この場に絢瀬が居ても?」

 

「問題ないわよ。この話は生徒会長である絢瀬さんにも聞いてほしい内容だったから」

 

 絵里にも聞いてほしい内容とは、一体どのようなものなのか?雛乃は少し間を置くと、悠と絵里を見据えてこう尋ねてきた。

 

 

 

「悠くんは"ラブライブ"というものは知っているかしら?」

 

 

 

 聞いたこともない単語が雛乃の口から発せられた。あまりに突拍子のないことだったため、悠とその場に一緒にいた絵里は首を傾げてしまう。

 

「らぶらいぶ……?絢瀬は知ってるか?」

「し、知らないわよ……理事長、そのラブライブというものは何ですか?」

「実は、昨日ことりたちがここを訪ねてきてね……」

 

 

 雛乃からの説明はこうだ。"ラブライブ"とは今年の夏に開催されるスクールアイドルの大会のこと。スクールアイドルランキング上位20位以上のグループしか出場できない、いわばスクールアイドルの甲子園とも言っても過言ではない一大イベントらしい。その模様はネットでも中継されるそうなので、注目度はとても高いのだろう。

 

 昨日、悠がエリザベスたちと辰巳ポートランドに行っていた時、雛乃の元に穂乃果たちが駆け込んできて、このラブライブへの出場を許可してほしいと懇願してきたということだ。

 

「その時ね、私は"悠くんに相談しなくていいの?"って聞いたの。そしたら、穂乃果ちゃんがなんて言ったと思う?」

 

 

 

 

 

"大丈夫です!悠先輩もきっと穂乃果と同じ考えですから!"

 

 

 

 

 

「「…………………」」

 

「まあ、それを言った途端、すぐにことりにどこかに連れて行かれたけどね」

 

 なるほど、実に穂乃果らしいと悠は思わずフッと笑みをこぼした。確かに穂乃果ならそんなことを言うだろうなと悠も想像はついた。立場が逆なら自分もそう言っていただろう。ついでに、目のハイライトが消えていることりにどこかに連れて行かれる光景も正直考えたくはないが容易に想像できた。

 

「私としてはエントリーするくらいなら良いと思っているの。でも悠くんはもちろん、生徒会長の絢瀬さんの話を聞いてから決めようって思ったから、返事を引き延ばしてもらったのだけど……悠くんはどうするの?この話」

 

 雛乃はしっかりと悠を見据えてそう尋ねてくる。もちろん、悠の答えは決まっていた。

 

 

 

 

 

「俺は、是非ともエントリーしたいと思っています」

 

 

 

 

 

 ラブライブに参加するということは、当然学校名も公開される。そうなれば、学校名が広まり、この音ノ木坂学院のことを全国に広めることができるだろう。まだ自分たちがラブライブに出場できる条件を満たしているかは分からないが、もし足りないのではあれば、これから満たしていけばいい。実に、悠らしい前向きな答えだった。

 

「そう。じゃあ、絢瀬さんはどうかしら?」

 

 雛乃は悠の答えを聞いて満足げな表情で頷くと、次は悠の隣で話を聞いていた絵里に目を向ける。ふと見ると、絵里はとても険しい表情をしていた。これはまずいかもしれない。確かにこのラブライブの件は学校サイドからの許可、つまり理事長である雛乃や生徒会長である絵里の許可が必要になる。雛乃は承諾してくれたが、果たして敵対気味である絵里はどう出るのか?

 

 

 

 

 

 

「良いんじゃないですか?」

 

 

 

 

 

 

 絵里の意外な返答に悠は驚いてしまった。いつもの彼女なら"反対です"とか"そんなのは時間の無駄です"などと反論してくると思っていたからだ。その時のための反論はいくつか頭の中で用意していたつもりだが、まさか賛同してくれるとは……

 

「良いのか?絢瀬?」

 

「……別にエントリーするくらいなら良いんじゃない?正直あの子たちの素人みたいなパフォーマンスが通用するかは別問題だけど」

 

 不機嫌そうな表情で説明する絵里。如何にも絵里らしい答えだが、本当にそれが本音なのか?絵里の言動から別の理由があると悠の【言霊遣い】級の伝達力は感じ取った。これ以上追及したら藪蛇が出そうだが、

 

 

「"素人"ってどういうことだ?」

 

 

 悠はあえて聞いてみた。すると、絵里は一瞬黙り込んだが、不機嫌な表情を維持したまま口を開いた。

 

 

 

「"感動がない"ってことよ。今のあの子たちじゃ、お客さんに本当の意味で感動してもらえないわ。と言っても、私から見たらスクールアイドルなんて皆ド素人みたいなものだけど………あのA-RISEでさえね」

 

 

 

「なっ!」

 

 絵里の返答に悠は絶句してしまった。絵里の言うことは最もだと解釈は出来るが、限度というものがあるだろう。特に後半の部分は、全国のスクールアイドルに喧嘩を売っているようなものだ。だが、絵里の性格上根拠のないことは言わないことは知っている。一体何が絵里にこのようなことを言わせたのか?更に追及しようとすると、そこまでだと言わんばかりに雛乃が会話に割って入ってきた。

 

 

「なるほどね。絢瀬さんもこう言ってるし、悠くんたちのラブライブへのエントリーは認めましょう。でもね絢瀬さん、少し発言には気を付けた方が良いわよ?」

 

「えっ?」

 

「"壁に耳あり障子に目あり"って、よく言うでしょ?()()()()()

 

 

 雛乃が悠と絵里にではなく理事長室のドアの方にそう言った途端、ドアが開いてそこからドドっと何かが倒れこむようになだれ込んできた。よく見ると、それらの正体は……

 

 

「穂乃果!それに、ことりたちも」

 

 

 正体は穂乃果たちだった。何故かは知らないが、穂乃果たちの手には箒やちりとりが握られている。

 

「あ、あなたたち……どうしてここに…」

 

 絵里はあまりの光景に騒然としながらもそう聞いた。

 

「校内放送で悠先輩が理事長室に呼ばれたから、何かあったのかなって思って……」

「こっそり覗いたら、鳴上先輩と生徒会長から……ただならぬ雰囲気を感じたので」

「いざとなったらって……」

 

 なるほど、そのための箒とちりとりか。一体何に使うつもりだったのかはこの際聞かないでおこう。先ほどの絵里の発言を聞いたらしい彼女たちの持つ箒の向きが微妙に絵里の方に向いているのだが、気にしない。そして、誰とは言わないが約数名が険しい顔で絵里を睨んでいるが気にしない。

 

「………………失礼しました」

 

 絵里は悠たちを一瞥すると、雛乃に頭を下げてその場を退室した。先ほどの発言を聞かれたにしては落ち着いていた態度だったので、更に彼女たちの表情が険しくなる。しかし、この場にもういない者のことを考えてもしょうがない。絵里が退室したと同時に、穂乃果たちは申し訳なさそうに悠に元に駆け寄ってきた。

 

「お兄ちゃん…ごめんね。何も相談もなしに勝手に話進めちゃって」

 

「穂乃果さんが鳴上さんもきっと賛成するでしょなんて言うから…」

 

「だ、だって穂乃果は悠先輩も賛成してくれるって思ったから……」

 

「でも、相談しようにも、鳴上先輩は昨日は病院に運ばれてましたし…」

 

 どうやら悠に相談もなしに勝手に話を進めたことを申し訳なく思っているようだ。だが、悠はそれを気にすることなく皆を元気づけるように明るい口調でこう伝えた。

 

「良いさ。ラブライブに出場することは自分たちで決めたことなんだろ?穂乃果たちが自分で決めたことなら、俺は賛成だし、喜んで付き合うぞ」

 

 悠からの返答に皆はホッと安堵し、はにかむように自然と笑顔になった。しかし、それを遮るかのように雛乃がこんなことを言ってきた。

 

 

 

「ちょっと良い雰囲気を邪魔するようで悪いけど、ラブライブに出場には()()があります」

 

 

 

「「「えっ?」」」

 

「いくら廃校を阻止するためだからといって、学業をおろそかにするのはもってのほかです。そこで、あなたたちが今度の定期試験で全員赤点を回避すること。それが達成できれば、ラブライブへの出場は認めるわ」

 

 突然提示されたラブライブ出場への条件。普段は悠たちに甘い雛乃も流石に教育者としての責務は忘れていないらしい。しかし、それだけでラブライブへのエントリーを認められるなら安いものだろう。

 

「その条件なら喜んで受け入れます。ありがとうございます、叔母さん」

 

 条件付きだとしても雛乃がラブライブへのエントリーを許可してくれたので、悠は雛乃に頭を下げた。

 

「交渉成立ね。後で絢瀬さんにもちゃんとお礼を言うのよ」

「はい!」

「でも、悠くんは心配しなくていいけど……他の皆さんは大丈夫かしら?」

「まあ実力テストみたいなのはともかく、定期試験くらい大丈夫だ」

 

 

 

 

 

「「「・・・・・」」」

 

 

 

 

 

「ろ………?」

 

 振り返ると、そこに明らかに絶望している者がいた。それは穂乃果・凛・にこの3人だ。これは、波乱の予感がする。その様子に、雛乃は深く溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<アイドル研究部室>

 

 雛乃とのやり取りを終えて部室に戻ってきた悠たち。そして早速、

 

 

「大変申し訳ございません……悠先輩に相談も無しに勝手にラブライブの件を進めてしまったこと、定期試験のことを心よりお詫び申し上げます」

 

「申し訳ございません……なので」

 

 

 

「「せんぱーい!タスケテ――!!」」

 

 

 

 謝罪の口上を述べた後に、穂乃果と凛が悠に泣きついてきた。2人のその様子に呆れてしまったのか、悠は思わず溜息を吐いた。

 

「ハァ…まあ、こういうことは稲羽でもあったから別に驚きはしないけどな………」

 

 稲羽でも定期試験前はみんなでジュネスに集まったりして勉強会を開いていたものだ。その時に至って泣きついて来るのはいつも成績が低空飛行である陽介・千枝・完二・りせの4人だった。

 

「確かに、花村とか千枝とか頭悪そうだものね。あっ、ついでにあのバ完二も」

 

 いつもの如く部室の椅子でふんぞり返っているにこは数学の教科書を読みながら、そんなことを言ってきた。あからさま過ぎる勉強してますよアピールだが、教科書が逆さまになっている。この場に陽介たちが居たら、"お前に言われたくねえ!"とツッコんでいただろう。

 

「……とりあえず穂乃果と凛、矢澤はこの間の実力テストの結果を出せ」

 

「「「えっ?」」」

 

「出せ」

 

「「「はい…………」」」

 

 3人が今回の試験で何を対策しなきゃならないのかを確認するために、各々の実力テストの結果を(強制的に)開示させた。調べた結果、穂乃果は数学、凛は英語、にこは全ての科目ということが判明した。思わず呆れていると、3人は理不尽だと言わんばかりに

 

 

「そもそも何で数学なんて学ばなきゃいけないの!人間なんて1とか2とかだけ覚えておけば生きていけるでしょ!」

 

「そうにゃ!凛たちは日本人だから、英語なんて学ばなくても通訳さんに任せればいいんだにゃー!」

 

「そうよそうよ!アイドルとして成功すれば、勉強なんてどうでもいいじゃない!」

 

 

 何ともまあ随分な申し開きだなと一同は思った。穂乃果の発言はどこかの聞いたことがあるし、凛の発言は何かデジャヴを感じる。いつかそんなことを宣っていたアイドルが居た気がするが、誰とは言わない。

 

 

「3人の言い分はよ~く分かったで。でもな、おバカさんでもアイドルは出来るけど、おバカさんじゃ勝てないんよ?」

 

 

 どこかの監督の言葉を3人を諭すようにそう言って、希が部室に入ってきた。

 

「東條!どうしてここに?」

 

「理事長先生に頼まれたんよ。鳴上くんたちを手伝ってあげてって」

 

 どうやら雛乃は自分たちに助っ人を寄越してきたらしい。ちょうど悠だけでは同学年であるにこに勉強を教えるのは骨が折れると思っていたので、これは心強い。

 

「良いのか?」

 

「ええんよ。ウチも成績の方は問題ないし、それに彼氏を支えるんは彼女の役目やからな」

 

「俺と東條はそんな関係じゃないだろ……」

 

「もう、照れ屋さんなんやから♡」

 

 頬を朱色に染めて照れくさそうにリアクションする希だが、よく言えたものだ。誰のせいで今の八十神高校に悠に大人っぽい彼女がいるという噂が広まっているというのか。希の発言に数名が不機嫌な視線を向けているが誰とは言わない。かくして、ラブライブ出場のためのテスト勉強が開始されたわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は戻り、あれから一週間……

 

 

 事の顛末を思い出した悠は、一応確認のため自分の周りを見てみた。

 

「穂乃果ちゃん、ここはね」

「ごめん、ことりちゃん。もう寝る」

「ほ・の・か~?」

「うわああん!ごめんなさ~い!」

 

「あっ!あそこに白米が」

「えっ!どこどこどこ!?」

「……引っかかると思ってるの?」

「にゃあっ!」

 

「にこっち、ここの答えは?」

「え…えーと………にっこにっこにー!」

「……………………」

「わ、悪かったわよ!私が悪かったから、ワシワシはやめて!」

 

 勉強が嫌なのか、穂乃果と凛とにこは各々逃走を図るも全て看破されてしまっている。というかそもそも、そんな簡単なものに引っかかる訳がない。悠はその様子に呆れながら、気晴らしに飲み物を買いに部室を出る。そして、その数分後………

 

 

「あっ!鳴上が女子中学生に逆ナンされてる!!」

 

 

「「「えっ?」」」

 

 

「「「スキあり!(シュバッ!)」」」

 

 

 穂乃果・凛・にこは3人はこの場から逃れるために、飲み物を買いに行った悠を使って逃走を図った。目論見通り、ここにいるのは悠に想いを募らせているメンバーばかりなのですぐに引っかかった。そのままダッシュで部室から脱出しようとドアに手を掛けたが、

 

 

「(ガシッ)嘘はあかんで?

 

 

「ひえぇぇぇ!副会長!」

 

 ドア付近で待ち構えていた希に拘束されてしまった。悠関連のことで嘘をつかれたせいか、目がいつもより据わっている。それは希が相当怒っていることを意味していた。

 

「嘘をついた子たちには……ワシワシや♪」

 

「ご、ごめんなさ…うにゃあぁぁぁぁぁぁ!!

 

 ワキワキと構えている希の手が凛を襲った。その様子はあまりにも痛ましいものだったので、穂乃果とにこはアレを自分も受けるのかと足をガクガク震わせていた。

 

「せ、せめて穂乃果やにこ先輩だけでも………」

「逃がしませんよ?」

「「はい…………」」

 

 

 飲み物を買って戻ってきた悠は3人が希のワシワシの刑を受けている姿を見て唖然としてしまった。なんだ?このカオスな空間は。赤点危機組のせいか、この部室が少しずつおかしくなっている。テストまであと一週間だというのに、この惨状。悠も家庭教師の経験があるので、にこだけでなく穂乃果と凛の勉強も見ているのだが、間に合うかどうかは難しいといったところだった。

 

 

 

(ハァ……これはP-1Grand Prixよりまずい状況かもな………)

 

 

 先日のGWに稲羽で起こったあの事件。あれは皆との絆とペルソナの力で解決したようなものだが、この試験という試練は各々の力で解決しなければならない。本番で頼りになるのは自分の学力なのだから。どうしたもんかと考えたその時、

 

 

 

(ん?P-1Grand Prix………そうだ!その手があったか!)

 

 

 

 悠の中にこの状況を打破できそうなアイデアが浮かんできた。悠はこれはイケると思い、早速準備に取り掛かるため、にこの勉強を希に一任して部室を出て行った。悠のその行動に皆はハテナマークを頭に浮かばせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数時間後~

 

 

 希が生徒会の仕事で呼び出しを受けたと部室が出て行った際、入れ替わるように神妙な顔つきになっている悠が戻ってきた。そして、話があると一旦勉強を中断させる。

 

「は、話ってなんなの?悠先輩………」

 

 穂乃果は気まずい雰囲気の中、まずますと悠にそう切り出すと、悠は神妙な顔つきのままこんなことを言ってきた。

 

 

「いいか?お前たち、もし穂乃果たちが赤点を取ってしまった場合……連帯責任で皆で罰ゲームを受けることにした」

 

 

「「「ば、罰ゲーム!?」」」

 

 

 

"罰ゲーム"

 

 

 

 

 まさか、普段はクールで心優しい悠の口からそんな物騒な単語が出るとは思わなかった。しかし、事態がそれほどまずいということなのだろう。一体その罰ゲームの内容とは……

 

 

「その内容は……次回からお前たちの自己PRはこういう形で通ることになる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~以下、悠の想像PV内容~

 

 

「今日も元気に食い気MAX!"常時腹ペコ和菓子屋イーター"高坂穂乃果です」

 

「破廉恥なものには正射必中!"純情ラブアローシューター"園田海未です」

 

「お兄ちゃんさえいればいい!"鋼のブラコンエンジェル"南ことりです」

 

「アイドルのためなら何でもやります!"シャイな巨乳お米っ娘"小泉花陽です」

 

「運動スキルはA⁺、勉強スキルはE⁻!"核弾頭猫娘"星空凛です」

 

「私は全てにおいてNo.1!"小悪魔ツンデレプリンセス"西木野真姫です」

 

「あなたのハートににっこにっこにー!"夢みるナルシストアイドル"矢澤にこです」

 

 

 

「私たち、7人合わせて」

 

 

「「「「μ‘sです!」」」」

 

 

 

悠の想像PV内容 終了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」

 

 

 悠が提案した罰ゲームに穂乃果たちは絶叫してしまう。何故なら、そのPVの内容自体が世に出れば黒歴史確定のものだったからだ。

 

「これ想像以上の罰ゲームじゃないですか!」

「P-1Grand Prixの時のやつじゃん!」

「絶対イヤにゃ!?」

「こんなの黒歴史ものじゃない!」

「たかが赤点くらいでこんなこと…」

 

 悠の提案した罰ゲームの内容に猛烈に抗議する一同。確かに彼女たちの言い分も分かる。こんなものをPVとして発表したら、もう外には出られない。

 

「というか、何であの時はなかった穂乃果とことりちゃんのキャッチコピーまであるの!?」

 

 確かに、P-1Grand Prixの参加者ではなかった穂乃果とことりにも不名誉なキャッチコピーが存在している。

 

「…さっき俺が陽介とクマに電話して一緒に考えた」

 

 真相はとても単純だった。

 

「悠先輩たちが考えたの!?」

「流石俺の相棒と言うべきか、中々良いものを考えてくれた」

「何てことしてくれたのさ!」

 

 穂乃果の剣幕に悠は申し訳なさそうに弁明した。

 

「俺としてはことりも巻き込むのはとても遺憾だったが………穂乃果たちに赤点を回避させるにはこれしかなくてな……」

 

「シスコン全開じゃん!!考えてるのことりちゃんのことだけじゃん!穂乃果のことも考えてよ~!」

 

「この件に関しては穂乃果に容赦はしない」

 

 その後も絶対いやだと抵抗する穂乃果たち。正直悠もこんなことをするのは本意ではないが、こうした方が効果的だと踏んだのだ。穂乃果たちには申し訳ないが、悠は是が非でも押し通すつもりだったので、ここで己の【言霊遣い】級の伝達力を発揮する。

 

 

 

 

「いいか?お前たち………罰ゲームというのはだな」

 

 

 

 

 

かくかくしかじかかくかくしかじか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~30分経過~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、文句を言うな!」

 

 

 

「「「うわあぁぁぁぁぁぁん!!」」」

 

 

 

【言霊遣い】級の伝達力で、罰ゲームの重要性や今の状況がどれだけまずいのかということを説明すると、ついに穂乃果たちは折れた。

 

「ことりは別にいいんだけどなぁ……お兄ちゃんの"鋼のシスコン番長"に似てるし………」

 

 だが、ことりだけは終始こんな調子だった。

 

 

 それ後、穂乃果たちは絶対に赤点は取るまいと寝る間も惜しんで勉強に精を出していた。悠から提案された究極の罰ゲームを執行されないために。

 

「な、何があったんやろうか?穂乃果ちゃんたちに……」

 

 生徒会の仕事から戻ってきた希は前とは違う穂乃果たちの気迫に戸惑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(海未)

 

「zzz……zzz………」

 

「また寝てしまいましたか。ちょうどいい頃合いですし、私も休憩にしますか」

 

 部室での勉強会が終わって放課後、念のためということで『穂むら』で穂乃果の勉強を見ていた私ですが、当の本人が寝てしまったので一段落することにしました。それにしても、こんな状況なのに穂乃果は気持ちよさそうに寝ていて

 

「zzz……zzz……さ、三角関数は…サイン…コサイン……」

 

 ね、寝言が三角関数ですか!?そう言えば、雪穂さんが最近穂乃果が数学のことをブツブツ言いながら寝てるから気味が悪いってことは聞いてましたが、まさか本当だったとは。あのめんどくさがり屋の穂乃果がここまで勉強を頑張るなんて珍しいですね。余程あの罰ゲームが嫌なのでしょうか。まあ、そうなったら私もとばっちりを受けるわけですが。

 

「zzz…にへへ……ゆうせんぱいのおかし……おいしい」

 

「夢の内容が一変しすぎでしょ……」

 

 鳴上先輩たちが穂乃果に"常時腹ペコ和菓子屋イーター"とつけた理由が分かった気がします。小さい時から知っていましたが、いつだって穂乃果は食べ物のことばかり考えているのですから。それはそうと

 

 

 

「鳴上先輩ですか………」

 

 

 

 私はふと鳴上先輩のことを頭に思い浮かべます。

 

 あの人は私にとって命の恩人であり尊敬する先輩。ちょっと天然で私たちを困惑させることもあるけど、心優しいお兄さんみたいな人。あの時あの人が居なければ、私はきっとここにはいなかったでしょう。ペルソナを手に入れて一緒に事件を追っていくことになって色々なことはありましたが、先輩と一緒に戦ったり褒められたりしたときは、やはりとても嬉しくなってしまいます。でも……

 

 

「……このままでいいのでしょうか?」

 

 

 あのP-1Grand Prix事件を解決しても、まだ事件の全貌は未だに明らかになっていません。仮に真犯人を突き止めたとしても、戦いになったときは、私はまた先輩の足を引っ張ってしまうでしょう。それに、先日こっそり耳にしてしまった生徒会長の辛辣な言葉が思い出すと胸が痛くなります。正直あんな人に私たちのことを知ったように言われるのは腹が立ちますが、今は試験のことを考えましょう。そのためにもと、私は携帯を取って、ことりに電話をします。ちょうど話したいことがありましたからね。

 

「もしもし、ことりですか?」

 

『もしもし海未ちゃん、どうしたの?今お兄ちゃんの寝顔を堪能してたところだったんだけど?』

 

………ことりは相変わらずですね。鳴上先輩のシスコンも大概ですが、ことりのブラコンも異常です。このままじゃ、いずれマズイことが起きそうな予感がするので、その対策は後々考えるとしましょう。それよりも

 

「ことり、明日のことで相談があるのですが」

 

「え?」

 

 

another view(海未)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

「ハァ……」

 

 放課後のこの時間、テストまであと数日だというのに、今日は休んでくださいと海未とことりから部室を追い出されてしまった。おそらく最近疲れているのがバレて気遣ってくれたのか。それに、何故かこれを使ってリラックスしてくださいと海未からは兵法書、ことりからはクッキーを、花陽からはA-RISEのCD、真姫からはクラシック音楽のCDを渡された。

 

 

 

(どうしようか……)

 

 

 

 手に彼女たちの差し入れが入っている袋を一瞥しながら悠は頭を悩ませていた。一応暇をもらったのはいいが、悠はこれといってやりたいことはあまりない。強いて言えば、釣りがしたいのだが、道具はそろってないし、今はそんなことをしている場合ではない。しばらくそんなことを思いながら歩いていると、神田明神の前に着いた。そう言えば、最近はリーダー戦争やら試験勉強やらで、ここで朝練をする機会がめっきり減った気がする。

 

 

(お参りしてみるか)

 

 

 せっかく来たのだから久しぶりにお参りしようと、悠は境内の中に入っていった。GWでは辰姫神社に穂乃果たちを案内したが、時間が悪かったのかあの神社に住み着いている狐には会えなかったのを思い出す。

 

 

(神社か……夏休みは狐に会えたらいいな………ん?)

 

 

 ふと狐のことを思いながらお賽銭入れの前に辿り着いた瞬間、突如立ち眩みを感じた。最近あまり寝てないせいなのか、思わず額に手を当ててしまう。余程重症なのか頭がズキズキする。

 

 

 

 

(こんな時にか……これは………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――い……せ……ない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(!!っ)

 

 

 

 頭の痛みに耐えていると、脳裏にそのような声が聞こえてきた。途切れ途切れであまり聞こえないし内容がよく分からなかったが、その声を悠はどこかで聞いたことがあるような気がした。だが、その声に反応してか立ち眩みが更に酷くなり、聞こえる声も声量が増していくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――……くんを………か……せ……な

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鳴上さ――――ん!」

 

 

 

 

 

 すると、その声を遮るかのように誰かの声が悠の耳元に届いてきた。それと同時に意識が戻るかのように誰かから抱き着かれたのを感じる。見てみると、そこには

 

 

 

「あ、亜里沙か!?」

 

「はい!また会いましたね」

 

 

 先日一緒に辰巳ポートランドをまわったばかりの亜里沙がいた。相変わらず天真爛漫な明るい笑顔に先ほどの立ち眩みが嘘のようになくなっていた。しかし、今まで考えてなかったが、高校生が女子中学生に抱き着かれるというこの構図は傍から見て大丈夫なのだろうか?そう思っていると、背後から冷たい視線を感じた。恐る恐る振り返ってみると、

 

 

「………………」

 

 

「あ、絢瀬?」

 

 背後に冷たい目でこちらを見ている亜里沙の姉、絵里の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<公園>

 

「はい、お姉ちゃん、鳴上さん」

「ありがとう、亜里沙」

「ありがとう……」

 

 神田明神で鉢合わせして、少しお話がしたいからと絢瀬姉妹に近くの公園に連れてこられた悠。亜里沙が悠と絵里に近くの自販機で飲み物を買ってきてくれた。だが、

 

「って、これおでん缶じゃないか?」

 

 亜里沙が買ってきたものは飲み物ではなく、缶の中におでんが入っている所謂"おでん缶"だった。

 

「えっ?前にエリザベスさんが言ってた"おでんジュース"ってこれじゃないんですか?」

 

 先日エリザベスと辰巳ポートランドの店をハシゴしたとき、エリザベスがこの辺りにはおでんジュースは売っていないのかと聞いてきたことがあった。エリザベス曰くおでんジュースとはマニアの間で高額取引されているレアモノらしい。そんなものあんな公共の場に堂々と売っているはずはないのだが、亜里沙はその話を間違った方向で覚えていたようだ。

 

「………亜里沙、それはおでんジュースっていうものじゃないの。だから、別のを買ってきてくれる?」

 

「うんっ!」

 

 亜里沙は絵里の言葉に元気よく返事すると、そそくさとまた別の自販機に向かっていった。

 

 

「良い妹だな」

 

「…自慢の妹よ。何があったかは知らないけど、ウチの亜里沙に手を出さないでね」

 

「何でそうなるんだ。俺はロリコンじゃない、フェミニストだ」

 

「そこまで言ってないわよ。それより神田明神で何をしてたの?」

 

「いや、息抜きにと思って立ち寄ったんだが、最近疲れてるせいか立ち眩みを感じてな」

 

「……健康管理は大事よ。あなたはあの子たちのリーダーなんでしょ?リーダーがキチンとしてないと、あの子たちが心配するわよ」

 

「分かった」

 

「絶対分かってないでしょ?」

 

 亜里沙を見送った絵里と悠はそんなやり取りをする。何というか不思議な感じだ。転校当初はライブの件で仲が険悪だったのに、今ではこう軽口を言えるまでになっている。GWに一緒に稲羽に行ったこともあるのだろうか。

 

「先日は亜里沙がお世話になったそうね。ありがとう」

 

「いや、別にいいさ。元々俺の知り合いが亜里沙もどうかって誘っただけだからな」

 

「そう」

 

 

「「……………………」」

 

 

 それ以上会話は続かなかった。やはりまだそう簡単に打ち解けることはできないようだ。何か話題はないもんかと探していると

 

 

 

「………あなたは何も言わないのね」

 

 

 

「え?」

 

「この間の理事長室でのことよ。私はあの子たちを否定するようなことを言ったのに、あなたは私に対して何も思わないの?」

 

 いきなり絵里本人がそんな話題を振ってきた。彼女の方もあのことを関してはすごく気にしていたらしい。

 

「思うとこがないと言えば嘘になるが、絢瀬の言うことも一理あると思った」

 

「…どうしてそう思うのよ?」

 

「だって、絢瀬は何の根拠もなしにああいうことを言わないって思ったからな」

 

 悠の返答に絵里は無表情に押し黙った。予想していた答えと違ったからなのか、その表情はどこか不機嫌に見える。一体どうしたのかと声を掛けようとすると、絵里は顔を上げて衝撃的なことを告げた。

 

 

 

 

「………私があの子たちのファーストライブの動画を投稿したとしても?」

 

 

 

 

「えっ?」

 

 絵里が告げたことに悠は驚愕した。ずっと気になっていたあのファーストライブの動画を絵里が投稿した?すると、悠の反応を見た絵里はバツが悪そうにこう言った。

 

「勘違いしないで。私はあなたたちに現実を突きつけるために投稿したの。あなたたちがしてることは全部無駄だっていうことを証明するためにね」

 

 そう言うことだったのかと悠は納得する。あの時は絵里とは険悪な状態だったので、そう考えていてもおかしくはなかっただろう。だが、今の穂乃果たちの世の注目度を考えると、絵里の目論見は予想外にも外れた訳だ。

 

 

「まさか、あの子たちの存在が東京だけじゃなく稲羽までにも知れ渡ってるとは思ってなかったわ。雪子さんや菜々子ちゃんたちも絶賛してくれてるようだけど…………私は認めないわ」

 

「何で?」

 

「私にもあるのよ。鳴上くんのように………譲れないものが」

 

 

 絵里の言葉から確固たるものを感じる。本当に譲れないものがあるのか、絵里がちょっとやそっとで揺らぐことはないだろう。しかし、絵里の言葉を聞いた悠は思わずフッと笑みをこぼしてしまった。

 

「何よ?私が何かおかしいこと言った?」

 

 悠が何故か笑みをこぼしているのを見た絵里は一瞬ビクッとなりながらも、その笑みの訳を聞いてみる。すると、

 

 

「いや、絢瀬がこうやって自分の話してくれたから、嬉しいって思って」

 

 

 あのファーストライブの動画の謎が解けたのもあるが、何よりあの絵里がこうやって自分に本音を語ってくれたのが単純に嬉しかったのだ。悠からの意外な返答に絵里は呆然としてしまう。そして、何故かは知らないが、自然と顔が真っ赤になるのを感じた。

 

「な、鳴上くんはまたそう言うことを……ふんっ!あなたが何て言おうと、私は意見を変えるつもりはないわ。大体ね、あなたはいつもいつも」

 

「はい」

 

 悠の発言に対して説教しようとすると、悠から何かを差し出された。見てみると、それはしっかりと折り目がついている折り紙の鶴だった。

 

「折り鶴………?どうして」

 

「なんとなく作ってみた」

 

 絵里は悠の返答に困惑しながらも、差し出された折り鶴を手に取った。そして、

 

 

 

「素敵……何だか、懐かしいわね」

 

 

 

 絵里は悠が折った鶴に感嘆している。何か折り鶴に思い出があるのか、その表情は出会ってから見たことがない心から感動している嬉しそうな表情だった。すると、

 

「わあ!すごい!鶴だ~!これどうしたの?」

 

 別の飲み物を買ってきたらしい亜里沙が悠が折った鶴を見て興奮している。やはり姉妹なのか、こういう心から感激している表情も同じように輝いている。手に持っている飲み物が"おしるこ"と書いてあるのは気にしないでおこう。

 

「俺が作った」

「すご~い!お婆ちゃんが前に作ってくれたのと同じだ」

「お婆ちゃん?」

 

 亜里沙の口から思いもよらぬ言葉が出た。"お婆ちゃん"とは一体?

 

「あ、実は…」

 

「わ、私も久しぶりに折ってみようかしら?」

 

「え?」

 

 絵里は何を思ったのか、亜里沙の言葉を遮るようにそんなことを言って、鞄から余った紙を取り出して鶴を折り始めた。

 

「見てなさい。鳴上くんのより、良い鶴を折ってみせるわ」

 

 意気揚々する絵里だが、豪語した割には色々と戸惑っているように見える。そして

 

「ふふ、出来たわ。ほら」

 

 絵里が折った折り鶴に悠と亜里沙は思わず唖然としてしまった。何というか、悠のものと比べると色々と不格好でしなれた鶴に見える。ハッキリ言うと……

 

 

 

「下手」

 

 

 

「うぐっ……」

「お、お姉ちゃん!」

「ごめん……」

 

 バッサリと斬られた絵里は悔しいと思ったのか、ムキになってまた鞄から紙を取り出してせっせと折り始めた。

 

「……ううっ、私だって本気を出せば…………ほら!」

 

 今度は先ほどよりも形が良いものができた。絵里は普段は見せないドヤ顔でこちらに自信作の鶴を見せるのだが、

 

「はい」

 

 悠は先ほど作ったものより小さい鶴を絵里の手に乗せた。それを見て、絵里は愕然としてしまう。

 

「か……可愛い………鳴上くん、こんなものまで…」

 

「わあ!鳴上さん、すご~い!」

 

「も、もう一回よ!」

 

 その後、何かのスイッチが入った絵里と悠は互いの紙が尽きるまで折り鶴を折り続けた。何というか、いつも毅然としている絵里がこうも負けず嫌いだったとは意外だ。この瞬間、絢瀬絵里の年頃の少女らしい一面を見たのかもしれない。それが少し嬉しかった悠はゴーグルで集中力が上がる誰かほどはいかないが、勢い余って難易度が高いものを作ってしまい、絵里を更に愕然とさせてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「きょ、今日はありがとう………」

 

 お互い紙が尽きたところで打ち止めになり、暗くなってきたのでこれでお開きということになった。

 

「ああ、こちらこそありがとう。絢瀬と亜里沙のお陰で、テスト前の良い息抜きになった」

 

「そう………でも、試験では絶対負けないわ!今度こそ私があなたを抜いて、一番になって見せるわよ!」

 

「臨むところだ」

 

 成り行きとはいえ、あの折り紙対決?は絵里の競争心に火をつけてしまったらしい。でも、絵里の顔に元気が戻ったようなので、それはそれで良かったかもしれない。こうして悠は絵里たちと別れて、真っすぐに家に帰った。しかし、

 

「あっ、絢瀬にあのことを聞くの忘れてたな……」

 

 絵里にあることを聞こうと思ったのだが、折り紙に熱中しすぎてすっかり忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、今日はとても楽しそうだったね」

 

 帰り道、悠からもらった折り鶴を眺めていると、亜里沙がそんなことを聞いてきた。絵里は少し困惑しながらも返答する。

 

「そ、そうね。亜里沙の言う通り、鳴上くんと鶴を折ってて……楽しかったわ」

 

 柄にもなく意地を張って熱くなってしまったが、亜里沙の言う通り、楽しいと感じた。こんな気持ちになったのは久しぶりかもしれない。相手が悠だったからか、変なことを聞いてしまったりもしたが、少し気分が晴れた日だった。すると、亜里沙が唐突にこんなことを聞いてきた。

 

 

「鳴上さんって……お婆ちゃんに似てない?」

 

 

「えっ…………?」

 

「何となくそう思ったの。お姉ちゃんもそう思わない?」

 

「……………そう……かもね…」

 

 亜里沙の言葉に絵里は返答に戸惑ってしまった。認めたくはないが、確かにそうかもしれないと思う自分が居る。悠が折って見せたあの鶴は、絵里が幼い頃に今はロシアにいる祖母が折ってくれたものと似ていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃………

 

 

「うううっ……終わらない」

「……もう辛過ぎにゃ」

「早くこの地獄から解放させて」

 

 テストが間近に迫って最後の根詰めをしている穂乃果・凛・にこは既にグロッキー状態になっている。そんな3人に追い打ちをかけるように、真姫は耳元にこう囁いた。

 

「"常時腹ペコ和菓子屋イーター"」

 

「うっ…」

 

「"核弾頭猫娘"、"夢見るナルシストアイドル"」

 

 

 

「「「絶対やだあぁぁぁぁぁぁ!!」」」

 

 

 

 罰ゲームだけは絶対に受けたくないのか、穂乃果たちの奮闘は続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テスト当日………

 

 

 ついに運命の時がきた。その日、かなり真っ青になっている穂乃果・凛・にこの姿を目撃して、かなり不安になったものだが、勉強を見ていた限りでは余程のことがなければ大丈夫だろう。そんな心配をしながらも、悠は配られた問題に目を通して解答を進めて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、テスト返却日……

 

 

「凛は英語60点だったにゃ!」

 

「私も赤点は一個もなかったわ」

 

 凛とにこは部室に来るなり、意気揚々と解答用紙をみんなに突きつける。2人の言う通り、確かに赤点は回避されている。これで赤点危機組のうち2人は大丈夫な訳だ。

 

「あとは…穂乃果ね」

 

「そうですね…」

 

 皆が一番心配しているのは他ならぬ穂乃果だ。テスト本番で緊張してダメでしたっていう光景が容易に想像できる。果たしてどうだったのかと思っていると、

 

 

 

 

 

ドドドドドドドドドッ!バンッ!!

 

「やったー!穂乃果、赤点回避したよ――!」

 

 

 

 

 

 笑顔で部室に駆け込んできた穂乃果は鞄から数学のテストをみんなに見せる。その点数はなんと63点。赤点を余裕で回避していた。その結果に皆は大歓声を上げた。

 

 

「やったー!!」

「これでラブライブにエントリーできます!」

「大金星だにゃ――!」

 

 

 雛乃から提示された条件をクリアしたことにみんな大喜びだ。あの真姫でさえ、顔には出してないが、密かにガッツポーズを取っていた。何はともあれ、これでラブライブへのエントリーはできることだし、これから一層練習に励むことが出来る。

 

「よーし!今日は練習の後に宴よ――!鳴上~、準備しておきなさい……って、あれ?そう言えば、鳴上はまだ来てないの?」

 

「「「えっ?」」」

 

 よくよく見てみれば、肝心の悠がまだ部室に来ていなかった。余程のことが無い限り、いつも皆より早く来ている悠がいないとは珍しい。一体どうしたのというのか?

 

「何かあったのでしょうか?とりあえず、私ちょっと様子見に行ってきますね」

 

「頼んだわよ」

 

 少し心配になってきたので、海未は悠を探しに部室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠が居るであろう3年生の教室や職員室を探索するも、そこに悠の姿はなかった。一体どこに行ったのだろうとこの他に悠が行きそうな場所を模索する。もしや、屋上にいるのではないかと考えた海未は階段を駆け上がる。そして、屋上まで辿り着き、ドアを開けると、

 

「えっ?」

 

 海未の目に飛び込んできたのは信じがたい光景だった。夏が近づいているのを感じさせる暖かい風が屋上に吹いているが、その光景のせいで海未は激しく動揺してしまい、それを感じることは出来なかった。

 

 

 

 

 

「鳴上…先輩と……副会長?」

 

 

 

 

 

 海未の目の前で、希が悠を強く抱きしめていたのだから。その光景はさながら恋愛映画のワンシーンみたいで、海未は衝撃のあまりに呆然と2人を見ることしかできなかった。

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「悠くんに伝えたいことがあるの」

「興味本位で関わろうとしないでください!」

「エリチの話やろ?」

「これは………」

「もしかしたら犯人は」



「今の鳴上くんたちに必要なんや」



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#41「What you want to do」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

試験が終わったと思ったら、次は航空特殊無線技士の試験……頑張ります。

改めて、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

抱き合っていた希と悠。その真相とは!?それでは本編をどうぞ!


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

 

 

 

 美しいピアノのメロディーと聞き慣れたあの老人の声で悠は目を覚ました。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模した空間【ベルベットルーム】。この部屋の主であるイゴールとその従者であるマーガレットがいるいつも通りの光景があった。

 

「また妹のエリザベスがお世話になったそうですね。あの子に振り回されたせいで災難だったようで。本日はあの子は留守にしておりますが、私があの後きつく言っておきました故、ご心配なされないでください」

 

 何の心配だろうか?確かにアレは災難だったが、これまで体験したケースの中でもまだ軽い方に入るので気にしないでくれと、悠はマーガレットにそう伝えた。すると、その様子を見守っていたイゴールが本題に入ると言わんばかりに口を開いた。

 

 

「本日お呼び出し致しましたのは、お客人に伝えておきたいことがございましてな。どうやら、あなた様方の旅路は新たなる試練が待ち構えているようでございます」

 

 

 試練……またP-1Grand Prixみたいなことが起きるのだろうか。こういう時にイゴールたちからそのようなお告げが来るときは必ず何かが起こる。そう思っていると、マーガレットがペルソナ全書を開いてこう言った。

 

「お客様はまた新たな絆を育まれました。それにより呪いから解放されたアルカナは【太陽】と【節制】。しかし、これらの力を含めてもこの先に待ち受ける困難を乗り越えるのは難しいでしょう」

 

 マーガレットの言葉に悠は眉をひそめてしまう。すると、マーガレットに続くようにイゴールが口を挟んできた。

 

「フフフ……しかし、そう悲観することは御座いません。どんな困難だろうとそれを乗り越えるキッカケはいつも些細なこと。お客人には何か心当たりがおありではないでしょうかな?」

 

 ギョロッとした目でこちらを見るイゴール。相変わらず食えない老人だと悠は思った。その心当たりとは、無いわけではない。だが、それとこれから起こることと何か関係あるのだろうか。その様子を見たイゴールは満足げに笑みをこぼした。

 

 

 

「さあて、あなたがあの者たちとどのようにして試練を乗り越えられるのか……楽しみで御座いますなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テスト返却日……

 

 

 テストの結果を見て、まずまずだと思った悠は鞄を持って教室を出る。向かったのはいつもの部室ではなく屋上だ。何故かというと、昼休みにとある人物に2人っきりで話したいことがあるので、放課後に屋上に来てほしいと言われたからだ。階段を上がって屋上に辿り着くと、その人物は既に屋上でそこから見える景色を儚げに眺めていた。その人物とは……

 

 

「東條、待たせたな」

 

 

「お待ちしとったで、鳴上くん。いきなり呼び出してごめんな」

 

 悠が訪れたのに気づいた希はそう言って温和な微笑みを見せる。その笑みに悠は少し違和感を感じた。何だか今の笑みはいつもの希らしくない気がするのだが、気のせいだろうか。

 

「別に気にしてない。それで、何の用で呼び出したんだ?」

 

 悠はそんなことを思いつつも、希に用件を聞く。

 

 

 

「エリチのことや」

 

 

 

「絢瀬のこと?どういうことだ?」

 

 すると、希はどこからか一枚のタロットカードを取り出して悠にこう言った。

 

「今の鳴上くんたちにはエリチの力が必要やとカードが言ってたんや。元々鳴上くんには別のタイミングで話そうと思ってたんやけど、ちょっと事情が変わったんよ」

 

「事情?」

 

「昨日エリチと理事長先生から聞いたんやけどな、この学校は今度のオープンキャンパスの結果次第で廃校になるらしんよ」

 

 突然告げられたことに悠は驚愕する。一体どういうことなのかと問うと、希は全て話してくれた。もしも、オープンキャンパスに訪れた中学生たちにアンケートを取り、その結果が芳しくなければ、即廃校を決定するということらしい。そんな最悪な状況を改善するため、早速生徒会は対策を考えている真っ最中らしい。これは廃校阻止を目的に活動している悠たちにとっても由々しき事態だ。だが、腑に落ちないことがある。

 

 

(何でそのことが絢瀬のことに繋がるんだ?)

 

 

 確かに廃校のことは悠たちにとっても一大事だし、何とか学校が存続できるように協力したが、何故そのことが絵里のことに関係あるんだろうか。そう疑問に思っていると、希がまた口を開いてきた。

 

「その代わり、ウチも鳴上くんに聞きたいことがあってな、それに答えてもらってもええ?」

 

「聞きたいこと?」

 

 すると、希は離れていた距離を詰めてきた。そして、悠の目を見つめてこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「ウチが聞きたいのはな、P-1Grand Prixについてや」

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、悠の全身に今まで以上の悪寒が走った。それは叔父の堂島にあの連続殺人事件に関わっているのかと追及されたときよりも冷たく感じる。何故希がP-1Grand Prixのことを知っているのか。もしかして、希はあの時にあの予告映像を見たのか。今まで何故追及してこなかったか不明だが、どんなことにしろ、あの事件やペルソナと無関係の希に本当の話をするわけにはいかない。

 

「……どうしてそんなことを俺に聞くんだ?P-1Grand Prixって稲羽で噂になってたやつのことか?アレは俺も陽介から聞いたが、それ以外は何も知らないぞ」

 

 悠は何とか平静を保ってそう返すが無駄だった。希はそんな誤魔化しは通用しないと言わんばかりに顔を近づける。

 

「鳴上くんは知っとるやろ?」

 

 すると、希はポケットから取り出したICレコーダーの再生ボタンを押した。

 

 

 

 

『P-1Grand Prixに巻き込まれた時に悠先輩が……』

『へえ…あの時にお兄ちゃんと何かあったんだね』

『"核弾頭猫娘"………"夢見るナルシストアイドル"』

 

 

 

「!!っ」

 

 

 ICレコーダーに録音されていたのは、何時ぞやの穂乃果たちとの会話だった。その一言一句が間違うことなく再生されている。まさか、あの時に希が近くにいたのか。

 

 

 

「これで言い逃れは出来ないんやない?」

 

 

 いつもの温和な笑顔ではなく、どこか表情を消した顔で迫る希。完全にやられた。まさか叔父の堂島がしてこなかった方法で追及してくるとは。悠はまるで追い詰められる容疑者のような気分を感じた。しかし、一体どうすればいいのか。このまま正直にあの事件のことを告白すべきか、はたまた知らないとシラを切り続けるか。

 

(どうする……)

 

 どちらにしろ、ここまで周到な準備をしてこうしてくるということは、希は絶対に悠を逃がしてくれないだろう。だが、おかしい。何故希はここまでしてP-1Grand Prixのことを知りたがるのか。アレに巻き込まれたのは悠たちであって、()()()()()()はずなのに。すると、

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 

 

 

 

 ある考えに至ったその時、突然また激しい立ち眩みが悠を襲った。この感覚は先日、神田明神で起こったものと同じものだった。不意打ちだったので、悠の表情は苦し気になっていく。

 

 

「な、鳴上くん!どうしたん!?鳴上くん!?

 

 

 希もこんな事態は想定してなかったのか、声色に焦りを感じる。だが、その必死な希の声も段々遠くなっていく。すると、

 

 

 

 

 

 

ー……くんを………いかせ……な…い

 

 

 

 

 

 頭にまたあの声が響いてきた。聞き覚えのあるこの声が聞こえると、立ち眩みに頭痛が加わる。痛い……神田明神で感じた時より痛い。意識は何とか保てそうだが、これ以上続けば倒れてしまう。何とか耐え切ろうと歯を食いしばるが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー……くんを………いかせ……な…い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に声量は上がり、痛みも倍になってきた。あまりの激痛に耐えられなくなり、とうとう意識を手放そうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴上く……悠くん!?

 

 

 

 

 

 

 

 身体が何かに受け止められているのを感じた。すると、今まで感じた激しい頭痛が嘘のように消え、何だか暖かい気持ちに包まれる。うっすらと戻ってきた意識を保って見てみると、自分は誰かに抱きしめられていた。その誰かというのは…

 

 

 

「しっかりして!悠くん!ウチがついてるから……しっかりして……」

 

 

 

 それは希だった。抱き着かれているので顔は見えないが、声色からして悠のことを本気で心配して泣きそうな表情をしているのは分かる。希の抱擁は力強くも安心感があり、まるで母親のような心地よさがある。それにどこか懐かしい安らぎを感じさせた。

 

 

 

(この感じ…懐かしいな………あの時みたいだ………あの時?)

 

 

 

 悠は自分がそう思ったことに違和感を覚えた。これが懐かしいとは、どういうことなのだろうか。それに、希は今自分のことを"悠くん"と呼ばなかっただろうか。まさかと思うが……

 

 

 

 

 

 

「鳴上……先輩……副会長?」

 

 

 

 

 

 

 突然第三者の声が聞こえてきたので、悠と希はバッと離れた。立ち眩みの反動か、少しクラッとして倒れそうになるが、それを堪えて第三者の正体を確かめる。そこにいたのは

 

「そ、園田?」

 

 そこには直立不動になっている海未の姿があった。今の希が悠を抱きしめているところを見たのか、海未は目の焦点が合っていないように見える。

 

 

「い、今のは……どういうことですか……先輩」

 

 

 今の光景が余程衝撃的だったのか、海未の声が震えている。何か色々とまずい予感がしたので、悠は一旦落ち着いて状況を説明しようが、それは希によって遮られた。

 

「ごめんな…鳴上くん………さっきの話は忘れて……それと、エリチのこと、よろしく頼むわ」

 

 希は悲し気な表情でそう言うと、手に持った何かを悠に渡してそそくさと屋上を去っていった。去り際に海未にごめんなと呟いて。希が屋上から去った後、悠は希からもらったものを確認するため、手の中を見てみた。

 

「これは……USB?」

 

 手に入っていたのは紫色のUSBだった。おそらく希が悠に渡したかったものだろう。一体、何が入っているのだろうか。とりあえず、一旦部室に戻ったらこの中身を見てみよう。だが、その前に

 

 

「園田に状況を説明するのが先だな」

 

 

 未だに放心状態になっている海未に先ほどまでの状況を説明しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<アイドル研究部室>

 

 何とか海未に状況を理解してもらった。海未は勘違いして申し訳ないと謝っていたが、それは仕方のないことだと言うしかなかった。部室に戻ると、待っていた穂乃果たちに遅いと怒られてしまった。皆に事情を説明しようとすると、部室に知らない女子生徒が居るのに気づいた。

 

「あの、君は?」

 

「は、はい……私は生徒会の者なのですが……」

 

 これは驚いた。まさか絵里や希以外の生徒会役員がここを訪ねてくるとは。どうやら海未が悠を探しに行ったのと入れ違いで訪れたらしいので、海未も驚いていた。

 

「何か私たちに話があってきたらしいわよ。オープンキャンパスのことで」

 

「オープンキャンパス?」

 

 にこから話を聞いて、これはまたタイムリーな話だと悠は思った。先ほど希からオープンキャンパスの結果が悪ければ廃校が決定すると聞いたばかりなので、このタイミングの良さに驚いてしまう。どうやら詳しい話をしようとしたところに悠と海未が戻ってきたらしい。詳しい話を聞こうと、悠は女子生徒に話を続けてくれとお願いする。女子生徒は少し戸惑いながらも、その本題の旨を話した。

 

「実は、オープンキャンパスで予定しているイベントでμ‘sの皆さんにライブをお願いしたいって生徒会で話が出てるんです」

 

「え?」

 

 オープンキャンパスでのアンケートの結果次第で音ノ木坂学院が廃校になるか決まる。そんな窮地の事態を脱するため、生徒会は試験が終わって早々にその対策を練るために会議を続けていた。その中で、中学生たちの目を引く楽しいイベントをするということにし、そのイベントの内容は最近注目を集めている音ノ木坂学院のスクールアイドル【μ‘s】のライブが良いのではないかという案が出たらしい。

 

「わ、私は皆さんにやってほしいと思ってます!だって、μ‘sのパフォーマンスを見てると元気が出るというか、楽しいと感じられるんです。これは絶対中学生たちの心にも響きますよ!」

 

 どうやら彼女が発案者のようだ。女子生徒の熱い言葉に穂乃果たちは嬉しくなる。話を聞く限り、これまでのμ‘sの活躍から生徒会役員の大半はオープンキャンパスでライブをやってもらうことは賛成らしい。だが、

 

「でも、依然として会長はこの案に難色を示しているのですが……」

 

「なるほどな」

 

 どうやら絵里はμ‘sのライブには納得が言ってないらしい。そのことに穂乃果とことり、凛を除く一同は一層表情が険しくなる。まだ自分たちの邪魔をするのかと思っているのだろう。しかし、この話は過半数が賛成しているので、μ‘sからOKを貰えれば企画として通せるらしい。出来れば早く返事が欲しいと言って、女子生徒は部室から退室した。

 

「何かとんでもないことになってきたな」

 

「ええ…平たく言えば、私たちのライブに学校の存続がかかっているようなものですからね」

 

 事の大きさに悠と海未はそんな言葉を漏らしてしまう。試験という試練を乗り越えた後にこのような事態になるとは何ともヘビー過ぎる。しかし、

 

「でも、オープンキャンパスでのライブが上手く行けば、廃校にならないんだよね!やってみる価値はあるよ!」

 

 どうやら穂乃果は結構やる気らしい。それにつられて、花陽や凛、にこも前向きな姿勢を見せる。やはりこういう時、穂乃果の元気なところは色んな意味で助かる。穂乃果たちは早速オープンキャンパスに向けて練習と屋上に向かおうとする。

 

「ほら、悠先輩も早く行こうよ!」

 

「先に行っててくれ。ちょっと確認したいことがある」

 

 その前に確認したことが悠にはあった。希からもらったUSBの中身である。早速パソコンを開いて希のUSBの中身を開いた。穂乃果たちもそれが気になったのか、屋上にいくのを止めてパソコンの周りに集まってくる。USBの中には"着火剤"と名の付いたファイルがあって、そこに動画データが一つあった。どういう意味か分からなかったが、その動画を開いてみた。すると、

 

 

 

「これは………」

 

 

 

 映像にはどこかの会場で一人の幼い少女が優雅に踊っている姿があった。流れてくるクラシック音楽やその少女の衣装から見るに、踊っているのはバレエだろう。その優雅さや可憐さ、何よりどこか心を強く打たれる演技力に悠のみならず、その場で一緒にこの動画を見ている穂乃果たちも感動してしまった。何より、この少女が楽しそうに踊っている表情が物語っている。自分はバレエが大好きだと。だからこそ、その楽しさや素晴らしさが受け手の悠たちにも伝わってくる。

 

 

「………絢瀬なのか?」

 

 

 その少女の姿はどこか見たことある。金髪碧眼にスラッとしたスタイル。これは間違いなく幼い頃の絵里だった。

 

「これが……生徒会長?」

「あの人、バレエやってたんだ」

「意外……」

「わあ、すご~い!」

「レベル高………」

 

 穂乃果たちがここまで魅了されているとは。同じクラシック音楽を嗜んでいる真姫からしても相当レベルが高いらしい。思わず幼い絵里の演技に見入っていると、悠はあることに気づいた。

 

「そうか、だからか」

 

 あの時、絵里がスクールアイドルなんて皆ド素人だと堂々と発言した理由が今分かった気がする。自分がそういう世界に居たからこそ、スクールアイドルが素人に見えると言ったのだ。この動画を見れば、そう言い放ったことに説明がつく。

 

 

「東條が言っていた絢瀬が必要になるって、そういうことか……」

 

 

 間違いない。絵里は自分たちに足りないものを持っている。希はそれを伝えたかったのだ。もし先へ進みたいのであれば、絵里の力は必要だということ。すると、絵里のバレエの動画を見た穂乃果がこう呟いた。

 

 

「ねえ、生徒会長にダンス教えてもらうってどうかな?」

 

 

 穂乃果の言葉に一同は驚愕する。一部の者はあり得ないと言いたそうな表情をしていた。それもそうだ。何せ先日自分たちを素人などと貶した人物に教えを乞うということなのだから。穂乃果の言葉に、他のメンバーは猛反発する。

 

「何言ってんのよ!あいつは私たちを嫌ってるのよ!そんなの無理に決まってるじゃない!」

 

「私も反対よ。あの人のことだから、私たちを潰しかかるかもしれないわ」

 

「何というか…あの人、怖いですし。私は楽しくやる方が良いかなって思います」

 

「凛も楽しい方が良いにゃ」

 

 流石に猛反発されるとは思っていなかったのか、穂乃果はにこたちの反論に慄いてしまう。ことりもどうリアクションを取って良いか分からず困惑していた。

 

「でもでも、あの動画見て、会長がダンス上手いってことは分かったでしょ。上手い人に習うっていうのは悪いことじゃないんじゃない?」

 

「それはそうだけど……」

 

 穂乃果の指摘したことは的を得ているが、どうも絵里にダンスを習うこと自体に抵抗があるらしい。

 

「………………」

 

 肝心の海未もずっと黙ったままだった。どうやら海未はあの動画を見て色々思うところがあるのか、そう簡単に決められないようだ。穂乃果がすがるようにこちらを見つめてくる。きっと自分と同じ考えだから悠も賛成してくれると穂乃果は思っているのだろう。確かに、絵里にダンスを教えてもらうことには賛成だが、それでは根本的な解決にはならない。

 この方法はあまり使いたくないが……穂乃果たちのためなら仕方ないだろう。悠はある覚悟を決めて、皆に向けてこう言い放った。

 

 

 

 

「お前たちの気概はそんなものなのか?」

 

 

 

 

 いつもとは違う冷たい声色に一同はビクッと震えてしまう。それは試験期間に罰ゲームを提案したときとは違う、本気で怒っているものだったからだ。

 

「せ、先輩……それはどういう……」

 

「お前たちの気概は絢瀬が怖いからと言って、教わるのを躊躇うようなものだったのかと聞いてるんだ」

 

「ちょっ!悠先輩、そんな言い方は」

 

 穂乃果も悠がこう言うことは予想外だったのか慌てて止めにかかる。今から言おうとしていることは、もしかしたら穂乃果たちの心を折るかもしれない。そうなったら、今後悠は彼女たちに最低な先輩として見られるだろう。だが、それでも前に進むにはこれしかないと、悠は止まることなく言葉を紡いだ。

 

 

「これからスクールアイドルを続けて行く度に、絢瀬のように考える人も出てくるかもしれない。その人たちを感動させる演技をするには、厳しいことを言われても、どんなことをしても負けずに努力し続ける気概が必要だ。今のお前たちの言葉からはそんなものは感じられない。そんなことで、このままスクールアイドルを続ける意味があるのか」

 

 

 悠の言葉がμ‘s全員の心に押しかかる。言い返そうにも言い返せない。今の悠の言葉を今の穂乃果たちにとって的を得ていたからだ。押し黙る穂乃果たちに悠は心の中で罪悪感にさいなまれながらも、トドメの一撃を放った。

 

「全員、一晩考えろ。このままの気概でスクールアイドルを続けるのか、絢瀬に頭を下げてもダンスを教えてもらうのか」

 

 悠はそう言い残すと、鞄を持って部室から出て行った。残された穂乃果たちはそのまま黙り込んだままだった。部室から出て行った悠も後悔で心が押しつぶされそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鳴上宅>

 

 家に戻ると、悠はすぐに鞄をソファに放り出して、ブレザーも床に脱ぎ捨てたままベッドで泥のように寝込んでしまった。今までの疲れがドッと出たのか睡魔に負けてしまいそうになるが、穂乃果たちにキツイことを言ってしまったとまた後悔する。

 

 

(何やってるんだ、俺は……今はそれどころじゃないって言うのに……)

 

 

 自分も何が正解なのか分からないくせに偉そうに自分の意見だけ言ってしまって、これでは先輩失格だ。明日どのようにして穂乃果たちに会えばいいのか。自責の念に駆られて油断していると、眠気がドッと押し寄せてきたので、悠は深い眠りについてしまった。出来れば今日はずっとこのままでいたいと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

 気が付けば、悠はボロボロの状態で教室の中心に倒れていた。ここはおそらくあの過去夢だろう。一体何が起こってこのような状態になっているのか分からないが、一応起き上がろうと試みる。だが、その時全身に痛みを感じた。見てみると、体中が痛い。まるで殴られたり、蹴られたりしたように。今の自分にはちょうどいい痛みだなと思っていると、

 

 

 

「悠くん!!」

 

 

 

 その瞬間、誰かに正面から抱き着かれた。あまりに突然のことで言葉が出なかったが、この声はおそらくあの少女だ。そして、抱き着いた少女はそのまま嗚咽するように泣き始める。

 

 

「悠くんのバカっ!すごく心配したんだよ!悠くんが殴られて……死んじゃうかもしれないって」

 

 

 殴られて……そう言われて、悠はふっと降りてきたように思いだした。

 

 あの少女が容疑者とされた窃盗事件は蓋を開けると、実は少女を犯人だと証言したと女子が引き起こしたものだった。その目的は悠とその少女の仲を引き裂くこと。その少女は密かに悠に想いを寄せていて、お近づきになりたいと思っていたが、転校初日からいつも悠と仲良くしているあの少女が憎らしく感じ、少女を嵌めようと狡猾に事件を起こしたらしい。

 そして、まんまと自分の証言を信じたクラスメートが少女を犯人と疑い始め、これで2人の仲を引き裂くことに成功した。そう思った矢先、予想外にも悠がその少女を必死に庇ったのだ。これにはとても焦ったものだが、更に悪いことに悠に間違いを指摘されて激昂した男子が悠に暴力を振るい始めた。目論見が失敗した上に、目的の人物を傷つけることとなってしまい、罪悪感に負けて自供したということだ。

 

 なるほど、妙に全身に痛みを感じたのはそのせいらしい。しかし、どんなことにしろ彼女の容疑は晴れたのだ。それは喜ばしいことだろう。悠は少女を心配させまいと、強がりにも優しい言葉をかけた。

 

「放っておけないって、思ったから………でも、無事でよかった」

 

 だが、少女はその言葉を否定するように普段からは想像できない大きな声でこう言った。

 

 

「ダメだよ!悠くんが傷ついたら、私はもっと嫌だよ……何でそんなことが分かんないの………」

 

 

 少女の独白は悠の心に刻みつくのに十分だった。大切ならそれを助けるだけでなく、自分も助からなければならない。それはここでも今でも、悠は全く身に染みていなかったようだ。稲羽ではあれほどのことがあったにも関わらず、昔でも変わらなかったのかと痛感させる。その時、少女は抱き着くのを止めて、悠と向き合うように目を合わせた。そして、

 

 

 

 

「……ありがとう、悠くん。私を助けてくれて…」

 

 

 

 

 その言葉を聞いた途端、意識が遠くなった。ただ、意識を失う直前に目に入ったのは、見覚えのある引き寄せられそうな大きな瞳に、艶のかかった美しい長い髪だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………

 

 

 また良いところでと思いながらも悠は目を覚ました。もう少しで何か思い出せそうだったのに。時計を見ると、もう時刻は20:00を過ぎていた。帰宅したのは18:00ぐらいだったので、熟睡にしては短い。また寝こみを決めようと思ったが空腹も感じてきた。そう言えば、昨日冷蔵庫に何もなかったので夕飯はどうしようか。そう思いながら部屋を出てリビングに向かうと、

 

 

 

 

「あっ!悠先輩、起きたー!」

「お邪魔してます、鳴上先輩」

「お邪魔してます……」

「おはようにゃ~!」

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 リビングには悠が起きるのを待っていたかのように、穂乃果と海未、凛と真姫がテーブルに座っていた。更には、

 

 

「ちょっと!アレはもう完成してるの?」

「もう少しです」

「は、早いです~!」

「チンタラしない!料理はスピードが命よ!って、あ……」

 

 

 台所ではことりと花陽、にこが料理をしていた。匂いや具材から察するに作っているのはチャーハンに餃子だろう。って、そう言ってる場合じゃない。

 

 

「何で、みんな俺の家にいるんだ?」

 

 

 ことりが家のカギを持っているのは知っているので、家に入れること自体に疑問はないが、あんなことを言ってしまった悠のところに来たのか。穂乃果たちはしどろもどろになりながらも理由を説明した。

 

 

「いや~……あの後、みんなで下校時間まで話し合ったの。悠先輩が言ってたこと」

 

「みんなで意見をぶつけ合って、鳴上先輩が伝えたかったことを考えました」

 

「鳴上さんに早く伝えようと思って、お邪魔したんだけど……」

 

「先輩が辛そうに寝ていたにゃ」

 

「それで、アンタが起きるまでご飯作っておこうって思ったわけ。どうせ私たちにあんなこと言ったからって、自暴自棄になってご飯食べてないかと思ったら、案の定だったわね」

 

「家もすごく散らかっていたので、お掃除もしておきました。先輩も辛かったんだなって思うと……本当に申し訳なくなって」

 

 悠は穂乃果たちの言葉を聞いて、思わず涙腺が緩みそうになる。そして、自分は浅はかだったということを痛感した。自分にはこう思いやりのある仲間たちがいるのに、どうしてそんな皆を信じてやれなかったのか。

 

 

「とりあえず座りなさいよ。お腹減ってるんでしょ」

 

 

 にこは無理やり悠をテーブルにつかせる。それと同時に、ことりと花陽が手にチャーハンと餃子を持ってきてくれた。

 

 

「はい、お兄ちゃん。ことりとにこ先輩と花陽ちゃんが作ったチャーハンと餃子だよ」

 

「これ食べて元気出してくださいね」

 

 

 悠は手渡されたレンゲを受け取ると、おずおずとチャーハンを掬って口に入れる。

 

「うまい……」

 

 あまりの美味しさに思わずチャーハンを口に掻きこんでしまう。思えば、他人が作った料理を食べるのは随分久しぶりのような気がする。これを悠のためににこたちが作ってくれたのだと思うと自然と心が温かくなる。それを感じたのか、視界が急に濡れたように曇り始めた。そして、

 

 

 

「みんな……ありがとう。俺のために……」

 

 

 

 悠は涙を流しながら穂乃果たちに頭を下げてお礼を言った。悠の姿に、にこたちは慌ててしまう。普段見ない悠の姿に驚いてしまうが、それと同時に悠が心から感謝していることを感じたので、いつもと立場が逆転しているようでこそばゆい。

 

 

「何よ今更……アンタにはあの世界やGWに助けてもらったり、色々世話になってるし………これくらいは当然のことよ」

 

「そうですよ。いつも先輩には美味しいご飯をご馳走してもらってますし、それに……自分たちが作った料理を美味しいって言ってくれて嬉しいです」

 

 

 そっぽを向きながら照れるにこと嬉しそうにはにかむ花陽。そして、ことりのいつもの笑顔を見て、悠は涙を拭いて残りのチャーハンと餃子を平らげる。悠が食べ終わったのを見ると、穂乃果たちは悠の向かい側に座ってこう言った。

 

 

「悠先輩、ありがとう。穂乃果たちのために怒ってくれて。だから、穂乃果たちは決めたよ。これからどうして行きたいのか」

 

 

 彼女たちの目から真剣さを感じる。これはもう覚悟を決めた者たちの目だった。あれから悠に言われたことを一生懸命話し合ったのだろう。それを感じ取った悠はレンゲを置いて、話を聞く態勢に入った。

 

 

 

「聞こうか」

 

 

 

 穂乃果たちが出した答えは、悠の予想通り、そして穂乃果たちとの絆を再確認できた答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

<生徒会室>

 

 放課後、昨日の悠の問いに対する答えを出した穂乃果たちは早速生徒会室へと足を運んだ。

 

「し、失礼します」

 

 意を決した穂乃果たちはドアをノックして生徒会室に入る。そこには何か話し合いをしていたらしい絵里と希の姿があった。穂乃果たちの登場に絵里は怪訝な表情になる。

 

「あなたたち……何の用なの?」

 

 絵里の冷たい声に一瞬ビクッと怯えてしまったが、穂乃果たちは気を取り直して、絵里に告げる。

 

 

 

 

「会長……いえ、絵里先輩!お願いです!私たちにダンスを教えてください!」

 

 

 

「「「「お願いします!!」」」

 

 

 

 穂乃果がそう言って頭を下げると、後ろに控えていた海未たちも頭を下げる。大勢に頭を下げられて流石の絵里も慌ててしまう。それに、人に頭を下げるようなことをしなさそうなにこまで頭を下げているので、これには希も驚いていた。

 

「か、顔を上げなさい!あなたたち、どういうつもり?」

 

 絵里の疑問に穂乃果は頭を下げながらも答えた。

 

 

「私たち、もっと上手くなりたいんです!もっと人に感動してもらえるように。誰かの支えになるような演技をするために。そのためには、会長にダンスを教えてもらいたいんです!お願いします!!」

 

 

 穂乃果たちの本気の言葉に絵里は胸を打ち抜かれたような気分になった。どこで自分がバレエをやっていたかを聞いたのかは分からないが、仮にも自分は先日彼女たちに傷つけるようなことを言ったのだ。それにも関わらず、そんな自分にダンスを教えてほしいとは。

 

 ふと絵里は穂乃果たちの一歩後ろで一緒に頭を下げる悠を盗み見る。きっと彼女たちを焚きつけたのは彼だろう。でも、そうだとしても彼女たちが本気で頼んでいるのは嘘ではない。きっと自らで考えて出した結論なのだ。しばらく彼女たちを見つめた絵里は意を決したように頷いて、返答した。

 

 

 

 

「分かったわ。そこまで言うなら、あなたたちのダンスの指導係を引き受けます」

 

 

 

 

 絵里の返事に穂乃果たちは嬉しそうに歓声を上げた。だが、浮かれるなと言わんばかりに絵里は皆を叱責する。

 

 

「ただし、私は鳴上くんのように手を抜かないわよ。まずは私が納得するようなレベルまで達してもらうわ。オープンキャンパスまで時間もないし、覚悟はいいわね!」

 

 

「「「はいっ!」」」

 

 

 こうして絵里は穂乃果たちのダンスを指導することになった。その様子を見守っていた希はやっと絵里が素直になってくれて嬉しそうであり、どこか寂しそうな表情になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<屋上>

 

 時間が勿体ないと言って早速μ‘sの練習を見に来た絵里。だが、

 

 

「全然ダメじゃない!こんなのでよくこれまでやってこれたわね」

 

 

 早速ダメ出し。開始から1分も経ってないところで怒られてしまったので、これには穂乃果たちも早々に意気消沈してしまいそうになる。一体何がいけないのだろうか。

 

「あなた達は基礎がなってないわ!鳴上くん、あなたはこの子たちに何を教えていたの!?」

 

「ええっと……ずっとランニングとか、りせから貰った練習メニューでやっていたんだけど」

 

「そのメニューを見せなさい」

 

 絵里は悠から練習メニューが書いてあるひったくると、それを見て険しい表情を浮かべた。そして、悠にそれを突き返すと近くにいた凛を指名して、地面で開脚させる。あれはもしや開脚ストレッチか。

 

「ぐぎゃあ!痛いにゃ~~!!」

 

 凛は身体が固いのか、絵里が押した所から数センチのところで止まってしまった。

 

「こんな身体が固いようじゃ駄目よ!せめてこの状態からお腹が地面につくようになりなさい」

 

「「「えええっ!!」」」

 

「柔軟性は全てのことに繋がるわ。全員ここまでのことをこなしなさい。このままじゃ、本番は一か八かの賭けになるわよ!」

 

「は、はい!」

 

 だが、凛のみならず、皆も開脚ストレッチが絵里の求めるところまで達するのにてこずっていた。その後も絵里による猛特訓は続いていく。

 

 

 

 

「このくらい出来て当たり前!!」

 

「何で出来ないの!!」

 

「あと10分間その状態を保ちなさい!!」

 

「もうワンセット行くわよ!!」

 

 

 

 

 先ほどの開脚ストレッチの次はバランス感覚を鍛える特訓、腹筋・背筋・腕立ての筋トレを10セットなど、今までやったことがないハードな練習を強いられるμ‘sメンバー。あまりのきつさに穂乃果たちは悲鳴を上げそうになる。更には……

 

 

「俺もか……」

 

 

 何故か悠までも練習を強いられていた。絵里曰く例えメンバーでなくても教える立場も教えられるようにできなければならないということ。だが、そう言いつつも悠は穂乃果たちみたいにバテずに淡々と練習をこなしていった。

 

「鳴上くん……こんなメニューをよくこなせるわね」

 

「まあ、バスケ部でこれくらいのことはしてたし、里中の修行に付き合ってたからな」

 

「……………」

 

 忘れていた。この男はバスケ部に所属していたのみならず、あのカンフー少女の特訓にも付き合っていたのだ。千枝が悠はとても良い修行相手だったと言っていたのを思い出す。しかし、悠がそうであっても穂乃果たちにとってハードなことは変わりない。そして、

 

 

「きゃあっ!」

 

「かよちん!」

 

 

 ついにリタイアする者が出てしまった。倒れてしまったのは少し体力が劣る花陽だった。本人は大丈夫だと言い張るが、顔色からしてこのまま続けたらケガに繋がってしまう。その様子を見た絵里はふうと息を吐いてこう言った。

 

「もういい。今日はここまでね」

 

「「ええっ!」」

 

 突然練習を打ち切られて、穂乃果たちは驚愕する。まだ下校時間まで時間があるというのにどういうことなのだろうか。

 

「ちょっとどういうことよ!」

「まだ時間はあるでしょ!」

 

 にこと真姫は納得できないのか絵里に反論する。絵里は2人の反論に眉を顰めるも涼し気な表情で説明する。

 

「闇雲に続けても意味がないわ。私はそう判断したまでよ」

 

 悔しそうに絵里の言葉を受け入れる一同。この場合は絵里の方が正しいと悠は思った。このままの状態で続けても、ケガに繋がるだけだろう。

 

「少しは自分たちの実力が分かったでしょ。次のオープンキャンパスには学校の存続がかかってる。つまり、今まであなたたちがやってきた甘ったれたものと違うってことよ。その自覚はあるのかしら?」

 

 絵里の厳しい言葉に穂乃果たちは俯いてしまう。似たようなことを昨日悠に指摘されたばかりだが、改めて言われると分かっていても辛く感じてしまう。

 

 

「こんなので"人を感動させたい"だなんてお笑い種ね。もし無理って感じたなら早く言って。私も生徒会の仕事があるし、時間の無駄だから」

 

 

 現実を突きつけるように厳しく言い放った絵里はそのまま立ち去ろうとする。これくらい言えば、今の自分たちの立場が分かるだろう。だが、

 

 

「ま、待ってください!」

 

 

 ドアに手を掛けようとしたところで穂乃果に呼び止められた。まだ文句があるのかと振り返ると、穂乃果たちは立ち上がって一列に並んでいた。そして、

 

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

 

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 何と穂乃果たちは自分に頭を下げてお礼を言った。絵里は穂乃果たちの行動に驚きを感じられなかった。何故ここまで打ちのめされても、そんなことが言えるのだろう。何故こんな嫌われてもおかしくないことを言った自分にありがとうと言えるのだろう。

 

 

「明日もよろしくお願いします、絵里先輩!」

 

 

 顔を上げてそう言った穂乃果たちの目には絵里に対する嫌悪や悪意は感じられない。彼女たちからは尊敬の念しか感じられなかった。それに驚いた絵里は穂乃果たちに返答することなく、その場を去ってしまった。自分の中に渦巻く複雑な感情を抱いたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから休憩を取ってから、各自無理のないように柔軟や筋トレなど自分に足りないものを練習していく。体調管理のため下校時間ギリギリまではやらなかったが、それでも有意義な練習ができた。とにかく明日も厳しい練習が待っているが、絵里に認められるように頑張ろうと一致団結して、今日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、下校時間。

 

 

 絵里に課せられたメニューがハード過ぎたので、明日は筋肉痛などでもっと辛くなるだろう。そう思って、穂乃果たちのために湿布を買っておこうと近くのドラッグストアに買いに出た悠。昨日はことりにご飯を作ってもらったので、今日は自分が作るとスーパーに買い出しにも行った。さて、今日はアレを作ろうかと思ってスーパーから出ると、

 

 

「絢瀬」

「鳴上くん………」

 

 

 スーパーを出る際、偶然にも絵里に遭遇した。手に持っているエコバッグからして、絵里も買い物に来ていたらしい。少しの沈黙の後、悠はまた明日とその場を去ろうとするが、

 

 

「待って。聞きたいことがあるの」

 

 

 絵里にそう呼び止められて立ち止まる。振り返ると、絵里は何か迷っているような表情をしていた。

 

「あの後、あの子たちはどうしたの?」

 

「休息を取ってから、絢瀬から言われてたことを復習してた。明日はもっと頑張るって意気込んでたな。多分あの調子だと明日は筋肉痛だろうから、湿布を買っておいた」

 

「……………あの子たちは…何であそこまでしてできるの?またあんなことをやるのよ。また私が厳しくするのよ。上手くなるかも保証はないのに、どうして………」

 

 悠の返答に暗い声色でそう問いかける絵里。そんな絵里の様子が悠には昨日の自分と重なって見えた。どうやら絵里も絵里で自分が示したことが正しいのか分からないようだ。絵里が求める答えになるか分からないが、少しでも絵里の助けになればと、悠は絵里に語りだした。

 

「去年、俺が稲羽に居た時、吹奏楽部の松永が言ってたんだ。"誰かの支えになる音楽を奏でたい"って」

 

 悠はそう言って去年出会った【松永綾音】のことを絵里に話し始める。

 八十神高校の吹奏楽部のトロンボーン奏者の松永綾音。出会った当初、彼女の腕はお世辞にも上手とは言えなかった。それは本人も自覚しており、それでも綾音は人知れずに下校時間まで練習を頑張っていた。それはGWで再会したあの時でも続いている。何故そこまでしてやるのか。それは自分が欲しいもの…"誰かの支えになる音楽を奏でたい"という夢をかなえるために。

 

 

「松永の想いと今の穂乃果たちの想いは一緒だ。叶えたいもの、目標があるから頑張れるんだと思う」

 

 

 悠の話を聞いた絵里は呆然としたままでいた。だが、その表情は納得がいかないと言いたげな感じだった。

 

「そんなこと………そんなことで……」

 

「絢瀬だって、本当は穂乃果たちみたいに叶えたいことがあるんじゃないか?」

 

「!!っ」

 

 悠の指摘に絵里を図星を突かれたように黙り込んだ。そう言うと、悠は絵里にいつか誰かに言った言葉を掛けた。

 

「絢瀬、自分の気持ちに嘘をつかない方がいい。じゃないと」

 

 

 

 

 

「あなたに何が分かるのよ!」

 

 

 

 

 突如、絵里は急変したように怒鳴り散らした。あまりの剣幕に悠は慄いてしまう。

 

 

「私の気持ちなんて分かるはずない!あなたも、他の人と一緒……」

 

 

 絵里は悠にそう言い捨てると、走ってその場を去っていった。悠は追いかけようとしたが、既に絵里は見えない場所まで走っていたので追いかけることは不可能だった。一体何が絵里の気に障ったのだろか。周りの人たちは今の様子を見て、喧嘩別れしたカップルだとチラチラこちらを見ているが気のせいだろう。

 だが、問題はそれではない。悠はこの時、嫌な予感を感じていた。不気味なほど似ているのだ。去年の連続殺人事件を追っている際、()()()()()()()()()()()に。

 

 

 

 

 

(まさかな……)

 

 

 

 

 

 とは言え、対策しようにも今の絵里に自分が何を言っても無駄だろう。一応、この前に連絡先を交換した亜里沙に今日は絵里をテレビに近づけないでくれと注意喚起をしておいた。あまりに不自然と思われたが、去年みたいにやらないよりマシだ。亜里沙に連絡し終えた後、ふと背後から視線を感じた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鳴上宅>

 

 

 

 その夜……嫌な予感が当たらないようにと祈りながら、久しぶりにマヨナカテレビをチェックする。横には、お兄ちゃんが心配だからと泊まりに来ていることりも一緒だ。きっと杞憂だから大丈夫だとことりは言ってくれているのだが、どうも落ち着かない。そして、時刻が午前0時を過ぎたとき、

 

 

 

 

 

 悠のその予感は的中することとなった。

 

 

 

 

 

 

「なっ!?そんな……」

 

「マヨナカテレビが…………映った」

 

 

 

 

 

 GW以来に映ったマヨナカテレビ。アレはイレギュラーなものだったので、このように1人の人物が映ったのは久しぶりだ。ぼやけているが、画面に映るその人物は予想通りの人物だった。

 

 

 

 

「絢瀬………」

 

 

 

 

 まさか、嫌な予感が的中してしまうとは。悠はおもわぬ事態に更に冷や汗が出てしまう。しかし、まだ映像がぼやけているということは、まだ絵里はテレビの中に入っていない。すぐさま悠は絵里の安否を確認するために、亜里沙に電話を掛ける。電話を掛けて数コールで亜里沙に繋がった。

 

 

「もしもし、亜里沙か」

 

『な、鳴上さん!ど、どうしたの?こんな夜中に……もしかして、私に』

 

「亜里沙、今すぐお姉ちゃんに代わってくれ。話したいことがあるんだ」

 

『は、はい……』

 

 

 悠の言葉にしょんぼりした様子だったので、悠は少し罪悪感を感じるがいまは状況が状況だ。横ではことりが何故絵里の妹の電話番号を知っているのかと言いたげにムスっとしているが、それも後だ。

 

 

『お姉ちゃ~ん、鳴上さんが……て、あれっ?……………あれ?』

 

「どうしたんだ?亜里沙」

 

 

 そして、亜里沙は悠に嫌な予感を的中させることを告げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

『あ、あの……お姉ちゃんが…家に居ないの。どこに行ったのかな?』

 

 

 

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「まさか、あの人が……」

「必ず助けるぞ」

「お姉ちゃん、どこに行ったの?」

「俺に用事ってなんですか?」



「あなたが鳴上くんかい?」



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#42「Key memories」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

マヨナカテレビに映って失踪した絵里。果たして……それでは本編をどうぞ!


~翌日~

 

 

<アイドル研究部室>

 

 

 マヨナカテレビが映った翌日、その知らせを受けたμ‘sたちは放課後、部室に集まって捜査会議を開いていた。ただ、今回はいつもと違って穂乃果たちは気分が沈んでおり、部室内には重苦しい雰囲気に包まれていた。それはそのはず、

 

 

「……絵里先輩がマヨナカテレビに映ったなんて……」

 

 

 なんせ今回の被害者は何と言っても絵里なのだ。これからいい関係が築けるかもしれなかったというのに、その矢先に失踪。皆が落ち込むのも無理はなかった。

 

「で、でも……悠先輩とことりちゃんが見たのって何かの見間違いで…絵里先輩は本当は風邪とかで学校休んでたり」

 

「残念ながら、それはない」

 

「うん……ちゃんと、絵里先輩の妹さんから聞いたからね…」

 

 穂乃果の言葉に悠とことりは淡々とそう斬り返した。学校を休んでいるならそう考えることもできるが、妹の亜里沙からちゃんと電話で聞いたのだ。それに、学校の鞄はおろか、いつも履いている靴なども置かれたままだったらしい。これまでの例のように、テレビの中に入れられたということは明白だった。すると、

 

 

「そう言えばお兄ちゃん、絵里先輩の妹さんと知り合いだったなんて昨日初めて聞いたんだけど、どうやって知り合ったの?」

 

 

 亜里沙の話題に触れた途端、昨日の疑問が蘇ったのか、ことりがジト目でそう尋ねてきた。それを聞いた海未たちも同じようなことを考えたのか、悠に疑惑の目を向けてきた。

 

「いや、前に雪穂とスリの濡れ衣着せられてた所を直斗と一緒に助けたことがあって、それで知り合ったんだけど……そこまで言うほどのことじゃ」

 

「電話の様子だと、あっちはお兄ちゃんに()()()()懐いてたみたいだけど?それはどう説明するのかな?それに………ことりより先に冤罪から助けてもらったなんてズルい…」

 

 ことりの指摘に皆の目が一層疑惑に満ちてく。毎度思うが、何故この話題が出ると、どこぞの変態軍師みたいにそのような疑惑を掛けられるのか。悠には未だに理解できなかった。

 

「にこ先輩の時から思ってたんですが……やっぱり先輩はロリコンなんじゃ……」

 

「待て、何でそうなるんだ。今はそんなことを追求してる場合じゃないだろ。それに、俺はロリコンじゃない。フェミニストだ」

 

「そうだよ!みんな悠先輩にそんなこと言っちゃダメだよ。悠先輩はフェミニストだよ、年下に優しいだけの」

 

「それ、フォローのつもりですか?」

 

「てか、私はロリじゃないって言ってんでしょうが!」

 

 焦る悠に穂乃果は何とかフォローしようとするが、不発に終わってしまった。それにより、段々海未たちの目が鋭くなっていく。このままでは話が前へ進まないと思ったその時、

 

 

 

「ちょっと!今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!どんなことにしろ、また事件が起きたの!あの人が失踪したの!私たちがしっかりしないと、あの人が死ぬかもしれないじゃない!」

 

 

 

 真姫の言葉に皆はハッとなる。そう、事件が起こり、絵里が失踪したのだ。これはもう練習ができないとか、オープンキャンパスがどうとか、悠がロリコンなのではとかそういう問題じゃない。今はどうにか隠し通せているが、もし救出に失敗して絵里が死んだとなると、悪い意味で音ノ木坂学院が話題になってしまう。そうなったら、即廃校が決定してしまうだろう。それだけは絶対に避けなくてはならない。

 

「…すまないな、西木野」

 

「い、いえ……別に」

 

 話の軌道を修正してくれて真姫にお礼を言う悠。真姫も悠に感謝されて、照れるように髪をいじり始めた。それはともかく、

 

「西木野の言う通り、現に事件は起こったんだ。そして、それを解決できるのは俺たちしかいない」

 

 悠は部室の隅に置かれているテレビに目をやった。それはあのテレビの世界を行き来するためにマーガレットから貰ったもので、にこが加入してからずっとそこに置いてあるのだ。できれば、もう二度と使うことがないようにと思っていたが、こんなに早くあの世界に入ることになろうとは。穂乃果たちもつられてテレビを見て、表情が硬くなる。

 

 

「明日あの世界にダイブする。各自今日はそのための準備をするように。マヨナカテレビのチェックも忘れるな。必ず絢瀬を救出するぞ!」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

 

 悠の言葉に皆は一層身が引き締まるように大きな声で返事をする。GWに特捜隊メンバーとあの事件を解決して、身も心も強くなったと思っているが、何が起こるか分からない。心してかからなければならないだろう。

 

「でも、悠先輩……もうあのときみたいな無茶は止めてね。仮に絵里先輩が助かっても、代わりに悠先輩が死んだら……私たちも辛いし、何も変わんないよ」

 

 穂乃果にそう言われて、悠は思わず苦い表情を浮かべる。穂乃果が言っているのは、P-1Grand Prixの時のことだろう。仲間たちが傷つけあうのを止めるために自分は死んでもいいと思っていたあの時、そう考えていた悠に穂乃果は叱責した。それでみんな助かっても、悠が生きていなかったら意味がないと。あの時の穂乃果の言葉は今でも胸に焼き付いていた。

 

 

「…分かってる。どんなことがあっても絢瀬は助けるし、みんなも守る。そして、俺も生きて帰る」

 

「絶対だよ!絶対みんなで帰って、みんなで踊ってオープンキャンパス成功させるんだからね!約束だよ!!」

 

 

 悠の言葉に念押しするように穂乃果はそう無理やり約束させた。穂乃果の言う通り、どんなことがあろうとも絶対にみんなで帰ってみせよう。廃校やオープンキャンパス云々とかではなく、一人の少女の命を救うために。すると、

 

「みんなで踊るって、俺も含まれてるのか?」

 

「え?………あっ、それいいね!この際、悠先輩も踊る?」

 

「それはいいな。もちろん女装して……」

 

「「「絶対ダメ(です)!!」」」

 

 みんなからの盛大なツッコミが入ると、悠は冗談だと言うようにクックックと笑いをこぼした。それを見た海未たちも飽きれながらも悠に釣られて笑ってしまう。これから厳しい戦いが待っているというのに、悠は相も変わらずこの調子だ。でも、それにより無駄に張っていた緊張がほぐれた気がする。

 

「だったら、りせを呼ぶか?バックバンドで陽介たちも」

 

「もっとダメだよ!そしたら、ただのりせさんのライブになっちゃうから!!」

 

「てか、花村たちは音ノ木坂に関係ないじゃない!?」

 

 穂乃果とにこは盛大にツッコミを入れるが、これは冗談ではない。悠もいつかμ‘sの皆のみならず、特捜隊メンバーとも一緒にライブができたらと思っていた。その後も悠の冗談に穂乃果たちは振り回され、無駄な緊張が解けた一同だったがそれ故に気づかなかった。今の会話を部室のドアの向こう側に立っていたある人物に盗み聞きされていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(???)

 

 

 

 誰もいない生徒会室で私は一人物思いにふけっていた。いつもは隣に親友が座っているのだが、その親友は今はいない。手に入れた情報によると、失踪したのだそうだ。昨日まで隣にいたのに信じられない気分になる。そして、その原因を彼は知っていた……

 

 

 

 思い出すのは、あの時の思い出。彼は忘れてしまったのかもしれないが、私にとっては今でも忘れられない思い出。

 

 

 小学5年生の時、私は人のものを盗んだと言われてクラスのみんなから犯人だと決めつけられた。私は身に覚えがないので、いくら否定しても信じてもらえなかった。証言があると言われて。自分はやってないのに、何故そんなことを言われなければならないのか。どれだけ訴えても信じてもらえない。周りの人は我関せずと助けてくれない。見える景色が全て灰色になったように私は絶望しそうになった。でも、絶望しかけた時…彼が私の味方をしてくれた。

 

 

 彼が助けてくれて嬉しかった。そして、彼が暴力を振るわれて傷ついて悲しいと思った。その瞬間に、灰色になった景色が色彩を帯びて広がっていった。

 

 

 親が転勤族故にずっと転校してきて、新しい友達ができてもすぐに別れてしまう。その繰り返しの末、私は人と関わることを極力避けるようになった。もうあんな悲しくも虚しくなる気持ちを味わうのは嫌だったから。

 でも、彼を初めて見た時は違った。私と同じ、進んで孤独になろうとする目をしていた。不思議と私は彼に興味を持ってしまった。何気に話しかけているうちに、自然と仲良くなった。皆から犯人と疑われたあの時、無意識に私は心の中で彼に助けを求めていた。

 

 

 

 

"助けて……くん"

 

 

 

 

 そして、思いが通じたのかあの事件で彼が自分の身を挺して助けてくれた。あの事件から私は思った。彼を放っておけない……ずっと彼の傍にいたい、これからもずっと。家族以外でそう思ったのは初めてだった。

 

 

 

 おそらく、あの時……いや、彼に話しかけたあの日から私の初恋は始まっていたんだろう。

 

 

 

 あの時から何時も彼のことを忘れなかった。だが、今その彼は……私の親友が失踪した原因を知っている。そして、それを助けるとき、彼が死ぬかもしれないとも。それを聞いて、私の脳裏にあの時の光景がフラッシュバックした。それだけは絶対やだ。今度は…私が彼を助けてあげたい。何も知らない私には何もできないかもしれないけど……

 

 

 私は懐にしまってあったカードを出して、いつもの占いを始める。迷った時に占いに頼ってしまうのは昔からの癖だ。その結果は………

 

 

 

 

 

 

 

 

【運命】の正位置

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(???)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<穂むら>

 

 

「たっだいま~!」

「お邪魔します」

「お邪魔し~ます」

 

 作戦会議後、ことりと穂乃果とドラッグストアで買い物した後、ある人物の様子を見るために穂乃果の家を訪れていた。

 

「いらっしゃい、鳴上くん・ことりちゃん」

 

 穂むらの扉を開けると、カウンターで店番をしていた穂乃果の母である菊花が笑顔で迎えてくれた。だが、そんな菊花は悠とことりの様子にニコニコしながら尋ねてくる。

 

「あら?今日は2人とも、腕を組んで来たのね。まるでカップルみたい」

 

「ありがとうございます、小母さん。いつもこうしてるから、よくそういう風に思われるんですよ。ことりとしては嬉しいんですけどね」

 

「あらあら、従兄妹同士でお熱いわね~」

 

 刹那、店内にバチッと火花が飛んだような幻聴が聞こえた気がした。それに、2人とも笑顔なのに何故か恐怖を感じてしまうのは、気のせいだろうか。いや、そうに違いない。そして、奥の厨房から殺意の投影みたいなものを感じたのも気のせいだ。

 

「悠先輩……」

 

「ああ……」

 

「「そっとしておこう……」」

 

 そんな2人が火花を散らしているのを見て、悠と穂乃果はついついそう言ってしまう。穂乃果もこのやり取りには慣れてきたのか、段々リアクションが悠色に染まってきた。すると、店の奥から人影が出てきた。

 

 

「あっ!お姉ちゃん、お帰り~って、お母さんとことりさん!何やってんの!それに、鳴上さん!」

 

「鳴上さん!こんにちは~」

 

 

 正体は2階で勉強していた雪穂と亜里沙である。絵里が失踪したとなると、亜里沙一人で家にいることになるので、それはあまりに物騒だと思い、親友の雪穂の家である穂むらに泊まらせてもらっているのだ。

 

「亜里沙、元気だったか」

 

「はい、亜里沙は元気ですよ。心配しなくて大丈夫です」

 

 姉の絵里が失踪して辛いだろうに、亜里沙はいつもの笑顔を見せてそう言った。その様子に悠は少し安堵する。だが、

 

 

「でも…本当は鳴上さん家に泊まるか、鳴上さんが亜里沙の家に泊まりに来てくれたら良かったんだけどなぁ」

 

 

「「「ハアッ!!」」」

 

 

 亜里沙の衝撃発言に悠を除くその場にいた皆が驚きの声を上げた。亜里沙は皆の反応に驚きながらも、悠に対してモジモジと上目遣いで接近する。

 

「だから、鳴上さん……今からでも」

 

「亜里沙!何考えてんの!?そんなの絶対ダメだからね!」

 

「えっ?ゆ、雪穂……?」

 

 親友の豹変ぶりに驚きを隠せない亜里沙。普段の雪穂からは想像できない程の剣幕に慄いてしまう。すると、他の人物からもお怒りの言葉を受ける。

 

「そうよ、亜里沙ちゃん。家族ならまだしも男女2人が一つ屋根の下で一緒だなんて不健全よ。もし間違いが起こってしまったら、どうするの?後悔することになるかもしれないわよ」

 

「は、はい…すみません」

 

 菊花にも諭されたのもあってか、亜里沙も渋々ながら諦めてくれた。その様子に流石だと悠は菊花に改めて尊敬する。やはり菊花も大人なので、子供を諭すのは

 

そういうイベントは穂乃果か雪穂にしてもらいたいわね………フフフ…

 

 そんな呟きが菊花から聞こえたのは幻聴だと信じたい。穂乃果はもう展開についていけず苦笑いしかしてなく、ことりは亜里沙の発言に"恐ろしい子"と言いたげに固まっていた。すると、

 

 

 

「でも、やっぱり亜里沙は家でお姉ちゃんと一緒の方がいいな。亜里沙に何も言わないでどこかに行っちゃうなんて、本当にどうしたんだろ…」

 

 

 

「「「…………」」」

 

 

 亜里沙の呟きに悠たちは答えることは出来なかった。だからこそ、心の中で思う。これはオープンキャンパスとか廃校とかは関係ない。純粋に絵里を助けたいと。絵里のこともそうだが、亜里沙の笑顔も取り戻すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鳴上宅>

 

 

「お兄ちゃん、どうだった?」

 

「……ダメだった」

 

 家に帰って夕飯を取った後、悠は東京にいる特捜隊の仲間たちに電話をした。今回はかなりハードな戦いになる。そう思って、東京にいる特捜隊の仲間…りせ・直斗、そして風花に声をかけたのだが…

 

『ごめん、センパイ。今、事務所の用事で大阪にいるの』

『私は今、美鶴さんやラビリスたちと屋久島にいて……』

『僕は依頼の関係で島根にいるんです…』

 

 このタイミングで皆東京から離れていた。これでは救援を頼むどころではない。陽介たちにも要請しようにも、八十神高校はこの時期は試験期間だ。やはり今回は自分たちで何とかするしかないらしい。だが、風花との電話には続きがあった。

 

『この間は私のゴマ団子で迷惑かけちゃったけど……別の方法でまた作ってみたの。宅配便で送ったから、良かったらことりちゃんたちと食べてみて』

 

 そして、タイミングが良く宅配便がやってきた。荷物を受け取り、恐る恐る開けてみると、そこには先日悠を沈めたゴマ団子が数個タッパーに詰めてあった。それを見て悠とことりは気まずそうになる。悠の中にある第六感があの時と同じように警告を発していた。一体どんな作り方をすれば、こんなものを錬成できるのだろうか。

 

「お兄ちゃん…これどうするの?」

 

「………食べ物に申し訳ないが、今回の穂乃果とことりの武器にしよう。シャドウにも効くんじゃないか?」

 

「ええ………」

 

 穂乃果とことりがゴマ団子を投げてシャドウを撃退する光景は些かシュールだが、大事な決戦を前に犠牲者は出したくないので、有効活用しよう。このようなことは現実ではありえないので、決して良い子は真似をしないように。

 

「ところでさ」

 

「ん?」

 

「どうして、絵里先輩が狙われたのかな?今までの花陽ちゃんやにこ先輩と同じ方法でテレビに入れられた訳だけど、何らかの()()()があるのかな?」

 

 ことりから珍しく犯人についての疑問を論じてきた。今回の会議では触れなかったが、確かに悠も気になっていた。ことりにそう言われ、悠も思案顔になる。これは今まで事件に遭遇してきて、何も答えが出ていない謎だ。

 

「これまでのことを考えると……今まで狙われた人物の共通点としては、俺と関りがある……ということしか思いつかないな」

 

「えっ!?じゃあ、犯人はお兄ちゃんに恨みを持ってる人ってこと?」

 

「……どうだろうな、あのP-1Grand Prixを引き起こした張本人だからな……俺に恨みを持つやつなんて……皆月くらいしか」

 

 悠に恨みを持っているとしたら、P-1Grand Prixで悠に敵意をむき出しにした【皆月翔】くらいしかいないだろう。だが、皆月は今は桐条グループに身柄を拘束されているので除外だ。他にいるとすれば……考えてみれば、まだ分からないことだらけだ。後手に回るのは致し方ないが、今は何より絵里の救出に専念しよう。

 

 

 まもなく時刻は午前0時だ。雨こそ降ってないが、今日は曇天の空となっている。そして、時計の針が午前0時を指した。すると、テレビの画面がプツンと灯りを放ち、鮮明な画が映し出された。

 

 

「これは……」

 

 

 今回映し出されたのは、どこか華やかな雰囲気を持った大ホールだった。まるで、クラシック音楽やバレエの公演が行われるような……そんな場所だった。すると、

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんばんはー!みんなの"かしこい・可愛い・エリーチカ"絢瀬絵里だよ。さあ、みんなも一緒に~、かしこい・かわいい?…………ハラショー!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……………………」」

 

 予想通り失踪した絵里が画面に登場したのだが、今回もあまりに衝撃的だった。画面の中の絵里はポニーテールにバレリーナの恰好をしている。絵里の抜群のプロポーションのせいか、その姿はどこか扇情的に見えて、男心をくすぐられるのには十分だった。

 

「…おお………」

 

 ポーカーフェイスを保っているが、悠も健全な男子高校生なので少なからず興奮していた。この場に特捜隊男子メンバーがいたら、興奮の嵐になること間違いなしだ。

 

 

 

『今年からエリチカも高校3年生!つまり、受験生なの~。それで~、エリチカも高校生活に悔いが残らないよう、今回心機一転して物凄い企画に挑戦しようと思います。それは~……』

 

 

 

「………(ゴクッ)」

 

 

 

 

 

 

 

『ス・ト・リ・ッ・プ~!!』

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、悠の目がクワッと見開いた。聞き違いでなければ、自分の耳に"ストリップ"と聞こえたはず。あの恰好にあのプロポーションでストリップだと!?しかしこれは……りせの時と同じだが、もしやあの時のリベンジができるのではないかと悠は興奮が収まらない。

 

 

 

『きゃあ~、仮にも生徒会長がそんなことして良いのかな~?でも……やるからには、本気でエリチカの全てをさらけ出すくらいに頑張っちゃいます!テレビの前のみんな~ストリップも良いけど~前座で私のバレエも披露しちゃうから、そっちも楽しみにしててね!それでは~エリチカの本気をおっ楽しみに~♡』

 

 

 

 絵里が投げキッスをして、ホールの中へ消えていったと同時に、マヨナカテレビは終了した。マヨナカテレビが終わった後も悠は興奮を抑えられなかった。あれを見せられて、興奮しない男子がいるだろうか、いやいない。思わず反語を使ってしまったと思いながらも、高鳴る鼓動を鎮めようとすると

 

 

 

 

お兄ちゃん?

 

 

 

 

「な、なんだ?ことり……」

 

 お約束通り、目が笑っていないことりに腕をぎゅっと掴まれた。心なしかいつもより、力が強く感じるのは気のせいだろうか。お陰で先ほどまで高鳴っていた鼓動が別の意味で更に高鳴ってしまう。

 

「今、テレビの絵里先輩をいやらしい目で見てたでしょ?」

 

「いや……そんなことは」

 

「だったら、その手に持っているビデオカメラは何なのかな?」

 

「あっ……」

 

 ことりに指摘されて、隠し持っていたビデオカメラに目をやってしまう。今までのことから、マヨナカテレビは普通に録画できないことは分かっている。なので、今回はビデオカメラで映像そのものを録画すればいいのではないかと思い、ことりに見つからないようにしたのだが、誤魔化せなかったようだ。その瞬間、部屋の雰囲気が一気に凍てつくものへと変化していく。

 

 

 

「お兄ちゃん、正座

 

「わ、分かりました………」

 

 

 

 その後、一時間ことりから正座させられビデオカメラは没収された。目の前でSDカードを破壊されたので、あれに先ほどの絵里のマヨナカテレビが録画されていたかは迷宮入りとなってしまった。更に、ことりが私もあれくらいすごいもんとパジャマに手を掛けて暴走し始めたので、悠がそれを必死に止めにかかったのは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

<音ノ木坂学院?? 校門前>

 

 

 準備を整えた穂乃果たちは部室のテレビから久しぶりにあのテレビの世界にダイブした。景色はにこの時と変わりはなかったが、最近稲羽の世界にダイブしたので、穂乃果たちはあまり違和感は感じなかった。

 

「へえ~、これを掛けただけであの霧だらけの視界がクリアになるなんて……あのクマも中々良いもの作るじゃない」

 

 ダイブして早々、この世界で初めてクマ特製メガネをかけたにこはその性能に感嘆していた。あのGWに出会った色好きのクマが作ったとなると、俄かに信じがたいが腕は確かのようだ。改めてクマの意外な一面に関心していると、

 

「それにしても……昨日のマヨナカテレビは何か……衝撃的だったね」

 

 穂乃果の一言に周りが一瞬にして気まずい雰囲気に包まれた。発言者の穂乃果もしまったと思ったがもう遅かった。心なしか、皆あのシーンを思い出したのか、顔が真っ赤になっている。海未に至っては身体も震えていた。

 

 

 

「あ……あ…あんな………恰好をして……す、す、すと……ストリップだなんて……ハレンチです!!め、滅殺です!ハレンチなものは全て滅殺です!!」

 

 

 

 予想通り海未は絵里のマヨナカテレビを思い出したのか、これでもかというくらい顔を紅潮させ大声を出した。そして、その勢いでペルソナを召喚しそうになる。このままでは色々海未の中のものが壊れてしまうので、ことりがドウドウとあやすように落ち着けさせる。

 

「何というか……花陽ちゃんや真姫ちゃんのよりもすごく刺激が強すぎというか……」

 

「にこ先輩のは痛々しかったしね」

 

「痛々しいって何よ!?」

 

 花陽と真妃はキャバクラ、にこは小学生に遊園地。あれらも決して衝撃的ではなかった訳ではないが、今回の絵里のストリップ宣言は今まで見てきたものより群を抜いて衝撃的だった。しかし、

 

「でも、あれが絵里先輩の抑圧された心なんですよね」

 

「あんな風になるまで押し込んでたものなんて……どれだけのものなのかしら」

 

「今までと同じようには…いかないかもね」

 

 花陽や真姫、にこの時の戦いもそう簡単にいかないものだったが、あのマヨナカテレビからして、絵里が抱えていたものは予想できない。それに、これまでの戦いはほとんど悠の類まれなるペルソナ能力に頼っていたので、今回は自分たちが悠の足を引っ張らないくらい頑張らなければ。すると、

 

「あれ?あそこにあるの何だろう?」

 

 穂乃果が校門付近で何かを発見した。もしかしたら危険物かもしれないと、海未たちは警戒しながらも穂乃果が見つけたものの所に近づいていく。そこにあったのは

 

 

「これって……悠先輩がGWに持ってた日本刀?」

 

 

 P-1Grand Prixで悠が使用していた日本刀だった。これを持って帰るのは危ないからと、悠が八十稲羽に置いていったものなのだが、何故ここにあるのだろう。それに、その日本刀には何か張り紙が貼ってあった。

 

 

 

 

"わすれもの!"

 

 

 

 

「これ……どういうことなんでしょうか?」

 

「さあ…」

 

「それにこの字……なんか汚いわね…誰が書いたのかしら?」

 

 悠の日本刀にそんな張り紙が貼ってあったことに穂乃果たちは困惑してしまう。真姫の言う通り、その字は子供が書いたのかと思うくらい書体が汚かった。

 

「鳴上先輩なら分かるんじゃないのかにゃ?」

 

「でも…鳴上さん、遅いわね」

 

 真姫たちはこの世界にダイブする時に入ってきたテレビに目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音ノ木坂学院 アイドル研究部室>

 

 

 悠は皆を先にあの世界に行かせ、ある人物と電話していた。その相手は現在大阪にいる仲間のりせだ。どうやら昨日言いそびれたことがあるらしく、わざわざ仕事の合間に電話してくれたのだ。

 

『GWの時に絵里さんに会って思ったんだ。この人、前の私たちみたいに何か抱えてるって。センパイもそう思ってたでしょ?』

 

 りせの言葉に悠は思わず納得してしまう。それは少なからず悠も感じていたことだが、確信が持てていなかったが、りせも同じことを言うということは間違いないだろう。りせはアイドルとして芸能界で多大な苦労をしていたせいか、場の空気を読むことや人を見る目は長けているのだから。

 

『絵里さん、センパイや穂乃果ちゃんたちが羨ましかったのかも』

 

「えっ?」

 

『うまく言えないんだけど……絵里さんが悠センパイたちを見る目が悠センパイたちと出会う前の私みたいだったなって思って。本当の自分を見てほしいけど、見てもらえないって思ってたあの時の私に……』

 

 りせがそう言ったのを聞いて、悠は思わず思考の海に入った。りせの話やこれまでの絵里とのやり取りを総合すると、どうやら絵里はいつからかは知らないが、悠と穂乃果たちをどこか羨ましいと思っていたようだ。穂乃果たちに強く当たっていたのも、その感情の裏返しかもしれない。だが、これはあくまで推測。本当のところ、絵里がどう思っていたのかは本人の口から聞くしかないだろう。

 何にせよ、絵里を救出するためのキーワードが出てきた気がする。

 

 

『センパイ、私が言うのもアレだけど…絶対絵里さんを助けてあげてね。私もその絵里さんのバレエ見てみたいし、花村先輩や千枝先輩たちにも見せあげたいし。私は信じてるよ、悠センパイなら…いや、悠センパイと穂乃果ちゃんたちなら絶対出来るって』

 

 

 りせから激励の言葉を受けて、悠は活力が湧いてきた気がした。流石は現役トップアイドルだけあって、りせには自然に人を元気にする才能がある。りせには敵わないなと悠は思わず微笑んでしまった。

 

「ありがとうな、行ってくる」

 

『うん、いってらっしゃい。あっ、センパイってオープンキャンパス終わったら、暇でしょ?そしたら、この間のお返しでデートしてよ。もちろん、ことりちゃんには内緒で♡』

 

「えっ……ちょっとそれは」

 

『あっ、井上さん!今行きます。それじゃあセンパイ、デート楽しみにしてるね♡』

 

 そして、りせは一方的に電話を切った。何故か自然にデートの約束を取り付けられたのだが………何とかなるだろう。せめてことりにバレないようにしないと、あとが怖い。もう何時ぞやのことはごめんだ。

  りせとの通話を終えた悠はポケットに携帯を仕舞って、テレビの前に立つ。こうすると、稲羽時代を思い出して一層身が引き締まった。

 

「行くか」

 

 悠は気持ちを引き締めて、テレビの縁に手を掛ける。そしてテレビに頭を入れようとしたその時、

 

 

「お邪魔するで」

 

 

 テレビに入ろうとした一歩前で希がノックもなく部室に入ってきた。希の突然の来訪に悠は驚き、テレビに入れようとした手をサッと戻した。危うく希にあのシーンを見られるところだったので、思わず溜息が漏れる。

 

「どうしたん?いつもよりちょっと挙動不審やない?」

 

「いや…そんなことは」

 

「まるでテレビの中に頭を入れようとしたみたいやな」

 

 希の思わぬ発言に悠は内心ビクッとなる。本人は冗談のつもりだろうが、実際そうしようとしたなんて言えない。すると、そんないつもと違う悠を見て何か思ったのか、希は顔色をうかがうようにスッと距離を詰めてきた。

 

「それよりも……穂乃果ちゃんたちはどこにいったん?」

 

 顔を覗き込んでいきなり答えづらい質問がきた。もちろん、テレビの中にいるとは言えないので、悠は適当に誤魔化すことにする。

 

「ほ、穂乃果たちか?先に練習行ってるからって、屋上に」

 

「それは嘘やね」

 

 悠の言葉をバッサリ斬るように希はそう言葉を遮り、目を細めて悠に最接近する。

 

「さっき屋上の方を見に行ったけど、穂乃果ちゃんたちはおらんかったで」

 

「じゃ、じゃあ…」

 

「ウチは見てたんよ。鳴上くんが穂乃果ちゃんたちと一緒に部室に入るとこ。だけど、そこから穂乃果ちゃんたちが部室から出てきたんところは誰も見てない」

 

「!!っ」

 

 悠は希の指摘に言葉を詰まらせた。それと同時に背中に悪寒を感じる。見ると、希はあの時と同じく表情が消えていた。こうなると、叔父の堂島や後輩の直斗の追求より厄介だということは身を持って知っている。

 

 

「ねえ、鳴上くん……穂乃果ちゃんたちはどこにいったんや?それに、鳴上くんはエリチがどこに行ったか…知ってるんやない?」

 

 

 希が更にそう聞きながらも距離を詰めてくる。悠は後ずさってしまい、ついにテレビがある方へ追い込まれてしまった。普段の希からは考えられない迫力と追い詰められたような緊張感に動揺してしまう。ここまで追い込まれたらもう退路を塞がれたのと同じだろう。だが、ふと疑問に思う。何故希はここまでして、追及するのか。それに、自分の本能が告げている。希の追求から逃れることは出来ないと。それが以前から知っているかのように。だが、どちらにしろ希に真実を教えるわけにはいかない。どうすれば、希を穏便に帰らせることができるのかと考えてダンマリを決め込んでいると、

 

 

「何で…何で隠そうとするの!?答えて!!

 

 

 とうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのか、今までにない剣幕で希が迫ってきた。悠はその剣幕に慄いてしまい、反射的にテレビの画面に手をついてしまった。それはつまり…

 

 

「あっ……」

 

 

 ペルソナ能力を持つ者があの世界に繋がるテレビに触れてしまった。悠はその手から吸い込まれるようにテレビの中に入り込んでしまう。それをマズイことに、目の前の希に見られてしまった。だが、

 

 

「な、鳴上くん!?」

 

 

 希はテレビに人が入るという俄かに信じられない光景に驚きながらも、悠を落とさせまいと悠に抱き着いて止めようとする。だが、悠は既にバランスを崩しているので、抗う間もなく2人はそのまま抱き着いた態勢でテレビの中へ入ってしまった。悠はせめて希が離れないようにとしっかりと自分の身体に希の背中に腕を回して力を入れる。それにより、反射的に希の顔を覗き込んでしまった。

 

 

 

 

 吸い込まれそうな大きな瞳に、艶のかかったツインテールの長い髪……

 

 

 

 

 

(や、やっぱり…東條は……)

 

 

 そう思い至った途端、激しい頭痛が襲い、悠は意識を手放した。2人は流れに身を任せるようにテレビの世界へと落ちていく。まるで、今まで閉じてきた闇の中へ誘われるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全て思い出した。あの過去夢の全貌を。あの少女が何者なのか、あの少女に自分が抱いていた感情……そして、()()()何があったのかも全て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「思い出されたようですな」

「この世界は……」

「帰れ」

「これは遊びじゃないんです!」


「君にある?真実と向き合う覚悟」


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#43「True Feelings」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

気づけば今日でこの作品を書いて一年が経ちました。今思えばあっという間だったように感じます。色々とありましたが、この一年間の中でお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・評価を下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援でここまでやって来れました。

まだまだ至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


希とテレビに入ってしまい、彼女との記憶を思い出した悠。果たして……それでは本編をどうぞ!


 あれからどれだけ時間が経っただろう。意識が朦朧として何もハッキリしない。ただ幽かに覚えているのは、彼女の吸い込まれそうな大きな瞳に艶のかかった長い髪…そして、思い出した眩しい笑顔。

 

 

 あの時のことを思い出す。転校初日に誰とも関わらず、ただ窓から見える景色を見て黄昏ていた自分に話しかけてきたあの少女を。いつもなら鬱陶しいと思っていただろう自分だが、不思議とこの少女にそれは感じられなかった。それから一緒に時を過ごすうちに、段々少女に対して親しみを感じ、少女が濡れ衣を着せられた時は、犯人や傍観者に対して怒りを抱いた。思えば、家族以外でそう思える人物は初めてだった。

 

 

"鳴上くん!良い名前だよね!"

 

 

 おそらくあの時だったのだろう。自分が少女に対して特別な想いを持ったのは。初めて人を特別だと思った少女…

 

 

 

 

"私の名前は……"

 

 

 

 

 今なら思い出せる。あの時、彼女が口にした名前は…彼女の名前は

 

 

 

 

 

 

 

 

"東條希"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 美しいピアノのメロディーとで悠は意識が覚醒する。目の前に広がっていたのは床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模した空間。いつの間にか、自分はベルベットルームを訪れていたらしい。

 

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 

 

 聞き慣れた毅然とした女性の声がする。見ると、こちらを興味深そうに見ているこの部屋の住人であるマーガレットの姿があった。今日はあのしがれた老人…イゴールの姿はなかった。

 

 

「本日我が主と妹は留守にしております。それはそうと、今日は顔色が優れないわね。何か悪い夢でも見ていたのかしら?」

 

 

 いつもの澄ました顔でこちらの表情を伺うマーガレット。原因は承知しているはずなのに、白々しいものだと悠は顔をしかめる。それを察したマーガレットは参ったと言ったようにフッと溜息を吐いた。

 

「ようやく思い出したようね。あなたの忘れ去られた過去の記憶が。今のあなたを見ていると、マリーのことを思い出すわ。あの子もそんな顔をしていたわね」

 

 去年、マリーと出会った時、彼女は記憶を失っていた。その記憶を取り戻そうと、悠や陽介たちも色々と手助けしたものと悠は思い出す。記憶の断片を思い出す度にマリーは頭痛に襲われていたのだが、まさか自分もマリーと同じ体験をするとは因果なものだと思う。

 

「話は変わるけど、先日も言った通りあなたにはこれから今までにない試練が待ち構えてるわ。これまで手に入れたアルカナを持ってしても、防ぎきれないかもしれない。ちょうどあの少女の時と同じね」

 

 あの少女とはおそらくりせのことだろう。あの時は確かに"大きな禍"という言葉が合うように、死ぬかもしれない窮地に立たされた。あの時のようなことがまた起こるのだろうか。そう思い悩む悠を見て、マーガレットはこちらに目を向けてこんなことを言ってきた。

 

 

「どんな窮地に立たされても、これだけは覚えておいて。"本当に忘れてはいけないものはあなたの中にある"と」

 

 

 忘れてはいけないもの?そう言われて脳裏に浮かんだのは稲羽で特捜隊のみんなと過ごした一年間の記憶や穂乃果たちとのこれまでの時間だった。だが、それが一体どういうことに繋がるのだろうか。

 

 

「私がしてあげられることはここまで。あなたが無事に再びここを訪れることを願っておくわ。あなたがいなくなったらエリザベスやマリーが悲しむもの。それに…私もね」

 

 

 マーガレットがそう言うと、大人っぽいを微笑みを見せた。その途端、悠の視界は暗転する。マーガレットの微笑みを見て、悠は絶対またここを訪れると誓った。まだ自分はマリーやエリザベス、それに穂乃果と陽介たちとの約束を果たせてないのだから。そして……あの少女との………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

「だから何で……」

「せやからウチは…」

「早く帰って!」

「これは遊びじゃないんです!」

 

 どこからか、誰かと誰かが言い争う声が聞こえてくる。この声は

 

 

「うっ」

 

「ゆ、悠先輩!目が覚めたんだね!」

 

 

 いつの間にかベルベットルームからテレビの世界にいた。どうやら、自分は無事あの世界に辿り着けたらしい。見ると、穂乃果の手には稲羽に置いてきたはずのマリーの日本刀が握られていた。どういうことだろうと思ってふと見ると、鞘の方に何か張り紙が貼られてあった。その張り紙に書かれた文字を見て、誰の仕業かを察した。おそらく"彼女"の仕業だろう。中々の差し入れだなと悠は心の中でほくそ笑む。ただ、何か忘れているような。

 

「早く帰って!」

「興味本位で関わらないでください!」

「だからウチは……」

 

 見ると、先にこの世界に来ていた海未たちが希と口論している。心なしか希はいつもと違ってオドオドしているように見えた。それを見て、悠はここを訪れる前のことを思い出す。忘れていた。この世界に希も一緒に来てしまったのだった。この状況はまずい。

 

「な、鳴上先輩!目が覚めたんですか?」

 

 悠が目覚めたことに気づいたのか、海未たちは口論を止めて悠に視線を向ける。希がこちらに目を向けたのを見ると、悠は反射で目を逸らしてしまった。

 

「ああ…何とかな。とりあえず皆、落ち着け」

 

「落ち着けるわけないでしょ!?そもそもアンタ!何で希をうっかり連れてきてんのよ!?一般人に見られないようにって日頃から言ってた癖に、アンタがやらかしちゃ世話ないわよ!」

 

「ぐっ……」

 

「それに…何で抱き合った形で来たんですか?鳴上先輩は気を失っていましたし……」

 

 にこと花陽の言葉は悠の心にグサッと刺さる。とりあえず、新たな誤解を生まないためにもここは皆に説明をした方が良さそうだ。悠は溜息を吐きながらも【言霊遣い】級の"伝達力"で説明に入った。

 まず海未たちにここに来る前に、希に絵里の失踪との関連を問い詰められ、うっかりテレビに入ってしまい、希も付いてきてしまったこと。そして、希にはこの世界と事件のことを一から説明した。

 

 

 

 

ここはテレビの世界であること。

 

立ち入った人の心によって、景色が変わるということ。

 

この世界に巣食うシャドウとそれに対抗できる心の力である"ペルソナ"。

 

似たような事件が去年、"マヨナカテレビ"という噂で八十稲羽でも同じことが起こったこと。

 

そして、そのマヨナカテレビに映ったことにより絵里が失踪したこと。

 

 

 

 

「へえ…なるほどな……まさかあの噂の真相がそんなことやったとはなぁ。それに…稲羽の陽介くんたちも関係者やったなんて……だから、あんなに仲良かったんやなあ」

 

 

 

 希は悠の話した真相に面を食らったものの一応納得したようだ。補足のためにペルソナも召喚してみせたので、信じざるを得ないだろう。それに、稲羽で一緒だった陽介たち特捜隊メンバーもそのペルソナ使いの仲間だったということに驚きを隠せないようだった。

 

 

「それで?ウチをこれからどうするつもりなん?鳴上くん」

 

 

 事態を把握したらしい希は澄ました顔で悠にそう聞いてきた。その言葉に先ほど口論した海未たちは身構えてしまう。おそらく希も千枝や凛と同じく親友がここに囚われていると聞いて放っておく性格ではないだろう。それに…希がそういう性格であることはあの時から知っている。

 

「俺が何を言っても東條は意地でも付いて来るだろ。そのつもりなら一つ聞いておく。真実と向き合う覚悟はあるのか?」

 

「えっ?」

 

「これから東條が目にするのは、絢瀬の抑圧された感情…他人には見られたくない絢瀬の裏の顔だ。おそらく本人もそれを見られることを望まないだろう。それでも俺たちと一緒に行くのか?」

 

「……………」

 

 希は悠の問いに即答することは出来なかった。悠の言葉がイマイチ理解できなかったのもあるが、他人の…それも親友である絵里の見られたくない一面を見るのだと思うと、何故か心にストップがかかってしまったからだ。それを察した悠は、それならばと腰に差していた日本刀を希に差し出した。これには希のみならず穂乃果たちも驚愕する。

 

「えっ?」

 

「ちょっと鳴上!自分の得物を希に渡すってどういうつもりよ!」

 

 にこは悠の行動に異を示すが、悠はその状態を止めようとはしなかった。希は戸惑いながらも悠から日本刀を受け取った。すると、

 

 

 

 

!!っ

 

 

 

 

 受け取った途端、手から感じる重みに希は驚くしかなかった。日本刀自体が重いのもあるのかもしれないが、それ以上にこの日本刀から悠が今までどのような修羅場を潜ってきたのかが伝わってきたのだ。それと同時に思い知らされた。他人の裏の顔……真実と向き合うことはとても辛いことなのだと。すると、

 

 

 

『君には真実を見る覚悟はあるの?フシギキョニュウ』

 

 

 

 すると、希の脳裏に誰かの声が聞こえてきた。どこかで聞いたことがあるような透き通った美しい声色の少女の声。少女は希の動揺などお構いなしに現実を押し付けてくる。

 

『悠は今までそれを背負いながらも戦ってきたの。ガッカリーやコーハイたちもそう……その覚悟はある?』

 

 少女の声に希は即答することが出来なかった。だが、希は退こうとはしなかった。ここがテレビの世界で絵里が囚われているならば、親友として放っておけない。それに……もうあの時のように見ているだけで待つのは嫌だった。希は心にそう決めると、悠の目をしっかり見て答えを示した。

 

 

「………うん、ウチは行く。どんなことがあってもエリチに会いに行く」

 

 

 希の返事を聞いた悠は黙って頷いた。まるで、希がそう言うであろうと分かっていたかのように。

 

「……なら約束してくれ。絶対に俺たちから離れないと。これが守れないなら、俺は力づくでも連れて帰るぞ。命に関わることだからな」

 

「分かった……それじゃあ」

 

 希は悠の警告に頷くと、スタスタと悠に近づいて悠の腕に抱き着いた。

 

「「「なっ!?」」」

 

 希の行動に悠だけでなく、遠巻きに見ていた穂乃果たちも驚いてしまう。皆の反応を見た希はしてやったりとほくそ笑んでこう言った。

 

「だって、離れたらあかんのやろ?だったら、こうした方がええかなぁって」

 

「ぐっ……ま、間違ってはないが……」

 

 悠は何とか希に離れてもらおうとするが、希の顔を見るとそれは阻まれてしまう。あの頃もこうして丸め込まれたなと懐かしく思うが、そういう気分ではない。余計に動くと腕に伝わる希の胸の感触を更に感じてしまう。昔はそうでもなかったのに、あの時から一体何があってここまで成長したのか。何というか色々とあり過ぎて希に抗える気がしない。

 

 

「ううっ……お兄ちゃん、希先輩にデレデレしすぎ!!ことりも離れないもん!」

 

 

 希に照れる悠を見て嫉妬でブラコン魂に火が付いたのか、ことりが反対側の腕にしがみついてきた。

 

「お、おい!ことり、お前まで」

 

「だって……お兄ちゃんと希先輩が良い雰囲気だったし……それに、いつもお兄ちゃんは希先輩に甘いじゃん。それは妹として見過ごせないもん!」

 

「あらあら、()()ちゃんは必死やねえ」

 

「ことりは義妹じゃありません!()()です!」

 

「どっちもおかしいだろ!?」

 

 希とことりの口喧嘩に悠はツッコミを入れるも2人は止まらない。その後も悠を挟んで希とことりの言葉の応酬は続いていった。常にバチッと火花が飛んでいる幻聴が聞こえるので、遠巻きで見ていた穂乃果たちは割り込むことが出来ずに、その場で呆然とするしかなかった。

 

 

「先ほどのシリアスな雰囲気はどこに行ったのでしょうか……」

 

「本当にいつもこんな感じよね…私たちって」

 

 

 目の前の雰囲気の変わりように呆れてしまう海未と真姫。先ほどの緊張感を返してほしいと心からそう思った。果たして、この集団は大丈夫なのだろうか?こんな調子では不安で気が気でなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一悶着終えた悠たちは校舎の中へ入っていく。今回ターゲットにされたのは絵里なので、彼女に縁深い場所と言えばあそこしかないだろう。

 

「生徒会室…」

 

 生徒会室へ向かう途中、悠は希のことが気が気でなく無自覚に希の方をチラチラと見ていた。あの過去夢の少女の正体が希だと分かった途端、この調子だ。しかし、一体何故自分は希のことを忘れていたのだろう。小学5年の希との記憶は全て思い出したつもりなのだが、曖昧な記憶が一つある。希の過ごした時の記憶は思い出したのだが、何故か()()()()()()のことが思い出せないのだ。思い出そうとしても、靄がかかったように曖昧になる。一体どういうことだろう。

 そのことを考えて何も答えが出ないまま、目的地である生徒会室に到着した。生徒会室のドアの前に立つと、そこから他とは違う雰囲気を感じた。今までの花陽と真姫、にこの時と同じだった。

 

 

「みんな、行こう」

 

 

 悠は皆の様子を見て、意を決して扉を開いた。扉を開けて、そこに広がっていた景色は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一面雪景色の森が広がっていた。

 

 

 

「寒っ!?」

 

「何で雪が降ってるの!?」

 

 

 

 ここはテレビの世界…入った者の心象風景が映し出される世界なので、こんなことが起こるのも珍しくはないが、現実は夏が近づいている。夏服に近い制服である悠たちにこの状況はキツイ。どこか避難場所はないかと辺りを見ると、目の前にこの雪景色に似合うような大きな城が悠たちを迎えるように建っていた。

 

「うわあ…おっきい!」

 

「なんだか、ア○ンツ○ルンの城みたいだにゃ」

 

「って、言ってる場合じゃないでしょ!?早く中に入らないと凍え死ぬわよ!」

 

 真姫の言う通り、冬服ならまだしも夏服に近い制服を着ているこの状況はきつすぎる。急いで中に入ると、そこには今までに見たことがない別世界が広がっていた。

 

 

 

「な、何ですか!ここは!今までと違ってすごく厳かな雰囲気なんですが!?」

 

 

 

 ここは今までと違う、如何にも上級階級の者…知り合いで例えるなら桐条グループの美鶴のような人物しか入れないような庶民には馴染みのない煌びやかさが溢れていた。あまりの豪華さに穂乃果たちのみならず、悠までも戸惑ってしまう。

 

「すごーい!」

 

「かよちんと真妃ちゃんのキャバクラとは違った高級感があるにゃ〜」

 

「り、凛ちゃん!」

 

「アンタねぇ……」

 

凛の言葉に自分がテレビに入れられた時のことを思い出したのか、花陽と真妃は恥ずかしがりながらも凛を睨みつける。凛もその迫力に慄いて口を噤んでしまう。

 

「それはそうと……豪華なコンサートホールね。テレビの世界とは言え、こんなものは中々ないわ……」

 

 家柄とピアノを嗜んでいるお陰か、こういう場所に来たことがあるらしい真姫。心なしかここでピアノを弾きたくてウズウズしているように見えるのは気のせいだろうか。それにしてもコンサートホールとは。

 

「ええっと……ウチには何にも見えないんやけど………」

 

 希は周りの景色が見えないのか、目をゴシゴシとさせていた。

 

「あっ、そう言えば希先輩はメガネ持ってないんだったね」

 

 普段この世界ではクマ特製メガネを掛けているのが癖になっているのですっかり忘れていたが、この世界は霧に遮られていてクマ特製メガネを掛けないと何も見えないのだ。悠は何かメガネはないものかとポケットを探っていると、手に何か手ごたえがあった。

 

「の……東條、これがあったぞ」

 

 うっかり希を名前を呼び掛けてしまったが、悠はポケットからお面向きのものが見つかったので希に差し出して耳に掛けさせる。

 

 

「おおっ!霧が消えて視界がハッキリ見えるなぁ……って、これ……鼻眼鏡よね?」

 

 

 クマから昔もらった鼻眼鏡だった。興味本位で持ってきたものだったのだが、流石にこの状況で出すのはまずかったかもしれない。鼻眼鏡を掛けた希を見て穂乃果たちが気まずそうな顔をしていた。その中でにこだけは腹を抱えて笑っていたが、すぐに顔を引きつらせることになる。

 

「鳴上くん………ワシワシする?」

 

「すみませんでした」

 

 無表情の希にそう凄まれて悠はビシッと直角90度に頭を下げた。これ以上悪ふざけしたら殺される。昔からの勘がそう直感したので、悠はその鼻眼鏡を回収した。とりあえず、偶々替えのメガネをクマから貰っていた穂乃果のものを希に貸して問題は解決した。すると、

 

 

 

『レディースエンドジェントルメ~ン!ようこそ~、これから皆さんをエリーチカのめくるめく世界へご案内しま~す!』

 

 

 

 

 盛大なファンファーレの後、エントランスホールの大階段からマヨナカテレビに映った絵里が登場した。いきなり今回の本命が登場したので悠たちは思わず身構える。

 

「え、エリチ!?って、違う?アレは……」

 

 希は普段とは違う絵里の登場に狼狽していた。これに対して、臨戦態勢を強いながら悠は希に説明した。

 

「アレはシャドウだ。自分の心の中にある無意識に見たくないと閉じ込めていた感情が具現化したもの…言うなれば、アレはもう一人の絢瀬だ」

 

「もう一人の……エリチ…」

 

 言葉だけでは信じられないが、悠の伝達力やあの絵里の姿を見れば一目瞭然だった。普段の絵里からは考えられない衣装や仕草からあの大階段にいる絵里は"もう一人の絵里"なのだろう。にこは絵里のシャドウの姿を見て、自分もあんな感じだったのかと密かに意気消沈していた。すると、

 

『あら~、鳴上くんじゃない。わざわざ来てくれたんだ~♪』

 

 金色の目をしたバレリーナ姿の絵里……絵里シャドウが悠に向けて投げキッスをする。完全に悠だけを見ていて、穂乃果たちのことは眼中にないようだ。しかし、悠は絵里シャドウに投げキッスをされた途端、目をクワッと見開いた。そして、その姿を携帯に収めようとする。しかし、両肩を誰かにガシッと掴まれた。

 

 

 

「携帯を仕舞ってください」

「ここが運命の分かれ目だよ?お兄ちゃん」

 

 

 

 その正体は海未とことりだった。後ろからなのでハッキリとは分からないが、2人とも表情が笑っていないのは声色から分かった。ここで携帯を仕舞わないとヤラれる。その様子を見た絵里シャドウはクスクスと笑った。

 

 

『あらあら、そんなに見たいの?もう、鳴上くんも男の子ね♪』

 

 

 絵里シャドウはそう言うと、悠を誘惑するかのように扇情的なポーズを取る。絵里シャドウの仕草に悠は再び目を見開いて携帯を構える。だが、

 

 

 

「好きなだけ撮って良いんですよ?」

「良い病室を用意しておくわ」

 

 

 

 今度は花陽と真姫だった。この2人も海未とことりと同じく目が据わっていたので、悠は驚愕しながらも手を引いた。何というかどこぞの将軍みたいな心境になってしまう。

 だが、絵里シャドウがこちらを寂しそうな目で見てくるので、せめて一枚でもと最後の抵抗とばかりに携帯を構えようとすると…

 

 

 

「アンタ……次やったら」

分かっとるよね?鳴上くん」

 

 

 

 追い打ちを掛けるように、にこと希が最後に圧力を掛ける。ここまでされて押し通してしまっては命はない。残念だが、携帯を仕舞わざるを得ないようだった。陽介たちにも見せてあげたかったのにと心底思う。またもや誘惑を邪魔されて、絵里シャドウはうんざりとした表情を浮かべた。

 

 

『もう!みんなノリ悪いなぁ~。鳴上くんが可哀そう。やっぱりこうするしかないわね』

 

 

 絵里が目配せした瞬間、悠たちの周りに紫色の霧が出現する。霧が晴れて周りを見ると、悠の姿はなくなっていた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 突然のことに穂乃果たちは立ち尽くすことしかできなかった。すると、それを見た絵里シャドウはしてやったりと言わんばかりの表情を浮かべてクスクスと笑っていた。

 

『フフフ、鳴上くん今日の大事なお客様なの。邪魔はさせないわ。それに、鳴上くんも男の子なんだから、あんな束縛されちゃ可哀そうよ』

 

「え、エリチ!何でこんなことするん!?鳴上くんをどこへやったん!?」

 

「お兄ちゃんを返して!」

 

「の、希先輩!ことり!ちょっと待ちなさ……って、きゃああっ!」

 

 悠がいなくなったことに希とことりは憤怒し、絵里シャドウに食って掛かろうとする。それを穂乃果たちが止めようとした瞬間、穂乃果たちの上空から多数のシャドウが出現する。突然のシャドウの登場により、穂乃果たちはエントランスホールの入り口まで吹き飛ばされてしまった。

 

「シャドウ!?しかも見たことがないタイプ!悠先輩がいないこの状況で……」

 

「め、メガネがどこかに行った~!」

 

 現れたシャドウは太った警備員の姿をしたシャドウ。手には拳銃を持っている。今までに遭遇したシャドウには見ないタイプだ。それに、背後でそんなにこの悲鳴が聞こえたのだが、気にしないでおこう。見上げると、出現したシャドウの後ろで絵里シャドウがこちらを冷たい目で見ていた。

 

 

『……あなたたちみたいな"紛い物"はお呼びじゃないのよ。さっさとここから立ち去りなさい』

 

 

 絵里シャドウが冷たくそう言い放つと、シャドウたちが穂乃果たちに向けて一斉射撃を行ってきた。穂乃果たちは何とか近くの柱に身を隠してやり過ごす。休む暇もなくシャドウたちはまた一斉射撃をしてくるので、身動きが取れない。このままではやられてしまう。だが、それでも海未たちペルソナ使いたちの心は折れていなかった。

 

 

(こんなところで……負けてられません!)

 

 

 悠がいなくても自分たちのやることは変わらない。あの日から悠を見てきて、ずっと悠に追いつきたいとこれまで頑張ってきたのだ。ここで自分たちはやられない。もう悠に頼りっきりの自分ではないのだ。海未は覚悟を決めてタロットカードを顕現する。そして、

 

 

ーカッ!ー

ペルソナ!!

 

 

 カードを掌底で砕き、己のペルソナ【ポリュムニア】を久々に召喚すると、すぐさまシャドウたちに向けて得意の氷結属性の攻撃を放った。海未の攻撃にシャドウたちは一瞬怯んで一斉射撃を止める。その時を狙って、

 

 

ーカッ!ー

「「「ペルソナ!!」」」

 

 

 海未に続いて花陽と真姫、凛も己のペルソナを召喚する。そして、残っていたシャドウたちを一掃した。だが、また周りから同じシャドウが出現した。先ほどのシャドウとは雰囲気が違うがそんなのは関係ない。

 

「一気に行きます!」

 

「「「はいっ!!」」」

 

 海未の鼓舞により、皆の士気が一気に高まっていく。先へ進むためにも海未たちは目の前に迫るシャドウに果敢に立ち向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で……

 

「私のメガネはどこなのよ~!?」

 

 にこは吹き飛んだメガネを探していた。先ほどのシャドウの出現の衝撃でメガネがどこかに飛ばされたのだが、中々見つからないのだ。後輩たちが戦っている最中にこんなことになっているのはどうかと思うが、この世界ではメガネがないと視界が悪くなるので仕方ない。

 

「えっと……メガネメガネ……私のメガネ……メガネは…………あったわ!」

 

 戦場から離れて吹き飛んだメガネを探していたが、ようやく見つかったようだ。にこは意気揚々とメガネを掛けて状況を確認する。見ると、にこの方へ複数のシャドウが迫っているのか見えた。それにも関わらず、にこは動揺することなく余裕たっぷりにニヤリと笑った。

 

 

「ふっ……GW以来の戦闘ね。全部ぶっ飛ばすわ!」

 

 

 GWは何も見せ場がないまま事件が終わってしまったが、今回は違う。ここで思いっきり暴れて目にもの見せてやる。勝気な笑みを浮かべたにこは迫りくるシャドウに臆せず、己の【戦車】のタロットカードを顕現する。

 

 

 

ーカッ!ー

「ペルソナ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海未たちはシャドウたちに応戦するも、先ほどと打って違って苦戦を強いられていた。

 

「なっ!魔法が全然効きません!」

 

 今度のシャドウは魔法攻撃を放っても効かなかったのだ。これでは魔法攻撃がメインである海未のポリュムニアと真姫のメルポメネーの攻撃は通じない。

 

「だったら、接近戦にゃ!」

 

 それでも、物理攻撃が得意な凛のタレイアと花陽のクレイオーで何とか撃退するのだが、それに比例するようにどんどんシャドウの数が増えて行く。これではキリがない。

 

「こ、これはまずいんやない?」

 

「海未ちゃんたちが……こうなったらをあの武器を使おう!ことりちゃん!希先輩!」

 

 穂乃果は苦戦する海未たちを見て、援護しようとポケットから袋を取り出す。そこから取り出したものとは…

 

 

「えっ……これって、ゴマ団子?」

 

 

 武器と言われて銃やナイフなど物騒なものを想像してしまったが、ものがものだったので希は開いた口が塞がらなかった。いくら何でも食べ物が武器とはどういうことだろう?

 

「こ、これは風花さんが作った……というか錬成した対シャドウ兵器らしくて…悠先輩によると、これをシャドウに食べさせたら撃退できるって」

 

「……どういうことやねん」

 

 訳が分からない。あんなシャドウという化け物にこんなものが効くはずがないだろう。これなら扇子やパイプ椅子やゴルフクラブを渡された方がまだ良かったのと思う。しかし、そうこうしているうちに、数体のシャドウがこちらに向かってくる。

 

「でも、やるだけやってみようよ!えいっ!」

 

 ことりはやらないよりマシだと判断して、ヤケクソ気味に風花のゴマ団子をシャドウに投げつける。それに習って穂乃果と希も同じようにゴマ団子を投げつけた。しかし、3人ともコントロールが悪かったのか、シャドウたちに全く届かなかった。だが、穂乃果たちに向かったシャドウたちは風花のゴマ団子に何か恐れを感じたのか、その場から一目散に逃げて行く。効果ありかと思われたが……

 

「ああっ!シャドウが海未ちゃんたちの方に行っちゃったー!!」

 

「ほ、穂乃果ちゃん!どうしよう!」

 

 ゴマ団子から逃走したシャドウたちは逆に戦闘中の海未たちの方へと向かっていた。思わず海未たちの敵を増やしてしまったこの事態に穂乃果たちは慌ててしまう。これでは逆効果だ。このままでは海未たちが危ない。すると、

 

 

 

ドオオオオオオンッ!!

 

 

 

「「「えっ?」」」

 

 

 シャドウたちが何か巨大なものに潰されて消滅した。突然の出来事に穂乃果と海未たちは唖然としてしまう。一体何が起こったのだろうか。すると、

 

 

「待たせたわね、アンタたち」

 

 

 今まで姿が見えなかったにこがドヤ顔でこちらに声を掛けてきた。

 

「にこ先輩!?」

 

「あのゴマ団子に何でシャドウが逃げたか知らないけど、ナイスだったわ。おかげで一気に殲滅できたわ」

 

 すると、先ほどシャドウたちを潰したモノがその姿を現した。

 

「こ、これって…にこ先輩のペルソナ!?」

 

 シャドウたちを殲滅したのはにこのペルソナだった。

 

 

ポリュムニアたちより一回り大きい身体

アイドルをイメージされるゴスロリの衣装

推定5トンはありそうな巨大なハンマー

にこ本人を彷彿とされる勝気な表情

 

 

 これぞ、己の闇に打ち勝ってにこが手に入れたペルソナ【エラトー】の姿。すると、また穂乃果たちの行く手を阻むように次々とシャドウが出現する。だが、にこはそれでも勝気な表情を崩さなかった。

 

 

「ふっふっふ、さあ!覚醒したにこちゃんの力をとくと見るがいいわ!どんどんやっちゃいなさい!エラトー!!」

 

 

 にこの指示で、エラトーは押しのけるように迫りくるシャドウをハンマーを振り回して殲滅していく。シャドウが倒れて行く度にどんどんシャドウは増えて行くが、そんなのは関係ないといわんばかりにエラトーは怯まずに進んで行く。にこ本人は敵をたくさんなぎ倒すことに愉悦を覚えたのか、はたまた最近いいとこ無しの自分に活躍の場がやってきたのが嬉しいのか、表情がこれ以上ないくらい生き生きとしていた。エラトーが無双する光景に海未たちは呆然とするしかなかった。

 

「す、すごい…」

 

「まるでブルドーザーやね…にこっち…」

 

「確か、完二さんのペルソナもこんな感じだったような……」

 

「似た者同士ね…にこ先輩と完二さん」

 

 とにかくこれで道は開けた。今までのことからして、絵里本人はこのホールの奥にいるだろう。きっと悠もそこに居るはずだ。幽かな希望を胸に、にこのエラトーを盾にしながら海未たちは奥へと進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、悠はとある神社の前に立っていた。よく行く神田明神でも稲羽にある辰姫神社でもない。見たこともない所だったが、どこか懐かしさを感じる神社だった。一体ここは…

 

 

「え?……転校?」

 

「うん……明後日…」

 

 

 どこかからそんな子供の会話する声が聞こえてくる。振り返るとそこには……

 

 

(えっ……俺と…東條……)

 

 

 小学生の時の悠と希がいた。それに驚いた悠は背後の神社と幼い頃の悠と希を交互に見る。今までと視点が違うが、ここはあの過去夢の続き。そして、この場面はおそらく……何故か鍵がかかっていた記憶だ。

 

「何で…何で!?悠くん、ずっと一緒に居てくれるって約束したじゃん!悠くんの嘘つき!!」

 

「ごめん……」

 

 そう言うと、希は悠に抱き着いて泣きじゃくった。

 

「嫌だ!嫌だ!!悠くんと離れるなんて…絶対に嫌だ!!」

 

 勿論、悠だって彼女と離れるのは嫌だった。いつもなら粛々と受け入れていた悠だが、今回に限っては猛烈に反対した。その反応に両親はとても驚き、どうしていいか分からず只々悠に謝り続けるだけだったのを思い出す。でも、自分たちの都合で親の転勤が覆らないことは承知だった。それほどまで、あの頃の悠にとって希と過ごした日々はかけがえのないものであり、大切なものだったのだろう。

 しかし、彼女は次の瞬間、こんなことを言い出した。

 

…かせない

 

「え?」

 

行かせない…悠くんを行かせない!!行かせないもん!!」

 

 突然人が変わったように希がそう言ったことに悠は戸惑いを隠せなかった。その言葉には希の心の中に溢れ出たもの…悲しみや寂しさ、そして普段見せたことがなかった恐怖を感じたからだ。

 

 

「そうだよ…悠くんを明後日までここに閉じ込めれば、悠くんはどこにも行かなくて済むよ…」

 

 

 そう言って神社の本堂を見る彼女の目は生気を失っていた。今までに見たことがない希の表情に悠は戦慄してしまう。悠は怖くなって彼女から離れようとしたが、彼女はそうしてくれなかった。それを端から見ていた"今の悠"は混乱していた。

 

(どういうことだ……一体…)

 

 この時、自分はどうしたのか?それを確かめようと観察を続けようとするが、時間切れと言わんばかりに悠の視界は突然ブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!ハァ…ハァ……ハァ………」

 

 

 目が覚めると、悠は激しい動悸に襲われた。相変わらず間の悪いところで終わる夢だ。一体あの後自分に何があったのだろうか。だが、今はそれどころではない。先ほど自分は不意にも絵里シャドウの罠に嵌って穂乃果たちと分断されていたのだ。海未たちがそう簡単にやられるとは思えないが、早く合流しなくては。呼吸を整えて辺りを見渡すと、そこには先ほどとは違う景色が広がっていった。

 

「ここは……」

 

 見れば、マヨナカテレビに映っていたあのホールの光景と同じだった。目の前にはステージがある。見てみれば、ステージのすぐ近く…ホールの最前席に座っていた。そのことが確認できたその時、

 

 

「!っ」

 

 

 

 突然ホールに音楽が流れてきた。曲名は悠も聞いたことがある『白鳥の湖』。流れてきたと同時に、ステージに誰かが踊りながら登場した。それはバレリーナ姿の絵里だった。絵里の踊りはとても軽やかで美しく、思わず目が離せないほどであった。希から渡されたDVDで見た幼い時のものより…否その倍以上に洗練されているように見えた。今の状況を忘れてしまうほど見入ってしまうほど悠は絵里のバレエに魅了されていた。このまま時が過ぎないでほしい。そう思い始めた時だった。

 

 

 

 

やめて!!

 

 

 誰かの叫び声に絵里シャドウは演技を止めてしまう。その声は…

 

「絢瀬!?」

 

 ずっと探していた絵里の姿があった。絵里も悠がここに居るとは思わなかったのか、悠の姿を見つけると、とても驚いた表情をしていた。やはりここに入ったのが夜中であったのか今の絵里の恰好は寝間着である。普段と違って髪を下ろしているのでこの姿も新鮮だと若干見惚れてしまうが、今はそれどころではない。早く絵里を連れてここから離れなければ。

 

「なっ!?」

 

 見ると、悠は手足を鎖で拘束されていた。これでは身動きが取れない。まさか、さっきのバレエはこのためのフェイクだったのか。あまりに心打たれる演技だったので、鎖に拘束されていることに気づかなかった。悠が己の迂闊さを悔やんでいる時、ステージでは絵里シャドウは演技を止められてうんざりした表情をしていた。

 

 

『何よ。あなたのためにしてやったことなのに…何なら手順を飛ばしてストリップの方を』

 

「いい加減にして!!もうこんなことを」

 

 

 絵里は朗らかに衣装に手を掛けようとした自分の影に怒涛の如く突っかかる。勝手なことをされて怒りを抱く気持ちは分かるが、それは地雷を踏む行為に他ならなかった。

 

 

 

『ハァ?いい加減にしてほしいのはこっちなんだけど?』

 

 

 

 影の冷たい声色に絵里は戦慄して直立不動になってしまう。悠はシャドウの声が冷たくなったを聞いて、いよいよ状況がまずくなったと思う。一刻も早く何とかしなければと思うが、手足が動かないのでペルソナを召喚できない。その時、

 

 

「鳴上先輩!助けに来ました!」

「鳴上くん!」

「お兄ちゃん!」

 

 

 ホールの入り口から海未たちが突入してきた。にこが先頭で来たとなると、彼女がペルソナで引っ張ってきたのだろうと思うが、今の状況では間が悪いと思わざる負えない。

 

「あ、あなたたち……希も……どうして…」

 

 絵里は悠のみならず、穂乃果たちまで登場したことに驚きを隠せないでいた。それとは反対に絵里シャドウは穂乃果たちを見ると、うんざりしたように溜息をつき、吐き捨てるようにこう言った。

 

 

『ハァ…紛い物たちがこんなところまで来ちゃったのね。本当……見てるだけで、憎くて吐き気がしそう……』

 

 

 絵里シャドウが言い放った言葉にその場にいた悠と穂乃果たちは凍り付いた。

 

「そ…それは……どういう…」

 

『だって、アンタ…鳴上くんたちが憎いんでしょ?』

 

「えっ?」

 

 

『遠く離れても信頼し合える友達・心から慕ってくれる後輩に有り余る才能……自分が望んでも手に入れられなかったものを持ってる鳴上くんや自分が"本当にしたかったこと"を平気でやってるあいつらが憎いんでしょ!プププ、本当に嫌な女ね。これで生徒会長だなんて、笑えるわ』

 

 

 嘲笑うように喜々として喋る絵里シャドウ。軽薄そうに話しているが、それは全て真実を語っていたことは絵里の苦しそうな表情が物語っていた。絵里シャドウから発せられた言葉に、悠たちは驚愕してしまう。だが、悠たち以上に一番衝撃を受けたのが希であった。悠からシャドウはその人物の見られたくない感情が具現化したものと聞いていたが、想像とは違った内容に絶句してしまったのだから。

 

「あ、あれが……エリチの本音なんか?」

 

「ち、違う!違うわ!私は……鳴上くんたちをそういう風に思ってない!私には……本当にしたいことが…」

 

 絵里シャドウの言ったことを全力で希に否定する絵里。だが、それを聞いた絵里シャドウはずいっと絵里に顔を近づけてこう聞いた。

 

 

『じゃあ、アンタの本当にしたいことって何なのよ?分かるんでしょ?言って見なさいよ?ほら!言って見なさいよ!』

 

「それは……」

 

 

 絵里シャドウの問いに絵里は言葉を詰まらせる。しばらく頭を抱えて考え込んだものの、絵里は震えることしかできなかった。

 

 

「わ…分かんない……やりたいことって…何……私が本当にしたいことって……何なの………」

 

 

 考えても考えても答えは出ない。心の中では考えていたことなのに、頭が真っ白になったように何も思いつかない。絵里はただただ頭を抱えて唸ることしか出来なかった。そんな様子を見ていた絵里シャドウは次第にニヤニヤしだし、こんなことを言ってきた。

 

『本当に分かんないの?私は知ってるわよ、あなたがしたいこと。本当はあなたはあいつらみたいにアイ』

 

「やめて!!」

 

 絵里シャドウの言葉に絵里は面を食らったような衝撃を受ける。だが、それよりも目の前にいる自分そっくりの人物の存在が信じられないのか、今にも泣きそうな表情で喚きだした。

 

「何で……何でそう言えるのよ!あなたが私の何を知ってるのよ!!」

 

『だって、そうでしょ?()()()()()()()()()()()()なんだから』

 

「!!っ」

 

 さも当然と言わんばかりに宣う目の前の人物に絵里は信じられない気分になる。これが自分のはずがない。似た目は同じだろうが、こんなのは自分じゃない。そう思っていると、

 

 

『自分の気持ちを押し殺して望んでないことをやり続けるなんてもう真っ平。あいつらみたいに何も縛られずに自由にやりたいことをしたい』

 

 

 呟かれた言葉に絵里は心をえぐり取られたような感覚に陥る。何故なら、それは心の奥底で自分が思っていたことなのだから。

 

『さあて、そろそろストリップといこうかしら?これが本当のワ・タ・シ♪』

 

 絵里シャドウは絵里にそう言うと、着ているバレリーナの衣装に手を掛ける。それを見た穂乃果たちは食いつきそうな悠に目を見やるが、悠はそれに目もくれず頭を抱えている絵里本人に注目していた。あの様子だと、そろそろ絵里の精神が持たない。

 

 

「やめて!もうやめて!!違う、違う違う違う違う違う違う!!認めない、認めないわ!貴女なんか、貴方なんか!」

 

 

 とうとう心が耐え切れなくなり、絵里は発狂したように喚きだす。この状態は…まずい!今までのことからして、あの"禁句を"口にしてもおかしくない。

 

「やめて!絵里先輩!?」

 

「それ以上は言ってはダメです!?」

 

 穂乃果たちは必至に絵里があの禁句を言うのを阻止しようとするがもう止められない。希も訳が分からず、絵里に何か言ってあげたいのに思いがけないことについて行けず、その場に立ち尽くすしかなかった。ついに、絵里はこの世界ではいってはいけない"禁句"を口にしてしまう。

 

 

 

 

「あなたなんか…私じゃない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うふふ…ウフフフフフフフ……あははははははははははははは!あーっはっはっはっは!来た来た来た――――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 絵里が大声で禁句を口にした途端、絵里シャドウは歓喜の声と共に、禍々しいオーラに包まれていった。そして、その包むオーラの大きさはどんどん大きくなっていき、そこに巨大な怪物が出現する。黒い白鳥を彷彿とさせる大きな怪物。周りに巨大な鎖をたなびかせている。

 

 

「なに……これ………」

 

 

 さっきまでそこにいた自分そっくりの人物が巨大な怪物になったことに頭がもう追い付かず、絵里はその場にへたり込んでしまう。

 

 

 

 

我は影…真なる我………良いわ、あなたがそう言うなら私が本当にしたいことをやってあげるわ。だから、死になさい!

 

 

 

 

 

 暴走した絵里シャドウはそう言うと、たなびかせている鎖を一つ絵里に向けて解き放った。

 

 

「えっ?」

 

「良かった!間に合った」

 

 

 絵里シャドウの攻撃が絵里に直撃する寸前に、花陽のクレイオーが目に見えぬスピードで絵里を救出していた。それを追撃しようと再び鎖を放とうとするが、それは阻止されることとなる。

 

貴様ら……

 

 攻撃を放つ前に、海未のポリュムニアと真姫のメルポメネーが絵里シャドウを牽制したのだから。そして、凛とにこが悠を守るように立ち塞がる。GWの事件を経て成長した連帯っぷりに悠は感嘆した。あの事件は彼女たちを成長させる良い糧になったようだ。花陽のクレイオーに助けられた絵里は何が何だが状況を呑み込めず混乱しているようだが、この状況では仕方ないだろう。

 

「ナイスだ、みんな」

 

 良い連携プレーを見せてくれたみんなに労いの言葉をかけた悠。すると、

 

「ったく、アンタが捕まってどうすんのよ。またあのシャドウに鼻伸ばしてたんでしょ」

 

 恨み言を言いながらも悠を拘束していた鎖を解くにこ。海未たちもにこと同じことを思っているのかむすっとした表情で悠を見ていた。少し語弊があるが、言われたことは間違いではないので悠は口を詰まらせてしまう。今すぐにでも誤解を解きたいものだが、それは後にしよう。

 

「穂乃果・ことり・東條、絢瀬を頼んだ」

 

「「うんっ!」」

 

 絵里を穂乃果たちに預けると、悠はすぐに絵里シャドウの方を見る。向こうは既にこちらを殺す気満々といった様子でこちらを睨みつけている。上等だ、そちらもその気ならこっちも本気で行かせてもらう。そう思って海未たちと戦いに赴こうとすると、

 

 

「鳴上くん……エリチを…助けてあげて………お願い…」

 

 

 希から掛けられた言葉に、悠は足を止めた。その言葉には、自分には何もできない悔しさ・親友を助けてほしいという心からの羨望、そして何より"無事に帰ってきてほしい"という希の祈りが込められていたのを感じたからだ。

 

 

「ああっ、任せろ。行くぞ!みんな!!」

 

「「「はいっ!」」」

 

 

 希の声援を受けて、悠は覚悟を決めて日本刀を抜刀し、掌に青白く輝くタロットカードを顕現する。武器を持つことは覚悟の証。その覚悟を持って、悠は海未たちと暴走した絵里シャドウに立ち向かう。ここで誰も死なせない。そして、絵里の心も救ってみせる。全員で皆の待つ現実へ帰って見せる。

 

 

 

ーカッ!ー

「ペルソナ!!」

 

 

 

 悠はそう心に誓い、タロットカードを砕いて己のペルソナを召喚した。悠が召喚したペルソナの姿を見て、希は頼もしさを感じていた。

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「全て遅かったのよ」

「ぐあああっ!」

「やめて!」

「こんなところで……」


「助けて…助けてよ!鳴上くん!!」


Next #44「True My Self」


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#44「You're not alone.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・評価を下さった方・誤字脱字報告をしてくださった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援でここまでやって来れました。

まだまだ至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


VS絵里シャドウ。その先に待つものとは?………それでは本編をどうぞ!


<音ノ木坂学院 理事長室>

 

 

ガシャンッ!

 

 

「あっ」

 

 理事長室にモノが割れる音が木霊する。仕事をしていた雛乃がコーヒーを一口飲もうとコーヒーメーカーに手を出そうとしたときに、過って別のカップを地面に落ちてしまったのだ。こういうことには注意深い自分には珍しいミスに雛乃は顔をしかめてしまう。

 

 

「もう…このカップ、悠くんにあげようと思ってたものなのに……どういうことかしら」

 

 

 そう言えばと雛乃は今日の悠のことを思い出した。チラッと見かけた時に声を掛けようとしたが、いつもより神妙な顔をしたので声を掛けられなかったのだ。今思えばどうしたのだろうと不思議に思う。一体悠に何が起こったのだろうか。雛乃は思わず不安を感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音ノ木坂学院? 絵里劇場>

 

 

 

ーカッ!ー

「イザナギ!!」

 

 

 悠は己のペルソナ【イザナギ】を召喚して、絵里シャドウに突進する。絵里シャドウに向けて一閃を放つが、それは飛んできた鎖によって防がれてしまう。その隙を狙って、凛のタレイアが攻撃を放つがまたも鎖に弾かれた。

 

「くっ、またか」

 

「あの鎖が邪魔して、物理攻撃が通じないにゃ!」

 

 いくら絵里シャドウに向けて攻撃しても辺りに漂う鎖が絵里シャドウを守るように防いでいるのだ。

 

「こんのぉぉぉぉっ!!」

 

 皆より高い攻撃力を持つにこのエラトーの攻撃も難なく弾かれてしまった。どうやら威力の大小は関係なしに防ぐことができるらしい。全くもって厄介だ。

 

「ならばっ!」

 

 物理攻撃が通じないならばとまた別方向から海未と真姫、花陽がそれぞれ得意の魔法を放った。だが、

 

「「「きゃあっ!!」」」

 

 放った魔法は逆に反射して各々に返ってきた。反射してくるとは思っていなかったかガードするのが遅く、海未たちはもろに当たって尻もちをついてしまった。その3人の様子を見た絵里シャドウは吐き捨てるように嘲笑った。

 

ふんっ、所詮は紛い物。この程度ね

 

 絵里シャドウはそう言うと、海未たちにトドメを刺そうと先の尖った鎖を数多く解き放った。尻もちをついてしまった海未たちは防ぐ術なく攻撃を受けてしまう。と思われたその時、

 

 

ーカッ!ー

「【ジークフリード】!!」

 

 

 鎖が海未たちに当たる寸前に、悠がペルソナをジークフリードにチェンジして海未たちに向けて放たれた鎖を次々と斬り落としていった。そして、さっきのお返しと言わんばかりに、瞬時に絵里シャドウの胴体にカウンターを入れ込む。だが、攻撃が当たると思われた瞬間にどこからか出現した鎖に防がれてしまった。そのことに悠は顔をしかめてしまうが、またカウンターを受けないようにと悠はジークフリードを一旦その場から下げさせて、海未たちと合流した。

 

「ああっ!惜しかったにゃ~!今の鳴上先輩の攻撃が当たってればよかったのに~!」

 

「あの鎖さえなければ、エラトーの一撃で沈めてたはずなのに~!」

 

 凛とにこはは先ほどの攻撃が当たらなかったのが悔しかったのか、グチグチそう言っているが、他のメンバーは絵里シャドウを分析する。

 

「物理攻撃はあの鎖に防がれますし、魔法は反射されます……一体どうすれば」

 

「でも、さっきの鳴上さんの攻撃には少し遅れて反応してたわ」

 

「もしかしたら、そこが狙い目かもしれませんね」

 

「なら、スピードで勝負だ。俺と凛、小泉を軸にして牽制していく。気を抜くな」

 

「「「はいっ!!」」」

 

 作戦は決まり、悠の言葉で身が引き締まった一同は体勢を整えて攻撃していく。作戦通り悠と凛、花陽のスピードに特化したペルソナで牽制して隙を狙う。あまりの連帯の良さに絵里シャドウは内心焦りを感じていた。どれだけ叩き落としても、彼女たちは諦めない。どれだけ心を折ろうとすぐに立ち直って何度も向かってくる。そう直感したのだ。皆を取りまとめて、鼓舞しているあの"鳴上悠"という男がいる限り。ならば、悠を即刻潰せばドミノ倒しのように彼女たちも潰れるだろうと思うが、悠がそう簡単に倒せるとは思えない。悠を狙っている隙をついて、攻撃されるのが目に見えている。ならば……()()()を使うしかない。

 

 

 

そろそろ遊びはおしまいよ。紛い物はここで滅びなさい

 

 

 

 絵里シャドウはそう言うと、くちばしを大きく開け始めた。一体何なのかと思っていると、突然ホール中に風が吹き始めた。そして段々風圧が強くなっていき、ついには台風並みのモノに発達していく。

 

「きゃあっ!」

 

「な、何ですか!これは」

 

「みんな、近くにあるものにしがみつくんだ!」

 

 悠たちは風圧に負けないように客席にしがみついたため、身動きが取れなくなってしまう。そして、絵里シャドウのくちばし一点にエネルギーが集めていく。段々集まっていくそのエネルギーは凄まじくなっていき、それは一つの球体に変化して収束されていった。それを見た悠は顔が真っ青になった。

 

 

(アレは…まさか!)

 

 

 アレには見覚えがある。P-1Grand Prixのときにエリザベスが悠に放とうとしたあの技だ。アレを放たれたら、どうなるか分からない。絵里シャドウはみんなまとめて潰すつもりだ何とか阻止できないのかと足掻こうとしたが、アレを防げるペルソナを悠は持ち合わせていない。

 

 

「逃げろっ!!」

 

 

 悠がそう警告したときには、もう遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"メギドラオン"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドオオオオオオンッ!!

 

 

 

 

 その瞬間、ホール一帯を凄まじい衝撃波が襲って悠たちもそれに呑み込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ…………あ、あれ……一体どうなったんだろう………みんなは?」

 

 衝撃波が収まり辺りが静かになったところで、穂乃果は顔を上げて状況を確認した。見れば、辺りは静かで何の音も聞こえない状況だった。探して見ると近くにいたことりや希、絵里は無事だった。しかし、悠たちは一体どうなったのだろう。恐る恐ると穂乃果は隠れているところから立ち上がって確かめてみた。

 

「えっ?」

 

 穂乃果は自分が目にしている光景が信じられなかった。目に映るのは絵里シャドウのメギドラオンを食らったせいか、苦しそうに自身のペルソナと横たわる海未たちの姿。辛うじて悠は立っているが、身体はもう限界に近いと言って良いほどボロボロだった。悠のその様子を見た穂乃果の脳裏に、P-1Grand Prixでの記憶がフラッシュバックする。まただ、またあの時と同じだ。また自分は何も出来ずに悠が…みんなが傷ついていく。ただそのれを見ているしかない自分に自己嫌悪に陥りそうになるその時、頭上から恐ろしい声が聞こえてきた。

 

 

チッ、まだ生きているのね

 

 

 それは言うまでもなく、絵里シャドウだった。絵里シャドウは悠たちの息の根を止められなかったのが恨めしかったのか、もう一度メギドラオンを放つ体制を取る。それを見た悠は何とか二度目は防ごうとヨロヨロと手を開いてタロットカードを顕現する。あのままではだめだ、もう悠が死にそうな目に遭うのは見たくない。穂乃果は悠を止めようと急いで悠の元へ走ろうとしたその時、

 

 

 

「待って!!」

 

 

 

 突然誰かの声がホールに響き渡った。その声の主は絵里だった。絵里はよろよろと立ち上がって、一歩足を出した。何事かと思っていると、絵里は衝撃的なことを宣った。

 

 

 

「私を殺しなさい」

 

 

 

「「「なっ!!」」」

 

 絵里から放たれた言葉に一同は言葉を失った。一体絵里は何を言っているのだろうか。絵里が死んだら元も子もないというのに。皆の疑問に説明するように、絵里は淡々と言葉を発した。

 

「もういいのよ……もう遅かったのよ…やりたいことに気づくのが。そのせいで、私は貴方たちを危険な目に遭われてしまった……もう、いいのよ」

 

 どこか達観したような口調で話す絵里。だが、希はそれに納得がいかなかったのか普段の穏やかな雰囲気が嘘のように激しく絵里に反論した。

 

「エリチ!バカなこと言わないで!!」

 

「!!っ、希……」

 

 

「エリチは何でそんなこと言うの!エリチは"やりたいこと"があるんやろ!!それに背を向けたまま死ぬだなんて、ウチは許さへんよ!!」

 

 

 今まで見たことがない剣幕で怒る希に絵里は思わず慄いてしまった。だが、今の絵里に希の必死の言葉は届くことはなかった。

 

「希に私の何が分かるって言うのよ!!」

 

「えっ」

 

 

「もう放っておいてよ!もう遅いのよ!!何をしても無駄なのよ!!これ以上私のせいで鳴上くんたちや希が傷つくのを見るなら、死んだ方がマシよ!!」

 

 

 絵里の斬り返しに、希は言葉を詰まらせてしまった。いつも傍に居た自分は知っている。こうなったら絵里を止めることなど無理であると。しかし、このまま絵里を死ぬのを親友として見過ごすことはできない。何とか反論を出そうとした希だが、頭上の恐ろしいものを無慈悲にもその時間を与えてくれなかった。

 

 

フフフフフ……いい答えね。じゃあ、お望み通り殺してあげるわ。死になさい!

 

 

 絵里シャドウは絵里の言葉に満足したのか、絵里に向けてありったけの鎖を一斉に放つ。それを見た絵里は動くことはなかった。そして、誰もその場から動こうとすることはなかった。これでいい、自分はこれでいい。これで悠や希たちは助かるはずだ。そう安心した表情で絵里は目を閉じた。出来れば、一瞬の痛みであの世に行けることを祈って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、どれだけ待っても来るはずの痛みはやってこない。どういうことだろうと疑問に思って、絵里は目を開けた。

 

 

「えっ?」

 

 

 そこには絵里に向けられたはずの鎖を受けて立ち尽くしている大男の姿があった。数多くの鎖が刺さっていながらも立ち続けるその姿は、まるで武蔵坊弁慶を想像させる。一体、この大男は何なのか?答えはすぐそこにあった。

 

 

「ぐっ………」

 

「な、鳴上くん……」

 

 

 その正体は絵里を鎖から庇うために悠が召喚したペルソナだった。そのペルソナの名は【トール】。その巨体と筋骨隆々の身体で多数の鎖から絵里を庇っていた。だが、当然フィードバックにより召喚者の悠にもトールが受けたダメージが返ってくる。それは、今の悠が痛みを感じている部分がトールがダメージを受けている箇所と同じであることから明白だった。相当な痛みなのか、悠の表情が今にも死にそうだ。

 

 

そこをどきなさい。その女は死にたがってるのよ

 

 

 絵里シャドウが冷たく警告するが、悠は構わず拒否するように絵里シャドウを睨みつける。

 

 

「死なせるものか……絢瀬を……死なせるものか………」

 

 

 痛みに耐えながらも弱々しくそう言う悠だが、その言葉には確固たる意志が感じられた。言っても無駄と判断した絵里シャドウはトールに向けて次々と鎖を突き刺していく。どれだけ苦痛を受けても悠はその場を退こうとはしなかった。だが、あまりに大きなダメージを受けたのか、悠が呻き声を上げるとトールは力尽きたように霧散してタロットカードに戻ってしまった。ペルソナが消えてしまったので丸腰同然になってしまう悠。それにも関わらず、絵里シャドウは容赦なく鎖に向けて解き放った。だが、

 

 

!!っ…何よ……このおぞましいものは

 

 

 絵里シャドウは何かに恐れを感じたのか思わず委縮してしまう。その怯えていたものの正体は、悠の前に転がったゴマ団子だった。もちろんそれは風花特製の物体X。この威力は雑魚シャドウだけでなく、絵里シャドウにも効果テキメンだった。

 

 

「お兄ちゃんに近づかないで!!」

 

 

 ゴマ団子を投げつけたのはことりだった。ことりは悠を守るように、両手を広げて絵里シャドウに立ち塞がる。

 

 

「こ、ことり……逃げろ……」

 

「逃げないもん!お兄ちゃんにそう言われても、ことりは絶対に逃げない!」

 

 

 悠の言葉を振り切ってその場から離れようとしないことり。恐怖のせいか足が子鹿のように震えているが、その目には兄と同じく絶対離れないという確固たる覚悟が秘められていた。兄が危機に瀕しているというのに、自分はそれを見ているだけだなんて我慢ならない。だが、ペルソナを覚醒していないことりがこの行為に及ぶのは無謀に等しい。

 

 

小娘が……邪魔をするな!

 

 

 絵里シャドウは怒り狂い、鎖をことりと悠に目掛けて放とうとするが、それもまた防がれることとなる。

 

 

「よそ見すんじゃないわよ!」

 

 

 悠とことりに気を取られている隙に、にこのエラトーが背後からハンマーを振り下ろした。しかし、すくさま気づいた絵里シャドウの鎖に防がれてしまい、奇襲は失敗してしまう。だが、にこだけでなく、"メギドラオン"を受けて動けなくなっていたはずの海未たちもよろけながらも立ち上がって、各々の攻撃を絵里シャドウにぶつけていった。

 

 

「まだ…終わりじゃありません!!」

 

 

 花陽のクレイオーの回復魔法で微力ながらも回復した海未たちは絵里シャドウに食らいつく。海未たちもまた悠とことりと同じように、目に例えどんなことがあっても絶対に守ってやるという覚悟を宿していた。それを目のあたりにした絵里シャドウは更に怒りを爆発させる。

 

 

 

やめろ………やめろ!その目!その目を私に向けるなぁぁぁ!!

 

 

 

 

 

 

 絵里はもう理解できなかった。傷ついても傷ついても悠たちは自分を守ろうと必死に足掻いている。自分のことを顧みずに、勝手に死のうとしていた自分を守ろうとしている。それが更に、絵里の頭を混乱させることとなった。

 

 

「何でよ…何でそんなことするの!私は死にたいのよ!!何で邪魔するのよ!私はもう生きてたって」

 

 絵里は訳が分からず、癇癪を起した子供のように泣き喚く。もう何に向けて言っているのか自分でも分からなくなっていた。だが、

 

 

 

 

「ふざけるな!!」

 

 

 

 

 悠が今までに見たことがない形相で怒声を上げた。その迫力に絵里のみならず穂乃果たちも戦慄してしまった。

 

「絢瀬は亜里沙がいるだろう!亜里沙の気持ちも考えずに無責任なことを言うな!!」

 

 悠は先ほどの絵里の言葉が相当頭にきたらしく、以前穂乃果たちに怒った時以上に声に怒気が入っていた。だが、絵里も頭に血が上っているのか、悠の言葉に反撃する。

 

「何よ!あなたも希のように説教するの!もううんざりなのよ!あなたが私の何を知ってるって」

 

 

「お前こそ知っているのか!!」

 

 

「!!っ」

 

「大切な人を失ったときの気持ちをお前は知っているっていうのか!!」

 

【言霊遣い】級の伝達力のせいか、悠の言葉に込められたモノがストレートに伝わってくる。あまりに直球で来たので、絵里は反論することはなくただただ悠の気迫に慄くしかなかった。まるで小さい頃、父親にこっぴどく怒られた時のように。悠も落ち着きを取り戻したのか、息を整えながらも絵里に言葉を掛けていく。

 

 

「ハァ…ハァ………知ってるから…もう味わいたくないんだ……今でも覚えてるさ…菜々子が死んだときのことを……俺は今でも忘れそうにない」

 

「えっ……菜々子ちゃん?」

 

 

 悠は知っている。大切な人がいなくなった時の辛い気持ちを。去年の事件、菜々子がテレビの世界に誘拐されて、救出した後に体調が悪くなり入院した。順調に回復すると思われた矢先に危篤状態に陥り、悠の目の前で冷たくなった。だが、奇跡的に蘇生して体調は回復し、今も稲羽市で陽介たちと元気に楽しい日々を過ごしている。GWで菜々子が変わらず元気でいる姿を見ているだけでとても嬉しかった。

 しかし、悠はあの時のことを忘れた訳じゃない。あの時味わった心からの悲しみや絶望感、犯人に対する激しい憎しみ、菜々子が死んだと手に伝わったときの感触は今でも覚えている。あんな思いはもう二度と自分にも…他人にもさせたくない。それも大切な家族が何も知らずに死ぬということは、絶対に。

 

 菜々子の話を知った絵里は思わず絶句してしまった。あんな元気で無垢な菜々子がそんな目に遭っていたということが信じられなかった。だが、今はあんなに元気に過ごせているのは、悠たちのお陰なのだろう。そんな酷な体験をした悠にとって、さっきの自分の言葉はとても気に障るものだったのだろう。あまりに自分が無責任だったと後悔していると、そんな自分に悠はこう問いかけてきた。

 

「それに、東條の言う通り絢瀬はこのままで良いのか?」

 

「…私は……」

 

 悠の言葉に絵里は揺らいでしまう。己の中では答えは出ているのに、それを口に出すのは躊躇われた。答えは出たと言ってもそれはハッキリと言うには曖昧で、悠たちのような絶対のものと確信しきれなかったからだ。

 

 

「もし、それでも分からないっていうのなら……俺たちが一緒に見つけてやる」

 

 

「えっ?」

 

「みんな…初めからハッキリと分かっていた訳じゃない。陽介や里中と天城たち、園田や小泉たちだって………俺だってそうだった」

 

 そう言って悠は稲羽を訪れてからこれまでのことを思い出す。仲間たちはずっと悩んでいた。自分の境遇・友達としての在り方・本当の自分の定義・隠していた自分の趣味……そして、あの事件が終わったら仲間との繋がりが消えてしまうのではないかという心の恐れ。思い出せばキリがない。悩みはそれぞれだったが、一生懸命悩んで考えて、乗り越えていったのだ。最終的に答えを出したのは各々自身だったが、その過程にはその悩みを真摯に受け止めてくれたり、曝け出せあえたりしてくれた仲間がいた。一緒に答えを探してくれた仲間がいたからこそ、今の自分がいると悠たちは思っている。

 

 

「だから、1人で見つけられないのなら皆で探せばいい。きっと穂乃果やことり……稲羽にいる陽介や天城たちだって、喜んで協力してくれるはずだ。絢瀬は………一人じゃないからな」

 

 

 悠がそう言ったのを聞いた絵里は、堅く閉ざされていた心に風穴を開けられた感覚に襲われた。"自分は一人じゃない"。よく聞くありきたりで以前の絵里ならそんなものはただの妄言だと斬り捨てていた言葉だが、今はそうは思わなかった。今の絵里にその言葉は、今まで悩んでいたものを全て打ち砕いてくれたのだから。思わず何で今まで気づかなかったのだろうと、馬鹿らしく思ってしまうくらいに。そんな自分に絵里が気づいたその時、

 

 

 

 

小賢しい紛い物共め!今にもう立ち上がれないくらいの絶望を味合わせてやる!これで終わりだ!

 

 

 

 

 絵里シャドウは海未たちを押しのけて悠と絵里に鎖を解き放ってきた。容赦なく迫りくる鎖。逃げ場はないし体力があまり残ってないが背後の絵里たちを守るために、悠は痛みが蝕む右手に力を振り絞ってタロットカードを発現させる。限界まで気力を振り絞って発現したのは一枚のタロットカードではなく、小さく重なる4枚のタロットカードだった。

 

 

 

(亜里沙…力を貸してくれ!)

 

 

 

 それらを一つに合わせて、悠は力いっぱい握り砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!っ」

 

 

 絵里シャドウは驚愕した。今まで以上に悠に向けて解き放った鎖はあっさり弾かれ、その隙に渾身の一撃を食らわされたのだ。それも、一瞬防御が手薄になった胴体に。

 

ぐっ…ぐうっ…………そ、それは………

 

 目の前に現れて悠と絵里を守ったのは長い銀髪にエメラルド色の鎧、長い槍を持った騎士の青年であった。その名は【タムリン】。亜里沙と絆を結んで解放された新たな悠のペルソナである。その雰囲気と絵里シャドウの攻撃を弾きかつ一撃を食らわした槍捌きに穂乃果たちだけでなく、絵里も呆然としてしまった。すると、

 

 

 

『お姉ちゃん…早く帰ってきてね。亜里沙、ずっと待ってるから』

 

 

 

「亜里沙……」

 

 亜里沙の言葉が絵里の頭に響き渡る。何故だがは分からないが、最愛の妹の言葉が闇に覆われた絵里の心に光を差し込んでくれた。

 

 

 

『絵里、あんまり無理をするんじゃないよ。あなたが元気でいてくれれば、私はそれで良いからね』

 

 

 

 今度は違う声が聞こえてきた。ずっと会いたかった懐かしい優しい声。その言葉に、絵里の心を塞いでいた堰は崩され、絵里の中に今まで閉じ込めていた感情が溢れかえってくる。そのせいか目頭が熱くなってきた。

 

 

「私は……あの時のように輝いていたかった。お婆様が喜んでくれたから、私は一生懸命撃ち込めたの。でも、私は…お婆様の気持ちも知らずに、オーディションに落ちたってだけでバレエを止めて……何も続けられないままになってしまった。鳴上くんや高坂さんたちを見て…アイドルをやりたかって思ったのに、あなたたちが羨ましくて…素直になれなくて………それで心のどこかで…憎いって思ってしまったのね…」

 

 

 絵里は今までのことを振り返るように、そしてそのことを懺悔するように涙を流しながらポツポツと言葉を紡いでいく。

 

 

「今ならハッキリ言える……私はアイドルをやりたい。興味本位であるけど、またあの日のように……大切な人に喜んでもらえるようなパフォーマンスがしたい。誰かの支えになれるような、そんな演技がしたい。だから…まだ死にたくない」

 

 

 そして、絵里は目に涙をためて悠に向かって願うように言葉を発した。

 

 

 

 

 

「助けて……助けて!鳴上くん!!

 

 

 

 

 

 絵里から本音の言霊が放たれた。それを受け止めた悠はフッと笑みを浮かべて、絵里の頭にポンッと優しく手を置いた。

 

 

 

 

 

「その言葉を待っていた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐああああああっ!うううううっ!こ、この期に及んで…私を受け入れる……だと!ふざけるなあああああ!!』

 

 

 

 絵里が悠に助けを求めた時、絵里シャドウの苦痛に悶える声がホール中に響き渡った。それを確認した悠はニヤリと笑う。絵里が己の影を受け入れようとしたため、絵里シャドウはその姿にノイズが走り出していた。これで絵里シャドウの力は弱まるはず。反撃のチャンスだ。

 

 

「行くぞ!」

 

「「「はいっ!」」」」

 

 

 悠の合図と共に、待機していた海未たちのペルソナは一斉に駆け出した。まず先に仕掛けたのか、にこだった。

 

 

「食らいなさい!エラトー!!」

 

 

 にこの指示でエラトーは思いっきりハンマーを振りかぶって絵里シャドウへ振り落とす。絵里シャドウは今まで通り鎖でガードしようとしたが、力が弱まってる状態なので鎖はクッキーのようにいとも簡単に砕け散ってしまった。絵里シャドウは信じられないという表情をしつつも辛うじてエラトーのハンマーを躱す。だが、エラトーのハンマーの威力に負けてしまい、体勢を崩してしまった。

 

「よし!今こそ総攻撃よ!!あんたたち!!」

 

「了解です!行きます!!」

 

 

 

ー!!ー

「「「「いっけぇぇぇぇっ!!」」」」

 

 

 

 エラトーが鎖を破壊したのを皮切りに海未たちはありったけの攻撃を絵里シャドウへ向けて同時に放つ。まさに総攻撃。絵里シャドウは次々と来る攻撃に身動きが取れず多大なダメージを受けてしまった。海未たちの猛撃が途切れた時にはもうフラフラで、さっきまで悠たちを嘲笑っていたのが嘘のように虫の息だった。そして、

 

 

「鳴上さん!お願い!!」

 

 

 

ーカッ!ー

「最後だ!【イザナギ】!!」

 

 

 

 真姫の言葉を合図に、悠はペルソナをイザナギにチェンジして絵里シャドウに向けて高速で近づいていく。絵里シャドウは何とか力を振り絞って鎖を解き放つが、イザナギは迫りくる鎖を一気に斬り落として一気に距離を詰めていく。その姿に絵里シャドウは死神が近づいて来るような恐怖感を感じていた。

 

 

や、やめて…やめて…やめて!!あ、あ、あ、ああああああああっ!

 

 

 絵里シャドウの命乞いも虚しく、イザナギは絵里シャドウにトドメの一撃を放った。まさしく一閃。絵里シャドウは急所をイザナギの大剣に突き抜かれ、力尽きたように地面に伏して禍々しいオーラと共に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わった」

 

 

 

 絵里シャドウが戦闘不能になったことを確認した悠たちペルソナ使いは緊張の糸が切れたようにその場に膝をついた。相当キツイ戦いだったのか、皆疲れているように見える。だが、一番辛そうだったのは悠だった。"メギドラオン"を食らったのもあるが、絵里を庇うために多数の鎖を受けたり、無茶な召喚をしたので当然だろう。普通なら倒れてもおかしくないが、意識を保てているのはこれまで潜ってきた修羅場の数のお陰だ。

 

「悠先輩!みんな!大丈夫!?」

「お兄ちゃん!みんな!」

「鳴上くん!」

 

 悠たちの状態が心配になった非戦闘員だった穂乃果とことり、希が悠たちの元へ駆け寄った。

 

「ああ…これくらい」

 

 悠はそう言うと、傷を癒すために自身のペルソナの一つの【ハリティー】を召喚する。花陽もそれにならってクレイオーの回復魔法を皆にかけた。すると、

 

 

 

 

ううっ………わ…分か………ら……ない

 

 

 

 

 突然誰かの声がしたので一同はビクッとなる。声がした方を見てみると、元の姿に戻っていた絵里シャドウがフラフラとしながらこちらに向かっていた。

 

「まだ向かってくるのか」

 

 まだ身体が癒えていないが、何とか戦おうと悠たちは臨戦態勢を取る。しかし、絵里シャドウはそれに気づいてないのか夢遊病者のようにフラフラしながら独り言を呟くようにこう言った。

 

分からない……やりたいことって…何なの……相手のためと自分のためにやるのって………どこが違うの………誰か……誰か…教えて……教えてよ、誰か教えてよ………

 

 余程強く拒絶されているのか、このままでは手を付けられない状態だ。悠はどうしたもんかと思考すると、それを見ていた絵里が一歩前に出て自分のシャドウの元へ歩み寄った。そして、自分の影を臆することなく優しく抱きしめた。これには悠たちも驚いたが、絵里シャドウの方が面を食らった顔をしていた。そして、

 

 

「ごめんなさい、ずっとあなたを見て見ぬフリしてきて…本当にごめんなさい。辛かったよね……今まで抑え込まれてて……辛かったよね…………」

 

 

………………

 

 

 もう一人の自分を我が子のようにぎゅっと抱きしめ、泣きながらも語り掛ける絵里。絵里シャドウは何も言わず、ただ黙って絵里の言葉を聞いていた。

 

 

「あなたの言う通り、"本当にやりたいこと"が何なのか私には分からない。でもね、分かっているのは……私も高坂さんたちのようにアイドルがやってみたいってことだけ。まだ興味本位で………それが"本当にしたかったこと"なのかは分からないけど…これから鳴上くんたちとそれを確かめていくわ。そして、これが私の本当にしたかったことなんだって胸を張れるように、頑張るから……もう大丈夫よ」

 

 

 絵里はそう言うと、シャドウの顔に優しく手を当ててこう言った。

 

 

 

()()()()()で…………()()()()()ね」

 

 

 

 絵里の言葉に、絵里シャドウはコクンと頷いて嬉しそうに…そして、目にうっすらと涙を浮かべて、眩い光に包まれていった。そして、それは姿を変えて、神々しい女神へと姿を変えた。

 

 

 

 

 

 

我は汝…汝は我……我が名は【テレプシコーラ】。汝…世界を救った者と共に、世界に光を……

 

 

 

 

 

 

 

 そして女神は再び光をなって二つに分かれ、一方は絵里へ、もう一方は悠の中へと入っていった。

 

 

 

――――絵里は己の闇に打ち勝ち、困難に立ち向かうための人格の鎧ペルソナ【テレプシコーラ】を手に入れた。

 

 

 

「これが……鳴上くんたちが持ってる……ペルソナ?」

 

「ああ、それが絢瀬のペルソナ。自分と向き合った証だ」

 

 ハッキリと感じる己の中で目覚めたモノに、絵里は胸に手を当てて嬉しそうな顔をした。これが今まで抑え込んでいた自分と向き合った証。見られたくないところを悠たちに見られてしまったが、本当に良かったと心から思う。だって、今まで心につっかえていたものが取れたような晴れやかな気持ちになっているのだから。

 

 

「鳴上くん……あなたたち………ありがとう、私のために……」

 

 

 絵里は改めて自分を救ってくれた悠たちに笑顔で感謝を述べた。思えば初めてだったのかもしれない。こうやって自分に本気で心配してくれたり、死ぬ気で自分のために身体を張ってくれたのは。だから、こうして心から感謝できるのだろう。そして、初めて見たような気がする絵里の心からの笑顔に、悠たちも自然と笑みを浮かべた。やっと絵里が心を開いてくれた。そのことだけでも、悠たちはとても嬉しかった。

 

「エリチ、良かったね」

 

 絵里のそんな表情に希は安心しきったように、負けずに笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"良かった"?ウフフフフ……白々しいわね。本当はそんなこと思ってないクセに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「!!っ」」」」

 

 

 

 突如、背後から何者かの声が聞こえてきた。カツンカツンとこちらにゆっくりと近づいて来る者の足音が聞こえる。そして、段々と感じてくる魔王のような気配。穂乃果たちだけでなく、悠までもがその気配に並々ならぬ恐怖を感じてしまった。恐る恐ると振り返ってその正体を確かめてみる。

 

 

 

 

 

"また悠くんに悪い虫がついた"。そんなことを思ってた癖にねえ?

 

 

 

 

 それは、音ノ木坂学院の制服に身を包んだ金色の目を持つ希…いや、もう一人の希だった。普段の優しく落ち着いた雰囲気とは違って、希シャドウからはそれとは正反対の邪悪で悪意のある表情でこちらを見ていた。それを見た穂乃果たちは絶句してしまう。

 

 

 

 

 

 

 そう、悠たちはまだ気づいていなかったのだ。これからが本当の正念場だということを。そして……この場が悠にとって、運命の分かれ道であることを。

 

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

『ウフフフフフフ……』

「どういうことだ」

『私は忘れたことなんてなかったのに!』

「あんたなんか…あなたなんか……」



『今から悠くんはあなたたちのことを忘れるってことよ』



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#45「I'll never forget anything again 1/2.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・誤字脱字報告をしてくださった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


希シャドウ出現!?一体どうなる?…………それでは本編をどうぞ!


「あ、あれって……まさか、希先輩のシャドウ!?」

 

「そんな!」

 

希シャドウが出現したことにより、皆に緊張が走った。絵里がペルソナを手に入れて大円団という時に現れるとは思ってもみなかったのもあるが、希シャドウの雰囲気が今ま先ほどの絵里シャドウより…今まで遭遇したどのシャドウよりも禍々しいものであったからだ。

 

 

「あ、あれがウチの……シャドウ…」

 

しかし、それは希自身が一番驚いていた。すると、それが可笑しかったのか希シャドウはクスクスと笑った。

 

 

『ウフフ…何驚いているの?悠くんが好きなワタシ』

 

 

「「「「悠くん!?」」」」

 

 

希シャドウが悠を名前で呼んだことに一同は驚愕する。シャドウは人が心に抑え込んでた感情…強いて言うなら裏の顔が具現化したもの。いつもの行動から希が心の中でそう言っていてもおかしくはないが、いざ聞くととても驚いてしまう。だが、皆のその様子を見た希シャドウはまたからかうようにクスクスと笑いだした。

 

 

『なによ?何も驚くことはないじゃない。だって、私と悠くんは()()()()()5()()()()()()()なんだから』

 

 

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 

 

更に希シャドウがばらした情報に一同は驚愕してしまった。悠と希が幼馴染?今までそんなことは聞いたことはないし、それは従妹のことりでさえ悠から一言も聞いていなかった。

 

「希先輩、それ本当なの?」

 

「そ、それは……」

 

「お兄ちゃん!一体どういう……お兄ちゃん?」

 

希はずっと秘密にしていたことを思わぬところで暴露されてしまったため、しどろもどろになっている。ことりも悠に詰問しようとするが、悠が突然顔色が悪くなっているのに気づいて心配そうに声を掛けてくる。だが、悠はことりの声が聞こえないくらいの頭痛に苛まれていた。悠とて原因は不明だが、強いて言うならあの希シャドウが出現してから発症しているのは間違いない。

 

『あの時は楽しかったよね~。親の転勤でどこにも馴染めなかった私を悠くんは優しくしてくれた。一緒に家に帰ったり給食も食べたりてして、冤罪からも救ってくれた。まるで私の正義の味方……いいえ、白馬の王子様だった』

 

希シャドウは当時のことをうっとりとした表情で喜々と語っていた。その様子に普段の希からは考えられなかったので、一同はドン引きしてしまう。そうとは知らず、希シャドウの惚気た話は続いていった。当たり前の日常をスイーツに語っているので、聞いてて思わず砂糖を吐きたく気分に穂乃果たちは陥ってしまう。だが、

 

 

『でも……悠くんは私のことを忘れてた。濡れ衣を着せられた時に助けてくれたことも、一緒に家に帰ってたことも、全部悠くんは忘れてた!私はずっと悠くんのことを忘れてたことはなかったのに!!何で……何で陽介くんたちとの思い出は大切にして、私との思い出は大切にしてくれなかったの!!私が悠くんと再会してどれだけ嬉しかったか知ってるの!?』

 

 

人が変わったように責め立てる希シャドウの言刃が悠の心を切り刻む。自分だって忘れたくて忘れてた訳じゃない。言い訳がましいのかもしれないが、あの時の記憶は思い出したのは最近のことだ。

 

 

 

『でも、悠くんが私を忘れてたのは当然だよね?』

 

 

 

だが、今の責め立てていた表情が一変してまた最初の悪意のある表情に戻っている。

 

 

「そ、それって…どういう……」

 

希が恐る恐ると尋ねると、希シャドウはニヤリと不気味に笑って、思いもよらぬ爆弾を投下した。

 

 

 

 

 

『だって…悠くんが転校することになったとき、私は悠くんを神社に閉じ込めたんだからさ!』

 

 

 

 

 

 

 

「「「「!!っ」」」」

 

希シャドウがそう言った途端、希は知られたくなかったものを突きつけられたように目を見開き、身体が震え始めた。そして、悠の体調が急変する。頭痛・吐き気、それらが一気に悠に押し寄せてきた。悠の顔色が悪くなっていく様を見て、穂乃果たちは慌ててしまう。だが、それに構わず希シャドウは話を進めて行く。

 

 

『"悠くんと離れたくない、ずっと一緒に居たい"って思ったあなたは悠くんを神社に閉じ込めた。そうすれば、悠くんは転校しなくて済むって思ったから。でも、今からして思えばバカだよね?そんなことして、悠くんが転校しないことにはならないのにさ』

 

 

「ち、違う…違う!ウチはそんなこと」

 

 

『だから、再会した時に悠くんが私のことを忘れていることは悲しいと思ったと同時に好都合だと思った。それでまた一から関係を築こうとしたんでしょ?わざわざうろ覚えの関西弁で話したり、わざとらしく甘えたり、自分が悠くんの彼女だってデマを流したのも全てそう。あの時の自分を思い出されたりしたら、悠くんに嫌われるから』

 

 

「ち、違う!」

 

 

『だけど、今や悠くんはみんなの人気者。どうアプローチしようが、悠くんは私のことを見てくれない。それどころか、いつもいつも違う女がまとわりついてる。妙にヘラヘラと懐く後輩に、ぽっと出のくせに甘える偽妹、嫌いと装って近づこうとする親友……こんなんじゃ振り向いてもらえないじゃない』

 

 

そして、希シャドウはそう言って穂乃果たちを憎々し気に睨みつけた。その目から発せられる憎しみ・̪嫉妬…あらゆる負の感情を押し付けられた感覚に襲われ、穂乃果たちはたじろいでしまい動けなくなってしまった。動いたら殺される。そう感じる程の殺気を感じてしまったのだ。

 

 

『なら、悠くんを私しか見れないようにすればいい。悠くんは陽介くんたちやエリチたちじゃなくて、私だけを見ていればいいんだから!!』

 

 

「やめて!!」

 

とうとう耐え切れなくなった希は己の影に歯向かってしまった。

 

 

「な、鳴上くんは……鳴上くんの気持ちは鳴上くんのものや!ウチの気持ちは…」

 

 

『悠くんの気持ちはどうでもいい!悠くんは…あの時から私のものよ。第一、あなたは悠くんが私のことを本当はどう思っているか分かるっていうの?』

 

「えっ?」

 

 

『本心なんて分かりっこない。例え悠くんが私のことをどう思っているかを聞いたとしても、それが悠くんの本心だなんて確かめる術はないじゃない。だったら、自分の都合の良い幻想を押しつければいい。だって、人の本心を知ったところで何も良いことなんてないんだから』

 

 

この希シャドウの言葉を聞いた途端、頭痛の最中で悠は違和感を覚えた。まるであの時と一緒だ。りせを助けた後に起こったあの事態に。だが、今はそれを気にしている場合ではない。

 

「ち、違う……違う……ウチは…」

 

 

『ウフフフ……否定したって誤魔化せないよ。だって、私はあなた…"東條希"。あなたがずっと抱いていた私……』

 

 

「やめて!違う!違う!違う!!ウチは…私は!」

 

「希先輩!!」

 

 

とうとう心が耐え切れなくなった希は頭を抱えてしまう。その証拠に声も身体も小刻みに震えて、懐から零れてばら撒かれているタロットカードの存在に気づいていない。もうこうなってはあの"禁句"を言ってもおかしくなかった。

 

「希……それ以上は」

 

穂乃果たちは希があの禁句を言うのを阻止しようとするがもう止められなかった。

 

 

 

 

 

「あなたなんか…私じゃない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うふふ…ウフフフフフフフ……あははははははははははははは!あーっはっはっはっは――――――!!これで悠くんは私のもの――――――――!!

 

 

 

 

 

 

希が禁句を口にした途端、希シャドウは歓喜の声と共に、禍々しいオーラに包まれていった。そして、その包むオーラの大きさはどんどん大きくなっていき、姿が変わった希シャドウが現れた。頭部に2本の巨大な角と、蝶のような羽を生やし周囲にタロットのようなカードが漂い、背後には巨大な髑髏と無数の触手が現れている魔女に変貌していた。変わり果てた希シャドウの姿に悠たちは絶句してしまう。その神々しくも禍々しい風格や雰囲気に圧倒されてしまい、悠ですら勝てる気がしなかった。

 

 

 

 

我は影……真なる我………ウフフフ…今まで悠くんの面倒を見てくれてありがとう。お礼にあなたたちに真実を教えてあげるわ

 

 

 

 

「し、真実?」

 

希シャドウから発せられる声に怯えながらも悠は聞き返す。そして、希シャドウは満悦な笑みを浮かべてこう言った。

 

 

 

 

今から悠くんは今までのことを忘れるってことよ

 

 

 

 

 

その瞬間、悠の視界が白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

 

 

――――――――――ここは?

 

 

 

 

目が覚めると、悠はどこか真っ白な空間にいた。何か霧がかかってて辺りがハッキリと見えない。おかしい、確か自分はついさっきまでここではないどこかでに居たはずなのに。こんなところに来たことなんてないのに。だが、それよりも……

 

 

 

――――――――――何も…思い出せない………

 

 

 

さっきまで何かあったはずなのに何も思い出せない。それどころか、自分の中にある大切なものたちまでも思い出せない。どれだけ記憶を探っても何も思い出せない。それどころか、自分の中の何かがシャボン玉のように消えていく。今まであったものが空っぽになっていく。そう感じると悠は自然と怖くなった。

 

 

"からっぽ……君も同じ……からっぽ……"

 

 

いつか誰かにそう言われた気がする。自分は"からっぽ"。何もない……"からっぽ"。友達も思い出も、誰かのつながりも記憶もない"からっぽ"。そんな自分に…生きている価値なんてないのだろう。恐怖がやがて諦めに変わり、視界も真っ暗になっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

『大丈夫?悠くん』

 

 

 

 

 

 

 

 

すると、誰かに抱きしめられた。どこか暖かくて安心感のある抱擁。それはまるで母親の抱擁のように感じられた。それに…この声は………

 

 

 

『怖い夢でも見たの?でも、安心して。ウチがずっと…傍にいてあげるから』

 

 

 

見上げてみると、そこには優しい笑顔を浮かべる少女がいる。

 

吸い込まれそうな大きな瞳に、艶のかかったツインテールの長い髪……

 

そして、悠は思い出した。ずっと会いたかった少女がそこにいる。親の転勤で孤独だった自分に優しくしてくれた、希望を与えてくれた彼女がそこにいる。悠は思わず涙してしまった。彼女の名前は

 

 

 

 

 

「希……」

 

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悠先輩!どうしたの!!悠先輩!!」

 

 

白い光が消えた途端、穂乃果たちの目に映ったのは仰向けに倒れている悠の姿だった。慌てて駆け寄って声を掛けるが、悠は全く応答しない。それどころか、まるで眠っているかのように反応しなかった。

 

 

ウフフフ……私の魔法で悠くんの記憶を改ざんしたのよ。今までの記憶を全部消去した上でね

 

「えっ?」

 

今はまだ眠ってるけど、悠くんはもうあなたたちのことを忘れてるわ。もちろん稲羽の陽介くんや菜々子ちゃんたちのこともね。だって、悠くんは私のことさえ覚えていれば良いんだから

 

 

その瞬間、穂乃果たちは息が止まったような感覚に陥った。悠が自分たちのことを忘れる?それはつまり……

 

 

「もしかして……穂乃果たちを助けてくれたり一緒に事件を解決したり……GWのことも忘れちゃうの」

 

 

穂乃果の頭の中に今まで悠と過ごした思い出が蘇る。

 

悠と初めて神田明神で出会ったこと

テレビの世界に迷い込んだときに助けてくれたこと

ファーストライブのこと

家にバイトに来てくれたこと

P-1Grand Prixで一緒に奮闘したこと

 

 

「お兄ちゃんが……ことりを忘れる……いやだ…いやだよ!」

 

ことりも泣きながら今までのことを思い出していた。

 

幼い時に引っ込み思案だった自分と遊んでくれたこと

自分の料理を美味しそうに食べてくれたこと

自分を本当の妹のように接してくれたこと

ブッキングだったとはいえデートしてくれたこと

 

 

忘れてしまう。全て忘れてしまうのか。穂乃果とことりはあまりに唐突なことに言葉を失っていた。しかし、そんな穂乃果とことりの傍で希はガタガタを身体を震わせていた。その表情は恐怖のせいか正気を失っているように見えた。

 

 

 

 

「ウチのせいで……ウチのせいで………鳴上くんが………いやああああああ!!

 

 

 

 

自分のせいで悠が大事にしていたものを奪われた。稲羽で陽介や雪子たちと過ごした何気なくも大切な日常、菜々子や堂島たちとの思い出が失われる。希は自分のせいで悠が記憶をなくしてしまうことに耐えられなかったのか、ショックで気絶してしまった。

 

 

 

ウフフフ……何言ってるの?これは全部あなたが望んだことなのに……これで悠くんは………!!っ

 

 

 

瞬間、希シャドウに鋭い攻撃が襲い掛かる。紙一重に躱してそれを放った者の正体を確かめる。見るとそこには、怒った表情で睨みつける海未の姿があった。

 

 

 

 

「絶対に…許しません!!そんなこと絶対にさせません!」

 

 

 

 

 

ハァ?

 

 

「あなたのそんな自分勝手なことで、鳴上先輩の……私たちの思い出を消させません!!」

 

 

希シャドウを睨みつけてそう言い放った海未。今でも思い返す。テレビの世界に迷い込んだ自分を助けてくれた、自分を頼りになると褒めてくれた、自分の悩みに真摯に向き合ってくれた。自分のことを褒めてくれて、こんなにも嬉しかったのは両親以外で悠が初めてだった。そんな大事な自分との記憶を自分勝手に消そうとするとは、絶対に許さない。それは皆も同じだった。

 

 

 

「凛だって……鳴上先輩に助けてもらったにゃ……」

 

出会って早々、誘拐犯と勘違いして迷惑をかけてしまった。自分のシャドウに殺されそうになったのに、それでも親友を助けたいという我儘を聞いてくれて、自分と向き合うのに協力してくれて助けてくれた。

 

 

 

「鳴上先輩は…こんな私の悩みを聞いてくれました……」

 

ライブのことを聞きたかったのに、思わず挙動不審になって勢いに乗ってアイドル話に花を咲かせてしまった。変な子と思われてもおかしくなかった自分に優しく接してくれて、心に抱えていた悩みを解決してくれた。

 

 

 

「まだ……鳴上さんに教えてもらいたいことがあるもの……」

 

あの時、自分の演奏を聞いてもらったのに盗み聞きだと失礼な態度を取ってしまった。それでも演奏を褒めてくれて、更には自分のくだらない悩みを聞いてくれた。あの時、あの場所で出会ったから今の自分がここにいる。

 

 

 

「アンタを倒せば、鳴上は戻ってくるのよね?」

 

最初は久慈川りせの知り合いとしか見ていなかった。その後、胸を触られたり、妹弟に妙に懐かれたりとされたが、こんな自分勝手で最低な自分を可愛いと言ってくれた。今まで誰にも受け入れてもらえなかった自分にとって、それだけでも救われた出来事だった。

 

 

 

 

「それなら、私たちがすることはただ一つです。ここであなたを」

 

 

 

 

 

「「「「倒すっ!!」」」」

 

 

 

 

 

海未を筆頭に凛や花陽、真姫とにこも覚悟を決めて立ち上がる。悠と希との間にどんな過去があったかなんて分からない。どんな気持ちだったかは知らない。それでも……己の望みのために自分たちとの思い出をなくそうとするなんてことは絶対に認めない。そう示すように、海未たちはペルソナを召喚して戦闘態勢を取った。だが、そんな海未たちを嘲笑うかのように希シャドウはクスクスと笑っていた。

 

 

 

 

ウフフフフ……な~んて身勝手な子たち。こんな子に束縛されてちゃ悠くんも可哀そうよね。本当はあなたたちも記憶を消してあげようかと思ったけど。良いわ、そう言うことなら……教えてあげる。あなたたちの無力さ、そして……ここで悠くんに忘れられて朽ちる未来をね

 

 

 

 

希シャドウはそう言うと、自身から漏れだす禍々しいオーラを増大させる。当の本人にとっては威嚇のつもりなのだろうが、それでも今までのシャドウとは格が違う。だが、あのGWで敵対したヒノカグツチほどではない。それに、どんな強敵が現れようとも決して諦めない。そんな大切なことをあの時、悠たち特別捜査隊に教えてもらったではないか。ここで退くようでは悠や陽介、千枝たちに追いつけない。そう覚悟を決めて海未たちは構えを取る。

 

 

 

「私もやるわ」

 

 

 

「「「えっ?」」」

 

 

すると、今までのやり取りを聞いていた絵里がゆらっと立ち上がって自身の参戦を宣言する。予想外のことに海未たちは驚いてしまった。

 

「あなたたちだけ戦って私は見てるだけだなんて、我慢ならないもの。それに、鳴上くんは一緒に"本当にやりたいこと"を見つけてくれるって約束してくれたのに……それを忘れるなんて、絶対にさせないわ」

 

絵里から確固たる意志を感じる。自分を助ける時に、約束してくれたのだ。だが、ペルソナをたった今覚醒したばかりの絵里がまともに戦えるとは思えない。しかし、本人はやる気満々だった。

 

 

「行くわよ。確かこうやって……」

 

 

絵里は悠を真似て掌にタロットカードを発現させる。発言したタロットカードのイラストは【正義】。そして……

 

 

 

 

 

 

ーカッ!ー

「ペルソナ!!」

 

 

 

 

 

 

タロットカードを砕き、己のペルソナを召喚する。

 

 

月の光のように輝く長い金髪

白銀色の甲冑服

旗の形をした剣

 

 

これぞ己の闇を乗り越えて覚醒した絵里のペルソナ【テレプシコーラ】の姿だった。皆を奮い立たせる毅然とした雰囲気はまさに救国の聖女を彷彿とさせる。まさに絵里のイメージにピッタリのペルソナだった。

 

 

 

「さあ、行くわよ!死ぬ気で食らいつきなさい!」

 

 

「「「「はいっ!!」」」」

 

 

 

絵里が鼓舞することにより士気が上がった。立ち向かう。悠のために、己のために、希を救うために……これからもずっと悠と一緒に日常を送るために、海未たちは手に力を込めて希シャドウとの戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

 

気がつくと、悠はいつもの自室で目が覚めた。なんだが悪い夢を見ていた気がする。何かファンタジーみたいだったが、現実味があるような夢。不思議なこともあるものだなと思いながら、悠はベッドから起きた。リビングに出ると、キッチンで朝食を作っている()()()()()()姿()があった。その姿を確認した悠はタイミングを見て希に朝の挨拶をする。

 

 

「おはよう」

 

「おはようさん、悠くん。今日はちょっと早かったね。昨日もバイトやったんやろ?」

 

 

希が挨拶して早々に心配そうにこちらを見てそう言った。悠は放課後はバイトなどで疲れて帰ってくることが多いので、大抵朝は()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが多い。しかし、今日は妙に目が冴えたのだ。

 

「ああ、ちょっと悪い夢で目が覚めてな」

 

「悪い夢?」

 

「俺がテレビの中に入って、そこで起きた事件を解決するっていう夢だ。変な話だろ」

 

「ウフフ、そうやね」

 

悠の話を聞いて面白そうに笑う希。あまりに綺麗な笑顔だったので、悠もそれにつられて笑ってしまった。そして、テーブルには希お手製の朝ごはんが並べられていた。白米・あさりの味噌汁・卵焼き・鮭の塩焼き。今日は和食かと思いながら、希と共に椅子に座る。

 

 

「「いただきます」」

 

 

この世の全ての食材に感謝する言葉もいつも通りはもって、希の朝食に箸をつける。

 

「美味しい」

 

「そう?それは良かったわ」

 

いつも通り希の料理は絶品だった。悠もそれなりに自信はあるが、流石に希と比べたら見劣りしてしまう。それに、この味付けも悠好みにアレンジされている。やはり()()()()()()()()()()と分かるもんなのかと感じてしまった。希の嬉しそうな表情を見るとこちらも嬉しくなる。不意に希とこのままずっと過ごせたらどれだけ幸せだろうかと考えてしまった。

 

 

 

 

「ほな、一緒に学校に行こうか」

 

「ああ」

 

 

一緒に皿洗いをして準備を整えると、悠と希は()()()()()学校へ向かう。そして、いつも通り希は自然に手を繋いできたと思えば、腕に絡みついてきた。

 

「の、希…」

 

「ええやん、いつものことやろ?」

 

希は当然のようにそう言うので、悠はやれやれと肩をすくめた。小学生時はそうでもなかったが、中学生になってから悠が女子にすごくモテ始めたので、危機感を感じた希は周りにアピールをしようと登校中に腕を組んでくるようになった。その甲斐あって周りは2人をカップルと認識したのか、女子が悠に言い寄ることは少なくなっていった。だが、どうにも癖になってしまったらしく、その時からこうして()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。悠とて希と腕を組んで登校するのは満更ではないが、日に日に成長していく希の胸の感触が気になりだして、どうしたもんかと考えているのは本人には内緒である。

 

そんな調子でいつもの通学路を歩く2人。さて、今日はどのような一日になるのだろうか。悠はそんなことを考えている。すると、

 

 

 

「悠くん……ずっとこんな日が続いたらいいね」

 

 

 

希がスッと身体を預けるように悠にそう言ってきた。それに対して、悠はこう返した。

 

 

「そうだな」

 

 

ふと希が発した言葉を悠は肯定する。ついさっき自分も同じことを思った。小学生の時は少し遠慮することが多かったが、正直悠は今の生活をとても気に入っている。それは単純に希が悠を好きなように、()()()()()()()()()だろう。高校や大学を卒業しても、出来れば社会に出ても、ずっとこのまま希と一緒に過ごせたらいい。そうであればどれだけ幸せだろう。悠はそんなことを考えた時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"本当にこれでいいの?"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると、そんな声が聞こえたと同時に目の前に見知らぬ少女が姿を現した。青いハンチング帽を被ったショートの黒髪の綺麗な女の子。その透き通ったエメラルド色の目はしっかりと悠を見つめていた。

 

 

「君…は………」

 

 

少女はこちらを知っているように見つめてくる。悠は記憶を探るがこんな少女に出会った記憶はなかった。会ったこともないはずなのに、何故か悠はこの少女を知っている気がした。隣にいる希もこの少女のことを知らないはずなのに、まるでありえないものを見ているかのような表情をしている。

 

 

 

"本当に悠はそれでいいの?真実に向き合わないで…それでいいの?"

 

 

 

「向き合う?……うっ」

 

 

少女の言葉に無意識に反応した途端、激しい眩暈に襲われた。何とか立ち直ろうと意識を保つが、一向に治まらない。すると、モヤッとだが見たことがない光景が悠の目にうっすらと映り始めた。

 

 

 

「なんだ…これは?」

 

 

 

目に映るのは見たことがない田舎町の光景。そこで悠に手を振っている灰色のスーツの男性にその後ろにモジモジと隠れる小学生の女の子。そして、場面は切り替わって次に映ったのは、電車に乗る悠を寂し気に見送る少年少女たち。首にヘッドフォンをつけている少年に緑色のジャージ、赤いセーターが特徴的な少女たち。悠に向かって何か言っているようだが、聞こえない。

 

 

そして、場面が変わってどこかの学校の屋上の風景が映し出される。そこに悠を待っていたかのように笑顔を向ける少女たちがいた。

 

 

太陽のような笑顔でこちらに手を振る子

大和撫子を彷彿とさせる子

天真爛漫な笑顔で腕に抱き着いてくる子

目がくりくりとした茶髪の子

元気いっぱいのオレンジ髪のショートの子

チラチラとこちらを見る赤い髪の子

勝気な笑みが特徴的なツインテールの子

 

 

 

 

 

「…誰だ…誰なんだ………誰なんだ!!」

 

 

 

 

そう思い始めた途端、悠の周りにあった世界が歪み始めた。まるで、それが今まで幻想であったように。それと同時に悠に激しい頭痛が襲った。

 

 

 

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ!」

「やーっ!」

「にゃーっ!」

 

 

戦闘開始から希シャドウを牽制して、海未と花陽と凛は己の得意の魔法を希シャドウに向けて解き放つ。三方向から解き放たれた魔法は希シャドウに直撃する。だが、

 

 

ウフフフ…

 

 

その直前に希シャドウは周囲に漂っていたカードを3枚手に取って微笑んでいた。そして、海未たちは驚愕する。直撃したはずの魔法が打ち消されていたのだから。

 

「「なっ!」」

 

「そんな!当たったはずなのに」

 

ウフフフ…無駄よ。あなたたちのことはカードが全部お見通しだから

 

希シャドウは海未たちの驚愕の表情を面白そうに見ながらそう言った。すると、

 

 

「そこよっ!」

「せいっ!」

 

 

死角から絵里と真姫が果敢に攻める。ペルソナを初めて召喚したばかりとは思えない身のこなしと動きに海未たちは驚嘆する。悠がこの場を見ていたなら、特捜隊の直斗を思い返すだろう。それに負けじと真姫も全力で攻撃する。だが、そんなことは希シャドウの前では関係なかった。絵里の攻撃も全て希シャドウのカードによって難なく無効化されてしまった。

 

 

「ぐっ…先ほどの絵里先輩のシャドウより厄介ですね」

 

「そうね……何かは分からないけど、どうやら私たちのペルソナを把握しているみたい」

 

 

占いを嗜みとしている希のシャドウ故か、あのタロットカードで海未たちのペルソナの性能・属性などは全てお見通しらしい。だとしたら、非常に厄介だ。こちらのことは全て向こうに筒抜けなのだから。

 

 

 

お返しよ

 

 

 

すると、希シャドウは周囲の空間に魔法陣を幾つか展開させて、そこから魔弾らしきものを海未たちに向けて撃ち放つ。あまりに速いスピードで迫ってきたので、避けるのは無理と判断した海未たちはガードに徹する。だが、

 

 

 

「「「きゃあっ!」」」

 

 

 

しっかりガードしたはずなのに、まるでそれが無意味だと言わんばかりに大ダメージを受けた海未と凛と花陽。表情からまるで、苦手属性の攻撃を受けたようだった。まさか希シャドウは自分たちの弱点をも把握しているというのか。思わぬ攻撃に海未たちは怯んでしまう。だが、容赦なしに次々と希シャドウは魔弾を撃ってくる。

 

 

(くっ……何とかしなきゃ………)

 

 

悠が不在の今、皆を引っ張る存在として自分がこの状況打開しなくては。絵里は魔弾に耐えながらも必死に対策を考える。だが、そんな余裕を希シャドウが与えることはなく、そんなことを考える時間はなかった。

 

 

 

 

 

 

「悠先輩!起きてよ!悠先輩!!」

 

「お兄ちゃん!ことりを思い出して!!お兄ちゃん!」

 

 

海未たちが思わぬ苦戦を強いられている中、未だに目覚めない悠に穂乃果とことりは必死に呼びかけていた。どれだけ必死に声をかけても悠は目覚めない。それに、あの隙のない希シャドウ相手にいつ海未や絵里たちに限界がくるかは分かったものじゃない。一刻も早く悠を目覚めさせなければ勝機はない。

 

 

「な、何かなにかな…何かないかな……そうだ!ことりちゃん!」

 

「何か思いついたの、穂乃果ちゃん!!」

 

 

秘策を思いついたのか、穂乃果はピンと閃いたと言った顔をしたので、ことりは期待を込めた目で聞き返す。穂乃果はそれに自信満々と言った感じでこう答えた。

 

 

 

 

 

「悠先輩にキスしてよ」

 

 

 

 

 

「「「「「…………………はっ?」」」」」

 

 

「ええええええっ!!」

 

 

穂乃果から発せられたとんでもない提案に、数秒遅れでことりは素っ頓狂を上げてしまった。それはしっかりと戦闘中の海未たちにも届いており、こちらは言葉を失っていた。

 

「ええって何で!?ことりちゃん、できるでしょ!ほら、王子様のキスで目が覚めるってよくあるじゃん。悠先輩はシスコンだから、ことりちゃんのキスだったら目覚めるよ!」

 

発想があまりに幼稚すぎる。それに、その発言のせいで、この場にいる者たちの殺意が自身に向けられているのに気づいていないのだろうか。だが、予想に反して、ことりは顔を一気に紅潮させてあたふたとしていた。

 

 

「で、できないよ~!だって…お兄ちゃんとキスなんて……もっと手順を踏んでからじゃないと」

 

「ちょっと!いつもあんなスキンシップ取っておいてそれはにないよ!何でそこだけ純情なの!いいから早く!!悠先輩がこのままでいいの!?」

 

「それとこれは話が別で…………お兄ちゃんとは星空の下で夏の大三角形とかを一緒に探して愛を語ってから……」

 

「ことりちゃん、こだわり過ぎだよ!それとそのシチュエーション、どこかで聞いたことあるし!」

 

 

緊迫した状況には似合わないコントのようなやり取りに、海未たちのみならず希シャドウまでも唖然としてしまう。第一穂乃果の言う通り、従兄妹とはいえ日頃から周囲も恥ずかしくなるスキンシップを取っておきながら、そこでヘタレるのはどういうことだろうか。もう殺意を通り越して呆れてしまった。

 

 

「いいから、やってよ!」

 

「だから!…あっ」

 

 

悠にキスするしないと言い争っていると、穂乃果のポケットから一つの物体が飛び出した。その正体はまだ残っていた風花特製の物体X。それは勢い余って、悠の口に入ってしまった。そして、

 

 

 

「(パクッ)…………………(チーン)」

 

 

 

「「悠センパーイ!(お兄ちゃーん)」」

 

 

 

風花の物体Xを口にしてしまい、悠は白目になってしまった。更に最悪なことに、口から紫色の蒸気が出てきている。流石はシャドウも恐れる物体Xと言うべきか、これはもう瀕死状態だ。

 

 

「穂乃果ちゃん何やってるの!?これじゃあ助けるどころか、お兄ちゃんにトドメ刺しちゃったみたいじゃん!!」

 

「ごごごごご、ごめんなさ~い!だって、まだ風花さんのゴマ団子が残ってるとは思ってなくて」

 

 

見事さっきまでのポジションが逆転した。更なる非常事態に一同は困惑する。先ほどまで自分たちをシャドウたちから守ってきた物体Xがまさかのところでキバを剥くとは思わなかった。それを見た希シャドウは唖然としてしまったものの、すぐに満悦な笑み浮かべて笑いだした。

 

 

ウフ…ウフフフフフ、アハハハハハハハ!あれ?こ、これは……どういう………

 

 

だが、希シャドウは己の目論見が予想より早く成功して高笑いしたかと思えば、突然表情が一変した。それは己の目論見が成功したというより、その逆の表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

――――な、なんだ!この味は!!

 

 

 

突然口から感じてきた激痛に、悠は悶えてしまう。甘さと辛さと苦み、臭さが一気に訪れて、何にを食べているのか分からなくなるほどの不味さ。じゃりじゃりしてドロドロして、ブヨブヨの部分もあって、気持ち悪くなる。まるで、新食感。頭痛に加え、これはもう地獄としか思えない。その時、

 

 

 

 

―――なんじゃこりゃあぁぁ!!お前ら!どんなもの作り方しやがった!!

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

突如、悠の耳に何かに絶叫する誰かの声が聞こえた。おそらく自分と同じものを食べて酷い目にあった少年の声。その声にはどこか聞き覚えがあった。

 

 

―――やっぱり、味見すれば良かったね

 

―――その勇気はなかった……

 

 

次はその料理を作った張本人であろう少女たちの声が聞こえてきた。原因は味見をしなかったせいなのか。味みは料理の基本だろうに、それをしないとは一体どういうことだろうか。

 

―――カレーは普通辛いとか甘いとかだろ!アレ臭いんだよ!!

 

 

 

 

 

―――新食感だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ」

 

 

思い出した。これは去年の林間学校の記憶。それが呼び水のように連鎖して、悠の脳裏に次々とハッキリとした記憶がフラッシュバックした。

 

 

 

 

親が海外出張のため、一年間過ごすことになった八十稲羽。

そこでお世話になった叔父と菜々子、知り合った仲間たちとの出会い

沖奈市での密着計画

散々な目に遭った林間学校や文化祭

バイトやたくさんのイベントにあった夏休み

新たな体験をした修学旅行

みんなで行ったスキー旅行

クリスマス・正月・バレンタイン

"マヨナカテレビ"という謎の噂を鍵とした連続殺人事件

 

 

 

 

そして、鮮明に思い出すそこで出会った一生ものの仲間と家族

 

 

 

―――頼りにしてるぜ、相棒!

 

―――"マヨナカテレビ"って知ってる?

 

―――大丈夫、痛くしないから。

 

―――俺、センパイに一生ついていくっス!

 

―――愛してるよ!センパイ!

 

―――うっほほ~い!流石センセイクマ~!

 

―――僕に任せてください、鳴上先輩。

 

 

「陽介…里中…天城…完二…りせ…クマ…直斗…」

 

 

 

―――ななこ、将来おにいちゃんとケッコンする!

 

―――お前も俺たちの家族だ、悠。

 

―――全く悠くんは変わらないねえ。

 

 

「叔父さん……菜々子……足立さん……」

 

 

 

場面は切り替わり、舞台は東京へ。

 

 

神田明神での突然の出会い

再び映ったマヨナカテレビ

お客が3人しかいなかったファーストライブ

穂むらでのバイト

りせ・花陽・ことりを巻き込んだトリプルブッキング

GWでのP-1Grand Prix

真のリーダーを決めるリーダー戦争

ラブライブのエントリーがかかった定期試験

 

 

そして、そこで出会った特捜隊メンバーに負けない個性を持った少女たち

 

 

―――悠先輩、ファイトだよ!

 

―――は、ハレンチです!

 

―――ことりのお兄ちゃんは最強なんだから。

 

―――お陰で食欲が増えました!

 

―――凛も頑張るにゃ!

 

―――い、イミワカンナイ!!

 

―――にっこにっこに~!

 

―――ありがとう…鳴上くん

 

 

「穂乃果…海未…ことり…花陽……凛……真姫……にこ…絵里…」

 

 

そして、今まで稲羽・東京で出会ってきた人たちとのことも蘇ってくる。

 

 

―――出前、お届けにきた~

―――バスケ部に入らねえ?

―――負けるなよ、鳴上

―――だからエビじゃなくて、海老原!

―――先輩のお陰で自信を持てました

 

 

―――悠くん、無理しないでね

―――卒業後にここで働かない?

―――頑張ってください

―――娘のこと、よろしくね

―――鳴上さんが私のことを覚えててくれた~!

―――鳴上くん、任せたで!

 

 

悠は思い出すべきものを見て、涙してしまった。自分はこんなにも大切なものを忘れかけていたのか。キッカケは最悪なものだったが、それでも思い出せて良かったと思う。全くどういう作り方をしたら、あんなものを生み出せるのか。今度、風花に問い詰めなければならない。ああ、愛屋の肉丼が食べたい。菜々子とことりの手料理があれば、もっと良い。そして、陽介や穂乃果たちと食卓を囲んで食べられたら最高だ。そう考えると自然に笑みがこぼれてしまう。その時は是非ともラビリスや桐条さんたちも呼ぼう。もっと賑やかになって楽しいだろう。だが、それよりも…

 

 

 

―――助けて……助けて………悠くん

 

 

 

そうだ、まだ終わっていない。まだ現実では彼女たちが戦っている。そして、"彼女"が己の過去で苦しんでいる。あの時のように、助けを求めている。今の"彼女"を助けられるのは…自分だけだ。悠を涙を拭いて覚悟を決める。あの日のことを思い出すために。それがみんなを…"彼女"を救うための鍵になる。

 

 

 

"やっといつもの悠に戻ったね。心配かけないでよ……バカ…サイアクサイテー……テンネンジゴロ……"

 

 

 

ふと後ろから懐かしい声がツンとした調子でそう言ってきた。気配から後ろにあの青いハンチング帽の少女がいるのだろう。全く何故自分は何も悪いことはしてないのに、罵倒されるのか。だが、こんなやり取りが彼女らしい。自分に忘れ物を届けてくれた彼女に感謝を込めて、決して後ろを振り返らずに悠はこう言った。

 

 

「ああ…心配かけてごめんな。ありがとう、マリー」

 

 

悠はマリーにいつも通りにそう言うと、扉を開けるように手を伸ばした。どんなことが待ち受けていようと、自分はそれを受け止めてみせる。何故なら、自分の信念は"真実から目を背けないこと"なのだから。

 

 

 

 

 

"必ずあのフシギキョニュウを助けてよね、悠"

 

 

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

 

次に意識が戻ると、あの過去夢の中の懐かしい神社の境内に立っていた。そして予想通り、本社前に幼い頃の悠と希がそこにいる。どうやらまだ事が起きる前だったようだ。今回こそはこの場で何があったのかを見極めてやる。そう意気込んでいると、悠の周りにシャドウたちが立ち塞がった。ご丁寧に幼い悠と希を見せないようにしている。立ち塞がるシャドウたちに悠は冷たく言い放った。

 

 

「俺に真実を見せろ」

 

 

悠はそう言ってに日本刀を抜刀してシャドウたちを斬り捨てる。だが、シャドウが消滅してもまた同じシャドウが同じように出現する。どうしてもこの場面を見せたくないのか、あからさま過ぎる。その姿勢に悠は一層腹を立てた。

 

 

「見せろって言うのが聞こえないのか!!」

 

 

怒りに任せて次々とシャドウを斬っていく悠。だが、それに負けじとシャドウがどんどん増えて行く。斬っても斬っても増大していき、その密度は増していく。そして、辺りが完全にシャドウに埋め尽くされてしまった。まるで、そこが地獄のように。この数は流石に捌ききれない。このままではシャドウの群れに飲み込まれてしまう。ようやくここまで来たのに、ここでまた終わってしまうのか。そんなことを考えてしまったときだった。

 

 

 

 

 

 

ーカッ!ー

 

 

 

 

 

突如目の前に青白く光り輝く【永劫】のタロットカードが出現した。それは一瞬で砕かれ、見覚えのあるペルソナが姿を現した。十二単のようなものに囲まれ、ウサギを模した姿をした赤い身体。そのペルソナは【カグヤ】。その名のように、まるで月のような輝きに満ちた雰囲気にシャドウたちは慄いてしまう。カグヤは現れたかと思うと、光魔法でシャドウたちは一瞬にして消え去っていった。その姿や佇まいに悠は思わず呆けてしまう。カグヤのお陰でシャドウがいなくなった。これで邪魔もなくあの続きを見ることが出来る。再び神社の方に目を向けると、そこに悠が知りたかった真相があった。それを見た悠は最初は声も出なかったが、何とか声を出してこう言った。

 

 

 

「はは、そうか…そう言うことだったのか」

 

 

 

その瞬間、悠の中に眠っていた宝玉たちが輝きを発し始めた。

 

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……」

「もう…ダメです……」

「こんなところで………」

 

 

何度目かの希シャドウの攻撃を受けてしまい、とうとう海未たちは力尽きたように膝をついてしまった。皆息切れして、ペルソナも己もボロボロだ。これでは、もうまともに戦えない。その反対に、こちらに迫りくる希シャドウはイライラとしていた。まるで、思っていた通りにいかなかった子供のように。

 

 

 

よくも…よくも……もういい!そのまま死になさい!!

 

 

 

希シャドウは怒り狂い、空中に魔方陣を今までの倍の数ほど展開して海未たちに向ける。そして、容赦なしに全弾を海未たちに向けて解き放った。避けようにもあの数では避けきれないし、何とか斬り返そうにもこちらはもう手負いでそんな体力はもうない。完全に詰みだ。

 

 

(これで…終わりなの……そんな)

 

 

結局何も出来なかった。最後の最後にドジを踏んで、悠の記憶を取り戻すどころか瀕死の状態まで追い込んだ。挙句に、このざま。もうダメだ。自分たちが死んでも記憶を書き換えられた悠にとって、自分たちはもう赤の他人でしかない。魔弾が迫りくる中、穂乃果は心の中でそう絶望した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。俺が来た」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!」

 

 

そう諦めかけたその時、不意に誰かの声が聞こえた。すると、穂乃果たちに向けられた光弾は突然発生した落雷によって消滅し、辺りに粉塵が立ちこめる。それをやったのは雷撃属性である凛のタレイアではなかった。そして、立ちこめる粉塵が晴れると、その正体が姿を現した。現れたその姿に穂乃果たちは驚愕する。目に映ったのは黒い長ランにハチマキ、何度も穂乃果たちを守ってきた大剣だった。

 

 

「い、イザナギだ。悠先輩のイザナギ……ってことは」

 

 

 

まさかと思い、穂乃果たちは後ろを振り返ってみた。

 

 

 

 

 

 

「待たせて悪かったな、みんな」

 

 

 

 

 

 

そこにはイザナギを背後に従えている(ヒーロー)の姿があった。(ヒーロー)は日本刀を肩に乗せて、音ノ木坂のブレザーどころかカッターシャツまでボタンを全開にしている。それが関係しているのかは分からないが、悠のイザナギが心なしか前よりも雰囲気が違うように見える。まるで、何かが吹っ切れたように。

 

穂乃果は思わず泣いてしまった。さっきまで別人のように眠っていた人はそこにはいない。自分が心から慕い、戻ってくるのをずっと待っていた先輩の姿がそこにあったのだから。穂乃果は泣きじゃくりながらも悠にこう言った。

 

 

 

 

 

「遅いよ……ずっと待ってたんだよ……悠先輩」

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「な、鳴上先輩!」

『なんで…なんで……』

「あの時のリベンジができる」

「ウチは……」



「俺は……"鳴上悠"だ!」



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#46「I'll never forget anything again 2/2.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

もうすぐ始まる「PERSONA5 THE ANIMETION」・FGO第二部「永久凍土帝国アナスタシア」。楽しみ過ぎる。それまではバイトと新歓、頑張ります。

お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・誤字脱字報告をしてくださった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


いよいよ、決着!希シャドウ戦!結末は如何に!?
それでは本編をどうぞ!


……………………………………………

 

 

暗い、暗い暗い暗い暗い

 

どこを見通しても真っ暗にしか見えなかった。誰もいない、何も見えない。何もない場所に自分はいる。どういうことかは分からないが、これが自分に相応しい罰なのかもしれない。自分は昔、己の我儘で大切な人を神社に閉じ込めた。そして、今…自分の影のせいとはいえ、その彼の大切な記憶をも消し去ってしまった。そんな自分に彼の傍にいる資格などないのだ。誰もいない、この場所で一人嘆いているのがお似合いなのだ。だが………心の中ではこう願っていた。

 

 

 

 

―――助けて…助けて……悠くん

 

 

 

 

自分はどこまで勝手でおこがましい人間なのだろう。事の原因は自分、そのせいで彼の大事なものを奪ってしまったというのに。それなのに、また彼に救いを求めてしまう。こんな自分…こんな自分なんて………消えてしまえばいい。あの世界を覆い尽くす霧のように。自分という存在が嫌になり、深い絶望に陥ってしまいそうになったその時、

 

 

 

 

 

 

 

 

"大丈夫、悠がきっと助けてくれるよ"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

どこか聞き覚えのある少女の声に希は顔を上げた。その瞬間、視界に眩しい逆光が映って希は思わず目を閉じてしまった。

 

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鳴上先輩!」

「鳴上さん!」

「鳴上くん!!」

 

悠の復活に戦意を失いかけていた海未たちは歓喜した。先ほどまで眠っていた先輩がそこにいる。そして、今までと同じく自分たちがピンチの時に助けてくれた。さっきまで悠を助けようと意気込んでたのに、立場が逆転してしまった。でも、いつもの悠がそこにいる。それだけでも、海未たちは嬉しかった。

 

 

「お兄ちゃん……お兄ちゃ~~~~ん!!

 

 

悠が現れて早々、ことりは勢いに乗って悠に抱き着いた。いつもよりも強い勢いで飛び込んできたので僅かながらよろけてしまったが、何とか持ちこたえてことりを受け止める。

 

「お兄ちゃん!心配したんだよ!!お兄ちゃんはいつもいつも……ことりを心配させて…………」

 

「ごめんな、ことり」

 

自分の胸の中で泣きじゃくることりに、悠は愛しく想いながら頭を撫でる。ことりの頭を撫でると自分はここにいると安心感を感じてしまう。自分はつくづくシスコンだなと悠は改めて思った。

 

「……………………」

 

「どうした?ことり」

 

しかし、ことりは改めて悠の姿を見た途端、そのままフリーズしてしまった。今の悠の姿はブレザーとカッターシャツのボタンを全開にしているスタイルだ。つまり、上半身の一部が更け出ている。その姿はいつもの制服姿、私服姿、稲羽での学ラン姿のどれよりもカッコよく見えた。そして、

 

 

「あふっ……」

 

 

ことりは悠のあまりのカッコよさに気を失いかけてしまった。可愛い従妹が突然倒れたことに悠は慌ててしまう。

 

「ことり!どうした、ことり!!何があった!ことり―――!」

 

「いや、それ悠先輩のせいだよね」

 

慌てる悠に穂乃果は冷静にツッコミを入れる。かくいう穂乃果も若干頬を赤らめていた。しかし、悠の上半身を見て似たような反応をした者は他にもいた。

 

 

「うっ……」

「す…すごい……」

「かよちん!真姫ちゃん!どうしたんだにゃ!」

「ぐはっ……」

「にこ先輩まで!!」

「は、は、は……あひゅ~………」

「う、海未ちゃん!どうしたの!?海未ちゃ――ん!」

 

 

花陽・真姫・にこと次々と頬を赤らめたり、鼻を抑えたりして悶えている者が続出。海未に至ってはいつもの"ハレンチ"が発音できないほど動揺している。希シャドウとの戦闘で疲れているのか、それとも悠の魅力が凄いのか分からないが、ほぼカオスに近い状況が誕生していた。

 

「な、鳴上くん…ちゃんとボタンしてくれないかしら……ちょっと…目のやり場に困るのだけど……」

 

絵里も頬を赤らめながらも悠にそう注意する。絵里も少なからず悠の魅力にやられているようだが、穂乃果と同じく何とか意識を保てているようだった。だが、悠は申し訳なさそうにこう言った。

 

「すまない、これは俺のアイデンティティなんだ」

 

「どんなアイデンティティよ!!良いからボタンを閉めなさい!」

 

「え~……」

 

「え~……じゃない!」

 

頑なにボタンをつけようとしない悠に、それを叱る絵里。その様子は不良に説教する委員長、そして無理やりボタンを付けさせようとする姿は反抗期の息子を叱る母親にも見えた。そんな中、

 

 

 

あなたたち……私を放置するなんていい度胸ね……

 

 

 

背後から冷たい声が聞こえてくる。その正体は明白だった。

 

「おっと、まだ終わってなかった」

 

状況を思い出した悠はふと希シャドウに目を向ける。バカなコントのせいで置いてきぼりにされていた故か、向こうは相当お怒りの様子だった。証拠に一般人なら気絶しそうな殺気が辺りに充満しているが、今の悠にはあまり関係ないと言わんばかりにあっけらかんとしている。

 

「気を付けて鳴上くん!あのシャドウはおそらく解析タイプ。私たちのことを全て見抜いてるわ。あまり攻撃は通じないと考えた方が良いわよ!」

 

先ほどまで希シャドウと戦闘を繰り広げていた絵里が希シャドウの情報を伝える。その情報を聞いて、悠はふとあることを思い出した。

 

 

「なるほど……タイプはりせの時と同じか……なら、あの時のリベンジができるチャンスだな」

 

 

悠は去年の事件で遭遇したりせシャドウのことを思い出す。敵が解析タイプだった故に悠たちのことを全て解析されて窮地に陥った。あの時はクマの必死の一撃のお陰で助かったが、今度は自分がやらなくては。もうあの時の奇跡は起きないだろうが、今度は自分がその奇跡を起こそう。そう心に決意すると、悠は肩に乗せていた日本刀を抜刀した。そして、イザナギを伴って希シャドウと対峙する。

 

 

 

ウフフフ…まさかあんなことで私の魔法が解かれるなんて思ってなかったわ。でも、またかければいいだけの……えっ?

 

 

 

希シャドウは悠に先ほどと同じ忘却魔法をかけようとしたが、それは無意味に終わってしまった。いや、効かないどころの話じゃない。今の悠からは何かの凄みを感じたのだ。まるで、悠の周りにたくさんの人間がいるような感覚。ありえないことに希シャドウは思わず身体が震えてしまった。そんなことは露知らず、悠はことりと穂乃果に介抱されている希に目を向ける。

 

 

「待っていてくれ。あの時みたいじゃないが、必ず救ってみせる。今度はちゃんと決着を着けよう。この戦いを、俺と君の過去を」

 

 

悠は希にそう言うと、穂乃果の方を一瞥して日本刀を握り直した。そして大きく息を吸って今までにないくらい叫びを上げる。

 

 

 

 

 

 

「【特捜隊&μ`s】"鳴上悠"、参る!!」

 

 

 

 

 

 

そう叫んだと同時に、イザナギは地を蹴って高速で希シャドウに突撃した。復活したばかりとは思えない速さに一同は驚愕する。だが、希シャドウはすぐさまカードでイザナギのことを解析して、弱点属性の魔弾を撃ち放つ。高速で撃ち放たれた魔弾は避けきれることはできない。だが、

 

 

「チェンジ!」

 

 

悠はそれを予測していたかのようにペルソナをチェンジする。イザナギの代わりに現れたペルソナは【リャナンシー】。イザナギの弱点属性である疾風に耐え、希シャドウに接近する。

 

 

なっ!……この!

 

 

希シャドウは悠が他のペルソナ使いと違って、ペルソナをチェンジできることを把握していなかったようだったのか、焦りが見える。すぐに立ち直ってカードでリャナンシーを解析する。そして、接近するリャナンシーにまた魔弾を撃ち放つが

 

 

「【ジャックランタン】!」

 

 

リャナンシーの弱点属性である"火炎"を吸収するジャックランタンにチェンジされる。魔弾を吸収したジャックランタンはお返しと言わんばかりに自身の火炎魔法を希シャドウへと撃ち放った。だが、希シャドウはそれを無効化する。

 

 

 

この…ちょこまかと!

 

 

 

その後も希シャドウは魔弾を撃ち込むが、悠は属性ごとにペルソナをチェンジする。

 

 

 

「チェンジ!【ハリティー】!【ヤマタノオロチ】!【タムリン】!!」

 

 

 

このような接戦が続く中、希シャドウは苛立ちを感じていた。思う通りにいかない。何故悠はそこまで抗って自分のモノにならないのかと。そして、希シャドウに攻撃を防がれるたびに、希シャドウの脳裏に何かの光景が映り始めた。悠が稲羽市で仲間たちと楽しそうに過ごす光景。学校・ジュネス・海・修学旅行。どの光景にも悠は見たことがないくらい生き生きと楽しそうにしていた。しかし、それは希シャドウを激昂させるには十分過ぎたものだった。

 

 

 

やめろ……それを……それを……私に…見せるな…………見せるなあぁぁぁぁぁ!!

 

 

 

怒り狂った希シャドウは今まで放った中でも最大数の魔弾を悠へと撃ち放つ。流石にこの数は捌ききれない。悠はそう直感したが、それに動じることはなかった。何故なら

 

 

 

 

ー!!ー

「「「「鳴上(先輩)!!」」」」

 

 

 

 

自分は一人ではない。大事な仲間たちがいるからだ。悠に向けて撃ち放たれた魔弾たちは海未のポリュムニアが放った矢たちによって撃ち落される。それでも取りこぼしたものは凛のタレイアと花陽のクレイオー、真姫のメルポメネーがが斬り落とす。希シャドウは戦線復帰した海未たちが戦う光景に目を見開いてしまう。だが、その隙を狙って、にこのエラトーと絵里のテレプシコーラが希シャドウにアタックを仕掛けた。だが、瞬時に希シャドウのカードに読み切られてしまい、アタックは失敗に終わってしまった。しかし、それはどうってことはない。

 

 

「鳴上先輩!大丈夫ですか!!」

 

 

頼もしい後輩たちが自分の身を心配してかこちらに駆け寄ってくる。悠はそんな後輩に感謝しながら笑顔で返した。

 

 

「ああ、ありがとう。お陰で助かった」

 

 

悠の感謝の言葉に、海未たちは照れ臭そうになる。だが、そうもしてはいられまい。希シャドウが忌々しそうにこちらを睨んでいる。迫力は今までの比ではない。

 

 

「ここからが本番だ、行くぞ!」

 

 

必ず助ける。改めてそう覚悟した悠たちは、力強く地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

 

 

ドンドンドンドン

 

 

 

 

 

気が付くと、希はとある場所に座っていた。だが、ふと目に入ったかなり年季の入った木造の神社が見える。見覚えのある場所だったので、希はここがどこなのかに見当がついた。

 

 

「ここは……あの時の神社?」

 

 

確かに目の前にある。悠を閉じ込めたあの神社が。しかも、あの時を再現したかのように、当時の状態のままになっていた。

 

 

「希ちゃん!開けてよ!希ちゃん!」

 

 

ドンドンと扉を必死に叩く音が聞こえてくる。ふと見ると、棒で塞いだ神社の扉の前に座り込んでいる少女がいた。その少女とは言うまでもない。

 

 

「あの時の……ウチ?」

 

 

そうか、ようやく状況を理解できた。ここはあの時の記憶。悠と離れ離れになりたくないと思った自分が悠を神社に閉じ込めた記憶。今更こんな記憶を見せられるなんて、どういうことだろう。もう思い出したくもないのに。

 

 

 

離れたくない……悠くんとは……離れたくない

 

ドアの前に座り込む希はうわ言のようにそんなことを呟いている。突然告げられた別れに納得できなかった故に悠をこの場所に閉じ込めた。明日まで悠をここに閉じ込めておけば、悠は転校しなくて済む。本気でそう思っていたことを希はそれを見て思い出した。だが、扉の前に座り込む希の目はどこか生気を失っているように虚ろになっていた。

 

 

「希ちゃん………僕だっていやだよ……希ちゃんと離れるのは……いやだよ………ずっと居たかったよ。中学に入っても、高校に入っても……希ちゃんと一緒に居たい」

 

 

「………………」

 

 

扉を叩くのを止めてそう言った悠の言葉に希は頷くことはなかった。それは自分だって同じだ。灰色だった自分の世界に色彩を与えてくれた、身を挺して冤罪から救ってくれた。出来るなら中学も高校もずっとそんな悠と一緒にいたかった。出来れば、その先も。だが、現実はそうしてはくれなかったから、今こうして悠を神社に閉じ込めているのだ。そうすれば一緒に居られるという叶いもしない願望のために。そんなことは分かっているはずなのに………

 

 

 

 

 

「でも…今は離れ離れになっちゃうけど…僕は…僕は……()()()()()()()()!」

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

悠の言葉に希は耳を疑った。自分を探す?……それはどういう………

 

 

 

 

「離れ離れになっても………僕はずっと希ちゃんを探す。どれだけ時間が経っても、どんなことが起こっても、僕は必ずどこかに居る希ちゃんを探すから!それが叶ったら、どんなことがあっても一緒にいよう!だから………希ちゃん、それまで僕のことを…忘れないで」

 

 

 

 

希はその言葉に目を見開いた。まるで、ガラスを弾丸で撃ち抜かれたような衝撃を受けたように目から涙がこぼれ落ちた。そうだ、本当にその通りだった。以前、自分は悠に言ったではないか。もし自分が悠のことを忘れても、悠は自分のことを忘れないでほしいと。そうすれば、またいつか会える。一緒に居られる。何故そのような考えに至らなかったのだろう。何故自分はこんな短絡的なことしか考えられなかったのだろう。希は悠の答えに涙してしまい、扉を閉ざしていた棒に手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

希への言葉を口にしてからしばらくして、開くことがなかった扉に手を当てると、その扉は難なく開いた。悠は扉が開いたことに歓喜する。そこに希が待っている。面と向かってまた言おう。どれだけ時が経っても君を探すと。そう思って意気揚々と扉を開ける悠。だが、

 

 

「あれ?希ちゃんが……いない?」

 

 

扉の前に希はいなかった。近くにいるかもしれないと、神社の辺りを探したが、希の姿はなかった。悠は希がそこにいなかったことに寂しそうな表情になった。もしかしたら、戻ってくるのかもしれない。そう思って、悠は神社で待つことにした。

 

 

 

「………………………………」

 

 

 

だが、どれだけ待っても希が戻ってくることはなかった。どれだけ日が傾いても、どれだけ周囲が暗くなっても希が戻ってくることはなかった。そして、そうしているうちに、帰りが遅いので心配で探していた両親に見つかり、そのまま家に連れて帰らされてしまった。あの時ばかりは両親もかなり心配していたので、悠が見つかってとても嬉しそうな顔をしていたが、そうとは露知らずに悠は希のことばかり考えていた。

 

一体どうしたのだろう。何故姿を消してしまったのだろう。どんなことにしろ、悠が思ったことは一つだった。

 

 

 

「希ちゃんに……ちゃんとお別れ言いたかったなぁ………」

 

 

 

そんなことを思いながら、悠は両親と共に神社から去っていった。ただ一つの心残りを残していった。そして翌日、そのまま希と会わぬまま悠は転校した。その先に待つ己の運命を知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……そういうことやったんやな………」

 

 

 

物陰からその様子を見ていた希はそう呟いた。忘れていたのは悠だけじゃない。自分自身も忘れていたのだ。自分を探すと……どれだけ時間が経っても、どこに行っても自分を探してくれると。嬉しかった、こんな自分をどこに行っても探してくれると。だが、そんな嬉しいことを言われたのに、自分は素直に喜ぶことができなかった。そのような考えに至らず、神社に閉じ込めるという短絡的なことしか思いつかなかった。そんな自分では悠に合わせる顔があるはずがない。そう思って、自ら姿を消してしまった。こんな自分は彼に探してもらうには相応しくないから。だから、悠の前に現れるのに相応しくなってから会おうと思い、黙って悠の前からいなくなった。それが、悠を更に孤独にすることになるとは思わなかった。

 

 

 

「ウチは…とんだおバカさんや……あんなこと言われて嬉しかったはずなのに……勝手に合わせる顔がないって思い込んで………忘れてた。やっぱりウチは……鳴上くんにと一緒にいる資格なんて……」

 

 

 

 

 

 

 

"そうでもないよ"

 

 

 

 

 

 

ふと人の気配がしたので見てみると、そこには一人の少女がいた。ノースリーブのシャツにチェックのスカート、そして青いハンチング帽が特徴的なエメラルド色の目をした少女。

 

 

「あなたは………」

 

 

その姿、その声に希はどこか聞き覚えがあった。それに、自分を見る目が何時ぞやの悠と同じく暖かく感じる。一体誰なのだろうかと確かめようとすると、その少女が手を差し伸べてきた。

 

 

 

 

"行こう。過去と向き合った君なら…もう大丈夫だよ"

 

 

 

 

優しく差し出された手。それを希は戸惑いつつも、手に取った。

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うっすらと目を開けてみる。そこでは戦闘が行われていた。目に映ったのは、先ほど自分に現実を突きつけた自分の影。自分を守るように戦っている親友と後輩たち。そして、ずっと想い続けていた大切な人の大きな背中。だが、彼の傷ついている姿を見て、状況は芳しくないと分かってしまう。だが、そうだとしても、彼の目はまだあきらめていなかった。

 

 

ハァ…ハァ……もういい…………これでおしまいよ

 

 

そう言うと、希シャドウは今まで以上に大きい魔方陣を作り、威力を溜めていく。そして、最大火力の魔弾を悠たちに向けて撃ち放った。それを見た海未たちは直感してしまった。これは避けきれない、防ぎようがない。例え自分の弱点属性でないにしても、ギリギリの自分たちには瀕死のダメージになる。ここまでなのか。だが、焦る海未たちに反して、悠は動揺することなく微動だにしなかった。そして、

 

 

 

「チェンジ」

 

 

 

これを待っていましたと言わんばかりにニヤリとして、悠は再びペルソナをチェンジする。そのアルカナは【星】。悠は決死の覚悟を決めて、カードを砕いた。その瞬間、その一帯に土煙が発生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ?これは………」

 

目を開けてみると、痛みは全く感じなかった。つまり、無傷だ。あの希シャドウの渾身の攻撃はどうなったのだろう。土煙が晴れてふと見た場所に、その答えはあった。

 

 

 

ぐっ………な、何故………

 

 

 

そこには何故かダメージを受けたであろう希シャドウの姿があった。それを見て海未たちは信じられないと言った表情になる。ほぼ虫の息になっているところを見ると、相当なダメージを受けたようだった。一体先ほど何が起こったのだろう。だが、その答えは土煙が晴れた悠の場所にあった。そこには見たことがない新たなペルソナがいた。そのペルソナの名は

 

 

 

 

「【ガネーシャ】」

 

 

 

 

象の神様を彷彿させる姿をしたペルソナ【ガネーシャ】。花陽と絆を築いたことにより覚醒した悠の新しいペルソナである。ガネーシャの持つスキルの一つである"マカラカーン"はあらゆる魔法を反射する。つまり、希シャドウの魔法攻撃を悠はガネーシャの力で跳ね返したのだ。

 

 

 

こんなことが……こんなことが………

 

 

 

まさか自分の攻撃が跳ね返されるとは思ってもみなかったのか、希シャドウは防御をしていなかったようだ。大きいダメージを受けて弱っているので、これはチャンスだ。

 

 

「これで、終わりだ!」

 

 

間髪入れずに悠はペルソナを【イザナギ】にチェンジして、高速で希シャドウに接近する。トドメの一撃を入れるために。この瞬間、穂乃果たちは自分たちの勝利を確信した。だが、

 

 

 

 

 

まだ……まだよ。悠くんは…私のもの!!

 

 

 

 

 

余程の執念ゆえか、希シャドウは最後の力を振り絞って、数発の魔弾をイザナギに撃ち込んだ。予想もしなかった攻撃に今度は悠も目を見開いてしまい、魔弾はイザナギに直撃してしまった。フィードバックでそのダメージは悠にも伝わり、弱点属性に加えての威力に苦痛の表情を浮かべてしまう。

 

 

「そんな!悠先輩!!」

「鳴上さん!!」

「鳴上くん!!」

 

 

勝てると思っていた海未たちは悠のその様子を見て思わず悲鳴を上げてしまった。瀕死の一撃は怖いものだということは去年身を持って知っていたはずだが、ここまでとは。意識を手放しそうになる衝撃。本格的にまずい。ここで終わってしまうのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(負けて……たまるか!!)

 

 

 

 

だが、まだ終われない。約束したのだ。必ず助けると、決着をつけると。まだ彼女との約束を果たせていないのに、ここで倒れていいわけがない。ここで終わりではない。

 

 

 

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

 

 

 

魔弾を受けながらも歯を食いしばってギリギリで意識を保つ。意識を失わぬよう足を踏ん張る。最後の気合でダメージを乗り越えた(イザナギ)は希シャドウに突撃した。そして、

 

 

!!っ

 

 

イザナギの会心の一撃が希シャドウにクリーンヒットした。希シャドウはそれに耐えきることなく、その場に倒れて黒いオーラに包まれて霧散する。こうして、希シャドウとの戦いは悠のギリギリの一撃で決着が着いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ………くっ」

 

 

「悠先輩!」

「お兄ちゃん!」

「鳴上先輩!!」

 

 

希シャドウを倒した悠はその場に倒れそうになってしまう。気を失いかけて倒れそうになったその時、寸でのところで穂乃果とことりが悠を受け止めてくれた。絵里シャドウ戦での疲れが残っていたのか、悠の目はあまり焦点が合っていなく、ボロボロだった。

 

「ハァ…ハァ……すまない………手を煩わせて……」

 

「何言ってるの!?こんなになるまで戦ったんだから、心配するに決まってるじゃん!」

 

「と、とにかくお兄ちゃんに何かお薬をあげなきゃ!」

 

「わ、私は回復魔法を」

 

疲労困憊の悠を見て急いで手当てしようと、ことりは救急箱を漁り、花陽はクレイオーの回復魔法で治療を開始する。すると、

 

 

「の、希!」

 

「アンタ!その身体じゃ」

 

 

よろよろとしながらも希は悠の元へと歩いていった。希に気づいた悠は二カッと笑ってこう言った。

 

「ハハ、やっぱりこうなってしまったな。昔みたいに……」

 

悠は無理に笑顔を作って希にそう言うが、それは無駄に終わった。目に涙を溜めてこちらを悲し気に見つめている希にそんなものは通用するはずもないからだ。

 

 

「…ウチはあの時の言ったよね?悠くんが傷ついたら、ウチはもっと嫌だって……何で………何でいつも悠くんは………何でそんなこと分かってくれないの!?こんなボロボロになってまで…こんなウチを助けたの!?………何で……」

 

 

切羽詰まった表情の希にそう問い詰められて、悠はダンマリとしてしまう。以前も言われた同じ言葉。あの時、希を濡れ衣を着せられそうになったところを助けた時と同じだった。あの時は明確に答えを出せなかったが、今はこの問いに答えることができる。

 

 

 

 

 

「大切だからだ」

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「確かに、大切な人が傷ついてほしくないって気持ちは分かる。俺も…自分のために、誰かが傷つくのは…嫌だからな。でも……大切なものだから、傷ついても守り通したいっていうのは……当たり前だろ」

 

 

「!!っ………」

 

「俺は……二度と忘れたくなかったから……戦ったんだ。向こうでの思い出を……ここでの思い出を………東條との思い出を…もう二度と…………何も忘れたくないから」

 

 

悠の精一杯の言葉に希は思わず涙を浮かべてしまった。そんなことのために……こんな自分のために……ここまでして戦ってくれたのか。

 

 

「それに……東條に神社に閉じ込められたときも…そうだった。俺も…君とは離れ離れになりたくなかった。せっかく繋がりができたのに……それがなくなるのが嫌だった。だから……あんなことを言ったんだ。どんなことがあっても探し出すって言ったのに………俺自身がそれを忘れてしまってた……ごめんな…………」

 

 

あの日々のことを希はしっかりと覚えていたのに、自分は忘れていた。こんなことで許されるとは思っていない。でも、この気持ちは伝えておきたかった。もう二度と忘れたくはなかったから。そう思っていると……いつの間にか、悠は希にそっと抱きしめられていた。そして、ポタポタと頭上から涙が落ちてくる。

 

 

 

「鳴上くんは……あの時から変わってへんな…………自分のことは気にしないで…………いつもいつも………本当に…変わってへん」

 

 

 

ポタポタと涙を落としながら希は悠を抱きしめる。たったそれだけのことを言ってくれただけでも、今までのことが無駄じゃなかったように感じられて、抑えていた涙腺と感情が崩壊してしまった。その様子を、話を端から聞いていた穂乃果たちも思わず涙してしまった。いつも希を目の敵にしていることりでさえも泣いていた。

 

 

 

「ウチは…アンタの本当に最低な女やな。我儘で嫉妬深くて………罪深い。こんなウチが……鳴上くんと一緒に居ていいわけない………」

 

 

しばらく泣き続けた希は悠から手を放してそう言うと、いつの間にか元に戻っていた己の影と対峙する。その姿に怯えや恐怖はもうなかった。

 

 

「リセットできるなんて思わない。あの時のことをなかったことになんて、できない。いや、したくない。だって、ウチは今も昔も………ウチに色彩をくれた鳴上くんが大切だから」

 

 

『…………………………』

 

 

()()()()()で…………()()()()()

 

 

 

希の言葉に、希シャドウはコクンと頷いくと眩い光に包まれていった。そして、それは姿を変えて、神々しい巫女の姿をした女神へと姿を変えた。

 

 

 

 

 

 

我は汝…汝は我……我が名は【ウーラニア】。汝…世界を救った者と共に、世界に光を……

 

 

 

 

 

 

 

そして女神は再び光をなって二つに分かれ、一方は希へ、もう一方は悠の中へと入っていった。

 

 

 

 

――――希は己の過去と闇に打ち勝ち、困難に立ち向かうための人格の鎧ペルソナ【ウーラニア】を手に入れた。

 

 

 

 

「うっ」

 

「鳴上くん!」

 

希がペルソナを手に入れた途端、悠がその場に膝をついたので希はすぐに駆け寄ろうとする。だが、ペルソナを手に入れたばかり故か思うように身体は動かなかった。だが、意識を失う前にこれだけは伝えておこう。

 

 

「…頑張ったな………」

 

 

悠は希に向かってそう言うと、糸が切れたように倒れ込んだ。意識が遠くなる中で、”悠くん、ありがとう”と優しい一言が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

 

 

また白い空間に自分はそこにいた。今回は希シャドウの幻覚でも、ベルベットルームでもない。だが、悠は前にもここに来たことがあるような気がした。事件が起こる前、今まで培ったペルソナ能力を全て封じられたあの空間。もしやと思い、辺りを警戒すると……

 

 

 

 

――――星がまわり始めたね。

 

 

 

 

ふと見ると、そこに誰かがいた。霧がかかってうっすらとしか見えなかったが、自分と年頃が同じくらいの少年に見えた。一体誰なのか。まさか自分に呪いをかけたあの張本人なのかと問いただそうとしたが、タイミングを見計らったように段々と霧が濃くなって見えなくなる。ハッキリと見えなくなる間際、少年は悠に向かってこう呟いた。

 

 

 

 

 

――――遠くない未来、………………が訪れる。君が仲間たちとどう抗うのか、楽しみにしているよ。どうか…………のような思いはさせないでね。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ここは……?)

 

 

目が覚めると、見覚えのない白い天井があった。察するに、ここは自分の部屋でも以前お世話になった音ノ木坂の保健室ではない。どこかの病室に見えるが、ここがどこなのだろうか。

 

「悠くん……」

「南さん、そろそろ………」

「分かってます……もうちょっとだけ…」

 

ふと耳に誰かの声が聞こえてきた。誰なのだろうかと思い、起き上がって確認しようとする。

 

 

うっ……

 

 

「「えっ!?」」

 

 

起き上がろうとすると全身に痛みが走ったが、我慢して身体を起こす。声がした方を見るとそこには……

 

 

「お、叔母さん……それに、西木野のお母さん………」

 

 

こちらを見ているのは、驚きながらも目にうっすらと涙を浮かべている叔母の雛乃、信じられないと言った表情の真姫の母親の早紀だった。つまり、ここは…西木野総合病院。

 

 

「悠くん!!」

 

 

ここがどこなのかが分かった途端、雛乃が歓喜の声を上げて悠を思いっきり抱きしめた。これには抱きつかれた悠はおろか、早紀まで驚いてしまう。

 

「み、南さん!落ち着いてください!鳴上くんは起きたばっかりなんですよ」

 

「悠くん……悠くん……悠くん……」

 

だが、早紀の忠告を無視して雛乃はしばらくその力強い抱擁をやめることはなかった。その後も早紀は注意を促そうとしたが、早紀は諦めることにした。悠をぎゅっと抱きしめるその表情は普段見たことがなかった母性全開の親のものであったのだから。いきなり抱きつかれて戸惑っていた悠だったが、雛乃の抱擁はどこか暖かく、今までの疲れを忘れさせる安らぎを感じるものだったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――数分後………

 

 

「ハァ…ようやく離れたと思ったら急に飛び出していくなんて………やっぱり南さんも母親ね」

 

「ええ……」

 

 

やっと離してくれたと思ったら、雛乃は急に顔が真っ赤になって飛び出していった。普段の雛乃からは考えられない程の奇行だったので心配なのだが。去り際に"昔の血が~"というのが聞こえた気がしたが、そっとしておこう。飛び出した雛乃はどこに行ったのだろうかと思っていると、おもむろにこんなことを聞いてきた。

 

 

「それはそうと、あの子たちがあなたをここへ運んで来た時はびっくりしたわ。過労で倒れたってことらしいけど、それにしては傷だらけだったし、数日も目を覚まさないんだから」

 

 

数日も。まさか自分が数日も眠っていたなんて思ってもいなかった。どうやらあそこで気絶した後、現実に戻ってから意識が戻らなかった自分はそのままこの病院に搬送されたらしい。あれだけペルソナを召喚して無茶をしたので、当然と言えば当然かもしれない。表向きはどうやら過労による気絶ということになっているようだが、海未か絵里かがそのように誤魔化してくれたのだろう。

 

 

「南さんも、あなたのことが心配だからって、ずっとここに通っていたのよ。学校のこともあるのにね」

 

「………………」

 

 

そう言うと、早紀は探るような視線で悠を見つめてきた。おそらく何が悠の身に遭ったのか、何故そのようなことになったのかを聞き出そうとしているのだろう。事情が事情なだけに、早紀に詳しいことは説明できない。"テレビの世界"・"ペルソナ"・"シャドウ"など現実ではありえないことを説明しても混乱を与えるだけなのだから。どうしたものかと考えていると、早紀はそんな悠の心情を察するかのように溜息をついた。

 

 

「まあ…何があったのかは聞かないでおくわ。真姫たちに聞いても何も答えてくれなかったし、きっと複雑な事情が鳴上くんたちにはあるんでしょう。でも、これだけは言っておくわ。あまり家族を心配させることはしないでね」

 

 

早紀からの忠告は悠の心にグサッと刺さった。最近こう言われることが多くなってきた気がするが、やはりまだ心に来る。自分だって家族を心配させたくてやってるわけではないが、どうも自分はまだまだのようだ。一体この性格は誰に似たのだろうか。そんなことを考えていると、廊下の方からスタスタと誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。この足音はまさかと思っていると、

 

 

「ママ~、どうしたの?ここに呼び出して…………」

 

 

どこかで連絡を受けてきたらしい真姫がやってきた。だが、すっかり目を覚めしていた悠の姿を見て、真姫はフリーズしてしまう。

 

「お、おい……西木野…どうし」

 

悠が何かを言いかけた途端、真姫は再起動したと思いきや、その場でポタポタと涙を零し始めた。

 

 

「良かった……鳴上さん………目が覚めて…良かった………」

 

 

普段クールに振舞っている真姫が感情を露わにして泣いている。その様子を久しぶりに見た母親の早紀はあることを察してニコニコしていた。しかし、このままでは何とももどかしい。そう思った早紀はニコニコしながら娘にこう言った。

 

「真姫、そこにいると他の人の邪魔になるでしょ。せっかくだから、このまま鳴上くんに抱き着いちゃいなさい」

 

「ヴェ、ヴェエエエ!ま、ママ!何言ってるの!?」

 

「何って、真姫ちゃんがそうしたいって言う心の声が聞こえたからに決まってるじゃない」

 

「絶対嘘でしょ!だってママ、ニヤニヤしてるもん!」

 

娘の初々しい姿に微笑む母親と恥ずかしさに顔を真っ赤にする娘。一方的に早紀が真姫をからかっている光景だが、何というかありふれた仲良し親子の様子を見た気がして、悠は微笑ましくなった。

 

 

「良いから、あなたはもっとグイグイ行った方がいいのよ!」

 

「きゃっ!」

 

「うおっ!」

 

 

早紀は恥ずかしがる娘の背中をドンと押して、悠に密着させる。悠は朧気ながらも受け止めるが、少し体に痛みが走った。一方、真姫は気づけば悠の顔が至近距離にあるので急速に顔が真っ赤になった。しかし、その反面どこか幸福感を感じてしまう。何というか、いつもどこか距離を取っていた悠がこんな近くにいる。いくら従妹とはいえ、いつも腕にしがみついて甘えていることりが羨ましく思ってしまった。出来ることならずっとこのままでいたいと不意に思ってしまう。だが、そんな時間もすぐに終わってしまう。

 

 

「「悠せんぱーい(お兄ちゃーん)!」」

 

「「!!っ」」

 

 

ドアが勢いよく開いて入ってきた穂乃果とことりが病室に入ってきた。突然の登場に悠と真姫は驚いてしまう。その勢いで、真姫は思わず悠をベッドから押してしまい、床に叩き落としてしまった。そのせいで背中に更に激痛が走った。

 

「ああっ!悠先輩が!!」

 

「お兄ちゃ――――ん!!」

 

「ヴェエエエ!どどどうしたらいいの!?」

 

勢いよくぶつかって痛がっている悠を見て慌ててしまう穂乃果とことり、真姫。自身がやらかしてしまった後始末をどうしたらいいのか分からずにパニックになっている。しかし、

 

「それよりも真姫ちゃん……さっきお兄ちゃんと何やってたのかな?もしかして……」

 

「なな何言ってんのよ!わ、私は……その……」

 

「ちょっと!今そんな話をしてる場合じゃないよね!?」

 

先ほどの光景を不審に思ったことりは真姫を尋問する。それに対して、穂乃果はツッコミを入れるが、2人には聞こえることはなかった。しかし、事態はまた複雑なものへと変わっていく。

 

 

「何があったんですか!って、あああ!」

「鳴上先輩が倒れてます!」

「どうするのかにゃ!」

「大変よ!救急車呼ばなきゃ!」

「いや、ここが病院だから!」

「落ち着きなさい!」

 

 

海未たちも病室に乱入し、室内は騒々しい雰囲気に包まれる。誰もが悠の異常に慌てて収拾がつかない事態へとなりつつあった。まるで、デパートの子供コーナーのような感じになっていく。だが、

 

 

 

 

「あなたたち!!静かにしなさい!!」

 

 

 

 

騒々しい雰囲気は鬼のような形相でこちらを見ていた早紀の怒鳴り声で終結した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……疲れたな」

 

 

穂乃果たちと一緒に早紀と叱られた翌日、悠は更に疲れたような表情をしていた。この日、悠の病室にたくさんの人が見舞いにきてくれたのだ。雛乃や両親はもちろん、音ノ木坂のクラスメイトたちや菊花と雪穂に亜里沙、そして仲間のりせや直斗、シャドウワーカーの風花とラビリスと言った面々だ。雛乃や両親、クラスメイトからは色々と心配されて、気遣うことにすごく困ったが、それ以上に大変だったのは他の面子だった。

 

亜里沙は元気な悠の姿を見て泣き出してしまったため、見回りの看護師さんに奇妙な目で見られ、りせは意気揚々と悠に抱き着いてその場にいたことりと喧嘩に発展して、直斗と一緒に喧嘩を止めるのに苦労した。風花にはあのゴマ団子が今回とても役に立ったので、ありがとうとお礼を行ったのだが、どこか複雑そうに苦笑いしていたのは気にしないでおこう。ラビリスもキョトンとした表情で2人のやり取りを見ていたが、そっとしておいた。

 

改めて振り返ってみると、自分は本当に果報者だなと改めて思った。ずっと一人だと思っていたのに、今も昔も自分には多くの人がいる。心配してくれる家族や友達がいる。去年、自分は一人だ空っぽだとウジウジしていた自分をぶん殴ってやりたい気分だ。そう感慨に浸って窓から見える夕日を眺めていると、ドアがノックされる音が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

「失礼するわ」

 

入室してきたのは絵里だった。自分の影と向き合った故か、前みたいな敵愾心なく、どこかスッキリしたような表情だった。

 

「絢瀬……?」

 

「疲れてる中ごめんなさい。鳴上くんに言い忘れてたことがあったから」

 

絵里は悠にそう言うと、椅子に座って悠と向き合った。少し緊張しているようだったが、絵里は意を決したように息を吐いてこう言った。

 

 

 

「私、μ`sに入るわ。そして、鳴上くんたちの捜査に協力する」

 

 

 

絵里の宣言に、悠はそうかと静かに頷いた。その表情、姿勢から大体話の内容は想像がついていた。絵里もそのことが分かっていたのか、悠の反応を気にすることなく淡々と理由を説明した。

 

 

「事情はあの子たちから聞いたわ。私を……いいえ、あの子たちをあの世界に落とした犯人がいる。そう考えると、生徒会長として放っておくわけにはいかないもの。絶対に捕まえて、罪を償わせてやるわ」

 

 

そう言う絵里は決意を固めた目をしていた。これは悠にとっても嬉しい申し出だ。絵里のダンスはこれからのスクールアイドル活動にも役立つだろうし、彼女のペルソナも良い戦力になる。この申し出を断る理由はない。

 

 

「それに……あなたたちとアイドルをやってみたいって気持ちに向き合えたことだしね。そこも手抜きなしで精一杯やらせてもらうわ。その代わり、私が知らなかったことを鳴上くんが色々と教えてね」

 

 

絵里はそう言うとニコリと眩しい笑顔を悠に見せる。その笑顔を見て、悠は嬉しくなった。やっと絵里が笑ってくれた。心の底から笑ってくれた。去年の事件でもそうだったが、己が助けた人物の心からの笑顔を見ると自分までも嬉しくなる。それだけでも、自分は頑張ったんだなと実感した。

 

 

「ああ、勿論だ。これからもよろしくな、絢瀬」

 

「絵里で良いわよ。これからもよろしく、鳴上くん」

 

 

互いにそう言うと、悠と絵里は信頼の証としてガッチリと握手した。

 

 

 

 

――――絵里から心からの信頼と感謝を感じる。

 

 

 

 

こうして絵里も悠たち【μ`s】の一員となった。そうとなったら、絵里に仲間の証であるクマ特製メガネを渡さなくては。確かまだ2つ残っていたはずだと思っていると、

 

 

「それじゃあ、ここからはあなたたちの時間ね」

 

「えっ?」

 

 

絵里はそう言うと立ち上がって病室の扉を開けた。すると、そこには入ろうか入るまいかと立ち往生していたらしい希がいた。ずっとスタンバってましたと言わんばかりのタイミングだったので、希は思わず面を食らってしまう。

 

 

「じゃあ、私はオープンキャンパスに向けてあの子たちの練習を見なきゃいけないから。後はお2人で仲良くね」

 

「え、エリチ!?ちょっ」

 

 

絵里は悠と希にウインクして、病室から去っていった。気遣って2人にしようとしたようだが、逆に気まずい。この前までは普通に話せたのに、自分たちの過去と向き合ってから、どうもぎこちない。これは何とかしなくてはと思っていると、希はおずおずと先ほどまで絵里が座っていた場所に座った。

 

「鳴上くん……話しておきたいことがあるんやけど……ええ?」

 

「あ、ああ……」

 

どこか距離感が掴めず戸惑う2人。だが、希は先手を打つように静かに言った。

 

 

「もう穂乃果ちゃんたちには言ったんやけど……実は穂乃果ちゃんのグループに【μ`s】って考えたのはウチなんや」

 

 

「えっ?」

 

 

突然告げられた衝撃の事実に悠はフリーズしてしまう。一体どういうことなのだろうか。

 

 

「占いに出てたんよ。このグループは9人になったとき……道が拓けるって。だから付けたんよ。9人の歌の女神、"μ's"って名前を。だから、ウチもμ`sに入ろうって思うとるんよ」

 

 

穂乃果たちとスクールアイドルを結成したての時を思い出す。あの投票箱に【μ`s】と入れてくれたのは希だったのか。しかし、自分たちの輪に入ると言いながらも、希はどこか浮かなそうな顔をしていた。そのことについて追及しようとすると、希はタイミングを見計らったようにその理由を話してくれた。

 

 

「だけど……ウチはこのまま鳴上くんたちの仲間に入って良いのか、分からん。自分の影と向き合って知った……嫉妬深くて重いウチ……こんなウチは…」

 

 

なるほど、浮かない顔をしていたのはそのせいか。自分の抑圧していた感情と向き合って初めて知った自分。そんな自分が悠たちの輪に入って良いのだろうかと悩んでいるようだ。その原因はおそらく………。

 

 

「東條、これは俺の戯言だが……聞いてくれるか?」

 

「??」

 

 

事情を察した悠は俯く希にある話をすることにした。向こうが己の気持ちを包み隠さず話してくれたのだ。ならば、こちらも話すとしよう。

 

 

 

「まだみんなには……陽介や穂乃果たちにも話してないけど、俺も()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

悠は目を瞑ってあの時のことを思い返して、希に包み隠さず話した。今年の3月、あの連続殺人事件の真の黒幕と激突した際、相手の思惑にのってしまい、自分の影が出現したことがあった。あの時、自分のシャドウが言っていた言葉を悠は今でも覚えている。

 

 

 

 

 

"もう一人になりたくない。一人はたくさんだ"

 

"ずっとみんなといたかった。例えそれが霧の中の偽物でも構わない。誰との繋がりのない人生には戻りたくない。みんなと一緒にいれば、それでいい"

 

 

 

 

 

「俺は…みんなとの繋がりがなくなることが怖かったんだ。事件が終わったら、もうみんなと集まることはなくなる……………みんながいない明日が来るのが怖かった」

 

「…………………………」

 

悠の話を聞いた希は驚きながらも静かに耳を傾けていた。話では悠は己の影と向き合わずにペルソナを手に入れたと聞いていたが、やはり悠も己の影と向き合っていたのか。どれだけ辛かったのだろう。もしかしたら、その影は自分があの時に姿を消したせいで生まれたのかもしれない。悠はそう思っているのではないかと、希は怖くなってしまった。

 

 

「でも、今思い返せば、俺がそう思っていたのは間違いだったな」

 

「えっ?」

 

 

思わぬ悠の言葉に希は思わずそう聞き返してしまった。今のどこに間違いがあったのだろう。悠は特捜隊メンバーと絆を築く前は一人だったはずなのに。その影は自分のせいで生まれたかもしれないのに。だが、答えは単純だった。

 

 

 

「俺は……本当は繋がりがなくなってなんかいなかった。あの時に過ごした時を……どれだけ時間が過ぎても覚えててくれた人が………東條が居たんだ。俺は……それだけでも救われたんだ」

 

 

 

悠は噛みしめるようにそう言うと、希の目を見据えてこう言った。

 

 

 

 

「俺を覚えてくれて…本当にありがとう、()()()()

 

 

 

 

そう言って見せてくれた笑顔に希は涙を浮かべてしまった。自分を覚えててくれて嬉しいと言ってくれた。それだけで、もうこれ以上望むものなど何もないと思ってしまうくらい、希の心は歓喜と幸福でいっぱいになった。自分が欲しかった未来がここにある。そう思うと、涙が止まらなかった。

 

 

 

 

「ウチこそ……ウチこそ、ありがとう。こんなウチを思い出してくれて……それだけ…ウチが覚えてたんは、間違いじゃないって気づけたから………ありがとう………()()()

 

 

 

 

―――――希から今までの感謝、そして変わらぬ好意が伝わってくる

 

 

 

 

その後も、悠と希は夜が更けるまで延々と楽しそうに語り続けた。忘れていた今までの時間を埋め合わせるかのように。稲羽での女子事情の話に触れた途端、空気が少し冷たくなることもあったが、それでも2人は楽しい時間を過ごしたのだった。これから何があるのか分からない。でも、今度こそ何があっても忘れない。あの時の時間を、そしてこれから一緒に過ごす時間を。もう二度と忘れないと誓おう。

 

 

 

 

 

そんな2人を影からこっそり見守る者が1人いた。

 

 

「ハァ…もう面会時間過ぎてるって言おうと思ってたけど………あんまり若い子たちの青春を邪魔したら、悪いわね」

 

 

その様子を見ていた早紀はフッと笑ってそう言うと、クールにその場を去っていった。あんな楽しそうに語り合っている悠と希の表情を見たら、邪魔するのは野暮だろう。また娘にライバルができてしまったようだが、それはそれ、これはこれだ。さて、未だに足踏みしている娘の背中をどう押そうかと考えながら、早紀は職場へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

こうして悠たち【μ`s】に新たな仲間が2人加わった。そして、【μ`s】……その名の通り、9人の女神がここに揃った。そう、ここまでの物語は序章に過ぎなかった。これからが悠と女神たちが紡ぐ物語の始まりだったのだ。

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「いよいよオープンキャンパスか~」

「トラブル発生だと!?」

「どうすんのよ!」

「幕間をするしか」

「さあ、始めよう」



「臆する~ことなく~デスパレードお邪魔いたします」



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#47「Open Campus ~Dance!〜」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・誤字脱字報告をしてくださった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

運命のオープンキャンパス。果たしてどうなるのか!?
それでは本編をどうぞ!


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

 

………美しいピアノのメロディーが聞こえてくる。

 

 

 

 

 

聞き慣れたそのメロディーで目を覚ますと、あの場所にいた。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模したかのようなこの場所は【ベルベットルーム】。精神と物質の狭間にある選ばれた者しか入れない空間。あの熾烈な戦いの後なのか、ここを訪れるのは随分久しぶりのように感じた。

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

見ると、そこにはこのベルベットルームの主である老人【イゴール】がいた。相変わらず特徴的な長い鼻とギョロッとした大きな目でこちらを見ている。そして、今日もその傍らには従者であるマーガレットとエリザベスも座っている。こういう構図にはすっかり慣れてしまった。

 

 

「ここにおいでになられたということは、どうやらお客人は新たなる試練を無事乗り越えられたようでございますな。いやはや、実に喜ばしい」

 

 

フフフと笑ってそう語るイゴール。今までのことを考えれば、悠が今回の試練を乗り越えることなど予想していただろうと思ったが、どうやら本気でそのことを喜んでいる様子だった。すると、傍らにいるマーガレットが手に持っているペルソナ全書を開いた。

 

 

「厳しい試練を乗り越えたことでお客様は新たなアルカナを呪いから解放したご様子。【正義】と【女帝】………彼女たちにとって、あなたは欠けてはならない大切な存在となりつつあります。そのことを努々お忘れなきよう。気を付けないと………刺されるわよ?」

 

 

フッと笑って縁起でもないことを言ったマーガレットに寒気を感じてしまった。今のは警告と受け取った方が良いのだろう。冗談抜きでいずれ自分の身に起こりそうな気がしたので、本当に忘れないようにしておきたい。すると、ふと思い出したようにマーガレットはこんなことも言ってきた。

 

「そう言えば、またあの子たちのライブがあるようでございますね。今回は妹とお邪魔させてもらいます。あの時以上の素晴らしい催しを期待していると、そうあの子たちにお伝えください」

 

マーガレットはそう言うと、自分にお辞儀する。エリザベスも姉に倣ってお辞儀すると、意味深な笑みをこちらに向けてきた。マーガレットだけでなく、エリザベスも来るのか。マーガレットは何も心配はないと思うが、エリザベスが来るとなると少し心配になる。あの自由な性格から考えて、何をしでかすか分かったものではないからだ。自分の様子を察したイゴールは困ったような表情を浮かべている。

 

 

「……お客人はエリザベスが大変心配なようでございますな。マーガレットめも同行致しますので心配はないと思われますが、この子がお客人に何か粗相をしてしまったときは………何卒よろしくお願い致します」

 

 

完全に丸投げじゃないかとイゴールの言葉に呆れてしまった。どうやら主であるイゴールでもエリザベスの制御は難しいらしい。まあ、今回のライブは自分たちにとって正念場となるものなので、何事もないように祈るしかないのだが。

 

 

「それでは、今宵はこれまでといたしましょう。ではまた、お会いする時までご機げ」

 

「では鳴上様、またライブという催しの時でお会いするときまでご機嫌よう。鳴上様のパフォーマンスを楽しみにしております」

 

「これ!エリザベス!!お前はまた私の言葉を横取りしおって!」

 

 

以前のようにイゴールの言葉を横からすり取ったエリザベス。何というかこのやり取りにも慣れてきた気がする。それにしても、自分はオープンキャンパスで踊る予定などないのだが………。その様子を見届けると、いつものように視界が暗くなる。すると、先ほどまで感じなかった疲れがどっと押し寄せてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

目を覚ますと、そこに茶色の天井が見えた。どうやら自分はどこかで眠っていたようだ。それに、自分が今寝ているのはいつものベッドではなくソファであった。この空間には見覚えがある。

 

 

「ここは………ことりの家?」

 

 

見覚えのあると思っていた部屋は南家のリビング………つまり、ことりと雛乃の家だった。何故自分がここで寝ていたのか?昨日何があったのかを思い出そうとすると、リビングのドアが開いて誰かが入ってきた。

 

「あら?悠くん起きたのね」

 

「叔母さん…………」

 

その正体は叔母の雛乃だった。手には先ほど淹れてきたらしいコーヒーカップがあるが、悠のために持ってきたようだ。

 

「もう、昨日生徒会室で寝落ちしてたのを偶々見つけたから良かったけど、あのままだったら悠くん、学校で寝てたままになってたわよ」

 

雛乃にそう言われて、悠は昨日何があったのかを思い出した。

 

今日は音ノ木坂学院のオープンキャンパス。廃校が決定するか否かの正念場だ。絵里と希が新しく加入したことにより、μ`sのパフォーマンスのレベルは格段に上がっていった。この調子であれば、オープンキャンパスでのステージで中学生たちの心を掴むことができるはずだと絵里も太鼓判を押していた。そして、頑張ってくれた絵里へのお礼にはならないが、悠は生徒会の助っ人として、穂乃果たちのライブの準備をしながらも生徒会の準備も手伝っていた。

 

そして、昨日。全てやることも終わって一息ついていた時に、あの激闘の残っていた疲れとオープンキャンパスの準備での疲れが合わせて押し寄せてきたのか、そのまま寝落ちしてしまったらしい。何とも情けない話だ。そのせいで雛乃の手を煩わせてしまったらしい。本人は気にしていない様子であるが、申し訳なくなってきた。

 

「それに、さっき山岸さんって人から悠くんの携帯に電話があったわよ」

 

「山岸さんが?」

 

今回はシャドウワーカーの風花にも準備を手伝ってもらっている。今回は今までと違って様々な機材を扱うイベントだったので、機械に詳しい風花の協力がどうしても必要だったのだ。準備期間中、機材に関するトラブルが度々発生し、その度に風花に解決してもらったので感謝してもしきれない。電話に出た雛乃によると、機材の調子は大丈夫なので今日は頑張ってねとのことらしい。今度風花になにかお礼をしなくてはと思っていると、雛乃はコーヒーカップを悠に手渡した。

 

 

「今日は音ノ木坂学院の運命が決まる大事な日。それは分かるけど、無理しちゃだめよ。悠くんが頑張ってきたのは私もことりたちも分かってるから、きっと上手く行くわ。私はそう信じてるわよ」

 

 

雛乃はニコリと笑って悠にそう言った。悠はその笑顔を見て赤くなりながらも、はいと頷いてコーヒーを一口飲む。やっぱりこの人には敵わないなと心で思いながら。この時のコーヒーはとても温かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな朝を迎えたオープンキャンパス当日。穂乃果たちと合流してから軽く打ち合わせした後、悠は生徒会の手伝いの一環で誘導をしていた。やはり昨今話題になっている【μ`s】に興味がある人が多いのか、たくさんの中学生たちが訪れていた。そんな中学生たちをオープンキャンパスの会場へ誘導していると

 

 

「やあ、鳴上くん」

 

 

ふと誰かに声をかけられた。聞き覚えのある男性の声だったので見てみると、そこにいたのは、中学生くらいの女の子を伴っているメガネを掛けたスーツ姿の若めの男性だった。この人物を悠は知っている。

 

「あなたは…りせのマネージャーの井上さんでしたっけ?」

 

「ハハハ、覚えててくれたんだね。去年はりせちゃんのことで君には色々と迷惑をかけちゃっから、覚えられてないと思ったけど」

 

「いえ、そんなことは」

 

この悠と気さくに話す男性の名は"井上 実"。特捜隊メンバーの一人、久慈川りせの現役マネージャーであり、去年りせの引退問題で色々と関わったことのある人物だ。根が良い人物なのか、りせが引退して他のアイドルのマネージャーに赴任した後もずっとりせのことを気にしていた。悠ともその最中に知り合ったので、一応顔見知りである。りせの復帰後もマネージャーとして支えてくれているようだ。

 

「ところで井上さん、その子は?」

 

「ああ、この子は僕の姪っ子でね、今年受験生なんだ。この子もこの学校のスクールアイドルに興味があるらしくてね。りせちゃんから聞いたけど、ここの【μ`s】ってスクールアイドルは何でも鳴上くんがマネージャーをしているんだろ?今世間でも話題沸騰中のスクールアイドルだし、一度見てみたいと思って、この子の付き添いで来たってことさ」

 

なるほど、姪の付き添いのついでに今話題である【μ`s】の視察に来たらしい。流石はアイドル事務所のマネージャーである。ところで、井上さんがここにいるということはりせも来ているのでは思っていると

 

「りせちゃんなら今日はレッスンだよ。隙を見て鳴上くんに会いに行こうとしていたけど、防衛線は張っておいたから」

 

さり気なくすごいことを言う井上。伊達にデビュー当時からりせを見てきただけのことはある。とりあえず、りせがここに来て色々と面倒なことになることは避けられたようだ。手回しをしてくれた井上に今日は楽しんでくださいと軽くそう言って、会場の方へ案内する。そして、それがキッカケだったのか、この次からまた顔見知りと出会うこととなる。

 

 

「鳴上く~ん!久しぶりやな~!」

 

 

次に耳が拾ったのは京訛りの関西弁の少女。まさかと思って振り返ってみると、予想通りの人物だった。

 

 

「ラビリス!それに……アイギスさんも」

 

 

次に会ったのは、GWで仲間となったラビリス。そして、その隣にはその妹?にあたるシャドウワーカーのアイギスがいた。彼女たちが現れたことに悠は驚いてしまう。対シャドウ兵器が…桐条グループの重要機密が当然のように公共の場にいる。当の本人たちは悠の心情を知らないのかキョトンとしていた。

 

「鳴上さん、お久しぶりでございます。GWの時は色々とお世話になったであります」

 

「そうかしこまらないでください。今日はどうしてこちらに?」

 

頭を下げるアイギスの対応に困りながらも悠は事情を聞いてみる。すると、アイギスは淡々と悠の質問に答えた。

 

「はい、本日は姉さんが通う予定である音ノ木坂学院がどのような場所なのかを視察しにまいりました。本来なら美鶴さんがお越しになる予定でしたが、急な会議のため、私が代理で姉さんの付き添いで来たであります」

 

「えっ?」

 

アイギスの言葉に耳を疑ってしまった。ラビリスがここに通う?まさかと思うが、あの美鶴のことだからそんなことは可能だろう。こちらとてラビリスがここに通うのは大歓迎だが、桐条の重要機密が一般の学校に通うというのはいかがなものだろうか?

 

「まあ…鳴上くんが思うとることは分からんでもないけど、今日は穂乃果ちゃんたちのライブをたのしませてもらうわ。ほな、鳴上くんも頑張ってな」

 

「本日はどうぞよろしくお願いするであります」

 

一応悠の心情を察してくれたらしいラビリスは笑顔でそう激励してくれた。そんな2人を悠は会場へと誘導する。どうか彼女たちが桐条グループの機密事項であるとバレないことを祈りながら。

 

 

その後、ある程度人数を捌いて会場もかなり人が集まってきたと思ったその時、また知り合いと遭遇することとなる。

 

 

「「鳴上さ~~ん!」」

 

 

後ろから聞き覚えのある少女たちの声が聞こえてくる。この声は……

 

「雪穂と亜里沙か」

 

「はい!こんにちは、鳴上さん!」

 

「わ~い!鳴上さんだ~!」

 

思った通り、最近会うことが多くなった雪穂と亜里沙がこちらに向かいながら手を振っている姿が見えた。2人とも中学3年生、つまり受験生ということもあるだろうが、姉がライブをするとあってかそれを見に来たようだ。すると、

 

 

「ちょっ、ちょっと!僕を置いていかないで下さいよ~!」

 

 

後ろから雪穂たちを追ってきたらしい少年の姿も見えた。その少年の姿を見て、悠は驚愕した。爽やかな雰囲気に月光館学園の制服。以前にこと辰巳ポートランドを訪れた時に知り合った"天田乾"だった。

 

「天田!君まで」

 

「な、鳴上さん!!って、そうか。音ノ木坂学院って鳴上さんの通ってる学校だから当然か……」

 

悠は天田の登場に驚いたが、当の本人は悠が音ノ木坂学院の生徒であることを思い出したのか、あまり驚いた様子はなかった。

 

「あれ?天田くんと鳴上さんは知り合いなんですか?」

 

悠と乾が知り合いだったのことが意外だったのか、雪穂は思わずそう尋ねてしまった。

 

「ああ、以前ちょっとな。雪穂と亜里沙こそ天田と知り合いだったのか?」

 

「いや、今日初めて会ったばっかりですよ。何でも一緒に来た人たちとはぐれちゃったらしくて、それで一緒に探してたんです」

 

「なるほどな」

 

「そうなんですよ。全く、あの人たちは自由すぎるんだから……」

 

雪穂が事情を言った途端、乾はうんざりと言わんばかりに溜息をついた。どうやら乾も友人か知人とでここに来たらしいが、相手が自由な性格なのかはぐれてしまったらしい。乾も苦労しているなと思わず同情していると、亜里沙がこんなことを聞いてきた。

 

 

「ねえねえ、鳴上さん!今日は鳴上さんも踊るの?」

 

 

「「えっ?」」

 

「亜里沙、お姉ちゃんのダンスも楽しみだけど……鳴上さんのも見たいなぁ」

 

キラキラとした目でそんなことを言ってくる亜里沙。こんな純粋な女の子に顔を覗き込まれてそう言われれば、嘘でも彼女を喜ばせたいと大抵の男子は思うのだろうが、そこは様々な耐性を持っている悠。理性を保って亜里沙に申し訳なさそうに正直に言った。

 

「すまないな亜里沙。今日の主役はお姉ちゃんたちだから、俺は踊らないんだ」

 

「ええっ!そんな~…………」

 

亜里沙はこれ見よがしにガッカリといった表情を見せる。事実上悠はマネージャーだし、穂乃果たちを差し置いてステージに上がるなどないだろう。余程のことがない限りは。正直に説明したせいか、亜里沙の表情が寂し気である。それを見かねた悠はお詫びにと亜里沙の頭を優しく撫でた。

 

「えっ?」

 

「でも、今日はお姉ちゃんたちのライブを楽しんでくれ。お姉ちゃんも亜里沙が見てくれるのを楽しみにしているはずだぞ」

 

「は、はいっ!」

 

悠に撫でられて亜里沙は寂し気なものから一変して嬉しそうに笑顔になった。悠と亜里沙の周りにほんわかな雰囲気が流れ始める。しかし、

 

「………………」

 

「あ、あの…どうしたんですか?高坂さ……………ん?」

 

そんな2人の様子を見た雪穂をジッと見ていたのが気になったのか、乾は声を掛けようとしたが、雪穂の顔を見た途端に絶句してしまった。どこか悠と亜里沙をムスッとした表情で見ていたのだが、何故かそれを見て寒気を感じてしまったのだ。この感じを乾は覚えていた。お陰でここはほんわかではなく、ヒヤリとした空気が流れている。

 

「ん?どうしたの?天田くん?」

 

「な、何でもありません……」

 

笑顔の雪穂の機嫌を損ねまいと曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す乾。そう言えば、こんなやり取りを"あの人たち"ともしたなと数年前の苦い思い出が浮かんでしまった。やはり悠もあの人と同じなのかと乾は思わずげんなりしてしまった。そして、何があったのか知らない悠と亜里沙は2人の様子を見てポカンとしてしまったのは、そっとしておこう。

 

 

 

そんな調子で雪穂と亜里沙、乾を会場へ誘導した悠は。先ほどの亜里沙の言葉を思い返していた。確かに自分もステージで踊れたらいいだろうが、自分がステージに上がって踊るということなんてないだろう。今日の主役は穂乃果たちで自分は裏方なのだから。

 

 

この時まではそう思っていた。手伝いが一段落して携帯にあの連絡が来るまでは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『悠先輩!大変だよ!!花陽ちゃんがお腹壊しちゃった!!』

 

 

 

 

 

 

 

特別ライブ開始前に穂乃果からそのような連絡を受けた悠は急いで穂乃果たちの元へと向かった。穂乃果たちの控え場所になっているテントに着くと、皆衣装を着てスタンバっていたが、そこには腹を抱えて座っている花陽、そしてその周りであたふたとしている穂乃果たちの姿があった。

 

「ゆ、悠せんぱ~い!どうしよう……」

 

「落ち着け。一体何があったんだ?」

 

とりあえず慌てられても困るので、皆を一旦落ち着けさせて話を聞くことにした。

 

「じ、実は花陽ちゃん、緊張のあまりにおにぎり食べ過ぎちゃって……」

 

「はっ?」

 

話をまとめるとこうだ。ライブは音ノ木坂学院の説明会が終わってからで、ちょうどお昼ごろとなる。それまでの時間、緊張を落ち着けるためにメンバー各々色んな対策をしていたようだが、花陽は家で作ってきたというおにぎりを食していたらしい。それを食べ過ぎてしまい、逆にお腹を下してしまったという。

 

「これがその証拠写真です」

 

穂乃果が撮ったらしい携帯の写真を見てみると、そこには見たことがないような大きなおにぎりを持つ笑顔の花陽が写っていた。まさか…これを食べたというのか。緊張している状態でこんなものを食べたら、それはお腹も壊すだろう。だが、不幸中の幸いか危機的な状況になるようなことではなかったので悠は安堵した。

 

「す…すみません……私のせいで………」

 

花陽は自分のせいで皆に迷惑がかかってしまったと思っているのか、申し訳なさそうに謝り倒している。しかし、そんな花陽を必死に凛たちが励ました。

 

「か、かよちんは悪くないにゃ!」

 

「そうだよ。緊張することなんて誰だってあるんだから」

 

「花陽が気に病むことじゃないですよ」

 

「でも…………」

 

皆にそうフォローされるも花陽は皆に申し訳なさそうに謝る。すると、誰かに頭に手を置かれた。

 

「自分を責めるな、小泉」

 

「な、鳴上先輩………」

 

悠にそう言われて、花陽は思わず涙してしまった。何しろμ`sメンバー全員が人前でライブをするのは初めてなのだ。悠も一度経験したから分かるが、人前でパフォーマンスするとなるとかなり緊張する。ファーストライブの時はお客が数人しかいなかったので、穂乃果・海未・ことりも例外ではない。こんな大勢の前でやるとなると、緊張も計り知れたものではない。理由はちょっとアレだが、どうであれ花陽のことを責めるのはお門違いだ。しかし……

 

 

「でも、ライブはどうするのよ」

 

 

テントの外を見ると、ライブを今か今かと待っている中学生たちの姿が見受けられた。ふと時計を見ると、もう説明会は終わっている時間だ。ライブの開始時間まであと少ししかない。絵里もそれに気づいたのか、花陽に体調を聞いてみる。

 

「花陽、確認するけどライブは出来るの?」

 

「はい……大分治まったのであと少し待っていただければ………」

 

「そう……なら大丈夫ね」

 

「でも、もう開始時刻は過ぎてるから、これ以上はお客を待たせられないわよ」

 

花陽の回復を待つとなると、彼らをかなり待たせることとなる。それは長い時間説明会を耐えた中学生に悪い印象を与えるので流石にまずい。こうなると、花陽はライブを降りなければいけないのだが、それだと今までの練習がふいになってしまう。テント内に悶々とした空気が流れ始める。やはりあの手を使うしかないのかと、悠は苦々し気に皆にあることを提案しようとしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

「臆する~ことなく~」

 

 

 

 

 

 

「「「「!?っ」」」」

 

 

ステージからそんな明るい女性の声が聞こえてきた。どこか聞いたことがある…というか思いっきり知り合いの声だったので、悠は思わず冷や汗が出た。まさかと思いつつ、悠たちは恐る恐るとステージを見る。

 

 

 

 

「デスパレードお邪魔いたします」

 

 

 

 

「「「え、()()()()()()()!?」」」

 

 

何とステージに現れたのは、ベルベットルームの住人であるエリザベスだった。しかも、いつの間にか手にマイクを持っている。突然ステージに現れた謎の美少女に会場からは戸惑いの声が上がった。しかし、エリザベスはそれに動じず淡々と話し始めた。

 

 

「皆々様方、本日はこの音ノ木坂学院のオープンキャンパスとなる催しに来て下さり、誠にありがとうございます。私は本日の司会進行を勝手ながら担当いたします"エリザベス"という者でございます。どうぞ"エリP"とお呼びください」

 

 

(何でアンタが司会者みたいになってんだー!!)

(しかも勝手にやってること自覚してた!)

(それにエリPって何!?)

 

 

この切羽詰まっている状況の中でエリザベスが登場。声には出さないものの、皆心の中でツッコミを入れた。観客の方からは更に戸惑いの声が聞こえてくる。一部からは"あっ!エリザベスさんだ"という声も上がったが、誰とは言わない。新しく加入したばかりの絵里と希もエリザベスには初めて会うので、こちらも戸惑いを隠しきれなかった。

 

 

「さて、皆々様はこの学び舎のスーパースクールアイドルであらせられる【μ`s】の特別ライブとやらが楽しみなご様子。私も姉様から大変すばらしいものと聞いて、ワクワクと楽しみにしておりました。ですが、先ほど妙なトラブルが発生してしまったようでございます。何でも機械というハイカラなものの調子がよくなかったり、メンバーの一人が緊張のあまりに跳び箱の中に隠れてしまったりと」

 

 

(いや!勝手に情報をねつ造しないで下さい!)

(お腹壊したことより恥ずかしいんですけど!?)

(それに跳び箱に隠れるのは栗○くんの方だにゃ)

(それも違うよね!)

 

 

中々ライブが始まらない理由を勝手にねつ造して話すエリP…もといエリザベス。色々とツッコミどころが満載だが、エリザベスは止まらない。ふと会場の方を見ると、そこにエリザベスとここにやってきたマーガレットが溜息をついている姿が見受けられた。どうやらこの事態はマーガレットにも予想外のことだったらしく、何とかしてくれと視線でそう送るが、もう愚妹は止まらないと悟ったのか取り合ってくれなかった。

 

 

「しかし、心配はありません。先ほど腕利きのマネージャー様が全て解決致しました。なんと機材を手で叩いただけで直したり、メンバーを何とも甘いお言葉で緊張から解放したりと、何とも素晴らしい手際で御座います」

 

 

((((……………………………))))

 

 

エリザベスのマシンガントークが止まらない。それに一部誤解を招く表現があった気がする。これ以上観客に誤解を生むようなことは止めてもらおうかとステージに上がろうとすると、

 

 

「ですが、そのメンバー様はまだ体調が回復するには少々時間がかかるご様子。それまで皆々様を退屈させることがあっては我が音ノ木坂学院の名折れ。そこで、メンバー様が回復なさるそれまでは私がご用意した幕間を皆々様に楽しんで頂こうかと思います」

 

 

エリザベスの言葉に会場がザワザワとし始めた。しかし、それに動揺したのは穂乃果たちもだ。エリザベスが言った"幕間"。今回のライブは一曲しか用意していないし、そんなものを用意する暇もなかったはず。一体エリザベスは何を言っているのだろうかと思っていると、エリザベスはその内容を発表した。

 

 

 

 

 

 

「私が皆々様のためにご用意した幕間。それは………………【μ`s】のマネージャーにして、我らスーパースターであらせられる"鳴上悠"様による、ダンスパフォーマンスでございます!!」

 

 

 

 

 

「…………………………えっ?」

 

 

「「「「えええええええっ!!」」」」

 

 

 

一瞬時が止まったように静かになった後、控えテントから悲鳴、会場の一部から歓喜の声が上がった。

 

「どういうこと!?鳴上のダンスパフォーマンスって!」

 

「な、鳴上先輩がダンス………」

 

エリザベスが発表した幕間の内容に穂乃果たちは大慌てだ。エリザベスの言葉が自分たちの予想をはるかに超えていたので当然と言えば当然である。だが、

 

「でも…鳴上さんは大丈夫なの?いきなりこんなこと振られて……」

 

「そうよ!鳴上がダンスの練習をしたところなんて一度も見たことがないわよ」

 

真姫とにこの言葉に一同は水を打ったかのように沈黙する。確かに今まで自分たちの練習に付き合ったことはあれど、一緒に踊ったことはおろか悠自身がダンスをしているところなど見たことがない。こんなことを言うのはおこがましいが、このぶっつけ本番の状態でダンスが出来るのか?一同がそんな不安を感じていた。すると、

 

 

 

「やってみればええやん」

 

 

 

「「「「えっ?」」」」

 

その沈黙を破ったのは希の一言だった。

 

「今はそれしかないんやろ?ここはあのエリPって人の提案に乗るしかないんやない?」

 

「でも……」

 

「大丈夫や。悠くんがこの展開を読んでない訳ないやろ?」

 

希はそう言うと、悠に意味深な笑みを向ける。悠はそれに応じずそっぽを向いた。沈黙はイエスということだろう。そんな悠の反応を見たことりは心当たりがあったのか、何か気づいたような表情になる。

 

 

「お兄ちゃん……もしかして、最近寝不足だったのって……あっ…」

 

 

「行ってくる」

 

 

悠は何か言おうとしたことりの頭を軽く撫でて、ステージへ上がろうとする。悠とてこの状況を予想していた訳ではない。ただ、ベルベットルームでエリザベスが悠のパフォーマンスを楽しみにしていると妙に意味深気味に言ってきたので、もしやと思って備えていただけのことだ。ここは何とか覚悟を決めてやるしかない。

 

 

「鳴上くん」

 

 

重い足取りでステージへ上がろうとすると、絵里に声を掛けられる。振り返ってみてみると、絵里が真っすぐな目でこちらを見ていた。

 

 

 

「頼んだわよ」

 

 

 

絵里の目から信頼と期待を感じる。穂乃果たちも頑張ってと言うように悠の目をしっかり見ていた。それに倣って穂乃果たちも悠に頑張ってとエールを送る。穂乃果たちのエールを受けて、悠は身体が熱くなるのを感じた。

 

 

「ああ、任せろ」

 

 

仲間のエールを受けて、悠の心の中にあった不安は消し飛んだ。これで心置きなく踊れる。悠は決意の証にメガネを掛けて、意気揚々とステージへ上がる。だが、

 

 

「その前に鳴上くん…………それ八高の学ラン!!着るならこっちを着なさい!!」

 

 

いつの間にか着替えていた八高の学ランでステージに上がろうとしていたので、絵里は慌てて止めにかかった。いつの間に着替えたのかは知らないが、それを着て踊るのは流石にまずい。無理やり絵里に八高の学ランを脱がされ、音ノ木坂のブレザーを着せられた悠は何故かバツの悪そうな表情になっている。せっかくの良いシーンが台無しであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージに上がった瞬間、悠は謎の緊張感に襲われた。去年のりせのライブでも同じだったが、大勢の人の前に立つとやはりどう平静を保っても緊張してしまう。だが、それ以上にこの状況にワクワクしている自分がいた。一旦深呼吸をして観客を見てみる。ほとんどの観客は興味深そうにこちらを見ているが、中にはなんだこいつと不思議そうに見る人、黄色い声を上げて携帯を構える人、"鳴上さ~ん!"と大声でこちらに手を振っている少女、誰かカメラ持ってませんかと必死に教師に尋ねる理事長などと様々な人がいた。後半は自分の知り合いや身内だったということはそっとしておこう。

 

しかし、悠はまだ自分はステージに上がれるレベルまで達しているとは思っていない。何日か練習しただけの付け焼刃なので、踊り切れるかどうかと言った感じだ。正直人に見せられるものではないかもしれない。しかし、それでもやってみよう。自分を信じてくれたみんなのために、学校のために……そして、己のために。今、この瞬間を楽しもう。準備が完了したとエリザベスに合図を送ると、エリザベスは承知したと笑みを返した。

 

 

「それでは参りましょう!鳴上悠様によるダンスパフォーマンス、曲目は【Dance!】でございます!いざ、レッツフィーバーナイト!エンド、パーリーナイト!」

 

 

エリザベスが高らかに宣言したと同時に、何度も聞いた冒頭の軽やかなリズムが流れてくる。その瞬間、悠の中のスイッチが入った。

 

 

 

 

 

―――よし、挑戦させてもらおう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

曲が始まって少し経つと、静かだった会場が湧き立ち始めた。それもそのはず。ステージで踊る悠の姿に皆は見惚れていたのだから。

 

「おおお~!すご~い!!」

「思わずノッてしまいますね」

「何だか元気になってきました!」

「かよちんがすっかり元気になったにゃ~!」

「これって……やっぱりお兄ちゃん」

「ま、まあ……私の次に上手いわねぇ!」

 

何の予感があったかは知らないが、悠はこのことを予期して密かに練習したのだろう。独学で必死に練習したのがよく分かった。だが、自分の目から見ても彼はまだ素人。ダンス自体は普通だし、まだまだ基礎がなっていないのが見て分かる。だが、

 

 

「すごい……」

 

 

思わずリズムを取ってしまう。自然と体が動いてしまう。気づけば、ステージの彼に魅了されていた。ダンスは素人なのに何故こうも人を魅了できるのか。おそらくこれは"表現力"。彼の元から持っている圧倒的な表現力がその素人さをカバーしていた。全く類まれなるペルソナ能力といい、皆に好かれるカリスマ性といい、桁違いな男だと改めて思った。まだダンスの技術がなっていないのは、これから指導していけば更に磨きがかかるだろう。また教え甲斐のある人物に出会えたと心の中でほくそ笑む。そして、こうも思った。

 

 

「……負けられないわね」

 

 

こんなものを見せられては自分たちも負ける訳にはいかない。彼以上のパフォーマンスを観客に見せつけてやろう。思えば、他人にこんなことを思ったのは久しぶりかもしれない。そう思いながら、またステージの彼に目を向けた。

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――どうだ!

 

 

有りっ丈の思いを込めて悠はダンスに集中した。りせの教えを少し受けたとはいえ、自分はりせや穂乃果たちとは違い、何日か練習しただけで踊り切るかどうか心配になる素人だ。いくら幕間とはいえ、そんな自分がこのようなステージに立つことなど本来ならありえない。だからこそ、りせから教えてもらった"気持ちを込める"ということに専念した。例えダンスが素人でも気持ちを込めることだけは負けない。何とかその気持ちを持ちつつ最後まで踊り切った悠は、会場の様子を見てみる。

 

 

「「…………………」」

 

 

踊り切って曲が流れ終わっても観客はシンと沈黙したままだった。観客のその反応に流石の悠も内心焦ってしまう。何がいけなかったのか、何かまずいことをしてしまったのか。そう思った時……

 

 

 

 

 

ワアアアアアァァァ!!

 

 

 

 

 

一瞬の沈黙から、会場は喝采の声でいっぱいになった。そして、会場から次々と悠を称賛する声が聞こえてくる。

 

"カッコイイ!"

"すごかった!"

"あんなダンス見たことない!"

"鳴上さん最高!!"

"カッコいいわよ!悠くん!!"

"見事なものね"

 

何故か後半は知り合いの声が聞こえてきたが、それを聞いた悠はやり切ったという達成感、そして喜んでもらえてよかったという高揚感に包まれていた。

 

「ふう……」

 

上がり切った息を整えて観客の喝采の余韻を残したまま、悠はお辞儀してその場を去って行った。ステージから降りると、先ほどまで感じなかった疲労感と汗がドッと押し寄せてくる。相当アドレナリンが出ていたのか、立っているのがやっとと言った感じだ。すると、

 

 

「悠先輩」

 

 

おそらく悠をそこで待っていたらしい穂乃果たちが悠の元へ駆け寄ってきた。皆息が上がってフラフラになっている悠を心配そうに見つめていた。そんな彼女たちに悠は心配かけまいと笑顔を作ってサムズアップする。

 

 

「さあ、次は穂乃果たちの番だ。思いっきりやってこい!」

 

 

悠のその言葉を聞いた穂乃果たちは気分が高揚した。先ほどまで体調を崩していた花陽も回復済みらしく、いつもの笑顔が戻っていた。

 

 

「うん!悠先輩以上のパフォーマンスを見せつけてくるよ!」

 

 

 

 

 

 

「それでは皆々様、長らくお待たせいたしました。満を持して、ステージに【μ`s】………歌の女神たちが降臨でございます!どうぞ皆さま、盛大な拍手!拍手を!!」

 

 

 

 

タイミングを読んでいたかのように、ステージからエリザベスのそんな声が聞こえてきた。待ってましたと言わんばかりに穂乃果たちは身を引き締める。

 

「よし!みんなアレをやろう!!ほら、悠先輩も!」

 

そして、彼女たちはピースサインを作ってそれを皆と一つに合わせる。傍からその様子を見守ろうとした悠も穂乃果に急かされて、彼女たちと同じくピースサインを合わせた。そして、

 

 

 

「1!」

「2!」

「3!」

「4!」

「5!」

「6!」

「7!」

「8!」

「9!」

「10!」

 

 

 

――――μ`sic START!!

 

 

 

掛け声で心を一つにした彼女たちはステージへと上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

結論を言うと、穂乃果たち【μ`s】のパフォーマンスは今まで以上に素晴らしいものとなった。悠の幕間に影響されてか、今まで以上にダンスに磨きがかかっており、何よりこちらも彼女たちの世界に入ってしまうくらい観客は彼女たちのパフォーマンスに魅了されていた。悠は椅子に座りながらテントで彼女たちのパフォーマンスを見てそう思った。やはりたった何日か練習した程度の自分では比べようもない程、多くの人に感動を与えていた。それは新しく加入した絵里の指導、そして彼女たちの努力の賜物だろう。そして、パフォーマンスが終わると、自分の幕間以上の拍手と歓声が会場を包んでいった。どの声も穂乃果たちを称賛している。可愛かった・元気が出た・興奮が止まらないと。それを聞いた悠は嬉しさでいっぱいになった。自分の仲間たちが皆に認められて嬉しかった。鳴り止まぬ歓声の中で悠は密かにニコッと笑った。

 

 

 

 

こうして、波乱万丈の音ノ木坂学院オープンキャンパスは訪れた中学生や保護者たちに喜びと感動を与えて終了した。それはスクールアイドル【μ`s】、そしてそのマネージャーの活躍で大成功を収めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「叔父さん!あの人のダンス、凄かったね!」

 

「ああ………そうだね」

 

音ノ木坂学院のオープンキャンパスからの帰り道、井上は隣にいる姪の言葉に曖昧な返事を返す。井上の頭の中は今日の音ノ木坂学院のライブのことでいっぱいだった。今話題沸騰中のスクールアイドル【μ`s】。彼女たちの演技は間違いなく本物だった。彼女たちなら、あのスクールアイドルNO.1とされている【A-RISE】と並びたつことも夢じゃないだろう。そして、彼女たちと同じくらい幕間の悠のダンスも素晴らしいものだった。何人ものアイドルのマネージャーを務めている井上だが、ここまでのことを感じたのはりせ以来初めてだ。思い返すと、ダンス自体は素人同然だったが、パフォーマンスとして大事な表現力が並みのダンサーに比べて桁違いだった。ふと井上の頭に随分前に先輩に言われた言葉を思い出す。

 

 

 

"一流に対しては歓声が沸く。超一流に対しては人はまず沈黙するもの"

 

 

 

先ほどの観客の反応を見れば、悠たちがどちらかなどは一目瞭然だ。こんなに気持ちが高ぶったのは久しぶりだった。隣で姪が興奮して今日のことを話している最中、井上はふと呟いた。

 

 

「彼らは逸材だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鳴上家>

 

 

「それじゃあ、みんな~今日はお疲れ様ー!乾杯!」

 

 

「「「「カンパーイ!!」」」」

 

 

穂乃果の音頭で皆は各々が持つグラスを上げて乾杯する。オープンキャンパスの片付けも終わって一段落したところで、μ`sはいつもの如く鳴上家で打ち上げを行っていた。既にテーブルには食欲をそそる匂いがする料理がたくさん並んでいた。疲れている最中に悠が作ってくれたのだ。何もかもやってくれて申し訳ないと思ったが、食べないとそれこそ作ってくれた悠に申し訳ない。今日は余程疲れたのか、穂乃果たちは早速料理に箸をつける。

 

「いや~今日は色々あったけど楽しかったね!」

 

「凛もとっても楽しかったにゃ~」

 

「一時はどうなるかと思いましたけどね………」

 

「ううっ……今度は気を付けなくちゃ」

 

「まあ、それはこれからやね」

 

穂乃果たちは今日のことを振り返りながら楽し気に料理を食べていた。大きなイベントの後なのか、気が緩み切っている。また明日から練習なのにこんな調子ではいけないと絵里は注意を促そうとしたが、今日くらいは良いかと考え直した。自分も久しぶりにステージに立ってパフォーマンスをしたので、正直お腹が減りすぎているのだ。体重は気になるが、悠の手料理はかなり美味なので食べないと勿体ない。

 

それと、あの時に司会者として現れた"エリザベス"という人物は気になる。ライブが終わってから忽然と姿を消していたので、詳細が掴めていない。悠たちと知り合いらしいが、一体何者だろうか?だが、そんな疑問は料理の美味さにかき消されてしまった。

 

 

また一山超えた彼女たちの楽し気な笑い声が鳴上家を溢れかえっている。すると、

 

「なんと言っても、今日の悠先輩のダンスはすごかったよね〜!」

 

「うんっ!早くお母さんに焼き増し貰わなくちゃ」

 

「あれ?そういえば、その鳴上はどうしたの?」

 

さっきから悠の姿が見えないことに気づいたのか、にこが皆にそう尋ねた。もしや疲れて自室で寝ているのだろうか。だが、その質問に花陽が答えた。

 

「あっ!鳴上先輩なら、さっき誰かから電話がかかってきたようなんで、お外の方に行きましたよ」

 

「電話?もしかして、菜々子ちゃんか陽介さんたちからかしら?」

 

「さあ?そこまでは……でも、嬉しそうな顔をしてたんで多分菜々子ちゃんじゃないですか?」

 

「ああ……そうかもね」

 

悠が嬉しそうな表情をしていたとなるとそうかと一同は納得した。悠は自他ともに認めるシスコンなので、菜々子からの電話なら納得だ。そのうち帰ってくるだろうと思いながら、穂乃果たちは食事を続けたのであった。ただ、ことりだけは"私も妹なのに"と密かに愚痴っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい………分かりました」

 

 

自宅の外にて意外な相手からの通話を終えて、ふうと息を吐く悠。何というか色々あり過ぎて一日が長く感じた気がする。ふと空を見上げると大きな満月があった。今日の月は何故かいつも見ているものより大きく、そして綺麗に見えた。

 

 

「ここにいたのね、鳴上くん」

 

 

そんな満月をぼんやりと眺めていると、悠を探していたらしい絵里に声を掛けられた。ちょっと長電話になってしまったので、心配になって来てくれたのだろう。

 

「ああ、心配かけてすまなかったな」

 

「誰からの電話だったの?」

 

「ええっと………りせから。今日のライブはどうだったのか気になってたらしくて」

 

「……そう」

 

どこか口ごもってそう言った悠を不審に思った絵里。おそらく今の電話相手はりせではないことは容易に想像できた。だが、あまり悠のプライベートに付け込むのは良くないと思ったので、それ以上は深入りせず悠と隣に立って満月を見上げることにした。悠も絵里の対応にありがたいと思いながらも空を見上げる。すると、

 

「今日はありがとうね、鳴上くん」

 

「えっ?」

 

「一時はどうなるかと思ったけど、あなたのお陰でオープンキャンパスは成功したわ」

 

「俺は何もしてないさ。今日のライブは穂乃果たちのお陰だ」

 

相変わらず謙遜する悠に絵里はブレないなと思った。おそらく今日のライブでの幕間は自分たちのパフォーマンスより劣っていると思っているのだろう。そんなことないのにと思いつつも、絵里は会話を続けた。

 

「あのダンス……りせさんに教えてもらったんでしょ?」

 

「……バレたか」

 

「ことりが言ってたわよ。やっぱり一緒に暮らしていると気づくものなのかしらね」

 

絵里の指摘に悠は苦笑いになる。教えてもらったと言っても、何か自分にピッタリな曲とダンスはないかと尋ねただけだ。あとのことは全て悠が独学でやったこと。皆に内緒で密かに練習していただけだ。ことりにはバレていたようだが、それは当然か。

 

「確かに、初めてにしては上出来だったわ。表現力なら誰にも負けてない。でも、まだ技術的には素人よ。いくら表現力があっても技術が身についてなきゃ、意味がないわ。今回の喝采は偶々だと考えておきなさい」

 

相変わらずて厳しい評価に悠は苦笑してしまう。だが、今までの絵里と違って指導に熱が入っていたので一言一句聞き逃さまいという気持ちになる。

 

「だから鳴上くんはもっとステップを………何よ?えらく真剣に聞いてるじゃない」

 

「いや、絢瀬の指導はちゃんと聞いておかないとって思って」

 

「だから絵里で良いって言ってるでしょ」

 

「ツッコむところはそこなのか」

 

その後も他愛ない話が続いていく。ある話に区切りがつくと、不意に絵里はこんなことを聞いてきた。

 

「ねえ、鳴上くん。前にあなたに"嫌い"って言ったこと覚えてる?」

 

「ああ……」

 

ファーストライブの時、講堂の使用許可を取ろうとした際に言い合いに発展した時に言われたのを思い出す。その時、自分は確か絵里に好きになってもらうように頑張ると言ったはずだ。今から思えば何とも恥ずかしいことを言ったものだなと少し後悔してしまう。だが、そんな悠とは反対に絵里は少し嬉しそうだった。

 

「今から思えば、あの時から私は貴方に嫉妬してたのよ。私の影が言ってた通りね」

 

「……………」

 

「でも……今は違うわ。あなたとこうやって何気なく話せてるのがとても楽しい。あの子たちと一緒にスクールアイドルをやれているのがとても楽しいの。私、あなたたちと出会えてよかったわ」

 

絵里の声色からそれが心からの本音であることを感じる。自分の影と向き合った影響か、絵里は以前より生き生きしているのが分かった。そう思うと、絵里は自分たちのお陰で救われたのだなと改めて感じた。

 

「そうか…………」

 

「鳴上くん」

 

絵里はそう言うと、悠に近づいて耳にそっと囁いた。

 

 

 

 

「Я тебя люблю」

 

 

 

 

「えっ?」

 

絵里は今何と言ったのだろう。今のは英語ではない、聞いたこともない言葉だった。一体どういう意味なのかと困惑していると、絵里はスッと悠から離れて悪戯が成功した子供のような表情を浮かべた。

 

「フフフ、これからもよろしくね。鳴上くん」

 

絵里はそう言いながら微笑んで、さっとその場を去っていった。その時の絵里は秘めていた想いを伝えて喜んでいるように見えた。

 

 

 

 

 

絵里が去った後、悠は先ほど絵里に言われた言葉の意味を考えていた。あれは何語だろうか。少なくとも英語ではないし、絵里の故郷はロシアなので、おそらくアレはロシア語だろう。しかし、その言葉の意味は何だったのだろうか。ふと去り際の絵里の笑顔を思い出してみる。何というか、月に照らされていたせいか、いつもの笑顔がより輝いていたように見えた。思わず絵里の笑顔を思い出して呆けていると、

 

 

「悠くん、鼻の下が伸びとるよ」

 

「いてて!」

 

 

いつの間にか近くにいた希が頬をつねってきた。希の細い指が頬に食い込んでいるので、とても痛い。ギブアップと言わんばかりに股をバンバンと叩くと反省したと思ったのか、希は手を離してくれた

 

「の、希……いつの間に………」

 

「全く悠くんは昔からモテモテやねぇ。ウチも負け取られんなぁ」

 

「え?モテモテ?えっ?」

 

「ハァ……」

 

相変わらずの鈍感であると希はため息をついた。本人は自分の親友を落としたことに気づいていないようだ。まあそれが悠の昔からの性格なので今更なのだが、いつかはこの鈍感を何とかしなければならないだろう。それはともかく…

 

「今日の悠くんはカッコよかったで。まるで本物アイドルみたいやったわ」

 

「そうか。希こそ………可愛かったよ」

 

「ウフフ、嬉しいなぁ。悠くんにそう言われると」

 

互いに今日のライブでのパフォーマンスを褒め合う悠と希。希が悠のダンスに見惚れていたのは自明の理だが、悠も悠でμ`sのパフォーマンス中は妹のことりの次に希のことを見ていたのだ。普段の大人っぽい雰囲気に加えて、ステージに立って踊っていた希は可愛さが増していたので、すごく綺麗だったと悠は思っている。悠に褒められて照れている希にドキッとしてしまったので、悠は慌ててそっぽを向いた。すると

 

「あっ!流れ星」

 

希が突然空を指さしてそう言ったので、悠は思わずその方を見てしまう。

 

 

「……………………えっ?」

 

 

何もなかったので希の方を振りかえってみると、至近距離に希の顔があった。いつぞや事故とはいえ電車内で壁ドンをしてしまった時と同じだ。希の吸い込まれそうな大きな瞳と透き通った白い肌がよく見える。間近なのか希がいつもより綺麗に見えた。ただ、あの時と違うのは…互いの唇が触れるか触れないかという距離にあったことだった。その距離はおよそ1cmほど………

 

「の、希!」

 

「ウフフ」

 

突然の事に悠は反射的に希から離れてしまう。柄にもなく慌ててたのか顔を朱色に染め、いつものクールな雰囲気はなく、ただの年頃の男子高校生の姿がそこにあった。そんな悠の反応を希は面白そうに微笑んでいた。

 

「悠くんはやっぱり面白いなぁ♪」

 

「勘弁してくれ……希、こういうことはあまりしない方が……」

 

「ウチかてエリチや妹ちゃんたちに負けられへんもん。これからも隙あらば、みんな前でも仕掛けていくつもりやで♪」

 

「………冗談だろ?」

 

悪戯っぽくそんなことを言う希に対して、悠は思わず冷や汗が出た。ただでさえことりだけでも怖いというのに、最近は海未や真姫たちもそこのところは厳しくなっているのだから。精神がいくらあってもありない気がする。それに、絵里やことりに負けたくないって何に対してだろうか?そんな悠の心情を知らずか、希はクスクスと笑った。

 

「さあ?どうやろう?もし、それが嫌やったら」

 

希はそう言うと、絵里と同じくスッと悠のに近づいてこう囁いた。

 

 

 

 

「ウチからずっと目を離さんとってや」

 

 

 

 

綺麗な瞳で見つめられて発せられた希の言葉。それを耳に届いた時、悠はどこか胸がドキッとした。心なしか顔も熱い。あの時と一緒だ。希を冤罪から助けたあの時に希から感謝の言葉を言われた時と一緒の気持ちだった。おそらく希はその言葉を伝えたかったのだろう。だから、悠もそれに応えようと希の両肩に手を置いた。

 

 

 

 

「ああ、もちろんだ。これからも…希を離したりはしない」

 

 

 

 

悠がそう言った途端、希はあっけに取られたかのようにポカンとした。どうしたのだろうかと声を掛けようとすると、希は急に踵を返して悠から離れて行った。髪が上手く希の顔を隠しているのでよく見えないが、心なしか顔が真っ赤になっているように見えた。

 

「…の…希……?」

 

悠くんのバーカ…………

 

希は悠に聞こえないほどの小さいな声でそう呟くと、悠の胸の中に顔をうずめた。希のその行動に悠は慌ててしまったが、きっと希も疲れたのだろうと思いなおして、しばらくその状態を保つことにした。そんな2人を空に浮かぶ満月の光が暖かく包んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日談、というか今回のオチ

 

オープンキャンパスのアンケートの結果、音ノ木坂学院に入学したいと希望する中学生が多数いたことにより、音ノ木坂学院の廃校は阻止されることになった。つまり、あのオープンキャンパスでの穂乃果たち【μ`s】の活躍のお陰で音ノ木坂学院に廃校の危機を回避させることに成功したのだ。まだ完全にとはいかないが、悠たちは廃校危機だった音ノ木坂学院に希望をもたらしたことになる。このことを知った悠と穂乃果たちは歓喜した。

 

だが、その日以降μ`sたちに悩みの種が一つ増えてしまった。あのライブのお陰か、道を歩いていると女子中学生に声を掛けられることが多くなった。それは自分たちが有名になった証なので喜ばしいのだが……

 

 

「あ、あの!写真撮ってくれますか?鳴上さん!」

「わ、私も!」

「私もいいですか?鳴上さん!」

 

 

それが何故か悠の方が多かったりする。あの幕間を見て、悠のパフォーマンスに魅了されたらしい。写真を撮るのは別に構わないのだが、その際周囲から殺気に満ちた視線をチクチク感じることが多くなってしまった。それの発生源が誰とは言わないが、どうしたもんかと悠は頭を悩ませるのであった。とりあえず稲羽の相棒に何か策はないかと電話をする。

 

 

 

「陽介、この状況をどう対処すればいいか知ってるか?」

 

 

『知らねェよ!!』

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「最近お兄ちゃんの様子がおかしいような……」

「そう言うときはラブリーンだよ!」

「お兄ちゃん………」

「何でクマさんがここに!?」


「子持ちかよ――――!」


Next #48「Wonder Zone」


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#48「Wonder Zone 1/2」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・評価をくださった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


それでは本編をどうぞ!


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ。本日、主は留守にしております」

 

 

 

聞き慣れたメロディーと女性の声で目を覚ますと、いつもの場所にいた。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模したこの場所は【ベルベットルーム】。精神と物質の狭間にある選ばれた者しか入れない空間。そして、そこにはいつもの奇怪な老人の姿はなく、その従者であるマーガレットがいた。

 

「先日は妹が世話を掛けたわね。どうやらあの子、貴方たちの催しが気にったようでまた訪れると言っていたわ。その時はまたよろしくお願いするわ」

 

マーガレットはそう言うと、ペルソナ全書を開く。そして、開いたページから複数の宝玉が姿を現した。

 

 

「主が言っていた【女神の加護】。これまでの試練を乗り越えて行く度に増えてきたわね。気づいていないのかもしれないけれど、これまでの試練でも幾度も貴方に助力してきた。これらが今後あなたにどのような影響を及ぼすのかしら……フフフ、想像するだけで熱くなりそう」

 

 

マーガレットは恍惚な笑みを浮かべている。その姿に相変わらずだなと思っていると、彼女は宝玉を元の場所に戻してペルソナ全書を閉じた。

 

「また近々更なる試練が貴方たちを待ち受けているでしょう。それを乗り越えるためにも、貴方には身体を休め、英気を養う時間が必要かと。でも……あの子たちがそうさせてくれるかしら?フフフフ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~オープンキャンパスから一週間後~

 

 

オープンキャンパスのライブから一週間が過ぎて、音ノ木坂学院の雰囲気は少しずつ変わりつつあった。何せまだ完全とは言えないが、廃校の危機が去ったのだから雰囲気も明るくなる。そして、ライブはまたしても好評でラブライブ出場条件であるランキング20位まで一気に近づいた。更には、雛乃がオープンキャンパスを成功させたご褒美と称してとなりの教室を用いて部室のスペースを広くしてくれた。これには穂乃果たちもホクホクで達成感に酔いしれる。

さて、このまま目標の廃校阻止、そしてラブライブの出場を目指して気合を入れ直して練習に励もうと穂乃果たちは屋上へとダッシュする。

 

 

はずだったのだが………

 

 

 

「今日も悠先輩、来てないね………」

 

 

 

まるで現実に引き戻ったかのように部室の雰囲気が急に沈んだ。

何を隠そう、ここ最近悠が練習に顔を出すことが少なくなっていったのだ。前までは休まずに参加してくれたのに、悠が練習を休むとは珍しいことだ。だが、一日ならまだしも数日続けて、それも連絡も無しとなると流石に心配になってくる。

 

「今日も鳴上くんは来ないのね。次のライブについて意見が欲しかったんだけど………」

 

絵里は次のライブについて悠と話し合いたかったらしいが、悠が不在のためそれが出来なくなっている。皆の意見も大事だが、せめて裏のリーダーである悠の意見も欲しいところなのだ。

 

「最近、鳴上先輩の様子がどうもおかしいですよね」

 

「ことりちゃん、何か知らないの?」

 

「えっ?………さ、さあ?ことりは何も知らないなぁ~」

 

穂乃果の問いにことりはそう曖昧に答える。だが、その前に一瞬ギクッとなっていたので何かあるのかは明白だった。

 

「ことり?本当に何も知らないのですか?」

 

「妹ちゃん?嘘をついとったら、ワシワシやで」

 

海未と希は真相を確かめようとことりに圧力をかけてみる。海未と希の圧力に耐えきれなかったのか、ことりは怯えてとうとう自白した。

 

「う、海未ちゃん!希先輩、怖いよぉ~…………じ、実は……この間お兄ちゃんと少し……」

 

「…では、最初から説明してください」

 

海未に圧力をかけられながら、ことりはポツポツと事情を話した。あれはオープンキャンパスが終わって翌日に起こった出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数日前~

 

 

 

 

<鳴上家>

 

「はぁ……お兄ちゃん、遅いなあ」

 

ことりはテーブルに作った夕飯を準備して、ファッション誌を読みながら、悠を待っていた。しかし、その顔は浮かない表情であった。愛しい兄が中々帰ってこないこともあるが、もう一つ要因がある。

 

 

「やっぱり……ことりの胸を触ったこと………気にしてるのかな」

 

 

先日悠を起こしに行こうとしたとき、我慢できなくなったことりは布団の侵入を試みた。だが、その時に寝ぼけていた悠が誤ってことりの胸を鷲掴みしてしまったのだ。流石のことりもその時は羞恥心を隠しきれず、思わず悠に平手打ちをしてしまった。それで顔を合わせるのが気まずくなって、朝はお互い別々に登校した訳だ。だが、このままズルズル気まずいままでいるのも耐えられないので、こうしていつもより気合の入った夕食を作ってスタンバっているのだ。すると、

 

 

「ただいま」

 

 

そんなことを思っていると、早速愛しの兄が帰ってきた。ことりは気持ちが高ぶるが、一旦落ち着いてとびっきりの笑顔で悠を迎える。

 

「お帰り!お兄ちゃん!ごはん出来てるよ」

 

「悪い…………もう食べてきたから」

 

「えっ……」

 

その瞬間、ことりはショックを受けてしまった。ことりのその表情とテーブルに並べてある料理に気づくと、悠は申し訳なさそうに顔が沈んだ。

 

「ごめんな。それじゃあ」

 

悠はそう言うと、さっさと自分の部屋に戻ってしまった。ことりは少し気になって悠の部屋を覗いたが、もう悠は布団に潜り込んで寝息を立てていた。表情がとても疲れていたので、今日はそっとしておこうとことりは思った。また明日にでも謝ればいいと思いながら。だが………

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ただいま」

 

そんな日々が数日続いてしまい、いつもの如く疲れ切った顔の悠が帰宅してきた。この調子だとご飯もいらないのだろう。しかし、ここ数日…それもこんな時間までどこで何をしているのか。先日のことが関わっているのか、ことりは不安になったので、謝る前に直接聞きだすことにした。

 

「お兄ちゃん、こんな遅くまで何してるの?」

 

「…………ちょっとな」

 

ことりの問いに悠は言葉を詰まらせながらそう答える。悠のその反応からやはり何かあると確信したことりは更に問い詰めた。

 

「お兄ちゃん、どうしてことりに言ってくれないの?もしかして」

 

「ごめん、ちょっと頭痛いから……もう寝るな」

 

悠は言葉を濁してそそくさと逃げるように自室に入っていた。その様子にことりは更に疑惑を募らせる。何かおかしい。ことりは胸にそんな不安を覚えざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「……………………」」」」

 

 

時は戻り現在、ことりからの話を聞いた一同は気まずい雰囲気に包まれた。何と言うか序盤から話が飛躍しすぎていて話があまり入ってこなかったのだ。ましてや悠に胸を揉まれたなど……

 

 

 

――――羨ましい……

 

 

 

だが、事故とはいえ一度悠に胸を触られたことがあるにこは密かに気まずい顔をしていた。バレたら悠のみならず、自分も希やことりに粛清されそうな気がするからだ。

 

「それで?」

 

こういう話に敏感な海未は茹蛸のように赤くなりながらも何とか耐えてことりに続きを促した。

 

「う、うん……だから学校でお兄ちゃんに会って事情を聞きだそうとしても、お兄ちゃんすぐどこかに行っちゃうし……部室にも顔出さないし…………携帯に電話しても出てくれないし…………」

 

そう語ることりの目に次第に涙が溢れだした。それを見た穂乃果たちの表情も暗くなる。ことりが重度のブラコンであることは重々承知だが、ここまで来ると流石に悠に非があるように思えてきた。

 

「でも、あんなにことりちゃんを大事にしてる悠先輩がことりちゃんに心配かけるなんて、考えられないんだけどな」

 

話は聞いた穂乃果は腕を組みながらそう考察する。事故だとしても妹に迷惑をかけたからといって、重度のシスコンである悠がことりをこんなに心配させるなど考えられないからだ。

 

「でも、妹ちゃんが悠くんにワシワシされた時って、オープンキャンパスが終わってすぐのことやない?」

 

「ということは……あの後に何かあったのかしら?」

 

絵里の脳裏に浮かんだのはオープンキャンパスの打ち上げの時に、悠に掛かってきた電話だった。あの時は悠のプライベートと遠慮して追及はしなかったが、思えばあれが今回の発端かもしれない。思えば思うほど悠の行動が不審に思えてくる。一体悠はどこで何をしているのだろうか。何か自分たちの知らないところでトラブルに巻き込まれているのではないだろうか。一同がそう思ったその時、にこが勢いよく立ち上がった。

 

 

「こうなったら……()()調()()よ!」

 

 

「「「「えっ?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈秋葉原駅前〉

 

 

「素行調査は弊社にお任せ☆魔女探偵ラブリーン!」

 

ピロリン!

『ハチの巣にされたいか!!』

 

 

「「「「……………………」」」」

 

 

大勢の人が行き来する秋葉原駅前。そこに突如、今の子供に大人気の『魔女探偵ラブリーン』のコスプレをしている女子高生の団体が現れた。その正体とはもちろん、にこと無理やりその衣装を着せられた穂乃果たちである。

 

「ああっ!もう違う!」

 

ピロリン!

『キラッと登場☆』

 

「そうそう、やっぱりこう」

 

「って、何でこうなったんですか!?」

 

とうとう耐え切れなくなったのか、海未はいつまでもラブリーンのおもちゃをいじっているにこに説明を求める。にこは何を言っているのだと言わんばかりに回答した。

 

「何言ってんのよ。素行調査って言ったら探偵、探偵って言ったらラブリーンでしょ。まずは恰好から入るのが鉄則じゃない」

 

「だからって、わざわざ全員でこんな恰好する必要あるんですか!?」

 

高校生がそんなコスプレをしているのだから、それは目立つので通行人は奇異な目で彼女たちをチラチラとしていた。探偵とは対象に見つからないようにするのが鉄則なのに、これでは逆効果だ。

 

「恥ずかしい……やってられないわ」

 

「というか探偵っていったらシャーロックホームズとかコナンくんの方じゃないのかにゃ?」

 

「確かに!でも、あの人たちってこんな素行調査より、事件調査って感じがするけど……」

 

「ああ………でも細かいことは気にしないにゃ~」

 

「何の話をしてんのよ」

 

どうでもいい話で盛り上がる凛と花陽に突っ込むにこ。真姫に至っては馬鹿馬鹿しいと思ったのか、2人の様子に呆れていた。

 

ピロリン!

『こいつはプロの仕事ですな』

 

「おおっ!このおもちゃ面白いなぁ」

 

「本当だ~。菜々子ちゃん好きそうだよ~」

 

「こらっ!私のおもちゃで遊ぶんじゃないわよ!」

 

穂乃果とことりはにこが持っていたおもちゃで遊んでいたので、にこは怒りながらおもちゃを没収する。初っ端からグダグダな状態だが、このままでは埒が明かないため一旦仕切り直すことにした。

 

「とにかく、最近鳴上の様子がおかしいから調査するのよ!こんなんじゃ練習に差し障るし、アイツが何か事件に巻き込まれてたらほっとけないじゃない!」

 

にこの言葉に珍しく正論だと言わんばかりに一同は押し黙った。確かに今やμ`sの中心人物である悠が不在のままでは練習に集中できないし、もし自分たちの知らないところでトラブルに巻き込まれていたとしたら、放ってはおけない。

 

「にこ先輩の言う通りだよ!悠先輩を探そう!」

 

「そうですね。何か起こってからでは遅いですし」

 

「わ、私も頑張ります!」

 

「凛も一緒に探すにゃー!」

 

にこの言葉に刺激されたのか、皆は次第にやる気を出し始める。着ている恰好がアレだが、皆の士気が上がったのはいいことだ。

 

 

「それじゃあ、早速素行調査開始よ!」

 

 

 

こうして、にこの先導の元に悠の素行調査が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~調査開始から数時間後~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…アキバのどこを探しても見つからなかったわね」

 

「というか、今日は変な視線を感じまくったわよ」

 

夕日が沈みそうな時間帯まで色々と悠の行きそうな場所を捜索したが、手がかりは何も掴めず、ただ行き行く人たちに奇異な視線を浴びただけで終わった。中には"ラブリーンがたくさんいる!"と興奮していたサル顔の金髪少年が居た気がするが無視しておいた。

 

「一体鳴上先輩はどこに行ったんでしょう?」

 

「まあ、放課後に動ける範囲なんてあんまりないと思うんだけど」

 

「一先ず今日は解散ね。明日は辰巳ポートランドとかに範囲を広げて手がかりを探しましょう。もちろん、このラブリーンの恰好じゃなくてね」

 

絵里の提案に皆は賛成の意を示す。今日は色々歩きまわったので、早く家に帰って休もう。一同がそう思った時、目の前にバスが停車する。そろそろ帰宅ラッシュの時間なのか、先頭のドアからたくさんの人が出てきた。

その中に……得体の知れないものがよろよろとバスから出てきたのを見て、穂乃果たちはぎょっとなる。

 

「えっ?あれって………」

 

だが、それには穂乃果たちは見覚えがあった。何故ならそれは………

 

 

 

「……稲羽のクマさん?」

 

 

 

「「「えええええええええっ!!」」」

 

 

 

稲羽に居るはずのクマ(着ぐるみversion)だったのだから。当の本人は穂乃果たちの絶叫に気づいてないのか、マイペースに公道をひょこひょこと歩いている。

 

「く、クマさんってバスに乗れたんですね………」

 

「じゃないよ!ちょっと、クマさーーん!!」

 

「(ギクッ)」

 

よろよろと歩き出すクマに穂乃果たちは急接近する。自分に近づいて来る穂乃果たちに気づいたのか、こちらに振り向いた。

 

「もう!こっちに来てるなら連絡してくれればよかったのに」

 

「そうですよ!言って頂けたら駅まで迎えに行ってましたのに」

 

「鳴上先輩に何か用事ですか?でも、今先輩は不在で…」

 

だが、穂乃果と海未がそんなことを言ってもクマは黙ったまま、何か焦っているようなゼスチャーをしていた。その様子を見た穂乃果たちは不審に思った。

 

「あれ?何で喋らないんでしょう?GWの時はもっと話してたのに」

 

「もしかして、人見知りなんですかね?」

 

「でも、そんなんだったら雪子さんや私たちにあんなセクハラ行為をするわけないでしょ」

 

「変なクマさんやねえ」

 

皆のクマに向ける視線が段々疑惑のものへと変わっていく。それを感じたクマはヒヤリと冷や汗をかいていた。

 

 

ア、アヤシクナイヨ……クマ

 

 

「あれ?何かおかしくなりません?」

 

「声が不自然……」

 

クマは穂乃果たちに弁明しようと声を出したが、あまりの不自然さに疑惑が更に深まってしまった。

 

「そもそもこの人……じゃなくてこのクマさんは本当にあのクマさんなんですか?」

 

「ちょっと陽介くんに電話してみようか」

 

「私は雪子さんに」

 

わざわざ稲羽という遠くから何故クマがここを訪れたのか。保護者である陽介に希が連絡しようとすると、クマが何故か慌てだす。一体どうしたのかと穂乃果たちが不審に思っていると、ピンと閃いたように明後日の方向を指さした。

 

 

アっ!センセイ~!オヒサシブリクマ~!

 

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 

ーカッ!!-

 

 

皆が一瞬明日の方向を振り向いた時を狙って、クマは猛ダッシュをかました。一瞬の隙を狙われた穂乃果たちは対応が遅れてしまい、気づいた時にはクマの姿はもうそこにはなかった。

 

「は、速い………」

 

「まるでアイ○ールド○1みたいな速さで行っちゃったにゃ」

 

「な、何で逃げたの?」

 

ピロリン!

『犯人はあ奴ですぞ』

 

いきなりのクマの逃走に疑問を感じざるを得ない一同。誤ってスイッチを押したにこのおもちゃもそう言っていた。その後、稲羽の陽介や雪子に連絡したところ、本物のクマはジュネスでバイトしており、サボってないかをちゃんと陽介が監視しているため、そっちにいるのはおかしいとのことだった。

 

「一体…あのクマさんは何だったのでしょう?」

 

皆は逃げたクマの正体に疑問を持った。アレが偽者だとするとあのクマは一体誰だったのだろうか。新たな謎を残したままその場で解散となった。

 

 

「………………ほほう」

 

 

その中で希だけが何か分かったように微笑んでいて、すぐさまどこかに電話していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

今日も練習を休んで悠の素行調査をするμ`s。今日は調査範囲を広げて秋葉原だけでなく悠が行きそうな辰巳ポートランドまで別動隊を組んで調査していた。ちなみに今日は絵里の宣言どおりラブリーンのコスプレではなく、厚手のコートにサングラスと如何にも素行調査に向いている恰好で行っている。にこはそれにマスクもつけようとしたが、明らかに不審者に見えるので全員で却下した。だが、恰好は変われど昨日と同じで全く手がかりが掴めない状態が続いていた。

 

 

単独でポロニアンモールを調査していたことりが疲れて一息ついていると、とある洋服屋から一人の男性が出るのを目撃する。音ノ木坂学院のブレザーにアッシュグレイの髪。間違いない、アレは……間違いなく探していた悠だ。

 

 

「み、見つけた!お兄…………ちゃん?」

 

 

ことりはとうとう悠を見つけたので、嬉しそうに声を掛けようとしたが、それは阻まれた。何故なら

 

 

「すみません………さん、こんなことして頂いて」

 

「気にするな。世話になった礼だからな。それと名前で良いって言ってるだろ?」

 

「流石に…それは」

 

「フフ、君は可愛いな」

 

 

そこには仲良さそうに会話している悠と他の女性の姿があった。

女性はサングラスをかけて白い帽子を深く被っていたので顔は分からなかったが、長い髪にスラッとしたスタイル、そして仕草から年上であることが分かった。それに、その女性は悠と親し気に話していたので端から見れば仲が良いカップルに見える。

その光景を目にしてしまったことりはその場に声を掛けることが出来ず、ただ立ち尽くしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん……誰なの……あの女は……」

 

 

先ほど信じられない光景を目撃したことりはポロニアンモールの噴水広場で一人黄昏ていた。頭に浮かんでいるのは大好きな兄が知らない女性と仲良さそうに歩いていた光景。相手の女性は見た目から自分より綺麗で色気があるように見える。そんな女性が悠とデートしているのを見たら、心がギュッと締め付けられた。一体あの謎の女性は誰なのだろうか?すると、

 

 

「ことりちゃん〜!どうだった〜!!」

 

 

そんなことりの気持ちを知らずか、別のところを調査していた穂乃果と海未は合流してきた。

 

「お兄ちゃんが……お兄ちゃんがっ!」

 

「「えっ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

ことりの証言により、すぐさま穂乃果と海未は情報を他のメンバーに通達した。そして、その数十分後………

 

「ほ、本当だっ!鳴上先輩が女の人と一緒にいます!」

 

「綺麗な人だにゃ………」

 

容易に件の2人は見つかった。見つけたのは同じ辰巳ポートランドで巌戸台商店街を捜索していた花陽と凛とにこの3人である。ことりの言う通り、まるで仲のいいカップルのように歩いている。

 

「こ、これは……やっぱり補習をサボっておいて正解だったわ」

 

「にこ先輩……」

 

わざわざ大事な補習をサボってきたのか。少しにこの進路が心配になった花陽と凛だが、件の2人を見失わないようにと尾行を続ける。そして、少し対象に近づいて見ると

 

「あれっ?鳴上さんと居るあの人って、ことり先輩が言ってた情報と違くありません?」

 

「えっ?」

 

花陽が女性の観察していると何か違和感に気づいたらしい。ことりの情報だと女性は長い髪でサングラスをかけているとのことだが、よくよく見るとあの女性は髪の色は同じであれど短髪でサングラスはかけていない。

 

「それに……あの人、どこかで見たことがあるような………」

 

「んん?そう言えば確かに……」

 

顔立ちも誰かによく似ている。あの釣り目に穏やかな表情は…………

 

 

 

「って、あの人ってまさか………()()()()()()()()()()!?」

 

 

「「マジで!?」」

 

 

女性の正体に気づいた花陽たちは驚愕する。そう、悠の隣で親し気に話している女性の正体は真姫の母親である早紀であった。つまり……

 

 

「「「人妻かよ――!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘……そんな………」

 

 

花陽たちからの報告を聞いたことりはショックを隠し切れなかった。相手はまさかの2人で一方は真姫の母親。そんなダブルパンチを食らったからか、ことりのHPは0に近くなっていた。それは穂乃果たちも同じ気持ちだった。

 

「で、でも!勘違いってことかもしれないじゃん!悠先輩ってシスコンだし、どちらかと言えば年下が好みっぽいし」

 

「それフォローしてるつもりですか?」

 

相変わらず下手なフォローをする穂乃果に突っ込む海未。真姫も自分の母親がまさか憧れの先輩とデートしていたと聞いて、かなり動揺しているようだ。すると、

 

 

「鳴上くん…………どういうことよ……」

 

「エリチ、落ち着いて」

 

「何で希はそう落ち着いてるのよ……」

 

 

すると、秋葉原のどこかで捜索していたらしい絵里と希が帰ってきた。心なしか、絵里は随分と疲れ切ってる顔をしている。

 

「ど、どうしたの?絵里先輩、希先輩」

 

「実は………鳴上くんが本当にロリコンかもしれないと思って」

 

「「「はっ?」」」

 

そう言うと、絵里は携帯に撮ったらしい写真を皆に見せた。そこには、どこかの公園で悠が小学生の女の子に頭を撫でている姿があった。

 

 

 

「「「小学生――!!」」」

 

 

 

あまりの衝撃に出た穂乃果たちの絶叫は町中に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん………何で…………ことりのこと……嫌いになったの?」

 

 

ことりはショックで一人公園のベンチで落ち込んでいた。本当は悠に真偽を確かめようと鳴上宅へ行こうとしたのだが、怖くなってやめた。

 

何だかとても信じられなかった。いつも自分を大切にしてくれた悠が自分の知らないところで知らない女性とデートしていた。それだけでもことりは裏切られた気分になった。本当のことを問い詰めたいが、そうすれば何かが壊れる気がして怖くなる。この気持ちをどう晴らしたらいいのだろう。すると、

 

 

「あれっ?」

 

 

ふと見ていると、公園の入り口に誰かいた。よく見てみると、そこには整った銀髪のに如何にもベルボーイを彷彿させる群青色の男性が儚げに公園を見つめていた。男性はことりの視線に気づいたのか、ふとこちらを見ると何か驚いたような表情になる。男性の反応に自分に何かあるのかと戸惑ったが、男性は何故かことりに謝るように頭を下げて、その場から去って行った。

 

 

「今の人……誰だろう?どこか……誰かに似てたなぁ」

 

 

突然知らない男性から頭を下げられて困惑することり。だが、あの男性の恰好から最近お世話になった誰かに似ているような気がした。そんな不思議なことがあったが、まだことりの気持ちは晴れやかにはなれなかった。こんな時はやっぱりあの場所だ。ことりはそう思ってある場所に電話をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

学校が終わって放課後、再び調査のために町へ繰り出した穂乃果たち。だが…

 

「ことりちゃん、今日休むって」

 

ことりは今日は休むとのことだった。

 

「そう……仕方ないわね。鳴上くんにあんな疑惑がかかってるんだから」

 

ことりの心情を察したのか、絵里は深いため息をつく。謎の女性はともかく、人妻に小学生は事によっては事案になりかねない。身内であることりにとってはショックだろう。そう思うと、こんなにも身内に心配をかける悠に腹が立ってきた。

 

「真姫ちゃんは大丈夫?」

 

「………大丈夫よ」

 

真姫も少し様子がおかしい。しかし、ことりとは違って少しふやけている気がするのだが、突っ込まないでおいた。

 

「ことりのためにも、今日こそ必ず鳴上をとっ捕まえるわよ!洗いざらい吐いてもらうんだから」

 

にこの言葉に一同は身が引き締まる。そう思ったが……

 

 

「わああ……すご~いにゃ~!」

 

「きゃあああ!これって……A-RISEの」

 

 

そう言った矢先、花陽と凛は近くの店に入って興奮していた。一体何事かと思い、花陽と凛のところへ向かってみる。

 

「あれ?ここって……」

 

店の看板を見てみると、そこには【スクールアイドル専門ショップ】と書いてあった。すると、そんな穂乃果の様子を見たにこが呆れたように溜息を吐いた。

 

「ハァ……アンタたちは知らなかったのね。ここは最近オープンしたばかりのスクールアイドルの専門ショップよ」

 

「へえ~!」

 

まさかこんな近場にそんな店が出来ていたとは知らなかった。スクールアイドルの甲子園【ラブライブ】が開催されるくらい最近人気なのだから、その影響かもしれない。だが、まだまだ知名度が浸透していないのか、この秋葉原でもまだ数件しかないらしい。それでも、店内にはA-RISEをはじめとする人気スクールアイドルのポスターや缶バッチなどのグッズが店内で売られていた。

 

「ウフフフ、驚くことはそれだけじゃないんよ」

 

希は意味深にそう言うと、興奮が冷めない穂乃果たちをある場所へ手招きする。すると、

 

 

「えっ!?こ、これって……私たちのグッズ!?」

 

 

「「「ええええええっ!!」」」

 

 

そこにはなんとμ`sのグッズが売られていた。一瞬目を疑ったが、何度目をこすっても紛れもなくそこに自分たちのポスターや缶バッチが売っていた。

 

「う、海未ちゃん!わ、私たちのグッズが売られているよ!石鹸でも売ってるのかな!?」

 

「おおお落ち着きなさい!何でアイドルショップで石鹸が売ってあるんですか!?」

 

「すすす凄いにゃ~!」

 

「はわわわわわわ~!!」

 

皆は自分たちのグッズが売られていることに大興奮していた。いつの間にか自分たちのグッズが売られているとは思っていなかったので当然の反応だろう。こうして見てみると、自分たちの知名度が段々上がっているのを感じさせるので少し嬉しい気持ちになる。しかし、

 

「………………」

 

何故かにこは面白くなさそうにしていた。

 

「あれ?何でにこ先輩はそんなに不機嫌なのかにゃ?」

 

「実はな、にこっちのグッズがあんまりなくて拗ねとるんよ」

 

「う、うっさいわね!私だって……って、あったわ!これで3個目よ」

 

「にこ先輩…………あれ?……あれ!?悠先輩のグッズがないよ!悠先輩だってμ`sのメンバーなのに」

 

「アンタね……鳴上はマネージャーだから売ってる訳………って、あった!」

 

「「「えええええっ!?」」」

 

まさか悠のグッズまで売ってあるのか。穂乃果たちはその存在を確かめようとにこを押しのけてその場所に目をやった。すると、

 

 

 

「すみません!ここに私の生写真があるって聞いたんですけど……アレはダメなんです!今すぐなくしてください!」

 

「ああ…アレね………昨日すぐに撤去しましたよ」

 

「えっ?」

 

「いや……それ自分の妹だからって人が来て」

 

 

 

「「「「??」」」」

 

店の入り口でそんな会話が聞こえてくる。何かあったのかとそちらの方に行ってみると……

 

 

「あれ?()()()()()()……?」

 

「(ギクッ)!」

 

 

今日は休んでいる筈のことりがメイド服を着てそこに立っていた。本人はまさか穂乃果たちが居るとは思わなかったのか、電撃が走ったように固まっている。

 

「ことり……何をしてるんですか?」

 

「何でメイド服なんて着てるの?」

 

再度固まっていることりに海未と穂乃果はそう問うがことりはフリーズしたまま返答しない。すると、

 

 

「…………………ホワッツ?コトリ?ドナタデスカ?」

 

 

「にゃにゃ!外国人にゃー!」

 

「「「………………………………」」」

 

誤魔化そうとしているのか、何故かことりは似非外国人のフリをし出した。何故か凛だけが引っかかっているが、他の皆はなんだそれと言わんばかりの冷たい目線を向ける。とてもじゃないが、そんな見え見えの芝居で誤魔化せると思っているのだろうか。

 

「いやいやいや、ことりちゃんでしょ?」

 

「チガイマ~ス!ソンナヒト、シリマセ~ン」

 

「「「…………………」」」

 

どこまでもシラを切り続けることり。流石にこの手はまずかったと思い至ったのか、隙あらば逃走しようと準備しているのが分かる。このままでは逃げられてはたまったものではないので、海未は奥の手を使うことにした。

 

「そう言えば、ここに鳴上先輩のグッズが……」

 

「ええっ!お兄ちゃんのグッズ!!頂戴!!…………あっ」

 

「確保」

 

悠のグッズに釣られたことりをすぐさま後方で待機していた希が確保。逃げようにもしっかりと両脇をホールドされているので、ことりは逃げる術を失った。

 

 

「これ以上抵抗したら、悠くんのお嫁に行けへんようなことするよ?」

 

「ううううっ………ごめんなさい……それだけは……」

 

 

ニヤニヤしながら手をワキワキする希にそう言われたことりは恐怖を感じて観念した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<メイド喫茶 コペンハーゲン>

 

 

「「「えええええええっ!」」」

 

 

「じゃ、じゃあ…ことり先輩がこの秋葉原で有名な伝説のメイド、"ミナリンスキー"さんだったんですか!?」

 

 

「……そうです」

 

 

ことりが密かにバイトしていたというメイド喫茶に訪れて事情を聞いた穂乃果たち。まさか、ことりが以前にこが語っていた伝説のメイド"ミナリンスキー"であったことに驚きを隠せなかった。本人も出来れば皆に正体を知られたくなかったのか、浮かない表情で落ち込んでいた。

 

「ひどいよ!ことりちゃん!何で教えてくれなかったの!?」

 

「うううっ………」

 

「ほ、穂乃果先輩!ことり先輩にだって事情が……」

 

落ち込むことりに更に追い打ちをかけようとする穂乃果。興奮する穂乃果を花陽は宥めようとするが、穂乃果は止まらなかった。

 

「もっと早く教えてくれれば、遊びに行ってジュースとかお菓子とかご馳走になったのに!」

 

「ツッコむところ、そこ!?」

 

「あっ、でも今は悠先輩のお菓子が美味しいからいいや」

 

「いいの!?」

 

穂乃果のどうでもいい事情にツッコむ花陽。これ以上話がややこしくならないようにと、絵里が話の軌道を修正する。

 

「じゃあ……この写真は?」

 

店内に飾られている写真を見て絵里がそう尋ねると、ことりは沈んだ表情でそれに答えた。

 

「店内のイベントで歌わされて……撮影…禁止だったのに…………」

 

 

「あ~ミナミン、ごめんって。アタシもまさかこっそり写真撮ってたアホが居たとは思わなくてさ」

 

 

穂乃果たちの会話を聞いたのか、奥のキッチンからひょこっとエプロンをつけた女性か申し訳なさそうに顔を出した。

 

この女性はこの店の店長で"ネコさん"というらしい。猫目猫口の猫っぽい人だから"ネコさん"と呼ばれているそうだ。ことりをこのバイトに誘ったのもこのネコさんらしい。何でも辰巳ポートランドの古本屋で出会った時にキラリと光るものを感じたとか何とか。仕事もだが、色々とことりによくしているらしいので、ことりもネコさんのことを慕っているらしい。

 

「い、いえ……ネコさんは関係ないですよ……」

 

「まっ、でも犯人は突き止めたからね。アタシの知り合いがそいつをとっちめたらしいし、生写真も回収してもらったからそこは安心さ」

 

「えっ?」

 

「話によると、何でもあの水色キャップはミナミンの大ファンらしくてね。自分用に撮ったはいいけど、その写真をアイドルとかに興味のない知り合いに渡したんだって。で、その知り合いがあの店に売っちまったんだと。全くはた迷惑な話だよ。ミナミンの気持ちも考えろっての」

 

うんざりと言った感じでそう吐き捨てるネコさん。店のことではなく、ことり本人の気持ちを考えているところを見ると相当根の良い人らしい。道理でことりが慕う訳だと皆は納得した。

 

 

「でも、私たちはともかく何で鳴上先輩にも黙ってたんですか?」

 

 

話に区切りがついたところで、海未がもっともな疑問をことりにぶつけた。話によると、ことりはこのバイトのことは自分たちや母親の雛乃はもちろん、悠にも秘密にしていたらしい。それに対して、ことりはうっとなりながらも渋々と語りだす。

 

「だ、だって!ここで私が働いてるって聞いたら、お兄ちゃん心配になってここに来るだろうし………そしたら、悪い虫がお兄ちゃんに寄ってそうだし」

 

「ことりちゃん、相変わらず怖いよ…」

 

そこはやっぱりというかブラコンのことりらしいと思った。以前、部室でミナリンスキーのサインを見つけた時に絶対メイド喫茶には行くなと悠に迫っていた理由が分かった気がする。

 

 

「それに………ここなら自分を変えられるって思って………私、穂乃果ちゃんや海未ちゃん、お兄ちゃんと違って何もないから……」

 

 

「えっ?どういうこと?」

 

ことりの言ったことの意味が分からなかったのか、穂乃果はそう聞き返す。

 

 

「穂乃果ちゃんみたいにみんなを引っ張れないし、海未ちゃんみたいにしっかりとしてない………お兄ちゃんみたいにみんなを守れる力もことりにはない………だから……お兄ちゃんは…ことりに飽きて………」

 

 

自虐的に語ることりに皆は慌てだす。何というか、これ以上語ったら聞いてはいけない闇の部分まで語ってしまいそうだからだ。

 

「そんなことないよ!ことりちゃんはダンスも歌も上手いよ!」

 

「衣装だって、ことりが作ってるじゃないですか」

 

「みんながケガした時だって、ことり先輩が真っ先に手当てしてくれますし」

 

「少なくとも、風花さんのゴマ団子を投げてるだけの穂乃果さんよりかは役に立ってるわね」

 

「ちょっと真姫ちゃん!それは酷いよ!!この前は少しは役に立ったじゃん!」

 

穂乃果と海未、花陽と真姫は慌ててことりにそうフォローを入れる。真姫の一言に穂乃果は反論したが、事実は事実なので否定のしようがなかった。しかし

 

 

「ううん……私は3人について行ってるだけだよ………私は…………」

 

 

穂乃果たちがそうフォローを入れるも、ことりは苦笑いして遠い目でそう呟くだけだった。ことりのその姿に、一同は沈黙してしまう。どうやら悠の件もあるせいか、完全に意識が遠くに行っているようだ。

 

「う~ん……こんな時にこそ悠先輩が居てくれたらなぁ~」

 

「そうやねぇ………全く義妹ちゃんが心配してるのに、どこで何してるんやろうか。あの人は……」

 

「………希先輩?」

 

「ウフフフ、そこは分かるんやね♪」

 

どさくさに紛れて"義妹"呼ばわりされたことりは希を睨み返す。どうやら落ち込んでいてもブラコン力は下がっていないらしい。そこは安心したのか、希は臆せずウインクして微笑みを返した。すると、

 

 

「ユウ?……それにナルカミ?……………もしかしてアンタたち、ナルやんの知り合い?」

 

 

穂乃果たちの会話を聞いて何か心当たりがあるのか、ネコさんが唐突にそう尋ねてきた。

 

「えっ?ナルやん?ネコさん、もしかして知ってるんですか!悠先輩のこと」

 

「ああ、だって」

 

 

ネコさんが何か言いかけた時、コペンハーゲンのドアが開いて誰かが入店してきた。

 

 

 

 

「ネコさん、頼まれてたものを持ってきて…………えっ?」

 

 

 

 

それは、何かを手に抱えているナルやん…もとい穂乃果たちの目的であった"()()()"の姿がそこにあった。

 

 

「さっき言った生写真の犯人とっちめた知り合いって、このナルやんだからね」

 

 

「「「「えっ?」」」」

 

 

ネコさんの言っていたことりの生写真事件を解決した人物。その正体は店の前で突っ立っている悠だった。予期せぬ時に目的の悠が現れたため、穂乃果たちはフリーズしてしまう。だが、それは悠も同じだった。

 

 

「お兄ちゃん…………」

 

「ことり…………その恰好は……」

 

 

悠は悠でことりのメイド服に見惚れていた。今まで音ノ木坂学院の制服、八高のセーラー、エプロン姿など見てきたが、今目にしているメイド服姿が一番ことりの魅力を引き出しているとうに見えたのだ。あまりの魅力に声を失ってしまい、何とかいつもの"ハイカラだ"という言葉を引き出そうとした。その時、

 

 

ーカッ!ー

「確保―――!!」

 

 

刹那、にこは思いっきり油断している悠に飛び掛かった。ことりのメイド姿に見惚れて完全に油断していた悠は反応が遅れてしまい、逃げる間もなくにこに取り押さえられてしまった。

 

「ぐおっ………や、矢澤!」

 

「ふふん!ようやく捕まえたわよ、鳴上!まさかこんなところに潜伏してたなんて盲点だったわ!」

 

まるで長い間追いかけていた犯人を追い詰めた刑事のような顔をしているにこ。何か目的と手段が逆転している気がするが、今ツッコんでも面倒くさいことになりそうなので一同は黙っておいた。そして、にこはトドメとばかりに関節を決めようとする。

 

「や、矢澤!ギブッ!ギブッ!ギブッ!!」

 

「はっはっは!これで大人しく……えっ」

 

だが、関節を決めようとしたがバランスをを崩してしまい、にこは倒れこんでしまう。その態勢を見た途端、穂乃果たちは絶句してしまった。何故なら……どうなったかは知らないが、悠がにこの胸に埋もれているような態勢になっているのだから。

 

 

「うっ……プハッ!な…何だ?さっきのサワサワとするような……絶壁のような…………あっ」

 

 

どこかデジャブを感じる展開に自分が今何をしているのかを察した悠だが、既に遅かった。ふと見上げると、こちらを見据えているにこ(ハンター)の姿があったのだから。

 

 

 

鳴上ぃぃぃ…………アンタはまたしても……

 

 

 

冷たい声でそう言うにこの目のハイライトは消えていた。そして、目の前の敵を滅ぼさんと言わんばかりに拳を構えた。

 

 

それと……誰が絶壁だって?

 

「こ、これは……って、矢澤!やめろ!!ジャ、邪拳だけは……」

 

 

悠は以前の恐怖が蘇ったのか、何とか弁明しようとまくしたてるがもう遅かった。

 

 

 

「ジャンケン……沈めぇ!!

 

 

 

 

 

ドオオオオンッ!!

 

 

 

弁明する間もなく、にこの拳が悠に炸裂して悠は店から飛び出して向かいの電柱まで吹っ飛んでいった。

 

 

な……何でさ……………(ガクッ)

 

 

「お兄ちゃ―――ん!!」

 

 

前より相当威力が上がっているのか、一瞬で意識が刈り取られてしまった。悠を吹っ飛ばしてスッキリした顔をしているにこだが、目的である悠を沈めてしまっていることに気づいていない。

 

「にこっち………悠くんを沈めてどうするの?」

 

「あっ…………」

 

改めてぶっ飛ばしてしまった悠の方を見やる。ことりが一生懸命呼びかけているが、当人はかなりダメージを受けたのかしばらく目覚めそうにない。己のやらかしたことに気づいたにこは青ざめてしまう。にこは誰か取り合ってくれないものかと穂乃果たちに目を向けるが、誰も取り合ってくれなかった。

 

 

「にこっち?ワシワシ決定やね」

 

「ちょ、ちょっと待って!アレは鳴上が……きゃああああああ!!

 

 

有無も言わさず希のお仕置きが執行され、穂乃果たちはその様子を唖然と見ることしかできなかった。いつも通りの光景だが、こんなカオスな空間に好き好んで入ろうとは思わなかった。

 

 

(((((そっとしておこう……)))))

 

 

「嗚呼……アンタたち、あんまり店で騒がないようにね」

 

ネコさんは目の前の光景に呆れながらも、穂乃果たちにそう言ってキッチンに引っ込んでいった。

 

 

ーto be continuded




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「今まで何してたの?」

「おかえりなさいませ、ご主人様」

「思うがままに」

「ハイカラだな」


「ずっと大好きだよ」


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#49「Wonder Zone 2/2」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

最近少々キツイことが続いて大変です。新歓頑張ったのに新入生が誰も入らなかったり、レポートが上手く行かなかったり低評価を喰らったり………ですが、ご心配なく。そう言う時こそ大好きなペルソナシリーズのサントラを聴きまくったり、最近ドはまりした"生徒会役員共"をイッキ見して笑ったりして元気を取り戻しました。これからもバリバリ頑張って行きたいと思います。ちなみに私は魚見姉さん派です。

そして、今日からGW中は部活の大会で選手として出場します。なので、次回の更新はいつもより遅くなってしまうと思いますが、ご了承ください。読者の皆様も良いGWを過ごして下さい。

お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・評価を下さった方・誤字脱字報告をしてくださった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


それでは本編をどうぞ!


 鳴上悠は思った。

 

 

――――どうしてこうなったのだろう………

 

 

 確かに自分に非はあった。とある事情で練習に出られなかったとはいえ、一週間ずっと連絡もよこさなかった故に皆に心配をかけてしまった。にこの邪拳を喰らったことだけを除いては自分が悪いことは分かってはいる。だが、

 

 

 

「こ、ことり……お茶入ったぞ」

 

「うん、置いといて」

 

「……………あの、俺に手伝えることは」

 

「ない」

 

「……………………」

 

 

 

 

――――何故最愛の妹に反抗期に入った娘のような対応をされなきゃいけないのか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~メイド喫茶での遭遇から数日後~

 

 

「秋葉原で路上ライブ?」

 

 

 メイド喫茶で皆遭遇してにこから邪拳喰らって皆にこれまで自分が何をしていたのかを【言霊遣い】級の伝達力で説明して皆に理解を得た数日後、部室でのミーティングで絵里が次のライブことでそう提案してきた。ちなみに悠があの一週間で何があったのかについては後日説明することにする。

 

 

「そう。アキバはアイドルファンの聖地。そこでのライブが認められれば、大きなアピールになるわよ」

 

 

 絵里の提案になるほどと皆は思った。秋葉原はあのA-RISEのお膝元であるが、故にそこで認められるパフォーマンスをすれば知名度も上がるし目標であるスクールアイドルランキング20位に一気に近づけるだろう。流石は生徒会長と言うべきか、大胆不敵なアイデアである。穂乃果たちも絵里の提案に乗り気になり、早速それに向けての練習に取り組もうとすると、絵里からストップがかかった。

 

「その前に……それに伴って今回の新曲は秋葉原について深く知っている人に作詞をお願いしようと思うの」

 

「えっ?」

 

「それはもちろん………ことり、あなたよ」

 

 絵里が指名したのは先日秋葉原で有名な伝説のメイド"ミナリンスキー"であることが発覚したことりだった。

 

「えええっ!?私が………」

 

 自分が指名されたことにことりは素っ頓狂を上げてしまう。ことりの反応は予想通りだったのか、絵里は何故そうしたかについて説明する。

 

「ことりはあの町でずっとバイトしてたんでしょ?そんな貴女ならあの町で歌うに相応しい歌詞を考えてくれるって思ったの。お願いできるかしら?」

 

「良いね!ことりちゃん、やってみようよ!」

 

「で、でも………」

 

 絵里や穂乃果たちからそう励まされても浮かない顔をすることり。今まで衣装を担当して、作詞など一度もやったことがないのに、いきなりやれと言われたのだから当然だろう。だが、それも予想通りと言うように絵里は微笑んでこう言った。

 

「大丈夫よ、何も一人で考えろって訳じゃないから。そうよね、鳴上くん?」

 

「………………」

 

 絵里はそう言うと成り行きを見守っていた悠に視線を向けた。あの目は言っている。

 

"色々心配かけたんだから、これくらいはしなさい。それとこれは脅しじゃなくて確定事項よ"

 

 絵里のどこかの執事を思わせる鋭い視線に悠は身震いしたが、平静を保って頷いた。絵里にそう言われなくても悠はことりに協力する気満々だったので問題はなかった。可愛い妹が困っているのなら、助けるのは兄として当然だ。早速ことりにどの方向で行くのかと聞こうとすると、

 

 

 

「…………お兄ちゃんの助けはいらない」

 

 

 

「「「「えっ?」」」」

 

 

 ことりから発せられた予想外の言葉に皆は驚愕する。

 

「これは……ことりが任されたことだから」

 

「ちょっ!ことりちゃん!?」

 

 そう言うと、ことりは早速作詞に取り掛かろうとしているのか、逃げるように荷物を持って隣の部室に引き込んでしまった。そんな珍しいことりの姿に穂乃果たちは唖然としてしまったが、

 

 

「(チーン)」

 

「ゆ、悠先輩?どうしたの」

 

ことりも……反抗期に入ってしまったのか

 

 

 ことりに嫌われたと思ったのか、灰になりそうな悠の姿があった。その姿はさながら反抗期に入った娘に嫌われるお父さんを彷彿とさせた。そんなことりの急変した悠への態度を見て、希は嫌な予感を感じた。

 

 

「これは……また波乱の予感がしそうやね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日からことりの奮闘の日々が始まった。いつものように鳴上宅に訪れることなく、自宅や教室に籠って熱心に作詞に取り組んでいた。だが、

 

 

「ううっ……分かんないよぉ…………やっぱり無理ぃ!!」

 

 

 何も作詞が思いつかなかったらしく、悶々と悩む日々が続いていた。家でも学校でも何回も考えているのだが、良い歌詞が思いつかないでいる。やはりやったことがないことにチャレンジしているのだから当然と言えば当然かもしれない。

 

 

「こ、ことり……大丈夫か?」

 

 

 頭を悶々と悩ませていると、微妙な表情をしている悠がその場にそろりと現れた。本当は穂乃果と海未と影から見守ろうとしたのだが、流石に苦悩する妹の姿は看過できなかったのか、手伝いを申し出てしまった。

 

「……………………………………」

 

 しかし、そんな悠はことりは平然と無視する。

 

「あの……ことり……さん?」

 

「……………………帰って」

 

「……………………………………」

 

「ゆ、悠先輩!泣かないで!!」

 

 このように何か自分にできることはないのかと悠も穂乃果と一緒に声を掛けたのだが、一方的に断られている。追加で"お兄ちゃんは帰って"と言われると、悠はメギドラオンを喰らったかのような表情になって、穂乃果がそれを懸命に励ます姿も見受けられている。その度にことりが不機嫌に2人を睨み付けるのだが、だったら言うなと皆は思った。

 

 

 

 

 そんな日々が数日続き……

 

「南、最近どうした?しっかりしろ」

 

「はい……すみません………」

 

「鳴上くん、最近ぼおっとしていることが多いですよ。しっかりしてください」

 

「すみません………以後気を付けます」

 

 兄妹揃って職員室で怒られる姿があった。どうも兄妹揃って今回のことで授業に集中できてないらしい。ことりは良い歌詞が浮かばずに、悠は悩むことりに何が出来るのかを。だが、時が経つにつれて2人の間に溝がどんどんできつつあった。

 

「ことり・悠くん、2人ともどうしたの?最近何か変よ。何かあったなら相談に」

 

「「大丈夫(です)」」

 

「…………………」

 

「理事長!?しっかりしてください!!」

 

 その姿に流石の雛乃も心配になったが、2人とも大丈夫の一点張りで全然雛乃を当てにしなかったので余計心配になり、雛乃も仕事に集中できなくなっていった。

 

「これは……まずいですね」

 

「そうね」

 

 影から2人の様子を見守っていた絵里たちも流石にこの状況に危機感を覚えていた。2人の不調…もとい不仲っぷりは雛乃のみならず周りにも影響を受け始めている。このままでは次のライブどころではない。何とかこの状況を打破しようと、穂乃果たちは打開策を考えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううん………やっぱりことりには無理だったのかな………」

 

 今日も一人歌詞を考えることり。いつまで経ってもこれと言った歌詞が思いつかないので、思考が段々ネガティブになってきている。それにつまらない意地で悠に冷たい態度を取ってしまっているので、それも少なからずことりの心にダメージを与えていた。やはり自分には荷が重すぎたのか。もういっそのこと止めてしまおうかと思ったその時、

 

 

「ことりちゃん!」

 

「ほ、穂乃果ちゃん?」

 

「こうなったら一緒に考えよう!とっておきの方法で」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<メイド喫茶 コペンハーゲン>

 

「お帰りなさいませ、ご主人様♡」

「お帰りなさいませ!ご主人様☆」

「お…お帰りなさいませ……ご主人様…………」

 

 穂乃果に連れられてやってきたのは先日お世話になったコペンハーゲンだった。ここでバイトをしていることりのみならず、穂乃果と海未もメイド服を着て、接客の練習をしている。海未に至っては恥ずかしがってあまりなっていなかったが。

 

「うんうん!中々様になってるじゃない。流石はミナミンの友達だ」

 

「かっわいいにゃ~!」

 

「皆さん、とっても似合ってます!」

 

 穂乃果と海未のメイド姿を見て、店長のネコさんも満足している。3人の姿に遊びに来ていた1・3年組も穂乃果たちのメイド姿に惚れ惚れしていた。

 

「なるほど、アキバでの歌う曲を作るならアキバで考えるって寸法ね」

 

 絵里も穂乃果のアイデアに感嘆する。単純なアイデアだが、かなり理にかなっている。穂乃果にしては妙案だと他のメンバーも感心した。これならことりの歌詞作りに大きな効果を与えるだろう。

 

「すみません、ネコさん……こんなことに協力してもらって」

 

「な~に、ミナミンとナルやんお陰でここも繁盛したもんだからさ。頼みの一つや二つは聞くってもんよ」

 

 なははと笑いながら海未の言葉にそう答えるネコさん。流石はことりも慕うほどの器のでかい人物だ。この人でなくては今回のことは実現できなかっただろう。

 

「んん?ことりちゃんは分かるけど、悠先輩もネコさんに何かしたんですか?」

 

「ああ、ナルやんに初めてここに来てもらった時に私の料理を見てもらってね。その時に更に上手くなる方法教えてもらったら、これがお客に好評でさ。言うなれば今のアタシの料理はナルやんのお陰で上達したってこと」

 

「えっ?」

 

「ああっ!このオムライス、鳴上先輩の味がするにゃ~!」

 

「ええっ!!」

 

 ふとキッチンに置いてあったオムライスを口にすると、以前悠が作ってくれた"和風の出会いショウユ系"の味がした。なんとこの店の料理の味は悠のお陰で格段に良くなったらしい。なんだかんだであの兄妹はこの店にすごく貢献している。ネコさんが悠とことりを気に入っているのも納得だと一同は思った。

 

「そういえば、そのナルやんは今日はどうしたん?一緒に来てるんじゃないの?」

 

 周りを見て悠がいないことに気づいたネコさん。悠がいないことを指摘された一同はうっと表情を沈ませる。

 

「今悠くんは家にいるんやって。今日は一日勉強するって言ってましたよ」

 

「へぇ……まあ、事情は察するけどさ」

 

 この場で一番ことりが働いている姿を見たいのは、悠自身のはずなのに。どうやらここ数日のことから、自分は今のことりに邪魔だと思っているのだろう。ことりも悠がここに来なかったことを気にしているのか、顔が寂しげだった。すると、

 

「………やっぱりあっちもケアが必要ね。穂乃果、この場は任せたわよ」

 

「えっ?絵里先輩?」

 

 絵里は穂乃果にそう言うと、コペンハーゲンから出てどこかに行ってしまった。絵里の目的地に察しがついたのか、希も絵里についていく。

 

「ほら、にこっちも行くよ」

 

「ハァ!?何で私も!?」

 

「3年生組の問題は3年生で解決するもんやろ?」

 

「知らないわよ!そんなことより私は伝説のミナリンスキーを……って、分かった分かった!!行くからワシワシは止めて―――!」

 

 同じ3年生であるにこも無理やり連れて行かれました。希に引きずられて連れて行かれる姿を見て、穂乃果たちはにこを憐れと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鳴上宅>

 

 

「何の用だ?」

 

 自宅で勉強していたらしい悠の元を訪れた絵里・にこ・希の三年トリオ。見るとことりに避けられているのが相当堪えているのか、悠の顔はやつれていた。テーブルに広げている参考書やノートを見ると、あまり勉強は進んでいないのが分かる。やはりことりのことで参っているようだ。まあ最愛の妹に冷たい態度を取られるのはシスコンには辛いだろう。自分も亜里沙に嫌われたら、絶対ショックを受けると絵里は悠に同情した。

 

「鳴上くん、本当にこのままでいいの?」

 

「……今のことりにとって、俺は邪魔らしいからな。穂乃果たちが一緒にいるなら俺は必要ない」

 

「でも………」

 

「俺が行っても……何もできないから」

 

 これは相当重症だと3人は思った。ことりのことになれば何でもやりそうなシスコンである悠がこんな調子なのだから。こうなればテコでも悠が動くことはないだろう。だが、そんな悠の反応は予想通りだったのか絵里は狼狽えることなく、勢いよく立ち上がって悠にこう言った。

 

 

 

「鳴上くん!食戟よ!」

 

 

 

「はっ?」

 

 

 

 

 

 

 

「第1回、激突!μ`s対抗食戟―――!」

 

 

ワアアアアアア

 

 

 希が高らかにそう宣言するとリビングに大歓声が鳴り響いた。ちなみにこれは希の携帯から流しているもので、今流れている某料理アニメのBGMも希の携帯からだ。

 

「さあ、いよいよ始まります!記念すべき第一回のμ`s対抗食戟。実況はこの東條希が、審査員はμ`sのマスコットであるにこっちが努めるよ」

 

「誰がマスコットよ!?」

 

 マイペースに進行を進める希とキャッチコピーに異議を唱えるにこ。皆とてもノリノリな感じだが、そんな雰囲気に構わず悠は希の携帯を奪ってBGMを止めた。

 

「あっ!悠くん何するの」

 

「近所迷惑だから。それに、何でこうなった?」

 

 悠は自分が立たされている状況に困惑していた。いきなり家にやってきて、ことりの店に行かないかと説得されそうになったと思えば、この状況。思わず額に手を当てる悠に絵里はドンと胸を張って説明した。

 

「この前凛から借りた漫画に書いてあったのよ。揉めた時はゲームで決めろってね」

 

「いや…それは分かるが、何で食戟?ここは別に遠○学園じゃないだろ?」

 

「そんなことはどうでもいいの!一応言うけど、私が勝ったら観念してことりの店に行ってもらうわよ」

 

「ええ………」

 

「なに?私に料理で負けるのが怖いの?」

 

 絵里の挑発に悠はフリーズする。希はそれを見て確信した。アレは何かのスイッチが入ったと。すると、

 

 

「ふっ…臨むところだ。本気でいかせてもらうぞ」

 

 

 悠はメガネを掛け、愛用のエプロンを着用して絵里に向かってそう宣言する。そんな悠の言葉を聞いて絵里は不敵に笑った。まるで長年のライバルがつに本気をだしたと言わんばかりに。

 

「自信満々ね。言っとくけど、勉強や折り紙で私に対抗出来たからって甘く見ないことよ。お婆様に仕込んでもらって亜里沙のために磨いてきた私の腕を特と見るがいいわ」

 

「そっちこそ、日々菜々子やことりのために磨いてきたスキルを舐めるなよ」

 

 何だか争うところが違う気がしてきたが、何はともあれ2人はやる気満々だ。いざ食戟と言わんばかりに2人は包丁を構える。お題は実況の希が指定した【お子様ランチ】………ではなく、【オムライス】だ。さあ、互いに準備が出来たところで試合開始のドラを希が鳴らそうとしたその時、

 

 

ガサガサッ

 

「きゃあああっ!!」

 

「うおっ!」

 

 

 突如、台所にゴキブ……もといGが襲来した。その姿を確認した絵里は驚愕してしまう、その勢いで悠に抱きついた。思わぬ展開に審査員を務める希とにこは唖然としてしまう。その一方で

 

「鳴上くん……」

 

 当の本人たちはそれどころではなかった。絵里は思わず悠を抱きしめてしまったことに焦ったが、不思議とすぐに離れてしまうのは惜しいように思ってしまった。ふと様子を伺うと抱き着いているので顔は見えないが、悠の心臓がバクバクしているのは身体が密着しているのですぐ分かった。これはもしや……

 

(も、もしかして…私に抱き着かれてドキドキしているのかしら?ま、まあ…鳴上くんも男の子だし……ことりにはいつも抱きつかれてるけど、家族としてのスキンシップって思ってるだろうし………こ、これはこれで……)

 

 絵里が悠に抱き着いたまま悶々とそんなことを考えていると、背後から2人の鋭い視線が突き刺さる。だが、思わぬハプニングに胸が高鳴ってしまい、絵里はそれに気づいていたない。すると、

 

「あの…絵里さん………」

 

「は、はい!」

 

 焦った声で悠が絵里に声を掛けてくる。

 

 

「とりあえず包丁を仕舞ってくれるか」

 

「えっ…………あっ」

 

 

 よく見ると、自分の手にしている包丁が悠の首元にあった。つまり悠は絵里が抱き着いたことにドキッとしたのではなく、首元にある包丁にドキドキしていたのであった。証拠に悠の表情は赤にではなく、真っ青になっていた。

 

 こうして何とも言えない雰囲気の中、悠と絵里による食戟が始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<メイド喫茶 コペンハーゲン>

 

 一方、こちらではことりの働きっぷりを目のあたりにして穂乃果たちは驚愕していた。ことりと言えば、普段は皆から一歩後ろに引いて悠に甘えまくっている印象があるのだが、ここで働くことりはその印象と全く違っていた。自ら積極的に接客を行い、その手際も無駄がない。そしてどんなことがあって必ず落ち着いて対応し、笑顔を忘れない姿勢はまさに熟練の手練れではないか思わせるくらいのものであった。何より接客時の笑顔は伝説のメイドと呼ばれるのに相応しい万人を笑顔にさせるのではないかという不思議な魅力を感じた。

 

「ことりちゃん、やっぱりここにいるといつもと違うね」

 

 今まで見たことがないことりの姿を近くで見ていた穂乃果は興奮を隠しきれなかった。

 

「えっ?そうかな?」

 

「鉄人みたい!優しく接客も出来て仕事も丁寧だし、とっても生き生きとしてるよ。悠先輩に甘えてる時とは大違い」

 

「穂乃果、その例えはちょっと……」

 

 厨房で興奮する穂乃果に海未は静かにツッコミを入れる。ちなみに海未は率先して接客することりと穂乃果に対して、厨房で皿洗いばかりしていた。それに対して穂乃果が異議を唱えると、メイドとは本来こういうものだと反論する。理屈は通っているが、それは接客が苦手だからと言い訳しているようにしか聞こえないが、これ以上言っても駄々をこねられるだけなのでそっとしておいた。

 

 

「うん、この服を着ると……この町に来ると勇気を貰える気がするの」

 

「えっ?」

 

 

 コーヒーを淹れながらそう呟いたことりに穂乃果は作業していた手を止める。

 

 

 

 

「もし思い切って自分を変えようとしたら、この町なら受け入れてくれる。だから……私はこの町が好き!大好き!」

 

 

 

 

 笑顔でそう語ることりから心からの気持ちを感じる。穂乃果は今まで見たことがなかったことりの本音が聞けた気がして、自然と笑顔になってしまった。すると、

 

「あっ!それだよ、ことりちゃん!」

 

「えっ?」

 

 穂乃果はピンと閃いたような表情になり、キョトンとしたことりを指さした。

 

 

「ことりちゃんが今言ったことをそのまま歌にすればいいんだよ!この町を見て、友達を見て、色んなものを見て、ことりちゃんが感じたこと、思ったことをそのまま歌詞にしたらいいんだよ!」

 

 

「あっ!」

 

 穂乃果の言葉にことりはハッとなる。そうだ、最初からそうすれば良かった。下手に歌詞っぽい言葉を紡ごうとせず、穂乃果の言う通りに自分がこの町で感じたことや感動したことを元にすればよかったのだ。あまりに単純なことに、今まで難しく考えていたことが馬鹿に思えてきた。これなら良い歌詞が思いつきそう。

 

「うんっ!何だか頭が冴えてきた!ありがとう!穂乃果ちゃん」

 

「良かったね、ことりちゃん!」

 

 新たなヒントを得て、意気揚々と手を合わせて喜ぶ穂乃果とことり。海未はそんな2人の様子を皿洗いしながら微笑ましく見守っていた。すると、

 

 

「でもさミナミン、ナルやんのことはどうするのさ。このまま仲直りしないままにするつもり?」

 

 

 キッチンで料理を作っていたネコさんがことりにそう言ってきた。ネコさんのツッコミにことりは再び表情が曇ってしまう。歌詞のヒントが得られたとはいいが、今一番解決しなきゃならない問題がまだ残っていたことを忘れてた。

 

「ことりだって、お兄ちゃんと仲直りしたいです。でも……今回はお兄ちゃんの助けはいらないって言っちゃったし………あれから散々お兄ちゃんに冷たい態度取っちゃったから………」

 

「ハァ……兄妹そろって意地っ張りだねぇ。何でそこまで似たのだか」

 

「えっ?」

 

 ことりのウジウジとした反応にネコさんはそうため息をついた。何故か前に似たようなことがあったような感じだったが、一体どうしたのだろう。すると、ネコさんは何か閃いたように手を叩いて、ポケットから携帯を取り出した。

 

 

「しょうがない、あの手を使うか。ちょっと協力してもらうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鳴上宅>

 

 ところ戻って再び鳴上宅。穂乃果とネコさんたちが何かを企てている頃、鳴上宅に更なる来客が訪れていた。それは

 

「悠くん……大丈夫かしら?」

 

 仕事を早く切り上げて鳴上宅へやってきた叔母の雛乃である。ここ最近の悠を見ているとちゃんと生活しているのかが心配になってやってきたのだ。今日も悠の両親は夜遅くまで仕事らしいし、ことりも穂乃果たちとどこかに行っているらしいので、もし悠が何かまずいことになっていたら動けるのは自分しかいない。雛乃は意を決して合鍵をで鳴上宅のドアを開ける。

 

「悠く~ん、いる~?」

 

 見ると玄関には複数のローファーがある。もしかして、誰かいるのか。耳を澄ますと何やらリビングから何か金属がぶつかり合う音と誰かの奇声が聞こえてくる。一体ここで何が起こっているのかと雛乃は恐る恐るとリビングを覗いてみる。

 

 

「「お上がりよ!!」」

 

 

 そこには皿に盛りつけた料理を突きつける悠と絵里の姿があった。それを見た雛乃は唖然としてしまう。何をしているのかと思えば、こんなことをしているとは予想外だったからだ。

 

「もう無理って言ってんでしょ!!」

 

 そして、審査員を務めているにこは何故か悲鳴を上げていた。

 

「何言ってるのよ。まだ決着はついてないわよ」

 

「にこっちが決められないって、審査放棄ばっかりするからね」

 

「う、うっさいわね!だって2人とも美味しいから……」

 

 見ると、にこは何度も悠と絵里の料理を食べていたのか、お腹を苦しそうに抱えている。だが、そんなにこを見ても悠と絵里は容赦しなかった。

 

「とりあえず、これで決着を着けてやる!」

 

「臨むところよ!さあにこ、食べなさい!!」

 

「私のお腹のことも考えなさいよ―――!!」

 

 

 にこが悲鳴を上げても料理対決を続行する悠と絵里。あまりに状況が掴めないのだが、悠たちはどこか表情は明るいので怒る気がしなくなった。それよりも

 

「お腹が減ったわね……」

 

 その後、悠と絵里の食戟は決着が着くことはなく、作った料理は悠たちが雛乃と一緒に美味しくいただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

「ネコさん、何かあったのか?」

 

 昨日絵里との食戟が白熱した後、コペンハーゲンのネコさんからメールで呼び出された。緊急の用事らしく閉店間際に店に来てほしいとのこと。緊急の用事とは何かあったのかと疑問に思いつつ、コペンハーゲンの扉を開ける。そこには

 

 

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

 

 

「えっ?」

 

 コペンハーゲンに入ると、出迎えてくれたのは店長のネコさんではなく、メイド服姿のことりだった。あまりの出来事に悠はフリーズしてしまう。だが、反対にことりは悠と違って落ち着いていた。

 

「一名様ですね。では、こちらのお席へどうぞ」

 

「えっ?ことり?えっ?」

 

 まるで接客しているように悠を近くの席へ案内しようとすることり。唐突なことに困惑してしまう悠だが、ここは一応従っておこうと席へ座る。

 

「お冷をお持ちいたしました。こちら、メニューになります」

 

「あ……ああ………」

 

 いつもと違って大人っぽい雰囲気のことりに戸惑いを隠せない。それを悟られまいとメニューに目を移す。見ると不自然なことにどこを見ても"メイドのオススメ"としか書かれていなかった。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

「ええっと……メイドのオススメを」

 

「はい、"メイドのオススメ"をおひとつですね。少々お待ちください。失礼します」

 

 注文を受け取ったことりは会釈してそう言うと、笑顔をこちらに向けて去って行った。いつもと違うことりの笑顔に悠は思わず呆然としてしまう。何というかことりの新たな魅力が引き出されたような感じだったので、なんとコメントしたらいいのか分からない。すると、何か奥から物音が聞こえたのでそちらを見てみると、こちらの様子をチラチラと見ている人影が3つ。

 

「海未ちゃん!もうちょっとあっち行ってよ!見えないじゃん!」

 

「ちょっ!このままじゃ鳴上先輩に見つかるでしょ!」

 

「アンタら……もう手遅れな気がするけど」

 

 何となく予想はついていたが正体は穂乃果と海未だった。もしやこれはあの2人が仕組んだことなのか。そうなると、連絡を寄越したネコさんもグルだろう。このメニューも手書きだし、字体からして穂乃果が作ったものだろう。更に店内には自分以外お客はいないので、ネコさんがわざわざ閉店間際に呼び出したのも頷ける。よくもまあこんな手こんだことをしたものだと悠は思った。一体どういうことだと思っていると、

 

 

「お待たせしました~ご主人様♪」

 

 

 厨房から料理を乗せたお盆を手に持ったことりがやってきた。メイドのオススメとは何だろうと見てみると、美味しそうなオムライスが()()運ばれてきた。それに対して悠はポカンとしてしまった。オムライスはメイド喫茶の定番であるのは陽介から聞いたことはあるが、何故2つなのか?

 

 

「それではお絵描きさせていただきますね~♪」

 

「あ…ああ………」

 

 

 そう疑問に思っていると、ことりはケチャップを手に持ってオムライスに何か書き始める。迷うことなくスイスイと何かを描く様は手馴れていて楽し気な感じだったので、ことりがこの仕事にどれだけ熱心だったかを実感した。

 

 

「これは………」

 

 

 

 

 

 ことりが一つ目のオムライスに描かれたのは悠をモチーフにしたようなキャラクター……というより悠の笑っている顔だった。あまりの出来具合に感心したと同時に嬉しく感じる。そして二つめに描いたのは……"ごめんなさい"というメッセージだった。

 

 

 

 

 

 

「ことり……お前」

 

 

 これらを見て悠は全てを察した。そして、

 

 

「お兄ちゃん……ごめんね」

 

 

 ことりが大粒の涙を零しながら悠にそう謝罪する。突然のことに悠はびっくりしてしまったが、何かを自分に伝えたいのではないかと感じ取ったので口を挟まずそのままことりの言葉に耳を傾けた。

 

 

 

 

「私………いつまでもお兄ちゃんに甘えたらいけないって思ったの。お兄ちゃんがずっとことりの傍にいるとは限らないし……離れなきゃいけない時が必ず来るから…………だから絵里先輩に作詞の話が来たと、今回は自分でやり遂げようって……それなのに、お兄ちゃんに冷たい態度取っちゃって……ごめんなさい…………」

 

 

 

 

 ことりは精一杯の声を振り絞って悠に謝り続ける。そんなことりの気持ちが伝わったのか、悠はその気持ちに応じるようにことりを優しく抱きしめた。

 

 

「泣かなくていい。俺も……ことりの気持ちも知らずに、あんなことをしてしまったから。ことりが謝る必要はない」

 

「でも………」

 

「大丈夫だ。ことりの気持ちは伝わったから……もう泣くな」

 

 

 悠はそう言うとことりを抱きしめる更に力を強くする。

 

 

 

 

「例えいつか離れ離れになったとしても……何か辛いことや悲しいことがあったら、いつでも俺を頼っていい。俺は…ことりのお兄ちゃんだからな」

 

 

 

 

「!!っ……お兄ちゃん……お兄ちゃん……………」

 

 悠の心からの言葉にことりは胸の痞えが取れた気がした。そして堤が切れたように涙腺が崩壊して、悠の胸の中で泣き止むまで泣き続けた。悠もことりに自分の気持ちを伝える機会を与えてくれたネコさんたちに感謝して、泣き続けることりをあやし続けた。

 

 

 

 

 

――――ことりの感謝の気持ちが伝わってくる

 

 

 

 

 

「良かったですね、ことりと鳴上先輩」

 

「うううっ……海未ちゃん何だか泣けてきたよぉ~」

 

 

 2人が仲直りしたことに影から見守っていた穂乃果と海未は泣いていた。ここ最近からとはいえ、大切な友人と先輩が無事仲直りできたのだから。

 

 

「本当に……兄妹だわ」

 

 

 ネコさんは悠とことりを見て、ひと昔のことを思い出していた。学生時代、あの2人のように喧嘩をしてはすぐ仲直りしていた兄妹を。今のあの2人の姿がネコさんにはその人物たちと重なって見えた。思わず懐かしい気持ちに浸っていると……

 

「ヤッホー!オトコー!遊びにきたよ」

 

「オトコ言うな!バカ虎――――!良いところで入ってくんな!」

 

「ぐはっ!」

 

 店の裏口からネコさんの知り合いらしき人物がやってきたが、良い雰囲気を邪魔されたのと何やらコンプレックスに触れてしまったのかネコさんの怒りの拳が炸裂してどこかに吹っ飛んでしまった。それを見てしまった穂乃果と海未は恐怖で震えあがってしまったが、ことりと悠は自分たちの世界に入っていたのでそれを知る由はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

 ことりと仲直りしてから翌日、悠は人が変わったように猛烈にライブの準備に全力を注いでいた。ライブの日程や場所の設定にライブの宣伝活動と練習を抜けていた分を埋め合わせる…否それ以上に働いていた。ことりも歌詞のヒントを得て悠と仲直りしてから調子が出たらしく、作詞も順調に進んでいた。先日までの不仲っぷりが嘘のように変わった2人に他のメンバーは戸惑いを隠せなかったが、今回のライブの要である2人が仲直りしていつも通りになっていたので、まあ良いかと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<秋葉原ライブ当日>

 

 

 色んなことがあったが、無事作詞も宣伝も完了してライブ当日。

 

 許可を貰った場所でのステージ裏で穂乃果たちは衣装を着てスタンバイしていた。ちなみに今回のライブの衣装はメイド服だった。秋葉原でライブをするのだから、衣装も秋葉原ならではにしようという絵里の提案によるものである。このメイド服はコペンハーゲンから借りたもので、店の宣伝になるから使って良いよとネコさんが笑いながら貸してくれたのだ。最初は海未や花陽など普段こういう服を着ないメンバーは恥ずかしがっていたが、悠が似合っていると言うと人が変わったように喜々と表情が明るくなったので、単純だなと思ったのは内緒である。それはそれとして、

 

 

「な、何だかオープンキャンパスの時より人が多くないですか!?路上ライブなのに」

 

 

 海未の言う通り周りを見てみると、会場の周りにはたくさんの人が集まっていた。ざっと見ても中学生の他にも社会人や小学生と様々な世代の人たちがいるものの、先日のオープンキャンパスライブよりも人が多くいるように見える。

 

「あれ?あの人って、文吉お爺さん?それに……風花さん?」

 

 観客の中をよく見ると、そこにはことりのよく知っている人が居た。辰巳ポートアイランドでよく行く【本の虫】という古本屋のお爺さん、その隣には目の敵にしている風花がいた。親し気に話しているところを見ると、風花も常連さんなのだろう。

 

「あっ!風花さんだけじゃなくてラビリスにりせちゃん、それに桐条さんたちもいるにゃ!」

 

 凛が指さした方向を見ると、風花だけでなくラビリスと変装して訪れたであろうりせ、それにあの桐条美鶴や真田明彦、アイギスまでもが会場に来ていた。3人ともGWで出会った時と同じ格好をしているので、かなり目立っていた。そんな視線に臆することなく平然としている美鶴たちに話しかける悠。腕には甘えに甘えているりせがいるので、ことりはそれを見てムスッとなった。

 

「あの風花さんの隣にいる方たちって知り合いなの?」

 

「あっ!絵里先輩と希先輩は知らなかったよね。あの人は美鶴さんって言って、あの桐条グループの社長令嬢なんだよ」

 

「「えっ!?」」

 

 穂乃果から事情を聞いた絵里と希は思わずもう一度美鶴の方を見てしまう。"桐条グループ"と言えば、日本を代表する有名財閥だ。その財閥の社長令嬢という大人物と悠は親し気に話してるのかと思うと、衝撃を隠せなかった。よくよく耳を澄ませると、何か"事件"とか"この間はうちの者が迷惑を掛けた"とか"シャドウ"や"ペルソナ"という単語が聞こえてくるが、大丈夫なのだろうか。

 

「あの人たちもペルソナ使いなので、私たちの事情も知っています」

 

「…………何気なく私たちって凄い人たちと知り合いなのね」

 

 "桐条グループ"の大物と知り合いだったということに思考が停止しそうになる。改めて悠の人脈ネットワークの広さには驚かされると思った。それにそのような人物がわざわざ時間を作って自分たちのライブを見に来てくれたことのは事実なので、今日は下手なパフォーマンスは見せられないと一同は改めて気合を入れ直す。その時、

 

 

 

 

 

「臆する~ことなく~~デスパレードお邪魔致します」

 

 

 

 

 

 そんな聞いたことのある女性の声が聞こえてくる。もしやと思い、ステージの方を見てみると……予想通りオープンキャンパスでも勝手に登場したエリザベス…もといエリPがマイクを手にしてそこにいた。

 

 

「皆々様、本日もまた我らがスーパースクールアイドルであらせられるμ`sのライブにお越しいただき、誠にありがとうございます。私は今回も勝手に司会者を務めさせていただくエリPという者でございます」

 

 

 

(やっぱり出てきたか…エリザベスさん)

 

 前回と同じ登場に悠たちは溜息をついた。どうやらマーガレットが言っていた通り、このMCみたいなポジションにハマってしまったらしい。その証拠に喜々とマイクでマシンガンのように話している姿にいつもより熱が入っている。またあの時のようにこれまでに至る経緯を捏造を含めて話していたのだが、長くなったので割愛する。そして、

 

 

 

「今宵もこの場に降り立つ歌の女神たちの宴に酔いしれてくださいませ。それでは、女神たちの登場でございます!」

 

 

 

 エリザベスがそう締めくくると黙って聞いていた観客が一斉に歓声を上げた。そんな観客の様子に若干驚きつつも穂乃果たちはステージへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことりはステージのセンターに立ってふと自分の世界に入って緊張を沈めていた。不安がないと言えば嘘になるが、後ろには穂乃果たちが居るし、悠も暖かい目で自分を見守っている。それだけでも、ことりは自信を持って歌える勇気を貰える気がした。思えば、今回のライブは初めて作詞に挑戦したり、悠に甘えずに頑張ろうとしたりと初めてのことばかりで大変だったが今思えば良い思い出だ。

 

 

 

"ところでさ、何でこのバイトにしたの?ネコさんに誘われたってことは聞いたけど……"

 

 

 

 ふと先日コペンハーゲンで穂乃果にそう問われたことを思いだす。確か自分は穂乃果にそう聞かれて、こう答えたのだ。

 

 

『お兄ちゃんみたいに凄い人になりたいなぁって思って』

 

『それって……どういうことですか?』

 

『菜々子ちゃんが言ってたの。"お兄ちゃんは凄い人"って』

 

 

 ことりが言った言葉の意味が分からなかったのか、穂乃果と海未は首を傾げてしまう。ペルソナ能力に学年一位を狙える学力、色んな人と接せるコミュニケーション能力など悠が凄いのは重々承知だが、漠然としていて意味が分からなかったのだ。それを察したことりはクスッと笑って補足した。

 

 

『"人を笑顔にできるって凄いこと"なんだって、ある人に教えてもらったらしいの』

 

『へぇ~』

 

 

『お兄ちゃんは今まで陽介さんたちだけじゃなくて、穂乃果ちゃんや海未ちゃん、花陽ちゃんと凛ちゃんと真姫ちゃん、にこ先輩、あの絵里先輩や希先輩まで笑顔にしてきた。それを見たら、お兄ちゃんみたいに人を笑顔にしたいなって思ったの。だから…ここなら、そんなお兄ちゃんに近づけるかなって』

 

 

 

 あの時はああ言ったが、本当のところはもっと単純なことだった。

 

 

"お兄ちゃんをいつも笑顔にしたいから"

 

 

 練習や事件でいつも辛い思いをしても自分たちにために頑張ってくれている悠を笑顔にしたい。そんな簡単なキッカケだった。そして、悠はいつも何かをするに対しても勇気をくれる。だから、今日はそんな悠を自分対たちのパフォーマンスで笑顔にしよう。そして……普段は言えないこの気持ちを伝えよう。

 ことりはある決意を固めてマイクを構える。観客を見渡してから深呼吸をすると、マイクを口に近づけた。

 

 

 

「この歌を……私の大切な人に送ります」

 

 

 

 ことりはそう言うと、悠の方をチラッと見る。そして口元を緩ませて、あの時は届かなかったとびっきりの笑顔で彼女は宣言する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと大好きだよ!お兄ちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「……………えっ!?」」」

 

 

 

 打ち合わせにはなかった衝撃のアドリブに観客のみならず、スタンバイしていた穂乃果たちも一瞬時が止まったかのような感覚に襲われた。だが、ことりは皆のそんな反応を気にせずに高らかに声を上げる。

 

 

 

 

 

 

「聞いてください!【Wonder Zone】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果を言えば、今回の秋葉原ライブも大成功だった。絵里の熱心指導により更に磨き上げたダンス力に表現力、そしてことりが秋葉原で触れてきた感じたことや経験したものをありのままに書いた歌詞。観客は皆μ`sのパワーアップしたパフォーマンスに魅了されたのか、観客は皆満足気な表情だった。

 初めてライブに訪れた美鶴からは"実にブリリアントだった。これからも頑張ってくれ"と賞賛と激励のコメントを頂いた。明彦もアイギスも同じ感想なのか美鶴のコメントに同意していたので、それだけでもライブの成功を実感できた。それはともかく……

 

 

「ことり?さっきの発言について、どういうことか説明してもらうわよ」

 

「流石のウチもアレは看過できへんよ~?」

 

「アンタ!スクールアイドルでもやって良いことと悪いことがあるって分かってんの!」

 

「そうよ!!ことりちゃんズル~い!私だって悠センパイにやったことないのに~~~!!」

 

「りせさん…思いっきり私情が入ってますよ」

 

 

 ライブ終了後、予想外のことをやらかしたことりが絵里たちに説教を受けたのは言うまでもない。生徒会長の絵里だけでなく、恋敵である希・アイドルにうるさいにこ・あの発言が聞き捨てならず乱入したりせなど様々な人物からも怖い説教を受けたが、ことり本人は終始やり切ったと満足げな表情だったという。

 

 

 

 こうして秋葉原での路上ライブは予想外のことがありつつも、磨き上げてきた技術と表現力で観客を魅了し、目標のラブライブへの道を一歩近づけたのであった。

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter



何か忘れてないかって?





一番気になるのに語られていない。











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音ノ木坂学院3年C組"鳴上悠"

これは、彼の駆け抜けた激動の数週間の記録である。






Next #50「Wonder Zone~another story~」


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#50「Wonder Zone ~another story~ 1/2」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

まさかP3DのDLCでこの作品でも登場しているラビリスと皆月が出るとは思わなかった………荒垣さんが出ると思ってましたが、これはこれでやるべしですね。


お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・評価をくださった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


それでは本編をどうぞ!


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 床も天井も全てが群青色に染め上げられている。リムジンの車内を模したいつもの場所、【ベルベットルーム】。精神と物質の狭間にある選ばれた者しか入れない空間。

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 

 いつもの場所でいつもの台詞を口にしたマーガレットはテーブルの上に5枚のタロットカードを展開した。

 

 

「これらは貴方が呪いから解放させるかもしれない絆……【隠者】【刑死者】【悪魔】【運命】【道化師】………また一度にこれだけのアルカナを解放されられるかもしれないだなんて………ああ、あの時と同じ胸の高鳴りを感じるわ。本当に貴方は私の思った通りの人ね。こんなことをあの子たちが聞いたら……どう思うかしら?……フフフ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――時は悠がにこの邪拳を喰らった数時間後まで遡る

 

 

 

 

 

トントントントン

 

 

 

 

 目覚めると、自分はソファで眠っていた。何というか、少し身体中に痛みを感じる。まるで誰かに殴られたような。それと鼻孔を刺激する美味しそうな香りがする。ふと台所を見てみると、

 

 

「あ、絢瀬?」

 

 そこには絵里がエプロンをつけて料理をしている姿があった。悠の声に気づいたのか、絵里はこちらに顔を向ける。

 

「あら?起きたのね、鳴上くん。それと絢瀬じゃない、絵里よ」

 

「は…はあ………」

 

「お腹空いてるでしょ?ご飯できてるわ」

 

 絵里は悠を見てそう言うと、テーブルを指さす。そこを見てみると、絵里が作ったらしいホカホカのカツ丼が置いてあった。何故かカツ丼を見た瞬間に嫌な予感がしたのだが、空腹に勝てなかったので頂くことにした。

 

「いただきます」

 

 自分のために作ってくれた絵里に感謝して、悠はカツ丼に箸をつけた。予想通りと言うべきか絵里特製のカツ丼は美味であった。このカツの上げ具合はちょうど良く、卵もフワフワに仕上がっている。流石は絵里だと思いながらカツ丼を搔き込んだ。走り出した箸が止まらない。そう思っていると、あっという間に完食していた。

 

「ごちそうさまでした」

 

「お粗末さま。それじゃあ後は頼んだわよ、希」

 

「えっ?」

 

 絵里がどこかにそう言うと、近くのドアが開いた。そこから登場したのは、希であった。心なしか雰囲気がどこか怒っているように見えたので、悠はドッと冷や汗が出る。

 

「の、希?どうしてここに」

 

「ずっとドアの向こうでスタンバってたんよ。それはそうと、ウチの質問に答えてもらうよ」

 

 希がそう言って向かいの椅子に座った途端、部屋に何故かどこかで聞いたことのある緊迫感溢れるBGMが聞こえてくる。見ると、絵里が部屋の隅でラジカセをいじっているのが見えたが、ツッコむと面倒なのでそっとしておこう。それに今の希の様子から余計なツッコミは死を意味する。

 

 

 

「この1週間、悠くんはどこで何をやっていたの?何のために動いていたの?ウチの電話もメールも無視して」

 

 

 

 BGMと共に希がそんな直球な質問をぶつけてきた。やはり本題はそこかと悠は状況を把握する。絵里がカツ丼を用意したのもそのためかと今さながら察した。それに、ここ数日やけに着信やメールが多かったのは希だったのかと今更気づく。これはまずい、非常にまずい。何とかしなければと混乱してダンマリしている様子を何か黙秘していると捉えたのか、隅っこで待機していた絵里はここぞとばかりに畳みかけた。

 

「私が思うに、オープンキャンパスが終わってから貴方に掛かってきた電話。アレがキッカケじゃないかしら?」

 

 絵里の指摘にビクッと身体を震わせてしまう。悠のその反応を見て絵里はやはりそうかと確信する。すると、希は更に圧を高めて悠に詰め寄った

 

 

「さあ、全てを話して。ウチの機嫌が悪くならない内にね」

 

 

 希の表情を見て悠は察した。これは……相当ご立腹であると。下手したら終わる。まるで浮気の嫌疑をかけられた夫のような心情になりながら、悠は俯いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

………美しいピアノのメロディーが聞こえてくる。

 

 

 

 

 

―――貴方は…囚われ……予め未来を閉ざされた囚われ………これは極めて理不尽な現実…………逆転の鍵は全てが始まった一週間前のこと……思い出して………彼女たちのために…………

 

 

 

 

 

(いや…そこまで被せなくていいですから。ファンに怒られちゃうから)

 

 

 悠は突然脳裏に聞こえてきた声にツッコミを入れる。ともかく、ことりのみならず他の仲間たちに随分と心配をかけたようなので、悠はこの一週間にあったことをありのまま語ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音ノ木坂学院3年C組"鳴上悠"

 

 

これは、オープンキャンパスが終わってすぐに彼が駆け抜けた激動の数週間の記録である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルベットルームから目覚めると、何か手に柔らかい感触があった。何かフニフニしていて気持ちいい。こんなものがこの世にあっただろうか。しかし、それを触る度に誰かの艶めかしい声が聞こえてくる。まさかと思いつつ悠は恐る恐る目を開けてみる。

 

「あっ………………」

 

 目を開けると、そこには顔を赤くして身体を震わせている寝間着姿のことりの姿があった。見ると、自分の手はことりの胸を鷲掴みしている。つまり………

 

 

「あ、あの……これは」

 

 

 

「い、いやあああああああ!!」

 

 

 

「ぐほっ!」

 

 

 

 

――――この朝の出来事……妹の渾身の平手打ちが激動の数週間の幕開けとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…………」

 

 

 

 放課後、浮かない表情のまま悠は学校を出た。朝にあんなことがあってから、ことりとは顔おろか口も聞かず、気まずいまま一日を過ごしてしまった。とりあえず今日は別件があるので練習は休むと言っておいたが、このまま気まずいままでいくのは良くない。何かこの状況を改善できるものはないかと電車に揺られながら考えている。だが、そうこうしているうちに電車は目的地にたどり着いた。

 

"巌戸台駅"

 

 辰巳ポートアイランドの玄関口の一つであり、今回の待ち人の待つ場所である。先日、オープンキャンパスが終わった後、悠の元に桐条グループの美鶴から電話が掛かってきたのだ。何でも悠に聞きたいことがあるらしく、今日の放課後に辰巳ポートアイランドに来てほしいとのこと。そのために今日は練習を休んでここに来たのだ。

 

 

「鳴上く~ん!こっちだよ~!」

 

 

 巌戸台駅の改札を出ると、先日の事件で世話になった風花が出迎えてくれた。どうやら悠が到着するのを待っていたらしい。そこまでしなくてもいいのにと思いつつ、悠は風花に手を振ろうとすると

 

 

「あれ?」

 

 

 ふと見ると、改札付近で重たい手荷物を抱えている白髪の老人がいた。相当荷物が重たいのか、表情が辛そうだ。そんな老人がいるのに、周りの人たちは老人を無視している。

 

「風花さん、すみません」

 

「えっ?鳴上くん?」

 

 それを見かねた悠は風花に断りを入れて、老人に駆け寄った。親の遺伝か知らないが、困った人を放ってはおけない性格である悠。自らの用事よりも目の前の人を優先してしまった。

 

「あの…大丈夫ですか?良かったら近くまで運びましょうか?」

 

「んん?おおっ!良いのかい?ちょっと重いが」

 

「いいえ、これくらいは……おっと」

 

 老人は悠が手伝いを申し出てくれたのが嬉しかったのか、喜ばしそうに悠に荷物を預ける。老人が持っていた荷物はたくさんの本が入っていてそれなりに重かったが、運べないものではなかった。

 

「流石は月光館学園の生徒さんは紳士じゃのう。ふぉっふぉっふぉ」

 

「あの…俺、月光館の生徒じゃなくて音ノ木坂学院の生徒なんですけど」

 

「へっ?」

 

 これが後にご厄介になる【北村(きたむら)文吉(ぶんきち)】という老人との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~ちょうど古本市に行って色々買い過ぎてしまってのぉ。荷物が重くて困ってたんじゃが助かったわい。ありがとよ」

 

「いえいえ、これくらいは当然ですよ」

 

「私も、いつも文吉さんにはいい本をたくさん紹介してもらってるますから」

 

 結局この文吉という老人の知り合いらしい風花も手伝って、荷物を運ぶのに付いてきてしまった。着いた場所は巌戸台商店街にある【本の虫】という古本屋だった。そう言えば、ことりが辰巳ポートアイランドにある古本屋の本で料理を勉強したと聞いたが、それはここなのではないだろうか。そう思っていると、

 

「いや~ありがとうよ、お2人さん。お礼に菓子パンを持ってくるから、ちょいと待っておくれ」

 

 文吉さんはそう言うと、いそいそと店の奥へと消えていった。別にいいのにと思いつつ、2人は文吉を待つことにした。すると、

 

「やっほ~い文爺、遊びに来てるよ」

 

「おおっ!音子ちゃん、久しぶりじゃのう」

 

「だから音子じゃなくて、ネコだってば!」

 

 奥から女性の声が聞こえてきた。店内にちょうど一人客が来ていたようだ。そっと覗いてみると、そこにはどこか喫茶店の店員さんみたいなエプロンを着ており、顔はこう言っては何だがネコっぽい女性がいた。文吉の娘さんだろうか?しかし、何というかどこかで見たような感じがする。そう思っていると、ふと誰かに肩をちょんと叩かれた。

 

 

「鳴上様、風花さん」

 

 

「「うお(きゃあ)っ!」」

 

 突然誰かに声をかけられたので驚きながらも振り返ってみると、そこにいつの間にか自分たちの傍にスーツ姿のアイギスがいた。

 

「あ、アイギスさん……何でここに?」

 

「到着が遅いので、迎えに来たであります。さあ、参りましょう」

 

 アイギスは悠の質問にそう返すと、2人の手を握る。その瞬間、風花が冷や汗をかいたのが見えたので悠は嫌な予感を感じたが、それは的中することとなった。

 

 

「オーバー…130㎞/hであります!」

 

 

「「うわ(きゃ)ああああああああ!!」」

 

 

 対シャドウ兵器ならではのスピードで加速するアイギス。そのスピードで連れ去られた悠と風花は押しかかるGに悲鳴を上げながらもその場から去って行った。

 

 

「おお?あの鳴上って少年、もう行ってまったのかい?せっかくのとろけるクリームパンだっていうのに………」

 

「んん?……鳴上?鳴上って……まさか」

 

 

 お礼も貰わないどころか何も言わずにどこかに行ってしまったと思ったのか文吉はしょんぼりしてしまった。すると、ネコっぽい女性は"鳴上"という名に何か心当たりがあるかのように反応していた。

 

 

 

 

 

 これがこの一週間、彼がこれから引き回されることになる原因たちとの出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<桐条グループ シャドウワーカー本部>

 

「アイギス……まさかフルスピードで連れてきたのか?」

 

「モチのロンであります」

 

「「……………………」」

 

「流石にやり過ぎやで……」

 

 アイギスの超特急スピードで美鶴の所へと到着した。アイギスが迎えにきてからそう時間が経ってないかと思えば、そのようなことらしい。それは風花と悠の顔色の悪さが物語っていた。2人が体験したであろうことを思ったのか、ラビリスは悠と風花に深く同情の意を示した。

 

「すみません……遅れてしまって」

 

「なに、アイギスから話は聞いている。困っている人を助けていたのなら仕方ないさ。GWでのことを考えると、君はそういう人物そうだからな」

 

 どうやら美鶴にとって悠が人助けで遅れてしまったことは承知の上らしい。ラビリスも美鶴に同意なのかうんうんと頷いていた。

 

「それで…俺に話って」

 

「ああ、そうだったな。とりあえずそこのソファにでも座ってくれ」

 

 とりあえず、本題に入ろうと悠は美鶴にそう切り出した。美鶴は思い出したようにハッとなると、悠を来客用のソファに座らせて本題に入った。

 

 

「………もう話は聞いていると思うが、このラビリスを君の学校に通わせようかと思っていてな」

 

 

 美鶴からの話は単純だった。ラビリスを音ノ木坂学院に通わせたい。本人もそれを望んでおり、是非ともその方向で進んで行きたいが、まだ少し問題点があるのでラビリスが音ノ木坂学院に転入するのはもう少し先になるということ。

 

「そこで通学するにあたって近いうちに君たちにラビリスを音ノ木坂学院周辺を案内してほしいのだが……お願いできるだろうか?」

 

 美鶴のその申し出を悠は即答でOKを出した。ラビリスが音ノ木坂学院に通うのであれば、学友になるであろう穂乃果たちと更に交流を深めておくのは悪いことではないだろうし、穂乃果たちも喜んでOKするに違いない。では、その日程はいつにするのか、どこを案内すればいいのかと色々話しているうちに、時計は既に夕飯時を指していた。

 

「もうこんな時間か。せっかくだ、もし良かったら鳴上もここで夕飯を食べて行かないか?」

 

「えっ?」

 

 突然の美鶴からの夕食のお誘い。悠は最初は遠慮しようとしたが、せっかくの美鶴からのお誘いなのでお言葉に甘えようと夕飯をご馳走になることにした。

 

 

 

 

「どうした?顔色が優れないぞ」

 

 桐条グループでの食事中、あまり浮かない表情で食事する悠に美鶴がそう問いかけてきた。普段食べたことがない料理を目の前に緊張している部分もあるが、今朝のことりとの出来事を思い返して、どうしたらいいのかと悶々と考えていたのだ。流石に頭打ちだったので、ここは同じ女性で社会経験豊富そうな美鶴に相談してみよう。

 

「実は……」

 

 

 

 

~事情説明中~

 

 

 

 

「そうか…………………そう言うことがあったのか」

 

 今朝のことを話すと、美鶴は何とも微妙な表情になりながらも少し思案顔になった。悠の【言霊遣い】級の伝達力で今朝の様子が鮮明に想像できたのか顔が若干赤い。やはりこの手の相談は無理があったかと思ったが、美鶴は何か思いついたようにこう提案した。

 

「なら、詫びの印として何か妹さんが喜びそうなものをプレゼントするというのはどうだ?」

 

「プレゼント?」

 

「そうだ。何か妹さんが喜びそうなものをプレゼントすれば、許してもらえると思うぞ」

 

 美鶴の言葉に真剣に悩む悠。何かことりを喜ばせるものはなかっただろうか。いいアドバイスと滅多に食べられない夕食を貰った悠は美鶴にお礼を言って、自宅へ帰っていった。その際、アイギスに送らせようかと美鶴から言われたので丁重にお断りしようとしたが、男子とはいえ夜道は危険だからという理由で半ば無理やり送らされた。勿論アイギスの130㎞/hのスピードで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

 美鶴にアドバイスを受けた通りことりに何かプレゼントしようと悠は何をプレゼントしたらいいものかと日中考えていた。すると、昨日帰宅した時、たまたま家にいたことりが物欲しげに見ていたファッション誌のワンピースを思い出した。あれならことりのプレゼントに良いかもしれない。早速携帯でそのワンピースの情報を検索し、それが売ってるという辰巳ポートアイランドの洋服屋を訪れた悠。だが、お目当てを見つけたものの、そのお値段は悠の所持金では足りないものだった。

 

 

 

「………………バイトかな」

 

 

 

 店を出ると、悠は歩きながらどう資金を稼ごうかと思考に入る。順当に考えればまた菊花に頼んで【穂むら】でバイトするというのがあるが、それは以前雛乃にバレて注意されたので却下。その雛乃にお小遣いを前借りすると言う手もあるが、何かと怪しまれるかもしれない。さて、どこか知り合いにバレずに稼げるバイトはなにものか。そんなことを思っていると

 

 

 

 

「「きゃあああああっ!!」」

 

 

 

 

 ふと誰かの悲鳴が耳に入ってきた。何事かと思い、声の発生源を探すと目の前にあった神社の公園だった。急いで向かって見ると

 

 

 

「うううううっ……あっち行ってよ~!!」

 

「ぐうううっ……ここでアタシの天敵に会うとは…………」

 

 

 

 公園の遊具近くで犬に吠えられて怯えている小学生と女性がいた。よくよく見てみると、小学生の女の子は見覚えはないが、女性の方は最近【本の虫】で見かけたネコっぽい人。2人とも犬が余程苦手なのか、遊具に隠れながら犬の様子を伺っている。そしてその犬の方は……白い毛並みに赤い瞳、どこかで見たことがあると思ったら、以前会ったコロマルだった。それを確認した悠は溜息をつく。また乾の元から脱走したのだろう。まあ相手がコロマルなら話は早い。

 

 

 

「お~い!コロマルー!!」

 

 

 

 悠がそう声を上げると、コロマルはこちらを振り向いた。すると、悠の姿を確認したコロマルは嬉しそうに駆け寄って悠にじゃれてきた。

 

「ははは、久しぶりだな。元気だったか?」

 

「ワンワンっ♪」

 

 コロマルは久しぶりに悠と出会えたことに歓喜しているようだ。じゃれつきあいも初めて会った時とは変わらない。とりあえずコロマルが大抵落ち着いたのを見計らって、悠は乾に連絡を入れて迎えに来てもらった。

 

 

 

 

 

~数十分後~

 

 

 

 

「はぁ、何とかなったな…………」

 

「あ、あの!!」

 

 コロマルを迎えに来た乾と別れた悠。何とか一件落着したのでほっとしていると、先ほどコロマルに吠えられていた女子小学生が話しかけてきた。よくよく見てみると、その女子小学生は赤紫色のロングヘアーと黄色い瞳が特徴的だった。

 

「あ、ありがとうございました………その…助けてもらって」

 

 どうやらコロマルに吠えられているところを助けてもらったことにお礼を言いに来たようだ。悠はお礼なんていいのにと思いつつ、女子小学生に笑顔で微笑みを返した。

 

「いいさ。どういたしまして」

 

「!!っ…………それじゃあ、私はこれで」

 

 すると、女子小学生は悠の笑顔を見て赤くなりながらもそう言って去って行った。一体あの子はどうしたのだろうと思っていると、一緒にいたネコっぽい女性が悠の肩をバンバンと叩いてきた。

 

「なははは、君モテモテだね。けど、小学生は犯罪だからやめときな。ロリ王とかロリニートとか言われたくないだろ?」

 

「いや……俺はロリコンじゃなくてフェミニストなんで」

 

「なーに?、そのまるで言い慣れているようなセリフは。まっ、それはともかく助かったよ。アタシ昔からどうしても犬は苦手でさ。大人のくせに子供と一緒に怯えちゃうなんて情けないよね」

 

 女性は自虐するように悠にそう言った。もしかして似た目はネコだから犬は苦手なのだろうか?そんなことを思っていると、女性は悠をジッと見てこう言った。

 

「ところで、アンタ昨日文爺を助けてあげた"鳴上"っていう青年だろ?」

 

「えっ?そうですけど……」

 

「ああ、自己紹介が遅れたね。アタシは【蛍塚(ほたるづか)音子(おとこ)】。ネコって呼んでよ。あの文爺の息子さんとは学生時代から腐れ縁でさ。昨日、君がさっさと帰っちゃったから文爺がお礼できなかったって拗ねててね。すまないけど今回の犬の件と文爺のことでアタシからお礼させてよ。アタシの店でご馳走するからさ」

 

 そう言われては断るに断れなかったので、悠はネコさんの提案を受けて入れる。返事を聞いたネコさんは嬉しそうに喜び、悠を近くに止めていた軽トラに乗せて、どこかへ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<メイド喫茶【コペンハーゲン】>

 

「ここって……メイド喫茶?」

 

 ネコさんが連れられてやってきたのはネコさん自身が経営しているというメイド喫茶だった。ちょうど閉店間際だったのか、店内には自分たち以外誰もいなかった。何やら伝説のメイドがいるということで話題になっている場所らしいが、そんなことに悠はあまり興味がなかった。

 

「そう。前までは居酒屋だったんだけどね。うちのが何を思ったのかこうなってさ」

 

 ネコさんはキッチンで料理しながら喜々としてそう話す。前はある地方都市で居酒屋をやっていたらしいが、何でもネコさんの親父さんの気まぐれでメイド喫茶としてここに移転したらしい。その際、その居酒屋を気に入っていたらしい友人から猛反対されてガチで喧嘩になったとか。昔の知り合いが仲裁が入ったから良かったものの、下手をしたら警察沙汰になっていたかもしれないとも。何とも凄い話だなと思わず戦慄していると、キッチンから良い匂いが漂ってきた。

 

 

「はい、うちの自慢のオムライス。冷めないうちに食べな」

 

 

 ネコさんの過去を聞いているうちにお礼のオムライスは完成したようだ。見てみると、料理上手の悠から見ても中々だなと思わせる程の一品である。それでは一口とスプーンで掬って口に含んだ。味は文句なしに美味。この卵のフワフワ感とケチャップライスとのコラボが絶妙だった。

 

「美味しい。味つけを変えてみたらもっと美味しいかもしれませんね。醬油バターとか」

 

「ん?もしかして、料理出来る人?」

 

「嗜む程度に」

 

「へえ~、じゃあ今度ナルやんの調理法でも教えてもらおうかな」

 

「えっ?ナルやん?えっ?」

 

 何故か妙なあだ名をつけられてしまった。しばらく料理のことについて語っていると、どこからか携帯の着信音が聞こえた。

 

 

「あっ、アタシだ。はいはい…………えっ?マジで!」

 

 

 通話を終えるとネコさんは表情が曇り始めた。何があったのかと悠はネコさんに尋ねてみることにした。

 

「あの……どうしたんですか?」

 

「いや……料理担当のバイトの子が急に来れないって連絡が入ってね。参ったなぁ……今週は忙しいっていうのに…穴が空いちゃうとねぇ」

 

 どうやら予定していたバイトの人が入れなくなったことにより、相当深刻な問題が発生したらしい。それはネコさんの苦々しくなっている表情が物語っていた。すると、

 

 

「あの………俺、手伝いますよ」

 

 

 何となく放っておけなくなった悠は迷うことなくネコさんに手伝いを申し出てしまった。ネコさんは突然の悠の申し出に面を喰らったようだった。

 

「えっ?いいの?ナルやん」

 

「ええ。前住んでたところでも中華屋のバイトとかやってましたし」

 

 接客はあまり自信はないが、料理なら普段からやってるし愛屋のバイトも卒なくこなせたので問題ないだろう。悠の申し出にネコさんは申し訳なさそうにしながらも、お言葉に甘えることにした。

 

 

「本当はお礼だけのつもりだったのに、迷惑かけちゃって悪いね。あまり良い報酬はだせないかもしれないけど……よろしく頼むわ、ナルやん」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 

 

―――――こうしてネコさんの手伝いを引き受けた悠だが、この安請け合いが更なる試練に見舞われることになるとは、この時知りようがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

 早速シフトに入った悠は今まで培ってきた経験を発揮する。稲羽での経験が生きたのか、掃除に洗い物に料理、何でもそつなくこなす悠。更に、もっとオムライスを美味しくできるのではということで、悠が自身の"和風の出会いショウユ系"オムライスを教えてもらったところ、これが客に大ウケで店の評判もうなぎ登りになった。

 あまりの有能さにネコさんは感嘆を覚えてしまった。出来ればこのままここのバイトリーダーとして働いてほしいという気持ちがネコさんに芽生えてきたが、それはやめておこう。話によると悠の保護者は自分の知っている()()()()らしい。勿体ないが向こうにバレたら面倒なことになる。そう思いながら仕事に没頭する。そんなネコさんの心情はを知らぬまま、悠はがむしゃらに働き続けた。

 

 

 

 

 

―――――だが、事件は仕事に慣れた数日後……仕入れの際に起こった。

 

 

 

 

 

 材料の仕入れが完了して急いでネコさんのところまで帰ろうとしたとき、道端で子供たちが大泣きしているのが見えた。

 

「うええええええん!!お母さ――――ん!!」

「どこなの――――!!お母さ――――ん」

 

 状況から見るにおそらく母親とはぐれてしまって迷子になったようだ。周りの人もその様子を見ているものの、どう止めていいか分からず傍観している。流石に見過ごせなくなった悠は子供たちに駆け寄って落ち着かせようとしたが、相当混乱しているのか中々泣き止まない。このままではまずいので何とかできないものかと思っていると、悠はふとあることを思いついた。

 

 

 

 

~数分後~

 

 

 

 

「クマトイッショニアソボウクマ~♪」

 

 

 偶々自宅の押し入れに閉まってあったクマの着ぐるみを身に纏った悠が喧嘩を続ける子供に向かってそう言った。すると、

 

 

 

ワアアアアアア

 

 

 

 大泣きしていた子供たちが泣き止んだのは良いが、何故か周りにいた子供たちもクマに寄って遊ぼうとしていた。皆とても楽しそうにしているが、子供たちは悠を押したり叩いたり抱き着いてきたりと、容赦がない。

 

 

(く、苦しい……まるで地獄のようだ………)

 

 

 去年も味わった地獄だが、悠はあの時よりはマシだと思い込み何とか耐える。そして………

 

 

「「バイバ~イ!!」」

 

 

 そんなこんなで小学生たちにもみくちゃにされること一時間。やっと子供たちから解放され、悠は着ぐるみのままクタクタになりながら去っていった。

 

 ひとまずネコさんに仕入れた材料を渡しに店へ戻ってきた。突然クマの着ぐるみが材料を持ってきたので、ネコさんはぎょっとしていたが、中身が悠だと知ると何をしてるんだと言った目で飽きられたのはそっとしておこう。それに、子供たちの相手をしてくたびれてしまったので体力もない。何となく着替えるのも面倒だったため、そのままバスに乗ってしまったのだ。バスに乗っている最中、何人かに写真を撮られた気がするが気にする余裕も気力もなかった。しかし、バス停を降りたその時、災難は起きた。

 

 

「く、クマさんってバスに乗れたんですね………」

 

「じゃないよ!ちょっと、クマさーーん!!」

 

 

 よろよろと歩いていると背後から聞き覚えのある声がした。まさかと思いつつ振り返ってみると、そこには今見つかりたくはない穂乃果たちがいた。

 

 

(な、何でみんながここに!それに何で皆ラブリーンの恰好をしてるんだ!?)

 

 

 あまりの展開にデジャブを感じる。確か去年の夏もこんなことがあったような気がする。ただ決定的に違うのは、みんなラブリーンのコスプレをしているということだ。おそらくにこの発案だろうが、メンバー全員がラブリーンってどういう状況だとツッコミたいのを我慢する。声を出しては正体がバレてしまうからだ。

 

(しょうがないが……ここはクマのフリをしてやり過ごすしかないな……)

 

ア、アヤシクナイヨ……クマ

 

「あれ?何かおかしくなりません?」

 

「声が不自然……」

 

 これもデジャブ。裏声でクマの言葉を再現しようと試みたが、逆に怪しまれてしまった。あまりの不自然さにあちらは陽介たちに電話をしようとしている。このままでは正体がバレてしまうので、ここで悠はやけくそに最終手段を取ることにした。

 

アっ!センセイ~!オヒサシブリクマ~!

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 

ーカッ!!-

(今だ!デビ○バッ○ゴー○ト!!)

 

 

 皆が一瞬明日の方向を振り向いた時を狙って、悠は猛ダッシュをかました。一瞬の隙をついたので流石に彼女たちも追ってくることはないだろう。だが、念には念を入れて今日はどこかに隠れようと悠は最近見つけた秘密の隠れ場所へと向かった。

 

 

「は、速い………」

 

「まるでアイ○ールド○1みたいな速さで行っちゃったにゃ」

 

「な、何で逃げたの?」

 

ピロリン!

『犯人はあ奴ですぞ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……クマも……大変だ…クマ………

 

「何で君はここに来たんだ?」

 

 とりあえずもうダッシュで穂乃果たちから逃げた悠は桐条グループに身を潜めていた。突然着ぐるみ姿で訪ねてきた悠に美鶴も微妙な顔をしている。それに対して悠は平然と答えた。

 

「何となく……隠れるのにはここがいいかなと?」

 

「君はここを何だと思ってるんだ……」

 

 親交を深めたとはいえ桐条グループの本社…もといシャドウワーカーの本部を隠れ場所とするとは如何なものか。まあ何かあったのか知らないが、顔が色々と切羽詰まっていた表情をしていたので、今回は見逃そう。

 

「そう言えば、妹さんの詫びの品は考えたのか?」

 

「ええ……実は」

 

 美鶴にことりへのプレゼントのことを聞かれたので、既に検討がついていることを伝えようとしたその時だった。

 

 

「ただいま~っす。って、あああっ!お前はあの時の!!」

 

 

 誰かが部屋に入ってきた。その人物は何か素っ頓狂を上げたので気になって見てみると、見覚えのある水色キャップを被った男性がこちらを指さしていた。

 

「あなたは………ブラック……あ、伊織さんでしたっけ?」

 

「おい!今お前"ブラック企業の人"って言おうとしてただろ!!違うから!俺の職場はブラックでもないから!!」

 

 悠の言葉に猛烈にツッコミを入れる人物の名は【伊織順平】。どういう人物かは詳しく知らないが、何かと悠と遭遇しては不幸に見舞われるので、悠は相棒の陽介と似た人物と記憶している。しかし、このシャドウワーカーの本部に気軽に出入りできるということは

 

「ん?伊織と鳴上は知り合いだったのか?」

 

「はい、何度か……伊織さんもシャドウワーカーの人だったんですね」

 

「あ、ああ……お前も桐条さんも知り合いだったんだな」

 

 どうやら順平もシャドウワーカーの一員らしい。順平も悠が美鶴の知り合いだったことに驚いているようだ。すると、美鶴は先ほど順平が滑らせた言葉が引っかかったのか、低い声で順平に質問した。

 

 

「……ところで伊織。さっきの"ブラック企業"という言葉はどういう意味だ?」

 

「いいいや!その………すんませんでした!!」

 

 

 思わず口にしてしまった"ブラック企業"という言葉が聞き逃せなかったのか思わぬ気迫で迫る美鶴。美鶴の気迫に順平は怖くなって思わず土下座してしまった。すると、順平のポケットか何か一枚の写真が飛び出てきた。偶々悠の足元に落ちたので、拾って確認してみる。

 

 

「こ、これは……………」

 

 

 そこに映っていたのは………メイド姿で微笑む女の子であった。

 

 

「おっ!お前も気にったか?その写真に写っている子は、あのアキバで話題の伝説のメイド"ミナリンスキー"ちゃんって言ってよ~。この間、イベントで歌ってるところをこのカメラに収めてたんだよ。本当は撮影禁止だったんだけど……どんな壁があろうとも目的の為ならぶち破る!それが"伊織主義(イオリズム)"!ってな。なあ?良いだろう?この子?まるで天使みたいな」

 

 

 順平は美鶴の追求から逃れるためか勢いよく写真のことりについて熱く語っているが、悠はそれどころでない。順平が喜々と話をしている間、悠の頭にはネコさんのとある話を思い返していた。

 

 

 

 

 

『実はこの間ね、何気なくやったイベントでトラブルがあってさ。そのイベント撮影禁止にしたんだけど、どうも我慢できずに写真を撮ったバカがいたらしくてね』

 

『えっ?』

 

『幸いネットには流してないようだけど、どこかの店でその時の写真が売られてるって聞いてさ。うちの子のことを考えたらこの事態は放っておけなくてね。すまないけど仕入れの時に探してみてくれないかい?』

 

『分かりました』

 

『まっ、アタシとしては写真だけじゃなくて、あのバカもとっちめてほしんだけどね』

 

 

 

 

 

 ネコさんの話だと話だと、その犯人の特徴は水色のキャップにあごひげが特徴的だったという。もしやネコさんが言っていた"写真を撮ったバカ"というのは………そして、写真を撮られてしまったというメイドの子の正体は…………

 

 

「おい……この子は()()()()()()じゃないか?」

 

「へっ?」

 

 

 美鶴が写真の娘の正体を告げた刹那

 

 

 

ガシャンッ!!

 

「あああっ!俺の大事なカメラが―――!」

 

 

 

 順平が取り出していたカメラは破壊されていた。それをやったのは言うまでもない。

 

 

お前が……犯人か?

 

「ひいいいいいいいいっ!!」

 

 

 今までに見たことがない静かな怒りの表情で悠は順平に詰め寄った。

 

 

「答えろ……いえ………答えてください…………あなたがこの写真を撮ったのですか」

 

「「「……………………………」」」

 

 

 押しかかってくる恐怖に順平は身体の震えが止まらなかった。今目の前にいるのは会うたびに自分に不幸を運ぶ好青年ではなく、今にも自分を滅せようとしている狩人そのものだったからだ。助けを求めようにもこの場にいるアイギスやラビリスはおろか、あの美鶴でさえも怒る悠にビビッて動けずにいた。もうダメだ、自分は狩られる。そう絶望しかけた時、

 

 

「なんだ?騒々しい……おっ?鳴上じゃないか、元気にしてたか?」

 

 

 何とも悪いタイミングで仕事が終わったらしい明彦が入室してきた。明彦は悠が順平に襲いかかっている光景にびっくりしていたが、段々いつものことかと顔に呆れが現れ始めた。

 

「真田さん!?俺っちピンチなんすけど!!助けてくれないんすか!?」

 

「いや……助けるも何も……順平が叱られるのはいつものことだろう。今度は何を…………ん?」

 

 すると、明彦は床に落ちていた先ほどの写真を見ると、こんなことを呟いた。

 

 

 

「この写真、俺が売ったやつじゃないか?」

 

 

 

「「「はっ?」」」

 

 突然の爆弾発言に皆は明彦に視線を向ける。

 

 

「ああ、この間順平にどうかって渡されたんだが、俺が持っててもしょうがないからな。偶々通りかかった専門店に売ったぞ。ちょうどプロテインを買う小遣いがなかったからな」

 

 

 明彦がそう証言した瞬間、室内がヒンヤリとした空気に包まれた。それは今まで色んな修羅場を潜り抜けてきた明彦でさえも思わず身震いしてしまうほどに。その発生源は悠………と思われたが、実際はその後ろで事の成り行きを見守っていた美鶴であった。

 

 

「鳴上……とりあえずこの2人は私が処断しておく。君は早く妹さんの写真を回収しに行くと良い」

 

「………ありがとうございます。桐条さん」

 

「美鶴でいいぞ」

 

 

 悠が去ったのを確認すると、美鶴はホッと安堵した。今からここに繰り広げられるものはあまり学生の悠には見せたくなかったのだから。

 

 

 

「とりあえず、お前たちは………処刑だ」

 

 

 

 美鶴はそう言うと、懐にしまってあった拳銃らしきものをこめかみにセットする。それを見た順平と明彦は戦慄した。あの構えは処刑の構えだ。これまで何度も目にしてきたものなので、今から美鶴がやろうとしていることは容易に想像できた。

 

「あわわわわ!き、桐条さん!?」

 

「ま、まて!美鶴!!俺も悪気があった訳じゃ………」

 

 慌てて弁明するが、なお引き金を引こうとすることを止めない美鶴を見て逃走を試みる2人。だが、すでに出口はアイギスとラビリスに抑えられていた。これで完全に逃げ道は塞がれた。後は……刑を執行するのみ!

 

 

 

 

ーカッ!ー

「【アルテミシア】!!」

 

 

 

 

「「ぎゃああああああっ!!」」

 

 

 順平と明彦の命乞いも虚しく、美鶴の処刑は執行されてしまい、2人の断末魔が本部中に響き渡った。その様子を対シャドウ兵器2人はただ平然と見守っていた。2人がどうな仕打ちをされたのかは皆さんのご想像にお任せしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

<辰巳ポートアイランド ポロニアンモール>

 

 あの後、真田が写真を売ったという店に赴き、事情を説明した上で回収した。店の人もそんな事情があったとは知らず店頭に出して申し訳ないと謝られたが、気にしないで下さいと言っておいた。そんなことがあった翌日、携帯の着信音が鳴って昨日のことで話があると美鶴に辰巳ポートアイランドに呼び出された。

 

「昨日はすまなかったな。うちの者が君のご家族にご迷惑をかけて」

 

「いえ……もう写真も回収しましたし」

 

 指定の場所に着くと、そこには今まで見たことがない恰好をしている美鶴がいた。いつもの派手なライダースーツではなく白いワンピースと長いつばの帽子。如何にもふらりと買い物に来たお嬢様と言った感じだった。

 

「一応ネットに上がっていた投稿ものともは桐条の権限で削除したが、それだけでは私の気が済まない。詫びとしてふさわしいことが出きるとは思ってないが、出来ることがあれば何でも言ってくれ」

 

 いや、既にネットに上がったものを削除してくれただけでも凄いのにそこまでもしなくても。そう思ったが、これでは美鶴が引き下がるとは思えなかったので、悠は一つお願いを聞いてもらうことにした。

 

 

 

「すみません桐条さん、こんなことして頂いて」

 

「気にするな。世話になった礼だからな。それと名前で良いって言ってるだろ?」

 

「流石に…それは」

 

「フフ、君は可愛いな」

 

 美鶴にからかわれて少し複雑な気分になる。それはともかく、美鶴に一つお願いを聞いてもらったので悠はホッと安堵した。お願いを聞いてもらったと言ってもほんの些細なことを頼んだだけなのだが、それを聞いた美鶴が"それだけでいいのか?""もっと聞いてもいいんだぞ"などと変に気遣う親戚みたいな対応をしてきたので、こちらも変な気遣いをしている気分になったのは内緒だ。少しポロニアンモールの周辺を美鶴と歩いていると、何処かから変な視線を感じだが気のせいだろうか。そんなことを思っていると、ふと美鶴がこんなことを言いだした。

 

 

「……私は君みたいな人生を歩めたのだろうか」

 

「えっ?」

 

「君が友人たちと楽しく学園生活を送っている姿を見て時々思うことがある。私がもし"桐条の娘"ではなく君たちと同じ一般人として生まれていたら、そんな生活を送れたのではないかと。私は俗世とはかけ離れた人生を送ってきたからな」

 

 

 その言葉から、美鶴の赤裸々な本音が伝わってくるような気がする。ある程度美鶴の事情を知っていると言っても、悠にはその言葉にどう返答すればいいのか分からなかったからだ。色んな意味で有名な"桐条の娘"としてどのような気持ちで人生を歩んできたかなんて、流石の悠でもその心情までは察せなかった。

 

「おっと、つまらないことを口にしてしまったな。どうも私は君には色々と話してしまうようだ」

 

「いえ、俺でよければいつでも」

 

「フフ、やはり君は"彼"に似ているな。それじゃあ、私はこれで失礼する。また何かあったらいつでも頼ってくれ」

 

 その後、美鶴はこの後用事があるらく、その場に呼んだリムジンに乗ってどこかへ行ってしまった。ただ、美鶴が呟いた"彼"とは誰のことなのか。悠はそれだけが気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?鳴上くんじゃない?」

 

 美鶴と別れてどこかへ行こうとすると、ふと背後から声を掛けられた。振り向くとそこには見知っている人物がいた。

 

「に、西木野のお母さん」

 

「あらあら、そう畏まらなくていいのよ」

 

 それは出会ったのは先日もお世話になった真姫の母である早紀であった。普段白衣姿しか見ていなかったが、今日は私服だったのでどこか新鮮だ。とりあえず立ち話もなんなので、どこか歩きながら話さないかと誘われた。

 

 

「ここね、学生時代によく主人とデートしてたの。私は音ノ木坂学院だったけど、あっちは月光館学園だったから」

 

「そうなんですか。そう言えば、自分の父と叔母さんも同じだった気が」

 

「あら?そうだったの。まあ、あの時の音ノ木坂学院は女子高だったものね」

 

 他愛ない話をしながら巌戸台商店街を徘徊する2人。早紀の学生時代の話が聞けて少し意外な気分になった。ふとどこかから"人妻かよー!"と叫ぶ声が聞こえた気がするが、あまり気に留めなかった。すると、

 

「鳴上くんは今度の休日はお暇かしら?できれば貴方に頼みたいことがあるのだけど」

 

 ある程度歩いて後、ここで本題と言うように早紀がそう斬り込んできた。ここに来てまた頼まれ事とは……断ろうと思えば断れるが、そこは困った人は放っておけない悠。先日お世話になったこともあってか、早紀の頼み事を聞くことにした。

 

「俺にできることなら」

 

すると、早紀は密かにガッツポーズをして悪戯っぽく依頼内容を説明した。

 

 

「実はね、今度主人と学会に行かなきゃならなくなったの。その時、家に真姫一人じゃ心配だから、貴方に()()()()()()()()()()()の」

 

「えっ?」

 

「あの子には今度鳴上くんが家に来るからって伝えておくから。よろしくね」

 

 

 早紀はそう言うと悪戯っぽくウインクした。また厄介な依頼を受けたのなと悠は心底ゲンナリとしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早紀の依頼を了承して別れた悠。そろそろ夕方になるので買い出しでスーパーに向かおうとした後、これまた知り合いと遭遇することとなった。

 

「君は……」

 

「この間のお兄さん………」

 

 それはネコさんと一緒にコロマルに怯えていた赤紫髪の女子小学生だった。心なしか、初めて会った時よりも表情が暗いような気がする。

 

「どうした?悩みなら相談に乗るぞ」

 

 流れるように相談に乗ろうとする悠。今でも結構色々問題を抱えているにも関わらず、困っている人を見過ごせないという姿勢は褒められるべきものだが、以前足立が言っていたようにかなりお人好しが過ぎるかもしれない。だが、少女の方は誰かに話でも聞いてほしかったのか、コクンと頷いた。

 

 

 

 

「私……ピアノをやってるんですけど」

 

「ほう」

 

 公園のベンチに座ると、少女は抱えている悩みを打ち明けてくれた。どうやら大好きだったピアノが今は苦痛に感じてしまっているらしい。元々何気なく始めたものだったが家族が上手だと褒めてくれたのが嬉しくて、熱心に打ち込んでいたらしい。だが、

 

「この間……発表会に出た時、私よりも上手な人がたくさんいて………自信が無くなっちゃったんです。それから…ピアノを弾くのが嫌になってきて………何なんですかね。好きだったものが重荷に感じるなんて……もしかしたら本当は……私にピアノなんて向いてなかったのかな」

 

 重々しくそう呟く少女。小学生にしてはどこか難しく考えている様子は稲羽で家庭教師での教え子である【中島秀】を思い出させた。残念ながら今の悠に彼女の悩みを解消させる言葉は持ち合わせていない。それでも悠はハッキリとこう言った。

 

「そういう時は、違うことに目を向けてみることも大切だ」

 

「えっ?」

 

「はい」

 

 悠は少女にそう言うと、いつの間にか作っていた折り鶴を差し出した。あまりの出来栄えに少女は目を輝かせた。

 

「わああ!折り紙の鶴だ~!お兄さん上手」

 

「当然だ。一緒に折って見るか?」

 

「えっ?わ、私……折り紙あんまりしたことないし………」

 

「いいから」

 

 悠にそう押し切られて少女は渋々ながら折り紙を手にした。最初は嫌々だったものの悠に教わりながら折っていくと少女の表情が徐々に明るくなっていった。

 

「わあ!初めて鶴が出来た!でも……お兄さんより上手くないなぁ」

 

 初めてにしては中々の出来栄えなのだが、本人は悠が折ったレベルを目指しているのか納得がいかない様子だった。そう落ち込む少女に悠は優しく頭をポンポンと撫でた。

 

「そう落ち込むな。また教えるから」

 

「えっ?お兄さん、また教えてくれるの?」

 

「ああ、君が上手く折れるまでいくらでも付き合ってやる」

 

「本当!!やった―――!!」

 

 悠がまた折り紙を教えてくれると言ってくれたのが嬉しかったのか、少女は明るい笑顔を見せた。そろそろ暗くなるので今日はこれでおしまいだ。別れ際、少女はこちらに手を振って笑顔でこう言った。

 

 

「またお願いします!お兄さん」

 

 

 

 

 

 こうして悩める女子小学生と秘密の約束を交わした彼だったが…………

 

 

 

「な、ななななな鳴上くんって……本当にロリコンだったの………だから菜々子ちゃんに」

 

「…………………………………」

 

 

 

 その一部始終を絵里と希にバッチリ見られていたのを彼は気づいていなかった。絵里は顔を赤らめて混乱し、希はハイライトの消えた目で淡々と写真を撮っていた。ろくに連絡も寄越さず何をしているかと思えば、こんなことをしていたのかと希は心は穏やかではなかった。しかし、また彼女たちも気づいていなかった。自分たちの他にも悠を観察していた人物がいたと。

 

 

 

 

 

 

 

「ケッ……相変わらず気に入らねえ奴だぜ………鳴上」

 

 

 

 

 

 

 

―――――彼の苦難はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next chapter

「私の青春は男っ気が無くなったのよ!」

「暗い夜道には気をつけな」

「力を貸してください!!」

「アンタの兄貴がいい例でしょ?」

「ハイカラだ」


「ありがとう……」


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#51「Wonder Zone ~another story~ 2/2」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

P3Dに待望の荒垣さんが登場!!真田さんと一緒にダンスしているところは見ていて感慨深かったです。

お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


それでは本編をどうぞ!


<鳴上宅>

 

 

「ハァ、そうだったの。それはロリコンって勘違いされる訳ね」

 

「何度も言うが俺はロリコンじゃない、フェミニストだ」

 

「今更って感じやけど、それにしても激動の一週間やったね」

 

 女子小学生との約束を交わしてから翌日。再びネコさんからおつかいを頼まれて、店に帰ったらことりたちと遭遇し、にこから邪拳を喰らって今に至るまでの話を聞いた絵里と希は深い溜息をついた。何というか色々とテンコ盛りで付いていくだけで頭がパンクしそうになった。それらをこなすだけでも大変だろうに、そんなことなら自分たちに相談すれば良かったのにと思う。全てを語って意気消沈している悠に絵里はそっと語り掛けた。

 

「事情は分かったわ。でも、次からは私たちに相談しなさい」

 

「えっ?」

 

「いくら何でもオーバーワークよ。去年似たようなことがあったからって、聞いてたこっちが心配になったわ」

 

「みんなに心配かけたくないからって気持ちは分かるんやけど、悠くんは少し自分の悩みごとに皆を巻き込んでもいいんやない?何も悠くんだけが背負い込むことはないんよ」

 

 

 話を聞いた絵里と希から貰ったそのコメントは悠の心に染みた。以前にも陽介に言われた言葉だが、まさか同じことをこの2人に言われるとは思ってもいなかったのだ。

 

 

 

 そしてその数日後、ことりとの仲違いが発生して日々落ち込んでいたところを絵里と希、にこに助けられ、改めて仲間のありがたさを実感した悠であった。

 

 

 

 だが、2人が知らぬ場所でも事件は起きていた。それは、秋葉原ライブの準備期間に起こったことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<西木野家>

 

 

another view(真姫)

 

 

トントントンッ

 

 

 

「真姫~、朝だぞ」

 

 

 

 食材を包丁で切る音と私を呼ぶとある人の声で意識が覚醒した。そう、今この家にはパパもママもいなくて……鳴上さんが泊まりに来てるんだった。最初はどんなことかと思ったけど、朝起きてご飯作ってくれる人がいるって……ありがたいわね。そんなことを思いながら、私はパジャマから制服に着替えてリビングに向かった。

 

 

「「おはよう」」

 

 

 キッチンには鳴上さんの他に、親友の花陽と凛がいた。………朝起きてご飯作ってくれる人が大勢いると……身構えるわね。

 

 

another view(真姫)out

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でこんな朝からうちに来たのよ?」

 

「えっ?」

 

 悠の朝食を食べながら真姫が2人にそう問うと、花陽はしどろもどろに口をもごもごさせた。その反応に大体の察しがついた真姫は溜息をつく。悠はその反応の意味が分からないのかポカンとしていた。

 

「かよちんが真姫ちゃんとと鳴上先輩に何かあったのか気になるって言ってて」

 

「ちょっ!凛ちゃん!!」

 

 凛がそう言った時、花陽は顔を赤らめて凛の口を塞ぎにかかった。予想通りの答えと相変わらず仲の良さを示すその光景に更に溜息をはくと真姫は儚げにこう呟いた。

 

 

「あるわけないでしょ……」

 

「本当かにゃ~?」

 

「!!っ」

 

 

 真姫の言葉にホッと胸を撫で下ろした花陽だが、凛の探るような視線にビクッと反応したのを見た途端、瞬時に豆鉄砲を食ったように仰天した。

 

「ま、真姫ちゃん!何かあったの!?まさか………実はお風呂覗かれたりとか一緒に寝たとか………」

 

「ちょっ!そんなことある訳ないでしょ!!お風呂は天城屋で一緒に覗かれたじゃない!」

 

「おい、アレはお前たちが男子風呂に…」

 

 何だか自分で言ってて悲しくなってきたが、真姫はふと昨日の出来事を振り返った。悠のあの天城屋旅館であった事件での弁明を無視して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~先日~

 

 

「真姫、一発キメてきなさい!」

 

「何かあったらお父さんに連絡するんだぞ。もしその彼が真姫に粗相したら、今まで磨き上げてきたメス捌きをその場で披露してやる……」

 

 

 両親がそう言い残して学会に向かった後、真姫は家で一人そわそわしていた。母は良い笑顔でサムズアップしてきたので少々イラっときたが、父は怖い顔でそんなことを言ってきたので別の意味で心配になった。

 

 

「ハァ……全くパパは大袈裟なんだから。ママはちょっとアレだけど……」

 

 

 確かに一人娘が男と一緒に家で過ごすとなればそれは心配になるのは分かる。だが、その相手がよく知っている悠なので、そんな心配しなくていいだろうに。正直両親が学会に行く間は悠が世話してくれると聞いた時は一瞬心臓が飛び出そうになったくらいびっくりしてしまった。おそらく母の差し金だと思うが、憧れの人がこの家に来るというのは素直に喜ばしいことなので、今はそんな悠の到着をそわそわしながら真姫は部屋で待っていた。緊張しているのか時間が経つのが遅く感じてしまう。一体いつ来るのだろうと思っていると、携帯の着信音が鳴り響いた。着信相手はその悠だった。

 

「もしもし、鳴上さん?」

 

『ああ、西木野か。悪いがちょっと予定より来るのが遅れそうだ』

 

「それは良いですけど……何かあったんですか?」

 

『いや…実は』

 

お兄さーん、ここはどうすれば

 

 突然悠の他に知らない女の子の声が聞こえてきた。それを聞いた途端、真姫の顔から一切の感情が無くなった。

 

『ああ、梨子。それはだな…………あっ』

 

「………………鳴上さん?今女の子の声が聞こえましたけど?小学生くらいの」

 

『えっと……その……………』

 

 

「この………ロリコン!!

 

 

『待て!俺はロリコンじゃなくてフェ』

 

 悠が何か言いかける前に真姫は怒りに任せて通話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

<巌戸台商店街>

 

 とりあえず事情を説明しに西木野家へダッシュで訪れたところ、【言霊遣い】級の伝達力のお陰か真姫は納得してくれたようだった。しかし、真姫は自分よりもその梨子という女子小学生を優先したことに不服なのか、不機嫌そうに頬を膨らませていた。このまま何も会話がないままでは気まずいので悠は気晴らしに買い物に行こうと真姫を連れて巌戸台商店街を訪れていた。

 

 

「「……………………………」」

 

 

 だが、先ほどのことをまだ根に持っているのかまだ話しかけるなオーラを展開していた。ここは何か一つ話題を出してみるかと、悠は何気に話題を一つ振ってみた。

 

「そう言えば、この商店街って西木野のお母さんとお父さんが学生時代よくデートしてたって言ってたな」

 

「へえ…そうなんですか………って、ヴェエエっ!!」

 

 悠の何気ない言葉に真姫は遅れて素っ頓狂を上げた。自分の両親が学生時代にここでよくデートしていた。今の自分たちの状況を見てみると、まさにその通りではないのか。これはもしや…今自分は悠とデートしているのではないか。真姫は何故かそう考えてしまい、頭が沸騰してしまいそうになる。悠は真姫がいきなり素っ頓狂を上げたと思えば、顔が赤くなったので思わず困惑してしまう。すると、

 

 

「おおっ!君はあの時の少年じゃないか。こんにちは」

 

 

 真姫を何とかしようしたとき、後ろから声を掛けられた。

 

「あっ、文吉爺さん。こんにちは」

 

「こ、こんにちは」

 

 思わぬところでこの間顔見知りになった文吉爺さんに出会った。そう言えばネコさんの手伝いやことりとの仲違いなど色々あって会えてなかったなと今更ながら思った。悠は改めて文吉爺さんに挨拶し、真姫も遅れて挨拶した。

 

「おや?この可愛らしい子は?もしかして所謂…()()()()()()()っちゅうやつかい?」

 

 文吉爺さんが真姫をマジマジと見てそう聞いてきたので真姫は思わず顔を紅潮させた。ガールフレンド…つまり彼女と聞かれると何故か心臓がまたバクバクしてしまう。別に付き合っている訳ではないが、周りからそう見えるのかと思うと気持ちが高ぶって思わず頬が緩んでしまう。しかし、

 

「この子は俺の大事な後輩ですよ。今日の夕飯何にしようかって一緒に買い物に来たんです」

 

 悠はそれを平然とした表情で返答する。流石は天然フラグクラッシャー。その反応に真姫は少々気に障ったのか、顔が不機嫌になった。すると、

 

「どれ、この間のお礼も兼ねてこれをぷれぜんとふぉーゆーしようかの。そこのがーるふれんどちゃんにも、お近づきの印じゃ」

 

 文吉爺さんは真姫の表情を見てそう言うと手に提げていた袋からパンを取り出して2人に差し出した。

 

「えっ?これって……パン?」

 

「とろけるクリームパンじゃぞ。これを食べると元気が出るってちびっこたちに大人気でのぉ。お嬢ちゃんもこれ食べて元気出しておくれ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 どうやら今の自分の表情を見て元気がないと思われていたらしい。少々複雑だが、心配してくれたのは確かなので真姫は戸惑いながらもお礼を言った。

 

「すみません、こんなイイものもらっちゃって」

 

「な~に、このくらい良いんじゃよ。この間風花ちゃんと一緒に助けてもらったからのう。ついこの間もお前さんに似た少年に助けられてな」

 

「へぇ」

 

 その後も悠と文吉爺さんの他愛ない話は続いていった。その際、真姫が何気なく文吉爺さんと楽しく話す姿を羨ましそうに見ていたのを悠は気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 文吉爺さんと別れた後、悠と真姫はポロニアンモールのスーパーにやってきた。西木野家にお邪魔するにあたって、夕飯や朝食の準備のするため買い物目的でやってきたのである。

 

「さてと……今日はどうしよっかなぁ……やっぱりここは」

 

「あ、あの!鳴上さん、私に食材を選ばせてくれませんか?」

 

「えっ?」

 

 突然の真姫からの申し出に悠は戸惑った。

 

「私も……鳴上さんみたいに料理上手になりたいんです………今度、林間学校で花陽たちと料理するし……普段カッコつけてる分足引っ張りたくないから」

 

 実際、秋葉原ライブが終わった後に一年生を対象とした林間学校があるのだが、それは建て前。本音としては悠の周りはことりや希など悠を本気で狙っているメンバーは皆料理が上手なので自分も対抗するためにそれぐらいは得意としないといけないと思ったからだ。一方で悠は真姫も料理に目覚めたかと心の中で歓心した。

 

「分かった。じゃあ、今日はカレーだな。手始めに西木野が食材を選んできてくれ」

 

「は、はい!」

 

 悠に買い物かごを託された真姫は心を引き締める。たかが買い物だと思うが、これは悠との距離を縮める絶好の機会。母の計らいとはいえ少しでも成果を出したいところだ。そうと決まればと早速真姫は売り場へと足を運んだ。

 

「ええっと………確か、雪子さんの話によると」

 

 だが、初っ端から打つ手を間違えているようだった。

 

 

 

 

~数分後~

 

 

 

 

「………何だこれは?」

 

 真姫が選んできた食材に悠は顔をしかめていた。自分はカレーの材料を持ってきてと伝えたはずなのに、真姫が持ってきたのは片栗粉・小麦粉・強力粉・胡椒・キムチ・唐辛子・コーヒー牛乳・ナマコ………カレーには全く関係のないものたち、というか何だか見ただけで寒気がするもののオンパレードだった。更には一方のカゴには大量のトマトが積まれていた。

 

「えっと……雪子さんに話を聞いたら、カレーにはこれらが必須だって」

 

「…………………このトマトは?」

 

「私の大好物です」

 

 なるほど、情報源はあの必殺料理人だったらしい。大量に積まれたトマトはスルーしておくとしてそれ以外のものは全て没収しておくことにした。もう二度とメンバーから必殺料理人を出したくない。誤った情報を真姫に送った雪子には今度説教してやろうと悠は固く誓った。そして、今後のためにもと思い、悠は真姫に宣言した。

 

 

「西木野、今日は俺と一緒に特訓だ!」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<西木野家>

 

 

「これで特製ハヤシライスの完成だ。我ながらいい出来具合だ」

 

「お、美味しい………一手間加えるだけでハヤシライスがこんなに美味しくなるなんて………」

 

 家に帰ると早速悠は真姫に料理の手ほどきを教え込んだ。本来は林間学校で作るであろうカレーを教えようかと思ったのだが、大量のトマトを消費するためにハヤシライスに変更したのだ。普段インスタントや冷凍食品、早紀の作り置きで済ませている真姫も初めての料理に少々戸惑っていたが、悠の教え方が上手かったのか初めてにしては中々の上達を見せている。

 

「……雪子さんの言ってたことが間違ってたなんて」

 

「いや、西木野は知らないのかもしれないが今後天城に料理のアドバイスを求めるなよ。下手すれば命に関わる………」

 

「えっ?」

 

 去年の八高での林間学校を思い出すと気分が沈んでしまった。物体X・完二の暴走・モロキンの○○。思い返せば散々だった思い出しかないが、あの時の悲劇は二度と繰り返してはいけない。真姫は最初はあの大袈裟なと思ったが、悠の表情を察するにそれが真実なのだと悟ってしまった。この男も色々と苦労したのだなと少し同情してしまう。とりあえず完成したハヤシライスを美味しく頂きながら、林間学校のことや今度行う秋葉のライブの話に花を咲かせた悠と真姫であった。

 

 

 

 食事も終わって皿洗いをしていると、悠の携帯の着信音が鳴り響いた。携帯を開いて見ると、相手はネコさんとなっていた。

 

「はい、ネコさんですか………えっ?………はい、分かりました」

 

「どうしたんですか?」

 

「明日ネコさんのところでバイトが入った」

 

「えっ?今穂乃果さんたちが期間限定で働いているから問題ないんじゃ」

 

「……また料理担当の人が休みを取ったらしい。それで申し訳ないけど俺に入ってほしいって。まあ悪くない話であるけど」

 

 本当は例の件が完遂した時点で終わるつもりだったが、何やかんやでネコさんに気に入られたのと雰囲気が良いというので『穂むら』のバイト同様に不定期であるが続けることにしたのだ。それなりの給料も入るし、何より順平と真田の件はもうないと思うが、ことりに粗相しようとする輩を速攻で粛清できる。まさに悠にとっては一石二鳥なのだ。しかし、

 

「………鳴上さんもNOって言えばいいのに」

 

「えっ?」

 

 真姫はその話を聞いてそんなことを言った。見ると、その顔は少し怒っているように見える。

 

「鳴上さんはいつもずっと一人で抱え込んで、自分だけ傷ついて………この間の絵里先輩たちの事件も時……目覚めないから私……鳴上さんが二度と戻ってこないかもって怖くなったんですよ。だから……」

 

 真姫が作業をしながらもそっぽを向いているが、悠のことを心配してくれているのが凄く伝わった。先日絵里と希に言われたことを思い出して苦笑いしてしまう。

 

「そう言う西木野だって、もっと素直になって良いんじゃないか?」

 

「ヴぇっ?」

 

「この間、希が言ってたんだよ。本当はみんなと仲良く話したいのに心がストップをかけてるみたいだって」

 

 先日の絵里との食戟の後、希からそんな話を聞いたのだ。普段真姫は大事な話の時は積極的に自分の意見をズバッと言うが、穂乃果たちが他愛ない話をする時は交わろうとせずに読書に走っている傾向にある。そのことは薄々悠も気づいていたが、希も同じように気にしていたらしい。だが、

 

「何で……鳴上さんも希さんも………雪子さんみたいなこと言うんですか?」

 

 指摘された内容がアレだったのか、真姫はムスッとした雰囲気を崩さずにそう尋ねてくる。雪子も気づいていたのかと苦笑した悠はそれに対してこう返した。

 

「天城もそうなのかもしれないが…昔の直斗に似てたからな」

 

「な、直斗さん?」

 

 出会っていた頃から思っていたが、真姫はどうも直斗と似ているところが多々ある。直斗も出会った当初は生い立ちや深く考えすぎる性格故か、上手くコミュニケーションが取れずに八高に転校してきた頃も周りから避けられて孤立していた。悠たちと関わるようになってからは素直に自分の感情を表してくれるようにはなったが、そんな当時の直斗の姿が今の真姫と重なって見えたのだ。おそらく雪子も真姫に対してそう思っていたのだろう。

 

「……………………」

 

 真姫は悠から直斗の話を聞くと、神妙な顔になった。

 

「別に俺は今すぐ素直になれって言うつもりはない。少しずつで良い。今は無理でも少しずつでも素直になりたいって気持ちに向き合えばいい。俺も協力するぞ」

 

「………………………」

 

「さてと、皿洗いはこれで終わりだな。じゃあ、湯でも沸かしてコーヒーでも淹れるか」

 

 悠は予め用意していたやかんに水を注いで火にかける。やかんに湯気が出始めると、インスタントコーヒーをセットしてコーヒーを2つ作る。真姫はブラックか砂糖かどうするのかと聞こうとすると、

 

「な、鳴上さん!!」

 

「??」

 

「そういうんだったら………私のことを……名前で呼んでください」

 

「えっ?」

 

 モジモジしながらそう言った真姫に悠は呆気に取られていた。

 

「わ、私は鳴上さんの後輩で仲間だし……素直になれって言うんだったら、別に問題はないでしょ」

 

 悠の反応に真姫は気に障ったのではないかと慌てながら理由をまくしたてる。本音は家族のことりはともかく穂乃果や凛、希のことを名前呼びしているのに自分はまだ名字呼び。いつまでも受け身がちな自分が悪いのだが、何だかそれでは負けてしまうと思ったからだ。しかし、悠は真姫の言うことにも一理あると思ったのか、ポンと手を叩いてこう言った。

 

 

「そうだな。それじゃあ………()()

 

 

 不意打ちに名前呼びされて、真姫の顔は急速に真っ赤になった。まさか憧れの人に名前で呼んでもらうことがこんな心臓が飛び出そうなくらいバクバクしてしまうとは思わなかったからだ。

 

「!!っ………もう!何で鳴上さんはそう年下に」

 

「あっ、それは」

 

「熱っ!?」

 

 いきなり名前で呼ばれてドキッとしてしまった真姫は淹れたて熱々のコーヒーを勢いで口にしてしまったので舌がやけどしそうになってしまった。

 

「大丈夫か?」

 

「………すみません」

 

「砂糖かミルクはいるか?」

 

「………お願いします」

 

 こうして、西木野家に楽し気な2人の笑い声が響き渡り、夜は更けていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「どうした?口がへの字になってるぞ」

 

「へっ!?」

 

 時間は戻って現在。一通り真姫の話を聞いた花陽と凛。花陽は前半辺りの甘々なところから口がへの字にして聞いていた。どうやら本人は気づいていなかったようだが。実はあの後西木野家へ帰った悠にちょっとしたハプニングがあったのだが、それを話すのは今は止めておいた。すると、

 

「あっ!時計もかよちんみたいにへの字になってるにゃ」

 

 凛の言葉にふと時計を見てみると、凛の言う通り時計の針はへの字……8:20を指していた。

 

 

 

「「「遅刻だ―――――!!」」」

 

 

 

 その後、4人は全力疾走で登校したが思いっきり遅刻してしまい、校門で待ち構えていた雛乃に説教を喰らいました。その光景を目撃したことりは放課後に取り調べを行い、明るみにでた事実に不機嫌になったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、もう一つの事件はこの後に起こっていた。

 

 

 

 

 

 結局ネコさんの手伝いは日が暮れた時間まで続き、手伝いを終えた悠は急いで帰路を走っていた。時刻はちょうど夕飯時を指している。家には腹を空かせているであろうことりがいるので、早く帰らなければ。そう思っていると、誰かにポンと肩を掴まれた。誰だと思って振り返ろうとしたその時、

 

 

 

 

久しぶりだなぁ……鳴上ぃぃ………

 

 

 

 

「!!っ」

 

 聞いたことのある寒気がする声に悠は思わず後ずさって臨戦態勢を取った。声の主を探すと、その人物はすぐ近くにいた。

 

 

「お前は……み、皆月!」

 

 

 そこにいたのは忘れようもない赤髪に顔の傷、腰にブレザーの制服を巻いた少年……自分たちをP-1Grand Prixに巻き込んだ張本人である【皆月翔】がそこにいた。

 

 

「ハハハ、なんだよ?面食らった顔しやがって。この間のシケた面は何処に行ったんだよ?シッケイだなあ、なんてな。ハハハ」

 

「………………」

 

 

 間違いない。人をバカにした言動に意味が分からないギャグ。まさしくあの皆月が今自分の目の前にいるのだ。一体何故?あの時、美鶴たちに拘束されたのではなかったのか。

 

 

「何で……お前がここにいる」

 

 

 悠の疑問を見透かしたように、皆月はニヤリと笑って答えた。

 

 

「お前のせいで桐条のやつらに捕まったのは知ってるよな?元々あの計画が失敗した時点で俺に行き場なんてなかった。逃げ出そうにもカグツチの力はもう使えねえし、武器も没収された。だが、あの桐条のクソアマ、そんな俺になんて言ったと思う?」

 

 桐条の……つまり美鶴のことだろう。皆月曰く、美鶴はそんな皆月にこう言ったらしい。

 

 

 

―――――自分が壊そうとしたこの世界を我々の元で生きろ。それが私たちがお前に科す罰であり………償いだ。

 

 

 

 なるほど、如何にも美鶴が言いそうなことだった。自身が壊そうとしたこの現実を仇の元で生きる。武器も力も失った皆月にとって究極の罰だと言えるだろう。最も美鶴にとっては過去に桐条が皆月にしてきたことに対する償いでもあると考えているのだろうが。

 

「それから俺はずっと勉強とか奉仕活動って言う名の苦痛を味合わされたぜ。おまけにあいつ、僕を学校なんて狭苦しいところに通わせようとしてんだぜ?そんなの…俺が受け入れると思うか?」

 

 だから、美鶴たちのところから逃げ出したのか。確かに皆月ならどんなことをしてもやりかねないだろう。そして、このタイミングで悠に姿を現したということは……

 

「今こう話してる時だって、お前に仕返ししたくてたまらないんだよ。武器はなくても………素手でもお前をぶっ殺すことは出来るよなぁ?」

 

 皆月がそう言った途端、全身に寒気が走った。あの目は本気だ。やはり皆月はこの場であの時の仕返しをするつもりなのか。ならばと悠は応戦するために拳を構える。だが、その時に皆月はいつの間にか間合いを詰めており、拳を悠に繰り出そうとしていた。その時、

 

 

「アンタ!!こんなところで何してんの!!」

 

 

 皆月が悠に何か仕掛けようとした途端、遠くから2人を制止する声が聞こえてきた。皆月も寸で繰り出そうとした拳を止め、声がした方を振り返る。悠もそちらも方を見てみると全速力でこちらに向かってくる人物を確認できた。水色のポニーテールに八高の夏服。それに合致するのは一人しかいない。

 

「ラビリス!」

 

「ちっ、ポンコツかよ」

 

 突然のラビリスの登場に悠は驚愕、皆月はまたかと言わんばかりに毒ついた。ラビリスは急行したところに皆月のみならず悠がいることに仰天した。

 

「な、鳴上くん!?アンタ!ようやく見つけたと思ったら、鳴上くんにカツアゲしようとしたんやなかろうね!?」

 

「…………カツアゲ?何だよ、お前トンカツ屋か?毎日カツ揚げてるって言いてえの?」

 

 ラビリスの言葉に皆月は一瞬顔を歪めたが、瞬時に寒いギャグで誤魔化そうとする。自分をバカにした態度にラビリスはカチンときて皆月に掴みかかろうとしたが、悠がそれを制止する。

 

「ラビリス、カツアゲってどういうことだ?」

 

「最近辰巳ポートアイランド付近で老若男女問わずにカツアゲしとる人がおるって話があってな。それがそこの皆月やないかってシャドウワーカーは考えとるんや」

 

 ラビリスからそんな情報を聞いた悠は改めて皆月の方を見る。皆月は相駆らわず人をバカにした顔をしているが、悠は些か疑問を感じた。こいつはそんなことができるのかと。

 

「……本当にお前なのか?」

 

「…………………へっ、だとしたらどうするよ?」

 

「…………………」

 

 悠は皆月の言葉に無言を貫いた。その反応が気に食わなかったのか、皆月は地面に唾を吐いて背を向けた。

 

 

「ふん、まあ今はそいつの監視が厳しいから自由に動けねえが………いつかお前にあの時の仕返しをたっぷりしてやるからな。精々暗い夜道には気を付けろよ。ハハハ」

 

 

 皆月は堂々とそう宣言すると路地裏に姿を消そうとする。

 

 

「あっ!ちょい待ちぃ!」

 

 

 ラビリスの制止も虚しく、皆月は路地裏へと消えていった。皆月が去ったのを確認すると、悠は今も身体を震わせているラビリスに声を掛けた。

 

「ラビリス、大丈夫か?」

 

「…………うん、もう大丈夫や。ごめんな、みっともないところ見せて」

 

 どうやら何とか落ち着きを取り戻したらしい。冷静になったラビリスを見て安堵すると、話を聞くために噴水広場のベンチに座ることにした。話によると、どうやら美鶴が皆月を学校に通わせようとしていたことは本当らしい。だが、それを察した皆月はそんなのはまっぴらごめんだと言わんばかりに暴れ回ったとか。

 

「…………なんだが学校嫌いの駄々っ子みたいだな」

 

「まあ美鶴さんも鬼やないからな。嫌々言いながらも勉強も奉仕活動も頑張っとったから、様子見で辰巳ポートアイランドを限定で自由にさせとるんやけど…………その判断は甘かったんか、あそこの路地裏に屯しとったり、その付近でカツアゲが勃発しとるって話を聞いたらな」

 

 なるほど。期間限定で外に出した途端にそのような話が出たら、真っ先に疑われるはずだ。

 

「美鶴たちはあの子の監視はこっちでするから気に病むなって言ってくれるんやけど………ウチがお節介焼きやけんか、あの子をことを放っておけないんよ」

 

 GWではあの黒幕の手によって良い様に利用されたが、元を辿ればラビリスと皆月は2人ともかつて桐条グループに非人道的な実験を強いられた者同士。そう考えると、皆月のことを放っておけないのだという。

 

「ラビリスはあいつのお姉さん……いや、お母さんみたいだな」

 

「フフフ、そうやもしれんね。まあ今はアイギスっちゅう妹もおるけどな。鳴上くんやて、穂乃果ちゃんたちのお兄さん……お父さんやもんな」

 

「良く言われる」

 

「でも……鳴上くんはウチの恩人や。もしあの子が鳴上くんに手を出そうとしたら………ウチが絶対に守ってみせる。どんなことがあってもな」

 

 ラビリスから並々ならぬ覚悟を感じる。しかし、それは杞憂ではないかと悠は思った。皆月もそんな考えなしじゃないだろうし、自ら外に出づらくなるようなことはするとは思えない。それに、皆月が本気で悠に仕返しをするつもりだったのならば、悠に肩を叩いて話しかけたりはせず、有無を言わさず不意打ちしてきたはずなのに。まあこれは悠の想像であって根拠はないので本当のところは分からない。

 

「さあ、鳴上くんも早く帰ろうか。またあの子が襲ってくるか分からんし、家で家族の人が待っとるんやろ」

 

「あっ……まずい!ことりが腹を空かせて待っている!すまん!ラビリス!」

 

 ラビリスにそう言われて、ことりのことをすっかり忘れていた。皆月のことは気にかかるが、今はことりのことが重要だ。悠は急いで自宅へと向かうため、駅へとダッシュで走っていった。その後ろ姿にラビリスは唖然としてしまったが、何となく悠らしいと微笑ましく笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後………秋葉原ライブ本番後

 

 

 秋葉原でのライブの最中にことりが放った爆弾発言について絵里たちが尋問している最中のこと。悠は先ほどことりの"大好き"発言に喜びを噛みしめながらことりが説教されている様子を見守っていた。すると、

 

 

「ん?」

 

「どうしたんですか?鳴上さん」

 

「ああ、何か向こうから言い争ってる声が聞こえた気が」

 

 

 よくよく耳を澄ませてみると、その声は近くの路地裏から聞こえてくる。ただ事ではない予感を感じた悠は真姫と様子を見に行ってみることにした。歩みを進めて行くと段々言い争う声が聞こえてくる。

 

 

「お前さんら!こんなちびっこにたかろうなんてなんて、恥ずかしいとは思わんのか!!」

 

「うっせんだよ!ジジイ!!」

 

 

 

ガシャン!!

 

 

 何か言い争う声と嫌な予感を感じさせる鈍い音が聞こえてきた。その予感が当たらないようにと願いながら急いで現場に急行する。現場に到着して見えたその光景に悠と真姫は絶句した。そこにいたのは、数人の不良らしき青年たちと怯えてへたり込んでいる小学生、そして横たわる老人の姿だったのだから。

 

 

「おい!何やってるんだ!!」

 

 

「やべっ!逃げるぞ!!」

 

 

 悠の声に気づいたのか、そこにいた男たちは慌ててその場から逃げていった。追いたいのは山々だが、まずはその場に残された小学生と老人を保護しなくては。

 

 

「だ、大丈夫?って、えっ!?」

 

「ぶ、文吉爺さん!!それに、梨子!」

 

 

 怯えている女子小学生は約束で折り紙を教えている梨子、頭から血を流している老人は文吉爺さんだった。2人とも自分のよく知っている人物だったので、更に驚愕してしまう。

 

「お、お兄さん………」

 

「梨子、一体何があったんだ!?」

 

 話を聞くと、カツアゲ犯に絡まれてしまった梨子を文吉爺さんが助けてくれたのだという。だが、文吉爺さんの説教にキレてしまったカツアゲ犯の一人が文吉爺さんを蹴り倒してケガさせたのだという。さっきの鈍い音はそれだったのか。それにしても、こんな小学生にカツアゲとは…………もしやあの男たちは先日ラビリスが言っていたカツアゲ犯たちか。だが、今はそれよりも

 

 

「文吉爺さん!!文吉爺さん!!」

 

 

 真姫が大声で文吉爺さんに呼びかけるが反応はなかった。頭を強く打ったのか、文吉爺さんは気絶しているようだ。頭から血が流れているのも見ると、これは非常にまずい状態だ。

 

 

「お兄さん……お姉さん……お爺さんを助けて!」

 

 

 梨子が目に涙を溜めて2人にそう訴えかけた。梨子の叫びを受けて、悠と真姫は顔を見合わせる。勿論、これに対する自分たちの答えは決まっていた。

 

 

 

「「ああ(ええ)!任せろ(て)!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし…どうしたの?真姫』

 

「ママ!!今すぐ秋葉に救急車を寄越して!!」

 

『えっ?』

 

「文吉さんが頭から血を流してるの!!お願い!早く!!」

 

『わ、分かったわ!今すぐ救急車を寄越すから、出来るなら応急処置を施して!』

 

 早紀は突然言われた事態に頭が追い付かず混乱してしまったが、普段聞かない娘の切羽詰まった声に緊急事態なのだと察した。この調子ならすぐに救急車は来るだろう。しかし、

 

「応急処置って……どうすれば」

 

 真姫は母からの言葉に困惑してしまった。今までたくさんして勉強してきたが、いざ現場に立って見ると応急措置はどうやるのかパッと思いつかず、頭が真っ白になる。しかし、悠は手馴れた手つきで文吉爺さんを楽な姿勢にしていた。

 

「真姫、とりあえず文吉爺さんを楽な姿勢にした。まずは止血するぞ。何か長い布はないか?」

 

「えっ?…………あっ!これを!!」

 

 ながいものと言われ、真姫はまだ身に着けていたメイド服のエプロンを差し出した。悠はそれを破いて一枚の長い布にする。ネコさんに借りたものを破くのはアレだが、今は緊急事態だ。そうして文吉爺さんに支障がないように破いたエプロンを巻いて止血する。

 

「次は……冷やすものを………」

 

「冷やすものって………ここにそんなもの」

 

 

 

「お~い!ナルや~~~ん!!」

「悠センパーイ!!」

 

 

 

 すると、タイミングを見計らったようにクーラーボックスを抱えたネコさんと大量の袋を手に提げた穂乃果と凛たちが駆けつけてきた。

 

「悠先輩!ネコさんが持ってきてくれたよ!」

 

「超特急で持ってきたよ。これを使いな」

 

 真姫が病院に通報している間、悠がすぐに穂乃果に氷を持ってきてくれと連絡したのだ。ネコさんは偶々その場にいたらしく、文吉爺さんが緊急事態と聞いて血相を変えて駆け付けてくれたとか。この量の氷なら応急処置に申し分ない。

 

「よし!これで何とか……」

 

 携帯していたハンカチでネコさんが持ってきた氷を包んで患部に当てる。あとは意識が戻るのを待つだけだ。穂乃果たちは文吉爺さんが戻るように必死に呼びかける。そして数十秒後……

 

 

「ううう……」

 

 

 幽かな呻き声が聞こえてきた。見ると、朧気ながらも文吉爺さんが目を開けていた。

 

「文吉爺さん!!」

 

お……おお………君は………

 

 悠たちの必死の応急措置と呼びかけで文吉爺さんの意識が戻ったようだ。その様子を見て悠は安堵した。去年の経験が役に立って良かった。皆も文吉爺さんの意識が戻ったことに緊張の糸が切れたようにへたりこんだ。

 

「真姫!!患者さんは!!」

 

「ま、ママ!ここよ!!」

 

 ちょうど西木野総合病院の救急車が到着したようである。悠と真姫の必死の応急措置を受けた文吉爺さんはトレーラーに運ばれてそのまま西木野総合病院へと搬送された。

 

「た、助かったな………」

 

「そ、そうですね」

 

 去年のあのバイト漬けの夏休みの経験が役に立って良かった。あの時も突然のことだったので正直内心は焦りまくっていたが、知り合いのナースが手早く教えてくれたのと周りの人の協力があって何とか成しえた。今回も真姫や穂乃果、ネコさんの助けがなければだめだったのかもしれない。

 

 

「お兄さん!お姉さん!ありがとう!!」

 

 

 先ほどまでの様子を固唾を飲んで見守っていた梨子が涙を流して悠と真姫に抱き着いてきた。2人は突然抱き着かれて戸惑ったものの、次第に嬉しくなってお互いに微笑みあった。

 

 

「お疲れさまです、鳴上さん」

 

「ああ。そっちこそお疲れ」

 

 

 一時そんな風に笑いあっていると、肩をポンと叩かれる。振り返ってみると、そこには良い笑顔で微笑む希の姿があった。

 

 

「悠くん、良い雰囲気のところ悪いけど、あのお爺さん怪我させた人ら通報せんでええの?」

 

「「あっ」」

 

 

 

 

 

 

「ははは、やっぱりナルやんは凄いねえ。()()にそっくりでさ」

 

 先ほどまでの救出劇を見ていたネコさんは悠と穂乃果たちの行動力に感嘆していた。すると、

 

「そうですね。困っている人を放っておけないところや何事にも懸命に取り組むところは良くも悪くも()()()にそっくりです」

 

 そんなネコさんの称賛に同意する女性が一人。いつの間に現れたのかぎょっとなったが、ネコさんは懐かしい友人に語り掛けるように女性にこう言った。

 

「やっぱりナルやんの保護者はアンタだったか。ひなのん」

 

「お久しぶりですね、おとこさん?」

 

「………再会初っ端から喧嘩売ってんの?」

 

 雛乃の言葉に眉間に青筋を浮かべるネコさん。そんなネコさんの態度にも臆さず雛乃は余裕の笑みを浮かべていた。

 何を隠そうこの2人は学生時代からの知り合いである。雛乃の兄、つまり悠の父親とネコさんは同級生で同じクラスということもあってそこそこ仲が良かった。決して恋仲であったわけでないが、当時ブラコン全盛期だった雛乃に目を付けられて、色々あったとかなかったとか。

 

「知ってたのかい?娘と甥っ子がアタシんとこで働いてたの」

 

「当然です。私だって母親なんですから」

 

 どうやら雛乃はことりと悠が密かにネコさんの店でバイトしていたことは知っていたらしい。知っておきながら止めなかったというのは、おそらく2人の自主性を重んじてのことだろう。あるいはその店の店主である昔馴染みのネコさんを信用してのことだったからのかもしれない。

 

「……流石は学生時代に兄貴にべったりだったことはあるよ」

 

「なっ!?」

 

 ネコさんの返しに雛乃は不意打ちを喰らったかのように狼狽した。

 

「事実だろうに。アンタが私と兄貴を恋仲だって勘違いして、商店街のど真ん中で尋問したこと忘れたの?アンタの親友たちが止めてくれたから大事に至らなかったけど、お陰で兄貴が学校のみならずあそこら一帯でシスコン番長ってあだ名付けられたの知ってるだろ?」

 

「そ、それは……」

 

「まっ、ナルやんはアンタの兄貴に似て中々いい男だったよ。いっそこのままアタシ好みのバーテンダーに育てても」

 

「だ、ダメです!悠くんはちゃんと大学に進学させて真っ当な道を進んでもらうんですから!ネコさんみたいな裏街道まっしぐらな道は歩かせません!」

 

「ふん、アンタも学習能力ないね。ナルやんみたいな男は学歴なんて無駄するって分かんないの?アンタの兄貴がいい例だろう?アンタの兄貴が」

 

「兄さんと悠くんは違うんです!兄さんは偶々外資系の会社にヘッドハンティングされたから良かったけど……大体、兄さんたちの中でも一番頭良かったのにバイト中毒で何もかも棒に振った人にとやかく言われたくありません!」

 

「ハンッ!大学生になってまでブラコンこじらせてたアンタに言われたくないね。聞いたよ。確か、アンタ酔った勢いで兄貴をお」

 

「そ、その話は止めて下さい!!思い出すだけで恥ずかしい………」

 

 雛乃が顔を赤くして慌てふためく姿にネコさんはしてやったりとニヤリと笑った。だが、すぐさま雛乃はネコさんにカウンターを放つ。

 

「……未だにネコさんは独身なんですよね?出会いが無いんですか?」

 

「くっ……言わせておけば……もとはと言えば、アンタがわたしの名前を商店街で変な発音で呼びまくってたせいで、私の青春は男っ気が無くなったんだよ!」

 

「人のせいにしないでください。それは私のせいじゃなくて大河さんのせいでしょ!ネコさんだって、兄さんに私がひっそり集めてたコレクションの存在を暴露したじゃないですか!」

 

「知らないね。それはひなのんの自業自得だろ?」

 

「何ですってぇ!」

 

 その後も2人の舌戦は子供には聞かせられない話まで発展して一時間は続いたという。一方、大人たちが壮絶な舌戦を繰り広げている中、悠たちはそれとは疎遠な明るい雰囲気に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって辰巳ポートアイランドのとある路地裏。そこを訪れたラビリスは目的の人物と邂逅していた。

 

「何の用だよ、ポンコツ。俺を捕まえに来たのか?」

 

 そこには不機嫌そうな目で睨む皆月であった。だが、それに臆さずラビリスは伝えるべきことを伝えた。

 

「アンタ……カツアゲ犯やなかったんやね………ごめんな、証拠もないのに疑ってもうて。アンタなんやろ?あのカツアゲ犯たちを懲らしめたの」

 

 数時間前、悠の通報により辰巳ポートアイランド付近で老若男女問わずカツアゲを行いかつ先ほど文吉爺さんに軽傷を負わせた本当のカツアゲ犯たちは逮捕された。逮捕と言っても、商店街で誰かにボコボコにされていた状態でラビリスたちに発見されたのである。そして、逮捕された後の事情聴取によると、文吉爺さんをケガさせたあとに巌戸台商店街に逃げ帰ったは良いが、いつも屯している路地裏に入った途端、()()()()にボコボコにされたと証言しているのだ。その赤髪の男と言うのは……この皆月のことだろう。

 

「………………何をしようと僕の勝手だ。ポンコツには関係ないだろ」

 

 本人は何のことか分からないといった態度を取っているが、明らかにその件に関わっていることは表情で分かった。普段あんなに人をバカにした態度を取っているが、嘘をつくことは苦手らしい。ラビリスはそんな皆月の様子にクスッと笑みを浮かべたが、皆月はその反応が気に障ったのか、そそくさとその場を去ろうとする。

 

「でも、何であんなことしたん?アンタにとってあの人らは関係ないはずなのに」

 

 ラビリスがふとそんなことを皆月に尋ねてみる。確かに皆月にとって彼らは何も関りもなく、皆月自身が彼らの被害に遭った訳でもない。自分のことしか考えない皆月にしては不自然な行動だ。すると、当の本人はラビリスの問いを聞くと路地裏へ行こうとする足を止めた。

 

「ふん……」

 

 皆月は不貞腐れながらそう言うと路地裏に去っていった。だが、その直前に皆月が"とろけるクリームパン"と書いてあった菓子パンを手にしていたのをラビリスは見逃さなかった。どういうことなのかは追及しないでおくが、何はともあれ近日辰巳ポートアイランドを脅かしていたカツアゲグループも全員捕まって、辰巳ポートアイランドに再び平和が戻ったのだ。自分が気にしなくても、もう皆月は大丈夫ではなかろうか。ラビリスはそんなことを思いながら、その場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日談、というか今回のオチ

 

 

「いや~、わざわざ皆さんでお見舞いに来てもらってすまんのう。この間は本当にありがとうよ」

 

 病院に搬送された文吉爺さんは数日の入院を経て退院した。改めてμ`sの皆でお見舞いに行ったところ、凄く感謝されてお礼としてたくさんの菓子パンを貰ってしまった。腹が減っていたのか、穂乃果と凛ははすぐさま菓子パンを平らげてしまって海未に行儀が悪いと怒られたが、文吉爺さんは孫娘を見るかのように微笑ましそうにしていた。

 

 

 

 

その後、学会に行っていた間のことや今回の文吉爺さんの件で娘に色々と世話になったので早紀に改めてお礼を言われた。

 

「この間もことや今回の件で色々とお世話になったわね。ありがとう」

 

「いえ、俺も真姫に料理を教えられたので良かったです」

 

「あらあら、うちの娘を名前呼びするくらい仲が進展したのね」

 

「えっ?」

 

 反応を見るにどうやら距離は前よりかは縮まったらしいので、早紀は満足気な笑みを浮かべた。近くにいた夫は少々複雑な気分になっているのか、悠を仇を見るように睨みつけているが……さて、次はどのようにしようかと早紀は密かに新たな作戦を立てていた。

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

<鳴上宅>

 

「あれ?お兄ちゃん宛の荷物が届いてる」

 

 文吉爺さんのお見舞いに行った後、疲れ気味だった悠を部屋に寝かしつけたことりは届いていたらしい荷物を確認する。

 

 

「えっ?わあぁ!これって」

 

 

 

 

 

 

「あっ」

 

 少しの熟睡の末、悠は布団から覚醒した。時刻は夕飯時を過ぎている。さて、今日の献立はどうするかと思っていると、

 

「お兄ちゃん!」

 

 部屋にことりが扉を開けて入ってきた。それに目に飛び込んできたのは制服姿のことりではない。それは新品同様の純白のワンピースを身に纏ったことりだった。あまりのことに驚愕していると、ことりは一回転して悠に尋ねる。

 

「どうかな?変じゃない?」

 

「ああ!良く似合っている。パーフェクトだ」

 

 自分で何気なく選んでおいて言うのもなんだが、我ながら良いものをチョイスしたものだと思った。爽やかなイメージを彩る純白のワンピースはことりが放つ魅力にベストマッチしていた。これから夏が到来するこの時期に、それも海岸などではその魅力は更に増すことだろう。そうなった場合、群がるであろう男どもをどう対処しようかとシスコン全開なことを考えているとことりがあることを聞いてきた。

 

「これ、お兄ちゃんが買ってくれたんだよね?このワンピース」

 

 そう、このワンピースは悠がことりに詫びの品として考えていたもので、先日美鶴に頼んで購入したものなのだ。あの時もう店にはその一着しかなかったので、足りない分は後日美鶴に支払うという条件で。受け取りは郵送にしてもらったので、どうやら悠が寝ている間に届いたらしい。まさか中身を確認されたどころか、早々試着して一番に自分に見せてくれるとは思ってもみなかった。

 

「この間……ことりの胸を触ったお詫び?」

 

「………ああ」

 

 どうやら何故悠がこんな服を自分にプレゼントしようとしたのか、察しはついていたようだ。

 

「ここまでしなくても良かったのに………」

 

 ことりは悠の回答を聞いてしょんぼりとする。自分はあの平手打ちのお詫びをまだしていないと思っているからだ。だが、そんなことりに悠は微笑みながら頭を撫でた。

 

「気にしなくていい。ことりだってコペンハーゲンで接待してくれただろう?それで十分だ」

 

「………希先輩と絵里先輩から聞いたけど、お兄ちゃん……ことりのためにネコさんのお手伝いしたり、ことりの生写真回収したりしてくれたんでしょ。それじゃあコペンハーゲンのアレだけじゃ割に合わないよ」

 

頭を撫でられつつ上目遣いでそう言われては、流石の悠も抗えない。ここで断っては更にことりをしょんぼりさせてしまうからだ。

 

「そ、そう言われても………すぐには思いつかないな。別にことりがこれって思えるものなら何でも良いんだけど」

 

「!!っ…………じゃあお兄ちゃん、目を閉じて」

 

「えっ?」

 

「いいから!あと、少ししゃがんでくれたら嬉しいなぁ」

 

 ことりは悠の"何でも"というワードに反応し、少し考え込んでから悠にそうせがんだ。悠ははてと思いながらもことりに言われるがまま目を閉じる。何だがこんなことは前にもあった気がするのだが。そう思っていながらも悠は目を瞑ってしゃがみ込む。

 

 

 

「……お兄ちゃん、いつもありがとう。ことりはそんなお兄ちゃんが……()()()!」

 

 

 

 

 刹那、悠の頬に柔らかい感触が伝わった。

 

「こ、ことり……」

 

「おやすみ!」

 

 ことりは悠が狼狽している隙を狙ってそそくさと部屋の中へ入っていった。一体どういうことだと思って追いかけてみると、ことりはすでに布団の中に入って寝息を立てていた。

 

「そこ……俺もベッドなんだけどな」    

 

 悠は苦笑いしながらもベッドで眠ることりの頭を優しく撫でる。どうやら本当に眠っているようだ。相変わらずこういうところが愛おしい。悠はさっきのお返しと言わんばかりに寝ていることりの耳元にそっと囁いた。

 

 

「俺も……ことりが大好きだぞ」

 

 

 悠はことりに微笑んでそう言うと、パタンと自室のドアを閉めた。さて、今日はリビングのソファで寝るかと悠は布団を取り出すために押し入れへと向かった。

 

 

 

 

 

 

「~~~~~~~~!!」

 

 

 ことりは顔を今までにないくらい真っ赤にして足をバタつかせていた。原因は先ほどの"大好き"という言葉。自分もついさっき悠の頬にキスをして恥ずかしがったが、悠にそう言われた時はとても心臓がバクバクした。おそらく悠の言った"大好き"の意味は家族としてとのこと。自分が思っていた意味とは違う。だが、今はそれでいい。今自分が悠の彼女と名乗るにはまだ未熟過ぎる。これからも色んなライバルと取り合うことになるだろう。最近だって真姫とお泊りイベントがあったらしいし、希も油断ならない。それでも……

 

 

「きっと、ことりが一番だって言わせて見せるからね、お兄ちゃん…………」

 

 

 新たな決意を固めたことりは静かに本当の眠りについた。きっと明日も兄と楽しく過ごす日常に想いを馳せて。

 

 

 

 

 改めて家族として絆を深めた悠とことり。だが、近いうちに2人の絆が試される試練が訪れることになるとはこの時誰も思ってもみなかった。それはともかく

 

 

 

 

『キラッと解決☆』

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next chapter

「合宿行こうよ!」

「これが特訓のメニューです!」

「俺もここで寝るのか………」

「原付はダメ!」

「こ、これはっ!!」


「100km行軍だ!」


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#52「Seniors ban」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

活動報告にもありますが、先日PCの通信状況の不具合で未完成のものを投稿してしまって読者の皆様に混乱を与えてしまいました。大変申し訳ございませんでした。

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

至らない点は多々あり、皆さまにご迷惑をかけてしまうことが度々ある自分でありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援してもらえたら幸いです。


それでは本編をどうぞ!


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

 

……………聞き慣れたメロディーが聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 目を開くと、自分はいつもの場所にいた。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模した不思議な空間。この場所は【ベルベットルーム】。精神と物質の狭間にある、選ばれた者しか入れない特別な空間。

 

 

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 

 

 

 いつもの場所にこの部屋の主のイゴールの従者であるマーガレットが座っていた。そして、その向かい側には珍しいことにその妹のエリザベスが座っている。あの奇怪な老人は今回も留守のようだ。

 

 

 

 

「先日はお疲れ様でした。貴方が新たに育んだ絆によって、また呪いで封じられていたアルカナがたくさん解放されたわ。【隠者】【刑死者】【悪魔】【運命】【道化師】。一度にこんなにも………」

 

 

「フフフフ……大変すばらしきことでございます」

 

 

 

 

 マーガレットはペルソナ全書を開き、新たなアルカナが多く追加されたことに恍惚とした笑みを浮かべていた。それはエリザベスも同じなのか、姉と同じくそんな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「前にも言ったと思うけど、貴方は彼の地のようにあの子たちと言葉を重ね、多くの絆を築いてきました。今後更に言葉を重ねて互いの理解が深まれば、今まで以上の力が生まれるはず。あの時とは違う……それ以上の力をね」

 

 

 

 マーガレットはそう言うとペルソナ全書をそっと閉じた。あの時以上の力……それは一体どんなものなのだろうか。だが、それは事件を追うにつれて分かるかもしれない。とりあえずこれで今回は終わりかと思っていると、エリザベスが徐に立ち上がって悠に顔をずいっと近づけてきた。

 

 

 

 

「それはさておき、鳴上様の世界ではもうじき夏というものが到来されるようでございますね。人を解放的にさせ、心も身体もパンションもありのままに曝け出す魔の時期……"夏"。この機会にあの子たちとの仲を更に進展されてみては如何でしょう?最も、選択肢を間違えれば人生のデッドエンドまっしぐら~でございます」

 

 

 

 

 何やら不吉なことを言ってきたエリザベス。自分はどこぞのノベルゲームの主人公ではないのだが。そう思った途端、話は以上だと言うように視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタンゴトンッガタンゴトンッ

 

 

「………んっ」

 

 

 ベルベットルームから出て目が覚めると、自分はとある電車の車内にいた。目の前には愛しの妹であることりがいるのだが、心なしか顔が少々不機嫌に見える。それに余程疲れていたのか、横になって寝ていたようだが……なんだろう、この頭に感じる安心感溢れる柔らかい感触は。

 

 

「あっ、起きたんやね。悠くん」

 

 

 頭上から声が聞こえたので見上げてみると、そこには子供を見るかのように優しく微笑む希の笑顔があった。あまりの事態に悠はフリーズしそうになったが、改めて状況を把握してみる。よくよく見てみると、自分は希の太ももに頭を預けて寝ていたのだ。つまり……

 

「ウフフフ、悠くんそんなに顔を赤くせんでもええんやない?」

 

 希が悪戯っぽく笑ってそう促すが、これ以上このままでいるとまずい気がしてきたので、慌てて起き上がった。見てみると、自分の横には希、向かいの席からはことりと花陽が不機嫌そうな顔でこちらを見ている。隣の席では穂乃果たちがトランプをして遊んでいた。

 

「あっ!悠先輩、起きたんだね」

 

「あ、ああ…」

 

「ああっ!違う違う……え、えっと……ゆ、悠……さん?う、海が綺麗だよ?」

 

「??」

 

 穂乃果の発言に悠は首を傾げてしまった。今"悠さん"と呼ばなかったか?はて、今まで穂乃果は自分のことを"悠先輩"と呼んでいたはずだが。それに何故か喋り方もぎこちない気がする。すると、そんな2人の様子を見て絵里が口を挟んできた。

 

「もう、そこは"悠"か"悠くん"でしょ?穂乃果」

 

「だ、だってぇ~"悠"って馴れ馴れしいし……絵里せんぱ……絵里ちゃんと違って抵抗が……」

 

「今更何言ってるの?希やことりの次に馴れ馴れしくしてるくせして」

 

「そうだよ!穂乃果ちゃんは希せんぱ……希ちゃんの次に要注意人物なんだからね」

 

「ことりちゃん!?そんなこと初めて聞いたよ!?要注意人物ってなに!?」

 

 自分を名前呼びしようとして困惑する穂乃果たちを見て悠は更に首を傾げた。一体どうしたのだろうと考えていると数秒後にポンと思い出した。

 

 

 

 

 あれは確か数日前のことだったと悠は回想に思考を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数日前~

 

 

<音ノ木坂学院 アイドル研究部室>

 

「ねえねえ凛ちゃん・花陽ちゃん、林間学校どうだった?」

 

「もちろん楽しかったにゃ~!大自然に囲まれた中でみんなでお料理したりテント張って寝たりして」

 

「私たちの班は真姫ちゃんが主導でカレー作ったんですよ。とっても美味しかったぁ」

 

「ちょっ!それは言わなくていいでしょ!」

 

「ええっ!あの真姫ちゃんが!?」

 

「あのって何よ!?」

 

「だって真姫ちゃん、お嬢様だから料理できないのかなって思って」

 

「わ、私だって……料理くらいするわよ」

 

「へえ~、真姫ちゃんも料理に目覚めたんやねぇ」

 

 とある日の練習でのこと。休憩中に穂乃果たちは先日行われた一年生対象の林間学校の話題に花を咲かせていた。3人の様子を見る限り、とても楽しい時間を過ごせたようだ。それに真姫も先日の特訓の成果が発揮出来たようなので、料理の師匠として悠は心の中で嬉しく思っていた。

 一年生組の話を聞いて楽しそうと言わんばかりに穂乃果はうっとりしている。

 

「良いなぁ~穂乃果も林間学校行きたかった~~!」

 

「穂乃果は去年行ったでしょ」

 

「あっ、そう言えばそうだった。あはははは」

 

「全く…」

 

 穂乃果や海未、ことりの2年生組も去年の林間学校を思い出しているのか、嬉しそうにその時の思い出を語り合っていた。そんな彼女たちの様子を眺めていた悠は思わず遠い目をしてしまう。

 

「悠くん、どうしたん?遠い目をして」

 

「嗚呼……穂乃果や真姫たちが良い思い出になる林間学校を過ごせて良かったなぁって」

 

「???」

 

 そう言う悠の脳内では去年の八十神高校の林間学校を思い出していた。あの必殺料理人たちが錬成した物体Xの味・完二の女子テントへの特攻・水着を褒めただけなのに川へ突き飛ばされた水浴びetc………思い出せば思い出すほど切なくなってくる。そして、凛たちの林間学校の話を聞くと自分たちと同じ目に遭わなくて良かったと思えてくるのだ。あんな思いをするのは自分たちだけいい。

 

 

「そうだ!何でこんな良いこと思いつかなかったんだろ?」

 

 

 すると、海未たちと林間学校の話をしていた穂乃果が何か閃いたようにそんなことを言ってきた。

 

 

 

「合宿に行こうよ!」

 

 

 

「「「「はっ?」」」」」

 

「合宿だよ!合宿!!たまには違った環境で練習するのもいいじゃん!最近暑いから海行きたいし」

 

「そっちが本命だろ?」

 

 指摘はさておき、穂乃果の唐突な提案に一同は思案顔になる。確かに穂乃果の言うことも一理ある。秋葉原ライブを成功させ、ラブライブへの道をまた一歩進めた自分たちだが、まだ選考までに一か月ぐらいある。これを機にそう言う形で身を引き締め直すことも良いかもしれない。だが、問題は

 

「一体どこに行くんですか?」

 

 合宿場をどこにするかということだ。穂乃果はそれには考えがあると言うようにドヤ顔になる。

 

「稲羽に行こうよ!悠先輩が言ってた七里海岸ってところで海水浴したいし。陽介さんたちも誘おうよ」

 

 予想通りの答えだった。だが、

 

「悪いが今八高はテスト期間中だ」

 

 今あっちに行ったら陽介たち低空飛行組の成績がもっと悲惨なことになるだろう。夏休みに補習で一緒に過ごせませんでしたというのは止めて欲しいので、それだけは絶対に阻止しなければ。そう言う訳で稲羽旅行は夏休みまでお預けだと告げると、穂乃果はガ~ンと言わんばかりにしょんぼりした。すると、すぐにピンと何か閃いたように真姫の方を向いた。

 

「そうだっ!真姫ちゃん!!真姫ちゃんってお金持ちだから別荘くらいあるんでしょ?そこにしようよ」

 

「えっ?」

 

「ちょっと、いきなり大勢で押しかけるなんて失礼過ぎるわよ」

 

 穂乃果の唐突過ぎる提案に絵里はそう指摘する。いくら合宿のために別荘を借りたいとはいえ、いきなりそう言われては真姫の両親に失礼極まりない。

 

「いや……それが……」

 

「「??」」

 

「実は昨日ママが…いや、お母さんが合宿あるんだったらウチの別荘使っていいって。ちょうど人もいないし、鳴上さんもいるから大丈夫でしょって」

 

「「「ええっ?」」」

 

 これは予想外、まさかのOKだった。あの人はもしや未来視が使えるんじゃなかろうか。

 後日事情を聞いたところ、娘やその友人のためならこれくらいは親として当然だというコメントを頂いた。強いて言うなら更なる作戦として娘と悠の仲を進展させるためのイベントを用意したという意図があることは本人は知らない。

 何はともあれ、これで場所も確保できたし合宿は行える。それを確信した一同は一気にテンションが上がった。

 

「一応叔母さんに話を通しとく」

 

「そうね。じゃあ、理事長の許可が下りたら行きましょう。ちょうどこの機会にやっておきたいこともあったし」

 

 絵里はそう言うと悠に意味深な笑みを向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜数日後〜

 

 

 

「「先輩、禁止!!」」

 

 

 

 何とか雛乃から許可を貰って合宿の日がやってきた。そして駅からの出発前に絵里がそんなことを皆に提案した。

 

「前から気になってたの。先輩後輩の関係って大事だけど、踊っている時とかシャドウと戦う時にそういうの気にしちゃうとダメだし。それに不平等をなくした方がいいでしょ?」

 

 絵里の言うことも一理ある。年上だからと言ってそれが絶対的に正しいということはないので、そういうことをなくすために平等な関係を築くという考えはあながち間違いではない。稲羽の時はそんなことは考えたことはなかったので悠は絵里の提案に関心を覚えた。それは悠だけでなく穂乃果たちも同じだった。

 

「確かに……私も3年生に引っ張られることがありますから」

 

「それに……確かに不平等ですよね。希先輩とかことり先輩とか……真姫ちゃんとか」

 

「「「「……………………」」」」

 

「???」

 

 花陽の言葉に反応して女子陣はチラッと悠を見る。当の本人は何のことか分からないのか、ポカンと首を傾げているが知らぬが花かもしれない。

 

「それじゃあ、今から始めるわよ。穂乃果」

 

「はい!これから気を付けます!あっ……えっと………え、絵里…ちゃん?」

 

「はい」

 

 こんな調子で他のメンバーも上級生を名前呼びを試みる。だが、皆も穂乃果同様に年上を友達感覚で接することに慣れてないのか、試しに呼んでも照れたり緊張したりとぎこちない対応をしていた。

 

「フフフ、まだまだって感じね、悠」

 

「そうだな、あや………絵里」

 

「よろしい」

 

 一瞬名字呼びしそうになり絵里に睨まれたが、名前呼びに直すと一変して笑顔になった。若干頬が赤いことになっているのは気にしないでおこう。ただ……

 

 

「………………」

 

 

 ことりだけが皆と違って頬を膨らませていることに関してもそっとしておこう。触れると何故か危険な予感がしたので。そうこうしているうちに自分たちが乗る電車がホームに到着していたので、皆はそれに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の顛末を思い出した悠は改めて車内を見まわした。

 あの絵里からの先輩禁止令が発令されてから、皆は最初はぎこちない様子だったが、今は次第に溶け込むかのようにそういう隔たりが無くなってきている。"音ノ木坂の神隠し"事件やP-1Grand Prixと言った修羅場を共にくぐり抜けてきたこともあるのだろう。何はともあれ良い傾向だなと悠は思った。

 

「それにしても楽しみね。遊びで行くわけじゃないけど、こうやって皆で泊まりに行くなんてGW以来だもの」

 

「そうだな。真姫の話ではそうでもない距離らしいから稲羽の時見たく原付で行きたかったが」

 

「ダメに決まってるでしょ。音ノ木坂では原付禁止よ」

 

「一応免許は持ってるんだけど」

 

「それでもダメ!」

 

 絵里にそこまできつく言われては仕方ないと悠は渋々と引き下がった。

 それにしても何というかこうも同年代の女子から名前呼びされるのは新鮮な気分だ。名前呼びなどされたのは相棒の陽介やマリー、穂乃果や希で慣れたつもりだったが、実際に呼ばれてみると何か気恥ずかしい。千枝や雪子からも名前呼びされたとしたらこんな気分になるのだろうか。

 

「ほ、本当に楽しみにですね!なるか………ゆ、悠……さん?」

 

 だが、他の後輩メンバーはまだ異性の悠を名前呼びすることは出来ても、友達感覚で馴れ馴れしくするのはまだ難しいようだ。そんなあたふたとする後輩たちに悠は優しく微笑んだ。

 

「無理しなくていいぞ。皆が呼びやすい風に呼んでもらっても構わないし、これから慣らしていけばいい。そのための合宿だろ?」

 

 悠の優しい言葉に花陽たちはパアと表情が明るくなる。いつものそんな調子に絵里は呆れて肩をすくめてしまった。

 

「全く…悠は年下に甘いわね。それだからロリコンって勘違いされるのよ」

 

「おい、俺はロリコンじゃなくてフェミニストだって言ってるだろ」

 

「そのセリフ何回目のつもりよ。それより着いてからのことなんだけど」

 

 その後も電車が目的地に到着するまで、悠と絵里は他愛ない話や合宿の話、今後の方針についてなど、仲が良い友達のように語り合っていた。それ故か2人の距離がかなり近い。本人たちは自覚していないようだが、端から見れば仲睦まじく見えてしまう。その姿を見て、皆は思った。

 

 

 こいつが一番要注意人物ではないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的の駅に到着してから歩いて数十分。ついに一行は今回の合宿の拠点となる西木野家の別荘に到着した。目の前に建つ西木野家の別荘の大きさに一同が驚愕する。

 

 

「こ、これは!!」

「大きいっ!!」

「流石お金持ちだにゃ~」

「そう?このくらい普通でしょ?」

 

 

 今までこんな家を見たことがない穂乃果たちはあまりの大きさに素っ頓狂を上げているが、真姫は大したことないと言わんばかりに平然としていた。いや大きいどころではない、まるで特捜隊メンバーでスキー旅行に行った時に泊まったペンション並みにあるんじゃないかと悠は思った。

 

 

「わあ~ひろーい!」

「こんなところ初めて見たにゃ~~!」

「ハイカラだな」

 

 

 改めて別荘の中を見てみると、予想以上のスケールにまたもや皆は驚愕した。もはや高級ペンションと言っても過言ではないほどの広さと模様。一部屋3人は入りそうなくらいだし、風呂も大浴場並みの大きさだ。

 

「まさかここまでとはな」

「ここなら歌の練習も問題なくできそうね。外じゃ近所迷惑になるもの」

「だな。防音対策もバッチリらしい」

 

 エントランスもやろうと思えば練習できる範囲はある。改めてこんな良い場所を提供してくれた早紀に感謝だ。今度なにか菓子折りでも持って行こうかと悠は思った。そんな悠の気持ちを知らずか、穂乃果たちは遠慮なしに各々の部屋でダラダラしていた。

 

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 

「それでは、早速練習を始めましょう。これが今合宿の練習メニューになります」

 

 一旦荷物を片付けてくつろいだ一同は外に集合する。そう、自分はここに遊びに来たのではない。合宿に来たのだ。気持ちを引き締めるために、皆はいつもの練習着に着替えていた。しかし、

 

 

「ええっ!海は~~?」

 

 

 早速異議の声が上がった。

 

「えっ?私ならここですが」

「いや、海未ちゃんじゃなくて、海だよ!海水浴だよ!!早く行こうよ~~~~!!」

「そうにゃそうにゃ~~!」

「そうよ!ずっと水着でスタンバってたのに~!」

 

 文句を言う穂乃果は海に行く気満々なのか、既に水着でスタンバイしていた。同じ思いだったのか、にこと凛も水着でスタンバイしている。完全に今回自分たちが何をしに来たのかを忘れているようだ。

 

「ハァ……穂乃果たちが文句を言うだろうと鳴上先輩が……くっ、ゆ、悠さんや絵里がおっしゃってたので……本当のスケジュールはこちらです」

 

 海未は穂乃果たちがそう文句をいうのは想定内だったのか別のテロップを用意した。最初からそっちを出せと3人は思ったが、ツッコむとめんどくさいのでそっとしておいた。改めて新しいスケジュールを見てみると、

 

「えっ!?今日は遊んでいいの!?」

 

 なんと先ほどのものとは違って、今日一日は休みということになっていた。あんなに練習練習とばかり言っていた海未にしては意外だ。これに対して絵里は皆に補足する。

 

「今までμ‘sは部活の側面が強かったから、こうやって先輩後輩の垣根をなくすことも重要だと思うの。まあここまで来るのにみんな疲れてるだろうから、今日は海でリフレッシュしましょう」

 

「「「やった―――――――!!」」」

 

 今日は一日海水浴。そう告げられた穂乃果たちのテンションは一気に天元突破した。だが、そんな穂乃果たちに釘を刺すように海未は忠告した。

 

「ただし、明日はそんなあなた達を鍛え直すとっておきのメニューをこなしてもらいますからね」

 

「「「とっておき?」」」

 

「そう、それは」

 

 海未はホワイトボードをバンッと叩いて高らかに宣言した。

 

 

 

 

100km行軍です!!」

 

 

 

 

「!!っ」

 

 その内容を告げられた途端、皆はフリーズした。

 説明しよう。100km行軍とは約100kmある道のりを所持金0、飲食を禁止した中で不眠不休、自分の力のみで24時間以内にゴールを目指す"地獄のロード"とも言われる過酷な訓練なのだ。

 

「最近思ったのです。私たちはこの頃基礎体力づくりの時間が減っているのではないかと。そんなとき、昨日TVで海上保安庁の潜水士の特番を見てこれだと思ったのです。これなら今までの遅れを取り戻すどころか更に倍の体力がつくはずです」

 

 目をキラキラさせながらそう力説する海未に皆は若干引いていた。そう言えば昨日TVの特番で海上保安庁特殊救難隊の訓練生について特集されていたのを思い出した。確か最後のコーナーで訓練生は数々の試験をこなした締めとして100㎞行軍が実施されるとあったが……まさか海未はアレを見てしまったのか。

 

「い、いや…確かに体力づくりは必要だけど、そこまでする必要は……私たちはスクールアイドルであって海猿でもトッキューでもないし………」

 

 絵里はこれはやり過ぎだと皆を代表して引き気味にそう説得するが、海未はそれを一蹴する。

 

「大丈夫です!熱いハートがあれば完走できますとも!さあ、皆で目指しましょう!オレンジの光を!!」

 

「アンタだけ目指しなさいよ…………ちょっと悠、何か変なスイッチ入ってるわよ。何とかしなさい」

 

「ゆ、悠先ぱ~い!何とか言ってよ~~!」

 

「………先輩禁止」

 

「あっ」

 

 もはや自分たちの手では負えないので海未を説得するように皆は必死に悠に懇願する。すると、悠はふうと息を吐いて穂乃果の肩をポンと叩いた。

 

 

 

「みんな………諦めたらそこで試合終了だ」

 

 

 

「「「そっちじゃないよ!!」」」

 

 

「ゆ、ゆうさん………100km行軍……したいです……」

 

 

「「「のらなくていいから!!」」」

 

 

 開始早々、μ‘sのツッコミが別荘に響き渡った。まさか普段のボケとツッコミのポジションを逆転させてしまうとは。悠の天然、恐るべし。

 とりあえず100㎞行軍は流石にやり過ぎだし、自分たちだけで行うのは色々とリスクが高過ぎるので今回は止めにしてくれと説得したところ渋々と引き下がってくれた。だが、ならば夏休みに稲羽で100㎞行軍やりましょうと約束を取り付けてられてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<八十稲羽 ジュネス>

 

「だああっ!全然わかんねぇ!!天城!ここ教えてくれ~!」

 

「ちょっ!アタシが先でしょ!」

 

「まあまあ、2人とも順番ね」

 

 一方で、テスト期間真っ只中の特捜隊メンバーはジュネスで必死にテスト勉強していた。受験生というのと、GWの事件を経て各々将来の目標を持ち始めたのもあって意気込みが去年の比ではない。最も学力はそれに比例していないようではあるが。

 

「うううっ……うるさいっすねぇ………俺、昨日徹夜だったんスけど……」

 

「テスト一週間前から徹夜してんのかよ。珍しいな」

 

「確かに、完二くんが徹夜までして勉強するなんてね」

 

「いや…その……息抜きで編み物やってたら朝になっちまってて」

 

「何やってんだよ……」

 

 完二も完二で空回りしているようだった。

 

「ちなみにこいつが朝まで編んでたやつで」

 

「見せなくていいから勉強しろ勉強!!ハァ…こんな時こそ悠が居てくれたらなぁ」

 

 現状の散々たる状況に陽介は頭を抱えてそう呟いた。それに教える側が雪子1人であまりに成績低空飛行の3人が教えられる側というこの構図はあまりにも不効率だ。こんな時、雪子と同等以上の学力を持つ悠がいればどんなに良かったことかと皆はため息をついた。悠と言えば、

 

「そう言えば、今日から鳴上くんたちは合宿に行くんだったよね」

 

「ああ、確か海に行くって言ってたよ。真姫ちゃん家の別荘で泊まるんだって」

 

「マジっすか!」

 

「海ということは………ちくしょう。今頃悠のやつは、穂乃果ちゃんたちの水着を堪能してんのか………」

 

 羨ましいと言わんばかりに涙を流す陽介。明らかに邪な気持ちが駄々洩れである。

 

「アンタねぇ……去年りせちゃんとかの水着見て興奮してたのに、まだ足りないっての?」

 

「当たり前だろ。俺はお前や矢澤みたいなガキっぽい感じじゃなくて、カナミンみたくボンキュッボンのナイスバディが好みなんだよ!例を挙げるとすれば、ことりちゃんや東條さん、絢瀬さんやマリーちゃんみたいな………嗚呼そう考えると、夏休みが待ち遠しいぜ!何ならまた俺が水着をチョイスしても……って、えっ」

 

「「「…………………」」」

 

 一瞬の沈黙。陽介の欲望丸出しの言葉に千枝と雪子の目はごみを見るかのようになっていた。完二は完二で何言ってるんだこの人と言わんばかりの憐みを含んでいる。そんな3人の視線にたじろいでいると、千枝がおもむろに携帯を取り出した。

 

「ちょっとこれは鳴上くんに通報だね。花村がことりちゃんに手を出そうとしてるって」

 

「いや、堂島さんの方が良いよ。速攻で現行犯逮捕してくれるし」

 

「ちょっ待て!なんでそうなるんだよ!この程度で悠や堂島さんの手を煩わせるな!」

 

「いやいや、これ重要案件じゃないっすか。あのことりに手ぇ出すって花村先輩もチャレンジャーっスね」

 

「お前らはそこまで俺を貶めたいのか!?そんなことしねえし!ていうか、ことりちゃんは従妹だからな!?」

 

 本音をポロッと言っただけで何故こんな扱いをされなきゃならんのか。自分よりもまずいつもセクハラ行為を繰り返しているエログマの方を通報するべきではないのかと反論しようとすると、陽介の携帯に着信が入ってきた。

 

 

「って、噂をすればクマ公か……もしもし………ハアっ!?なんてことしてくれたんだ、このバカクマ!!今からそっち行くから待ってろ!」

 

「ど、どうしたん花村?」

 

……あのバカクマのせいで……俺の給料が…………ちくしょうっ!!不幸だあああああああああっ!!!

 

 

 大声量でそんなことを叫びながら、陽介はクマがトラブルを起こしたらしい現場へダッシュした。あの慌てようからすると、相当なことをクマはやらかしたらしい。相変わらずの不幸体質とガッカリ具合に残された3人は同情を感じざる負えなかった。あんな調子で受験など大丈夫なのだろうか?

 

 

「ねえ千枝、今度花村くんの頭をツンツンにしてみようよ。きっと似てると思うよ」

 

「ああ、確かに似てそうっすねぇ」

 

「誰にだよ………あっ、鳴上くんにさっきのメール送っちゃった」

 

「「えっ………」」

 

 

 数十分後、陽介の元に悠から"夏休み覚悟しろ"というメールが届いたと言う。それに真っ青になった陽介が必死に謝罪のメールを何通も送る姿があったとかなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<海水浴場>

 

 稲羽で特捜隊メンバーがそんな時間を過ごしている最中………

 

 

「やっほーー!」

「冷たーい!」

「えいっ!」

「ああっ!やったにゃ~!」

「こら~、あんまり遠くに行っちゃだめよー!」

 

 

 水着に着替えた穂乃果たちは思う存分海を満喫していた。明日の地獄の特訓を前に思いっきり遊ぶことにしたのか、穂乃果たちは悔いがないように海を楽しんでいる。最初は読書を決め込もうとしていた真姫でさえ楽しそうに花陽たちと遊んでいるので見ていて微笑ましい。

 

「悠の水着、結構良いわね」

 

「ああ。去年叔父さんに買ってもらったものなんだ。ハイカラだろ?」

 

「ハイカラ……なの?ところで、悠は泳ぎにいかなくて良かったの?」

 

「後で行く。今はどこにことりをナンパしようとしてる輩がいないか確認している最中だからな」

 

「…誰もいないわよ。多分」

 

 陽介から送られた大量の謝罪メールを見終わった悠は海辺で遊ぶ穂乃果たちの様子をパラソルの下で絵里と共に見守っていた。何というかこう女の子が水着姿ではしゃぐ姿は目の保養になると思わず相棒みたいなことを考えてしまう。それに横には共にそんな彼女たちを見守るナイスバディの同級生がいる。悠とて健全な男子高校生なので、こんなラブコメハーレム漫画のような状況に少なからず心が軽やかに踊っていた。すると、

 

 

「だ~れだ?」

 

 

 突如、後ろから誰かに視界を手で覆われた。この色っぽい声と背中に感じる柔らかい感触は………

 

「希か」

 

「せいかーい♪」

 

 振り返ってお見事と言うように小さく拍手する水着姿の希を確認すると、悠は思わず目を奪われてしまった。穂乃果たちの水着も各々の魅力が引き出されてグッドだと思っていたのだが、悠の目に映る水着姿の希は群を抜いているかのように感じられた。決して皆より体の一部分が発達しているからという理由ではなく、更に愛しのことりよりも上という訳でもなく……などと言い訳みたいなことを考えている悠の様子が可笑しかったのか、希はクスクスと笑っていた。

 

「見事に正解した悠くんにはウチのご褒美あげるよ」

 

「ご褒美?」

 

 そう言うと希はこれ見よがしに手に持った日焼け止めクリームを見せつけた。この展開は……まさか自分の背中にこれを塗ってというラブコメとかでよくあるパターンかと悠は目を見開いた。だが、

 

 

「ウチが悠くんに日焼け止め塗ってあげる」

 

「えっ?」

 

 

 淡い期待は儚く散ってしまった。

 

「悠くん塗り忘れとったやろ?いくら男の子でも今の時期は塗らんとあかんで。最近の紫外線はとても強いから、日焼け止め塗らないと皮膚がんになりやすいって言われてるんよ?」

 

「ハァ…………」

 

 予想外の答えに何だが先走った自分が馬鹿みたいだと悠はガックシと肩を落としてしまった。希はそんな悠の様子は想定内だったのか、ニヤニヤした笑みを浮かべながら日焼け止めを塗ろうと悠との距離を詰めいく。別に自分で塗るから良いのにと思ったが、よくよく見てみるとこれはこれでまずいのではないかと思い始めた。

 

 

(ち、近すぎて……希のアレが………)

 

 

 日焼け止めを塗るのに希が接近すると距離が近づくわけで、その際に随分と実った希の胸が身体に当たってしまうのだ。希もわざとやっているのか顔がニヤニヤしているままである。止めようにもどこかそれを阻まれる。このままでは何かあてられてしまう。

 

 その時、

 

 

 

「お兄ちゃ~~~~~ん?」

 

 

 

 すると、海辺から怖い笑顔を浮かべていることりがこちらにダッシュして悠の背中に抱き着いてきた。

 

「こ、ことり?」

 

「日焼け止めならことりが塗ってあげるよ。だから、希ちゃんは海で遊んできていいよ♪」

 

「あらあら?横取りはいかんよ?」

 

「横取りしたのは希ちゃんでしょ?」

 

 そして、いつもの如くことりと希は悠に日焼け止めを塗るのは自分だと火花を散らせる。毎度のことになりつつあるが、何度見ても胃が痛くなる光景だ。これ以上ここに居てはとばっちりを受ける羽目になりそうなので、気づかれないようにそっと退散しようとすると……

 

「ゆ、悠さん!なら、私が日焼け止めを」

 

「花陽!?」

 

 今度は凛たちと遊んでいたはずの花陽が参戦してきた。最近出番がないことによる焦りなのか積極的に腕に引っ付いてそう懇願してくる。

 

「ああっ!花陽ちゃんまで!?」

「わ、私だって負けられないんです!」

「で、悠くんは誰に塗ってもらうん?」

 

 ジリジリと近寄ってくる3人。近くにいる穂乃果たちに助けを求めようにも遊びに夢中になっているし、絵里も巻き添えは嫌なのかいつの間にかその場からいなくなっていた。完全に逃げ場を失った。だが、

 

 

「あっ!なんだあれは?」

 

「「「えっ?」」」

 

「今だ!(シュバッ!)」

 

 

 悠が選んだのは逃走だった。だが、

 

 

「(ガシッ!)その手はもうウチには通じへんよ」

 

「……ですよね」

 

 

 結局手の内を読まれた希に捕まってしまった。その後、一体何があったのかはご想像にお任せします。

 

 

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 

 

 3人から日焼け止めを塗ってもらって色んな意味で疲労困憊した悠はパラソルの下で横になっていた。おかしい。海水浴とはこんな疲れるものではなく、楽しいものだったはずだ。やっぱりハーレムラブコメなんて願っていいものなんかじゃない。思わずそんな愚痴をこぼしそうになると誰かが自分の元に駆け寄ってきたのを感じた。顔を上げてみると、そこには穂乃果がいた。

 

 

「悠さん、遊ぼう」

 

「えっ?」

 

「いいからっ」

 

 

 穂乃果は悠が呆けているのをお構いなしにパラソルから引きずり出す。いきなり外に引っ張り出してどういうつもりだと思っていると、

 

 

「せーの、えいっ!!」

 

 

ザバアアアアアアアアンッ!!

 

 

 穂乃果は海辺に着いたと思ったら、腕を振りかぶって思いっきり悠を海へ放り投げた。成すがままに投げられた悠は顔面から海に突っ込んでしまったため、鼻や口に海水が入ってしまって思わず咽てしまう。

 

「あはははは♪気持ちいいでしょ?」

 

「気持ちいいも何もないだろ。穂乃果……一体何を?」

 

「なにをって海だよ海。こんなにいい天気なのに勿体ないよ」

 

「えっ?」

 

「もう!せっかくここまで来たのに楽しまなきゃ損だよ。悠さんだって最近色々頑張ったんだから今日くらい遊んでもバチは当たらないよ」

 

 腰に手を当てて頬を膨らませてそう言う穂乃果の様子に悠は気づかされた。どうやら穂乃果はせっかくの海なのに暗くなっていた自分を心配していたらしい。やりかたはあまりに強引でひどい目にあったが、そこから垣間見えた穂乃果の優しさに悠は思わず口角が上がってしまった。

 

「そうだな、今日くらいは遊ぶか」

 

「うんっ!今日は明日のことなんか考えずに頭空っぽになるまで遊ぼうよ」

 

「それはちょっと……って、危ない!!」

 

「えっ?……きゃあああああっ!!」

 

 そう決意した直後、突然2人に大きい波が襲い掛かった。悠は穂乃果に危害がないように咄嗟に駆け寄って波から穂乃果を守る。そして、数秒のうちに波はその場から引いていった。

 

「ケホッ…ケホッ……穂乃果、大丈夫か?」

 

「あたたたた……うん。悠さん大丈………!!っ、悠さん!し、下向いちゃダメ!」

 

「えっ?下?……………あっ」

 

 そう言われても何があったのか分からないため、思わず下を向いてしまった。目に映ったのは………

 

 

 

「い、いやああああああああ!」

 

 

 

 突如、悲鳴を上げた穂乃果に強烈なアッパーを喰らって上空に打ち上げられた。そして海面に叩きつけられて視界が真っ暗になった。その直前に見えたのは波に水着を攫われたらしい穂乃果のありのままの姿だったと言っておこう。

 

 

 

 

(不幸だ………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<西木野家別荘>

 

「ハァ……今日は散々だった」

 

 悠はエントランスのソファでぐで~となりながらため息をついた。そんな悠の様子を近くで見ていた真姫と絵里は苦笑いしていた。

 

「本当に散々だったわね。3人の女の子に日焼け止め塗ってもらったり、一番の後輩にラッキースケベかましたり」

 

「端から見てたら学園ハーレムラブコメの主人公みたいだったわよ」

 

「……勘弁してくれ」

 

 別にそんな肩書は欲しくない。そんなものは陽介にでもクマにでもくれてやる。それよりも真姫の言葉に棘があったのは気のせいだろうか。

 一足先に風呂に入らせてもらったり今日の食事当番のにこの料理を食べて気力が戻ったりと身体のリフレッシュはできたのだが、心の方はまだダメージが残っていた。ラッキーをかましてしまった穂乃果とは気まずい雰囲気になってしまったが、ご飯を食べると綺麗さっぱり忘れたのか普通に接するようには戻っていた。何か単純過ぎてそれいいのかと思ってしまったが、本人が良いと言っていたのでそれで良いかと割り切った。

 そして他のメンバーはというと、

 

 

「やった――――!凛の勝ちにゃ~~~!!」

 

「そ、そんな………」

 

 

 トランプなどのテーブルゲームではしゃいでいた。自分が負けたことが信じられないのか、海未は虚ろな目でブツブツと呟いていた。

 食事の後、凛がせっかくだから皆で花火がしたいと提案したのだが、花火なんてものはこの時期まだ売ってないし可能な場所もなかったので、その代わりとして室内でも楽しめるテーブルゲームならとまだ元気が有り余っている穂乃果たちはあのように盛り上がっているのだ。

 

「じゃあ、海未ちゃんのほむまん貰うね」

 

「ああっ!最後の一個が………も、もう一回です!次こそは」

 

 あのように賭け金は各々が持ってきた菓子類となっている。夜も遅くなるし明日のことも考えずにはしゃぐ穂乃果たちを見て自分が勝ったら即就寝するという条件で海未も参加したのだが、もうすっかり目的を忘れてゲームにのめり込んでいる。

 

「アンタ…もうそ何回目よ」

 

「海未ちゃん、完全にカモだよね」

 

「誰がカモですか!?し、勝負はこれからです!後の勝利のためなら一時の敗北は安いものです!」

 

 この発言から察する通り海未はもう何回も負け続けている。証拠にもう賭け金のお菓子があと一個しかない。海未はそれを勢いよくバンッとペットしてカードを手に宣言した。

 

「行きますよ!盟○に誓って(アッ○エンテ)!」

 

「「○約に誓って(○ッエンテ)!!」」

 

 何故か某小説の宣言みたいなのが聞こえた気がするがそっとしておこう。それよりも海未が段々追い込まれて泣きそうになっているので何だか見ていられなくなってしまった。

 

 

「ちょっと一肌脱いでくるか」

 

 

 海未を助太刀するために悠もゲームに参加して、海未の賭け金(残っていたお菓子)を全て取り戻した。その際海未にとても感謝されて逆に泣き出してしまったので、宥めるのに時間がかかってしまい周りから冷たい視線を受けたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………眠い)

 

 ようやく就寝時間になって悠は床に入った。穂乃果たちは修学旅行や林間学校のようにみんなとエントランスで雑魚寝するらしい。その時悠も一緒にどうかと誘われたが、流石にそれは色々とまずいので空いている部屋で寝させてもらうことにした。穂乃果は心底ガッカリしていたが、これが正解だ。

 今日は色々あり過ぎて疲れた。明日に備えて早く寝ようと悠はそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、事件はその後も起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

 眠りについて数十分後、部屋のドアを激しく叩く音に目を覚ましてしまった。

 

……うるさい

 

 誰が来たかは知らないがこんな時間に何なのだ。今は疲れてるし明日は練習なので寝かせてくれ。そう言わんばかりに悠は耳を塞いでやり過ごそうとする。だが、

 

 

 

 

「「だ、ダレカタスケテェェェェェェェェ」」

 

 

 

 

「!!っ」

 

 突如ドアの向こうから花陽と凛の悲鳴が聞こえてきた。これには流石の悠も意識が覚醒する。一体あっちで何かあったのか。もしや不審者が入ってきたのか。そうとなれば容赦はしないと悠は部屋から飛び出した。

 

 

「こ、これは………」

 

 

 急いでエントランスに入って確認すると、そこには奇妙な光景が広がっていた。月明かりが照らされているエントランスに敷かれたたくさんの布団の上に穂乃果たちが気絶しているのだ。極めつけは、皆顔の上に枕が乗っていることだった。それを確認した悠はふとある出来事が脳裏でフラッシュバックした。

 

 

(まさか……)

 

 

 

 

 

 

ウフフフフフフフ……何をしてるんですか?………悠

 

 

 

 

 

 

 

 階段の方から不気味な声が聞こえてきた。恐る恐る見てみると、そこには不気味な影があった。それを確認した悠は思わず驚愕する。あれはGWで悠を苦しめた機嫌が悪くなった時の海未だ。

 

 

こんな夜遅い時間に女子が寝ているところに侵入ですか?なんてハレンチなことでしょう……明日は早朝から練習だというのに…………

 

 

 満月を背に不気味にそう微笑む海未に戦慄してしまう。その姿はまさに形あるシャドウを彷彿させた。また降臨してしまったのかと悠は思わず後ずさる。あの時に襲い掛かってきた緊迫感とその事後で皆に見つかった時の恐怖を思い出したのか、弾丸(まくら)を投げようにも足がすくんで動けない。

 

 

 

 

ハレンチな人は………滅殺でぐふっ!

 

 

 

「!!っ」

 

 

 海未が悠に向かって弾丸(まくら)を投げつけようとした寸前、海未は糸が切れた人形のように気絶した。一体何が起こったのだろう。しかし、それをやった張本人は海未の背後にいた。

 

 

「ことりっ!」

 

「えへへへ~♪」

 

 

 正体は穂乃果の横で気絶しているはずのことりだった。まさか気絶してたフリをして機会を狙っていたようだ。それで兄の絶対絶命の時にやってくれるとは流石は我が妹と改めて感心した。ご褒美としていつもより頭を撫でであげると、とても気持ち良さそうにはにかんでいた。やっぱりいつも最強なのは可愛い妹の笑顔であると、悠は心が洗われたように自然と笑みを浮かべていた。

 

 とりあえず気絶している穂乃果たちを各々の布団へ戻すことにする。みんな寝間着だったので少々目のやり場に困ったりしたが何とか布団に入れる。夏間近とはいえ夜や朝はまだ冷えることもあるのでこれで風邪を引くことはないだろう。さて、目的も果たしたし寝るかと部屋へ戻ろうとすると、

 

 

「お兄ちゃん♡」

 

 

 ドアに手を掛けたところでことりに腕を掴まれた。

 

「ことり……頑張ったからぁ、追加のご褒美で久しぶりにお兄ちゃんと寝たいなあ」

 

「えっ……」

 

 やっと寝れると思ったら愛しの妹の甘い誘いが悠を襲った。すりすりと悠の腕に寄り添って甘い声で甘えることりに思わず受け入れそうになるが寸でで踏みとどまる。いくら何でも流石にこれはまずい。こんなの絵里などにバレたら何をされるか。それはまた今度にするとして今日のところはお引き取り願おうと説得しようする。が、その前にことりは一撃必殺技を放った。

 

 

 

「お兄ちゃん……お願い♡」

 

 

 

 結局ことりのお願いには抗えず一緒に寝てしまった。身体を必要以上に密着されたので寝るどころではなかった。

 

 

 

 

 

 こうして合宿一日目の夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌朝~

 

 

 昨日の疲れが残ってまだ皆が夢の中にいる頃、悠は一人海岸を散歩していた。昨日から色々あり過ぎて身体が疲れている筈なのに何故か寝付けず早く目が覚めてしまったのだ。皆が起きるまでジッとしておくのも嫌だったのでこっそり玄関を出て海岸まで来たわけだ。

 夜明け前の海岸は静かで潮風がとても心地よかった。そして遠くまで広がっている海を見ていると、考えている悩み事がどうでも良くなる気がする。

 

 

「おはよう、悠くん」

 

 

 そんな感慨に浸っていると背後から声を掛けられた。誰かと思って振り返って見ると、自分と同じく早く起きたらしい希が笑顔で立っていた。

 

「希…どうして」

 

「ウチも早く目が覚めてな。ちょうど散歩しとったら悠くんにばったり会ったってこと。別にストーカーしとった訳じゃあらへんよ」

 

「別にそこまで言ってないけど……」

 

「まっ、早起きは三文の徳って言うし一緒にお日さまからパワーを貰おうか」

 

 そうして希は悠の隣に寄り添って海を眺めた。隣に身体を寄せられると思わずドキッとしてしまい顔を熱くなるが、何とか平静を保とうと意識を海に集中させた。

 

 

「海はええよねえ。見ていると大きいと思ってた悩みがちっぽけに思える」

 

「そうだな……」

 

「悠くんも昨日は災難やったなぁ。3人の女の子に日焼け止め塗ってもらったり、穂乃果ちゃんの裸みたり、海未ちゃんのためにゲームで無双したり……妹ちゃんと一緒に寝たり」

 

「痛っ!希……太ももを抓るの止めてくれないか?」

 

 

 どうやら希は昨夜ことりと寝ていたことなどお見通しだったらしい。その証拠に希の太ももを抓る力が強い。何だか希に隠し事はできないなと改めて思った。

 

 

「真姫ちゃんのこと、ありがとうな。本当ならウチが何かしてあげたかったんやけど、悠くんがもう何か言ってくれたみたいやね」

 

「別に………大したことはしてない」

 

 

 今度は何を言うかと思えばそんなことかと悠は思った。

 真姫のことは自分も前から薄々思っていたし、希から相談を受けてからどうやってアドバイスするか悩んだものだが、偶然にも早紀が都合よくお膳立てしてくれたから出来たことだ。例え自分何もがしてなくても希が真姫に何かしていただろう。そんなことを考えていると、希が更に身を寄り添せてきた。

 

 

 

「ウチはμ‘sのみんなが好きなんよ。それと同じくらい稲羽のみんなも好きや。だから誰にも欠けてほしくない。欠けてほしくないんよ」

 

「えっ?」

 

 

 

 希がそう話したことに悠は思わずハテナを浮かべてしまう。一体どうしたのかと思っていると、希は更に身を寄せて続きは話した。

 

 

 

「確かに作ったのは悠くんと穂乃果ちゃんたちやけど…何かある度に手助けして、お節介が過ぎてみんなに迷惑かけて逆に助けてもらったり…………陽介くんや雪子ちゃんたちも穂乃果ちゃんたちと同じようにこんなウチを受け入れてくれた。それだけに思い入れがあるんよ」

 

 

 

 大自然を前に心が解放的になったのか普段誰にも話したことがないことを語っているように見えた。エリザベスから夏は人の心もありのままに曝け出すと聞いたが、本当かもしれない。希の話を聞いて自分も何か話そうかと思った悠は海を儚げに見つめる希にこう言った。

 

 

「………奇遇だな。俺も希と同じことを考えていた」

 

 

 悠がそう言ったことに驚いたのか希は悠の顔を覗き込む。

 

 稲羽の時は陽介たち特捜隊メンバーと出会えたからあの事件も解決できたし、かけがえのない絆を得ることが出来た。音ノ木坂で穂乃果たちに出会えたからこそ忘れていた過去と向き合うことが出来た。だからこそ、自分も希に負けないくらいの思い入れがある。その大切な仲間の誰かが欠けるのは絶対にいやだ。

 

 

「俺も皆が……陽介や穂乃果たちのことが大好きだ。だから、俺もこの繋がりを失いたくない」

 

「………………」

 

 

 そう語った悠の表情は儚げで何か覚悟を決めた武士のようだった。そして同時に確信する。この男はこの先自分たちに何かあったらまた自分一人で抱え込んで解決しようとするに違いないと。自分が助けてもらったときもそうだった。今は自分も彼と同じくペルソナを持っているが、それがどこまで彼を助けられるか分からない。本当はそんな彼を止めたいが、どんなことを言っても止められないし変わらないだろう。

 そう感じた希はぎゅっと悠の腕を掴んだ。せめて自分のこの心配する気持ちを知ってほしいと言うように。

 

 

「……悪いな、少し話し過ぎた。このことは穂乃果たちには内緒にしててくれ。希のことも内緒にしておくから」

 

 

 そんな希の気持ちを知って知らずか、口に人差し指を当てて笑顔でそう言われてはズルいと希は思った。こういう天然な人タラシのところも変わらない。

 

 

 

 

「……本当に読めん人やなぁ悠くんは。でも、ウチはそんな悠くんのことが…………」

 

 

 

 

ザザアアアアアアアッ

 

 だが、それ以降のことは波の音にかき消されて聞こえなかった。でも、希が何を伝えたかったのかは容易に想像できた。それ故か思わず希を見つめてしまう。

 

 

 

「「………………………………」」

 

 

 

 お互いを見つめ合う2人。何故か自然と心と体が熱くなる。別段今はそれほど気温は高くないはずなのに。たった今水平線から顔を出したお日さまのせいだろうか。そうだったとしても、自然と希から目が離せなかった。

 

 

 

 

 

 

「希……」

「悠くん……」

 

 

 

 

 

 

 そして、2人は吸い込まれるように徐々に距離を近づいていく。そして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「何やってるのよ!希いいいいいいいっ!!」」

 

 

 

 

 

 触れるか触れないかという所で背後から誰かに羽交い絞めにされ引き離された。突然のことに驚いて見てみるとそこには、

 

 

「ま、真姫!?にこ!?」

 

 

 割って入ってきたのは真姫とにこだった。どういう訳か2人とも妙に据わった目で希を睨みつけている。

 

 

「希ぃぃぃ?今のはどういうことかしら?」

 

「う~ん?真姫ちゃんのいうことはさっぱりやなあ」

 

「アンタねぇぇぇぇ!!」

 

「痛い痛い痛い痛いっ!!にこ、俺に当たるなっ!」

 

「アンタも同罪よ!この女たらし!!」

 

 

 にこに腕をつねられて悶える悠。希はあっけらかんとしているがまるで浮気の現場を押さえたみたいな雰囲気にただただ恐怖しか感じない。さっきまでの熱くなっていたのに急に寒くなった気分だ。すると、更に人の気配がしたので振り返ってみると他のメンバー全員がいた。

 

 

「ど、どうしたんだ?みんな……」

 

「朝起きたら希ちゃんがいなかったから気になって」

「お兄ちゃんが横にいなかったから……まさかと思って」

「外に歩きに行ったのかなって思って探しに行ったのよ」

「私も絵里ちゃんに同じです」

「凛もかよちんと同じにゃ」

 

 

 どうやら悠が外に出ていたことは皆気づいていたらしい。それで心配になって探しにきてくれたのだろう。だがもしかして……今までの希との会話を聞かれてはないだろうか。聞かれていたとしたらとても恥ずかしい。しかし、それは杞憂に終わる。何故なら

 

 

「まさか朝から破廉恥なシーンを見せられるとは思ってませんでしたけどね……」

 

「そうよねえ………」

 

 

 真姫とにこと同じくそういう海未と絵里の目は据わっていたのだから。2人のそう発言したのを合図に他の皆の視線も鋭くなる。ことりに関してはもう目のハイライトが消えていた。

 

 

 

「さて、今何をしようとしていたのか説明してくれるわよね?悠?」

「ゆ、悠さん……話してくれるよね……?」

「お兄ちゃん……正直に話した方が身のためだよ?」

「全部話すまで終わると思わないでね」

「早く練習したいですしね」

 

 

 

 さっきのことについて追及しようとする皆の目が本気だ。それに今まで苦笑いで傍観を決め込んでいた穂乃果まで食いついてくるとはどういうことだ。予想外のことが立て続けに起こったので上手い言い訳を作ろうにも頭が回らない。このままの理論武装ではまずい。どうしたら良いのかと頭を抱えそうになったその時だった。

 

 

 

「逃げよっか、悠くん♪」

 

「えっ?」

 

 

 

 希は悠を見てそう微笑むと悠の手を取って明後日の方向に走っていった。これは……まさかの逃走!?

 

 

「あっ!?逃げた!?」

「何か駆け落ちしようとしてるみたいだにゃ!」

「こら――、待ちなさい!!」

「逃げられると思ったら大間違いよ―――!」

「お兄ちゃんを返せ――――!!」

 

 

 まるで駆け落ちしたカップルを追いかけるように凄い形相でこちらに向かってきた。あの調子だと捕まったら何をされるか分かったものじゃないので、悠は希の手を離さず懸命に走る。ここは砂浜で足が砂にはまったりして走りづらいはずなのだが、あちらは何事もないようにどんどん距離を詰められていく。やばい、このままエリザベスが言っていたデッドエンドになんてなりたくない。身体にそう言い聞かせて懸命に悠は砂浜を走った。

 

 

 その努力虚しく悠は追いつかれてしまい、皆が納得のいくまで絞られた悠であった。悠は走るのに夢中で気づいていなかったが、こんな危機的な状況であるはずなのに隣で一緒に走る希の表情はとても楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 そして、その後海未の主導の元に練習に打ち込んだ一同。こうして様々な波乱が巻き起こった合宿は終わりを告げ、より一層絆を深めたのであった。

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next chapter

「お片付けしますよ!」

「ラビリスが来るまでやらないと」

「燃えてしまえ何もかも……」

「ことり・悠くん、ちょっと話が」

「これは……」





"コレイジョウ ジャマスルナ"





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#53「An impending ordeal」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

久しぶりに日間ランキングに自分の作品名があってびっくりしました。お気に入り登録してくれた読者がぐっと増えたり良い評価をもらえたりととても嬉しかったのですが、これを糧にまだまだ頑張らなければと思いました。

改めて、お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・誤字脱字報告をしてくださった方・最高評価、評価を下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


それでは本編をどうぞ!


……………………

 

 

 

 

 

 その日、空は不気味に曇天で土砂降りの雨が降っていた。何もかもかき消すような勢いで地面に向かって降り続ける。

 そんな天気の中、自分は雨に降られながら直立不動に呆然としていた。

 

 

 

 

「……かっ!…かっ!」

「大丈夫っ!?」

「ひどい……急いで!」

「どうして……こんなことに………」

 

 

 

 

 目の前にアイドルの衣装を身に纏った少女たちが倒れている誰かを囲んで必死に呼びかけている。その誰かは顔がひどく苦しそうだった。普段の自分なら誰よりもその人物の元に駆け寄って助けようとしていただろう。だが、それはできなかった。何故なら、今自分の心の中は……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

 

 

 

 

………聞き慣れたメロディーと老人の歯牙れた声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 目を開くと、その場所があった。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模した不思議な空間。この場所は【ベルベットルーム】。精神と物質の狭間にある、選ばれた者しか入れない特別な空間。

 

 

「お久しゅうございます、お客人。こうして2人でお話するのも随分と久しぶりと感じますなぁ。それに随分と顔色が悪うございますが、何か悪夢にでもうなされていらしておいでになられたので?」

 

 

 そして向かいのソファにこの部屋の主である【イゴール】が座っていた。最近本人が留守の時に訪れることが多かったが、黒いタキシードに一度見たら忘れそうにない長い鼻とギョロッとした大きな目は今でも健在のようだ。

 

 

「早速本題と参りますが、先ほどお客人がお見えになられていたのは、この先貴方様に起こりうるかもしれない未来の可能性でございます。きっとこの宝玉たちの仕業に御座いましょうな」

 

 

 

 イゴールはそう言って指を鳴らすと光り輝く7つの宝玉がイゴールの手元に現れた。色とりどりの光を放つその宝玉は【女神の加護】。海未たちがペルソナを覚醒させた時に姿を現した未だ正体不明の宝玉だ。これが一体どうしたのだろう。

 

 

 

「何故これらがお客人にそのような未来夢をお見せしたかは存じませぬが、これらは貴方様があの者たちと絆を築いたことにより生まれたもの。もしかすると、これから貴方様に訪れるであろう災難について警告してくれたのやもしれませんな。フフフフ………」

 

 

 

"これから訪れる災難"

 

 

 

 イゴールの言葉に悠は身構える。災難……ということは、また事件が起きるということだろう。確かにあの夢は穂乃果たちの身に何かあったと思わせる場面が映っていた。あれがこの先悠に訪れる未来の可能性だというのか。

 

 

「さあて……貴方様に訪れる更なる試練。先ほどの顔色からして、これまで以上の災難が降りかかることで御座いましょう。果たして、お客人とあの者たちがどのようにして乗り越えるのか………楽しみでございますなぁ………フフフフフ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………」

 

 

 

 

 気が付くと、悠は音ノ木坂学院の校門に身を預けていた。どうやら立ったまま眠っていたらしい。空には夏の到来を感じさせる強い日差しが降り注いでいる。

 

「……あついな」

 

 こんな日差しが強い中でよく眠れたものだと我ながら感心する。最近こうやって眠ってしまうことが多い気がするのだが疲れているせいだろうか。あんな予知夢みたいなものや不気味な奇怪な老人が夢に出たところで起きていてもおかしくなかったのだが……

 

 

 

「鳴上く――ん。ごめんな、待たせてもうて」

 

 

 

 思考を遮るように耳に自分を呼び元気な少女の声が入ってきた。そっちを見てみると、八高のセーラー服と水色のポニーテールが特徴的な赤い目の少女がこちらに手を振っていた。少女の名は【ラビリス】。GWで稲羽で出会った悠の大切な仲間の一人であり、今回の待ち人である。

 

 

 

「鳴上さ~~んっ!お待たせしました」

「久しぶりで~~す」

 

 

 

 ラビリスの後ろからも中学生らしき2人の少女が手を振ってやってきた。その子たちの名は【高坂雪穂】と【絢瀬亜里沙】。悠の大事な後輩と同級生の妹たちで、彼女たちも今回の待ち人だ。

 

 

「ラビリス・雪穂・亜里沙、よく来たな。そんなに待ってないぞ」

 

 

 悠は紳士的に3人を出迎えて言葉を交わす。悠の言葉に3人は本当かなと思いながらもはにかみながら悠にこう言った。

 

 

「今日は学校案内よろしゅうな」

「悠さん!今日はよろしくお願いしまーす!」

「よろしくお願いします……」

 

 

 3人の言葉に頷いた悠は自校の校舎を背に3人にこう宣言した。

 

 

 

 

 

 

「改めてようこそ、音ノ木坂学院へ」

 

 

 

 

 

 

 今日は前に約束していたラビリスの学校案内の日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前美鶴にラビリスに音ノ木坂学院を案内して欲しいと頼まれたことで案件で、先日叔母の雛乃に話を通したところOKの返事をもらった。そしてラビリスの都合が良いのが今日だったので、こうして来てもらったのが今回の経緯である。ラビリスの案内の話を姉たちから聞いたのか、ぜひ自分たちもとお願いしてきた雪穂と亜里沙も一緒である。雪穂たちも一緒に案内するのは問題ないし、聞けば2人とも音ノ木坂学院を受験する予定らしいので受験校を見学することでやる気向上に繋がるのではれば嬉しいことである。

 

 

 一先ず先に中を案内しようと悠を先頭に校舎へ入った一行。今日は休日なので、校舎はいつもより静寂に包まれているかに思われたが、何故か平日を思わせるかのように校舎は行きかう生徒の声で賑やかになっていた。

 

「わあ~生徒さんがいっぱいいる~」

 

「今日は休日なんに結構な生徒さんがおるんやな」

 

「ああ、もうすぐ学園祭だからな」

 

 何を隠そう来週末はここ音ノ木坂学院で一大イベントの1つである学園祭が行われるのだ。学園祭まで残り1週間なのだが、どのクラスや部活も出し物の製作に気合が入っている。まるで学校一体となって学園祭を今まで以上に盛り上げようとしている勢いだ。雛乃曰く例年はそれほどではなかったらしいが……おそらくこの学校が廃校になるかもしれないということやその阻止のために奮闘するμ‘sの姿に生徒たちが感化されたこともあるらしい。何はともあれ、μ‘sの活動が学校に良い影響を与えたのであれば嬉しい限りだ。

 

 

「あら?雪穂ちゃんに亜里沙ちゃん、それにラビリスちゃんも。いらっしゃい」

 

 

 噂をすれば影というべきか、廊下を歩いていると会議から帰ってきたらしい雛乃と遭遇した。

 

「叔母さん、こんにちは」

 

「「「こんにちは」」」」

 

 雛乃と遭遇した一行は礼儀正しく挨拶する。

 

「それにしても驚いたわ。ラビリスちゃんがこの学校に転校してくれるかもしれないなんて。もう身体のことは大丈夫なの?」

 

「えっ?………は、はい!もう大丈夫です。これ以上両親や風花さんに迷惑を掛けられませんから」

 

 事情を知らない雛乃たちにラビリスのことは風花の親戚で今まで家庭の事情により学校に通えないでいたという設定で紹介している。そして、小旅行で訪れた稲羽で悠たちと出会って、この学校なら通えるかもしれないということを話したところ、今回の学校案内の話が通った訳だ。

 

「今この学校は学園祭の準備で慌ただしいけど、ゆっくりしていってね。何かあったら悠くんに頼っていいから。じゃあ悠くん、あとはお願いするわ」

 

「はい」

 

 雛乃は3人にそう言うと理事長室に向かうためにその場を去っていった。先ほどまで疲れていた顔をしていたのだが、ラビリスたちとの会話で元気が出たのか足取りが軽やかに見える。架空の設定とはいえラビリスのことを心配していたのか、何も問題なく日常を過ごせていると確認が取れて安心したように見える。すると、

 

「ねぇ、あの人って鳴上さんのお母さんじゃないの?」

 

「「「えっ?」」」

 

 雛乃の後ろ姿を眺めていた亜里沙が何を思ったのかそんなことを聞いてきた。この質問には流石の悠も驚いたので少々戸惑ってしまう。

 

「いや…あの人は俺のお母さんじゃなくて叔母さんなんだが、どうしてそう思ったんだ?」

 

「だって、髪の色とか雰囲気とか鳴上さんに似てたから」

 

「そうか?……」

 

 初めてそう言われた気がする。外見は父親に似ていると言われているが、考えてみれば雛乃は父の妹なのでそうかもしれない。今までそんなことは考えたことはなかったが……

 

「ハァ……もしそうだったら、もっとアピールしとけばよかったなぁ」

 

「あ、亜里沙っ!?」

 

 何故かしょんぼりする亜里沙の呟きに雪穂は過剰に反応した。アピールとはつまりそういうことだろう。しかし、

 

「鳴上くん、アピールってなんやろ?」

 

「さあ?」

 

 鈍感な男と生徒会長気質の少女には全く分からないようだった。まあ知らぬが花というべきかもしれない。とりあえず時間も限られているので早速校舎をまわってみようと悠は皆を急かして案内を再開させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<3-C教室>

 

 

「ここが俺たちがいつも使ってる教室だ」

 

 

 まず最初に案内したのはいつも悠たちが授業を受けている教室だった。自分のクラスは学園祭では講堂で出し物をする。クラスメイト達は皆そっちで準備を行っているので、他のクラスと違って誰もいないのだ。これといって普通の教室なのだが、3人は物珍しそうに全体を眺めていた。

 

「へえ、ここが教室。ここで生徒さんたちが授業を受けたり休憩時間に楽しく会話したりする部屋なんやね。夢で見た通りやわぁ」

 

 対シャドウ兵器のラビリスはこう言った普通の日常とは縁の遠い境遇で過ごしていたので、このようなありふれた光景は新鮮に映るらしく興味深そうに周りを見渡している。夢というのは本人曰くあのGWの事件で黒幕がラビリスに見せていた幻覚のことらしい。その夢に悠や陽介たち特捜隊メンバーらしき人物が出てきたらしいので、少しその夢の内容が気になってしまった。

 

「当たり前だけど高校って中学校と違うところがいっぱいあるね」

 

「うん。黒板が私たちの教室より大きいところとか?」

 

「目をつけたのはそこなの……」

 

 一方、雪穂と亜里沙は中学とは違ったところに興味を惹かれたようで目をキラキラとさせていた。亜里沙は少々着眼点はズレているようだが、そこはツッコまないでおこう。すると、

 

 

「こんな教室で鳴上さんが先生だったら最高だなあ」

 

 

「えっ?」

 

 ある程度教室を見まわした後、ふと亜里沙が呟いたことに反応する。自分が先生か……以前陽介に教師に向いているんじゃないかと言われたことがあるが、将来の進路としては考えたことはなかった。

 

「鳴上さんが先生かぁ……」

 

「確かに様になってるかもしれへんな。ウチはええと思うよ」

 

「じゃあさ、今ここで鳴上さんに授業してもらおうよ」

 

「えっ?」

 

 悠が先生に向いていると意見があった3人は早速ノリノリで机に座って悠に授業を促した。唐突だなと思いながらも悠は先生のように壇上に立った。何というかどこか家庭教師をやった時の血が騒ぎ始めた。一応これは学校案内なので体験授業というのも良いかもしれない。

 

 

 

「じゃあ早速授業をお願いしまーす!鳴上せんせーい!」

 

「…では、始めよう」

 

 

 

 こうして悠による即席なんちゃって体験授業は数十分間行われた。授業を受けた3人から分かりやすいと好評を受け、後々悠は雪穂と亜里沙から家庭教師の依頼を受けることになろうとはこの時は知らなかった。

 そんな調子で教室の案内を終えた悠は別の場所を案内するために教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<放送室>

 

 

「ここが放送室だ」

 

 

 お次は放送室。普段は中々は入れないのだが、案内のためならと雛乃からの口添えで放送委員会から特別に許可をいただいた。

 

「放送室ってこんなになってるんやなあ」

 

「わあ、マイクがある~。それに変なスイッチもいっぱい!使う時あるのかな?」

 

「見てみてー、音楽のCDがたくさんあるよ。お姉ちゃんたちの歌もここにあるのかな?」

 

「それは……分からないな」

 

 放送室の光景にラビリスや雪穂たちのみならず、悠も少なからずワクワクしていた。普段馴染みのない教室に入るというのは何故か子供のように好奇心をくすぐられる。

 戸棚を見ると、たくさんの音楽CDがずらりと並べてあるのが目に入った。この学校の校歌に体育祭で用いられる"天国と地獄"、"剣の舞"……その中にりせのCDやその後輩ポジションと言われている【真下かなみ】のCDまでも置いてあった。何だか宝探しをしているようで気分が高揚する。そんなことを思っていると

 

「鳴上さん、そこの棚にこんなCDがあったんですけど。これ何か分かりますか?」

 

「ちょっ!亜里沙勝手に開けちゃダメだよ!」

 

 亜里沙は気になって発見したらしいCDを手に持ってきた。あまり放送室の中を荒らすのはよろしくないが一体何を持ってきたのだろうか。悠は気になって亜里沙が持っていたCDの一つを手に取ってみた。

 

 

 

校歌替え歌"一気コール"

 

 

 

「えっ?」

 

 何か見てはいけないタイトルが書いてあった。嫌な予感を感じた悠は手早く他のCDも確認した。

 

 

食べる前に飲む編

沈没船を救え編

今夜は帰さない編

 

 

「…………………」

 

 何だろう、宝は宝でもパンドラの箱のようなヤバいものを見つけてしまった気がする。見れば亜里沙が見つけた棚には"吹奏楽部門外不出品"と書いてあった。

 

(まさかと思うが……)

 

 そんな悠の心情を知らず、ラビリスたちは興味津々にそのCDを眺めていた。

 

「なんやろ?これ?いっきコール?」

「さあ?替え歌って………沈没船?」

「こんやはかえさない?………とにかく聞いてみようよ!」

「ちょっと勝手に」

 

 亜里沙は数枚あるうちの一つを手に取って音楽プレイヤーに入れようとする。だが、

 

 

「と、とりあえず次に行こう」

 

 

 悠はそうはさせまいと亜里沙からCDを取り上げた。亜里沙たちには聞かせられないし、もし誤ってこんなものを全校に流してしまったら自分は永久の夏休みになってしまう。

 

 

「ええっ!亜里沙、これ聞いてみたいのに~~」

 

「聞かなくていいからッ!!それよりも次に行こう!なっ!」

 

「「「う、うん………」」」

 

 

 悠の謎の迫力に押され、亜里沙たちはおずおずと放送室を後にした。

 

 

 

(今のは……見なかったことにしよう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな調子で次々と音ノ木坂学院の各所を案内していく。

 

 

「ここがアルパカ小屋だ」

「わあ~可愛い~♡」

「よしよし、ええ子やなぁ」

「何かラビリスさんにすごく懐いてるんですけど」

「これまた意外だな」

 

 

「ここは生徒会室だ」

「所謂ブリーフィングルームやね」

「それは違うかな?」

「あの……うるさいので出て行ってくれますか?」

「「「すみませんでした……」」」

 

 

「ここが講堂で……」

「おい鳴上、何で中学生と一緒なんだよ?」

「えっと……これは学校あんな」

「お前……シスコンでロリコンなのに中学生と外国人って、てんこ盛り過ぎんだろ!?」

「羨ましい……」

「おいっ!俺はロリコンじゃない、フェミニストだ!」

「「「…………………」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<アイドル研究部室>

 

 

「ここがアイドル研究部の部室だ」

 

 

 行く先々で色んなことがあったが、ようやく自分たちの拠点であるアイドル研究部室に辿り着いた。

 

「わああ~すご~い!アイドルのポスターやグッズがいっぱいある~」

 

「ここだけまるで別世界だよ」

 

「まるで小さな博物館みたいやな」

 

 やはりというべきか、あまり見ないこの部室の光景に3人とも今まで以上に驚いていた。まあ最初ここを訪れた時自分もこんな感じだったので、この反応は当然だろう。とりあえず一息入れようとお茶を淹れて3人をもてなすことにした。

 

 

「そう言えば穂乃果ちゃんたちのグループ、ランキングで19位になったんやったね。改めておめでとう」

 

 

 お茶を飲んで一息ついた時、ラビリスがそんなことを言ってきた。

 ラビリスの言う通り、悠たちμ‘sはスクールアイドルランキングで19位まで浮上している。どうやらオープンキャンパスや秋葉原でのライブが功を制したらしい。余談だが、μ‘sのランキングコメント欄に"マネージャーさんは出ないの?"とか"次のダンスに期待"とかなど悠の出演を熱望している声もあるのが謎だが。

 

 

「ありがとう。まあ…今19位でもここからが勝負なんだけどな」

 

「「「???」」」

 

 

 悠の呟きの意味が分からないのか3人は首を傾げた。そんな3人に悠は分かりやすく説明する。

 ラブライブ出場条件はあくまで()()()()にランキング20位以内に入っているグループのみ。つまり、いくら今20位以内に入っているからと言っても油断はできないのだ。まだ20位以内に入っていないグループだってここぞとばかりに追い込みをかけているだろうし、上位陣も追い抜かれまいと発破をかけていくだろう。こんな状況ではいつどこかのグループに抜かれてもおかしくない。

 

 

「そういえば、A-RISEとかは今度7日間連続ライブをするって友達が言ってたけど、お姉ちゃんたちもそんなことするんですか?」

 

「いや…流石に俺たちはそんなことできないからな。でも、だからこその学園祭ライブなんだ」

 

 

 A-RISEなどのトップグループはそのようなイベントを行うらしいが、μ‘sにそんなことをする時間も場所もない。だからこそ1週間後の学園祭で行うライブがキーポイントとなる。学園祭は2日間かけて行われるしラブライブ出場期限直前なので、それが穂乃果たちμ‘sにとって最後の追い込みとなるのだ。屋上で練習に励む穂乃果たちもそれを自覚して一層頑張っていることだろう。

 

「う~ん、大変やねぇスクールアイドルも」

 

「そう言えば、お姉ちゃんもそのことで最近しかめっ面してること多いなぁ。お姉ちゃんは気づいてないかもしれないけど」

 

「うちのお姉ちゃんもリーダーだからって毎晩ずっとランニングしてるよ。あの面倒くさがりのお姉ちゃんがだよ」

 

 悠の説明を聞いて改めて事の重大さを知った3人はそうコメントする。なんやかんやで自分たちの姉の最近の行動の理由が分かったようである。雪穂に関してはそこまで言わなくてもと思ったが普段の姉の様子を見てたらそう思うのも無理はないだろう。

 

 

「まあ、俺もやるだけのことをするだけだ」

 

 

 マネージャーの自分ができることなどたかが知れているが、それでも自分にできることをするしかない。改めてそう決意を新たにした悠は皆を連れて屋上へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<屋上>

 

 

「最後に、ここが俺たちの練習場である屋上だ」

 

 

 そう言って悠は屋上の扉を開ける。そこには練習を終えて休憩に入ったらしい穂乃果たちの姿があった。

 

「ああっ!雪穂に亜里沙ちゃん、それにラビリスちゃんも!いらっしゃーい!」

 

「こんにちは、3人とも」

 

「ラビリスちゃん、久しぶりやね」

 

「こんにちは皆。久しぶりやね」

 

「やっほーお姉ちゃん、見学に来たよ」

 

「お姉ちゃん!遊びにきたよ」

 

「亜里沙……今日は学校見学に来たんでしょ?」

 

 屋上を訪れた4人に気づいた穂乃果たちは喜んでラビリスたちを手厚く歓迎する。練習の後なのにあんなにはしゃぐとは余程ラビリスたちの来訪が嬉しかったのだろう。

 

「今度穂乃果ちゃんたち学園祭でライブやるんやろ?楽しみにしとるね」

 

「ありがとう!穂乃果も頑張るよ!絶対に最高のライブにしてみせるから!楽しみにしててね!」

 

 ラビリスの言葉に穂乃果は大胆不敵にそう宣言した。"最高のライブ"とはまた強気に出たなと思う。それにラビリスが来ると言うことはあの美鶴たちも楽しみに観に来るのかもしれない。そうなるとより一層練習に励めばと穂乃果たちは身を引き締める。美鶴たちにも"最高のライブ"と感じてもらえるようにするために。

 

 

「で、学園祭ではどこでライブするの?やっぱりオープンキャンパスみたいに運動場にステージ作ったりとか?」

 

「「「「!!っ」」」」

 

 

 雪穂の質問にμ‘s全員はギクッと表情を歪めた。悠たちのその反応に3人は首を傾げてしまう。だが、何か不都合なことがあったのは彼女たちの表情から明らかだった。黙っているのは悪いので皆を代表して穂乃果がおずおずと説明した。

 

「穂乃果たちの今回のライブは……ここでやるの」

 

「えっ?ここって……どこ?」

 

 

 

「ここ………この屋上で」

 

 

 

「「「………………………はっ?」」」

 

 

 そう、最後の追い込みで行う学園祭ライブの会場はこの穂乃果がいつも練習に使っている屋上であった。

 

 

 何でそうなったのかと言うと、それは先日行われた学園祭の場所振りの抽選でのことである。学園祭にて出し物をするクラス・部活動はくじで学校のどの場所で行うのかを振り分けられることになっている。最後の追い込みとして絶好の場所でライブしたいので、ここは運に定評のある悠がくじを引くはずだったのだが………

 

「悠くんがクラスのを引くからって、代わりに引いたにこっちがくじを外したからねぇ」

 

「ぐっ……」

 

 希の言葉に皆はにこに憐みの視線を向ける。そう、あろうことか悠が既にクラスのくじ引き担当になっていてμ‘sのくじは引けないということが明らかになったので、仕方ないのでここはアイドル研究部の部長であるにこにくじを託すことになったのだ。だが、結果はこの通り。

 

「ウチは信じとったんよ。にこっちならやってくれるって」

 

「ぐうっ…………」

 

「陽介並みの運の無さだったな」

 

「ぐぐぐっ…………」

 

「ポジション的に似てるからかなぁ?」

 

「ぐぐぐぐぐぐぐぐっ………」

 

「いやどちらかと言えば完二に」

 

「う、うっさいわね!そこッ!!あのガッカリ王子とガチムキサウナと一緒にするんじゃないわよ!私だって悪かったと思ってるけど仕方ないじゃない!!」

 

 散々浴びせられる非難剛号に耐え切れなくなったのか、にこは心の底からそう叫ぶ。本人も非があることは重々承知のようだが、運など騒いでもどうしようもないことを言われては堪ったものではない。

 

「私だって悠にしとけばって思ったわよ!現にこいつは私の後に自分のクラスのやつで良い場所取ったしッ!」

 

「(ギクッ)」

 

 そう、にこがハズレを引いて穂乃果たちが落胆している中、悠は自分のクラスの場所取りでくじを引いたところ、一番いい場所である"講堂"を引き当てたのだ。お陰でクラスのみんなから英雄扱いされたのだが、穂乃果たちからは何故か戦犯扱いされたので本人としても堪ったものではなかった。まあ、何と言おうともう後の祭りである。

 

「鳴上くんも穂乃果ちゃんたちも色々災難やね………」

 

「不幸としか言いようがないかな?」

 

「あはははは………」

 

 これには第三者のラビリスたちも同情するように苦笑いしかできなかった。何というか波乱万丈だなと思うしかない。だが、会場が屋上という不利な状況でも悠たちならそれを跳ね返すように最高のライブをするだろう。3人は不思議とそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<アイドル研究部室>

 

 

「そう言えば、お姉ちゃんたちってライブの他に何かやらないの?クラスの出し物とかで」

 

 

 少し屋上が熱くなってきたので一旦休憩でアイドル研究部室に戻ってきた一行。各々がアイスドリンクで喉を潤していると、雪穂は穂乃果たちにそんな質問を投げかけた。家で姉に聞いてなかったのか、学園祭で何をやるのかが気になるらしい。

 

「ああっ、そう言えば雪穂には言ってなかったね。穂乃果たちのクラスはメイド喫茶やるんだ」

 

「メイド喫茶?」

 

「うんっ!ヒデコたちがやってみようって言って採用になったの。メイド服はネコさんに借りようかなって思ったんだけど……そこまでしてもらう訳にはいかないから」

 

「……確かに」

 

 おそらくそうなった場合、それは出張版コペンハーゲンとなることだろう。ちなみに店名は【アーネンエルベ】という名前らしい。その名前に何故か危ない予感を感じたのは気のせいだろうか。それより気になるのは……

 

「穂乃果たちのクラスがメイド喫茶ということは………まさか、ことりもメイドをやるのか!?」

 

「い、いえ……ことりはウエイトレスではなく厨房係です。流石にことりがメイドをやるとあっちの正体がバレてしまうので……」

 

「……だよな。確認が取れて安心した」

 

 それは賢明な判断である。ミナリンスキーのことがバレるのが問題ではなく、ことりに手を出そうとした輩が誰かによって血祭りに上げられそうになることが問題なのである。最悪事案になるかもしれないので、ことりを厨房係にしておいて良かったと海未は心の中で安心した。

 

 

 

「私たちは占いの館をやるの。店名は【タロットの誘い】っていって、希の指導で占いをやるのよ」

 

「どストライクだな」

 

「そうよねぇ……まっ、にこは何もしないから良いけど」

 

 絵里たちのクラスは占いの館をやるそうだ。希と占いとはこれまた相性の良いものを悠は直感した。占いの館と言えばと去年の八十神高校の文化祭での見かけた【THE長鼻 マギーのタロット占い】が脳裏に浮かんだ。何だが当日あの姉妹が何かを起こすような予感がしたのは気のせいだろうか。

 

「ウチがタロットでみんなの運命を占うんよ。今日の運勢とか、相性占いとか、悠くんとウチの幸せな将来のこととかな」

 

「……最後のは占いに全然関係ないわよね?」

 

 むしろ個人的なことだった気がするのだが……ダメだ、今の発言でことりがハイライトの消えた目で希を睨んでいる。

 

「希ちゃん?それはことりとお兄ちゃんの幸せな将来じゃないのかな?」

 

「あらあら?何のことやろうねえ?」

 

 そうしてことりと希はいつものように火花を散らす。前回の合宿の件からこう2人が悠のことで火花を散らすのが当たりまえのようになってきた気がする。それでも毎度こんな冷えた雰囲気にさらされると胃が痛くなる。

 

 

「そっとしておこう」

 

 

 何だが雲行きが怪しくなってきたが、悠はあえて関わらないことを選択した。これ以上藪蛇をつつくようなことをして事態を悪化させないために。そしてラビリスや雪穂たちに悪影響を与えないようにするために……

 

 

 

 

 

 

「凛たちはウォークラリーだにゃ」

 

「ウォークラリー?」

 

「はい!これ凛ちゃんからのアイデアなんですよ」

 

 話によると、そのウォークラリーは学校全体を舞台にし数か所のチェックポイントをまわってもらうという形式のようだが普通のウォークラリーとは違うらしい。曰くそのウォークラリー自体に演劇の加えた参加型にするという。内容は参加者は異世界に迷い込んだ冒険者で行く先々で鉢会う7つの種族とのゲームに挑みながら神様との一騎打ちを目指すというものとだという。

 

「言わばこれは、劇場型ウォークラリーだにゃ!」

 

 どうだと言わんばかりに凛はドンと胸を張ってそう言った。本人としてはいいアイデアを出したと思っているらしい。

 

「わあっ!面白そう!!」

 

「学校全体を使うっていう斬新やね。ウチもやってみたいわ」

 

「亜里沙もやってみたい!」

 

 あまり聞いたことがない上にどこか惹かれる内容に穂乃果たちはもちろん雪穂や亜里沙、ラビリスもこの反応である。しかし……

 

「ん?それどこかで聞いたことあるぞ。SKE○ D○NC○とかで」

 

「あっ………それに内容もどこかで聞いたことあるし。これってパク」

 

 凛の説明を聞いてどこかで見たことがあるのか悠と雪穂がパクリ疑惑を呟いたその時……

 

 

ーカッ!-

 

パクリじゃないにゃ!!本家はボッス○たちが(自主規制)であって、凛たちのものはれっきとした…………」

 

 

 

 

 

 

~15分後~

 

 

 

 

 

 

「つまり!断じてこれはパクリじゃないにゃ!」

 

「分かった!もう分かったから!!」

 

「凛ちゃん、思いっきり悠くんの影響を受けとるな………」

 

 その後、凛は自分たちの出し物が決してパクリでないかを力説した。まだ【言霊遣い】級まではいかないものの、妙に説得力があった。良くも悪くも悠は皆に何らかの影響は与えているのが見て分かる。

 

「それにしても、凛ちゃんはアニメや漫画のことになると熱くなるね」

 

「当然だにゃ!ことサブカルチャーに置いて、この"星空凛"またの名を『 ○に置いて知らないことは」

 

「はいっ!この話は終わりだ」

 

 際どい発言をしようとした凛に割って入って悠は強引に話を打ち切った。完全に頭の中は某小説に染まっていたそうだった。

 

 

 

 

 

 

「それで、悠さんは何やるの?」

 

 最後は悠。一体クラスで何をやるのかと穂乃果たちは期待で胸がいっぱいだった。そんな中、悠は淡々とクラスの出し物について話した。

 

「俺のクラスは演劇をやる。『白雪姫』だったかな?」

 

「「「マジでッ!?」」」

 

 悠の出し物の内容を聞いて皆は驚愕する。凛たちの劇場型ウォークラリーに比べれば普通なものなのだが、重要なのはそこじゃない。

 

「ええっ、本当!?もしかして悠さんが主役なの?王子様役?」

 

「「!?っ」」

 

 穂乃果の発言に一同はビクッと反応する。悠が王子様役。ということは、白雪姫のストーリー上ラストシーンで白雪姫役は………。皆の神妙な表情に悠は困惑した。

 

「んっ?みんな、どうしたんだ?」

 

「…悠くん、白雪姫をやる人って誰なん?」

 

「えっ?」

 

「…お兄ちゃん………その白雪姫の人を教えて。今すぐことりのおやつにして……」

 

「お、落ち着け……安心しろ。俺は何もやらないから」

 

 悠が王子様役と勘違いしているのかとんでもないことを言いだしたことりを落ち着けさせて事情を説明する。

 さっきも言った通り、悠はクラスの出し物の場所取りで一番いい場所を獲得した。そのことでクラスの皆から大いに感謝され、μ‘sのこともあるからここは自分たちに任せろとクラスメイトたちから言われている。まあ悠を王子様役に選んだら、クラスで紛争が起きるし、仮に白雪姫役を取れたとしてもブラコンの妹と自称彼女⁺αから目を付けられるのは自明の理だということはクラスメイトたちは重々承知していた。本当に悠がクラスのくじ担当で良かったかもしれない。

 

 

 

「……去年の()()()()()よりはマシか」

 

 

 

「「「「えっ」」」」

 

 

 ふと悠が発した言葉に一同はフリーズした。皆が反応したのは"合コン"というワード。本人は自分が何を言ったのかという自覚がないのか、皆の反応にポカンとしている。

 

「……お、お兄ちゃん…合コン…したの?」

 

「えっ?…いや、去年八高の文化祭で合コン喫茶ってだけで」

 

「私、悠は硬派で軽くない人って信じてたのに」

 

「えっ?」

 

「最低です」

 

「ええっ!いや、ちょっと待て!落ち着け!」

 

 次々に非難を受ける悠。いや合コン喫茶と言っても誰も客が来ずもはや休憩所みたいなことになっていたので別段やましいことなどなかったのだがと説明しようとするが、皆は悠が合コンに行ったと思い込んでいるのか聞く耳を持ってくれない。

 

「あれは本当やったんやなあ。悠くんが一条くんと長瀬君と一緒に合コン行ったってこと……」

 

「なっ!何でそんなこと知ってるんだ!?……あっ」

 

 予想外の展開に流石の悠はらしくないリアクションを取る。文化祭のことではないが、確かに去年八高の友人である一条と長瀬と合コンに行きかけたことは事実だ。しかし、何故そんな一部を除く特捜隊メンバーにも言ってないことを希が知っているのか。そんな悠の慌てっぷりを見た希はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ウフフフ……ウチの情報網を舐めたらいかんよ☆」

 

 ちなみにその情報網は今もマスコットに苦汁をなめさせられながらもジュネスのバイトに励んでいる。希が暴露した情報を聞いた皆の視線が一層厳しくなる。それと比例するように悠の冷や汗の量も増大した。あれは色々な事情があった訳で……長瀬の個人的なことに触れてしまうのだが、ちゃんと説明しないとこちらの身が危ない。

 

「と、とりあえず……ちゃんと話すから、落ち着いてくれるか?」

 

 心の中で長瀬に謝罪して悠は取り調べを受けているかのような雰囲気の中、説明を始めた。

 

 

 

「お姉ちゃん、ごうこんって何?」

 

「あ、亜里沙は知らなくていいのよ!」

 

「???」

 

 悠が説明している最中、亜里沙が姉の絵里にそんなことを聞いてきた。シラを切りながらこちらまで二次被害がと絵里は頭を抱えそうになる。まだ亜里沙にはまだ早い話だし、亜里沙が合コンなどに興味を持ってしまったらそれはそれで困る。絵里も悠程ではないがシスコンなのだ。すると、

 

「合コンって確か、独り身の男子と女子が運命の相手を見つけるために行う」

 

「説明しないで!!」

 

 ラビリスが亜里沙に合コンとは何たるかを説明しようとしたので、絵里は必死に止めに掛かったのだった。

 

 

 

 

 

~閑話休題~

 

 

 

 

 

【言霊遣い】級の伝達力を駆使して何とか皆に事情を知ってもらった。一条や長瀬には申し訳ないが、本当のことを言わなければこっちが終わっていた。穂乃果たちも去年の合コン喫茶のことや一条と長瀬と言った件も納得してくれたようだ。

 

「なんだ、そうだったのね。長瀬くんのことは分かったけど……合コン喫茶って、陽介くんも何を考えていたのかしら?」

 

「さあ?」

 

「まあ、悠くんにはウチがおるから合コンやナンパなんてする必要ないもんな」

 

「希ちゃん?」

 

 希とことりがいつもの如く火花を散らしている最中、悠は心の中で冷や汗をかいていた。実を言うと稲羽に居た時に陽介と完二とで沖奈市で"密着計画"という名のナンパまがいのことをしたのだが、それを言ったら命はないだろう。ちなみに希本人は情報網からそのことは聞きだしているがあえて黙っている。もしまた悠が何かやらかしそうになった時の保険として。その様はすでに夫を尻に敷いている妻のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ皆、そろそろ練習に行こう!」

 

「「「えっ?」」」

 

「こうしてる間にも他のスクールアイドルたちは一生懸命練習してるはずだよ!遅れを取らないように頑張らないと」

 

 学園祭の話が一段落したところで穂乃果が突如立ち上がって皆にそう促した。"最高のライブにする"と強気に宣言した故か、普段より気合が入っているように見える。だが、それに絵里はストップをかけた。

 

「もう少し休みましょう。さっきまで炎天下の中ずっと休みなしで練習したし、せっかくラビリスさんや亜里沙たちも来てるのよ」

 

「えっ?………そう、だよね。なら穂乃果だけでも」

 

 絵里の言葉に納得したものの、それならば自分だけでもと1人で屋上に行こうとする。だが、今度は海未がストップをかけた。

 

「そう意気込むのは良いのですが………穂乃果、貴女も休んでください。最近頑張り過ぎですよ。いくら学園祭ライブのためとはいえ、少しはペースを抑えることも大事です」

 

 ラブライブ出場への最後の追い込みで観客全員に"最高のライブ"と思わせるぐらいじゃないとこの局面を切り抜けないのは確かであるのだが、過度な量の練習は逆効果だ。それに穂乃果は最近夜も走り込みをしていると言うし、明らかにやり過ぎである。しかし、

 

「大丈夫だよ。私はみんなのリーダーだから、もっと頑張らないといけないし」

 

「ですが……」

 

「大丈夫だって。穂乃果のことは穂乃果がよく知ってるから」

 

 穂乃果は海未の警告にあっけらかんとそう返した。それを聞いて海未は押し黙ったものの不服そうな表情になる。それはまるで本人のためを思って言っているのに全然言うことを聞いてくれない子供を見る母親を彷彿とさせた。すると

 

 

「穂乃果、少し休め」

 

「えっ?………悠さん?」

 

 

 選手交代と言うように海未に代わって悠が穂乃果を諭しにかかった。母親の言うことを聞いてくれないのなら次に言うのは父親だ。

 

「休憩も大事だ。頑張り過ぎて本番に踊れなくなったら元も子もないだろ。ここは絵里と海未の言うことを聞いておけ」

 

「でもっ!」

 

「穂乃果」

 

「……分かったよ」

 

 穂乃果は少々不服そうな表情であったが渋々と悠の言うことを聞いて元の定位置に戻っていった。それを見ていたメンバーはヒヤヒヤする場面から解放されてホッと安堵したが、悠と海未はため息をついた。

 

「ハァ………これで何度目でしょうね。一応悠さんの言うことは聞くんですけど」

 

「ああ……と言っても、頑張ること自体は間違ってないんだがな」

 

 さっきの不機嫌な表情が嘘のようにラビリスたちと楽しくお喋りしている穂乃果を見て、2人は心配そうにそう呟いた。何だか最近の穂乃果を見ていると危なげないと感じてしまう。このまま頑張り過ぎると、それが裏目に出てしまうのではないかと。

 そう思った悠の脳裏に過ったのはイゴールに見せられた未来夢だ。もしかしたら、あれは穂乃果が練習を頑張り過ぎて本番に倒れてしまったという未来かもしれない。

 

 

(これは……穂乃果を見張っておく必要があるかもな)

 

 

 今度菊花に【穂むら】のお手伝いを泊まり込みで申し出てみようかと悠は対策を考え始めた。何としてもあの最悪の未来を回避するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでラビリスと雪穂、亜里沙の特別学校見学はこれにて終了。穂乃果たちと合流してから駄弁ってしまったところもあったが、3人とも今日の見学は満足な様子だった。同時に本日の練習を終えた穂乃果たちもラビリスと一緒に帰宅する。自分も一緒に帰ろうかと鞄に手を掛けたその時、ポケットにしまっていた携帯が振動した。何なのかと開いて見ると、メールが一通届いていた。どうやら雛乃から来たらしい。

 

 

 

『悠くん、ことりと一緒に聞いてほしい話があるんだけど家に来てくれないかしら?』

 

 

 

 雛乃から話があるとはどういった内容だろう?とりあえず、南家に行こうと雛乃に今から行きますと返信メールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<南家>

 

ガチャッ

「お邪魔します」

 

 前に雛乃からもらった合鍵で南家に入った悠。何も反応がないところを見ると、まだ2人とも帰ってきてないようだ。とりあえず手でも洗うかと洗面所へと向かう。だが、

 

 

 

「「えっ?」」

 

 

 

 洗面所のドアを開けると、思わぬ光景があった。シャワーを浴びた後なのかタオルを手に取っていた雛乃の一糸纏わぬ姿があったのだ。

 

「「………………………………」」

 

 あまりのことに悠はフリーズしてしまう。今まで温泉で仲間の裸を見てしまったり、海で穂乃果のありのままの姿を目撃してしまったりとラッキースケベをかましてしまうことが多くなったが、まさか雛乃にも発動してしまうとは想定外だった。

 

 

「こ、これは……その……手を洗おうとしていた訳で、別にわざとという訳では………」

 

 

 悠は何とか必死に言い訳してみるが上手く舌がまわらない。だが、そんな悠とは正反対に雛乃は笑みを浮かべていた。甥っ子とはいえ、男に裸を見られているというのにあの余裕。穂乃果や千枝たちの時は桶が飛んできたというのに、これはどういったことなのか。もしや、これが年の功というものなのかと思っていると、雛乃は笑みを浮かべたまま悠に告げた。

 

 

「悠くん、とりあえず歯を食い縛りなさい」

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、どうしたの?顔がすごく腫れてるよ」

 

「……そっとしておいてくれ」

 

 家に帰って見ると、先に来ていたらしい従兄の顔がこれ以上ないくらい腫れていた。向かい側に座っている母の様子から何かあったことは容易に察せたが、ここは悠の言う通りそっとしておこう。ただし、後で何があったかは話してもらうことになるが。

 

 

「あの……俺とことりに話って何ですか?」

 

 

 気まずい雰囲気に耐えかねたのか、悠は早く本題に入ろうと雛乃にそう聞いた。すると、雛乃は鞄から仕事で使っているらしいパソコンを取り出してこう切り出した。

 

「実はね……朝方、義姉さんからメールが届いてたんだけどね」

 

「えっ?母さんから」

 

「叔母さんから?」

 

「2人にこれを見せてほしいって」

 

 雛乃はそう言うと持ってきたパソコンを開いて悠たちに目的のものを見せた。それは今朝届いたという悠の母親からのメールでそこにはこう書かれてあった。

 

 

 

 

 

 

"うちの悠とことりちゃんを留学させてみない?"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<???>

 

 

 

………ううっ……何故だ……何故だ………………

 

 

 

 同時刻、とある建築物のとある部屋である人物はパソコンの画面を眺めて苦悶していた。その表情はどこか虚ろで心の中は歪みに歪んでいた。

 

 

 何故だ。何故誰も見てくれない。自分こそが注目されるべきなのに、何故誰も見てくれない。周りの連中は皆あいつらのことばかりに目がいっている。

 

 

そうだ……あいつらさえいなければ……………()()()さえいなければ!こんな思いをせずに済んだのに!

 

 

 

 

 

 

 邪魔するな……邪魔するなじゃまするなジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャジャマスルナマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナジャマスルナ

 

 

 

 

 

 

 これ以上……自分の邪魔をするなッッッ!!

 

 

 

 

 その人物は人が変わったように目を見開くと叩きつけるようにパソコンのキーを打ち始めた。まるでキーを打つその指に一つ一つ怨念を込めるように。パソコンの画面には一つの文章が出来上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

"コレイジョウ ジャマスルナ"

 

 

 

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next chapter

「た、大変よ!!」

「随分と大きくなったわね」

「俺宛てに手紙?」

「今は大事な時期ですからね」

「だ、大丈夫………」


「頼む……元気になってくれ」


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#54「Don't bother me.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

先日は突然の番外編ですみません。何とかスランプからは脱せて更新できたのですが、運が悪いことにそろそろ試験が始まります。こればっかりは自分にとって重要事項なので続きが楽しみにしている方々、更新が遅くなりますので重ねてすみません。今回の話も読んで楽しんでくれたら幸いです。

お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・誤字脱字報告をしてくださった方・最高評価、評価を下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


それでは本編をどうぞ!


~放課後~

 

<音ノ木坂学院 屋上>

 

 

「はいっ!ここでストップ!休憩に入るわよ」

 

 

 学園祭まで残り数日となった今日、μ‘sメンバーは残り少なくなった時間を惜しむように練習に励んでいた。今はちょうど休憩に入ったところである。皆練習中に流した汗を拭き、乾いた喉を悠が用意したスポーツドリンクで癒していた。

 

 

「いや~絵里ちゃんのレッスンも厳しくなったねえ」

 

「そろそろ本番ですからね」

 

「うにゃ~、スポーツドリンクが喉に染みるにゃ~」

 

 

 絵里のレッスンが厳しいのは今に始まったことではないが、ラブライブ出場の天王山である学園祭ライブが迫っているせいか、いつもの倍以上厳しくなっていた。だが、それを苦と思うことなく穂乃果たちも負けじと食らいついていた。

 

 

「手を抜いている訳じゃないけど、みんなここまでよく付いてこれたわ。秋葉原のライブや臨海合宿もあってみんな最初とは比べようもないくらいレベルアップしてる。そう思わない、悠?」

 

「……………」

 

 

 だが、絵里が呼びかけても悠はどこかぼおっとして窓の外を眺めていた。珍しい光景に驚くが、絵里は再度悠を呼び掛けてみる。

 

 

「ねえ、悠」

 

「………………」

 

「ちょっと、悠。いい加減返事しないと怒るわよ」

 

「………………」

 

「悠ってば!!」

 

「うおっ!?……絵里か。すまない、どうしたんだ?」

 

 

 顔元まで近づいて大声で呼びかけてみると、ようやく気付いてくれた。どうやら不意を突かれたように驚いた様子だが、明らかに普段と様子がおかしい。

 

 

「どうしたかじゃないわよ。どうしたの?ぼおっとして」

 

「そ、そんなことはないぞ。ちょっと考え事してた」

 

「ふ~ん……考え事ね」

 

 

 しどろもどろにそう言う悠に絵里のみならず、その現場を目撃していた穂乃果たちも悠に視線を向ける。悠はそれに気づくと慌てて窓の景色に目を逸らした。

 

 

「あれ?ことりちゃん?」

 

「はうっ!な、何かな?穂乃果ちゃん」

 

「いや、ことりちゃんもどうしたの?悠さんみたいに何か悩んでるような顔してるよ」

 

「へっ!?……な、何でもないよ。ただ…ちょっと考え事が…」

 

 

 ふと見ると、ことりも悠と同じく考え事をしていたのか穂乃果に追及されていた。それを見て悠はふうと溜息をついた。

 

 

(ことりも………やっぱり、昨日のことだよな)

 

 

 原因はあのことだろうと悠は再びぼおっと景色を眺めながら昨日のことを思い出していた。あれは叔母の雛乃に呼ばれて南家を訪れた時のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~昨日~

 

<南家>

 

 

 

 

"うちの悠とことりちゃんを留学させてみない?"

 

 

 

 

「「留学……」」

 

 

 雛乃のパソコンに表示されている一つの文章。風呂場で生まれたままと雛乃と遭遇するというハプニングから数十分後、それを見た悠とことりはそう呟いた。

 

 

「私もこれを見て驚いてね。義姉さんに詳しく聞いてみたら、今年あたりに2人をパリに留学してみないかって。時期的に夏休みくらいからになるらしいわ」

 

 

「「……………………………………」」

 

 

 雛乃の言葉に考え込むように悠とことりは黙り込んだ。更に詳しく聞いてみると、外国にいる友人に悠とことりのダンスパフォーマンス動画を見せたところ、興味を持ったその友人がこの2人を留学させるべきだと言ってこの話がやってきたらしい。まさかあの仕事ばかりの母親が自分のみならず、従妹のことりまでも留学させようとしているなど思ってもみなかった。しかし、何故このタイミングでこんな話を。

 

「突然義姉さんから連絡が来たもんだから、正直私も対応に困ってね。今すぐ返事しなくてもいいんだけど、2人はどうしたい?」

 

 突然の話に2人は言葉を詰まらせてしまう。出来ることならこの話はなかったことにしてもらいたい。夏休みは稲羽で陽介たちと一緒に海へ行ったり花火見たりしたい。それに…あの事件の犯人を野放しにしたまま、日本を離れられるわけがない。しかし、母親から来た滅多にない留学という話を蹴るのも躊躇われた。一体どうしたいいのだろうと思っていると、

 

 

 

「もし行きたくないなら、行かなくてもいいのよ」

 

 

 

「「えっ?」」

 

 

 答えを出しかねていると、それを察したらしい2人に雛乃はそう言った。あまりにも意外な言葉だったのか、2人はハッと顔を上げて雛乃の顔を見る。2人の驚愕した顔は予想通りだったのか、雛乃は優しく微笑んでいた。

 

 

「あの…叔母さん。今のはどういう…」

 

「2人のことだから、稲羽で菜々子ちゃんと陽介くんたちと遊びたいって思ってるんでしょ?特に悠くんはあの町が大好きだし、菜々子ちゃんと夏休みに帰ってくるって約束しちゃってるしね」

 

「えっと……それは………」

 

「うん……そうだよね」

 

 

 図星を突かれたように2人はしどろもどろになった。どうやら当たりのようだと雛乃は心の中でほくそ笑む。

 

 

「私としても菜々子ちゃんが寂しがる顔も見たくないんだけどね…でも、留学なんて滅多にない話だもの。まだ返事するには時間があるから、どうするかはゆっくり考えなさい。最終決定するのはあなたたち自身よ。もし断ることになっても私が義姉さんにきちんと説明するから」

 

「…………ありがとうございます、叔母さん」

 

「ありがとう…お母さん」

 

 

 的確なアドバイスをくれた雛乃に2人は深々と頭を下げる。だが、次の瞬間、雛乃はどこか神妙な顔で2人に再度こう言った。

 

 

「…それと、これは違う話なんだけど。2人とも私に隠してることはないかしら?」

 

「「えっ?」」

 

「GWの時から思ってたんだけど……2人が私に隠れて何かに()()()()に巻き込まれてるんじゃないかって」

 

「「!!っ」」

 

「あの時稲羽で流行ってた"P-1Grand Prix"っていう噂に悠くんが出てたっていうことを耳にしたときから思ってたの。それに、悠くんは陽介くんに"やらなきゃいけないことがある"とか言ってたけど……それって何のことかしら?ラブライブのことって訳じゃないわよね」

 

 

 雛乃の指摘に悠とことりは言葉を詰まらせた。まさか雛乃は自分たちが何か事件に巻き込まれていることに気付いたのだろうか。だが、例え大切な家族であっても自分たちが"音乃木坂の神隠し"というペルソナやテレビの世界など現実では説明できない不可思議な事件を追っているなど言えるわけがない。叔父の堂島のようにそんなことなど信じてくれるはずないし、かといってこんなことに関わらせることなんてできない。

 

 

「「………………………………」」

 

 

 だが、どう誤魔化せばいいのか考えている故に黙ったままの様子を不自然に感じたのか、雛乃の目はどんどん疑惑に満ちていく。

 

 

「どうしたの?もしかして……本当に何かに巻き込まれて……」

 

「え、えっとね!!今度完二くんにお裁縫のことを色々と教わりたいかなぁって」

 

「完二くん?」

 

「そうそうっ!完二くんって私より上手だし今後のμ‘sの衣装づくりの参考になるし……それで、どっちが上手いかって対決することになったの。多分、それじゃないかな?」

 

 

 何かあるのかと追及しようとしたとき、先制攻撃をするかのようにことりがそんなことを言ってきたので雛乃は面を喰らってしまった。だが、目が完全に泳いでいるので我が娘ながら怪しい。すると、

 

 

「そ、そうだなっ!完二の裁縫の腕は商品価値がつくほどの腕だからな。ことりの知らないことをいっぱい知っているはずだから今後のためになる。だが、万が一完二に何かされたらすぐに俺に言うんだぞ。必ず俺が完二に然るべき鉄槌を下して」

 

「悠くん、落ち着きなさい!」

 

 

 ことりの言葉に便乗するようにとんでもないことを言いだした悠に雛乃はそう諭す。目が本気だったので本当にやりかねない勢いだ。いつも冷静沈着なのに何故家族のことが絡むとこうなるのは、一体誰に似たのだろう。

 

 

「お兄ちゃん、大丈夫だよ。確かに完二くんは良い人で服飾の技術を教わりたいって思ってるけど……完二くんはことりの趣味じゃないからっ!」

 

「!!っ」

 

 

 ことりの必死の言葉が通じたのか、悠は落ち着きを取り戻したように我に返った。

 

 

「ことりが一番大好きなのは……お兄ちゃんだから」

 

「………そうか。ことり、お兄ちゃんも大好きだ」

 

 

 そうして、いつものように悠はことりの頭を撫で始め、ことりも気持ちよさそうに目を細めて顔がふやけ始めた。

 雛乃はそんな仲良さそうにじゃれ合う2人を見てため息をつきながらも微笑ましそうに見つめていた。2人を見ていると若い時の自分と兄を思い出してしまう。もし、自分とあの人が本当の兄妹でなかったらどうしていただろう。そしたらあの時………だが、

 

 

(明らかに悠くんとことりは何かを隠しているわよね)

 

 

 あの反応からして、2人が何か隠し事があるのは明らかだ。おそらく今2人が言ったことも嘘なのだろう。追及したいが話は思わぬ形で逸らされてしまったので、今は分が悪い。今日はここまでにしておくが、もし2人が何かに巻き込まれているとあったときは自分が2人をしっかり守って上げなければ。

 

 

(だって私は……2人の母親だもの)

 

 

 心にそう誓った雛乃は改めて悠の母親に電話をした。返事はもう少し待って欲しいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の叔母とのやり取りから、悠は留学のことをずっと考えていた。悠としては雛乃の言う通り滅多にないしあの母親がお膳立てしてくれた機会なので受けたいとは思っている。だが、それ以上に”音乃木坂の神隠し”事件を解決するまでここを離れる訳にはいかないし、何より稲羽で休みを過ごしたという気持ちの方が強い。

 

 

「わあっ!すご~い!」

 

「私たちのことが新聞に載ってるにゃ~!」

 

「何だか感動しますねぇ!」

 

 

 この話はどうしたものかと思っていると、近くで穂乃果と凛、花陽の歓声が聞こえてきた。何だろうと見てみると、3人は一枚の紙きれに目を輝かせていた。

 

 

「新聞?」

 

「ほら、これだよ」

 

「??」

 

 

 お父さんが読んでいた新聞を返す娘のように悠に新聞を渡す穂乃果。見てみると、それは学校の新聞部が発行している校内新聞で、数日後に行われる学園祭についての特集が載ってあった。その記事には注目の出し物やイベントなどが紹介されていたが、一面を飾っていたのはμ‘sのライブについてだった。

 学園の救世主だとかラブライブ出場へは確定など相当期待を込めていた内容だったので、少し歯がゆくなる。最後の方にマネージャー"鳴上悠"のパフォーマンスもあるのか?などまたも謎のことも書いてあったのだが、そっとしておこう。

 

 

「こうしてみると、俺たちはとても期待されているようだな」

 

「そうやね。…………ん?あれ?」

 

 

 すると、後ろから一緒に新聞を見ていた希はそう声を上げたかと思うと新聞のとある部分に目を付けていた。

 

 

「どうしたんだ?希」

 

「いや、これ」

 

 

 希が悠に学校新聞のある部分を指さした。そこには”オカルトの誘い”という見出しのコーナー、所謂学校の七不思議と言ったオカルト系の内容を紹介している記事があった。読んでみると、学校の七不思議の一つである何かを紹介している内容だったが重要なのはそこじゃない。希が注目していたのはその記事の最後に"しばらく休載します"という後書きのところだった。

 

 

「これがどうしたんだ?」

 

「いやな。ウチ、この新聞のこのコーナーがお気に入りやったんやけど、最近掲載されていないなあと思ったらこういうことになっとって。これを見て新聞部の部員が一人休部したって話を聞いたことを思い出してな」

 

「休部?」

 

「何でも本人が休部を申し出たんやって。何でか知らんけど、部長さんは自分の書いてた記事が全く評判良くなかったからじゃないかって言ってたよ。結構自己顕示欲が強そうな人やったらしいけどな」

 

「はあ」

 

 

 それは生々しい話だなと思った。自作の漫画や小説の話なら分かるが、たかが学校新聞の記事でそこまでなるとは。本人にしてはそれが大切なことだったのかもしれないがあまりそういう欲がない悠にとっては理解しがたい内容だった。しかし、

 

 

「新聞部……か」

 

 

 今まで気づかなかったが、こんなコーナーがあったとは。忘れていた訳ではないが、今悠たちが追っている事件はこの学校で流行っている”音乃木坂の神隠し”という噂が元に発生していると考えられている。もしやこの新聞部の部員は何か知っているではないだろうか。

 

 

prrrrrrrrrrrr!!

 

 

 改めて新聞部のことを思っていると、悠の携帯の着信音が鳴った。

 

 

 

『せんぱ~い♡久しぶり~!あなたのりせだよ♡』

 

 

 

 電話に出てみると、相手はりせだった。どうやらレッスンの休憩がてらに電話してきたらしい。携帯から聞こえてきた甘いアイドルボイスでりせと分かったのか、近くにいた希とことり、真姫たちが一斉に声の主を仇を見るかのように睨みつける。

 

 

「わ…悪い、ちょっとりせから電話が来たから」

 

 

 この状況はまずいと判断したのか、悠は皆に断ってりせと電話をしようと屋上から去っていった。何故皆がそんな反応をするのかは分からないが、せっかく厳しいレッスンの休憩を利用してまで電話してくれたのに、それに応じないのはりせが可哀そうだ。ここ最近構ってあげられなかったので電話の相手ぐらいしてもバチは当たらないだろう。すると、

 

 

「……ことり、お兄ちゃんについていく」

 

「ああっ!ことりちゃん!練習は?」

 

 

 穂乃果の制止の声も聞かずに、ことりは問答無用に悠の後を付いていって屋上から去っていった。ことりと悠の姿が見えなくなると、絵里たちは思わず溜息をつく。

 

 

「はあ…相変わらずのブラコンぶりね」

 

「だって、鋼のシスコン番長とブラコンエンジェルだし」

 

 

 相変わらずのブラコンぶりに皆はやれやれと肩をすくめた。

 

 

「ことりに彼氏が出来たらその彼氏が大変ね。あの悠に厳しくチェックされるわけだし、下手したら粛清されかねないわ」

 

「それ言ったら悠さんもだにゃ。その彼女さんも絶対ことりちゃんにあの冷たい目でチェックされるんだよ。それに加えてあの堂島さんと理事長のチェックも入るし」

 

「「「「……………………」」」」

 

 

 凛の発言で妙な寒気を覚えながらも改めてそんな状況を想像してみる一同。仮に悠と結ばれたとしても、日々あのブラコンの冷たい目線にさらされ、加えて”鬼の刑事”と恐れられる堂島とことりと同じ属性であろう雛乃に品定めされる。考えてみれば考えるほど末恐ろしく思えてきた。もしかしたら、唯一の癒しである菜々子でさえも……

 

 

「…菜々子ちゃんの彼氏さんがもっと大変かも。その4人のチェックを同時に受ける訳から。それに陽介さんとか雪子さんとかも」

 

「「「「…………………」」」」

 

 

 屋上に更に気まずい沈黙が訪れる。そんなことを考えるとますます末恐ろしくなってきた。やはり自分たちとの恋路は一筋縄ではいかないのか。そんな憂鬱な気持ちになる前に彼女たちは練習に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ええっ!センパイ、学園祭のライブでダンスやらないのぉ!私オープンキャンパス行けなかったから、今度こそ生のセンパイのダンス見れるって思ったのに~~』

 

「はは、俺はマネージャーだからな」

 

「………………………」

 

 

 悠は廊下を歩きながらりせとの通話に集中していた。背後から付いてくることりから凄まじい圧を感じるのは気のせいだろう。そんな悠の心情を知らずに電話の向こうのりせは悠のダンスパフォーマンスがないことにぐちぐちと文句を言っていた。

 

 

『ぶう~……あっ、そうだっ!せんぱいって夏休みに稲羽に帰るでしょ?その時に、みんなには内緒で2人で海か温泉に行こうよ』

 

「えっ?」

 

『この間はあんまりデートらしいデートできなかったしぃ、GWの時はことりちゃんとかのせいで中々2人っきりになれなかったしぃ……いつもいつもことりちゃんばっかりズルいからたまには私のターンもあっていいよね?』

 

「あ、あの……りせ?」

 

『じゃあ、そういうことで夏休みよろしくね。ことりちゃんや希ちゃんにバレないように注意してよ、セ~ンパイ♡』

 

 

 またもや一方的に電話を切られてしまって呆然とする悠。それにしても、何だが夏休みの気苦労が増えた気がするのだが……そっとしておこう。

 

 

「お兄ちゃん…りせちゃんと何か秘密の約束とかしなかった?」

 

「えっ?……な、なんのことだ?」

 

「今、ことりに内緒でりせちゃんと海か温泉に行こうって約束しなかった?しかも原付で」

 

「何でそんなに具体的なんだ?しかも何で原付?」

 

 

 ことりの疑いを向ける視線が痛い。何とか上手く誤魔化せないかと策を巡らせようと考えていると、

 

 

「………ことりも原付の免許取ろうかな?」

 

「ダメだっ!原付はことりには危ないし、バレたら叔母さんに叱られるぞ!」

 

 

 血迷って原付の免許を取ろうとすることりを必死に止める。ことりの説得に必死になっていると、気がつけばアイドル研究部室に着いていた。一先ず部室に入ろうと何とか会話を繋ぎながらドアを開ける。

 

 

「あれ?テーブルに何か置いてある。これって、封筒?誰からかな?」

 

「本当だ。差出人は……書いてないな」

 

 

 部室に戻ると、テーブルに茶封筒が置いてあった。何だろうと思って手に取って見るが、封筒には差出人も宛名も何も書いていなかった。一体中身はなんだろうと封を切って開けてみると手紙が一通入っていた。書かれていたのは次の文章だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"コレイジョウ ジャマスルナ"

 

 

 

"コレイジョウ ジャマスルト タイセツナヒトヲ ケシチャウヨ"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「!!っ」」

 

 

 書かれてあった一文に悠は絶句する。ワープロで印刷されたカタカナだけの文章。だが、内容は………

 

 

 

「お、お兄ちゃん……これって…………」

 

 

「脅迫状……うっ!」

 

 

 

 脅迫状と言えばと悠は去年の事件の記憶がフラッシュバックした。菜々子が誘拐された時に送られたあの時。それを思い出した瞬間、激しい頭痛と眩暈が襲ってきた。

 

「お兄ちゃんっ!どうしたのっ!?」

 

 周囲の声と音の代わりにあの時の感覚が蘇ってくる。

 

 

 

 

 

―――菜々子がいなくなったときの焦りと葛藤

―――菜々子の手が冷たくなった時の絶望と喪失感

―――誘拐した犯人への抑えきれない怒りと憎しみ

 

 

 

 

 1つ1つが鮮明に蘇ってきた。あの時の激情が戻っていて耐え切れなくなったその時、

 

 

「お兄ちゃんッ!しっかりして!!」

 

 

 思わず立っていられなくなると思った瞬間、ことりが必死の呼びかけに意識を何とか取り戻した。まだあの時のことがトラウマになっているのかと悠は思わず溜息をつく。まあ、人生で一度あるかないかというぐらいの修羅場だったのでそう簡単に忘れられるはずもないし、忘れるつもりもない。呼吸を整えて落ち着いた悠は改めて脅迫状を見返した。

 文面はあの時と同じくワープロ文字。筆跡で人物特定されないための対策だろう。文章の内容からみると、やはりこれを書いたのは自分たちが追っている犯人なのだろうか。それに"これ以上邪魔するな"か。

 

 

「お、お兄ちゃん……どうしよう」

 

 

 ことりが不安げな表情でそう聞いて来る。このタイミングで自分たちが追っている人物であろう者からこんな手紙が来た事態を呑み込めないのか、随分と戸惑っているように見える。まあ、一度事件に遭遇しているからと言って冷静でいられる悠の感覚がおかしいだけなのであって、ことりの反応は至極当然なのである。そんなことりの呟きに悠は一言こう返した。

 

 

「一先ず俺はあるところに連絡する。ことりは練習に戻れ」

 

「えっ?でも……」

 

「話は練習の後だ。なるべく穂乃果たちにこのことは言うなよ」

 

「う、うん……」

 

 

 今まで見たことがない張り詰めた表情でそう言われてはことりは頷くしかなかった。このような事態をどう解決したらいいのか自分には分からなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<屋上>

 

 

「あれ?ことりちゃん、悠さんはどうしたの?」

 

「えっ?………」

 

 

 屋上に戻って早々、悠がいないことに言及する穂乃果にことりは内心焦った。周りのメンバーも一斉にこちらを見つめてくる。何とか誤魔化そうとことりは必死に言い訳を考えた。

 

 

「え、えっと……りせちゃんに呼び出されてアキバに行っちゃった。何か……お兄ちゃんに相談したいことがあるとかなんとかで」

 

「そうなんだ。りせちゃんの頼みじゃしょうがないね」

 

「そうなんだじゃないわよ!?あいつ、国民的アイドルから呼び出されるってこと自体が凄くレアだってことに気づいてないのかしら。ったく、あのお人好しめ………」

 

「にこちゃん…何か嫉妬キャラみたいになってるよ」

 

 

 咄嗟についた嘘だが信じてくれたようだ。何とか誤魔化せたとことりは一安心したが、すぐにどこか視線を感じた。ビクッとなって見てみると、希と海未がこちらを疑惑の目で見ていた。流石にこれにはことりも焦ったのか、しどろもどろに話しかけてみた。

 

 

「の、希ちゃん・海未ちゃん?どうしたの?」

 

「いや、珍しいなって思って」

 

「へっ?」

 

「りせちゃんが絡んだら思わず突っかかりそうなことりちゃんが簡単に悠くんを行かせるなんてな」

 

「(ギクッ)……ま、まあ…たまにはいいかなって。あんまり独り占めしちゃうと、またブラコンって言われちゃうし……」

 

「今更でしょ。ことりがブラコンなのはみんな知ってますから」

 

「そ、そうだったね。あはははは」

 

「「…………………」」

 

 

 あからさまな作り笑いを浮かべることりに疑惑の視線を向ける海未と希。他の皆は気付いていないが、この反応はあからさまに怪しい。もしやさっき何かあったのだろうかと、2人は気にせずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<メイド喫茶【コペンハーゲン】>

 

 

「これは明らかに脅迫状ですね」

 

 

 練習を終えた放課後、秋葉原のメイド喫茶【コペンハーゲン】で悠と合流した直斗は脅迫状を手にそう言った。ネコさんに内緒話したと願い出たところ、奥の個室を貸してもらった。ちなみに先ほどことりから希と海未に感づかれたっぽいから一旦自分は家に帰ると連絡が入ったので、ここにはいない。

 

 

「これはμ‘sの部室に置いてあったんですよね。先ほどの先輩の話から察するに、これを置いたのはやはり学校関係者ということになります」

 

「……やっぱりか」

 

 

 近日に学園祭を控えている音ノ木坂学院は放課後も遅くまで残って作業している学生が多い。もし外部の人間が校内に入り込んだら何人かの生徒に見つかっているはずなのだが、悠が聞き込みしたところ、そのような人物は見かけなかったという。

 

 

「………このことをμ‘sの皆さんたちには?」

 

「いや、伝えてない。むしろ…伝えない方がいいかもしれない」

 

 

 ラブライブの選考の期限が迫った今、こんなことを穂乃果たちに知られたら気が気でなくなり、ライブどころではなくだろう。直斗もそれがいいと判断したのか悠の意見に同意する。

 

 

「確かに、今は大事な時期ですからね。ですが……本当にそれでいいんですか?」

 

「えっ?」

 

「この文面からは分かりませんが、仮に犯人の目的が今回の学園祭ライブの妨害だった場合、あちらが何をしでかすかもしれません。それこそμ‘sメンバーへの暴行や恐喝、ステージの破壊など」

 

「そ、それは………」

 

 

 悠らしくない狼狽ぶりを見て直斗は目を伏せてこう言った。

 

 

「鳴上先輩、やっぱり……去年の菜々子ちゃんの事件がまだトラウマになってるようですね」

 

「!!っ」

 

「いつもの先輩らしい冷静さが欠けています。先輩はこの状況を一人で何とかしようとしているみたいですが、今のそんな状態では難しいと思いますよ」

 

「そ、それは………………」

 

 

 痛いところを突かれた悠はそのまま項垂れてしまう。直斗の指摘通り、この件は何とか自分一人で解決しようとしていたが、改めてそう言われてると心に来る。

 

 

「……僕だって忘れられませんよ。あの時僕がもっとしっかりしていたら、あんな思いを菜々子ちゃんや先輩にさせることはなかったのに……」

 

 

 直斗はそう言うと頭に被った帽子を深く被り直した。あの時の悔しさを思い出したのか、帽子の唾を握る手に力が入っている。どうやら悠だけでなく直斗にとってもあの事件は忘れがたいものらしい。

 

 

「……あれは直斗のせいじゃない。俺だって、間違いを犯しそうになった」

 

「ですが………」

 

「「………………………」」

 

 

 2人の間に沈黙が訪れる。すると、悠と直斗の目の前にコーヒーカップが置かれていた。

 

 

「ネコさん?」

 

「これはサービス。ミナミンのことで世話になってるからねぇ。これ飲んで元気だしな。そこの後輩くんも」

 

「「………ありがとうございます」」

 

 

 気を遣ってくれたネコさんにお礼を言うと、悠と直斗はコーヒーを口にした。温かいものを飲んだお陰か、先ほどの暗い雰囲気が嘘のようになくなっていた。何だかさっきまでウジウジ悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。2人のその様子を見て安心したネコさんは問題なしと言うように厨房へと戻っていく。

 

 

「何悩んでいるかは聞かないけどさ、過去のことを気にしすぎない方が良いんじゃない?大事なのは今をどうするか、だろ」

 

 

 去り際にネコさんにそう言われて2人は何かに気づかされた気がした。ネコさんの言う通り、あの時のことを引きずっては元も子もない。今打てる最前の手を考えようと悠と直斗は再度話し合いを進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直斗との話し合いを終えて帰宅するために暗い夜道を歩いている最中、悠は一人物思いにふけっていた。まさかラブライブ出場が掛かった学園祭ライブを目前にして、犯人らしき者から脅迫状が届くなど想定外だった。いや、絵里と希の事件以降、何かとあって緩み過ぎていたのかもしれない。現状まだ穂乃果たちをテレビに落とした犯人は野放しになっているどころか、まだその正体さえも掴めていない。だからこそ、このタイミングでこのようなことが起こってもおかしくなかったのに。

 

 

(俺は………………)

 

 

 

 

 

「あれ?悠さん、こんなところでどうしたの?」

 

 

 

 

 あまりのことに目の前が真っ暗になりかけた時、誰かから声を掛けられた。

 

 

「穂乃果?」

 

 

 振り返って見てみると、そこにいたのは穂乃果だった。ジャージ姿で少々汗を掻いているところを見るとランニングの最中だったらしい。こんなところで穂乃果と遭遇するとは驚きだが、向こうも突然の悠との遭遇に驚いていた。

 

 

「いや~今ランニングしてたところで……って、あれ?ゆ、悠さん本当にどうしたの!?そんな死にそうな顔して」

 

「えっ?………」

 

 

 穂乃果が顔をずいっと近づけてそんなことを言ってくる。その動作に悠は少しドキッとしてしまった。

 

 

「……何かあったの?」

 

 

 探るような目でこちらを見つめてくる穂乃果。その姿は稲羽で何かあったときに心配そうに見てくる菜々子を連想させた。しかし、

 

 

「ごめん。俺はこれで」

 

 

 穂乃果の視線から目を逸らしてその場から離れようとする。脅迫状のことはまだ穂乃果たちには伏せておきたかったので、思わず口が滑りそうになる前に立ちさろうと思ったが、それは叶わなかった。

 

 

「ダメだよ!そんな状態で帰ったら危ないよ!」

 

 

 穂乃果が見ていられない表情で立ち去ろうとする悠を止めようとガシッと手を握ったからだ。

 

 

「お、おいっ!穂乃果」

 

「……………」

 

 

 穂乃果が再びジイィと悠の目を見つめてくる。このままではまずいと冷や汗を掻いていると、穂乃果は何か気がついたようにこんなことを言ってきた。

 

 

「もしかして悠さん……()()()()()()()()?」

 

「えっ?」

 

「なんなら穂乃果の家においでよ!ここからならこっちの方が近いし」

 

「えっ?あの…穂乃果?」

 

「そうとなれば善は急げ!早く行こうか!」

 

「お、おい!穂乃果」

 

 

 何を勘違いしたのか穂乃果は悠が空腹で倒れそうになったと思ったらしく、それならばと無理やり手を引っ張ってり家へと連れて行く。予想外の穂乃果の行動に悠は流れに身を任せるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<和菓子屋【穂むら】>

 

 

「さあさあ鳴上くん、いっぱい食べなさい。男の子なんだし食べないと元気でないわよ」

 

「は、はい」

 

 

 成り行きで高坂家だけでなく夕飯の食卓にお邪魔してしまったりしている。

 穂乃果に連行された時間帯はちょうど閉店時だったので不幸中の幸いかお客さんはいなかったが、穂乃果が悠を連れてきた光景にレジの管理をしていた菊花が目を輝かせていたのが目に入ってしまった。そして、穂乃果が事情を説明したところ、更に目を輝かせて是非とも一緒に夕飯を取ろうと強制的に食卓に座らされて今に至る。

 

 

「はむっはむっ………そうだよ。悠さんもたくさん食べなきゃ元気にならないよ」

 

「アンタは食べ過ぎよ。もうちょっと自重しなさい。太っても知らないわよ」

 

「はうっ!」

 

「なるか……悠さん、お姉ちゃんのことは気にしないでいっぱい食べてください」

 

「あ…ああ」

 

 

 ちなみに、穂乃果のお父さんは明日の仕込みのために厨房に籠っている。夕飯を運び出すのを手伝う際に厨房ですれ違ったが、いつものように殺意の投影は出さず悠を気遣うように接してくれたのは驚いた。何やら事情を察して気遣ってくれたようだったのだが、普段と違う対応をされると戸惑ってしまったのは内緒だ。

 

 

「あっ、これはうまい」

 

 

 とりあえず食卓に並べられた菊花の料理を食べようと目に入った肉じゃがに箸をつけてみると、ふとそんな感想が出てしまった。それを聞いた雪穂は顔をパアと輝かせる。

 

 

「えっ!?そ、そうですか?」

 

「ああ…ちょっと煮崩れしてたり味が濃かったりとまだまだ足りないところはあるが中々の味だ。でも、これ菊花さんが作ったやつじゃないよな?」

 

 

 悠の言う通り、この肉じゃがは煮崩れしたり濃かったりしているので料理上手の菊花が作ったにしては拙すぎる。もしやと思って雪穂の方を見てみると、雪穂は何故か頬が赤色になり始めて口元が緩み始めていた。どうやら悠に中々の味と評価されて照れているようだが、鈍感な悠はそんなことには気づいていない。すると、向かいの席でその様子を見ていた菊花がニヤニヤしながら茶々をいれた。

 

 

「あら~雪穂ぉ?良かったじゃない、初めての料理を褒めてもらって」

 

「ちょっ!?お母さん!?」

 

「???」

 

「ん?…あ、これ雪穂が作ったんだ。悠さんの言う通り、何か煮崩れしてるし味が何か濃いし……あんまり美味しくな」

 

「お姉ちゃんは黙ってて!!」

 

「ええっ!?何でそんなに怒ってるの!?」

 

「怒ってなんかない!!」

 

「???」

 

「うふふふ、姉妹で男の子を取り合うこのシチュエーションも中々良いわね」

 

 

 その光景を菊花はニヤニヤして見守っていた。これはまた、いつも通りの高坂家だなと悠はそう思いながら箸を進めて行った。その最中、いつもの如く厨房から感じたくなかった殺意の投影を感じたのはそっとしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕飯も終わって久しぶりの高坂家の温かさに触れて心と体も癒された。

 

 

「じゃあ俺は帰ります」

 

「えっ?鳴上くん、もうちょっとゆっくりしていいのよ」

 

「いえ、そう言う訳には。時間も時間です」

 

 

 

 

ザアアアアアアアアアアアアアア

 

 

 

 

「……し?」

 

 

 外は大振りの雨が降っていた。突然の天気の変わりように唖然としまう。携帯の天気予報を見てみると、この時間帯から大雨の予報が出されていた。この展開に何故かデジャヴを感じてしまう。恐る恐る後ろを振り返ってみると、年甲斐もなく目をキラキラさせている菊花の顔があった。

 

 

「鳴上くん、今日は泊まりなさい☆」

 

 

「…………でも、俺着替えが」

 

「大丈夫よ。こんなこともあろうかと、鳴上くんのお着替えは部屋に用意してあるから☆」

 

「………………………一応叔母さんに」

 

「雛ちゃんには私から連絡を入れといたわよ。説得に結構時間かかっちゃったけど☆」

 

「………………」

 

 

 あまりの用意周到さに悠は苦笑いするしかなかった。もしやこうなることをこの人は想定していたのか。もしそうであるなら、こういう人こそ悪魔というべきではないのかと一瞬考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はあ…それで今穂乃果の家に悠さんが泊っていると』

 

 

 同じころ、自室のベッドでゴロゴロしていた穂乃果は海未と電話していた。

 

 

「うん…さっきお母さんがことりちゃんのお母さんに電話したらしいんだけど……何か笑顔なのに怖くて…"ブラコンに言われたくない"とか"そんなだと嫌われるよ"とか聞こえた気がしたけど」

 

『……………』

 

 

 あの2人の間にどのような会話があったのか容易に想像できてしまった。きっとお互い電話越しで大ぴらに言えない黒歴史をバラし合いながらオハナシしていたのだろう。触れたら何か大人の真っ黒な部分を見てしまいそうなので、この件に関してはそっとしておこう。

 

 

「それはそうと、何か悠さんの様子がおかしいんだよね」

 

『………というと』

 

「いや、最初はお腹減り過ぎて倒れそうになったなのかなって思ったんだけど……今思ったら、悠さん事件が起こった時と同じ顔してたなって思って」

 

『!!っ。それは本当ですか!?』

 

「う、うん……それに、さっき悠さんの携帯に着信が入ってて。ちょっと着信主みたら、直斗くんだったんだよね」

 

『直斗……ですか』

 

 

 直斗の名前が出たせいか海未の声色がシリアスになる。悠が直斗と協力して事件のことを追っていることはGWの時には知っていた。あれから悠が直斗と連絡を取ったのは絵里の事件以来なかったと言っていたが………

 

 

『直斗が悠さんに連絡を取ったということは…何か事件に関することがあったんじゃないでしょうか』

 

「うん。もしかして悠さん、事件関係のことで何かあったのかな?例えば…犯人が会いに来たのとか」

 

『そ…それは………確かにそう考えれば、今日のことりの急変した態度にも説明がつきますね』

 

「ことりちゃん?……何もおかしくなかったと思うけど?」

 

『ハァ…………とにかく、悠さんがりせと通話して屋上を去った後に何かあったのは間違いありません。ことりにはこれから電話して問い詰めますが、穂乃果もタイミングを見て悠さんに聞きだしてみてください』

 

「う、うん……分かったよ」

 

『お願いしますね。学園祭がもうすぐということもありますが、悠さんがまた一人で抱え込んでいるのであれば放っておけませんから。それでは』

 

 

 海未との通話を終えた穂乃果は一息ついてベッドに転がり込んだ。正直海未は神経質だと穂乃果は思った。確かに悠が事件が起こった時のような真剣な表情をしていたのは事実なのだが、だからと言って事件が起こったとは限らないだろう。もしかしたら学園祭のことで気張って疲れているだけなのかもしれないし、実際一緒に食事をしてから悠も元気になっているので、その可能性は低いだろう。そう想うと、何だか馬鹿らしくなってきた。

 

 

「………よしっ」

 

 

 すると、時計を見て頃合いだと言わんばかりに起き上がった穂乃果はジャージに着替えて部屋を出る。これからトレーニングのためにランニングをしに行くのだ。しかし、海未経由で監視を任されている雪穂に見つかったら止められるので、見つからないようにこっそりと忍び足で玄関へ向かう。すると、

 

 

「なるか……悠さん、この問題はどう解けば」

「ああ、これはな……こうやって………こうだ」

「なるほどっ!そういうことでしたか」

 

 

 リビングから悠と雪穂のそんな声が聞こえてきた。気になってリビングを見てみると、2人は勉強していた。せっかくだからと菊花の勧めで雪穂が悠に勉強を教えてもらっているようだ。何だかここに来る前に見た死にそうな表情とは違って、生気が戻ったようで穂乃果は一安心した。

 

 

(これは…チャンスっ!)

 

 

 どうやら2人は勉強に集中しているので自分の気配に気づいていない。見つかる可能性は0だと踏んだ穂乃果は意気揚々と玄関に向かった。

 

 だが、穂乃果はふと足を止めた。思えば悠がここに来たのはどこか辛そうな顔をしていたのを心配したのが始まりだったが、それに関して穂乃果は思わず考えてしまった。

 何故悠はあんな死にそうな顔をしておいて、自分に相談してくれなかったのだろう。事件に関することが起こって、それを特捜隊の後輩で探偵である直斗に相談するのは分かる。でも、何でいつも近くにいる穂乃果たちには相談してくれないのだろう。考えられる理由としては学園祭ライブを数日に控えた自分たちに心配をかけたくないからというのが考えられる。ただ、ふとこうも考えてしまった。

 

 

 

 

 

―――――穂乃果は何も出来ないから……

 

 

 

 

 

 そう考えてしまうと胸がチクリと刺さった。今までのことを振り返ってみると、あの事件を追いかけて今日まで自分は何も出来ていない。悠みたいにペルソナを使えないし、海未たちのように自分の影と向き合った訳でもない。対して自分はただオロオロしているだけで、風花のゴマ団子という武器を持ったとしても、皆に迷惑をかけるだけだった。それはつまり、役立たず。

 

 

「……………………」

 

 

 今までのことを振り返って胸に大きな蟠りを感じてしまった穂乃果は見つからないように外へ行く。ドアを開けると大雨が降っていた。いつもなら止めにするところだが、思わぬ衝動に駆られて穂乃果はフードを被って大雨の中を駆け出した。

 

 

 

 

―――このままではいけない。自分も何かの役に立たないと。せめて、今回のライブは自分が一番頑張らないと。

 

 

 

 

 先ほど芽生えたネガティブな気持ちを紛らわすためにそう呟きながら穂乃果は走る。相当な土砂降りのせいで何度かやめにしようかという気持ちになりかけたが、自分が一番頑張らなくてはならないという想いが穂乃果の足を動かした。そんな中、自分は何故か涙を流しているのが不思議でたまらなかった。

 

 

 大雨の中、思いっきり走り込んでしまってのでずぶ濡れになって帰宅した。その際、悠と雪穂にとても心配されたのだが、穂乃果は珍しく反抗的な態度を取ってお風呂に入っていった。その姿に2人は一体どうしたのだろうかと、穂乃果を心情を察することはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数日後~

 

<鳴上宅>

 

 

 

「……これで準備は万端だな」

 

 

 

 学園祭を明日に控えた頃、悠は自宅でそう呟いた。練習やリハーサルの様子を確認したところ、穂乃果たちのパフォーマンスは完璧だ。本番でもこれまで以上のパフォーマンスを見せてくれるだろう。このままいけば……の話だが。一応直斗との話し合いの末に打てる手は打っておいた。しかし、これが万全とは限らないし当日にならないとそれは分からないだろう。

 

 

prrrrrrrrrrrr!!

 

 

 すると、悠の携帯に着信が入った。誰だろうかと思って見てみると、着信主は雪穂となっていた。

 

 

「もしもし」

 

『あっ!?悠さん!!お姉ちゃん見ませんでした?』

 

「穂乃果?」

 

『実は…さっき家にいた筈なのに、いなくなっちゃって』

 

「!!っ」

 

 

 雪穂からその言葉を聞いた途端、悠は携帯を放り投げて家から飛び出していった。脅迫状が届いたこのタイミングで穂乃果がいなくなった。まさか、もう犯人が穂乃果に接触したのではないか。そう思った悠は心底焦って穂乃果を探した。

 

 

 

 

~しばらくして~

 

 

 

「穂乃果っ!?」

 

「ゆ…悠さん?………」

 

 

 家に飛び出して辺りを探索していると、フードを被ってランニングしていたらしい穂乃果を発見した。どうやら穂乃果は無事だったようだ。あちこち探しているうちに去年のトラウマが蘇りそうになったので、悠は穂乃果が見つかったことに安堵する。

 

 

「ハァ…ハァ……穂乃果、無事でよかった」

 

「えっ?…無事って…どういうこと?」

 

 

 穂乃果が無事だったことに安堵したせいか思わずポロッと事情を話しそうになった悠は慌ててしまう。まだあのことについては穂乃果の耳には入れたくないので何とか誤魔化す。

 

 

「い、いや…さっき雪穂から穂乃果の帰りが遅いって連絡があってな。心配になって探しにきたんだ」

 

「………………」

 

「明日は学園祭だし今日は早く寝た方が良い。穂むらまで送っていくから、帰ろう」

 

 

 そう言うと、悠は穂乃果の手を握って家に送ろうとする。だが、穂乃果はそれを拒否するかのようにその場から動こうとはしなかった。

 

 

「穂乃果?」

 

「……………もう少し走り込む」

 

「えっ?」

 

「だから、悠さんは帰って」

 

「………穂乃果、明日が学園祭だってことは分かっているだろ。今そんなに無理して明日の本番で倒れてしまったらどうするんだ。明日のことを考えて今日はゆっくり」

 

 

パシッ!

 

 

 悠がそう言い終える前に、穂乃果は悠が握った手を強引に放した。突然のことに驚いていると、穂乃果が震えた声で呟いた。

 

 

だって……

 

「えっ?」

 

 

 

「だって!穂乃果には何もないもん!!悠さんには分からないよ!!ペルソナを持ってなくて足引っ張って何も出来ない穂乃果の気持ちなんか!!」

 

 

 

「!!っ」

 

 

 唐突に言われたことに悠は思わず狼狽してしまう。だが、隙を与えないようにと穂乃果は追撃を続けた。

 

 

「悠さんがそんなに穂乃果のことを心配したのって、事件が起こるかもって思ったからでしょ!?何も起こらなかったら、悠さんが穂乃果のことを心配するなんてありえないもん!!」

 

「そ、そんなことは……」

 

「穂乃果は知ってるよ!悠さんがコソコソ穂乃果たちに黙って事件を追ってること!ことりちゃんや直斗くんには相談したのに、穂乃果たちには何も相談してくれなかったじゃん!!何で!!何で穂乃果には相談してくれないの!?ペルソナを持ってないから?じゃなかったら、同じペルソナを持っていないことりちゃんより穂乃果が役立たずだから!?」

 

「おいっ!」

 

「言ってよ!?ねえ、言ってよ!?本当の理由を!?ねえ!ねえったら!!」

 

「……………」

 

 

 穂乃果の剣幕に悠は言葉が出なかった。こんな感情的になった穂乃果は初めて見るし、その穂乃果が指摘したことにどう答えたらいいのか分からず只々黙り込むしかなった。だが、それが逆効果となる。

 

 

「は、ははは……そうなんだ……言えないよね。言えるはずないもんね。だって、穂乃果は役立たずだから……スクールアイドルじゃない私は…ペルソナを持ってない……自分と向き合ってない穂乃果になんか……みんなの足を引っ張るお荷物だもん……」

 

 

 穂乃果は悠の対応をそう捉えてしまい、虚ろな目でそう言った。ランニングを再開しようと悠の脇を通り過ぎようとする。

 

 

「うっ……」

 

 

 突如、穂乃果は先ほどの元気が嘘のようにフラフラになって電柱に激突してしまった。

 

 

「お、おい!穂乃果…」

 

「だ、大丈夫…大丈夫だから……これくらい………(バタンッ)」

 

「穂乃果っ!!」

 

 

 穂乃果はふらふらになって悠にもたれかかってしまう。見ると、穂乃果の顔が赤い。額に手を当てると火のように熱かった。もしや風邪を引いてしまったのではないか。だが、ここで考えていてもこの事態が解決するわけではない。だが、病院ん連れて行こうにもここから西木野総合病院はあまりにも遠い。とにかく急いで看病しなくてはと悠は穂乃果を抱きかかえて、ここから近い【穂むら】へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<穂むら>

 

 時刻が翌日を指す前、やけにランニングからの帰りが遅い穂乃果を心配して玄関付近で待機していた菊花。見ると、遠くから誰かがこちらに向かってくるのが目に入った。よく見ると、それは……

 

 

「な、鳴上くん!?どうしたの、こんな時間に……って、穂乃果!?」

 

「突然体調を崩してしまって。早く寝かせないと」

 

「分かったわ!!早くこっちに」

 

 

 娘の異常事態に気づいた菊花は急いで悠を部屋へ誘導する。部屋に着くと早速穂乃果を布団に寝かせて、菊花はジャージを脱がせて汗を拭いた。その間に悠は濡れタオルとポカリ、風邪薬を用意して着替えが終わった穂乃果の額に濡れタオルを当て、朧気ながら意識のあるうちにポカリを口に含ませた。

 

 

(頼む……元気になってくれ………穂乃果…………)

 

 

 悠はそう祈りながら菊花と必死に看病する。明日は自分たちにとって大事な日なのだ。だから……自分はどうなってもいいから穂乃果を助けてくれと。菊花も同じ思いなのか、いつものからかう子供っぽい部分はなく、娘を強く思う一人の母親として看病した。

 

 

 

 

 

 必死にそう想い続けたお陰か、ある程度の措置を終えて見てみると、穂乃果の顔色が少し良くなっていくのが確認できた。それを見た悠と菊花は良かったと安堵して一息つく。何とか最悪の事態は免れたようだ。

 

 

「後は私がやっておくから。鳴上くんは寝ていなさい」

 

 

 一通りの処置を終えた菊花は疲れ切っている悠にそう言った。だが、それで首を縦に振るほど"鳴上悠"という男は無責任ではない。

 

 

「……いえ、俺が看ます。元はと言えば、俺のせいですし」

 

「でも、鳴上くんは明日学園祭が」

 

「お願いします」

 

 

 深々と頭を下げる悠。その姿に菊花は溜息をつくとそそくさと部屋から去っていった。何も言わずに離れてくれた菊花に悠は感謝して頭を下げた。だが、去り際に菊花がこれはチャンスと言わんばかりに口角が上がっていたことには気が付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 しばらく穂乃果の看病に勤しんでいると、いつの間にか窓から陽が差していた。どうやらいつの間にか朝になっていたらしい。その甲斐あってか、穂乃果は随分と顔色が良くなったように見える。ふと穂乃果の顔を見た悠はついさっき言われたことを思い返していた。

 

 

 

――――悠さんには分からないよ!!ペルソナを持ってなくて足引っ張って何も出来ない穂乃果の気持ちなんか!!

 

 

 

「…………………」

 

 

 あの言葉を思い出すと心がギュッと締め付けられた。あんな穂乃果の気持ちに気づけなかった自分が恨めしい。今までペルソナを所持していなくてもあの励ましや笑顔のお陰で自分は戦えてきたと思っていたが、それは自分の勝手な思い込みだったらしい。穂乃果だって、自分たちのようにペルソナで戦えなく傍らで傍観しているだけのことに何も思っていないことはなかったのだ。

 

 

「…ごめんな、穂乃果。お前の気持ちに気づけなくて」

 

 

 眠る穂乃果の手にそっと自分の手を乗せて悠はそう囁いた。目を覚ましていない状態でそう言うのはズルいかもしれないが、今の自分にはこれぐらいしかできない。

 

 しばらくそうしていると、下から何か作業している物音が聞こえた。どうやらもう菊花とお父さんが朝の作業を始めたらしい。それを聞いて何か閃いた悠は重い足取りで厨房へ向かう。詫びの印になるか分からないが、せめてこれくらいはしようと迫る眠気と格闘しながら悠は厨房へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌朝~

 

 

another view(穂乃果)

 

 

「あれ……ここって」

 

 

 目が覚めると、そこはいつもの私の部屋だった。起き上がって見ると、何故か頭がぼんやりとする。確か昨日は確か遅くまでランニングしてて……そう言えば悠さんに出会って、酷いことを言ってから倒れて………そこからあんまり覚えてないなぁ。でも、うっすらとだけど…誰かが穂乃果の名前をずっと呼んで励ましてくれたような……あれは全部夢だったのかな?でも夢にしては結構リアルだったような……

 

 

「あっ」

 

 

 見ると、ベッドの横には悠さんが学生服のまま寝込んでいた。それにその傍には熱さまシートやスポーツ飲料、手には濡れタオルが握ってある。えっ?どういうこと……何で悠さんがここにいるの!?まさか…

 

 

ガチャッ

 

 

「穂乃果?起きたの」

 

「お母さん!?あ、あの……その…」

 

 あまりのことに思わず驚いたところで、お母さんが部屋に入ってきた。起きてどこかあたふたしている穂乃果を見て、いつものように溜息をついている。

 

 

「全く、倒れるまで走り込んでたんだって?そんな無茶するんじゃありません。鳴上くんがどれだけ心配してくれたと思ってるの」

 

「えっ?悠さんが……」

 

 

 って、ことは…ずっと穂乃果の傍に居て励ましてくれたのって…やっぱり悠さんだったんだ。

 

 

「あの子、ぶっ倒れたアンタを家に連れ帰ったくれた上に寝ないで看病してくれたのよ。穂乃果がこうなったのは自分の責任だって言ってね。その上、穂乃果が元気になるような朝食をって、さっき厨房でこれ作ってくれてたんだから」

 

 

 そう言ってお母さんが見せてくれたのは……前に穂乃果が美味しいって言ってたサンドイッチだった。

 

 

「悠さん………」

 

 

 そう呟いてお母さんからサンドイッチを一つ受け取って口に入れた。いつも感じる悠さんの優しい味に思わず涙が出ちゃった。私はバカだなぁ。自分が一番頑張らなきゃって思って無理して……昨日だってあんな酷いことを言っちゃって………

 

 

「何があったかは知らないけど、鳴上くんの頑張りを無駄にしたくなかったら今日は頑張りなさい。お父さんもそう言ってたわよ」

 

「うんっ!!」

 

 

 穂乃果は力強く返事をしてベッドから起き上がる。寝ている悠さんを起こさないようにとそっと忍び足で部屋のドアへ向かった。

 

 

「……………」

 

 

 ふと気になって悠さんの顔を覗き込んでみる。でも、何故か急に恥ずかしくなって顔を逸らしてしまった。なんだろう。いつも見ている悠さんの顔なのに何だかまともに見えないや。何でだろう、穂乃果を必死に看病してくれたからかな。あんな酷いこと言ったのに……

 

 

 

「悠さん…ありがとう。そして、ごめんね。……今日のライブ頑張るからね!!」

 

 

 

 穂乃果は寝ている悠に向かって笑顔でそう言うと意気揚々と家を出て行った。今日のライブ、見に来てくれた人たちや悠さんに最高のライブを届けるために。それと…後でまた悠さんに謝ってお礼言おう。

 

 

 

 

 

another view(穂乃果)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音ノ木坂学院 生徒会室>

 

 学園祭当日のミーティングを終えてふと窓を見る絵里。窓の向こう側の空は一面を雨雲で覆われて土砂降りの雨を降っていた。この悪天候に絵里は深い溜息をついた。

 

 

「この調子だと今日はライブは中止ね。まいったわ…ラブライブ出場がかかった最後の追い込みなのに」

 

「……そうやねえ」

 

 

 絵里の呟きにそう反応した希と言えば机の上でタロットカードを並べていた。見るに今日の運勢とかを占っているらしい。

 

 

「まあ心配しなくても明日もあるし、幸い明日の天気は晴れだから大丈夫よ。それよりも今日は純粋に学園祭を楽しみましょう」

 

「………………………」

 

「希、どうしたのよ?」

 

「……何か胸騒ぎがするんよ。不吉なことが起きるような」

 

「希が言うと洒落にならないわね。大丈夫よ、何も起こらないわ」

 

 

 希の言葉を聞いた絵里はそれは杞憂だと言うようにそう言って改めて窓の外を見る。だが、激し雨が降るその景色に何故か絵里も嫌な予感を感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大降りの雨の中、傘を差しながら走って学校へ向かう悠。穂乃果の看病の最中に睡魔に負けて寝込んでしまった故か、起きた頃には既に時刻は昼前を指していた。これはまずいと急いで起き上がって穂むらを出て行ったのだ。

 

 

(確か……穂乃果たちのライブは昼からだったよな……これ大丈夫か?)

 

 

 流石にこの大雨の中でライブはしないだろう。今日がダメでも明日もあるし、ちょうど明日の天気は晴天だ。だが、一応様子だけは見ておかなくてはと思いながらやっと秋葉の交差点に着いた。それにしても、相駆らわずなのだがやけに秋葉原は人が多い。

 すると、雨が更に激しくなった。かなり大粒の雨がたくさん降っているのか、傘を揺らす力が比べ物にならないほど強い。そのせいか、見渡すと辺りが霧がかかったように視界が悪くなった。

 

 

(これはまずいな。学校に無事に行けるか?………ん、?…)

 

 

 

 

 "霧"と気になって辺りを改めて見てみる。激しく降る雨のせいで視界が悪くて見えないが人の気配がさっきよりも少なくなったように感じた。否それどころか、この空間に自分しかいないような感覚に襲われる。

 

 

 

(この感覚は………まさか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ヨテイドオリダ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 後ろから誰かがそう言われたので振り返ってみた刹那…そこに赤いコートを着た何者かが立っていた。一体何者だと問いかけようとすると、その赤コートは悠が言葉を発する前に悠を道路に押し出した。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キイイイイイイイイイイイイッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体が何か凄まじい衝撃を受けたと同時に悠は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next chapter







『次のニュースです。本日午前11時頃、東京都秋葉原の交差点にて、暴走した大型トラックが横転する事故が発生しました。この事故により、運転手は重症、更には交差点にいた通行人が数名巻き込まれ………』







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#55「Where did he go?」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。


試験前なのにとある衝動に駆られて書いてしまった…………後悔はしていない。そして、FGOの第2部2章をやって快男児の兄貴を引いてしまった………悔いなし。


改めて、お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。
至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


※追記
活動報告にてお知らせがあります。


それでは本編をどうぞ!


<音ノ木坂学院 アイドル研究部室>

 

 

 

 

 

 

『音ノ木坂学院学園祭一日目は本時刻をもって終了しました。ご来場の皆さま、お足元が悪い中お越しいただき、誠にありがとうございました。また明日の2日目もどうぞお越し下さい』

 

 

 

 

 

 

 

ゴオオオオオオオオオオオッ

 

 

 

「結局…ライブ出来なかったね……ひいっ!」

 

 

 学園祭1日目。今日は曇天が空を覆い、大雨が地上に降り注いでいた。時折鳴り響く雷鳴に怯えながら穂乃果がそう呟いた。かく言う穂乃果は雷が苦手なのだ。

 

「しょうがないわよ。雨はともかく雷まで鳴ったらダメに決まってるじゃない」

 

 穂乃果の怯えように溜息を吐きながらもにこは忌々し気に空の雷雲を眺めていた。

 お昼頃には晴天だという予報は大きく外れ、これまで以上の大雨が降り注ぎ、雷まで発生した。あわよくば雨が降っていてもライブを強行しようと思っていたのだが、雷まで発生してはそれは不可能。残念ながら今日の学園祭ライブは安全を考慮して中止にせざるを得なかった。

 

「明日は曇りって予報だから微妙よね……」

 

「そうにゃ。所詮人間は天気に勝てないんだってムッタもヤン爺も言ってたにゃ」

 

「誰よそれ。それはともかく……悠さん、来なかったわね」

 

 雨音と蛍の光のBGMが流れる中で真姫がふとそう呟いた。悪天候でライブが明日へ延期となったのも問題だが、重要なのはそこではない。一番の問題は自分たちの仲間であり、裏のリーダーである悠が学校に訪れていないことにあった。

 

「確かに、悠さん遅いですね」

 

「どうしたんでしょうか?」

 

 他のメンバーもそう思ったのか、中々来ない悠を心配する。穂乃果からは事情を聞いているとはいえ、流石に今日一度も顔を見せに来ないとなるとそれは気が気でなくなる。あわよくば悠と一緒に学園祭の出し物を回ろうと機会をうかがっていた者もいたが、それは儚く散ってしまった。

 

 

「よっぽど疲れとったんやない?穂乃果ちゃんの看病で」

 

 

 希のさり気ない言葉に穂乃果はギクッと体を震わせる。希の指摘通り、このようなことになったのは無理し過ぎで倒れた穂乃果を寝ないで看病していたことが原因であるからだ。ちなみに穂乃果自身からこの話を聞いた時、何人かが穂乃果に鋭い視線を向けていたのはいつものことである。

 

 

(ううっ……悠さん大丈夫かな?穂乃果のせいで寝込んじゃったものだし……あれ?そう言えば今更だけど、起きたらパジャマだったってことは………はっ!)

 

 

 思えば自分が気を失った時はジャージを着ていたはずなのだが、目が覚めたらいつものパジャマになっていた。もしやジャージからパジャマに着替えさせたのは悠ではないのか!?母親がずっと看病していたと言っていたのであり得る話だ。その考えに至った途端、穂乃果の頭の中が沸騰した。

 

 

(どどどどどどどうしようっ!?でも、天城屋じゃみんなと一緒に覗かれたし、海にいったときは胸見られたし……ま、まあ……って、何考えてるの!?あわわわわわわっ!)

 

 

 今までもことを振り返ると、そんなハプニングは初めてという訳でないが改めて悠に裸を見られたのではないかと思えば思うほどパニックになる。ド天然な穂乃果だって乙女なので男に裸を見られたとなればこうなっても致し方ない。

 そんな穂乃果の慌てように皆は不信感を抱いた。穂乃果が慌てるのは大抵のことなのだが、ここまで来るほどのことは幼馴染の海未とことりにも見たことないからだ。

 

「穂乃果ちゃん、大丈夫?」

 

 皆を代表するようにことりが穂乃果にそう声を掛けると、穂乃果が我に返ったようにこちらを振り向いた。すると、

 

 

「こ、ことりちゃんってさ……悠さんに着替手伝わせたことってあるよね?」

 

「えっ!?」

 

「その時にさ……裸を見られた…とかなかった?」

 

「ええええええええええええっ!?」

 

 

 穂乃果の思いがけない発言にことりは素っ頓狂を上げた。これには他のメンバーたちもいきなりなんてことを聞いてくるのかと言わんばかりに穂乃果を糾弾した。

 

「アンタっ!なんてこと聞いてんのよ!?」

 

「い、いや…その……ちょっと気になって」

 

「気になるって言ってもストレート過ぎるでしょ!?もっとオブラートに包みなさいよっ!!」

 

「な、なななななな何言ってるの穂乃果ちゃん!?お、お兄ちゃんでも……そんなことは…………………あふっ」

 

「ことりちゃ――――んっ!!」

 

 穂乃果の質問に顔を赤らめたと思ったら何かを想像して倒れてしまったことり。どうやらいつも過度なスキンシップを取っている割にはそこまで踏み込んでいないようだ。だが、それはそれとしても穂乃果の発言によりなんだか部室が気まずい状況になってしまった。

 

「ま…まあ、もしかしたらまだ寝てるんじゃないかな?お、お母さんに電話してみるね」

 

 穂乃果はこの状況から逃げるように携帯をプッシュして菊花に電話する。よくもまあ図太いことだと皆は思った。急に刺激的なことを聞かれてことりはまだ顔を真っ赤にして一時停止しているし、部の雰囲気は微妙なものになるし、相変わらず悠同様によく周囲を引っ掻き回すものだ。やはり似た者同士なのかと思っていると、電話を終えた穂乃果が苦々しい表情でこちらを振り向いてきた。

 

 

「悠さん、お昼くらいには家を出ていったってお母さんが言ってるんだけど」

 

「えっ?」

 

 

 菊花の話だと穂乃果の看病で疲れた悠は昼前頃に目を覚まして、何も食べずに慌てて学校へ向かったという。菊花の話が本当なら今頃ここに居てもおかしくないのだが。

 

「………あいつ、どこ行ったのよ」

 

 

 

 

「お、おいっ!今の話マジかよ!」

 

 

 

 すると、部室の外からなにやら男の緊迫した声が聞こえてきた。何やら慌ただしい様子だったのでどうしたのだろうかと耳を澄ましてみる。

 

 

「いや、さっきネットニュースに上がってたんだよ。秋葉原で大事故が遭って、それにうちの生徒が巻き込まれたって」

 

「何でもよそ見運転だったらしいよ」

 

「こんな雨の中でよそ見運転だなんて……」

 

 

 どうやら文化祭の片付けが一段落して駄弁っていた生徒たちの会話だったようだが、秋葉原で交通事故という衝撃的な内容に皆は驚きを隠せなかった。

 

「……物騒ねえ」

 

「最近多くないですか?不注意による交通事故って。この間なんてブレーキとアクセルを踏み間違えて建物に突っ込んだって事故がありましたし」

 

「本当ねぇ。それに…うちの生徒が巻き込まれたって……」

 

「それって……まさか悠さんってことじゃないですよね?」

 

「まさか……」

 

 皆に一抹の不安が過る。考えたくはないが、先ほどの生徒が言っていた交通事故に巻き込まれたというのであれば、今日来なかったことに説明がついてしまう。もしかすると、悠は今頃……

 

「わ、私…お母さんに電話してみるわ」

 

「私はネットで情報を……」

 

「私も!」

 

 胸の中に芽生えた不安を取り除くために各自一斉にネットや電話で情報を漁る。考えたくはないがそれでも確かめなくては。そんな想いに駆られるように皆は必死に情報を探した。

 

 

 

 

 

 

~数十分後~

 

 

 

 

 

 

「お母さんから……確かに秋葉原で事故があってけが人や重傷者が運ばれてきたけど、その中に悠さんはいなかったって。それに、うちの生徒がこの事故に巻き込まれたって情報は嘘みたいよ」

 

 

 ネットのニュースはあまり信憑性がなかったが、事故の重傷者などの処置を担当した早紀の話なら信用できる。早紀がそう断言したのならば、悠はその事故とは無関係であることが証明された訳だ。そのことが判明した穂乃果たちは一先ず良かったと胸を撫で下ろした。

 

「良かったわ。悠が事故に巻き込まれてなくて」

 

「それにしても誰なんですかね?うちの生徒が巻き込まれたってデマを流したのは」

 

「そのことも気になるけど、この事故が無関係なら悠さんは何処に行ったのかしら?」

 

 だが、結局は振り出しに戻ってしまった。交通事故が原因ではないのであれば、一体どういった理由で連絡が取れないのか。

 

「もしかして悠さん、別件で何かあったんじゃ………」

 

 これはどう考えても異常事態だ。ラブライブ出場がかかったライブだということは重々承知であるはずなのに、来なかった。悠が忘れていたということは考えられないし、そうなると考えられるのは………

 

 

 

 

「失礼いたします」

 

 

 

 

 すると、突然ドアが開き誰かが部室に入ってきた。誰かと思って振り返ってみると、

 

 

「え、エリザベスさん!!」

 

 

 そこにいたのはエレベーターガールを彷彿とさせる群青色の衣装を身に纏ったエリザベスだった。オープンキャンパス以降ライブがあっては勝手に"エリP"と称してMCを務める謎の人物。悠とは何か繋がりがあるらしいが、未だに穂乃果たちはその正体を知らされていない。それはともかく。

 

「どうしてここに?今日のライブは」

 

「お気になさらず。本日はこの天気でライブとやらは中止となると占いに出ておりましたので、先ほどまで姉様と弟と一緒に学園祭とやらを楽しんで参りました」

 

「ハァ…それは」

 

「私、こういう催し物は私のお客様たちと解決したあの事件以来久しぶりでございましたので、大変楽しゅうございました。ウォークラリーというものにチャレンジしたり、愚弟に買いに行かせた食べ物を食したり、その愚弟にメイド喫茶という所でコスプレなるものをさせたりと様々な体験ができたのでテンションがアゲアゲ~のウェーイでございます」

 

「「「「……………………………」」」」

 

 独特な表現で反応に困るところだが、どうやら色々と学園祭を満喫していたらしい。だが、後半に挙げられた弟らしい人物がエリザベスにされた所業を聞くと不憫に思えてしまった。

 

「弟をパシリに使うなんて………」

 

「そういえば、ヒデコがシフトの時に弟をメイド服でコスプレさせたいって頼んできたお客さんがいたって話は聞いてたけど……」

 

「それ…エリザベスさんだったんですね」

 

 話を聞いてエリザベスの弟が姉たちから普段どういった扱いを受けているのか気になるところだと皆は思った。

 

「まあ実を言えば、姉様から"絆マスター"と称された鳴上様と再度色々なところを回りたいとはプチプチ思っておりましたが」

 

「ぷ、ぷちぷち?」

 

「ぶつぶつ?……ぶくぶく?………まあ、そんな感じでござます」

 

「いや…どんな感じですか?」

 

 相変わらずの不思議トークに惑わされる一同。穂乃果たちはともかく絵里や希まで困惑しているが、ともあれエリザベスが姉と一緒に学園祭を楽しんだということは大雑把には伝わった。まあこの人も自分たちと同じく悠と学園祭を一緒に回ろうと画策していたらしいが。

 

「そのことはともかく。皆さまに一言お伝えしたいことがございましたので参上仕った次第でございます。最も、皆さまが今一番気にしていらっしゃることで」

 

「「「えっ?」」」

 

 

 エリザベスの言葉に皆は仰天した。皆の疑問をよそにエリザベスは淡々とこう語り始めた。

 

 

 

「今宵もどうやら雨が降るご様子。こんな日はあの噂を確かめるためにテレビなるものを見ればよろしいかと。そこできちんとお決めになって下さいませ。あなたたちがこの先、どう進むべきかを」

 

 

 

「「「「「えっ?」」」」」

 

「それでは、失礼いたします」

 

「あっ、ちょっと」

 

 エリザベスがそう言うと絵里の制止の声も聞かず、まるで何事もなかったかのようにその場を立ち去っていった。エリザベスが言っていたことに皆は呆気に取られていたが、どこかで察しがついてしまった。

 

 

「…………とりあえず、今日はこれで解散にしましょう。明日はライブがあるし、悠もそのうち帰ってくるわよ」

 

 

 思わずテレビの中に足を踏み入れようとしたところで絵里にそう止められてしまった。

 

「えっ?……でも………」

 

「エリザベスさんの言ってたことは気にはなるけど、確証がある訳じゃないでしょ。今は信じて待ちましょう。流石に悠も明日のライブをすっぽかすことはしないわ」

 

「………そうだね。何があったかは知らないけど、絵里ちゃんの言う通りだね。悠さんならきっと帰ってくるよね。フーテンの寅さんみたいにさ」

 

「いや、例えが違うでしょ…………」

 

 絵里の言葉に促され、今日のところは帰宅することにした一同。正直悠の行方とエリザベスの言葉は気にはなるが、今は明日のライブに備えて各自で英気を養おう。それに、例え何があったとしても悠がそう簡単にやられたりはしないだろう。そう思った穂乃果たちは雨が激しく降る中で家路についていった。

 

 

「…………テレビ……か」

 

 

 だが、希だけはエリザベスの言葉が引っかかっていたのか、部室の端に置いてあるテレビに目を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(???)

 

 

 

 

 上手く行った

 

 

 

 

 深々と雨が降る人ごみの中でふとそう呟いた。少々不手際があったが、結果はどうあれ目的は達成した。どうやら彼女らもあいつがどうなったのかを知らないようだ。それはおろか、自分が出したあの手紙のことも知らない。おかしくなって心の中でクスクスと笑みを浮かべてしまった。

 

 愚か者め。彼女らをライブに集中させたいからだと情報を共有しなかった貴様のミスだ。精々あちらでそのことを悔いるがいい。最も…あんなことが遭ったのであれば早々動けないだろうし、そんなことができるのは数日が限界だろうが。

 

 

 さて、ここまでは順調だ。あとは……やつらがどう動くかだ。己の目的か人の命か、どちらを選ぶかが楽しみだ。最も……どちらを選んだところで()()()()()()()()。それは既に決定しているのだからな。

 

 

 

another view(???)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<和菓子屋【穂むら】>

 

 

「えっ?悠さん、まだ帰ってこないの?」

 

 自宅について明日の準備をしている最中、悠のことが気になった穂乃果はことりに電話をしていた。

 

『うん……さっき家に行ったんだけど帰ってきた形跡がなくて。ことりとお母さんも何度も携帯に電話かけてるんだけど……電源切ってるか電波の届かないところにいるって……それに……風花さんとか桐条さんたちにも電話したんだけど…悠さん見てないって」

 

「そうなんだ……」

 

 その後、しばらく雑談をして通話を終えた穂乃果は部屋に置いてあった悠の荷物に目を向けてしまう。そして、穂乃果は何気に呆然と窓の外を眺めてしまった。

 

 

「悠さん…どこ行ったんだろ?」

 

 

 未だに行方が掴めない悠のことを思う穂乃果の胸の中に嫌な予感を感じた。その穂乃果の不安を表すかのように外では不気味に雨が深々と降り注いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音ノ木坂学院?? 校門前>

 

 

 一方、ここはアイドル研究部室のテレビから繋がるテレビの世界。穂乃果たちが何度も訪れたこの異世界にとある人物が校門に立っていた。

 

「ここがテレビの世界かぁ。悠くんたちはいつもこの場所からウチらを助けに行っとったんやなぁ」

 

 紫色のフレームメガネをかけた希である。エリザベスの言葉が気になった希は皆が帰ったタイミングを見計らってここに来ていたのだ。エリザベスの言葉を信用したわけではないが、もしこの世界に自分たち以外の…それもペルソナ能力を持っていない一般人が迷い込んでいたら大問題だ。

 

「勝手に1人で行くなって悠くんとエリチに怒られそうやけど……その時は沖奈市で陽介くんと完二くんとでナンパしたことを皆にバラすって言えばええか。それじゃ」

 

 悠に怒られそうになった時のとんでもない対策を練ったところで、希は目を閉じて祈るようなポーズを取った。すると、希の前に青白く光る【女帝】のタロットカードが顕現された。そして、

 

 

 

 

 

―カッ!―

「ペルソナ!!」

 

 

 

 

 

 カッと目を開いてそう叫ぶと、タロットカードは砕かれ背後にペルソナが青白い光と共に召喚された。

 

 

 

 露出度の高い紫の修道服

 希に似た優しい雰囲気と豊満な肉体

 手にはタロットカードに似た札

 

 

 

 これぞ、希が己の影と向き合って手に入れたペルソナ【ウーラニア】の姿だった。

 

 

「これがウチのペルソナかぁ………よしっ!」

 

 

 改めて自分のペルソナの姿に感嘆した希は目の前の校舎に目を向ける。その瞬間、希のウーラニアが白いドーム状のような結界を作成して、それを希の周りに囲む。すると、希の感覚に変化が生じた。

 全てが細かく見える。全てのものが手に取るように分かる。まるで全五感が数百倍に研ぎ澄まされたようだ。これが、自分のペルソナの力。つまり、希のウーラニアは特捜隊のりせの【コウゼオン】・シャドウワーカーの風花の【ユノ】と同じ情報解析型のペルソナなのだ。新たな感覚に驚嘆する希だったが、早速手に入れたこの能力で探索しようと校舎に全神経を集中する。すると、

 

 

「こ、これって………まさか」

 

 

 案の定、校舎の中にある何かが希の研ぎ澄まされた五感に反応した。気配からして人間のものなのだが、これは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鳴上家>

 

「悠くん……帰ってこないわねぇ」

 

「うん………」

 

 穂乃果との通話を終えたことりは浮かない顔で雛乃と悠の帰りを待っていた。テーブルにはことり手製の料理がラップで包まれた状態で並んでいる。悠が帰ってきたら一緒に食べようとこうして待っているのだが、当の本人は一向に現れない。それに何度も悠の携帯に連絡を入れているのだが、ずっと繋がらないでいるのだ。そんな状態が続いていると、ふとエリザベスの言葉が蘇ってくる。やはり…何かあったのだろうか。そんなことを思っていると、

 

 

prrrrrrrrrrrr!!

 

 

「あら?誰かしら?」

 

 着信が入ったらしい雛乃は席を立って電話に出た。

 

「はい、南です。………あら?堂島さんじゃないですか」

 

「え?…堂島叔父さん?」

 

 どうやら電話の相手は稲羽にいる堂島からだったようだ。このタイミングで堂島がこっちに電話してくるとは珍しい。それにどこか堂島と話す雛乃の顔が心なしか悠と話す時と同じく楽しそうに見える。すると、

 

「ことり~、菜々子ちゃんよ。電話代わってほしいって」

 

「な、菜々子ちゃん!?」

 

 雛乃にそう言われて、ことりは急いで電話を受け取る。そして、携帯電話を耳元にあてると向こうから可愛い声が入ってきた。

 

 

『こんばんは、ことりおねえちゃん』

 

 

 この聞いているだけで癒されるような純粋な少女の声は正真正銘稲羽にいる菜々子の声だった。久しぶりに聞く菜々子の声にことりは胸が高鳴った。

 

「こんばんは、菜々子ちゃん。元気だった?」

 

『うんっ!ななこ、いい子にしてたよ。悪いことしちゃったら、おにいちゃんとおねえちゃんに会えなくなるって、お父さんに言われたから』

 

「そうなんだ。ところで、今日はどうして電話してきてくれたの?」

 

『えっとね……おねえちゃんたちって明日らいぶがあるでしょ?ななこは家にいて見にいけないから、こうやってお電話で応援しようっておもって』

 

「菜々子ちゃん………」

 

 

 自分たちのためにわざわざ電話してくれたと聞いて、なんて優しい子なのだろうとことりは思わず感激してしまった。今日のライブが中止になって気分が沈んでいたのが嘘みたいみ心が晴れやかになった気がする。

 

『あとね、あしたお天気になりますようにって、さっきお父さんとてるてる坊主をつくったよ。おねえちゃんたちがいい天気で踊れますようにって』

 

「………………………」

 

 菜々子の言葉が感動過ぎてもはや言葉が出ない。なんていい子なのなんだろう。こんな純粋でいい子などどこを探してもいない。改めてこの子の従姉妹で本当に良かったと心の底から思ってしまった。

 

「ありがとうね、菜々子ちゃん。明日お姉ちゃん頑張るね!!」

 

『うんっ!ところでことりおねえちゃん、おにいちゃんは?』

 

「えっ?」

 

『ななこ、おにいちゃんともおはなししたいから、電話かわって』

 

 菜々子のリクエストにことりは固まってしまった。菜々子が今電話したがっている悠はここにはいないので、残念ながら菜々子のお願いを叶えられない。正直言いたくはないがことりは申し訳なさそうに菜々子にこう説明した。

 

「ご、ごめんね……お兄ちゃんは今出かけてていないの」

 

『えっ?……そうなんだ………』

 

 悠がいないと分かった菜々子は先ほどの明るく純粋な声が嘘のように沈んだ。ことりと同じように悠の声も聞きたかったらしい。悠のことなのだが、なんだかことりの方が申し訳なく感じてしまった。

 

 

「お、お兄ちゃんが帰ってきたら電話するようにことりが伝えておくから。それでいいかな?」

 

『………うん。分かった。じゃあ、おにいちゃんが帰ってきたら、電話してって伝えてね』

 

「うんっ!約束するね」

 

『じゃあことりおねえちゃん、明日はらいぶ、がーんばってねっと♪』

 

「ありがとう、菜々子ちゃん」

 

 

 そんな形で菜々子との通話を終えたことり。久しぶりに菜々子の声が聞けて嬉しいし、最後の声援は何故かことりに元気を与えてくれたような気がした。これが菜々子の魅力の一つなのだろうか。だが、その反面せっかく菜々子が電話してくれたのに、この場に悠がいないことに正直行き場のないモヤモヤを感じていた。

 

 

「お兄ちゃん…早く帰ってきて。ことりもお母さんも………菜々子ちゃんも待ってるんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、外は連日のように大雨が降ってきた。時刻は日付の変わりを示す午前0時前。緊張した表情でテレビの雨でスタンバっていた。あのエリザベスの言葉が気になったこともあるが、今日は何故かあの噂を確かめるべきだと直感してしまったからだ。それに、今は両親も妹も床に就いているのでリビングにあるテレビには自分しかいない。

 

 

 そして、時刻は午前0時を指した。すると、突然テレビの画面に砂嵐が発生した。何事かと思っていると、次第に画面に何かが映り始めた。

 

 

 

 

 

 

『は~いっ!諸君、ご機嫌よう!お待ちかね~、"佐々木竜次"によるドッキドキタイムの始まりだぁ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 ぼやけた画面が鮮明になり、そこに映ったのは無機質な一室で白と黒が半分に分かれた道化師のような恰好に身を纏ったおちゃらけた男であった。顔はまた白と黒のドミノマスクに隠れていて分からなかったが、それを見た穂乃果の背筋が凍る。エリザベスの予言通り…今まで何度も見たマヨナカテレビが映ったのだ。そんな自分たちの心情を無視するかのように画面の道化師が朗らかに話し始めた。

 

 

『凡庸で向上心のない衆愚ちゃんたち。最近刺激がなくて退屈、と思ってないかい?だ・か・ら、そんな君たちのために今日はとってもエクストリームな企画を用意したよ~♪』

 

 

 道化師がそう言うと画面に倒れこんでいる青年が映し出された。その青年はどこかで()()()()()()()()全身にケガを負っている上にどこか表情がやつれていた。

 

 

「えっ?………嘘……」

 

 

 だが、その青年を見た途端、声を失ってしまった。何故ならその人物は………自分のよく知る人物だったのだから。

 

 

『そうっ!なんと、僕があの少年を誘拐しました!はっはあっ!!すごいだろ~!!』

 

 

 道化師は自画自賛するようにオーバーリアクションでポーズを取る。その姿にはどこか狂気に似たようなものを感じる。

 

 

『さあ、ここで衆愚ちゃんたちに3つ情報を与えよう。1つ、今日起きた秋葉原の交通事故は知ってるかな?じ・つは~、あれは僕がこの彼を誘拐するために引き起こしたものなのでした~!いや~アレは完璧な作戦だったねぇ。交通事故を隠れ蓑に誘拐するなんて』

 

 

 道化師の一言に戦慄が走る。無関係だと思っていたあの交通事故。どういうことなのかまさか分からないが、まさか本当にあの事故が………

 

 

『そして2つ、衆愚ちゃんたちは”3・3・3・の法則”って知ってるかな?人間は空気無しでは数分間、水無しで数日間、食事無しで数週間は生きられるらしいんだ。でも彼、空気はあっても、誘拐してから水を一口も飲んでないから、これはまずいんじゃないかなあ?』

 

 

 更に狂気に満ちた笑顔でとんでもないことを言う道化師。そんなことを楽しそうに話すその姿は正気の沙汰ではない。

 

 

『最後に3つ、仮にここに彼を助けに来るとしても彼に今ゆかりのある9人しか認めないものとする。もちろん警察や探偵、大企業との連帯も禁止だ。これは()()()()を試す企画だからねぇ。もしその9人以外の人物が踏み込んできたら……どうなるだろうねぇ?』

 

 

 道化師はニヤニヤしながらどこからか取り出したナイフをちらつかせる。それだけでも彼が何をしようとしているのかが容易に想像できた。それに、その彼にゆかりのある9人というのは……

 

 

『さあさあ、彼に助けは来るのかなあ?これこそ、ワックワクのドッキドキだよねえ。運命の時はもうすぐそこ!おっ楽しみに~~~!!』

 

 

 

 道化師が高らかにそう宣言したと同時に映像はプツンと切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、今のって…………」

 

 

 穂乃果は突然の事態と呑み込めない内容に呆然としてしまった。今テレビに映ったのは間違いなくマヨナカテレビだ。エリザベスが言っていた通りになったには驚いたが問題はそこじゃない。問題なのは映っていた人物だ。あの道化師らしい人物は見たこともない者だったが、監禁されていた人物は違う。あれは間違いなく………

 今すぐにでもと穂乃果は携帯をを取って皆に連絡をいれた。最初に連絡が入ったのは海未だった。

 

 

『穂乃果っ!!今…観ましたか?マヨナカテレビを』

 

「うん……観たよ。あの映ってたマジシャンみたいな人は分からないけど……あの監禁されてたのって……」

 

 

 

 

 

悠さん…でしたね』 

 

 

 

 

 

 そう、あの監禁されていた人物こそ…今日まで行方が知れなかった悠だったのだ。その事実を再確認した穂乃果はショックを受けた。

 

 

「………………………」

 

『穂乃果!どうしました!?穂乃果!?』

 

 

 ショックを受けた穂乃果はあまりのことに携帯を落としてしまった。

 

 

 

 

 

「穂乃果の…せいだ………穂乃果のせいで……悠さんが……悠さんが……………………」

 

 

 

 

 

 自分が無理して体調を悪くしたせいで悠をあんな目に遭わせてしまった。自分がしっかりしていればこんなことにならなかった。全ては…自分のせいだ。穂乃果はそう呟くとその場に崩れて、視界が真っ暗になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 そこから先は覚えていない。ただ穂乃果の心の中にあったのは、今まで似感じたことがない絶望と悲しみ、そして深い後悔だけだった。

 

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next chapter

「今の貴方はとても危険な状況にあります」

「もし、この事件が解決して廃校を阻止できたら……」

「好きな方を選べ」



「私は……どうしたらいいんだろう」



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#56「Life or Live.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。


何とか本編を更新できました。ここまで番外編ばかりを投稿しててすみませんでした。


先日ペルソナQ2発売記念で行ったアンケートの中間発表ですが、➀と予想していたのが何故か②が多く、ヒロインも番長は穂乃果・真姫・希とまばらになっていて、ジョーカーは現在双葉だけという結果に………〆切までまだあるので良かったら活動報告で投票よろしくお願いします。それとアンケートに答えてくれた方々、ありがとうございました。


改めて、お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。
至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


それでは本編をどうぞ!


…………………………………

 

 

 

 

 

 薄っすらと目を開けると、どこかに来ていた。視界に映る全ての色が群青色に見える。時々訪れるあの部屋に来ているようだが、いつも耳に聞こえるあのピアノと女性のソプラノのメロディーが聞こえない。それに部屋にはイゴールはおろかマーガレットやエリザベスもいない。つまり、ここには悠以外誰もいない。どういうことだろうか。

 

 

 

 

 

「………………………………」

「………………………………」

「………………………………」

 

 

 

 

 

 誰かの声が聞こえてくる。意識がぼやけているのか誰かの声か判別できない。しかし、どこか聞き覚えがある声だった。一体何の声だろうかと聴覚を研ぎ澄ませてみる。

 

 

 

 

「………………………………」

「………………………………」

 

 

 

 

 駄目だ………内容が聞き取れられない。さっき聞こえたものとは違う声なのは分かるのだがハッキリしない。それに段々頭痛がしてきた気がする。

 

 

 

 

「………………………………」

「………………………………」

 

 

 

 

 また違う声が聞こえてくる。今度こそ聞き取れそうなのに意識が遠のいていく。何とか意識を保とうと踏ん張ろうとするがその甲斐虚しく意識を手放してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音ノ木坂学院 屋上>

 

 

 

 

ザワザワザワザワザワザワザワザワ

 

 

 

 

 音ノ木坂学院学園祭2日目。この学園祭のメインイベントと言えるμ‘sのライブを見に来た観客たちはざわめいていた。もう予定していた時刻は過ぎたというのに一向に始める気配がないからだ。これにはせっかく暑い中ライブを楽しみに訪れた観客たちは不満を募らせていく。

 

 

 

「………ふふふ、やはり彼女たちは彼を助けに行ったのね」

 

 

 

 そう騒めく観客の中、秘書を彷彿とさせる衣装に身を包んだプラチナ髪の女性は静かに笑みを浮かべてそう言った。他の観客とは違い、こうなることが予想していたような余裕の笑みだった。

 

 

 

 

「………彼のことはあの子たちに任せて良さそうね。状況は圧倒的に劣勢だけれども…………」

 

 

 

 

 女性はそう呟くとスッと歩き出した。だが、ふと一歩踏み出したところで足を止めて、上に広がる青空を見上げた。

 

 

 

「ここはあの子たちが何とかしてくれるみたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音ノ木坂学院?? 校門前>

 

 

 そして、件の彼女たちはアイドル研究部室のテレビから繋がる異世界の校門に立っていた。何故彼女たちがここにいるのか、それは言わずもがなと言った方が良いだろう。

 

「新聞部の天野さんと薫さんからしっかり聞いてきたで。やっぱりあのテレビに映ってた"佐々木竜次"って人も数日前から消息を絶ってるって」

 

「佐々木………あのテレビに映ってた悠を連れ去った犯人ね」

 

「…あのモノ○マみたいな恰好や口ぶりからして嫌なやつだにゃ」

 

「GWのヒノカグツチが可愛く見えるほどね」

 

 昨夜映ったマヨナカテレビ、それに映ったあの気が狂った少年に一同は辟易するように顔をしかめる。あの人をバカにしたような言動、某ゲームのマスコットキャラクターを彷彿させるふざけたファッション……思い返せば思い返すほど苛立ってくる。普段温厚なメンバーでさえ今すぐにでもぶっ飛ばしたと思ったほどに。にこに至っては本当に殴るつもりなのかポキポキと指を鳴らしている。

 

「消息不明ってことは、やっぱり悠を誘拐してテレビの中に………」

 

「でも、何であの人はこんなことをしたんでしょうか?あんまり理解ができなくて………」

 

「そうね……これは私の憶測だけど、希から聞いた話からこう推測できるわ」

 

 絵里は花陽の疑問を説明するかのように、自身の憶測を語った。

 

 

 

 

 佐々木竜次は新聞部に所属しており人一倍自尊心が強く、自分が注目されるべき人間と思い込んでいたが、誰も自分の記事に目向きもしてくれなかった。自分はこんなところでくすぶってる男じゃない。自分はもっと上を目指せる男だと自身に言い聞かせながら日々を過ごしていた。

 

 佐々木はネタ探しの最中、何かの拍子でこのテレビの世界のことを知り、自身もテレビの中に入れると気づいた。そして、ネタに悩んでいた佐々木はこの世界は利用できると考え、新たな学校の怪談"音ノ木坂の神隠し"という名目で噂を広め、内容の"生徒が行方不明になる"ということを真実にするために自身が目を付けた人をあの世界に放り込んだ。これは自分にしか気づかないし誰にも絶対にバレない最高の手口で、噂が完全に広まった頃合いに自分がその真実を突き止め、皆の注目の的になるだろうと思っていた。

 

 しかし、その生徒たちは行方不明になるどころか数日もしないうちにひょっこり帰ってきた。どういうことかと思ったが、正気でいられなくなった佐々木は諦めることなくひたすら次々とターゲットを放り込んでいった。そんな苦労は虚しく結果は同じで噂がそれほど発展しなくなり、代わりにμ‘sという自分があの世界に放り込んだ者たちが結成したスクールアイドルが世間で話題になった。

 

 それに不満を抱いた佐々木はそのμ‘sを貶めるためにある策を思いついた。それは自分たちの大切なマネージャーである悠を誘拐して、大事な時期でのライブを失敗させるというもの。綿密に計画を立てて意を決した佐々木はあの凶行に及んで、まんまと目論見を成功させて今に至る。

 

 

 

 

 

「なるほど……確かにそう考えると納得が行きますね」

 

「なんだか絵里ちゃんが言ってることが本当のことみたいに聞こえるにゃ」

 

「これはあくまで憶測よ。実際のことは本人に聞くしかないわ」

 

 語り終えた絵里に皆は納得したようにそう称賛を浴びせるが本人は照れることなく淡々とそう注意した。

 

「確かに…今のエリチが語ったことはあくまで推測や。GWに海未ちゃんたちが巻き込まれたっていうP-1Grand Prixのことや何で目を付けたのか穂乃果ちゃんたちなのか…………そして何であんな方法でウチらを嵌めようとしたのかとか色々不自然な点があるからな」

 

 しかし、どんなことであれ佐々木が悠を事故に見せかけてこの世界に誘拐して自分たちを挑発したのは紛れもない事実だ。それはあのマヨナカテレビでの内容が物語っている。

 

 

 

「……………皆、もう聞く必要はないと思うけど……これでいいのね?」

 

 

 

 絵里は再度の確認と言うように皆にそう問うた。絵里のその言葉に海未たちは迷うことなく絵里にこう答えた。

 

 

「当たり前です。私たちは……悠さんに助けてもらいました」

 

「今度は…私たちが悠さんを助ける番ですっ!!」

 

「μ‘sは私たちを助けて支えてくれた悠も含めてμ‘sなんです!」

 

「絶対に助け出すにゃっ!」

 

「今までの恩返しするなら……それは今です!」

 

 

 改めて各々の決意を聞いた絵里はホッと胸を撫で下ろす。今までリーダーとして自分たちを引っ張ってきた悠はここにはいない。今回が()()()()μ()()()として初めての活動となるが、それでも皆をまとめていかなければ。

 

 

 

「やああああああああああっ!」

 

 

 

 言ってる傍から奇声が聞こえた。何事かと思っていると、

 

 

「いたっ!」

 

 

 日本刀を振り回してすっころぶ穂乃果の姿があった。唐突な光景に皆は唖然としてしまった。穂乃果が奇行に入るのは時々あることだが、これは流石に開いた口が塞がらなかった。

 

「穂乃果、何を」

 

「えっ?見ての通り素振りだけど」

 

「それ…悠さんの日本刀ですよ」

 

 海未の言う通り穂乃果が手にしているのは、悠がこの世界で戦闘になった時に使用していた日本刀である。何やら稲羽にいる知人に譲り受けたもので現実に持って帰るのは危ないからとこの世界に置いていったものだ。

 

「こ、今回は風花さんのゴマ団子もないし……せめて日本刀だけでも使いこなそうって思って」

 

「危ないからやめなさい。悠はそれを軽々使いこなしてたけど、それ私たちが使うってなったら結構重たいの知ってるでしょ」

 

「で、でも……穂乃果はみんなみたいにペルソナ持ってないし、家に武器らしいものなかったし……」

 

「慣れない武器を使うのは無防備なのと同じよ。とりあえず護身用として持っておくだけにしなさい」

 

「…………分かったよ」

 

 渋々と言うように穂乃果は絵里の言うことを聞いて日本刀を鞘に納めた。しかし、その背中は不服だと言わんばかりに不機嫌であった。

 

 

「………穂乃果」

 

 

 普段と違う雰囲気を見せる親友に海未は不安を覚えずにはいられなかった。やはり今回のことは自分のせいと思っているのだろうか。海未は数時間前の部室でのやり取りを思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数時間前~

 

 

「「「「…………………………」」」」」

 

 

 昨夜の衝撃的なマヨナカテレビでアイドル研究部室重苦しい雰囲気に包まれていた。あのテレビが映ったことで皆は作戦会議のために朝早く登校したのもあるが、今までμ‘sの支えになっていた悠がこの場にいないということ、そして悠があんな目に遭っていたのに自分たちは何も知らずにのほほんと過ごしていたことを悔やんでいた。

 

 本当なら今すぐにでも悠を助けに行きたい。しかし、今日はラブライブへの出場が掛かった大事なライブがある。昨日みたいな悪天候ではなく青空が広がるライブ日和だ。こんな状態にも関わらずライブを行わなかったら、ラブライブに出場できないどころかμ‘sを応援してくれているファンの期待を裏切ることになってしまう。

 

 そう、あの佐々木という人物は自分たちに暗にこう言っているのだ。

 

 

 

"ライブか悠の命か、どちらか一方を選べ"と

 

 

 

 こんな酷とも言える究極の選択を無意識に迫られて、皆はもう通常ではいられなくなってしまった。しかし、

 

 

 

 

「行こう。悠さんを助けに」

 

 

 

 

「ほ、穂乃果!?あなた……」

 

 部室の空気を穂乃果はそう言って打ち破った。あのマヨナカテレビで一番ショックを受けているはずの穂乃果が一番にそんなことを言ってきたことに驚きを隠せなかった。

 

「だって!悠さんがピンチなんだよ!?もう学園祭とかラブライブとか気にしてる場合じゃないよ!?」

 

 威勢よくそう言う穂乃果だが、皆がそれに賛成という訳ではなかった。もちろん今まで自分たちを命懸けで助けてくれた悠を今すぐに助けに行きたい気持ちの方が強い。でも、

 

「でも、それこそあの佐々木ってやつの思惑かもしれないじゃない。私たちを」

 

「でももすともないよ!?じゃあ皆は悠さんの命よりライブが大事って言うの!!」

 

「!?っ、そんなことは言ってないでしょ!?」

 

「穂乃果っ!!それは言い過ぎよ!」

 

 どうやら穂乃果も尋常ではないほどアドレナリンが出ているのか思わず皆にそう言ってしまった。絵里が穂乃果を宥めようとしたが、穂乃果は止まらなかった。

 

「ごめん…………………でも、こんな時…陽介さんたちなら迷わずに悠さんを助けに行ってるよ。だって」

 

「………黙りなさいよ、ペルソナを持っていないくせに………」

 

「!!っ」

 

 穂乃果が皆にそう話す中、我慢の限界に達してしまったにこはぼそっと言ってはならない禁句に触れてしまった。穂乃果とことりが事件が起こった時に気にしている"自分だけがペルソナを持っていない"ということに。

 

「何よ!ペルソナも持ってないくせにっ!!ペルソナを持っていないアンタに何が出来るっていうのよっ!?」

 

「そ…それは………」

 

「それに何でそこで花村たちが出てくるのよ!!にこたちとあいつらは違うって言う訳!?」

 

「にこっち!!」

 

「それは言ってはダメでしょっ!!」

 

 これには流石に言い過ぎだと思ったか、にこを窘める。にこも今のは流石に失言だと察したか顔を伏せてしまった。穂乃果も痛いところを突かれたか先ほどの勢いもなくなり放心状態になっている。既に部室の雰囲気は最悪。口喧嘩をした穂乃果やにこのみならず誰も話そうとはせず気まずい沈黙が部室を包んでしまった。

 

 

(…………悠、こういう時あなたならどうしてたの?)

 

 

 絵里は思わずここにはいない悠にそう聞きたい衝動に駆られてしまう。しかし、そう考えてもこの事態が解決する訳でない。ここは無理にでも皆に決断を下させようとした瞬間、誰かの携帯の着信音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ちゃん……大丈夫かな?」

 

 数時間前のやり取りを思い出していると、隣の花陽がそう呟いた。どうやら花陽だけでなくみんな自分と同じように感じているらしい。

 

「今回のことで責任を感じてるのかもしれないけど……危ういわね」

 

「穂乃果ちゃんには何の責任はないのに……………」

 

「……………………………」

 

 各々が心配そうな表情をで穂乃果を見る。にこは思わず溢れてしまった失言で穂乃果を追い込んでしまったのではないかとバツが悪そうにしている。しかし、今自分たちが何か言って励まそうとしても穂乃果には届かないだろう。

 

……………………これは治療用のお薬でこれはお水とおにぎり………あとこれはクマさんのメガネで……それから

 

「「「「??」」」」

 

 穂乃果の心情を察していると、すぐ近くで誰かがブツブツ何か呟いてるのが聞こえた。何だろうと思って見てみると、そこには……神妙な表情で大きなリュックに色々物を詰め込んでいることりがいた。

 

 

「こ、ことり!?なんですか!?その大荷物は」

 

「(ギクッ!)だ、だって……お兄ちゃんケガしてるし、お腹減ってるだろうし……そう考えたらこうなって」

 

「いくら何でも多過ぎよ!それじゃあシャドウから逃げられないじゃない。量を減らしなさい」

 

「で、でも……」

 

「減らしなさいっ!!」

 

「はい…………………」

 

 

 絵里たちに強く叱責されたことりは渋々と持ってきた大荷物を減らし始めた。

 

 

「……大丈夫かしら?悠さんがいないこの状況…」

 

 

 真姫は遠目から皆の様子を見てそう呟いた。

 いつにも増して騒がしいし、悠が危機的状況であるせいか普段の落ち着きが見られない。こんな調子で悠を助けられるのだろうか。真姫は心に不安を覚えざる負えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

another view(穂乃果)

 

 

「穂乃果のせいで悠さんが………穂乃果が何とかしなきゃ」

 

 

 悠さんの日本刀を手に握り締めて私はそう心に鼓舞する。今回のことは穂乃果のせいじゃないって海未ちゃんや絵里ちゃんは言ってくれてるけど、元はと言えば穂乃果が無茶なトレーニングをして悠さんに迷惑をかけたことが原因だ。穂乃果があんな無茶をしなかったら、今頃悠さんは穂乃果たちの傍にいて一緒にライブをしてたはずなのに。

 

 だから、穂乃果が何とかしなきゃ。ペルソナは持ってないけど穂乃果にも出来ることはあるはず。絶対悠さんを助けてあの佐々木って人を捕まえて……またスクールアイドルをやって廃校から学校を守らなきゃ。そのためにも………

 

 

「あれ?…………でも、事件が終わって廃校を阻止出来たら………………穂乃果たちどうなっちゃうんだろう」

 

 

 そうだ、元を辿れば穂乃果たちは廃校を阻止するために……いや、穂乃果たちをこの世界に放り込んで殺そうとした犯人を捜すためにスクールアイドルを始めたんだった。じゃあ、もしあの佐々木って人が穂乃果たちをテレビに入れた犯人で捕まえられたら……

 

 

 

 

 この世界に行く必要がなくなる?

 

 

 

 そうだとしても……廃校が阻止出来たら、穂乃果たちが()()()()()()()()()()()()()()()()()()の?

 

 

 

 

 

「………………………………」

 

 

 

 

 

 そう考えたら何故かずんずん進んでいた足が止まっていた。何でだろう………そう考えたら

 

「穂乃果?どうかしましたか?」

 

「穂乃果ちゃん?どうしたの?」

 

 思わず考え事していたら海未ちゃんとことりちゃんは心配そうにこっちを見てきた。

 

「な、なんでもないよ。この日本刀重いなぁって思ってただけ。こんなの振り回せるなんて、悠さんってすごいよね」

 

「「……………………」」

 

「ご、ごめんね。ちょっと…………早く行こうっ!」

 

 みんなの視線から逃げるように穂乃果は駆け足で校舎に入っていった。もう考えてても仕方ない。だって……穂乃果たちも目的は変わらないもん。だから大丈夫だよ、きっと。

 

 

 

 

 

 大丈夫………だよね

 

 

 

 

 

another view(穂乃果)out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<???>

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………うっ」

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、さっきの場所とはまた違う見知らぬ場所に横たわっていた。まだ体調が優れないのか先ほどと同じように視界がぼんやりとしている。まるで辺りが霧に包まれているように。

 

 

「ここは……………あれ?」

 

 

 視界がぼんやりしているのは体調が優れないからではなくて、もしやこの場所が霧に包まれているからではないか。となるとここはまさか

 

 

 

「テレビの……中なのか?………………!!っ、いたっ」

 

 

 

 そう思って少し体を動かすと全身に激痛が走った。やはり意識を失う前に何か衝撃を受けたようだが、ここまで身体が動かない程になるものとは思わなかった。しかし、ここがテレビの中ならば

 

 

ーカッ!ー

「ぺ……ペルソナっ!」

 

 

 

 何とかタロットカードを顕現して砕くと、回復魔法を使えるペルソナを召喚する。やはりここはあのテレビの世界。いつの間に自分はテレビの世界に入っていたらしい。優しい光に身体を包んで痛みは和らいだ。だが、コンディションが悪いせいか完全には治せなかったが動けるところまでは回復した。ここで悠は状況確認をすることにした。

 

 

 

 

(ここがテレビの世界なら……………………まずい、クマのメガネ…家に置いてきたから視界が…………武器もないし、ここがどういう場所なのかも分からない。どうすれば……………腹減ったな)

 

 

 

 

 考えうる限り最悪な状況に悠は思わずため息をついた。メガネもない・仲間もいない・武器もない。その上、治りきってないケガと極度の空腹でコンディションは万全ではない。今まで稲羽の連続殺人事件やP-1Grand Prixなどの災難に巻き込まれてきた悠だが、こんな事態は未だに遭ったことはなかった。

 

 

(………いや、悩んでいても仕方ない)

 

 

 それでも何とかしようと悠は身体を動かして行動を開始した。先ほどの痛みがまだ残っていて少し足を引きずってしまうが構わない。今自分にできることは進むことだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここね……」

 

 

 確認を終えて校舎を探索してから数十分後、いつもの如く他の部屋とは異質な雰囲気を放つ教室を見つけた。そこは穂乃果たちにはあまり馴染みのない"新聞部"という表記がある部屋だった。

 

 

「よし、じゃあ今すぐ」

 

「ちょっと待って。少し確認したいことがあるんよ」

 

 

 希は新聞部室に入ろうとする穂乃果たちを呼び止めてペルソナを召喚するポーズを取る。

 

 

「【ウーラニア】」

 

 

 希はウーラニアを召喚して結界を展開すると、改めて新聞部室に神経を集中させた。

 

「おおっ!これが希ちゃんのペルソナ」

 

「りせちゃんの【コウゼオン】みたいだにゃ」

 

「……やっぱりこのペルソナ、希の特徴がモロに出てるわね」

 

「…………………………………」

 

 希が何かを察知している間、穂乃果たちは初めて見る希のペルソナの姿に興奮していた。約数名は希の特徴である身体の一部分を恨めしそうに凝視しているが、希はそっとしておいた。しばらくして、何かを察知したらしい希はウーラニアの結界を解いて皆にこう言った。

 

「反応があるのは新聞部室やね。人間の反応が2つ。それは佐々木くんと悠くんのっていうのは間違いない。でも……」

 

「でも?」

 

「もう一つ妙な反応があるんよ。何か……()()()な」

 

「神秘的?」

 

「……ウチがまだこの力に慣れてないせいかもしれんから大雑把にしか分からへん。りせちゃんだったら分かっとんたんかもしれへんなぁ」

 

 悠と佐々木の他に何かを察知したは良いが、その正体が大雑把にしか解析できなかったことを悔いる希。希が言葉にした"神秘的"な存在については引っかかるが、それは自分たちが立ち止まる理由にはならない。今まで悠が自分たちにしてくれたようにどんな障害があろうとも止まらずに進むだけだ。

 

 

 大きな不安を覚えつつも一行は新聞部室に突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<???>

 

 

 

♩♩♩♩~♩♩♩♩~♩♩♩♩~♩♩♩♩~

 

 

 

「ここは………」

 

 中へ入るとそこにはいつものように異様な光景が広がっていた。花陽と真姫のキャバクラ・にこの遊園地・絵里のコンサートホール………今まで訪れた場所とはまた一段と違った場所があった。中央に建てられた人が何住人も入りそうな大きなテントを囲むように柵が建てられており、陽気な音楽がBGMとして流れている。穂乃果たちが立つ入り口には"ようこそ"という看板が掲げてられていた。

 

 

「これって、サーカスやない?」

 

「こ、これがサーカスですか!?サーカスにしては……楽しそうな雰囲気じゃないような」

 

 

 希が指摘した通り、目の前に広がっている光景は"サーカス"という言葉がしっくりくるものだった。よく見れば、周りを囲う柵には"佐々木サーカス"とデカデカと表記されているポスターがずらりと貼られてあった。だが、そのポスターのイラストはほのぼのとしていながらスプラッタに描かれているため、花陽の言う通りあまり楽しそうなものとは思えなかった。

 

「これって……あの人、今までの私たちの戦いを楽しい見世物って思ってたこと?」

 

「………人が死んでいたかもしれないのに」

 

「あの男…………」

 

 佐々木の心情風景を目のあたりにして彼女たちは更に怒りを募らせた。悠が命懸けで戦って苦しみながらも自分の影と向き合った今までのことをあの男はただの見世物と捉えていた。それだけで彼女たちの怒りに油を注ぐには十分だった。

 

 

「よしっ!行くわよっ!」

 

「「「「「うんっ!!」」」」」

 

 

 改めて必ず悠を助けて犯人をとっちめようと決意を固めた一行はサーカスの中へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷぷぷ……………来たね、馬鹿な小娘ども。存分に楽しむといいさ。この"絶望"の大サーカスをね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next #57「What do you mean I'm here?」


Will be contribute in Middle of September.



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#57「What do you mean I'm here?」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

先日のPERSONAQ2アンケートの結果が出ました。アンケートに答えてくださった方々、ありがとうございました。結果の方なのですが……予想通り②の一人選んでデートするという選択した方が多く、デートする人物の方は蓮ことジョーカーは決まったのですが、悠の方が2人同票という結果になりました。マヨナカ横断ミラクルクイズみたいな展開にどうしたものかと悩みましたが、塾考の末もう少しアンケート期間を延長するということにしました。すみませんが、もう少しお付き合いください。


改めて、お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけて下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。
至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


それでは本編をどうぞ!


………思えばいつからだろう。ことりがお兄ちゃんを慕うようになったのは。

 

 

 ことりはと昔のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 あれはちょうどことりが幼稚園の頃、親戚の集まりということで両親と一緒にどこかの田舎町に行った時のことだった。

 

 

 周りは誰も知らない人ばかり。母親は"義姉さん"という女性と談笑しているし、父親もどこか厳つい堂島という人とお酒を飲んで笑っているし、全然ことりに構ってくれなかった。それに時折知らない人がこんにちはと話しかけて来るが、引っ込み思案が激しかったことりは怯えて母親の背中に隠れるだけでコミュニケーションが取れなかった。

 

 

 

 こんな場所に居ても怖い。早く帰りたい。

 

 

 

 母親にそう言おうとしたその時、

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、一緒に遊ぼう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かがまた声を掛けてきた。しかし、その人の声はさっきまでの人達とは違う優しくて温かいと感じた。振り返ってみると、そこにいたのは自分よりちょっと年上らしい、でもどこか親近感を覚える男の子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ことりちゃん……ことりちゃん………ことりちゃんっ!」

 

「えっ?」

 

 あの時の悠との出会いを回想している最中、穂乃果の叫び声でことりは現実に引き戻された。改めて見渡して見ると、自分の目の前には多数のシャドウをそれに立ち向かう海未たちペルソナ使いたちの姿があった。

 

「あ、え~と……」

 

「ぼおっとしてんじゃないわよっ!伏せなさいっ!」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!

 

 

 

 

 

「きゃああああああっ!」

 

 

 にこがそう怒鳴った刹那前方からドンッという爆発音と共に爆風が吹いてきた。見れば、海未のペルソナ【ポリュムニア】の矢がシャドウ数体を撃破したところだった。

 

 

 

 今ことりたちは悠を救うために新しくテレビの世界に現れたサーカスに突入したところだった。そしてエントランスに入った瞬間、突然シャドウたちが現れて襲ってきたのだ。場所がサーカスということもあってかシャドウは鉄球に繋がれているライオンや動くサイコロなど今まで見たことがない上、中々手強いものばかりだった。

 

『にこっち、右っ!』

 

「うわっ!あぶなっ!!」

 

『凛ちゃん、伏せて!!』

 

「にゃあああっ!」

 

 だが、解析能力を持つ希がいち早くシャドウの情報を皆に共有し、それを元に皆が動く。にこと凛に死角からシャドウの攻撃が襲ってきたが、希の必死の指示でダメージを受けることなく避けることに成功した。

 

『あのシャドウは火炎属性に弱いよ。真姫ちゃん!!』

 

「了解!メルポメネーっ!!」

 

「チャンスっ!!クレイオーっ!!」

 

 にこと凛の回避を確認した希は真姫にそう指示を出してシャドウを撃退させる。敵が怯んだ隙を狙って花陽が追加で攻撃を加えた。

 

『大きな攻撃が来るよっ!エリチ!!』

 

「了解!みんなを守って!【テレプシコーラ】!!」

 

 そして、相手から放たれた攻撃を絵里のテレプシコーラが御旗を立てて防いだ。前回の希シャドウ戦では触れなかったが、テレプシコーラは特捜隊メンバーの直斗のペルソナ【ヤマトスメラミコト】と同じ相手の攻撃を無効化するスキルを持っている。そして、

 

 

 

―カッ!―

「行きます!ポリュムニア!!」

―カッ!―

「蹴散らせっ!エラトー!!」

 

 

 その隙を狙って海未とにこが特大の氷結攻撃を放ってシャドウたちを一掃した。いくつもの修羅場を乗り越え、以前よりも強くなった海未たちは鮮やかに襲い来るシャドウをあしらっていく。

 

 

「「………………………」」

 

 

 皆の戦闘ぶりを見て非戦闘員の穂乃果とことりは呆然としてしまった。みんなが必死にシャドウと戦っているのに、ペルソナを持っていない自分はここで立ち尽くして見ているだけ。まだ自分たちは皆と違ってまだ己の影に向き合っていないので、それは仕方ないのだが皆と一緒に戦えないやるせない気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

―――――ことりもお兄ちゃんの力になりたいのに……どうしてペルソナを持ってないんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうシャドウの気配はないな。みんな、お疲れさん」

 

「ふう、何とか勝てたわ」

 

「希ちゃんのお陰で戦いやすくなりましたね」

 

 今までは何も情報も無しに手探りでシャドウと戦っていたが、希のペルソナ【ウーラニア】の解析能力によりシャドウの情報がいち早く伝わるので、以前よりも戦いやすくなった。これなら悠がいなくても大型シャドウと戦えるし、犯人も捕まえられるかもしれない。新たな戦力と戦略を得た海未たちは期待に胸が膨らんでいた。

 

「あれ?穂乃果ちゃん・ことりちゃん、どうしたの?」

 

「えっ?……な、何でもないよ!ちょっとぼおっとしてただけで」

 

「こ、ことりも…そんな感じかな?」

 

 戦いが終わっても呆然としていたらしい。そんな穂乃果とことりを見て、絵里は声に怒気を含めてこう言った。

 

「……穂乃果・ことり、ここは戦場なの。一歩間違ったら死ぬかもしれないのよ。もっとそこの自覚を持ちなさい!そんな調子じゃ悠を助けられないわよ」

 

「「……はい」」

 

 絵里の説教を受けて俯きながらそう返事をする2人。絵里はしばらく2人のみならず、他のメンバーにも警戒を怠らないようにと注意喚起していたが、穂乃果とことりは頭は別のことでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘を終え先へ先へと歩みを進めて行く一行。だが、

 

 

「それにしても、随分進んだのに先が見えないわね。サーカスってこんなに広かったかしら?」

 

 

 絵里の言う通り、いくら先へ進んでも同じような光景が続いていた。あまり大きそうでなかった外見に関わらず、内部は東京ドーム何個分あるのかというほどの広さがあった。まるでハ○ーポッ○ーに出てくるテントのようだが、早く悠を見つけ出したい穂乃果たちにとっては溜まったものではない。いくら強くなって雑魚シャドウ戦なら軽くあしらえるようになったとはいえ、目的地が見えない状態で戦闘を繰り返しては苛立ちも隠せない。

 

「希、まだ悠か佐々木は見つからないの?」

 

「もう少し待って。ウチやってこれでも必死なんやから」

 

 初探索にも関わらずサポートで目覚しい活躍をみせている希だが、まだ力の扱いに慣れていないのか目的の悠と佐々木の特定に時間がかかっていた。

 

「なっ!……みんな、また前方からシャドウ出現したで!気をつけて」

 

 希の言う通り物陰からまたシャドウが出現し穂乃果たちの行く手を阻んだ。さっきからこのような展開が何回も続いているので正直うんざりしている。自分たちには時間がないのに。だが、それでも前に進むために海未たちは己の武器を顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな状態が続いた数十分後……

 

 

「ん?……………ちょっと待って!ここ、他のところとは雰囲気が違う…………って、ここから佐々木の反応があるよ!」

 

 

 通り過ぎようとした扉から何かを察知した希がそんなことを言ってきたので穂乃果たちは思わず立ち止まって顔が強張った。改めてその扉の前へと来てみる。一見何も変哲もない扉だが、希の言う通り何か禍々しいものをここから感じる。どうやたこの奥に今回の元凶である佐々木がいるのは確かなようだ。その事実に海未たちは自然と拳を握り締めてしまう。

 

「……みんな、準備はいいかしら?」

 

 この部屋へ突入する前、最後の確認のため絵里は皆にそう問うた。

 

 

「うんっ!大丈夫だよ!」

 

 

 絵里の問いに穂乃果が力強くそう答えると、他のメンバーも同意と言うように遅れて頷きた。

 

「じゃあ、行くわよ!」

 

 穂乃果の一声で覚悟を決めたメンバーは扉を開いて中へ突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?ここは」

 

「サーカスの会場?」

 

 そこはさっきまで突入したところとは違った会場だった。円形の舞台を中心して囲むように観客席らしきものがある。これはまさにサーカスのメイン会場を彷彿させるものであった。

 

「でも、サーカスの会場にしては広すぎじゃない?観客席を隔てる壁も高いし、中心に何もないし………」

 

「どっちかって言うと、コロシアムみたいだにゃ」

 

 凛がふと発した言葉に皆はピンと振り向いた。確かにこの壁の高さと会場の広さ、そして何よりまるで決闘に使用されたような雰囲気はサーカスというより"コロシアム"というのが合致する。

 

「サーカスは古代ローマで人間と猛獣の格闘に使用されたキルクスっていう円形競技場が語源になったっていう諸説はあるけど……」

 

「こんなところに本当にあの人が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レディーーーーーーース、エンドジェントルメーーーーーーーーン!!ようこそ!佐々木サーカスへ!ここに本日のメインイベントの主役たちがやってまいりました!さあ!盛り上がっていきましょーーーう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアアアっ

 

 

 

 

 

「「「「「!!っ」」」」」

 

 

 

 花陽が何か言いかけたと同時に、突然そんな声が聞こえたかと思うと周りから大歓声が沸いた。ビクッとなって見てみると、何もなかったはず観客席に大勢の観客が存在していた。落ち着いて見てみると、観客席にいるのは皆シャドウだった。

 

「何よこれ。まるでP-1Grand Prixを思い出すかのような光景は」

 

「やっぱり、あの事件を起こしたのも………」

 

 

 

「やあやあ、約束通り君たち9人で来てくれるなんて感心感心。関係ないやつを連れてきたらどうしようかと思ってたけど、そうじゃなきゃショーが面白くないからねえ」

 

 

 

 絵里の言葉を遮るかのようにそんな声が聞こえたかと思うと、1人の男が穂乃果たちの目の前に現れていた。白黒半分に分かれたタキシードとマント、ドミノマスク。間違いなくこの男はあのマヨナカテレビに映っていた"佐々木竜次"であった。

 

「佐々木……竜次」

 

「こいつが……悠を」

 

 悠にあの凶行を加えた人物が現れたことに顔が険しくなる穂乃果たち。今すぐにでもこの男を捕まえたい。そんな衝動に駆られてしまった。だが、当の本人は穂乃果たちからそんな感情をぶつけられているにも関わらず、まるで感情のないピエロのようにニヤニヤとしていた。

 

 

「ん?……ちょっと待って、この人……」

 

 

パチンッ!

「ショーの前にご褒美に君たちが欲しがっているものをあげようじゃないか!そう、今君が欲しいと思っているものを」

 

 

 何かを感じた希の言葉を指を鳴らして遮ると、オーバーリアクション気味に佐々木が穂乃果を指さしてそう宣言した。

 

 

「ほ、穂乃果が欲しいもの?意味わかんないこと言わないで!それより今すぐ悠さんを返してよ!」

 

 

 

 そんな佐々木に穂乃果は焦るかのようにそう突っかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あははは、何言ってるの?アンタが欲しいものなんて、自分でよく分かってるくせに』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 佐々木に悠を返せと突っかかった瞬間、背後から誰かに似た不気味な声が聞こえてきた。恐ろしい程低く、どこか穂乃果に似た声だったので、まさかと思って振り返ってみると……

 

 

「あ、あれは……まさか!」

 

「穂乃果の…影」

 

 

 

 金色の目以外は瓜二つの存在……穂乃果の影がそこにいた。それを見た皆は驚愕したと同時に佐々木が言っていた"欲しいもの"の意味を理解した。穂乃果が今欲しがっているのは皆と違って持っていないペルソナであり、それを手に入れるための"影"を出してやるとあの男を言っていたのだ。

 しかし、一体何故このタイミングで穂乃果の影が出現したのだろうか?今までペルソナを所持していない穂乃果とことりがテレビの世界に入っても出現することはなかったのに。

 

 

『アンタはいつも思ってたよね?自分には何もないって』

 

 

 そんな海未たちの困惑を知らず、影は穂乃果に単刀直入にそう斬り込んだ。

 

 

「えっ?……ど、どういうこと?」

 

『ハァ…本当は分かってるくせに。アンタがいつも馬鹿みたいに明るく振舞ってるのって、何もない自分を取り繕うためでしょ?アンタには海未ちゃんみたいな気品やことりちゃんの服飾みたいに打ち込める趣味がない。私はそんな2人に比べて何もない……我儘で自分勝手で人の話を聞かない、ただのおバカ』

 

「!!っ、な………何言って」

 

『だからアンタは悠さんと会ったあの日、そんな自分を変えたくてスクールアイドルを始めようとした。学校を救うためなんていうのは建前で、本当はこんな何もない自分にも何かできるって証明したかっただけだった』

 

「そ、そんなこと………」

 

『でも、廃校を阻止してこの事件が解決しちゃったら、私たちがスクールアイドルをやる意味がなくなるよね?そしたら私の存在意義がなくなる。また私はただのおバカと思われる。そんなの嫌だもんね?』

 

 

「……………………」

 

「ほ、穂乃果!大丈夫ですか!?」

 

「穂乃果!!」

 

 

 今までずっと見てきた。自分の影の言うことを否定すれば、影が暴走して襲い掛かってくる。そうならないためには自分自身が耐えるしかない。穂乃果があの禁句を口にしないように、海未や絵里たちが必死に声掛けをしてくれている。しかし、

 

 

『何かを持ってる海未とことりと比べられるのは嫌だから。おバカと思われるのは嫌だから。そのためだけにスクールアイドルを続けたい。だから、アンタは今日のライブを捨てることを選んだんだよ。ちょうど大好きな悠さんを助けるためだっていう、らしい口実もあるし。そう考えたら、あの佐々木って男に感謝だよね。こうやって私がスクールアイドルを続けられるチャンスを与えてくれたんだから』

 

 

「ち、違うっ!!違うよ!!いい加減なこと言わないで!!」

 

 

 容赦なく襲い掛かる影の言葉に耐え切れなくなり、己の影の言うことに噛みついてしまった。穂乃果の反応を見た穂乃果の影はしめしめと言わんばかりにニヤリと笑った。

 

 

『くくくく……一人は嫌だ。孤独は嫌だ……スクールアイドルを続けられなくなったら、私の存在意義なんてないも同じ。そしたらみんなに見捨てられる』

 

「違うよっ!!穂乃果はそんなこと思ってない!!悠さんも海未ちゃんもことりちゃんも関係ないよ!!」

 

 

 ガタガタを足を震わせながらも穂乃果は必死に影が言うことを否定する。

 

 

『あはははは、どれだけ否定したって無駄だよ。私には一人が怖いっていうあなたの気持ちがよく分かる。だって、私も"高坂穂乃果"。私はあなたなんだからさ』

 

「ち、ちが……」

 

『それに、ペルソナが欲しいんでしょ?だったらさ、さっさと私を受け入れなよ。そうすればみんなと……大好きな悠さんと一緒に』

 

 

「黙って!!……うるさい……違う違う違う違う違う違う違うっ!!」

 

 

 とうとう影の言刃に耐え切れなくなった穂乃果は床に手を突き、狂ったかのように否定の言葉を並べ続ける。これはもう危険であることは明白だった。

 

 

「穂乃果!気をしっかり持ってください!アレは」

 

「うるさいっ!」

 

 

 海未が近寄って落ち着かせようと手を差し伸べようとするが、既に混乱状態の穂乃果はその手を振り払ってしまう。そして、

 

 

 

「あなたなんか……あなたなんか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私じゃないっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果はとうとうこの世界では言ってはいけないあの"禁句"を告げてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ…………あはは……あははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!あーはっはっはっはっはっはっはっはっは!!

 

 

 

 

 

 

 穂乃果が禁句を口にした途端、穂乃果シャドウは歓喜の声と共に、禍々しいオーラに包まれていった。そして、その包むオーラの大きさはどんどん大きくなっていき、姿が変わった穂乃果シャドウが現れた。全身を炎で纏い、巨大な片手剣を持った巨人を模した怪物。その圧倒的なスケールと伝わる陽炎の熱さに海未たちはこれまでにない緊迫感を味わっていた。

 

 

 

 

 

 

「我は影……真なる我………私の存在意義を失くさせはしない。邪魔するものは全部燃やすっ!!」

 

 

 

 

 

 

 穂乃果シャドウは海未たちを見てそう言うと、上空に炎玉を出現させて海未たちに放った。

 

 

 

―カッ!―

「ポリュムニア!!」

 

 

 

 穂乃果シャドウの火炎攻撃が放たれる寸前に海未はいち早くペルソナを召喚して迎撃態勢に入っていた。海未は放たれた火炎攻撃をポリュムニアの氷結攻撃で相殺を試みる。ドンッと激突した際、少々火力負けしてしまったもののポリュムニアは何とか穂乃果シャドウの攻撃を相殺した。

 

 

「な……何とか………防ぐことが出来ました………」

 

「海未ちゃん!!」

 

 

 今ので相当な体力を持っていかれたのか、海未はぐったりしてしまった。

 

 

『!!っ、また来るで!』

 

 

 しかし、待ったを掛けることなく容赦無しに次の攻撃が放たれた。海未はもう一度相殺を試みるが、さっきの攻撃で体力を持っていかれたせいか身体が動かない。

 

 

―カッ!―

「止めてっ!【メルポメネー】っ!!」

 

 

 海未に代わって、真姫がみんなの間に割って入りペルソナ【メルポメネー】で穂乃果シャドウの攻撃を受け止める。同じ火炎属性故か、その炎玉を自らの力に吸収することに成功した。

 

 

「何とか吸収できたわ………」

 

「真姫ちゃん!」

 

 

 雑魚シャドウとの戦闘の中、P-1Grand Prixで雪子が同じようなことをしていたのを思い出してやってみた試みだが上手く行けた。だが、これしきのことで状況が変わる訳ではない。

 

 

『あのシャドウ………今までのシャドウとは強さがケタ違いや。しかも本気でウチらを殺す気や。みんな、気を付けて!!』

 

 

 希の忠告を聞いて改めて暴走する穂乃果シャドウに戦慄する一同。希に言われなくても海未たちは肌身で感じて分かった。あのシャドウは今まで自分たちが戦ってきたどのシャドウよりも手強い。正直この場に悠が居ても勝てるかどうかなんて分かったものじゃない。だが、それでも立ち向かわなくては。

 

 

 しかし、ここでそんな海未たちに茶々を入れる下種がいた。

 

 

 

「あははははははっ!やっぱり君たちはリーダーが不在だと力が発揮できないようだね。でも、目の前のことばっかりに気を取られていいのかな?」

 

 

「なっ!どういうことよ!」

 

 

 にこが佐々木の言葉に食いついた途端、コロシアムの画面が突如光が灯った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、あれ?……ここはどこ?穂乃果ちゃんたちは?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、ことり!!」

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

 画面に映っていたのはどこかへ行ったはずのことりだった。どうやって移動したかは知らないが、ここにいない上に先ほどまでことりが持っていた荷物がポツンとこの場に置かれていたことから、ことりが画面のどこかにいるのは確かのようだ。

 

 

「いつの間にいなくなってたの!?」

 

「希!ことりの居場所は分かった?」

 

『だ、ダメや!ことりちゃんは今エントランスの方におる!ここからじゃ助けに行くのは時間がかかり過ぎる』

 

「ええっ!!」

 

 

 希がことりの居場所を探知したは良いが、場所が場所なだけに今すぐ助けに行くのは難しい。

 

 

「なら、私だけでも…きゃあああああああっ!」

 

「は、花陽!」

 

よそ見はいけないよ?私がそう簡単に逃がすと思う?

 

 

 別動隊としてことり救出に戦場から離脱を試みた花陽だったが、それは穂乃果シャドウに阻まれてしまった。穂乃果シャドウは海未たちを逃がさないようにと会場の周りを炎で包み込む。これではこの場から離脱することはできない。現状ことりを助けに行くにはこのシャドウを倒さなくてはいけないようだ。

 

 

「あ、アンタ!一体どういうつもりよ!!」

 

パチンッ!

「ぷぷぷぷ……それは今に分かるさ」

 

 

 にこの問いに意味深な笑みを浮かべて答える佐々木。どういうことだろうかと思っていると、その答えは既に画面に映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<佐々木サーカス エントランス>

 

 

 

「こ、ここは…サーカスの入り口?いつの間に……早く穂乃果ちゃんたちのところに戻らなきゃ!そうしないと……」

 

 

 何故か自分だけがいつの間にか別の場所に立っていることにことりは焦っていた。皆が必死に戦っているのに自分だけここに居る訳には行かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あなたは何で悩んでるの?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 ふと背後から不気味な声が聞こえてきた。その声がまるで自分に似ているかのようだったので恐る恐る振り返ってみる。そこに居たのは

 

 

 

「ま、まさか………ことりの……影?」

 

 

 

 金色の目をした禍々しい雰囲気を纏ったことりと瓜二つの存在……ことりの影だった。まるで鏡にいる自分を見ているようでことりは困惑する。何故ここで自分の影が出てきたのだろうか?そう思っていると、ことりの影がニヤリと笑みを浮かべてことりにこう言った。

 

 

『みんなに言っちゃえばいいじゃない。お兄ちゃんとことりは叔母さんに留学しないかって誘われたから留学したいって。パリで服飾を学びたいって』

 

「!!っ。どうして…それを」

 

『お母さんから留学の話を聞いたとき、やったって思ったよね?ずっと憧れてたパリに行ける。ことりが知らない服飾のことが学べる。もっと上手くお洋服が作れるって』

 

「そ…それは…………」

 

 

 自分の影に指摘されたことにことりは言葉を詰まらせる。確かに母親からパリへの留学の話を聞いた時は心の中ではそう思っていなくはなかった。何せずっと憧れてたパリに留学できるのだから。

 

 

『でも、迷うことなくイエスって返事出来なかった。何で?これだけパリに行きたいのに何で?……答えは簡単……』

 

 

 

 

「??」

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 影の口から出たその言葉にことりはまるで凍り付いたような寒気に襲われた。悠が煩わしい?一体何を言っているのだろう。自分が大好きな悠に対してそう思ったことなどないのに。信じられないと言った表情で見ることりに影は面白そうに見ながら得意げに話を続けた。

 

 

『きっとお兄ちゃんはこの話を断るに決まってるって思ってたよね?だって、お兄ちゃんはことりとパリに行くよりも稲羽の陽介さんたちの方が大事だもん』

 

「そ、そんなこと………」

 

『否定できないよね?お兄ちゃんから聞いたことある?ことりと陽介さんたち、どっちが大事かって?』

 

「…………………」

 

 

 今まで考えたこともなかった疑問にことりの思考はぐちゃぐちゃなっていた。そんなことりを嘲笑うかのように影は次々と言葉の刃を突きつけて行く。

 

 

『いつもことりが甲斐甲斐しくお世話してるのに、お兄ちゃんはいつも他の女と仲良くして、ことりの気持ちに気づかないで困らせる。そんなお兄ちゃんはもういらない。お兄ちゃんがいなくなればことりは自由になれる。お兄ちゃんっていう煩わしいものを気にせずにことりはパリに行けるもん。だから、早くお兄ちゃんを探して消しに行こうよ♪』

 

「ち、違う!違うよ!何で……何でそんなこと」

 

 

 影の言葉にことりは狼狽する。今まで見てきた通り、影は抑圧された感情や願望が具現化した存在。そうだと分かっているつもりでも、自分が心の底でそんなことを思っているなんて信じられないのだ。

 

 

『煩わしいと言えば穂乃果たちもだよね?だって、ことりが留学するって言ったら離れるのが嫌だからって絶対止めてくるもん。海未ちゃんもそう。だから、お兄ちゃんと一緒に消した方がいいよね?』

 

「やめてっ!!ことりはそんなこと思ってない!!お兄ちゃんを……穂乃果ちゃんと海未ちゃんを……いなくなった方が良いなんて………思ってないよ」

 

『……………………………』

 

 

 自分の言うことを肯定せず喚き散らすことりにムスッとする影。一息入れた影は冷たくこう言った。

 

 

『じゃあ、何でそんなに口籠ってるの?何で焦ってるの?違うって言っているのに、何でそんな反応をするのかな?』

 

「!!っ」

 

『それって、心の底ではそう思ってたって証拠じゃない?もう諦めてすんなり認めてよ。私は』

 

「違うっ!!違うよっ!!いい加減なこと言わないで!!」

 

 

 更に傷口をえぐるようなことを言ったことりは耐え切れなくなり頭を抱えてそう喚く。だが、容赦なしに影は攻撃の手を緩めなかった。

 

 

『違わないよ。あなたはことり、わたしもことり。私とあなたで"南ことり"」

 

 

「やめてっ!!やめてよ!!もうやめて!!」

 

 

 ことりの中のため込んでいた感情が溢れだしていく。ここには誰も彼女を止める者はいない。そして、ことりは大粒の涙を流しながらあの禁句を大声で叫んでしまった。

 

 

 

 

 

「あなたなんか……あなたなんか!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ことりじゃないっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うふふふふ………………………あははははははははははいい……良いわ!この感じ!あはは……これで、ことりは自由になれるっ!!あはははははははははははははっ!!

 

 

 

 

 ことりシャドウは歓喜の声と共に、禍々しいオーラに包まれていった。そして、その包むオーラの大きさはどんどん大きくなっていき、巨大な怪物に姿が変わったことりシャドウが現れた。6つの足に背を亀の甲羅で覆った竜の形をした怪物。まるで、神話に登場する邪竜タラスクを彷彿させる禍々しさがあった。ことりは影の暴走した姿に恐怖し、その場から動くことが出来ずに腰を落としてしまう。

 

 

 

 

 

 

『我は影……真なる我…………さあ、自由への一歩を踏み出そう。そのために…………邪魔なものを消していこう』

 

 

 

 

 

 

 ことりシャドウはへたり込むことりを消そうと口からブレスを吐いて攻撃を加えようとしたその時、

 

 

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!

 

 

 

 

 ことりシャドウがことりに手を下そうとしたとき、近くの壁から爆発音がした。何事かと振り返ってみるとそこに大きな穴が空いていた。

 

 

 

 

 

「ハァ………ハァ……………無事か………ことり……」

 

 

 

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

 

 そこに現れたのは剛毅のペルソナ【ジークフリード】を従える悠だった。背後を見ると、何枚もの壁をトールでぶち抜いたのか、その跡がよく見られる。だが、ここに至るまで相当な体力と気力を使ったのか、悠は息が上がってふらついていた。

 

 

「お兄ちゃん……何で………」

 

「必ず……助けるぞ………チェンジっ!」

 

 

 悠はふらつきながらもそう言うと、ペルソナをジークフリードからイザナギにチェンジした。そして瞬時に高速で移動しことりシャドウに斬りかかる。だが、

 

 

『フンッ!』

 

「ぐはっ!!」

 

 

 ことりシャドウは斬りかかるイザナギを軽くあしらった。イザナギは勢いよく地面に叩きつけられフィードバックにより悠の身体にもそのダメージが返ってきてしまう。

 

 

「…ぐっ………ハァ…………ハァ………………ハァ……」

 

 

 今ので相当なダメージが入ったのか、悠は死にかけているように這いつくばってしまった。

 

 

うふふふふふ………お兄ちゃん、わざわざ殺されに来てくれたんだ~♡嬉しいなぁ♡

 

 

 悠の出現にことりシャドウは恍惚な表情になる。もはや標的はことりではなく悠に変えているようだった。悠はそれにも関わらずふらつきながらも立ち上がり、再びことりシャドウに立ち向かおうとする。だが、それを止めようと立ち尽くしていたはずのことりが悠の腕を力強く掴んで引き留めた。

 

 

「こ……ことり……?」

 

「お兄ちゃんっ!やめて!!そんな状態で戦うのは無理だよ!!」

 

 

 ことりの言う通り、今の悠はフラフラで万全の状態ではなくメガネをかけていないし武器もない。雑魚シャドウならまだしも、そんなコンディションで手強い大型シャドウと戦うのはとても無理だ。そんなことは端から見ても分かることだった。ことりはそう言うと自分の掛けていたメガネを悠に差し出した。

 

「ことりのメガネを掛けて。これで……ことりを置いて逃げて……私はどうなってもいいから…………………」

 

 目に涙を溜めてことりはそう懇願する。ここはエントランス。出入り口が目と鼻の先にあるので、ことりを見捨てさえすればあのシャドウから逃げ出せるのかもしれない。しかし、

 

 

「悪いが………ことりの頼みでもそれは聞けない」

 

「!?っ、何で」

 

 

 悠はことりにメガネを掛けさせてその頼みを拒絶した。

 

 

「ことりの影が何を言ったかは知らないが………どんなことであれ、家族を見捨てることは俺にはできない!必ず……助けて見せるっ!!」

 

 

 悠は力強くそう言うと、再び掌に青白いタロットカードを顕現させた。

 

 

 

 

「【トール】!!」

 

 

 

 

 そしてカードを砕いてペルソナを召喚すると、再びことりシャドウに突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悠っ!!あなた……」

 

「あのバカ!あんな状態でことりのシャドウに勝てるわけないじゃない!」

 

 

 穂乃果シャドウとの戦いの最中、今の一部始終を見た絵里たちはあり得ないものを見たかのように絶句した。悠は佐々木の凶行でケガをしている上、メガネをしていない。通常のコンディションならまだしもあの状態で大型シャドウと戦うのは無謀に等しい。

 

 

『………ダメや!悠くんにいくら戦うのをやめてって言っても聞いてくれへん!悠くんは本気でことりちゃんのシャドウを倒すつもりや』

 

「そんな……早く悠さんとことりちゃんの元に急がないと!」

 

 

 画面の向こうで案の定ことりシャドウに痛めつけられている悠を見て焦る一同。このままでは悠がことりと共に殺されてしまう。しかし、

 

 

「にゃあああっ!」

 

「凛っ!一旦下がりなさい!!」

 

「くっ!このっ!」

 

あははははははっ!弱い!弱すぎるよ!海未ちゃんたち!今まで悠さんの何を見てきたの?

 

 

 そんな海未たちを暴走した穂乃果シャドウが阻む。絵里と希の加入で戦いやすくなったこの状態でも、予想以上の苦戦を強いられていた。穂乃果シャドウの属性との相性が抜群の海未とにこ、そして火炎を吸収できる真姫を主軸に戦っているのは良いが、攻め手が中々見つからず戦況は防戦一方だ。

 

 

『ぐあああああっ!』

 

うふふふふふふっ!いいよ、いいよお兄ちゃん!

 

 

 画面の向こうでは不調の悠がことりシャドウに弄ばれていた。その有様をことりが絶望した表情で目にして呆然と立ち尽くしている。

 

 

 

 

「どうだい、この絶望感は?最高だろ?」

 

 

 

 

 いつの間にか会場の上空にある足場にいる佐々木がマイクを持ってそんな風に言ってきた。

 

 

「今まではこういう状況になったらいつも鳴上が奇跡を起こして一発逆転というのが定番だった。だが、今回はどうだ?鳴上はいない!そして当の本人は別の場所で虫の息!これぞ、究極のエクストリーム!!」

 

 

 更には観客を煽るかのように耳障りな司会を行っている佐々木。戦いの最中であるにも関わらず、その不愉快な声は不思議と海未たちの耳にも届き、海未たちの焦る気持ちを更に煽った。

 

 

 

 

「さあっ!今この場にいる彼女たちが果てるのが先か、はたまた画面の向こうにいる彼が果てるのが先か!最後まで目が離せない!!烏合の衆になった彼女たちはこの絶望の中、どう這いつくばるのか!!楽しんで参りましょうっ!!」

 

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアアっ

 

 

 

 

 佐々木の司会に観客席にいるシャドウたちが盛り上げるように歓声を上げる。あの歓声の熱さと熱狂ぶりに海未たちは雰囲気に飲まれそうになる。こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際で戦っているのに、あの男はこれを見世物であるかのように演説し楽しんでいる。その下種というべき所業に怒りが限界突破しそうになった。

 

 

 

 

(………だめ、怒る気持ちを抑えなきゃ)

 

 

 

 

 佐々木に怒る気持ちを抑えて絵里は冷静に戦局をみようと心を落ち着ける。怒りで状況が見れなくなってはそれこそあの男の思うつぼだ。

 

 今の状況は先ほども言った通り防戦一方。様々なペルソナをチェンジできる悠が入れば勝機があるかもしれないが、ないものねだりをしても仕方ない。そして、その悠は今画面の向こうで危険な状態でありながらも戦っている。一見すれば絶望的な状況であるが、まだそんなことはないと絵里は考える。

 

 

 まだ希望はあるのだ。この穂乃果シャドウを即刻倒して悠を助けに行く最速の方法は…………

 

 

 

 

違う……あんなの……私じゃない……

 

 

 

 

 自分たちが戦っている最中、正気を失ったかのように俯いている穂乃果に目を向ける。刻一刻を迫るタイムリミット。佐々木は自分たちが果てるのが先か、悠が果てるのが先かと言っていたが、自分たちはそんな未来を見ていない。見ているのはただ一つ。

 

 

 

(………やるしかないわ)

 

 

 

 絵里は決意を固め、穂乃果の元へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<???>

 

 

「…………ふぁあ〜あ」

 

 

 とある某所。その中にある四畳の一室で男は目が覚めた。もう大分この部屋にも慣れていたはずなのだが、相変わらずこのかび臭い匂いにはげんなりしまう。お陰で気分が悪い。だが、気分が悪いのはもう一つ原因はあった。

 

 

 

 

「全く……見てらんないよ」

 

 

 

 

 男はそう言うと、再び欠伸をして目を閉じた。

 

 

 

 

 

ーto be continuded




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#58「I want to shout like.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

更新は遅くなってすみません。最近上手く行かないことが多くて気が重い日々が続いてました。そんなときはFGOACで敵をオーバーキルするまでボコボコにしたり、逆転裁判でとことん犯人を追い詰めまくったり、面白い本を読んで気を紛らわせたりしてて…………最近面白いなと思ったのは真島ヒロ先生の『EDENS ZERO』です。

改めて、お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけて下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。
至らなかった点が多い故か最近低迷気味でありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


それでは本編をどうぞ!


〈佐々木サーカス エントランス〉

 

 

 

「ぐっ………は……」

 

 

 

「お兄ちゃんっ!!」

 

 

 鳴上悠は一方的に蹂躙されていた。何しろ今の悠は佐々木の策略で襲われた交通事故によるケガと極度の空腹、そして霧が充満するテレビの世界には必須であるクマ特製メガネを掛けていない状態だ。

 普段の悠なら目の前で自身を弄んでいることりシャドウを倒すことは容易であろう。そんなハンデを埋めるべくことりシャドウと相性が良いペルソナを召喚してはチェンジしていくが、どれも簡単に尻退けられてしまう。このままではやられる。ここは一旦対策を練るために撤退するのが得策である。だが、

 

 

「お兄ちゃんっ!もうやめてっ!!」

 

 

 傍から戦う自分を止めさせようとする守るべき妹の声が聞こえる。悠がこの場から離れないのはことりの存在にあった。自分が逃げ出したら誰がことりを守るのか。その確固たる使命感が悠を奮い立たせて、どんなに状況が悪くても悠は立ち向かっていた。

 

 

 

お兄ちゃん、もう諦めなよ。そんなボロボロな状態で勝てると思う?

 

 

 

 そんな一方的な抗戦の中、ことりシャドウが更に悠の戦意を削ごうと冷たい言葉を投げかけてきた。どうやら物理攻撃では飽き足らず、精神攻撃も加えるつもりのようだ。

 

こんなことりを助けても無駄だよ?だって、その子はお兄ちゃんのことが煩わしいんだって

 

「………………」

 

ことりはパリに行きたいのに、それをお兄ちゃんの存在が邪魔するんだもん。だから、死んで。ことりの夢のために。きっとそっちの私もそう望んでるよ

 

「………………」

 

 

 攻撃を加えながら言刃を突きつけて行くことりシャドウ。そして、がら空きになったペルソナのボディに会心の一撃が入った。フィードバックで伝わるダメージに悠はとうとううつ伏せに倒れてしまった。物理的にも精神的にも相当なダメージを受けて立ち上がれない悠。だが、

 

 

 

「そうか……だとしても、俺がことりを見捨てる理由にはならないな」

 

 

 

えっ?

 

 

 まだ彼の目は死んでいなかった。そして、よろよろと立ち上がりながらことりシャドウにこう言った。

 

 

 

「お前はことりの影だ。心の底では…俺のことをそんな風に思ってたんだろう…………だが、それがことりの本当の想いとは限らない。俺は……ことりの家族だ。ことりが自分の影と向き合えるようになるまで……とことん戦ってやる。俺は……ことりを信じてるからな」

 

 

 

 悠はそう啖呵を切ると、再びペルソナをイザナギにチェンジしてことりシャドウへ突撃する。だが、ことりシャドウは話が通じないと言うように深い溜息を吐いていた。

 

 

 

 

ハァ……またそんな青臭いこと言うんだ。お兄ちゃんがそう言うんだったら、もう楽にしてあげるね

 

 

 

 

 刹那、突撃したイザナギと召喚者である悠に衝撃が走った。

 

 

 

 

バアアアアアアアアンッ!

 

 

 

 

「がっ………………」

 

 

 

 

 先ほどとは違う強烈な痛みが悠の身体を襲い、気づいた時には悠の身体は壁に勢いよく激突していた。余程の衝撃故か悠の口から血が垂れ流れてきた。

 

 

 

「い、いやああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 あまりの光景に耐え切れず、ことりは絶叫した。

 一瞬でよく分からなかったが、どうやらペルソナ自身が受けたダメージがフィードバックするに加えて悠自身もがら空きになったところを容赦なしに攻撃されたらしい。あまりの痛みに意識が途切れ掛けてペルソナがタロットに戻って消滅してしまう。立ち上がろうにも身体があまり言うことを聞かない。どこか視界も白黒に点滅し始め意識も朦朧としてきた。

 

 

(まずい………このままじゃ)

 

 

 

終わりよ、さよなら…お兄ちゃんっ!!

 

 

 

 ことりシャドウはトドメの一撃を放とうとする。このままでは悠が本当に死んでしまう。だが、足がすくんで前に進むことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だっせーなあああっ!これが僕を倒した男なのかよっ!鳴上ぃぃっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那どこからか現れた短刀がことりシャドウの顔をかすめた。虚を突かれたことりシャドウは体勢を崩し、悠に放とうとした攻撃が不発に終わった。

 

だ、誰っ!

 

 悠にトドメをさそうとして邪魔されたことりシャドウは忌々し気に短刀を投げた人物に目を向けた。そこに居たのは一人の少年だった。赤い目に後ろが逆立った赤髪、顔の中央にある痛々しい傷、そしてカーキ色のシャツ。そして、腰には月光館学園のものと思わしきブレザーを巻いている。その姿に悠に駆け寄ったことりは驚愕した。

 

 

「あ、あなたは……皆月…さん。何で……」

 

 

 そこに現れたのは皆月翔であった。P-1Grand Prixの黒幕であり、あの時自分たちを苦しめたあの少年。シャドウワーカーに捕まり更生の一環で辰巳ポートアイランドで監視を受けながら滞在していることは悠から聞いてはいたが、敵対していたはずの皆月が何故ここにいるのか?

 

「ああ?別に来たくて来た訳じゃねえよ。あのクソアマとポンコツが無理やり連れてこなけりゃな」

 

「??」

 

「それに勘違いするなよ。僕はお前やそいつを助けに来たんじゃない。あの佐々木ってクソ野郎に用があってきたんだ」

 

 皆月はことりに向かってそう言うと、両腰の刀を抜刀してことりシャドウと対峙した。

 

 

「僕は鳴上にあの時の仕返しをたっぷりしてやるって決めてるんだ。それを………あいつに横取りされんのは我慢ならねぇんだよぉっ!!」

 

 

 高らかに雄叫びを上げた皆月は勢いよくことりシャドウに斬りかかる。ことりシャドウも舐めるなというように斬りかかる皆月に尻尾で攻撃した。

 

 

 

ガキイイイイイイイイイイイイッ!!

 

 

 

こ、こいつっ!!

 

「ちっ」

 

 

 驚くべきことに皆月の斬撃とことりシャドウの攻撃の威力は互角。両者一歩も引かずにぶつかり合い数分後、またも皆月はことりシャドウに斬りかかった。それに反応して再び迎え撃とうとすることりシャドウだったが、寸でのところで皆月がそれをヒラリと躱す。まるで空間を自由に移動するかのようにことりシャドウの攻撃を躱し、一気に懐に入り込み斬る。その姿はまさに某兵長のようだ。

 

 

 

「嘘……あの人、ペルソナを持ってないのに……シャドウと互角に戦ってる………」

 

 

 

 これにはことりも驚愕してしまった。信じがたいことだが、皆月はペルソナを所持していないにも関わらず大型シャドウと対等にやりあっている。

 

 以前シャドウワーカーの美鶴に聞いた話だが、皆月はかつて桐条の研究者が秘密裏に行っていた”人工的にペルソナ使いを造り出す”実験の被験者であり、結果的にペルソナは発現しなかったものの対シャドウ兵器であるアイギスやラビリスに匹敵する驚異的な身体能力を有しているのだそうだ。その力を持ってP-1Grand Prixで陽介たちを圧倒していたそうだが、今目の前で見ても信じがたい話だ。

 

 

 

「…ちょうど、退屈な日々に飽き飽きしてたんだ。クソ野郎と戦う前に僕の遊び相手になってもらうぜっ!!この雑魚シャドウがぁっ!!」

 

 

 

 耳鳴りがしてしまいそうな叫び声を上げて再び皆月はことりシャドウに斬りかかった。目の前の敵に臆せず身一つで立ち向かうその姿勢はまるで血気盛んな獣のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<???>

 

 

 

「っ、あの子どこ行ったんやっ!まさかあの子……鳴上くんたちを」

 

「ラビリス!!そろそろ時間だ。早くしろ」

 

「くっ……しゃーない。あの子、鳴上くんたちに何かあったらタダじゃおかんからなっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違う………

 

 

 

『穂乃果ちゃんっ!落ち着いてっ!アレは』

 

 

 

 

違う違う違う違う違う

 

 

 

『穂乃果ちゃんっ!ウチの声が聞こえる?穂乃果ちゃんっ!!あのシャドウは』

 

 

 

 

 

 

違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う

 

 

 

 

 

 

 激しい戦闘が繰り広げられるコロシアムの中で穂乃果の頭の中はその3文字のみに支配されていた。今まで信じていたものが全て覆された気分だった。これまで仲間たちが自分の影に向き合う場面を見てきたが、こんな気持ちになるなんて思ってなかった。皆はこれを乗り越えて成長してきたのだろうが、正直穂乃果は乗り越えられる気がしなかった。

 

 

 

 

(違うっ!あんなの……あんなの私じゃない……………でも……私は………私……………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

バチンッ!

 

 

 

 

 

 頬に強い衝撃が走った。その衝撃で我に返った穂乃果は痛む頬を抑えて平手打ちをした張本人の方を向く。そこには海未が怒っている様子で穂乃果を見降ろしていた。

 

 

「う……海未…ちゃん?」

 

「穂乃果っ!しっかりしなさいっ!!貴女はここで蹲ったままでいいのですか!?」

 

 

 今まで似見たことがない形相で穂乃果を叱りつける海未。その姿はGWで黒幕に本気で怒った悠に似ていた。だが、海未が何故自分を叩いたのかが分からない穂乃果はそれに取り合わず下を向いたままでいた。

 

 

「…だって……アレが私なんだよ…………あの私も言ってたじゃん……私は自分勝手で我儘で……何もなくて…………こんな迷惑かけてばっかりの私…………」

 

 

 

 

 

 

「今更何言ってるんですか?穂乃果には昔ずっと迷惑かけられっぱなしですよ」

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 意外な返しをしてきた海未に穂乃果は思わず振り返った。

 

 

「ことりと一緒に話してました。穂乃果はずっと昔から自分勝手で我儘で、誰が何を言っても聞こうとしません。それこそまさにあのシャドウが言っていた通りに。スクールアイドルのことだってそうです。いくら嫌だって言っても聞いてくれなくて……正直あの時、本気で穂乃果のことを嫌いになりかけたんですよ」

 

「……………」

 

 

 そう言われて穂乃果はふと海未の影のことを思い出した。初めてこのテレビの世界に迷い込んだ時、海未の影に遭遇し自分のことが大嫌いだと面向かって言われた。親友だと思っていた海未にそう言われたのはショックだったし、暴走して襲い掛かれた時はもう駄目かと思った。やはり海未はまだ自分のことを……

 

 

「でも、あの日自分の影と向き合えた時、私は悠さんと穂乃果に助けられました。それからファーストライブは3人しか来なかったり、稲羽で幻覚とは言え悠さんにムッツリって言われたり…………様々な修羅場に遭いましたが、不思議と私は……悠さんやことり、そして穂乃果たちと一緒にスクールアイドルをするのが楽しいと思えるようになったんです」

 

 

「えっ?」

 

 

「そんなあなただから私は今ここにいる。あなたとスクールアイドルをやるのが楽しいから………前の私では行けなかった世界を知ることが出来たんです。だから、あんな怪物の言葉に惑わされないでください。アレは穂乃果のシャドウ……悠さんの言葉を借りれば、抑圧された欲望と願望が具現化した存在ですが、それが穂乃果の全てという訳ではありませんから」

 

 

 思っていたことと違い、力強く海未にそう諭された穂乃果は目を見開いた。まさか海未がそんなことを言われるだなんて思わなかったからだ。海未のその言葉が響いたのか、少しではあるが穂乃果の心に光が差し込んできた。

 

 

 

「わ、私は………」

 

 

「アンタっ!スクールアイドルのことをなんて思ってたのよ!!」

 

 

 

 瞬間、隙をついて接近していたにこのエラトーが穂乃果シャドウの腕にハンマーを勢いよく撃ち込んでいた。

 

「にこちゃんっ!!」

 

ぐっ!…お前っ!!

 

 腕に多少のダメージを負った穂乃果シャドウはエラトーに再び攻撃を仕掛けるが、エラトーは紙一重に躱す。少し穂乃果シャドウの火に当てられて火傷の痛みがフィードバックで返っきたにこは痛そうな表情になったが、何とか我慢して穂乃果の方を向く。

 

 

「私はねっ!好きだからアイドルやってんのよっ!!」

 

 

「えっ?」

 

「皆の前で歌って踊って一緒に盛り上がって、また明日から頑張ろうって気持ちにさせてくれるアイドルが大好きなのっ!!それこそ、あのりせちゃ………りせちーやカナミンのように。アンタみたいな中途半端な"好き"とは違うのよ」

 

「ち、違うっ!私だって………………」

 

 

 にこにそう言われて思わず反論しようとした穂乃果だったが、途中で自信がなくなってしまったのか思わず口籠ってしまう。そんなウジウジする穂乃果にイラっときたのか、更に顔を険しくしたにこは穂乃果に叱りつけるように怒鳴った。

 

 

「だったら今すぐ証明してみなさいよっ!!アンタの本気が嘘じゃなかったってことをっ!!」

 

「わ、私の……本気?」

 

「最初は甘っちょろい考えてやってると思ってたけど……私はアンタが本気だったから付いてこれたのっ!!悠のことは関係なしにっ!!私にそんな啖呵を切れる元気があるんだったら……めそめそするんじゃないわよっ!!」

 

 

 しっかりと穂乃果の目を見てそう言い切ったにこは再び穂乃果シャドウに立ち向かう。すると、誰かの手が穂乃果の頭を優しく撫でてきた。

 

 

「ふふふ、2人とも私と考えが同じだったのね」

 

 

 頭を撫でていたのはいつの間にか傍にいた絵里だった。

 

 

「貴女には海未やにこ、悠みたいにあなたを心から想ってる仲間がいる。それに、自分が思ってたことを臆することなく素直に言える。私はそんな穂乃果が羨ましいと思ってたわ」

 

 

「……絵里ちゃん」

 

 

「私はあの時、穂乃果と悠に教わった。自分が変わることを恐れない勇気を。誰に何を言われようと己の信念を突き通す強さを。私は……貴方たちと出会って救われたの。本当に感謝してるわ………()()()()()

 

 

 絵里から掛けられた言葉に穂乃果は思わず涙が出てしまった。絵里からそんなことを言われるなんて思ってなかった。絵里を救ったのは結果的に悠のはずなのに。

 

 ふと見ると、戦闘中にも関わらず花陽や凛、真姫と希がこちらを見ているのに気づいた。4人とも絵里と同じ目をしている。まるで"自分も同じだ"と言っているように。そう思うと涙腺が緩んでしまい大粒の涙が溢れきた。

 

 

「それに、気付いてないかもしれないけど穂乃果があのシャドウの言葉で否定してないのがあるわよ」

 

「えっ?……」

 

 

 涙を必死に堪えていると絵里がそんな不思議なことを告げた。シャドウの言葉で否定していないことがある?そんなことあっただろうか。思い当たる節がなくキョトンとしていると、やれやれと肩をすくめて絵里は正解を口にした。

 

 

 

「決まってるじゃない。()()()()()()()()()()()ってことよ」

 

 

 

 

「えっ………………ええええええええええええええええええっ!!

 

 

 

 

 

 絵里からの衝撃発言に穂乃果は一瞬ポカンとしたものの言われたことの内容に素っ頓狂を上げてしまう。心なしか顔がタコのように真っ赤になっていた。

 

 

「ななななななな何いってるの絵里ちゃん!?わ、私が……悠さんのこと……って、もってことは絵里ちゃんも!?」

 

 

 あたふたとしている辺りどうやら図星らしい。カマかけのつもりだったのだが、まさかこんなにも素直に反応するとは思わなかった。そんな穂乃果を面白いと思った絵里は少しからかってやろうと些細な悪戯心が芽生えてしまった。

 

 

「ふふふ……さあ?どうかしらね。そう言えば言ってなかったけど、昔悠に”絵里が俺のことを好きになってもらえるように頑張らなきゃな”って言われたことあるの。あの時のことは今でも忘れられないわ」

 

「えええっ!ずるいよ!!絵里ちゃん!!私、絵里ちゃんよりずっと前から悠さんと一緒だったのにそんなこと……あっ」

 

「ほらね」

 

 

 絵里に言質を取られた穂乃果は再び顔を真っ赤にして悶えてしまう。これは少しやり過ぎたかと絵里は少し反省した。

 

 

『エリチ。今のは流石に度が過ぎてへん?』

 

「………そうね。こんなこと言っていい状況じゃないってことは分かってるわ。だから」

 

 

 通信越しに聞こえる希の低い声に少しヒヤリとしながらも絵里は微笑みを浮かべてそう言った途端、絵里の元に熱く燃え上がる炎玉が飛来する。それを絵里はテレプシコーラを使役して瞬く間にガードした。

 

 

 

「ここからは全力よ。決して穂乃果には指一本触れさせはしないわっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(わ、私が……悠さんのこと…………)

 

 

 一方、死闘を繰り広げている絵里の後ろでは穂乃果が未だに顔を真っ赤にして悶えていた。改めて考えてみると信じられないと思うのだが、思い返せば今までそう取られてもおかしくないような行動をしてきた気がする。ファーストライブの後に抱き着いたり、裸を見られて恥ずかしかったけど少し満更でもないと思ったり………。

 

 

―――――鳴上……先輩?

 

―――――ふっ

 

 

 今でも思い出す。初めて悠と出会ったあの時、初めて自分を救ってくれたことを。あんなにも強くて優しくて、まるで幼い時にTVで見たヒーローみたいな人物は初めて見た。そして、初めて男の人を心からカッコいいと思って、もっとこの人のことを知りたいと思った。

 

 

――――悠さん!頑張って!ファイトだよっ!!

 

――――ペルソナっ!!

 

 

 

――――これからもよろしくな、穂乃果

 

――――こちらこそよろしくね、悠センパイ

 

 

 

――――死ぬなんて言わないでよっ!!

 

――――…すまなかった、高坂。

 

 

 

 次々と今までの思い出が走馬燈のように流れてくる。これまで一緒に過ごしてきて"鳴上悠"という人物を知った。

 

 父親のように頼もしくて、料理がとても美味しくて、仲間想いで他人のことは放っておけないくせに、自分のピンチには鈍感なお兄さんみたいな人。でも、心は真っすぐで誰にでも好かれる天然タラシ。稲羽の陽介たち特捜隊メンバーと仲良くしているのを見て、穂乃果もああいう風になりたいと思った。ただことりや希、絵里など悠に好意を寄せているメンバーと仲睦まじい様子を見ると何故かイラっとくることもあった。

 

 

 それを思い出した時、ようやく穂乃果は気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

(私は………悠さんのことが…………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みんな、大丈夫!?』

 

 

 穂乃果シャドウの激しい猛攻を受け傷つきながらも一時後退する海未たち。一撃一撃が重い上に隙が全く見当たらないので攻略の手が見つからない状態が続いていた。

 

 

「ええ……何とか」

 

「でも、このままじゃあの下種が言ってた通りになるわよ。何とかしないと……………えっ?」

 

 

 その時、さっきまで蹲っていた穂乃果は立ち上がるとスタスタと歩いて悠の日本刀を拾い上げる姿が見えた。そして、海未たちより一歩前に出て身体を燃やし続けている自分のシャドウと対峙した。

 

 

「穂乃果っ!?」

 

「穂乃果っ!待ちなさいっ!!」

 

「何するつもりなのっ!」

 

 

 海未たちは穂乃果に戻るように声を掛けるが穂乃果は聞く耳を持たなかった。

 

 

何?私と戦うつもり?無駄なことはやめなさい。武器もろくに扱えなくてペルソナを持っていないアンタに何が出来るっていうのよ

 

「………………」

 

 

 自分と対峙する穂乃果にシャドウはそう聞くが穂乃果はそれを無視する。すると、穂乃果は大きく息を吸った。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はぁっ!μ‘sの皆がぁっ!悠さんのことが、大好きだああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………」

「………………………………………」

「………………………………………」

「………………………………………」

「………………………………………」

「………………………………………」

「………………………………………」

 

 

 

 

「………えっ」

 

 

 

 

「「「「「えええええええええええええええええええっ!!」」」」」

 

 

 

 何をするかと思いきやまさかの衝撃的な告白。これに海未たちは思わずド肝を抜かれてしまった。あまりのことに全員の表情が顔面蒼白になっている。ここに本人がいなかったら良かったものの一体何を考えているのか。

 

 

「ふう~スッキリしたぁ」

 

 

 だが、本人はまるで胸のつっかえが取れたかのようにスッキリした顔をしていた。

 

 

「穂乃果っ!あ、あなたは一体何を言ってるんですか!?」

 

「えっ?いや、μ‘sと悠さんが好きって叫びたいなあって思って」

 

「おかしいでしょ!これにどんな意味が」

 

 

 

 

あああああああああああっ!!あ、あなた……何を…………

 

 

 

 

 どうやら今の発言が一番効いたのは穂乃果シャドウようだった。まるで刃物がグサリと刺さったように苦しんでいる。これを好機と穂乃果は呆けている海未たちを放っておいて再び自分のシャドウの方を向いた。

 

 

「言った通りだよ。私はμ‘sの皆が…悠さんが大好き!あなたもそうだよね。だって、"大好きな悠さん"って言ってたもん」

 

ぐっ……お前ええええっ!!

 

 

 シャドウはまくしたてる穂乃果を黙らせようと雄叫びを上げて威嚇する。だが、不思議と穂乃果は何も動じることなくそのまま表情を変えず話を続けた。

 

 

「悠さんは頼りになるし強いしカッコいいし、お兄ちゃんみたいで正直従妹のことりちゃんと菜々子ちゃんが羨ましいって思った。あなたもそうだよね。だって、あなたは私。元々私の中にいたもう一人の私だから」

 

 

だ、黙れえええええええええええええっ!!

 

 

 予想外のダメージを喰らった穂乃果シャドウのは穂乃果を物理的に黙らせようと穂乃果に片手剣を振り落とそうとする。

 

 

 

ーカッ!ー

「させませんっ!ポリュムニアっ!!」

 

 

 

 穂乃果シャドウの動きを止まったのを好機に、海未は空中に数本の矢を放った。すると、突如穂乃果シャドウの周囲に多数の矢は豪雨の如く降り注いだ。

 

ぐっ!………鬱陶しい……

 

 全身を炎で纏っているためダメージはさほどないようだがこの矢の豪雨が鬱陶しく感じいるようだ。すぐさまその場から離れようと動き出す穂乃果シャドウだが、それを見た海未はニヤリと笑った。

 

 

ーカッ!ー

「がら空きよっ!喰らいなさいっ!!」

 

 

 今度はいつの間にか穂乃果シャドウの背後に回っていたにこのエラトーがハンマーを叩きこむ。流石に不意を突かれたか穂乃果シャドウは何も出来ずうつ伏せに倒れてしまった。

 

 

「ナイスですっ!にこっ!!」

 

『よしっ!にこっちの一撃であのシャドウも沈んどる。総攻撃やっ!』

 

「了解っ!アンタたち、行くわよっ!!」

 

 

 

ー!!ー

「「「「やあああああああああああっ!!」」」」

 

 

 

 希の合図で一気に穂乃果シャドウに総攻撃を仕掛けた海未たち。これでもかというほど一斉に攻撃を叩きこむ。だが、ダメージは受けたものの穂乃果シャドウはまだ元気なのか再び立ち上がった。

 

 

「くっ!しぶといわね」

 

「……こうなったら、もっと力を溜めて一撃を喰らわせるしかないわ。皆、悪いけど時間を稼いで!」

 

「じ、時間を稼ぐってどうやって」

 

「よーしっ!それなら凛たちの新必殺技でにこちゃんの時間を稼ぐにゃ~!」

 

「えっ?」

 

 

 凛の"新必殺技"という言葉に驚く一同。そんな皆を尻目に凛と花陽は各々のペルソナを呼び寄せて体勢を整えていた。

 

 

「かよちん、いっくよ~!!」

 

「うんっ!!」

 

 

 凛と花陽はそう言うと、タレイアとクレイオーは互いの剣を掲げるように重ねた。すると、突如空から大量のおにぎりが姿を現し穂乃果シャドウに向かって飛来する。

 

 

ぐああああああああっ!か、身体が……痺れて………

 

 

 効果はテキメン。おにぎりに当たった穂乃果シャドウは追加ダメージを喰らっただけでなく動きが麻痺したように停止した。

 

 

「すごい……2人ともいつの間にこんな技を……」

 

「いや~凛ちゃんの思い付きなんですけど、上手く行って良かったです」

 

「これぞ、かよちんと凛の合体技"おにぎりボンバー"だにゃっ!」

 

 

ぐっ……うおおおおおおっ!!

 

 

 穂乃果シャドウは舐めるなと言わんばかりに炎玉を技が決まって浮かれている花陽たちに向かって放つ。だが、それはいつの間には2人の前に立ちはだかっていた真姫のメルポメネーと絵里のテレプシコーラに阻まれた。

 

 

「もうその手は通じないわよ」

 

「私たちが居る限り、友達を傷一つつけさせはしない」

 

『!!っ』

 

 

 またも攻撃を防がれて驚愕する穂乃果シャドウ。そう宣言して再び自分に立ち向かう彼女たちの顔にもう絶望の色はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(な…何故だ…………何でこんなことになる…………)

 

 

 

 まさかの展開に高みの見物をしている佐々木の表情に動揺が見え始めていた。さっきまで彼女たちが振り回されて勝ち目などなかったはずなのに。鳴上悠という男がいなければ烏合の衆のはずなのに。さっきまで絶望に染まっていたはずなのに。その彼女たちが形勢を逆転させている。

 

 

 

(聞いてた話と違うじゃないかっ!何で……何でなんだよぉっ!!)

 

 

 

 心の中でそう喚く佐々木は更に信じられない光景を目にすることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今やっ!にこっち!!』

 

「よくやったわ、みんな!これで思いっきり行ける」

 

 皆で穂乃果シャドウを牽制して十分時間を稼いだ頃合いに希の合図で今まで"チャージ"状態に入っていたにこはエラトーのリミッターを一気に解除する。そして、にこのエラトーはありったけの力を溜め込んだ一撃を穂乃果シャドウのどてっ腹に叩きこんだ。

 

 

 

 

「吹っ飛べえええっ!!」

 

 

 

 

ぎゃあああああああああああああああっ!!

 

 

 

 

 その一撃はまさに大砲の如く。これをまともに受けた穂乃果シャドウは巨体にも関わらずコロシアムの端まで飛ばされて壁に激突し、そのままのびてしまった。

 

 

「ふう……何かスッキリしたわね」

 

 

「「「「…………………………」」」」

 

 

 その光景に穂乃果たちは空いた口が塞がらないと言っていいほど呆然としてしまった。あの穂乃果シャドウをあそこまで吹き飛ばすとは。あの威力は同じパワータイプの千枝と完二に匹敵、いやもはや2人を超えているのではなかろうか。

 

「……何よ?」

 

「い、いや!何もっ!!」

 

「??」

 

 皆はこの瞬間からこれからはなるべくにこを怒らせないようにしよう、じゃないと殺されると心から思った。

 

 

『ま、まあ何はともあれこれで………えっ!?』

 

 

 

 

 

 

う…………うおおおおおおおおおおおっ!!

 

 

 

 

 

 

「「「「!!っ」」」」

 

 

 だが、倒れたはずの穂乃果シャドウが突然雄叫びを上げて起き上がってきた。あのにこの渾身の一撃をまともに喰らって立ち上がるのは信じられなかったので思わず驚愕してしまう。

 

 

「嘘………あいつ、あの一撃を喰らって倒れないなんて」

 

 

 穂乃果シャドウは海未たち驚愕する。だが、希はその穂乃果シャドウの様子に違和感を感じ取っていた。チャージ状態のエラトーの一撃を喰らって立っているにしてはどこかおかしい。まるで誰かに()()()()()()()()()()()()()ように見える。

 

 

うおおおおおおおおおおおっ!!

 

 

 そして、穂乃果シャドウは驚く海未たちの不意を突いて最後の力を振り絞るかのように穂乃果に襲い掛かった。

 

 

「しまったっ!あいつ」

 

「穂乃果っ!!」

 

「穂乃果ちゃんっ!!」

 

 

 迫る炎を纏った穂乃果シャドウの腕。あまりのことに海未たちは瞬時に動けない。穂乃果は迫りくる死の恐怖に足がすくんでしまい、成す術もなく目を瞑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、穂乃果の手に持つ悠の刀が青白く輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 気づいた時には来るべき痛みや衝撃は無かった。どういうことだろうかと見てみると、穂乃果シャドウの腕は寸でのところで止まっていた。

 

 

 

「これは……ウサギ?」

 

 

 

 すると、穂乃果に振り落とされようとしていた腕が何かに止められているのが見えた。その何かは穂乃果たちにとって見たこともない存在だった。十二単のようなものに囲まれ、まるでウサギを模した姿をしたもの。だが、どこか見たことがあるような感じがした。

 

 

「な、なによアレは………」

 

『あれは……ペルソナ?』

 

「うそっ!じゃあ、アレが穂乃果のペルソナなの?」

 

『違う。あれは穂乃果ちゃんのペルソナやない。まだ穂乃果ちゃんのシャドウは目の前にいるんやから、それはありえへん。アレは……もしかして』

 

 

 穂乃果シャドウの腕を止めているペルソナを解析した希はその雰囲気にどこか懐かしさを感じていた。

 

 

 

う……うおおおおおおおおおおおっ!!

 

 

 

 またもや邪魔された穂乃果シャドウは怒り、それを力に変えるように止められた手の火力を増す。だが、目の前のペルソナは何事もないようにその姿勢を崩さなかった。このままでは埒が明かない。穂乃果シャドウはならばと反対の手も使って押し返そうとした瞬間、決着は着いた。

 

 

 

 

 

「穂乃果っ!死にたくなかったら伏せなさい!!」

 

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!

 

 

 

 

 

 ふと背後からそんな声が聞こえたと同時に日本刀から手を離し地に伏すと、刹那穂乃果シャドウを大きな爆発が襲った。気づいた時には、穂乃果シャドウの身体に大きな穴が空いていた。

 

 

 

う…………み…………………

 

 

 

 穂乃果シャドウはそう言い残すと力尽きたように仰向けに倒れ赤黒い霧に包まれた。そして、霧が晴れた頃には元の姿に戻って倒れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…敵シャドウ戦闘不能。これでもう心配ないで。皆、お疲れさん』

 

 

 改めて穂乃果シャドウの状態を確認した希は労うように皆にそう伝えた。厳しい戦いを乗り切った皆は脱力感に襲われたが、それを我慢して今回の戦闘のMVPである海未の元へと駆け寄った。

 

「海未ちゃん……凄かったよっ!」

 

「最後の一撃は凄かったわ」

 

「……何かアンタが全部持っていったって感じね」

 

「ちょっとみんな……そんなことは…」

 

「まるでアーチャーみたいだったにゃ~!」

 

「あ、あーちゃー?確かに私のポリュムニアは弓兵ですが……」

 

「そういうことじゃないんだけどなぁ」

 

 どうやら凛はさっきの海未の戦闘を見て某アニメの名シーンを連想したらしい。もちろんそれを知らない海未は何のことだか分からず困惑している。あれだけの戦いを後にしてこう呑気にしていられるのはこんな状況には慣れてきたと言ったところだろう。もしくは悠の影響もあるかもしれない。

 

「しかし、先ほど穂乃果の前に現れたあのペルソナは何だったのでしょう?」

 

「う~ん…さっき悠さんの日本刀が光ってたのが見えたけど」

 

「……さあな。それよりもほら」

 

 皆は穂乃果を守ったウサギのペルソナが気になるようだが、それよりも見るべきものがあるだろうと希は皆を穂乃果の方を向くようにと促した。ちょうどその時、穂乃果が元に戻った自分の影に向き合おうとするところだった。

 

 

 

 

「ねえ、私の話聞いてくれる?」

 

 

『………………………』

 

 

「確かに私がスクールアイドルを始めたのって学校を守るためとかラブライブのためとか、そんなんじゃない。あなたの言う通り自分に何もないってことを誤魔化すためでもあったのかもしれない。でも…………私は、歌うのが大好きなの」

 

 

「………………」

 

 

「初めて講堂で悠さんとファーストライブやって、海未ちゃんとことりちゃんと歌うたった時ね、もっと歌いたいって思った。スクールアイドルを続けたいって思った。今思いだして気づいたの。これだけは……これだけは嘘じゃない確かな気持ち。だから、私はこれからもみんなとスクールアイドルを続けたいっ!」

 

 

 新たに固めた穂乃果の決意に影は思わず目を見開いた。

 

 

「これからもきっと迷惑を掛ける。夢中になって誰かが嫌がっているのに気づかなかったり、自分勝手に無理して空回りすると思う。私……不器用だし、これと言ったものもない」

 

 

「…………………」

 

 

「でも、追いかけていたいもん。海未ちゃんやことりちゃん、花陽ちゃんに凛ちゃん、真姫ちゃんと絵里ちゃんとにこちゃんと希ちゃんみたいに……そして、何より悠さんみたいに皆に好かれて尊敬されるような人になりたいもんっ!!おこがましいなのは分かってるけど……()()()()()()っ!!」

 

 

『!!っ』

 

 

「だから、あなたの力を貸してほしい。あなたがいれば、この先どんなことがあっても乗り越えられると思う。もし挫けそうになっても……一人じゃないもん。私たちにはμ‘sの皆がいるから」

 

 

 

 穂乃果は影にそう言うと、手を握って真摯な目で告げた。

 

 

 

「あなたは私で……私はあなただね」

 

 

 

 穂乃果の言葉に影は終始驚いた顔をしていたが、コクンと頷いた途端ニコッと笑顔を見せた。そして、眩い光に包まれていき、神々しい女神へと姿を変えた。

 

 

 

 

 

 

我は汝、汝は我。我が名は【カリオペイア】。汝、世界を救いし者と共に、世界に光を

 

 

 

 

 

 

 そして女神は再び光をなって二つに分かれ、一方はどこかに向かって消えていき、もう一方は【魔術師】のタロットカードに姿を変え、穂乃果の身体の中に入っていった。

 

 

 

――――穂乃果は己の闇に打ち勝ち、困難に立ち向かうための人格の鎧ペルソナ【カリオペイア】を手に入れた。

 

 

 

「わあ…これが……ペルソナかぁ………」

 

 穂乃果は新たに自分の中に芽生えた存在にどこか感服していた。まるで今まで気づいてなかった存在が改めて自分の中にいるのを再認識した感じだ。その感覚を噛みしめた穂乃果は改めて海未たちの方を向いた。

 

 

「みんな、ありがとう!!それと……これからもよろしくね!!」

 

 

 皆に向かってそう宣言すると、話を聞き終えた海未たちはクスッと笑った。

 

「ちょっと皆!何で笑うの!?私変なこと言った?」

 

「ふふっ、やっといつもの穂乃果に戻ったなって思って」

 

「えっ?」

 

 海未がそう言うと、皆を代表するように穂乃果の前に行って手を差し出した。

 

 

「こちらこそお願いします。これからも……悠さんと一緒に私たちを見たこともない世界に連れて行って下さい」

 

 

「………うんっ!」

 

 

 穂乃果も海未の言葉に応じて手をだし固い握手を交わした。

 

 

 

 

 

――――μ‘sの皆との絆が今まで以上に深まったのを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

(良かったね……コーハイ)

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 ふと透き通った女性の声が穂乃果の耳に聞こえた気がした。振り返ってみるが当然誰もいない。一体何だったのだろうかと思っていると、突如コテンと首を傾げた海未がこんなことを言ってきた。

 

 

「ところで穂乃果、さっきの悠さんへの告白について後で話がありますので、覚えておいてくださいね」

 

「えっ?」

 

 

 怖い笑顔でそう告げられた穂乃果は思わず悪寒を感じてしまった。その海未の一言を皮切りに花陽・真姫・にこの視線が一気に鋭くなる。希はニコニコと笑ったままだが、その瞳はハイライトが消えていた。

 

「そうやねえ…まさか穂乃果ちゃんがあんな大胆な宣戦布告するとは思わんかったわぁ」

 

「えっ?えっ?」

 

「ハァ……自分と向き合わせるためとはいえ、強力なライバルを出現させちゃったかもしれないわねぇ」

 

「ええええっ!?何この雰囲気!?さっきまで大円団みたいな感じだったのにっ!?というか、悠さんは!?早く悠さんとことりちゃんを助けにいこうよ!!こんなぐだぐだしてる場合じゃないよねっ!」

 

 穂乃果の盛大なツッコミに皆が我に返った。穂乃果シャドウという強敵を倒したはいいが、これで終わりではない。穂乃果が悠への好意を自覚したのは見過ごせないが、それをどうこう言っている時間はない。一刻も早くことりシャドウと戦っている悠を助けに行かなくては。

 

 

 

 

パチンッ!

「おいおい、この僕がみすみす逃がすと思うかい?」

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

ウオオオオオオオオオオオオォォォォォォ

 

 

 

 

 

 先ほどまで自分たちの戦いを観戦していたシャドウたちが観客席からこちらに向かってくるのが見えた。これには穂乃果たちも驚かずにはいられなかった。

 

 

「ど、どういうこと!?」

 

「さっきから黙ってみてりゃ僕の存在を無い物にしやがって。ここは絶望と恐怖が売りの佐々木サーカス。今みたいな希望と夢に溢れた展開なんてこっちは望んでないんだよ。お客の期待に応えられなかったピエロはここで消えろ」

 

「「「なっ!!」」」

 

 

 まさかこの男、自分の思い描いていたシナリオ通りに行かなかった腹いせに自分たちをここで葬り去るつもりなのか。忘れていたが、ここは佐々木竜次が造り出した世界。先ほどの戦いであまり余力も残っていない状態でこれだけのシャドウと戦うのは無理がある。だが、このままでは全員この場でゲームオーバーだ。無理をしてもシャドウたちに立ち向かおうと、穂乃果たちは己のタロットカードを顕現しようとしたその時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、感心しませんね。自らの思い通りにならなかったからと言って、可愛いお嬢様たちにこんな横暴をするとは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

ーカッ!ー

 

 

 

 

 刹那、穂乃果たちを襲い掛かろうとしたシャドウたちが一瞬で消し飛んでしまった。これは穂乃果たちだけでなく佐々木本人も驚愕していた。爆塵が晴れると、そこには見たことがない男が本を開いて立っていた。まるでホテルのベルボーイを彷彿とさせる群青色の衣装を身に纏った不思議な雰囲気を持つ男。心なしか、雰囲気が最近自分たちのライブに現れるエリザベスとよく似ていた。

 

「あ、あなたは?」

 

 花陽が呆気にとられながらも尋ねると、男は穂乃果たちの方を向いて丁寧にお辞儀した。

 

 

「初めまして。私の名は"テオドア"と申します。どうぞ親しみを込めてテオとお呼び下さい」

 

「はあ………テオ…さん」

 

「姉上の命で貴女方の助太刀に参りました。ここは私に任せて彼の元へお急ぎください」

 

 

 テオドアと名乗った男はそう言うと穂乃果たちに向けて本を開いた。そして指をパチンと鳴らして愛らしい妖精を思わせる使い魔を召喚すると、眩くも優しい光が穂乃果たちを包んだ。

 

 

「おおっ!身体が軽くなったにゃ~!」

 

「さっきの戦闘の疲れが…取れてる?」

 

「これって、私と悠さんが使ってる回復魔法と同じ……もしかして、あの人もペルソナ使い?」

 

「さあ急いで!彼に何かあっては私が姉上たちに何をされるか分かったものではありませんから」

 

「は、はいっ!!ありがとうございます!テオさん!!」

 

 

 テオドアの切羽詰まった様子に若干引きながらもお言葉にに甘えて穂乃果たちはサーカス会場から脱出する。背後から壮絶な爆発音が聞こえるがきっとあのテオドアという男が穂乃果たちを逃すために戦っているのだろう。

 

 

「しかし…あの人は一体何者なのでしょうか?どことなくエリザベスさんと同じ雰囲気を感じるのですが……」

 

「服装もかなり似ているしね」

 

「でも、テオさんって完二くんに似てない?何というか……不良っぽくない完二さんみたいな?」

 

「「「………………」」」

 

 

 そんな疑問はさておき、激しい戦いを乗り切った穂乃果たちはエントランスへと急ぐ。そこで戦っている悠とことりを助けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………………………!っ)

 

 

 

 朦朧とする意識の中、自身の中にまた何かの存在が入ってくるのを感じた。だが、今の悠は起き上がることができずにただただそこに這いつくばることしか出来なかった。先ほどの強烈な一撃のせいで、身体がまともに言うことを聞かないのだ。回復魔法が使えるペルソナを召喚しようにもカードを砕くほどの力すら残っていない。

 

 

 

(……誰かが代わりに戦っているのか…………)

 

 

 

 今すぐにでも自分も立ち上がりたいところだが、結局はこうだ。自分は負けた。無様に負けて、ことりに更なる絶望を与えてしまった。自分は結局助けることができなかった。こんな状態で一人で戦うなど無謀にも程があると分かっていたはずなのに。このままでは……

 

 

 

 

 

 

 

『ったく、何やってんのさ』

 

 

 

 

 

 

 

 ふと聞こえてくる聞き覚えのある声。このだるそうで人を食ったような声色は……

 

 

 

(!!っ、あなたは……)

 

 

 

 

『この前僕にあんな啖呵切っておいてさ、このまま何もせずにおねんねするわけ?ハハッ、笑えるね…………………立てよ、君は僕とは違うんだろ。あの時みたいに証明してみせろよ』

 

 

 

 

(……………………)

 

 

『ハァ……もう君のことなんて助けてやるもんかって思ってたけど………放っておいたら堂島さんに何か言われそうだし、菜々子ちゃんもグレちゃいそうだから力を貸してあげるよ。ちょうど僕もあの妹さんにはキレてたところだからね』

 

 

 

(えっ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アハハハ、もう終わり?お兄ちゃんより楽しめそうって思ってたけど、がっかりだわ

 

 

「ぐっ、くそがっ!!このガラクタっ!!」

 

 

 ついに皆月もことりシャドウに追い詰められてしまった。何とか善戦したはいいが、ことりシャドウの背中を覆う固い甲羅を攻略することが出来ず、両手の刀が限界を迎えてしまったのだ。武器無しではシャドウには対抗できない。皆月はまさに無防備であった。

 

 

(くそっ!……くそっ!くそっ!……結局俺は……あいつがいないとダメなのかよっ!!)

 

 

 皆月は前述の通り”人工的ペルソナ使い”としての実験で驚異的な戦闘力を得た訳であるが、悠たちのように数多くの大型シャドウや人外の存在と戦ったことがある訳でない。P-1Grand Prixでのあのチカラはヒノカグツチの借り物に過ぎず、自分の力で戦ったことがない皆月がことりシャドウに勝てるわけでもなかった。それに今まで自分の中にいたもう一人の人格"ミナヅキショウ"は……………

 

 

『思わぬ邪魔は入ったけど……これで心置きなく…………えっ?』

 

 

 

 

 

ーカッ!ー

 

 

 

 

 ことりシャドウが再び悠を葬り去ろうとした瞬間、カードが砕かれる音が聞こえた。まさかと思い悠の方を振り返ってみると、そこには信じがたい光景があった。

 

 

ッ!なんなの………こいつは…

 

 

 そこには倒れた悠とその傍で蹲っていることりを守るかのように陣取っているペルソナの姿があった。力尽きたと思った悠が新たに召喚したであろうペルソナを見て、ことりシャドウは慄いてしまった。

 

 そこに現れたペルソナは悠がいつも使役している”イザナギ”に似ていた。しかし、イザナギには似つかず全身赤黒く禍々しい雰囲気を醸し出し、全ての悪を象徴するかのように立つその姿はまさに"悪魔"。だが、悪魔というにはあまりにも似合わない真っすぐな目を宿していた。そのペルソナを見た皆月は目を見開き恨めしそうに呟いた。

 

 

 

「足立ぃ……」

 

 

 

 かつて、稲羽の連続殺人事件を引き起こした犯人が使役していたペルソナ。イザナギと対になっているように見えるそのペルソナの名は……"マガツイザナギ"。悠が皆月と微かな絆を結んだことで再び召喚可能となったペルソナだった。

 

 

 

 

『さあ、お仕置きの時間だよ。お嬢さん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐々木竜次の凶行によって火蓋を切られ、2日間かけて行われていた短いようで長い戦い。その決着はすくそこまで迫っていた。

 

 

ーto be continuded




Next #59「Roughly shaving.」


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#59「Roughly shaving.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

10月に入って色んなアニメが新しく始まりましたね。今期は自分が楽しみにしていた作品が多くあるので嬉しい限りです。ちなみに自分が今季見ているのは「逆転裁判season2」・「とある魔術の禁書目録Ⅲ」・「FAIRY TAIL Finalseason」です。特にFAIRY TAILは昔から好きなのでナツとゼレフの戦いがすごく楽しみです。

改めて、お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけて下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。
至らなかった点が多い故か最近低迷気味でありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

それでは佳境に入っている本編をどうぞ!


<佐々木サーカス エントランス>

 

 

「あ…あれは…………誰?」

 

 

 突如目の前に現れたペルソナにことりは驚きを隠せなかった。もう戦える状態ではなかった悠がペルソナを召喚したということもだが、その召喚したペルソナがあまりにも異質だったからだ。いつも悠が召喚しているイザナギとは全くの別物……この場に凛が居たならばオルタ化したイザナギと称していたであろうほど全く違って見えた。それに、あのペルソナは別の誰かが使役しているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 

『……君が悠くんのもう一人の妹さんか。道理で雰囲気が菜々子ちゃんに似てる訳だよ』

 

 

「!?っ」

 

 思わず怖くなって立ちすくんでいると、黒いイザナギ…もといマガツイザナギがこちらを見てそんなことを言ってきた。その声を聞いたことりは悪寒を感じたようにビクッと震えた。どこかで聞いたことがある声……否、あのP-1Grand Prixで会ったことがある聞き覚えのある声だった。

 

「あなたは………」

 

 

 

「足立ぃぃっ!テメ―は引っ込んでろっ!!こいつは僕の獲物だ!!」

 

 

 

 獲物を横取りされたと思い込んでいる皆月が満身創痍であるにも関わらずマガツイザナギに斬りかかってきた。ボロボロになっている武器で無謀にも突っ込んでくる辺り相当頭に血が上っているようだ。

 

 

『ハァ………【空間殺法】』

 

「!!っ」

 

 

 マガツイザナギがフッと大剣を振るった瞬間、皆月の身体に斬撃が連続的に襲った。あまりの衝撃に耐えきれず、皆月は気を失って倒れてしまった。

 

 

「み、皆月さん!?」

 

『ったく、相変わらずキャンキャン犬みたいにうるさいガキだね。次は峰打ちじゃ済まないよ』

 

 

 あれが峰打ちだというのか。皆月とて生身の人間であるのに容赦ない。あまりの出来事にことりは金縛りにあったかのように身体が硬直してしまった。

 

な、何よっ!あなた何者よっ!

 

 あまりにも予想外の展開にことりシャドウはヒステリックになっていた。そんな怪物とは対照的にマガツイザナギは淡々とした雰囲気でこう告げた。

 

 

 

『……ただの犯罪者だよ』

 

 

 

 刹那、マガツイザナギが大剣を一振りしたと同時にことりシャドウに無数の斬撃が襲った。不意を突かれて防御が出来なかったことりシャドウは奥の壁まで吹き飛ばされ激突してしまう。激突した瞬間、既にマガツイザナギはその場に立っており、休む暇も与えず次々と斬撃をお見舞いした。

 

「つ、強い……あのペルソナ…………」

 

 マガツイザナギの圧倒的な強さにことりは絶句してしまった。普段悠が使役しているイザナギとは比べようのないの戦闘力でことりシャドウを蹂躙している。一体全体何が起こっているのか分からなくなっていた。すると、

 

 

『君さ、本当に悠くんのことが好きなの?』

 

「えっ?」

 

『だってあのシャドウが言ってよね?"お兄ちゃんが煩わしい"、"邪魔だから死んでほしい"って言ってたじゃない。それが本音でしょ?』

 

グサッ

「うっ………」

 

 

 グサッと心にダメージを受けた音がした。まるで嘘を見抜かれた証人のように。言葉がナイフのようにことりの心に突き刺さった。そんなことりの心情などお構いなしにマガツイザナギは再び言葉の刃を投げつける。

 

 

『留学したいとか何とか言ってたけど、それを悠くんのせいにするのはお門違いじゃない?僕にしてみれば君はそこの少年と同じ…駄々こねてる子にしか見えないけどね』

 

グサッ

「うう………」

 

『人生そう自分の思い通りに行くわけないんだよ。それになに?悠くんが君と特捜隊のガキどもどっちが大事かって?他人が他人のことをどう思ってるかなんて分かるわけないでしょ。悠くんじゃあるまいし、馬鹿じゃないの?』

 

グサッグサッ

「ううううううううううううう…………」

 

 

 マガツイザナギの言葉が百発百中の投げナイフの如くことりの心に突き刺さる。今まで似感じたことのない……今までの自分の在り方を否定された気分にことりは苛まれた。

 

 

『君は心の中ではそう思ってた。でも、悠くんの前ではそんな言えないから、悠くんを傷つけたくないから傷つけないように本当の自分を隠して健気に振舞ってる。そう言うのなんて言うか知ってる?』

 

「い…いや……いやあ……………」

 

 

 今まで感じ事がない心の痛みにことりの精神状態は限界に達していた。いつ倒れてもおかしくないのだが、無慈悲にも最後の刃がことりに襲い掛かる。

 

 

『"()()()"…………それが君の心にあるものの正体さ』

 

 

 

グサグサグサグサグサッ

「あっ…………」

 

 

 まるで地に足がついていないような感覚に陥ってしまう。もうこれ以上聞くのは耐えられない、楽になりたいとこのまま重力に任せて倒れてしまいそうになったその時、

 

 

 

 

『……全く…兄妹そろって似てるよね。そういうところ』

 

 

 

 

 ふと吐いた言葉にことりは意識を取り戻した。そして、先ほどの言葉が頭で反響する。

 

 

 

 

(…兄妹そろって似てる?………じゃあ、お兄ちゃんも………偽善者?)

 

 

 

 

 すると、ことりは倒れる寸前に踏み止まった。更に先ほどまでの絶望が嘘のように別の感情がマグマの如くことりの心に湧き出てくる。それは自身も今まで感じたことがなかったほどの怒りだった。

 

 

 

 

 

 

 

(…違うっ!お兄ちゃんはそうじゃないっ!!)

 

 

 

 

 

 

 自分のことは何を言われても良い。だが、大好きな悠のことをバカにされるのだけは我慢ならない。そう自覚したことりの脳裏にある記憶が蘇った。

 

 

 

――――ねぇ、一緒に遊ぼう

 

 

 

 引っ込み思案だった自分に優しく差し出してくれた大きな手。あれが悠との初めての出会いだった。あの時のことを……ことりは一度も忘れたことはない。

 

 

 

 

――――大丈夫、俺が来た。

 

 

 

 

 そして再会して早々、テレビの世界に迷い込んでピンチに陥ったことり達の前に颯爽と現れて守ってくれた大きな背中。

 

 

 

 

 

――――俺は…ことりのお兄ちゃんだからな。

――――ことりは何でも似合うんだから。

――――俺は…ことりを信じてるからな……

 

 

 

 

 どんなことがあってもことりのことを想って助けてくれた。内緒でコペンハーゲンでバイトしてたことがバレた時もそんな自分を受け入れてくれた。あの優しい悠を………自分の大切な家族を偽善者とは呼ばせない。そう固く思ったことりの目にもう迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がふっ………

 

 

『しばらく寝ていなよ…………ハア、シャドウの相手ってこんなに疲れたっけ?』

 

 あまりにも呆気なく目の前の敵は大人しくなったように倒れこんだ。背中の堅い甲羅でガードされるのが癪だったが吹っ飛ばせば問題はない。正直成り行きとはいえ、どうしてこうなっているのか自身もよく分からない。どうやら意識は悠の身体にあるようだが、こうしてマガツイザナギを使役して戦えているのは何かデタラメな力が働いているのだろう。それこそ悠の中にある何かが……

 

「…あなたに聞きたいことがあります」

 

『………ハァ?』

 

 思考に入っていると、さっきまで黙り込んでいたことりがそんなことを言ってきたので思わずそんな声を上げてしまった。一体何を聞こうとしているのか。どうせそれは違うだの何故そんなことを言うのかだのとのことだろう。だが、その予想は大きく外れた。

 

 

 

「あなたは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

『えっ?………』

 

 

 ことりが投げた質問に言葉を失ってしまった。それは今まで考えたこともなかった……というのもそんな青春くさいことなど考えるのも馬鹿らしいと思っていたことだったからだ。

 

 

「あなたの言う通り、私は偽善者かもしれない。そういうところがあったってことは否定できないから…………でも……お兄ちゃんは…………お兄ちゃんは偽善者じゃないっ!!」

 

『…………………』

 

「鈍感でことりの気持ちどころか、希ちゃんや海未ちゃんたちの気持ちにも気づいてなくて……いっつも心配してるのに無茶をしちゃう人だけど……………こんなことりにも優しくしてくれて、辛い時とかにいつも笑顔をくれるお兄ちゃんが………そんなお兄ちゃんがこれ以上ないくらい大好きなのっ!!何も知らないあなたが……人を好きになったこともないあなたが……私とお兄ちゃんのことを偉そうに語らないでっ!!」

 

 

 攻撃の手を止めてマガツイザナギは改めてことりを見る。こちらを見やる彼女は瞳は真っすぐであり、それは自分が大嫌いな……自分のやってきたことを全て否定した彼を見ているかように錯覚してしまった。

 

 

『悠くんと同じ目………これだからガキは嫌いだよ。青臭いくせに妙なところで痛いところ突いてくるんだからさ………ぐっ!!』

 

 

 瞬間、マガツイザナギに衝撃が走った。気づかぬ間にことりシャドウが反撃してきたのだ。

 

 

 

このオオっ!!

 

 

 

 仕返しとばかりに連続で攻撃を加えてくることりシャドウ。マガツイザナギに反撃の隙を与えずにダメージだけが蓄積されていく。これで終わりとようやくラッシュが止まった時には、もうマガツイザナギの身体はボロボロであることを示すようにノイズが入っていた。ニヤリと笑みを浮かべてトドメの一撃を放とうとしたその時、

 

 

 

 

 

『ったく………ウザいんだよぉっ!!ガキがぁぁぁぁぁぁッ!!

 

 

 

 

 

 ことりシャドウが攻撃するよりも早く、マガツイザナギの一閃がことりシャドウに直撃する。力を振り絞るかのように繰り出した一閃は再びことりシャドウを壁に激突させ、どれだけ攻撃しても破壊できなかった背の甲羅にヒビが入っていた。だが、その代償としてマガツイザナギの身体に走るノイズは強さを増していた。

 

 

『ハァ…時間切れってわけか。せっかくこれからだっていうのに………今の悠くんの力じゃここが限界か……………全く』

 

 

 そんなことを言い残すとマガツイザナギは【欲望】のタロットカードに戻り消えてしまった。まるでさっきまでの時間が夢だったようにことりは現実に引き戻された。一瞬勝ったかのように思えるが、まだことりシャドウは生きているし、悠は持てる力を使い果たしたようにぐたりと倒れている。戦う力のないことりにとって、これはもう絶体絶命の状況だ。

 

 

 

うふ…うふふふふふふ……忌々しい邪魔ものは消えたわ………今度こそ終わりよ……

 

 

 

 マガツイザナギが消滅したのを好機とみなし、今度こそとどめを刺そうと悠とことりに迫りくることりシャドウ。しかし、

 

 

 

 

 

 

 

ーカッ!ー

「「「「「ペルソナッ!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、迫りくることりシャドウの巨体が何かによって吹き飛ばされた。そのままの勢いで壁に激突してしまったため、ことりシャドウは蹲ってしまう。突然の出来事にことりは仰天した。

 

 

 

「えっ?……これって………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫っ!私たちが来たよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り返って見てみると、そこには逆光に照らされた複数の人物がいた。逆光のせいで最初は誰なのかが分からなかったが、さっきの台詞と顔の輪郭を見た途端、それが誰なのかが分かった。

 

 

「穂乃果ちゃん……海未ちゃん………みんな」

 

 

 そう、そこに居たのは頼もしい親友たち……μ‘sの仲間だった。助けに来てくれたのだ。あの厳しい戦いを乗り越えて、自分たちのために駆け付けてくれたのだ。それだけでことりは自然と涙が出てしまった。

 

 

「よーし!行っくよぉっ!みんな!!」

 

「まず悠とことりの安全を確保するわよ!私と花陽と希で2人を保護するわ。穂乃果・凛・海未はあのシャドウの相手を。にこと真姫はあそこで倒れている皆月って子の保護を」

 

「「「了解っ!!」」」

 

 

 

 絵里から各々指示を受けた穂乃果たちは役割を果たすためにそれぞれの目的地へと駆け出した。突然の援軍登場に狼狽することりシャドウだったが、すぐに体勢を切りかえる。

 

 

ぐっ……そうはさせるか……ぎゃあっ!!

 

 

 だがその直前、爆撃がことりシャドウを襲ってまたもや勢いを削がれてしまった。それに伴って発生した爆煙の中からペルソナを従える穂乃果・海未・凛が現れる。

 

「あなたがことりちゃんのシャドウだね。悪いけど、悠さんが復活するまで私たちが相手するよ」

 

 爆煙が晴れたと同時に海未のポリュムニアと凛のタレイア、そして穂乃果のペルソナも姿を現した。

 

 

 

 豪奢な舞台衣装に似た赤いドレス

 手には炎をモチーフにした深紅の大剣

 胸に綺麗なヒマワリの飾り

 

 

 

 これぞ、穂乃果が己の影と向き合って手に入れたペルソナ【カリオペイア】の姿だった。その姿はまさに皇帝の如く煌びやかで人をどこか惹きつける穂乃果のカリスマ性を感じさせた。まさしく穂乃果らしい雰囲気を放つカリオペイアにことりシャドウは圧倒されていた。

 

 

こ……こいつら………

 

「やっと…やっとみんなと戦える。行くよ!凛ちゃんっ!海未ちゃんっ!」

 

「おうにゃっ!」

 

「足を引っ張らないでくださいよっ!」

 

 

 今までずっと見ているだけだったが、今こうして同じペルソナを持って戦える。穂乃果はその感覚を噛みしめながら、海未と凛と共にことりシャドウへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの気配を感じる。先ほどまで身体を蝕んでいた痛みが少しずつ癒されていく。この感覚に覚えがあった。P-1Grand Prixでもあったこの感覚。もしやと思い悠はゆっくりと目を開いた。

 

「ゆ、悠くん!ウチの声が聞こえる!?悠くん!!」

 

 

「の…希………………」

 

 目の前に居るのは心配そうに潤んだ目でこちらを見る希だった。悠の意識が戻ったのを確認するために顔を近づけているが、その吸い込まれそうな大きな瞳と無意識に当たっている胸の感触が悩ましい。

 

「悠さん!大丈夫ですかっ!?まだ傷は癒えていないところはありますかっ!?」

 

「は……花陽………」

 

 すると、希とは反対の方から同じ表情の花陽もこちらを覗き込んできた。花陽も同じように顔を近づけているので希と同じく無意識に胸を当てている。どこか希に対抗して火花を散らしているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 意識が戻ったばかりなのか、最初はそれほど気にはならなかったが、花陽のクレイオーの回復魔法で段々通常の感覚が戻ってきているようなので、自然と顔が赤くなるのを感じる。それに、ことりシャドウから受けたダメージはもちろん癒えなかった佐々木の凶行で負った傷も治っているので、クレイオーの治癒力が以前に比べて格段に成長しているようである。

 

「……俺は…………ことりのシャドウに」

 

「大丈夫よ。穂乃果ちゃんたちが代わりに戦ってくれよるから」

 

 喋れるようになった悠に希がそう言ってある方向に指を指す。その方向にあった光景は……

 

 

 

 

 

「ぜえ……ぜえ………つ……疲れたぁ………」

 

「調子に乗ってるからこうなるんですよ。あなたはペルソナが覚醒したばかりなんですから、もっと慎重に戦いなさい!!」

 

「ご、ごめんなさ~い!!」

 

「海未ちゃん!怒ってる場合じゃないにゃ~!!」

 

「えっ?……きゃああああああっ!」

 

「悠さ~ん!タスケテーっ!!」

 

 

 

 

 

 そこには果敢にことりシャドウと戦闘を繰り広げている穂乃果たちの姿があった。最も穂乃果は調子に乗り過ぎたのか早くもガス欠になりかけているが。

 

「穂乃果……ペルソナを手に入れたのか………」

 

「そうよ。ちゃんと自分と向き合ってな」

 

「………………」

 

 あの穂乃果がペルソナを手に入れて今こうして自分のために戦っている。まるで我が子の成長をみているかのように胸が熱くなるが、こうしてはいられない。この戦いは自分が決着を着けなくてはならないのだから。

 

 

「ありがとな……希・花陽。俺もそろそろ…」

 

「あっ!ちょっ」

 

 

 自分も戦闘に参加しようと身体を起こして立ち上がる悠。しかし

 

 

 

ぐううううううううううううううううううう

 

 

 

「………………ハラヘッタ」

 

 

 花陽が止める前に腹から空腹音を出して再び倒れてしまった。やはりと言うべきか回復魔法でも空腹は解消されていなかった。今まで蓄積されたダメージがなくなったお陰で感じなかった空腹感が一気に襲ってきたようだ。考えてみれば丸一日何も食べていなかったので当然のことと言える。

 

「うふふ……悠くん、お腹空いとるやろ?これ食べて元気だし」

 

 腹に手を当てて空腹に耐えている悠を見かねて希が鞄からこんなものを取り出した。

 

「これは?」

 

「ことりちゃんのお弁当。悠くんがお腹空かしとるからって悠くんの好物選んで作っとったんよ」

 

 そう言って希が弁当箱を開くと、中には色とりどりのおかずが並んでいた。それを見て更にお腹の音を鳴らしてしまった悠に希はクスクスと笑うと、その中のコロッケを一つ箸でつまむとそれを悠の口の中に優しく含ませた。

 

「これは………俺の好きな味………」

 

 その味を感じた途端、自然と涙が出てしまった。悠には分かる。これは…ちゃんと相手のことを思って作られている味だ。涙する悠を見て、ことりはオロオロとしてしまった。

 

「お兄ちゃん………どうしたの……もしかして、美味しくなかった?」

 

「美味しいに決まっとるやろ。なんせことりちゃんが文字通り愛情込めて作ったんやから」

 

 間髪入れずにそんなことりに希が当然だろうと言うようにツッコミを入れる。

 

 

「あのことりちゃんのシャドウ……大方悠くんが本当は嫌いやったとか言ってたかもしれんけど、本当に嫌いやったら悠くんのためにこんなお弁当作ることなんてできへんよ。悠くんのその反応が何よりの証拠や」

 

 

 不思議と希のその言葉は悠とことりの胸の中にストンと入った。そして、確認するかのように2人は互いの顔を見つめ合う。ことりは恥ずかしそうに顔を逸らしてしまったが、悠はその反応を見ただけで十分だった。

 

「…ありがとう、希」

 

「えっ?」

 

 悠はボソッとそう呟いたかと思うと、希から箸をひったくってことりの愛情弁当を勢いよく食べ始めた。

 

 

 

ガツガツモグモグガツガツモグモグガツガツモグモグ

 

 

 

「ゆ、悠くん!そんなに急いで食べんでも……一日何も食べてないんやからもっとゆっくり………」

 

「……ウッ……………ゴホッゴホッ」

 

「お、お兄ちゃん!今ご飯が喉に詰まったよね!?ほら、お茶飲んで!」

 

 希がそう注意するも悠は弁当に病みつきで食べるスピードを緩めない。途中でおかずがのどに詰まったこともありながらも早弁するかのように悠は弁当を平らげていく。普段では考えられない悠の食べっぷりに希たちは驚いてしまったが、食事が進むにつれて悠に活気と気力が戻ってきているのを感じたので止めるに止められなかった。

 

 

「………ごちそうさまでした」

 

 

 食事を始めてから5分後、ことりの弁当を完食した悠は空になった弁当に箸を置いて立ち上がる。そして……

 

 

 

 

 

「ふう……漲ってきたぜえ!!

 

 

 

 

 

 拳を強く握り締め咆哮する悠の周りに青色いタロットの魔方陣が展開された。その大きさは今までの比ではない。見てみると、悠は自分の目の前に6枚のタロットカードを一気に顕現していた。

 

 

「あ、あれは……悠さんの…合体!?しかも……6枚っ!!」

 

 

 

 

ーカッ!ー

「【ベルゼブブ】っ!!」

 

 

 

 

 タロットカードを一斉に砕き悠の背後に新たなペルソナが召喚された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐう……こいつの身体かったいにゃ~」

 

「アレを打ち破るのは骨が折れますね」

 

「ハァ……ハァ……お腹減った~!雪穂~!悠さ~ん!ごはん~~~!!」

 

「アンタねぇ……」

 

「どれだけマイペースなのよ……」

 

 ことりシャドウと戦闘を繰り広げている穂乃果・海未・凛、そして合流を果たした真姫とにこは手こずっていた。穂乃果も先ほど自分と向き合った後からすぐの召喚と初戦闘とあってか体力の消耗が著しい。カリオペイアの戦闘能力が高いのに燃費が悪いのは勿体ないが、とにかくここで押されたら負けてしまう。その時、

 

 

があぁっ!………

 

 

 突如どこからかことりシャドウに体当たりしてきた。余程衝撃が強かったのかことりシャドウは思わず体勢を崩してしまった。突然のことに穂乃果たちはあんぐりとしてしまう。これをやったのは…まさか。

 

 

 

 

「待たせたな、みんな」

 

 

 

 

 すると、背後から頼もしい青年の声が聞こえてきた。もしやと思ってその方を振り返る。

 

「「「ゆ、悠(さん)っ!?」」」

 

 そこにはメガネを掛けて不敵な笑みを浮かべる悠がいた。戦線復帰した悠の姿を見て歓喜と驚きの声を上げる穂乃果たち。メガネを掛けているのはともかく音ノ木坂学院のブレザーを全開にしている姿を見る限り、完全復活を遂げたらしい。

 

「もう大丈夫なの!?じゃあ、今のって……」

 

「ああ、俺の新しいペルソナだ」

 

「えっ?…」

 

 だが、一番驚いたのは悠が使役している新しいペルソナの姿だった。ことりシャドウに体当たりをしたそのペルソナの姿は……

 

 

「ハエっ!?」

「でかっ!!」

「信じられない…」

 

 

 髑髏の杖を持ったハエにしては巨体のペルソナの名は【ベルゼブブ】。真姫の母である早紀と絆を結んで再び召喚可能となった【悪魔】のペルソナだった。

 

デ……デカいハエね………叩き殺してあげる!!

 

 ことりシャドウはベルゼブブに攻撃しようと風を纏って体当たりを試みたが、ベルゼブブの方が行動が早かった。

 

 

「やれっ!ベルゼブブっ!!」

 

 

 悠の指示でベルゼブブの杖の髑髏が赤く光った瞬間、ことりシャドウの足が一瞬で凍り付いた。突然のことに慌てることりシャドウだったが、抵抗する間もなくベルゼブブの杖から放たれた業火を直に喰らってしまう。

 

『がっ………こ、この……』

 

 ダメージを受けながらも自らの足を封じている氷から抜け出し反撃を試みることりシャドウだったが、ベルゼブブにヒラリと躱されてしまう。そして、ベルゼブブは再び氷結攻撃で動きを止め追加の業火をお見舞いし、ことりシャドウはぐたりと倒れてしまった。

 

「つ、強すぎるにゃ……」

 

「ベルゼブブって、最強の悪魔じゃないですか……」

 

「流石…悠さん……穂乃果の炎と火力が違うよ……」

 

 悠が戦線に加わってから押されていた形勢が逆転していた。百戦錬磨の悠が加わるだけでここまで違うのか。先ほど穂乃果シャドウという強敵に辛勝して自信がついた海未たちだったが、こうも見せられるとまだまだ悠の足元に及ばないと実感させられる。だが、それ以上にこうして全開の悠と一緒に戦えることに安心と喜びを穂乃果たちは感じていた。

 

「いくぞっ!みんなっ!!総攻撃だ!!」

 

「「うん(はい)っ!!」」

 

『今の悠くんの攻撃で表面が更に脆くなっとる。そこに集中攻撃や!』

 

 

 

 

ー!!ー

「「「「「やああああああああああっ!!」」」」

 

 

 

 

 ことりシャドウが怯んでいる隙に悠の合図で総攻撃を仕掛ける。希の指示で脆くなった部分を集中的に狙い撃ちしているのでダメージが大きく入った。お陰で総攻撃が終わった後のことりシャドウは虫の息になっていた。

 

 

がぁ……おのれ………おのれおのれおのれ…………

 

 

「トドメだっ!!……………あっ」

 

 

 

 ベルゼブブは悠の指示で上昇しことりシャドウに向けて放つための白いエネルギーを発生させ収縮していく。勢いに任せてベルゼブブのあのスキルを発動させてしまった。それは悠だけでなく何度か同じ光景をみたことがある穂乃果とベルゼブブの状態を解析した希の顔も真っ青になる。

 

 

「な、なんやこのとてつもないエネルギー………みんな!ここから撤退や!」

 

「みんなっ!メギドラオンだよ!!早く逃げて!!」

 

 

 "メギドラオン"と聞いて嫌な記憶を思い出した一同の顔も真っ青になった。そして、普段の希からは考えられない切羽詰まった声に更なる危険を察知した海未たちは急いで未だに気絶している皆月も連れてエントランスへと駆け出した。同じ危険を察してことりシャドウも逃げようとしたが、蓄積したダメージのせいで身体が動かず逃げることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!ど、どうなってるんだ!?」

 

 佐々木竜次は更なる異常事態に目を見開いていた。先ほどショーを台無しにした彼女たちを逃がしたベルボーイ風の男に仕向けたシャドウたちは慌てるかのようにコロシアム逃げ出していく。おかしい、この場の支配者は自分なのに……この自分の指示以外従わないシャドウたちがそれを無視して逃げ出していく。佐々木にとっては実にありえない光景だった。

 

 そして、己がペルソナ全書を手にシャドウを軽く蹴散らしていたテオドアもその光景に違和感を感じていた。

 

「これは…………まさか!?」

 

 テオドアが何かに気づいた時には遅かった。刹那、2人は白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドッカアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ……これは………………」

 

「嘘でしょ…………」

 

「サーカスが……なくなってる…」

 

 

 無事に脱出した穂乃果たちは目の前に広がる光景に絶句してしまった。先ほどまであった煌びやかで悪趣味なサーカスはそこにはなく、あちこちに爆塵が舞うただの荒野が広がっていた。今までの経験からメギドラオンがとてつもない威力を持っていることは知っていたが、まさかここまでのことになるとは思わなかった。あまりの変わりようにこの事態を招いた張本人に目を向けると、当人は遠い目をしてこう呟いていた。

 

 

「……やっちゃったなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、悠……反省の弁は?」

 

「………強くなろう。俺の全てが燃えている。サーカスが燃えている」

 

「これ以上ふざけるなら菜々子ちゃんにあることないこと吹き込むわよ」

 

「つい勢いでやってしまった。今はとても反省している………ごめんなさい」

 

「変わり身はやっ!」

 

「しかも何で少年犯罪の容疑者のコメントみたいになってるんですか………」

 

 ベルゼブブのメギドラオンを放った件について追及され、悠は皆の前で正座していた。完全復活していつもの調子を取り戻したのは良いが、調子に乗ってメギドラオンなどという大技を撃ってしまった。

 

「まあまあ、みんなもそれくらいでええんやない。悠くんも反省してるやろうし」

 

「希…………」

 

「希っ!いくら悠だからってやって良いことと悪いことが……」

 

「大丈夫や。後でウチがネッチョリ再教育するからな♪」

 

「「「……………………(いや、全く大丈夫じゃない)」」」」

 

 可哀そうになってきた悠を見かねて希が助け舟を出してくれたが、その跡のとんでもない発言に一同は凍り付いた。"ネッチョリ"とか"再教育"だとか希が口にすると、某家庭教師のように碌なことが起きない気がする。だが、これくらいしてもらった方が悠にとっていい薬になるだろうと誰も止めには入らないことにした。

 

「…………………………」

 

 皆に見捨てられた形になった悠だが、どこか逃げ場を探そうと辺りを見渡していると、変わり果てたサーカス跡地のところに、元の姿に戻っていたことりの影が佇んでいるのが見えた。その自分の影にことりは向き合おうと対峙している。妹が己の影と向き合うのを見て悠は固唾を飲んで見守ることにした。

 

 

「私ね、貴女の言う通り……お兄ちゃんのこと煩わしいって思ってた。でも……そうだとしても…お兄ちゃんが大好きってことは変わらない。あなたもそうだよね………だって、一度も"大嫌い"なんて言ってなかったから」

 

『………………』

 

「それなのに………お兄ちゃんのこと煩わしいって思ってたのって……希ちゃんと同じ…またお兄ちゃんが自分のことを忘れるんじゃないかって思ってたからだよね」

 

『!!っ………』

 

「だって、お兄ちゃんは良い人だから……誰にでも優しいからいっぱい人が集まるんだもん。そんなこと……前から分かってたはずなのに……………私はそうなるのが怖くて……逃げてただけなんだよね」

 

『………………』

 

 

 ことりは少々寂しげな表情で俯いていたが、次第に顔を上げて覚悟を決めたような目で再び影を見る。

 

 

「でも、もうことりは逃げない。私はお母さんの話を断るつもり。留学ってそうそうない話だって分かってるつもりだけど…ことりは穂乃果ちゃんたちとスクールアイドルやりたいし、ネコさんや雪子さんに完二くん……お兄ちゃんに色んなことを教わりたい。まだまだここで私はやりたいことがたくさんあるの。だから、一緒に頑張ろう。いつか…お兄ちゃんに心から好きって言ってもらえるように」

 

 

 ことりはそう言い終えると、影の手を自分の手に重ねて愛おしそうに告げた。

 

 

「あなたも……ことり…………だね」

 

 

 ことりの言葉に影は終始驚いた顔をしていたが、コクンと頷いた途端ニコッと笑顔を見せた。

 

 

 

『…私も……お兄ちゃんが……世界で一番大好き…』

 

 

 

 そして、眩い光に包まれていき、神々しい女神へと姿を変えた。

 

 

 

 

 

 

我は汝、汝は我。我が名は【エウテルペー】。汝、世界を救いし者と共に、世界に光を

 

 

 

 

 

 

 そして女神は再び光をなって二つに分かれ、一方は悠の身体の中に入り、もう一方は【恋愛】のタロットカードに姿を変え、ことりの身体の中に入っていった。

 

 

 

――――ことりは己の闇に打ち勝ち、困難に立ち向かうための人格の鎧ペルソナ【エウテルペー】を手に入れた。

 

 

 

「これが………ペルソナ」

 

 自分の中に新たな存在が生まれたような新感覚にことりは自分の胸に手を当てて感嘆とする。すると、その反動のせいか身体が突然重く感じて倒れそうになる。だが、予想通りというべきかお決まりのように悠がことりの身体を受け止めていた。

 

「お兄ちゃん……」

 

「頑張ったな、ことり」

 

 いつものように労いの言葉を掛ける悠。だが、それにことりは何故かその悠の態度にモヤモヤしてしまった。

 

「……ズルいよ…お兄ちゃん………一番頑張ったのは……お兄ちゃんだよ」

 

「お、おい……」

 

 ことりはボソッと呟くとギュッと悠を抱きしめた。

 

「ことりも……菜々子ちゃんも心配してたんだよ………これからは…私も隣で頑張るから………もう…どこにもいなくならないで……」

 

「………ああ」

 

 言い聞かせるように言葉を紡ぐことりを悠はポンポンと優しく撫でる。こんなことを言ってもいつも通りの鈍感な対応をする兄にことりはムスッとなる。しかし、

 

「でも…俺はことりにそう言われてもまた無理すると思う。だから…これから一緒に戦うんなら、俺が無理しそうになったら穂乃果たちと一緒に俺を止めてくれないか?それなら………俺も助かるから」

 

「………うんっ!」

 

 悠からの嬉しいお願いに先ほどとは一変してことりは笑顔でそれに応じた。

 

 

 

 

―――ことりとの絆が更に深まるのを感じる……

 

 

 

 

「うう…ううう………海未ちゃん……」

 

「何故泣いてるんですか、あなたは……」

 

「うええええええん!りんちゃ~~~~~ん」

 

「かよち~~~~~~~~ん!」

 

「な…泣いてなんか………ないんだから」

 

「何でアンタたちも泣いてるのよ……イミワカンナイ……」

 

「ハァ…全くあの2人は……」

 

「ウフフフ…………それでこそウチのライバルやね」

 

 

 相変わらずこちらに気づかないで自分たちの世界に入っている2人に穂乃果たちは各々そんなことを想っていた。何はともあれ、穂乃果とことりの救出に無事成功してμ‘s全員がペルソナ使いになった。あとは今回の事件の元凶である佐々木竜次を捕まえるだけだ。しかし、先ほどのメギドラオンでサーカスは完全に破壊されたわけだが、当人は無事なのだろうか。すると、

 

 

「!!っ、来る」

 

 

 悠が咄嗟に目を向けた方から何者かの気配を感じる。思わずその方向に目を向けると、誰かが妙な足取りでこちらに向かってくるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

おのれ……おのれ………よくも……俺の世界を………壊してくれたな…

 

 

 

 

 

 

 

 そこには悠たちを虚ろな目で見つめる男の姿があった。しかし、その瞳には怨嗟の念が込められていた。その人物は探し求めていた元凶の人物だった。

 

 

 

「佐々木……竜次………」

 

 

 

 

ーto be continuded




Next #60「This is our miracle.」


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#60「μ‘sic start for the truth.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

最近部活や勉強やら色々あって胃が痛くなることが多くなってきました。もう少しで某ロードのように胃薬が友達になりそうです………笑いごとではありませんが。
それはともかく、PQ2の新しいダンジョンが公開されましたね。【ジュネシック・ランド】って………大丈夫なのか?【カモシダーマン】も危ない気がするが…………それでも絶対やりたいと思うくらい面白そう!

改めて、お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけて下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。
至らなかった点が多い故か最近低迷気味でありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

それでは本編をどうぞ!


「佐々木……竜次………」

 

 

 いつの間に自分のたちの前に現れた今回の事件の首謀者【佐々木竜次】の登場に皆は驚愕する。先ほどのメギドラオンから逃れていたことにも驚きだが、まさかあちらから姿を現すとは思わなかった。しかし、穂乃果たちと遭遇した時の白黒を強調したタキシードとマント…ドミノマスクを身に着けていたはずなのだが、何故か今は私服姿だった。

 

「よくも…俺の世界を滅茶苦茶にしてくれたな………ゆるさん……ゆるさんぞ……」

 

 それに姿だけでなく口調も様子もさっきと180度変わっている。ここまで来たらもう別人に思えてしまうほどだった。しかし、例え様子がどれだけ変わろうが目の前の人物が自分たちにしてきた所業は変わらない。

 

「ふざけないでっ!!悠さんを酷い目に遭わせておいて許さないって………それはこっちの台詞だよっ!」

 

「………………」

 

 穂乃果は恨み言を言う佐々木を恐れずに突っかかる。珍しく怒りを露わにしている穂乃果に怖気づいたのか、佐々木はダンマリとしてしまった。そして畳み込むように絵里が割り込んで言霊を放つ。

 

「もう観念しなさい。私たちが悠を助けた時点であなたは負けたの。今更戦う理由なんて」

 

 

「はは……ははは………」

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

「はははははは……あははははははははは。……あははははははははははははははははははははははっ!!」

 

 

 

 

 まるで狂ったかのように腹を抱えて笑い出した佐々木。その豹変ぶりに穂乃果たちは思わず寒気を感じてしまった。あれは本当に常軌を逸している。

 

「な、何がおかしいのですかっ!?」

 

「ははは……負けた?……僕が?……………そんな訳ないだろ。本番はまだこれからなんだからな!」

 

「えっ?」

 

 佐々木が悠たちにそう言い放って指をパチンと鳴らした瞬間、佐々木の目の色が変わった。それを見た穂乃果たちはギョッとする。

 

「なにあれ……」

 

「目が………変わってる」

 

「あれって…シャドウと同じ目……」

 

 ついさっきまで自分たちと同じ普通に目をしていたのに、今の佐々木の目は金色……シャドウがしている目を同じになっていた。

 

『気を付けてっ!その人からシャドウと同じ反応が出とる!明らかに何か変やっ!』

 

 希からの報告に一同は凍り付いた。激戦を二度乗り越えた疲労なのか、今の光景が現実で怒っていることなのかが分からなくなってきた。ただの人間からシャドウの反応が出るとはどういうことなのか。だが、悠はあの佐々木の状態を知っている…というよりも見たことがある。あれはまさか…

 

 

「くはははは……良いねぇ…あのシャドウ?っていうのを受け入れたらこんなに楽になれるなんて……ははははははは…これは飛べそうだ」

 

 

「と、飛べそう?……何を言って…」

 

「こ、怖いです……この人…正気なんですか?」

 

「完全に危ない人じゃない……」

 

 先ほどのおちゃらけた道化師の時とは全然違う。まるで別人になったかのようだ。この佐々木という人物をよく知っている訳ではないが、あれはもう常軌を逸している。困惑する悠たちを置いていくように佐々木は突然こんなことを言いだした。

 

 

パチンッ!

「見せてやるよ…こいつが俺の切り札さっ!!」

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ

 

 

 

 

 佐々木は指を鳴らした瞬間、地響きが聞こえてきた。まるで地面から何か出てこようとしているかのような勢いなので、思わず立っていられなくなる。一体あの佐々木は何をしたのか思っていると、地面から何か形あるものが出てきた。

 

 

「こ…これは……シャドウっ!?」

 

 

 そう、その地面からものの正体はシャドウだった。出現したシャドウは初めて相対した時のシャドウや、真姫と花陽のクラブやにこの遊園地、絵里のコンサートホールで対峙したシャドウと今まで倒してきたシャドウたちだった。気づくと辺りはたくさんのシャドウに囲まれていた。まるでここら一帯を埋め尽くさんばかりの勢いでシャドウは増殖していく。

 

「こ…これは……」

 

「嘘でしょ……」

 

「こんなにも…シャドウが……」

 

 360度見渡してもシャドウしか見えない。もう自分たちの周囲はシャドウの群れに包囲され、埋め尽くされていた。まるで一つの軍隊のように悠たちを取り囲んでいる。まさに四面楚歌という言葉がしっくりくる状況であった。

 

 

『な、なんやこのシャドウの数………じゅ、10万って…おかしいやろ!?』

 

「「「えええええっ!?」」」

 

「10万って……何よそれ……」

 

 

 希が測定したシャドウの数に皆は仰天する。10万という大軍なんて今まで戦ったことがない。これが数の暴力というものなのか、雑魚シャドウでも10万と聞くと戦う気力も失せていき、恐怖という感情が穂乃果たちの身体を支配していった。

 

 

「ははは……ははははははは……ははははははははははははっ!!どうだ?追い詰められた気分は?どう見ても絶望的だろ?はははははは…愉快だ!爽快だっ!!」

 

 

 穂乃果たちの慄く表情がおかしかったのか、佐々木は拍車がかかったように笑い始める。道化師を演じていたときとは違う心の底から穂乃果たちを嘲るような笑い声が響き、不快感が増していく。

 

 

「ムカつくんだよ……俺みたいに頑張っても頑張っても見向きもされない者の苦しみを知らないで成功していくお前らが………どうせ、そこにいる鳴上が色々手を回してたんだろ……鳴上さえいなけりゃ落ちて行くと思ってたのによぉっ!!良くもやってくれたなぁ!」

 

「ひっ……」

 

「だがっ!それもここまでだ………このシャドウたちに飲まれて死ねばいい……学校も……何もかも終わりなんだからなっ!!あーっはははははははははははははははははははっ!!」

 

 

 更に演説を続けて高笑いする佐々木。その言葉は穂乃果たちには禍々しく聞こえ、更に恐怖感が心を蝕んでいった。

 

 

(な…なんで身体が……こんなにも震えて………)

 

(こ、怖い…………怖い……………)

 

(こんなの……勝てるわけないじゃない……)

 

(た…戦わなくちゃ……いけないのに…………なんで……)

 

(は、はやく……カードを………)

 

 

 海未やことり、花陽に凛に真姫、果ては絵里や希までも恐怖で身体が震えていた。それほどあの佐々木の言葉が彼女たちの心を蝕んだのか、何とかペルソナを召喚しようとタロットカードを顕現しようとしてもそれが出来ない。もはや穂乃果たちはその場で蹲ることしか出来なくなってしまった。

 

 

(誰か…誰か……………助けて……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着け、みんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐怖に心が支配されそうになった時、不思議と悠の言葉が彼女たちの耳に響いてきた。

 

「ゆ…悠さん?」

 

 みると、悠は穂乃果たちのように怯えたり縮こまったりしておらず、いつもの真っすぐで優しい目でこちらを見つめていた、

 

 

「安心しろ、ここにみんながいるじゃないか」

 

「……えっ?」

 

「どんな敵が立ち塞がっても、仲間と一緒なら乗り越えられる。今までもそうだっただろう?」

 

「でも……それは…悠さんが居たから……」

 

「いや、さっき見ていた通り俺だって一人じゃ弱い。でも、仲間の存在が俺を強くしてくれる。海未たちだって俺が居なくても穂乃果のシャドウに勝てたじゃないか」

 

「あっ……………」

 

 

 悠の指摘に先ほどの穂乃果シャドウとの戦闘を思い出した。そうだ、ギリギリの勝利だったとはいえ自分たちは悠がいなくても戦えた。いつも悠に甘えていたので最初はとても不安だったが、穂乃果とことり、悠を助けたいと心から想ったことや仲間を信じたからこそ掴み取った勝利だった

 

 

「だから大丈夫だ。ここには俺も…みんながいる。こんな大勢のシャドウだって、みんなで力を合わせれば勝てるはずだ」

 

 

 悠の言葉が皆に勇気を与える。悠に鼓舞されて戦う力が溢れてきた。つい数の暴力に負けそうになったのが嘘のように元気が出てきた穂乃果たちは自分たちを取り囲むシャドウたちを倒すために立ち上がる。佐々木に植え付けられた恐怖心は完全に消え去っていた。

 

「はは……ははは………何言ってるんだよ。たった10人に何ができる?こっちは10万だぞっ!!これを倒すなんて無理に決まってるだろっ!?なあ、鳴上ぃ!いい加減諦めろよっ!絶望しろよっ!本当は怖いんだろっ!なあっ!!」

 

 先ほどまでの勢いを取り戻そうと更に言葉を紡ごうと佐々木は馬鹿にしたように瀬々笑う。だが、悠は穂乃果たちの時とは変わって、佐々木を冷めた目で見ていた。

 

 

「…そのうるさい口を閉じろ……俺はもうキレている」

 

 

 そう言い切った悠の顔はポーカーフェイスを保っているもののその表情から怒りが抑えきれないほど露わになっていた。心なしか、悠から怒りを表現しているようなオーラが溢れているようにも見える。その様子に佐々木は慄いてたじろいでしまった。

 

 

「お前は…ことりを……穂乃果たちを危険に晒した………その報いを受けてもらうぞ」

 

 

「く……くくく……いつまでそんな虚勢をやれるかな?さあ…やれっ!!お前たちっ!!」

 

 

 佐々木は悠たちを取り囲むシャドウたちに指を鳴らしてそう指示した。佐々木のアクションに穂乃果たちは一斉に臨戦態勢を取る。だが、

 

 

 

 

「「「「…………………………」」」」

 

 

 

 

「な、どういうことだ!!さっさと行けよっ!!」

 

 

 指示にシャドウたちは従うことはなかった。まるで悠自体に怯えているように身体が竦んでいた。自分の言うことを聞かないシャドウたちに憤り喚き散らす佐々木であったが、それとは対照に悠は何事もなかったかのように静かに目を閉じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い視界の中で、意識は深い深いところへと落ちて行く。向かう場所はいつものあの場所。精神と物質の狭間にあるという不思議な空間………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ……」

 

 

 

 

 

 

 耳元にあの奇怪な老人の声が聞こえてきた。どうやら意識はあの群青色の部屋に行きついたらしい。

 

 

 

「ついに出そろいましたな……あなたの中に眠っていた"女神の加護"。それに、あの出来事から無事ここに辿り着いたということは、もう聞こえているのではないでしょうか?………貴方様の中に眠っていた彼女たちの声が…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――我は汝……汝は我………

 

 

 

 

 

 

 聞こえてくる。今まで自分の中に居た"女神の加護"から聞き覚えのある少女たちの声が……

 

 

 

――――汝…霧の侵略から世界を救いし者よ

 

 

――――汝…ついに我らと絆を結べたり……

 

 

――――今こそ汝の真の力を解放せん……

 

 

――――真の力…それは真実を示す力なり…

 

 

――――今こそ汝は見ゆるべし…

 

 

――――世界は暗闇に閉ざされようとしていたり……

 

 

 

 女神たちがそう言い終えた途端、悠の視界にベルベットルームの様子が映った。あのリムジンの車内を模した群青色の空間。そこにはいつもの場所でこちらを見る奇怪な長鼻の老人、そして…会うのが懐かしく感じる青いハンチング帽を被ったあの少女の笑顔があった。

 

 

 

――――さあ…真実への調べを奏でましょう…

 

 

――――汝…我らと共に……世界に光を

 

 

 

 女神たちの詠唱が終わると悠の目の前に光り輝く【愚者】のタロットカードが現れた。それを確認した悠はフッと笑みを浮かべる。これこそが自分の真の力…

 

 

 

 

 

 

 

『君の力を見せてあげよう、悠』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペルソナっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が現実に戻った悠はありったけの声を張り上げて、手に顕現した【愚者】のタロットカードを拳を突き上げるようにして砕いた。瞬間、悠の周りに青白く輝くタロットの魔方陣が出現する。そして、タロットの魔方陣から立ち上がるような形で悠のペルソナ【イザナギ】が召喚された。まるで生まれ変わったかのようにいつもと違う雰囲気を醸し出すイザナギに穂乃果たちは感嘆し、佐々木とシャドウたちは慄いてしまった。だが、その恐怖心を打ち払うかのように佐々木は数体のシャドウを突撃させた。しかし、これが引き金となった。

 

 

 

ーカッ!ー

 

 

 

 イザナギは上空から多数の雷を敵に落雷させる。突撃したシャドウはもちろんのこと、タロットの魔方陣の周りに立ち竦んでいたシャドウたちは一瞬で消えてしまった。

 

「な…なんだ……これは……」

 

 何が起こったのか理解が追い付かずに呆けている佐々木に対して、悠はフッと不敵な笑みを浮かべていた。その笑みを見て穂乃果は初めて助けてもらったあの時を思い出した。華麗に敵を倒した後に自分に向けてくれたあの顔。それを思い出した途端、心なしか顔が熱くなるのを感じた。

 

 

 

「行くぞ……イザナギっ!!」

 

 

 

 悠の宣言と同時にイザナギは大剣を手にシャドウの群れに突撃していた。それを見て、シャドウの大軍が一斉にイザナギに襲い掛かる。だが、一瞬の隙を与えることなくイザナギは敵を一斉に吹き飛ばしていった。そして、周囲を払うかのように剣を振るい、その斬撃で一気に敵を斬り裂いていく。

 

「な、何をしている!?相手はたった一騎だぞっ!!」

 

 イザナギの進撃に驚きつつ下僕のシャドウたちにそう檄を飛ばす。シャドウたちも一斉に攻撃するが、イザナギに攻撃は当たらない。そして、疾風迅雷の如く次々とシャドウを斬り続けて殲滅していく。まさに一騎当千。走り出した車は止まらないと言わんばかりにその勢いは止まらなかった。

 

「な、鳴上だっ!鳴上を狙えっ!!」

 

 イザナギを止められないと悟った佐々木は作戦を変更。手が付けられないイザナギを無視して召喚者の悠をターゲットに変えた。佐々木の指示を受けた何体かのシャドウたちは悠に向かって襲い掛かる。だが、悠に攻撃しようとしたシャドウは全て消滅した。

 

 

「あらあら、悠くんばっかり目が行って、ウチらのこと忘れてへん?」

 

 

 悠を守るように己の武器と共に立ちはだかる穂乃果たち。イザナギの一騎当千ぶりを見て、自分たちも負けていられないと奮い立ったのだ。

 

 

「みんなっ!悠を少しでも楽させるようにシャドウを減らすわよっ!!」

 

「「「うんっ!!」」」」

 

 

 絵里に言葉の喝を入れられて穂乃果たちはシャドウの群れへと立ち向かった。ポリュムニアは無数の矢を降らせて敵を殲滅し、タレイアとクレイオーとテレプシコーラは光速で敵を気づかぬ間に倒していく。メルポメネーとカリオペイアの業火を持ってシャドウを焼き尽くし、エラトーの重い一撃で敵を一気になぎ倒していった。

 

 穂乃果たちもシャドウに立ち向かう姿に思わず笑みを浮かべていると、イザナギの死角から数体のシャドウが襲い掛かろうとしているところだった。その時、

 

 

 

ーカッ!ー

「お兄ちゃんを守って!エウテルペーっ!!」

 

 

 

 特捜隊メンバーの直斗のように手でピストルの構えを取って、撃ち抜くかのようにタロットカードを砕いて召喚されたことりのペルソナが悠に襲い掛かろうとしたシャドウたちを一網打尽にした。

 

 

 

 天使の姿を模したかのような修道服

 手には魔法少女が持っているかのようなステッキを模した杖

 全てを包み込むような寛容的な表情

 

 

 これぞ、ことりが己の闇に打ち勝って手に入れたペルソナ【エウテルペー】の姿だった。その姿は魔法使いという表現がしっくりくることりらしい雰囲気を纏っている。

 

「ことりは……もうお兄ちゃんの背中を追いかけてたことりじゃないもん!このエウテルペーと………穂乃果ちゃんと海未ちゃんたちと一緒に大切なものを守るために戦う。だから、お兄ちゃんを傷つけたり侮辱した人はぁ」

 

 そう言うと、ことりのエウテルペーは杖を大量のシャドウたちに標準を合わせた。そして、その杖に集まった風がエネルギー弾として発射される。杖から発射されたエネルギー弾は対物ライフル如くの破壊力でシャドウたちを一瞬で消し去って辺りを爆塵に包み込んだ。

 

 

「ことりのおやつにしちゃうぞ♡」

 

 

 魅力的な笑顔で恐ろしいことを言ってのけたことりに皆は戦慄した。そして別の方で同じだと言うように鬼神の如くシャドウたちを吹き飛ばすイザナギの姿を見る。"鋼のシスコン番長"と"鋼のブラコンエンジェル"。やっぱりこの兄妹を怒らせたら怖い。みんなは心からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またしても己の描いていた展開とは違うものを目のあたりにして佐々木の表情が青ざめ始めた。こちらの数は10万に対して相手はたったの10人。状況から見て……某冒険漫画でなければどう考えてもこちらが圧倒的なのに、こちらが押されている。

 

「何故だ……何でいつもいつもいつも…………さっきまで鳴上は虫の息だったのに………」

 

 ここまでの戦いからずっと形勢を逆転され続けている佐々木は理解が追い付けず頭を激しく掻きむしった。

 

 

「さっきも言っただろ。俺だって一人じゃ弱い。でも、仲間の存在が俺を強くしてくれる。こんな俺を心から信じてくれる仲間がいるから、俺は戦える」

 

 

 この状況を理解できずにいる佐々木を見かねたのか、悠が解説するかのようにそう言った。だが、佐々木はそれを否定するように反論する。

 

 

「仲間?……心から信じる?………そ、そんなのはただの依存だ!きれいごとだ!」

 

「ああ、何とでも言えばいい。それを綺麗事だとみなされても構わない。お前にとってそうであっても……その絆がいつも俺を救ってくれたんだからっ!」

 

 

 そう言い切ると悠は日本刀を抜刀した。すると、イザナギはシャドウたちを斬り倒していきながら上空に昇っていく。シャドウを振り切り、ある程度の高度まで達したイザナギを確認した悠は日本刀を上段に構えて呟いた。

 

 

 

 

 

――――千が死に逝き、万が生まれる

 

 

 

 

 

 短い詠唱を終えると、溢れんばかりのエネルギーが悠とイザナギを包み込む。

 

 

「希っ!みんなにペルソナを仕舞うように伝えてくれ。この技は加減が効かない」

 

「えっ……」

 

 

 悠はそう言うと、イザナギは大剣を空に向かって振り上げる。すると、瞬く間に上空に多数の弾幕が張られた。その数はちょうど今残っているシャドウたちに匹敵している。

 

「えっ…悠さん、何アレ?」

 

「なんだが…いやな予感が………」

 

「……まさか…………」

 

 イザナギが突如繰り出した技に穂乃果たちは顔を青くする。なんだが先ほどのメギドラオンのこともあってか、何かデジャヴのような感覚に襲われた。そして、その穂乃果たちの予感を決定づけるように希から警告が発せられた。

 

『み、みんな!早くペルソナを仕舞って悠くんの近くに撤退やっ!!あの技は……』

 

「「「やっぱりぃぃぃっ!!」」」

 

「何でアイツはいつもこんなことばっかするのよぉっ!!」

 

「みんなっ!そんなこと言ってないで早く避難しなさいっ!!」

 

 希の緊迫した声にやっぱりかと危機を察した穂乃果たちは急いでペルソナをタロットカードに戻して悠の元へと走る。そして、

 

 

 

 

 

 

――――刹那五月雨撃ち

 

 

 

 

 

 

 イザナギが大剣を振り下ろしたと同時に、張られた弾幕がシャドウたちに降り注ぎ、世界は白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あ、あれ!?どうなったの!?」

 

 

 煙が晴れて周囲を確認してみると、あんなにたくさんいたシャドウたちは消え去っていた。いや、それどころか自分たちが立っている周りの地形そのものが変わっていた。平らだった大地がところどころ大きなクレーターができており、薄暗かった空は晴れ間が差して温かい光が辺りを照らしていた。

 

 

「こ…これ………全部イザナギがやったんですか!?」

 

「ち、地形や空まで変わっちゃってる……」

 

「これは…………」

 

「もう…滅茶苦茶よ……」

 

「悠くん……ネッチョリ確定やな」

 

 

 あまりの変わりように穂乃果たちは驚愕する。まさかシャドウたちを消滅させただけでなく地形や空模様までも変化させてしまうほどだったとは。もうこのようなことには慣れていたつもりだったが、こんなビフォーアフターは流石に驚きは隠せなかった。

 見ると、光が差す空にはこんな現象を生み出したイザナギが腕を組んでこちらを見降ろしているのが見えた。後光で照らされているイザナギの姿はまるでテレビに登場するスーパーヒーローを彷彿とさせ、穂乃果たちは目に映るその光景に思わず感嘆としてしまった。

 

 

「…まだ戦いは終わってないぞ」

 

「悠?」

 

 

 だが、その召喚者である悠はまだ戦いが終わっていないというようにある場所を鋭い目で見つめていた。

 

パチンッ!パチンッ!

「くそっ!出てこいっ!出てこいっ!!」

 

 そこには身体を震わせながらも指を鳴らし続ける佐々木の姿があった。佐々木はまだ戦うのを諦めないのか、またシャドウを呼ぼうと指をパチンと鳴らす。だが、そうしても先ほどのようにシャドウが溢れて出てくることはなかった。

 

パチンッ!パチンッ!パチンッ!

「ち、違うっ…………俺は……俺は………こんなところで」

 

 それでもあきらめずに何度も指を鳴らす佐々木だったが新たなシャドウが来ることはなかった。

 

 

「まだ戦うの?もうこれ以上はやめようよ」

 

 

 その姿を見た穂乃果が一歩前に出て佐々木に告げる。もうすでに決着はついたも同然なのにまだシャドウたちを出そうとする姿が見苦しく思ったからだ。それに合わせて海未とことりも穂乃果の隣に立って佐々木に告げた。

 

 

「穂乃果の言う通りです。もうこれ以上は止めて下さい」

 

「あなたを守るものはもう何もないんだよ」

 

パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!

「だ、黙れっ!!俺は負けていないっ!俺がお前たちに負けるはずないんだ!!」

 

 

 海未とことりの言葉にも応じず指を鳴らし続ける佐々木。その姿が段々憐れに見えてきたのか、花陽と真姫、凛も同じように立って佐々木に呆れたように言葉を投げかける。

 

 

「何でそこまで必死なんですか?もう戦いは終わったんですよ」

 

「引き際も知らないわけ?男のくせに情けないわね」

 

「子供みたいでカッコ悪いにゃ……」

 

パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!

「だ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ!!黙れっ!!」

 

 

 花陽たちの冷たい言葉にも気にせずそれでも指を鳴らし続ける。そうしてもシャドウは現れないのにいつまでも指を鳴らし続けている。まるで、罪が暴かれたのにそれでも否定し続ける証人のように惨めだった。

 

 

「往生際が悪いわね……」

 

「言っても分からないなら、分からせるしかないわ」

 

「そうやねぇ…言っても分からへん子には身体で分からせるしかないなぁ」

 

 

 そんな諦めの悪い佐々木の様子を一瞥したにこと絵里、希はそう言うと、視線を悠の方に移した。それにつられて穂乃果たちも悠を見る。悠はそれに任せろというように頷いて、佐々木に向けての言霊を放った。

 

 

「お前は俺にも穂乃果たちにも言ってたな。"諦めろ"・"絶望しろ"と。その言葉、一つだけ返させてもらうぞ」

 

 

 悠はそう言って指を突きつける構えを取った。そして、弁護士と検事のように声を張り上げて目の前の相手に突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

「諦めるのは…………お前だっ!佐々木竜次っ!!

 

 

 

 

 

 

 

「う…う…うううううううううううううう………………」

 

 

 

 

 

パチパチパチパチパチパチパチッ!

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 悠が人差し指を佐々木に突きつけた時、佐々木は胸に弾丸を撃ち込まれたかのように指を鳴らし続け悶絶しながら仰向けに倒れた。その途端、佐々木の身体から霧の形をした何かが飛び出してきた。その何かは絶叫しながらこの場から逃走しようとしたところ、いち早くその場に駆け付けたイザナギに一瞬で斬り捨てられた。それを確認した悠は抜刀していた日本刀を鞘に納めてこう言った。

 

 

 

「宿業成敗……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わった……」

 

 イザナギが佐々木から出た何かを斬って悠が決め台詞を言った後、これで本当に終わったのだと穂乃果たちは実感した。今までで一番辛い戦いが…自分たちが勝ったのだ。そのことに安堵したからか突如脱力感が身体を襲ってその場にへたり込んでしまう。正直このまましばらくは動きたくない気分だ。そんなことを思っていると、日本刀を鞘に納めた悠が穂乃果たちに向けてこう言った。

 

 

「ありがとう。みんなのお陰で………助かった」

 

 

 悠は笑顔でそうお礼を言ったことに穂乃果たちは少し呆けてしまう。すると、

 

「…………………ぐすん……」

 

「お…おい……」

 

 穂乃果は笑顔の悠を見ると涙を流していた。何かまずいことでも言っただろうかと思っていると、涙の理由はすぐに分かった。

 

「本当に……本当に……良かったよ…悠さん……」

 

「穂乃果……」

 

 どうやら戦いが終わって一安心したせいか、溜め込んでいた感情が一気に溢れてきたらしい。そして見てみると、穂乃果だけでなく海未やことりたち他のメンバーも皆同じように涙を流していた。

 

 

「無事で…本当に良かったです……」

「お兄ちゃん……お兄ちゃん…………」

「うううう……」

「凛たち………ずっと心配してたんだよ……………」

「いつもの…悠さんだと思うと………何だか………」

「心配かけるんじゃないわよ……バカぁ……」

「悠くん……悠くん…………」

 

 

 穂乃果たちの感情がストレートに伝わってくる。普段あまり表情を変えない真姫でさえ、泣いているのでそれほど心配していたのだろう。

 

「もう、みんな泣いちゃって。でも……本当に………貴方が無事で良かったわ……悠」

 

「絵里……」

 

 絵里も悠に笑顔を浮かべながらうれし涙を流していた。

 

「うわあ~~~~んっ!!悠さん、良かったよぉっ!」

 

「お兄ちゃ~~~~~んっ!」

 

 大声で泣きだしたかと思うと、穂乃果とことりは歓喜余って悠に抱き着いてきた。突然勢いよく突進するかのように抱き着いてきたので思わずよろけそうになったが、悠は疲れた体に鞭を打って何とか踏みとどまる。

 

「って、ちょっと!何やってるんですか!?」

 

「悠さんは色々と疲れてるのよ!!」

 

「とっとと離れなさいっ!!」

 

 いつもの如く悠に抱き着いた穂乃果とことりを引き離そうと海未と花陽と真姫、にこがやってくる。さっきまでしばらく動けないと言っていたのに、とても元気じゃないか。何だかいつも通り過ぎて頬を緩めてしまう。

 

 

 

「うう……ううう………」

 

 

 

 後ろから男の呻き声が聞こえてきた。その声を聞いた穂乃果たちは引っ張り合いをやめて一斉に声がした方を振り向いた。そこでは気絶していた佐々木が身体を起こして額に頭を当てていた。どうやら悠の突きつけをくらって気絶していたから目を覚ましたらしい。

 

「起きたか、佐々木」

 

「き……君たちは…………僕は……一体……」

 

 自分の周りが悠たちに囲まれているのを見て驚いた様子だったが、先ほどと同じくこちらに敵意を向けたり恨み言を言ったりはしなかった。それどころかどうして今自分がここにいるのかが分からないようだ。

 その様子にまたも穂乃果たちはポカンとしてしまう。さっきからこの男の変わりようはなんなのだ。本人は何のことかは分からないようだが、ついさっき道化師のおちゃらけた様子と悪寒を感じた狂人の様子を見た穂乃果たちにとっては違和感しかない。

 

「……そうか、そういうことか…………僕が……君たちを……」

 

 何か察したように自虐的な笑みを浮かべる佐々木。どうやら自分が何をやらかしたのかを思い出したようだ。

 

「全ては話してくれるか?何でこんなことをしたのかを」

 

「……………………………」

 

 悠がそう質問をぶつけると、佐々木は少し間をおいて淡々と自身のことについて語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………僕は…僕はただ……叔父さんみたいに…落ちぶれたくなかったんだ……」

 

 

 佐々木竜次の叔父はアーティストであり音楽プロデューサーだった。しかし、全て一発屋で終わってしまい、誰にも名を知られることなく業界から消滅してしまった。自分の才能を認めてもらえなかった、このまま終わってたまるかと自身の身を削って追い詰めた挙句、窮地に追い込まれた彼は怪しい宗教団体にのめり込んでしまい、そのまま身を破滅してしまったらしい。

 

 今までずっと憧れていた叔父がそんな風に落ちぶれてしまったのを見て、自身はそのようにならなりたくないと佐々木は強く思った。叔父と道は違うが、いつか一面に載るスクープを取れる記者になるためにと必死に頑張った。

 

 だが、自分の書く記事は話題にならないと見なされ、掲載されるのはいつも隅っこばかりだった。たかが学校新聞如きでということは自分でも分かっていたつもりだったが、そのことを思うたび脳裏に破滅した叔父の姿が過ってしまい、ますます自分の記事が一面に載ることに執着してしまった。そして、そんな自分とは対照に今年の春からわずかな期間で一気に注目の的になった穂乃果たち【μ‘s】を心から妬ましく想い、学校新聞で彼女たちの記事が載る度に妬みが増して、ついにそれが憎しみに変わって今回の事件を起こすのに至ったらしい。

 

 

「叔父さんの苦しみが分かったよ………自分がどれだけ頑張っても…………苦労して創ったものとは知らずに、話題にならないからってことで斬り捨てられる…………自分の努力を無為にするこの世の中を深く恨んだよ……ふざけるな、僕と叔父さんの努力をなんだと思ってるんだって………」

 

「…………………………」

 

「最初から成功した君たちに分かるはずないよね。いくら頑張っても…時間と命を削って創ったものが見向きもされずに捨てられていく……連中は僕たちの努力を知らないで………面白くなければ捨てる……………君たちと僕に一体どういう違いがあるって言うんだ……………」

 

 

 口調や様子が変わっても変わらず悠と穂乃果たちを蔑む佐々木。どんなにキャラが変わろうと本質は変わっていないようだ。そんな態度にキレたのか、誰かが佐々木の胸倉を乱暴に掴んだ。

 

「ぐおっ!……お、おまえ……」

 

「にこっち!!」

 

 佐々木の胸倉を力強く掴んだのはにこだった。にこの様子だといつ殴りかかってもおかしくないので皆はにこを止めようとするが、それは杞憂に終わった。

 

 

「…自分の苦しみが分かるかって?…………そんなの分かるに決まってるじゃないっ!!」

 

 

「……えっ」

 

「私だって……そんなことがあったわ。アイドルになりたいってことを分かってくれなくて、理解されないで苦しんで………もうやめようかって思ってしまうことが………………アンタだけじゃないのよっ!何でも自分だけが不幸だなんて思い上がってんじゃないわよっ!!みんな苦しんでるのよっ!!」

 

 

 怒涛の説教を終えたにこは佐々木の胸倉を離した。だが、にこにそう言われようと佐々木はそのままで俯いていたままだった。

 

 

「はは……ははははははは……………………なんだよ……結局は絆ってことかい?…………そんな少年漫画みたいなこと………僕にあるわけが……………」

 

 

 

「………貴方にもいたんじゃないんですか?そんな自分を…認めてくれる人が」

 

 

 花陽がふと放ったその言葉に佐々木は顔を上げた。花陽は何とか説明しようとするが、良い言葉が思いつかなかったのか。そして、花陽の言葉を補足するように希がこう付け加えた。

 

「新聞部の天野さんと黛さんらが言ってたよ。佐々木くんの記事にかける気持ちは本物だって。本当はこういう記事をたくさんの人が読むべきなのにいつも隅っこ扱いだから、佐々木くんの記事を少しでも大きなところに載せてくれって部長さんに頼んでたらしいよ」

 

 これは希が佐々木竜次のことを新聞部の部員に聞き込みをした際に聞いた言葉だ。確かに佐々木は独りよがりなところもあって取っつきにくいところがあったが、記事に対しての熱意は少なからず分かる人には伝わっていたようだ。

 

 

「…………嘘だ……そんなこと……僕は……」

 

 

 希の言葉が信じられないのか、佐々木は膝を落として譫言のようにブツブツとつぶやき始めた。少なからず希の言葉が心に響いたらようだが、この場でそんなことを言われても慰めや同情としか捉えていないのだろう。今まで佐々木竜次という男がどのように生きてきたのかというのが少し見えてきた気がした。しかし、そう項垂れる佐々木に悠はそう言ってゆっくりと歩み寄った。

 

 

「お前にも……大切なものはあったんだ」

 

 

 悠がそう言って近くに来たのか佐々木はビクッと震えて身構えたが、そんな彼に悠は優しく手を差し伸べた。

 

 

 

 

「帰ろう、佐々木」

 

 

 

 

 悠のその姿がどう映ったのか分からないが、佐々木は戸惑いながらも悠の差し出した手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音ノ木坂学院>

 

 

 

 

 

『本日のプログラムは全て終了しました。生徒の皆さんはすぐに撤収作業に入って下さい。来場して下さった皆様方、本日は音ノ木坂学院学園祭にお越し下さり、誠にありがとうございました』

 

 

 

 

 

 学園祭終了の放送が鳴り響く校内にて、この学校の理事長である南雛乃はアイドル研究部室の扉の前に立ち尽くしていた。昨日から行方が知れなくなっている甥が何となく今この場所にいるような予感がしてやってきたのだ。連絡を取ろうにも電話にもメールにも応答せず、一晩中自宅で待っても帰ってこない上、今日の学園祭どころかライブまでも来なかった。どこを探しても見つからなかったなら、もうこの時間ならここしかない。見つからなかったらどうしようかと不安を抱えながら雛乃は意を決して部室のドアを開いた。

 

 

「あっ………」

 

 

 ドアを開いて飛び込んできた部室の様子に雛乃は言葉が出なかった。そこにはまるで疲れたように部室の椅子で眠りこけている悠の姿があった。いや、悠だけではない。悠だけでなく娘のことりその親友の穂乃果や海未、生徒会の絵里や希のみならずμ‘sのメンバー全員が悠と同じように眠っていた。

 だが、驚くのはそれだけではない。悠たちが眠っている傍らには高く積み上げられたコーラの山があったのだ。ざっと見た感じだと大体100個くらいは積み上げられている。誰がの差し入れたのかは知らないが、これはいくら何でも多すぎだろう。

 

 そんな光景に驚きつつ、ようやく探していた甥の姿を見るや否や雛乃は目に涙が溢れてくるのを感じた。洪水のように溢れてくるのを我慢して、雛乃は悠を見つめて口を開いた。

 

 

 

 

 

「……………お疲れ様。今日はよく頑張ったわね」

 

 

 

 

 

 雛乃の口から出たのは労いの言葉だった。本当は今までどこに行っていたのか、何故電話も出ずにメールも返信しなかったのかを問い詰めたり、自分がどれだけ心配していたのかと説教したいと思った。だが、何か頑張って疲れたように見える悠やことりたちを見たら、すっかりそんな気持ちなどなくなってしまったのだ。

 

 

「帰ったらお説教よ………こんなに私を心配させたんだから、覚悟しておきなさい」

 

 

 最後にそんなことを言い残して雛乃は起こさないように部室を後にした。その時、眠っているはずの悠の口角が少し上がっていたことには気づかなかった。

 

 

 

ーto be continuded




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#61「This is our miracle.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

久しぶりに逆転裁判シリーズを最初からやり直したのですが………アニメで活躍中のゴドー検事が超カッコイイと思いました。

それはともかく、去年の12月から開始したこの【μ`SIC START FOR THE TRUTH】編も今話で最終回です。次回から八十稲羽での夏休み編がスタートしますので、皆さん楽しみにしていてください。あとがきに予告編を載せてます。

そして、お気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方、最高評価・高評価・評価をつけて下さった方、誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

それでは【μ`SIC START FOR THE TRUTH】の最終話をどうぞ!


――――あの戦いから数日が過ぎた。大事なものを取り返せたが、一方で大事なことを捨ててしまった。でも、それでも自分たちに後悔はない。何故なら………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~学園祭から数日後~

 

 

 

『悠、今回は災難だったよな』

 

「はは……いつものことだ」

 

『いや、極限状態を体験して数日寝こんでたって……普通ありえねえだろ。そんなこと言えるお前はやっぱり別格だよ』

 

「それほどでも」

 

 

 

 学園祭の事件から数日後、昼頃の屋上で寝そべりながら悠は稲羽の陽介と電話していた。それは今回の事件の顛末を伝えるためであるし、あることにお礼を言うためでもあった。

 

 本来ならすぐにでも無事を報告するために連絡するはずだったのだが、度重なる疲労とダメージ、そして一時極限状態に陥ったことによる苦痛で、悠はまる数日眠っていたのだ。目が覚めた時、起きた場所が南家のベッドだったり、その前にいたのが腕を組んでこちらを見降ろしている雛乃だったりして仰天したものだが、そんなことより……

 

 

「陽介、今回はありがとうな。俺たちのために」

 

『それは言いっこなしだろ。悠はともかく穂乃果ちゃんたちも俺たちの仲間なんだから助けるのは当り前だって。それに、礼ならりせに言っとけよ。今回一番頑張ったのはあいつなんだから』

 

「そうだな」

 

 

 この2人は一体何のことを言ってるのか。それは先日、悠が絵里から今回の事件の裏側を聞いたことに起因する。それは穂乃果たちが悠救出のためにテレビの世界に突入する前のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~テレビの世界に突入前~

 

 

 穂乃果とにこの喧嘩で部室が険悪な雰囲気に包まれていた中、だれかの携帯の着信音が名響いた。その着信音は花陽の携帯のものだった。

 

「も、もしもし……」

 

 

『花陽ちゃん!悠センパイが誘拐されたって、やっぱり本当だったの!?』

 

 

 恐る恐る出てみると、電話の相手は特捜隊&μ‘sの仲間でアイドル現役復帰を目指して準備中のりせだった。

 

「えっ………それは……」

 

『やっぱり…あのマヨナカテレビは本当だったんだね』

 

 予想外の相手からの電話に花陽は思わず狼狽してしまったが、りせは花陽の声色から全てを察したのか淡々とそう呟いていた。

 

「ま、マヨナカテレビって……りせちゃん、あのマヨナカテレビを見たの?」

 

『うん…………私……昨日夜遅くまで事務所の練習室で自主練してたの。それで休憩がてらにテレビを見ようって思ってみたら、あのマヨナカテレビが映って……まさかとは思ってたけど映るって思ってなかったし、それに……映ってたのが……死にかけてた悠さんだったなんて……』

 

「りせ……ちゃん………」

 

『信じられなかったけど、あの後何回も悠センパイに電話しても出なかったから…………どうしようって……』

 

「……………」

 

 どうやらりせもあのマヨナカテレビをリアルタイムで見ていたらしい。自分たちと同じく悠に好意を寄せている彼女にとっても、どうしていいのか分からなくなる事態なのだろう。しかし、

 

『だから……行って、悠さんを助けに』

 

「えっ?それは……どういう」

 

次の瞬間りせは皆の予想を裏切るとんでもないことを口にした。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、穂乃果ちゃんたちは悠センパイを助けに行って!』

 

 

 

 

「えっ?えっ?」

 

 

 

「「「「「「えええええええええええええええっ!!」」」」」」

 

 

 

 

 りせの発案に皆は素っ頓狂を上げた。一体どういうことなのかと聞くと、りせ淡々と事情を説明した。

 

 

 

 りせは一旦落ち着いて冷静になった後に思考した。あの犯行予告を思い返すと、あの道化師が言っていた"彼とゆかりのある9人"というのは今悠と共に事件を追っている穂乃果たちのことだろう。それにこのタイミングで犯行を行ったということは、間違いなくあの道化師の狙いはμ‘sの学園祭ライブの妨害。何でこんなことをするのか分からないが、大事なライブを妨害されるのは同じアイドルとして許せない。しかし、そうは言っても件の彼女たちは今悠を取るかライブを取るかで揺れ動いていることだろう。

 そのことを想像したりせは彼女たちのために何とかしてあげたいという想いに駆られた。GWで共闘して親睦を深めた自分たちは仲間だ。悠があの時自分を助けてくれたように、今度は自分が悠とあの彼女たちを助けてあげたい。そう思った瞬間、りせの頭にある案が閃いた。

 

 

 

――――自分が助けにいけないのならば……彼女たちが悠を助けてくれると信じて、代わりに時間稼ぎとして自分たちがライブをすればいいのではないか。

 

 

 

 この作戦を思いついたりせは早速稲羽の陽介たち特捜隊とシャドウワーカーの桐条美鶴にその旨を連絡した。最初はとんでもない作戦に仰天したものの、陽介たちは悠と穂乃果たちを助けるためならばと即答でOK。美鶴はGWでは君たちには借りがあるということで快くりせの要求を呑んでくれた。そして、すぐに美鶴は陽介たち特捜隊を自前のヘリコプターで稲羽まで迎えに行き、陽介たちを桐条所有の練習室で楽器の猛特訓させているだという。安心して穂乃果たちを悠の救出に向かわせて、ライブを行わせるために。

 

 

 

 

 

 

「これ……本当………なの?」

 

「あのりせちーが…にこたちのために…………」

 

 りせから聞かされたとんでもない作戦に皆は唖然としてしまった。まさかあの自分たちのためにここまで用意周到に準備していたとは思わなかった。携帯の向こうからギターやドラム、トランペットの音が聞こえてくるのはそのせいかと今更ながら気づいた。しかし、

 

「でも、りせちゃん大丈夫なの?あなた……」

 

『大丈夫大丈夫。井上さんには高熱で休むって言ってるから。それに、私はボーカルじゃなくてベースをやるつもりだよ。ボーカルはラビリスに任せるから。これならバレないでしょ?』

 

「えっ?」

 

『実はね、私も最近ベース弾けるようになったんだ。悠センパイが去年のイベントの時に弾いてたっていうのもあるけど、最近ガールズバンドって流行ってるからね。芸能界でも【パステルパレット】っていう子たちが出てきて勢いに乗ってきてるから負けてらんないし』

 

「いや、それはともかくステージに上がったら一発でバレるでしょ!?あなた国民的アイドルなのよ!!」

 

 そうだ、一年休業していたとはいえ【久慈川りせ】は日本を代表する国民的アイドル。そんな彼女がいきなり音ノ木坂学院のライブに出てきたとなれば騒ぎになるだろう。否、去年稲羽で行われたジュネスライブで起こったあのトラブルのようなことが発生するかもしれない。しかし、当の本人は想定内だったのかさらっと対策を答えた。

 

『もう、絵里ちゃんってば心配しすぎだよ。名前を聞かれてもなるか……ウウンっ!……【澤村遥】って偽名で押し通すし、ちゃんとバレないように変装するってば。最近密かに学んでたんだよね。去年のジュネスイベントのこともあったし、前に悠センパイとデートしたときに花陽ちゃんにバレちゃったからその反省として』

 

「……ハア」

 

 りせの思わぬ発言に一同は眉をひそめた。まさか電話の向こうにいる国民的アイドルにこうもモヤモヤとした感情を抱くことになるとは。それに色々ツッコミたいところがあるが、自分たちが知らないところで悠とデートしていたとは……後でじっくり尋問するべきかと皆は思った。しかし、

 

 

『………本当は私だって、穂乃果ちゃんと花村先輩たちで悠センパイを助けに行きたいよ』

 

「あっ………」

 

『でも、私が助けに行ったら、あの佐々木ってやつが悠センパイに何をしでかすか分かんない………もしかしたら、悠センパイが死ぬかもしれないから………私は助けに行きたくてもいけない』

 

「りせちゃん………」

 

 

 声色からりせの複雑に絡み合った感情が伝わってくる。彼女だって本当は穂乃果たちのように悠を助けに行きたいが、事情が事情で助けに行けない。それは悠を心から敬愛する彼女にとってどれだけ苦痛だっただろうか。

 

 

『だから、そっちは任せたよ。ちゃんと悠センパイを助けてね』

 

 

 この言葉からりせから自分たちに対する期待を感じた。これは先ほど険悪な雰囲気だった穂乃果たちに決断を下させるのに十分だった。

 

 

「は、はいっ!!」

 

「任せて下さい!」

 

「必ず……必ず悠さんを助けだしますから!」

 

 

 

 こうして、学園祭ライブをりせたちに任せて、穂乃果たちは悠救出のためにテレビの世界に飛び込んでいった訳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まさか、陽介たちが代わりにライブしてたなんて思ってなかったな」

 

『ああ……実際大変だったんだぞ。夜中にりせからの電話で叩き起こされて、事情を知ったと思いきやそのままヘリコプターに乗せられて、豪華な練習室で必死にギターの練習してな。でも、時間ギリギリまで練習して間に合いそうになかったからって、ヘリコプターからお前の学校の屋上にリぺリング降下したんだぞ………楽器背負って』

 

「……………………」

 

 話に聞いてはいたが、まさか本当にやっていたとは。これは今回の会場が屋上だから出来たことなので、今更ながらにこのくじ運の悪さに感謝だ。まあ本人が聞いたら怒って邪拳が飛びそうでて、また電柱にぶつけられそうだが。

 

『いきなりあり得ねえ登場したから結構騒がれたけどよ、りせのアドリブとその場にいたエリPって人の無茶苦茶な司会のお陰で何とかなったわ。てか、今思えばあのエリPさんって、何かあのマーガレットさんに似てたような………』

 

「それはともかく、りせは正体バレなかったのか?」

 

『ああ……確かに声で何人かにバレそうになったな。そこは俺たちで適当に誤魔化したど、ヒヤヒヤしたぜ……まあ俺たちでも別人って見間違えるくらい変装してたし、偽名使ってたのが大きかったんだろうけど』

 

「なるほど」

 

『でも、あいつ何故か【鳴上アリア】って名乗ってたけど………アレ大丈夫だったのか?』

 

「……そっとしておこう………」

 

 それを聞いて、悠はりせのことで尋ねると何故かことりたちが不機嫌になる理由を察してしまった。しかし、触れぬ神に祟りなし。追及すると色んな意味で危ない気がする。

 また、作戦のためとはいえ、ヘリコプターからリぺリング降下したり勝手に予定にもないライブを始めたりしてしまったため、事が済んだ後に、危ないやら怪我したらどうするのか、来るなら来るで事前にキチンと連絡しろなどと理事長の雛乃からお叱りを受けて、あまりの気迫に陽介たちのみならず一緒に居合わせた美鶴までも正座してしまったらしい。そして、雛乃から何らかの罰が下されたようだが、それは別の話である。

 

 

 だが、結論から言うと、このりせが考案した作戦は失敗に終わった。

 

 

 りせたちの代理ライブは一応成功したのだが、肝心の穂乃果たちはテレビの世界で数々の激闘を繰り広げて持てる力を使い果たしてしまったため、現実に戻ってきた途端、力尽きたように部室で眠ってしまったのだ。そのためμ‘sのライブを行うことは出来ず、そのまま学園祭は終了してしまった。それもそのはず。黒幕の佐々木竜次のみならず、穂乃果とことりの影までも相手したのだから、今まで以上に疲労が溜まったせいか、いつ倒れてもおかしくなかったのだ。

 

 

 この件について、悠は陽介たちだけでなく改めて穂乃果たちにお礼と共に謝罪の言葉を述べた。いくら自分を助けるためとはいえ、ラブライブ出場がかかっていた大事な学園祭のライブを捨てさせてしまったのだ。

 しかし、穂乃果たちはそんなことは気にしてないし、後悔などしていなかった。例えラブライブ出場がかかった大事なライブを捨てたとしてもと、一番大事な"仲間"を取り返すことができたのだから。それを聞いた悠は思わず再び頭を下げてありがとうと何度も言った。

 

 

 

 

 

『そう言えば、お前を誘拐したっていうその佐々木ってやつはどうなったんだよ。結局桐条さんのところに引き渡したんだろ?』

 

「ああ…実は………」

 

 

 陽介が今回の事件の黒幕である佐々木竜次のことを聞いてきたので、悠はその話について報告することにした。

 

 

 あの佐々木とのやり取りを終えた後、いつの間にか目の前に現れた皆月が佐々木を気絶させて、そのまま連行して現実へと連れて帰ってしまった。いずれ万全な状態で万全なおまえに仕返しをしてやるから覚悟しておけと悠に言い残して。その無粋な態度に穂乃果たちは憤慨したが、悠は思わずフッと笑みを浮かべていた。

 

 そして、佐々木の身柄はシャドウワーカーの元に引き渡され、部隊長の美鶴を主導に取り調べが行われたらしい。だが、直接取調べをした美鶴から話を聞いたところ、佐々木は奇妙なことを言いだしたらしい。その供述は以下の通り。

 

 

――――自分がμ‘sに恨みを持っていたのは確かで彼女たちを陥れようと画策したのは事実だが、"テレビの世界"や"サーカス"、"シャドウ"など身に覚えはない。それにあの学園祭の時に何をしていたのかと言われても、まるで頭に靄がかかったように思い出せない。

 

 

 つまり、佐々木はあの事件発生時前後における記憶がなくなっているということだった。

 

 

 

 

 

「何だよそれ……記憶がないって、何か信用できねえな。とぼけてるようにしか思えねえよ」

 

「ああ…………でも、俺もあいつのことに関しては少し引っかかってることがあるんだ」

 

 

 悠が引っかかってるのはあの悠を襲った交通事故を本当にあの佐々木が仕組んだものだったのかということだ。あの男の人だけで今回の計画を実行出来たのかというのもあるが、自分の記憶が正しければ、悠を襲ったあの赤コートの人物の声が佐々木のものとは違う気がするのだ。

 まあ、まだ取り調べは始まったばかりなので真相はこれから明らかになるだろう。今は美鶴からの連絡を待つしかない。今自分にできることは待つことだけだ。

 

 

 

 

 それと報告することがもう一つある。

 

 

「悠くん、これからは()()()()()()()()()

 

「えっ?……住む?……えっ?」

 

 

 南家で目が覚めて腕組する雛乃に慄いて正座してしまった時、悠は開口一番に雛乃にそう告げられた。

 

「今まで入院しようが部室で寝落ちしてようが悠くんのためだと思って、一人暮らしを黙認してきたけど、もう我慢の限界です。兄さんたちもまた海外出張が決まったって言ってたし、そんな状況で悠くんを一人にさせるのは見過ごせません!だから、今度からウチに住みなさい」

 

「えっ?」

 

 後から聞いたところ、どうやら本当に悠の両親はまた海外出張が決まったらしい。そこで、悠の両親の間でまた稲羽の堂島に悠を預けようかという話があったらしいが、それに雛乃が待ったをかけて、今度は自分の家で預かると言い出したのだとか。しかし、この提案に悠の父は何故かやめておけと渋ったらしいが、それでも引き下がらない雛乃は懸命な説得とありとあらゆる手を使って最終的にOKということになったらしい。

 

 

 

『それでお前、今度から雛乃さんのところに世話になることになってことか?』

 

「ああ……別に一人暮らしは苦痛じゃないし、逆に叔母さんに迷惑かけるんじゃないかって言ったんだけどな………というか、もう引っ越しが済んだ後で俺の部屋が出来てた」

 

『……………………』

 

 しかし、今回の一件は雛乃が悠を自宅へと同居させることを決意させるのに十分過ぎた案件だったようだ。今からそちらに引っ越しというのも迷惑なのではないかと思ったが、雛乃自身はそう思っていないらしい。むしろ、やっと悠と本格的に共同生活ができると喜んでいた。もちろんことりも同意見で、そんな2人の反応を見ると、何故かこそばゆく感じて断る方が悪い様に思ってしまった。

 

『でも、いいじゃねえか。雛乃さんもお前のことが心配で言ってくれたんだろ?堂島さんといい雛乃さんといい、お前は恵まれてるよ』

 

「………そうだな」

 

 陽介の言う通り、雛乃の提案にどこか嬉しいと思っている自分がいる。

 正直これから本格的に受験モードに入っていく生活を一人でこなすのは正直厳しいと思っていた。その度にことりと雛乃に鳴上家に来てもらうのは悪いと思っていたし、それに……仕事に追われて両親が家にいることが少なかった環境で育った悠にとって、帰ったら温かく迎えてくれる家族がいる家庭というものを心から望んでいたのだから。

 

『てか、何でお前の親父さんは雛乃さんにお前を預けるのを渋ったんだ?今更だけど、去年お前を預けるのだって雛乃さんのところでも良かったはずだろ?』

 

「なんか……俺を叔母さんの元に置いておくと危ないからって父さんが言ってたけど………」

 

『はあ?…』

 

 後にネコさんから聞くことになるのだが、悠の父が雛乃の元に悠を預けることを避けたのはどうやらネコさんたちの学生時代に起こったことが原因らしい。しかし、いったい何があったのかを聞くと、父がどこか遠い目をし始めたので、そっとしておいた。

 

 

 

 

 

『まっ、学園祭のことは残念だったけど……お前が無事でよかったぜ。あとで、みんなに電話しとけよ。里中や完二だって、お前のこと心配してたんだからな』

 

「そうする」

 

『ていうか、今度こっちに帰ってくんだろ?もうすぐ夏休みだし』

 

 しばらく重たい話が続いたのを気遣ったのか、陽介が流れるように話題を変えてくれた。そう言えば、そろそろ夏休みだ。GWで約束した通り、今年も稲羽で夏休みを過ごす予定だったのを思い出す。

 

「ああ……もちろん穂乃果たちも一緒だ。今度は陽介や里中、菜々子たちと一緒に海に行きたいってさ」

 

『よっしゃあっ!今度の夏は刺激的な夏になりそうだな、相棒』

 

「確かに」

 

 陽介の言葉に悠は躊躇なく同意した。去年は特捜隊メンバーと共に楽しく過ごした夏だったが、今年はそれに加えて直斗に穂乃果たちμ‘s、そして一緒に過ごしたいと美鶴にお願いしているラビリスや風花もいる。これは以前よりも華やかな夏になるに違いない。夏休みはもう少し先だが、悠の心は陽介よ同じく色んな意味でワクワクしていた。

 

『やっぱ夏と言えば、海と祭りと花火は欠かせないよな。こっちで里中やクマ公たちと一緒に計画練ってるから、楽しみにしてくれよな、相棒』

 

「ああ、任せたぞ、相棒」

 

『おうっ!じゃあ、()()()()()()()。それじゃ』

 

 陽介との通話を切ったあと、悠はぼうっと青い空を眺めていた。

 一先ず、学園祭を舞台に佐々木竜次を中心に起こった事件は幕を閉じた。まだ多くの謎が残ったままだが、今は考えるのはよそう。久しぶりに相棒と会話したせいか、どこか心地良くなった悠はふと瞼を閉じて眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああっ!!悠さん、こんなところにいたっ!!」

 

 

 

 屋上のドアがバンっと開いた音がしたので、悠の意識が突然覚醒した。見てみると、ドアのところにいたのは穂乃果だった。何故か学園祭ライブで着る予定だった衣装を着ているし、心なしかどこか膨れっ面をしてる。

 

「あれ?穂乃果か。どうしたんだ?」

 

「どうしたんだ………じゃないよっ!もうすぐ始まるよっ!!」

 

「えっ……あっ」

 

 すっかり忘れていた。そう言えば今日は午後からアレがあるのだった。陽介との通話で忘れていた。携帯を確認すると、知らぬ間にμ‘sメンバー全員からの着信があった。特に希からの着信が多い。まずい、この調子だと希はかなり怒っていることだろうから、またネッチョリを食らうことになる。悠は思わず空を仰いでしまった。

 

「まずい……希に叱られる………何か機嫌を取る方法を考えないと……」

 

「むう………もうっ!早く行くよっ!!早くしないと海未ちゃんと希ちゃんに怒られちゃうから!」

 

「お、おい…」

 

 穂乃果は更に膨れっ面になってそう言うと、悠の手を引っ張って屋上から連れだした。穂乃果が強引なのはいつものことだが、どうも様子が以前と違って見える。心なしか、悠が希のことを口にした途端に不機嫌になったように感じたのだが、気のせいだろうかと悠は引っ張られながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上を出て階段を駆け下りて中庭へ。穂乃果に引っ張られてどんどん校内を駆け抜けていく。急がないと遅れてしまう。すると、ふと穂乃果が足を止めた。どうしたのだろうかと思っていると、穂乃果は悠の方を振り返ってこんなことを言ってきた。

 

 

「ありがとう、悠さん。穂乃果たちと出会ってくれて」

 

 

 思いがけない言葉を掛けられて、悠は呆気に取られてしまった。ポカンとする悠を見て、穂乃果は焦ってすぐに言葉を続けた。

 

「この間の事件で、あの佐々木って人を見て思ったの。もし悠さんに出会ってなかったら、私もああなってたのかなって………私だけじゃなくて、海未ちゃんやことりちゃん、花陽ちゃんに凛ちゃん、真姫ちゃんやにこちゃん、絵里ちゃんと希ちゃんも…………だから、本当にありがとう。今日…こうしていられるのだって………」

 

 良い言葉が思いつかないのか、何とか言葉を紡ごうとする穂乃果。悠はそんな穂乃果の様子に肩を竦めると、穂乃果の頭をポンと撫でた。

 

「えっ?………悠さん?」

 

「穂乃果、俺こそ穂乃果たちに出会って良かったと思ってる。穂乃果たちがいなかったら、今ここに俺はいなかったかもしれない。それに、もし穂乃果に会っていなかったら、俺は稲羽でしか居場所がないやつになっていたかもしれない。だから、俺からも言わせてくれ」

 

 悠はそう言うと、穂乃果の頭から手をどけて、真っすぐに穂乃果の目を見据えた。

 

 

 

「ありがとう、穂乃果。俺と出会ってくれて」

 

 

 

「悠さん……」

 

 悠からそんな言葉を掛けられた穂乃果の顔が真っ赤に染まった。

 

「さあ行こう。早くいかないとみんなに怒られるからな」

 

「………もうっ!怒られたら悠さんのせいだからね!」

 

「はは、そうだったな」

 

 そんな軽口を叩きながら再び走りだす悠と穂乃果。悠の背中を追いながら穂乃果は気付かれないように頬を赤らめながらふと呟いた。

 

 

 

「………きだよ。悠さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づけばすでに2人は"講堂"と書かれてある建物の前に立っていた。2人は顔を合わせて頷きあうと、一緒に講堂の扉を開ける。

 

 

 

 

 

 

ワアアアアアアアアアアァァァ!!

 

 

 

 

 

 

 講堂に入ると、そこにはたくさんの生徒で溢れかえっていた。そして、ドアから悠と穂乃果が登場したのを見て、歓声を上げる。そう、今日はあの事件で行えなかった学園祭ライブを行う日なのだ。何故こうなったのかと言うと、それは陽介たち代理ライブ終了間際のこと。

 

 あの学園祭ライブの終了前に、司会をしていたエリザベスが観客に向かって数日後にまたライブをやると勝手に告知したらしい。部外者が勝手に言い出したこととはいえ、既に不特定多数の耳に入ってしまったのでは無下にすることは出来ない上、とある事情でライブが出来なかった悠たちのためならばと、講堂の使用が許可され、ライブを開催することが出来た訳だ。

 

 これに対してエリザベス曰く、"言ってしまえばこっちのもの。これぞまさに既成事実でございます"とのこと。表現が色々と問題アリだが、この際そっとしておこう。彼女のお陰でまたライブを行うことが出来たのだから。まさか、学園祭ライブを行えなかった自分たちに今日こんなにたくさんの人が来てくれるとは思わなかった。これはりせたちの代理ライブのお陰だろう。

 

 それにしても…こうしてみるとファーストライブのことを思い出す。あの時は3人しかいなかった講堂だったが、今はこうして満員で自分たちのパフォーマンスを心待ちにしている。それが感慨深く感じたのか、穂乃果はうっすらと目に涙を浮かべて、悠はフッと口角を上げた。

 

 

 誰かが言っていた。"奇跡は起こるのではない、起こすからこそ奇跡"なのだと。今まさに、自分たちはその奇跡を目撃しているのかもしれない。しかし、それは偶々起こったものなのではない。穂乃果の純粋な想いを始まりとして陽介とりせたちが繋いだ……特捜隊&μ‘sのみんなで起こした奇跡だ。

 

 

「お~いっ!穂乃果ちゃ~ん!お兄ちゃ~ん!!」

 

 

 自分たちを呼ぶ声がしたので見てみると、ステージでは自分たちに手を振ってスタンバイしていることりたちの姿があった。みんな穂乃果と同じく学園祭ライブの衣装を身に着けている。

 

 

「早くして下さい!皆さん待ってたんですよ!」

 

「もう!来るのが遅すぎますよ!」

 

「やっと来たにゃ~!」

 

「全く……悠さんったら………」

 

「ちゃっちゃとしなさいよ!」

 

「悠!遅刻したことについては後でお説教よ!」

 

「穂乃果ちゃんも一緒やで~」

 

 

 他のメンバーも自分たちを呼んでいる。どうやら皆も悠の到着を待っていたようだ。後でこっぴどく叱られそうだが、そんなことは気にしないでおこう。

 

「穂乃果、行くか」

 

 隣で涙ぐむ穂乃果に声を掛けると、穂乃果は頷きながら涙を拭く。そして、

 

 

 

「うん!行こうっ!悠さん!!」

 

「ああ、ショータイムだっ!!」

 

 

 

 悠と穂乃果はそう言うと、共にステージに向かって駆け出した。そしてその日、音ノ木坂学院の講堂にてライブが終わるまで歓声が鳴り止むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<???>

 

 

「…………あ~あ、久しぶりにウニかウナギが食べたいなぁ……出所したら高級なやつを奢ってくれるように悠くんに言質取っとくんだったなぁ…………まあ出所できるかなんて分からないけど」

 

 

 拘置場のかび臭い畳に四肢を投げ出し、足立透はそんなことを呟いて大きな欠伸をした。自分の起訴がようやく決まり、面倒なことが終わったという解放感と先日の夢で起こったかのような一件を終わらせた達成感を嚙みしめているのだ。

 

 

 昨年自分は自分で課したゲームに負けた。

 クソみたいな世の中に耐えていた自分に突然与えられた”特別な力”……それがゲームの始まりだった。つまらない仕事、腐り切った社会。それらを全部ぶっ壊せば自分の望む世界が創れる。あの皆月少年みたいなことを考えていて、空っぽの心を満たすかのように夢中でゲームを楽しんだ。

 

 しかし、あの去年の冬の日、鳴上悠率いる特捜隊に全てを暴かれて抵抗した挙句に敗北。ゲームオーバー。その後に自分に残されたのは"確かな体験"と"現実のルール"だった。

 

 "現実のルール"……当然ゲームにはルールがあり、自分は"犯した罪を償う"というそのルールに従って警察に捕まった。だから、あのGWの事件でそのルールを壊されそうになった故に、不本意ながらも自分はあの忌々しい特捜隊に協力した。こんな自分でもその"ルール"を壊されるのは矜持が許さなかった。ただそれだけだった。

 

 

 それにしてもここまで長かったと足立は思った。GWでの尋問の最中にあのP-1Grand Prixに巻き込まれたお陰で留置場内で謎の大怪我を負ったことになり、厄介な精神鑑定などで長かった拘束期間が更に延長してしまった。思い返すとうんざりしてしまうが、今の足立の頭の中でモヤモヤしているのは別のことにあった。

 

 

「本気で人を好きになったことがあるのか……か。そんなの……」

 

 

 そう、先の戦いであのことりという少女に聞かれた【本気で人を好きになったことがあるのか?】という問いについてだ。

 

 正直バカらしいことだと思った。学生時代は親が厳しく勉強しかさせてもらえなかったため、好きな人はおろか、あの特捜隊の少年少女たちのように一緒に遊びに行くような友人などいなかった。元から1人でいるのが好きな性分だったし、それを寂しいなどとは思わなかった。

 

 しかし、あの少女からそう聞かれた時、自分はNOと言い切れなかった。あれは一体何故だろうか。それがどうも引っかかっているのだ。思考の海に入ろうかと思っていると遮るかのように足音が聞こえてきた。

 

 

「おい、面会だ」

 

「ええっ!!絶対堂島さんでしょ……」

 

 

 現れた刑務官から告げられたことに足立はそんな声を上げてしまった。"面会"と聞いてすぐにあの人物………元上司の堂島遼太郎が会いに来たのだと悟ったのだ。

 この前本人から『近いうちに会いに行く』という手紙が届いたときからこうなることは察していたが、それにしては早過ぎる。まるで堂島に拘留所で待ち構えられてまんまと捕まった気分になり、足立はうんざりだと言わんばかりに溜息を吐いた。

 

「今更会ってどうするんだよ……モノ好きだよね、あの人も」

 

 あの事件で堂島との関係は終わったと思っていたのに、何故こうして会いに来たのか。犯罪を起こした部下など会いたくないはずだろうに。聞けば堂島は犯罪者である自分をバカにした刑事にキレて掴みかかったとそうだが、全くもって物好きとしか思えない人だ。

 

「どうした?会うのか、会わんのか?」

 

「……………」

 

 どうせ拒否したって無駄だろう。何故なら、あの人の諦めの悪さとしつこさは誰よりも自分がよく知っているのだから。足立は重い腰を上げて立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう……お前、前より太ったんじゃないのか?」

 

「堂島さんのシゴキに比べたら塀の中の方がマシですから」

 

「なんだと、おい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりの再会でそんなやり取りをすると、不貞腐れたように目尻にしわを寄せて呆れたように元上司の堂島は笑った。それに釣られて元部下の自分も口角が上がってしまった。それがくすぐったくて堂島に気づかれないように俯いた。

 

 捨てた筈なのに捨てられない。切ったはずなのに切られてない。これだから人との繋がりは厄介だ。だが、その厄介なものに本当はどこか安心している自分が居る。

 

 

(ははは………あの子の質問……考える必要ないじゃない)

 

 

 あの子のように異性ではないけれど…自分はあの家族が好きだったのかもしれない。こんな自分を気にかけて受け入れてくれたこの人やあの子を。それ故に割り込んできた彼のことを良く思っていなかったのだろう。でも、あの少年のこともどこか信頼してしまう自分もいて憎むに憎み切れなかった。それだから、あの時に手を貸してしまったのだ。

 

 

(全く……やれやれだね)

 

 

 思わずそう呟いた独り言は夏の到来を知らせるかのように鳴く蝉の音に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

【μ`SIC START FOR THE TRUTH】

ーfinー




Next Chapter

















照りつける太陽
耳に響く蝉のざわめき
一年前とは違う活気あふれる商店街




そして、





「「「「お帰りっ!!」」」」」






自分を待ってくれた家族と仲間たち。






今年も…稲羽の夏がやってきた!!






特捜隊メンバーに加え、東京から訪れたμ‘sの少女たち。長い夏休みの中、彼ら彼女らに数々のイベントが巻き起こる。



「海だっ!!」

「ポロってる――――――っ!!」

「やろうぜ!密着計画のリベンジを!」

「100km行軍ですかっ!?」

「お兄ちゃんとりせちゃんがお忍びデートっ!?」

「なんじゃそりゃあぁぁぁぁぁっ!!」

「ぶ、物体X…………………」



騒がしくも楽しい日々が続く最中、新たな出会いが悠を待ち受ける。



「鳴上くんが知らない女の子と一緒にいる?」

「悠……モテすぎ…………」

「あ、あれって………」






そして、







「実は………みんなに話があるの」









りせから発せられる仲間たちへのお願い。それは特捜隊&μ‘sを次の戦いへ誘う啓示であった。









次章に繋がる物語。特捜隊&μ‘sたちの忘れられない夏が始まる。






PERSONA4 THE LOVELIVE 最新章

【Let`s summer vacation in Yasoinaba】

2018年11月末 スタート予定










and











修羅場、極まる。






【鳴上悠】と【雨宮蓮】が下した決断とは。






【PERSONAQ2 Anniversary】11/28結果発表。


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【Extra Episode】
Extra①「GW special sale」


閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

#27を執筆していたのですが、あまり筆が進まず、そのまま部活の一週間合宿に突入したので、#27は未完成です。代わりとしては8月最後に合宿所に行く道中に久しぶりに聞いた「ペルソナ4 THE ANIMATION」のドラマCDを聞いて思いついた番外編を投稿しました。

今回の話は、もしP-1グランプリが開催されなかったらというifの平和な話です。最近シリアスな話しか書いてないので、こういうほのぼのとしたコメディーを書きたかったと思ったのもありますが。合宿の合間を縫ってスマホを使って執筆したので、あまり出来が悪く不自然な点があると思いますが、読者の皆さまが楽しめてくだされば幸いです。

新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方・誤字脱字報告をしてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。

これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きますので、応援よろしくお願いします。

それでは、番外編をどうぞ!!



GW

 

日本中の誰しもが楽しみにしているであろう大型連休である。故郷である八十稲羽に後輩と叔母とで帰省して、かつての仲間たちと合流して楽しい休日になるはずだった。しかし、そんな大型連休の最中に悠たちは……

 

 

 

 

 

 

 

『ジュネスは毎日がお客様感謝デー!来て、見て、触れてください!エ~ブリディ♪ヤングラ~イフ♪ジュ・ネ・ス♪♪』

 

「いらっしゃいませ~!」

 

「今日はジュネスのGW特別セールでーす」

 

「今日の夕飯にステーキはいかがですか〜?」

 

「い、いかがですか……」

 

「海未ちゃん、声小さいよ」

 

「ううっ」

 

「何で私がこんなことを…イミワカンナイ」

 

「ほらほら、真姫ちゃんもファイトだよ!」

 

ジュネスでバイトに励んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

GWを利用して、仕事の雛乃と遊びに来た穂乃果たちと稲羽市に帰省した悠。帰ってきたら、再びマヨナカテレビが映ったということもなく、平和に稲羽での休日を過ごしていた。初日は直斗も含めた陽介たち【特捜隊】と穂乃果たち【μ‘s】との顔合わせ。ジュネスで自己紹介してり駄弁ったりして、仕事終わりの雛乃と絵里たちと共に、商店街や鮫川、高台など悠があの一年間で過ごした場所を巡った。道中、クマがことりや穂乃果たち【μ's】や絵里や希、あろうことか雛乃にもナンパして悠にこれでもかというくらい絞られたり、悠にやたらベタつくりせとことりが喧嘩を始めたり、海未が千枝の自己流カンフーに感化されて見よう見まねで陽介を吹っ飛ばしたりとなどと言った珍事件もあったが、みんなとても楽しそうだった。さて、明日は沖奈市にでも案内しようかと思っていた矢先……

 

 

「お願いします!!明日のバイト、手伝って下さい!!」

 

「クマ~~~!この通り!!」

 

 

惣菜大学で、陽介とクマからそう土下座された。話を聞いてみると、どうやら明日のジュネスのシフトがほとんど帰省や体調不良のため、人員が足りなくなったらしい。元々非番だった陽介やクマを入れても、足りないということだったので、こうやって悠たちに頭を下げているということだ。悠たち特捜隊メンバーは最初は渋い顔をしていたが、陽介とクマが哀れに思えたので、渋々ながらバイトの協力をOKした。りせは既に芸能界に復帰してる身なので、変装しなければならないが。すると、

 

 

「ねぇ陽介さん、穂乃果たちもお手伝いして良い?」

 

 

「「「え?」」」

 

突然穂乃果がそんなことを言ってきたので、一同は驚いた。

 

「陽介さんたちだけが大変なのは良くないし、穂乃果たちも陽介さんたちの仲間だからほっとけないなあって思って」

 

「そうですね。今日は花村先輩たちには色々とお世話になりましたから、それくらいはお礼しないといけませんね」

 

「ことりも賛成!お兄ちゃんと一緒に共同作業したーい」

 

他のメンバーも仕方ないと思いながらもバイトの協力をOKした。穂乃果からの優しい申し出に陽介は思わず感激して、涙してしまった。

 

「おおっ!穂乃果ちゃんたち……俺が知る女子たちにはあるまじき優しさが……ぐはっ!」

 

「優しくなくて悪かったなぁ!」

 

「花村くん、最低」

 

「花村先輩、さいってぇ!」

 

「花村先輩、最低です」

 

「ヨースケは相変わらず最低クマねぇ〜」

 

余計なことを言ってど突かれた陽介は放っておいて、穂乃果の発案で穂乃果たち【μ's】も明日ジュネスのバイトを手伝うことになった。本来、音乃木坂学院では生徒のバイトは校則でやむを得ない場合しか認められないが、実権者である雛乃は悠の友達が困っているからという理由で穂乃果たちのバイトを許可してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今に至るという訳である。

 

現在、悠は穂乃果と海未、真姫と直斗と一緒に食品売り場にて売り込みをしていた。穂乃果は家の手伝いをしているお陰か、結構売り込みは手慣れていた。だが、いつもしっかりしている海未や真姫、直斗はこういう体験があまりないので、悠や穂乃果に助けられながらも役割をこなしていった。

 

「ふぅ、接客業というのは中々慣れないものですね」

 

「直斗も大変だな」

 

「それにしても……あれはいつ終わるのかしら?」

 

「「ああ……」」

 

3人の視線の先にあるのは売り場の隅で陽介と海未に説教されている穂乃果とクマである。つい先ほど、この2人は試食コーナーでパートの叔母さんに懇願して、高級肉をつまみ食いしようとしていたのだ。そして颯爽と駆けつけた陽介と海未に鉄拳制裁を食らって説教されているのである。あの2人は食い気のところで何処か似ているところがあるようだ。

 

「穂乃果さん、クマくんの悪影響を受けなければ良いのですが……」

 

「……やはりあのクマは始末すべきか」

 

「そうね。私と鳴上さんで直に殺ったほうが……」

 

「2人とも、落ち着いて下さい」

 

今度は直斗が悠と真姫を落ち着かせる番になったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

〈屋上〉

 

食品売り場での一幕の後、悠は陽介と今日のセールを手伝いに来ている人たちに労いのジュースを配っていた。ちょうど悠も手が空いたので、陽介の手伝いをしているのだ。働いている人たちに労いのジュースを渡すとみんな感謝してくれたので、少し嬉しくなる。この案を出したのは陽介なので、人に頼られるのが好きになった陽介らしい案だと悠は思った。

 

そして、次の場所としてこの屋上へやってきた。ここの担当は完二にりせと凛、ことりと花陽だったはずだ。

 

「はーい、クマさんの着ぐるみショーはこちらですよ〜。みんな順番に列をつくって待っていてね。あっちでお姉さんたちが風船も配ってるから、欲しい人はお姉さんたちにお願いしてね」

 

「「「はーい!」」」

 

「席はこっちですにゃ〜!」

 

屋上ではクマさんの着ぐるみショーのステージがあるようで、花陽と凛が子供たちとコミュニケーションを取って並ばせていた。どうやら、花陽は子供好きらしく、うまく子供たちをたちを誘導している。それを見て、将来花陽は良い保母さんになると悠は直感した。まぁ今の彼女の目標は誰かさんのお嫁さんになることなのだが、その誰かさんは知らないようである。凛もうまく花陽のサポートが出来ている。その一方で

 

「はーい、ありがとう〜!あら?ことりちゃんは風船結構捌いたのね。まぁ私の方が量は少ないけど♪」

 

「ふふふ。りせさん、子供に懐かれるアピールは良いですから。そんなことでお兄ちゃんは振り向きませんよ♪」

 

「ふ〜ん………言うじゃない?まぁ去年私はずうっと悠先輩にべったりだったからぁ、貴女が私に勝てるとは思えないんだけどなぁ?ポッと出の自称妹のスクールアイドルに負けるはずないんだから」

 

「え〜?1年間休業してた人に言われたくありませんねぇ。それに、今お兄ちゃんと1番一緒に過ごしてるのはことりですから♪」

 

 

バチッ!

 

 

屋上ステージ付近では子供たちが見えないところで女の紛争が勃発していた。遠くからその様子を見ている悠と陽介でも、そこからすごく恐怖を感じるのに、近くいる完二は更に恐怖を感じているはずだ。

 

「お、おい。そろそろケンカやめねぇか?お前らだけ」

 

「「はあっ?」」

 

「すみません……」

 

中学時代に1人で暴走族を潰したという武勇伝を持つ完二を黙らせるアイドル2人。これ以上刺激すると、更に広範囲に被害が及びそうだ。

 

「なぁ…悠…………どうする?」

 

「そっとしておこう」

 

とばっちりを受けるのはごめんだったため、悠と陽介はこっそり打ちのめされた完二と一息ついていた花陽に4人分のジュースを渡して退散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈フードコート〉

 

続いてやってきたのはフードコート。ここは千枝と雪子、絵里と希の担当である。

 

「らっしゃいませー!ソフトクリーム、早いよ安いようまいよー!!」

 

「千枝、牛丼じゃないんだから……って絵里さん、ソフトクリーム作るの上手だね!」

 

「え?そ、そうかしら?」

 

「見せて見せて!ってすごっ!!めちゃくちゃ上手!!さっすがロシア育ち!」

 

「ろ、ロシアは関係ないんじゃないかしら……」

 

「関係ないよね」

 

フードコートでは雪子と千枝、そして絵里が売店でソフトクリームを捌いていた。こういうバイトは初めてだという絵里は中々良い働きをしており、雪子や千枝とも仲良くしているようである。その様子を見て、悠は安堵していた。学校では張り詰めて窮屈そうであった絵里がこうして千枝たちと馴染めてるところを見ると、どこか安心する自分がいあるのだ。

 

「おっ!こっちはうまくまわしてるようだな」

 

「ああ、天城や里中、絢瀬と東條がいるんだから大丈夫だ」

 

「陽介くーん!ちょっと良いかなぁ?」

 

すると、少し遠くからジュネスのエプロンをつけた男性が手を振って陽介に呼びかけた。

 

「あっ!はい。悪い、チーフに呼ばれたから少し外れるわ」

 

「嗚呼、行ってこい」

 

陽介は悠に返事をもらうと、大急ぎでチーフの元へと向かった。少し手持ち無沙汰になったので、悠は陽介が戻るまでフードコートを見渡すことにした。GWだというとこともあるだろうが、ここは田舎とは思えないほど賑わっている。去年ここで皆と捜査会議をしたり、駄弁ったり、テスト勉強したりしたのが昨日のことに思えるくらい懐かしいと悠は思った。すると、後ろから肩をチョンチョンと突かれたので振り返ってみると

 

「お疲れ様♪鳴上くん」

 

こちらに微笑みを向けているエプロン姿の希がいた。私服の上にエプロンをつけているその姿は何故か『お母さん』みたいだと思ったのは内緒である。

 

「東條か。お疲れ」

 

「うん!本当ここのお店は活気があってすごいなぁ。まるで一つのテーマパークみたいやわ」

 

「そ、そうか。菜々子も同じことを言ってたよ」

 

希がフードコートの賑わいを見てそんなことを言ってきた。こう菜々子と同じようなことを言われると、嬉しいが少しその仕草にドキッとしてしまうので困る。すこし互いに進捗状況を話して、悠は束の間の休息を取った。

 

「そういえば、鳴上くんは仕事上がったと?」

 

「いや、この後陽介と他の売り場にジュースを配って………タイムセールが待ってる…」

 

そう、この後去年の夏休みに悠を苦しめたタイムセールが待っているのだ。あの時のことを思い出すと、つい顔が青ざめてしまう。悠のその様子を見た希は少し心配になってしまった。

 

「ふ〜ん……あっ、ちょっと待ったって」

 

希は何か思いついたのか、自分の持ち場であるソフトクリーム売り場のほうへ戻っていった。すると、少し言い争ってる声が聞こえたが、希が手に何かを持ってこちらに戻ってきた。

 

「はい!元気のない鳴上くんにサービス♪希ちゃん特製バニラソフトクリームや♪♪ただし、お残しは許さへんよ♪」

 

希はウインクしてそう言うと、出来立てであるソフトクリームを悠に差し出した。

 

「あ、ありがとう」

 

悠は希の笑顔に照れながらもソフトクリームを受け取って口をつけた。ソフトクリームの先っぽがなくなっていたのは気にはなったが、とても美味しかった。あまりに美味しかったので、ものの数分で完食してしまった。それを見た希は口に手を当てて微笑みながらこんなことを言ってきた。

 

「お粗末様。それ、ウチの()()()()やけどな」

 

「なっ!」

 

それを聞いた悠は目を見開いて仰け反ってしまった。ソフトクリームの先っぽがなかったのがおかしいと思っていたが、まさか希が舐めていたとは思わなかった。

 

「ふふふ、間接キスやね♡それじゃっ!タイムセール頑張ってな」

 

希はしてやったりと言った表情を浮かべて、自分の持ち場に去っていった。突然の出来事に呆然としていると、チーフとの会話が終わったらしい陽介が帰ってきた。

 

「おお!お待たせ!って、悠?どうした?顔が赤くなってんぞ」

 

「え?」

 

どうやら希の策略とは言え、希にと間接キスしたことに顔が赤くなっていたようだ。陽介に熱でもあるのかと心配されたが、大丈夫だと誤魔化しておいた。しかし、こんなことを希にされたことは今回が初めてのように感じなかったのは気のせいだろうか?そんな疑問を抱えつつ、悠は陽介と共に別の場所へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は過ぎて、ついに悪夢のタイムセールの時間がやってきた。

 

「良いか!野郎共!!セール中の買い物客を甘く見るな!!」

 

「「「サー!イエッサー!!」」」

 

「「い、イエッサー?」」

 

タイムセール部隊に選ばれたのは特捜隊男子メンバーと手の空いていた穂乃果と凛、にこの7名だった。穂乃果たちは悠たちの軍隊のノリに困惑している。

 

「何でそんな大袈裟なのよ。たかがタイムセールでしょ?」

 

「おい!矢澤二等兵!!ここのセール中の買い物客を舐めるんじゃない!!」

 

「誰が二等兵よ!!」

 

陽介はこのタイムセールを甘く見ているにこに注意を促す。にこは二等兵という単語が気に食わなかったので噛み付いたが、陽介は気にせずに話を進めた。

 

「作戦は先ほど言った通りだ!クマと完二、穂乃果ちゃんと凛ちゃんは前衛でお客様の誘導係、俺と悠と矢澤が後方で商品補充を担当する。俺の放送と同時に奴らは一気に押し寄せてくるぞ!準備…いいや、覚悟は良いな!」

 

「「「サー!イエッサー!!」」」

 

「「「イ、イエッサー!!」」」

 

「行くぞ!」

 

陽介は隊員全員の準備を確認すると、放送用のマイクにスイッチを入れた。

 

『お買い物をお楽しみの皆さまにジュネスGW特別タイムセールのお知らせです。ただいまより特売コーナーにて、特製和牛ステーキが最大6割引!高級お刺身盛り合わせがなんと500円!お野菜詰め放題100円ボッキリ!超お買い得ですから、どうぞお見逃しなく!ただいまより、タイムセールの開催です!!』

 

 

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドッ

 

「な、何の音だにゃ!店内に地響きが」

 

「来るぞ!奴らだ!!全員衝撃に備えろ!!」

 

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドッ

「「「タイムセールはどこーーーーーーーー!!」」」

 

 

「「「「うわああああ!」」」」

 

地響きとともに数多くの主婦たちが売り場に突進してきた。あまりの勢いに、穂乃果たちどころか一度体験したことがある悠たちまでその勢いに飲まれそうになる。

 

「タイムセールどこーー!?」

 

「は、はい!こちらです!!うおっ」

 

「うっ……押さないでくださいにゃ………」

 

誘導係の完二や凛たちがどう言っても、主婦たちは聞き入れようとはせず、ただ己が求める商品を奪い取ろうと皆を押しのけて進軍してきた。

 

「肉っ!肉は!?」

 

「は、はいー!ありがとうございます!」

 

「こっちにも一つ頂戴!これとこれとこれ!!」

 

「ちょっ!これもうパニックじゃない!!」

 

売り場は陽介とにこが必死に商品を捌くが、主婦の数が多すぎて捌ききれなくなっている。悠と穂乃果が無くなった商品を補充しようとするが、主婦たちの進軍に巻き込まれては十分に補充が出来なくなっている。

 

「せ、先輩……怖いよ〜〜ー!」

 

穂乃果のみならず、このタイムセールのバイトに参加した皆はあまりの主婦の数とその商品を求める狂気に慄いている。軽々しくタイムセールの売り場を手伝うことと言ったことを今更後悔しているようだ。それにもう既に売り場が殺伐としてきている。セールと言う言葉に主婦は皆狂戦士になると聞いたことがあるが、まさにその通りだ。

 

「くそっ!このままじゃ……」

 

このままでは売り場が持たない。何か起死回生の策を打たなくては……

 

 

 

「みんな!諦めちゃだめクマ!!ここで、戦力分散作戦クマよーーー!」

 

 

 

クマはそう言うと、別の売り場で別のセールの商品を並べていた。戦力分散とはそう言うことか。

 

 

「ねぇ、そこのお姉さんたち!こっちの和牛ステーキの方がお得だよ。是非とも貴女に買って欲しいんだ。とっても美味しいから」

 

 

「「「「「!!!」」」」」

 

クマお得意の主婦受けボイスとタラシスキルが功を制し、大方のが主婦(狂戦士)クマの方に気を向けた。これで主婦(狂戦士)たちの数は分散するはず。と、思ったが

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドッ

「あっちよ!あっちの方がお安いわ!!」

「私が先よー!!」

 

 

ぐぎゃあああああああああああ!!クマぁぁぁぁぁぁ!!

 

分散したのは良いが、逆に勢いづいた主婦の勢いに飲まれてしまい、クマは明後日の方向に吹き飛ばされて星になった。

 

「「クマ(さーん)ーーーーーーー!!」」

 

悠と穂乃果は思わず星になったクマの名を叫んでしまう。すると、

 

「くそっ、こうなったら、俺がクマの仇を取らせてもらうぜ」

 

完二は散っていったクマの仇を取るために、自ら狂戦士が蔓延る最前線に飛び込んでいった。

 

「オラオラオラァ!!タイムセールは順番に!列を作ってお待ち下さーい!!」

 

完二は己が壁になって主婦(狂戦士)たちの行く手を阻む装甲板作戦を実行した。体格のいい完二なら大丈夫かと思ったが

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドッ

「安い!全部お安いわ!!」

 

 

それだけで主婦(狂戦士)の勢いが止まる訳がなかった。

 

「だ、ダメだ……またしても、人の波に…呑み込まれて!うおおおおおおおお!!

 

「か、完二さん!今助けにって、にゃああああああああ!!

 

主婦(狂戦士)たちを止められるはずはなく、完二は狂戦士の波に飲まれて下敷きになってしまった。凛も完二を助けに行こうとしたが、人の波に巻き込まれてしまった。

 

完二ーーーー!!凛ーーーーー!

 

 

「も、もうやってられないわ。巻き込まれる前に私は退散よ!…ってきゃあああああああああ!!

 

 

巻き込まれる前に自分だけ逃げようとしたにこは、逃げた先の主婦たちの進軍に巻き込まれて、己も波に飲まれてしまった。神は脱走兵を見逃さなかった。

 

「「矢澤(にこ先輩)ーーーーー!!」」

 

「くそっ!完二にクマ、凛ちゃんに矢澤まで………悠!こうなったら、穂乃果ちゃんを逃して、俺たちだけでこのタイムセールを乗り切るしかない!!」

 

陽介は隊員の大半を失った今の状況でも決して諦めようとはしなかった。それはそれで立派な姿勢というものだが、

 

「いや!ここは勇気ある撤退を!!」

 

「な、何っ!!お前はまた、俺に同じ決断をさせようとするのか!!」

 

悠からの撤退懇願に陽介は激昂してしまう。しかし、悠は落ち着いて理由を説明した。

 

「見ろ、この惨状を…主婦(狂戦士)が蔓延る戦場に散っていった仲間たち。一言で言うなら、jeunesse(ジュネス)じゃなく、CHAOS(カオス)!!」

 

「誰が上手いこと言えと言った!」

 

「俺はこれ以上、大事な仲間を失いたくないし、ことりと菜々子を悲しませたくないんだ!」

 

「!!っ」

 

悠の切実な発言に陽介は思わず苦虫を潰したような表情になった。

 

「曹長!ご決断を!」

 

「陽介さ…じゃなくて曹長!!」

 

悠と穂乃果は陽介に撤退をと頭を下げた。果たして陽介(曹長)の決断は!?

 

 

「くっ………撤退だ!!即時撤退!!

 

 

「「「サー…イエッサー!!」」」

 

悠たちは陽介の号令で散っていった仲間を回収しながら持ち場を撤退していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうしてジュネスはセール終了の時間となり、お客はみんな満足げな様子で帰っていった。だが、

 

「もう、二度とやりたくないよぉ………」

 

「負けた……またしても完全に負けた…………」

 

「クワバラ…クワバラ……」

 

「んにゃ〜…………」

 

タイムセールで酷い目にあった一同はフードコートでくたばっていた。その様子を見た他のメンバーたちはぎょっとする。

 

「ま、まぁ。タイムセールとしては成功だったということで」

 

「「「んな訳あるかぁ!!」」」

 

「ですよね………」

 

陽介は後日、バイトに協力してもらったお礼として穂乃果たちにめいいっぱい奢って財布が空になったのは別の話である。

 

 

 

 

「あら?悠くんたち、どうしたの?」

 

すると、両手いっぱいにジュネスの買い物袋を持った雛乃が悠たちの元にやってきた。

 

「お、叔母さん……その袋は?」

 

「え?さっきタイムセールがあってたから、つい買いすぎちゃったの。やっぱり私も一児、いや二児の母だからセールに弱いのよねぇ。今日の夕飯はこれで悠くんに何か作ってもらおうかと思ったけど、ダメかしら?」

 

「「「…………」」」

 

あの戦場を潜り抜けて其れだけの買い物をしたとは……恐るべし。勿論その量ならばここにいる全員分の料理を作れるので問題ない。久しぶりに腕を振るって、菜々子やことり、雛乃やみんなの笑顔で癒されよう。そう思った時だった。

 

「でも鳴上くん、疲れてるから代わりにあたしらが作ろうか?

 

「そうだね、そうし」

 

 

「「「ちょっと待てぇぇぇぇ!!!」」」

 

 

自分たちが料理を作ろうかと雪子たちの悪魔の申し出。悠たち特捜隊男子がそうはさせまいと全力で異議を唱えた。

 

「な、何であんたら、あたしらを指差してんのさ!」

 

「うっせぇー!!お前らの生物兵器に匹敵する"物体X"を雛乃さんや穂乃果ちゃんたちに食わせられっか!!」

 

「せ、生物兵器って……そんな言い方ないっしょ!!」

 

「そうだよ!去年のアレはちょっと失敗しただけよ」

 

「あの林間学校でのカレーや夏休みのオムライスを作っておいて、よくそんなことが言えるな……」

 

「ともかく絶対ダメっす!更なる被害が出るっスから!」

 

「被害って何よ!」

 

こんな調子でどんどん言い争いが激しくなっていく。いくら何でも絶対にこの必殺料理人たちに台所に立たせるわけにはいかない。

 

「ぶ、物体Xって何だろう?」

 

「さぁ?」

 

去年の林間学校や夏休みに居なかった直斗や穂乃果たちは何のことかは分からなかったが、悠たちの慌て様からして雪子たちの手料理で痛い目にあったことは痛感した。そんな中、それ以上の爆弾を投下する者が現れた。

 

「希?どうかしたの?何かいつもより上機嫌なんだけど」

 

絵里が希がいつも以上に機嫌が良いのを見てそう聞いてきた。すると、希はわざとらしく口元に手を当ててこう言った。

 

 

「いや〜、さっき鳴上くんがウチにキスしてくれたからなぁ♡」

 

 

「「「何にいいいいいいい!!」」」

 

希の衝撃な一言でみんな絶叫し、悠に詰め寄ってきた。

 

「お、おい!悠!!お前は俺が目を離してる隙にそんなことしてたのかぁ!!」

 

「ちょっと先輩!!どういうこと!!あんな胸の大きい人と……そういうことだったの!?」

 

「ど、どういうこと?」

 

「そういうこと!!とぼけないで!!」

 

そういうことと言っても悠は思った。キスと言っても間接キスなのだが、それを言ったところでこの状況を収拾できないだろう。この状況はまずい。

 

「ふ、副会長とせ、接吻だなんて………破廉恥です!!」

 

「な、鳴上先輩…やっぱり副会長さんと………あふっ」

 

「かよちーーーーん!!しっかりするにゃーーー!」

 

「鳴上ーーー!希に手を出したってどういうことよー!」

 

仲間の反応に悠は慄いていた。嫉妬に燃える陽介とりせの怒り方が半端ではないし、海未は顔を真っ赤にして、花陽はショックのあまりに失神してしまった。

 

「流石センパイっす!!どういう風にやったんすか!?」

 

「お〜流石クマのセンセイクマー!」

 

悠を尊敬しすぎて別のベクトルに走ってる者も数名。真姫は言葉にはしてないが、凄く不機嫌そうに悠を睨みつけてる。穂乃果と雪子、千枝はどうして良いか分からず、ただ呆然としていた。直斗はやはりそうだったのかと納得した表情をしている。そして、

 

「ひぐっ……ひぐっ……ひどいよ、お兄ちゃん……ことりには……まだキスしてくれてないのに……う、うええん………」

 

「こ、ことりちゃん!泣かないで〜!」

 

「あらあら、悠くんと東條さんがそんな関係に……」

 

ことりに関しては手で顔を覆って、穂乃果にあやされながら泣いている。目から大粒の涙が溢れているので、悠はそれを見てうっとなる。雛乃は笑顔のままだが、逆にそれが怖い。このままでは何をされるか分かったものじゃないので、悠は説得を試みる。

 

「お、落ち着け!あれはただの間接……」

 

「え……酷いわ鳴上くん……ウチ初めてやったのに……」

 

希が更に煽るように悲しげな表情をして誤解を招くようなことを宣ったので、悠に対するりせやことりたちの殺気が更に倍増した。悠の冷や汗が止まらない。何とか誰かに助けを乞おうと周りを見渡すが

 

……お兄ちゃん?今日という日は身体に教えないとだめかなぁ?

 

鳴上くん?どういうことなのか説明してもらおうかしら?

 

さっきまで泣いていたことりどころか唯一の希望であった絵里まで何故か笑顔なのに、目のハイライトが消えていて、ただならぬ凄みを増して悠に詰め寄ってきた。悠は完全に逃げ場を失った。みんなから冷たい視線を受けているこの状況は最悪だ。ここは……

 

 

「やむ負えん………撤退だ!!

 

 

悠は皆に背を向けて、ジュネスから逃げ出そうと撤退した。

 

「逃すかぁ!!全員であいつを捕まえろ!」

 

「「「サー!イエッサー!!」」」

 

「待てー!鳴上センパーイ!!」

 

「かよちんを泣かせたからには許さないにゃー!!」

 

陽介の指示の下に怒りを抱いた者たちが一斉に悠を追いかけた。こうしてジュネスの店内で鬼ごっこが開始された。その様子を雪子と千枝、直斗はやれやれと肩を竦めて、雛乃は微笑んでその成り行きを見守っていた。

 

騒がしい1日であったが、GWはまだ始まったばかりである。

 

 

ーExtra① END




如何だったでしょうか?

次は9/5頃に#27を投稿します。


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Extra②「Happy New Year!」

明けましておめでとうございます。ぺるクマ!です。

皆さまはどのような年末年始をお過ごしでしょうか?自分は年末は京都や東京などあちこち歩きまわって、人酔いしてもうクタクタです。でも、大晦日のFateの特番や正月のウルトラマンDASHなど面白い番組がたくさん見たので、それなりに正月を過ごしています。今年は去年よりもいい年になるように、願うばかりです。


さて、今回は番外編で正月の話です。先日のアンケートで正月ネタが良いと言う方が多かったので、正月のお話を執筆してみました。年末に旅行に行っている時や、親戚の家で年を越した際に執筆したのですが、途中苦労して考えた部分が吹っ飛んで失望しかけたこともありましたが、何とか書き上げました。

この番外編は今の本編での状態をそのまま持ち込んだ形になっておりますので、この正月の話は本編とは別物と考えてください。本編でも正月の話はちゃんと執筆したいと思っていますので。ただ、この先書こうと思っている内容についてもちょろっと出しているところもありますが……それを含めて楽しんで頂けたら、幸いです。


長い前書きになってしまいましたが、おまたせしました。それでは、番外編ではありますが、悠たちの正月をお楽しみください。


<???>

 

 

 

 

 

「…………………」

 

目を覚ますと、悠はどこか知らない場所の椅子に座っていた。周りを見渡すと、そこはどこかの学校の職員室に見えた。小さい学校なのか、普通の学校よりも小さい。悠が座っていたのもその一つの小さい職員用机だった。一体どういうことだろうと思ってると、目の前には蓋の空いた弁当が一つ置いてあった。箱の半分を占めている白米と美味しそうに彩られたおかずたち。それを見ると自然と空腹を感じたので、不思議に思いつつも悠はその弁当のおかずを一つ箸で掴んで口に含んだ。

 

 

(この味は………もしかして……)

 

 

悠がその味に心当たりを感じたその時、

 

 

 

 

 

 

「鳴上先生―――!!」

 

 

 

 

 

 

職員室のドアが勢いよく開かれ、元気な声と共に一人の少女が入ってきた。その少女はどこかの学校のものであろうセーラー服を身に着けたオレンジ髪の少女。その少女を見て、悠はぎょっとなった。

 

「ほ、穂乃果?」

 

「ホノカ?違うよ!私は千歌だよ!」

 

「ち、千歌?」

 

よく見れば、その少女は穂乃果と同じサイドポニーではなくショートであった。髪が穂乃果と同じオレンジ色なので、間違えてしまったらしい。しかし、一体この少女は何者なのか?すると、千歌と名乗った少女は何か不思議に思ったのか、悠に顔を覗き込むように近づける。

 

「もう!先生、本当にどうしたの?それにホノカって誰?もしかして、先生……昔の夢でも見てたの?」

 

「え?」

 

「それより先生、遅いよ!お昼から練習って言ってたでしょ!みんな待ってるんだよ!」

 

「お、おい!」

 

千歌という少女はそう言うと、悠の手を引っ張って悠を職員室から引きずり出した。全く訳が分からずにどこかに連れて行かれる悠。階段を上る最中、己の恰好を見ると、自分は私服でも八高の学ランでも音ノ木坂のブレザーでもない、学校の先生が着ているようなスーツだった。どういうことだと思っていると、

 

 

「みんなー!鳴上先生を連れてきたよ!」

 

 

どうやら目的の場所に着いたらしい。見るとそこは屋上で、心地よい風とと共に千歌の他に8人くらいの少女が待っていた。

 

「ああっ!やっと来たぁ!」

「先生遅いずらよ!」

「先生……」

「まあまあ、センセイも何か事情があったんじゃない?」

「確かに…いつも時間に忠実な先生が遅れるなんて、ありえませんわ」

「こういうこともあるよってことだね」

「ふっ……我がヨハネの主にもそういうことはあるわ」

「とりあえず、先生ヨーソロー!」

 

「えっ?」

 

彼女たちの言葉に悠はさらに困惑する。それに彼女たちは一体……。大人しそうな子やどこかの方言を使う子、長いポニーテールの子や何だか訳の分からないことを言っている子など、色々な意味で個性豊かだ。どうなっているんだと頭を抱えようとすると、

 

 

「チャオ!鳴上先生!」

 

 

「うおっ!」

 

すると、背後に金髪の少女がまわっていた。いきなり背後から現れたので、悠はびっくりしてしまう。

 

「おや?…先生は今日は元気がないようですね。それじゃあ、このマリーがハグで先生を元気にしちゃいま~す!」

 

マリーと名乗ったその少女は両手を大きく広げて、悠に抱き着こうとする。まだ混乱したままの悠は動けずにハグされそうになったが、その寸前に黒髪の少女とポニーテールの少女がマリーと言う少女を羽交い絞めにして引き離した。

 

「ちょっと鞠莉さん!それはダメですわ!」

 

「そうだよ!前にそんなことやって、先生の奥さんにこっぴどく怒られたの忘れたの!?」

 

「Oh!そうでした……でも、それでも燃えるのが乙女というものデ~ス」

 

マリーと呼ばれた少女は一瞬しょんぼりしたものの、すぐにあっけらかんと反省する気0という感じでそう言った。悠は助かったと思った同時に、彼女たちの発言にある疑問を感じた。

 

 

(俺に奥さん?……まさか、さっきの弁当の味は………)

 

 

先ほど職員室らしき場所で味わった弁当はある人物の懐かしい味がした。そのことから推測するに自分は……

 

 

「それじゃあ、今日も練習頑張ろう!鳴上先生、今日もよろしくね!」

 

 

「「「よろしくお願いします!鳴上先生!!」」」

 

 

彼女たちはそう言うと、悠にしっかりとお辞儀をした。練習とは一体なんなのか?それに、自分は一体ここで何をしているのか?それに疑問を感じさせる暇もなく、悠の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再びを目を開けると、今度は見覚えのある部屋にいた。ここは稲羽にある自分の部屋。寝ている場所は紛れもなく自分の部屋の布団だった。

 

「…………夢か」

 

どうやら、さっきのは全て夢だったらしい。カレンダーを見ると、日付は1/1となっている。

 

 

「新年早々…不思議な夢をみたものだな」

 

 

そう呟くと、悠は布団から身体を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1月1日

 

様々な困難を乗り越えた悠とμ‘sは年越しを陽介たち特捜隊と過ごすため、冬休みを利用して八十稲羽を訪れていた。そして、昨日の夜中に特捜隊&μ‘sの皆と神社に集合して、一緒に除夜の鐘を聞いて新年を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<堂島家>

 

元旦の朝を迎えていた堂島家では、早朝から悠とことり、菜々子が豪華な料理を運んでは並べていた。その様子を堂島と雛乃はゆったりと見守っていた。

 

「おいおい、えらく豪勢なおせちだな……これ本当に悠たちが作ったのか?」

 

「ええ、俺だけじゃなくて、ことりや東條、絢瀬たちが手伝ってくれましたから」

 

悠をはじめとする特捜隊&μ‘sが誇る料理人たちの手で作られたおせちは豪華絢爛だった。真ん中には大きな伊勢海老がドンと構えており、定番の黒豆や栗きんとんなどお店に売っているものよりも丁寧な作業が施されている。さらに、アワビやはまぐり・キャビアなどめったにお目にかかれない食材までもが並べてあった。

 

「お前、こんな高級食材どこで手に入れたんだ?」

 

「……知り合いからです」

 

先日、悠たちの元に去年知り合ったシャドウワーカーの部隊長兼桐条グループのご令嬢である"桐条美鶴"から大量の食材が送られてきたのだ。それと一緒に手紙も送られてきており、こう書かれていた。

 

 

"去年世話になったお礼だ。これらを存分に使ってご家族や仲間たちと賑やかな正月を過ごすといい。今後ともよろしく頼む"

 

 

流石桐条グループのご令嬢はやることが違うというか、色々とぶっ飛びすぎている。お気持ちは嬉しいのだが、こんな高級食材をポンと送られてきても困るもので、悠たちも箱に詰まった伊勢海老やアワビ、キャビアなどを見た時はどうしようかと戸惑った。しかし、せっかく貰ったものを台無しにするのはもっと悪いので、悠・ことり・希・完二・絵里・にこの6人の料理人たちは気合を入れて存分に腕を振るった。結果、気合が入りすぎて豪華絢爛のおせちが人数分完成してしまったのだ。今頃、他の仲間たちも各々の家族と共に、同じおせちを味わっていることだろう。それはそれとして、こちらも準備は整った。準備を終えた悠たちは堂島と雛乃が待つ炬燵に足を入れる。

 

 

 

この家も去年よりも家族が増えたものだと堂島は思った。妻の千里が亡くなって、正月はずっと菜々子と2人だったのが、去年は悠が、今年は悠に加えて雛乃とことりがいる。こうしていると、自分は本当に幸せ者だと思った。そのことに感謝して、堂島は皆に新年の挨拶をした。

 

「もうみんなには言ったと思うが、改めて明けましておめでとう」

 

「「「「おめでとうございます!」」」」

 

「去年は、悠もことりも色々と頑張ったな。菜々子も雛乃にとっても苦労した一年だったと思う。今年は悠は受験で大変だと思うが、お前なら大丈夫だろう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「まあ……これくらいのことしか言えないが…みんな今年もよろしくな。それじゃあ、悠たちが作ったおせちを食べるか」

 

堂島の挨拶が終わると、皆は箸をお皿を持っておせちに目を向けた。今年のおせちはジュネスのものと違い、美鶴が送ってきた高級食材を悠たちの手で彩られた豪華なおせちだ。

 

「菜々子は何から食べる?色々あるぞ」

「う~ん………こぶまき!」

「あら?菜々子ちゃんは通ね。じゃあ、私も昆布巻きから食べようかしら?」

「お兄ちゃんは何から食べる?」

「そうだな、黒豆から行くか」

「お前ら……高級食材もあるって言うのに……ったく」

 

高級食材に目もくれず、昆布巻きや黒豆などおせちの定番料理からいただく悠たちに呆れる堂島。かく言う堂島もかまぼこから食べているので、人のことは言えない。こうして、堂島家の正月初めの朝は賑やかに過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おせちを堪能し、一息ついた堂島家。

 

「それじゃあ、私はことりと菜々子ちゃんの晴れ着の着付けを手伝いますから、悠くんと堂島さんは先に神社で待っていてください」

 

雛乃にそう言われて、いそいそと外に出る悠と堂島。流石に家族とは言え晴れ着姿への着替えを見る訳にはいかない。すると、

 

 

 

 

「おーい悠!」

 

 

 

 

菜園の様子を見てみようとすると、厚手のコートを見た陽介・完二・クマの特捜隊男子組がこちらにやってきた。

 

「明けましておめでとう、陽介・完二・クマ」

 

「ああ、明けましておめでとう。堂島さんも明けましておめでとうございます」

「センパイ!堂島さん、明けましておめでとうっす」

「センセイ!パパさん!明けましておめでとうクマ~」

 

「ああ、明けましておめでとう。今年もよろしくな。そういや他の連中はどうしたんだ?」

 

堂島はいつも一緒にいるはずの女子陣がいないことを言及する。

 

「ああ、あいつらは一旦天城ん家に集まってから来るそうです」

 

「それは…まさか!」

 

「そう!晴れ着クマよー!センセイ!!」

 

陽介と悠の言葉に嬉しそうに反応するクマ。特捜隊&μ‘sの女子陣の晴れ着姿。これにテンションが上がらないものはいないだろう。完二も柄にもなく楽しみにしているらしい。悠にとってはそっちも気になるが、ことりと菜々子の晴れ着姿の方が内心楽しみにしている。そんな悠たちに堂島は呆れてしまったが、自信も娘の菜々子の晴れ着姿が楽しみなので、何も言えない。男どもは女子陣の晴れ着姿に期待を膨らませながら、商店街にある辰姫神社へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<辰姫神社>

 

商店街を通って、辰姫神社に着いた悠たち。正月ということもあるのか、いつも人気のない神社は夏祭りと同じように人がいっぱいで賑やかになっている。その賑わいに悠たちは仰天した。

 

「うわぁ…凄いっすねぇ。今年の神社は」

「まあ、去年よりも商店街は賑わってるからな」

「やっぱり、初詣はこれくらいがいいクマね」

「本当に去年とは大違いだなぁ。この町も」

 

 

あまりの賑わいに目を奪われていると、

 

 

 

 

「悠せんぱーい!!」

 

 

 

 

遠くから元気な少女の声が聞こえてきた。声がした方を振り返ってみると、

 

 

「やっほー!おまたせー!」

「すみません。遅くなりました」

「晴れ着って動きづらい…」

「凛も同感だにゃ~」

「でも、こういうのも悪くないわね」

「ふふふ、どう先輩?こういうりせも中々でしょ?」

「さあ!このにこちゃんの晴れ着姿を見るがいいわ!」

 

 

特捜隊&μ‘sの女子陣全員が晴れ着姿でやってきた。

 

 

「おおっ!これはっ!!」

「ハイカラだ……」

「おお……」

「むほほ~い!みんな綺麗クマ~!」

「おおう………」

 

 

女子陣のあまりの煌びやかさに悠たち男子陣と堂島は目を奪われてしまう。皆それぞれ己のイメージにあった色と柄の晴れ着を着こなしており、髪型などもきめ細やかに整えてある。結論から言うと、クマの言う通りみんな綺麗だ。

 

「この服……動きづらいし、重いし…すぐにでも脱ぎたい………」

「ウチもマリーちゃんに同意や…」

「まあ、これが晴れ着だからしょうがないよ」

「マリーおねえちゃんもラビリスおねえちゃんもきれいだよ」

 

それにマリーやラビリスも皆と同じく晴れ着を着てそんな愚痴を言っているが、そこは雪子と菜々子が何とかフォローしてくれている。

 

「おいおい!みんなレベル高すぎだろ…海未ちゃんとか天城とか東條さんとか、元から着物が似合うやつはともかく、穂乃果ちゃんとか凛ちゃん、あの里中や矢澤まで……綺麗じゃねえか。花陽ちゃんや真姫ちゃんもすっげ~似合ってるし、それに絢瀬さんとかラビリスちゃんも着物外国美人みたいな感じだし……俺、生きててよかったー!」

 

陽介は皆の晴れ着姿をじっくり見ると、歓喜のあまりにそう雄叫びを上げた。

 

「ああ!ことりと菜々子の晴れ着姿は最高だ!」

 

「お前…そこはブレねえのな」

 

悠は悠で、従妹のことりと菜々子の晴れ着姿に見惚れている。やはりシスコンはブレない。一方、兄の言葉を聞いたことりと菜々子は嬉しそうな表情をしている。一部不満そうな顔をしているが、そこはスルーで。

 

「……………………」

 

「おおう?完二?直斗の晴れ着に見惚れてやがるな?」

 

「!?っ、べ、別に何も!?」

 

「あら~?カンジは~ナオちゃんの晴れ着にムネがキュンキュンしてるクマね~」

 

「うっせー!締めんぞゴラァ!」

 

中々お目にかかれない直斗の晴れ着に目を逸らしながらもチラッと見ていたところを陽介とクマに見つかって、大声で照れる完二。その姿に直斗は顔を真っ赤にして俯いてしまい、他のみんなもその様子をニヤニヤしながら見守っていた。

 

 

そんな一幕もあって、皆が一旦落ち着いたところで、

 

 

 

「明けましておめでとう!悠先輩。今年もよろしくね」

 

 

 

皆を代表して、穂乃果が悠に新年の挨拶をした。それに合わせて、海未たちも挨拶をしてお辞儀をした。

 

 

 

 

「明けましておめでとう。みんなとても綺麗だ」

 

 

 

 

悠が女子陣にそう言うと、女子陣は皆嬉しそうに頬を朱色に染める。すると、何故か希がみんなより一歩前に出て、己の晴れ着姿を見せつけるようにひらりと回った。

 

 

「鳴上くん♪ウチの晴れ着姿はどう?()()()()()グッときた?」

 

 

悠にグイッと近づいて上目遣いでそう尋ねる希。東京の神田明神では希の巫女姿を何度か見てきたが、今日は晴れ着姿せいもあるのか希の美しさがいつもより磨きがかかっている。その姿に悠はどうにか平静を保ちながら返答した。

 

「ああ……すごく似合ってる」

 

「ホンマっ!ありがとう!」

 

悠の曖昧な返事にも希は嬉しそうに微笑んで、悠に更に近づこうとする。だが、

 

「ちょっと!お兄ちゃん、希さんにデレデレし過ぎ!」

「先輩!りせのこともちゃんと見てよ!」

 

ことりとりせが2人を引き離して、悠にそう詰め寄ってきた。

 

「な、鳴上先輩!私の晴れ着もちゃんと見てください!」

「わ、私も!」

 

ことりとりせに便乗して花陽と真姫までも悠の元に詰め寄ってきた。流石の悠もこの事態には慌ててしまう。

 

「鳴上!私のも…って、ちょっ!アンタ!」

悠……モテすぎ………

「マリーちゃん!怒る気持ちは分かるけど、雷はやめて!!」

「にゃー!これは危険だにゃー!」

「止めろー!誰かマリーちゃんを止めろ――!」

 

モテすぎる悠に嫉妬したマリーが怒りのあまりに雷を落とそうとするのを、陽介と穂乃果たちが全力で止めにかかる。正月早々の神社はもうしっちゃかめっちゃかで大騒ぎだ。その様子を堂島は呆れて、菜々子と雛乃は微笑ましく見守っていた。

 

 

 

「お前ら……正月から騒がしいな…てか、これ大丈夫なのか?」

「いいじゃないですか。これが悠くんたちらしくて」

「いいのか……」

「おにいちゃんたち、楽しそう」

 

 

 

 

 

 

 

その後、みんなで神社にお参りをしてから、おみくじを引いた。お参りの際、穂乃果たちに何をお願いしたのかと聞かれたが、悠はあえて秘密にしておいた。みんなはずるいだの言っていたが、そんなに大したことはお願いしてないし、言うと多分恥ずかしくなるので言わなかった。

 

「だあぁ!ちくしょうー!!"凶"引いちまった―――!!」

 

おみくじを引いて、皆が"大吉"や"中吉"、"吉"を引いた中で、陽介だけが"凶"だった。今年は受験が控えているせいか、陽介はかなりブルーになっている。

 

「うわぁ…花村は今年も運がないんじゃない?」

 

「ということは…」

 

「やめろ――!それ以上は言わないでくれ―――!!」

 

ちなみに、陽介以外で受験を控えているメンバーは全員"大吉"か"中吉"だった。そんなこんなで初詣を終えた悠たちは時間もあるからと、ゆったりと商店街を散策した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、悠たちは一旦各々の家へ戻ってから、いつもの如くジュネスのフードコートに集合する。途中に通った商店街では色々と屋台が陳列しており、去年よりも賑やかなものとなっていた。女子陣も晴れ着を脱いで普段着に戻ってジュネスに集合する。ちなみに堂島はそのまま警察署へ、雛乃は片付ける仕事があると天城屋の部屋へ戻っていった。

 

「あれ?そういや里中と天城はどうした?」

「そう言えばと…りせの野郎も見当たらないっすね」

「なんだか嫌な予感しかしないんだが………」

 

気が付くと、何故かその3人がいつの間にかいなくなっていた。千枝と雪子、そしてりせ……この組み合わせはなんだか嫌な予感しかしない。すると、希が悠たちに最悪の事態を告げた。

 

 

「ああ、あの三人ならさっき何か自分たちが作ったお汁粉を持ってくるって言ってたで」

 

 

「「「「!!っ」」」」

 

この時、特捜隊男子陣は絶句した。何故なら彼らの頭の中に、ある図式が浮かんだからだ。

 

 

 

"千枝・雪子・りせ+お汁粉=物体X"

 

 

 

「おい!直斗っ!お前、そのこと知ってたのか!?」

 

「い、いえ。僕も浮かれてて気づきませんでした……」

 

直斗も新年ということで浮かれていたのか、雪子たちがお汁粉と作っていたことに気づいていなかったらしい。

 

「おいいいっ!どうすんだ!あいつら、また何かやらかすか分かったもんじゃねえぞ!」

「このままじゃ、楽しいお正月が台無しになるクマ!!」

「何とかしねえとまずいっすよ!」

 

「陽介さん、どうしたんですか?そんなに慌てて」

 

慌てる陽介たちを見て、花陽がそう聞いてきた。

 

「どうしたもこうしたもねえ!天城の奴らがお汁粉を作ってきやがった!このままじゃあ、あの夏の悪夢が再来すんぞ!」

 

 

「「「「!!っ」」」」

 

 

陽介の言葉に穂乃果たちも遅れて絶句した。脳裏に蘇ったのは、夏休みに起こったあの悪夢。事の重大さにようやく気付いた穂乃果たちだったがもう手遅れだった。

 

 

 

 

「おまたせ~みんな~」

「お汁粉持ってきたよ~」

「せんぱ~い!りせが愛情込めて作ったお汁粉食べて♡」

 

 

 

 

時は既に遅く、満悦な笑顔で鍋とお箸、そしてお茶碗を持ってきた雪子と千枝、りせがフードコートにやってきてしまった。

 

 

 

 

((((終わった……))))

 

 

 

 

みんなの心が絶望に満ちた瞬間だった。しかし、その鍋の蓋を開けてみると

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「ふ、普通だと!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

なんと、見た目も匂いも普通のお汁粉だった。これには皆は驚愕する。しかし、その反応に不満を感じた必殺料理人たちは唇を尖らせる。

 

 

「ちょっと!みんなその反応酷くない!?」

「私たちだってちゃんと進歩してるんだよ!」

「そんな反応するなら、食べてみてよ!絶対に美味しいから」

 

 

3人の反応に少し反省する一同。

 

「た、確かにそうだよね…」

「せっかく雪子さんたちが作って下さったので…」

「じゃあ」

 

穂乃果と海未、真姫が雪子さんたち特製お汁粉に手を付けようとすると、陽介が全力でそれを制止した。

 

「ま、待て!安全を確認しないと穂乃果ちゃんたちには食べさせられねえ!!俺らから行くぞ!完二!」

 

「ウっス!!」

 

穂乃果たちを止めて、陽介と完二は自分たちの茶碗にお汁粉を入れて口に入れた。

 

 

 

「「!!っ」」

 

 

 

口を含んだ瞬間、陽介と完二は目を見開いた。

 

 

 

「う……うまい!」

「大変おいしゅうございます!」

 

 

 

2人の反応に、必殺料理人(雪子・千枝・りせ)以外のメンバーは驚愕した。試しに悠たちも雪子たち特製のお汁粉を口に入れてみる。

 

「お、美味しい!」

「陽介さんたちの言う通り、普通に美味しい!」

「こんなことがあり得るの!?」

 

結論から言うと、皆の反応の通り普通に美味しい。小豆も良い味が染みているし、中に投入された白玉も食感がモチモチしていて食べ応えがある。考えてみれば、去年もあれだけの被害を出しておきながら成長しないのはおかしな話だ。きっとこれまでの反省から料理本を見て作ったのだろう。何か変な疑いをかけてしまってすまなかったなと思っていると、必殺料理人(雪子・千枝・りせ)から衝撃の一言が。

 

「良かった~みんな喜んでくれて」

「やっぱり料理本に書いてあったのに、()()()()()()()()良かったね」

 

 

「「「えっ?」」」

 

 

「やっぱりヨーグルト入れて正解だったね」

「隠し味にコーヒー牛乳入れたのが良かったんじゃない?」

「私は、決め手はタバスコだと思うな~」

 

何だかとんでもないことを言っている必殺料理人(雪子・千枝・りせ)。彼女たちの一言に皆は困惑する。彼女たちの発言からして、お汁粉に絶対使わないようなものを投入したらしいが、一体全体どうすればこのような普通の味に激変したのだろうか?

 

 

鳴上くん

 

 

困惑する悠に希はこっそりと耳打ちした。

 

実はな、ウチが先に天城屋に先回りして普通のと交換したんよ

 

「え?」

 

真相はとても単純だった。希が雪子たちに気づかれないようこっそりと彼女たちが作った物体X(正月エディション)と普通のものとすり替えたらしい。

 

流石だな……東條

 

うふふ、女の子はスピリチュアルやからね。ちなみにこのお礼は…………………でお願いな

 

!!っ……分かった

 

悠が自分の提示したお願いを承諾してくれたことに喜びの表情を見せる希。内容はちょっと大っぴらに言えないことだったが、希のお陰で自分たちは物体Xの脅威から逃れたのだし、希の嬉しそうな表情を見るとまあいいかという気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠がそう思ったと同時に、空から白い粉のような物体がしんしんと降ってきた。これは、雪が降ってきたのだろう。

 

 

「うわあ!雪だ~!」

「今年も結構降ってきたな」

「また雪積もるんじゃないっすか?」

「じゃあ、その時は雪合戦やろうよ!」

「いいですね!」

 

 

雪が降ってきたことにテンションが上がる一同。その様子を見ながら、悠はお汁粉を食べて去年のことを振り返っていた。去年は一昨年の事件に負けないくらい、色々あった。

 

 

 

 

 

音ノ木坂の神隠し・P-1Grand Prix・ラブライブ・激動の夏休み・絆フェスetc………

 

 

 

 

 

更には"シャドウワーカー"や"A-RISE"などの人々と知り合ったりもした。何というか、一昨年よりも激動の一年だったかもしれない。だが、これからも悠たちに様々なことが降りかかり、また夢の中で出会った少女たちのような今は知らない人々とも出会うだろう。それでも、悠も心に不安という気持ちはなかった。何故なら

 

 

「じゃあ、雪合戦は男子VS女子でやろうか」

「ふざけんな!圧倒的に女子の数が多すぎんだろ!?」

「ええ?」

「ええじゃねえよ!」

「じゃあ、商店街チームVSジュネスチームでいいんじゃない?」

「それ、俺とクマ公しかいねえだろ!」

「ったく、男ならそれくらいでギャアギャア言うんじゃないわよ」

「陽介さん、カッコ悪い……」

「え?」

「カッコ悪いです」

「やめて!そんな憐れむような目で俺を見るのはやめてくれー!!」

 

ここにあの数々の苦難を共に乗り越えた仲間たちがいるのだから。彼ら彼女たちに巡り合えたことに感謝して、悠はお参りの際に願った願いをまた心の中で思い返した。

 

 

 

 

 

(今年も…平和にみんなと過ごせますように)

 

 

 

 

 

 

悠の祈りに呼応するかのように、空から降ってきた雪がしんしんと悠たちを包んでいった。

 

 

Fin




いかがだったでしょうか?


改めて、読者の皆様。明けましておめでとうございます。今年が皆様にとって良い一年になりますように。


今年も「PERSONA4 THE LOVELIVE~番長と歌の女神たち~」をよろしくお願いします!


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Exstra③「Mayonaka Miracle Quiz.」

絵里と希が新たにμ‘sに加入して秋葉原ライブも大成功。廃校の危機に一時の安堵が戻った頃。




謎の電話に呼び出されてテレビの世界に入った悠たち。そこで待ち受けていたのは………










…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――レディースエンドジェントルメンヌっ!!ようやっと暑くなってきた今宵今晩、皆さまはどのようにお過ごしでしょーか?さあ、皆さんお待ちかねのあの時間が戻ってまいりましたぁ!司会はもちろんこの私、“ジャスミークマ沢”で御座います!それでは参りましょう!

 

 

 

 

 気力・能力・クマの気分っ!優勝目指して突き進めっ!!題して……

 

 

 

 

【マヨナカ横断ミラクルクイズ】

 

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアアア

 

 

 

 

 

「えっ?えっ?なんですかこれ!?」

 

「テレビに入ったら……こんなところに。あれ?お兄ちゃんがいない」

 

「ここって稲羽のテレビの世界だよね?何で穂乃果たちのテレビからここに来ちゃったんだろう?」

 

 目の前に広がる光景に穂乃果・海未・ことりはただ呆然としていた。このテレビ局のスタジオみたいな広場は間違いなくGWで訪れた稲羽のテレビの世界だ。だが、今はあの時とは違って何故かどこぞのクイズ番組のようなセットが用意されている。軽快な音楽が流れている背後の大画面のテレビには【マヨナカ横断ミラクルクイズ】とうテロップが映し出されていた。

 

「おいおい、何なんだよこれは……」

 

「……このセット前にも見たことあるような……」

 

「……………」

 

 極めつけは一緒に入ったはずの悠が見当たらず、代わりに稲羽に居るはずの陽介・千枝・雪子が隣の席で頭を抱えたり瞑想したりしているということだ。どうやらあちらもこちらと同じくこの状況に困惑しているようだ。

 

 

「おっと、これは稲羽市からお越しの【キャプテン・ルサンチマン】こと花村陽介さんと【女を捨てた肉食獣】こと里中千枝さん、どうしたクマ?」

 

「おい、喧嘩売ってんのか?バカグマ」

 

「後で覚えとけよ。てか、どういうことだよ。こんな場所に呼び出してこんなセットまで用意して。おまけに東京にいるはずの穂乃果ちゃんたちまでいるってどういうことだ?」

 

 

 最もな質問をクマことジャスミークマ沢にぶつける陽介。どうでもいいが、名前と一緒にあのP-1Grand Prixのキャッチコピーまで紹介されるとイラっとくる。だが、そんな陽介の質問にジャスミークマ沢は朗らかに答えた。

 

 

「もう!何言ってるクマ~?せっかくエリちゃんやノゾちゃんがセンセイのグループに入ってオープンキャンパスや秋葉原のライブも成功した記念に、クマがなつかしのオモシロ企画を用意したクマよ。ちなみに、本当はセンセイたちが今使ってるテレビからはここに来ることができないんだけども、マリーちゃんを通じてマーガレットさんにお願いして、今回だけこの世界につないでもらいました」

 

「やっぱりか……もはや何でもアリだよな、あの人」

 

 

 どうやら今回の件にはベルベットルームのマーガレットも一枚噛んでいるようだ。ちなみにマリーとマーガレットのことを知らない穂乃果たちは訳が分からずポカンとしているが。

 

 

「本当は物語もこれから見せ場の一つだっちゅーのに、作者ちゃんがスランプに陥って本編の執筆が行き詰まってるから、息抜きとして始まった番外編なんだクマけどね。いくら会計をいきなり任されたり他部に比べて新入生が0人からって、最近の作者ちゃんは本当にセンチメンタルなんだクマ」

 

「おいっ!何だその理由!?作者って誰だ!?」

 

「そう言うワケで、ホノちゃんとコトチャンのペルソナが早く見たいって人やクマたちとの夏休み編やナナちゃんも活躍するP4D編を楽しみにしている読者の皆様、作者の都合で大変申し訳ないけど、大方の構想は出来上がってるのでしばらく待って欲しいクマ。そして、感想もたくさんくれるとありがたいクマ~」

 

「だから作者って誰だ!それに誰に向かって言ってるんだよ!!」

 

「ハァ…よりにもよって何でこの打算丸出しのクマくんのクイズ番組なのよ。ぐだぐだになること目に見えてるじゃん」

 

 

 千枝はうんざりと言わんばかりにため息をついた。陽介もだが、このクマ…ジャスミークマ沢が企画したクイズ番組がぐだぐだになるだろうと思っているらしい。そんな2人のその反応にクマは憤りを見せた。

 

 

「も~~っ!2人ともノリが悪いクマねぇ。お隣を見てみんしゃい」

 

「「???」」

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドドド

「早押しでいいんだよね?」

 

 

「雪子……」

 

「やっぱり乗り気っすか……」

 

 

 隣で早押しのボタンを勢いよく連打する雪子を見て呆れる2人。普段はお淑やかに振舞っているが、やはりこういうイベントになるとノリノリになるようだ。

 

 

「オヨ~、さっすが【難攻不落の黒雪姫】ユキチャンクマ~。さあ、稲羽組はこれまでとして、こんな調子でドンドン音ノ木坂組のパネラーを紹介するクマ~。それでは東京都からお越しの【和菓子屋イーター】こと高坂穂乃果ちゃん。意気込みをどうぞ」

 

 

 ジャスミークマ沢はそう言うと、未だ呆然としている穂乃果に話を振った。すると、誰もいないはずの周囲から歓声が沸き、穂乃果たちは仰天する。

 

 

「え、ええっ!!何この歓声。もしかして、これって誰か見てるんじゃ」

 

「もう~ホノちゃんは自意識過剰クマね。これはクマが出してる効果音にきまってるでしょーが。スクールアイドルなのにそんなのも分からんとね?」

 

「紛らわしいよっ!というか、スクールアイドルでもこんなの分からないからっ!」

 

「ではでは~、続いて同じく東京都からお越しの園田海未さん。またの名を~」

 

 

 

「おーい!クマ公――!俺の衣装こんなんでいいのか?」

 

 

 

―!!っー

「「「「うえっ!」」」」

 

 

 ジャスミークマ沢が海未を紹介しようとしたと同時に、奥からどこかでスタンバイしていた完二が現れた。だが、その完二の今の姿を見た一同は一斉に凍り付く。何故なら、今の完二の恰好は()()()()()()()()()()()()()()()()という際どいものだったからだ。あれはバニーガールならぬバニーボーイのつもりだろうが、完二みたいなむさい男がブーメランパンツ一丁というだけでもキツイのに、加えてうさ耳というアイテムを加えると破壊力は計り知れない。初めて完二のその姿を見た穂乃果たちだけでなく、一度は見たことがある陽介たちまでも絶句していた。

 

 

「ん?どうしたんすか?」

 

 

 だが、本人はこの空気の原因が自分であることに自覚がないようだ。そして、その完二に裁きの時が訪れる。

 

 

 

「は……は……ハレンチですッ!!(ーカッー!)ポリュムニア!!

 

 

 

「えっ?…うぎゃあああああああああッ!!

 

 

 

 完二の際どい恰好を見て限界値を超えた海未はペルソナを召喚して完二を吹き飛ばした。テレビの世界で星になった完二を他の皆は呆然と眺めることしか出来なかった。

 

 

「あちゃ~…アレはもう遠くまで飛んでっちゃったクマね。クマの鼻センサーにも引っかからないクマ」

 

「大丈夫かな?完二くん……それにしても海未ちゃんのペルソナの威力すげえ」

 

「…久しぶりにキレたムッツリの海未ちゃんを見た気がしたよ」

 

「【純情ラブアローシューター】の名は伊達じゃないな………」

 

「穂乃果?陽介さん?貴方たちも吹き飛ばされたいのですか?」

 

 

 思わず禁句を口にした穂乃果と陽介に海未は凄みを感じる笑みを向ける。よく見ると、海未のペルソナ【ポリュムニア】の矢先が2人に照準されていた。

 

 

「ひいいいいッ!待った待った!ごめんてば!!」

 

「お、おいっ!クマ公っ!次!」

 

「イエスッ!それではウミちゃんの紹介はこれくらいにして、最後のパネラーを紹介するクマ」

 

 

 海未の気迫に慄いた穂乃果と陽介、ジャスミークマ沢は今のはなかったことにして最後のパネラーを紹介した。

 

 

「最後はこの人っ!ナナちゃんと同じくセンセイの愛すべき妹ちゃん、東京都からお越しの【鋼のブラコンエンジェル】こと南ことりちゃんでっす!」

 

 

「あの~クマさん?お兄ちゃんはどこに行ったの?」

 

 

 皆よりも少し仰々し目に紹介されたことりだが、本人はそんなことよりまだ姿が見えない悠のことが心配なご様子だった。

 

 

「コトチャ~ン♡今日も可愛いクマ~。センセイなら大丈夫クマよ。それよりも~この後ぜひこのクマと~一緒にお食事でもどお?」

 

「えっ?」

 

 

「「「「「(ゾクッ)」」」」」

 

 

 ジャスミークマ沢はことりに菜々子と同じ何かを感じるのか、質問そっちのけでデレデレしながらナンパした。ことりは何のことか分からずキョトンとしているが、その光景を見た途端、陽介と穂乃果たちは背筋に悪寒を感じた。そして、次の瞬間、

 

 

 

 

ーカッ!ー

 

 

 

「ぎゃああああああああっす!」

 

 

 

 一筋の激しい雷光がクマを襲った。あまりの威力と弱点を突かれたせいか、クマはぐったりと倒れこんでしまう。

 

「い、今のって……まさか」

 

 今の雷光に心当たりがあったのか陽介たちが内心ビビっていると、ザッザッザッという足音と共に、奥から何者かがこちらに向かってきた。その者の正体は………

 

 

クマ…俺の目の前でことりをナンパするとはいい度胸だな?

 

 

「センセイ、ごめんなさいクマ~~~~!」

 

「お兄ちゃん!」

 

 

 皆の予想通りその正体は悠だった。八高の学ランにいつのも黒縁のメガネ、そして今の雷光を放ったらしいイザナギを従えている姿はまさしく鋼のシスコン番長その者だった。愛しの妹がナンパされたせいか、イザナギから発せられるオーラが半端ではない。

 

 

「さ、さあっ!テレビの前の皆さん!お待たせした!今回この私のアシスタントを務めますのは、東京都より大物ゲスト!!今話題沸騰中のスクールアイドル【μ‘s】の敏腕マネージャー兼プロデューサーであらせられる【鋼のシスコン番長】こと、セ・ン・セ・イです!!」

 

 

ワアアアアアアアアアアアアアア

 

 

「よろしく」

 

 

 どうにか復活したらしいジャスミークマ沢の仰々しい紹介に周りが一斉に歓声を上げる。にも関わらず、悠は淡々と一言だけそう言った。

 

 

「何でパネラーの俺らよりアシスタントの悠の紹介が仰々しいんだよ…」

 

「キングだからな。おかわり、ストレートで」

 

「あれっ!?お前もしかして酔ってる!?てか、何飲んでんだよ!」

 

 

 陽介は悠がいつの間にか手に持っていたグラスの中身を追求する。よく見たら悠の表情は以前辰巳ポートランドのバーで場酔いした時のものと同じだった。まさかと思うが、悠の様子から見るにアルコールではなかろうか。一同に不安がよぎるなか、悠は陽介の質問に淡々とこう返した。

 

 

「安心しろ。これは"シンデレラ"だ」

 

「シンデレラ??」

 

「あっ!ことり、ネコさんから聞いたことある。確かシンデレラってオレンジジュースとパイナップルジュースとレモンジュースを合わせたミックスジュースじゃなかったっけ?」

 

 

 アルバイトしている店の店主であるネコさんから聞いたことあるのか、ことりは朧気にそう答える。そして、ことりのその回答を聞いた悠はニコリと笑った。

 

「正解。ことりに1ポイントだ」

 

 悠がそう言うと、ピンポーン!という解答音と共に、ことりの席に表示されている数字が0から1に変わった。

 

 

「やった―――!」

 

「はあっ!?もう始まってんの!?今のでことりちゃんにポイント入るの!?」

 

「陽介、いつからクイズが始まっていないと錯覚していた」

 

「どこのラスボスだ、お前は!つーか、そもそも何でお前がクマ公のアシスタントなんだよ!」

 

「だってぇ~センセイが参加しちゃったら簡単に優勝しちゃうのが見えてるでしょうが。それじゃあ面白くないから、今回はクマのアシスタントをやってもらうクマ」

 

「まあ…確かに……て、あれ?穂乃果ちゃんたち側ってこれだけなの?クマくんが記念って言うから、絵里ちゃんとか希ちゃんとかも来てると思ってたんだけど」

 

 

 今更ながら千枝は音乃木坂組は悠と穂乃果、海未にことりの4人しかいないことに追及する。その質問に穂乃果たちは苦々しく返答した。

 

 

「ああ…花陽ちゃんたち一年生組は林間学校だし、絵里先輩と希先輩は生徒会の仕事入ったって言ってたよ」

 

「にこ先輩は敵情視察だって言ってA-RISEのライブに行きましたし」

 

「なんだよそれ……最初っからぐだぐだじゃねえか……」

 

 

 更なるぐだぐだ状態に頭を抱える陽介。絵里と希が入った記念で開催したというのに、本人たちがいないというこの状況。改めてジャスミークマ沢の不手際がよく分かった。しかし、そんなことは放っておいてジャスミークマ沢は司会者席に戻って何事もなかったように進行を始めた。

 

 

「それではこれからクイズを始めるクマ~。ちなみに、若干"巻き"入ってるクマよ」

 

「ADどこいんだよ?つか、本当にやるのか?」

 

 

 こんな状態にも関わらずクイズを始めようとするジャスミークマ沢。それに不満を露わにすると、クマは陽介たちに意味深な笑みを浮かべた。

 

 

「チッチッチ、クマを舐めちゃいかんクマよ~。ちゃーんとみんながやる気が出るように賞品を準備したクマ。ただし、あげるのは優勝者だけクマよ」

 

「「「賞品?」」」

 

 

 "賞品"というワードに皆は食いついた。だが、陽介は日頃の行いから怪しいと言わんばかりに溜息をつく。

 

 

「どうせ碌なものじゃねえんだろ?お前が用意するもんだから、ホームランバーのあたり棒とか?」

 

「む~失礼しちゃうクマね~。ちゃんとみんなが欲しがるものを用意したクマよ」

 

「みんなが欲しがるもの?」

 

 

 ジャスミークマ沢が発した”みんなが欲しがるもの”と聞いて一同は首を傾げる。すると、シンデレラを堪能していた悠が懐から一枚の紙きれを取り出した。

 

 

「んん?悠、何だよそれは?」

 

「さあ?ちなみにクマの言う通り皆が欲しいものだと言っておく」

 

 

 悠の意味深な言葉に更に首を傾げる一同。すると、

 

 

「もしかして……愛屋の肉丼の無料券とか?」

 

「!!っ、やっぱりお揚げ食べ放題のチケット?」

 

「いやいや、お菓子の食べ放題じゃない?」

 

「お兄ちゃんの手料理食べ放題?」

 

「お前ら食い物のことばっかじゃねえか!?一人明らかにおかしいのがあったけど、そんな訳ねえだろ。なっ、悠?」

 

 

 紙きれ一枚に色々な憶測が飛び交う中、陽介の質問に悠はフッと笑みを浮かべた。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

「「「!!ッ」」」

 

 

 その瞬間、海未を除く女子陣の背後に業火が燃え上がった。

 

 

「よーし、肉丼のために頑張るぞぉっ!」

 

「千枝、私も手加減しないよ。お揚げのために」

 

「負けないッ!!お兄ちゃんのために」

 

「お菓子が…お菓子が穂乃果を呼んでる!!」

 

「いやいやいや、否定しろよ!?どう見ても怪しいだろ!?」

 

 

 悠の爽やかな笑みにそれが真実だと確信を持ってしまった4人に陽介は冷静にツッコミを入れたが全く聞く耳を持ってくれなかった。もう止められないと悟った陽介と海未は思わず重い溜息をついた。

 

 

「陽介さん…どうします?」

 

「はあ…しゃあねえ。やってやるか。天城やことりちゃんはともかく、里中や穂乃果ちゃんも乗り気だし、ここは俺たちも乗るしかねえだろ。ぶっちゃけ、ちょっと楽しそうだし、最近受験勉強やジュネスのバイト詰めでこういう息抜きが欲しかったからな」

 

「………そうですね。たまにはこういうイベントも悪くないのかもしれないですし。正直私も無性にテンションが上がってきました。クイズなら雪子さんにも負ける気はしません!」

 

 

 場の雰囲気に乗せられたのか、陽介と海未もやる気を見せ始めた。ジャスミークマ沢が企画した怪しいイベントとはいえ、勝負事では負けられない。これには総司会であるジャスミークマ沢とアシスタントの悠も思わずニヤリとした。

 

 

 

「さあ、パネラーの皆さんも準備ができたようですので、クイズを始めるクマ~。読者の皆さんも一緒にチャレンジしてクマ~」

 

「それでは行こう。マヨナカ横断ミラクルクイズ、いざ開幕!」

 

 

 

 ジャスミークマ沢と悠の一声に会場の熱気はピークに達した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあて皆さん、用意は良いクマか?今から皆さんの目の前にある大画面に問題が映し出されます。問題は早押しで、制限時間内に答えが分かったら手元のボタンをビシッと押すクマ。正解したら1ポイント、不正解だったら-1ポイント差し上げまっす」

 

「ちなみに、問題のジャンルは俺が見た限り様々だ。俺たちのことに関する問題だったり雑学だったりするので、そこも注意だな」

 

「それでは早速、第1問!」

 

 

 ジャスミークマ沢と悠の説明が入ったあと、早速大画面に問題が映し出された。

 

 

Q1:新しい仲間ラビリスのペルソナの名前は?

 

 

「えっ?」

「いきなり難しいのがきたな」

「確か……」

 

 初っ端から難易度が高い問題を出されて、思い出そうと必死に考え込むパネラーたち。新たに仲間になった対シャドウ兵器のラビリスと出会ったあの事件は今でも忘れがたいものだが、悠を助けようと必死になっていたせいかラビリスのペルソナの名前が何だったかは正確には覚えていなかった。しかし、

 

 

ピコンッ!

「一撃で仕留める!!」

 

 

 最初にボタンを押したのは雪子だった。

 

 

 

「アリアドネ!!」

 

 

 

ピポピポーンッ!

「ジャスミーっ!ユキちゃん正解クマ~!」

 

 

 見事に雪子は最初の問題に正解した。鮮やかに正解したことに、雪子は微笑んでコメントする。

 

「フフフ、ラビリスちゃんとはとても仲良くなったから答えなくちゃ。それに、ラビリスちゃんは私のお弁当を美味しいって言ってくれたし」

 

「「「「えっ?」」」」

 

 正解のコメントと同時に聞き捨てならないことをカミングアウトした雪子。若干あの時2人に何があったのが気になったが、今はそっとしておこう。

 

 

 

 

 

「続いて、第2問です!」

 

 

Q2:みんなの天使"堂島菜々子"ちゃんは現在小学何年生でしょう?

 

 

 

ピコンッ

「はいっ!小学2年生」

 

 

 

ピポピポーンッ!

「ジャスミーっ!コトチャン正解クマ」

 

 引き続いて出題された問題に速攻で答えたのはことりだった。正解したことにことりははにかみながらこうコメントする。

 

「菜々子ちゃんのことはことりたちにとっては常識でしょ?ねっ、お兄ちゃん」

 

「そうだな」

 

「いや…お前らの常識がおかしいだろ………」

 

 どうやら悠一家にとっては身内の問題は常識らしい。解答後のそんなコメントに一同はドン引きしてしまった。

 

 

 

 

「ムホホ~、次は超ゲキムズ問題クマ~。みんなは答えられるかな~?」

 

 

 ジャスミークマ沢の得意げな言葉に一同は身構える。そして、その超ゲキムズ問題としてだされたのはこれだった。

 

 

 

Q3:呪いを受けてから今日まで鳴上悠が召喚したペルソナを全部答えなさい

 

 

 

「「「分かるか!?」」」

 

 

 問題を見た瞬間、一部を除くパネラー全員から抗議の声が上がった。

 

「こんなのマニアック過ぎんだろ!?」

「アタシらに分かるはずないじゃん!?」

「穂乃果たちだって覚えてないよ!?」

「流石にこれはダメでしょ!?」

 

 特捜隊メンバーは当たり前だが、今行動を共にしている穂乃果たちμ‘sだって悠がどんなペルソナを召喚してきたかを一々把握していない。これは誰も答えられず制限時間が来てしまうと思われたが…

 

 

 

ピコンッ

「はいっ!」

 

 

「こ、コトチャン?」

 

 

 

 それに切り込んだのはやはりことりだった。

 

 

 

「イザナギ・ジャックランタン・ハリティー・ジークフリード・トール・ヤマタノオロチ・リャナンシー・タムリン・ガネーシャ……あと伊邪那岐大神、これだよね?」

 

 

 

 

「「「「………………………」」」」

 

 

 一度も考え込むこともなくスラスラと答えたことりに一同は静まり返った。果たして結果は……

 

 

 

ピポピポピポーンッ!

「じゃ、ジャスミーッ!!なんと連続正解クマー!!コトチャンすごいクマ~」

 

 

 

 まさかこの本人しか知らないゲキムズ問題をスラスラと答えた上に正解していたことに周りにどよめきが湧いた。

 

 

「おいおい…流石にこれは凄すぎだろ。いくら兄妹でも悠が今使ってるペルソナ全部ってそうそう覚えられねえって」

 

「えへへへ~。だってぇ、お兄ちゃんのことは世界でことりが一番よく知ってるから。これくらいは答えないと……」

 

「ありがとう、ことり。お兄ちゃんは嬉しいぞ」

 

「怖えよ!その家族愛が怖えよ!!何なんだよこの兄妹!?」

 

「ねえ千枝・穂乃果ちゃん、菜々子ちゃんもこうなるのかな?」

 

「それは………ありそうかも」

 

「だよね…」

 

 

 

 

 

 その後もこのようにして問題は続いていった。

 

 

 

 

Q5:μ‘sがファーストライブで歌ったの曲名は?

 

 

 

ピコンッ

「はいはいっ!【STARTDASH‼】」

 

 

 

ピポピポーンッ

「ジャスミー!ホノちゃん、正解クマ!」

 

「穂乃果たちが初めて歌った曲だからこれは答えなくちゃ」

 

「そうですね。あと少しボタンを押すのが早ければ、私が答えれたのに……」

 

「海未ちゃん……意外に負けず嫌いなんだね」

 

 

 

 

 

 

Q7:ジュネスのテーマソングは?

 

 

 

ピコンッ

「これっきゃねえぜっ!"エブリデイ~♪ヤングライフ~♪ジュ・ネ・ス"だろ?」

 

 

 

ピポピポーンッ

「ジャスミー!ヨースケまさかの正解クマっ!!」

 

「よっしゃ、ジュネスに関しちゃ余裕だぜ。間違えたら恥ずかしいもんな」

 

「ちなみに、この問題はヨースケのためのサービス問題だったりするクマ」

 

「そうだったの!?てか、答えた後に言うんじゃねえよ!」

 

 

 

 

 

 

Q9:牛肉の最高ランクは何というでしょう?

 

 

 

ピコンッ!

「あちょー!!A5ランク!」

 

 

 

ピポピポーンッ!

「ジャスミー!チエチャン正解クマ~!」

 

「へへん!花村みたいだけど、肉のことなら誰にも負けないよー!」

 

「そりゃなんたって、里中さんは女を捨てた肉食じゅ」

 

「花村ぁぁ?アンタも完二くんみたいに吹き飛ばされたい?」

 

「すんませんっ!!」

 

 

 

 

 

 

Q11:"私を元気にして"という意味を持つスイーツの名前は?

 

 

 

ピコンッ!

「これですっ!ティラミス!!」

 

 

 

ピポピポーンッ

「ジャスミー!ウミちゃん、正解クマ~!」

 

「ふふっ、私もここから反撃です!賞品に興味はありませんが、絶対に負けませんよ!」

 

「おおっ!あの海未ちゃんが燃えている」

 

「海未ちゃん、何が欲しいんだろ?」

 

「さあ?新しい弓矢じゃね?」

 

「いや、新しいメリケンサックだったりして」

 

「私はそんなものは欲しくありませんし持ってません!!どこの世紀末覇者ですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な展開が繰り広げられた中、ついに最終問題へ突入した。

 

 

「ここで決める!」

「一撃で仕留める」

「最後まで負けないもん!」

 

 

 いよいよ問題も最後というのもあるのか、皆の気迫のボルテージは最高潮に達していた。

 

 

「それでは、最終問題でっす!」

 

 

 ジャスミークマ沢の掛け声で大画面に最終問題が表示された。その内容は…

 

 

 

 

Q20: P-1Grand Prixでの小泉花陽のキャッチコピーは?

 

 

 

 

「「「えっ?」」」

 

 

最後の最後で答えられそうで答えられそうにない問題が出てきたので、パネラーは全員固まってしまい、何とか思い出そうと頭をフル回転させる。すると、

 

 

ピコンッ!

「これだっ!えっと、【シャイな巨乳メガネっ子】!!」

 

 

 

 何か閃いたようにドヤッとした決め顔でそう言い放った陽介。果たしてその答えは………

 

 

 

 

ブブーッ!

「ノットジャスミー!不正解です」

 

 

 

 

 最後の問題でまさかの不正解。いつもの如くガッカリ王子の名にふさわしい失態をかました陽介に周りから深い溜息を吐かれた。繰り返し言うが、これはジャスミークマ沢が作った効果音である。

 

 

「ええっ!?違うのか!?………あっ、【シャイな巨乳お米っ娘】だったか。あ~あ、シャイな巨乳ってところは覚えてたんだけどな。花陽ちゃんって可愛いし胸デカいし目がくりくりとしてるし、なんか庇護欲を駆られるんだよなぁ」

 

 

「「「「………………………」」」」

 

 

「えっ?何だよ……そんな目して」

 

 

 ポロッと失言した陽介は女子陣に冷たい視線を向けられていた。これには流石の陽介もタジタジになってしまう。

 

 

「花村……アンタね」

 

「やっぱり花村くんは胸なんだね」

 

「最低」

 

「ハレンチですッ!」

 

「陽介さん…それはないよ」

 

「ええっ!?ちょっ、そこまで言うことないだろ!?なっ、悠!」

 

「確かに。陽介の趣味はナースだからな。おかわり、ストレートで」

 

「あっ、はいはい……じゃねえよ!何さらっと俺のトップシークレットを暴露してんだ!?」

 

 

「「「「……………………………」」」」」

 

 

「ぎゃああっ!?里中や天城のみならず、穂乃果ちゃんや海未ちゃんたちまで俺をごみを見るような目で…………」

 

「おかわり、ロックで」

 

「知るかっ!?自分で注げっ!!ちくしょうっ!!不幸だああああぁぁぁ!!」

 

 

 散々な扱いを受けて陽介は心からそう叫んだ。やっぱり最後まで陽介はガッカリであったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、ここで全問終了でっす!結果を見てみましょうっ!今回のマヨナカ横断ミラクルクイズの優勝者は~~?」

 

 

 壮大なドラムの音が響き渡り、ジャスミークマ沢の掛け声と同時に大画面に今回の結果が映し出された。果たしてその結果は……

 

 

 

 

陽介 :-1点

千枝 :1点

雪子 :4点

穂乃果:1点

海未 :4点

ことり:3点

 

 

 

 

「あれ?同点クマ?」

 

 

 結果は雪子と海未の同点。この結果に総司会のジャスミークマ沢はポカンとしてしまった。

 

 

「はあ?当たり前だろ。こんなのクイズ番組じゃあよくあることじゃねえか。お前何言って…」

 

「……………………」

 

「おいクマ、まさかと思うが同点だった時のことを考えてなかったのか?」

 

「……………………」

 

 

 陽介の指摘にも未だに黙り込むジャスミークマ沢。どうやら指摘通り同点の場合のことは考えていなかったようだ。想定外の事態に会場は気まずい静寂に包まれた。

 

 

「ねえ、同点決勝やろう!同点決勝!!それなら私にもチャンスあるよね?」

 

「雪子さんの言う通りです!やりましょうっ!同点決勝を!!」

 

「やらんでいいッ!」

 

「色々面倒なことになるから!!」

 

 

 ここに来て同点決勝を提案する雪子と海未だったが、千枝と穂乃果がそれを制止する。同点決勝になんて突入したら更なるぐだぐだになることは目に見えているからだ。

 

 

「って、どうすんのさ!結局ぐだぐだじゃん」

 

「このままじゃ収拾つかないよ」

 

「……………」

 

 

 千枝と穂乃果がジャスミークマ沢にそう抗議するが、当のクマはまだ黙ったままだった。ジャスミークマ沢は皆の冷たい視線を受けて冷や汗を掻きながら最後の頼みと言わんばかりにアシスタントの悠の方をチラッと見た。

 

「おかわり、ロックで」

 

 だが、悠は未だに酔っていて助けを請える状態ではなくなっていた。もう完全に手詰まりな状況にジャスミークマ沢はついに決断した。

 

 

 

 

「ぜ、是非もないよネ!さよなら~クマ~!!」

 

 

 

 

「「「「ええええッ!!」」」」

 

「こらあッ!!」

 

 

 

 ジャスミークマ沢が選んだのは強制終了だった。この判断にはパネラー全員は一斉に抗議の声を上げる。

 

 

「こんな終わり方のクイズ番組があるか!?何でもぐだぐだになったら、その台詞で誤魔化せると思ったら大間違いだぞ!!」

 

「みんなが優勝してくれないせいクマ~!もう手持ちの問題が残ってないクマよ~。せっかくの賞品が台無しになったクマーーー!」

 

「俺らのせいにすんなっての!それに賞品なんて、ただの紙切れだろうが!?」

 

「てか、結局私たちが来た意味ないじゃん!!」

 

「ねえ、同点決勝は?同点決勝?」

 

「だから、やらないから!!」

 

「でも、こんな終わり方を私は認めませんっ!」

 

「おかわり、ストレートで」

 

「はいお兄ちゃん、ストレート。ついでにことりのスマイルもどうぞ」

 

「ああもうっ!穂乃果ちゃん・海未ちゃん・ことりちゃん、悠!何かごめんなあ!」

 

 

 こうしてクイズ番組にはあるまじき形でマヨナカ横断ミラクルクイズは終了した。もう二度とこのような催しはないだろう。いや、ないと信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

「起きて…起きて」

 

「起きて、悠くん。もう時間やで」

 

 

 誰か自分を呼ぶ声がする……目を開けると、そこにはいつものアイドル研究部室の光景が広がっており、自分の目の前にはしかめっ面している絵里と希も姿もあった。

 

「あ…絢瀬……希………ここは…部室?」

 

「えっ?……本当だ」

 

「あれ?おかしいですね。私たちは確か……稲羽のテレビの世界に」

 

「…寝ぼけてるの?もう下校時刻過ぎてるわよ。このまま部室で寝るつもりだったの?」

 

 どうやら生徒会の仕事を終えた絵里と希が起こしてくれたらしい。それに時計を見ると本当に下校時間を過ぎていた。叔母の雛乃に見つかったら説教は免れない。

 

「ハァ…もう帰るわよ。幸い理事長は早めに帰ったらしいから見つかる心配はないでしょし、早く仕度しなさい」

 

 絵里にそう諭され荷物をまとめて部室を出る一同。そろそろ夏が近づいてきたのか、もう下校時間なのに空はまだ少し明るかった。

 

 

「一体どうしたのよ?鳴上くんと穂乃果たちが部室で何もせずに寝てたなんて。しかも結構うなされてる感じだったけど、大丈夫?」

 

「う~ん……どうだろう?…」

 

「もう…何がなんだか……」

 

 

 帰り道、絵里の問いに悠たちはどう答えていいのか分からず黙ったままであった。一体何があったのか、微かに覚えのあるあのぐだぐだなクイズ大会は夢だったのか、自分たちにも全くもって分からなかったからだ。

 

 

「きっと疲れとるんやない?それなら、ウチが悠くんの疲れを癒してあげるわ」

 

「えっ?あの……」

 

「お兄ちゃん?希先輩よりもことりの方がい・い・よ・ね?」

 

 

 そう言って希は流れるように悠の腕にしがみつく。突然のことに悠は激しく仰天した。腕に伝わる柔らかい感触が悩ましい。そして、対抗するようにことりは希とは反対側の腕にしがみつく。この流れからしてこの2人が火花を散らすのは規定事項である訳で、その度に絵里と海未から向けられる視線が痛い。何とかダメージを軽減しようと、悠は歩みを進めた。

 

 

「ねえ悠先輩、あれって何だったんだろう?」

 

「私も…夢だと思うのですが…どうも現実味があったような」

 

「あれは……悪い夢だったと思っておこう……」

 

 

 悠の呟きに穂乃果たちはコクンと頷いた。何はともあれ考えても分からないものは分からない。そんなことよりも、この先のことを考えよう。音ノ木坂学院を廃校から救うためにも自分たちは立ち止まってはいられない。そう思って、悠たちは明日のことを考えながら帰り道を一歩一歩進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―fin―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはこれは………大変面白そうな催しを見つけたもので御座います。私も是非チャレンジしてみようかと……フフフフフ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーfin?ー




最後までお読みいただきありがとうございます、ぺるクマ!です。


本当にすみませんでした!!

理由はジャスミークマ沢が言っていた通りで、本編があまり仕上がらず……現実で色々あってスランプに陥ってしまったので、そのガス抜きとして勝手に番外編第3弾をやってしまいました。重ねて本編を楽しみにしていた方々、本当にすみません!!


ちなみに今回の番外編は久しぶりにP4Gのマヨナカ横断ミラクルクイズにチャレンジしたのがキッカケで思いついた話だったのですが、如何だったでしょう?ちなみに本家のように予選・本線・決勝と続いていくかは未定です。今回のようなことがあった場合にまた書くことになりそうですが………。


そして、最後に勝手に始めたこの番外編を読んでくれた読者の皆様に謝辞を
改めて、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。


何とか本編も随時仕上げていく所存ですので、皆さん楽しみにしてください。それでは、これにて失礼します。


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Extra④「PERSONAQ2 Anniversary 1/2.」

閲覧ありがとうございます。久しぶりのぺるクマ!です。


前回の活動報告で9月まで書かないと言っておきながら何で投稿してるんだと思っている人もいるでしょうが…これには訳があるんです。試験も終わって人間関係問題も大分落ち着いた自分の目にこんなニュースが飛び込んできたんです。


"PERSONAQ2 今冬発売決定"


こんなニュースが飛び込んできた途端、創作意欲が湧き出てしまい結果……本編とは全く関係のない番外編を2つ書いてしまいました。本編を楽しみにしていた方々には重ね重ね申し訳ないのですが、ここは自分の息抜きに付き合って下されば幸いです……。

考えた内容のテーマは次の通りです。


・PERSONA3とコラボ「屋久島での夏休み」
・PERSONA5とコラボ「9股掛けた主人公たち」


今回投稿したのは3の方です。5の方は明後日投稿したいと思います。改めて、勢いで書いた短編ですが、このストレスの溜まる暑い夏を過ごすに当たって少しでも笑ってストレス解消になってくれたら幸いです。

改めて、お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・誤字脱字報告をしてくださった方・評価を下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

そして、先日感想を書いてくれた方々、返信を返さなくてすみませんっ!!あの時は自分荒れていたので返せませんでした、本当にすみませんでした……前回の分も含めて必ず返します。


それでは気を取り直して、PERSONA3とのコラボ短編「The Striper operation in Yakushima.」をどうぞ!


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

 

 

 

 あなたは目を覚ますと、そこには見覚えのない景色が広がっている。床も天井も全てが群青色に染め上げられた不思議な光景。普通ではありえない光景に思わず唖然としてしまった。すると、

 

 

 

 

 

「あら…こんなところに珍しい来客ね」

 

 

 

 

 

 ふと見ると、目の前に見覚えのない一人の女性がいた。プラチナ色の特徴的な髪に秘書を想像させる群青色の服装。女性はあなたを見ると、艶っぽい笑みを浮かべてあなたに話しかけた。

 

 

 

 

「安心なさい、現実のあなたは夢の中よ。ふふ、ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある部屋。本来なら"契約"を果たされた方のみが訪れることができる場所であるのだけど……この部屋では意味のないことは決して起こらない。なら、あなたにはこう言っておくべきね。……………ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 

 

 

 彼女の言葉にあなたはハッと我に返った。

 

 

 

 

"ベルベットルーム"

 

 

 

 ここはあのベルベットルームだというのか。ベルベットルームに訪れたというこの事実にテンションが上がるあなたを彼女は微笑みながら見守っていた。

 

 

 

 

「ふふふふ………どうやらあなたはここがどのような場所かを知ってるようね。でも貴方は正式な契約者ではないからどの道夢から覚めたらここで起こったことは忘れてしまうだろうけど、折角だから少し彼らの物語を話して差し上げるわ。私が知る限り大きな力を秘めたあの客人…………“鳴上悠”の話をね」

 

 

 

 

 

 すると、彼女は手に持っていた本を開く。

 

 

 

 

 

 

「そうね、今あなたたちの世界では”夏”という季節が訪れているようだし、それにちなんだ物語を語りましょう。これはあったかもしれない可能性のお話、彼と彼女たちが過ごした暑い夏の物語………ある意味教育になるお話かしら?うふふふふふふ」

 

 

 

 

 

 

 彼女は妖艶な笑みを浮かべる。そして、彼女が言っていたその物語とやらが映像としてあなたの視界に映り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これはあり得たかもしれない未来の話。彼と彼女たちが過ごした一夏の物語……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月某日

 

<屋久島 桐条家プライベートビーチ>

 

 

「屋久島―――――!!」

 

「「「やくしま――――!!」」」

 

「こーらっ!そんなにはしゃがないの!」

 

「ははは」

 

 

 ここは屋久島にある桐条家が所有するプライベートビーチ。そこに可愛らしい水着を身に纏った少女たちとハイカラな海パンの青年がそんなやり取りをしていた。

 

 

 

 季節は夏。

 

 

 

 学園祭ライブとそれに伴う事件を解決した悠と穂乃果たちμ‘sはライブのお礼という名目でシャドウワーカーの美鶴たちと一緒に屋久島に来ていた。ここに来て3日目になるが、都会と違って大自然に囲まれたここはいい所だと悠は実感した。初日は美鶴の別荘だという豪邸でゆったりとして、翌日は屋久島の名所だと言っても過言ではない縄文杉を見に行ったりと存分に屋久島を満喫していた。

 本当は陽介や千枝たち特捜隊組も参加するはずだったのだが、千枝と完二が試験の結果が振るわず補習、ギリギリ脱した陽介はジュネスのバイトが不幸にも入り込み雪子もシーズン中で旅館の手伝いをしなければならなくなったので、残念ながら屋久島に遊びに行くことはできなかった。りせと直斗も本業が佳境に入っていて同じく。特捜隊メンバーが来れなかったことを聞いた悠は少々残念がっていたが、仕方ないと既に割り切っている。

 

 

 

「悠さん、穂乃果と一緒に遊ぼう!!」

 

 

 

 来られなかった特捜隊の仲間たちのことを海を見て思いを馳せていると、水着に着替えた穂乃果が眩しい笑顔で悠を誘ってきた。なんというか、いきなり現れてびっくりしたのもあるが、穂乃果の水着が合宿に行ったときのものと違った雰囲気があってどうも見惚れてしまう。すると、それにつられるように他のメンバーも悠の元に続々と集まってきた。

 

 

「悠さん、体力をつけるためにも一緒にあそこの島まで遠泳しませんか?」

「お兄ちゃん、ことりと一緒にあっちで遊ぼうよ」

「ゆ…悠さん、あの…泳ぎを教えてくれませんか?」

「悠さん!一緒にかよちんに水泳教えようにゃ~!」

「悠さん……私も…水泳をちょっと……」

「悠っ!あいつらなんかほっといて私に付き合いなさい」

「悠、ちょっと話があるんだけど」

「悠くん、日焼け止め塗ってあげるよ」

 

 

「えっ…………えっと………」

 

 次々に各々からそう誘われ困惑する悠。いくらなんでも一気に来過ぎではなかろうか。思わず直立不動になっていると、また誰かがやってきた。

 

 

「うふふふ、鳴上くんモテモテだね」

 

「ああ、人に好かれるというのはそうそう得られるものじゃない。大した器だぞ、鳴上」

 

 

「風花さん…美鶴さん…」

 

 遅く着替えが終わったらしい風花と美鶴がそんなことを言いながら登場する。遅れて現れた2人の水着に一同は思わず呆然としてしまった。

 

「き、桐条さん……綺麗!」

「お肌が透き通ったように真っ白だにゃ!」

「風花さんもきれい」

「やっぱり…着痩せするタイプだったんですね」

「「………………………」」

 

 風花のはエメラルド色のセパレートタイプ。GWで分かっていたが、どうも着痩せする体質のようで、そのタイプの水着だとそれが特徴として出ているのでより良いスタイルが引き出されている。美鶴は純白のビキニに腰にパレオを巻いている。それがより一層彼女の魅力であるクールさや華やかさが引き出しているようで筆舌に尽くしがたい。

 

「(これが俺の知らない年上の魅力なのか)………いてっ!」

 

 思わず風花と美鶴の水着に見惚れていると、太ももと尻をことりと希に抓られた。

 

「お兄ちゃん?今風花さんと桐条さんの水着に見惚れてなかった?」

 

「えっ?……ええと………」

 

「悠くん、男の子やから仕方ないのかもしれんけど……ウチらの前でHなのはよくないわぁ」

 

「ええっ………」

 

 ことりと希の言葉に他のメンバーも悠に向ける視線を鋭くする。何故このようになったのか分からないのか、風花と美鶴はポカンと首を傾げていたが当人はそれどころではない。早く彼女たちを宥めなければと必死に思考する。すると、

 

 

「鳴上、お楽しみのところ悪いがちょっと顔を貸せ」

 

「えっ?」

 

「すまないがお嬢ちゃんたち、ちょ~っとこいつを借りるぜ」

 

「えっ?あ、あの……」

 

 

 思わぬ事態にどう対処しようか悩んでいると、同じく一緒に屋久島に訪れていたブーメランパンツの明彦と海パンの順平に強制的にどこかに連れて行かれた。

 

「あっ!ちょっと………行っちゃった。むう……お兄ちゃんがむさ苦しいところに………」

 

 悠を取られてムスッと頬を膨らますことり。大好きな兄が明彦と順平に盗られたことにむくれているようだ。

 

「まあ、いいじゃない。普段私たちに囲まれて苦労してるし、たまには真田さんたちみたいな人とやり取りするのも悠には良い息抜きになるでしょ」

 

「ああ……そう言えば東京じゃ悠さん、陽介さんたちみたいな男友達あんまりいないし……絵里ちゃんの言う通りだね」

 

「う~ん……どうなんやろ?」

 

 突然悠が明彦と順平に埒同然に連れ去られてしまい、不満げにそう漏らす者たちを絵里はそう宥める。だが、希の直感は告げていた。アレはろくでもないことが起こるに違いないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………よし、ここなら大丈夫でしょ」

 

「ああ、ここなら誰にも聞かれることなく作戦会議を開ける」

 

「えっ?作戦?」

 

 明彦と順平に連れられてやってきたのは桐条家のプライベートビーチから少し離れた木陰。端から見ればちょっと危ない絵面に見えなくもないのだが、一体この2人のいう作戦とは何なのだろうか。穂乃果たちとこれから海をエンジョイしようとしたところだったのにと思っていると、順平が高らかに宣言した。

 

 

「ああっ!やるぜ!"屋久島の磯釣り大作戦ver2"!!」

 

 

「えっ?…………磯釣り?えっ?」

 

「要するにナンパのことだ、鳴上」

 

「………………」

 

 何を言いだしたかと思えばそう言うことから悠は心底げんなりした。順平はともかく明彦が真顔でそんなことを言ったときは一瞬頭がおかしくなったのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。

 

「……何でそんな真剣なんですか。伊織さんはともかく真田さんは………」

 

「俺は……あの時のリベンジをしなければならないんだ」

 

「リベンジ?」

 

 話によると、数年前に同じように訪れた時、明彦と順平、もう一人の連れと一緒にナンパにチャレンジしたらしい。その時の成果は言わずもがな。明彦はその時の悔しさがどうも忘れられないらしく今回の作戦に燃えているらしい。

 

「ということで協力してくれるな、鳴上」

 

「えっ?…………あ…あの………」

 

「そうだぜ、俺と真田さんじゃ成功率は低いが、お前がいるなら確率がぐんと上がるってもんよ」

 

「い、いや……あの……………」

 

 2人の熱意に押されそうになりながらチラッと女子陣のいるプライベートビーチに目を向ける。もしナンパが彼女たちに、特にことりと希にバレたりした日にはすごいオシオキが待っているに違いない。ここは断って向こう側に逃げようかと行動を移そうとしたが、それを察した順平と明彦が悠の腕を掴んで頭を下げ始めた。

 

 

「頼むっ!!十代最後の一夏の甘い思い出のために!!」

 

「俺からも頼む!俺は…リベンジがしたいんだっ!!」

 

「………………………」

 

 

 順平はともかくあの明彦までこんなに必死で頼みこんで来るとは。ここまでされておきながら断るのは何故か気が引けるような気がしてきた。

 

 

「………………………分かりました」

 

 

「「よっしゃああああっ!!」」

 

 

 悠の参加が決定したところで明彦と順平は勝ちを確信したように歓喜した。だが、この後2人に天罰が下ることになるとはこの時は誰も知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、女子陣は………

 

 

「ビーチバレーですか?」

 

「ええ、先日とあるDVDを視聴したところ、仲間同士で球技をすると親睦が深まるとありました。皆さんもこれで今まで以上に親睦を深めてはいかがかと」

 

 

 そんなアイギスの提案からμ‘s+α対抗ビーチバレーが開催された。公式ではビーチバレーは2人制か4人制らしいが、これは遊びなので人数分けは気にしない。チームの振り分けはくじ引きにより、このような感じになった。

 

 

Aチーム:穂乃果・海未・凛・にこ・真姫

Bチーム:ことり・花陽・希・絵里・美鶴

 

 

「何故私も参加なんだ?」

 

「美鶴さんは最近デスクワークが多く、運動量が減っているようなので、ここで彼女たちと一緒に汗を流してみてはどうかと」

 

「ふむ…確かに、最近は少々運動不足だったからちょうどいいかもしれないな」

 

 ちなみに対シャドウ兵器のアイギスは公平を期すため審判を、風花は得点係を務めるので不参加となっている。しかし、このチームの振り分けに海未は違和感を覚えていた。

 

 

「何故か振り分けに作為的なものを感じるのですが………」

 

 

 海未の言う通りチームの振り分けが何故かある体の一部分が大きい者と小さい者と分けられている。別に風花が意図して操作したわけではないが、結果的にそうなったので仕方ない。それはともかく、今ここに楽しいビーチバレーが開始された。

 

 

 

 

 

 

「ていっ!」

「おりゃあっ!!」

「とうっ!」

「おおっ!ナイス凛ちゃんっ!」

「はっ!」

「美鶴さんすご~い!」

 

 

 

 

 このようにしばらくはこんな感じで楽しいキャッキャウフフなビーチバレーが繰り広げられていた。だが、ここでそんな楽しい雰囲気が終わる出来事が起こってしまった。

 

 

 

 

「よしっ!ここで決めるわっ!!」

 

「させへんっ!」

 

お互い同点の接戦の中、味方がトスしたボールをアタックしようと飛び上がったにことそれをブロックしようと飛び上がった希。そして……

 

 

 

 

バシッ!(にこがアタックを決める音)

ポヨンっ!(希が胸でボールをブロックした音)

ベシッ!(そのボールがにこの顔面に当たった音)

 

 

 

 

「ぐふっ!」

 

「にこちゃん!大丈夫!?」

 

「ご、ごめん……にこっち、大丈夫?」

 

 

 まさかのハプニング。にこのスパイクをブロックしようとした希がボールを胸でブロック、そして跳ね返ったボールがにこの顔面に強打してしまい、にこは仰向けに倒れてしまった。だが、にこは何事もなかったかのようにむくっと起き上がった。どうやらどこも異常はなかったようなので、大事に至らなくてよかった。

 

 

「ふふふふふふふふ…………もう加減はしないわ」

 

「へっ?に、にこ……ちゃん?」

 

 

 だが、起き上がったにこは不気味にそう笑ったので皆は戦慄した。そして、相手チームの身体のある部分を仇を見るかのように睨みつけると、ボールを手にセットする。

 

 

 

「……ハアッ!!」

 

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 

 

 

 にこは不気味にそう笑ったかと思うと、すぐに目をカッと見開いて、今まで出してなかった強烈なサーブを繰り出した。あまりの威力に流石の美鶴たちも反応できず、ボールはそのまま凄まじい砂ぼこりを挙げながらコート内に食い込んでいた。

 

 

「「「「………………………………」」」」

 

「これは…………小柄ながら中々の威力だ。どうやったらあのような威力がでるんだ?」

 

 

 にこの繰り出したサーブの威力に一同は呆然としてしまう。美鶴だけは感心していたが、そこはそっとしておこう。

 

 

「もう一発っ!」

 

 

 にこはまたも同じく強烈なサーブを相手コートへと撃ち放った。だが、

 

 

「甘いっ!」

 

「ナイスです。今やっ!エリチっ!!」

 

 

 同じ手は二度も喰らわないと言うように、ちょうどベストポジションに入っていた美鶴にレシーブされ、それを希がトス。

 

 

ーカッ!ー

「行くわよっ!」

 

 

 そして、絵里が相手コートにスパイクを放った。にこほどの威力はないが、的確に空いているゾーンを狙っていた。だが、

 

 

 

バシッ!

 

「「「!!っ」」」

 

 

 

 

 ここでまさかの展開。入るかと思われた絵里のスパイクはいつの間にかポジションについていた海未にレシーブされていた。

 

 

「う、海未ちゃん?」

 

「穂乃果、上げなさい」

 

「は、はいっ!!」

 

 海未の低い声に穂乃果は逆らうまいと上がっていたボールを必死にトスする。

 

 

 

「…ハッ!!」

 

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 

 

「「「………………………」」」

 

 

 海未が放ったスパイクもにこと同様……否それ以上の威力だった。それはさながら某赤い弓兵が放つ弓矢のようだった。

 

 

「さあ……ここからが本当の戦いよ」

 

「覚悟は良いですか?」

 

 

 変なスイッチが入ってしまったにこと海未を見て、コート内にいた全選手が恐怖した。

 

 

"これは……マズイ予感がする"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃……

 

 

 

 

「…ダメだったな」

 

「……虚しいだけだった」

 

「リベンジ…ならずか」

 

 

 

 ナンパが失敗して3人は浜辺で黄昏ていた。お察しの通り、ナンパに失敗したのである。そもそもナンパなんて沖奈市で散々な目に遭っている悠は最初から乗り気ではなかったので、改めて痛い目に遭っておきながらあんなに何度もトライした明彦と順平には呆れを通り越して敬意を表した。

 

 

「やっぱり…バックアタック作戦が上手く行かなかったせいか」

 

「いや、それってあの海にいる女性たちに泳いで背後から姿を現したやつですよね。アレは流石におかしかったかと」

 

「じゃあ、どうすれば良かったと言うんだ?」

 

「………普通に話しかけるとか」

 

「それじゃあインパクトに欠けるだろ」

 

「インパクト求めてどうするんですか…………」

 

「いや、真田さんの言うことも一理あるぜ。やっぱりファーストコンタクトは重要だってアイギスも言ってたし」

 

「ああっ!そこから洗い直すぞっ!まだ勝負は終わっていない!」

 

「おうよっ!奇跡の逆転サヨナラホームランを狙いましょうぜっ!!」

 

「……………(駄目だこの人たち、早く何とかしないと)」

 

 

 以前明彦は学生時代ファンクラブが存在していたほどモテていたと聞いたことがあるが、段々それは嘘なのではないかと思ってきた。しかし、どう考えようとも後の祭りである。嗚呼、バレたら殺される。というか、もう希にはバレているかもしれない。

 

 

 

「(楽しい人生だったな……………)!!っ」

 

 

 

 そんなことを思っていると、悠の第六感が何かを感じた。その存在に思わぬ恐怖を感じた悠はすぐさま2人を置いて逃げていった。

 

 

「だから次は……あれ?鳴上のやつどこに行ったんだ?トイレか?」

 

「そう言えば……にしても真田さん、何か視線感じません?」

 

「んっ?………確かに」

 

 

 次の作戦を考えていると、さっきまで隣にいたはずの悠がいなくなっていた。それに、何故かどこからか邪な視線を感じたような気が………

 

 

「いい男じゃない。私、ビシビシ感じていたもの」

 

「ねえねえ、お2人さんはもしかして逆ナン待ち?」

 

 

 すると、女性から声を掛けられた。ナンパに失敗して少々意気消沈していた2人はハッと胸を高鳴らせる。もしや、これは所謂逆ナンというやつでは。そう思った明彦と順平は歓喜して振り返ってみた。

 

 

 

 

 

「あら~♡誰かと思えば数年前に私をナンパしてくれた子たちじゃない。またここで会えるなんて………運命感じちゃうわ♡」

 

「んふふふふ~♡い・い・お・と・こ・た・ち♡」

 

 

 

 

 

 しかし、そこにいたのは思わず目を背けたくなく際どい水着の妙齢の女性とアバドンを彷彿とさせる巨漢の女性……男に飢えたモンスターたちだった。

 

 

「げっ!!」

 

「あ、アンタは……まさか…………」

 

 

 女性たちの姿を見た途端、2人は顔が青ざめた。アバド…巨漢の女性はともかく妙齢の方には見覚えがある。というか、数年前にナンパ作戦を決行した時にうっかり声を掛けてしまったあの女性が目の前にいる。

 ちなみにこの女性の正体は【柏木典子】という悠の稲羽での元担任であり、巨漢の女性は【大谷花子】という悠の同級生。この2人がここにいるということは、もう分かっている読者にはお分かりだろう。

 

 

 

「さっきずっと2人で泣いてたの。逆ナンしてもみんな逃げちゃうから、本当の女の魅力が分かる男がいないって…………でも、あなたたちなら存分に私が教えてあ・げ・る♡」

 

「カモ~ン♡」

 

 

 

 そんなことを言いながらジリジリと近づいて来るモンスターたち。心なしか顔が獲物を狙う肉食獣そのものになっているし、息も荒い。それを感じた順平と明彦は恐怖して後ずさる。

 

 

「さ、真田さん………」

 

「に、逃げるぞっ!撤退だっ!!」

 

 

 本能が危険信号を発した2人は全力ダッシュで撤退する。だが、それを逃がすまいとモンスターたちも追いかける。

 

 

 

「「逃がすかあああああああああっ!!」」

 

 

「「ぎゃあああああっ!!」」

 

 

 

 こうして明彦と順平の屋久島を舞台とした逃走劇が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…すみません、真田さん・伊織さん。俺も命が惜しいんです」

 

 

 近くの茂みにて大谷さんと柏木に追いかけられている明彦と順平に悠は心の底から合掌した。あの2人に目を付けられたら、早々逃げ切れはしないだろう。そのことを去年嫌というほど思い知った悠は静かに2人の冥福を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!お帰り、鳴上くん」

 

「あれ?お兄ちゃん、どうしたの?そんな疲れた顔して。真田さんたちとどこか行ってたんじゃ」

 

 何とか気配を消してことりたちは待つビーチに戻ってきた悠。疲れ切った顔と同行していたはずの明彦と順平がいないことが気になったのか、そんなことを聞かれてしまった。

 

「………いや、ちょっと野獣に襲われてた」

 

「野獣?」

 

「屋久島にそんな危ない動物っていたっけ?」

 

 野獣と聞いて意味が分からなかったのか、ことりと風花は首を傾げる。すると、何かを察したことりはクワッと目を見開いた。

 

「はっ!!もしかして、お兄ちゃんを狙おうとした女………待っててお兄ちゃん、今すぐことりが退治してくるから」

 

「ことりちゃん!?その解釈どうなのかな!!」

 

「安心しろ、真田さんたちを囮にしたから」

 

「えっ?……じゃあ、大丈夫だね」

 

「ええっ!?」

 

 鳴上兄妹の会話に風花はペースを乱される。内容からして絶対大丈夫じゃない気がするのだが、本人たちは何故か落ち着いているので自分がおかしいのか、はたまた彼らおかしいのか分からなくなってしまった。

 

「それよりも、これはどうなってるんだ?」

 

「ああ……」

 

 何事もなかったかのように悠が浜辺に目を向ける。桐条家プライベートビーチは先ほどの光景と全然違っていた。先ほどまでみんな仲良くビーチバレーをしていたはずなのに……

 

 

 

 

 

「うおりゃあああああああっ!!」

「くっ!」

「はああああああああああっ!!」

「きゃあっ!!」

「負けるかあああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 仲良くや楽しそうというには言えないほど白熱していた。

 

 

 

「ふっ、中々やるじゃないか」

 

「美鶴さんこそ………でも、負けませんっ!!」

 

「ここからが本番よっ!」

 

「私だって負けないわ!!」

 

 

 

 コートで今対決しているのはAチーム側が美鶴と絵里、Bチーム側はにこと海未。他のメンバーはと言うと、あの4人のペースに巻き込まれたのかパラソルの下でぐったりとしていた。心なしか、“ビーチバレーはもうこりごりだ”などとうわ言を呟いてる気がするのだが……

 

 

「何があったんだ?アレ」

 

「………そっとしておこう、お兄ちゃん」

 

 

 ことりの言葉には少し引っかかるがこれ以上聞くのは藪蛇のような気がする。とりあえず悠とことり、風花は倒れているメンバーを介抱することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<桐条家別荘>

 

 

「いたたたたたた………」

 

「流石にはしゃぎ過ぎたわね…………」

 

「もう……立てません………」

 

「ふう…良い運動になった」

 

 

 時刻が夕暮れを指し、辺りが暗くなったところで一同は桐条家の別荘へと戻っていた。先ほど白熱したビーチバレーを繰り広げていた4人は動き過ぎた故か少々周りの皆より疲れ気味であった。このまま放っておけば明日は筋肉痛になっているだろう。

 

 

「美鶴さん、後でマッサージをしましょうか?」

 

「ああ、すまないなアイギス。よろしく頼む」

 

「海未ちゃん、疲れに効く足ツボ押そうか?この前ネコさんに教わったの」

 

「そうですか……お願いします。正直そうしないと明日筋肉痛になりそうです……」

 

「エリチ、ウチがマッサージしてあげるわ」

 

「ありがとう、希……是非ともお願いするわ。あとどさくさに紛れてワシワシするのは止めてね」

 

「あらら、バレちゃった☆」

 

「…………………」

 

 

 そんな彼女たちを見て各々の友人たちが気を遣うようにマッサージを申し出てくれた。これには彼女たちも嬉しそうに申し出を承諾したが、何故かにこには誰も声を掛けてくれなかった。これには流石のにこの少々ムスッとした表情になったが、そんな彼女に救いの手が舞い降りた。

 

 

 

「にこ、俺がマッサージしようか?」

 

 

 

「「「「!!っ」」」」

 

 

 なんとにこにはあろうことか、マネージャーの悠がそう申し出てくれた。これにはにこのみならず周りのメンバーも驚愕する。

 

「え、悠が………してくれるの?にこに……マッサージを?」

 

「ああ、この間マッサージの本を読んだから試してみたいって思って。にこが良ければだが」

 

 どうやら本人は最近得たマッサージの知識を試したいと思ってのことのようだが、にこにとっては先ほどの状況よりも何倍も好都合な申し出だった。これには思わずにこも表情がニヤニヤしてしまうのを隠し切れない。

 

 

「そ、そう…………じゃあお願…」

 

 

 

 

「「「私がやるっ!!」」」

 

 

 

 だが、そうはさせまいと言うように花陽・真姫・穂乃果の3人が遮るようにそう声を上げた。何故かにこにはそれが提案というより“異議あり!”と言うように言っているようにしか聞こえなかった。

 

 

「えっ?………あの…俺が………」

 

「悠さんは休んでていいから、ここは任せて」

 

「ええっ……でも」

 

「ねっ!」

 

「えっと………」

 

「ねっ!!」

 

「………はい」

 

 

「何でよおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

 美味しい所を邪魔されたにこの絶叫が別荘中に木霊する。相も変わらず騒々しい悠たちだったが、そんな悠たちの楽しそうな様子に風花と美鶴は微笑みながら見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ………」

 

 

 休めと言われて悠はバルコニーで風に当たることにしたが、どうも釈然としなかった。ただ疲れ気味のにこにマッサージをしようとしただけなのに、どうして彼女たちは割り込んできたのか。勉学だけでは効果があるか分からないので実践で試してみたかったのにと本人は思っているのだが、天然ジゴロである悠に彼女たちの心境が分かるはずがない。

 

 

「散々だったな、鳴上」

 

 

 バルコニーで黄昏ていると、いつの間にか隣に美鶴が一緒に黄昏ていた。東京で見たあのライダースーツのような戦闘服や先ほどの水着と違って、今は落ち着いた夏服でいるので普段とのギャップを感じて少々ドキッとしてしまう。これも年上の魅力かと実感していると背後から冷たい視線をいくつか感じた。

 

「……鳴上、突然だがここに来て良かったと思ったか?」

 

「えっ?」

 

「いや……彼女たちは見ていて楽しんでいるのは分かるのだが…君がどう思っているのか気になってな」

 

 美鶴はそう言うと後ろでさっきのことで言い争っている穂乃果たちに視線を送る。何故自分にそんなことを聞くのかは分からないが、悠はどう答えようかと目を瞑ってここに来てからのことを振り返った。

 

 

「………もちろん、楽しかったです。屋久島を散策して縄文杉を見て、みんなと海で遊んではしゃいで……野獣に襲われそうになって」

 

「??」

 

「陽介たちも来れなかったのは残念でしたが……美鶴さん、改めてお誘いありがとうございました。残り少ない期間も楽しみたいと思います」

 

「うむ……そう言ってくれると、私も嬉しい。次は君の稲羽の友人たちとも夏を過ごしたものだな」

 

「それじゃあ、美鶴さんも今度一緒に稲羽に行きませんか?色々と案内しますよ」

 

「それは良いな。是非ともそうさせてもおう。スケジュールをチェックしておかなくては。その時はよろしく頼む」

 

「はい」

 

 

 そうして悠と美鶴は信頼の証と言わんばかりに固い握手を交わした。手を握る力とその暖かさから美鶴の固い信頼を感じる。

 

 

「悠くん♪」

 

 

すると、そんな雰囲気に入り込むように希が悠の背後にふっと現れた。

 

「の、希?」

 

「ちょうどエリチのマッサージが終わったから、悠くんにもしてあげようって思うてな」

 

「えっ?……ああ………それなら美鶴さんに」

 

「ウチは桐条さんより悠くんにしたいんや。マッサージと称してどさくさに紛れてあんなことやこんなことができるんやからなぁ

 

「「……………………………………」」

 

 明らかに邪な欲望が丸出しである。その証拠にマッサージしようとしている手がワシワシと妙な動きをしていた。

 

 

「待った!!お兄ちゃん、ことりのマッサージの方が気持ちいいよ」

 

「えっ?」

 

 

 そうはさせまいとするようにことりが希と悠の間に割り込んできた。

 

「ほほう?ことりちゃんも悠くんにあんなことやこんなことがしたいんやなぁ」

 

「ち、違うもんっ!………………希ちゃんはお兄ちゃんにいやらしいことをしようとしたから邪魔しにきただけだもんっ!絶対にさせないから!」

 

「あ、あの……ことり、私の足ツボがまだ途中なのですが………」

 

 そんなことを言い合っていつものように火花を散らせる希とことり。足ツボが途中の海未が弱々しくそう訴えるが既に2人は聞く耳を持たなかった。

 

「ふ~ん……じゃあ、ここで決着つけようか?どっちが悠くんの疲れを癒せるか」

 

「臨むところですっ!」

 

 次第に火花のバチバチ具合が増していく。こうなってはこの2人を落ち着けることなど不可能に近かった。

 

 

「全く……君たちは本当相変わらずだな」

 

「そっとしておこう……」

 

「君はそっとしておいたらいかんだろ」

 

 

 そして、希とことりに連行された悠を見送った美鶴はバルコニーからの景色を静かに眺めた。

 不思議なものだ。彼らと話しているとこれまでシャドウワーカーとしての責務や重圧などを忘れて巣の自分で居られるような気がする。そんなことを思いながら、美鶴はこれから先のことを楽しみに感じて夜風を満喫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?………そう言えば何か忘れてる気がするが…………気のせいか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方……………

 

 

 

「「待てえええええええええええええええっ!!」」

 

 

 

「ぎゃああああああっ!真田さん!俺ら、一体いつになったら解放されるんですかあああっ!!」

 

 

「知るかっ!良いから走れっ!追いつかれるぞっ!………それにしても鳴上のやつ、覚えてろおおおおおおおっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 後日、この2人がどうなったのかはご想像にお任せしよう。だが、後に2人はこう思った。

 

 

 

 

 

 

 ナンパなんて、するもんじゃない………。

 

 

 

 

 

 

『The Striper operation in Yakushima.』 fin




Next Extra(ちょい見せ)










「どうして……」

「こんなことに………」





「「なってしまったんだ――――!!」」







ズガガガガガガガガガガガッ!!





「「うわあああああああああああああああああっ!!」」





"PERSONAQ2 Anniversary 2/2"
「Big pounding dating strategy.」


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Extra④「PERSONAQ2 Anniversary 2/2.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。


今日投稿するのは前回も言った通りペルソナ5とのコラボ短編です。ぶっちゃけて言うと、荒れてた時に久しぶりに見た型月の宴から思いついた内容なのですが、楽しめて頂けたら幸いです。

ちなみに5の主人公の名前はアニメと同じ"雨宮蓮"で、悠とは先輩後輩との関係という設定にしています。


それでは、PERSONA5とのコラボ短編「Big pounding dating strategy.」をどうぞ!



<???>

 

 

 ここは迷宮。

 

 何者かがある想いを元に創った映画館を模した幻。

 

 その何かに導かれてここに迷い込んだペルソナ使いたち。

 

 

 

 

 その迷宮に迷い込んだ2人の主人公は……………

 

 

 

 

「穂乃果さんたちの依頼により、修羅場の原因である鳴上様・雨宮様を即刻排除するであります」

 

 

「覚悟はええよね?2人とも」

 

 

 

 

 対シャドウ兵器のアイギスとラビリスに映画のスクリーンの前で追い込まれていた。

 

 

 

 追い込まれた学ランを来た青年と怪盗を彷彿とさせる黒づくめの衣装を身に纏った青年の表情は青ざめていた。

 

 

 

 

 

「どうして……」

 

「こんなことに………」

 

 

 

「「なってしまったんだ―――――――!!」」

 

 

 

 

 

 

 

ダダダダダダダダダダダダッ!!

 

 

 

「うわあああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 彼らの悲痛な叫びと共にマシンガンの発射音と大きいチェーンが落ちる鈍い音が同時に映画館に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「うわっ!ハァ………ハァ………ハァ………」」

 

 

 

 目が覚めると自分たちは映画館とは全く別の空間にいた。落ち着いた雰囲気に店員が全員メイド服を着ている喫茶店、いわゆるメイドカフェといったところだ。

 

「「ゆ、夢か………ハァ……」」

 

「おいおい、大丈夫かい?お2人さん」

 

「ね、ネコさん!……え、ええ………大丈夫です」

 

「お騒がせしました………」

 

 ネコさんと呼ばれた女性は明らかに挙動不審な二人に怪訝な表情を向けながらもこれ以上は何も聞かまいと溜息を吐きながら厨房へ戻っていった。

 

 

「「……………………ハァ」」

 

 

 ここは秋葉原で一二を争う大人気メイドカフェ【コペンハーゲン】。その一つのテーブルに2人の男が落ち込むように再び溜息を吐いた。

 一人のアッシュグレイの青年は今作の主人公であり【特捜隊&μ‘s】のリーダー"鳴上悠"。もう一人のくせ毛が特徴的な青年は現在とあるアニメに出演中、性根の腐った大人を改心させ世間を騒がす心の怪盗団【ザ・ファントム】のリーダー"雨宮連"。2人とも今冬に発売されるゲームの主人公たちだ。ちなみに作者もあのPVを見てテンションが上がったものだ。それはともかく

 

「おい雨宮、お前も見たのか」

 

「ええ…見ましたよ…………映画館みたいな場所で追い込まれて、マシンガンで撃たれたりナックルチェーンを落とされたり」

 

「そうか………原因はアレだな」

 

「アレですね」

 

 再び溜息をはきながら顔を伏せる2人。この2人がこのような場所でこんなに落ち込んでいるのには訳があった。

 

 

「まさか……デートの約束が9人同時に重なるなんて」

 

「俺も……」

 

 

 そう、この2人あろうことか、9股をかけている上にその9人の女性とのデートを同じ日にブッキングしてしまったのだ。悠はμ‘sメンバー全員と、蓮は怪盗団の仲間とその協力者たちと。

 

「雨宮、君は節操がないな」

 

 悠はここぞとばかりに後輩の蓮を非難する。だが、蓮はカウンターとばかりに悠に事実を突きつけた。

 

「鳴上先輩こそ、今お世話してるスクールアイドル全員に手を出したって」

 

「俺は……みんなを幸せにしたかったんだっ!」

 

 悠はどこぞの正義の味方のように最低なことを悔しそうに宣って机をバンバンッと叩く。そんな悠の様子に蓮は呆れてものも言えなかった。

 

「ハァ…また他人に理想を押し付けるようなことを。でも先輩、バレたら彼女たちに殺されるんじゃないですか?重度のブラコン妹さんとか、自称彼女さんとかに」

 

 蓮の言葉に悠は表情が青ざめる。もしバレたらどうなるのかが容易に想像できてしまったからだ。

 

 

 

 

――――悠さん…最低!

――――最低なあなたは…滅殺です!

――――お兄ちゃん?覚悟はいいかな?

――――イミワカンナイ…!

――――許しません!

――――信じてたのに…最低だにゃ!

――――ロリコン!

――――もう二度と近づかないで!

――――悠くん?再教育の時間やで。

 

 

 

 

「確かに…バレたらテレビの中に入れられて殺される………でも、そう言う雨宮だって、バレたら殺されるんじゃないか?世紀末覇者先輩とか美少女怪盗とかに」

 

 悠にそう指摘されて蓮も表情が青ざめた。彼の頭に過ったのはバレンタインの翌日に起きたあの悲劇……

 

 

 

――――女の敵!

――――馬鹿にしてる?

――――許さないです…!

――――見損なったぞ…!

――――こんなの…ひどいです!

――――タダじゃおかないから…

――――ふざけないで…

――――まじめに言ってます?

――――笑えない…

 

 

 

「うっ…………………だから、こうして集まって対策を考えてるって言ったんじゃないですか。先輩、3回くらいこういうことあったんですよね。なんとかならないんですか?」

 

「雨宮……他人事だと思って」

 

「他人事ですから」

 

 実際悠は去年陽介と完二との密着計画時とクリスマスの時に2回、今年の4月に1回こういう事態に陥っているので経験豊富と言えばそうなのだが、今回は如何せん相手が多い。

 

 

 

「しょうがない…こうなったら…………殺されない、死なないためのより綿密なタイムスケジュールを考えるしかない!」

 

「はいっ!!」

 

 

 皆を悲しませないために悠と蓮は当日のタイムスケジュールを考え出した。いつぞやの密着計画のときのように如何に誰とも被らないようにするかを重点に。そして自分の身を滅ぼさないためにも。

 

 

 

 

 

 

~30分後~

 

 

 

 

 

 

「ダメだっ!どう考えてもアウトだ!」

 

 

「くそっ!どうすれば………」

 

 

 

 

 結局解決策は思いつかなかった。それもそのはず、3人や4人ならまだしも9人という大人数を1日で何とかするなど不可能に等しい。こんな時に忍者のように分身の術が使えればと思ってしまう。

 

「くっ…どうやっても誰かと被ってしまう」

 

「先輩……やっぱり、この計画は諦めた方が………」

 

「んむむむむ…………」

 

 ここに来て改めて2人は思い直す。やはりこの計画を実現するのは不可能なのだろうか。思わず頓挫するかを悩んでいると、

 

 

「あっ!お兄ちゃ~~ん♡」

 

 

 ひょいっと背後から自分をそう呼ぶ可愛らしい声が聞こえてきた。まさかと思って振り返ったと同時に腕に誰かがしがみついてきた。こんなことをする人物は……。

 

「こ、ことり?どうしてここに?」

 

「だって、今からシフトだもん」

 

「……そうだったな」

 

 うっかり忘れていた。今日のこの時間からことりがシフトに入っていたことを。うっかりデートを多数ブッキングしていることを聞かれたのではないかとヒヤヒヤしたが、ことりの様子から見るにまだバレていないようだ。

 

「ところで、この人は?もしかして、お兄ちゃんがこの間言ってた気の合う後輩さん?」

 

 ことりはふと視線を向かいの席にいる蓮に向ける。そう言えば蓮を紹介するのを忘れていた。紹介するのはいいが、間違っても彼があの怪盗団のリーダーであることは伏せておかなくては。

 

「ああ、こいつは雨宮って言う俺の後輩だ。仲良くしてやってくれ」

 

「どうも…雨宮蓮です」

 

「こんにちは、お兄ちゃんの妹で将来の妻の南ことりです」

 

「えっ?」

 

「真に受けるなよ」

 

 ことりの発言に驚いた蓮に悠はそう釘を刺す。いつも周りに彼女発言する希に対抗してか初対面の人にもこんな勘違いを生むようなことを言い始めたので早く何とかしなくては。すると、

 

「ええっ!?お兄ちゃん、どうしてそんなこと言うの!?…もしかして、ことりのこと………嫌いになっちゃったの?…………」

 

 先ほどの悠の言葉をそう解釈してしまったことりがウルウルとした瞳で悠にそう尋ねる。あまりのことに蓮は困惑する。別に悠は泣かすようなことを言ってないのにこうなるとは………これが重度のブラコンというものだろうか。こうなるとちょっとやそっとのことでは泣き止まないだろう。悠は事態がややこしくなる前にある手段に出た。

 

 

「えっ?……お兄…ちゃん?」

 

「そんな訳ないだろ、俺にとってことりは世界よりも大事に決まってるだろ。でなきゃ、こんなことはしないさ」

 

「お兄ちゃん…………………えへへへへへ」

 

 

 宥めるためにサッとことりを抱き寄せて頭を優しく撫でる悠。それに照れながらもことりは嬉しそうに悠に寄り添って甘え始めた。それを近くで見ている蓮は困惑していた。端から見れば、2人は仲の良い兄妹に見える。だが何故だろう、あの2人のいちゃつく姿を見るとあまりの甘さに砂糖を吐きたくなる気分に襲われてしまう。この兄弟は明らかにまずい。

 

「すみません、ブラックコーヒーをください」

 

 蓮は苦いものを欲するかのように通りがかりのメイドにそう注文する。そんな状態が数十分続いたのだが、その間店のコーヒーの売り上げが数倍伸びたという。

 

 

 

 

 

「それじゃあお兄ちゃん、ことりはこれからお仕事だから。ゆっくりしていってね♡あと、今度のデート楽しみにだね」

 

 ことりは満足げにそう微笑むと悠にそう言って厨房に入っていった。悠に見せたさり気ないその笑顔はこのメイド喫茶の看板である”ミナリンスキー”の名に恥じない万人をも温かくさせる笑顔だった。

 

 

「…………………良い妹さんですね」

 

「ああ………菜々子と同じで俺には勿体ないくらいの妹だ。例えお前でも手を出したら即刻私刑だけどな」

 

「……………先輩、最低ですね。あんな良い妹さんがいながら他の女性に手を出すなんて」

 

「ぐっ………」

 

 

 蓮のキツイ一言に悠はダウンしたようにテーブルにうつ伏した。確かにあんな甲斐甲斐しく可愛い従妹がいるのにみんなを幸せにしたいからと数多くの女性とブッキングしてしまったことは許されることではない。

 

 

「あら?雨宮くん、こんなところで何してるの?」

 

 

 すると、今度はまた別の女性の声が蓮の背後から聞こえてきた。どうやら自分たちより年上の者のようだが、蓮はその声に思わず冷や汗を掻いた。まさかと思って振り返ってみると……

 

 

「か、川上先生………何でここに?」

 

 

 そこにはいつもの私服姿の蓮の学校の担任である【川上貞代】がそこにいた。川上はいつものようにけだるそうに蓮の質問に答えた。

 

「たまには別の店の敵情視察もいいかなって一人寂しく来ていたのよ。ふと見ればちょっと近くの席に雨宮くんがいるし、その上なんかどっかで見たことある他校の子と一緒にいるし、君たちどんな関係なわけ?」

 

「え、え~と………」

 

 蓮と川上のやり取りに悠は衝撃を受ける。今敵情視察と言わなかっただろうか。まさかこのぼさぼさの髪で終始眠そうな顔をしている女性が別の店でメイドをやっているのか。

 

「俺と雨宮は友達です」

 

「………あっ、そう。どうでもいいけど」

 

「えっ?」

 

「それより雨宮くん、さっきその子に甘えてた若いメイドちゃんに見惚れてなかった?」

 

「えっ?」

 

「私があれだけご奉仕してあげてるのにまだ満足してないわけ?」

 

「「!?っ」」

 

 更なる発言に流石の悠も見開いた。蓮がことりに見惚れていたと聞いてシスコン魂に火がついた悠は即刻こいつを始末しようかと思ったが、それ以上に衝撃的なことを聞いてしまった。この2人、一体どういった関係なのだろうか。ただの生徒と教師の関係ではなかったのか。

 

「えっ………え~と………その…」

 

「別に取り繕わなくていいのよ。君だって、若い子の方が良いだろうし」

 

 川上はそう言うと頬を膨らませながらそっぽを向いてしまった。その仕草から悠は察してしまった。まさかこの2人……すると、蓮は悪びれるように川上にこんなことを言いだした。

 

 

「……仮にそうだとしても、先生の方が気が利くし仕事が丁寧だし、俺にとって先生が一番のメイドですよ」

 

 

「「!?っ」」

 

 すると、蓮は川上を気遣うようにさらりとそんなことを宣った。それを聞いた川上を面食らったような表情になって顔が朱色に染まり始めた。

 

「そ、そう……………じゃ、じゃあまた学校で!?……あっ!今度の買い物の約束、忘れないでよね」

 

 川上は蓮の言葉に顔を真っ赤にしながらそう言うと、会計を済ませて店を出て行った。あの反応からしておそらくそういうことだろう。全てを察した悠はホッと胸を撫で下ろす蓮に仕返しとばかりに冷たくこう言った。

 

 

「お前、生徒会長のみならず先生にも手を出したのか」

 

「えっ?そ、それは………………」

 

「お前も人のこと言えないな」

 

「ぐっ……」

 

 

 悠のカウンターを受けて蓮もテーブルにうつ伏してしまった。決まったと言わんばかりに悠がニヤッと笑みを浮かべたが、蓮はうつ伏せになりながらもあることに気が付く。

 

 

「でも先輩、結局どうするんですか?全然話が進んでませんよ」

 

「あっ」

 

 

「「………………………………………」」

 

 

 考えてみれば状況は全く改善されていなかった。あの時にことりと川上にデートのキャンセルを申告しておけば先ほどより余裕が出たかもしれないのに、みすみすチャンスを逃してしまった。今の状況を顧みた悠と蓮は再び頭痛に苛まれた。このままではあの夢が現実味を帯びてしまう。どうしたものかと思っていると、

 

 

コトッ

 

 

「「????」」

 

 突然2人の前に甘い匂いが漂うココアが出された。ふと見ると、そこにここの常連である悠ですら見たことがないメイドさんが2人に微笑みながら立っていた。明るいブラウンに近い色の髪のポニーテールにヘアピンを付けており、そのヘアピンはどこかXXIIのように見える。

 

「疲れた時はあま~いものがオススメですよ、ご主人様♡」

 

「「あ、ありがとうございます………」」

 

 どういうことが分からないまま悠と蓮はココアを一口頂いた。どこかさっきまでブルーな気持ちになっていた気分を飽和させてくれる甘さが心地よい。改めてお礼を言おうとした悠はそのメイドさんに少し違和感を覚えた。こんな特徴的なメイドさんはコペンハーゲンに居ただろうか?

 

 

「あの……あなたは?前来たときはいませんでしたよね?」

 

 

 悠が思い切って彼女にそう聞くと、彼女はフフフと不敵に笑いながら腰に手を当てて言った。

 

 

「ふふふ、よくぞ見破ったな!そう、私は最近ここに入ってきた新人の"ハム子"。ちょうど君たちの先輩に当たるのかな?番長くん、ジョーカーくん」

 

 

 

「「えっ?」」

 

 

 彼女…改めハム子の発言に2人は驚いた。番長と呼ばれて思い当たる節がある悠はポカンとしているが、それとは対称に蓮は内心焦っていた。世を騒がせ警察にもまだ素性を知られていない怪盗団のリーダーのコードネームを……それも何故それが自分だと知っているのか。思わずどういうことなのかと身構えて問いただそうとすると、

 

 

バシッ!バシッ!

 

「「いたっ!…何するんですか!?」」

 

 

 突然どこからか取り出したハリセンで叩かれた。あまりのことに一体どういうことなのかと抗議しようとすると、ハム子はハリセンを肩に置いて2人を見下ろすようにこう言った。

 

 

「後輩たちよ、何やら女の子たちとのデートが多数重なったようだけど…出来もしないのに無茶なタイムスケジュールを組むなんて、最低じゃないかなあ?」

 

「「ぐっ……」」

 

 

 あまりの正論に押し黙る2人。確かに今自分たちがやろうとしていることは女性から見れば最低としかみなされないだろうが、それでは自分たちは……。そう思っていると、やれやれと肩をすくめてハム子はこう言った。

 

 

 

 

「同じ日が無理ならね………別の日に設定すればいいんだよっ!」

 

 

 

「「その手があったか!!」」

 

 

 

 ハム子が提案した案に同意する2人。制裁が来ると思ったらまさかの有効なアドバイスをいただいた。何でこんな単純なことを思いつかなかったのだろう。2人の納得したげな表情を見たハム子はしめしめと言うように笑みを浮かべた。

 

 

「ふっふっふ、納得してもらえてなによりだ。じゃあ私は仕事に戻るから、あとは君たちで何とかするんだよ」

 

「「ありがとうございます!先輩っ!!」」

 

「それじゃあ、健闘祈ってるよ~。次はゲームの中で会おうね~☆」

 

 

 ハム子は満足げにそう言うと、意味深な言葉を残してその場を去って行った。それはともかく、早くこの事態に収拾をつけるために悠と蓮は皆に日にちを変更できないかと連絡を入れた。

 

 

 

 

 

 

~15分後~

 

 

 

 

 

 

「……皆、この日以外空いてないから変更は無理だって」

 

 

「俺もそう言われました…」

 

 

 

 

 

 

「「…………………………………………」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう駄目だああああああっ!」

 

「全くだあああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公衆の面前にも関わらず、絶叫する2人。その姿はもはや憐れとしか言いようがなかった。

 

 

「……最低だな、2人とも」

 

「???」

 

 

 必死にデートのタイムスケジュールを考え込んでいる悠と蓮を見てネコさんはことりに聞こえないようにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやっても上手く行く気がしない」

 

「じゃあ、どうすればいいんですか!?」

 

「どうもこうもあるか!!こうなったら腹をくくるしかない」

 

「!!っ……そうですね、じゃあ」

 

「ああ、こうなったら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

→➀全員とデートする。

→②1人選んでデートする。

 

 

 

 

 

 

「はいは~い!皆さんこんにちは~!P3Pから登場のハム子だよ~!本当に男ってバカだよね~☆まっ、もう一人の私も言えたことじゃないけど☆でも、まさか私が言ったことを真に受けると思わなかったよ」

 

 

「それでは~気を取り直して、あなたの一票が番長くんとジョーカーくんの未来を決めるよ~。あなたはどの選択肢が良いと思ったかな?活動報告でアンケート取ってるから、そこに投票してね。1人の選択肢の時は誰とデートさせたいか選んでね☆」

 

 

「んっ?どこかの作品とパターンが同じだって?…………細かいことは気にしな~い☆それじゃあみんな~投票もよろしくねぇ。あと、今冬に発売が決定した【PERSONAQ(自主規制)】もよろしくね~!私の活躍もお楽しみに~~~!」

 

 

「それじゃあ、次は本編の予告だよ。作者もようやくメンタルが回復した頃だから、励みになる感想やコメントをよろしくね☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーto be continuded?




Next



待ちに待った学園祭。ラブライブへの最後の追い込みのライブを成功させ、悠と楽しく学園祭を過ごす








はずだった…………………………







『そうっ!なんと、あの少年を誘拐しました!はっはあっ!!すごいだろ~!!』





突然映ったマヨナカテレビ。そこに映っていたのは…………。





「穂乃果の…せいだ………穂乃果のせいで……悠さんが……悠さんが……………………」








「今すぐ助けに行こうよ!」

「ここまで来たのに……諦めるのは嫌よっ!」

「ペルソナを持ってないくせにっ!」


割れる意見と崩れかける信頼関係。





「もし事件が解決して廃校を阻止出来たら………私たちが集まる必要はなくなるのかな?」

「お兄ちゃんがいなかったら………」


揺れる穂乃果とことりの想い。





そして、迫る………道化師の罠




『これぞ、究極のエクストリームっ!!』

「まずい………死ぬ」

「全く………見てらんないよ」


様々な逆境に苦しむ穂乃果たちとかつてない危機が迫る悠。果たして、彼・彼女たちの運命は!?






【μ‘sic Start For The Truth】クライマックス!



Next #56「Life or Live」

2018年9月上旬更新予定


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Extra⑤「Big pounding dating strategy.」

前回のあらすじ

9股掛けた上に9人同時にデートをブッキングしてしまった鳴上悠と雨宮蓮。悩みに悩んだ末に、2人が下した決断とは………


「どうやっても上手く行く気がしない」

 

「じゃあ、どうすればいいんですか!?」

 

「どうもこうもあるか!!こうなったら腹をくくるしかない」

 

「!!っ……そうですね、じゃあ」

 

「ああ、こうなったら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

→➀9人全員とデートする。

→②1人選んでデートする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ!悩んでいても仕方ない!!」

 

「おおっ!!」

 

「絶望的だが、こうなったら全員とのデートを成立させるのみだ!!」

 

「ええ、そうですね!こういう絶望的な状況を打破してこそ、俺たち主人公です!」

 

「ああ、絶対にみんなを幸せにしてみせるぞ!」

 

「はいっ!!」

 

 

 

 こうして男たちは友情を確認するように腕を組んで、再び作戦会議を始めたのであった。携帯で色んな情報を漁り、より綿密にスケジュールを考え詰めた結果、ついに9人同時デートの良策が完成した。

 

 

 

 

 

 だが、この時は2人は知ることはなかった。この作戦を2人の後ろで()()()()()()()()()()()()()()()()に聞かれていたことを。そして、その日が2人にとって最悪の日になることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鳴上家>

 

 

「う~ん……気持ちのいい朝だな」

 

 

 意識を覚醒させた悠は今日のデートの流れをシミュレーションする。

 

(まず……ことりと一緒に朝食を取って遊園地へ行く。そして迷子になったフリをしてことりから離脱したあと、絵里と真姫とも別々で合流してまた迷子のフリをして映画館に行き、待ち合わせ場所にいる希をスクリーンに入れる。トイレに行くフリをして、時間をズラして待ち合わせしているにこを別のスクリーンへ。同じく海未も別のスクリーンへ入れる。ここまでは完璧だ。同じ時間に3人各々が好きな映画がやってて本当に良かった)

 

 悠は助かったと言わんばかりにうんうんと頷いていたが、やっていることは最低である。そんなことには気づかず、無自覚にも悠は再び最低なシミュレーションを続けた。

 

(そして映画館から急いで離脱した後、お会え面向きのバイキングが催されるレストランに花陽と穂乃果、凛を別々のところに投入する。ちょうど3人が好きなケーキバイキングと白米バイキング、ラーメンバイキングだ。あの3人はいつも腹ペコだから5時間は粘れる。そして、時間を気にしながら各々のところに移動していけば完璧だ)

 

 この計画の成功に確信を持った悠はビシッと起き上がってリビングへ向かった。正直に言えば、この作戦に無茶があるのは百も承知だ。しかし、悠の心の中では覚悟が決まっていた。

 

「…この鳴上悠には夢がある。絶対にこの雨宮との作戦を成功させるぞ!!」

 

 どこぞの台詞を言い切った悠はとりあえず朝食を食べようとリビングのドアを開けた。

 

 

 

 

「「「「「「「「………………」」」」」」」」」

 

 

 

「あっ……」

 

 そこにはリビングに出てきた自分を睨みつける少女が9人。その9人とは言わずもがな、今日のデートするはずのμ‘sの9人だった。これに対して悠は思わず動揺した。

 

(ど、どういうことだ?……計画ではこの家にいるのはことりだけのはずなのに………まさか)

 

「ねえ、悠くん」

 

「は、はいっ!!」

 

 理解不能の状況に必死に追いつこうと思考を働かせようとしていると、いつにも増して凄みの効いた声でそう尋ねる希に背筋が凍ってしまった。まずい、アレは凄く怒っている時の顔だ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 希の言葉で一斉に皆がこちらに鋭い視線を向けてきたので、悠の顔は真っ青になった。作戦失敗。このままではまずいと確信した悠は彼女たちがアクションを起こす前に40ヤード走4秒2のスピードで脱兎の如く逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<喫茶店【ルブラン】>

 

 

「おう、今日はやけに恰好良い服着てるじゃねえか。女か?」

 

「まあ…そんなとこです」

 

「へっ、そうかよ。まあ、楽しんでこいや」

 

 この店のマスターであり、蓮の保護者である【佐倉(さくら)惣治郎(そうじろう)】がそう言って用意してくれたルブランカレーを朝食として食べる最中、蓮も今日のデートのシミュレーションをしていた。

 

(先輩は複数の施設がある場所でやり過ごそうとしているそうだが、俺はそんなことはしない。明らかに予定が狂って失敗する未来が見えてるからな。だったら俺は…スマートに一か所に彼女たちを集めて作戦を遂行する!!)

 

 初っ端から訳の分からないことを言っている蓮だが、それには策があった。

 

(前に双葉見せられたアニメで思いついた。忍者のように傀儡を俺と錯覚させて5人とのデートを成立させるやつで結局主人公がヘマして失敗した。一見不可能な方法だが、やるしかない。この日のために忍者学校に通い詰めて、忍び糸も練習した。モルガナも合格点と認めるくらい完璧だ。行ける……行けるぞっ!!)

 

 屋根裏部屋にある昨日【闇ネット"たなか"】で買った人形を思い浮かべながら思わずガッツポーズを取った蓮。そんな彼を不審に思いながらも惣治郎はコーヒーを淹れている際にこんなことを聞いてきた。

 

「そういやあ。昨日、双葉がかなり機嫌悪そうにしていたが…お前、何か知ってるか?」

 

「い、いえ……何も」

 

「そうか。お、何か表が騒がしいな。ちょっと見てくるか」

 

 意味深なことを聞いてきた惣治郎だが、店の外が騒がしいと察したのか様子を見に出て行った。この様子に蓮は一瞬デジャブを感じた。何だか嫌な予感がする。そもそも今日デートする1人の双葉が機嫌が悪そうだったというのが不自然だ。まさか……そう思った途端、様子を見に行った惣治郎が焦った顔で戻ってきた。

 

「お、おい…お前何やらかしたんだよ!外にいる女どもはまさか………」

 

 

「えっ?………」

 

 

 

チャリ~ン

 

 

 惣治郎がどういうことかを知らせる前に何者かが入ってきた。それは言うまでもなく、今日デートする予定だった彼女たちだった。彼女たちの表情を見た蓮は一気に青ざめた。この展開は………

 

 

「ちょっと、蓮?」

 

「な…何だ?杏……」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()

 

 

 作戦失敗……あの時のバレンタインの悲劇がフラッシュバックして蓮は意識を失いそうになる。だが、寸でのところで踏みとどまった蓮は脱兎の如く逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし、先輩ですか!?すみません、作戦は失敗しました』

 

「あ、雨宮もか……」

 

 蓮からの作戦失敗の連絡を受けて、秋葉原に逃げ込んだ悠は思わず天を仰いだ。まさか実行前に彼女たちに漏洩していたとは思わなかった。しかし、一体どこから情報が漏れたのか。とにかく今は逃げることが先決だ。今捕まったらどんなお仕置きが待っているのか分からない。

 

「とりあえず一旦合流して対策を練るぞ。雨宮、今どこにいる?」

 

『ええ、自分は今………や、やばいっ!!先輩、失礼しますっ!!』

 

 待ち合わせ場所を告げようとした途端、蓮は逃げるかのように一方的に通話を切った。一体何が起こったのだろうか。相当焦った様子だったのだが、まさか…………

 

 

「ああっ!悠さん見つけた!!」

 

「なっ!!」

 

 

 どうしたのだろうかと思った刹那、背後から鋭い声が聞こえてきた。振り返ると、そこには今までに見たことがないほどの形相の穂乃果と真姫がいた。

 

「まずいっ!」

 

「待てぇっ!!」

 

「絶対に逃がさないんだからっ!どこまでも追いかけてやる!!」

 

 背後からそんな恐ろしげな声が聞こえてくる。これは捕まったらまずいどころではなさそうだ。何とかして生き残らなければと決意を固くして悠は逃走した。

 

 

 

 楽しいデート大作戦から一変、今ここに命をかけた逃走劇が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、悠と蓮は必死に姿を晦ましながら逃走したが、逃げても逃げてもこちらの動きを先読みしているかのように彼女たちは待ち伏せている。人ごみに紛れようが、建物の中にいようが関係なしだ。まるでプラチ○データで見たような追及ぶりに2人はある種の恐怖を感じていた。

 しかし、ここまで的確に待ち伏せをしているのはいくらなんでも不自然過ぎる。だが、あることに思い立った時、その疑問は解消された。

 

 

(そうか、()()()()()()か!)

(やばい、()()()()()()()()か!)

 

 

 希はタロット占いで悠の居場所を特定しているのだろう。以前にもそんなことで捕まりそうになったことがあるので、今更ながら希の末恐ろしさを再確認した。双葉は"初代メジエド"と称される程の凄腕ハッカー。東京中の監視カメラなどを瞬時にハッキングして蓮の居場所を特定しているのだろう。味方だと頼もしいが、敵になるとこうも恐ろしい相手になるとはと蓮の冷や汗は止まらなかった。

 

 

 

「「とにかく何とかして生き延びてやるっ!!」」

 

 

 

 絶望的な状況ながらも男たちは心に強くそう決意して必死に足を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<デスティニーランド>

 

 

 結果的に2人の逃走劇は失敗した。

 

「や、やあ……雨宮」

 

「せ、先輩も……ですか……」

 

 作戦が失敗した2人は各々の女性たちにデスティニーランドに追い込まれていた。偶然にも同じ場所で合流できたは良いが、状況は変わらない。今日は休日ということもあって人が多いので上手く身を隠せているが、見つかるのも時間の問題だろう。何とかしなくてはと思っていると……

 

 

「きゃああああああああああっ!!」

 

 

「「??」」

 

 そこにはか弱い少女の鞄をひったくってそのまま逃走する男たちの様子が見えた。

 

 

((あれは…もしや、強盗か!?))

 

 

 最近夜中にスクーターのひったくり犯が出没したり、海外でもスマホばかり狙うひったくりが多発しているとニュースであったが、まさかこんな大勢のところで堂々とやる者もいたとは思わなかった。だが、問題はそこではない。

 

「………………………」

 

 鞄を奪われた少女は呆然としてただただ涙するしかなかった。そんな少女を見ても気まずいのか関わろうとしないのか、誰も手を差し出してくれなかった。その様子を見た悠と蓮の心の中にある"正義の魂"に火がついた。悠は懐からメガネを取り出して耳にかけ、蓮はメガネを外して懐に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へへっ、やったな!」

 

「ああ、女から鞄を奪うなんてちょろいもんよ。このまま一気に……んんっ?」

 

 突発的な犯行だったとはいえ、難なく少女から鞄を盗むことに成功した強盗たちはウハウハ気分で出口を目指してた。だが、そんな彼らの行く手を阻むかのようにくせ毛の少年が立ちはだかった。

 

「何だ?あいつ。俺たちを捕まえようってか?」

 

「構うもんか、どけええええええっ!!」

 

 強盗たちは目の前のくせ毛の少年を押しのけて逃走しようと勢いをつけて突っ込んでくる。大の男がこちらに突っ込んでくるというのに、少年……雨宮蓮は慌てる素振りは見せず、ただ男たちに向けてフッと不気味な笑みを浮かべた。その瞬間、男たちに寒気が走った。

 

 

 

ーブチッ!ー

「いただいていく」

 

 

 

 蓮はそう言うと、男たちが突っ込んでくる瞬間を狙って身体を回転するかのように捻って、男たちの突進を華麗に躱した。これに強盗たちは何だというように振り返った。

 

「な、なんだ…躱しただけか。このまま逃げて………て、なに!?ないっ!!()()()()()()()!?」

 

「なんだと!?」

 

 強盗は気付かぬ間に悠から荷物を奪われていた。ふと先ほどの少年を見ると、少年は見せつけるかのように強盗たちの盗品を手に持っていた。

 

 

「ふっ」

 

 

 一体何が起こったのだろうかとお思いだろう。これは最近蓮が覚えた【スクリューバイト】という技によるものだ。以前双葉から借りたアメフト漫画にあった、相手の持つボールにだけ集中することで、回転してボールを掻き出すように奪うという技。これには卓越した動体視力が必要になるのだが、蓮は自身の"超魔術の器用さ"を応用してこれを可能としている。元々パレスやメメントスでシャドウたちから武器や金品を奪う時に使えると確信して、独学で会得したのだ。初めてやるものだったので正直不安だったが、やればできるものだと蓮は自身の才能に感謝した。

 

「て、てめええええええええっ!!」

 

「舐めてんのか!!コラァっ!!」

 

 自分たちから盗品を奪われたことに怒りが頂点に達したのか、強盗たちは蓮に襲い掛かろうと拳を振りかざす。だが、それは再び阻まれることになった。

 

 

 

ーカッ!ー

「そこだっ!!」

 

 

 

「「ぐはっ!!」」

 

 いつの間にか気配を消して接近していた悠はどこからか借りた木刀で的確に強盗たちの急所を突いた。流石は鋼のシスコン番長というべきか、見事の剣捌きだった。

 

「「て、てめえら……」」

 

 急所を突かれて立ち上がれずに悔し気に悠と蓮を睨みつける強盗たち。まだ諦めていないのか、再度襲い掛かる素振りを見せているが、当然これで悠と蓮の攻撃は終わりではない。急所を突いて怯んだ敵には総攻撃だ。

 

 

「準備はいいな、雨宮」

「(コクッ)」

 

 

 すっかり怪盗モードで無口になっている蓮にそう確認すると、悠は手に持つ木刀を構え、蓮はどこからか取り出したモデルガンを構えた。そして、

 

 

 

ー!!ー

「「はあああああああああああああああああっ!!」」

 

 

 

 夢ある遊園地で、か弱い少女の鞄を奪い去ろうとした強盗たちに鉄槌が下った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強盗を撃退した少年たちの110番通報により昏倒していた強盗は逮捕されました。

 

 

「あ、ありがとうございました!荷物を取り戻してくださって……」

 

「「いえいえ」」

 

 

 奪われた荷物を取り返してくれたお陰か、被害者の少女が2人にそうお礼を言ってくれた。これには2人も照れを隠し切れなかった。やはり良いことをした後にお礼を言ってくれるのは気分がいいものだ。ましてやそれが美少女たと更にいい。その少女はサングラスをしているもののよくよく見てみれば、あの人気スクールアイドルの【優木あんじゅ】に似ているのだが、もしかして……

 

「あ、あの……お2人にぜひお礼したいのですが……今お時間は?」

 

 ここでまさかの少女からのお礼。これが主人公の特権か。思わぬ相手に心が躍る。少女の提案を承諾しようと首を縦に振ろうとするのだが、彼らは忘れていた。

 

 

 

 

 

「(ガシッ!)ついに捕まえましたよ、悠さん♪

「(ガシッ!)もう完全に詰み……逃げられませんよ

 

 

 

 

 朝から自分たちを追っている死神たち(海未・一二三たち)の存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なあ……雨宮。俺たち、さっき強盗を捕まえたよな?」

 

「そうですよね……それに女の子の荷物もちゃんと取り返しました。なのに…」

 

 

「「どうしてこうなった?」」

 

 

 強盗を捕まえて大活躍と思いきや、再び現実に突き落とされて追い詰められて顔が真っ青になる悠と蓮。目の前にはいつの間にか合流していた女子陣計18人が2人に詰め寄ってきた。迫りくる彼女たちの表情は穏やかではない。むしろ、朝方の方がマシだと思えるくらいに怖い。

 

「まさか、言い逃れしようだなんて思ってないでしょうね?」

 

「「ひっ!」」

 

「逃げても無駄よ。さあ、納得のいく説明をしてもらいましょうか?」

 

 生徒会長を務めている絵里と真から告げられる無慈悲な言葉。その言葉に込められた殺気に男2人は子鹿のように足が震えた。そして、濃密に収束していく合計18人の殺気に今まで数々の修羅場を乗り越えてきた2人も冷や汗の量が多くなる。すると、

 

 

 

「ふっ……ふははははははははははははっ!」

 

 

 

「??」

 

 

 突如、蓮は己のペルソナ【アルセーヌ】のように高笑いし始めた。あまりの恐怖に気が狂ったのかと思ったが、それは違った。メガネから垣間見える瞳を見て悠は確信する。アレは…あの濁った眼はまだ諦めていないクズの気配!

 

 

「ようやく全員そろったな。そう!これは俺と鳴上先輩からの素敵なサプライズだったのさっ!!」

 

 

 あまりに頓珍漢なことを言いだした蓮。先ほど強盗から華麗に盗品を奪った時の正義の顔が嘘のようだ。もっとマシな言い訳はないのかと女性陣は呆れてしまう。しかし、同類の悠は違った。

 

「(ナイスだ!雨宮!!やっぱりお前、最低だ!!)そ、そんなんだ。これは俺と雨宮が考えた皆で楽しもうって趣向でな。み、みんなと幸せになればそれでいいだろ?なあ、雨宮」

 

「そ、そうですよね。先輩!」

 

 

「「あははははははははははははは」」

 

 

「「「「「「「「…………………」」」」」」」」」

 

 

 朗らかに最低な言い訳をして笑って誤魔化す2人に女性陣はごみを見るかのように冷たい目を向けていた。

 

 

 

「あっ!見つけたわよ、雨宮くん!」

 

 

 

 すると、どこからか蓮を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。この期に及んで一体誰だろうかと思って見てみると、

 

 

「さ、()()()!?」

 

 

 そこには新島真の姉で検事を務めている【新島(にいじま)(さえ)】がいた。仕事帰りなのかいつものスーツと鞄といういつもの服装だが、どこかめかし込んでいるように見える。

 

「お、お姉ちゃん!どうしてここにっ!?」

 

「何って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それが?」

 

「「「「「「「「はあっ!?」」」」」」」」

 

 新たなるブッキング者の登場に皆は驚愕した。そして、当の本人と言えば

 

 

「あっ、忘れてた。最初から」

 

「雨宮あああああああああっ!!」

 

 

 この通りである。流石の悠もこれにはツッコミせざるをえなかった。

 

 

「「「「「「「「…………………………」」」」」」」」

 

 

 新たなる最低な事実に皆の顔から表情が一切なくなった。そして、無表情のままこちらを見て口を開いて何か呟き始めた。思わずそれを読唇してみると、こんなことを言っていた。

 

 

 

 

"ショ・ケ・イ・カ・ク・テ・イ・ネ"

 

 

 

 

 その時、悠と蓮の首元に衝撃が走り、視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<???>

 

 

 

 

 

「「…………………………………んんっ?」」

 

 

 

 

 

 目が覚めると、悠と蓮は映画館のような場所で横になっていた。

 

「あれ?……ここは?」

 

「俺たち……確かデスティニーランドで」

 

 すると、突如目の前のスクリーンが光出して真っ白な映像が流れだした。何事だろうかと思っていると、その映像を映し出している映写機の近くに1人の女の子がいた。白髪で茶色のハンチング帽を被っている赤いリボンの真っ黒なセーラー服。誰だろうかと思っていると、こちらの視線に気づいた彼女は2人に向かってこう言った。

 

 

 

 

「私は…()()()()()()()()()()()()()()()()………」

 

 

 

 

「「えっ?」」

 

 

 

「だから……よろしく」

 

 

 

 謎の少女が2人を見下してそう言ったと同時に、映画館の出入り口の扉が開き、誰かが入ってきた。その姿を見た途端、悠と蓮の顔が更に真っ青になった。

 

「悠……コーハイたちを不幸にしてたとか、サイテー!!」

「囚人!お前、本当に最低最悪だな!」

「汚らわしいです……」

 

「ま、マリーっ!!」

「か、カロリーヌと…ジュスティーヌ………」

 

 まさかのベルベットルームの住人が登場。穂乃果たちと同じくありとあらゆる表情が顔に一切なかったので、あれは殺る気満々だ。このままでは殺されると瞬時に判断して逃げ出そうとしたが、恐怖で足が動かない。否、よく見れば足は何かで拘束されていた。これでは逃げられない。何とかしようともがいている間にも、コツンコツンと死神の足音が徐々に近づいてくる。

 

 

「……悠なんて……大っ嫌い!!」

「さあ囚人!懺悔は済ませたか?」

「処刑の時間です…」

 

 

 マリーは某第3位のように身体中に雷を最大限に帯電させ、カロリーヌとジュスティーヌは手に勢いよく起動するチェーンソーを構える。あまりの恐怖に流石の2人も身体をガタガタと震えてしまった。

 

 

 

「どうして……」

 

「こんなことに………」

 

 

 

 

「「なってしまったんだ――――!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「うわあああああああああああああっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 彼らの悲痛な叫びと共に雷が落ちた音とチェーンソーの鈍い音が同時に映画館に響き渡った。彼らの断末魔を聞いていた彼女たちはスカッとした。良い子にはアメを、9股男たちには鉄槌を。

 

 

 その後、彼らがどんなことになったのかはご想像にお任せする。ただ密告者の正体を知った彼らは"あのパンケーキめ!年末覚えてろっ!!"と叫んだとか何とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 良い子の皆さん、現実でのデートのブッキングはとても最低な行為です。絶対に真似しないでください。

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 祝!「PERSONAQ2 New Cinema Labyrinth」発売!!

 

 

 

 

 

ーFinー




閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

8~9月にかけて行ったアンケートの結果、➀ということになりました。結果は以下の通りです。

3票:➀全員とデートに行く。
2票:希・絵里/真
1票:穂乃果・海未・真姫/杏・双葉・一二三

また時間があったら個別ルートも書いてみたいなあとは思っていましたが、現実でのことが忙しくなりそうで本編を執筆していくのが精いっぱいになるので、しばらくは本編更新に専念します。

そして、お気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方、高評価をつけて下さった方、誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

引き続き、新章【Let`s summer vacation in Yasoinaba.】をよろしくお願いします。


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【Let`s summer vacation in Yasoinaba.】
#62「Start summer vacation in Yasoinaba.」


閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

とうとう今回からずっと書きたかった稲羽の夏休み編がスタートです。今の季節は冬ですが、特捜隊&μ‘sの楽しい夏休みを楽しんでいただけたら幸いです。

そして、お気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めるといつものリムジンの車内を模した群青色の空間にいた。だが、いつものピアノとソプラノの音色が聞こえず、静寂がこの場を包んでいた。それに出迎えてくれる奇怪な老人とその従者たちの姿も見えない。どうしたのだろうと思うと、テーブルに数枚のメッセージカードが置かれていた。そのうち一枚を見てみると、こんなことが書かれてあった。

 

 

 

 

 

『休暇中』

 

 

 

 

 

(…………………次を見てみよう)

 

 

 

 

 

『ついに女神の加護を全て揃えたようですね。おめでとうございます。これを機に彼の地でのバカンスを思いっきり楽しんで下さい。M』

 

 

 

 

 

 

(……………………)

 

 

 

 

 

 

 どうもベルベットルームの住人も皆、バカンスの真っ只中のようだ。では、何故自分はここに来てしまったのだろう。それが不思議でしょうがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<八十稲羽駅>

 

 

 

 

『次は~八十稲羽~八十稲羽~…終点です』

 

 

 

 

 山梨県のとあるところにある稲羽市。その玄関口である八十稲羽駅に一台の電車が到着した。停車した電車のドアが開き、大きな黒いボストンバッグを肩にかけた青年が駅に降り立つ。その青年の名は【鳴上悠】。去年の親の都合で一年を過ごし、この地で起こった奇妙な連続殺人事件を解決に導いた自称特別捜査隊のリーダーである。今住んでいる都会とは違うこの自然豊かな閑散とした雰囲気に彼は懐かしさを感じていた。

 

 

「やっと着いた」

 

 

 学校が夏休みに入って学園祭事件の後始末などを終えた悠は前から決めていた稲羽での夏休みを過ごすため、再びこの地を訪れたのだ。以前から夏休みにここに戻ることは決めていたし、GWで陽介と穂乃果たちと一緒に過ごすことを約束していた。それがようやく訪れたのだから悠はワクワクと心が躍っていた。

 しかし、同じくここで夏休みを過ごそうと意気込んでいた穂乃果たちは一緒ではなかった。

 

 

「まさか、叔母さんたちより出発が遅れるなんてな………」

 

 

 何故このようになったのか。それは昨日のこと。

 

 出発する直前、改札前で悠のファンだという女子中学生たちに捕まって写真撮影をせがまれてしまった。当然女子の頼みを断れない悠は背後から誰かさんたちの鋭い視線に冷や汗を掻きながらもそれを承諾。しかし、気がつけば穂乃果たちと乗るはずの電車は出発してしまっていた。

 既に出発していた穂乃果たちとは乗り換えの駅で合流しようと、次の電車を待っていたところ、腰を痛めて倒れていた文吉爺さんを駅内で発見して辰巳ポートアイランドまで送ろうとしたら、迷子で泣いている男の子を発見。その上、陣痛が始まりそうで倒れている妊婦さんとも遭遇してしまったので、救急車を呼んだり男の子の親を探したり、文吉爺さんを辰巳ポートアイランドまで送ったりとして、気づけば夕方になっていた。そんなことがあったため、穂乃果たちより出発が一日遅れてしまったのである。

 

 一応そのことを先に稲羽に到着した穂乃果たちに連絡したところ、そんなことなら仕方ないと笑って許してくれたが、女子中学生たちの件は後で話があるとワントーン低い声で言われた時は思わず悪寒を感じた。

 

 

 

 昨日のことを回想しながら改札を出て辺りを見渡すと、相変わらずの稲羽の景色が広がっていた。一応稲羽に着いたと仲間たちに連絡しようとするが、誰も繋がらない。とりあえず、荷物を置きに去年もお世話になった堂島家に向かおうと悠は歩みを進めた。

 すると、駅を離れた悠と入れ替わるように何かの箱を抱えた男性が駅前に現れた。その男性はふと見た悠の横顔をチラッと見てぎょっとした。

 

「あ、あの子は………」

 

 その男……【生田目(なまため)太郎(たろう)】は何か言いたかったことがあるのか悠を呼び止めようとしたが、心のどこかでストップがかかったように声を掛けるのを止めて、ただその背中を呆然と見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<堂島家>

 

 久しぶりに帰ってきた堂島家だが、玄関には鍵が掛かっていた。どうやら留守のようだ。しかし、今日ここに自分が来ることは伝えてあるはずなのにどういうことだろう。一応堂島に連絡しようと悠は携帯に堂島の番号をプッシュした。

 

『……もしもし』

 

 そして、電話を掛けてから数コールで堂島が出てきた。

 

「叔父さんですか?俺です」

 

『んん?……ああ、悠か。そう言えば、今日帰ってくるんだったな』

 

「はい。ところで、叔父さんはどこに?」

 

『あ…ああ……今ちょっと野暮用でな……悪いが、誰か友達に連絡して上手くやってくれ』

 

「えっ?」

 

 堂島はそう言うと、すぐに電話を切ってしまった。どうやら何か忙しい時にかけてしまったみたいだが、それにしては不自然な気がする。その後に陽介たちの番号にも掛けてみたのだが、誰一人繋がらなかった。一体どういうことだろう。まさか、また誰かが事件に巻き込まれたのだろうか。

 

(……考え過ぎか)

 

 とりあえず、皆がいそうなジュネスに行ってみようと悠は重いボストンバッグをしょって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ジュネス稲羽支店 フードコート>

 

 自分たちの溜まり場だったジュネスのフードコートに着いた。夏休みシーズンのある故か、お客がいつもより多く賑やかさを増していた。先ほど通った商店街も以前より活気が出ていた様子だったが、ここも賑やかさや活気は負けていなかった。

 それはともかく、特捜隊メンバーはおろか先に到着しているはずの穂乃果たちの姿も見当たらなかった。ここでバイトしているはずの陽介とクマならいるのではないかと思ったが、従業員に聞き込みをしたところ、今日は2人ともシフトは入っていないので、ここには来ていないとのことだった。

 

(…何か事件でも起こったのか)

 

 最近事件に巻き込まれることが多くなった悠はそう考えてしまった。もしや、P-1Grand Prixの時のように自分に知らせる前に巻き込まれたではなかろうか。考えれば考えるほど最悪の状況が頭に浮かんでしまう。思わず頭を抱えそうになったその時、

 

 

ガサガサっ!

 

「お、おいおい。あいつ大丈夫か?」

「もう行った方が良いクマ?」

「いや待て。もう少し接近して」

 

 

 近くの茂みからそんな怪しげな声が聞こえてきた。もしやと思いつつ、悠は声がする茂みに目を向けた。やはりそこから人の気配がする。まさかと思った悠はその方を向き、

 

ーカッ!ー

「そこだっ!!」

 

「「うぎゃあああああああああっ!!」」

 

 以前の佐々木竜次にした時と同じく大声で茂みに向かって指を突きつけると、悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった者たちの姿が露わになった。その正体は……

 

 

「あれ?陽介とクマ?」

 

 

 その正体は探していた陽介とクマだった。シフトに入っていないはずなのに何故ここにいるのだろうか。すると、近くの物陰から一斉に人が現れてこちらに向かってきた。それは…

 

 

「ちょっとちょっと、何やってんの!?打ち合わせと全然違うじゃん!それに何でそっちがやられてんのさ!?」

 

「ううう………まさか指付けられて仰け反ってしまうとは思わなくてな……面目ない」

 

「メンボクマ……」

 

「そう上手く行くとは思ってませんでしたけどね……花村先輩ですから」

 

「そうだね、花村くんだからね」

 

「花村先輩っすからね」

 

「俺だから失敗したみたいに言うんじゃねえよ!!」

 

 

 いつも通りの特捜隊のやり取りが展開されていた。続々と現れた特捜隊メンバーに悠は驚いて唖然としてしまったが、同時に皆の姿を確認して事件に巻き込まれたわけではなかったとホッとしている自分がいる。どうやらさっきまで考えていた事件云々ということではなかったようだ。

 

「あれ?そう言えば、りせちゃんは?さっきまで近くにいたのに」

 

「えっ?」

 

「そう言えば」

 

 今になって気が付いたが、特捜隊メンバーのうち、前回の事件で活躍したりせがその場にいなかった。どこに行ったのかと辺りをキョロキョロしていると、

 

 

「せんぱ~い♡とうっ!」

 

「うおっ!」

 

 

 刹那、この瞬間を待っていたと言わんばかりに背後から誰かが抱き着いてきた。その誰かというのは言うまでもなく、りせだった。

 

「り、りせ……いつの間に……」

 

「うっふふ~♡バックアタック大成功!!センパイ、久しぶり~!元気してた?あたしのこと恋しかった?」

 

 甘えるようにすりすりと身体を密着させて質問するりせ。いないと思ったらまさかバックアタックをしに行こうと狙っていたとは。全く聞いてなかった展開に一同は唖然としていたが、当人は違った。

 

「ああ、恋しかった」

 

「ふぇっ!?」

 

 そう言って悠は怯んだ隙にりせの頭をポンポンと撫でると、りせの目を見てこう言った。

 

「俺もりせに会いたかったよ」

 

「はっ!…あわわわわわわわわわわわわわっ!!あひゅ~~~……」

 

 悠から甘い言葉という思わぬカウンターを喰らって、りせは顔が茹蛸のように赤くなったかと思うと、そのままバタンと気絶してしまった。バックアタックを決めたのにこのありさまとは。策士、策に溺れるとはこのことだろう。

 

「……鳴上くんもりせちゃんの扱い上手くなったね……」

 

「まあ、あっちでもことりとか希とかにこういうことされてるからな」

 

「あははは……苦労してるんだね」

 

「それ、聞きようによってはハーレム野郎の台詞みたいだけど……」

 

「そうかもな」

 

「自分で言うのかよ」

 

 陽介の絶妙なツッコミに周りは笑いに包まれた。まありせのことはさておき、これは一体どういうことだろう。まああらかたのことは察しているので説明はいらないのだが、陽介は一応説明しておこうと悠に申し訳なさそうに事情を話した。

 

「いや、お前と穂乃果ちゃんたちが来るって言うからサプライズしようって思ってさ。GWはほら……色々あって楽しいことあんましなかっただろ?」

 

「そうそう、それに誰も連絡つかなかったら少しは寂しがると思ってさ」

 

「最初は穂乃果ちゃんたちと一緒に驚かそうって思ったけど、まさか鳴上くんが人助けで遅れるとは想定外で……」

 

「結果はこのザマで、先輩に余計な心配かけちゃいましたけどね。とにかく先輩、お久しぶりです!」

 

「ああ、久しぶりだな」

 

 どうやら皆、自分にサプライズとしてドッキリを計画していたらしい。まあ結果はグダグダな上、逆にこちらがドッキリを与えてしまったので大失敗になった訳だが、自分のことを思って仕掛けてくれたのだと分かって、悠は嬉しくなった。

 

「それにしても、みんな変わったな」

 

 改めて陽介たちを見て悠はそう思った。夏休みということもあって私服であることもだが、髪型や雰囲気もGWで再会したとと比べて結構変わったところが見受けられた。

 陽介はまた一段と爽やかさが増し、千枝は服装といい髪型といい女性らしさが一段と浮き立っている。雪子は流石というべきか女将の風格が板につき始めた感が感じられ、直斗はコンプレックスだった自身が女性であることを乗り越えた故か、女性服を着こなしていてどこぞの麗人かと連想してしまうほど美しくなっていた。クマは相変わらずの爽やか美少年のままだったが…。

 

「どうどう?センパイ!私って、かな~り変わったって思わない?」

 

「復活はやっ!?」

 

「見違えた?ハートに刺さっちゃった?」

 

 気絶から早くも復活したりせはグイグイと近づいて悠にそう尋ねてきた。変装の技術を上げたせいかは分からないが、りせもりせで変わっている。しかし、さっきのバックアタックといい、以前よりヤケに積極的になっていないだろうか。その様子をジト目で見ていた千枝はボソッとツッコミを入れた。

 

「いや、見違えるどころか、この間のライブで思いっきり別人になってたじゃん。穂乃果ちゃんたちに嘘ついて鳴上性名乗ってたし」

 

「ぐっ………い、いいじゃん!!あれくらいしないとことりちゃんたちとのハンデ埋められないだもん!」

 

「何のハンデですか……」

 

 千枝のツッコミに狼狽しながらもそう言い訳するりせ。それを見た直斗はいつか現役復帰して早々、ドームでのライブで衝撃発言をするのではないかと心配になってしまった。

 

「いやあ、外見変わったって言ったら、ナンバーワンはこいつだろ」

 

 陽介の言葉に一同は一斉にある人物に視線を向ける。それは……

 

 

「っ!だ――――っ!なんなんすかっ!失礼っしょっ!!いい加減!!」

 

 

 言うまでもなく完二だ。特徴だった銀髪とオールバックの髪型ではなく、黒髪に七三分けとなっている。その上、メガネも掛けているので、率直に言うとヒロアカの飯田くんにように見える。他のメンバーとは一段違う、不良が突然更生したみたいなビフォーアフターぶりに流石の悠も思わず唖然としてしまった。

 

「まあ……みんな少しは変わりましたね。いつまでも同じ場所で足踏みという訳にはいきませんから」

 

「まあ、"あの時が一番楽しかった"って言いたくないからな。見守ってくれる奴さえいれば、俺らは変わって行けるんだ。穂乃果ちゃんたちみたいにな」

 

 陽介の言葉に皆は同意と言わんばかりに深く頷いた。だが、そんな雰囲気を台無しにするかもようにクマが茶々を入れる。

 

「ヨースケはいつまでもカッコマンのままね。クマは~変わったね。もうパワーアップしてヒグマになっちゃったね」

 

「ほう…そりゃいいな。なら、これからバンバン力仕事振っていくから、よろしく頼むな」

 

「ぐふっ…言わなきゃよかったクマ………」

 

 ジュネス凸凹コンビの漫才じみた会話に皆に再び笑いが生じた。やはりこういう特捜隊ならではのやり取りは心地よく感じる。外見は変われど皆相変わらずだ。そう思っていると、悠の携帯に着信が入った。見てみると、相手は堂島だった。

 

『おう…いや、その………ドッキリだかビックリっていうやつは終わったのか?』

 

「終わりました」

 

『そ、そうか………いやスマン、あいつらに協力を頼まれちまってな。さっきは居留守を決め込んでいた訳だ。見破る方は得意だが、自分が芝居ってなると俺もてんで素人だな』

 

「叔父さんはその方が良い気がしますけどね」

 

『ったく、言うじゃねえか。とりあえず早く家に帰ってこい。雛乃が料理を作って待ってるぞ』

 

「えっ?叔母さんがですか?」

 

『ああ…寿司でも取るからって言ったんだが、作りたいから作るんですって言い負かされてな……』

 

 どうやら早くも雛乃に頭が上がらないらしい。流石は我が叔母だと心の底から思った。しかし、堂島はさっき雛乃のことを名前呼びしなかっただろうか。

 

「そう言えば、ことりたちは?」

 

『ん?ああ、あいつなら友達と一緒に愛家に行くからいらないんだと。どうやらお前とあいつらと水入らずで話してこって気遣ったんだろ。とにかく早く帰ってこい、雛乃にドヤされちまうぞ』

 

 堂島との電話を終えて確認すると、穂乃果たちからメールが届いていた。内容は堂島から聞いた内容と同じ今日のご飯は久しぶりに陽介たちと水入らずで過ごしてねという内容だった。どうやら色々と気遣ってくれたようで申し訳なくなったが、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。

 

「なにっ!?雛乃さんの手料理!!」

 

「わあっ!楽しみだなあ!」

 

「うん!とっても家庭的で美味しんだろうね」

 

「だって悠センパイの叔母さんだからね♪」

 

 女性陣は雛乃の手料理と聞いてテンションが上がっていた。同じ女性の料理と聞いて、どんな料理を作るのか気になるのだろう。だが、それに対して男性陣は違った。

 

「なあ…一応確認するけど、雛乃さんって料理大丈夫なのか?いや……お前の叔母さんが必殺料理人って疑ってる訳じゃあ………」

 

 陽介は恐る恐るそんなことを聞いてきた。見ると、完二やクマも同意見なのか確認するかのようにこっちを見ていた。どうやら陽介たちは未だに去年女子が錬成した必殺料理にトラウマがあるらしい。悠はμ‘sに料理上手が多いお陰でそんな心配をすることがなくなってきたが、思えば雛乃の手料理なんて食べたことなかった。しかし、

 

「安心しろ。叔母さんだって母親だ」

 

「どんな理由だよ……」

 

 そんな軽口を叩きながら一同は堂島家へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<稲羽商店街 中華料理店【愛家】>

 

 ここは稲羽市中央通り商店街にある中華料理店【愛家】。地元の人たちの行きつけ場所にもなっている料理店だ。名物は千枝が絶品だと評する肉丼に、雨の日にしか出さないと言われるスペシャル肉丼などがある。このスペシャル肉丼を制覇した者は一人だけいるとかいないとか。

 

「陽介くんから連絡よ。悠に仕掛けようとしたドッキリだけど、失敗したらしいわ」

 

「ああ…やっぱりそうだったかあ。まあ悠さんにドッキリなんて相当手が込んでないと無理とは思ったけど」

 

 この場所で悠よりも先に到着していた穂乃果たちμ‘sは昼食を取っていた。本当は自分たちも堂島家で昼食を取る予定だったのだが、悠は久しぶりに陽介たちと会うので積もる話もあるだろう思い、堂島の言ってた通り気を遣ったという訳だ。

 

「まあ、所詮陽介が考えた企画だもの」

 

「そうだね、陽介さんだもん」

 

「陽介さんだし」

 

「みんな…陽介くんに対して酷すぎやない?」

 

「陽介さんがこれ聞いたら泣きますよね、絶対」

 

「すみませ~ん、肉丼おかわり~!」

 

「凛も肉丼おかわりだにゃ~!」

 

 それにしても、皆の陽介に対する扱いが千枝や雪子並みに酷い。まあそれほど特捜隊&μ‘sに馴染んだということか、後にこのことを知る陽介は複雑な気持ちになることになる。

 

 

「は~い、肉丼おかわり、おまたせ」

 

「あっ!あいかさん、ありがとうだにゃ~」

 

 

 このおかわりを注文した花陽と凛に颯爽と肉丼を運んできてくれたこの少女の名は【中村あいか】。この愛家の看板娘であり、出前をすれば、いつどこで何をしていようとも何でも運んでくれる出前の子として有名な人物である。容姿がどこかの声優さんに似ていると凛は言っていたが、それは触れてはならない。触れてはいけないのだ。

 

「ありがとうございます。わあ!さっきより大盛り!美味しそう」

 

「あの…いいんですか?こんなサービスして頂いて」

 

「アイヤー、鳴上くんのお友達ならいつでもサービスするアルよ~。去年ウチもあいかも鳴上くんに随分お世話になったから当然アルネ」

 

 この気さくにそう言う男性はこの愛屋の店主、つまりあいかの父親だ。この怪しい語尾を付けて中国人風に話すので穂乃果たちは中国人なのかと思ったが、あいかは違うと言っている。曰く、本物の中国人はアルなんて言わないからだとか。

 それに、去年妻が腰を痛めた際に代理でバイトしてくれたことや娘のあいかが以前より生き生きとし始めたこともあって、ここの店主は悠のことを随分と気に入っているらしい。悠の東京の友人だと言うと、これでもかというくらいサービスしてくれたので、改めて絵里たちは悠の人脈の広さを再認識した。

 

「すみませ~ん、食後のかき氷お願いしま~す!イチゴ味で」

 

 すると、肉丼を完食した穂乃果が調子に乗ってそんな注文をし出した。これに対して海未がツッコミを入れる。

 

「穂乃果、ここは中華料理店ですよ。そんなのがある訳」

 

「……あるよ」

 

「「えっ!?」」

 

 穂乃果の無茶な注文にあいかはボソッとそう言うと、いそいそと店内の奥に行った。すると、ゴゴゴっと氷が削られる音が聞こえてきた。そして

 

「は~い、かき氷イチゴ味、おまたせ」

 

「えええっ!?本当にあったんですか!?」

 

「わ~い、かき氷だ!いただきま~す!」

 

 あいかが本当にかき氷を出してきたので海未は本当にあったのかと驚愕した。注文した穂乃果は気にせず喜々として食べ始めているが、その様子に他のメンバーは呆然としてしまった。

 

「こ、ここって…中華料理店よね?かき氷って……あったかしら?」

 

 よく見ると、肉丼の他にきつねうどんやカツ丼などと中華には関係ないものがメニュー欄に書かれてあった。ここは本当に中華料理店なのだろうか。

 

「普通ある訳ないでしょ……HEROのバーやのだめの裏軒じゃあるまいし」

 

「真姫ちゃん、よく知ってるね」

 

「………別にいいでしょ…面白いんだから」

 

「すみませ~ん!私はレモン味をお願いします」

 

「わ、私はハワイアンブルーで」

 

「ことりはメロンで」

 

「何でアンタたちも流れるように注文してんのよ!にこはイチゴで!」

 

「にこっちもさらっと注文しとるやん……ウチは抹茶で」

 

「希っ!?」

 

 こうしてちょっと変わった愛家の雰囲気を楽しみながら、穂乃果たちは昼食を食していたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<堂島家>

 

 一方その頃堂島家では……

 

 

「おう、やっと来たか。ささっと入れ。飯が冷めちまうぞ」

 

「は~い、みんな。ご飯出来てるわよ」

 

「「「「「おおおおおおおおおっ!!」」」」」

 

 

 堂島家に着くと、そこでは豪華絢爛な手料理が悠たちを待っていた。テーブルに並べられた料理はまさに和洋折衷。色んな料理が食欲をそそる匂いを漂わせて待機していた。

 

「叔父さん、長テーブル買ったんですね」

 

「まあな。ここに帰ってくる家族も増えたし、お前のあっちの友達も来るとなっちゃ、今のテーブルじゃあ狭いからな。少し奮発してジュネスのやつを買ったんだよ」

 

「だから堂島さん、この間珍しく家具のコーナーにいたんですね。ていうか、俺らだけ先に食べてますけど、菜々子ちゃんの分は?」

 

「ああ…あいつ今習い事に行っててな。もうじき帰ってくるだろう。悠が今日帰ってくるって聞いてから、ずっとその話ばっかだったからな」

 

「ふふ、そうですね」

 

 なるほど、道理で菜々子がいなかったわけである。それにしても習い事とは一体何なのだろうか。そんな疑問はさておき、料理が冷めては勿体ないので皆は食事を開始した。

 

 

 

 

 

 

「ああっ!里中センパイ、それ俺のっスよ!!」

 

「ええ?いいじゃん、まだいっぱいあるんだからさ」

 

「ううん!美味しい!!」

 

「私も…これくらい作れるように頑張らないと。もっと改良を……」

 

「天城っ!?絶対やめろよ!!」

 

「ったく、騒がしいな……気になって酒も飲めやしねえ」

 

「堂島さん!お酒はダメって言ったでしょ。没収です」

 

「ぐっ……」

 

 

――――雛乃の手料理に皆は舌鼓を打っている。

 

 

 そして、食事をしながら互いの近況を報告し合った。堂島からは以下のような話を聞いた。

 

 

 去年の連続殺人事件で菜々子誘拐の容疑者として逮捕された【生田目太郎】が嫌疑不十分で釈放された。自供した内容を警察だけでなく本人も再現できなかった上に、証拠となった世迷言を綴った手帳だけでは立件は難しいとのことだったのだが、本人は納得していなかったのか頑なに己の罪を最後まで主張していたらしい。

 堂島のところにも謝罪にきたが、堂島はそれに対して自分にできる償いを自分で考えろと一喝したらしい。その際、市議に立候補すると言いだして、駅前で街頭演説を始めたようだが、どこまで本気か分からないとのことだった。

 

 また、あの事件の犯人であった足立の起訴がようやく決まり、それに合わせて面会に行ったらしい。拘留中の態度は模範的で、面会の際に塀の中の方が堂島のシゴキより楽だと言われたとか。今度の差し入れは特売のキャベツにしてやると嬉しそうに語る堂島を見て、悠も思わず嬉しいと思った。

 

 

「それにしても、お前らもこの間とんだ無茶をしたんだってな。雛乃の学校から相当怒られたって聞いたぞ」

 

「あ……」

 

「ったく、若気の至りだか知んねえが、危なっかしいことはするんじゃねえぞ」

 

 突如として放たれた言葉に悠のみならず陽介たちもうっと唸った。堂島が言った"無茶"とはおそらくあの学園祭の代行ライブのことだろう。事件に巻き込まれた悠のためとはいえ、突然のヘリからリぺリング降下からのライブは確かに無茶したと思っている。

 

「まあ……その………らぶらいぶ?ってやつのことは残念だったな……」

 

「え……ええ………」

 

 結果としてあの代行ライブのお陰で穂乃果たちは振替ライブを講堂で行うことができたのだが、結局ラブライブへの出場は逃してしまった。不手際があったとか誰かが途中で大失敗したのもない今まで以上に最高のライブをすることはできたのだが、上には上がいたのか、μ‘sのランキングは19位から21位に下がってしまったのである。

 このことを聞いてりせは悠に自分たちの力が足りなくて申し訳ないと謝り倒されたのだが、悠と穂乃果たちは仕方ないと気にしていなかった。りせたちのお陰で代行ライブができたし、良いライブができて悔いはないからだ。

 

「そ、そういや…堂島さんも穂乃果ちゃんたちのこと応援してたんですよね?」

 

「ま、まあ……菜々子も見てたから……気になってな……」

 

「そ、そうなんすねえ…………」

 

「「「「……………………」」」」

 

 陽介が何か話題を変えようと、堂島が密かにμ‘sを応援してたことについて聞いたが、話が続かず沈黙が食卓を支配してしまった。誰か早く何か話題を振ってくれ。そんなことを一同が思い始めたその時、

 

 

「ただいま―――っ!!」

 

 

 

 水を打ったかのように静かになった空気の中、幼げで可愛らしい声が一同の耳に聞こえてきた。その声はトタトタと足音を鳴らしながら近づいて来る。そして、リビングに現れたのはGWより一掃可愛らしくなった菜々子だった。

 

 

「お父さん、ひなのおばさん。お兄ちゃんは…………お兄ちゃん!!お兄ちゃんだっ!!」

 

 

 菜々子は悠の姿を目にすると、一目散に悠の胸に飛び込んできた。悠は少し驚きながらも菜々子を受け止めた。

 

「ただいま、菜々子」

 

「お兄ちゃん!菜々子ね、ピアノを習ってるんだよ。あとね、いい子にしてた」

 

「そうか。偉いぞ、菜々子」

 

「うんっ!今度おにいちゃんにもひいてあげるね」

 

 菜々子が笑顔で嬉しいことを言ってくれたので悠の心は更に踊った。菜々子がピアノを弾いている姿を想像すると口元が緩んでしまう。そんな悠と菜々子の様子を見て、やれやれと肩を竦めながら堂島は言った。

 

「まさかピアノって言いだすとは思わなかったんだがな。まあ千里はピアノを教えてたから、やっぱり娘なんだなって思ったよ」

 

 どうやら母親と似てピアノに興味を持ったそうだ。妻が亡くなった交通事故のこともあって、そのことに引け目に感じていた堂島だったが、自分も変わらなければならないと自信を奮い立たせて、習わせることを決心したらしい。今度同じピアノを嗜んでいる真姫にも見てもらおうかと思っていると、

 

「あっ!お父さん、てんきよほう始まるよ」

 

「おう、そうだったな。じゃあテレビつけてくれ」

 

 菜々子が思い出したかのように時計を見て堂島にそう言うと、トタトタと急いでテレビを付けた。どうしたのだろうかと思っていると、それはテレビに映った人物に答えがあった。

 

『続いて気象情報です。今日は一日気持ちよく晴れていますが、明日以降の天気はどうでしょうか?現場の久須見さん?』

 

 スタジオから切り替わってどこかの現場の光景と共に画面に映ったお天気アナウンサーの姿に悠は仰天した。

 

 

 

『どうもどうも!久須見(くすみ)鞠子(まりこ)でっす!』

 

 

 

 そこにいたのは自分がよく知っている人物……マリーだった。青いハンチング帽や特徴的なゴスパンク風の衣装ではなく、メガネを掛けて如何にもお天気お姉さんっぽい服装に身を包んではいるが、どこからどう見てもマリーだった。

 

「わあっ!マリーちゃんだ!菜々子、マリーちゃん大好き!」

 

「ああ、これ…鳴上くんに言ってなかったね………」

 

 マリーが登場するやいなや、菜々子は嬉しそうに歓声を上げて、千枝は微妙そうな表情で悠にそう言った。

 

「最近の菜々子のお気に入りでな。俺も最初は驚いて心配したが、今日も元気でやっているようで何よりだ」

 

 堂島もマリーのことは顔見知りなので少し嬉しそうに画面を見つめていた。だが、マリーの登場に陽介たちは額に手を当てたり微妙な表情になったりしていた。どうしたのだろうかと思ってテレビに目を移すと、ちょどマリーが今日の天気予報を始めている頃だった。

 

『昨日までは雨でしたが、今日からずっと晴れにしました。まあ、こんだけ雨降ったしこの夏は水、困んないでしょう。つーか、"彼"が来てるのに雨とかあり得ないんで、この先はずっと晴れにします』

 

『く、久須見さん!久須見さ~ん!!落ち着いて!!』

 

『あ、でも暑かったら雨にします。テキトーにすぐ言ってくれたらそうします。"彼"なら』

 

「「「「………………」」」」

 

 何だこの自由過ぎる天気予報は。見ているこっちはハラハラするのだが、それが知り合いだとより一層ハラハラしてしまう。それに、何故か“彼”という度に頬が赤くなっているように見えるのだが何故だろう。見ているのが耐えられなくなったのか、珍しく完二が困惑している悠にこうなった経緯を説明してくれた。

 

「あいつ、あれからちょくちょく来てるんですよ。しまいにこんなに有名になっちまって」

 

 なるほど。どうやらあのGWの事件を境にこちらの世界を出入りしているようだが、その最中にスカウトされたらしい。というか、マリーは今人気なのか。あの予報を見る限りそうなのかと首を傾げてしまうが、その真実は隣で何かブツブツ言っているりせが物語っていた。

 

「てか、短期間で人気出過ぎなのよ。てか、局の扱いどうなってんのよ。てか、【久須見鞠子】ってヒネリなさすぎなのよ」

 

「…………………………」

 

 マリーの姿を見た途端、性格が180度変わったように愚痴りだすりせ。相変わらず悠を狙う天敵と見なしているようだが、あまりに変わりすぎではなかろうか。心なしか、希が時折見せる黒いオーラが背後から出ているように見える。

 

「これは矢澤と花陽ちゃんには見せられねえな」

 

「なんかりせちゃんがこんな調子だと、同じ属性のことりちゃんとか希ちゃんとかにマリーちゃんを会わせたら大変なことになりそうなんだけど……」

 

「修羅場だね、修羅場」

 

「シュラバクマ~☆」

 

「そこ!楽しそうにすんな!それ止めるの、あたしたちになるんだからね」

 

 そんなりせの様子を見て陽介たちはそんなことをヒソヒソと言っていたが、千枝に同感だと悠は思った。そんな悠たちの心情を知らずか、菜々子が陽介たちにこんなことを聞いてきた。

 

「マリーちゃんが明日のお天気を決めるんでしょ?マリーちゃんが晴れって言ったら、晴れるよ」

 

「こ、この子の場合は…どうなんだろう………それ」

 

 菜々子は純粋な目でそんなことを聞いて来るが、マリーの正体を知っている陽介たちにとって答えづらい質問だ。まあ当たらずも遠からずというべきか。

 

「あら?……この子、どこかで見たことあるような……」

 

 画面で好き放題やっているマリーを見て雛乃は見覚えがあるのか、まじまじとマリーを見ていた。

 

 

『あっ、そうそう。今日は私信があります』

 

 

 天気予報が終わったかと思うと、マリーがそんな意味深なことを言って姿勢を正した。そして、爽やかな笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

 

「私、元気でやってます。悠、大好きだよ!」

 

 

 

 

 

 

 その時、菜々子を除く堂島家の時が一時停止した。

 

 

「えっ?………はああああああっ!?」

 

「い、今のって!?」

 

「こ、()()()()()()……()()()()ッ!!!!」

 

 

 前代未聞。お天気お姉さんが生放送中に愛の告白。衝撃的な出来事を目のあたりにして、堂島家のリビングは驚愕に包まれた。あまりのことに呆然としている者もいれば、頬を赤めている者もいる。

 

「こいつは苦情殺到だな。全く、近頃の若者はやりやがるぜ」

 

「あらあら、もしかして"ゆう"って、ウチの悠くんのことかしら?本当にそうだったらどうしようかしら?もう悠くんったら、本当に兄さんと似てモテるわねぇ」

 

 そんなことを言って笑みを浮かべている雛乃は目が笑っていなかった。どこかの誰かさんを彷彿とさせる冷たい雰囲気を醸し出す雛乃に陽介たちはおろか堂島までも悪寒を感じてしまった。

 

 

(ううう………悠センパイを落とす前にこの人を倒さなきゃいけないなんて………勝てる気がしないよぉ……)

 

(まさにラスボスだよね。イザナミみたいな)

 

(いや、DIOじゃない?……もしくはディアボロ?)

 

(何で後半ジョジョなんだよ!全然違うだろっ!)

 

(じゃあ、虚っスかねぇ)

 

(作品変えりゃいいってもんじゃねえよっ!!)

 

(…義兄さんが言ってた通りだったな……)

 

 

 各々がそんなことを思っているのを露知らず、雛乃は皆の様子にキョトンとしたいたが、そっとしておいた。

 

『く、久須見さんありがとうございました!それでは、い、いつものを宜しくお願いします!』

 

 テレビからアナウンサーの焦った声が聞こえてくる。どうやらあちらもさっきの告白は予想外だったのか、相当困惑しているのが分かる。この後が大変だなと悠は密かに局の皆様に同情してしまった。

 

 

『それじゃあ……明日も~、が~んばってねっと』

 

 

「が~んばってねっと!」

 

 テレビのマリーが両手の人差し指を両頬に当てて気の抜けたようにそう言って中継が終わった。何故だろう、マリーがさっきの決め台詞を耳にした途端、妙に元気になった気がする。それに、マリーの台詞を菜々子が嬉しそうに真似したところを見ると、菜々子もこのフレーズをジュネスのテーマソングと同じように気に入っているのが見受けられた。

 

「菜々子ちゃんだけじゃなくて、最近このフレーズ流行ってるらしいっスよ」

 

「応援されると不思議とやる気が出るというか、そんな感じらしいです」

 

 マリーのフレーズについて首を傾げていた悠に完二と直斗が解説を入れてくれた。なるほど、確かに先ほどあのセリフを聞いた時に元気が出るような気がしたが、自分だけではないらしい。それは雛乃も同じだった。

 

「確かに、あの子からそう言われたら不思議に元気が出る気がするわね」

 

「そうそう、それで最近凄いんだよ。町の人たちがみんなやる気に満ち溢れてるって感じでね。商店街に活気が戻ってきたの」

 

「ああ、署の若い連中もそう言ってやがったな。まあ、さっきの……アレを見て立ち直れるかは分からんがな」

 

 堂島のコメントに皆は押し黙ってしまう。確かにアレはファンからしたら相当なダメージを喰らったものだろう。もしその“悠”が自分であると知られた場合どうなるか……想像もしたくなにので、これはみんなの秘密ということにしてもらおうと悠は思った。

 だが、それは手遅れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<稲羽商店街 愛家>

 

 

「「「「「「「「…………………」」」」」」」」

 

 

 一方こちらの愛屋店内は先ほどの楽し気な雰囲気が嘘のように静まり返っていた。原因はもちろん、先ほどテレビで生放送された天気予報士の愛の告白である。前代未聞の衝撃的な出来事を目のあたりにして、穂乃果たちはがあんぐりとしていた。

 

「アイヤー…最近の若い人は凄いねぇ。ウチのあいかじゃ無理アルよ~」

 

「そだね~」

 

 同じく同じテレビを見ていた店主も驚いてキャベツの千切りを途中で止めてしまい、あいかも出前に行く直前に足を止めて呆然とテレビを見ていた。

 

「ん?………もしかして、あの子が言ってた"ゆう"って、()()()()()()()アルか?」

 

 

ー!!ー

 

 

 店主の言葉を耳にした穂乃果たちは一斉にTVに映る天気予報士の姿を睨みつけた。以前悠からこの稲羽にマリーという特捜隊の友人がいるので仲良くしてやってくれと聞かされたことがあるが、もしやこの予報士がそのマリーなのか。久須見鞠子でマリー……十分考えられることだ。そのことに思い至った瞬間、穂乃果たちのテレビに向ける表情がより一層険しくなる。

 

「アイヤー!あの子たち、何か怖いよ――!あいか!何としてくれないアルか!?」

 

「今からでまえ行ってくるから、お父さんよろしく~」

 

「あ、あいか――――!」

 

 商店街の愛家店内に店主の悲痛な叫び声が響き渡ったと共に、あいかは原付に乗って出前に出かけていった。この時、あいかはこのタイミングで出前が入って良かったと店から聞こえてくる店主の悲鳴を聞いて、心の底から思った。

 

 

「鳴上くんもたーいへん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<堂島家>

 

 天気予報の告白騒動が落ち着いて一段落したところで、堂島が雛乃の手料理をパクパクと頬張る菜々子にこんなことを言ってきた。

 

「そう言えば、菜々子。悠が帰ってきたら、言いたいことがあるんじゃないのか?」

 

「あっ!そういえば………ねえねえ、陽介お兄ちゃん、耳かして」

 

「ん??」

 

 堂島に言われて何か思い出した菜々子は陽介に何か耳打ちした。

 

 

「ああ……なるほどな。OK、菜々子ちゃん。おい、お前らもちょっと耳貸せ」

 

 

 菜々子の提案に何かニヤリとした陽介は同じように他のメンバーにもこそっと耳打ちする。すると、皆も菜々子の提案に頷いたかと思うと、悠の方をじ~と見つめてきた。皆の意味深な視線を受けて悠はたじろいでしまう。一体何が起こるのかと思っていると、

 

「じゃあ、行くぞ」

 

 

「では、せ~の!」

 

 

 

 

「「「「「「「お帰り(ご無沙汰っス、先輩)!」」」」」」

 

 

 

「えっ?………」

 

 

「完二!【お帰り】だってば!何でそこで間違えるのよ!」

 

「うっせ!緊張してんだよ!緊張!!」

 

「やっぱり、完二くんは完二くんだったね」

 

「完二だな」

 

「バ完二クマね」

 

「うっせ――!しめんぞゴラァ!」

 

 フレーズを間違えた完二に皆が一斉にいじっていつもの光景が広がった。一方で、不意に菜々子たちに"お帰り"と言われて悠はとても驚いていた。というよりも、何だか身体が熱くなって心がじんわりとした温かい気持ちに包まれているのを感じる。

 こうやってお帰りと言われてこんな気持ちになったのはもしかしたら、今が初めてなのかもしれない。改めて未だに完二のことをいじり倒しているみんなの方に目を向ける。

 ここに帰ってくるといつもそうだ。ここを離れてしまった自分をこうして暖かく迎えてくれる家族と仲間がいる。この自分を包み込んでくれる雰囲気と心優しさに悠は思わず笑ってしまった。

 

 すると、玄関のチャイムが鳴った。ここは自分が出ようと玄関のドアを開けると、そこには意外な人物がいた。

 

 

 

「お帰り、悠」

 

 

 

 そこにいたのはさきほど前代未聞の告白をしたマリーがいた。生中継が終わって真っすぐにここに来たのだろう。後からディレクターやスポンサーなどに怒られるのだろうが、わざわざここに来てくれたマリーのために、悠は笑顔で一言述べた。

 

 

 

「ただいま、マリー」

 

 

 

 

 

 その後、先ほどの電波告白の件で怒りに怒ったりせと張本人のマリーがキャットファイトを始め、その場に愛家に行っていた穂乃果たちも乱入して騒ぎが大きくなったのは別の話である。

 

 

 

 

 

 それにしても。今年の夏は良い夏になりそうだ。悠は心の中でそう思った。

 

 

 

 

 

ーto be continuded




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#63「Sudden encounter.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

更新が遅くなってすみませんでした。12月に入ってから忘年会やら合宿の班長やらで色々と忙しく中々時間が取れなかったのですが、何とか執筆できました。

また休憩がてらに先日購入したPQ2をプレイしています。まだ『A・I・G・I・S』のところまでしかやっていませんが、もう面白い面白い。ジュネシックランドで久しぶりにゲームで泣いてしまいました。

そんなことはさておき、お気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

それでは本編をどうぞ。


…………………………

 

 

 

 

 目が覚めるといつものリムジンの車内を模した群青色の空間にいた。いつものピアノとソプラノの音色が聞こえず、静寂がこの場を包んでいた。そして、出迎えてくれる奇怪な老人とその従者たちの姿も見えない。彼らも彼らでまた休暇を満喫しているようだ。

 周りを見渡していると、床に一枚の便せんが落ちていた。見覚えのある可愛らしい字で何かが書かれてあったので拾い上げて見てみると、次のようなことが書いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おったまげバースデイ』

 

 

大好きなキミが生まれた

スペシャル・デイ

 

シャンパンとイチゴのケーキ

 

…ねえ、きづいた?

私の愛情も入れといた

 

ちょっぴり ちょっぴりね!(SHI・GE・KI・TE・KI)

 

見つけてよ

チョコレートに隠した

ハートのラブメッセージ(///)←

 

I・See・Tellのサイン

 

キミのほっぺたにつけた生クリーム

なめちゃおうかな☆(PE・RO)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 

 これは……この読んでいるだけで何故か寒気を感じる痛々しい文章はまさか。一応まだ続きはあるので、読み進めてみようとしたその時、

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 どこからか奇声が聞こえてきたかと思うと、突然視界に顔を真っ赤にしたマリーが現れて自分の手から便せんをひったくった。

 

 

「よ、読んだ?…読んだでしょ!?」

 

 

 涙目で震えた声でそう尋ねるマリー。誤魔化しようがないので、素直にイエスと首を縦に振った。

 

 

ちょっ、これ見られたらヤバいやつ………ち、違うの!これは…その………勝手に言葉が溢れてくるっていうか………悠にああ言えてスッキリして、いつも以上にパトスが迸って……」

 

「………………………………」

 

「うううううう……ばかきらいさいていテンネンジゴロヤロー!!次やったら、おぼえといて!!」

 

 

 そう大きな声でまくしたてて掌にバチバチと雷を発生させたマリーがとても怖かったので、思わず首を何度も縦に振ってしまった。

 

 

「ううう………何で落ちてるんだろう……ちゃんとしまったはずなのに……何かインボーを感じる……」

 

 

 何かブツブツと呟いてしゃがみ込んだマリーを確認した途端、視界が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チュンチュンチュンチュン

 

 

 

「う……う~ん………」

 

 

 

 目が覚めると、見覚えのある天井が見えた。堂島家にある自室の部屋の天井だ。身体を起こしてみると、少しだるさと疲れを感じる。久しぶりの稲羽とあってはしゃぎ過ぎたかと悠はやれやれと額に手を当てた。

 それに、先ほどのベルベットルームのマリーとのやり取り以外に何かとんでもない夢を見た気がする。うろ覚えだが、見たこともない映画館に連れ込まれて、誰かに超電磁砲のような最大出力の電撃を喰らったかのような。そして隣では誰かがホラー映画並みの恐怖を味わっていたような……

 

(……これ以上考えるのはやめよう。更に恐ろしいことを思い出すかもしれない)

 

 

「「お兄ちゃ~ん!ごはん出来たよ~!!」」

 

 

 考えないようにと額に頭を当てて唸っていると、下から2つの可愛らしい声が聞こえてくる。愛しの従妹であることりと菜々子の声だ。

 

「分かった、今行く」

 

 ドアに向かってそう言うと、悠は重たい足取りで寝間着からいつも私服に着替えて自室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<堂島家 居間>

 

 

「「「いただきまーす」」」

 

 

 堂島家の居間で、先に起きていたことりと菜々子、そして雛乃と一緒に朝食を取る。この稲羽に帰ってから、このような光景が日常となりつつあった。朝起きて菜々子とことり、雛乃に囲まれて朝食。もう出勤していていないが非番の時は堂島も一緒だ。

 見ての通り、この堂島家には悠の他にことりと雛乃も滞在している。GWのように天城屋に滞在しても良かったのだが、雛乃が堂島に別に親戚だから問題ないしこっちの方が菜々子ちゃんも喜ぶのではないかなどの完璧な理論武装で看破したらしい。

 ちなみに、穂乃果たちは天城屋旅館で寝泊まりしている。旅館のお手伝いをするという条件で長期間で格安で滞在しているようだ。旅館の仕事は色々あるらしく、メンバーの数人がキツイと早々に弱音を吐いていたが、これも社会勉強だと絵里に諭されながらも励んでいるらしい。

 

「あら悠くん、どうしたの?顔色が悪いわよ」

 

「ええ…ちょっと悪い夢を見てしまって」

 

「悪い夢?」

 

「何か…映画館に連れ去られて酷い目にあったような……」

 

「「「???」」」

 

 何の脈録のない言葉を並べる悠に3人は頭にハテナマークを浮かべた。意味が分からないが、それほど怖い夢を見たのだろうか。

 

「そ、それはともかく、この魚、美味しいですね」

 

「そりゃそうよ。だって悠くんが昨日釣って来てくれた魚だもの」

 

 今日見た夢のことを話すのは何故かマズイと直感した悠は食卓に並べてある魚の塩焼きで話題を逸らすことにした。

 

 先日、皆がちょうど稲羽に馴染んでいる間に久しぶりに釣りをしようと思い立って、鮫川で釣りをしに行ったのだ。餌もその前の日に辰姫神社で取ってきてあったし、押し入れに去年時価ネットたなかで買った爆釣セットも置いてあったので装備に問題はなかった。

 

「…それにしても、あの川でたくさん釣れるとは思わなかったな」

 

「昨日のお兄ちゃん凄かったね、ことりお姉ちゃん」

 

「そうだね。なんたって面白いように釣れるから、ことりも興奮しちゃった」

 

 今回は慣らし程度で済ませようとした予定だったのだが、ことりと菜々子が見守っていたこともあって張り切りすぎてしまった。それでにて、昨日の成果は紅金が5匹と源氏鮎が4匹、稲羽マスが4匹とオオミズウオが2匹という慣らしとしては上々といったものだった。

 流石に全部は持って帰れないので、帰宅途中に会った陽介と完二、雪子たちにおすそ分けした。だが、雪子があの魚たちを料理の試作に使ってみると言いだしたときは、しまったと思った。自分が釣った魚たちが物体Xの材料に使われるとなると不憫に思ってしまったからだ。出来ればちゃんと天城屋の板長さんにきちんと使われたことを祈ろう。

 

「でも、悠くんも釣りが趣味なのね」

 

「えっ?"も"ってことは……」

 

「そうよ。兄さんも釣りが趣味だったの。よく釣る度にフィッシュって叫んでたから恥ずかしかったわ。そんなんだから、よく近くのお兄さんに煙たがれたし」

 

「はあ……」

 

「それそうと、今日は陽介くんたちと河川敷で集合なんでしょ」

 

「はい、今日は練習ですから」

 

「頑張ってね!お兄ちゃん!ことりお姉ちゃん!」

 

「ありがとう、菜々子ちゃん」

 

 何だか家族の団らんみたいで少し楽しい気分になってくる。自分は両親が共働きで常に忙しく、こういう時間を共有したことがあまりなかったので、こういう稲羽での空間はいつも新鮮に感じた。普通の家族はこういうものなのだろうかと悠は密かに思って、ご飯をかき込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鮫川 河川敷>

 

 

「それじゃあ、一旦休憩しましょう」

 

「「「「はーい」」」」

 

 

 鮫川に河川敷。今日はμ‘sの練習日だ。夏休みの間も練習を怠ってはいけないとの絵里の提案で定期的にこうしてステップや基礎錬などして練習していた。今はちょうど休憩時間で木陰などに入って身体を休めている。

 

「はあ…疲れた~絵里ちゃん、こっちでも容赦なしだよ~」

 

「まさか…稲羽に来てまで練習するとは思わなかったわ」

 

 世間は夏休みの真っ只中。稲羽でダラダラしたかった穂乃果たちは来てまで練習するとは思わず、早速そんな愚痴をこぼしていた。いつチャンスが自分たちに訪れるか分からないからという理由でやっていることだが、こんな炎天下の中ではたまったものではない。

 

「はい、冷たい麦茶だよ。ねっちゅうしょうには気を付けてね」

 

「あ、ありがとう!菜々子ちゃん」

 

「菜々子ちゃん、良い子だ……」

 

 そんな愚痴をこぼしていると、手伝いに来てくれた菜々子が麦茶を運んできてくれた。悠たちが練習すると聞いてお手伝いしたいと言ってきたそうで、小学生とは思えない気配りに思わず感動してしまった。

 

「ねえ絢瀬センパイ、さっきのステップなんだけど、どうだった?」

 

「う~ん……悪くもないけど、よくもないといった感じね。それと、私のことは絵里で良いわよ」

 

「うん!絵里センパイ!」

 

 ちなみに、この練習にはりせも参加している。

 本人曰く今のままでは復帰するには全然足りない、何か掴めるかもしれないから自分もμ‘sの練習に参加させてくれと穂乃果たちに直談判したのだ。これには穂乃果たちも面を喰らったが、こちらも現役のアイドルと一緒に練習できるのは光栄だから大丈夫とのことでOKした。

 最初のうちは皆ぎこちない感じで、昔からのファンである花陽やにこに至ってはもうガチガチになるくらい固まっていたが、時間が経つにつれて、りせもメンバーの一員であるかのように馴染んでいた。

 

「りせのやつも気合入ってんな」

 

「あいつも凄いっすよねえ……あいつらの練習に交じって絢瀬先輩のシゴキに真面目に食らいついて……」

 

「ああ……あの真摯な姿勢が本当のアイドルなんだなって改めて痛感させられるよ」

 

「てか、何で俺らもちゃっかし練習に参加してるんだよ…」

 

 そう、何故かりせだけでなく陽介たちも穂乃果たちの練習に参加させられていた。りせも参加するのだから、陽介たちもやってみないかと絵里に誘われたのだ。軽はずみで承諾した陽介たちだったが、絵里の容赦ない指導で地獄を見た。

 

「はあ…はあ………私、普段千枝みたいに運動してないから…バテちゃったかな」

 

「あはは…絵里ちゃんのレッスン初めて受けたら大抵こうなるよ」

 

 へたり込む雪子を見て苦笑いしながら穂乃果はそう言った。絵里は相手が誰だろうが手抜きは一切しないので、こうなるのは必然だった。

 

「く、クマも…しんどくなったクマ~」

 

「てっ、お前は何で着ぐるみのまま練習してんだよ!」

 

 そして、陽介の言う通り、クマも参加していたのだが、何故かいつもの美少年ではなく着ぐるみで参加していた。

 

「だってぇ~こっちの方がプリティーだから、お客さんウケすると思って~」

 

「ウケねえよ!そんなん動きづらいだけだろっ!てか、俺ら以外見ている人いねえからっ!」

 

「まあまあ陽介くん、クマさんもこれがいいって言ってるからええやない。それに踊れる着ぐるみっていうものありやと思うで。ジュネスの宣伝に貢献できるかもしれへんよ」

 

「あっ、確かに。その発想はなかったな……でも、踊れる着ぐるみってもうどっかにいたような……」

 

 希の言葉にそう思案顔になる陽介。何事も商売のことを考えてしまうあたり、陽介も刑事の堂島同様に職業病である。

 

「それにしても、陽介くんも中々だけど完二くんはとても良いセンスを持ってるわ。背も高いし手足も長いからダイナミックなダンスとか出来そう。穂乃果たちとは別の意味で教え甲斐があるわ」

 

 りせとの講評を終えた絵里が会話に割って入ってきた。りせのみならず、新たな教え甲斐のある生徒を見つけた故か、絵里の表情が生き生きとしていた。完二は意外なところで絵里に褒められたので、とても嬉しそうに興奮した。

 

「そ、そうっすか!じゃあ絢瀬先輩、次からもビシバシお願いしますっ!」

 

「うわあ~、お前がビシバシとか言うとアッチの話にしか聞こえねぇ………」

 

「だから違うって言ってんだろっ!!何べん言やあ分かるんすかアンタは!!」

 

「あ、あっち?……」

 

 特捜隊メンバーにしか分からないネタを出されて困惑する絵里だが知らない方がいいだろう。

 そんなこんなで休憩時間は終わり、再び特捜隊&μ‘sたちは練習に励んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「ごちそうさまでしたー!」」」」」

 

 

「「お粗末様でした」」

 

 

 練習が終わって昼食の時間になった頃、皆は悠が用意していたご飯を頂いていた。

 今日の献立は【おにぎりサンド】。握るのではなくサンドイッチのようにご飯同士を具材と挟んで作ったものだ。具材として余ったいた魚の白身フライやスパム玉子、梅干しなどの色んな種類がある。

 河川敷で練習するので何か手軽に食べられるものはないかと愛読している料理漫画を引っ張り出したところ、これにしようと出発する前に作ったのだ。結果は見ての通り大絶賛で、陽介たちは満悦な笑みを浮かべていた。

 

「はあ~やっぱり悠さんの料理は美味しいですね」

 

「菜々子とことりと一緒に作ったからな」

 

「そうなんだ。菜々子ちゃんもことりちゃんもやるじゃん」

 

「「えへへへ」」

 

 皆が喜ぶ様子を見て、一緒に作ったことりも菜々子も嬉しそうだった。

 

「いや~、やっぱり悠たちの料理にハズレはないぜ。誰かさんたちみたいなものとは全然」

 

「「「(ジイィ~)」」」

 

「いっ!」

 

 陽介の言葉に雪子・千枝・りせが陽介にジト目を向ける。そんな特捜隊女性陣のきつい視線に陽介はあたふたとしてしまった。

 

「と、ところでさ!今度みんなで海に行こうって話だけど、水着の準備は大丈夫か?」

 

「水着ねえ…」

 

「水着かぁ……」

 

 水着と聞いて、顔をしかめる女性陣。先日ジュネスで集まった時に海水浴は数日後辺りに行こうということが決まったのだが、その話題になると何故か女性陣は浮かない顔になる。

 

「う~ん、どうしよう。やっぱり悠センパイを悩殺できるやつがいいから、フリルがたっぷりなのとかギンガムチェックとか良いのかな~」

 

「りせちゃん……」

 

 りせはりせで違うベクトルで暴走している。あのマリーの電波告白を受けて、このままでは負けてしまうと思ったのか、言動までもが積極的になっている。これが今後のアイドル活動に支障が出なければいいのだが、些か不安になってきた。それよりも

 

「ウチ、合宿で着たやつが窮屈になっとったから、新調した方がええかもしれんな」

 

 希が自分の身体に手を当ててそう言うと、他の者から視線が一気に集中した。そう、これが原因なのだ。何とは言わないが、身体の一部の大きさの戦闘力が桁違いなので、比較されると辛い。すると、

 

 

ーカッ!ー

(イエスっ!)

 

 

 希の言葉を聞いた陽介の心の中で閃きが走った。

 

「なあなあ希ちゃん!後でジュネスで水着見てみねえ?今、ちょうど新作のやつ出てるとこなんだよ。もちろん、悠も一緒に」

 

「え?俺?」

 

「いや、希ちゃんだって、俺なんかより悠に選んでもらった方が嬉しいだろ?そこは、幼馴染水入らずでさ」

 

 陽介のみならず、他の特捜隊メンバーも悠と希が実は小学校からの幼馴染であることは知っている。正直そのことを知った時は羨ましすぎて爆発しろと思ったものだが、そんなことは今はどうでもいい。

 

「うふふ、陽介くん分かってるやん♪。悠くん、練習終わったら一緒に水着買いに行こう」

 

「えっ?……ああ、俺で良ければ構わないが」

 

「ま、待った!ことりもちょうど水着新調したいって思ってたから一緒に行く!!」

 

「えっ?」

 

 希が悠と一緒に水着を選びに行くと言った途端、自分もとことりが名乗りを上げた。

 

「ああっ!ことりちゃん、ず~るい!悠センパイが選んでくれるなら私も行く!」

 

「わ、私も!!」

 

「えっ?えっ?」

 

 そして、連鎖していくように次々と悠と一緒に水着を選びに行くよいう者が続出した。これに悠は困惑するのだが、反対に陽介はしめしめと言うような笑みを浮かべていた。

 

(よしっ!狙い通り。これで希ちゃん以外も水着を買ってくれて、売り上げアップ!おまけに希ちゃんたちの可愛い水着姿も見れて、一石二鳥!へへっ、我ながら良い作戦だぜ)

 

 相変わらず下心満載の思惑だったので本人は気付いていないがもろに表情が出ている。そんな陽介の様子を察したメンバーは冷たい目で見ていた。

 

「先輩……こういうことにマジ過ぎっしょ」

 

「陽介くん……」

 

「陽介さん……」

 

「花村……」

 

 そんな感じで賑やかなお昼は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!菜々子、そろそろ時間だ」

 

 しばらく雑談していたところ、菜々子が時計を見てそんなことを言った。時刻はちょうどお昼時を過ぎたころだった。

 

「ん?ピアノの時間か?」

 

「ううん、これからミワちゃんとチヨちゃんと一緒にタケヨシくんのおうちに行く」

 

「なっ!?」

 

「だ、男子の家に!?」

 

 菜々子からの衝撃発言。これに陽介や穂乃果たちはもちろんだが、一番驚いていたのはその家族である悠とことりだった。

 

「そうなのか!?菜々子!!」

 

「そ、そうなの!?菜々子ちゃん!!」

 

「うん。これからみんなと夏休みの自由研究を一緒にやるの」

 

 菜々子から理由を聞いた悠とことりはそんなことだったかと安堵した。夏休みの宿題の定番である自由研究のテーマというものは中々一人では思いつかない。どうやら菜々子もそのテーマを何にするのか友達と相談する予定だったらしい。小学生なら夏休みによくあることなので、何も問題はない。

 

「そうか。良かったな、ことり」

 

「本当だね。もしそのタケヨシって子が菜々子ちゃんに手を出そうとしたら、ことりのおやつにしてたところだよ♡」

 

「怖えよ!お前らのありあまる家族愛が怖えよ!」

 

「あははは……シスコンとブラコンが合わさると怖い……」

 

 悠とことりのシスコンぶりに周りはドン引きした。まさか2人合わさるとこんな風になるとは思わなかった。これには流石のクマも思わずオヨヨと転げそうになってしまった。

 

「なら、俺たちが近くまで送っていこう。最近は昼間でも変な人がウロウロしてるからな」

 

「そうだね!何が起こるか分からないから、ことりたちがちゃんと送らないと」

 

「過保護かっ!!」

 

 自分たちのシスコンぶりにドン引きしている周りの気を知らず、そんなことを言いだした2人。これには陽介もそんなツッコミを入れてしまうが、菜々子はむしろ大喜びしていた。

 

「やったー!お兄ちゃん・ことりお姉ちゃん、一緒に行こう」

 

「ええ……」

 

 そうして、悠とことりは菜々子を友達の家へと送りに行ってしまった。相変わらず本当の家族みたいな仲の良さだが、どうかあの2人がタケヨシという男子に会って何かしでかさないかと陽介たちは心から願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!そう言えば」

 

 悠たちが去った後、何か思い出したのか雪子は背後をチラっと見てながらそんなことを言いだした。

 

「雪子さん、どうしたんですか?」

 

 その様子が気になったのか、海未は思わず雪子にそう尋ねると、雪子は背後から大きなバスケットを取り出した。

 

「実はね、穂乃果ちゃんたちにって思って、クッキーを作ったの。ちょうど食後だし自信作だから食べてみて」

 

「「!?っ」」

 

 雪子からクッキーという単語を聞いて陽介たちは顔が青ざめた。何故かは知っている皆さまはもうご察しだろう。そう、去年陽介たちに多々なる苦しみを与えた物体Xだ。

 

「えっ?クッキー!やった!」

 

「雪子さんのクッキー!美味しそうですね!」

 

「これは期待が持てそうね」

 

「当然にゃ!だって雪子さんは天城屋の次期女将なんだよ。美味しいに決まってるにゃ」

 

 しかし、雪子からクッキーという単語を聞いて、キラキラと目を輝かせて期待に満ちた表情になる穂乃果たち。何も知らない彼女たちは呑気にそんなことを言っているがそれは大間違いだ。何も知らない穂乃果たちには変哲もないバスケットに見えるだろうが、陽介たちにはそれが開けてはいけないパンドラの箱にしか見えない。

 

「お、おい!天城!!マジで作っちまったのか!?あの生物兵器を」

 

「ちょっと花村、そんな言い方はないんじゃない。一応あたしも一緒だったから問題ないって」

 

「余計問題だわっ!!」

 

 ここでまさかの千枝も参加していたという事実発覚。これに対して、陽介たち特捜男子陣は更に青ざめる。雪子だけでも手に負えないというのに、千枝まで加わってしまってはその被害は計り知れたものではない。

 

「おいおい、どうすんだよ!あいつら、穂乃果ちゃんや海未ちゃんたちにまでトラウマを植え付ける気か!?」

 

「ど、どうしようヨースケ~……このままじゃ、ホノちゃんたちにバッドな思い出を与えてしまうクマ~」

 

「まあ、安心しろ。いざとなった完二が全部食べるから」

 

「ちょっ!何さらっと俺を犠牲にしようとしてんすか!?アンタが犠牲になれば良いだろうが!」

 

「うっせー!俺だって死にたくないんだよ!!」

 

 穂乃果たちに聞こえないようにとひそひそと会話している特捜隊男子メンバー。そんな陽介たちの切羽詰まった表情に穂乃果たちはポカンとしていたが、以前悠に料理指導をしてもらった真姫はあることを思い出した。

 

「ああ……そう言えば悠さんが前に雪子さんたちに料理の相談をしちゃだめって言ってたわ。それって、今陽介さんたちが恐れるほど、雪子さんたちの料理が壊滅的ってことじゃ…」

 

「(ギクッ!)ま、真姫ちゃん!そんなことないよ!!去年はまだ知識がない状態だったから失敗しただけで、今回は大丈夫だから!!」

 

「そ、そうだよ!今回は大丈夫だって!!」

 

 真姫の指摘に慌ててそう弁明する雪子と千枝。それを見た特捜隊男子陣の心の不安が倍増する。レシピを見たと断言していないところを見るに、これは絶対何かやらかしているに違いない。

 

「大丈夫の根拠が一つも見当たらねえよ……お前ら、ちゃんとレシピを」

 

「う、うっさいなぁ!!つべこべ言わずに、食べてみろっての!!」

 

「うごっ!!」

 

 未だに心配そうにグチグチいう陽介に腹が立ったのか、千枝はそう言ってバスケットからクッキーを一枚取り出して陽介の口に無理やりねじ込んだ。唐突だったので吐き出すことは出来ずに、そのまま呑み込んでしまった。物体Xを口に含んでしまったことに陽介は顔面蒼白になる。果たして……

 

 

 

 

 

「…………………………………………………()()()

 

 

 

 

 

「「えっ!?」」

 

 

 陽介の反応が信じられないのか、完二とクマは驚愕した。あの雪子と千枝が作ったものが普通?全く信じられなかった2人は必殺料理人たちからクッキーを受け取ってマジマジと観察した。

 形はいびつだが、見た目は普通のクッキーだ。では味はどうかと思い、毒見するかのような心境で恐る恐る口に入れた。

 

 

「あ、普通だ」

 

「普通クマ」

 

 

 口に含んで味わってみると、確かに普通だった。去年みたいに普通に不味かったり不毛な味などしない。いたって普通のクッキーだった。

 

「ちょっ、普通ってなに!?どういうことよ!?」

 

「千枝、陽介くんたちは普通に美味しいって言いたいんじゃないかな?男の子って結構シャイだし」

 

「あっ、そういうことか。なんだ~、そういうことなら素直に言いなよ」

 

 陽介たちの様子を見た雪子と千枝はどうだと言わんばかりにドヤ顔になった。その表情を見てクッキーくらいでと少々腹が立ったが彼女たちも多少料理の腕を上げたのは認めざる負えないようだ。

 

「ま、まあ…少し味に違和感あるけど、食えねえことないな。本当に普通だ」

 

「普通っすね」

 

「普通クマ」

 

「しつこいな!素直に美味しいって言えばいいじゃん!!」

 

 本人たちは会心の出来だと思っているのか、陽介たちの反応が気に食わないようだが、何はともあれ、このクッキーは問題ないということは判明した。これなら穂乃果たちが食べても惨劇になることはないだろう。

 

「じゃあ、はい。穂乃果ちゃんたちもどうぞ」

 

「わ~い!クッキーだ!美味しそう」

 

「うんうん!ずっと待ちきれなかったもん!」

 

 雪子は陽介たちからそんな講評をもらったと同時に穂乃果たちにもクッキーを手渡した。よほど待ちきれなかったのか、穂乃果や凛は貰ってすぐに口の中に入れている。

 

「全く、陽介さんたちも失礼ですよ。確かに形は歪ですが、こんなにも美味しそうなのに」

 

「ウチも流石に失礼やと思うよ」

 

「そうよ。そんなんだからモテないのよ」

 

 海未たちにそう文句を言われる陽介たちだったが、去年のトラウマはそう消えそうにないので仕方なかった。これは安全に関わることなのだから。

 

「いや……矢澤たちはあいつらの今までの所業を知らないからそんなことが言えんだよ……あと一言余計だわ」

 

「クマー!クマはヨースケやカンジと違ってちゃんとプリティちゃんたちにモテてるクマよ!」

 

「嘘つけ。お前がモテてんのは買い物に来るおばちゃんたちだろうが」

 

「シドイ……」

 

「「「あははははははははははっ!!」」」

 

 

 さっきのシリアスな雰囲気が嘘のように盛り上がる一同。こうして皆は雪子たちのクッキーを食べながら穏やかな時間を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?……何かお腹が…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、悪夢は遅れてやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?陽介からメールだ」

 

「あっ、穂乃果ちゃんからメールが来てる」

 

 菜々子を友達の家まで送って河川敷に戻ろうとした時、メールが届いていた。どうしたのだろうと思い、2人はメールの内容を確認した。

 

 

 

 

"たすけて"

 

 

 

 

「「えっ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鮫川 河川敷>

 

「な…なんでクッキー食っただけで」

 

「く…くそう……なんで……」

 

「ううう……お腹が…痛い………」

 

「何で…クッキーでこんなことが………」

 

 謎のメールを受けて急いで皆がいる河川敷に戻ると、練習場所の近くのお手洗いから陽介と完二の悲痛な声が聞こえていた。しかし、それだけではない。河原では腹を抱えて蹲っている穂乃果たち女性陣の姿もあった。その中には雪子や千枝、りせも含まれている。あまりに不可解な事態に悠とことりは混乱してしまった。

 

「な、鳴上先輩…………」

 

 すると、近くから悠を呼ぶ声が聞こえた。見てみると、そこには同じ被害を受けたのか腹を抱えている直斗の姿があった。

 

「な、直斗!これは一体…」

 

「………天城先輩たちが作ったクッキーを食べたらこんなことに」

 

 直斗が指さした方を見ると、そこには一つのバスケットが置かれていた。急いで中身を確認してみるとそこには複数のクッキーがあった。一見ただのクッキーに見えたが、悠とことりの第六感は危険だと告げていた。周りの穂乃果たちの反応を鏡見るに、その威力は尋常ではない。

 

「………とうとう天城たちもポイズンクッキングの域まで行ってしまったのか……」

 

 作った本人たちまでも腹を抱えているところから察するにまた味見しなかったのだろう。後でどうやって作ったのかを問いただす必要があるが、今はそれどころではない。

 

「や、やべえ!もう紙がねえ!!」

 

「えええっ!は、花村先輩!何やってんすか!!」

 

「俺のせいじゃねえよ!元からなかったんだよ!」

 

「クマ……もうここで漏らしちゃいそう……」

 

「うわ!バカ!!しっかりしろ!クマ―――――――!」

 

「ぎゃああっ!こっちも紙がなくなった――――!!完二!アンタ紙持ってきなさい!」

 

「む、無理っすよ!こっからこの調子でジュネスに行けねえって!!」

 

 お手洗いから再び陽介たちの悲痛な声、河原では腹を抱えて倒れる女子高生たち。もはやカオスと称するのが相応しい状況だった。もうこれでは今日の練習は続行できないだろう。

 

 

「お兄ちゃん、ことりたちは菜々子ちゃんを送りに行って良かったね」

 

「そうだな」

 

 

 

「「「誰かああああっ!!紙を下さああああああいっ!!」」」

 

 

 

 

 こうして、またも必殺料理人たちは更なるトラウマをメンバーたちに植え付けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<稲羽商店街 マル久豆腐店 りせの自室>

 

 

「はあ~…ひどい目にあった~……雪子センパイたちの必殺料理っぷりはまだ治ってなかったなんて……私も人のこと言えないけど……」

 

 

 日が暮れて辺りが真っ暗になった商店街の一角にあるりせの祖母が切り盛りしている豆腐店"マル久"。りせは今日の出来事を振り返りながら自室の布団に転がって天井を仰いでいた。

 今日は色々と散々な目にあった。その証拠に未だにお腹の調子が悪い。だが、それ以上に自分に今足りないところを見つけれたことが大きな収穫だった。あの絵里の指導は的確で、そんな彼女の指導をいつも受けている穂乃果たちが正直羨ましいと心から思った。もちろん毎日悠と一緒にいるということも含めてだが…。

 思わず憂鬱な気分に浸っていると、机に置きっぱなしにしていた携帯の着メロが鳴り響いた。こんな時間に誰だろうと思い、りせは電話を手に取った。

 

『もしもし、りせちゃん今いいかな?』

 

「井上さん?どうしたの、こんな時間に」

 

 誰かと思えばマネージャーの井上だった。一体何の用だろうか。稲羽で休むと事務所には事前に言ってあるし、何も問題は起こしていないはずだ。

 

『はは、そう身構えなくていいよ。りせちゃんが稲羽で休みを取ってるのは事務所の耳に入ってるし、ここ最近りせちゃんも根詰めてたから、それくらいいいだろうってさ』

 

「そ、そうなんだ……」

 

 どうやらこちらが考えていたことはお見通しらしい。もう何年もの付き合いになるが、相変わらず優しくも抜け目がない人だなとりせは思った。りせが呆然としていると、井上はゆっくりと話を進めた。

 

『話っていうのは、りせちゃんがこの間社長に頼んだ例の件のことを報告しようって思って』

 

「えっ?」

 

『さっき社長から連絡があってね。りせちゃんの提案を受け入れるって正式にOKが出たんだ』

 

 井上からそんな言葉を聞いたと同時に、りせの時が一瞬フリーズした。

 

「えっ…………嘘!マジでっ!?」

 

 耳に飛び込んできた朗報にりせは思わず素っ頓狂を上げてしまった。そんなりせの反応は予想通りだったのか、電話の向こうにいる井上は落ち着いた様子だった。

 

『社長も最初は訝し気だったよ。でも、音ノ木坂のオープンキャンパスと学園祭のライブ映像を見せたのが効いたらしいね。社長も彼らには逸材な何かを感じたって言ってたんだ』

 

「……」

 

『だから、こうなったら早く彼らに話をした方がいいだろうし、僕も明後日くらいには暇があるから、その時に稲羽に説明にしに行こうかと思ってるんだけど、良いかな?』

 

「………………」

 

『り、りせちゃん?どうしたんだい?』

 

「えっ?………う、ううん!大丈夫!でも、その時ってセンパイたちと海水浴に行く予定になってるから、その次の日くらいにしてもらえないかな?」

 

『……ああ、いいよ。りせちゃんも鳴上くんたちと遊びたいだろうしね。そこはりせちゃんも意思を尊重するよ。でも、少しでいいから彼らにこのことを伝えてもらえると助かるかな』

 

「……うん、分かった。ありがとう、井上さん」

 

『どういたしまして。じゃあ、鳴上くんたちとの休暇を楽しんでおいで』

 

 

 井上との通話を切ると、りせは一息ついて布団に転がり込んだ。

 まだ実感が沸かない。りせが芸能界に復帰するにあたってどうしてもやりたいことで正直通してももらえないと思っていたが、ダメもとで社長に頼んだあの件がまさかのOKが出た。それはとても嬉しくて今すぐにでも舞い上がって喜びたいくらいだ。だが、

 

 

「………………………………」

 

 

 そんな嬉しいことを何故か迷っている自分がいる。大方の理由は分かっているのだが、それを解消させる術が見つからない。そんなときはあの人物に相談しよう。明日はちょうど何も予定がないし、ちょうどいいかもしれない。りせはそう思い立つと、再び携帯を手に取ってあるところに電話を掛けた。すると、僅か数コールで相手は電話に出てくれた。

 

 

『もしもし』

 

 

 電話から聞こえてくる落ち着いた優しい声。数時間前までずっと一緒だったのに、声が聞けてときめいている自分がいるのをりせは感じた。りせは心を落ち着けさせながら、用件を簡潔に伝えた。

 

 

 

「ねえセンパイ、明日ちょっと付き合ってくれない?」

 

 

 

 

ーto be continuded




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#64「Stealth date.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

昨日はクリスマスでしたが、皆さまはどのように過ごしましたか?自分は家で淡々と執筆して録画していた『ホームアローン』を観ていました。えっ?何でかって?………抱腹絶倒するくらい面白いからです!決して予定がなかった訳ではありません。

そんなことはさておき、改めてお気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

これが今年最後の更新になります。今年もこの作品を読んで頂きありがとうございました。来年も是非この作品をよろしくお願いいたします。

皆さん、良いお年を。

それでは本編をどうぞ。


<???>

 

 

 

 

 

ザザアアアアアアアンッ ザザアアアアアアアンッ

 

 

 

 

 

「綺麗……こんな海見るの初めてだよ」

 

「そうだな。俺も初めてだ」

 

 

 キラキラと光るエメラルドグリーンの海。上空で多数のカモメが鳴いている踏み心地のいい砂浜。そんな楽園のような海辺で2人の男女……悠とりせが仲睦まじく海を眺めていた。辺りには人の気配はいなく波のさざめく音だけが2人空間に響き渡っている。

 ここは稲羽の七里海岸とはまた違った場所。今ここで悠とりせは2人っきりだった。

 

「こうしていると、世界にセンパイと2人っきりみたいだね」

 

 そう、この場所には誰もいない。あのガッカリ王子や稲羽必殺料理人、いつもなく邪魔しに来るブラコン妹や自称彼女もいない。完全にここはりせの言う通り2人っきりでまるで世界には2人しかいない。まるで自分たちがアダムとイヴになったかようだ。

 だが、そう思った途端、りせは何故か気持ちは高揚すると共に気恥ずかしさが増していって思わず照れ臭くなってしまった。

 

「あ、あははは…何言ってるんだろう、私。あっ、あそこに貝殻があるよ」

 

 沸騰したように赤くなった顔を見られないようにと、ふと目に入った砂浜の貝殻に話題をそらす。手に取った巻貝は砂浜にあるにしては傷は一つもなく、まるで生きたままの姿が現れているかのように綺麗だった。

 

「りせ、知ってるか?こういう巻貝っていうのは、耳に当てると海の音が聞こえるって言われてるんだ」

 

「ええ?本当?」

 

「ああ、本当だ。何なら試してみたらどうだ?」

 

 りせは半信半疑ながらも悠の言う通りに試しに巻貝に耳を当ててみた。どんな声が聞こえるのだろう。ワクワクしながらそう耳を澄ませてみる。

 

「…………………」

 

 確かに聞こえてくる。まるで海そのものが鼓動しているような音が。更に耳を澄ませると、

 

 

 

 

 

『りせちゃん、起きなさい!』

 

 

 

 

 

「うわっ!」

 

 この場にそぐわない場違いな女性の声が聞こえてきた。予想外な声に驚いてしまい、りせは素っ頓狂を上げて尻もちをついてしまった。

 

「ど、どうしたりせ?」

 

「い、いや…何でもないよ」

 

 突然の奇行に心配そうにする悠だが、りせは何でもないとアピールするように平静を装った。しかし、今のは一体どういうことだろうか。全然海の声なんてものではなかったし、むしろ聞き覚えのある声が聞こえてきた。何故この場にいないはずの声が聞こえたのだろう。

 とりあえず、今のことをなかったことにしようとりせは笑顔を悠に向けて、別の場所へと腕を引っ張っていった。

 

 

 

「わあ!ここの方がもっと綺麗だよ。波がキラキラ光ってて宝石みたい」

 

 先ほどとは違う場所に着くと、りせはそう歓声を上げた。確かに彼女の言う通り、ここから見える海の景色はさっきのところよりも一段と綺麗に見える。あまりの光景にりせはつい見惚れてしまった。すると、

 

「ああ……綺麗だな」

 

「えっ?」

 

 悠は海の方ではなく、りせの目をジッと見てそう言った。

 

「波がキラキラ光ってる」

 

 悠の熱い視線を向けられて心臓がいつも以上にバクバクしてしまうが、何とか言葉を振り絞ってりせは悠に尋ねた。

 

「せ、センパイ?ちゃんと海みてる?こっちの方ばっかりみて………」

 

「いや、見えてる。さざ波のキラキラが映ってる、りせの瞳の中に……」

 

「わっ、ちょっ……センパイ?」

 

 悠は怯えるりせに構わずゆっくりと顔を近づけて行く。普段の振る舞いから考えられない悠のアクションにりせは更に心臓をバクバクさせる。心なしか顔だけでなく身体も熱があるのではないかと錯覚するくらい熱い。それに、今の悠の視線から彼がこれからしようとしていることについて察しがついた。

 

「センパイ……本気?」

 

 りせの問いに悠は迷うことなくコクンと頷く。あの澄んだ瞳を見る限り嘘ではない。その反応から悠の気持ちを察したりせは心臓の鼓動が最大限に振動する。

 だが、悠がそう言うのならばとりせは心に覚悟を決めてゆっくりと目を閉じた。そして、来るべき感触を今か今かとジッと待つ。そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バチーンっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたっ!!」

 

 

 

 来たのは柔らかい感触ではなく、額への痛覚だった。

 

「いい加減起きなさい!居眠りなんて私の前では許さないわよ!」

 

「えっ……」

 

 気が付いてみると、そこに綺麗な海の光景などなかった。目に映ったのはいつもの大勢の人がごった返すジュネスのフードコート。そして、いつものテント席で目の前に自分にデコピンを食らわせたらしい絵里の姿があった。今のデコピンも絵里が繰り出したものだろう。

 

(さっきのは……ゆめ!?)

 

 改めて今の出来事が全て夢だと確信したりせはガバっと起き上がる。見ると、同じテーブルで勉強していたらしい皆がこっちを見て気まずそうな顔をしていた。その視線が自分に向いていたので、一体何故と疑問符を浮かべていると、近くにいた希がニコニコしながらこう言った。

 

「悠くんとの海辺のアバンチュールはどうやったん?」

 

「えっ?な、なんで!?」

 

「寝言よ、寝言。りせちゃんが口元緩ませながらブツブツ言ってたから……」

 

「何つーか……お前が先輩のこと好きなのは知ってたけどよ………よくあんなことを言えるよなぁ」

 

「聞いてるこっちが恥ずかしかったよ。まあ、悠さんがここにいなくて良かったよね」

 

「本当、流石ムリ・キライ・ユメミスギ~」

 

 希を皮切りに次々とそう証言する絵里と完二と穂乃果とマリー。それを見た途端、りせは今自分が置かれている状況を理解した。つまり、今の夢の内容を皆に知られてしまったことを。そのことに思い至った途端、りせの顔が急速に真っ赤になった。

 

 

 

 

「うわああああああああああああああっ!!恥ずかしいいいいいいいいいいいっ!!」

 

 

 

 

 りせの悲痛な叫びがフードコートに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<稲羽商店街 四六商店>

 

「あれ?」

 

「どうした?」

 

「今、誰かの叫び声が聞こえたような……」

 

「気のせいですよ。この暑さで幻聴が聞こえたのかもしれませんね」

 

「それ熱中症の末期だろ。はあ…しっかし、あちいなぁ……本当に熱中症になりそうだぜ」

 

「本当だね」

 

 太陽の光が燦燦と直射する炎天下の中、商店街の四六商店でホームランバーを舐めながら悠・陽介・直斗・雪子・花陽・真姫の6人は時間を潰していた。

 

「まあ、良いんじゃないか。絵里にしごかれるよりは……」

 

「そうよ。今あっちで絵里ちゃんにしごかれてる凛たちに比べたらマシじゃない」

 

「本当ですね。まあ、やることをやってなかった穂乃果さんたちの自業自得ですが……」

 

「♪~♪♪~♪~」

 

 お察しの方も何人かいるかもしれないが、ここにいないメンバーはジュネスにいる。今頃は絵里の監視の下で宿題を片付けている最中だろう。

 明日海に行く予定なので盛り上がっていたところ、その前に宿題をある程度片付けているのかとその場にいた雛乃に尋ねられたのが発端だった。雛乃の言葉を受けて絵里が一斉に皆の宿題の進捗具合をチェック。その結果、まだ手を付けていない者が大半だったので、絵里は激怒して急遽ジュネスでの勉強会が開催されることとなった。何故ジュネスなのかというと、どうせこの後皆で用事があるんだからだとか。

 ちなみにそんな中、何故悠たちが商店街にいるかというと、今日稲羽に来るという友人を迎えに行くためで決して絵里の監視からこっそり逃れた訳ではない。ちゃんと宿題を少なからずやっていて絵里から許可を得てここにいるのだ。不幸に定評がある陽介はこの時ばかりは少し片づけていたのでついにやっと俺には運がまわってきたと心で泣いたものだ。

 

「ところで、花陽ちゃんは何聞いてんの?」

 

 陽介は話題を一旦打ち切って、悠の隣でイヤホンをしている花陽にそう尋ねた。

 

「あっ、すみません……これ、今日出てたA-RISEの新曲で……つい聴きたくなって……」

 

 自分だけイヤホンをしているのが気に障ったかと思ったのか、慌ててイヤホンを外してしどろもどろにそう話す。だが、陽介はそれに何故か共感するようにうんうんと頷いた。

 

「ああ……分かる。分かるぜ花陽ちゃん。俺も好きなアイドルの新曲が出てたらすぐチェックしたくなるなぁ」

 

「わ、分かってくれますか陽介さん!ちなみに陽介さんのお気に入りのアイドルは?」

 

「もっちろん、りせちーとかなみんに決まってんだろ!」

 

「わあ!私も大好きです!確かかなみんさんは最近は"かなみんキッチン"とかで有名ですよね」

 

「そうそう、そしてあの女帝の…」

 

 意気投合して話が弾んだかと思うと、そのまま陽介と花陽はアイドルの話で盛り上がって2人だけの空間ができてしまった。これには悠や真姫も割り込むことは躊躇われた。

 

「あの2人すごいな」

 

「そうですね。花村先輩がアイドルについて詳しいのは知っていましたが、花陽さんとあそこまで話が合うとは思いませんでしたね」

 

「まっ、花陽もにこちゃん以外にアイドルの話が合う人が出来て嬉しいんじゃない?」

 

「なるほど」

 

 そう言えば陽介がアイドルの話で他人と盛り上がったところなど見たことないし、花陽も同様だった。自分の知っていることを共有できるというのは当人たちにとって嬉しいことなのだろう。

 

「そう言えば、真姫さんはピアノを嗜んでいらしてるんですよね」

 

「そうだけど。もしかして直斗さんも?」

 

「ええ、昔かじっていた程度です。先日のライブではもキーボードを担当したんですが、ブランクがあったので勘を取り戻すのが大変でした」

 

「ふ~ん……直斗さんはどんな曲弾いてたの?」

 

「確か、あの時はモーツァルトを」

 

 そして、ピアノの話で盛り上がる直斗と真姫。こちらもピアノという話題で波長があったのか、2人とも生き生きとした表情で語り合っている。

 自分の趣味を共有して語り合えるというのはやっぱり楽しいものなのだろうか。そんな陽介と花陽、真姫と直斗たちの様子を見て悠は少しばかり羨ましいと思った。

 

「何か、私たちだけ仲間はずれみたいだね」

 

「そうだな」

 

 しばらくそんな会話していると、悠の携帯に着信が入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<八十稲羽駅>

 

 

 

「おっ、来たみたいだぜ」

 

 

 

 四六商店から八十稲羽駅まで移動し待機していると、線路の向こう側から一台の電車がこちらに向かってくるのが見えた。そして。電車はこちらに着くとゆっくり停車してドアが開く。中からまばらに人が出てきてからしばらくして、彼らの目的の人物たちが姿を現した。

 

「あっ……みんな!」

 

「迎えに来てくれたんだ」

 

 水色の長いポニーテールと八十神高校のセーラー服の少女、エメラルド色の三つ編みと白を強調したサマーカーディガンを着こなした女性。そう、あのGWのP-1Grand Prixで出会い、共に事件を解決したシャドウワーカーのラビリスと風花だ。

 

「ラビリスちゃん!久しぶり!!」

 

「久しぶりだね」

 

「風花さんもお久しぶりです」

 

 ラビリスと風花の登場に悠たちは嬉しそうに駆け寄った。まさか迎えに来てくれるとは思っていなかったのか、悠たちがプラットフォームで自分たちを待ってくれたことにとても驚いていた。

 

「鳴上くんたち…わざわざウチのためにありがとな」

 

「いいんだよ。ラビリスちゃんも俺たちの友達なんだから、これくらいは当たり前だって」

 

「もう悠さんのドッキリみたいなことはこりごりだし」

 

「ドッキリ?鳴上くんが帰ってきた時に何かあったん?」

 

「それはね、花村くんが」

 

「だああああっ!天城!それを言うなっ!!」

 

 悠が帰省した時に大失敗したドッキリのことを話そうとした雪子を陽介は必死に止める。相変わらずな悠たちの様子を見て、ラビリスと風花はクスクスと笑っていた。

 

 

 

「改めて、ラビリス・風花さん……ようこそ、八十稲羽へ」

 

 

 

 突如として放たれた悠の言葉にラビリスと風花はポカンとしてしまった。だが、今の言葉で悠たちの想いが伝わったので、2人は嬉しくなって思わず皆に向かって最高の笑顔を見せた。

 

「さてと、ラビリスちゃんと風花さん、これからみんなでジュネスに行くんだけど、一緒に行こうぜ」

 

「「えっ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<稲羽市 ジュネス>

 

「悠くん、こっちなんてどう?」

 

「悠さん!これは?」

 

「あの…そう一気に言われても……」

 

 昼下がりのジュネスの洋服売り場。その一画に位置する水着売り場にて多数の少女たちが水着を物色していた。もちろん皆、海水浴用に水着を新調するためである。

 先日の練習での約束通り、皆で悠に水着を選んでもらう手筈になっているので、彼に想いを寄せる者たちは必死に似合うか似合わないかをチェックしている。たかが水着だが、穂乃果たちは何かものにしたいと言わんばかりの気迫で意気込んでいた。

 

「悠!にこにはこれが一番似合うわよね!?」

 

「ええっと……それビキニだろ?デザインはいいとして、にこにそれは……」

 

「ちょっと!どこ見て言ってんのよ!!」

 

 ビキニを持ってきたにこに大して身体のある一部分を見て悠はそうコメントする。確かににこのあの大きさでビキニは無理がある。仮にそれを着ていったところでポロリは確定。そうなったら色々とまずい。

 

「そうやで。にこっちはビキニよりもこっちがええんやない?」

 

「って、それ子供用のワンピースじゃない!そこまで私は子供じゃあないわよ!」

 

「じゃあ、こっちのスク水はどう」

 

「陽介?アンタ本気でぶん殴られたい?……」

 

「すんません!!」

 

 希が持ってきた子供っぽいワンピース水着と陽介のどこから持ってきたか分からないスクール水着にガチで返すにこ。ボケで言ったつもりだったのが本気で怒られたので、陽介はにこの気迫に負けて腰を90度曲げてしまった。

 そんな特捜隊&μ‘sたちの水着を選ぶ様子をを見てラビリスと風花は面白そうにしながら、店内の水着をジッと見ていた。

 

「水着かぁ……そう言えばウチ、そんなん持ってなかったなぁ」

 

「私も…最近ダイエットしたから新調しなきゃいけないかも」

 

 対シャドウ兵器でかつ最近シャドウワーカーとしても激務に追われていたためラビリスにそんなものは持っておらず、風花もここ数年海水浴など行ったことがないので、前の水着がどこかに行ってしまったのだ。皆と一緒に海水浴に行くとなると、新しい水着は買っておきたい。すると、

 

 

ーカッ!ー

(イエス!イエス!!)

 

 

 2人の会話を聞いた陽介の心の中にまたも閃きが走った。

 

「なあなあ!ラビリスちゃんと風花さんの水着は俺が…」

 

「ダメっ!アンタに選ばせたら碌なも選ばないから!ここはマリーちゃんに選んでもらった方が良いんじゃない?」

 

「そうだね!マリーちゃんのファッションセンスってピカイチだから」

 

 陽介がそう言うのを遮って千枝がそう言った。確かにマリーのファッションセンスが良いことは去年の密着計画の時に証明されている。そんな彼女ならラビリスたちの似合う水着をチョイスしてくれるだろう。千枝と雪子の提案にそれだと思った悠は近くで水着を物色していたマリーに尋ねた。

 

「マリー、頼めるか?」

 

「良いよ、私もコーハイたちに似合う水着選びたいと思ってたし」

 

 マリーは悠にそう言うと早速ラビリスたちを観察してどれが似合いそうかを物色し始めた。そして、商品用のクローゼットから水色のビキニタイプの水着を取り出してラビリスに渡した。

 

「わあ!すご~いっ!ラビリスちゃんにすごく似合ってるよ!」

 

「そ、そうかなぁ?」

 

 マリーがチョイスしたラビリスの水着を見て穂乃果たちは感嘆の声を上げた。ラビリスはあまり実感が沸かず戸惑っているが、同じファッションセンスが抜群なことりからしてもその色合いと雰囲気がラビリスにマッチしている。マリーの抜群のファッションセンスは相変わらず健在だった。

 

「ねえねえ!マリーちゃん!今度は私のも選んでくれるかな?」

 

「えっ?…いいよ」

 

「私も!!」

 

 ラビリスへのチョイスに感嘆を覚えた穂乃果たちは自分もとマリーにチョイスを希望する。端から見れば、マリーに全て押し付けたような感じになったが、とりあえず悠は巻き込まれないようにしようとそっとその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…」

 

「お疲れ、相棒」

 

 気疲れしてフードコートのベンチで脱力感に襲われた悠の元にニヤニヤした顔の陽介が飲み物を持ってやってきた。相変わらずこういうことに気が利く相棒にありがとうとお礼を言って飲み物を受け取ると、陽介はそのまま悠の隣に腰を掛けた。

 

「いや~明日が楽しみだぜ。俺がチョイスできなかったのは残念だったけどよ、マリーちゃんなら大丈夫だな。きっと明日はパラダイス…」

 

 意気揚々と語る陽介だが、それとは反対に悠は少し落ち込んでいた。何故かと言うと…

 

「しまった…マリーに任せたらことりの水着を選べないじゃないか……やっぱりことりは清楚なビキニが……いや、ここは考慮してセパレート………あるいは」

 

「……お前、あんまりそんなことやってるとことりちゃんに嫌われるぞ」

 

「何を言う。妹の水着を真剣に選ぶことの何が悪い?」

 

 陽介の呆れた言葉に悠は真顔でそう返した。何と言うかここまで来ると本当に重度のシスコンにしか思えない。いっそのこと、どこぞの作家のようにその重い妹愛を小説にぶつけたらいいのではないかと思った。まあ、あちらも重度のブラコンなので嫌うどころか大喜びしそうだが。

 

「嗚呼………流石は鋼のシスコン番長だよ。そんなことより悠、何か悩み事か?」

 

「えっ?」

 

「どんだけの付き合いだと思ってんだよ。良いから話してみろよ」

 

「…………実は」

 

 相棒の前で隠し事はできないと悟って観念した悠は陽介に昨晩あったことを話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~昨日の夜~

 

<堂島家>

 

『ねえセンパイ、明日ちょっと付き合ってくれない?』

 

 部屋で懐かしい本を読んでいると、りせから突然電話が掛かってきた。何の用かと思うと、りせは開口一番にこんなことを言ってきた。

 

「明日?…ああ、ことりたちの水着を選んだあとだったら別にいいけど、何かあったのか?」

 

 りせの言葉にそう返す悠。りせが何故そんなことを言ってきたかは分からないが、もちろんジュネスで水着を買いに行くこと以外はやることがないので、問題はないだろう。しかし、

 

『……ごめん。やっぱりいいや』

 

「えっ?」

 

『こんな夜遅い時間にごめんね。じゃあ、また明日』

 

 りせは悠にそう言うと、何も理由を話さぬまま一方的に電話を切った。これには流石に悠も疑問符を浮かべた。

 

「どうしたんだ、りせ……」

 

「お兄ちゃん、どうしたの?誰かから電話があったの?」

 

 電話を切られた後、一体なんだったのだろうかと思っていると、菜々子とお風呂に入っていたことりがやってきた。風呂上がりのことりのパジャマ姿はどこか扇情的でドキッとしたが、それはそれとして。

 

「い、いや……さっきりせから電話があって」

 

「りせちゃん……」

 

 悠からりせという単語が出た瞬間、ふと訝し気な表情になったが、そうではない雰囲気を察したことりはどういうことなのかを聞いた。

 

 

「そうなんだ。う~ん……それはちょっと心配だなぁ」

 

「心配?」

 

「だって、いつもお兄ちゃんに甘々なりせちゃんがそんな反応するのはおかしいし、何かお兄ちゃんにも言えない事情があるのかも。それに、りせちゃんはライバルでもあるけど、やっぱり友達としてそんなことがあったらと思うと心配だし」

 

 ことりのこの言葉に悠は驚きを感じた。花陽やにこはともかく、穂乃果たちもまだりせを現役アイドルとしてのイメージを拭えないところが見受けられたが、もうことりの中ではりせのことは友人と思っているらしい。

 

「お兄ちゃん、こういう時はいつもみたいに話をした方が良いよ。やっぱりそういうのは本人に聞くのが一番だと思うし。もし無理だったら、ことりが話をしてあげるから」

 

「……そうしてみるよ。ありがとう、ことり」

 

「別にいいよ。その代わり、今度沖奈市で映画観に行こうね。2人っきりで♪」

 

「……了解」

 

 やはりことりは抜け目がなかったようだ。やはりこの妹には頭が上がらないと悠は心からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前、ちゃんと気をしっかり持っとかないと尻に敷かれるぞ」

 

「肝に銘じておくよ」

 

 悠から昨夜の話を聞いた陽介は一言そうコメントした。悠だけでなくことりの方も重度のブラコンぶりが凄まじい。このままだと色々とやばいのではないかと思う陽介だったが、一応彼らは本当の兄妹ではなく従兄妹であることはお忘れなきよう。

 

「まっ、それはともかくとして。りせが何か昨日と様子が違うっていうのは俺もことりちゃんに同感だぜ。何か向こうでトラブルでもあったのかもな」

 

「というと」

 

「例えば……事務所と何か揉めたとか、去年みたいにストーカーが現れたりとか」

 

「………………」

 

 陽介のいうことに一理ある。仮にストーカーのことだったとしても皆で力を合わせれば撃退できるので何とかなるが、事務所と揉めたとなると流石の悠たちも対処は難しい。あの仲間にも気を遣うりせのことなので、自分の問題に悠たちを巻き込むのは気が引けたと考えれば、昨日の電話の件も説明がつく。

 

「やっぱり…直接話して聞くしかないか……」

 

 悠はそう呟くと重い腰を上げて立ち上がった。

 

「悠、どこに行くんだよ」

 

「りせに話を聞きに行ってくる」

 

「そうか……………………………はあっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

 皆と水着を選んでいる最中、りせは人知れず溜息をついた。昨日悠に何で相談しなかったのだろうと我ながら思う。そのせいで朝から頭の中がモヤモヤしているし、変な夢を見て恥ずかしい思いをしたりして散々だと更に溜息をついてしまった。

 

「りせちゃん、どうしたん?そんな溜息なんかついて。せっかくの可愛い顔が台無しやで」

 

「希センパイ…」

 

 思い悩んでいると、今の溜息を見ていたらしい希から声を掛けられた。意外な人物から声を掛けられてりせは戸惑いの表情を見せた。

 正直言うと最初出会った時はこのほわほわしたミステリアスな感じが少し苦手で、悠に遠慮なしに好意を見せていたのが自分とダブって見えてあまり良い印象を持たなかった。だが、GWの後に同じ解析タイプのペルソナ持ちになったことを聞いて、少し親近感が湧いたのか、気軽に話せるくらいにはなれている。

  

「りせちゃん、何かお悩み事でもあるん?」

 

「えっ!?………い、いや……そんなことは……」

 

「んん~……大方悠くんに何か相談事があるけど、ウチらのこと気にしすぎて相談できないって顔やね」

 

「げっ!……な…何でそれを?」

 

「うふふふ、ウチのカードは何でもお見通しなんよ」

 

 タロットカードを手に取ってそう微笑む希にりせは笑みを引きつらせた。芸能界に復帰するにあたって変装術はもちろん演技力も鍛えていたつもりだったのだが、この希の前ではそれは無力に等しいかったようだ。何と言うか、やはり自分はこういうほわほわしたミステリアスな人は苦手だと改めて思った。

 希はそんなりせの様子は気にせず、りせの顔をジッと見たと思うと、再び微笑みを見せてこう言った。

 

「まあ、何のことで悩んでいるかは分からんけど……あんまり一人で抱え込んじゃいかんよ。それが自分の本当にやりたいことなら尚更ね」

 

「えっ?」

 

「ほな、ウチはもうちょっと悠くんが気に入りそうな水着を選んでくるから」

 

 希はりせに意味深的なことを言ったかと思うと、それで終わりというように絵里たちがいる売り場へと戻ろうとする。しかし、りせは何故希が自分にそんなことを言ったのかが分からず、引き留める形で尋ねてしまった。

 

「どうして……そう気にかけてくれるの?」

 

「…………りせちゃんは数少ないナビ仲間やからね。りせちゃんにはウチみたいに後悔はしてほしくないんよ」

 

 希は足を止めてそう言うと、すぐに絵里たちの方へと戻っていった。何だったのだろうかと思ったが、今の言葉で希の優しさが伝わってきたので、少し希に対しての印象が変わった気がした。

 すると、希と入れ替わる形で今度は悠がりせの方へ向かってきた。一体なんだろうと思っていると、悠は唐突にこう言った。

 

「りせ、ちょっと寄り道して行かないか?」

 

「えっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここって……」

 

 ジュネスをこっそり抜け出して悠に連れられて訪れたのは、花火大会でも来たことがある高台だった。もうすぐ夕暮れどきなのか、辺りは夕焼け色に染まっていた。近くでは小学生くらいの男の子たちがサッカーをして遊んでいた。余程夢中になっているのかこちらの存在には気づいていないように見える。

 

「ここなら話しづらいことも話せるだろ?」

 

「……………」

 

 悠の言葉にりせは気まずそうに押し黙った。まさか自分が何か思い悩んでいるのに勘づかれたとは思わなかったのだろう。

 

「ことりに言われたんだ。りせが何か思い悩んでいるようだったから、話を聞いてくれって」

 

「ことりちゃんが?」

 

 まさかあのことりがこんな機会を促してくれたとは思いもよらなかった。希のことといい、悠のことといい今日はなんだか予想外なことが起こる日だなとりせは改めて思った。こうなってはあのことを言うしかないかと心に決めたりせは悠に全て話すことにした。

 

「センパイ……あのね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ということなの」

 

「なるほどな」

 

 りせからあらかたの事情を聞いた悠はただ簡潔にそう呟いた。全て吐き出したりせは悠の反応をチラッと見る。

 

「…本当はこんなことをセンパイたちに頼むのはお門違いだって思ってる。それはわたしだって分かってるよ。でも……」

 

「良いんじゃないか。俺はやるぞ」

 

 悠からの返答にりせは思わず悠の方を見返してしまった。それほど悠の間の無い返答が予想外だったからだ。

 

「…いいの?」

 

「何で?」

 

「何でって………センパイ受験生だし、穂乃果ちゃんのこともあるし……センパイだけじゃなくて花村先輩や千枝先輩、雪子先輩に絵里先輩だって………自分のことあるのに……」

 

 そう、これは悠たちの大事な時間を奪うのも同然のことなのだ。穂乃果や完二たちはともかく悠や陽介、絵里や希たちは受験生なのだ。受験の天王山と言われるこの時期に自分の我儘に付き合わせるのは正直申し訳ない。そのせいで受験に落ちたりしたらと思うと、心が締め付けられる。それに、ただ得さえラブライブの出場を落とした後だというのに、こんなお願いを穂乃果たちにするのは気が引ける。それが、りせの戸惑っている理由だった。しかし、

 

「りせが困っているから、じゃだめか?」

 

「えっ?」

 

 悠はりせのそんな言葉にそつなくこう返した。そんな悠の言葉にりせは思わずドキッとしてしまった。それを知ることなく、悠は話を進めた。

 

「仲間が困っているなら助けるのは当たり前だ。りせも俺たちがピンチだった時に助けてくれただろ。だったら、今度は俺たちがりせを助ける番だ。穂乃果たちだって、俺と同じことを思ってる。そんな気にすることはないと思うぞ」

 

「そ……そう…だよね……」

 

 自分の予想とは違った回答にりせは思わず頬を膨らませてしまった。思わせぶりなことを言っておいて仲間とは実に悠らしい。そんなことを言ってくれてとても嬉しいが、どこか腹立たしい。やっぱり自分はまだ仲間扱いなのかと贅沢にもそう思ってしまった。

 しかし、今の悠の言葉でさっきまでぐるぐると頭の中を回っていた悩みが一気に消し飛んだ気がする。

 

「ありがとう…悠センパイ。またセンパイの言葉に元気を貰えた気がする」

 

「そうか………ん?ちょっと、りせ」

 

「えっ!?」

 

 すると、悠は何を思ったのか顔をずいっとりせに近づけた。これにはりせも声を上げそうになるくらい驚愕する。そして、りせの脳裏に昼に見たあの海辺の夢が過った。あの夢とシチュエーションが違うが、これはひょっとして。

 

「………じっとしてろよ」

 

「えっ?ちょっとセンパイ?」

 

 慌てるりせをよそに悠は顔どころか、身体も密着するのではというくらいどんどん近づけてくる。これは間違いないとりせは確信する。そう思ったりせは少々怯えながらも目を閉じる。より近くにいるのか、セミの鳴き声がミンミンと耳元に激しく響き渡る。そして、あの時と同じく唇に来るべき感触を今か今かと待っていたその時、

 

 

 

 

 

 

 

バコオオオオオオンッ!

 

 

 

 

 

 

 

「うっ!」

 

「きゃっ!!」

 

 何故か後ろからサッカーボールが宙を舞い、そのまま悠の後頭部に直撃した。そして、そのまま悠の顔はりせの胸の中にダイブしてしまっていた。

 

「…え…ええっ!!せ、センパイ!?」

 

 思わぬハプニングにりせはあまりの驚きと羞恥で頭がいっぱいになって叫んでしまう。その時、りせの背中辺りに止まっていたらしいセミが羽を羽ばたかせて飛んでいった。何だこの状況は。

 

「すみません!大丈夫ですか!!」

 

 あまりの出来事にあたふたしていると、原っぱの向こうから小学生らしき男子が数名こちらにやってきた。どうやら向こうでサッカーをしていたらしく、大方勢い余って蹴飛ばしたボールが悠に当たってしまったらしい。

 

「「「……………………」」」

 

 だが、小学生たちはその光景を見てフリーズしてしまった。何せ男が女の胸に顔をうずめている光景なのだから、小学生にしてみれば衝撃的だろう。

 

「そ、その……ごめんなさい」

 

「それじゃあ……」

 

 小学生たちは気まずそうにそう言うとそそくさとその場を立ち去ってしまった。何かあらぬ誤解を植え付けてしまったようだ。しかし、今の小学生たちの様子は気まずいというより何かに怯えて逃げたような感じだったような気がする。それよりも一体何が起こったのかが気になる。だが、ふと悠の背中に引っ付いたセミを発見して取ろうとした時、今の原因が分かった気がした。

 

「もしかして………せみ?」

 

 悠はりせの身体のどこかについたセミを取ろうとしたのではないか。だからりせにじっとしていろと言ったのだろう。そして、取ろうとした瞬間、運悪く小学生のサッカーボールが激突して脳震盪。ラブコメなどにありそうなハプニングだなとりせは思った。それはそれとして、

 

「せ、センパイ?だ、大丈夫?」

 

 自分の胸の中で蹲っている悠に声を掛けるが反応しない。それほど今の一撃で脳震盪を起こしたようだ。何とかしようとりせは悠を楽な姿勢にするために悠を自分の胸から膝に移動させた。こうなると膝枕しているようになるが、胸にずっと蹲られるよりかはマシだ。それに、先ほど悠が自分の胸の中に入ったと思うと羞恥の気持ちでいっぱいになる。今のことを思い出して顔が沸騰するくらい熱くなったので、思わず膝で寝ている悠の方を見てしまった。

 

「………それにしても……センパイの寝顔……可愛い」

 

 膝枕しているので悠の寝顔がよく見える。いつも天然でクールに見える悠だが、こうしてみるとまるで大きな子供みたいでとても愛らしい。従妹である菜々子やことりはいつもこんな顔を見ているかと思うと、少しズルいと思ってしまった。

 

「す、少しなら……いいよね?」

 

 ここまでして、何もなかったでは勿体ない。そう思ったりせは周りに誰もいないのを確認して手を悠の頭に伸ばしてそっと撫でた。

 手に触れる悠の髪の毛の触り心地はとても気持ちよくてくすぐったい。その感触をずっと感じたくなったのか何度もなでなでしてしまった。こうしていると、まるで恋人みたいだという錯覚が更にりせの心を刺激する。

 有頂天になったりせはふと悠の口元を見る。周りにはまだ誰も居ないし悠も起きそうにない。このままキスしても大丈夫なのではないかと思ったのか、ゆっくりと口を近づけた。恥ずかしさを堪えながら徐々に近づいて、悠の顔まで残り数センチとなったその時、

 

 

 

Prrrrrrrrrrrr!!Prrrrrrrrrrrr!!

 

 

 

 ここでまさかの着信音!せっかく勇気を出そうと思った良い雰囲気を邪魔されて不機嫌になったりせは携帯の画面を開ける。だが、画面に表示された名前を見て思わず顔を青ざめた。何故なら、着信主は一番の天敵である希だったのだから。無視したいが、無視したら何をされるか分からない。謎の恐怖に包まれたりせは恐る恐る通話ボタンを押した。

 

「も、もしもし?…のぞみ……せんぱい?」

 

『り~せちゃん、帰ってきたら詳しい話を聞かせてな。もし来んかったら、ワシワシするよ☆』

 

 凍えるような冷たい声にりせは身震いする。そして、何故か電話越しなのに声がすぐ近くで聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、それから数十分後……

 

 

「はああああああああっ!」

 

「ぐはっ!」

 

 

 河川敷では陽介がマットを持って海未の怒涛のラッシュを受けていた。素早さが専売特許の陽介だが、海未の前ではそれは虚しく抵抗できずに受けたままでいる。もはや某リーガルサスペンスアクションゲームの雑魚キャラのようにサンドバック状態だった。

 

「はあっ!はあっ!そいやっ!!」

 

「ぐはっ!ぐほっ!ぐへっ!………もう…やめにしてくねえか……これ以上は…」

 

 海未のラッシュに何とか耐えた陽介はもう限界だというように悲鳴をあげた。いくら陽介でもこれ以上やれば身体がマズイことになってしまう。だが、海未は聞く耳を持ってくれなかった。

 

「ダメです!まだ鬱憤が晴れません!もうちょっと頑張って下さい!!」

 

「陽介さん!頑張って!次は穂乃果もやるんだから!」

 

「ガンバレの意味合いおかしくねえか!?てか、穂乃果ちゃんも!?」

 

 海未のラッシュだけでも手一杯だというのに穂乃果もやるというのか。

 

「そうですよ!穂乃果ちゃんの次は私なんですから!」

 

「私も……早く陽介さんを殴らないとこのイライラが治らない」

 

「お前ら!俺のことなんだと思ってるんだよっ!?」

 

 穂乃果だけでなく、花陽や真姫、にこまでもやるという事実に陽介は絶望を隠し切れなかった。そして、ちょっと心配になったからとこっそり皆で高台でのぞき見したことを後悔した。

 先ほど高台でこっそりあのハプニングを目撃してからこの調子だ。原因が分かってはいるが、何故その憂さ晴らしに自分がこんなことをしているのか。それもこれも、鬱憤晴らしにはこれが一番だと千枝が穂乃果たちに言ったせいだ。

 

「花村~、モテ期が来たようで良かったじゃん」

 

「うん。花村くん、モテモテだね」

 

「こんなモテ期があるかぁ!!おい、完二!お前そろそろ代われ!海未ちゃんの一発一発が重くてそろそろ限界なんだよ!こんな調子で穂乃果ちゃんたちの相手もしたら、俺が死ぬから!!」

 

 怒りに任せて千枝と雪子にそう叫ぶ陽介。自分の代わり…というか生贄として完二を呼ぶが、当人はもうそこにはいなかった。

 

「あっ、完二くんならさっき用事思い出したって帰っていったけど」

 

「なっ!?」

 

「クマくんもシフトがあるの忘れてたから急いで戻るって」

 

「あ、あいつらあああっ!」

 

 唯一の頼みの綱が途絶えた陽介は自分を見捨てた男どもに恨みの咆哮を上げる。だが、どう足掻こうが陽介に逃げ場がなかった。

 

「陽介さん!しっかりして下さい!!次は本気で行きますので」

 

「ええええっ!今までのが本気じゃなかったの!?」

 

 海未からの衝撃発言に陽介は背筋が凍った。言葉の通り今の海未はさっきとは違うガチな雰囲気を纏っている。これから穂乃果たちにもサンドバッグにされるのに、これ以上喰らったら身体が持つか分からない。

 誰か助けてくれないかと必死に周りを見渡すが、言いだしっぺの千枝と雪子、そして絵里は関わるまいと傍観を決め込んでいるし、希は黒いオーラを全開させてどこか行ってしまったし、悠はことりの膝で眠っていて羨ましい。どこを見ても何もなく、もう陽介に救いの手はどこにもない。

 

 

「陽介さん、行きますよ!!虎落と」

 

 

 

「誰かああっ!俺をこのサンドバッグ地獄から解放させてくれえええっ!!ちくしょう!不幸だあああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 この後、陽介はボロボロになるまで海未たちに滅茶苦茶にされました。

 

 

 

 

ーto be continuded




Next #65「Sea bathing.」



改めて皆さま、良いお年をお過ごし下さい。


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Extra⑥「Happy New Year!-2019-」

あけましておめでとうございます。

去年同じ時期に正月モノの番外編をシリーズ化したものです。年初め最初の投稿ではありますが、楽しめてもらえたら幸いです。


……………………………………………………

 

 

 

 

 

「あれ?ここは……」

 

 

 

 目を覚ますと、悠はとあるお洒落な雰囲気のあるラウンジの席に座っていた。

 窓にはどこかの夜景が映っており、古い町並みと街灯、そして広がる暗闇の海が織りなす厳かな雰囲気に思わず目を奪われてしまった。一体ここはどこなのだろうか。

 

 

「綺麗な夜景ですネ♪鳴上先生♡」

 

 

 気が付くと、隣に見覚えのない美少女がいた。ショートの金髪に青い目、胸元が大きく開いた紫色のイブニングドレスに身を包んでいる。どこぞのお嬢様なのか、雰囲気が上品に見えた。もう一度言うが、自分にこんな知り合いにいない。ましてや、この子に先生と慕われる程のことなどしていないはずなのだが。

 

「あ、あの……君は?」

 

「君って…寝ぼけているのデスか?私は貴方が愛するマリー……小原鞠莉です!もう雰囲気に酔っちゃったんデスか?いくら何でも早すぎますヨ」

 

「ま、マリー?」

 

 マリーと言えば、自分の大切な知り合いの久須見真理子もいるのだが、あの人物とは全然違う。それはともかく、ここは何処なのかも確認しておくべきだろう。

 

「ここは……どこだ?」

 

「まだ寝ぼけているのデスか?ここは()()()()。私とダイヤと果南の卒業旅行に付き添ってきてくれたんじゃないデスか♪」

 

「イタリア!?」

 

 衝撃的な発言に思わず驚いてしまう。確かにこの美しい夜景から日本ではないと思っていたが、まさかイタリアとは思っていなかった。それにダイヤと果南って誰だ?辺りを見渡すが、この場所には自分とこの鞠莉という謎の少女だけしかいない。その2人は今どこにいるのだろうか。

 

「そんなことより、まずは乾杯しまショウ。先生♡」

 

 そして、鞠莉は手元に置いてあったグラスを取って乾杯するようにチンと鳴らした。しかし、悠はグラスのドリンクを見て怪訝な表情になる。

 

「なにこれ?」

 

「ジンジャーエールですヨ。先生はお酒は弱いとお聞きしたので」

 

「明らかに違うものに見えるんだが?」

 

「そんな細かいことは気にしないで下サーイ。せっかく2人っきりなんですから……」

 

 すると、鞠莉は潤んだ瞳でこちらを見てきた。その上品な仕草と表情に思わずドキッとしてしまったが、悠は何とか冷静になって窓の夜景に目を移した。経緯はどうあれ、せっかくのイタリアなのだ。再び訪れることはないかもしれないので、この素晴らしい夜景を目に焼き付けなければと思ったが、彼女はそうはさせてくれなかった。

 

「せんせ~い!このエクセレントな夜景を見るより、もっとマリーを見て下サーイ♪夜は長いんデスから♡」

 

 よほど構って欲しいのか、鞠莉はスッと身体を悠に寄せてきた。彼女の柔らかい感触が直に来たので思わずビクッとなってしまう。

 

「あ…あの……ところで、ホテルとかは大丈夫なのか?かなり遅い時間っぽいし……その………ダイヤや果南…も心配してるんじゃ…」

 

「ふふふ、このマリーに抜かりはありまセーン!ちゃんとここのホテルのスイートルームを取ってマース!もちろん先生と相部屋で♪」

 

「えっ!?」

 

 気になったことをふと言ってみたらまさかの衝撃発言。鞠莉はそう言うと胸元からスッと一枚のカードキーを取り出した。

 

「大丈夫デース。お金の心配はありませんし、名簿にはちゃんと"小原悠"と"小原鞠莉"としておきましたから♪これなら心配なく泊まれますヨ」

 

「ちょっとまて。男女で相部屋はまずいだろ。それに、俺と君は教師と生徒の間柄だろ……それは流石に……」

 

 何故自分が教師となっているのかは分からないが、仮にそういう関係だったとしたら、これは流石にまずい。すると、悠の言葉に鞠莉はムスッとした顔をすると、顔をずいっと近づけて声をワントーン低くしてこう言った。

 

「いい加減諦めてください。私が今日の日のためにどれだけ投資したと思ってるんですか?」

 

「いくら使ったんだ?」

 

「うふふ、まさに持つべきものはマネーですネ♡」

 

「もっと別のことに使ってくれ……」

 

「Oh!それは私たちの将来のことを思ってのことですか?シャイニー!嬉しいデース!」

 

 突き放す感じにそう言ったのでこれで退くと思ったが、全くの逆効果で鞠莉はそれが嬉しく感じたのか、思いっきり悠の胸に抱き着いてきた。それを受け止めきれず、悠と鞠莉は床に倒れこんでしまった。

 一気に距離が近づいたことによって鞠莉の身体が所々に密着する。顔も近く、思わずクラッとしてしまう匂いが鼻を刺激した。まだアルコールも入っていないのに何か酔ったみたいに視界が揺らいでしまう。

 

 

「先生、私はこう見えても本気なんですよ……だって、貴方が私を……ひとりぼっちだった私を救ってくれたから……私はあなたのことをとっても好きになったのデス……」

 

「!!っ」

 

 

 耳元で囁く鞠莉の声に嘘はないと【言霊遣い】級の伝達力がそう言っている。それがストレートに伝わってきたので、悠の心の鼓動も徐々に早くなっていく。この子の好意は偽りじゃないと認識したことで、悠の意識は全て目の前で愛おしそうに見つめる鞠莉に集中した。

 

「それに…私も卒業して……もう教師と生徒の関係じゃ…ないんですから………」

 

 潤んだ瞳でそう見つめられては声が詰まってしまう。そして、鞠莉は目を閉じるとゆっくりと顔を近づけていった。これ以上はいけないと頭で警告が鳴っているが身体はそれに抗えない。突き放す力を失い、このままなさるがままにキスしようとしたその時、

 

 

バタンッ!

 

 

「あああああああああああああっ!!見つけた!!」

 

 

 

 その直前、誰かが押し入ってきた音が聞こえ、同時にとある少女のけだましい声が響き渡った。ビクッとなって振り返ってみると、そこには大勢の少女たちがこちらを睨んでいた。

 

 

「どこに行ったのかと思っていたら……」

「こんなことに……」

「まさか…お兄さんと……良い感じになってたんなんて……」

「ちょっ!ヨハネの主に何しようとしてたのよ!?」

「もしかして今、先生とキスしようとしてたズラ!?」

「せ、先生とキス………ぴぎゃあああああっ!!」

「ま、鞠莉さん!?破廉恥ですわっ!!ま、まさか……先生と…」

「流石にこれは笑えないよねぇ」

 

 

 何と言うか、目の前で勝手に盛り上がっている少女たちをどこかで見たことがある気がする。特にあのオレンジ髪の子は穂乃果に似ているし、赤紫色のロングヘアーの子は至っては折り紙を教えた梨子と瓜二つだ。

 おそらくあの中のうち2人が鞠莉も言っていたダイヤと果南という友達だろう。なら、あとの少女たちは誰なのか。

 

「Oh!ダイヤに果南!それに千歌たちまで……何故ここに?」

 

「それは……あっ」

 

 この事態には鞠莉も困惑しているようだ。誰かが事情を説明しようとした途端、その中からとある女性が1人コツコツという音を立ててこちらにやってきた。その女性を見た途端、鞠莉は顔を青ざめた。

 

 

 

 

 

これは、どういうことかしら?あ・な・た?

 

 

 

 

 

 聞き覚えのある冷たい声。まさかと思って、その人物の顔をみようとした途端、まるで待ち受けていたかのように視界がぼんやりと歪み始め、視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再びを目を開けると、今度は見覚えのある部屋にいた。ここは稲羽にある自分の部屋。寝ている場所は紛れもなく自分の部屋の布団だった。

 

「ゆ…………夢か」

 

 どうやら、さっきのは全て夢だったらしい。見ると、汗がどっと出ていた。カレンダーを見ると、日付は1/2となっている。

 

 

「初夢にしては……恐ろしいものをみたな」

 

 

 そう呟くと、悠は布団から身体を起こした。夢の内容も笑えないが、一番気にかかるのがあの声の人物だ。一体誰だったのだろうかと疑問を残して、悠はいそいそと着替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<堂島家>

 

「おう…起きたのか、悠」

 

「おはよう!お兄ちゃん!」

 

「おはよう、悠くん。朝ごはん出来てるわよ」

 

 居間に降りると、そこには変わらない堂島家の朝の光景があった。台所で雛乃が腕を振るって料理を作り、ことりと菜々子がこたつのテーブルにお皿と箸を並べている。堂島はゆったりとテレビを見ていた。ちょうど箱根駅伝がスタートしたところで、外を見ると去年に負けないほどの雪が深々と降り注いでいた。

 

 

「ところで悠、お前宛に年賀状がたくさん来てたぞ」

 

「年賀状?」

 

 駅伝を見ながら朝食を取っていると、堂島がふとそんなことを言ってきた。

 

「ほら、これだよ」

 

 そう言うと、菜々子はどこからかたくさんの年賀状を抱えて出してきた。よく見ると、そのほとんどが鳴上悠宛となっていた。それを見て年賀状とは懐かしいと悠は思った。親の転勤で引っ越しを重ねてきた故か、年賀状など送っても無意味と思ってしばらく書いていなかったし、自分宛に来たものなどほとんどなかった。

 改めて見ると、こうして自分に年賀状がたくさん届くとどこか気持ちが高ぶる自分がいるのを感じる。

 

「そうか……じゃあ、ゆっくりテレビでも見ながら見てみるか。誰か出してない人がいるかもしれないし」

 

「そうだね」

 

 何はともあれ久しぶりの年賀状だ。じっくり見てみるのも一興だと、悠はことりと菜々子と一緒に年賀状を手に取った。

 

 

 

 

 

 まず、陽介とクマからだ。ジュネス稲羽店をバックにピースしている2人の写真が大きく映っていて、下の方に手書きのメッセージが書かれてあった。

 

 

『明けましておめでとう!今年もよろしくな!相棒!!』

『センセイ・ナナちゃん・コトチャン、あけましておめでとうクマ~!』

 

 

「うん。普通だね」

 

「陽介たちなら何かしてくるかと思っていたが、まあこれくらいが正月らしくて良いか」

 

 

 ガッカリ王子と称される陽介やトラブルメーカーのクマに至っては普通の年賀状だった。何と言うか、何か小恥ずかしいことを言って自爆という構図が浮かんでいたのだが、予想に反して普通な内容だったので拍子抜けだった。別に年賀状にそんな気てらったものを求めている訳ではないが。

 

 

 お次は千枝や雪子たちからだ。更には完二やりせ、直斗からのも届いてある。皆陽介と同じ家族との写真を背景に手書きのメッセージが書いてあるものだ。メッセージの内容が似たり寄ったりだったので、ダイジェストで見てみよう。

 

 

『明けましておめでとう!今年もよろしくね!肉は君を裏切らない!』

 

『明けましておめでとう。今年も天城屋をよろしくね。今度ことりちゃんたちと一緒にどうぞ』

 

『先輩!明けましておめでとうっス!!今年も俺、先輩についていくっス!!』

 

『せんぱ~い!明けましておめでとう!今年こそ、貴方のハートをゲットしてみせるよ♪7月からのアニメも頑張ってね☆』

 

『昨年はお世話になりました。先輩は今年数々の神秘的な事件に巻き込まれると思いますが、ロードとして頑張って下さい』

 

 

「……後半おかしくないか?」

 

「うん…千枝さんと雪子ちゃんとかは良いとして、りせちゃんと直斗くんは何かコメントしづらいし………りせちゃんは後でオハナシだけど………

 

 特捜隊メンバーの他にも悠宛の年賀状が届いていた。部活動仲間の一条康に長瀬大輔、エビ…もとい海老原あいに後輩の松永綾音、家庭教師の生徒の中島秀。稲羽の知り合いからも年賀状が届いていて感無量になる。それもそのほとんどがμ‘sを応援しているとかラブライブ頑張って下さいなどと言ったメッセージが多かった。

 

「みんな、μ‘sを応援してるって言ってるな。ラブライブ頑張れって」

 

「こうしてみると、嬉しいね」

 

「菜々子も嬉しいよ!」

 

 こんな東京から遠く離れたところでもμ‘sを応援してくれる人たちがいる。そんな稲羽の住人からの応援メッセージに悠とことりは何だか元気を貰えた気がした。

 

 

 

 

 

 続いてμ‘sのメンバーからだ。最初に出てきたのは海未からのものだった。こちらは家族の写真はなく、着物を着こんだ海未が門松の隣で微笑みを浮かべている写真は背景に手書きのメッセージが書かれてあった。

 

 

『あけましておめでとうございます。今年も色々と穂乃果が迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いいたします』

 

 

「海未はちゃんとしているな。字も達筆で綺麗だし、着物姿も綺麗だ」

 

「穂乃果ちゃんのことを言ってくる辺り、やっぱり海未ちゃんは穂乃果ちゃんのお母さんみたいだよね……」

 

「そうだな」

 

「ところで、着物の海未ちゃんを綺麗って言ったことについては後でオハナシね♪」

 

「えっ?」

 

 続けて、その穂乃果たち高坂家からの年賀状だ。こちらも穂乃果と雪穂が着物を着てピースしている写真が背景になっていた。そして肝心のメッセージはというと、

 

 

『明けましておめでとう!今年もよろしくね!悠さん!』

『悠さん、今年も姉をよろしくお願いします』

『鳴上くん、卒業後ここで働かない?ついでに穂乃果か雪穂をお嫁に』

『お母さん!?何言ってるの!?』

『悠さん!今のは気にしなくていいですからね!?』

 

 

「何で年賀状で会話しているんだ……」

 

「いろいろとツッコミ満載だよね……」

 

……きーちゃんには後でお話しなくちゃいけないかしら

 

 娘たちが普通に新年の挨拶をしているのに、何故母親はさりげなく勧誘しているのだろう。それに、心なしかこの年賀状から穂乃果の父親のモノらしき殺気が感じられるのは気のせいだろうか。そして、何か後ろで年賀状を見ていたらしい雛乃が黒いオーラを醸し出しているが次へ行こう。

 

 

 次は同じ現象が起きそうな西木野家だ。

 

 

『明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします』

『昨年は真姫がお世話になりました。是非とも真姫を鳴上くんの嫁にもらって下さい今年も娘をよろしくね

 

 

「ほら、やっぱり……」

 

「これ、絶対真姫ちゃんが改ざんしたよね?その跡が丸わかりなんだけど……」

 

……西木野さんもお話しなければいけないかしら?

 

 雛乃の黒いオーラが更に禍々しさを増していく。これ以上酷いことにならないようにと次の年賀状に移った。次のを見ると、何とシャドウワーカーの美鶴からのがあった。とりあえずこれで一旦落ち着こうと、美鶴からの年賀状を手に取った。

 

 

『明けましておめでとう。去年はラビリスや皆月のことで世話になった。今年もどうかよろしく頼む。そして、もし進路に困ったら言ってくれ。シャドウワーカーはいつでも君を歓迎する』

 

 

「美鶴さんもか!?」

 

「まだお兄ちゃんのこと狙ってたんだ……」

 

 美鶴は大丈夫かと思ったのに、裏切られた気分になった。確かに去年何回かシャドウワーカーに入らないかと言われたことがあったが、まさかここにも出してくるほど本気だったとは……余程人員が足りていないのだろうか。

 

「お前、色んなところで人気者だな……」

 

「本当よねえ………桐条さんも後でオハナシね……」

 

 色んなところで就職?のお誘いがあった悠に堂島と雛乃は各々そんな反応を見せた。その叔父と叔母の視線が耐えられなくなかったのか、悠は振り切るように次の年賀状を読み進めた。

 

 

 

 次の年賀状は花陽と凛、そしてにこと絵里からだった。ここも着物を着てポーズを取っている写真を背景に手書きのメッセージが書いてあるもので、内容が似たり寄ったりだったのでダイジェストで見てみよう。

 

 

『明けましておめでとうございます!』

『今年もよろしくにゃ!』

 

『去年は世話になったわね。今年もよろしく頼むわ』

『悠兄様、今年もお姉様をよろしくお願いいたします』

『悠にい!また一緒に遊ぼう!』

『あそぼ~う』

 

『明けましておめでとう』

『鳴上さん!来年もよろしくお願いいたします!』

 

 

 うん。ここまではいたって問題はなかった。強いて言えば、亜里沙が来年と今年を間違えていたことだが、許す。

 それにしても矢澤一家と絢瀬姉妹からの年賀状はどこか心が洗われたような気持ちになった。菜々子と言い、こころやここあと亜里沙といい、何故小さい子の言葉は癒しを与えてくれるのだろう。そう思っていたのが顔に出ていたのか、ことりが怪訝そうにこちらを見ていたのだが、そっとしておこう。

 

 

 さあ、次は鬼門の希だ。どんなことを書いてきたのだろうと身構えて見てみると、神田明神の巫女服に身を包んだ希が微笑む写真で以下のことが書かれてあった。

 

 

『悠くん、明けましておめでとう!今年も悠くんにとって素敵な一年でありますように』

 

 

「あれ?普通だ。希のことだから何かあるんだと思ってたんだが…」

 

「本当だね。あれ、ここにおみくじがあるよ」

 

 見ると、右下の一角におみくじと書かれているところがあった。どうやら銀の部分をコインなどで剥がして内容が分かるという仕組みになっているようだ。希にしては中々粋なことをするなと思った悠は意気揚々と銀のところを剥がしていく。すると

 

 

大吉

"あなたは今年素敵な嫁ができるでしょう!将来は2人の子供と義妹に恵まれます。特徴は大きな胸とスピリチュアルな雰囲気の子です。"

 

 

「やっぱり………」

 

 普通だと思っていたらこれだ。このおみくじ、完全に希の手作りなのが丸わかりだし、女の子の特徴というのも絶対希自身を指している。あからさま過ぎるアプローチに悠は思わず苦笑いしてしまった。だが、

 

「…………………今すぐ希ちゃんをおやつに」

 

「待ったまった!俺からも言っておくから!!俺の部屋から竹刀を持ってこようとするのは止めてくれ!!」

 

 黒いオーラを纏ったことりが今すぐ希の元にカチコミに行こうとしたので、必死に止めにかかった。その後、あの手この手でことりを宥めるのに30分かかったと言っておこう。

 

 

 

 

 

 その後、辰巳ポートアイランドの文吉爺さんや秋葉原のネコさん、更にはA-RISEやかなみんキッチンといったアイドルなどからも年賀状が来ていた。中には去年は世話になったと書いてあった差出人不明のものもあったが、これで大体見終わっただろう。何というか年賀状如きにここまで体力を使うとは思わなかった。これもそれも誰かさんたちの年賀状のせいだが、悪い気はしなかった。

 

 

 

「あっ、まだお兄ちゃん宛の年賀状残ってる…………あれ?この年賀状変だよ」

 

「えっ?」

 

「差出人の名前はないし、紙がちょっと変と言うか………」

 

 ことりが手にした年賀状を見ると、奇妙なことに全体が青だった。もしやと見てみると、端っこにタロットカードのマークが書かれてあった。そして、裏を見てみるとメッセージが書いてあった。その内容は……

 

 

 

 

『明けましておめでとうございます。お客様の世界で年賀状というものは一年の感謝を伝え、関係を深めるために出すものとお聞きしたので、筆を振るってみました。今年がお客人にどのような道を切り開かせるのか、ベルベットルームの住人一同を代表しまして、楽しみにしております。また、私を楽しませて下さい。M』

 

 

 

 案の定、これはベルベットルームの住人からだった。時間の概念がないと言っていた彼らだが、まさか年賀状を書いて送ってくるとは思っても見なかった。書いたのはおそらくマーガレットだろうが、相変わらず達筆だなと改めて感心した。

 

 

 

「ふううっ…」

 

 大方の年賀状を読み終えた悠はぐうっと伸びをすると、一息ついて天井を仰いだ。年賀状を一通り読んで思い返せば、去年は確かに色々なことがあった。

 

 

音ノ木坂の神隠し事件にP-1Grand Prix

オープンキャンパスと学園祭に波乱の夏休み、

更にはその先の絆フェス。

 

 

 どの出来事も一筋ではいかず、皆と力を合わせなければ成し遂げられなかったものばかりだ。あの時のことを思い出すと、ヒヤリとしたことや辛くなったこと、そして何より皆で乗り越えた達成感と嬉しい気持ちが蘇ってきた。

 年賀状は一年の感謝を伝えるために出す者と誰かが言っていたが、そうかもしれない。どんなものであれ、この自分宛の年賀状から十分過ぎるほどの感謝の気持ちが伝わってきたのだから。

 

 

ピンポーン!

 

 

「おっ、あいつらが来たんじゃないか?」

 

 玄関からインターホンが鳴ったと同時に堂島はそう言った。耳を澄ませると、ガヤガヤとした賑やかな声が聞こえてくる。そう言えば今日はせっかく雪が積もったんだからということで雪合戦しようと約束していたのだった。年賀状に夢中になって時が過ぎるのを忘れていたらしい。

 

「あっ、本当だ。じゃあことりが」

 

「いや、俺も行く」

 

「菜々子もいく!」

 

 ここは自分が行こうと、ことりの申し出を遮って悠は皆が待つ玄関へ向かう。

 また今日も仲間たちとも一日が始まる。そんな当たり前の日々に…そして、こんな自分を仲間や友達と思ってくれる彼・彼女たちに感謝して、悠は従妹たちと笑顔で玄関を開けた。

 

 

 

 

 

「「「みんな、いらっしゃい」」」

 

 

 

 

 

 

 

―fin―




明けましておめでとうございます。ぺるクマ!です。

前書きにも書きましたが、去年同じ時期に正月モノの番外編を出して、やっぱり年初めはこういう話を書かなきゃ始まらないと思って急遽シリーズ化して書いちゃいました。来年もし執筆を続けていたら2020年バージョンも作ろうかなとは思ってますが、肝心の本編は数日後に更新する予定なのでご安心下さい。

さて、今回の話のテーマは"年賀状"でした。最初は雪合戦にしようかと思ったのですが、銀魂の年賀状回を見て、こういうのを書いてみようと思ってこれにしました。年賀状って書くのは面倒ですけど、昔の友達や先輩から来ると嬉しいと感じましたね。

それはともかく改めて、読者の皆様あけましておめでとうございます。昨年は色々ありましたが、今年も「PERSONA4 THE LOVELIVE~番長と歌の女神たち~」をよろしくお願いします!


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#65「Sea bathing.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

新年早々にテストがあって、更にその後に期末が控えているので頭が茹で上がりそうです……。新年早々ですが、今月は更新がいつもより遅くなりますが、ご容赦下さい。

そんなことはさておき、改めてお気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方・最高評価と評価を付けて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

それでは、特捜隊&μ‘sの海水浴をどうぞ。




........................

 

 

 

 

 

ミーンミーンミーンミーンミーンミーン

 

 

 

 

 心地よく吹く潮風。

 激しく照りつける太陽。

 ゆらゆらと陽炎が見える灼熱の山道。

 

 

 見れば誰もが夏だと直感する山道を今、一台のシャトルバスが駆け抜けていった。運転しているのはおっとりした顔の如何にも教育者であろう風格を持ち合わせた女性。そして、その後ろでは……

 

 

「スキップ!」

「うわあ!あとちょっとで勝ち抜けだったのに~~!!」

「よーし!あたしも負けてらんないぞぉ!」

 

「ここでポーションだ」

「ぐっ…この私がポーションを許すなんて………」

「お兄ちゃんたち、すごいね」

「私もチェスやって見ようかな……」

 

 

 いつものようにはしゃいでいる特捜隊&μ‘sたちの姿があった。

 

 

 今日は前から約束していた通り皆で海水浴に行く日。悠たちはシャトルバスに揺られて各々の時間を過ごしながら目的地までの旅路を満喫していた。

 バス内の最後席ではいつもの如く、穂乃果たちがカードゲームに白熱していた。いつもはトランプで勝負している彼女たちだが今回は趣向を変えてUNOをやっている。そのUNOがトランプをやっている時よりも激闘を繰り広げていた。

 

「凛ちゃん、今UNO言い忘れてたでしょ!」

 

「してないにゃ!そういう穂乃果ちゃんだって、さっき言い忘れてたにゃ!」

 

「ちーがーうーよ!穂乃果は小声で言っただけだもん!海未ちゃんだってそうしてたよ」

 

「な、何を言ってるんですか!?私はそんなズルいことはしていません!」

 

「そこの3人が言い争ってるうちに……喰らいなさい!渾身のドロー4!」

 

「うわあああああああっ!」

 

「千枝たち……もうちょっと静かにね」

 

「そうよ。本に集中できないわ」

 

「真姫ちゃん、それは目に悪いよ」

 

 UNOで白熱しているのは穂乃果・凛・にこ・千枝と言った特捜隊&μ‘sのわんぱくガールズたち。少々盛り上がりすぎたのか近くにいた雪子と真姫に注意されてしまった。

 

「全く……後ろは白熱してるわね」

 

「そうだな……チェック」

 

「むむ……まあ、せっかくの海だし気持ちは分からなくないけど………えい」

 

「おっ……夏と言えば海だしな………よっと」

 

「むっ……ここでナイトを動かすとはやるわね………はい」

 

「何でお前らはチェスをしながら会話してんだよ……しかも早指しで」

 

「陽介くん、静かにしたほうがええよ。もう2人とも自分たちの世界に入っとるから」

 

「……そうだな」

 

 前席では悠と絵里のチェスも静かながら白熱していた。その様子はさながら達人同士の対決を思わせる。その他のメンバーと言えば、窓に広がる景色を眺めたりしている。完二はわざわざ手芸セットまで持ち込んで作品作りに熱中しており、菜々子とことりは一緒にあやとりをしていた。

 

「今更だけど、まさか雛乃さんがバス運転できるとは思わなかったなぁ」

 

 本当なら去年みたく原付で行きたいものだったが、悠と穂乃果たち音ノ木坂学院は原付禁止なので却下。それだと市営バスなどの交通機関で行くことになるがそれでは時間がかかってしまう。どうしたもんかと悩んだ時、雛乃が自分がバスを運転すると言いだしたのだ。

 わざわざ天城屋のシャトルバスを借りてあれよあれよと乗せられたもので、最初はとても心配したものだが、ブランクが空いているものとは思えない程の運転技術だったのでホッとしている。

 

「うふふ、こう見えても理事長やる前は色んなことやってたのよ、陽介くん」

 

「あははは……お母さん、凄い」

 

「理事長の意外な一面を見た気がするなぁ」

 

 何故雛乃が中型免許を持っているのかを聞いてみると、教師ならこれくらい当然とはぐらかされた。何か別の目的があったように見えるのだが、そこまで追及すると深い闇を見てしまう気がしたので一同はそっとしておいた。

 

 

 

 

 

 そうして、雛乃の運転に揺られて1時間後……

 

 

 

 

「おっ、みんな!アレを見てみろ」

 

 

「「「わあああああああああああああ」」」

 

 

 そこで皆が目にしたのは、特捜隊にとっては一年ぶりに、μ‘sにとっては初めて見る七里海岸の海だった。チェスは白熱していた悠と絵里も一旦指すのを止めて窓の景色に目を移した。

 

「楽しみだな。今年は直斗やラビリス、穂乃果たちもいるし、賑やかになりそうだ」

 

「そうやねえ。それはそうと悠くん、いくら男の子やから言うてあんまりポロリ期待しちゃいかんよ」

 

「……してないから」

 

「今の間はなんやったんかなぁ?うふふふ」

 

 そうやって悠をからかう希の姿はとても嬉しそうだった。流石幼馴染属性というべきか、その様子がどこか付き合っているより熟年の夫婦のように見えたので、周りの女性陣はジト目を2人に向けたのであった。

 

「ことりお姉ちゃん、ぽろりって何?」

 

「な、菜々子ちゃんは…知らなくていいんじゃないかな?」

 

「??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<七里海岸>

 

「ああ……なんかキンチョーするなぁ……」

 

「そんな緊張することないだろ?」

 

 駐車場にバスを停めて各自更衣室に向かった後、早めに着替えを終えた男子陣は砂浜で女性陣の到着を待っていた。こういう場合、着替えが早い男子が女子のことを待つことになるのは必然である。

 

「お前はいつも穂乃果ちゃんたちの近くにいるからそうなんだろうけど…だって、あの生りせちーに加えて、今話題のスクールアイドルμ‘sだぞ!あんな可愛い子たちの水着を拝められるなんて、一生に一度あるかないかなんだぞ!3億の宝くじが当たったようなもんだぞ!やっべ……なんか周りがみんなモヒカンに見えてきた」

 

「……一応言っとくが、菜々子とことりに手を出したら許さんぞ」

 

「だから手を出さないから!俺はお前みたいにシスコンでもないし、ロリコンでもないから!」

 

「シスコンなのは認めるが、俺はロリコンじゃない。フェミニストだ」

 

「どこの変態軍師だ!てか、一番警告するべきはそこのエログマだろ!」

 

「むううっ!ヨースケひどいクマ!いくらクマでも、センセイの可愛いナナちゃんやコトチャンにあんなことやこんなことはしないクマよー!」

 

 クマは猛烈に抗議するが、悠は確かにと目を据わらせる。確かに、去年起こったポロリ事件は元を辿れば女子の水着を脱がそうとしたクマが原因なので、陽介の言う通りクマを警戒するべきだろう。

 女性陣のことでぎゃあぎゃあと騒ぐ男3人のやり取りを聞いていた完二はやれやれと呆れて肩を竦めていた。

 

「先輩ら、何そんなに盛り上がってんすか。たかが水着っすよ」

 

「てか完二、お前今回は海パンなんだな」

 

 そう、今回の完二の水着は去年のヴィーナス誕生の原因を作った黒いブーメランパンツではなく悠たちと同じ海パンだった。それに対して3人は意外そうな顔で完二をマジマジと見た。

 

「な、何っすか?そんなジロジロ見て……」

 

「顔を赤めるな!色々誤解してしまうだろ!俺にソッチの趣味はねえから!」

 

「だからちげえって言ってんだろ!?何べんいやあ分かんだアンタは!」

 

 もはやお約束と言ってもいいやり取りをする陽介と完二だったが、そんなことは置いといて話を戻した。

 

「いやあ……お前がまた去年みたいに際どいブーメランパンツ履いてきたのかと思ってよ」

 

「もしそうだったら、ことりたちの目に毒だから、視界に入らないように海まで吹っ飛ばそうかと思ってた」

 

「なっ!……あっぶねえ…海パンで良かったぁ」

 

「吹っ飛ばされる自覚はあったのかよ」

 

 先輩2人の話を聞いて戦慄する完二。この時、去年のことを反省して海パンを選んで良かったと心の底から思った。

 

 その時、

 

 

 

 

「センパーーーイ!」

 

 

 

 

「はっ!?」

「うおっ!?」

「うっほほ~い☆」

 

 

 彼方からりせの声が聞こえてくる。そして振り向いた先に、彼女たちはそこにいた。その彼女たちの水着姿に男どもは見惚れて言葉を失ってしまった。

 では、ここでそんな彼女たちの水着姿をご紹介しよう。

 

「先輩たち待っててくれたんだ~」

「先に入ってればよかったのに……」

「本当だよ……」

 

 まずは特捜隊メンバー。

 りせはピンクの水玉模様が特徴的なセパレートと水着用のスカート。それはアイドル復帰前とは思えないほどりせに似合っていた。千枝は黄色のビキニで雪子は白いビキニ。未だに水着姿を男子陣に見られるのは恥ずかしいのか、頬を赤らめて恥ずかしがっていた。

 

「わーい!海だあっ!!」

「テンション上がるにゃあっ!!」

「さあ!見なさい!海辺の妖精にこちゃんの登場よ!」

 

 続いて登場したのはμ‘s活発ガールズの穂乃果・凛・にこ。

 穂乃果は白黒のチェック柄の三角ビキニ、凛はスポーツタイプのセパレート、にこは可愛らしいフリルがついたピンク柄のビキニを着こなしている。久しぶりの海ゆえか、3人ともテンションが上がっていた。

 

「ちょっと3人とも、他の人に迷惑ですよ!」

「そうよ。もうちょっと節度を持ちなさい」

「まあまあ、ええんやない。ところで悠くん、ウチの水着どう?」

「い、いいんじゃないか……」

 

 そして、次はμ‘sの保護者ポジションにいる絵里・希・海未。

 絵里は大人っぽい青色のスカラップビキニ、海未は大人しめの赤色のクロシェ、希は露出度の少し高い淡い紫色のビキニで腰にパレオを巻いていた。悠は合宿と同じように希の水着に少しドキッとしてしまった。

 

「わあ!ここが七里海岸。良い場所だね!」

「そう?うちの別荘の近くの海の方が綺麗な気がするけど」

 

 その次は花陽と真姫。

 花陽は雰囲気に合った大人し目でありながらも美しい白いオフショルビキニ、真姫はセレブなイメージを感じさせる黒いレースアップだ。この2人は1年生なのに、水着のせいもあるのか大人っぽい雰囲気を醸し出していた。

 

「菜々子、海に来るのって初めて」

「そうなんだ。じゃあ、今日は初めての海をお兄ちゃんと一緒に楽しもうか」

「うん!」

「……………………」

 

 そして、悠が待ち望んでいた菜々子とことり。

 菜々子は可愛らしいピンク色のワンピースで、ことりは控えめなエメラルド色のタンキニだった。こうやって二人並ぶと姉妹のようで愛らしく、全てにおいてパーフェクトだと悠は心の中で感動の涙を流していた。

 

「う~ん…水着って難儀やなぁ……こう肌を露出するのって、気恥ずかしいし…」

「あはは、慣れたら大丈夫だよ」

「まだ…全然慣れない………」

 

 そして、風花・ラビリス・マリー。

 風花はエメラルド色のセパレート、ラビリスは先日マリーに選んでもらった大人っぽい水色のホルターネックビキニ、そのマリーは去年陽介に買ってもらった黒のバンドゥ水着だ。何とも筆舌に尽くしがたいプロポーションと美しさを兼ねそろえた美少女3人に他メンバーは羨ましそうに見惚れていた。

 

 

ーカッ!ー

((オー!イエスッ!!))

 

 

 女性陣の水着姿を間近で見れて、陽介とクマのテンションは最高潮に達していた。

 

「おいおい……やべーだろ、アレは……俺ら、こんなに良い想いしちゃっていいの?後からモヒカンが襲ってくるとかないよな!?」

 

「いいんだクマ……ハア~、去年より可憐なプリティちゃんたちに囲まれて~ナナちゃんもいて、クマは感激クマ~」

 

「夏って……いいっ!!」

 

「よ、陽介くん……悠もクマくん何で泣いてんのよ!」

 

 あまりに予想外の男子陣の反応に戸惑う女性陣。そんなことは露も知らず、男子陣は突然目の色を変えて軍隊のように整列した。

 

「良いかお前たち!!俺たちはここに敵を倒しにきたんじゃない。潰しにきたんだ!」

 

「「「サー!イエッサー!!」」」

 

「いや、海水浴に来たんでしょ!?」

 

「敵って誰よ…」

 

 思わずツッコンでしまう絵里たちだが、それはもう悠たちの耳に届いていなかった。

 

 

「よし…行くぞ………女子たちに群がるナンパ野郎どもを、ぶっ潰す!」

 

 「「「「Yeahhhhhhhhhhhhhhhhh!!」」」」

 

 

「アンタたちが一番危ないっつーの」

 

「あははは……」

 

 ここに男どもの心は一つになった。もしナンパしよう者など居たら、即座に対応。悠に至ってはことりと菜々子に手を出す輩は即座にぶっ○すというほど意気込んでいた。そんな男どももテンションに女性陣は若干引き気味で後ずさっていた。正直その心意気は嬉しいが、そこまでされると気が引けるというものだ。

 海未はふとラビリスの身体を見て、ふと疑問に思った。

 

「あれ?てか、ラビリスって……その……大丈夫なの?一応……機械の部分とか……他の人とかには……」

 

 そう、ラビリスは人間ではなく対シャドウ兵器…つまり命あるロボットだ。そんな彼女が水着に着替えたら明らかに身体の所々にある機械の部分が見えてもおかしくないのだが、何故か今はそんなものは見えず、自分たちと同じ人間の肌になっていた。

 

「ああ、それは問題ないよ。詳しくはいえないけど、桐条の技術で私たちには人間の肌に見えているから」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 海未の疑問に風花がそう返すが、一体どういう理屈なのかは知らない方が良いだろう。あまり理解出来ないだろうし、知ったところで何か未知の技術が漏洩したとかで桐条に追われそうな気がしたからだ。

 

「あれ?そういや、直斗は?」

 

「あっ、そういえば……って、いた!おおい!直斗くーーん!」

 

ちょっ……久慈川さん……

 

 見ると、直斗は近くの岩場に身を隠していた。余程水着姿を見られるのが恥ずかしいのか、中々悠たちの前に出てこない。

 

「ほら!出てきなよ。センパイたちも待ってるんだから!」

 

「い…良いですよ………何か恥ずかしいですし………」

 

 りせが必死に説得して岩陰から引っ張り出そうとするが、直斗はそれでも抗って中々出ようとしない。すると、

 

「そうよ直斗くん。折角の海なんだから、そんな恥ずかしがらずに行きなさいな」

 

「ひ、雛乃さん………そうですね」

 

 遅れてやってきたらしい雛乃が直斗を説得。雛乃の言葉に納得した直斗がおずおずと岩陰から出てきた。だが、りせは何故か口をあんぐりと開けて硬直していた。一体どうしたのだろうかと一同が首を傾げたが、雛乃と直斗の姿を確認した瞬間、その意味を理解出来た。

 

「り…理事長………綺麗」

 

「本当に子供を産んだのよね?」

 

「な、直斗くんも……凄い…」

 

「お肌…すっごく綺麗……」

 

「やっぱりあの胸…詐欺よね?」

 

 雛乃が着こなしているのは黒色のモノキニ。露出度は高くはないが、雛乃特有の大人の色気というものを際立たせおり、とても人の親とは思えないほど若々しく見える。それが相まって周囲の男どもの目を惹きつけていた。何と言うか、穂乃果たちやりせの現役アイドルを押しのけて男たちの視線を独り占めしているような勢いである。これには甥っ子である悠ですら息を呑んでしまうほど見惚れてしまった。

 そして、直斗はギンガムチェックのワンショルダータイプ。どうやらりせがこれが似合うと押し切られて購入したものらしいが、元々兼ねそろえていた美貌と最終兵器(巨乳)が相乗してグラビアアイドルのように見える。八十神高校文化祭のミスコンで水着審査を棄権したにも関わらず優勝だったが、もしあの時出ていたら悩殺された男子生徒が続出していただろう。そして、この男も。

 

「か、完二くん!?大丈夫ですか!?」

 

「だ、だい…じょうぶ……っす(ボタボタボタ)」

 

 直斗の水着がそんなに興奮するものだったのか、いつも以上に鼻血をダボダボと出していた。穂乃果たちどころかりせにすら鼻血を出さなかったので、これは珍しい。

 

「巽くん?大丈夫ですか?どこか具合が……」

 

「ちょっ!直斗君!そんなに完二に近づいたら」

 

「……ぐはっ…(バタンッ!)」

 

「巽くん!しっかりしてください!巽くんっ!!」

 

 直斗が急接近したことによって、興奮度が増して倒れてしまった完二。完全にスキー旅行に行った時の二の舞である。その様子を見て、悠と陽介は思った。やっぱり完二を海の彼方までぶっ飛ばすべきではなかったのかと。

 

 

「ねえねえ!そんなことより早く遊ぶクマ!」

 

「そうだな」

 

「そうするか」

 

「目の前の惨状を見てその対応って……」

 

「じゃあ、おっさき―――!」

 

「ああっ!一番乗りは譲らないぞおっ!!」

 

 いたたまれない雰囲気になりつるあるこの状況を忘れようと、悠たちはそう言って海へ飛び込んでいく。こうして今、特捜隊&μ‘sたちの海水浴が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

「あはは!陽介さんすご~い」

「じゃあ、このままあそこの島までレッツゴー!!」

「OK!…って、無理だろ!?」

「男ならそれくらい根性見せなさいよ」

「クマは頑張るクマ―――!」

 

 

 

「行くぞっ!おらあ!」

「負けるかあああっ!!」

「私だって!遠泳なら負けませんっ!!」

 

 

 

「真姫ちゃ~ん!はやくこっちおいでよ~!」

「別に……今本読んでるから」

「そんなこと言う真姫ちゃんは~こうだ!」

「あっ!私の本!」

「返してほしかったら、こっちおいで~!」

「ちょっ!本が濡れるからやめ……わ、分かったわよ!行けばいいんでしょ!」

 

 

 

「手…手を離したらダメだからね……」

「雪子ちゃん、そんな慌てんでええよ。もっとリラックスして」

「ラビリスちゃん、教えるの上手いわね」

 

 

 

「お兄ちゃん!バナナボートやりたい」

「菜々子も!」

「いいぞ。何時間でも」

「わあ!お札がいっぱい!お兄ちゃんお金持ちだぁ」

「お兄ちゃん……いつの間にバイトしてたの?」

「……叔母さんには内緒にな」

 

 

 

 

 そして、たくさん身体を使って遊んだ後はお昼の時間。皆はブルーシートを敷いて大きな弁当箱を開いた。

 

「わああっ!美味しそう!!」

 

「これ全部絵里ちゃんたちが作ったの!?」

 

「ええ。この前は悠とことりに作ってもらったからね。朝食の時、板前さんのお手伝いをしている間に台所を使わせてもらったから、ちょっと凝ったものを作れなかったんだけど」

 

 そうはにかむ絵里と希が作った弁当は目に張るものばかりだった。色んな具材が入っているというおにぎりの数々にから揚げに卵焼きetc……。流石はμ‘s最高の料理人たちが作った弁当。これで本気ではないとなるとその先が気になってしまうほどの出来栄えだった。

 

「……私、調理場に立たせてもらえなかった」

 

「当たり前よ。もうあんな危険物を作らせる気はないわ。ちゃんと基本を覚えるまではね」

 

「うっ……」

 

 ず~んと沈む雪子に追い打ちを掛けるように絵里はそう言った。

 先日のクッキー事件のこともあって、絵里は雪子を台所から締め出している。雪子は練習が出来ないと文句を言っているが、基本が出来るまで立たせないと一蹴した。このことを受けて天城屋の板前さんたちから犠牲になる食材が減って助かったと感謝され、悠にも引けを取らない料理の腕までもあって、良かったら将来ここで働かないかと葛西さんに言われて複雑な気持ちになったとか。

 雪子のみならず、その言葉には同じ必殺料理人の千枝やりせ、更には風花にも突き刺さった。

 

「わあっ!絵里お姉ちゃんと希お姉ちゃんのお料理、おいしいね」

 

「「菜々子ちゃん……」」

 

 菜々子に手料理を褒めてもらって思わず感動する絵里と希。何故かは分からないが、この純粋な小学生の素直な言葉は心に響く。

 

「マジで美味ぇ……これが夢までに見た女の子の手作り料理………俺はもう……死んでもいいっ!」

 

「本当っすね!やっぱり料理できる女って最高っす!!」

 

「サイコークマ~~~~!!」

 

 今まで女子の手作り料理とは名ばかりの必殺料理を食べさせられた陽介たちは再び感動の涙を流していた。その反応を見た特捜隊女子陣は複雑そうな表情で見ていた。

 

「ちょっと!にこの作ってるんですけど!どうよ!このにこちゃん特製コロッケは!」

 

「「「ああ……うん。いいんじゃね?」」」

 

「ア・ン・タ・た・ち~~~~~~~~っ!!」

 

 陽介のにこの料理に曖昧なコメントをするが、それは大きな間違いだ。似た目はちゃんとしていなさそうな感じだが、にこは自分に匹敵するほどの料理上手だ。そのことは以前にこの家にお邪魔した時に証明されている。にこの名誉のためにも皆にそのことを伝えようとした時、

 

「わあっ!にこお姉ちゃんのコロッケ、とっても美味しい!!」

 

「菜々子ちゃん!」

 

 菜々子が先ににこのコロッケを口にして笑顔でコメントしてくれた。美味しいと言われてにこは感激する。

 

「おっ、確かに美味え!悠にも負けてねぇんじゃねえか?」

 

「おおっ!矢澤先輩もやるっスねえ!俺も負けてらんねえっス!」

 

 次々に出る好コメントににこは思わず涙が出そうになる。そして、にこが一番感想を貰いたい人物から更に嬉しいコメントが来た。

 

「うん。にこも相変わらずやるじゃないか。将来良いお嫁さんになるな」

 

「お、およっ!?……うわああああああああああああん!私、今日死んでもいいわ!」

 

「にこちゃん!?」

 

 菜々子の美味しいコメントと悠の爆弾発言。それが相乗した効果は見ての通り、にこを号泣させた。一体何がそう刺さったのか分からず、コテンと首を傾げる悠と菜々子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ~やっぱり、こう水着の女子がキャッキャウフフで遊んでる姿は目の保養になるなあ」

 

「ああ……」

 

 午前中は少しはしゃぎ過ぎたので少し砂浜で休憩している悠と陽介。目の前では浅瀬で追いかけっこしてる穂乃果たちや砂浜で砂の城を作っている菜々子とことりがいる。見ると、希と絵里はパラソルの下で自分たちと同じく小休憩を取っていた。風花はメンテナンスの時間だとラビリスを連れてバスの方へ戻っていき、雛乃は久しぶりだからと1人で遠泳しに行った。

 午前中もフルスロットルで動き回ったというのによくそんな体力があるものだと女子陣の有り余る体力に感心してしまう。そんなことを思いながらぼおっとしていると、陽介はふとこんなことを聞いてきた。

 

「お前さ、ぶっちゃけて聞くけどμ()()()()()()()()()()()()なんだよ」

 

「えっ?…」

 

「何気にいつも一緒にいるんだろう?そんな中で俺の理想はこの子だって思ったことねえわけ?穂乃果ちゃんとか海未ちゃんとかさ。希ちゃんに至っては大事な幼馴染だろ」

 

 唐突にそんなことを聞かれて戸惑う悠。確かに音ノ木坂学院に転校してから穂乃果をはじめとする女子たちと過ごすことが多くなったわけだが、陽介が言ったようなことは正直考えたことはなかった。

 

(……と言ってもな)

 

「ちなみに言うと、俺は断然花陽ちゃんだな。年下っていうのもあるけど、やっぱり里中たちにはない癒しとか母性があるだろ?そこがグッとくるんだよなあ」

 

「それ、里中たちに聞かれたらまずそうだけどな」

 

 仮にそうなったら、陽介は業火に焼かれて風穴開けられた挙句に星になっていることだろう。最もそれをやるのは誰かとは言わないが。

 

「はは、違いねえ。それで、お前はぶっちゃけ誰がタイプなんだよ。誰にも言わねえから」

 

「まあ…強いて言うなら……」

 

 陽介に強く言われては断る訳にもいかず、陽介に言うくらいなら良いかと思った悠は己のタイプの女性を告げようとしたその時、

 

 

「きゃああああああああっ!」

 

 

 

「「!!っ」」

 

 

「紐ほどける~~~!!」

「ちょっ、クマ!何やってんの!?」

「ケチケチクマね~。もっとこう豪快にポロリと~」

「きゃあっ!だめええ!!」

 

 

 海の方から女子陣の悲鳴が聞こえてきたのでよくよく見てみると、例の如くクマがポロリを狙おうと女子たちにセクハラを働いているところだった。

 

「あのバカグマ…まだ懲りてなかったのか。てか、今ことりちゃんに手出してなかったか?」

 

「……よし、仕留めよう。陽介、得物はあるか?」

 

「ねえよ…」

 

 これは失言だったと陽介は今更ながら後悔する。だが、あのクマもこのシスコンに一回シバかれたら少しは反省するだろう。そう思ってクマの冥福を祈ろうとしたその時、

 

「ぐぎゃああああああああああああっ!!」

 

「捕まえたぞ!ゴラァ!!ことりたちに変なことしてんじゃねえ!」

 

「む…無念……」

 

 既にクマは完二に捕縛されていた。去年も同じことがあった故か、手馴れていて迅速な手際だった。

 

「完二くん、ありがとう」

 

「いいっすよ、こんくらい。後は先輩らにシバいてもらうんで」

 

「ほどほどにね」

 

「「……………………………」」

 

 この一連の展開にデジャブを覚える悠と陽介。見ると、完二は捕まえたらしいクマを片手に乗っけて砂浜に上がってきたところだった。そしてよく見ると、何と下に履いていた海パンがないのが見えた。これはまさか…

 

「あっ!先輩、聞いてくださいよ。このアホグマがまた」

 

 案の定、完二はクマへの文句を聞いてほしいのか悠たちの方へと歩いてきた。

 

「お、おい!?完二!!お前…下!」

 

 慌てる悠と陽介を見て、完二は自分の下を見てみる。そして、

 

「下?………ああ、安心してください。履いてますから」

 

 思わずそっと見てみると、確かに完二は履いていた。去年の悪夢を思わせる黒のブーメランパンツを。

 

「紛らわしいんだよ!てか、何で海パンの下にそれ履いてるんだよ!!」

 

「ええっ!いや、海パンの下にこれ履くのってポロリ対策になるって本にあったっすよ!」

 

「ま、まあ…確かにあるっちゃあるけど……またそのブーメランパンツかよ」

 

「家にこれしかなかったんで……」

 

「去年みたいにヴィーナスが誕生するよりかは良いんじゃないか?」

 

「まあ…そうだな」

 

 何はともあれ去年のポロリ事件の焼き増しにならなくて良かった。とりあえず、完二の海パンは捜索しなくてはいけないため、特捜隊男子陣は流された完二の水着を探しに行ったのだった。勿論、また再犯の恐れのあるクマを引きずって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ…悠たちは何やってんだか」

 

「まあ、ええんやない。楽しそうやし」

 

 先ほどの男子たちのやり取りを聞いていたのか、パラソルで休憩を取っていた絵里と希はそんなことを言っていた。実のことを言うと、ああやって陽介たちとはしゃぐ悠の姿は彼女たちに新鮮に映ったのだ。音ノ木坂ではいつも自分たちに構ってばかりであまり男子たちとはしゃぐ悠を見たことがないのもあるが、ああやって気の知れた男友達と遊ぶことがそんなに楽しいのだろう。

 

 

「あれ?」

 

 

 

ザッバアアアアアアアアアアアアン!!

 

 

 

 すると、突如大きな波が砂浜に押し寄せてきた。浅瀬で遊んでいた穂乃果たちが巻き込まれたようだが、大丈夫だろうか。心配そうに見つめる絵里と希だが、それは杞憂だったようだ。

 

「ふう…凄い波でしたね」

 

「うん!サーフィンしたみたいで楽しかったよね!」

 

「そう言ってるのは穂乃果ぐらいですよ」

 

「一回上がりましょうか…少し疲れましたし」

 

 そう言いながら砂浜に上がってくる穂乃果たち。被害を受けたどころか、むしろ遊園地のアトラクションを楽しんだかのような反応だった。相変わらずなものだなと思った2人だが………

 

 

 

「えっ?………えっ!?ちょっちょっちょっ!!」

 

 

 

 その考えは甘かったと気づかされた。

 

「えっ?絵里ちゃんどうしたの?それに希ちゃんも」

 

「そんな泡を食ったような顔をして」

 

「あ……あのな……海未ちゃんと花陽ちゃん……………下が……」

 

「「「「下?」」」」

 

 希に促されて、穂乃果たちは海未と花陽の下の方を見てみる。そして、それを確認した途端、皆はまるで銃声を聞いたかのように仰天した。

 

 

「「きゃ、きゃああああああああああっ!!」」

 

「海未ちゃんと花陽ちゃんが()()()()()っ!!」

 

 

 まさかの事態。完二の代わりに海未と花陽の上半身裸になっていた。どうやら先ほどの大波に飲まれた時に水着が流されてしまったらしい。おそらくさっきクマに悪戯されて紐が少しほどけたことも一因あると思うが、まさか本当にポロリするとは思わなかった。

 

「ちょっと、どうしたのよ……て、ヴぇええええええええっ!!」

 

「海未ちゃんと花陽ちゃんが……」

 

「ど、どどどどうしよう!?」

 

「と、ととりあえず何人かで2人を囲むのよ!!」

 

「わ、私何か探してくる!」

 

「凛も探してくるにゃ!」

 

 絵里の指示で何人かで海未と花陽を囲んで周りから見えないようにして、穂乃果と凛は何か隠せるものはないかとすぐさまどこかに走り出した。残ったメンバーも頭を回転させて対策を考えるが中々いいものが思いつかない。タオルで隠そうともそれは今バスの中にあるし、近くに都合よく隠せるものなどない。

 

 

 

「おおいっ!お前ら!」

 

 

 

 すると、遥か彼方から完二の水着を探していた悠たちが戻ってきた。さっきの波が女子たちに何か被害を与えていないかと心配になったのだろう。

 だが、こちらは今緊急事態。それも男子たちには見せられないものがあるので、何とか追い返そうと千枝は男子たちに向かって叫んだ。

 

「こっちくんなーー!」

 

「今はダメですうううううっ!!」

 

えっ?なんだって?

 

何かあったのか?

 

ちょっと焦ってるぽいし、急いだ方が良いっすね

 

 千枝たちの大声も虚しく遠くにいる悠たちに千枝の必死の声は聞こえず、何かあったのかと思ったのか、走ってこちらに向かってきた。

 

「やばっ!あいつら上がってくる!」

 

「どどどどどどうしよう!?」

 

「あいつら、こんな時に難聴系主人公みたいなことすんなっての!!」

 

 このままでは上半身裸の姿を男子たちに見られてしまう。いっそこのまま悠たちを強引に吹き飛ばして時間を稼ごうかと考えていたその時、

 

「海未ちゃん!花陽ちゃん!あったよ!」

 

 何かを探しに行っていた穂乃果と凛が戻ってきた。手に何かを持っているようだがそれは……

 

「って、ワカメじゃないですか!?」

 

「こんなのどうするんですかっ!!」

 

「いや、これくらいしかなくて」

 

 穂乃果が持ってきたのは胸が少し隠せるくらいの大きさのあるワカメだった。どこかで拾ってきたのか分からないが何故それを持ってきたのか。抗議したいところだが、もうすぐそこに男子たちは迫ってくる。

 

「良いから早く!!」

 

 だが、もはや選択肢はない。海未と花陽は一時の恥ならばと諦めて、穂乃果と凛からワカメを受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「…………………………」」」

 

 

 

 男子陣は目の前に広がる光景に唖然としてしまった。そこにはワカメで胸元を隠す海未と花陽の姿があったのだから。何もコメントが出来ず、ただただ気まずい空気が流れていた。

 

「……………………これは?」

 

「こ、これはその………考える人?…だっけ?」

 

「それを言うなら、ヴィーナスの誕生でしょ」

 

「……どっちでもいいです…………きゃっ!」

 

「「「あっ……………」」」

 

 すると、何かを踏んでしまったのか、海未はそれに驚いてワカメを離してしまった。そうなると、どうなるかはもうお分かりだろう。

 

「う、海未ちゃん!!ゆ、悠さんたち……見た?」

 

「「「「…………ごちそうさまでした」」」」

 

 

 

ー!!ー

 

ドオオオオオオオオンッ!!

 

 

 

 

 瞬間、見てはいけないものを見てしまった男共は女性陣によって海の彼方へ吹き飛ばされた。そして、男子たちはわが生涯に一片の悔いなしと言うように腕を上げてそのまま沈んでいった。

 

「これで…良かったのかな…」

 

「とりあえず……かゆいです」

 

「ううううう……」

 

 その後、懸命な捜索により2人の水着はちゃんと見つかり、吹き飛ばされた男子たちも無事回収されて何事もありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろ日が傾いてきた頃、

 

「まあ…なんだかんだあって、楽しい一日だったな」

 

「ハァ……一瞬離岸流に流されそうになったっすけど……」

 

「いや、アレは完全に私たちが悪かったですから。本当にすみませんでした…」

 

「うううう……もうお嫁にいけません…」

 

 階段近くでクマを除く男子陣とポロリ被害に遭った花陽と海未、そして真姫と絵里と希たちはぐったりとしながら水平線を眺めていた。今日は色々楽しいこともあれば災難に遭ったこともあって、心も身体ももうクタクタになっている。

 ちなみに砂浜ではその他の女性陣が砂浜でお城を製作中だった。何かこだわりがあるのか、楽し気ながらも真剣な表情で製作している。あの中に入るのは気が引けたので、何か話題をと希が真姫にこんなことを聞いてきた。

 

「真姫ちゃんもどうやった?久しぶりの海は」

 

「私は……まあ、楽しかったです。皆に誘われなかったら、絶対海なんて行かないし」

 

「はは、確かに真姫ちゃんは深窓の令嬢ってイメージだもんな」

 

 陽介の軽口に真姫はうっとなりながらも視線を逸らした。

 

「でも……そのイメージとは違うことをするって……悪くないって思った。前まではいつも勉強ばっかりだったから」

 

「なるほどな。まあ言うなれば、キャラやイメージって言うのは、壁だもんな。高い壁に囲まれてりゃ、楽かもしれないけどよ。楽と楽しいは違うっつーかさ………」

 

 真姫の言葉に何か思ったのか、意味深にそう語る陽介。広大な海を目のあたりにして、何か語りたくなったのだろう。しかし、

 

「先輩…去年と同じこと言ってるっすよ」

 

「マジで!?うわああああっ!俺、また語っちゃった!?同じこと語っちゃった!?」

 

 完二の言う通り、陽介は去年と同じことを同じ場所で語ってしまった。あまりに恥ずかしい失態に陽介は頭を抱えてしまう。

 

「存分に語れ。恥はかき捨てっていうだろ」

 

「恥だっていう認識は覆らない訳ね……ハァ………俺はいつまでガッカリなんだよ…」

 

 更に傷口に塩を塗られたような仕打ちを受けて陽介はついに項垂れてしまった。これはやり過ぎたかと悠は些か罪悪感に見舞われたが、周りはそうではなかった。

 

「でも、陽介さんの言っていることは何か分かる気がしました。こういうイメージがあるから、こうしたらダメだって……アイドルや芸能人なら話は別かもしれないですけど……それは自分で自分を縛ってる感じがして、嫌ですね」

 

「そうですね。私も以前穂乃果のスクールアイドルの誘いを断ってしまったのは自分のイメージに固執していたからかもしれませんね」

 

「私も。生徒会長だからって、妙な見栄を張って周りに壁を作ってたのよね……でも、悠や穂乃果たちがその壁を破ってくれた」

 

 陽介の言葉を聞いた花陽たちがしみじみそう言った。どうやら今の陽介の言葉に思うところはあったらしい。

 

「改めて思うと、ウチらは恵まれてるなぁ」

 

「ああ、希ちゃんの言う通りだな。俺たちはそんなつまんねえ壁を破ってくれた、親友に出会えたんだからよ」

 

 陽介が照れ臭そうにそう言うと、皆は一斉に悠の方を向いた。本人もそこまで鈍感ではないので、皆の視線の意味を察したのか、どこか照れ臭くなった。

 

 

「お前は前に俺たちと出会えてよかったって言ってたけどよ、それは俺たちも一緒だよ。俺たちもお前と会えて良かった。こうして、自分の殻を破ってみんなと良い思い出作れたんだからな」

 

「ああ…」

 

 

 悠と陽介は互いにそう言うと、いつものように拳を合わせて二カッと笑った。その様から、まるで絵に描いたような相棒と言った関係を垣間見た気がして、絵里たちも思わず微笑みを浮かべてしまった。

 

 

 

「おおい!悠さーん!みんなーー!!写真撮ろうよ!ちょうどでっかいクマさんが完成したからさ!」

 

 

 

 すると、砂浜で遊んでいた穂乃果たちがこちらに手を振って呼んできた。見ると、砂浜に遠くから見ても認識できるほどのドデカい砂のクマ像が完成していた。あまりの出来具合に思わず感嘆の声を上げてしまった。

 

「「「おおおおおおっ!!」」」

 

「いや、デカすぎでしょ!?5mはあるわよ!」

 

「しかも完成度も高いし!!どうやって作ったんだ!?」

 

 ただでかいだけでなく、コンテストなどに出したら間違いなく賞を取れるのではないかというほど細部に至るまで精密にクマが再現されていた。いくら何でも穂乃果たちの手で作れるとは思えないほどの出来栄えだ。海未と陽介のツッコミに穂乃果たちは苦笑いをした。

 

「いや~、せっかく作るんだからって思って夢中になってたら、こんなになっちゃって」

 

「すごいクマ~!クマのクマが大きく再現されてるクマよ~!」

 

「菜々子もがんばったよ。クマさんの足は菜々子が作ったの」

 

「私がやった。何かコーハイたちと一緒に作ってたら、勢いで」

 

「やっぱりマリーちゃんかよ!?」

 

 犯人はやっぱりマリーだった。こんな人間離れ染みたことをやってのけるのはマリーしかいない。流石にこれには陽介のみならず、絵里や真姫たちも唖然としてしまった。しかし、この男は違った。

 

「良いんじゃないか」

 

「良いのか……って、いつの間に人だかりできてるし!?てか、お前もサラッと写真撮ってんじゃねえよ!!」

 

「菜々子とことりが作ったものは保存しておきたい」

 

「ここでシスコンを発動させんな!!てか、これほとんどマリーちゃんの作品だろ!?」

 

 悠は通常運転で写真を撮ってるし、あまりの物珍しさに周りの人も続々と集まって写真を撮り始めていた。何というか既にもう状況がカオスだった。

 

「鳴上くん、そんなに保存したかったら、このまま持って帰ろうか?ウチがこれを抱えて」

 

「お願いできるか?」

 

「いややめて!絶対崩れちゃうから!せっかくの作品を壊れちゃうからやめて!ラビリスちゃん!!」

 

「誰かラビリスちゃんを止めろ―――!!」

 

 後日、七里海岸に突如現れた巨大な砂のクマ像は注目を浴び、一時ネットで話題になったらしい。そして、それが話題を呼んでジュネス稲羽店のの売り上げが数倍上がったとか。

 

 

 

 最後の最後まで特捜隊&μ‘sの海水浴は賑やかだったであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、みんな疲れてるわね」

 

 夕焼けに染まる道を走っている最中、バックミラーで車内を見てみると、悠たちは遊び過ぎて疲れたのか、座席でぐったりと眠っていた。端から見守っていたが、今日はポロリがあったり巨大な砂の城を作ったりとしてのが原因だろう。それでも泥のように眠る悠たちの寝顔はとても楽しそうだった。

 

「来年も……こうしてみんなではしゃげたら良いわね…悠くん」

 

 雛乃はそう悠に語り掛けると再び運転に意識を戻した。しばらくして、ようやく天城屋旅館に戻ってきたその時、タイミングを見計らったかのように雛乃の携帯に着信は入った。誰からだろうと思ってみると、知らない番号だった。

 

 

 

「もしもし、南です………えっ?りせちゃんのマネージャーさん?」

 

 

 

ーto be continuded




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#66「Scout for Bond festival.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

思わぬところで風邪を引いてしまいました。インフルも流行っているところなので、皆さんも気をつけてください。風邪引くと本当に辛いですよ。本当に……

そして、Fate/stay night[HF]の2章が公開されましたね。ふとあの予告映像を見ていたら、あのゲームのスマホ版をプレイした時、バッドエンドになりまくってタイガー道場で「愛が足りないぜ!」と藤ねえに一喝されまくったのを思い出しました。まだテスト中なので観に行ってませんが、終わったら絶対観に行きます。

そんなことはさておき、改めてお気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方・高評価を付けて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

それでは本編をどうぞ!


<ジュネス フードコート>

 

 

 

ミーンミーンミーンミーンミーンミーン

 

 

 

「暑い………」

 

「暑いね」

 

「ああ…とけそう……脳みそ的な何かが………」

 

「昨日の楽しい海水浴が嘘みたい……」

 

「あ…天城屋に帰ってゴロゴロしたいにゃ………」

 

「あ…編み物がしてえ……」

 

 楽しくも波乱のあった海水浴から翌日、うんざりするくらいの日差しが地面を容赦なく照らしている最中、何人かを除いた特捜隊&μ‘sたちはジュネスのフードコートで宿題や受験勉強に励んでいた。だが、連日の異常な猛暑のせいか、あまり進捗は良くなかった。いつものテント席にいるので直射日光は避けられているのだが、高温に加えてじめっとした湿気がセットで襲ってくるので集中が中々続かない。勉強嫌いの穂乃果たちに至っては既にグロッキーになっていた。

 

「そもそも、夏休みのいちばん暑い時期にジュネスの屋上で勉強するってこと自体が間違ってると思うんだけど……」

 

「だよねえ……じゃあ、そういうことで」

 

「穂乃果、どこに行くの?」

 

「溶ける前に帰ろうかと……」

 

「そうだよね!賛成!帰って料理の研究を」

 

「どっちも帰すわけないでしょ。宿題も全然進んでないし、台所に危険物を錬成させてたまるもんですか」

 

「「はい……」」

 

 そして、このように脱走を図ろうとする者もしばしば。その度に絵里が阻止しているが、正直このやり取りもそろそろ飽きてきたところだ。

 

「ねえ、今日ここに集合って言ったの…花村くんだっけ?

 

「い、いや……今回はりせちゃんだけど……雪子、目が怖いよ」

 

「暑さのせいよ」

 

「はあ……」

 

 目を細め低い声でそんなことを言ってきた雪子。正直背筋が凍るほど怖い。

 

 何故彼女たちがこんなことをしているのかと言うと、先日のりせからの電話に起因する。

 今日はりせから大事な話があるというのでジュネスのフードコートに集まってほしいと連絡が来たのだ。それと何故かりせのマネージャーも来るというので今りせは悠とことりを連れて、そのマネージャーを迎えに行っている。ちなみに何故悠とことりがと聞かれると、悠はりせに頼まれて、ことりはりせが悠に変なことをしないように監視でとのことらしい。

 そして、陽介とクマはジュネスのバイト、マリーはいつものように天気予報の中継、ラビリスと風花はメンテナンスの時間と言って天城屋にいてここにはいない。のっけから主人公やその他不在というこの状況に企画倒れだなと一同は思った。

 

「ああ~これは集中できんわ~。早く悠くんとイチャイチャしたいわ~」

 

「希、それは私たちの不快指数が上がるからやめて。私もイチャイチャしたい

 

「真姫ちゃんも本音が駄々洩れだよ」

 

 しかし、それよりも今自分たちの悩みの種はこの蒸し暑い状況だ。これでは宿題どころではない。上記のように聞き捨てならない妄言を吐く者も出てきている。

 

「ねえねえ!ちょっと休憩しようよ!このままじゃ、みんな溶けちゃうし……ほら、そこに美味しそうなかき氷屋さんもあるからさ」

 

「……しょうがないわね。確かにこのままじゃ不効率だし、かき氷でも食べて一息入れましょう」

 

「「「「やった―――――!」」」」

 

 絵里からのお許しを得たので、穂乃果たちは水を得た魚のように歓喜して一目散にかき氷屋さんに走って行った。やっぱりこう暑くて脳が働かない時はかき氷のような冷たいスイーツが一番だ。

 

「店員さ~ん!かき氷を……って、えええええっ!?」

 

「ホ~イそこのプリティちゃんたち、かき氷をお求めクマ?」

 

 すると、かき氷屋ではジュネスのエプロンを付けたクマが待ち構えていたように立っていた。

 

「クマさん!!何してるの!?」

 

「ヨースケが受験勉強で忙しいから、クマが代わりにここでアルバイトしているクマ。クマがかき氷屋さんの看板娘……じゃなくて…………あっ、ドラ息子をやってるクマ」

 

「ドラ息子……ところでクマ、今日は着ぐるみじゃないの?」

 

「ノンノン、にこチャン。こんな炎天下でず~とあの恰好のままだとクマ死んじゃうクマよ~。中でドロドロに溶けちゃうクマ……」

 

「想像したくない………」

 

 何かリアルに想像するとゾッとする。この暑い中にいるのに何故か少しヒヤッとした気がした。

 

「そうそう、今日はめちゃんこ暑いから、かき氷サービスするクマ。好きなものを頼んで良いクマよ」

 

「えっ?いいんですか!?」

 

「やったー!!じゃあ穂乃果はこの宇治銀時ソフトメガ盛りジュネス祭りDX!」

 

「穂乃果ちゃん、メガ盛りよりオニ盛りの方がお得だよ。さくらんぼがついてるから」

 

「本当!?じゃあ、オニ盛りで!」

 

「凛も同じものをお願いするにゃ!」

 

 サービスと聞いて喜んだ穂乃果たちは容赦なしに店で高いかき氷を注文する。そして、テント席の絵里たちの注文も聞いたクマはササッと屋台の中へと消えて、すさまじい勢いで数多のかき氷を作っていった。そして、その十数分後……

 

「はいは~い!かき氷人数分おまちどおさまクマ~!」

 

「わあすご~い!」

 

「すっごく美味しそう!」

 

 目の前に広がるクマ特製かき氷たちを目にして穂乃果たちは歓喜した。大きい器に上手に添えられたソフトクリームと見栄えよく盛りつけられた果物たち。その出来栄えだけでも凄いが、何だかこれを見ているだけで自分たちを苦しめていたこの暑さを忘れさせるくらい冷え冷えとしていた。ここまでのクオリティでこの人数分を作り上げるとはもはや職人技だ。

 

「ありがとう!クマさん」

 

「デュフフフ~♡お礼は逆ナンで♡」

 

「えっ?なにきこえなーい」

 

「雪子…今日は返しが厳しいぞ?」

 

「暑さのせい。全部紫外線が悪い」

 

 かき氷が来ても雪子の返しは手厳しいものとなっていて、そんな雪子に皆が顔を引きつられてしまった。偏見かもしれないが、雪子しかり海未しかり大和撫子系って怖いと思ってしまう人が多いのかと思ってしまうのは気のせいか。

 

「カンジも一つどうぞ」

 

「おっ、悪いなクマ公。俺も分も作ってもらってよ」

 

「お代はホノちゃんたちの分と一緒にツケとくクマね」

 

「いやサービスじゃねえのかよ!!」

 

「サービスは女の子たちだけクマよ~。まあセンセイやカンジには~いつもお世話になってるから、ヨースケに全部ツケとくクマね」

 

「そうだな。そうすっか」

 

「それでいいんだ…」

 

「花村の扱いが…完二くんまで雑になっていく……」

 

 まさか全員分のかき氷代をこの場にいない陽介にツケさせるとは。自分たちも以前同じようなことをやっているので人のことは言えないが、今更ながら陽介が不憫に思えてきた。

 その後、そのご当人がバイトから帰ってきてクマに勝手に自分宛にツケられた12,000円也と書かれてた領収書を見て青ざめることとなったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、りせちゃんたち来た」

 

 しばらく冷たいかき氷で暑さを凌いでいると、駅に迎えに行っていたりせたちが帰ってきたのが見えた。見ると、りせや付き添いでついていった悠とことりだけでなく、どこかで見たことがあるスーツの男性も一緒だった。

 

「ごめーん!遅れちゃって。バスが中々来なくって」

 

「ああ、別に良いんだけど………その鳴上くんの隣にいる人がりせちゃんのマネージャーさん?」

 

「うん!紹介するね!私のマネージャーやってくれてる井上さん」

 

井上(いのうえ)(みのる)です。よろしくね。君たちのことはりせちゃんからよく聞いてるよ」

 

「ど、どうも……」

 

「こちらこそ……」

 

 りせのマネージャーである井上から丁寧に挨拶されて陽介たちは何故か変に畏まってしまった。

 見たところ年齢は20代後半から30代前半、メガネを掛けて背広のスーツをきちんと着こなしている。一見サラリーマンのように普通の人のように見えたが、どこかただ者ではない雰囲気を感じる。例えるなら味方を勝利に導くために戦局を見極めて策を講じる軍師のようなものだ。これがアイドルのマネージャーというものかと皆は思った。

 

「あっ、もし良かったら飲み物でもどうかな?今鳴上くんが持ってる」

 

「およよ!りせちゃんのマネージャーさん!お近づきの印にかき氷なんてどうクマ?」

 

「えっ?」

 

 井上が差し入れに持ってきた飲み物を渡そうとした途端、クマが割り込んでかき氷を勧めてきた。クマの空気の読めなさはいつものことだが、何故このような雰囲気に包まれている中で商売根性を出せるのか問い詰めたい。

 

「今ならこの宇治銀時ソフトオニ盛りジュネス祭りDXがおすすめですよ」

 

「えっ?……あの…」

 

「遠慮しないで下さい。お代は陽介さんがツケてくれますから」

 

「ざけんな!?これ以上出費が増えたら破産するわ!!」

 

 何故か穂乃果たちまでかき氷を勧めてきたと思えば、この有り様。どこまでも陽介にツケさせようとする穂乃果たちは良くも悪くも特捜隊に染まってきた気がする。

 

「あっ、私もそれ頼もう♪」

 

「お兄ちゃん、ことりもかき氷食べたいな♪」

 

「よし、陽介に奢ってもらおう」

 

「お前らもさらっと便乗してんじゃねえよ!!」

 

「あはは……じゃあ、それを一つ貰おうかな。お代は自分で払うし、良かったら陽介くん?のお代も僕が払おうか?」

 

「い、良いんですか!?ありがとうございます!!これ払わされたら俺の数少ない貯金が無くなって…………」

 

「「「「…………」」」」

 

 理不尽にツケられた分まで井上が払ってくれると聞いて、陽介は歓喜して全力でお礼を言った。そのついでにポロッと出た陽介の財布事情を聞いて、穂乃果たちは思わず罪悪感が湧いてしまった。冗談かと思ったが、あの表情が切羽詰まっていたので今度から理不尽にツケるのはやめにしようと一同は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで井上さん、話って何なんですか?わざわざ稲羽まで来たってことは…」

 

 ジュネスのかき氷と井上から差し入れで貰った冷たい缶ジュースで一息ついたところで、悠は井上にそう本題を切り出した。ちなみにかき氷代は全部井上が払ってくれた上に自分の分まで奢ってもらったので、陽介は先ほどと打って変わって幸せそうにオニ盛りジュネス祭りDXのかき氷を堪能した。

 

「うん。鳴上くんはりせちゃんから聞いたと思うけど、実はね」

 

「はは~ん!クマわかっちゃった~!りせちゃんの事務所がクマをスカウトしに来たってことでしょ?あいにく、クマは~ジュネスと専属契約だし、アイドルとか困っちゃう~☆」

 

「そんなのはないから…」

 

「お前、ただのバイトだから……」

 

「かき氷屋のドラ息子やなかったっけ?」

 

「ぎゃふっ!もう!チエチャンもヨースケもノゾちゃんもひどいクマ!」

 

 またも井上の言葉に割り込んでそんな妄言を放つクマを容赦なく斬り捨てた3人。クマは全否定するが、全て事実なので全く通じない。漫才を見ているかのようなやり取りに井上は苦笑いした。

 

「あはは、君たち仲いいんだね。まあ、アイドルじゃないけど彼の言ってたことはあながち間違ってないんじゃないかな」

 

「えっ?」

 

「それに、この話は鳴上くんたちだけじゃなくて、μ‘sの君たちにもあるんだ」

 

「えっ?……ええっ!?」

 

「井上さん!それ、私から言うって約束でしょ!!」

 

「あはは、そうだったね。ごめんごめん」

 

「ちょっと待て!全く話が見えないんだけど!?詳しく説明して貰っていいですか!」

 

 井上の言葉の意味が分からなかったのか皆は困惑する。クマの戯言を否定しなかったということを考えるとまさかと思ってしまう。すると、井上とりせの代わりに悠が皆に分かるようにこう言った。

 

 

「ああ、今度りせが芸能界に復帰するだろ。それを俺たちで手伝おうって話だ。俺たちに今度出るイベントで()()()()()()()をやってほしいらしい」

 

 

 

「「「「「バックダンサー!?」」」」」

 

 

 

 更に衝撃的な発言に今度は素っ頓狂を上げてしまった。それもそのはず。

 

「バックダンサーってあの?」

 

「バックダンサーってあれでしょ?バックでダンスする人たちのこと…だよね?」

 

「そして、隙あらばアイドルをバックから手籠めにしようと」

 

「どこの情報だよ。そんなバックダンサー嫌だわ……てか、全然話が見えねんだけど……」

 

 いきなりバックダンサーと言われて皆が混乱している。一体全体自分たちが何故りせの芸能界復帰の手伝いという名目でバックダンサーをしてほしいのかその経緯が全然分からないからだ。困惑する皆に詳しく説明しようとりせが慌てて補足に入った。

 

「あ、あのね、落ち着いて聞いてね。実は今度の私、【愛meets絆フェスティバル】っていうイベントに出るんだけど……それに出るのに、ど~~してもみんなと出たくて……」

 

 

「「あ、愛meets絆フェスティバル!?」」

 

 

 すると、りせの言葉に花陽とにこが驚天動地が起きたかのように仰天した。落ち着かせようと思ったのが、逆にこの2人に更に驚きを与えてしまったようだ。

 

「2人とも、知っているのか?」

 

「知ってるも何も…最近話題沸騰中の超特大イベントじゃない!」

 

「そうですよ!あのイベントを知らないなんて、勉強不足です!!」

 

 すると、急に人が変わったかのように机をバンと叩いた花陽とにこ。あまりの豹変ぶりに驚いていると、2人は懐から眼鏡をかけて授業を行うかのように解説し始めた。

 

 

「良い?【愛meets絆フェスティバル】、通称【絆フェス】っていうのは今年の秋に東京で行われる野外音楽イベントで、集められるのは業界に認められたアイドルやアーティストばかり!特にあの女帝と恐れられる"落水(おちみず)鏡花(きょうか)"が総合プロデューサーを務めることで各方面からも注目されているの!」

 

「そうです!今公開されている情報からですが、出演が決まっているのはPastel*PalettesやRoselia、シンデレラガールズなどと言った凄い人たちなんです!目玉は何と言っても、世にスクールアイドルブームを生み出した"A-RISE"!そして大トリを務める今業界ナンバーワンと言っても過言ではない真下かなみ率いる"かなみんキッチン"!更には昨年電撃休業した久慈川りせがここで復活することもあって、日本中のアイドルファンが注目してます!つまり!これはもう今年のビッグイベントと過言でもないイベントなんですよ!!」

 

 

 相変わらずこの花陽とにこのアイドルにかける情熱は凄い。高速で携帯を操作して関連画像を見せながら説明してくれる辺り相当手こんでいる。よほど見に行きたいと思っていたのか、語り終わった後にチケットが取れなかった悔しさを思い出したかのように拳を強く握り締めていたのが見えた。

 

「あはは…僕が説明する必要がないくらい紹介されちゃったね」

 

「その久慈川りせが目の前にいるわけなんだけど……」

 

 井上さんのさり気ないツッコミに花陽とにこは我に返った。皆の微妙な表情を見て顔を赤くして着席する。

 

 

 

「あの…改めて言うね。みんな、2ヶ月後にある絆フェスで私と一緒に踊って下さい!!」

 

 

 

 りせは改めてそう言うと陽介たちに頭を下げた。あのりせがこうやって深く頭を下げて自分たちに頼むのはこれが初めてかもしれない。しかし、

 

「いやいやちょっと待て、どっからツッコんで良いか分かんねえくらい無理ゲーすぎんだろ!!しかも2ヶ月って、そんなんでダンサーになれるんなら今の中学生みんなダンサーだって」

 

「うん!楽しそうだね、みんなと踊るの。私はやるよ」

 

「いいっ!?ちょっ天城!?」

 

「うん!穂乃果もやるよ!!」

 

「だな。先輩がやるってんなら、俺も断る理由ねえし」

 

 いきなり過ぎて混乱する陽介に反して、雪子たちは当然のように前向きな姿勢を示した。まるで当然と言わんばかりの反応に陽介は頭痛がして額に手を当ててしまった。

 

「お前ら……誰も出ないとか言わねえのかよ。さっきの矢澤と花陽ちゃんの話を聞いてたのか?」

 

「確かに花村くんの言う通りだと思うけど、折角りせちゃんは声を掛けてくれたんだし、その想いを蔑ろにするのは良くないかなって。それにダンスなら学校の体育で習ったし、今だって絵里ちゃんたちの練習に交じってやってるから、大丈夫じゃないかな?」

 

「そうだね。りせちゃんに頼まれたらあたしらに断る理由なんてないっしょ」

 

「うん!穂乃果たちも断る理由ないよ。だって、りせちゃんと一緒に踊れるなんて夢みたいだし、何だか楽しそうじゃん!」

 

 予想通りというか出演に前向きな意見が多かった。陽介の言うことも分かるが、りせに自身の復帰がかかったイベントに一緒に出てほしいと言われては無下にできない。それは陽介も良く分かるのだが、自身が受験生ということもあるのかそう易々とOKとは言えなかった。

 

「……絵里ちゃんとしてはどうなんだ?」

 

「陽介くんの言いたいことは分かるわ。私たち受験生だし、仮に出演するとしても勉強と練習の両立が大変ね。でも、それがなんだって言うのよ。可愛い後輩のためなら、そんなの乗り越えて見せるわ」

 

「ウチも異論はあらへんよ。大変なのは分かるけど、りせちゃんや悠くんたちと一緒に踊るのは穂乃果ちゃんの言う通り楽しそうやしね」

 

 どうやら絵里や希たちも雪子と穂乃果たちと同じ考えらしい。

 

「………あれ?てか、悠はもう知ってるって言ってたよな。てことは…お前、OKしたのか?」

 

「りせが困ってたから」

 

「どんだけ心広いんだよ……まぁ分かってたけどな」

 

「なら、私も断る理由はないわ。正直私はどっちでもいいんだけど、皆乗り気だし嫌だって言っても始まんないだろうし」

 

 悠も参加すると聞いてあの真姫までも乗り気になった。一見嫌そうにしているが、満更ではない顔をしているのが見て分かる。何はともあれこれで自分たちのほとんどが参加する意思を示した訳だが、ここで陽介の他にも参加を渋る者が出てきた。

 

「わ、私たちが…りせさんと一緒にあの絆フェスに………そんなの、いいんですか?」

 

「えっ?…花陽ちゃん、それはどういう」

 

「そうよ!いくらバックダンサーだとしても、私たちみたいなのが出ていいの!?そんなの恐れ多いわ」

 

「そ、それは大丈夫だよ。だって、みんな運動神経いいし………」

 

「ですが、にこの言う通りそんな選ばれた人しか出られないイベントに私たちが出ていいんでしょうか?A-RISEのようにラブライブにすら出てないのに……」

 

「だよな……まあ海未ちゃんや矢澤たちはともかく、俺たちなんてド素人だし」

 

「うっ………そんなこと………………」

 

 花陽とにこの言葉にりせは慌てて反論しようとしたが、陽介と海未の援護射撃に言葉を詰まらせてしまった。そう言われることは覚悟していたが、いざ言われるとグサッと来る。

 今にこたちが言ったことは全てりせも百も承知だ。穂乃果たちμ‘sはともかく、悠たち特捜隊メンバーはダンスの素人なので正直こんなことを2ヶ月でやるのは無茶だという自覚はある。でも、その上で自分は悠や穂乃果たちと一緒にステージに立ちたいし、今までの事件のことから自分たちならこんな無茶なことでも乗り越えられのではないかと思っている。

 それを伝えようと声を絞り出そうとするが、残念ながらこの4人が納得する言葉が思いつかない。何でも良いから話さないとと思う気持ちが更に頭を混乱させる。しかし、

 

 

「そんなことないよ」

 

 

 その沈黙を打ち破ったのは意外なことにりせではなく、成り行きを見守っていた井上だった。

 

「本当のことを言うとね、僕も最初は反対だったよ。でも、音ノ木坂学院のオープンキャンパスや学園祭でのライブをこの目で見てその考えが変わったんだ。それに僕の直感だけど、鳴上くんたちにもりせちゃんにならぶ光るものを感じた。だから僕は確信したんだ。μ‘sとりせちゃん、鳴上くんたちが一緒に踊れば絆フェスがきっと良いものになるって」

 

「「「…………………」」」

 

「もちろんこれは僕個人の感想だからね。人によっては君たちが出るのをよく思わない人もいると思う。もし君たちが本当に出演したくないと思っていたらこの話は断っても良い。その上でもう一度聞くね」

 

「「「…………………」」」

 

「2か月後の絆フェスで、りせちゃんのバックダンサーとして出演してくれるかい?」

 

 井上さんの言葉に再び悠たちを沈黙が支配する。だが、何を言われようともこの男の気持ちは決まっていた。

 

 

「当然です。りせは自分の復帰する最初のステージで俺たちと一緒に出たいと言ってくれました。俺はりせのその想いに応えたい。そのためなら、なんだってやるつもりです」

 

「センパイ……」

 

 

 悠の言葉にりせは心を打たれた。いつものように落ち着いた声色だったが、その裏に力強い意志と覚悟が感じられたからだ。これは悠の言霊遣い級の伝達力が成せたことだろう。他の皆も同じだと言うようにりせに力強く頷いた。

 

「陽介さんと海未ちゃんたちはやっぱりだめ?」

 

 悠言葉を聞き終えた穂乃果が後ろ向きだった陽介と海未、花陽とにこにそう問いかける。これには4人も折れたのか、少し息を吐いて観念するようにこう言った。

 

「はあ……そこまで言われちゃあな。正直勉強やバイトできついけど、こんなチャンス二度とねえだろうし。しゃーねえ!いっちょやってやるか」

 

「……そうですね。そこまで言われては断れませんし。やるからには会場のお客全員を魅了するくらい盛り上げましょう!きっと私たちなら出来ます!」

 

「あ、あったり前よ!!りせちーとこの宇宙一のスーパーアイドルにこちゃんがついてるのよ!他のアイドルなんか全員食ってやるつもりでやってやるわよ!」

 

「わ、私もそんなつもりで頑張ります!」

 

「その意気だ。一緒に頑張ろう」

 

 この瞬間、皆の心が一つになった。心の中では断られるかもしれないと不安だったが、悠たちが自分と一緒に絆フェスに出てくれると聞いたりせは安堵すると共に嬉しくなって思わず目に涙を浮かべてしまった。

 

 

 

「……うん!みんなありがとう!!すっごく嬉しい!!」

 

 

 

 

 

――――特捜隊&μ‘sの皆で愛meets絆フェスティバルに出演することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん。そうと決まったら、これを渡しておかないとね」

 

 悠たちの返事を聞いた井上は鞄から十数枚ものCDを取り出した。

 

「それは?」

 

「これは君たちに踊ってもらう振り付けを収録した練習用ディスク。一応りせちゃんも何かの収録があるとき以外はここに居るって言ってるけど、夏休みが終わった後でもこれで練習できるはずだよ。有名なインストラクターのガイド付きだから」

 

 流石はアイドル事務所の凄腕マネージャー。ここまで考えて動いてくれていたとは思ってもいなかった。もしかしたら、初めからこの展開を予想して用意していたのかもしれない。

 

「それに一応僕から保護者の方にも説明させてもらうよ。当日はテレビも来るし、全く断りなしって訳にいかないからね」

 

「えっ!?テレビ来るの!?」

 

「うひょー!クマ、お茶の間デビュー!」

 

「て、テレビ!?そそそそそんな!!」

 

「わわわわわわわ私たちがテレビに!?ダレカタスケテェェェェェェ!!」

 

「かよちん!落ち着いて!まだテレビに映ってないにゃ!」

 

 テレビも来ると聞くと、何故か慌て始めた数名。流石にりせと一緒にステージに立つという事の重大さを今実感したようだ。

 

「テレビか……それは知らなかったな」

 

「お前は全部知ってからOKしろっての!」

 

「あはは……何故か分かんないけど、鳴上くんがいつか詐欺に遭いそうな気がして怖いなあ………」

 

「同感……」

 

 悠の反応に千枝はそう零したが確かにあり得る話かもしれない。何か勘違いなどで外堀を埋められたり、知らぬ間に婚姻届けにサインさせられたりとか。それが思い浮かんだ時に何故か誰かさんの方を見てしまったのか気のせいだと信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?あそこにいるのって、雛乃さんと堂島さんじゃない?それに菜々子ちゃんも……」

 

 

 ある程度話がまとまったところで井上が次の話をしようとしたところ、ジュネスで買い物をしたいたらしい雛乃と堂島がこちらに歩いて来るのが見えた。

 

「おう、やっぱりここに居たか」

 

「叔父さん!それに菜々子に叔母さんも……どうしてここに?」

 

「ああ、雛乃に買い物に付き合えって言われてな。まあちょうど非番で暇してたしな」

 

「それで、貴方が昨日電話を頂いた井上さんですね?」

 

「はい。改めて久慈川のマネージャーをしております井上実です。音ノ木坂学院理事長の南雛乃さんですね。昨夜は突然のお電話失礼しました」

 

「いえいえ、良いんですよ」

 

 出会うなり互いに畏まって挨拶する雛乃と井上。昨日海水浴から帰って自分たちが寝ている時に井上から雛乃に電話があったらしいが、それにしてもこうやって叔母の雛乃が仕事顔で対応する姿を見るのは初めてなので、悠は少し珍しいものを見たような気分になった。

 

「お電話で話した通り、今日こちらにやってきたのは…」

 

「分かってます。絆フェスに悠くんたちを出演させたいという件ですね。昨夜も言ったと思いますが、私は反対ではないですよ。私としてもステージで踊る悠くんとことりを見たいですし、その上学校の宣伝にもなりますしね」

 

 予想通りの反応だった。雛乃にこの件を反対する理由はなかったようで、学校もことも考えている辺り音ノ木坂学院の理事長としてのこともあったようだ。まあ大半は愛する甥と娘がステージに立つ姿を見たいがためだと思うが、そこは触れないでおこう。

 

「お兄ちゃんたち、りせちゃんとテレビに出るの!すごーい!!」

 

 一方で菜々子は悠たちがテレビに出ると聞いて、とても喜んでいた。菜々子は無類のテレビ好きなので、それに大好きな悠たちが出るとなったら、嬉しいことこの上ないだろう。

 

「ああ、上手に踊れるように頑張るよ」

 

「菜々子ちゃん、お姉ちゃんも頑張るからね」

 

「うん!菜々子、一生懸命応援するね!」

 

 そして、流れるようにそう言いながら各々を見つめ合い一瞬で兄妹らしい仲睦まじい雰囲気になる3人。こういっては何だが悠やことりだけでなくても、菜々子に応援されたら例え厳しい状況であっても頑張れそうな気がする。

 

「雛乃からあらかた聞いていたが、まさか本当にテレビに出るとはな……」

 

「あれ?堂島さんは反対じゃないんですか?雛乃さんはともかく、悠やことりちゃんがテレビに出るとかなったら反対するって思ってたんですけど」

 

「まあ、お前らの保護者が良いってんなら俺がとやかく言うことじゃねえからな。てか、大体お前らダンスなんて踊れんのか?」

 

「ええっと……穂乃果ちゃんや海未ちゃんたちは普段から練習してるから良いんですけど、あたしらは……これからです」

 

「これから……?お前らなぁ…」

 

 千枝のしどろもどろな返事に堂島は呆れた様子で溜息をついた。本番は2か月後なのにこの調子なので果たして大丈夫なのかと心配になったのだろう。正直に言えば悠たちだってこんな調子で本番のステージは大丈夫なのかは分からない。

 

「…まあいい、別にお前らを叱りに来たんじゃねえからな。でも、気合入れ過ぎて怪我したりとかするなよ」

 

「堂島さんの言う通りよ。その絆フェスというのはその道のプロばかりが出演するイベントっていうから張り切るのは分かるけど、ケガなんかして出られませんでしたっていうのが一番失礼よ。だから、出るならちゃんと体調管理してケガしないようにすること。そして、受験生も何人かいるんだからちゃんと勉強もすること。分かった?」

 

「「「「は、はい!」」」」

 

 そんな2人の言葉はより悠たちの心に染みた。方は職業病とはいえ酸いも甘いも嚙み分けた優秀な刑事、方は家族想いすぎるがキチンとした教育者。何にしろ、バックダンサーとはいえ、りせのようなその道のプロばかりが集うイベントに参加することになったのだ。やるからには全てを賭すつもりで全力でやってやろうと、皆は心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、今から家でご飯食べましょう。ちょうどお昼の時間だし、勢い余っていっぱいお買い物しちゃったから」

 

 雛乃はそう言うと置いていたいっぱいの買い物袋を手に取る。どうやらここに来る前にジュネスでたくさん買い物をしたらしい。

 

「やったー!!ちょうどお腹減ってたもんねえ。肉ってあります?」

 

「パンもありますか?」

 

「お前らあのかき氷食ったばっかだろ!てか少しは遠慮しろっての!……すんません雛乃さん。この間もご馳走になったのに、俺ら何にもお返ししてなくて」

 

「良いのよ陽介くん。私も悠くんの友達に手料理を振舞えて嬉しいし、それによく食べる子って健康的っていうでしょ」

 

「でも、花村先輩の言う通り毎度ご馳走になるのは悪いっすから俺も何か持っていきますよ。今朝お袋に作った煮物とかまだ余ってるんで」

 

「あら完二くん、そんな気を遣わなくていいのに」

 

 毎度ご馳走になっているにも関わらず何もお返し出来てないのに、こうも変わらず嬉しそうに優しくしてくれるので、雛乃には感謝してもしきれない。何やかんや言って見た目に反して完二はとても律義だ。遠慮も知らない食い気少女たちも見習ってほしいものである。

 

「雛乃さん、私も何か持ってきますね。さっきおばあちゃんが差し入れにってお豆腐いくつか作ったからって連絡がもらったから」

 

「なら、私も何か料理を作って来た方が良いかな?」

 

「どさくさに紛れて何言ってんだ!天城は絶対ダメだかんな!!」

 

「そうよ!そんなの認めないわ!!」

 

 りせはいいとして、どさくさに紛れて料理しようとする必殺料理人を必死に止める。何があっても絶対この者に料理をさせてはダメだ。そんなことをしては雛乃の料理が台無しになるし、何も知らない井上にまでトラウマを植え付けたくはない。

 

「ははは…みんな元気ですね」

 

「まあ、騒がしいのもアレだがな。それに井上さんといったか、アンタも寄って行くと良い。ここに来るまで碌なもの食べてないんだろ?」

 

「……流石現職の刑事さんですね。確かにここ最近忙しくて、ちゃんとしたものを口にしていませんでしたから。恐縮です」

 

 どうやら井上も堂島家に寄っていくそうだ。これは大分賑やかになるなと思った悠はフッと笑みを浮かべた。

 

 

 

「よし、今から家でりせの復帰に向けての決起集会だ」

 

「「「おおっ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 こうして、りせの芸能界復帰のために2か月後に行われる愛meets絆フェスティバルに出演することになった特捜隊&μ‘s。その道を行くことは生半可ではないことを知りながらも、また彼らは苦難の道へと進んで行く。

 

 

 

 

 

 

 そして、後になって知ることになる。自分たちが出たあの絆フェスは自分たちが思っていた以上に厄介なことになると。

 

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next #67「You`ll understand when you get older.」


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#67「What you want to do in the future.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

テストが終わってから色んな意味で憂鬱になることばっかりだったのですが、やっと友人とFate/stay night[HF]観に行くことができました!面白かったのですが、しばらく飴玉を食べたくなくなりました……飴玉が欲しくなるとか言ってたやつマジで許さん……。

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

それでは本編をどうぞ!


………………………

 

 

 

 

 

「それではこれでオーディションは終了します」

 

 

「今日は遅くまでありがとうございました」

 

 

「「「お疲れ様でした」」」

 

 

 

 

 

 

 オーディションが終わった。

 

 

 

 やり切ったと思ってふと外を見ていると既に暗くなっていた。

 

 

「きゃっ!」

 

 

 早く帰ろうと思って速足で出ようとしたが、思わず誰かにぶつかって躓いてしまった。勢いよく転んでだせいか鞄の中身が暗い廊下の一面に散乱してしまう。

 

 

 

 またやってしまった。

 

 

 

 両親からもよく言われるが、こういう鈍臭いところは自分でも嫌になってしまう。そんな自分だから友達がいないのかもしれない。慌てて散らばった荷物を回収しようとするが、ふと廊下の奥のほうを見ると荷物を拾う手を止めてしまった。

 

 

 

 

 

「ほわあ……」

 

 

 

 

 

 憧れのあの人が近くの部屋に入っていくのが目に入ったのだ。

 

 

 孤独から自分を救ってくれた人。

 この世界に興味を持たせてくれた人。

 あの人のようにキラキラ輝きたいと思った人。

 あの人のようになりたくて、いつもお守りのようにあの人のCDを持ち歩いていた。

 

 

 これは絶好のチャンスだと急いで散らばった荷物をまとめる。そして、図々しいお願いだと思うがこのお守りのCDにサインを書いてもらおうと胸に期待を込めて、あの人が入ったであろう部屋に足を一歩踏み入れた。

 

 

 

「失礼しまーす……」

 

 

 

 暗い場所だった。

 

 

 

 電気もついていなく人の気配もしなかった。おかしい、確かにあの人はここに入ったはずなのに。この部屋のどこかで何かしているのかとあきらめきれなった自分はもう少し辺りを見渡して探してみた。その時、

 

 

 

 

ガタッ!

 

 

 

 

 すると、何処かから音がした。何かが倒れたような音だった。気になってその音がした方に視線を向ける。そこにあったのは……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………夢か……」

 

 

 悠が目が覚めて視界に入ったのは案の定自室の天井だった。起き上がってさっき見た夢を思い出す。

 何と言うか妙にリアルな夢だった。それに一番気になるところで終わってしまったが、一体全体あれは何だったのだろうか。前にも己の未来や過去などを夢として見たことがあるが、あんな自分のものではなく誰のものか分からないものは初めてだ。

 

「一体…何だったんだ?」

 

 もしやまた自分の中にある"女神の加護"が見せているのだろうか。それともあのベルベットルームの奇怪な老人か。もしくは……

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

 

 思わず思考の海に入ろうとした時、そんな声と共に突如自室の扉が勢いよく開かれた。見ると、練習着に着替えていることりが焦った表情でこちらを見ていた。

 

「ことり……入るときはちゃんとノックを」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないよ!早く行かないと海未ちゃんに怒られちゃうよ!練習倍にされちゃうよ!」

 

「あっ……」

 

 ことりの言葉に時計の方をチラッと見ると時刻は既に6時を回ろうとしていた。それに悠はやばいと感じながら瞬時にランニングウェアに着替えると、ことりを連れて家を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――絆フェス出演が決まってから一週間。特捜隊&μ‘sの朝は早い

 

 

「はっ……はっ………ぜえ…」

 

「結構キツイ……」

 

「うへぇ……やっぱ朝からこれはキツイぜ………」

 

「ほらほら、しっかりしなさい。まだ2㎞しか走ってないわよ」

 

 久慈川りせのバックダンサーとして絆フェスに出演することになった悠たちの朝はランニングから始まる。練習の前にまずは体力作りからだと、海未の発案で朝早くから辰姫神社に集まってラニングをしていた。

 

「体力向上は基本中の基本ですからね。昼間はダンスの練習や勉強などたくさんありますから、時間が惜しいんです。ランニングは10㎞は走らないと」

 

 この発案時での海未のその言葉を聞いた時は皆言葉を失った。流石に毎朝10㎞は普段運動していない人にはしんどいし、その後の練習に支障が出るかもしれないので今は半分の5㎞程度にしてもらっている。海未は不満たらたらな様子だったがここは倒れる者が出さないようにするためにも我慢してもらうしかなかった。

 

「ま…待ってください………少し休憩を……」

 

「み、みんな早いよ~………」

 

「へ、ヘル……プ………」

 

 だが、運動能力という者は個人差がある。このランニングは体力に自信のある千枝や完二、悠などは難なくついてきているが他のメンバーは走り終えたころには息切れして倒れこむ者もいる。その上、雪子や花陽、直斗など運動が苦手な者に至っては走っている最中に既にグロッキーになっており、筋肉痛が激しくなる数日後辺りには散歩中のおばあちゃんに追い抜かされたりしていたので、皆を唖然とさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな地獄のランニングを終えて各々の家や旅館で朝食を食べた後はいつもの河川敷でダンスの練習だ。

 

 

1(ワン)2(ツー)3(スリー)4(フォー)2(ツー)2(ツー)3(スリー)4(フォー)!」

 

 

 練習はμ‘sが東京でもやってたときと同じくステップやストレッチなど基礎錬を最初に行う。特捜隊メンバーのほとんどはダンス初体験者なのでついていくのに精一杯。穂乃果たちはいつものようにこなしているので問題ないと思われたが、そんなことはなかった。

 

「ほら直斗くん、遅れてるよ!もっとテンポ上げて!」

 

「雪子ちゃん、そこのフリ間違ってるわよ!周りをもっと見て!」

 

「にこセンパイ!そこ違う!」

 

「穂乃果!ぼおっとしない!」

 

 それもそのはず。ダンスの練習に厳しい絵里とプロ意識を持って指導するりせがタッグを組んでいるのだから練習もそれなりに厳しいものとなっている。だが、それに食らいつこうと悠たちはめげずに必死に食らいついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、じゃあここで休憩を入れましょう」

 

「ハァ…ハァ……助かった……」

 

 頃合いを見て絵里が休憩を入れてくれた。りせにしごかれて体力切れ寸前だった直斗たちは思わず安堵の息を吐いた。最も疲れていたのは意外にも直斗だった。

 

「それにしても直斗くんがこんなにへばるなんて意外だよね。悠センパイみたいに何でもそつなくこなせそうなイメージあったんだけど」

 

「ま、まあ……社交ダンスをやっていたので自信はあったんですが、これほど難しいものとは思ってもみませんでした……頭では理解しているつもりなのに………身体が中々動いてくれなくて」

 

「私も……もうくったくた………ダンスって日舞と違って…難しいね………」

 

 息を整えながら申し訳なさそうに落ち込む直斗と雪子。どうやら思っていた以上に上手くできないことに戸惑っていると言った様子だ。日本舞踊を嗜んだことがあるという雪子も同じくジャンルが違うものに手間取っている。

 

「う~ん……雪子ちゃんはともかく直斗くんは社交ダンスって全く違うジャンルの基礎があるから、逆にそのクセが抜け出せなくて手間取ってる感じね。その反面、千枝ちゃんや完二くんとか陽介くんはよくできてたわよね」

 

「千枝ちゃんと完二くんは運動神経ええし、陽介くんっていつも音楽を聴いてるイメージあるからこういうの得意そうって思ってたんやけど、案の定やったね」

 

「あはは、何か考えるより体動かしたら自然とそうなっててさ。考えるな、感じるんだ!ってね」

 

「俺も里中先輩と大体同じっすね。頭で考えるより身体で覚えた方が性に合ってるんで」

 

「まあ、俺は素人が真似してみたってくらいはあったくらいだけどな」

 

 手間取ってる直斗たちとは対照的に陽介たちは持ち前の運動神経と身軽さを生かした動きで難なく練習をこなしていた。千枝や完二はともかく陽介は普段ガッカリなところが目立ちすぎて見えていなかったが、こういう類のものは器用にこなせるの男なのだ。そして、希から褒められて嬉しかったのか、この男の悪い癖が出る。

 

「それでどうよ?俺の超絶テクは。惚れちゃったりしちゃった?」

 

「ああ、それは全然」

 

「悠くんに比べたら全く」

 

「お兄ちゃんの方がカッコイイ」

 

「がふっ!………いや、分かってたけど、お前ら本当に容赦ねえな!俺だって傷つくんだぞ……てか、俺と悠を比べんじゃねえよ!」

 

 こんなところさえなければモテることだろうに。まあそれが口を開けばガッカリ王子、もとい花村陽介という男なのだろう。当分彼に春は来そうにない。そんないつも通りの特捜隊の光景に苦笑いしながらもりせがアドバイスとしてこんなことを言った。

 

「直斗くんも雪子センパイもやっぱり頭で考えちゃうから身体がついてこないんだよ。ある程度までは技術も必要だし、振りを入れるのも大事だけど。そこから先は、音に気持ちを乗せて感じるままに動いちゃえばいいんだよ」

 

「そ、そういうものですか……?でしたら、穂乃果さんたちはステージで踊ってる時はどんな事を考えるんですか?」

 

 りせの言っていることがあまり理解できなかったのか、直斗は穂乃果たちにそう質問した。

 

「う~ん、今までそんなこと考えたことないなあ。ただ歌ったり踊ったりするのが楽しいなぁって感じで」

 

「私は…まあ普通よ。でも、穂乃果みたいに不意に楽しいなって思ったりしたときはあるけど」

 

「私もそんな感じですかね。今でもステージに立つと緊張してしまいますが、踊ってしまったら逆に楽しくなると言いますか……」

 

 今コメントした穂乃果と真姫、海未のみならず、他のμ‘sメンバーも似たような答えだった。そんな穂乃果たちの答えが自身の求めていたものと合致したのか、りせは嬉しそうに指をパチンと鳴らした。

 

「そうそう!穂乃果ちゃんたちの言う通り!これは2人だけじゃなくてみんなに言えることだけど、ダンスってただリズムを刻むとかじゃなくて、自分の気持ちや感じることを表現して、見てる人たちに伝える為のものだもん。“楽しいよ”って言いたいなら、まずは踊ってる私たちが一番楽しまなきゃ!」

 

 りせのアドバイスに悠はなるほどと思った。実際悠もオープンキャンパスで一回人前で踊ったことはあるが、やはりダンスというものは"表現"ということを身を持って知った。振り付けを間違いなく踊るということも確かに必要だが、それ以上にそういうこともステージで人を感動させるのに大事なことなのだ。

 

「なるほど。古来、ダンスとは"信仰"や"自己表現"において言葉を使わずにそれを表現し、伝達する為の手段として発達した文化ですし。上手い下手の問題でなく、僕が学ぶべきなのは恐れずに自分を表現することかもしれませんね」

 

「う~ん…言ってることは間違ってないけど、やっぱり難しく考えすぎてるわね。これは先が長そうだわ……」

 

「さっき千枝センパイが言ってたみたい"考えるな、感じるんだ"って思えればいいんだけどなぁ……」

 

 相変わらず理屈で考える直斗に戸惑いを見せながらも何とかしようと思う絵里。そんな休憩時間の後も厳しい練習は続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「丼、おいといて~」

 

「ありがとうな。あいか」

 

「毎度あり~。練習、がんばって」

 

 お昼の時間になって、愛屋に注文した人数分の肉丼が届いた。あいかから各々肉丼を受け取って見送った後、それを食す。絆フェスの出演が決まって以降、練習漬けだった日々だったせいか、唯一の楽しみがご飯の時だけになっていた。

 

「はう~肉丼美味しい~~~!ここの肉丼は何度食べても最高だよ~~!」

 

「でしょ!やっぱ愛屋の肉丼は最強っしょ!あたし3食肉丼でも生きていける気がする!もちろん特盛で!」

 

「千枝さん、それは……」

 

「流石、里中先輩は女を捨てた肉食………」

 

「何か言いましたか?巽完二くん?」

 

「な、何も言ってないっすよ!!」

 

 と、いつもの肉発言をする千枝にシバかれる完二の一幕もあったりする。そして別の方を見てみると、

 

「みんなお疲れさんやねえ」

 

「うん……練習はきついけど、本番で恥ずかしくないパフォーマンスをしたいから」

 

「頑張ってね。当日は私も桐条さんたちと観に行くから」

 

「そ、それだと余計プレッシャーが……」

 

 練習の手伝いに来てくれたラビリスと風花が雪子たちと談笑しているところだった。

 最初は2人も一緒に出演してみないかと誘ったが速攻で断られた。風花はあまりテレビに出たくないというのもあるが、ラビリスはご存知の通り対シャドウ兵器という桐条の機密事項なのでそれがテレビに映るのは如何なものかとのこと。一応責任者である美鶴にも連絡してみたのだが、有無を言わさずに却下された。その際に"君がシャドウワーカーに入って責任を取ってくれるのなら考えないこともない"と言われたのだが、それこそこっちから丁重にお断りした。

 天気予報の中継に行っているマリーも悠たちがテレビに出ると聞いて"仲間外れにされた"と言って拗ねていたが、マリーはとある事情でこの町から出られない訳だし、その上お天気お姉さんとしての仕事もあるから無理だろう。

 

「そう言えば、ウチもみんなが出る絆フェスっていうものをそれなりに調べたんやけど、このかなみんキッチンっていう人らがりせちゃんたちのライバルなんよね?」

 

 すると、ラビリスは携帯を取り出して、動画投稿サイト"メガチューブ"にアップされているかなみんキッチンの動画を指さしながら皆にそう聞いてきた。

 

「い、いや…ライバルというか……正直どうなんだろう……ぶっちゃけ私が復帰したとしても、今のかなみたちの人気に勝てない気がするんだよね」

 

 携帯の画面を見てそう呟くりせに悠は少し驚いた。いつもポジティブなりせがこんな風にネガティブなことをいうのは珍しい。ちなみに、このポジティブとネガティブという言葉は映画のフェルムのポジとネガから来ているらしい。

 

「ああ、確かにこの人たちって最近テレビでよく見るね。ネットでも"食肉系アイドルユニット"って売り文句で話題みたい」

 

 最近穂乃果たちを応援している影響か、ネットで他のアイドルについてもリサーチしている風花がそう言うと話を聞いていた直斗は首を傾げた。

 

「食肉系……?もしかして、食べられる側なんですか?」

 

「まあ今はアイドルなんていっぱいいるからね。その位個性的じゃないとやっていけないよ。スクールアイドルでもね」

 

「りせちゃんが言うと冗談に聞こえないわね。私たちも今後スクールアイドルをやっていくなら、インパクトのあるキャッチコピーを考えた方がいいかしら?」

 

「まあいうて俺たちもキャッチコピーあるよな。P-1Grand Prixのやつが」

 

「陽介、それはやめておけ」

 

 陽介の失言に皆は一斉に陽介を睨みつける。それは触れてはいけないパンドラの箱だ。あのP-1Grand Prixのキャッチコピーなど使ったらそれこそ問題である。

 想像してみよう。【鋼のシスコン番長】・【女を捨てた肉食獣】・【純情ラブアローシューター】・【シャイな巨乳お米っ娘】など聞く人が聞けばドン引きするようなキャッチコピーを大真面目に言っているアイドルなど見たらどうなるかなどに決まっている。

 

「まあかなみたちの場合はそれだけじゃなくて、"無茶な要求をする悪徳プロデューサーVSそれでも頑張る若手アイドル"っていう構図のお陰で今の人気を掴んでるんだけどね」

 

「あ、悪徳プロデューサーって……そんな人本当にいるん?」

 

 "悪徳プロデューサー"と聞いてラビリスは思わず強張ってそう聞き返してしまった。だが、りせは慌ててそれを否定する。

 

「ううん、それも"売る"ための戦略なの。まあ……あの人の場合、それが戦略だけかどうかも怪しい感じだけどね……」

 

「ああ、落水さんだろ?あの人テレビでも平気でタレント泣かすとこあるから、そう思っちまうよなぁ」

 

「実際ファンの間では"鬼"とか"悪魔"とか"金の亡者"とか言われてますし……りせさんも休業前は……」

 

 かなみんキッチンのファンである陽介と花陽は知っているのか、りせの言葉にそう返した。どうやらアイドル界、もとい芸能界にも色々あるらしい。それがちょっと垣間見た気がして若干引いてしまったが、そこにはその現場にいる人達のたゆまぬ努力があるのだろう。まあ、流石に今の落水という人の話は全て作り話であると信じたいが。

 

「まあ他のアイドルたちよりも今は自分たちのことを考えましょう。これから個人練習になるけど、みんな課題の方は大丈夫なの?」

 

 ここでいう課題とは先日絵里とりせが悠たち各々に出した練習曲のことだ。

 せっかくダンスを教えるのだから、本番踊る振りだけでなく各々に合ったダンスを教えてみるのもいいかもしれないというりせからの発案で、りせと絵里で各々に合うと思った曲を課題として出しているのだ。ちなみに悠はオープンキャンパスで即興で踊った【Dance!】やりせが絶対悠に合うとチョイスしてくれた【Time To Make History】などをもらっている。

 

「それなりに」

 

「ボチボチかな?」

 

「ぼ、僕はまだ本番で踊る振り付けを覚えるのに精一杯なので……まだ手を付けてません……」

 

 このように進捗状況は個人差がある。余裕がある者は課題曲も踊れているようだが、そうでない者は本番の振り付けで手一杯と言った様子だ。

 

「じゃあ、直斗くんはもうちょっと基礎がなってからね。他の皆は……」

 

 皆の近況を聞いた絵里とりせは瞬時に各々のやることを的確に伝えて練習を再開させる。この2人の手腕を見て改めて頼りになるなと悠は思った。絵里がいなかったらどう練習したらいいのかと分からない。今度何か感謝の気持ちを伝える上何かしようかと悠は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<堂島家>

 

 練習が終わってからは家に帰って夕飯。その後は自室に籠って今日の練習の復習と予習、そして受験勉強をする。正直あの練習の後に勉強するのは少しキツイところはあるが、それでもやるしかない。もし成績を落としてしまったら、雛乃に絆フェスの出演を止められるかもしれないからだ。

 そう思ったのだが、

 

 

「お兄ちゃん…今日もお勉強?」

 

 

 自室に上がろうとした時、服の裾を掴んだ菜々子にそう止められてしまった。どうやら絆フェスの出演が決まってから、あまり構ってくれないことに不満を抱いているらしい。

 

「ああ。俺も受験だから」

 

「そうなんだ………」

 

「菜々子ちゃん、今日もことりお姉ちゃんと遊ぼう。今日はトランプでもしようか?それともお裁縫の勉強する?」

 

「……………………」

 

 落ち込む菜々子にことりが一緒に遊ぼうとフォローしてくれたが、菜々子は寂しそうな表情のままその場を動こうとはしなかった。こうやって悠が勉強に勤しむ時は菜々子の相手はことりがしてくれていて、菜々子もことりと一緒に遊んでいる時は楽しそうなのだが、やっぱり一番遊びたいのは大好きな悠なのだ。

 そんな菜々子の様子を察した悠は流石にバツが悪くなり、どうしたもんかと頭を悩ませる。すると、あることを思いついた悠は菜々子に目線を合わせてこう言った。

 

「菜々子、これから庭でダンスの練習するところだったから一緒にやろうか?」

 

「えっ?………いいの?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「やったー!菜々子、お兄ちゃんとダンスのれんしゅうやるー!ことりお姉ちゃんも一緒にしよー!」

 

 悠からそんな提案を受けて菜々子は先ほどの表情とは打って変わって笑顔になった。ことりも悠と菜々子と一緒に練習するのはこの上ないことなのでもちろんやる。だが、

 

「……お兄ちゃん、よかったの?受験勉強が」

 

「最近菜々子に構ってやれなかったしこれくらいは。それに、今日の練習の復習にもなるし菜々子にもダンス教えられるから一石二鳥だろ?」

 

「…やっぱりお兄ちゃんも菜々子ちゃん大好きなんだね」

 

「ことりもな」

 

「お兄ちゃん!お姉ちゃん!早くおにわでダンスしよう!」

 

 こうして悠はその日、菜々子とことりと一緒にダンスの練習をした。りせと絵里からの課題曲を踊ったり、海未からのステップを教えたりして、菜々子はもちろん悠とことりもとても楽しい時間を過ごした。そんな3人の様子を雛乃は温かい目でほっこりと見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこともあってしばらくしてから数時間後。

 菜々子とことりとの楽しい時間の余韻を噛みしめながら自室で勉強に集中して、ふと時間を見てみると時計はすでに夜11時を回ろうとしていた。夕飯を食べてからずっと集中していたらしい。ちょうどいい頃合いかと思った悠は水を飲みに行こうと部屋を出てリビングに向かった。

 

 

「悠くん、まだ起きてたの?」

 

「叔母さん」

 

 

 リビングに降りてみると、テーブルにパソコンを広げていた雛乃がいた。どうやら雛乃もまだ学校仕事が終わっていなかったのか、起きていたらしい。菜々子とことりはもう寝たのかリビングにはいなかった。堂島はまだ署での仕事をしているらしい。

 

「ちょっと勉強が進まなくて……もう少ししたら寝ますから」

 

 雛乃の仕事の邪魔しないようにと悠はコップに水を注いで立ち去ろうとする。すると、

 

「悠くん、ちょっと付き合ってくれないかしら?」

 

「えっ?」

 

「少しの息抜きはいいでしょ?最近部屋に籠ってばっかりだし、偶にはこんなおばさんとのおしゃべりに付き合ってくれないかしら?」

 

 優しく差し伸べるように雛乃からそう誘われた。そう言われては仕方ないし、最近雛乃とコミュニケーションを取れていなかったこともあって、悠は雛乃の言う通りに悠は雛乃との雑談に付き合うことにした。自分の誘いに乗ってテーブルに座ってくれた悠に雛乃は微笑んで戸棚からインスタントコーヒーを取り出して悠のコップに淹れてくれた。

 

「コーヒー…ですか?」

 

「まあね、おしゃべりする時に良いかと思って。これも堂島さんの影響かしら。私はさっき飲んだからこの水にするけどね」

 

 冷蔵庫から取り出した水の入った瓶を片手に雛乃はそうコメントする。どうやら最近雛乃がコーヒーを好き好んで飲むようになったのは堂島の影響らしい。そんな雛乃のコーヒーを嗜みながら、悠は雛乃と他愛ない話をした。今日の練習であったこと。勉強の進捗状況などといったことだ。すると、雛乃がこんな話を振ってきた。

 

「悠くんは将来どうしたいか決めてるの?」

 

「えっ………?」

 

「何かやりたいこととかないのかしら?」

 

「そ…それは………」

 

 雛乃から将来の話を振られて、悠は痛いところを突かれたようにしどろもどろになってしまった。P-1Grand Prixやラブライブ、音ノ木坂の神隠し事件や絆フェスなどいったと目先の出来事に夢中になりすぎて、悠は将来どうしたいかをまだ決めていなかった。

 雪子や完二、真姫のように店や病院を継ぐといったこともないし、ことりや千枝のようにデザイナーや警察官などになりたいといった目標がある訳でもない。正直言って自分がどのような道を歩んで行けばいいのかがまだ分からない状況にあった。

 

「やっぱり決まってないのね」

 

「……はい」

 

 そんな悠の焦りを察したのかバッサリと斬る雛乃。図星を突かれたように落ち込む悠を見て雛乃は思わず溜息を吐いてしまった。

 

「兄さんと同じね……どうしてここまで似てるんだか」

 

「えっ?父さんも?」

 

「そうよ。兄さんも悠くんと一緒。目先のこと……ほとんど他人のことばっかり考えてたから自分の将来のことなんて何も考えてなかったのよ」

 

「はあ……」

 

 父の意外な過去を聞いて悠は思わず呆けてしまった。あまり両親からそんな過去の話を聞かされたことはなかったので知らなかったが、あの父親も自分と同じだったとは思わなかった。

 

「それに、天然ジゴロなところも一緒よね。よく音子さんとか大河さんと一緒にいたし……まさかきーちゃんたちにまでフラグを立てるとは思わなかったわ……

 

 突然妙なことを呟いた雛乃に悠は思わず麦茶を零しそうになった。見ると、雛乃はまるで仇を思い出したかのように憎々し気な表情でコップを握り締めていた。一体父たちの学生時代に何があったのだろう。一度聞いてみたいと思ってはいたが、何故か触れてはいけない気がする。

 

「まあ……私も人のこと言えた立場じゃないけど…………」

 

「えっ?」

 

「何でもないわ………悠くん、今は後悔のないように進みなさい。例え貴方がきーちゃんの和菓子屋や西木野さんの病院に就職するのを選んでも私は止めはしないわ。私は悠くんの親じゃないし、悠くんの人生は悠くんのものだもの…………(バタンッ)」

 

「叔母さん!?」

 

 そう言って雛乃はグラスに入った水を上品に飲み干したかと思うと、何か疲れが出たのかそのまま流れるようにテーブルに寄りかかって寝てしまった。あまりに突然だったのでびっくりしてしまったが、どうやら本当に疲れが出て寝てしまったらしい。何事もなく良かったと安堵していると、寝言なのか雛乃がボソッとこう呟いた。

 

本当は…悠くんには学校の先生になって、一緒に仕事してほしかったりするんだけどね……………

 

 雛乃の静かな呟きを聞いた悠はどこか心に引っかかるものを感じた。

 

「……俺が先生か…」

 

 今まで出会った人たちの悩みを聞いたり家庭教師のアルバイトをしたりした時からこの道もありかもしれないと思ったことはあった。陽介からお前は教師に向いてるんじゃないかと言われたこともあれば、最近だと雪穂や亜里沙からも自分が先生だったらいいのにと言われたこともあった。それに、仮に教師になって雛乃と一緒に仕事できたらどんなに楽しいことだろう。

 そう思うと何か自分の中で新たな道が開けた気がした。

 

「ありがとうございます。叔母さん……」

 

 そう雛乃にお礼を言って雛乃を寝床に運ぼうとする。ここで寝かすのも忍びないし、ちゃんと姿勢で寝かせないといけないだろう。そう思って雛乃を運ぼうと肩に手を掛けたその時、

 

 

 

ーガシッ!ー

 

 

 

 突如何かに腕を掴まれた。何だろうと見て盛ると、寝ていたはずの雛乃が顔を赤くして自分の手を掴んでいた。そして何故か顔が赤い上に目がトロンとなっている。その急変した雛乃の様子に悠はどこか冷や汗が出た。

 

「あの……叔母さん?」

 

「……………ゆうくん、おかわり」

 

「えっ?」

 

「あれお~か~わ~り~!」

 

 突然先ほどの大人な雰囲気が嘘のように駄々っ子のように喚き始めた雛乃。まさかと思うが、見る限り雛乃は酔っている。そして、雛乃が指さしたものを見てみると、それは先ほど雛乃が冷蔵庫から取り出した瓶だった。よくよく見てみると、その瓶のラベルには"芋男爵"と書いてあった。

 

「あれって……まさか水じゃなくて……」

 

「お~か~わ~り~!」

 

 すると、再び駄々をこねる雛乃を見ると何故か服がはだけていた。そのせいで下着がもろ見えである。どこかデジャブを感じたが、このまま言うことを聞かなかったら全部脱ぎかねないので、悠は仕方なく雛乃のグラスにそれを注いだ。そして、雛乃はそれをゆっくりと飲み干して

 

「おかわり、みずわりで」

 

「えっ!?いや、叔母さんこれ以上」

 

「おーかーわーり~~~~!!」

 

 飲み干した途端、すかさずおかわりを要求。そしてコップに注文された通りのものを入れるが、またも雛乃はそれをゆっくりと飲み干した後におかわりを要求した。

 この状況に今まで経験故か悠の脳内に警報が鳴り響く。このままではまずい。雛乃が酒を飲んでいる間にすぐにこの場を立ち去ろうと試みるが、

 

 

 

ーガシッ!ー

「ゆ~うくん、おかわり!」

 

 

 

 逃がしてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでゆうくんは兄さんとおなじでモテるのよ~~!ほのかちゃんやにしきのさんの娘さんとかはともかく、このあいだまでけんかしてたあやせさんまで~……そのうえ、きーちゃんとかさーちゃんとかにむこにこいとか目を付けられて~~~」

 

「いや、菊花さんも早紀さんも別にそう言う意味で言ってる訳じゃ……」

 

「しかもあいどるのりせちゃんまでべたぼれってど~いうことなのよ~」

 

 あれから雛乃はどんどん芋男爵を飲んでいき、完全な酔っぱらいになってしまった。肩を組んで絡んでくる辺り雛乃は絡み上戸なのだろう。しかもスキンシップも激しいので身体に感じる柔らかい感じが悩ましい。我が叔母ながら恐ろしいのだが何故だろう、この酔い方はどこかで見たことがある気がするのだが、気のせいだろうか?

 何はともあれ、これで雛乃に酒を飲ませたらまずいことは把握できた。となると、やることは一つ。

 

「ほら、そろそろ寝ますよ。もう遅いしこれ以上騒いだらことり達が起きますから」

 

「ええ~~?ねたくない~~!ねたらゆうくんがどこかにいっちゃう~~~!」

 

「俺はどこにも行きませんよ……それとちゃんと服着て」

 

 しかし、この酔っぱらいをどこに寝かせたらいいものか。いつもはことりと菜々子と3人で寝ているらしいが、この状態では2人を起こしてしまう。仕方がないので、自分の部屋の布団にでも寝かせて自分はリビングのソファで寝よう。そう考えた悠は酔っぱらいを自室にまで連れて行くことにした。

 

「じゃあ……ぎゅっとして」

 

「はっ?」

 

「それと~……おやすみのチュー」

 

「やらないから!!」

 

 変な世迷言を言いだした雛乃にツッコミを入れながら悠は何とか寝かせようと寝床に連行すようとするがこの出来上がった酔っぱらいは動こうとはしない。

 

「やだ~~!ゆうくんがぎゅっとしてくれるまでここにいる~~~!」

 

「だから……うわっ!」

 

 どうにかしようともみ合っている間に悠はバランスを崩して床に倒れてしまった。すると、必然として悠の腕を掴んだままの雛乃も倒れる訳で、そのまま悠に覆いかぶさるような体勢で床に手を突いた。

 

「「………………」」

 

 目の前に雛乃の顔がある。逆床ドンのような形になった故か、瞳が潤んでいることや顔が更に紅潮しているのがハッキリ分かる。心なしかそんな雛乃の様子を見てドキドキしてしまう。

 何だろう……今までの色んな災難に遭ってきた悠の直感がこの状況は色んな意味でマズイ気がする。試しに雛乃の様子を見てみると、その直感が正しいことを示すかのように雛乃は硬直していながらもゆっくりと顔を近づけていった。その時、

 

 

 

「お兄ちゃん、どうしたの?大きな音がしたけど………」

 

 

 

「「あっ」」

 

 

「…………………」

 

 

 大きな音がして何かあったと思ったのかことりが起きてしまったらしい。そして、ことりの目に映っているのは酔った様子の着崩れた雛乃と押し倒されて硬直している悠の姿。マズイと思って弁解しようとする悠だったがもう遅かった。

 

 

 

 

 

 すでにことりの目からはハイライトが消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、帰ったぞ」

 

 日付が変わった深夜、遅くまで仕事をしていた堂島が帰ってきた。みんなが寝静まっていると思ったのか、音を立てないように歩いてリビングへと向かう。だが、そこで堂島が目にした光景は………

 

 

「お兄ちゃん、お母さん、ちゃんと反省しているのかな?ねえ

 

「「はい………」」

 

 

 黒いオーラを発しながら腕を組んで怒りを見せていることりと、正座させられて沈んだ表情でいる悠と雛乃だった。

 

「……何してんだお前ら?」

 

「あっ!叔父さん聞いてください!お母さんとお兄ちゃんが……(かくかくしかじか)」

 

「なんだと……?」

 

 その後、悠と雛乃はハイライトの消えたままのことりと怒り顔になった堂島に夜が明けるまで説教された。

 

 

 

 

 

 

 そして翌朝、

 

 

 

 

 

 

「……………(チーン)」

 

「せ、センセイ?大丈夫クマ?」

 

「う、海未ちゃん…流石にやりすぎだよ……」

 

「すみません……あのことりの圧に耐えられなかったもので」

 

「いいんだよ海未ちゃん。最近のお兄ちゃんにはこれくらいのお仕置きは必要だしね」

 

 

 事情を知った海未から練習3倍の刑に処されて、悠はとことんしごかれて疲れ果てたのであった。ハイライトの消えたことりからの圧に逆らえなかったとはいえ、それはもう他人の目から見てもやり過ぎなのではないかと同情してしまうくらいに。

 

「ハァ…ここでペルソナが使えたらすぐに悠さんを治療してあげられるのに」

 

「無理に決まってるでしょ。ここはテレビの世界じゃないんだから」

 

 流石に目も当てられなくなった花陽がボソッと呟いた言葉に真姫は平然とそう返した。

 確かにここがテレビの世界ならすぐにペルソナを召喚して治癒魔法を悠にかけてあげられただろうが、残念ながらここは現実だ。そんな花陽の呟きを耳にしたりせはふと何か思い出したかのように顎に手を当てた。

 

「ペルソナ………あっ、そう言えば前にダンスの先生が言ってたなぁ。"ダンスっていうのは伝えたい心を力に変えて、場の空気を作ってお客さんのわし掴むもの"って。そう考えたらさ、それって私たちが手に入れたペルソナみたいな感じがしない?」

 

 りせのその言葉に皆はハッとなった。言われてみれば自分たちがテレビの世界で使役しているペルソナはもう一人の自分と向き合ったことで手に入れた心の力だ。そのダンスの先生の言う通りなら、確かに似ているかもしれない。

 

「なるほど、そう考えてみると面白いかもしれませんね。今回のケースに当てはめてみると今までの"向き合う心"とは違う、誰かに気持ちを"伝える心"を身につけなければいけないってところですかね」

 

「直斗くんが言うとそれっぽいわね。伝える心かあ……」

 

 直斗の探偵らしい解説に絵里は何か考えるように黙り込んだ。今後の練習に何か生かせないのかと考えているかもしれない。すると、その話を聞いていたクマが何か良いことを思いついたかのような明るい表情でこんなことを言った。

 

「そうだ!クマたちペルソナ出して、一緒にダンスしたら楽しそうじゃない?」

 

「あのな…絆フェスはこっちの世界でやるんだぞ。風花さんや桐条さんとかはともかく、俺らはここじゃペルソナだせねえっつの」

 

 クマの唐突な提案に陽介は即座に一蹴した。

 自分たちとはルーツが違う美鶴や風花たちは現実でも召喚器というものを使えば現実でもペルソナが出せるらしいが、自分たちはあのテレビの世界でしか出せない。先ほども言ったように、残念ながらクマの願望は現実的に難しい。

 

「まあクマくんの言ってた通り楽しそうではあるけど現実ではペルソナは出せませんし、それに絆フェスでそんな()()()()()使()()()()()()()()()()()()なんて起こる訳ありませんよ」

 

「だよな。それこそ、こっちの世界にあの霧が出てくるようなもんだろ?」

 

「あはは、まっさか~~」

 

 倒れている悠をよそに冗談めかしにありえないことを言って笑いあう一同。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、この時は誰も想像しなかった。その()()()()()()があの時に起ころうことになろうとは………

 

 

 

 

 

 

 

ーto be continuded




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「王様ゲーム!!」






「「「「Yeahhhhhhhhhhhhhhhhh!!」」」」



「王様の言うことは絶対よ!!」

「おかわり、ストレートで」

「お前ばっかりずりいぞ!!」



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#68「King Game in Okina City.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

先日発売された【キャサリン FULLBODY】を買いました。内容はともかくとしてパズルゲームとして面白いですし、バーパートでペルソナの曲も流せて雰囲気を楽しめたので自分的に役得な作品でした。

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・高評価を付けて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

それではお楽しみの王様ゲーム回。本編をどうぞ!


…………………………

 

 

 

 

 目が覚めるとリムジンの車内を模した群青色の空間にいた。ピアノとソプラノの音色が聞こなければ、自分の以外の人の気配のなく厳かな静寂がこの場を包んでいる。周りを見渡していると、床に一枚の便せんが落ちているのが見えた。見覚えのある柔らかい字で何かが書かれてあったので拾い上げて見てみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ティータイム・ファンタジー』

 

 

ミルクティーにシナモンで

キミのイニシャル描きました

 

温かいのに

キミの分だけスパイシーでした

 

溢れそうだよ

砂糖菓子みたいに

タカナルコドウ……

 

湯気が沁みるのは……ドウシテ?

 

アタシの魔法 通じるカナ……

 

ヒトイキにキミを飲み干したら

キットキミハ コイニオチルヨ……

 

3.2.1

 

 

ゴッツァンデス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………」

 

 

 もしかして、これはマリーが書いたポエムなのだろうか。相変わらずの内容に唖然としつつもマジマジと便せんを見ていると、

 

 

「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 どこからか奇声が聞こえ、突然視界に顔を真っ赤にしたマリーが現れて自分の手から便せんをひったくった。何と言うか定番通りの登場である。

 

 

「よ、読んだ?…読んだでしょ!?」

 

 

 涙目で震えた声でそう尋ねるマリー。これにいつも通り素直にイエスと首を縦に振った。

 

 

「ちちちち違うの!?べべべべべつに最近かまってくれなかったからとか仲間外れにされて寂しかったとかじゃなくて……」

 

「………………………………」

 

「うううううう……ばかきらいさいていウワキヤロー!!悠なんてどっかいっちゃえ!!ううう………何でまた落ちてるんだろう……ちゃんとしまったはずなのに…………」

 

 

 いつものようにブツブツと呟いてしゃがみ込んだマリー。何故かは知らないが自分はそのことについて心当たりある気がした。だが、その心当たりある人物は今ここにはいないので、機会があれば確かめてみよう。その機会があれば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<沖奈市>

 

 

 連日容赦の無い猛暑が日本を襲う中、特捜隊&μ‘sは稲羽駅から電車に乗り込んでいた。しばらく電車内で談笑や合間の勉強に勤しんでいると、"沖奈駅"と書かれた目的の駅が見えてきた。電車がゆっくり停車すると、悠たちは駅に降りて辺りの空気を堪能した。

 

「ほわあ~、これが沖奈市か~。稲羽より都会って感じがするね」

 

「まあ、あっちじゃ娯楽ってジュネスくらいしかないしねぇ」

 

 今日は息抜きではるばる沖奈市に来ていた。ここは稲羽から少し遠いが、娯楽施設やお洒落な店のためにここへ遊びに来る八高生は少なくないので、ジュネスに並んでよく来る溜まり場となっている。

 厳しい練習が続いてモチベーションが少し下がりつつあった現状を見て、りせがこの沖奈で最近出来たカラオケに行こうと提案してくれたのだ。そうでなければ今日もあの練習漬けの一日だっただろうし、更にモチベーションが下がっていたことだろう。そう思うとどこか解放された気分になって思わず伸びをしてしまった。

 

「りせ、今日はサングラスと麦わら帽子なんだな」

 

「まあ、一応ね。あの変装って結構面倒くさいし、これくらいなら多少誤魔化せるし。マリーちゃんはしなくていいの?」

 

「別に。悠が一緒なのに変装とかないから」

 

 その言葉はりせの心にグサッと大きなダメージを与えた。りせは復帰前のアイドルという立場があるので仕方ないのだが、こういうことを平然と言えるマリーにどこか負けた気がした。

 ちなみにここにいない風花は大学のレポートと別件の調べものがあるからと言って天城屋で居残りしている。マリーもいつもの同じく天気予報の中継で行けないのかと思いきや、中継が終わってからすぐにこちらに駆け付けたのだ。余程悠と遊びたかったのか、今日のマリーはどこか楽しそうにワクワクしているように見えた。

 

「ねえねえ!あそこの洋服屋さん行ってみようよ!」

 

「おおっ?良いねぇ。じゃあ、マリーちゃんも一緒に行こう!」

 

「えっ?」

 

「そうやねえ。今度はウチらがマリーちゃんに似合う服を選んであげようか。色々お礼もまだできてなかったしなぁ」

 

 そう言って意味ありげにマリーを見つめる希。それにマリーは何かを察したのかフッと笑みを浮かべた。

 

「………うん、良いよ。悠も行こう。フシギキョニューたちと一緒に良いの選んであげるから」

 

「えっ?…あ、ああ」

 

「ええかげん、フシギキョニューからは卒業したいかな…」

 

 マリーに引っ張られて穂乃果たちと一緒に駅前の洋服屋に入る。この2人に何があったのかは分からないが、今日は楽しい一日になりそうだなと密かにそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洋服店で服を選んでもらい、少し沖奈駅付近の店を散策してから今日の目的地である最近できたカラオケ店にやってきた。店側からこの人数が入る部屋をとお願いすると、すぐにこのカラオケ店で大きなカラオケボックスに案内してもらった。あまり見たことがない内装のカラオケボックスに穂乃果たちもテンションが上がる。

 

「わあ~すご~い!こんな良いところでカラオケするのって初めてかも!」

 

「うおおおっ!テンション上がるにゃ~~!」

 

「早速歌うわよ!」

 

 この3人のみならず他の皆もこの大人数でカラオケというあまりないイベントに少なからず盛り上がっていた。絵里と希を除くμ‘sにとってはGW後のリーダー戦争以来だし、その絵里やマリー、ラビリスにとってはカラオケ自体初めてのことだから当然だ。

 

「な、なあ里中…この部屋、ちょっとデジャブ感じねぇ?」

 

「ああ…確かに。修学旅行の記憶が………」

 

「正直あまり思い出したくはないのですが……」

 

 だが、このカラオケボックスを見た陽介たちはどこか微妙な表情をしていた。何故かこの部屋が修学旅行で訪れた辰巳ポートアイランドのクラブで入ったVIPルームに似ているのだ。それで蘇るのはあの修学旅行での苦い思い出。あの場酔いした数名のせいで波乱の王様ゲームに参加させられた、今でも思い出すと頭を抱えたくなるほどの出来事だった。

 

「ん?陽介くんたちどうしたん?」

 

「ガッカリ―…?」

 

「ははは、何でもねえよ。まあ、ここはあの時のクラブじゃないんだし、カラオケぐらいであんなこと起きねえだろ。さて、俺は何歌おっかな~。カラオケなんて久しぶりだし。悠は何歌うんだ?」

 

 心配そうに見るラビリスとマリーにそう気遣いながらも陽介は悪いイメージを振り払ってメニューに目を向ける。若干の不安はあるが、何せ久しぶりのカラオケだ。楽しまなければ損だろう。そう何度も思い込んで陽介はカラオケに集中することにした。

 

「陽介のは入れておいたぞ。【心絵】」

 

「そういうのやめろって!何かどっかから訴えられそうだから!って、ああ!もう始まってる!誰か、マイク貸してくれぇぇ!!」

 

 序盤から陽介のツッコミが炸裂する中、カラオケがスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

~数時間後~

 

 

 

 

 

 

 

「いや~歌ったね~~!」

 

「一回休憩挟んで良かったかも。みんな結構盛り上がってたし」

 

「…はしゃぐのも良いですが、明日は練習ですよ。そのことも考えてもらいたいですが、この場では無粋ですよね……」

 

 数時間全員が一周歌い終わったところで少し休憩。予想外にも盛り上がり、ここはライブ会場なのではないかと思ってしまうほど歌う者もそれを盛り上げる者も熱狂した。その反動で疲れたせいか、各々頼んだドリンクを飲んだり談笑したりして沸き上がった熱を下げていた。

 

「うううう……りせちーの…りせちーの生【True Story】が聞けたわ!」

 

「はい!ファンとして感激です!!」

 

 にこと花陽は憧れのアイドルであるりせちーの生歌を間近で聞けてファンとして感激している。まあライブやイベント、それも会場の最前席でしかできないような貴重な体験をしたので当然と言えば当然だろう。

 

「千枝さんの【chocolate insomnia】良かったですよね~」

 

「そ、そう?」

 

「真姫ちゃんの【ドリームトリガー】も最高だったにゃ!」

 

「べ、別に……普通よ普通」

 

「ラビリスちゃんの【OH MY シュガーフィーリング!!】も最高やったね」

 

「あ、ありがとうな」

 

「マリーちゃんの【恋愛サーキュレーション】も聞き惚れたよ」

 

「それを言ったら絵里ちゃんもだよ。【only my railgun】って歌、心震えたし。初めてとは思えなかった」

 

 ドリンクを飲みながら楽しそうに各々の歌唱力を講評する女子たち。彼女たちが互いに褒め合ったり照れたりする中、陽介は何故か耳を防いでガクガク震えてずくまっていた。

 

「でも、まるでご本人さんみたいな感じでしたが、何だったのでしょう?」

 

「それは多分千枝さんたちが上手だからだよ。もしくは」

 

「ツッコまねえ……俺はツッコまないぞ………」

 

 そう、陽介はツッコまない。例えその歌声がご本人と似ていようとも、それがどこかの誰かが意図的にチョイスしたと分かっていても絶対陽介はツッコミを入れようとはしなかった。

 

 

 

 だが、そんな中悪夢が現在進行形で訪れていた。

 

 

 

「お、おいクマ公。しっかりしろって」

 

「うるさいクマねぇ~。クマはシャキッとしてるクマよ~!んん?……シャキ?シャキシャキ?……………シャキッとシャーキン!なんつって~!ブフー!」

 

「ぶっ、ふははははははははははは!あ~ははははははははははははは!」

 

 脈録もなくフルスロットルで笑い始めるクマと雪子。完二が必死に宥めようとするが暴走列車の如く2人の笑いが止まらない。見ると、2人の顔が酔っぱらったように顔が赤くなっているのが確認できた。それを見た陽介たちは血の気が引いていた。

 

「おいおい、ちょっと待てよ。もしかして、これって……」

 

「なんかクラブみたいな雰囲気だったからまさかとは思ったけど……」

 

「よく見たらソフトドリンクのメニューにノンアルコールカクテルとかあるし……」

 

「ち、違うもん!ノンアルコールカクテルなんて頼んでないもん!完二が勝手に頼んだだけなんだもん!ヒック…」

 

「お前もか!?」

 

 クマと雪子、りせの様子がおかしくなったのをキッカケに周りに緊張が走る。そして特捜隊メンバーの頭に蘇る修学旅行の記憶が過った。μ‘sメンバーも修学旅行のことは聞いてはいたが、そんな場酔いなんてするはずないと高を括っていたので、まさかこんな風になるとは思わなかった。

 

「ま、まさか……ノンアルコールなんだし、こんなので場酔いするわけ……ねえ、悠さん?」

 

「ははは、まさか。そんな訳ないじゃないか。シンデレラおかわり、ストレートで」

 

 完全にアウトだった。悠の目は以前と同じくトロンとしているし、何故かTシャツのボタンを開けて上半身が全開になっている。完全に場酔いモードだ。更に、

 

「ことりもおかわり!ロックで」

 

「こ、ことりちゃん!?どうしたの?顔が赤いよ?」

 

「ええ~?なにほのかちゃ~ん?ことりはよってないよ~~!ヒック…」

 

「この子も!?」

 

 従妹のことりも場酔いモードになっていた。親戚故なのか症状はほぼ悠と同じで顔が赤く目がトロンとなっている。おまけにこの一家には脱ぎ癖があるのか、服がはだけて下着がもろ見えになっていた。これに慌てた穂乃果たちは覗こうとする陽介とクマに蹴りと掌底を喰らわせて沈めた後、ことりの服を正した。すると、

 

「わ~い!お兄ちゃんの腹筋だ~♡」

 

 ことりは今の悠を見るや否や目にもとまらぬ動きで悠の膝へとダイブした。すりすりと兄の膝で甘える妹という何とも微笑ましい光景のはずなのに、今酔っぱらってるこの2人となると何故か危なげなく感じるのは気のせいか。

 

「ごら~そこの愚民!王様は私のものだぞ~!そこをどけ~い!」

 

「ちがうも~ん!おうさまはことりのものなんだも~ん!どうろぼうねこのものじゃないんだも~ん」

 

「にゃんだと~~~~~?」

 

 

ーガシッ!ー

「「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬっ」」

 

 

 そして、ここでことりとりせによる取っ組み合いが勃発。このまま乙女と乙女による乱闘が始まるのかと思ったが、それは違った。

 

 

 

 

「「王様ゲ――――――ム!!」」

 

 

 

 

「「「「ええっ!?」」」」

 

 キャットファイトが始まるかと思いきや、結託してそんなことを宣い始めた。

 

「カンジ!!さっさと割りばし持ってこーーーい!!」

 

「はあ!?何でまた俺が」

 

「王様の命令は絶対よ!いいからさっさともってこ~い!!」

 

「うふふふふふ、それならウチが持ってきたよ~。うふふ、王様の命令は絶対やからね~」

 

「何でアンタが持ってんの!?」

 

 そう鞄から人数分の割りばしを取り出した希も場酔いモードになっていた。用意周到な希にりせとことりは嬉しそうにハイタッチを交わす。いつも悠のことで対立しているこの3人が嘘のように息ピッタリな感じになっていることに周りは唖然とするしかない。

 

「何で王様ゲーム……?カラオケでやるもんじゃ……」

 

「それより…おうさまげーむって何?」

 

「う~ん?うちも知らんなぁ。確か順平くんがあれは悪魔のゲームだって言ってたんは覚えてるんやけどなぁ」

 

 王様ゲームのことを知らないラビリスとマリーは何のことか分からずに首を傾げている。ラビリスは向こうで少なからずあのお手上げ侍から聞いていたようだが、人物が人物なだけに碌なことを聞いてないだろう。

 

「えっと~、王様の割りばしを引いた人が王様で~、王様は~何番に何番をしろーー!って何でも命令できちゃうの~。そうねぇ…例えば~1番が2番にチッスしろ~~~みたいな。全然悪魔のゲームじゃないよ~~~あはははははははは!」

 

「何でも……命令できる?なんでも?」

 

「おい天城!マリーちゃんたちに余計なこと教えんな!つーか、ここで王様ゲームする必要ないだろ!」

 

 雪子の説明に語弊があったので陽介は思わずツッコミを入れてしまった。証拠に"何でも"という部分に反応してマリーの目の色が獲物を目にした獣のモノに変わっている。

 

「大人はこういう時は王様ゲームやるって法律で決まってんのよ~。ヒック……わたし知ってんのよ~。ヒック……μ‘sの打ち上げの時に穂乃果ちゃんたちが王様ゲームにかこつけて悠センパイにいやらしいことしてるの」

 

「してないよ!!そもそも王様ゲームなんてしたことないから!!」

 

「だ~から~!今度こそ合法的にセンパイとチッスしてやる~!王様の命令は違法でも全て合法になるんだから~」

 

 思わぬ濡れ衣を着せた上にとんでもない発言をしたりせ。去年辰巳ポートアイランドで悠に膝枕をしてもらったのにまだ足りないというのか。それに同調するかのように雪子とことりがけらけらと笑いだした。

 

「あはははははは!そ~よね~。王様の命令はぜったいよねえ~!」

 

「そうだそうだ~!たとえきょうだいでもあいさえあればもんだいないのだ~!」

 

「そんなことあるか!違法なもんは違法だろ!!てか、お前ら悠に何する気だ!?」

 

「そうですよ!風紀や悠さんの身の安全のためにもこんなゲームは止めにして」

 

「もう~陽介くんと海未ちゃんは頭が固いなぁ~。そんなんやからいつまでも経っても2人に春が来ないんよ~うふふふ」

 

「「余計なお世話だ(です)!!」」

 

 酔っぱらいたちの暴走を止めようとした陽介と海未だったが、希から思わぬカウンターを喰らってしまった。痛いところを突かれた2人は言葉を詰まらせてしまったが、そんなことは意に返さず王様ゲームは強行された。

 

 

 

「……バカ軍団ですか。この人たち……」

 

「本当、この人たちダメかも…」

 

「わ、私たち…どうなるんだろう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王様ゲ――――――――――ム!!」

 

 

 

「「「Yeahhhhhhhhhhhhh!!」」」

 

 

 

「まず第一回戦~!王様だ~れだ!」

 

 

 りせの掛け声と共に一斉に各々引いた割りばしを見る。

 

 

「うふふ。まずはウチやね」

 

 

「やっべぇのが来た……クマ吉とはまた恐ろしい意味で………」

 

 最初に王様を引いたのは希だった。陽介の言う通り希は要注意だ。もちろん希の狙いは悠と何かすることだろうが、そうじゃなかったとしたらライバルを撃沈させるために何かキツイことを命令するに違いない。

 

「言っとくけど、名前指しはダメよ」

 

「うふふ、心配せんでも分かっとるよ~。そうやねえ~、じゃあ2番の人が8番にキス!」

 

 命令が下されて指定された2番と8番が誰なのかを見渡す一同。すると、

 

「いえーい!クマが2番クマ~~!さあ可愛いベイベーちゃんたち~クマと熱いベーゼを、むちゅ~」

 

「げえええっ!?またクマ公と!?」

 

 結果、2番はクマで8番は完二だった。男同士のキス、それも去年のおかわりという結果になったので周りは開いた口が塞がらなかった。これに流石の完二も慌てて希の方を見る。

 

「と、東條先輩!チェンジ!チェンジを!」

 

「あら~いかんよ完二くん、チェンジなんてウチの人の趣味をとっちゃ~」

 

「いや!それ趣味じゃねえし!!てか、"ウチのひと"って誰だ!?」

 

「そ・れ・に♪王様の命令は絶対やろ♪」

 

「「チッス!チッス!チッス!チッス!」」

 

 もはや完全に逃げ道は塞がれた。だが、それでも諦めまいと何とか策を練ろうとしたが、すでに遅かった。当のクマが命令を遂行しようと急接近していたのだ。

 

「カンジ!やっぱりクマたちはこうなる運命だったのね!」

 

「ハァ!?」

 

「王様の命令じゃしょうがないクマね。じゃあ、クマがカンジに新たな可能性を見せてあ・げ・ちゃ・う♡」

 

「ふ、ふざけんな!こっちくんな!って、ああああああああああああああっ!!」

 

 ものが割れると共に響く完二の断末魔。その後に展開された光景に皆気まずそうな表情で見るしかなかった。具体的にどうなったのかといのはご想像にお任せしよう。

 

 

 

 

――――巽完二 再起不能(リタイア)

――――原因:新たな可能性

 

 

 

 

「よ~し!早速脱落者が出たところで次にいくわよ~~!」

 

「王様ゲームってそういうゲームじゃないでしょ……」

 

「なんかテロップがどっかでみたことあるやつみたいだけど……まあいいや。完二、お前の尊い犠牲は無駄にはしないぜ」

 

「いや!俺死んでないんすけど!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「続いて!第2回戦――!王様だ~れだ!」」

 

 

 りせの掛け声と共に再び一斉に各々引いた割りばしを見る。

 

 

ーカッ!ー

 

 

 瞬間、空中に一本の割りばしがクルクルと回転して打ち上げられた。そして、ある人物が華麗に立ち上がってそれをクールにキャッチした。その人物は……

 

 

「キングだ」

 

 

 やはり王様を引き当てたのはこの男…鳴上悠だった。それが分かった途端、皆の間に再び緊張が走った。普段でも天然が入って予想もつかないことをする悠だが、場酔いモードになればどんなことをするのか計り知れない。

 

「な、鳴上くん……なるべくキツイのは勘弁して」

 

「ダメよ~!チッスの次はチッスよりきわどくないよ~~!くーきよめよ~なるかみ~~!あはははは!」

 

 何とかここは軽いものにしてもらおうと懇願しようとするが、酔っぱらいの横やりが入った。そして、昨年のように"抱きつく"やら"膝枕"やら"時代は肩車"などと場を煽り始めている。やっぱりこの王様ゲームを終了させるためにはこの酔っ払いたちを何とかしなければ終わらないだろう。すると、

 

「……11番」

 

「えっ?」

 

 悠はそう言って袖の下から2つのサイコロを取り出した。そして、それを高らかに上空へ放り投げた。すると、まるで狙ったかのようにテーブルへと落ち、2つのサイコロは並ぶように両方赤い1のマスを上にして止まった。まるでマジシャンのショーを見てるかのような芸当に皆は驚嘆の声を上げた。そんな皆を他所に悠は王としての命令を下した。

 

 

 

「11番が…()()()()

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

「わ、わたし……嘘でしょ………」

 

 11番を引き当てたのは何と絵里だった。正直に言うとあの悠に抱き着くのかと思うと恥ずかしさが爆発しそうで断りたいがそうは行かない。

 

「王様の命令は?」

 

「「ぜったーい!!」」

 

 この酔っ払いたちが逃がしてくれるわけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 当然のようにソファに佇む悠を前に絵里は緊張のあまりに顔を紅潮させていた。王様の命令とはいえあの悠に自ら抱きつくなど緊張して仕方がない。絵里の頭の中はパニックに陥っていた。

 

(どどどどどどどどどどうしよう!!い、一回悠に抱き着いたことあったけど、それは…そう!火星からやってきた生命体に驚いたハプニングみたいなものだったじゃない!それにロシアでは普通にお父さんとかにもやってたし……でもでもでもでもでも、何か恥ずかしい!!)

 

「おお~い!はやくしろ~!あとがつっかえてんのよ~」

 

「「はっぐ!はっぐ!はっぐ!はっぐ!!」」

 

「ちなみに~ハグは最低でも1分以上だよ~これは~決定事項~」

 

 外野からヤジを飛ばす酔っぱらいたち。もう完全にうざがられる上司みたいになっている。周りも気遣ってそんな酔っぱらいたちを注意してくれたが、絵里は腹を決めた。

 

 

「うう~~~~~~ままよ!!」

 

 

 覚悟を決めた絵里はガバッと悠に抱きしめた。絵里の思い切った行動に外野が驚嘆の声を上げる中、絵里は沸き上がる羞恥心を必死に堪えて抱きしめる力を強くしていた。早く終わらないだろうかと思うほど時間が長く感じる。しかしこのまま終わるのは何か勿体ないと思う自分もいる。そんな心の葛藤に苛われていると、

 

「いつもありがとうな、絵里」

 

「ふぇっ!?」

 

 酔った頭で何を思ったのか、悠の方からも絵里を強く抱きしめて頭をポンポンと撫で始めたのだ。もうこれは端からも見たらただのカップルにしか見えず、突然の思いがけない出来事に絵里の脳内は処理速度が追い付かずパンク寸前になる。そして、追い打ちを掛けるかのように悠は耳元にこう囁いた。

 

「これからも頼りにしてるぞ。俺のエリー

 

「あ…あわわわわわわわわっ!あふっ………」

 

 絵里は不意打ちが嬉しすぎて耐え切れず、ついに限界に達したせいかそのままフリーズして近くのソファに倒れこんでしまった。小声で何を言ったのか聞こえなかったが、余程の衝撃だったのか目がぐるぐると回って顔が極限まで紅潮していた。あの絵里をここまでにしてしまうとは、鳴上悠……恐るべし。

 

「おお?やるな~?ウチも~!」

 

 すると、絵里の渾身のハグに何を思ったのか、希が突然脈録もなく悠の後ろから手を回して抱き着いてきた。所謂あすなろ抱きである。それもかなり身体を密着させて周りに見せつけるかのように。

 

「おお~!ラブラブだ~!!カップルだ~!!シュラバだシュラバ~~~!!あはははははは!」

 

「ちょっ!雪子!!あんまり周り煽んないで!!ガチで修羅場になりそうだから!!」

 

 唖然としている空気の中で容赦なく煽りに煽る雪子を窘める千枝。何人かが今の光景に殺気を出しているので千枝の言う通り本当の修羅場になりかねない。現にマリーは掌を若干放電させていた。

 

「エリチ~悠くんをモノにしたいならこれくらい平気でやんなきゃあかんよ~。文月の学園じゃ下ネタキャラやっとったのに、空気読まんと」

 

「何の話!?」

 

 千枝の努力は虚しく当の本人が自ら煽っていた。そうなると、それに対抗する者が居る訳で、

 

「おい、そこの巨乳星人!王様は私のものだぞ~。どけ~い!!」

 

「ああ!のぞみちゃ~ん、ず~る~い!!おにいちゃんのとなりはことりのもの~!」

 

「……そこは私の場所」

 

 希の行動に憤慨したりせとことりは押しのけて悠の両膝、右肩を確保する。りせとことりはそろって甘えるようにスリスリと頬ずりし、マリーも負けじと希よりも更にぎゅっとあすなろ抱きをした。希も一旦押し切られたものの、またマリーとは反対側の方からあすなろ抱きをする。これでハーレム主人公のような男子なら誰もが夢見たことがあるシチュエーションの出来上がりだ。これを見てある者は唖然とし、ある者は鋭い視線を向け、ある者は耐え切れず卒倒してしまった者までいた。

 

 

「悠!毎度毎度お前ばっかずりいぞ!!」

 

「き、キングだからな」

 

 

 4人の女子に囲まれて満更でもなさそうにメガネをくいっと上げた悠であった。

 

 

 

 

――――絢瀬絵里 再起不能(リタイア)

――――原因:想い人からの甘い抱擁と言霊

 

 

 

 

 この後も地獄の王様ゲームは続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3回戦

 

「あっ、王様」

 

 次に王様を引き当てたのはマリーだった。この人物も今までと同様どんな命令が飛び出すのか分からないので周りを固唾を飲んでマリーの命令を待った。

 

「じゃあ、悠が私に抱き着く」

 

「ダメに決まってるでしょ!!名指しはだめ!!」

 

「…チッ………じゃあ、4番と12番ががこの歌を全力で歌う」

 

「今この子舌打ちしなかった?」

 

「ちょっ!僕が12番ですか!?」

 

「4番って私じゃない!しかもこの曲って」

 

 そして、王様(マリー)が4番(にこ)と12番(直斗)に指定した曲は【魔女探偵ラブリーン】の歌だった。

 

 

 

 

「「素行調査は弊社にお任せ♪魔女探偵ラブリーン☆」」

 

『キラッと登場!』

 

 

 

「「「おおおおおおおおおおっ!!」」」

 

 

 王の命令で全力で歌えというので、店にあったラブリーンの衣装を借りて歌い切った直斗とにこ。2人のパフォーマンスに皆は思わず拍手した。

 

「はあ……やっぱり歌も上手くいかないですね。普段から練習しているだけあって矢澤先輩はとても上手でしたよ。それに、こんな衣装まで用意して頂いて」

 

「…………………」

 

 己の未熟さを痛感しながらそうにこを褒めちぎった直斗だったが、肝心のにこの方は釈然としなかった。というか気づいてしまった。皆の視線が直斗の測り間違いとしか言いようがないあの胸に行っていることを。見れば絵里や希ほどの大きさはありそうだし、自分もそう思う。現に完二なんかはそんな直斗を見て鼻血が出たのか、必死に鼻を抑えていた。それに比べて自分は………何故こうも違うのか。歳はこっちが一コ上のはずなのに何故……

 

「や、矢澤先輩、どうしたんですか?」

 

「…………どうせ私はまな板よ。子供体型よ………(バタンッ)」

 

「矢澤先輩!?」

 

 

 

 

――――矢澤にこ 再起不能(リタイア)

――――原因:格差社会による絶望

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4回戦

 

「あ、王様や。じゃあ、3番が9番を肩車してみようか」

 

「…3番だ」

 

「えええっ!ゆゆゆゆ悠さんと~~~!」

 

 王様(ラビリス)の命により、3番(悠)が9番(穂乃果)を肩車する結果に。穂乃果はしどろもどろになりながらも悠の肩に乗った。だが、この後穂乃果は後悔した。今日の服装の下をスカートにしたことを。

 

 

 

「ゆ…悠さん……重くない?」

 

「…問題ない。平気だ」

 

「へ、平気!?平気ってことはやっぱり重いんだ!!それって穂乃果が太ってるってことだよね!?で、でもこれ脂肪じゃなくて筋肉だから!海未ちゃんの練習がきつくて筋肉ついただけだから!!」

 

「ちょっ、バランスが……うわっ!」

 

「きゃあっ!」

 

 変な言い訳をして暴れた故か悠と穂乃果はバランスを崩して倒れてしまった。幸いけがはなさそうだが、その倒れた体勢に皆は驚愕した。何故なら見てみると穂乃果のスカートの中に悠の顔が入っているというラブコメにありがちなシチュエーションになっていたからだ。

 

「あっ、くまさんが目の前に……」

 

「だだだだだ、ダレカタスケテ―――――!!」

 

 

 

 

――――高坂穂乃果 再起不能(リタイア)

――――原因:憧れの人にパンツを見られた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第5回戦

 

「やった~!おうさまだ~~~!クイーンだ~~~!!キングがクイーンにキス!」

 

「だからそう言うのダメだって!!」

 

「むうっ!……じゃあ、1ばんが12ばんにおにいちゃんだいすきって、あいのこくはくをする~!」

 

 思い通りに行かなかったことに不満を抱きながらも渋々と命令を出す王様(ことり)。すると、

 

「や、やったぜ!!俺が1番だっ!!やったああああああっ!!さあ12番はだれだ!?」

 

「「「うわあ………」」」

 

 なんと1番を引き当てたのは運の無さに定評のある陽介だった。陽介のあまりの歓喜っぷりに周りの女子たちはドン引きしたように憐みの視線を向けるが、当人は突如訪れた幸運に目が眩んでそんなものは気にしなかった。

 それに、ここには女子は自分たち男子の倍以上占めているのでどれだけ不幸体質だろうともかなりの確率で女子に当たるはず。これは勝ちだ。ついに自分にも運が回ってきたのだ。そう思って意気揚々とする陽介は自分に告白するという12番を探していると、肩にポンと手を置かれた。

 

 

「……俺っス…」

 

 

 それは完二だった。ある意味確率の低い最悪のミラクルを起こしてしまった。

 

「いやだああああああああ!!チェンジだチェンジ!!こんなんトラウマ確定もんだろ!?」

 

「花村うるさい。てか、王様の命令は絶対じゃなかったっけ?」

 

「そうだそうだ!おにいちゃんじゃないのはざんねんだけど、おうさまのめいれいはぜったーい!!」

 

「陽介さん、諦めましょう」

 

 必死に助けを請う陽介だったが冷たく見放されてしまった。そうこうしているうちに諦めて王様の命令を実行しようと覚悟を決めた目をした完二がジリジリと近づいていく。

 

「……花村先輩、行くっすよ………」

 

「お、おい!やめろ完二!!こんなの……絶対」

 

 

 

 

「お兄ちゃん!大好きっすうううううううううううううううう!!」

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

――――花村陽介 再起不能(リタイア)

――――原因:漢からの熱い告白

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後もこの悪魔のゲームは更に被害を出していた。戦いが戦いを生み、様々な犠牲者を出していき、もはやこのカラオケボックスはカオスと化していた。こんな死屍累々とした状況の中でも戦いは続いていく。自分たちがいい思いをするまで終わらないという身勝手な欲望が酔っぱらいたちを駆り立てていた。

 

「次行くわよ~!王様だ~れだ!!」

 

 何度目か分からないコールがまた響き渡る。もはや神に祈るしかないこの状況の中、その祈りは通じこの戦いを終わらせる者が現れた。

 

 

 

 

 

 

うふふふ……もうおふざけはこれまでです……

 

 

 

 

 

 

 王様を引き当てたのは海未。祈りが通じたのは神は神でも邪神だった。証拠に疲れているのか、海未の背後に重油のようなうねうねとした黒い影のようなものが見え、暗く不気味なオルガンのような音色が幻聴として聞こえる気がする。そんな不気味な迫力にまるで水を打ったかのように周りが静寂に包まれた。そして、海未はこの戦いを終わらせる最後の命令を下した。

 

 

 

「王の名において命じます……明日は練習5()()です!!」

 

 

 

「「「「なっ!!」」」」

 

 

 これにはこの場にいる全員が絶句した。今の練習はあの体力ある悠や完二、千枝でさえ倒れてしまうくらいキツイのに、その5倍となったらもう地獄でしかない。しかし、これに抗うことは出来なかった。何故なら……

 

 

「なお、これに逆らった者は更に倍にします。うふふふふ、逃げても無駄ですよ。だって何度も言ってたじゃないですか。王様の命令は……?」

 

 

「「「「「絶対……」」」」」

 

 

 海未による地獄が決定した瞬間、まるで停電が起こったかのようにその場にいる全員の目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

――――特捜隊&μ‘s 再起不能(リタイア)

――――原因:明日への絶望

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてカラオケボックスでの王様ゲームは幕を閉じた。何人が犠牲になり一部の者が役得した無益な戦いはこれで終わった。ちょうど店側から終了時間の電話がかかったので、明日の練習を憂鬱に思いながら陽介たちは支払いを済ませて帰宅したのであった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、王様(海未)の命令はもちろん実行され、特捜隊&μ‘sは数日筋肉痛に悩まされたとかないとか。これを受けて、皆は思った。

 

 

 

 

 

 

"もう王様ゲームなんてしない"

 

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next #69「Sneaking in LOVELIVE.」


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#69「Sneaking in KANAMIN KITCHEN.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

最近友人の勧めでバンドリやかぐや様のラジオを聞き始めました。高校の時の文化祭でラジオ番組企画をやったことがありますが、ああいう風に聞いているだけで人を笑わせられる人たちって凄いと思いました。自分もこれくらい人を笑わせられたり、興奮させたりできたら………と高校時代の黒歴史を思い出したながら聞く毎日です。

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・高評価を付けて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

最近2週間に一回という更新ペースでありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

本編をどうぞ!


…………………………

 

 

 

 

 

―――――ヒルガオは咲かない。こんなに願っているのに

 

 

 

 

 

 ふと誰かの声が耳に入ってきた。見ると、そこは自室でもなくベルベットルームでもない、真っ白に包まれた知らない空間に立っていた。

 

 いや、少し語弊がある。

 

 今まで見たことがないまるでどこかのスタジオの楽屋のような場所だった。

 

 感覚からしてここが現実ではないのは認識していた。

 

 そもそもあのベルベットルームにしろ、あんな光景が現実に存在するわけないのだから。

 

 しかし、それはそれとして一体ここは……?

 

 

『子供ころから思ってた。自分の歌声で世界中の人までとはいかないけど、聞いてくれた人に"ガンバレ"って歌で伝えられるようになりたいと思ってた。そのために、今まで必死に頑張った。どんなに辛いことがあってもあの人となら乗り越えて行けた』

 

 

 誰かいる。

 

 声から女性なのは分かるが、いくら周りを見渡してもそれらしき姿は見当たらない。

 

 それに、この声……どこか切羽詰まっているように聞こえる。

 

 

だが、もう遅い。私は間違えた。私が伝えたいのは本当の言葉。でもそれは、決して伝わることのない言葉。全部私のせい、あの人が悪いわけじゃない

 

 

 その声は段々絶望に浸るように暗くなっていく。

 

 そのせいかこの空間の色が真っ白だったのが、どんどん灰色に染まっていった。

 

 一体何が起こったのか、そんな疑問を他所に女の声は負の言葉を紡ぎ続けていく。

 

 

絆が欲しい、みんなの心を繋ぎ止めたい。だけどもう遅い、今更どうすることも出来ない。私はもう既に理想とは遥か遠い場所へと至ってしまったのだから……

 

 

 声がそう言い放った途端、視界が鈍色となり、身体が濁流に飲まれたかのような感覚に襲われた。

 

 荒々しい奔流に巻き込まれたかのように意識がシェイクされて段々薄れていく。

 

 

 

 

 

 

さようなら。お気に入りの作品の言葉を借りるなら……理想を抱いて溺死しよう

 

 

 

 

 

 

 最後にそんな言葉が聞こえたと思うと、同時に何かが壊れる音がしてその空間は真っ暗になった。

 

 

 まるで世界が終わったかのように静寂に包まれて、意識も溺れるように薄くなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、突如視界に一筋の光が映り、そこに縋りつくかのように必死に手を伸ばして何かを掴み取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めるといつものリムジンの車内を模した群青色の空間にいた。どうしたのかと思ったが、いつの間にかベルベットルームに辿り着いたらしい。周りを見渡してみると、自分の以外の人の気配のなく厳かな静寂がこの場を包んでいたので、あの住人たちはまだ休暇中なのだろう。しかし、今手に掴んだのは何だったのだろうかと見てみると、一枚の便せんだった。もしやと思って開いてみると、こんなことが記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ブラッディ・ブライド』

 

 

アンタに似合いの女?

ばか言わないで(嗤)

 

このベールは 誰にも剥がさせない!

 

タトエ コノ身ヲ捧ゲテモ…

魂ダケハ 売リ渡サナイ…

 

カン違いしないでよ これは契約

私は運命に翻弄された 呪われた花嫁

 

アンタに永遠を

呪いのー刻印ーを

 

It`s Guilty Kiss…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………」

 

 

 もしかして、これはマリーが書いたポエムなのだろうか。相変わらずの内容に唖然としつつもマジマジと便せんを見ていると、

 

 

「のわあああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 どこからか奇声が聞こえ、突然視界に顔を真っ赤にしたマリーが現れて自分の手から便せんをひったくった。もはやお決まりと言っても良い登場である。

 

 

「ななな何で読んじゃうの!?てゆーか、何でまた落ちてんの!?」

 

 

 いつも通り顔を赤くして慌ててそう捲し立てるマリー。段々この様子を可愛らしいと思えてきた自分がいる。

 

「……ばかきらいさいていとわにのろわれろ!!全部勘違いだから!!」

 

「ううう………何でまた落ちてるんだろう……ちゃんとしまったはずなのに…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは」

 

 気が付くと、悠はどこかの喫茶店のとあるテーブルにうつ伏せになっていた。見ると手には一つのコーヒーカップが握られていた。すると、

 

「ほう…ウチのコーヒーを飲んで僅かな時間で帰ってくるとは……成長したな、坊主」

 

 この店の店主らしいなんかシティーハンターに出てきそうなスキンヘッドにサングラスをかけたこわもての男性が感心したようにそう語る。そんな光景に見て悠は今どんな状況に置かれていたのかを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 あの悪夢の王様ゲームから一週間。久々の休日となった今日、悠はまた沖奈市にやってきた。以前りせの悩みのことで相談に乗ってもらったお礼という名目でことりと映画を見に来たのだ。ことり本人は少し完二に教えてもらいたいことがあるから少し遅れるとのことだったので、悠は時間潰しに沖奈市をブラブラしていた。ちなみに他の皆はジュネスのバイトや旅館の手伝い、受験勉強などそれぞれ過ごすことにしているらしい。そんな中で自分だけがここでブラブラしているのは些か痛まれないが、偶にはこんな日があってもいいだろう。

 

 

 閑話休題

 

 

 それで、沖奈駅周辺を散策していると、偶々目に入ったシャガールという行きつけの喫茶店が目に入ったので、寄ってみることにした。店に入るとここの店主【無門】は自分のことを覚えていたらしく、またμ‘sのマネージャーとして活躍していることも何故か知っていたので、特別に特製ブレンドコーヒーを一杯奢ると言われたのでご相伴に預かった。

 無門の淹れてくれたコーヒーはいつもと変わらず、澄み切っていた。そう関心してコーヒーを口にした途端、意識が朦朧とする壮絶な味わいが口に広がり、そのまま気絶してしまったのだ。それでさっきの夢を見てしまったのだろう。

 

「フッ…そんな落ち込むことはねえさ。前にも言ったが、人間ってのはな、急がなくてもいつか大人になっちまうんだぜ」

 

 気絶してしまったことに落ち込んでいると思ったのか、店主の無門が励ましのつもりなのかそんな言葉を掛けてくれた。励ましになっているのか分からなかったが、とりあえず曖昧に首を縦に振った。

 

「約束の時間だろ。まあ、またウチのコーヒーでも飲みに来な。坊主には特別に半額にしてやるからよ」

 

 無門とそんなやり取りを交わした悠は店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャガールを出て時計を見てみると、約束の時間まで少し時間があった。携帯をチェックしていると電車が車両不良で遅れるとことりからメールがあったのを確認した。さて、次はどう時間を潰そうかと歩いていると、

 

「うにゃあああ!中々取れないにゃああああ!」

 

「り、凛ちゃん落ち着いて!次はきっと取れるから」

 

 見ると、今日行く予定の映画館近くにあるクレーンゲームに凛と花陽が熱中しているのを見た。どうやら2人も息抜きでこの街に来ていたらしい。ヒートアップしている凛を宥めるのにも限界が来ているのか、焦っている花陽が少し大変そうだったので2人に声を掛けることにした。

 

「凛たちも映画を見に来たのか?」

 

「「あっ!悠さん!」」

 

 この男の声はすんなりと聞こえるのか、花陽と凛はすぐに悠に気づいて一目散に駆け寄ってきた。

 

「悠さん!聞いてよ!!あのジャックフロスト人形が全然取れないにゃ!!凛、こんなに頑張ってるのに!!」

 

 地団駄を踏んでいることからどうやらよほど苦戦しているらしい。まあ確かにジャックフロスト人形は頭の帽子の部分が引っかかってバランスが悪く、中々取るのが難しい品物だ。

 

「はあ…何でジャックフロスト人形は取れないのに、これしか取れなかったんだろう」

 

「えっ?」

 

 なんとジャックフロスト人形以外のものはゲットしていたらしい。そこで凛が袋から取り出して見せてきたのは……

 

「ど、土偶……」

 

 土偶と言っても何故か全体が青銅色で女の子が持つには少し大きい。何故クレーンゲームにこういう景品が置かれていたこと自体がおかしい。それはそれとしてもこんなのを取れた凛もすごいと思う。

 

「足の裏にアキハバラって書いてあったんですけど、秋葉原にこんなものあったかな?」

 

 何故かこの土偶の形と雰囲気から以前使役していたペルソナ【アラハバキ】を連想したのだが……まさかアナグラム?偶然だろうか。しかし、クレーンゲームをやって成果が重たい土偶だけというのは可哀想だ。

 

「……ちょっと待ってろ」

 

 悠は2人にそう言うと、すぐさま財布を取り出してクレーンゲームに向き合った。

 

 

 

 

~数分後~

 

 

 

 

「すごーい!一発でジャックフロスト人形2体ゲットしたにゃ!」

 

「わあっ!」

 

 悠はすぐに目当てのジャックフロスト人形をゲットした。まあこの手のゲームは得意だったし、この土偶に比べたら簡単なものだ。

 

「これと土偶を交換だな」

 

「ええ!?いいんですか?しかも私の分まで……」

 

「いいんだよ。ほら」

 

 花陽と凛は少し申し訳なさそうな表情でジャックフロスト人形を受け取ったが、ジャックフロスト人形が手元にあるのを見て次第に嬉しそうな表情になる。2人の笑顔を見てどこか心が洗われた気持ちになってフロスト人形を取って良かったと実感した。やはり、女の子は笑顔が一番だ。

 

「ところで、悠さんはどうしてここに?」

 

「ああ…実はことりと」

 

 

 

「おおい!ナルやーん!!」

 

 

 

 どこか自分を呼ぶ声がしたので振り返ってみると、近くの駐車場に停まっているハイエースの窓からこちらに手を振っている女性がいた。そこにいたのは……

 

「ネコさん!?どうしてここに?」

 

 秋葉原でことりと悠がバイトしている人気メイド喫茶【コペンハーゲン】の店長である蛍塚音子さん…通称ネコさんがそこにいた。ここではまず出会わないであろうと人物との遭遇に悠たちは驚いてしまったが、ネコさんはそんな素振りはなくいつも通りの朗らかな調子だった。

 

「いや~、店が落ち着いたからちょっと前住んでたところに遊びに行っててさ。ちょうど帰ろうとしてた途中で偶々ナルやんたちを見つけたってわけ。そういやナルやんの実家ってここらへんだっけ?」

 

「いえ、実家じゃなくて親戚がいるところなんですけど」

 

「ああ、ナルやんのお袋さんの実家だったか。なら、あのブラコンも付いてきてる訳だよね?」

 

「え、ええ……」

 

 このようにいつも通りのやり取りをしているが、重ねて秋葉原でしか会わないネコさんにこんなところで会うとは思わなかった。曖昧に返事をしてしまったが、ネコさんの言うブラコンとはことりのことだろうか、それとも叔母の雛乃の方だろうか。

 

「ところで、そのナルやんが持ってるのってなに?何か土偶みたいに見えるけど」

 

「ええっと。何か凛がクレーンゲームで取ったものなんですけど。アキハバラ土偶」

 

「アキハバラ土偶?こんなもの、秋葉原にあったっけ?」

 

「正確には…アラハバキって言うと思うんですけど…」

 

「はあ~、世の中色々あるもんだねえ」

 

 悠はしどろもどろにそう言うが、ネコさんはアキハバラ土偶をまじまじと見始めた。

 

「ふ~ん……これをあの虎の土産にやったら、面白そうだね。なんとなくそれっぽいし、あいつなら現代の文字があるなんてオーパーツとか言って騒ぎそうだし………」

 

 何故かネコさんが黒い笑みを浮かべてブツブツ言いだした。何かいたずらを企む子供のような表情になっているが、何を考えているのだろうか。

 

「ナルやん、それアタシにくれない?」

 

「えっ?…」

 

「えええっ!?この土偶ですか!!」

 

 なんとあろうことか、ネコさんがこの使い道がなさそうなアキハバラ人形を要求してきた。これには花陽と凛だけでなく流石の悠も驚きを隠せなかった。

 

「いや~、何かそれにビビッて来るもんがあるって思ってね。まあ、タダでなんて言わないよ。商売やってる身でそういうのは良くないからさ、ちゃーんとそれ相応のものを出すからさ」

 

「「「???」」」

 

 そう言ったネコさんは助手席にポンと置いていた鞄から数枚のチケットを取り出して悠たちに渡した。

 

「これ……何かのチケットか?」

 

「ええっと……かな……き…う~ん、英語で書いててよく分かんないにゃ」

 

「凛、もっと勉強しような。これは……【KANAMIN KITCHEN SPECIAL LIVE】……えっ?」

 

「えええええええええっ!?"かなみんキッチン"スペシャルライブのチケット!?わ、私が応募しても取れなかったライブのチケットが何で……」

 

 なんとネコさんがアキハバラ人形と引き換えにくれたのは、なんと絆フェスで共演するとかなみんキッチンの特別ライブのチケットだった。あまりのことに状況が読み込めないのか、身体を震わせて口をパクパクさせていた。

 

「ああ、昨日知り合いからもらったやつでね。アタシそういうの興味ないからどうしたもんかと思ってたけど、アンタたちにあげるよ」

 

「いいいいいいいんですか!?ありがとうございますううううっ!!」

 

 腰を手を当ててドンとそんなことを言うネコさん。そんな花陽には神様に見えたのか、号泣しながら何度も頭を下げた。そんなに嬉しいのかと思ってしまったが、落選してしまったライブに突然行けることになったらどんな感情になるのかと言われれば、分からないことはない。

 

「でもかよちん、このライブの日付は今日になってるよ。会場も少し遠いし、今からじゃ無理じゃないかにゃ?」

 

「えっ?」

 

 確かに凛の言う通り、チケットに記載されている日付は今日になっている。更に会場はここからでは少し遠い競技場だ。沖奈駅からも行けないことはないが、今から電車で行くとなるとライブ開始には間に合わない。それを悟った花陽は先ほどの幸せそうな表情から一変して天国から落ちたかのように落ち込んでしまった。しかし、そんな彼女に救いの手が差し伸べられた。

 

「ん?確か開始は午後からで会場はここから少し近いんでしょ?そんなの今から行けば車で行けば間に合うさ。電車じゃ乗り換えが発生するし混んでるから、あたしが送っていくよ」

 

「「えっ?」」

 

「ええええええええっ!!良いんですか!?」

 

「良いから良いから。これも日頃のお礼だと思って、乗った乗った」

 

 突然の提案に困惑する悠たちを強引に自車に乗せて勢いよく車を発進させたネコさん。まさかこの土偶一つでここまでしてくれるとは。実はこの人、最初からこうするつもりだったのではないかと思うくらいの手際の良さに悠は思わず舌を巻いてしまった。

 

 

 ことりには済まないが、今日は一緒に映画に行けそうにないと後で謝っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほほう!やっと来たクマねぇ~。やっぱりここは大きな建物が多くてワクワクするクマ。およ~、あれはセンセイ?それにハナちゃんとリンちゃんまで。んん?あれは………はっ!?」

 

「おいこらクマ吉!1人だけでウロウロするなっての!迷子になっちまったらどうするんだよ!」

 

「あら?陽介くんたちも一緒やったんやね」

 

「希ちゃんとことりちゃん?どうしてここに?」

 

「いや、せっかくお兄ちゃんとの映画だったのに希ちゃんが勝手についてきて」

 

「た、大変クマよ~~~!!センセイたちが誘拐されたクマ~~~~!!」

 

「「「えっ?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<【KANAMIN KITCHEN SPECIAL LIVE】会場>

 

「すっごい人……」

 

「流石…人気アイドルのライブ会場だな……」

 

 ネコさんの運転に揺られて数時間後、チケットに記されていたかなみんキッチンのライブ会場へとやってきた。やはり人気のアイドルグループ故か会場はたくさんの人でごった返していた。あまりの人ごみにはぐれそうになりつつあったが、何とか会場に入れた。

 ちなみにここまで送ってくれたネコさんはそのまま帰りの電車賃や何故か持っていたペンライトなどを悠たちに持たせて帰ってしまった。

 今更だが、謎の広い人脈といい、ここまでの手際と言いあのネコさんは色々と謎過ぎる。父の交友関係にある人たちは全部謎な人物ばかりなのではないかと思ってしまった。

 

「うううう…ファンとしてはこう…グッズとか買っていきたかったんですけど……手持ちが……」

 

「まあ、いいじゃないか。ネコさんがくれたペンライトで十分だ」

 

 正直こんな花陽のためにもいくつかグッズは買ってあげたかったが、各メンバーの団扇や法被など結構な額が値札に書かれており、今の悠の手持ちではどれも買えなかった。無理して買おうとしたならば、帰りの電車賃がなくなってしまう……

 

 すると、

 

 

 

ワアアァァァァァァ!

 

 

 

 明るかった会場が暗くなり、無人だったステージに数々の照明が集中する。その瞬間、一気に会場のボルテージが上昇し周囲が熱気に包まれた。

 

「きゃあああああああっ!来ました!!かなみんキッチンの皆さんです!」

 

 傍に居た花陽が今までにないくらい発狂したところを見ると、ステージには揃いの衣装に身を包んだ少女たちが登場していた。あれが花陽の憧れのアイドルであり、りせの後輩ポジションと噂されているかなみんキッチンのメンバーらしい。

 

『は~い♡クセはあるけど、食べたらヤミツキ、あなたの雌羊【左山ともえ】です。いっぱいサービスしちゃうわね、ウフフ♡』

 

 まず自己紹介を始めたのは少し大人っぽい雰囲気を持った女性だった。何と言うか、希と少し違った感じだと思った悠は思わず良いなあと思ってしまった。

 

『やほー!いつでも一番、出汁なら二番、骨の髄までふわふわ雌鳥【上杉たまみ】です!今日は私の歌に一番に聞き惚れなさい!!』

 

 次は見るからに活発そうな女の子だ。しかし、声も姿もどこかことりに似ている。そう思った悠は"ことり、お客さんに失礼だろ"と注意しに行きそうになって、慌てた花陽と凛に止められる形で叩かれた。

 

『わーい!どこもプニプニ、毎日ころころ、みんなの子豚ちゃん【右島すもも】だよー!みんな~!今日はすももと一緒に遊ぼうねぇ!』

 

 その次はロリっぽい少女だ。何と言うか一体幾つなのか、気にはなったが身内に同じような人物がいるのを思い出したのでそっとしておいた。その時、妙に悪寒を感じたのは気のせいだと思いたい。

 

『逞しくそして美しく、君をさらって駆け抜ける、優しき駿馬【中原のぞみ】です。今日は僕たちと一緒に素敵な時間を過ごしましょう!』

 

 ロリっ子の次は如何にも宝○に所属していそうな美少年と見間違えてしまう爽やかな女性だ。率直に言うと、ここまでのメンバー全員のキャラが濃すぎだ。ただ得さえことりに似ている人物がいるだけでお腹いっぱいなのに、これでもかというくらいの勢いに頭がクラッとなりそうになった。すると、

 

 

 

ワアアァァァァァァ!

 

 

 

 最後のメンバーにスポットライトが当てられた瞬間、会場の熱が更に上がった。

 

 

『どうも!お肉は霜降り、動きはゆっくり、食べたら寝べし!のおっきな牛さん、【真下かなみ】です!今日はよろしくお願いですです!』

 

 

 そんな自己紹介で彼女たちのセンターに立ち、とびっきりの笑顔を見せたレストランのウエイトレス風の衣装に身を包んだ少女。彼女がりせが以前言っていた真下かなみのようだ。華々しいオーラで周囲にで魅力的な笑顔をふりまく姿にどことなく応援したくなってしまう。それに、思わず注目してしまうのは、あの胸……特捜隊&μ‘s最強と言われる希や直斗より大きいのではなかろうか。

 

 

(あれ……?)

 

 

 だが、それよりも悠が直感的に彼女から感じたの既視感だった。あの少女、どこかで会った気がする。会ったというよりも彼女の声を最近どこかで聞いた覚えがある。しかし、それはテレビで彼女の声を聞いたからではないかと言われればそうなのかもしれない。だが、そんなことで片付けられない何かがある気がするのだが、それが何なのかが思い出せない。

 

 そんな悠の疑問は解消される間もなく、メンバーの自己紹介が終わって少しのトークが終わった後、ライブが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長いようで短い一時が経ち、興奮も冷めぬままライブは終了した。

 

「すっごかったです~~!!」

 

「かよちんの言う通り、楽しかったにゃ!」

 

 花陽はライブに滅入って感動の涙を流していた。突然のこととはいえ、大好きなアイドルのライブに参加できたことはとても嬉しかったらしい。

 

「ああ、やっぱり生の音楽は良いものだな」

 

 それは悠も同じだった。悠にとって聞く側のライブは4月のA-RISEのライブ以来だったが、やはりそれなりに違う。機械越しではない直接耳に届く生の音というのはこんなにも違うものなのかというくらい高揚感に包まれ、まるで別世界にいるのではないかと思うくらい興奮した。

 

 

「いや~本当に楽しかった~~!」

「かなみん最高!」

「絶対絆フェスいかなきゃ!」

「あっ!この動画だよね」

「ああ!噂のやつね」

 

 

「千聖ちゃん!私たちも負けられないね!」

「そうね。絆フェスまで時間がないけど、出来るだけのことをやりましょう」

「修行ですね!レッツブシドー!頑張りましょう!」

「あれ?日菜さん、どうしたんですか?」

「いや~、さっきルルン♪ってくる人を見かけてさ。髪がアッシュグレイのルンッとした人なんだけど、お姉ちゃんに紹介したいなぁ」

 

 

 

 周りの人の反応に耳を澄ましてみると、そんな声が聞こえてきた。中に不穏なことをいう人も混じっていたがそっとしておこう。アッシュグレイの髪なんてどこにでもいるし、自分を指している訳ではないだろう。隣にいる花陽が微妙な表情でこちらをみているが、気にしない。それに、噂の動画とは……

 

「悠さん、どうしたのかにゃ?何か微妙そうな顔をしているにゃ」

 

 あまりに考え事をしていると、凛から心配そうにそう声を掛けられた。どうやら考えすぎて眉間に皴が寄ってしまったらしい。

 

「いや……改めて思い知ったと思って……俺たちが、一ヶ月後にあんな人たちと絆フェスに出ることになるって」

 

 その悠の何気ない言葉に花陽は思い出したかのようにハッとなった。

 

「そ、そういえば……私たち、一ヶ月後にあのかなみんキッチンと絆フェスで共演するんですよね…………」

 

「…………………………」

 

 楽しいライブではあったが、悠の言う通り改めて思い知らされた。彼女たちのパフォーマンスは自分たちのモノとは格が違った。洗練されたステップにダンス、そして思わず聞き入ってしまう歌声。こっちはスクールアイドルであっちはプロということもあるが、それを差し引いても実力の差は歴然だった。

 まるで自分たちは井の中の蛙だと思い知らされたように落ち込んでしまった花陽。思わず呟いてしまったこととはいえ、モチベーションが下がることを言ってしまった。何とかフォローしなくてはと思ったその時、

 

 

「そんなの関係ないにゃ!!」

 

 

 しかし凛は違ったのか、その不安を打ち砕くように叫んだ。

 

「凛?」

 

「凛ちゃん?」

 

「凛たちだって負けてないにゃ!絵里ちゃんやりせちゃんの練習だって頑張ってるし、課題曲だってしっかり踊れてるにゃ!それに、まだ絆フェスまで一ヶ月あるんだよ!まだまだ間に合うよ!凛たちなら絶対大丈夫にゃ!!だから、そんなに弱気にならないで!2人とも!!」

 

 凛の言葉がストレートに悠と花陽の心に響いて来る。そうだ、()()()()()()()()。かなみんキッチンの圧倒的なパフォーマンスを目のあたりにして弱気になってしまって忘れていたが、まだ絆フェスは始まっていない。実力が足りないのならこれからそれを糧にして頑張ればいい。そんな簡単なことを忘れていたとは、自分もまだまだだ。

 

「……そうだな。凛の言う通り、俺たちなら出来る。今までどんなことがあっても、そうだったからな。ありがとう、凛」

 

「ありがとう、凛ちゃん。私も明日から頑張れそうだよ」

 

「えへへ~♪やっぱり悠さんとかよちんに褒められるのは嬉しいにゃ!」

 

 2人にお礼を言われて嬉しそうにはにかむ凛。穂乃果とにこと3人で活発ガールズと称されるだけあって、普段天然で抜けているところがあるとはいえ、ここぞという時は大事なところに気づかせてくれる。

 

「さあ、帰ろう。すっかり遅くなったからな」

 

「はい!何だかんだで良い休日になりましたね」

 

「ただクレーンゲームしてただけなのに、濃い一日だったにゃ」

 

 突然のこととはいえ、絆フェスで共演するかなみんキッチンを見れて良かったと思う。帰ったら穂乃果たちにも報告して練習の糧にしよう。そんなことを思いながら、悠たちは帰ろうと近くの駅に向かおうと歩みを進める。その時、

 

 

 

 

 

「おおおおおい!見つけたぞ!悠!!」

「鳴上く―――ん!!」

「悠さ――――ん!!」

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 遠くから仲間たちの声が聞こえてきた。一体何事かと思って振り向いてみると、陽介と穂乃果たち特捜隊&μ‘s全員が焦った顔で走ってくるのが見えたので悠たちは仰天した。ライブが終わって人が皆駅に向かうのに対して、反対方向に全力疾走で駆ける少年少女たちに周りはこちらに注目している。

 

「えっ?えええええっ!?」

 

「陽介っ!穂乃果にことりたちも、一体…?ぐおっ!……の、希?」

 

「良かった……悠くん……」

 

 突然衆人環視の中で女子に抱きつかれる男に周りはどよめいた。更に、その女子……希をを引き剥がそうとすることりやにこたちの姿も出てきて、もしや修羅場かと思い始めたのかワラワラと野次馬が集まってきた。

 

「お兄ちゃん!?大丈夫だった?酷いことにされなかった?」

 

「えっ?」

 

「流石悠さん!花陽ちゃんと凛ちゃんと一緒に逃げてきたんだね!」

 

「おいおい、ここってライブ会場だぞ。やけに人が多いと思ったらそういうことか」

 

「なるほど、ライブ会場という人がたくさん行きかう場所を選びましたか。犯人も考えましたね」

 

「えっ?犯人?」

 

「ええ、早くそいつを見つけ出しましょう」

 

「もしかして、この人ごみを利用して逃げたんじゃない?だったら、今もどこかで私たちを狙って」

 

「かなみたちも狙われてるかもしれないし、早く井上さんに伝えないと」

 

 いきなり現れたと思いきや、何か物騒な言葉をオンパレードに並べる穂乃果たち。何かここに自分たちがいるのが分かったのは風花が関係しているらしいが、一体全体何が起こっているの全く分からなかった。

 

「みんな、待て。ひとまず落ち着け」

 

 もうすでに手遅れだと思うが、とりあえず暴走する陽介たちを落ち着けさせる。先ほどの力強い抱擁や"誘拐"やら"犯人"やらと単語が行きかって周りの人が勘違いしてこちらに注目しているが、深く考えないでおこう。

 

 

「ね、ねえ!あの人ってもしかして、りせ先輩じゃない!?」

「た、確かに…何で久慈川さんがこんなところに?」

「あっ!あの人さっきルルン♪ってきた人だ。混ざってこよう」

「ダメっすよ!日菜さん!少しは空気読んでください!!何かあの人たちヤバそうですよ!!」

 

 

 深く考えないでおこう……。それよりも

 

「一体どうしたんだ?こんなとこまで」

 

「そうだにゃ。凛たち今日ここにいることなんて言ってないのに」

 

「何かあったんですか?」

 

 思考を切り替えて悠と花陽は改めて陽介たちにそう問うと、逆にそっちこそ何を言ってるんだ的な目で質問を返してきた。

 

「何って、お前らを助けにきたんだよ!あの佐々木竜次ってやつの仲間に誘拐されたんじゃねえのかよ」

 

「「「えっ……?助け?えっ?」」」

 

「な、何その反応……何か嫌な予感がするんだけど………」

 

「とりあえず、向こうで話をしようか」

 

 

 

 

 

~事情説明中~

 

 

 

 

 

「「「「「(ズ~ン)」」」」」」

 

 

 

 悠たちは連絡をしなかったことを謝りながらも事情を話した。そして、話を聞いた一同は愕然とした。

 

「えっ?何ですか。つまり、全部はクマさんの勘違いで、私たちはそれに振り回されたってことですか?」

 

「その上、悠くんと花陽ちゃんと凛ちゃんはネコさんに連れられてかなみんキッチンの特別ライブに行っていたと」

 

「そうなるな……」

 

「ごめんなさい。あまりに突然のことで連絡できなくて」

 

「面目ないにゃ……」

 

 皆の反応を見て悠たちも申し訳なさにいたたまれなくなった。突然のことで呆然と成すがままにしてしまったが、思えば自分がことりに連絡していればこんなことは起きなかったかもしれない。

 話を聞くと、クマが自分たちがネコさんに連れられてライブ会場に向かったところを目撃して、それを誘拐されたと勘違いしたらしい。最初は皆も冗談だろうと思っていたが、何度携帯に掛けても繋がらないことで、もしやクマの言うことが本当ではないかと信じ始めて、ありとあらゆる手を駆使してここに悠たちがいることを突き止めたらしい。

 何と言うか、勘違いとはいえ自分たちを助けるためにここまでしてくれたことには正直驚きしかないが、それは自分たちのことを思ってのことだったと思うと嬉しく感じる。しかし、

 

 

 

「な~んだ、そうだったクマね。クマはそうだと信じてたクマよ~」

 

 

 

 

「「「「「……………………はあ?」」」」」

 

 

 その瞬間、今回の原因であるクマが何事もなかったかのようにそう言ったことに、巻き込まれたメンバーの表情は言葉では表せられないほど冷たくなっていた。

 

「ええ!?何クマ!?クマが何かしたクマか!?」

 

「いやさ…去年も同じことがありながら、また引っかかった俺らが言うのは何だけどよ」

 

「……流石にクマくんの反応はないよね」

 

「ここまで私たちを振り回しておいて………反省の色が見えないわ」

 

「……桐条さんにどう説明したらいいんだろう……もうあの人、シャドウワーカーで捜査本部立てたとか言ってたし」

 

 クマの失言に次々と恨み言を吐くメンバー。風花は最悪の場合を想定してたのか美鶴にも連絡を取っていたらしい。というか美鶴、いつの間に捜査本部を立てていたのか。

 

「く、クマは悪くないクマよ~~!ってちょっ!ヨースケたち!目が光を失ってるクマ~~~!な、何でそんなに本気対応クマ~~!?」

 

「とりあえずクマ……あっち行こうか」

 

「クマくん……お仕置きの時間やで☆」

 

「ごめんよクマくん。人権は人間にしかないんだ」

 

 そう言って陽介たちは逃げられないようにクマを包囲して近くの草むらに連行する。何というか、みんなの目が本気だ。

 

 

 

「悠、悪いけどちょっと待ってもらえるか」

 

「「はあ……どうぞ」」

 

「ご自由に」

 

「せ、センセイ―――――――!オタスケェェェェェェェェェェ!!!」

 

 

 

 その後、悠たちの知らないところでクマは陽介や希たちからキツイお仕置きを受けた。最終的にクマはボロボロになったのだが、その過程で何をされたのかはここでは記せない。その惨状を目のあたりにして悠と花陽、凛はこう思った。

 

 

 

「「「そっとしておこう……」」」

 

 

 

 

 

 何はともあれ、絆フェスまで残り一ヶ月弱。様々なライバルとの出会いを経て、悠たちの挑戦も目前に迫っていた。

 

 

 

 

ーto be continuded




Next chapter


ジュネス夏の風物詩感謝祭セールのお知らせ

特別企画
【話題のスクールアイドル"μ‘s"とあの鳴上悠率いる"絆ダンサーズ"による特別ライブ】

これは見逃せない!


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#70「Bond Dancers VS μ‘s.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

かぐや様は告らせたいが面白過ぎる。"何でそうなった!?"とか、"石上、ブレーキブレーキ!!"などとツッコミながら毎週腹を抱えて笑っています。

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

短期バイトと部活動の新人勧誘の準備が佳境に入って執筆にあまり時間が取れなくなりつつありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


 あの騒動から数日後………

 

 

「ジュネスの感謝祭セール?」

 

「ああ、今年もやるんだよ」

 

 

 河川敷での絆フェスに向けての練習が一段落したところで、陽介からそんな言葉が発せられた。

 ジュネス感謝祭セールとは、いつもお客様感謝デーと豪語するジュネスが夏終盤に更にお得な価格でのセールするという一大イベントのことだ。昨年このイベントで陽介は店員同士のジャンケンに負けて責任者をやらされたという苦い思い出がある。

 

「えっ?花村、またジャンケンに負けて責任者になったとかそういうの?」

 

「ちげえよ!まあ何と言うか…そのセールでやるイベントのことで、親父がな」

 

「「「???」」」

 

 陽介の父親曰く、今年の感謝祭セールは今まで仲違いしていた商店街と合同で行う最初のセールなので、去年よりも盛り上げて行きたいところ。それで、去年の秋ごろに行った悠たちのライブイベントを思い出して、是非とも今年は感謝際セールのイベントとしてやってもらいたいと陽介にオファーしたらしい。

 これを受けて戸惑った陽介は念のためにりせのマネージャーである井上にその旨を報告したところ、別に良いとの返事をもらった。出来るなら絆フェスのことも宣伝してほしいとも言われたようだ。

 

 

「ということで、無理を承知でお願いします!!来週の感謝祭セールでライブを一緒にやっていただけないでしょうか!?」

 

 

 断られるかもしれないと思ったのか、陽介は流れるように腰を90度下げてそうお願いした。

 

「ま、まあ……陽介くん、顔を上げて。別に私たちは構わないわよ。ちょうどどこかでライブらしいことやって本番さながらも雰囲気に慣れさせたいって思ってたから」

 

「俺も賛成だ。みんなもそれで良いか?」

 

 絵里と悠の言葉に穂乃果たちは何も言うことなく首を縦に振った。それを見て、陽介は文句ひとつ言わずにイエスと言ってくれた仲間たちに思わず涙が出てしまいそうになった。これで、感謝祭セールのイベントに出演することは決定した。しかし、

 

「でも、私たちが本番でやるダンスはダメだよ。ネタバレになるし、色々と問題になるから」

 

「ああ…それは井上さんにも言われたよ。だけどよ、うちの屋上にステージ作るとしても穂乃果ちゃんたちのライブが出来るくらいの広さしかねえから、俺ら全員でダンスなんてできないぞ」

 

 そう言われて、何か他の手はないのかと思案する一同。すると、顎に手を当てて考え込んでいた直斗がふと思いついたようにこんなことを提案した。

 

「なら、"対バン形式"でやれば良いんじゃないですか?」

 

「対バン形式?」

 

 説明しよう。対バンライブ式とはミュージシャンやバンド、アイドルなどの歌手がライブを行う時に、単独名義ではなく複数のグループと共演することをいう。語源についてはバンド同士の対決などからきたと見られているが、実際には対決や競い合うという意味合いは薄く、単に一緒にライブを行うための共演という意味で使われることが多い。共演ではあるが、基本的に各グループにそれぞれ時間が割り当てられ、一緒に演奏をするセッションなどが行われる事は少ないという。

 

「ああ、いいクマねえ~対バンって響き!この間だって、キュートでプリティなガールズちゃんたちがバンドでこう」

 

「へえ、対バン形式ってそういう意味だったのか。知らなかったなあ」

 

 直斗からの解説を受けて納得する陽介たち。確かに、直斗の言う通りこの対バン形式は今の状況に最適と言えるだろう。すると、

 

「はあ……全くヨースケはボーっと生きてるクマねぇ」

 

「あん?」

 

「対バンの意味も知らずに、やれ"ギターと間違ってベースを買っちゃった"だの、やれ"俺のギターテクにあの子も俺に惚れるんじゃね?"だの、やれ"あのバンドのベースの子の胸デカすぎだろ"っていうヨースケのなんと多いことクマ」

 

「「「「うわああ………」」」」

 

 某放送番組のフレーズで陽介の秘密をカミングアウトしたクマ。それに穂乃果たちは本気でドン引いてしまった。ほとんどはクマの捏造だろうが、陽介の性格上何となく信憑性があるし、ギターの話は本人から聞いた事実なのでフォローのしようがない。

 

「知ってましたよ…俺がそう言われんのは知ってたよ………ちくしょう!俺は悠みたいにモテねえんだよ!何やってんだよ!このままでいいのかよ俺!うおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

「暑いのか?陽介」

 

「ちげえよ!苦しんでんだよ!!俺はお前みたいに初対面の女の子から連絡先とか聞かれねえんだよ………しかもその子もアイドルってどういうことなんだよ………」

 

「嗚呼……」

 

「「「………………」」」

 

 相棒の悲痛な叫びに気まずくなる悠。おそらく陽介は先日の騒動の際、悠が何故か興味を持たれた少女からいきなり連絡先を交換されたことを言っているのだろう。突然のことに困惑してしまい、向こう側のメガネ少女に結構頭を下げられた。その件でことりたちに白い目で睨まれた上に、自分だけ練習を少し厳しめにされたので、もう散々としか言いようがなかった。今でもあの娘からメールで姉に会ってくれという内容が毎日のように送られてくるのだが……

 

「ま、まあ…あの件はともかく、直斗くんが言った対バン形式でライブをやるの訳だけど、悠たちは大丈夫なのよね?」

 

「ああ、それはまあ」

 

「……私も出る」

 

「うおっ!マリーちゃん!?」

 

 絵里の問いに答えようとしたと同時に、いつの間にか陽介の背後に天気予報が終わったらしいマリーが立っていた。何故か去年使っていたギターを手に持っているのは分からないが。

 

「さっき中継終わったとこ。それより、そのたいばんってやつに私も出る。」

 

「おおっ!マリーちゃんも一緒だなんて久しぶりじゃない?」

 

「マリーちゃんが居れば百人力クマ~!」

 

「うん!何かとっても楽しそう!やっぱりマリーも一緒で特捜隊って感じだね」

 

 マリーの参戦に千枝と雪子は歓喜した。やはりマリーも特捜隊の仲間であるので、再び一緒に行動するのが嬉しいらしい。

 

「よーし!穂乃果たちも負けないぞぉ!!」

 

「アンタたち、覚悟しておきなさい!可愛いにこちゃんがけちょんけちょんにしてあげるわ!」

 

「だから、対決するんじゃないんだって……」

 

「絵里ちゃん、もう手遅れだ」

 

 何故か対決するような雰囲気になっているが、こうして一週間後のジュネス感謝祭セールのイベントで特捜隊&μ‘sの対バン形式ライブが開催されることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ジュネス フードコート>

 

「っで、どうする?」

 

「どうするじゃねえよ。実際」

 

 ところ変わって、作戦会議と言ったらやっぱりここということでジュネスのフードコートに集まったマリーを含めた特捜隊組。しかし、さっき穂乃果たちにあんな啖呵を切っておいたにも関わらず、いまいち具体的な案が思い浮かばなかった。

 

「そうだね。このメンバーでライブやったのって、去年のイベントと音ノ木坂学院の学園祭でバンドしたくらいだし」

 

「じゃあ、バンドしようよ。私がボーカルで悠センパイが隣でベースを弾くの」

 

「待て待て!本番ダンスやるって言ってんのに、ここでバンドはダメだろ!つか、ほぼお前の欲望が見え見えじゃねえか!」

 

「ああ、そう言えば俺最近三刀流ドラムできるようになったんすよ。今度は四刀流や鬼○九刀流に挑戦しようかと」

 

「何で4から一気に9に上がってんだよ!?お前はどっかの侍か!?」

 

「じゃあ、クマはDJをやるクマ。陽介は歯ギターをやるクマね」

 

「出来ねえよ!出来てもやんねえよ!!てか、何でお前がDJなんだよ!」

 

「なにって、クマと言ったらDJ!DJと言ったらクマクマよ~!」

 

「意味がわからん……」

 

 何故かバンドする路線で話が進んで行くが、陽介は仕方なくこうやっていくつかのボケを処理していく。結局、今回はダンスで勝負することが趣旨なのでバンド路線は却下となった。その際、最近は踊るバンドもあるとクマは食い下がってきたが、そこまでレベルの高いことは出来ないと一蹴した。このクマはどれだけバンドで踊りたいのだろうか。

 

「とりあえず、まずはセンターを決めようよ。穂乃果ちゃんたちは皆がセンターってスタンスらしいけど、ウチらでそれやったら大変なことになりそうだし」

 

「じゃあ、ここは順当に私と悠センパイで」

 

「はあ?何言ってんの?私と悠がセンターでしょ。そっちはバックにでも行ってれば?」

 

「ちょっ!?何でそうなるのよ!!マリーちゃんこそバックに行ったらいいんじゃない?」

 

 せっかく千枝が軌道修正してくれたのに、またもりせとマリーが悠のことで喧嘩を始めてしまった。どっちも悠に隠しきれない好意を持っているので、諍いは必然かもしれない。まあセンター云々は置いておいて、

 

「やっぱり折角ライブをやるんだから、お客さんと一緒に楽しめることをやればいいんじゃないか?」

 

「確かに。どこかのバンドでは格付けクイズとかそんな余興とかやってるらしいですし、僕たちもそういうのもやった方が良いかもしれないですね」

 

「じゃあさ、お客さんと盛り上がるために怪談でもする?きっと盛り上がるよ」

 

「いや、盛り上がるどころか盛り下がるわ!!」

 

「それよりも、アメをバラまいたりするのはどうっすか?この間ラジオで言ってたっすよ」

 

「おおっ!それいいねぇ!じゃあさ、アメの代わりにビフテキ串をバラまくっていうのはどう?絶対良いよ!」

 

「良くねえよ!それで喜ぶのはお前だけだっつの!!てか、そんなもん投げたらお客さんがあぶねえだろ!!」

 

 次々と余計な案を出していく特捜隊組の面々だが、どれも己の趣味趣向に走っていて碌なものがない。それに対しても陽介は職人のようにツッコんでいくが、

 

「花村さあ、アンタ文句ばっかり言ってないで代案でも出したら?」

 

「はあ!?」

 

「いますよね、文句だけ言って自分の意見を出さない人って」

 

「いるいる。結局そういう人って限って口だけで大したことないんだよねえ」

 

「何で俺が悪いみたいになってんだよ!お前らが変なこと言うからだろうが!少し真剣にやれええええええええ!」

 

 ツッコミに専念しすぎたのか理不尽にも飛び火してしまった陽介。こんな仲間たちの様子を見て悠は思った。この調子で本番大丈夫なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鮫川 河川敷>

 

「悠さんたち…大丈夫かな?」

 

「確かに……何かと荒れている現場が目に浮かびます」

 

「でも、私たちも人の心配をしてる場合じゃないでしょ」

 

 こちらはμ‘s組。若干悠たち特捜隊組のことが心配になったが、こちらもこちらで準備しなくてはならない。だが、既にそちらの方は海未と真姫、ことりが準備していた。

 

「一応真姫と協力して使えそうな曲は用意していますし、ことりも新しい衣装を手掛けいたらしいので、あとは練習の密度を高めていけば問題はないですね」

 

「へえ、ことりちゃんもう新しい衣装作ってたんだ」

 

「うん!この間完二くんから色々教えてもらったし、菜々子ちゃんと一緒に考えてたら色んなイメージが湧いてきたから」

 

 これでライブの大まかな部分は万全だ。あと考えるべきなのは……

 あのラブライブ出場がかかった学園祭ライブは佐々木竜次の事件があったとはいえ、謎の女性エリザベスやりせたちのお陰でやり切ることが出来た。しかし、それでも出場には届かなった。それは一体何故なのか。その原因を追究していかなければ、この先へ進めないだろう。少しの沈黙が続いた中、凛が思いついたようにこう言った。

 

「んん~…やっぱりインパクトのあるキャッチコピーで攻めた方が良いんじゃないかにゃ?実際かなみんキッチンのライブに行った時も、かなみんたちのキャッチコピーはインパクトあったにゃ」

 

 言われてみれば、これまで自分たちはキャッチコピーを考えていなかった。というか、そもそも自分たちはかなみんキッチンのようにどんなアイドルなのかを明確化していなかったので、今後もスクールアイドル活動を続けて行くならば、そういうキャラの設定というのも考えなきゃいけないだろう。

 

「キャッチコピーかあ………」

 

「確かに、キャッチコピーは重要ですね。私たちも何か考えた方が良いのでしょうか?」

 

 キャッチコピーの重要性を理解した海未たちは何かないかと思案する。だが何故だろう。キャッチコピーと聞くと、すぐにあの忌々しい出来事を脳裏に過るのは。

 

「う~ん……私たちのキャッチコピーと言えば……あっ」

 

「でもさ、穂乃果たちってキャッチコピーってやるよね」

 

「えっ?そうなの?」

 

「うち、そんなの聞いたことなかったけど………って、まさか」

 

「「「………………………」」」

 

 何も知らない絵里と希はそう首を傾げるが、思わず察した海未たちは引きつった表情を見せる。そんなことを露知らず穂乃果は意気揚々と絵里と希にキャッチコピーを披露した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライバル…それは、強敵と書いて[とも]と呼ぶ!

 

 

今新たな伝説が今幕を開ける!9人の女神にによる恋愛大戦!!

 

 

 

 

『乙女の中の乙女たち!出てこいクマぁぁ!!』

 

 

 

 

今日も元気に食い気MAX!

"常時腹ペコ和菓子屋イーター"高坂穂乃果

―――う~ん!やっぱりパンは美味しい!

 

 

破廉恥なものには正射必中!

"純情ラブアローシューター"園田海未

―――ラブアローシュート!バンバンバーーン☆

 

 

 

お兄ちゃんさえいればいい!

"鋼のブラコンエンジェル"南ことり

―――お兄ちゃんに手を出す人はことりのおやつにしちゃうぞ☆

 

 

 

アイドルのためなら何でもやります!

"シャイな巨乳お米っ娘"小泉花陽

―――ご飯おかわり!特盛りで!

 

 

 

運動スキルはA⁺、勉強スキルはE⁻!

"核弾頭猫娘"星空凛

―――んん~~!テンション上がるにゃああっ!!

 

 

 

私は全てにおいてNo.1!

"小悪魔ツンデレプリンセス"西木野真姫

―――い、イミワカンナイッ!!

 

 

あなたのハートににっこにっこにー!

"夢みるナルシストアイドル"矢澤にこ

―――にっこにっこに~♡

 

 

 

見なさい!これがK(かしこい)K(かわいい)E(エリーチカ)よ!

"女王気質のホワイトスワン"絢瀬絵里

―――ハラショー☆

 

 

 

貴方を一途に一万年!

"自称正妻最胸スピリチュアル巫女"東條希

―――うふふ♪スピリチュアルやねえ♪

 

 

 

 

 

 

 

戦え!たった一つの王座を懸けて!!

 

 

 

 

スクールアイドル【μ‘s】。ここに降臨!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「……………………」」」」

 

 その時、何とも言えない気まずい雰囲気が辺りを支配した。

 

「あ、あれ?みんな、どうしたの?」

 

「だから………そう言うのダメだって!!」

 

「結局P-1Grand Prixじゃないですか!!」

 

「というか何よ!この恋愛大戦って!趣旨が全然違うじゃない!!」

 

「で、でもさ、穂乃果とことりちゃんはテレビで出た訳じゃないし……」

 

「それはあの時お2人はまだペルソナを持っていませんでしたからね!!」

 

 穂乃果が持ち出したのはあろうことか、一番思い出したくもないP-1Grand Prixのキャッチコピーだった。確かにインパクトはあるが、それを公表したら世間にどんな風に思われるのか想像がつくだろう。インパクトがあってもこれを公式で使うのは満場一致でNGだ。それに何故今回はPV風に紹介したのかが謎だ。

 

「というか…何でウチらのキャッチコピーまであるん?」

 

「えっ?この間、悠さんと陽介さんがせっかくだからって、ジュネスで一緒に考えてたよ。その時のメモ帳をこっそり見たら、そんなこと書いてあった」

 

「「……………………」」

 

 まさか、自分たちのキャッチコピーまで考えていたとは。とりあえず、明日詳しく話を聞こうと絵里と希はそう誓った。特捜隊組ほどではないが、こちらも少し心配になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数日後~

 

 

 

 感謝祭セールまであと数日。再びジュネスのフードコートに集まって勉強会を開く特捜隊&μ‘s。いつものテント席で受験勉強や宿題に励んでいるのだが、その中で悠や陽介たちの顔はやつれていた。着々と手は動かしているのだが、目に生気が宿っていない。

 そんな悠たちが心配になったのか、ことりはそっと話しかけてみた。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?結構疲れてるように見えるけど」

 

「ああ……家でも言ったが問題ないぞ。今度の本番も大丈夫だ」

 

 嘘である。

 あれから数日、特捜隊組は全くもって何も進展していなかった。辛うじて本番で使う曲はりせに選んでもらった【Reach out to the truth】にしたものの、とある者が好き勝手に問題を起こすので事が思うように進まない。悠はそれを悟られまいとポーカーフェイスを保つ。陽介たちも穂乃果たちに心配をかけまいと必死に同じようにするが、日々悠を振り向かせようと観察に勤しむ彼女たちにとってそれは無意味に等しかった。

 

「そっちこそ、大丈夫なのか?家でことりが色々と悩んでいるから心配したぞ」

 

「う~ん、キャッチコピーがどうたらこうたらって揉めたけど、それ以外は……」

 

「うんうん!順調だよ!曲も振り付けも衣装も決まってるし、あとは練習の密度を詰めるだけだから大丈夫だよ!」

 

 嘘である。

 あれから数日、μ‘s組はキャッチコピーをどうするかに時間をかけてしまい、結局肝心の練習がまだ満足に出来ていなかった。いつもストッパーになる海未や絵里も今回は暴走する穂乃果たちを制止することが出来ず、結局乗せられたまま無駄な時間を使ってしまったのだ。穂乃果がことりの発言を遮ったのもこのことを隠匿するためであるが、焦った顔がそれを物語っている。

 

 結論、両者ともあんまり進展していない。だが、それでもμ‘s組の方が一歩先を行っていた。何故なら

 

「マジか…ことりちゃんたちはもうそこまで進んでんのかよ……どうすんだよ俺ら……」

 

「てか、そもそも俺ら全然息会ってないじゃないっすか………どっかのクマのせいで」

 

「ああ、確かに」

 

「…今度本当にクマ鍋にしちゃう?」

 

「ちょっ!クマは無実クマよ!ヨースケが全然クマたちに合わせてくれないからこうなるクマ~~~~!!」

 

「ちげえだろ!お前が好き勝手動くからこっちが釣られるんだろうが!?」

 

 もう無意味な駆け引きなど無用と悟った陽介たちの愚痴から察する通り、先ほど言ったとある者とはクマのことである。このクマ、練習の最中に勝手な振り付けをアドリブで付けてくるので自然と溜まったものじゃない。特捜隊組のそのやり取りを見て、穂乃果たちはやっぱりかと思ってしまった。先日のことといい、大抵トラブルの原因はこのクマに違いない。

 

「ヤングでナウなオーディエンスたちは音楽に意外性を求めてるんだクマ!こんなんじゃ、クマのなりすましに勝てないクマよ~~!」

 

「はあ?なりすまし?」

 

「クマくん、なりすましってどういうことなん?」

 

 クマの申し開きに思わず首を傾げてしまった。クマのなりすましとはどういうことか?どうせ下らないことだろうが、一応聞いてみることにしよう。

 

「最近、どこぞの商店街にクマのなりすましが現れたクマよ。聞くところによると、そやつはハローでハッピーなバンドでDJをやってて、プリティなベイビーちゃんたちに人気で囲まれて……完全にクマとキャラが被ってるクマ~~~!こんなの許せないクマ~~!」

 

「………お前」

 

「クマさん……」

 

「ああ、それってミッシェルですよね。確か、そのミッシェルが所属するバンドも新しく絆フェスに出演するって公式サイトに載ってましたよ」

 

 クマの話を聞いて花陽は思い出したかのように携帯を操作してとある画面を開いた。そこには絆フェスの最新情報で新たなグループの追加参加のことが書かれていた。【トリプルブッキング】・【ハロー、ハッピーワールド!】・【Guitar*Green】など耳に聞いたことがあるグループがいっぱいだった。しかし、

 

「それって結局お前の妬み僻みだろうが!よく見てみりゃお前と全然キャラちげえし、なりすましでも何でもないだろ!!そんなんで他所様にそんなこというんじゃねよ!!」

 

「クマキャラやふさふさしてるってという時点でもう被ってるクマ!あの忌々しいクマも絆フェスに出るっちゅーならそこで白黒ハッキリしてやるクマ!絶対に倒してやるクマああっ!!待ってろよおおお!ミッシェルゥゥゥ!!」

 

「……ダメだコイツ。早くなんとかしないと」

 

「もう手遅れでしょ」

 

「……ふさふさ」

 

 なるほど、やけにDJをやりたがっていたのはそういうことだったのかと今更納得する。というか、そんなことを言ってる時点で既に負けているということを本人は気付いていないのだろうか。それに、"ふさふさ"というワードに反応して完二がそのミッシェルというキャラクターの画像をマジマジと見始めたのだがそっとしておこう。

 

 それはともかく、話がそれてしまったので事態は全く進展していない。このままでは特捜隊組だけ未完成のまま出演、もしくは特捜隊抜きで出演などの事態になってしまうかもしれない。進まない事態に頭を抱える特捜隊組とそれを宥めようとオロオロとするμ‘s組。泥沼となりつつ状況が皆を支配するその時、この事態を打破する言葉が放たれた。

 

 

 

 

 

「ああもう!こうもバラバラだったら話になんないし。いっそのこと、ウチら()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

ー!!-

 

 

 

 

「「「「それだ!」」」」

 

 

 

「えっ?」

 

 この千枝が思わず口にした言葉で特捜隊組にこの事態を解決する閃きが走った。去年の事件同様、この千枝の何気ない発言が突破口となったようだ。

 

 

「そうだよ……最初からそうすれば良かったんだよ!さっすが千枝センパイ!」

 

「えっ?えっ?ちょっ、どういうこと?」

 

「よし!こうしちゃいられねえ!お前ら!今から作戦会議だ!」

 

「「「おおっ!」」」

 

「ええっ!?ちょっ、一体どういうことなのさ―――!」

 

 

 本人もどういうことなのか全く理解しておらず、流されるようにして引っ張られていってしまった。あまりのことに穂乃果たちは思わずポカンとしてしまったが、まあ何か掴めたようなのでいいやと思った。

 

 

 

 その日から、特捜隊組の練習は順調に進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<稲羽商店街 辰姫神社>

 

 

「………………ん」

 

 ジュネス感謝祭セールイベント本番当日。眩く差し込む朝日の中、悠は何故か辰姫神社の境内で居眠りをしていた。

 しばらく朝が早かったせいか、いつも通りに目が覚めてしまってので、ことりや菜々子を起こさないように朝の散歩に出かけたら、朝ランをしていた千枝と海未と遭遇してしまった。せっかくだから一緒に汗を流そうと2人に押し切られてしまい、限界まで身体を追い込んでしまって今に至るわけである。

 ここまでの経緯を思い出していると、ふと何かの気配を感じた。ゆっくりとそちらの方を見てみると、

 

「……久しぶりだな」

 

「コンコン!」

 

 見ると、身体をゆすったのはこの神社に住みついているキツネだった。鋭い目つきと、刃物で切りつけられたような傷跡が特徴。赤地にハート柄の前掛けをしている。去年の夏にバイトのことで色々と助けられてから随分と懐かれている。GWでは神社に行けずに会えなかったので、こうして会うとどこか嬉しくなる。

 すると、キツネは何かの気配を察したようにどこかへ行ってしまった。どうしたのかと思って見てみると、

 

「あれ?もしかして、絵里か?」

 

「悠……?」

 

 神社の鴨居に偶然通りかかったらしい絵里の姿があった。どうやら絵里も今日の本番に寝付けず、朝の散歩に来たと言ったところだろう。

 

「さっき千枝と海未とすれ違ったけど、もしかして?」

 

「まあな。さっきまで海未と里中のランニングに付き合ってたらここで寝てた」

 

「……災難ね。ちょっと飲み物買ってくるわ。ちょうどすぐそこに自販機があるし」

 

「……ああ、頼む」

 

 

 

 

 

 

 神社の近くにある自販機に行き、今の悠の状態にあった飲み物を選ぶ絵里。"盆ジュース"や"胡椒博士NEO"など色々あるが、どれが悠に見合っているのかと悩んでしまう。すると、絵里の脳裏に何か過った。

 今までのことを振り返ってみると、自分は悠にからかわれてばかりではないだろうか。この間の王様ゲームではこっちは決死の覚悟で抱き着いたのに、平然と抱き返された上に頭をポンと撫でられたのだ。相手が場酔いだったとはいえ、今思うと何か腹立たしい。

 

「偶には……やんちゃしてみようかしら?」

 

 日頃溜まったストレスがここで引き金を引いたのか、絵里は口角をニヤッと上げて自販機のボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、缶コーヒー。一応目が覚めるように苦めのを買ってきたわよ」

 

「すまないな……」

 

 絵里から手渡された缶を受け取った。やはりこういうとこは気が利くなと改めて絵里に感謝して悠は缶コーヒーを開けた。

 

「うおっ!」

 

 一口飲んだら口に広がったのは苦みではなく全く違う甘味だった。言われたこととは違う味覚が襲ってきたので、悠は思わずリアクションを取ってしまう。

 

「うふふふ♪引っかかったわね。実はそれ微糖だったのよ♪目は覚めたかしら?」

 

 そんな悠の様子を見た絵里はいたずら成功と言わんばかりに笑みを浮かべた。そう、これが絵里が考えた悪戯だ。いかにも古典的なドッキリだが、悠の反応に満足したのかとても嬉しそうだった。だが、

 

「………………」

 

「あれ?」

 

 いたずら成功と言わんばかりに笑ったのが気に障ったのか、悠はそっぽを向いてしまい、そのまま絵里を無視して立ち去ろうとしていた。これには絵里も慌てて悠を引き留めてしまう。

 

「ご、ごめんなさい!…ちょっといたずらのつもりだったの。ゆ、悠をバカにするつもりはなかったのよ……だ、だから………気を悪くしちゃったのなら………ごめんなさい……」

 

 予想外の反応にオロオロとしてしまい、思わず涙目になってしまう絵里。

 しかし、これに対して悠は内心やばいと思っていた。実は悠もいたずら心が芽生えて、仕返しにあえて冷たくするという逆ドッキリを瞬時に思いついて仕掛けたのだが、予想以上に絵里の反応が重い。これは流石にやりすぎだと思ったので、ここでネタ晴らしをしよう。

 

「なんて冗談だ。騙される絵里も()()()()

 

「!!っ」

 

 突然の胸にズキュンと来る言霊を受けて絵里は心が乱れてしまった。不意打ちにそんな言葉を聞いたせいで、身体の体温が一気に上昇する。

 

「お、おい絵里…どうしたんだ?熱でも」

 

「い、いやああああああああっ!」

 

「あぶしっ!」

 

 絵里の気持ちに気づかずに不用意な行動に出てしまった悠はお賽銭箱の前まで吹っ飛ばされてしまった。

 

「え……エリチカ、おうちに帰る!!」

 

 絵里はそう声を上げて脱兎の如く走ってその場を去っていった。その現場を近くで見ていた神社のキツネは悠に寄り添ってこうコメントした。

 

 

「コンコン(特別意訳:王は人の心が分からない)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、神社でそんなやり取りがあった数時間後、いよいよイベント本番の時間になった。

 

「おいおい、マジかよ……去年のライブより多いじゃねえか!?」

 

 舞台裏から覗いてみると、陽介が言った通り去年のライブイベントよりも多い、否μ‘sのライブと同じくらいの観客がジュネスの屋上に詰め寄っていた。菜々子や堂島、雛乃はもちろんのこと、一条や長瀬、海老原と言った八高の友人や商店街の方々、更には視察のために来たらしい井上までいる。傍らには以前オープンキャンパスで出会った井上の姪っ子さんもいて、今は雛乃や堂島たちと話をしている。

 

「ききき緊張します」

 

「ああ、もう駄目かも………」

 

 あまりに多い観客たちを目の前にして、皆の緊張度はピークに達しようとしていた。

 

「あ、あれ?穂乃果ちゃんたちは慣れてるんじゃないの?」

 

「い、いや!全然だよ!まだ心臓がバクバクしてるもん!」

 

「やっぱり慣れてないものですね……これならテレビの世界でシャドウと戦う方がずっと良いわ……」

 

「まあ確かに……」

 

 特捜隊組はともかく、何度もこの場面を経験しているμ‘s組でさえまだ慣れていないのか、緊張している。シャドウと戦った方がマシと言っている者もいるからに、尋常じゃない。

 

「ねえ、みんな。ちょっと集まって」

 

 すると、今日はプラチナ色の髪のツインテールにエメラルド色のカラーコンタクトで変装変装しているりせが皆にそう言った。まるでこのことを予期していたかのように。特捜隊&μ‘sで円陣を組むと、りせは皆の顔を見渡して透き通った声でこう言った。

 

 

「心臓バクバクでしょ?私もだよ。穂乃果ちゃんや絵里センパイたちだって、何度もステージに立ってるのに何で緊張してるんだろうって思ってるでしょ?それはね、ライブにはそれだけエネルギーがあるからだよ」

 

「え、エネルギー……」

 

 

 緊張しているはずなのに、不思議とりせの声はスッと耳に入ってきた。

 

 

「もちろん絆フェスはこれ以上のお客さんが入るし、凄くプレッシャーがかかって、そのエネルギーに押しつぶされそうになってと思う。でもね、お客さんたちは私たちのパフォーマンスを楽しみにきてくれたんだよ。だから、まずは私達が楽しまなきゃ。そして、音に乗せてお客さんに伝えるんだよ。"私たちも楽しいです。だから、皆さんも楽しんでください"って」

 

「りせちゃん………」

 

 

 忘れてはいたが、自分たちの目の前にいる久慈川りせという少女は曲がりなりにもトップアイドルだ。その発せられた言葉からは紛れもない真実の心があった。それ故か、さっきまで感じていた緊張や震えが嘘のように止まっていた。

 

 

「じゃあここで気合いれよっか。今回は穂乃果ちゃんたちにあやかって、私が"せーの"っていったら、μ`sic STARTで返してね」

 

 

 りせの言葉に頷き返して手を合わせる一同。そして、

 

 

 

 

「ファンと!仲間と!自分に感謝!!完全燃焼、一本勝負!!せーの!」

 

 

 

 

 

 

――――μ`sic START!!

 

 

 

 

 

 

 心を一つにした彼女たちはステージへ士気は回復したのみならず、最高潮にまで上がっていった。

 

 

 

「よーし!頑張るぞおっ!!」

 

「いいか?練習通りだぞ!去年みたいに勝手にダイブなんかは」

 

「も~~分かってるクマよ~~♪」

 

「気合注入よし!いっちょやってやろう!」

 

 そして、ステージの幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どへ~~~、つ、疲れた……」

 

「もう…動けない」

 

「みんな、お疲れ」

 

「いや~、すっごく盛り上がったねえ!」

 

 何もトラブルもなくイベントは終了した。ライブは大成功は観客からのアンコールがあって戸惑ったことはあったが、感謝祭セールの盛り上げに一躍買ったようであった。陽介のお父さんから今日のお礼ということで、お菓子やジュースを差し入れしてもらったり、商店街の人たちからもビフテキ串やコロッケなどをこれでもかというほど貰ったりしたことがそれが物語っている。

 

「今日の悠たちのダンスはとっても良かったわ。まさしくあなたたちらしいパフォーマンスだったわよ」

 

「ありがとう。でも、今回は里中のお陰だ」

 

「い、いや~……私は適当に言っただけで何もしてないんだけどさ」

 

 悠たち特捜隊は皆で一緒に合わせるのではなく、曲を数個のパートに分けてメンバー各々に担当するパート割り振ったのだ。最初はどうしたものかと思ったが、これがキッチリはまった。最初は完二と直斗の息の合ったコンビネーションで客を惹きつけ、次に千枝と雪子の幼馴染コンビで魅了。そして、陽介とクマの凸凹コンビが更に観客を熱狂させてから、りせとマリーが普段敵対しているとは思えないほどの巧みなダンスでボルテージを最高潮に上げる。最後に悠の類い稀なる表現力が炸裂して巧みなテクニックでそれぞれの個性がしっかりと生かされていて、見る人を全て惹きつけていた。

 

「………またあのクマ公がダイブしたけどな」

 

「「「嗚呼………」」」

 

 そう、結果としてそのパフォーマンスが響いたのか、大喝采を浴びた。しかし、何故かまたもアンコールコールが出てしまい、今回は終了してそのままμ‘s組に交代といこうとしたタイミングで調子に乗ったクマが観客に向かってダイブしたのだ。これに対して、このままじゃ引き下がれないのでと悠と陽介、完二もダイブしたのだが、予想通り観客から避けられてしまい、またも微妙な雰囲気が会場を包んでしまった。

 そんな微妙な空気の中でμ‘s組のパフォーマンスが始まってしまったので、悠たちは申し訳なさでいっぱいだった。まあ、それでも穂乃果はそんな状況から一気に盛り上げて最高のパフォーマンスを見せてくれたので、流石としか言いようがない。

 

「クマくんたちのせいで一時はどうなるもんかと思ったけどな」

 

「まあ、この先一週間は罰としてバイト中のホームランバーは全額自腹で払わすから」

 

「ぎょえええええええっ!!それだけはご勘弁を~~~~~~!!」

 

 調子に乗った罰の内容を聞いて思わず青ざめて許しを請うクマ。陽介は鬱陶しそうにしているが、思わずそんなジュネスコンビの光景に皆は笑みを浮かべてしまった。

 

 

 

 

 

 今日のライブの話題で盛り上がって差し入れのお菓子や総菜を食しながら談笑している仲間たち。その様子を悠と希は一歩離れたところから微笑ましそうに見つめていた。

 

「悠くんは今日は楽しかった?」

 

「ああ、当然だ」

 

 色々とトラブルはあったがなんだかんだでとても楽しかったと思う。こんな特捜隊&μ‘sのみんなでライブをやる機会など滅多にないし、何よりみんなと心が一つになれて今までより距離がグッと縮まったからだ。この調子なら絆フェスも乗り越えられることだろう。

 

「絆フェスはりせちゃんのバックダンサーとして出演するけど、いつか特捜隊&μ‘sとしてワンマンライブをしてみたいわね」

 

「おお!それいいねえ!!」

 

「悠さんと陽介さんたちと一緒に踊るなんて面白そう!絶対やりたーい!!」

 

 あっちもかなり盛り上がっているようだ。そんな話題が上がった故か、りせがニヤリと笑って茶々を入れた。

 

「え~いいの?私たちが穂乃果ちゃんたちを食っちゃうかもよ?」

 

「ぐっ、確かに……よく考えたらりせちゃんって、現役のアイドルだった」

 

「なっ!?今まで私のことなんて思ってたのよ!?」

 

「りせちー、元アイドル」

 

「ムリキライハッチャケスギ」

 

「恋が報われない後輩系キャラ」

 

「ひ、ヒドイ………もう!悠センパ~イ♡助けて~~~!!って、げっ!希センパイ……」

 

「うふふ♪りせちゃん、ワシワシやね♪」

 

 夕焼けに染まるジュネスの屋上で今日の疲れを忘れるかのようにそう語り尽くす一同。夏もそろそろ終盤に差し掛かり、近づいていく絆フェス。この先の自分たちの未来に不安と期待を抱きながら、悠たちは日が暮れるまで屋上での一時を過ごしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<東京都 シャドウワーカー 対策本部>

 

 

「ああ、私だ………何?まただと……分かった」

 

いつものようにデスクワークに勤しんでいた美鶴は一通の電話を貰ってしかめっ面になると、すぐに休暇中のメンバーの携帯に電話をかけた。

 

『美鶴さん?どうしたのですか?』

 

「……まただ、再び原因不明の無気力症患者が出たらしい」

 

『えっ?って、ことは……』

 

「ああ、これはおそらく……シャドウ案件だ」

 

 

 

 

 

 そして、また新たな事件の影が徐々に近づきつつもあった。そのことはまだ悠たちの知る由はない。

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next #71「Last Summer Memory in High School.」


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#71「Last Summer Memory in High School 1/2.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

まず、投稿が随分と遅れてしまって本当にすみませんでした。もうすぐ学校が始まるというのと、今年は何としても新入生を確保しなければいけない状況だったので新歓に没頭していて、執筆の時間があまり取れなかったんです。本当にすみません。

そして、去年の冬から始まったこの夏休み編も次回で最終回となります。そして、令和が始まる5月上旬辺りに次章をスタートさせたいと思っていますので、よろしくお願いします。

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・高評価と評価を付けて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

新生活も始まって執筆にあまり時間が取れなくなりつつありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


<稲羽商店街>

 

 

 時は過ぎて夕暮れとなり、辺りに街灯が灯り始めた頃。昼間の賑わいと打って変わって静けさが支配しつつある稲羽商店街を歩く男性がいた。今日の仕事が終わってくたびれた足取りで自宅へ向かう。家にいる娘たちはどうしているだろうか。最近この町は平和だが、何かトラブルに巻き込まれていないだろうか。そう思うと、家へ向かう足取りが速くなる。

 

「???」

 

 神社を通り過ぎようとしたその時、そこに何故か立っている怪しげなテントがあるのを見つけた。一体いつの間に誰がこんなところにこんなものを立てたのだろうか。仕事上、やはり許可を取っているのかと注意しに行こうと中に入ってみることにした。すると

 

 

「お待ちしておりました」

 

 

 不意に誰かに声を掛けられた。振り返ってみると、いつの間にか仕切られていたカーテンの向こうに灯りが灯り、女性らしき影が浮かび上がった。

 

「私はカーテンの向こう側にいます。大変ナイーブな性格故、距離を置いた関係でご了承下さい。それに、一応期間限定で許可は貰っておりますので、そちらが心配しているようなことはございません」

 

 優しく包容力を感じる声に少し驚いてしまったが、何かこちらの考えを読ませているようで不気味だった。どうやらちゃんと許可を貰ってやっているようだが、また別の疑問が生まれた。この女性、一体何者だろうか。しかし、仮にこの女性が占い師だったとしてもこんなカーテンで隔たれた空間で占いができるのだろうか?

 

「運命を司るカードは私の手中にある………ハァ、まだいくつか凍結してるけど

 

「??」

 

「いえ何も、こちらの話です。ともかく、秋のイベントに向けて修行中の身ですのでお代は頂きません。占いをご所望ですか?」

 

 女性は何事もなかったようにそう言うが、自分は別に占いをしてもらいにきたのではないし、許可を貰っていると分かっただけで十分なので、問題ないと言ってその場を立ち去ることにした。すると、

 

「ご心配なのでしょう?息子のように思っているご親戚の方が」

 

「!?っ」

 

 突然指摘されたことに思わず息を呑んでしまった。今この女性が指摘したことはまさに的を得ていたからだ。

 

「この先、彼らにとって貴方の助けが必要になるのやもしれません。貴方の助けがいずれ彼らの運命を変えることになる。そのことを努々お忘れなく。それではまた、ご機嫌よう……」

 

 女性はそう言うと、テントの中の灯りは消えて誰もいなくなった。試しにカーテンの奥を覗いてみたが、そこには女性らしき姿はおろか何もなかった。

 

 

 

「一体何だったんだ?」

 

 

 

 神社を出た男性……堂島遼太郎は奇妙な体験をしたと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<堂島家>

 

「ただいま、帰ったぞ」

 

 今日の仕事を終えて、神社で奇妙な体験をした堂島はやっとの思いで帰宅した。

 

「お帰り、お父さん!」

 

「お帰りなさい、叔父さん」

 

 そして、帰宅してきた堂島を一人娘の菜々子と、義兄の妹の娘であることりが出迎えてくれた。この夏に入ってからこの2人が出迎えてくれるのが、堂島にいつもの光景となりつつある。甥の悠に加えて、更に家族が増えた気がして堂島は最初は戸惑ったものだが、日に日にそれを受け入れられるようにはなってきた。そして今に入ると、台所にはその義兄の妹…雛乃が料理を作っていた。

 

「お帰りなさい、堂島さん。夕飯出来てますよ。ことり・菜々子ちゃん、悠くんを呼んできてくれるかしら?」

 

「「はーい!」」

 

 そう言われて2人はトタトタと二階に駆け上がって自室にいる甥の悠を呼びに行く。そしてその数分後、2人に引っ張られるように件の悠が居間にやってきた。だが、その顔は疲れているようにげっそりとしていた。

 

「おいおい……悠、お前大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫です……少し根詰め過ぎただけですから」

 

 悠はそう言うと椅子に座って皆と一緒に夕食に箸をつけた。そして、掻き込むようにして雛乃のご飯をいち早く平らげ悠は食器を流しに出してそのまま自室に戻ってしまった。

 

「あいつ、昨日もあんな感じだったのか?」

 

「ええ、もう帰ってから部屋にこもりっきりで……ちゃんとご飯は食べてくれてるんですけど」

 

「……………………………」

 

 堂島は雛乃からそう聞くと、複雑そうな表情で悠の部屋がある二階を仰いだ。先日のジュネスのイベントが終わってからこんな状態であることは耳にはしていたが、まさかここまでとは思ってもいなかった。

 どうやらそのライブの映像がネットでアップされてかなりの反響を呼んだらしい。確かにダンスに疎い堂島から見ても悠たちのライブは素晴らしいものだったと感じた。だが、それと同時に本番はあれ以上やらなくてはいけないというプレッシャーに掛けられて、更に練習や勉強に打ち込んだのがあの結果のようだ。あの様子であると思うと流石の堂島も心配になってくる。

 

「ことり、お前も大丈夫なのか?」

 

「へっ!?」

 

「悠ほどじゃないにしろ、結構疲れているように見えるぞ」

 

「だ、大丈夫ですよ叔父さん!ことりは全然平気ですよ!」

 

「………」

 

 そう言ってことりは朗らかに笑って見せたが、やはり表情が疲れているように見える。平静を装っているのが丸わかりだった。こういう心配をかけまいと強がるところは血筋なのかやっぱり似ている。

 

「ったく………雛乃、ちょっといいか?」

 

「えっ?」

 

 そして、堂島はある決断をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

 

<河川敷>

 

 

「「「「(ず~ん)」」」」

 

「み、みんな……大丈夫?」

 

 

 夏休みも終盤に差し掛かり、絆フェスに向けての練習も佳境に入っていた頃……

 ジュネスのライブイベントを経て、更に絆フェスへ向けて駆け抜けようとした手前、メンバーのほとんどのモチベーションが急下降していた。今はちょうど休憩時間なのだが、皆木陰で休んでいる表情に生気がなくなっており、まるで死人のようになっていた。

 

「ここに来て皆の士気が下がるなんて……困ったわ」

 

「仕方ないんちゃうん?ずっと練習や勉強漬けやったし、悠くんですらあんな調子やん。かく言うウチもそろそろ倒れそうなんやし」

 

「技術は大分上がって来てるから、ここでペースを上げて行きたいところだったんだけどなぁ」

 

「これが、いわゆる燃え尽き症候群ってやつなんですか?」

 

 "燃え尽き症候群"

 それは、一定の生き方や関心に対して献身的に努力した人が期待した結果が得られなかった時に感じる徒労感や欲求不満。あるいは、努力の結果、目標を達成したあとに生じる虚脱感を指す場合に起こる症状のことである。慢性的で絶え間ないストレスが持続すると、意欲を無くし、社会的に機能しなくなってしまう一種の心因性うつ病とも言われている。

 

 これまでの経緯からいうと特捜隊&μ‘sの場合は後者に当てはまる。先日のライブイベントは観に来てくれた観客のみならずネットでも高評価を得て、悠たちの絆フェスでの期待度はうなぎ登りになっていった。それに応えようと張り切る一同だったが、絆フェス出演が決まって早一ヶ月、初めからフルスロットルで絵里とりせのレッスンに励んでいたため、こうなるのはもはや必然であった。なお、悠をはじめとする3年生組は加えて受験勉強もやらなくてはいけないため、他年組より更に疲労が溜まって、勉強嫌いの千枝やにこに至っては瀕死状態になりかけているほどである。

 

「そういや、夏ももうすぐ終わるってんのに、俺まだスイカ食ってねえや」

 

「そういえば……私もスイカを食べてない気が……」

 

「スイカかぁ……海行った時忘れてたよね。スイカ割りのこと」

 

 "スイカ割り"

 それは夏が来たら一度はやりたいと思うイベント上位に入るほどのイベント。目隠しをして周りの誘導の声に耳を澄ませて場所を特定し、スイカを割る!。時には間違って別のものを叩いて笑いを取ったり、誤って男女が密着してしまうラッキースケベがあったりなどのハプニングも盛り沢山。まさに夏休みと言ったら欠かせないイベントである。

 去年あれほどやろうやろうと言っていたにも関わらず、肝心のスイカを海水浴の時に持って行くのを忘れていたことを思い出したが、もはや後の祭りだ。

 

「ラビリスちゃんも風花さんも突然桐条さんから呼び出されたからって帰っちゃったし」

 

「もっと早く気づけばよかったですよね」

 

「ああ……スイカ割りしたい………」

 

「「「……………スイカ割り……」」」

 

 疲れと暑さのせいなのか脈録もなくそんなことを言いだした。スイカの呪いというべきか、もはや皆の口からスイカという単語しか出てこなかった。ここまで来るともはや異常事態である。これは一体どうしたのだろうかと思っていると、

 

 

Brrrrrrrrrrrrr!!

 

 

 どこからか原付のエンジン音が聞こえてきた。そして、

 

「おま~ちどう」

 

「うわっ!あいかちゃん!!なんで?」

 

「出前、おとどけにきた~」

 

 大きな岡持ちを手に持ったあいかが目の前に現れた。一体あいかがここに来たのだろうか?誰か出前でも頼んだのだろうかと思っていると、あいかは淡々と岡持ちから大きな何かを慎重に取り出した。

 

「は~い、スイカ一玉、おまたせ」

 

「「「「スイカ!?」」」」

 

 何とあいかが取り出したのは顔がすっぽり隠れてしまうほどの大きさを持ったスイカだった。さっきまでスイカの食べたいと思っていた矢先に出前で届くとは一体どんな偶然か。だが、

 

「誰が頼んだんだよ、これ」

 

 そう、問題は誰かにがこれを頼んだとかということだ。皆の顔を見るが、誰も身に覚えがないという反応だ。あまりに奇妙なことに少し身体が震えた。一体誰が出前を頼んだのか。すると、

 

「おお、少し遅れたが間に合ったようだ」

 

「本当、愛屋の出前はすごいですね。スイカまで出前してくれるなんて」

 

 まるで狙ったかのようにタイミングよく手に大きな風呂敷を持った堂島と一緒に付いてきたらしい雛乃がやってきた。その雛乃も手にジュネスのロゴの入ったレジ袋を持っている。

 

「堂島さん!雛乃さん!?どうしてここに?」

 

「何って、差し入れだ。俺が愛屋に頼んだんだよ。スイカ割りに使えるスイカを一つってな。ついでに、知り合いから切ったスイカももらったから、これも食べるといい」

 

 そう言って堂島は雛乃と一緒に悠たちに手に持った風呂敷を手渡した。つまり、2人は自分たちのためにわざわざスイカを出前してくれたということだ。

 

「い、良いんですか!?こんなことしてもらって」

 

「最近お前らが疲れ切ってる様子だったからな。少しはガス抜きもしなきゃならんだろう。それに、去年はスイカ割れなかっただろ。ここは海じゃないが……たまには大人らしいことしないとな」

 

「「「「堂島さん……」」」」

 

 堂島は本当に出前でスイカを持ってきてくれたと思わなかったのか若干驚きながらもあいかにお代を払った。そんな堂島に皆は神を見るような目で見た。すると、それを見た雛乃は面白そうにクスクスと笑みを浮かべた。

 

「ふふ、さっきまで割るための棒やブルーシートがないとか言って、慌ててジュネスまで買いに行きましたけどね」

 

「それは言わんでいいだろ。おっと、これはお代だ。わざわざすまなかったな」

 

「べつに、だいじょうぶ。スイカの皮、おいといて」

 

「回収するのか!?普通に捨てれば良いんじゃないか?」

 

「ま~いど~」

 

 あいかは次の出前も控えているのか、堂島からお代を受け取るとさっさと原付を走らせて去ってしまった。何と言うか相変わらずマイペースなあいかである。

 

「……捨てちゃだめなのかな?」

 

「いいんじゃないか」

 

 とりあえず、このことに関してはそっとしておこう。未だに愛家の出前には謎な部分は多いので一々考えるのも面倒になってきた。それはともかく、

 

 

 

「「「やったあああっ!!スイカだあああああああああっ!!」」」

 

 

 

 皆の意識は既にスイカに向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~河原で食べるスイカっていうのも悪くないっすねえ!」

 

「う~ん!やっぱり夏と言えばスイカだよねえ!」

 

「飛び散る果汁、はじける笑顔、一夜の恋……あの日の甘酸っぱさ!それが青春!!」

 

「「「青春!!」」」

 

「もう……調子良いんですから」

 

 堂島と雛乃が差し入れしてくれたスイカのお陰か、皆に生気が戻ってきた。さっきまで木陰でうっつらしていたのが嘘のようである。食いしん坊の穂乃果や凛、そしてスイカに目のない完二が他より多くムシャムシャと食べている辺り完全復活を果たしたらしい。

 

「美味しい。私、スイカって初めて食べたけど、こんなに美味しいものだったのね」

 

「絢瀬先輩、こうやって塩を掛けると更に上手いっすよ」

 

「えっ?………本当だ…本当に美味しい」

 

 初めてスイカを食べたらしい絵里もこの様子だ。完二に塩を掛けてもらって食べてみると、更に美味しさに磨きが掛かったのか、頬を緩ませている。日本のスイカをお気に召したようで何よりだ。そして、

 

「よーし!それじゃあ、スイカ割りやるわよ!!」

 

 ある程度差し入れのスイカを食した頃合いに、にこの号令と共に特捜隊&μ‘sによるスイカ割りが始まった。

 

 

 

 

 

一番手:天城雪子

 

「一撃で仕留める」

 

 最初はヒッターは一番やる気を出していた雪子だ。目隠しをして棒を剣道の試合をするように構えている。こういうイベントに雪子がやる気満々ということが伺えた。

 

「天城!スイカは右だぞ!」

「雪子さん!左です!!」

「雪子!後ろよ!」

 

 一歩一歩踏み出す雪子に皆は大きな声でアドバイスを送る。雪子は皆の声を吟味しながらゆっくりとスイカへ向かって歩を進める。中にも面白半分で嘘を言っている者もいるので、多少混乱しているようだが、雪子は着実にスイカへと近づいていく。そして、

 

 

ーカッ!ー

「そこ!」

 

 

バアアアンっ!!

 

 確信を持ったかのように大きく振りかぶって雪子は棒をフルスイングする。手応えありと雪子は不敵な笑みを浮かべた。だが、

 

 

「ぐほっ………おおお…………」

 

 

「「「完二いいいいいいいいっ!!」」」

 

 

 雪子が打ち抜いたのは完二の急所だった。いきなり股間の急所に鋭い痛みが走った。完二は痛みに耐えきれず白目を剥いたままその場に倒れてしまった。

 

「おおおお……おお………」

 

「あっ、ごめん完二くん。痛くなかった?」

 

 蹲る完二を見て雪子は慌てることなくケロッとした表情でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

二番手:矢澤にこ

 

「よーし!やってやるわ!!」

 

 雪子に続いて、次はにこ。雪子のようなヘマはしないと言わんばかりに気合を入れて目隠しをした。そして、

 

 

バスンっ!

 

 

「ああ……」

 

「何でよおおおおおおおおおっ!!」

 

 結果は間違った指示に乗っかって、別方向にある草むらを打ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三番手:南ことり

 

「よーし!頑張るぞ!」

 

 続いてはことり。可愛らしく拳を作って目隠しをして棒を構える。そして、

 

 

「えいっ!」

 

 

コツンっ

 

 

「「「おおおおおっ!!」」」

 

 見事にクリーンヒット。多少皆の誘導に迷ったものの、ことりの振りは見事スイカの芯を捉えて、ヒビを入れることに成功した。見事にスイカに当てることが出来たことに、周りは歓声を上げる。

 

「すごーい!ことりちゃん!」

 

「ナイスだ、ことり」

 

「ことりお姉ちゃん、すごーい!」

 

 メンバーだけでなく、最愛の悠と菜々子に称賛の言葉を貰ったことりは歓喜余って2人に抱き着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四番手:鳴上悠

 

「よし、次は俺だな」

 

 ことりがスイカにヒビを入れた後、満を持してこの男が登場。自信満々な表情で目隠しをして棒を構える姿は侍を彷彿とさせた。これは、鳴上兄妹のワンツーフィニッシュで終わるのではないだろうか。誰もがそう期待に思う中、

 

 

ーカッ!ー

「ペルソナっ!!」

 

 

 確信を持ったように掛け声を上げて一気に振り下ろす悠。だが、

 

 

ポヨン!

 

「きゃっ!」

 

「んん?」

 

 

 手に感じたのはスイカの堅い感触ではなく、何か柔らかいものを叩いたような感触だった。何を叩いてしまったのだろうと思って目隠しを外すと、そこにあった光景に悠は絶句した。

 

「の、希…………」

 

「…………………」

 

 何とスイカはスイカでも、希のスイカを叩いてしまった。やってしまったと悠は更に顔を青ざめる。まさかこんな時にまでラッキーを、しかも希にしてしまうなんて思っても見なかった。周りを見てみると、さっきまでの盛り上がりが一気に冷めて、代わりに何人かからの殺気を感じる。当の希も黙ったままなので、悠は冷や汗が止まらない。

 何とかこの気まずい状況を打開しようと思考を巡らせていると、ずっと黙っていた希が不意に悠にヒラリと顔元まで近づくと、うっとりするような表情でこう言った。

 

「もう、悠くんの……エッチ♡」

 

 

ー!!ー

「「「おりゃあああああああああああっ!!」」」

 

 

 

 希からの甘い囁きの後、すぐさま悠に特捜隊&μ‘s陣から凄まじい集中攻撃が繰り出された。嫉妬と殺気が重なった総攻撃で悠は河川敷の彼方へと吹き飛ばされて撃沈する。何故か集中攻撃のメンバーに血の涙を流さんとしている陽介も加わっていたのだが、そっとしておこう。

 

 

 

 

 

 

 その後も次々と順番が回ってスイカを割りにかかるが、成果はてんでダメだった。ある者はミスリードに乗っかって全く違う方向に打ってしまったり、当たったは良いものの少しヒビが入ったくらいだったり、誤ってクマや陽介の急所をクリーンヒットしたりとしていた。

 

 

 そして、この泥沼のスイカ割りに終止符が打たれた。

 

 

「えいっ!」

 

 

パカっ!

 

 

「「「おおおっ!!」」」

 

 終止符を打った救世主は菜々子だった。去年からずっとスイカを割ってみたいと願っていた菜々子の一振りがスイカを割ったのだ。上手くことりの入れたヒビのところに入ったらしく、スイカは綺麗に二つに分かれていた。

 

「菜々子ちゃん、やったね!」

 

「よくやったな、菜々子」

 

「うん!お兄ちゃん・ことりお姉ちゃん、ありがとう!」

 

 皆に褒められて嬉しそうに笑顔を見せる菜々子。何と言うか、この笑顔を見るだけで癒される。この笑顔を守るためならなんだって出来る気がする。そう思った悠たちは自然と気力と体力が沸き上がってくるのを感じた。

 そして、菜々子が綺麗に割ったスイカは雛乃がキチンと切り分けてくれたので、皆で美味しくいただいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、息抜きは出来たか?」

 

「はい。ありがとうございます、叔父さん」

 

 スイカ割りも終わって落ち着いたころ、少し離れていた成り行きを見守っていた堂島に悠はスイカを持ってそうお礼を言った。

 

「そうかしこまらなくていい。さっきも言ったが…偶には父親らしいことをしなきゃならんと思ったからな。せっかくお前がこっちに帰ってきたのに、何もしないってんのはカッコつかねえからな」

 

 ぶっきらぼうにそう言うが、堂島の表情はどことなく照れ臭そうだった。おそらく自身の何気ない差し入れが皆に喜ばれたので嬉しいのだろう。

 

「お前も色々大変だな……」

 

「えっ?」

 

「なんというか…去年からお前を見ていると思うんだよ。何でよく茨の道を進むんだってな」

 

 堂島に突然そう言われて、悠は思い当たる節があるのか苦笑いしてしまった。

 茨の道。今までのことを振り返ってみると、確かにそうかもしれない。運命だったとはいえ、転校したばかりだというのに連続殺人事件の謎に首を突っ込んだり、受験生なのに再び事件に巻き込まれ、更にスクールアイドルのマネージャーを務めている。他人から見れば、何故好き好んでそんな道を歩むのかと思うだろう。しかし、

 

 

「わあ!雛乃さん!上手!」

 

 

 突然りせの歓喜の声が聞こえてきたので見てみると、雛乃がりせたちと一緒にダンスのステップを踏んでいた。

 

「ふふふ、意外とやってみるものね」

 

「流石悠の叔母さんだな」

 

 若干の戸惑いはあるものの現役のりせや穂乃果たちとなんら変わりなく踊れている様子に驚きを隠せない。本人はあっけらかんとしているが、あの歳であんなステップを踏めるなどそうそう出来ることではない。昔ダンスか何かをやっていたのだろうか。

 

「ねえ!堂島さんもやってみませんか?」

 

「な、なに!?俺か?」

 

「おおっ!それいいねえ!」

 

「堂島さんのダンスも見てみたーい!」

 

 突然穂乃果に指名されて動揺する堂島。皆も堂島のダンスを見てみたいのか、期待の眼差しで堂島を見ていた。

 

「いやいやちょっと待て、俺はダンスって歳じゃ……」

 

「ダンスに歳なんて関係ないですよ。さあさあ!」

 

「お父さん、頑張って!」

 

 りせたちにそう勧められながらも渋々と立ち上がる堂島。流石に愛娘の声援に応えなくてはならないと思ったのか、嫌々ながらもダンスという未知の世界に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「叔父さん…大丈夫ですか?」

 

「ああ……少し無理しすぎたか………」

 

 

 結果、ダンスに挑戦したものの腰を痛めてしまった。堂島宅のソファで横になる羽目になり、今日はずっとソファで過ごすことになった。りせたちもやりすぎと思ったのか、調子に乗ってすみませんと深々と頭を下げたが堂島はあまり気にしていなかった。幸い軽い程度で済んだらしいが、堂島宅のソファで横になっている様子を見る限り、今日一日は動けないだろう。

 

「全く、もう歳なんですから無理しないで下さいね」

 

「それを言ったら雛乃、お前も」

 

「堂島さん?」

 

「あ、ああ………な、何にもないぞ」

 

 そして、雛乃の地雷を踏んでしまった。何というか、この家に来てから雛乃と堂島の立場が確立している気がする。雛乃は話は終わりというように立ちあがって台所へと向かっていった。

 

 

「そう言えば、今度花火大会でしょ。皆予定は空いているのかしら?」

 

 

 雛乃の不意に放たれた言葉に悠はハッとなった。

 花火大会…今年の夏の締めに相応しいイベントだ。今年の花火大会は確か明後日だった気がする。ラビリスと風花は残念だが、去年一緒に見れなかった直斗や穂乃果たちと是非とも一緒に花火をみたいものだ。一応陽介たちもそのことは把握しているはずだが、念には念を入れておこう。

 

「電話で確認してみるか。ことり、穂乃果たちに確認取ってもらえるか?」

 

「うん!」

 

「菜々子も今年もお兄ちゃんや」

 

「……あっ、ことりの携帯の充電きれちゃった…お兄ちゃん、穂乃果ちゃんたちにも電話してくれる?」

 

「分かった」

 

 夏休み最後のイベントになるであろう花火大会。これは特捜隊&μ‘sの皆と是非とも一緒に過ごしたい。そう思った悠はことりにそう言われるとささっと携帯を取り出して、一人一人にこう連絡した。

 

 

 

 

「花火大会、空いてるか?」

 

 

 

 

ーto be continuded




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#72「Last Summer Memory in High School 2/2.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

新生活が始まって早々ピンチなことが続出しました。多すぎるレポートに今年も集まらない新入生………しかし!そんな辛い出来事を吹き飛ばすかのように【P5R】の最新情報が来た!!イエ―――イ!!
相変わらずワクワクするBGMに"芳澤"というP5初めて?の後輩キャラ、P4Gのような追加要素がありありで興奮が止まりません!もしかしたら、そのうち調子に乗ってP5R発売記念番外編なんか書いてしまうかもしれない………その時はよろしくお願いします。

そして、今話で去年の冬から始まったこの夏休み編も最終回です。前回も言った通り、令和が始まる5月中旬辺りに次章をスタートさせたいと思っています。あとがきの方で次章の予告編を載せていますので、よろしくお願いします。

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・高評価と評価を付けて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

新生活も始まって執筆にあまり時間が取れなくなりつつありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、平成が終わって令和が始まっても応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


花火大会当日

 

 

<稲葉商店街>

 

 

ワイワイガヤガヤワイワイガヤガヤ

 

 

「おおっ!すげぇ人だかりだな!」

 

「去年より人が多いな」

 

「商店街全体を祭りに使うなんて、思いつきましたね」

 

 

 スイカ割りから数日後、夏最後の思い出にと夏祭りを兼ねた花火大会にやってきた。浴衣に着替えるため遅れて来る女子たちに先駆けて陽介たちと共に祭り会場に着いたわけだが、去年よりも多い人だかりとその規模に仰天してしまった。

 聞くところによると、今年の夏祭りは神社だけでなく商店街全体を屋台エリアとしたらしい。それ故か、人の多さに比例して色んな屋台が道沿いに陳列していた。屋台にはたこ焼き・綿あめ・リンゴ飴など定番のものやトルコアイスなどあまり見ないものやビフテキ串・肉丼などと稲羽ならではのものも勢ぞろいだった。

 

「クマ~今年は美味しそうなものがいっぱいでワクワクするクマ~☆」

 

「食べ過ぎんなよ…。まあ屋台も楽しみだけどさ、やっぱ楽しみなのは女子たちの浴衣だろ!なぁ?」

 

「確かに」

 

 そう、祭りの醍醐味と言えば"浴衣"である。夏祭りや花火大会に女子が着るのが定番となっている日本伝統の着物。去年見た限り特捜隊女子陣はかなりレベルが高かったし、それに今年は穂乃果たちμ‘s組もいる。きっと雪子や雛乃が着付けを手伝ってくれているだろうから、陽介がワクワクするのも分からなくはない。ちなみに悠はことりと菜々子の浴衣をここぞとばかりに楽しみにしてる。

 

「いや~花陽ちゃんや希ちゃんもだけどよ、俺的にはやっぱり海未ちゃんとか凛ちゃんとかが楽しみだなぁ」

 

「はっ?なんでっすか?」

 

 陽介の言ったことの意味が分からなかったのか、完二は首を傾げてそう聞き返した。確か陽介のタイプは花陽のような大人し目でかつ胸の大きい子だったはずなのだが。

 

「ほら、浴衣みたいな着物はさ、胸の大小関係なく綺麗に見えるっていうだろ?そしたら、里中とか海未ちゃん、凛ちゃんとか矢澤みたいなぺったんこでも相当レベル高いって思うんだよなあ。まあぺったんこは言い過ぎか。りせちーのレモンくらいはあるんじゃ」

 

 喜々と着物について語る陽介。だが、悠と完二はそれと同時に冷や汗を掻いていた。何故なら

 

 

 

「「「「……………………………」」」」

 

 

 

(陽介!後ろ後ろっ!)

 

(花村先輩っ!後ろ向けっ!花村先輩いいいいっ!!)

 

 

 ハイライトの消えた目で無表情に陽介を見つめる女子陣ぺったんこ組がいたからだ。そんなことは露知らず陽介はアクセル全開で着物談を続ける。

 

「そういやこの間知り合いから聞いたんだけどさ、サラシ巻いてどうにかできるのはDカップまでらしいぜ。絵里ちゃんとか希ちゃんとかマリーちゃんとか直斗とかはそれ以上あるだろうから、あいつらがサラシ巻いて着物着たらもうビシバシだろビシバシ。お前もそう思うだろ、完二?」

 

「い、いや……それは……」

 

 

「「「「「「……………………………」」」」」」

 

 

 そんなこと言えるはずがない。何故なら、ぺったんこ組に加えてそのビシバシ組も殺気が籠った目で陽介を睨みつけているのだから。何とか今の状況を伝えようともあの女性陣の殺気が怖すぎて言葉が発せない。

 

「いやいやヨースケ~、そう考えたらホノちゃんやマキちゃん、ユキちゃんたちがちょうどいいサイズだから更にグッとくるクマよ~。こんなんクマよ、こんな」

 

「だよなあ~あはははっ!!」

 

 

 

「「「「…………………………」」」」

 

 

 

((ブレーキ踏め!2人ともおおおおおっ!!))

 

 

 穂乃果たちも加わって膨れ上がる殺気。あまりの強大さに周りの人達も慄き始めている。中には怖すぎて腰を抜かしている人もいた。そして、裁きの時は来る。

 

「うふふふ……よーすけくんもクマくんも……お可愛いなあ♪

 

「「!!っ」」

 

 希の低い声でようやく気付いたのか、青ざめながら後ろを振り返った2人。事態に気づいてその場から撤退を試みたが、行動が遅く既に海未たちに両腕を拘束されていた。

 

 

「さあ、ワシワシタイムの始まりや♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しして、希たちのお仕置きを受けてきた陽介とクマが戻ってきた。というか、運ばれてきた。彼女たちのお仕置きが相当なものだったのか、意気消沈している。何か"死にたいので帰りたい"などとブツブツ言っているような気がするが、そっとしておこう。

 

「全く困ったものですね。クマさんはともかく陽介さんは」

 

「こんなんだからガッカリ王子って言われるのよ。顔はちょっと良いのに残念ね」

 

「是非もないよね。まあ、そこの変態2人はほっといて……ねえセンパイ、どう?この浴衣姿。グッときた?」

 

 倒れこむ陽介とクマを無視して、りせは見せつけるように悠にそう尋ねた。先ほどのイザコザで気づかなかったが、特捜隊&μ‘sの女性陣は皆色とりどりの浴衣に身を包んでいた。色だけでなく、柄の花も牡丹や椿など各々のイメージに似合っていた。これはもう胸の大小関係なく、

 

「みんな、綺麗だ」

 

 思わずそんな言葉が漏れてしまった。それを聞いた女性陣は皆驚いて赤面してしまったが、悠に浴衣姿を褒められて嬉しいのか、すぐに笑顔になった。

 

「ところで悠くん、この中で一番可愛いと思ったんは誰?」

 

「菜々子とことりだ」

 

 問答無用。希の質問に悩むことなくそう答えた悠に女性陣はやっぱりかと落胆しながらもそう思った。流石は鋼のシスコン番長の名は伊達ではない。それはともかく、悠に褒められた菜々子とことりもとても満更でもない感じだったようだ。

 

「まあ、悠はそう言うと思ったわ。それで、完二くんはどう?」

 

「お、俺っすか!?」

 

「そうよ。完二くんも将来誰かとデートとかするんだったら、褒め方くらい学んでおかないと損するわよ。悠の真似でも良いから、何か言ってみなさい」

 

「え…え~と……その……」

 

 不意に絵里からそんな質問を振られてしどろもどろになる完二。だが、視線は直斗の方にチラチラと向いている。やはりこの男は嘘を付けないようだ。それを見透かしたりせとにこはニヤニヤしながら完二を茶化しにかかった。

 

「あははっ!完二照れてる~」

 

「何よ~、そんなにこのにこちゃんの浴衣姿に見惚れちゃったの~?」

 

「いやいや、完二くんが見惚れてたのは直斗く」

 

「だああああっ!ち、ちがっ!!俺は…その……」

 

「巽くん、僕の浴衣に何か問題が…?」

 

「も、問題なんてねえよ!すごく……そ、その……き、綺麗っつーか……

 

「えっ?」

 

「な、何でもねえ!」

 

「????」

 

 あと少しだったのに、照れが勝って美味しいところを逃してしまった完二。直斗は訳が分からずキョトンとしていたので、どこかもどかしい。女子たちはそう思っていたが、悠は相変わらずの後輩たちのそんな様子を微笑ましそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなイザコザもあったが、まだ花火大会まで時間はある。それまではこの夏祭りで色々な屋台を回って時間を潰そうという形になった。大人数で固まって動くのもあれなので、時間まで各自で自由に屋台を回ろうということになり、悠は菜々子とことりと一緒に屋台を見物していた。

 

「わあ~見てみてお兄ちゃん、かめすくいだって!」

 

「菜々子もやってみるか?」

 

「うんっ!やるー!」

 

「お兄ちゃん!ことりも一緒にやりたい!」

 

「いいぞ」

 

 可愛い従妹たちと色んな屋台を回って幸せな時間を満喫する。最近練習に勉強で自分で追い込んで疲れていたので、菜々子とことりの楽しそうな笑顔を見るだけで癒される。しばらくカメすくいや射的、型抜きなどで従妹たちとの幸せな時間を過ごして、少し一人でぶらついていると、

 

「悠」

 

「マリー?」

 

 突如、どこからかマリーが何か手に持ってこちらにやってきた。よくよく見ていると、マリーの浴衣姿なんて初めて見たのに気づいた悠は思わずマジマジと見てしまう。やはりスタイルが良いせいか、牡丹の花が刺繍されている群青色の浴衣がよく似合っている。それに、浴衣みたいな着物は背筋をまっすぐにする効果があると言われる通り、背筋が真っすぐなマリーはモデルと勘違いされてもおかしくないほどの気品を匂わせていた。

 

「さっき、そこの屋台でビフテキ串があったから買ってきた。食べ切れないから一緒に食べて」

 

 マリーはそう言うと、手に持っていたビフテキ串をグイッと悠の口元に差し出した。これはもしや"あーんして"という意思表示だろうか。そんなことを考えてジッとしていると、中々反応しない悠にマリーがムスッとして更にビフテキ串を突きだしてくる。これは早く貰った方が良いと判断して、悠は一口ビフテキを食した。

 

「うん、美味しいな」

 

 一口貰って咀嚼すると、悠はそうコメントした。相変わらず筋張っていて噛み切るのが大変だが、それがクセになって病みつきになってしまう。そこから溢れ出す肉汁が口いっぱいに広がって味覚を刺激する。

 

「そう……」

 

 悠にあーん出来て嬉しかったのか、マリーは照れ臭そうに身体をモジモジさせて頬を赤らめていた。祭りならではの雰囲気と言うべきか、マリーのその姿がとても可愛らしく見えて、悠は思わず見惚れてしまった。すると、

 

 

「悠く~ん!」

 

 

 まるでこの時を待っていたかのようなタイミングで希もやってきた。振り返って希の姿を見た悠は思わず息を呑んでしまった。先ほどのイザコザのせいであまり見れてなかったが、希も希でスタイルが良いので紫色の浴衣がよく似合っている。それもあるが、何よりいつもお下げにしている髪を一つに上げてまとめているので、いつもより色っぽく見えてどこかぼおっとしてしまった。

 

「悠くん、あっちにたこ焼きが売ってあったんやけど、ウチ一人じゃ食べ切れないから一緒に食べよう♪」

 

 希は微笑んでそう言うと、爪楊枝で一つたこ焼きを差して悠の口元に運んだ。希もかと思いながら悠は口を上げて希にたこ焼きを咀嚼した。

 

「うまっ!」

 

 このたこ焼きも中々だった。柔らかい生地に噛み応えのあるタコ、そしてソースの絶妙な味わいが口に広がって美味である。何と言うか、これも祭りの雰囲気なのかはたまた希にあーんしてもらったからなのか、たこ焼きが更に美味しく感じて思わず頬が緩んでしまった。

 

「悠、とっても幸せそう」

 

「うふふふ、美味しいものは人を幸せにするからなあ。マリーちゃんも一緒に食べる?あそこのたこ焼き絶品やで」

 

「……うん。フシギキョニュウもビフテキ串食べる?こっちも美味しいよ」

 

 悠の幸せそうな表情を見て満足したのか、希とマリーは互いのモノを取り換えっこしていた。何か以前から仲が良いような感じだが、一体この2人に何があったのだろうか?

 

 

「ゆ、悠さん……」

 

 

 また後ろから肩をちょんちょんと叩かれたので振り返ってみると、そこにはどこかモジモジとしている海未がいた。海未もマリーと希と同じく手に何か持っているようだが、悠はそれよりも海未の浴衣に注目していた。何と言うか、先ほど陽介が言っていた通りではないが、浴衣姿の海未は大和撫子な雰囲気が相まって一段と綺麗に見える。そんな海未の姿に悠は思わず"中の人、結婚おめでとう"と言いそうになったのをグッと堪えた。

 

「その……このお好み焼き……私が食べるには大き過ぎるので、一緒に食べてくれませんか?」

 

「えっ?」

 

 

 そして、この後もこのようなイベントが悠に相次いで降りかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!悠、焼きそば食べようぜ!」

「鳴上くん、リンゴ飴あるよ。食べる?」

「お好み焼きもあるよ」

「先輩!この焼きもろこし旨いっすよ!」

「せ~んぱーい!チョコバナナ一緒に食べよう~♡」

 

 

 

「悠さん!この綿あめ大きいから穂乃果と一緒に食べよう!」

「悠さーん!一緒に食べましょう!焼きおにぎり特盛!」

「こっちの焼き鳥も美味しいにゃ~!」

「悠さん…その……この冷やしトマトを一緒に……」

「悠!かき氷持ってきたわよ」

「悠、ここにトルコアイスってものがあったんだけど、一緒に食べましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 このように仲間たちがどんどん屋台の食べ物を持ってきて一緒にと誘ってくる。人の誘いを断れない悠はそれらを全部受けてしまった結果……

 

「げふ……」

 

 食べ過ぎによる腹痛を起こしてしまった。愛屋特製の雨の日のスペシャル肉丼をも完食できる悠の胃袋でもあの量は堪えたようだ。今は腹痛で済んでいるが、これ以上腹に何か入れれば危険だ。最悪その場でキラキラを出してしまうという主人公にあるまじき行為をしでかすかもしれない。一刻も早くここを離れなければと商店街から出ようとしたその時、

 

 

「「お兄ちゃん!」」

 

 

 遠くから愛しの菜々子とことりの声が聞こえてきた。まさかと思いつつ、悠は恐る恐る振り返って2人を見た。

 

 

「「お兄ちゃん、これ一緒に食べよう!」」

 

 

 そして、悠の目に可愛らしい表情でを大きなケバブを手に持った菜々子とことりの姿が映った。その後、一体彼がどう行動を起こしてどうなったのかはご想像にお任せしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、ここに居たのか………って、何やってんだ?」

 

 署での仕事を一早く終えて、指定された集合場所にやってきた堂島が目にしたのは、ベンチで雛乃に膝枕してもらっている悠の姿。表情はどこか辛そうで手をお腹に当てているのが見える。

 

「食べ過ぎですよ。悠くん、みんなが持ってきたものを全部食べちゃったから」

 

「全く、相変わらずだな。こいつも」

 

 事の顛末を聞いた堂島はやれやれと溜息をついた。去年と少し変わったものと思ったが、全く変わっていない。こういう頼みを断れないのも、誰かのために無理をしてしまうのも母親や父親譲りだ。

 それにしても、その悠を膝枕している雛乃の浴衣姿も様になっていた。堂島の目から見てもやはり綺麗だった。だが、その姿が堂島にはどうしても事故で亡くなった妻に重なってしまう。まだ自分はあの事件を引きずっているのかと堂島は思わず溜息をついてしまった。

 

 

「あ、あの……」

 

 

 すると、背後から誰かに声を掛けられた。誰だろうと思い振り返ってみると、そこに見覚えのある男性がいた。その男性を見て堂島は少し驚いていた。何故なら……

 

「ああ、アンタだったか。生田目」

 

「はい、お久しぶりです」

 

 彼の名は【生田目太郎】。元稲羽市議会議員秘書であり去年稲羽で起こった連続怪奇殺人事件の容疑者だった男だ。それに堂島だけでなく悠たち特捜隊メンバーとも因縁のある。あの事件に関してこの男は嫌疑不十分で釈放され、堂島のところに謝罪しに来て以来会っていなかったが、今更何の用だろうか。

 

「あら?あなたは………もしかして、悠くんに何か御用ですか?」

 

「えっ?」

 

「先日、ジュネスで悠くんたちのライブ会場でもお見受けしましたよね?その前も時々悠くんたちが練習しているところを見に来られていたので、何か御用があるのではないかと思って」

 

 突然スラスラとそんなことを言われた生田目は目を見開いていた。どうやらこの男はこの夏の間ずっと悠たちのことを見ていたらしい。また、そのことも雛乃は気付いたようだった。

 

「……はい、その通りです。私は彼らにお礼を言いに来たのです」

 

「お礼、ですか?」

 

「私は……昨年、大きな過ちを犯してしまいました。私の自分勝手な思い込みで…大切な人を死なせてしまい、彼らや堂島さん……他にもたくさんの人達に辛い思いをさせてしまいました。私は…彼らに裁かれても文句は言えない罪人なんです」

 

 懺悔するように言葉を紡ぐ生田目に雛乃は頭が追い付かなかった。おそらくこの男が言っているのは去年堂島が担当して、菜々子や悠たちを巻き込んだという連続怪奇殺人事件のことだろう。その時、菜々子が誘拐されて命の危険に晒されたと堂島から聞いたことはあるが、まさかこの生田目という男がその犯人だったのだろうか。にわかに信じられないことだが、あの悔いるような表情と堂島の苦々しい顔を見る限りそれは事実であると物語っている。

 

「……自分が正義だと信じてた行動が、実は過ちだった。1人の判断力なんてたかが知れてるんです。しかし、私にそのことを気づかせてくれたのが、彼……彼らだったんです」

 

「えっ?……」

 

「彼らは警察さえ信じてくれなかった私の話を真剣に聞いてくれました。そして、あの事件の犯人を探し当てて真実を見つけてくれた。私はそんな彼らの姿に感銘を受けて思ったんです。私も彼らのように皆で手を取り合って、この町の将来を考えたい。目先のものに惑わされずに大事なものを守っていける、そんな稲羽市を目指したいと」

 

 暗い雰囲気から一変して演説するかのように熱くそう語る生田目の瞳から何一つ曇りもない真意が伝わってくる。おそらくこの男は根っからの善人なのだろう。そうでなければ、こんな真摯な気持ちがストレートに伝わってくる訳がない。だが、善人だからこそ去年の事件が起きてしまったかもしれない。

 

「この夏、彼がこの町に帰ってきた時、私は是非ともお礼を言いたいと思いました。私がこう考えて行動しようと思ったのは彼らのお陰ですから。しかし……」

 

 だが、その話題を口にした途端、生田目の表情に曇りが再び生じた。

 

「私は、まだ過去のことを引きずっているのか、彼に声を掛けることが出来なかった。どんな事情があったとしても、私が彼に酷いことをしてしまったのは……変えられない事実なんです。私は……まだ彼らに許されていないと思っている。だから……」

 

 

 

 

「私はそうは思いませんよ」

 

 

 

 

 思い悩む生田目の言葉を遮って、全てを察したかのように雛乃はそう言葉を掛けた。その表情はいつもの親としてのものではなく、本職の教育者としてのものになっている。思わぬ言葉に呆ける生田目を他所に、雛乃は言葉を続けた。

 

 

「貴方が何をして、堂島さんと悠くんたちに何をしてしまったのは聞きません。でも、私からすれば、貴方は十分悠くんたちにお礼を言える資格があると思いますよ。だって…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……………………」

 

「だから、そんなに自分を卑下しないで下さい。将来の議員さんがそんな顔してたら、この街は不安になってしまいますよ」

 

 

 真っすぐな目で生田目を見据えてそう言った雛乃の姿を見た堂島は一瞬そこで寝ている悠と被った気がした。生田目も同じことを思ったのか雛乃の言葉に呆然とした後、目に涙を浮かべていた。

 

「……………ありがとうございます。私はこれからこの町が活気に溢れる素晴らしい街になるよう努める所存です。例え議員に選ばれなかったとしても、何らかの形でこの街に貢献するつもりです。そのためにも、私は…彼らに顔向け出来るように前を向いて歩きたい。あなた方と話せてよかった。本当にありがとうございました」

 

 生田目はそう言って雛乃と堂島に何度も頭を下げると再度ありがとうと礼を言って、その場を去っていった。先ほどの気重たい雰囲気を纏っていた生田目の後ろ姿はどこか希望に満ちているように見える。その要因を作った雛乃を見て堂島は思わず苦笑してしまった。

 

「…やっぱりアンタも悠の家族だな」

 

「何か言いました?」

 

「いや、何も………………………」

 

「あっ!堂島さん!!ここでタバコ吸うのは止めて下さい!悠くんが居るんですよ!!」

 

「くっ………」

 

 そして、こういうお節介なところも似てる。一体誰に似たのやらと思いながらもタバコを没収された堂島であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおっ!今年もここ空いてんなぁ」

 

「本当っすね。流石天城先輩っす」

 

 やってきたのはとある高台。雪子だけが知っていた花火が良く見える秘密のスポットだった。河原の方は人が多くごった返していたが、ここはそれに対して人気がなく静かだった。これは花火を見るのには絶好の場所と言っていいだろう。

 

「こんな場所があったんですね。去年は事件のことで頭いっぱいだったので、気が付きませんでした」

 

「まあまあ、でも今年は直斗くんだけじゃなくて穂乃果ちゃんや絵里センパイたちもいるし、去年より大所帯だよね。楽しくなりそう!」

 

 去年は直斗を除く特捜隊メンバーと菜々子と堂島と見たものだが、今年は直斗に加えて穂乃果たちμ‘sや雛乃もいる。りせの言う通り、今年は随分と賑やかなものとなりそうだ。

 

「あれ?そう言えばクマくんは?さっきから姿が見えないんだけど」

 

「ああ、アイツならさっき女の子にナンパしまくってたぜ。挙句、柏木に誤爆してお持ち帰りされた」

 

「はあっ!?またなの!?本当懲りないなぁ……それに柏木って」

 

「クマ……生きて帰ってこい」

 

 どうやらまたクマは災難に遭っているらしい。去年はあの大谷花子に誤爆してえらい目に遭ったが、今年はよりによってあの柏木女史に引っかかるとは。呆れを越して憐れと思った陽介たちはクマの無事を祈って合掌した。

 

「ええっと…柏木って、あの陽介くんたちの担任の先生だったわよね。それって……」

 

「ああ、あの人かぁ」

 

 GWに八十神高校で一度柏木に出会っている絵里と希は柏木女史がどのような人物なのかを思い出したのか、表情が気まずそうになる。穂乃果たちは面識はないものの今の絵里と希の表情を見てどういう人物かを察したのか、思わず一緒に合掌してしまった。まあクマの女癖の悪さは今に始まったことではないので、ここでまた痛い目に遭ってもらった方が良いだろう。

 

 

 その後、柏木から何とか逃げ切ったクマが帰還してきたと同時に花火大会開始のアナウンスが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドーン!

 

 

 

 

 その日、稲羽の空に大きな花が咲いた。その花はあっという間に消えてしまったが、一瞬の輝きとその美しさに見たものは心を奪われた。

 

 

 

 

ドーン!ドーン!

 

 

 

 

 そして、それに呼応するように次々と空に花が咲き乱れる。夏の夜空に打ち上げられた数多くの花火はただ美しく、ただ儚く散っていく。しかし、その繰り返される営みに人は思わず興奮してしまうくらいの衝撃を与えた。

 

 

 

 

ドーン!ドーン!ドーン!

 

 

 

 

「た~まや~!」

「く~まや~!」

「「「く~まや~!」」」

「ちょっ!それ違うから!!」

 

 

 

 そんな賑やかな仲間たちの会話をBGMにまだ花火は夜空に咲き誇る。その日の夜空の光景は悠のみならず、その場にいる全員の記憶に深く残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~すごかったなあ、今年も花火」

 

「そうですねえ。東京じゃ中々見れないものもあって、最高でした」

 

「また見たいなぁ」

 

 花火大会が終了して、眠たくなった菜々子を連れて堂島と雛乃が帰った後、最後の締めにと陽介がジュネスから持ってきた線香花火で盛り上がっていた。花火大会の後に線香花火をやるというのは如何なものかと思ったが、何だか夏の締めに相応しい雰囲気になってきたので気にしないでおこう。

 

「知ってた?線香花火に願い事して最後まで火が落ちなかったらその願いが叶うんだって」

 

「ああ、それこの間テレビで……あっ!?」

 

「「「「あっ…」」」」

 

「お、終わった……俺の線香花火……まだ願い事してないのに」

 

「最速だったな」

 

 通常通りのアンラッキーをかまして泣き崩れる陽介。やるとは思っていたが、線香花火が始まって早々になるとは予想外だ。まあ、この男らしいと言えばこの男らしい。

 項垂れる陽介を他所に深々と線香花火を眺めていると、ふと完二がこんなことを言いだした。

 

「いや~…こう線香花火を見ているとしんみりするっすよねえ」

 

「おお?いつものポエム属性発動?」

 

「ちげえよ。何と言うかその、夏もそろそろ終わるなぁって思って」

 

「ああ……」

 

 花火が終わった余韻に浸って忘れていたが、完二の言葉で一気に現実に戻ってしまった。

 

「それを言わんでおくれよ……」

 

「受験勉強も佳境に入るし、絆フェスもあるし」

 

 思えばあと数日かそこらで夏休みが終わってしまう。そして、学校が始まったすぐ後には絆フェスも控えている。今後襲い掛かってくるハードスケジュールに思わず気分が沈んでしまった。

 

 

「でも、また皆とこうして一緒に花火見たいよね。他にも海行ったりカラオケ行ったりスイカ割りしたりしてさ」

 

 

 線香花火のように沈んでいく雰囲気の中、穂乃果はふとそう言った。

 

 

「来年悠さんたちは卒業しちゃってもう学校にはいないけど、永遠の別れって訳じゃないからさ。また来年ここに集まろうよ!まだ皆でしたいこと、いっぱいあるし」

 

「……………そうですね。私もまた来年この街に来たいです。今年は結局うやむやになって100km行軍できませんでしたし」

 

「海未ちゃん、それはやらないよ」

 

「なっ!?」

 

「海未ちゃんはよくても俺らが死ぬからな」

 

「なあっ!!」

 

 

 穂乃果と海未のそのやり取りに皆は思わず笑みをこぼしてしまった。そして、穂乃果の言葉に同調して悠は皆の方を見てこう言った。

 

 

「そうだな。また来年ここに集まろう。ここは、俺たちの集合場所だ」

 

 

 どんな困難が待ち構えていたとしても、あの皆で過ごした日々を思い出せば、きっと乗り越えられる。今までの自分がそうだったように、これからもずっとそうでありたい。ここで過ごした日々の記憶はかけがえのない大切なものなのだから。

 

「はは、流石相棒。相変わらず良いこと言うな」

 

「当然だ」

 

「そうだ!今年の冬もまたみんなでスキーに行くか!?今度は雛乃さんにバス運転してもらって遠めのゲレンデに行ってみるとか」

 

「いや、もう冬の話ってどんだけ気が早いんすか。てか花村先輩、アンタ受験生っすよね?」

 

「その時期はもう遊んでる時間なんてないわよ」

 

「あっ…そうだった」

 

「それに図々しいんやない?理事長にバス運転してもらうって」

 

「じゃあ穂乃果たちだけでどこか温泉にでも行こうかな。もちろん、完二くんとりせちゃん、直斗くんとクマくんも一緒だよ」

 

「ええっ!穂乃果ちゃんと完二くんたちだけズルいよ!私も行きたい!」

 

「だから雪子、あたしたちは受験生……」

 

「どんだけ遊びたいんすか…」

 

 

 陽介の言葉を皮切りに話を広げる仲間たち。そんないつも通りにはしゃぐ仲間たちを見て、悠はまた微笑ましそうに見つめた。

 

 

 

 もうすぐ夏が終わる。高校時代最後の夏が終わる。今思い返せば今年も楽しい夏休みだった。去年より一緒に過ごす仲間たちが多くて、それに比例して楽しいこともいっぱいあった。突然りせが芸能界に復帰する"絆フェス"に参加することになったり、ジュネスのライブに出たりと大変なこともあったが、思い出に残る夏休みだった。だから、未だ灯り続けている手元の線香花火にこう願おう。

 

 

 

(また来年も仲間たちと一緒に夏を過ごせますように……)

 

 

 

 そんな願いと共に、悠の線香花火が最後に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、東京では……

 

 

 

「ふふふ、いよいよね。復帰した久慈川りせ、そして前から目を付けてたμ‘s。貴方たちの実力をとくと見させてもらうわ」

 

 

 

 

 

「絆フェスまでもう少しだね。想像以上に話題になってるからプレッシャーだなあ」

「彩ちゃん、気負い過ぎよ。もっと気楽にね」

「そうです!この人たちみたいに楽しんでやりましょう!」

「ああ、その人たちこの間会った人たちですね。ジブンもあの映像見ましたけど、中々でしたよ。あれ?日菜さん、何でそんなに不機嫌なんですか?」

「ぶ~、だって鳴上さん!いつまで経ってもお姉ちゃんにあってくれないもん!絶対気が合うと思うのに~」

「「「「…………………………」」」」

 

 

 

 

 

 

「おおっ!今のは良い感じだったんじゃない?」

「…悪くはなかったわ。でも、まだまだよ。絆フェスまであと少しだし、他の誰にも負けるわけにはいかないわ」

「そうですね。私たちが目指すのは頂点ですから」

「はい、私も頑張ります」

「あっ!絆フェスと言えばね~りんりん、こんな噂聞いたんだけど~」

 

 

 

 

 

 街行く人々の話題は近々開催される愛meets絆フェスティバル、もとい絆フェスのことで持ちきりだった。出演者たちも他の共演者たちを意識して練習に励み、浮き立つそんな中……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美鶴さん、また原因不明の無気力症患者が出たらしいです」

 

「またか……一体何が起こってるんだ。しかもこの時期に。せめて、鳴上たちが巻き込まれなければいいが…」

 

「鳴上くん………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たなる事件の影はひっそりと近づいていた。そして、それはとある少年少女たちにも迫ってくる。

 

 

 

 

【Let`s summer vacation in Yasoinaba.】

-fin-




Next Chapter












――――ねえ、あの噂知ってる?



――――午前零時にどこかのサイトを見ると、勝手に変な動画が流れるんだって



――――最初はよく見えないんだけど、その動画を最後まで見ると向こう側に連れて行かれて
















―――――()()()()()()()()()()()()()()
















「お願い!緊急事態なの!力を貸して!」


「答えは必要か?りせ」

「特捜隊&μ‘s結成だね!」



絆フェスを目前に控えて最後の追い込みをかける特捜隊&μ‘s。そんな中、絆フェスに出演予定のアイドルたちが失踪した事件が発生した。行方不明になったアイドルたちを追って、迷い込んだのは新たな異世界【マヨナカステージ】。しかし、


「なっ!?」

「攻撃が……通じないっ!!」


そこは今までの常識や経験がが通じない未知の世界だった。突入早々に窮地に立たされた彼らは果たして……




そして、


「えっ!?菜々子、テレビに出るの?」

「わ、私も!?」

「テレビ?やったぁっ!!」


現実世界では菜々子と雪穂、亜里沙がテレビに出演!?さらに


「あいつら、一体どこに行ったんだ?」

「我々も最善を尽くします」

「一体、この街で何が起こっているの?」


堂島と雛乃はシャドウワーカーと共に別視点から事件の謎を追う。




マヨナカステージとは何なのか?
巷に流れるマヨナカテレビに似た噂との関連は?
噂の自殺したアイドルとは!?



それぞれの道が重なる時、最高のステージが幕を開ける!果たして、特捜隊&μ'sはマヨナカステージの真実を解き明かすことが出来るのか!?




「行くぞ!ショータイムだっ!!」




PERSONA4 THE LOVELIVE 最新章



【DANCING All NIGHT IN MAYONAKA STAGE】



2019年5月中旬 スタート予定


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【DANCING All NIGHT IN MAYONAKA STAGE】
#73「To the beginning」


閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

ありきたりの表現ですが、ついに令和最初の新章【DANCING ALL NIGHT IN MAYONAKA STAGE】がスタートです!予め言っておくと、この章は前々から匂わせていた通り、色んなキャラクターが登場するものとなっていますが、それを含めて楽しんでもらえたら幸いです。

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・高評価を付けて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

現実ではレポートやら部活廃部の危機やらと色々大変ですが、新章も頑張って執筆していくつもりなので、応援よろしくお願いします。


それでは、新章にして令和最初の本編をどうぞ!






 今でも夢に見る……あの光景を

 

 

 

「失礼しまーす……」

 

 

 

 あの人を追って入った暗い部屋。

 あの人に会うためにこの部屋のどこかで何かしているのかとあきらめきれなった自分はもう少し辺りを見渡して探してみた。

 すると、何処かから音がした。

 何かが倒れたような音だった。気になってその音がした方に視線を向ける。

 

 

 そこにあった光景を目のあたりにして、息ができなかった。

 

 

 

 

 

 

窓を叩きつける激しい雨音

 

 

 

暗い部屋を照らす大きな雷鳴と光

 

 

 

そこに映った黄色いリボンで作られた輪っか

 

 

 

 

その輪っかで吊られた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今思えば、この日から始まったのかもしれない。あの日、自分に降りかかったあの怪事件は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ皆、最近こんな噂が流行ってるの知ってる?」

 

 東京のとあるライブハウスにて、バンドの練習を終えた少女たちがそんな会話をしていた。

 

「噂?」

 

「何かね、午前零時に友希奈さんたちが出る絆フェスのサイトを見ると、勝手に変な動画が流れるんだって」

 

「はあ?」

 

「最初はよく見えないんだけど、その動画の中で死んだはずのアイドルが踊ってて、その動画を最後まで見ると向こう側に連れて行かれて、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ええっ!? 怖―い!」

 

「何それ? そんなの、ただの噂でしょ」

 

「ああ、そう言えばあこも言ってたっけ? 実際どうなんだろうな」

 

「じゃ~さぁ、今夜試してみる? 面白そうだし~」

 

「ええっつ!? もし本当に連れて行かれたらどうするの?」

 

「まあ、試す分にはいいんじゃないか? 噂ってそういうもんだろ?」

 

「……まあ、やってはみようかな」

 

「けってーい! じゃあ、今日の零時に試してみるんだよ~」

 

「だ、大丈夫かな……」

 

 

 

 結果的にその少女の予感は当たった。その日、その少女たちのうち数名が意識不明の重体で入院した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 目を覚ますと、そこには不可思議な景色が広がっていた。床も壁も、天井に至るまで全てが群青に染め上げられた不思議な空間。普通ではありえない光景に思わず唖然としてしまった。

 

 

 

「あら……こんなところに珍しい来客ね」

 

 

 

 ふと見ると、こちらの存在に気づいたのか、目の前に見覚えのない一人の女性が鋭く見極めるような視線を向けていた。プラチナ色の特徴的な髪に秘書を想像させる群青色の服装。まるでモデルみたいな雰囲気を醸し出す女性はこちらを見ると、艶っぽい笑みを浮かべて話しかけた。

 

 

「安心なさい、現実のあなたは夢の中よ。ふここは夢と現実、精神と物質の狭間にある部屋。本来なら"契約"を果たされた方のみが訪れることができる場所であるのだけど……あなたは差し詰め、ここへ偶然迷い込んだ迷い人とでもいうべきかしら?」

 

 

 女性は困惑する自分にそう解説してくれたが、意味が分からないことが多すぎて頭が付いていけなかった。

 

 

「この部屋では意味のないことは決して起こらない。ふふふふ…………折角だから少し彼らの物語を話して差し上げるわ。私が知る限り大きな力を秘めたあの客人…………“彼”の話をね」

 

 

 彼女はそう言って手に持っていた本を開く。そして、彼女が言っていたその物語とやらが映像としてあなたの視界に映り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「これは彼とその仲間たちが巻き込まれた"事件"……というより、"饗宴"といったところかしら? これで私の妹たちが各々の客人たちに失礼を働くことになるのだけど……まあ、それは別の話ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 目が覚めると、どこか知らないベンチで座って寝ていた。意識が覚醒した途端、溜まっていたであろう疲労と眠気が一気に襲ってきたので思わず欠伸をしながら伸びをしてしまう。一体どれだけ寝ていただろう。毎度のことだが、よくこんな場所でも眠れるものだなと思う。

 時計を見ると眠ってから結構時間が経っていた。早く戻らねば絵里に怒られてしまう。

 

 

「お目覚めかしら?」

 

 

 腰を上げようとすると、誰かの声が聞こえてきた。身に覚えのない声だったので見てみると、いつの間にか自分の隣にどこか見覚えのある少女が座っていた。茶髪で勝気な目をしているおでこがチャームポイントな可愛らしい女の子だ。この子は確かどこかで見たことがあるのが、一体何用だろう? 

 

「やっと会えたわね、鳴上悠。突然だけど、貴方にお話が」

 

「あっ! 鳴上さん、み~つけた♪」

 

 突如、誰かが2人の間に割り込んできた。そして、その少女は探していたおもちゃを見つけたかのように悠の手をぎゅっと握って頬を緩ませる。この少女を見た悠はまたかとげんなりしながらため息をついてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<芸能プロダクション"タクラプロ" レッスンスタジオ>

 

 

「遅いね、りせちゃんと悠さん」

 

「そうだね。りせちゃんはともかく、トイレに行った悠が遅いってどういうことかしら?」

 

「さあ? 僕からは何とも」

 

 

 夏休みも終わり残暑が厳しくなった日々の休日、東京に戻ってきた穂乃果たちはりせが所属する芸能プロダクション“タクラプロ”のレッスンスタジオに訪れていた。目的はもちろん、近々開催される【愛meet絆フェスティバル】、通称【絆フェス】に向けての最後の追い込みのためである。

 新学期が始まって新たな学校生活が始まったばかりにも関わらず、その日のために彼女たちはその練習に明け暮れているのだ。普段は学校の屋上で練習する彼女たちだが、りせの都合に合わせてもらうとのことで、今はりせが所属する事務所のレッスンスタジオを借りて練習している。まさかスクールアイドルの自分たちがこんなところで練習できるだなんて思いもよらなかったので、最初こそ穂乃果たちは緊張のあまりにカチコチになってしまったものだ。にこと花陽に至っては驚きのあまりに過呼吸になってしまった。

 

「まありせちゃんも色々やることがあるのよ。ただでさえ忙しいのに、私たちの練習に付き合ってくれてるんだから、しょうがないと思うわ」

 

「まあ……最も僕が主に足を引っ張ってるわけですけどね」

 

 もちろん、東京で探偵活動している直斗も一緒である。夏休みの練習でもそうだったが、社交ダンスの経験が足を引っ張っている故に中々納得のいく演技に到達出来ていない。と、本人は言っているが、絵里たちから見れば最初の時に比べれば随分成長している。ただただ直斗にそういう自覚がないだけだ。

 

「そう言えば、先日鳴上先輩とシャドウワーカーにお邪魔する時に見たんですが、音ノ木坂学院の校舎に凄い垂れ幕が張ってありましたね。あれはもしかして、雛乃さんが?」

 

「ああ、あれかぁ……」

 

「理事長、余程悠さんとことりちゃんが絆フェスに出るのが嬉しかったのかな? 夏休み中、業者にあれこれ注文してたし」

 

 直斗の言う通り、現在音ノ木坂学院では理事長の雛乃によって校舎に大きな弾幕が張ってある。そこには【アイドル研究部"μ's" 愛meets絆フェスティバル出演‼】と書かれている。腕のいい業者に注文したのか見栄えが良く、遠目から見てもかなり目立つものだったので周りからも注目されてしまっている。まあ八十神高校の方もかなり宣伝しているので、あちらにいる陽介たちも現地で騒がれていることだろう。

 

「ふふふ、この絆フェスのために考えたキャッチフレーズがあるの! 特と見なさい!」

 

 見ると、にこが花陽と凛に何か見せるのかそんなことを宣っていた。何かキャッチフレーズという単語が聞こえた気がする。嫌な予感がして思わずにこの方を振り返ってしまった。

 

「にっこにっこにー あなたのハートににっこにっこにー 笑顔届ける矢澤にこにこー。 ダメダメ! にこにーはみんなのも・の♡」

 

 あざとくやり切ったにこの姿に、皆は凍り付いたようにフリーズした。気まずい雰囲気がスタジオ中を支配する。そして、

 

「気持ち悪い」

 

「ちょっと! 何でそんなこと言うのよ! 昨日寝ないで考えたのに~~~~!!」

 

「徹夜のテンションじゃない……」

 

 凍り付く雰囲気の中、迷わずにこが考えたキャッチフレーズを一刀両断した真姫。相変わらずと言うか、相変わらず誰に対しても容赦のないキレ具合に感服してしまった。

 

 

「やっばい! チョー遅れちゃった! みんなごめんね!!」

 

 

 その時、勢いよく入り口のドアが開いて慌てた様子のりせが入ってきた。ここまで全速力で走ってきたのか相当息が上がっている。

 

「前の打ち合わせが終わんなくてさ。ごめんね!かなり待った?」

 

「仕方ないですよ。本番も近いし、久慈川さんはやることだらけでしょうから」

 

「そうよ。それに、私たちだけじゃなくて陽介くんや雪子ちゃんたちにもレッスンつけてるんでしょ?」

 

 確かに、夏休みが終わってからりせは絆フェスに向けての打ち合わせや各地への宣伝活動に明け暮れて目まぐるしく忙しい日々を送っていた。しかも、その合間を縫って稲羽までわざわざ出向いて陽介たちにもレッスンをしているらしい。

 

「せっかくみんなに参加してもらうんだし、サイコーのパフォーマンスにしたいじゃない。こっちにいるセンパイや直斗くんたちだけじゃなくて、稲羽のみんなとも連帯取りたいっていうかさ」

 

「りせちゃん!」

 

「……なのに、フェスのプロデューサーがあの厄介な落水さんなの! さっきだって、“素人を、ましてやスクールアイドルなんて使うから無駄なコストがかかる”とか“ここは学芸会じゃない”とか好き放題言ってさ…………ああもう! 思い出しただけで頭にくる! こうなったら意地でもやり切って、みんなの凄さを見せつけてやるんだから!!」

 

「りせちゃん…………」

 

 良い感じのことを言ったのに、先の会議のことを根に持っているのか、りせは不機嫌な顔で地団駄を踏んでそう怒る。何と言うか、大したプロ意識だと感心してしまう。まあ余程そのプロデューサーの言葉が癪に障ったのかもしれないが。

 

「ところで、悠センパイはどうしたの?」

 

「いや、それが」

 

 すると、解答を待たずにレッスンスタジオのドアが開いて誰かが入ってきた。もしや悠が帰ってきたのではないかと思ったが、それは違った。

 

「りせちゃん、練習中悪いけどちょっと良いかな?」

 

「井上さん? どうしたの? てか、たまみたちも一緒じゃん! うわー、何か久しぶり!」

 

 入ってきたのはりせのマネージャーでタクラプロ内でも敏腕マネージャーと称されている井上だった。井上だけでなく、何名かの少女も一緒にようだ。

 

「うん、実は」

 

 

「「きゃ、きゃあああああああああ!!」」

 

 

 井上が何か言いかけた時に、突然にこと花陽が素っ頓狂を上げて腰を抜かした。その表情は何か信じられないものを見たかのように青ざめていた。

 

「ど、どうしたのよ? 2人とも」

 

「な、何って! あ、あああああああれって! かなみんキッチンの4人じゃない!?」

 

「えっ?」

 

「そ、そうですよ! 中原のぞみ、上杉たまみ、右鳥すもも、左山ともえ! 4人とも全員かなみんキッチンのメンバーです!」

 

「「「ええええええええええっ!?」」」

 

 突然のカミングアウトに穂乃果たちはまるでチュートリアルでラスボスと遭遇してしまった冒険者のように驚愕してしまった。

 それもそのはずだ。今回自分たちが出る絆フェスの大トリを務めるという人気アイドルグループのメンバーが目の前にいるのだから、そうなるのも無理はない。

 

「あははは、また2人に解説してもらっちゃったね。彼女たちがどうしても君たちに会ってみたいって言うから、連れてきたんだけど……大丈夫だったかな?」

 

「ま、まあにこちゃんと花陽ちゃん以外は大丈夫だと思うけど……ところで、かなみは?」

 

「かなみちゃんは今度出すソロ写真集のPR中だよ」

 

 なるほど。まあこの場にかなみが居たならば、花陽とにこが更に喜びと驚きのあまりに卒倒したかもしれないので、ここにいなくて良かったのかもしれない。そのことを受けて、井上の隣で佇んでいた少女が口を開いた。

 

「そうね、井上さん。最近かなみだけ働かせすぎだから。来ているお仕事を全部やらせればいいってものじゃないと思うわ?」

 

「はは、手厳しいな。ともえちゃん」

 

「当たり前でしょう? もうすぐ絆フェスだもの。今でさえ練習時間足りないって事、本当に分かっているのかしら?」

 

「分かってるよ。あのイベントはかなり注目されてるからね」

 

「ねー! すももも写真集のお仕事欲しいよ! 可愛い水着とか、い~ぱい着たいもん!」

 

 大人っぽい仕草で井上に苦言するともえと子供のようにせがみ始めたすもも。何と言うか、りせの後輩なのに各々の年齢が全く分からずに困惑した。実際幾つなのだろうか。直接話すことになったら、敬語を使った方が良いのだろうかと穂乃果たちは見てて悩んでしまった。それよりも

 

「凄いね……」

 

「ええ、久慈川さんがいっぱいいるみたいですね」

 

「えー!? 私そんなキャラ被ってる? 何か心外だな~、先輩として」

 

「あ、いや! 決してそういう意図じゃなくて」

 

「ねえ! りせ先輩! この子たちがあの話題になってたμ‘s?」

 

 すると、先ほどの紹介で"たまみ"と紹介された少女が突然穂乃果たちに歩み寄って、品定めをするかのように観察してきた。身体の隅から隅まで見るようにジロジロとされたので、穂乃果たちは困惑する。すると、

 

「うん! 全員私の方が勝ってる!」

 

「はっ?」

 

「まあ、私より胸とかお尻とか大きい子がいるけど、全体的なバランスを考えたら私が上だね」

 

「「ええっ!?」」

 

 出会い頭に観察してきたと思いきや、そんなことを宣ってきた。初対面の人に言うことにしては失礼なのだが、それよりも穂乃果たちは状況が読み込めずに混乱していた。

 

「もう……たまみ、またやってるよ。ごめんね、みんな。その子誰にでもこうやってすぐ絡んじゃうから」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「何だか、声のせいか嫌なことりって感じですね」

 

「こ、ことりはこんな感じじゃないよ!嫌なことりって……お兄ちゃんに嫌われちゃうよ……」

 

 呆れたりせがそうフォローしてくれたが、いまいち納得がいかない。確かに芸能界は厳しい世界で他人との競争が激しいものであるとは分かるが、いくら何でもこうあからさまに挑発するように比べれることはないだろう。更に何か言いたそうな様子のたまみに何か注意しようとしたその時、

 

 

「すまない! 遅れた……あっ、井上さん。こんにちは」

 

 

 噂をすればと言うべきか、ドアが開いてかなり焦った表情をした悠が入ってきた。どうやら長いトイレから帰ってきたようである。

 

「ああ、鳴上くん。お疲れ様」

 

「悠さん、お帰り!」

 

「遅いよ、お兄ちゃん! 何してたの!?」

 

「あ、ああ……トイレを出た後に眠くなって少しベンチで横になってたら、氷川さんに見つかって。偶々近くにいた丸山さんと大和さんが何とかしてくれたから助かったが、あのままだったらヤバかった」

 

「「「「………………」」」」

 

 やけに長いトイレだと思っていたらそんなことだったらしい。そうだ、この男はこういう男だった。

 先日の絆フェスのCM収録のために撮影スタジオを訪れた時、この男は何人かの女性に絡まれていた。特にその氷川というかなみんキッチンのライブで出会った女性に何かと絡まれているらしい。それに加えて他の女性にも連絡先を教えてくれと頼まれていたので、あまりのモテ具合に常時不機嫌になったことをりせたちは思い出した。

 

「ああ……やっぱり日菜ちゃんか。あの子、最近センパイの話ばっかりするんだよね。イヴちゃんもセンパイを武士みたいでカッコイイとか言ってくるし、センパイがナチュラルに女の子を落としていくから嫌になっちゃうよ」

 

「えっ? 別に俺は何もしてないけど」

 

「はあ…………」

 

「???」

 

 そして、この天然ぶりである。一体この男の主人公のような習性はどうやったら治るのだろうか。いや、既に手遅れか。

 

「あ、あれが噂の鳴上サン……何だか……負けた…………」

 

 たまみは悠の様子を見て何を思ったのかショックを受けたように撃沈していた。格の差を見せつけられたように項垂れているが、悠にはそれが分からないかった。

 

「ん? ことり、どうしたんだ。そんなに落ち込んで……て、あれ?」

 

「ことりじゃないよ! たまみだよ! 何で間違える訳!?」

 

「お兄ちゃん! それはことりも見過ごせないかも!」

 

「いや、何かことりと声が似てたから」

 

「はあ!?…………うううううう……!」

 

 声だけでなく恰好もことりに似ていたせいか、たまみをことりと町が得てしまった悠。まあ他人から聞いても、この2人は何故か声が同じように聞こえるので、悠が間違えるのも無理はないと思うのだが、一体何故だろう? どこか負けた上に名前まで間違われたたまみは悔しいのか地団駄を踏んだかと思うと、ビシッと悠を指さして宣言した。

 

「見てなさい! 鳴上サン! 次に会う時、私はあなたよりずっと素敵な男子をいっぱい引き連れて来るわ!」

 

「はっ?」

 

「それこそ金魚のアレみたいにもう後ろが見えないほどずらーッとね!」

 

 たまみの微妙な例えに場の空気が凍り付いた。これには流石の悠も唖然としてしまう。これはわざとやっているのだろうか。だが、本人の顔色を見ると何が起こったのか分からずキョトンとしているのが見えたのでこれは素だ。

 

「ごめんなさいね。たまみちゃん、例え話がちょっと上手じゃないのよ」

 

「てゆーか、何でアレなの? 金魚のフンでも良くない?」

 

「そうね、"フン"でも別にアイドルのイメージは崩れないわよね。言い換えた分、逆に強調されちゃってるし」

 

「うるさーい!!」

 

 すももの指摘にたまみは激昂して追いかける。そして呆れた様子で傍観を決め込んでいるともえ。この様子はさながら喜劇だ。まあこんな状況はμ‘sの練習でもよく見かけるので驚きはしないが、りせが随分と困惑している。これはフォローすべきかと思っていると、今までダンマリしていたもう一人の少女が進み出て笑顔を向けてきた。

 

「ダメじゃないか、みんな。レディはおしとやかにしなくちゃね」

 

「は、はあ……貴方は……中原のぞみさん、でしたっけ?」

 

「ふふ、お目に書かれて光栄です。ボクの顔、しっかり覚えて下さいね?」

 

「よ、宜しくお願いします……」

 

 なるほど、流石あの3人と同じグループだけはある。一見してこの中原が話ができそうな感じだったが、一筋縄ではいかなかったようだ。相手をしている直斗がたじろいでいるのがなによりの証拠だ。しかし、この間も同じような女性と出会ったような気がするのだが、このタイプの人は皆こうなのだろうか。

 すると、困惑する悠たちを心配してくれたのか、彼女たちのマネージャーである井上がそう制止をかけてくれた。

 

「はいはい、みんなそこまで。あんまり鳴上くんたちを困らせないようにね」

 

「お、お構いなく! 僕らは全然平気ですから……」

 

「ええ、私たちのことは気にせずに……ねえ、悠」

 

「ああ、その通りだな」

 

「まあ、大人な対応。貴方たち好感が持てそうね」

 

「「「………………」」」

 

 顔色変えずにそんな対応を取った悠にともえは嬉しそうに色っぽい目でそう言った。その発言に何名かは悠に鋭い視線を向ける。

 

「はい! そこまで! もう、先輩たちもちゃんと止めないとダメだよ。この子たちずっとこの調子なんだから」

 

「ああ、すまない。穂乃果たちもいつもこんな調子だから大丈夫かなって思って」

 

「ちょっと! 穂乃果たちはいつもこんなんじゃないよ!!」

 

「そうだにゃ!」

 

 悠の言葉に穂乃果と凛は全力で抗議するが、事実は事実なので否定のしようがない。

 

「ところでさ、このμ‘sの子たちと鳴上さんたちってりせ先輩の何? まだ他にも来るんだよね? 友達とは聞いてるけど、全員カレシとか?」

 

「ちがうっつーの……てか、そんなワケないでしょ!」

 

 りせと悠たちが気の知れた相手を話しているのを疑問に思ったのか、たまみはそんなことを尋ねてきた。最後に余計なことを入れてきたが、それはそっとしておこう。

 

 

「みんなはね、私の大事な、かけがえのない大切な仲間なの」

 

 

 りせの言葉に、たまみのみならずかなみんキッチンのメンバー全員が一瞬言葉を失って、妙な静けさが場を包んだ。その様子を見て悠は不思議に思った。りせは何も変なことを言ったはずではないのだが一体どういうことだろうか。

 

「仲間……ですか」

 

「フフ、素敵な響きね」

 

「まあ、でも~……センパイだけは私の特別かな♡」

 

 小悪魔のように微笑むとりせは流れるように悠の腕を仲睦まじそうに組んで来た。これを見たかなみんキッチンの一同は黄色い歓声を上げる。

 

「久慈川さん!?」

 

 まずい、これはまずい。これでは完全に悠とりせがそういう関係であると彼女たちに勘違いされてしまう。りせはそう仕向けるようにわざとやったことなのだろうが、後輩たちの前とはいえ、アイドルがそんなことをしていいのだろうか。証拠に井上の表情が戸惑いで溢れている。

 

「りせちゃん! 離れて!! アイドルがそんなことやっちゃだめだよ!!」

 

「ちょっ! ことりちゃんも!」

 

 井上が止める前にことりはそう抗議すると、対抗するように反対側の腕を組んで来た。まさに男を奪い合う女たちのような光景になり、4人から黄色い歓声が更に上がる。

 

「わあ! あの人モテモテだぁ。すごーい!」

 

「ま、また負けた……何か勝てそうにないかも……」

 

「あらあら、これは大変ね」

 

「ふふふ」

 

「じゃ、じゃあ……そろそろ僕らは行こうか。そろそろ時間だし。ともえちゃんたちは夕方まで休憩だから各々楽屋か何かで待機しててね」

 

「「「「はーい」」」」

 

「えっ? あの、ちょっ」

 

 この場にいるのが気まずくなったのか、そろそろ時間だというので井上とかなみんキッチンたちは悠たちのことを勘違いしたままレッスンスタジオから去ってしまった。そして、

 

「りせさん、今さっきのことについてお話がありますので、覚悟は良いですね?」

 

「あっ……やばっ」

 

「ついでに、悠くんとことりちゃんもな」

 

「ええっ!? ことりは何も悪くないよ!!」

 

「お、俺も?」

 

 結局、この一件について海未を初めてとする面々からお説教を食らってしまった。その後、かなみんキッチンとの会合を終えた悠たちは日が暮れるまで練習に励んだが、当人たちのメニューがいつもより一層厳しかったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「ああ……大丈夫さ」

 

「さっきの海未ちゃんたち、凄く怖かったね……」

 

「ああ……」

 

 束の間の休憩時間、悠は近くの自販機でコーヒーを買っていた。昼のことがあってからぶっ通しで練習をしていたため、今やっと休憩に入ったところだった。1人だとまた誰かに絡まれるかもしれないからという理由でことりも一緒である。悠にとってもことりを毒牙に掛けようとしている輩から守れるので一石二鳥だったりもする。

 

「やあ、鳴上くん。それに、ことりちゃんも。調子はどうだい?」

 

 一息ついていると、先ほど昼にも会った井上がこちらに歩いて来るのが見えた。

 

「ええ、おかげさまで」

 

「はい! りせちゃんや絵里ちゃんのお陰でバッチリです!」

 

「そうか。それは良かったよ」

 

「井上さんこそ大丈夫ですか? どこか疲れてる様に見えますけど」

 

「ハハ……堂島さんと同じで鋭いね。まあ、今回の絆フェスはタクラプロにとっても一大イベントだからね。それに、りせちゃんにとっても大事なイベントでもある。彼女のマネージャーとして手は抜けないよ」

 

 朗らかに笑ってそう言う井上だが、顔から今まで溜まっているであろう疲れが見え隠れしているのを悠とことりは見た。改めて自分たちはこのタクラプロがこのように全力を捧げるイベントに関わるのだと思うと、少し怖気づいてしまった。

 

「ああ、ごめんね、プレッシャー掛けるようなこと言っちゃって。でも、大丈夫だよ。練習を見ている限り、君たちもりせちゃんに負けないくらいの才能を持ってるし期待もしてる。それに、僕らもプロだ。君たちが自分の力を出し切ってくれれば、それを何倍にも増やして、お客さんを必ず喜ばせてみせる。全力でサポートするよ」

 

 いつもどこかつかみどころのない井上だが、りせの話をする時は本当に嬉しそうな顔をしている。りせの才能にはそれほど魅力があるということだろう。悠は仲間が褒められた様な嬉しさと、身の引き締まる思いを感じて思わず頷いた。

 

「ところで鳴上くん……かなみんキッチンのメンバー、見てないよね? 似た人がいた、とかでも良いんだけど」

 

「いえ、見てませんが」

 

「確か、昼間に紹介して貰った時だけだったよね?」

 

「それならいいんだ。ごめんね、変なこと聞いちゃって。練習室は僕が口利きしているから好きなだけ使って良いけど、あまり遅くならないようにね。最近巷で物騒な噂が広まってるらしいし。じゃあ僕、これから会議あるから」

 

 井上はそう言うと急ぎ足でその場を去っていった。井上が去っていく様子を見て、悠とことりはどこか違和感を感じ取っていた。

 

「お兄ちゃん、今の井上さんの様子、おかしくなかった?」

 

「……ああ」

 

 ことりにそう言われて、悠は昼間に出会ったばかりの4人の顔を思い出しながら状況を推察する。こう言うのは失礼だが、りせや真下かなみほどではないにしろ、彼女たち……かなみんキッチンのメンバーはタクラプロの抱える大切なタレントだ。その行方をマネージャーである井上が悠とことりに尋ねたこと自体奇妙である。それに井上のあの様子はどこか焦っているように見えた。

 

「何かあったのかな?」

 

「どうだろうな…………ん?」

 

 思考を巡らせていた刹那、2人の前を誰かが横切った。そして、

 

 

 

「ぎゃっ!!」

 

 

 

ズザザザザザザザザッ!!

 

 

 何かに躓いたのか、思いっきり転んだ。まるで野球のスライディングの如く磨き上げられた廊下を滑っていった。その光景を目にした2人は困惑した。うちの穂乃果や凛、にこでもやらないような派手な転び方をしたのだ。これはあまり声を掛けらないのではないか? 

 

((……そっとしておこう))

 

「……か、顔から行きました。痛てえです…………はっ! み、見られてた────!!」

 

 相手の女性もこちらの視線に気づいたのか、オーバーなリアクションを見せたと思うと急に頭を下げ始めた。

 

「ご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 何でもないです! 平気ですから! 急がず、騒がず、すぐに退散しますから!」

 

「えっ? ……いや、あの」

 

「という訳で、いざサラバーっ!」

 

 女性はひとしきり勝手に喋ると、悠たちの言葉を聞くことなく全速力で2人の視界から消えていった。まるで台風が過ぎ去ったような出来事に思わず唖然としてしまう。自分が言えたことではないが、変わった人だった。

 しかし、先ほどの女性を目にした途端、悠はどこか女性に覚えのある既視感を感じていた。それが何故だかは分からないが、時計を見ると、そろそろ休憩時間も終わる頃合いだったので、2人は急いでスタジオに戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――あれから更に数時間後………

 

 

「うわあ! みんなとっても上手くなったよね」

 

 

 本番のダンスを一通り通して見終えた後、あまりの完成度にりせはそう歓声を上げた。プロのアイドルであるりせからの称賛に穂乃果たちは照れてしまう。

 

「そ、そうかな?」

 

「うん! これなら本番も絶対大丈夫だよ。ねっ、絵里センパイ」

 

「そうね。明日こっちに来る陽介くんや千枝たちとリハーサルで合わせるのが楽しみね」

 

 タオルで汗を拭いてドリンクを飲みながら絵里はそう答える。

 確かに2人の言う通り、夏休み中の特訓が実を結んだのか、絆フェス出演が決まったばかりの頃とは比べようがない程上達している。それに、明日はリハーサルということで稲羽にいる陽介たちもこっちに来る。夏休みが終わってからしばらく合わせてないので、どれほどのものになったのかを試すのは確かに楽しそうだ。

 その時、

 

 

 

パチパチパチパチ

 

 

 

 どこからか拍手が聞こえた。誰だろうと思って音がする方を見てみると、そこには知らない女性が1人いた。その姿を目にしたりせは声を詰まらせた。

 

「お、落水プロデューサーっ!?」

 

 りせの"プロデューサー"という言葉に、悠々とこちらに近づいて来るその女性の姿を改めて確認した。張りのあるスーツに強い意志を表す瞳、自信と実力を感じさせる力強く早足な歩幅。まさに姉御、もしくは女帝と称すべきオーラを纏った女性だった。この人がもしかして、りせが苦手と言っていた落水というプロデューサーだろうか。

 

 

「見事なものね。わざわざ会議を中座してまで様子を見に来た甲斐はあったかしら」

 

 

 先ほどの練習を見ていたのか、そう称賛の言葉を掛けてくれた落水。しかし、その言葉にそのような意味が込められていないことは何となく分かった。しかし、そんなプロデューサーを目の前にいるのに関わらず、嫌そうな顔をしながらりせは落水に応対した。

 

「何か用ですか? 私たちまだ練習中ですけど」

 

「用がなければ来ないわ。それにしても、タクラプロも落ちたものね。井上がどうしてもっていうから許可したけど…………久慈川りせ、まさかこんな子たちを舞台に上げる気じゃないわよね? こんな学芸会レベルの、ましてや部活動でアイドルごっこしているようなお子様たちを」

 

 随分な言い様にりせはカチンときた。自分のことはともかく大切な先輩と友達たちをそう貶されて言葉では表せないほどの怒りが湧いてくるが、ギリッと奥歯を食い縛りながら溢れる感情を抑えて、りせはおもむろに落水に反論を開始する。

 

「……前にも言いましたけど、先輩たちの出演は主催者さん側のOKも貰っています。ファンのみんなも応援してくれてるし、事務所も私の“売り”になるって、ちゃんと判断してくれてますから」

 

「そうね、"あなたのファン"はそう言うでしょうね。じゃあ、例えば久慈川りせに興味のない他のアイドルのお客はどう思うかしら?」

 

「それは……」

 

 落水の鋭い指摘にりせは言葉を詰まらせた。そのりせのその反応に落水はガッカリしたのか溜息を吐いて更に追撃する。

 

「失礼、取り消しましょう。()()()()()()()でしかない貴方にこんな事を言うだけ無駄だったわ」

 

「ただのって……そ」

 

「そんなの失礼だよっ!!」

 

「そうですよ!りせさんを何だと思ってるんですか!!」

 

「……プロデューサーだからって、その言い方はないんじゃない?」

 

 これには穂乃果と花陽、真姫が抗議の声を出した。穂乃果は友人として花陽はりせのファンとしてなので分かるが、あの真姫がこうしてりせのために怒りを見せるのは驚きだ。だが、落水はそんな3人の抗議に怯まず何食わぬ顔で更に言葉を続けた。

 

「……大したお友達ね。お飾りの人形に文句を言ってどうなる訳でもないしょう? わきまえるべきは作り手よ。貴女たちの場合は井上……いえ、タクラプロって事になるかしら?」

 

「なっ!?」

 

「り、りせちゃんだけじゃなく……い、井上さんまで……」

 

「この……」

 

 落水プロデューサーのこの言葉に悠を除くその場にいる全員の表情に怒りが滲み、場に緊張が走った。自分たちのことだけでなく、井上まで悪く言われて怒る気持ちは分かるがこれは非常にマズイ情況だ。確かに落水の言葉は正しい所もあるが、それは悠とて容易に受け入れられるものではなかった。だが、怒りに任せてもこの場が解決できるわけではない。怒りに任せてアクションを起こそうとしたりせたちの前に立って、落水の目を悠は静かに見据えた。

 

「センパイ!?」

 

「悠さん!?」

 

 悠と落水の対峙に更に緊張が走る。身体が勝手に動いて互いに睨み合うような形になってしまったが、悠は臆さず落水に向かって言葉を投げた。

 

 

「頑張りますよ、俺たち全員で。見ていてください」

 

「…………ええ、楽しみにしているわ。私は素人でも妥協するつもりはないわよ。私のプロデュースするイベントで、半端なステージは絶対に許容しない。特に、ステージを理由なく放棄するなんてことはもってのほかよ」

 

 

 先ほどの言葉が自分も気に障ったのか怒気を含んだ声色になってしまったが、落水はそれに動じず平然とそう返した。最後に心当たりがあることに触れられて顔をしかめてしまったが、落水はお構いなしに厳しい言葉を浴びせた。

 

「死ぬほど練習しなさい。恥を晒すのは自由だけど、失敗は許さないわ」

 

 トーンの変わらない声でそう言い放つと、落水は用は済んだと言わんばかりに踵を返してスタジオの扉へと向かった。その姿勢に流石は芸能界に立つプロフェッショナルという事だけはあると痛感する。

 あれが落水鏡花……この芸能界で"女帝"と恐れられる敏腕プロデューサー。今まで相当な修羅場をくぐり抜けてきたのか、何事にも動じない強い大人の風格というものを肌を持って感じた。

 すると、落水は突如立ち止まると、悠たちの方を向かずにこんなことを言ってきた。

 

 

「でも、貴方たちの舞台はなくなるかもしれないわね」

 

 

「は?」

 

 突然言われた言葉に悠たちは訳が分からずフリーズしてしまった。今なんと言った? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 一体何故? そんな疑問が渦巻く悠たちを他所に落水はりせの方を向いて話を続けた。

 

「久慈川りせ、場合によってはあなたとかなみに本番でデュオを組んで貰うわ。新しいセットリストは明日出る。どちらになるか、後で井上に連絡しておくわ」

 

「は、はあっ!? 何ですか、それ! よく分からないんですけど!」

 

「分かる必要はない。あなたは指示に従うだけよ。タクラプロにも話は通ってるはずだから。その場合、そこのあなたたちのステージは無しね」

 

「なっ!? 待ってください! どうしてそうなるんですか!?」

 

「そうですよ! 明日、僕らの仲間が来るんです! みんな今回の絆フェスに出演する為に、わざわざこちらまで来るのに! 突然無しだって言われても」

 

「それは申し訳ないわね。ちゃんと席は用意しておくわ、楽しんで行きなさい」

 

 直斗たちの抗議に悪びれることなくそう言うと、話は終わりだと言わんばかりにさっさとドアを開けて立ち去って行ってしまった。

 取り残された悠たちは状況が呑み込めずにただ呆然としてしまった。たった今落水から告げられたステージが無くなるかもしれないという信じられない事実を突きつけられて、ただ身体が動かない。だが、

 

「何よ今の……! 私、ちょっと井上さんに確認してくる!」

 

「あっ! りせちゃん!?」

 

「ちょっ! 穂乃果! 待ちなさい!!」

 

 衝動的に飛び出していったりせを追って穂乃果たちも出て行ってしまった。その場に取り残された者たちはただただ突然置かれた状況に困惑するしかなかった。

 

「一体……どうなってるの?」

 

「私たちのステージが無くなるって……そんなの…………学園祭の時と同じじゃないですか…………」

 

「「「……………………………」」」

 

 海未たちの記憶に蘇るのはあの学園祭ライブの事件。あの佐々木竜次に学園祭でのステージを邪魔した挙句に、自分たちを殺そうとした今でも思い出したくない忌々しい出来事だった。またあの時と同じ、誰かに自分たちのステージを奪われようとしている。

 しかし、それは悠とて同じだった。学園祭ライブと同じようにまたも自分たちのライブが中止されようとしているのだ。夏休みの間、絵里とりせの厳しい練習に耐えながらあれだけ頑張ったのに、それが無為になってしまう。そんなことは悠でも許容できなかった。今すぐにでも何か行動を起こしたいのだが、

 

「みんな、落ち着け。今はとりあえず待つしかない」

 

「そうですね。ここで慌ててもしょうがないですし……しかし、何でこんなことになったんでしょう」

 

「普通何も前触れの無しにこんなことなんて……」

 

 すると、ドアからノックする音が聞こえた。そして、返事を待つことなく誰かが入ってきた。一瞬りせではないかと思ったが、そうであればノックなどしないはずだ。

 

 

「あは~、すみません……落水さんは、そのお……」

 

 

 入ってきたのは濃緑色のジャージに"人生"と大きく漢字で書かれたTシャツを着て、地味なメガネを掛けている如何にも地味という印象を持った女性だった。そんな見知らぬ女性がいきなり空気を読まずに入ってきたのでぎょっとしたが、とりあえず直斗が対応してくれた。

 

「落水さんなら……先ほど出て行かれましたが」

 

 同意を求める直斗の視線を確認し、目の前の少女に頷き開けしてその言葉を保証する。女性はしまったと言うように頭をぺチンと叩いて愛想笑いを浮かべた。

 

「ですよね~、あはは」

 

「失礼ですが、あなたは?」

 

 当然のように直斗はこの謎の女性にそう尋ねる。その時、複数のドタドタと響く足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。

 

「大変! センパイ!! って、かなみ!? 何でここにいるの!?」

 

「ほうあっ! りせ先輩だー! おひさしぶりでーす!」

 

「もう、相変わらずパッとしないなあ。いくらプライベートでも、ちょっとはその冴えない服装を何とかしたら?」

 

「え~、私これじゃないとダメなんですよねえ。麻弥さんだってそうじゃないですかぁ」

 

「全く……千聖ちゃんの気持ちが分かった気がするよ……」

 

 慌てて戻ってきたりせが女性を見るや否や、驚いた表情になっていた。どうやら相手の反応からして知り合いらしい。しかし、ここが芸能事務所であることを考えれば、りせの知り合いがいるのは当たり前だが、今の悠たちには状況が読み込めなかった。何故なら

 

「かなみ……?」

 

「もしかして……」

 

 そう、りせはこの女性のことを()()()と言った。同姓同名という可能性もあるが、もしやと思い、悠は思い切ってりせに質問した。

 

「りせ、悪いが俺たちにも分かるように説明してくれないか?」

 

「あ、うん……良いのかなぁ」

 

「えっ?」

 

 一瞬何故か花陽とにこの方をチラッと見て難しそうな表情を浮かべたりせ。しかし、気まずそうに思い悩んだ末に、思い切るようにして皆にこの謎の女性を紹介することにした。

 

 

 

「まあ……いっか。じゃあ、紹介するね。この子がかなみんキッチンのセンターのかなみ。皆のよく知ってる()()()()()だよ」

 

 

 

「「「……………………………………………」」」

 

 

「ん?」

 

 

 驚きのあまりに声が出なかった。この地味な少女が真下かなみ? あのテレビやライブで人を惹きつける笑顔や圧倒的なオーラを見せたりせの後輩ポジションと噂される人気アイドルの? そんなまさか、あの大人気アイドルがこの女性であるはずがない。何かの聞き間違いだと一部の者はそう思ったが、

 

 

 

「どーも! ご紹介されたかなみんキッチンの【真下かなみ】です! よろしくお願いします!!」

 

 

 

 そんな願いはご本人の言葉で打ち砕かれた。

 

 

 

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

 

 

 

 

「…………えっ」

 

 

 

 

 

 

「「「「「えええええええええええええええええええっ!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 衝撃的な事実に仰天してしまった一同。ファンである花陽とにこは今度は失神しかけて倒れそうになる事態になって、スタジオが慌ただしいカオスな状況になってしまった。

 しかし、そんな中、悠だけは別のことで驚きを感じていた。やはりこの女性に感じていた既視感は夏休みにかなみんキッチンのライブを観に行った時に感じたものと同じだったのだ。しかし、何故自分が真下かなみに既視感を感じるのか? その謎を解く答えを悠はまだ分からなかった。

 

 

 

ーto be continuded




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#74「Mayonaka Stage.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

最近息抜きでプレイしているゲームは【サクラ大戦1~4】と【MetalGEARSOLID PW】。自分はどうやら少し昔のゲームにハマる傾向にあるようです。秋に発売予定のP5Rも楽しみですが、冬に発売予定の新サクラ大戦も楽しみです。

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

暑くなってきた上に、考えることが多くなって大変な日々が続いていますが、これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!






<レッスンスタジオ>

 

 

そ……そんな……まさか……あの人が…………真下かなみなんて……

 

に……にこは……ゆ、夢を……見ているのかしら……夢なら……さ……め……て……

 

 

 レッスンスタジオはもうカオス化している。先ほどのりせから放たれた衝撃告白に、にこと花陽が失神寸前で危うく病院に運び込まれそうになったのだ。それもそのはず、先ほど目の前でぼおっと事の様子を眺めている地味な少女の正体がずっと敬愛してきたアイドル【真下かなみ】であると判明したのだから、無理もないだろう。

 

「あ~あ、やっぱりこうなっちゃった……言わなきゃよかったかな……」

 

「まあ、いずれ知ることになったと思うから良かったんじゃないか?」

 

「まあ、そうだね。かなみって普段はいっつもこうなの。オドオドしてるし、な~んか冴えないし、お仕事している時とは全然イメージ違うんだよね」

 

「いやいや、変わりすぎでしょ! 完全に別人ですよ!?」

 

「そうだよ! 変装しなくても絶対気づかないよ!」

 

「よく言われます、あは~☆」

 

 どうやら本人はまるっきり自覚がないらしい。穂乃果たちはともかく、去年の稲羽での事件から数々の人の秘密を目の当たりにしてきた悠もこれには流石に驚きを隠せなかった。とりあえず、あっちは絵里と希たちに任せてこっちはりせの話を聞いてみることにした。

 

「りせ、何か大変なことがあったんじゃないか?」

 

「あ……そうなの! 井上さんは捕まらなかったけど、周りのスタッフさんや他の子から変な話聞いちゃって……」

 

「変な話?」

 

「うん……かなみは何か知ってる? ともえたちがいなくなっちゃったって話」

 

「!!……それは」

 

 りせの言葉に騒がしかった周りが水を打ったかのように静かになり、代わりにシリアスな雰囲気が辺りを包んだ。それほどまでに、りせから告げられた内容が衝撃的だったからだ。聞かれたかなみは心当たりがあるのか、りせの言葉に顔を曇らせている。

 すると、かなみんキッチンのメンバーがいなくなったと聞いたせいか、先ほど倒れていた花陽とにこが目をクワッと見開いて起き上がった。

 

「いなくなった!?」

 

「たまみさんやともえさんたちですか!?」

 

「そうなの! 何か携帯に電話しても連絡取れないとかで。事務所やこの近所を探しても見当たらないから、井上さんたちがその事で走り回ってるみたい。落水さんがあんなこと言いだしたのも、きっとそれのせいだよ!」

 

 詳しい話を聞いた穂乃果たちに緊張が走る。状況を瞬時に把握した直斗が顎に手を当てて推察を開始した。

 

「なるほど……フェス当日まで彼女たちと連絡が取れなければ、イベントに穴が空いてしまう。だからこそ落水さんは先ほど、久慈川さんとかなみさんのデュオを持ち掛けたんですね」

 

「でも、こ……たまみさんたちとは昼間会ったばかりじゃないか。少し連絡が取れないくらいでそんなことするか?」

 

「お兄ちゃん? 今ことりとたまみさんを間違えなかった?」

 

「い、いや……それは……」

 

「……すると思います。落水さんなので」

 

 あまりの事態に混乱していると、かなみがふとそう呟いた。やはり、かなみには心当たりがあるらしい。

 

「かなみさん、それは一体?」

 

「私、知ってるんです。さっき落水さんからその話を聞きましたから。それで、“お前がいればどうとでもなる”って、言ってました……」

 

 暗くそう語ったかなみの言葉に皆は唖然としてしまった。落水がかなみに放ったであろうその言葉はあの人物なら言いかねないほど冷酷で無慈悲、仲間を大切にする悠たちにとって容認できないものだったからだ。

 

「どうとでもなるって……あなたのグループのメンバーじゃない! 何か事件に巻き込まれたらどうするの!?」

 

 この言葉を聞いた絵里は流石に堪忍袋の緒が切れたのか、鬼のような形相で激昂した。

 

「う……分からないけど、"()()()()()()()()()()()()()()()"って」

 

「そんな……私たちを何だと思ってるのよ! アイドルは、替えのきくの道具じゃない!!」

 

「そうですよ! もし誰かに誘拐されてたらどうするんですか!? 騒ぎになってからじゃ遅いかもしれないんですよ!!」

 

「い、いや……その………うううううううう…怖いです~」

 

 絵里に厳しめに諭され、りせと海未の凄まじい剣幕に圧されてしまったかなみは震えて黙り込んでしまった。

 

「ふ、2人とも、落ち着いて下さい。もし本当に行方不明なら、いくらでも打つ手はあります。まずはイベントの主催者側に掛け合って、警察に捜索願を出してもらいましょう。僕の方から掛け合っておきます」

 

「うん。いざとなったら、お母さんの知り合いの弁護士さんにも掛け合ってみる!」

 

「よし! じゃあ、早速行動を」

 

 もしかしたら、かなみんキッチンのメンバーが誘拐されたかもしれない。そう考えて居ても立っても居られなくなった彼女たちは一斉に行動を開始しようとする。夏休み前に自分たちのリーダーを失いかけた事件もあってか、その行動は迅速で無駄がない。しかし、

 

 

「待った」

 

 

 そんな彼女たちを悠は一声で制止した。突然止めに入った悠に皆は意外そうな視線を向けた。確かに、りせの怒りや直斗の言うことは最もだ。それに、4人の行方が分からないという事件めいた話なので、穂乃果たちがそういうことになるのも分かる。だが、その前に確認しないといけないことがある。

 

「みんな、落ち着け。とりあえず状況を整理するぞ」

 

「せ、整理?」

 

 悠は皆にそう言うと、縮こまったかなみに駆け寄って優しく声を掛けた。

 

「かなみさん、絵里たちが怖がらせてすみません。最近似たようなことがあったから、ちょっと熱くなってしまったんだ」

 

「あっ……は、はい! だ、大丈夫です………あ、絢瀬さんたちもそういつまりじゃなかったのは……分かってますから………」

 

「早速だけど、ともえさんたちと連絡が取れなくなったのはいつですか?」

 

「あへ? えっと……そんなに前じゃなかったと思います。私も、落水さんからその話を聞いたのがついさっきなので」

 

 なるほど、それさえ聞ければ十分だ。かなみの話を聞いてそう頷いた悠は再びりせたちの方を向いてこう言った。

 

「さっきも言ったけど、俺たちもかなみんキッチンのメンバーとは昼間に会ったばかりだ。今警察に行ったとしても、まともに話を聞いてくれるとは思えない。それに、もし本当に何もなかった場合、彼女たちに迷惑がかかるんじゃないか?」

 

「「「あっ……」」」

 

 悠の話を聞いて、思わぬ見落としをしていたことに気づいた穂乃果たちは納得した表情を浮かべた。

 

「そっか、そうだよね……私、去年の事件の時、井上さんにずっと迷惑かけてたし。今思えば、あの時警察に届けを出されてたら、もっと問題になってたかも……」

 

「わ、私も久しぶりのお休みの時に次の日まで寝ちゃった時、事務所さんが先方に謝って風邪ってことにしてくれたです。いや~もう寝すぎちゃって頭痛かった~☆」

 

「いや、それはレベルが違い過ぎるでしょ……でも、悠の言う通りかもね」

 

 酷なことを言うようだが、まだ一日も経っていない状況で届けを出しても警察は動いてくれない。逆に届けが受理されて捜索が始まったとしても、マスコミに嗅ぎ付けられたりしたら、話が誇張されて更なる騒ぎになるだろう。最悪、主催者側が責任を追及されて絆フェスが中止になるかもしれない事態に発展するかもしれない。

 

「では、こうしましょう。明日、かなみんキッチンの皆さんとまだ連絡が取れない場合、僕たちで主催者側に彼女たちの安否確認をお願いする。それでも動いてくれない場合は、僕たちが責任を持って、直に警察に届け出を」

 

「いいと思う。それに、明日になれば陽介たちも来るし、叔父さんも一緒だ。いざとなったら、桐条さんもいる」

 

「そっか! もし警察がダメでも、堂島さんや桐条さんなら話を聞いて動いてくれるかもしれないって事か。さっすがセンパイ! あったまいい!」

 

 そう、悠が直斗の提案を肯定したのはりせが言った通りである。

 悠の叔父である堂島遼太郎は凄腕のベテラン刑事だ。わざわざ悠たちが出る絆フェスに合わせて休暇を取ってくれたらしいが、この手の話に最も効果的なアドバイスをくれるだろう。更に、堂島が力になれなかった場合の保険として、シャドウワーカーの美鶴もいる。正直美鶴の力を借りるのは気が引けるが、状況が状況だった場合はしょうがない。

 

「さすが悠さん!」

 

「やっぱりお兄ちゃんは最強だね!」

 

「流石はウチの旦那さんやなあ」

 

「違うでしょ!?」

 

「いつから悠はアンタの旦那になったのよ!」

 

「それを言うなら一世(プリーモ)だにゃ」

 

「それも違うよ、凛ちゃん」

 

 この状況を対処するのに最適な提案をした悠にりせと穂乃果たちは嬉しそうにそう称賛した。成り行きを見守っていた海未たちもうんうんと頷きながら悠の提案を肯定する。誰か不穏なことを宣っていたが、こういうやり取りをしていると、仲間との絆を感じる。これまで色んな災難を乗り越えてきたからこそ、そういう風に感じるのではないかと悠は思った。

 

 

「ほわあ……皆さん、仲良しだぁ。いいなぁ」

 

 

 そんな悠たちの様子を眺めていたかなみは羨ましそうに目を細めていた。どうやら、かなみんキッチンのメンバーもそうであったように、かなみ自身も悠たちが仲良さそうに接しているのが新鮮であるらしい。

 

「ほら! ぼーっとしない! かなみも協力してもらうんだからね!」

 

「ほえ? ええ!! 私も入れてくれるんですか!?」

 

「入れるの何も……あなたは、ともえさんたちが心配で落水さんを探していたんですよね? だったら、最初から僕らと目的は同じなのでは?」

 

「ああ、だけど無理強いはしない。かなみさんがどうしたいかできめるといいよ」

 

「…………」

 

 悠たちの言葉を受けて、かなみは目を閉じて思考に入った。すると、決心したように目をゆっくりと開いて宣言する。

 

「私も……皆さんと一緒です! たまみんやともちんたちが心配ですので!」

 

「だったらもう、きみも俺たちの仲間だ」

 

「よろしくね、かなみさん!」

 

「ぐむむむ……むあーい! 私、皆さんの仲間でーす!」

 

 悠たちに仲間だと認定されて嬉しいのか、かなみは飛び上がって悠と穂乃果の手を取って満悦な笑みを出していた。その笑顔はステージでの"真下かなみ"のもの。容姿が180度変わろうと、アイドルとしての才能は本物だった。

 

「な、なんというか……悠と穂乃果はいつも流れるように人と仲良くなるわよね」

 

「それがあの2人の良いところなんやない?」

 

 毎度のことながらあの2人は初対面の人物であろうともすぐに仲良くなる。こういうコミュニケーション能力が我らがリーダーたちの特技であり、一種のカリスマ性なのかもしれない。

 

「じゃあ、明日、花村先輩たちが来たら、もう一回集合だね。あ、かなみはお仕事でしょ? 何かあったら、私からメール入れておくから」

 

「了解です!」

 

「っていうか、かなみ。何でも人が言ってくれるのを待ってたらダメだよ。アイドルなんだから、どんどん前にでなきゃ。花陽ちゃんや海未ちゃんにも言えるけど、内気で可愛いとか言われるのは、最初だけだなんだからね」

 

「「「はい……すみません……」」」

 

「き、厳しい世界ですね……」

 

 これにかなみだけでなく、そんな節がある海未と花陽も何故か一緒に謝ってしまった。流石は現役アイドルからのお言葉は身に染みるらしい。

 

「よし、時間も遅いし、今日はこれで解散しよう」

 

 とりあえず今後の方針は決まった。もう日が暮れて辺りが真っ暗になっているので早く帰った方が良い。かなみは明日も仕事があるというので仮眠室へ、りせたちは汗を拭いて着替えるというので、悠は別の部屋で帰り支度をするためスタジオを出る。すると、

 

 

「あっ! 鳴上さん、見~つけた♪」

 

「失礼します(ダッ!)」

 

「あっ、待ってよ~! 鳴上さーん!」

 

 

 ドアを開けた先でバッタリ日菜に出会ってしまった。何かされる前に悠は全力疾走でその場から逃げ出した。そして、今度こそ逃がすものかとあちらの負けじと追いかける。スタジオでりせと穂乃果たちが楽しく談笑しながら着替えている中、事務所内では悠と日菜による追いかけっこが繰り広げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……な、何とか……撒いたな……」

 

 途中何度も捕まりそうになったが、何とか日菜を振り切った。出会いがしらに逃走してしまって申し訳ないが、本能が危ないと言っているので仕方がない。さて、自分も帰り支度をしなければと思って近くの更衣室に入ろうとすると、

 

 

「んっ……?」

 

 

 更衣室からガサゴソと着崩れする音がした気がする。嫌な予感がした悠はそっと更衣室のドアに耳を澄ませた。

 

 

「ふう……リハーサルとはいえ、疲れるわね」

「友希菜、すっごく汗かいてるね。紗夜も」

「これくらい当然です」

「わあ! りんりんの下着すっごく可愛いねぇ!」

「あ、あこちゃんっ!?」

 

 

「……………………」

 

 

 嫌な予感は的中。この更衣室には着替え中の女子たちがいる。こんなところに間違ってでも入ってしまったら、もう自分たちのステージがなくなるどころの話ではない。即刻この場は立ち去らなければならないだろう。しかし、

 

「………………(何だ!? か、身体が勝手に……更衣室に)」

 

 誰の差し金なのか、悠の身体が更衣室へ突入しようとする。何故こうなったのかは分からないが、このままではまずい。身体がいう事を聞かず、いざ更衣室のドアに手を掛けたその時、

 

「あっ! 鳴上さん、ここにいた~♪」

 

「やばい!」

 

 幸か不幸かドアを開けようとしたタイミングで追跡していた日菜に見つかった。日菜の姿を確認した悠はドアから手を放して一目散に逃走する。何だか嬉しいような悲しいような気分になりながらも悠は振り切ろうとペースを速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら? また会ったわね」

 

「……君は?」

 

 またも日菜の追跡から逃れて空いている更衣室を探している悠に見覚えのある少女が話しかけてきた。この少女は確か昼間にベンチで寝ていた時に話しかけてくれた子だったと思うが、改めてこの子は一体何者だろうか。それに、その少女の後ろに控えている子たちもどこかで見たことがあるのだが。

 すると、悠がそう思っているのを察したのか、少女は笑みを浮かべてお辞儀した。

 

「ふふ、そう言えば自己紹介がまだだったわね。改めて初めまして、スクールアイドル"A-RISE"のリーダーをやっている【綺羅(きら)ツバサ】よ」

 

「えっ?……君が?」

 

 綺羅ツバサと名乗ったので悠は少し驚いた。まさかと思ったが、この子が世にスクールアイドルブームを生み出しかつ夏のラブライブで優勝を果たしたあの"A-RISE"のリーダー、綺羅ツバサ。ということは、後ろに控えている他の2人はもしかして。

 

「こんにちは、ツバサと同じA-RISEの【優木(ゆうき)あんじゅ】だよ」

 

「【統堂(とうどう)英玲奈(えれな)】よ。よろしく」

 

「は、はあ……鳴上悠です。一応スクールアイドル"μ‘s"のマネージャーをやってます」

 

 まさか、ここであのスクールアイドルA-RISEのメンバーとも遭遇するとは思いにもよらなかった。彼女たちのことはネットや動画で見たことがないし、前からファンであったにこからも多少のことは聞いていたが、やはり直で会ってみるとオーラが違う。

 英玲奈はロングヘアでスラッとした長身で左目下の泣きぼくろがチャームポイントの美少女。あんじゅは髪はウェーブがかった茶髪のロングヘアで、3人の中では最もスタイルが良いほんわかとした雰囲気を持っている。その2人をまとめているリーダーのツバサはまさに童顔ながら王者というに相応しいカリスマ性を感じる。まさに優勝すべきして優勝したと言っても過言ではないと悠は思った。

 

「へえ~、貴方が鳴上さんなんだ。ツバサが言ってた通り、カッコイイ人ね。音ノ木坂学院のオープンキャンパスとかで見た通りだよ~」

 

「そうね。やっぱりオーラが違うわ」

 

「は、はあ……ありがとうございます」

 

 自己紹介を終えるや否や、あんじゅと英玲奈は悠と同じような感想を言いながらジロジロと悠を観察し始めた。何と言うか、仮にも人気スクールアイドルの美少女たちにそうまじまじと見られると気恥ずかしくなる。こんなところをことりや希たちに知られたら、怒られそうだが。

 すると、ツバサがあんじゅと英玲奈の間から割って入り、悠に顔を近づけてこう言った。

 

「昼間は氷川さんが乱入して話し損ねたけど、実はあなたにお願いしたいことが……」

 

 

「あっ! 鳴上さん、発見~! お姉ちゃん、ここに居たよ~!」

 

 

「さらばだ! (ダッ!)」

 

「ちょっ! またぁ!?」

 

 またも日菜に見つかった。日菜の接近を素早く察知した悠はその場から脱兎の如く退避した。またもツバサの話を聞き損ねてしまったが、今は逃げるのが重要だ。

 しかし、このままでは埒が明かないと判断した悠は何かないかと辺りを隈なく見渡す。すると、近くの倉庫からこの状況を脱するのに最適な道具を発見した。

 

 

(これなら……行ける!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<レッスンスタジオ>

 

 

「せ、センパイ……どうしたの? さっきより汗かいてる気がするんだけど…………」

 

「それに、そのダンボールは何よ? ラブダンボールって書いてるけど」

 

「……そっとしておいてくれ……」

 

 何とか空いている更衣室に逃げ込んで帰宅準備を終らせてから、今度こそ日菜に見つからないようにと段ボールに隠れて移動しながらスタジオに帰ってきた自分をほめてあげたい。

 しかし、一度やってみたかったからと言ってダンボールに隠れながら移動するのは如何なものかと思ったが、やってみれば意外といけるもので何とか日菜の追跡から免れた。やはりボスの言う通り、ダンボールは万能だ。今度怪盗をやっている後輩にオススメしてみよう。

 

「ところで……何の話をしてたんだ?」

 

「ああ、実は悠がいない間に落水さんの話で盛り上がっちゃって……」

 

「落水さん?」

 

「そうなの! あの人ね……!」

 

 りせの話によると、どうやら落水は毎度何も知らせずに本番でいきなり無理難題をさせるなどの演出で出演者を売りに出すプロデュースを得意としているらしい。そんなプロデュースのお陰でファンから"悪徳プロデューサー"と呼ばれているものの、数々のアイドルやタレントをヒットさせているので、実力は本物だとも言われている。

 りせも以前に落水のプロデュースで酷い目に遭ったことがあるらしく、今回のかなみんキッチンのメンバーの失踪も、もしかしたら落水の仕掛けではないかと考察したらしい。

 

「ま、まあ……いくら落水さんでもそこまでしないよ……多分……」

 

「そ、そうよね……」

 

 先ほど出会った時の態度を見たら一瞬そうなのではと思ってしまうが、どうなのだろうか。すると、何か考え込んでいた直斗は意を決したように口を開いた。

 

「鳴上先輩、今回のともえさんたちの件、もしかしたらあの噂に関係あるんじゃないですか?」

 

「………そうかもな」

 

「妙な噂?それって、どういうこと?」

 

 何か今回の件について心当たりがあるのか、直斗の言葉に悠は頷いていた。何も知らない穂乃果たちがポカンとしているのを見て、直斗と悠は顔を見合わせて

 

「ええ、最近巷でこんな噂が流れているんです。"午前0時に絆フェスのサイトを見ると、見たこともない動画が流れる。その動画では死んだはずのアイドルが躍っていて、動画を最後まで見たものは向こう側へ連れ去られて、二度と目が覚めない"というもので」

 

「ちょ、ちょっと直斗くん! いきなり何言いだしてんの!?」

 

「ななな、何よ! 死んだアイドルって!」

 

 いきなり怪談じみたことを話す直斗にこの手の話を苦手をしているりせたちがそう慌てだす。

 

「すみません……怖がらせようとしたわけではないんです。も、もちろん“死んだはずのアイドル”なんて話、僕は信じませんよ! 絶対!!」

 

「「「………………」」」」

 

「ヴヴんッ! 僕がこの話をしたのはそういう事を言いたかったわけではないですから」

 

「じゃあ、どういうこと?」

 

「…………似ていると思いませんか? 僕たちや穂乃果さんたちが経験した……“あの事件”に」

 

 "あの事件"という言葉を受けて、穂乃果たちはハッとなった。

 "雨の日の午前0時、消えているテレビを見ると、そこに運命の相手が映し出される"【マヨナカテレビ】。そして、"午前0時頃に何も写ってないテレビの画面を見つめると、次の日に行方が分からなくなる"【音ノ木坂学院の神隠し】。確かに直斗の指摘通り、その噂は自分たちがこれまで関わってきた事件の鍵となった噂と似ている……否、似すぎている。

 

「もしかして……」

 

「ええ、実際に被害者が出てるんです。事実として、東京都を中心に何人もの人が()()()()()()()()()()らしいです」

 

「えっ? 昏睡状態!? そんな……」

 

「そう言えば、クラスの人が1人入院したって聞いたけど、まさか……」

 

 直斗から告げられた事実に皆は驚愕した。まさか絆フェスに向けて練習に励んでいる間、そんなことが起こっているだなんて思いもしなかったからだ。似たような噂が流れているだけでなく、実際に被害者が出ているとなると落ち着いてはいられない。

 

「それって……偶然なの? てか、悠は知ってたの?」

 

「…………ああ。それで俺はこの間の練習の時、直斗とシャドウワーカーに行ってきたんだ。黙っていてすまない」

 

「そ、そうか。それで……」

 

 数日前に悠が突然シャドウワーカーにお邪魔すると言いだした時は何の用事かと思ったが、合点がいった。また自分たちに何も言わずに直斗と勝手に調査していたことに関しては少々腹が立ったが、まだ確証がない段階で変に自分たちを不安にさせたくなかったからだろう。

 

「この件は美鶴さんたちも知っていましたが、まだ調査中で被害者と噂との間に因果関係は証明されていないそうです。噂の方が後から発生した可能性もありますしね」

 

「そうなんだ……美鶴さんたちでも、まだ分かってないんだ」

 

 直斗の話を聞いた穂乃果はチラッと壁の時計の方を見た。時刻は午後9時30分。まだ噂の時間には早い。

 

「じゃあさ、今日試してみる?」

 

「えっ!?」

 

「言われると思ったよ。一応俺も何回か試してみたけど、何も起こらなかった。でも、今日はもしかしたら」

 

「ええ。これがともえさんたちの失踪に関係しているかは不明ですが、一応確認しておいた方がいいでしょう」

 

「じゃあ、各自で確認してみましょうか」

 

 穂乃果の提案でマヨナカテレビに似た噂を試してみることになった。直斗や悠の言う通り、もしこの噂があの事件の延長で、失踪したかなみんキッチンのメンバーがこれに関わっているとなったら、放ってはおけない。

 しかし、これに怪談みたいなことが苦手なりせが抗議の声を上げた。

 

「ええっ!? マジでやんなきゃいけないの………センパ~イ♡怖いから~今日センパイの家に泊まってい~い?」

 

「えっ?…」

 

「ダメだよ!! お兄ちゃんの家はことりの家!! りせちゃんなんか上がらせないもん!」

 

 ことりは断固拒否するようにりせの前に立ちはだかって威嚇する。りせも負けじと必死に睨み返す。またそんなりせに思わぬ仲介が入ってきた。

 

「でも、もう夜も遅いし、りせちゃんの家ってここからじゃ遠いんでしょ? 井上さんも忙しくて送れないみたいだし、一泊くらいちょうどいいんじゃないかしら?」

 

「ちょっ! 絵里ちゃん!?」

 

「さっすが絵里センパイ! 分かってる~♪」

 

 絵里という思わぬ味方がついたりせは虎の威を借りる狐のように調子に乗り出す。しかし、すかさずもう一人の天敵がりせに立ちはだかった。

 

「でも、それやったらウチも悠くんの家に泊まってええ?ここからじゃウチの家も遠いし、何よりウチが悠くんに手を出そうとするりせちゃんの抑止力になれるんちゃう?」

 

「アンタも何言ってんのよ!! アンタが一番手を出しそうじゃない!!」

 

「そうですよ! こうなったら悠さんを守るために私も泊まります!」

 

「花陽!? アンタも!?」

 

「じゃあ……私も」

 

「ええっ!? じゃあ、にこも!」

 

 またしてもカオス。りせを皮切りに自分が悠の家に泊まると一歩も譲らない乙女たち。堂々巡りでこの光景を見ていると抑止力なんて幻想なのではと思ってしまう。また喧嘩が始まったと呆れ気味に絵里はため息をついた。

 

「ねえ……悠、どうするの?」

 

「えっ? 俺?」

 

「こうなったら貴方に決めてもらうのが一番でしょ。で、改めてどうするの?」

 

 絵里の言葉に一同の視線が悠に集中する。何故自分が決めなければならないのか。これじゃあどこの雑用係みたいじゃないかと思いながら、悠は頭をフル回転させて、最適だと思う判断を下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<南家 リビング>

 

「悠くん、これはどういうこと? 何でりせちゃんと直斗くん、東條さんが家に来ているのかしら?」

 

「い、いや……その……」

 

「よ、夜遅くなっちゃったし……センパイとことりちゃんの家が近かったからで……」

 

「す、すみません……理事長……」

 

「押しかける形になってしまって」

 

 結局、南家にはりせと希、直斗がやってきた。この3人以外のメンバーも最初は文句を言っていたが、全員は流石に入りきれないし、ご両親も心配している方もいらっしゃるだろうからと【言霊遣い】級の伝達力で説得して丁重にお帰り願った。

 

「………………まあ、絆フェス前だし色々事情があるんでしょう。さあ、冷めないうちに食べなさい。明日も練習なんでしょう」

 

「「「あ、ありがとうございます!」」」

 

 雛乃は少し訝しんだものの、快くりせと直斗、希の来訪を受け入れてくれて作っていたであろう温かい手料理でもてなしてくれた。気を遣わせてしまった風で申し訳なかったが、何も聞かずに3人の泊りを許可してくれたこと雛乃に悠は心から感謝した。

 だがその後、りせとことり、希の3人がどこで寝るかで言い争いを始めてしまった時に、怖い笑顔で言いくるめた時は恐怖を覚えたが、そっとしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、夜も更けて時刻は午後11時55分。午前零時を指す頃合いとなった時間に、皆は南家の居間に集まった。雛乃はこの時間は部屋で仕事をしているはずなので、何が起こっても気づかないだろう。

 

「いよいよですね」

 

「ああ……」

 

「ほ、本当に見るの!? 見なきゃ……だめ?」

 

「まあ」

 

 これがかなみんキッチンの失踪と関係あるかが定かではないが、音ノ木坂の神隠し事件のこともあるし、別の事件が起きているのであれば確認しておかなければならないだろう。仮に噂が本当で向こう側に連れて行かれたとしても、こっちはナビペルソナ所持者が2人いるし、戦闘力が高い直斗やことりもいる。自分以外はもう覚悟を決めたような表情をしていたので、りせは諦めたように項垂れながらもヤケクソ気味に意を決した。

 

「ああもうっ! 分かったわよ! はい、センパイはこっち! 直斗くんはこっち! 希センパイはこっちでことりちゃんはこっち! 何が起こってもぜ──ーったい逃げないこと!! いい!?」

 

「完全に俺たちがりせを包囲してるみたいになってるな」

 

「自分から逃げ道塞いでる辺り、清々しいなぁ」

 

「も、もう!……えっと……愛、ミーツ、絆……と。あ、出た、絆フェスのサイト」

 

 りせの指が携帯をなぞり、画面に絆フェスのサイトが映し出される。楽曲の情報、チケットの案内、出演者のコーナー……以前情報をチェックした時より項目や内容が増えているが、サイト自体に変化はない様に見える。

 

「特に……妙な点は見当たりませんね」

 

「ほら、何にも映りないでしょ? そんな噂、絶対に嘘だよ」

 

 何もなかったのを良いことにそう捲し立てるりせだが、残念ながらまだ時計は午後11時59分。出来たらこのまま何も起こらないことを祈るしかない。

 

 

 そして、時刻は午前零時を指した。その時、

 

 

「ちょっ! 何これ!!」

 

「「!!っ」」

 

 

 りせの声で携帯に目を戻すと、そこには先ほど微塵も感じられなかった異変が映し出されていた。

 

 

 

 

 画面いっぱいのノイズの嵐、時折走る不気味な光。その中で複数の影が揺れ動いている。

 

 

 

 

「確かに……人影が映ってますね。これ、踊っているように見えませんか?」

 

 

 

 確かに直斗の言う通り、人影は何かダンスを踊っているように見える。その背景にちらほら見えるバックダンサーらしき少女たちが見えるのもその証拠だ。そして、そんな奇妙な映像が数分続き、最後に中心の人影がこちらを覗き込むような姿勢を取った場面で映像が消えた。

 

 

 

「終わりましたね……」

 

 

 不気味な映像が流れたものの、携帯の画面に引き込まれたり何かが出てきたりすることはなかった。

 

 

「こ、こんなのただのイタズラよ! 運営側に確認してやるだから! あ、それか落水さんのプロモーションよ。また変な噂流して、かなみたちのことを売ろうとして」

 

 

 

 

「フフ…………」

 

 

 

 

「…………!! っ」

 

 その時、悠の耳が小さな違和感を捉えた。集中して音を聞き分けてその原因を探る。そして、その違和感は直斗やことりも感じていたようだ。

 

「今……何か聞こえませんでした?」

 

「…お兄ちゃん、もしかして」

 

「ああ、俺にも聞こえた」

 

「嘘……まさか、本当に?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフフフフフフ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「!!ッ」」」」

 

 

 

 視線を向けた先に、南家のリビングにある大画面のテレビから不気味な光が映る。それはイナズマを伴う雲のように、また舞台上に焚かれるスモックのように、ゆらりとした光に照らされて、まるで異界への門が開かれたような禍々しさを放っていた。

 

 

 

「来て、久慈川りせ……あなたのための場所を用意したから……」

 

 

 

「だ、誰よ!? 何で私の…………っ、きゃああああああ!!」

 

 

 その時、テレビから黄色いリボンのようなものがりせの身体に巻き付き、りせをテレビの中へ引きずり込もうとした。

 

「りせ!!」

 

 りせを引き留めようと、悠はりせの手を取って必死に抵抗する。しかし、リボンの引く力が悠の腕力を凌駕しており、悠も危うく引きずり込まれそうになる。その時、

 

 

 

「フフフ、貴方もいらっしゃい。その他のお友達も一緒にね」

 

 

 

「何!?」

 

「「きゃあああああっ!!」」

 

「うわあああああああっ!!」

 

 

 不気味な声はそう言うと、また空間から同じ黄色いリボンが現れて悠を拘束する。更に、その魔の手は直斗たちにも及んでしまった。抵抗する間もなくテレビに展開された禍々しい異空間に引きずり込まれてしまった。

 悠はあの噂は本当だったのかと思い知らされた直後、引きずり込まれて謎の光が自分たちを包みこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、そろそろ寝室に……あら?居間の電気がついてる。悠くんたち、まだ起きているのかしら?」

 

 

 仕事が一段落して自室を出た雛乃はまだ居間の電気がついていることに気づいた。おそらくまだ悠たちが起きているのだろうと察した雛乃はそろそろ寝る時間だと注意しに行くことにした。

 

 

「悠くん、まだ起きてるの?そろそろ……………って、誰もいない。どこに行ったのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




<???>




















「センパイ……悠センパイ……………」
「お兄ちゃん…起きて…………お兄ちゃん……」
「悠くん……悠くん……………」




















 暗闇の中から自分を呼ぶ声がする。ゆっくりと目を開けると、こちらを覗き込んで必死に呼びかけているりせとことり、希の姿があった。すぐそばには直斗の姿もある。

「ああ、みんな無事か?」

「無事か、じゃないよ!私たちは大丈夫だったけど、センパイだけ中々起きないんだもん!」

「そうだよ!お兄ちゃんはいっつもそうだよ!いい加減心配することりたちの気持ちも考えてよね!!」

「す…すまない………それで、やっぱりここは?」

「ええ…………どうやらここは噂でいう"向こう側"の世界のようですね」

「さっき試してみたけど、この世界でもペルソナは召喚できるようやね」

 辺りは真っ暗で近くにいるりせたち以外何も見えないが、どうやらここが噂で言う向こう側の世界らしい。身体の調子を確かめてみると、いつものテレビの世界のように霧は立ち込めてないようだが、希の言う通りペルソナは召喚できる環境ではあるようだ。



「フフフフフ………」



 刹那、不気味な笑い声が悠たちの耳に入ってきた。この声は先ほど自分たちをこの世界に引きずり込んだ時に聞こえたもの。瞬時に臨戦態勢を取る悠たちを嘲笑うかのように声の主は話し続けた。







「ようこそ、久慈川りせ。私たちの"マヨナカステージ"へ」







To be continuded next Scene.


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#75「Time To Make History.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

ついにFGO第2部4章の情報が公開されましたね。もう大奥イベントから待ちくたびれました。

そして、今回はタイトルの通り書きたかったあのシーンです!知っている方も知らない方も読んだ後にでもタイトルの曲を聞いてみてください!

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


 突如として告げられた言葉に悠たちは唖然としてしまった。巷に流れている"午前零時に絆フェスのサイトを見ると画面に死んだアイドルが現れて向こう側に連れて行かれる"という噂が本当だったということにもだが、この世界の名前が自分と因縁のあるものと酷似していたのだから。

 

「……! マヨナカステージだって?」

 

「そう……誰も傷つかない、誰とも傷つけ合わない、ここは理想の世界。本当は久慈川さんとμ‘sの子たちだけを招待するつもりだったけど……別にいいよ。あなたたちの為のステージを用意したの。ほら、見て」

 

「!!っ」

 

 突如として周囲に鈍い光が入り、自分たちが何処にいるのかが認識できた。否、どういう場所に立っているのかというべきだろう。悠たちが立っていたのは舞台の上、それも煌びやかに飾り立てられた、イベントステージそのものだった。そして、

 

「ゆ、悠さん!? それにりせちゃんにことりちゃんまで!?」

 

「穂乃果!? それに、みんなも……」

 

 なんと、ステージにはなんと自分たちだけでなく穂乃果や海未たちをはじめとする他のμ‘sメンバーもいた。あちらも自分たちと同じように噂を確かめようとしてこの世界に連れてこられたらしいが、悠たちと同じ場所にいることにも困惑しているようだ。

 

「な、何でここに?」

 

「私、自分の部屋で動画見てて、いつの間にリボンか何かに引き込まれて……それから…………」

 

「どうやら俺たちは意図的に呼ばれたらしいな」

 

 ステージ自体に灯りこそ入ってないものの、まるで必要以上に“りせの完全復活”をアピールするデザインが為されていた。ステージ上には“KUZIKAWA RISE with μ‘s”というロゴ、まるで稲羽でのりせのストリップ会場を彷彿させるような雰囲気。この謎の声の主はこのためにりせと穂乃果たちをこの世界に引き込んだのか。

 

「あなた……一体、何者なの!? 私たちをこんな所に引き込んで、こんなものまで作って……一体何がしたいのよ!」

 

「フフフ、そんなのどうでもいいじゃない。私はただ、あなたたちと繋がりたいだけ。ほら、こんなに沢山の子たちが、あなたたちのステージを待っていたんだから」

 

「えっ?」

 

 

 

オオオオオオオオオオオオッ!! 

 

 

 

 またも突然だった。気が付けば、自分たちを包囲するかのように、ステージの周りがシャドウに埋め尽くされていた。それもかなりの数でりせと希がリサーチしたところでも百体は超えている。

 

「しゃ、シャドウ!? この世界にもシャドウがいるの!?」

 

「さあ、歌って。そして踊ってよ。そうすれば皆幸せになれるから」

 

 謎の声がそう告げた途端、周りのシャドウたちは不気味な歓声を上げて悠たちをはやし立てるように身体を揺らした。見ればシャドウたちの身体は、首や手、足などが何かリボンのようなものでお互いに繋がれて、それ自体が意思を持つかのようにうごめている。シャドウといえど、その姿はまるで鎖に繋がれた奴隷のように見えて吐き気を覚えた。

 

「ふざけないで! 無理矢理こんな場所に連れてきて、シャドウ相手に踊れって言うの!? 冗談じゃない! 私たちを早く元の世界に返しなさい!!」

 

「そうよ! 明日も練習があるし、夜更かしは美容の大敵なのよ! アンタのこんな悪趣味に付き合う義理はないっての!」

 

 りせとにこがそう不満をぶちまけた途端、不意にシャドウたちが動きを止め、一瞬の静寂が訪れた。一体何が起こったのか、にこの的外れな言葉が気に障ったのかと思っていると、

 

 

 

「帰る? いいえ、貴方たちは踊るの。だって、それを皆が望んでいるんだもの」

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 謎の声がそう言ったのと同時に、悠たちの耳に不気味な歌が入ってくる。まるで聞くだけで不快感を感じる不協和音のような音は遥から迫るように音量を上げて身体の隅々まで行き渡る。そして、シャドウたちもその歌に合わせて、まるで踊るように四肢を動かし始めた。瞬間、自らが倒れないようにその場を踏みしめなければならないほどの変調が襲い掛かってきた。

 

「なにこれ……力が……」

 

「ど……どうなってるんですか……これ……」

 

「フフフ……素敵でしょう? この曲は私からのプレゼントだよ。伝わってくるでしょう? "繋がりたい"って言う、この子たちの心が」

 

 確かに、謎の声の言う通りこの不協和音から何か意志のようなものを感じる。ノイズが混じってハッキリとは聞こえないが、"繋がろう"・"あなたと一緒になりたい"などといった声がサブリミナル的に聞こえてくる。

 どうやら、あの曲とシャドウたちのダンスが俺たちに影響を与えているようだ。そう考察しているうちに、その影響がどんどん悠たちの身体を侵食していく。だが、このまま何もしないで相手の思うようになる悠たちではない。

 

「鳴上先輩!」

 

「ああ! みんな、行くぞ!」

 

「「「「「はいっ!!」」」」」

 

 自分たちにはシャドウに対抗する力がある。学園祭以来のペルソナ召喚……約二か月間のプランクが心配だが、それでも自分たちの身を守るために悠たちは自身のタロットカードを顕現する。

 

 

ーカッ!ー

「「「「ペルソナっ!!」」」」

 

 

 タロットカードを砕いて己の化身ペルソナを召喚した悠たち。そして、すかさずステージ周りで踊るシャドウたちに攻撃を仕掛ける。イザナギの雷撃・カリオペイアの豪炎・ヤマトスメラミコトの斬撃などがシャドウたちに当たろうとしたその時、

 

「なっ!?」

 

 目の錯覚か、各々が放った攻撃は消失マジックのように霧散していった。突然の呑み込めない状況に悠たちは混乱する。まさかこのシャドウたちにはいつぞやのりせシャドウや希シャドウのように相手の攻撃を分析し無効化する能力でもあるというのか。だが、それに驚いているのも束の間、振り返ってみると、召喚したペルソナがいつの間にかタロットカードに戻っていた。

 

「ぺ、ペルソナが勝手に戻っちゃった!?」

 

「何で? 私たち、そんなことしてないのに……」

 

 今まで起こったことがない事態に穂乃果たちはパニックに陥ってしまった。しかし、そんな慌てる穂乃果たちを嘲笑うかのように謎の声がクスクス笑いが聞こえた。

 

「フフ……おバカな子たち」

 

「まさか……これもお前の仕業なのか!」

 

「フフフ、勘違いしないで? 私は何もしてない。言ったはずだよ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 謎の声が告げた事実にただただ驚愕するしかなかった。つまりこの世界では一切の戦闘行為が効果を持たないというのか。そうなったらこちらに対抗する手段なんてない。最初から相手に対抗手段を持たせないなんて、そんなの反則だ。

 だが、そうこうしている間にも不気味な歌は鳴り止むことなく、身体の自由をジワジワと奪っていく。

 

「ううっ……! 私たちをどうしようっていうのよ!」

 

「フフフ、どうもしないよ。ただ受け入れてくれるだけでいい。さあ、繋がりましょう? この永遠の絆の証に…………一緒に踊りましょう。ねえ……久慈川りせ? μ‘sのみんな?」

 

 謎の声と呼応するように、不気味な歌の音量が更に上がっていく。それに比例して意識がどんどん薄れて行き、身体が言うことを利かなくなってきた。

 

「くっ……もう……だめ……」

 

 ついにメンバーの中で音感が良い真姫が膝をついて倒れてしまった。それに続いて、花陽とにこ、絵里とメンバーが次々と感染症にかかったように倒れて行く。このまま何も出来ずにこの世界に取り込まれてしまうのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が朦朧とする中、ある者は最後の力を振り絞って頭を回転させた。

 

 自分が解析ペルソナ持ちであるが故か、はたまた普段からメンバーや想い人のことを観察しているが故か、自然と目の前で踊り狂うシャドウたちの様子がよく分かる。

 

 自分の目から見て、あのシャドウたちがあの不気味な歌に踊らされているように見えた。

 

 だとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 

 

 

 動かなくなる身体を無理に動かして隠していた携帯を取り出して操作する。あの歌の音量が大きくなってきたせいか、意識が更に遠くなって身体の自由が利かなってきた。だが、ここで止まってしまったら、そこで終わりだ。

 

 やっと目当ての画面が表示させる。後はボタンを押すだけだ。しかし、あの不気味な歌の音量が更に上がって意識が更に遠ざかる。

 

 

 それでも、負けてなるものかと最後の力を振り絞る。

 

 

 そして意識が途切れる寸前、何とかボタンを押すことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 刹那、不気味な歌をかき消すような大音量で全く違う音楽が耳を支配した。突然違う音楽が大音量で耳に入ってきたので戸惑ったが、この曲には聞き覚えがある。この曲は夏休みに何度も踊った【Time To Make History】。だが、驚くべきポイントはそこじゃない。

 

「こ、これは!?」

 

「か、身体の自由が……戻った!?」

 

 何とあの不気味な歌が聞こえなくなってから、身体の異常は嘘のように消えていた。意識はハッキリすると、手足も問題なく動かせる。見ると、ステージ周りのシャドウたちがさっきとは違うリズムで違う動きをしていた。一体、何が起こったのだろうかと疑問に思ったが、その答えは近くにあった。

 

「の、希!?」

 

「な……なんとか……なったなぁ……」

 

 悠に抱きかかえられながら弱々しい声でそう答える希。なんと意識が朦朧としている希が自身の携帯から最大音量で音楽を流していたのだ。希はそう言い残すと糸が切れた人形のように気を失った。慌てて悠は希に声を掛けるが既に意識は失っていた。そして、表情はやり切ったと言わんばかりに和やかだった。

 

「もしかして……このシャドウたちは」

 

 希の取った行動でシャドウの動きが変わったことに何か確信を得た直斗。見ると、先ほど倒れていた真姫たちも完全復活とはいかないものの立ち上がれるくらいの気力は戻ったようだ。その様子を見た瞬間、パズルのピースが全てはまったように、直斗は頭の中にこの状況を打破する方法が浮かび上がった。

 

「……分かりましたよ。この状況を逆転させる方法が」

 

「直斗くん?……どういうこと?」

 

 突然直斗が発した言葉にりせたちは困惑する。

 

「東條先輩が身を持って証明してくれました。あのシャドウたちはあの不気味な歌で躍らされているんです。だから、あの歌とシャドウのダンスを遮ることが出来れば、勝機はある」

 

「でも……そんなことどうやって」

 

「先ほどの東條先輩と同じように別の音楽と動きに奴らを巻き込むことが出来れば可能です。そのためには……」

 

「おしゃべりな子ね……」

 

 突如ステージから這い上がってきたリボンが直斗の足に巻き付いた。リボンは強引に直斗をステージの端に引きずり込み、逃げられないようにと直斗を拘束する。

 

「しまった!?」

 

「な、直斗くん!?」

 

「フフフ……繋がった。これで、貴方もみんなの望むあなたになる」

 

 リボンに繋がれた直斗は何かを身体に流されたのか、目の光が失われていく。直斗は最後の抵抗とばかりに悠の方を向いて、辿り着いたヒントを告げた。

 

「み、皆さん……あいつらを……ダンスで…………

 

 直斗はそう言い残すと瞼を閉じてその場に倒れてしまった。突然の出来事に狼狽えてしまったが、悠は湧き出る感情をグッと堪えた。直斗の犠牲を無駄にしないためにも、ここでダンスをしなくては。だが、行動を起こそうとした瞬間、件のリボンが今度は悠の手に同じリボンが巻き付いた。

 

「フフフ……何をしようとしていた分からないけど、私がそんなことをさせると思う? 摘める可能性は摘んでおかなきゃ」

 

「やばっ! せ、センパイ!!」

 

「お兄ちゃん!!」

 

 リボンに繋がれた瞬間、身体に得体の知れない何かが電流のように流れてくる。それを感じた時、既に悠の意識は深い場所へと落ちていった。

 

 

 

 

「これで、貴方も皆が望む姿になるのよ……鳴上悠」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────繋がろう……

 

 

 

 

 

 暗い先の見えない深淵の中で、ふとそんな声が聞こえてきた。その声は悠に言い聞かせるように優しく囁く。

 

 

 

 

 

──────もう頑張らなくていいんだよ。楽になろう。

 

──────巡る巡る……この前のない世界で、ずっと繋がっていよう。

 

──────だって、みんながそれを望んでいるんだから

 

 

 

 

 

 ああ……この場所は心地よい。ずっとこのまま繋がっていよう。この安らぎのある、誰の邪魔もされない穏やかな場所で。もう俺は、頑張らなくていい。このみんなの望まれる自分で……この繋がりがたくさんあるこの場所で…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――我は汝……汝は我…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、目を覚まさせるように頭に聞き覚えのある厳かな声が聞こえてきた。この声は……今までずっと中にいた自分の声。

 

 

 

――――汝…霧の侵略から世界を救いし者よ

 

 

 

――――今こそ汝は示すべし……

 

 

 

――――汝の知る…絆の力を…無知なる者へ……

 

 

 

 その声を聞いて、目が覚めた。

 

 

 そうだ……自分は自分。誰かから望まれる自分じゃない。それに、自分の知る絆はこんなものじゃない。こんなものはまやかしだ。永遠の絆などはこんなものではないし、あの声が言っているものはただの洗脳だ。こんなものは…………間違っている! 

 

 

 

 

 

――――汝……新たに双眸を見開きて、今こそ発せよ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

 

 

 

 心の声で意識が覚醒する。雄叫びを上げた悠は力いっぱいリボンを引っ張り、無理やりリボンをちぎり取った。

 

「きゃあああああああああっ!?」

 

「センパイっ!?」

 

「……良い腕輪だ」

 

 悠はそう言うと、フラフラとしながらも立ち上がり、強い意志を感じる真っ直ぐな目で天を見据えた。気を失ったと思っていた悠が突然復活したことに驚いたのか、りせたちは腰を抜かしていたが、あちらもこの事態は想定外だったらしく謎の声は狼狽えた様子だった。

 

「そんな……私の力が……もしかして、あなた」

 

「りせっ! 俺の課題曲を掛けてくれ! このシャドウたちに見せてやろう。俺たちのダンスを」

 

 悠の檄に唖然としていたりせはハッとなる。

 そうだ、今は呆けている場合ではない。直斗が言っていた通り、もし自分たちにこの絶望的な状況を逆転できる方法があるのなら、それはこちらの音楽と動きにあのシャドウたちを巻き込むしかない。そのための手段は……この夏休みに必死に練習してきたダンスしかない。

 

「うん! 私のコウゼオンの力で、音楽をシャドウたちに全開で届けるよ。だから、決めちゃって! 悠センパイ!!」

 

「お兄ちゃん! 頑張って!!」

 

 りせは希の携帯を手に取って力強くそう言うと、コウゼオンを召喚して音響の準備を完了させる。それを見た悠は大きく頷くと、ステージのシャドウたちを見渡して、見せつけるように宣言した。

 

 

 

 

「行くぞ! μ`ジック スタートだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────何かが聞こえてくる。

 

 

 意識がハッキリし始めてそう感じた穂乃果は重い瞼をゆっくりと開いてその光景を目にした。

 

 

(わあ……!)

 

 

 その光景に穂乃果は思わず興奮してしまった。悠が音楽にのってダンスを踊っているのだ。この曲はあの夏休みに何度の聞いたことがある悠の課題曲【Time To Make History】。何でこんな場所でダンスしているのかという疑問は湧くが、そんなことはお構いなしに思わず興奮してしまった。

 

 夏休みの特訓のお陰なのか、オープンキャンパスやジュネスライブの時より技術が上がっていて、動きがバラエティに富んでおり悠らしさが溢れている。毎日のように悠のことを見ているのに、まるで初めてみるかのようなクールな悠のダンスに言葉が出ないほど見惚れてしまった。

 

 それに、以前絵里が言っていた"表現力"なのだろうか、悠が心から楽しそうに踊っているのがより一層感じる。それはシャドウたちも同じなのか、さっきまで暗い感じだったシャドウたちが心の底から悠のダンスに魅了されているのが心で分かった。

 

 

(私も……一緒に踊りたい!)

 

 

 状況が状況なのに、ついそう思ってしまった。あんなダンスを見せられたら、居ても立っても居られない。今すぐにステージに行って踊りたい。何より一度でいいからずっと憧れていた悠とステージで一緒にダンスがしたい。

 

 身体が本調子じゃないのを忘れて、悠と一緒に踊りたい一心で立ち上がった穂乃果は急いで悠の元へと駆け寄っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よし、良い感じだ)

 

 ここまでは順調。夏休みに絵里とりせの特訓を頑張ったお陰か、以前よりも動きが良くなった気がする。それに、あのシャドウたちも上手くこっちのペースに巻き込んでいる。このままラストスパートで決めてしまおうとしたその時、

 

 

「悠さん! 一緒に踊ろう!」

 

 

 いよいよ最後のサビに入ったというところで、いきなり穂乃果が乱入してきた。突然入ってきたので危うくテンポが乱れるところだったが、何とか体勢を整える。今までやったことがない穂乃果とのデュオをやることになり、どうしたものかと思ったが、それは杞憂だった。

 初めてこの曲で一緒に踊るのに、まるで何度も合わせたかのように息がピッタリと合う。夏休みにずっと一緒に練習したお陰か、穂乃果の動きが手に取るように分かる。何より、穂乃果と踊っていると楽しい。それが伝わったのか、穂乃果もこちらを見て楽しそうにしているし、シャドウたちのボルテージも最高潮に達している。

 

 

(感じるぞ……シャドウや穂乃果たちの心の熱狂を)

 

 

 ついにフィニッシュを迎えようとしている瞬間、悠は今まで感じたことのない感情を高ぶりを感じていた。そのせいか、自分の中にある"女神の加護"たちの輝きが増していき、心の中に新たなる何かが生まれてくる。

 

 

 

(ペルソナは心の力。自分たちの心の有りようでその姿を変えて行く。傷つけ合うのは戦いだけじゃない。俺たちはこれからも、変わっていける! この想いが届いたのなら、応えてくれ!)

 

 

 

 

ーカッ!ー

「イザナギ!」

「カリオペイア!!」

 

 

 

 

 フィニッシュと同時に、悠と穂乃果は勢いよく顕現したタロットカードを砕いてペルソナを召喚した。

 

「「えっ?」」

 

 その様子を見ていたりせやことりは唖然とした。何故ならそのペルソナが手にしていたものがいつもの大剣や赤い剣ではなく、()()()()()()()()()()()だったのだから。それに構わず2体のペルソナは楽器を定位置に持ってセッションを開始する。

 

 

 目にもとまらぬ速さでありながら聞き入ってしまう音を奏でるカリオペイアのギターに、それに合わせるように正確な旋律をクールに奏でるイザナギのベース。一度耳に入ってしまうと鼓動が抑止できないほど高まってしまう。そんなペルソナのセッションに感動したのか、シャドウたちはこれでもかというくらい興奮して大きな歓声を上げる。

 

 

 

 

ワアアアアアアアアア!!

 

 

 

 

 

 興奮が冷めぬままイザナギとカリオペイアの演奏が終わると、シャドウは光に包まれて輝き始めたと思うと、まるで宙に溶けるかのように消滅し始めた。その光景はまるで夜空の天の川を間近で見ているかのように美しく、さっきまでピンチだった状況にも関わらず、思わず綺麗だと感嘆してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

「ハァ……ハァ……疲れた~! やっぱり悠さんと合わせるのは大変だよ~」

 

「ははは、それは俺もだ。腕を上げたな、穂乃果」

 

「うん!」

 

 踊り終えた余韻に浸りながらも悠と穂乃果は互いのダンスを称賛し合いながら笑みを浮かべていた。

 夏休みの特訓やジュネスのライブでも思い知ったことだが、ダンスとはやはり表現だと思う。どうやらこの世界は現実の世界より、"互いの心が伝わりやすい"環境にあるのだろう。最初はあの不気味な歌を押し付けるだけのシャドウの心が徐々にこちらのダンスに惹きつけられているのを感じた。

 

「センパーイっ!」

 

「お兄ちゃーん! 穂乃果ちゃーん!」

 

 ダンスの余韻に浸っていると、不意打ちでりせとことりが悠に抱き着いてきた。思わず倒れそうになるのを堪えて、悠は穂乃果に支えられながらも2人をしっかり受け止めた。

 

「超カッコよかったよっ! 惚れ直しちゃった♡てか、今のペルソナは何!? イザナギがベース弾いててびっくりしたんだけど!?」

 

「そうだよ! 穂乃果ちゃんもカリオペイアもギター弾いてたし」

 

「い、いや~……正直悠さんとのダンスに夢中だったから……よく分かんなくて……」

 

 やはり、ダンスのことよりも普段とは違ったイザナギとカリオペイアに驚いて混乱しているようだ。違いがあると言っても手にしているのが武器ではなく楽器といったところだけなのだが。

 

「俺もよく分からない。だけど、あのシャドウたちに……いや、あの人達に伝えたいって思ったら、俺の中のペルソナが応えてくれたんだ。穂乃果もそうじゃなかったか?」

 

「あっ、確かにそうかも……あんまり覚えてないんだけどなぁ」

 

「へえ、そんなことまで出来ちゃうんだ。さっすがセンパイ! 特捜隊&μ‘sのリーダーは健在だね」

 

「それほどでも」

 

 夏休みはシャドウ案件がなかったので忘れかけていたが、おそらくあのイザナギの変化は自分の中にある“女神の加護”によるものだろう。だが、そうだとしてもその影響が何故穂乃果のカリオペイアにも出たのかは分からない。

 

「うっ……これは……」

 

「わ、私たち……元に戻ったの……?」

 

「そうみたいね……」

 

 すると、リボンに繋がれて倒れていた直斗や不気味な歌で気絶していた真姫たちが目を覚ましていた。どうやら呪縛が解けたらしい。

 

「直斗くん! 絵里センパイ! みんな! やったよ! センパイと穂乃果ちゃんが超カッコイイステージ決めてくれたから!」

 

「僕にも分かりましたよ。先輩たちのお陰で、正気に戻ることができたんですから。って、あれ? 東條先輩!」

 

悠くん……

 

 すると、希はフラフラと立ち上がろうとするが、そのまま悠の方へ身体を倒してしまった。これは予想できなかったのか、流石に悠も身体に伝わるマシュマロのような柔らかい感触に困惑する。

 

「ちょっ……希」

 

う、うち……疲れてもうたから……少し、こうさせて……

 

「あ、ああ……」

 

 悠は希からの突然のお願いに戸惑いながらも、この活路を見出してくれた希を労うように優しく抱き寄せた。その様子にまたも他のメンバーは目を鋭くさせる。

 何とも羨ましい。普段の希の行いからすると、端から見れば狙ったかのように見えるが、どうやらあれは自然体で本当に倒れてしまうほどに疲弊しているようだ。悠に抱き寄せられるなど羨ましいし、そこを代われとも思ったが、勝利への道を開いてくれた希にこれくらいのご褒美はあってもいいだろうと、今回は我慢することにした。

 

「そ、それで? 直斗くん、今言ったことってどういうことなの?」

 

「そうですよね。直斗さん、説明してくれますか?」

 

 我慢はするが、それでも不機嫌を隠せないりせと花陽は怖い笑顔で直斗にそう尋ねた。そんな2人に慄きながらも直斗はついさっき自分に起こったことを説明した。

 

「え、ええ……奴らに取り込まれたお陰で、少しはあのシャドウたちのことが分かりましたよ」

 

「シャドウたちのことが?」

 

「あのリボンの様なものに巻かれると自分の思う“自分”ではなく、“周囲の望む自分”であることを強要されるというか……自分を捨ててでも、あのリボンで他のシャドウたちと繋がっていたいと思うようになってしまうんです。恐ろしいのは、僕も“そうするべき”だと感じてしまった点ですね」

 

「そうね。私はあのおぞましい歌を聞かされて気絶した方だったけど、直斗さんと同じ感じだったわ。もう、パパもママも私のことを大切に想っていることは分かっているのにね」

 

 直斗の話と先ほどまでの出来事を照らし合わせると、やはりあの不気味な曲やシャドウたちのダンスが洗脳のような作用があるのは間違いなさそうだ。そう思っていると、直斗たちの言いように不満を感じたのか、りせが口をとがらせて抗議した。

 

「そんなの良いわけないじゃない! 直斗くんは直斗くん、真姫ちゃんは真姫ちゃんなんだから」

 

「今考えれば、おかしな思い込みであることは分かります。ですから、そう思わせてしまうのが、あの歌とリボンの力なんでしょう。改めて思うと、恐ろしい力です」

 

「ああ、踊っている時にもそう感じたよ。だから、俺たちは“伝えたい”って気持ちを込めて踊ったんだ」

 

「伝える……それって?」

 

 悠の言葉の意味が分からなかったのか、りせは首を傾げる。そんなりせたちに分かりやすくようにと悠は優しく解説した。

 

「夏休みにりせが言ってただろ? ダンスはただリズムを刻むとかじゃなくて、自分の気持ちや感じることを表現して、見てる人たちに伝える為のものだって。だから、俺はシャドウたちの望むものじゃなく、俺自身のことを伝える気持ちで踊ったんだ」

 

「私も! 最初は悠さんに合わせてただけだったけど、普段ライブやってる時みたいに楽しもうって気持ち込めて踊ったんだ」

 

「お陰で目が覚めましたよ。皮肉なものですね。かつて目を逸らし続けて、向き合うと約束した“本当の自分”が如何に大切かを思い知らされるなんて」

 

 2人の言葉に直斗はやれやれと肩をすくめた。

 おそらく、あのシャドウたちあんなものに繋がれただけで自分を捨てていいはずがないと感じたからこそ、リボンの呪縛を解かれたんだろう。最終的にイザナギとカリオペイアのセッションが後押しになったのだろうが、悠と穂乃果のダンスにそう思ってくれたのかと思うと、何だか報われた気がした。

 

「というか、りせちゃん……悠のダンスを間近で見てて何も感じなかったの?」

 

「わ……分かってたわよ!? センパイのダンスがいつもと違うことくらい分かるもん! ただ、ペルソナで音響やってたから上手く言えなかっただけだもん!」

 

「ことりは分かってたけどね♪お兄ちゃんのことは何でも知ってるから」

 

「くっ……ブラコンめ………」

 

 りせとことりが口喧嘩を始めていつもの特捜隊&μ'sの調査が戻ってきたと思っていると、全てのシャドウが消え終えたのか、天の川のような美しい風景は消え去って、辺りには静けさが戻っていた。それを確認したりせは何かを察知したのようにシャドウたちが消えた天井を見上げた。

 

「シャドウの気配が消えたね……何だろう、この感じ……どこかに帰っていくみたいな」

 

「帰る……? シャドウが?」

 

「私にはそう感じたの。皆、帰るべき場所に帰ったって感じで……上手く言えないけど」

 

「しかし……あのシャドウたち、一体何者なんでしょう? 僕らの知るシャドウとは、少し違うような……」

 

 確かに直斗の言う通りである。この世界で自分たちを苦しめたシャドウは今まで出会ったものとは性質が違うのかもしれないが、一体何だったのだろうか。当面の危機に脱したものの、あのシャドウやこの世界について、まだ分からないことが山ほどある。まずは何とかしてここを抜け出す方法を探さなければ。

 

 

 

「気に入ってくれないんだ……折角あなたたちのために用意してあげたステージなのに」

 

 

 

 突然雰囲気が変わったと思うと、いつの間にかあの声が会話に入ってきた。さっきまで声が聞こえないのでいないと思っていたが、どうやら黙って自分たちを傍観していたらしい。

 

「あっ、まだいた! いい加減にしなさいよね! あんなものでシャドウを縛っておいて、何が永遠の絆よ! あんなのアンタの言いようにしてるだけじゃない!」

 

「その通りです! これが君の言う"繋がり"なのだとしたら、あまりにも一方的すぎる!」

 

「そうだよ! あんなものに繋がれて強制的に考えを捻じ曲げるなんて……可哀想だよ!」

 

 ここぞとばかりに謎の声にかみつくりせたち。りせたちの言う通り、こんなものは絆でもない。向こうはこの世界は永遠の絆がある理想郷などと言っているがこんなのは違う。ただ他人を縛り付けて、自分の理想を一方的に押し付けている……そんなものは間違っている。

 

 

 

「フフフ……アハハハハハハハッ!!」

 

 

 

 しかし、謎の声は反論するのではなく、りせたちをバカにするよう高らかに笑い始めた。その笑いはどこか狂気じみていて、りせたちは逆に寒気を感じてしまった。

 

「な、何がおかしいのよ!」

 

「いいの……あなた達がそう言うなら無理にここにいて欲しいわけじゃないから。あの子たちを帰したくらいでいい気にならないでよね」

 

「なんですって……!」

 

「それに、可哀想だって? そんなわけないじゃない。私たちの“絆”は永遠よ。相手は他にもいくらでもいるだもの」

 

「"相手はいくらでもいる"だと……お前はまた誰かをここに引き込むつもりなのか!」

 

「フフフ……残念だけど、あなたたちの出番はもう終わり。もうすぐ次のステージが始まるの。たまみとツバサたちのステージがね」

 

「たまみ……? ツバサ……? それって、まさか……」

 

 瞬間に悠の中で全ての事態が繋がった。そもそも今回この場所に自分たちが引き込まれてから察していたことだった。しかし、それは最悪の予想で決して当たって欲しいものではなかった。そんな嫌な予感を感じつつも、悠は己の推測を言葉にした。

 

「かなみんキッチンのメンバー……お前が彼女たちをさらったのか!? それに綺羅さんまでも」

 

「なっ!? 綺羅って、あのA-RISEの綺羅ツバサ!? まさか」

 

「フフフ……どうでもいいじゃない。あなた達にとっては関係ない話だもの」

 

「関係ないって…………希センパイ!」

 

「OKや!」

 

ーカッ!ー

「「ペルソナっ!」」

 

 りせと希は顔を見合わせると、ペルソナ【コウゼオン】と【ウーラニア】を召喚して解析を開始する。そして、ものの数分もしないうちに2人は何かを掴んだ表情を浮かべた。

 

「掴まえた! シャドウが集まってる場所が……1……2…………7つ?」

 

「本当にたまみの反応だ。それに……これって」

 

「フフフ……悪戯はダメ。部外者は立ち入り禁止なの」

 

 その時、いつの間にか忍び寄っていたリボンが悠たちの足元に這い上がる。完全に油断していた。締め取られた腕は抵抗する間もなく、凄まじい力で悠たちの身体をどこかへ引き抜いていった。

 

 

「「「きゃああああああっ!」」」

 

「しまった!? お前!!」

 

 

 悠の叫びも虚しくまたもこの世界に引き込まれた時と同じ光に包まれて意識が遠のいていった。去り際に謎の声は勝者は自分だと言うように、勝ち誇ったような声色でこう言った。

 

 

 

 

 

「フフフ……さよなら、久慈川りせ。鳴上悠」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

 

 

 

…………聞き慣れたメロディーが聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 目を開くと、いつものあの場所がそこにあった。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模した不思議な空間。この場所は【ベルベットルーム】。精神と物質の狭間にある、選ばれた者しか入れない特別な空間。

 

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

 そして向かいのソファにこの部屋の主である【イゴール】が座っていた。夏休みの間は、あちらも休暇を取っていて久しく会っていなかったが、黒いタキシードに一度見たら忘れそうにない長い鼻とギョロッとした大きな目は今でも変わらない。

 そして、その傍らにはイゴールの従者であるマーガレットとその妹であるエリザベスが各々手にペルソナ全書を携えて座っていた。

 

 

「お久しゅうございます、お客人。こうして再びお会いする日をお待ちしておりました。またも不可思議な災難が降りかかったようですな。フフフフ…………」

 

 

 イゴールは面白そう言いながら、悠を見てニヤリと笑っている。よくもまあ他人事にように言うものだ。こっちも好きで巻き込まれているだけではないと言わんばかりに眉間に皴を寄せると、イゴールは話を逸らすように指をパチンと鳴らす。すると、マーガレットが携えていたペルソナ全書から色とりどりの宝玉が宙に浮かんで小さな輪を作った。

 

「いやはや、貴方様の中に存在するこの宝玉たちはつくずく興味深い。いや……最も興味深いのは貴方様自身の方かもしれませぬな」

 

 一体何を言っているのだろうか? 首を傾げる悠を見かねたのか、イゴールに代わってマーガレットが代わりに口を開いた。

 

「お忘れのようですが、お客様の力の性質は“ワイルド”。数字に例えるなら0……空っぽのようでありながら無限の可能性を秘めておられます。だから、先のペルソナに我々も知らない新たな力が目覚めたのでしょう。それが、この宝玉たちの後押しだったとしても、その力を引き出したのはお客様自身……そういうことでございます」

 

 分かりやすくそう言われてもいまいち実感が沸かなかった。確かに自分には仲間たちにはない、ペルソナを幾つも所持できる特別な力を持っていることは去年から重々承知しているが、それほど自分が特別な人間だと思えないのだ。

 

 

「さて、貴方様が今回挑まれる世界は果たして何故生まれ、何の為に存在しているのか……いずれその答えは解き明かされましょう。その先に何が待ち受けているのか……楽しみでございますなぁ」

 

 

 ヒヒヒと面白そうに笑うイゴールを見て、悠はドン引きしてしまった。相変わらず、この老人は一体自分をなんだと思っているのだろうか。その笑い声からして、この人物があの謎の声の正体ではなかろうかと不安になってくる。すると、意識が薄くなっていき視界が点滅し始めた。どうやらここでの時間はそろそろ終わりのようだ。

 

 

「では、今宵はここまでと致しましょう。では、またお会いする時まで」

 

「では、次にお会いする時までご機嫌よう。目覚めた後の叔母様の対処には十分ご注意くださいませ」

 

「これっ! エリザベス!!」

 

 

 意識が完全に眠る寸前にイゴールとエリザベスのそんな会話が聞こえた気がするが、そっとしておこう。

 

 

 

 

 何はともあれこのタイミングでベルベットルームを訪れたということは、今回の事件にもP-1Grand Prixのヒノカグツチや学園祭の佐々木竜次のような存在が関与しているのは間違いないだろう。ならば、自分たちが追っている犯人も関わっているに違いない。

 

 

 毎回尻尾を掴めずに逃げられてばかりだが、今回こそは必ずその尻尾を掴んでやる。だから、そこで待っていろと悠はまだ見ぬ真犯人にそう告げて決意を新たにしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 ベルベットルームから帰ってきたのか、目を開けると家のリビングの天井が見えた。どうやら無事に現実に戻ってきたらしい。いや、元の場所に返されたというべきか。そう言えば、ことりやりせ、直斗と希はどうしたのだろうと思い、身体を起こしてみると

 

 

 

「おはよう、悠くん」

 

 

 

 背中から自分を呼ぶ声が聞こえたので振り返ってみると、そこには腕を組んでこちらを見下ろしている笑顔の雛乃がいた。だが、その笑顔を見て悠はビクッとなって慄いた。あの笑顔は怒っているときだと察した時には遅かった。みると、雛乃の傍らには正座をして震えていることりたちがいた。つまり…

 

 

「悠くん、寝る前に私とオハナシしましょうか? ねえ?」

 

「は、はい……」

 

 

どうやら、今夜は長くなりそうだ。

 

 

 

To be continuded next Scene.



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#76「Invitation of the festival.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

先日部屋の掃除をしてたら押し入れから昔使ってたゲームキューブ+ゼルダの伝説風のタクトが見つかりました!嬉しくて試しにTVに接続したらまだ使えたので現在時間を見つけてはプレイ中。面白過ぎてレポートが手につかなくならないか心配になってきました……ゲームはやっぱり一日一時間ですね(笑)

改めてお気に入り登録して下さった方・評価を付けて下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。色々あって更新が早かったり遅かったりしていますが、これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


────ヒルガオは咲かない……こんなにも願っているのに

 

 

 

 何か聞こえてくる。まただ。またあの声が……何時ぞやの苦悩に苛まれて思い悩む声が聞こえてくる。

 

 

 

 

────伝えたいのに伝えられない……

 

 

 

────何故伝わらないのだろう…………

 

 

 

────ああ……それはあまりに…………からだろう…………

 

 

 

 

 

 

 

 

────だから、私は……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 いつもより目覚めが悪い朝だと思った。昨日のマヨナカステージや雛乃の説教のせいか、はたまた不可思議な夢を見たせいか頭が重い。それに、何か下半身の方に柔らかい感触があって気持ちいいような……

 

「…………あれ?」

 

zzz……zzz……ダメだよぉ……お兄ちゃん……兄妹でそんなこと……

 

 気になって布団の中を見ると、どっと冷や汗が出た。なんとそこには自分の身体を抱き枕にして、気持ちよさそうに寝ていることりがいた。何とも我が従妹ながら可愛らしい寝顔で想像したくもない寝言を言っているがそんなところではない。

 

「…………はっ!? 殺気が」

 

 自室の扉を見てみると、もはやお約束というべきかジト目で睨みつけるりせと希、気まずそうに目を逸らす直斗、そして昨日と同様に怖い笑みを浮かべている雛乃の姿が……このパターンはやっぱり。

 

「悠くん、分かってるわよね?」

 

「はい……」

 

 それでは行ってみよう。レッツ朝のお説教タイム。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<タクラプロ エントランスホール>

 

「ふぁあ」

 

「あんまり……眠れなかった……」

 

 あのマヨナカステージから帰還して翌日、悠たちはタクラプロ事務所のエントランスで待機していた。事件のことを受けていち早く現場に行こうと夜行バスでこっちに向かっている陽介たちを迎えるためである。

 今回の事件がまた異世界絡みだと発覚した故か、昨夜はそのことで頭一杯で眠れず、睡眠不足気味の者がほとんどだ。特に眠そうだったのは昨晩鳴上家……もとい南家に泊まった者たちである。無事現実に戻ったは良いが、居間で待ち構えていた雛乃に説教を食らったらしい。どうやら許可なしに夜中に外出していたと思われたらしく、普段温厚な雛乃から考えられないほどの剣幕だったらしい。そして、身内の悠とことりは誰よりもこっぴどく怒られた。

 

「「……………………(カクンコクン)」」

 

「だ、大丈夫ですか? ……ゆ、悠さんとことりだけ凄く眠そうですけど」

 

 そして、朝の説教のこともあって、この2人だけ目の下に隈が出来ており、うっつらと身体を振り子のように揺らしている。端から見たら心配になってしまうほどにやばい。

 

「大丈夫だ……お、俺たちにはコーヒーがある」

 

「そ、そうだよね……コーヒーさえあれば……眠気なんて」

 

「いや、それ超絶ブラックなところで働いてる人みたいになってるから……」

 

 流石にこれでは支障をきたすので受付の人に断って2人はベンチで少し寝かせることにした。中々見られない悠の寝顔をこっそり写真に撮っている者が数名出てきたが、そんなことは放っておいてりせは本題にはいることにした。

 

「さっき井上さんに会ってさりげなく聞いてみたんだけど、やっぱりたまみたちとまだ連絡が取れてないって。それに加えて今日リハーサルする予定だったA-RISEとも連絡が取れなくなったみたいで、井上さん……疲れたよ」

 

「やっぱりね。ということは、昨日あの世界でりせちゃんと希がサーチしたのはともえさんたち本人ってことね」

 

「うん。昨日は焦ってよく分からなかったけど、やっぱりアレは本当にともえたちだった気がする。だから、さっきも言ったけどこのことはかなみには」

 

「ええ、分かってるわ」

 

 昨夜のことで、この事件はあまりにも異質でペルソナ能力を持つ自分たちにしか対処できないと判断したため、心苦しいが昨晩協力を申し出てくれたかなみには内緒にしておくことにした。

 

 

 

「おーい! 悠っ!!」

「鳴上くーん!」

「せんぱ──い!」

 

 

 

 少し時間が経ってから遠くからそんな声が聞こえてきた。見てみると、東京にやってきた陽介たちがこちらに手を振りながら向かって来るのが見える。どうやら陽介たちが到着したようだ。

 

「うひょー! センセイ発見―! クマ、都会におりたーつ!」

 

「冬ごもり失敗した熊みてーな言い方してんじゃねーよ……」

 

「つか、事務所ん中涼しい! 生き返るわぁ!」

 

「そうだよね。こんなに紫外線浴びたらお肌が焼けちゃう」

 

「確かにな。でも、里中はお肌とかそんなことを気にしなくても……って、いて!」

 

「次言ったら……分かってるよね?」

 

 季節外れの残暑が厳しい中だったかのか、若干げんなりした様子で大袈裟に襟元をパタパタさせる陽介たち。何と言うか、いつもの特捜隊らしいこの光景を見て相変わらずだなと思ってしまった。昨日の事件については連絡がいっているはずなのにと、絵里は怪訝な顔をしているが、事態を軽く見ているわけでもないだろう。

 

「すまないな、急に来てもらって」

 

「はは、別にいいって。そういや、お前……あの子とはどこまで行ったんだよ?」

 

「はっ?」

 

「夏にクマ公が勘違いした時にかなみんキッチンのライブで出会ったあの子だよ! ほら、Pastel*Palletの氷川日菜ちゃん! お前、結構追いかけられてんだろ? でも駄目だぜ。お前には希ちゃんという幼馴染が」

 

「………………」

 

 前言撤回。本当に事態を軽くみているのではなかろうか。頼みの綱の陽介がこの調子だと困るのだが。同じことを思ったのか、穂乃果たちもそんな陽介を半眼で見つめていた。

 

「ハァ……陽介くんは懲りないわねぇ」

 

「いるよねえーこういう人。てか、CM撮影の時は花村センパイもいたでしょ」

 

「や、あん時は緊張してたし、ほとんどの人が悠に釘付けだったからそんな余裕なかったというか……」

 

 そう言われて先日の絆フェスのCM撮影のことを思い出す。確かに全員とはいかないものの、その撮影スタジオにいた人のほんとどが悠に興味深々だった。例の日菜は別として、”一緒にキラキラドキドキしよう”とか“一緒に世界を笑顔にしよう”などとわざわざ勧誘する子もいた。

 他にも以前クマがなりすましと難癖をつけていた“ミッシェル”という着ぐるみに完二が絡んで揉めていたくらいだろう。

 

「ああ、ついに来たぜ。この時が……寂れた田舎じゃなくて華の大都会! しかも相手は芸能人! 春だ……俺に甘い春が来る!」

 

 ドドン! と某冒険漫画の効果音が聞こえそうな勢いでそう意気込む陽介だったが、そんなことを宣う陽介に女子たちは逆に引いていた。クマのみならず、何故この男はこんなことを躊躇なく言えるのだろうか。

 

「寂れた田舎で悪うございましたね」

 

「花村くん、稲羽のこと……そんな風に思ってたんだ」

 

「最低……」

 

「てか、失礼じゃない? 私だって、結構有名なアイドルなんだけどなー。悠センパイしか興味ないけど」

 

「りせちゃん、あなたもさらっと全国のファンを泣かせること言ってるわよ……」

 

「花村先輩、行きのバスの時もこんな感じだったっすよ……あのかなみんチキンだかのメンバーだけじゃなくて、パスパラやらロザリアやらアロハピやらのメンバーの名前をフルで暗記して……ここに着くまでの間、ず~っと誰が好みやら嫁にしたいのはなんやらって聞かされ続けたっすからねえ」

 

 完二がうんざりしたようにそういうと、女子の陽介に対する視線が冷たくなった。

 

「うわあ……陽介さん、それはないよ」

 

「アイドルファンとしてはその姿勢は共有できますけど……」

 

「これはにこでも流石に引くわ。陽介だからかしら?」

 

「完二くん、可哀そう……」

 

「ぐおっ! 到着直後からアウェー感ハンパねぇ!!」

 

 まさに四面楚歌。否、十二面楚歌。援護のしようがない。悠は心の中で相棒に謝りながら黙っている事しかできなかった。暑さを吹き飛ばす冷ややかな視線と共に言葉の一斉射撃が襲い掛かった。

 

 

「最低!」

「最低です」

「最低だね」

「陽介さん、最低」

「サイッテー!」

「最低……」

「最低だにゃ」

「さい! てい!」

「最低」

「最低やな」

「最低」

「最低」

「ヨースケ、最低っ!」

 

 

「ぐがあっ!! 女子から最低の十三連撃……てか、クマ! お前まで加わってんじゃねえよ!」

 

「終わったな……アンタの春」

 

「オメーが余計なことを言うからだろうが!! ううう…………良いことなんて、一個もない人生……」

 

 女性陣の一斉射撃で精神がK.Oされた陽介は嵐が過ぎ去った後の枯れ木のようにしおれてしまった。あの調子だとしばらくは再起不能だろう。自業自得とはいえ少しばかり同情してしまった。すると、雪子が何か思い出したように悠に言った。

 

「そう言えば、鳴上くんに言伝があって、堂島さんと菜々子ちゃん、遅れるって。堂島さん、仕事が忙しいらしくて」

 

「ああ、今朝叔母さんが言ってたよ。後で迎えに行くって」

 

 今考えれば、堂島たちの到着が遅れるのはむしろ好都合だったかもしれない。かなみんキッチンとA-RISEの失踪が異世界が絡んでいる事件であると判明した今、堂島と雛乃の鋭い詮索を受けずに仲間たちと情報を共有することが出来たのだから。あの2人には隠し事をしているようで申し訳ないが、今更だ。

 

「そうなんだ。雛乃さんが一緒なら安心だね。でも、それより鳴上くん、顔色悪いけど大丈夫? 絵里ちゃんたちもだけど、ちゃんと寝れた?」

 

「……お察しの通り」

 

 雪子の問いかけに思わず苦笑いしてしまった。心配させないように上手く隠していたつもりだったのだが、雪子には誤魔化せなかったようだ。流石は天城屋旅館次期女将というべきか。出来るならその調子で料理の腕も普通レベルまで向上してほしい。

 

「ええ、昨夜は色々ありましたからね」

 

「“マヨナカステージ”ってやつか……その世界でもペルソナが使えるんだっけ? まさか、夏休みにりせが何気に言ったことが現実になったなんてなあ」

 

「花村センパイ復活はや! てか、私が悪いみたいに言わないでくれる? 私だってこんなことになるなんて思ってもなかったんだから」

 

 思ったより早い復活を遂げた陽介の発言にりせは頬を膨らませて抗議した。

 

「話を聞く限りだと、かなみんキッチンの人達が捕まっちゃってるんだよね。それに、あのA-RISEの人達も」

 

「ごめんね……折角来てもらったのに、早々にヘビーな話になっちゃって……」

 

「何言ってるの。りせちゃんが謝ることじゃないよ。それに、今回はダンスでシャドウと戦うんでしょ? ダイジョーブ! 夏休みにりせちゃんと絵里ちゃんに鍛えられたし、アタシたちもあれから猛特訓したから大丈夫だよ! アチョー! ってね」

 

「クマも負けない! 見てみて! りせちゃんとエリちゃんとの特訓の成果!」

 

 クマはそう言うと、両手を合わせて顔の傾きを保ったまま、首をぐるぐると回してみせた。あれはダンスではアイソレーションという動きで思わず感嘆してしまうほどの完成度だったが、そんな動きを夏休みで絵里とりせから教えてもらった記憶はない。

 

「クマくん……それ、どこで覚えたのよ。まあ、バリエーションは多い方が良いけど……」

 

「わあ! クマくんすごいねえ! よーし、穂乃果も密かに練習したアレを」

 

「張り合わなくていいですから!」

 

「ま、まあ……正確には“倒す”んじゃなくて、差し詰めダンスで“囚われた心を解放する”といった感じでしょうか? ……正直分からないことだらけですけどね」

 

「へえ、ダンスで伝えるかあ。面白そうだね」

 

「あのね雪子ちゃん、そんなお気楽な話じゃないんだから」

 

 妙に張り合うクマと穂乃果、呑気なことを言って楽しそうにしている雪子たちに呆れる絵里。いつも通りのペースではあるが、全員が今回の事件解決に向けてすでに心構えが出来ているのを感じる。伊達に去年の連続怪奇殺人事件やP-1Grand Prixを経験していない訳ではない。

 

「何はともあれ、特捜隊&μ‘sの再結成だね! 何だかワクワクしてきたよ」

 

「はは、GWの時は絵里ちゃんと希ちゃんはメンバーじゃなかったけどよ、俺たちはそういう運命で出来るじゃねえか?」

 

「そうだね。また事件に関わることになったけど、私たちの力で助かる人がいるんだもの。私たちでやれるなら、やらないよりいいと思う」

 

「クマの華麗なダンスでいたいけなアイドルを救っちゃう! そして、2人はギョーカイ禁断の恋に……!」

 

「ねーよ。つかどこ行ってもブレねーな、お前……まてよ? クマが言ってること、今回はあながち間違いでもねえんじゃねーか? ひょっとすると、俺もそんな可能性が!?」

 

「アンタ、その発想やめねえ限りぜってーモテねえと思うんすけど」

 

「同意」

 

 何はともあれ、決戦は今日の午前零時だ。必ずそこでマヨナカステージの謎を解き明かし、囚われたかなみんキッチンとA-RISEのみんなを助け出して見せる。少しでもダンスでの武器を増やすために再結成した【特捜隊&μ‘s】たちはレッスンスタジオへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<レッスンスタジオ>

 

 レッスンスタジオにて、本番の衣装を着て練習に励んだ。

 今回悠たちのステージ衣装は井上が随分とこだわっていたのは“高校生らしさ”だった。作りでは出せない“高校生らしさ”はうけがいいとのことだったので、特捜隊組は八十神高校の制服、μ‘s組は音ノ木坂学院の制服を若干改造した風にオーダーメイドで作ってくれた。

 特に特捜隊組は衣装だけでなく髪型も去年と同じに戻すなど、悠が八十神高校に通っていた頃の姿に合わせてくれている。やはりこの方が特捜隊らしくてしっくりくると悠は仲間たちの心遣いに感謝していた。

 

「ふ~、きついぜ……ぶっ続けでもう足がパンパンだっつーの」

 

「そうっすねえ……もう頭がクラクラして……」

 

 到着以来、数時間ぶっ通しで続けられた練習についに陽介と完二が音を上げた。夜行バスで急いで来てもらったとはいえ、いきなりこの練習量は耐え切れなかったらしい。それでも早々にリタイアした直斗や雪子たちに比べたら、まだ体力はあると言ったところだろう。

 

「仕方ないさ。俺たちのステージがどうなるかは分からないけど、プロの舞台に立つんだ。マヨナカステージでの戦いのことも考えたら、武器は多いほどいい」

 

「ああ、分かってるさ。でも、お前や穂乃果ちゃんはともかく、ダンスで戦うってまだ俺たちは実感が沸かないって言うかさ……」

 

「それでも、やるしかないわ。今はこれしか対策がないんだから」

 

 そんな風に話していると、休憩に早々入っていてどこかに行っていたりせが何か意味深な笑みを浮かべながらこちらに歩いてきた。

 

「お疲れ様! みんなすっごい頑張ったね。だから、そんな花村センパイたちにご褒美上げちゃおっかな?」

 

「ご褒美って、何だよ? 何かくれるのか?」

 

「実はね、近くのスタジオでかなみの撮影があってるんだって。だから、みんなで行ってみよう」

 

「ま、マジで!?」

 

「みんなも行きたいって言ってるし、せっかくスタジオに来たんだから、これくらいはしないとね」

 

「「や、やった──ー!」」

 

 このことを受けて陽介のみならずクマと花陽、にこも大喜びだ。昨晩あの衝撃的なプライベートな一面を見たとはいえ、アイドルはアイドル。それ以外のみんなも人気アイドルの撮影現場を見学できることもあってか嬉しそうだった。

 何と言うか、りせは本当にこういうところは上手い。人を笑顔にするコツを知っているというべきだろうか。

 

「ただし! その代わりに騒がずに大人しくすること。一応本番の撮影だし、特に花村センパイとクマ、それに花陽ちゃんとにこセンパイ……いい?」

 

「はい! ジュネスの名に懸けて騒ぎません!」

 

「クマもヨースケの名にかけて騒ぎません!」

 

「私も陽介さんの名にかけて騒ぎません!」

 

「にこも陽介の名にかけて騒がないわ!」

 

「意味わかんねーよ! てか、俺にかけんな!」

 

 不安だ。陽介たちはまだ常識があるので心配ないが、クマがかなみを目にした途端暴走しそうで怖い。そんな一抹の不安が過りつつも悠は皆の後に続こうとレッスンスタジオを出た。すると、

 

「あっ! 悠センパイ、ちょっとま」

 

 

「鳴上さーん!」

 

 

「うぐっ!」

 

 ドアを開けた瞬間、何かが悠の身体に突進するかのように抱き着いてきた。その正体はなんと日菜だった。まさかと思うが、ずっとレッスンスタジオの前でスタンバっていたのではなかろうか。

 

「やっと捕まえた。ねえねえ、鳴上さん。連れて行きたい場所があるからちょっとついてきて」

 

「え? あの……俺はこれから……」

 

「いいからいいから」

 

 日菜は悠の都合を聞くことなく手を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。しかし、

 

「ちょっと! お兄ちゃんを勝手に連れてかないで!!」

 

「おお! あの子怖ーい! 逃げろー!」

 

 ブラコンのことりがそれを見逃すはずがなく、悠を引っ張る日菜とそれを追いかけることりによる追いかけっこがスタートしてしまった。あまりに突然でテンポの速い展開についていけなかったが、取り残された陽介たちが思ったことは一つ。

 

 

 

 

────―そっとしておこう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<タクラプロ フォトスタジオ>

 

 連れて行かれた悠とことりのことは放っておいて、件のスタジオに着くと、先にりせが入ってスタッフさんに軽く挨拶して、事情を説明してくれた。スタッフさんも快くOKしてくれて、かなみの撮影を見学することができた。中では既に撮影は始まっていた。

 

「おおっ! すげえ! 頭ちっさ! 足なっが!」

 

「うん。確かにすごいね……どれくらいサイズなのかな? 直斗くんや希ちゃんくらい?」

 

「そこでウチらを引き合いに出すのやめてくれへん?」

 

 遠巻きにフラッシュをたかれるかなみを見て興奮する一同。若干話題が女子特有の一部分に集中しているようで、特に海未は意気消沈している様子が窺える。

 

「うっひょー! ベリーキュート! お胸がドーンとしててお尻がプリーンとしてて、まさにヨースケのすとらいくぞーんだよね」

 

「ばっか! お前あんましはしゃぐなって! てか、ほんものなんだよな……こんな近くでかなみんを見られるなんて、マジでありがとうございます!」

 

「本当です~! あの真下かなみさんをこんなに間近で見れるなんて……もう一生の思い出です」

 

「しゃ、写真は……ダメかしら?」

 

「ダメに決まってんでしょ」

 

 かなみは仕事モードに入っているのか、こちらの小声を気にせず、アイドルスマイルで撮影に励んでいた。プライベートの姿が残念とはいえ、やはりそこはりせと並ぶ人気アイドル。どんなポーズを取っても様になっていて、女子たちでも思わず見惚れてしまうほどの魅力を醸し出していた。

 

「ふふ、みんな楽しそうで良かった。あとでちゃんと紹介するね。ところで、悠センパイとことりちゃんは?」

 

「まだ帰ってきてないわ。一応ことりにはこの場所のことを連絡してるけど……全く、帰ってきたら練習倍にしてやるんだから」

 

 小声でそんなやり取りをしていると、誰かがこちらに向かってくるのがみえた。少し騒ぎ過ぎたのか、スタッフさんの一人が注意しに来たのかと思ったがそれは違った。

 

 

「久慈川りせ、これはどういうこと? 物見遊山でぞろぞろと見物? 修学旅行気分を味わいたいなら他所でやってくれないかしら」

 

 

「げっ!? 落水さん……」

 

 なんと、まさかのここで天敵の落水と遭遇。昨日のこともあってか、りせのみならず穂乃果たちも気まずそうに視線を逸らした。

 

「誰っすか? この人」

 

 昨夜のことを知らない上に初対面の完二は落水を見てそんなことを言う。だが、陽介は落水を見た途端、驚いたように仰け反った。

 

「お、おい! この人、落水鏡花じゃねえか!? 絆フェスの総合プロデューサーってことは知ってたけど……“女帝”が何でこんなところに……」

 

「落水? 女帝? ああ、この人が花村先輩と花陽が言ってた悪徳プロデューサーって人か」

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 完二の裏表のない性格……悪く言えばデリカシーのない性格が災いして撮影現場に冷たい空気が流れ込む。これはまずいと落水の方を見てみると、当人は完二を一瞥して深い溜息をついていた。

 

「全く……トラブル続きだっていうのに勘弁してもらいたいものだわ。こんな失礼な子たちの対応までさせられるなんて。タクラプロにギャラを上乗せしてもらおうかしら?」

 

「んだと……この……あいたっ!」

 

「落ち着きなさい! 完二くん!! これ以上失礼を働くつもり!? すみません! 落水さん! 私たちの後輩が失礼を……ほら、完二くんも!」

 

「す、すみませんした」

 

「……別にいいわ。ところで、鳴上悠だったかしら……貴方たちの保護者はいないようだけど?」

 

「ほ、保護者!? って、あれ? 何かきこえねえか?」

 

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 

 それは突然だった。陽介の言う通り、何か幻聴のようなものが聞こえてくる。まるでマイクから聞こえる雑音のようなものではなく、何かの曲がノイズがかかったように聞こえてくる。この音を聞いて、りせたちは戦慄が走った。何故なら……

 

「これは……昨日マヨナカステージに落ちる前に聞いた曲! まさか」

 

「み、みなさん! あれを!?」

 

 見ると、かなみの頭上に向かって手を伸ばし、何か不思議なものを見るかのように呆然としていた。かなみの視線を追って目に映ったものに皆は仰天した。忘れもしない、それはこの不気味な歌と同じ、昨日南家のテレビで目にした不気味な光だった。

 

「ほわあ……これ何でしょう? もしかして、噂のプラズマさん?」

 

 本人は何も知らず呑気なことを言っているがそんなことではない。

 

「おかしい……今は午前零時じゃないのに何故」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないよ! はやくしないとかなみが連れて行かれちゃう!?」

 

「か、かなみが? ちょっと、待ちなさい!!」

 

「すみません!」

 

 このままではいけないと身体が本能的に働いたのか、落水を押しのけてりせたちはかなみの元へ走り出した。落水も良からぬことが起こると直感したのか、後に続くようにりせたちを追いかける。

 刹那、天井の光から伸びたリボンからかなみを連れ去ろうと襲い掛かってきた。そうはさせるかとりせたちは何とかかなみを守ろうとする。しかし、そうしたのは先行したりせや穂乃果、速さが専売特許の陽介や凛でもなかった。

 

 

「全く……世話のやける……」

 

「落水さん!?」

 

 

 それはなんと落水プロデューサーだった。まさかの人物に皆は唖然としてしまう。咄嗟の判断というべきか、恐らく落水はかなみの身が危ないといういう事以外この先何が起こるのか分からないでいるはずだ。

 あの冷酷さからかけ離れた意外な一面に驚いていると、本人はかなみに叱りつけるような口調で告げた。

 

 

「かなみ! 私に何かあったら井上か武内を頼りなさい! 絶対に絆フェスを……くっ!」

 

 

 最後の言葉は間に合わず、落水は無理やりリボンに引きずられて怪しい光の中へ取り込まれてしまった。

 

「ひ、ひきずり込まれましたよ……」

 

「どどどどどうしよう! 落水さんが……」

 

 予想もしていなかった非常事態に穂乃果たちは混乱する。無関係な一般人、それも絆フェス総合プロデューサーの落水がマヨナカステージに連れていかれてしまったのだから当然だろう。だが、

 

 

 

 

「逃がすか!!」

 

「お兄ちゃん、行こう!」

 

 

 

 

 

 瞬間、どこから現れたか分からないが、我らがリーダー鳴上悠とその妹南ことりが迷うことなく光の中に突入していった。

 

「悠さん!? ことりちゃん!? いつの間に!」

 

「ゆ、悠! お前ら! 2人の後に続け!!」

 

 陽介の檄に目が覚めた他のメンバーもリーダーの後に続いて光の中へ突入した。前触れもなく、いきなり突入する形になってしまったが、背に腹は変えられない。何が起こるか分からないが、何振り構っていられない。光の向こう側に何が待っているのか分からぬ不安に駆られながらも、特捜隊&μ‘sの面々は光の中へ身を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あへ? 今のは……あれ? りせ先輩や落水さんは?」

 

 

 その場に、何も知らないかなみだけを置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<マヨナカステージ>

 

 目の前が薄明るくなって、悠たちの身体は不意にどこかに投げ出された。先行した悠とことりは何とかバランスを取って着地すると、改めて周囲を確認する。

 

「ことり、大丈夫か?」

 

「うん。こっちは大丈夫だよ。それより、ここって」

 

 昨日のりせと穂乃果たちのために作られたステージではなくまるでライブのイベントの会場の出入り口のような場所だった。“MAYONAKA STAGE”と大々的に描かれたロゴのオブジェと自分たちが今立っているところを中心に奇怪な模様が不気味に広がっている。そして、目の前にはA・B・C・D・Eと表示されている5つの出入り口が開けてあるのが見えた。

 

「昨日のステージと少し違うね」

 

「ああ、今回は俺たちが強制的に乗り込んだからな。なら場所も違って、うおっ!」

 

「お兄ちゃん!?」

 

 辺りの光景を観察していると、頭上から人が降ってきた。これは……

 

「……何とかつきましたね」

 

「いったー! 思いっきり尻もちついちゃった」

 

「あたたた……センパイら、無事っすか?」

 

「俺が無事じゃねえよ……」

 

 後から突入してきた陽介たちも無事にマヨナカステージへと侵入できたらしい。だが、全員無事かというとそれではなかった。陽介の上に完二とクマが落ちていて陽介が息苦しそうにしている。そして、極めつけは……

 

 

「「「きゃ、きゃああああああああっ!」」」

 

 

 着地地点を間違えたのか、倒れた悠の上には何故か真姫・花陽・凛が乗っていた。頭に真姫、腹部に花陽、下半身に凛といった状態だ。それも悠の顔は真姫のスカートに覆いかぶさっている。事態を確認した海未たちはすぐさま悠と密着している真妃たちを引き離した。

 

「ゆ、悠さん! 何やってるんですか!?」

 

「今、真姫ちゃんのパンツ見たでしょ!?」

 

「す、すまない……でも、あれは不可抗力で、まさか真姫の黒いぱ……」

 

「変態!! メルポメネー!!」

 

 真姫は怒りに任せてタロットカードを砕き、メルポメネーを召喚する。そしてすかさず得意の火炎攻撃が悠を襲おうとするが、昨日と同じくその火炎は消失マジックにかかったように消えてしまった。

 

「うおっ! マジか! 真姫ちゃんの炎がパッと消えたぞ」

 

「おお! すごーい! まるでセンセイの右手がマキちゃんの炎をイマジンにブレイカーしたみたいだね」

 

「クマくん、わざと言ってるでしょ…………聞いてた通り、ここでもペルソナ使えるんだ。でも」

 

「ええ、あの通りペルソナで攻撃しようとしてもすぐ消されてしまいます。誰も傷つかない、誰も傷つけ合わないというのは本当のようですね」

 

 少し間抜けな展開であったがこの世界のルールを改めて再確認できた。そんな中、悠と真姫は先ほどのパンツのことを気にしてるのか、嫁を怒らせた夫のようなやり取りをしていた。

 

「ま、真姫……ごめんな」

 

「……ふんっ!!」

 

 謝り続ける悠に真姫はツンケンした態度で振り向こうともしないが、内心は今日の下着が攻め過ぎていたことに気づいて慌てまくっていた。母親がせっかく大舞台に出るし、もしかしたら悠にラッキースケベをかましてくれるかもしれないからと強く薦められた。まさにその通りになったので、嬉しくもあるが母親の言う通りになったのが信じられないという気持ちがせめぎ合ってこんな感じになっているのである。

 

「……てか、ここがマヨナカステージってやつ? 何かステージっていうより会場の入り口って感じだけど」

 

「はい。昨日とは違った場所ですね。前に来たときは、あの声が久慈川さんと穂乃果さんたちを捕まえる気でいましたからね。用意されたステージに招かれるのと無理やり入るのとでは、扱いが違うと言ったところでしょうか」

 

「んん~? やっぱりここはクマたちの世界と似てるけど少し違うクマ~。遠~くから知ってる匂いもするけど、全然繋がってないクマね」

 

 クマが辺りをクンクンとさせていたか思えばそんなことを言っていた。しかし、これは聞き捨てならない情報だ。

 

「えっ? じゃあクマさん、このマヨナカステージは稲羽の世界と私たちが行ってるテレビの世界とは繋がってないってこと?」

 

「そうクマねぇ。センセイとホノちゃんたちが行ってるテレビの世界にも学園祭の時にコッソリお邪魔したけど、あっちもあっちで繋がってなかったクマね。ご近所さんかもしれないけど、行ったり来たり出来るような感じじゃないクマ」

 

 つまり、クマの言うことが確かならば、この世界は音ノ木坂学院のテレビの世界と似ているところはあれど、完全に独立した世界だということだ。音ノ木坂の世界はマーガレットが出入り口を用意してくれたお陰で行き来できているが、この世界はそうはいかないだろう。であれば、この世界から脱出する方法は……

 

 

 

 

「フフフ……」

 

 

 

 

 それは、まるで待ち伏せていたかのように突然やってきた。上下左右、どこともない位置から響いてくる不気味な声。悠たちは身構えたまま辺りを見渡す。りせと希はペルソナでリサーチするがそれらしき存在や影は見当たらなかった。

 

「な、なにこれ……どこからか声が聞こえて……お化け!?」

 

「落ち着け、里中。この声はマヨナカステージの主の声だ。やはり現れたか」

 

 幽霊などのオカルト系が苦手な千枝は初めての謎の声の出現に慄いている。

 

 

「部外者はお断りって言ったはずなのに……やっぱり私たちと繋がりたくなっちゃったの? そんなに他のお友達も連れてきて」

 

「ふざけないで! そんなワケないでしょ!! 今すぐたまみやA-RISEのみんなを解放しなさい!」

 

「解放? それは違うよ。だって、ここにいる彼女たちはみんな幸せなんだから」

 

「し、幸せ? こいつ、マジで言ってんのか!?」

 

「イカれてるぜ……こんな世界に閉じ込められて幸せなわけねえだろ!!」

 

「威勢がいいわね。でも、そんなことはないわ。あなた達は何も知らないだけ。さあ、私たちと繋がりましょう?」

 

「聞く耳は持たないということね。仕方ないわ、こうなったら実力行使よ。昨日は後れを取ったけど、同じ手は効かないと思いなさい」

 

「フフフ……好きにすればいいよ。そのうち貴方たちも分かるから」

 

 

 すると、辺りを支配していた粘るような圧迫感が消えて少しだけだが、空気が正常化したような気がした。おそらくあの声の主が遠ざかったせいだろう。

 

「空気が変わったね。どこかに行っちゃったのかな?」

 

「そうみたいですね。少なくとも、昨日みたいに追い出されなかっただけでもマシでしょう」

 

「それにしても、全然楽しそうじゃなさそうな感じクマね! 難しいことは言えないけど、ムジュンしてるクマ~!」

 

「ああ、クマの言う通りだ。誰も傷つかないなんて胡散臭いし、そんなものが本当にある訳ねえっての」

 

 陽介たちはこの世界について各々そんなことを言っている。やはりこの世界について自分たちと同様に思う所があるようだ。

 だが、何故か引っかかる。悠たちの存在が邪魔なら昨夜のように強制的に追いだせばいいはずなのだが、今回はそうしなかった。つまり、それは()()()()()()()()()()()()()()()()ということではないか。

 しかし、そうだとしても、この状況だからこそ伝えなければならないのだろう。こんなことは間違っていると、この世界で自分たちにとって唯一の武器であるダンスで。

 

 

「捕まえた! この反応はたまみとともえの反応だよ。こっちにはすももとのぞみがいる。希センパイ、そっちは?」

 

「こっちも手応えアリや。こっち3つの道それぞれに反応がある。りせちゃんみたいに特定はできへんけど、A-RISEの3人のものやろうな」

 

 

 考察にふけっていると、りせと希の鋭い声が耳に聞こえてきた。どうやらこの世界に考察している間にターゲットの反応を掴めたようだ。

 何というか、やはり解析タイプのペルソナ所持者がいると心強い。りせはP-1Grand Prixのこともあってか以前よりも格段に能力が向上しており、希もりせからアドバイスを受けたのか、学園祭事件の時より見事に己のペルソナ能力を行使している。

 

「やっぱりか……悪い予感が当たりましたね」

 

「や、やば! 昨日より反応が弱くなってる。早く助けに行かないと……」

 

 やはりというべきか、ペルソナ能力を持っていない普通の人間がこの世界に長く滞在していると衰弱してしまうというのは変わらないらしい。これは一刻も早く救出しなくては。

 

「それならここからは別々で行動しましょう。道が5つに分かれているし、全員を早く助けるにはそれが効率的だわ」

 

 なるほど、流石は絵里だ。ちょうど道が5つに分かれていて、こちらも大人数であるので別々に行動する作戦を決行するのに十分と言えるだろう。

 

「うん! 絵里センパイの案でいこう。入り口は別々で、その先の道は複雑になってるけど、最終的には一つに繋がっているみたい。その道々で助けて行けば、一番奥で合流できるよ」

 

「OK。じゃあ、チーム分けだな。まずプロフェッショナルのりせと戦闘経験のある悠と穂乃果ちゃんたちを分けて……え~と……あとは」

 

 いざ人数を分けようとすると中々決まらない。それもこの大人数をどうやって分けたら良いのか。すると、

 

 

「先輩、一つ提案なんすけど、ここは()()()()でチームを分かれねえっすか?」

 

 

 頭を悩ませていると、完二がこんなことを言ってきた。

 

「はっ? 別にいいけどよ。珍しいなお前がそんなこと言いだすなんて」

 

 確かにこのような提案をよりによって完二からするとは普段の彼からすれば珍しい。すると、完二は照れ臭そうに鼻をこすると改めて悠たちにこう言った。

 

「俺らも夏ん間にチョイチョイ話してたんすよ。いつまでも先輩たちの世話んなってる訳にも行かねえって」

 

「ええ、来年は先輩たちも卒業してしまいますし、僕らは僕らなりのチームワークを身につけようと思いましてね。折角の機会ですし、僕は巽くんの案に乗せてもらいますよ」

 

「私も賛成です。私たちも悠さんや絵里たちなしでも行動できるようにならないといけませんから」

 

 後輩たちからの提案に悠は少し驚いてしまった。夏休みの練習の合間に何か話していると思ったら、そんなことを考えていたとは。これには悠も絵里も思わず驚嘆してしまった。

 

「へえ、アンタたちも色々考えてたんだねぇ」

 

「てゆーか、センパイたち私たちがこんな話してるの知らなかったでしょ? いつまでも子ども扱いしてるとすぐに追い抜いちゃうよーだ」

 

「言ったなぁ? じゃあ、あたしらも年上の力を見せてやろうじゃん。まだまだ若者には負けないぞぉ! ってね」

 

「千枝、私たちも若者だから」

 

 何はともあれ、学年別でチームを分けることには賛成だ。そうなると、チームは特捜隊3年組と2年組、μ‘s3年組と2年組、1年組に分かれることになる。多少人数のばらつきはあるがこのチーム分けなら問題なさそうだ。

 

「ええ? クマは? クマはどこに行けばいいの? やっぱりクマはことりちゃんのチームに」

 

「アンタはこっち! 穂乃果ちゃんたちのチームに入れたら絶対何かやらかしそうでしょ! そんなに悠センパイにシバかれたいわけ?」

 

 見ると、“ことりのチームに入る”との言葉が聞こえたのか、悠が修羅のような形相でクマを睨みつけていた。そして、その目はこう語っている。

 

“クマ……もしことりに手を出したら、ただで済むと思うなよ”と。

 

 流石にこれにはクマも恐怖を感じたので、りせの言う通りクマは特捜隊2年組に組み込まれることになった。

 

 

 

「じゃあセンパイたち、また後でね。何かあったらペルソナで連絡取るから」

「では、お先に失礼しますね」

「先輩ら、先にあの変なのにやられんなよ!」

「よっしゃー! やったるクマー!!」

 

 

「よーし! 穂乃果たちが一番を目指すぞぉ!!」

「おーうっ!」

「行きましょう!」

 

 

「が、頑張るぞぉ!」

「凛たちもいっくにゃ!」

「ちょっと! そんなに急に走らないで!」

 

 

 こうして後輩たちは意気揚々と自分たちの担当する道へと駆けて行ってしまった。初めての別行動でいい所を見せようと張り切っているのか、後輩たちはすぐに姿が見えなくなってしまった。

 

「な、何か……俺ら完全に良いところ持ってかれてねえか?」

 

「そうねえ。考えてなかったことはないけど、私たちは来年卒業であの子たちだけになっちゃうもの……もうそんなことを意識していたなんてね」

 

「ウチも驚いたなぁ」

 

「うん。まるで、雛鳥の巣立ちを見ているみたいだよ」

 

「雪子、それもうお母さんみたいになってるから」

 

 後輩たちの思わぬ成長ぶり感動している雪子たちだが、こちらとて黙ってばかりではいられない。遅れを取ってしまったが、ここから挽回だ。別に競争している訳ではないが、こっちだって年上の意地がある。千枝の言ってた通り年下の者たちに年上の底力を見せてやろうではないか。

 

 

「悠、私たちも負けないわよ」

 

「ああ、また向こうで会おう」

 

「アンタたち、負けたら承知しないんだからね」

 

「うん。にこちゃんたちも負けないでね」

 

「よし、特捜隊&μ‘s3年組、出動だ!」

 

 

「「「おおおっ!!」」」

 

 

 後輩たちに触発されて、やる気満々になった特捜隊&μ‘s3年組は勢いに任せて各々の道を走り出した。

 

 

 

 囚われたアイドルたちを救うために別々で行動することになった特捜隊&μ‘s。果たして、この世界に隠された秘密とは一体何なのだろうか? 

 

 

 

 

 

To be continuded Next Scene.



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#77「Backside Of The TV.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

遅かった梅雨も過ぎて蒸し暑い日々が続いてます。そして期末試験が近づいているせいか、レポートに次ぐレポート……ギリギリ間に合うかどうかの製図……前触れもなく消された評価……テストへの不安など色々ありますが、ロードエルメロイ二世の事件簿を楽しみながら負けじと頑張っていきたいと思います。

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。色々あって更新が早かったり遅かったりしていますが、これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


~自称特別捜査隊 3年組サイド~

 

 

「そういやさ、この4人で行動するのって結構久しぶりじゃね?」

 

「確かに。去年の完二くんの事件以来かな? 懐かしいね」

 

「ああ! そう言えば、私たちが特別捜査隊作ったんだっけ?」

 

「言われてみればそうだな。何だか、あの頃に戻ったみたいだ」

 

 他のメンバーと分かれてから数分後……少し暗い道の中、特捜隊3年組の4人は雑談をしながら歩みを進めていた。思い返せば陽介の言う通り、この自称特別捜査隊を発足した初期を思い出すメンバーなので、あの頃に戻ったような感じがして些かこそばゆい。

 

 

「そういや悠、お前どうやってパスパレの日菜ちゃんから逃げてきたんだよ? 何か突然出てきてびっくりしたぜ」

 

「いや……引っ張られてる途中に白鷺さんが引き留めてくれて。その隙にことりとダンボールに隠れながら移動を」

 

「はあっ!? お前、ことりちゃんとダンボールにスネークインしたってことか!? 羨ましすぎんだろ!! てか、日菜ちゃんだけじゃなくてあの千聖ちゃんまで……」

 

「花村、驚くポイントが違うでしょ……てか、鳴上くんもダンボールって…」

 

「この2人といい完二くんといい、何でうちの男子たちは変なのしかいないんだろ」

 

「天城さん? それブーメランだからな。お前らだって大概だろ。特に料理の方面で」

 

「「(ジイィ…………)」」

 

「うおっ!? ゆ、悠……俺、正しいこと言ったよな?」

 

「…………そっとしておこう」

 

 

 こういうところでは女子は妙に強いところがあるのは普段μ‘sのメンバーと一緒にいる悠はよく知っている。それで何度も苦労させられたことか。

 そうこうしているうちに4人は雰囲気が変わった場所に来ていた。元から気味が悪い光景だが、周囲や道の印象がある種、統一されてきたように見える。だが、そこに広がっていた光景に悠は思わず絶句した。

 

「ここって……サーカスか!?」

 

「うん、確かにサーカスだね。って、あれ!?」

 

「な、鳴上くん!?」

 

 サーカスと認識した途端、悠は眩暈がして少しふらついてしまった。瞬間に頭を過るのはあの雨の日に見た赤いレインコートの人物・泣き叫ぶことりの姿・リアルに死を感じた走馬燈…………あの学園祭事件の数々のシーンがフラッシュバックする。

 

「お、おい! 悠!! 大丈夫か!? しっかりしろ!」

 

「鳴上くん、大丈夫!?」

 

「学園祭のこと思い出すんだったら、無理はしない方がいいよ。一回戻る?」

 

「あ……ああ、大丈夫だ。すまない」

 

 夏休み前に起こった学園祭の事件の全貌は陽介たちも聞いている。その時の犯人“佐々木竜次”の世界がサーカスだったこともあってか、思わず思い出したくもないことを思い出してしまったが、陽介たちが気遣ってくれたこともあって少し楽になった。

 ただ、別にサーカスと言っても、この世界のサーカスはごく普通のピエロが看板となっている陽気な雰囲気に周りの動物たちの絵柄は皆楽しそうにしている。以前の佐々木竜次の世界のようなスプラッタな描写をほんわかに描いた某推理アクションゲームの悪趣味な雰囲気ではないのが、せめてもの救いだ。

 

「つか、どう思ったらサーカスって発想になるんだよ。ここに囚われてるのって一体……」

 

「確か、マヨナカテレビの時って、中に入れられた人の心の影響で風景が変わるんだよね? シャドウが居てペルソナも使えるし、ここもそうだって事かな?」

 

「ああ……だとしたら、あの声の主は」

 

 

 

「フフフフ……」

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 

 瞬間、覚えのあるねっとりとした雰囲気が辺りを包んだ。噂をすればというべきか、あの声の主がやってきたようだ

 

「ようこそ、上杉たまみのマヨナカステージへ」

 

「テメ―! さっきの……隠れてないで、姿を見せやがれ!」

 

「フフ……何で? 私があなたたちの相手を理由なんてひとつもないよ……」

 

「な、何だと!?」

 

 この不気味な声の主は姿を見せず、今尚その真意もつかみどころがないままだ。まるで自分たちの言葉など何も届いてないように。だが、あちらがそんなつもりならこちらは今のうちに情報を引き出すまでだ。

 

「たまみさんのステージと言ったな。この先にこと……たまみさんがるのか?」

 

「おい悠、お前たまみんとことりちゃんを間違えなかったか?」

 

「フフフ……まさか似てるとはいえ、たまみと妹を間違えるなんて……聞いてた通り重度のシスコンなのね」

 

「ほっとけ……それで、どうなんだ?」

 

「いるよ。あの子は皆の望むたまみになって輝き続ける……永遠に終わらない私たちのステージでね」

 

「直斗から聞いた“他人の望む自分になる”ってやつか……聞こえはいいけど、お前のやってるのはただの洗脳っつーんだよ!」

 

「洗脳? 違うよ。これはたまみのためだから。無理に自分を通したって誰も喜んでくれないもの。誰にも愛されない自分なんて何の意味もないじゃない。皆が望むたまみになれば、誰もがあの子を愛してくれる。フフフ……こんな幸せなことなんてないじゃない」

 

 瞬時、悠たちの頭が真っ白になるのを感じた。話を聞く限りだと、この声に悪意はない。本気で自分のしていることが“たまみにため”と信じているのだろう。それは、ここに攫った他のメンバーに対しても同じように思っているに違いない。これはますます厄介な相手だと改めて思った。

 

「それより折角来てくれたけど……チケットのない人はここから先への入場をお断りしてるの」

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 その時、自分たちが通った道は分厚い扉で閉ざされ、瞬間辺りに黒い靄のようなものが充満した。そして、

 

「な、何っ!? こいつらは……シャドウ!?」

 

「リボンに繋がれてる! これが鳴上くんたちの言ってた……それに……この曲は……」

 

「気を付けろ! アレに巻かれると奴らに意思を取り込まれるんだ! 気をしっかり持て!!」

 

「くっ……話には聞いてたけど想像以上だぜ……」

 

 黒い靄が実体化してシャドウになったと同時に例の不気味な歌が音量を上げて聞こえだし、一斉にシャドウたちは踊り出した。見ないようにと視線を逸らして見たもののそれは無駄に終わった。この世界は心が伝わりやすい特性ゆえか、シャドウたちのダンスは視覚的ではなく感覚的に悠たちに訴えかけてくるのだ。

 そして、昨夜と同じように身体から抗う力が抜けて行き、シャドウたちの望みを受けれいてもいいのではないかという想いが沸き上がってくる。だが、そうはさせまいと悠たちは心に残る理性を持って必死に耐え続けていた。そうこうしているうちにもシャドウたちはこちらに迫ってくる。

 

「や、やば! あいつらがこっちに来る!」

 

「ど、どうしよう……」

 

「フフフ……さあ、私たちと一緒に繋がりましょう。そうすれば、たまみのステージに入れてあげるから」

 

 謎の声に呼応するようにどんどん音量が上がっていく。すると、それに負けじと陽介が一歩足を踏み出し、覚悟を決めた表情で蹲る悠たちを守るように立ちあがった。相棒のその行動の意味を悟った悠は陽介に声を掛ける。

 

「……やるか、陽介」

 

「ああ、もちろん。伊達にりせと絵里ちゃんの夏の練習に耐えてきたんだからな。お前に出来るんなら、俺たちも出来ないわけないだろ?」

 

「花村!? もう踊るの!」

 

「こういうのは先に踊ったもんがちだもんな。へへっ、脅威なのは悠やりせだけじゃないってとこを、あの口だけのチキン野郎に見せつけてやるぜ!」

 

 陽介のそんな強気の言葉が聞こえたのか、タイミングよく別のルートにいる希から通信が入った。

 

『悠くん! みんな、大丈夫? 今そっちにすごいシャドウ反応が』

 

「ナイスタイミングだぜ、希ちゃん! 早速で悪いけど、俺の課題曲を今すぐかけてくれるか?」

 

『えっ? 陽介くんの課題曲……りせちゃんから貰ったリストによると、この【Backside Of The TV】やな。よし、準備OKや。陽介くんのカッコイイダンスを決めちゃってや!』

 

「うっしゃ! 行くぜ! μジック スタートだぜ!」

 

 希のペルソナによる音楽が通信越しに流れ始めて陽介のダンスがスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────す……すげえ……

 

 陽介のダンスが開始してから、千枝は思わず陽介の姿に目が離せなかった。毎日音楽を聴いているが故のリズム感、身のこなしの軽さから来る軽快さ、その上に思わず感嘆してしまう華麗なステップに目を細めてしまった。

 夏休みに一緒にりせと絵里のシゴキに耐えてきたから分かるが、あの時よりかなり成長している。夏休みが終わっても相変わらずおちゃらけていて、そんな素振りは見せていなかったが、おそらく見えないところで相当練習を積んだに違いない。

 

 

────花村のくせに…………ちょっと……コいい

 

 

 普段軽口ばかり叩いてガッカリをかます姿とはまるで違う、本来の陽介の魅力を引き出したかような姿にギャップを感じた千枝は思わずぼうっとしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーカッ!ー

「来い! ペルソナ!!」

 

 

 ダンスを終えた刹那、陽介はタロットを砕いて己のペルソナ【タケハヤスサノオ】を召喚する。タケハヤスサノオの楽器は穂乃果と同じギター。カラーはカリオペイアとは違って緑色だが、タケハヤスサノオは定位置にそのギターをセットして演奏を始める。

 

 

ワアアアアアアアアア!!

 

 

 陽介のダンスとタケハヤスサノオの超絶テクのギターに歓喜を上げたシャドウたちは身体が光に包まれて書き消えていくように霧散していった。昨日も見た光景とはいえ、この世のものとは思えない素敵な景色に思わず感嘆してしまった。

 今更だが、こんな綺麗な光景を写真に収めてコンテストなどに出したら金賞を狙えるのではなかろうか? そんなくだらないことを考えつつも、悠は踊り終えて息が上がっている相棒に労いの言葉をかけた。

 

「やったな、陽介。素晴らしいダンスだったよ」

 

「うん! 感動したよ、花村くん」

 

「へへ、俺だって悠たちが帰ってから遊んでたわけじゃないんだぜ」

 

 確かに陽介のダンスは夏休みで見たよりも磨きが掛かっていた。やはり絆フェスに出るとあって生半可ではいけないと練習を積んだのだろう。普段ガッカリと揶揄される陽介だが、やればこんなにもカッコイイ男子高校生なのである。そんな陽介に何を思ったのか、千枝は終始ボウっとした表情で陽介を見つめていた。

 

「千枝、どうしたの? 花村くんを見てぼーっとしちゃって」

 

「あ~、いや。何でもないけど、不覚にも花村のことカッコイイなって思っちゃって」

 

「おっ、何だよ里中。もしかして、あまりのカッコよさに今更ときめいちゃったとか?」

 

 その発言を聞いた途端、一気に千枝の目が冷めていった。

 

「それはないよ。ねえ千枝」

 

「うん、ダンスは凄かったけどそういうんじゃないから」

 

「ぐふっ……あのなあ、2人とも……分かってたけど、そういうの止めてくれない? けっこーへこむからさ……てか、俺のダンスはシャドウには伝わるのにお前らには一切伝わんないのな!?」

 

 意固地になってそう訴える陽介に千枝と雪子は平然と受け流す。何と言うか、陽介がモテない理由の一端を垣間見た気がする。いざというときは自分より頼りになるしカッコイイのだが、余計な一言でそれを台無しにしている。そこさえ直ればさぞかしモテるだろうに、本当に残念だ。

 すると、女子たちの言葉に傷つきながらも宙に消えるシャドウたちを見て何か思ったのか、陽介はこんなことを言った。

 

「にしてもよ、あのシャドウたちって一体何なんだ? 俺たちの世界のやつとは違う雰囲気だったけどさ」

 

「そう言えば」

 

 ここが現実とは違う異世界だけにどうも見落としがちだが、シャドウとはそんなに何処にでもいるものなのか? 悠たちのペルソナが証明しているようにシャドウとは人の心と結びつきが強い存在だ。そんなものが異世界であればどこにもいていいような存在ではないだろう。

 

「あっ! 繋がれているから大人しいとか? チョーソカベみたいに」

 

「長曾我部?」

 

「あー違う違う。ほら、うちで飼ってる犬の事。ムクだって言ってんのに全然覚えてなくって」

 

 そう言えば千枝は小さい頃から犬を飼っていて“ムク”と名付けているのだが、何故か雪子は“チョーソカベ”と勘違いしていると聞いたことがある。それから次々と陽介たちがこの世界にシャドウについての考察を述べるが、どれも思い付きなのでしっくり来ない。しかし、

 

「……まさかな」

 

「ん? どうした、悠?」

 

「いや、一つ心当たりがあって……」

 

「「「???」」」

 

 そう、悠には一つ心当たりがあった。それは以前直斗が公安から聞いたという桐条グループの十数年前の事故でシャドウが街に撒き散らされたという事件である。今尚美鶴たちシャドウワーカーがその対策に乗り出しているというが、未だ完全解決には至っていないらしい。もしかしたら、ここのシャドウたちはその桐条グループが撒き散らしたシャドウの一端ではないだろうか。そして、あの声の主がそのシャドウたちをこの世界に連れ込んで利用していると考えれば、辻褄は合う。だが、

 

「まだ確証がある訳じゃないから今は話せない。それよりも先に進もう。今はシャドウのことを考えるより、たまみさんを助けるのに集中すべきだ」

 

「あっ、そうだよね。早くたまみさんを見つけ出さないと」

 

「悠の言う通りだな。分からないことを議論してもしょうがないし、とりあえず先へ進もうぜ」

 

 悠の言葉に納得した陽介たちが開いた扉の先へと歩みを進めた。この世界のシャドウたちの正体……そしてあの不気味な声の主のことなどは気にはなるが、まずは人命救助が先決だ。悠たちはすぐさま、この先にいるであろうたまみを探しに先へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

「ど、どうしたの? ことりちゃん」

 

「ことりのサイドエフェクトが言ってる……お兄ちゃんがまたことりとたまみさんを間違えるって! しかも、それを利用してイチャイチャするって……!ぐぬぬ……」

 

「え、ええ~……悠さんは何をしているんだろ……?」

 

「もう……勘弁して下さいよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、あそこ! 誰かいるよ!」

 

 再び特捜隊3年組サイドに戻って事態は一変した。しばらく探索を続けていると、向こう側から誰かがオロオロして立ち往生しているのが確認できた。あの姿と衣装は……

 

「あれは……間違いない! こと、たまみさんだ! たまみさん!!」

 

「ことりじゃないよ! たまみだよ!! って、鳴上サン!?」

 

 こっちのボケが耳に入ったのか、立ち往生していたたまみはツッコんだ後にこちらの存在に気づいてくれた。そして、一目散にこちらに駆け寄ってきた。

 

「うお……すっげ……テレビのまんま! マジで、ふわふわ雌鳥の生たまみんだ! あれ? でも、何でテレビの衣装?」

 

「うううう……うえ~ん! 鳴上サーン! 怖かったよ────!」

 

 様々な感情が溢れ出てきたのか、目に涙を浮かべたかと思うと一目散に思いっきり悠の胸の中に抱き着いてきた。

 

「「「なっ!?」」」

 

「ちょっ……ことり……」

 

「うえええん! みんなでレッスンしてたら変な歌が聞こえてニョロッとしたのにグルグルにされて、気が付いたらここにいて! みんないないし、見たことがない場所だしもう訳わかんないよ~~! てか、その後ろの人達だれ!? あと、ことりじゃなくてたまみ!!」

 

 よほど知らない場所に放り出されて不安だったのと、見知ってる人にやっと出会えて安心したのが混ざり合って感情が暴走しているようだ。戸惑っていた悠だが、声と容姿がことりに似ている故か、泣き出したことりをあやすように頭をポンポンと撫でてたまみを落ち着けされた。それが効いたのか、たまみは徐々に泣き止んで落ち着きを取り戻した。

 いきなり人気のアイドルに抱き着かれた上に、手馴れたように宥めた悠を見て千枝と雪子は唖然とし、陽介は何故か疑惑に満ちた目でこちらを見ていた。

 

「悠……お前……まさかことりちゃんに似てるからって、たまみんに手を出したんじゃ……?」

 

「…………考えるな、感じるんだ」

 

「それ、あたしのセリフだよ」

 

 このままではあらぬ誤解を招いてしまう。場合によっては希とことりの耳に入りかねないので、とりあえず陽介たちの誤解を解きつつ、たまみに各々自己紹介をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「花村さんに里中さん、それに天城さん……?」

 

「ああ、3人とも俺の友達で仲間だ。安心してくれ」

 

「そうだぜ、たまみん。俺たちが来たからにはもう心配いらねえよ」

 

 たまみは悠の説明を聞くや否や陽介たちの方をジイッと見て、更には至近距離まで近づいて観察し始めた。これには千枝たちは驚きを隠せずどう対応したらいいのか分からずに困惑している。

 

「な……何!?」

 

「ど、どうしたの?」

 

「えっ? 近っ! ……あの」

 

 3人を観察し終えたと思うと、たまみはフッと口角を上げると、勝ち誇ったような表情でこう言った。

 

 

「勝った。この中だと絶対私が一番可愛い」

 

 

「「えっ!?」」

 

「落ち着いたと思ったら、それかよ。つか、俺女子じゃねえし!」

 

「えっ? 花村さんって、よくみたら女装コンテストに出てそうな顔してたから」

 

「「ああ……」」

 

「おいいいいっ! 人のトラウマを掘りかえすのはやめろおおおっ!! マジであれ恥ずかしかったんだからな!!」

 

 何かと思えばそんなことを宣うとは。まあ、女装コンテストに出たことは事実であるし、自分も一緒に出てしまったことについては黙っておこう。それはそうと、

 

「ことり、陽介たちに失礼だろ。女装コンテストのことは事実だが、誰が一番かはこだわらなくても良いんじゃないか」

 

「だ・か・ら! ことりじゃなくて、た・ま・み!! 何度言ったら分かるの鳴上サン!!」

 

「つか、サラッと他人事みたいに言ってんじゃねえよ!! お前も一緒に出ただろうが!?」

 

「えっ!? そうなの、鳴上サン?」

 

「………記憶にございません」

 

「「どこの政治家だよ!?」」

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 たまみと陽介のツッコミが炸裂した瞬間、重たい雰囲気が再び辺りを支配した。案の定、あの不気味な声が宙空から……否、今度は背後にいるたまみに向けて降り注いだ。

 

「フフフ……見つけた。相変わらず面白いのね、たまみ」

 

「出たな! たまみんは渡さないぜ!」

 

「そうだ。俺の可愛い菜々子とことりは絶対に渡さん!」

 

「て、お前はそろそろ目を覚ませ! てか、菜々子ちゃんは関係ないだろ!」

 

「貴方たち……悪いけど、たまみはそろそろ本番なの。行こう、たまみ。いつものように皆を笑わせてよ」

 

 謎の声は悠たちのやり取りに呆れたかと思うと、呆然としているたまみに誘い込むようにそう声を掛ける。だが、たまみは嫌だというように悠の腕にしがみついて叫んだ。

 

「だ、誰が行くもんですか!! 私は……みんなを笑わせようって思ってなんか」

 

「分かってるよ……たまみはいつも一生懸命なだけだもの。でも……本当に滑稽よね。あなたが頑張れば頑張るほど、みんなの心が離れちゃうのよ」

 

「こ、滑稽って何よ!? 私は……」

 

「いいの……私はあなたの苦しみを知っているから。私たちと繋がればあなたはもう楽になれるよ」

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 すると、その声が合図となって再び道が閉ざされて、代わりに黒い靄と共にリボンに繋がれたシャドウが出現した。

 

「チッ! やっぱりか。ご丁寧にさっきより数が増えてるぞ」

 

 シャドウの出現を確認すると、悠たちはたまみを庇うように陣形を取った。この場でやることは決まっている。何にせよ、あの謎の声にたまみを渡すわけにはいかない。

 

「にゃろー! たまみちゃんを騙そうったってそうは行かないんだからね!」

 

「そうよ! 貴女が振りかざしてるのは上辺だけの詭弁だわ!」

 

「フフフ……本当にうるさい子たちね。たまみのことなんて何も知らないクセに……痛いのも苦しいのも好きな人なんていないわ……だから、繋がりましょう?」

 

 問答無用と言わんばかりにあの不気味な歌が大音量で流れてシャドウたちがダンスを始める。もう何度目かは知らないが、あの気持ち悪い脱力感が再び悠たちを襲う。それもさっきよりもシャドウの数も増えている故か、かなり進行が早くなっている。

 

「なっ! なにこれ……頭が……な、鳴上……さん」

 

「気をしっかり持つんだ! こいつらは俺たちが何とかして見せる。ここは俺が……」

 

 

「待って。鳴上くんはこと……たまみさんを守ってあげて。今度は私が躍るから」

 

 

 自ら立ち向かおうとした悠を押しのけるようにずいっと前に出て雪子はそう言った。心なしか、その後に軽く鼻を鳴らして背筋を伸ばしている。

 

「雪子!? 何言っちゃってんの!? てか、雪子も鳴上くんと同じ間違いしなかった?」

 

「大丈夫だよ。りせちゃんと絵里ちゃんから貰った課題曲、深夜に旅館のお風呂でコッソリ練習してたから。それに、花村くんも言ってたけど“踊ったもん勝ち”でしょ?」

 

 まるで待ちきれなかったと言わんばかりに目をキラキラとさせてそう語る雪子を見て3人は察してしまった。この生き生きとしている様子から察するに……

 

「もしかして天城……ずっと踊りたかったとかじゃないよな……これ」

 

「そう言えば夏休みん時、天城屋で“深夜に露天風呂から謎の音楽と鼻歌が聞こえる”って噂になってたって聞いたけど、雪子だったんだ……」

 

「ああ……」

 

 雪子のまさかの発言に戸惑う3人。練習熱心なのはいいことだが、流石に露天風呂でダンスの練習はシュール過ぎる。それが雪子ならさもありなんと思っていると、いいタイミングで希から通信が入った。

 

 

『悠くん! そっちにシャドウ反応が出たんやけど大丈夫!? というか……悠くん、何でたまみちゃんとそんなにくっついとるん?』

 

「の、希……これには……ワケが」

 

「希ちゃん! 今度は私が躍るの。音楽お願い出来るかな?」

 

『えっ……? 雪子ちゃんの課題曲? ええっと……この【Heartbeat, Heartbreak】やね。よっしゃ! こっちの準備はバッチリやで、雪子ちゃん。後で悠くんの所業についてはおいおい聞かせてな』

 

「うん。後で存分に締め上げていいよ。それでは行きます。μジック スタートです!」

 

 

 何だか、とんでもないことを言われた気がするが、それに説明を求める間もなく雪子のダンスが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────す、すごい……何なの……この人達……

 

 

 雪子のダンスを見たたまみは内心驚きでいっぱいだった。その佇まいの美しさ、優美さと強い体幹と流れる様な動作はプロのたまみからしても見事なもので、指先まで意識が行き届いたしなやかな動きと視線に思わず惹き付けてられてしまう。ダンス自体はごく普通なのに心に響いてくる。あの雪子という女の子の魅力が……優しい気遣いや慎ましさが伝わってくる。もしや、これが以前ダンスの先生が言っていた表現力ではないだろうか。

 自分の先輩である久慈川りせから指導を受けたとは聞いていたが、たった数ヶ月でこんな素晴らしいダンスが出来るものなのか。

 

 

──────…私なんかより……全然凄い

 

 

 不意にそう思ってしまった。

 本当は知っている。自分は真下かなみの引き立て役でお笑い担当であると世間から言われていることを。それでも、そんなことは承知でもこの業界で一番にならなくてはならない。だから、寝る間も惜しんで必死にダンスの練習に打ち込んでだ。一番になれなきゃ自分に存在価値はない。それなのに……

 

 

 

 そう思った途端、たまみの心に影が生じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーカッ!ー

「ペルソナ!!」

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 

 

 フィニッシュした雪子は手に持った扇子でタロットを砕いてペルソナ【スメオオミカミ】を召喚。その楽器は金色に輝くサックス。最高潮にテンションが上がったシャドウたちにスメオオミカミの華麗なサックスが追い打ちを掛けた。スメオオミカミの可憐で綺麗な音色に聞き惚れたシャドウたちは先ほどと同じように歓声を上げたと思うと、一気に空へ溶けて行くように消えていった。

 

「すっごーい! 流石、雪子」

 

「うん、お風呂で練習した甲斐があったよ」

 

「いや天城さん、出来ればお風呂以外でやってもらえませんか?」

 

 やり切った顔をしている雪子を皆で労うと本人は嬉しそうに微笑んでいた。やはり流石は天城屋旅館次期女将。その微笑みはことりとはベクトルは違う、万人をも安心させる古風な風格があった。これだけスペックが高いのに何故料理が出来ないのかが不可思議なことだと今更思う。ことりと言えば、

 

「こと……たまみさん、どうでしたか? 天城のダンスは……えっ?」

 

 しかし、振り返ってみると、そこにたまみはいなかった。さっきまで悠の後ろで雪子のダンスを見ていたはずのに、()()()()姿()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!? たまみん!?」

 

「しまった! アイツ……」

 

「フフフ……もうたまみは連れて行ったわよ。あなた達があの子たちの相手をしている間にね」

 

 案の定というべきか、たまみが姿を消したのはこの声の仕業らしい。自分たちがシャドウに気を取られている隙にたまみを別の場所へと連れて行ったのだろう。

 

「テメ―! 汚ねえぞ!! 俺たちに敵わないからって無理やり連れて行きやがって。これ以上たまみんを傷つけるな!!」

 

「フフフ……何を言ってるの? たまみを追い込んでるのは貴方たちでしょ?」

 

「何!?」

 

「俺たちがたまみさんを傷つけてる? どういう意味だ?」

 

「そ、そんなことより早く探しにいこう!」

 

 いつの間に連れて行かれたたまみを追いかける悠たち。追いかける最中、悠はあの謎の声が放った言葉の意味が気になっていた。それと同時に嫌な予感がすると、見に見えぬ不安が悠の心につっかえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急いでたまみを追いかけたところ、周囲の景色が更に特色を強めて行き、やがて巨大なテントがある部屋へと到着した。到着したも束の間、陽介は思わず嫌悪とも驚きともつかない声を上げた。

 

「な、何だよこれ……もろにサーカス小屋みたいじゃねえか。悠、お前大丈夫か?」

 

「あ、ああ……問題ない…………」

 

「いたよ! あそこ!!」

 

 雪子が指さした先にサーカス小屋の中央、スポットライトに照らされたステージの中心にまるで独演の役者のようにたまみが立っているのが確認できた。

 

「ち、違うっ!! 私はこの業界で一番になるって決めたんだから! だから…………そのためにやれることは全部頑張ってきたのに……」

 

「フフフ……そうね。でも。それは貴女が本当に望んだことかしら?」

 

「えっ?」

 

「お父様や……女優のお母様に言われて、幼いころからこの業界で一番になるように教えられたから……どんなに頑張っても一番になれない……お母様やセンターのかなみにだって勝てないことは分かってる……なのに、一番にならなきゃ誰も認められない……そうだよね?」

 

「えっ!? どうして……そのことを……」

 

「フフフ……私は何でも知ってるよ……だから、本当は貴女が辛いってことも知ってるの」

 

「う…嘘よっ!! 全部嘘よっ! 私のことを知ってる風に語らないで!!」

 

 ステージのたまみは謎の声を拒否するように子供のように頭を振ってしゃがみこむ。この見覚えのある光景を見た4人は危機感を感じた。この感じは今まで何度も見てきた……シャドウの暴走の兆し。何とか、たまみを落ち着けようと4人は一斉にたまみの元へと駆け寄った。

 

「たまみさん!!」

 

「たまみ!! しっかりしろ!!」

 

「な、鳴上さん……みんな」

 

 精神が折れそうなところに駆けつけてくれたことが嬉しいのか、悠たちの登場に安堵の表情を見せるたまみ。

 

「テメ―! ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ! そんな詐欺師みたいな手口でたまみんを傷つけるな!!」

 

「詐欺師……? 何を言ってるの? 私はたまみに真実を言ってるだけだよ。貴方たちが好きな真実をね」

 

「何だと?」

 

 “真実”と聞いて、悠たちは顔をしかめた。姿を見せないし、出てきたと思えば身勝手なことをいう輩に真実云々など言われたくないが、何故かこの声が言っているを頭ごなしに否定はできないと直感してしまった。

 

「お前……何が真実だ! 全部お前が押し付けてる嘘っぱちだろ!」

 

「…………だったら、聞かせてあげるよ。今のたまみの求める子たちの声……真実の声をね」

 

 瞬間、空間が歪んだような感覚に襲われた。一体なんだと思っていると、

 

 

 

 

『たまみんはさ、一番じゃなくたっていーわけよ』

 

『どーせ見た目も並だし、別に売れなくてもそこそこ人気があるんだから問題ないじゃん?』

 

 

 

 

 突然ここまで一度も聞こえこなかった声が空から周囲に響いた。いや、正確にはりせや希のペルソナ通信とも違う、まるで直接自分たちの鼓膜に響かせているような声。これは……

 

「な、なにこれ!? 誰がしゃべってるの!?」

 

「分かんねーよ! けど、こいつら……たまみんのことを言ってるのか?」

 

 いきなり違う声が聞こえたことに戸惑う一同だが、そんなのを関係なしに次々と別の誰かの声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

『そうそう! いいんだよ、別に面白ければ』

 

『天然なところあるし、適当に笑わせてくれればいいのにさ!』

 

『一番になんかなってほしくない……むしろ、たまみんは一生かなみんキッチンの“お笑い担当”でいてほしい』

 

『死ぬほど自主トレしてるらしいけど、何でそんなことするの?』

 

『お客の笑い取ってりゃ仕事なんかなくなんないじゃん?』

 

 

 

 

 

「あ……ああ……」

 

「分かるでしょう、たまみ。努力なんて要らないの。誰も貴女にそんなことを望んでなんかない。だから受けいれてよ、皆の声を。苦しい思いなんてしなくたっていいんだから」

 

 何とも軽薄で心なしの声がたまみを追い詰めて行く。そして、謎の声のトドメの言霊がたまみの心を完全にノックアウトしたと思われたその時、ブチッと誰かの堪忍袋の緒が切れる音がした。

 

 

「おい、黙って聞いていれば、誰だ。こと……たまみの悪口を言ったやつは。表に出ろ! 俺がその腐った性根を叩き直してやる!」

 

「そうだそうだ! 自主トレすることの何が悪いのさ! 頑張ってるたまみちゃんをバカにするやつはあたしがゆるさーん!! 飛び蹴りを食らわせてやるんだから!」

 

 

「ゆ、悠? 里中?」

 

「2人とも落ち着いて。暴力はダメだよ」

 

 やはりと言うべきか、それは悠と千枝だった。悠は未だにたまみとことりの区別がつかなくなっているようだが、それでも2人の怒りの声を聞いたたまみは思わず嬉しくなって目に涙を浮かべてしまった。これで、たまみの心は持ち直したかと思ったが、そうは問屋は下ろさなかった。

 

「チッ……また貴方ね、鳴上悠……でもね、貴方たちにたまみは救えない。だって、この子は貴方たちみたいに強くないんだもの」

 

「!!っ……」

 

「なんだと!」

 

「薄々分かってたでしょ? この子は貴方たちみたいに強くない。だから、本当は一番になりたいなんて思ってないんだもの。貴方たちみたいな、自分より強い人たちがいるから……たまみは一番になれっこないのよ」

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 瞬間、プツリと糸が切れたような音がした気がした。ハッとなり振り返ってみると、地面にだらりと座り込み、諦めた表情のたまみが何か悟ったように呟いた。

 

「そうか、私……頑張らなくて良かったんだ……」

 

 たまみがそう呟いたのとほとんど同時だった。四方から伸びたリボンがたまみに巻き付き、磔の如くその体を軽々と宙へと吊るし上げる。だふぁ、蜘蛛の巣にかかった獲物のようにぶら下げられたたまみはそれでも悲鳴を上げることはなく、諦めた表情を保っていた。

 

「たまみ! しっかりしろ!! たまみ!!」

 

 

いいや……もう。私は強くない……一番になれないなら……みんなが望むなら……その方が楽じゃない

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ

 

 

 

「な、何だ!? この気配は……」

 

 束の間、宙吊りになったたまみの全身をうごめくようにリボンが這って、その体を覆い尽くす。同時に、まるでシャドウが暴走する時のようなどす黒いもや……ちょうど自分たちがこの世界に引き込まれた時に見たのと同じものが彼女の身体から立ち昇り始めた。

 

「フフフフフ……つながったわ! これで、たまみは皆の望むたまみになる!! あはははははははっ!!」

 

 謎の声が嬉しそうに歓喜の声を上げたと同時に黒い靄は晴れて、変わり果てたたまみの姿が現れた。その姿に悠たちは愕然とした。何故なら

 

「こ、これは!?」

 

「で、デカいピエロ!? なにこれ!?」

 

「シャドウなのか!?」

 

 それは“巨体”というべき、道化のような服、風船のような身体、ゆうに2mを超えているであろう膨れ上がった腹部に巨大な顔が描かれている……そう、まさにサーカスのピエロと称すべき滑稽な怪物が誕生していた。解析タイプのりせと希がいないので断定はできないが、この気配や張り付くような緊張感は間違いなく暴走したシャドウそのものだ。

 湧き上がる不気味な歓声が聞こえたので振り向くと、いつの間に空席だった客席にリボンに繋がれたシャドウたちが密集し、身体を揺らしていた。これで合点がいった。あの謎の声が言っていた“たまみのステージ”が始まるとはこういう事だったのだろう。

 

 

『アハハッ!! 最高の気分よ!! これがみんなの望む私…! 愛される私! いいじゃない! これで皆、私を認めてくれるんだから! 自分を捨てれば、こんな簡単なことじゃない!』

 

 

 

「おいおい、どうすんだよこれ……マジでヤバそうだぞ!」

 

「ど、どうしよう……一体どうしたら……」

 

「くそっ!」

 

 まさかこの世界でもシャドウの暴走が起こるとは。いや、いつものパターンでは放り込まれた人間のシャドウを本人が否定することで暴走していたが、今回はその逆……本人が受け入れることによって内なるシャドウが暴走したというべきか。だが、そうこう考えているうちにあの暴走したたまみとシャドウたちと呼応して、こちらを取り込もうと襲ってくる。

 

 

 ここに来て、再び窮地に追い込まれた悠たち。いつもならペルソナで戦闘して解決するのだが、そうはいかない。一体どうすれば暴走するたまみを鎮められるのか。

 

 

 

 

To be continuded Next Scene.



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#78「Pursuing My True Self (ATLUS Kozuka Remix)」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

先日久しぶりに38.6℃の熱が出ました。おそらく教室の冷房の効き過ぎによる夏風邪だと思いますが、頭はボウっとしたり、お腹もゆるくなって何度もトイレに行ったりと辛いことこの上なかったです。幸い数日で治りましたが、読者の皆様も夏風邪には気を付けてください。対策としては冷房が効いたところに居る時は羽織るものを持っておくのがおすすめです。

改めてお気に入り登録して下さった方・最高評価を付けて下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


『アハハッ!! 最高の気分よ!! これがみんなの望む私……! 愛される私! いいじゃない! これで皆、私を認めてくれるんだから! 自分を捨てれば、こんな簡単なことじゃない!』

 

 

 

「おいおい、どうすんだよこれ……マジでヤバそうだぞ!」

 

「ど、どうしよう……一体どうしたら……」

 

「くそっ!」

 

 

 シャドウ化して暴走するたまみに成すすべなく膝をつく悠たち。辺りにはこちらを取り込もうと不気味な歌に合わせて踊りながら迫ってくる。それに、たまみシャドウの負の感情が強すぎるのか、歌の音量が先ほどまでの比ではないほど大きく、逃げようともその場から動けない状態に追いやられている。何とかならないかと思ったその時、

 

 

「自分を捨てるなんて……そんなのダメだよ!!

 

 

 そう声を上げて叫んだと思うと、千枝はダンと地面を踏みしめて歯を食い縛って立ち上がった。

 

「自分を捨ててまで相手に合わせて……そんなんで好きになってもらったって意味ないじゃん!!」

 

「里中……」

 

 やはりというべきか、性格的に誰よりも真面目で誰よりも努力家である千枝が一番怒っていた。日々自主練を怠らず真面目に取り組んで頑張る努力家の千枝にとって、今の暴走しているたまみはかつての自分と重なってしまったのだろう。

 

「あたしもそうだった。あたしって嫌なところばっかで、それを雪子やみんなに見られるのが嫌だった。でも、あの時みんなにそれを見てもらって、受けいれてもらったから……今のあたしがいる! あの時貰ったみんなの大事なことを私が伝えて見せる!」

 

 

 力強い言葉の裏に千枝の確固たる覚悟が伝わってくる。先ほどまで踊ることを敬遠していた彼女からそれを感じ取った悠は思わず口角を上げた。

 

 

『よーし! 千枝ちゃんの気持ち、聞こえてもろうたで。千枝ちゃんの課題曲の【Pursuing My True Self】は準備できとるよ。とびっきりの音を届けるから、あのたまみちゃんに千枝ちゃんの思うとることを存分に伝えてやってや♪』

 

 

 またもタイミングよく希から通信が入った。希から激励を言葉を貰った千枝は照れ臭そうに笑いながらダンスの姿勢を取る。

 

「希ちゃん! へへっ、なーんか恥ずかしいけどさ、そういう事だからよろしく頼むぜよってね!」

 

「良いぞぉ里中! やってやれ!!」

 

「頑張ってね、千枝!」

 

「里中、こと……たまみのことを頼んだ!」

 

 そして、仲間からの声援を貰った千枝は奮い立つ気持ちを噛みしめながら、シャドウたちに向かって宣言した。

 

 

「おっしゃ! 行くぞぉ! μジック スタート!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ……私は何で一番なんて目指してたんだろう……

 

 

 前の見えない真っ暗な空間で私はそう考えていた。

 一番なんて目指さなくていい。だって、私以上にすごい人なんてごまんといる。同じメンバーのかなみにパスパレの千聖ちゃん、それに鳴上サンやさっきの天城サンがそうだ。一番になるために寝る間も惜しんで自主トレに励んで、誰よりもボイストレーニングやダンスレッスンも頑張ったのに…………

 

 

 そうだ。これが私だ。何を頑張っても一番になれない、道化がお似合いな私…………これが本当の…………私…………

 

 

 

 

 

 

────本当の自分? 結構じゃん! 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの声が聞こえた。ここは自分だけで誰もいるはずないのに……。この声は……確か、里中サン? 

 

 

 

 

 

 

────それでも、一番になりたいんだよね? 

 

 

 

 

 

 

 そして、その里中サンの言葉が不思議と突き刺さり、私を昔へと誘った。

 

 そうだ、自分が何故一番にこだわったのか、思い出した気がする。確か、最初に自分が一番になったのは母親に勧められて参加したダンスコンテストだった。初めてコンテストで、本番はガチガチに緊張したけど、女優の母親が仕事の合間を縫って付きっきりで練習してくれた成果を無駄にしたくなかったから、私は全てを出し切って踊り切った。結果、私はそのコンテストで優勝した。

 あの時は本当に嬉しかった。あの時の一番になったという高揚感、今まで違って見えた頂点という世界観。その感覚が当時の私の心に大きな愉悦を与えてくれた。確かに一番にこだわっていたのはお父さんやお母さんにずっと言われ続けたからかもしれない。でも、本当は頑張って一番になれたあの感覚をもう一度味わいたかったからだ。

 

 あの時のことを思い出した途端、私の心が熱くなってくるのを感じた。ああ、やっぱり私はバカだ。自分より一番に相応しい人なんていっぱいいるのに、その人達に打ち勝って自分が一番になりたいって未だに思ってる。

 

 

 でも、それがどんなに愚かなことであっても、今気づいたこの自分の気持ちに嘘はつけない。

 

 

 

 

 

「また、あの感覚を味わいたい。例えどんなに先が見えない道のりになったとしても、私はもう一度……一番になりたい!!

 

 

 

 

 

 そのことに気づいた瞬間、たまみの心に光が差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっごい……流石は千枝」

 

「ああ」

 

 たまみを救うべく懸命にステージに踊る千枝のダンスに悠たちは感嘆の声を上げた。得意のカンフーアクションをそのままダンスに反映し、鍛えた筋力と体幹、力強さを武器にしてシャドウたちを魅了している。そして、普段男勝りと揶揄される雰囲気はなく、これが本来の千枝の魅力と言わんばかりに、所々思わずドキッとしてしまう1人の女子高生らしい可愛らしさが垣間見えた。恥ずかしながら、悠も思わず千枝の魅力的な仕草にドキッとしてしまった。

 

「これは、一条も惚れるよな」

 

「違いない」

 

 どうやら悠だけでなく陽介もそう思ったらしい。雪子に気づかれないようにひっそりと男2人が共感していると、ついに千枝のダンスがフィニッシュを迎えた。

 

 

ーカッ!ー

「来て! ハラエドノオオカミ!!」

 

 

 千枝は回し蹴りでタロットを砕いて、ペルソナ【ハラエドノオオカミ】を召喚。彼女のペルソナの持つ楽器は金色に光り輝くトランペット。ハラエドノオオカミがトランペットに口を付けた瞬間、まるで天まで届けと言わんばかりに耳にスッと届く心地よい高音が鳴り響き、一気に周囲を虜にする。人を勇気づけるその音色はシャドウたちだけでなく、千枝のダンスを見守っていた悠たちにも感じた。

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアア!!

 

 

 

 ピエロの怪物が苦しみの声を上げてのたうち回る。悠と千枝のダンスに目を覚ましたであろうその声はシャドウ化したものではなく、元のたまみの声に徐々に戻りつつあった。やがて、シャドウたちが宙に溶けて霧散していくにつれて、ピエロの怪物が跡形もなく消えていき、たまみの身体が戻っていった。

 

「きゃあっ!」

 

「よっと」

 

 宙から落ちるたまみを悠は手馴れたように受け止める。まるでお姫様抱っこする形になってしまい、受け止められたたまみは驚きや恥ずかしさが出ると思われたが、それとは別の感情が心の中に溢れていた。

 

「私……凄くカッコ悪い…………悔しいなあ……今まですっごい頑張ってきたのに、まだまだ全然なんだ…………」

 

 千枝と悠のダンスを見たのか、たまみは本当に悔しそうに唇を噛みしめている。おそらく自分たちの想像もつかないような努力を続けてきたのに違いない。それが今、目の前で否定されたような形で突きつけられたのだから、悔しくて涙が溢れるのも当然だろう。

 

「なーにがカッコ悪いだよ。カッコイイとかカッコ悪いとか、そんなの関係ねえって」

 

「そうだよ。たまみちゃんはもう分かってるんだよね? 千枝のダンスを見て」

 

 陽介と雪子の励ましの言葉にたまみは深く頷くと、顔を上げてそこから見える強い眼差しで悠たちを見据えた。

 

 

「……私、ボイストレーニングもダンスレッスンも全部続ける! みんながどう思ってたって、ここでいいやって思わない! 必ず頑張って一番になって、それでいつかさっきの声の人達にもちゃんと分かってもらうよ! これが本当のなりたい私なんだって!」

 

 

「うん! それが良いと思うよ」

 

 たまみの新たな決意に千枝たちは賛同するように強く頷いた。

 

「それに気づかせてくれて、ありがとう! 里中サン! それに、鳴上サンと花村さん、天城さんも」

 

「ああ、たまみなら、きっとなれるさ」

 

 悠は満足げにそう言うと、頑張ったなと言うようにポンポンと頭を撫でた。それに恥ずかしくなったのか、たまみは顔を真っ赤にして悠の手を振り払った。

 

「ちょっ! いつまで私のことを妹と勘違いしてるの!? そんなに妹さんが可愛いの?」

 

「ああ、ことりも菜々子も世界一可愛いぞ」

 

「うううう…………こ、これからよ! これから頑張って絶対その2人を追い抜いてみせるんだから! 逆にそのことりって人を私と間違わせてやる!! それこそ、愛人が本妻から旦那をかっさらうように、私がその可愛いポジションを奪ってやるー!」

 

 瞬間、大円団ムードだった空気が一気に凍り付いた。たまみはおそらくいつものように天然で言ったのだろうが、これは陽介たちにとって笑いごとでは済まされない。

 

「おいおい……大丈夫か? 何か別の修羅場を作っちまった気がするぞ」

 

「これ、ことりちゃんが聞いたらまずいよね……?」

 

「良いんじゃないかな、鳴上くんだし。どうせこの後、希ちゃんとかに締め上げられるから、大して変わらないよ」

 

「雪子、あっさりし過ぎて怖いよ……」

 

 そうしてたまみを含めていつもの特捜隊の雰囲気が流れたかけた瞬間、少し離れたところに光の幕が降りた。見ればそこには空間からにじみ出るかのように重厚な金属製のドアが出現していた。

 

「ちょっ!? なにこれ?」

 

「扉みたいだけど……どこかに繋がってるのかな?」

 

 突然出現した扉に困惑する悠たち。まるでRPGでボスを倒した後に出てくる展開みたいだし、今までそんなことは起こらなかったので一体何なのだろうか。

 

「これ……楽屋のドア?」

 

「楽屋?」

 

「うん、これタクラプロの楽屋のドアだよ。収録とかあるときに私たちが良く使ってるから。ここの傷とか見覚えあるし、間違いないよ」

 

 言われてみれば、確かに悠にも覚えがあった。たまみの言う通り、これはタクラプロの楽屋のドアそのもので、夏休みが終わってから穂乃果たちとレッスンしに来ていたので覚えている。だが、そうと言ってもタクラプロに通い出したのはごく最近のことで、これが本当にタクラプロのものだと断定はできないが、何年もタクラプロに在籍するたまみがそう言うのだから間違いないだろう。

 

「これがタクラプロの楽屋のドアって……何でそんなものがこの世界に?」

 

「何か分かるかもしれない……とりあえず注意しながら中をみてみよう」

 

 もしかしたら、シャドウがいるかもしれないと警戒しながら悠は先陣を切って扉のドアノブに手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お……お邪魔しま~す」

 

 

 中に入ると、そこには今までの空間と違う雰囲気の部屋があった。何やら休憩するための椅子やテーブルが置いてあり、更には大きな鏡がある化粧台もいくつか設置されている。まさに楽屋というにふさわしい空間だった。

 

「やっぱりだよ。ちょっと違うけど、これ、タクラプロの楽屋だもん」

 

「……シャドウやあの声の気配はないな。ここは安全みたいだ」

 

 悠がそう断定すると共に、全員の肩から緊張が向けるのが分かった。こちらに来てからずっと気を張っていた状態だったので疲れていたのだろう。皆部屋にあった椅子に座りこんだ。

 

「何だか……この部屋だけ今までの場所とは雰囲気が全然違うな」

 

「ああ、ゲームでいうところのセーフルームってやつ? こうゆっくりしてると、異世界に来てるの忘れちまうよな……」

 

「ねえ花村~、お茶持ってない? 喉乾いちゃって……ついでにお菓子も」

 

「私も~。花村サン、何か持ってない?」

 

「お茶は紅茶とかが良いかな? 花村くん」

 

「お前ら……俺は執事じゃねえんだよ……。おい悠、何か持ってねえか?」

 

「一応ことりが持たせてくれた紅茶とほむまんなら」

 

「準備いいなっ!?」

 

 自分がこうしておいてなんだが、本当に異世界にいるのは忘れているのではなかろうか? これではまるでジュネスや部室でだらっとしている時と変わらないじゃないか。とりあえず、女子たちの要望に応えようかと辺りにコップと皿らしきものがないか探そうとすると、たまみが何か気づいたように声を上げた。

 

「あれ? あそこに何かはってあるよ」

 

 たまみが指さした方を見てみると、鏡にメモらしき紙が一枚貼られているのが見られた。気になった悠はその紙を剥がして見てみると、何か文章のようなものが書かれてあった。

 

「何だそれ? 悠、読んでみてくれるか?」

 

「ああ」

 

 陽介に促されるがまま、悠はその紙に記されてあった文章を皆に聞こえるように読み上げる。

 

 

 

 

 

“プレッシャーに押しつぶされる”

 

“誰も私を知らない、私に絆なんかない”

 

“自分じゃ立っていられない、私は弱いんだ”

 

“強く誰かと繋がる、支えてくれる絆が欲しい”

 

 

 

 

 

「…………………」

 

「何だろう……すごく苦しんでる。誰かがここに書き留めたのかな?」

 

「うっ……さっきの私みたいで、他人事じゃないって感じ……」

 

 悠がその文章を読み終えたと同時に雪子はそんなことを言った。確かに文面から見ても苦しんでいるのがよく分かるし、先ほどのたまみのような感じになっている。だが、問題はそこではない。

 

「でも、ここは現実じゃないだろ? 誰が書いたんだってんだよ」

 

 この世界には自分たち以外の人間は見当たらないし、それ以前に誰かがこの世界に迷い込んだ人物がいたのなら、りせや希がリサーチしているはずだ。そんな謎に陽介たちが頭を悩ます中、悠は別のことを考えていた。

 

 

(これ……どこかで)

 

 

 何故かこの文章を見て、悠はこれをどこかで聞いたことあるような気がした。しかし、それがどこで見たのかは靄がかかったように思い出せない。まるで、その記憶が白昼の夢であったような……

 

 

『みんな、大丈夫!?』

 

 

 記憶を呼び覚まそうとしていると、脳内に誰かから通信が入った。今度は希ではなくりせからの通信だ。りせからという事はあちらにも何か進展があったのだろう。

 

「りせか。こっちは無事だ。今こと……たまみさんを助けたところだ。そっちは?」

 

「えっ? ええっ!? 何これ!? あ、頭の中でりせ先輩の声がする! 幻聴!?」

 

「「「「あっ……」」」」

 

 たまみの反応を見て自分たちが置かれている状況について忘れていた。たまみはペルソナやシャドウのことを知らないので、頭の中で突然りせの声が聞こえることに驚かない訳がない。どう説明したものかと戸惑ったが、ここで雪子があっさりと白状した。

 

「安心していいよ、電話みたいなものだから。特に害がないし大丈夫」

 

「えっ? ああ、そうか。メ○ルギアのナノマシンとか○AOのオーグマーみたいなものかな?」

 

「ちょっと違うかな……てかたまみん、今の技術じゃそれらはまだ実用化されてねえよ……」

 

 流石雪子、ナイスフォローだ。ただ、例えが他作品な上、まだ実用化されていないものなのは色々とまずいがそっとしておこう。たまみが納得してくれたところでお互いのも状況を把握する。

 

 

 どうやらりせたち特捜隊2年組もかなみんキッチンのメンバー【右島すもも】の救出に成功したらしい。あちらも数多くのシャドウに遭遇したり、すももがシャドウ化して暴走したりと苦難に見舞われたようだが、完二やクマ、直斗の活躍があって解決したらしい。その報告を聞いて、あっちも上手く行っているようだ。

 

『あと、希センパイからも連絡あったけど、あっちも大丈夫らしいよ。もしかしたら穂乃果ちゃんたちがA-RISEをみんな救出したかも』

 

「なるほど、それは良かった」

 

 どうやらμ‘s組の方も順調らしい。多少不安があったが、各々のグループに海未や真姫、絵里としっかりしたメンバーもいるし、皆ダンスのレベルも上がっているので問題なかったようだ。

 

「そうか、すもも……無事だったんだね。それに、A-RISEのみんなも」

 

 たまみも自分以外のメンバーが無事だったと知って安堵した表情を浮かべていた。たまみも同じグループの仲間であるすももが心配だったようだ。

 

「あれ? そう言えば、たまみんたちはA-RISEとも交流あったのか?」

 

「うん。絆フェスでトリを務める者同士だったし、それなりに。まあ主にかなみがツバサって子とよく喋ってたし、他の子も私の方がかなり上だったけど」

 

「たまみ……その癖はそろそろ治した方がいいな」

 

 どうやら自分と向き合って決意を新たにしても根本は変わらないらしい。このままでやっていけるのかと悠は若干たまみのことが心配になってきた。

 

『それでね、本題なんだけど、センパイたちが今いる場所って楽屋みたいな部屋でしょ?』

 

「それがどうかしたのか?」

 

『先に進むなら、たまみはその場所に残して休ませてあげた方がいいと思う。この世界は』

 

「ええっ!? やだよ! 私だけこんな場所になんて……あっ」

 

 すると、たまみは立ち上がったかと思うと、突然ふらっとよろめいて倒れそうになってしまった。慌てて悠がそれを受け止めると、たまみは苦悩の表情を露わにしていた。

 

『やっぱり……すもももそうだったんだけど、テレビの世界と同じで普通の人はこの世界にいるだけで体力を奪われちゃうみたい……だから、無理に連れまわす方が危険なの』

 

「確かに、そうかもしれないな」

 

 さっき無理やりこの世界に突入した自分たちとは違って、たまみたちが一日前にこの世界に落ちている。ペルソナを持つ悠たちでさえ体力を消耗しているのに、たまみたちはこの比ではないだろう。りせの言う通り、このままの状態のたまみを連れて行くのはまずいかもしれない。

 

『それから、落水さんの事なんだけど……って、やば! もう行かなきゃ!?』

 

「りせ?」

 

『と、とりあえずたまみはそこで休ませて進んでね。それじゃあ』

 

 りせとの通信が終わり再び沈黙が楽屋を支配した。何か最後に落水のことで言いたげなことがあったようだが、また改めて連絡がくるだろう。一番問題なのは

 

「い、嫌だよぉ……私だけでこんな場所に残るなんて……な、鳴上サンだけでもここに残ってよぉ……」

 

 たまみはよほど一人になるのが嫌なのか、悠に一緒に残ってとせがんでくる。腕を引っ張って駄々をこねてくるところ、何故かことりの姿がダブって見える。

 

「どうする? ぶっちゃけて言うと、鳴上くんがここに残るのはまずくない?」

 

「ああ、この状況で戦力が減るのは正直困るし、それに……この2人を一緒にしとくと、何かあぶねえ気がするし」

 

 

 

 

「私がたまみと残るわ」

 

 

 

 

 その時、誰かのそんな声を上げた。この聞き覚えのある鋭い声は……

 

 

「落水さん!?」

 

 思わず仰天するしかなかった。何故なら、そこに居たのはかなみを庇ってこの世界に引きずり込まれた落水だったからだ。たまみたちのことで頭いっぱいで落水のことを忘れていたが、どうやら無事だったらしい。

 

「貴方たちが先へ進むにはここに残るための人材がいるのでしょう? だから、私が残ると言ってるのよ」

 

「や、やっぱりあれ、落水さんだよな?」

 

「スタジオで会ったよね。すごく感じ悪かったけど」

 

「雪子! ストップストップ! てか、あの人かなみちゃんを庇って、こっちに引きずり込まれたのに、どうして普通にここにいんの?」

 

 落水の登場に陽介たちは困惑している。もしや偽物かと思われたが、あのサバサバとした言動や毅然とした態度は落水そのものだ。りせの言いかけていたことはこのことではなかろうか。そんなことを思っていると、落水が千枝の質問が聞こえたのかその質問に回答した。

 

「あの状況なら誰でも庇うわよ。他に方法はなかったでしょうから」

 

「そ……そんな言い方は……」

 

 落水の辛辣な言葉に雪子は語気を強める。これはまずい、悠はこの落水の態度には慣れているが初めて会うであろう雪子たちは違う。日々ジュネスで接客している陽介はまだしも相手の反応を真に受けてしまう雪子では衝突しかねない。そうなる前に、悠は雪子と落水の間に割って入って仲裁に入った。

 

「落水さん、無事で何よりです。でも、どうやってここまで来たんですか?」

 

「……あなたもいたのね……鳴上悠」

 

「えっ?」

 

「何でもないわ。それよりも、どうして私がここに来たのかだったわね。久慈川りせたちにも話したけど、歩いてきたの。気づいたら道ばたに寝かされてて、道中変な仮面をしたやつらに出くわしたけど、何もしてこなかったわ。よっぽど嫌われているのかしら? 貴方たちと違って」

 

「しゃ、シャドウに好き嫌いってあんのかよ……? てか、好かれたくねえし」

 

「でもさ、何でシャドウはこの人を襲わなかったんだろう? ここのシャドウって、何振り構わず人を襲いそうな感じだったんだけど」

 

 言われてみれば確かにそうだ。自分たちの経験した世界のシャドウは霧が出る日以外はペルソナを持つ人間しか襲わないが、この世界のシャドウは見境なくこちらを取り込もうと襲ってくる。そんなシャドウが落水を襲わなかったのは疑問が湧く。

 

「……失礼ですけど、あなたはあまり驚いてないんですね。こんな状況になっているのに……何故?」

 

 そんな疑問を他所に、雪子が毅然とした態度で落水にそう問いかける。一般人からしたらこの状況はありえない光景であるはずなのに、それに混乱せず冷静に行動する落水が気になったのだろう。そして、さっきのやり取りが癪に障ったのか、声に少し棘がある。

 

「私だって馬鹿じゃない。ここがどこかは知らないけど、あんなことがあれば常識じゃ考えられないことが起きてるって事くらい想像つくわ。でも、それで慌てたってどうなるものでもないでしょ?」

 

「…………」

 

「察するに、貴方たちは今何が起きているのかを知っている。そして、そこにいるたまみたちを助ける為に行動している。間違いないわね?」

 

 落水の鋭い指摘に悠は思わず舌を巻いた。発言はほぼ真実を言い当てているし、もしこれが雛乃や堂島だったらと思うとゾッとしてしまう。しかし、ここまで言っておきながら落水の真意が掴めない。一体この人物は何を考えているのだろうかと思っていると、落水の口から驚きの一言が告げられた。

 

 

「……ありがとう、絆フェスのプロデューサーとしてお礼を言うわ」

 

 

「えっ!? いや……その……」

 

 突然頭を下げて礼を言ってきた落水に陽介たちは面を喰らった。正直罵倒か叱責の言葉が来ると思ったが、予想外の対応だったので、先ほどまで冷酷だの感じが悪いなどと思ってしまったことに対して謝罪がしたくなる。

 

「すももにたまみ、そしてA-RISEの3人……少なくとも5人は貴方たちのお陰で助かったようね」

 

「あ、あたしたちは出来ることをしただけで……ていうか、落水さんは何でそれを?」

 

「ここに来る前に久慈川りせたちにも会ってきたわ。すももや綺羅ツバサを助けてもらった後だったけどね。他はもう一人が向かったから私は知らないけど、あの調子なら大丈夫でしょ」

 

「どんだけ行動力あるんだよ。それに、()()()()?」

 

 陽介の驚愕と疑問を他所に、落水はいつも通り涼しい視線を巡らせて、その正面に悠の後ろにいたたまみを見据えた。途端、たまみは直膣不動になり、まるで蛇に睨まれた蛙のように動きを止めてしまった。

 

「たまみ、あなたもプロなら覚悟を決めなさい。あなたは私とここに残るの。いいわね?」

 

「は、はいぃっ!!」

 

 異を言わさないほどの迫力にたまみはそう返事せざる負えなかった。あんな調子で言われては断ることも出来ないだろう。業界で女帝と恐れられるのも頷ける。たまみの返事を聞いた落水はすかさず悠たちの方を向いてこう言った。

 

「話はそれだけよ。用が済んだらサッサと行きなさい。残りのメンバーのことをよろしく頼むわ」

 

 つっけんどんに命令口調でそう言った落水の態度に怒りを感じたのか、またも雪子が抗議しようと一歩前にでようとするが悠がそれを軽く制した。

 

「言ってましたね、“失敗は許さない”って。頑張ります、残りの人達のことも任せてください」

 

 悠の言葉を聞いた落水は軽く鼻を鳴らして、“話は済んだ”と言わんばかりに視線を逸らして近くの椅子に座った。

 

「すっごいね鳴上くん。あんなこと言われて気にならないの? あたしはちょっと苦手だな」

 

 重苦しい雰囲気から解放された故か、千枝が小声でそんなことを聞いてきた。

 

「えっ? 別に。お礼も言ってくれたし、良い人だと思うけど」

 

「すっげえ……流石今期でロードやってるだけはあるね」

 

「……出来れば、Ⅱ世をつけて頂けると」

 

「里中、それ別作品だし悠も誰かに乗り移ってるからやめろ」

 

 話が逸れて脱線しそうな2人に陽介はすかさず修正する。すると、この手の話にのってきそうな雪子はムスッとしながら口を開いた。

 

「鳴上くんはそうかもしれないけど、私は千枝に同感。どうしてあんな言い方しちゃうんだろう? あれじゃ頼まれている方も気分悪いし、この先の子たちを助ける気持ちもなくなっちゃうよ」

 

「確かに、天城の言うことも一理あるな。テレビの女帝の癖がついてんのかもしれねえけど、わざわざ嫌われる言い方選んでる節もあるし……何か裏がありそうだ」

 

 陽介は雪子の言い分を聞くと、落水を一瞥して訝しげにそう言った。日頃ジュネスのバイトで数多の接客やクレームをこなしてきた故か、そういうのには敏感なのだろう。実際陽介の言う通り、落水はああ言って何もないように振舞っているが、多少疲れているのが悠からも見て分かる。あの様子から何か隠しているのは間違いない。

 

「でもあの人、悠のこと知ってみるみたいだけど、どこかで会ったことあるのか?」

 

「いや、昨日が初対面だ」

 

 悠は“落水鏡花”という人物には今まで会ったこともないし繋がりもない。あちらが一方的に知っているということは今までの経験から叔母の雛乃かバイト先のネコさんの知り合いで、いつぞやに自分の話を聞いたというところだろう。雛乃はまだしも、あの人脈の広いネコさんならあり得そうだ。あるいは……

 

「……………今は先に進もう。落水さんや落水さんの言ってた“もう一人”のことは気になるけど、俺たちは攫われた人たちを助けに来たんだ。そっちを優先した方がいい」

 

「了解」

 

 誰に望まれようが望まれまいが、自分たちはかなみんキッチンやA-RISEの人達を助けにここにきた。残りのメンバーの早く助けに行かないとタイムリミットになるかもしれない。早々にここを出ようと悠は楽屋のドアに手を掛けた。

 

「りせちゃんや穂乃果ちゃんたちは大丈夫かな? さっきはああ言ってたけど……」

 

 雪子がボソッと呟いたその言葉に、別ルートにいる穂乃果たちのことが気になった。落水の話から察するに順調に救出は進んでいるようだが、あの謎の声がこのまま何もしてこないはずがない。

 

 

 シャドウが反応を示さなかった落水の謎・楽屋に貼られた不気味なメモ・もう一人の迷い人など新たな謎が浮上したが、この先に進めばそれらの謎を解くヒントを得られるのだろうか。そう言えば、またも雛乃や堂島に何も言わずに迷い込んでしまったわけだが、あっちはどうしているのだろうか。悠の頭の中はそんなことでいっぱいになりつつも、先へ進むため楽屋のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<楽屋セーフルーム>

 

 悠たちが出発して10分後、楽屋は張り詰めた静寂に包まれていた。原因はあの椅子に佇む落水だ。普段からそうなのか、黙っているだけで周りを畏怖させる雰囲気を醸し出している。その対面に座っているたまみはガチガチに緊張して身体を震わせていた。

 

「……………………」

 

 だが、勇気を出してよく見てみると、落水は先ほどの意味深な文章が書かれてあったメモを見つめていた。何かその文章に心当たりがあるような面持ちだったので、気になって思い切って尋ねてみようとすると、落水が突然たまみの方を向いてこんなことを言ってきた。

 

「……あなた、絆フェスでソロあったわよね?」

 

「は、はいっ……! あります!」

 

「……疲れはどう? 回復したの?」

 

「はいっ! さっきは辛かったですけど、今は多分……鳴上サンがお茶淹れてくれたし、ほむまんってお菓子も美味しかったので……」

 

「そう…………あの子がね……」

 

 “鳴上”という言葉をたまみが嬉しそうに口にした途端、落水はそう呟くとまた神妙な表情で黙り込んでしまった。それを見たたまみは少し頭を傾ける。先ほどから思ったことだったが、落水は鳴上を知っているようだが、どういった関係なのだろうか? 気になってそのことについて尋ねようとすると、またも唐突に落水がこんなことを言ってきた。

 

「……ちょっと踊って見てくれないかしら?」

 

「い、今ですか!?」

 

「……無理はしなくていいけど」

 

「い、いえ! やります! やらせてください!!」

 

 何かはぐらかされた感じだが、このチャンスを逃すわけにはいかない。自分はさっき鳴上たちに助けられて、また諦めずに一番を目指すと決心したのだ。その目標の為になることならなんだってチャレンジする。例え相手が怖い落水であっても食らいついていくべきだろう。そう思ったたまみは無茶ぶりながらも、楽屋の広いスペースに立って絆フェスで披露する予定のステップを踊った。

 

 

「ストップ……ダメよ、全然なってない。いい? そこの振りのニュアンスはね……」

 

 

 少ししてたまみのダンスを見た落水はたまみを制止させる。そして、

 

 

 

ーカッ!ー

「親を亡くした大家族の長男が、大切に冷蔵庫に隠していた自分のプリンを兄妹に食べられて、“そこに絆はあるのかい!?”って、思うような怒りの感情を爆発させるのよ!」

 

 

 

「うえええ!? 全然分かんないんですけど!? 鳴上サン、タスケテ──────!!」

 

 

 

 

 

 たまみの受難は続く……

 

 

 

 

 

To be continuded μ‘s part.



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#79「sky’s the limit」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

やっと試験が終わったと思いきやすぐに合宿があって、てんてこ舞いになりながらも更新出来ました。更新を待っていた方々、遅くなって本当にすみません。これからも予定があったりFGOのイベントにどっぷりハマってしまったりすることがあるかもしれませんが、出来るだけ早く更新していこうと思っているので、どうぞよろしくお願いします。(絶対水着の武蔵ちゃんは引きたい)

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


 一方その頃、悠たちがマヨナカステージに突入した後の現実では

 

 

「来るなっ! 俺は本気だぞ!!」

 

「お、落ち着け!? その子を離すんだ!」

 

 

 タクラプロのとある楽屋にて、不審者による立てこもり事件が発生していた。不審者は刃物を携帯し自身に近づけさせまいと周囲を威嚇。更に厄介なことに人質をも取られているので現場に駆け付けたスタッフADは手を出せない。その人質というのが……

 

「……あはー☆」

 

 人気アイドルグループ“かなみんキッチン”のセンターであり、久慈川りせの後輩ポジションと世間からも期待されているタクラプロの看板アイドル【真下かなみ】である。どうしてこうなったのか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<タクラプロ 楽屋>

 

 撮影が終わって楽屋で休憩を取っていたかなみは深い溜息をついていた。

 

「ハァ……さっきのって、何だろう。落水さんたち……大丈夫かな……」

 

 それはフォトスタジオで写真集の撮影をしていた時だった。撮影中、突如プラズマのようなものが天井に発生して、リボンのようなものが自分を狙ってきた。それを落水が庇って代わりに拘束されてそのまま中へ。それをちょうど現場を見学していた先輩のりせとその友達らしき人達が一斉に追うように突入していった。今考えてみれば、実際に目にしたこととはいえ非現実的で馬鹿らしいことなのだが、あれが幻であるとはかなみには信じがたかった。

 

「はあ~、結局井上さん、信じてくれなかった……」

 

 当たり前のことなのだがこの話をマネージャーの井上に話しても信じてもらえなかった。しかし、最も奇妙だったのは自分の他にも周りにたくさんのスタッフやカメラマンが一緒にあの現象を見たにも関わらず、誰もそんなプラズマやらリボンなどを見ていないと証言しているのだ。必死にかなみが訴えても誰も真剣に取り合えってくれず、かなみの中でモヤモヤが渦巻いていた。

 

「井上さん……気を利かせてくれたはいいけど…………そう言えば、たまみんたちいないんだなぁ……ツバサちゃんも」

 

 かなみのそんな様子から度重なる仕事で疲れたのだろうと、井上が気を利かせて次にあるはずだった取材をキャンセルしてくれた。最もその取材はかなみんキッチンのメンバー全員で受ける予定だったものなので、改めて昨日までいたたまみやA-RISEのツバサがいないことに憂鬱になってしまった。だが、いつまでもへこたれてはいられないとかなみは無理やりにでも頭を回転させた。

 

「どうしようどうしよう! どうする私!? どうしたらいいんだー! 警察? ダメだ~信じてもらえなーい! 事務所? って、井上さんで既にアウト―! 多分武内さんもダメだー! あ、プロモーターの人……無理! むしろ嫌われてしまうです!」

 

 解決策を練ろうともどれもしっくりこない。井上は丸っきり信じてくれなかったし、警察もついさっき行方不明になったからと言って取り合ってくれないだろう。他に頼れそうな人物も心当たりがないし、まさに万事休す・四面楚歌・敗走というマイナスな言葉がかなみの頭の中を書き廻っていった。

 

「はあ……とりあえず、着替えよ。帰りにゆっくり考えるべし!」

 

 考えても埒が明かないので、頭を切り替えようとかなみは衣装から私服に着替えようと着替えエリアのカーテンを閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ~、やっぱり私服は最高です~~! この衣装、胸がキツかった~。また太った? いや、ない! 背中、一人じゃ止められなくなっちゃったし、ボタンも飛んじゃいそうだったなあ」

 

 着替えが完了してカーテンを開けるかなみ。先ほどのアイドルらしい華やかな雰囲気が嘘のように一件して普通の地味目の一般人になっている。先日もりせの友達たちに相当驚かれ、中には失神した者もいたが毎度のことなのでかなみ自身は全然気にしてなかった。それよりも気になるのは更に太った……否実った体型のことで……

 

 

「クソっ! どこに行った!?」

「警察電話しろ、警察! てかヤバいぞ! 早く探せ!」

「真田さん! そっちは!?」

「いや、いない。クソ! 俺としたことが……」

 

 

 私服に着替えた感触を味わっていると、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。

 

「ほわ? 警察? 何かのロケかな?」

 

 廊下がそんな声で騒がしいと感じていたら、誰かがノックもせずに楽屋のドアから入ってきた。見れば、入ってきた人物はかなり挙動不審な様子で息が荒く、周りをキョロキョロしていた。少なくともかなみには見覚えのない人物だった。

 

「え、と? どなたですか? お部屋……間違えて」

 

「……かなみんはどこだ?」

 

「へっ? いや、かなみんは」

 

「真下かなみだよ! ここの所属の! お前誰だ? 何でここにいんだよ!?」

 

「何でって言われても……その……きゃっ!?」

 

 この人物はおかしいと思った途端、楽屋に侵入した不審者はかなみの腕をグッと掴んで鬼気迫った顔でこちらを見た。見ると、その不審者の手には鋭い刃物が握られていた。それを見たかなみは今自分が置かれた状況を理解して表情が青ざめる。

 

「呪いを解くには、かなみんの血が必要なんだ……! 見ちまったんだよ、あの動画! じゃないと、俺が連れて行かれちまう!!」

 

「呪い!? い、いや……血はまずいです! かなりマズいですって!?」

 

「かなみちゃん!? 無事って……て、かなみちゃん!?」

 

 かなみの元に侵入者が来ていないかと心配で見に来たのか、慌てた様子のスタッフが数名楽屋に入ってきた。それに気づいた不審者はかなみを盾にするようにスタッフたちと対峙する。これは完全にドラマで言う人質を取られた立てこもりの出来上がりだった。

 

「あ、あまり大丈夫じゃないです……あはー☆」

 

 

 

 

 以上が冒頭までの経緯である。

 やっぱりこれは自分がぬぼーっとしてたせいだよなとかなみは呑気に回想に浸っていたが、状況は以前変わりない。

 

「来るなっ! 俺は本気だぞ! 死んだアイドルなんかに殺されてたまるか!!」

 

 未だに不審者はブンブンと刃物を振り回しているし、楽屋にゾロゾロとスタッフやADが集まるものの、誰も手が出せない状況が続いている。このままではいつ最悪のことが起こってもおかしくない。何とかしなければと思っていたその時、事態は急変した。

 

 

 

「困ったな……悠の奴、電話に出んじゃないか」

「私の携帯にも……全く、どういうことかしら?」

「お父さんがちゃんとお兄ちゃんに場所聞かないからだよ」

「あれ? 何か、あそこ騒がしくないですか?」

「本当だ。何かのロケかな?」

「ん?」

 

 

 

 危機的な状況の中、ドアの外を通りかかったらしい親子らしき団体が楽屋に寄ってきた。その中の父親らしい渋めの効いた男性が楽屋の様子を見た途端、事態を把握したのか顔をしかめてゆっくりと楽屋に入ってきた。

 

「と……とにかく、かなみんを連れてこい! じゃないとこの女を」

 

「おい、やめておけ」

 

 渋めの男性は慌てるスタッフたちを押しのけて、臆することなく不審者と対峙した。まるで、それが日常茶飯事のようであるかのように。不審者もそれに気づいたのか、刃物を男性に向ける。

 

「何だお前! ドラマの撮影とかじゃないぞ! ほんとにやるからな! あんな動画に殺されるくらいなら、こっちが先に……!!っ」

 

 そう叫んだ瞬間、不審者の手に衝撃が走り刃物が床に落ちた。その束の間、不審者も気づかぬうちに身体も床に叩きつけられていた。

 

 

「ぐはっ!!」

 

「やめとけっつったろう。こっちは甥と姪のためにわざわざ休み取って来てんだ。こんな事をやらせるんじゃねえよ」

 

「いててててててっ!! ギブギブギブ!!」

 

 

 渋めの男性は武道の達人の如く関節を決めて不審者を拘束するように組み伏せる。電光石火のような逮捕劇に周りにいたスタッフたちは驚きと感嘆の声を上げた。助けられたかなみはというと、呆然としていた。

 

「かなみちゃん!? 大丈夫、って堂島さん!?」

 

 かなみがピンチと聞きつけたのか焦った顔をの井上が遅れて入ってきた。だが、渋めの男性……もとい堂島が不審者を抑えつけているのを見て、驚きと安堵が入り混じった表情を浮かべた。

 

「ああ、井上か。こっちはもう片付いた。こいつはもう暴れたりしないだろ。なあ?」

 

「………………」

 

 不審者は涙目になりながら勘弁してくださいと言わんばかりに首を何度も縦に振った。あの調子ならもう暴れることもないだろうし、後はここのスタッフADに任せてもいいだろう。

 

「かなみちゃん、大丈夫かい? すまない……僕の不手際で」

 

「い、いえ……それより、あの人は?」

 

「ああ、あの人は堂島さんって言って、鳴上くんの叔父さんだよ」

 

「鳴上さん……? ああっ!! あの鳴上さんのっ!?」

 

 井上から衝撃的な事実に驚いてかなみは思わず周りのスタッフに適切な指示をしている堂島に目を向けてしまった。あの人が、先輩のりせが敬愛する鳴上の叔父。先ほど助けてくれた時の手際とその姿から、かなみはまるでダンディーヒーローを見るかのように目をキラキラさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<マヨナカステージ>

 

~μ‘s 2年生サイド~

 

 これは悠たちがたまみを救出する数十分前の話。悠たちとは別のルートを駆け抜けて数分後、穂乃果たちは目に見えた光景に唖然としていた。

 

「なにこれ? すっごく豪華な感じだよ!?」

 

「まるで貴族の宮殿みたい。何だか……気味が悪いよね」

 

「やはり、この世界も迷い込んだ人の心情風景が反映されるようになっているのでしょうか?」

 

 目の前に広がる中世の宮殿のような豪華絢爛な景色。天井にはシャンデリアが吊るされており、大理石の壁に彩られる数々の装飾が、如何にも貴族が住みそうな雰囲気を醸し出している。この世界を見て、ことりが気味が悪いとコメントするのも無理はない。昨晩この世界に引き込まれた時、あの声が自分たちのステージをとセッティングされたことを思い出すと寒気を感じてしまうのだから当然だろう。

 

「んん~、何だろうなぁ?」

 

「穂乃果、どうしたんですか?」

 

 だが、それよりも気になるのが、悠たちと別れてから何かしかめっ面をしている穂乃果だ。悠たちと別れる直前までは元気に意気込んでいたものとは真逆の表情だったので、海未は気になって声をかけた。

 

「いやね、海未ちゃんとことりちゃんと一緒に行動するのは久しぶりでそれは嬉しいんだけど、なんか悠さんがいないと物足りないなぁと思って」

 

「ああ……」

 

「言われてみれば」

 

 穂乃果の言わんとしていることが何となく分かった。確かに幼馴染の3人で行動するのは久しぶりでそれは嬉しいのだが、やはりこの異世界の事件でいつも引っ張ってくれた悠の存在がないのはどこか寂しく感じてしまったらしい。自分もそう感じていたのか、海未とことりも思わず共感してしまった。

 

「でしょ! 何か、あの悠さんの“穂乃果”っていうのがないとしっくり来ないと言うか……」

 

「そうだね。お兄ちゃんの“ことり、愛してる”がないと元気が」

 

「ことり、捏造はダメです。とはいえ、あんなに悠さんたち無しで行動できるようにならなければとか言っておきながらこの調子ですから……」

 

 ことりの妄言に海未はジト目でツッコミを入れるが、要するに悠がいないと寂しいというのは3人共通の本音なのだ。さっきあれだけ悠たち上級生無しでも行動できるようになると宣言しておいてこれなので少々不甲斐なく思ってしまい、気分が沈んでしまう。

 

「そ、そんな弱気になっちゃダメだよ! 今はこんな調子だけど、これから頑張っていこう! ファイトだよ! 2人とも!」

 

 まずいことを言ってしまったと思った穂乃果は慌てて励まそうと言葉を掛ける。しかし、海未とことりは先ほどの表情とは打って変わって笑みを浮かべていた。

 

「……ふふ、言われなくても分かってます。少し弱気になってしまいましたが、ここからが本番です。悠さんたちに私たちだけでも行動できることを証明しましょう」

 

「そうだよ。夏休みあんなに一生懸命りせちゃんと絵里ちゃんの練習頑張ったんだよ。ことりたちなら絶対大丈夫だよ」

 

「海未ちゃん……ことりちゃん……もう! そう思ってるんだったら早く言ってよ~! 穂乃果のせいで元気なくなっちゃったって思って心配したじゃん!」

 

「いえ、ちょっと穂乃果をからかいたくなったものですから」

 

「そうだよね~。穂乃果ちゃんって昔っからからかい甲斐があるから」

 

「もう! 2人とも!!」

 

 からかわれたと分かって心配して損した気分になったが、何だかいつもの調子が戻ったようで安心した。この調子なら大丈夫と思ったその時、

 

 

 

「フフフ…………元気な子たちね。鬱陶しいくらい」

 

 

 

 空気が重苦しくなり、粘着質な雰囲気が辺りを支配した瞬間あの声が聞こえた。いつの間にと思いつつ、穂乃果たちは警戒を強める。

 

「ようこそ、綺羅ツバサのマヨナカステージへ」

 

「出た!? この声……どこから聞こえてるの!?」

 

「穂乃果、落ち着きなさい。それよりも、先ほど“綺羅ツバサのマヨナカステージ”と言いましたよね? ということは、この先にA-RISEの綺羅さんがいるのですか?」

 

「フフ、そうだよ? 開演までもうすぐ……あの子は皆の望むツバサになって、このマヨナカステージで永遠に輝き続けるの」

 

 愉快そうに笑って語る謎の声に寒気を感じる。だが、それに負けじと海未は声を上げて抗議した。

 

「ふざけないで下さい!! 勝手に誘拐しておいて何ですか!! 昨日も言いましたが、あなたがしていることなんて、言わば洗脳と変わらないんですよ!」

 

「そうだよ! こんなの……人を縛り付けているみたいで可哀想だよ!!」

 

「洗脳? 本当に何を言ってるの? これは皆が繋がるためにやってることだよ。洗脳なんて言ってるのはあなたたちだけ。誰だって傷つくのは嫌なのに、何で分かってくれないの?」

 

 海未に続いてことりも抗議の声を上げたが、謎の声は取り合わずただただ自身の論理を展開する。ダメだ、この声に話しが通じないと穂乃果は直感した。しかし、自分たちがこれだけ言っても何故そう言い切れるのだろう? こんなのは、間違っているはずなのに。

 

 

「フフフ、これを見ても可哀そうだなんて言えるかしら?」

 

 

ー!!ー

 

 

 それは突然だった。さっきまで開いていた道は塞がれ、代わりに黒い靄が辺りに流れ出し、それがまるでゼリーのようにシャドウになった。昨日も目にしたあの薄く見悪いリボンに繋がれたシャドウたちだ。

 

「しまった!? いつの間に……」

 

「フフフ……こんなにも繋がりたいって子たちがいるのよ。だから、私たちと繋がりましょう?」

 

「うっ……この歌は……」

 

 昨日と同じ聞いているだけで寒気がする不気味な歌。それが音量を上げてシャドウたちが踊り出すと、穂乃果たちの意思に反して身体から力が抜けて抵抗する気力を奪い去っていく。一瞬でも気を抜いたらすぐさま取り込まれてしまいそうだ。

 

「う、海未ちゃん! ことりちゃん! 気をしっかり持って!! あの声はこれが正しいとか言ってるけど、絶対違うよ!! こんなのは絆じゃないってこと……私たちがしっかり伝えなくちゃ!!」

 

 せめて意識だけは失う訳にはいかないと穂乃果は大きな声で2人に呼びかける。そうだ、どれだけ言われようとこんなことは間違っている。絆とはこんな分かってもらえないからと1人が多数に強制させるものではなく、例え傷つけあっても分かりあうものであるとこれまで悠と関わってきた数々の出来事で自分たちは学んだ。それをあの声に伝えなくては。

 

「……当たり前です。こんなことは間違ってます……それを、私が教えてあげましょう!」

 

「海未ちゃん! もう踊るの!?」

 

 歯を食い縛って立ち上がる海未を見て、穂乃果とことりは正直驚いていた。シャドウとはいえ、こんな人前で踊ることに積極的ではなかった海未が自ら率先してやろうとは思わなかったからだ。

 

「正直人前に出るのは今でも恥ずかしいですよ。でも、勇気を出して自分を見せることがこんなにも素晴らしいことなんだということを穂乃果たちに教えてもらいました。今度は私が、それを伝える番です!」

 

 海未の言葉とその真摯な瞳から確固たる意志を感じる。この変化も今別ルートにいる誰かさんに影響されたのだろう。

 

『穂乃果ちゃん! 海未ちゃん! ことりちゃん! 大丈夫? 今、そっちからシャドウ反応が』

 

 海未の決意表明が終わったと同時にりせから通信が入った。どうやらシャドウ反応を探知して心配で通信してきたらしい。だが、これは今の海未にとってはいいタイミングだ。

 

「りせ! さっそくですが、私の課題曲をかけて下さい! このシャドウたちに一発私のダンスをお見舞いしてやります!」

 

『えっ!? 海未ちゃんの……って、この【sky’s the limit】だったよね? よーし、準備OK! 海未ちゃんの大和撫子な魅力を存分に披露して!』

 

「はい! 行きます!! μジック スタートです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────う、海未ちゃん…すごいっ!!

 

 

 冒頭のしっとりとしたピアノの和音が鳴り響いた途端、海未の世界が広がった。日本舞踊のしなやかな仕草と古風な気品が直に伝わってきて、いつの間にか海未特有の和の世界に引き込まれていた。あんなに自分を出すことに消極的だった海未が夏休みの練習を乗り越えたとはいえ、ここまで成長していたことに驚いてしまった。

 

 

 

────これも……悠さんの影響かな? 

 

 

 

 

 察するにあの夏の練習だけでなく、悠との出会いが海未に大きな影響を与えたのだろう。そう思った穂乃果はどこか羨ましそうな視線をステージの海未に送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーカッ!ー

「行きます! 【ポリュムニア】!!」

 

 ダンスがフィニッシュを迎えた海未は顕現したタロットカードを砕いてペルソナ【ポリュムニア】を召喚。その手に持っているのはいつもの弓矢ではなく、銀色に輝くフルートだ。そして、ポリュムニアがフルートに口を当てた瞬間、更なる美しい世界が辺りを支配した。

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアア!!

 

 

 

 海未のダンスとポリュムニアの美しいフルートの音色に歓喜を上げたシャドウたちは身体が光に包まれて宙に浮き、溶けていくように霧散していった。昨日も見た光景とはいえ、この世のものとは思えない素敵な景色に思わず感嘆してしまった。

 

「わあっ! キレイっ!! これ写真コンテストに出したら絶対金賞取れるよ!」

 

「確かに! それにしても海未ちゃん凄かったよ~! 更に腕を上げたね!」

 

「い、いえ……自分ではまだまだと思ってますが、シャドウに伝わって良かったです。やはり、気持ちが伝わるって嬉しいですね」

 

 穂乃果たちにそう言いながら消えゆくシャドウたちが織り成す幻想的な光景を見て満悦な笑顔を浮かべる海未。どうやら本人的にも満足のいくダンスが出来たようだ。その証拠に宙に消えゆくシャドウたちも心なしか楽しかったと言うように良い表情で笑っているように見えた。すると、

 

「そう言えば気になってたんだけどさ、ここのシャドウって何でダンスで消えるんだろう?」

 

「はっ?」

 

 何か引っかかったのか、宙に溶けて消えていくシャドウをジッと見て穂乃果はふとそう呟いた。

 

「だって、今までシャドウってペルソナで倒すって感じだったじゃん。ここが戦闘できないルールでそれが通じないのは分かるんだけど、何でダンスなんだろうって」

 

「それはりせも言ってましたが、この世界は感情が伝わりやすい環境でダンスで気持ちが伝わったからではないですか?」

 

「うーん……そうだけど、何でそんなことが出来るのかっていうのが引っかかってて」

 

 なるほど、穂乃果にしては珍しい的を得た疑問だ。この疑問に海未とことりも頭を捻らせていると、ことりが何か思いついたように口を開いた。

 

「それって、ここのシャドウは人の感情を持ってるってことじゃないかな?」

 

「えっ?」

 

「お兄ちゃんから聞いた話だけど、シャドウって人間の抑圧された願望と欲望から生み出される存在なんだって。だから、もしかしたらこの世界のシャドウは人の感情を持てる性質があるんじゃないかな? じゃなきゃ、ダンスで思いを伝わるってことは出来ないし」

 

「人の感情を持つシャドウ……? その仮説なら確かに説明はつきますが……そんなことってあるんですか?」

 

「う~ん………分かんない」

 

 シャドウが生物的にどのようなものかは詳しくは分からないが、今まで戦いからペルソナをもつ人間を襲う生物という認識だった。それが人の感情を持っているということであれば、ダンスで気持ちが伝わるのは納得だ。しかし、何故ここのシャドウが人の感情を持っているのかと言われれば、そこまでだ。

 

「とりあえず進もうよ。分からないことは多分進めば分かると思うし」

 

 考えてもしょうがないので、一旦シャドウのことは置いて先へ進むことにした。とにかく今はこの先にいるであろう綺羅ツバサを救出しにいかなくては。開かれた扉の先へと3人は走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<現実世界 タクラプロ 楽屋>

 

「あ、あなたが鳴上さんの叔父さんなのですか!? てっきり、どこかのジョースターさんか海軍大将かと思っちゃいました!?」

 

「どこかのジョースターって……俺はどう見ても日本人だろ。そもそも海軍じゃなくて刑事なんだが……まあ、悠のことを知っているなら話は早い。俺は堂島遼太郎。こっちは娘の菜々子だ。アンタは?」

 

「は、初めてまして!! 真下かなみと言います!! 先ほどは助けていただき、ありがとうございました!!」

 

 立てこもりをした不審者はスタッフADたちに拘束され、数分後に駆け付けた警察に連行されました。事態が収束した後、井上が事情報告のため呼び出されたので、かなみはしばらく堂島という男性たちと一緒にいることになった。

 

「真下? どこかで聞いたことなる名前だな。まあそれはともかく菜々子、挨拶しろ」

 

「え、ええっと……堂島菜々子です。もしかして、お姉ちゃん……かなみん?」

 

「わあ、菜々子ちゃん可愛いです~。はい。そのかなみんです……って、えええ!! かなみんを知っててくれたのですか!」

 

「やっぱり、かなみんだ! お父さん! 本物のかなみんだよ!」

 

 堂島の娘である菜々子が自分を知っててくれたことに感激するかなみ。菜々子も憧れていたアイドルが目の前にいると分かってとても嬉しそうだ。

 

「かなみん……? ああそういや去年稲羽署の一日署長が中止になった事があったな。って、ことはアレか、アンタはタレントとかそういうやつなのか」

 

「あい! 一応アイドルです! 稲羽署は……どうでしたっけ? ごめんなさい、あんまり覚えてないですけど……」

 

 思わず羽の生える青猫みたいなことを言ってしまったが、確かに去年稲羽という町で一日署長をやってほしいというオファーはあったのを覚えている。だが、それは確かあちらが急な事件で受け入れ態勢ができなくなったということで中止になったとか。

 

「まあ、アンタも災難だったな」

 

「本当ですね。でも、何事もなくてよかったです。堂島さん、お疲れ様でした」

 

「お父さん、カッコよかったよ!」

 

「はい! 流石刑事さんですね!」

 

「逮捕劇って初めて生で見たー! 鳴上さんの叔父さんカッコいい~♡」

 

「あ、ああ…………本当はこんな目に遭いたくはなかったんだがなぁ。都会ってんのはこうも物騒なのか?」

 

 堂島は娘たちから先ほどの称賛を浴びて少し照れ臭そうにしながらもやれやれと言わんばかりにため息をついた。自分たちからして凄いことをしたのに、本人は別に気にしてない素振りに感銘を受けて増々かなみの中で堂島のダンディーヒーロー感が増していった。中には誰かに姿が似たのか、かなりメロメロにぴょんぴょん跳ねている女子中学生もいるが。

 

「そう言えば堂島さん、この人たちは? もしかして、堂島さんの奥さんと娘さんですか?」

 

「ああ? 違うぞ。こっちは南雛乃、あいつの叔母だ。それと、この子たちは雪穂と亜里沙と言って、確か悠の後輩の妹さんだったか? 雛乃が俺たちを迎えに行くついでに、一緒に悠たちの練習を見学するつもりだったらしい」

 

「は……はあ……」

 

 なるほどとかなみは思わず呟くが、正直情報量が多すぎて頭にあまり入ってこない。だが、これだけはハッキリ覚えている。この堂島は“刑事”であると。それに、鳴上の叔父ということならば、自分の話を聞いてくれるかもしれない。

 井上や周りのスタッフたちが去って静けさを取り戻したこの楽屋には自分と堂島、そして雛乃や菜々子たちしかいない。これはかなみにとっては悠や落水のことを話す絶好のチャンスだ。そう確信したかなみはここしかないと言わんばかりに意を決して堂島の目を見て話を切り出した。

 

「あああ、あの!? 堂島さんは刑事さんなのですよね? 変なお話をさせてもらっていいですか!?」

 

「お、おいおい……急に大声を出すな」

 

「ああ! そ、その……すみません……」

 

「まあ落ち着け。井上か帰ってくるまでは話は聞いてやる。それで、どんな内容だ?」

 

 話を聞くようになってくれた堂島にかなみは内心安堵した。すると、何故か雛乃は席を外して楽屋の外に出た。何か気遣ってくれたのかは分からないが、話を聞いてくれることで舞い上がったかなみはそれを気にせず、自分の目の前で起こったあのとんでもない事態を詳しく、一生懸命説明を始めた。

 

 信じてもらえるかどうかは分からない。誰が聞いてもおかしな話だとかなみは分かっていた。でも、これが今自分が出来る精一杯のことだと自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 しかし、この時かなみは知らなかった。この堂島と菜々子、雛乃たちとの出会いがこれから起こる事件の引き金を引くことになることを。

 

 

 

 

 

 

To be continuded Next Scene



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#80「Remember, We Got Your Back.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

予め失礼します。
水着武蔵ちゃんが出たぜ!やったあああああああ!!まだ日曜限定のマーリンピックアップやメルトや沖田さんの水着などもあるけど、もう思い残すことはない!そして、OnePieceスタンピードも面白かった!!
失礼いたしました。

本編の話になりますが、今話のタイトルである「Remember, We Got Your Back.」はPQ2のP4ver戦闘曲です。誰がこの曲で踊るのかはお楽しみです。
また、勢い余まって久しぶりに夏にちなんだ番外編を書いてしまったので、それは明後日の同じ時間に投稿します。そちらも楽しんでもらえたら幸いです。

改めてお気に入り登録して下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


「……はっ!?」

 

「ど、どうした? 悠……?」

 

「もうすぐ……ことりのダンスが始まる気がする……見たい……ことりの夏の成果をこの目で見たい…………今すぐ引き返して」

 

「ダメっ! この先にたまみさんがいるんだから! 引き返しちゃダメだって!!」

 

「ダメだ……このシスコン……早く何とかしないと……」

 

「もう手遅れじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ! あそこ!! 誰かいる!」

 

 さきほどのステージを抜けてから探索を続けていると、前方に人影を確認した。

 

「あ、あれって……A-RISEの綺羅さんだ! おーい!!」

 

「あ、貴方たちは……」

 

 突然人がやってきたことにびっくりしたのか、ツバサはおどおどとした様子で穂乃果たちを見つめていた。何かあったのだろうと思いながら、穂乃果たちはツバサの元に一気に駆け寄る。

 

「綺羅さん、大丈夫!? けがはない!?」

 

「え、ええ……それは大丈夫……」

 

「あっ、初めまして綺羅さん。私はμ‘sの高坂穂乃果です!」

 

「は、初めまして……こう」

 

「綺羅さんたちA-RISEのパフォーマンスはよく見てました! もう本当にすごくて」

 

「あ、ありがとう……え、ええっと……」

 

「穂乃果! 貴女は落ち着きなさい!」

 

 穂乃果のアイドル熱に圧され気味であるが、それを引いてもどうやらツバサは何が何だか状況が掴めず混乱しているらしい。海未はとりあえずまくし立てる穂乃果を宥めて、今起きている状況を一から説明した。

 

 

 

 

 

「そ、そうなんだ……私の他にもあんじゅと英玲奈……かなみんキッチンのみんなも」

 

「ええ。でも綺羅さん、今は貴女の安全が優先です。私たちがいれば安心ですから」

 

 海未の丁寧な説明で状況を把握できたらしいツバサ。しかし、次のツバサの言葉が場を凍り付かせることになる。

 

「えっと……その、鳴上さんもこの世界にいるの?」

 

「えっ? 悠さんなら別のルートにいるけど、どうしたの?」

 

「い、いや……ちょっと、残念だなって思って」

 

「「「はっ?」」」

 

「えっ……! ええっと……きゃっ!」

 

 モジモジとしながらぼそぼそとそう言うツバサだったが、何かに躓いたのかステンと転んで尻もちをついてしまった。それを見た穂乃果たちは徐々に違和感を覚えた。A-RISEの綺羅ツバサと言えば今のスクールアイドル全てのカリスマ的存在でしっかり者な上にハキハキしているというイメージがあったが、実際見たところ全く真逆。端的に言うと、どこか花陽みたいな感じだった。

 

「ねえねえ、あれって本当に綺羅さんなのかな? PVでみたのと全然違うよ」

 

「うん、何か覇気がないっていうかぼうっとしてるっていうか……穂乃果ちゃんとか花陽ちゃんに似てるよね」

 

「えええっ!? 穂乃果はあんなんじゃないよ!」

 

「そんなことはどうでもいいでしょ! とにかく、今は綺羅さんの安全を」

 

「ねえ綺羅さん……お兄ちゃんのことに関しては後で詳しく教えてもらってもいいかな♡」

 

「ひいっ!?」

 

「ことりちゃん!? ちょっと落ち着こうよっ! 確かに気になるけど今は関係ないよね!?」

 

 ツバサにあらぬ疑惑を持ったことりはいつものハイライトが消えた表情で問い詰めようとする。あまりの怖さにツバサが怯えているので慌てて止めようとしたその時、

 

 

ー!!ー

 

 

 その時、辺りの空気が重くなった。何かが近づく気配も反応もなかったのに、それはいきなりやってきて、何もない空間からあの声が響いてきた。まるで、穂乃果とツバサたちのことを見ているみたいに。

 

 

「フフフ……見つけた。ダメじゃないツバサ、もっとリーダーらしくしないと」

 

「また出たっ!? 一体どこから……」

 

「もうっ! 邪魔しないでよ! 今からツバサちゃんにお兄ちゃんと何があったのか聞こうと思ってたのに!?」

 

 何としてもツバサから尋問しようという姿勢を崩さないことりに思わずツッコミを入れてしまったが、謎の声はそれに答えることはなかった。

 

「フフフ……威勢のいい子。残念だけどツバサはこれからステージが控えてるの。さあ行きましょう、ツバサ。いつものカリスマ的なキレのあるダンスを見せてよ」

 

 どうやら謎の声はことり達のことなど眼中になくあくまでツバサのことしか見ていないようだ。謎の声にツバサは足をガクガク震わせながらも声を上げた。

 

「い、嫌よ!! 私にそんなものなんてない! あんなのは……どうにかこうにかして誤魔化してるだけで……」

 

「分かってる。でも、隙の無いリーダーじゃないツバサは誰も見てくれないよ。誰だって完璧な人を頼りにするに決まってるじゃない。今の貴女を見たら、皆凄く裏切られたと思っちゃうよ……」

 

「裏切るって、私はそんなことはしてない! 誤魔化してはいたけど、私はこれまで一生懸命……」

 

「フフフ……けど、もう頑張る必要なんてないよ。私たちと繋がれば安心だから」

 

 

 

ー!! ー

 

 

 

 すると、その声が合図となって再び道が閉ざされた。また前触れもなく黒い靄が発生して共にリボンに繋がれたシャドウの大軍が出現した。 

 シャドウの出現を確認すると、穂乃果たちは慌ててツバサを庇うように陣形を取った。さっきファンの期待と言われて穂乃果は自分に言われてるのではないと分かってても、心に刺さってしまった。だが、これに対して穂乃果は謎の声に嫌悪感を募らせた。自分でもこうなるのに、ツバサを動揺させるためにその手を使うのは卑怯だと思ったから。そんな輩に翼を渡してなるものか。

 

「好き勝手言ってくれますね。こんな真似をする貴方なんかに綺羅さんは渡しません!」

 

「もう貴女の思う通りにはさせないよ! ツバサちゃんはことり達が守るから!」

 

「フフフ……本当に鬱陶しいくらい元気な子たちね。貴方たちは知らないのよ、ツバサがどんなに苦しんでるのかを……何も知らないのに口を出さないで」

 

「そ、それってどういう意味!?」

 

「知らなくも良いよ。私たちと繋がれば全部上手く行く。誰も傷つかないし苦しむこともない。さあ……いい加減受け入れてよ。私たちの絆を……」

 

 問答無用と言わんばかりにあの不気味な歌が大音量で流れてシャドウたちがダンスを始める。もう何度目かは知らないが、あの気持ち悪い脱力感が再び穂乃果たちを襲う。それもさっきよりもシャドウの数も増えている故か、かなり進行が早くなっている。

 

「うっ……力が……」

 

「何度聞いても、心地いいものではないですね……!」

 

 海未の言う通りこんなのを何度聞いても不気味なだけだ。見ると、ツバサはもう音楽に取り込まれそうになっている。早くさっきみたいにダンスでシャドウたちをリボンから解放しなくては。

 

 

 

「……ここは、ことりがいくよ!」

 

 

 

 不気味な音に負けじと、ことりは先ほどの海未と同じように歯を食い縛って一歩前に出た。

 

「ことりちゃん!?」

 

「ことり、行けるのですか?」

 

「うん。さっき海未ちゃんが躍ったし、負けられないって思ったから。それに、穂乃果ちゃんの言う通りだよ。こんなリボンで繋がれてあの声の言いなりになるなんて、縛られてるみたいで見てられないよ。だから、ことりがそれは違うっていうことを伝えてあげなきゃ!」

 

 先ほどの海未のダンスに触発されたのか、喜々とそう語りながらも確固たる決心を垣間見せたことり。その真っすぐな瞳はやはり血縁故なのか、別ルートにいる誰かさんを想像させた。

 

『ことりちゃんの覚悟聞かせてもらったよ。ことりちゃんの課題曲【Shadow world】は準備済みだから、センパイ譲りの表現力でシャドウたちをメロメロにしちゃってよね!』

 

「ありがとう、りせちゃん。よーし! それじゃあ、行くよ! μジック スタート!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────そ、想像以上に……すごいわ…………

 

 

 

 ハーモニカの軽やかなメロディーから始まったことりのダンスパフォーマンスは初っ端からツバサに衝撃を与えた。華麗なステップに思わず惹きつけられるしなやかな動作に目が離せない。何より凄いのが躍っている最中も笑顔を崩さず、その笑顔を周りのシャドウたちに終始振りまいているので、シャドウたちはメロメロになって大興奮している。

 

 

 ツバサは知る由はないが、夏休みでことりは堂島家で悠と一緒に菜々子にダンスを教えていたため、自然と悠の表現力を少なからず吸収していた。それが相まって、悠程ではないにしろ元々表現力が高かったことりは更に磨きがかかり、穂乃果と海未の目からしてもステージのことりは今までより一層輝いているように見えた。もしこの場にあのシスコンがいたのなら、発狂するくらい大興奮するに違いない。

 

 

 

──────…………うらやましい

 

 

 

 一番ツバサが引っかかったのが、何より踊っている最中のことりは心の底から楽しんでいるように見えたことだ。あんな表情で心からダンスを楽しめる人間なんて中々いない。きっとそこにいる穂乃果や海未もそうなのだろう。

 

 

 だが、そうなると自分は心からダンス……否()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

 

 そう思った途端、ツバサの心に影が生じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーカッ!ー

「来て! エウテルペーっ!!」

 

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 

 

 フィニッシュしたことりはタロットを砕いてペルソナ【エウテルペー】を召喚。その楽器は金色に輝くユーフォニアム。最高潮にテンションが上がったシャドウたちにエウテルペーの華麗なユーフォニアムが追い打ちを掛けた。エウテルペーの透き通るような音色に聞き惚れたシャドウたちは先ほどと同じように歓声を上げたと思うと、一気に空へ溶けて行くように消えていった。

 

「すっごーい! ことりちゃん!」

 

「これはもう天晴れとしか言いようがありませんね」

 

「えへへへ。やっぱりお兄ちゃんと一緒に練習したから……」

 

 やり切った顔をしていることりを皆で労うと本人は嬉しそうに微笑んでいた。やはり流石は人気メイド喫茶“コペンハーゲン”のミナリンスキー。女子の穂乃果や海未でも思わずドキッとしてしまう笑顔に思わずやられそうになった。これは男共がメロメロになるだろうが、もし手を出そうものならあのシスコン番長が黙っていないだろう。

 

「あっ、悠さんと言えばツバサさん…………えっ?」

 

 しかし、振り返ってみると、そこにツバサはいなかった。さっきまでそこでことりのダンスを見ていたはずのに、ツバサの姿はそこにはなかった。

 

「しまった!? まさか、あの人……」

 

「フフフ……今さら気づいたようね」

 

 姿の消えたツバサにオロオロしていると、謎の声の瀬々笑う声が聞こえた。やはり、ツバサが姿を消したのはこの声の仕業らしい。それに気づいた海未は抗議の声を上げる。

 

「ひ、卑怯ですよ!! 私たちに敵わないからって、勝手に綺羅さんを攫うなんて!」

 

「何が卑怯なの? 私は貴女たちの相手をした覚えはないし、貴女たちが勝手に思い込んでることでしょ?」

 

「何ですって……!!」

 

「それに、久慈川りせといい鳴上悠といい、本当に滑稽よね。貴方たちがどう足掻こうとツバサたちは救えないのに」

 

「お兄ちゃんが滑稽!? それに、ツバサさんを救えないってどういうこと?」

 

「と、とにかく急ごう!? このままじゃツバサさんが何されるか分からないよ」

 

 いつの間に連れて行かれたツバサを穂乃果たちは急いで追いかける。あの声が言っていた“自分たちにツバサは救えない”という言葉には引っかかりを覚えたが、そんなことを気にしている余裕などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急いでツバサを追いかけたところ、周囲の景色が更に特色を強めて行き、やがて一段と豪華なスタジオのような部屋へと到着した。まるでトップアイドルが豪華なMVを撮る現場のような内装に穂乃果たちは驚きの声を上げる。

 

「なにこれ!?」

 

「何と言うか、アイドルのステージみたいに見えるのですが気のせいでしょうか?」

 

「あっ! あそこにツバサさんが!」

 

 見ると、レッドカーペットが敷かれている大理石の階段の前に作られた円形状のステージにツバサはポツンと立ち尽くしていた。その姿はまるでずば抜けた才能を持つアイドルのようだったが、状況が状況なだけに嫌な予感しかしない。

 

「何で……何でよ! 私は私らしくやろうとしているだけ! 今までもそう」

 

「そう、最初は軽い気持ちだった。周りがやったことがないようなことをしてみようって気持ちであんじゅと英玲奈と一緒にスクールアイドルを始めたのよね」

 

「えっ?」

 

「それがとっても世間にとっても受けて、全国に広まってラブライブという大会で優勝したツバサたちは今や注目の的。全国の何人ものスクールアイドルが完璧なツバサに憧れているのに、そんなしっかりしてないツバサを見たら、どう思うのかしら?」

 

「うっ!?」

 

 その言葉に穂乃果たちは思うところがあった。廃校を阻止するためと思って始めたスクールアイドル。正直に言えば最初は注目されることに必死になっていたが、オープンキャンパスで“廃校を阻止できるかもしれない”と注目が集まった時から、どこか失敗してはいいけないというプレッシャーを感じたことはある。

 それが今や全国で知らぬものはいないA-RISEの綺羅ツバサとなれば、それは自分たちの比ではないだろう。

 

「ツバサさん!」

 

 苦悩するツバサを見かねて穂乃果たちはステージに近寄るが、ツバサは何か言われると思ったのか怯えるように身を引いてしまった。ダメだ、もうツバサは心が壊れかけている。先ほどの謎の声が効いているみたいだ。

 

 

「フフフ……やっと来たんだね。せっかくだから貴女たちも聞いてみてよ。皆がツバサに望む真実の声を」

 

 

 瞬間、空間が歪んだような感覚に襲われた。すると、

 

 

 

 

 

『ツバサちゃんはさ、やっぱし完璧だよね』

 

 

『そうそうっ! 何も隙がない人って感じで憧れるよね』

 

 

 

 

 突然ここまで一度も聞こえこなかった声が空から周囲に響いた。いや、直接自分たちの鼓膜に響かせているような声。これは……

 

「な、なにこれ!? 誰がしゃべってるの!?」

 

「わ、分かりませんが、この人たち……綺羅さんのことを言ってるのですか?」

 

 いきなり違う声が聞こえたことに戸惑う一同だが、そんなのを関係なしに次々と別の誰かの声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

『ダンスもカッコいいし、もう女子でも惚れるって感じ』

 

 

『もしもツバサちゃんがダメな感じだったら嫌だなあ』

 

 

『それはないだろ。だって、あんなカリスマ性がある子がそんなワケないでしょ。もしそうだったらショックだよ』

 

 

『ラブライブ優勝したけど、またあったら優勝して欲しいよな』

 

 

『ツバサちゃんのもっと凄いダンスや歌を見てみたいし、正直余計なことされたら萎えちゃうよなあ』

 

 

 

 

 

「あ……ああ…………」

 

「分かるでしょ、ツバサ。“本当のあなた”なんて邪魔なだけ。そんなの望んだって、痛くて苦しいだけだよ」

 

 瞬間、プツリと糸が切れたような音がしたと思うと、地面にだらりと座り込んだツバサが諦めた表情で何か悟ったように呟いた。

 

「そうか、私は……みんなが求める私になればいいんだ……」

 

 ツバサがそう呟いたのとほとんど同時だった。四方から伸びたリボンがたまみに巻き付き、磔の如くその体を軽々と宙へと吊るし上げる。だが、蜘蛛の巣にかかった獲物のようにぶら下げられたツバサはそれでも悲鳴を上げることはなく、諦めた表情を保っていた。 

 

「ツバサさん!?」

 

「どどどうしよう!? ツバサさんが捕まっちゃったよ!!」

 

「ど、どうしようって、これでは私たちの手では……て、何ですかこれは!?」

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ

 

 

 

 目の前に広がった光景に海未たちは絶句した。宙吊りになったツバサの全身をうごめくようにリボンが這って、その体を覆い尽くす。同時に、まるでシャドウが暴走する時のようなどす黒いもや……ちょうど自分たちがこの世界に引き込まれた時に見たのと同じものが彼女の身体から立ち昇り始めた。

 

「フフフフフ……つながったわ! これで、ツバサは皆の望むツバサになる!! あはははははははっ!!」

 

 謎の声が嬉しそうに歓喜の声を上げたと同時に黒い靄は晴れて、変わり果てたツバサの姿が現れた。

 

 

 

 

『ハハハハハッ! ああ、幸せだわ……また私はもう一つ先のステージに行けた! 簡単だわ……本当の自分なんて捨ててしまえば、こんなに皆と繋がれる……! 完璧なカリスマじゃなきゃ意味がない……期待に応えられなきゃ、価値なんてないのよ!』

 

 

 

 

 そんな高笑いと共に現れたのは煌びやかなドレスにマイクを手に持ったアイドルのような怪物。だが、そこ彼処に杭が打たれており、まるで身動きが取れないように縛られている様子が痛々しかった。

 

 

ウオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 

 うごめくような歓声に後ろを振り向くと、さっきまで空席だったはずの客席に無数のシャドウが満員御礼でウェーブしていた。これがあの声の望むツバサのステージということなのだろう。証拠にシャドウたちのウェーブと歓声が今まで以上に盛り上がっていた。しかし、

 

 

「ダメだよ! ツバサさん!!」

 

 

 シャドウ化したツバサの言葉に耐え切れなくなったのか、穂乃果はこれでもかというほどの大声を上げてツバサと対峙した。

 

「誰かの期待を背負って、それがいつの間にか辛くなるのも苦しいのも分かるよ。でも、それで自分を捨てちゃったら、自分が誰で何をしたかったのか分からなくなっちゃうよ! そんなの……悲しすぎるよ……」

 

「穂乃果……」

 

 かつて学園祭での自分がそうだった。自分は役立たずだと思い込んで自分を見失って暴走してしまったあの時、悠たちには本当に心配を掛けたし、自分があんなことをしなければ悠は酷い目に遭わなくてすんだかもしれないと今でも思う。

 

 

「だから……どんなに辛くったって苦しくたって、自分をしっかり持って頑張らなきゃダメだよ! それが……私が悠さんや海未ちゃんたちμ‘sが教えてくれたアイドル道だよ!!」

 

 

 穂乃果の言葉に海未とことりは驚いて顔を見合わせてしまった。それと同時に思わず笑みを浮かべてしまう。相変わらず穂乃果らしい一面を久しぶりに見た気がする。これが自分たちのもう一人のリーダー“高坂穂乃果”だ。

 

『……ふふ、穂乃果ちゃんって本当に無意識に確信ついてくるよね。そういうところが悠センパイみたいで羨ましいかも』

 

「りせちゃん……?」

 

 またも突然に別ルートで奮闘中のりせから通信が入った。それに今の穂乃果の言葉を聞いたのか、少しシリアスな口調になっている。

 

『私も“ファンの期待”とか“世間の評判”って聞いて重くプレッシャーを感じたりこうしていかなきゃって何回も思ったことはあるよ。私はそれに耐えきれなくなって休業しちゃったんだけどね……』

 

「…………」

 

『でも、穂乃果ちゃんの言う通りだよ。誰かの思う通りの自分でいれば楽ちんかもしれないけど、自分を捨てちゃダメ! 私たちはアイドル。自分を捨てるんじゃなくて、自分の事を分かってもらってそれを受け入れてもらわなきゃなんだよ! 今のツバサちゃんはそれを忘れてる。それを思い出させてあげて!!』

 

 りせの激励に鼓舞されて穂乃果は気合十分になった。これで行ける、自分だってあの悠のようにやってみせる! 今こそ、本当の夏の成果を見せる時だ。

 

 

「……うん! ありがとう、りせちゃん! それとね、ちょっと頼みが………」

 

『何々………えっ!? わ、分かった。じゃあ、穂乃果ちゃん! 行っちゃって!』

 

「よーし! 行くよ! μジック スタート!!」

 

 

 そして、穂乃果の宣言と共に、りせと絵里から貰った課題曲【Remember, We Got Your Back】が音量MAXに流れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これ……」

 

「す、すごい……」

 

 ダンスが始まった共に、海未とことりは呆然としてしまった。元からあった身体能力と悠にも引けを取らないダンスのキレで自分の魅力を見せつけている。確かに穂乃果にはスクールアイドルとしての才能はあった。それは夏の練習の際にりせと絵里がそう公言している。だが、それ以上に驚いたのは……

 

 

「「穂乃果(ちゃん)が()()()()()()()!?」」

 

 

 そう、この曲は全て歌詞が英語なのである。成績が低空飛行の穂乃果が少し癖がありながらも英語で歌いながらダンスしているのだ。先ほどりせに通信越しで頼んだのはこのことだろうが、普段の穂乃果を知っている者からすれば、まさに驚天動地だ。しかし、一体何故?

 

 

「これって、穂乃果ちゃんが夏休みにお兄ちゃんと踊ったやつ……だよね?」

 

「ええ」

 

 まさかと思ったら、そう考えられば必然だった。確かにこれは夏の稲羽での練習で悠と穂乃果がお試しに踊った練習曲だった。その時、悠が穂乃果と踊ると楽しいだの穂乃果が後ろで歌ってくれたらもっと良いだのと褒めたので、穂乃果が舞い上がって急に英語を勉強し出したのを思い出す。

 結局独学では身に付かなかったので海未に泣きついてきたのだが、あれから徐々に上達した様子が今あのダンスに現れている。しかし、ダンスも後半に差し掛かったとき、何か焦りを感じたのかダンスが少し乱れてきたのが見受けられた。

 

 

 それに気づいた海未とことりは一瞬顔を見合わせると、一緒に頷いてその場から駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ダメっ……まだ届かない!)

 

 

 全身全霊を込めて歌と踊りに熱中する穂乃果だったが、ツバサの心にまだ届いてないと実感した。このままではツバサに伝わらない、何か足りない。でも、時間も残り少ないし、ここからどうしたらいいのか迷っていたその時、

 

 

「穂乃果、一緒に踊りましょう!」

 

「足りないところはことりたちに任せて!」

 

 

 最後のサビに入った瞬間、この世界で初めて悠とダンスした時のように海未とことりが一緒に踊ろうと割って入ってきた。突然の出来事に穂乃果は面を喰らったが、自然とこの2人と一緒にダンスしていることに懐かしさを覚えた。

 曲は違うものの、まるで春のファーストライブの再現みたいだ。あの時は観客が3人しかおらずかなりショックを受けたものだが、マイク越しに伝えてくれた悠の言葉が自分たちを立ち直らせてくれた。

 

 

 そうだ、自分は一人じゃない。こんな自分を認めてくれる友達や仲間がいるから自分は踊っていられる。友達と支え合っていけば、どんな困難や災難だって乗り越えられる。ツバサだって、例外ではない。

 

 

(だから、思い出して! スクールアイドルとして、ツバサさんが大事にしていたことを!!)

 

 

 

ーカッ!ー

「「「お願い! ペルソナ!!」」」

 

 

 

 

 穂乃果たちは全力でタロットカードを砕いて各々のペルソナを召喚。そして、悠とのセッションでも奏でた深紅をギターを手にカリオペイアはあの時よりもキレのある音響を奏で始め、それを支えるようにポリュムニアのフルートとエウテルペーのユーフォニアムが旋律を奏でた。

 

 

 

 

キャアアアアアアアアアアアアア!!

 

 

 

 ツバサシャドウはμ‘s2年生組の異色ながらも迫力のある素晴らしいセッションに苦悩の声を上げてのたうち回った。その様子を見て、穂乃果たちはツバサに伝わるように真剣に見守る。自分たちが出来ることはやった。後はそれがツバサに伝わったことを祈るだけだ。

 

 

 

(お願い……この想い……ツバサさんに届いて!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりすごいわね…………あなたたち……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い靄が晴れて怪物の姿がなくなり、そこには先ほどの諦めた表情ではなく何か悟った顔持ちのツバサが膝をついていた。それを確認した穂乃果たちは慌ててツバサに駆け寄ってツバサの身体をチェックするが、何事もなかった。

 

「…………私ね、本当は小さい頃は凄く内気だったんだ。でも、高校で変わりたいって思って……思い切ってあんじゅと英玲奈と一緒にスクールアイドルを始めたの。正直、A-RISEの名前がこんなにも有名になるなんて思わなかったわ……」

 

「えっ?」

 

「最初は全国に私たちのことが広まったことを知った時は、すごく嬉しかった。自分が変われたように思えて、もっと頑張らなきゃって思った。でも……それで段々完璧なカリスマって言われることになって、いつの間にかそれに固執しちゃって…………私が本当に何をしたかったのかを忘れてたのかも……」

 

 苦々しくそう語るツバサだったが、その言葉の裏には別の感情が込められているのを穂乃果は感じた。清々しいほど自重するツバサに、海未はここまでだと割って入った。

 

「……私たちが言えることじゃないかもしれませんが、期待に応えるのは悪いことじゃないと思います。ですが、そこに綺羅さん自身が本当に伝えたいと思ったことがないと、先ほどのように自分を見失ってしまいます」

 

「……………………」

 

「でも、今は違うでしょ?先ほどの穂乃果のダンスを見て、思い出したのではないですか?」

 

海未たちの言葉を聞いたツバサは少しの間目を閉じると、決心したようにゆっくりと目を見開いた。

 

 

「………私、これからのA-RISEのことちゃんと考えてみる。あんじゅと英玲奈と本音で語り合って、納得いくまで私たちらしさを突き詰める。一度頂点を取ったからって言って、今までの自分たとじゃ油断ならないもの。ちょうど負けられない相手も出来たことだしね」

 

 

 ツバサはそう言って意味深に穂乃果をチラリと見た。ツバサの言葉の意味が分かった穂乃果は一瞬驚いたような照れくさそうな顔をしたが、互いに手を出して固い握手を交わした。

 

 

 

――――――ツバサの感謝の気持ちが伝わってくる………

 

 

 

「良かったね、穂乃果ちゃん! 分かってもらえて」

 

「うんっ! こっちこそありがとうね、海未ちゃん・ことりちゃん。悠さんみたいに出来て良かったよ」

 

「まさか英語で歌うとは思いませんでした。ですが穂乃果、聞いてて思ってのですが、発音が全然違うところが多かったですよ。現実に帰ったら早速勉強してもらいますから、覚悟して下さいね」

 

「えええっ!? せっかく頑ったのにまた勉強!? ちょっとことりちゃ~ん!」

 

「う~ん、こればっかりは庇いきれないかな?」

 

「うううううっ……悠さ~ん、助けて~~~!!」

 

 ツバサに自分の気持ちが伝わって嬉しそうにしたのも束の間、再び現実に戻された穂乃果。その言葉の”悠”という単語を聞いたツバサは意味深に手に顎を当てた。

 

「やはり、彼女たちの強さの源は彼にあるのかしら? やっぱり彼には私たちを」

 

「「「はっ?」」」

 

「へっ?」

 

 固い握手も束の間、ツバサの聞き捨てならない呟きを聞いた穂乃果たちはジト目でツバサを睨んだ。

 

「そういえばツバサさんってさ、さっきから悠さんのことばかり話すよね?」

 

「もしかして、私たちから悠さんを引き抜こうとしているのですか?」

 

「もしそうだったら、覚悟はできてるよね?」

 

「えっ……? えええええっ!?」

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 ことりと海未がツバサを問い詰めようとしたとき、いきなりステージの中心が光った。驚いてそっちを見てみると、そこにはいつの間にか今までなかったはずの鋼鉄のドアが存在していた。

 

「何……これ?」

 

「扉の様ですが……どこに繋がっているのでしょう?」

 

「これって……どこかで見たことあるような?」

 

「とりあえず入ってみようよ。でも、シャドウがいるかもしれないから慎重に」

 

 そう言って穂乃果たちは恐る恐るとツバサを誘導しながら扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<マヨナカステージ 楽屋セーフルーム>

 

「……誰もいませんね」

 

「でも、ここどこだろう? なんか見覚えはあるんだけど」

 

「ああっ! ここって、タクラプロの楽屋じゃない? 内装が似てるし」

 

「「えっ!?」」

 

 ことりの言葉に一同はハッとなった。確かに見た目は楽屋と言うに相応しい空間で言われてみればその通りなのだが、通い始めて日の浅い穂乃果と海未はまさかこれがタクラプロの楽屋とは確信しきれないでいた。

 

「確かに、ここはタクラプロの楽屋みたいね。私は何回かリハーサルの休憩に使わせてもらったから分かるけど、南さんは何で分かったの?」

 

「あ、あのね……さっきお兄ちゃんと日菜って子から逃げてた時に楽屋に逃げ込んで……その時ダンボールを探したから覚えてたんだ」

 

「「「……………………」」」

 

 やはり理由はそんなことだろうとは思っていたが、改めて聞くとドン引くどころか呆れてしまった。ツバサも唖然としているのでこの空気をどうしたものかと思っていると、

 

「あ、あれ? あれって何だろう?」

 

 すると、メイクコーナーの鏡に何かメモみたいなものが貼られているのをツバサは発見した。同じように確認した穂乃果は鏡からそれを剥がして内容を見る。

 

「なにこれ? 何かのメモみたいだけど……?」

 

「とりあえず、読んでみてくれますか?」

 

「う、うん……ええっと……」

 

 

 

 

 

 

“私が伝えたいのは本当の言葉”

 

“でもそれは決して伝わることのない言葉”

 

“全部私のせい……あの人が悪いわけじゃない”

 

“なのにあの人は私を庇う……もう耐えられない”

 

 

 

 

 

 

「何でしょう……誰かが書いた日記のように見えますが……」

 

「とても苦しそう。どんな辛いことがあったんだろう…………」

 

 海未がその文章を読み終えたと同時に皆はそんなことを言った。内容から同じ心を表現するものとして共感してしまうものだったので、思わず自分のことのように思えてしまった、

 

「ね、ねえ……これってさ、何か遺書みたいにも見えるよね?」

 

「い、遺書!? な、なななななな何を言ってるんですか? そんなバカなこと……」

 

「もしかして、このメモってあの謎の声が書いたものなんじゃ……それってつまり、あの声は幽霊……」

 

「ちょちょちょっ! そんな怖いこと言わないでよ!」

 

 

 

 

 

「騒がしいわね、こんな所まで来て幼稚園レベルの争い? 全く神経を疑うわ」

 

「別に普段通りだよ。コーハイたちはいつもこうだから」

 

 

 

 

 

 不穏な内容のメモにお化けだ幽霊だと騒いでいると楽屋のドアから誰かの厳しめの声と呆れの声が聞こえてきた。

 

「お、落水さん!?」

 

 誰だろうと思って見てみると、そこには何とかなみを庇ってこの世界に引きずり込まれたはずの落水がいた。だが、驚きはそれだけでない。驚いたのはその隣にいた人物だった。

 

 

「そ、それに……マリーちゃん!?」

 

 

 ショートカットの髪型に青いハンチング帽、白いチェック柄のパンクな衣装に手提げ鞄を肩から下げたその姿は忘れようもない。稲羽のお天気お姉さん【久須見真理子】改め、マリーだった。いきなりの登場に驚く穂乃果たちを他所にマリーはまるで道端で出会ったかのように淡々とこう言った。

 

 

 

 

「やあコーハイ、頑張ってる?」

 

 

 

 

To be continuded Next Scene



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Extra⑦「Ghost story meeting.」

 それはいつもと変わらない金曜日の夜、テレビを見た後にシャワーを浴びているときだった。あるアパートの一室に住む女性はその最中何らかの気配を感じ取った。

 

 

 

────誰かいるの? 

 

 

 

 風呂場から顔を出してそう声を掛けてみたが反応はない。気のせいかと思い、女性はまたシャワーを浴び始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 いる……誰か、そこにいる…………。女性は怖くなってシャワーを止めて、また風呂場から顔を出した。

 

 

 

────ちょっと! 誰かそこにいるの!? 

 

 

 

 今度はキツめにそう言ったが反応はない。だが、今度こそ確信した。絶対にこの部屋に誰かいると。もしや不審者かもしれないと思いつつも怖がる自分を抑えて、恐る恐る女性は風呂場のドアを開けた。

 

 

 

ポタリ ポタリ ポタリ

 

 

 

 雫が垂れる音が妙に辺りに木霊する。そっと気配を消しながら近づくと……そこにいたのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

「クマアアアアアアアアアアっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 懐中電灯の明かりが一つだけ照らされた真っ暗な一室に絶叫した少女の鉄拳が1人の爽やかな好少年にヒットする。鉄拳を喰らった少年は勢いよく吹っ飛ばされ近くの壁に激突して伸びてしまった。

 

「お、おいおい。驚き過ぎだろ……まだオチまで行ってないってんのに、クマが吹っ飛ばされたぞ……」

 

「い、言わなくても分かるわ! どうせあれでしょ! そこに何かお化けが出て、それはお前だ!っていうやつでしょ!?」

 

「うううう……もう嫌だ……」

 

「うううう……で、電気! 電気付けてよ!!」

 

 ここは稲羽市にある天城屋旅館の一室である。そこで特捜隊&μ‘sのメンバー全員で怪談をやっていた。最近暑いし、何か涼しくなることはないかと思っていたら、雪子が怪談をやりたいと言いだした。その言葉に何人かは難色を示したが、夏と言えば怪談だと譲らない雪子と面白そうだという陽介によって、急遽“夏の百物語大会in天城屋旅館”が開催されたわけだ。

 案の定というか、ここに集まった特捜隊&μ‘sは怪談が苦手なメンバーが多いので、あまり怖くない話でも雰囲気でビビッている場面が見受けられた。

 

「クマ~……怪談で定番の女子が“こわーい”って言いながら憧れの男子に抱き着くってやつが不発に終わったクマ~」

 

「クマ吉……そんな下らんことをどこで覚えてきたんだよ。それにしても、まさか絵里ちゃんも怪談苦手だったとはな。正直意外って言うか。まさかクマを吹っ飛ばすまで怖がるとは思わなかったわ」

 

「そうっすね。絢瀬先輩は怪談大丈夫そうな人って思ってたんすけど」

 

 ホラーが苦手な千枝やりせ、直斗に穂乃果たちが怖がるのは分かるが、まさかあの絵里までも怪談にビビるとは陽介も予想外だったらしい。類まれなるリーダーシップで皆を指導する完全無欠な絵里があんな腰が抜けた状態になっているのが信じられなかったのだろう。

 

「そうでもないぞ。意外に絵里は怖がりだ。亜里沙から聞いたけど、まだ電気消さないで寝てるとか」

 

「ゆ、悠!? それ以上言ったら怒るわよ!!」

 

 妙なことを言いだした悠に絵里は目に涙を浮かべながら怒りだす。そんな涙目とへっぴり腰で怒られても怖くないし、逆にそれが可愛い。これはどこかでP(ポンコツ)K(カワイイ)E(エリーチカ)と呼ばれるのも頷ける。少し苛めたくなるがこれ以上やると鉄拳が来そうなので止めにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お次はウチが行くよ。皆も怖がるとびっきりの怖い話を聞かせてあげるわ」

 

 

 次はこの手の話が得意そうな希だ。怖がる絵里たちを見て嗜虐心が湧いてきたのか、顔がニコニコとして手をワキワキとさせている。既にドSモードに入ってた。しかし、

 

「の、希ちゃん? 何で巫女装束なんだ?」

 

「それは雰囲気や。ウチは神社の怪談でもしようと思うてたから、用意したんよ」

 

 いつ着替えてきたのか分からないが希は東京でバイトしている神田明神の巫女装束に身を包んでいた。確かに本人の言う通り、この雰囲気から巫女装束でもどこか白装束っぽく見えて恐怖は増すだろう。すると、

 

「……………………」

 

「先輩、どうしたんすか? ぼうっとして」

 

「えっ?」

 

 見ると、悠は希の巫女姿をぼうっと見つめていた。完二に指摘されて我に返ったようだが、若干顔が赤い。

 

「おお? もしかして悠、希ちゃんの巫女姿に見惚れちまったのか?」

 

「えっ? 違うぞ」

 

「あらあら悠くん。そんなにどストライクやったら何度でも見せてあげたのに~♡」

 

 希の巫女姿に見惚れていたのがバレて、相棒にも本人にもいじられる悠。しかし、それを面白く思わない人物もいる訳で

 

「いてっ! こ、ことり?」

 

「お兄ちゃん……希ちゃんに見惚れすぎ! それに希ちゃんもそんな恰好で誘惑しないで! それは没収だよ!」

 

「ちょっ!? ことりちゃん、やめ………」

 

「おおおいっ!? やめろっ!! あんまり引っ張ると希ちゃんの下着が」

 

「って、チラッとみてんじゃないわよ!!」

 

「ぐはっ!?」

 

 ことりが巫女服を脱がせようと希は脱がせまいと攻防し、その攻防を阻止しようと穂乃果たちは奮闘し、希の下着を覗こうとした男子たちに制裁を与える絵里とにこ。もうこの一室は怪談大会とは程遠いどんちゃん騒ぎになってしまった。

 

(良いぞ……もっと壊してくれ)

 

 そのどんちゃん騒ぎの中で千枝だけはこの状況を好ましく思っていた。普段はこういう修羅場を止めようとする千枝だが、今はあえて押し黙る。こういったいつもの光景が展開されれば、怪談の怖い雰囲気をぶち壊してくれるのだから願ったりかなったりなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、次は俺が話そう。とびっきりのを聞かせてやる」

 

 どんちゃん騒ぎが落ち着いた後、そう意気揚々と名乗り出たのは我らがリーダー鳴上悠だ。次は悠が怪談するとなって、また怖いのがくると皆は身体をブルッと震わせた。

 

「ゆ、悠さんがやるの!? もう勘弁してよ!」

 

「悠がやると絶対怖いわよね?」

 

「ああ、今別の俺は魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)……アニメでは描かれていなかったが、朝食でオークションに出る眼球を見せられるような場所にいるからな」

 

「「ひいっ!!」」

 

「お前は何の話をしてんだよ! てか、お前らもこの話のどこに怖がる要素があるんだ?」

 

 怯える女子たちを怖がらせるためか意味深にそう語る悠だったが、語っている内容がおかしい。だが、これ以上身体が震える恐怖を味わいたくない女子たちは再び雰囲気をぶち壊しにかかった。

 

「どうせあれでしょ! 最後に“それはお前だ!”って大声出す奴でしょ!?」

 

「そうそう! あとは怪談と見せかけて階段話っていうオチだよね!?」

 

「それだったら、聖○士星矢の曲ならこっちにあるよ」

 

「どんな話だよ……」

 

 どうやら怖い雰囲気をぶち壊そうと皆必死だ。何故聖闘士◯矢の話が出てきたのかは知らないが、もしそんな話をしたらこっちが黄金聖闘士に殺される。ちなみに作者はあの回をリアルタイムで見て大爆笑したので、未だにあのOPを聞くと思わず笑ってしまう。

 

 

「まあ、階段話っていうのは間違ってないかな?」

 

「「「「えっ?」」」」

 

 

 女子たちの疑問を他所に悠は重々しく階段話を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ハァ……ハァ……ハァ…………

 

 

 ここは夢の中……否、悪夢の中。男は必死に目の前の階段を登っていた。身体がどれだけ悲鳴を上げようとも息を上げながら登っていく。何故なら男は今捕まってはならないものに追いかけられているからだ。追手はすぐそこにいる。追いつかれたら終わりだ、足を止めたら殺される。

 

────何で……俺がこんな目に…………

 

 そもそも何故追われているのか心当たりがない。強いて言えば、最近町で噂されている奇妙な悪夢のことだろうか。

 

 

 “落ちる夢を見たとき、すぐに目を覚まさないとそのまま死ぬ”

 

 

 その夢を見るのは女性関係に問題を抱える若い男性だけであり、それを裏付けるかのようにベッドの上で衰弱死した男たちの死体が次々と発見されていく。同時に「悪夢の正体は、浮気癖のある男を恨んだ魔女の呪い」だという噂が流れるようになった。

 もしや、この悪夢がそうなのか。何故? 俺はそんなことしていないのに…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴィンセント、み~つけた☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うわあああああああああああっ!」

 

 

 

 まずい、あの怪物に追いつかれた。何とか捕まらないようにと必死に逃げる、階段を駆け上がる。だが、

 

 

「あっ……」

 

 

 追いつかれてしまった焦りからか、運悪く階段から足を滑らせてしまった。そして、身体は重力に逆らえずに怪物の元へと落ちて行く。

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、怪物の手には男の鮮血が…………あれ?」

 

 これからクライマックスというところで周りを見渡して見ると、話を聞いていたメンバーの異常が目に入ったので思わず話を止めてしまった。怪談が苦手な千枝やりせ、絵里たちは失神寸前になっており、ある者は布団に包まって怯え、ある者は目に涙を浮かべていた。陽介はもちろんのこと、あの完二ですら身体を丸めてガタガタと身体を震わせていた。

 

「鳴上くん、今のは良かったよ。凄く怖かったし、本業でもやっていけると思う」

 

 だが、それらとは反対に雪子は何故かワクワクした子供のような表情でサムズアップしていた。

 

「いや天城、あの……里中と絵里たちが」

 

「ねっ、もっと他に怖いのない?」

 

「だから、さと」

 

「悠……もう諦めろ」

 

 その後、ノリノリな雪子を主体として怪談話は盛り上がり、特捜隊&μ‘sのメンバーは全員恐怖にどん底に叩き落とされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数時間後~

 

 

「はあ……散々な目に遭いましたよ。もう怪談大会なんて勘弁です」

 

「うううう……夏なのに何故か寒気を感じます…………」

 

 そろそろ夜も更けてきたところで怪談大会はお開きとなった。周りの様子と疲労感からやめようということになり、雪子はもう少し続けたそうだったが、これ以上すると何か起こりそうだったので何とか説得できた。

 

「じゃあ、そろそろ温泉にでも行くか。いい汗かいたしな」

 

「汗っつても冷や汗っすけどね」

 

「もう、これ以上怪談なんて聞かされたら」

 

 

 

 

 

ガタッ! 

 

 

 

 

 

「な、何……今の……? 物音がしたような……」

 

 

 

 

ガタガタガタガタっ!! 

 

 

 

 

「ひいっ!! 何これ!? 何かガタガタ言ってるんだけど!?」

 

 突如として部屋一帯に鳴り響く物音。怪談が終わったと安心していたところに不意を突かれて、女子たちは腰を抜かしてしまった。

 

「もしかして、ポルターガイスト?」

 

「マジで!? 怪談しちゃうとやってくるってあれか?」

 

 突如として鳴り響くポルターガイスト現象に怯えて一歩も動けない状況。普通ならあり得ないことと一蹴するところだが、先ほど怪談をずっと聞かされ続けた彼女たちはそれが現実であると思い込んでしまった。

 

 

 

 

ガタガタガタガタガタガタガタガタっ!! 

 

 

 

 

「ちょっ!? これどうするんすかっ!?」

 

「ううううううううっ………」

 

 なおも響き続ける不気味な物音。部屋にいる皆が早く鳴り止まないかと祈りながらジッと耐えている中、

 

「この音、押し入れから?」

 

「お、おい! 悠!!」

 

 ここで冷静さを保っていた悠が物音が押し入れからすると察すると、陽介の制止を無視して押し入れの扉を開ける。そこから何か飛び出してきたので、皆は悲鳴を上げる。しかし、

 

 

「もう! どうして開かなかったクマ~?」

 

「もうじゃねえよ! またお前か!?」

 

 

 なんと、ポルターガイストと思われた現象の正体は押し入れに隠れていたクマだった。大方タイミングを見計らって押し入れから出現して皆を驚かせようとしていたのだろう。

 

「いや~ね。センセイやユキちゃんたちがもんのすごい怖い話をするから~クマは慌てて押し入れに隠れてたクマよ。そんで~逆にタイミング見て押し入れから飛び出してビックリサプラ~イズしようと思ったら、扉が開かなくって……」

 

 

「「「「「……………………」」」」」

 

 

「ぎょええええええええっ!? 皆、顔が怖いクマよ~~~!!」

 

 

 案の定だった言い訳をするクマだったが、怪談が苦手な女子から不運にもハイライトの消えた瞳を向けられる。

 

 

「ねえ、このクマやっちゃおうか……?」

 

「うん、今度こそやっちゃおう……」

 

「やっちゃいましょう……」

 

「クマ鍋にしたらおいしそうだよね……?」

 

「そうね……まずは血抜きをしてから内蔵をえぐり出して…………」

 

「ごめんよ、クマくん。ここには僕たちしかいない。目撃者は無しで事件は迷宮入りだ……」

 

「いいのかよ、探偵」

 

 

 しまいには直斗までこう言いだす始末。これはもうクマが犠牲になること以外手の施しようがない。このままではやられると確信したクマは敬愛する悠や飼い主の陽介に助けを求めるが……

 

 

「よーし悠、風呂入り行こうぜ」

「そうだな」

「先輩、俺も付いていくっす」

「ウチも行くよ。雪子ちゃんも一緒に行こう」

「うん、そうする」

 

 

 巻き添えを避けるために悠たちはクマのSOSを無視してすぐさま温泉に逃げ込むことを決行。もう誰もクマを助けるものはいなくなった。そして、

 

 

 

「ぎゃあああああああああああっす!!」

 

 

 

 その夜、クマの断末魔が天城屋旅館中に響きわたったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<天城屋旅館 露天風呂>

 

「いや~それにしても、疲れたっすねぇ」

 

「本当だよ。まあ俺的には絵里ちゃんの意外な部分を見れて満足だったけどな」

 

「もういじってやるなよ。後が怖いから」

 

 天城屋旅館が誇る露天風呂でくつろぐ男3人。あまり温泉に良い思い出はないのだが、やはりこうやってゆっくりと温泉に浸かるのはいいものだ。今回はちゃんと男湯か女湯かも確認したし、もうあんなハプニングが起こることはないだろう。

 

「そういや、ここにサウナはないんすかね。俺、最近サウナにハマってるんすよ。もしあったら先輩らも一緒にどうっすか?」

 

「はあっ? ふざけんな! お前とサウナとかまっぴらごめんだわ! 何か嫌なこと思い出すし!」

 

「そしたら俺たち、貞操の危機」

 

「はあっ!? まだあのこと引きずってるんすか!?」

 

「だからこっちに近づくな!」

 

 サウナ・完二と聞いて思い出したくもない思い出が蘇った2人。完二も全力で否定して、2人に詰め寄ってまた引かれるという特捜隊男子陣にとって懐かしいやり取りをしていたその時、そんな和やかな雰囲気は一瞬で消し飛ぶことになる。

 

「あれ? 誰か入ってきたのか」

 

 入り口からドアの開く音が聞こえ来た。他の客が入ってきたのだろうと思ったが、その入ってきた人物を見た途端、背筋が凍った。

 

 

「あら~♡誰かと思えば、またここで会えるなんて♡」

 

「んふふふふ~♡♡」

 

 

 そこにいたのは思わず目を背けたくなる妙齢の女性とアバドンを彷彿とさせる巨漢の女性……男に飢えたモンスターたちだった。

 

「げっ!!」

 

「柏木と……大谷さん……!?」

 

 女性たちの姿を見た途端、3人は顔が青ざめた。【柏木典子】と【大谷花子】。この2人がここにいるということは、もう分かっている読者にはお分かりだろう。

 

「さっきずっと2人で泣いてたの。本当の女の魅力が分かる男がいないって…………でも、思い切ってみたら貴方たちがいるんだから、これも運命よね~。これから存分に私が教えてあ・げ・る♡」

 

「カモ~ン♡」

 

 

「「「ひいいいいいいいいいいいいいっ!!」」」

 

 

 野獣の目をした柏木と大谷がじりじりとこちらに近づいて来る。まるで去年の文化祭後の思い出したくもない記憶の再現みたいだ。まさに本当の貞操の危機に直面した陽介たちは露天風呂の端に追いやられそうになりながらも状況を把握する。

 

「ど、どういうことだ? 俺たちちゃんと確認したっすよね!?」

 

「知らねーよ! また天城がポカしたのかもしんねえけど、状況が状況だろ! 悠、どうするりゃいい?」

 

「やむを得ない……陽介! 完二! あのベルリンの壁を超えるぞ!」

 

「「な、何っ!?」」

 

 ベルリンの壁

 それは1961年から1989年までベルリン市内に存在した冷戦を象徴すると言われた壁である。壁を越えて越境しようとした者が次々と射殺されるなどの悲劇が生まれたが、この旅館にもそれは存在する。それは男子風呂と女子風呂を隔てる壁のことで、そこを超えようとしたものは(社会的に)抹殺される。

 そう、悠は(社会的に)抹殺されるリスクを負ってでも目の前の野獣たちから逃れることを選ぼうとしているのだ。だが、

 

「つーか、無理だろ!? 超える以前にこの旅館、ここの露天と大浴場しかねえだろ!?」

 

「冗談だ」

 

「随分余裕あるな、お前!」

 

「だが、安心しろ。策はある」

 

 悠はそれと今からの作戦をハンドシグナルで2人に伝える。そして、そのハンドシグナルの意味が分かった陽介と完二は了解したと顔を頷けるとすぐそばまで迫ってきた野獣たちに目を向ける。

 

 

「「いただきまーす!」」

 

 

 気を狙って野獣2人は悠たちに襲い掛かった。その時、

 

 

ーカッ!ー

「カバー!!」

 

 

 陽介と完二はシャワーのノズルを最大限に上げて目くらましする。不意打ちでシャワーを浴びせられた猛獣たちは動けなくなり、足止めに成功する。そして、

 

 

「今だ! ムーブっ!!」

 

 

 男3人は野獣たちの動きが止まったことを確認すると、すぐさま脱衣所までダッシュして着替えを片手に反対側の脱衣所まで逃げ込めた。

 

「ハァ……ハァ……何とか逃げ込めたな」

 

「ああ。まああのモンスターたちもこの男湯には入ってこないだろう」

 

「そうっすねえ。まあ流石にここまで…………えっ?」

 

「「「「「えっ?」」」」」」

 

 何とか反対側に逃げ込めて安堵する悠たち。しかし、逃げ込んだ先には風呂に入ろうと浴衣を脱ごうとしている特捜隊&μ‘sの女子たちだった。

 

 

「「「「きゃあああああああああっ!!」」」」

 

 

「ゆ、悠! 貴方たち、また」

 

「ち、違うんだ!? これは……」

 

「おおおいっ! どういうことだよ!? こっちが男湯じゃなかったのか!? てか、どっちが女湯でどっちが男湯なんだよ!?」

 

「お、俺にも分かんねえっすよ!! また天城先輩が」

 

 またもハプニング。モンスターたちから逃げて男湯だと思った大浴場に何故かまたも特捜隊&μ‘sの女子たちに遭遇してしまった。一体この旅館は何なのだ。どっちが男湯でどっちが女湯なのか分からなく混乱してしまう男子たちだったが、そんな時間は与えられなかった。

 

「アンタたち~……こんなことしてただで済むとは思ってないでしょうね~?」

 

 聴きたくないとても低い声が聞こえたので恐る恐る見てみると、女子たちは仇を見るかのように悠たちを睨みつけている。先ほどの野獣たちとは違う、ガチな複数の殺気に男たちは足がすくんでしまった。特に風紀に厳しいラビリスが指をポキポキと音を鳴らしながら睨んでくるのが怖い。

 

 

「て、撤退だ!!」

 

「「サー! イエッサー!!」」

 

「「「「待てえェェェェェェっ!!」」」」

 

 

 その晩、悠たちは捕縛されるまで女子たちに追いかけ回され、暑さが吹っ飛ぶほどの更なる恐怖を存分に味わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日談、というか今回のオチ。

 

 

 後から聞くことになるのだが、実は悠たちは風呂を間違ってはいなく、元は柏木と大谷が男を捕まえられないからと言ってわざと男湯に入ったのが原因だった。これを受けて事態を把握した天城屋は改めて両名を厳重注意して、もう一度こんなことがあれば出禁にすると警告。そう言った天城屋の葛西に凄い剣幕で怒られた2人は何度も首を縦に振ったらしい。

 だが、その事実を知った時は不憫にも既に男子陣はラビリスたちに捕縛されてお仕置きを喰らった後だった。

 

 

「「「いいことなんて、一個もない……人生…………」」」」

 

 

 翌日、天城屋旅館にはまたも雄叫びを上げながら卓球をする男子4人の姿が見受けられたという。やり場のない怒りをぶつけながらラリーをする男子陣を見て、気まずそうに見つめる少女たちは思った。

 

 

 

──────もう二度と怪談大会なんて、しない。

 

 

 

 

―fin―




最後までお読みいただきありがとうございます、ぺるクマ!です。

今回の番外編は【怖い話】でした。如何にも夏らしいですし、またかよと思う方もいるかもしれませんが、偶々久しぶりに銀魂の怪談話の回を見て、あっ!これだと思いついたのかがキッカケです。まあ、怪談とは関係ないネタも使ってはいますが、楽しんでいただけたでしょうか?

改めて、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

本編も随時仕上げていく所存ですので、皆さん楽しみにしてください。それでは、これにて失礼します。


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#81「Shadow World.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

「この素晴らしい世界に祝福を!紅伝説」を観に行きました。思わず爆笑してしまうくらい笑えてとっても面白かったです。

FGOで水着ガチャPU2を引いたら沖田さんがやってきました。今年は去年ほどではないにしろ、水着の武蔵ちゃんやカーミラさん、ジークフリートなど色々サーヴァントと引けたので良かったです。
更に、最近ダンまちにハマってメモリアフレーゼの方も始めました。いきなりアウトローのベルくんやアミッドさんが出てきたりしてテンションが上がってポンポンとストーリーを進めています。

改めてお気に入り登録して下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・最高評価を付けて下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


<楽屋セーフルーム>

 

 

「な、何で落水さんがここに? 貴女はあのリボンに攫われて……」

 

「それに、何故マリーちゃんまで……」

 

 

 突然現れた落水とマリーに驚きを隠せない海未とことり。自分たち同様にあのリボンに連れ去られたというのに行方不明だった落水に、稲羽でお天気お姉さんをやっているはずのマリーが同時に出てきたのだから当然だろう。驚きで硬直している穂乃果たちに目を向けて、落水は毅然として態度で口を開いた。

 

「攫われたのわね。そして、気づいたら道ばたに寝かされてたの。それで、ここまで状況を見ながら歩いてきたわ」

 

「あ、歩いてきた!? そんなことをすればシャドウに」

 

「それは大丈夫。私が近くにいたからシャドウは寄ってこなかったよ。まあ、理由はそれだけじゃなさそうだけど」

 

 そう答えたのはマリーだ。なるほど、彼女が一緒についてきたということならその疑問は解消される。だが、それよりも気になることがある。

 

「そ、そうなんだ……? ところで、マリーちゃんはなんでここに? 悠さんが言ってたけど、確かマリーちゃんは稲羽から出られないんじゃ?」

 

「……悠たちが帰ってから稲羽に変な影響が出てきてね。その原因がこの世界だって気づいたから。悠たちの身に何かあったんじゃないかと思って、長鼻に頼んで何とかしてもらった。稲羽のことはテオに押し付けてきたから問題はないよ」

 

「「「…………………………」」」

 

 意味がよく分からなかったが、マリーが離れたことで起こった面倒事をテオに押し付けてきたということは分かった。学園祭で助けてもらって以来会っていないが、あのベルボーイが普段どういう扱いを受けているのかが垣間見えた気がする。

 

 

 

「ンンッ! 話を戻してもいいかしら?」

 

「は、はい!!」

 

「貴女たちは何故私が動じていないのか気になってるみたいけど、私だって馬鹿じゃない。これだけ非現実的な光景を見せられれば、普通じゃないことが起きてる事くらいは察せるわ。でも、私に出来ることは何もない。つまり“慌てるだけ無駄”だということね」

 

 淡々と現状を把握する落水に穂乃果たちは唖然としていた。この何事にも動じずに冷たく、どこか見下している感じはりせならいつもの落水と言うだろう。だが、いくらそうであってもこんな非現実的なことが起きれば慌てても不思議ではないのに、この落ち着いた態度には疑問が残る。

 

「貴女たちは綺羅ツバサたちを助ける為にわざわざここに来たのよね?」

 

「は……はい! そうです!! だって」

 

「ありがとう、礼を言うわ。少なくてもここにいる綺羅ツバサはあなたたちのお陰で助かったようだしね」

 

 あの落水に頭を下げられて思わず動揺してしまった。先日まで冷たい態度で接せられた穂乃果たちにとって、今丁寧に感謝されるとは思わなかったからだ。

 

「い、いえ……そんな……」

 

「わ、私たちは当然のことをしたまでで…………」

 

「そう……じゃあ、私はここでお暇するわ。かなみんキッチンのメンバーを急いで探さなきゃいけないから、A-RISEのことは任せたわよ」

 

「えっ!? あ、ちょっと!?」

 

 お礼を言ったかと思うと、落水は踵を返してすぐに楽屋セーフルームから出て行ってしまった。まるで嵐のように去っていった落水に今まで溜まっていた感情が爆発する。

 

「……何なんですか、あの人!! お礼を言ったかと思えばすぐに出て行って! ツバサさんが心配じゃないんですか!!」

 

「本当失礼だよ! 人をモノをみたいに扱って!! 穂乃果ちゃんもそう思うよね!?」

 

「あ、ああ……うん、そうだよ!」

 

 先日も見せた落水の冷酷な態度と行動を目のあたりにしてきた海未とことりは怒りはもう抑えきれない。それは穂乃果も同じだが、何かあの落水の態度に違和感を感じていた。言葉ではしてなかったが、話している最中チラチラとツバサを気にするように見ていたし、自分たちにお礼を言った時のちゃんと心から感謝していたことは間違いない。

 

 

 

「落ち着いて」

 

 

 

 その時、いつも悠が自分たちを落ち着けさせるように、マリーがそう声を掛けた。

 

「マリーちゃん! でも……」

 

「コーハイ、ここでグダグダやっても意味がないよ。それに、先に進むんだったらその子を置いていった方がいい。この世界の影響か分かんないけど、今その子に体力はあんまりなさそうだから」

 

 マリーの言葉に思わずツバサの顔を覗き込んでみると、確かに青白い顔をしていた。このような状況に慣れてしまった忘れていたが、この世界はペルソナをもっていない一般人にとっては過酷な環境だ。落水のあまりの行動に我を忘れてしまったので、マリーが指摘してくれなければ気づかなかっただろう。

 

「そ、そうだよね。ツバサさんがついていけないんじゃここに置いていくしか……」

 

「でも、それだと誰かがここに残らなきゃいけませんよ。ここが絶対安全とは限りませんし、この状況で私たちの誰かが残るのはちょっと……」

 

「だから、私がここに残る。コーハイたちは先に進んで」

 

「えっ……でも」

 

 確かにマリーが残ってくれるのは有難いが、マリーこそ何か目的があってここに来たというのに、そこまでしてもらうのは抵抗がある。だが、マリーはそんなことはお見通しというように穂乃果たちの目を見てこう言った。

 

「大丈夫。今の私にはこれくらいしかできないから。コーハイは自分たちができることをやって」

 

 マリーのその言葉は穂乃果たちを納得させるのに十分だった。そうだ、効率的に救出しに行くために悠たちと分かれたとはいえ、まだ助けるべき人達はいるのだ。あの落水の言葉を借りるようで癪だが、手遅れになる前に早く残りの人達を助けなくては。

 

「……分かった。じゃあマリーちゃん、ツバサさんのことよろしくね」

 

「うん、任された」

 

 マリーと短いやり取りを終えると、穂乃果たちはツバサに事情を説明して納得してもらうと、先へ進むために楽屋セーフルームのドアノブに手を掛けて外へ出た。

 

 

 今もなお、様々な謎が残ったままだ。あの謎の声の正体に楽屋の鏡に貼りつけられた謎のメモ。果たしてこのまま進めばその謎は解けるのだろうか。そう言えば、現実はどれだけ時間が経っているだろうか。母と雪穂は怒っていないだろうかと穂乃果は心の中で汗を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 このマヨナカステージに存在する楽屋に似たセーフルームにて、ツバサとマリーは気まずい雰囲気で待機していた。本当はツバサも穂乃果たちに付いていきたかったが、いきなり訳の分からない世界に放り込まれて彷徨っていたせいなのか、先ほどあの黒い影に取り込まれたせいなのか、身体がふらついてしまって自由に動けない状態だったので仕方がない。

 だが、今気になっているのは自分の目の前でぼおとしているマリーのことだった。

 

 

「…………………………」

 

 

 穂乃果たちの話によると、稲羽という街では有名なお天気お姉さんらしい。何故この世界に来たのかということを穂乃果たちに話してはいたが、その話の内容も訳が分からなさ過ぎて頭がパンクした。

 しかし、それを抜きにしてツバサの目からすれば、マリーはお天気お姉さんには勿体ないと思うほど美人だった。モデルとかアイドルとかになれば、かなり人気が出るだろう。年も自分と同じくらいだろうからスクールアイドルをやったら、すぐに人気が出るかもしれない。今日は色々と現実をぶつけられる日だなとツバサは深い溜息をついた。

 

「ねえ、キミが悠とコーハイたちのライバルなんだっけ?」

 

「えっ……? ど、どうなんだろ……」

 

 いきなりのマリーの問いにツバサは言葉を詰まらせた。世間が出しているスクールアイドルランキングではA-RISEが1位でμ‘sが21位というということになっているが、先ほどの穂乃果のダンスを見せつけられるとそうと言い切れない。もしかしたら既に追い抜かれている可能性も……

 

「そう。オデッコはそんな感じなんだね」

 

「お、おでっこ?」

 

 突然脈録もないあだ名で呼ばれたのでツバサは困惑した。確かに何故か自分のチャームポイントはおでこだと言われてはいるが、そんなあだ名を付けられるほどのことだろうか。

 

「嫌だった? なら”ドラマー”か”櫻川”がいい? それとも”めぐちぃ”?」

 

「ちょっと!? 何かまずくない!?」

 

 何かまずいことが起こると直感したツバサはマリーを止めようと慌てて立ち上がる。その時、床に何か鏡に貼りつけられていたものとは別の便箋が落ちてあるのを見つけた。ツバサはそれが気になって拾ってみると、こんなことが書いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人ならざる者たちへ』

 

 

ピンチがチャンス!(MA・JI・DA・YO!)

 

無理? だからこそ挑戦!(KOREMOHONTO!)

 

遠慮? なんのため? だれのため? 

 

やっておしまいッ! やらなきゃおしまいッ! 

(YAROUDOMO~!)

 

でもね……

 

からだ、だいじ、だから。

ね?(SU・KI・DA・YO)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 なんだこれ、とツバサは読み終えた時そう思った。この可愛らしい便箋と丸っぽい文字は女ものだろう。もしかして、このポエムを書いたのは……

 

 

「ふわああああああああああああああっ!!」

 

 

 ツバサに便箋を読まれたことに気が付いたマリーが奇声を上げると慌ててひったくる。

 

「よ、読んだ? 読んだでしょ!?」

 

 目を血走らせてそう尋ねるマリーの剣幕に慄きながらもツバサはイエスと言うように首を縦に振った。

 

「MA・JI・DE…………? うわああああああああっ!! 悠以外の人に見られたああああああああああああああああっ!! ぎゃあああああああああああああああああああああっ!!」

 

 子供のような奇声を上げながらテーブルの下で悶えるマリー。初見のイメージとはかけ離れた行動にドン引きしてしまったツバサだが、内心はこう思っていた。

 

 

(あのポエム……新曲に使えないかしら?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~現実世界~

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 タクラプロで起こった立て籠もり事件解決から数時間経って、かなみは今置かれている状況に困惑していた。

 あの後、かなみは何とか堂島に撮影スタジオで起こった奇妙な出来事を説明したが、当然のことながら堂島は訝し気だった。断られると悟ったかなみは慌てて本当だと訴えると、堂島は井上たちとは違って一蹴することはなく、手がかりがあるのなら調べられると言ってくれた。手がかりと言われて戸惑ってしまいすぐに出てこず、最終的には娘の菜々子と亜里沙たちの懇願もあって、堂島は調査を承諾してくれた。

 初めて自分の話を信じてくれる人に出会えた気がして、かなみは嬉しくて舞い上がってしまった。その後、堂島が雛乃に呼ばれて何か話していたが、かなみは傍にいた菜々子や雪穂、亜里沙と仲良くなって一緒に手伝うとも言ってくれたこともあって、今日の疲れが吹っ飛ぶくらい嬉しくなった。

 

 そして……

 

 

「はあ……本当に良かったのか?」

 

「いいじゃなりませんか。事件の後のケアも重要でしょうし、ここからなら事務所にも近いじゃないですか」

 

「わーい! かなみんとお泊りだぁ~!」

 

「あははは……」

 

 

 現在、かなみは南家の食卓にお邪魔していた。

 

(どうして、こうなったんだろう?)

 

 後から聞くことになるのだが、どうやら雛乃が井上に掛け合ったらしい。立て籠もり事件に巻き込まれた少女を1人でいるのは教育者の観点から如何なものかとか、井上たちも忙しいだろうからそのケアくらいはだの、甥と娘が世話になってるからこれくらいはさせてくれなど、有無を言わさない完璧な理論武装で井上を看破したのだから流石だと言いようがない。

 そういうことで、雛乃の説得により、かなみは絆フェスまでこの南家に滞在することにもなったのだ。普段一人暮らしのかなみにとって今の状況で一人でいるのは正直キツかったので、雛乃の提案は有難かった。

 

「かなみちゃんも気にしなくていいからね。あんな事件が遭った後だし、絆フェスが終わるまでここを家だと思いなさい」

 

「は、はあ……恐縮です」

 

 雛乃に笑顔でそう言われるが、思わず気を遣ってしまってカチコチになってしまう。だが、テーブルに並べられた雛乃の手製料理にお腹が鳴ってしまった。そう言えばここ最近は事務所からの差し入れやコンビニ弁当で済ませていたし、こんな家庭的な料理は久しぶりだ。空腹に我慢できなくなったかなみは雛乃に礼を言って手を合わせると、箸を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはぁ!美味しかったです~!雛乃さん、ごちそうさまでしたっ!!」

 

「お粗末様、かなみちゃん。菜々子ちゃんもよく食べたわね」

 

「うん。ひなのおばさんの料理が凄く美味しかったから」

 

 並べられた料理を完食してご満悦なかなみと菜々子。そんな2人の満足そうな表情を見て、雛乃も嬉しそうだった。

 

「堂島さん! 明日は何をするのですか? こう刑事さんっぽく尾行したり、張り込んだりするのですか?」

 

 雛乃の食事を終えて落ち着いたところ、かなみは食後のお茶を啜る堂島に話を振った。これから刑事ドラマであるような容疑者を尾行したり、その者の家を張り込んだりするのだと思っているのかテンションが上がっている。だが、そんなかなみの幻想をぶった切るように堂島は重い息を吐いた。

 

「誰をだ? そんなことせん、明日図書館で調べものだ」

 

「はえっ? 図書館? 何故です!? そんなことより早く鳴上さんたちを探さないと!」

 

「確かに悠たちと連絡がつかんのは事実だが、年頃の連中が一日いないくらいで行方不明とは決めつけられんさ」

 

「そ……そんな~! 堂島さん、信じてくれないんですか? 本当に、本当なんですよう……!」

 

 かなみは信じていた堂島にそんなことを言われて裏切られたと思ったのか、思わず立ち上がってしまった。その勢いでテーブルのコップが揺れる。

 

「落ち着け。せっかく雛乃が淹れてくれたお茶が零れちまうだろ」

 

「あっ……すみません…………」

 

「別にお前のことを疑ってるわけじゃない。お前の語った悠たちがリボンに巻かれて連れて行かれたって化け物話や死んだアイドルが人を呪い殺すなんて噂話は信じ難いが、俺の経験じゃ大体そういうヤマの裏には実際に“そう見える”仕掛けがあるんだよ」

 

「仕掛け……? それって、手品でいうタネとかいうやつですか?」

 

「そうだ、確かにお前が見たものは実際にお前の言った通りかもしれん。だが、それが本当に化け物話かどうかなんざ、話を聞いただけじゃ分からねえんだよ。まあ……世の中にはどうにも説明の付かんこともある様だがな」

 

 そう言って堂島は菜々子の方をチラッとみた。何やらその視線から堂島は菜々子絡みで“説明の付かないこと”を経験したのだろうかと察したが、それを追求するのは憚られた。

 

「んむ~……にしたって、図書館じゃなくてもスマホとかパソコンとかで調べれば早いんじゃないですか? 今は情報化社会ですよ」

 

 かなみはそう言ってテーブルの隅に置いていたスマホを見せる。だが、堂島はそれにやれやれと言うように首を横に振った。

 

「そっちは本業に任せときゃいい。大体、ネットの情報ってのは不特定多数の“要らん善意”の集まりみたいなモンだ。何が正しいのかきっちり分かんねえ限り、こっちの欲しい情報は掴めんからな。結局自分の足で稼ぐのが一番早いって事さ」

 

「ふうむ……そういうものですか」

 

「まあ安心しろ。さっきも言ったが、そっちの方面は本業の知り合いに頼んでおいたから、そのうち情報は来るだろう」

 

「そ、その知り合いって……警察の方ですか!? ハァ~やっぱり刑事さんなのだな~」

 

「まあ……そうだな。そのうちの奴らは悠の知り合いらしいし、雛乃が助っ人に使ってくれって言ってきたから頼んじまったが……あの連中、妙にきな臭えがな」

 

 堂島に“臭い”と言われて、かなみは思わず自分の手首をかいだ。

 

「臭いですか?」

 

「お前のことじゃない……。まあ、この話は後だ。今日は真下も色々あったんだから、ちゃんと休め」

 

 堂島のいう事にはあまり納得がいかなかったが、確かに今日は奇妙なことに遭遇したり人質になったりと心身ともに疲れたし、雛乃のお手製料理を食べて満腹になったので休みたい気分だ。

 

「は、はい……じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。改めて、しばらくよろしくお願いします!」

 

「かなみん、一緒にお風呂入ろう!」

 

「おおっ! いいですね、じゃあ先にお風呂一緒に入っちゃいましょうか?」

 

 菜々子からの提案に沈んだ気分が嘘のようにテンションが上がるかなみ。それから少し菜々子と戯れた後に一緒にお風呂に入って十分リラックスした。これなら明日のダンスレッスンも堂島の手伝いも頑張れるだろう。明日から頑張ろうと意気込んだかなみは菜々子と静かに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今更だが、悪いな雛乃。ここに泊めてくれて」

 

「良いですよ。堂島さんだって稲羽で私たちを泊めて下さったんですから。それに、かなみちゃんの方は大丈夫そうですね。菜々子ちゃんと上手くやっているようで何よりです」

 

「ああ、そうだな」

 

 かなみと菜々子が一緒に風呂に入って寝室で寝静まっている最中、堂島は雛乃とリビングで話をしていた。かなみのことは心配だったが、雛乃の言う通り菜々子のお陰かどうにか馴染めているようで良かった。互いにコーヒーを飲みながら談笑に浸っているが、堂島は時折額に手を当てながら重い溜息をついていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ……受けちまったとは言え、とんでもねえ話に関わっちまったと思ってな。悠たちは連絡つかねえし、訳分からん化け物話を聞かされるし……いっぱいいっぱいだ」

 

 重々しくそう語る堂島に雛乃は思わず同情してしまった。雛乃もあらかたかなみの話を堂島から聞いたが、にわかに信じられない話であるのでそれを調べるとなると頭も痛くなるだろう。

 

「それなら、どうしてかなみちゃんのお願いを聞いたんですか? もしかして、菜々子ちゃんや雪穂ちゃんたちにお願いされたからじゃないですよね?」

 

「馬鹿言うな。確かにそれもあるのは否定せんが、俺が気になってるのはそこじゃねえ」

 

「えっ?」

 

「さっき調べものを頼んだ知り合いから電話で聞いたんだよ。俺が今調べようとしていることに、“桐条”が絡んでるかもしれねえってな」

 

 “桐条”と聞いて雛乃は目を見開いた。桐条と言えば数々の分野に傘下企業を持ち、日本の就労人口の2%を担っているとされる日本人なら大抵の者は知っている大企業である。それ故に今もなお黒い噂が絶えず、曲がりなりにも音ノ木坂学院の理事長である雛乃もそれに関する噂は聞いている。

 

「桐条が絡んでるって……どういうことですか?」

 

「何も俺が依頼した内容を警察に繋がってる桐条の奴らが先に調べてたってことらしい。それも、真下が言ってたリボンに巻かれて連れて行かれたって話についても色々聞きまわってるともな」

 

「それって……どういうことですか?」

 

「分からん。だが、思い当たる節はある。GWに本庁で警視庁の奴に足立の事件のことを聞かれたが、今思えばの刑事も“桐条”の息がかかったやつだったかもな」

 

「足立の事件……? まさか……」

 

 その先の言葉を口にするのは躊躇われた。何故ならその事件は今ここにはいない悠と菜々子が酷い目に遭ったという去年の事件だ。当時一番辛い思いをしたであろう堂島の前でそれを言うのは憚れた。だが、今の堂島の話を聞き、これまでのことを思い返していた甥っ子想いの雛乃は気付いてしまった。

 

「……その事件にしろ今回のことにしろ……悠くんが関わってる事件に桐条が関わってる……? もしかして」

 

「ああ、あいつはまたとんでもないヤマに首を突っ込んでるかもしれねえってことだ。それも、桐条が関わってる怪しげなものにな」

 

「………………」

 

「確証があるわけじゃねえが、そうだとしたら俺も引き下がる訳にも行かねえんだよ」

 

 堂島は一息つくと、テーブルに置いた手を握り締める。

 

 

「俺たちとあいつは家族だ。家族が何かに巻き込まれてるんだってんなら、俺はどんなことしてても助けてやる」

 

 

 拳を握り締めてそう語る堂島の顔は刑事のものではなく、家族を想う父親の顔をしていた。それなら自分も同じだと、雛乃もスッと息を吐いて堂島に言葉を投げかける。

 

 

「私も同じです。ことりはもちろん、悠くんのことを家族と思っています。あの子たちが危険な目に逢ってるというのなら、私もどんなことをしても助け出します。例え……“桐条”を敵に回しても」

 

 

 雛乃の目から確固たる意志を感じる。否、何としててもやると覚悟に似た執念を感じたのか、思わず堂島は少し身体をビクッと震わせてしまった。ここまで来ると本当にこの雛乃のブラコン……いや家族愛は怖い。これが全盛期じゃないというのだから、義兄さんも相当苦労しただろうと堂島は密かに悠の父親に同情した。

 

 そう言った後、お風呂いただきますと風呂場に向かった雛乃を見送ると、堂島はまたも重い溜息をついて窓に映る夜空を見上げた。

 

 

「……悠のことといい、真下の化け物話……桐条のことといい……一体この街で何が起こってるんだ……?」

 

 

 長年培った刑事の勘が働いているのか、嫌な予感を感じた堂島はジッと空に浮かぶ月を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃

 

 

「……鳴上たちがまた事件に巻き込まれた?」

 

「はい。正直信じがたいですけど」

 

 

 暗い部屋の一室、シャドウワーカーの作戦室にて部隊長の美鶴がラビリスから報告を受けていた。報告の内容は本日タクラプロの芸能事務所にて発生した立て籠もり事件。

 偶々真田の警備のバイトに付き合っていたラビリスはその一部始終を見ていた。更に、その犯人が取り押さえたのは稲羽でお世話になった堂島で、その連れに雛乃と菜々子もいたので一応挨拶をしようと楽屋を訪れようとしたら、中から被害者と堂島の会話が聞こえてこんな話が耳に入ってきた。

 

 

 

――――絆フェスの総合プロデューサーの落水鏡花が突然謎のリボンに巻かれて、知らない場所へ連れて行かれた。

 

 

――――さらに、鳴上悠を始めとする複数の少年少女がそれを追って消えてしまった。

 

 

 

 あまりに衝撃的な内容に耳を疑ったラビリスは思わず楽屋のドアに耳を澄ませて盗み聞きしまった。食い入るように聞き入っていると、どこかに行って戻ってきた雛乃に見つかってしまい……

 

 

「それで、そこで思わず自ら鳴上の叔母様と叔父様に協力を志願したと?」

 

「は、はい………美鶴さんに何も言わずに、勝手に申し出たのは悪かったと思うてますけど………でも、鳴上くんや穂乃果ちゃんが危ない目に遭ってると思うと………」

 

「…………………」

 

 

 今の桐条が世間でどんな立場にあるのかはラビリスも承知している。そして、今自分たちが解決しなければならない事案もあるし、美鶴への承諾も無しに勝手なことをしたとは思ってはいるが、どうしても自分を助けてくれた悠たちが行方不明だと知ってしまったからには動かずにはいられなかった。

 これは怒られると思わず目をジッと閉じてワナワナと震えていると、美鶴の口から沙汰が下された。

 

 

「………分かった、許可する。もし鳴上たちの身に何かあったら小母様に顔向け出来ないからな。任せたぞ」

 

「あ、ありがとうございます! 美鶴さん!!」

 

 

 ただし調査の過程で何があったのか、何か手がかりを掴んだのなら逐一報告することを約束させた美鶴はラビリスが作戦室から去った後に、窓に映る夜景を見つめた。

 

 

「……まさか鳴上たちが巻き込まれるとはな。集団虚脱症といい、鳴上たちのこといい………一体この街で今何が起きてるんだ?」

 

 

 何か嫌な予感を感じた美鶴は空に浮かぶ月をジッと見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

<東京某所 総合図書館>

 

「うっぷ……もう無理。私の頭は活字のサンドストームです……」

 

「何だ、まだ半分だろ。お前が助けてくれっていったんだぞ」

 

「……すみません…………あまり活字を読まないほうなので……ガク……」

 

「全く……アイドルってんのは皆こんなんなのか……?」

 

 翌日、昼のダンスレッスンまで時間が空いていたかなみは早速図書館にて堂島の調べものを手伝っていた。だが、普段活字などあまり目にしないかなみは大量の雑誌や新聞などを目にして頭がパンクしてしまい、数分後にグロッキーになってしまった。あんなに啖呵を切っておいてこの有り様とは恥ずかしい。

 

「堂島さん、頼まれてた資料はここに置いておきます」

 

「ああ、すまんな。しかも綺麗に整理してもらって」

 

「いえいえ、ウチに出来ることがあったら何でも言って下さい」

 

 そんなかなみとは反対にテキパキと作業をこなすのは雛乃に頼まれて助っ人に来たというラビリスという人物だった。水色の長髪に赤い碧眼でどこかのセーラー服という風貌なので、外国人かハーフの人なのだろうかと思ったが、日本語はペラペラでそつなく作業をこなすので、もしや仕事のできるOLさんなのかとかなみは思わず呆然としてしまった。

 

「あの……ラビリスさん、ここって分かりますか?」

 

「ああ、それはね」

 

「ラビリスさーん!こっちも教えてー!」

 

 他にも受験生だというのに、悠の為にと手伝いに来てくれた雪穂と亜里沙のサポートまでこなしている。ここまでくれば、もうスーパーウーマンなのではないかと更にかなみを撃沈させる。そんなラビリスに比べて自分は半分の資料で根を上げている。何とも情けないと更に劣等感に苛まれてしまった。だが、

 

「ラビリスお姉ちゃん、こっちのお本も持ってきたよ」

 

「おおっ! ありがとうな、菜々子ちゃん」

 

「えへへ~」

 

 ちょうど欲しかった資料を菜々子が持ってきてくれたので、ラビリスは感謝の言葉と共に菜々子の頭を撫でる。菜々子もラビリスに撫でられてとても気持ち良さそうだった。

 

(ムムっ……)

 

 この光景を見た途端、かなみは頬を膨らませた。そうだ、ここには菜々子もいるのだ。昨日お風呂で散々できるお姉ちゃんぶってしまったので、これ以上ダメなところを見せられない。

 

「よーし! 行くぞっ!!」

 

 かなみは気合を入れ直して心構えを新たにすると、目の前の大量の資料を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

“ウナギ危ない! 安さに潜む罠”

 

 

「ウナギさんかー、いいなー。本人も良いですけどタレの甘さがたまらんっ! ええっ!? 外国産のウナギさんはこんなギラギラの川で養殖するですか!?」

 

「ええっ!? ウナギって……」

 

「あの……それ関係あらへんのちゃう?」

 

「あっ!? これは今は関係ないですね」

 

 

 

 

 

 

“イチオシ! アイドル図鑑”

 

 

「イチオシアイドル……? んん~……Pastel*Palletsが8位……あ、かなみんキッチン6位だ。はあ……て、りせ先輩3位!? ダメだ~まだまだ勝てぬですなー。あっ、スクールアイドル部門でツバサちゃんのA-RISEが1位!? そして、鳴上さんたちμ‘sが21位!?」

 

「そんな!? これ間違いだよ! お姉ちゃんや鳴上さんたちがそんなわけ」

 

「おい真下・亜里沙、うるさいぞ」

 

「「あっ……! すみません」」

 

 

 

 

 

 

“恋する乙女必見! 天然ジゴロを落とす指南講座”

 

 

「んん? なんですかこれ……? 天然ジゴロを落とすためには、普段知らない貴女を見せること。女はいくらでも化けるので、これで悩殺です?」

 

「化ける……! 悩殺……! これを読めば、亜里沙も鳴上さんを誘惑……」

 

「亜里沙、その話詳しく」

 

「お前ら、手伝う気がないんだったら帰っても良いんだぞ」

 

「「「す……すみません……」」」

 

 

 

 

 

 

 

“電子テロ? 集団虚脱症の恐怖”

 

 

「電子テロ……ウイルスさんのお話……? 人気フェスサイトの視聴者が意識不明の重体。患者急増も原因分からず、呪いが囁かれる……って! 堂島さん、これ……!」

 

 

 ようやく目当ての記事を見つけたかなみはくらえと言わんばかりの勢いで堂島に突きつけるように記事を見せつけた。

 

「お、おおう……集団虚脱症、か。まさかここで出るとは思わなかったが」

 

「堂島さん、何かご存知なんですか?」

 

「今朝方、こっちの知り合いに聞いたんだが……こりゃ調べてみる価値がありそうだな……改めて探りを入れてみるか。ちょうどこの方面の伝手が雛乃にあった気がする」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 少し堂島の役に立ったようなのでかなみはやったと密かにガッツポーズを取った。それにしても、久しぶりにたくさん活字を目にしたせいか、目がぐるぐると回っている。お昼ごろなのか、ちょうど甘いものが食べたくなった気がして………昼?

 

 

「し、しまったあぁぁぁ!!」

 

 

 図書館の壁時計をチラッと見た途端、かなみは思わず素っ頓狂を上げてしまった。それ故か、図書館中の視線が一気にかなみたちに集中する。

 

「真下、大声を出すなと何度言ったら分かる。どうしたんだ?」

 

「もう行かなきゃです。午後はダンスのレッスンが入ってて」

 

 そう、堂島のためにと活字のサンドストームに集中していて忘れていたが、もうすぐダンスレッスンの時間なのだ。慌てるかなみに対して堂島はそんなことかとフッと一息ついた。

 

「こっちはいい。雛乃から聞いてるぞ、絆フェスまで時間がないんだろ? どのみち、こっちは俺の領分だ。お前は自分のやるべきことをやれ」

 

「す、すみませんです……」

 

 自分から頼んだことなのに堂島に気を遣わせて申し訳ないと思いながらも、かなみはその言葉に甘えることにした。自分の本分はアイドルで今集中しなくてはいけないのは絆フェス。そこを忘れてはいけない。

 

「かなみん……行っちゃうの?」

 

 菜々子はもうかなみが行ってしまうと分かったのか、少し寂しそうな表情を見せた。そんな顔をする菜々子を悲しませないようにと、かなみは菜々子に視線を合わせて微笑みかけた。

 

「またすぐ会えますよ。それとも菜々子ちゃんも一緒に行きますか? スタジオでレッスンするだけですけど」

 

「いいの!? 行きたい!」

 

「ええっ!? いいなあ菜々子ちゃん、私も行きたーい!!」

 

「ちょっと亜里沙……静かに」

 

「菜々子、あまり困らせるんじゃない。お前らも無茶なこと言うんじゃねえ」

 

 かなみの突然の提案に菜々子、更には亜里沙までも飛びついて便乗しようとするが雪穂と堂島が制止する。

 

「……だ、ダメですか? 私も菜々子ちゃんともう少し」

 

「そうは言ってもな……お前も未成年だし、色々責任の所在とかもあるだろ」

 

「う~む、分かりました。では井上さんに確認してきます!」

 

 言われてみればそうなので、諦めきれないかなみは急いでマネージャーの井上に電話する。そんな慌ただしいかなみは見て、堂島は若い者にはついていけんと溜息をついた。そして、その数分後……

 

「OKです! 行き帰りは井上さんが車で送ってくれることになりました! ついでに雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんもラビリスさんも良いそうです!」

 

「まあいい……何でそこまでお前が必死になのかは知らんが、だったら菜々子を頼むよ。その子たちのこともな」

 

「「やったー!!」」

 

「あっ……うちはええです。堂島さんだけじゃ大変そうやから」

 

 何か事情がありそうなラビリスを除いて菜々子と亜里沙、そして雪穂がかなみのダンスレッスンを見学することになった。堂島の言う通り何故菜々子たちに必死になのかというのは疑問だったが、それはかなみの中に答えはあった。

 正直、たまみたち他のメンバーが行方不明の今、心のどこかで一人で踊ることに抵抗があったのかもしれない。だから、菜々子や雪穂、亜里沙と一緒に居られるのはかなみにとって心の支えであったのだ。そんな彼女たちがまた自分についてくれるのが嬉しくなって、かなみは彼女たちと一緒に井上の待つ場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<タクラプロ レッスンスタジオ>

 

 事務所に着くと、図書館から迎えに来てくれた井上は先にダンスの先生に挨拶に行くと言って先にスタジオに向かった。そして、かなみは菜々子たちと一緒に楽屋に荷物を置いて、レッスンの準備をしてからスタジオに向かった。

 

「おはようございまーす!」

 

「こ、こんにちは……」

 

「お邪魔します……」

 

「お邪魔しまーす!」

 

「やあ、よく来たね。菜々子ちゃんたちの事、改めて先生に伝えといたから安心していいよ」

 

 スタジオに入ると、笑顔の井上が4人を迎えてくれた。そして、このスタジオに4人を待っている者がもう一人。

 

 

「はあ~い。今日は幼女とJC2人が見学って聞いてたけど、これまた飛び切りのカワイイコちゃんたちじゃない」

 

 

 その人物の容姿を見て、菜々子と雪穂は絶句した。いわゆるニューハーフという人だろうか、男性に見えるが女口調で喋る上にド派手な衣装の人物がそこにいた。いきなりダンスの先生の洗礼に菜々子はかなみの後ろに隠れてしまった。雪穂は隠れはしないものの、インパクトが強すぎたのか顔を引きつらせている。しかし、

 

「こんにちは! よろしくお願いします」

 

「あ、亜里沙? 平気なの?」

 

「うん、ロシアでもこういう人見たよ。お姉ちゃんは未だに慣れてないけど、私は慣れちゃったのかな?」

 

 意外にも亜里沙はダンスの先生の姿を見ても絶句せず、先生に失礼だが知り合いと普通に接するように会話していた。そんな亜里沙の対応力に驚きはするが、このままでは菜々子と雪穂が怯えたままので、かなみは自分の後ろに隠れる菜々子の方を向いた。

 

「菜々子ちゃん、大丈夫です! この人はダンスの先生ですよ」

 

「せ、せんせい?」

 

「そうです! すっごく良い人! 見た目は怖いけど、良い人なのです!」

 

「かなみその意見シビア~ッ! まあ、菜々子ちゃんや雪穂ちゃんたちも楽しんでって!」

 

「わーい!」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 どうにかニューカマーの先生に馴染むことができたらしい。そんな様子を見せた菜々子たちを見て、井上はそっとスタジオを出て行こうとする。

 

「じゃあ僕は一回出るから、終わる頃にまた迎えに来るよ」

 

「あら、何? ミノル、忙しそうじゃない」

 

「そうですね、まだ例の件が解決してないので……」

 

「んもー、放ってといてあげなさいよ。思春期の家でなんてよくあることよ? そのうち戻ってくるから、心の整理付ける時間くらいあげなさいって」

 

「はは……先生、かなみちゃんたちもいるんで、その辺で」

 

「そーだわ、ごめんねかなみ。ナーバスな話題なのに、アタシちょっと無神経……」

 

「あ、いえ……大丈夫です!」

 

「かなみちゃん、本当にごめんね。でもこっちでたまみちゃんたちのことはフォローしてるから、かなみちゃんは心配しなくていいよ」

 

 井上はかなみにそう謝ってスタジオから出て行った途端、かなみの周りに微妙な空気が流れてしまった。その発生源が自分であると察したかなみは慌てて場を明るくしようと笑顔を取り繕った。

 

「さてー! やりますか練習! あはは~……」

 

「あーダメよ、かなみ。アンタ気持ちがついて来てない」

 

「えっ?」

 

 から元気に練習をしようと無理やり笑顔でそう言うかなみに先生はストップを掛けた。何を言われたのか分からずポカンとするかなみに先生は言葉を続けた。

 

「アンタ、さっきの話気にしてるのが顔に出てるわ。そういう時はね、一旦でもホントに吹っ切れなきゃ、ダンスにも出るの」

 

「出ちゃう……ですか?」

 

「確かに! 先生の言ってた通り、かなみさん……ちょっと暗かったかも」

 

「その通りよ、亜里沙。かなみにはいつも言ってるんだけどね、ダンスは悲しいとか嬉しいって気持ちを表現して、見てる人に“伝える”ものなの。当然、本人が心の中で寂しいって考えてるとそれが相手に伝わっちゃうのよ」

 

「へえ~そうなんだ。じゃ……じゃあ、私が鳴上さんに」

 

「あら? 亜里沙、もしかして好きな人がいたりするの?」

 

「へっ? い、いやいやいやっ! ななな、鳴上さんは……」

 

「あら~、亜里沙はその鳴上って子に夢中なの。あらやだ、甘酸っぱいわ~」

 

「ち、違うよ~! もうっ!!」

 

 一体幾つなのかは不明だが、こういう少女の恋愛に目がないのか、愉快そうに亜里沙をおちょくる先生。

 

「“伝える”……うっ」

 

 だがその時、かなみの頭に痛みが走った。あまりに鋭い痛みだったので、かなみは思わず床に蹲ってしまった。恋バナに花を咲かせていた先生と亜里沙もかなみの様子に気づく。

 

「かなみ、大丈夫?」

 

「かなみお姉さん、頭痛いの?」

 

「ううん……大丈夫です!」

 

 いきなりの頭痛とはいえ、菜々子たちに心配をかけてしまった。これではいけないとかなみは両手でほっぺたをビシッと叩いて気持ちを入れ替える。

 

「よし、今度こそ準備できました!」

 

「OKよ、かなみ。早速だけど、この間の振りはもう覚えた?」

 

「はい! バッチリです!!」

 

「それじゃ、始めるわヨ!」

 

 かなみが万全の状態になったことを察したと同時に、先生によるダンスレッスンがスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 ダンスするのはやっぱり楽しいとかなみは思った。

 余計な事を考えないで無我夢中で踊っていると、何か見てくれている人と繋がっている気分になるからだ。レッスンが終了間際になって息を整えていると、側で見ていた菜々子たちが笑顔で駆け寄ってきた。

 

「かなみん、すごいね! 本物のかなみんだった!」

 

「はいっ! 私も、思わず興奮しちゃいました」

 

「かなみさんが凄く楽しそうだったから亜里沙も楽しくなった! これが“伝える”ってやつなんですね」

 

 3人から称賛の声を聞いて、かなみは更に嬉しくなった。今心の支えになっている菜々子たちから褒められたのだから、そうなってるの当然だ。

 

「私も嬉しいです! 菜々子ちゃんたちに“ダンス楽しいよ”って踊ったですよ! 見てる人に伝わってると頑張れるなー。誰でもそうです! きっとあの人も……」

 

「あの人? あら、かなみ。まさか貴女……うふふっ」

 

「へっ? ぎゃっ! 私ってば何言ってんでしょう!? あの人って……そそそそ、そんな人いませんよ!?」

 

「フフフ! いいのよ、かなみ。恋は女をビューティーに変える……ミノルには内緒にしていてあ・げ・る」

 

「だ、だから……」

 

 ふと出た言葉に勘違いしたのか、先生が煽りに煽ってくる。デビューしてから仕事一筋でそんな浮ついた話などないのに、何故そんな言葉が出てきたのだろうかと自分でも思う。まあ、そんな浮ついた話がないと自分で言うのもなんだが……

 

「も……ももももしかして、かなみさんも鳴上さんに……」

 

「へあっ!? 亜里沙ちゃん、違いますよ! 鳴上さんなんて会ったばっかりだし」

 

 あらぬ疑いをかけられて更に慌てるかなみ。亜里沙は涙目で訴えかけてくるし、先生ももしかして三角関係なのかとニヤニヤしてくるし、誰かこの状況をどうにかして欲しいとかなみは切実に願う。すると、その願いが通じたのかスタジオのドアが開いて、マネージャーの井上が入ってきた。

 

 

「かなみちゃん、堂島さん来てるよ? 何か話があるみたいだったから空いている楽屋に通しちゃったけど、大丈夫かな?」

 

「堂島さんが? 分かりました、すぐ行きます」

 

 

 堂島から話があると言われたかなみは少しながら胸を高鳴らせた。このタイミングで堂島から話があるということは悠たちのことで何か進展があったのだろう。しかし、そんなかなみに釘を刺すように井上がかなみに警告した。

 

「あとかなみちゃん、堂島さんに変な話してないよね?」

 

「えっ?」

 

 いきなりそんなここを聞かれてかなみは言葉を詰まらせた。“変な話”とはおそらく昨日取り合ってもらえなかった奇妙な出来事や行方不明のかなみんキッチンたちのことだろう。何とかしたいと思っていたが故に全部包み隠さず話してしまったかなみは申し訳なさそうな表情になる。

 

「……そういうことなら分かった。でも、根も葉もないことは言わないように」

 

「へっ? 良いんですか?」

 

「僕はかなみちゃんの監視役じゃないからね。まあ、堂島さんは僕も信用してるし、りせちゃんの担当しているとこういうことが日常茶飯事って言うところもあるのかな。はは……」

 

「あは~、りせ先輩に感謝です! ではっ!」

 

 井上にそう言われたかなみは安堵するとそのまま踵を返してスタジオを出た。その後ろ姿に恋愛脳が働いたのか、先生がニヤニヤとし始めた。

 

「若い恋ってイイわあ。亜里沙と同じで何か背中から甘い匂いがするわね、アレ」

 

「そんなんじゃありませんから……」

 

「かなみんがこいしてるの? 誰に?」

 

「「あはははは……」」

 

 菜々子の素朴な疑問に雪穂と井上は思わず苦笑いしてしまう。亜里沙に至っては敵いそうにない恋敵が出現したと思い込んでいるのか、顔面蒼白でかなみが出て行ったドアを見つめている。この状況を見てどういうことなのかを察した先生はまたニヤニヤしながら菜々子の疑問に応えた。

 

「まあそれは置いといて、菜々子もそのうち分かるわよ。痺れる恋のカ・イ・カ・ン♡」

 

「へっ? 菜々子、しびれるのやだよ。いたいもん」

 

「痛いかどうかはアンタ次第よ。苦い思い出も、時には人生をふくよかにするの。痛みや苦しみを乗り越えた先にこそ、めくるめくバラ色の世界が広がってるんだから」

 

「えっと、難しいのは分かんないけど、菜々子はお花は好きだよ?」

 

「あらアンタ、なかなか渋い返しするわね~」

 

 どうやら中々癖のある先生も菜々子の純粋さには形無しのようだった。すると、先生は菜々子と雪穂、亜里沙を一瞥すると思いついたかのようにこんなことを言った。

 

「そうだアンタたち、折角だしちょっとアタシのレッスン受けてみる? しかも無料にしとくわよ、アンタたち、半年分のラッキー使ったわね」

 

「いいの? やったー! 菜々子も“だんす”やるー!」

 

「い、良いんですか?」

 

「やった~!!」

 

「ははは、それは良いですね、僕も見てみたいな、君たちのダンス」

 

 菜々子たちに何か光るものでも感じたのか、先生のその一声で急遽見学に来た菜々子たちのダンスレッスンがスタートする。

 しかし、この後、先生は思い知らされることになる。半年分のラッキーを使ったのは自分の方であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<タクラプロ 楽屋>

 

 教えてもらった楽屋に入ると、堂島は楽屋の椅子に居心地が良くなさそうに座って待っていた。もちろん助っ人に来ていたラビリスも一緒だった。正直ダンスレッスンの後なので随分と汗臭いままなので、この状態で話すのは申し訳ないが今は目を瞑ってもらおう。

 

「堂島さん……! ラビリスさん……! すみません、待たせちゃいました!」

 

「構わんさ、こっちこそ悪いな。レッスン中だったろ。それにしてもお前、アイドル姿だと結構印象変わるんだな……」

 

「えへへへ。大丈夫です! 先生には断って来ましたので。堂島さん、何かあったんですか?」

 

「……ああ、ちょうどお前に聴きたいことがあってな」

 

 堂島のその言葉にかなみはハテナマークを浮かべた。自分に聞きたいことって何だろうか。そんなことを思っていると、ラビリスが開口一番にかなみに質問をぶつけた。

 

 

 

 

「かなみちゃん、“()()()()()()()”について何か知ってる?」

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

To be continuded Next Scene



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#82「Debut Sisters.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

先日、旅行でつくばのJAXAに見学に行ってきました。着くまでが長かったですが、宇宙兄弟に関するものが見れたり行けたりして貴重な体験ができましたので、行って良かったなと思いました。

今は学校が始まったと同時にギル祭で高難易度クエストを攻略するのに四苦八苦している最中です。今年こそは全員倒したいところです……

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。これからも応援よろしくお願いします。

さあ、今回はついに我らの菜々子が……それでは、本編をどうぞ!


「死んだアイドルって、どういうことですか?」

 

「まあ……そのことに関して順を追って報告する」

 

 突然告げられた言葉に動揺を隠せなかったかなみにそう言って堂島は手帳を取り出した。こういってはあれだが、何となく堂島とラビリスが並んでいるところを見ると、まるで刑事ドラマで出てくるようなコンビのように見える。

 

「あの後、俺はこいつと雑誌社を当たって例の集団虚脱症について調べた。結論から言うと……“当たり”だ」

 

「当たり……? ということは」

 

「どっちかっていうと警察じゃなく医者連中が騒ぎ始めてることらしいが……ここ最近、実際にあちこちの病院で患者が急増して何人もの入院患者が出てやがるらしい」

 

「入院……!?」

 

「お前の言ってた動画が原因かは分からんが、少なくともただの噂ってだけじゃなく、実際に被害者が出てる“事件”だって事は確かだ」

 

 入院・事件と聞いて、かなみは目を見開いた。まさかあの絆フェスの噂が実際に起きている事件に繋がっているとは思ってもいなかったからだ。

 

「すまん、言い方が悪かったな。もちろん事故って可能性も含めての話だが、医者の見立てじゃどの患者も症状は同じ……挙句に高い確率で例の噂が患者の周囲にまとわりついてやがる。詳しい事はまだ分からんが、こいつら全員が全くの無関係とは思えん」

 

「………………」

 

「それと、もう一つ。雛乃の知り合いに医者がいるって聞いて、そいつの病院を訪ねた時に妙な証言をするやつがいた」

 

「妙な証言?」

 

 一体どんな証言があったのかとジッと堂島を見据えると、その堂島の代わりにラビリスが口を開いた。

 

「ウチが堂島さんとその病院で聞き込みをしとる時に、偶々お友達のお見舞いに来とった子たちがおってな。その子たちに話を聞いたら、こんなことを言ってたんよ。“友達と一緒に絆フェスの動画を見たら、リボンのようなものが見えて、気がついたら友達が引き込まれそうになってた”って」

 

 ラビリスの話を聞いてかなみは目を見開いた。“()()()()()()()()()”に“()()()()()()()()()()()”。まさしく昨日かなみが目にした光景と合致する。つまり、あの出来事は夢でも幻でもなく実際に起こっていることになる。

 

「や、やっぱり!」

 

「だが、お前の話では悠たちと落水とやらはリボンに巻かれてどこかに連れて行かれたんだろ? 対して、こっちはリボンに巻かれたものの虚脱症にかかって現実にいる。おかしくないか?」

 

「あっ……そうか」

 

「全く調べてて気が滅入るぜ……とんでもねえ話ばっかなのに、事実として被害者だの一致する証言だのが次々と出てきやがる。去年の事件を思い出すな」

 

 そう言って堂島は眉間に皴を寄せて深い溜息をつく。どうやら現実ではありえないと思っていたことが、本当に起こっていることだと裏付ける証拠が次々と現れているからだろう。

 

「す、すみません……私のせいで」

 

「ああ……すまんな、つい愚痴が出ちまった。だが、むしろお前には感謝してるくらいだよ。妙な事件だが、お前が話してくれたお陰で拾えたようなもんだ。とにかく、俺たちはこの噂について深く調べる必要が出てきた」

 

「噂……あっ、それで“死んだアイドル”ってことですか?」

 

「そうだ。こっちでも調べちゃいるが、同業者に聞くのが早いと思ってな。真下はその死んだアイドルってんのに心当たりはないか?」

 

「し、死んじゃった……アイドルですか? う~ん……」

 

 同じアイドルという仕事をする身としては、こういう状況でもない限りあまり考えたくないが、何か少しでも堂島とラビリスの役に立てるのならとかなみは必死に頭の中を探る。懸命に思い出そうとするが、頭の中にもやがかかったみたいに何も出てこなかった。

 

 

ーズキッー

「あう、痛っ……!」

 

 

 だが、その時鮮烈な頭痛がかなみを襲った。あまりの痛さにこめかみを抑えたかなみに堂島とラビリスは驚いて心配そうにかなみを見る。

 

「どうした? 大丈夫か、真下」

 

「大丈夫です……最近、時々あるんですコレ……あはは」

 

「具合が悪いなら病院に行った方がええよ。かなみちゃんも身体が大事なんやし、なんならウチらが今日行った西木野総合病院に行く?」

 

「あはは……そこまでしなくていいですよ。でも、そのアイドルさんっていう人の事は分かんないかなー。せめて、どこの事務所の人とか、特徴とか分かると良いんですけど……」

 

 残念ながらかなみはこの業界に入ってからそんな不幸な話は聞いたことないし、何より何のヒントもないこの状況では助けになる情報は引き出せなかった。

 

「そうか。まあいい、だったらこっちで調べてみる。それと、今の話はあまり他の奴にはしてくれるなよ」

 

「へ? 何故内緒ですか?」

 

「あのな、人間がリボンに巻かれてどこかに消えましたって言って誰が信じる? 実際お前、井上に話しても信じてもらえなかったろ」

 

「うぐ……」

 

「万が一お前の言うような事件だとしても、警察が動くにはそれなりの証拠がいるんだよ。誰かに話して動きづらくなるくらいなら、黙って足で稼ぐ方がいい。分かったな、真下。それにラビリス、お前もだ」

 

「むう……分かりましたです」

 

「………………」

 

 言葉では納得したものの、かなみの心は複雑だった。確かに堂島の言う通りなのかもしれないが、それで何も知りませんと周りに装うのは自分の方こそ嘘をついているようで釈然としない。同じように釘を刺されたラビリスの方を見ると、同じことを思っていたのか難しそうな表情を浮かべていた。すると、

 

 

 

 

 

 

「大変よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

 

 

 

 

 廊下から物凄い足音と叫び声みたいな野太い声が聞こえてきた。一体何なのかと振り返った瞬間、楽屋の扉が大きく開かれた。

 

「せ、先生!? どうしたんですか?」

 

「どうしたもこうしたもないわよ! かなみ、アンタちょっと……」

 

 入ってきたのはなんと息を荒げたダンスの先生だった。見た目は強烈だがいつも明るくハイテンションな人が、突然大声を上げて切羽詰まった表情で入ってきたので、流石のかなみも驚きを隠せなかった。

 

「あら、ナイスミドルとビューティーガール……すっごい好み……♡オウ! そんなリピドーに誘われている場合じゃないわ! ちょ、凄いのよ! あの子たちすっごいの! 良いから来て、早くこっちへカマーン!! あ……ナイスミドルとビューティーガールもどうぞ」

 

「はわわわっ! なな、何ですか!? 何なんですか、先生ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 かなみが唖然としているのを露知らず、先生はそう言うとかなみの向かいに座っている堂島とラビリスに目を向けてそういうと、先生はかなみの腕を取って廊下へ全速力で走りだした。その勢いにかなみは後ろ向きに引っ張られて転びそうになりながらバタバタもがいてついていくしかなかった。

 

「……俺たちも呼ばれたよな?」

 

「そう……みたいですね……」

 

 あまりの展開に戸惑いつつも2人も後を追うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<タクラプロ レッスンスタジオ>

 

「ハリーアップ! こっちよ!!」

 

 先生に連れて行かれたのはなんと先ほどいたレッスンスタジオだった。当然そこにいるのは満悦な笑みを浮かべている菜々子と井上に亜里沙、何が何だが分からずに混乱している様子の雪穂だった。

 

「あっ、かなみんにお父さんだ。ラビリスお姉ちゃんも一緒にいる」

 

「本当だ、鳴上さんの叔父さんとラビリスさんだ~! さっきぶり!」

 

 さっきまでスタジオにいたであろう菜々子と亜里沙が入ってきた堂島とラビリスにそう声を掛ける。堂島はとりあえず2人に相槌を打つと、近くにいた井上に挨拶した。

 

「すまんな、井上。菜々子たちが世話になってる。挨拶を兼ねて寄ってみたんだが邪魔じゃなかったか?」

 

「邪魔だなんてとんでもない。先生がこの入れ込みようですからね」

 

「そうよ! というか、このナイスミドル、もしかして菜々子たちのお父さん?」

 

「いや、菜々子は俺の娘だが、雪穂と亜里沙は悠の後輩の妹で……」

 

「ああっ! これはもう運命だわ! 親子揃って私のハツを鷲掴みーッ!!」

 

 まるでミュージカルのようなオーバーリアクションを取る。それほど何かに魅了されたのが分かるのだが、先生のあまりの奇行についていけない堂島たちはポカンとしてしまっている。

 

「先生……それじゃ焼き鳥のメニューになってますから、普通に心臓かハートで良いと思います」

 

「どっちでもいいから見てあげて! この美しくも儚い地上に降りた天使たちを! 菜々子・雪穂・亜里沙、行ける?」

 

 井上のツッコミに異を返さず、先生は興奮を抑えられず菜々子と雪穂、亜里沙にそう声を掛けた。

 

「うん! お父さん見ててね。菜々子ね、だんすが上手になった!」

 

「亜里沙もー!」

 

「な、何っ!?」

 

「なんと! 菜々子ちゃん、ダンスが上手になったのですか!? すげーです!!」

 

「ま、まあ…踊れるようになったというか、私は…まだ全然」

 

 なんと、先生のポエムな絶賛に誰のことを話しているのか分からなかったが、菜々子たちのことだったらしい。衝撃的な事実にかなみも驚いたが、堂島の方は娘がダンスを踊れるようになったと聞いて口をあんぐりと開いて放心している。

 

「かなみ、ボウっとしてんじゃないわよ。菜々子たちが緊張してんだからアドバイスをしてやんなさい」

 

「うえっ!? アドバイスですか。ええっと……」

 

 菜々子たちのことに驚きっぱなしだったかなみに先生がそう声を掛ける。そうだ、ここはダンスの先輩として一つアドバイスとしてやらねばとかなみは慌てて気持ちを切り替える。

 

「菜々子ちゃん・雪穂ちゃん・亜里沙ちゃん、とりあえず楽しんで踊るべし、です! 3人が楽しむのが一番ですよ」

 

「「「楽しむ……?」」」

 

「そうよ! ダンスはね、自分が楽しまないと何にも始まらないよ。上手くやる必要はないから、まずは楽しみなさい」

 

 かなみと先生のアドバイスに緊張が解けた表情を見せた3人。この調子なら問題なくダンスを踊れそうだ。その時、

 

「鳴上さんの妹が躍ると聞いて来ちゃいました!」

 

「ちょっと、日菜ちゃん……す、すみません!!」

 

 また突然にスタジオのドアが開いたと思うと、そこから煌びやかな衣装に身を包んだ5人の少女たちが入ってきた。

 

「あら? パスパレのみんなじゃない。ちょうど良いから、アンタたちも見て行きなさい。この天使たちのキュートなダンスを」

 

「「「???」」」」

 

「それじゃあ、いっくわよ~! ミュージックスタート!!」

 

 突然の乱入者が出てきたものの、有無を言わさず菜々子と雪穂、亜里沙によるダンスパフォーマンスがスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「……………………」」」」

 

 菜々子たちのダンスが終わった途端、かなみの頭は真っ白になっていた。何故なら、今菜々子たちが躍った振りの中に、かなみ自身がまだ練習中のこなせないステップが入っていたからだ。それを3人は自然にこなしており、菜々子に至ってはそれ以上に表現力がそこらのアイドルには負けないほど備わっていたのだから。

 

「う、うええええええええええええっ!! 今のって……私が躍ってた振り付けですか!?」

 

「そうよ。アンタ、あの振り付け踊れるのにどれくらいかかったんだっけ?」

 

「に、二週間半です……」

 

「私は3週間……」

 

「私は一発で覚えたかな?」

 

 圧倒的な菜々子たちのダンスセンスを見たアイドルたちは自分たちの現実を振り返って落ち込んでいる。どうやらかなみが思っていたことは突然やってきた彩たちも感じているらしい。約一名あっけらかんと全然違う反応をしている者もいるが、それはそっとしておこう。

 

「まさか、これほど……あの、この子たち本当にダンス初めてなんですか?」

 

「まあ夏んとき悠とことりが菜々子にダンスを教えていたのは見ていたが、ここまで上手くなっちまうとはな……」

 

 菜々子たちのダンスに周りは三者三様の反応だったが、堂島はそう聞いてきた少女にそう答えながら、娘が褒められて嬉しいのか密かに口角が上に上がっていた。

 

「いやあ本当に凄いなぁ。練習も見てたけど、やっぱり3人には光るものがあるんじゃないかな」

 

「あるんじゃないか、じゃなくてあるわよ! ワタシだってすっごく驚いてるんだから。この子たちは間違いなくダイヤの原石よ!! 特に、菜々子! もう私も興奮が収まらないわ!!」

 

 またもミュージカルのようなリアクションでそう称賛する先生。3人が相当気にったのか、その興奮はしばらく冷めそうにない。今まで見たことがないそんな先生の反応にかなみやパスパレの少女たちは呆然としていたが、井上は何か考えるように顎を手に当てていた。

 

「先生、この3人のさっきのダンスを明日までに仕上げることって、できますか?」

 

「出来るわよ。ミノル、アンタ何企んでるの?」

 

「はは、ひどい言われようですね」

 

 先生の指摘に苦笑いしながらも井上は菜々子と雪穂、亜里沙の方を向いてこう言った。

 

 

「菜々子ちゃん・雪穂ちゃん・亜里沙ちゃん、良かったらかなみちゃんと一緒にテレビに出てみないかい?」

 

 

「ちょ、ちょっと待て!? お前今……」

 

「テレビ!? 菜々子たち、テレビに出るの!?」

 

「ええっ!? 本当!!」

 

「はは~ん、そういうこと。良いんじゃない? ウケると思うわ。もしかしたら、明日のトレンドに載っちゃうかも」

 

 井上の提案を聞いて先生はしたりといった顔をする。なるほど、井上はさっきの菜々子たちのダンスを見てテレビに使えると思ったらしい。当然井上の唐突な発言に堂島は待ったを掛ける。

 

「おい、冗談はよせ。こいつらが本気にしたら面倒だろ……」

 

「僕が堂島さんの前で冗談なんて言えませんよ。実は明日絆フェスの取材が入っているんですけど、予定してた子が入れなくなっちゃって。良かったら、この3人に協力してもらいたいんですが」

 

「いやいや、いかんだろ……そんな急に」

 

「いかがわしい番組ではないですよ。絆フェスの練習風景を録るだけです。幸い、菜々子ちゃんたちもかなみちゃんと仲良くして貰ってますし」

 

 そう、明日取材が入っている番組は別に堂島が心配しているようなものではなく、前々から企画していた絆フェスの様子を視聴者にお送りする番組だ。ただ最初から予定していたかなみんキッチンのメンバーがかなみを除いて行方不明になっているので、代役が欲しかった井上はそれを菜々子たちなら務まるのではないかと考えたらしい。

 

「私ですか? はいー! 菜々子ちゃん……いや、これからは菜々子さん! 雪穂さん! 亜里沙さんと呼ぶことにします! 菜々子さんたちなら喜んでー!」

 

「あはは、変なの。菜々子も喜んでー!」

 

「亜里沙も喜んでー!」

 

「ちょっと2人とも、居酒屋みたいになってるから。わ、私もお母さんが良ければ喜んで」

 

 かなみは仲良くなった菜々子たちと一緒に取材できると聞いて喜んでいるし、その菜々子たちもかなみとテレビに出られると聞いて、ノリノリで舞い上がっている。井上の言う通りここまで仲が進行しているのなら、明日の取材も問題ないだろう。

 

「しかしなあ……」

 

 だが、保護者の堂島は中々首を縦に振らない。やはり大事な一人娘が突然テレビに出演するというのがどうも心配らしい。最近はそのことでトラブルが起こっているというニュースも度々聞くので無理もないだろう。だが、そこで意外な人物から助け船が出た。

 

「パパさんの気持ちも分かるけど、本人に訊かないのは良くないんじゃない? 私調べだけど、子供の才能って8割は親が潰しちゃうらしいわよ」

 

「ああ、ジブンもそう聞いたことあります。この業界でもそういう人ってたくさんいますしね」

 

「うぐっ……」

 

 先生とメガネの少女に痛いところを突かれた堂島は更に顔をしかめた。以前のようなことにはなりなくないと思った堂島は菜々子と面を向かってこう言った。

 

 

「菜々子……お前、本当にやりたいのか?」

 

「いいの!?」

 

「良いとは言わんが、お前の気持ちを聞かんとな」

 

「お父さんは菜々子がテレビに出たら、悲しい?」

 

「いや、そんな事はねえぞ。お前がやりたいならって話だが……」

 

「本当?」

 

「……………………」

 

 

 悲しげな目で見られて言葉を詰まらせる堂島。束の間の沈黙後、堂島は真っすぐ菜々子の目を見て告げた。

 

 

「ああ、本当だ。お前がやりたいなら、俺は全力で応援してやる。きっと悠もそう言うだろうさ」

 

「うん! 菜々子はかなみんと雪穂お姉ちゃん、亜里沙お姉ちゃんと一緒にやりたい! それで、お兄ちゃんにも見てもらいたい!」

 

 

 堂島からそんな言葉をもらった菜々子は満悦な笑みを浮かべた。

 

「ごめんなさい……アタシ、ちょっと感動……麗しい父と娘の家族愛…………ご馳走様です!!」

 

「うううっ……千聖ちゃん、私もなんか泣けてきたよ……」

 

「あ、彩ちゃん……」

 

 外野では堂島親子のやり取りに感動して涙を流している者が数名いた。

 それから数十分後、雛乃を経由して菊花、更にロシアにいるという亜里沙のご両親に連絡しOKをもらって、雪穂と亜里沙もテレビに出演することが決定した。

 

「じゃあ菜々子さん・雪穂さん・亜里沙さん、今日は一緒に女子会しましょう! 雛乃さんんのお家ですけど、大丈夫ですよね?」

 

「俺に聞くな……」

 

「じょしかい? やるー!」

 

「亜里沙もありたーい!!」

 

「わ、私も!」

 

「あら~! 残念、私は参加できないわ~! 今日は先客があってね……」

 

「私も参加したーい!」

 

「私も私もっ!」

 

「あ、あのね2人とも、私たちはこれからお仕事でしょ」

 

「「がーん……」」

 

「残念です……女子会してみたかったです」

 

「てか、自分たちは完全に部外者ですから……」

 

 とりあえず、明日の収録に菜々子と雪穂、亜里沙が一緒に出ることになってやる気が上がったかなみはその後のレッスンもめげずに頑張った。菜々子たちも一緒にレッスンするというので、堂島とラビリスは調べものがあると先に出て行き、帰りは井上に送ってもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<南家>

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「ああ……今日は色々あってな……まあ、大丈夫だ」

 

「大丈夫な人はそんな顔しませんよ」

 

 南家のリビングにて、堂島は疲れがたまったのかテーブルにうつ伏せになっていた。次々と出てくる不可解な事件に関わる証言と物証、更に愛娘が突然ダンスの才能に目覚めてテレビに出ることになったという親として複雑な出来事もあって昨夜よりげっそりとしている。本人は大丈夫だと言い張っているが、明らかに大丈夫じゃない。

 雛乃は何か堂島を元気づけられるものはないかと辺りを見渡すと、お面絵向きなものを見つけた。

 

「良かったらお酒でも飲みますか? ちょうど冷蔵庫にありますんで」

 

「あっ……ああ、それは助かるが……」

 

 堂島のためにと雛乃はあらかじめ購入しておいたビールを冷蔵庫から取り出した。堂島にとって好物のアルコールを摂取できることは有難いのだが、雛乃のその行為に嫌な予感を感じた。

 

「良ければ、私も()()()飲んでいいですか? 久しぶりに飲みたい気分なんです」

 

「えっ……」

 

 そして、その予感は確信に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<南家 女子部屋>

 

「おおっ! この饅頭美味しいです! これ雪穂さんが作ったものなのですか!?」

 

「まあ、作ったのはお父さんなんですけど」

 

「う~ん! やっぱりほむまんは美味しいなぁ。毎日食べても飽きないよぉ」

 

「菜々子、このおまんじゅう好きー!」

 

「菜々子ちゃん……」

 

 一方こちらは女子部屋。こちらはリビングの大人な雰囲気とは違って、雪穂が実家から持ってきたほむまんでパジャマパーティーならぬほむまんパーティーと洒落こんでいた。菜々子にほむまんが好きと言われて、自分が作ったわけではないのに雪穂は思わず心が躍ってしまった。

 

「いやー! このほむまんも美味しいし、雛乃さんのお料理相変わらず美味しかった~」

 

「ね、ねえ雪穂……ちょっと、鳴上さんの部屋行ってみない?」

 

「だ、ダメだよ。本人もいないし、何かあったらどうするの?」

 

「ええ? 雪穂も行きたいんじゃないの?」

 

「ちょっ!? 何言ってんの!! そんなワケないじゃん!」

 

 かなみと菜々子はパクパクとほむまんを食べているのに対して、亜里沙はやたら悠の部屋に行こうとしては雪穂に止められている。内心雪穂自身も凄く行きたそうにしていたが、何か悪いことをしている気がしたのか何とか自制心を保っているようだ。

 

「そう言えば、私さっき井上さんが掛けてた曲、好きー!」

 

「かなみんキッチンの新曲ですね! 私、絆フェスであれを歌うです!」

 

「そうなんですか! わあ、楽しみだなぁ!」

 

「菜々子ね、ちょっとだけ覚えたよ。“いつも一緒だよあなたと”っていうの!」

 

 菜々子たちが言っているのは井上が帰りに送ってくれた最中に、車の中で掛けていた曲のことだ。これは元々かなみんキッチンが絆フェスで初めて歌うことになっている新曲で、かなみも本番のために何度も聞いては振り付けを練習している。しかし、

 

「ほえ……そんな歌詞ありましたっけ? あれれ、私またど忘れ……? “伝えることから逃げて”……じゃなかったです?」

 

 かなみは何故か菜々子が言った歌詞のところに違和感を覚えた。そう、かなみの記憶だとそこの歌詞は“いつも一緒だよあなたと”ではなく“伝えることから逃げて”だったはず。

 

「そうなの? ごめんね、菜々子間違ってた?」

 

「う……・ちょ、ちょっと待っててくだーい。えっと……歌詞歌詞……」

 

 菜々子にそう指摘されたかなみは確認するためにバッグの中身を漁り始めた。ちょっとど忘れしていただけかもしれないが、何故かこの問題は看過できないと感じている自分がいるのだ。バッグを漁って関係ないものを放り出しながら目的のものを探す。そして、ついに全部出したか出さなかったかのところで目的のメモを見つけた。

 

「ええっと……あった! あれ? やっぱり菜々子さんが合ってました。たはー、ダメダメです。私、こんな調子で大丈夫かな?」

 

 あははと笑いながら場を和まそうとするかなみ。どうやら自分の勘違いだったようだ。最近そんなことが多いし、自分もボケてきてしまったのかと、おばあちゃんみたいなことも考えてしまった。

 

「あの、かなみさん……すっごく散らかってますけど?」

 

「あへっ? あわわわわわっ!! ご、ごめんなさい!?」

 

 見渡せすと、かなみの周りは鞄の中身が散らばっており一種のフリーマーケットみたいになっていた。大事な書類に化粧品、筆記具etc……さらには乙女の必需品までもが出ているので、慌ててかなみは回収にかかる。あまりに多い量だったので、雪穂たちにも片付けるのを手伝ってもらった。

 

「うわあ……色んなもの散らかってる。お姉ちゃんの部屋みたい」

 

「ううう……雪穂さん、申し訳ないです…」

 

「わあ、この日記カワイイ~! あれ、これ鍵掛かってるけど」

 

「ありがとうございます、亜里沙さん。それは大事なものなんですよ。あれ?」

 

 亜里沙が手渡してくれたのはハートの南京錠がかかった日記帳だった。その日記には何故鍵が掛かっているのだろうか? そもそもその日記は自分のものだっただろうかと突如として頭にそんな疑問が浮かんだ。その時、

 

「ふあ……あ」

 

「ああ! 菜々子さんが欠伸してます!! よく見ればもうこんな時間! 女子会はもうお開きですね」

 

「そうですね。私も今日色々あり過ぎて眠たくなっちゃいました…」

 

「ううん……亜里沙もまだ眠くないんだけど」

 

「亜里沙さん、もう寝ましょ。夜更かしして目の下に隈ができちゃったら、メイクさんに怒られちゃいますし」

 

「確かにっ! じゃあ、さっさとお風呂に入って寝よう! 菜々子ちゃん、一緒に行こうか」

 

うん……ありがとう……お姉ちゃん……

 

「お、おおおおおお義姉ちゃん!? やだな~菜々子ちゃん、まだ亜里沙は鳴上さんと付き合ってもないのに~」

 

「亜里沙、それ違う」

 

 そんな訳で女子会もお開きの時間になった。雪穂と亜里沙は何とも言えない雰囲気で菜々子を連れてお風呂に行ったので、とりあえず自分は何か飲み物を用意しておこうと、かなみはリビングへ向かった。だが、

 

 

「うわああんっ!! ゆうく~ん! わたしのゆうくんはどこなのよ~~~~!!」

 

「だから……落ち着け…………」

 

 

「えっ?」

 

 リビングでは何故か酔っぱらった雛乃に堂島が絡まれていた。普段の姿から考えられない雛乃の醜態にかなみは1人唖然としてしまった。

 

 

「だって、ことりとゆうくんがいなくなってもう2日ですよ!! しんぱいになるにきまってるじゃないですか!!」

 

「まあ……気持ちは分かるが……って、お前!? 服はだけてんじゃねえか! ちゃんと着ろ!!」

 

「うううう……ゆうくん……ゆうくうううううううううううううんっ!!」

 

 

 

バタンッ!

 

 

「……見なかったことにしよう」

 

 ひとまず落ち着いて扉を閉めた。さて、明日は大事な取材だ。今日も色々あったし早めに寝ようとかなみは今のことは忘れて部屋に戻って、菜々子たちと一緒に眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<シャドウワーカー>

 

 

「なるほど、堂島刑事はそこまで近づいたか」

 

「はい……流石鳴上くんの叔父さんといいますか、優秀な刑事さんです」

 

 こちらはシャドウワーカー本部。今日堂島と調査したことをラビリスは美鶴に報告していた。堂島との約束を破ることになって心苦しいが、元々調査したことを報告するのは約束していたし、堂島の言うところの化け物話に精通している美鶴なら話しても問題はないだろう。

 

「まさか、我々が追ってる集団虚脱症事件が鳴上たちが出演する絆フェスの噂に関係していたとはな。我々もその噂について調査するべきだろう」

 

「あの、それで鳴上くんたちは?」

 

「ああ、こちらで手当たり次第探してみたが、見つからなかった。風花が東京中の監視カメラをチェックしたが、どこにも映ってなかったそうだ」

 

「そうですか……」

 

 美鶴たちシャドウワーカーも堂島と同じように集団虚脱症事件を追っていたが、それと並行して昨日から行方不明になっている悠たちも探していた。結果は今言った通り芳しくない。だが、美鶴はそう捉えてはいなかった。

 真下かなみによれば、悠たちが最後に確認されたのは昨日のタクラプロ事務所の撮影スタジオ。そしてその数十分後、同じタクラプロ事務所でその真下かなみを人質にした立て籠もり事件が発生した。これは偶然にしては出来過ぎている。美鶴はこのことからこの一連の事件はタクラプロに関係しているのではないかと考えているのだ。

 

「明日、菜々子ちゃんたちがそこで取材を受けるそうなので、ウチは一緒にそこへ行って調べてみます。何か鳴上くんたちの手かがりがあるかもしれへんから……」

 

「頼んだ。引き続きこちらも可能な限り捜索は進める。それと、くれぐれも堂島刑事に我々のことを悟らせるな」

 

「分かりました」

 

 ラビリスは美鶴とのやり取りを終えると、そのまま作戦室を後にした。そして、一人になった作戦室のデスクから美鶴は一枚の書類を手に取った。

 

「……やはりあのタクラプロに辿り着くことになるか。我々ほどではないが、一時黒い噂を持っていたあそこがな」

 

 美鶴が手に取った書類。それは美鶴が独自にタクラプロについて調べたものであり、その一文にはこう書かれてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

“10数年前、タクラプロ所属プロデューサーが担当アイドルを自殺に追い込んだ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、物語は次のステージへと進んで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be continuded Next Scene



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#83「SNOWFLAKES.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。


夏アニメは個人的に泣いてしまった最終回が多かったです。特にダンまち2期やロードエルメロイⅡ世など(特にウェイバーとライダーの再会が泣けた……)………色々と溜まっていたので、久しぶりにアニメで泣いてスッキリしました。今後とも頑張っていきそうです。

改めて、お気に入り登録して下さった方・評価をくださった方・誤字脱字報告をして下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

早く執筆したいと思いながらも都合で最近2週間近くごとの更新となって、申し訳ないですが、これからも応援よろしくお願いします。


追記(2019/10/7)
先ほど今話のことで指摘されたのですが、μ‘s3年組と1年組及び特捜隊2年組のルートは勝手ながら今回はカットさせて頂きます。理由としましては、このままでは似たような話になってしまいマンネリ化すると思ったからです。作者の勝手な都合でこの3ルートを楽しみにしていた皆様、申し訳ございません。

ですが、この3ルートはいずれ番外編で改めて書きたいと思っていますので、その時はよろしくお願いいたします。


それでは、本編をどうぞ。


<マヨナカステージ>

 

 

「はっ!?」

 

「うおっ、今度はなんだよ……」

 

 

 楽屋セーフルームから出てからしばらく、淡々と歩みを進めていた悠の足が止まった。一体何だと思った陽介がそう聞くと、悠は重々し気な表情を見せる。

 

「いいニュースと悪いニュースがあるが、どっちがいい?」

 

「はあっ? お前、何言って」

 

「いいニュースからお願いできるかな? 鉄板だし」

 

「雪子、乗らなくていいから……」

 

 ウキウキとした表情の雪子にそう促されて悠は重々しく“いいニュース”から言った。

 

「……菜々子が、テレビにデビューするかもしれない」

 

「「マジでっ!?」」

 

「それと……叔母さんが怒ってる。まるで刀を折られたりなくされたりした刀鍛冶のように……やばい……俺、死ぬかもしれない……」

 

「ああ……」

 

「怒る雛乃さんか……やっべ……学園祭んときの思い出が……」

 

「というか、その刀鍛冶って鳴上くんの中の人じゃ……あ、その作品だと私と花村くんは鬼でどっちも斬られちゃったよね」

 

「だから、そういうの止めろっての。うお……また、妙な感じのトコに来たな」

 

 悠から告げられた重大案件に皆の表情が青ざめていると、またも景色が変わった場所に出てきた。どうやらまた新たなステージに到着したようである。菜々子と雛乃のことは一旦忘れて、スイッチを切り替えることした。

 

「さっきまではたまみに用意されたステージだったが、ここはまた誰かのステージになるってことか?」

 

「そうだね。さっきまではサーカスって感じだったけど、ここは何て言うか……“夜の街”って感じがしない?」

 

 先ほどのサーカスと違って、天井が暗くネオン街を彷彿とさせる街灯、更には所々に存在するグラス棚。確かに千枝の言う通り夜の街という言葉がしっくりくる景色だった。

 

 夜の街と聞くと、去年の修学旅行で辰巳ポートランドを訪れたホテルやバーを思い出すが、あまりいい思い出ではない。

 

「確かに、俺たちがこんなとこいたら絶対補導されるんだろうな……あっ、でも矢澤とかだったら迷子と間違われたり?」

 

 

 

「誰が迷子よっ!!」

 

 

 

「ぐはっ! あ、足があぁっ!」

 

 突如陽介の脛に殴られたような激痛が走った。あまりに不意打ちだったので、陽介は痛みに耐えきれず床に倒れてしまう。どうやら弁慶の泣き所にクリーンヒットしたらしいが、一体何が起こったのかと背後を振り返ると、そこには別ルートにいるはずのにこが仁王立ちで陽介を睨みつけた。

 

「にこっ!? 何でここに?(フニュっ)あれ、この感触は……」

 

 そして、悠の背中から何とも言えぬ柔らかい感触が伝わってきた。この感触は……まさか。

 

「うふふ、悠くん背中がガラ空きやで♡」

 

「希ちゃんっ!? ってことは」

 

「ええ、私もいるわよ」

 

 悠の背中に不意に抱き着いてきた希に続いて、その後ろからやれやれと呆れた顔をする絵里の姿も現れた。どうやらこのステージは悠たちのルートで絵里たちのルートが繋がっていたらしい。思わぬところで絵里たちμ‘s3年生組と合流できて、千枝と雪子は歓喜した。

 

「絵里ちゃん! 無事だったんだね!」

 

「良かった、心配したよ」

 

「千枝ちゃんと雪子ちゃんたちの方こそ無事で良かったわ。それより希、そろそろ悠から離れなさい」

 

「ええ~? もうちょっと悠くん成分が満タンになるから、ちょい待って♡」

 

「いいから、とっとと離れなさいよ! 悠も鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!」

 

 倒れた陽介を放っておいて、希を悠から引き離そうとするにこ。何だかいつもの光景になってきたが、何より仲間の無事を確認できてよかった。

 とりあえずお互いに何かあったのかを聞くために、希を引き離そうとしながらポカポカと叩いて来るにこを落ち着けさせることにした。

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

「えっ!? マリーがこの世界に来てたのか?」

 

「そっちこそ、落水さんと会ったなんて」

 

 

 希とにこのいざこざも終わり、陽介も痛みから回復したところで互いに各々のルートで起こったことを報告し合っていた。

 

 絵里たちμ‘s3年生組はA-RISEの統堂英玲奈と遭遇、そして例の如くあの“謎の声”の妨害を受けて英玲奈がシャドウ化したが、何とか夏の成果を発揮して救出に成功したらしい。また、その後悠たちと同じく目の前に楽屋セーフルームが現れ、化粧台の鏡の前で奇妙なメモを発見したと大体は悠たちと同じだった。

 

 ただ、悠たちと違いがあったとすれば、その楽屋セーフルームを訪れたのが、落水ではなくマリーということだ。悠たちからすればこの世界に稲羽にいるはずのマリーが来ていることが驚きだったが、絵里たちからすれば先に攫われた落水が現れたということが衝撃的だった。

 

「落水さんが無事ってことは良かったけど、正直会わなくて良かったわ。もし会ってしまったら、自分を抑えられるかどうか分からないもの」

 

「絵里……」

 

「それにしてもマリーちゃんがここまで出張ってるなんて、それほどの事態ってことかな……?」

 

「そんな事態になるほどのことって……ここを作った人って、何がしたくてこんな事してるんだろう?」

 

 互いの出来事を聞いて、やはりあの謎の声のことが疑問に思う。毎度自分たちと繋がろうと迫って邪魔ばかりしてくる上、この世界に攫ったアイドルたちの心をえぐってはシャドウ化させている。とても許される所業ではない。

 だが、他作品の言葉を使うとフーダニット……"あの声の正体は誰なのか?"、ホワイダニット……"何故このようなことをしているのか?"という動機がハッキリとしないのが現状だ。

 

「ここを作ったやつ……か。確かにここまで来てみたけど、テレビの中んみたいに入ったヤツの心が影響してるってことでもねーし。ただ普通に考えりゃ、あの“声”の奴が作ったって考えるのが一番自然だろうな」

 

 陽介の考察に悠たちは納得した表情を見せる。

 そう、これまで悠たちが経験したテレビの世界では、"中に入れられた人間の心"が、周囲の風景を形作っていた。だが、さっきのたまみのステージや絵里たちから聞いた話を総合すると、今回は違う。だとすれば、陽介の言う通りにあの謎の声がこの世界の風景を決めているのだろうか。

 

「てか、そもそもあの声は何なのよ! いっつも声ばっかで姿を見せないで、グチグチと……ああっ! もう腹立つ! 正々堂々出て来いっての!!」

 

 にこはあの声に相当苛立っているのか、地団駄を踏んでいた。どうやら別ルートだった絵里たちもあの声には相当煮え湯を飲まされたらしい。

 

「えっ? お化けじゃないの?」

 

「「「(ガクブルっ!)」」」

 

「天城……その無自覚な悪意をなんとかしねーとそのうち友達なくすぞ……」

 

「えっ? そう?」

 

「そうやねえ。悠くんも無自覚なとこなくさんと嫌われるで」

 

「えっ? そうなのか?」

 

「「「……………………」」」

 

 雪子と共にポカンと首を傾げる悠にぐうの音も出なかった。この2人の無自覚っぷりは重症だ、早くなんとかしないと本当に友達をなくすかもしれない。まあそう簡単に直れば今のような性格になってないと思うが……

 

「お、お化けとかどうかは置いといてさ、どっちにしろどこの誰だか分かんないじゃんね? 何かその、ヒント的なものってないかな? 出来ればお化け関係じゃないやつで」

 

 何とか話を戻そうとさっきまで身体を震わせていた千枝が必死に軌道を修正してくれた。おふざけもここまでにして、悠は真面目に考察を始める。あの声の正体を突き止めるヒントを得るために、これまでのことを振り返ってみることにした。

 

 まず思い出すのは、度々自分たちに立ちはだかってくるあの声の言葉だ。

 

 

 

"私たちと繋がりましょう?"

 

 

"たまみのことなんて何も知らないクセに……痛いのも苦しいのも好きな人なんていないわ……"

 

 

"お父様や……女優のお母様に言われて、幼いころからこの業界で一番になるように教えられたから……"

 

 

 

 

「……あの声はたまみのことを良く知っていたな」

 

「あっ! そういえば、そうだよね! たまみちゃんのお母さんの事とかまで知ってて、本人も驚いてたし」

 

 今思い返してみれば、あの声はたまみのことに詳しく知りすぎているように見えた。千枝の言う通り、お母さんのことやお父さんのこと、そして何よりたまみが芸能界に入った経緯など、本人やそれに近しい人しかしらない情報を知っていた。

 

「確かに、英玲奈さんのことも良く知ってたわね。ツバサさんやあんじゅさんにも隠していた秘密を暴露されて、本人も青ざめてたわ」

 

「秘密?」

 

「ま、マジか!? 英玲奈ちゃんの秘密!? 一体どんな?」

 

 A-RISEの英玲奈の秘密と聞いて、悠だけでなく陽介もウキウキした表情で耳を傾けたが、絵里たちは半眼で男どもを睨みつけつつダンマリを決め込んでいた。どうやらあまり異性には知られたくはないものだったらしい。

 

「ま、まあ……英玲奈ちゃんの秘密は置いといて……よく考えりゃ、色んなアイドルが入る中で……かなみんキッチンの4人とA-RISEの3人が狙われたってのもおかしな話だな。とすりゃ犯人は、かなみんキッチンとA-RISEの事をよく知ってるヤツって事になんのか?」

 

「もし陽介くんが言ったみたいに、この世界の景色を作ってるのがあの声の人なんだとしたら……」

 

「犯人は()()()()()……そして()()()()()()()()で、()()()()()()()()()()()()()()()()の可能性が高いってことか」

 

「そういうことになるね。でも、タクラプロでかなみちゃんたちについて詳しい人って多いんちゃうん? そこに絆フェスに関わってるって要素も加えたら、少しは絞れるかもしれへんけど」

 

 希の指摘通り、今の状態ではそう結論付けるのが精一杯だ。だが、この先へ進めば新たな手掛かりがつかめるかもしれないし、別ルートにいるりせや穂乃果たちも何か掴んでるかもしれない。どっちにしろこの事件を解決するには先へ進むしか道はないだろう。その時、

 

 

 

 

 

「フフフ……皆そろって探偵ゴッコ? ダメじゃない、関係者でもなにのに舞台の裏側にまで入り込もうとするなんて……」

 

 

 

 

 

ー!!ー

 

 

 突然重くなった空気に天から降り注ぐようなあの不気味な声。噂とすればというべきか、お目当てがあちらの方から接触してきた。

 

「出てきたわね!! たまみんたちを勝手に巻き込んでおいて、都合のこと言ってんじゃないわよ!! こっちがどれだけ迷惑掛かってると思ってんの!!」

 

「お前がタクラプロ、それも絆フェスの関係者ってんのは分かってんだ。ぜってー捕まえてやっからな!」

 

「……私を捕まえる? 本当に面白い子たち、でも聞き分けがないのね。可哀想なたまみと英玲奈……あなたたちに毒されたから、あの子たちは私たちとの絆を捨ててしまったわ……」

 

 にこと陽介の指摘に戸惑うことなく、余裕があるようにいつも通りの口調で語りかけてくる声。あの口ぶりから察するに、自分の正体を突き止められることはないと自信を持っているように聞こえる。それよりも

 

「ちょっ! そんな言い方ないでしょ! あたしたちが悪者みたいじゃん!」

 

「あなたたちは悪者じゃない……あなたたちは私たちの絆を邪魔する毒。あなたたちみたいな人達がいなければ、痛みや苦しみなんか捨てて行けるのに……」

 

「……っ!」

 

「ど、毒って何よ! もっとひどいじゃない! てか、毒はアンタの方でしょうがっ!!」

 

 にこと千枝は酷い言われように猛抗議するが、声の言葉を聞いた雪子たちは痛いところを突かれたように表情を歪めた。

 

「そうだ……あなたたちを元の世界へ返してあげましょうか。私たちの絆に繋がってくれないなら、この世界にあなたたちは必要ないんだから……」

 

 何を思ったのか、脈録もなくそんな誘いを持ちかける謎の声。まさか、自分たちを現実に返してくれるという予想外の誘いに千枝が拍子抜けしたようにポカンとした。

 

「えっ? かえしてくれんの? それって良いことだよね?」

 

「千枝、ダメだよ。あの人はたまみさんや英玲奈さん、落水さんたちを帰してくれるとは言ってない。"返してくれる"っていうのは多分、私たちを追いだしたいだけだよ」

 

「あっ、そうか! あっぶねー……騙されるところだったじゃん」

 

「にこも危うく騙されそうになったわ」

 

「2人とも元々騙されやすいやん」

 

 希の痛烈な一言にグサッと来た千枝とにこだったが、打ちしがれてる2人を他所に悠は謎の声に物申すように一歩踏み出した。

 

「悪いが、俺たちは自分たちだけで帰るつもりはない。俺たちはかなみんキッチンとA-RISEのみんなを連れて帰る。絶対にだ」

 

「悠の言う通りだぜ! 俺らだけで逃げ出すなんてあり得ねえからな!!」

 

「そうよ、7人を助けるだけじゃない。あなたの悪事を暴くまで諦めないわ!」

 

 そうだ、元から自分たちはそのつもりで来たのだ。この世界に囚われてしまったかなみんキッチンとA-RISEを助ける。そして、この事件の首謀者であるあの声の正体も突き止める。それらを成し遂げるまで絶対にここを去るつもりはない。

 

 

「そう、じゃあ好きにすればいい……でも、次のともえはあなたたちについていくかしら?」

 

 

 すると、この世界に入ってから毎度おなじみという風になったのか、いきなり後ろの扉が閉まったと思うと黒い靄が発生し、そこから新たなシャドウが出現した。この一連の出来事は相手の意思を象徴している。次に起こるアクションを容易に想像した悠たちは身構えて、あの不気味な歌に備えた。

 

「簡単に行かせるつもりはないという事か」

 

「そうみたいね。分かってはいたけど」

 

 そう、ここまで進んできて分かっていた。この声は自分たちの話を聞かない、否聞こうとしない。まるで自分が正しいと信じこんでいる狂信者のように。

 

「もういいじゃない……そんなに頑張っても、貴方たちが痛くて苦しいだけ……私たちと繋がるだけで楽になれるから」

 

 その声を合図に不気味な歌が音量を上げて、シャドウたちの奇妙なダンスが悠たちに襲い掛かる。精神的に揺さぶられはするものの、悠たちに油断はなかった。いつまでもこんなものに惑わされるほど、悠たちはヤワじゃない。

 

 

「よしっ! ここは俺が行くぜ」

 

 

 ここで早い者勝ちと言わんばかりに陽介が一歩前に出てそう宣言する。流石は特捜隊&μ‘sの参謀兼切り込み隊長である。だが、

 

 

「いや、私が行くわ!」

 

 

「はあっ!? 俺が行くっつってんだからお前は引っ込めよ」

 

「良いからここは譲りなさい! あいつにダンスで物申さなきゃ腹の虫が収まらないのよ!」

 

「いやいや、それは俺だって!」

 

 なんとここでにこまでもそう宣言した。やると言ったからには自分が退くことが許されないのか、互いに自分が躍ると譲らない。そんな2人の争いに呆れた希は2人が納得するように折衷案を出した。

 

「じゃあ2人で踊ったらええんちゃう? ちょうど夏休みで2人一緒に練習しとった曲があるやん」

 

 希からの折衷案に2人はぬぬぬと渋りながらもそうすることにした。確かに夏休みに絵里が2人にこれが合うと出した課題曲があった。ここで言い争っても仕方ないし、いつシャドウの波に飲まれるか分からない。

 

「しょうがないわね。今回だけ一緒に踊ってあげるわ。たまには良い恰好見せなさいよ」

 

「たまにはは余計だっての。まっ、俺は確かにいつも失敗してカッコ悪いし、悠みてえに器用じゃねえけどさ」

 

「……ごめん。言い過ぎたわ」

 

「いいって、事実だからな。でも、こんな俺を認めてくれるやつが居る限り、俺は俺を捨てねえ。それをあの分からず屋に教えてやろうぜ、矢澤!」

 

「あ、あったりまえよ! あたしだって、自分勝手で絵里や希に比べたら可愛くないのかもしれないけど、これがわたし! いつか宇宙一のスーパーアイドルになるってきめてるんから、こんなところでやられる訳にはいなかいわ! だからアンタの力を貸して、陽介!」

 

 先ほどと打って変わって互いにそう鼓舞し合う2人。あの様子ならもう何も言わなくても大丈夫だろう。この場をあの2人に託して、希はそんな2人に宣言する。

 

「それじゃあ、2人の曲【Your Affectation】は準備OKよ。さあ、2人とも行ったって!」

 

 

 

「「行くぜ(わよ)っ! μジックスタートっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞いてて思わずリズムを取りたくなるような電子音のメロディーから始まった陽介とにこのダンス。陽介の身軽さから為せる軽やかなステップとにこの愛らしい仕草が特徴的な振りや勝気な笑顔でシャドウたちは徐々に魅了されていった。

 

(うおっ……すっげえ。矢澤のやつ、相当上手くなってる)

 

 そんな中で陽介はにこの可愛らしいダンスに驚嘆していた。こだわりがあるのか、一緒にステップを合わせるところでにこにこポーズを入れ込んでいたが、それが何とも違和感なく良いタイミングで入ってくるので思わず陽介もつられてしてしまいそうになってしまった。

 何より、本人に言うと怒られるかもしれないが、小さいながらも可愛らしいその笑顔と仕草に思わず見惚れてしまった自分がいる。

 

 

(里中と同じで頑張ってんだな、こいつも。迷子とか言ってた俺をぶん殴ってやりたいぜ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

(陽介、すっご……)

 

 一方、にこも陽介のダンスを間近で見て驚嘆していた。普段、と言っても最初に出会った時は今年のGWの時だが、正直言って顔はまあまあ良いものの悠程ではないし冴えない男だなと思っていた。

 しかし、今隣で踊っているのはそんな男ではない。決めるところはしっかりと決め、更にはこっちを引き立ててくれるカッコイイ少年だった。そういうことをさらっと出来るのは今までジュネスのバイトなどで培った空気を読む上手さや気配り故だろう。

 

 

(何よ……普段のガッカリを直したら、カッコイイじゃない………普段のガッカリを直したら……)

 

 

 大事なことなので2回言いましたと言わんばかりに、心の中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人が互いのことを認め合っている最中、とうとうダンスもフィニッシュを迎えた。そして、

 

 

ーカッ!ー

「来い! タケハヤスサノオっ!!」

「エラトー! 出番よ!」

 

 

 ダンスがフィニッシュした陽介とにこは己のペルソナを召喚。タケハヤスサノオは緑色のギターを、エラトーはティンパニーを手に持ってセッションを渾身の始める。

 

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 

 

 

 陽介とにこのダンス、そしてそのペルソナたちのセッションは確実にシャドウたちを魅了し、彼らを例の不気味な歌に操られた威圧的なダンスから1人、また一人と解放していった。その様は1人の観客として十分に心躍る体験でもあり、仲間として誇らしい気分になるものだった。

 

「へへっ、やったな! 矢澤」

 

「アンタもね、陽介」

 

 陽介とにこは互いを褒めたたえるようにパチンとハイタッチした。シャドウが夜空の星々の如く輝いて消えていく光景を背景にして映る2人のそんな姿はとても幻想的で普段の様子では考えられない程カッコよく、そして美しく見えた。

 

 

 

 

「フフフ……まだ諦める気はないんだね。いいよ、あなたたちが何をしても、私たちの絆は永遠だから……」

 

 

 

 

 だが、シャドウが全て消えてしまった後、謎の声は水を差すようにそう言い捨てると気配を消して去っていった。

 

「行ったな……」

 

「そうやね。最後まで姿を現さんかったけど」

 

 気配が遠ざかった謎の声に希はそう言ってやれやれと肩をすくめた。

 

「ホントあったま来る! 言いたいことだけ言って、サッサと逃げちゃってさ! もう腹立ちすぎてお化けでも怖くないような気がしてきた!」

 

「さっきのだって、どうせ負け惜しみでしょ!」

 

「お前ら、落ち着けって。まあ言いたいことは分かるけどよ」

 

 希とは正反対に千枝とにこは謎の声がいなくなったことを良いことに言いたい放題だった。よほど鬱憤が溜まっているのか、それとも良い雰囲気を台無しにされたことに腹が立っているのか、千枝とにこの声色にイライラが現れていた。

 

「ねえ鳴上くん・絵里ちゃん、でもさっきあの声が言ったのって……」

 

「ああ、そうだな」

 

「そうね、私も気になってたわ」

 

「気になる? 雪子、何が気になるの?」

 

 恐らく雪子が気にしているだろう、あの声が先ほど言った言葉。それはある種の違和感を持って悠たちの中に残っていた。3人の反応がピンと来ないのか、首を傾げた千枝が雪子にそう問いかけた。

 

「あの声は"私たちみたいな人間がいなければ、痛みや苦しみを捨てて生きられる"って言ったよね? それって、逆に言うと私たちがいると痛い事とか、苦しいことが捨てられないってことじゃないかな?」

 

「確かに! それだと、見たくないだけで本当はあたしらが言ってる事、分かってるってことじゃん」

 

「もしかするとあの声の人は、本当は自分の言っとることが間違っとるってことを自覚してるのかもしれへんな」

 

「本当は分かってるのに、"痛い"から見ないようにしてるっつーことか? そういや、妙に"絆"ってんのに拘ってる感じもするよな」

 

 改めてこれまでのことを思い出してみると、確かにあの声は”絆”という言葉に執着があるように思えたし、自分たちが来たから痛みや苦しみが捨てられないと言っているが、それは本当は自分たちが伝えようとしていることが分かっているということではないのか。

 

「だとしたら、あの声に伝えられるかもしれないな。俺たちの思いを」

 

「だな。それこそ痛い思いをしててでも、ハッキリ認めさせてやるしかねーだろ」

 

「とにかく、今は残りのアイドルたちを助けるのが先決よ。あの声の言う通りだったら、この先にともえさんがいるってことらしいし」

 

 シャドウも謎の声もいなくなって、先へ続く道は開かれている。この先にともえがいるのであれば、早く助けに行かなければ。もうたまみの時のようなへまはしないようにと心から思う。

 

「ともちんって、あのともちんだよなっ!! やっべ、テンション上がってきた~!!」

 

「私も私もっ!! やっぱ話が分かるわね、陽介!」

 

 このステージに囚われているのがかなみんキッチンの左山ともえだと思い出したのか、ファンである陽介とにこのテンションが上がり始めた。また始まったのかとそんな2人に悠たちはやれやれと息は吐いた。

 

「切なげな瞳、漂う大人の色かとたなびく美しい髪! かなみんキッチンのリーダー、雌羊の左山ともえ。通称、ともちん!」

 

「そう! その大人っぽい雰囲気とクールさから絶大な人気を誇って、【○をすませば】や【サ○ラ大戦】といった名作にも出演した、まさにアイドルのリーダーの鏡よ!」

 

「あーはいはい、こういう話になるとめんどくさいな、この2人」

 

「最後のは絶対関係あらへんやろ……」

 

 相変わらずアイドル関係の話になると熱くなるこの2人。やはりさっきのダンスからしても仲の良いコンビかもしれない。これに花陽も加わったらもっと厄介になるだろうが、その時はそっとしておこう。

 

「とにかく急ごう。あの声よりも早く、ともえさんを見つけるんだ」

 

「そうね、じゃあ準備ができたら行きましょう。早くともえさんを救出して、りせちゃんと穂乃果たちと合流するのよ」

 

 リーダー格の2人にそう鼓舞されて、士気を高める特捜隊&μ‘s3年組。別に競争している訳ではないが、後輩たちよりも先にアイドルを助け出して合流しよう。そう意気込んで皆は先への道を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく夜の街中のような、だが人影が全くない道をひたすら奥へと進むと、悠の隣を陣取っていた希が前方を指さして、突然声を上げた。

 

「悠くん、あれっ!」

 

 希が差した方向に目を向けると、そこには見覚えのある衣装に身を纏った少女がオロオロと立ち往生している姿が確認できた。

 

「うおっ! ぜってー間違いねえ! 切なげな瞳に漂う大人の」

 

「はいはい、ともえさんね。本当めんどくさいなぁ」

 

 間違いない、悠の目から見てはアレはまさに探していた左山ともえだ。にしても、直接面識のある悠と絵里たちより先にともえを見分けるとは。流石は陽介といったところだが、そんな陽介に絵里たちはドン引きしていた。

 そうこうする内、ともえの方もこちらに気づき、悠たちが声を掛けるよりも早く、自分の方から駆け寄ってきた。

 

「アナタたち、りせさんと一緒にいた……! 確か、鳴上くんとμ‘sの?」

 

「ともえさん、無事で何よりです。けがはありませんか?」

 

「私はだっ、大丈夫。でも、みんなが見当たらなくて……どうしましょう……心配だわ、すももたちは無事かしら……せっかくツバサちゃんたちとも一緒だったのに……」

 

 ともえは会って早々随分と動揺していた。初対面の時の落ち着きは何処かへ行ったのか、こちらの話を聞かずに一方的に捲し立ててくる。先ほどのたまみの例のように、素の彼女はこんな感じなのだろう。悠は何とか彼女を安心させるため、ゆっくり一つずつ状況を説明することにした。

 

「こと……たまみならさっき助けましたよ。今は落水さんと一緒です」

 

「はい、A-RISEの英玲奈さんも私たちが助けました。まだ確認してませんが、すももさんものぞみさん、ツバサさんやあんじゅさんも私たちの仲間がきっと助け出してくれているはずです」

 

「ほ、本当……? 良かった……! あの子たちに何かあったら、どうしようかと……。た、たみはどこ!? すぐに行ってあげなくちゃ……! それと、さっきあなた、声が似てるからってたまみと妹を間違えなかった!?」

 

「えっ?」

 

 落ち着いたかと思えば更に何か心配事があったのか、ともえが更に悠に詰め寄って聞いてきた。あまりの迫力に悠は仰け反ってしまうと同時に、ともえが最接近してきたので手をぎゅっと握られたり、胸が悠の身体の所々に当たったりしているので悩ましい。すると、悠の背中に数名の冷たい視線が突き刺さった。

 

「と、ともちん、とりあえず落ち着いて。完全にキャラが変わっちまってるし、何か希ちゃんの目が怖えから」

 

 陽介が言っていた通り、ともえに迫られてデレデレしているように見えたのか、希が目のハイライトを消して2人を睨んでいた。そんな彼女の迫力に負けて、ともえは悠から慌てて距離を取った。

 

「あっ……ご、ごめんなさい! あたしったら、つい……」

 

「いや、大丈夫だ。でも、さっきのたまみは全く変わってなかったけど、ともえさんは最初と印象が違うな」

 

「花村とにこちゃんは大人っぽいって言ってたけど、何か落ち着かない感じだしイメージと真逆のような?」

 

 ともえに聞こえないように悠と千枝はひそひそとそんな話をする。

 この世界に入ってから、いや絆フェスに関わるようになってからアイドルの表裏のギャップを見てきた気がする。最も皆を驚かせたのは現実にいるかなみだが、去年から人には色んな一面があると散々実感した悠たちにとっては慣れっこになってきた。そのとき、

 

 

 

 

「フフフ……ダメじゃない、ともえ。それは皆の望むあなたじゃないよ……」

 

 

 

 

 不意に辺りの空気が冴え、同時に礼の声が何処からともなく悠たちに降り注ぐ。やはり現れたかと悠たちはいつでも動けるように重心を低く構えた。

 

「また出たっ! んにゃろー、今度は油断しないんだかんね!」

 

「いつでも掛かってきなさいよ! 今度はアンタをぶっ飛ばしてやるわ!!」

 

 またも姿を現さず声だけで存在感を出してきたことにそう突っかかる2人。だが、そんな2人の叫びすら聞こえていないのか、謎の声は2人に応じず目的のともえに語り掛けてきた。

 

「行きましょう、ともえ。もうすぐあなたのステージが始まるから……」

 

「だから、そういうのやめろっつの! 本人が嫌がってんだろ!」

 

「ともえは嫌がってなんかいないよ。だってこれは、ともえのためだもの。そうよね、ともえ?」

 

「いっ、嫌よ……! 行かない……私、こんなところでステージなんて……!」

 

 謎の声に惑わされることなくハッキリと拒絶するともえ。だが、その声にはどこか迷いがあるようにも感じるが、案の定謎の声はそこをついてきた。

 

「いいえ、嫌がってなんかいない。あなたは行くわ……だってほら、みんながそれを望んでいるだもの……」

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 またも目の前の扉が重く閉まり、黒い靄と共に数多くのシャドウが出現した。

 言うまでもない。謎の声の言う“皆”とは、悠たちを取り囲むシャドウたちのことだろう。ともえさんの意思など関係なく、あくまで向こうの意思を押し付けようという魂胆だろう。

 

「ねえ、ともえ……皆の期待に応えるのがリーダーでしょう? なのに、あなたは逃げ出しちゃうのかしら?」

 

「リーダー……みんなの……期待……」

 

 心を揺さぶるように、また心の奥に入り込むように"リーダー"という言葉を織り交ぜながらともえに囁く謎の声。だが、その囁きを否定するように悠が割って入ってきた。

 

「ともえさん、落ち着いてくれ」

 

「えっ?」

 

「何でも受け入れるのだけが、完璧なだけがリーダーじゃない。皆と一緒に笑って成長していくのもリーダーだ。だから、そこは間違えないでくれ」

 

「ええ……」

 

 何とかともえを少し正気に戻せたはいいが、辺りは既にリボンに繋がれたシャドウに囲まれていた。まずはこの場を乗り越えなければ。

 まずはともえを安全な場所……例えば、たまみのいる楽屋セーフルームなどに匿うにはこの場を切り抜ける必要がある。どっちにしろ、やるしかない。しかし、誰が次に踊るのかということだが、それを考える必要はなかった。

 

 

「大丈夫、私が行くね」

 

「私も行くわ」

 

 

「雪子! それに、絵里ちゃんも!?」

 

 そう、次にシャドウたちに立ち向かおうとしたのは雪子と絵里だった。驚く千枝に対して説明しようと雪子と絵里は重々し気な表情で語った。

 

「私ね、ともえさんの気持ちがちょっとだけ分かるの。皆に期待されて、それに応えなきゃって思って。でも、それが自分の気持ちとバラバラで。周りの人たちをガッカリさせるのが悲しくて……そういう時、迷ったり悩んだり凄く苦しくなるよね」

 

「私も……お婆様の期待に応えたいからってバレエを頑張って、生徒会長だからって亜里沙や学校の皆の期待に応えようとして……もし失敗したら皆が失望してしまうって思って怖かったのよ。だから、悠や穂乃果たちが羨ましく思ってた………」

 

 なるほど、天城屋旅館の次期女将として期待されていた雪子と完璧な生徒会長と称されていた絵里にとって、今のともえが悩む姿がいつかの自分たちと重なって見えたのだろう。だが、そんな2人の想いなど無駄だと言わんばかりに謎の声がまたも茶々を入れた。

 

 

「フフフ……分かる? ううん、あなたたちには何も分かってない。痛くて苦しい絆なんて誰も欲しがってないよ。あなたたちも私と繋がれば分かるから……」

 

「お断りよ。さっきから色々言ってるけど、あなたこそ本当は分かってないんじゃない? 本当の絆がどんなものかってことを」

 

 

ーブチッー

 

 

 不気味な歌とシャドウのダンスが始まり、すぐそばのともえが呻きを上げる。絵里の言葉が相当気に障ったのか、今までよりも更に音量と威力が上がっているように感じる。だが、こんな状況でも必ず雪子と絵里はやってくれる。不気味な歌に負けず毅然とした表情で立つ雪子と絵里のその瞳がそれを物語っていた。

 

「よっしゃ、雪子ちゃんとエリチのためにもウチも頑張るで。2人の曲【SNOWFLAKES】は準備ばっちしやからいつでもええよ!」

 

「よし、じゃ行くよ! 絵里ちゃん」

 

「ええ」

 

 

 

「「μジックスタート!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────何故だ……何故だ……

 

 

 ある者……声の者は考えていた。何故この者たちは諦めないのだろうか、何故こうも進められるのだろうかと。

 

 眼前で雪の妖精の如く舞う少女たちの踊りから、決して諦めない……例え伝わらなくても何度でも伝えるという心意気を感じる。それは、この者たちがこの世界に入り込んできてから何度も感じていた。

 

 

 このままではダメだ。このままではせっかく手に入れた自分の理想郷が壊されてしまう。あの毒たちを放置してはいけない。何とかしなければ。

 

 

――――ニヤリ……

 

 そうだ、そうすうればいい。そうすれば、きっと分かって貰えるはず。

 声の者はある策を思いついた。これが絆だとほざくあの者たちの心を折るのに、最も効果的な方法を。それを思いついた声は邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーカッ!ー

「来て! スメオオミカミ!!」」

「テレプシコーラ!!」

 

 

 ダンスがフィニッシュした雪子と絵里は己のペルソナを召喚。スメオオミカミは緑色のサックスを、テレプシコーラはクラリネットを手に持ってセッションを始める。

 

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 

 

 そして、歓喜の声を上げたシャドウはまたも星になるように解放されていく。

 まるで雪国に舞う妖精を表したような繊細で優雅で、そして自由奔放でありながら気品のある、雪子と絵里そのものを表現した美しいダンスとセッションだった。

 

「良かった、分かって貰えたみたいで」

 

「ダンスって難しいけど、心を込めると伝わるんだね」

 

 やり切ったと言わんばかりに深い息を吐いて、そう言った。まさに圧巻ともいえるパフォーマンスをやり遂げた2人を称賛するために、悠たちは彼女たちの元へと駆け寄った。

 

「素晴らしかったよ、天城・絵里」

 

「すっごいキレイやったよ、2人とも」

 

「や、マジで! 俺ちっと最初に天城をデート誘った時、思い出しちったわ」

 

「……えっ? 誘われたことないよ?」

 

「あーいい、忘れてくれ。俺はこの1年で期待しない方がいいっつー事を学んだよ……」

 

 哀愁漂う背中に思わず目を伏せてしまった。どこかの独神ではないが、誰か陽介と付き合ってくる女子はいないだろうか。いや、居てほしい。

 

 

「そう……あの子たちも、あなたたちに毒されてしまったのね。可哀想……」

 

 

 またも謎の声が忌々し気に茶々を入れてきた。また来たのかと千枝が声に向かって猛抗議しようとした途端、雪子がそれを遮って言い聞かせるように天に向かってこう言った。

 

「違うよ、あなたは本当は気付いてるんでしょ? こんな場所にシャドウを繋ぎ止めたって何にもならないって……!」

 

「そうよ! そんなに絆が欲しいなら現実でやればいいじゃない! 痛くても苦しくても、自分のことを話せる人を見つけて、ちゃんと分かって貰うしかないのよ!」

 

 雪子と絵里の強い言葉に辺りに沈黙が訪れる。流石にあの声も返す言葉が見つからないのか、押し黙っている様だ。だが、

 

 

「……フフ、本当に面白い子たち。でも、何も分かってない……そうでしょう? ともえ……」

 

 

 謎の声はそう言うと話し相手を悠たちの後ろで呆然としていたともえにすり替えた。

 

「なっ、……なに?」

 

「自分を通せば、みんなの心は離れて行く。あなたはそれをよく知ってるじゃない。本当のあなたを見せて、あなたは誰かに愛してもらえた……? 裏切られて、傷つけられるだけ……そうよね、ともえ?」

 

「わっ、わた……しは……」

 

 含みのある声にともえが後ずさり、嫌々をするように首を振る。ともえの怯え方が尋常じゃない、まさか前のたまみの時のようにあの声がともえの心をえぐっているのか。まずい予感を感じた悠は気付けば、ともえの元へと走り出していた。

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

「ぐああっ!」

 

 

「悠っ!?」

 

 その時、ステージの四方からあの黄色いリボンがともえに駆け寄ろうとした悠を床に叩きつけた。リボンはそのままともえの体に巻き付いて彼女を道の奥へと引き去っていった。あまりに突然の出来事に陽介たちはあっけに取られ、床に叩きつけられた悠は何とか身体を動かそうとするが、リボンの叩きつける威力が強すぎたのかすぐには動けなかった。

 

「フフフ……あなたもこちらにいらっしゃい、鳴上悠。分かってもらないなら、嫌でも分かってもらうしかないから……」

 

 そう言った途端、またも四方からリボンが伸びてきて悠に向かって飛んでいくる。まさか、今度は悠も捕まえようとしているのか。それに気づいたはいいが、身体がまだいう事を聞かないのでもう遅い。

 

 

 

 

「鳴上くん! ダメっ!!」

「悠っ! 危ないっ!」

 

 

 

 

 リボンに捕まる寸前、千枝とにこが庇うように悠を突き飛ばしてリボンに巻かれて、ともえと同じく道の奥にへと引きずり込まれそうになる。

 

 

 

「「きゃああああああああああっ!!」」

 

 

 

「千枝っ!!」

「にこっち!」

 

 

 親友たちが攫われそうになって手を伸ばそうとするが、リボンの引き込む速さの方が早く、成す術なく千枝とにこの姿が見えなくなってしまった。

 

 

「フフフフ……まさか庇って自分から連れ去られるなんて、本当に仲が良いのね。まあ、いいわ。私たちと繋がったあの子たちを見て、貴方たちの考えが変わってくれるわよね……フフ……フフフフフフフフフフフフフフフっ……」

 

 

 ともえのみならず、千枝とにこまでも連れて行った謎の声は愉快そうに笑いながら気配を消していった。

 

「て、てめえ!! ともちんだけじゃ飽きたらず里中と矢澤を連れて行きやがって!!」

 

「なんて卑怯なのっ! そこまでして……一体何がしたいの!?」

 

 その場に残された陽介たちは謎の声に対して怒りを露わにする。それに対して悠の心情は後悔でいっぱいだった。勝手に飛び出した挙句、仲間まで攫われた。まるで、去年のことを思い出すようで悔やんでも悔やみきれない心情に駆られてしまった。

 

「すまない……俺のせいで」

 

「悠くんは悪くないで。とにかく、はよう追わんと」

 

「そうね、今は悔やんでる暇はないわ。行くわよ」

 

 そうだ、今は悔やんでいる場合じゃない。自分を庇ってくれた仲間を目の前で攫われて焦る衝動に駆られるが、何とか抑えながら悠は立ち上がって、3人が連れて行かれた道を走って追いかける。

 

 

 

 まさか、ともえのみならず仲間まで攫ってくるとは思わなかった。それほど悠たちの躍進が相手を追い込んでいるということだろうが、こんなことは看過できない。悠は何があっても助けると覚悟を決めて、仲間と共に一番奥のステージへ急いだ。

 

 

 

 

To be continuded Next Scene



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#84「Sign Of Love.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。


季節の変わり目なのか、風邪を引いてしまって数日間寝込んでました。それも部活の合宿中だったので、更に辛かったです。今は大分回復しましたが、皆さんも風邪には十分気を付けて下さい。

改めて、お気に入り登録して下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

これからも応援よろしくお願いします。


それでは、本編をどうぞ。


<セクシーラウンジ・メインステージ>

 

 

 ともえと千枝、にこが攫われた方向へ進むと、そこには信じられない光景が広がっていた。眩いばかりのネオンに彩られた怪しげなフロア……棚には酒瓶が並び、周囲には見るも怪しげなオブジェが乱立していた。

 

「何だろう、ここ……夜にお酒飲んだりするお店とか、そんな感じ……」

 

「でも何か、あまり現代的じゃねえよな。年代古めっつーか……辰巳ポートランドのあのバーよりなんか……」

 

「見て、ともえちゃんがっ!」

 

 空間の中央、ネオンやオブジェに囲まれたステージ状の場所に宙空を見上げ何かを叫んでいるともえの姿があった。

 

 

「違うわ! 私だって、好きでそんなのやってるわけじゃない! それより、里中さんと矢澤さんをどこに……」

 

「フフフ……そうね、あなたはお色気担当じゃない。本当は気が小さくて男の子と遊んだことがない。それどころか趣味だって……フフフフっ!」

 

「あ、あなた誰なの……何で、そんなことを……」

 

「でもね、ともえ……そんなあなたは誰も要らないの。失望されれば、皆の心は離れて行くわ。可哀想に……あなたはリーダーなのに、誰も守ってあげないのね」

 

「わっ……私……す、すもも……のぞみ、たまみ……かなみ……

 

 

「まずい……!」

 

「早く何とかしないと…!」

 

 案の定、謎の声は手馴れたようにともえの心をえぐりに来ている。これ以上はまずいと悠たちは急いでともえの元へと向かった。ともえは悠たちの存在を確認すると、まるですがるものを見つけたようにこちらに向かおうとするが、謎の声はそれを許さなかった。

 

「本当の自分なんて捨てなさい、ともえ……誰よりもセクシーに、誰よりも優位に立って大人びたリーダー……それがみんなが望むあなたよ」

 

「!!っ……」

 

「ほら、聞かせてあげるわ……皆の声を」

 

 瞬間、またも空間が歪んだ感覚に襲われた。そして、

 

 

 

 

 

『あの遊び慣れた雰囲気がいいんだよな』

 

 

『食肉系アイドルって売り込みなのに、逆に男を食い物にしてる感じがさ!』

 

 

『あの上から目線、ゾクゾクするよなー。色んな男を知り尽くしてるって色気がたまんねーわ!』

 

 

 

 

 

「また、この声か……」

 

「私たちの時もあったけど、聞いてて良いものじゃないわね……」

 

 またもペルソナ通信とは違う、傍観者の声が空から周囲に……否、ともえに聞かせるかのように響き渡る。止めようにもこの無責任な声を止める術を持たない悠たちには何も出来ることはなく、またも容赦なく傍観者の無責任な声が響いて来る。

 

 

 

 

 

『ともちんがいなきゃお色気ゼロだもんね……ご褒美ナシじゃ、ちょっと貢ぐ気にもなんないなー』

 

 

『何だかんだ言ってもセクシーな女性には憧れるね。あの色気が、ともちんの魅力の全てでしょ?』

 

 

 

 

 

 

「う……うう……」

 

「……分かるでしょ、ともえ。皆が望むのは異性を手玉に取るセクシーなあなた。さあ、受け入れなさい。本当のあなたなんて、どこにも居場所はないのよ」

 

 

 謎の声が聞かせた無責任の声にともえは絶望したように膝を折った。そして、

 

「ダメだ、ともえさん! あの声のことを真に受けては……」

 

 

 

「いいの……皆が幸せなんだもの。本当の私なんか、最初からいらなかったのよ……」

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 

 リボンに巻き取られたともえは悲しく笑い、その身体がどす黒いもやに包まれていく。たまみや英玲奈と同じ、いや、それよりも深い禍々しい闇が辺りを覆い尽くしてともえを飲み込んだ。

 

「クソっ! 何でこうなっちまうんだよ!」

 

「油断するな、来るぞ!!」

 

 闇が晴れて現れたのは夜の女王という言葉がしっくりくる怪物だった。赤いSM嬢のような衣装を身に包み、蝶を模した巨大な仮面に光る二つの目が怪しくこちらを見定めている。その迫力と禍々しさに皆は思わず身体をぶるっと震わせてしまった。

 

 

 

 

「ああ……身体が熱いわ……! 私は夜の蝶……それでいいのよ! ホントの自分なんてどうせ伝わりはしない。分かって貰うなんてできやしないんだから」

 

 

 

 

 湧き上がる不気味な歓声が聞こえたので振り向くと、やはり空席だった客席にリボンに繋がれたシャドウたちが密集して身体を揺らしていた。あの声の言うともえのステージがついに始まってしまったのだ。

 

 

「ねえ、私と繋がってこの火照りを静めてよ。私に任せれば、全部気持ちよくしてア・ゲ・ル。フフフ、あなたたちだって痛いより気持ちいい方が好きでしょう? 傷ついてまで自分を伝えたって、何の得もありゃしないんだから」

 

 

 その時、未だかつてないほどの音量と音質の不気味な歌が各々の脳に襲ってくる。ここまでは想定通りなのでそれに対する備えて身構えていたが、何かおかしい。

 どんなに強い意志で歌に耐えようとしても、強烈なGが掛かってくるように頭が重くなる。今まで散々聞かされ続けて耐性ができていた頃だと思ったのに、これはおかしい。それに、どこか()()()()()()()()()()()()()の音が混じっているような……

 

「なっ!? あれって、里中と矢澤かっ!?」

 

「ええっ!?」

 

「しかもペルソナまで召喚してるっ!?あの人、まさか……」

 

 そう、よく見るとあのシャドウの群れの中に攫われた千枝とにこがリボンに繋がれて混じっていた。更に2人ともペルソナを召喚しており、各々楽器を持ってあの不気味な歌に合わせて演奏していた。

 その光景に悠たちは思わず目を見開いた。そして、その表情を見たのか、愉快そうに笑う謎の声が天から降り注ぐ。

 

 

「フフフフフ……言ったでしょ? 繋がったこの子たちを見たら、考えを改めてくれるかもって」

 

「て、テメェ!!」

 

 

 謎の声が言ったことの意味が分かった途端、陽介は激昂する。

 そう、あの声は千枝とにこを繋げたを良いことに、彼女たちのペルソナを自分の不気味な歌の威力を上げるのに利用したのだ。仲間を洗脳した挙句、その仲間の力を持って悠たちを繋げようとする謎の声の思惑に思わず怒りが頂点に達した。だが、そんな陽介たちの意識を千枝のトランペットとにこのティンパニーが容赦なく刈り取っていく。

 

 

「ぐ……」

 

「こ……こんなところで……」

 

「い、意識が……」

 

 

 不気味な歌が2人のペルソナによる力故なのか、今までよりストレートに伝わってくる。更に、千枝とにこが“繋がろう”と亡霊の囁きのように聞こえてくる。まるで滝に打たれるように体力も限界に近付いているのか、視界が白黒に点滅して意識も切れかけてきた。

 

 

(ここまで……なのか……)

 

 

 薄れゆく意識の中、そんな考えが頭を過る。だが、ここで諦めてしまったらもう終わりだ。しかし、どんなに策を思案しようとも無駄に終わるペルソナによる実力行使しか浮かび上がらない。そうこうしている間にも仲間がどんどん膝を折って倒れて行く。

 

 

(くそっ、ペルソナが使えたら……この世界のルールさえなければ……()()()?)

 

 

 

 

 

 

『ルールって言葉に縛られてるから、君は"ここのルール"にもバカ正直に従っちゃってるんじゃないの?』

 

 

 

 

 

 

 ふと、“ルール”という単語を浮かんだ瞬間、いつか誰かにそのことを言われたことを思い出した。そうだ、これはGWのP-1Grand Prixであの人物……足立透に言われた言葉だ。

 そしてその瞬間、悠は微かな秘策を思いついた。正直あまり成功するとは思えないが、打つ手がないこの状況でやらなければ全滅だ。

 

 

(やるしかないっ!)

 

 

 

「…………うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

 

 意識をハッキリさせるために悠はありったけの雄叫びを上げる。大声を出ていることを認識できたということは意識がハッキリしているということだ。そして、意識がハッキリとしている間に、ありったけの気力を振り絞って悠はタロットカードを顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフ……これで鳴上悠たちは繋がった。あとは久慈川りせたちを……えっ!?」

 

 

 謎の声が勝ちを確信したその時、眩い青い光がステージに広がった。その瞬間、

 

 

「……はっ!?」

 

「これは……」

 

「い、意識が戻った!?」

 

 

 ペルソナ能力を悪用した不気味な歌で暗くなりかけた意識が戻った。不気味な歌はまだ鳴り止まっておらず絶え間なく頭の中に響いては来るが、それでもさっきまで消えかけた意識は戻って全滅のピンチだった状況が一変した。

 一体、何が起こったのか。その理由はハッキリしていた。

 

 

「な、鳴上悠!? 貴様……!」

 

「言ってたな。この世界では傷つけないし傷つけ合わないって。なら、傷つけない……()()()()()()()の行為はどうだ?」

 

 

 ハッキリとした声でそう告げる悠の背後にいるものに皆は驚愕した。なんと悠はペルソナを召喚したのだ。召喚されたペルソナの名は【イシス】。希との再会と困難を経て解放された新たな【女帝】のペルソナである。

 

 確かにあの声は言っていた。“ここでは傷つかないし、誰と傷つけ合わない“と。ならばと、悠はこの世界のルールを逆手に取ってイシスのスキル“メシアライザー”を発動。体力も異常状態も全快するこのスキルにより、失いかけていた仲間の意識を回復することに成功した。

 悠の読み通りこの世界は攻撃行為は無効とするが、回復行為は例外だったようである。まさかあの人物の言葉に救われるとは思わなかった。

 

「悠、お前……」

 

「……里中とにこには効かないか……やはり完全に取り込まれたら洗脳を解くのは無理なようだな」

 

 何とか全滅の危機は免れたが、それは一時的なもの。この行為を続けても完全に取り込まれてしまったともえと千枝、にこは救えない。3人を救う唯一の手段はダンスで気持ちを伝えることだけだ。

 

「鳴上くん! ここは私がやっておくから。鳴上くんは踊ってきて!」

 

「ああ、行ってくる」

 

 察してくれた雪子にバトンタッチして悠はともえシャドウと対峙する。自分の思惑を邪魔されて不愉快そうにしているともえシャドウの冷ややかな目が悠に向けられたのを機に、ここぞとばかりに悠はこう言った。

 

「……ともえさん、キミは伝えることから逃げてるだけだ。だから、必ず俺が伝えて見せる。自分を表現することの素晴らしさをっ!」

 

 悠の力強い言葉が周囲の空気を一変させる。これから始まるのは特別捜査隊&μ‘sのリーダー【鳴上悠】によるダンスパフォーマンスだ。悠が躍るとなって仲間たちの期待も一気に高まった。

 

「待った、それやったらウチも一緒に踊るよ」

 

「えっ?」

 

 すると、悠の近くにいた回復したばかりの希が自分も踊るぞというようにステージに上がってきた。

 

「悠くんだけに負担は掛からせへんし、ウチもともえちゃんに伝えたいことがあるもん。それに、せっかくりせちゃんもことりちゃんもおらへんし、この機に悠くんをメロメロにさせるチャンスやしな♡」

 

 そう言ってニヤリと不敵に笑みを浮かべる希。先ほどまでピンチだったのに余裕があるとは恐れ入る。これをりせやことりが聞いたらどうなることか……

 

 

『もしも~し希センパイ、聞こえてるんですけど~』

 

 

 噂をすればというべきか、タイミング良く希を咎めるような口調でりせからの通信が入ってきた。どうやらさっきまでの会話は向こうに筒抜けだったらしい。

 

「り、りせ……?」

 

『全く、油断も隙もありゃしないよ。本当なら邪魔するところだけど、今非常事態っぽいし、希センパイが躍るっていうなら私が代わりに音響やるから。その代わり、悠センパイと一緒に最高のパフォーマンス決めちゃってよね』

 

「ありがとな、りせちゃん。やっぱりりせちゃんはこういう後輩キャラが似合っとるな。どんな、とは言わんけど☆」

 

『ムキィィッ! 運よく一緒になったからって調子乗ってぇ!! 後で覚えておいてよね!!』

 

「お前ら……今が非常時ってこと本当に分かってんのかよ……」

 

「あはは……」

 

 今が緊急事態だというのにいつものように言い争う2人を見て陽介たちは呆れ、悠は思わず苦笑してしまった。だが、こういうやり取りができていることからして、自分を保てているということを実感する。この状態であれば、必ずやれるとそう確信した。

 

「悠・希! 頼んだわよ!」

 

「幼馴染コンビの力、見せてやれ!」

 

「頑張ってね! 2人とも」

 

 仲間の声援を受けて、悠と希は手を取り合うようにしてステージでスタンバイする。その姿に通信越しのりせは羨ましさに声を荒げそうになったが、グッとその気持ちを飲み込んだ。

 

 

『それじゃあ、悠センパイと希センパイの【Sign Of Love】は準備OKだから、いつでも始めちゃって』

 

 

「さあ行こう、希」

 

「うんっ!」

 

 

 

「「μ‘sic スタート!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四方から聞こえる綺麗で大人びた音色をバックに華麗に踊る悠と希のパフォーマンスは圧巻だった。まさにこの2人のためにあるのではないかと思わせるほどの表現力、そして阿吽の呼吸というべき息の良さ。誰も入り込む余地もない悠と希の2人だけの世界が展開されていた。

 

「……すごいね、2人とも」

 

「そうね……って、どうしたの? 花村くん」

 

「羨ましくねえ……羨ましくねえぞ…………」

 

 まるで互いのことを良く知るカップルのようにステージで舞う2人を見て、陽介は下唇を噛んで悔し気にそう呟いていた。まあ確かに陽介の言うことも分かる。あんな見せつけるように仲良さげに踊っていればそれは誰でも羨ましいし嫉妬にも駆られる。現に陽介のように素直に出してはないが、同じ悠に想いを寄せている絵里も内心はそんな風に思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な感覚だと希は思った。

 英玲奈の時も感じたが、シャドウの前で踊っているというのに、まるで大勢の人たちに見られているような感覚だ。自分がりせと同じ探知型ペルソナ持ち故かは分からないが、あのシャドウたちから人間特有の視線と感情の高ぶりを感じるのだ。

 

「希、最後まで楽しんで行こう!」

 

「……うんっ!」

 

 だが、今だけは隣で一緒に踊っている悠とのダンスに意識を向けるとしよう。

 表情には出していないが、希の心はあのシャドウたちと同じく高揚していた。小学生の時から惹かれていた悠と2人っきりでダンスしている。こんな誰も邪魔されない空間で悠とダンスできるなんて、心が躍らない訳がない。

 

 前の自分では考えられないことだった。昔、悠を神社に閉じ込めたことを悟られたくなくて偽りの自分を見せていたあの頃。正直真実を知られた時は悠に嫌われてしまうと絶望した。でも、悠はそんな自分を嫌うことなく、むしろ真実を知れてよかったと笑顔で受け入れてくれた。親友の絵里も後輩の穂乃果たちも同じく受け入れてくれた。本当の自分を受け入れてくれたあの時の感動は今でも忘れたことはない。

 

 

(ともえちゃんにも、ウチや悠くんみたいに本当の自分のことを分かってくれる人がいるはずや。だから、戻ってきて!)

 

 

 ありったけの想いを乗せて、悠と希のダンスは更に勢いを増す。そして、

 

 

 

ーカッ!ー

「「ペルソナッ!!」」

 

 

 

 ともえの心を掴まんとする悠と希は声をそろえてペルソナを召喚した。イザナギは漆黒のベース、ウーラニアは艶な光沢のあるチェロを手にしてセッションをスタートした。美しくも力強い、まるで今の2人を象徴するような音色がともえのシャドウたちの鼓膜に響き渡る。

 

 どうか、ともえに届いてほしい。そう願って悠と希は瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……熱い……身体がっ……!」

 

 

 怪物の姿が消えて、変わりに身体に手を当てて悶えている。どうやら無事ともえの心を懐柔するのに成功したらしい。その証拠に周囲にいたシャドウたちは空に溶けて行くように消えており、ともえの傍らには洗脳が解けた千枝とにこが頭に手を当てていた。

 

「ともえちゃん!?」

 

「千枝! にこちゃん! 大丈夫!?」

 

「うう……だ、大丈夫……ちょっと身体がだるいけど……」

 

「何とか……ね」

 

 千枝とにこの言葉はたどたどしいが何とか話せている。どうやら悠と希のパフォーマンスは成功して、3人の意識を取り戻したらしい。

 

「良かった……無事だったんだね」

 

「ううう……やっぱり直斗くんが言ってた通りだね。あのリボンに捕まると“自分を捨てよう”って思っちゃうって」

 

「正直……今思うとゾッとするわね」

 

 リボンから解放されてその時のことを呟く2人。やはり最初に取り込まれた直斗が言っていた通り、あのリボンに取りつかれてると考えを押し付けられるようだ。それはともかく、悠には2人に言うべきことがある。

 

「ありがとうな、里中・にこ。俺を庇ってくれて」

 

 改まってお礼を言う悠に千枝とにこは面を喰らったが、すぐにニコッと笑ってこう言った。

 

「あはは、良いって。鳴上くんにはたくさん助けてもらったんだからさ」

 

「千枝の言う通りよ。でも、その代わり今度コペンハーゲンで奢んなさいよ。アンタ特製のパンケーキスペシャル盛り」

 

「ああっ! あたしもっ! あたしは肉丼10杯ね!」

 

「お前ら、ちょっとは遠慮しろよ……」

 

「ああ、約束する。その時は存分に食べてくれ」

 

 にこと千枝に思わぬ約束を取り付けられてしまったが、それくらいなら安いものだ。もし2人が庇ってくれなかったらあの謎の声の策に嵌ってこんなやり取りをしていなかっただろう。ネコさんに迷惑を掛けてしまうかもしれないが、そのお礼というならばいくらでも奢ってやると悠は固く誓った。

 

 

「私……何てことを……自分を捨てて、あんな姿を見られて……」

 

 

 さて、千枝とにこに謝ることはできたし、次はともえのフォローだ。1人で悶えるともえに駆け寄り、悠と希は優しく声を掛けた。

 

「そんなん気にせんでええよ。いいとこも恥ずかしいことも含めて、ともえちゃんなんやからな」

 

「ああ、俺たちだって変わらない。それでも受け入れてくれる人たちが、ともえさんにも必ずいるはずだ」

 

 悠と希の言葉に、ともえは黙ったまま何かを思案するかのように俯いていたが、やがて顔を上げて俺たち1人1人と目を見合わせた。その目には決意の光が宿っている。

 

「私……学生の頃一度だけ、友達に自分の、その……趣味の事を打ち明けたことがあったの。そしたら、その友達にすごく笑われてしまって……怖くなって、友達になるのをやめちゃった」

 

「えっ? それ、マジな話で……?」

 

「それからかな? どうしても他人と距離を置いちゃって……“自分”が怖くなっちゃった」

 

 まさか、ともえにそんな過去があるとは思わなかった。確かにそんなことがあったら自分を曝け出すのは怖くなるだろう。去年の事件で自分のシャドウと対峙してそういう思いをしたことがある陽介たちはともえの言うことを重く感じてしまった。

 

「参考までに聞かせて欲しい。どんな趣味なんだ?」

 

「それ聞いちゃう!? 今笑われたっつったばっかなのに、キツくね!?」

 

 だが、それにも関わず悠はストレートにともえに問題の趣味のことを聞いてきた。相棒の不謹慎な発言に思わず陽介はツッコミを入れるが、件のともえの反応は違った。

 

「ううん、いいの。これが一歩目だし、これからはそういうのも言えるようにならないと。ありがとうね、鳴上くん」

 

 悠の発言を気にすることなく、むしろ好感を持ったらしいともえは悠に微笑んでそう言った。そんな光景に希はむうとジト目で頬を膨らませていた。

 

 

 

 

「わっ、私! 変な子なんだーっ! 漫画大っ好きだし、家だと朝から晩までテレビばっかり見てるし、お炬燵大好きだし……! 休みの日はずっとゴロゴロしてお菓子とか食べて! 食べカス落として、パソコンばっかりいじってる! おっ、男の子となんて手を繋ぐのも怖いし、しゃべるのも苦手だし、お正月はもちろん一人で鍋だし! 好きなマンガすぐ買っちゃって、気づいたら2冊あったりして、まあいいやって思ったりして! ……ほんとダメだ、私」

 

 

 

 

 一息に言い放ち、最後は失速して、ともえの一世一代の告白はおわりを告げた。この場合、どういう言葉を掛ければいいのだろうかと、流石の悠でもすぐに言葉が出なかった。隣の陽介に助けを求めるが、陽介は別の意味で困惑していた。

 

「え……今の……マジ? いや、そういう趣味があるってことは否定しねえけど、何というか……ギャップが……」

 

「ぷ……ふふふふふっ! アハハハハハハッ! マンガ、2冊って……私もある……ウフフフフフフフっ!」

 

「天城さん!? そこ笑っちゃダメですよね!?」

 

「そうよ! ともえさんがまたトラウマになったら、どうするの?」

 

 陽介と絵里でツボに入ってしまった雪子を止めに掛かる。だが、当の本人はそう思っていないようで……

 

「ぷ……フフフフっ! ううん、おかしいよね? だって要らないよね、2冊! アハハ!」

 

「あーこの子そっち系かー、2倍めんどくせー……」

 

「いや、ファンでは観賞用と保存用とで礼儀として買う人も」

 

「真面目に解説しなくていいから、鳴上くん!!」

 

 天然に天然が交わり、途轍もないカオスな空間が生まれてしまった。ただ得さえ雪子だけでも面倒くさいのにそれが2人もいるとなると流石の千枝でも手を付けられない。

 

 

「ねえねえ、それでどんな漫画が好きなの?」

 

「そうだな~、最近は【○ンダム00】とか【ふたりは○リキュア】かな?」

 

「ああ、いいね! 私は【明日の○ージャ】とか【○ーラームーン】とか」

 

 

「おおいっ!? やめろおぉぉぉぉっ!! それ全部ご本人様の代表作だろぉぉぉぉぉっ!」

 

 

 陽介の決死のツッコミが炸裂するかと思ったその時、少し離れた場所から見覚えのある光の幕が下りた。すると案の定、たまみの時と同じ楽屋セーフルームのドアが出現した。

 

「またか。たまみと同じだな」

 

「これ……事務所の楽屋のドア? 何でこんな場所に?」

 

「とにかく入ってみない? 一応安全か分かんないし、慎重にね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<楽屋セーフルーム>

 

「やっぱりだな、前とほとんど変わんねぇ」

 

 中に入ってみると、そこはたまみや英玲奈の時と同じ楽屋を模したセーフルームだった。特に変化はないようだが、念のためということで希がペルソナを使って状況を確認する。

 

「うん……この楽屋からは敵の気配もあらへんし、あの不気味な歌も聞こえへん。ここは安全やね」

 

「よし、とにかく休もう。今は休息が必要だ」

 

「ふ~助かった~。もう足がパンパンで……」

 

 ここが安全だと確認できたところで、全員が思い思いに肩の力を抜いて疲れた体を休め始めた。先ほどのステージで悠や雪子のメシアライザーで体力を回復したとはいえ、この世界に落ちてからずっと動きっぱなしだったので、それによる疲労が出始めたらしい。

 

「いやあ、一時はどうなるかと思ったけどなんとかなんたわね」

 

「ホントだよ。それにしても、りせと穂乃果ちゃんたちの方はどうなってんだろうな?」

 

「大丈夫じゃない? あの子たちがそう簡単にやられるとは思えないわ」

 

「そうだよね。それより鳴上くん、まだ紅茶とほむまん残ってる? あたし喉乾いちゃって」

 

「ああ、あるぞ」

 

「どんだけ持ってんだよ。よくそんなんで今のダンスができたな」

 

 向こうを見てみると、ともえと雪子はまた2人だけの世界に入って他愛ないトークを楽しんでいた。やっと自分の趣味を分かち合える相手が出来たのか、表情が生き生きとしている。よくよく聞いてみると、ここには書けないようなことを喋っているので何もいうまい。

 そんな2人は放っておいて、悠たちも各々談笑したり眠ったりして疲労回復に努めた。

 

 

 

 

~しばらくして~

 

 

 

 

「あれ? あそこに何かあるよ?」

 

 雪子との談笑も一段落してふと化粧台の鏡を見てみたともえがそう言ったので見てみると、案の定そこに一枚のメモのようなものが貼りつけられているのが見えた。

 

「ねえ……これ、たまみさんの時と同じ……」

 

「うう……またそれかー。勘弁してくれ……」

 

「こ、今度は何が書いてるのかしら……」

 

 まるで怖い怪談を思い出したかのように身体を震わせる千枝と絵里をよそに、悠は淡々と鏡に貼りつけられたメモをひっぺ返した。全員が周囲に集まったのを確認した悠はメモの内容を確認する。

 

 

 

 

 

 

 

“ヒルガオは咲かない、こんなにも願っているのに”

 

 

“本当の私の顔なんて、もう忘れてしまった”

 

 

“あんなに憧れていた『歌』にもう何も感じない”

 

 

“歌うのが怖い、舞台が怖い、ファンの期待が怖い”

 

 

“私がいなくなったら、あの人はどう思うだろう? ”

 

 

“悲しませたくないけど、心はもう枯れ果てた”

 

 

 

 

 

 

 

「何か、前の文章より追い詰められてねぇか? 幽霊とかそんなんじゃなくても、聞いてて怖えって感じたぜ」

 

「こ、怖すぎでしょ……」

 

 陽介とにこの反応は正しい。たまみの楽屋セーフルームで見たメモとは打って変わって、まるで自殺する寸前の者が書き記した遺書のような内容になっている。それは不気味に感じるのも無理はないだろう。

 

「この事件の犯人って本当にお化けなのかな? あの“自殺したアイドル”っていう話」

 

「雪子ちゃん、まだその話引っ張ってたんやね……」

 

「これだけじゃ分からないわ。本当にそんなことがあり得るの?」

 

「せめてこれを書いた人が分かれば、こんな怖い思いせずに済むのに……」

 

 不気味なメモの内容を聞いて各々考察を述べるが、やはりこのメモを書いたのが何者なのかが分からない。おそらくこのメモを書いた者がこの事件に深く関わりがあるのだろうが現状それを特定する材料がないのでどうしたものかと頭を悩ませる。

 

 

「自殺したアイドル……ヒルガオ……()()()()()()……まさか!?」

 

 

 だが、ただ一人……ともえは何か思い当たる節があるような顔をしていた。

 

「ともえさん、何か知ってることが?」

 

「知ってるわけじゃないけど、絆フェスの出演が決まった時に井上さんに聞いた話があるの」

 

「井上さん?」

 

「タクラプロの先輩に昔亡くなった人がいて、トップアイドルだったから当時は騒がれてたって。その人が亡くなる直前に書いた曲の名前が“カリステギア”……ヒルガオって意味の言葉なの。そして、“カリステギア”は……」

 

 

 

 

 

「今度の絆フェスで、私たち【かなみんキッチン】が発表するはずの新曲よ」

 

 

 

 

 

ー!!ー

 

 

 ともえが告げた事実に沈黙が下りた。それほどともえが告げた事実が悠たちに衝撃を与えたということだろう。

 

「マジか……」

 

「繋がったな。タクラプロ所属のアイドルでたまみとともえさんにも関係がある。俺たちの予想に一致する」

 

「な、何か話がヤバい方向に進んでない!? それってホントに犯人はその人の……お化けって事!?」

 

「落ち着いて千枝ちゃん、まだ結論を出すのは早いわよ。まあ……色んなことが怖いほど繋がってきてるってことは事実だけど……」

 

「フォローになってないし! 絵里ちゃんもガタガタ震えてるじゃん!?」

 

 色めき立つ、というより不気味過ぎて恐怖で身体を震わせている千枝たちを放っておいて悠は更なる手がかりを得るためにともえに更に話を詳しく聞くことにした。

 

「なぜともえさんたちがどの曲を?」

 

「……()()()()が、決めたの」

 

「落水さん?」

 

「ええ、カリステギアは未発表のまま終わった“幻の新譜”。あんなことがあって、ずっとお蔵入りしてたけど、私たちの売りになるからって……」

 

 まさかの事実に衝撃を受けて悠と陽介は天を仰いだ。この場であの落水が関わってくるとなると、繋がりすぎて怖くなってくる。

 

「……ともえちゃん、その亡くなったアイドルの名前って聞いてるん?」

 

「ええ、それは……」

 

 

 

 

 

長田(おさだ)有羽子(ゆうこ)よ」

 

 

 

 

 

「えっ? 誰……って、落水さんっ!?」

 

 

 噂をすれば影と言うべきか、またもタイミングを見計らったように落水がこの楽屋セーフルームに入ってきた。一体どこから話を聞いていたのか分からないが、己の登場に驚く悠たちを気にせず、表情を硬くしていた。

 

「下世話な話ね。この事件が有羽子の呪い? 馬鹿馬鹿しいにもほどがあるわ」

 

「……どうしてそう言い切れるんですか?」

 

「あ、天城さん?」

 

 落水の斬り捨てるような発言に雪子は怒気を含んだ声色で抗議する。あまりみたことがない雪子のその表情に陽介は少したじろいでしまった。

 

「もしかしたら、あなたが“売れる”という理由で有羽子さんの歌を歌わせようとしたせいで……ともえさんやたまみさんが、こんな事に巻き込まれてるかも知れないのに……!」

 

「ええ、それはね……こんな場所にいれば、お化けも怪物もいるかも知れないと思うわよ。でもね、これが有羽子の呪いだなんて、そんなことはあり得ないのよ。絶対にね」

 

「絶対って……そんなの分かんないじゃん!!」

 

「いいえ、分かるわ。とにかくこの話は終わりよ。ともえも現場を混乱させることは口にしないことね」

 

「あなたね……! ともえちゃんは関係ないでしょ!!」

 

「もう……我慢できないわ……」

 

「お、お前ら!落ち着けって!」

 

 落水の発言に腹が立ったのか、雪子と千枝、絵里の怒りが頂点に達するのを感じた。希も表情を保っているものの、内なる怒りが溢れ返っている。

 この状況はまずい。雪子たちだって本当は分かっているはずなのに、ここに至るまでの戦いによるストレスや落水の敵を作るような言動を引き金に感情をコントロールできなくなっている。慌てて落ち着けさせようと陽介が必死にフォローするが、もう遅い。

 

 

「みんな、落ち着け」

 

 

「鳴上くん!? 何で怒んないの! この人」

 

 

 

「落ち着けっ!」

 

 

 

 悠の口から発せられた静かな、それでいて迫力のある声に皆は一気に押し黙った。

 

「たまみや英玲奈さん、ともえさんが心配でムキになることは分かる。でも、まだ何も確信もないこの状況で落水さんを責めるのは違うだろ。落水さんが悪いわけじゃない」

 

「…………」

 

 冷静に皆をそう窘める悠にやっと我に返ったのか、雪子たちはバツが悪そうな顔を作った。だが、予想外だったのはあの落水までも悠の怒りの声に呆然としていたことだ。

 

「お、落水さん?」

 

「……いえ、私も悪かったわ。ムキになるようなことじゃなかった……とにかく、ここは私が引き受けましょう。ともえ、疲れが取れるまで私とここに残りなさい」

 

「は、はい!」

 

 素直な謝罪の言葉を口にした落水を見て、千枝と雪子たちも我を取り戻した。だが、双方共に気まずい雰囲気が包み、そんな重たい空気を取り持とうとしたのか、陽介があえて別の話題を切り出した。

 

「そういや、落水さんはなんでここに? たまみんは大丈夫なんすか?」

 

「……たまみが落ち着いたのを見計らってあなたたちを追いかけてきたの。せっかくともえを助けてもらってもあなたたちが先に進めないんじゃ、ね。それに、アイドルはそんなに弱くないわよ」

 

「そうですか」

 

「とにかく、あなたたちはよくたまみとともえ、そしてA-RISEを助けてくれたわ。お礼を言いたいところだけれど全てが終わってからにしておくわね」

 

「はい、全員でここを出れたら是非よろしくお願いします」

 

「ええ、悪いけどもう一働きしてもらうわ。私やともえは何の役にも立てないから。いつだってそう……何かある度に、こうして自分の無力を思い知らされるのよ」

 

「えっ……?」

 

「それから、探偵ゴッコもいいけれどこれ以上の邪推はやめておくことね。私は貴方が思っているほど良い人じゃないのよ」

 

 落水は最後にそう言うと、再びそっぽを向いて椅子に腰を掛けた。最後の言葉はどうも自分に向けらたような気がするが、そんな落水に悠は疑問を拭いきれないでいた。

 

 

"自分の無力さを思い知らされる"

 

 

 そう言い放った落水の言葉には、やはりほんのすこしとは違う、自嘲のようなものが混ざっていたように感じたからだ。そう考えれば、陽介が考察した通り落水がわざと攻撃的な口調を選ぶ理由があるような気がして、悠はその事実を飲み下す事が出来ないでいた。

 

「私、やっぱり駄目かも。あの人の事、どうしても好きになれないよ……」

 

「あんだけの態度取られりゃな。俺も大好きってやつの方が珍しいと思うわ」

 

「まあ、あの人なりの理由があるかもしれへんかもな」

 

 落水から距離を取った途端、まだ思うところがあるのか口々にそう言うが、陽介と希が何とか抑えようとフォローする。すると、陽介が雪子たちに聞こえないようにこっそりと耳打ちしてきた。

 

「なあ、気づいたか?」

 

「ああ…あの人、()()()()()()()()()()()()()()()()な」

 

 やはり陽介も薄々感じていたらしいが、あの落水の行動はどうも引っかかる。長田有羽子の話を無理やり終わらせようとした節があるし、何よりこれ以上詮索は止めろと言ってきたのだ。あの態度からして、落水と長田有羽子の間に何かあったことは明白だ。

 それを自ら悟らせてしまうとはあの人物らしくない。それほど現実離れしたこの状況に混乱しているのだろうか。

 

「それと、あの人やっぱり悠くんのことを知っとるんちゃう? 最後の言葉、何か悠くんに向けて言った風に聞こえたんやけど」

 

「………今はとにかく急ごう。りせたちと合流して、ここから出る方法を探すんだ」

 

「おうっ、そうだな」

 

「了解や」

 

 今はそれよりもりせたちを合流することを優先しよう。落水の謎やこの世界のことに関してはその後だ。そう心に決めた悠たちは少し休息を取ってから楽屋セーフルームを出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~悠たちが出発して数分後…~

 

 

「……あなた、ちょっと老廃物溜まってる?」

 

「あっ、その…昨日はここにいて何も出来なかったので……」

 

「そう…そうよね」

 

「………………………」

 

「………………………」

 

 

 悠たちが去ってからも楽屋セーフルームの空気は緊張に包まれていた。時たま落水の方から話しかけてくれるが、このように会話は続かず途切れ途切れになっている。メンバーの皆と一緒に居ると気だってガチガチに緊張していたのに、いきなり2人っきりになると更に緊張してしまったので、ともえの心の中はパニックだった。

 

「あなた、かなみんキッチンで一番年上よね。あと、絆フェスの本番もすぐね」

 

「はっ、えっ? あ、はい…!」

 

「知ってる? 運動は老廃物を……」

 

「運動します! 運動させて下さい! 今すぐ! ここでぇ……!」

 

「そう、じゃあ始めて」

 

 老廃物云々と思わず気にしてしまうワードを言われたともえは必死にそう訴えて絆フェスで踊る予定の振り付けを落水に踊って見せた。すると、

 

 

「ああ、ダメ。全然なってない。聞きなさい、ともえ。そこの振りのニュアンスわね…」

 

 

 

 

ーカッ!ー

「"会社の掃きだめ"と虐げられた部署に所属する女性先輩社員が女性新入社員に向かって、"男の数こそ女の価値よ!"と説く、そんな強気な女の悲壮を描くのよっ!!」

 

 

 

 

 

「だっ、ダメ!私…まったくイメージに付いてってない! 雪子ちゃーん! 鳴上くーん!」

 

 

ともえの災難もまだまだ続く……

 

 

 

To be continuded Next Scene



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#85「Time For Real Revolution.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

更新がまた遅くなって申し訳ありません。今回は伝えることが多すぎて前書きでは書き切れないので、後書きに書きたいと思います。

ちなみに、今回タイトルにしている「Time For Real Revolution」はP4AのBGMです。主に完二が活躍する場面で使われていました。このBGMは個人的にすっごく好きで、興味がある方は是非とも聞いてみて下さい。YouTubeに上がっていたと思います。

改めて、お気に入り登録して下さった方・高評価と評価を下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

これからも応援よろしくお願いします。


<セクシーラウンジ>

 

「正直この事件、どう思う?」

 

「本当にその有羽子さんって人が犯人なのかってことだよね?」

 

「うう……その可能性あんま考えたくないなー……」

 

「…………」

 

 陽介や絵里たちが何か話している最中、悠は思考の海に入っていた。考えているのは先ほどの落水の態度やあのメモの内容だ。

 

 まずはメモの内容……

 頭を過るのは夏休みに見た誰かが苦しんでいるあの夢。偶然なのか、あの夢が語った内容とあのメモの内容が一致しているのだ。だが、偶然にしては出来過ぎている気がする。

 もしかしたら、この事件が起こるのを予知した誰かが夢で自分に伝えたのかもしれない。だとしたら、一体誰が……

 

「なあ悠、お前の意見も……おい、悠」

 

「………………………」

 

「鳴上くん! 鳴上くんってば!」

 

「ダメだわ…完全に自分の世界に入ってる」

 

「それやったら、ウチに任せとき」

 

 いや、それよりもこの世界に関係しているであろう長田有羽子と落水の関係も気になる。自分たちには冷たい態度を取っているが、異世界に放り込まれたにも関わらず落ち着いていた落水が長田有羽子の話題が出た途端、感情的になったのだ。一体あの人たちの間に何があったのか? 

 

 

 

「悠くん……♡」

 

 

 

「うおっ!?」

 

 もう少し深く思考しようとしたとき、鼓膜に希の甘い声が響いて悠の意識が急に覚醒した。唐突だったので思わず飛び上がってしまい、その様子を見た陽介たちが微妙な表情で唖然としている。当の本人はクスクスと笑っているし、自分の顔が赤いのも感じる。

 

「うふふ、やっと気づいたんやね。気づかへんかったらもっと凄い事しようと思ってたんに」

 

「えっ? 凄いこと?」

 

「あ~はいはい、これ以上は止めな。悠、本当に大丈夫なのか? 何かすっげえ考え込んでたけどよ」

 

「あ、ああ……問題ない。それで、何だっけ?」

 

「だから、この事件の犯人は誰かってことだよ」

 

 そう言えば、楽屋セーフルームを出発してから陽介たちが神妙な顔で話し合っているのは目にしていたが、思考の海に入っていたので話題までは聞こえなかった。

 

「はあ……聞いてなかったのね。まあ私たちも煮詰まってたし、聞いてもしょうがないかもしれないけど」

 

「しょうがない?」

 

 珍しく嘆息する絵里にそう尋ねると、代わりに陽介が経緯を説明した。

 

「今回の事件に関する噂が“死んだアイドルの呪い”的な話だからな。長田有羽子さんがこの事件に関係しているのは遺書みてーなメモとともちんの証言から確実だろ。普通に考えりゃその人が絆を欲しがって事件を起こしたってのは辻褄は合う」

 

「タクラプロも関係してるし、ともえさんたちがカリステギアって有羽子さんの歌を歌うって話もあったし。でも……」

 

「そうか。符号する点は多いけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そうなんだよ。ともちんたちも有羽子さんのこと詳しく知ってる感じじゃなかったし、しかもA-RISEやかなみんキッチンってここ最近結成されたグループだしな。この線は脈ナシってわけだ」

 

「それでもう一回洗い直してみたの。タクラプロ所属でかなみんキッチンとA-RISE、そして長田有羽子を知っている人物……でも、思い当たる人が居なくて。もしかしたら私たちが知ってる人じゃないかもしれないし」

 

「でっ、結局振り出しってこと……」

 

「なるほどな」

 

 確かに条件は絞れていているが、問題なのは現在自分たちにタクラプロ、もといかなみんキッチンやA-RISE、更に長田有羽子の情報が不足していることだ。

 

 

「もしかしてだけど、()()()()じゃない?」

 

「えっ?」

 

「だから落水さんじゃないの? この事件の原因は」

 

 

 絵里から発せられた人物の名前に悠たちは目を見開いた。

 

「え、絵里ちゃん……それガチで言ってんのか?」

 

「別にあの人のことが気に食わないからって幼稚な理由じゃないわよ。悠や陽介くんだって薄々気づいてたでしょ?」

 

 絵里の返答に陽介は肯定するかのように頭を掻いた。どうやら陽介も同じようなことを考えていたようである。

 

「絵里、一応聞くけどその根拠は?」

 

「あの人……ともえさんたちに有羽子さんの歌を歌わせようとしてたって言ってたわよね? それに、落水さんも有羽子さんのことを名前で呼んでた。これって少なからず、2人は以前親密な関係にあったってことよね?」

 

「つまり……?」

 

「本当は隠してるんじゃない? 例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()とか。私たちに詮索しないようにって釘刺したのも、それが理由じゃないかしら」

 

 すらすらと自分の推理を披露する絵里。流石は成績優秀なだけあって説明に無駄がない。だが、それに千枝が待ったをかけた。

 

「あれ? でも落水さんってタクラプロに関係あったっけ? あの人、絆フェスの総合プロデューサーだけど、タクラプロのプロデューサーじゃないんでしょ? だから、タクラプロに関係してるってわけじゃ」

 

「違うわ。確かに落水鏡花は今はフリーだけど、その前はタクラプロ所属だったのよ。あの人がタクラプロを辞めたのは10数年前……だったかしら?」

 

「矢澤、よく覚えてんな」

 

「まあ一応ね」

 

 千枝の疑問に間髪入れず、アイドル業界に精通しているにこからそう指摘してくれた。落水の経歴まで覚えているのは流石というべきだろう。だが、これで絵里の推測が信憑性を増した。

 タクラプロと絆フェスの両関係者でかなみんキッチンやA-RISEのことも詳しく知っている……この事件の黒幕の条件に合致するのは落水だ。先ほどの詮索されたくないような態度からして、長田有羽子と周りに触れられたくない何かあったのは明白だろう。

 

「絵里の予想通りだとすれば、あの人のこれまで行動や言動に辻褄は合うけど……俺はそうは思わない。もしこの事件を落水さんが起こしたとしても、ともえさんたちを巻き込むメリットがないだろ。態度は冷たかったのかもしれないけど、あの人が一番絆フェスを成功させたがってたはずだ」

 

「…………確かにそうね。でも、あの声の正体が落水さんのシャドウだったらどう? それだと辻褄は合わない?」

 

 悠は違和感を感じて反論したが、絵里からの切り返しに押し黙ってしまった。確かにこれまでのケース通り、人間の抑圧された感情や欲望の塊であるシャドウがこの世界を形成し、噂を元に事件を起こしたとなれば説明がつく。実際GWに起こったP-1Grand Prixがその例だった。

 

「確かに、ラビリスのこともあるしな。本人にその気がなくても、心でそう思ってたことでシャドウが暴走して事件を起こしたって線も考えられる。でも、それだったらあの人がいつこの世界に入ったのかって問題も浮上するな。シャドウって早々発生するもんじゃないし、いつ落水さんがこの世界に落ちたんだって話になるだろ?」

 

 陽介からの指摘に絵里は反論の言葉が出なかった。議論は結局振り出しに戻ってしまった。やはり情報が少ないこの状況では全部推測になってしまう。

 

「ん~……やっぱり今の状況じゃ分かんないね」

 

「そうだね。やっぱり早く合流地点に行った方が良いんじゃないかな? あっちには直斗くんがいるし、何か掴んでるかもしれないよ」

 

「おおっ! それ良いね!!」

 

 確かに雪子の言う通り、これは一刻も早くりせや穂乃果たちと合流すべきかもしれない。もしかしたら、あっちはあっちで別の情報を手にしているのかもしれないからだ。流石に頭打ちなので、悠も雪子の提案には賛成だった。

 

「そうだな」

 

「悠、どうしたんだよ。さっきから見てたけど、落水さんに肩入れしすぎだろ」

 

「まさか、穂乃果ちゃんみたいにあの人は良い人だからって言うんじゃあらへんよね?」

 

 希たちの指摘に悠は言葉を詰まらせた。確かに自分らしくもないかもしれない。だが、どうしても自分の直感が落水は犯人ではないと言っている。

 

「……確かに、そう思ってないと言えば嘘になる。でも…………んっ?」

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 

 

 その時、辺りから地鳴りが響き、地面が揺れ始めた。まさか地震かと思い、女子たちは悲鳴を上げ、悠と陽介は落石から女子たちを守るために周囲を警戒する。しばらくして地震は止み、辺りに静けさが戻った。

 

 

「い、今のは……地震?」

 

「ふ、普通の揺れじゃなかったわよ!」

 

「何か起こったのかもしれない。急いでりせと穂乃果たちとの合流地点に急ごう!」

 

 

 もしや今までより非常事態が起こったのかもしれない。その真偽を確かめるために悠たちは急いで合流地点まで走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~特捜隊&μ‘s3年組が合流する直前~

 

 

「……はっ!?」

 

「ど、どうしたの? ことりちゃん」

 

 時を遡って特捜隊&μ‘s3年組が合流する直前、ツバサとマリーを楽屋セーフルームに置いて出発した穂乃果たち。しばらく歩いて新たなステージに辿り着いたところで、突然ことりが天から何か降りたように硬直した。

 

「……菜々子ちゃんが、テレビにデビューする」

 

「「えっ?」」

 

「それに……お兄ちゃんと希ちゃんが一緒に踊るって……ううううっ……ずるい……!ことりはまだお兄ちゃんと一緒に踊ってないのに~~~!!」

 

「こ、ことりちゃん……目が怖いよ」

 

「穂乃果、いつものことです…」

 

 兄妹は似るというか、こちらも何かのセンサーが働いたのかことりが怖い顔でそんなことを言ってきたので、穂乃果たちは相変わらずのブラコンぶりに背筋を凍らせていた。

 

「マジで!? ううう……ただでさえこの世界にはマリーちゃんも来てるのに~~!!」

 

「お前なぁ……」

 

「悠さんじゃないけど、そっとしておいた方が良いわね…これ」

 

 そして、別ルートに行ったはずのりせたち特捜隊2年組と花陽たちμ‘s1年組も一緒にいる。どうやら辿り着いた新たなステージが3ルートの合流地点だったらしく、合流した当初は互いに戦いを乗り越えて再会できたことを喜んでいた。

 若干名は悠と合流できなかったことを残念がって、今みたいに一緒にいるであろう希に対してグチグチ文句を言っていたりするが気にしない。

 

「はっは~……ナナちゃんのことも気なるけど、ここの世界もちょ~気になるクマねぇ。まるでお城みたいで、ユキチャンの逆ナンを思い出すクマ~」

 

「クマさん、それはちょっと……それより逆ナンって、雪子さんのシャドウってどんな感じだったんだろう?」

 

「知らないわよ。私も聞いてないし、聞こうとは思わないわ。私たちのも大概だったし……」

 

 そう、今穂乃果たちがいるこのステージは先ほどのツバサのとは違う、メルヘンチックな雰囲気が漂うおとぎ話に出てくるお城のような場所だった。

 クマ以外のここにいるメンバーは知る由はないが、外見は特別捜査隊メンバーの雪子がテレビに落とされた時の世界に少し似ている。そこで何があったかは恥ずかしいので、本人は絶対に言わないし聞くつもりもない。自分たちだってキャバクラや遊園地、コンサートホールなどと思い返せば頭が沸騰しそうな目に遭ったのだからだ。

 

 

「しかし、マリーさんが無茶までしてこの場所に来るとは……それほどのことがここで起こっていると解釈した方がいいかもしれませんね」

 

 

 一方、直斗は皆と合流して情報を交換してからこの調子である。どうやらこの世界のことやあのシャドウたちのことが気になってずっと考えているらしい。

 

「そう言えば直斗くん、ここまで来る間に何か分かったことあるかな? あの声の事とか、シャドウたちの事とか?」

 

「……残念ながら情報が少なすぎて現状何も分かってない状態で……ことりさんの考察通り、あのシャドウたちが人の感情を持っているのであれば、僕たちがダンスで気持ちを伝えることで消滅することに説明がつくんですが……」

 

 そう答える直斗の表情は芳しくない。探偵を生業としている直斗も情報が少ないこの状況ではお手あげらしく、顎に手を当てては顔をしかめて頭を悩ませていた。

 

「でもさ、それ以前に何でこの世界にもシャドウがいるんだろう? ここって稲羽や音ノ木坂の世界とは別物なんだよね? そこらへんクマさんとか分からないの?」

 

「ん~、悪いけどホノちゃん、クマも分からんで困っとるクマよ~。マキちゃん、何でかなぁ?」

 

「知らないわよ。というか、一番分かってないといけないのアンタでしょう」

 

 ダメ元で稲羽のテレビの世界の住人であるクマに尋ねてみるが、結果は案の定だった。隙を見て真姫に抱き着こうとしたクマだったが綺麗に躱された。

 

「あれ? 完二さん、どうしたのかにゃ?」

 

 別の方を見ると、完二が難しそうな表情でボウっとしている様子が見られた。普段こういう表情をしない彼にとって珍しいことである。

 

「いやよ、思い返してみたら…あのメモが関係してるんじゃないかって思ってよ」

 

「メモ……ああ、あの楽屋にあったアレのことですか?」

 

 話を聞くと、どうやらりせや花陽たちのルートにも楽屋セーフルームは存在し、そこにまた奇妙なことが書かれたメモが残っていたらしい。内容も似たり寄ったりで誰かが遺書を記したかのような不気味なものだったとも聞いている。

 

「おう。でよ、それを書いたやつはどうも何かに後悔してる感じだったし。まあ関係あるか分かんねえけど、ここのシャドウって俺たちのテレビの世界でいたやつとは別もんみてーだから、そいつの後悔が生み出したのがあのシャドウじゃねえかなって」

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 完二が己の推論を披露した途端、穂乃果たちは驚愕の表情を保ちながら沈黙した。

 

「な、なんだよ……」

 

「か、完二くんが……推理してる……」

 

「はあ?」

 

「でしょ! 私たちもびっくりしてさ。まさか、あの完二が頭を使うなんて」

 

 悠や直斗のように頭を使わない完二がキチンと自分の意見を述べかつその内容が非常に興味深いものだったゆえか、普段とは違う完二に穂乃果たちは驚きを隠せなかった。それは一緒に行動していたりせや直斗たちも同じだったらしく、一緒にうんうんと頷いていた。

 

「いや~クマはカンジが立派に育ってくれてヒジョーに嬉しいです、ハイ」

 

「はあっ!?」

 

「穂乃果や凛と同じおバカキャラだと思ってたのに……人は見かけによらないって本当ね」

 

「ちょっと! 真姫ちゃん!? 今聞き捨てならないことを聞いたんだけど!」

 

「凛は馬鹿じゃないにゃ!!」

 

「てか、テメ―ら、俺を何だと思ってやがんだ!! シめんぞ! きゅっとシめんぞ、ゴラァっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフ……ホントに楽しい子たち。でも、そんなこと考えるだけ無駄だよ。無駄無駄」

 

 

 

 

 

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 完二の叫びが木霊した時、あの謎の声が天から降り注ぐように聞こえてきた。

 

「出ましたね……! 皆さん、警戒を!」

 

 謎の声の出現により一斉に警戒態勢を取る。いつどこであのシャドウたちが現れたとしても対応できるように。その姿に何を思ったのか、謎の声はやれやれと言った調子で話しかけてきた。

 

「そんなに私が嫌い? 自分たちだけで仲良くして私たちの絆は受け入れてくれないくせに……」

 

「冗談じゃないわ! あなたのは絆じゃなくて洗脳でしょ! あんなリボンに縛られて自分を捨てさせて……穂乃果ちゃんの言う通りシャドウも可哀そうよ!」

 

「そうです! いい加減こんなの間違ってるって気づくべきです!」

 

 りせと花陽が猛反論する中、謎の声は瀬々笑うようにこう返した。

 

「……そんな事ないよ。だってあの子たちは自分から、私との“絆”を欲しがった子たちだもの」

 

()()()()…!?」

 

「フフフ……そうよ? ほら、聞こえない? 今だってあなたたちと繋がりたがってるあの子たちの声が……」

 

 瞬間、来た道は閉ざされ気配もなく黒い靄が発生し、大量のシャドウが姿を現した。そして、先ほどの“繋がりたがってる”という言葉に反応するみたいに、シャドウたちが巻きついているリボンを手に持ってりせたちにアピールしてきた。まるで“こっちにおいでよ”と誘っているように見えて、背筋が寒くなった。

 

「くっ……やるしかないみたいですね」

 

「上等よ。ここまで来て、そう簡単にやられてたまるもんですか」

 

 シャドウたちの出現に穂乃果たちは一層警戒を強める。

 

「自分から……絆を求める……? それに、人の感情を持つシャドウ……」

 

「おい直斗、ボーッとしてんじゃねえ! 考えるのは後だ!」

 

「あっ、はいっ……! すみません」

 

 謎の声の発言に引っかかるところを感じたのか、直斗は顎に手を当てて思考していたが、完二に注意されて一旦中断する。何か疑問があるとつい考え込んでしまうのは昔からの癖だが今はそれどころではない。

 

 

「どうして分からないの? 私たちと繋がれば、痛みも苦しみもない……そんなに頑張る必要はないよ。さあ、一緒になりましょう?」

 

 

 例の不気味な歌がまたも音量を上げてシャドウたちが躍り出した。何回聞いても気味が悪い鳥肌の立つ歌に顔をしかめてしまうが、問題なかった。

 見渡せば、直斗や完二にクマ、海未にことりに真姫、花陽や凛もキッと前を見たまま、崩れ落ちたりする気配もない。それを見て穂乃果とりせは安心した笑みを浮かべた。

 

「上等じゃねえか! これだってぶつかり合うって事の一つだぜ!」

 

「完二の言うことも一理ありますね……そうだとしたら、尚更負けられません!」

 

「凛だって、負けられないにゃ!!」

 

 そう声を上げて立ち上がったのは完二、そして海未と凛の3人だ。意外な組み合わせにりせは内心驚いた。しかし、この3人で合わせた曲などあっただろうか? 

 

「りせ、曲だ! 俺の曲をかけろ!!」

 

「え、ええっ!? 完二の曲! ダメだって! アンタの曲ってハイスピードでダイナミックな振りばっかでしょ。そんなのに海未ちゃんと凛ちゃんが合わせられるわけ……」

 

「良いです! やりましょう!」

 

「やってやるにゃ!」

 

「海未ちゃん!? 凛ちゃん!?」

 

 どうやら海未と凛は完二の曲についていく気満々だった。完二の曲をやると言っても動じないところ、覚悟は既に出来ているようだ。

 

「へっ、テメ―ら。ついてこれるか?」

 

「当たり前です」

 

「そういうなら、完二くんの方こそ凛たちに付いて来るにゃ!!」

 

 完二の挑発に海未と凛はフッと笑みを浮かべてそう返した。あの調子なら大丈夫。りせはその様子を見てハッキリとそう確信した。

 

 

「よーし、そういうことなら完二の【Time For True Revolution】いっちゃうよ! 海未ちゃん・凛ちゃん、完二に負けないように頑張ってね!」

 

 

「はい!」

 

「にゃ!」

 

「俺には何も言わねえのかよっ! まあいい、行くぜおめえら!!」

 

 

 

 

「「「μsicスタートっ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーカッ!ー

「「「ペルソナッ!!」」」

 

 

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 

 

 

 

 熱いアクションと一瞬たりとも目が離せない、ハイスピードダンスが終わったかと思うと、完二と海未、凛は一斉にペルソナを召喚。完二のタケジザイテンのドラムと海未のポリュムニアのフルート、凛のタレイアのトランペットが召喚者たち自身のダンスの余韻を忘れさせないハイテクニックな楽器捌きでセッションをし、盛大に会場を沸かせたと思うとシャドウたちは消えて光となっていった。

 

「フウゥ……どうやら分かったみてーだな」

 

「ええ、そうですね……ふう」

 

「うひゃあ……つ、疲れたにゃ~~~」

 

 やり切ったと言わんばかりに、息を吐きながらも3人は消えゆくシャドウを見つめながら感嘆した。

 完二と海未、そして凛の3人によるパワフルな……もといまるで3人そのものを体現したかのようなダンスに影響されてシャドウたちの表情も興奮が収まらないように見える。ペルソナによるセッションも素晴らしいものだったし、文句なしのパフォーマンスだ。

 

(う、ううん……いいんだよ? これくらい自己主張が強くなきゃメインなんて張れないし……)

 

 ただ……そんな中、りせの心境は複雑だった。あくまでりせが教えたのはバックダンサーの振りであって、海未と凛はスクールアイドルだし分かっていると思うが、完二の場合これがクセになって絆フェス本番でもそれで出てしまうのではないかと危惧しているのだ。そうなったら完全に3人のステージとなって自分が食われてしまうだろうし、自分の立つ瀬がない。ここがマヨナカステージで本当に良かったと、りせは心の中でそう安堵していた。

 

 

「フフフ……あ~あ、残念ね。せっかく私たちの仲間になってくれると思ってたのに……」

 

 

 またも、ガッカリしたような口調の声が天から聞こえきた。本当にそう思っているのかは知らないが、そんなのは心外だと言うように完二は声を荒げた。

 

「ざけてんじゃねえっ! 何が仲間だ! 仲間ってんのは、ぶつかり合ってもお互いを分かり合えるヤツのことだぜ! 俺を受け入れてくれたセンパイらやりせや直斗にクマ、そして海未や凛たちみたいななあっ!!」

 

「そうです、何度だってかかって来なさい! 貴女が操ってるシャドウなんて私たちが解放してやります!」

 

「かかってこいにゃ!!」

 

 

「フフフ……そんなの無理だよ。あの子たちの代わりはいくらでもいるんだから……」

 

 

「えっ?」

 

「可哀想に……あなたたちに毒されたせいであんなに欲しがってた絆をまた失くしていしまった。まあ、別にいいわ……要らないなら好きにすればいいんだから」

 

「そ、それってどういう意味!?」

 

 

「フフフ……言葉の通りだよ。感じない? 今だって、繋がりを求めてこの世界にくる子たちがどんどん増えてるんだから……。もう止められない、止まらない。誰だって繋がりを欲しがらない訳ないんだから……フフフ……アハハハハハハハっ!!」

 

 

 

「あっ、待ちやがれっ!!」

 

 高笑いしながら気配を遠ざけて行く声に制止を掛けるも無視するように声はそこからいなくなった。りせのナビにも反応しなくなったところを見ると、本当にいなくなったようだ。

 

「逃げて行きましたね……」

 

「ムムム……毎度何なんだにゃ!」

 

「何か薄気味悪かったね……」

 

「か~、やっぱりあの声……何か変な感じがするクマ~」

 

「ええ……しかし、このまま立ち止まるわけには行きません、急ぎましょう。何か……嫌な予感がする……」

 

「そ、そうだよ! 早くのぞみを見つけなきゃ!! え、いや……希センパイの方じゃないから! そこを間違えないでね!」

 

「間違えないわよ……」

 

 こうしてはいられないと特捜隊&μ‘s1・2年組はすぐに目の前に開いた道に向かって走って行った。一刻もはやくここに囚われているであろうのぞみを救出して、悠たちと合流しなくては。

 だが、そんな中で直斗は気になることがあったのか、走りながら顎に手を当てて思考に入っていた。

 

 

 

(……何か引っかかる。さっきあの声が言っていたあの言葉……まさか、あのシャドウたちは……だとしたら、()()()()が動いてない訳がない……)

 

 

 

To be continuded Next Scene




最後までお読みいただいてありがとうございました。


改めて、今回はいつもより短かった上に更新が遅くなってすみませんでした。
遅くなってしまったのは、現実で色々ありまして……簡単に言うと、色々落ち込んでいる時に詐欺に遭ってしまいまして………。詳しくは言えませんが、人の善意を蔑ろにされたものであったのと、評価が下がって落ち込んでいる最中に起こったことなので一時人間不信+鬱状態になってしまいました。

幸い何とか立ち直って執筆は続けられましたが、皆さんも重々気を付けて下さい。

ところで話は変わりますが、ついにP5Rが発売されましたね!P4G並に面白い新要素盛り沢山でとても興奮しました。
そこで、また番外編を書こうと思っているのですが、そのネタをアンケートで決めようと思います。いくつかネタを考えたのでそれを下の表から選んでもらうか、活動報告にて思いついたネタを書き込んで下さい。

それでは、次回もよろしくお願い致します。


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#86「Heaven.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

毎度更新が遅くなってしまいすみません。

P5Sの情報が更新されてワクワクしている日々が続いています。怪盗団が全国をキャンピングカーで周っていくのが良いなあと思ったので、こっちでも番外編でそういう話を作れたらなぁと思いました。
まあ、まずはP5Rの方が先なんですけどね。まだまだ番外編アンケートは実施中ですので、良かったら回答して下さいね。

改めて、お気に入り登録して下さった方・高評価と評価を下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


<現実サイド>

 

 一方、菜々子と雪穂、亜里沙のテレビ出演が決まった翌日、かなみたちは雛乃の車でタクラプロ事務所に行き、プロモーション用のスタジオにやってきた。まだ取材班は来てないらしく、スタジオはいつも通りの静けさを保っていた。

 テレビの撮影とあって菜々子たちはとても緊張しているようだったが、井上の説明する本番の段取りをかなみと一緒に一生懸命聞いていた。ただ、同じメンバーのともえやたまみたち、そして悠たちの姿はそこにはなかった。

 

「じゃあ、そういう段取りでね。今日も落水さんはいないけど、頑張って」

 

「井上さん、それってその……そういうことですよね?」

 

 かなみにそう尋ねられた井上はバツが悪そうな顔をする。その反応はかなみの予感を決定づけていた。

 

「まあそうだよね……でもあの人、2日くらい電話でないの珍しくないから。たまみちゃんたちの事は事務所でも話しているから安心して」

 

「だって、もう2日ですよ。いくらなんでも」

 

「分かってるけど、事務所としてはこれ以上プロモーターに迷惑かけられないから。今、僕らが色んな場所で当たってるし、きっと見つかるから。かなみちゃんは今の仕事に集中して。いいね?」

 

「……やですけど、はい」

 

 不貞腐れた声色でそう返事をするかなみ。そんな態度を取るかなみに顔をしかめた井上は言い聞かせるように注意した。

 

「あのね、かなみちゃん。今日はインタビュー入るから。打ち合わせてあるけど、たまみちゃんたちの事聞かれたら“体調不良”で言ってね」

 

「……体調不良じゃないのに……」

 

 井上は中々いう事を聞かないたまみにどうしたものかと軽くため息をついて頭を掻いてしまった。成り行きを見ていた雪穂と亜里沙もどうしたらいいのかわからずオロオロしている。すると、

 

 

「かなみちゃん、しゃんとしなさい」

 

 

「ひ、雛乃……さん?」

 

 スタジオの隅で様子を見ていた雛乃が凛とした声色でかなみにそう注意した。ちなみに雛乃は今日は菜々子のことが心配で仕事を休んでここに来ている。

 

「かなみちゃんが皆のことが心配なのは分かるわ。でもね、そういう時こそ貴女がしっかりしてなきゃいけないのよ。皆を安心させるためにね」

 

 宥めるように優しく語り掛ける雛乃だったが、かなみはまだ気が収まらないのか思わず反論してしまった。

 

「で、でも……危ない目に遭ってるかもしれないのに、安心もあったものじゃありませんよ! 雛乃さんだって鳴上さんのこと」

 

 

「かなみちゃんっ!」

 

 

 間髪入れずに放った雛乃の強気な声色にかなみはピシッと背筋を伸ばしてしまった。そして近くで成り行きを見ていた井上や雪穂たちでさえも何故か背筋をピシッとしてしまった。

 

「私だって悠くんやことりたちのことが心配よ。でも、あの子たちは必ず帰ってくるって信じてる。だから、かなみちゃんも信じなさい」

 

 雛乃のしっかりとした気持ちが伝わってくる。そう感じたかなみはついに観念したように項垂れた。

 

「は……はいっ! 井上さん、すみませんでした……」

 

 

 雛乃の言葉が心に響いたのか、かなみは先ほどの不貞腐れた態度を取ってしまった井上に謝罪した。

 

「す、すみません……雛乃さん」

 

「いいんですよ。私もかなみちゃんのことは放っておけませんから」

 

 自分の代わりに諭してくれた雛乃に井上は申し訳なさそうにお礼を言った。本来自分が言い聞かせなければいけない立場なのにと思ってのことだろう。

 そう言えば、井上に尋ねたいことがあったのを思い出した。昨夜菜々子に指摘された絆フェスで歌う新曲の歌詞について引っかかってることがあるのだ。今聞くのはあれかもしれないが、思い切って尋ねようとしたその時

 

 

「おはようございまーす!」

 

「ああ、おはようございます。今日はよろしくお願いします」

 

 

 だが、運悪く取材班がスタジオに来てしまった。それにより井上は取材の最終確認をするためか訪れた担当の人と打ち合わせに入ってしまった。何とも悪いタイミングだとかなみは心の底から溜息をついた。

 

 

「あれ?」

 

 

 恨めし気に取材班を見つめていると、何か妙に怪しい人物が混じっていることに気づいた。

 背中に“完全燃焼”と大きく書かれたTシャツに水色キャップと顎髭、極めつけは首にぶら下げたデジカメ。新人ADなのか知らないが、妙にきょどっている節が見受けられる。

 

「あんな人、取材の人にいたかな?」

 

 すると、かなみの視線に気づいたのか新人ADっぽい人は目を輝かせてこっちを向くと、デジカメを手にして写真を撮ろうとする。やばいと思った矢先、近くにいた先輩ADらしき人物が新人ADの素行に気づき、すぐさまデジカメを没収して新人ADを厳しく注意した。

 

 

「???」

 

 

 何だか今日の取材が不安になってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<マヨナカステージ>

 

 先を急ぐりせと穂乃果たち特捜隊&μ‘s1・2年組。周りの景色が完全に雪子城のようなモチーフになった頃……自分たちの行く先で迷子のようにオロオロしている人影を見つけた。

 

「だ、誰かいるよっ! あそこ!」

 

「あ、あれは間違いありません! 中原のぞみさん本人です!!」

 

 ようやっと目的の人物を発見した。どうやらあの謎の声もこちらに来てないようだったので、一刻も早くのぞみを連れて行こうと彼女の元に急いで駆け寄った。

 

「り、りせさん? それに、μ‘sの…………本物?」

 

「のぞみ、大丈夫? けがとかしてない?」

 

「あ、うん……大丈夫……けど、ここがどこか全然分かんなくて」

 

 りせに尋ねられてオドオドとした口調でそう答えるのぞみ。どうやらすももやあんじゅ、ツバサと同じく今己が置かれている状況に追いつけず動揺しているようだ。だが、のぞみの姿を確認したクマはそんなこともお構いなしに、いつもの調子で話かけてきた。

 

「ムホホ~かなみんキッチンの白馬の王子様、こっちのノゾチャンに生で会えるとは~~」

 

「白馬の王子だあ? 何言ってんだおめー、どう見たってコイツ女だろ」

 

 まるっきり女の子みたくクマに怯えているのぞみを見て完二がそうクマにツッコミを入れた。だが、そんな完二に賛同する者はいない。まあ一度会っている穂乃果たちはともかく、アイドルなどの芸能に疎い完二がそう思うのはむしろ自然と言える。

 

「チッチッチ~……カンジったら、ちーっとも分かっとらんクマねー。ノゾチャンは男の娘、つまり女の子が男の子っていう禁断の魅力が売りクマよ~」

 

「お、女が……男?」

 

「なっ、何で僕を見るんですか!?」

 

 “男の娘”・“王子”というワードで完二のみならず、穂乃果たちも思わず直斗の方を向いてしまった。直斗も世間では“探偵王子”と呼称されているので、言われてみればこの2人はキャラが被っているのかもしれない。

 

「完二、のぞみは直斗くんと違うよ。直斗くんのはお家の環境とかでこういうキャラだけど、のぞみのあれってほとんど事務所が作ったキャラだし」

 

「えっ?」

 

「のぞみって普段は凄く大人しいのに、自分の事話すだけで緊張しちゃうタイプなの。もしかしたら、かなみや前の花陽ちゃん以上かもね」

 

「えええええええええっ!?」

 

 りせのカミングアウトに花陽は固まってしまった。

 

「そ、そんな……あんじゅさんに続いて、中原のぞみさんも……あ、アイドルって……」

 

「かよちん! しっかりするにゃ~~!!」

 

 またもアイドルの顔とは違う、素の姿のギャップに驚愕する穂乃果たち。主にファンである花陽は真っ白な表情で呆然としていた。もう何度目かの出来事なのだが、花陽は相も変わらずショックなのか同じリアクションを取っている。

 

「これは相当ダメージが入ってわね……」

 

「ううう……かよちゃん……分かるクマよ~。ゲーノー界ってキビシー所ね……クマ、登り詰める自信がありません」

 

「オメーは芸能界入ってねーだろ」

 

「と、とにかく! 中原さんが無事でよかったです。早く安全な場所に移動しましょう。ち、ちなみに僕も、自分の事を話すのは得意じゃありあせんよ……!」

 

「………………」

 

「……すみません、関係ない話でしたね」

 

 誰も聞いていないのに、突然直斗は自分の事を最後に付け加えて、そのまま失速した。直斗にしては珍しい挙動に気まずい雰囲気が流れ始める。のぞも本人はキョトンしているが、どうやらキャラが被っているせいなのか、直斗が何故か対抗心を燃やしているようだ。何故そこに対抗心を燃やすのか分からないが……

 

 

 

「フフフ……見つけた。ダメじゃない、のぞみ。ステージから逃げ出しちゃ」

 

 

 

ー!!ー

 

 忘れたころにやってくるというのか、またもタイミングが悪い時にあの声が辺りに鳴り響いた。

 

「あ……あ、嫌……この声……!」

 

「来ましたね。皆さん、油断しないで下さい! 巽くんとクマくんは中原さんを!」

 

「おうよっ!」

 

「りょーかいクマ!」

 

 謎の声の出現にのぞみは怯えて、直斗たちは一気に緊迫感に包まれる。一斉に警戒態勢を敷き、完二とクマは直斗の指示通りのぞみを守るようにそばに寄った。だが、そんな様子をまたも嘲笑うように謎の声は嘲笑した。

 

「フフフ……そんなことしたってダメよ。私たちの絆は何より強いんだから。ねえ、のぞみ……あなただって絆が欲しいでしょ? あなたを分かってくれる人達の絆が……」

 

「き、絆……で、でも……」

 

「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえ! こいつがどう思うかはこいつの自由だろ!」

 

「そうです! 勝手に横やりを入れて、のぞみさんの事を決めようとしないで下さい!」

 

 “自分たちの絆は強い”など見当違いも甚だしい物言いに完二と海未はここぞと反論する。しかし、その時謎の声から信じられない言葉が飛び出した。

 

「……それは違うわ? いいのよ、私が決めれば」

 

「ああ?」

 

「のぞみは考える必要なんてない……ただ、私たちを受け入れるだけでいいの。悩んだり苦しんだりするなんて無駄なんだよ。皆が望む以外ののぞみなんて、最初から必要ないんだから」

 

 その言葉を耳にした途端、改めて頭の中が真っ白になった感覚に襲われた。あの声が言ったことはあまりに滅茶苦茶だ。だが、それが本気で言っていることは確かだ。

 あの声は今、のぞみがどう思っても関係ないと思っている。その言い方があまりに当たり前だと言わんばかりだったので、りせと穂乃果たちの心の中に怒りの感情が沸き上がった。

 

「何言ってんのコイツ……!」

 

「そんなの……酷いよ! それって、結局自分の考えを押しつけてるだけじゃん!!」

 

「穂乃果さんの言う通りですね。相手の為だと言っているように聞こえますが、実際は相手の意思を無視している。全く、呆れたものです……」

 

「そんなやり方で、信頼関係なんて築けるはずないわ。全部アンタの我がままでしょ」

 

 

「どうしても分かってくれないんだね。でも、正しいのは私だよ。だって……こんなに沢山の子たちに求められて、のぞみが喜ばない訳ないんだから!」

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 次に何が起こるかは予感していた。そして、予想通りにいつの間にか前後方の道は塞がれて、代わりに入ってきた黒い靄がシャドウに姿を変えてりせたちを取り囲んだ。

 

 

「出よったなー! って、ちょっとー! 今までより全然数が多いクマ~! 相手も核心突かれて本気出してきたクマカー!?」

 

「それでもおかしいわよ! こんなシャドウたち、一体どこから」

 

 

 そう、先ほどのものとは比べようもないほどここにシャドウたちが密集していた。まるで逃がすものかと言うように道を塞ぐ形で溢れており、見るだけで気分が悪くなる。

 

 

「言ったじゃない。絆を求める子たちはいくらでもいるって。だから、もういい加減に私たちも受け入れて? 自分を通したって、皆を失望させるだけだから」

 

 

 その声を合図に気味悪い歌とシャドウのダンスが始まって例えようのない脱力感がりせと穂乃果たちを襲う。何度も味わってきたが、一方的な意思を無理やり押し付けらる深いなこの感覚は今でも鳥肌が立ってしまう。しかし、

 

 

「せっかくのお誘いですが、何度言われてもこんな歌に踊らされる気にはなりませんね」

 

「そうね。こんな趣味悪い曲で踊らされるなんて、真っ平ごめんだわ」

 

 

 そんな中、直斗と真姫が謎の声の言葉を涼し気な表情でそう返した。その只住まいにあちらも呆気に取られたのか、呆然としている様子が感じられた。そして、2人に便乗する形でクマが声を高らかにしてこう言った。

 

「ナオちゃんとマキちゃんも言う通りクマ! もっと楽しい曲で、自由にダンスしてみんなに気持ちを伝えた方が絶対楽しいクマよ」

 

「クマ、良いこと言う! そうだよ、求められるのと違うかたって、自分を捨てるなんて絶対にダメ……! 最初はすれ違って傷ついたって、分かって貰おうって思って相手に伝えなきゃ、何も始まらないよ!」

 

「うんっ! ここにお兄ちゃんが居たらそう言うはずだよ。よーし、じゃあ直斗くん・真姫ちゃん、一緒に踊ろう!」

 

「ぎょええっ! コトチャン! クマの出番は~~~!? 結局クマは原作通り出番がないままクマか~」

 

「なんだよ、原作って……」

 

 良い感じのことを言ったクマを押しのけて、ことりが直斗たちと共に前に出た。出番を取られてしまったクマは訳の分からないことを言いながらしょんぼりとしてしまっている。そんなコントのようなやり取りに苦笑しつつも、りせは改めて3人の覚悟に応えて音響の準備を整えた。

 

「OK! ここは直斗くんの【Heaven】を流すけど、3人とも準備はいい?」

 

「ええ、問題ないわ」

 

「ことりも大丈夫だよ」

 

「はい。では真姫さんとことりさん、よろしくお願いします。それでは、行きますよ!」

 

 

 

 

「「「μ‘sic スタート!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあ……カッコイイ……」

 

 安らぎような女性ボーカルと曲調から始まった直斗・ことり・真姫の3人によるダンスパフォーマンスにのぞみは感嘆した。

 まるで天国を彷彿とさせるようなしなやかな動きと表現、そして何も恐れることなく自分を生き生きと表現している彼女たちのダンスは自分にはない確固たる意志が感じられたからだ。

 

 

「フフフ……そうよね、あなたはあの子たちのように強くない……自分を出すのが怖いから……」

 

 

 それは唐突だった。頭の中にさっきの不気味な声が響いてきた。いきなりだったので、のぞみは思わずビクッと身体を震わせる。

 

「な、何……?」

 

「あなた、あの子たちと正面から向き合うことなんてできる?」

 

 その言葉を聞いてのぞみは胸がチクッと刺さるのを感じた。改めてステージの3人や声を上げて声援を送るりせたちを見てみる。そして、胸に沸き上がった感情が溢れだして……

 

 

「む、無理!」

 

 

 心でそう叫んでしまった。その台詞にニヤリと笑った謎の声はのぞみにリボンを向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ペルソナっ!!」」」

 

 

 静かに幕を閉じたパフォーマンスの後、すかさず3人はペルソナを召喚。直斗のヤマトスメラミコトのヴァイオリン、真姫のメルポメネーのピアノ、ことりのユーフォニアムによるセッションが優雅に始まった。

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 

 

 直斗・真姫・ことりの3人によるパフォーマンスにシャドウたちは歓声を上げたまま、綺麗な天の川の一部になって消えていった。

 

 

「うん、上手く伝わったね」

 

「ええ。何とかなって良かったわ」

 

「傷つくことを恐れていては自分を分かって貰うことは出来ない……フフ、耳が痛いですよ。昔の僕に聞かせてやりたいくらいだ」

 

 

 消えゆくシャドウたちを見ながらことり達は息を整えながらコメントした。

 この3人のパフォーマンスにもりせは感嘆していた。3人とも夏休みの時に比べてかなり上達しているのが感じられたからだ。特に直斗の成長ぶりには目を張るものがあり、この合宿の中で一番成長したなと実感した。

 

 

「フフフ……あ~あ、何でみんなこの子たちに毒されちゃうんだろう?」

 

 

 またも感動を台無しにするようにあの謎の声天から降り注いだ。何度聞いても癪に障るイヤミったらしい声色にせっかくの雰囲気がぶち壊しになってしまった。

 

「いい加減にしなさいよ! さっきから言いたい放題言ってくれちゃって! 大体アンタ、いつも声だけで何よ! 私たちに文句があるなら姿を見せなさい!」

 

「フフフ……何故? 私たちはあなたたちと向き合うつもりなんてないもの……」

 

「何っ!?」

 

「良いじゃない、お互い傷つかない距離でいるなら、こうして仲良くいられるんでしょう? 良き隣人関係ってやつかな?」

 

「はあっ!?」

 

 またもとんでもない発言をした謎の声。この声はわざと自分たちの癇に障る言葉のチョイスをしているのでないかと思えてくる。

 

「勝手に仲良くしにせんで欲しいクマ! クマはアンタの友達になった覚えはないクマよ!」

 

「アンタみたいなのと、友達になれる訳ないでしょ。顔を見せないんだから、仲良くも幸せもないわよ」

 

 

「そう……? 私はあなたたちにも幸せになって欲しいけど。誰も傷つかず、皆で幸せになる……ここはそのための世界だもの」

 

 

「だから、それが違うって言ってんだろうが! いい加減気づきやがれ!!」

 

「そうだよ! それが分からないなら何度だって伝えて見せる!」

 

 

 

「フフフ……本当に呆れた子たちね。自分のことばっかりでお友達のことに気づかないのかしら?」

 

 

 ふと見てみると、何かおかしいことに気づいた。まさかと思って辺りを振り返ってみるとなんとそこには居たはずののぞみの姿はなかった。

 

「のぞみさんがいない! まさか」

 

「フフフ……分からないなら分からせるしかないでしょ? だって、私はあなたたちにも幸せになってほしいから……」

 

 もはや言ってることが熾烈滅裂だった。だが、さっきも同じパターンでターゲットを連れ去られたのに、またも同じ手口でやられたことに腹が立つ。

 

 

「は、早く行こう! 手遅れになる前に」

 

 

 予期せぬ事態に慌てたくなるところだが、そこをグッと堪えて攫われてしまったのぞみを助けるべくりせたちは急いでステージの奥へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ロマンキャッスル メインステージ>

 

「何ここ……ステージ?」

 

 攫われたのぞみと完二の後を追ってりせと穂乃果たちが辿り着いたのはまたも奇妙なステージだった。海未の言う通り、まるでオペラやミュージカルをやるためのコンサートホールのようなステージだった。

 

「まるでミュージカルのステージみたいですね」

 

「見てっ! あそこ!!」

 

 穂乃果が指差したところを見ると、そこにはスポットライトを当てられたのぞみが立ち尽くしていた。

 

 

「い……やだ! だって、私っ!」

 

「フフフ……のぞみも“いやだ”なんて言えたんだね。でも、あなたにはそうするしかないの……それとも、あなたは“本当の自分”でなんて、皆の前で立てるのかしら……ねえ?」

 

「う……違う! だから、私……少しずつでも、話たり……!」

 

「そう……? でもそれは痛い、苦しい。上手く行かなくて、いつも泣いているのは誰……?」

 

「あ、あなた……誰? 何で私の事を……」

 

「のぞみは昔からそうだよね……? 人の視線が怖い、人の言葉が怖い、人と関わるのが怖い……どうして自分から傷付く必要があるの? “演じて”いれば、皆簡単に愛して貰えるのに」

 

「……!」

 

「“本当の自分”なんて必要ないよ……だってそんなの誰も求めてないんだから」

 

 

 容赦ない言葉の刃に打ちしがれてしまうのぞみ。ダメだ、あれは完全に心を折られる寸前まで行っている。

 

「のぞみさん!」

 

「のぞみ!!」

 

 駆け寄ろうとしらりせたちにのぞみは怯えた視線を向ける。言葉を慎重に選ばないと本当にのぞみの心が折れてしまうかもしれない。だが、そんな余裕をあの声がくれるわけがなく…

 

 

「フフフ……ねえ、のぞみ。“本当のあなた”でいるなんて苦しいだけ……そんな事しなくても、あなたは立派にやれるわ」

 

「えっ?」

 

「だってあなたには“みんなが望むあなた”でなら、人に接する事だって簡単にできるんだから」

 

「ほら……聞かせてあげるよ、皆の声を」

 

 刹那、何度目か分からない空間が歪んだ感覚に襲われた。そして、

 

 

 

 

『のぞみんはツウ好みって感じっしょ。女子なのに男らしく頼れるのがいいわけよ』

 

 

 

「ま、またこの声……」

 

「これは……やはりのぞみさんのファンの声なのか!」

 

「えっ!? ということは、今までのも……」

 

 

 気付いていないわけではなかったが、これまであの謎の声が被害者に聞かせているこの傍観者の声の正体は現実のファンの声なのだ。どういう仕掛けなのかは分からないが、あの傍観者の声は響き続ける。

 

 

 

 

『のぞみんは空気読まないで王子様しちゃうあの感じがいいよ。人の事を気にしない感じがさ……』

 

 

『空気読まないって度胸いるからねー。失笑されても続けちゃう、あの強さはいいよね~』

 

 

 

 

「つ、強く……ない。私……そんなの……無理っ!」

 

 

 傍観者の声にそう声を荒げてしまうのぞみ。そして、ここぞとばかりに謎の声はトドメを刺すかのように畳みかけた。

 

 

「分かるでしょ、のぞみ。皆が求めているのは自由奔放な男の子のあなた。“本当の自分”にしがみついている限り、あなたは痛くて苦しく、怖い思いをするんだよ……」

 

「!!っ……」

 

「ちょっ! なんかまずい……」

 

 これ以上はまずい。何とかしようとかと何か言葉を掛けようとしたが、既に時は遅かった。

 

 

 

「い、痛いのも……苦しいのも……怖いのも……ヤダっ!!」

 

 

 

 ついに我慢できないと言わんばかりに声を荒げたのぞみ。ステージの上で四方八方から出てきたリボンに巻き付かれてのぞみは悲し気な顔をこちらに向けている。何とかしようにもリボンが邪魔で近寄ることができなかった。

 

「くそっ! 何でいつもこうなっちまうんだよ!」

 

「ゆ、油断しないで!」

 

 そして、黄色いリボンから禍々しい黒い靄が投げれ始めて繋がれたのぞみを包み込む。そして靄が晴れたと同時にシャドウ化して変わり果てたのぞみシャドウが出現した。

 

 

 

 

 

「アハハハハッ! そうだよ……こうじゃなきゃ! 望まれない自分なんて、何の価値もないのさ! みんなに認められて、求められた方が気持ちいいに決まってるじゃないか! ああ……最高の気分だ。さあ、君たちもこの絆に繋がろうじゃないか!」

 

 

 

 

 

 黒い霧が晴れて現れたのぞみのシャドウにりせたちはあんぐりとしてしまった。これまで対峙してきた大型シャドウのように怪物ではない、王子様のように口にバラを咥えて微笑んでいるのぞみを描いた巨大な鏡が禍々しいオーラを出して鎮座していた。

 

「こ、これもシャドウなの!?」

 

「うん! 間違いなくこれはシャドウの反応。て、ことは……このステージそのものがのぞみのシャドウってこと!?」

 

 瞬間、ステージ周りの客席にシャドウが出現し、あの不気味な音楽が最大限に流れ始めた。今まで似ない威力に思わず膝をついてしまう。それと同時に四方八方からあの黄色いリボンが出現し、りせたちに向かってきた。

 

「囲まれた!?」

 

「くっ……シャドウたちのダンスのせいで動けない……」

 

 

「フフフ……鳴上悠たちには逃げられたけど、あなたたちは絶対逃がさない。でないと、鳴上悠たちも分かって貰えないもの。私の方が絶対に正しいということがね」

 

 

 その言葉を皮切りにリボンが1人1人の身体に巻き付き意識を刈り取っていく。完二・凛・クマと順番に倒れて行き、残ったのはりせと穂乃果だけになってしまった。

 

(もう……ダメ…………やっぱり、私は……)

 

 仲間が1人1人倒れて行くのを見ながらりせは心から絶望するのを感じた。成り行きで特捜隊&μ‘s1・2年組のリーダーという立ち位置になったものの、自分はあの悠のようになれない。だって自分にはあの男のようなものは何一つないのだから。

 

 そして、ついにりせたちにもリボンが襲い、意識が遠くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やってるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が薄れる寸前、頭の中に聞き覚えのある……否、何度の聞いてた人物の声が響いてきた。その時、青白い光が閃光の如く走り、りせの意識が覚醒する。助かったと息を整えていると、自分に巻き付いたリボンは全て取り払われていたことに気づいた。

 

「えっ? マリーちゃん……?」

 

 そして、そのリボンを取り除いたのはなんとマリーだった。穂乃果からこの世界を訪れていたのは聞いていたが、まさか本当に来ているとは。それにマリーはりせだけじゃなく、先に囚われていた完二たちもリボンから解放させていて、完二たちが息を荒げているのが確認できた。

 

「ハァ…ハァ……な、何とか……助かり…って、マリーさん!?」

 

「マリーちゃん! 来てくれたんだ!」

 

「おおっ!? マリーちゃん登場クマ~!」

 

 マリー登場に復活した仲間も驚愕していた。だが、それに全く違う反応を示す者がいた。

 

「お、お前は……」

 

「…………………」

 

 謎の声はマリーの登場に相当驚いている、いや慄いている様子だった。マリーはそんな謎の声など眼中にないのか、その声を無視してりせに話しかけた。

 

 

「…立って。君は伝えなきゃいけないんでしょ。"あいどる"、なんだから」

 

「マリーちゃん……」

 

 

 そして、耳を澄ますと別の音楽が流れていることに気づいた。今不気味な歌を押しのけて聞こえてくるのは自分の課題曲【Now I Know】だった。これはそのロングバージョンで確か夏休みに一度披露して、タメが長いだのと完二や陽介に言われて、ちょっとした口げんかになったことを思い出す。

 

 

『ふふ、さっきのお礼やで、りせちゃん』

 

 

 次に聞こえてくるのは自分と同じナビペルソナ使いであり恋の宿敵でもある希の声。いつもは何かと怯えてしまう声だったが、この時はその声がとても頼もしくてりせに安心感を与えてくれた。

 

「希……センパイ……」

 

『ウチもマリーちゃんと同じやで。今あの人は自分を見失っとる。だから先輩として、教えてあげり。りせちゃんしかできない想いのこもったステージでな』

 

 そうだ、自分もそうだった。私も一年前、アイドルをやっていくのが怖くて痛くて苦しくて、いっぱい悩んで一度ステージから逃げ出した。でも、祖母のいる稲羽で悠たち特捜隊に出会って、色んな人に支えてもらって……だからこそ気づけた。今度は自分が伝える番だ。

 

 

(こんなところで、止まってられない!!)

 

 

 恋のライバルでもあるマリーと希に背中を押されてりせは気合を入れるように勢いよく立ち上がる。そして、謎の声に向かって高らかに宣言した。

 

 

「もうアンタなんかに絶対に負けない!! 私がやりたかったステージを見せてあげるっ!」

 

 

 真打ち登場と言わんばかりに気迫のある声色でそう言うと、りせは毅然とした表情でスタンバイする。すると、

 

「りせちゃん、私も踊るよ」

 

「穂乃果ちゃん……!」

 

 久々のダンスだと気負い過ぎないように深呼吸していると、いつの間にか自分の隣にいた穂乃果がそう宣言してきた。穂乃果にもあのシャドウには言いたいことはあるのだ。スクールアイドルとして、そして一度挫折して諦めそうになった者の一人して。

 

 穂乃果の参戦にりせは密かにフッと笑った。この自分の曲で穂乃果と合わせたことは一度もないが、何となく今まで以上に良いパフォーマンスが出来ると確信した。

 

「やろう、穂乃果ちゃん!」

 

「うん!」

 

 互いの意思を再確認した2人はポーズを取ってスタンバイする。そしてシャドウ化してしまったのぞみに、いやあの通信越しにいる想い人にこの気持ちを伝えるために。

 りせと穂乃果がダンスしようとしている姿を見て、復活した仲間たちは思い思いに声援を送る。

 

 

「ふふふ、真打ち登場ですね」

 

「行ったれ! りせちゃーん! ホノちゃーん!」

 

「ここは任せたぜ、お前ら!」

 

「頑張るにゃー!」

 

「頼んだわ!」

 

 

 仲間の声援がりせと穂乃果に力を与えてくれる。皆の声を聞いて自分がここにいるという実感が沸いた2人はそれに応えるためにも。

 

「行くよ…! 復活のりせりーの最高のステージ、穂乃果ちゃんと一緒に見せてあげるんだから!」

 

 

「私も、りせちゃんと一緒に伝えて見せる! 歌って踊ることがどれだけ楽しいってことかを。じゃありせちゃん、一緒に」

 

 

 

 

 

「「μ‘sic スタート!!」」

 

 

 

 

 

 

To be continuded Next Scene



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#87「Now I KNOW(Yuu Miyake Remix).」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

あと少しで今年も終わりですね。あと一回は更新したいところです。
それとアンケートに答えて下さった方々、ありがとうございました。番外編の内容はもう新年の方に合わせて執筆しようと思っていますので、楽しみにして下さい。

新サクラ大戦発売されましたね!ちなみに自分のヒロインはさくらとあざみです。言っておきますが、自分はロリコンではありません。フェミニストです。

改めて、お気に入り登録して下さった方・誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


────何か見える。

 

 

 花陽は一度は途切れた意識が戻って何とか体調を整えようとしていると、薄っすらと回復した視界に何かが映った。よくよく目を凝らしてみてみると

 

 

 

(……わあ)

 

 

 

 視界に映ったのは2人の少女のダンスだった。1人は自分が所属するグループのリーダー穂乃果、そしてもう一人は憧れのアイドルであり先生でもあるりせ。

 

 2人とも自分自身を表現出来ていた。

 1つ1つが細やかで洗練されていて、思わず見惚れてしまうような動きに見入ってしまう。自分には真似できないそのパフォーマンスに自分はもちろんのこと、仲間や親友、あの完二ですらこころを奪われていた。

 流石は我らがリーダーの一人、流石は憧れのアイドル。自分がどう足掻いても届かないような人達のパフォーマンスを見て、心が震えるのを感じた。そして、自分もあの中に入って一緒に踊りたいとも思った。

 

(でも……私なんかじゃ)

 

 しかし、その一歩が中々踏み出せなかった。そうだ、自分はあの2人と違って才能もないし飛びぬけて上手なわけではない。こんな自分があの中に入っても足を引っ張って、最悪パフォーマンスを崩壊させるかもしれない。そう思うと、足がすくんで前へ進めなかった。すると、

 

「かよちゃん、一緒に行こうクマ」

 

「えっ?」

 

 そこに、近くに居たらしいお調子者のクマが花陽にそう言葉を投げかけた。一体どうしたのだろうと思うと、クマは優しい笑顔で手を差し伸べた。

 

「一人じゃ行き辛いんでしょ? だったら、クマと一緒に行くクマ。その方がきっと楽しいクマよ」

 

 いつもはおちゃらけて隙あらばセクハラをしようとするクマの優しさが花陽の胸にグッと来てしまった。何で普段からこうしないのだろうと思ってしまうが、それが花陽に勇気を与えてくれた。

 

 

 そして、ようやっと花陽はその一歩をクマと一緒に踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここまでは順調だ、そうりせは思った。

 最近は仲間たちに教える立場が多く、こういった失敗が許されない一発本番のステージは久しぶりなはずなのに、ここまで順調に行けるとは思わなかった。それもこれも、隣で踊っている穂乃果のお陰だ。

 

(最初見た時からそうだったけど……この子、本当にすごい)

 

 通信越しで頼まれたとはいえ、まさか練習では見せなかった英語で歌うことをやってのけたり、一発本番とはいえりせにこの曲で合わせられるなど驚かされることばかりだ。このまま行けば、のぞみに伝えられるはず。そう思ったその時

 

 

「クマクマ~! クマも頑張るクマよ~!」

 

「私も一緒にっ!」

 

 

 ついにダンスもクライマックスに差し掛かったところで、2人の乱入者が割って入ってきた。クマの乱入はある程度予想はついていたが、花陽までも入ってきたのは意外だった。突然のことに思わずリズムが乱れそうになったものの、何とか体勢を立て直す。

 花陽はともかく、クマはこちらの意図も読まずに好き勝手動くので思わず引っ張られてしまうが、2人が入ったことでステージがより華やかになってシャドウたちの盛り上がりも徐々に上がっていく。

 

 

(やっぱり、皆と一緒に踊るのは楽しい…!)

 

 

 休業する前、1人で活動していた時では感じられなかったこの一体感と高揚感。

 あの時は自信を無くして一度はステージに立つことを諦めていたが、稲羽で悠たちに出会って本当の自分を受け入れてもらった。そして、そこから一緒に時を過ごして泣いたり笑ったり、楽しいことや悲しいことを乗り越えて、やっとアイドルとして生きて行く決心がついた。

 もしもあの時、悠たちと出会ってなかったら自分は二度とステージに立っていなかっただろう。

 

 

(私だってそうだった。のぞみだって、きっと乗り越えられる。だから、諦めないで!)

 

 

 

 

 

ーカッ!ー

「「「「ペルソナっ!!」」」」

 

 

 

 

 

 ありったけの想いを込めて、顕現したタロットカードを砕いた2人。カリオペイアのギター・コウゼオンのハープ・カムイモシリのDJ・クレイオのトロンボーンの四重奏が激しくも華やかに響き渡る。

 

 

 手応えはある。しかし、自分でやった事なので自信があるって言ったら嘘になる。だから、どうかのぞみに伝わりますようにと、りせと穂乃果たちは心の中で祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……僕はっ! ああっ……!!」

 

 

 

 目を瞑って力強く祈ってからどれくらいか時間が経った時、のぞみの悲痛な声が耳に入ってきた。目を開けると、シャドウから元の姿に戻ったのぞみの姿を確認した。

 

「のぞみっ……!」

 

「のぞみさん……!」

 

ああ……また逃げたん、だ……ダメだなぁ、私

 

 のぞみの言葉を聞くと、りせと穂乃果は伝わったのだとホッとして嬉しくなった。そして、自分のやった事を間違いじゃないと思って少し感動もした。

 

「そんなのどーでもいいクマよ! ノゾチャン、ちゃんと分かってくれたクマ。それだけでクマたちは嬉しいです」

 

「そうだよ、凹むのはなし! のぞみが無事ってことだけで十分なんだから」

 

ホント……? 私、他の人と話すの、とか……ダメで、素で話すと……こんなだし……

 

「いいじゃないですか、それがのぞみさんなら胸を張ってみんなにそう伝えるべきです」

 

 そうだ、そんなのは関係ない。例え今が極度の人見知りで作ったキャラでしか話せなくとも、一歩一歩自分がやりたいように進めばいい。それが心から伝わったのか、のぞみは目にうっすらと涙を溜めて微笑んだ。

 

「うん、頑張る……やって、みる……」

 

「どんだけ声が小せんだよ。そんなんでやっていけるのか?」

 

「「「「……………………」」」」

 

 せっかくいい雰囲気だったのに、厳しい口調でそういう完二にのぞみは思わず委縮してしまい、女子たちは完二に向ける双眼を吊り上げた。

 

「な、なんだよ……」

 

「……優しくない。怖い……」

 

「はあっ!?」

 

「もうっ、完二! ちょっとはのぞみに優しくしてあげなさいよ!」

 

「そうですよ、完二さん! 折角のぞみさんも変わろうとしてるんですから」

 

「俺かよっ!? つか何で俺が……?」

 

 どうやら完二本人は自分の発言が如何に不味かったのかを全く理解していないようだ。完二のその態度に女子たちは一層目を鋭くさせる。

 

「言い訳しない! ちょっとは協力してあげなさいよね!」

 

「ただでさえ完二はデリカシーがないんですから!」

 

「そうそう」

 

「カンジはやっぱりセンセイと違って女心が分かってないクマね~」

 

「こんなんじゃ陽介さんと同じですね」

 

「そうだよね。やっぱり完二くんにもお兄ちゃんみたいなことは無理なんだよ」

 

「本当、流石はおっさん」

 

 まるで問題発言をしたせいでネットで炎上したかのように非難が殺到。謂れもない誹謗中傷を受けて完二はワナワナと震えて額に青筋を浮かべた。

 

「だー! わーったよ! うっせえな!」

 

 女子たちに好き放題言われてついに我慢できなくなった完二は改めて咳払いすると、神妙な顔つきでのぞみにこう言った。

 

「まあ……何だ、その……が、頑張ってみりゃいいんじゃねえか? 応援してやっからよ」

 

 完二の激励?の言葉に感銘を受けたのか、のぞみは先ほどの怯えた表情とは一変して笑顔になる。その表情がとても魅力的でアイドルとしても中々のものだったので、りせは思わず驚愕した。それくらいのことが出来るのであれば、絶対自然にファンが出来るだろうという呆れも含めて。

 

 

「頑張る……ありがとう!」

 

「うっ……!」

 

 

 いい表情ののぞみに笑顔でそう言われて完二は思わず赤面して目を逸らしてしまった。その様子を見た穂乃果たちは驚きで思わず目を白黒とさせる。

 

「こ、これは……まさか」

 

「やっぱりさ、完二君ってあれかな。男の娘?っていう女の子が好きなのかな?」

 

「ああ……だから、直斗くんのこと……」

 

 新たな恋バナの予感を感じたのか、ヒソヒソと聞こえないように盛り上がる女子たち。しかし、その会話は完二に丸聞こえだった。

 

「て、テメーら! 何好き勝手言ってんだ!? シメんぞ! きゅっとしめ……ん?」

 

 好き勝手言う女子たちに完二がまたも怒りを爆発しようとしたその時、少し離れた場所から見覚えのある光の幕が下りた。すると、楽屋セーフルームのドアが出現した。

 

「すももと同じドア……またあの楽屋みたいな部屋かな?」

 

「ツバサさんの時もそうだったよ。とにかく入ってみようよ!」

 

「ちょっ! 穂乃果、そんな簡単に」

 

「大丈夫、この部屋は安全だよ」

 

 穂乃果とマリーに促されるまま、一同はドアの向こう側へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<楽屋セーフルーム>

 

「……やっぱり何もない。ツバサさんの時とおんなじだ!」

 

「マリーちゃんが言った通りここは安全みたい。ここで一休みできそうだね」

 

 中に入って周囲を見渡すが、前のステージの時と同じくシャドウの気配もなければあの声の存在も感じない、何もない安全地帯だった。安全を確認したところで、一気に疲労がのしかかってきた一同は近くにある椅子に腰かける。人数が増えたせいか一気に楽屋が狭く感じるが仕方ない。

 

「それにしても、ここって何なんだろうね? ここまで来たけど、今思えば不思議じゃない?」

 

「そう言えば……そうですね」

 

「それまでは意図的に“隠されていた”という事でしょうか?」

 

「ん?」

 

 穂乃果の尤もな疑問に直斗は少し考え込んでそう答えた。

 

「または何らかの理由で僕らの目には触れないようになっていたのか。あるいはすももさんやのぞみさんの解放に伴って、何らかの理由で生成されたと考えられますね」

 

 直斗の説明がよく分からなかったのか、首を傾げる穂乃果たち。すると、凛が何か思いついたように手をポンと叩いた。

 

「もしかして、ゲームでよくあるやつかにゃ? ボスを倒すと解放される扉とか、70問以上ナゾを解かないと入れないお城や役所みたいな感じかにゃ?」

 

「ま、まあそんな感じですか……」

 

「ちょっと例えが……ゲームってところが凛らしいわね」

 

「しかし、その原因が分からないままですから何とも言えませんがね。マリーさんとしてはどうですか?」

 

「……大方合ってる。でも、他に気になることがあるんじゃない?」

 

 マリーにそう言われて、一同はふとあることを思い出した。全員思ったことは同じだったらしく、視線は自然にメイクコーナーの方へ集まった。

 

「何、これ……? メモ?」

 

 案の定、メイクコーナーの鏡に一枚のメモ用紙が貼りつけられていた。すかさず直斗がそれをはぎ取り内容を読み上げた。

 

 

 

 

 

 

“絆が欲しい、みんなの心を繋ぎ止めたい”

 

 

“だけどもう遅い、今更どうすることもできない”

 

 

“歌詞は変えてしまった、私は誤魔化した”

 

 

“私は嘘つきだ、もう全部終わりにしよう”

 

 

 

 

 

 

「「「「……………………」」」」

 

 

 直斗が内容を読み終えた後、楽屋は何とも言えない雰囲気に包まれた。

 

「胸くそ悪いぜ……さっきより一段追い詰められてるじゃねえか」

 

「もう自殺一歩手前まで言ってないかしら?」

 

「ちょっ!? 真姫ちゃん、怖い事いわないでよ!!」

 

 不吉なことを宣った真姫に花陽が必死に訴える。この状況に不気味なメモの内容を聞いた後でそれを言うと、まさにそれなんじゃないかって思えてしまう。だが、もう一人爆弾を投下した者がいた。

 

「……皆さん、何か気づきませんか?」

 

「ん?」

 

「ここに書かれている内容ですよ。“絆”や“心を繋ぎ止めたい”という言葉、誰かの主張に似通っているとは思いませんか?」

 

 直斗の言葉に気づかされた一同は背筋が寒くなるのを感じた。

 この世界に来てから何度となくその言葉を聞いているはずだった。“絆”や“繋ぎ止める”とそんなことを言っていたのは……

 

 

「それって、まさか……()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 

「その通りです、高坂さん。ここに書かれていることはあの“声”が言っていることと妙に一致している」

 

 思い返してみれば、確かにあの謎の声が執拗に“絆”やら“繋がろう”やらと言っていた。そう考えると

 

「まさか……あの“声”のヤツがこれを書いたかもしれないってこと?」

 

「じゃあ、あの人が……自殺したアイドル?」

 

「だとすると、あの声は……幽霊!?」

 

 “自殺したアイドル”・“幽霊”という単語を聞いた一同はビクッと身体を震わせる。

 

「お、おおお落ち着いて下さい。その可能性がああああるという話ですよ」

 

「そそそそそそうですよ! ななななにをいってるんですか!?」

 

「直斗くん! 海未ちゃん、落ち着いて!? 身体が震えてるよ」

 

 その時、楽屋のドアが勢いよく開いてカツカツという靴の音が響き渡った。まるでそこからは思考させまいと言うように。その音にビックリしながら音の主を振り返ってみると、そこに居た人物に思わず声を上げてしまった。

 

「落水さん!?」

 

「お、オッチー!!」

 

「オッチ……? まあ、いいわ。お疲れ様、どうやらのぞみも助けられた様ね」

 

 驚くりせたちを他所に落水は淡々とした調子でそう返した。相も変わらず冷たい態度を取る落水にムッとする者がいるが、その中で穂乃果だけはそんな落水にどこかしら違和感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~現実サイド~

 

「んん~、このお弁当美味しい!」

 

「ハラショー! このエビもプリプリして最高!」

 

「菜々子の稲荷もおいしいよ。食べる?」

 

 現在かなみたちはタクラプロでの取材を終え、楽屋で昼食を取っていた。

 驚いたのはいつも一種類しかない弁当が数種類あったり、差し入れらしきお菓子やジュースが箱一杯に入ってたので、普段とは違う光景にもしや賄賂ではないかと思った。だが、今はそんなことはどうでもよく、菜々子と雪穂、亜里沙と雛乃と一緒に食事をしているこの時間がとても楽しかった。

 

「かなみちゃん、少しいいかな?」

 

「はい、何ですか?」

 

 そんな中、楽屋に入ってきた井上から呼ばれたので、かなみは一旦箸を置いて井上の元へと向かった。

 

「実はね、ダンスの先生のところで問題発生してね。フェス前に追加したレッスンの請求が落水さんから経理に渡ってなかったみたいなんだ。今から僕が直接行って話して来るから、とりあえず午後のレッスンは中止するね。だから、今日は上がって良いよ」

 

「は、はあ……そうですか」

 

 それはそうだろうとかなみは内心井上に毒づいた。何故なら落水は今行方不明になっていて経理どころではないのだから。こんな状況でも動かない井上にかなみは更に不信感を募らせてしまう。

 

「あ、それと井上さん……その前にちょっといいですか? 新曲の歌詞の事で聞きたいことがあるんです」

 

「収録前にもそんなこと言ってたね。いいよ、何だい?」

 

 何とか井上に質問する機会を得られたので、かなみはほっとした。ここで聞き入れてくれなかったら本当に井上を信じられなくなるところだった。

 

「私、歌詞間違えて覚えてたみたいで。“いつも一緒だよあなたと”……ですよね? “伝える事から逃げて”じゃなくて」

 

「ああ、それ()()()()()の方だね。その歌、一度歌詞が書き換えられているから」

 

「へっ? オリジナル?」

 

 今井上の口から耳を疑う事実が飛び出した気がする。キョトンとするかなみに井上は更に説明を続けた。

 

「その曲タクラプロのアイドルだった【長田有羽子】さんが亡くなる直前に書いた曲でね、ずっとお蔵入りだったんだけど、それを今回落水さんがかなみんキッチンの新曲にって……というか、かなみちゃんよく原曲のこと知ってたね?」

 

「え……私、知らないですよ。でも、長田有羽子さんのことは……聞いたことあります……」

 

 そう、タクラプロに所属しているなら一度は耳にしたことがある。以前長田有羽子という当時タクラプロでもトップアイドルだった女性が事務所内で自殺したという事件。世間を一時騒がせたともあって、随分な後輩であるかなみたちも一度は耳にしていた。

 

「ああ……そうか。当時はウチの事務所でもトップアイドルだったんだけど、色々悩んでたみたいなんだ。歌詞が書き換えられた経緯は知らないけど、噂では落水さんが書き換えたんじゃないかって言われてるね」

 

「………………」

 

「でもおかしいな、そもそも長田さんの“幻の新譜”っていうのが落水さんが仕掛けた新曲の売り出し……かなみんキッチンには全員説明したって言ってたんだけど」

 

 井上の言葉に更に脳内が混乱した。実際かなみは落水からそんな話は聞いた覚えがない。たまみたちがこの場にいれば即座に確認できただろうが、本人たち不在の今、それは出来ない。

 

「うーん……千聖ちゃん辺りに聞いたのかもしれないけど、かなみちゃんとりあえず今日は休みなよ。それじゃあ僕は行くから」

 

 そう言うと井上は楽屋から出て行ってしまった。その後もかなみの頭の中はパニック状態で情報処理が追いつけずにいた。

 

 

(何だろう……全然分かんないよ。私たちの新曲【カリステギア】は書き換えられてた。私の知ってた歌詞は長田さんが書いた歌詞? タクラプロで亡くなったアイドル……えっ、“()()()()()()()”!?)

 

 

 だが、今のやり取りで貴重な情報を入手した気がする。もしかしたら、噂になってる“死んだアイドル”とはあの長田有羽子のことではないか。

 予想外の符号に行きついたかなみは背筋が寒くなるのを感じた。まるでパズルピースのようにどんどん事件と一致していく。そうなるとあの人は……

 

「かなみお姉ちゃん、大丈夫?」

 

「……へ?」

 

「顔が青ざめてますけど、体調が悪かったら病院に行きますか?」

 

「亜里沙のエビ、食べる?」

 

 悩むかなみが心配になったのか、3人が気遣うようにそう声を掛けてくれた。その気遣いはとても嬉しかったし、自分より年下の子たちに心配をかけてしまったと自分の情けなさに思わず後ろめたさを感じてしまった。

 

「あ、あはは……大丈夫ですよ。それと、ちょっと席を外しますね。菜々子さんのパパさんにお電話することが出来たんで」

 

「お父さんに?」

 

「はい。すぐ済みますから待ってて下さい」

 

 そう言うや否や、かなみは急いで鞄から携帯を取り出して堂島に掛けた。そして、数コールで堂島は電話に出た。

 

 

『堂島だ、どうした?』

 

「堂島さん! 分かったんです、“死んだアイドル”……! タクラプロに在籍していた人が何年も前に亡くなって……その人の曲を今度の絆フェスで私たちが歌うことになってるんです! 私、落水さんから言われてなくて、今まで知らなくて……」

 

『……落ち着け、真下。今言ったことは本当だな?』

 

「あ、う……はい……」

 

『よし、一時間後に会おう。こっちも情報がある』

 

「情報、ですか?」

 

『出来ればお前の仕事に関係ない場所がいい。どっか思い当たるところはないか?』

 

「えっ? 雛乃さんのお家じゃダメなのですか?」

 

『ああ……それも良いんだが、今は時間が惜しい。出来ればここから近い場所が良いんだが、どこかないか?』

 

 どういうことだろうと疑問に思いつつも、“仕事に関係ない場所”・“ここからなるべく近い”に当てはまる場所を思い浮かべる。パッと思い浮かべたのは自宅だった。しかし

 

(私の家……ああ、ダメダメ! 結構散らかってて、乙女の秘密が丸出しです~~!)

 

 雛乃宅に呼ばれて簡単な荷造りしか出来なかったので、今自宅は男性には見せられない下着などが散乱しているのだ。それを堅物の堂島や菜々子に見せるとどうなるのかなど考えたくもない。となると、

 

「あ、あの……私が休日によく行く珈琲店があるんですけど」

 

『珈琲店だと?』

 

「はい、お店の人と仲が良くて、もしかしたら奥の個室とか貸してくれるかもしれないですし」

 

『……まあ分かった。下手にお前ん家に行くとスキャンダルとかうるさそうだしな。で、その珈琲店はどこだ?』

 

「は、はい! そこはですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいま、ああっ! かなみさん」

 

「こんにちは、つぐみさん」

 

 事務所を出て電車を少し乗った先にある商店街にある珈琲店。ここはかなみのよく行くところでこの店の店主や看板娘とは仲が良い。かなみにとって自宅以外で内緒話をするにはもってこいの場所だった。

 普段は井上に送り迎えされているかなみだが、プライベートではよく交通機関を利用してこの店に来るのだ。同僚の中には未だに電車に乗れない人もいるのだと聞くが、本当だろうか。

 

「おいおい、珈琲店って言うから来てみれば結構人いるじゃねえか」

 

「す、すみません……ここしか思いつかなくて。でもでも、ここのコーヒーとケーキは美味しいですから!」

 

「そういうことじゃねえよ……」

 

 とりあえず合流した堂島と店内に入って席に案内してもらった。ちなみに席は堂島とかなみが一緒、他の皆は別の席にしてもらった。想像と違ったのか堂島は怪訝そうにそう言うが、美味しそうにコーヒーを啜っている。

 

「わあ、このケーキ美味しいね」

 

「う~ん! 美味しい~!」

 

「何だか食べ過ぎちゃいそう……」

 

「あはは、そう言ってもらえるとお父さんも喜ぶよ」

 

 別のテーブルにいる菜々子と雪穂、亜里沙たちは注文したケーキに舌鼓を打っていた。そしてここの看板娘のつぐみという少女と意気投合したのか、和気あいあいとお喋りしていた。

 店内にいるお客も各々の会話に集中していて自分たちの会話も聞こえてないようなので、この様子なら大丈夫だろう。そう思ったかなみは意を決して話を切り出した。

 

「あの……すみません、それであの……情報って?」

 

「ああ、まずはお前の話からだ。分かったんだな? “死んだアイドル”が」

 

「は、はい! 長田有羽子さんって人がタクラプロの先輩にいて……私たちが今度の絆フェスで歌うことになってる曲、その人が最後に残した曲なんです」

 

「ほう……」

 

「あと、これは関係あるか分からんですけど、その曲の歌詞が一度書き換えられてて……それを書き換えたのが、落水さんじゃないかって……」

 

 かなみはここまで話て一旦話を止めた。

 気づいた時は興奮して絶対間違いないと思ったが、改めて整理してみると何とも頼りないふわっとした情報であることに気づいた。この程度のことで現職の刑事である堂島に勢い込んで電話して、あまつさえこんな場所に呼び出したりして申し訳なく感じて俯いてしまう。

 

「絆フェス……死んだアイドル……それに何とかっていうお前のグループ……全部が繋がってるわけだ」

 

「はいです……」

 

 堂島はかなみにそう確認を取ると、注文したコーヒーを一口飲んで辺りを気にしながら話を進めた。

 

「俺の方でも幾つか分かったことがる。1つはお前も言った様に、噂の死んだアイドルが長田有羽子だってことだ。これについてはラビリスと前に頼んだ知り合いが噂について調べて連絡をよこした。信頼できる情報筋だ」

 

「あ……そうだったのかー。じゃあ私、あんまりお役に……」

 

「そうでもない、これで裏が取れたからな。お前の情報と合わせてもこれは間違いないだろう」

 

 それと付け加えて、先日タクラプロでかなみを人質に取られた事件について、犯人が言っていた“呪いを解くには血が必要”というのはデマだったと教えてくれた。事情聴取によると噂の動画を見た犯人がパニックになって勝手に作り上げた噂の尾ひれだったらしい。

 そして、その問題になっている例の噂が“マヨナカステージ”なんて名前で呼ばれているとも教えてくれた。その名前を口にする時に、堂島が苦々しい表情になったのをかなみは見逃さなかった。

 

「それにしても……噂ってこうも広がるものなんですね」

 

「噂ってのは広がる間に正しい情報を失い、伝える奴らの勝手に呑み込んで化け物になっていくもんさ」

 

「ば、バケモノ?」

 

「要するに、確証がない話ほどタチが悪いってことだ。場合によっちゃ、噂で人を生かせたり死なせたりすることもある」

 

 そう言ってまるで何度もその手の噂を経験したような苦々しい表情を再び浮かべる堂島を見たかなみはそれ以上聞くのを止めた。

 

「もう一つ……これは長田有羽子に関する情報だ。こいつは俺とラビリスが洗った」

 

 堂島もかなみの意図を察してくれたのか、次の話へと進めてくれた。一緒に調べたというラビリスがこの場にいないのは少し気になったが、事情があるのだろうとあえて聞かないことにした。

 

「長田有羽子は死の直前にある人物と言い争う姿が目撃されている。そいつは長田のデビュー当時からのマネージャーで、ずっと二人三脚で長田の活動に情熱を燃やしていたそうだ。だからこそ、その時の口論は周りの目に珍しいものに映って、当時の証言にも残っていた」

 

「それって……! じゃあ、有羽子さんの事件は……まさか……」

 

 “殺人”ではないのか、とかなみに一抹の不安が過る。もしかしたらこの事件はまさかその犯人の……

 

「いや……そいつは当然、事情聴取も受けていて長田の死についてはシロと出ている。つまり、長田を殺したりしてねえってことだ。元から長田は自殺だって証拠は上がってるからな」

 

「ほわあ……良かった」

 

 ひとまず事件性がないことを確認できたのか、かなみはほっとした。

 

「だが、この話には続きがある。事件の後、そいつはタクラプロを辞めた。まあ、責任を取らされたのかもしれんがな。しかし、そいつはフリーランスとしれその後もこの業界に残り、今もそこにいる。お前もよく知っている人物だ」

 

「えっ?」

 

 話の人物が自分もよく知っていると聞いてかなみは言葉を失った。否、察しがついてしまった。だって、元タクラプロで今はフリーランス、それに長田有羽子のことを知っている人物と言えば……

 

 

「そんな……()()()()……?」

 

 

「ああ、その通りだ。当時の長田有羽子のマネージャーは落水鏡花だった」

 

「ど、どういうことですか?」

 

「落ち着け。まあ……俺もお前の口から落水の名前が出たときは鳥肌が立ったよ。自殺した長田、呪いの動画、お前たちのメンバー、絆フェス……一見無関係のこいつらが全て落水鏡花という糸を通じて繋がってやがったんだ」

 

「そんな……」

 

「やれやれ……あいつらの行方を追うだけのつもりが、こんなに“芸能界”ってのに近づく羽目になるとはな……家でテレビ観てる方が楽でいいぜ」

 

 

 堂島の話を聞き終わったかなみはひどく混乱していた。

 信じられない衝撃の事実を多く聞かされたせいか、かなみの頭の処理が追い付けない。ただ一つ分かっていることは、この一連の事件に落水が関係しているということだ。

 

「まあ、この件に関しては俺の方で更に詳しく調べておく。お前は自分のやるべきことをやれ」

 

 苦悩するかなみに淡々とそう告げると、堂島はコーヒーを一気に飲み干して席を立った。

 

「あら堂島さん、もう行っちゃうんですか?」

 

「ああ、調べることが出来たからな。とりあえず今日の夕飯はいらんかもしれん」

 

「分かりました、お気を付けて」

 

「お父さん、バイバイくま~!」

 

「堂島さん、バイバイくまー!」

 

「バイバイくまー……くま? くまって……何? 

 

 店を出る堂島を見送ってまたしばらくかなみは呆然としてしまった。今でも衝撃の事実を受け入れられず頭の処理が追い付けないでいた。

 一体全体どうなっているのだろう。あの落水がこの事件に深く関係しているかもしれないなんて。もしそうなのだとしたら、あの人は何故こんなことをしたのだろう。それと、もし落水がこの一連の事件の黒幕なら何故自分を庇ったのだろうか。

 

「かなみちゃん、かなみちゃん」

 

「へあっ? 雛乃さん?」

 

 またも頭を悩ませて苦し気な表情をしているかなみに雛乃がそう声をかけてきた、雛乃は慌てるかなみをジッと見ると、ふと思いついたように笑顔を向けた。

 

「この後時間があるかしら? かなみちゃんを連れて行きたい場所があるんだけど」

 

「へっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<シャドウワーカー作戦本部>

 

 

「“長田有羽子”……それが噂になってる死んだアイドルの正体か」

 

「はい。堂島さんと調べましたから、間違いありません」

 

 一方、こちらはシャドウワーカー作戦本部。そこでは今先ほどまで堂島と調査していたラビリスが美鶴に調査の結果を報告していた。

 

「当時タクラプロのトップアイドルだったのが、突然の自殺。マネージャーは糾弾され事務所を辞めた……か。だとすると、そのマネージャー【落水鏡花】が怪しいな」

 

「どうやら堂島さんもその線で調査するらしいです。今現在その落水って人も行方不明ですし……」

 

「ふむ……」

 

 美鶴はラビリスの報告を聞くと顎に手を当てて思考に入った。すると

 

「あの……美鶴さん。ウチは調査は堂島さんに任せて、鳴上くんたちを探すのを優先すべきやと思うんやけど」

 

「……どういうことだ?」

 

「今日タクラプロに調査に行った時に思うたんです。この事件は……シャドウが関わってるって。美鶴さんもそう思うとるでしょ」

 

「………………」

 

 ラビリスの指摘に美鶴は眉をひそめた。実際美鶴もラビリスの言っていることは思ってはいた。

 件の集団虚脱症事件の患者がいる病院を視察しに行って、一目で分かった。この事件にはシャドウが深く関わっている。何故ならあの症状が数年前、美鶴たちが大きく関わったあの事件に酷似しているのだから。

 ラビリスの提案に少し考え込んだ美鶴はふうっと息を吐いて告げた。

 

「分かった。ならば、キミの言う通り我々は鳴上たちを探すことに専念しよう。ただラビリス、君はまだ堂島刑事と行動してくれ」

 

「は、はい!」

 

 美鶴から指令を受けると、ラビリスは自分の提案を受け入れられて嬉しかったのか、勢いよく作戦室から飛び出した。その後ろ姿を見送った美鶴は誰もいなくなった作戦室で深いため息を吐いて天を仰いだ。

 

 

 

「……これも何かの因果か。せめて鳴上たちが私たちと同じような目に遭ってなければいいが………」

 

 

 

 

 

 

 

 次々と明らかになっていく数々の謎。だが、それは更に深みへと誘っていき、物語は一つに収束していく……

 

 

 

 

 

 

 

To be continuded Next Scene



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#88「The feast continues.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。


何とか大晦日に更新することが出来ました。ここまで心身共に疲れて布団から起きれない状況でしたが、FGOで超人オリオンを引くことが出来たので、元気いっぱいになりました(笑)。アトランティスのストーリーは本当に面白かった。

皆さん、今年もありがとうございました。今年も色々ありましたが、ここまで続けられたのは読者の皆様の応援のお陰です。今後就活など忙しくなると思いますが、完結まで頑張って行きたいと思ってますので、来年もよろしくお願いいたします。

改めて、お気に入り登録して下さった方・誤字脱字報告をして下さった、感想を書いて下さった方々、本当にありがとうございます!


それでは本編をどうぞ!


<ロマンキャッスル>

 

 

 楽屋セーフルームを出てから、穂乃果たちは急いで先へ続く道を進んでいた。だが、その雰囲気は重苦しくなっていた。というのも、原因は集団の先頭を一人陣取っているりせにあった。

 

 

「ああああああっ! もうっ!! 腹立つっ!! 落水さんのバアアアアアアカッ!!」

 

 

 楽屋を出てから、このようにりせは終始不機嫌だった。地団駄を踏み、何もない場所を意味もなく睨みつけては怒声を飛ばしている。詳しくここには書いてないので言えないが、先ほど楽屋で落水に相変わらず冷たい態度を取られたのが癪に障ったらしい。

 そして、今まで落水にされてきた仕打ちが蓄積されて今爆発したようだ。

 

「うわぁ、あんなりせちゃん初めて見たよ」

 

「アイドルとして言ってはいけない発言までしてるし……」

 

「さながら蓄積が産んだモンスターだよね…」

 

「まるでエンジン全開の石上くんみたいに荒れてるにゃ」

 

「放っておいたら? そのうち収まるでしょ」

 

 荒れに荒れてるりせに対して穂乃果たちは傍観を決めた。自分たちもあの落水に思うところがないわけではないが、今のりせを止める自信もないし逆に巻き込まれそうなので、どうしたものかと頭を悩ませる。

 

「落ち着いて下さい久慈川さん。先輩たちと離れてる今、実質あなたがリーダーなんですから。リーダーが冷静さを失ってはチームの士気にも関わりますよ」

 

「……っ」

 

 ここでタイミングを見計らっていた直斗のフォローに何か気づいたのか、りせは痛いところを突かれたように顔を歪めた。それに加わるように、クマが満悦な笑顔でりせに近寄った。

 

「そうクマよ? クマはいつでもリセちゃんの味方ですたい! 辛い時は遠慮せずクマの胸に飛び込んで泣きんしゃーい! ほれほれ~!」

 

「クマさん、それは思いっきりセクハラだよ」

 

「ハレンチなことは……」

 

「ぎゃあっす! ウミちゃん、ごめんクマー! 反省するから鉄拳はご勘弁を~~!!」

 

 さらっとセクハラ発言をしたので鉄拳を落とそうとする海未を見てクマが慌てて土下座をする。そんな2人のやりとりが可笑しかったのか、不機嫌だったりせはクスッと笑った。

 

「ごめん、私がどうかしてた。じゃあ気を取り直してセンパイたちと合流しよっか。今から通信であっちの状況を聞いてみるから」

 

 りせは落ち着きを取り戻し、冷静に判断できる状態になっていた。特捜隊2年組のその一連のやり取りに穂乃果たちは羨ましいと思った。やはり同じ事件を追ってきた仲間ということもあるのだろう。いつかあのような関係を自分たちも築けるのだろうか。

 

「あれ? 完二さん、どうしたんですか?」

 

 今度はそんなりせとは対照的にずっと黙り込んでどこか上の空だった完二に花陽が声を掛けた。

 

「……ああ?」

 

「もしかして、過労死になったまま年越しになったから不機嫌になってるのかにゃ?」

 

「ちげえよ、誰の話だ。あと俺は過労死なんてしねえよ」

 

 訳の分からないことを宣った凛にそうツッコミを入れる完二。

 

「いやよ……ここっておめえらがいう噂になってる世界ってことだよな?」

 

「ああ、絆フェスの噂ですね。確か“午前0時にサイトを見ると見知らぬ動画が流れて、そこでは死んだアイドルが躍っている。そして、その動画を見た者は『向こう側』へ引きずり込まれて、二度と目覚める事はない”……でしたっけ?」

 

「でも、それがどうしたの?」

 

「けどよ、俺らがここに来るまでに会った連中って言やあ、あの変な声のヤツと妙なリボンに巻かれたシャドウだけじゃねえか。てすりゃ、ここに引きずり込まれてた連中はどこにいんだよ? 助けねえとやばいんじゃねえか?」

 

 完二から思いつかなかったことを告げられて皆はあっと声を上げた。

 かなみんキッチンとA-RISEを助けることで頭がいっぱいで考えもしなかったが、言われてみればあの噂で昏睡状態に陥っている人はどこにいるのだろうか。

 

 

「……そうか、そういうことだったのか」

 

「直斗くん?」

 

「これで確信が持てました。今の巽くんの疑問を解消するためにも、僕の話を聞いて下さい」

 

 

 完二の発言に何か閃きを感じたらしい直斗の顔つきは探偵王子と言うに相応しいものになっていた。そんな直斗の話を一語一句聞き逃さまいと穂乃果たちは耳を研ぎ寸ませる。

 

「久慈川さん・南さん、僕らが最初にここを訪れた……いや、正確には連れ去らわれた時のことを覚えていますか?」

 

「えっ? あーうん。あの時は例の動画がホントに映って……」

 

「突然あのリボンが現れて、この世界に引きずり込まれたんだよね……あっ」

 

「気づいたようですね。そうなんです、僕らは他の被害者たちとは違って昏睡状態にはならなかった。でなければ、雛乃さんがあんなに怒ったりはしないはずです」

 

 その時のことを思い出しのか、直斗の身体が一瞬ブルッと震えた。余程恐ろしかったのか、一緒に怒られたことりとりせも身体が同じく震える。

 

「そして、それはかなみんキッチンとA-RISEのみなさんも同じです。だからこそ、見逃していたんだ」

 

「あ? 何をだよ」

 

 一体直斗が何を見落としていたのかと問いただすと、直斗は被っている帽子の位置を直して意味深に答えた。

 

「"無気力症"という症状を知ってますか? 数年前、辰巳ポートアイランドを中心に発生した、発症すればほとんどの自我を失い、言葉すら満足に話すことが出来なくなる奇病です」

 

「えっ? 無気力症?」

 

「あっ! それ聞いたことある。あまりにそうなる人が多かったから、あまり辰巳ポートアイランドに近づくなって学校から言われたことが……でも、何でそれが出てくるの?」

 

「……今回の事件のことで鳴上先輩と桐条さんたちを訪ねた時に聞いたんです。最も、僕はその前から知ってましたけどね」

 

「ん?」

 

 確かに悠と直斗は新学期が始まってすぐにシャドウワーカーの美鶴たちに挨拶に行ってそこで事件のことを耳にしたと聞いていた。だが、直斗が最後に何か気になることを呟いた気がする。

 

「桐条さんによると、その無気力症の原因は()()()()()()()()()()()()()()()()ことによる副作用らしいです」

 

「えっ?」

 

「ひ、人の身体からシャドウって……そんなことあり得るの!?」

 

「ええ、僕らの心とシャドウには密接な関係があります。自らのシャドウに向き合い、それをペルソナとして力に変えた僕らと違って、もしペルソナ能力を持たない人間から無理にシャドウを抜き出した場合、どうなるか?」

 

 いきなり直斗にそう問いかけられて戸惑ってしまったが、そんな中ことりが何となく答えてみた。

 

「む、無気力症になる……じゃないかな?」

 

「それも作用の一環です。しかし、今回の事件では違った。これは推察に過ぎませんが、恐らく今回の事件の被害者たちは……何者かによって"シャドウを抜き取らせた"事で昏睡状態に陥ったと考えられます」

 

 直斗の説明を聞いて穂乃果たちは内心絶句していた。正直情報があまりに衝撃過ぎて頭で処理しきれない。シャドウが抜き取られたことで昏睡状態に陥ってしまうなんて、そんなこと聞いたこともないしにわかに信じがたいことだったからだ。

 

「……僕は勘違いをしていました。"噂"と真実に隔たりがあるのは当然だと思っていた。でも……本当は噂が間違ってたんじゃない。僕らが特別だったんです」

 

「わ、私たちが特別って……あっ、ペルソナ」

 

「もしかして、のぞみさんたちにも?」

 

「いえ、彼女たちは違った意味で特別なんです。これまでの出来事を振り返ってみると、あの声は妙にすももさんやのぞみさん、それにあんじゅさんやツバサさんのことを知りすぎていました」

 

 言われてみれば、確かにあの謎の声はツバサたちのことを知りすぎていた。メンバーにも言っていないことや己の趣味趣向などを熟知していたし、今思えばストーカーのようで気味が悪い。

 

「じゃあ、あの声は最初から彼女たちを狙ってこの世界に引きずり込んだってこと?」

 

「よく考えればあの日、僕らがこちら側へ引きずり込まれたのがちょうど午前0時頃。彼女たちが行方不明になったのはそれより前、僕らと挨拶を終えてから、事件発覚の間です」

 

「それって、あの人達だけが噂の条件に合ってないじゃない! どういうこと?」

 

 真姫の指摘する通り、噂では午前0時に向こう側へ引き込まれるとなっているのに、かなみんキッチンとA-RISEたちが連れ去られた時間は全然違う。何故このような例外が発生したのか、直斗にはそれも見当がついていた。

 

「それは、彼女たちこそがこのマヨナカステージの()()()()()()だからですよ」

 

「メインゲスト?」

 

「……考えてみて下さい。ここはマヨナカステージとあの声は言っていた。当然ステージには舞台に立つ者と見る観客が必要だ。かなみんキッチンとA-RISEは最初から、舞台の上に立つゲストとしてこの世界に呼ばれていたんです。それは久慈川さんや穂乃果さんたちμ‘sも一緒だった」

 

「えっ!?」

 

「私たちも……あっ、まさか」

 

「最初引きずり込まれた時に見たあの久慈川さんとμ‘s専用のステージが用意されていたのがその証拠ですよ」

 

 思い返せば確かにその通りだ。この世界に引きずり込まれた時、自分たちが居たのはあたかもりせと穂乃果たちのために作られたような豪華なステージだった。バックボードにデカデカとりせの名前とμ‘sのロゴが入っていたのだから、間違いない。

 

「ちょっとまった!」

 

 だが、そこにずっと黙って話を聞いていたクマが待ったを掛けた。

 

「じゃ、じゃあ! この世界はりせちゃんやモモちゃんたちの為に作られたっちゅー事クマ? だとすれば、あのシャドウたちは」

 

「そこが本題です。ここで先ほどのぞみさんのステージであの声が言っていたことを思い出して下さい。何か引っかかってることがありませんでしたか?」

 

 そう言われてこれまでの謎の声による発言を思い返してみる。だが、急に思い出そうとしても中々思いつかなかったが、そんな中あの言葉が穂乃果の頭の中を過った。

 

 

"絆を求めてこの世界にやってくる"

 

 

「ま……まさか……」

 

「穂乃果ちゃん?」

 

 その言葉を思い出した瞬間、穂乃果は気付いてしまったことの重大さに慄いてしまった。

 

「だって、今直斗くんが言ってたことはよく分からなかったけど、要するに穂乃果たちがペルソナを持ってるからこの世界を自由に動けるってことだよね? それじゃあ…ペルソナを持ってない人がこの世界に引きずり込まれたとしたら…シャドウになっちゃうってことじゃ……」

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

「じゃあ、あのシャドウたちは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってこと!?」

 

 

「ええ、まさかことりさんの仮説が的を得ているとは思いませんでしたよ。流石、あの人の親戚です。しかし同時に動画を見た人間の中でも昏睡した方とそうでない方が居る事から……何らかの法則性を持って選別されていると考えてもいいでしょうね」

 

 分かり始めたとんでもない事実に皆の頭が再び真っ白になった。だが、元の状態に戻ったと同時にまずいとも思った。何故なら、今この時にも絆フェスのサイトは公開されている。まだ現実にも噂を試そうとしている人間はいるはずだ。もし直斗の言う通りであれば、その人間が居る限りこの世界にシャドウが増え続けるということになる。

 

「まずいよ……早く現実に戻らないと状況が……」

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 

 

 その時、辺りから地鳴りが響き、地面が揺れ始めた。突然のことに思わず足がすくんでしまうが、しばらくして地震は止み、辺りに静けさが戻った。

 

「今のって、地震っ!?」

 

「急ぎましょうっ!!」

 

 何かあったのかもしれない。最悪な事態を予感しつつも皆は急いで先へ続く道を走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急いで先へ続く道を走って行く。段々と景色が変わっていき、光が差したところを見た。

 見ると、そこにはまたも奇妙な光景が広がっており、先に着いていたらしい7人の団体が呆然としている姿が確認できた。その団体は言うまでもない、特捜隊&μ‘s3年組の面々だ。

 

「あっ! りせちゃんたち来たよ! 穂乃果ちゃんも一緒だ!」

 

「センセーイ! ユキチャーン……ぐっほおおお!!」

 

「お兄ちゃあんっ!!」

 

 3年組の姿を確認した途端、一時の事とはいえやっと再会できた悠たちに喜びを分け合おうとしたクマだったが、それよりも感情が高ぶっていることりに突き飛ばされてしまった。クマを突き飛ばしたことに気づかないことりはそのまま悠に抱き着いた。

 

「お兄ちゃん! 大丈夫!? けがはない? 希ちゃんに何かされなかった!?」

 

「あ、ああ……大丈夫だ。何で最後に希が出てきたかは分からないけど……」

 

「だって、お兄ちゃんが希ちゃんと一緒にステージに立つ予感がして……それで何かされたのかなって……」

 

「ウフフ……さあてね、何かしたかもしれへんなぁ?」

 

 

バチッ!

 

 

 再会して早々に視線で火花を散らす乙女2人。間に挟まれている悠にとっては溜まった者ではないが、関わると面倒なので周りはスルーを決めた。

 

「うっス! 先輩ら早いっすね。俺らもかなり急いだんすけど」

 

「へへっ、まだお前らには負けねえよ。ま、なんだかんだでそっちは4人助けてんだし、上出来じゃね?」

 

「絵里ちゃんや雪子さんたちも無事でよかったよ」

 

「うん。穂乃果ちゃんたちもね」

 

 完二と陽介が軽く拳を合わせて挨拶する。他のメンバーも皆、一部火花を散らしている者たちは除いて無事を確認するように互いに笑顔を見合わせていた。

 

「それより、みんな無事か? さっきかなり大きく揺れたけど」

 

「大丈夫、驚いたけどあれって何だったの?」

 

「分かんないけど、あたしたちがここに来たら景色がこんなんなっててさ」

 

「今まさに完成したって感じやったんやけどね」

 

 そう、悠たちがここに辿り着いたのはちょうどあの地震が収まる直前だった。今、目に映る奇妙な景色は到着した瞬間にはまだ収まるべき場所に収まりきっておらず、軋み歪みを繰り返した後、現在の景色に落ち着いたのだ。

 天井にはチラチラと輝く星にどこか街の夏祭りのような古風な雰囲気が辺りを包んでいる。一体何故このようなことが起こったのか。

 

 

 

「フフフ……全員そろったみたいね。ようこそ、私が新しく用意したステージへ」

 

 

 

 その時、まるで待ち受けていたようにあの声が天から聞こえてきた。いきなり現れた敵の声に皆は一斉に警戒態勢を取る。

 

「ムムムっ、出たクマね!」

 

「へっ、残念だったな! お前が攫った7人は俺らが全員助けたぜ」

 

「そうです! こんなことしても、もう意味がありません! なのに、次は一体何をするつもりですか!?」

 

 陽介から海未と順に謎の声を追求するが、謎の声はいつもの調子でこう答えた。

 

「……あなたたちには関係ないよ。ともえやツバサたちには悪いけど、あなた達もあの子たちもこの世界にはもう必要ないんだから」

 

「ど、どういう意味!?」

 

「言葉の通りよ。可哀想だけど、あの子たちはあなたたちに毒されて私たちとの絆を捨ててしまった……そんな子たちならもう要らないの。私が望むのは皆の望むあの子たちだけだから」

 

「……っ」

 

「私は……痛みも苦しみもない永遠の絆が欲しいのよ」

 

 毎度のことながら、この声の絆に対する執心さは異常だ。そんなものはないと叫んでやりたいが、そんなことを言ったところであの声は分かってくれないだろう。

 

「ここは新しく用意したステージだと言ってたな。次は誰を引き込むつもりだ!」

 

「フフフ……私は何もしてないよ。私と繋がりたいって人がいたから、その人の希望をかなえてあげるだけ」

 

「嘘言わないでよ! そんな人、いるわけないじゃない!」

 

「信じてもらえないの? じゃあ、本人に聞いてみたらいいよ」

 

 謎の声の挑発に悠たちは振り返った。絵里の言う通り、そんな人物など居るはずがない。

 だが、そんな願いも虚しく足音と共に近づいてきたのは見知った人物だった。

 

 

「落水さん!? 何でここに? まさか……」

 

 

「答える必要はないわ。見て分かるでしょ?」

 

 そう、現れたのは紛れもない落水本人だった。あまりに唐突なことに状況が呑み込めずに混乱する悠たちを他所に落水は淡々と話を進める。

 

「すももたちは無事よ。あの子たちを連れてサッサと元の世界に帰りないさい。今なら絆フェスに間に合う。死ぬほど練習しなさい、失敗は許さないわ」

 

「ど、どういうこと!?」

 

「ちょっ! んな事言ってる場合じゃねえだろ!? アンタ、何を考えて」

 

「陽介くん、下がって!!」

 

 陽介が落水を引き留めようとしたその時、行く手を阻むように黒い靄が発生した。それに嫌な予感を感じた希の警告に陽介が動きを止めたと同時にリボンに繋がれたシャドウが出現する。

 

 

 

「見苦しいわね……狼狽えるなっ!!」

 

 

 

 シャドウの出現に慄く陽介たちを見かねたのか、落水は鋭い声色で叱責する。この状況だというのに、思わず背筋を伸ばしてしまった。

 

「どれだけ愚かな子たちなの……あなた達もステージに立つなら自覚しなさい。プロの世界に万が一はない! 全ての可能性を想定して“上手く行く”道以外は潰すのよ。どんな手段を使ってもね」

 

「そ、それとこれとは話が違うでしょ!」

 

 ここに来て現実での絆フェスの話をし始める落水の真意が分からない。一体彼女はこの状況で何を言いだすのか。すると、

 

 

「もしかして落水さん、凛たちをここから出すために自分を犠牲にする気じゃないのかにゃ?」

 

「………………………」

 

 

 瞬間、顔から血の気が引いていくのが分かった。そうだ、それなら合点がいく。道理であの謎の声が自分たちを襲うことはしないはずだ。それに当人も否定しないところを見ると、当たりのようだ。

 落水の真意が分かった途端、穂乃果たちは落水を引き留めようと猛抗議する。

 

「そんなのダメだよ! そんなことしたって……何も変わらないよ!」

 

「高坂さんの言う通りです! 犠牲になるのはあなただけじゃありません! そこにいるシャドウたちは絆フェスのサイトを見て、ここに引き込まれた観客たちそのものなんですよ!! それでもあなたは! その人達を救わずに、あなたの巻き添えにしようというんですか!?」

 

「うええっ!? な、なんだそりゃあ……!」

 

「そんなの初めて聞いたわよ! 悠、アンタは知ってたの!?」

 

「俺だって今初めて聞いたぞ!」

 

 驚愕の新事実を聞いて動揺する3年組だったが、今はそれどころではない。目の前で犠牲になろうとしている落水を引き留めなければ。だが、

 

「フン、若いわね。そんな事とっくに聞いてるわ」

 

「なっ……!?」

 

 直斗の言ったことは既に知っていたのか、あくまで落水は冷静に斬り返す。これには流石の直斗も面を喰らった。

 

「生憎、お客の失望には慣れているの。全員を満足させるなんて最初から不可能よ。"痛みを伴わずに何かを得ることは出来ない"。あなたたちの言葉でしょう?」

 

「……っ」

 

「最小の犠牲で、最大の効果を得る。これはビジネスの鉄則よ、覚えておきなさい」

 

 淡々と冷たく、まるで未熟な生徒を説教するような態度で発せられた落水の言葉に皆は黙り込む。だが、その中で悠は落水の言葉に内心自分でも驚くほどの悔しい想いが込み上げてきた。

 

 足りないながらもこの数ヶ月、絵里やりせたちの指導の下で本気でダンスに挑んできた。堂島家で受験勉強も並行してやり、血反吐を吐くような練習メニューを必死にこなした。

 だからこそ、舞台に立つ自分たちに“半端は許さない”とあのレッスンスタジオで言い切った落水に悠はどこか厳しいプロ意識を感じながらも、自信の矜持を貫き通す強い大人だと思っていた。

 そして、その落水が今、妥協を口にすることがどうしてもショックで許せない。反目はあるが、挫折や試練を乗り越えてでも最高のステージが実現するのだと、この世界に来てから精一杯伝えてきたつもりだった。それをプロデューサーである落水が諦めるというのだから、なおさらだ。

 悠は居ても立っても居られなくなり、気が付けば皆より一歩前に足が出ていた。

 

 

「落水さん、貴女は全て自分で背負い込もうとしているだけだ。俺たちはそんな犠牲を認めない! 認められるか!!」

 

 

 彼にしては珍しい荒げた声で落水にそう訴えかける。その叫びに落水は一瞬怯んだものの、すぐに冷やかな視線を戻した。

 

「……伝わらないわね、あなたの心」

 

「えっ?」

 

「私が良いと言っているのよ、放っておきなさい。言ったでしょ。私はあなたが思っているほど、良い人じゃないと」

 

「……っ。違う! あなたは」

 

「分かったら、サッサと戻りなさい。後のことは井上か武内が上手くやってくれるはずだから」

 

 落水はそう言い捨てると言葉通りサッサとステージの奥へと言ってしまった。思わず引き留めようと後を追おうとするが、行く手を阻むシャドウたちが邪魔して足を止めてしまう。

 

 

「フフフ……さあ、落水さんとの約束通り、貴方たちを現実に返してあげるわ」

 

 

 あの声が落水を追わせまいと悠たちをシャドウの群れで取り囲む。あの不気味な歌が聞こえず、シャドウたちも襲う様子が見当たらないところから察するに、本当に自分たちを現実に返そうとしているようだ。

 

「クソっ! 相棒、どうすんだよ!」

 

「悠さん、どうするの?」

 

 この状況をどするべきか、リーダーである悠に陽介と穂乃果は意見を求める。しかし、その表情は切羽詰まっているようには見えなかった。それは他のメンバーも同様でジッと悠の回答を待っている。

 もちろん、言われずとも悠は己の答えを提示した。

 

 

「残念だが、その申し出はお断りだっ! 落水さんたちを置いて、俺たちだけで現実に帰る訳にはいかない!」

 

 

 悠が出した決断に特捜隊&μ‘sのメンバー全員は同意と言わんばかりにニヤリと口角を上げた。そうだ、自分たちはこの世界を訪れた際に誓ったのだ。全員で現実に帰ると。それを今更覆すようではここまで来た意味がない。

 

「そう……? 残念ね、折角あなたたちを帰してあげられるチャンスだったのに……じゃあ好きにすると良いわ」

 

「な、なに? 随分聞き分けがいいじゃねえか」

 

 謎の声の予想外の反応に拍子抜けしてしまった。今までのパターンを振り返ってみれば、ここでシャドウと不気味な歌を使って襲い掛かってもおかしくないのに。

 

「フフフ……でも忘れないで、ここは皆と繋がる為の場所だよ。さあ……あなたたちも仲間に入れてあげる」

 

 瞬間、何度も耳を襲ってきた不気味な音楽の音量が上がり、シャドウたちが一斉にリズムを取るように動き始めた。前言撤回、全然拍子抜けじゃなかった。

 

「うわああっ!? やっぱり襲ってきたぁっ!!」

 

「このバカンジ! ちっとも聞き分けなんて良くないじゃない!」

 

「ええっ!? 俺のせいじゃないっすよ!」

 

「結局こうなっちゃうんだね。でも……このまま私たちだけで逃げ出すなんて絶対に出来ない!」

 

「全く同感ね。私たちが伝えたいのがそんな事じゃない……あの人に絶対分からせてやるんだから」

 

 

 ここまで戦い抜いてきて、目的であるツバサやたまみたちに自分の気持ちは伝わった。だが、落水に届かなかったということにショックを受けなかったと言えば嘘になる。

 しかし、自分たちはここで諦めるつもりはない。伝わらないのであれば、何度でも伝えればいい。自分たちは今までそうやって戦ってきたのだ。

 新たなる壁が立ちはだかるが、仲間と共に何度でもぶつかっていこう。新たな心意気を胸に、悠たちはまたも襲い来るシャドウたちに心を伝えに掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

……………

 

………………

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

「あら……ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 

 

 目が覚めると、あの不思議な群青色の狭い部屋の椅子に座っていた。その向かいには秘書を模した群青色の衣装を身に纏い、分厚い書物を膝に置いたプラチナ髪の女性が鎮座している。どうやらここで物語は小休憩のようだ。

 

「フフ……"彼ら"の饗宴を垣間見た気分はどうかしら?」

 

 女性は微笑ましくそう尋ねるが、どうと言われても分からないと回答した。そんな自分に女性はクスッと艶めかしい笑みを浮かべていた。

 

「不思議な話でしょう? 自らが傷つき血を流して、想いを"伝えて"も、彼らの得るものは何もない……他人から見れば、彼らの姿はそんな風に見えたかも知れないわね。でも、彼らはそんな事も考えもしなかった。一体何故かしら……?」

 

 またも問いかけるようにそう言う女性に首を傾げてしまう。

 

「前にも言ったけれど、この部屋では何も意味もないことは決して起こらない。私があなたに"彼"の話をしようと思い立ったことにも、何か意味があるのかもしれないわね」

 

 女性はそう言うと、またも膝に置いていた分厚い本を開いた。そのページから青白い光が輝き始めて辺りを包んでいく。

 

 

 

「さて、続きを見てみましょうか。最後まで目を離さないで見て頂戴、彼らの命を懸けた物語を……」

 

 

 

 

To be continuded Next Year.




皆さん、良いお年をっ!


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Extra⑧「Happy New Year! -2020-.」

<東京 とある喫茶店>

 

 

ワイワイガヤガヤ

 

 

 年が明けて2020年を迎えた東京。令和始まっての年明けともあって、街には人々が溢れ返ってまたとない賑わいを見せていた。そんな中、東京に存在するどこかの喫茶店にて。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そんなお正月を迎えて街中が人で溢れ返ってる最中、店内のとあるテーブルでは2人の青年がかなり落ち込んだ様子で座っていた。

 

 一人のアッシュグレイの青年は今作の主人公であり【特捜隊&μ‘s】のリーダー"鳴上悠"。もう一人のくせ毛が特徴的な青年は性根の腐った大人を改心させ世間を騒がす心の怪盗団【ザ・ファントム】のリーダー"雨宮蓮"である。

 

 今回2人が集まったのは秋葉原のコペンハーゲンではなく、渋谷にあったとある喫茶店だった。店内では店長とその友人らしき人らがコンポのことで言い争っている。他にもお客が多少いて、少々騒がしいがこれくらい雑音があるくらいがちょうどいい。

 

「……やっぱり駄目だったな」

 

「はい……先輩……一気に9人まとめてデートするなんて無理でした」

 

「お前は10人だったけどな」

 

 事の発端は先日、この2人はあろうことか9人の女子とデートをブッキングした挙句、全員まとめて相手しようという馬鹿げたことを実行したのだ。

 結果、そんなものは上手く行くはずもなく、怒り狂った彼女たちに追いかけ回され、最終的にディスティニーランドで捕まってお仕置きを喰らった。まさに悪夢というべき黒歴史に、2人は深いため息をついてしまう。

 

「やっぱり、あの時は何が何でも1人1人別々でデートしないといけなかったんだ!」

 

「え、ええ……確かに、ハム子先輩の言う通りにしとけばよかったですね」

 

「俺は……俺は……皆を幸せにしたかっただけなのに……」

 

 悔しさのあまりに人目を憚らず泣き出す悠。そんな情けない先輩の姿に蓮はどこか哀愁を感じてしまった。

 

「でも、何かいけなかったんでしょうか? 冴さんの介入とか」

 

「ああ……でも、今思うと何であんな馬鹿げたことをしてしまったのか、分からないんだ。もっと大きな力が働いていた気がするし」

 

「じ、自分も思いました! 何か、アンケート的な……観測者の意思的な……」

 

「「………………」」

 

 確かに、あの決断する時に何か外部から大きな力が働いた気がする。そうでなければあんなバカなことはしなかっただろうに。

 

「でも、もっと決定的なミスがあったよな?」

 

「そうですよね。それは」

 

 

「「逃走経路だっ!」」

 

 

 何を血迷ったのかとんでもないことを言い始めた2人。その発言に話を盗み聞きしていた店内の客は唖然とした。そんなことは露知らず、2人は意気揚々と話を進めた。

 

「いやあ、やっぱりあのディスティニーランドに追い込まれたのが悪かったんだ!」

 

「彼女たちにバレるのを想定して考えとくべきでしたね。パレスを攻略する時みたくもっと綿密に練っておかなかったから……」

 

 一体この男たちは何を宣っているのだろうか。脳に花が湧いているのではないかと店内の客たちは思った。

 

「こんな時のためにパルクールでも習っておけばよかったかな」

 

「ああ、アイシールド21のパンサーくんとかダンガンロンパの終里さんみたいにですね。カッコイイですよね!」

 

※パルクールには、心身ともに日々トレーニングを積み、距離や危険性を測る感覚を養い、いかなる状況にも適応できる能力が必要です。漫画やCMであるような街中で実践するには特別な許可が必要で初心者がやっていいものではないので絶対に真似をしないで下さい。

 

「いや、でもやっぱりワイヤーでしょ! パルクールよりもそっちの方が効率的ですって」

 

「いやいや、お前はかすみちゃんに教わってるからともかく、俺はな……」

 

※ワイヤーアクションに関しても初心者や素人には大変難しいので同様です。

 

「ああ、そう言えばお前の新しいヒロインのかすみちゃんだけど、俺的にはあの子がお前のメインヒロインに見えるな」

 

「そうですか?」

 

「俺のマリーの時もそうだったけど、やっぱり新作で主人公と並んでいるとな」

 

「ああ、確かにそうですね。俺たち主人公と一緒に並んでると、やっぱりメインヒロインっぽくなっちゃいますよね」

 

「だよなあ」

 

※作者個人の意見です。それは絶対に違うぞという方々、申し訳ございません。

 

「でも、ぶっちゃけ先輩ってμ‘sの中で誰が好みなんですか?」

 

「……今それを言うか……」

 

「だって、気になりますから」

 

「まあ、でもこう色々反省することもあるけど……ぶっちゃけ過去のことなんてどうでもいいじゃないか!」

 

「はい! そうですね! 俺たち、やり直せますよね!」

 

 本人たちは意気揚々とそう宣っているが、全く反省している様子はない。この調子だとまたも同じような過ちを繰り返すだろう。その時、

 

 

 

「「へえ……そういうこと」」

 

 

 

 刹那、店内に絶対零度の冷気が満ちた。そして、少年たちの背後から結構な殺気が突き刺さっている。恐る恐る振り返ってみると、

 

 

「悠……私のこと、そんな風に思ってたんだ……」

 

「先輩……正直幻滅しました。先輩がそんな人だったなんて……」

 

 

 背後には自分たちをごみを見るような目で見つめるマリーとかすみの姿があった。自分たちがおかしいのか分からないが、2人からおぞましいオーラがビシバシ伝わってくる。否、マリーは掌からビリビリと放電している。

 今すぐにでも逃げ出したいが、2人のオーラに恐怖を感じて足が動かない。

 

「お、落ち着けっ!2人とも」

 

「そ、そうだ!これは」

 

 

「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!」」

 

 

 

 弁明する暇も与えられず、2人のお仕置きは執行された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あれ?」

 

 

 目が覚めると、知らない場所にいた。そこは東京の喫茶店ではなく、どこかの外国のアパートらしきところの床で横になっている。それに、恰好も学ランとは別のものになっている。

 

 

「お目覚めですか? ……さん!」

 

「うわっ!」

 

 

 気が付くと、至近距離に少女の顔があった。覚醒早々にびっくりなことが起こったので悠は思わず仰け反ってしまう。

 

「どうしたんですか? 随分うなされてましたけど?」

 

 だが、少女はそんなことは気にせず、更に距離を詰めて尋ねてくる。

 ベージュ色の髪に修道服じみた赤い衣装が印象的に映るが、この少女……声からして自分が知っている誰かに似ている気がする。

 

「あ、ああ……何だか……悪い夢を見ていたような?」

 

「そうですか。じゃあ、その嫌な夢を追い払うためにも、踊ります!」

 

「へっ?」

 

 少女はそう言うと、スカートの下からマラカスを取り出したかと思うと、ベッドから降りて歌い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうでしたか? 爽やかな朝を演出してみました」

 

「…………」

 

 一体どこが爽やかな朝だったのかろうか。まあ歌声は爽やかだったが、マラカスを存分に鳴らして爽やかである訳がない。正直頭がガンガンしてどうにかなりそうな感じだった。

 

「さ、爽やかな朝……だったよ……」

 

「そうですか! やっぱり朝はマラカスですよね!」

 

 何故か意図した訳ではないのに、まるで決められていた台詞を言わされたように自然と口からそんな言葉が出る。悠の返答に気を良くしたのか、少女は喜びを表現するようにぴょんぴょんと跳ねた。

 随分と感情表現が激しく、そして明るい子だ。改めて、一体この子は誰なのだろう。

 

「それはそうと、今日はせっかくのデートなので朝ごはん作っておきました」

 

「あ、ありがとう」

 

 よく分からないが、少女は朝ごはんを作ってくれた後だったらしい。わざわざ家に来てくれて朝ごはんを作ってくれた上に、こうやって起こしてくれたらしい。何とも甲斐甲斐しい彼女さんなんだなと思いつつ、悠はベッドから起き上がった。

 しかし何故だろう、自分の中の何かが警報を鳴らしてる。これは……物体Xの予感! 

 

「どうぞ! 今日のメニューはオムレツに魚のから揚げ、ミネストローネスープです」

 

 ご飯を用意してくれたテーブルを見てみると、その予感が当たっていたことに気づかされた。

 

「な、なんだこれ……」

 

 そこに並べられていたのは料理とは言い難い別の何か……今まで何度も見た物体Xだった。あの特別捜査隊の女子陣が作ってきたものと同等、それ以上かもしれないものがいくつもそこにある、まさに魔境というべき空間がテーブルに展開されていた。

 これに今まで酷い目に遭ってきた記憶がフラッシュバックして冷や汗が止まらない。

 

「あっ、デザートにフライドポテトです。冷めないうちに食べて下さい」

 

「あ……あははは…………」

 

 言いたい、こんな物体X食べたくないと心の底から叫びたい。

 だが、対面にこちらの感想を待っている、妹みたいな天使のような視線を送ってくる少女の期待は裏切れない。

 これは覚悟を決めるしかないと察した悠は意を決して、テーブルに置いてあるフォークを手に取った。

 

 

(あれっ? でも、妹のような……って、どういうことだ?)

 

 

 

 

「ご、ごちそうさま……」

 

「わあっ!」

 

 

 何とか食べ切った。あの物体Xたちを……

 ミネストローネスープは何故か酢っぱい味がして背中がかゆくなったし、オムレツは口にした途端に頭がクラッとして気が遠くなりそうになった。更に魚のから揚げは追い打ちをかけるような味で意識を失いそうになった上に、フライポテトに関しては言うまでもない。

 何度か死にかけそうになったが、何とか食い縛って意識を保ちながら完食することに成功した。

 

「すごいですね、……さん!! 私の料理を完食した人は初めてです!」

 

「そ、そうだろうね……」

 

 我ながらがんばったと思う。いつもだったら意識を手放して終わりだったのに、何故か妹に見られてるような気がして張り切ってしまったのだ。

 

 

(ん……? 妹……? それに、この人……)

 

 

 頭がクラクラするのを耐えてまじまじと少女の顔を見てみると、

 

 

「あっ……」

 

 

 その少女に何か気づいた途端、頭に電流が走ったように意識が一気に刈り取られた。

 

「だ、大丈夫ですか!? ……さん! ……さーん!!」

 

 遠くなる意識の中、あの少女の声が聞こえる。だが、それは次第に薄れていき、ついに悠は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ゆ、夢か……」

 

 目が覚めると、そこは見慣れた天井だった。いつもの堂島家の自室の布団、外は連日の降雪で雪景色が広がっている。カレンダーを見ると、日付は1月5日を指していた。

 どうやらさっきまでの出来事は全部夢だったようだ。それを確認してホッとする。さっきまでのが全部本当のことだったら自分はここにいないだろう。

 

 

「悠くん、どうしたの?」

 

 

 ドアが開いて、叔母の雛乃が顔を覗かせる。あちらは悠より先に起きていたのか、既にいつもの仕事服に身を包んでいた。

 

「い、いえ……ちょっと」

 

「もう、夜更かしはダメよ。朝ごはん出来てるし、ことりも菜々子ちゃんも起きてるから早く下りてきて」

 

 雛乃はそう言うと、パタンとドアを閉めて行ってしまった。

 でも何故だろう。さっきの修道服の少女のやり取りはどこか夢であって夢でない気がする。例えるなら、誰かの記憶を追体験したような感じだった。

 

「まあ…そんなこともあるか」

 

 きっとよくある不思議な夢だろうとそう割り切って悠は布団から出た。思えば今日は特捜隊&μ‘sのメンバーと雪合戦をする予定なのだ。そうとなれば、早く着替えて支度をせねば。

 着替えを終えて、リビングへ降りるとテーブルには既に料理が並べられおり、菜々子とことり、雛乃が自分の到着をまっていた。だが、そのテーブルの料理を見て悠はぎくりとした。

 

 

「お、叔母さん…今日のご飯って」

 

「フフ、今日はオムレツに魚のから揚げ、ミネストローネスープよ。久しぶりに作りたくなったから、いっぱい食べてね」

 

 

 

 

 世の中、不思議なことってあるものだな……

 

 

 

 

―fin―




明けましておめでとうございます。ぺるクマ!です。

毎年恒例となりつつある正月番外編。
今回は良い正月ネタが浮かばず、以前アンケートを取ったP5R発売記念の王様ゲームにしようかと思いましたが、結局いい話が思いつかなかったので、急遽このような雑な話になってしまい、申し訳ございません。

それはともかく改めて、読者の皆様あけましておめでとうございます。昨年は色々ありましたが、今年も「PERSONA4 THE LOVELIVE~番長と歌の女神たち~」をよろしくお願いします!


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#89「MAZE OF LIFE 1/3」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

今年のFGO福袋はアサシンクラスで引いて、山の翁が出ました!後はダンメモのデートアライブコラボ復刻で折紙が……。

改めて、お気に入り登録して下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・感想を書いて下さった方々、本当にありがとうございます!

今回から落水さんの話が始まりますが、落水さんの過去の話はこの作品に合わせて完全に自分のオリジナルです。それでも楽しんで貰えたら幸いです。

それでは今年初めの本編をどうぞ!


────冷たい人

 

 

 誰かが自分をそう言った。知っている、そんなことは自分でも知っていた。

 

 小さい頃からそうだった。誰もがそんな自分を避けていた。

 

 この性格は両親の影響もあるのだろう。父母共に厳しい人格で、褒められたことなど数を数えるほどしかなかった。記憶にあるのは弓道の大会で優勝したくらいだった気がする。

 

 だが、自分はこれで良いと思った。自分と関わったことで誰の得になるわけじゃない。自分は自分、例え冷たい人物だと蔑まされてもそれでいい。

 そう思って周りに壁を作っていた。故に誰も自分に話しかけてこないし、近寄っても来ない。それで付けられたあだ名は【氷の女王】。実に的を得ていると思った。

 

 だが、その壁をいとも簡単に壊してきた者がいた。

 

 

「なあ落水! 俺に弓道を教えてくれ!」

 

 

 それは高校時代、同じ弓道部でクラスメイトの男子からだった。確か、彼は自分ほどではないにしろ弓の腕は良く、何より誰にでも優しくお節介を焼く物好きやつだと自分は認識していた。それによく異性を誤解させる言動をして、ブラコンの妹に叱られているとも。

 

 しかし、前触れなくそんなことを頼んできたその彼に自分は辟易した。そんな前触れもなく急に弓道を教えろなど、無神経としか思えない。当然のことながら、自分はその申し出を一蹴した。

 

 それから彼はしつこく自分に弓道を教えてくれと頼んできた。来る日も来る日も凝りもせず、鬱陶しかった。

 正直他にも弓に秀でている部員はいるのに、何故自分なのか。もし孤独でいる自分への同情であるならば、はた迷惑だ。放っておいてほしい。

 

 その旨を一度彼にぶつけたところ、彼はきょとんとし、逆にこう切り返した。

 

 

「俺は落水に教わりたいと思ったから頼んでるんだ」

 

「えっ?」

 

「落水って矢を射るときの集中力とか凄いだろ? 俺はあんまり集中力ないから、どうやったらそんな風に射れるのかってことを知りたいんだよ。これじゃあ、ダメか?」

 

 

 初めてだった。ありきたりな答えだったのに、何故かこの男は自分のことをよく見ているのかと不意に感じてしまったのだ。

 そんな彼の偽りのない熱意に負けてしまったのか、観念して自分の持つ技術を教えてしまった。人に教えるのは初めてだったので拙いレクチャーになってしまったが、彼は真剣に自分の話を聞いてくれた。

 

 それから彼は部活だけでなく、学校生活でも自分に絡んでくるようになった。やれ勉強を教えてくれだの、やれ弁当のおかずを交換しようだの、一緒に商店街で買い食いしようだのと昔からの友達であるかのように接してきたので正直戸惑った。

 今まで"氷の女王"と称されて孤独に過ごしてきた自分にとって、友達という存在を持ったのは初めてだったということもあったのだろう。

 

 だが、そんな日常を自分は不思議に楽しいと思った。彼と過ごす一分一秒がどれも初めての体験で、自分には縁のないと思っていた"青春"という密かに憧れていたものを実感できたから。

 時々極度のブラコンの彼の妹とイザコザになったり、その妹とらしくもない舌戦をして泣かしてしまったことなどあったが、そんな彼らとの日常がとても楽しかった。

 

 

 もしかしたら、この時が人生で一番楽しかった時間だったかもしれない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 つまらない過去を振り返ってしまった。落水は一旦足を止めて大きなため息を吐く。

 あの時間を振り返ってつい感傷に浸ってしまうということは、決意が弱いという証拠だ。

 

 自分は決めたのだ。例え自分を犠牲にしてでも絆フェスを成功させる。だから自分は……

 

 

 

 

「落水さんっ!!」

 

 

 

 

 背後から聞き覚えのある声が鋭く聞こえてきた。まさかと思って振り返えると、そこには元の世界に戻ったはずの少年少女たちが息を荒げてこっちに向かって走った。

 

「あなたたちっ!? ここで何を……!」

 

「落水さん、貴女を助けに来ました」

 

「なっ……!」

 

 少年少女らの中心にいる少年、鳴上悠の言葉に愕然とする落水。それを他所に近くにいた少年……花村陽介らが紡ぐように言葉を続けた。

 

「悪いけど、やっぱり俺らだけで逃げるとか、出来そうにねえって事になってさ」

 

「例え最小限の犠牲でも、誰かの踏み台にして自分たちが助かるなんて御免です」

 

「それに、皆で決めたもん。必ず全員助けて元の世界に帰るって。落水さんだけここに残るのは、絶対だめだよ!」

 

 真剣で真っすぐな表情で答える彼らの言動に、落水は睨みつけるように顔を歪めた。まるで用意周到にお膳立てしたものをぶち壊されたように。

 

 

「馬鹿な子たち……あなた達も、有羽子も……あの人も……」

 

 

「テメェ……やっぱ何か知ってんだな? 何隠してやがんだ!」

 

「ちょっ、完二さん! そんな言い方……」

 

 完二の恐喝染みた詰問に花陽がそう注意する。だが、落水はそれに応えることなく鋭い視線で宙空を睨みつけている。まさか、あの声がそばにいるのかと思った悠は半ば臨戦態勢を取った。

 

「出てきなさいっ! 取引は成立したはずでしょう! 彼らを元の世界に戻しなさいっ!」

 

 すると、案の定というべきかすぐに辺りの空気が重くなり、あの声の気配が出現した。

 

「ああ……残念だけど、それは出来ないの。言ったはずだよ? この世界に出入りできるのは本人がそう願っている子たちだけなんだもの……」

 

()()()()()()()()()……?」

 

 謎の声の発言に違和感を感じたのか、直斗が再び顎に手を当てて思考する。だが、それとは反対に落水は悔し気に宙空を睨み続けている。そして、

 

「……追っても無駄よ。取返しが着くうちに早く戻りなさい」

 

 声の主との交渉を諦めたのか、落水は鋭い視線で悠たちを……否、悠を見据えてそう言うと、答えを待つことなく踵を返した。

 

「お、おち」

 

 

ー!!ー

 

 

 悠は必死に落水を呼び止めようとするがその前に黒い靄が掛かって行く手を阻んだ。まるで落水を護衛するかように。

 

「ちょっ! 一体どこから……」

 

「ちっ、なるほどな。このシャドウたち……落水さんの自由を奪うためじゃなくて護衛の為に付き従ってたってことか」

 

「あーもー! どうしても邪魔する気!?」

 

 またもシャドウたちに行く手を阻まれて悪態をつく千枝たちに、再びあの声が語りかけてきた。

 

「まだ分からないの? あなたたちが足掻いても無駄なのよ。あなたたちに与えられた選択肢は二つ……私の絆を受け入れるか、この場所を去るか……」

 

「ふざけないで! そんなのどっちもダメに決まってるじゃない!」

 

「そうです! 私たちは誰も見捨てません! そんなの……出来るはずがありません!!」

 

「フフフ……可哀想な子たち……そんなことしたって意味ないのに…………じゃあ、私が決めてあげる。私たちと繋がりましょう」

 

 海未たちの決意を否定するように謎の声の合図と共に、シャドウたちの音楽とダンスが悠たちを襲う。何度の味わったこの重たい感覚だが、決して気持ちの良いものではない。

 

「クソっ! どうしたら、落水さんに伝わるんだっ!」

 

「お、お兄ちゃん落ち着いて!」

 

 そんな最中、悠は落水を引き留められなかったことに悔しさを感じているのか、らしくもない地団駄を踏む。普段見ない従兄の姿に驚きつつも宥めようとすることりだったが、悠の心のモヤモヤは晴れることはない。

 一体どうしたら落水に自分たちの言うことが通じるのか。一体、あの人に何があったのか。今の悠にはそれが分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────才能のない子……

 

 

 初めて彼女を見た時、そう思った。

 

 あの高校生活から大学を経て、タクラプロに入社した自分は新人アイドル【長田有羽子】のマネージャーになった。

 

 正直言うと、初めて彼女と出会ったときはあまり期待していなかった。

 有羽子は特別何かに秀でているという訳でもなく、アイドルとしての才能も全然ない。はっきり言って何もない、どこにでもいそうな青臭い素人だった。

 だが、彼女にはハッキリとした夢があった。それは何だと尋ねた時、彼女が真っすぐな瞳で言った言葉を今でも覚えている。

 

 

「私は自分の歌で全ての人たちに自分の気持ちを伝えて、元気や勇気を与えたい! だって、私もそうだったから!」

 

 

 呆れたものだとこの時の自分は嘆息した。全ての人間を歌で元気づけるなんてそんなこと出来るはずがない。馬鹿馬鹿しいと大半の人間は思うだろう。

 

 だが、その時の自分は呆れると同時に、彼女のその夢に共感してしまった。当時駆け出しで青かったのもあってか、彼女の嘘偽りのない純粋さとその情熱に見惚れてしまったのだろう。あるいは、彼女の姿が高校時代の彼と重なって見えたのかもしれない。

 どちらにしろ、自分はこの時に有羽子の夢を叶える為に奔走すると決めた。

 

 

 それから彼女は必死に頑張った。どれだけプロデューサーに馬鹿にされても多くの人に駄作だと蔑まれても彼女は諦めることをしなかった。

 自分も負けじと色んな会社に彼女の曲を売り込んだり、数少ない事務所コネで仕事を貰ったりと少しでも有羽子の知名度が上がるようにと色々と手を尽くした。どれだけ酷評され嫌みを言われようとも、どれだけ悔しい思いをしても、有羽子を信じて突き進んで行けば必ず報われると信じた。

 

 そして、その血がにじむような努力が実を結び、ついに有羽子は業界に認められるほどに成長した。CDが飛ぶほど売れたり、握手会に最後尾が確認できない程の行列が出来たりしたときは自分も思わず涙が出るほど嬉しかった。

 

 

「やった! やったよ、鏡ちゃん!」

 

「ええっ! よくやったわね、有羽子!」

 

 

 ついに、彼女はタクラプロでトップアイドルであると世間に認められた。それを聞いた時は思わず有羽子と抱きしめ合ったくらい嬉しくて涙がボロボロと出てしまった。

 

 頑張ってよかった。でも、彼女はもっと輝ける。もっと多くの人に彼女の歌を聞いてもらって元気になってほしい。そんな希望を持って、自分は更に彼女に尽くそうと誓った。

 

 

 

 

 だが、それは間違っていたことを後になって気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……も、もう……疲れた~~! ちょっと休憩を」

 

「そ、そうですね……少し休憩を取りましょうか……」

 

 何とかシャドウたちを一掃できた一行だったが、ずっと走ってたり踊ってたりを続けていたので、体力が限界に近づいてしまった。このままではいけないと現在小休憩を取っているが、皆の表情は芳しくない。

 

「お兄ちゃん、少しは落ち着いた?」

 

「……ああ、もう大丈夫だ。心配かけて悪かったな」

 

「ううん、気にしないで」

 

 どうやら先ほどまで荒れていた悠もことりの必死の励ましもあって落ち着きを取り戻したようだ。その姿を見て、他のメンバーも安堵する。

 

「それにしても、あの声の人は一体どういうつもりなのかしら?」

 

「そうだよね。さっきは襲ってきたり、今は襲ってこなかったりって何がしたいのか分かんないわ」

 

 それにしても何度も思ったことだが、あの謎の声は全くもって厄介な相手だ。ここまで来ても姿を見せないどころか、まともに話す気配すらない。

 

「ええ。ですが、先ほどあの声の言った事から重要なことが分かりました」

 

「重要なこと?」

 

 "重要なこと"と言われてもピンとこないのか、ハテナマークを浮かべる穂乃果たち。だが、我らがリーダーの悠は察しがついていた。

 

「この世界の出入り口についてだな。あの声はこの世界に出入りできるのは()()()()()()()()()だと言っていた」

 

「ええ、実は不思議に思ってたんです。僕らは最初にここへ来たとき、あの声は半ば強制的に僕らをこの世界から追い出しました。なのに、僕らがすももさんたちを救いに来た時、あの声は僕らを追い出そうとはしなかった」

 

「あっ……そう言えば」

 

「せっかく誘拐した英玲奈さんやともえさんたちが救出されたり、更にはシャドウ化した一般人も解放したりって相手には不都合なことが起こっているのに……その原因である私たちを追いださないって……どういうことかと思ったけど」

 

 直斗の疑問は悠のみならず、雪子や絵里など薄々勘の良い者は気付いていたようだ。あの声が嘘を言っているのではないかとも思ったが、あの調子だとそうであるとは考えにくい。

 

「となると、この()()()()()()()()()()()()()()()()も分かってきたな」

 

「マヨナカステージに落ちる条件? それって、絆フェスのサイトで例の動画を見た人のことじゃ?」

 

「もちろん、それが第一の条件ではあります。僕が聞いた話では、同時に動画を見ても意識を失った被害者と、そうではない人がいる……その差が何か、今までは特定出来なかったんです」

 

「なるほど、確かにそりゃ妙だな」

 

 陽介の言う通り、これは奇妙な話だ。

 りせや穂乃果たち、たまみやツバサたちはあの声がステージをやらせるために呼んだゲストだとしても、同じ条件で動画を見た人達の中で、落ちる者と落ちない者と別れるのは引っかかる。

 だが、それについて直斗は確信を持っていた。

 

「これで、分かりました。被害者は()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったんです」

 

「ちょ、ちょっと、直斗くん! 何言ってんの!」

 

「自分からって、そんな人いる訳ないじゃない!」

 

 直斗の回答に千枝とにこはあり得ないと一蹴する。それは他のメンバーも同じように思っていたのだが、察した様子の希が分かりやすく説明するように口を開いた。

 

「……つまり、こういうことやろ? この世界に落ちる条件は"マヨナカステージに落ちたい"って願いじゃなくて、あの声の言う"誰も傷つかない絆"に同調して、それを欲しがってしまうっていうこと?」

 

「ヤローの言うニセモンの絆を欲しがっちまった奴らが、この世界に落ちるっつーことっすか?」

 

 希と完二が辿りついた答えを告げた瞬間、穂乃果たちの空気が一変した。

 

「そ、そんな……」

 

「実際そうでしょうね。僕らは皆さんと出会って本当の絆というものを理解していますが、多くの人がそうであるとは限りません」

 

「……確かに、ちょっと気持ち分かるかも。私たちだってそうだったでしょう? 私だって、皆と会えてなければ、本当の自分なんて誰にも見せられなかったもの」

 

「「「………………」」」

 

 雪子の言う通りだ。現実的な話になるが世の中自分たちのように出会いに恵まれている訳ではない。誰だって人には言えない秘密を抱えているし、見せたくない本当の自分だっている。それを公に堂々と曝け出せる人間なんてあまりいない。

 だからこそ、絆フェスのサイトを見て自分のこのような絆が欲しいと無意識に願った故に、ここに落とされてシャドウになってしまったということなのだろう。

 

「私も……悠さんと会ってなかったら今こうやって皆と一緒にいられなかったと思う」

 

「確かにな……本当の自分なんて格好悪いことこの上ないしな」

 

「いや、アンタは元からカッコ悪いじゃん」

 

「うん。陽介さんは偶にカッコイイけど、普段はガッカリだし」

 

「ガッカリ言うな!」

 

 シリアスな雰囲気から一変、いつも通りのコミカルな風景が展開された傍らで悠は情報を整理した。

 つまり、このマヨナカステージに入れるのはあの絆フェスの動画を見て、偽物の絆に同調した者だけ。それを踏まえると、例え誰かを助ける為だとしても、あの声がこの世界に残りたいと望んだ悠たちを追いだすことはないということだ。

 

 

「とにかく、休憩はここまでだ。一気に落水さんに追いつくぞ」

 

「そうだね。何が起こるかもしれないし、急ごうか」

 

 

 悠とりせのトップツーの言葉に一同は腰を上げて先へと走って行った。この先は何があるか分からない。本腰で行かなければ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は突然訪れた。

 

 

 彼女はあの日……自分と新曲のことで口論になったあの後、()()()()

 

 

「…………」

 

 

 現場を見た時、頭が真っ白になって全身の力が抜けていったのを覚えている。そして、今まで自分がやってきたもの全てが泡のように消えてしまったようにも思えた。

 

 

 そして、有羽子の事件を知った世間は一斉にマネージャーの自分を叩いた。"アイドルを殺した最低のマネージャー"だと。そして、自分はその責任を取ってタクラプロを退社した。

 

 

 

 退社した後、あの日の光景が夢に出てくるようになった。その度に自分はひたすら自問自答した。

 

 

 

――――自分はどこで間違ったのだろうか。

 

――――あの子のためにやってきたはずなのに…

 

――――何で間違ってしまったのだろうか。

 

 

 

 来る日も来る日も考えた。そして、ある結論に至った。至ってしまった。

 

 

 

 

そうだ、自分には不相応だったのだ。

 

 

 

 

 分かり切っていた。答えは単純だった。

 

 結局自分はあの人のようにはなれなかった。関わった人間を幸せにするあの人のように。

 

 誰かのために行動することなど、誰かのために寄り添うことなど、根っから冷たい自分には不相応だと気づくべきだったのだ。あの人の真似事など出来っこなかった。

 

 そう、最初から無理だったのだ。あの子の望みを叶えることなど……自分には出来るはずなかった。

 

 自分が人の望みなど叶えるなどおこがましい。逆に自分は人を不幸にする。

 

 

 そう、自分はあの頃と変わらない。自分はどこまでも……

 

 

 

 

 

 

 

 

冷たい人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ?」

 

「どうやら着いてしまったようですね。新しいステージに」

 

 しばらく進んで行くと、新たな景色が目に入った。踏み入ったその場所は今まで入ってきたステージの中でも異色な光景だった。まるで能や狂言の舞台のようなステージの左右にはからくり人形のような置物が鎮座している。頭上には見惚れてしまうほど咲き誇っている桜が幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

「な、何ねココ! ジダイゲキっちゅーやつで見たオトノサマのお家みたいクマよ~! もしかして、土足厳禁?」

 

「んな訳あるか。てか、クマ吉最初から靴はいてないじゃん!」

 

 あまりに幻想的な光景に思わず目を奪われるが、今までの出来事から察するにここもたまみたちの時と同じく"皆の望む本人"が反映されているようだ。ということは、

 

「あっ、あそこに落水さんがっ!」

 

「落水さんっ!」

 

「落水コラァっ!」

 

 花陽が指さす方を見ると、そこには天井を見上げて立ち尽くしている落水の姿が確認できた。近寄ろうとする悠たちに気づいたのか、落水はゆらりとこちらを振り返る。

 その瞬間、落水は開口一番に思わぬ一言を発した。

 

 

 

「私はね、死神なの」

 

「えっ?」

 

 

 

To be continuded Next Scene.



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#90「MAZE OF LIFE 2/3.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

試験が終わっても送別会の幹事やら何やらでやること多すぎててんてこ舞いです…。ちゃんとメリハリつけて乗り越えて行こうと思います。

改めて、お気に入り登録して下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・感想を書いて下さった方々、本当にありがとうございます!

そして、気が付けばこの小説も番外編を含めて話数が100話に来ました。よくここまで続け来たなと自分でも思いますが、今後ともこの作品を楽しんで頂けたら幸いです。

それでは今年初めの本編をどうぞ!


「え……? 死神……?」

 

「ど、どういうこと……?」

 

 新たなステージに到着して落水に追いついた悠たちに開口一番放った落水の言葉に驚愕する。一体どういうことだろうと悠たちは動揺するが、そんなことは構わずに落水は話を続けた。

 

「……そう、私は死神。人を殺したの。有羽子を……ね」

 

「な、何言ってんだよ、アンタ」

 

「長田有羽子はね、どこにでもいるような子だった。その頃は若くてね、私は真っすぐ懸命にやるってことを信じてた。そう……今のあなたたちみたいにね」

 

 死神の次は殺人をしたと告白した上に、長田有羽子のことを淡々と話す落水に更に陽介たちは困惑した。だが、察しのついていた悠は落水にこう聞き返した。

 

「それは貴女がタクラプロに在籍していた時の話ですか?」

 

「ええ、当時の私はただのマネージャーだった。まだ新人だった頃の長田有羽子のね。今でも覚えているわ。最初に会った時の、あの子の緊張した顔はね」

 

「なっ! マネージャーって……本当だったんだ」

 

「ドンピシャで関係者じゃねーか……」

 

 落水が長田有羽子のマネージャーだった。自分たちが立てた仮説が当たったことに更に驚くが、話はそれでは終わらない。

 

「有羽子は腐るほどいるアイドルの中の、大した才能のない人間の一人だったわ。あなたたちと同じ、素人同然の青二才だった」

 

「そ、そんな言い方って……」

 

「いいえ、それが事実よ」

 

「こ、この……!」

 

 落水の言い草に腹が立ったりせたちは拳を震わせて落水に迫ろうとする。だが、それをスッと一歩前に出た悠が制止した。

 

「せ、センパイっ!?」

 

「悠さんっ!? ちょっと」

 

「………………」

 

 鬱憤を晴らそうとして邪魔されてたのが気に食わなかったのか、制止した悠に突っかかろうとするが、悠の“落ち着け”と言わんばかりの鋭い視線にりせたちは委縮して大人しくなった。本当は悠だって彼女たちの気持ちは分かっているつもりだが、今は感情を落水にぶつけるのではなく、話を聞くべきだ。

 

「……それでもね、私もあの子も必死に頑張ったわ。あの子はいつでも言ってた。私の歌で皆を元気づけたいって……。有羽子の願いを叶える為、有羽子を売る為になら私もどんな事だってしたわよ。有羽子を見たファンたちが、少しでも励まされてくれたらって……そう思った」

 

「落水さん……」

 

「そして、あの子は売れたわ。2人で泣いて喜んだ。握手会に手が腫れるような人数のファンが並んで、ライブのチケットもいつも完売だった。あの子はすぐにトップアイドルになったわ。でも、あの歌を……カリステギアを出す頃になって、ようやく気付いた。私たちはいつの間にか、有羽子の願った場所とは遥か遠い別の場所に来てしまったの」

 

 悲し気ながらも当時のことを思い出して感傷に浸っていた落水の表情が徐々に歪んでいく。その表情の変わりように、一瞬ブルッと寒気を感じた。

 

「…………私たちはファンの心を掴むことに必死で彼らとの()()()()()()()()()()()()()()。あの子が自分の言葉で書いた歌はもう長田有羽子の歌ではなくなっていたの……!」

 

「えっ?」

 

「伝えられる場所に手が届いて、ようやくそこに立って、あの子は伝える言葉を失くしてしまった。そして、その日……あの子は自殺したの」

 

「……!」

 

 落水から語られた長田有羽子の話に皆は絶句してしまった。特に同じ歌詞や曲を手掛ける者として自分もそうなると思ったのだろう海未と真姫の表情が特に優れない。だが、同時に今までずっと謎だったあることに察しがついた。

 

「そうか……あの楽屋にあったメモ、あれは有羽子さんが書いたSOSだったのか」

 

 そう、今まで楽屋セーフルームで発見してきた追い詰められた内容が綴られた謎のメモ。あのメモの書いた主が長田有羽子だとすれば、今の落水の話に辻褄が合う。

 

「ええ。今の落水さんの話から察するに、カリステギアの詩を書いた有羽子さんは気付いてしまったんでしょう。自分の本当に伝えたい事が、トップアイドルになった今の自分では()()()()()()()()()という事に……」

 

「……だから、有羽子さんはカリステギアの歌詞を書き換えてしまった。それが原因で……」

 

 悠と直斗、絵里が紡ぐようにあのメモの謎について考察する。3人の仮説を裏付けるように落水は首を縦に振った。

 

「それまで味方だったファンは一斉に私を叩いたわ。有羽子を潰した“人殺し”、人を不幸にする“死神”ってね」

 

「そ、そんな……」

 

「酷い……酷いよ!! 落水さんは何も悪くないのにっ!」

 

 経緯を聞いて落水に咎はないと感じた穂乃果は思わずそう声を上げた。確かに、有羽子が自殺してしまったことに関して落水に何も落ち度はない。自殺したのは本人の意思であって落水が自殺を強唆したわけではないので世間にそう言われる筋合いはないはずだ。だが、落水の表情は変わらなかった。

 

「でもいいのよ、私も気づいたわ。有羽子の願いを叶えるなんて最初から無理だったのよ。私は"人殺し"で"死神"……あの人のようにはなれなかった」

 

 落水のその言葉を聞いた途端、背中がゾッとするような悪寒に襲われた。何となくだが、感じるのだ。落水の声色が徐々に狂気が滲み始めていることに。そして、その直感が現実であることを裏付ける事態が発生した。

 

「な、なんだっ!? ちっと様子がおかしくねえか?」

 

「み、見て! 落水さんの周りが……」

 

 その時、彼女の周囲からその狂気に比例するように湧き上がるどす黒いオーラは渦を巻いて、落水へまとわりついていく。怒り、悲しみ、憎しみ、苦しみ……あらゆる負の感情が今にも爆発しそうな危うさを秘めていた。

 

「フフフ……最高ね、落水さんは幸せよ」

 

 すると、先ほどまで気配がなかったあの謎の声が出現した。もしや、この状況はあの声の仕業なのではないかと思ったのか、悠は謎の声に食って掛かった。

 

「お前っ! どうつもりだ!? 落水さんに何をしたっ!」

 

「私はどうもしてないよ。だって、皆に望まれてる自分と自分が望む自分が同じなんですもの……」

 

 あの声の様子もおかしい。まるで長年探していたものをようやく見つけたと言わんばかりに興奮している。

 

「凄いわ……皆との落水さんの絆……聞かせてあげるわ」

 

 瞬間、また何度も味わった空間が捻じ曲がるような感覚に襲われる。そして、

 

 

 

 

『落水さん、超コエー……百戦錬磨って感じ? ホント生まれながらの憎まれ役だよね、アレ』

 

『言い方とかいちいちムカつくんだよな。そのクセ仕事出来てイイ女とか、隙もねえしさ』

 

『アイドルたちを食い物にして散々稼いでるんだよ。まあ、お陰でかなみんたちは売れてるけどね』

 

『実力あるとああなっちゃうんじゃないの? 見てる分には面白いし、近づかなきゃアリって事で』

 

 

 

 

 

「コイツら……! 何も知らねえくせに好き勝手言いやがって!!」

 

「本当……聞いてて良い気はしないわ!」

 

 これまで何度も聞いてきたどこからか知れない傍観者の声。何も知らずに好き放題言うその声たちに思わず腹が立ってしまうが、どこの誰とも知らない輩を糾弾してもキリがない。

 だが、突如として更に落水の様子に変化が現れた。

 

「「な、なんじゃこりゃっ!?」」

 

 傍観者の声が鳴り止んだ途端、落水の周りを覆っていた禍々しい黒い靄が勢いよく渦を巻いて落水に密集してきたのだ。あまりの勢いに、悠たちは助けにいこうとも近づくことが出来ない。

 

「くっ……何だあっ!?」

 

「この気配……まさか」

 

「じゃあ、楽しんでね? アハハハハハッ!!」

 

 落水の事態に困惑するも、謎の声は高笑いしながら気配を消していった。まるで自分は高みの見物だと言わんばかりの撤退ぶりに腹が立つが、今は落水のことが心配だ。

 

「クソっ! 落水さん!」

 

「落水さんっ!!」

 

 

 

「うるさい、うるさい、うるさいっ! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!」

 

 

 

 黒い靄に包まれる落水は拒絶するように喚き散らす。

 

 

「自分を伝える? そんなの無理よ! 誰もそんな事求めちゃいない! 最初からそのつもりでいれば、有羽子はあんな事にはならなかったのに……!」

 

 

 途端、落水の叫びに応えるように、四方から伸びたリボンが彼女の体に巻き付き、その四肢を覆っていく。たまみたちの時とは違う、まるで落水の意思で巻き付くリボンを纏っているような感じがし、ただただ悠たちはそれを呆然と見ているしかなかった。

 

「な、なんだこれ……」

 

「落水さんが……」

 

 黒いオーラが晴れて現れたのは今までいくつもの修羅場を乗り越えてきた悠たちでも絶句してしまうほどの光景だった。

 姿を現した落水が身に着けていたのは先ほどまで来ていたものではなく、この世界で散々悠たちを苦しめていた黄色いリボンを纏わせたことによってできた女王を彷彿とさせるものだった。それに目がシャドウ特有の金色に変かしているのを見ると、完全に取り込まれているのが分かる。

 

「本人の夢や希望なんかどうだっていい……そんな物クソ喰らえだわ。顧客のニーズに合わせれば、全て上手く行きやがるのよっ! だったら、それでいい……今なら、分かるわ……あのシャドウとかいう化け物たちがこの世界で私に触れられないのかを!?」

 

「なっ!?」

 

 落水の口から“シャドウ”という単語が出たことに驚いてしまうが、今なら悠でも分かる。ここのシャドウの正体が絆フェスの動画を見て偽物の絆に同調した一般人だとすれば、何故落水に近寄ってこなかったのかが説明がつく。

 

「聞く耳持たない馬鹿ども、伝える事もない馬鹿ども! 全部私が操ってやる! 見なさい! これが私! ファンが恐れる私! いいえ……ファンのシャドウどもが恐れる私よっ!」

 

 それに構わず落水の身体に更なる変化が訪れた。落水の身体が更に禍々しい黒いオーラに包まれてその迫力がどんどん巨大になっていく。これ以上変化するのかと驚くのも束の間、更なる変化を遂げた落水が姿を現した。

 

 現れたのは自分たちの伸長を優に超すからくり人形だった。手から糸を垂らしており、あたかも自分がこのステージを支配していると言わんばかりの迫力を放っている。あまりの迫力に悠たちはその場から動けずにしていた。

 

 

『そうよ……これがファンに望まれる私! そして、私の望む私の姿……! あなたたちの心なんて届かない……! 青臭いガキの言葉なんて聞くつもりもないっ! 大人になりなさい、クソガキどもっ!! 自分なんて捨てちまえば、楽になれるって言ってんだよ!』

 

 

 今までとは比較にならない程の音量で不気味な歌が脳に直で鳴り響き、俺は思わず頭を押さえて身をかがめた。いつの間にか客席を埋め尽くしたシャドウたちも曲に合わせてウェーブしている。まさに自分たちの意思をくじこうとしているようだ。

 

「うっ……」

 

「くそっ……」

 

「もう……ダメ……」

 

 何とか必死に耐えようとも度重なるダンスと弾丸行軍で疲労が溜まりに溜まってきた故か、メンバーの何人かの意識が途切れ掛けてきた。このままでは飲まれてしまう。その時、

 

 

「天城っ……!」

 

「うん……!」

 

ーカッ!ー

「「ペルソナっ!」」

 

 

 それをいち早く察知した悠が間一髪にペルソナを召喚して回復魔法【メシアライザー】を発動する。2人の咄嗟の判断により何とかメンバーの意識を奪われる事態は防げた。だが、これは一時的な処置に過ぎない。シャドウ化した落水の暴走を止めなければ、同じことの繰り返しだ。

 

 

「みんな、倒れるなっ! 落水さんの為にも俺たちは負けられないんだ!」

 

 

 悠から檄に皆の気持ちがきゅっと引き締まる。そうだ、今ここで自分たちが倒れる訳には行かない。もしここで自分たちが倒れたら、誰があの人を助けられるだろうか。

 

 

「簡単じゃないのは分かっている……でも、分かって貰えるまで、何度だって伝えてみせる!」

 

 

 これまで同じように助けてきたともえやツバサたちの場合は、強制的に望まれる自分を受け入れさせられてシャドウ化したが、落水は違う。最初から自ら望んでシャドウ化し、あまつさえ周囲に望まれる自分をも受け入れたのだ。これまで対峙してきたものとはケタが違うと思って臨まないとやられてしまうだろう。

 

 気付けば、中央ステージに2人の人物が立っていた。1人はもちろん我らがリーダー鳴上悠。そしてもう一人は、μ‘sのリーダーである高坂穂乃果だった。

 

 

「穂乃果、一緒に踊ってくれるか?」

 

「うんっ! 任せて!!」

 

 

 おそらく無意識なのだろうが、この2人がステージに立つとなった時、陽介たちは不思議と安堵した。この2人ならきっと落水に想いを伝えられる。そう確信したのだから。

 

「よーし! 今回は私と希センパイと一緒にフルパワーで音響するから、任せたよ!」

 

「悠くん・穂乃果ちゃん、やっちゃって! 2人の課題曲【MAZE OF LIFE】は絶対落水さんにお届けするから」

 

「悠! 穂乃果ちゃん! 負けんなよ!!」

 

「ガンバレー! 2人ともっ!!」

 

 仲間たちの声援が2人に更なる力を与える。自分たちを支えてくる彼らに心から感謝して、2人はシャドウ落水に向き合った。

 

 

 

「「μ‘sic スタート!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る……走る……とにかく走るようにして踊るしかない。

 

 これまではステージとは違った感覚。今までは広い平野を駆け抜けるようなイメージだったが、ここは違う。まるで魔獣に襲われながら薄暗い森を駆け抜けているようなイメージだ。それほどあの落水が脅威ということだろう。

 

 だが、それでも悠と穂乃果は自分たちの気持ちがしっかりと届いていることは確信していた。これまでの戦いで何度もやってきたダンスで気持ちを伝えるということ。何より、落水を助けたいという気持ちは人一倍強いという自負があった。

 

 行ける、この調子なら行ける。背後から聞こえる仲間の声援や客席のシャドウたちの歓声を原動に2人はフィニッシュに向けてラストスパートをかける。

 

 

 

 

 だが、この時悠はそんな確信と同時に()()()()がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ! これならいけるぞっ!!」

 

「わあっ!」

 

 曲も最後のサビに入ってステージの悠と穂乃果のパフォーマンスが勢いを増した。

 

 流石と言うべきか、我らがリーダーたちのパフォーマンスは表現力といい技術といい、陽介や海未たちはもちろんの事、絵里や本職のりせでさえも目を見張る出来栄えだった。夏休みからの成長が誰よりも著しく、その勢いはとどまることを知らない。

 

 これなら、行ける。誰もがそう確信した。そして、

 

 

ーカッ!ー

「イザナギ!」

「カリオペイア!!」

 

 

 フィニッシュと同時に、悠と穂乃果は勢いよく顕現したタロットカードを砕いてペルソナを召喚した。

 

『ぎゃあああああああああああっ!!』

 

 黒いベースを手に持つイザナギと赤いギターを掲げるカリオペイア。2体のペルソナはすぐさま目にもとまらぬ速弾きのギターに、正確な旋律を奏でるベースによるセッションを開始した。一度耳に入ってしまうと鼓動が抑止できないほど高まったシャドウたちはこれでもかというくらい興奮して大きな歓声を上げて、宙に溶けるかのように消滅した。その影響は落水シャドウにも出始めて、苦しむようにもがいている。

 

 これが自分たちの全力だった。素人でも青二才でも落水のために必死に踊ったつもりだ。これでもし伝わらなかったら……

 

 

「やったか!?」

 

 

 客席のシャドウたちと同様に影響が出ている様子のシャドウ落水を見て陽介が歓喜の声を上げる。だが……

 

 

 

 

『違う……違う、違うっ!! 私は認めないっ!! こんなもの……絶対にっ!!』

 

 

 

 

 嫌な方向に予感が当たってしまった。ペルソナセッションで客席のシャドウたちを解放したにも関わらず、落水はシャドウ化したまま再び立ち上がった。そして、再びあの不気味な音楽が大音量で鳴り響き悠たちに襲い掛かる。

 結論、悠たちのダンスは失敗した。落水に想いが届けることが出来なかったのだ。

 

「そんな……悠さんや穂乃果でも駄目だったなんて……」

 

「あ、ありえない……!」

 

「陽介さんがフラグっぽいこと言うから……」

 

「お、俺のせいかよっ!?」

 

「くそっ……! いい加減に認めやがれっ!! 本当は分かってんだろ……!!」

 

 最後の抵抗とばかりに完二たちは残っている力を振り絞って落水にそう呼びかける。しかし、返ってきたのは予想外の反応だった。

 

 

『何故だ……! 何故有羽子じゃない! お前たちが心を伝えられるというのなら……何故あの子はあんな目に……!!』

 

「……!」

 

『他人に何かを伝えられるなんてできやしない!! そんなものは幻想だっ! まやかしだっ!!』

 

 

 シャドウ落水の叫びに応じるかのように不気味な歌が更に大音量で流れてくる。意識が飛びそうだ、立っていられる気がしない。

 

「は、花陽ちゃん……!」

 

「はい……雪子さん……えっ?」

 

 その瞬間を狙ったように回復魔法を放とうとした雪子や花陽に黄色いリボンが襲った。不意打ちで撃たれたリボンに2人は気付くことはできず、そのまま意識を失って倒れてしまった。

 

「なっ!? 雪子さんと花陽ちゃんがっ!?」

 

「だ、誰か回復魔法をっ」

 

 絵里が周囲にそう呼びかけるも誰もそれに応えることなく力尽きるように膝をついていく。クマが、直斗が、真姫たち回復魔法を使える者たちから順に次々に力尽きていく。

 

「うぐっ……」

 

 もう回復魔法を使えるメンバーは自分しかいない。せめて全滅は避けたいと悠はメシアライザーを発動しようとしたが、すでに魔法を使うための精神力は底を尽きていた。渾身のダンスをした後で、精神的に追い詰められた状況では当然だろうが、仲間が危機にさらされていることに冷静でいられずそのことに気づかなかったのだ。

 そう悔やんでいる最中、ついに悠も膝をついてしまった。

 

「悠くんっ!?」

 

「センパイっ……! きゃあっ!!」

 

 薄っすらとなる視界の中、仲間たちが次々に倒れていくのが目視できる。ついには隣で共に踊った穂乃果までも苦しそうに膝をついていた。

 

 

 まただ……。また自分は失敗してしまうのか。

 

 稲羽の事件を解決しても、穂乃果たちと一緒に成長できたと思っていても、まだ自分はあのころから何も変わっていないのか。

 

 そう絶望する傍ら、どんどん視界が真っ暗になっていく。そして、保っていた意識もどんどん遠くなっていった……

 

 

 

…………

 

 

 

………………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

…………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんっ! 穂乃果ちゃんっ!」

 

 

 

 

 

 

 刹那、ことりの声が薄っすら聞こえたと思うと同時に遠くなった意識が一気に戻ってきた。視界は良好、声も出せる。未だにあの音楽は聞こえるが、どうにか耐えられるくらいに体力も回復していた。だが、雪子や花陽などの回復担当がいないこの状況で一体誰が……

 

「ことり……! お前…」

 

 答えは単純だった。悠の危機を察したことりが土壇場でペルソナ【エウテルペー】を召喚し、戦闘不能になった雪子たちの代わりに回復魔法を発動したのだ。しかも、その魔法は戦闘不能になった対象を復活させる"サマリカーム"だ。

 いつの間にそんな魔法を使えたのかという突然の従妹の成長に悠は驚いた。なるほど、それなら一度手放した意識が戻ったことに納得もいく。だが、まだ発現したばかりの魔法故か復活できたのは悠とその近くにいた穂乃果だけで、発動したことりは既に苦し気で立っているのがやっとという状態だった。それでも、ことりは倒れるのを堪えて悠に伝えるべきことを伝えた。

 

 

「お兄ちゃんっ! まだ終わってない!! まだ、落水さんに伝えてないことがあるでしょ!?」

 

「……!」

 

「あの人はまだそれが伝わってない! だから、お兄ちゃんが伝えて上げて!!」

 

 

 ことりは最後にそう言うと全ての力を出し切ったようにぱたりとその場に倒れてしまった。妹が倒れたのを目のあたりにして思わずことりの元に駆け寄ろうとしたが、その衝動をグッと堪えた。

 もしここで何も出来ずにまた倒れてしまったら、ことりの決死の魔法が無駄になってしまう。そんなことは絶対ダメだ。悠はそのまま後ろを振り向かず、すぐさま暴走を続ける落水の方に視線を向けた。

 

『貴様ら……まだ倒れてなかったのか……! 忌々しい……!』

 

「落水さんっ!! あなたがそう信じたいだけだ! 有羽子さんを失ったことの悲しみで、周囲の皆を……自分を責めているだけだ! あなたもたまみたちと同じ……! 自分の心が伝わらないことが怖いだけだ!」

 

『黙れっ!! あの人のような……分かったような口を聞くなっ!! お前に、お前に何が分かるっ!! 私はあの子を殺した死神だっ! 人を殺した気持ちが……お前に分かるのかっ!?』

 

「分かるよっ!」

 

 悠と落水との舌戦に穂乃果も参戦する。正直自分が加わって戦況が変わるのか分からない。それでも悠の助けになりたい、皆を、落水を助けたいという一心で穂乃果は己の想いをぶちまけた。

 

「あなたは死神なんかじゃないっ!! あなたはこの世界来てからずっとツバサさんたちを心配してた! それに、自分のことより私たちのことを現実に帰そうとしてた! そんな人が冷たいわけないよ!! ここに来るまでずっと引っかかってだけど、今なら分かる! 落水さんは不器用だけど、とっても優しい人だよ!!」

 

『うるさいっ!! うるさいうるさい!! たかがスクールアイドル風情の小娘がっ!! お前らの信じてるダンスも、歌も、何も伝える事の出来ない薄っぺらい嘘だっ!! まやかしだっ!!』

 

 穂乃果が必死に声を張り上げるも、それでも落水には届かない。だが、少しずつではあるが落水の心の鉄仮面に徐々にヒビが入っているように感じる。なら、これならどうだと悠は再び声を張り上げた。

 

 

「じゃあ何で、有羽子さんが書いた"カリステギア"をかなみさんたちに歌わせようとしたんだっ!!」

 

 

『……!』

 

 

 悠の放ったその言葉に落水は初めて言葉を詰まらせた。ここだ、ここが正念場だ。畳み掛けるなら、ここしかない。

 

 

「そうだよっ!! 有羽子さんの歌をみんなに聞いてもらいたかったんじゃないの!! 伝わらなかった有羽子さんの心を、少しでも伝えたかったからじゃないの!!」

 

 

『!!……っ』

 

 

 捕まえた。今度こそ落水は狼狽した。その隙を逃さず、悠と穂乃果は畳み掛けるように最後の言霊を放った。

 

 

「あなたはちゃんと俺たちみたいに伝えたいって気持ちを持ってる! だから、諦めるなっ!!」

 

「落水さん、帰ってきて!! あなたを待ってる人が、絶対いるからっ!!」

 

 

 

『伝えたい……気持ち……待ってる……』

 

 

 

 その時、落水の身体から白い光が溢れだして周囲に散乱した。あまりに眩い光が視界を覆ったので、悠たちは思わず目を瞑ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、光が晴れて薄っすらと視界が良好となる。そこに映った光景に悠は思わず声を上げた。

 

 

 

 

「落水さん...!」

 

 

 

To be continuded Next Scene.



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#91「MAZE OF LIFE 3/3.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

いよいよP5Sが発売されましたね!絶対にやります!!

それと、今回後書きの方にバレンタインデーに書いた番外編を投稿しています。ふとダンメモのバレンタインイベントと異世界かるてっと2を見て思いついた内容です。
本当はバレンタインデー当日に出したかったのですが、こっちの都合で止む負えず一週間遅れになってしまいましたが、楽しんで頂けたら幸いです。

改めて、お気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!今後ともこの作品を楽しんで頂けたら幸いです。

それでは今年初めの本編をどうぞ!


 ふと昔の記憶が蘇ってきた。

 

 

「ねえ、どうしてそこまでするの」

 

 

 それは在りし日のある人との思い出、高校時代の文化祭前日。誰もいない、正確には自分と彼だけの薄暗い教室でのこと。自分は目の前で黙々と看板に絵を描いている彼にそう言っていた。

 元はと言えば、自分のミスを尻ぬぐう形でこんな時間までやらされているのに、何で関係のない彼がここまで付き合ってくれるのだろう。

 

「どうしてって、そんなのお前を放っておけなかったからに決まってるだろ」

 

「えっ?」

 

 ふと呟いたその彼の言葉に思わずぼうっとしていた意識が覚醒した。いきなりこの男は何を言ってるのだろうか。もしや…

 

「また無理して身体壊すまでやり込むんでないかって思ってな。心配で身に来たら、案の定だったな」

 

「……そんな理由」

 

 少しでもドキッとした自分が馬鹿みたいだ。せっかくのトキメキを返して欲しい。だが、そんなやり取りのお陰で少しは気持ちも和らいだ気がする。すると、その時自分の腹の虫がぐうッと鳴らした。

 

「ははは、根詰め過ぎてまだ何も食ってないんだろ? これ食べて元気出せって」

 

 そう言って彼は近くに置いてあった鞄から弁当箱を取り出して自分に渡した。開けてみると、夜食として作ってきたであろうから揚げが詰まっていた。何でこんなものを作ったのかと言いたかったが、空腹のせいか鼻孔をくすぐる香ばしい匂いにやられてしまい、自分は気付くと箸を持ってから揚げを一つ口に頬張っていた。

 

「……美味しい」

 

 口に広がるその味に思わずそんな言葉が出た。彼が料理上手なのは前から知っていたが、今までにないくらい美味しい。何と言うか、このから揚げから優しさが詰まっているように思えるのだ。

 

「お前、その味付け好きだっただろ?」

 

 感嘆とする自分に彼はそう言って笑っていた。だが、その表情はどこかホッと安堵しているように見える。彼は自分のためにこのから揚げを作ってくれたのだ。きっと無理をしているだろう自分を気遣って、好みの味にしてもらって。

 

「お、おいおい…お前、泣いてんのか?」

 

「な…泣いてなんか……ないわよ……………」

 

「まあ、何て言って良いか分からないけど、一人で何でもかんでも抱え込むなよ。俺だって心配するし……みんな、お前が一生懸命頑張ってるの、知ってるからな」

 

「…………」

 

「さあ、早く仕上げて帰ろう。妹も待ってるかもだしな」

 

「…………」

 

 この後、仕切り直して作業を再開したが、この時のことを自分は忘れなかった。

 

 

 

 ああ…今でも覚えている……あの時の優し気な表情が、目の前で自分を心配そうに見つめる青年と重なって見えたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落水さん……!」

 

 

 禍々しい黒い靄が晴れて、ステージに立っていたのは元の姿に戻った落水だった。当人は放心しているのか、何も動くことなくただ佇んでいる。だが、よくよくジッと見ているとそれは違っていたことに気づいた。

 

「ああ……情けない。人の心にズケズケと踏み込んで、勝手に自分たちの事ばかり見せつけて……」

 

 

「学芸会って、タカをくくってたのに…………私が……()()()()()()()()()()……!」

 

 

 その姿に悠たちは目を見開いた。落水はその時、涙を流していた。自分たちに冷たい態度を取って人前で感情をあまり出さないよう案人物が、今ありのままの姿で声を殺しながら泣いている。その涙は恐怖からでもない、心から感動して溢れ出ているものだった。

 落水の涙の理由を悟った悠たちは思わず歓喜した。今までずっと伝わらなかった自分たちの想いが落水にやっと伝わったのだ。泣いている落水の前でそう言うのはあまりよろしくないが、これが喜ばずにいられるだろうか。

 

「んだ、オメー泣いてんじゃねえか。ビビらせんなよ」

 

 だが、そんな気分は完二のデリカシーのない発言でぶち壊された。気分を害された女子たちは完二を一斉に非難する。

 

「完二! 大人にそういう事言わないの!」

 

「そうです! せっかく落水さんが分かってくれたって言うのに、それを台無しにするんですか!?」

 

「えっ、いや……そ、それは……」

 

「完二くんにはまずマナーを叩きこむ必要があるわね。この事件が終わったら覚悟しておきなさい」

 

「ええっ!? そんなぁっ!?」

 

「完二くん、ドンマイ」

 

「自業自得です」

 

 現実に帰ったら絵里によるマナー講座を受けさせられると聞いて顔面蒼白になる完二。根は良いのだが、やはりまだ不良としての気質が残っているので、これを機にマナーを叩きこんでもらうべきだろうと慌てふためく後輩を見て思わず苦笑してしまった。

 そんないつも通りというべき特捜隊&μ‘sの光景が広がって、皆に笑顔が広がった。そんな優しい光景につられて泣いていた落水までもすっかり口元に笑みを浮かべていた。

 

「馬鹿な10年を過ごしたものね。1人でいじけて、周りに当たり散らして……周りが憎むなら憎まれてやるって思って、有りっ丈の嫌な自分を演じ続けた……有羽子の書き換えた歌詞まで私が書き換えた様に吹聴して回ったわ……」

 

「落水さん……」

 

「私が間違ってた。謝罪するわ、あなたたちにも有羽子にも……ずっと孤独にいたから、間違えたのかもね」

 

「俺たちの方こそ、すみませんでした。あなたを助ける為とはいえ、色々と失礼なことを……」

 

「いえ、いいのよ。あなたたちは、自分の心をありのままに表現して、それをちゃんと相手に伝える事が出来るって証明してくれた。それだけでも私も……有羽子も救われたわ」

 

「落水さん!」

 

「オッチ―!」

 

 落水から感謝とお褒めの言葉を貰って悠たちは報われたような気分になる。あれだけ伝えることに否定的だった落水からそのような言葉を貰っただけで、これまで自分たちが信じてやってきたことが間違いではなかったと思えたのだ。

 

「あれ……? 身体が」

 

「お、俺も……」

 

 その時、張り詰めた状況から解放された故か、悠と穂乃果の身体が限界を知覚。2人はフラッとバランスを崩してしまい、そのまま地面に倒れそうになる。一瞬反応が遅れて気づいた千枝と海未が慌てて支えようとするが、いち早く2人を受け止めた者がいた。

 

 

「お疲れ、悠・コーハイ」

 

「「マリー(ちゃん)!?」」

 

 

 それはいつの間にかその場にいたマリーだった。突然の登場に周りにいたメンバーは栗をあんぐりとしていたが、当人は気にせずマイペースに行動した。

 

「頑張ったご褒美に膝枕、してあげる。コーハイはウーミーよろしく」

 

「えっ?」

 

「ええっ? マリーちゃん、穂乃果の扱い雑過ぎない?」

 

「うーみーって…私ですか……」

 

 マリーはそう言うと、穂乃果を近くにいた海未に預けると、手馴れたように悠を自分の膝の元へと誘った。いつぞやかこんなことをされた記憶はあるのか、どこか懐かしく心地よく感じてしまう。このまま安眠できそうだと思ったその時、

 

「お兄ちゃ~~~~ん!?」

 

「こ、ことり?」

 

「膝枕だったら、ことりがしてあげるよ。マリーちゃんの膝よりことりの方がフワフワで快適だから」

 

「はあ? 何言ってんの? イモウトはそっちで休んでれば?」

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

 バチッと乙女と乙女の視線がぶつかって火花が散るような音が聞こえた。間に挟まれている悠は冷や汗が止まらない。その光景にまたかと見ていた陽介たちは溜息をついた。

 すると、一緒にその様子を見ていた落水は何を思ったのか、不意にクスッと笑ってこう言った。

 

「フフ、やっぱりあの人の息子ね。こうやって女の子に囲まれて騒いでいたの……思い出すわ」

 

「えっ?」

 

 何気ない今の落水の発言に悠たちは一瞬固まった。今すごく聞き捨てならないことを聞いた気がする。少し聞きづらいが、ここは陽介が代表しておずおずと落水に尋ねてみた。

 

「あの、束の事お聞きしますが、落水さん……所々であなたが言ってたあの人ってもしかして……悠の親父さんだったり?」

 

「そうよ。あの人、鳴上くんのお父様とは高校の同級生だったの。誰にでも優しくて困ってる人は見過ごせない人だったから、私もお世話になったわ」

 

「えっ?」

 

「「「ええええええええええっ!?」」」

 

 ここで衝撃の事実。なんと、落水と悠の父親は同級生だったのだ。

 所々で悠を見て何か思いふけっていたり、意味深な発言をしたりといった悠の親族と関りがあることは所々匂わせていたが、まさかそれが悠の父親だったとは予想外だった。

 

「ゆ、悠のお父さんと同級生って…じゃあ、理事長のことも?」

 

「もちろん。妹さん……今は南さんだったかしら? あの人とも知り合いよ。鳴上とよく一緒だったから、付き合ってるんじゃないかってよく疑われてたわ」

 

「「「「ああ……」」」」

 

「えっ? な、何で皆……ことりを見て納得してるの?」

 

「そう言えば、鳴上も重度のシスコンだったわね。南さんに手を出そうとした男子を徹底的に威圧したり、南さんに何かあったらすぐに飛んで行ったり」

 

「「「「………………」」」」

 

「何で皆、俺を見るんだ?」

 

 雛乃もブラコンだったと聞いて納得の表情を浮かべることりと悠を除く一同。果てに悠の父も息子と同じくシスコンだったことを聞いて、やっぱり血は争えないということを実感した。

 

「て、落水さん。じゃあ最初から先輩のことを知ってたってこと?」

 

「……そうね。そのところについてもっと語りたいところ悪いけど、私に文句がある人が来たみたい」

 

 落水はそう言うと、虚空を見つめて目を鋭くさせた。一体どうしたのかと思うと、その答えはすぐに現れた。

 

 

「ダメね、落水さん。まさか貴女までその子たちに毒されてしまったとは言わないでね……? もう何年も本当の自分を否定して、皆の思う自分を演じてきた貴女が……?」

 

 

 突然再びあの声が響いて、反射的に悠たちは落水を守るようにして身構える。だが、そんな必要はなかった。肝心の本人は余裕を取り戻していて、悠たちを押しのけてきっぱりと前に仁王立ちしていた。

 

「フッ……毒された? そうね、毒されたのよ。この子たち、鳴上くんたちにね」

 

「私たちの取引はどうするの? 皆に望まれてきた自分を全て捨てたら、まら同じ痛みを味わうことになるのよ……? そんなこと誰も望むわけ」

 

 

「黙りなさいっ!!」

 

 

 また自分の誘いに丸め込もうと意味深に語り掛ける謎の声だったが、それはピシャリと跳ねのけられた。

 

 

「あなたとの取引は白紙よ! 私はもう妥協はしない。この子たちと共に、たまみもシャドウも、そしてあなたも、一人残らずまとめて救って見せるわ!!」

 

 

 ババンと張りのある声で断言した落水。その姿はまるで映画や漫画に出てくる姉御を連想させた。その逞しくも凛々しい姿に悠たちは思わず背筋を伸ばしてしまった。

 

「や、実際助けんのは俺らなんじゃね?」

 

「そうよ、さっきまで助けられる側だったのに」

 

「何で自分がやってやんよみたいな感じで話してるのか、訳わかんないにゃ」

 

「いいんですよ! というか、聞こえちゃいますから……!」

 

 それとは裏腹に、落水に聞こえないようにそんな小言をいう陽介たち。直斗が慌てて窘めるがバレバレである。

 

「ガッカリね……だったら好きにすればいいわ。あなたはもう用済みよ」

 

 謎の声はそう吐き捨てると、逃げるように気配を消してしまった。

 

「あっ……逃げた!」

 

「また逃げられちゃいましたね」

 

 これで何度目か知らないが、こうやって一方的に逃走していくので未だにあの謎の声の正体が何なのかが掴めていない。落水を助けられたとしてもあの声をこのまま野放しにしたら、また誰かをここの世界に引きずり込まれるだろう。

 

「いいえ、今度こそ逃がさないわ。私はもう覚悟を決めたのよ。有羽子のカリステギアをこんな事に使われて……改めて考えたら腹が立ってきたわよ」

 

「カリステギアって……何が?」

 

「こんな事に使われてって、どういうこと?」

 

「えっ? あなたたち、まさか気づいてないの?」

 

 落水の言ってることがよく分からなかったので、悠は正直に首を縦に振った。その反応に落水は信じられないと言わんばかりに溜息をついた。

 

「呆れたものね……あなたたちそれでもプロ? あだだけ何度も聞かされてそんなことも分からないの?」

 

「いや、俺らプロじゃねえし」

 

 その時、ステージの中央に光の幕が下りて、いつもの楽屋セーフルームのドアが現れた。だが、そのドアは今までもものと違って重々しい雰囲気が漂っていた。

 

「むおっ! またドアが出たクマよ! ほんと、どこにでも出るクマね~」

 

「略して、どこでもド」

 

「略さんでいいっ!!」

 

「今までのドアとは違うわね……これは、マシンルームのドアだわ」

 

「マシンルーム?」

 

「収録や編集に使うブースの様なものよ。あなたたち学生でいうところの放送室みたいなものかしら。見た目から今までと同じタクラプロのものよ」

 

「ああ、言われてみれば確かにそうかも……でも、放送室って」

 

「……………」

 

 落水からの解説になるほどと納得した。この部屋がマシンルーム……収録や編集に使う部屋だということは、この部屋にこの世界の根幹に関することがあるのは間違いない。

 だが、放送室と聞いて悠と穂乃果は微妙な表情になる。前のP-1Grand Prixでも黒幕が居座っていたのは同じ放送室だったので、悠と穂乃果は何故か縁を感じてしまった。

 

「……うん、大丈夫。一応ペルソナで確認してみたけど、この中はシャドウとかいないし大丈夫みたい」

 

「分かった、ひとまず中に入ろう。ここに俺たちが求めている答えがあるはずだ」

 

 

 悠に促されて一同はマシンルームのドアを開いて中へと入る。

 

 

 案の定、悠の予測通りそこには悠たちが求めるこの世界の秘密に関わるものがあった。

 

 

 

To be continuded Next Scene.




<番外編>
~Happy Valentineday?~


 これは、とある世界線でのお話。この時、この世界にてバレンタインの日が訪れていた。

 バレンタインデー…それは毎年2月14日に行われる異性が気になる異性にチョコを送る日である。元々269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌスに由来する記念日だと言われているが、現在では好意のある異性に花束や贈り物を渡すという風習となっている。
 そしてこの日本、1958年頃からとある製菓会社の陰謀から始まったとされているバレンタインデーは、貰ったチョコの数で男子がモテる男か非モテなのかと選別されるという全く度し難い日なのである。


 そんな日の朝、悠は携帯の画面を見つめていた。


『お、お兄ちゃん…放課後にコペンハーゲンに来てくれないかな?』
『悠さん、放課後…うちに来てくれない?」
『悠さん、渡したいものがあるので放課後に私のところに来てくれませんか?』
『あの…渡したいものがあるので、放課後アルパカ小屋に来てくれませんか?』
『凛も渡したいものがあるから、放課後来てほしいにゃ!』
『悠さん、放課後うちの病院に来てくれませんか?』
『悠、こころとここあが渡したいものがあるそうだから、うちに来なさい』
『亜里沙が渡したいものがあるそうだから、今日うちに来てくれないかしら?』
『悠くん、今日神社に来てくれへん?』


 上記のお誘いメールから察する通り、我らが主人公、鳴上悠はモテる側である。その証拠に登校中にファンだという女子中学生からチョコを貰い、学内ではクラスはもちろんのこと、他クラスの女子からもチョコを貰って、紙袋がパンパンになるくらいの大きさになっていた。
 当然悠に会いに来た穂乃果たちからジト目でジ~ッと見られた。ついでに嫉妬の恨みが籠った野郎どもの視線も。


 そして、放課後…男子たちが意味もなく教室に居残ったり校内とウロウロとしている最中、悠は先に誰の元に向かった方がいいのかと携帯を見ながら悩んでいた。正直最愛の従妹であることりのところへ行きたいものなのだが、かといって希や真姫たちも無視するわけにはいかない。すると、

「ね、ねえ…鳴上くん。正門で鳴上くんのことを呼んでる人たちがいるんだけど」

「えっ?」

 見てみると、本当に正門には顔見知りがいた。シャドウワーカーの伊織と真田である。正直この日にこのタイミングであの2人が自分を訪ねてきたことに嫌な予感がするが、とりあえず話を聞いてみようと悠は正門に向かった。


「「ギブミー! チョコォォォ!!」」


 正門を訪れるとすぐに2人は両手を差し出して腰を90度に曲げたと思いきや、大声でそんなことを宣った。

「えっ?」

「頼む! お前がもらったチョコを俺らに分けてくれ!」

「はあっ!? ちょっと一体どういうことですか?」

「富める者が貧しいものにチョコを分け与える。それがこの世界の理想だろ!? だから、頼む! 俺たちにお前のチョコを分けてくれ!!」

「いや、あなたは共産主義の回し者ですか……伊織さん、どういう?」

「お、俺っちだってこんなことやりたかねえよ! けど、俺っちだって、チョコが欲しいんだ!!」

「え、ええ……」

 詳しく聞くと、どうやら2人は美鶴や風花たちからチョコを貰えると思っていたらしいが、何故か貰えず、逆にチョコを要求したらみっともないとズバッと斬り捨てられたらしい。
 それで懲りたらよかったものの、どうしても女の子からチョコを貰いたい2人は街中でナンパの如く今のようにチョコを要求したらしいが、結果は言わずもがな。

「…つまり、女の子から貰えなかったから、せめて数でバカにされないようにたくさん持ってる俺から恵んでもらおうと?」

「「……………ギブミーチョコ」」

「図星なんですね。でも」

「「ギブミーチョコ!」」

「いや、だからそんなこと言ったって」

「「ギブミー! チョコォォォォ!!」」

「何でそこまでしてチョコが欲しいんですか!?」

 まずい、周りの目が…男二人が男にギブミーチョコと頼み込んでいるこの状況に、周囲にいる学校の生徒やら主婦らしきご婦人やらがひそひそ声が聞こえてくる。

「そうだぁっ! 鳴上、俺たちにもチョコを分けろ!」
「モテ男は非モテにチョコを恵むべきだぁっ!」
「チョコを貰えないので苦しむのはもうたくさんなんだぁっ!!」
「ギブミーチョコ!」

 果てには、伊織と真田に同調してしまった同級生たちも参戦してしまう始末。既に正門の状況はカオスと化してしまった。 

(このままじゃ…まずい!)

 事が大きくなる前に逃げるしかないと、悠は逃走を決めた。


「あっ!? アイツ、逃げやがった!」

「まずい! 美鶴の所に逃げ込む気だ! お前ら、全員であいつを捕まえろ!!」


「「「オオオオオオオオオオオオっ!!」」」


 この日、悠はもらったチョコを野郎共から死守する鬼ごっこが始まった。


 結局、悠のバレンタインは“ギブミーチョコ”と叫び続ける伊織と真田、音ノ木坂学院男子生徒たちに町中を追いかけ回されて、散々な日となった。
 最終的にはその場を目撃したラビリスが峰打ちとゴム弾を使って救助してくれた。だが、その時点で既に時間は夜になっていた。
 更に、運が良いのか悪いのか、ラビリスから報告を受けた美鶴が“迷惑をかけてすまない、もう夜遅いからお詫びの印に泊まってくれ”と断るに断れない美鶴からの申し出があり、それを受けてしまった。


 この時、悠は穂乃果たちとの約束などすっかり忘れており、当然そのツケは回ってきた。


「悠さん、何で昨日来てくれなかったの?」
「聞けば、昨日はラビリスと一緒に居たとか?」
「お兄ちゃん…酷いよ! ことりよりラビリスちゃんを選ぶなんて!」
「一言でも言ってくれたら、良かったのに……」
「何で、何でラビリスなんだにゃ!?」
「しかも、そのまま桐条家にお持ち帰りしたなんて……イミワカンナイ!」
「アンタ、本当に最低ね! こころとここあを泣かせた罪は重いわよ!」
「私たちとは、遊びだったのね」
「悠くん…そんなにウチの再教育を受けたいんやなぁ……」


「え、ええっと……」


 翌日、朝早く桐条グループから帰宅した悠。帰宅して早々、玄関で待ち伏せしていた穂乃果たちに囲まれてしまった。
 話が色々脚色されているので何とか事情を説明しようにも、全然聞いてもらえなさそうな雰囲気だったため冷や汗が止まらない。黙り続ける悠にしびれを切らしたのか、奥で成り行きを見守っていた雛乃が代表して最終警告を出した。

「悠くん、いつまで黙ってるの? ハッキリしなさい」



「……チョコは欲しいです」



 その瞬間、悠の視界は真っ暗になった。




To be continuded White day.


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#92「Your Attection ~Performance~.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

長らくお待たせしてすみませんでした。本格的に就活が始まったので、ずっとエントリーシートやら面接やらで追われてて、中々執筆する時間が取れなかったです……。就職が決まるまで更新が遅れ気味になると思いますが、読んでくれたら幸いです。

改めて、誤字脱字報告して下さった方・お気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!今後ともこの作品を楽しんで頂けたら幸いです。

それでは本編をどうぞ!


<現実サイド>

 

 

 

「…………」

 

 

 

 かなみは楽屋の一室でぼうっとしていた。外から大勢のスタッフが慌ただしく走り回っている音が聞こえる。その音は今のかなみには心地よく聞こえた。

 

「かなみさん、どうしたんですか?」

 

「へあっ?」

 

 気が付いて見てみると、そこには心配そうにこちらを見るかなみと同じ衣装に身を包んだ雪穂の姿があった。それに続いて同じ格好をしている菜々子と亜里沙も同じ表情で見つめている。

 

「かなみん、どうしたの?」

 

「お腹でも痛いの?」

 

「い、いやいや! ちょっとぼうっとしてただけですよ。あはは……今日は絆フェス本番なんだからしっかりなきゃ」

 

 そう、今日はついに絆フェスの当日なのだ。まだ自分たちの出番ではないし時間を持て余していたので、かなみは菜々子たちと一緒に歌詞や振りの確認をしたり雑談したりして過ごしていたのだが、ここ最近色々あり過ぎたせいかいつの間にか物思いにふけってしまったようだ。

 

「zzzzz……zzzzz」

 

 一方、楽屋のテーブルではマネージャーの井上が椅子に座ったまま爆睡していた。

 

「井上さん、ねちゃってる。大丈夫かな?」

 

「いいんです。井上さんも忙しくて、疲れてるから」

 

 落水がいない穴を埋める為に色々と仕事をこなした反動なのか、遠くから見てもハッキリする隈が出来ていた。色々と修羅場を潜ってきたようなので、今はゆっくり休んでもらおう。

 

 しかし、何故絆フェスの楽屋に菜々子や雪穂たちがいるのか? そのことを知るには時を数日前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数日前~

 

「全く……何でこうなってんだ」

 

 絆フェスの取材を受けてから数日……タクラプロの楽屋で井上から雛乃と一緒に呼び出され、ある事情を聞かされた堂島は深いため息をついた。

 

「すみません、この前の特番とパスパレの番組で菜々子ちゃんたちの反響が大きくて……事務所の方がどうしてもという話になっちゃいまして、お願いしたんですけど」

 

「そりゃ分かってる。雛乃たちと一緒にご丁寧に説明を受けたからな。しかし、絆フェスとやらにまで出す理由にはならんだろうが」

 

「はは、申し訳ありません。ご協力頂いて本当に助かりますよ」

 

「良いんですよ。堂島さんはこう言ってますが、私は菜々子ちゃんたちがかなみちゃんと共演するのは元から賛成ですし」

 

「雛乃……お前はどの立場から言ってるんだよ」

 

 そう、井上からの話とはなんと、菜々子と雪穂、亜里沙の3人がかなみと共に絆フェスで共演することになったいうことだった。あくまで“かなみんキッチン”としての出番の代わりで、大トリでの新曲発表での共演ではない。

 どうやら先日行われたかなみとの取材と、同じ日に偶々受けたかなみと同じ事務所のアイドルグループPastel*Palletの番組【ぱすてる散歩】に3人が出演し、視聴者の意外な反響を得たらしい。しかも、ダンスの先生が予言した通り、その日のトレンドの1位にも入ったので、タクラプロもこれはいけると共演を決断するキッカケにもなった。

 

「いやっはー! 菜々子さんたちと一緒にステージです! テンション上がりますー!」

 

「わーい! 亜里沙も嬉しい!」

 

「菜々子もー!」

 

「はははは……」

 

 堂島とは反対に共演が決まったことがかなり嬉しかったのか、かなみたちは嬉しさのあまりに“Victory!”と言わんばかりに両腕を上げて喜びを表現していた。

 

「かなみちゃん、最近色々あって元気がなかったもので。堂島さんや雛乃さん、特に菜々子ちゃんたちが一緒に居てくれたお陰でようやくいい顔をするようになりまして」

 

「まあ、菜々子も楽しそうだし、雛乃も良いじゃないかって言ってることだしな。別に止めはせんさ。だが、その前にひとつ、ここらでケリを付けなきゃならん話があるな」

 

 その時、和気あいあいとした雰囲気が打って変わって、ブルッと震える冷たいものになった。発生源となっている堂島は鋭く、声色が刑事特有の厳しいものへとなっている。対峙する井上は一瞬たじろいでしまったものの、すぐに落ち着いた態度を戻した。

 

「……何でしょう?」

 

「ここじゃなんだ、外で話すか」

 

 堂島は菜々子たちをチラッと見てそう言うと、井上を外へ促そうとする。この異様な空気に雪穂たちは困惑しているが、かなみは察していた。

 堂島はここで井上にたまみたちのことを追求するつもりなのだ。未だにたまみたちの捜索願を出さないどころか、探そうともしない井上の態度にはかなみも思うことはあり、堂島が代わりに申し上げてくれそうなこの状況は絶好のチャンスだと言って良いだろう。だが、

 

 

「ま、待ってください! 堂島さん! 井上さん!」

 

 

 それは違うと自分の直感が告げていた。2人が外へ行こうとしたとき、かなみは思わず声を上げた。呆気に取られる井上たちを他所に、かなみは井上に詰め寄って溜まりに溜まっていた感情を爆発させた。

 

「井上さん! 絆フェスのまで騒ぎになっちゃうのは分かります。分かりますけど……もう、そんなこと言ってる場合じゃないです! もうみんながいなくなって随分経つし、鳴上さんやりせ先輩たちだって……」

 

「えっ!? な、鳴上くんたちも……!」

 

 井上は悠たちも失踪していることは初耳だったのか、そのことを聞いて初めて戸惑いを見せた。

 

「だから、急いでともっちたちの捜索願を出しましょう!! 井上さんがダメなら、私が自分で出しに行きますから!!」

 

 その後、かなみの訴えを聞き終えた井上は考え込むように静かになった。数十秒後、井上は何か決心した顔つきでこう告げた。

 

「分かった、事務所の方には僕から掛け合ってみよう。それでもダメなら君じゃなくて、僕が捜索願を出しにいくよ」

 

「えっ……? だ、ダメです! 井上さんがそんな事したら……!」

 

「はは、僕は君のマネージャーだよ。君を守るのが僕の役目だ。今更って思われちゃうかもそれないけど、君は菜々子ちゃんと雪穂ちゃん、亜里沙ちゃんと一緒に絆フェスに集中してくれ」

 

「俺もこっちの知り合いに声を掛けて、なるべく大事にならんようにはしておくつもりだ。まあ……色々訊かれるかもしれんが、そこはどうしようもねえからな」

 

「いえ、助かりますよ」

 

 先ほどの険悪な雰囲気が嘘のように穏やかな空気が流れ始める。雪穂と亜里沙は状況が呑み込めずに困惑している状態だったが、菜々子はきょとんしているものの何かを察しているようだった。

 ある程度話がまとまったところで、井上は楽屋を出て行った。堂島も雛乃に何か伝えるとすぐに楽屋を出ようとしたが、かなみは慌てて呼び止めて堂島に改めてお礼を言った。

 

「堂島さん! ありがとうございました!」

 

「俺は何もしちゃいない。事を動かしたのは真下、お前だよ」

 

「い、いや~……私、人にあんなこと言ったことなかったですけど……凄い事言っちゃったなあ~」

 

 改めて振り返ると、正直自分でもさっきの行動を取ったことには驚いていた。今まであんな風に必死になったこともないし、そんな自分があんな声を出せたことには本人ながらびっくりしてしまった。

 

「ま、人にものを伝えるってのは難しいもんだ。伝えることで、逆に向こうを傷つけちまう事だってある。言葉は刃物だっていう格言があるくらいだ。だが、伝えないことには何も始まらん」

 

「伝えないと……始まらない…………」

 

「そうよ。かなみちゃんは職業柄わかるかもしれないけど、歌やダンスにしろ、言葉にしろ、人にものを伝えるって難しいことなの。でも、一番大事なのはどんなに難しくても伝えようとする気持ちよ」

 

「…………」

 

 堂島の言葉にかなみは何を思ったのか、まるで思い詰めるように黙ってしまった。今、確かに何かが脳裏をよぎった気がする。

 

「そうですよ……伝えるって難しい……だから、有羽子さんも……」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「へっ? い、いや……なんでもないですよ」

 

「そうか。なら真下、ちょっといいか?」

 

「は、はい! 何でしょうか?」

 

 堂島はまだ話があるようだったので、かなみは堂島の手招きに応じた。

 

「……一応落水の事を改めて調べた。結論から言うと、アイツはシロだ」

 

「え……」

 

「事件を犯すヤツってのは、どんな細かい事でも大体周辺にその兆候がある。ヤツのアリバイ、タクラプロを辞めてからの経緯、交友関係、全て当たったが何も出やがらねえ。それどころか真面目そのものだ。どうやら奴さん、普段の態度とは裏腹に相当マメにお前たちに尽くしてるよ」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

「もちろん、まだ仕掛けも分からねえのに証拠もへったくれもねえが、俺の見る限り、落水が今回の事件に絡んだ形跡は一切見当たらん」

 

 きっぱりとした堂島のその言葉を聞いてかなみは安堵した。確信がなくても、堂島がそう言うだけでそうなのだろうという説得力があったからだ。

 

「それとここからが本題だ。落水を洗う過程で長田有羽子についてもう一度洗ってみたんだが……どうやらあの事件にはもう一人、姿を見せてねぇ“目撃者”がいるらしい」

 

「目撃者っ!?」

 

「こっちも当時の新聞や何やらを掘り返しただけで確証はねえが……タクラプロが差し出した第一発見者ってヤツの証言が、どうにも状況と一致しやがらねえ。こいつは俺の直感だが、あの事件にはまだ何か隠されている気がしてならん」

 

 “見えない目撃者”・“まだ何か隠されている”。そのワードを聞いただけでもかなみの胸はざわついた。堂島は刑事という肩書が使えない以上あちこちの新聞社などを回ってやっと手に入れた情報だと付け加えたが、かなみはそんなことは変わらず堂島に詰め寄った。

 

「そ、その目撃者とは誰なのですか!?」

 

「落ち着け、それと声がデカい……菜々子たちが見てるだろ」

 

「あっ……すみません」

 

「今そのところはラビリスに洗ってもらってる。それに、例の虚脱症で入院してたやつらも次々と目を覚ましたという話だしな」

 

「へっ……?」

 

 それは初耳だった。事件と関係しているであろう集団虚脱症の患者が目を覚まし始めたのなら、何か有益な情報を掴めるかもしれない。自分も同行したいとかなみは思ったが、堂島はそれを先読みしてこう言った。

 

「お前は目の前の仕事に集中してりゃいい。菜々子たちを頼むよ」

 

 そう言って堂島はそこで雪穂と亜里沙と楽しそうに雑談している菜々子に目を向ける。そうだ、今は事件がどうのと言ってる場合じゃない。せっかく菜々子と雪穂、亜里沙との饗宴が決まったのに年上の自分がしっかりしなければ3人に不安を与えてしまう。

 

「分かりました! って、あああああああっ! もうレッスンの時間です! 菜々子さん・雪穂さん・亜里沙さん、早く行きましょう!」

 

 決意したは良いもの、すでに時間はレッスン開始ギリギリ。早くもやってしまったかなみは3人の手を引っ張って楽屋を飛び出していった。その様子を見て、堂島はやれやれと溜息を吐いた。

 

「ったく、やっぱり近頃の若いもんとは合わねえな」

 

「そんなこと言ってたら、ダメですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時のことを思い出して苦笑いしていると、ふと鞄の中にある携帯に目が行ってしまった。あれからまだ堂島からは連絡が来ていない。まだ捜査の途中なのだろう。

 

 それにしてもここまで色々あったなと思う。あの後、レッスン中に倒れてしまい、菜々子や井上たちに多大な心配をかけてしまった。特に雛乃が一番気にかけてくれて、実の親のように心配してくれた時は思わず気恥ずかしくなったものだ。

 

 思えば、ここまでやってこれた一番の影響は菜々子たちもそうだが、雛乃もかもしれない。事件のことで落ち込む自分にとても優しくしてくれたり、気分転換に教え子が経営しているというライブハウスで元気になる音楽を聴かせてもらったり、お世話になりっぱなしだ。

 

 今までのことを思い返していると、寝ていた井上が薄っすらと目を開けた。

 

「あ……ああ…………ごめん、僕だけ寝ちゃってたみたいだね……ここのところ徹夜続きだったから……ふぁあ……」

 

「井上さん、おはようございます」

 

「おはようございます」

 

「もう少し寝てても良かったんですよ」

 

「あはは……でも、そう言う訳にはいかないよ。この絆フェスはそれなりにお客さんも集まってるし、失敗する訳にはいかない。まあ、落水さんがいないせいでこっちに書類仕事が回ってきちゃってるから……ふぁあ」

 

 再び睡魔に襲われたのか、井上は思わず口に手を当てて欠伸をした。

 井上はそれなりと言っているが、実際のところは絆フェスのチケットは完売御礼、メインステージである最近できた国立競技場は満席となるらしい。かなみにとっては今まで経験してきたステージとは比べ物にならない観客数だ。そんなイベントを取り仕切っていた総合プロデューサーの落水が失踪して、その分の仕事が突然降りかかってきたとなれば、井上といえどかなりの修羅場だったようだ。

 

「そう言えば4人のコーナー出演、やっぱり前評判良いみたいだよ。【女神と天使たちの共演】とか言われてるみたいだね」

 

「ふふ、当たり前です! 私は女神じゃないけど、菜々子さんや雪穂さん、亜里沙さんは絶対可愛いです!」

 

「菜々子かわいいの? うれしいー! ゆきほお姉ちゃんやありさお姉ちゃんとおなじくらい、かなみお姉ちゃんもかわいいよ」

 

「そんなことないですよ……」

 

 菜々子たちにそんなことはないと言われてもいつになく覇気のない様子でそう言うかなみ。正直今の自分には自信を持てないのだ。もしかしたら、今までにないステージで緊張しているのかもしれない。

 

「それと、たまみちゃんたちの件、上の了解も取れたから。昨日、僕が警察に言って話をしてきたよ」

 

「ホントですか!? よくそんな簡単に……」

 

「簡単じゃなかったけどね。鳴上くんたちの事もあったし、堂島さんの話を立てに取らせてもらったよ。僕だって業界長いからね、色んな戦い方は身に着けてるつもりだよ」

 

 聞く限りとても難しいことをやってのけたというのに平然とした風に宣う井上の笑みにかなみは慄いてしまった。伊達にりせのマネージャーを務めているだけのことはある。

 

「ただ……それが決まったことで彼女たちの絆フェスの演目はもうどうにもならなくなる。捜索願を出すのに、演目に彼女たちの名前が載ってるのはちょっといただけないからね」

 

「そう……ですね、そっか……たまみんたち、絆フェス出られなくなるのですね」

 

 スタッフから話を聞くと、今回の絆フェスは前述したとおりの評判だが、お客の最大の目的は“かなみんキッチン”や“A-RISE”、それに芸能界に復帰する久慈川りせだった。故に、彼女らの不参加が発表された時はネットでかなり炎上したらしい。

 自分の我儘のせいで井上にも絆フェス全体に迷惑をかけてしまったと思ってしまったが、井上はそんなことは気にしなくていいと付け加えてくれた。

 

「彼女たちがどれだけ絆フェスに賭けてたかも、僕は知ってるつもりだよ。だから、それだけは避けたいと思って、ここまで粘って見たんだけどね。でも、それは違った。かなみちゃんに言う通り、例え何でもなかったとしても、僕があの子たちに恨まれることになったとしても、最初からあの子たちの安全を優先するべきだったんだ」

 

「井上さん……」

 

 井上の懺悔するような言葉にかなみは更に申し訳なく思ってしまった。その様子にまた余計なことをいってしまったと井上は慌てて謝罪すると、井上は何か思い出したように席を立った。

 

「ああ、ちょっと外すね。まだ溜まってた書類仕事が終わってなくて……あれ? しまったな」

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、ど忘れしちゃったみたいでね。何だっけなあ……落水さんの番号……」

 

 どうやら、書類仕事をする上で必要な暗証番号をど忘れして困っているようだった。その番号が分からないとまた仕事が滞ってしまうので、井上は何とか思いだそうと頭を振り絞る。すると、

 

 

 

「1324」

 

 

 

「えっ?」

 

「1324ですよね、落水さんの番号。忘れないですよ。ちゃんと意味があるから」

 

 なんと、件の番号をかなみが知っていた。もしやと思って確認してみると、確かに番号はかなみが言った数字で合っていた。

 

「……あっ、1324だ。助かったよ。でも、かなみちゃん何でその番号を? その番号、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のはずだけど」

 

「へあっ?」

 

「ごめん、変な話しちゃったね。多分僕がかなみちゃんに話したんじゃないかな。それじゃあ、本番までゆっくりしててね」

 

 井上は慌ててそう言うと、そそくさと楽屋を出て行った。しかし、残されたかなみの心情は晴れない。なぜその数字が突然浮かんだのか自分でも分からない。一体自分はどこで……

 

 

 

 

 

『フフフフフ……あなたは独りだよ……それが今に分かる…………』

 

 

 

 

 

 

「だ……だれっ!?」

 

「か、かなみさん……?」

 

「どうしたの……?」

 

「え……あ、あは~大丈夫です」

 

 突然聞こえた不気味な声。かなみはびっくりして反応してしまった。しかし、雪穂たちには聞こえなかったのか、かなみの奇声に驚いている。今日は本番なのに、どこかおかしい。ちょっと顔でも洗ってこようと、かなみは菜々子たちに断りを入れてトイレへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、他の場所では……

 

「良いか、どんな些細なことでも見逃すな。事態が動くのは今日であることを念頭に入れるんだ」

 

 会場の裏側でスタッフたちが大勢行き来する最中、シャドウワーカーの美鶴は無線でそう各員に通達した。

 ラビリスの進言により、美鶴たちシャドウワーカーは事件の方ではなく行方不明者たちの行方を追うことにした。もし黒幕が動くとしたら事の原因となっている絆フェス当日であると推測した美鶴は多数の部下をスタッフに紛れ込ませて会場に配備。特に、この絆フェスの大トリを務める真下かなみの近辺を徹底的にマークしている。

 

「(今のところ警備は万全だが、シャドウが絡む案件で有効かどうかは分からないな。それに、まさか堂島刑事の娘さんが真下かなみと共演することになるとは……どうにしろ、失敗は許されない)」

 

「美鶴さん!」

 

 自分を呼ぶ声がしたので振り返ると、風花がこちらに向かってくるのが見えた。

 

「山岸、どうした?」

 

「鳴上くんたちの手がかりを掴みました! それに、あの集団虚脱症のことも!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 トイレに向かっていたかなみは通りすがりの人物がそんな会話をしているのを偶々耳にしてしまった。自分が関わっている事件のことだったので、かなみは思わず足を止めてしまう。

 

「例の集団虚脱症のことが分かっただと?」

 

「はい。先ほど西木野さんの病院に言ってたラビリスから連絡があって……」

 

 しかも、それだけでなく自分の知っている人物名まで出てきた。聞き捨てならない、そう思ったかなみはその人達に悪いと思いながらも物陰に隠れて聞き耳を続けた。

 

 

「聞き込みによるとこんな証言が出たらしいんです。“絆フェスのサイトで動画を見ていたら、リボンのような物が伸びて引き込まれた”。“真っ暗な場所に大勢でいて、気味の悪い歌に合わせて踊っていたのを覚えている”。“誰かがやってきて、ここにいてはいけないと思ったら病院で目が覚めた”と」

 

「なるほど。やはりその者たちはタルタロスのような場所に引き込まれたという訳か。それに、その誰かっていうのは鳴上たちの可能性が高いな」

 

 

 その人物たちの会話はかなみにとってチンプンカンプンだった。この人達は一体何を言っているのだろうと思ったが、かなみは確信した。

 この人達は自分が関わった事件を追っている。自分が堂島に語った信じがたい話を前提に話していることから、もしやこの人物たちが堂島の言っていた知り合いではないか。そして、悠たちが今どこで何をしているのかも知っているようだが、一体どういうことだろうか。

 

「それと、もう一つ。その例の動画なんですけど、専門家に解析してもらった結果、どういう仕組みなのか分からなかったようなんです。でも、先ほどの証言者でその動画に映る人影について気になることを言ってたようで」

 

「ああ、あの噂にあったものか。それがどうしたんだ?」

 

 

 

 

「その人たちが言うには、あの人影が真下かなみに見えたって言ってるんです」

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 告げられた証言を聞いたかなみはその瞬間、かなみの胸の中に動揺が広がった。バクバクと高鳴る鼓動に耐え切れなくなったかなみは思わずその場を離れた。気づけばかなみは元の楽屋に戻っていた。

 

 

「な、菜々子さんたちは……いない……トイレ……かな……」

 

 

 楽屋には菜々子たちはいなかった。おそらくトイレに行ったのだろうが、今この場に彼女たちがいなくて正解だったかもしれない。おそらく今のかなみは今までにないくらい動揺しているだろうから。

 しかし、今の話は一体全体どういうことだ。噂の動画に映っていた人影が自分……“真下かなみ”に見えた? 自分はただこの噂が関わる事件に巻き込まれただけなのに。

 そして、追い打ちを掛けるように携帯の着信音が鳴り響いた。画面を開くと堂島からだった。

 

「もしもし……」

 

『真下……重大なことが分かった。そのまま話を聞いてくれ』

 

 携帯から聞こえた堂島の声にかなみは思わず震えてしまった。何故なら、今の堂島の声はどこか取り調べでもするかのような重みのあるものだったからだ。

 

『例の噂に関する動画だが、ラビリスが聞いた話だと目を覚ました患者たちはその動画に映っていた人影がお前に見えたと言っていたらしい。すまないが、お前と長田有羽子の関係を調べさせてもらったよ』

 

「ゆ、有羽子さん……? な、何故ですか!? そんなの、あるわけないですよ!」

 

 堂島の言うことにかなみは強く否定する。まるで嘘がバレた子供、もしくは嘘を見抜かれて狼狽する事件関係者のように。

 

「同じ事務所だし、名前くらいは知ってます! でもっ! 私がデビューしたのは、有羽子さんが亡くなってから何年も後だし……!」

 

『……事件の捜査記録を読んだ。例の知り合いに頼んでな』

 

「えっ?」

 

 それは先ほど会ったあの女性たちのことだろうか。それを尋ねるよりも早く堂島は話を続けた。

 

『あの日、タクラプロでは新人の為のオーディションが行われていたそうだ。当時、第一発見者はその場にいたスタッフとされているが、やはり真っ赤な偽物だ』

 

「ど、どういうことですか?」

 

『マスコミ用の目くらましという訳だ。なんせ、本当の第一発見者がそのオーディションを受けに来てた当時10歳の未成年だったもんでな』

 

「み、未成年……」

 

 

 

『名前は……真下かなみ。お前だ』

 

 

 

 瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃がかなみを襲った。突然押し付けられた事実にかなみは心をかき乱された。

 

「う……嘘よ、そんなの……嘘よ! だって私、有羽子さんなんて知らない!!」

 

『落ち着け、真下。勝手に調べられて突拍子もないことを言われて混乱するのも当然だ。本当にすまないと思っている。だが、もう少し話を聞いてくれ』

 

「…………」

 

『あの日、オーディションを受けに来ていたお前は、偶然憧れの長田を見つけてその後を追った。そして、長田の自殺を目撃し、その第一発見者になったんだ』

 

「だから……そんなわけないです……私は有羽子さんのことなんて……」

 

『知らないと言いたそうだが、お前がオーディションを受けたのは間違いなく長田の影響だ。当時孤独に悩んで打ちひしがれた時に長田有羽子の歌に支えてもらったとタクラプロに提出した書類に残っていたよ』

 

「う……そ……でも、私は何も……」

 

『ああ、覚えちゃいないだろうさ。お前は長田が自殺した現場を見たショックから、当時の記憶を全て自分の中に封印しちまったんだからな』

 

「……ッ!」

 

 堂島が読んだ調書によると、事件の翌日にかなみは警察の事情聴取にも応じたらしいが、有羽子の死を目のあたりにして余程ショックだったのか、事情聴取の途中でショック症状を起こし、病院に搬送されたらしい。

 かなみ自身、警察の事情聴取など受けたことがないし、あまつさえ病院に入院したことなど記憶はないと反論したが、当時の警察とその入院した病院に記録が残っているという。当時かなみの担当をしたという医師が偶々雛乃の知り合いだったので裏が取れたと堂島は言うが、かなみは再び反論する。

 

「しょ、証拠はっ!? だって私、有羽子さんと会ったことなんて……! その病院のことだって別のことでかもしれないじゃないですか!」

 

『……真下、最後に聞かせてくれ。お前がいつも大事そうに持っていた日記。あれは誰の日記だ』

 

 

「日記……まさか」

 

 

 堂島の言葉を聞いて、真っ先に浮かんだのは鞄の中にしまってあるハートの錠がかかった手帳だった。そのことが脳裏に過った途端、動悸が更に激しくなった。それに並行して冷や汗がポタポタと流れ出て息が苦しい。画面の向こうの堂島はそれに構わず淡々と話を進めた。

 

『当時、長田の所持品の中で本人が愛用していたにも関わらず、発見されなかったものが一つだけある。警察の現場検証でも見落とされていたらしいが』

 

「あれは……あれは私の日記です! 有羽子さんのものなんかじゃないっ!!」

 

 これ以上聞きたくないと言わんばかりに、なりふり構わず怒声を上げるかなみ。だが、堂島はあくまで冷静に、まるで言い聞かせるように話を続ける。

 

『……真下、俺はただ話を聞きたいだけだ。当時の事でお前をどうこうするつもりはない。今会場に着いたから、お前はそこでジッとしていろ』

 

 そう言って一方的に電話を切られたが、かなみはもう何が何だか分からなかった。自分が長田有羽子の事件の目撃者? 自分が有羽子に憧れていた? それに、自分の手帳が有羽子の遺品? 

 

「そ、そんなワケ……ないですよ…………やだな~堂島さんってば……勘違いしてるんです…………そう、雛乃さんが言ってた……職業病だから……」

 

 そうだ、そんな事あり得るはずがない。何も心配することはない。私はいつ通りだ。これから本番だというのに、これくらいで動揺してどうする。

 そうだ、今すぐ鞄の手帳を開いて確かめてみればいいじゃないか。そうすれば全て勘違いだと分かって貰えるんだから。

 

 件の日記を鞄から取り出し、ダイヤル式のハート型の鍵をゆっくりと開錠していく。その番号は

 

 

 

 

1324

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 カチャリと音を立てて開いた鍵にかなみは驚愕する。先ほど井上に言った1324はこの鍵の暗証番号でもあったのだ。しかし、この番号は落水が以前担当した者と決めたプライベートな番号だと言っていた。一体どういうことなのだろうかと考える暇もなく、かなみは鍵の開いた手帳を内容に目が行った。

 

 

 

 

 

プレッシャーに押しつぶされる

誰も私を知らない、私に絆なんかない

自分じゃ立っていられない、私は弱いんだ

強く誰かと繋がる、支えてくれる絆が欲しい

 

 

 

私が伝えたいのは本当の言葉

でもそれは決して伝わることのない言葉

全部私のせい……あの人が悪いわけじゃない

なのにあの人は私を庇う……もう耐えられない

 

 

 

ヒルガオは咲かない、こんなにも願っているのに

本当の私の顔なんて、もう忘れてしまった

あんなに憧れていた『歌』にもう何も感じない

歌うのが怖い、舞台が怖い、ファンの期待が怖い

私がいなくなったら、あの人はどう思うだろう? 

悲しませたくないけど、心はもう枯れ果てた

 

 

 

絆が欲しい、みんなの心を繋ぎ止めたい

だけどもう遅い、今更どうすることもできない

歌詞は変えてしまった、私は誤魔化した

私は嘘つきだ、もう全部終わりにしよう

 

 

 

 

 

 

 

「こ……これ…………」

 

 

 日記の内容を目のあたりにしたかなみの鼓動が最高潮に達した。そして、確信した。

 

 

 そうだ、堂島の言う通りだった。これは自分の手帳じゃない。これは……

 

 

 

 

『フフフ……ようやく気がついた?』

 

 

 

 

「へっ……」

 

 

 再び聞こえる謎の声。その声に反応して鏡を見た途端、かなみは狼狽した。何故ならそこに映っていた自分の瞳は

 

 

 

 

金色になっていた。

 

 

 

 

To be continuded Next Scene.



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#93「Your Attection ~Truth~.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

新型コロナウイルスの影響で緊急事態宣言が出されてから家でずっと過ごす日々を送っています。今はFGOのオリュンポス攻略に勤しんだり就活どうしようかと悩んだりしています。こんな状況ですが、自分の書くこの小説も一種の暇つぶしで読んで貰えたら幸いです。

そして、近日以前アンケートを取った番外編を執筆しようと思いますので、楽しみにしてください。改めて、感想を書いて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!今後ともこの作品をよろしくお願いいたします。

それでは真実が徐々に明かされていく本編をどうぞ!


<マヨナカステージ マシンルーム>

 

 落水を救うことに成功した悠たちはその影響で新たに現れた部屋へと足を踏み入れた。シャドウが待ち構えているかもしれないので恐る恐ると入室したが、中に広がる光景に穂乃果たちは目を奪われた。

 

「ほええ、ここがマシンルーム……見たことない機械がいっぱいだよ!」

 

「パソコンもちらほらあるし、放送室のスイッチみたいなものがいっぱいあるにゃ~!」

 

「す、すごいですね……本当に、滅多にお目に掛かれないものがこんなにたくさん……!」

 

 初めて入るマシンルームに穂乃果たちは感嘆の声を上げる。所々に設置されているモニターや大きな電子盤にあるつまみの数々。確かに、学校にある放送室みたいな場所であるが、それ以上に高度な設備が整っており、滅多にお目に掛かれないであろうマシンまで設置されていた。これには穂乃果や凛だけでなく、機械いじりが大好きな直斗も今は無邪気な子供のような表情をしていた。しかし、

 

「ちょっと待って!! この聞こえてくるのって」

 

 

ー!!ー

 

 

「あの歌っ!?」

 

 しかし、耳を澄ませてみると室内にはこの世界に入ってから散々聞かされてきた不気味な歌が流れていた。もしやシャドウが潜んでいるのではないかと直感した悠たちは一斉に警戒態勢を取る。

 

「大丈夫よ」

 

 しかし、警戒態勢を取る悠たちとは逆に落水は冷静で、手馴れた手つきでスイッチボードやMixをいじり始めた。突然落水が取った不用意な行動に悠たちは慌ててしまう。

 

「お、落水さん!?」

 

「……やっぱりね。安心なさい、音源が再生されているだけよ。それも逆再生されているわ」

 

「えっ?」

 

 唖然とする悠たちに落水は音源を止めたかと思うと、再びMixを操作して再生ボタンを押す。すると、今まで部屋に流れていた不気味な曲は女性の歌う愛らしい旋律に変わっていた。

 

「わあっ! 楽しそうな曲!」

 

「これは……中々いい曲ね。新曲の参考にしたいかも」

 

「まさか。あの不気味な歌がこの曲を逆再生したものだったなんて。少し不自然だと思っていましたが。落水さん、この曲は一体?」

 

「これはカリステギア。有羽子が残した曲よ」

 

「えっ!? これが……!」

 

 なんと、この曲の正体は長田有羽子が最後に書いたという“カリステギア”だった。まさかこれまで散々自分たちを苦しめていた曲の正体がまさかカリステギアだったとは驚きだ。自分たちはこの曲を聞いたのはたった今だったが、落水は何度もこの曲を聞いてきたので、最初からあの歌がカリステギアだと分かっていたのだろう。

 

「待ってよ……」

 

「もしかして、この声って……!」

 

「これ、どういうことよ……」

 

 だが、その中でりせやにこ、花陽は信じられないと言った表情で音楽が流れるスピーカーに目を向けていた。一体どうしたのだろうかと聞く前に、りせは落水に尋ねていた。

 

「落水さん、これって有羽子さんの声じゃないよね? この声って」

 

「そう、この声は有羽子じゃない。おそらくこの世界の主の声よ」

 

 りせの言葉に落水は肯定した。まさかと思うが、りせのみならず落水までもこの世界の正体に気づいているようだった。本人たちは辿り着いた事実に困惑しているようだが、こちらはまだ事態を把握してないので説明してくれと促すと、落水はこちらに目を向けて説明した。

 

「これを歌っているのはね、有羽子の事件の当日にタクラプロのオーディションを受けていた子よ。それに、有羽子の事件の時の第一発見者だった」

 

「えっ?」

 

「私はあの事件の後、有羽子の遺品を受け取りに行ったわ。でもね、一つ見当たらないものがあったの。それは事務所や彼女の家を探しても見つからなかった」

 

「何が、なかったんですか?」

 

「日記よ。私たちが初めて仕事を取った時に記念としてあの子に贈ったの。鍵の番号を私とあの子の誕生日を合わせた“1324”に設定して、いつもそれを持ち歩いて離さなかったの。それがあなたたちが楽屋で目にしてきたものの正体よ」

 

 落水さんの言葉で、悠の脳裏にこれまで見てきた楽屋セーフルームの風景が駆け巡った。それで思いついたのはいつも鏡に貼りつけてあったメモだった。

 

「あのメモは()()()()()()()()()()()だったのか」

 

 なるほど、道理で真に迫った内容だと思っていたらそういうことだったらしい。あのメモは直筆で書かれてあったので、中身は知っていなくてもそれが有羽子のものであると落水は初めから分かっていたのだろう。

 

「そして、その第一発見者の子がその日記を持ってたの」

 

「えっ?」

 

「私が仕事でその子と会った時に、気づいてね。当然私は問い詰めたけど、知らない・分からないの一点張りだった。ふざけてるのかと思ったけど、聞いたらあの子は事件のショックから()()()()()()()()()()の。でも皮肉なことにタクラプロのオーディションには受かっていた」

 

 つまり、この世界の主は悠たちの当初の推測通りタクラプロ関係者、それも落水が知っている人物だということだ。そう思っていると、落水は悠に視線を移してこんなことを言いだした。

 

「鳴上悠、ここに来る途中にそこのマリーって子から聞いたわ。あなた達、とても奇妙な体験をしてきたのね。本当の自分なんて見せつけられて、それを乗り越えてきたなんて……並大抵なことじゃないわ」

 

 感心した様子の落水にそう言われて反射的にマリーの方へ視線を向けると、マリーはフッといつぞやの悠のような笑みを浮かべていた。

 

「話を戻すけど、今まであなたたちが経験してきた事件のことを考えたら、この世界が誰かの心情風景を表しているのは確かよ。“彼女”が見慣れたタクラプロの楽屋やマシンルームがこの世界に存在したんだから……」

 

「ああっ! つまり、ソイツが普段見てる場所だから、ここを作る時にそれが出て来ちまったとしても、妙じゃねえっつーことか! 確かにこのましんるーむってとこや楽屋んとこは、“思わずできちまった”っみてえな出方だったしな」

 

「…………」

 

 完二が得意げに解説した途端、またも雰囲気が微妙なものになってしまった。この世界に入ってからだが、あの完二が積極的に推理する様子はどうも違和感がある。落水もそう思ったのか、悠たちと同じ表情を浮かべていた。

 

「な、ナンスか! 先輩らも俺らしくないって言うんすか!?」

 

「い……いやあ……」

 

「そ、それは……その……」

 

「少し驚いただけだ。俺は完二はやれば出来る奴だって信じてたぞ」

 

「せ、先輩……! あざっす!!」

 

 陽介や千枝たちはしどろもどろだったが、悠はストレートに称賛すると完二は感動したのか嬉しそうに頭を下げた。改めて完二がどれほど悠を慕っているのかを再認識できた気がする。

 茶番はそこまでにして、そろそろこの事件の黒幕を暴こうと直斗は改まって尋ねた。

 

「落水さん、教えて下さい……その人物は誰なのですか?」

 

「これは今回の絆フェスの為に録ったラフ音源。当然歌っているのは……」

 

 落水が答える前に悠には既にその人物が浮かび上がった。このカリステギアは元々落水が今回の絆フェスでかなみんキッチンに新曲として歌わせようとしたもの。今回この世界に誘拐されたたまみたちを除くならば、その人物は1人しかいない。その人物の名は

 

 

 

 

「「……真下……かなみ!」」

 

 

 

 

『ピンポーン! ピンポーン! だいせいかーい!! さっすが勘だけは良いんだね!』

 

 

 見ると、マシンルームの全てのモニターに何者かの姿が映し出された。その姿を見て、皆は驚愕した。

 

「あれは……!」

 

「か、かなみっ!?」

 

『おはよ、みんな。食べたら寝べし! の真下かなみですっ! 落水さんたら、そんな話までしちゃうなんて……本気で私たちの絆を捨てるつもりなんだね』

 

 モニター越しで悪い笑みを浮かべているかなみに愕然としてしまった。それほどまでに突きつけられた事実が受け入れがたいものだったからだ。

 

「マジかよ……!」

 

「で、では……私たちやツバサさんたちをここに引き込んだのも、絆フェスのサイトに動画を流したのも……この事件を引き起こした張本人も……」

 

『フフフ……そう、ワ・タ・シ! あーあ……つまんないの、すももたちもツバサたちも、落水さんも、み~んな私を捨てちゃうんだ~。ショックだな~!』

 

 何という事だろうか。絆フェスを利用した一連の事件の黒幕はこの事件の一番の被害者であったはずの真下かなみだった。いや、そう断言するには語弊がある。

 

「ちょっとまって! このかなみちゃん、目が金色だよ!」

 

「目が金色……こいつはかなみさんのシャドウなのか!?」

 

「シャドウ……あなたたちが言ってた己の裏の感情を体現した存在。ということは、これはかなみの裏の感情ってことなの……?」

 

 そう、モニターに映るかなみは目が金色に光っていた。つまり、このかなみは現実にいる本物のかなみではない。これは今まで遭遇してきた本人が隠してきた感情や欲望、それが具現化した存在であるシャドウだ。

 

『それより……あの堂島って言う刑事さんとラビリスっていう外人、あなたたちの知り合いなの?』

 

「ど、堂島さん?」

 

「それに、ラビリスちゃん……?」

 

 突然かなみシャドウから堂島とラビリスの名前が出たことに一同は困惑する。そんな中、モニター越しのかなみシャドウに雪子とことりが食って掛かった。

 

「あなた……! ラビリスちゃんに何かしたの? それに、堂島さんにも……!」

 

「叔父さんに何かしたの!? もしかして、お母さんや菜々子ちゃんにも……!」

 

『誤解しないで? やらかしたのは2人の方だよ。疑うんだったら、今見せてあげるよ。あいつらがかなみに何をしたのかを』

 

 かなみんシャドウがそう言った後、モニターに何かが映り始めた。映り始めた映像に悠たちは驚愕する。何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<現実サイド>

 

「……」

 

 自分の目が金色になっている。そのことを認識したことにより、かなみの頭の中に今まで封じ込めてきた記憶が浮かび上がってきた。

 

 

 そうだ、自分は10年前にタクラプロのオーディションを受けに行った。孤独な自分を救ってくれた長田有羽子に憧れて。

 オーディションが終わった後、偶々その有羽子が近くの部屋に入っていくのが目に入った。憧れの人が目の前にいる。そのことに浮き立った自分はサインを貰おうと荷物を抱えて有羽子の入った部屋へと足を踏み入れた。

 

 

 だが、そこに待っていたのは憧れの有羽子が首を吊った信じられない光景だった。

 

 

 その後、自分はショックを受けてしまい、気が付けば自宅の机の前にいた。その時、現場で思わず手に取ってしまった日記帳の存在に気づいて、中身が気になって開いてしまった。そこに記されていた内容にかなみは更に動揺することになるとは知らずに。

 

 信じられなかった。憧れの有羽子がまさか絆が欲しいと悩んでいたなんて。あまりに受け入れがたい事実に愕然としてしまった。だが、同時にこうも思った。

 

 

 違う、こんなのは本当の有羽子じゃない。私の知っている有羽子は明るくて自分や皆を笑顔にする強い人だ。こんな弱いのは有羽子ではない。これは何かの間違いだと。自分の知る有羽子さんはもっと輝いてなければならない。

 

 

「だから……わ、私が()()()()()……!」

 

 

 そう、憧れの有羽子がこんなことで悩んでいて、挙句に自殺したなんて事実は認められなかった。だから、かなみはその日記帳を自分の目の届かないところへ隠した。だから、自殺した長田有羽子の遺品で見つからないものがあったという状況を創り出してしまったのだ。他ならぬ、自分自身の手で。

 

 ようやく思い出した。あの日、本当は何があったのか。そして、自分が何をしでかしたのかを。

 

 

「動くなっ!」

 

 

 その時、威圧するような声が楽屋に響き渡った。鏡を見てみると、自分の背後に2人の人物が緊迫した表情でこちらを見ていた。1人は銀髪の男でファイティングポーズを取り、もう一人は金髪の女性で銃らしきものを構えていた。

 

「シャドウ反応確認。間違いなくこの人であります」

 

「両手を上げろ! 抵抗はするな」

 

 男性は低い声でそう威嚇すると、ジリジリとこちらへの距離を詰めてきた。その動きはまるで警察のようだったので、かなみは更に動揺してしまった。

 

(こ、この人達は何……? もしかして、警察の人……!? まさか、堂島さんが……? 何で? もしかして、有羽子さんのことを知って……? 違う、私は悪くない! 私はただ有羽子さんの日記を隠しただけなのに! 何でっ! 何でこんなことで逮捕されなきゃいけないのっ!? 堂島さんっ!?)

 

『ふふふふ……抵抗なんてしないよ』

 

 突然楽屋にあの不気味な声が木霊した。いや、違う。その言葉は自分の口から発せられていた。

 

 

『だって、もうここは私のテリトリーだから』

 

 

 瞬間、2人の死角から何かが飛び出して襲い掛かった。2人はそれが黄色いリボンだと認識したが、時はすでに遅く成す術の無しに身体に巻き付かれてしまい、バタンと倒れてしまった。

 

「えっ?」

 

「「………………」」

 

「こ、これ…………わ、私が……やったの……?」

 

 倒れた2人にかなみは更に動揺した。ピクリとも動かない。まるで、死んでいるように。

 

 

「い……い…………」

 

 

 

「イヤああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 受け入れがたい現実にかなみは絶叫し、自身も暗闇に飲まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、今のって……」

 

「げ、現実の……かなみさん……ですよね? それに、真田さんやアイギスさんも……」

 

「し、し、師匠が……」

 

 モニターに映し出された今の一部始終に悠たちは絶句した。今モニターに映ったのはまさしく現実にいるであろうかなみだった。その映像は今リアルタイムで起こっていることなのだ。

 それ認識した皆は目に映った光景に唖然し、おのずと怒りが沸き上がってきた。皆の心情を代弁するように、穂乃果がモニターのかなみシャドウに怒声を上げた。

 

「かなみさんをマヨナカステージに引き込んだのっ!? それに、真田さんとアイギスさんまで!!」

 

 あの事件の記憶が蘇って激しく動揺していたかなみを無理やりマヨナカステージに引き込んだ。更に、タイミング悪くシャドウワーカーの真田とアイギスを利用したのだから、姑息なこと極まりない。だが、かなみシャドウは何の悪びれもせず、ただただ瀬々笑っていた。

 

『フフフ……大正解。でも当然だよね?』

 

「はあっ…?」

 

『ひとりぼっちの自分、いつまでも代えの利く自分、何も伝えられない自分……絆の無い自分。せっかく忘れてたのに、堂島さんとラビリスちゃんが余計な事するから思い出しちゃった。あ~、でもそれだけじゃないなあ』 

 

 ニヤニヤと嘲るようなかなみシャドウはそう言うとその視線をジッと悠たちの方へ向けていた。

 

「……どういう事?」

 

『フフ、良いことを教えてあげる。あなたたちが今いるその部屋はね、かなみが心の中で自分の記憶を閉じ込める為に作りだした場所なんだよ』

 

「えっ?」

 

『あの楽屋だってそう、かなみは自分に都合の悪い記憶を全部そこに放り込んだの。有羽子さんを“憧れの有羽子さん”のまま、自分の中でとっておきたかったから』

 

「じゃ、じゃあ……あの壁に貼ってあった、有羽子さんの日記も……!」

 

「そういうことだったの!?」

 

「どういうことですか? 陽介さん」

 

 かなみシャドウの言葉からある事実に辿り着いたらしい陽介と絵里。理解が追い付いていない者は説明してくれと2人にそう促した。

 

「……誰だって忘れたいことや消したい過去だってある。恐らくだけど、かなみんは憧れだった有羽子さんが絆を求めた末に自殺したって事実が受け止められなかったんだ」

 

「だけど、それは衝撃過ぎて忘れたくても忘れられなかった。だから、かなみさんは無意識にこの部屋にその記憶を封じ込めてたってことよ。ここがかなみさんの心象風景を表した世界であれがかなみさんのシャドウなら、説明がつくわ」

 

『ふふふ、正解正解。……私はかなみの中にいる。だから、私はちゃんと隠しておいたよ。なのに、あなたたちが伝えようとして私を刺激するから……ね?』

 

「「「!!っ……」」」

 

『あ~あ、可哀そうなかなみ。何かと向き合うなんて、最初から出来る訳ないのに……“仲間”だって言われちゃったから、あなたたちを助けたくて頑張っちゃったんだね。結果、傷ついただけだったけど!! アハハハハハ!!』

 

 かなみシャドウの高笑いは暗にこれはお前たちのせいだと示唆するような物言いだった。それに穂乃果たちは心にグサッと来るような痛みと同時に不愉快さを感じた。去年の連続殺人事件や音ノ木坂学院の事件で何度も経験してきたことだが、やはり慣れない。特に自分の影が自分をバカにするようなことを口にするのは。

 

「バカにするな!! 人を助けようとして、何が悪いのさ!?」

 

「そうだにゃ! そもそもお前が人をさらったりするからいけないのにゃ!!」

 

「そうです! 私たちはたた、かなみさんたちの事を助けたくて……!」

 

 誰よりも人の頑張りを否定されるのが嫌いな千枝を皮切りに凛と花陽もかなみシャドウに抗議する。だが、それを聞いたかなみシャドウは更に愉快そうに顔を歪めた。

 

『助ける……? クク……アハハハハハっ!! バカねぇ! その結果がこれでしょう?』

 

「うっ……」

 

『まだ分からないの? あなたたちのした事は結局かなみを傷つけただけじゃない。だから、言ったのに……本当の自分を伝えるなんて、結局傷つくだけだってさ! そんなことあなた達は知ってるはずだと思ってたのに、本当に成長していないんだね!』

 

「そ、それは……」

 

 違うと反論したかったが、上手く言葉に出来なかった。もしや本当に自分たちのしたことはかなみを余計に傷つけただけだったのではないかと思い始めてしまったのだ。実際今モニターで見た通り、かなみは傷つき、恐怖の悲鳴と共に事件に巻き込まれてしまった。これは自分たちが引き起こしたしまったのではないか。

 

『まあ……それはそうと、貴方は何で何も言わないの? 鳴上悠』

 

「………………」

 

 かなみシャドウがそう言ってきたので不審に思って、一同は悠の方に視線を写した。確かに、気づかなかったが悠だけは未だにダンマリを続けていた。あのシャドウはこの中で最も悠が激昂する内容を喜々と語ったというのに。

 

『あははは、どうしたのよ? そこは悔しむか落ち込むところでしょ? もう信じてた人に裏切られるのは慣れちゃったとか、そういう感じ? あなたもかなみと同じで可哀想な人よねぇ。誰からも求められてないのにお節介を焼いて、それが裏目に出ちゃうってところがさあ!』

 

 ここぞとばかりに心無い言葉を続けて投げかけるかなみシャドウだったが、悠は微動だにしなかった。そして、間を置いてからようやく口を開いたと思うと、

 

 

 

「……誰だ、お前は?」

 

 

 

「えっ?」

 

()()()()()()()()()()()

 

「ちょ……何言ってるの、鳴上くんっ!?」

 

 悠の突拍子の無い問いかけに仲間たちは困惑した。モニターに映る人物はどう見てもかなみシャドウじゃないか。

 

『……はあ? 何?』

 

「気になっていたが、りせやたまみたちのことはともかく、何でお前は俺のことまで知っている? 俺は先日までかなみさんと接点はないはずだぞ」

 

「「あっ!」」

 

 そうだ、これまで言動でずっと引っかかっていたことだが、この事件の黒幕はマヨナカステージのメインゲストとして引き込もうとしたたまみやツバサ、りせたちのみならず、何故か()()()()()()()()()()()。かなみと悠は先日出会ったばかりで身の上の話などしていないので、これは矛盾している。

 

「あなた、本当にかなみのシャドウなの?」

 

 その時、かなみシャドウの表情が歪んだ。それと同時にモニター越しから禍々しいオーロが出てきたように見える。

 

「悠くん、ビンゴやっ! こいつはかなみちゃんの」

 

 

『ったく、うぜんだよ!!』

 

 

「!! っ」

 

 

『今更探偵気取りで誤魔化そうってか? ああん? ショーコはあんのかよ! ショーコはよおっ!?』

 

 

「なななナニゴトクマ~!! 急にフンイキが変わったクマよ~~!?」

 

「これって……」

 

 悠の指摘を受けて希が何か気づいたことを告げようとした途端、かなみシャドウが怒声を上げて遮った。更に質の悪いクレーマーのように捲し立て始めたので、あまりの変わりように唖然としてしまった。この反応を受けて改めて一同に疑惑が募った。

 

──()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

 しかし、かなみシャドウ?は先ほどの乱心が嘘のように落ち着いたかと思いきや、こんなことを言ってきた。

 

『まあいいや、どうせバレると思ってたし。そんな事より、かなみも予定より早く呼んじゃったから早速やっちゃおうか!』

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

「また地震……! これって……」

 

 かなみシャドウらしき人物がそう言った途端、再び地震が発生した。これと似たような状況を目のあたりにしたことがある一同はピンときた。

 

「かなみんがこっちに落ちたんだ。フツーに考えりゃまた……」

 

「落水さんの時みたいに新しいステージを作るかもしれないってこと?」

 

『あはは……! 違うよ、そんな面倒なことはしない。だって、今日は“繋がりたい”って子たちが自分からたくさん集まってるんだよ。もっと、大きなことをやらなきゃ!』

 

「繋がりたい人がたくさん集まってる?」

 

「訳わかんないこと言ってんじゃないわよ!」

 

 意味深なことを言うかなみシャドウ?に皆は訝しげな表情を浮かべる。だが、

 

「いや、こりゃちっとやべーかもしれねえぞ……? こっち来てから感覚狂ってたけど、俺らここに落ちてから何日か経ってるはずだ。俺らが合同練習のために集まったことを考えりゃ、こいつは言ってんのは……」

 

 

「ああ……絆フェスが行われる会場だ!」

 

 

「なるほど、さっきのかなみの映像……あれは確かに絆フェスの会場になる国立競技場の楽屋だった。だとすれば、今日は絆フェス当日! コイツの狙いは、絆フェスの会場そのものよ!!」

 

 

『アハハハハハッ! 大正解よ! さあ、始めましょう。私とみんなが繋がる絆フェスを! アハハハハハハッ!!』

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 かなみシャドウ?はそう高笑いした後、地鳴りは更に激しさを増していく。しばらくすると、地震は収まり辺りには静寂が戻っていた。

 

「お、収まった?」

 

「今のは……一体?」

 

「アイツは絆フェスの会場に何かするつもりだ! 何とかしないと。急いでここを出るぞ!!」

 

 事態を把握するために悠たちは急いでマシンルームを出た。だが、そこに広がっていた光景に一同は愕然としてしまった。

 

 

 

「「「なっ!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どういうことなんや……! これ……」

 

 西木野総合病院で聞き込みを終えたラビリスは急いで国立競技場へと向かっていた。道中にで先に警備をしている美鶴やかなみに話を聞こうと既に会場に到着したという堂島に連絡を取っているのだが、繋がらない。嫌な胸騒ぎを感じながらも到着した時には既にことは起こっていた。

 

 

「か、会場全体が……霧に包まれてとる……」

 

 

 そう、件の国立競技場はどでかい霧に包まれていた。しかし、何か違う。霧に包まれたというにはあの形状は異常だ。まるで、霧が壁のように競技場周辺を隔てているようなそういう風にラビリスは感じた。すると、ラビリスの携帯に着信音が鳴ったので見てみると、同じシャドウワーカーで美鶴たちとは別に本部で別の任務についていた隊員から連絡がきた。

 

『ラビリス! 大変よ!!』

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 通話に出てから一番に入った切羽詰まった声。その声に嫌な予感を感じたと同時に、ラビリスに更に衝撃を与える事実が告げられた。

 

 

『どうしたの何も、国立競技場がこの世界からなくなってるの!!』

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……なあ、悠。俺たち、今マヨナカステージにいるんだよな?」

 

「ああ」

 

「だったら……あれ、何だよ」

 

 

 マシンルームを出てすぐに目に飛び込んできたそれに陽介は恐る恐ると指さした。

 扉を開いて出た光景は青空が広がっていた。更には目の前にこれまでのオブジェではなく、正真正銘の立派な円形の競技場らしき建築物が存在していた。陽介のみならず、穂乃果や千枝たちもそれを見て顔を青ざめた。そうだ、りせや希のナビがなくとも分かる。

 

 

「信じられないが、絆フェスの会場だ。()()()()()()()()()()()()()()みたいだ……!」

 

 

 そう、自分たちの目の前にあるそれとは、現実世界にあるはずの国立競技場……つまり、絆フェスの会場だった。

 

 

To be continuded Next Scene.



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#94「It is our miracle.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

自宅で過ごすことが多くなったため、部屋で研究室の課題をやったり作品を執筆したりする毎日です。時間がある故に煮詰まって中々筆が進まず更新が遅くなってしまい、申し訳ございません。

それと私事ではありますが、別作品で【Persona4 THE NEW SAKURA WARS】というものも書き始めました。本作が煮詰まって際に息抜きとして始めたものなので更新は不定期ですが、こちらも楽しめてもらえたら幸いです。

改めて、最高評価や高評価、評価を付けて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

それではいよいよこの章のクライマックスが近い本編をどうぞ!


「き、絆フェスの……会場!?」

 

「そんなっ!」

 

「何かの間違いですよね……? そうですよ、アレは国立競技場を模したこの世界特有のオブジェに決まってます! そうですよね? りせ、希?」

 

 目の前に映る絆フェスの会場である国立競技場。その存在を認められない海未たちが苦し紛れにそう言うが、ナビ役の2人は首を縦に振った。

 

「確かに……今までと違う感じがするけど」

 

「あれは間違いなく絆フェスの会場や」

 

「ムムム……! これは紛れもなくセンセイたちの世界の匂い……間違いないクマ! ここだけこっちの世界に来ちゃってるクマよー!」

 

 もはやダメだし。信じられないが元々テレビ世界の住人だったクマからの言葉もあって、目の前にあるものが絆フェスの会場である事実を突きつけられた。だが、同時に合点がいった。

 さっきまでマシンルームで対峙したあの人物はかなみのシャドウではないということだ。今まで数多のシャドウと対峙してきたが、人の内面が具現化したシャドウであっても、このように現実のものを異世界に送り込むような大事は起こせない。このようなことが出来るのは、おそらく

 

 

 

『フフフ……ようこそ、“愛meets絆フェス”へ!』

 

 

 

 すると、不意に宙からかなみシャドウ?の声が響いてきた。

 

「お前……!」

 

『ぜ~んぶ持ってきてあげたよ? 絆フェスの会場も……そこにいる人達も、ぜ~んぶ。まあ邪魔な人たちも何人かいるけど、どうでもいいよね』

 

「まさか……絆フェスに来てたお客さんたちごと!?」

 

『フフフ……そうよ? ステージが見たい……皆と一つになりたい……誰かに会いたい……皆、心のどこかで絆を欲しがってて痛みもなくそれが手に入れば嫌がるわけないもの』

 

 かなみシャドウ?のその言葉に悠たちは愕然としてしまった。これだけの規模の会場となれば、来場している観客たちの数はとてつもないものに違いない。そして、あのかなみシャドウ?のこれまでやってきた行動を考えると、最悪の目的が読めてしまった。

 

「絆フェスの観客全員を、貴方の言う絆に繋ぐつもりなのっ!?」

 

『そうだよ? 最高にハッピーでしょ! かなみはもうすぐ皆の望むかなみになる……そして私たちの絆の歌を歌うのよ……! みんな、喜ぶよ。私たちは本当にひとつになるんだから!』

 

 かなみシャドウ?の言葉から言い表せない恐怖を感じた。あれが企んでいることなんて狂ってるとしか思えなかった。そんなこと、認められるはずがない。

 

「ふざけないで下さい! そんなこと、絶対にさせません!」

 

「そうにゃっ!! お前の計画なんて凛たちが全部ぶっ壊してやるにゃっ!!」

 

『フフフ、分からず屋さんたち……悪いけど、もうかなみのステージが始まっちゃうの。邪魔はさせないわ』

 

 言うや否や悠たちの辺りに黒い靄が発生し、多数のシャドウが姿を現した。どうやらまだこの世界に引き込まれたシャドウは残っていたようだ。

 

「くそっ! まだいやがったのか!?」

 

「一体どれだけの人が取り込まれたの……?」

 

『あなた達はこの子たちの相手をしててね。まあ、運よく上手く行けたとしても間に合わないだろうけど……フフフ…………あははははははっ!!』

 

 かなみシャドウ?は自分の絶対勝利を確信しているのか、嘲るように高笑いするとすぐさま気配を消してどこかへ行ってしまった。

 

「またコイツらかよ!! 道を開けろコラァ!!」

 

「完二、ダメ!」

 

 会場への道が塞がれたことに苛立った完二たちが実力行使で進もうとするが、りせが何とか踏み留ませる。だが、このままでは進めない。だからと言って、誰かがダンスをしてここから解放するにしても時間がかかってしまう。

 

 万事休すかと思ったその時、

 

 

 

 

 

 

「おやおや? 再びあの方々のステージが見られると思ってやって来てみれば、随分楽しそうなことになっておりますこと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<絆フェスの会場 メインステージ>

 

 

 

「えっ? 私……えっ? ええっ……!?」

 

 

 

 目が覚めてたかなみは自分が置かれている現在の状況にパニックになっていた。さっきまで自分は楽屋に居たはずなのに、いつの間にステージに立っていた。まだ自分たちのステージには時間があるはずなのに。よくよく見ると、目の前にはたくさんのお客さんたちも状況に追いつけずに困惑している様子なのが気になる。更には

 

「かなみん? 何で……?」

 

「何で、私たち……ステージに居るんでしょうか?」

 

 何故か菜々子と雪穂、亜里沙たちも一緒のステージに立っていた。一体全体何が起きているのか、分からない。ただ、かなみは菜々子たちを守らなきゃいけないと直感し、何振り構わず彼女たちに近づいた。その時、

 

 

『ッフフフフフフ……』

 

 

「あ、アレは……!?」

 

 誰かが不気味な笑いと共に観客に愛想を振りまきながらステージに現れた。現れたその人物にかなみは驚愕する。だって、その姿は自分と瓜二つにそっくりだったのだから。唯一違う点があるとすれば、瞳が金色に輝いているというところだろう。

 あまりの出来事に驚いていると、そのそっくりさんはそっとこちらを振りむいた。

 

『そんなに驚かないでよ。ここにいる皆も貴女も……私がここへ連れて来てあげたんだよ。あなたが苦しそうだったから』

 

「連れて……? そうだ、私……日記を、ああっ!」

 

 電撃が脳に走るように思い出すあの出来事。過去のことを思い出すのが怖くなって身体ががくがくと震えだした。

 

『……大丈夫、もう怖くないよ。私と繋がれば、あなたは何も心配なくなるから。自分を捨てて皆の望むあなたになりなさい。そうすれば、あなたは絆を手に入れられる』

 

「絆……?」

 

『欲しいでしょう? 絆が。じゃないとあなたは歌えない。だって有羽子さんもそうだったんだから』

 

 あの自分が発する言葉一つ一つが心に突き刺さっていく。何故自分が思い悩んでいることを的確に指摘できるのか分からないが、頭を抱えてしまうほど辛い。隣では菜々子たちが大丈夫と心配そうに呼びかけてくれるが、聞こえない。

 

『……苦しいよね、痛いよね? だってカリステギアは“絆”の唄だもの。あんなに気品溢れて誰からも愛された有羽子さん、あなたを孤独から救ってくれた憧れの人。その有羽子さんでさえ孤独に苛われてあなたの前であんなに無残な姿になったの。絆のないあなたじゃ何も伝えられないよ』

 

「や、やめてください……」

 

『フフフ……聞かせてあげる。この会場の人たちがあなたの事をどう思っているのか?』

 

 瞬間、空間が歪むような気持ち悪い感覚に襲われた。すると、耳にこんな声が聞こえてきた。

 

 

 

 

“何これ? ヤラセ? いーから早く歌うか踊るとかしろよ、めんどくせー”

 

“こんな寸劇誰も見ねーよ。お前らの気持ちとかホントどうでもいいっつの”

 

“余計な事しないでいつもみたく笑ってろ~。どうせスマイルしかできないっしょ~”

 

“つーか、所詮アイドルだからねー。余計なのは良いから衣装は露出度高めで頼むわー”

 

 

 

 

 

「やめてええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」

 

 

 

 

 

 

 ダメだ、もう聞きたくもないし見たくもない。自分には絆なんかなくて、カリステギアを歌う資格はない。絆が欲しい……みんなに認められたい。

 その時、四方から伸びたリボンがかなみを巻き取ってかなみの身体を宙へと誘った。四肢をぐるぐる巻きにされて両手両足を伸ばすように吊るされる様はまるで磔のようだった。

 

「かなみお姉ちゃん!?」

 

「かなみさん、大丈夫?」

 

 呆気に取られていた3人が心配そうに声を掛けてくれるが、かなみにはもう届かない。既にかなみはリボンに巻き疲れた影響か、意識が段々と薄れて思考する力が奪われつつあった。

 

『フフフ……ごめんね? そのかなみん、あなた達をガッカリさせちゃったでしょう? さあ、おいで。私と繋がった方が楽しいよ?』

 

 かなみシャドウは優しくそう言うと、こちらにいらっしゃいと言わんばかりに手を差し出した。ダメだ、自分はこれでいいが菜々子たちがこちら側に来るのはダメ。そう警告しようとも身体に力が入らなくて声を出す気力がない。

 

 

「かなみお姉ちゃんをいじめちゃダメ!!」

 

 

 だが、3人はその誘いを跳ね除け、真っすぐにかなみの元へと駆け寄った。そして、かなみを庇うように両手を広げてとおせんぼする。

 

「あなたは、かなみさんじゃない! それくらい分かるよ!! 亜里沙たち、ここまでずっと一緒だったもん!!」

 

「大体あなたは何なんですか! さっきから、かなみさんを苦しめるようなことを言って!」

 

『はあ……?』

 

「こんなに苦しそうなのに、楽しいはずないよ! おねえちゃんはまちがってるよ!!」

 

 亜里沙・雪穂に続いて菜々子の悲痛な叫びが会場に木霊する。その言葉にはザワザワと自分勝手なことを言っていた群衆も静まり返ってしまった。それほど菜々子たちの叫ぶが心に響いたということだろう。

 だが、黒幕であるかなみシャドウ?には全く響かなかったのか、愉快そうにニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべていた。

 

『うふふふ……可哀想な子たち。いいよ、そこまで言うなら……無理やりにでも繋げてあげる!』

 

 すると、かなみを繋いでいたリボンのうち数本が菜々子たちをロックオンする。

 

 

 

 

 

「そこまでだよっ!!」

 

 

 

 

「だ、誰っ!?」

 

 突如会場内に響く誰かの声。これには会場の観客のみならずステージのかなみシャドウも身構える。次の瞬間、ステージに大きなスモークが立ち込めた。一体何事かと会場がザワザワし始める。そして、スモークが晴れたステージにはいつの間にか9人の少女が姿を現していた。

 

 

 

 

 

「「「「スクールアイドル【μ‘s】参上!!」」」」

 

 

 

 

 

「……!」

 

 どこからともなくどこかの歌劇団のようにポーズを決めて登場した天敵たちにかなみシャドウも驚愕する。まさか自分が送り込んだシャドウたちをこんなにも早く解放したというのか。

 

「お、お姉ちゃんッ!?」

 

「えっ? えっ? 何で、お姉ちゃんがここにいるの? 今までどこに行ってたの?」

 

『へぇ、意外に早かったね。何をするのか分からないけど……。!!っ』

 

 今さらこの場に来ても遅い。このまま菜々子たち諸共リボンに繋げてやろうと目を向けたが、ステージには菜々子や雪穂、亜里沙の姿はなかった。どこに行ったのかと見渡して見ると、3人はステージの下手にいた。更に傍には悠たち特別捜査隊が保護するように守っていた。スモークが立ち込めている間、悠たち特捜隊メンバーがステージの下手に誘導していたのだ。

 これはかなみシャドウ?も想定外だったのか、表情が珍しく狼狽していた。この反応に散々馬鹿にされた腹いせなのか、ざまあみろと言わんばかりに千枝とりせはかなみシャドウ?にむけてあかんべえと舌を出していた。

 

「お兄ちゃんっ!? 何でここにいるの?」

 

「菜々子!? それに、雪穂に亜里沙も!?」

 

「「鳴上さんっ!?」」

 

 安全な場所に保護された菜々子たちは今まで失踪していた悠たちがこの場に現れたのか理解が追い付けず混乱していた。

 

「す……すまない……お前たち……」

 

「恩に着る……であります…………」

 

 見ると、かなみと一緒にこちら側へ引き込んだはずの2人も救出されている。リボンに体力と精力を奪われたせいか、万全の状態ではなさそうだ。だが、これはおかしいとかなみシャドウ? は思う。あの2人は絶対目の付かない場所に置いてきたというのに、悠たちが短時間で見つけられるはずがない。これは一体どういうことなのか。

 しかし、その答えはステージ上に現れていた。

 

 

 

『臆する~ことなく~!』

 

 

 

 

『エスパレードお邪魔致します!』

 

 

 

 

『お……お前は……!?』

 

 毎度のように穂乃果たちμ‘sのステージで勝手にMCとしてやってくるエリザベス。

 そう、この短時間にこれだけのことを成し遂げられたのはこのエリザベスのお陰だった。一瞬で道を塞ぐシャドウたちを解放し、しかもどこから連れてきたのか分からないがかなみと共に連れ去られた真田とアイギスもちゃっかし救出していた。

 

『皆々様、本日は多くのプロたちが集う絆フェスとやらにお越しくださり、誠にありがとうございます。しかし残念な知らせが一つ、皆々様はそこの金色の目をした悪党によって異次元の世界へ連れてこられてようで御座います』

 

 エリザベスの衝撃の一言に会場がザワザワと騒ぎ始める。言ってることの意味は分からないが、どうやら尋常ではない事態がこの場で起こっていることは観客たちも肌身で分かっていたようだ。それに、エリザベスは学園祭以来だったのか、マイクパフォーマンスに力が入っている。

 

『ただ、皆様が助かる道は一つ。あのリボンに囚われている真下かなみ様を皆様の手で救うことで御座います。しかし、現状皆さまは真下様を想う気持ちがからっきしなように見受けられように思えます。そこで、今から彼女たちにパフォーマンスで皆様方の情熱を蘇られてもらおうかと思います』

 

 あまりにド直球過ぎて、ある意味偽りのないエリザベスのマイクパフォーマンスに観客のみならず下手の悠たちやステージの穂乃果たちも唖然としてしまった。観客からしてみれば意味が分からず無茶苦茶であるのだが、かなみを救出するにはこれしかない。

 改めてステージの穂乃果たちと下手の悠は視線を合わせる。

 

 

(頼んだぞ、みんな!)

 

(任せて!)

 

(必ずかなみさんを助けて見せるから!)

 

 

『それでは、参りましょう! 今をときめくスクールアイドル“μ‘s”より【それは僕たちの奇跡】で御座います!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────聞こえる。誰かの歌う声が……

 

 

 

 もう既に意識など薄れてるはずなのに、聞こえるということはまだ聴覚はまだ残っている。

 

「かなみさん、君はそれでいいのか?」

 

 聞こえる……薄れる意識でもはっきりと聞こえる男の子の声。この声を自分は知っている。

 

「あは……鳴上さん……ですか……」

 

 目を開ける気力もなくなって見えないが、悠が近くで自分に語り掛けているのが分かった。まだ声を出す気力は残っているので、かなみは小さい声で応答した。

 

「私……何も出来ない……何も取り柄がない…………人とお付き合いするの上手くなくて……いつもボッチでした……でも、有羽子さんの歌に励まされて……自分もああなりたいって、思ったです」

 

「……」

 

「でも、有羽子さんがあんなことになって……ホントの自分なんて、どうやって出したらいいかも分からなくって……嫌われるの怖くて、失敗するのが嫌で……どうすれば仲良くなれるのかも分からない……私は絆が欲しいのに……絆の事なんて歌えない……伝えられない…………私が有羽子さんのようになれる訳ないんです」

 

 溢れ出る思い思いの言葉に涙しそうになる。気力も少ないのに何故ここまで喋れるのかと自分自身も不思議だった。もしかしたら、最後に聞いてほしかったのかもしれない。自分の心のからの本当の言葉というものを。

 

 

「かなみさん、君は勘違いしている。君は別に()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………へっ……?」

 

 だが、悠のその言葉がかなみを現実へ引き戻してくれた。取り込まれそうになっていた意識が再び起き上がる。その言葉を聞かなければならないと感じたから。

 

「君にとって有羽子さんは人生を変えてくれた憧れの人だった。それで有羽子さんのようになろうとした気持ちは分からなくない。でも、大事なのはそうじゃないだろ?」

 

「……!」

 

「分からないなら“分からない”って伝えればいい。欲しいなら“欲しい”って伝えればいい。それは怖い事かもしれない。今みたいに心無い言葉で傷つくこともある。だけど、自分が思うことを伝えたいって思ったから、君はステージに立つことを選んだんじゃないか?」

 

(……わ、私は……私は…………!)

 

「なら、思い切って伝えよう! ありのままの本当の自分を! 傷ついても心が折れそうになっても、自分を信じればいいんだ! 今目の前の穂乃果たちがそれを君に示している!」

 

 力強く、そして心の響く悠の言葉に思わず目を開けてしまったかなみ。その視界に映ったのか、ステージで可憐に踊る9人の少女たちだった。

 

 

 

 その時、誰かの声が聞こえた……

 

 

 

“なにこれ?”

 

“絆? 伝える? 超寒いんだけど”

 

“芸能人を生で見ていればそれで良いんだっての……”

 

“何が絆フェスだよ、つまんねえ”

 

“偉そうに客に説教すんなってんだ”

 

 

 

 聞こえてくる声に思わずビクッとなる。あれだけ少女たちが一生懸命踊って伝えているのに肝心の観客たちには全く伝わってない。これでは意味がない、逆に自分たちが無意味だったと傷ついてしまう。

 

 

 なのに……

 

 

 

(何で、彼女たちは……諦めてないの?)

 

 

 

 そう、ステージ上の少女たちは諦めていなかった。彼女たちだって分かっている筈だ。今観客たちがどのような想いで自分たちを見ているのか分かっている筈だ。それでも、懸命に己の全力を必死に伝えようと歌って踊っている姿に不思議に感銘を受けてしまった……そして、

 

 

 

 

“頑張れー!! かなみ!!”

 

 

 

 

 どこからか、自分を応援する声が聞こえてきた。

 

 

 

“そうだ! 俺たちもついてるぞ!! ”

 

“応援してるよ──!”

 

 

 

 徐々に自分を応援する声が広がっていく。もしかして、ステージにいる彼女たちに触発されて自分に声援を送ってくれたのではないか。だが、

 

 

“はあ? 何言っての?”

“こんな小芝居見せられて、馬鹿じゃねえの? ”

“あいつらアイドルだぞ。客のことなんて、考えてるわけないだろ”

 

 

 それに負けじと負の声もまたまた聞こえてくる。だが、

 

 

 

 

 

“そんなの関係ないよ!!”

 

“かなみんはいつも俺たちに伝えてくれたじゃないか!!”

 

“俺たちはそんなかなみんに勇気づけられたんだ!”

 

“そうだよ! 今かなみんが苦しんでるんだったら、今度は私たちが支える番だよ!”

 

“アイドルとか演技とか演出とかそういう話じゃないんだよ! 人としてどうかって話なんだよ!!”

 

 

 

 

 

 負の声を押しのけるように自分を応援する声が広がっていく。そのことに自然と心が震えた。

 

 

 

(ああ……嬉しい……)

 

 

 

 感動で意識が回復してきたのか、視覚と聴覚も正常に戻ってきた。その時、かなみの耳と目に何かを叫んでいる大勢の観客たちが映った。

 

 

か・な・み! か・な・み! か・な・み!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事に踊り切った。今までのオープンキャンパスや学園祭ライブとは何倍も違う、現在の自分たちでは絶対立ち入ることの出来ない国立競技場という大勢の観客が見ている中でのステージは正直上手く行くのか不安だったが、何とか無事に踊り切った。

 やれるだけのことはやた、後は自分たちの想いが届くのを祈るだけだ。すると……

 

 

 

か・な・み! か・な・み! か・な・み!

 

 

 

「おおっ!? お客さんたちのかなみさんコールが凄すぎるよ!!」

 

 MCのエリザベスの言霊の影響もあるのだろうが、会場全体から響き渡るかなみコールに思わず圧倒されてしまった。

 

 

 

 

か・な・み! か・な・み! か・な・み!

 

 

 

 

「すごい熱気……!」

 

「みんな、かなみさんを応援してる」

 

「これって、凛たちのお陰かにゃ?」

 

「ああ、もちろん。凛たちのお陰でちゃんと伝わったんだ。かなみさんの心と、俺たちが伝えたい気持ちが」

 

 ステージ上だけでなく下手で待機していた悠たちも圧倒されるほどの熱気を肌身で感じる。どうやらエリザベスの目論見通りになったようだ。見れば、かなみは今のこの光景を見て目頭を熱くしていた。

 

 

「「「「かなみー!!」」」」

 

 

 すると、こちらに向かってくる複数の人影が見えた。それは楽屋セーフルームにいるはずのかなみんキッチンとA-RISEのメンバーたちと落水だった。

 

「落水さんっ!? それに、かなみんキッチンとA-RISEのメンバーも!」

 

「な、何でここに!?」

 

 安全な場所にいた方が良いと諭して楽屋セーフルームに居てもらったのに、何故こんな場所まで駆け付けたのか。しかし、それは愚問だった。

 

「何でって、かなみがピンチなのにジッとしてられる訳ないじゃんっ!……一番じゃないのが気に食わないけど!!」

 

「集まって話したの。今までは私たち、かなみを盛り上げる為のただの“メンバー”でしかなかった。おかしな話だよね……事務所も一緒で年も近いのに、どこか距離を置いてたのよ」

 

「……多分、私たちも怖かった。本当の自分なんて嫌われるんじゃないかって、どこかでそう思ってたの」

 

「でも、これからは違う。変えるって決めたの。私たち……ちゃんとした仲間になる。その...穂乃果さんたちμ‘sみたいに」

 

「「「えっ!?」」」

 

 かなみんキッチンのメンバーの言葉に衝撃を受ける。あの人気アイドルグループのメンバーたちが一介のスクールアイドルに過ぎない自分たちのようになりたいと言ってくれた。本来あり得ないことに穂乃果たちは思わず呆然としてしまった。

 

「それは私たちA-RISEもよ、穂乃果さん」

 

「ツバサさん?」

 

「ここまであなたたちのパフォーマンスを見てきて、今の私たちに足りないものを自覚したわ。ランキングとかそういうのは関係なし、私はあなた達のようにメンバーを支え合うグループになりたい。これからは()()()()よ、あなたたち」

 

 ツバサの宣言に傍に居る英玲奈やあんじゅも同意だと言うように頷いた。かなみんキッチンからの発言のみならず、あのA-RISEからのライバル宣言。全てのスクールアイドルが聞いたら羨むであろうビッグイベントの連続に頭がクラクラしてしまいそうだが、穂乃果たちは感激してしまった。

 

「そうよ! そして私がプロデュースする。徹底的にね!」

 

「それは、友情じゃなくてスパルタになりそうですね……」

 

「なら、あなたたちも一緒にやってあげましょうか? さっきの華撃団みたいな演出も歌も、なおし甲斐がありそうだから」

 

「「「結構です!!」」」

 

 更に、落水の有難いのか勘弁してほしいのか分からない提案を持ち出されたが、穂乃果たちは即決で断る。少し惜しいと思ったが、スパルタな特訓なんて夏休みの絵里とりせ、海未による特別メニューで十分だ。

 

 

「だから……! あんたがそんなんじゃ困るんだよ! かなみっ!!」

 

「そうよっ! あなたはこんなところで終わる人じゃないんだからっ! かなみっ!!」

 

「「「かなみっ!!」」」

 

 

 積年の想いをぶつけるようにかなみに力強く呼びかけるかなみんキッチンのメンバーとA-RISEたち。その光景に宙ぶらりんのかなみは思わず涙を浮かべてしまった。

 

 

「かなみさん! ちゃんと伝わってたじゃん! 今までかなみさんがしてきたことの全てが嘘じゃなかったんだよ」

 

「ああ! ほんの少しでも、あなたはちゃんと絆を作ってたんだ! それは、今まで君がやってきた努力の賜物だ!」

 

 

 かなみたちの様子を見て穂乃果と悠は思わずそう言葉をかけた。それが引き金になったのか、かなみの感情が湧き水のように溢れ返ってきた。

 

 

「ももっち……たまみん……ともっち……のぞみん…………ツバサちゃん……嬉しい……私、仲間ができました!」

 

 

 かなみの声に生気が戻って自身のはっきりとした意思を感じ取れるほどの力で拳を握っていた。そうだ、悠たちは知っている。どんな困難な状況だって信頼できる仲間の声があれば、何度だって立ち上がれることを。

 

 

 

 

 

「私の……大事な“仲間”……!!」

 

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 

 刹那、リボンがブチッと切れる音が鳴り響いた。観客と仲間たちの声援に意識を取り戻したかなみが自らの意思でリボンを断ち切ったのだ。この光景にかなみシャドウ? は絶句してしまう。

 

 

『何っ!? 私たちの絆を……自分の意思で断ち切ったのっ!? 鳴上悠と同じことを……あのかなみがっ……』

 

 

 リボンを断ち切って脱したかなみだったが、宙に浮いていたため引力に流されるまま落ちて行く。そのまま地面に激突してしまうのかと危惧するが、それは心配無用だった。その落下地点には悠が待っており、まるで空から落ちてきた少女を受け止めるようにお姫様抱っこでかなみをしっかりキャッチした。

 

 

「な、鳴上……さん……?」

 

「お疲れ様。頑張りましたね」

 

 

 お姫様抱っこの状態で悠に笑顔で労いの言葉をかけられたかなみは思わず薄っすらと頬を赤らめてしまった。

 

 

「……はいっ! ありがとうございます、鳴上さんっ!!」

 

 

 

────かなみから心からの感謝が伝わってくる。

 

 

 

「ちょっと鳴上さん!! 早くかなみから離れてよ! なんかムカつくからっ!!」

 

「お兄ちゃんっ!!」

 

「悠さんっ!!」

 

「悠くん……?」

 

 女性陣からの猛烈な抗議を受けて悠は冷や汗をかきながらかなみをたまみたちに任せた。かなみは少し残念そうな顔をしていたが、そんなことは気にせず悠はかなみシャドウ?と対峙した。

 

 

「さあ、次はお前の番だ」

 

 

 悠がそう言い終えると同時に、待機していた特捜隊メンバーが呆然としているかなみシャドウ?を逃げられないように包囲する。これならいつ何が起こっても対応できる布陣の完成だ。更には回復したアイギスと真田も加わっているので、万全と言えるだろう。

 

「テメ―! 今まで散々好き勝手しやがったな!」

 

「たまみちゃんのみならず、師匠たちまで巻き込んで……許さないんだから!」

 

「こっからは俺たちのターンだ。そこから動くんじゃねえぞゴラァっ!!」

 

「その場から一歩でも動いたら、すぐ発砲するであります!」

 

 

 

『……………………』

 

 

 

 逃げられない状況下でアイギスに銃口を向けられている状態にも関わらず、かなみシャドウ?は未だ立ち尽くしている。成功すると確信していた目論見が崩されたことによる憔悴なのかは分からないが、その静けさが少し不気味だった。

 

 

 

 

「もう一度聞くぞ、お前は誰だ?」

 

 

 

 

To be continuded Next Scene.



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#95「Reach out to the truth 1/2.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

緊急事態宣言による自宅謹慎中に久しぶりにP4Gをプレイしたのですが、終盤の稲羽市の様子を見て、今の状況と同じだなと思ってしまいました。まあ流石にガスマスクをつけたまま温泉に入らせろという人がいるわけないだろうと思いましたけど……。

改めて、誤字脱字報告をしてくれた方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

この章も残りあと2話です。それではどうぞ!


「もう一度言うぞ、お前は誰だ?」

 

 

 未だに不気味に黙るかなみシャドウ?に悠は再度問いかけた。これに今までの流れを知らない真田は疑問符を浮かべる。

 

「鳴上、どういうことだ? こいつは真下かなみのシャドウじゃないのか?」

 

「いえ、こいつは違います。根本的に……」

 

「真田さんっ! 鳴上様の仰る通りであります! この人は、シャドウではありません!!」

 

「ムムム……センセイの言う通りクマ! お前さんからシャドウの匂いがせんクマよ! あんた、何者ね……!」

 

 悠の言葉にアイギスとクマが何か異様な反応を感じとったのか、いつになく険しい表情でかなみシャドウ?を問い詰める。すると、ずっと黙り込んでいたかなみシャドウ?がようやっと口を開いた。

 

『フフフ……私? 私は求める者。人々の望む、永遠の絆の形……』

 

「絆の……形……?」

 

『あなたたちこそ何でそんなに抗うの……? 痛みも苦しみもない私との繋がりこそ、本当に求められているというのに……そんなあなた達は要らない。私が望まないあなたたちなど必要ないの……』

 

 そう語り始めたかなみシャドウ?の雰囲気が急に変わり始めた。この雰囲気にGWでのP-1Grand Prixの戦闘を経験したメンバーの緊張が一気に高まった。

 

「やっぱり、こいつ……急に雰囲気が……」

 

「この感じ……どこかで……」

 

『皆、あなたたちのせいで、本当の自分なんて言うものに毒されてしまった。そんなものは不要……だから、あなた達は好きにすればいい。私を求める子たちの、他に幾らでもいるもの……』

 

 かなみシャドウ?はそう言うと、ふらふらと辺りの様子を伺い始める。その様子を見た悠たちは厳戒態勢を強めた。

 

「ここから逃げるつもりなら、そうは行かねえぞ。もうお前は逃げ場がないんだよ、観念しろ!」

 

「待て、何か様子がおかしくないか? 特に会場の方が……」

 

 そう言えば、かなみシャドウ?の雰囲気が変わり始めてから会場のざわめきが聞こえていない気がする。気になって恐る恐る見てみた光景に息を呑んだ。

 

「なっ!?」

 

「お客さんたちが……消えてるっ!?」

 

 なんとこの大きな国立競技場が埋まるほどの観客たちが全員一気にいなくなっていたのだ。この事態に悠たちは狼狽する。だが、かなみシャドウ?はその様子を見てクスクスと笑っていた。

 

『フフフ……ざ~んねん。もうここに居る子たちは全員、私の絆に繋いであげたよ』

 

「なにっ!?」

 

「そんな、いつの間にっ!?」

 

「この期に及んで……絆フェスのお客さんたちをどうするつもりですかっ!?」

 

『フフフフフフ……! どうもしないよ? この子たちは私とひとつになって、ずっと一緒にいるだけ……私と一緒に、私の絆の世界でずっとずっと暮らし続けるのよ……フフフフフフ……! あはははははははっ!』

 

 突然だった。ステージの巨大なスクリーンから伸びたいくつものリボンが会場全体を包んで行き、それらをスクリーンの中へ次々と引き込んでいく。突然の大掛かりな出来事に悠たちは動けず、ただ巻き込まれないように姿勢を低くしてやり過ごすことしかできなかった。

 そして、嵐が過ぎ去ったように何も音もしなくなったので見てみると、会場内が異様な静けさに包まれいた。更に、ついさっきまで包囲していたはずのかなみシャドウ?も消えていた。

 

「テメェ、待ちやがれコラァ!!」

 

「え、えと……逃げちゃった、ですか……?」

 

 いなくなったかなみシャドウ?はどこに行ったのかと周りを見渡してもそれらしき姿は見当たらない。

 

「あれは……!」

 

 いち早く何か発見した花陽が恐る恐る絆フェス会場の大きなスクリーンを指さした。皆もスクリーンの方に視線を移すと、そこにはとんでもないものが映っていた。

 

 

 

 

『愚かな者どもよ……傷つき、苦しむがいい。お前たちは選んだのだ……私との決別を』

 

 

 

 

「「「な、なんじゃありゃあっ!?」」」

 

 

 絆フェスのスクリーンに明らかに悠たちが見上げるほどであろう巨体が映し出されていた。まるで顔がいくつものある醜悪な姿をした巨人が両手を上げたオブジェの上に誰かが宙に浮いている。あれがこの事件の真犯人だろう。

 

「決別って……あなたは誰ですかっ!?」

 

 

 

『我が名はミクラタナノカミ……絆を求める者どもの総意……』

 

 

 

「絆を求める者の……総意……? まさか、あのヒノカグツチと同じやつかっ!?」

 

 あのP-1Grand Prixの黒幕であるヒノカグツチと同じと聞いて特捜隊&μ‘sのメンバーに緊張が走った。

 

「確か、ヒノカグツチも日本神話にでてきた神様の名前だったから……あのミクなんたらってやつもそうなの?」

 

「ええ、ミクラタナノカミは日本神話では黄泉の国から帰ってきた伊邪那岐が天照大御神に与えた首飾りの玉の名前だったはずです。それを考えたら、アレも同様のものと考えていいでしょう」

 

 ある程度予想していたこととはいえ、まさかこの事件も霧の住人が関わっていたと事実。このような存在に初めてではないのか真田とアイギスは驚きはしていないものの固唾を飲み、こんな体験自体に縁のないかなみたちは現実離れした存在に絶句していた。

 

『フフフ……もはや、我はお前たちと交わす言葉は持たぬ。ここは人の心の内に元よりある、無意識の海の一部……。故に……この場所を捨てたとしても、私はまた別の場所に新たな舞台を創ればいいだけの話なのだからな』

 

「無意識の一部……!? じゃあ、やっぱりここもテレビの中と同じ“人の心の世界”ってことかよっ!!」

 

「んムム……やっぱりそうだったクマね! クマの世界と似てると思ったら、ご近所に勝手に作られた場所だったクマか! イホーケンチクも甚だしいクマ! 苦情殺到ものよ~!!」

 

 ギャーギャーと騒ぐクマ。少し怒る意味が分からないが、ミクラタナノカミが今言ったことが事実であるならば……

 

「絆フェスのサイトに、この世界への入り口を作ったのもお前なのか……!」

 

『フフフ……そうだ。私は絆を望む者たちに呼ばれてこの世界を創り、私を望む者たちをこの宴へと呼び寄せた……その女はただの依り代よ。利用させてもらったぞ。お前は求める者たちの心を集めるのに都合が良かったのでな、フフフフ……』

 

「それって……! 別にかなみさんじゃなくても良かったって事じゃない!? かなみさんがアナタを求めたんじゃない、ただアナタがかなみさんを選んだだけのことよ」

 

 ミクラタナノカミの言葉に絵里は強く反論する。だが、ミクラタナノカミは動じることなく静かに告げた。

 

『……その女が私の絆を求めたのは事実だ。それに、我がその女を選んだのは、私の絆を望む者どもの心が、その女を選んだからに過ぎぬ。その女の代わりなど幾らでもいるという事よ』

 

 ミクラタナノカミの無慈悲な言葉に選ばれたかなみはショックを受ける。“自分の代わりなど幾らでもいる”。今までの孤独を乗り越えられたというのに、今でもその言葉を聞くとショックだった。

 

「そんな……酷いですっ! わたっ……私が求めちゃったのも悪いですけど、そんな事の為に、有羽子さんの歌まで……」

 

『歌か……確かにあれは役に立った。本来は“伝え、受け取る”為の物の様だが、我の絆にそんな物は必要ない。故に我は、私の絆の為に、“求め、受け入れる”物として使っただけの話よ……』

 

「……どういうこと?」

 

「本来“伝える”側の想いを込めるべき歌を逆に流すことで、“求める”側の都合を押し付ける為の道具として使ったということです」

 

 穂乃果の疑問に答えた直斗の声には怒りが混じっている。それは悠たちも直斗と同じだった。

 

 

「やっぱり、お前もヒノカグツチと同じだ。最もらしいことを言ってるが、結局は自分勝手な目的のために人間を利用して使い捨てにしているだけだ。つくづくお前たちのような奴らは度し難い」

 

 

 これまで霧の住人が関わった事件を思い出した悠だからこそ吐き出た言葉。神だが何だが知らないが、要は大層なことは建前で自分が理想とする環境を築くために人間を利用したり犠牲したりしているだけ。私利私欲のために他者を犠牲にすることを厭わない悪人たちと変わりないのだ。

 

「ってか、早くアイツを取っ捕まえないと絆フェスのお客さんたちが連れて行かれちゃうよっ!!」

 

「うん……! あんなヤツ絶対に逃がしちゃダメ! 絶対にみんなを取り返さなくちゃ!!」

 

「ですが、相手は画面の向こうにいるんですよ。どうすればいいんですか」

 

 敵は今スクリーンの向こう側。もしやテレビの世界のようにペルソナ能力を所有しているのであれば行けるのではないかと試しにやってみたが、無駄に終わった。

 

 

『フフフ……それでいい。私の絆に“争い”という文字はないのだから。お前たちは己の領分で足掻くといい。我は我の絆を欲する者に、安寧を与え続けよう』

 

 

 ミクラタナノカミは勝ち誇るようにそう告げる。最初からそのつもりでスクリーンの中へ逃げたことに気づいた。

 

「アイツ……自分の都合が悪くなったからって相手しないつもり……? 降りて来なさいよっ!!」

 

「へいへーいっ! さてはビビっとるクマねぇ~!」

 

 にことクマがこちらに戻ってくるように煽りまくるが、当然ミクラタナノカミがそれに応じる様子はない。しかし、このまま野放しにするつもりはないが、現時点で悠たちがミクラタナノカミに対する対抗策をない。一体どうしたものかと悩ませていたその時……

 

 

 

「大丈夫、まだ手はあるよ」

 

 

 

「マリーっ!?」

 

 どこから湧いて出たのか分からないが、絆フェスの会場に入る前に別行動をとっていたマリーがステージに現れた。

 

「みんな、この子たちに向かって手をかざして。伝えたいって気持ちを乗せて」

 

「えっ?」

 

 いきなり何を言いだすかと思いきや、りせと希を指さしてとんでもないことを宣ってきたマリーに皆は混乱する。

 

「このままアイツを逃げしてしまうのは嫌でしょ? だから……やって」

 

 そう告げるマリーからふざけている様子はない。本当に今の状況を打開するための方法を伝えているようだ。そう思った悠たちはナビペルソナ持ちのりせと希に抜けて手をかざし、2人はミクラタナノカミが映るスクリーンに手を向けた。

 

(スクリーンに手をかざして……伝えたいって思いを乗せて………)

 

 言われた通りにスクリーンのミクラタナノカミに向かって想いを繋げる。その時、りせと希の身体が段々とポカポカしていくことに気づいた。まるで、皆から伝えたいというエネルギーが充電されていくように。

 

(そうか……私のペルソナは元からみんなに声を届けることが出来る……もしかしたら)

 

(あのミクラタナノカミっちゅうやつに想いを伝えられるのかもしれへん……!)

 

 察したりせと希は顔を合わせて笑みを交わすと、互いの手を握って更に想いを集中させた。そして、

 

 

 

ーカッ!ー

「「ペルソナっ!!」」

 

 

 

 2人の叫びと共に、スクリーンから眩い光が発せられて辺りを白く包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<???>

 

 

「こ、ここは……?」

 

「一体…何が起きたの?」

 

 

 自分たちはいつの間にか、どこかの見慣れない空間にただずんでいた。星空の中心のような、それでいて息苦しいわけでもなく、瞬く星々も空の藍色も、いつもみるよりも遥かな透明感を持ってそこにあった。

 足元を見れば、これまた得体の知れない物体に乗っていた。さっきまで居た絆フェスの会場がすっぽり入るほどの巨大なステージの形をしており、どこか自分たちを支援するように暖かく包み込むような感覚がする。

 

「まさか、これは……りせと希のペルソナかっ!?」

 

「えっ!?」

 

「ごめいとー、流石悠だね。そう、これはそこの2人のペルソナだよ」

 

「へっ?」

 

「と言っても、2人が悠たちの伝えたいって気持ちを乗せて影響を受けただけ。それだけ大きな想いだったから、これだけの広さになったんじゃない?」

 

「いや、疑問形で言われても……」

 

 だが、裏を返せば、それだけ悠たちの伝えたいと思う気持ちが大きいということだ。そして、それをぶつけるべき相手は……

 

 

『愚かな……人の身でありながら、私の領域に足を踏み入れてまで、争いを望むか……まあ、そう来るとは思っていたがな……鳴上悠……その仲間たちよ』

 

 

 自分たちを見下ろすミクラタナノカミは悠たちの視界をいっぱい、否それでも収まらないほどの巨大なスケールだった。正直今回ばかりはいつものような力のぶつかり合いではないことに感謝しよう。これほど大きな腕で振り下ろされたら、今頃星の海の藻屑になっていただろう。

 

 

『フフフ……私は人の求める絆の姿。お前たちが何をしようとも私には届かぬ。私の絆に繋がれて、永劫に踊り続けるがいいっ!!』

 

 

 ミクラタナノカミは高らかにそう告げると、全身からあのカリステギアを逆再生した呪いの歌を流し始めた。だが、今更そんなものに惑わされる訳なく、悠たちは毅然とした目つきでミクラタナノカミを見上げていた。

 

「へっ……そうはいけねえぜ!」

 

「私たちはあなたを音で倒すためにここまで来たんですからっ!」

 

「そうですっ! おっきくったって、つま先から頭の上まで必ず伝えるですっ!」

 

「私たちもやるわっ! かなみと一緒に……!」

 

「私たちA-RISEもやるわよっ! ライバルたちに遅れを取らせないために!」

 

「大丈夫、私たちなら出来るよ! 気持ちを込めて大事に踊ろう!」

 

「みんなで笑いあうために、絶対負けないっ!!」

 

「さあ行くのよ、あなた達っ! どんな場所だろうと関係ない。全てを出し切ってアイツを楽しませなさいっ!!」

 

 呪いの歌を受けてもなお、各々が確固たる意志を示すこの状況に悠は思わずニヤリと笑ってしまった。随分と大所帯になってしまったと思ってしまうが、これほど人数がいると頼もしくも感じる。これなら何だってできそうだ。

 

「おにいちゃん、菜々子もかなみんと一緒におどりたいっ!」

 

「菜々子ッ!? 雪穂と亜里沙まで! 君たちは下がった方が……」

 

「イヤですっ! 私たちだって、お姉ちゃんやかなみさんたちと踊りたいんですっ!」

 

「せっかく練習したのに、踊れないなんて嫌だよっ!!せっかく鳴上さんともダンス出来るのに……

 

「亜里沙?」

 

 どうやらかなみの影響はこの小さな少女たちにも及んだらしい。こんな状況だというのに、菜々子たちと踊れることやかなみの成長に思わず嬉しく感じた。

 

 

「悠さん、絶対アイツに伝えてこの事件を終わらせようっ!」

 

「ああ、始めよう。これが俺たちの絆フェスだっ!」

 

 

 ここから始まるは誰も見ることも知ることもない、一人のために想いを伝えるために…絆とは何たるかを伝えるために命を懸けた少年少女たちによる饗宴である。

 

To be continuded Next Scene.



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#96「Reach out to the truth 2/2.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

毎度更新が遅くなって申し訳ございません。自宅生活が続いている中でも、やることが色々あるので中々手が付けられずにいました。まあ新作の方も考えてるっていうこともあるんですが…。

あとやらしい話、もしお時間がよろしければ感想を送って下さい。自粛期間が長引いたせいもあって少しナーバスになってきた部分もありますが、今後の励みとしたいので重ねてお願い致します。

改めて、誤字脱字報告をしてくれた方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

ついに長かったこの【Dancing All Night】編も終わりを迎えます。それではどうぞ!


 最初は誰かの想いからだった。

 

 自分はかの街があの霧で覆われていた時、絆を欲する者たちの想いから生まれた。

 

 当時の街は誰も彼も霧に怯え、住人の大半は“他人などどうでもいい、己だけ助かれば良い”と願っていた。そんな者たちの想いが集められて生まれた存在が【ヒノカグツチ】。P-1Grand Prixという催しを利用して実体を得ようとした今は亡き存在だ。

 

 だが、街の全員が必ずしもそう思っていた訳ではない。そんな中でもかの者たちのように絆を欲したいと願った者がいた。

 

 

“怖い……孤独は辛い……”

“こんな時だからこそ、誰かと繋がりたい……”

“絆が欲しい……傷つかず苦しむことなくみんなと繋がれる……”

 

 

 そんな少数の者たちの願いが収束されて自分が生まれた。生まれたと言ってもあのヒノカグツチと比べれば吹けば飛ぶような小さな存在だった。故にかの者たちにも存在を知られることはなかった。

 だが、この土地に来た時には驚いた。あの霧に苛まれていなくとも、自分を生み出した者たちと同じ思いを抱くものが溢れるほど存在していた。生まれた場所より人口が多いということもあるのかもしれないが、よもやこれほどとは思わなかった。

 

 

“絆が欲しい……”

“近づこうとすれば傷ついてしまう……”

“そんなものは嫌だ……”

“苦しみたくない……”

“傷つきたくない……”

“どうせ伝えようとしても伝わらない”

“他人は自分のことしか考えない……”

”他人とは分かり合えない”

“誰もが繋がれる……絆が欲しい……”

 

 

 吹けば飛ぶような存在だった自分は大きな存在となり、今回の件を起こせるほどの力を得た。その力の要領を得た自分は己を生み出した想いに応えようと考える。

 自分は想いによって生まれた存在ならば、その想いを成し遂げようとするのは当然のこと。人間の望む理想の苦しみの無い傷つくことのない安寧の場所を創り出すことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアア!! 

 

 

『かなみんキッチンの皆さま、ありがとうございました。まさにトップアイドルに相応しい見事なパフォーマンスで御座いました』

 

「わあああっ! かなみさんたち、すっごーい!」

 

「流石はりせちゃんと並ぶトップアイドルなだけあるわ」

 

「そりゃなんたって、本物の絆に目覚めたかなみんキッチンだもん。フフ、私も本気出さないとヤバいかも」

 

「はえええっ!? りせ先輩にライバル認定されちゃいました!」

 

「というか、何でエリザベスさんいつの間にここにいるの?」

 

「そっとしておこう……」

 

 故に、こんな人間たちの戯れに自分が感情を動かされることなどないのだ。目の前で繰り広げられる名も知れぬ少年少女たちの饗宴。

 

 くだらない。実にくだらない。

 

 “伝える”ための歌や踊りを一生懸命やろうとしたことで、この自分が心を動かされることなどない。それに、無理矢理とはいえ自分の中に取り込んだ者たちは自分のこの安寧の場所を望んでいる。傷つきもしない、苦しみもしないこの完璧な場所こそが人間の理想とする場所なのだから。

 

『お次はスクールアイドルのトップアイドルであらせられる【A-RISE】で御座います。皆さま、どうか盛大な拍手をっ!』

 

「さあて、私たちもライバルたちに負けないように頑張るわよ!」

 

「「うんっ!」」

 

「おおっ! 次はツバサさんたちだ!」

 

「すげえ! すげえよ!! かなみんキッチンだけじゃなくて、あのA-RISEのライブをこんな近くで……!」

 

「陽介さん! にこちゃん! 精一杯応援しますよ!! サイリウムありませんか!?」

 

「んなもん、ねえよ。てか、こんなところにあるわけねえだろ……」

 

「何でないのよ! ジュネス王子のくせに本当に気が利かないわね」

 

「ジュネス王子関係ねえだろ!関係ねえから花陽ちゃん、その悲しそうな目を俺に向けないでくれっ!?」

 

 しかし、何故だ。何故あの者たちは楽しそうな表情をしているのか。どうせ自分に伝えられるわけでもないのに。

 自分は決めたのだ、これは救いだと。己を生み出した想いを持つ者たちの願う場所へ誘うのが己の役目だと。

 

 何故だ……何故、

 

 

「君は分かってないんだね……」

 

 

 誰かが話しかけてきた。誰かと思いきや、あの青い帽子を被ったエメラルド色の瞳を持つ少女……彼の地に存在しなければいけないのにも関わらず、自分の領域に勝手に入ってきた忌々しい小娘だ。その小娘はそんな心情を知って知らずか何食わぬ顔でこんなことを言ってきた。

 

「君たちは元々人々のある願いが集合して生まれた存在。それ故にその願いを元に生きている存在だけど、人間から生まれたなら君にも感情があるってことだよ。“楽しい”って感じる感情がね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後にこの場にいる踊り手たち総員によるダンスパフォーマンス。最後まで目を離さず、お楽しみください! それでは参りましょう、【Reach out to the truth】」

 

 

 ついに始まる、この饗宴最後の演目。夏休みにりせと絵里が課題として出していたものの一つであり、ジュネスのライブイベントで悠たちが披露した演目。あの時と違い、今回は穂乃果たちも加わる。密かに練習していたものの人前で披露するのは初めてだ。

 だが、そんなことは関係ない。大事なのは“伝えたい”という想い。それをダンスに乗せれば伝わるはずだ。

 

「しゃあっ! 行くぜオラァっ! 最後は俺たちで決めたらぁっ!!」

 

 完二の力強く頼もしい一声からついに始まる、この事件で最後のダンス。これまで培ってきた技術と想いを胸に特捜隊&μ‘sによるパフォーマンスが始まった。

 

 

 

 まず最初のパートを担当するのは、完二・直斗・花陽・凛の4人だ。

 完二と凛のダイナミックな動き、直斗と花陽のアシストするような細やかなステップが上手く歯車が合わさったような釣り合いのとれたパフォーマンスで客をアッと驚かせる。練習当初はまだまだ動きがなっていなかった直斗があそこまで踊れるようになったとあって、教え込んだりせと絵里はとても嬉しそうだった。

 

「後はお願いします」

「ええ、任されたわ」

 

 続いてその4人の後に続くのは、千枝・雪子・絵里・希の3年女子組だ。

 同学年でGWから仲良しだった4人の息はピッタリ。各々の個性を主張しすぎず調和の取れた素敵なパフォーマンスだ。彼女たちが時折見せる可愛らしい表情や仕草は会場に興奮の嵐を巻き起こした。

 

「花村、後はよろしく!」

「おっしゃ、いくぞ!!」

 

 更にこの勢いで繋げていくのは、陽介・クマ・真姫・にこの異色な4人。

 例によって自由奔放な動きをしまくるクマであったが、そこは普段クマの世話をしている陽介が絶妙なサポートで調整する。それにより、真姫とにこが己の実力を思う存分発揮できるパフォーマンスができたので、全く異色でありながらこれまた彼ら彼女ららしいパートとなった。

 余談で、4人のパートの終了間際にいつもの癖でドサクサに真姫にセクハラを働こうとしたクマだったが、そうする間もなく陽介にきっちり鉄拳制裁を喰らった。

 

「カナちゃん、この後クマと……ぐぎゃあっ!!」

「あっ、ごめんなさーい!」

 

 そして、ラストに繋げるために盛り上げていくのはりせ・かなみ・海未・ことりだ。

 流石はトップアイドルとして君臨してきた久慈川りせと真下かなみ。天才的なセンス。互いに競い合ってきた者同士故か、タイミングまでバッチリ合って素晴らしいダンスを繰り広げていた。

 そして、海未とことりも2人に負けていない。日頃の厳しい練習で培ってきたリズム感とステップ、そして従兄譲りの表現力。何より彼女たちの中にある潜在的な才能により、りせとかなみと同等のクオリティを保っていた。

 

「さあ、センパイ・穂乃果ちゃん! お願い!」

 

 

「ああ、決着を着けよう」

「うん、始めよう。イッツショータイム!」

 

 

 最後を飾るのは、当然この2人。悠と穂乃果のリーダーコンビだ。ステージに登場していてから早々にこの2人が格の違いを表した。何度も練習したかのような息の合いようとメインであるはずのりせやかなみを押しのけるかの如く見せつける表現力による存在感。

 そんな2人の勢いに釣られて、ステージに先ほどまで出番だった特捜隊&μ‘sのメンバーだけでなく、かなみんキッチンとA-RISE、更には菜々子たちも一斉に飛び出した。もはや悠と穂乃果を中心としたランダムダンスになっているが、不思議と一体感があり、それもまた彼ららしい良いパフォーマンスと化していた。

 

「センパイ、素敵! そのままいっちゃえ!」

「鳴上さん、決まってるです!」

「手応えアリだぜ! そのまま行けえっ!」

「悠っ! やっぱりお前は、最高の相棒だぜ!」

「鳴上くん・穂乃果ちゃん、信じてるから!」

「君たちなら出来る! これまでも、ずっとそうだったから!」

「センセイ! ホノちゃん! 頑張るクマ~! みんな待ってるクマよ~!」

 

 この感覚は今までも感じていた。皆の“伝えたい”という想いがエネルギーとなって自分に集まってくる。

 

「穂乃果、ここが決め所ですよ!」

「悠さん・穂乃果ちゃん、ファイトですよ!」

「その調子でいっくにゃ~!!」

「アンタたち! その調子でいっちゃいなさい!!」

「悠・穂乃果、あなたたち最高よ!」

「悠くん、負けんでな!」

「お兄ちゃん、頑張って! お母さんも叔父さんも、待ってるから!!」

 

 それにより、心の中に潜むペルソナたちに大きな影響をもたらしているのが凄く伝わってくる。

 

 

「お兄ちゃん、すごーい!」

「お姉ちゃん、普段とは全然違う……」

「鳴上さん、カッコいい!!」

 

 

 そう、これが人と人とが繋がるということだ。

 

 

「さあ悠さん、一緒に決めよう!」

 

 

 隣で一緒にステップを刻む穂乃果からもエネルギーを感じる。

 これだ。これが、自分たちが築いてきた絆の力。自分だけでは得られなかった……かけがえのない皆との力。その力を今ここに解放しよう。囚われた多くの人たちを助けるために。そして、自分たちが大切にしていることをあの殻に閉じこもろうとしている者に伝えるために

 

 

 

 

ーカッ!ー

「「「「ペルソナ!!」」」」

 

 

 

 

 フィニッシュを迎えた瞬間、皆で一斉にペルソナを召喚する。召喚された多数のペルソナたちは各々の楽器を所持しており、まるでオーケストラのような規模で壮観だった。もちろんこの壮大なオーケストラをまとめるのは……

 

 

 

「伊邪那岐大神」

 

 

 

 そう、皆の想いを受け取って進化した伊邪那岐大神だ。手にはその証というべき白金色に輝く指揮棒を握っている。

 伊邪那岐大神が指揮棒を一振りすると、側で待機していたカリオペイアのギターから演奏が開始された。それに続いてドラムとティンパニーがリズムを響かせ、管楽器と弦楽器による重奏が一気に場を盛り上げる。楽器を弾くペルソナたちが皆想いのままに音色を響かせ、それが聞くものたちを魅了する。

 

 最後に伊邪那岐大神が指揮棒を思いっきり上空へ投げ、肩に掛けたギターで思いっきり奏で上げる! 

 

 ここにいる皆の想いを届けるために、このステージを見てくれている全ての人々へ伝えるように。ありったけの想いを込めた速弾きギター演奏はやり切ったという悠の表情で終幕した。

 

 

 

 

「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 身体から溢れ出す人々の興奮にミクラタナノカミが耐え切れなくなって絶叫する最中、空間は真っ白に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは……」

 

 

 意識が戻って辺りを見渡して見ると、そこは先ほどまでいた空間ではなかった。足場はりせと希によるペルソナではなくちゃんと存在し、星々が輝く空などない。まるでどこまでも続いて居るような真っ白な景色が広がっていた。

 見覚えのある場所だと悠は思った。記憶が確かなら、同じような場所に2度来たことがある。一度目は音ノ木坂学院に入って早々の夜に呪いをかけられた時、二度目は絵里と希の事件を解決した後に誰かに声を掛けられた時に。

 

 

「これが……お前たちのいう……絆か……」

 

 

 誰かの声が聞こえたので振り返ってみると、そこに人が居た。否、あれはミクラタナノカミだろうか。先ほどの見上げる程だった巨体は今はなく、自分の背と同じくらいの大きさになっている。そう直感した悠は、まるでその言葉を待っていたかのように反射的に告げた。

 

 

「俺たちは……みんなが別々だから、ぶつかることだってゼロじゃない。でも、それでお互いを認められたら、本当の絆になる。だから、俺たちは逃げたりしない! 何度でも正面から向き合って分かりあって見せる。今までも、これからも!」

 

 

 力強く、まるで鋼の如く堅い決意を示した悠の言葉にミクラタナノカミはフッと声を盛らした。

 

「フフフ……フハハハハハハハハハハッ!! まさか我もそのような不確かなものに(ほだ)されようとは………全く、お主らの方が度し難い。認めよう、お主らの勝ちであると。だが忘れるな……私を求める声は消えない。いつかまた、お前たちとまみえる日も来るだろう」

 

 ミクラタナノカミのその言葉は悠には警告のように聞こえた。アメノサギリやイザナミも散り際に同じようなことを言っていたが、例えそうだったとしても自分たちは彼らに立ち向かうだろう。

 だが、それはそれとして他の皆はどこへ行ってしまったのだろうか。もしや、あの白い光に巻き込まれて……

 

「案ずるな……全てをお前たちの世界へ返している。それに、お主に伝えることがあったので、お主をここへ呼んだのだ……」

 

 ミクラタナノカミの“伝えたいことがある”という言葉に悠は思わず反応する。

 

「……どういうことだ?」

 

「なに、我に打ち勝ったご褒美よ。仮に此度の顛末が我とお主たちとの勝負であったのなら、勝者には褒美をやらねば理にかなわんだろう。それに、褒美というのはお主たちが知りたがっていた者のことだ」

 

 褒美の内容が“自分たちの知りたがっている人物の正体”。まさかと思いつつ、昂る鼓動を抑えながら悠はミクラタナノカミの言葉に耳を傾ける。

 

「不思議に思ったであろう、何故我がお主を知っているのか? それは、我もあの霧から生まれた存在だからだ」

 

 それからミクラタナノカミは話した。自分はヒノカグツチと同じく八十稲羽が霧に覆われた時に住人の願いから生まれたこと。だが、その願いは少数だったため、ヒノカグツチと比べれば吹けば飛ぶような存在であったと。

 

「…………」

 

 ミクラタナノカミの生い立ちを聞いて悠は多少驚いたが、やはりという気持ちが強かった。これまで遭遇した霧の住人たちは人々の願いや想いが集まって誕生した存在だったので、今回もそうではないかとおおよそ見当はついていたのだ。だが、

 

「我をこの場に連れてきた者がいる。その者のお陰で小さき存在だった我は現在のような力を持つまでとなった。この土地には我を生み出した者どもの願いを持つ者が多くいたのでな」

 

 ミクラタナノカミは何者かに稲羽からこの東京へ移動させられて大きな存在となった。稲羽では少数だった源となる想いを持つ者が東京では逆にたくさんいたからだ。皮肉なもので、狭くとも人が多い場所ほどそういう孤独に苛まれる人物は多いものなのだろう。

 

「そして、その者はこう言ったのだ。我の計画は好きにすればよいが、一つ頼まれてくれと。それはとある場所にかの地のような異世界を創ること。その場所とは……お主らがいる()()()()と言いよったところだ」

 

「!!っ」 

 

 今度こそ悠は驚きを露わにするように、告げられた事実に目を見開いた。自分がこの春から追っていた音ノ木坂の事件の根幹となっていたあの世界は目の前にいるミクラタナノカミが創り出した。そうなってくると、今回のマヨナカステージやかつてのP-1Grand Prixですら、誰かの思惑通りだったのではないかと思えてくる。

 

「教えてくれ、あなたを東京に連れだしたのは誰なんだ?」

 

「残念だが、その者の名は我も分からぬ。だが、断言しよう。その者は今もお主らの近くで事の成り行きを見ている」

 

「えっ!?」

 

「我が言えるのはここまでだ。後はお主たちで見つけるがよい。迎えが来たようだしな」

 

 ミクラタナノカミは悠の背後を指さしてそう言ったので、振り返ってみるとそこに膨れっ面でこちらを見ている少女の姿が見受けられた。エメラルド色の瞳にトレーニングマークの青いハンチング帽とバッグ。なるほど、迎えとはそういうことか。

 

 

『さらばだ、絆の踊り手たち……素晴らしい宴であった』

 

 

 ミクラタナノカミはそう告げると、全身に光が灯り始めたかと思うと、輝きが増すにつれて存在が薄くなっていった。どうやらこのまま彼……彼女は消滅してしまうようだ。だが、その前に言っておくことがある。

 

「ミクラタナノカミ」

 

 悠は真っすぐミクラタナノカミを見据えた。そして、

 

 

「俺たちのステージを見てくれて……ありがとうございました」

 

 

 悠は晴れやかな笑顔でそう言うと、深々と頭を下げた。最後まで自分たちのパフォーマンスを見てくれて、ありがとうと言われることのないお礼を告げられたミクラタナノカミは虚を突かれたようにあっけに取られていた最後にフッと声を盛らしたと同時に光となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

…………………………………

 

 

 

「あれ?」

 

「これは……戻ってきたのか……でも、空の色が違うような……」

 

 気が付くと、もうそこはミクラタナノカミと一緒に居た白い空間ではなかった。目の前には夜空が広がる国立競技場に大勢の観客たち、自分が足をつけているのはステージだ。そして、何より周りには仲間たちがいる。

 

「ここ、マヨナカステージじゃないよっ! だってほら……! さっきマヨナカステージ居た時って、カメラマンさんいなかったよね!?」

 

 千枝が辺りを見渡して指さす方を見ると、確かにカメラがある。確かにマヨナカステージではそんなものはなかった。

 

「じゃあ、ここは現実世界……帰ってきたんだ! やったあ!!」

 

「私たち、勝ったんだね!」

 

「おっ! 絆フェスの客らも無事らしいっすよ」

 

 絆フェスの会場にいる観客たちに何も異常がないところを見ると、どうやらあのミクラタナノカミはちゃんと約束を守ってくれたらしい。だが、この事態はあまり喜ぶべきものではない。

 

「あれ……? 俺たち…………」

「つーか、アレ? 絆フェスどーなったっけ?」

「途中までは普通だったよね? それで、確か……」

「あれ……覚えてねーけど、俺……寝てた?」

 

「よく考えるとこれ……完全にヤバくねぇか? 明らかに客、混乱してっし……」

 

「た、確かにこの状況を説明するかはちょっと骨が折れそうですね……」

 

 思えばフェスの観客は、この会場がマヨナカステージに落ちたその瞬間から事件を目撃している。ミクラタナノカミの絆に捕らえられた間は記憶がなかったとしても、それ以外の部分でさえ簡単な説明で納得できる事態ではないだろう。

 一体どうしたら良いのだろうと思ったその時……

 

 

ドオオオン!! 

 

 

 悠たちの懸念をを吹き飛ばすように聞き覚えのある音が夜空へと舞い上がった。そして、大輪の華が夜空に咲き誇り、自分たちの置かれた状況を忘れて感嘆の声を上げた。

 

「わああっ! 花火だっ!! すごーい!」

 

 

ドオン! ドオン! ドオン! ドオン!

 

 

「まさに乱れ打ちですね。これはすごい」

 

「た~まや~!」

 

「く~まや~!」

 

「「く~まや~!」」

 

「ちょっとクマくん、菜々子ちゃんと亜里沙に変なこと教えないで!」

 

 夏休み終盤に皆で観に行ったの花火大会を追憶させるほど迫力ある花火が絶え間なく、寂し気な夜空を彩るように打ちあがっていく。あまりに美しい光景に会場にいる人々を虜にした花火は数分後に終了した。すると、

 

 

『ご来場の皆様に申し上げます』

 

 

 花火が終わってから束の間、いつの間にマイクを持って司会者席にいた落水が登場していた。

 

『ただいま、絆フェスのフィナーレを飾るサプライズ花火の打ち上げに際し、機材の故障などによるハプニングでステージが中断したことをお詫び致します』

 

 淡々と冷静に事務報告するようにアナウンスする落水。サプライズの花火のことなんて悠たちはもちろんのこと、かなみんキッチンやA-RISEたちもそんなことは聞いていない。舞台袖で何のことかと呆然としているスタッフの様子からも察するに、完全にこれは落水のアドリブだ。

 

「おいおい、あの人完全になかったことにする気だぞ……」

 

「ああ……でも、その方がいいかもしれないな」

 

『尚、現時点でトラブルは全て解消され、ステージの進行に支障はなくなりました。よって……予定通り、絆フェスのステージを継続させて頂きます』

 

 落水はそう言い終えると、舞台袖のスタッフたちにサッサとしろと言いたそうに合図を投げる。事態を呑み込めていなかったスタッフたちだったが、落水の気迫に慌てて作業に取り掛かると、ワンテンポ遅れてBGMが会場に流された。これを受けて観客席のざわめきが歓声に変わるまでそれほどの時間はかからなかった。

 

「すごっ! 一気に会場の雰囲気を戻しちゃったよ!」

 

「まあ、強引でもあそこまで進められちゃうとね。相手が落水さんだし……」

 

「なし崩しとはいえ鮮やかな手並み、見事だな。俺も見習いたい」

 

「というか皆さん、早く降りませんか……ここステージの上なんで」

 

 改めて見る落水のプロデューサーとしての手腕に感嘆する一同だったが、直斗の一言に水を打ったように冷静さを取り戻した。

 

「やばっ!」

 

「私たち、ずっとステージに……」

 

「マヨナカステージで踊りすぎて、感覚がマヒしてたみたい……」

 

「もう私たちの出番はないし、ややこしくなる前に立ち去りましょう」

 

「よーし撤収、撤収するぞ!」

 

 そうだ、ここから自分たちの出番はない。ましてや混乱を極めたこの状況に対応できるほど、悠たちもプロじゃない。ここは落水……必要ならかなみんキッチンやりせ、A-RISEたちに任せて、それ以外のメンバーは早々に撤収するべきだ。そう判断してから、身をかがめてステージに降り注ぐスポットライトを避けつつそそくさと舞台袖に移動しようとする。だが、

 

 

『それではこれより、絆フェス最終イベント、かなみんキッチンの新曲発表を行います。ステージを盛り上げてくれるのはもちろん……!』

 

 

ー!!ー

 

 

 落水の声と共に盛り上がっていた音楽と舞い踊っていた色とりどりのライトが消えて、閃光のような眩いスポットライトがステージの中央に残っていたかなみたちと舞台袖に逃げようとした悠たちを射抜いた。

 

 

『かなみんキッチン&絆ダンサーズの皆さんです!!』

 

 

「「「「なにいいいいいっ!?」」」」

 

 

「むひょー! みんなクマに夢中クマね! はれヨースケ、手を振らんと!」

 

「っていうか何っ!? どうなってんのこの流れ……!」

 

 自身たちを照らすスポットライトに自然と動きを止められてしまい、思わず観客の方を向く。一体どうなっているのかと混乱する悠たちのことなど露知らず、落水は策士のように逃げ場を塞いできた。

 

『今回絆ダンサーズとして参加して頂いているのは、今話題のスクールアイドル、UTX学園の【A-RISE】さんと音ノ木坂学院の【μ‘s】さん、そして久慈川りせさんが御贔屓にしている八十神高校の【特別捜査隊】の皆さんです! 盛大な拍手を』

 

 逃げ道に逃げ道を塞ぐかのように、観客たちによる盛大な拍手や声援が悠たちにその場から立ち去ろうとする気力を奪った。もはや退路を絶たれたも同然と状況だ。

 

「すげー、完全に退路絶たれたよねコレ……」

 

「ええ、してやられたわ……」

 

 すでに観客の注意はかなみたちだけでなく悠たちにも注がれている。もはや逃げることはできず、出来る事と言えば引きつった顔で観客席に手を振り返すだけだ。

 

「どどどどどうすんのよっ! 私たちがこんな場所に立っちゃっていいの!?」

 

「わ、分かりませんよ!」

 

「ううううううううううう……」

 

「み、皆さんが……こっち見てます……」

 

 予期もせぬ事態に皆は気が動転したのか、マヨナカステージでの自信が嘘のように慌てふためている。だが、

 

「皆が見ている……はっ!? この状況でお兄ちゃんに抱き着いてそのままキスしちゃえば、ことりたちは付き合ってるっていう既成事実が……」

 

「(ガシッ)……させると思う?」

 

「(ガシッ)そんな抜け駆けはさせへんで?」

 

 一部ではそんな邪な想いを抱えた乙女たちによる戦いが勃発しているが、知らないふりをしておこうと悠は心に決めた。

 

「かなみ……カリステギアよ、歌いなさい。歌詞はオリジナルの方で行くから。あなた達もよろしくね」

 

 こちらに向かってそう言うと、落水はそそくさとステージ下手へと下がっていった。

 

「カリステギア……有羽子さんの曲…………」

 

 かなみは一瞬身体を震わせてしまったが、かなみんキッチンの皆が大丈夫だと言うように、見つめている。それを受けて、

 

「……はいっ! という事で次が“絆フェス”最後のイベントとなりました! お約束通り、私たちかなみんキッチンの新曲を発表させて下さいっ! この曲は私の先輩が残してくれた曲で、私とここにいる仲間たちを繋いでくれた本当に……本当に大事な曲です! 最後まで温かく見守って下さい!」

 

 かなみの元気のよくハキハキとしたスピーチに観客たちはエールを送るように惜しみない声援と拍手を送る。この事件を経て精神的にもアイドルとしても一段と成長したようだ。

 

「へっ、こうなりゃしゃーねえ……最高のダンスでばっちり決めてやるぜ!」

 

「うん、やろ! 折角のステージだし、楽しまなきゃ損だよ!」

 

 ステージで真っすぐに自分の想いをマイク越しに伝えたかなみの姿に背後であたふたとしていた一同も心を打たれて感化されたのか、顔にやる気がみなぎってきた。

 

「知らねえぞ……ぜってー放送事故だ。今年下半期、最大級の……!」

 

「放送……事故っ!?」

 

「あわわわわわわわわわわ……」

 

「大丈夫、ちゃんと伝わるさ」

 

 一方、それでも心穏やかではないない者が何名かいるが、そっとしておこう。決して逃げ場がないからと言って諦めている訳ではない。ないったらない。

 

 

「じゃあ皆さん、踊って~騒いで~フェスの思い出、一緒に刻み付けるべしですっ! 一生懸命歌うので聞いて下さいっ! かなみんキッチンで、【カリステギア】です!!」

 

 

 かなみの一世一代の掛け声に会場に熱気が沸き上がった。これから始まる絆フェス最後のイベント。こんな機会は今後ないだろうから、思いっきり楽しもう。

 

 

「てか、楽しもうもなにも、俺らこの曲知らねえしっ!!」

 

「「「ダレカタスケテ──ー!!」」」

 

 

 会場が熱狂に包まれる最中、そんな一部の悲鳴は虚しくもかき消された。

 

 

 

To be continuded Epilogue.



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#97「Next Chance to Move On.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

ダンメモの3周年記念のストーリーを進めていますが、一言で言うと”辛い”に限ります。辛いながらもあんなに引き込まれるようなストーリーを考えた大森先生はやっぱりすごい。これでアリーゼやアストレア様のボイスが実装されたら思わず泣いてしまうかもしれない…。

今回の話の中にもありますが、次回の新章一発目に予定している話の内容を決めるアンケートを取ります。ただ今回は対象人数が多すぎるので活動報告にて回答してもらう形式にするので、よろしければアンケートにご協力お願いします。

改めて、誤字脱字報告をしてくれた方・評価をつけて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

それではこの章のエピローグをどうぞ!


 絆フェスから数日が過ぎた。

 

 様々なトラブルに見舞われたものの、無事に全てのイベントが終了した絆フェスは世間に大きな話題を呼んだ。それは久慈川りせの芸能界復帰やとあるイベントの開催にもつながったほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「りせちゃん、凄いよね。復帰してすぐに単独でテレビ出演なんて」

 

「ううん、それはセンパイたちのお陰。絆フェス、ホント話題だったんだから。まあ、久々のテレビ出演でちょっと緊張しちゃったけど、悠センパイが近くで見守ってくれたから全然余裕だったよ。ねえ、悠センパイ♡」

 

「えっ?」

 

「はいはい、出演が上手くいったのはりせちゃんだけの力だから、お兄ちゃんは関係ないよ。それにお兄ちゃんはその時ずっとことりと一緒だったからね♡」

 

 バチッという音が幻聴として聞こえるほど睨み合うりせとことり。

 この2人による相変わらずのやり取りを見て、悠は思わず苦笑してしまった。こうしてみると、いつもの日常に戻ってきた感がある。だが、喧嘩腰のせいでせっかくの綺麗な水着姿が台無しなので、目の前で火花を散らすのは勘弁してもらいたい。

 

「てか待てよ。何で俺ら、こんなところにいるんだよ」

 

「こんなところって、【わくわくざぶーん】でしょ? 最近できたばっかりの」

 

「知ってるよ……」

 

 先に明記していなかったので困惑している方も多いだろう。ここは最近東京に新しく出来たばかりの全天候型屋内ウォーターレジャーランド【わくわくざぶーん】。流れるプールに人工の波を起こす波のプール、大きなウォータースライダーにとてつもなく高い飛び込み台、競技用プール、名前では判別のつかないアトラクションプールと様々なプール施設が充実している話題のレジャー施設だ。

 今回の絆フェスが成功したことへのお礼とトラブルに巻き込んでしまったお詫びということで落水に招待チケットを貰ってやってきたのだ。ちなみにその落水の計らいで今日一日全館貸切、つまり今この施設には悠たちとこの施設のスタッフ以外誰もいないのだ。ほかにいるとすれば

 

「うわあ! すっごい波来た!」

 

「あははっ! 気持ちいい~!」

 

「んだっ! おらもすっごくたのじい~♪」

 

 目の前で流れるプールに揺られている穂乃果たちと、絆フェスで共演した【かなみんキッチン】と【A-RISE】たち、そしてかなみと共演した菜々子と雪穂、亜里沙たちだ。穂乃果たちも夏休みに行った海水浴の時とは違った水着を着ていて新鮮に見えるが、かなみやツバサたちも負けず劣らず綺麗で可憐な水着なので、貸切状態のプール施設も華やかな雰囲気で包まれていた。

 

「いやあ、それにしても眼福だぜ。穂乃果ちゃんや花陽ちゃんだけじゃなくて、かなみんやツバサちゃんたちの水着もみれるなんて……やっぱり俺……もう一生分の運使っちまったのかな……」

 

「そんなことは…………」

 

「おーい! 悠さんもこっちで遊ぼうよ~! せっかく来たんだから楽しまないと損だよ」

 

 嬉しいのか悲しいのか分からない感想を述べて落ち込む相棒を励まそうとすると、波のプールではしゃいでいた穂乃果から声を掛けられた。まあ確かに、せっかくこのようなレジャー施設に来たのだから、楽しまなきゃ損だろう。落ち込む陽介を無理やり引っ張って悠たちも穂乃果たちの所へと向かった。

 

 

 

 

 この日、悠たちはわくわくざぶーんのアトラクションを目一杯楽しんだ。ちなみに施設の名前を見てとある作品のイベントが起こるのではないかと思っている人もいると思うが、同じ金髪の絵里が水上を走ってセクハラを働いたクマを始末しようとしたり、悠と希が水中我慢大会を開いて甘酸っぱいアオハルイベントなどは起こったりはしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ鳴上さん」

 

「ん? 綺羅さん、どうしたんですか?」

 

「いや、何かあの子たちかなり険悪な雰囲気でビーチバレーやってるような気がするんだけど……」

 

 視線を向けると、ビーチバレーコートにて乙女たちのガチンコバトルが繰り広げられていた。今は2対2のタッグバトルで行われており、互いにバールが割れろと言わんばかりのサーブやスパイクが繰り出され続けている。プレイヤーたちが美少女たちなだけあって見応えはあるが、ツバサの言う通りどうも険悪な雰囲気がチラチラと見受けられる。

 

「大丈夫だ、ツバサちゃん。俺らから見てもそう見えてるから」

 

「いやあ……あたしもノリで参加しちゃったけど、まさか負けちゃうとは思わなかったなぁ。中学生の亜里沙ちゃんに……」

 

 恐らく特捜隊&μ‘sの中でもトップクラスの運動能力を有する千枝が、中学生の亜里沙に水泳で負けてしまうくらいなのだから、相当マジだ。千枝だけでなく面白半分で参加してしまったかなみんキッチンのかなみやたまみ、ともえも返り討ちに遭っていた。

 

「わあっ! お姉ちゃんたちすごいね、お兄ちゃん」

 

「ああ、そうだな」

 

 唯一純粋な菜々子は彼女たちのスーパープレイに感動して大喜びで観戦している。菜々子はこのまま汚れを知らずにピュアなまま育ってほしいと切実に思う。

 

「審判やらされてる巽くんとクマくんなんか不憫ですよね。あんな殺気が充満してる戦いのど真ん中にいなきゃならないんですから」

 

「何が原因なんだろう。鳴上くん、何かあった?」

 

「……そう言えば、ここに来る前に落水さんにディスティニーランドのペアチケットを貰ったな。“せっかくだから大切な人と行ってきなさい”って言われたけど、俺は受験で行く予定ないし、仕方ないから、ことりに穂乃果や海未とかと一緒に行ったらどうだって渡したんだが」

 

 

「「「………………」」」

 

 

 悠の言葉に一同は確信した。間違いない、原因はそれだ。

 

 

「私が勝っても文句言わないでくださいよ!」

「そっちこそ! 絶対悠さんとディスティニーランドに行ってやる!」

「このチャンス……絶対にモノにしてみせる!」

「今回だけは誰にも負けられない!」

 

 

 そうこうしているうちに、乙女たちによるペアチケット争奪戦は熾烈を増していく。一体誰がディスティニーランドのペアチケットを勝ち取ったのか。それは読者のご想像にお任せします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなもあって時間は過ぎてお昼の時間。遊ぶのを一旦中断して一同はフードエリアで昼食を取ることにした。普段は昼食と言えば悠か誰かの手料理が定番になっているが、偶にはこういうファーストフードを皆で食するのも中々おつなものだ。そして、やはり話題に上がったのは先日の絆フェスだった。

 

「いやあ、それにしても色々ありましたね、絆フェスは」

 

「ダンスの内容はともかく……あのキラーパスはトラウマだぜ……」

 

「そっすね……テレビ観たっすけど、俺ら完全に焦り顔晒してたっすよ……」

 

「あはははは……」

 

 今思えばとんでもないステージに立ってしまったと気づかされる。本来なら自分たちはりせのバックダンサーとして出演する予定のはずが、まさかの大トリのダンサーとしての出演。しかも全国放送のため東京だけでなく稲羽までにも放送されたので、悠たちも学校でクラスメイトたちに色々と話題にされ、陽介たちも街の人に色々と聞かれて気恥ずかしい想いをしていた

 

「しっかし落水さんってすげーよな。あの騒ぎ、結局一人で鎮めちまったんだろ?」

 

「ええ。見に来てたお客さんたちが、一人も事件の事を覚えていないこともあったんだろうけど」

 

「結構力押しだったようですよ? 警察からも厳重注意を受けたそうですし。まあ……あんなことがあって厳重注意だけで済んでる時点で奇跡みたいなものですけど……」

 

「あたしも見たよ、たまみちゃんたちの行方不明も“演出の一環だった”って全部押し切ってたよね?」

 

「何を言われても機材トラブルとかプロモーションだったの一点張りで、頭だけ下げてましたしね……」

 

 ちなみに会場の外にいたというシャドウワーカーのラビリスたちの話によれば、絆フェスの会場がマヨナカステージに運び込まれた際にその周囲は嵐の壁のようなものが展開されていたらしい。そんな説明できないような超常現象に関しても“桐条グループの技術による演出の一環”という風に押し切ったという。事情を知る美鶴が協力してくれたからこそできたことだが、その根回しにも相当苦労したようだ。

 

「そう言えば、堂島さんと雛乃さんところはどうだったんだよ? あの2人も桐条さんたちみたいに俺らや事件のこと調べてくれてたんじゃ」

 

「ちょっ」

 

 絵里が慌てて制止するもすでに遅く、陽介から禁句を耳にした悠とことりは何を思い出したのか身体をガタガタと震わせた。

 

「……こってり……絞られたよ…………特に叔母さんに」

 

「こ、怖かったよね……お母さん……あんなに怒ったの……初めて……」

 

 どこぞのゲーマー兄妹のように互いの存在を確認し合うかのように抱きしめ合って慄いているところから察するに相当のお叱りを受けたらしい。それほどまでに今回の件は雛乃たちをかなり心配させたのが分かる。

 

「わりぃ……結構怒られたんだな。一回俺らも怒られたことあるから、その気持ちは分かるけど」

 

「そうだよね。私も雛乃さんに怒られるのは学園祭の時だけで十分だよ……」

 

 悠たちが怒られてた場には落水もいたらしく、怒る堂島と雛乃を宥めつつ2人は悪くないと説得してくれたらしい。2人とも本心ではどう思っているのか分からないが、それ以上の追及はしなかった。

 また、菜々子と雪穂、亜里沙はあの時のことは全て舞台の演出だと思っている、というか思い込ませた。

 

「まあでも、あれから似たような事件は起こってないんでしょ?」

 

「ええ、僕の調べた範囲ではあの日から一件も症例はないようです」

 

 直斗によると、やはりマヨナカステージに存在したシャドウたちは推測通り絆フェスのサイトで例の動画を見た人たちだったらしい。その事実を示すように今回の事件で昏睡状態に陥っていた患者が全員回復したとの報告が上がっている。

 桐条の根回しによるものか分からないが、その原因は集団ストレスということになっており、当然医者たちは前代未聞だと首をひねっているらしい。とにかくあのミクラタナノカミが同じような事件を起こしている気配はないので、今回のマヨナカステージに関する事件は収束したと考えるべきだろう。

 

「これにて今回は一件落着だな。でも」

 

「ええ、それでも残った謎もありましたけどね」

 

 残った謎というのはやはりミクラタナノカミを唆した黒幕のことだろう。

 マヨナカステージから現実に戻る際に悠がミクラタナノカミと話した内容は過去の教訓で特捜隊&μ‘sの皆と共有している。皆を特に驚かせたのは音ノ木坂の神隠しの原因になっていたテレビの世界はそのミクラタナノカミが創ったという事実だった。

 

「まさか、あのミクラタナノカミが音ノ木坂学院にテレビの世界を創ったとはな。まあ、マヨナカステージなんてふざけた世界を創った張本人なんだから、納得っちゃ納得だな」

 

「そして、その黒幕ってやつも悠たちの近くにいると」

 

「でも、一体誰なんだろうね? 身近な人って……」

 

「うーむ……」

 

 それに、ミクラタナノカミによると一連の黒幕は今でも悠たちの近くにいるということ。稲羽の事件では確かに特別捜査隊の身近にいた人物が犯人だったわけだが、どうにも掴めない。

 

 

 

 

「どうしたのよ?」

 

「あっ、ツバサさん」

 

 すると、こちらの話しに入り込むようにツバサたちがこちらに話しかけてきた。どうやら悠たちが神妙な顔つきで何かを話しているのが気になったようだ。

 

「あ……えっと、何でもないよ。ただ絆フェスが大変だったねって話で」

 

「ふーん……まあいいわ。それよりも聞いた? またラブライブが開催されるって」

 

「「「えっ!?」」」

 

 ツバサの一言に一同は再び驚愕する。実は今回の絆フェスでA-RISEとμ‘sが話題になったお陰なのか、第2回のラブライブが開催されることになったのだ。それが全国に伝わったにも束の間、全国のスクールアイドルたちが次は自分たちが優勝をと言わんばかりに続々と参加表明している。

 

「当然私たちは出るわよ。穂乃果さんたちも出るのよね? 出来たら、そこで貴方たちと雌雄を決したいんだけど」

 

「えっ……? ほ、穂乃果たちは……えっと……」

 

「??」

 

 だが、μ‘sのリーダーである穂乃果の反応は芳しくない。一体どうしたのかと思ったが、その理由には察しがついた。

 

「心配なんですか? また、学園祭のようなことが起こるかもしれないと」

 

 海未の指摘に穂乃果は沈黙したが、それは正しかった。

 正直廃校のことは解決済みなので関係ないが、前回の学園祭での事件が穂乃果の中でずっと引っかかっていたのだ。未だ自分たちが追っている犯人は見つかっていないし、目的も分からない。もしラブライブに出場したとしたら、犯人がまた学園祭のような妨害をしてくるかもしれないのだ。そうなったら、また悠が危険な目に遭うかもしれないし、今度は穂乃果たち自身が巻き込まれるかもしれない。

 穂乃果はどうしてもそれが嫌だった。せっかくあのA-RISEが自分たちをライバルと認めてくれたので、是非ともツバサたちとラブライブで戦いたいとは思う。でも、それでまた誰かが傷つくことになるのは絶対にダメだ。出たい気持ちと出たらダメだという気持ちがせめぎ合って穂乃果を想い悩ませている。この気持ちを一体どうすればいいのだろうか。

 

「安心しろ、穂乃果」

 

 自分の世界に閉じこもって思い詰めていると、不意に頭に悠の手が置かれた。大きくて優しい安心感のある感触。それを感じた穂乃果は思わず悠に顔を向けた。

 

「ツバサさんたちは穂乃果たちと対決するのを待ってるんだ。ライバルにそう言われたら、黙ってられないだろ?」

 

「でも……」

 

「大丈夫だ。俺たちには頼もしい仲間がいる。絶対に犯人の思惑通りにはさせないさ」

 

 これまでもそうだった。仲間と力を合わせて立ち向かったからこそ、P-1Grand Prixや今回のマヨナカステージだって乗り越えられた。それに、今はあの時の自分たちとは違う。そのことを示すように、今自分を見つめている悠の瞳は揺るぎない決意に溢れていた。

 

「穂乃果、君の本当の気持ちを聴かせてくれ」

 

「……うん! 私、もう一回頑張りたい! 学校のこととは関係なしに……ツバサさんたちと戦いたい! だから皆、もう一度ラブライブに出よう! お願いっ!」

 

 穂乃果はそう言うと海未たちに深く頭を下げた。悠に触発されたとはいえ、これは完全に自分の我儘だ。もしかしたら自分勝手だと罵られるかもしれないし、呆れられるかもしれない。だが、そんな心配は再び杞憂に終わることになる。

 

「ふふ、当たり前ですよ。私も同じです、穂乃果」

「このまま負けっぱなしじゃ終われないもんね」

「私も、同じこと考えてました」

「もう一回出場して凛たちが優勝するにゃあ!」

「当ったり前よ! A-RISEや他のスクールアイドルも蹴散らして、私たちが優勝するわよ!」

「まあ、前回が納得いかない結果だったから、やるしかないわね」

「優勝を目指すんだったら、私も手を抜かないわよ」

「うふふ、これからも大変やねえ」

 

 μ‘sメンバーの決意表明に穂乃果は嬉しくて思わず飛び上がった。そんな彼女たちのやり取りを見たツバサは絶対に負けられないと勝気な笑みの奥に闘志をメラメラと燃やした。

 

 話がまとまったところで昼食も済んだので、食後の運動にと再びわくわくざぶーんを満喫しに走って行く。胸に抱えていたわだかまりがなくなったせいか、彼女たちの背中は軽やかで楽し気だった。

 

「良いグループね、μ‘sは」

 

「ええ。ところで、何で俺のところに?」

 

「実はね、あなたにお願いがあるの。絆フェスの時は話し損ねたから」

 

 そう言うと、ツバサは周りには聞こえないほどの声で悠にあることを持ちかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、今日は楽しかったですね。落水さんに感謝です!」

 

「ええ、本当に」

 

 時間が経ってそろそろ閉館時間になる。楽しい時間というのはあっという間に過ぎて行くもので、少し遊び足りないほどだ。さて、各々ロッカーで着替えに行こうとすると、誰か足りないような気がした。

 

「あれ? そう言えば完二はどこいった?」

 

「んん……? 確かにそうだな」

 

「それに、のぞみんも見当たらないです……て、あれ!?」

 

 かなみが何か気づいて指を指す。その方向を見てみると、何やら良い感じの雰囲気の完二とのぞみがいた。

 

「た、巽さん……向こうで、お話していい?」

 

「ええっ!? お、おう……」

 

 小さい声だがそのような会話が聞こえた瞬間、穂乃果たちは目を輝かせる。2人の雰囲気にのぞみの恥ずかしそうなもじもじとした態度から間違いない。

 

「これって、もしや……」

 

「のぞみさんが完二くんに……告白っ!?」

 

「「「マジでっ!?」」」

 

 突然降ってきた恋愛イベントに周囲は湧きたつ。マヨナカステージの時から思っていたが、もしかしたらのぞみは完二のことが気になるのではと思っていた。助けられた時も完二に大胆に“好きなのか嫌い”なのかと聞いてたし、今回のプールでも完二をずっと見つめていた。これはついに完二に青い春がきたのではないか。

 近くで成り行きを見守ろうと穂乃果たちはお邪魔にならないようにとそっと2人に近づいて物陰に瞬時に身を隠す。仮にのぞみが完二に告白してOKしたら、みんなで“アオハルかよ! ”と叫んで祝福するつもりだ。

 だがこのパターン、何かデジャヴだと悠と陽介、千枝と雪子の4人は思ったが言わないことにした。

 

 

「あ、あの……巽さん……私のこと……好き?」

 

「はあっ!? おま、またそんなこと……」

 

「好き……?」

 

「い……いやあ、そ……その…………」

 

 

 間近で展開される男女の甘酸っぱい? 会話。見ているだけでドキドキする。

 

「あ……あの……それでね、私……完二さんに伝えたいことがあって……」

 

「………………」

 

「実はね……私にとって……た、巽さんは……」

 

 

 小声でもじもじとしながらも意を決してのぞみは完二の思いの丈を伝えた。

 

 

 

「タイプじゃないんですっ! ごめんなさいっ!!」

 

 

 

「!!!!!!???????」

 

 

 のぞみの告白に衝撃を受けた完二。これには見ていた悠たちの同じく衝撃を受ける。

 

 

「で、でも……これからも友達として、接して貰えたら……とか……そこからの関係からお願い……できないかな?」

 

「あ……あ………………ああ……」

 

「じゃ、じゃあ!」

 

 

 のぞみは恥ずかしそうにそう言った後、そそくさとその場から立ち去った。残された完二はと言うと、似たような経験を思い出したのか勢いよく膝をついた。

 

 

 

「何じゃああそりゃああああああああああああああああっ!?」

 

 

 

 激しく項垂れて絶叫する後輩に皆は声を掛けることが出来ず、ただ憐みの視線を送るだけだった。特に昨年の八十神高校の林間学校で同じ現場を見ていた特捜隊3年組はどうしたらいいのか分からない。今回の相手が大谷花子のような人物でなく今をときめく美少女だっただけに、とても悲惨だ。

 

「そっとしておこう……」

 

 このあと、完二は全力で悠たちに慰められた。

 

 

 

【DANCING All NIGHT IN MAYONAKA STAGE】

ーfinー




Next Chapter


近づいていく事件の黒幕の正体。


そして、明かされていく真実。


再び開催されるラブライブ。



各々の思惑がぶつかる時、物語は動き出す。



PERSONA4 THE LOVELIVE 最終章


2020年7月 スタート予定


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Extra⑨「Russian Mary Game.」

以前アンケートを取って創作した番外編です。時間が掛かってしまい投稿する機会がなかったのですが、本編が最終章に入って昨今PC版の【PERSONA4 THE Golden】が発売されたので、その記念で。Twitterなどでトレンド入りしたのを発見した時はとても興奮しました。

短い文章ですが、楽しんで頂けたら幸いです。


 本編が一つの山場を越えた此度、時は夏休みのとある日まで遡る。

 

 

「ロシアンマリーゲームしよう!」

 

 

 それは天城屋旅館で勉強会している中、穂乃果の一声から始まった。

 

「ロシアンマリーゲーム?」

 

「何それ?」

 

「ああ、それって」

 

 ロシアンマリー・ゲームとは……

 人数分のグラスに入ったトマトジュースと一つだけタバスコ入りの激辛を用意。それを皆で一気飲みし、誰がタバスコ入りのハズレを引いたか当てる。当てられた者は指定された罰ゲームを遂行するという王様ゲームに似たようなゲームである。罰ゲームは予め各々が紙に書いてシャッフルし、トマトジュースを飲む前に司会進行が一枚引いて決めるというシンプルなものだ。

 

「やろうよ! 偶には息抜きも必要だよ!」

 

「息抜きって……」

 

「そもそもロシアンマリーゲームやろうって言いだしたのって、凛から借りたその漫画見て思い立ったことでしょ?」

 

 絵里の指摘に穂乃果はギクリとした。実際絵里に隠れて読んだ漫画にロシアンマリーゲームのことが書いてあったので、まんまその通りなのだ。やっぱりダメかと落胆する穂乃果だったが、思わぬ助け船が出た。

 

「良いんじゃねえの、絵里ちゃん。ちょうどいい頃合い出し、試しにやってみるのも」

 

「ちょっと陽介くん。悠も何か言ってよ」

 

「俺も陽介に賛成だ。みんな疲れて来てるし、一回か二回くらいやっても良いんじゃないか?」

 

 我らがリーダーのお許しが出たことによって、消極的だったメンバーもやろうやろうと雰囲気を作り出す。これに観念したのか、絵里はやれやれと言うように白旗を上げた。

 

「ということで完二っ!! とっととジュースを用意してこーい!!」

 

「はあっ? 何で俺が?」

 

「つべこべ言わずにもってこーい! あとタバスコも忘れないでよね~!」

 

 りせに言いつけられて、わざわざジュネスまでトマトジュースとタバスコを買いに行かされた完二。かくして、ここに特捜隊&μ‘s総員によるロシアンマリーゲームが開始された。

 

 

 

 

 

 

「ロシアンマリーゲえええええむ!!」

 

「「「「Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!」」」

 

 司会進行役の千枝のコールに参加者は一層盛り上がる。ちなみに辛いものが苦手なことや前回の王様ゲームに懲りて司会進行に回りたいという理由で千枝と直斗は参加していない。

 

「まず最初の罰ゲームは、これだああ!!」

 

 千枝が勢いよく箱から一枚の紙を引く。そこに書かれてあった罰ゲームは以下の通りだった。

 

 

 

【悠くんにキス】

 

 

 

「「「無効っ!!」」」

 

「ええ~! なんでえっ?」

 

 開示された途端に総員から無効宣言され、これを書いた本人であろう希はふくれっ面でむくれた。

 

「だ・か・ら! 名指しはダメって言ってるでしょ!!」

 

「しかも思いっきり自分の欲望さらけ出してるし」

 

「絶対そんなことさせないんだからねっ!」

 

「ちぇっ……」

 

 厳しく絵里に諫められてむくれる希。あざとくも可愛らしいその姿に思わず優しくしたくなるが、側にいた妹がそれを許さなかった。改めて罰ゲームを引き直す千枝。次に引き当てた罰ゲームは……

 

 

【右隣の人との甘い思い出を1つ語る】

 

 

「「「「うっ……!」」」」

 

 

 何とも精神的にくる罰ゲームだった。しかし、大丈夫。自分が手に持つトマトジュースがハズレでなければいいのだ。そう思って、参加者たちは勢いよくジュースを飲み干した。結果……

 

「うぐっ……! 辛っ!!」

 

「あっ、真姫ちゃんだ」

 

「真姫だな」

 

 当たったのは真姫だった。そして、真姫の右隣は悠だ。

 

 

 

 

 

「……ということで、私は……悠さんにとっても……感謝してる……。ご飯作ってくれたし……」

 

「「「ほうほうっ!」」」

 

「ううう……」

 

 罰ゲームである悠との甘い思い出、もとい夏休み前に悠が自分の家に泊まりに来たことを語り終えた真姫は大好物のトマトのように顔が真っ赤になっていた。

 

「いや~、普段ツンツンしてる真姫ちゃんにもそんなデレデレになるほどの思い出とは……」

 

「聞いてるこっちもキュンキュン来ちゃったよ……」

 

「センパイって本当に罪作りな人だよねぇ」

 

「えっ? どういうこと?」

 

 りせがツーンとした表情でそう言うも、悠は何のことか分からないのかキョトンとしている。

 

 

「も、もうっ! イミワカンナイ!!」

 

 

 真姫は恥ずかしさのあまりに部屋から出て行ってしまった。

 

 

西木野真姫、リタイア

恥ずかしさのあまりに部屋から逃走。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「続いて、第二回せ──ん! 次の罰ゲームは、これだああっ!!」

 

 恥ずかしさで部屋から出て行った真姫を放置して次のゲームが進められた。そして、次なる罰ゲームは

 

 

【服を1枚脱ぐ】

 

 

 何ともキツイ罰ゲームだった。これがまだ冬だったら良かったものの、今の季節は夏。一同が着ているものはほとんど薄着であり、女子に至っては一枚脱いだだけで下着などが見えてしまう。だが、先ほどと同じだ。当たらなければいいのだ。覚悟を決めて手に持つグラスを一気に飲み干す。そして、

 

「ぐほっ……!」

 

「陽介だな」

 

「陽介くんね」

 

 やはり当たったのは不運に定評のある陽介だった。女子たちはホッと胸を撫で下ろす中、そこは仕方ないと陽介は素直に受け入れ、Tシャツを脱いだ。まあこれくらいは全然大丈夫だ。全裸になるわけでもあるまいし、ここにいるのは大半女子なのだ。こんな罰ゲームを書く人間なんてクマくらいしかいないだろう。そう思っていたが、ここから陽介の運の悪さが炸裂する。

 

 

【服を一枚脱ぐ】→陽介

 

【服を二枚脱ぐ】→陽介

 

【服を一枚脱ぐ】→陽介

 

【服を一枚脱ぐ】→陽介

 

 

「いやいや、おかしいだろっ!? 何で脱衣系がこんなに続くんだよ! それに口ん中辛えし……てか、誰だ! こんな罰ゲーム書いたやつ!!」

 

 と、脱衣系の罰ゲームが異常に続き、これらを引き当てたのは全て陽介だった。靴下も衣類の一つだと脱衣ゲームにありがちな裏技を使用したものの、全て無駄になってパンツ一丁という極めて屈辱的な姿になっていた。被害者である陽介の悲痛な叫びと同時に複数の女子たちが目線を逸らす。

 

「お前らかよ!? てか、この系の罰ゲームって普通男子サイドが書くやつだろ!」

 

「だ、だって……」

 

「悠さんのシックスパックが見たくて……」

 

「だから、自分がリスクを負ってでも」

 

 どうやら悠の鍛えられた筋肉をみたいがために、彼女たちは脱衣系の罰ゲームを書いたようだった。

 

「必死すぎだろっ!? てか、俺もうそろそろ全裸なんだけど、そこについてなんかねえのかよ!?」

 

「あ~ないない。花村の身体って特に普通だし」

 

「悠くんみたいに鍛えてないしなぁ」

 

「全然興味ないです」

 

「ぐほっ!? ……だが、次に脱ぐのはテメ―らの方だ!! 俺と同じ辱めを味わえ!!」

 

 パンツ一丁になった男にそう言われてもカッコ悪さしか感じないが、もはや恥もプライドも捨て去った陽介は迷いがない。傷を負った獣は凶暴だと言うが、果たして次のゲームの結果は……

 

 

 

【衣服を全部脱ぐ】→陽介

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 結果は言わずもがなとだけ言っておこう。

 

 

 

 

花村陽介、リタイア

恥辱の極みで部屋から逃走。下着一枚だったため、後に通報される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、地獄のロシアンマリーゲームは続いていった。

 

 

【ゲーム終了まで水着になる】→完二

 

 

「い、一応……持ってたものを着てみたっす……」

 

「「「「きゃあああああああああああっ!」」」」」

 

 別室で水着に着替えてきた完二が登場した途端、乙女たちの悲鳴が部屋中に響き渡った。

 

「ちょっ!? 完二くん、何でブーメランパンツなのさっ!?」

 

「こ、これしかなかったので……」

 

「変態っ!!」

 

「ハレンチです!!」

 

「露出狂!!」

 

 グサグサと突き刺さる言葉の投げナイフ。それを女子全員から喰らった完二はメンタルに深い傷を負ってしまった。

 

巽完二リタイア

容赦ない誹謗中傷により部屋から離脱。同じく後に通報される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【可愛い声で“お帰りなさいご主人様”と言う】→絵里

 

 

「い、嫌よっ! 何でそんなこと言わないといけないのよ!」

 

 これまた恥ずかしい罰ゲームに当たってしまったので、全力で嫌がる絵里。だが、そんなことを周りが認める訳はない。

 

「エリチ~、ここまで真姫ちゃんや陽介くん、完二くんも恥を晒してきたんに、自分だけ逃れようなんてズルいと思わん?」

 

「うっ……」

 

「それとも? 本当のエリチって、そんなにズルい子やったんかな~?」

 

「うううっ……」

 

「大丈夫、レコーダーは用意してある」

 

「全然大丈夫じゃない……」

 

 結局希たちの圧に押されて罰を執行することとなった絵里。もうやるしか道がないと諦め、しっかりと罰ゲームを遂行した。

 

 

 

「お、お帰りなさいませ☆ご主人様♡」

 

 

 

「「「…………………………」」」

 

 

 決め顔を作ってまで言い切った後、皆の唖然とする反応を見た絵里にもうゲームに参加できるほどの精神力が残っていなかった。

 

 

絢瀬絵里 リタイア

あまりの恥ずかしさに部屋を離脱。後にレコーダーを奪い取って破壊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【向かいの人に全力の愛の告白をする】→悠

 

 

「「「「「!!っ……」」」」」

 

 

 この罰ゲームが掲示された途端、少なからず和気あいあいとしていた雰囲気が殺伐と化した。一体誰が悠の向かいなのかと確認すると……

 

「わ、私っ!? ですか」

 

 運よく?その場所に座っていたのは、海未だった。発覚した途端、周囲の女子からそこを代われと言わんばかりに殺気が海未に集中するが、当人は驚きと恥ずかしさのあまりにパニックになって気づかない。

 そうこうしているうちに、表情を作った悠が海未の傍に近づいて顔を合わせた。

 

 

 

 

 

「海未、俺はお前のことを愛してる。一生かけて守っていくつもりだから……ずっと俺の傍に居てくれ」

 

 

 

 

 

「…………」

「………………」

「…………………………」

 

 

 訪れる静寂。【言霊遣い】級の伝達力の影響か、当人だけでなく周囲にいた人間までもその言葉に心を打たれて見入ってしまう。そして、

 

 

「……………………(チーン)」

 

 

 正面からプロポーズの言葉を受け取ったのは海未はまるで夢のような瞬間を味わったように目を点にして呆然とする。次第に顔を紅潮させていき、ついには昇天するように気絶してしまった。

 

「海未ちゃん……? 海未ちゃあああああんっ!?」

 

「ダメです! 意識が戻りませんっ!!」

 

 余程悠のプロポーズが衝撃だったのか、千枝と直斗が何度呼びかけたり揺すったりしても意識が戻らない。だが、被害はこれだけでは済まなかった。

 

「た、大変クマっ!? センセイのプロポーズで、ノゾチャンもハナちゃんもりせちゃんも失神してしまったクマ~!?」

 

「「なんだとっ!?」」

 

 同じく海未のように昇天してしまう者が続出。ただし、海未のように幸福によるものではなくショックによるものだ。証拠に昇天した表情が絶望に染まっている。

 

「おいおいおい、何で悠のプロポーズの言葉でこんなに犠牲者がでるんだよ……!」

 

「いや、俺に聞かれても。というか陽介、いつの間に」

 

「って、早く何とかしなきゃ! 救急車!!」

 

 

千枝と雪子、直斗を除く女性陣リタイア

救急車を呼ぶほどの大騒ぎになり天城屋旅館から怒られる。

 

 

 

 こうして唐突に始まったロシアンマリーゲームは予想外の形で幕を閉じた。

 

 

 

ーfinー




活動報告にて新章のアンケート実施中!まだまだコメントを受け付けていますので、良かったらどうぞよろしくお願いします。


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【Beauty of Destiny】
#98「Love & Comedy ~True Story~.」


閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

投稿が7月ギリギリになってしまい申し訳ございません。7月はレポートやら試験やらで色々執筆に手が付けられない状態だったので……。

そして、アンケートに答えてくれた皆さんありがとうございました。投票の結果、以下のようになりました。

1位:久慈川りせ(4票)
2位:東條希  (3票)
3位:園田海未 (2票)
4位:絢瀬絵里・小泉花陽・花村陽介(1標)

ということで、今話のヒロインはりせということになりました。作者的には希かことりかと思ってたいのですが、いやはや。

改めて、誤字脱字報告をしてくれた方・最高評価と高評価をつけて下さった方・感想を書いて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

それでは、最終章の始まりとなるデート回をどうぞ!


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

 

…………美しいピアノのメロディーが聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 聞き慣れたそのメロディーで目を覚ますと、悠は別の場所にいた。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模した空間。ここは【ベルベットルーム】だ。

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 目の前に鼻の長い奇怪な老人がいる。この老人の名は【イゴール】。このベルベットルームの管理者だ。そして、その両隣には2人の女性が座っている。右手にいるプラチナ色の髪の女性は【マーガレット】。そして、左手にいる銀髪の女性はマーガレットの妹である【エリザベス】だ。

 

「先日はお疲れ様でした。またも妹のエリザベスがお世話になったそうで」

 

 開口一番にマーガレットがそう言うと、その対面に座るエリザベスが何時ぞやのように意味深な笑みを浮かべながら、こちらにひらひらと手を振っていた。

 

「お客様はかの饗宴の最中に新たに絆を育み、封印されていたアルカナを複数解放させたご様子。【死神】・【塔】……ふふふ」

 

 マーガレットは膝元に置いていたペルソナ全書を開くと、そこから2枚のタロットカードが出現した。イラストは【死神】と【塔】、そのタロットの解放のきっかけとなった落水鏡花と真下かなみとのやり取りが映像として流れるページにマーガレットは魅惑の笑みを浮かべながらうっとりとしていた。

 同じように悠のこれまでの軌跡を眺めていたイゴールは重々し気に口を開いた。

 

 

 

「フフフフフフ……ここまでの旅路で貴方様は数々の困難と謎に相見えておいでなさった。ここから何が起こるのか、私たちにも読めませぬ。彼の地での出来事の再来か、それともまた未知なる儀式か宴か……さてさて、お客様がそれらに直面した時、どのような結末を迎えるのか……楽しみで御座いますなぁ……」

 

 

 

 意味ありげな言葉を残したと思うと、視界が段々とぼやけていった。どうやら時間らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絆フェスという一大イベントを終え、音ノ木坂学院は次なるイベントに勢いを注いでいた。そのイベントはずばり、第2回ラブライブ。前回の悔しさをバネに今回のラブライブは何としても本選に勝ち残って強敵A-RISEと雌雄を決したい。

 

 そんな中、彼女たちは……

 

 

「……みんな集まったわね」

 

「ええ、悠さん以外全員揃っています。悠さんには今日の練習は中止で先に帰って良いと言っておきましたので」

 

「よろしい……それじゃあ」

 

 

 

 

 

「【第一回いかに悠とりせちーのデートを妨害するか作戦】会議を行うわよっ!!」

 

 

 

 

 

 全く関係ない議題に真剣に取り組んでいた。

 

 

 

 発端はつい先日、マヨナカステージの事件が解決して、打ち上げで【わくわくざぶーん】に行った時のこと。絆フェス総合プロデューサーの落水から貰ったディスティニーランドのペアチケットを巡って乙女たちによる争奪戦が勃発。熾烈な戦いの結果、見事ペアチケットを勝ち取ったのは、なんとりせだったのだ。

 本命はブラコンのことり、もしくは幼馴染属性を持つ希だと思っていた陽介たちもこの結果には驚き、惜しくも負けてしまった彼女たちはとても悔しがっていた。そして、勝者となった当人といえば

 

『最近は妹や幼馴染が負けないラブコメが流行ってるらしいけど、ここではそんなことなんだから』

 

 などと決勝で打ち負かした希にあっかんべえとしながらそう告げたり、調子に乗って“このデートで絶対に悠をモノにしてみせる”とライバルたちに堂々と宣言したりしたのだ。極めつけは見せつけるかのように、悠に密着しながらデートの相談をしていたことだろうか。

 

「今思い出しても、あの時のりせの態度は腹が立ちますね……」

 

「最近絶好調だから調子に乗って……」

 

「マグレで勝ったくせに……」

 

「スキャンダル見つかって自滅すればいいのに……」

 

「簀巻きにして東京湾に沈めたろうかと思ったわ……」

 

 このように海未たちのりせに対する怒りは尋常ではない。更に、この話を聞いたマリーも怒りに怒って一週間晴れだった稲羽市の天気を大雨に変えてしまったらしい。そのせいで、大迷惑を被ったと陽介たちから苦情がきたのは別の話。

 

「そ、そんなカリカリせんでもええんやない? 希ちゃんも、そんなカッカせんでも」

 

 そして、この場には八高のセーラー服ではなく、音ノ木坂学院のブレザーに身を包んだラビリスもいる。

 前から話は上がっていたが、先日からとうとう正式にラビリスも音ノ木坂学院に転校してきたのだ。学年は2年、穂乃果たちと同じクラスだ。穂乃果たちが色々世話をしたことで、本人も初めての高校生活はとても楽しく感じているらしく、一緒にスクールアイドルはできないが、悠と一緒に裏方として支えていくとアイドル研究部に入部してくれた。

 

 

 閑話休題

 

 

 だが、敗者が勝者にどう言おうと負け犬の遠吠え。だったらせめて、デート当日は奴の思い通りにさせてたまるかと、彼女たちは緊急会議を開くことにしたのだ。

 

「いい? 今回の作戦のポイントはこれよ」

 

 にこはそう言うと、部室のホワイトボードに以下のことを書きだした。

 

 

・一線を超えるようなことをしない限りは極力邪魔をしないこと

・一線を超えようとした場合は即座に止めること

・抜け駆けをしないこと

・障害となり得る者は排除すること(主に週刊誌の記者)

 

 

「なるほど……妥当ですね」

 

「本当だったら本気で邪魔したいけど、逆の立場からしたらそれは嫌だしね」

 

 にこからの提案は尤もだと判断したのか、この場にいる皆は納得する。仮にもりせは公平なルールに則った対決で勝利をもぎ取ったので、そこに妨害するというのは些か抵抗がある。多少手を繋いだり腕を組んだりすることは許容することにしたが、もしキスなど一線を越せようとした場合は粛清対象だ。すぐに2人をひっぺ返して、悠を安全な場所へ避難させた後、りせにお仕置きを決行するつもりである。その際、こそっと抜け駆けするのもまたNGだ。

 

「な、何で記者さんまで倒さなおかんの?」

 

 最後の部分が引っかかったのか、ラビリスからそんな質問が出てきた。しかし、にこはその質問に妙に据わった目で口を開いた。

 

「……考えてみなさい。最近芸能界に復活して絆フェスの影響で人気絶好調中の国民的アイドルりせちー。そして、私達μ‘sのマネージャーで妙に女子中学生たちに人気の悠。そんな2人がいきなりデートだなんて、これ以上にないスクープよ。絶対ネタに飢えてるヤツらは狙ってくるわ。特に○○とか×××××とかね」

 

「にこちゃん!?」

 

 にこの口から具体的な企業名が出てきたが、後が怖いので伏字にしております。だが、にこは止まらない。

 

「そもそも週刊誌なんてもんはね、記事が売れるなら何だってするのよ! 報道の自由があるとか読者がそれを望んでるからとか色々ほざいてるけどね、それが対象を殺すことになるかもしれないって自覚が足りないのよ! そんな奴らに人生を滅茶苦茶にされてたまるもんですか! するんだったら、善人を食い物にしてる悪党とかにしなさいよ!!」

 

「落ち着いて、にこちゃん!」

 

「それ以上は危ないわよっ!!」

 

 まるで実際に被害に遭った当事者のようにまくし立てるにこにちょっと恐怖してしまった。もしかしたら、学園祭の時に戦った佐々木竜次が新聞部だったことが影響しているのかもしれない。

 

「とにかく! 当日はあの女の思い通りにさせないわよ!! そして、絶対に悠の貞操を守り通すわよ!!」

 

「「「「サーっ! イエッサー!!」」」」

 

 何はともあれ、彼女たちの想いは一つ。多少のイチャつきには目を瞑るが、あの女に悠を渡してなるものか。その想いを胸に、彼女たちは団結した。

 

「よしっ! それじゃあ、作戦を頭に叩き込んで解散!!」

 

 かくして、話題のスクールアイドル【μ‘s】の乙女たちによる大作戦が幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は過ぎてデート当日の朝、デート相手である悠はいつも通りに南家の食卓で朝食を取っていた。叔母の雛乃と従妹のことりと3人で取る食事はいつも通りなのだが、今日はどこか空気が違う。具体的にはいつも積極的に話しかけてくることりは先にどこかへ出かけたのかこの場にいないし、向かいに座る雛乃はニコニコと笑顔でいるのだが、どこか怖い雰囲気を醸し出している。

 

「悠くん、今日はデートなんですって? ことりから聞いたわよ」

 

「で、デートというか……」

 

 突拍子に核心をついてきた雛乃に驚きつつ悠はしどろもどろにそう受け答えした。落水から貰ったディスティニーランドのペアチケットをりせが手に入れて、休みが取れるうちに使いたいということで、今日がその日だというのは雛乃も把握していた。

 

「相手はりせちゃん。せっかく芸能界に復帰したばっかりなんだから、スキャンダルには気を付けなさい。特にネタに飢えてる○○とに×××××はね」

 

「叔母さん……週刊誌に何か恨みでもあるんですか?」

 

 そんな叔母に怯えつつ朝食を食べ終わった後、悠は手荷物を確認して家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<秋葉原駅>

 

 電車に揺られながら待ち合わせ場所に着いた悠。一応約束の時間の20分前に到着したので、まだりせは来ていなかった。時間があるようなら、少し勉強でもしておくかと単語帳をだそうとしたその時、

 

 

 

「お待たせ、せんぱーい♡ 待ったあ?」

 

 

 

 駅の方からりせの声がした。どうやらりせが到着したようなので振り返ってみると、そこに現れたりせの姿に思わず息を飲んでしまった。

 

「あ、ああ……俺も今着いたところだ」

 

「ふふ、ありがとう。ところでセンパイ、今日の私のファッションどう? 似合ってる?」

 

 悠のそんな気は知らずか、ふわりと回って今日の服を見せつけるりせ。これまで何度もりせのファッションを見てきたが、今日のは一段と気合が入っていた。顔バレを防ぐためにサングラスは掛けているものの、今時のファッションを着こなし、その上で己の魅力を上手く引き出すように髪型やメイクを施している。

 

「と、とても似合ってるよ。何だか……見違えたな」

 

「やったあ!」

 

 悠に服装を褒められて嬉しさが爆発したのか、人目を気にせず飛び跳ねるりせ。いつもと雰囲気の違う後輩に戸惑ったものの、嬉しそうなので何よりだと思うことにした。

 

「じゃあ、そろそろ行こっか。それよりもセンパイ、やっぱりこれ掛けた方がいいよ」

 

「えっ、サングラス? 何で?」

 

「何でって、最近のセンパイはそれなりに人気なんだから、正体隠しておかないと」

 

「そうなのか?」

 

「そうなの。これでよしっと。それじゃあ、行こっか」

 

 訳の分からぬままサングラスをかけさせられた悠はそのまま引っ付かれる形でその場をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ディスティニーランド>

 

 りせに執拗にぎゅっとされながら電車に揺られて乗り継ぐこと数十分、今回のデート場所であるディスティニーランドに辿り着いた。

 

「人が多いな……」

 

「そ、そうだね」

 

 昔ながらテーマパークとして人気のあるディスティニーランドは休日ということもあって混みあっていた。この状況が予測されるため、本来は開園よりずっと前から並ばなければ丸一日アトラクションなどを満喫できないのだが、今回の悠たちはそんなことをする必要は全くなかった。

 

「落水さん、こんな特典までつけてたなんて」

 

 落水はこうなることも予測していたのか、このペアチケットに入園はおろかアトラクションを優先的に搭乗できる特典までついていたのだ。しかも、このディスティニーランドの全アトラクション対象である。

 

「まあ、ラッキーだよね。これで追手も撒けるかもしれないし」

 

「んん?」

 

「何でもないよ。それよりセンパイ、はぐれちゃったらまずいから手を繋ごう」

 

 長蛇の列を気にすることなく大好きな人と人気テーマパークを楽しめる。そのことにりせはもう頬が緩みっぱなしだった。りせがそう言うならと、悠はおもむろに彼女の手を優しく握った。

 

「やだ……センパイ、そんなに強く手を握っちゃって……大胆過ぎ」

 

「えっ? そんなに強く握ってはないけど」

 

「そんなセンパイには、こうだ!」

 

 りせはしめたと言わんばかりに今度は悠の腕にぎゅっとしがみついてきた。突然のことに少し動揺してしまう悠だったが、その表情を見てりせは陰でニヤリと笑みを浮かべた。

 悠は悠でりせの行動に戸惑ったものの、稲羽でもこういうことは時々されたし、最近はことりや希にされることも多かったので、別に気にしなかった。だが、一瞬周りから怨嗟の視線を感じた気がするが、そっとしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方……

 

「こちらチーム【lily White】、ターゲットの入園を確認したで」

 

「…………」

 

「う、海未ちゃん!? 顔が般若みたいになってるにゃ!?」

 

 入園ゲート付近では物陰に隠れて様子を伺っていた希が耳にしたインカムにそう告げる。傍では今までにないくらい顔を真っ赤にしながら怖い表情を作る海未に凛が怯えているが、無視しておく。

 

『チーム【Bi Bi】了解。総員指定の位置へ。チーム【Printemps】、応答して』

『……………………』

『チーム【Printemps】!』

『ち、チーム【Printemps】所定の位置に到着! いやあ、間に合って良かった~』

『……あなたたち、さっきまで遊んでたわね?』

『そそそ、そんなことないよ! ただ順番待ちが長かったし、電子機器は持ち込まないで下さいって係員の人に言われたから』

『遊んでたんじゃない!?』

 

 インカムからやり取りから察する通り、既にμ‘sのデート妨害作戦は始まっていた。

 朝早くから並びに並んで悠たちより先にディスティニーランドに入園していた彼女たちは3つにチームを分けて、悠とりせ(ターゲット)が来るまでずっと待機していたのだ。どこかのチームはアトラクションにうつつを抜かしていたが、今回の作戦を忘れていた訳ではない。

 すると、出入口を張っていた海未たちの元にもう一人のメンバーが颯爽と現れた。もちろん、同じく辺りを張っていたラビリスである。

 

「確認したけど、今のところ記者らしき人もおらんしまだ周囲の人が2人に気づいてる気配もあらへんかったよ」

 

「ありがとう、ラビリスちゃん。ほな、行こうか」

 

 ラビリスの報告を受けて、見失わないようにターゲットの尾行を始めるチーム【lily White】。ここからは徹底的に対象をマークして好き勝手出来ないようにする。故に、どんな些細なことも見逃すまいと。

 

 

 

 

 

 

(やっぱり来てたね、希センパイたち……予想してたけど、穂乃果ちゃんたちもいるんだろうな……)

 

 だが、りせは周りに潜んでいる敗者たちの存在には気づいていた。気づいてたからこそ、こうやってあからさまにアピールしているのだ。おそらく彼女たちは自分たちが一線を超えるようなことをさせないために監視しにきたのは察しがついている。

 ここまでは全て想定内。せっかく勝ち取った悠とのデートなのだから思いっきり楽しまなくては。そう、あちらが監視できなくなるほど羨ましくなる甘いデートを。

 

 

 

 

 

ホラーアトラクションにて

「ううう……こ、こわいい……」

「りせ、そう言えばお化け屋敷苦手じゃなかったか?」

「ちち違うよっ!?」

「ちょっ、そんなに引っ付かれると……」

 

 

 

 

チュロス店にて

「せんぱ~い♡このチュロス美味しいよ、あ~ん♡」

「あ、あーん……あっ、こっちも美味いな」

「うふふ、センパイのも頂戴♡」

「いいけど」

「んん~美味しい! センパイにあ~んしてもらったからかな?」

「えっ?」

 

 

 

ウォーターアトラクションにて

「…結構濡れたな。りせは大丈夫……か?」

「う、うん……センパイ、どうしたの?」

「言いにくいんだが……その、下が」

「へっ……? きゃっ、ちょっと下着が透けて…」

「そこのお店に一緒に行こう。着替えを探さないとな」

「し、しまったぁ~……こんなハプニングは予想してなかったなあ。でも、センパイが密着してくれてるから…これはこれで役得♪」

 

 

 

 

 こんな調子で2人のデートは続いていった。それに対して、作戦中のμ‘sたちはというと

 

 

 

ガンッ!ガンッ!

「ああああっ!! 腹立つ~~!!」

「ぐうう……なんて卑劣なぁ……」

「2人とも、落ち着きなさい! 周りの人に迷惑かけてるわよっ!」

 

 

 悠とりせの甘々なデートの様子を見せつけられて、彼女たちはお冠だった。地団太を踏んだり、近くのごみ箱に八つ当たりしたりと周囲の人がドン引きするほど怒りを露わにしている。そんな2人を制御するのに絵里は一苦労で心労が溜まってしまった。

 

 

 

 

バキッ! バキッ! 

「…………」

「海未ちゃん……無言で木の枝折らんでや」

「の、希ちゃんも目のハイライトが消えてるにゃ!? ううう……凛じゃ捌ききれないにゃ~~~~!!」

 

 チームでは海未が無表情のまま地面に落ちている枝を延々と折り続けたり、希は目のハイライトを消したままタロットカードを無限シャッフルしたりと、凛一人では捌ききれない事態に陥っていた。

 

 

 

 

バタンッ!

「ぐふっ……もう、耐え切れない…………」

「花陽ちゃああん!?」

「大丈夫……これくらいならことりでもしてるし……大丈夫……うん、大丈夫

「ことりちゃん!? そう言ってるけど、目が据わってるし今すぐ殺しに行きそうな雰囲気だすの止めて!?」

 

 りせの目論見通り、2人のイチャイチャに穂乃果たちは精神的ダメージを受けていた。花陽は羨まし過ぎて気絶し、ことりに至っては思わずヤンデレ化してしまうほど追い込まれていた。

 どれもこれも一線を越えてないものだけにやり口がいやらしい。ラビリスだけは何も感じることなく淡々と監視を続行できているが、2人があんなに楽しそうなのに何故彼女たちが悶え苦しんでいるのか理解不能だった。

 そんなカオスな状況に彼女たちが追いこまれている中、当の本人たちはパレードを楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「♪~♪♪~~」

 

「りせ、楽しそうだな。そんなにさっきのパレードが楽しかったのか?」

 

「えっ……うんっ、超楽しかったよ!」

 

 嘘である。この女、自分たちのイチャイチャを見て悶絶している彼女たちの様子にしめしめと笑っていた。普段こんなことはしない性分なのだが、普段から彼女たち……特にことりや希には煮え湯を飲まされているので、ちょっとした仕返しができたようでスカッとしているのだ。

 それが表情に出ていたのか、悠に感づかれて少し焦ったが誤魔化せたようで何より。まあ、さっき一緒に見たパレードもりせ的にも楽しめたので嘘ではない。

 

「はあ、良いなあ。私もああいう風なお姫様みたいになりたいなあ」

 

「えっ?」

 

「大好きな人にお姫様みたいにぎゅっと抱っこされたいっていうのは、女の子の憧れなの。特にセンパイみたいな素敵な人にね」

 

 パレードが終わって近くにあったベンチで休憩を取っていると、りせが思わずといった風にそんなことを呟いた。

 そして、受け答えして頬を朱色に染めながら熱い視線で悠を見る。監視している者たちからしたら何かあざとく感じて何故かイラっとした。

 すると、目の前を一組の親子が通り過ぎた。久しぶりの家族水入らずでの休日なのか、母親と父親、そして子供たちの顔はとても楽しそうだった。そんな親子の姿にりせは儚げな様子で見つめていたのに気づいた。

 

「どうした?」

 

「ううん、前に雑誌の取材で“将来は子供何人ほしいですか?”って質問された時のこと思い出してた」

 

「??」

 

「その時は事務所が用意した答えを言ったの。“りせちー、コドモだから分かんないですゥ”って。でも、ホントはね、私の憧れは大家族だったの。大好きな人と結婚してたくさんの子供たちと仲良く過ごせたら、幸せなんだろうな。センパイは将来コドモ何人欲しいとかって、ある?」

 

 唐突に振られた質問に悠は若干表情を強張らせた。その反応を見たりせは今更ながらこの質問は聞いてはダメなことだったと気づいた。これまでの悠の家庭事情を考えたら、その質問はあまりよろしくないだろう。

 だが、悠は気にすることなく、淡々とりせの質問に答えた。

 

「何人でも良いんじゃないか? 俺も好きだと思った人と結婚して、子供と仲良く過ごせたら……それは素晴らしいことなんだと思う」

 

「ふふ、そうだよね。センパイは将来良いパパになりそう」

 

「えっ? 何で?」

 

「だって、菜々子ちゃんとことりちゃんと居る時のセンパイって、すっごく優しい顔してるもん。だから、センパイみたいなパパだったら理想だなって」

 

「………………」

 

「隣には誰がいるのかな? 最初が“り”で、最後に“せ”の人かな?」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「や、やだ……自分で言ったのに、恥ずかしい……」

 

 りせは思わず赤面して手で顔をパタパタと仰ぐ。恥ずかしくなるなら言うなと周りは思った。

 

「い、今のはことりちゃんたちには内緒だよ? 2人だけの……秘密」

 

 人差し指を唇に当てて、しーっという仕草を可愛らしくするりせに思わずドキッとしてしまった。

 

「はい、この話は終わり! 次のアトラクションに行こ」

 

「そうだな」

 

 再び2人の甘々なデートが再開されたわけだが、もう監視者たちに体力は残っていなく、やる気が失せてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあ、きれ~い!」

 

「ああ、これは凄いな」

 

 陽が沈んで夜空が広がり始めた中、ディスティニーランドの目玉の一つである夜のショーが始まった。度々テレビや雑誌で紹介されている通り、イルミネーションを用いた壮大な演出やそれを彩うように次々と打ち放たれる花火はまさに目を奪われるほど美しかった。ペアチケットの特典で、これをかなりいい場所で見られただけでも今日来た甲斐があったというものだ。

 

「ねえセンパイ」

 

「ん?」

 

 そんな光景に見惚れていると、傍で同じようにショーを眺めていたりせがそう呼びかけてきた。

 

 

 

「センパイは、誰か好きな人いるの?」

 

 

 

「えっ?」

 

 突然の質問に悠は困惑した。一体こんな時に何を聞いているのだろうか、否こんな時だからこそかもしれない。

 

「ううん、少し気になっただけ。センパイだって気づいてるでしょ? 私や……ことりちゃんや希センパイ、穂乃果ちゃんたちの気持ち」

 

「それは……」

 

「多分センパイは皆を大切な仲間って思ってるから。1人選んだら、他の皆を悲しませるからって……あえて考えないようにしてるんでしょ? あと、センパイの家庭を考えたら……きっと」

 

「………………」

 

 言い返せようもないくらい的確に自分の心情を言い当てられた。思わず天を仰ぐと数々の花火が目に映る。

 悠とて聖人君主ではないので、自分がりせやことり、そして希や穂乃果たちにどういった感情を向けられているかなんて知っていた。彼女たちのような可憐で気高い少女たちにそういった感情を抱かれているのは正直嬉しいと思っている。だが、

 

「俺だって、お前たちの気持ちに気づいてるよ。だけど、今の俺にそのことを考える余裕がない」

 

「分かってる。音ノ木坂の神隠し事件のことでしょ?」

 

 そう、今は春から追っている事件の犯人を捕まえる事や受験に掛かりっきりであるので、そのことに向き合う時間はない。というのは建前。

 本当は怖いのだ。誰かを選んで、それ以外の彼女たちを泣かせてしまうこと。そして、自分はいつも目の前で困っている人がいたら誰これ助けてしまう。だから、例え誰かと結ばれたとしても、逆に不幸にしてしまうのではないかと。

 

 

「卑怯かもしれないけど………待ってほしい。全て終わったら……俺は、俺の気持ちを伝えるよ」

 

 

 だから、今は気持ちに整理をつけて、全てを終わらせたその時にちゃんと彼女たちの想いと向き合おう。卑怯なことだと自分でも思うが、それが鳴上悠にとって今出来る精一杯のことだ。

 それを理解したりせはそうかと呟くと、まるで達観したように再び花火が咲き誇る空を見上げた。

 

「……うん、分かった。センパイ、こっち向いて」

 

「えっ……?」

 

 瞬間、ドンと今日一番の花火が空に咲き誇ったと同時に、りせは悠の頬に勢いよく唇を当てた。触れる柔らかい唇の感触。あまりのことに呆然としていると、りせは更に顔を寄せてにっと笑った。

 

 

 

「センパイが誰かに想いを伝える時は、今みたいに頬じゃなくて、ちゃんとここにキスしてね」

 

 

 

 りせの、彼女の眩い笑顔と言葉が放たれた瞬間、ショーの幕が下りる。その時に見たりせの顔を悠は忘れることはないだろう。

 

 

 その瞬間は昨年からずっと自分を想い続けてくれている後輩の今までにない美しいものだったのだから。

 

 

 

 甘い思い出を残して、悠とりせのデートは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

「りせちゃん、ちょっといいかな?」

 

 夢のようなデートが終わって翌日のこと、所属のタクラプロの事務所に仕事で来たりせにマネージャーの井上は出会って早々に声を掛けた。口調は穏やかであるものの、どこか目が据わっている様子だったので、りせは嫌な予感がした。

 

「ど、どうしたの……井上さん?」

 

「いやね、この写真のことで聞きたいことがあってね」

 

「げっ……」

 

 そう言った井上は手に持っていたスマホの画面を見せつける。そこには、何と昨日の悠とのデートの様子を写した写真が映っていた。しかも、一番見られてはいけない夜のショーで悠の頬にキスした時の写真だ。まさかの最悪の事態にりせはどっと冷や汗をかいた。

 

「やばっ、まさか……昨日の悠センパイとのデート……○○か×××××に……」

 

「いや、これは希ちゃんから送られたものだよ。これを週刊誌に送るつもりはないけど、りせちゃんが今後こんなアイドルらしからぬ行動をしないよう注意してほしいって」

 

「なっ!? (希せんぱああああああああああああい!!)」

 

 スキャンダルを免れて安心したの束の間、仕返しと言わんばかりに爆弾を送られた事実に再び地獄に落とされた。その際、タロットカードを手にしたり顔をする天敵の顔が脳裏に浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、悠はと言うと……

 

 

「悠……昨日はお楽しみだったようね……」

「へえ~……りせちゃんにキスして貰ったんだぁ~」

「ぜんっぜん、気づきませんでした……まさか、こんな破廉恥なことを……」

「ちゃ~んと説明してくれるまで帰れると思わないで下さいね」

 

 

「………………」

 

 いつもの部室にて魔女裁判にかけられていた。こちらも、希が例の写真を皆に見せたことが原因である。あの時のショーはそれなりの人ごみだった故に穂乃果たちも見逃していたのか、この写真を見た時の感情の変わり具合が尋常ではなかった。

 

「悠くん、これは幸せ税という形で受け取ってな」

 

「完全に私怨だろ……」

 

「私怨よ。でも、果たしてこれは悪なんかな?」

 

「…………」

 

 謀が全て上手く行ってご満悦な笑みを浮かべる希に悠は更に項垂れる。どうやらこの場には魔王しかおらず、救いの神は降りてこない。言いたくないが、もうデートは懲り懲りだと心の底から思った。

 

 

 だが、後日とある事情のため、またデートする羽目になることはこの時はまだ知らなかった。

 

 

 

To be continuded.



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#99「Planning to be on a diet.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

毎度投稿が遅くなってになってしまい申し訳ございません。今度は張り詰めていた空気から解放されて……今回は遅かった割に内容は少し薄いくなっているかもしれませんが、それでも楽しんで貰えたら幸いです。

改めて、誤字脱字報告をしてくれた方・最高評価と高評価をつけて下さった方・感想を書いて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございました!

それでは、本編をどうぞ!


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

 

…………美しいピアノのメロディーが聞こえてくる。

 

 

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

 聞き慣れたそのメロディーで目を覚ますと、いつものようにベルベットルームの椅子に腰かけていた。今回もこの部屋には主であるイゴールとその従者であるマーガレットが待っていたのだが、どこか雰囲気が違う気がする。何と言うか、先ほどのイゴールの声色がどこか元気がないように思えるのだが。

 

「ふふふ……先日のデートはお疲れだったようですね。先日事の顛末を聞いたマリーがこの部屋で暴れて大変だったの。主が大切にしていた1944年もののシャトーなんとやらのワインがダメになったりしてね。私はこの展開は読めていましたので、被害は幾分ともありませんでした」

 

 なるほど、先ほどからイゴールが普段以上に物静かだったのがよく分かった。事情を聞いたからか、手を組んで厳かに座っている奇怪な老人の姿がどこか哀愁を帯びているように思えてきた。

 

「それはそれとして……落ち込んでいる主に代わって占ったところ、この先から貴方の物語が大きく変化するとの結果が出ました。もうすぐ大きなイベントもあることですし、今は足元を地道に固めることをお勧め致します。まあ、それよりも厄介なことが起こるかもしれないけど……ふふ、ふふふ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 りせとの怒涛のデートから数日後、平和な日常が続いていた。

 南家のリビングにて悠は受験勉強、ことりは次のライブで使う新衣装の制作に取り掛かっている。先日の絆フェスがより良い刺激になったのか、サクサクと進める手際からやる気がにじみ出ている。そんな従妹を微笑ましそうに眺めながら、悠は受験勉強に集中する。

 

「悠くん・ことり、西木野さんの病院から健康診断の結果が来たわよ」

 

 すると、仕事から帰ってきた雛乃が二つの封筒を持ってリビングに入ってきた。封筒の右下端には【西木野総合病院】と書いてある。

 

「ありがとうございます、叔母さん」

 

「もう来たんだ。早いね」

 

 実は絆フェス事件の後、直斗の提案で皆は健康診断を受けていた。去年の事件と同じく、あのマヨナカステージに長時間滞在して身体に何か異常はないのかを調べるのが目的らしい。稲羽の時は全員何ともなかったのでやらなくてもいいのではという意見もあったが、今回はあの時とは別の世界だったので、念のためにという直斗の強い反論もあって全員受けてもらったわけだ。

 2人は雛乃から渡された封筒を開けて自身の結果をチェックする。

 

「お兄ちゃん、どうだった?」

 

「普通だった。何の異常はなかったぞ。ことりはどうだった?」

 

「うん、こっちも何の問題もなかったよ。でも……」

 

「あら? ことり、ちょっと胸まわりが大きく」

 

「お、お母さん!?」

 

 娘の検査結果をチラッと見てそう呟く母にことりはカッと赤くなる。どうやら愛しの妹はまだまだ成長期らしい。成長期と言えば海未やにこはどうなっているのだろうかと思っていたが、何故か背筋に悪寒を感じたので詮索を止めた。

 

 とりあえず、自分とことりの結果を報告しようと、悠は直斗に連絡を入れた。

 しかし、今回の健康診断が面倒事を引き起こしていたことはこの時点では知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 

 授業も終わり放課後、いつも通りアイドル研究部の部室に行くと、何故か重苦しい雰囲気に包まれていた。その原因は恐らく正座させられている穂乃果と花陽の前で仁王立ちしている海未だろう。

 

「何があったんだ?」

 

「残念なことが分かってしまいました。とりあえず、席について下さい」

 

 無表情に抑揚のない口調でそう言う海未にたじろぎつつも、悠はその言葉に従った。

 そして、続々とメンバーが部室に集まって全員が揃ったと同時に海未は告げた。

 

 

「お2人に聞きます。この健康診断の結果はどういうことですか?」

 

 

 同じ表情と口調で問いただす海未に件の穂乃果と花陽は懺悔するように事を話した。

 

 端的に言うと、先日の健康診断の結果から穂乃果と花陽の体重が増加、つまり太っているということが判明したらしい。

 昨夜穂乃果の健康診断の結果を妹の雪穂と母の菊花が閲覧したところ、以前より体重が大幅に増えていたことを確認した。先日まで激動な日々を送ったにも関わらず、この結果に至ったのは恐らく日々の暴飲暴食と過剰な間食が原因であるのだが、当の本人は事態を重く見ずのほほんとしていた。これではまずいと思った菊花は強硬手段として春のファーストライブ時の衣装を着せて、その事実を突きつけたらしい。

 花陽も穂乃果に負けず劣らず大好物である白米を過剰に食していたため、同罪である。

 

「全く、夏休みにあれほど練習して、絆フェスやマヨナカステージのこともあったのに、この結果はどういうことですか!?」

 

 予想できなかったまさかの事態に海未はこれでもかというほどの雷を落とした。怒られる穂乃果と花陽はもちろん、端から様子を見ていた悠たちでさえ慄いてしまう。

 

「お、落ち着け海未。見たところ、2人ともそんなに太ってるようには」

 

「これを見てもそう言えますか?」

 

 あまりにも一方的に責められて可哀想だったのでやんわりと落ち着かせようとすると、海未が複数の写真を突きつけた。

 見てみると、ある写真にはファーストライブでの衣装が入りきれずあたふたする穂乃果や泥棒のようにこっそり冷蔵庫からお菓子を拝借する穂乃果、更には所構わずに特大サイズのおにぎりを某腹ペコ姫のようにもぐもぐと食べ続ける花陽のあられもない姿などがバッチリ映っていた。

 

「いいいいいいつの間に、そんな写真をっ!?」

 

「ちょちょちょっとおお!? その写真を悠さんだけには」

 

「黙りなさい」

 

 写真を抹消しようと騒ぐ穂乃果と花陽を音で黙らせる海未。流石の悠も、この事態は看過できないと判断したのかお手上げと言わんばかりに両手を上げた。それはつまり、死刑宣告。

 

「いいですか! これからラブライブの予選もですが、2週間後には体育祭だってあるんですよ!? 体育祭では理事長の計らいでライブもやるんですから、そんな体たらくではお客さんに顔向けできません!」

 

「「ひっ……」」

 

 突きつけられた現実に穂乃果と花陽が項垂れる中、悠たちは何も言えなかった。

 絆フェスの事件ですっかり忘れていたが、確かに2週間後には学校行事の一つである体育祭が開かれる。その上、ラブライブのアピールにと理事長の雛乃の計らいでライブもやる予定もあるので、海未の言い分は尤もだ。

 

「とにかく、それまであなた達には、みっちり絞ってもらいますからね」

 

 怯える罪人たちに海未は懐から【ダイエット ギリギリまで絞るプラン】と書かれた紙を突きつけて、そう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 そこから海未主導による【ダイエット ぎりぎりまで絞るプラン】が実行された。普段からストイックな海未が更にストイックに計画したダイエットプランはまさに地獄というべき内容だった。

 

 

~ダイエット初日~

 

 

「はあ……はあ……死ぬう…………」

 

「きゅ、休憩を……」

 

「ダメです」

 

 まずは神田明神の階段を全力ダッシュ。以前から朝練で何度もやってきたものだが、体重が増えている現在の2人にはまるで身体に重りをつけているのではと錯覚してしまうほど重いので、たった数本走っただけで息が上がっている。

 

「お疲れ様、ほら」

 

「あ、ありがとう……悠さん……うう、それにしてもお腹減ったよ。悠さん、何かお菓子は」

 

「穂乃果、間食しようとした罪でもう一本階段ダッシュです」

 

「しまったあああああああああああ!?」

 

 そして、計画中は太った原因となっている間食は禁止事項。もし破ろうものなら、このようなおしおきが下される。

 

「ねえ、もうこれダイエットというか、まるで軍隊の訓練みたいなんだけど」

 

「私もそう思う」

 

「ほらほら、そんなことでは痩せるなんて夢のまた夢ですよ。次は学校外のランニングなんですから、さっさと立ちなさい」

 

 このように、指導・監視をする海未は2人に慈悲を与えない。にこの言う通り、もはや軍隊みたいにしごかれている2人を見て流石にやりすぎではと訴えられても、短期間で2人を絞らせる目標を達成するため、海未は断固してシゴキを緩めようとはしなかった。

 

「ううう……海未ちゃんの鬼! 悪魔!!」

 

「ええ、結構です。私は貴方達を痩せさせるためなら、鬼にも悪魔にもなりましょう」

 

「……結果見たけど、海未ちゃんは相変わらず貧乳だったくせに……」

 

「(イラッ☆)ランニングの前に階段ダッシュを5本追加します」

 

「「ぎゃあああああああああああああああっ!!」」

 

 このような失言で量が更に倍にされることもしばしば。

 

 

 

 

 

 

 

「「ハァ……ハァ……」」

 

 

 神田明神でみっちりしごかれた後は、学校周辺をランニングだ。コースは事前に伝えてあるので、穂乃果と花陽は渋々と言った感じで走り込んでいる。2人のダイエットの他にも体育祭のライブに向けてやることは山積みなので、海未たちはついて来ておらず学校で練習に励んでいる。

 正直穂乃果たちは海未たちの目がなくなった今、すぐにでも逃げ出したい気分なのだが、逃げ出した後の海未が怖いので逃げようという気にならない。そう思っていると、

 

(ん? あれは……)

 

 ふと目にしたお店の看板に目をやる穂乃果。その看板には【GOHAN-YA】と書いてあった。

 

(はっ!?)

 

 看板でそこが何屋さんなのかを悟った途端、穂乃果はその場で足踏みしてしまった。何事かと振り返った花陽も足踏みしながら看板を見てフリーズする。言うまでもなく、白米は花陽の大好物だ。

 

(花陽ちゃん、行こうよ!)

 

(ダメ! ダメ!)

 

 誘惑にめっぽう弱い穂乃果は瞬時に思考がご飯のことでいっぱいになった。花陽も一緒にと何故かゼスチャーでご飯屋に誘うが、花陽もゼスチャーを使って拒絶する。それでも、穂乃果は食い下がった。

 

(でも、今なら海未ちゃんたちもいないし大丈夫だよ)

 

(それでも、ダメ!)

 

(えええ~~! 行こうよ! 花陽ちゃん!)

 

(NO! NO! NO! NO!)

 

 店の前でこんなやり取りを続ける2人だが、決着はすぐに着いた。

 

(ううううううう……YES! YES! YES!! 行こう! 白米が、私を待っている!)

 

(いえーい!)

 

 結局、穂乃果の根気と白米の誘惑に花陽も負けてしまい、2人は傍の定食屋の扉に手を掛けた。その時、

 

 

「寄り道はあかんよ」

 

 

 耳元から誰かの咎める声が聞こえた。そこには今にもゴム弾をこちらに撃とうとしているラビリスの姿があった。

 

「「ら、ラビリスちゃん……」」

 

 実は2人が自分たちの目が届かないところでサボってないか心配だったので、海未はラビリスに2人を見張ってくれと監視を頼んでたのだ。シャドウ兵器である彼女の体力は超人級であるし、持ち前の怪力で容易に2人を拘束することも可能。まさに穂乃果と花陽の監視にうってつけだった。

 

「さっ、ランニングに戻ろか」

 

「「はい……」」

 

 良い笑顔でそう威圧するラビリスに2人は隠れての寄り道ができない絶望感を味わいながら、トボトボとランニングを再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてダイエット計画が始まって数日が経った。すると、穂乃果と花陽に妙な変化が訪れる。

 

 

「「行ってきま~す」」

 

 

 あれほど学校外のランニングを嫌がっていた穂乃果と花陽が何故か自ら進んで走りにいったのだ。

 

「ダイエットは順調そうね」

 

「そうね、最初はどうなることかと思ったけど、あんなに積極的なら大丈夫じゃない?」

 

 始めた頃はボロボロでもう止めたいと散々言っていた2人があんなにも積極的にランニングに出るようになった。本人たちも危機感を持ったのか、これはいい兆候ではないだろうかとメンバーも2人に安心感を覚え始めた。

 

「おかしいですね……」

 

 しかし、感心する絵里たちとは対称的に、海未は訝しげな眼で2人の背後を見やる。このところ、あれほど嫌がっていたランニングをかなり積極的にやるようになっている気がする。何より、監視についていってるラビリスの表情がどこか浮かない感じなのが気になる。まるで後ろめたいことがあるかのように。

 海未と同じくあの3人の妙な雰囲気を感じ取ったらしい悠も目を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ランニングに行った3人は……

 

『ありがとうございました~』

 

「ぷは~! 今日もおいしかったね!」

 

 行きたがっていたお店【GOHAN-YA】で寄り道を終えたところだった。大好きなご飯を好きなだけ食べたのか、表情は幸せいっぱいだった。

 

「見てみて、これでサービスポイントが全部溜まったよ!」

 

「ということは……!」

 

「次はご飯大盛り無料~!」

 

「え、ええんかな……ダイエット中なのにこんなことして」

 

 2人とは対照的にどよ~んとした表情で思い悩んでいるのはラビリスだ。ちなみに、彼女は身体の関係でお店では水しか飲んでいない。

 

「ラビリスちゃん! 前も言ったけど、これは青春なんだよ!」

 

「そうです! 学校帰りに友達と一緒に美味しそうなお店に寄り道! これは今だからこそできるんです!!」

 

「ううん……これ学校帰りやなくないかな………」

 

 そう、2人はなんと偶然見つけたご飯屋に寄り道したいがために、ラビリスをこちら側へ誘う作戦に出ていたのだ。そして、その作戦はラビリスには効果てきめんだった。

 学校生活にようやく馴染み始めて、自分も普通の高校生として生活できていることに喜びを感じていたラビリスは“学生だからできる”だの“ここでやらなきゃ一生できないかもしれない”という言葉に弱く、まんまと2人の策に嵌ってしまったのだ。

 こんなラビリスの良心に付け込むようなことをして恥ずかしく思わないのかと言うと、大好物を目の前にした2人はそんなことなど微塵も思っていなかった。

 

 

「ほう……そういうことでしたか」

 

 

「「「「!!」」」」

 

 

 和気あいあいとした雰囲気は一瞬で去り、代わりに背後から凍てつく視線と殺気を感じる。恐る恐る振り返ってみると、笑顔なのに目がちっとも笑っていない海未と呆れ顔でやれやれと嘆息している悠が自分たちの視線の先にいた。

 

「う……海未ちゃん……そ、それに悠さんも……」

 

「ち、ちちちちちがうんです! ここここれは……」

 

「………………」

 

 まるで不正を暴かれた銀行員のように追い詰められた表情をする3人。海未は不気味な笑みを浮かべながら、怯え固まる穂乃果と花陽の肩をガシッと掴んだ。

 

 

「ふふふ、やはり貴女たちには逃げ道がない環境の方が良さそうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、ここか……」

 

「まあ確かに、ここなら逃げられる心配もあらへんけどな」

 

 海未が最終手段と言って2人を引きずり込んだのはテレビの世界だった。ここなら出入り口が一つしかないので逃げ場はない。どこかに寄り道はおろか脱走など不可能。そこまでしないとダメだと海未が判断したくらいなのだから相当な苦行である。

 余談だが、先ほど海未が2人をテレビに引きずり込むシーンが稲羽での黒歴史を彷彿とさせたので悠は少し気まずくなった。

 

「や、やば……」

 

「し、死ぬぅぅ……!」

 

 テレビの世界に連行されて待っていたのは、テレビの世界の音ノ木坂学院の校庭を延々とランニングさせられる苦行だった。やっていることはさして変わらないが、場所がテレビの世界であることと、逃げようにも逃げ道がない絶望感が2人の身体を更に重くしている。

 ちなみに、この出入り口付近の校門や校庭にはシャドウは出現しないことは調査済みなので、へとへとになったところで襲われるという心配はない。万が一の時には手が空いたメンバーも監視に加わるので、万全の布陣で穂乃果と花陽はダイエットに集中できるのだ。本人たちにとってはたまったものではないが。

 

 

 

「悠くん、どうしたん? 何か考え込んでるみたいやけど」

 

 すると、穂乃果たちがしごかれている様子を見ながらどこか物思いにふけっていた悠が気になったのか、希がそう声を掛けた。

 

「ん? ああ……ちょっと気になることがあってな」

 

「気になること?」

 

 気になることと言われて、思わず聞き返してしまった希。近くにいたことりたちも気になったのか、悠の言葉にそっと耳を傾けた。

 

「この世界の霧、前に来た時より薄くなってないか?」

 

「えっ?」

 

 実は悠が久しぶりにこのテレビの世界に訪れてどこか違和感を感じていた。試しにメガネを外してみると、確かに以前佐々木竜次の事件で訪れた時より霧が薄くなっていたのだ。まさかと思い希も確認してみると、確かに霧が以前よりも薄くなっているように感じた。

 

「あっ、本当や。確かに前来たよりも霧が薄くなっとる」

 

「これって、どういうことなんですか?」

 

「稲羽の時も、こんなことはあったの?」

 

「いや、そんなことはなかったはずだ。テレビの霧が稲羽の街に流れ込んできた時だって、あの場所の霧は変わらなかったし……」

 

「つまり、悠くんたちにとっても不可思議な事態、という訳やな」

 

 そう、希の言う通りこの事態は不可思議だ。稲羽の事件のように霧が濃くなったり現実に流出したりなどといったことなら分かるが、その逆はまさに予想外だった。

 何故、ここに来てこの世界の霧が薄くなってきたのか。理由については様々な推測ができるが、この事態に悠はどこか引っかかりを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終ダイエット計画が開始されて数日、穂乃果と花陽は部室で目をグルグルと回しながら倒れていた。どうやら今日もギリギリまで絞られたらしく、見ていて少し気の毒に思えてしまった。それよりも、指導と監視で疲れたのか窓の外をぼうっと眺めている海未が心配になった。

 

「海未、大丈夫か?」

 

「あっ……はい、ありがとうございます。大丈夫……と言いたいところですが」

 

 声を掛けてそっとグレープフルーツジュースを差し出すと、海未は申し訳なさそうに受け取った。頭痛がするのか、痛そうに額に手を当ててもいる。

 このところ穂乃果と花陽のダイエットの監督だけでなく、体育祭のライブの構成や新曲の作詞までやっている。そんな切り詰めた状態がここ最近ずっと続いていたのだから、疲労は尋常ではないだろう。

 流石に働き過ぎなので、何か海未にできることがないかと考えていると、ふとある考えが浮かんだ。

 

「なあ海未、もし良かったら、今度どこかリラックスできる場所に行かないか?」

 

「へっ!?」

 

「海未には今回のことで色々負担を掛けたしな。俺にはこれくらいしか出来ないけど、海未が行きたい場所ならどこでも連れて行くぞ」

 

 一瞬、時が止まったような気がした。そして、告げられた言葉を再確認した海未は顔を紅潮させる。言葉の意味、つまり悠からデートのお誘い。心の中が歓喜と困惑でパニックになるのを抑えて、海未は多少たじろぎながらも冷静を保った。

 

「わわわわ分かりました!! でしたら、体育祭が終わった後に、2人で山へ行きましょう!」

 

「分かった、山だな………………えっ? 山?」

 

「はい! 最近色々あり過ぎて登れなかったんですよ。これを機に悠さんと登るのも一興ですね」

 

 予想してなかった変化球な解答に戸惑ってしまった。まさかデートのリクエストが登山だとは流石の悠でも夢にも思わなかった。

 

「もしかして、海未は登山が趣味なのか?」

 

「そうですが、言ってなかったですか?」

 

「ああ、それは良いんだが……登るって、どこに?」

 

「富士山に行きましょう!! この時期の頂上からの景色が圧巻ですよ! 悠さんにも一度見てほしいです!」

 

 ガンッと頭を殴られたような感覚に襲われた。体力に自信があるとはいえ、登山経験も碌にない自分がいきなり日本最高峰に挑戦? あまりに無謀すぎやしないかと言いたいが、目をキラキラとさせてこちらを見る海未にそんなこと言えるわけがない。

 

「……分かった。じゃあ、それまでに登山の道具を揃えておくから」

 

「でしたら、明後日の休日に一緒に買いに行きましょう! せっかく付き合ってもらうのですから、ちゃんとしたものを選んでほしいですし。私が悠さんにぴったりなものを見繕ってみせます!」

 

「あ、ありがとう」

 

「はいっ! ふふふ、楽しい休日になりそうですね」

 

 何故か、海未を気にかけてお出かけに誘ったら、富士山を登ることになってしまった。何だかとんでもないことに巻き込まれてしまったと思ったが、先ほどまで疲れ切っていたのが一変してとても嬉しそうにはにかむ海未を見ていたら、そんなことはどうでもよくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 

 相も変わらずテレビの世界で海未にしごかれまくる穂乃果と花陽だったが、この日は前日より厳しくされていた。

 

「ハアハア……ハァ……し、死ぬぅぅ……」

 

「う、海未ちゃん……今日は一段と…………厳しい……や、やっと終わったぁ……」

 

「2人ともよく頑張りましたね。足のこむら返りを防ぐためにこのグレープフルーツジュースを飲んでください。後で、悠さんと一緒にマッサージもしてあげますよ」

 

「「そして、何かとても優しい!?」」

 

 いつも以上に厳しいと思いきや今までの鬼の所業が嘘のように優しくもなった。こんな両極端になる海未が2人にはとても不気味に思えて逆に恐怖した。

 そんなダイエットの様子を旗から見ていたメンバーにも驚愕を与えた。

 

(海未ちゃん、どうしたのかな?)

 

(昨日まで鬼のように厳しかったのに、何か不気味だよ)

 

(昨日良いことでもあったんやない? 悠くん関係で)

 

 そんな海未に思うところがあるのか、ジッと悠の方を見やる。当の本人は誤魔化すように明後日の方向を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 結果として、穂乃果と花陽のダイエットは成功した。

 

 だが、過酷なダイエットに耐えた反動故かしばらく2人は食欲が湧かず……と思いきや、いつも通り間食と暴飲暴食をし始めて、再び海未の雷が落ちたのは別の話。

 

 

 

 そして、物語は体育祭へ。

 

 

To be continuded.



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#100「Sports Festival 1/2」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

毎度投稿が遅くなってになってしまい申し訳ございません。今回の体育祭の話は一話で終わらせるつもりでしたが、時間の関係で2話に分けることにしました。

私信で、先日【Fate/Stay night Heven's Fell】の3章を観に行きました!最後というに相応しいクオリティだったのでとても興奮しました。UFさん本当にありがとう!鬼滅の刃も楽しみです!

改めて、誤字脱字報告をしてくれた方・高評価をつけて下さった方・感想を書いて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

それでは、本編をどうぞ!


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

…………美しいピアノのメロディーが聞こえてくる。

 

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 

 

 聞き慣れたそのメロディーで目を覚ますと、いつものようにベルベットルームの椅子に腰かけていた。今回この部屋にいるのはマーガレットだけだった。

 

「本日、我が主とエリザベスは留守にしております。先日あの子たちは大変だったわね。私は体重なんて気にしたことないから、あの子たちが強いられたダイエットとやらの苦しみはよく分からないけど…」

 

 確かに、去年出会ってからマーガレットのスタイルは全然変わっていないように見える。この夢と現実、精神と物質の狭間にあるベルベットルームの住人にはそんなものは無縁なのかもしれない。

 

「それはともかく、本日貴方の学び舎では“体育祭”という催しが行われるそうね。元は貴方の世界でいう明治時代に士官学校が学生の非行を防ぐ息抜きのために始まったとされる、若者たちが各々の力をぶつけ合う熱き戦い……ふふふ、私も是非とも観に行ってみたいわ。でも、貴方と一緒にいるところを見られたら、あの子たちが嫉妬してしまうかもしれないし……」

 

 何か企んでいそうな意味深な笑みを浮かべるマーガレットに何だか嫌な予感を感じた。妹のエリザベスはあんな性格のためイベントに乱入してくることは想定できるが、まさかマーガレットも……

 

 

 

(深く考えないようにしよう…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音ノ木坂学院はかつてない活気と熱気に溢れていた。

 

『ただいまより、今年度の音ノ木坂学院高校体育祭を開催いたします』

 

 

 

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」

 

 

 

 今日は学校行事の一つ、体育祭が開催されていた。

 

 

 

 

 

 

 

「うわあ……すごい熱気……」

 

「去年より盛り上がってるわね」

 

「まあ、今年はね」

 

「てか、元女子高なのに男子も女子も獣みたいな雄叫び上げてたんだけど、大丈夫?」

 

 音ノ木坂学院は今年発足されたスクールアイドル【μ‘s】による夏前のオープンキャンパスや学園祭、極めつけに先日放送されたの絆フェス出演による活躍で入学希望者が殺到したため、春から危惧されていた廃校の話は正式になくなった。それにより、今回の体育祭を見学しようと大勢の中学生やそのご父兄が集まっている。

 生徒たちも廃校の話がなくなったからと言って気を抜かず、もっと学校を盛り上げて行こうという雰囲気になっているので、例年より体育祭に対する活気が溢れ返っていた。何だか八十神高校の体育祭とは全然違うなと悠は思ったが、言わないようにした。

 そして、午前中最後のプログラムにはそのμ‘sによるライブも予定されている。

 

「さて、俺たちも負けずに盛り上がらないとな」

 

「うん! 穂乃果は悠さんと海未ちゃんと組は違うけど、負けないよ!」

 

「臨むところです」

 

 音ノ木坂学院の体育祭は紅組・白組の2組に分かれて勝敗を競う形式だ。ちなみに悠たちの組み分けは

 

 

紅組:悠・海未・花陽・希・絵里

白組:穂乃果・ことり・凛・真姫・にこ・ラビリス

 

 

 と言った具合になっている。割り振りが何時ぞやのアンケートで投票が入った組と入らなかった組で分かれているという訳ではない。

 

「ラビリスちゃん、とてもワクワクしとるな。そんなに楽しみなん?」

 

「うん、こんなウチも体育祭に参加させてもらえてとても嬉しいんよ。鳴上くんの叔母さんや美鶴さんに感謝や」

 

「ああ……」

 

 一方、ラビリスは初めての学校行事にワクワクしていた。当然その監視役としてシャドウワーカーの人間も数人父兄席に紛れ込んでいる。具体的にはアイギスと真田、更には特別捜査隊の仲間である直斗の姿がある。

 ちなみに、りせも午前中に仕事が終わったら見に来るらしい。何か差し入れも持ってくるとメールに書いてあったが、嫌な予感がしたのは気のせいだろうか。

 

「うううう……お兄ちゃんと争わなきゃならないなんて……」

 

「ことりちゃん、ずっと前からそう言ってるよね?」

 

「そろそろ踏ん切りをつけてください」

 

 一方、ことりは大好きな悠と違う組になったことに納得いかない様子だ。その具合は驚くことに、母がいる理事長室まで直談判しに行ったほどらしい。当然その訴えは聞いてもらえることはなく、更には同じ組になった天敵の希が以前より悠とイチャイチャし始めたので、ことりの沈み具合は激しさを増した。

 お陰で家に帰る度に普段以上にべったり悠に甘える頻度が多くなって、雛乃の視線が以前に増して鋭くなったり勉強どころではなくなったりして、悠にとって散々だったのは別の話。

 

「ことり、俺もことりと一緒の組になれなかったのは残念だと思ってるよ。でも、俺は今日の体育祭で手を抜くことはない」

 

「えっ?」

 

「体育祭にしろ何にしろ、真剣に勝負して勝ち負けがあるから楽しいんだ。手を抜かれて勝っても嬉しくないだろ?」

 

「うん…」

 

「だから、今日は敵どうし精一杯頑張ろう。これが終わったら、いつも通り俺に甘えていい」

 

「うん……うんっ! 分かった。ことりも、今日は全力でお兄ちゃんたちに勝ちに行くよ!」

 

「その意気だ」

 

 いつも通りに悠が上手い具合にことりを諭してくれた。最早ことりの扱いが免許皆伝と称すべきほど慣れているのではないかと思わせるほどの手際だ。

 

「あっ、じゃあお兄ちゃん、この体育祭でことりたち白組が勝ったら部屋を一緒にしてね♡」

 

「えっ? 流石にそれは」

 

「お兄ちゃん……おねが~い♡」

 

「わ、分かりました……」

 

「やったあ!」

 

 訂正、ことりの方が一枚上手だった。何だかとんでもないことを言われた気がして流石にそれはと言いかけたが、ことりの必殺涙目+上目遣いのコンボには勝てなかった。

 そんな兄妹のやり取りを見て、穂乃果たちはやれやれと言わんばかりに嘆息した。

 

「みんな、絶対勝つぞ。そうしないと、俺が危ない……」

 

「悠くん、それはウチでもあんまりやと思うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々すったもんだはあったが、本格的に体育祭の競技がスタートした。

 

 

 

────徒競走

 

 昔ながらの足の速さを競うこの競技。この競技にはμ‘sのほとんどのメンバーが参加していた。

 

「おおっ!? 悠さん速いよ!」

 

「悠と走ってる人たちってほとんど運動系の部活動に入ってる人たちよ。凄すぎだわ」

 

「そう言ってる絵里ちゃんだって、結構速かったよ。あと運動苦手そうな希ちゃんも」

 

「ほ~のかちゃん、ちょっとワシワシしに行こうか?」

 

「ひいっ!?」

 

 夏休みの地獄の特訓が効いたのか、ほとんどのメンバーが上位に食い込んでいた。そして、余計なことを言った穂乃果は希に校舎裏へ連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

 

────パン食い競争

 

「今でもこんな競技があるんだな……」

 

「良いんじゃない? 定番だし」

 

 ちなみに、この競技のためだけに腹をすかせた穂乃果はぶっちぎりの一位だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

────男子生徒によるソーラン節

 

 元女子高だった故に男子生徒の数はまだ全体の半分にも満たないが、それでも男子生徒たちによるソーラン節は圧巻だった。中でも異彩を放っていたのは圧倒的な表現力を有する我らが悠だった。故に、

 

「さあさあ、鳴上くんのソーラン節写真だよ! 一枚500円!」

「は~い! 買ったぁ!!」

「ちょっと! お兄ちゃんの写真は転売禁止! これは没収だよ!!」

「げっ!?」

 

 このようにこっそり悠のソーラン節姿を盗撮していたファンの女子たちの元に最強のブラコン妹が襲来したとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

────借り物競争

 

 

 定番中の定番であるこの競技は悠が参加していた。悠が参加するのを見て、穂乃果たちのみならず何故か他の女子生徒たちも祈るように手を合わせていた。

 

「……穂乃果たちは何をしてるんだ?」

 

「さあ? 多分、鳴上が自分を呼んでくれることを期待してんじゃね?」

 

「何で?」

 

「………………」

 

 一緒に出場している同じクラスの後藤くんは“ちょっと何言ってるか分かんない”と言わんばかりにキョトンとする悠の顔面をぶん殴りたくなった。

 

 

 そして、時間が経ってついに悠の番が回ってきた。スタートを告げる空砲が響くと出場選手が一斉に駆け出した。一直線にお題の紙が置いてある台へ向かい、己がこれだと直感したものへと手を伸ばす。

 

「ラビリス、一緒に来てくれるか?」

 

「えっ!?」

 

 悠がラビリスを指名したことで周りはざわついた。一体どんなお題を引き当ててラビリスを選んだのか気になるところだが、そうこうしているうちに悠はラビリスの手を引いて担当者がスタンバイしているレーンへと駆け出していく。

 

「はいはい、お題は……【大切な人】ですね」

 

「へっ?」

 

 発表された内容に周りの時が一瞬止まった。呼ばれたラビリスでさえ一瞬何のことか分からず呆けたかと思えば、また瞬時に顔を赤くする。更には何故かシャドウ兵器なのに内側の鼓動が激しくなる。

 だが、それは次の悠の言葉で静まることになった。

 

「いや、そうだろ? ラビリスも俺にとって大切な人…仲間だ」

 

「………………はっ?」

 

「えっ? ラビリスは違うっていうかもしれないけど、俺にとってラビリスは大切な仲間だし…」

 

「…………………」

 

「えっ? ラビリス? えっ? ちょっ、どこに………いたっ!」

 

 この後、何故かイラっとした顔になったラビリスに校舎裏に連れて行かれてチョップを喰らった。シャドウ兵器のチョップは尋常じゃないほど痛く、その上どこからか校舎裏にやってきたことりたちに一体どういうことなのかと尋問も喰らった。

 

 

 

 

 

 

「お、俺が……何をしたっていうんだ……」

 

 尋問から解放されたは良いが、既に満身創痍だった。お陰で次のイベントであるμ‘sのライブの裏方に行けそうにない。

 

「……やっぱり貴方は兄さんの子ね」

 

 すると、そんな悠の前にやれやれと呆れた表情をした雛乃が現れた。

 

「お、叔母さん?」

 

「この際だから言っておくけど、女の子を勘違いさせることをしちゃダメよ。女の嫉妬は怖いんだからね」

 

 雛乃は人差し指で悠の額をつんと優しく突くと、物騒な言葉を残してその場を去っていった。それがどこか実体験を元にした警告のように聞こえたので、悠は心に留めておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブも無事に終わってお昼休憩の時間、音ノ木坂学院の生徒たちは各々の家族と共に昼食を取っていた。ちなみに悠は家族である雛乃とことりはもちろん、穂乃果と菊花、そして海未たちと昼食を取っている。

 

「ごめんなさいね、悠くん。貴方も忙しいのにお弁当作ってもらって」

 

「いえ、これくらいは。何人分作ろうが手間は同じですし、折角菊花さんたちも一緒なので」

 

「わあ、今日もお兄ちゃんのお弁当は美味しそうだね」

 

「う~ん! やっぱり悠さんの弁当は美味しい!」

 

「ちょっと穂乃果、ちゃんと手を拭いてから食べて下さい!」

 

 今日の弁当はおにぎりと卵焼き、そして唐揚げといった運動会の定番中の定番のおかずだ。それでいて、味付けもシンプルで運動した後に最適だと思ったもので仕上げている。ライブ後で疲れていたのか、穂乃果の食欲がいつもより旺盛のようだ。

 

「あらあら、ありがとうね。未来の義母さんにも作ってもらって」

 

「きーちゃん? それはどういうことかしら?」

 

「え~? 何のことか分かんないわあ?」

 

 そして、毎度の如く菊花と雛乃が静かに火花を散らしている。比較的近くにいる悠は思わず冷や汗を掻いてしまうが、何とか平常心を保って箸を進めた。同時に遠くから久方ぶりの殺意の投影みたいなものを感じたが、そっとしておいた。

 

 

「貴方が鳴上くんね。改めて初めまして、海未の母です」

 

 雛乃と菊花が笑みを浮かべて睨み合っている最中、悠に話しかけてきたのは今回初めて会った海未の母親【園田水菜】さんだ。海未の母親だけあって気品があり、高級料理店の女将さんのような雰囲気を持った人物だった。

 

「は、初めまして。いつも海未にはお世話になってます」

 

「まあまあ、そんな。こちらこそいつも娘がお世話になっているのに。本当に雛ちゃんのお兄さんに似て、ハンサムで礼儀正しいのね。これは海未が惚れるのも納得ね」

 

「お、お母様!? それ以上は」

 

「そう言えば、今度海未と山登りに行くんでしょ? 海未ったら、余程あなたと山に登るのが嬉しいのか入念に下調べもしててね。この間の休日は一緒に道具も買いに行ったんでしょ? 海未がとても楽しかったって嬉しそうに言ってたわ。あんな顔するなんて初めてだから、うちの人が相当複雑そうでね」

 

「も、もう!!」

 

 目の前で繰り広げられる園田親子のやり取り。何と言うか、流石海未の母親なだけあって娘を上手く転がしている。海未はもう敵わないと諦めているのか、後半はただただ顔を赤くして俯いていた。

 

「んん? 悠さん、海未ちゃんと山登りってどういうこと?」

 

「お兄ちゃん? ことり、そんな話聞いてないけど……どういうことなのかな?」

 

「「あっ……」」

 

 内緒だったはずの約束を母親に暴露されてしまった。当然そんな話など聞いていない穂乃果とことりがどういうことなのかと詰問してくる。ことりに至ってはもう既に目のハイライトが消えていた。

 結論、緊急事態。

 

「そう言えば……この間お出かけにいったのって、海未ちゃんとデートを……?」

 

「えっ? えええっ!?」

 

「ゆ……悠さん、どどどどどうすれば……!」

 

「撤退だ。今は撤退しかない! さらばっ!」

 

「「あっ!?」」

 

 誤魔化せないと察した悠は事態をうやむやにすべく海未を連れて撤退する。だが、逃がすものかと穂乃果とことりも後を追いかける。絶対に2人での山登りのことを聞きだすために捕まえてやると言わんばかりの気迫に悠と海未は慄きながらも学校を駆け回った。

 

「はあ……何だか懐かしいわねぇ」

「そうね、私たちの学生時代を思い出すわ」

「あの頃はねぇ」

 

 娘たちが男を追いかけ回している光景を見て、何故か学生時代の郷愁の想いに駆られた母親たちだった。

 

 

 

 

 

 

「はあ……はあ……何で体育祭でも、こんな目に遭うんだ……」

 

 追いかけっこを終えて一息ついた後、缶コーヒーを購入しようと自販機のボタンを押す悠。あの後、穂乃果やことりだけでなく噂を聞きつけた女子中学生たちや亜里沙にも追いかけられてちょっとした騒ぎになってしまったので、何故か先生たちに怒られてしまったのだ。こんな時は缶コーヒーを飲んで一旦落ち着くのが一番だ。

 

 

「やあ、ちょっといいかな?」

 

 

 すると、背後から誰かに声を掛けられたので振り返ってみると、私服姿らしいカジュアルな服装に身を包んで眼鏡をかけている青年が立っていた。この人物を悠は知っている。

 

「……お前は佐々木か?」

 

「ああ、久しぶりだね」

 

 それは夏休み前の学園祭、その時に穂乃果たちに忘れがたい記憶を刻んだ事件の首謀者【佐々木竜次】。あの事件の後、佐々木は学校を休学していた。雛乃の話では新学期が明けても中々登校して来ないので心配だということだったが、今日の体育祭は見に来ていたらしい。

 彼の学園祭事件の時の物静かな雰囲気は相変わらずだが、どこか憑き物が落ちた感じがした。

 

「実は……君に話があるんだ。あの事件について」

 

「……聞こう」

 

 

 

 

 

 ここなら誰の目も気にせず話ができるだろうとのことで校舎裏を訪れた2人。隣り合って壁に寄り添うと互いに購入した缶コーヒーで一服する。

 

 

「僕はただ、自分の書いた記事を誰かに認められたかったんだ」

 

 

 一息ついたタイミングで佐々木はおもむろにそう切り出した。

 

「……前にそんなこと言ってたな」

 

「ああ、こういうことを知ってもらいたい。間違っていることは伝えたい。そんなことを伝える記者になりたいと思ってジャーナリストになりたいって思っていたのに……やっぱり誰にも見向きもされないと、それどころじゃなくなってしまったんだ」

 

 佐々木が学園祭事件を起こした動機は単純な妬みだった。自分の学校新聞の記事は見向きもされなかったのに対し、穂乃果たち【μ‘s】は短期間で注目の的になったことを僻んだ結果があの事件だった故に、そう振り返ったのだろう。

 

「今のマスメディアは人の細かい失敗や性癖なんかを粗さがしのように掘り返す。こうなったのは、この世の人たちは多分刺激を求めてると僕は思ったんだ」

 

「刺激?」

 

「この世の人間全員とは言わないけど、平和に日常が続いてる今この時間の中で退屈を殺すための刺激を欲してる。いい例がテレビや漫画やアニメ。そして、ニュースなどで報道される事件とかだ」

 

「………………」

 

「他人の不幸は蜜の味とは言ったものだよ。自分たちは当事者じゃないからって、好き勝手にあれこれ憶測して考察して、当人たちのことなんて何も知りもしないでその勝手な憶測や考察をSMSなんかで拡散して無意識に攻撃する。それが楽しい、これが正義だと思う人間が、このネット社会に多くいるんだろう。この悪しき風習はもう世界中に根付いてるよ。この風習のせいで、人生を壊されたり、自殺したり、殺されたりしている人が多くいるにも関わらずね」

 

 その佐々木の言葉は悠の心にストンと落ちていった。稲羽の連続殺人事件を特別捜査隊の仲間たちと追っていた去年、今思い返して見れば自分たちもその身勝手な人間の一人だったのかもしれない。

 殺された被害者たちやあの事件の犯人だった生田目太郎や足立透がどんなことがあって犯行に及んだのか知らずに、自分勝手な正義を振りかざして間違いを起こしそうになったのだから。

 

「人の悪口を仲間内で言うのは“凡人”、口にしないのは“賢人”、不特定多数に発信するのは“暇人”。前に読んだことがある漫画の言葉なんだけど、今のこの風習の原因になってるのはこの暇人たちだ。今のこの風習をなくそうと思うなら、暇人たちを一人残らず根絶しようとしない限り……なくならないんだろうな」

 

「…………」

 

 何とも極端な話だと思った。そんなことを言ったら、この世の人間全員がその暇人の分類に入ってしまうではないか。だが、悠はその言葉を否定することはせず、ただただコーヒーを一口飲んだ。

 

「それでも俺は……いつかなくなるって信じてる。そのために、俺たちは誰に何を言われようとも伝え続けなければならないんだ」

 

「えっ?」

 

「お前が言ってた暇人たちは全て知っているような言葉を投げかけるけど、本当は何も知らない訳だろ? お前がどんな思いで記者になろうとしたのか、何を伝えたかったのかを」

 

「……………………」

 

「そんな上辺だけしか知らないような暇人たちに振り回されるのはダメだ。自分が決めたことを最後まで信じることが、俺たちには大切なんだと俺は思う。最初はただ孤独で心が折れそうなこともあるだろうけど、本当のお前を分かってくれる人たちにいつか巡り合えるはずさ。俺も……そうだったから」

 

 語り終えて改めて稲羽でのことを思い返す。陽介や完二、千枝ほどではないにしろ、自分もあの町では最初都会からきたというだけで偏見的な目で見られていた。それでも、陽介や千枝たち特別捜査隊の仲間や堂島と菜々子のお陰で、己を通すことができた。いつも孤独だと思い込んでいた自分にそれは違うと気づくことができた。だから、佐々木にもきっと。

 悠の言葉を聞き終えた佐々木はふと空を見上げると、思わず笑みをこぼした。

 

「……そうだな。君と改めて話ができて良かった。お陰で僕も、やり直せる気がするよ」

 

「これから、どうするんだ?」

 

「ひとまず、学校に戻ることにするよ。以前のような生活ができると思わないけど、前を向けるように頑張るさ。君たちも……頑張ってね」

 

「ああ、もちろんさ」

 

 どうやら佐々木の役に立つことはできたらしい。スッキリした表情になった佐々木は立ち去ろうと足を進めた。その時、

 

 

 

 

「大変大変! 悠さん、大変だよ!」

 

 

 

 

 どこかパニックになった穂乃果が校舎裏に走ってやってきた。突然の穂乃果の訪問に悠のみならず佐々木も戸惑っている。

 

「えっ? 穂乃果、どうしたんだ」

 

「とにかく早く来て! とりあえず、そっちの人も!!」

 

「えっ? 僕は……」

 

 余程パニックになっているのか、穂乃果は悠のみならず佐々木の手まで引っ張ってどこかへ走って行く。一体どうしたのかと悠と佐々木は顔を見合わせるが、その答えは連れて行かれた先にあった。

 

 

「「えっ…………」」

 

 

 連れて行かれたのはμ‘sの共有スペース。そこには腹を抱えて気絶しているメンバーの姿があった。これは、一体どういうことだろうか…?

 

 

To be continuded.



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#101「Sports Festival 2/2」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

毎度投稿が遅くなってになってしまい申し訳ございません。マジでここ最近色々と大変だった……

ここ最近と言えば、先日一気にここすきが一気に増えたのを見て少し驚きました。突然のことでびっくりしましたが、ここすきを押してくれた方々、本当にありがとうございました。

また、先日からずっと楽しみにしていた【ダンまちⅢ】が始まりました。原作を読んでアニメで見たかった異端者編だけに、一話を見てとても興奮しました。おそらく最終回辺りで来るであろうベルくんとアス…ゲフンゲフン。とにかく今後が楽しみです。

改めて、誤字脱字報告をしてくれた方・感想を書いて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

それでは、本編をどうぞ!


<保健室>

 

「はあ……大事に至らなくて良かった」

 

「本当だよ……僕は全く関係ないけど……」

 

「あはははは……」

 

「「「………………」」」

 

 午後の競技が始まる前、倒れていたメンバーを発見した悠は一緒にいた穂乃果と佐々木と共に皆を抱えて保健室に駆け込んだ。

 幸いにも倒れていた海未たちの被害はそれほどではなく、少しの間脳震盪のように気絶していただけで終わった。午後の競技にも出場できるそうだ。正直穂乃果を除くμ‘s全員が倒れていた現場を目撃して呆然としてしまったが、何とか全員無事でよかった。

 

「……アンタ、来てたのね」

 

「悪かったね。鳴上に話したいことがあって君たちに会うつもりなんてなかったんだ」

 

「そう……」

 

「あははは、まさか悠さんと一緒に佐々木さんを連れて来ちゃうなんて思ってもみなかったよ」

 

「「「………………」」」

 

 どうやら皆この場に因縁ある佐々木がいることが気になったらしい。穂乃果も悠と一緒に引っ張ってきたのが、まさかあの時に対峙した佐々木だとは思わなかったらしく、気づいた時は天地がひっくり返るほど驚いていた。ただ他のメンバーと違ってすでに気兼ねなく話しているところから察するに、もう“良い人”判定をしたのだろう。

 またかと思いつつ、自分たちもいつまでも過去のことは引きずらないようにしようと皆は思った。

 

「にしても、一体何が原因で倒れてたんだい?」

 

「わ、分かんないよ。穂乃果がトイレ行って戻ったら倒れてたから、その間に起こったらしくて……」

 

「一体あそこで何が起こったんだ?」

 

 まさに“何だコレ?”と言いたくなるような状況だったので、現在の悠たちには困惑しかない。もしや某バラエティ番組で紹介されているような摩訶不思議な現象が起きたのか。

 

「ああ、犯人ならそこに居るわよ」

 

 だが、そんなことなどないと示すように絵里たちはスッとある方向を指さした。その方を振り向いてみると、

 

「は、はろー、センパイ……?」

 

「りせ……?」

 

 引きつった表情で笑顔を浮かべるプライベート姿のりせがいた。ついでに申し訳なさそうに帽子を深く被る直斗の姿も。ある程度想像はついていたが、一体どういうことなのか聞いてみると、たどたどしく直斗は事の顛末を語った。

 

 

 

 

 

 

 

~回想~

 

 それは悠が佐々木と中庭で会談している最中でのことだった。

 

「センパ~イ! お待たせ~。あなたのりせだよ♡」

 

「悠くんはここにおらへんよ。残念やったね☆」

 

「…………」

 

「…………」

 

 突如午後の競技の準備をしていたμ‘sの共有スペースに仕事終わりのりせが悠会いたさに来襲したのだ。どうでもいいがナビペルソナ持ち同士の圧が凄い……。

 

「はあ、こうなることは分かっていましたが……」

 

「あ、あはは。直斗くんもいらっしゃい。悠さんに挨拶に来たんでしょ? 良かったら悠さん来るまでここで待ってる?」

 

「今だったら、真姫ちゃんが家から持ってきてくれた高そうな紅茶もありますし」

 

「い、いえ、お気遣いなく。僕はただ皆さんに挨拶をしに来ただけですから」

 

 偶々予定が被っていない時間だったのか、もしくはこの日に合わせてくれたのか特別捜査隊&μ‘sのリーダーである悠に一言挨拶に来たであろう直斗とりせを穂乃果たちは温かく迎え入れる。

 

「紅茶……あっ、そうそう。悠センパイのために作ったお菓子持ってきたから、良かったら紅茶と一緒にどうぞ」

 

 りせは思い出したように手に持っていたバスケットからお菓子を取り出した。取り出されたのは彼女の手作りらしい焼き菓子だった。見た目はとても普通で夏休みに雪子と千枝が作ったような変なところなど一つもない。だが、夏休みに陽介たちから聞いたことがある。

 

 

“りせも雪子と千枝と同じ必殺料理人だと”

 

 

「こ、これは……大丈夫なんですかね……」

 

「まあ、でも見た目は普通の焼き菓子だし……」

 

「あっ、これ普通に美味しいよ」

 

「「「えっ?」」」

 

 後先考えずに頬張った穂乃果がそんな感想を述べたので恐る恐る口に入れてみると、言われた通り普通に美味しかった。どうやらりせの手作りは問題なかったようだ。

 あの陽介の口ぶりから去年は本当に必殺料理人の一人だったようだが、芸能界復帰をキッカケに料理の腕も上げたのかもしれない。満足気に次々と焼き菓子を食べる穂乃果たちを見て、りせは嬉しそうにはにかんでいた。

 

「良かったぁ~! 実はね」

 

「んっ?」

 

「悠センパイのことを想ってたら……もっと美味しくするために自然と手に山椒とかデスソースが握られてて……」

 

 

「「「…………えっ?」」」

 

 

 刹那、彼女たちの胃と口の中が烈火の如く熱くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、りせが俺に差し入れ持ってきたのをことりたちが食べて、それで気絶したと?」

 

「そ、そうなの……かな?」

 

「実際そうでしょう。久慈川さんが作った焼き菓子で皆さんが倒れたんですから」

 

「………………」

 

 覚えがないと言わんばかりに首を傾げるりせに直斗の追撃と絵里たちの鋭い視線が突き刺さる。

 この後、保健室からアイドル声の悲鳴が響き渡って、近くを通っていた生徒たちはぎょっとしたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……酷い目に遭ったけど、大事に至らなくて良かったわね」

 

「あははは……りせちゃんも相変わらずで」

 

「相変わらずなレベルじゃないわよ」

 

「「………………」」

 

「そして、ファンのにこちゃんと花陽ちゃんは絶句してるし」

 

 お昼時間のことを振り返ると、本当に散々で約2名が精神的ダメージを負ってしまったが、何はともあれ午後の競技は再開された。コテンパンに被害に遭った絵里たちに締め上げられたりせが憔悴したようにアイドル研究部の部室で黄昏ているが、何も問題はない。ないったらないのだ

 

「そう言えば、佐々木君は?」

 

「ああ、実は……」

 

 佐々木はあの後自宅に帰るつもりだったが、偶々新聞部の部員たちに見つかってしまい、そのまま新聞部の活動に参加させられていた。新聞部は体育祭中に競技結果やとある選手の活躍などをリアルタイムで出すため、どうしても人手が必要だったのだとか。

 佐々木は最初戸惑ったものの、頼られることは満更ではないのか渋々と言った感じで手伝っている様子が見受けられた。この様子ならもう大丈夫だろうと、遠くから見ていた悠は少し安堵していた。

 

「さあ、午後も頑張ろう! 悠さんたちも頑張ってね」

 

「ああ、そうだな。お互い勝利のために頑張ろう。敵だけど」

 

「一言余計だよっ!」

 

 しかし、トラブルというのは重なるもので、それは意外な形で顔を出した。

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ代表リレーね」

 

「ああ、ここが正念場だ」

 

 最終種目【代表リレー】。各組から選りすぐりの足自慢が出場して速さを競う競技だ。この競技にはμ‘sから紅組は悠と絵里と海未、白組からは凛とラビリスが出場している。凛はともかくラビリスは途轍もなく強敵だ。全力で勝ちにいかねば、こちらの優勝はない。

 

 

「大変だあ!」

 

 

 気を引き締めなければとアップしようとしたその時、紅組陣営から誰かがこちらに向かって走ってきた。よく見ると、クラスの知り合いだった。

 

「どうしたんだ? そんなに慌てて」

 

「大変だよ! 紅組の代表リレーに出る選手が体調不良で出られなくなったの」

 

「何っ!?」

 

「それも、アンカーの子が」

 

「「はああっ!?」」

 

 何と悠たち紅組の選手、しかもアンカーの選手が出られなくなったという凶報が入った。何でも何か悪いものでも食べたのか、腹を壊して今は保健室で寝込んでいるとのこと。この競技直前になった腹を壊してしまうとは一体どういうことだろうか。

 

「まさか、りせの物体Xが原因じゃ……」

 

「い、いやあ、流石にそれは飛躍しすぎじゃ」

 

「あっ……そう言えば、あれ置きっぱなしにしてたの……忘れてた」

 

「「「………………」」」

 

 まさかの原因発覚。後日、被害に遭った人物に話を聞いたところ、偶々生徒会の仕事で絵里と希に用事があってμ‘sの共有スペースを訪れたところ誰もおらず、ちょうど小腹も空いていたので机に置いてあったクッキーを食べてしまったとのこと。

 ここに来てまたもりせのクッキーが更なる被害を出すとは思いもしなかった。すると、度重なるトラブルによってか、紅組メンバーがジロッと白組を睨みつけた。

 

「ねえ……もしかして、りせちゃんって穂乃果たち白組が寄越したスパイなの?」

 

「ラビリスちゃんはいるけど、万が一を考えてってことかいな?」

 

「ちょっ!? そんなワケないよ! 穂乃果たちはそんな外道みたいなことする訳ないでしょ!」

 

「お、お兄ちゃんは……信じてくれるよね?」

 

「曲者め」

 

「人聞き悪すぎっ!?」

 

 とりあえずそのことに関しては後でりせを再度締め上げて、今後はレシピを忠実にアレンジなど加えないよう無意識下に刷り込むとして、この事態に悠と絵里は焦りを感じた。

 

「どうするの? 代表リレーはまずいわよ……相手は凛、ラビリスもいるのよ。凛はともかくラビリスは」

 

「だったら、誰かに走ってもらえばいいんじゃ?」

 

「でも相手はラビリスだ。半端な速さじゃ勝てないぞ。40ヤード走を4秒2くらいは必要だ」

 

「何よ、その具体的すぎる条件は……」

 

「だが、それくらいじゃないと……勝てない」

 

 そう、穂乃果たち白組のアンカーはあのラビリスだ。本気を出さないようにと釘を刺されているとはいえ、シャドウ兵器の身体能力は高い。例え運動系の部活動生が相手でも全国大会上位クラスの実力を持っていない限り対等に戦えないだろう。実際被害に遭ったアンカーの選手はその条件に当てはまっていた。

 

「でも、そんな人なんていないわよ。ただえさえ私たちは運動部の人が少なくて不利なのに」

 

「今から誰かに頼むってなっても、急にこんな状況を受け入れてもらうなんて……」

 

「ううう……穂乃果たちのせいじゃないけど、罪悪感が……」

 

 まさに八方塞がり。時間があれば何か手はあるはずなのだが、競技開始まであまり時間がない。一体どうすればいいのか。

 

 

 その時、誰かが悠の肩をちょんちょんと叩いた。

 

 

「き、きみは……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、競技が始まった。観戦する生徒や父兄の声援が会場を埋め尽くす中、佐々木は新聞部の共有スペースで黙々とパソコンのキーボードを打っていた。先ほど行われた競技の結果をいち早く書かないといけなかったので、競技を観戦する余裕はない。

 まあ、実際久しぶりの新聞部の活動なので、ちゃんとしなければと気負っていることもあるが。

 

「ねえねえ、紅組の代表リレーのアンカーが欠けちゃったんだって」

 

「ええっ!? じゃあ、代わりのランナーどうするの!?」

 

「白組のアンカーって、確かラビリスさんでしょ」

 

 新聞部の共有スペースで黙々とキーボードを打っていると、そんな話し声が聞こえて手を止めてしまった。何でも、誤って劇物を口にしてしまって保健室行きになってしまったとかなんとか。どうでもいいが、うちの新聞部は情報を掴むのが速いと今更思う。

 それに、紅組と言えばあの悠が所属している組だったはずだ。しかもアンカーが抜けるとなると、大きな痛手になる。白組のアンカーは全国大会に出場する選手でも太刀打ちできない実力を持つ選手だったはずだ。

 

(でも、僕には関係ないか)

 

 気になる情報のはずなのに、佐々木は再び視線をパソコンの方に移してしまった。自分には関係ない、もとい自分がどうとできる問題ではない。そう思ってしまったから。

 

(はは、僕は相変わらずだな。せっかく、変われたと思っていたのに……)

 

 

「あっ! 鳴上くんだ!」

 

 

 女子が黄色い声を上げたので、ふと見ると今まさに気にしていた悠にバトンが渡ったところだった。ここまでの経過を見てみると、紅組が白組に大きく差をつけられて劣勢。これでアンカーにバトンが回ったらまず勝てないだろう。頑張っても無駄なのにと思っていたその時、

 

 

 

 

「お兄ちゃ──ん! 頑張れぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 刹那、悠の足が加速して一気に差を縮めた。

 

(あ、あの子がブラコンで鳴上もシスコンだってことは聞いてたけど、ここまでか!?)

 

 あまりの単純さに内心呆れつつも驚いてしまう。自分と同じことを思ったのか、白組の選手も妹の声援だけで一気に差を縮められたことに口をあんぐりを開けていた。だが、白組優勢と思われていた展開が一気にひっくり返ったので、会場の熱気は一気にヒートアップした。

 

 そして、アンカーが位置についた瞬間、会場からどよめきに似た声が上がる。何故なら、白組だけでなく欠員がでたという紅組のレーンに一人の選手が入ったからだ。いや、観客にとって驚きだったのはその選手は音ノ木坂学院で見たことがない人物だったからだ。

 だが、一部の人間はその人物を知っている。

 

 

「あいか、頼む!」

 

 

 紅組レーンに入り、悠からバトンを受け取った選手の正体はなんと稲羽市の名物出前娘【中村あいか】だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~競技開始前~

 

「な~るかみくん、久しぶり」

 

「あ、あいか!? 何でここに?」

 

「出前、お届けにきたぁ」

 

「へっ?」

 

 そこにいたのは岡持ちを手にした稲羽にいるはずのあいかだった。こちらが驚愕しているに対し、本人は相変わらず淡々とした表情だった。

 

「私が頼んだの。あいかちゃんがちょうどこっちに来てるって聞いたからね」

 

「鳴上くんの叔母さん、私のお得意様」

 

「……ちょっと何言ってるか分かんない」

 

 詳しく聞いてみると、偶々親戚をお店の手伝いをしに東京を訪れたところ、それを知った仲が良いお得意様である雛乃が呼んだらしい。

 そう言えば、あいかはポロニアンモールにあるラーメン屋【はがくれ】に親戚がいて偶に手伝いをしに来ていると本人から聞いたことはあるが、まさかこんなタイムリーな日にとは思いもよらなかった。

 

「それよりも、レースのランナーが足りなくて困ってる?」

 

「な、何でそれを……?」

 

「傍で聞いたから」

 

「そ、そうか……」

 

「もし良かったら、私が力になる」

 

「へっ?」

 

 それは嬉しい情報だった。あいかは神出鬼没もさることながら足も十分に速い。あの千枝や雪子がごぼう抜きと称賛するほど俊足で、稲羽で行われた町内対抗リレーであの陽介に匹敵、否追い越すほどだったので、これならラビリスにも対抗できそうだ。

 

「でも、いいのか?」

 

「……鳴上くんは私に大切なものを教えてくれた。だから、今度は私が鳴上くんに恩返しする番」

 

 無表情のあいかの目から真剣な感情を感じる。普段見せないあいかのその表情に悠は驚いてしまったが、彼女がこんなに真剣なら断る方が悪い。

 

「その代わり、今度稲羽に帰ったら、肉丼たくさん注文して」

 

「あ、ああ……」

 

 やはり商魂も凄まじい。悠の生返事を聞いて、あいかはしてやったりとVサインを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は戻って、アンカー戦。一歩遅れてスタートしたあいかはその実力を存分に発揮した。

 

「何あの子! 足はやっ!?」

 

「ラビリスさんに遅れを取ってないなんて……! あんな子、学校にいたっけ?」

 

「うおおおっ! 面白いことになってきたああ!!」

 

 まさかの展開に新聞部のみならず、このレースを見ている全ての人々が熱狂した。全国クラスの実力を持つ者でも対抗できないと言われていたラビリスに謎の助っ人少女が並んでいる。

 目の前に広がるデッドヒートに自分もキーボードを叩く手を止め、思わず立ち上がってしまった。身体が熱い。激しい運動をした訳でもないのに、心がバクバクしてしまう。そうだ、これは興奮だ。久しく感じていなかった興奮だ。

 たかが体育祭なのに、こんなに興奮したのは久しぶりだ。そして、

 

 

「いっけえええええええええええええ!!」

 

 

 果たして、結果は如何に……! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいか、お疲れ。大活躍だったな」

 

「ううん…………負けちゃってごめん……」

 

「き、気にしないで、あいかちゃん! あいかちゃんのお陰で盛り上がったから!」

 

「そうですよ! あいかさんが出前してくれた“はがくれ丼”もおいしいですし」

 

「フォローになってないわよ、それ」

 

 無事に体育祭は閉幕した。今は全校生徒総出で後片付けをして後夜祭が開かれている。と言っても、各々好きな場所でで好きなことをしてもいいという形式なので。悠たちはμ‘sはいつもの部室であいかが持ってきてくれたラーメンや丼で後夜祭を楽しんでいた。

 結果として、あいかはラビリスに勝つことが出来なかった。中盤まではいい勝負だったのだが、勢い余ったラビリスが少し本気を出してしまったのだ。ラビリスに負けて悔しいのか、珍しくあいかが無表情を保ったまま落ち込んでいたので、慰めるのに苦労した。

 

 だが、体育祭は例年以上の盛り上がりを見せ、参加した生徒も満足気な表情で後夜祭を楽しんでおり、来賓も見学しに来たご父兄も音ノ木坂学院の体育祭は良かったと話していたらしい。

 

「わあっ! 見て下さい。今日の体育祭ライブのPVが凄く評価されてますよ」

 

 花陽が部室のパソコンで動画サイトをチェックしていた。今回の体育祭ライブは第二回ラブライブの予選条件である“未発表”の曲で臨んだものだっただけに反応が不安だったが、画面に映るコメントや評価蘭を見る限り、結果は上々だった。

 

「ちょっと飲み物を買ってくる」

 

「あっ、お兄ちゃん。ついでにことりのも頼まれてくれるかな? レモンティーで」

 

「じゃあ、私はミルクティーで!」

 

「凛はオレンジジュースがいいにゃ!」

 

「ちょっと! 悠さんに色々頼み過ぎです! 飲み物なら私が行きますから」

 

「いいんだ、海未。行ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 部室を出てゆっくり歩いて購買近くの自販機までやってきた。ふと見える校庭の方を見ると、そちらで後夜祭を楽しんでいる生徒たちの姿が映る。各々が互いを称え合い、今日という日を振り返りながら笑いあう生徒たちの光景を見て、色々あったが頑張って良かったと心から思った。

 

「やあ」

 

 すると、後夜祭の様子を少し後方から眺めていた悠に佐々木が声を掛けてきた。どうやら佐々木もここの自販機に用事があったらしい。

 

「新聞部の方はいいのか?」

 

「ああ、少し疲れたから外させてもらったよ」

 

「そうか」

 

「……今日はありがとう。君と出会えたお陰で新聞部の皆と改めて分かりあって、元に戻ることも出来た。一歩前に進めそうな気がしたよ」

 

「それは良かった」

 

 今回の体育祭は佐々木にとっても色々と転機のキッカケになるものだったらしい。

 

「それと、ここに来たのは君に言い忘れてたことを思い出してね。それを伝えに来たんだ」

 

「何だ?」

 

「1つ気になったことがあって。僕の取り調べをした桐条の人から見せてもらった脅迫状だけど、あれは僕のじゃない」

 

「えっ……?」

 

 脅迫状とは悠とことりが部室で発見したワープロ文字で書かれた文章のことだろう。あれは佐々木本人が部室に侵入して置いたものだったと思っていたが、どうやら違っていたらしい。

 

「文章は僕が書いたものだけど、紙が違ったんだ。あの紙は……学校の印刷室で使われてるものだった」

 

「じゃあ……!」

 

「多分、僕は君たちの部室に脅迫状が置かれる前に記憶がなくなってることになる。現に僕は君たちの部室に侵入した覚えはないし、鍵が掛かってる部屋に侵入するなんて技術も持ってない。おそらく、犯人は学校関係者の中にいる。それも、この学校のマスターキーを使える……誰かだ」

 

「…………」

 

「ここからは君たちに託すことにするよ。僕が言えた義理じゃないのは分かってるけど……必ず、事件を解決してくれ」

 

 佐々木はそう言い残すと、今度はそのままこの場から立ち去っていった。残された悠は新たに浮上した疑問に思考を巡らせていた。

 

 

(脅迫状は佐々木が置いたわけじゃない。誰か共犯者がいたんだ。でも、佐々木は自分だけで事を犯そうとしたと言っている……どういうことだ?)

 

 

 考えれば考えるほど分からなくなっていく。一体誰がこんなことを仕組んだのか? 心当たりがあるとすれば、あの時目に映った赤コートの人物だが、それも一体何者か? ますますこんがらがってくる。

 だが、悠はフウと一息吐くと、立ち上がってその場から去っていった。そして、

 

 

「あっ、悠さ~ん、お帰りなさい。こっちであいかちゃんが持ってきてくれたもの一緒に食べよう! この餃子、美味しいよ!」

 

「お兄ちゃ~ん! こっちのチャーハンもおいしいよ!」

 

「悠くん、こっちも」

 

「ああ、今行く」

 

 

 新たなる謎が残った。でも、今はこの時を楽しもう。かけがえのない大切な仲間たちと過ごすこの時間を。

 

 

To be continuded.




Next Chapter


――私はあとどれくらいで貴方に追いつけるのでしょう?


#102「Love & Comedy ~Centimeter~.」


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#102「Love & Comedy ~Centimeter~.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

毎度投稿が遅くなってになってしまい申し訳ございません。気づけばダンまちⅢは4話…9巻の終わりから10巻の序盤まで話が進んでたという。次は10巻終盤までには次話を仕上げて行きたいと思います。大森先生、17巻早くお願いします。

改めて、感想を書いて下さった方・高評価をつけて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

これからも拙いながら完結まで書き切りたいと思っていますので、よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

…………美しいピアノのメロディーが聞こえてくる。

 

 

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

 聞き慣れたそのメロディーで目を覚ますと、悠は別の場所にいた。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模した空間。ここは【ベルベットルーム】だ。

 そして、目の前にはもはや見慣れた鼻の長い奇怪な老人、その両隣には2人の美しい妙齢の女性が座っている。右手にいるプラチナ色の髪の女性は【マーガレット】。そして、左手にいる銀髪の女性はマーガレットの妹である【エリザベス】。

 

「先の催し、体育祭とやらではお疲れ様でございました。私も妹と共に拝見致しましたが、実に興味深い催しで御座いました。特に最後の種目、あのような心躍る試合は見事で御座いました」

 

 開口一番にマーガレットがそう言うと、その対面に座るエリザベスが何時ぞやのように意味深な笑みを浮かべながらこちらを見つめていた。その視線がどこかくすぐったい。

 

「さて、話は変わりますが、お客様はその催しにて一つ重要な再会を果たしたご様子。そのお相手はかつて、お客様とあの子たちを苦しめた敵だった者だったとか。あの者も随分と心変わりしたようで」

 

 マーガレットがそのように語り終えた後、同じように悠を眺めていたイゴールは重々し気に口を開いた。

 

「フフフ……貴方様は実に面白い。彼の地でもそうでありましたが、着実に真実に近づいておられる。此度の再会がこの先、貴方の旅路に影響を及ぼすのは間違いございませぬ。実に楽しみで御座いま「実に楽しみでございます。流石は主と姉上が見込んだだけのお方……」こ、これ! エリザベス! お主はまたも儂の邪魔を」

 

「失礼ながら、最近我が主の言葉のバリエーションが少ないと思われます。正直同じような台詞に飽き飽きしております」

 

「なっ……!?」

 

「それはさておき、本日はまたまた逢引きのご予定があるご様子。今回のお相手は鳴上様の最初のお仲間である奥手そうな大和撫子ガール。彼女も最近出番が増えてきたお陰か随分と楽しみにしているようでございます。どうか、存分に彼女の想いに応えて下さいませ」

 

「これぇ!! いい加減にせぬか、エリザベス!」

 

 いつもの威厳はどこへやら、年甲斐もなく怒鳴るイゴールという珍しい光景を目にした途端、視界が段々とぼやけていった。どうやら時間らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、では悠さん! 今日は、よろしくお願いいたします!!」

 

「ああ、よろしく」

 

 秋葉原駅で待ち合わせして、合流を果たした2人。今日は前から約束していた海未との登山デートだ。登山ということで厚手の服装と大きなリュックやスティックを手に持つ悠と海未を秋葉原駅を訪れていた人たちは奇妙なものを見るような視線で見ているが、そっとしておこう。

 

 

 

 

 

 

「ここか」

 

「はい、ここが今日登る山です。この山は上級者コースもありますが、初心者コースもあるので、悠さんにもお勧めですよ」

 

 電車をいくつか乗り継いで辿り着いたのは如何にもという感じがしっくりくる大きな山だった。最初は富士山を登る予定だったのだが、急遽海未が予定を変えて、悠のような初心者にも優しい山に変更したのだ。悠には秘密だが、富士山に行く計画を母に話したところ、そんなところは人が多いし初心者が相手ならここにすべきと指摘されたらしい。

 まあ、登山なんて碌にしたことがないのにいきなり富士山に登ろうなんて無謀だと思っていたので、正直変更してもらって有難かった。

 

「さあ、行こうか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悠さん、そこ気をつけてください」

 

「ああ、分かった。そう言えば、その鈴は?」

 

「熊除け用の鈴ですよ。流石に出くわさないと思いますが、この山は獣も多いので念のためです」

 

「なるほど」

 

 序盤は海未が分かりやすく手ほどきをしてくれたので、順調に進むことができた。山は歩幅を小さくゆっくり歩くのが基本など、如何にも山が大好きだというのが直実に伝わってくる。

 偶々今日はこの山に登る人はいないのか、道中は誰も遭遇せず2人っきりだった。クマよけの鈴がちりんちりんと2人だけのムードを作るように慎ましく鳴り響く。ここまでは予定通り。このペースでいけば頂上に予定時間通りに辿り着く。

 

 だが、そう思っていた矢先……

 

 

 

 

 

ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

 

 

 

 

「……すっかり天気が悪くなったな」

 

「…………」

 

 山の天気は変わりやすいというが、まさかここで現実になろうとは思っても見なかった。この時期に降るとは思えないほどの大雨が降り注ぎ、2人を荷物共々ずぶ濡れ寸前になっていた。今は木陰で難を凌いでいるが、更に不幸なことにこの近くに山小屋はおろか、雨宿りできそうなエリアがない。

 

(不覚です……もっと天気予報をチェックするべきでした)

 

 悠との登山デートすることに浮かれていたのせいか、登山に必要な天気情報とエリアチェックを怠ってしまったことを恨めしく思う。

 

「これ持ってきて良かったな」

 

「えっ? 悠さん、それは……?」

 

 そう呟いた悠はゴソゴソと背負っていたリュックから何か大きなものを取り出した。

 

「ああ、こうなるかもしれないって思って、テントを持ってきたんだ」

 

「えっ?」

 

 やけに荷物が大きいと思ったらそんなものを詰め込んでいたらしい。だが、そんなものを背負った上でここまで登ってきたとなると申し訳なくなってくるが、それは言わないようにした。

 それから2人は手際よく簡易テントを建てた後、急いで中に入って暖を取った。

 

「はあ……悠さんのお陰で何とかなりました……」

 

「備えあれば患いなしってやつだな」

 

「ええ……」

 

 悠が持ってきたのはちょうど2人がギリギリで入るほどの小さいテントだが、海未は終始ドキドキしっぱなしだった。あと数センチ近づけばこれでもかというほど密着してしまうほどに。

 

 思えばこうやって二人っきりになるのは、春に無理なトレーニングをして介抱されて以来(GWの天城屋同衾事件は別にして)久しぶりかもしれない。

 あの時はペルソナ使いになりたての時期、メンバーも今に比べたら少なかったので、もっと悠の力になりたいと無理なトレーニングでひたすら自分を追い詰めていた。

 今でもあの時の気持ちは変わることはない。最近だってりせのデートを見て物に当たってしまうほどイライラしてし、体育祭でも同じ組になって内心舞い上がっていた自分もいた。改めて確信する。

 

 

 

“園田海未”はそれほど鳴上悠のことが好きなのだと。

 

 

 

(……でも)

 

 時々思ってしまう。自分はこの男の隣に寄り添える資格があるのかと。

 希やことり、りせの悠に対する想いは底知れない。それは、忘れたくても忘れられなかった恋心、幼い頃から抱いていた恋心、この男のためなら何だってする強い気持ちが彼女たちの心の中にあるからだろう。自分にそれほどの想いがあるのかと言われたら、それはない。ただその場で助けられて惚れてしまっただけ。

 

「……もう雨は止んだみたいだな」

 

「あっ」

 

 雨も止んでそろそろ出発できそうだと、悠がテントから出ようとした瞬間、海未は思わず悠の袖をつまんだ。

 

「海未……?」

 

「あっ、いやこれは……」

 

 自分がしてしまったことに何か言い訳をしようとあたふたしてしまうが、それが間違いだった。うっかり悠の袖をつまんだままだったので、そのまま悠も一緒に倒れてしまう。そして、まるで悠が海未に床ドンとしようとしているかのように覆いかぶさる体勢になってしまった。

 

 

「わ、悪い! すぐに」

 

 

 海未に対してこの体勢はマズイ。早く身体をどけようとしたその時だった。

 

 

「う、海未……?」

 

 

 海未は弱々しくも悠の肩をぎゅっと掴んだ。そして、その勢いで悠を引き寄せ、更にぎゅっと抱きしめてしまう。

 あまりに予想外の行動に悠は困惑してしまったが、海未は違う意味でも同じだった。だが、心では分かっている。これは単なる我がままだ。この機会はもう訪れないかもしれない。そう思ってしまったら、もう身体は反射的に動いていた。この機会を逃したくない、続くならずっとこの体勢でいたい、悠とこのまま一緒にいたい。だって、

 

 

 

「ゆ、悠さん……わ、私は……私は…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~い、そこまでやで☆」

 

 

 

 

 突如身体がブルッと硬直してしまうほどの威圧。恐る恐る振り返ってみると、携帯を構えている目が笑っていない笑顔の希がこちらを見降ろしていた。

 

「の、のぞみ……?」

 

「ななななな」

 

「悠くん、これはどうい「スト────プ!!」きゃあ!」

 

「えっ? うわあああああっ!?」

 

 突如希の背後から誰かが勢いよく突っ込んできた。しかもそれは独りでなく大人数だったので、テントの中は大混雑となり、重量に耐え切れずテントは崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたたたた……」

 

「全く、全員でテントに突入ってどういうことよ…いくら協定違反しからたって」

 

「だ、だって…海未ちゃん普段は奥手そうなのにいざという時はグイグイ行くから、お兄ちゃんが食べられちゃうんじゃないかって思ったら身体が…」

 

「……当然のようにいるけど、何で皆ここにいるんだ?」

 

「「「あっ……」」」

 

 テントから引きずり出されると、いつの間かテントの周りにカッパを着ている穂乃果たちがいた。話を要約すると、先日の体育祭で海未の母水菜に海未と悠が山デートをすると聞いた穂乃果とことりがその情報をμ‘sの皆に話し、何か起こるかもしれないとのことでここまで尾行していたらしい。

 こんな大所帯で自分たちを尾行していれば気づきそうなものだが、あえて聞かない方が良いだろう。

 

「それにしても、よくここまで登ってきたな」

 

「あはは、確かに」

 

「でも、これからどうするの。皆テントに突入したせいで壊れちゃったし」

 

 先ほど穂乃果たちがテントの中へ突入してしまったので、テントの足が真っ二つに割れて使い物にならなくなってしまった。この雨の中どうしようと頭を悩ませていると、真姫がおずおずと手を上げた。

 

「あの、実はこの山に私の別荘があるんだけど」

 

「「「「へっ?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、でかい……」

 

「この山にこんな別荘があるなんて知りませんでした」

 

 真姫の案内で訪れたのは見事なほど組み立てられたログハウスだった。夏休み前の海での合宿で使わせてもらった別荘もそうだったが、ここも同じくらいの大きさだ。これならここにいる全員が寝泊まりできそうだ。

 

「ようこそおいでくださいました。ささ、中へどうぞ」

 

「で、出島さん!? 何で?」

 

「奥様から本日お嬢様がご友人と彼氏をこちらに連れてくるだろうと仰られていたので」

 

「か、彼氏じゃないって!」

 

 ログハウスの扉を開いて出迎えてくれたのはメイド服に身を包んだ美人な女性だった。真姫との会話から察するに西木野家に雇われている使用人なのだろう。今しがた思い出したが、真姫は名医の両親を持つお嬢様だった。勝手な考えだが、そんな環境ならメイドの一人や二人いてもおかしくない。

 改めて漫画やテレビの世界でしかみたことがないメイドの登場に穂乃果たちは思わず興奮してしまった。

 

「わあ、本物のメイドさんだ!」

「とっても美人……」

「こうしてみると、真姫ちゃんってお嬢様なんだってことを思い出すね」

「あれ? あの人の声、どこかで聞いたことない?」

「確かに……生徒会役員共の〇島さんとか、小人族の勇者とか」

「ンンー、何のことかな?」

「あっ、絶対そうだ」

 

 凛の無茶ぶりにも応じてくれるメイドさん。確かに声があの声優さんに似ている気がする。

 

 

 

 案内されて中へ入ると、まるで新築ではないのかと思わせるほどピカピカの室内が広がっていた。床はワックスがけしてあるのか鏡のようにピカピカで埃一つない。メイドの出島さんが自分たちが来る前に掃除や手入れをしたのだろうが、家事にうるさいにこも文句のつけようがないほどパーフェクトだ。

 

 

「してお嬢様、この方が狙っていらっしゃる鳴上様でございますか?」

 

「ヴぇえっ!? ね、狙ってるって……」

 

「奥様から聞いております。是非とも将来看護師として雇いたいとか、お嬢様のお婿に来てほしいだとか」

 

「ちょっと!?」

 

 顔を最大に真っ赤にさせて出島さんの口を塞ぎにかかる真姫。そんな反応を面白がっているのか、当人はニコニコしている。

 

 そんな中で海未だけは浮かない表情をしているのが、気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっかくだし、ここで次のラブライブ本選に向けて話し合わない?」

 

「ええ~! 夜はこれからだよ、トランプでもして遊ぼうよ~」

 

「わあ!希ちゃん、相変わらず大きいね」

 

「絵里ちゃんもとってもいい形してる」

 

「にこちゃんは…………うん」

 

「最後まで言いなさいよ!!」

 

 壁の向こうから穂乃果たちのそんな声が聞こえてくる。今悠は西木野家の山荘に設けられている大浴場の男風呂で疲れを癒している最中だった。

 少し前、せっかくだからこの山荘で次のラブライブ本選への対策を考えようという絵里の発案で、作戦会議を開いていた。新曲や新衣装、振り付けの作成に今後の宣伝活動。やることは山積みだが、山のログハウスと違う環境で行っているせいか、いつもより進捗が良い。更にはメイドの出島さんが合間に美味しい紅茶やお菓子を振舞ってくれるので、より良い状況で進んでいる。

 だが、そんな中で海未の顔色はすぐれなかった。やはり今日の登山デートが滅茶苦茶になってしまったことを気にしているのだろうか。だとしたら、自分は海未にどんな言葉をかけてあげたら良いのか。

 

 そんなことを考えていると、ふと壁に設置してあった謎の小さな鳥居が気になった。後から聞くことになるが、その鳥居は西木野夫妻が結婚前にデートで行った長野のとある温泉にあったもので、それのお陰で結婚することになったとかの思い出に同じものをこの別荘にも設置したらしい。そう言えば、前に凛に貸してもらった長門有希ちゃんの消失で見たことがあったなと思いつつ、鳥居の近くに寄って吊るされてあった紐を引っ張ると

 

 

「「えっ?」」

 

 

 向こうの女湯に入っていた海未と目があった。

 

「わ、悪い!」

 

 あまりのことにびっくりしてしまい、思わず手を離して距離を取る。それは向こうにいる海未の同じだったのか、バシャッと跳ねる水しぶきの音が聞こえてきた。まさかの出来事だったとはいえ、海未の入浴姿を目撃してしまったが、お約束通り湯気やタオルのお陰で見えていなかったので問題ない。問題ないのだ。

 

「悪かったな……海未……」

 

「え、ええ……こちらこそ」

 

 何だか、このようなやり取りに慣れてしまった気がする。初めは去年の天城屋旅館に泊まった時に、更には今年のGWにそのお代わりが発生して、夏休みも同じことがあった。

 

「ゆ、悠さん」

 

「な、何だ?」

 

「きょ、今日のアレは……本当に「海未ちゃ~~~ん!」きゃああっ!? ちょっと穂乃果、急に抱きつかないで下さい!! ことりもどうしたんですか!? そんな怖い顔して」

 

 何だか良いところだったのを邪魔された気がする。思わず溜息をついて再び湯船につかるが、先ほどまでとは違って全然癒されなかった。

 

「気になっているのですか? 園田様のこと」

 

「そうですね。えっ……? で、出島さん!?」

 

 物思いにふけっていると、いつの間にか背後にメイドの出島が立っていた。手にはモップとバケツを持っており、服装は袖をまくったメイド服だ。

 

「お気になさらず。私のことは銭湯などで男湯の掃除をしに来るおばちゃんとでも思っててください。どうせなら、このままお背中をお流ししましょうか?」

 

「是非ともお願いしま」

 

「「「悠さん?(お兄ちゃん?)」」」

 

「いや……結構です」

 

「でしょうね」

 

 すまし顔で平然としている出島だが、悠は気が気でない。思わず悪ノリで承諾しようと思ったら、壁の向こうから底知れない圧が掛かってしまった。メイドさんが背中を流してくれるという男なら一度は想像したことがあるシチュエーションだったので勿体ない気がしたが、後で制裁を喰らうことに比べたらマシだ。

 そんな悠の心情など知ったこっちゃないと言うように、出島は黙々と洗い場を掃除していた。

 

「本来の鳴上様のご予定は聞いております。園田様と登山デートのはずが突然の悪天候に見舞われ、備えとして持ってきたテントで園田様を押し倒したのも束の間、尾行していたお嬢様たちに邪魔されて、なし崩しにこちらに来たと」

 

「色々語弊があるような……」

 

 そもそも何でそんなに詳しいのかが気になる。そう本人に聞いても“探偵をやっていたもので”の一点張りだった。

 

「しかし、鳴上様も気づいておられるのでしょう? 園田様やお嬢様を含め、たくさんの方々に好意を抱かれていることを」

 

「それは……」

 

「これは最近読んだ小説の受け売りですが、例えどんなものであっても好きとも伝えないで『気づけ』と思っている方々は傲慢です。ですが、しっかりと好意を伝えて下さった方にはこちらもしっかり誠意を尽くすのが礼儀だと私は考えます」

 

「……………」

 

 出島がそうアドバイスしてくれたものの、どうやって海未に誠意を尽くせばいいのか分からない。こういうことにあまり不慣れな悠は思わず天を仰いでします。そんな悠に出島は掃除を進める手を止めて溜息をついた。

 

「その様子だと、鳴上様はこのような事態には慣れていらっしゃらないようですね。このままでは園田様に恥をかかせたままになってしまいますし。よろしければ、この状況にピッタリな場所をお教えいたしましょうか?」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果たちがリビングで遊んでいる中、海未は独りになりたいと割り当てられた部屋で自己嫌悪に陥っていた。

 何であんなことをしてしまったのか。いや、さっきのお風呂の件については事故ということになるだろうが、昼間のテントの件は言い訳のしようがない。なので悠からはもう見限られていることだろう。明日からどんな顔をして会えばいいのだろうか。

 そんな時、不意に部屋のドアがノックされた。何事だろうとゆっくりと起き上がってドアを開けると、そこには件の悠がいた。

 

「海未……」

 

「悠さん……何か?」

 

 悠の突然の訪問に困惑しつつも、何の用だと質問する。すると、悠は海未の手を握って目を真っすぐに見つめた。

 

「ちょっと外に出ないか?」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 居間でトランプをして盛り上がっている穂乃果たちの歓声を隠れ蓑にこっそりログハウスを抜け出した悠と海未。夜道を懐中電灯で照らし、はぐれないように手を繋いで歩いている海未は訳が分からず為すがまま悠についていった。そして、

 

「悠さん、ここは……? あ、わああ」

 

 辿り着いたのは誰もいない展望台のある草原。ふと空を見上げると、そこには東京では見られない満点の星が広がっていた。標高が高い故か、うっすらと天の川も目視できるほど澄んでいる。

 

「出島さんに教えてもらったんだ。ここがこの山で一番星空が綺麗な場所だって」

 

 悠はそう言うと、肩に掛けていた手提げバッグからシートを取り出して海未に座る場所へと促した。気を遣ってくれたのだろうか、自分を先に座らせてから悠はゆっくりとシートに腰を下ろした。

 

「こうやって寝そべって見上げると、星がよく見えるぞ」

 

「へっ? は、はい」

 

 更に促され、シートに背中を預けて空を見ると、なるほどこれはまた格別な絶景になった。

 

「ごめんな、海未」

 

「へっ?」

 

「今日のデート、台無しになって」

 

「い、いえ! 今回は偶々運が悪かっただけですし……」

 

 美しい星空に心を奪われていたせいか、不意にそう言われて思わず慌ててしまった。

 

「俺としては、いつも海未には苦労をかけっぱなしだから、今日のデートで少しでもリフレッシュしてもらいたかったんだ。この星空がせめて」

 

「い、いえ! 十分ですよ。わ、私のほうこそ……」

 

 迷惑をかけたと言い切る前に、今日のテントのことを思い出した海未は口をつぐんでしまう。思えば自分がもっと情報をしっかり把握して最適な日程を組んでいればこんなことにはなっていなかったのだ。だが、そうは言っても天気は人間にコントロールできないものなのでそう悔やんでも仕方がないことだ。

 

「……」

 

「ちょっ!? 悠さん、何を」

 

 突然何も前触れもなく、悠がこちらに距離を詰めてきたと思いきやグイッと己の身体に海未を抱き寄せた。

 

「いや、このままじゃ冷えるだろ? ここは山だし、もう10月だ。海未に風邪を引かれたら困る」

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 

 だから、何でそんな小恥ずかしいことを平然とやれるのだと海未は心で叫んだ。

 この人はいつもそうだ。こっちが縮めたくても縮めない距離を不意に詰めてくる。意味が分からない、意味が分からないのに……

 

「海未、難しく考える必要はないぞ」

 

「へあっ?」

 

「資格があるのかなんて、関係ない。大体、海未は考え過ぎなんだ。まあ、いつも穂乃果や凛たちが自由奔放だからつい考えすぎる癖がついたのかもしれないけど」

 

「…………」

 

「海未はもっと自分の気持ちに素直になっていい。心のままであっていい。今日登山の歩き方や楽しみ方を教えてくれた海未はとても楽しそうで、魅力的に見えた。だから、今度また機会があったら、今度こそ2人っきりで山に登ろう。その時こそ、ありのままの海未を見せてくれ」

 

「…………」

 

 ああ、本当にズルい人だ。普段は本当に掴みどころがないくせに、こっちの心情は手に取るかのように察して、それをどうにかしようと行動してくる。普通の人だったら鬱陶しいと思うかもしれないが、自分はそう思わずどこか大切にしてくれる。焦る必要はなかった。悠は海未と同じように同じようなことを悩んでいた。それだけでも海未は嬉しかった。

 

「あっ……ごめん、海未。多分もうすぐ希たちに見つかると思う」

 

「えっ?」

 

 そう言えば、遠くから自分たちを探す声が聞こえてきた気がする。もしや、自分たちがいないことに気づいた穂乃果たちが探しに来たのではなかろうか。まずい、こんなところを見られたら絶対に説教待ったなしだ。すぐに離れなければと思っていると、悠は慌てることなく空を見上げていた。

 

 

「だから、もう少しここにいよう」

 

 

 そして、その優しい手の温もりと暖かい言葉にあてられた海未はそのまま身体を預けた。

 焦らなくて良い。無理に追いつこうといなくていい。いつか、これが運命だったといえるように、少しずつ近づいていこう。いつか、自分の中にある"好き"と言う気持ちを伝えるために。

 そう決意する海未を照らすように、空の星々は爛々と輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、真姫の別荘で次のラブライブの本選に向けての作戦を練って練習した後、出島さんに各々の家の近くまで送って貰った。本当は日帰りで登山する予定だったので、急な泊まりになってしまったこともあり、一応謝りに行くからと悠は海未の家で下ろして貰った。

 だが、

 

「…………」

 

「お、お父様!」

 

「えっ?」

 

 園田家の玄関で待ち構えていたであろう海未の父親に遭遇してしまった。そして、

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 気づけば、悠は海未父に強制的に家に案内され、客間で正座させられていた。いや、対面に座る海未父は楽にしていいといってくれたのだが、威厳ある威圧的な雰囲気に負けて正座になってしまった。

 それに、空気が重苦しい。凄く重苦しい。それは当然だ。目の前には神妙な顔でこちらを見やる、というか睨んでいる初老の男性が1人。その一歩後ろではその妻である女将のような女性が眩しく微笑み、娘である海未が気まずそうに視線を逸らしていた。

 

「君かね? 鳴上悠くんというのは」

 

「は、はい。う……いや、園田さんにはいつも」

 

「私も園田だが?」

 

「……海未さんにはいつもお世話になっています」

 

「そうか、私も海未から聞いてる。頼りになる人だと」

 

「は、はあ……」

 

「……」

 

 正直逃げたいと思った。水菜がどうぞと出してくれた高級なお茶もお菓子も全く喉を通らない。海未も心境は同じく自室に逃げ込みたい気持ちでいっぱいだった。

 対する海未父はまるで品定めするかのような眼光でこちらを見ている。何だかお嬢さんを僕に下さいと頼みにきた婚約者みたいなシチュエーションを味わっているように思えるのは気のせいだろうか。

 しばらく生きた心地がしない沈黙が続いて数分、流石に気まずい雰囲気に耐え切れなかったので、悠は先手必勝と言わんばかりに口を開いた。

 

「あ、あの…今回は日帰りのはずが、泊りになってしまってすみませんでした」

 

「………………」

 

「い、一応……何故かついてきた部活の仲間たちと一緒に山小屋……というか、後輩の別荘に泊まったので、別にやましいことはなかったです」

 

「…………」

 

「いや、男の俺から言っても説得力はないと思いますが……い、一応」

 

「…………」

 

「…………」

 

 会話が続かない。海未父の眼圧が凄すぎて言葉が上手く出てこない。しどろもどろになっている悠に海未は助け舟を出そうとするが、同じく父親のあまり見ない眼圧にすっかり怯えてしまい声が出ない。水菜は未だニコニコと成り行きを見守るだけで何もしない。

 そんなカオスな状況が続く最中、ずっと黙っていた海未父がその重々しく口を開いた。

 

「……分かった。そう、水菜……妻から聞いている」

 

「へっ?」

 

「鳴上くん、今後とも海未をよろしく頼む」

 

「えっ?」

 

 海未父はそう言うと、ゆっくりと立ち上がって客間から去っていった。一連の行動に訳が分からず、残された海未と悠は首をかしげてしまう。だが、水菜だけは何かを察したように微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 話も済んだし、悠はそろそろ帰りますと、園田家を後にした。見送りますと海未は慌てて玄関まで案内するが、そんな2人の様子を陰からジッと海未父は見ていた。

 

「あれが、鳴上の息子か……」

 

「ええ、見ての通りあの人にそっくりだったでしょ?」

 

「ふん……」

 

 しばし2人の様子を見守った後、居間で妻に淹れてもらった熱い緑茶を嗜みながら呟く海未父はどこか複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「はあ、まだ学生時代のことを引きずってるんですか?」

 

「……そういうことじゃない」

 

 妻に指摘されたことが図星だったのか、更に表情を複雑にさせて緑茶を更に飲む。

 もう結婚して何年もなるせいか自分の考えが全て見透かされている気がする。確かに、妻に言われたことは図星だ。

 

「ただ、あの男に海未が泣かされることになるかもしれないと心配になっただけだ」

 

 言い逃れしながらふと脳裏に浮かんだのは己の学生時代。

 良家なのを良いことに好き放題暴れていた自分を軽々と負かし続けたあの男。喧嘩や勉学、徒競走やボール投げ、挙句には無呼吸対決などといった今思えば下らない勝負でさえ敵わなかった。唯一得意としていた水泳や遠泳ではギリギリ勝てたが、それは向こうが“ハンデがないとフェアじゃない”と情けも同然に重りをつけた上での勝負だった。挙句には自分が好きだった相手はあの男に夢中だということを知った時ははらわたが煮えくり返るほど怒り、そして己の無能さを悔いた。

 だから、今日娘があの男の息子だという少年と一緒に帰宅してきた時、あの思い出がフラッシュバックしてしまったのだ。

 

「全く、貴方は海未のことになると心配症になるんですから。あの子が貴方みたいになるはずないでしょ」

 

「…………分からんぞ」

 

 やれやれと水菜は嘆息する。全く面倒くさい旦那だ。もしも彼が海未と交際することになったら大変だと考えてしまう。

 だが、対面で未だうんうんと悩み悶える夫と違って、水菜の心情は穏やかだった。先日の体育祭であの少年に面と会った時から確信していた。あの子は海未を受け入れたとしても受け入れないにしても、海未をきっと幸せな道に導いてくれると。

 

(海未…頑張ってね)

 

 2階の自室で今日のことを思い出しながら明日への一歩を踏み出そうとしている娘を想いながら、母は心に願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後...

 

 海未とのデートも終わって一段落した日常が戻ってきた。と言っても、あの後南家に帰宅してすぐに雛乃とことりによるお説教が待っていたので、ここ数日は全然平和じゃなかった。だが、

 

 

「あ、あの……にこ、これは?」

 

「良いから! 黙って私に付き合いなさい」

 

 

 また、新たな面倒事が幕を開けようとしていた。

 

 

 

To be continuded.



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#103「Love & Comedy ~All I have to do is you tomorrow~.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

毎度投稿が遅くなってになってしまい申し訳ございません。気づけば前回の更新から一か月ほど経っていて、ダンまちⅢは8話…10巻終盤までいっていた。次こそは11巻中盤までに仕上げたいです。アステリオスさん、マジで強かった。

一応ここで今更ながらタイトルのことで解説をいれますが、今章に入ってから各ヒロインとのデート回やメイン回のタイトルには【Love&Comedy】と入れて、その後にそのヒロインのイメージに合うと作者が思った楽曲名を英語で勝手に入れさせてもらっています。
りせはお馴染みの【True Story】、海未には歌詞と本編の内容から”彼女お借りします”の【センチメートル】としました。今回はにこ回なので、作者がこれなら合うと考えたのは”妹さえいればいい”の【明日の君さえいればいい】です。少し違うんじゃないかと思われるかもしれませんが、今後ともヒロインのタイトルはこういう風にしていきます。

改めて、感想を書いて下さった方・評価をつけて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

これからも拙いながら完結まで書き切りたいと思っていますので、よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

…………美しいピアノのメロディーが聞こえてくる。

 

 

 

 

 聞き慣れたそのメロディーで目を覚ますと、床も天井も全てが群青色に染め上げられた空間にいた。もう昨年から出入りしているこの落ち着く感じは……

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ。本日、我が主と妹は留守にしております」

 

 

 目の前には美しいプラチナ髪の妙齢の女性が座っている。名は【マーガレット】。昨年の稲羽市でのテレビの世界が関係した連続怪奇殺人事件から世話になっている自分の大事な人だ。

 

「先日はお疲れ様。中々楽しいデートだったようね。途中に他の子の横槍が入ったり、あちらの御父上の予期せぬ会合があったりしたとはいえ、流石は貴方。あの海未という子はとても満足してたわ。見ていた私も、思わず心躍ってしまったわ。私の妹エリザベスも以前デートしてもらったというし、今度は私が貴方をデートにお誘いしようかしら?」

 

 愉快そうに言うマーガレットだが、とんでもない。マーガレットとのデートはさぞかし楽しそうだが、色々と問題が発生しそうなのでご遠慮願いたい。

 

「あら、それは残念」

 

 マーガレットは残念そうに肩を竦めている。相変わらず本気なのか冗談なのか、分からない人だ。もし仮に自分とマーガレットとデートしようものなら、ことりたちが黙っているはずないことは知っているだろうに。

 それに、一体いつどこから自分たちのデートを見ていたのか聞き出したいところだが、この女性は絶対に教えてくれはしないだろう。

 

「いつそれはさておき、貴方にもう一波乱、あの子たちの誰かと秘密の逢引きが発生するとの結果がタロットから出たわ。貴方のことだから上手くやるんでしょうけど、気を付けないと後々が大変よ。フフフフフ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10月某日のことである。

 

 

 

────鳴上悠が学校から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音ノ木坂学院 理事長室>

 

 

「……悠くんはまだ来ないの?」

 

 

 その時、理事長室は異様な雰囲気に包まれていた。

 この雰囲気を作り出しているのはデスクでニコニコと笑みを浮かべながら頬杖をついている雛乃だ。ニコニコしているが、その瞳は笑っていない。というよりか、何かに絶望しているようにどんよりとしていた。

 

「あ、あの~理事長、この書類に印鑑を……それと鳴上くんから連絡が」

 

「ねえ……私はどこで間違ったの。何で、何で悠くんが学校をサボったの……私のせい?」

 

「あのですね、理事長。鳴上くんは」

 

「どうしましょう……このまま悠くんが不良になっちゃったら……」

 

「………………」

 

 用事でこの部屋を悪いタイミングで訪れてしまった先生、【山田博子】はあまりの威圧に硬直してしまった。音ノ木坂学院にやってきて数年、当初尊敬していた理事長が甥っ子のことになるとここまでになるとは思っても見なかった。

 

「はあ……理事長がそうやって過干渉だから、鳴上くんもうざったくなって反抗期に入ったのでは?」

 

「はうっ!?」

 

 刹那、雷に打たれたような痛みが雛乃を襲った。雛乃は吐血(したような動作を)してデスクにうつ伏してしまった。

 

「そ、そんな……悠くんが……私のせいで……」

 

「理事長おおっ!?」

 

 今度こそ、力尽きたように雛乃はそのまま機能停止してしまった。突然の事態に驚きつつも何とか意識をこちら側へ戻そうとする。この時、山田先生は思った。

 

(この人、めんどくさ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方……

 

「こ、ことりちゃん! しっかりして!」

 

「そうですよ。ことりは何も悪くありませんって」

 

「悠のことだし、どうせ登校中にお年寄りとか迷子の子の手助けをしたりしてるんじゃない?」

 

 悠が学校に来ていないことに落ち込みを隠せない者がもう一人。雛乃の娘ことりである。昨日から愛しい従兄が帰ってこないこともあって、もしや自分が原因ではないかと母親同様に落ち込んでいた。

 

「だ、だって! もう昨日から家に帰ってきてないんだよ! 連絡つけようにも携帯が部屋に置きっぱなしだったし。もしかしたら、ここ数日ことりがもうすぐ修学旅行だからって無理やり一緒に寝ようとしたことが原因じゃ……」

 

「「「………………」」」

 

 しょんぼりとすることりだが、周囲はげんなりしていた。確かに昨日から学校に来ていない悠のことも心配だが、聞けば聞くほどことりや雛乃が原因なのではと思えてしまう。だが、極度のブラコンで家族愛が深い2人に原因はお前だと言おうものなら藪蛇になりそうで怖い。

 

「というより、ことりちゃんと理事長に問題があるんやない?」

 

「えっ」

 

 各々がそう思う中、先陣を切ると言わんばかりに希がチクリと小言を挟んできた。

 

「2人が家で悠くんを束縛するから、窮屈に感じて家出したかもしれんしな。そうだったら悠くんがかわいそうやな。せっかく帰れる場所ができたんに」

 

「(グサっ)」

 

「もしかしたら、今は稲羽の堂島さんのところにおるかもしれんよ。ことりちゃんより菜々子ちゃんの方が癒されるからって」

 

「ぐはっ……!」

 

 希の言葉のナイフは的確にことりの心をえぐったのか、ことりは吐血(したような動作を)してその場に倒れてしまった。

 

「ことりちゃああああああん!?」

 

「希ちゃん!? ことりちゃんの心えぐりすぎだよ!!」

 

「あらら」

 

「う……う……そう……なんだ……全部……ことりの……せ……い……」

 

「ことり! 正気に戻って下さい!」

 

「希、アンタも手伝いなさいよ!」

 

 その後の時間は灰になりそうなほど憔悴してしまったことりを慰めるのに使われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……分かったわ。でもアンタね」

 

「んっ?」

 

 μ‘sメンバーが屋上でわちゃわちゃしている最中、にこは隅っこでこそこそしながら電話していた。その様子が少し気になった真姫はにこが電話を切ったタイミングで尋ねてみた。

 

「にこちゃん、どうしたの?」

 

「へあっ!? な、何のことかしら? 何でもないわよ」

 

 明らかにおかしい。ただどうしたのか尋ねただけなのにあからさまに動揺しているし、後ろめたいことがあるのか、携帯を後ろ手に隠している。

 

「まあそれはいいとして。今日の練習なんだけど、にこは」

 

「あっ、今日もにこは練習に出られないから。じゃあね!」

 

 絵里の言葉を遮ってそうまくし立てたと思うと、にこは逃げるように屋上から出て行ってしまった。このにこの行動に一同は不審を募らせる。

 実はここ最近になって、にこは連続で練習を休んでいた。ラブライブの予選を無事通過し、本選に向けてこれから一層練習しなくてはいけないこの時期に、誰よりも熱意を持って取り組んでいたはずのにこが練習を理由もなくサボるなんて不自然過ぎる。

 

「これは、何かあるのかな?」

 

「そうやない?」

 

 これは十分に怪しい。今日こそはにこの原因を突き止めてやると、μ‘sメンバーの心は合致した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、皆が探している悠はと言うと……

 

「はあ……寝すぎた。とりあえずにこの家を掃除してから行くか」

 

 何を隠そう、矢澤家にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことの始まりは一日前

 

「寝坊してしまった……」

 

 音ノ木坂学院3年C組、鳴上悠。この日、この男は学校を大幅に遅刻していた。

 あの海未との登山デート(もはやデートと呼べるものではなかったが)から数日、テントでの一件を聞いた雛乃の説教が連日続いた影響で勉強によって蓄積されていた疲労が更に蓄積されて、寝坊してしまったのだ。叩いて起こそうとしたことりの気配や大声にも気づかないほどに。

 

「この時間だと、中途半端だしな」

 

 時計を見て、もう手遅れだと悟ったのか慌てることなく淡々と制服に着替えてテーブルに置かれていた朝食を手に付ける悠。

 時刻はもう1時間を過ぎた辺りで今から学校に行くとなると、授業途中に教室に入ることになって気まずい。昨日の説教の恐怖から、また雛乃に怒られてしまうのではないかと、身体が震えるほどトラウマになりかけていた。この歳になって怒られるのが怖いというのは如何なものかと思うが、家庭環境が家庭環境だったので何も言うまい。

 まあ、そう思いとどまってもしょうがないと思ったのか、重い腰を上げて学校を行こうと思ったその時だった。

 

「んっ? 携帯が鳴ってる。この番号は確か……」

 

 テーブルに置いていた携帯の着信音が鳴り響く。番号が見覚えのあるものだったので試しに出てみることにした。

 

「もしもし?」

 

『もしもし、悠兄様ですか?』

 

「えっ? もしかして、こころか?」

 

『はい! お久しぶりです』

 

 スピーカーから聞こえてきたのはにこの妹であるこころの声だった。そう言えば、にこの事件から久しく会っていなかった。元気にしているのかと尋ねようとすると、こころは申し訳なさそうな声が耳に届いた。

 

『あ、あの……悠兄様、頼みたいことがあるのですが』

 

「どうしたんだ?」

 

『実は、妹のここあと弟の虎太郎が……熱を出して』

 

「えっ?」

 

 今朝2人が発熱して母親も今日は出張なので、にこは最初学校を休んで看病しようと思ったが、放課後には今後の進路に関わる補講が待っていた。こころも自分もいない状況で2人を家に残すわけにはいかず、どうしたものかと悩みまくって、ダメ元で悠に電話してみたというのが経緯らしい。

 

 

 で、

 

 

「ゆ、悠兄様……いいのですか?」

 

「良いんだよ。ここあと虎太郎がピンチなら、すぐに駆け付けるさ」

 

 悠は学校のことなど放り出してこころの頼みを聞くことを選択した。まだ年端のいかないこころが1人で看病は少し心配なのもあるが、こころも一人では心細いだろうと思って、大急ぎで矢澤家にやってきた。

 

「悠兄様、ありがとうございます。でも、学校の方は?」

 

「大丈夫だ。先生に事情を電話して叔母さんにも伝えてもらうから。あっ、携帯忘れた」

 

「…………」

 

 一応後で学校には矢澤家の固定電話で連絡しておいたので問題ないだろう。だが、電話に出たのは件の山田先生で雛乃ではなかったので、行き違いで自分の叔母に伝わっておらず、ああなっていることはまだ知る由もない。

 とりあえず、寝室で寝込んでいるここあと虎太郎の様子を見てみることにしよう。

 

「ここあ・虎太郎、大丈夫か?」

 

「うん……だいじょうぶ……あれ~、ゆうにいだ。どうしてここに?」

 

「ゆうにい……」

 

「ここあと虎太郎が心配になってきたんだ」

 

「そうなんだ……ゆうにい、ありがとう」

 

「ありがとう……」

 

 布団でとろんとした表情で受け答えする2人に悠は微笑んで頭を撫でる。その後、熱さまシートや特製のおかゆなどで2人を看病しながらテキパキと寝ている2人を起こさないように矢澤家の家事を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠の尽力によって、虎太郎とここあは順調に体調が良好になっていった。2人の顔色からそれを確信して笑みを浮かべていると、矢澤家のドアが開いた。

 

「ただいま~。帰ったわよ」

 

「お帰り、にこ。疲れてるのか?」

 

「そうなのよ、悠。今日はスーパーの特売だったから、おばちゃんたちとバトルになっちゃって……えっ、悠?」

 

 どうやら姉のにこが帰ってきたようである。ひとまず出迎えにいこうと玄関に出ると、悠の姿を確認したにこはその場にフリーズした。

 

「えっ…………なっ! ななななななななな、何で悠がここにいるのよ!?」

 

「あ、ああ……そう言えば言ってなかったな」

 

 自宅に帰るとそこに悠がいるとは思っていなかったのか、混乱しているにこに状況を伝えるために説明を始めた。

 

 

 

 ~30分後~

 

 

 

「つまり、俺がここにいても問題ない」

 

「分かった! もう分かったからストップストップ!」

 

 状況をきめ細かく説明しようとした悠だったが、大体の事情を把握したにこはこれ以上は不要と言わんばかりにストップを掛ける。要するに、自分が知らない間にこころが悠に看病を頼んだということで、自分が帰宅するまで懸命に看病したり家事をしてくれたりと尽くしてくれたことだ。

 

「学校に来てないと思ったら、まさかこころがアンタを呼んでたなんてね。アンタ、ちゃんとことりや理事長に連絡しておきなさいよ」

 

「あっ、忘れてた。そもそも携帯持ってなかったし」

 

「ったく」

 

「それはともかく、最近にこが練習を休んでたのも、これが原因か?」

 

「うぐっ……」

 

 ここ最近にこはμ‘sの練習を立て続けに休んでいた。大抵の事情はこころから聞いていたが、本人もあっさりと練習を休んでいた理由を見破られて観念したのか、にこは白状した。

 数日前から親が長期出張で2週間ほど家にいないので、自分が兄妹の面倒を見なくてはならなくなったということ。それが理由でμ‘sの練習を休まざるをえなかったこと。

 

「なるほど。でも、そんなこと言ってくれれば絵里たちも分かってくれるのに」

 

「言えるわけないでしょ。誰もがアンタみたいに素直って訳じゃないのよ」

 

「そうなのか?」

 

「そうなのっ!」

 

 いまいち釈然としないが、これ以上追及するなと言わんばかりに睨みつけるにこの気迫にこれ以上追及することは止めた。

 

「じゃあ、俺は帰るよ。叔母さんも心配すると思うし」

 

 何はともあれ、ここあと虎太郎も体調が良くなってきたし明日は問題なく幼稚園に行けるだろう。にこの秘密も一応聞けたところなので、今日はここで帰宅しなくては。

 

「悠、大丈夫なの? 今日はこころたちが世話になったんだし、せっかくだから今日は泊まっていきなさいよ」

 

「いや、流石にそれは」

 

 

 

ザアアアアアアアアアアアアアア

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 最早お決まりと言っても過言でもないほどの雨が降り注いでいた。

 

「俺って、雨男なのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうやってなし崩しに矢澤家に泊まることになった悠。もちろん、着替えなど持ってきていないが、矢澤家に置いてあった男物のジャージを貸してもらった。

 

「あら、ちょうどいいじゃない」

 

「そうだな。なあこれって」

 

「……お父さんのよ。偶々押し入れの中にあったから」

 

 その話は触れないでおこう。どこかこれ以上広げてはいけない話題のような気がする。

 

「ゆうにい! このえほんよんで~!」

 

「ゆうにい……あそぼ」

 

「こらっ! アンタたちは病み上がりなんだから、少しは遠慮しなさい!」

 

「「ええ~~~」」

 

「ええ~じゃない!」

 

「あははは……」

 

 体調が良くなったここあと虎太郎は悠が家に泊まることになって嬉しいのか、遊ぼう遊ぼうとせがんできた。熱が下がったばかりなので、あまり無理はしてはいけない。そう気遣いながら、結局悠はここあと虎太郎の遊び相手になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、バックダンサーってどういうことだ?」

 

「えっ?」

 

 3人が寝静まってちょうどリビングで今日の勉強を進ませていたところ、せっかくだから今日矢澤家の家事を進めていた中で見つけた疑問について聞いてみることにした。

 

「いや、実はここあがこれで遊んでいるのを見つけて」

 

「ギクッ」

 

 そう言って悠がそっと取り出したのは手作りのおもちゃだった。おそらくにこが妹弟たちのために作ったであろうモグラたたきを模したおもちゃだが、このもぐらの絵柄がにこを除くμ‘sメンバーの似顔絵で、体調が良くなったここあと虎太郎が“バックダンサー”と言いながら遊んでいたのだ。

 最初見た時は仰天したが、楽しそうに遊んでいる2人を見ていると聞くに聞けなかった。

 

「で、ここあと虎太郎が遊んでいる部屋を見てみたら、こんなポスターが」

 

 そうやって取り出したのはμ‘sのポスターだった。だが、そのポスターは何故かにこだけが大々的に写っていて、他のメンバーはまるでバックダンサーであるかのように小さく映っているだけだった。

 

「………………(ガクガク)」

 

 次々と突きつけられる証拠に、流石のにこも冷や汗が止まらなかった。今まで隠し通してきた秘密が一瞬でバレてしまった。これから自分は何を要求されるのだろうか。まさか、薄い本のように理不尽な要求でもされるのだろうか。何とは言わないが薄い本のように。

 

「一体……何が望みなのよ……」

 

「いや、別に」

 

「えっ?」

 

「強いて言うなら、このおもちゃをもう一個作ってくれ。イラストは全部ことりで」

 

「限定的すぎるでしょうが!!」

 

 さっきまでシリアスだったのが一気にぶち壊しになった。そう言えば、この男はそんなことなど考えない男だった。何だか薄い本のようになど考えていた自分が馬鹿らしくなって溜息をついたにこは今度こそ観念して全て話した。

 

 

 

 

 にこが高校に入ってスクールアイドル研究同好会を結成した際、こころたちに自慢げにスクールアイドルになったと宣言したことが始まりだった。

 結成から少しして価値観の違いによってにこのアイドルグループは解散。このことをどう妹たちに伝えたら良いのか悩んだが、自分の姉がスクールアイドルだとキラキラと輝いた目をした妹たちの期待を裏切ることができなかった。

 それで、自分は普通のスクールアイドルとは違う宇宙一のスーパーアイドル。今はμ‘sというグループで活動しているが、センターは自分であると嘘をついてしまい、現在進行形でその設定を続けているとのことだった。

 

「…………」

 

「どう、これが全てよ。軽蔑した?」

 

 全てを語り終えたにこは半ば諦めたように両手を上げた。こんなくだらない理由で妹たちを騙し続けたのだ。それは軽蔑もするだろうと思ったが、悠は違った。

 

「にこ、俺は別に責めてるわけじゃないぞ」

 

「……えっ? どういうことよ」

 

「可愛い家族に見栄を張りたいって気持ちは、俺にも分かるってことだ」

 

 自分だって菜々子やことりの前では見栄を張りたい時だってある。そのせいで昨年のバレンタインで腹を壊したし、大恥だってかいたのだが……。それはともかく

 

「でも、嘘はダメだ。いつか、真実を知った時のこころたちとのダメージは大きいと思うぞ」

 

「……だけど」

 

「分かってる。でも、μ‘sは皆がセンターだ。そこに優劣なんてない。まあ、優劣がないっていうのは……」

 

「悠、アンタここで来世に行きたいの?」

 

「すみません……」

 

 思わず身体のある一部分に注目してしまって、にこの逆鱗に触れてしまった。それはともかく、悠の言わんとしていることは伝わった。

 にこはにこらしくあっていい。例え偽っていたとしても、こころたちには自分たちの姉は凄いアイドルであるということは変わりない。だから、そんなに見栄を張る必要はないと。

 

「ありがとう、悠。アンタのお陰で少し肩の荷が下りたわ。いつか、ちゃんとこころたちに言うわね」

 

「それがいい」

 

 

 

 

 暫しにこと談笑している間、時は進んでそろそろ悠にも睡魔がやってきた。寝る場所が足りなくなるからと最初はソファで寝ようとしたが、それは良くないと食い下がったにこの奮闘によってこころたちと川の時で寝る事となった。

 

(い、勢いで一緒に寝ることになったはいいけど……)

 

 だが、にこは内心バクバクしていた。妹弟同伴とはいえ、想い人と流れで一緒に寝ることになったのだ。こんなことをしてドキドキしない方がおかしいだろう。

 しかし、にこのドギマギしていることなど露知らず、悠は既に深い眠りへと誘われていった。疲れていたとはいえ、仮にも年頃の女子と寝ることになって緊張していないのかと少しイラっと来たが、まあこの男ならしょうがないと諦めてしまう。

 

「悠、改めて今日はありがとう」

 

 ふと何を思い立ったのか、にこはそっと悠の耳元に近づいてそう囁いた。思えば今年の春に出会ってからこの男に支えてもらってばかりいる。2年前の出来事に向き合うキッカケを作ってくれた、自分がスクールアイドルとして歩みことを支えてくれた。今回だって、自分のことなど放り出して妹と弟を助けてくれた。

 この男には感謝してもしきれない。否、そんなことは関係ない。

 

 

「やっぱり、私はアンタのこと……好きよ」

 

 

 この気持ちに嘘はない、勘違いでもない。自分が初めて異性に抱いた本当の気持ちだ。すっかり寝入って聞いていないだろうが、思わずそう言いたくなってしまった。改めて、自分がした行動に羞恥を感じたにこはそのままサッと布団に潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 ~翌日~

 

 

 

「またよく眠ってしまった……」

 

 

 悠は一通りの家事をこなしたところ、一気に睡魔が襲ってきて眠れなかった。

 気づけば、時刻はまた昼前となっていた。そう言えば、今日は何かの行事で午前中だけだった気がする。

 

「んっ……にこの家の電話が鳴ってるな」

 

 誰からだろうと思い、勝手ながら鳴り続ける矢澤家の固定電話の受話器を取る。

 

「もしもし」

 

『もしもし悠! アンタ、まさかこの時間まで寝てたの!?』

 

「あ、ああ……何か疲れてて。それに、にこの家の布団が心地よくて」

 

『アンタねぇ!!』

 

 とりあえず、一日だけでもお世話になったのだし、どうせなら少し掃除してからいくかと悠は掃除機を拝借してこころ達がまた風邪を引かないようにと入念に掃除を始めた。

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

「こころ、お帰り」

 

 掃除を続けていると、どこか出かけていたらしいこころが帰ってきた。

 

「悠兄様、バックダンサーの方々がいらっしゃいましたよ。何か話があるそうです」

 

「えっ? バックダンサー?」

 

 帰ってきたこころの意味深な言葉にどういうことだと思ったその時、リビングに入ってきたこころの後ろから誰かが姿を現した。

 

 

 

「悠くん、見~つけた♪」

 

「あっ……」

 

 

 

 毎度のパターン。気づいた時には手遅れだった。おそらくこころに付いてきたμ‘sメンバーが皆、どこか冷たい目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、そんな理由だったなら言ってくれたら良かったのに」

 

「そうよ」

 

「いや、一応叔母さんには言ってたんだけど」

 

「理事長、ずっと落ち込んどったよ。どこかで行き違いがあったんやない? 携帯も忘れよったし」

 

「あっ」

 

 発見直後に正座させられ尋問されそうになったところで、こころが悠兄様に何をするのかと言わんばかりにおたまを構えて一触即発。幼女とJKたちの戦争が勃発するのを防ぐために何とか【言霊遣い】級の伝達力を駆使して事情を説明した。小さい子が熱を出しての看病ということもあってか、メンバー全員が納得してくれた。

 

 して、どうして穂乃果たちがこの場所を突き止めたのかと言うと、最近練習に参加していないにこを不審に思ったので、原因を突き止める為に尾行したらしい。途中で気づかれて秋葉原で撒かれてしまったが、偶然にこに似ていると思って声を掛けたのが、買い物に行っていたこころ。自分たちが姉のバックダンサーだと気づいたこころが悠のことをあれこれと喋ってしまったので、悠に話したいことがあると言い聞かせて、矢澤家までついてきたというのがここまでの経緯である。

 

「悠兄様、どうしたんですか? もしかして、このバックダンサーさんたちがまた悠兄様に何か粗相を?」

 

「いやいや、そんなことじゃない。だから落ち着いてくれ、なっ」

 

「ううう、悠兄様がそう言うなら……」

 

 また悠をいじめていると思ったのか、お茶を用意しながら訝しげに穂乃果たちを睨みつけるこころ。このままだとあらぬ誤解を与えてしまいそうなので、優しく宥めると渋々ながら落ち着いてくれた。

 

「ふーん、悠兄様……ね」

 

「悠くんは菜々子ちゃんぐらいの子に懐かれやすいんやね」

 

「い、いや……そのお……」

 

 随分と菜々子と同じように懐いているこころを見て、ジトーとした目で悠を見る穂乃果たち。ここまで来れば、自分が本当にロリコンなのではないかと考えてしまうが、それはないと少ない理性が何とか踏み止まらせてくれた。

 

 

 

「で、どうするにゃ? このままじゃにこちゃん、こころちゃんたちに嘘をつき続けることになっちゃうにゃ」

 

 凛がこのいたたまれない空気を変えようと話題をすり替えてくれたが、確かにこれは大問題だ。これまでよくバレていないものだと感心するが、それも長くは続くはずはない。いつか絶対に真実を目のあたりにするだろう。その時、こころたちに嘘をついていたことで、矢澤姉弟の絆にヒビが入ってしまうかもしれない。

 お節介かもしれないが、ここまで事情を知ってしまったからには何とかしてあげたい。何かできることはないのかと、頭を悩ませる。

 

「なあ、そのことについて提案があるんだけど」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~数日後~

 

 

「い、一体どうなってるのよ……」

 

 

 あれから散々秋葉原まで追いかけてきた穂乃果たちがあの後、何も自分のことを追求しなくなったので、どうしたのかと思えば、今日の放課後に無理やり講堂に連れて行かれて、ことりが新しく作成したという衣装を着せられた。急展開過ぎてあれよあれよと状況に流されてしまったが、本当に一体何がどうなっているのか。

 

「やっぱりにこっちはかわええな。流石宇宙一のスーパーアイドルやね」

 

「希……」

 

 事態に困惑していると、奥からいつも通りにこやかな笑みを浮かべている希が姿を現した。もしやこれは希が仕組んだことだろうか。

 

「いいや、この企画を考えたんは悠くんとエリチやで。それより、ここから客席の方を見てみ」

 

「えっ……ええっ!? こころ! それに、ここあも虎太郎まで!」

 

 希に促されてステージ裏から客席を見ると、誰もいない講堂の客席の最残列にこころとここあ、虎太郎がワクワクした表情でスタンバっていた。

 悠と絵里が考えたのは、にこが妹弟たちのためにやる単独ライブだった。より一層ライブっぽくするためにわざわざ講堂の使用許可を雛乃に申請する徹底ぶりだ。更に、今までにこのソロ曲などなかったため、真姫と海未がにこのための曲を、ことりはその曲にマッチする衣装をわずか数日で作成。まさに、にこのためだけに行うには豪華すぎるほどだった。一番驚いていたのは何も聞かされていなかったにこ本人だが

 

「なるほどね。道理で練習出なくていいから、この曲と振り付けを練習しといてって言った訳ね」

 

「そういうこと。今日は特別な日。こころちゃんたちとしっかり向き合うんやで」

 

 客席の奥を見ると、成り行きを見守るように悠と絵里が立っている姿もある。更に、その近くには他のメンバーたちの姿も。

 全く、お節介な仲間たちだとにこは思った。でも、お陰で今まで妹たちに偽ってきた自分と決別できそうな気がする。例え真実を話して失望されたとしても、

 お膳立てしてくれた仲間たちのためにも、今日のステージを精一杯楽しんでやり遂げよう。決意を新たにしたにこは希に見送られながら、講堂のステージに立った。

 

 

 

 

 

 

「絵里、本当に良かったのか?」

 

 にこのステージが始まってから少し経って、悠は隣にいる絵里にそう問いかけた。今にこはこころたちに本当のことを話した後、新たな決意表明をしてこころ達のためにと歌って踊って、精一杯の自分を見せつけている。

 

「良いのよ。私も亜里沙がいる訳だし、妹に見栄張りたいって気持ちはわかるもの」

 

 そう言えば、絵里も可愛い妹を持つ長女だった。バレエにしろ普段の学校生活にしろ、普段から妹にはカッコイイ姉の姿を見せたいのだろう。その気持ちはよく分かると、悠も絵里には共感した。

 

「それに……にこのことに関しては私にも責任があるし」

 

「えっ?」

 

 にこのことで絵里に責任があるとはどういうことなのか。絵里もその話は悠に聞いてほしかったのか、どこか懺悔するように語り始めた。

 

 

 実は絵里は高校1年生だった頃からにこのことは知っていた。彼女がスクールアイドルを始めたことも、方向性の違いから解散してしまってもひたむきに勧誘を続けていたことを。実際に自分もスクールアイドルをやってみないかと本人からチラシを渡されて勧誘されたこともある。だが、

 

「私は……何もしなかった。アイドルなんて興味なかったし、馬鹿らしいと思ってたから……見て見ぬふりをしてしまった。その結果、にこは孤立してしまって、浮いた存在になってた。それが私にとって後ろめたかったの」

 

 当時の自分のことを思い出しているのか、どこか申し訳なさそうな表情でステージの上でパフォーマンスをするにこを見つめている。

 

「エリチ、それはうちも同じよ。ウチもあの頃からにこっちのこと知っとったんに、何もできへんかった……」

 

「それは……」

 

 いつの間に傍に来ていた希も絵里と同じことを思っていたのか、似たような表情でにこを見つめている。

 要するに2人はにこが孤立してしまったのは手を差し伸べることができなかった自分たちのせいなのだと思っているのだろう。仲間となった現在、今更贖罪のつもりでこんなことをしても許してもらえるはずがないとも。

 

「本人はそう思ってないと思うぞ」

 

「「えっ?」」

 

 きょとんとする2人に、悠はちょいちょいとステージの方へ視線を促すと、ステージのにこがこちらに視線を向けているのが見えた。

 

「絵里、ありがとう。アンタのお陰でこころたちに本当のことが言えて……これから本当の意味でスクールアイドルをやっていくことが出来そうだわ」

 

「にこ……」

 

 真っすぐに目を合わせて投げかけた言葉に偽りや見栄はない。

 

「全く、アンタも見栄張るんじゃないわよ。見栄を張るのは妹か悠だけにしときなさいっての」

 

「貴女に言われたくないわよ」

 

「本当やね」

 

 冗談交じりに笑いあうμ‘s3年組のやり取りに近くで見守っていた悠やステージ裏で覗いていた穂乃果たちは思わず笑みを浮かべた。一度はすれ違ったものの、改めて築かれたであろう絆を感じたからだ。

 

「悠! アンタには一番感謝しているわぁ! 本当にありがとう!!」

 

 にこは今度は視線を悠に移して言葉を発する。観客席のこころたちも姉の視線の先に大好きな悠がいると分かったのか、顔に喜びを露わにして大きく手を振っている。悠もこころたちに手を振り返すと、にこはこのタイミングと言うように息をスッと吸った。

 

「私、いつかアンタのことを夢中にさせてみせるわ。本当の意味での宇宙一のスーパーアイドルになるまでにね」

 

「えっ? それって、どういう」

 

 

 

「大好きよ、悠」

 

 

 

 それは一番伝えたい人に一番伝えたいことだった故か、まさに将来のスーパーアイドルにこちゃんを思わせるような屈託のないアイドルスマイル。このような状況、ステージでしか見られないであろう少女の純粋な笑みと言葉に、悠はどうしようもなく顔を赤くしてしまった。

 

 

 この後、勢いで告白したにこは改めて希を始めとするメンバーたちにこってりと絞られたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




<???>


 とある薄暗い小屋の中、黒いパーカーと灰色のニット帽で顔を隠した人物が2人。追われていたのか、2人の息が上がっていた。

「どう?あの探偵は撒けた?」

「今度はいつも以上に入念に撒いたから、しばらくは大丈夫…」

 本当にしつこい探偵だと忌々しく思う。いつ自分たちをマークしていたのか知らないが、もう遅い。例えここで自分たちを抑えたとしても自分たちには誰も知り得ない抜け道がある。あの探偵王子が優秀でも絶対に見つからない抜け道が。

「……準備は整った?」

「うん、大丈夫。今度はしくじらない」

「そう……ぬかるんじゃないわよ。今度こそ、私たちは復讐を果たすんだから」

「ええ、私たちに何もしてくれなかったあの学校と、今更性懲りもなく夢を追い続けてる…あいつにね」

 頷きあった2人のうち黒いパーカーを被った人物はふとポケットに乱暴にしまった一枚の紙きれを取り出して、忌々し気に見つめた。
 それは雑誌の記事をくりぬいたもので、見出しには【絆フェスで真下かなみと共演したスクールアイドル“μ‘s”】と書かれており、大きく載っている写真には手を振って笑顔を振りまいている少女たちが映っていた。


To be continuded.


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#104「Love & Comedy ~ Ah Yeah!! ~.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

毎度投稿が遅くなってになってしまい申し訳ございません。気づけばダンまちⅢは終わってしまった……アステリオスとベルくんの最終決戦は凄かった。ダンメモと合わせてみたら奥が深い。

さて、今回は”Love & Comedy”シリーズの凛回です。サブタイには【ハイキュー‼】の『Ah Yeah!! 』 を入れさせてもらいました。このシリーズはここで一旦区切って、新年からは一気にシリアスに行こうと思ってます。

改めて、感想を書いて下さった方・高評価をつけて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

今年は例年に比べて色々あった年でした。来年は新社会人なのでもっと更新が遅くなると思いますが、これからもこの作品を読んで頂けたら幸いです。来年もこの作品をよろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

…………美しいピアノのメロディーが聞こえてくる。

 

 

 

 

 聞き慣れたそのメロディーで目を覚ますと、床も天井も全てが群青色に染め上げられた空間にいた。もう昨年から出入りしているこの落ち着く感じは……

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ。本日、我が主と姉様は留守にしております」

 

 

 目の前には美しい銀髪の女性が座っている。名は【エリザベス】。今年のGWに稲羽市で起こったP-1Grand Prix事件で奇妙な縁で世話になった女性だ。マーガレットの妹であり、彼女にも今回の事件を追う中で度々世話になっている。

 

「ふふふ、昨今お仲間の美少女たちとデート三昧だった故か、多少お疲れのご様子。そんな貴方様を労うため、私からとっておきのプレゼントを差し上げます。いつでも、好きなように使って下さいまし」

 

 愉快そうに笑みを浮かべながら渡されたのは一枚の紙きれだった。紙には手書きで“何でも願いを叶える券(一回有効)”と書いてある。まさかおばあちゃんへの肩たたき券みたいなものを今日日見るとは思わなかった。だが、今のところどう使って良いか分からないので利用はよく考えてからにしよう。

 

「それはそれとして……話は変わりますが、貴方様が追いかけている災難がいよいよ近づいているようでございます。姉様からお聞きしましたが、鳴上様が昨年追い続けていた犯人は予想外な手口で事件を起こしていたとのこと。今回の犯人もまた、貴方様の予想を超える手口を使っているやもしれませぬ。決して気を緩めなきよう、努々心の片隅に置いておいてくださいまし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────久しぶりの戦闘だった。

 

 

ーカッ!ー

「ペルソナっ!」

 

 

 召喚する際のカードを砕く感覚。更に

 

 

「チェンジっ!」

 

 

 刃が襲う。

 このペルソナで受け止めても構わなかったが、念のために物理耐性のあるペルソナにチェンジ。この新たなアルカナのカードを顕現するチェンジ感覚。

 そして、受け止めた後に自ら攻撃。更に、相手の攻撃を紙一重で躱す。だが、カウンターを喰らってペルソナにダメージ。フェードバックで自分にもそのダメージが入る。これらの感覚全てが久しぶりだった。

 何故このようなことになったのか分からない。元を辿れば自分のせいなのだ。目の前で自分に襲い掛かる敵はこちらの話を聞いてはくれないだろう。出来れば傷つけたくない。だから、

 

 

 

「頼むから落ち着いてくれ、凛っ!」

 

「にゃあああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 今は下着姿でペルソナ【タレイア】と共に襲い掛かる凛を何とかしなくては……! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数日前~

 

 

「…………」

「…………」

「静かね」

「ああ、静かだ」

「それにしても、ここ最近雨ばっかよね。ここに雨男でもいるんじゃない?」

「俺を見て言うんじゃない」

 

 部室の窓から重々しくうごめく黒雲と勢いよく降り続ける豪雨を眺めながらいつもとは違う部室の閑散とした雰囲気に悠たちは思わず溜息をついた。それを差し引いても、いつも騒がしいはずの部室がこんなにも静かなんて、どこか違和感を覚えてそわそわしてしまう。原因はおそらく……

 

「穂乃果ちゃんたちが修学旅行いったからやない?」

「そうかもね」

「あの騒がしいのが1人いなくなったくらいでこんなに静かになるなんてね」

 

 今この部室に穂乃果と海未、ことりとラビリスの姿はない。音ノ木坂学院2年組は修学旅行シーズンを迎えていた。今年の行先は常夏の楽園と言われる沖縄。段々寒くなってきているこの時期に沖縄は比較的に温暖な気候だ。ちょうどいい時期に修学旅行に行ったといえるだろう。

 

「良いなあ。ウチらの時は北海道やったよね?」

「そうね。あっちはあっちで楽しかったわ。函館とか旭山動物園とか」

「まっ、定番っちゃ定番だったわね」

 

 絵里に希、にこは昨年の修学旅行の思い出を思い出したのか、懐かしそうな様子で語っている。とても良い思い出だったのか、表情が明るい。それに対して、

 

「悠は修学旅行どこだったの?」

「俺は陽介たちと辰巳ポートアイランドだ」

「「「えっ!?」」」

「何故かその時の担任が選んだホテルが……ラブホテルを改装したホテルで……」

「はああっ!?」

「そして、2日目にりせの御用達だっていうBARに行って……そこだけ何故か記憶がない」

「「ええええええええええええっ!?」」

 

 行先も行先だが、そこで起こったホテルや出来事の内容に仰天してしまった。証拠にホテルに泊まった時の写真も見せてもらったので、本当に起こったことなのだろう。どこか部屋の仕様と雰囲気、更に写真に写っている陽介と完二、クマの様子がいかがわしくて目を背けたくなったが。

 修学旅行もそうだが、林間学校や海水浴などこの男の昨年の思い出はなぜ奇想天外なものが多いのか。ちなみに、このことを聞いて悠にもっと楽しい修学旅行を体験させたいと思った雛乃が何とか悠を今回の修学旅行に行かせようとしたらしいが、教員たちに全力で止められました。

 

「そう言えば、ことりだけじゃなくて理事長も引率で行ってるんでしょ? 一人で大丈夫なの?」

「まあ、一人暮らしは今に始まったことじゃないしな。久しぶりの時間を楽しむよ。何にせよ……ファッションショーまで頑張らなきゃいけないし」

「そうね。せっかくの桐条さんのお誘いだもの。期待を裏切ることはできないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~更に数日前~

 

「えっ? ファッションショーですか?」

「ああ。実は今度桐条グループの傘下にあるグループがファッションショーを開くことになってな」

 

 穂乃果たちが修学旅行に出かける数日前、音ノ木坂学院のアイドル研究部の部室にシャドウワーカーの美鶴がお忍びで尋ねてきたのだ。こんな話を電話ではなく、直接自分たちに話しに来る辺り、それほどそのファッションショーが重要なイベントだという事が窺える。

 

「君たちで良ければ、このイベントにゲストとして参加して貰えないだろうか?」

「えっ?」

「ラブライブの予選を勝ち抜いたとはいえ、本選ではもっと知名度を上げる必要があるだろう。今回こそラブライブの頂点を目指すというのなら、このイベントはその足掛かりになるはずだ。既に先方にはこのことを伝えて、是非ともお願いしたいとの返答を貰ってる。あとは君たち次第だが、どうだろうか?」

 

「「「「やります!」」」」

 

 美鶴の提案に悠たちは即決した。彼女の言う通り、地区大会本選を通り抜けるためには今よりもっと認知度を上げる必要があるし、何より応援してくれる学校は勿論地域や近所の人たちの想いに応えるのは当然だ。

 何より、あの美鶴が自分たちの状況を調べた上で提案してくれたことが嬉しかった。

 

「ありがとうございます、美鶴さん!」

「なに、私の方こそラビリスのことで世話になっているしな。君たちが良くしてくれてるお陰で楽しい学園生活を送れていると、そこの本人からも聞いている」

「み、美鶴さん!」

 

 悠たちにさえ言っていなかったことを美鶴に言われて傍に控えていたラビリスは慌てて美鶴の口を塞ぎにかかった。

 

 

 で、ラブライブ本選突破の足掛かりとして桐条グループが主催するファッションショーでライブをすることになった穂乃果たちは2年生組が修学旅行に出かける前に大方のフォーメーションと振り付け、衣装を作成した。

 今回は“結婚式”をテーマにしたものなので、花嫁衣装と新郎のタキシードをモチーフにした衣装が作られた。作成者であることりは勢い余って将来のためにと悠の分まで作ろうとして皆に止められたのは別の話。

 

 

 閑話休題

 

 

「今穂乃果たちは修学旅行だし、最悪私たちだけでも美鶴さんのファッションショーでライブできるようにしなくちゃ」

「ああ、今回も全力でやろう」

 

 絵里と悠の一声にだらけ切った雰囲気が一瞬で切り替わった。予定では桐条グループ主催のファッションショーは修学旅行が終わって数日後。2年生組はいないとしても色んな場合を想定して事を進めなければ。

 

「そうやね。穂乃果ちゃんは今頃沖縄で野生のちんすこうを追いかけて、今回のこと忘れてそうやしな」

「野生のちんすこう?」

「なにそれ?」

「さあ?」

 

 希のとんちんかんな言葉に引き締まった雰囲気が一気に緩んでしまったが、それはそれ。ともかく、残ったメンバーたちは来るファッションショーのライブに向けて準備を着々と進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん……」

 

 

 時は過ぎて数日後の放課後、μ‘sは新たなる悩みを抱えていた。

 なんと、十中八九当たらないと予想されていた天気予報が的中して台風が沖縄に直撃してしまったのだ。こうなったら飛行機も飛ばないので穂乃果たちの帰りが予定より遅くなることが確定。日程的に今度のファッションショーのライブは2年生組無しでのライブということになる。

 一応想定されていたとはいえ、ここまで現実になるとは思わなかった。

 

(凛、大丈夫か?)

 

 更に、今回気掛かりだったのは凛のことだった。

 

 穂乃果たちがファッションショーに出られないと確定した今、穂乃果の代わりを務める代理のリーダーが必要になる。それで、悠と絵里、沖縄にいる穂乃果の3人で話し合った結果、今後を見据えて1年生の凛がリーダーに就任する運びとなった。

 だが、当の本人はリーダーになることに悲観的で自分より真姫の方が良いと何度も駄々をこねた。真姫は別にリーダーはやりたくないし、自分も凛の方が良いと後押し。結果、皆に押し切られる形で凛は代理のリーダーに就任したわけなのだが……

 

(リーダーだからって、気負う必要はないんだけどな)

 

「あっ、悠さんだ。悠さーん、あれ?」

「こっちの声が聞こえてないにゃ」

 

 いきなりリーダーを任されたこともあってか、凛は以前よりも消極的になってしまった。おそらく普段から悠と穂乃果の姿を見ているせいか、リーダーは全て完璧な存在であらねばならず、自分のような半端者が務めていい訳はないと思っているのだろう。

 リーダーが一番優れていなければならないといけないなんて思われているが、そんなことはない。去年の特別捜査隊の時もそうだ。ペルソナを複数所持できるワイルドの力を除けば自分が陽介たちより秀でていることなんて、たかが知れていた。

 凛にだってあるはずだ。本人は自覚していないようだが、夏休みにかなみんキッチンのスペシャルライブに行った時だって、凛にリーダーの素質があるのかと思わせるほどの何かを自分は見た。

 

(それに……)

 

「う~ん、凄い考え込んでるにゃ」

「どうしよう……そろそろ時間なのに」

「仕方ないからこのまま向こうで着替えましょ。悠さんだから、覗きはしないでしょ」

 

 凛がリーダーに消極的な理由がもう一つ。おそらく凛は自分は可愛くないからそもそもスクールアイドルとしてのリーダーに向いていないと思い込んでいる節がある。

 これは以前凛のシャドウと対峙した際に聞いた話だが、小学生の時に男子からスカートを穿いている姿を見て女らしくないと言われたらしい。その一言がショックでスカートを穿くのを止め、自分は他の女の子に比べて可愛くないと思い込んでしまった。

 

(でも……)

 

「じゃあ凛ちゃん、先に行ってるね」

「あんまり遅くなるんじゃないわよ」

「分かったにゃ~」

 

 自分の影と向き合ってからはそんな認識は薄れていったらしいが、この時期になってまたそのことが気になり始めたようだ。証拠に花陽の今回の花嫁衣装風のドレスを試着していた姿を見て羨ましがっていたし、鏡の自分の制服姿を見て表情を曇らせていたのも見受けられた。

 そんなことないはずだと言えば簡単だが、凛を励ますのには一歩足りない気がする。さて、どうすれば凛に伝わるのだろうか。

 

「…………あっ」

 

 一つ手を思いついた。突拍子に思いついたものだが、善は急げ。忘れる前に、悠は携帯を手にした。

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、一つ手は打っておいたし、これ以上考えても不毛なのでそろそろ帰宅しよう。今日の献立は何にしようかと考えながら、悠は隣の更衣室の扉を開けた。

 

「えっ?」

「あっ……」

 

 しかし、何と誰もいないと思っていた更衣室に着替え途中であったと思われる凛がいた。更にまずいことに、今現在の凛は下着姿だった。

 

「にゃ……にゃにゃにゃ」

「お、落ち着け凛! これは……その……」

「へ、変態にゃああああああっ!!」

「ま、待て! うおっ!?」

 

 羞恥が限界突破したのか、顔を真っ赤にして傍に何故か置いてあった箒を振り回しながら突進してきた。何とか紙一重に躱した悠だが、そのせいで部室のテーブルに置いてあった小物類が飛び上がって部室が大参事になってしまった。

 

「にゃあああああああああああっ!!」

 

 だが、羞恥で我を忘れた凛の追撃は止まらない。再び箒を悠に向けて振り回したせいで、にこが大事にしてきたアイドルのポスターやグッズに飛び火して壊れそうになる。何とか持ち前の器用さで床に落ちることは防がれたが、もし落としたらにこの雷が落ちるところだった。

 

「や、ヤバい……!」

 

 まるでリミッターが外れた歩くバーサーカーのように悠を追いかけ回す。何とか逃げ切ろうと悠は部室を飛び出そうとしたが、寸で踏みとどまった。ここで部室から飛び出したら凛はおそらく下着のまま自分を追いかけてくるだろう。そうなったら何もかもおわってしまう気がする。社会的な意味で。ならば……

 

「凛、すまん!!」

「にゃっ!?」

 

 暴れる凛の隙をついて猫だまし。そして怯んだところを狙って何とか抑え込んだ。これなら

 

「あっ」

 

 と思われたが、位置取りを間違えてしまった悠。凛を抑え込もうとした先には最近全く使ってなかった液晶テレビが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やばい……! テレビの世界に来てしまった……」

 

 眼鏡も無しにテレビの世界に飛び込んでしまった。しかも、凛は下着姿。どんなえろげーだよと思った。だが、念のためにと懐にいつも眼鏡をしまってあるので問題ない。眼鏡をかけて改めて周囲を確認すると、いつもの場所に自分たちは来ていた。ここならば、シャドウは出現しないので問題ないが、それ以上の問題は……

 

「何するにゃああああ!!」

「あっ」

 

 下着姿のままの凛がこの状況に冷静でいられるのかが問題だ。

 

「ここって……テレビの世界…………そういうことかにゃ……!」

「あ、あの……凛さん?」

「お前が、凛たちが追っていた犯人かにゃああああああ!!」

「えっ?」

「ここであったが百年目にゃ! 悠さんたちはいないけど、凛だけでも戦って足止めするにゃ!!」

「だから、俺は」

 

 

ーカッ!ー

「ペルソにゃああああああっ!!」

 

 

 以上の顛末から現在に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……何とかしないと」

 

 凛を傷つけないように何とか防戦に持ち込んでいるが、このままではこっちがやられる。何とかしなければと思ったその時だった。

 

 

 

「何やってんの?」

 

 

 

 イザナギとタレイアの剣戟が終盤を迎えようとした刹那、背筋が凍るような声色が辺りに響き渡る。瞬時に戦闘を止めた凛と悠は恐る恐ると声がした方を振り返ってみると、見えた光景に絶句した。

 

「え、絵里……それに、みんな」

「悠さん? これはどういうこと?」

「凛ちゃんを下着姿のままテレビの世界につれてきて……あまつさえ、ペルソナで戦ってるなんて」

「戦闘不能にしたところを美味しくいただこうっていう魂胆かいな?」

「ち、違う! ええっと……これは」

 

「皆、やりなさい」

 

 弁明する間もなく、悠のイザナギに業火と豪雪の鉄槌、疾風の刃が同時に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悠、貴方ねぇ……何でいつもいつも余計な誤解を招くようなことをのかしら?」

「いや、俺は凛を何とかしようと」

「言い訳無用。もし部室に入ってきたのが私たちじゃなかったら、それこそ終わってたわよ」

「はい……」

 

 その後、凛の着替えを覗いたことなどを追及されてこっぴどく叱られた。あまつさえ、落ち着けさせようとしたのが裏目に出て、下着姿のままテレビの世界へ行ってしまって、そのままバトルになるとは何事かともしこたま怒られた。

 凛の方は絵里たちの後に駆け付けた花陽と真姫がケアをしてくれているが、去り際に2人からゴミを見るような目で睨まれたのは結構堪えた。

 

「全く悠くんはいつからそんなはしたない主人公になったんかなあ。大方リーダーについて悩んでる凛ちゃんのことを考えとったんやろうけど、今のは逆効果やで」

「面目ない……」

 

 本当に反省しかない。何で最近こういう目に遭うことが多いのかとも思ったが、今回は完全に自分が悪い。このことをことりなんかに知られたら一体どうなることか……

 

「で、これからどうするの?」

「……何とかする」

「ふ~ん、その様子やと既に手は打ってあるって感じやね」

「まあ……な」

 

 結局ここで決まる話ではないし、悠には何か打つ手があるようなので、今日はここでお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、災難は続いた。

 

「なあなあ、良いだろう?」

「や、やめて下さい!」

「何なのよ、アンタたち!」

「やめるにゃ! 嫌がってるにゃ!」

「ああ? お前には興味ねえからあっち行ってろよ。しっし」

「にゃあ!?」

 

 いつもの帰り道を通っていると、先に帰っていた1年生組が他校の男子生徒にナンパされているのを見かけた。

 

「凛ちゃんに興味ないって……どういうことですか?」

「ええっ? だって、こいつに久しぶりに会ったけど、相変わらず女らしくないなって思って」

「なっ!?」

「相変わらず男っぽいし、その制服のスカートだって全然似合ってないじゃん」

「うっ」

 

 辛辣な言葉に小学生の時のトラウマが蘇ったのか、凛は何も言い返せず下を向いてしまった。状況から察するに、おそらくあの少年たちは凛の小学生時の同級生で、偶々通りかかった花陽と真姫をナンパしようとしたのだろう。これはマズイ状況だ。

 

「り、凛ちゃん……」

「さあさあ、そんな男女は放っておいて、俺たちと一緒に」

 

 

「お前ら、いい加減にしろ」

 

 

 気づけば、悠は凛たちを庇うように前に出ていた。大事な後輩を軽薄にナンパした挙句、更に凛の自信を更に折るような暴言まで吐かれては黙っていられない。

 

「悠さん!」

「あ、アンタは……」

「ば、番長だ。音ノ木坂の番長だ……!」

「お、音ノ木坂の番長ってあれか? μ‘sのマネージャーで、メンバーに出を出したら血祭りに上げられるって噂の……」

「やべえよ……これはやばいって……!」

 

 悠が乱入したその時、少年たちは何故か怯え始めた。何だか変な噂が流れているようだが、そんなことはどうでもいい。

 

「お前ら、3人に手を出そうとしてたな」

「い、いや……俺は別に手を出そうとした訳じゃ。ただ……かよちんと真姫ちゃんとお近づきになりたくて……」

「それもそうだが、凛にも何か酷いこと言ってたな?」

「「いいっ!?」」

 

 取り繕うとするが、大方の話はすべて聞いていた悠の凄みの前に思わず足が震えてしまった。凛を傷つけた挙句に花陽と真姫に手を出そうとしたからには悠の怒りは当然だ。しかし、

 

「いやいや、アンタだってそうだろ。こんな男女みたいなやつじゃなくて、そこのかよちんとか真姫ちゃんみたいな女の方が良いって」

 

 意地を貫きたいのか、ここぞとばかりにまくし立ててきた。まだ懲りてないのか、そんなまくし立てる元気があるとは呆れたものだ。その言葉を受けて、凛の顔が更に沈んでしまっている。これ以上は許せない。

 

「お前ら、一つ良いことを教えてやる」

 

 そう言うと、悠は背後に隠れる凛を強引に抱き寄せ、見せつけるように凛の頭をポンポンと撫でた。

 

 

 

「普段の凛も可愛いが、こうするともっと可愛いぞ」

 

 

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 

「にゃっ!? にゃにゃにゃにゃにゃにゃ~~~~!!!」

 

 瞬間、その場にいた悠を除く全員の時が止まった。凛に関しては強引に抱き寄せられた挙句、悠に優しく頭を撫でられるというメンバーからしたら超羨ましいことをされて、何で自分がという気持ちと直に感じる悠の体温と優しい手つきに心地よいと感じる自分の訳が分からない感情に頭が沸騰しそうになる。

 だが、当人の頭の中がそうなっているのに対して、他の者たちは混乱していた。

 

「た、確かに……可愛い……じゃなくてアンタ、何でこんなことを」

「俺のカワイイ凛が傷つけられたんだから、黙っていられないしな」

「なあっ!?」

「そそそそれは……もしかして、こいつと付き合ってる……とか?」

 

()()()()()()()()()

 

 

 

―!!―

 

 

 

 再び雷が落ちた。確証はないが、あの余裕がある笑みといい風格と言い、更には抱き寄せられて照れている凛がとても可愛い。そう思ってしまった男たちは途轍もない敗北感を覚えてしまった。そして確信する。この男と自分たちでは、圧倒的に格が違うと。

 

「おい」

「「は、はい!?」」

「他の奴にも伝えろ。もし今後凛に同じことを言って傷つけたら、俺が容赦しないとな」

「「は、はいいいいいいいいいいっ!!」」

 

 珍しく怒気を含んだ悠の気迫にすっかり委縮してしまった二人組は逃げるようにその場から走り去っていった。去り際に番長こえええと聞こえたのは幻聴だということにしておこう。

 

「はあ……今後はこういう輩に注意しないとな。あれ? 凛?」

「にゃあ…………」

 

 見てみると、抱き寄せていた凛は今までにないほど顔を赤面させてフリーズしていた。同様に背後にいた花陽と真姫は絶望したように顔面蒼白で立ち尽くしている。

 

「あっ」

 

 やってしまった。奇策を打ったとはいえ、今思えば誤解を与えかねない発言をしてしまった。

 これはまずいと思った時は遅かった。

 

 

「ゆうく~ん♪」

 

 

 後ろから背筋が凍るような声がする。恐る恐る振り開けると、笑顔だが目がちっとも笑っていない絵里と希、にこの3人が仁王立ちしていた。

 

「や、やあ……奇遇だな……」

「ええ、本当に。貴方のいう手って、そういういやらしいことだったの?」

「い、いや……絶対そんなことは……」

「これは詳しく聞く必要がありそうね」

「悠くん、今日はウチの家にエリチとお泊りやね」

 

 死刑宣告が下された。本日2度目の絶望を味わった悠は思わず膝をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃあ~……大変ったにゃ」

 

 いつもより遅い時間に帰宅して、親と少し会話した後、一息ついた凛は自室で溜息をついていた。あの一悶着の後、悠は絵里と希に引きずられてどこかに連れて行かれた。少し気の毒だと思うが、あれは完全に悠の対応が悪かったので自業自得だとしか言いようがない。何より、花陽と真姫がショックを受けていたので自分としては少し許せなかった。

 でも、

 

 

『俺のカワイイ凛が傷つけられたんだから、黙っていられないしな』

 

 

「ううう……悠さんのあの言葉、頭から離れないにゃあ……」

 

 ふと、先ほど悠に言われた言葉を思い出す。何故か顔も赤いし、身体も熱い。今まで悠に頭を撫でられたりすることはあったが、今日みたいにこんなにドキドキするようなことはなかった。一体どうしてしまったのだろう。

 そして、身体の熱が冷めたと思うと、凛は目の前のクローゼットを開けて、その中にしまってあったワンピースを手に取った。

 

「こんな可愛い服を着たら、悠さん……どう思うかな?」

 

 自分は可愛くないと言われて、それ以降そうだと思い込んでいた自分。普段だったらまた自分に可愛いイメージなんて似合わないと思っていたのだが、今日悠に可愛いと言われて、どこか嬉しいと思った自分がいた。

 この可愛い服を着たら、もっと可愛いと思ってくれるだろうか。そうであったのなら自分ももっと嬉しい。だが、

 

 

「凛は……かよちんと真姫ちゃんに比べて……」

 

 

 口ではそう呟いてしまったが、本音は違う。もしこの気持ちがそうであるならば、自分は親友の2人に横恋慕してしまうことになる。それだけは絶対にダメだ。

 明日はファッションショー当日なのに、何を思ってるんだろう。不相応にも考えてしまった自分に自己嫌悪を感じながら、凛は再び枕に顔をうずめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ファッションショー当日~

 

「わあ……」

「まさに圧巻ね」

「絆フェスとは違う緊張感があるよ」

 

 ついにファッションショーの日がやってきた。流石は桐条グループの傘下企業とあって、会場はとても大きく普段のライブより多くの観客が押し寄せていた。ファッションショーは元より、あの話題のスクールアイドル【μ‘s】のライブもあることも話題を呼んだらしい。

 観客の多さを裏手から覗いて多少たじろいでしまうが、絆フェスのキラーパスに比べればどうということはない。

 そう思いながら、今回自分たちを使ってくれた主催者やスタッフたちに挨拶して周り、用意して貰った控室でライブの準備を進めた。

 

「おっはようにゃ~♪」

 

 そして、準備を着々と進めている最中、今回のターゲットである凛が控室に入ってきた。ここからが本番だ。

 事前に今回のことは他の皆には伝えてあるので、凛が入ってきたタイミングで花陽にアイコンタクトで合図を送って作戦を開始した。

 

「凛ちゃん、おはよう。私達も衣装に着替えようか」

「あ、うん、そうだね!」

「はい、凛ちゃんの衣装はこっちだよ!」

「うん! …………え、嘘……?」

 

 凛の目が見開いた。何故なら、本来凛の衣装はタキシードだったはずなのに、そこにあったのは花陽たちが着る花嫁衣装だったからだ。

 

「えっ? これって……どういうことにゃ?」

「私も凛ちゃんと同じ衣装だよ。というか、凛ちゃんのタキシード衣装はうっかり持ってき忘れてたんだ」

「へあっ!? じゃあ、何で凛がこっちなのかにゃ。そもそもあるにしても、ことりちゃんもいないのに、こっちの衣装がもう一着だなんて……」

 

 突然の事態に凛は困惑した。当然だが衣装忘れたなんてスクールアイドルとしてはあってはならないことだ。そんな重大な事態なのに何故皆は慌ててないのだろうか。何故自分の衣装はタキシードではなく花陽たちと同じ花嫁衣装でなくてはならないのだろうか。

 

「実は、これは()()()()()()()()()()()()()()()

「へあっ?」

 

 すると、悠はいつの間にか持っていたリモコンのスイッチを押すと、控室に設置されていた白いスクリーンに光が灯った。

 

『おおい、悠! 元気にやってっか!』

『すっげえ! 本当に鳴上くんたちが映ってる』

『わあ、お兄ちゃんだ! それに、μ’sのお姉ちゃんたちもいる』

 

「えっ? よ、陽介さんに千枝さん! それに、菜々子ちゃんに、みんなも!?」

 

 スクリーンに映ったのはなんと稲羽にいる特別捜査隊の仲間たちと菜々子だった。

 実は悠が事前に美鶴に頼んで、この控室と稲羽のジュネスを繋げてほしいと頼んでいたのだ。陽介たちも穂乃果たち2年生組がいない中でのライブに臨む凛たちを是非とも応援したいと言っていたし、凛を励ますなら人数は多い方が良い。

 

『千枝、この鼻眼鏡絵里ちゃんたちにも見えてるかな?』

『やめんか! テレビだからって、そんな爪痕残さんでいいから!』

『これが、テクテクってやつっすか……都会は凄いっすね』

『カンジ~、全然違うクマよ。こういうのは、はいびじょんって言うんだクマ~』

「完二くん、クマくん、どっちも違うわよ」

 

 うん、いつもの陽介たちだ。画面越しでもいつも通りのゴタゴタを繰り広げる稲羽の仲間たちを微笑ましく思った。それに、相変わらず菜々子は可愛い。

 

「いやいや、突然のことで戸惑ったけど……何で陽介たちが?」

『何でって、そりゃ絵里ちゃんたちを応援するために決まってんだろ』

『あたしたち仲間なのに、離れ離れで直接応援出来ないのって何だが歯がゆいって話を鳴上くんにしててさ』

『それでね、今回鳴上くんが桐条さんに頼んでこうやってテレビ中継でジュネスと繋いでもらったの』

『菜々子もクマさんたちといっしょにおうえんしにきたよ。菜々子もμ’sが大好きだから』

 

 

 菜々子の”だいすき”に絵里たちは思わず感動してしまった。この場にいる全員すでにナナコンにかかっているのだろう。

 

 

「それはそうと……か、完二くんがこのドレス作ったの!?」

『う、うす。一昨日に凛のために作ってくれってセンパイから電話で頼まれて……元のレシピや凛のサイズとかはことりに聞いたんで良かったんスけど、どうも初めて作るもんは難しくて……二日もかかちまったっス』

「こ、これを2日でって……」

「この人、自分が凄いことやってのけたって気づいてないのかしら?」

 

 よく見ると、全然寝ていなかったのか完二の目の下の隈が画面越しでも酷いように見える。本人は平気そうにしているが、実際は修羅場だったのだろうというのが伺えた。

 

「で、でも、凛が着るくらいなら、皆同じ衣装の方が凛なんて可愛くないし…………」

 

 だが、それでも凛は簡単に首を縦に振ろうとはしなかった。

 

 

「そんなことない!!」

 

 

 だが、今度こそ花陽が普段見せない表情と大声で凛の言葉を否定した。

 

「凛ちゃんは可愛いよ! 私が抱きしめたいって思うくらいに!」

「かよちん……」

 

 目に涙を溜めた親友を前に、星空の目も潤んでいた。まるでずっと張り続けていた壁を鋭い弾丸が打ち砕いたように。そして、その花陽の魂の叫びを皮切りに傍に居た真姫たちも激励の言葉をかける。

 

 

「凛、あなたは本当に魅力的な女の子よ」

「褒められて照れてる時とか、ウチも抱きしめたくなるよ」

「アンタの1番可愛い姿を見せつけてやりなさいよ」

「凛、もっと可愛いあなたを見せてちょうだい」

 

『そうだぜ。凛ちゃんはもっと自信もって良いと思うぜ。花陽ちゃんたちに負けないくらい可愛いんだから、勿体ないって』

『あたしだって、凛ちゃんは可愛いって思ってるよ。凛ちゃんが可愛くないって言ったやつはあたしが全員蹴飛ばしてやるんだから!』

『そうだよ。私もキチンとミディアムに焼いてあげるから』

『焼くな!? 雪子、表現が最近おかしくない?』

『先輩らの言う通りだぜ、凛。男か女かなんて関係ねえ。お前のか、か……可愛さを全力でぶちかましてきやがれ!!』

『リンちゃーん! 頑張るクマ~! クマもナナちゃんも応援してるクマよ~~!』

 

『りんお姉ちゃんはすっごく可愛いよ。菜々子も、りんお姉ちゃんみたいに可愛くなりたーい』

 

 目の前にいるμ‘sの仲間たち、そしてスクリーンに映る特別捜査隊の仲間たちの励ましの言葉が凛の感情を揺さぶった。

 初めてだった。こんなにも多くの人から、可愛い・魅力的だと言われて嬉しかった。

 

「凛、俺も同じだ。凛はとても可愛くて、皆に負けないくらい魅力的な女の子だと思ってる。凛もμ‘sメンバーなんだ。μ’sは誰一人として欠けてたら、その魅力を発揮できないくらいな」

 

「悠さん……」

 

「だから、今日は存分に凛の魅力を見せつけてこい。期待してるぞ」

 

 悠の言葉に皆が強く頷いた。それは皆の想いを一つにまとめた言霊のようだった。故に、凛は心を再び揺さぶられ、目に大きな雫が溢れてくる。

 

 

「みんな…………ありがとう!」

 

 

 溢れる涙を止めようとする凛を花陽は強く抱きしめた。それは

 凛は背中を押されて力強く頷くと、花陽から完二特製の花嫁衣装を受け取って、いつものように気合いを入れた。

 

 

 

「よ~し。それじゃあ、いっくにゃー!!」

 

 

 

 その日、魅力的な花嫁衣装とタキシードに身を包んだ乙女たちのパフォーマンスは会場にいた観客全員を魅了した。中でも特に観客たちの目を引いたのは、今回センターを務めていた猫のように可愛い花嫁衣装の少女だったという。

 

 

 

 

 

 

 

「ええっ!? 陽介さんたちとファッションショーの時にテレビ中継したの! ズルいよ~、穂乃果たちが沖縄で足止め喰らってる最中にそんな楽しいことしてたなんて~! 穂乃果たちもしたかった~~~!」

「突っ込むところはそこですか……しかし、よくそんなことができましたね。流石は桐条グループと言ったところでしょうか」

「菜々子ちゃんと会ってたなんてズルい……それにお兄ちゃん、凛ちゃんを強引に抱き寄せて頭撫でたりしてたんだ……今すぐお話聞かないと」

「ことりちゃん、どうどう」

 

 ファッションショーから翌日、ようやっと沖縄から東京に帰ってきた2年生組が事の顛末を聞いて、羨ましがったり嫉妬したりとして大忙しだ。

 あのファッションショーは結果的に大盛況だった。本職のモデルにも負けない可憐で魅力的な容姿に美しいドレスとタキシード衣装に身を包んだスクールアイドルたちのライブは多くの観客を魅了した。主催者も彼女たちを呼んで良かった、もしまたファッションショーをやることがあれば是非もう一度やってほしいと喜びを露わにしていたらしい。

 

 さて、変化したことがあるとすれば……

 

 

「凛ちゃん、練習着にスカート履くようになったね」

「確かに。以前は全然似合わないからと避けていたはずですが」

「前に凛ちゃんのシャドウが言ってたこと、克服できたのかな?」

「そうやね」

 

 

 凛はあの日を境に凛は積極的にスカートを履くようになった。でも、それはもう一つ要因はあるのだろう。

 

「絶対悠さんが凛ちゃんに何かしたよね?」

「ええ、凛の悠さんを見た時の表情を見れば分かります」

 

 スカートのことの他に凛の悠を見る表情が変わった。以前は尊敬や親愛と言ったものだったのが、まるで愛しい人をみるような、言い換えれば自分たちと同じ恋する乙女のようなものになっているのだ。

 その様子を見て、ラビリス以外の3人は複雑そうな表情を作るが、そのお陰で凛が成長の一歩を踏み出せたのならそれでも良いかと、やれやれと言わんばかりに溜息を吐いた。

 

 

 

「かよちん・真姫ちゃん、ありがとう。凛のために」

「別にいいわよ。仲間なんだし」

「それにしても、凛ちゃんのスカート姿可愛いね」

「えへへ、ありがとう」

 

 今まで制服以外でスカートを履くのに抵抗があったのが、あのファッションショーで背中を押されてからはそんなものはなくなっていた。それもこれも本当にこんな自分を可愛いと励ましてくれた特捜隊&μ‘sの皆のお陰だ。

 それに、

 

「あのね、かよちん・真姫ちゃん。凛ね、2人に一応言っておきたいことがあるんだ」

「えっ? 何々」

「どうしたのよ、改まって」

 

 思い切って親友の2人には打ち明けよう。もしかしたら勘違いかもしれないし、2人にはとても不都合なことかもしれない。でも、それでも今までの自分と決別するために。そして、2人に本当の意味で並び立つために、今この場でこの胸にある想いを解き放とう。

 

 

 

「凛ね、2人と同じくらい、悠さんの事……大好きにゃ!」

 

 

「「えっ?」」

 

 

 




<???>


「ハァ…ハァ………本当にしつこい…!」
「あの探偵…何で私たちの秘密のルートを使えるのよ…! おかしいじゃない…」


 星が瞬く薄暗い夜、電灯の明かりが一つ輝く路地裏の隅っこにて彼女たちは恨み節を吐いていた。

「とうとう…決行の時ね……」
「ええ、時期的にもう修学旅行が終わった後だもの。あいつらの気が緩んでる隙に……」
「その前に、あの探偵を何とかするしかないわね」

 小さい会議を終えた途端、タイミングを見計らうかのようにコツコツと足音が聞こえてくる。おそらくあの探偵が近づいてきたのだろう。ああ、恨めしいと彼女たちは思った。

 恨めしい…恨めしい……あの日から、何もかも恨めしい。自分たちに己の理想を押し付け、あの事件に巻き込んだあいつ。そして、あの事件のことを公表せず何もしなかったあの学校。そして、自分たちを差し置いて世間の脚光を浴びるあいつら。


恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい


 だから、今こそ復讐を果たそう。誰のものでもない、誰にも邪魔されたくない。自分たちの復讐を。

 そして、近づいてくる足音の主に向け、彼女たちは引き金を引いた。



 彼女たちのその日は近い…。


To be continuded Next year.


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Extra⑩「Happy New Year! -2021-.」

絆フェスも大盛況に終わり、桐条グループの傘下企業によるファッションショーが開催される少し、前のこと……


謎の電話に呼び出されてテレビの世界に入った悠たち。そこで待ち受けていたのは………


 …………………………

 

 

 

 

『レディースエンドジェントルメンヌっ!! 読者の皆さん、あけましておめでとうクマー! さあ、年明けからいよいよお待ちかね。ついにあの番組の“本選”が開幕するクマ~。司会はもちろんこの私、“ジャスミークマ沢”で御座います! それでは参りましょう!』

 

 

 

 

 気力・能力・クマの気分っ! 優勝目指して突き進めっ!! 題して……

 

 

 

 

【マヨナカ横断ミラクルクイズ】

 

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアアア

 

 

 

「えっ? なにこれ?」

 

「このテレビのスタジオっぽいの、確か稲羽のテレビの世界やと思うけど」

 

「いつの間に、こんなセットが……? って、私たちいつの間にか晴れ着になってるわよ!」

 

「「えっ!?」」

 

 目の前に広がる光景に絵里・希・にこはただ呆然としていた。このテレビ局のスタジオみたいな広場は間違いなく稲羽のテレビの世界。だが、今はあの時とは違って何故かどこぞのクイズ番組のようなセットが用意されている。軽快な音楽が流れている背後の大画面のテレビには【マヨナカ横断ミラクルクイズ】とうテロップが映し出されていた。

 更には、服装が制服から正月に着る晴れ着になっている。これは一体どういうことだろうか?

 

「ああ……やっぱり始まっちまったか……」

 

「クマくんから呼び出された時点で察しはついてたんだけどね」

 

「………………」

 

 極めつけは一緒に入ったはずの悠が見当たらず、代わりに稲羽に居るはずの陽介・千枝・雪子が隣の席で頭を抱えたり瞑想したりしているということだ。3人も自分たちと同じく晴れ着に身を包んでいる。

 

「およ~これはこれは稲羽市からお越しの“女を捨てた肉食獣”里中千枝さん、いい勘をしてるクマ。前回の番外編のクイズパワーのお陰か頭が冴えているのでしょうか?」

 

「一目瞭然だっつの!」

 

「ねえ、このクマそろそろ締め上げていいかな?」

 

 クマもといジャスミークマ沢のイラっとくる言葉に拳を振り下ろしたくなるが、絵里たちの手前なので今は我慢しておこう。

 

「とにかく、まずは私たちに状況を説明して。一体何なの、このクイズ番組のセットみたいなのは?」

 

「エリちゃん、何言ってるクマ~? 今現実の世界線では2021年のお正月クマよ。お正月と言ったらクイズ、クイズと言ったらお正月って言うでしょう?」

 

「言わねえよ! 大抵このお正月の番外編は晴れ着とか年賀状とか、初夢とかがテーマだったろうが!」

 

「ヨースケも相変わらずうるさいクマねえ。だから、今回はお正月だからみんな晴れ着を着てもらってるんでしょ? それに、修学旅行に行っちゃってるホノちゃんたちの代わりに、大人でセクシーなエリちゃんたちを呼んだんでしょうが!」

 

「意味わかんねえよ」

 

「巻き込まれた私たちは飛んだ迷惑よ」

 

「にこっちのどこに大人でセクシーな要素があるん?」

 

「うっさいわね! クマ吉がそう言ってるから良いんでしょう!」

 

 もう時間軸や企画理由からしてぐだぐだである。お正月風に見せようと自分たち全員がいつの間に晴れ着になっているところから、今回も安定のジャスミークマ沢は不手際さに陽介のみならず、絵里も溜息を吐いてしまった。

 

「さあ、お喋りはここまでにして、今回初登場の音ノ木坂組のパネラーを紹介するクマ~。それではまず、東京都からお越しの【女王気質のホワイトスワン】こと絢瀬絵里ちゃん。意気込みをどうぞ」

 

 ジャスミークマ沢はそう言うと絵里に話を振ると、誰もいないはずの周囲から歓声が沸いた。

 

「え、ええっ!! 何この歓声。もしかして、これって誰か見てるんじゃ」

 

「安心するクマ。これはクマが出してる効果音なんだけど、薄っすらと沖縄にいるホノちゃんたちの声も混じってるクマから良いコメントよろしくクマ~!」

 

「紛らわしいわよ。というか、穂乃果たちも見てるの!?」

 

「そうクマ。せっかくの修学旅行なのに、台風でどこも行けないって聞いたから、マーガレットさんにお願いしたクマ」

 

 

『おおい! 絵里ちゃ~ん、見てる~?』

 

『またクマさんがこんな企画を……まあ、台風でやることがないのでありがたいと言えばありがたいのですが……』

 

『ねえねえ、お兄ちゃんはどこかな?』

 

 クマの言葉は真実だったのか、本当に頭上から沖縄にいるはずの穂乃果の声が聞こえてきた。何と言うか、あのベルベットルームの住人たちは本当に何でもありな気がしてきた。

 

「ではでは~、続いて同じく東京都からお越しの【夢みるナルシストアイドル】矢澤にこさん。いつものアレをどうぞ!」

 

「ちょっ、いきなりって。ううん…………にっこにっこに~。あなたの」

 

「はい続きまして」

 

「って、最後までやらせなさいよ────!」

 

 にこも続いて自己紹介を振られたが、やり切る前にスルーされてしまった。

 

「あれ? ノゾチャン、どこ行ったクマ?」

 

「ああ、希ちゃんなら……」

 

 

「はい悠くん、あ~ん」

「あ~ん」

 

 

 

 千枝が指さすその先では、いつの間にいた悠が希に食べ物をあーんしてもらっている最中だった。

 

「ウチのパフェ美味しい?」

「ああ、格別だ」

「うふふ、嬉しいわぁ」

 

「っておい! 何やってんだよ!?」

 

 まるで付き合いたてのカップルのように甘々な空気を領域展開する2人の雰囲気に耐え切れなくなった陽介がツッコんでしまった。

 

「およ~! 流石は自称正妻最胸スピリチュアル巫女ノゾチャンこと東條希さん! 二つ名に恥じぬ積極性を見せております!」

 

「お前もそこで煽るな! こんなとこ、ことりちゃんが見たら……」

 

『ちょっとちょっと! ことりちゃん危ないって!』

 

『テレビの中に突っ込むのは止めて下さい!!』

 

『離して海未ちゃん! 早く希ちゃんを止めないと、お兄ちゃんが食べられちゃう!』

 

 案の定、外では兄を危機的状況から救おうとテレビに突入しようとする妹がいた。

 

 

「さあ、テレビの前の皆さん! お待たせした! 今回この私のアシスタントを務めますのは、東京都より大物ゲスト!! 今話題沸騰中のスクールアイドル【μ‘s】の敏腕マネージャー兼プロデューサーであらせられる【鋼のシスコン番長】こと、セ・ン・セ・イです!!」

 

「よろしく」

 

 ジャスミークマ沢の仰々しい紹介に周りが一斉に歓声を上げる。それに対して、悠は淡々と一言だけそう言った。この男も晴れ着を着用しているだけあって、とても映えていた。

 

「前もそうだったけどさ、何でいつもお前だけ紹介が仰々しいんだよ……」

 

「キングだからな。おかわり、ストレートで」

 

「あれっ!? またお前酔ってんの? つか、またジュースで酔ってんのかよ!!」

 

「違うぞ、陽介。これはジュースじゃなくてシンデレラというノンアルコールカクテルだ」

 

 刹那、陽介の台に表示されている数字が0から―1に変わった。

 

「はあっ!? 何で今ので俺のポイントがマイナスになるんだよ!」

 

「陽介、いつからクイズが始まっていないと錯覚していた?」

 

「どこのラスボスだよ! つか、この流れは前もやっただろ!! というか、穂乃果ちゃんたちが修学旅行でいないから絵里ちゃんたちを呼んだのは分かるんだけどさ、何で俺ら稲羽組は顔ぶれが変わってねえんだよ。今回こそ完二とか直斗とか呼べばよかっただろ?」

 

「ええ、それは去年も言ったクマよ? ご本人たちに直談判したけど、ソッコーでお断りされたって」

 

「やっぱしな……」

 

「そんで、今度はハナちゃんやリンちゃんとマキちゃんにもお願いしたんだけど、同じくソッコーでお断りされたクマ……オヨヨ」

 

「ああ……やっぱし……」

 

「って、ちょっと待ちなさい! 花陽たちにはこのクイズ番組のことを話したってこと!?」

 

「そうクマよ。ヨースケのケータイを借りて電話でお願いしたクマ」

 

「何よそれ! おかしいでしょ! にこ達は何で説明せずに呼んだのよ!?」

 

 花陽たち1年生組にはクイズのことを説明したのに、何故自分たちには説明もせず騙す形でここに連れてこられたのが納得できなかったのか、にこは思わずクイズ台から身を乗り出して追及する。

 

「もう、ニコちゃんは察しが悪いクマねぇ。これでニコちゃんたちは来なかったら出場者はヨースケたちだけになっちゃうでしょー? そうなったら、去年の焼き増しだってネットで叩かれちゃうでしょー? そうなったら、司会兼プロデューサーのクマが困っちゃうでしょうー?」

 

「知らないわよ……」

 

「もう、クマくんったら。ちょっと雪子ちゃんも何か言って……」

 

「今度は負けない」

 

「天城サン……?」

 

「まーた乗り気っすか……」

 

 雪子と言えばもう既に早押しのボタンを連打しまくっており、準備万端だった。

 

「オヨ~、さっすが【難攻不落の黒雪姫】ユキチャンクマ~。というわけで、そろそろ“巻き”に入ってるけど、皆の調子はどうクマ~?」

 

「ADはいねえっつの。てか、どんだけクイズ好きなんだよ。前回もやったろーが」

 

「まーたまたそんなこと言って~。ヨースケだって楽しんでたでしょー? あの日の感動を忘れたとは言わせないクマよ?」

 

「感動してねぇし意味わかんねえよ。つか、前回は海未ちゃんと天城が同点でぐだぐだになっただろうが……」

 

 前回はこのジャスミークマ沢の不手際のせいで、クイズ番組にはあるまじき事態になったことを思い出したのか、陽介は頭痛に苛まれた。

 

「まあ、良いんじゃない? せっかくクマくんがわざわざ用意してくれたんだし」

 

「そうやね」

 

「優しいな、絵里ちゃんたちは」

 

「諦めてるだけよ。もうここまで来たら参加して乗り切るしかないじゃない」

 

 ここまできたら、もうやけくそだ。クマにへそを曲げられても困るし、ここは乗ってクマに機嫌よくしてもらってさっさと還ろう。

 

「それに、優勝したら悠くんを好きに出来る券を貰えるんやろ?」

 

「はあっ!? そんなこと聞いてねぇけど!」

 

「違うよ、希ちゃん。鳴上くんにお揚げをたくさん作って貰える券だよ」

 

「えっ? 花村に肉丼をたくさん奢ってる貰える券じゃなかったっけ?」

 

「悠にA-RISEのライブに付き合ってもらう券でしょ」

 

「情報が錯綜してわけわかんないだけど! あと里中、また俺にたかるつもりか!?」

 

 自分だけ知られていない情報に更に頭痛が痛くなる陽介。よく見てみれば、前回と同じく何も書かれていない紙きれを悠が持っている。十中八九さっきから彼女たちが言ってる何でも出来る券はあのことだろう。

 

「何なんだよ、俺だけ知らないってどういうことだよ……まともなのは俺だけか!!」

 

「……クマ、ボートを用意しろ」

 

「用意するな! てか、お前もふざけんなよ!」

 

「落ち着いて陽介くん。ここまできたらやるしかないわよ。悠に買い物に付き合ってもらう券を手に入れるために」

 

「無理にボケなくていいからな、絵里ちゃん」

 

 

 

 目標変更。情報が錯綜してカオスな状況になっているが、悠と自分の貯金のためにもこのクイズ番組に勝たなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあて皆さん、用意は良いクマか? 今から皆さんの目の前にある大画面に問題が映し出されます。問題は早押しで、制限時間内に答えが分かったら手元のボタンをビシッと押すクマ。正解したら1ポイント、不正解だったら-1ポイント差し上げまっす」

 

「ちなみに、問題のジャンルは俺が見た限り様々だ。俺たちのことに関する問題だったり雑学だったりするので、そこも注意だな。是非とも読者の皆もチャレンジしてみてくれ」

 

「それでは早速、第1問!」

 

 

 ジャスミークマ沢と悠の説明が入ったあと、早速大画面に問題が映し出された。

 

 

 

 

 

 

 

Q1:特捜隊&μ‘sの協力者【山岸風花】のペルソナの名前は? 

 

 

 

 

「えっ? 風花さんのペルソナ……」

「ああ、どっかで聞いたことあるような……」

 

 今回も最初から難解な問題に頭を悩ませるパネラーたち。P-1Grand Prixで共闘した悠や穂乃果はまだしも、夏休み以降あまり接点がない自分たちはうっすら聞いたことがある程度。頭にぼんやりと浮かんでいるのだが、一体何だっただろうか? 

 

 

ピコンッ

「これやろ、【ユノ】」

 

 

 悩み始めてから数秒ほどで、希がボタンを押して解答した。

 

 

ピポピポーンッ! 

「ジャスミー! ノゾチャン正解クマー!」

 

 

「うふふふ、これくらい余裕や」

「さっすが希ちゃん」

「同じナビペルソナ持ちだから、分かってたのかな?」

「さあ、どうやろうねえ?」

 

 

 

 

 

 

「続いて、第2問です!」

 

 

 

Q2:絆フェスの総合プロデューサー【落水鏡花】がプライベートに設定していた4ケタの暗証番号は? 

 

 

 

「ああ……これも落水さんが言ってたな」

「確か、あのマシンルームに入った時だったよね?」

「ええっと……」

 

 

 またも過去を振り返るような内容の問題に頭を悩ませる。この問題は確かマヨナカステージ事件の大詰めで関係者の落水の話に出ていた覚えがある。一体何だっただろうと思っていると、

 

ピコンッ

「はい、【1324】」

 

 またも希がいち早く解答ボタンを押した。

 

 

ピポピポーンッ! 

「ジャスミー! またまたノゾチャン正解クマ──―!」

 

 

「うふふふ。イエイ☆」

「希ちゃん、すげえ……」

「もう希ちゃんの一人勝ちじゃね?」

「ま、まだよ! 希に負けてたまるもんですか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムホホ~、次は超ゲキムズ問題クマ~。みんなは答えられるかな~?」

 

 ジャスミークマ沢の得意げな言葉に一同は身構える。そして、その超ゲキムズ問題としてだされたのは……

 

 

 

 

Q3:夏休みの海水浴で音ノ木坂学院の理事長【南雛乃】が着ていた水着は何だったでしょう? 

 

 

 

 

「はあっ!? 何だよ、この問題」

「前回みたいに鳴上くんのペルソナ答えろっていうのが来ると思ったら、今度はこれ!?」

「いや、流石にこれは誰も覚えてないでしょ……」

「文字通りゲキムズやわあ……」

 

 

 夏休みの海水浴は良い思い出も悪い思い出もあって記憶に新しいが、誰がどんな水着を着ていたなどあんまり覚えていない。しかも、あの時主に遠泳していた雛乃の水着なんて最も記憶にない。だが、

 

 

ピコンッ

「あっ、これだ! 【黒のモノキニ】」

 

 

 意を決した表情で解答したのは意外にも陽介だった。果たして結果は……

 

 

 

ピポピポーンッ! 

「おおっ! ジャスミー!! ヨースケまさかの大正解クマ~~! ミラクルが起きたクマ~~~!!」

 

 

 

 あの不幸に定評がある陽介が大正解した結果にスタジオに大歓声が沸いた。言うまでもなくこれはクマが流している効果音である。

 

「おっしゃああ!」

「ヨースケ、よく分かったクマねぇ」

「いやあ、みんなでジュネスに水着買いに行った時さ、ちょうどあそこの担当が俺だったから妙にどこにどんな水着売ってるか覚えててさ。雛乃さんが手に取った場所を思い出してこれだって思ったんだよ。いや~、ジュネスのバイトがここで役立つとは思わなかったぜ」

 

 実家のジュネスバイトのお陰でゲキムズ問題に正解できて大はしゃぎする陽介とは対称に、話を聞いていた女性陣は冷めた目をしていた。

 

「花村くん……」

「最低……」

「今度から別のとこにした方が良いかな?」

『陽介さん、それはないよ』

『破廉恥です』

「いやだから、偶々だって言ってんだろ! 俺にそんな変態趣味はないから、その冷めた目を向けるのはやめて!!」

 

 

 

 

 

 こういう感じでクイズ番組は次々と進行していった。

 

 

 

 

Q5:真下かなみが調べもので読んだ“イチオシ! アイドル図鑑”には後輩アイドルグループ【Pastel*Pallets】のランキング順位は? 

 

 

 

 

ピコンッ

「こんなの、余裕よ。8位!」

 

 

 

ピポピポーンッ! 

「ジャスミー! にこちゃん、正解クマ~~!」

 

 

「ふん、スーパーアイドルにこちゃんにかかればこんなものよ」

「そう言う割には、この一問しかあってないけどな」

「余計なこと言うんじゃないわよ、陽介」

 

 

 

 

 

 

 

Q9:焼肉屋のメニューにある“カルビ”とはどこの肉のこと? 

 

 

 

ピコンッ

「あちょうっ! あばら骨周辺のお肉のこと!」

 

 

 

ピポピポーンッ! 

「ジャスミー! 今度はチエチャンが正解クマ~~!」

 

 

 

「へっへーん! 肉のことなら負けないってね」

「流石千枝ちゃん、女を捨てた肉食獣なだけあるなぁ」

「希ちゃん……それはもうやめて。蹴りたくなるから」

「何でその蹴りが俺の方に向いてるんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Q13:学園祭から今日まで鳴上悠が召喚したペルソナを全て答えよ。

 

 

 

「「「またこれかよ!!」」」

 

「だから、こんなのマニアックすぎだっつってんだろ!」

「あたしたちが答えられるわけないって!」

「よしんば答えられるとしても、絆フェスの奴だけだって」

「流石にこれは答えられないって」

 

 

 

「あっ! はいはい! ええっと……イザナギと…………ほら、あれ、ベル……ベル……ベルアステリオス?」

 

 

ブブーッ! 

「ノットジャスミー! にこちゃん、不正解です」

 

 苦し紛れににこが回答したが、てんでダメだった。あまりにダメな回答にスタジオから深い溜息が漏れる。

 

「ええっ! 何でよ~~~!」

「いや、明らかにおかしいだろ。しかもなんだよ、ベルアステリオスって」

「何か、どっかの主人公とライバルが混ざってたわよ……」

「流石にそれはないわあ」

「ううう……」

 

 答えがあまりにとんちんかんだった故か、他のパネラーから総スカンを喰らってにこはガックシと肩を落としてしまった。すると、

 

ピコンッ

「しかたないなあ」

 

「ノゾチャン?」

 

 

 

「イザナギとジークフリードとトール、それとベルゼブブとイシスやな。あと、伊邪那岐大神」

 

 

 

「「「「……………………」」」」

 

 

 

 

ピポピポーンッ

「ジャスミー! ノゾチャン正解クマ~~!! コトチャンに並ぶ記録クマ~~!」

 

 

 

 なんと、にこが間違えた問題をあっさりと答えてしまった。これにはジャスミークマ沢も大興奮だ。

 

「うふふふ、ウチも悠くんのことは何でも知っとるからねぇ。ことりちゃんには負けへんで」

「いや怖えよ。ことりちゃんとは違うベクトルで怖えよ!」

『ふ、ふん! ことりもちゃんと分かってたからね』

「張り合わなくていいからな、ことりちゃん!」

 

 

 

 

 

 

Q16:“ふふふふふふふふふふ”これなんだ? 

 

「えっ、ここでなぞなぞ!」

「クマ公のくせにトリッキーなの出してきやがったな……」

「ええっと、これって……」

 

 

ピコンッ

「はいっ! 【豆腐】」

 

 

ピポピポーンッ

「ジャスミー! エリちゃん、正解クマ~~~!!」

 

 

 

「ふう、何とか答えられたわね」

「ねえ千枝、これってどういうなぞなぞなの?」

「さあ?」

「ふが10個だから、とうふってことだよ」

「ああ! なるほど、さっすが雪子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な展開が繰り広げられた中、ついに最終問題へ突入した。

 

「ここで決める!」

「一撃で仕留める」

「最後まで負けないわ!」

 

 いよいよ問題も最後というのもあるのか、皆の気迫のボルテージは最高潮に達していた。

 

「それでは、最終問題でっす!」

 

 

 ジャスミークマ沢の掛け声で大画面に最終問題が表示された。その内容は……

 

 

 

 

Q20:沖奈市のカラオケでマリーが歌ったのは何?

 

 

 

 

ピコンッ

「「「はいっ!!」」」

 

 

 一瞬で分かったのか、目に見えぬ速さで解答ボタンを押したのが数名。そして、解答ランプが点灯したのは……

 

「エリちゃん!」

 

 

 

 

「【恋愛サーキュレーション】」

 

 

 

 

 

 絵里が解答したと同時に沈黙が訪れる。果たして、絵里の答えは…………

 

 

 

ピポピポーンッ! 

「ジャスミー! エリチャンが正解クマ~~!」

 

 

 

 

 

「ふふふ、やっぱり自分が正解すると気持ちいいわね」

「エリチ、とっても嬉しそうやね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、ここで全問終了でっす! 結果を見てみましょうっ! 今回のマヨナカ横断ミラクルクイズの優勝者は~~?」

 

 

 壮大なドラムの音が響き渡り、ジャスミークマ沢の掛け声と同時に大画面に今回の結果が映し出された。果たしてその結果は……

 

 

 

 

陽介:0点

千枝:1点

雪子:3点

絵里:3点

希 :3点

にこ:-3点

 

 

 

 

「あれ? 同点クマ?」

 

 

 蓋を開けてみれば、雪子と絵里、希3人の同点優勝。この結果に総司会のジャスミークマ沢はポカンとしてしまった。

 

 

「だから、この形式だったらこういうこともあるって前も言っただろうが!!」

 

「え~……」

 

「何だその予想してませんでした、みたいな反応! おかしいだろ!!」

 

「同点のことは考えてなかったわけね……」

 

 前回のことを全く反省していなかったのか、クマのポカンとした顔を呆れてしまった。

 

「ね! 同点決勝だよね? 同点決勝! 早く続やろう!」

 

「ありませんってば!」

 

 そして、例の如く雪子は雪子で同点決勝を望んでいるが、そんな時間も余裕はない。クマはすがるようにアシスタントの悠を見るが、当人はまたもノンアルコールカクテルで場酔いしているので全然役に立たない。

 そんな四面楚歌と言ってもいい状況の中、クマは決断した。

 

 

 

 

 

「ムムム……仕方ないクマ。今回も優勝者は無し! またの挑戦をお待ちしております。さよならクマ~~~!!」

 

 

 

 

「「「「ふざけんなあああああっ!!」」」」

 

 

 

 またも有耶無耶にして強引に番組を終わらせたクマにパネラーたちは怒りの声を上げた。

 

「またやるつもりか!? もうやんねーよ!」

 

「クマくんはもっと企画や構成を練ってから出直してきなさい」

 

「悠くん、これおいしい?」

 

「ああ、上手いな」

 

「ちょっと! 希は隙あらば悠にじゃれつくんじゃないわよ」

 

「うわあ、もうこれ収拾つかないって」

 

「同点決勝……」

 

 こうして、このマヨナカ横断ミラクルクイズはまたもあるまじき形で終了した。もう二度とこのような催しはないだろう。いや、ないと信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夢か……」

 

 目が覚めると、そこは見慣れた天井だった。いつもの堂島家の自室の布団、外は連日の降雪で雪景色が広がっている。

 どうやらさっきまでの出来事は全部夢だったようだ。それにしても、一体あの夢はなんだったのだろう。不思議に思いつつも布団から身体を起こす。すると、机の上に何かメッセージカードのようなものが置かれていた。

 

 

『次回、マヨナカ横断ミラクルクイズ決勝戦。そのパネラーとして貴方様をご招待致します。此度の司会はこの私がお勤めさせてもらいますので、是非ともご参加して下さいませ。 E』

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

ーfin?ー




明けましておめでとうございます。ぺるクマ!です。

毎年恒例となりつつある正月番外編の2021年版でした。

今回はマヨナカ横断ミラクルクイズの第2弾をやらせていただきました。ペルソナ4Gのようにメンバーは変わらずで行こうかと思いましたが、あえて今回はμ’s組だけを入れ替えて稲羽組は変わらずという方向にしました。
前回同様クイズの内容はどうしようかと散々悩みましたが、読者の皆様が楽しんで頂けたら幸いです。

それはともかく改めて、読者の皆様あけましておめでとうございます。
昨年は色々ありましたが、今年も「PERSONA4 THE LOVELIVE~番長と歌の女神たち~」をよろしくお願いします!


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#105「Heven ➀.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

年初めからFGOで村正を引こうとしたら、400連くらい(無課金)回したのに自爆…周りの友人たちは全員引いたって話だったので、引いたやつら全員宿儺の指を食わせやると一時荒れてました(笑)。更に先日来た寒波で路面凍結で滑りそうになったし、そのせいで部活の練習も中止になったし、今度は緊急事態宣言も出て(以下同文)。

年明けから散々だったので、自分の今年の行く末が不安になりました…。

改めて、感想を書いて下さった方・高評価をつけて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

これからもこの作品を読んで頂けたら幸いです。今年最初から物語が動き出します!それは今回のタイトルから分かると思います。

それでは、本編をどうぞ!


────いつだっただろうか。

 

 私とあの人は兄妹だった。周りからは仲睦まじい……というより、仲が良すぎてブラコンシスコン兄妹と呼ばれていた。そう呼ばれることを、私たちは別に不快に思わなかった、何とも思わなかった。むしろ本当のことだった。

 私は本当に兄のことを異性として愛していた。本当はいけないことだと自覚していたが、この気持ちは止まりそうになかった。

 

 

 

 

 だが、いつからだっただろう。私があの人を……兄さんを好きになったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………もう朝……」

 

 カーテンの隙間からのぞく陽光と小鳥のさえずりで目が覚めた。意識が覚醒すると同時に部屋を包む冷気を感じて、思わず布団を被ってしまう。もうすぐ冬が近づいて来る前触れか、段々朝が寒くなってきたものだ。

 何とか布団から起き上がると、自室のドアを開けていつもの場所へ向かう。もうこの家の家族と言っても過言ではない甥の部屋だ。甥の部屋に入ると、案の定娘のことりが甥のベッドに潜り込んでいた。全く一体誰に似たのだろうかと薄く笑みを浮かべると、いつものように2人に声を掛けた。

 

 

「悠くん・ことり、起きなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日は何だが、いい朝だな」

「どうしたの、お兄ちゃん? 急にそんなこと言って」

「ああ、ちょっとな」

 

 南家を出て学校へ登校するいつもの通学路。朝起きたら布団にことりが潜り込んでいたのを雛乃に見つかって軽く説教され、いつも通り他愛ない話をしながら朝食を取った後に登校。一週間以上2人がいなかったせいか、この日常を懐かしく思ったのだ。当たり前のようでいつか終わってしまいそうなこの日常。何故かこの時間を噛みしめなくてはと感じたのは気のせいだろうか。

 

「そう言えば、あんまり聞けてなかったけど楽しかったか? 沖縄は」

「う~んと……初日は海に行けたから良かったけど、それからはずっと台風でどこにも行けなくて。でも、クマさんがやってたクイズ番組で少しは時間潰せたかな?」

「ああ……その話は、そっとしておいてくれ」

 

 やはりあのクイズ番組は現実だったのかと、今更ながら現実感が湧いてきた。ある場面を思い出したのか、ことりが笑顔から一変して険しい顔になったのは見なかったことにしておこう。

 

 

「ん? あれは……」

 

 

 話しているうちに音ノ木坂学院に着いたが、学校の校門前に誰か有名人がいるのか、少しの人だかりができていた。誰だろうと思い見てみると、そこには意外な人物が待っていた。

 

「あら、遅かったわね。鳴上さん」

「き、綺羅さん?」

 

 なんと、校門の待ち人はあのA-RISEのリーダー綺羅ツバサだった。ツバサならこんな人だかりができるのは納得だが、分からないのは目的だ。

 

「何で綺羅さんが、こんな朝から?」

「ああ、実はね……」

 

 ことりがそう尋ねると、ツバサは何故か悠の方をチラッと見て少し言いにくそうな表情になる。何だか2人の間に言いにくい何かがあったような雰囲気になり、周囲の野次馬も一層多くなる。

 すると、ツバサは意を決したように口を開いた。

 

 

「鳴上さん、少し()()()()()()()()()?」

 

 

「えっ?」

 

「「「へっ!?」」」

 

 

 

「「「「「ええええええええええええええええええええええええっ!?」」」」」

 

 

 

 朝から音ノ木坂学院の校門にて、大勢の叫び声が響き渡った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、その……ごめんなさい。あんな騒ぎになるなんて、思ってなくて」

「いや、いいさ。いつものことだし」

「あははは……」

 

 ところ変わって、放課後の秋葉原。結局あのツバサの衝撃発言で音ノ木坂学院の校門付近が大騒ぎになってしまい、ちょっとした騒動になってしまった。先生たちが生徒の鎮圧に駆り出されるほどに。

 とにかく、放課後に会おうということで朝は引いてもらったが、互いに顔を知られているし、2人で会うところを見られるのはまずいため、行きつけの店で待ち合わせることにさせてもらった。その店と言うのは勿論、ことりや悠がアルバイトでお世話になっているコペンハーゲンだ。

 

「おお、これはまるで密談って感じだね。何だかワクワクするよ」

 

 そして、この店の店主であるネコさんは心よく店の奥にある個室を貸切にしてくれた。いつもよく働いてもらってるからその礼だと言っているが、面白そうだからというのが本音なのが表情から丸わかりだった。

 

「いつもすみません、ネコさん」

「いいって、いつも言ってるだろ。まあ、ウチはメイド喫茶兼BARっていう名目で店やってるし、最近は3密を避けろって行政から言われてるから、肩身が狭いんだな」

「3密?」

「知らないのかい? 3密って言ったら、密談・密輸・密会のことだろ」

「ネコさん、それ違う3密です」

 

 正確には密閉・密集・密接だった気がする。おそらく最近見たコントの番組を見て勘違いしたのだろうが、その通り今このコペンハーゲンの個室は3密になっている。

 

「「「「……………………」」」

 

 ツバサの爆弾発言を受けて、もしやこいつも悠を狙っているのかと思ったのかコペンハーゲンまでついてきたμ‘sメンバーが奥から睨んでいるからだ。実際悠の隣にいる穂乃果も普段通りフレンドリーに振舞っているものの、若干表情が強張っている。

 

「それで綺羅さん、朝の付き合ってほしいってどういうことなんですか?」

「ええっとね、簡単に言うとちょっとお願いをしに来たの」

「お願い?」

 

 険悪な雰囲気を変えようと本題に入ると、ツバサは待ってましたと言わんばかりに饒舌に話し始めた。

 

「今度秋葉原で行われるハロウィンイベントでライブをすることになったの。ラブライブ本選に出る為の一環としてね」

「は、ハロウィンイベント!?」

 

 そのイベントなら知っている。今年はラブライブに合わせてスクールアイドルが本選出場のためにと言わんばかりに続々と参加表明をしている重要イベントだ。自分たちも宣伝のためにゲストとして出演する予定だ。

 だが、そのイベントとツバサのお願いに何が関係あるのだろうか。

 

「それでね、お願いっていうのはハロウィンイベントの前に鳴上さんに私たちの練習を一日見てほしいの」

「えっ!?」

「絆フェスからお願いしようかと思ってたんだけど、ずっと鳴上さんに言う機会がなかったから。というか、いつもいいタイミングで誰か邪魔してきたから」

「ああ……」

 

 何故か脳裏に“るんと来た☆”と決めポーズをする少女が浮かんだが、そっとしておこう。それはともかく、ツバサからの突然のお願いに穂乃果だけでなく傍で聞いていた他のメンバーも動揺した。

 

「え、ええっと……これは」

「どうしたらいいんですかね?」

「私は反対よ。敵に塩を送るマネなんてできるはずないでしょ!」

「にこちゃんの言う通りね。いくらA-RISEの綺羅さんでも悠さんを送るわけないじゃない」

 

 このように断固反対ときっぱり言うメンバーの反応に、ツバサはやっぱりと言うように表情が沈んでいた。おそらくこんな反応は想定していたようだが、何故こうなることが分かってた上でこんなお願いをしたのか分からない。

 

「何で、悠さんを?」

 

 表情で察したのか、穂乃果が間髪入れずツバサに質問する。穂乃果に質問されるとは思っていなかったのか、ツバサは少し驚きつつも訳を説明した。

 

「私たちは今まで順調に成功してラブライブで優勝することができたわ。でもね、それは偶々上手く行っただけでまだ私たちには足りないものがあるって感じてたの。思ったはいいけど、それが何なのかが分からなくてね。そう思い悩んでた時に出会ったのが、μ‘sの動画だった」

「えっ?」

「正確にはファーストライブと稲羽市のジュネスであったイベントのやつね」

 

 それは8月に陽介に頼まれて特別捜査隊とμ‘sで対バンライブをやった時のことだろう。あの時のライブの動画が存在していたことは驚きだが、それをツバサが見ていたことも驚きだった。

 

「その動画を見た時思ったの。もしかしたら、このμ’sのマネージャーである鳴上さんなら、私たちの足りないものを教えてくれるんじゃないかって」

 

「……………」

 

「正直……こんなお願いをするのはお門違いだって分かってるわ。絆フェスであなたたちに助けてもらった恩を返せてない身で何を言ってるのか……でも、私はあなたたちと対等にラブライブで戦いたいと思ってる。だから、お願いします」

 

 ツバサは改めてそう言うと、深々と頭を下げた。ツバサの行動に悠たちは仰天してしまった。あのスクールアイドル1のA-RISEの綺羅ツバサが自分たちに頭を下げるという状況がどれほどのものなのか。

 

 

「うん、いいよ」

 

 

「えっ?」

 

 ツバサの話を聞いた穂乃果は迷うことなく了解した。

 

「私たちも、ツバサさんたちとはフェアでやりたい。ツバサさんには絆フェスで一緒に事件解決したし、ダンスも見てもらったからお礼しないと。悠さんもいいよね?」

「ああ、問題ない」

 

 悠と穂乃果がそう言うのならと、中立の海未たちだけでなく反対だった真姫とにこも渋々ながら賛成した。

 

 

「あ、ありがとう!」

 

 

 こうして、ツバサのお願いはやっとの思いで成立した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はああ……緊張したぁ~」

 

 あの後、予定調整の後に一旦解散になったが、ツバサは少し店の雰囲気を楽しみたいと1人で個室に残っていた。穂乃果たちが出て行ったことを確認すると、先ほどのピシッとした雰囲気が嘘のようにへなへなとテーブルに身を預けた。

 正直に言うと、にこと真姫から反対意見が出た時点で終わったと思ったが、肝心の穂乃果と悠が承諾してくれたから良かった。

 

「そんなに緊張したのか?」

「ええ、あんなに緊張したのは初めてのライブ以来……って、鳴上さん!? 何で」

「ネコさんの手伝いで残った。今日のこの時間の人手が少ないからって」

 

 ちなみにことりも残ってるぞと、店の方を見てみると、いつの間にかメイド服に着替えたことりが接客しているのが見えた。どうやら悠の言っていることは本当のようだ。だが、同じA-RISEのメンバー以外に普段見せない姿を見られてしまったのは恥ずかしい。

 

「こ、こんなところ……鳴上さんに見られるなんて……」

「良いんじゃないか? ここは個室だし、俺以外は見てないからな」

 

 落ち込むツバサを励ますように悠は厨房で淹れてきたコーヒーを手前に置いて、向かい側に座った。他の接客をしなくていいのかと疑問に思ったが、そんなことはどうでもいいやと少し落ち着きを取り戻したツバサは出されたコーヒーを口につけた。

 

「あっ、美味しい……ホッとする」

「自信作だ」

 

 余程口に合ったのか、顔をほころばせて悠の淹れたてコーヒーをじっくりと堪能するツバサ。そんな幸せそうな彼女の姿を見た悠はつられて笑みを浮かべた。

 

「あっ……私ったら、また……」

「気にするな。そうやって人前で気を張ってばかりだと疲れるぞ」

「ううう……」

 

 悠の言葉が身に染みたのか、ツバサは再び顔をテーブルに埋めてしまう。悠は絆フェスで関りが深かった穂乃果たちからツバサのことはある程度聞いていたが、ここまで表の自分にこだわっているとは思っていなかった。

 

「俺はツバサさんのことは何も知らないけど、ツバサさんはもっとそのままの姿を見せていった方が良いと思う」

「えっ?」

「最初は難しいから徐々に慣れていったらいい。そしたら、もっとツバサさんは輝けると俺は思うぞ」

 

 不意打ち同然に言われた悠の言葉はストンとツバサの心の中に入った。

 ああ、これが話に聞いていたこの人の言霊なのかと同時に直感する。この人の言葉がこれまでμ‘sの彼女たちの背中を押して、ここまで駆け上がってきたのだろう。やはり、自分の判断は正しかった。この人は自分たちにもきっと良い影響を与えてくれる。そう感じたツバサは嬉しくなって再び顔の表情を緩ませた。

 

「ふふふ、ありがとう鳴上くん。これからもよろしくね」

 

 

 

────ツバサとの絆が深まった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数日後~

 

 

「今日だったな……UTX学園に行くのは」

 

 

 ツバサと約束した日の放課後、携帯でツバサのUTX学園までの道順を確認していく。

 すると、画面が突然着信を知らせる画面に切り替わって着メロが鳴り響いた。着信主を見ると、真姫からだった。

 

「もしもし?」

『悠さん! 大変よ!!』

「ど、どうしたんだ真姫? そんなに慌てて」

 

 普段の落ち着きが嘘のような慌てた真姫の声に嫌な予感を感じる。そして、その予感は次の言葉で当たることになった。

 

 

『な、直斗さんが……直斗さんが重体で私の病院に運ばれたの!!』

 

 

 その言葉を聞いた途端、頭が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<西木野総合病院>

 

 直斗が重体と聞いて居ても経ってもいられなくなった悠はツバサに事情を説明した後、学校から直行で西木野総合病院に駆け込んだ。幸いエントランスに顔見知りの看護婦さんが待っていたので、すぐに通して貰えた。

 

「早紀さん、直斗は…」

「…命に別状はないから、安心していいわよ」

 

 そして、直斗の治療を担当してくれたのは他ならぬ早紀、真姫のお母さんだ。

 

「……ありがとうございます。早紀さん」

「良かったあ。良かったよぉ、直斗くん!」

「連絡を貰った時はどうしようと思いましたが、本当に良かったです……」

 

 同じように直斗の重体連絡を受けていた穂乃果たちもこの病室に通して貰っている。後でりせも見舞いに来るようだ。

 

「一体、直斗に何があったんですか?」

「症状からすると、首筋に強力な薬を打たれたことで意識不明になったと考えられるわ。更に詳しい検査が必要だけど、今のこの子には安静が必要よ」

 

 早紀は直斗の症状を伝えると、これから診察とマスコミへの対応があるからと病室を出て行った。窓から玄関を見ると、案の定どこかで情報を聞きつけたらしいマスコミでごった返していた。

 探偵王子で有名な直斗が重体で入院したのだからマスコミが見逃すはずない。分かっていたが、こうも見ると怪我した大事な後輩が見世物にされているようで多少吐き気がした。

 

「どうしたんだろ、直斗くん」

「意識不明の重体になるほどって余程の大事件を追ってたんじゃ」

「…………」

 

 未だに目の覚めない直斗を、皆心配そうに見つめる。一体何があったのだろう。

 すると、直斗の手帳が傍にある台に置かれているのが見えた。何かメモが挟んであるようだったので見てみると、そこには直斗の直筆でこんなことが書かれてあった。

 

 

"音ノ木坂の神隠し・テレビの世界・当時の記者"

 

 

「これは……」

「どうやら直斗くんは私たちが追ってる事件のことを調べてる最中に襲われた可能性が高いわね」

 

 一緒にメモの内容を見た絵里の言葉で病室に緊張が走った。このメモだけで断定するのは良くないが、もしかすると直斗は自分たちが追っている犯人にやられたのかもしれない。

 だが、そんな緊張が走る中、穂乃果が何を思ったのか、こんなことを言いだした。

 

 

「そういえば、音ノ木坂の神隠しって何だろ?」

 

 

「「「「えっ?」」」」

 

 全く脈録もなく今更な疑問を口にした穂乃果に、その場にいたメンバー全員が思わず穂乃果の方に視線を集中させた。

 

「いやー……そもそも私たちって、悠さんに助けられて事件追ってる訳だけど、その事件の元になってる“音ノ木坂の神隠し”ってどんな内容だったかなって思って」

「そ、そう言えば……」

「今までテレビに入った皆を助けるのに精一杯で、肝心の噂の内容を全然覚えてなかったような……」

 

 自分たちが追っているテレビの世界に関係している噂“音ノ木坂の神隠し”。午前0時頃に何も写ってないテレビの画面を見つめると、次の日に行方が分からなくなるというマヨナカテレビに似た内容。言われてみれば、マヨナカテレビに似ているという認識から、その噂の真偽や詳しい内容が曖昧だった気がする。

 現に内容を思い出そうとしても、ぼんやりとしたものしか思い浮かばない。花陽の言う通り、今まで人命救助を優先した弊害だろう。

 

「こんなことはあんまり言いたくないんだけど、その噂には私が関係しているかもしれないわ」

 

 すると、皆と違って重苦しそうな表情をしているにこが重々し気に口を開いた。

 

「えっ? にこちゃん」

「アンタたちも知ってるでしょ。私が一年生の時にスクールアイドルをやって、その時にいたメンバーを追い込んだこと」

「それは……」

 

 その事件は知っている。にこが高すぎた理想を押し付けてしまったが故に、解散してしまった。更に追い打ちを掛けるように、そのメンバーが数日行方不明になって転校してしまったとも。

 

「思えば音ノ木坂の神隠しって噂が広まったのって2年前だったし……もしかしたら、私のせいで……」

「とりあえず、ここで分からないことを議論しても仕方ない。このことは知ってそうな奴に話を聞こう」

 

 雰囲気が暗くなってきたのを察してか、これ以上話が脱線するのを防ぐため悠は一旦話の腰を折った。

 

「知ってそうな人?」

「誰それ?」

「それは明日、俺から聞いてみるよ。直斗のことは心配だけど、ひとまず今はイベントのことに集中しよう」

 

 見れば、もう外は夕暮れで暗くなる時間帯だ。時間的に見ればすでに下校時間なので、とりあえず今日のところは解散にした。今は直斗が少しでも早く元気になることを祈ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「ただいま~」

「あら、お帰りなさい。お夕飯は出来てるわよ」

 

 南家に帰ると、早めに帰っていた雛乃が出迎えてくれた。エプロンをしているところから、夕飯を作ってくれたのだろう。リビングに入ると、すぐさま空腹を誘う美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐった。

 鞄を部屋に置いて手を洗って食卓に着くと、南家の夕飯の時間が始まった。雛乃の食事はいつも通り美味しく、どこかホッとした。

 

「そう言えば、直斗くんは大丈夫だったの? 重体で西木野さんのところに運ばれたって聞いたわよ」

「早紀さんは適正処置はしたから大丈夫だと。でも、意識が戻るのに数日かかるそうです」

「そう……命に別状がないようで助かったわ」

 

 やはり雛乃も直斗のことを聞いていたのか、心配そうな様子だった。直斗と言えば……

 

「そう言えば叔母さん」

「どうしたの、悠くん?」

「叔母さんは音ノ木坂の神隠しって知ってますか?」

 

 刹那、ニコニコとしていた表情をしていた雛乃が冷たい雰囲気を纏った。

 

「悠くん、どこでそんなことを聞いてきたの?」

「い、いや……今日学校の友達から聞いたんですけど、内容が曖昧で。それで、少し興味が湧いたというか……」

 

 必死に言い繕うが、こんな冷たい表情をした雛乃を見るのは始めてで動揺してしまった。ことりも優しい母の初めて見る表情を見たのか、動揺して言葉が上手く出なかった。

 

「悠くん、悪いけどそれについては話せないの。そんなことより悠くんは自分のことを考えなさい」

「は、はい……分かりました」

 

 雛乃らしくない冷たい圧に押されて生返事をした悠はその後、何も追及せず食事を再開した。美味しく平らげた今日の夕飯だが、その味は覚えていなかった。

 代わりに覚えていたのはあの優しい雛乃からは考えられない冷たい声と表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

<音ノ木坂学院 新聞部>

 

 放課後、音ノ木坂の神隠しについて詳しく知るために訪れたのは新聞部だった。昨夜の雛乃の変わりようは気になるが、今は自分たちが出来る範囲での情報収集に励むことにしよう。

 ちなみに、穂乃果たちはツバサたちにハロウィンイベントで負けぬよう、インパクトのあるキャッチフレーズを考えるからと部室に籠っているので、今回は1人だ。そして、

 

「音ノ木坂の神隠し?」

「ああ。佐々木はオカルト系の記事を書いてたんだろ? 過去のことをほじくるようで悪いけど、音ノ木坂の神隠しについて、何か聞いたことないか?」

 

 悠の心当たりがある人物というのは、かつての敵で今は親交のある佐々木竜次だった。希の話によれば、佐々木は以前音ノ木坂の七不思議と言ったオカルト系の記事を書いていた。もしかしたら、佐々木は音ノ木坂の神隠しについて何か知っているのかもしれない。

 だが、佐々木は目を伏せて申し訳なさそうに返答した。

 

「いや、悪いけど僕はあまり知らない。あの人なら知ってるけど」

「あの人?」

「はいはーい。それは私のことかな?」

 

 佐々木の言葉に反応して奥のデスクから作業していたらしい女子生徒が顔を出してきた。

 

「君は確か、天野さん…だったか?」

「あら、もしかして覚えてくれてる? さっすが鳴上くん! そう、知っての通り私はこの新聞部部長の【天野舞耶】だよ。レッツポジティブシンキング!」

「あははは……」

 

 実は名前は希から聞いていたが、顔はすっかり忘れていたことなんて言えない。

 

「で、音ノ木坂の神隠しについて聞きたいんだって。何でまた?」

「い、いや……ちょっと気になって」

「ふ~ん。まあいいけど」

 

 話せない事情があると察してくれたのか、天野はそれ以上追及することはなく、近くのテーブルの椅子に悠を座らせると、早速本題に入ってくれた。

 

「音ノ木坂の神隠しっていうのは実は名前だけが有名で実際の内容は曖昧なんだよ」

「えっ?」

「例えば、君が聞いた"午前0時頃に何も写ってないテレビの画面を見つめると、次の日に行方が分からなくなる"とか、他には“中庭で願掛けすると運命の人に連れて行かれる”とか“学校の屋上で悪さすると呪われて連れて行かれる”とか、そんな感じ。要するに情報が錯綜してて、正確な内容が把握できないってこと。でも、共通してる内容と言ったら、その発端は2年前に転校しちゃった生徒たちが転校前に行方不明になったってことかな?」

 

 やはり始まりはそこになるのかと悠は心の中でため息をつく。自分もあの後出来る限り調べたが、内容は天野の言う通りバラバラ。共通しているのは発端になったのは2年前に転校した女子生徒たちだろうとのことだった。

 

「でもね、私が調べたところ、ちょっと気になることがあったのよ」

「気になること?」

 

 また振り出しだと思った時、天野が急に声を低くしてこんなことを言ってきた。

 

「これはあんまり他には言えないんだけど、行方不明になった子が転校しちゃった後に、とある週刊誌の記者がこの学校について変な記事を書いたんだって。実はあの学校がその子たちを強制的に退学させたとか何とかって」

「えっ?」

「生憎その記事は絶版になってて手に入らなかったんだけど、その記事のせいで学校に対する誹謗中傷が多く寄せられてたって。当然他のマスコミも食いついて、その記者も調子に乗ったか知らないけど、あることないことまた記事にしていたずらに噂を広げたらしいの」

 

 全くモラルの欠片もない話よねと天野は吐き捨てたが、それは悠も同意だった。今そんなことをやったらその週刊誌は終わるだろうが、2年前にもそんなモラルの無い記者がいたのだなと思う。

 

「当然そんな事実はないし、いくらこっちから抗議してもやめなかったから、ついに理事長自ら出版社に乗り込んだんだって」

「叔母さんが……?」

 

 ここで叔母の雛乃の名前が出たことに少し身構えてしまったが、悠は黙って話の続きに耳を傾ける。

 

「そしたらね、その記事を書いた記者がニヤニヤしながら本当は退学させたんだろとか、真実を言えとか圧をかけてきたんだって。理事長はああいう人だからそんなことはないって何度も訴えたらしいの。そしたらね、しびれを切らした記者がこう言ったらしいわよ」

「どういうことを?」

「それは……」

 

 

 

“自分は桐条と繋がりがある。やろうと思えば、お前の学校を潰すことだってできるんだぞ。分かったら、さっさと本当のことを吐け”

 

 

 

 

「桐条?」

「要は自分の記事が売れ出して話題になったから、邪魔されたくなくて脅したんでしょ。実際その出版社は桐条とも何も関係なかったし、当時のその週刊誌の売り上げは音ノ木坂の記事でうなぎ登りだったらしいわよ。全く、いつかの誰かを思い出すわね」

 

 最近の自分の失敗を思い出したのか、近くで作業していた佐々木がゴホゴホと咳き込んでいた。一度対峙したとはいえ、黒歴史を次々と思い出させているようで本当に申し訳なくなってきた

 

「そしてここからが重要なんだけど、その理事長を脅した記者がその数日後に行方不明になったの」

「えっ?」

「転校した子たちみたいに本当に行方不明になって今も発見されてないらしいの。まるで、神隠しに遭ったみたいに

 

 背筋に寒気がした。まさかと思っていたが、本当にそんなことがあったなんて信じられなかった。

 

 

「それから出版社も何故か倒産してね。最初は桐条が裏で記者を消したんじゃないかって言われてたんだけど、そんな話はいつの間にか消えて、代わりに音ノ木坂を貶めようとしたら祟られるって噂が広まったの。"音ノ木坂学院に関わると神隠しに遭う"ってね。それからこの学校は気味悪がられて、入校希望者も減っちゃったってわけ。さっき言った数多の内容もこのことで尾ひれがたくさんついたからなんでしょうね」

 

 

 これが、音ノ木坂の神隠しの元になった話。事の顛末を聞いた悠は何とも言えなくなった。2年前、まだ稲羽に行く前の音ノ木坂にいた自分は転勤が多い家庭環境から他人に関心が一切なかった。

 

「まあ、今は君たちのお陰で持ち直したけどね。そう言えば鳴上くんは一年の時はここにいたんだっけ?」

「俺はそんなこと全く知らなかった。あの時の俺は、他人に関心がなかったから」

「そう……」

 

 とにかくこの音ノ木坂の神隠しに関して、雛乃が何かしら知っていることは確かだろう。もしかしたら美鶴も何か知ってるかもしれない。悠は情報をくれた天野と佐々木に今度お礼をすると伝えて、新聞部の部室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱり、叔母さんは何か知ってる。それで昨日、あんなことを言ってたのか……)

 

 

 まずは雛乃に話を聞いてみよう。だが、昨夜の様子から雛乃が話してくれるとは思えない。正直あの雛乃の冷たい表情と声色を思い出すと、思わず手が震えてしまうが状況が状況だ。例え怪しまれようと少しでも情報を聞き出そうと悠は決心する。

 そして、理事長室前に着くと少しぎこちないノックをして理事長室のドアを開けた。だが、

 

 

「えっ……?」

 

「あっ……」

 

 

 

 

「「「「「……………………」」」」」

 

 

 

 ドアを開けた先には異様な光景が広がっていた。信じがたいが、部室で新たなキャッチフレーズを考えている筈の穂乃果たちが、何故かメタル系バンドのような派手な格好をしていたのだ。

 そして、それを見ていたであろう雛乃は引きつった笑みを浮かべ、その傍らではラビリスが頭痛を抑えるように頭を抱えていた。悠がこのタイミングでやってくると思わなかったであろう彼女たちはわなわなと震えていた。

 

「ええっと……これは?」

「悠くん…この子たちがね、これで次のイベントに出るって考えてるんだけど、どう思う?」

「う、ウチは止めたんよ。でも……」

 

 そして、彼女たちの奥にいる雛乃はと言うと、動揺して固まっている甥っ子に尋ねてくる。ラビリスも慌てて訂正するが、その問いに悠は何も答えることなく静かにドアを閉めた。

 

 

「そっとしておこう……」

 

 

 

「そっとしないでえええっ!! 悠さあああああああんっ!!」

 

 

 

「これはふざけてる訳じゃないのよおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

「弁明させてくださあああああああああああいっ!!」

 

 

 

 後日、件のことは会議が長引いたことによる暴走だという説明を受けて、とりあえず納得した。

 

 

 

To be continuded.



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#106「Heaven②.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

更新が再び遅くなって申し訳ございません。もっと早く更新したかったのですが、なんやかんやあって全然執筆が進みませんでした…

先日【ロードエルメロイⅡ世の冒険】が出ていることに今更気づいて速攻で買った読んだら、まさかの人物が登場して興奮してしまいました。もちろん誰かは言いませんが、もしやあのルートの後の話ではと思いました。

改めて、感想を書いて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

これからもこの作品を読んで頂けたら幸いです。それは今回のタイトルから分かると思います。


—————何故こうなったのだろう?

 

 

 私は兄を愛していた。それは家族としてもだが、異性としても愛してしまった。

 従兄妹ならまだしも、あの人と私は血の繋がった兄妹。いけないことだと分かっていてもこの気持ちは偽れなかった。

 

 だから、常に兄の傍に居たいと思った。朝起きるときも、ご飯を食べるときも、学校にいるときも、寝るときも……これから先もずっと兄の傍に居たかった。

 

 だが、兄は周りから好かれる人格だった故に、いつも周りには自分以外の異性が群がっていた。私はそれが許せなかった。

 

 兄の傍に居ていいのは私だけ。だから、お前たちは近づくな。

 

 

  しかし、その行き過ぎた想いが行動に伴ってしまい、周りから超がつくほどのブラコンだと避けられてしまった時期もあった。

 

 

 これほど衝動に駆られたほどのこの想いは、いつか報われる日が来るのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<南家 自室>

 

「はああ……」

 

 自室で勉強中、思わず溜息をついてしまった。率直に言うと、最近になって音ノ木坂の神隠しに関わる事実が判明してきていることもあって、そっちが気になって勉強に集中できないでいた。

 あれから数日、結局音ノ木坂の神隠しについて有益な情報は得られなかった。被害に遭った直斗は未だ目を覚まさない。ラビリスにはシャドウワーカーに当時のことを聞いてもらったが、現在美鶴たちは別の事案に追われていて対応できないので、調べるのは少し待ってほしいとのことだったので、収穫なし。

 ハロウィンイベントの準備は着々と進んではいるが、噂の調査は全然進んでいなかったので、正直焦る気持ちが大きくなってきた。一体ここからどう情報を得ればいいのか。このままでは更なる被害者が……

 

「悠くん……悠くん」

「………えっ? 叔母さん?」

「悠くん、どうしたの? そんなに考え込んで。ご飯できたわよ」

 

 更に考え込もうとしたその時、いつの間にか自室に入ってきた雛乃に肩を叩かれていた。どうやらあまりに考え込み過ぎて雛乃が部屋に入ったことすら気づかなかったようだ。

 

「い、いや……何でもないです」

「そう」

 

 だが、雛乃は悠を一瞥したが気にすることなくリビングへと行ってしまった。何だか最近思い詰め過ぎて疲れてるなと肩を竦めつつ、悠はゆっくりと夕飯を食べに向かった。

 

 

 

 

 

 今日も雛乃のご飯は美味しかった。脳も身体も溜まった疲れがすっかり消えたようにスッキリするほどだった。この調子ならこの後も音ノ木坂の神隠しについての調査、ではなく勉強に集中出来るだろう。そう実感したその時、

 

「……悠くん、あなた何に首を突っ込んでいるの?」

 

 向かいでこちらの様子を見ていた雛乃が唐突に放ったその一言で場の空気は一変した。さっきまで暖かな雰囲気だったのが、急に冷たいものになっている。見てみると、雛乃の表情は数日前に音ノ木坂の神隠しについて尋ねた時のものになっていたので、悠は思わず箸を持つ手を止めてしまった。

 

「そ、それは……どういう」

「最近悠くんが例の噂について聞きまわってることを先生方から聞いたの。あれほどやめなさいって言ったのに、何で聞かないのかしら?」

「…………」

 

 食卓に再び沈黙が下りた。去年も叔父の堂島から追及された時にも感じたこの緊張感。あの時は最終的に警察署に連れて行かれて白状したが、全く信じてもらえなかった。それは当然だ。“ペルソナ”・“シャドウ”・“テレビの世界”といったオカルトな話の上、それが音ノ木坂の神隠しという今となっては眉唾な噂が関係しているなど、信じてもらえるはずがない。

 そんな悠の心境など知ったことはないと言わんばかりに、雛乃は話を続けた。

 

「GWの後に悠くんが入院した時から思ってたの。あなたたちが何か危ないことに首を突っ込んでるんじゃないかって。去年のことは堂島さんからある程度聞いていたけど」

「「…………」」

「悠くん・ことり、今一度言うわよ。危ないことをしているのなら止めなさい」

 

 優しく言い聞かせる雛乃だが、その瞳に笑みはない。堂島から何を聞いたのかは知らないが、おそらく去年悠があの事件に首を突っ込んで危ない目に遭ったと思っているのだろう。

 音ノ木坂の神隠しに何か知っていて、それがとても危険なことだと認識しているのであれば、雛乃が警告してくるのは分かる。だが、

 

「叔母さん……俺たちは」

「悠くんっ! 身の程をわきまえなさい。あなたは受験生なの。今この時期がどれほど大事か、分かってるでしょ!」

 

 それでも引けないと言葉を紡ごうとしたが、ピシャリと反論さえ許さないと言わんばかりの口調で叱る雛乃に何も返せなかった。だが、

 

「お母さんだって……お母さんだって」

「ことり?」

 

 

「お母さんだって、ことりたちに何か隠してるんでしょ! 自分は知ってることは話さないのに私たちだけ話せって、ずるいよ! ことりたちが大っ嫌いな汚い大人たちと一緒だよ!!」

 

 

 その時、黙っていたことりが突如立ち上がって反論した。普段の穏やかな様子とは違う鬼気迫った表情で怒気を含んだ声色だったので、これには悠はもちろん雛乃も驚愕した。

 

「ことり、何を言って」

「音ノ木坂の神隠しについて何か知ってるんでしょ! 知ってるんだったら話して! 話してくれたら、ことり達も話すから」

「なっ!? ことりっ!」

 

 感情が暴走しているせいか、思わぬことを言いだしたことりに悠は焦りを見せた。一体どういうつもりなのか知らないが、本当のことを言ったところで信じくれるはずがない。証明することは容易いが、それは自分たちの戦いに雛乃を巻き込むことになる。それだけは絶対に避けたい。

 

「…………」

 

 だが、雛乃は娘がいきなり反抗したショックなのか、もしくは本当に噂について何も話せないのか、口を開くことはなく黙っていた。その様子を見たことりは感情に任せて雛乃を睨みつけた。

 

「ほら、言えないんでしょ! 言えないってことは、音ノ木坂の神隠しについてお母さんがやましいことがあるってことでしょ!!」

「そ、そんなことは……」

「違わないでしょ! 言えないってことはそういうことだもん!!」

「うっ……」

 

 ことりの追撃を受けても、雛乃は黙ったままだった。母の黙秘にまた怒りの感情が頂点に達したのか、ことりは手をわなわなと震わせて、更に睨みを鋭くする。

 

「やっぱりね。結局そういうことなんだ! お母さんは結局汚い大人なんだ! 最低だよ!!」

「!!っ……」

 

「お母さんなんて……お母さんなんて!」

 

 

「ことりっ!! いい加減にしろ!!」

 

 

 ことりがその先を言葉にしようとしたその時、これ以上は言ってはいけないと悟った悠は立ち上がって大声を出した。兄の制止の声が響いたのか、ことりは我を取り戻したように怒りを静めた。だが、その反動で自身が母に放った言葉の重みを再認識した。

 

「…………」

 

 雛乃はことりに責められた言葉にショックを受けたのか、その場に俯いてしまった。

 

「お、叔母さん……?」

 

「……ごめんなさい……私が悪かったわ」

 

「えっ?」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい…………」

 

 うわ言のように謝罪の言葉を続けながら、雛乃はリビングから出て行ってしまった。去り行く叔母の背中を悠は追うことはできなかった。

 

「……あっ…………あっ……」

 

 そして、ことりも感情に任せて母を傷つけてしまったことにショックを受けたのか、懺悔するように椅子に座ったまま俯いてしまった。悠がすんでのところで止めてくれたとはいえ、己の言刃で母を傷つけてしまったことを後悔しているようだ。何か元気が出る言葉を掛けたいが、この重苦しい雰囲気に見合う言葉が見つからない。

 

「雨……か」

 

 いたたまれなくなって外を見ると、今の南家の雰囲気を表すように大雨が絶え間なく降り注いでいた。雨と言えば、最近雨が降った日の夜にマヨナカテレビをチェックするのを忘れていたなとふと思ったが、今のリビングの雰囲気に圧されて気にしなかった。

 今日はもう寝てしまおう。そして、明日雛乃に謝ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 そうは思ったが、やっぱり夜に雨が降っている状況が気になって全然寝付けなかった。むくりと布団から起き上がって、自室の時計に目を向ける。時刻はもうすぐ午前0時を指すところだった。去年、この時期辺りに終わったと思っていたマヨナカテレビが映ったことを考えれば、今回もまた映るかもしれない。

 見逃すまいと悠はジッと自室のテレビの画面を見つめる。だが、

 

「………………?」

 

 時刻が午前0時を指しても何も起こらなかった。強いて言えば、画面に一瞬ノイズのような砂嵐が見えたような気がしたが、それ以外全く何も起こらなかった。何だったのだろうと疑問に思ったが、ひとまず何事もなくて良かったと悠は一息ついて布団に入って就寝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

「お母さん、いないね」

 

「ああ」

 

 朝起きると、南家に雛乃の姿はなかった。出来立ての朝食がテーブルに用意してあることから、今日はいち早く起きて朝食を作った後に出勤したようだ。今の状態で自分たちと顔を合わせられなかったのもあるかもしれない。

 

「………………」

「………………」

 

 黙々と雛乃お手製の朝食を取るが、向かいのことりの表情も浮かない。ことりも昨日思わず母に暴言を吐いてしまったことを気にしているのだろう。その気持ちはよく分かる。自分だってそうだ。だから

 

「ことり、今日の夕飯は叔母さんの好きなものを作ろう。きっと叔母さんだって許してくれるはずさ」

 

「……うん。そうする」

 

 よし、そうと決まれば今日の夕飯はご馳走だ。確か雛乃が好きな料理は等々考えながら、悠は朝の準備を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音ノ木坂学院 アイドル研究部室>

 

「…………」

 

 この日の放課後、音ノ木坂学院アイドル研究部の部室はどよーんとした雰囲気に包まれていた。今の天候が雨天だということもあるが、おそらく原因は昨日のあれだ。

 

「私たち、昨日はどうしてたのかしら……」

「あれが俗にいう会議が長引いた際に起こる麻痺状態というものなのですね……」

 

 昨日来るハロウィンイベントに向けて、A-RISEに負けないキャッチフレーズを考えようとしたが、色々と試行錯誤した結果とんでもないベクトルに走ってしまった。挙句、その末路を絶対に見られなくない悠にまで見られたので、彼女たちの精神的ダメージは大きかった。

 ちなみに、悠は改めてツバサたちのお願いであるUTX学園で練習を観に行く約束になっているので、今日は不在である。

 

「ま、まあ……とにかく方向性は決まったからいいじゃない。本番はもうすぐだから、早速綿密な会議を」

「絵里ちゃん、うるさい」

「アンタが勝手に進めなさいよ」

「エリチ、うるさい」

「ええっ!?」

 

 絵里が場を和ませようと話題を逸らそうとするが、そう簡単に場の雰囲気は変わらない。何せいつもあっけらかんと振舞っている希でさえ、こんなに落ち込んでいるのだから結構重症だ。言った通り本番はもうすぐだし自分だけじゃ勝手に決められないし、どうしたものか。

 

「あれ?」

 

 窓の外を見ると、ちょうど自分たちと同じ年齢らしき2人の少女が中庭を通る姿が見えた。それが音ノ木坂学院の生徒であれば目に留めなかったが、何故目に留まったのかと言うとその少女たちの服装が最近よくみるようになった宅配業者の作業服だったからだ。

 

「こんな時間に学校に宅配便?」

「てか、こんな天気に傘もささずに大丈夫なの?」

 

 更に目に留まったのは彼女たちが押しているお届け物だった。台車で大きなダンボールを運んでいるようだが、学校への宅配便、ましてやこんな雨の日にしてもかなり大きなものだった。

 

「あの子たち、大丈夫かしら。傘も持ってないようだし、ちょっと行ってこようかしら?」

「えっ、ちょっと絵里ちゃん!?」

 

 絵里はそう言うと、サッと傘を持って部室から出て行った。その後ろ姿に希とにこはやれやれと言うように溜息をついた。

 

「何か変わったわね」

「そうやね。昔はあんな風に自分から人助けに行くことはなかったんやもんな。誰かさんの影響やね」

 

 希の言葉にふとその誰かさんの顔が浮かんだのか、この場にいるメンバー全員がなるほどと納得した。

 

「確かにそうかもしれなせんね。それに比べて穂乃果ときたら、全然変わっていませんし」

「あははは、この間も活動日誌書き忘れて怒られちゃったよ」

「それはいつものことでしょ。山田先生も困ってるのがお決まりになるくらいね」

「うぐっ……すみません」

 

 絵里と比較されて居たたまれなくなる穂乃果。事実は事実だが、あんまり比べないでほしいと心の底から思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら? あの子たち、どこに行ったのかしら?」

 

 中庭に出て件の少女たちのところへ向かうと、彼女たちは既に中庭にはいなかった。どうやらこっちが向かってくることに気づいて、さっさと立ち去ったようだが、何がまずいことでもあったのだろうか。

 

「傘持ってなかったようだし、ずぶ濡れになってなければいいんだけど……あれ?」

 

 見ると、先ほど少女たちが立っていたであろう場所に何かが落ちていた。拾ってみると、それは手帳だった。雨のせいか相当塗れているが、さっきの子たちの落とし物ならどうしたものか。一応中身は大丈夫なのか確認するために、申し訳ないと思いつつも絵里は手帳を開いた。

 

 

 

 

“恨めしい”

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

“恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい恨めしい”

 

“音ノ木坂廃校すべし”

 

 

 

「!!……」

 

 開いた最初から目に余る衝撃な言葉の羅列に絵里は目を見開いた。これ以上は見てはいけないはずなのに、ページをめくる手は止まらなかった。

 

 

“今日はアイツらをテレビに入れた。これで少しは廃校に近づくだろう”

 

 

「なっ!?」

 

 次のページにはその文章と、西木野真姫と小泉花陽の情報が詳細に書かれていた。フルネームに生年月日、更には住所などプライベートな個人情報まで明記されていたので、絵里は思わず背筋が凍った。それでも、ページをめくる手は止まらない。

 

 

“今日はアイツを入れた。だが、死にはしなかった……何故だ、何故。あんなヤツいなくなれば良かったのに”

 

“アイツもテレビに入れた。今回こそ上手く行くはず。そうでなければ、自分たちのやってきたことはなんだったのだろうか”

 

 

 そして、次のページには矢澤にこに絢瀬絵里と同じように個人情報までも明記されていた。そして、

 

“ついにやってやった。私たちの計画を邪魔し続けた鳴上を事故に見せかけてテレビに入れることができた”

 

“あの佐々木とかいう新聞部員をうまく利用できたのが功を制したのだ”

 

“これで私たちを邪魔するものが消えるだろう”

 

 

 

“あいつらは生きて帰ってきたふざけるな”

 

“ふざけるな”

 

“こんなことがあってはならない”

 

 確定的だった。このページにはあの学園祭事件の全容が記されていた。最後には計画が失敗した時の反応だろうか、見れば見るほど悪寒を感じざるを得ない恨み言がつらつらと並べられていた。

 ここまで読んでいくつか気になることがあったが、そうこう思考しているうちに最後のページに辿り着いていた。

 

 

“計画はいよいよ大詰めだ。今度こそ復讐を成功させてやる。そのために、私たちを貶めたあの理事長をテレビに入れてやる”

 

“昨日は失敗した。今日は何としても理事長をテレビの中に入れる。私たちの恨みを想い知れ”

 

 

「……まさかっ!!」

 

 脳裏に過った予感に触発され、絵里は自身でも信じられないくらいの速さで起き上がり少女たちの後を追った。だが、すでに少女たちは学外に出てしまったのか姿がどこにも見当たらなかった。

 嫌な予感がずっと脳に警報を鳴らしている。居ても立っても居られなくなった絵里は踵を返してちょうど中庭を通りかかった先生に向かって走り出した。

 

「山田先生! すみません!! 理事長と今連絡取れますか!?」

「あ、絢瀬さん……? どうしたの、そんな慌てて」

「いいから早く!!」

「は、はいいいいっ!!」

 

 偶々通りかかった教師、山田先生は絵里の気迫に慄いてしまい、条件反射に携帯を取り出した。それと同時に絵里は一番早く伝えなければならないと直感した人物に電話を掛ける。

 

 

 

「悠、早く帰ってきて!!」

 

 

 

 

 

 

 

 その後、絵里の知らせを受けた悠は真っ先に美鶴たちシャドウワーカーに雛乃の捜索を依頼。結果、音ノ木坂学院に秋葉原、更には東京中を隈なく捜索したが痕跡は一つもなし。

 

 

 

 

 この日、南雛乃は音ノ木坂から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<南家 リビング>

 

 

「……」

 

 事が発覚してから数時間後、南家に集合した穂乃果たち。しかし、今の南家は重苦しい雰囲気に包まれていた。再び事件が、それも被害者が今まで自分たちを見守ってきた雛乃かもしれないのだから当然ではある。それを示すように、家族である悠とことりの落ち込みが顕著になっていた。

 

「みんな集まったわね。心中お察しするところ悪いけど、改めて状況説明するわよ。ラビリス、お願いしていいかしら?」

「う、うん。ええよ」

 

 何とか場の空気を変えようと、いつも取り仕切る悠に代わって絵里とラビリスが代行して状況説明を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絵里の推測通り、中庭で見かけたあの少女たちは配送業者でもそのバイトでもなかった。学校側も今日は配送物を受け取った記録はないし、ここ最近は依頼もなかったとのこと。

 

 更に、シャドウワーカーの山岸風花が東京中の監視カメラを隈なく調べたところ、絵里が目撃した時間に音ノ木坂学院から出て行く不審なトラックが一台確認された。映像を追跡ところ、人気のない場所に無造作に停められているのを発見した。

 すぐに美鶴が隊員を現場に急行させたが、既にもぬけの殻だった。だが、代わりに発見されたのはトラックの荷台に存在感を示すように置かれていた大きなテレビだったという。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 ラビリスからの報告を聞いて、一気に雰囲気が沈んでしまった。それと同時に確信してしまう。絵里の推測通り、あの少女たちが自分たちの追っていた犯人だったかもしれないと。

 

「迂闊だったわ。まさか、一番気の抜けたこの時期に仕掛けてくるなんて……」

「やっぱり、理事長も私たちと同じように午前0時にテレビに……」

 

「それはない」

 

 ピシャリと皆の暗い雰囲気を覚ますような声が響いた。

 

「悠……」

「今日は会わなかったけど、叔母さんは俺たちに朝食を作ってくれてた。これまでみたいに午前0時にテレビに入れられたわけじゃないと思う」

「……そうね」

 

 大切な家族が事件に巻き込まれたという状況でも、悠はキッチリ推理していた。多少無理はしているかもしれないが、こんな状況でそれを指摘するほど無神経な者はいなかった。

 

「では、何で今回は方法を変えたのでしょうか? 穂乃果とことり、私の時以外は午前0時に何らかの方法でテレビに入れられたということでしたが……」

 

 海未の言う通り、今回も今までのケースとは違っていた。今回は真っ昼間、おそらく学校が終わって生徒の出入りが激しくなる時間帯を狙っての犯行だが、これに何の意味があるのだろうか。

 

「それに、この日記の筆跡は……まさか」

「にこちゃん?」

「な、何でもないわよ」

 

 皆が考えている傍ら、にこは絵里が拾った手帳の内容を見てどこか暗い顔をしていた。まるで、この手帳の持ち主に心当たりがあるように。

 

「とにかく今日のマヨナカテレビを確認しよう。それで、もしマヨナカテレビに叔母さんが映ったら、明日あの世界に突入しよう。絶対に叔母さんを助けるんだ」

「…………」

「そのためにも、今日のところは解散しよう。みんなも疲れているだろうし、明日に備えないとな」

「……そうだね、お兄ちゃん。一刻も早くお母さんを助けないと」

 

 一見すると普段通りの悠に見えるが、無理して表情を作っているのが絵里たちには見て分かった。ことりもことりで笑顔だが、明らかに作り物であることがマルバレだ。果たして、2人をこんな状態で居させたままでいいのだろうか。そう思った絵里たちは顔を見合わせた。

 

「ねえ悠・ことり、今日私たちここに泊まっていいかしら?」

「「えっ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったああ! ゴール出来たぁ!!」

「うわああああああああああああ!!」

「…………」

 

「相変わらずうるさいわねぇ。希、これ頂戴」

「ダーメ。それは悠くんの」

 

「悠さん、これはどこに?」

「ああ、それは…」

 

 その日、南家はこれ以上にないくらいの笑い声と笑顔に溢れていた。捜査会議が終わって一旦荷物を取りに行った絵里たちが戻った後、今日は晩餐だと言わんばかりに絵里たちが手料理を振舞ってくれたのだ。その上、その間は穂乃果たちがトランプやテレビゲームで場を明るくしてくれた。

 

「海未ちゃん、本当にゲームに弱いよね」

「まさか、あんな負けからするなんて」

「もはや呪われてるんじゃないかって思うくらいにゃ」

「うううう……」

「ほーら、もうすぐご飯なんだから」

 

 居間のテレビの前では凛が持ち込んだゲーム機で穂乃果たちがパーティーゲームをやり込んでいる中、キッチンでは絵里と悠が着々と夕飯の準備を進めていた。

 

「それにしても、悠は休んでも良かったのに(ひょいっ)」

「(パシっ)いや、俺も何か身体を動かさないと気が済まなくて(さっ)」

「そう、ならいいわ(パシッ)」

「そう言えば、亜里沙は? (シュッ)」

「(パシッ)あの子なら大丈夫よ。今日は穂乃果の家に泊まるらしいわ」

「なるほどな」

 

 会話しながら少し目線を合わせるだけで手際よく料理している。その様子は端から見れば驚きだ。

 

 

 皆、雛乃がいなくなって堪えている悠とことりを案じているのだろう。その気遣いはとてもありがたく、今の自分たちの心境はとても良好だった。

 

「…………」

「あれ? 悠さん、どうしたの?」

「いや、何でもないさ」

 

 胸につっかえている違和感を感じながら、悠は皆と夕食を食べて、楽しい一時を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 だが、無理に押し込めていた感情はすぐさま爆発する。

 

 

「ことり、大丈夫か?」

「お、お兄ちゃん……」

 

 あらかた盛り上がって、今夜映るであろうマヨナカテレビに備えるために早めに寝ようとした際、一旦2階の自室に戻ったことりが中々出てこないので様子を見に行ったところ、ことりは部屋の床に一人うずくまっていた。そして、

 

「う……う……うわああああああああああああんっ!!」

「ぐほっ……」

 

 悠の姿を確認するや否や、ことりは涙を溢れさせながら悠に突進するように抱き着いてきた。不意打ちに勢いよく抱き着かれたため、悠は受け止めきれず壁に後頭部を激突させてしまった。

 

「ことりの……ことりのせいだよ。ことりが、お母さんに……あんなこと言ったから……お母さんが……お母さんが……ううう…………う……」

 

 兄の意識を刈り取りそうになったことは知らず、ことりは溜めに溜めていいた感情を爆発させる。家族が、それも一番ことりを長く、そして近くで見守っていた母が誘拐されたのが堪えたのだろう。

 その感情は分かる。意識が揺れる最中、悠の脳内では昨年の今ごろの出来事がフラッシュバックした。

 

「お……俺は……」

 

 悔しい。去年、菜々子のことがあってから、あんな想いは二度としたくないと言っていたのに、雛乃を同じ目に遭わせてしまった。ことりの激情につられて、自分のため込んでいたものが溢れてしまう。

 だが、己の意識も限界だったのか、ことりに何も言葉をかけることは出来ず、そのまま視界がブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 聞きなれたメロディが流れてくる。目を開けると、思った通りリムジンの車内を模した蒼い空間、【ベルベットルーム】だった。

 

「マリー?」

「うん、久しぶり」

 

 ベルベットルームで待っていたのはイゴールでもマーガレットでもエリザベスでもない。稲羽でお天気お姉さんとして奮闘中のマリーだった。何時ぞやを思い出させる赤いポーチとパンクな衣装、そして青いハンチング帽から覗くエメラルド色の瞳が目の前にあった。

 

「どうして、ここに?」

「今回の君の叔母さんの件は、私にも責任があるから」

「えっ? それはどういう……」

「悠に渡したあの日本刀、実は私の力を付与してたの。少しでも悠やあのコーハイたちの助けになるようにって思って。思い当たる場面はない?」

 

 マリーの言葉に今までのことを振り返ってみると、確かに思い当たる節はいくつもあった。

 P-1Grand Prixにて戦闘で負った傷はあの日本刀を所持していた時にはいつの間にか回復していたし、聞いた話では学園祭事件で、穂乃果がピンチの時に刀が輝いた時に兎のようなペルソナ、おそらくは【カグヤ】が召喚されて穂乃果を助けたとも。

 

「もしかして、足立さんのも……?」

「うん、悠の身体にアイツの意識が来たのも私の力。最初は悠の役に立てればって思って色々力を付与したんだけど、ここまでになるとは思ってなくて」

 

 やりすぎたと言わんばかりに額に手を当てるマリーだが、こっちは色々衝撃過ぎてフリーズしてしまった。まさか、今まで不思議に思っていた出来事が全てマリーの力によるものだったとは思いもよらなかった。

 

「そして、今回の件も私……」

「えっ?」

「ごめん、ここから先はこの部屋のルールで言えない。後は自分で何が起こったのかを突き止めてとしか言えない。ホントは教えたいけど……」

「いや、いいさ。それだけ教えて貰っただけでも十分だ」

「……」

 

 申し訳なさそうにするマリーに悠はそう声を掛ける。しかし、

 

「悠、無理してる」

「えっ?」

「分かるよ、それくらい。ずっと、見てきたから……」

 

 マリーは澄ました顔でそう言うと、悠の頬に手を当てて言い聞かせるようにこう言った。

 

「でもね、悠……って、もうこんな時間。はあ……後はフシギキョニューたちに任せるよ。癪だけど」

 

 マリーはしかめっ面でそう言うと、ギリッと歯ぎしりする。あまり見ない怖い表情に少しビクッとなったが、マリーは素知らぬ顔で視線をこちらに移した。

 

 

「悠、もう真実はすくそこに近づいてる。必ずあの人を助けて、また会いに来てね……」

 

 

 最後、マリーが柔和な笑みを浮かべて顔をこちらに近づけてきた。しかし、自分が何をされるのか認識する前に悠の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、いつもの自室の布団に戻っていた。だが、何だかあの部屋に行く前とは何か違う気がする。主に、後頭部辺りに覚えのある柔らかいものが当たっているような。

 

「…………あっ」

「悠くん、おはよう」

 

 だが、答えは明白だった。ふと顔を上の方へ上げてみると、まるで赤子を見るような優しい眼差しをする希がいた。この状況はつまり、希に膝枕をされていたということだ。やばいと直感した悠はバッと起き上がった。

 

「ええっと、何でここに?」

「悠くんとことりちゃんが全然降りて来んから様子見に来たんや。そしたら、2人とも抱き合う形で寝よったし、その姿勢じゃ寝づらいと思うたから、ウチが膝枕したんよ」

「……ちょっと何言ってるか分かんない」

 

 だが、その言葉を裏付けるように自分の反対側ではことりがもう片方の膝で寝ていた。

 

「み、みんなは?」

「穂乃果ちゃんたちはははしゃぎすぎてもう寝とるよ。エリチも少しね」

「そうか」

 

 さっきまで自分たちがいない間でもどんちゃん騒ぎしていたのに、道理で下が騒がしくないはずだ。時間的に今夜のマヨナカテレビに備えて仮眠を取っているのかもしれないが。

 

「悠くん、自分を傷つけたらあかんよ」

「希……?」

 

 さっきまでの優し気な表情とは打って変わって、真剣な表情でこちらの手をぎゅっと握った。

 

「悠くん、悔いたらあかん。起こったことは仕方ないんや。大事なんはこれからどうするのか、やで」

「そ、それは……」

「今日かて、皆が悠くんとことりちゃん家に泊まろうと思うたんは、2人を励ますのもあるんやけど、自分にそう言い聞かせるためでもあるんやで」

 

 知らなかった。見れば自分の手を包んでいる希の手が少し震えているのを感じる。

 

「だから、悠くんはこれまで通りでええ。これまで通り、ウチらを助けてくれた時のように理事長を助けよう」

 

 まるで母が子を諭すように、愛する人に愛を伝えるように目に涙を溜めて希は言葉を掛けてくれた。その言葉は不思議に悠の心の中にストンと入った。

 何だが、希に励ましてもらってばかりで頭が上がらないなと思う。だが、それが目の前にいる東條希。幼い頃の自分の救いになっていた人物なのだ。

 

「希、ありがとう。お陰で俺も、ことりも吹っ切れた気がするよ」

 

 彼女の膝で眠っていたことりも今の話を聞いていたのか、表情が自分と同じく和らいでいる。希もそれを確認したのか、良かったと言わんばかりに安心した笑みを浮かべていた。

 

「そう。なら良かったわ。いつも悠くんに助けてもらってばかりやから、これくらいはせんと」

「今度お礼させてくれ」

「ほんま? じゃあ、デート1回」

「……へっ?」

「ウチの家でお泊りも追加でお願いな」

「えっ? お泊り……? えっ?」

 

 明らかにお礼の内容が飛躍しすぎな気がした。デートはともかく、家にお泊りは流石にまずい気がする。なにかこう、色々な意味合いで。

 

「ウチ、悠くんのためを思って頑張ったのに…………」

 

 悠の苦い反応に希は表情を曇らせたかとおもうと、目に涙をためてきた。その表情をされると、今の悠にはクリティカルヒットだった。

 

「わ、分かった分かった! 今度デートしよう。希の家にお泊りで」

 

「やったあ!」

 

 案の定、お決まりのパターンにやられてデートの約束をしてしまった。何やらとんでもないことを約束してしまった気がする。さながら悪魔との契約のような。思えば希は実家暮らしではなく一人暮らしだった気がするのだが、大丈夫だろうか。それに、希は素知らぬ顔でやり過ごしているが、膝元からギロッとこちらを睨む妹の視線がいつも以上に痛い。

 でも、悪くないと思っている自分が心の中にいる。この約束を果たすためにも、絶対に生きて雛乃を助け出そう。当然、その後約束を果たしてから自分が無事でいられる保証はないわけなのだが……

 

 

「悠さーん・ことりちゃーん・希ちゃーん、どこ~? そろそろ午前0時だよ」

「ああ、分かった。今行くよ」

 

 

 階下から自分たちを呼ぶ声がした。いよいよ、真偽を確かめる時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、マヨナカテレビは映った。

 

 

 

 案の定、その画面に雛乃の姿があった。これまでの花陽やにこたちのように、突拍子な恰好や背景はない。質素な白色の背景に普段の仕事服で現れた雛乃はまるで謝罪会見を行うかのような暗い表情で映っていた。

 だが、そこから映像に変化はなく、ただただ暗い表情の雛乃の姿が垂れ流されるだけで、数分もしないうちに映像は途切れてしまった。

 

 

 これで確定した。雛乃は間違いなくテレビの世界にいる。そうなれば、自分たちがやることは一つだ。

 

 

 

「行こう、テレビの世界へ」

 

 

 そして、彼・彼女たちの大切なものを取り戻す戦いが始まる。

 

 

 

To be continued.



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#107「Heaven③.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

更新が再び遅くなって申し訳ございません。今回はマジで大事な回なので、構成や内容が煮詰まってしまいました。来月から就職するのでこれ以上に更新が遅くなってしまいますが、それでもこの作品を愛読して下さったら幸いです。

今回は前回の内容から雛乃の心象風景を表したダンジョンに入りますが、参考にしたのは最近プレイした【ファイアーエムブレム風花雪月】のガルグ=マク大修道院です。プレイした人は分かると思いますが、散策した際のあの風景や内装が今回の話に合うなと思ったので。

改めて、誤字脱字報告をして下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

これからもこの作品をよろしくお願いいたします。

それでは、本編をどうぞ!


…………………………

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

 

 

 

 

…………聞き慣れたメロディーと老人のしゃがれた声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 目を開くと、その場所があった。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模したような不思議な空間。この場所は【ベルベットルーム】。精神と物質の狭間にある、選ばれた者しか入れない特別な空間。

 

 そして向かいのソファにこの部屋の主である【イゴール】がいつものように目を伏せた状態で座っていた。黒いタキシードに一度見たら忘れそうにない長い鼻とギョロッとした大きな目の謎の老人。そして、その傍らには秘書のような顔立ちでこちらを見やる従者のマーガレットもいる。

 何度目かの再会だが、こうして会うと本当に事件が起こったのだと実感させられる。本当は目の前にいる人物たちが事件を引き起こしたのではないかと思うほどに。

 

「お久しゅうございます、お客人。やけに神妙なお顔をされておりますが、お身内に何か災難が降りかかったのですかな?」

 

「…………」

 

 やけに核心を突いてきた質問に気が障ってしまい、思わず目の前の老人を睨んでしまった。しかし、イゴールはその睨みの視線を全く気にせず、いつも通りの姿勢を保ったままだ。傍らにいる従者のマーガレットは見たことがない客人の表情が珍しいのか、少し驚きを露わにしていた。

 

「……ふふふ。貴方もそんな顔をするのね」

「…………」

「失礼しました。主のお客様に対する無神経な発言を私からお詫び申し上げます。ですが、貴方の行く先を再び占ったところ、このような結果が出たものですから」

 

 マーガレットは改めて謝罪の言葉を述べると、膝元に置いてあるペルソナ全書を開いて青い魔方陣を展開した。映し出された魔方陣には一枚のタロットカードが示されており、その配置はこのようになっていた。

 

 

【死神】の正位置

 

 

 示されたカードの配置を見た途端、更なる絶望が襲ってきた気がした。最近希の影響でタロット占いを教えて貰った浅い知識しか持っていないが、この配置は……

 

「この位置が示すのは【完全な終わり、別れ】。こちらからしても、あまりよろしくない結果に貴方様は心中ではさぞお焦りになっていることでしょう。しかし、占いはあくまでも占い。絶対の未来を示すものでは御座いません」

 

 イゴールはそう言って指を鳴らすと光り輝く9つの宝玉がイゴールの手元に現れた。色とりどりの光を放つその宝玉は【女神の加護】。穂乃果たちがペルソナを覚醒させた時に姿を現した未だ正体不明の宝玉だ。この宝玉が一体なんだったのだろうか。

 

「どのような未来を歩まれるのか、それは貴方様がどう行動するのかに御座います。先ほどの顔色からして、予想だにしない事態が降りかかることで御座いましょう。果たして、此度の災難、お客人とあの者たちがどのようにして乗り越えるのか…………楽しみでございますなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マヨナカテレビが再び映ったその日の放課後、理事長が誘拐されたことなど露知らず、音ノ木坂学院の生徒たちはいつも通りの平和な一日を過ごしていた。そんな中、そんなことは知ったこっちゃないと言わんばかりに音ノ木坂学院の部室は一変して重々しい雰囲気が支配していた。

 

「理事長のこと、誰も知らないよね?」

「当たり前よ。真っ当な誘拐事件じゃないんだから、警察に事情を説明するわけにはいかないでしょ。桐条さんたちはまだしも……」

 

 事実、昨日から雛乃と連絡が取れなかったのは携帯を落としてしまったから、そして今日は体調不良のため欠席すると学校側には伝えてある。そして、その傍らでシャドウワーカーは引き続き現実世界での雛乃の捜索を続けてもらっている。

 

「それはそうと悠くん、その恰好は……」

「ああ、これは俺の勝負服だ」

 

 悠はこの日、八十神高校の学ランを着用していた。悠にとって八高の学ランは去年の苦難を乗り越えてきた際に着続けた思い出の証。今回は絶対失敗できないという懸念から験を担ぐための勝負服としてこの学ランを着てきたのだ。まあ当然、勢い余って学校にそのまま登校してしまったので、先生たちに注意されてしまったが。

 

「ことりも、八高のセーラー服にしようかなって思ったんだけど。やっぱり、ことりはこの音ノ木坂ブレザー服がしっくりくるなって」

 

 ことりの言葉に悠以外のメンバーはそうだなと思った。悠は稲羽からこのような事件に関わってきたのに対して、自分たちはこの音ノ木坂の神隠しからだ。ならばあの日、悠に助けてもらい共に事件を追ってきた時に着続けたこの音ノ木坂学院の制服が自分たちにとっての勝負服だ。

 

「鳴上くん・みんな、ありがとうな。うちも参加させてもろおて」

「いいいのよ、ラビリス。ラビリスだって私たちμ‘sの仲間だもの」

「むしろ、ラビリスの戦闘力は悠さん並ですから、心強いです」

 

 そして、新たな戦力としてラビリスも今回の作戦に参加してもらっている。自分を音ノ木坂学院に受け入れてくれた恩を返したいと、美鶴と悠に直談判したのだ。そんな彼女の勝負服は動きやすくかつ皆と出会った思い出が詰まっている八高のセーラー服だ。

 

「さあ、いくぞ」

 

 準備は整った。雛乃を助ける為に、悠の合図を機に久方振りのテレビの世界へと身を投じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ! 霧が……」

「濃くなってますね」

「以前穂乃果と花陽のダイエットに使った時は全然でしたのに」

「本当だ」

 

 久しぶりに訪れたテレビの世界。先日の海未主導による“ギリギリまで絞るプラン”の最終手段や凛と悠のいざこざで訪れた時はあまり霧が立ち込めていなかったのに、それが嘘のように以前と同じく先が見通せない程に濃くなっていた。

 

「これは……」

 

 同じようなことは去年のこの時期にも起こっていた。しかし、一体何が原因なのかと思考していると、それを裏付けるような発言が飛び出してきた。

 

「そう言えばさ、今日学校歩きまわってたら、妙なこと聞いたんだけど」

「妙なこと?」

「何か、音ノ木坂の神隠しがまた始まったんじゃないかって」

 

 穂乃果が徐に口にしたその話にゾッとした。まさに、その発言が今回のことの原因ではないか。

 

「そ、それは本当なのっ!?」

「そう言えば、私も今日どこかで耳にしたような……」

 

 どうやら穂乃果だけでなく、他のメンバーも同じようなことを耳にしていたらしい。おそらく悠が音ノ木坂の神隠しについてあちこちで聞きまわったのが原因の一つだろう。ここが稲羽のテレビの世界のように、人の噂によって影響を受けるのなら尚更だ。

 

「それはともかく希、早速ナビを頼む」

「OKや。ペルソナ!」

 

 悠の指示を受けて、希は己のペルソナ【ウーラニア】を召喚した。先日の絆フェス事件での活躍したナビペルソナの力で、どこに雛乃が迷い込んでいるのかを探る。そして、

 

「見つけた。理事長がおるんはあそこや」

 

 数分もしないうちに、希は目標地点を割り当てた。以前は索敵するのに時間がかかったものだが、夏休みや絆フェスで同じナビペルソナ持ちのりせに指南して貰ったお陰か、ナビ性能が上がっている。

 そして、希がはじき出したその場所は……

 

 

 

 

 

「ここって、理事長室?」

 

 案の定というべきか、辿り着いたのは理事長室の前だった。今までの事件のパターンからして、テレビに落とされた人物のゆかりのある場所に己の心象風景が投影された世界が展開されていた。この学校の理事長である雛乃であれば、理事長室に迷い込んでいることは明白だろう。

 この扉を開ければそこには雛乃の心象風景を表した世界が広がっている。果たして、この先にどのような光景があるのか。少し緊張しつつも、悠は先陣を切ってドアノブに手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあああ」

「これが……理事長の」

「お母さんの世界……」

「すごっ……」

 

 理事長室から入ったその世界は圧巻だった。

 

 扉を開けて足を踏み入れたその先には、目を見開くような光景が広がっていた。どんよりとしたテレビの音ノ木坂学院とは打って変わり、青空が広がっている。更には神々しい雰囲気を醸し出す建築物。まるでヨーロッパにあるような大聖堂のようだ。

 

「何か、ここ高くない?」

「確かにって……って、うわっ! 本当に高っ!?」

「ここは、おそらく展望台に似た場所でしょう。テレビの世界のスタート地点が高所というは今までありませんでしたが……」

 

 少し霧が立ち込めて目では分からないが、自分たちの立っている場所が多少高さがあるように感じられたので、海未の察する通り展望台らしき場所に出たようだ。すると、この世界に足を踏み入れてからナビを開始していた希から詳細な情報が入る。

 

「試しにリサーチしてみたけど、ここは3階建ての修道院か教会に似た建物の3階。理事長の反応は下から感じるな。更に詳しく調べたら、下に行けば行くほど範囲が広くなっとる」

「ということは、上から下に行くタイプかにゃ?」

「それに、修道院に教会か……なるほど、叔母さんにピッタリかもな」

「えっ?」

 

 修道院はキリスト教において修道士がイエス・キリストの精神に倣って祈りと労働のうちに共同生活をするための施設のことを言う。その中で暮らす修道士たちを教え導くのは聖職者。現代社会で教師を聖職者などと表現されることはあるが、そのことを考えれば雛乃の世界が修道院や教会を模したような世界になることは納得できる。

 そう言えば、去年見た菜々子の世界は天国のような楽園だったなとふと思い出した。早く死んでしまった母に対する寂しい想いが現れた心象風景だったが、何となくこの雛乃の世界があの雰囲気が似ているのではないか。

 

「お母さん、もしかして何かを後悔してるのかな?」

 

 そして、修道院や教会は一般的にはお祈りをしに行くイメージが大きい。希望を求める者、救いを求める者など。ことりのその一言に雛乃と喧嘩したあの日、雛乃は何かを後悔している様子だったことを思い出した。

 

 とは言え、いつまでもこの世界の壮大な景色に見惚れている場合ではない。一刻も早く雛乃を助ける為、悠は穂乃果たちを促して先へ進んだ。

 

 

 

 

「はあ、どこまで行っても圧巻だね」

「ヨーロッパとかの大聖堂はこんな感じなのでしょうか?」

「一度行ってみたいですね」

 

 展望台から修道院内に入った穂乃果たちはその修道院の内装に思わず感嘆してしまった。雛乃の心象風景を表しているだけあって、古風でありながらもどこか長年の貫録を示すような魅力がある。海未の言う通り、ヨーロッパにあるどこかの大聖堂のようだった。

 

「……来る」

「えっ?」

 

 刹那、嫌な気配を感じたと思うと、何もないところから複数体のシャドウが出現した。これまでの探索では見たことがない初見のシャドウ。更に、穂乃果たちは久しぶりのシャドウとの戦闘故かより一層手強そうに見える。

 

「いきなり来たわね」

「でも、負けないにゃ!」

「一気に行くぞ」

「「「は、はいっ!!」」」

 

 いきなりのエンカウントで緊張してしまうが、悠の掛け声に自然と緊張は解けた。目の前の敵に臆せず、穂乃果たちは各々のタロットカードを顕現させた。

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりの戦闘は苛烈を極めた。屋内で比較的狭い場所、更に敵の数という面で苦戦を強いられたが、希の向上したナビと悠・絵里の的確な現場指示によって、上手く立ち回れていた。更には、ラビリスがキングダムに登場する蒙武の如く積極的に多くのシャドウを蹴散らすので、大分戦闘が楽になった。

 

『ラストや! 穂乃果ちゃん』

「やあああああああああああっ!!」

 

 2階を突破するまでの戦闘は穂乃果のカリオペイアによる袈裟切りで幕を閉じた。戦闘が終了した途端、皆はやっと終わったと言わんばかりにその場に座り込む。

 

「戦闘終了。皆、お疲れ様」

「ひ、久しぶりの戦闘は……ちょっと堪えたよ」

「体力もそうですが、ペルソナの戦闘は精神も削られますからね……」

「ラビリスは何ともないのかにゃ?」

「うちは別に」

 

 比較的狭い場所での戦闘だったために多少やりづらかったが、リーダーの悠や指揮官の絵里による的確な指示と機転で何とかくぐり抜けることができた。だが、戦闘後の疲労は半端でない。ラビリスはシャドウ兵器なので今のところは何ともないが、穂乃果たちは買い溜めしておいた菓子類や清涼飲料水などで何とか回復している。この先現れるであろうポスシャドウや雛乃誘拐の犯人との戦闘までどれだけ体力を残せるのかが心配だ。

 

「………………」

「悠さん?」

 

 回復に回復を重ねる穂乃果たちに対して、リーダーの悠はペットボトルのお茶だけを口にして立ったまま瞑想していた。その立ち姿はクールでカッコいいので、彼に恋する彼女たちにはご褒美なのだが、どこか雰囲気が違う気がした。

 いつものこういった状況では積極的に自ら話しかけに来るのだが、どこかおかしい。

 

「お兄ちゃんのことはそっとしておいてくれるかな?」

「ことりちゃん?」

 

 ふと悠のことを不思議そうに観察していた穂乃果の元に、ことりがこそっとそんなことを言ってきた。

 

「お兄ちゃん、菜々子ちゃんのこともあっていつも以上に気張ってるの。絶対お母さんを助けるんだって意気込んでいるから」

「あっ」

 

 菜々子のことというのは、去年の事件のことだろうと察しはついた。夏休みにその事件の全貌は陽介たちから聞いている。あの話を聞いただけでも胸が痛くなったのに、当時そのままの体験をした悠たちにとっては胸が張り裂けそうなことだったことが想像できた。

 つまるところ、悠はまた菜々子のようなことが雛乃にも起こるのではないかと危惧しているのだ。そう言われてみれば、雰囲気が危うく感じるのも間違いではないのかもしれない。

 

「……みんな、大丈夫か?」

「へあっ!? う、うん、平気だよ」

「そうか」

「それよりも先に進みましょうか。いつまでも休憩してる訳にはいかないし」

「ええ~! 凛はもうちょっと休みた……ふぐっ!」

「アンタは黙ってなさい」

 

 悠に余計な心配をさせないようにと、から元気に先へ進もうと促す穂乃果たち。だが、その雰囲気にナビに気を回して遠目から見守っていた希は少し嫌な予感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、数々の戦闘を経て一階に降りると、欧米の大聖堂を彷彿とさせる教会のような場所に出た。古めかしい画家の絵が描かれた天井は見上げてしまうほど高く、その周りの壁の装飾などは目を見張ってしまうほど煌びやかだ。

 あまりの壮大さに思わずあんぐりと口を開けてしまったが、そんなμ‘sメンバーたちの耳に天の声が聞こえてきた。

 

 

『私は兄さんのことを愛していた。本当はいけないことだと自覚していたが、この気持ちは止まりそうになかった。この気持ちが報われる日が来るのだろうか』

 

 

 いきなり聞こえた内容に思わずたじろいでしまった。内容が内容なだけに、ふと悠とことりの方を向いてしまった。どうやらここからが、雛乃の世界における根幹と言う場所なのかもしれない。

 更に、希のナビによる結果が出たので聞いてみると、先ほどのよりも捜索範囲が広大になっているとのことだった。というのも、このエリアは修道院内だけでなく、池や教室、市場など確認できる限り様々な施設が存在していた。要するに、調べる場所が増えたのである。

 

「いきなり捜索範囲が広すぎるよ」

「どうしますか?」

 

 膨大な情報量に頭が混乱してしまう。ここからの捜索指針をどうするのか見当がつかないメンバーはリーダーに視線を移すしかなかった。

 

「……皆で固まって一か所ずつ回るぞ。シャドウも強くなってるし、数で対処した方が良い。行くぞ」

 

 だが、悠から放たれた指示はあまりにも無茶ぶりだった。今まで自分たちに出したことがない指示に穂乃果たちは仰天する。

 

「えっ!? 悠さん、速いよ! まだどこに向かうか希ちゃんもナビ出来てないし」

「まだこのエリアに来たばかりですし、少し休憩を」

「ナビがなくてもしらみ潰しで探した方が良い。それに、こうしてる間にも叔母さんは苦しんでるんだ。ラビリスもいるし、無理をしてても行くぞ」

 

 おかしい、絶対におかしいと今まで苦楽を共にしてきたメンバーは全員直感する。この男、焦るあまりに正常な判断ができなくなっている。しかも、ラビリスを都合の良いように使おうとしている時点で、いつもの悠ではない。

 このまま進んだら絶対に危険だ。一度考え直すべきだと諭そうにも今の悠から発せられる有無を言わせない気迫に声を掛けられない。

 

「悠、落ち着いてっ!!」

 

 すると、自ら勇気を出して絵里は行き急ぐ悠を諭すように、悠の両肩に勢いよく手を置いた。突然のことに目を見開いた隙を見て、絵里は悠の目を見据える。

 

「あなたが菜々子ちゃんのこともあって、理事長を助けるのに焦っているのは分かるわ。でも、それは私たちも一緒なの」

「…………」

「お願いだから、いつもの悠に戻って。あなたが機能しなかったら、理事長を助けるどころじゃなくなるわよっ!」

「………………」

 

 絵里の必死の懇願に悠はまずかったと折れたのか、その言葉に深く頷いた。悠が落ち着いたことに、皆はホッと安堵した。証拠に先ほどまで悠から発せられていた気迫が薄らいでいる。これでいつも通りの悠に戻ってくれる。焦る気持ちは自分たちにもないわけではないが、ここは慎重に進んで行った方が良いだろう。

 

 

 だが、この後絵里は内心もっと良い言葉を選べばよかったと悔やむことになる。こんな事実を突きつけるだけの説得では意味がない。もっと悠の心に寄り添えるような言葉を選べば良かったかもしれないと思ったが、それをひねり出せるほどの余裕はこの時はなかった。

 

 

 

 

 

 

 ひと悶着あったものの、何とか活動を再開した。悠の機嫌に気を遣いながらも希のナビを頼りにこの一階周辺を調査する。

 まず始めに辿り着いたのは食堂を模したような場所だった。まるで、某魔法映画に出てくる学食のような煌びやかさに思わず感嘆してしまった。すると、食堂の天から声が聞こえてきた。

 

『兄さんの料理が好きだった。私も兄さんのようになりたくて、料理を始めた。最初は微妙な顔をされたけど、段々嬉しそうに美味しいと言ってくれた。私はそれが嬉しかった』

 

 どうやら、特定のエリアに辿り着くと雛乃の体験に基づいた記憶が聞こえてくるシステムらしい。だが、天の声が終わるとお約束と言わんばかりにシャドウが出現したので、驚きつつも戦闘を開始した。

 

 

 

 

 ハプニング的な戦闘を終えて、次に辿り着いたのは釣り池だった。修道院の中に釣り池とは珍しいが、ここはテレビの世界なので、何でもアリなのかもしれない。すると、またも頭上から天の声が聞こえた。

 

『兄さんは釣りが好きだった。あまりの熱心さによく近所のお兄さんから煙たがれたけど、兄さんの隣で釣りに熱中する兄さんの横がを眺めるのが好きだった』

 

 

 

 

 

 更に歩みを進めると、お次は学校の教室らしき場所についた。日本の昔ながらの木造やコンクリートではなく、石造りの教室だった。

 

『兄さんとは学校は違ったけど、途中まで一緒に登校したり、下校が一緒になったりした。些細なことだったけど、それでも私は兄さんに少しでも近くに居られるので、とても嬉しかった。あの日常はもう戻ってこない』

 

 

 

 

 

 

 次はイタリアのコロッセオを思わせる闘技場らしき場所に辿り着いた。それほど大きさはなく、ただ訓練に使用するためのような規模のようだ。

 

『学生時代、いじめられていた時期がある。その時、私をいじめた人たちに立ち向かったのは兄さんだった。女子相手にはネコさんたちの力を借りないとダメだったけど、男子相手なら殴り合いになるのは当たり前で、酷い時は入院した時もあった。私は無茶する兄さんが心配だったが、それほど私を大切に想ってくれているのだと思うと、心が締め付けられた』

 

 

 

 

 

 こうして、途中途中でシャドウに遭遇しながらもこのエリア内の一通りの施設を回った。一旦情報を整理するために、安全地帯である教会まで退却した。

 

「お母さん、本当に叔父さんのこと……好きだったんだね」

「ああ」

 

 改めて、ここまでの流れから雛乃がどれほど家族を大事にしていたかが切実に伝わってきた気がする。雛乃の心象風景を表した世界と言えど、

 

「しかし、ここまで探しましたが……理事長は見つかりませんね」

「希、本当に見つからないの?」

「う~ん、ウチの捜索範囲内で隈なく探してるんやけど……反応があるのに、どこにいるのか正確な位置が掴めん」

「ええっ!?」

 

 そう、あれから休まず隈なくこのエリアを捜索したが、雛乃はおろか犯人らしき姿も見当たらなかった。反応があるものの遭遇するのはシャドウだけ。

 

「それに、音ノ木坂の神隠しについての情報もなかったし」

「一体どうなってるんだろう?」

 

 更に、この世界を見回っても今回の事件の手がかりになるものは掴めていない。まだ探しきれていない場所があることは否めないが、仮に雛乃が音ノ木坂の神隠しに関わっているのであれば、手がかり一つもないのはどこかおかしい。

 もしかしたら雛乃は音ノ木坂の神隠しについて無関係であるかもしれない。出来ればそうであってほしいと願うばかりだ。

 

 

「叔母さんに、一体何があったんだ」

 

 

 未だに行方が知れない雛乃。そして、その雛乃を攫った犯人。この世界のどこに潜んでいるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んんっ?」

「希ちゃん?」

 

 すると、ナビに集中して一時だんまりしていた希が声を上げた。

 

「……反応があった」

「えっ?」

「多分ウチらが一通り調査したからかもしれへんけど、一か所だけおかしな反応がある所を見つけた」

「本当か!?」

「でも、理事長の反応と一緒に妙な反応もあるんよね。それも二つ」

 

 これはもしやと勘の良いメンバーは察した。先ほどまで明瞭になってなかった反応がいきなりクリアにあるのはおかしい。まるで、こっちにおいでと誘っているようだった。だが、それでも行かなければならない。ここはあえて向こうの誘いに乗る形で、直接対決と行こうではないか。

 

 

 

 

 

 

「ここか……」

 

 希のナビに導かれて辿り着いたのは大聖堂の地下だった。入り口は大聖堂のとある壁に巧妙に隠されていたので、希が捉えた反応がなければ見つけられなかっただろう。細心の注意を払いつつ進んでみると、地上の古風で趣のある雰囲気とは正反対のジメッとした薄暗い道が続いていた。

 シャドウに不意を突かれる危険性もあって周囲を警戒しながら慎重に進む。いつまで続くのかという緊張感の中、光が差して辿り着いた先にはこれまた不思議な光景が広がっていた。一階までのヨーロッパの風景とは打って変わり、まるで時間が遡ったような神秘的な光景だった。

 

「あ、あれっ!」

 

 穂乃果が指さした方向には祭壇があった。まるで神話によく登場するような古びた祭壇を見てると……

 

 

 

「叔母さんっ!!」

 

 

 

 祭壇にはいつもの仕事服のままの雛乃が横たわっている姿を発見した。ここに辿り着く前に犯人に痛めつけられたのか、表情が辛そうで所々に傷が見受けられた。それを見るや否や悠は一目散に祭壇へと駆け出した。しかし、

 

 

 

 

「動くな」

 

 

 

 

 祭壇に辿り着こうとなったその時、気配を感じなかった存在が祭壇に出現した。それは雛乃のこめかみに銀に光る何かを突きつける。

 

「そこから少しでも動いてみなさい。こいつの命はないわよ」

 

 単純な脅し文句に乗せられた冷たさと殺意を感じ取ったのか、悠は思わず立ち止まる。同じく悠の後に続いていた穂乃果たちはおろか、ラビリスでさえ足を止めてしまった。

 シャドウワーカーにて妹のアイギスから立て籠もりやハイジャックなどの対抗策は学んで実践してきた。見れば、祭壇にいるのはテロリストなどではなく、自分たちと同じ高校生くらいの少女2人なので、やろうと思えばこの場から抑え込むことは容易いのだが、この時は出来ないとラビリスの勘は言っていた。

 そう思わせるほどの何かがあの少女たちから感じるのだ。だからラビリスと言えど、この状況では下手に動けない。完全な膠着状態だ。

 

「あ、アンタたちは……」

 

 更に、祭壇にいた少女のたちの顔を目にした途端、にこの表情が動揺に染められていた。まるで、過去のトラウマを思い出したように身体をワナワナと震わせつつも、辛うじて言葉を発した。

 

「あさっち……みーぽ……」

「久しぶりだね、にこ」

「お前はまだその名前で呼ぶのね……」

 

 対して、あさっち・みーぽと呼ばれた少女たちは震えるにことは対照的に愉快そうに笑った。だが、その瞳は憎しみと恨みが込められているように笑っていなかった。

 この反応とやり取りにもしやと思った絵里は当たってほしくないと思いつつも、恐る恐るにこに尋ねた。

 

「にこ、この人たちはもしかして……」

「そうよ。こいつらは私が一年生の時にスクールアイドルを一緒にやったメンバー……柴田麻美と萩崎未歩よ」

 

 祭壇の少女たちの正体に衝撃が走った。この少女たちがにことスクールアイドルを結成し、音ノ木坂の神隠しに遭ったとされて転校してしまった少女たち。

 

 

「どうして……」

「ん……?」

「どうして叔母さんをこの世界に攫ったんだ。お前たちは何がしたいんだ」

 

 

 だが、悠は思わず祭壇でこちらを見下ろす麻美と未歩を精一杯睨みつけながら問いただした。だが、2人は悠の睨みに臆せず、それどころか余裕を持った不気味な笑みを浮かべた。

 

 

 

「決まってるじゃん。音ノ木坂に復讐するためだよ……」

 

 

 

To be continued.



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#108「Under the banner ①.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

更新が再び遅くなって申し訳ございません。就職して現在研修中の身なので、これからも更新は遅くなると思いますが、何とか書き続けていきたいと思います。

最近友人の勧めもあって【ウマ娘】を始めました。中・長距離キャラの育成が結構難しいですが、休憩時間に超楽しんでやってます。ちなみに、私の推しキャラはオグリキャップです。あの物静かな天然で大食いなところにグッときました。

改めて、誤字脱字報告をして下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

それでは、本編をどうぞ!タイトルの和訳は【御旗のもとに】。


──────お兄ちゃん……お兄ちゃん…………

 

 

 これはいつの日の記憶だろうか。意識が薄いのか、全く判断がつかない。

 

 

────お兄ちゃん、助けて……助けて……

 

 

 ああ、そうだ。これはあの日の記憶だ。

 高校生時代、私は学校のどこかに閉じ込められたことがある。正確には監禁されたというべきだ。犯人の目星はついていた。おそらく自分のことが好きだと付きまとっていたあの男子生徒だろう。

 自分に異常な好意を抱いており、何回かデートに行こう・自分の家に行こうなどと言いよられた覚えがある。あまりに異常だったので兄が目を付けて毎度の如く追っ払ってくれたので、これで問題ないだろうと油断していた時、今回のことが起こった。

 

────助けて……助けて…………

 

 自分が監禁されたのだと気づいたときには遅かった。目的を果たしたことにご満悦だったのか、犯人の男子生徒はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた。その場で私は乱暴されそうになった。あの時の恐怖は今でも忘れられない。

 

 

 しかし、何故今この時の記憶が蘇ったのだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「音ノ木坂に復讐?」

「そう、正確にはこいつにね」

 

 あさっちと呼ばれた柴田という少女はぶっきらぼうにそう言うと、手に持つ拳銃で足元に倒れている雛乃を指す。

 悠から新聞部で聞いた情報については共有してもらっていたので、絵里たちはあらかたの察しがついた。つまり、こう言いたいのだろう。“自分たちは転校したのではなく、転校させられた”。他ならぬ理事長の雛乃によって。

 

「お母さんが……お母さんが何をしたっていうの!」

「何? あなた、こいつの娘なのに知らなかったの? こいつは私たちを音ノ木坂から追い出したのよ」

 

 銃口を倒れる雛乃に向けたまま、ことりの質問に淡々と答えるみーぽ。しかし、どこか様子がおかしいと観察していた絵里と希は思った。あの祭壇にいる2人の雰囲気が学園祭事件で対峙した時の佐々木竜次と酷似しているのだ。

 とりあえず、ここで動いても意味がない。最優先は雛乃の確保なので、選択を間違えれば雛乃を更なる危険に遭わせるかもしれない。だったら、情報を集めるのが先だと質問攻めにシフトチェンジすることを決めた。

 

「もしかして、あなたたちのことを書いたっていうあの週刊誌のことが関係しているの?」

「週刊誌? ああ、あの愚図が書いた記事のこと。そんな関係ないわ」

「重要なのは、こいつが私たちを追いだしたっていう事実。それだけよ」

 

 やはり、どこかおかしい。ならば、

 

「か、確証はっ! 証拠はあるの? 理事長があなたたちを音ノ木坂から追い出したって証拠は」

「……はあ? 何言ってるの。それを今、こいつから聞きだしてるんじゃない」

 

 だが、この質問はミスチョイスだったようだ。相手の神経を逆撫でしたのか、更に足元にいる雛乃に危害を加えかねないほど険しい表情をしている。

 まるで、立てこもり犯を相手にしているような状況に悠たちは去年よく同じような状況で菜々子を助けられたものだと感心した。こうなったらまた別の質問で話題をそらすしかない。それも、最も自分たちが聞きたかったあのことについて。

 

「あなたたちが、私たちをテレビに入れたの?」

「……ええ、そうよ。私たちがやったわ。音ノ木坂に復讐する一環でね」

「私たちと同じ、学校から複数の行方不明者が出れば、廃校が確定するって考えてね」

 

 やけにあっさりとした答えだが、その事実だけで十分だった。目の前にいる少女たちが自分たちをテレビに落とした元凶なのだと敵意を示すには。

 

「や、やっぱり! ど、どうやって……」

「本当はずっと我慢してたのよ。こんなまどろっこしいことをせずに、こいつを懲らしめられたらってね!!」

「……って、ちょっ!?」

 

 だが、ここで再度のミスチョイスにファンブル。更に激情したあさっちが手に持つ拳銃を振り下ろそうとした。その時、

 

 

「危ないっ!」

 

 

 何かの危機を察知したのか、みーぽがあさっちを引き寄せた刹那、あさっちの頬に閃光が走った。ガシャンという音がしたので見てみると、それは銀に光る日本刀だった。もしみーぽが庇っていなかったら、その刃あさっちに当たっていたことだろう。

 その事実に恐怖しながら振り返ってみると、その剣の持ち主であろう悠が降り投げた後である姿勢でいた。つまり、彼が自ら得物である日本刀を彼女たちに向かって投げたことになる。

 

「お前たち、よくも俺の大事な家族を傷つけてくれたな」

「ゆ、悠さん……?」

 

 刹那、その時放たれた悠の言葉にその場にいる人間たちは戦慄した。今一番この状況の中で、怒らせてはいけない者の怒りが爆発したのだ。その証拠に、今の言葉には仲間の穂乃果たちでさえ、おそらく特別捜査隊のメンバーたちでさえ今まで聞いたことない、この男の性格からは考えられないほど禍々しい感情が乗せられていた。

 

「ゆ、悠くんっ!」

「悠、落ち着いて。あなた今」

「うるさい」

 

 パシッと、悠は絵里が伸ばした手を払いのける。その行動に絵里だけでなく、いつも近くで優しい悠を見てきた穂乃果たちも驚愕した。

 

「ゆ、悠さん……」

「悠くんっ!」

「悠っ! あんた」

 

「もうお前らは知らない」

 

 思わず呼びかけるも、もうこの男に彼女たちの言葉は聞こえていなかった。そして、

 

 

「ぶっ潰してやる!!」

 

 

 今、それを突きつける決定的な言霊が放たれたことに息を飲んだ。そして、確信する。今の彼も彼女たちと同様に正常ではない。行き過ぎた家族愛と昨年の事件のトラウマによって。

 

「……捕まえるの間違いじゃないの」

「でも、私たちはそう簡単に捕まらないわ」

 

 だが、そんな悠の気迫に2人は作り笑いを浮かべた。そして、次の瞬間に目を疑う行動に移した。

 

「なっ、ちょっとちょっと!!」

「どういうつもり!?」

 

 なんと、手に持っていた銀に光る拳銃をこめかみに突きつけたのだ。まさかここで自殺するのか。しかし、その仕草に見覚えのあるラビリスは思わず声を上げた。

 

「みんな、構えて! あの様子は」

「えっ?」

 

 

―カッ!―

 

 

 もう時は遅かった。あさっちはそのまま拳銃の引き金を引いた。すると、何かが割れるような音が鳴り響くと共に、2人の周囲から更に濃い霧が発生する。すると、

 

「えっ、ええええええええっ!? ナニコレ!」

「へ、兵隊にゃ!?」

 

 目の前に広がる光景に穂乃果たちは驚愕する。霧が晴れたと思うと、なんとそこにはいなかったはずの大多数の兵隊たちがいたからだ。

 武器を手にしながら騎馬に乗馬している騎士のような者もいれば、重装備に身を包んで武器を持っている者、更には深くローブを被っている魔導士のような者もいる。まさに某シミュレーションゲームにありそうなバリエーションだった。

 

「なになになにになにっ、どういうことっ!?」

「もしかして、これもシャドウなの!?」

「いや違う。ウチのナビじゃ、シャドウとは違う反応が出とる。アレは……」

「まさか、ペルソナか!」

「ぺるそな……? へえ、あなたたちはそう呼んでるのね」

 

 あの反応、そしてあの拳銃を使った所作からして間違いない。彼女たちもペルソナを召喚したのだ。あの手に持っている拳銃をこめかみなどに当てて引き金を引く召喚方法はシャドウワーカーの美鶴や風花が使っていたもの。何故彼女たちが使えるのかが分からないが、今はそんなことを考えている暇はない。

 

「ぺ、ペルソナにしたって、この数は異常でしょ!」

「おそらく増殖に関する能力なのでしょう。でなければ、こんな数に説明がつきません」

「そうだとしても、本体がどれかって分からないじゃない」

 

 そうなのだ。ペルソナはペルソナでもどこぞの作品のように個体が増殖するようなタイプは今まで悠ですら見たことがない。そして、真姫の言う通りこれだけ数が居ては本体がどれだか見分けがつかない。

 

「そんなのは関係ない。行くぞ!」

 

 だが、悠はそうとはお構いなしに目の前の敵を討たんと突撃した。

 

「ちょっ、悠!」

「あいつ、何時ぞやの時みたいに暴走してるわよ。まるでイノシシじゃない!」

「私たちもやるわよ」

 

 いきなり先陣を切った悠に戸惑いつつも、自分たちも後に続くように絵里たちもペルソナを召喚した。

 

 

 

 

 

 

 

「にゃにゃにゃ~! 数が多すぎるにゃあ!!」

「キリがないわ!」

 

 当然ながら、久しぶりの大物との戦闘は苦戦を強いられていた。見たことがない敵との戦闘だというのはもちろんだが、今回は相手の数が多い。

 大多数の敵と言えば、学園祭事件での佐々木竜次戦を思い出すが、あの時とは全く違う。あちいは数こそ10万と多かったが、あれはあくまで雑魚シャドウ。こちらは一体一体の能力が強力なのだ。

 

「くそっ……チェンジ!!」

 

 先陣を切った悠と言えば、驚くことに前にできれていなかった。前に見なかった強力なペルソナをチェンジしているものの、圧倒的な物量と能力に圧されている。

 

「鳴上くん!」

 

 圧されている悠に加勢しようと、ラビリスはアイギスのいうところのオルギアモードを発動。一点突破で敵をかき分けて悠の元へと突進する。

 

「きゃああっ!!」

「ラビリスっ!」

 

 だが、すぐに敵の別動隊に囲まれて動きを封じられてしまった。しかも、重装兵だけで編成された部隊だった故か、オルギアモードでも抜け出せない。しまいには、重装ならではの重量がのしかかり、頑丈であるはずのラビリスの片足がぐしゃりと嫌な音を立てた。

 

「っああああああああああああああ」

「ラビリスちゃんっ!」

 

 ラビリスが悲鳴を上げた。今まで感じたことがない痛みと不快感が身体を支配する。だが、何とか歯を食いしばり、最後の力を振り絞るようにアリアドネを召喚。アリアドネの能力を使用して何とかその場から退却した。

 しかし、ラビリスの片足がひしゃげて本当に動かない状態になっている。これではまともな戦闘ができない。主力の一人が潰れたことで完全な劣勢に追い込まれた悠たちは一旦退くしかなかった。

 

 

 

「くくくく……あはははははははっ!」

 

 対して、祭壇で高みの見物を決めている2人は高笑いしていた。今まで苦汁をなめられてきた天敵が苦戦している様子にこの上なく愉悦を感じているようだ。

 

「いい! いい! やっぱりこの力は最高ね!!」

「今まで恨んでたやつだって、あんな表情をして……ああ、たまらない!!」

「さあ、このまま一気に攻めるわよ。これで、あいつらも終わりよ!!」

 

 更に追い込みをかけんと、勢力を増やしてこれを滅さんと畳みかける。その勢力は更なる絶望を与えんとするほどの規模だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(くそっ、俺のせいで……また皆が危機にさらされてる……)

 

 何とか後退したはいいものの、状況は最悪。自分が無意味に突撃してしまったせいで、穂乃果たちは無駄に傷つき、ラビリスは重傷を負ってしまった。更に、目の前からここで終わらせようと言わんばかりの大勢力がこちらに押し寄せてくる。

 

「ゆ、悠くん…………」

「悠さん……」

「悠……」

「………………」

 

 この今までにない絶望的な状況に穂乃果たちの心は折れかけていた。このままでは全滅してしまう。

 だが、ここで諦めてはならない。自分の失態が招いてしまった状況なのだから、その落とし前はつけなくては。迫りくる敵に焦りを感じながらも悠はこの状況を打開するための手を考えていた。

 

 佐々木戦で使用した新しいイザナギの力は傷ついた今では使えない。あれはことりの弁当でみなぎったのと、女神の加護が揃ったことで発動したものだ。

 そして、絆フェスの経験で復活したアルカナのペルソナでは力不足であることも直感していた。二体とも強力なペルソナであることに間違いないのだが、今目の前にしている数では圧倒的に圧されてしまう。

 

 

「…………はっ」

 

 

 あった。今所持してるアルカナの中で、この状況を打開できるペルソナが。

 しかし、それはあまりにリスキー。このペルソナは今現在の状態で完全に制御できているわけではない。最悪自分が壊れてしまうかもしれない。

 それでも、自分はやらなくてはならない。背後でうずくまろうとも必死に抗おうとする穂乃果たちのために。そして、叔母を助けるためにも、自分はやらなくてはならない。それに、祭壇で高笑いしている少女たちにもお灸をすえなくては。

 

「みんな、ごめん」

「えっ?」

 

 悠は背後でうずくまる仲間にそう言い残すと、覚悟を決めたように目を閉じる。

 

(足立さん……借ります)

 

 カッと悠の目が見開いた瞬間、悠の掌から一枚のタロットカードが顕現された。だが、そのカードはいつものとは違い、怪しく赤く光っており、どこか禍々しい雰囲気を醸し出している。更に、極めつけはそのタロットのアルカナは欲求と達成を暗示する【欲望】。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マガツ…イザナギ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カードを砕く。すると同時に、悠の足元に朱色の魔法陣が展開され、朱色の色彩が目に映る膨大なエネルギーが出力される。そして、それと共にペルソナが顕現された。

 

「あ、あれは……」

 

 そのペルソナの出現に祭壇の少女たちはもちろん、穂乃果たちも息をのんだ。更には、こちらに襲い掛かろうと突撃した兵隊たちも足を止める。出現したそのペルソナがあまりにも規格外だったからだ。正確にはその強さではなく、あの禍々しい雰囲気にだ。

 外見は赤黒く禍々しい色を発し、毛細血管のごとき紋様が全身を巡っている。手には大きな黒い大剣。そして、身に着けた仮面からは外見と同じ赤黒い不気味な瞳を覗かせていた。そのペルソナの名は【マガツイザナギ】。

 

「イザナギ……だよね?」

「でも、雰囲気が……」

 

 初めてみる、しかも何度も見てきたイザナギと瓜二つなのに全く違う雰囲気を纏うそのペルソナに穂乃果たちが抱いたのは畏怖の感情だった。そして、一度そのペルソナを目にしたことがあることりは反射的に身体が震えてしまった。

 

「な、何よアレ……何なの、この雰囲気……」

「怯む必要はないわ。ただ少し肌がピり着くだけでしょ」

 

 対する2人もマガツイザナギの邪気に恐れを抱いたが、見かけ倒しだと何とか威勢を保つ。しかし、それはすぐに虚勢に終わることになる。

 

「目を瞑れ」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

オオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 

 

 

 

 

 悠が穂乃果たちに聞こえるようにそう呟いた刹那、マガツイザナギが雄叫びを上げる。すると、それを聞いた大多数の敵兵が一気に膝をついた。更には武器を投げ捨てて、まるで何かに怯えるように頭を抱えている。

 

「えっ?」

「ど、どうなってるの……?」

「アレは……恐怖?」

 

 希がナビで解析した通りだった。今マガツイザナギが使用したのは【デビルスマイル】。敵全体を恐怖状態に陥れる状態異常を付着する大技だ。悠が直前に警告してくれたお陰で穂乃果たちは二次被害を受けずに済んだが、あさっちとみーぽーは危機察知能力が高かったのか、運よく耳を塞いで恐怖状態を免れていた。

 そして、敵の恐怖状態を確認した悠は無地味に呟いた。

 

 

「消えろ」

 

 

 一瞬のことだった。マガツイザナギが魔法を展開したと思うと、膝をついたシャドウたちは文字通り消えた。まるで、地獄から這い出た亡者たちに引きずられるように。

 

 

「「「……!っ」」」

 

 

 今まで見なかったこの男らしくない不気味な攻撃に傍から見ていた少女たちはゾッとした。そして、祭壇の少女たちは自分たちの手駒が一気にいなくなった事実とマガツイザナギの強大な力を目のあたりにして腰を抜かしていた。

 

「「ひっ!」」

 

 だが、いつの間にかそのマガツイザナギの使役者である悠が祭壇の上に、つまり自分たちの目の前まで迫っていた。そして、少女たちを見据えた悠の目はこう言っている。

 

 

 

 

────お前たちもこうしてやる

 

 

 

 

「う…う………うわあああああああああああああああっ!!」

「誰かっ…!誰か……誰か助けてええええええええええええええええっ!!」

 

 

 無表情・無感情・無慈悲に徹したその冷たい顔は昨年あの生田目太郎をテレビに落とそうとしたときと同じだった。まるで死神が迫ってくるような恐怖を感じたのか、二人は後ずさって逃げ惑うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お兄ちゃん……」

 

 祭壇での悲惨な状況にことりは危機感を覚えていた。

 このままではダメだ。祭壇での兄の様子を見たことりはそう思った。このままでは悠が元に戻れなくなってしまう。

 何とか止めようと思うにも、マガツイザナギの迫力と悠のただならぬ気迫に足がすくんでしまい行動ができない。周りの仲間に頼ろうにも恐怖で発声がうまくできない。穂乃果たちも同様に今までに見たことがない悠がショックなのか、呆然としている。

 

(どうしよう……どうしよう……だれか、お兄ちゃんを止めて)

 

 打つ手がないこの状況にことりは心でそう祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、今理解した。なぜこんな時に、あの記憶が蘇ったのか。目の前の光景を見て思い出した。

 

 

 

────この野郎っ!! 

 

 

 

 監禁されてから少しして、犯人の男子生徒がいよいよ行動を起こそうとしたその時に兄が監禁場所に突撃してきたのだ。呆気にとられた犯人はそのまま兄に取り押さえられた。どうやってこの場所を見つけ出したのかは当時話してくれなかったが、とにかく兄が助けに来てくれたので一安心した。

 

 と、この時までは思っていた。

 

 

 

 

────よくも妹を酷い目に遭わせてくれたな! 許さねえぞっ!! 

 

 

 

 

 改めて見てみた兄の表情は今までに見たことがないほど怖かった。烈火の如く、または鬼気迫ったというべきほどに怒りが全身からあふれ出しており、ただひたすらに無力化した犯人を殴っていた。

 普段あんなに優しい兄がこんなにも怖くなったのは、この時が初めてだった。

 

 

────兄さん、やめて……

 

 

 弱弱しくもそう訴えたが、完全に兄は理性を失って、言葉が届かなかった。そんなただ見ているしかない状況に、心の中で誰かに助けを求めるしかなかった。

 

 

 だが、この後どうなったのだろう。やっと思い出せたことなのに、その続きも思い出せなかった。

 

 

To be continued.



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#109「Under the banner ②.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

更新が再び遅くなって申し訳ございません。いや本当に研修が大変だったのと、今回の話は山場の一つであったので試行錯誤した上で難産だったんです。本当にすみませんでした。

それはさておき、ダンまち17巻最高でした。特にフレイヤ様が(自主規制)ベルくんが(自主規制)。とにかくここでは語りつくせないほど最高でした。18巻も更に期待です!
OVAも予想通り酷かった(笑)(誉め言葉です)。

改めて、感想を書いて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

それでは、本編をどうぞ!


 こんなはずじゃなかった……

 

 こんなはずじゃなかった……

 

 こんなはずじゃなかったのに……

 

 私たちは私たちのやりたいことをやりたかっただけなのに……

 

 なんで……なんで、こんな目に遭わなきゃいけないのっ!! 

 

 

 

 あの時だってそうだった。あの時だって……そうだ、あいつと会ったから全てが狂ったのだ。

 

 高校生で何か新しいことがしたいと思ったのが間違いだった。

 

 そのせいで、偶々気の合ったあいつとアイドル研究部なんて馬鹿みたいな部活を作ってしまった。

 

 あいつの誘いに乗ったせいで、私たちは狂ってしまった。

 

 あいつが私たちに理想を押し付けたせいで、私たちは耐えられなくなってしまった。

 

 あの日、あいつから逃げ出したときに、私たちは迷ってしまった。

 

 

 返して……あの時の、あの時の希望に満ちていた時の自分たちを返して

 

 

 だから、私たちはここにいる。

 

 

 

 ここまで来て、諦めてなるものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は近づいてくる。祭壇に投げ出した己の得物を回収して、ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。淡々としていながら、こちらに畏怖を与えるその冷たい表情が迫る……

 

「ち、近づかないで!!」

 

 逃げ惑いながらも、何とか正気を取り戻したあさっちとみーぽは雛乃のところへ駆けて、マウントを取った。

 

「近づいたら、こいつを殺すわよ!」

「そ、そうよ! 今すぐ」

 

ガンッ!

 

 鈍い音が聞こえた。金属が、剣が大地を震わす音が。

 

「お前らはそうやって俺を怒らせたいのか……」

 

「「ひっ……」」

 

 やってしまった。また、この男の怒りに火をつけさせることをやってしまった。

 先ほどよりも怒りが倍増しているのは火を見るより明らかだ。どうにか対処しようにも、もう後の祭りだ。靴の音をゆっくり立てて近づく男の表情がそう物語っている。

 そして、その男は刃をこちらに向けて口を開いた。

 

「質問に答えろ。お前らを唆したのは誰だ」

「へっ……?」

「お前らだけでこんな事件を起こせたとは思えない。裏に誰かいるだろう」

「「………………」」

 

 何の話だとすっとぼけることさえできなかった。そんな余裕さえなかった。彼が言ったことは本当のことで、それを誤魔化す気力も術も与えてくれなかった。

 

「3つ数える前に吐け。その間に吐かなかったら、こいつがお前らを斬る」

 

 最終宣告。彼の背後に携えるマガツイザナギは全身から発せられる禍々しい雰囲気もあって、その姿はまるで刑を執行する前の処刑人を彷彿とさせた。

 そして、男は無慈悲にも処刑前のカウントを始めてしまった。突きつけられる現実にガクガクと身体が震えてしまう。

 

「い、言えない……言えない…………」

「本当に……言えないのよ…………本当よ……だから」

 

 だが、答えは始めから決まっていた。例え、彼の推測が当たっていたとしても言葉通り言えないのだ。それを言おうものなら、自分たちは確実に終わる。だから、彼がどんなに脅してこようとも絶対に言えない。

 

「2つ」

 

「ほ、本当にっ! 本当に言えないの!!」

「言えない言えない! 言えないの!! だから、信じてっ! お願い……!!」

 

 そんなことは知ったこっちゃないと悠は無慈悲にもカウントを続けていた。何とか納得させようとあさっちとみーぽが必死に嘆願するが、

 

「0」

 

 ついに、カウントダウンは終わってしまった。つまり、死刑宣告が降りたのだ。

 

「残念だ」

 

 心底ガッカリした表情で肩をすくめる悠は無慈悲に日本刀を振り上げる。そして、背後のマガツイザナギも大きく大剣を振り上げた。

 

 

 

 

「やめてっ!!」

 

 

 

 

 

 それは突然だった。彼、ましては彼女たちでさえ予想外だった。

 

「……穂乃果」

「悠さん、もうやめて! こんなことしたって、意味がないよ!!」

 

 第三者が介入することができないはずの祭壇に少女、高坂穂乃果が割って入ってきたのだ。しかも、穂乃果は悠でなく、あろうことかあさっちとみーぽを守るように、両手を広げて悠に前に立ちはだかったのである。

 

「穂乃果、そこをどけ」

「いやだ! 悠さんが分かってくれるまでやめない」

「うるさい! いいから、どけっ!!」

「やだっ!!」

 

 憧れの先輩、想い人からどんなに怒声を上げられても、穂乃果は負けじと叫び返してその場を動こうとはしなかった。

 初めてかもしれない。こうやって憧れの人物とはっきりと対立したのは。正直穂乃果は己の行動で悠を止められるとは思っていない。でも、それでも身体が勝手に動いてしまったのだ。止めないと、悠が悠でなくなってしまう。そうなることが、もっと怖かったから。

 

「そこをどけ。どかないと、お前を斬るぞ」

「……っ」

 

 そして、あろうことか悠は今まで絶対にしてこなかった、仲間に刃を向けた。刃を向けられた穂乃果の緊張は一気に跳ね上がる。

 

「わかったら、そこをどけ」

 

 次はないと言わんばかりに殺気を放つ悠に穂乃果は身震いした。

 怖い。本当に怖い。ここでペルソナを召喚しても秒で斬り伏せられてしまう。

 逃げ出したい、今すぐにでも逃げ出したい。背後をチラッと振り返ると、未だ雛乃を盾に怯えるあさっちとみーぽの姿がある。この二人は自分たちが追ってきた犯人だ。自分たちをずっと苦しめてきたのだから、当然の報いは受けるべきだ。でも

 

 こんなのは、絶対に間違っている。

 

 

「いやだ……いやだっ!!」

 

 だから、声を大にして、目の前の想い人に届くように心から叫ぶ。

 

 

「絶対……絶対にやだっ!!」

 

 

 涙を溢れさせながらも、体を震わせながらも、悠を止めようと立ちふさがる穂乃果に、悠は一瞬動きを止めた。

 何故そこまでして立ちふさがるのか、穂乃果の心境が理解できなかったからだ。だが、家族愛という妄執に囚われている悠はそんなことは分からなくていいと切り捨ててしまった。迷いながらも、とうとうマガツイザナギの大剣が穂乃果に迫る。

 

 その時だった。

 

 

 

「この大馬鹿野郎っ!!」

 

 

 

 刹那、自分以外の怒気を含む声がした。同時に、頬に強烈な痛みが襲った。マガツイザナギにも同じ衝撃が襲ったのか、フェードバックで悠は祭壇の外へと吹き飛ばされ、地に倒れた。

 突然の出来事に悠だけでなく、穂乃果も驚いて唖然としてしまったが、現れたその存在に思わず目を丸くした。

 

 対して、吹き飛ばされた悠は何が起こったのかわからなかった。だが、この痛みを自分は覚えている。否、何度も味わった覚えがある。ふと見上げてみると、己を殴った人物の顔が視界に映った。茶髪に首からかけているヘッドフォンが印象的な青年。その人物は

 

「よ、陽介……?」

「よう、随分荒れてんな……相棒。まさか、穂乃果に暴言を吐いた挙句に、斬りつけようなんてな」

 

 そう、今この場にいるのが信じられないほど遠くの場所にいるはずの、かけがえのない自分の相棒。花村陽介だった。

 いつもの爽やかな優しい表情はなく、彼にしては珍しく険しい表情で相棒をこれでもかと言わんばかりに睨んでいた。マガツイザナギをぶっ飛ばしたのだろう彼のペルソナ【タケハヤスサノオ】からも召喚者と同じ怒りを纏っているように見える。

 絆フェス以来の再会だというのに、悠は喜びよりも困惑が心を支配していた。なぜこんなところに来たのか、なぜ今自分を殴ったのか、なぜ自分の邪魔をするのか。感情が乱れた悠は思わず当たり前の言葉を口にした。

 

「ど、どうしてここに?」

 

 すると、陽介は更に表情を険しくしたと思うと、こちらの胸ぐらを掴んで、当たり前の問いかけに、当たり前の言葉で返した。

 

 

「そんなの、決まってんだろっ! 助けに来たんだよ。雛乃さんと、お前をなっ!!」

 

 

 その言葉に、ふとある記憶が思い起こされた。

 

 

────お前がもし道を間違った時には、今度は俺がぶん殴ってても止めてやるよ。

────例えどんなに地の果ての、真っ暗な場所までだってな。

────それが相棒ってもんだろ? 

 

 

 そうだ、そうだった。あの冬の寒い日の河原で、目の前の相棒が言ってくれたあの言葉。

 何故思い出せなかったのだろう。思わず目頭が熱くなった。

 相棒があの時の約束を果たしに来てくれたのだ。家族愛に囚われた自分を、暴走した自分を助けるために。

 

 

「あちょおおおおおっ!!」

 

 

「「ぐはっ!」」

 

 感傷に浸っている最中、今度は背中から強烈な蹴りが襲った。自分だけでなく陽介も巻き込まれ、2人揃って蹴り飛ばされてしまった。この蹴りの威力は

 

「さ、里中?」

「鳴上君! なんてことしてんのさ!! 穂乃果ちゃんを斬ろうなんて、どういうつもり!? 君はそんな人じゃなかったでしょ!!」

 

 千枝は千枝ですごい剣幕で悠を責め立てる。人情を重んじる彼女にとってさっきの悠が穂乃果にやろうとしたことが逆鱗に触れてしまったらしい。

 

「いててて……おい、里中! なんで俺まで巻き込むんだよ!!」

「あっ、花村いたんだ」

「いたんだ、じゃねえよっ! 俺の存在は無視か!!」

「うっさいなあ。そこにいたんだからしょうがないっしょ」

「しょうがなくねえだろうが!」

 

 ぎゃあぎゃあわあわあといつもの夫婦漫才のような陽介と千枝のやり取りが始まる。なんというか、いつも通りの光景だ。

 

 

「鳴上くん、私も殴っていいかな?」

 

 

「えっ? いたっ!?」

 

 今度は頬に平手が飛んできた。案の定、それは雪子だった。笑顔なのに、その奥から凄みを感じるほど圧を掛けてくる。

 

「あ、天城……」

「鳴上くん、ちょっと失望しちゃったよ。雛乃さんのことが絡んでたとしても、鳴上くんは闇落ちなんてしないって思ってたのに」

「え、ええと……その……闇落ちって……って、うわっぷ!」

「センセーイ、大丈夫クマか~!」

「く、クマっ!?」

 

 そして、横から鼻水を垂らした着ぐるみverクマが抱き着いてきた。変わらずのモフモフに少し全身が癒される気がしたが、それどころではない。

 

「ど、どうして……ここに?」

「マリーチャンがセンセイがママさん助けにやみおちしそうって聞いたから、ヨースケたちと一緒に駆けつけたクマよ~~~! ナオチャンもそいつらにケガさせられたって聞いて、黙っていられなかったクマ~~!」

「……………………」

「ウオオオンっ! センセ~~~イ、本当に無事で良かったクマ~~~~~~!!」

 

 おんおんと泣きながら心の内を明かしたクマに、悠は何も言えなくなった。

 正直詳しいことは把握できていないが、分かったのは一つ。

 

 陽介たちが自分のために駆けつけてくれた。この事実が今ここにある。

 

「ったくクマ公、お前泣きすぎだろ」

「完二、アンタも目が潤んでるわよ。もしかして、泣いてる?」

「な、泣いてなんかねえよ! てか穂乃果、オメエはいつまでぼーっとしてんだ」

「へっ?」

「先輩らに言いたいこと、あんだろ?」

「…………」

 

 そして、あまりの事態に我を忘れていた穂乃果だったが、いつの間に近くにいた完二とりせにハッと正気を取り戻してもらうと、おぼつかない足取りで戻陽介たちの元へと駆け寄った。

 

「よ、陽介さん……千枝さん……雪子さん……」

「穂乃果ちゃん、頑張ったね」

 

 近くにいた雪子が代表するように駆け寄って、優しく労いの言葉を掛けた。

 

「鳴上君を止めてくれて、ありがとう」

「あっ……」

「ホノちゃん、クマからもありがとうクマ」

 

 雪子、そして泣き止んだクマからポンポンと頭を撫でられた穂乃果は緊張したのか、思わずといったように脱力した。

 ふと悠と目が合ったが、互いに思わず視線を逸らしてしまう。先ほどのことがあった手前、改めてどう振舞っていいのか分からないのだろう。

 リーダー同士似たもの同士か、これには3人も嘆息する。

 

 

 

「ちょっと、何で大円団みたいな雰囲気をだしてるの?」

 

 

 

ー!!ー

 

 

 

 だが、そんなひと時の安息は一気に崩れ去った。

 

 

 

 

グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!! 

 

 

 

 

「え、え、えええっ!? なにこれ!? ドラゴン!?」

「なんで!?」

「み、皆っ! 前」

 

 瞬間、祭壇に超大型のドラゴンが出現した。そして、間髪入れずに先ほど悠のマガツイザナギが全滅させたはずの兵隊軍が目前に迫っていた。

 まずい、ペルソナの召喚が間に合わない。不意を突かれた死を感じたその時だった。

 

 

「みんなを守って! テレプシコーラっ!!」

 

 

 兵隊の進行はその一言に妨げられた。他ならぬ旗を手に戦う聖女によって。

 

「え、絵里?」

「絵里ちゃん?」

「悠、やっと正気に戻ったのね。本当、貴方は毎度毎度ハラハラさせるのが上手なんだから」

 

 光輝く防壁にて敵の侵略を防ぐ絵里のペルソナ【テレプシコーラ】。暴走して気付かなかったが、絆フェスの戦いからその鉄壁ぶりがより精度が増しているように見える。

 ただ、絵里はまだ悠にされたことを根に持っているのか、むすっとしていた。これは後が怖い。

 

「絵里先輩、加勢します」

「直斗っ!?」

 

 更に、陽介たちに続いて意識不明だったはずの直斗までもが参戦していた。まだ本調子ではなにのか、顔色が悪く足元がふらついているが、絵里を援護しようと己のペルソナを召喚して応戦する。

 

「先輩ら、大丈夫っすか!?」

「皆、こっち!!」

 

 呆然とする悠たちを完二とりせが逃げ道を作って悠たちを誘導する。頼もしい後輩たちが敵を妨害してくれたおかげで、ひとまず後方のことりたちがいるところまで後退することができた。

 皆のところへ戻ってきた途端、散々悠にハラハラさせられた彼女たちは駆け寄ってくるやいなや、ジト目の視線を浴びせた。

 

「え。ええっと……その…………あいたっ!」

「お兄ちゃんのバカっ! ことりがどれだけ心配したと思ってるの!! 穂乃果ちゃんまで傷つけようとして!」

「うっ……」

「バカっ! あほっ! 鈍感っ! ロリコンっ! ばかバカバカバカ……バカ……」

 

 今までに見た頃がない従妹の怒って涙ぐむ表情に何とも言えなくなった。怒りの言葉をぶつけつつも悠に寄りかかって涙する様子からどれほど心配を呆気てしまったのか痛感する。だが、これで終わりではない。

 

「本当……悠くんのアホチンッ!」

「もう、心配掛けんじゃないわよ! アンタが本当に闇落ちしたら、どうしようって思ったじゃない!」

「本当ですよ!」

 

 そして、希の罵声を皮切りに一斉に溜まっていた不安をぶちまけられた。これは対処しきれないと陽介たちに助けを求めるが、本人たちは知らん顔を決め込んでいた。気の毒だが、お前が引き起こした事態だからお前が何とかしろと相棒の目は語っていた。

 

「な、直斗……確か薬を打たれて、昏睡状態のはずじゃ?」

「話を逸らそうとしている魂胆でしょうが、それは後で話します」

「…………」

「そんな絶望に染まった表情をするのはやめてください。まあ、僕がここにいるのは皆さんと同じ、雛乃さんと貴方を助けるためとだけ言っておきま」

「ちょっとみんな、落ち着いて! 悠センパイの闇落ち回避を喜んでる場合じゃないよ!」

 

 闇落ちじゃないと抗議したところだが、今はそれどころではない。りせの呼びかけに一斉に祭壇の方を向く。

 祭壇の方はもうすでに強固な守備が施されていた。重兵隊による分厚い鉄壁が敷かれており、ドラゴンによる威圧が立ち入る隙を与えない。まさに、盤石の大勢だ。

 

「こ、こいつら……!」

「まだやる気なのか!?」

 

 あれだけ叩きのめされてもなお、必死に再戦しようとする祭壇の少女に悪態をついてしまう。だが、彼女たちの目は本気だった。

 

「当たり前でしょ……こんなところで、負けられないのよ!!」

「取り返す……取り返す……誰が相手だろうと、取り返してやる!」

 

 執念深く吠える彼女たちの姿に思わず慄いてしまった。何が彼女たちを駆り立てるのか分からないが、あんな目に遭っておいての尚まだ戦うつもりのようだ。

 それにしても、まさかもう一人もペルソナが使えるとは思わなかった。しかも、超大型のドラゴンとは恐れ入る。それに加えて、先ほど大苦戦を強いられた群衆型のペルソナも加わるとなると、悠たちでは圧倒的に戦力が足りない。ならば、

 

 

 

「……陽介・里中・天城・完二・りせ・クマ・直斗」

「んだよ」

 

 

「穂乃果・海未・ことり・花陽・凛・真姫・にこ・絵里・希」

「……何、悠さん?」

 

 

 

「すまないが、もう一度俺に力を貸してくれ」

 

 

 

 改まって、仲間にそう願い出る悠に皆は呆気に取られた。

 本当は申し訳ないと思った。こんなところまで来て、全部自分が悪いのに、自分のために戦ってくれなど言いたくはなかった。

 

 

「っし、おうよ! 相棒っ!!」

「うんっ! みんな、行こう!」

 

 

 相棒の、リーダーの懇願に陽介と穂乃果たちは嬉しそうに笑みを浮かべてタロットカードを顕現する。

 

 ここに、互いに戦力を増強させた第二ラウンドのゴングが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 圧倒的だった。あちらの数が

 

「こいつら、一体一体が強すぎだろ!」

「道を開けろ、ゴラァ!!」

「ああもうっ! しつこいっての!!」

 

 状況は穂乃果たちが繰り広げた第一戦と同じようなものになっていた。

 斬る・殴る・蹴る・砕く・燃やす。

 何とか抑え込んでいるものの、完二や千枝のペルソナでも複数体を吹き飛ばすのに精一杯だ。雪子の大火力も同じように。足を故障しているラビリスも、まだケガが完治していない直斗も応戦するが状況は劣勢。りせと希のナビで的確に戦力を削ってはいるものの、このままではジリ貧だ。

 

 

 

 

 圧されていく。彼らの圧に。

 

「くっ! こいつら、しつこい……!」

「早く倒れてよっ!!」

 

 状況的には先ほどと同じくこっちが有利なはずなのに、彼女たちは劣勢に追い込まれたような心境だった。

 新たに加わった少年少女たちもかなり厄介だが、マガツイザナギのこともあって、彼女たちは悠を最大限に警戒していた。またあのような技を使われたらおしまい。だから、彼の方に厳重に戦力を送っている。

 見ての通り、彼はその場から動けず苦戦していた。

 

 だが、

 

「んっ? ちょっと、にこのやつがいないわよ」

「えっ……そ、そういえば他のμ‘sのやつらも……なっ!?」

 

 瞠目した。ふと見てみれば、祭壇の階段近くに今さっき気にかかっていた敵の姿があったのだ。

 

「よしっ!」

「かかりましたね」

 

 この状況を作り出したのは、直斗が速攻で立てた作戦が故だった。

 このまま総力戦で立ち向かっても先ほどの二の舞で終わる可能性が高い。そこで、悠たちは少数精鋭で大将首を取る作戦に打って出た。

 彼女たちの恐怖対象になっている悠とパワーで大多数の兵隊を蹴散らす完二たちを囮にする。その隙をついて穂乃果たち別動隊を迂回させて突入させていたのだ。

 彼女たちは今頃別動隊の存在に気付いたようだが、もう遅い。

 

 

 走れ、走れ。

 風の如く。激しいレースを繰り広げる競馬のように。

 大切なものを取り戻すために。

 穂乃果たちはその思いを胸に走り出す。

 走れ、走れ、走れ。

 

 

 そんな想いを胸に抱いて、穂乃果たちは戦場を駆け抜ける。そして、彼女たちはついに再び祭壇へと足を踏み入れた。

 

「ふんっ……出し抜いたからってなに?」

「えっ?」

 

 だが、予想と違って祭壇のあさっちたちは平然とした表情だった。一体どういうことかと思いながら穂乃果たちが祭壇へ辿り着いた瞬間、異変が起きた。

 

「しまった、罠よ!」

「なっ!?」

 

 足元から黒い魔方陣が展開された。りせの解析から、食らったら確率で即死する闇魔法の魔方陣だった。

 まさかのトラップが仕掛けられていたことに動揺しつつ、その場から離れようとするが、すでにあさっちが用意していた重装兵に包囲されており動くことができなかった。陽介らが慌てて救援に向かおうとも、こちらの敵の数が多すぎて思うように突破できない。

 

「そんな……」

「こんなところで」

 

 黒い魔方陣から怪しげな光が灯り始めた。発動時間はもうすぐ。このままでは闇に飲まれてしまう。このトラップを解除しようにも、今この場にいる人員にこのような魔法を相殺できる者はいない。

 悩んであたふたしている間にも、トラップが発動する。もうダメなのかと思ったその時だった。

 

 

ーカッ!ー

「ペルソナっ!」

 

 

 光が差した。闇に囲まれて終わりだとめを瞑ったと同時に、輝かしい光が瞼に入った。思わず目を開けてみると、上空からペルソナが自分たちを守るように佇んでいた。

 その名は【スラオシャ】。

 ゾロアスター教に伝わる天使の名を持つそのペルソナが、手に持つスクロールによる光魔法でトラップの闇魔法をを一瞬で祓った。

 

「ま……間に合った……な」

「悠さんっ!?」

「悠、アンタいつの間に」

 

 そして、スラオシャを召喚した悠が自分たちの上空から飛び降りてきた。まるで映画のようなワンシーンにまたも穂乃果たちは呆然としてしまった。

 

「お兄ちゃん、一体どうやってここまできたの?」

「ここから、あそこまでって結構距離があったような……?」

「ラビリスにナックルチェーンでぶん投げてもらった」

「………………」

「アンタ、よくやったわね」

 

 見れば、この男をぶん投げたラビリスはとても心配そうな表情でこちらを見ていた。おそらく最近そういうゲームから発想を得たのだろうが、無謀すぎる。だが、そんな無謀なことをやってのけたからこそ自分たちは助かったわけなのだが。

 

(ありがとう……絵里・菜々子)

 

 そして、悠はこのペルソナを使役するキッカケを作ってくれたここにはいない、最愛の従妹と呆気に取られている同級生に感謝を示しながら、祭壇で佇む少女たちを見る。

 

 

「く、くそっ!」

「なんで……なんで……!」

 

 

 起死回生の策を阻まれたあさっちとみーぽの心情は荒れた。だが、そんなものを鎮める時間を与えることはなく、悠たちが自分たちのいる場所まで接近する。

 

「さあ、理事長を返してもらうわよ!」

「大人しく観念して下さい」

 

 これ以上は意味がないと言うように、絵里と海未が投降要請を出した。しかし、彼女たちの様子は変わることはない。

 

 

「ま、ま、負けてたまるかあああああああああああっ!!」

 

 

 追い詰められても、最後の抵抗と言わんばかりに手駒をありったけ召喚させた。陽介たちの方の戦力が一気に減ったところを見ると、戦力をこちらにほとんど回してきたらしい。

 そして、その回してきた手駒たちで自分たちを守る分厚い壁を作る。しかし、それにも関わらず、穂乃果たちは突進した。

 

「なっ!?」

「いっけえええっ!! 悠さああああああん!!」

 

 穂乃果たちの狙いは敵の殲滅ではない。本当の狙いは人質となっている雛乃に辿り着くまでの道を作ること。そう、40ヤード走4秒2に相当する俊足を持つ悠が一瞬で走れるコースをだ。

 そして、彼女たちの狙い通り、悠は某アイシールドのように一瞬でコースを見定めてると穂乃果たちが作った道を走り抜けた。

 

「なっ……」

 

 だが、走り抜けた先にはみーぽの召喚したドラゴンが悠を踏みつぶさんと待ち構えていた。回避しようにもタイミング的に不可能。物理耐性のあるペルソナを召喚しようにも、間に合わない。

 今度こそ終わったとまさに目の前のドラゴンが悠を踏みつぶそうとしたその時だった。

 

 

「させませんっ!」

「おらああああああっ!!」

 

 

「ぐああああああああああああああああああっ!」

 

 

 突如、上空に一筋の閃光が走った。

 その閃光、海未のポリュムニアが放った光矢はドラゴンの頭部へ一直線に向かって、大爆発を起こした。

 そして、すぐさまピンクの影が上空に飛び上がった。その影…にこのエラトーは手に持つハンマーで渾身の黒点撃を繰り出した。チャージ状態からの黒点撃は相当な威力だったのか、巨体のドラゴンは簡単に吹き飛ばされて消滅した。

 

「くっ……うう……」

「みーぽ……!」

 

 召喚者のみーぽはさっきの黒点撃のフェードバックを受けたのか、腹を抱えたまま項垂れてしまった。その様子から察せれるあまりに威力に硬直してしまったが、当の本人たちはそのままかつての仲間たちを睨みつけた。

 

「悠さんにはもう指一本触れさせません。私たちは、負けられないので」

「にこたちだって、負けられないのよ。悠とことりの家族を助けるために……あんたたちを止めるためにも!!」

「だ、黙れっ!」

 

 海未とにこの偽善者じみた言葉が気に食わないのか、更に無茶をしてあさっちは悠とにこの元にありったけの重装兵を増員させる。

 あまりの数に怖気づいてしまうが、後方からも穂乃果たちが相手していた軍隊が押し寄せてきた。抑え込むことができなかったのか、彼女たちも自分たちの元へと後退してくる。周囲は完全に包囲されていた。

 

「悠、走って! 道は私たちがつくるわ」

「わかった!」

 

 だが、それでも悠はにこの言葉を受けて前に前にと走り出した。そのを機に、一斉に周りを囲う兵隊たちが押し寄せた。

 

「穂乃果、スイッチ!」

「うんっ! 行くよ、ことりちゃん!」

「穂乃果ちゃん!」

 

 

―!!―

 

 

 悠と重装兵たちがぶつかる寸前、悠は足を崩して低姿勢を取る。刹那、その後方からにことスイッチした穂乃果のカリオペイア・ことりのエウテルペーによるユニゾン攻撃が炸裂した。獄炎と疾風が織りなす怒涛の広範囲攻撃は悠の上を掠めて重兵隊に直撃。相当な威力を持った攻撃に重兵隊は一人残らず倒れされ、その間を悠は走り抜けた。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!」

 

 呆気に取られる2人の間を通り越して、大切な叔母の元へと急ぐ。

 

 そして、悠は走り抜けるその最中、悠の意識は過去へと飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悠、ちょっといいか?」

 

 あれは夏休みの真っ只中。みんなでスイカ割りをした日の夜、縁側で余ったスイカを食している菜々子・ことり・雛乃を眺めていた時、風呂から上がった堂島にそう声を掛けられた。

 何だろうと申し出を了承すると、堂島は冷蔵庫からビールを取り出して、悠の向かい側に座った。

 

「なに、少し雛乃のことで話があってな」

「叔母さん?」

 

 そう言われて、思わず縁側にいる雛乃の方を見てしまった。

 

「お前も知ってると思うが、あいつは高校の時に誘拐されたことがあるんだよ」

「えっ?」

「なんだ、知らなかったのか?」

 

 堂島は意外だと言わんばかりに驚いていた。

 あらかたの顛末を聞くと、学生時代に雛乃をつけ狙っていた男子生徒が突発的に雛乃を誘拐して、見つけ出した父親が犯人を殴り殺しそうになったとのこと。

 実際そんなことは雛乃の口からも両親からも今まで聞いたことはなかったので、初めて聞く父親と雛乃の裏話に驚いてしまった。

 

「まあ、そんなことがあったからか、あいつは随分と菜々子を気にかけてんだ。同じ体験をしてトラウマになってないか心配だったんだろうな」

 

 菜々子と聞いて、あっと思った。菜々子も確かに誘拐されてテレビの世界に入れられたことがあった。

 おそらく同じ体験をした者同士で、何かあの時のことでトラウマになっていないのかと心配したのだろう。かつての自分がそうだったように。

 

「それにな、前に義兄さんに言われたんだよ。俺は今、あいつを守れない。だから、あいつに何かあったときは、助けてくれってな」

「………………」

「とはいえ、俺があいつを守るにはこの場所が限界だ。ここ以外じゃ俺はあいつを守れん。だから、代わりにお前があいつを守ってくれ」

 

 

 ビールを片手にそう言った堂島の意図はよく分からなかった。だが、縁側で楽しそうに菜々子とことりたちと談笑する雛乃を見て、あの笑顔を守りたいと固く思ったのはよく覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

(叔父さん……!)

 

 

 そうだ、あの時改めて約束したのだ。雛乃を、家族を何が何でも守ると。

 だから、今度こそ絶対に、家族を守って見せる。

 もう、菜々子の時のような思いは絶対にしたくないっ!! 

 

 

 

「叔母さあああんっ!!」

 

 

 

 距離はあとわずかまで迫る。

 意識が朦朧としている雛乃に悠はありったけの大声を出して呼びかけた。その声に目を覚ましたのか、雛乃も思わずといったように手を伸ばす。

 

 

 

「ふっ……馬鹿ね、もらったわ」

「えっ?」

 

 刹那、対峙しているあさっちから不穏な言葉を耳にした穂乃果は思わず悠を見た。

 伏兵が一人いた。まるで、待ち構えていたように。悠の側面から刀が襲おうとしている。

 

「悠さんっ!!」

 

 思わず警告しようとするが、もう遅い。

 あさっちは勝利を確信した。悠が倒れれば、こいつらは機能しなくなる。リーダーという大黒柱を失えば、目の前にいる少女たちは烏合の衆。呆然とした隙を狙えば一気に消せるだろう。

 勝負は最後になるまで分からないとよく言われるが、まさしくその通りだ。ここまで策を張り巡りあわせ合い、何度も心がくじけそうになったが、結果として自分たちは最後まであきらめなかった。自分たちの願いを叶えるために。自分たちの時間を取り戻すために

 その努力と執念がついに実るのだ。

 

 

 

────ああ、これでようやく願いが叶う。

 

 

 

 

 しかし、伏兵の刃が届くよりも、悠と雛乃が手に合わせるのがわずかに早かった。

 

 

 その時、奇跡が起きた。

 

 

 

 

 

「なっ……!」

「あ、あれはっ!?」

 

 

 

 

 一寸の光が灯った。そして、世界が眩い輝きに包まれた。

 同時に、一匹の竜が祭壇にて誕生した。

 全身を眩い光で纏ったその姿はまさしく神龍と言うべきものだった。その龍の名は…

 

 

【法王】コウリュウ

 

 

 あさっちとみーぽは目を見開いた。殺ったと思われた悠と雛乃は無傷だった。あさっちのフェードバックで、放った伏兵は消失していたことが感じられた。

 だが、それよりもマガツイザナギとは違う、禍々しさのない圧倒的な存在感と神々しさにひれ伏してしまいそうなほどに呆然としてしまった。

 

 

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!! 

 

 

 

 更に、コウリュウは神々しい雄叫びを上げると、次々と落雷を発声させ、己が敵と認識したシャドウを一匹残らず殲滅した。

 

「そんな……」

 

 またも思わぬ形で企みを打ち砕かれた事実に膝をついてしまう。それがチェックメイトの証だった。

 

「これで、あなたたちの負けです」

「大人しく投降しなしなさい」

「………………」

 

 戦意喪失したことにより、ペルソナは消失。愕然とする自分たちなど知ったことではないと祭壇で戦闘を繰り広げていた穂乃果たちが2人を包囲した。まだ戦えると戦闘態勢と取ろうとしたが、祭壇にあちらの新たな援軍が到着したので、もう戦おうとする僅かな戦意すら刈り取られてしまった。

 もうこれで戦いは終わりだ。存分に聞きたい話を聞かせてもらう。だが、その中で、にこはかつての仲間を憐れむかのように寂しそうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「に……兄……さん……?」

 

 目を開いた。

 そこには、在りし日の兄の姿があった。

 アッシュグレイの髪、大きな瞳。傷だらけの横顔はまさしくあの日の兄だった。

 でも、違った。

 それは、あの兄の息子である“あの子”だった。近くで見ると、本当に兄にそっくりだと思わされる。そして、彼……悠はこちらを見て、あの時を再現するように、強がりの笑顔を作った。

 

 

「叔母さん、あなたを助けにきました」

 

 

 笑顔の悠に、思わず呆然としてしまった。

 本当にあの人の息子なんだと、次にはくしゃりとこちらも下手くそな笑顔を浮かべた。

 

 

 

「ありが、とう……悠くん」

 

 

 

To be continued.



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#110「Monologue.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

更新が再び遅くなって申し訳ございません。しかし、今月末まで間に合ってよかったなと個人的には思っています。

6月に発売予定の篠原健太先生の新作【Witch Watch】が楽しみすぎます。SKET DANCEから篠原先生の作品が大好きで、本誌で1話を読んだときは大爆笑してしまうほど面白かったです。最近ジャンプを買えてなかったので、コミックスが本当に楽しみです。
他にも、血界戦線とか呪術廻戦とかSPY×Familyとか…大丈夫だろうか(私の財布)

そして、私事ですが、ずっと更新していなかった別作品を近々最新話をアップする予定です。いや、この作品に集中したくてずっと更新していなかったので、そろそろまずいかなと思ったので…
ずっと更新を待っていた方々、楽しみにしていてください。

改めて、誤字脱字報告をして下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

それでは、本編をどうぞ! ちなみに、今回のタイトルの和訳は【独白】です。


────ああ、そうだった。

 

 

 

 今なら、思い出せる。あの時のことを

 

 

 

「この大馬鹿あっ!!」

 

 

 

 誰か助けてほしいと願ったその時、教室の扉が勢いよく開いた。誰かが入ってきたようだが、何事かと振り返ったときには兄はその人物に顔面を殴られ、教室の端まで吹き飛ばされた。

 

「い、いててて……ネ……ネコ」

「お前は何やってんのさ! 例え妹が勝手に誘拐した下種野郎だったとしても、殺して言い訳ないだろ!!」

 

 殴られて呆気に取られる兄に詰め寄って胸倉を掴んでそう叫ぶクラスメイトがいた。普段どこぞの令嬢を連想させるような丁寧な口調と雰囲気が嘘のように、荒々しく怒気がこもった表情に驚きが隠せなかった。

 

「お前はそこの下種野郎と同じこと、いやそれ以上に屑なことをしようとしたの! わかる!?」

「…………」

「分かったんなら、なんとか言えよ。いうべきことがあんだろっ!! この」

「……音子さん、そこまでよ」

 

 激昂して今にも殴りかかりそうな少女だったが、またも思わぬ人物がそれを制止した。

 

「っ、アンタ……!」

 

 その人物もまた、いつも兄と一緒にいた和風美人の女子生徒……確か強豪と名高い弓道部に所属していて、何かと兄に相談しにくる人だった。

 

「もういいでしょ。鳴上も十分落ち着いているようだし、まずは逃げようとしたこいつを突き出すのが先決よ」

「…………」

 

 見ると、その人物の足元には自分を監禁した男子生徒が白目を剥いて転がっていた。どうやら隙を見て逃げようとしたらしいが、その前に彼女が気絶させたらしい。普段の素業と顔に見合わずバイオレンスだなと密かに思った。

 

「チッ……分かったよ」

 

 諭されて落ち着いたのか、もう危険はないと思い直したあの人……音子は気絶した加害者の首根っこを掴んで教室から出て行ってしまった。おそらく宿直室にいる先生にでも突き出すつもりなのだろう。

 

「落水、お前も……」

「……これであの時の借りは返したわ。あとは、わかってるわね」

 

 そう言って少女……落水はこっちに一瞬視線を向けると、音子を追うように教室から去っていった。

 嵐のような展開に呆然としてしまったが、やっと正気に戻ったらしい兄は気まずそうに頭を掻いたと思うと、私に目線を合わせた。

 

「すまない……その……助けにきた」

「……うん」

「怖かったな。すぐに助けられなくて……怖がらせて、ごめん。帰ろう」

 

 ああ、そうだった。あの時と同じだ。

 こうやって兄は怯えていた私に笑顔でそっと手を差し伸べてくれた。

 

 

 今、目の前で私にそうしてくれている(兄の息子)のように……

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当、あの時は色々ありましたね」

「まあ、そうだね」

 

 とある日の夜、秋葉原にてひっそりと営む【コペンハーゲン】の店内で、二人の女性がグラスを片手にそんな昔話に花を咲かせていた。

 一人の女性は、南雛乃は学生時代からの知り合いかつこの店の店主である蛍塚音子、もといネコさん。もちろん鳴上家の酔い癖を危惧して、グラスにはノンアルコールカクテルが入っている。

 先日己が巻き込まれた事件の最中、唐突に学生時代の記憶が蘇った雛乃がふと当事者だったネコさんと急に話がしたくなって、ここを訪れたのだ。ネコさんはどういう風の吹き回しなのかと困惑したが、仕方なく話に付き合うことにした。

 

「というか、アンタ入院してたんだろ。もういいの?」

「ええ、私はよかったんですが、悠くんが……」

「ああ……」

 

 ネコさんにそう言われて、雛乃は先日の出来事を思い返した。

 

 

 

 

 

「重症ですね」

「ええ……」

 

 あの戦いから翌日、雛乃を救出した後、戦いに敗れて抜け殻のようになった主犯2人を桐条グループに引き渡した。そして、その足ですぐに雛乃を西木野総合病院まで連れていくと、酷いケガと疲労困憊な状態だったのか、雛乃だけでなく悠までも入院を余儀なくされたのだ。

 

「睡眠不足に栄養不足、心労にストレス、更にはその状態からでは考えられないほどの運動量による疲弊。正直南さんよりこの子の方が危なかったです」

「…………」

「まあ、それほど鳴上君は貴女のことが心配だったってことですよ。こんなに無茶したくらいに」

 

 担当医の早紀の話を聞いて、隣で点滴に繋がれながら熟睡している甥っ子を見やる。

 本当にこの数日飲まず食わずだったのか、身体が細くなっており表情も芳しくない。ずっと一緒だったことりがご飯を作ってもあまり口にしなかったと言っていたので間違いないだろう。

 そんな状態で自分を助けに来てくれたのかと思うと、思わず胸が締め付けられた。まるで、学生時代を彷彿とさせるように。

 

「……愛されてますね、南さん」

「ええ、そうね。本当にあの人に似て、家族のためなら何でもする子なんだもの」

「まあ、そうですね」

 

 うちの娘も惚れるのも湧けないかと早紀はやれやれと納得するように片目を瞑った。

 

 

 

 

「で、ナルやんは入院が続いたままハロウィンイベントを迎えちゃったわけか」

「ええ。でも、ことりたちはむしろ張り切ってましたよ。悠くんがいなくてもイベントを絶対成功させるんだって」

「なるほどね。アタシも見に行ったけど、いつもと気合の入りようが違うと思ったらそういうことだったか」

 

 ネコさんの言う通り、A-RISEと約束していたハロウィンイベントは悠の退院が間に合わずに迎えてしまった。しかし、雛乃の言ってた通りに穂乃果たちは悠がいなくても乗り越えてみせると、事件の遅れを取り戻すように必死に猛練習した。その甲斐あってか、ハロウィンイベントは無事終了した。

 今まで映像などでしか見たことがないネコさんからしても、あの時のμ‘sのライブはA-RISEに引けを取らないくらいに素晴らしいものだったと思わせるほどに。

 

 

「ていうか今更なんだけど、何で今更アンタが変態男子に誘拐された時のことを思い出したのさ。あたしにとって、あれは忘れたい黒歴史なんだけど」

 

 突然ネコさんは不機嫌そうにそう言うと、やれやれと言わんばかりにグラスを傾ける。なるほど、そういうことかと心当たりがあった雛乃は何故かニヤリと笑った。

 

「あの時のネコさんが印象に残ってたからですよ。落水さんは相変わらずだったし」

「なっ……」

「あの時のネコさんはすごかったですよね。学生時代は今では考えられないほど丁寧で礼儀正しい優等生でしたもの。それが一変してあんなに乱暴になったんですから、すごく衝撃でしたよ。うふふ」

「アンタはあたしをイラつかせるのは得意なのかい?」

「今思えば、あの時から化けの皮が剝がれたんじゃないですか。だから、それで未だに男っ気が……?」

 

 ネコさんは雛乃の小言に青筋を浮かべながらイラっとしていた。確かに高校時代は今より口調は丁寧で礼儀正しかったのは事実だが、それとこれとは話が別だろう。そして、あの済ましたニヤケ顔が余計に腹が立つ。

 言われっぱなしは癪に障るとネコさんは反撃に出ることにした。

 

「……そういうアンタこそ、よく結婚できたもんだよね。“兄さん以外と結婚なんて考えられない”とか豪語してさ。まあ、よくあの南って男もこんなブラコン娘を拾ってくれたもんだよ」

「ぐっ……」

「で、その旦那は今あいつと一緒に海外にいるんだろ? 仲が良いことでよかったじゃないか。あの旦那じゃなかったら、今頃は行き遅れの分類に入ってたんじゃない? なはは」

「……オ~ト~コさ~ん~~~!! 

 

 某道家神のように普段は細い目をうっすら見開いて、ニヤリと笑うネコにブチ切れそうになった。というか、もうなった。こういう風に煽り耐性が低いのも昔のまんまだ。

 

 

 

 少し取っ組み合って、気分を直したいと互いに飲み合った後、ふとネコさんが口を開いた。

 

「……ここからは真面目な話、アンタは今回のこと、どう思ってるんだい?」

「えっ?」

 

 今のネコさんの表情が違っていた。先ほどのおちゃらけたものとは違う、真剣な表情に雛乃は気後れしてしまった。

 

「あたしだって、ナルやんたちから聞いてるんだ。アンタが2年前に週刊誌と揉めた時のことで、元教え子にひどい目に遭わされたって。それをナルやんたちに助けられたんだろ?」

「……」

「まっ、聞くだけ聞くよ。アンタ、今日そのためにわざわざうちに来たんだろ。で、何で2年前のことをナルやんたちに言わなかったんだいい?」

「………………」

 

 普段、否これまで見たことがないネコさんの真剣な雰囲気に気圧されたのか、雛乃はポツポツと語り始めた。

 

「2年前、あの子たちが行方不明になって……何かに怯えて帰ってきたときはよくある家出かなにかと思ってました。でも……聞いてしまったんです」

「何を?」

「…………」

 

 

 

 

 

 それは、行方不明になっていた二人が帰ってきたと連絡が入った翌日のことだった。

 仕事の合間にお手洗いに行こうと、理事長室を出てすぐのトイレに向かった際、個室トイレで誰かの話し声が聞こえた。何だろうと思い、思わず聞き耳を立ててしまった。すると、

 

 

 

 

 

“実験は失敗した”

“そのせいで桐条の目が厳しくなった”

“今は身をひそめるしかない”

 

 

 

 

 

 耳を疑った。そして、血の気が引くという言葉をこの時初めて理解した気がした。

 衝撃的な内容に動揺して急いでその場から立ち去ってしまったので、その声の主が誰なのか認識できなかったが、たったひとつの事実が突き付けられた。

 

 

 

──あの子たちは誘拐された。この学校関係者の誰かによって

 

 

 

 恐ろしくて職務中にも関わらず身震いしてしまった。だが、それよりも恐ろしいことを想像してしまった。

 

「学校にまだあの子たちを誘拐した犯人がいるなら、またあの子たちが巻き込まれるかもしれない。そして、悠くんやことりも巻き込まれるかもしれない。だから、私は……」

 

 あの子たちに転校を勧めた。例え嫌われようとも、あの子たちの安全を考えて遠ざけた。週刊誌に変な記事を書かれて強要されても、頑として言わなかった。そして、娘と甥っ子に噂を追求しないように釘を刺した。

 でも、それは結果として逆効果となってしまった。あの時の週刊記者は本当に行方知れずになり、あの二人が自分に逆恨みして加害者となってしまった。そして今回、娘と甥っ子も巻き込まれて心と身体に傷を負わせてしまった。

 

「私は……いつもそう、余計なことをして誰かを傷つけてしまう。もう……誰も傷つけたくないと思っているのに……うう…」

 

 自責の念からか、思わず涙を浮かべて泣いてしまった。

 あの頃から全く変わっていない。何が家族のためだ。何が学校のためだ。全部自分のせいで誰かを傷つけてしまっているではないか。そんな自分が情けない、情けなくてこれまで自分がやってきたことなど意味がなかったのだと、更に自分が情けなく思えてしまう。

 こんな自分で、ことりや悠にどの面下げて合えばいいのか…

 

 

 

「大丈夫だって、ナルやんたちなら」

 

 

 

 だが、ネコさんはそんな自分を慰めるようにぽんぽんと肩を叩いた。

 

「えっ?」

「なんとなくだけど、あいつらを見てるとそう思ってしまうんだよな。誰かさんに似て危なっかしいけど」

「…………」

 

 それは自分の兄のことだろうか。

 

「そりゃ、あたしがこう言ってもアンタは信用しないけどさ。でも、あたしは信じてるよ。ナルやん、それにアンタの娘たちなら、大丈夫だって」

「…………」

「だからさ、信じてあげな。アンタの娘と甥っ子をさ」

 

 そういって、ネコさんは雛乃の目の前にグラスを置いた。これでも飲んで元気出せと言うように。

 何だからしくないがネコさんの気持ちが伝わってくる気遣いに雛乃は感謝して、手前に置かれたグラスの液体を流し込んだ。そして、

 

 

「あふ……」

 

バタンッ

 

 

 雛乃は顔を真っ赤にしたと思うと、そのままテーブルにうつぶせに倒れてしまった。

 

「ったく、相変わらず酒は弱いんだね。兄貴はまあまあだったけど、こいつは重症」

 

 まさかの事態にネコさんはやれやれとため息をついた。元気付けてやろうとジュースにウイスキーを少し入れただけなのだが、それでもこの有様だ。全くあの血筋は酒に極力弱い体質でもあるのだろうか。

 

「まっ、いいか」

 

 ネコさんは何も悪びれることなく、懐から携帯電話を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方……

 

『お兄ちゃん、体調は大丈夫?』

「ああ、調子は戻ってきたから明日には退院できるって、早紀さんも言ってたよ」

『よかった。じゃあ明後日から復帰だね。絵里ちゃんたちにも伝えておくよ』

「よろしく」

 

 西木野総合病院の一室にて、悠はことりと連絡を取っていた。

 悠の意識が戻ってからことりは寂しさを紛らわすために見舞いに毎日来てくれている。更に、夜はこうやって電話をかけてくる。まあ、前回と同じく自分の元にたくさん見舞客が訪れて、アプローチをかけてきたりせや亜里沙と取っ組み合ったせいもあるかもしれない。

 

「叔母さんは?」

『さっき出掛けたよ。ネコさんのところに用事があるって言って』

「ネコさん?」

 

 それは珍しいこともあるものだと悠は思った。しかし、

 

「ああ、だからか」

『えっ、もしかしてネコさん、お兄ちゃんのところにも電話してたの?』

「ああ、叔母さんのことで連絡してくれたんだ。何のことだと思ったけど」

『…………』

 

 すると、さっきまで明るかった従妹が無言になった。電話の向こう側でも雰囲気が一変したのがよくわかる。

 

『ねえ、お兄ちゃんは聞いた? お母さんのこと』

「ああ、聞いたよ。それに、さっき美鶴さんからあの二人のことも聞いた」

『えっ?』

 

 先日、ことりたちの後に見舞いに来たラビリスと美鶴が話をしてくれた。

 あの二人は強制にペルソナ使いにされていた。更に、その方法が美鶴たちの知るものと酷似していたので、黒幕は桐条の人間かもしれないということらしい。

 更に、あの2人はどうやら本当に利用されていただけのようだ。今は正常で一応経過を観察するため、親御さんの了解を得たうえで保護することになったらしい。取り調べを担当した美鶴によると、聞かれたことにはちゃんと答えられるほど正常だったらしく、戦闘時で見せた狂気さや荒々しさは一切なかったという。

 症状や手口が佐々木の時と酷似しているので、黒幕は同一犯であるとみて間違いないだろう。美鶴は今回は自分たちの不手際だと謝罪して、犯人逮捕に尽力を上げると意気込んでいたなとふと思い出した。

 

「……俺はあの二人を許すつもりはない。どんな事情があったしても、叔母さんを誘拐して傷つけたことは変わらないからな」

『うん、それはことりも同じだよ。でも……』

「ああ。だからこそ、あの二人を唆した黒幕は絶対に許さない。必ず見つけてやる」

 

 思い返すのは昨年の事件。あの時も菜々子を傷つけた生田目を許すことができなかった。でも、それ以上に許せなかったのは生田目をそうさせた黒幕の存在だった。

 今回のあさっちとみーぽのことだってそうだ。

 

 

 

(……絶対に捕まえてやる)

 

 

 

 これ以上あの二人のような、雛乃のような被害者を出さないためにも、好きにさせてたまるか。必ず捕まえてやる。そう決意した故か、思わず拳に入る力が強くなった。

 しかし、

 

『熱くなってるところ悪いけど、お兄ちゃんはその前に穂乃果ちゃんとの関係を何とかしなきゃいけないんじゃない?』

「………………」

 

 新たな決意をした矢先に出鼻をくじかれてしまった。

 実はあの日以来、穂乃果との間に気まずい雰囲気が継続していた。暴走していたとはいえ、後輩を斬りつけようとしたり暴言を吐いてしまって、どう謝ればいいのか分からず、ずっとこの状態を放置したままだったのだ。

 ずっとこのままという訳にはいかないし、ここでことりの仲裁を得て仲直りを

 

『……言っとくけど、今回はことりは手を貸さないからね』

「えっ?」

『自分で蒔いた種なんだから当然でしょ。あと、陽介さんもりせちゃんも今回はお兄ちゃんの責任だから、自分で尻拭いしろって。じゃあね』

 

 ことりはそう言い残すと、有無を言わさず電話を切ってしまった。ツーツーと電話を切られた無声音が聞こえてくる中、悠は思わず項垂れてしまった。

 

 

 

「幸先……悪そうだな」

 

 

 

To be continued.



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#111「Love & Comedy ~HELLO to DREAM~1/2.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

そして、更新が再び遅くなって申し訳ございません。

今回は久しぶりのヒロイン回シリーズです。今話はμ’sのリーダー穂乃果。そんな彼女に合うと思ってチョイスしたのは【ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかⅡ】のHELLO to DREAMです。歌詞の内容が彼女に合ってるなと思ったので。

実は私がダンまちシリーズを知ったのはちょうど2期が始まった時で、ⅡのPVをきっかけにダンまちシリーズを買って読み漁ってハマってしまいました。この時のベルくんのまっすぐさとヴェルフの漢っぷりに惚れました(あれ、ヒロインは?)

そういえば、今ダンメモ4周年ストーリーで(公式がネタバレ禁止してるようので自主規制)。

そんなことより肝心の本編ですが、1話で書ききるつもりが、いろいろ溢れてしまって前編後編構成になってしまいました。”主人公同士だし、仕方ないよね☆”という感じで割り切らせて下さい。

改めて、誤字脱字報告をして下さった方・感想を書いて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

それでは、本編をどうぞ! 


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

…………美しいピアノのメロディーが聞こえてくる。

 

 

 

 

 聞き慣れたそのメロディーで目を覚ますと、悠は別の場所にいた。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模した空間。ここは【ベルベットルーム】だ。

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

 目の前に鼻の長い奇怪な老人がいる。この老人の名は【イゴール】。このベルベットルームの管理者だ。そして、その両隣には2人の女性が座っている。右手にいるプラチナ色の髪の女性は【マーガレット】。そして、左手にいる銀髪の女性はマーガレットの妹である【エリザベス】だ。この顔ぶれは随分と久しぶりに思える。

 

「まずは、お疲れ様でございます。お客様はあの子たちと此度の難局を乗り越え、無事ご家族をお救いになられたよう。その証拠に」

 

 開口一番にマーガレットがそう言うと、膝元に置かれたペルソナ全書をそっと開いた。

 

「お客様はかの戦いの最中にまた一つのアルカナを封印から解放させたご様子。そのアルカナは【法王】……ふふふ、まさかこのアルカナを解放したと同時にあの【コウリュウ】を召喚なさるとは……ああ」

 

 マーガレットは興奮を隠しきれないのか、珍しく屈託のない笑みを浮かべなが恍惚としていた。その瞳が見つめる先には、悠が【法王】のアルカナを目覚めさせるキッカケとなった叔母との記録がスライドショーの如く映し出されていた。

 同じようにその軌跡を眺めていたイゴールは不敵な笑みを浮かべたと思うと、その重々しい口を開いた。

 

「フフフフフフ……私もあのような偉業をご覧になったのは初めてでございます。やはり、貴方様は実に面白い。ですが、まだ「流石はわが主と姉様がお認めになったお方でございます。このエリザベス、誠に感服致しました」……」

 

 またも主の言葉を遮って勝手に話し出したエリザベス。以前まではこのような横暴を咎めてきたイゴールもあきらめたのか、何も言うことはなく黙っていた。ただ、伏せている眼がわなわなと震えているので、相当お怒りなのは丸わかりだが。

 

「ですが、物事には何でも後始末ということは付き物。例外なく、鳴上様も後始末をつけなければいけないことがあるのではないでしょうか?」

「………………」

 

 ここの住人は余計なことを言うのが習わしなのか。そう感じてしまうほど、エリザベスの言葉は的確に自分の傷をえぐった。

 

「おやおや、どうやら図星のご様子。その上、このような機会はあまりご経験があらず対策を練られていないとお見受け致します。でしたら、ここで」

「これええっ!! エリザベスっ!! お客様に無礼な口を利く出ない!! 大体お主はいつもいつも……」

 

 とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、あまり見ない怒り顔でエリザベスに怒鳴るイゴール。そのまま血圧が上がりすぎて昇天みたいなことにならなければいいがと思ったと同時に、視界が段々とぼやけていった。

 

 どうやら時間らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────デートしよう

 

 

 

 とある日、ふと悠の頭にそんな考えが浮かんだ。

 

 事の顛末は先日の雛乃誘拐事件でのこと。

 悠は有り余る家族愛と昨年の菜々子誘拐事件のトラウマで暴走した。その末に、陽介たちにさえやったことがなかった“仲間に刃を向ける”といった行為を穂乃果にしてしまったのだ。

 最悪な事態は避けられたとはいえ、あの日から穂乃果とは口を利くどころか、顔すら合わせられないのだ。

 他の仲間に助け船を求めても、今回はお前が悪いから自分で何とかしろと突き放されてしまった。

 

「うーん……」

 

 そして、退院したからというもの、悠は自室でどうすれば穂乃果と仲直りできるのかをうんうんと頭を抱えながら考えていた。

 

「いっそ、お菓子で釣るか……? 駄目だ駄目だ、それじゃ穂乃果に誠意が伝わらない……」

 

 あれこれ色々と思考しているが、てんで駄目だった。試しにことりに提案してみたが、全部誠意が伝わらないなどと一蹴されてしまった。更には、稲羽にいる叔父の堂島に電話して色々聞いてみたりもしたが…

 

『悠、お前の力になりたいのは山々だが、俺はそんなことには疎くてな。女の機嫌の取り方なんてわからんさ。千里の時だって全然で、今だって菜々子に色々頭が上がらねえんだ』

「そ、そうですか……」

『大体この手の問題はお前の専売特許だろうが。それを何で俺なんかに聞くんだ? ちゃんちゃらおかしいだろう』

 

 尊敬する叔父にそう指摘されてはぐうの音も出なかった。

 確かに堂島の言う通り、これまでの人生、他人のトラブルや悩みに自ら首を突っ込んできては少なからず解決に導いてきたつもりだが、それは甘い認識だったかもしれない。

 そもそも、これまでは悠自身が関わっていない他人のトラブルや悩みに多く遭遇してきたが、()()()()()()()()トラブルは稲羽の連続殺人事件や音ノ木坂の神隠し事件を除いて、ほとんどないのだ。慣れないことをいきなりやろうとするのは誰でも手こずるものだが、今回はそうはいっていられない。もうすぐラブライブの本選も始まるし、早く解決しなくては。

 

 

 その末に、穂乃果を心から楽しませてもてなすという方向性から、冒頭の考えが浮かんだわけだ。

 

「よし、穂乃果とデートだ」

 

 そうと決まれば行動開始だ。

 先日読破した「ダンまち」16巻を思い返してみる。そういえば“デートとは金がかかるもの”と妖精の師匠(マスター)が言っていた。所持金はいくらだっただろうと思って、懐から財布を取り出して確認する。

 

 

────残高¥150

 

 

「……金がない」

 

 財布にははした金しか入ってなかった。そういえば、何かとお金を使う機会が多かった上に、バイトを碌にしてなかったを思い出す。これではどこにも行けやしない。

 どうしようか。いっそのことまたネコさんのコペンハーゲンか菊花の和菓子屋にバイトを頼んで。

 

「悠くん、ちょっといいかしら?」

「えっ?」

 

 気付かぬうちに叔母の雛乃が部屋に入ってきた。

 先日退院してから今でも思っているが、こうして叔母がいつも通りに日常を過ごす光景を見ると、穂乃果の件を抜きにしてどこか胸が温かくなる自分がいる。

 そんな叔母は何かもらったのか、両手に大きな段ボール箱を抱えていた。

 

「実はね、東条さんが来てるの。なんでも実家からのお裾分けって。ついでに、悠くんに話があるっていうから」

「希が?」

 

 そういう訳だからちょっと会いに行ってくれないかと言われたので、雛乃の荷物運びを手伝ったのち、玄関に足を運んだ。みると、本当に希がいた。いつもの制服ではなく、何時ぞやのデートで見た可愛らしい私服だった。まあ休日だし当然であるが……

 今はことりが相手をしている最中だった。

 

「希、どうしたんだ?」

「あっ、悠くん。実はな、実家から差し入れが届いとって、一人じゃ食べきれへんかったから、悠くんとことりちゃんにどうかなって思うて」

「本当は退院したばかりのお兄ちゃんの様子を見に来たんだって。明日には登校するのに、気が早いよ」

 

 希の発言にすかさずことりが牽制を入れるやり取りに汗が止まらない。なんでこの二人は表面上仲良さげなのに、そんなに火花を散らすのか。

 

「まあ、ことりちゃんの言うことが大半なんやけど。それはそうと悠くん、ちょっと話ええ?」

「えっ、俺?」

 

 何だろうと思って近寄ってみると、希はおもむろに悠の手を両手で包んだ。

 

「うふふ、悠くんは相変わらず隙だらけやねえ」

「えっ」

「病み上がりやろうけど、頑張ってな」

 

 希は意味ありげにそう言うと、そっと手を離した。そして、ことりに荷物を渡すとその場から去っていった。

 

「なんだったんだ?」

「さあ。あれ、お兄ちゃん、手に何か持ってない?」

「あっ」

 

 そういえば、今握られた手には何か紙みたいな物の感触がある。もしや希が何か手渡したのかと思ってみると、予想通り悠の手に何かが握られていた。

 

「これって、わくわくざぶーんのペアチケット?」

 

 それは絆フェスの後にプロデューサーの落水が招待してくれた【わくわくざぶーん】のチケットだった。しかも2枚もある。もしやと思って、希が帰っていた方角を見た。

 まさか、希は穂乃果にいつまでも煮え切らない態度を取る悠を見かねて、ここぞとばかりに助け船を出してくれたのか。流石は幼馴染、ことりですら手助けしてくれないのにここぞとばかりに助けてくれた。自分のことをよくわかっていると悠は内心歓喜した。

 そんな様子をことりは横でジロッと睨みつけているが、当の本人は気がつかなかった。しかし、

 

 

『うちのチケット、上手いことつこうてな。その代わり、今度お家デートよろしゅうな』

 

 

 その日の夜、上記の内容のメールが当人から送られてきた。

 そういえば、雛乃を助けに行く前にそんな約束してたなと、すっかり忘れていた。やっぱり、幼馴染は厄介だなと心の底から感じた悠はとりあえず『お手柔らかにお願いします』とだけ返信した。

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

「だ、大丈夫だ……誘うだけ。誘うだけだ……」

 

 希と悪魔の契約をした次の日、悠はガチガチに緊張していた。

 とりかく、昨日希から託されたわくわくざぶーんに穂乃果をデートに誘うだけ。そうだ、それだけのことだ。

 いつもより早い時間に登校(早く来すぎて警備員に驚かれた)し、正門で生徒会の朝のあいさつ運動の手伝いをしながら穂乃果を待つ。そして、件の穂乃果が姿を現した。

 

「お、おーい! 穂乃果―!」

「(ビクッ)」

 

 親友の海未とことりと一緒に登校してきた穂乃果は正門で悠の姿を見つけるや否や、直立不動になって表情がこわばった。そのリアクションにちょっと後ずさってしまうが、ここで退いてしまっては男が廃る。

 

「実は、ちょっと話が」

 

 

「ごめんなさあああああああああい!!」

 

 

 要件を言う前に穂乃果は校舎の方に一目散に逃げていった。

 

 

「えっ? ま、待ってくれ、穂乃果!」

「ダメダメダメ、今悠さんと目を合わせられないよおおおっ!」

「だから待ってくれえええっ! 穂乃果あああっ!!」

「いやあああああああああああああああっ!!」

 

 

 訳が分からないことを叫びながら兎のように逃げる穂乃果に全然事情が吞み込めない悠。何とか落ち着けさせようと、悠は逃げ回る穂乃果を学校の隅から隅まで追いかけまわした。

 

「鳴上くん、学校に来て早々何してるんですかっ!」

「高坂さんを追いかけまわすなんて、どういう神経をしてるんです?」

「あっ…」

 

 運悪く職員室の前を通ってしまい、担任の教師に捕まってしまった。

 何とか厳重注意で済んだが、運悪くこの朝の行動は女子生徒の間で噂になってしまった。しかも悠が穂乃果をストーカーしたなどという根も葉もない内容が広がってしまい、今日一日全校の女子生徒からひそひそと白い目で見られてしまった。そして、

 

 

「……死にたいので、帰ります」

「ちょっと待ちなさい」

 

 放課後には精神が行くところまで追い詰められていた。同じタイミングで部室に来ていた絵里がドン引きしてしまうほどに。

 

「絵里にはわかるのか? 仲直りしようとした相手が突然逃げて、引き留めようとしただけなのに……それをストーカーと間違われて、学校中の女子から蔑まれる気持ちが……」

「分からないわよ」

 

 全部悠の自業自得だろうと付け加えたかったが、我慢して押し黙った。そんなことを言えば、そのまま窓からダイブしそうな勢いになりそうだったからだ。改めて、同性ながら女の力は恐ろしいなと感じてしまった。

 

「とにかく、死にたいので……帰ります」

「う、うん……でも死なないでね」

 

 もう引き留められないと悟った絵里はそのまま見送った。

 だが、悠が去ったのを確認すると思わずため息をついてしまった。事の顛末はあらかた聞いている。何だか、あの悠をあそこまでさせる穂乃果をどこか羨ましいと感じてしまった。

 

「……私もちょっと本気出さないといけないかしら?」

 

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

 失敗続きだなと悠はとぼとぼと帰路を辿りながらそう思った。

 家族愛による暴走に続いて、学校に戻って早々に不祥事。一体自分は何をやっているのだろうか、これではだめだ。

 ちょっと一息入れようと、近くの公園のベンチに腰を掛ける。

 

「……」

 

 公園で友達と戯れる子供たちや買い物帰りの主婦たちが会話している様子を眺めながら悠は再びため息を漏らした。

 改めて、何でこんなことになったのだろうか。いや、それは完全に自分が悪いのだが、どうしてここまで引っ張ってしまったのだろう。

 以前合宿にて、波のいたずらで穂乃果の裸を見たことがあって気まずくなったが、その時は時が経てば以前の関係まで修復した。

 それなのに……

 

「何が、違うんだろうな……」

 

 

 

「ゆ、悠さん……」

 

 

 

 その時、背後から声がした。思わず振り返ってみると、まさかの人物がいた。

 

「ほ、穂乃果っ!? な、何で……ここに?」

「は、話があるんだけど……いいかな?」

「あ、ああ……」

 

 驚愕を何とかこらえつつも冷静を保ちつつも了承する。穂乃果はちょこんと悠の隣に座ると、どこか緊張したように身体をこわばらせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~回想 昼休み~

 

 

「うううううう、どうしよう……穂乃果のせいで悠さんが……」

 

「アンタね……」

 

 事の顛末を聞いた穂乃果の友人ヒデコ・フミコ・ミカはほとほと呆れていた。

 今朝の騒ぎは女子生徒の間で瞬く間に噂になったので、3人の耳にも入っている。悠の奇行には驚きを隠せなかったが、穂乃果から誤解であることは聞いて分かった。

 

「でもさ穂乃果、あの鳴上先輩に誘われるって、この学校の女子達がうらやむことのほどよ」

「それをねえ」

「まあ、事情は聴いてるけどさ」

 

 3人は悠と穂乃果の間に溝が入ってしまったことは聞いている。だが、当然ヒデコたちは一般人なので、悠と穂乃果はライブの方向性の違いで喧嘩したとしか穂乃果たちは言っていない。

 

「もう単刀直入に聞くけど、何でそんなに鳴上先輩を避けるの?」

 

 聞いててじれったくなったのか、フミコが正面からズバッと切り込んだ。正面からの質問にうぐっと気まずそうな表情を浮かべる穂乃果だが、観念して本当の事情を話した。

 

「だ、だって……夢見ちゃったんだもん……」

「夢っ?」

「ほ、穂乃果が……悠さんの弱みに付け込んで()()()()()()()夢」

 

「「「………………はあっ?」」」

 

 あまりに突拍子のない回答に何言ってんだこいつと言わんばかりに怪訝な視線を向ける3人。だが、穂乃果はそんなことは露知らず話を進めた。

 

「じ、実際そう思っちゃったのは本当なんだよ! ”ふふふ…今の悠さんなら何でも聞いてくれる。あんな事だってこんな事だって~”とか、"悠さんが穂乃果を傷つけようとしたことをゆすって強引に付き合っちゃおう"って! もしそうなったらそれは違うと思うし、穂乃果はそんな風に悠さんと接したくないし……どうしようって混乱しちゃって……」

 

「「「…………?c(゚.゚*)エート。。。」」」

 

 駄目だこいつ、あまりに思考回路がポンコツになっているせいでとんでもないことを考えている。元からおかしいとは思っていたがここまでになるとは思わなかった。現に周りで聞いていたクラスメイトも顔を引きつらせるほどドン引きしていた。

 

「というかさアンタ、実際先輩のこと好きなんでしょ?」

 

 刹那、ボンと効果音が聞こえそうなほど顔を真っ赤にした穂乃果はえらく飛び上がった。

 

「なななななななな何を言ってんの、ヒデコ!? ほ、穂乃果は悠さんのことなんて……」

「いや、アンタが言ってた夢の内容だって……鳴上先輩を自分のモノにしたいっていう願望が溢れてから」

「いやああああああああっ! 違う違う、違うからそんなこと言わないでええええええっ!!」

 

 必死に否定する当人だが、バレバレだよと3人は心の中で突っ込んだ。こんなにあからさまなのに何故そんなにまで否定するのか意味が分からない。まあ、自分たちにまだそういう経験がないからそう言えるのか。

 仕方ないと遠目でこちらをジト目で監視していることりに絞られることを承知で、ヒデコは穂乃果に切り出した。

 

「穂乃果さ、これはチャンスなんじゃない?」

「ちゃ、チャンス?」

「そっ、鳴上先輩にアンタを好きになってもらうチャンス」

 

 ボンボンボンと更に顔を紅潮させる穂乃果だが、その目と耳はしっかりと3人の方に傾いていた。これは好機と言わんばかりに、ヒデコに続いてフミコとミカも援護射撃する。

 

「そういえば話に聞いたけど、何でも鳴上先輩、穂乃果をわくわくざぶーんに誘おうとしてたらしいよ」

「いいじゃない、プールなんて一番男を悩殺しやすい場所じゃん」

「穂乃果もそれなりのスタイルなんだし、可能性はあるよね」

「まあ海未みたいにぺったんこじゃないし」

 

―!!(ブチッ!)―

 

 刹那、最後のミカの発言にブチっと怒りを覚えた者の視線と同時に、穂乃果の頭に閃光が走った。

 “水着”・”プール” ・“スタイル”。この時、穂乃果の脳内にはとある日に妹の雪穂がこっそり読んでいたある雑誌の記事が過った。

 

 

 

“恋する乙女必見! 天然ジゴロを落とす指南講座”

────天然ジゴロを落とすためには、普段知らない貴女を見せること。女はいくらでも化けるので、これで悩殺!

 

 

「まあ、でもだからって、無理にとはいかないけど」

 

 

「よし、行くっ!」

 

 

「「「決断はやっ!?」」」

 

 

 そうだ、こうしちゃいられない。今すぐ悠にその旨を伝えに行こうと穂乃果は一目散に教室から出ていった。一体何だったんだと唖然としつつも、ヒデコたちは昼食を再開しようとした。だが、

 

 

「ヒデコ~…フミコ~…ミカ~……!」

「ちょ~っとお話しよっか~♡」

 

 

 この後、3人は懸念通り遠目から見張っていた海未(ぺったんこ)ことり(ブラコン)に校舎裏に呼び出されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時は現在のとある公園に戻る。

 

「あの、悠さん……今日はごめんね。穂乃果が逃げちゃったせいで」

「いや……あの件に関しては俺も悪かったところがあるから」

「ひ、昼休みに謝りに行ったんだけど…悠さん、いなかったから」

「ああ…その時は確かトイレに籠ってたよ。視線が痛かったし」

「そ、そうなんだ~…」

「………」

「………」

 

 何だかいつも会っている仲なのに、この時ばかりは変に緊張してしまう。こんな感情、今まで感じたことなかったのに。

 

「あ、あのさ……悠さん、話を聞いたんだけどさ……穂乃果をわくわくざぶーんに誘おうとしたの?」

「え、ええっと……」

 

 会話が更にぎこちなくなってくる。そんな二人の様子を遠目で見ていたおばちゃんたちが“あら、初々しい”・“つきあいたてなのかしら”などとニヤニヤしている視線が痛い。こんな状態ではいたたまれないと感じた穂乃果は押されるように言葉を発した。

 

「い、行こっか……わくわくざぶーん」

「えっ?」

「ほ、ほらっ! 明日学校も練習も休みだし、穂乃果も予定ないから……せっかく悠さんのお誘いだから……」

「そ、それって……」

「ゆ、悠さんと……悠さんと一緒に、わくわくざぶーんに行きたい!」

「っ!」

 

 思いの丈をぶつけるように顔を真っ赤にしながらシャウトした穂乃果に悠は呆気に取られ、野次馬のおばちゃんたちは湧いた。中には見覚えのある女子小学生が目をキラキラさせているのも見える。

 

「じゃ、じゃあっ!」

 

 周りの空気に耐えられなくなったのか、穂乃果はそう言い残して脱兎のごとくその場を去っていった。

 残された悠はあまりの展開に追いつけず呆然としてしまった。後にメールで『悠さんの好きな時期でいいから!』という確認メールが届いていた。

 どこかこのメールを見た途端、悠は心にときめきとドキドキを感じていた。何だか、とあるバンドのそんな曲を聞きたい気分になった。

 

 

 

 

 

 そうと決まれば早速当日まで準備だと、帰宅して早々に悠は行動を開始した。

 都合がよい日を設定して水着の有無を確認。ここまでいいのだが、如何せん金がない。こうなったら雛乃に土下座してお小遣いをもらうしか……

 

「はい、悠くん」

 

 自室で悶々と悩んでいると、またもいつの間にか入室していた雛乃が妙に膨らみのある茶封筒を渡してきた。

 

「叔母さん、これは?」

「お小遣いよ。というより、軍資金って言った方がいいかしら」

「えっ?」

 

 断ってみてみると、封筒にはうん万円が入っていた。お小遣いとしても高校生の自分にはあまりにも大金である。

 

「お、叔母さんっ! これって」

「穂乃果ちゃんと仲直りのデートでお金が入用なんでしょ。私もたまには叔母らしいことをしないとね」

 

 そう言って得意げにウインクする雛乃。前から思っていたが、この時の叔母は悠の目に菩薩様のように見えた。

 

「それに、今回のことは私にも少なからず責任があるから……」

 

 実は雛乃は見ていたのだ。先日自分が誘拐された事件の最中、悠と穂乃果が何か言い争いをして、悠が自分を助けるために穂乃果さえも傷つけようとしたことを。

 ただの行き違いとはいえ、二人が現在の状態になってしまったことには自分にも責任がある。そう雛乃は思っていたのだ。

 

「私にはこんなことしかできないけど、頑張ってね」

 

 労いの言葉をかけると同時に、雛乃は悠を元気づけるように頭を優しく撫でてくれた。この年にもなってと若干恥ずかしさを覚えながらも、大切な叔母に励まされたことによって、デートへの意欲が湧いてきた気がする。

 

 

 しかし、その傍らでことりがハイライトが消えた瞳で家政婦は見たと言わんばかりにジッと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「ううう……どどどどうしよう! やっぱりこういう時を見越して新しい水着買ってくればよかったよ~~!」

「お姉ちゃん……」

 

 勢いでデートを約束した穂乃果だったが、現在自室でわたわたしていた。わくわくざぶーんといえばプール、プールといえば水着。少なくとも変なものを見せたくはない。そう思って家にある水着を片っ端から試着しているのだが、気づけば自室はかつてないほど散らかってしまった。

 

「あらあら、鳴上くんもついにその気になってくれたのかしら? なら、私もいよいよ義母としての振る舞いを覚えないと」

「お、お母さん!?」

「…………」

「お父さん、何で包丁を入念に研いでるの? これから悠さんを抹殺するつもりなの!? お願いだから止まってええ!!」

 

 娘が男と、しかもあの悠とプールでデート。それだけなのに、まるで結婚が決まった夜のような騒ぎように雪穂は制止するのに精一杯だった。胸に秘めたイラつきを感じながら。

 

 

 

 波乱の予感しかないが、果たして悠と穂乃果のデートはうまくいくのか? 

 

 

To be continued.



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#112「Love & Comedy ~HELLO to DREAM~2/2.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

そして、更新が再び遅くなって申し訳ございません。
先日の大雨で執筆に使っていたパソコンがぶっ壊れて修理に出していたので、執筆速度と同時にモチベーションも落ちてしまってました……。

改めて、誤字脱字報告をして下さった方・感想を書いて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

それでは、本編をどうぞ! 


 デート当日……

 

 

 

「つ、ついにきてしまった……」

 

 

 前日の夜は全然眠れなかった。何度か筋トレをしながら床に就くのを繰り返したが、逆に筋肉痛になりそうになった。だが、それ故にこうして朝4時と早起きができたわけなのだ。

 そして、早速悠は本日のデートのために妖精の師匠の言葉を思い出す。

 

 

 “デートは待ち合わせからすでに始まっている”

 

 

 そう、今起き上がったこの時間からデートは始まっているのだ。今日の待ち合わせは自分が穂乃果の実家に迎えに行くことになっている。こうしてはいられないと、持ち物を再度厳重に確認してキッチンへと急いだ。

 実は今日の昼食は悠が作ってくることになっている。別にわくわくざぶーんのファーストフードでもいいと穂乃果は言っていたが、それとこれとは話が別だ。

 今回はあくまで穂乃果に楽しんでもらうためのデート。そのためなら、弁当にかける出費もケチらない。何としても過去最高の穂乃果が満足する弁当を作り上げて見せる。

 しかし、

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 決意して早々、そんな不穏な効果音が聞こえてくるような雰囲気を纏ったことりが現れた。

 

「こ、ことり?」

「な~に? お兄ちゃん♡」

「い、いえ……なんでもございません」

「うふふ、何で敬語になってるの? 変なお兄ちゃん」

 

 いつも通り可愛らしい笑顔でそう返すことり。だが、その笑顔の奥から出る隠しきれていない圧に足がすくんでしまった。思わず敬語になってしまうのも無理はないだろう。

 とりあえず、下準備をしようと昨夜奮発して買った高級肉を取り出した。

 

 

 

 その後もずっとリビングからことりに監視されながらも弁当の作業を進めていき、午前7時を指す頃合いには悠史上最高の弁当が出来上がった。最高級の唐揚げに最高級のおにぎり、最高級の卵焼きetc。思わずことりに“おあがりよ”と言いたくなるほどの出来栄えだったが、今のことりにそんなことは言えなかった。

 ニコニコしながら調理の様子をジッと見守っていたことりは姑の如く。何というか、視線が怖かったので今度ことりの大好物をたくさん作ろうと心に決めた。

 

「悠くん、今日は穂乃果ちゃんとデートよね。お弁当の調子もよかったようだし、ちゃんと穂乃果ちゃんを楽しませてあげてね」

「は、はい」

 

 そんな早朝の出来事を回想していると、朝食を作ってくれた雛乃がそんな言葉を掛けてくれた。まるで聖母の如く暖かい瞳に思わず今朝の疲労が洗い流されるようだった。

 

「お兄ちゃん、今日のデート……()()()()()()楽しんでね♡」

「は、はい……」

 

 雛乃とは対照的に瞳が冷たいことりの不穏な言葉に冷や汗が出た。

 何だか嫌な予感を感じつつ、悠はそそくさと食器を洗って支度を終えると、まっすぐに家を出ていった。

 

 

「さあて、ことりも準備しなきゃ」

 

 


<和菓子屋【穂むら】>

 

「つ、ついに来ちゃったよ……悠さんとのデート……」

 

 時を少し戻して高坂家の穂乃果の自室。いつもは寝坊しがちな彼女は珍しく早起きしていた。勢いで悠とのデートを約束したとはいえ、いざ当日になってみると緊張が止まらない。証拠に、彼女の顔には全く眠れなかったことを示す隈が目元にあった。

 

「と、とりあえず……準備しなきゃ!」

 

 そう、女子は男子と違ってデートする際は準備しなければいけないことが多いのだ。穂乃果はバッと布団から起き上がってクローゼットからある紙袋を取り出した。

 

「これさえあれば、今日は大丈夫!!」

 

 

 

 

 

「こ、こんにちは……」

「あら~、鳴上くんいらっしゃい」

 

 そして、時は現在に戻って待ち合わせ時間の30分前、断りを入れて店に入ると、開店準備をしていた菊花に遭遇した。こうして出会うのは体育祭以来だが、今日はいつにも増して笑顔が溢れている気がする。

 

「穂乃果を迎えに来たんでしょ。ちょっと待っててね」

 

 そう言うと、菊花は軽い足取りで店の奥に引っ込んでいった。ただ待っているのも悪いので、何か手伝おうかと辺りをキョロキョロしていたその時、

 

「鳴上くん」

「えっ?」

 

 気配を感じて振り返ってみると、厨房にいると思っていた穂乃果の父がいつの間にか自分の背後を取っていた。あまりの出来事に呆気に取られてしまうが、こうしてみると昔ながらの父親という風格だなと場違いにも思ってしまった。というか、今背中に隠して金属音がするものは一体何なのだろうか。

 

「今日は穂乃果をよろしく頼む」

「は、はい……」

「一応君のことはこれまでの行いから信頼はしている。だが、もし穂乃果を傷つけようとしたその時は、()()()()()()()()()()?」

 

 ギンと目を鋭くしたその視線に思わず硬直してしまった。

 あの声色からして、今のは言葉通りと受け取った方がいい気がした。いつも姿が見えない際には殺意の投影を肌で感じてはいたが、いざ対面で向けられるとその比ではない。

 下手したら、殺される。

 

「ちょちょちょっ! お父さん、どうしたの!? 悠さんが何かした?」

「……雪穂か。なんでもない、ちょっと彼と話をしていただけだ」

「なならいいけど。あっ、お姉ちゃん来たよ」

「え、ええと……ゆ、悠さん、お待たせ?」

「…………」

 

 奥からやっとお目当ての穂乃果が顔を出した。しかし、穂乃果の格好に思わず目を奪われてしまった。

 今日の穂乃果の髪型はいつもサイドポニーにまとめている髪はすべて下ろしており、それだけでも印象が変わった。それに、服装もそこそこ気合が入っていた。

 今どきの女子高生が来ているようなえんじ色のブラウスに真っ白なスカート。普段のTシャツ姿とは全然違うなのに、穂乃果の一味違った印象にドキッとしてしまっている自分がいる。何だかこの瞬間、悠は時が止まったような感覚に陥っていた。

 

「………………(ギンッ!)

「あっ……」

 

 刹那、背後からの殺気がこれまでと比べようのないほど膨れ上がっていた。そして、別の方向からも微弱ながらも鋭い殺気も感じた。

 

「…………(ギロッ)

(ゆ、雪穂……?)

 

 微弱な殺気を放っていたのは穂乃果の背後で佇んでいた雪穂だった。普段見たことがない雪穂の殺気に思わず冷や汗が出てしまう。

 それに、店の外からも複数の殺気を感じる。

 

「ゆ、悠さん、どうしたの? 尋常じゃないくらい冷や汗が出てるけど」

「何でもない。とりあえず、いこっか」

「う、うん……」

 

 

 

 今日のデート、荒れる気がする。

 


 

<わくわくざぶーん>

 

 道中あらゆる方向から妙な視線と殺気を感じながらもなんとか目的地のわくわくざぶーんに到着した二人。受付で料金を支払って互いの更衣室で着替えを済ませることにした。

 着替えをいち早く済ませた悠は妙にそわそわしながら気晴らしにわくわくざぶーんの案内板を見ていた。

 

「こんな大都会によくこんないい施設ができたもんだな」

 

 流れるプール、波のプール、大きなウォータースライダー、とてつもなく高い飛び込み台、競技用のプール、はては名前では判別つかないアトラクション的なプールまで。

 以前の陽介やかなみたちと過ごした時は色々な意味で満足できたので、今回も穂乃果と一緒に満足できたらなと思う。

 

「それにしても……」

 

 今日はやけに周りからの視線を感じる。絆フェスの影響からか、主に女性から熱い視線だったり、女子中学生からの黄色い視線だったりするのだが、こうまで注目されるのはなぜだろう。それに加えて、高坂家からずっと感じていた複数の殺気もあちこちから感じるのだが、気のせいだろうか。

 

「お、おまたせ……悠さん」

 

 視線の数々に少し怯えていたその時、背後から穂乃果の声がした。やっとかと思って振り返ってみると……

 

 

「………………えっ?」

 

 

 声を失って呆然としてしまった。それほどまでに、今目の前に現れた穂乃果が普段の穂乃果とは思えないほど美少女だったからだ。

 髪型はそのままだが身にまとっている水着も今まで見たものと違って挑発的な青い紐の白いビキニ。具体的に言うと、肌の露出部分が多少多くなっている。そんな些細な違いでも、馬鹿みたいに思わずキュンとしてしまった。

 

「ど、どうしたの、悠さん? どこか変だった?」

「い、いや……バッチリだ! むしろ、パーフェクトと言ってもいい」

「そうなんだ。良かった~!」

 

 悠にそう褒められてうれしかったのか、思わず飛び上がりそうなほどはにかむ穂乃果。その姿がとても愛らしいと思ったのか、再びドキッとしてしまった。

 とにかく話題を変えよう。

 

「その水着って、見たことないけど持ってたのか? それとも、新しく買ったとか?」

「え、ええっとね……実はね、マリーちゃんに送ってもらったの」

「マリーに?」

 

 話に聞くと、どうしてもデートに着ていく水着と私腹を選びきれなかった穂乃果は最後の手段として特別捜査隊&μ‘sのおしゃれ番長であるマリーに連絡したのだ。その際のやり取りがこちらである。

 

『ま、マリーちゃん! ゆ、悠さんを悩殺できる水着を選んでっ!』

『……何言ってんの、コーハイ?』

『つ、ついでにデートに合う勝負服って』

『知るか!』

 

 初っ端から切られてしまったが、2回目に事情をちゃんと説明した。マリーは最初は不機嫌だったが、事の顛末を聞くと“仕方ない”と折れてくれた。

 ちなみにマリーが悩みに悩んでチョイスしたこの水着と勝負服のお値段+高坂家への送料込みは全部ジュネス稲羽店の御曹司である陽介名義のツケで支払われた。後に陽介から“訴えてやる! ”と謎のメールが届くことになるのだが、それは別の話である。

 

「じゃあ、行こうか」

「うんっ!」

 

 それはそれとして、せっかく“わくわくざぶーん”にやってきたのだ。いつまでもドキドキしぱなしではもったいない。時間は限られているので、楽しまなければ損というもの。悠は笑顔の穂乃果の手を取って、わくわくざぶーんへと足を踏み入れた。

 

「……ひっ!」

「ゆ、悠さん!?」

 

 その時、どこからか殺気が飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ってたより高いな」

 

 最初は穂乃果の希望でウォータースライダーにやってきた。前回はみんなと遊ぶのに夢中で乗れなかったとのことらしい。

 

「何だかワクワクしてきたよ。ね、悠さん?」

「そうだな」

「あっ……ねえ悠さん、どうせなら勝負してみる?」

「勝負?」

「あのウォータースライダーでどっちが速く滑れるのか、勝負しようよ」

「乗った」

 

 

「うう……やっぱり圧倒的だったよ」

「仕方ないさ」

「やっぱり体重なのかな? どこかのお嬢が言ってたけど、体重重たい人の方がスピード出るって。それこそ、希ちゃんとか花陽ちゃんみたいな…………ひっ!?」

「ど、どうした?」

「い、今どこからか殺気が……」

「そっとしておこう」

 

 

 この後も、悠と穂乃果はウォータースライダーの他に、様々なアトラクションを楽しんだ。あの事件から今日まで気まずかった期間を忘れるように。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、昼食の時間になった。ロッカーにしまってある弁当に一度男子更衣室に戻った。中身が無事なのを確認して穂乃果の待つ席に戻ってみると、誰かが自分たちのテーブルにいた。見たところ、自分たちと同じ男女のカップルのようだが……

 

「なっ!?」

「おお~鳴上、久しぶりだなあ」

「あっ、鳴上くん。穂乃果ちゃんと一緒におったんやね」

 

 さも当たり前のようにこちらに手を振るカップルの男の方は宿敵の皆月翔だった。そして、女性の方は保護者であるラビリス。この施設にこの組み合わせはとても予想つかなかった。

 

「お前もいたのか……」

「あんだよ、いちゃわりいかよ」

「別に」

 

 この男とは色々あった。GWでは敵対し学園祭では自分とことりの危機に駆けつけてくれた。しかし、あれだけのことがあったのにイマイチこの男との距離と接し方が分からない。お目付け役であるラビリスがいるのがせめてもの救いというべきか。

 

「それよりなんだよ、昼飯に弁当って。お前、そんなに金がねえのかよ。お金はおっかねえってか?」

「うわあ……」

「言うと思った」

「あん?」

 

 ずっと思っていたが、皆月は隙あらば寒いギャグをいうのが癖のようだ。育て親の影響らしいが、どんな人物だったのか一度お目にかかりたいものだ。

 

「わあっ! 穂乃果の大好きなものがいっぱいだあ~! ハンバーグに豚の角煮に、卵焼き。それに、イチゴのケーキだっ! 悠さん、ありがとう!!」

 

 弁当の蓋を開けて目に飛び込んできた大好物の数々に穂乃果は目を輝かせていた。オーバーだが 、こうも喜ばれると作った側としては報われたようでとても嬉しい。ことりの圧があったとはいえ、朝早くから作ってよかったと心から思った。

 

「けっ、こんなのが好きなのかよ。お子様だな」

「……食うか?」

「いらねえよ。俺はこっちの方が口に合う」

 

 物欲しそうにちらっと弁当を見ていた皆月にそう言ってみたが、照れ隠しなのか皆月は手にしたのはそこのハンバーガーショップで購入したであろうハンバーガーを見せつけた。

 

「えええっ! そんなジャンクフードより悠さんのお弁当の方が美味しいよ。皆月さんも食べてみたら?」

「……うっせえよ、このあーぱーアイドルが」

「えっ、あーぱーってなに?」

「あーぱーって死語だぞ」

 

 そんな他愛ない会話をしつつ昼飯を取る一行。結局、皆月は穂乃果の熱に負けたのか観念したように悠手製の弁当のから揚げを食したが、満更ではない表情で食していた。

 

 

「そういえや鳴上、こいつの水着、お前の趣味か?」

「違うにきまってるだろ。どっちかっていうと、マリーの趣味だ」

「ふ~ん」

 

 弁当をあらかた食べ終わって一息ついた皆月はジロジロと穂乃果の水着を観察している。この男に限って穂乃果に見惚れているということはないだろうが、一体何のつもりだろうか。穂乃果も穂乃果で皆月の視線にビクッと怯えているし、そろそろ止めようとするが、そうする前に皆月が口を開いた。

 

「まあ、いいんじゃね? ちょっとガキが背伸びした感じがあるが、いいセンスしてんじゃねえか」

「はへっ?」

 

 皆月のことだからてっきり穂乃果のことを貶すのかと思っていたが、まさかの賞賛だった。多少失礼も入っているが、この男にしては珍しい発言だ。

 

「あんだよ」

「意外だな、お前が穂乃果を褒めるなんて。むしろ、女の子に興味ないと思ってたけど」

「はっ、俺だって女に興味くらいわくさ。それによ、俺の周りはこのポンコツみたいにやたら胸ばっかでけえ女だらけだからな。お前の自称彼女みたいにな」

「「「…………」」」

 

 なんだ、そんな理由か。確かに皆月の監視をしているシャドウワーカーのメンバーはグラマーな体型の女性が多い気がする。美鶴は言わずもがな、ラビリスとアイギスもシャドウ兵器ながらナイスバディ、風花なんて着やせ体質なので脱げばでかい(らしい)。

 

「……聞いたこっちがバカだったよ」

「でもな、男みたいな体型のやつもなあ。確か、お前んとこにぺったんこの奴が何人かいただろ? ラブアローシューターかナルシストだったか。あいつらみたいな子供体型は全然需要なんてな」

 

 

 

 

 

ドンッ!! 

 

 

 

 

 

 皆月が何か言い終える前に視界から消えた。

 

「へあっ!?」

「い、今のは……まさか」

 

 改めてみてみると、皆月が立っていたところに皆月を吹き飛ばしたであろう人物たちがいた。

 

「ええっと……海未ちゃん?」

「にこ?」

「それに、凛ちゃん?」

 

 そう、先ほど皆月が二つ名を口にした海未とにこだった。何でこんなところにと聞こうとする前に、3人がこちらを振り向いた。

 

「おや、悠さんと穂乃果。それにラビリスも奇遇ですね、こんなところで」

「ちょうど私たちも野暮用があって来てたのよ」

「は、はあ……」

「ちょおおおっと始末しないといけない虫がいたので、失礼します」

「失礼するにゃ」

 

 そう言うと、3人はそそくさと皆月を吹っ飛ばした方向へと走っていった。

 笑顔なのに瞳がちっとも笑っていないその表情に思わず慄いてしまった。まるで今朝のことりを彷彿とさせた。

 

「み、皆月さんは大丈夫かな?」

「さあ? まさかと思うがあの3人、皆月を抹殺しにいったんじゃ」

「まあまあ、ええんちゃう。正直あの子の身体能力はウチら並やし、海未ちゃんたちといえど流石に……って、えっ!?」

 

 皆月が捕まるはずがないとそう思っていたが、突然プールサイドに目をやったラビリスが悲鳴を上げた。何事かとみると、 そこには衝撃的な光景が……

 

 

「ええええええっ!? 皆月さんがどこかのトレーナーみたいにプロレス技かけられてる!?」

「海未が十字固めで、にこがヘッドロック……それに、凛が脛蹴りとは。痛そうだな」

「ちょっ! それよりあの3人、あの子をそのままプールに落とそうとしてない?」

「えっ!?」

「と、止めるぞっ!!」

 

 

 3人が凶行に走る前に止めようと現場へ走っていく。でないと、あの3人が今夜のネットニュースに乗ってしまう!

 

 


 

 

「はあ~」

「いやー、疲れたね。本当どうなることかと思ったよ」

「確かに」

 

 悠と穂乃果は流れるプールで浮輪に乗りながらゆったりと過ごしていた。

 

 先ほどまで騒動を収めるのに大変だった。まずは3人を思いとどまらせて、その隙に皆月を救出。意識が飛んでいたのでAEDを使用して蘇生。何とか息を吹き返して安心したところで、この施設の監視員とスタッフが駆けつけて厳重注意を受けてしまった。自分たちは関係ないと主張しようにも、すでに3人は姿をくらましており主張のしようがなかった。

 まあ理不尽なことになったとはいえ、皆月が無事でよかった。本人は厳重注意を受けた後、酷い目に遭ったとぐちぐち言いながら帰っていった。

 思えば、GWでは敵対した皆月と普通の男子高校生のような会話をしてたなんて、改めて思うと信じられなかった。

 

「そういえば悠さん、聞いてほしいんことがあるんだけどいいかな?」

 

 先ほどまでのことを振りかえりながらぼけっとしていると、穂乃果からそう声を掛けられた。

 

「んっ?」

「私ね、生徒会入ったんだ」

「えっ!?」

 

 またも衝撃的な内容に思わず浮輪から落ちそうになった。

 

「穂乃果が生徒会長で、海未ちゃんが副会長。ことりちゃんが会計で……って。あれ? ことりちゃんから聞いてないの?」

「聞いてなかった……」

 

 実際あの時から穂乃果のことばかり考えていたので、ことりから全然聞いていなかった。

 

「あはは、まあそうだよね。ことりちゃんも慣れない生徒会の仕事であっぷあっぷしてたから。この間も書類ミスで部活動の子たちに迷惑かけちゃったし……」

「ああ……」

「でもね。改めて思ったんだ。普段悠さんと絵里ちゃんが感じているリーダーの大変さってこんなの以上なんだって」

「そんなことは……」

「だからこそ、もっとしっかりしないとって思ったの。来年はもう悠さんも絵里ちゃんもいないし、甘えられないから」

 

 そうだ、来年は悠たち3年生組は卒業してもう音ノ木坂学院にはいない。だからこそ、自分たちで何事にも対応できるようになっておかねばならない。そのために生徒会長になったのだと穂乃果は言った。

 だが、そんな穂乃果に悠は率直に言った。

 

「俺たちがいなくてもやっていけるさ、穂乃果たちなら」

「そ、そうかな?」

「ああ、実際穂乃果はこれまで俺以上にリーダーらしいことをやってたこともあったから。俺らがいなくても、大丈夫さ」

「……だといいんだけど」

「それに、穂乃果が生徒会長になったのはそれだけの理由じゃないだろ?」

 

 見透かされたといった表情を浮かべた。

 そうだ、自分が絵里の跡を継いで生徒会長になった理由はそれだけじゃない。単純にやってみたい、悠と絵里がこれまでやってきた大勢を引っ張り導くという役割をやってみたいと思ったから。

 

「だから、もっと自信を持て。高坂穂乃果」

 

 ああ、そうだ。やっぱりこの人だ。

 目の前に映るこの青年はいつもそうだ。誰にも本心を話したことがないのに、こんな風に理解してくれる。それを自分だけでなく今まで大勢の人たちにやって、そしてより方向に導くのだ。

 これが自分の理想。この人みたいになりたいと思う人物像そのものだ。いや、それよりももっと確かな感情がある。

 穂乃果はそれを隠そうと天を仰いだ。

 

 

「嗚呼……やっぱり好きだなあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっぱい遊んだね」

「そうだな、こんなに遊んだのは久しぶりだったな」

 

 たくさん遊んでもう夕方になってしまった。本当のデートなら、これからレストランにでも行って一緒に夕飯を食べるのがセオリーなのだろうが、自分たちは高校生。そんな時間はないので、悠は穂乃果を家に送ることにした。遅くなったら変な勘繰りをされてお義父さんに殺される。

 

「なあ、穂乃果」

「んっ、なに?」

 

 だから、デートの終わりには悔いのないように自分の想いを伝えよう。

 

 

「この間は済まなかった。叔母さんのことがあったとしても、穂乃果に刀を向けて……傷つけようとしてしまって……」

 

 

「…………」

 

 和菓子屋【穂むら】に着くか寸前の場所で悠は穂乃果に改めて頭を下げた。デートの最後にしては0点の行動に穂乃果は唖然としてしまった。そんな反応にやってしまったと悠は焦ったが穂乃果はため息を吐いた。

 

「いいよ、もう気にしなくて」

「えっ?」

「あのことに関しては穂乃果も悪かったから」

 

 悠の謝罪にそう返した穂乃果だが、内心は複雑な気持ちだった。今日はとても楽しいデートだったのに、最後に何でそんなことを言うのか。返した通り、もうそのことは気にしてないし謝罪してもらう必要はない。

 

 だから、鳴上悠は女心に鈍感だということを再認識させられた。ならば、ここで自分の気持ちを知ってもらうしかない。

 

 

「この際だからはっきり穂乃果の気持ちを伝えるね」

 

 

 穂乃果はそういうと、スッと悠に近づいた。そして、

 

 

「えっ?」

 

 

 一瞬の内に左頬に柔らかい、穂乃果の唇の感触が伝わった。熱いようで温かい、そんなちぐはぐな表現しかできないほどに。

 

 

「これが、穂乃果の気持ちだよ。今日のデート、すっごく楽しかった」

 

 

 やり切ったと夕日に背を向けてこちらを見る穂乃果はまるで向日葵のような輝きに満ちた笑顔だった。

 これまでマリーやことりに額や右頬にキスされてたり、希と唇にする寸前まで行ったりなどと様々なシチュエーションを体験したものだが、この時は時が長いように感じた。

 つまりは今までより心がドキドキしていた。

 これが何なのか、一体どうしてなのか。それをこの時の悠は知る由もなかった。

 だが、一つだけ確かなことがある。

 

 

ーーーーーーーこの日の彼女の笑顔を一生忘れることはないだろう。

 

 

 だが、穂乃果は失念していた。

 この行為はμ‘sの禁足事項に触れてしまっていることを。

 そして、場所が自分の家の傍だったことを。

 

 

 


 

 

「お二人とも、これはどういうことですか?」

 

 あの後、穂乃果と悠のキスをバッチリ見ていた高坂家一同(特に穂乃果父と雪穂)に尋問を受け、更には南家でことりと雛乃に散々絞られた翌日、学校に来て早々に海未たちに囲まれて部室に連行されてしまった。一体何なのだと言うと、無表情の希が一枚の新聞を突き付けた。

 

 

【熱愛発覚! 学校のアイドル高坂穂乃果・鳴上悠、公衆の面前で熱烈のキス‼】

 

 

 突き付けられた新聞の写真を見て、背筋が凍ってしまった。その写真はあろうことか、デートの最後に穂乃果が悠にキスしているシーンを捉えていた。しかも実際は左頬にキスしたのに、絶妙なカメラワークで正面からしているような構図になっていた。

 新聞の写真を目のあたりにして2人に最悪のビジョンが脳を過った。 “熱愛報道”・“グループ解散”・“ネット炎上”。そんな不吉な言葉が浮かぶほどこの手の話題にはそんな悪いイメージしかない。

 

「新聞部の畑さんが取ったんだって。流石にプライベートな内容だったから、佐々木君に頼んで差し押さえてもらったわよ」

「しかし、私たちにとってそんなのはどうでもいいことです。問題は、こんな破廉恥なことをしでかすほど仲を深めたことを問い詰めたいだけですよ」

 

 それは死刑宣告だった。待ってましたと言わんばかりに皆の視線が一気に鋭くなる。

 

「聞けば穂乃果、貴女ファッションをマリーに選んでもらったというチートも使ったようね」

「陽介さんからちゃんと被害届も出てるんですよ?」

「ちゃんと答えるまで帰れると思わないことですよ。お二人とも?」

 

 

「「はい……」」

 

 

 その日、2人は1日を掛けて尋問された。

 

 

To be continued.



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#113「Love & Comedy ~Catch The Moment~.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

今回は絵里のヒロイン回です。タイトルは【SAOオーディナルスケール】の【Catch The Moment】を選びました。結構候補がありすぎて悩みましたが、選び抜いた結果がこの曲です。
また、今話に絵里の祖母が登場しますが、ロシア人ということ以外の詳しい情報が見つからなかったので、名前と性格、経歴は全部私の想像で書かせていただきました。

改めて、誤字脱字報告をして下さった方・評価を上げて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

今回、雑談で伝えたいことが多すぎたので、最後の方にあとがきとして記載しています。私個人の与太話なので、スルーしてもらって構いません。

それでは、本編をどうぞ! 


 ♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

…………美しいピアノのメロディーが聞こえてくる。

 

 

 聞き慣れたそのメロディーで目を覚ますと、悠は別の場所にいた。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模した空間。ここは【ベルベットルーム】だ。

 

「ようこそ、ベルベットルームへ。本日わが主と妹は留守にしております」

 

 目の前に秘書をイメージさせる群青色の衣装に身を包むプラチナ色の髪の女性はがいる。彼女の名はマーガレット。このベルベットルームの管理者であるイゴールの従者をしている者だ。あの奇怪な老人だけでなく彼女の妹であるエリザベスもいないようだ。

 

「あら、随分とお疲れのようね。何でも昨日はあのリーダーの子とデートだったとか。この前珍しくマリーがお冠だったから、合点が言ったわ」

 

 何でこの女性は自分の行動を把握しているのかと度々思う。ここの住人達にプライベートという言葉はないのか。

 それに、マリーがお冠だったということは今度会った時は相当怖い。10万ボルトは覚悟しなければならない。最悪、どこぞのクズ主人公のように最後は刃物でめった刺しにされるバッドエンドになるかもしれないと先の未来に恐怖を感じた。

 

「それはそうと、貴方の未来を先ほど占ってみたのだけれど、どうやら決断の時は迫ってきているようね」

 

 マーガレットがペルソナ全書を開いてそんなことを言うと、これまで定速で動いていたベルベットルームのリムジンが()()()()()()()()()()()()。これは稲羽の事件の終盤でも起こった出来事だ。違いがあるとすれば、この場に主であるイゴールがいないことだろうか。

 

「次の戦いであの子たちと追ってきたこの災難に決着が着く。それまでに束の間の休息を取りながら、あの子たちとの絆を深めるべきかと。おそらく、あの子たちの更なる覚醒が今回の事件の鍵になるわ」

「…………」

「これはベルベットルームの住人である私が言うのはおかしいのかもしれないけど、貴方の世界でいうゲームのように現実は巻き戻しはできない。だから、あの子たちと何を選び、何をなすべきなのか……よく考えるようにね」

 

 意味深な言葉を口にしたマーガレットがこちらを見据えたと同時に、視界が徐々に曇り始めてきた。どうやら時間らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<音ノ木坂学院 アイドル研究部室>

 

「えっ!? 恋愛?」

「そうよ、それが今回の新曲のテーマよ」

 

 穂乃果のデートから数日後、部室では新たなる会議が開かれていた。それは近々開かれるラブライブ本選で披露する新曲についてのことだ。

 大会側から指定された新曲の条件は今まで出していないジャンルであること。それにμ‘sが該当するジャンルは恋愛だったということだ。

 このお題に恋愛経験が皆無のメンバーは顔を真っ赤にし、海未に至っては赤くなったと同時にあたふたと挙動不審になった。メンバー全員が一人の男に恋しているというのに、この反応は如何なものか。当然その原因となっている男は意味が分からずポカンとしているが。

 

「れ、恋愛がテーマって……一体どうすれば」

「やっぱり一番は私たち世代の青春が良いんじゃないかしら? 共感する人が多いって言われているし」

「「それだっ!」」

 

 前もって考えてきたのか、絵里の的確な提案に皆は一斉に賛同した。現役を退いたとはいえ、流石は前生徒会長。悠に引けを取らない伝達力は健在だ。

 だが、この絵里が突然思わぬ爆弾を投下した。

 

「ということで悠、今度私とデートしましょう」

「……Pardon?」

「だから、()()()()()()()()。今回の新曲作りのために」

 

 この同級生は今何といったか? 自分が絵里とデート? なぜ? 

 

「ちょっと待った!! 絵里ちゃん、どういうこと!? というか、新曲作りのデートならことりちゃんか海未ちゃんが適任じゃないの! 穂乃果とかも」

「そ、そうです! 作曲担当は私なのに、どうして絵里がでしゃばるんですか!?」

「そうだよ! ことりだってちゃんとデートしてもらったことないのに!!」

 

 当然悠の疑問を他所に彼女の発言に異議が唱えられた。3人ともかなり私情が入っているようだが、絵里に対してかなりの食いつきっぷりだった。

 

「だって、穂乃果はこの間デートしたじゃない。海未だって、私たちに黙って山デートしたし、ことりとじゃただの仲良しの兄妹のお出かけになっちゃうじゃない」

「「「ぐっ……でもっ!」」」

「確かに、私も最初は海未が良いと思ったけど、私たちより悠と付き合い長いはずなのにちっとも恋愛の曲書いてなかったでしょ」

「「「ぐぐぐ……」」」

「それに、やっぱり恋愛の曲を作るには作曲者の主観も大事だけど、客観的な視点が必要だと思うのよね」

 

 有無を言わせない理詰めで攻めてくる絵里に3人はぐうの音も出なかった。ことりに至っては悔し過ぎて絵里を睨みつける目が血走っている。最近構ってやれなかったせいで病み具合がひどくなっているのであまり刺激するようなことは言わないでほしいと悠は切実に思った。

 

「それに、悠には同級生との恋愛が一番しっくりくると思うし」

「「「そっちが本音か!?」」」

 

 ポロッと出た絵里の本音に全員が総ツッコミを入れた。

 

「異議あり! ゆ、悠さんは同年代よりも少し年下との恋愛が似合うと思います!」

「そうよ! 悠さんの後輩は年上ばっかだけど、悠さんは年下が多いじゃない! その路線なら、私たちとの恋愛が一番よ」

「同意ですっ! 恋愛下手な私でも分かります!」

「そうだよ! この間の穂乃果とのデートの時だって、悠さんとってもドキドキしてたもん! これは悠さんが年下好きだって証拠だよ!」

「こ、ことりだって…ことりだって本気出したら、お兄ちゃんを悩殺できるもんっ! だって、お兄ちゃんはシスコンだもん!!」

「そうにゃそうにゃ! これは戦争だにゃあああっ!!」

 

 絵里の主張にここまで黙っていた1年生組を加えた年下組が抗議の声を上げた。ついでに同じ同級生であるにこと希もその理論なら自分こそが至高と名乗りを上げた。

 そこからはラブライブのことなどそっちのけで、恋愛はどの年代とのものが至高かという議論にもつれ込んでしまった。結果、いつまで経っても決着は着かず、そのまま無駄に会議が終わってしまった。

 

 

 

 

 

「はあ……」

「絵里、どうしたんだ?」

 

 不毛な会議が終わって少し経った後、部室に忘れ物をしてしまった悠が部室に戻ってみると、まだ部室に残っていたらしい絵里が携帯を見てため息をついていた。生徒会長の任を穂乃果に受け継ぎ、受験とラブライブに本腰を入れ始めたせいかどこか表情がぎごちない。というか、先ほどの絵里らしからぬ爆弾発言もそのストレスからかもしれない。

 

「あ、ああ……悠。なんでもないわよ」

「何でもないわけないだろ。もし困ってることがあるなら相談に乗るぞ。妹関係のことなら大歓迎だ」

「悠、それがシスコン番長って言われてる原因だってわかってる?」

 

 しかし、妹関係という言葉に何か感じたのか、絵里はふと考え込んだかと思うとジッと視線を悠に移した。

 

「ねえ悠、ちょっとお願いがあるんだけど」

「なんだ?」

 

 緊張しているのか、身体をモジモジとさせながらも目が据わっている。一体どんなお願いなのやら。

 

 

 

「私の、()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「はっ?」

 

 今度こそ思った。この同級生は一体何を言ってるのだろうか? デートをすっ飛ばして彼氏? なぜ? マリーと同じように不意打ちで愛の告白か? 

 

「……はっ!? ま、待って待って!! 違うの! これには事情があって、決して告白って訳じゃ」

「分かってる」

「そ、そう……」

 

 若干しょんぼりした表情の絵里に詳しいことを聞くと、何でも絵里のおばあちゃんが数日前から来日しているらしい。大好きなおばあちゃんが来日したとあって、絵里と亜里沙はとても嬉しく休日に東京の良いところを案内しようと張り切っているとも。

 

「昨日ね、おばあさまに“彼氏はいるのかい”って聞かれちゃって。それで見栄張っているって言っちゃったの」

「ラブコメだと定番の話だな」

「それで、本当に申し訳ないんだけど……おばあさまが来日している間は私の彼氏っていうことにしてもらえないかしら?」

「ええ……」

 

 本当にラブコメでありがちな話になってしまった。それも相手があの真面目な絵里だというのだからなおさらだ。まさか今日のデートの話はその一環か。

 悠の嫌そうな顔を見て、絵里はすがりつくように悠の襟を掴んできた。

 

「お願い、そんな顔しないで! おばあさまは小さい時から本当に大好きで、例え嘘だったとしても裏切るようなことはしたくないのよ!」

「うーん……」

「もちろん亜里沙にも言っておくし、貴方の迷惑になるようなことはしないから!」

「…………」

 

 普段は毅然とした態度を貫いている絵里がこんな涙目になるとは思いもしなかった。絵里は祖母のことが大好きでロシアにいた頃はバレエの演技で褒められたことが何よりうれしかったということは聞いていたが、今でもそれほどに祖母のことが大好きなのだろう。

 それに、これでもかと言わんばかりに上目遣いで頼み込む同級生をやっぱり見捨てることはできなかった。

 

「……分かったよ」

「ありがとう! じゃあ早速、家に来てほしいんだけど」

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

<絢瀬家>

 

「来てしまった……」

「何よ、その言い方。私の彼氏なんだから堂々としていればいいの」

「似たようなこと、にこに言われたこともあったな……」

「…………」

「いたっ!?」

 

 言われるがまま絵里の家の前まで着いてしまった。他の女の名前を出したことでつねられてしまったが、そこまで徹底しなくてもいいのに。

 それに何だか彼氏のフリをするのは気が重い。彼氏のフリなど稲羽でエビ、もとい海老原あいに強引にやらされて以来だが、あの時とはまるで違う。それに、聞けば絵里の祖母はロシア人らしい。英語ならまだしも、ロシア語なんて全然わからないので、コミュニケーションがどこまで取れるのか分からない。ロシア語なんてコルホーズとかガガーリンとかしか分からないが、とにかくダメもとでやってみるしかない。

 

「あら、貴方が絵里の彼氏さんかい?」

「うおっ!?」

 

 一人気に意気込んでいると、背後から声を掛けられた。不意打ちだったので驚いて振り返ってみると、そこに外国のご婦人が膨らんだエコバッグを片手に綺麗な姿勢で立っていた。上品な婦人服に白髪、更には透き通るような青い瞳を持つ風格のある女性だった。何よりその顔立ちは隣の彼女(仮)を彷彿とさせたので、すぐにこのご婦人が誰なのかを察知した。

 

「お、おばあさま! いつからそこに?」

「今日は絵里の彼氏が来ると聞いたから、ピロシキをご馳走しようと思ってね。材料を買いに行って、今帰ってきたところよ」

「言ってくれれば私たちが買いに行ってたのに……」

「それで、貴方が絵里の彼氏さんかい?」

 

 絵里の呟きもそっちのけで、再度に悠に質問を投げかける祖母。こちらをジッと見る視線が品定めしているように感じて萎縮してしまった。

 

「は、はい。絵里の……彼氏の鳴上悠です。初めまして……えっ?」

「そんなに固くならないでいいのよ。私は若いころ日本に長いこと住んでいたから、日本語も問題ないわ」

「そうでしたか……」

 

 流暢な日本語だと思ったか、そういうことだったらしい。

 

「改めて、絵里と亜里沙の祖母のアレクサンドラ・トルスタヤです。絵里からよく聞いてるわ。よく助けてもらって、それからお付き合いに発展したって」

「「………………」」

 

 決して嘘ではないが、嘘である。そんなことで目の前のベテラン女子を騙していることに2人は改めて後ろめたさを感じた。

 

「そういえば、亜里沙も」

「鳴上さーん、いらっしゃーい!」

 

 すると、脇から亜里沙がウサギのように胸に飛び込んできた。何とか亜里沙を受け止めた悠だが、亜里沙はそのまま悠の胸の中をすりすりと堪能し始めた。その様子が愛らしい小動物のように思えて、悠は心なしかほっこりとした。

 

「あらあら、亜里沙は甘えん坊ね」

「うん、だって亜里沙、悠さんのこと大好きだもん!」

「ちょっと亜里沙、悠が困ってるでしょ!」

 

 亜里沙の抱きつきが行き過ぎだと思ったのか、絵里は姉らしく叱る。だが、亜里沙は悠に夢中で聞こえいないのか悠へのすりすりをやめる気配がない。羨ましさとじれったさも相まって思わず無理やり引きはがそうとする手を悠は止めた。

 

「いいよ、絵里。最近会ってなかったし、寂しかったもんな」

「うんっ! えへへへ~♡」

「もう……」

 

 何だかんだ妹(それが他人の妹でも)に甘い悠。分かっていたことだが、妹が想い人とイチャイチャしているとどこか複雑な気分だ。公衆の面前、もとい大好きな祖母の前にも関わらず、頬を膨らませて不機嫌を露にしてしまった。

 

「亜里沙、その辺りにしておきなさい。鳴上くんもその姿勢のままじゃ辛いだろうし、お姉ちゃんも不機嫌になってるわよ」

「お、おばあさま!? わ、私は不機嫌なんて」

「はーい」

 

 祖母の言葉に絵里は表情が顔に出てしまったと取り乱した。亜里沙も悠成分を十分接種して満足なのか、ホクホク顔で悠からそっと離れていった。

 

 

 

「何だか落ち着かない……」

 

 あれから綾瀬家のリビングに通されて、絵里からくつろいでほしいと言われたが、どこか落ち着かない。絵里はおばあちゃんと一緒にピロシキを作りにキッチンに行ってしまい、亜里沙は着替えてくると自室に戻ったままだ。

 キッチンの絵里とアレクサンドラさんに何か手伝いをしようかと申し出たのだが、

 

「悠はお客さんで彼氏なんだから、くつろいでていいの!」

「ええ……」

「最近悠のために何もできなかったから、彼女の私にも偶には働かせてよね」

 

 ウインクして微笑んだ顔でそう言われては邪魔もできなかったので、大人しく待つしかなかった。端からアレクサンドラさんの温かい目が少し気になったが、手持ち無沙汰になった悠はとりあえず雛乃に今日は遅くなると連絡することにした。

 

『悠くん、貴方ねえ……』

 

 絵里のことを相談した結果、予想外にも呆れた声を出されてしまった。電話越しでも雛乃がしかめっ面をしているのが手に取るように分かる。

 

『はあ、よりにもよって綾瀬さんのおばあさまなんて……一体どれだけ兄さんと同じルートを辿っているのかしら』

「えっ、父さん? それはどういう」

「鳴上さーん!!」

 

 雛乃との通話中に、自室から出てきた亜里沙がまたも胸に飛び込んできた。勢いで雛乃との通話を切ってしまったが、目の前に飛び込んできた亜里沙の服装に意識を持っていかれた。

 

「あ、亜里沙!?」

「どうどう、鳴上さん! 亜里沙の服、可愛い? セクシー?」

 

 離れたと思いきや、自室で着替えてきたであろう私服を見せつける亜里沙。中学生にしてはかなり攻めたネグリジェのような私服でポーズまで決めて見せてくるので、中学生ながら色気があるように見えた。

 

「亜里沙、可愛いけどその言葉はどこで覚えたんだ?」

「友達がこの間紹介してくれたアニメだよ。確か戦闘員」

「よし、それ以上はやめよう」

 

 確かにあのアニメは原作も面白いが、女性キャラクターの一部は亜里沙に悪影響を及ぼしかねない。というか亜里沙にそんなアニメを教えたのは誰だ。亜里沙にはあの汚職騎士と行き遅れのようになってほしくない。

 

 

 

 1時間後…

 

「はい、おばあさまのピロシキよ。材料も余ってたからボルシチも作っちゃった」

「いっぱい食べてね、鳴上くん」

「あ、ありがとうございます」

 

 目の前に綾瀬家お手製のロシアの家庭料理が並ばれる。焼いたピロシキとボルシチ。名前だけ聞いたことがあっても実際に見たことがないものが満載だった。

 

 説明しよう。

 ピロシキとは小麦粉を練った生地に色々な具材を包み、オーブンで焼くか油で揚げて作られる東欧料理の惣菜パンのことである。主にウクライナ、ベラルーシ、ロシアなどで好まれており、各地によって作り方は大きく違う。例えば、日本で作られるピロシキは油で揚げたものがよく見られるが、ロシアでは焼くピロシキが一般的である。

 ちなみに、ボルシチは牛肉にソテーした白キャベツ、ニンジン、根パセリ、ジャガイモ、タマネギ、トマトなどの野菜、テーブルビートから作られる酸味のあるスープのことである。このスープはロシア料理というイメージがあるが、実際はウクライナの伝統料理である。

 

 閑話休題

 

 それはともかく、せっかく絵里たちが作ってくれたのに冷めてしまっては勿体ない。手を合わせていただきますと宣言して、悠はピロシキを口へ運んだ。

 

「うま────────!!」

 

 口に入れた瞬間、これまで味わったことがない旨味が広がった。

 

「これはすごい……! 毎日食べたいくらい、美味い!! 俺も負けてられないな」

「もっ、もうっ!! 調子いいんだから……」

「ふふふ」

 

 悠の屈託ない感想に絵里は頬を赤らめ、アレクサンドラさんは初々しいカップルのやり取りに微笑みを浮かべていた。亜里沙は照れる姉にじとーっと嫉妬の視線を送っていたが、完全に無視されていた。

 

 

 

 楽しい食事も終わり、そろそろ帰宅する時間になった。亜里沙は泊まってほしいとお願いしてきたが、流石に遠くから来た祖母のいる家に泊まるほど無神経ではない。それに無断で女子の家に泊まったとなったら、家族が黙っているはずがない。

 玄関まで見送りにきてもらった際、アレクサンドラはおもむろに悠の肩に手を置いた。

 

「鳴上くん、明日は休みでしょ。予定はあるのかい?」

「いえ、特に勉強以外ありませんが」

「良かったら明日、私たちと渋谷を回らないかい?」

「えっ?」

「「えっ?」」

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

「悠、ごめんなさい。まさかここまで付き合ってもらうだなんて」

「気にするな。もう慣れっこだから」

「それはそれでどうかと思うけど」

 

 そんなやり取りをする渋谷駅前。結局、翌日も綾瀬家についてきてしまった。頼みを断れなかったこともあるが、どうもアレクサンドラには別の目的があるように感じられたからだ。例えば、自分に話したいことがあるなど。

 

「ほう、ここが噂の渋谷かい。昔と違って賑わってるじゃないか」

「わああ~秋葉原と同じだ。ここならおでんジュースあるかな?」

 

 そして、件のアレクサンドラさんは亜里沙を真似たのか、とてもヤングな格好をしていた。とてもご年配とは思えないほど若々しくパワーもある。普通に渋谷の人々に混じっていても違和感がないほどに。

 

「パワフルだな、アレクサンドラさん」

「ええ、そうなのよ。ロシアに居た時は奥ゆかしいところもあったんだけど」

「あら? 絵里と鳴上くんは手を繋がないのかい? 恋人同士だろう?」

「「!!っ」」

 

 鋭いところを突かれた2人はビクンと肩を震わせて動揺してしまった。こんな疑われる展開はラブコメのお約束みたいなものだが、いざ突然やられるとどう対応していいのか分からなくなる。

 

「えっ? お姉ちゃんと悠さんが恋人ってなに? まさか……」

「あ、亜里沙っ!? ちょ~っとこっちに来てもらえるかしら~?」

 

 そして、亜里沙への口止めも忘れていたのか、絵里は慌てて誤魔化しにかかった。

 何だか雲行きが怪しい展開になってきた。

 

 

 

 渋谷の街を歩き回って数時間、大量の荷物を持たされた悠の体力は限界にたどり着こうとしていた。渋谷ヒカリエからスクランブル交差点、104に道玄坂、更には宇田川町にタワーレコード、センター街にスペイン坂などと渋谷中を色々回った気がする。

 疲れすぎてこのままRGからUGに片足を突っ込みそうになったと錯覚するほどに。そうなる前に、亜里沙がクレープが食べたいと辿り着いた宮下公園のベンチで休憩できたので、何とか意識を保っていた。あまり言いたくないが、女性の買い物は量が多いし長い。世のカップルの男性は大変だなと改めて思った。

 

「少しお話いいかしら?」

 

 ベンチで休んでいると、隣にクレープを片手に持ったアレクサンドラさんが座ってきた。

 

「貴方、本当は絵里の彼氏じゃないんでしょ?」

「えっ!?」

 

 またも不意打ちに投げかけられた言葉に、思わず動揺してベンチから落ちそうになってしまった。

 

「誤魔かそうとしなくていいのよ。小さいときからあの子を見てきたから、嘘をついている時の仕草くらい分かるわ」

「そ、それは……」

「うふふ、そんな顔しないでちょうだい。私は絵里の嘘を咎めたいわけじゃないの。本当は貴方を見てみたかったの」

 

 そういってクレープを一口かじるアレクサンドラさん。何というか、絵里と亜里沙の祖母だけあって、食べ物を口に入れる姿も綺麗だと思ってしまうが、それどころじゃない。

 

「俺を見たかったって、どういうことですか?」

「貴方なんでしょ? 絵里にやりたいことが何なのかを教えてくれたの」

「えっ?」

 

 アレクサンドラさんの言葉にまたも驚かされてしまった。

 “やりたいことは何なのか? ”。それはかつて絵里の抑圧されたシャドウの原因となった絵里の積年の悩みだったはず。絵里は家族にすらそのことを言っていなかったのに、どうしてこの人は知っているのだろう。

 

「こう見えて、若いころは教師を生業としていたの。長年やっているとね、色んなものが見えてくるの。この生徒がどんなことで悩んでいるのか、どういう風に接したらいいのか、生徒の食事に何か混入されていないかとかね」

 

 最後のは教師の仕事に全く関係ない気がする。単なるアレクサンドラさんの冗談だと信じたい。

 

「あの子はね、ロシアでバレエを辞めてから雰囲気が落ち込んでいたわ。無邪気ではなくなったし、幼いのにどこか心が冷たくなって。日本に行ってしまった時はとても心配だったわ」

 

 だから、それからずっと絵里に電話をかけて近況をずっと聞いていた。

 危惧していた通り、バレエを辞めて何事にも冷めてしまった絵里は大きくなるにつれて、小さい時のきらめきを忘れて心がシベリアの気候のように冷たくなっていったことが電話越しでも伝わった。

 もう自分が何を言っても孫は頑なに変わろうとはしないだろうとアレクサンドラさんもそれ以上何も言わなくなって何年も経ってしまった。だが、

 

「今年の6月辺りからあの子の声が明るくなってね。何かあったのかいって聞いたら、自分を変えてくれた人に出会えたって。昨日初めて会った時、すぐに貴方だって気づいたわ」

「な、なぜ?」

「最初はつかみどころがなくてどう接したらいいのか分からないけど、真っすぐで家族想いで仲間想い、天然ジゴロだけど魅力的な人だって聞いてたから。その特徴にピッタリだったもの」

「いや、どんな特徴ですか……」

 

 むしろ、普通なら絶対分からないと思う。それだけ長年教師をやってきた経験は伊達じゃないということなのだろうが、逆にこのアレクサンドラさんはどんな教師生活を送ってきたのか気になるところだ。

 すると、そのアレクサンドラさんはクレープを膝元に置くと、改まって悠に向かい合わせた。

 

「鳴上くん、どうか()()()()()()()()()()()()()()

「えっ?」

「もちろん、貴方にも好きな人がいたら、本当に付き合ってゆくゆくは結婚してほしいなんて言わないけど」

 

 それはそれでどうかと思うが、と思ったが口にはしなかった。

 

「それでも、この先あの子が幸せになれるように見守ってくれないかい? それが、孫が心配な老婆の勝手なお願いだよ」

「…………」

 

 即答できなかった。

 当然だ。どんな形であれ孫を幸せにしてほしいというアレクサンドラさんの願いは現在の悠にはとても重く感じた。それは自分の生まれ育った環境と性格、更には最近の己の行動による過ちによるもの。つまりは自分に自信を持てなくなったからだ。

 だから、悠は正直に伝えた。

 

「正直、俺が絵里を幸せにできるのか分からないです。親友や家族から目の前で困っている人がいたらすぐに駆け付けるから、心配でしょうがないって言われますから」

「そう」

 

 悠の返答にアレクサンドラさんは残念そうに視線を逸らした。しかし、

 

「それでも俺はみんなが困っていたら助けたい。おこがましいかと思うかもしれませんが、絵里も亜里沙も俺にとって大切な……友達です。友達が困っていたら、助けるのは当たり前ですから」

 

 その言葉を聞いたアレクサンドラの脳裏に過去の教え子が過った。

 教師として働いていた時、自分が受け持っていたクラスで誰これ構わず人助けに専念していた男子生徒がいた。危なっかしいところもあって何度もハラハラしたが、結果的に彼は関わった友人たちをより良い方向に導いた。

 

 

(ああ、彼なら大丈夫。きっとどんな形であれ、絵里たちを幸せに導いてくれる)

 

 そう思わせるほど、今の悠の言葉はアレクサンドラさんにとって最適解だった。

 

「鳴上さーん、おでんジュースあったよ!」

「だから亜里沙、それはおでん缶だって言ってるでしょ!」

「あはは……亜里沙におでんジュースが何なのか、教えてやらないと」

 

 どうやら絵里たちも戻ってきたようだ。やれやれと悠は立ち上がって絵里たちの元へ向かい、アレクサンドラは集まる3人の景色に温かな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「今日はありがとうございました」

「いえいえ、こっちこそありがとうね。私の我儘に付き合ってもらって」

「全然。絵里、それじゃあ……また学校でな」

「う、うん……」

「鳴上さん、またね! 次は亜里沙の部屋に泊まりに来てね」

 

 本日買い物した荷物を綾瀬家まで届けて、帰宅する。家に帰れば雛乃とことりが温かいご飯を用意してくれてるはずだ。最も、その際に絵里一家とのデートはどうだったのかと質問されることになるだろうが、何とかなるだろう。

 悠が頭の中でそんなことを考えている一方、綾瀬家の玄関では未だに絵里が帰宅する悠の後ろ姿を見つめていた。

 

「絵里、このまま逃がしていいの?」

「えっ?」

「ロシアでも言ったでしょ。男はいつチャンスをくれるか、分からないって」

 

 祖母から久しぶりに聞いたその言葉に絵里は心を揺さぶられた。口ぶりから悠と付き合っているという嘘は見破られていることが察せられたが、そこではない。

 そうだ、こんな機会はもうないかもしれない。今回は偶々祖母のこともあって付き合ってくれたが、今後悠が自分の都合のために動いてくれることなんて金輪際ないかもしれないのだ。現に、悠はこれからも希やことりの攻勢に飲まれて確実にモノにされてしまうかもしれない。

 そう考えた絵里が内に秘めていた気持ちは濁流のように溢れだした。

 

(そうよ、私はもう……遠慮しないって決めたんだから……!)

 

 新学期に入ってから、あの男が他のメンバーとのデートを見守ってから感じていた焦り。初めて感じた異性に対して自分だけを見てほしいと願った想い。それを今、止めることはできない。

 嘘をついていたのに、それを気にしないどころかアドバイスを与えてくれた祖母の言葉に突き動かされるように、絵里は走り出した。突然の姉の行動に亜里沙は驚き、アレクサンドラは微笑ましそうに見つめていた。

 

 

 

「悠っ!!」

 

 後ろから自分を引き止める声がした。振り返ると、ここまで走ってきたのか、随分と汗だくで息が上がっている絵里がいた。

 悠が普段見ない彼女の姿に仰天する間も与えず、絵里はすぐさま妹と同じように抱き着いた。誰にも渡したくないと、周りに見せつけるような抱擁だったのか、周囲の人々の注目の的となった。これに流石の悠も慌ててやめさせようとするが、出来なかった。

 そう思わせるほどに、絵里の抱き着く力が強く、今までの絵里からは感じられなかったほどの強い想いが伝わってきたからだ。

 

「私はもう、手加減しないから」

「えっ?」

 

 

ー!!ー

 

 

 悠にしか聞こえないほどの声量で呟いた絵里はそのまま悠の首筋に顔を近づけたと思うと、そのまま唇を押しつけた。

 訳が分からずなされるがまま固まって数秒後、絵里がゆっくりと首筋から口を離した。

 

「本気を出した私の攻勢は凄いわよ。穂乃果やことり、希だって目じゃないんだから。覚悟してよね」

 

 己の後輩の如く貴方のハートを奪って見せると胸に指先を当てる仕草に思わず見惚れてしまった。そして、その際に見せた笑顔に意識が自然と奪われる。

 何度目かの経験したはずのキス。これまで決して唇同士でないものであっても、どこか心を奪われてしまった。節操ないと思いつつも、アレクサンドラさんとの約束は必ず守ろうと改めて思いなおした瞬間だった。

 

 

 

 

 帰宅後

 

「悠くん、その首元にあるキスマークは何なのかしら?」

「納得のいく説明、してくれるよね?」

 

 案の定、帰宅して早々キスマークを見つけた家族に尋問を食らってしまいました。

 

 

To be continued.




今話を最後まで読んで下さり、ありがとうございます。いかがだったでしょうか?

最近もう暗いニュースと出来事ばかりですが、そんな時は面白いアニメや漫画を読んで笑って元気をもらいましょう!
最近の私のお薦めは【戦闘員、派遣します!】です。このすばの暁先生の作品なだけあってめっちゃ面白いです。戦闘員6号の相棒アリスのオカルトキラーっぷりがとても面白すぎて……(笑)。

ゲームでは【新すばらしきこのせかい】も面白かったです。主人公ネクの前作もやってたのでなお面白かったです。PVでミナミモトが登場したときは前作のこともあって絶対味方な訳ないやんと思っていたのですが、実際は(ネタバレになるので自主規制)。

楽しみといえば【月姫リメイク】でしょう。月姫はカニファンの狂った時空とアルクェイドルートのアニメでしかしっかり見たことないので、とても楽しみです。
作者の奈須きのこといえばFGOの2部6章。中々えぐい描写もありましたが、思わず引き込まれてしまうほど面白かったです。村正おじいちゃんとキャストリアのやり取りは神だった。そして、妖精はく(自主規制)。
オベロンと光のコヤンスカヤ、欲しかった……(爆死の跡)。

すみません、与太話が長すぎました。
次回もなるべく早く更新したいと思いますので、それまでお待ちください。
ではでは


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#114「Love & Comedy ~Signal of hope~1/2.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

すみません、またも更新が遅れてしまいました。仕事やなんやらで書けなかったのです……。そして、今回の話も長くなりそうだったので、分割してお送りします。

さて、今回はついにことりのヒロイン回です。タイトルは【ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~メモリアフレーゼ~】より【希望のSIGNAL】を選びました。4周年記念のストーリーを見たということもありますが、歌詞の内容が彼女に会っているんじゃないかと思いチョイスしました。
ちなみに、ダンメモ4周年記念で改めてベルくんと春姫が好きになりました。

改めて、誤字脱字報告をして下さった方・感想を書いて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!

今回も雑談で伝えたいことが多すぎたので、最後の方にあとがきとして記載しています。私個人の与太話なので、スルーしてもらって構いません。

それでは、本編をどうぞ! 


────いよいよだ……

 

 その者はそう呟くと天を仰いだ。ここまで予定を散々崩されたが、この結末は変わらせない。それに、もう手遅れだ。

 あの者たちがここからどうしようと変わらない。

 

 

 

 

 

さあ、この世界を終わらせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは何気ない平日のことであった。

 

 平日にしては大勢のサラリーマンや学生、買い物客が蔓延る秋葉原の通りをとある少女は駆け足で通り抜けていた。秋葉原にあるバイト先へ向かっているのである。シフトの時間にはまだあるが、今日は何気なく真っ先にバイト先へ行かなければと思ったからだ。

 それに、ここ最近すこぶる精神的に機嫌が悪い。原因は分かっているし、今更どうしようもないのは分かっている。だが、こうまで何かに集中して意識を逸らさないとやってられないのだ。

 

「すみません、そこのお嬢さん。少々お時間をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 

 バイト先の途中でよく通る小さな公園に差し掛かった時、そこにいた男性に声を掛けられた。こっちは急いでいるのに何なんだと不機嫌そうに振り返ってみると、彼女の表情が一変した。

 

「あなたは……」

「お久しぶりでございます。いえ、貴女には初めましてというべきでしょうか」

 

 その男性の顔に見覚えはなかった。ただ、その身に纏っている群青色のホテルボーイのような衣装には見覚えがあった。今までこの群青色の秘書服やエレベーターガール服に身を包んだ女性たちとは面識がある。つまり……

 

「何の用ですか?」

「お急ぎのところ申し訳ございません。貴女をお引き受けしたのは、私の姉上から貴女への言伝を預かっているためでございます」

 

 あの人物から自分に言伝? 何のことだろうかと思っていることもつゆ知らず、目の雨のホテルマンは預かっているという言伝を口にした。

 

 

 

『この先、貴女はご兄弟と同じ体験をするかもしれません。それは決して生易しいものではなく、彼もかなり苦悩なされたので、このことを努々お忘れなきよう』

 

 

 

 頭に思い浮かぶ人物からの言伝に首を傾げてしまった。言葉の意味とその真意が全く分からなかったからだ。

 

「一体、どういう……」

「私も姉上が何故このようなお言葉を貴女に送られたのか、意味を存じ上げません。しかし、我々ベルベットルームの住人の言葉には必ず意味がある。そう思っておいでください」

「…………」

 

 では、と男は一礼してその場を去っていった。まだ聞きたいことがあったはずなのに、その後ろ姿を目で追うしかなった。

 それほどまでに、先ほどの言葉が気になってくる。

 

「……一体どういうことなんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだい、ミナミン?」

「ふえっ?」

 

 とある平日の夕方、秋葉原で密かに人気のあるメイド喫茶【コペンハーゲン】の厨房。この店の店主ネコさんと人気№1のメイド“ミナリンスキー”こと南ことりの会話からそれは始まった。

 

「ここ最近のアンタの様子をみたら、そう声を掛けたくなるよ。どこか上の空でいつ大きなミスするのか分かりゃしない」

「…………」

 

 図星なのか沈黙しながら皿洗いを続行することりにネコさんはふうと息を吐いた。

 ここのところ、このことりの表情が芳しくない。接客では上手く誤魔化せているため何ら問題はないが、厨房に入った途端180度表情が一変してため息を吐くことが多い。これではいつ仕入れたばかりのタピオカを3キロ床に落とす、仕込みしたばかりのデミグラスソースをまき散らしてなどいった重大なミスを起こしてもおかしくない。ちなみにこれらの失敗は作者のバイトでの失敗談である。

 

「話してみなよ。他人に話したらスッキリするかもしれないだろ?」

 

 これは後々店の沽券に関わると判断したネコさんは店員の心のケアを図ることを決断した。昨今は店員の扱いの悪さで問題になっている店が多いことをよく耳にするので、うちもそうならないように心掛けなくては。店長は色々考えることが多くて大変なのだ。

 ネコさんの気遣いが心にきたのか、ことりは皿洗いをする手を止めた。

 

「実は……」

 

 

 

 

 

 

「ほーん、最近ナルやんが受験生のくせに、お礼や謝罪を名目に親友や先輩らとデートしまくってると」

「……」

「で、ミナミンはそれを見てイライラしていると……?」

「概ねその通りです」

「…………」

 

 このブラコンが、と毒づきたくなったが寸でのところで飲み込んだ。

 どうしてあの兄妹は親の血をこうも受け継いでいるのか。あの学生時代の苦労の数々が蘇ってきて頭が痛くなった。

 あの頃だって、悠の父親がお礼と称して色んな女性とデートして、それを見た雛乃が顔を真っ赤にして怒りまくっていたのがお決まりだった。その愚痴の吐け口になるのはいつも自分か落水だったので、同じような話を聞かされてうんざりしたのを今だって覚えている。

 

「はあ、全く」

 

 何はともあれ、これはとても重症だ。親父と一緒でホイホイ他の女とデートする悠も悠だが、こればっかりは文句を言っても仕方ない。どう足掻いたって血は争えない。

 

「そういえば、ミナミンは宝くじ買ったりする?」

「えっ?」

「まあ、慰めんのにこんなの与えるの、どうかと思うけどさ」

 

 そう言って、ネコさんが懐から取り出したのは一枚の宝くじだった。しかもテレビのCMでも紹介されている億単位が当たるバラや連番のものではなく、1等賞が百万円するスクラッチするタイプのものだ。

 

「それって……ネコさんのですか?」

「いや、この間ここに来たあたしの知り合いが押し付けたもんでさ。あたしはこんなの興味ないし、良かったらミナミンにあげるよ」

「えっ……でも」

「まあまあ。別に当たることなんてないしさ。その間に金が当たったらナルやんとあんなことこんなことしたいって妄想に浸ってたら、多少のストレス発散になるだろうし」

 

 言われてみれば確かにそうだ。宝くじなんて、夢を買うものと同じと言われるほどだ。どうせ当たりっこないのだから、せめて当たった時に悠と何をするかという妄想に浸ってもいい気分転換になるかもしれない。

 そう思ったことりはおずおずとネコさんの宝くじを受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

「当たってた……」

「「「えええええええええええええええっ!!」」」

 

 翌日の放課後、ことりは貰った宝くじの結果を報告した。

 そう、あの後家に帰って早々にスクラッチした宝くじは当たっていたのだ。当選金額はなんと1等賞の100万円。高校生の自分からしてみなくても一般的に物凄い大金だ。

 

「ひゃ、ひゃひゃひゃ百万円って……お菓子いくら買えるんだろう……」

「貴女が換算するのはそこですか……」

「ひゃひゃ、百万円ってすごいにゃ!? 四国買えるのかにゃ?」

「買えるかっ!?」

「百万円ってことは、ひい、ふう。みい……やば、ドルに換算すれば」

「ああ、もう捌ききれるかあっ!!」

 

 百万円という大金が当たったこともあってメンバーたちも動揺を隠しきれない。あーぱー組に至っては阿呆なことも言い出す始末。大金は人を変えると言われているが、真実かもしれない。

 世の中には3億が当たって周りが世紀末に見えて怯えてしまう者がいるとかいないとか。実際当選した当たりくじで事件に発展した事例もあり、ことりも当たった時は家に泥棒が入るのではと、家の戸締りと部屋の鍵が執拗に気になって母親と兄をとても心配させていた。

 

「こ、ことりちゃん? その当たったお金、どうするの?」

「どうするって言われても……流石にことりには多すぎるから、大半はお母さんに預けて残りは今度のラブライブの衣装に使おうかなって。本選だから、気合が入った衣装にしたいし、A-RISEに対抗するためにもいいものを選びたいなあって」

「そ、そうなんだ~?」

 

 あからさまにガッカリする穂乃果に皆は呆れかえってしまった。大方山分けを期待していたのだろうが、当選した金をどうするのかなど当たった本人が決めることだ。

 思わぬ大金が手に入ったことでラブライブ本選の衣装がグレードアップできることは僥倖だ。これでラブライブを勝ち抜く要素が増えたとしっかり者の絵里は内心ほくそ笑む。

 

「ちょ~とまった」

 

 だが、思わぬ幸運を拾ったことでこのまま驀進と勢いづくμ‘sだったが、先ほどまで黙っていた希がことりに待ったをかけた。

 

「ことりちゃん、何か隠してへん?」

「へっ?」

「例えば、ウチらに黙って悠くんとどこかに行こうとしてるとか?」

 

 希の指摘にことりはギクリと肩を震わせた。その様子に他のメンバーもジロリと視線を向ける。

 

「ことりちゃん、どういうこと?」

「…………」

 

 疑いの視線が一気に集中する。

 悠と抜け駆けデート。そのワードにメンバーの瞳に殺気が灯った。普通なら動揺してもおかしくない状況だが、ことりは一瞬の沈黙の後、動じることなく笑顔を浮かべた。

 

「……何のことかな? どうしてそう思うのかな、希ちゃん?」

「べっつに~。ただの勘よ、女の勘」

 

「「………………」」

 

 視線と視線を合わせて不敵に微笑みあう両者。その様子はさながら睨みあう竜と虎を彷彿とさせた。

 

「まあ、さっきも言ったけど今回のお金でいい素材を選びたいから、それにかこつけてお兄ちゃんに今度の衣装の買い物に付き合ってもらおうと思って。今までにないくらい高いお買い物になるから、別にいいでしょ?」

「ふ~ん。買い物デートね」

「………まあ、そういう事情ならええか。この間はエリチがおばあちゃんを理由に抜け駆けしよったし。更には…」

「「「………………」」」

「ちょっと! 何でみんなこっち見るのよ! それは済んだ話でしょ!」

 

 ことりの事情を聞いたと思いきや、絵里に飛び火してしまった。

 話題が自分から絵里へと移った際、皆をなだめるのに四苦八苦している絵里を尻目にことりは密かに深く安堵していた。上手く誤魔化せたと。

 

 

 

 

 

 それは宝くじが当たったその後のこと。

 流石にこの奇跡を一人で抱えることはできなかったので、鍵を入念にチェックするのをやめて、リビングで料理や勉強をしていた家族に報告した。

 

「まさか、宝くじが当たるなんて」

「ネコさん、わざとなんじゃ……」

 

 まるで夢のような事態に母と兄は唖然としてしまった。

 宝くじが当たる現場を初めて見た気がする。自分の後輩はしょっちゅうサマージャンボなどを当ててるようだが、自分の妹はその倍を行ってしまった。そんな妹はどれほどの幸運を持っているのか。

 

「それで、ことりはこのあぶく銭をどうするの?」

「も、もちろん……大半は貯金して、残りは今度のラブライブで使う衣装の材料代とかに使おうかなって」

「ことり、それだけじゃないでしょ?」

 

 しどろもどろに答える娘の心中を母は見逃さなかった。

 このところ、悠が他のメンバーとデートやら買い物やらに付き合っているせいで、家にいる時間が以前よりも減っている。そのことにずっと不満を抱いて闇落ち一歩寸前まで精神が病んでいたのを知っている。だから、今回この宝くじが当たった大金でやりたいことがあるだろう。そう雛乃は察していた。

 だから、ことりは観念して本当の望みを答えた。

 

「お兄ちゃんとディスティニーランド……じゃなくて、ディスティニーシーに行きたい」

「えっ?」

「ただ遊びに行くだけじゃなくて……アニバーサリーのホテルに一緒に泊まりたい」

 

 ことりは迷いなき目で悠を見据えてそう言った。

 ディスティニーシーとは最近ディスティニーリゾートにてプレオープンしたばかりのテーマパークだ。ディスティニーランドとは一味違ったアトラクションと雰囲気を楽しめる。更に、このプレオープンしたこのディスティニーシーのとある場所でカップルが過ごすと結ばれるというジンクスがあるらしい。そのディスティニーシーのプレオープンチケットは通常の倍はする値段なので、高校生のことりたちでは流石に手が出ないほど高価なのだ。

 内容が内容なだけに雛乃はことりの要望に僅かにしかめっ面をしたが、ことりの瞳に全く濁りがなかったので、それが本気であると察した。

 

「全くこの子ったら……悠くんは大丈夫なの?」

「俺は大丈夫です。最近ことりに構ってやれなかったし」

「そういう問題じゃないのだけど……」

 

 雛乃ははあとため息をつきながらも、渋々と娘の願いを承知した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その日はやってきた。

 

 

 

 

「ついた~!」

 

 時は休日、南一家はディスティニーリゾートを訪れた。

 と言っても、ことりと悠の二人っきりでホテルにお泊りなどまだ早いという教育者の観点から雛乃も同行。ちょっと残念だとことりは思ったが、高校生の自分たちにはまだ早いと思い直した。

 

「もうことりったら、そんなにはしゃがなくても」

「いいじゃないですか。せっかくの3人での旅行なんですし、俺もワクワクしてます」

「それならいいのだけど」

 

 そして、目的に入園する前にひとまず荷物を置こうと本日泊まるホテルに到着した。しかもただのホテルではない。ディスティニーランドファンの間でも超話題でお値段が張って中々泊まれないアニバーサリーホテルに3人はチェックインした。

 

「わああああ」

「これは、ハイカラだな」

 

 普段なら滅多にお目にかかれないアニバーサリーホテルの部屋に悠とことりは見入ってしまった。値段が張るだけあってベッドを含めた一室は超豪華。内装はディスティニーのメインキャラクターたりのイラストで彩られ、アメニティーも質の良いものが充実していた。更にバスタブも図体が比較的に大きい悠でも足を伸ばせるほど広く、中々泊まれないのも頷けるほどのクオリティだ。

 当然だが、決して某バラエティーで紹介された“金庫かと思ったら冷蔵庫でした”、とか“栓抜きがトイレに固定されてました”などと言ったことは一個のない。

 

「さてと、私はここで仕事しているから、2人は遊んできてらっしゃい」

「う、うん。でもお母さん、いいの?」

「いいのよ。ことりはずっと悠くんと二人っきりでデートすることを我慢してたんだから、私がいたら邪魔になっちゃうでしょ。悠くんも今日はことりをめいいっぱい楽しませてあげてね」

「はい」

 

 雛乃はどうやら片づけなければいけない仕事があるらしい。そんな母に申し訳ないと思いつつ、ワクワクする心を抑えきれないことりは悠と共に目的地に足を向かわせた。

 

 ことりはそれのためにこの日を待ちに待っていた。母親同伴という条件ではあるが、愛しの兄と水入らずのデート。この機会をどれほど待ち望んでいたことか。そして、誰にも知られずにジンクスを実行して他のメンバーに一気に差をつけるというチャンス。

 それに、これまで自分を何度も悩ませてきた希や穂乃果、りせなどの悪い虫たちはいない。今頃何も知らずにのほほんと休日を過ごしていることだろう。本当の本当に、自分の想い通り! 

 

「ことり、大丈夫か?」

「へっ!? だ、大丈夫だよ! ことり、久しぶりにお兄ちゃんと二人っきりでお出かけだからワクワクしちゃって」

「そうか。俺もことりとは久しぶりだからワクワクしてるぞ。手とかつなぐか?」

「ほ、本当に!?」

 

 ああと言って悠から手を差し出してくれた。兄からの魅力的な提案にことりのテンションは爆上がり。緊張しながらもちょっと勇気を出して手を握り、恋人つなぎまでしてしまった。それだけでも、ことりには至福でこれまで希やりせ、更には穂乃果などの羨ましい行いなどがどうでもよくなるほどフワフワしていた。

 

「今日は楽しい休日になりそう~♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、その目論見は早くも崩れ去った。

 

「…………(わなわなわな)」

「な、なあ……ことり、どうして隠れなきゃいけないんだ?」

「しっ! いいから」

 

 ディスティニーシーに入園して早々、園内の柱の陰に隠れる兄妹。何故ならことりにとって早くも予定外の事態に遭遇したからだ。

 なんという偶然か、園内にちらほらとμ‘sのメンバーたちの姿が多く見受けられたのだ。入園ゲート付近では穂乃果と花陽、そしてその先では絵里とにこ、真姫に出くわしそうになった。そして、逃げようとした先には海未と凛まで……

 発見されてはまずいと、ことりは悠の手を引いて手頃な柱の陰に身を隠している。まだこちらの存在を確認されていないが、あちらはディスティニーシーを楽しんでいながら何かを探している様子だった。

 このまま見つかったらまずい。見つかったら絶対に彼女たちは自分たちに付いていこうと口々に言ってくるはずだ。そして、お人好しの兄は絶対それを承諾するだろう。そしたらせっかくのデートは台無し。それだけは絶対に阻止しなければならない。

 

(でも……何で、穂乃果ちゃんたちがここにいるの? ここって、そこそこ値が張るところだから入れないはずなのに……)

 

 

 

 

『こちら“BiBi”。作戦通りターゲットの攪乱に成功した模様。このまま続行するわよ』

『こちら”Printemps”。ターゲットはこそこそしながら別エリアに移動中。追跡を続けるよ』

「りょ~かい♡」

 

 ディスティニーシーに数あるベンチの一つ、そこに座ってチュロスをパクリと齧りながら微笑む妙齢の女性、というか希はワイヤレスイヤホンを耳に通信を行っていた。

 

 希は気づいていた。天敵たる義妹(ことり)が最近プレオープンしたばかりのディスティニーシーでジンクスを実行しようとする企みに。詰問した際に本当のことを話していたら、笑って見逃そうとしたが、彼女は買い物デートだと嘘をついた。だから、遠慮することなく制裁しようといち早く手を打ったのだ。

 具体的にはシャドウワーカーもとい桐条グループの令嬢である桐条美鶴にこれまでの事件に協力してきた借りと称してディスティニーシーのプレオープンチケットを人数分確保してもらったのだ。

 流石に美鶴もこれには顔をしかめたものだが、ラビリスがどうか穏便にと懇願されたお陰で渋々ながら了承してくれた。その代わり、“鳴上を将来的にシャドウワーカーに就職してくれるよう画策してくれ”と言われたが、スルーした。

 

「うふふふ、このまま抜け駆けできるとは思わんどいてな、ことりちゃん♡」

 

 今頃、予想外の事態にあたふたしていることりの姿を思い浮かべながら、タロット手にして希は魔女のような妖しい笑みを浮かべた。

 

 

 ここから始まるは一人の乙女とその他によるデート攻防戦。果たして、ことりは希の謀略を搔い潜り、想い通りのデートを実行できるのか? 

 

 

To be continuded.




今話を最後まで読んで下さり、ありがとうございます。いかがだったでしょうか?

【月姫】めっちゃ面白いです!まだシエルルートの半ばですが、もう気持ちを爆発させたいくらい面白いですっ!!何人かこんなキャラいたっけ?というのもありましたが、とにかくバトルシーンやら表現やらが超越してました!
ちなみに私はアルクェイド派です。彼女と映画デートしたい。

映画といえば、最近【僕のヒーローアカデミア】の劇場版を見に行きました。とてもワクワクするほど面白かったのですが、近くの席の人がダメだった。よくしゃべるわ、携帯を電源を入れっぱなしの挙句に上映中にいじってるわ、最悪でした。
ペテルギウスの曰く”なぜ、何のために、こんな場所までお金を払ってまで来て、映画に専念しないのか?本気で騒ぎたいのなら、劇場に来てはいけない”。皆さんも気を付けてください。本気で首根っこ掴んで追い出したくなるくらい迷惑です。

すみません、与太話(後半は軽い愚痴でした)が長すぎました。
次回もなるべく早く更新したいと思いますので、それまでお待ちください。
ではでは


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#115「Love & Comedy ~Signal of hope~2/2.」

閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

すみません、今まで以上に更新が遅れてしまいました。
転勤による引っ越しやそれに伴う環境の変化、新しい仕事に慣れるのに精いっぱいで中々執筆の時間が取れませんでした。

そして、その長い間に高評価などをつけて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございました!

随分ブランクが空いてしまいましたが、これからもこの作品をよろしくお願いいたします。

それでは、本編をどうぞ! 


 突如として始まった一人の乙女とその他によるデート攻防戦。

 

 序戦は全て希の策略通りだった。

 見つからないようにと建物の陰を利用して移動したことりたちだが、どこに移動しても穂乃果たちが配置されていた。おそらく希がタロットで自分たちの位置を把握して、手駒を上手く園内に配置しているからだろう。どうでもいいが、こちらを探している傍らで楽しそうにアトラクションを楽しんでいる彼女たちがムカつく。

 

「なあ、そろそろ予約したアトラクションの時間だ。これ過ぎたら」

「だ、ダメだって! 今列に並んだら奴らに見つかっちゃうよ!」

「奴らって、誰?」

 

 一方、ターゲットである悠は全然事態を飲み込めないでいた。ただことりに流されては右往左往してしまい、仕方ないので律儀に携帯にインストールしたディスティニーシーのアプリで長時間待ちのアトラクションの予約をしていた。

 そんな律儀な兄に感謝しかないが、如何せん状況が悪い。今予約したアトラクションに行こうものなら絶対に捕縛される。

 

「こ、こうなったら……!」

 

 諦めてたまるか。今日は絶好のチャンスなのに、こんなところで諦めたくない。その想いを胸に、ことりはハンドバッグから携帯を取り出した。

 

 

 

 

 

 

「ん? この番号は」

 

 突如として掛かってきた着信の画面には知っている名前が表示されていた。何か匂うと思いながらも希は通話ボタンを押した。

 

「もしもし、陽介くん?」

『おお、希ちゃん! ちょっと聞きたいことがあんだけどいいか?』

「……手短にお願いするわ」

 

 電話の相手は稲羽にいる陽介。別段用事もないはずなのに、こんな時に限って何の用だろうかと、耳を傾けてみる。

 

『クマ公がさ、今度悠が希ちゃん家に遊びに行くって聞いたらしくてよ、それでその時に確実に悠を手籠めにできるアイテムを紹介したいって言ってるんだが』

「早くクマくんと代わってくれへん」

 

 おそらく罠だろうと踏んでいたが、聞き逃せない内容に思わず聞き入ってしまった。まんまと乗せられてしまった希が、お察しの通りこれはことりの作戦である。

 

 

~数分前~

 

 

「ねえ陽介さん、ちょっとの間でいいから、希ちゃんを騙して時間を稼いでくれないかな?」

『あのな、ことりちゃん……すげえ難題ふっかけてくるところわりいけど、俺は忙しいの。誰かさんがデート代を俺名義でツケにしたせいで俺の懐は火の車なの。それを補うためにバイトバイトで加えて受験。いくらことりちゃんの頼みとはいえ、もう悠を巡る乙女の争いに巻き込まれるのは勘弁というか……』

「ことりが当てた宝くじのお金で今までの負債を返すから」

『任せろ、ことりちゃん。おおい、クマ公っ!』

 

 何という手のひら返しだろうか。正直せっかく当てた大金を陽介如きに使うのは気が引けたが、これまで陽介が特捜隊&μ‘sに負わされた借金はこの大金に半分にも満たないと思われるので、天敵を退ける必要経費だと思えば安いものだ。

 兎にも角にも、こうして陽介がクマと希に長電話をしてくれれば、希は皆に連絡を入れられない。これによって、希という司令塔を封じこめたはず。司令塔さえ機能しなければ、追手に指示を送れず立ち行かなくなるはずだ。

 

 

 

 

「……と、思うやん?」

 

 

 

 

 だが、手を打っていたのは希もであった。

 

 

 

 

「あれ? 陽介さんに希ちゃんを抑えてもらったのに、全然警戒網が解けてない……!」

 

 陽介に協力を得てから数十分以上経っているのに、全く変わらず警戒網が緩んでいなかった。それどころか、更に強化されている。何故か穂乃果たちだけでなく、見覚えのある水色キャップや初代必殺料理人の姿も見受けられた。

 実は希は携帯を2台所持していた。そのことにより、陽介と通話している傍らでもう一台の携帯で準司令塔の絵里にメールを打っていた。これにより、通常通りの作戦が行えるのだ。そして、シャドウワーカーに協力を取り付けた際にちゃっかし労働力として伊織を、索敵役として風花を借りていたのだ。風花はともかく伊織は何で俺がと不満たらたらだったが、ミナリンスキーの写真を数枚忍ばせた結果、鳴上を絶対簀巻きにしてやるとやる気が最大値まで上がった。

 

(うふふふ……そうこなくちゃ面白ないなあ)

 

 希は片手で陽介とクマと通話、片手でメールを打ちながら不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

「うううう……」

 

 作戦が失敗したことで、ことりのHPは半分を切ってしまった。

 

「なあことり、大丈夫か? そろそろ」

「こうなったら、最終手段!」

 

 だが、まだ秘策があるのか、ことりは悠の声を無視して苦虫を嚙み潰したような表情で再びどこかに電話をかけた。

 

 

~10分後~

 

 

「おま~ちど~」

「あいかっ!?」

 

 ことりが電話してから少しして、なんとディスティニーシーのスタッフの格好をしたあいかが岡持ちを持ってやってきた。突然やってきた稲羽の友人に悠は仰天してしまう。

 

「出前、お届けにきた~」

「ど、どうして……ここに?」

「親戚に期間限定で働かせてもらってるの」

「俺が言えたことじゃないけど……受験とかは?」

「今、家に余裕がないから」

「そ、そうか」

 

 そういえば昨年、あいかの家は都会に進出しようとして物件詐欺に引っかかったことがあった。土地は空売りで業者は逃亡、支払った前金は戻って来ることはなく前よりも出前の仕事を頑張らなくてはと言っていた気がする。だが、あいかはこの出前の仕事が大好きなので、以前より生き生きと勤しんでいたなと今更ながら思い出した。

 というか、仮にも夢の国で岡持ちを所持するのは如何なものか。現に道行く人たちが奇妙な目でこちらを見ている気がする。

 

「それはともかく、南さんに追跡防止セットをお届け」

「わーい! ありがとう」

「……なにそれ?」

「うちの出前、今年から特殊なモノまで出前できるようになったの。この間、東条さんからトバシの携帯を頼まれた」

「…………」

 

 もう何も言うまいと悠はツッコミを入れることを止めた。そんなものをどこで調達するんだとツッコミたくなったが、無粋だろう。

 

「よし、これを使えば無差別に電波を発するから妨害に」

「ダメだ」

 

 物騒なことを聞いた悠はことりの手から怪しげな電子機器のを取り上げた。

 

「ああっ! 何するの、お兄ちゃん!」

「ここには俺たちの他にも人がいるんだ。迷惑かけられないだろ?」

「うう……こうなったら知り合いの若月さんを呼んで何か役に立つ魔法を……」

「なあことり、今たのしいか?」

 

 その時、ことりの心の中でグサッと刺さるような音がした。

 分かっていた。こんなことをしてら、自分たちとは関係のない人たちに迷惑がかかってしまう。でも、それでも今日という日を楽しみにしていたのだ。そんな自分の楽しみを邪魔する者たちは排除する。そうしなければ、今日という日を楽しめない。

 分かっているのに、どうして今の兄の言葉はこんなにも深く突き刺さるのだろう。

 

「何があったか知らないけど、現に()()()()()()()し」

 

 その言葉に、ついにことりの中で何か切れたような音がした。

 

「何も……知らないくせに……」

「えっ?」

「お兄ちゃんは何も知らないくせにっ! そんなこと言わないで!!」

 

 ついに我慢の限界に達したことりは人目を憚らず、悠に怒りをぶつけてしまった。突然怒りを露にしたことりに悠は戸惑いを隠せない。

 

「ことり、何を?」

「お兄ちゃんはことりがどれだけこの日を楽しみにしてたか知らないんだよ!! だから、そうして呑気にしていられるの!」

「そ、それは……」

「お兄ちゃんには分からないよね! ずっと穂乃果ちゃんや絵里ちゃんとデートして、ことりがどんな気持ちだったか知らないよね!! そうだよね、どうせお兄ちゃんにとってことりはどうでもいいってことだもん!」

「そんなこと……」

「……もういい、お兄ちゃんなんて知らない!!」

 

 煮え切らない態度を取る悠に更に機嫌を損ねたことりはついに臨界点を超えて、その場から走り去ってしまった。悠はそれを追おうとしたが、何故か足が動かなかった。

 

 

 

 

「鳴上くん、ごめん……」

「あいかのせいじゃない」

「でも……ごめん」

 

 残された悠とあいかの間にも気まずい雰囲気が流れてしまった。周囲では傍観してた人たちが修羅場かとひそひそとしている。最も、あいかは何も悪くないわけなので、そんな気を悪くする必要はないわけなのだが。

 

「良かったら、これ使って」

「これは?」

「このテーマパークの優先チケット。これがあればここのアトラクション全部優先的に乗れる。今回のお詫びに、あの子と一緒に使って」

「……何であいかがこんなものを?」

「うちの親戚、ここのスポンサーだから」

「そうか」

 

 少しあいかの親戚関係が気になる発言だが、今はことりを追うことが優先だ。悠はあいかにお礼を言うと急ぎ足でことりの後を追った。

 

 

 

 

 

 

「そうか……ことりちゃんが」

 

 遠目から先ほどのやり取りを見ていた穂乃果から報告を受けたメンバーたちは一旦希の元に集まっていた。どうやらさっきのことりの叫びを聞いた穂乃果たちは如何に自分たちが自分勝手で愚かだったのかと思い知らされたらしい。

 

「私たちもやりすぎたんじゃないかしら」

「うん、穂乃果たち自分たちのことばっかりで、ことりちゃんがどんな気持ちだったのか、全然考えてなかった……」

「…………」

「…………」

 

 兎にも角にも、悠とことりのデートを邪魔してしまったのは自分たちのせいだ。責任をとれるかは分からないが、悠と同じくことりの行方を捜すことにした。

 

 

 

 

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 ディスティニーシーを駆け回るが、ことりは一向に見つからなかった。これだけ敷地が広い上にプレオープンとは思えない人の多さだ。この中で人ひとり探すのは困難だろうが、探すしかない。もしかしたら、今頃ことりは傷心の最中、頭が悪そうなナンパ男に引っかかってるかもしれない。それだけは絶対に許さない。そんな男など八つ裂きにしてやる。

 具体的にはと頭の中でえぐい想像をしている最中、悠の携帯から着信音が鳴った。我に返った悠は誰だろうと思い、着信ボタンを押した。

 

『お兄ちゃん!』

「菜々子?」

 

 この時に限って、稲羽の菜々子から電話がかかってきた。こんな時にどうしたのだろうと、愛しの菜々子の声に耳を傾ける。

 

『お兄ちゃん、今日はことりお姉ちゃんとでーとなんだよね?』

「で、デートって……何で、菜々子がそのことを知ってるんだ?」

『菜々子ね、ことりおねえちゃんとおでんわしてるの。ことりお姉ちゃんと話すのはたのしんだ。今日のことも、ことりお姉ちゃんからきいたよ』

「そ、そうか」

 

 いつの間にか妹同士がそんな頻繁に連絡し合っているとは思わなかった。

 

『それでね、おねえちゃん今日はお兄ちゃんと一緒にお出かけだから、すっごく楽しみだって言ってたよ』

「…………」

『菜々子ね、ことりおねえちゃんはいつもがんばってるから、今日はお兄ちゃんとすっごくたのしんでほしいなって』

 

 そうだったのかと今更ながら思ってしまった。そうだと知らずに自分はと自己嫌悪に陥りそうになったが、次の菜々子の言葉が調子を一変させる。

 

 

『頑張ってね、お兄ちゃん。ことりお姉ちゃんをいっぱいたのしませてあげてね☆』

 

 

 刹那、悠は身体全体に電流が走ったような感覚に襲われた。そして同時に思い出す昨年のナンパ失敗における菜々子の悲しい顔。

 そう、あの時自分は失敗した。だから、もう失敗はしたくない。

 そして、鳴上悠は覚醒した。

 

 

「ああ、任せろっ!」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 やってしまった。思いの丈を吐き出して逃走したことりは近場のベンチに座って自己嫌悪に苛まれていた。何であそこで怒ってしまったのだろう。これでは何のために家族で来たのか分からない。一体どうすればいいのだろう。私は……

 

「見つけたぞ。ことり」

「!?っ」

 

 ぱっと見上げるとそこに悠がいた。探しに来てくれたのだろうが、ここからどう接したらいいのか分からない。どう話そうかと悶々としていると……

 

「ことり、準備はいいか?」

 

 有無を言わさず、悠はいきなりことりの手を握ってきた。

 

「ふえっ!? お、お兄ちゃんどうしたの? 急に手を繋いできて……しかも、眼鏡なんかして」

「ことり、準備はいいか?」

「何でリピート? い、一体どうしたの?」

「さっきまでの俺はどうかしていた。ことりが今日という日を楽しみにしていたのに、俺は全然気づかなかった」

「え、ええっと……」

 

 楽しみにしていたのは下心があってからこそだということは言えない。しかし、あの鈍感な兄がいきなり自分の気持ちに気づいてこのような行動を取ってくるとはどういうことだろう。

 

「だが、今から本番だ。俺が、ことりをこのディスティニーシーで思う存分楽しませるぞ。誰の邪魔はさせない!」

「へあっ!?」

 

 だが、そんなことを考える余地など一切与えず、悠はそう言うと繋いだ手を強引に引っ張って移動しようとした。

 

「ちょちょちょっとまって、お兄ちゃん!」

「ん? この態勢じゃ辛いか。なら」

「きゃっ」

 

 焦って引き留めようとすることりに何を勘違いしたのか、手を放して妹の肩、更には足の膝裏を抱え始めた。所謂お姫様抱っこだ。

 

「こうすれば、大丈夫だ」

「~~~~~~~」

 

 一体何が大丈夫なのだろうか。ディスティニーシーの公の場で男が女をお姫様抱っこをするカップルなんて、バカップル認定されるに決まっている。現に道行く人々が全員注目していた。

 急に行動が積極的かつハチャメチャになった悠にことりは困惑してしまうが、もう頭が処理容量を突破してしまった。

 

「さあ、行こう」

 

 自分の腕の腕の中でぐったりとしていることりに気づかず、悠は猪突猛進と言わんばかりにその場から駆け出した。

 

 

 

 

 

 

『こ、こちら……だ、がはああっ!?』

『助けて……たすけて……』

『あんなの……見せられたら……』

『ほ、報告っ! 先ほど伊織さんがことりを盗撮しようとしてゴンドラに沈められました! 助け、ひゃあああああああああっ!?』

 

「な、なにが起きとるん?」

 

 やりすぎたと反省していたその時、突如無線からメンバーたちの阿鼻叫喚が聞こえてきた。いつもは冷静でミステリアスなイメージが強い希でさえも狼狽える。

 一体何が起こったというのか。だが、その答えが目の前に現れた。

 

「希、奇遇だな。こんなところで」

「なななな……」

 

 目の前には悠にお姫様抱っこされていることりの姿があった。傍から見れば超が付くほどのラブラブカップルにしか見えない。その事実に希は言葉が出なくなった。

 

「なななななな、ゆゆゆゆゆ悠くん……なにを……?」

「ああ、今ことりとデートの最中なんだ。()()()

 

 頭に雷鳴が響くような衝撃が走った。あまりの衝撃に普段ほんわか不思議ちゃんキャラを保っている希から考えられないほどの表情が顔から出てしまっている。

 

「そ、そそそそそれは……どどどどういう」

「俺は今日ことりをおはようからおやすみまで存分に楽しませるつもりだ。ことり、()()()()()()()()()()()()

 

 更にガーンと大岩が頭に落ちてきたような表情で青ざめる希。圧倒的な敗北感に襲われた希は思わず膝をついてしまった。

 お姫様抱っこされ、普段聞かない兄のとろけるような言葉を最大距離で、しかもアゴクイまでされたことにより、最大級に顔が真っ赤になることりも失神寸前だった。

 

「じゃ、そういうことで」

 

 乙女二人の見ていられない状態を引き起こした当人は何食わぬ顔で颯爽とその場を去っていった。

 

「ゆ、悠くんが……落ちてもうた」

 

 突き付けられた事実に膝をついたまま、去り行く兄妹を呆然と見るしかなかった。

 このとき、希は初めて完全敗北という言葉を知ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「きゅううううう……」

 

 時は過ぎて夕刻、遊び過ぎたということで一度雛乃の待つホテルに戻ってきた二人。だが、つやつやとご満悦な悠とは反対に、ことりは戦闘不能と言わんばかりに目をぐるぐるとさせてぐったりとしていた。心なしか、顔が茹でだこのように真っ赤になりすぎている。

 

「で、どうしてこうなったの?」

「実は……」

 

 娘の異常事態に顔をしかめる雛乃に悠はバツが悪そうな顔をしながら説明した。

 

 

 

 

 

<レストランにて>

「ほらことり、あ~ん」

「あ、あー……ん」

「はは、そう緊張するな。はい」

「はきゅっ……お、美味しい……」

「そうか。あっ、口元にクリームついてる」

「はきゃっ!? (お、お兄ちゃん…クリームをそのまま自分の口にっ!? 今日は大胆過ぎるよ~~~! 一体何があったの!?)」

 

 

 

<アトラクションにて>

「ひ、人が多いね。なんかはぐれちゃうそう」

「そうか? なら」

「きゃっ」

「こうしてると離れないだろ?」

「う、うきゅううううううう……」

 

 

 

<休憩中>

「はあ……はあ……もう、お兄ちゃんったら」

「おっ、あそこの子超かわいい。ねえ、そこの子……むぐっ!?」

おい、ちょっとこっちに来い下種野郎

「むぐっ……むぐうううううう……!」

「??」

 その後、男はぐったりした様子で順平と共にゴンドラに揺られていたという。

 

 

 

「…………」

 

 一通りの出来事を聞いた雛乃の顔は能面と化した。そして、同時に学生時代の兄が自分にしてきた数々の悪行が思い起こされた。

 妹のためだと海釣りではっちゃけて近所のお兄さんと坊ちゃんに喧嘩を売り続けたり、勘違いさせるような甘い行動をしてきたり、学校中の女子生徒、挙句に親友たちにまでフラグを立てたり……思い返せばキリがない。悪行ポイントなどと言われるものがあるなら幹部クラスに相当するに違いない。

 本当にあの男は……そして、その息子も……

 

「悠くん、正座」

「えっ?」

「正座」

「い、いや。何で?」

「せ・い・ざ☆

「……はい」

 

 とりあえず、この女泣かせ予備軍に更なる教育が必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……うう」

「あら、起きたのね」

「お母さん……?」

 

 目が覚めるといつの間にかホテルの部屋で寝ていた。起き上がると、窓際で景色を眺める母、隣のベッドで戦闘不能と目をぐるぐるさせて寝転ぶ兄の姿があった。一体どんな状況だろう? 

 

「うーん……そういえば、さっきまでの記憶が……」

「うふふ、きっといい夢でも見てたのね。ほら、こっちにいらっしゃい。窓から見える景色は最高よ」

 

 何だか天にも昇るような出来事がありすぎて脳がショートしたような感覚だ。思い出したいような思い出したくないような……これ以上触れるのはやめておこうと己の勘が囁いたので、そっとしておこう。

 とりあえず、母の言う通り窓の景色を見てみよう。外はもう夜になっているが、ディスティニーのテーマパーク内はまだ明るい。煌びやかなイルミネーションが窓の景色を彩っている。流石は世界に誇るディスティニーというべきか、このアニバーサリーホテルから見える夜景は最高だった。

 

「ことり、悠くんのこと好き?」

「へあっ!? そ、それは……好きだよ」

「それは家族として? それとも、異性として?」

「…………」

 

 景色を堪能していると不意打ちに母がそんな質問を投げかけてきた。尋ねられた質問に素っ頓狂を上げてしまったが、二つ目の質問には即答できなかった。

 確かに悠のことは大好きだ。しかし、それが家族としてなのか、異性としてなのかといえば、明確な答えが出なかったのだ。おそらくごっちゃになっているのだろう。

 

「いいのよ、今はそれで。ことりは私と違って叶わない恋じゃないんだから」

「えっ?」

「お母さんね、兄さん……悠くんのお父さんに恋してたの」

「えっ? (うん、知ってた)」

 

 何を言い出すと思えばそんなことか。今までネコさんをはじめとしたゆかりのある人物たちからそのような話を聞いてきたし、そんなことを匂わせる発言も度々していたので今更だろう。

 心の中でそう思ったが、雰囲気をぶち壊すほど空気を読めないことりではなかった。

 

「最初は家族としてだったけど、高校生からそれは異性へのものに変わっていったの」

「……キッカケは何だったの?」

「きっかけなんて覚えてないわ。長い間一緒に時を過ごすうちに、って感じかしら?」

「ふ~ん」

「でもね、私たちは血の繋がった兄妹。決して結ばれることはない。そう分かっていても、自分を抑えきれなくなって……大学生のある時、酔った勢いで兄さんを押し倒しちゃったの」

「へえ。えっ? ……えええええええええええっ!?」

 

 衝撃のカミングアウト。まさか、まさか目の前でにこやかに微笑んでいる母親は千葉のどこぞの兄弟のようなことをやってしまったというのか。まるでドラマの続きが気になって待ちきれないとソワソワする娘を見て、雛乃は乾いた笑みを浮かべた。

 

「当然、未遂に終わったわ。そして、兄さんに怒られた上に頬までぶたれてしまってね。親にもされたことなかったからそれがショックで、逃げるように家出しちゃったの。気づいたらフランスのパリまで渡航してたわ」

「えっ?」

「そこでよくしてもらった神父様の教会に入ってね。失恋の辛さを吹っ切るために、思い切ってシスターになろうって思ったの」

「なんでパリ?」

「…………そこで会ったのは、あなたのお父さんなの」

「……(スルーされた)」

 

 しかし、大好きな兄に拒絶されたのがショックだったのか、教会でシスター見習いとして働いたときは失敗ばかりしていた。看板によく頭をぶつける、草むしりのはずが木まで抜いてしまう、得意だった料理がダークマターに変貌していたなど、自分でも信じられないくらいだった。挙句に懇意してもらった神父様から何もしないでくれと逆に懇願されてしまって、更にショックだった。

 落ち込んでいたところで現れたのは、教会で一緒に働いていた日本人の男性“南一郎”、後のことりの父親だったという。元軍人という経歴に見合わない優しさと真っすぐな性格、更に異常な女難があるのか、よく女性に対してハプニングを起こしていた。だが、そんな彼の性格が兄とよく似ていたのか、雛乃の次第に彼に惹かれていった。

 

「あの人とそれなりに親密になった時に兄さんが私の職場に現れてね。私がパリに行ったって聞いて、借金までして渡航してきたの。そこであの人と殴り合いになって……」

「へえ……(もう驚くのも疲れた……)」

 

 正確には間が悪かったのだ。兄が現れたのは自分と南が抱き合っていた瞬間だったので、妹に手を出したと勘違いした兄が暴走。南も兄を暴漢と勘違いして応戦。勘違いに勘違いを呼んだ乱闘は教会だけでなく警察まで巻き込む事態にまで発展してしまった。

 その結果、公園で気が済むまで殴り合った2人は昔の青春ドラマよろしく最後は互いを認め合った。そして、酒を夜が明けるまで飲み交わした兄は南に頭を下げた。

 

 

────“妹をよろしく頼む”

 

 

 それから何年か経って自分はあのまま南と結婚し、ことりが生まれた。そして、兄は"堂島綾子"という自分から見ても素敵な女性と出会って結婚し、悠が生まれた。

 

 

 

 

 

「……」

 

 思わず聞き入ってしまうくらい壮大な話だった。何で母親の人生はそこまで波乱万丈なのだろうか。今まで普通とは少し違う母親にしか見えなかったのに、聞く前と後でその印象が変わってしまった。

 

「私はあの時思ったの。結ばれなくても私とあの人は家族。離れいても、どこかで支え合って繋がっているって。でも、今でも兄さんと兄妹じゃなかったらって、思うことはあるわ」

「お母さん……」

「ことり、もし悠くんが結婚したいほど好きなら覚悟しなさい。貴方は穂乃果ちゃんたちよりハードルが高いんだから」

「うん」

 

 それも百も承知のことだ。いくら従兄妹という関係とはいえ、穂乃果や希たちより距離が近い。恋愛対象として見られるハードルが高いということだ。

 だからこそ、焦っていたのだ。誰よりも一番に恋愛対象と見られたいからこそ、今日のデートでジンクスを成功させたかった。そうすれば、悠の一番として近くにいられるから。

 でも、母の話を聞いた今は違う。

 

「少し話過ぎたわね。さっ、もうこんな時間だし、悠くんを起こしてレストランに行きましょう」

「うん。その前に、ちょっとシャワー浴びたいかな」

「そうね。そうしましょ」

 

 母とシャワーを浴びる前に、ことりは未だにうなされている悠の傍にちょこんと座った。

 母の話を聞いて覚悟が決まった。

 例え結ばれなくても、私は悠のそばにいたい。そのためにも、もっと自分を磨かなくてはならない。そうでなければ、あの大きな背中に届かないだろう

 でも、今日は如何に悠が自分のことを大切に思っているのか、身を持って知った。だから、もう大丈夫。

 

 

「お兄ちゃん、今日はありがとう。この先どんなことがあっても、ことりはずっとそばにいるね」

 

 

 暖かな笑みを浮かべると、ことりは顔を悠に近づけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

 目が覚めると、ズキズキと頭に痛みが走った。

 部屋の電子時計を見ると、もう夜の時間だった。ことりと雛乃の姿は見受けられないが下のお土産屋さんに行ったのかもしれない。ひとまず、身体がベタベタするので顔でも洗ってこようか。重い身体を起こしてフラフラと手洗い場へと足を運ぶ。

 だが、この時悠は忘れていた。この部屋の手洗い場はバスルームも一緒であるということを。そして、その手洗い場からシャワーの音が聞こえていたことを。

 

「あっ……」

「「えっ?」」

 

 手洗い場のドアを開けると、悠はフリーズした。

 目の前にお手洗いのバスルームで仲睦まじく身体を洗いっこしていることりと雛乃による親子の光景があったからだ。湯気とボディソープの泡で大事な部分は見えていないが、まずい状況に変わりない。証拠に泡のドレスを身に纏っている二人が顔を真っ赤にしながら眼を鋭くしている。

 久方ぶりのハプニングイベントだが、ここは慎重に言葉を選ばなくてはならない。張り詰めた一瞬の中、悠は口を開いた。

 

「泡ドレス、ナイスですね」

「「親子パンチっ!!」」

「ぐはあっ!?」

 

 お約束。

 

 

 

To be continuded.




今話を最後まで読んで下さり、ありがとうございます。いかがだったでしょうか?

この長い間で色々なことがありました。
その中でも【月姫リメイク】を全ルートクリアして感動したり、篠原健太先生の【ウィッチウォッチ】で大爆笑したりして、何とか精神のバランスを保ってました。今は【真女神転生Ⅴ】を攻略中です。
決して、遅れた理由にこれらのゲームや漫画は全然関係ないので、そこはあしからず。ちなみに、ウィッチウォッチ3巻のユーチューブの話が一番爆笑しました。

また、最近は【小林さん家のメイドラゴン】にはまってます。忙しい時や精神が壊れそうになった時に見ると、思わずクスっと笑えて、いい気分になるので。ちなみに、私はエルマが好きです。


次回もなるべく早く更新したいと思いますので、それまでお待ちください。
ではでは


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#116「To the training camp again 1/2.」

覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

更新がいつも不定期で申し訳ございません。
気づけば、もう年の暮れですね。今年は様々な変化があって大変でしたが、皆さまはどのような一年であったでしょうか?
奇妙なことにちょうどクリスマスイブに更新できました。今年も私は一人です。

改めて、感想を書いて下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございました!

今年最後の投稿となりますが、来年もこの作品をよろしくお願いいたします。

それでは、本編をどうぞ! 


♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

…………美しいピアノのメロディーが聞こえてくる。

 

 

 

 

 聞き慣れたそのメロディーで目を覚ますと、悠は別の場所にいた。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模した空間。ここは【ベルベットルーム】だ。

 

「ようこそ、ベルベットルームへ。本日わが主と姉様は留守にしております」

 

 目の前にエレベーターガールをイメージさせる群青色の衣装に身を包む銀髪の女性がいる。彼女の名はエリザベス。このベルベットルームの管理者であるイゴールの従者をしている者の一人で、マーガレットの妹だ。あの奇怪な老人だけでなく彼女の姉もいないとは珍しい。できれば、この女性と2人っきりというのは勘弁願いたいのだが。

 

「おやおや、どうやらとてもお疲れのご様子。流石に妹様と叔母様とのハプニング満載のデートは骨が折れたとお見受けいたします」

「…………」

 

 何でこの女性も自分の行動を把握しているのかと度々思う。どこかで監視でもされているのかと心配になってきた。

 

「ふふふ、流石に妹様もテオドアの話を聞いて焦ったのでしょう。しかし、鳴上様は見ていて退屈しないものでございます。まるで、あの方と同じように」

「?」

「いえ、こちらの話ですのでお構いなく。それはそうと、私のタロットによれば近々新たなるハプニングイベントが発生するようでございます。どうぞ、ご無理をなさずに私を楽しま……もとい大事にならないよう努めてくださいまし」

 

 何でタロットでそんなことを占ってるんだ。ありがたいにはありがたいが……やっぱりこの人と2人っきりは嫌だ。

 意味深な言葉を口にしたエリザベスがこちらを艶やかな視線で見つめたと同時に、視界が徐々に曇り始めてきた。どうやら時間らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(一体、どうしてこうなったのだろう)

 

 外が寒々としている山の別荘の中、真姫は目の前の光景を見てそう思った。

 確か私たちは巣ごもり合宿のために来たはずだ。ラブライブ本選も近いのに、中々新曲が出来上がらない。だから、今回理事長とお母さんの働きかけで、うちの別荘ので集中していたはずなのに……

 

 

 

「王様げええええええええええええええむっ!!」

 

 

 

「「「Yeahhhhhhhhhhhhh!!」」」

 

 

 

 

 何でこうなったのだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数日前~

 

 

「はあ……」

 

 

 年の暮れも近づき、日の沈みが早くなった昨今。すっかり暗くなった帰り道を音ノ木坂学院理事長である南雛乃はとぼとぼとした足取りで歩いていた。

 ここ最近すこぶる体調が悪い。というのも、来年に向けての仕事がいよいよ慌ただしくなったのだ。廃校の話がなくなって、これまで通り学校を存続できたことは嬉しい限りなのだが、こうも忙しい日々が続くと流石の雛乃もまいってしまうのである。嬉しい悲鳴と言えば聞こえはいいが、きついものはきつい。

 しかし、そうこうしているうちに家の玄関前に着いた。家に帰れば愛しの甥っ子と娘が待っている。そう思って、雛乃は自宅のドアに手を掛けた。

 

「ただいま」

「「お帰りなさい」」

「ん?」

 

 玄関に入ると、愛しの甥っ子と娘が出迎えてくれていた。こうやって2人が玄関で出迎えてくれるのはよくあることなのだが、今日は何だかいつもと違ってかしこまった様子に見えるのは気のせいだろうか。

 

「叔母さん、お疲れ様です。鞄をお持ちします」

「あ、ありがとう」

「ささっ、お母さんこっちに。もうご飯できてるよ」

「え、ええ……」

 

 そんな様子を気に掛ける暇を与えず、2人は慣れた手つきで雛乃をもてなしていく。そして、リビングのテーブルには本当に料理が並べられていた。どれも雛乃の好物ばかりだ。

 

「…………」

「どうしたの、お母さん」

「い、いえ。何というか、何で私の好物ばかりなんだろうなって」

「今日は疲れてるだろうから、お兄ちゃんとお母さんの好きなものをたくさん作って元気をだしてもらおうと思ったんだよ?」

「ああ、我ながら中々のいい出来だった。それに」

 

 

 

「それで、一体どういう魂胆なの?」

 

 

 

 その一言に和やかな雰囲気が一気に沈んでいった。

 

「え、ええっと……何のことでしょう?」

「そそ、そうだよね。ことりたち、何も」

「……後ろに隠している芋焼酎は何なのかしら?」

「「(ギクッ!!)」」

 

 そう、雛乃が指摘した通り、悠が背中に隠しているのは芋焼酎だった。これを食事の最中に飲ませようとしたのだろう。そして、ベロベロに酔っぱらったところを……

 

「分からないとでも思ったの? 何年あなたたちのことを見ていると思ってるのかしら」

「「…………」」

「はあ、一体どうしてこんな真似をしたの。ちゃんと説明しなさい」

 

 企みがばれた2人はサアっと顔を青くすると、観念して頭を下げた。

 

 

 

 

「「お願いします! ()宿()()()()を下さいっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはほんの数時間前のこと……

 

「巣ごもり合宿?」

「ええ……何というか、インスピレーションが湧かなくて……」

 

 ことりとのデートから数日後、部活で会議している最中に海未がそんなことを言ってきた。

 何でも、ラブライブ本選も近づいてきたにも関わらず、一向に歌詞の内容が思いつかないとのこと。それは作曲担当の真姫と衣装担当のことりも同様らしい。

 

「最近色々ありすぎて、歌詞に集中する時間がなかったというか……」

「そうね、誰かさんのせいで……」

「うん、そうだよね」

 

 歌詞とメロディー、衣装作成担当から突き刺さる視線が痛い。

 おそらく原因は自分にあると言いたいのだろうが、言いがかりもいいところだ。確かにここ最近自分の周りは絵里のおばあちゃんが来日したり、ことりとデートに行ったりと忙しかったが、それと彼女たちは全く関係ないだろう。というか、ことりはこの間楽しそうに遊んだのに、その視線は何だと言いたい。

 

「まあ確かに、もうラブライブ本選まで時間がないし、3人の言う通り作業に集中する時間をつくる必要があるかもしれないわね」

「エリチ、でも」

「分かってるわよ。合宿の許可は原則2週間前に取らなくちゃダメなのよ。そこはどうするの?」

 

 元生徒会長の言葉にメンバーはあっとなった。

 今から申請したとしても合宿は2週間後。とてもじゃないが、それでは申請に間に合いそうにない。それに、何とか特例をと理事長の雛乃にお願いしようにも、規則に厳しい彼女のことだ。そう簡単に認めてくれそうにないだろう。

 余談だが、皆の話を聞いて現生徒会長の穂乃果は“そうだった”みたいな顔をしているが、現役としてそれは如何なものだろうか。

 

「大丈夫だ。俺に策がある」

 

 皆が頭を悩ます中、悠は親指を立ててそう宣言した。何か策があるのだろうと、穂乃果たちは期待の眼差しで見つめるが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、全く……何であなたたちはいつもやることが極端で単純なのかしら……しかも、親を酔わせて言質取ろうなんて、私はそんな悪い子に育てた覚えはないわよ」

「「うっ……」」

「それに、綾瀬さんの言う通り、部活動における合宿の申請は2週間前にしなければならないのだけれど?」

「「…………」」

 

 これはダメかもしれない。作戦を看破された上に考えも見透かされた。

 頭の中で“失敗”という言葉が浮かんだ時、雛乃から沙汰が下された。

 

 

「でも、もしかしたら、私が悠くんに2週間前から頼まれてたのに、忘れてしまっていただけなのかもしれないわね」

 

 

 雛乃のその一言に2人は顔を上げた。そこには優しい笑顔でウインクする雛乃の姿があった。そんな叔母の慈悲にダメだと思っていた悠とことりは涙を流しそうになった。

 すると、雛乃は早速携帯を取り出してどこかに電話をしたかと思うと、すぐに通話を終えた。

 

「今西木野さんに電話してみたら、山の別荘が空いてるからOKですって。その場所は稲羽からも近いようだから、ついでに、陽介くんたちも呼んだらどうかしら?」

「えっ?」

「せっかくの合宿なんだし、人数は多い方がいいでしょ? 新曲のための合宿なら陽介くんたちもいれば、何かアイデアが出るかもしれないわよ」

 

 何という気遣い。その後、雛乃の提案を稲羽組に聞いてみたところ、陽介たちは快くOK。

 

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

「や、やっと着いたあ……」

「まさか、こんな山奥にあるとは……」

「ちょっとした……訓練だったよ……」

 

 合宿当日、いくつかの電車やバスを乗り継ぎ、山道をしばらく登ったところにある真姫の別荘にたどりついた。今までよりも歩く道のりが長く、更に上り坂ということもあって、穂乃果をはじめとした一部のメンバーはぜえぜえと息が上がっていた。

 だが、それを尻目に目の前にそびえ立つ西木野家の別荘は大きいという言葉しか浮かばないほどのログハウスだった。以前、海未との山登りデートの際に訪れた別荘とは違った雰囲気があり、如何にもという感じが漂っている。

 

「ようこそ、いらっしゃいました」

 

 別荘の風格に感嘆としていると、玄関から以前と同じように見覚えのあるメイドさんが出迎えてくれた。

 

「で、出島さん!? 確か、休暇中だったはずじゃ……」

「奥様から頼まれまして。鳴上さんを落とすサポートもしてほしいと

「も、もうっ!」

 

 どうやら真姫の母親は娘の恋路を手助けするための刺客を送り込んできたらしい。

 

「それと、先ほど稲羽市のご友人方もご到着致しましたので、まずは」

「センセ~~~~~イ! お久しぶりクマ~~~!!」

 

 出島さんの言葉を遮って、甲高い声と共にクマが飛び出してきた。いきなり目の前が真っ暗になったのでびっくりしたが、主に顔面から感じるモフモフ感がクセになる。ということは

 

「久しぶりだな、クマ」

「ほほ~い!」

 

 いきなりの登場にも関わらず普段通りに返してくれた悠にクマは更に嬉しくなって、テンションが上がった。

 

「おいおい、そんなにはしゃぐなって」

「あははは……それはそうと、みんな~! 久しぶり!」

「本当、久しぶりだね」

「先輩ら、全然久しぶりって感じ、しないっすけど」

「ええ、この間の絆フェス以来なのに、そう思ってしまいますね」

 

 クマが飛びついてきたのを皮切りに陽介や千枝、雪子や完二らが顔を出してくれた。何というか、稲羽の仲間たちの顔を見ると、やはり故郷に帰ってきたような安心感があった。この場にマリーの姿がないが、どうやらこの場所は稲羽からギリギリ出た場所にあるようなので、来られなかったらしい。

 そして、

 

「せんぱ~い♡久しぶり~~! あなたのりせだよ~~♡」

 

 当然のように休暇をもぎ取ってきたらしいりせが満悦な笑みでクマ同様に飛びついてきた。すると、

 

「とうっ!」

「きゃっ! なにするの、ことりちゃん!!」

「泥棒猫は退治しなきゃと思って」

「なにをおおっ!」

「「ぐぬぬぬぬぬぬっ……」」

 

「おいおい…」

「あははは…いつも通りっちゃ、いつも通りだね」

 

 絆フェス以来の特捜隊&μ‘sの再集合にみんな浮き立っているようだ。

 

 

 

 

 

「では、南様と園田様はお部屋にご案内致します。他の皆さまはリビングでくつろいでおいてください」

 

 今回の巣ごもり合宿のメインであることりと海未は早速巣ごもり部屋に案内されるようだ。その間、リビングでは

 

「おおおおっ! すご~~い! 暖炉なんて初めて見たあ」

「はあ、あったかそうにゃあ」

「確かに、お金持ちの家とかでよく見るわよねえ」

「こういうの見るとテンション上がるわねえ」

「あんたたち、よくそんなにはしゃいでられるわね」

「本当にそう……」

 

 リビングにつくと、みんな思い思いにくつろいでいた。東京組にとっても稲羽組にとっても結構な道のりだったのか、とても疲れているように見える。現に一番体力があるだろう完二ですらソファに身を預けてボウっとしているのだから。

 最も別荘の装飾や設備にテンションが上がっている者も何人かいるわけなのだが。

 

「ねえねえ真姫ちゃん、暖炉に火つけていい?」

「ダメよ」

「ええっ!? 何でえっ!?」

 

 即答だった。出島さん曰く、まだそれほど寒くないし薪も用意していないだからとのことだが、穂乃果たちは納得していないようだった。

 

「それに、今火をつけたら煙突が汚れて、サンタさんが入るとき大変だって、パパが言ってたもの」

「「へっ?」」

 

 今の真姫の発言に場の空気が一変した。何か触れてはいけない気がしたが、若干の危険な予感がしたのか、空気を和ますために悠と絵里は目を合わせた。

 

「へえ、とても素敵ね」

「優しいお父さんだな」

「ふふ、そうでしょ。ここは毎年クリスマスにお父さんとお母さんと一緒に来るところなの。サンタさんが来やすいからって」

「なるほど……んっ?」

「それで、ここの煙突は毎年私が掃除してるの。去年まで、サンタさんが来てくれなかったとしなんてなかったんだから」

「…………」

 

 証拠に暖炉を見てみなさいと言われて覗いてみると、確かに暖炉の奥に真姫が描いたであろう“MerryChristmas! ”という文字とサンタさんのイラストが描かれていた。ふと見ると、真姫はどうだと言わんばかりに決め顔をしていた。

 

「「「……」」」

 

 珍しい真姫の無邪気な発言にリビングにいるメンバーの表情が固まってしまった。

 何というべきか、菜々子くらいの年頃ならともかく自分たちと同年代でここまでサンタの存在を信じているなんて、思わなかった。というか、真姫のお父さんは娘にどんなことを吹き込んで今日まで至ったのだろう。

 当の本人はキョトンとしているが、下手なことは言えない。言葉のチョイスを間違えれば、真姫の将来を左右してしまうかもしれないからだ。

 

「ぷくく……真姫が、サンタさんを…………あはは」

「にこっち、シャラップ」

「ぐほっ……!」

「にこちゃん、それはダメだよ!」

「そうよ、真姫の夢を壊すつもりっ!?」

「だ、だって……あの真姫が……真姫がサンタさんを……」

「ホーリーシット」

「ぐえっ……」

「み、みんな……どうしたの?」

 

 余計な一言を発しようとするにこを全力で止めようとして、真姫に不審がられてしまった。

 

「ま、まあまあ、そうだよな! 確かにちゃんと綺麗にしときゃ、サンタさんも安心だよな!」

「うんうん! サンタさんって、結構煙突に入ることが多いから」

「えっ? サンタさんって、窓からスッと通り抜けられるんじゃないの?」

「えっ!?」

「おいっ、天城! 言葉に気をつけろよ!!」

「だって」

「ああもうっ! 雪子は黙っておいて! 余計に事態をややこしくするから」

「ははは、クリスマスか……あっ」

「「「あっ……」」」

 

 クリスマスといえば去年の惨劇を思い出した。

 勘違いが勘違いを呼び、最終的にカオスになった堂島家での悲劇。最も、その原因ははっきりしない発言をしてしまった悠にあるわけだったのだが。

 

「「「「…………」」」」

 

 当時被害者になった特捜隊女子組は嫌な思い出を思い出したのか、気まずそうになりながらも元凶になった男を睨みつけた。

 

「……なあ陽介。俺って」

「言うな……何も言うな、相棒」

「????」

 

 

 

────真姫の無邪気な発言から気まずい雰囲気に陥ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……いい湯だな」

「そうっすねえ」

「ああ」

 

 一通りの時間が過ぎて、お風呂の時間。一番風呂を巡ってのジャンケンに勝った男子陣は勉強と練習疲れを癒すべく西木野家別荘の大浴場に入っていた。寒い季節だからか、この時期の温泉というのはとても気持ちがいい。このままずっと入っていたい気分だ。

 

「やっぱり、メイドさんが作る飯は旨かったなあ。悠と同じくらいだったんじゃね?」

「いや、それはないだろ。あっちは本職、俺は嗜む程度だから」

「嗜む程度で茶巾寿司とか作れる人、そういないと思うんすけど」

 

 そうでもない。先ほど夕食に出てきたシュトレンに海鮮サラダ、ホワイトシチューにターキーなど今の自分では再現できない工夫とひと手間がなされており、自分もまだまだだと実感した料理だったと悠は言った。

 

「というか、ここにサウナはないんすかねえ。ちょっとばかし汗かきたいっていうか」

「……お前、ここ最近サウナの話ばっかりするよな? まさか」

「やはり完二は、そっち側の…」

「だからそうじゃねえって言ってんだろうがああっ! しめんぞ、きゅっとしめんぞごらあああ!」

 

 何気ない男子高校生の会話だが、久しぶりの陽介たちの会話、そして一緒に時を過ごすこの時間が懐かしく、悠にとって大切な時間だった。

 

「あれ、そういえばクマは?」

「ああ、クマ公なら……」

 

 実は入る前に、クマは覗きの準備をしていたらしい。それを海未に見つかってしまい、その場で締め上げられたとのこと。今頃は男子部屋で簀巻きにされていることだろう。

 何というか、相変わらずだなと悠はしみじみと思った。

 何はともあれ、相棒と後輩との数少ない時間だ。ゆっくりと噛みしめて楽しもうと天を仰いでいると、

 

「んっ?」

「どうした、悠」

「いや、何か紙が落ちてきた」

 

 どこから飛んできたのか、悠の身体に一枚の紙きれがくっついてきた。何か書いてあるようなので、気になって見てみると以下のようなことが書いてあった。

 

 

 

“さがさないでください”

 

 

 

「えっ?」

「な、何だよこれ……」

「……この切羽詰まった感じ、この間のフェスみたいっすね」

「た、確かに……」

 

 この書かれている内容といい、切羽詰まった筆跡といい、何だか不気味だ。ゆったりと温かい空気が一気に冷めていった気がする。それにしてもこの筆跡、どこかで見た覚えがあるのだが。

 

「あっ」

「おい、どうしたんだよ、完二」

「あの窓……妙な開き方してないっすか?」

 

 完二が示す方を見てみると、野天風呂から見える2階の部屋の窓が妙な開き方をしているのが目に入った。

 

「ああ、確かに妙だな。雰囲気がありすぎて……」

「あの部屋は……ことりの部屋、だったか?」

 

 記憶が正しければ、あそこはことりの巣ごもり部屋だった気がする。こんな寒い時に窓を開けることなんてないと思うのだが……

 

「な、なあ……よく目を凝らしてみっと、なんか輪っかに結ばれたロープが見える気がするんだけどよ……」

「あ、ああ……なんか、ヤバそうな雰囲気が漂ってるような……」

「ま、まさか……!」

 

 ロープ・空いた窓というワードを聞いて、真っ先に思い浮かぶのは……。

 

「んっ? なんか、あの部屋から落ちてきたぞ」

「これは……」

 

 タイミングよく吹いてきた強風で件の部屋から何かが描かれた紙切れがもう一枚こちらにやってきた。その紙に書かれていたのは

 

 

“タスケテ”

 

 

 

「こ、ことりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 

 

 

 不吉な想像をしてしまった悠はその場から全速力で駆け出して行った。どうやらいつぞやと同じくブラコン魂が爆発してしまったらしい。

 

「お、おい……悠。まじか」

「流石、シスコン番長は健在っすね。って、花村先輩」

「んっ?」

「あれって、先輩のじゃ?」

 

 完二が指さしたその先には悠が腰に巻いていたタオルが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脱衣所を出て真っすぐにことりの部屋へと向かう。すれ違いざまに出会った出島さんが目を丸くしていた気がするが、気にならない。今は一刻を争う事態だ。

 一体何があったというのだろう。まさか自分のせいかと最近の自分の行動に自信がなくなってきた悠は自虐気味に自問自答するが、そうこうしているうちに件の部屋にたどりついた。

 

「ことりっ、早まるなあっ!!」

「「「…………えっ」」」

 

 強硬気味に部屋をぶち明けると、そこには窓からロープをたらしてどこかに行こうとしている3人の姿が……。

 

 だが、

 

 

「「「きゃああああああああああああああああああああっ!?」」」

 

 

 悠が突入した途端、件の3人は顔を隠しながら悲鳴を上げた。

 

「えっ、ええっ? 何かあったのかっ!?」

 

 悠は全く持って分からず慌てているが、原因が自分自身であることに気づいていない。そう、風呂場から全速力でやってきた悠のある一部分を3人は見てしまったのだ。

 目の前にいる想い人の()()()()を。

 

「ど、どうしたの……って、きゃあああああああああっ!?」

「ゆ、悠くん!? こ、こんなところで……

「悠……あなた」

「な、鳴上くん……」

「センパイ……お、大きい

 

 悲鳴を聞いて駆け付けた希たちも悠の姿を見てフリーズした。一体全体何がそうフリーズするのか、悠にはてんで分からない。希やりせに至っては顔を手で隠しながらもチラチラと見てくるが、余計に分からない。

 女子陣の反応に全く見当がつかずにポカンとしている悠に、埒が明かないと思った千枝は声を振り絞った。

 

「そ、その……鳴上くん、今きみは…………()()、なんだけど?」

「えっ……? あっ」

 

 千枝の言葉に恐る恐る視線を下に移してみる。そして、初めて悠はとんでもないものを召喚してしまったことに気が付いた。

 

「ま、マーラ様を……召喚してしまっただと……はっ!?」

 

 突如、背後から殺気を感じた。思わず振り返ってしまった時には遅かった。

 

 

「は、破廉恥な者は、滅殺です!!」

 

 

 暴走した海未にリビングまで吹き飛ばされ、騒ぎは大きくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、酷い目に遭った」

 

 何とか事態は収束したが、心と身体に傷を負った悠は男子部屋でふさぎ込んでいた。

 妹が心配なゆえに全裸で走ると思わなかった。その挙句がマーラ様召喚だ。長瀬大輔の中の人もアニメでの召喚を熱望したが、実現できなかったことをここでしまうとは思わなかった。

 まあ、しばらく女子陣に冷たい目で見られてしまったが、しょうがない。陽介も完二も懸命に慰めてくれたが、この傷ついた心は癒えそうにない。

 何だか、最近こんなことばっかりだなと思いながら、しばらくは男子部屋に引きこもるかと思っていたその時だった。

 

「鳴上様、少々よろしいでしょうか?」

 

 すると、ノックと共にメイドの出島さんが入室してきた。

 

「出島さん、どうしたんですか……」

「先ほどから落ち込みようが激しいので、元気が出るものを作ったのですが」

「は、はあ…ありがとうございます」

「それと……お連れ様のご様子が」

「へっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこでクマは言ったクマ~! ブタがぶったぶたれたブタがぶったブタをぶった、て~~~!」

「ぶっ! ぷははははははははははっ!!」

「ゆ、雪子さん、笑いすぎだよ」

 

 

「だから~私が今アイドルとして忙しいから~センパイとイチャイチャできるんおよ~~少しは感謝しろ~このバードせいじん!」

「あははは~おかしなこというなあ。べつにことりとおにいちゃんはそうしそうあいだから~~どろぼうねこがなんといおうとも、ちっともかゆくないも~ん」

「にゃにおおお~」

「おおおいっ、こんなところで暴れるな! 高そうな物とかに当たるだろっ!」

 

 

 

「これは……一体」

 

 目の前で繰り広げられるリビングの惨状に悠は唖然としてしまった。あれだけ和やかな雰囲気だったのが、宴会のように騒がしい。というか、一部がまるで酔っているかのように騒いでいるのでなお質が悪い。

 

「じ、実は……」

 

 話を聞くと、先ほどのマーラ様降臨後からリビングの雰囲気が悪くなったので、気分直しのお菓子を作っていた。すると、その過程でアルコールを使った途端にリビングが怪しい雰囲気になってしまったのだという。

 

「皆さまはお酒類の匂いなどに弱いとお聞きしていたので、細心の注意を払っていたのですが……鳴上様は?」

「ははは、まさか。そんなわけないじゃないですか」

「…………」

 

 この男も酒の匂いにやられてしまっていた。更には、いつの間にシャツのボタンを全開にしており、片手には“シンデレラ”が入ったグラスが握られていた。

 完全に場酔いモードにはいっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……数分後、

 

 

「王様げええええええええええええええむっ!!」

 

 

「「「Yeahhhhhhhhhhhhh!!」」」

 

 

 冒頭に戻る。

 

 

 

To be continuded.




今話を最後まで読んで下さり、ありがとうございます。いかがだったでしょうか?

最近、買うまいと思いつつも【ポケットモンスター ブリリアントダイヤモンド】を買ってしまいました。選んだのはもちろん、ポッチャマです。まだ殿堂入りしていませんが、今はチャンピオンロードでルカリオとユキノオーの育成に励んでます。

更に、ブラックフライデーに【テイルズオブアライズ】も購入しちゃいました。確かに評判通り、内容がとても面白いと思いました。声優陣の真に迫った演技も思わず世界観に入り込んでしまうほど、感嘆としてしまいました。
ロウ役の松岡さんの影響故か、料理シーンは何故かとある作品を見ている風に思えてしまうのは私だけでしょうか?

【ぐだぐだ龍馬危機一髪】も今までのぐだぐだイベントでベスト3に入るほど面白かったです。

今年もついに終わってしまいますが、この作品もあと数話で最終決戦編に突入する予定です。構想は頭にあるのですが、文章にするのが難航しそうです…
何とか面白くなるように執筆していきたいと思ってます。

次回もなるべく早く更新したいと思いますので、それまでお待ちください。
それでは皆様、良いお年を!


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#117「To the training camp again 2/2.」

お久しぶりです。ぺるクマ!です。

更新がいつも以上に遅くなってしまい申し訳ございませんでした。
言い訳になってしまいますが、仕事が年度末になるにつれて忙しくなったり、資格試験の勉強に追われたり、人間関係が上手くいかなかったり…と現実で色々あったので、中々執筆の時間が取れませんでした。

改めて、高評価を付けて下さった方々・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございました!

今年最初の投稿となりますが、今後ともこの作品をよろしくお願いいたします。

今更ながらタイトルが長くなるので書きませんでしたが、今話の裏タイトルは【Love & Comedy ~Seize The Day~.】です。誰がテーマかは話を読んで頂けたら分かると思います。

それでは、本編をどうぞ! 


 昨夜の地獄から夜が明けた。

 クリスマスによく来る別荘で新曲のための合宿。初日は散々な結果に終わった私たちだが……

 

「へえ、まつぼっくりっすかあ」

「ああ、乾燥したまつぼっくりは着火剤になるらしいからな。特にこう開いているのが良いとビッグボスが言ってたぞ」

「どっちのっすか……」

「どっちって、あっちのビッグボスだろ?」

「あっちって、どっちっすか……」

「……あとは、火を起こすときは空気の入れ方が重要で……」

 

 2日目は何故か、山でゆったりとキャンプをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の騒ぎが明けて、翌日。悠のマーラ様召喚に加えて王様ゲーム騒ぎも相まって全然合宿らしいことができなかった特捜隊&μ‘s。ここはみんなで一つの作品を作ろうという穂乃果の提案によって、作曲・作詞・衣装の3つのチームに分かれて、インスピレーションを掴もうと考えたのだ。

 そこで、真姫・海未・ことりの明確な担当を担っている3人を除くメンバーは公平なくじ引きの結果が以下の通りのチームに分かれたのだ。

 

 真姫T:悠・完二・直斗・絵里・にこ

 海未T:凛・希・陽介・クマ・千枝

 ことりT:穂乃果・花陽・雪子・りせ・ラビリス

 

 偶然にもμ‘s組はいつもの別部隊に分かれていた。

 悠が同じチームに入っていないことに海未・ことりチームのμ‘s組はぐすぐすと泣いていたが、公平なくじの結果なので是非もない。

 

 

 

 

「はあ、森の中でゆったりキャンプ……最高ねっ!」

「小さい頃に冬のキャンプは多少経験あるけど、こういう静かな森の中でっていうのも中々」

「ええ。でも、ほとんどのことをあのお二人に任せっきりになってしまったのは心苦しいですけど……」

「……確かに」

 

 真姫の【BiBi】組の女性陣は焚火の前でキャンプ談に花を咲かている悠と完二を苦笑いしながら見つめた。

 最近キャンプがテーマのアニメを見て勉強したらしい悠が完二を助手にテキパキとテントを設営し、焚火も短い時間で起こしてくれた。それゆえに、こうして女性陣はゆったりとした時間を満喫できていた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、海未のチーム【lily White】は……

 

「ひい……ひいい……」

「はあ……はあ……つ、疲れたにゃあ」

「ほらほら、早くしないといい景色が見られませんよ」

「てか、何で俺らは山登らされてるんだよっ!?」

 

 何故か近くの山で登山させられていた。

【lily White】組で作曲のインスピレーションを得るためにどうすればよいのかと話し合ったところ、海未の発案で登山しようということになったのだ。登山と言っても軽く登れる安易な山かと思いきや、かなり険しい山だった。お陰で今、陽介や凛たちはヘロヘロだ。

 

「クマ~……もう、へとへとクマ~……」

「全く情けないなあ。こんな山でへばっちゃうんだから」

「はあ……それはお前らが体力バカだからなあっ!?」

「ああんっ?」

 

 へばる陽介たちとは反対に千枝は海未と同族故かあっけらかんとしていた。情けないと言うが、普段から修行と称して馬鹿みたいな鍛え方をしているあっちと平凡なこっちとでは決定的な違いとあるというのに、あっちには全く自覚がない。

 

「貴方たち、一体何しに来たんですか?」

「「作曲しにきたんだよっ!?」」

 

 きょとんとする海未にツッコミながら、陽介はこの場にいない相棒を恨んだ。公平なくじの結果だが、これでは完全にハズレじゃないか。

 

「あかん、ウチも限界や……最後に、悠くんと……結婚、したかったなあ……」

「おおいっ! 死ぬなあ、希ちゃああんっ! 君なら絶対悠と結婚できるからあっ!」

「……ほんま?」

「ああ。あいつ、最近妙に希ちゃんのこと気になるって言ってたし。やっぱし幼馴染だから誰よりも脈が……」

「「「……はあっ?」」」

「ひいっ!?」

 

 結果……

 体力バカたちによる登山により、脱落者多数。加えて、不用意な発言をしてしまった青年がボコボコにされ、HP残り1の状態で帰還したことが確認された。

 

 

 

 

 

 一方、ことりチーム【Printemps】は……

 

「ちょちょちょっ!? 雪子さん、そんな入れ方しちゃダメだって」

「えっ? でも、強い方が良いと思って」

「だから、小麦粉と強力粉にそんな違いはないからあっ!!」

 

 山荘で衣装のアイデアを練っていた【Printemps】組がいる別荘では大惨事が巻き起ころうとしていた。

 ことりが当てた宝くじのお金で今までにない衣装のアイデアをひねり出そうとしたが、成果は芳しくない。だから、同じチームになった雪子がお菓子を作るととんでもないことを言い出したのだ。

 夏休みのミミックッキーの惨劇がフラッシュバックした穂乃果たちは何とか思い留まらせようとしたが、私も成長したから大丈夫と一点張りで言うことを聞いてくれなかった。

 

「それに、お菓子にこんなもの入れなくていいです!! 何で生の魚を入れようとしてるんですかっ!?」

「えっ、でもお魚クッキーってお魚を材料にしたクッキーじゃないの?」

「全然違うよっ! こんなこと家でしたら、お母さん激おこだよっ!?」

「もう、雪子先輩ったらだめだよ。入れるんだったら、この山椒とかデスソースとか」

「りせちゃんも黙っててっ!!」

 

 大丈夫と言ってたにも関わらず、雪子の調理法は熾烈滅裂だった。小麦粉の代わりに強力粉を入れようとしたり、お魚クッキーを作るからと刺身を混ぜようとしたり、挙句には風味が出るからとウォッカを入れようとしたり……更に、りせも余計なことをしようとしたせいで、しっちゃかめっちゃかだった。

 

 

 結果……

 この後起こる悲惨な事態を前に、穂乃果たちはこの場にストッパーの男子陣や絵里がいないことを後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな悲惨な他チームとは違い、本当にチーム【BiBi】は平和だった。

 悠の主導の元、手早くテントを設営し、焚火も万全。お陰でこうして焚火を前にゆったりと読書ができる。問題児もおらず、各々が和やかに焚火を見つめたり楽しく談笑している光景が微笑ましい。

 なるほど、こうして焚火を前に読書をするというのは趣があって普段と違った雰囲気を楽しめる。あの山梨のソロキャンガールの気持ちが今なら分かる。これなら良いインスピレーションが湧いてくるかもしれない。

 ああ、こういうのが良いと真姫は思った。同じことを絵里とにこ、直斗も思っているのか、和やかに焚火とそれの番をする悠と完二を見守っていた。

 

「さて、そろそろご飯の準備に炭火をするか」

「おっ、いいっすねえ。って、何すか? その賽銭箱みたいなの」

「賽銭箱じゃなくて、コンパクト焚火グリルだ。真姫の別荘にいくつかあったから使わせてもらおうと思って」

 

 すると、そろそろ食事時かと思ったのか、悠と完二はキャンプ飯の準備を始めた。どうやら別荘で眠っていたあの賽銭箱のような焼き物を使用するらしい。

 

(キャンプご飯……私も、やってみたいかも)

 

 準備を進める男子たちを見て、真姫は密かにそう思った。でも、普段の料理はともかくキャンプ飯というのは手間暇がかかり、難しいイメージがある。普段から料理慣れしている悠たちはともかく、いつも出島さんたちの料理に甘えている自分なんて……

 

「良かったら、みんなもやってみないか?」

「「えっ?」」

 

 そんな心情を察してくれたように、悠は自分たちにそう声を掛けてくれた。

 

 

 

 

「「「うまああああああああああああっ!?」」」

 

 数十分後、閑静な森林に少女たちの歓喜の声が響き渡った。やはりと言うべきか、自分たちの手で作ったキャンプ飯は叫んでしまうほど美味しかった。

 今食しているのは“季節野菜のアヒージョ”。あらかじめ別荘で悠と完二が切っておいた野菜とニンニクを油で炒め、海老やホタテなどの海産類を絡めて完成。真姫たちは別の料理を担当していたのだが、これはこれで傑作的に美味だった。

 ちなみにアヒージョとはスペイン語で【小さなニンニク】、具体的には【刻んだニンニク】を表わす言葉である。某アニメで某ほらふき少女が言っていた“ジョ”はスペイン語で叫ぶという意味であるということは事実ではありません。

 

「うおっ……これうんまいすね。アヒージョなんて洒落たもん作れるなんて、さすが先輩っす」

「悠は本当に料理が上手ね。前から気になってたけど、どこで学んだの?」

「ほとんど独学だ。まあ両親と彼女を喜ばせたいっていう気持ちが強かったからな」

「「「か、彼女っ!?」」」

 

 聞き捨てならない発言に真姫・にこ・絵里の3人は身を乗り上げる。

 

「嘘だぞ」

「「「……ほっ」」」

「なんで綾瀬先輩ら、ほっとしてるんすか?」

 

 

Purrrrrrrrrrrrrrrr! Purrrrrrrrrrrrrrrr! 

 

 

「おっ、ホイル焼きもそろそろ良さそうだ」

 

 携帯のタイマーが鳴り響いたということは、先ほどコンパクト焚火グリルで準備していたホイル焼きもできたようだ。

 

「ほら、真姫たちが作った野菜のホイル焼きだぞ」

「「「おおおっ!?」」」

 

 こちらは真姫たち女性陣に作ってもらった野菜のホイル焼き。

 近くの水場でよく洗ったさつまいもやトマトなどの野菜をアルミホイルで包んで焼くだけ。各々の食材で適応時間が違うので、タイマーなどで時間を確認。焼きあがったところで、塩コショウで多少味付けしたら、完成。

 まず初めに出来上がったトマトの丸ごとホイル焼きは見た目から食欲をそそる出来だった。というか、今回作ったホイル焼きのほとんどは真姫の要望もあって7割方トマトだった。元々作曲担当の真姫のためのキャンプなので当然の流れだったが、ここまでトマトのホイル焼きが並ぶと違った意味で圧巻だった。

 

「でも、何で野菜な訳? 真姫の別荘ならいいお肉もあったはずなのに」

「ああ、肉もいいけど、こういう寒い時期は加熱した夏野菜を食べると身体があったまるからいいかなって」

「??」

 

 説明しよう。

 トマトをはじめとした夏野菜には水分と利尿効果のあるカリウムが豊富に含まれているため、尿と共に身体の内側から熱を排出する。つまり身体を冷やすことになる。故に夏に食べるには最適だが、冬に食べるのは好ましくない。

 しかし、これらは加熱すると性質が反転し、身体を温める食材に早変わりするのだ。キャンプでホイル焼きに挑戦する際は、是非ともやってみよう! 

 

「へえ(もぐもぐ)、私トマト大好きなのに(もぐもぐ)、それは知らなかったわ(もっきゅもっきゅ)」

「「「………………」」」

 

 悠が説明している間、大好物に目のない真姫は焼きあがったトマトを食べつくしてしまった。普段物静かで目立ったことをしない真姫にしては奇想天外な行動だった。

 

「?? ……あっ」

「真姫、アンタ……」

「トマトを全部食いつくやがった……」

「ははは、また作り直すか」

「~~~~~~~~~!?」

 

 真姫の顔がトマトのように真っ赤になったところで、ホイル焼きは作り直しになった。

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで森の中で各々ゆったりとした時間を過ごして、あっという間に夕暮れになった。

 

「さて、そろそろ……って、みんないない」

「えっ?」

 

 そろそろ帰り支度をしようとしたとき、いつの間にか自分と真姫以外のメンバーがいなくなっていた。一体とこに行ったのだろうと思っていると、テントの携帯から着信音が鳴った。

 

『出島さんから急いで戻ってほしいって連絡が入ったから、私たちで見てくるわ』

「んっ?」

『それと、キャンプで出たごみとかは私たちで回収したから、あとは2人でのんびりしてらっしゃい』

「………………」

「………………」

 

「「どういうこと……?」」

 

 突然置かれた状況に2人は唖然とするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「あ、絢瀬先輩……これでよかったんすか?」

「良くないわよ」

「確かに……一体何があるか分かりませんからね」

 

 一方、悠と真姫を置いてきた絵里たちはゴミ袋やキャンプチェアなどを担ぎながらそんな会話をしながら歩いていた。

 実は悠と真姫以外のチームメンバーは事前に出島さんから買収されていたのだ。真姫と悠が2人っきりになれる時間をつくってほしい。そうすれば報酬を支払うと。最初はそんな胡散臭い話などと断固拒否したが、前払いとして本当に各々に相応の報酬を用意されたので、乗るしかなかった。

 

「大丈夫じゃない? だってあの真姫よ。そう簡単に悠に手を出すわけナイナイ」

「そうっすかねえ」

「あっ、真姫の別荘が見えたわよ」

 

 だが、彼女たちは知らなかった。別荘に帰れば、噓から出た実の事態になっているとは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………」」

 

 いつの間にか二人っきりになってしまい、何を話せばよいのか分からない。ただただ静寂が続く一方であった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 流石にきまずくなってきた。悠は焚火で沸かしてくれたお湯でコーヒーを作ってくれたが、会話がないとただただ気まずい。このままでは何もないままで終わってしまうと思った真姫は、思考する。この時、真姫の脳は時間を圧縮してフル回転し、この気まずい状況を脱するための術をあらゆる視点から検討した。

 そして、ある話題を思いついた。

 

「…………悠さん、ちょっと相談があるんですけど……」

「どうしたんだ?」

「私……今度お母さんに内緒で原付の免許取ろうかなって思って……」

「えっ?」

 

 思いつきとしては悪くなかった。現に、原付と聞いて悠の目が興味を示していた。

 しかし、このことは思い付きで考えたわけではない。悠たちが原付の免許を持って、色んなところを旅したと聞いてから、少なからず自分も免許を取りたいと思っていたのだ。

 それに、想像してみる悠と一緒にツーリング。先導で悠が方向を指示してくれて、それについていく。立ち寄ったお店やレストランや温泉でまったりしながら、感情を共有する。

 

「良いと思うぞ。俺は賛成だ」

「本当っ!?」

「ああ。最近は乗れてないけど、原付で海沿いを走るのはかなりいい」

 

 悠も真姫の免許取得には賛成だった。

 陽介たちの他に原付仲間ができるのは大歓迎だ。できれば真姫だけでなく、穂乃果たちもと言いたいところだが、そんなことを言えば絵里や雛乃に怒られてしまうだろうが。

 

「あっ、悠さんは去年雪子さんたちと原付で海に行ったんだっけ?」

「そうだな。完二は自転車でクマはローラースケートだったけど……」

「ふふっ、何よそれ」

 

 そんなこと絶対ありえないだろうと真姫は思ったが、実際に起こったことだ。今年の夏は原付で出かける機会がなかったからだと思うが、いつかみせてやりたい。

 しかし、こんなやりとりでも真姫にとってはこのシチュエーションが好ましかった。

 好きな人と焚火を囲んで2人っきり。他愛のない話で盛り上がってドキドキが止まらない。これに喜ばない人はいないだろう。

 

「それにしても、真姫もよく笑うようになったな」

「えっ?」

「最初会った頃は仏頂面で笑うことも少なかったから。あの頃に比べるとよく笑うようになったし、自分の意見もきちんと持てるようになって、俺は嬉しいぞ」

「そ、そう……」

 

 そして、不意打ちによるべた褒め。何というか、自分をそんな風に思っててくれていたことに思わず鼓動が高鳴ってしまった。

 

(もしかしたら……今、言えるかも……!)

 

 この奇跡的な状況。逃すべきではない。

 ここで決めてやる。例え結果がダメでも、少しでも悠に異性として意識してもらうために! 

 

「悠さん、私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「悠さああああああああああああああああああああんっ! 助けてええええええええええええっ!?」

 

「きゃあっ!?」

「うおっ!?」

 

 良い雰囲気の最中、切羽詰まった声が森林に木霊した。その声にびっくりした真姫が思わず悠に飛びついてしまい、真姫が悠に覆いかぶさる形でバランスを崩してしまった。そして……

 

 

(チュッ)

ー!!ー

 

 今、唇付近にやわらかいものが当たった気がした。決して口ではないが、口であったような。

 気づけば目の前に顔を先ほどより真っ赤にした真姫がおり、一体何が起こったのだろうかと思ったが、それどころではない。恐る恐ると振り返ってみると、文字通り全速力で走ってきたらしい穂乃果が息を切らして呼吸を整えている最中だった。これ幸いと穂乃果が見ていない隙をついて2人は距離を取った。

 

「ゆ、悠さん……?  真姫ちゃん……? どうしたの?」

「……何でもないぞ。ところで穂乃果、どうしたんだ?」

「そ、そうだった!? 雪子さんが料理して、真姫ちゃんの家が大惨事になっちゃったよ~~っ!!」

「「えっ?」」

 

 

 

 

「「こ、これは……」」

 

 急いで戻ってみると、ログハウス内はカオスと化していた。何か変な匂いが立ち込めているし、リビングではここで作業していたであろうことりチームと登山から帰ってきたらしい海未チームの面々が白目を剥いて倒れていた。どこか鼻に入るとまずい予感がしたので、ハンカチで鼻と口を覆う。恐る恐るこの恐るべき事態の発生源であろうキッチンへ足を運ぶ。すると、案の定張本人であろう雪子が鍋の周りでオロオロとしていた。

 

「……天城」

「な、鳴上くん!? それに、真姫ちゃんに穂乃果ちゃん……ち、違うのっ! これには訳があって……ちゃんとレシピ通りに作ったんだけど、物足りなくてちょっとアレンジを加えちゃっただけで……」

「「「…………」」」

「こんな……ことに……なるなんて……」

 

 雪子はそれ以上言葉が出なかった。自分を見つめる悠たちの目が今までに見たことないほど、ハイライトが消えていたからだ。

 

 

 その後、雪子は本格的に料理をちゃんとできるまで実家の天城屋旅館を含む全ての台所を出禁になった。

 説教されている最中、何故か普段より真姫の当たりが強かったのは気のせいだっただろうかと雪子は思った。

 

 

 

 結局、今回の合宿は一部を除いて、ただただバカ騒ぎしてトラブルに巻き込まれただけで終わってしまった。

 

 

 

「………………」

「真姫ちゃんどうしたの?」

「へあっ!? な、なによ……」

「いや、真姫ちゃんさっきからずっと口元覆ってるから、何かあったのかなって思って」

 

 合宿が終わって早々、帰りの電車の中で真姫は頻りに口元を覆っていた。それを隣の席の花陽に見られてしまったので、思わず慌ててしまう。

 というのも、あの時……悠に覆いかぶさってしまった際、自分の唇に当たったのは具体的にどこだったのか覚えてないのだ。果たしてあれはセーフだったかアウトだったか、もしくは間を取ってセウトだったのか。

 

「~~~~~~~~~~!?」

 

 気になってはあの時のことを思い出す度に、顔が真っ赤になってしまう。そんな真姫の様子に何かを察した花陽はある男に妬みの視線を送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日談……

 

「それで、僕に対する報酬というのは?」

 

 合宿が終わって数日後、直斗は東京のとある場所で出島に呼び出されていた。何でも、先日の件の報酬を支払いたいということらしいが、こんな場所に呼び出して一体どういうことだろうか。

 

「貴方たちが追っている事件の有益情報と申しておきましょう」

「……どういうことでしょうか?」

 

 内容が内容だけに、一気に警戒感が増した。一体目の前の女性はどこまで知っているのだろうか。元同業者という経歴だけに、直斗は思わずにらみつけるように相手を見つめる。

 

「実は、貴方が病院に運ばれた際、診察を担当した奥様が疑問に思うことがあるとのことだったので……」

「…………」

「白鐘様に使われた薬物は殺傷性こそないものの、普通では手に入らないものでした。あの件の犯人はお嬢様と同世代の女子高生ということでしたが、普通ではない手段で薬物を入手したとしか思えません」

「……もしかして、その薬の出所を突き止めたと?」

「はい、スプーキー……私の知り合いにその道のスペシャリストがおりましたので、その中心人物の名を突き止めました。その方がこちらです」

 

 そう言って、出島さんは懐から一枚の写真を取り出した。スプーキーという聞いたことがある事件を彷彿させるワードに引っかかりを覚えるが、今はそのことは気にせず直斗はその写真を目視した。

 

「こ、この方は……!?」

「そうです。この方は鳴上様と貴女、更には()()()()()μ()()()()()()()()()()()()()()()()です」

 

 そう、出島の言う通り、その人物はμ‘sどころか自分にもゆかりのある人物だった。まさかの人物に直斗は意図せず表情を崩してしまった。

 

「そんな……まさか……」

「間違いありません。キチンと裏も取ってあります」

「……こんなこと……あの人たちには酷すぎる。ましてや…………」

 

 突き付けられた事実に直斗はそう呟く気力しか残されていなかった。

 

 

 やがて訪れる決戦の時。それを前に、直斗はいち早く自分たちが追う黒幕の正体を知った。それが、悠や穂乃果たちにどのような影響を与えるのか、まだ彼女は知る由もなかった。

 

 

To be continuded.




今話を最後まで読んで下さり、ありがとうございます。いかがだったでしょうか?

年度末は本当に忙しかったですが、4月から色々と楽しみがあるのでそれを目標に頑張ってました。
何が楽しみかというと、【SPY×Family】や【かぐや様は告らせたい~ウルトラロマンティック~】のアニメだったり、8月に発売予定の【ソウルハッカーズ2】などです。
自分が好きな作品がどうアニメで表現されるのか楽しみですし(かぐや様では特に”四条眞妃”の話とか…)、ソウルハッカーズ2の内容が気になりすぎます。
ですが、個人的に葛葉ライドウのリメイクとかやってほしいなあと思っていたり…

次回もなるべく早く更新したいと思いますので、それまでお待ちください。
それでは皆様、良いお年を!


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#118「Love & Comedy ~Cinderella~1/2.」

お久しぶりです。ぺるクマ!です。

更新がいつも以上に遅くなってしまい申し訳ございませんでした。
言い訳になってしまいますが、仕事が忙しくなったり、資格試験の勉強に追われたり、人間関係が上手くいかなかったり…と現実で色々あったので、中々執筆の時間が取れませんでした。
何か前回と同じような言い訳ですみません。

改めて、高評価を付けて下さった方々・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございました!
今後ともこの作品をよろしくお願いいたします。

今回は花陽回です。タイトルの曲名は【古見さんはコミュ障です】の【シンデレラ】をチョイスしました。

それでは、本編をどうぞ! 


 ……雨が降っている。

 

 瞼を開くと、記憶にない場所に自分は立っていた。ここはどこだろうと辺りを見回してみる。

 だが、その数秒後には信じ難い光景が広がっていた。

 

 自分の前で横たわる仲間たち。

 

 穂乃果・海未・ことり・花陽・凛・真姫・にこ・絵里・希。

 更には、陽介・千枝・雪子・完二・りせ・クマ・直斗、更にはラビリスまで。

 

 どうしたのろうと思い近づくと、足がすくんでしまった。

 

 

 

 

----仲間たちの身体は赤い血に染まっていた。

 

 

 

 その姿を見た途端、血の気が引いた。確かめるまでもなく、穂乃果たちは死んでいた。

 

「……っ、そんな……」

 

 突き付けられた事実に身体ががくがく震えた。それと同時に押し寄せてくる負の感情。

 後悔・自責・悲哀。

 耐え切れなくなったのか、膝をついてしまった。

 

 

 

『目を逸らすな』

 

 

 

 背後から項垂れる自分を非難するような声が聞こえた。

 

 

 

 

『君が選択を間違えたからこうなったんだ。だから、目を逸らすな』

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ! はあ……はあ……」

 

 バッと起き上がると、眩しい電光灯の光が目に入った。そこはいつものアイドル研究部の部室。先ほど見た雨の降る光景も血まみれの仲間たちもいない。

 どうやらうたた寝をして夢を見ていたらしい。

 

「悠さん、大丈夫?」

 

 気が付くと、赤いジャージに身を包んだオレンジ色髪の少女がひょっこりと視界に現れた。

 

「穂乃果……」

「もう、どうしたのよ。うたた寝なんて、悠らしくないわよ」

「お兄ちゃん、疲れてる? 何か飲む?」

 

 そして、絵里やことりと次々と夢で死んでいたメンバーたちの顔が現れる。

 生きている。あれは夢であったと分かっていても、生きている。

 情けない話、それだけでも嬉しく思ってしまった。これ以上は涙を見せてしまうかもしれないため、悠は慌てて顔を逸らした。

 

「ゆ、悠くん? どうしたん?」

「ああ、すまない。ところで、何の話をしてたんだっけ?」

「あなたねえ……」

 

 うっすらと思い出してきたが、何かの会議をしていた気がする。

 まだ寝ぼけているのかと絵里はやれやれと頭を振った。

 

「音ノ木坂の神隠しについて考えてたの」

「えっ?」

 

 その言葉にドキリとした。

 音ノ木坂の神隠し。今自分たちが追っている事件の元になったとされる噂話であり、先ほどの夢での出来事が現実になるかもしれない事件。

 

「どうして、それを?」

「ラブライブも大事だけど、やっぱり次にアクションが起こるのは本選の日かもしれないから、犯人の目星くらいはつけておこうって思って」

「犯人像でも分かったら、桐条さんや直斗くんとも連帯して対策できるかもしれんしな」

 

 なるほどと思うと同時に、そうだったと失念した。

 これまでP-1Grand Prixや学園祭、絆フェスなどの事件に遭遇しては解決したが、未だこの一連の黒幕は捕まえていないどころか目星もついていない。

 それに今度犯人がアクションを起こすとしたら12月に行われるラブライブの本選だ。少しでも手掛かりになるものでも掴めれば犯人を割り出せるかもしれないし、あわよくば美鶴たちと連携して、事を起こす前に捕まえられるかもしれない。

 それに、あの学園祭の時の悲劇は二度とごめんだ。

 

「……分かった。早速考えよう」

「さっきから皆で考えてるわよ」

 

 絵里にため息を吐かれてしまったが、まずは改めて情報を整理する。

 前述のとおり、音ノ木坂の神隠しとは2年前より学校内で広まった奇妙な噂のこと。

 この噂が稲羽市でも起こった連続殺人事件のように、穂乃果たちの身に起こった失踪事件に関与しているのは間違いない。

 だが、稲羽とは決定的に違うのはこの噂にははっきりとした内容がないことだ。新聞部の天野部長の調べでは、“神隠しに遭う”・“運命の人に出会える”など色々と錯綜しているらしい。

 そこで問題なのは、このようなあやふやな噂で事件を起こすことに対して、“誰が”・“何のために”このようなことを起こしたのかということだ。

 

「これまで得た手掛かりと言えば……」

 

 そう言って、部室のホワイトボードに海未がこれまでに得た手掛かりを書き記した。

 

・P-1Grand Prixの首謀者“ヒノカグツチ”を唆したこと

・絆フェスの真犯人“ミクラタナノ”に音ノ木坂学院のテレビの世界を作らせたこと

・“私たちの傍にいる”ということ

 

 共通点としてはあの超常的な存在たちを掌で操れるということだが、そんな人物が自分たちの周りにいただろうか。

 頭をひねらせていると、何か思いついた凛がこんなことを言い出した。

 

「……もしかしてだけど、()()()だったりしないかにゃ?」

 

 

 

―!!―

 

 

 

 凛の不用意な発言に、場が凍った。

 

「凛ちゃんっ!?」

「アンタねっ!」

「い、いや……その……ふと思って……」

「言っていいことと悪いことがあるでしょ!?」

「ましてや悠さんとことりの前でそんなこと言う!?」

「ううう……」

 

 凛はしどろもどろに弁明するが、まずいことを言ってしまったと自覚したのか、縮こまってしまった。

 だが、凛の言うことも分からないでもない。現に絵里も考えたくなかったが、その可能性はあると踏んでいた。聞けば、稲羽の連続殺人事件の黒幕も悠たち特捜隊の身近にいた人物だった。

 自分たちに最も近くいる人物と言えば他でもない理事長。GWや学園祭、絆フェスの際も自分たちに積極的に関わっていたし、言うなれば自分たちの動きを把握して事件を起こすことは可能である。だが、

 

「それはない」

 

 と、凛の失言を怒ることもなく悲観することもなく、悠は淡々と一蹴した。

 

「確かに凛が考えている通り、叔母さんは俺たちの一番近くにいる。それなら俺たちの行動を把握して犯行を起こすことは可能だ。現に、最初の穂乃果たちの事件でタイミングよく表れたのは、他でもない叔母さんだからな」

「悠……」

「でも……こんなことをしても叔母さんに何も良いことはない」

 

 その言葉に一同はハッと息をのんだ。

 確かにその通りだ。自分たちに一番近い位置にいる点には合致しているとはいえ、雛乃はこの学校の理事長だ。自分の学校を、卒業生でもある思い出の場所を廃校にする理由はない。ましてや、自分の大切な娘や甥っ子を利用するような外道のような人物ではないことは明らかだ。

 

「……そうね。それなら理事長の線はないわね」

「じゃあ、他に誰がいるかなあ?」

 

 改めて、議題は振り出しに戻ってしまった。

 

「うーん、考えても分からないことは仕方ないわね。さっ、練習にいくわよ」

「ええええっ!? もうちょっと考えようよ。何か分かるかもしれないじゃん」

「貴方ね、それを口実に練習をさぼろうとしてるの、分かってるのよ」

「な、なななんのことでしょう?」

「あははは……」

 

 散々頭を捻ったが結局は何も分からず、煮詰まっただけで練習に戻ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「悠くん、大丈夫?」

「……希か。ああ、大丈夫だ」

 

 皆が屋上に行った後、静かになった部室でぼうっとしていると、希が声をかけてきた。中々来ない自分を心配して迎えに来てくれたようだ。すると、

 

「……無理はせんでええよ」

「えっ?」

 

 いつの間にか視線を近距離まで合わせてきたと思うと、希はそっと悠の手を包み込んだ。

 

「手、震えてる」

 

 その言葉にドキリとした。気付かなかった、あるいは気づかないようにしていたのか、本当に自分の手が小刻みに震えていたのを希の手の感触から感じ取った。どうやらまだ先ほど見た夢のことや雛乃が犯人と疑ってしまったことを引きずっているらしい。

 

「……ごめん」

「ええんよ。悠くんはいっつも無理ばっかりしよるし……たまには、甘えていいんよ」

「……甘えて?」

「そう。例えば、こう」

「「はい、そこまで」」

 

 希が笑顔でハグしようとした瞬間、背後からガシッと肩を掴む手が2つ。それは目がちっとも笑っていない絵里とことりだった。

 

「いつまでも屋上に来ないと思ってたら……」

「ちょっとお話しようか?」

「あはは……せやね」

 

 乾いた笑みを見たが最後、希は2人に外へと引っ張られていった。ああなったら怖い。

 残された悠は少し希の言葉が気になっていた。

 

「甘える、か。俺は、誰かに甘えたことなんて……あっ」

 

 あるにはあった。

 あれは去年の冬。生田目をテレビに落としそうになった日のことだ。あの時に、自分でも整理しきれなかった感情を陽介に受け止めてもらった。今思うと少し気恥ずかしい思い出だが、相棒との絆を確かに感じた大事な出来事でもある。

 

「……あんなこと、誰にも言えないよな」

 

 あれは自分と相棒の秘密にしておこう。そう思いながら、悠は練習をしに屋上へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 その夜……

 

 

『あなたの、テレビに、時価ネットたなか~♪ み・ん・な・の欲の友♪』

 

 

「……甘え方が分かりません。何か良い手はありませんか?」

「何言ってんだい、アンタは」

 

 練習後、希の言葉が引っかかっていた悠はアドバイスを受けるためにネコさんの店に来ていた。案の定、営業中だったためネコさんにはしかめっ面をされてしまったが。

 

「いや、希に甘えていいと言われて……具体的な甘え方が分からないというか……」

「はあ、全く。じゃあ試しにこれ飲んでみるかい?」

 

 最近同じようなことが立て続けに起こっている故のストレスが溜まっているのか、投げやり気味にネコさんはカウンターに液体の入った小瓶を置いた。

 

「なんですか、それ?」

「ああ、常連のおっさんからもらったんだけどさ。なんか子供に若返るっていういかにも怪しい薬さ。そのおっさん、高校の教師で生徒を実験台にして試したら成功したんだと。飲んでみる?」

「結構です」

 

 そんな怪しい薬を試す度胸はない。そんな度胸があるのは怪盗の後輩だけで十分だ。

 それに、どうせ飲んで子供になったら怖い園長先生に服を借りに行ったり、材料が足りないからとその中年の高校教師に昆布を買いに行かされるのだろう。

 

「だよねえ。でも、他の方法となると……あっ、そうだ。ナルやん、アンタ今週末ひま?」

「多少時間は」

「実はさ、知り合いが学童保育の仕事やってんだけど、2人ほど空きが出ちまったらしくてね」

「はあ……」

「ナルやん、稲羽にいたときに学童保育のバイトやってたんだろ? 良かったら手伝ってくれないかい?」

 

 確かに昨年の夏休みに学童保育のバイトはやったことは事実だが、何でネコさんはこのことを知っているのだろうか。

 

「もちろん給料も出るらしいし、園児に触れ合えたら、ナルやんが悩んでる甘え方が分かるかもしれないだろ?」

「…………」

 

 そう言われては行くしかないだろう。受験なのにという言葉は今更だが、この問題を引きずると後々面倒なことになりそうなので、早めに解決した方がいいだろう。

 

「……別に良いですけど」

 

 決してくれた悠にネコさんは喜びの手を叩いた。

 

「りょうかい。あとさ、もう一人誰か紹介してくんない? μ‘sの子とかで適任者はいるだろ」

「適任者?」

「例えば、母性があって優しくて、子供の扱いが上手そうなさ」

「…………」

 

 一瞬、その条件に希が頭に浮かんだが却下した。何となく、このことは希と解決すべきではないと思ったからだ。

 だが、希以外でこの条件に合うメンバーというと……

 

「………………あっ」

 

 心当たりが一人いた。

 

 

 

 

「花陽。今週末、空いてるか?」

『えっ!? あ、空いてますけど……』

「良かった。じゃあ、当日ネコさんの店に集合で」

『は、はいっ!』

 

 思いついたのは花陽だった。早速電話してみると、速攻OKだったので安心した。

 

「バッチリです」

「今の、どっか誤解を生んでそうだけど、大丈夫かい?」

「ええ、もちろん」

 

 傍から今の通話を聞いていたネコさんはデジャヴを感じていた。

 

 

 

 

 

 一方……

 

 

「やっ、やったあああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 通話を終えた後、花陽は突然降ってきた幸運にテンションが爆上がりした。そして、その衝動を抑えきれずにシャドウボクシングを始める始末。

 鳴上悠が、あの憧れの人が自分をデートに誘ってくれたのだ。その事実に喜ばない人はいないだろう。

 それに、花陽には他のメンバーにはない自負があった。それは

 

 

“μ‘sメンバーの中で一番最初にデートに誘われたという事実”

 

 

 もちろん、それは悠にとって穂乃果たちのファーストライブに来てくれたお礼という意味合いでのことだし、謝罪ややむを得ない理由で他のメンバーとのデートイベントはあった。だが、そんなことはどうでもいい。重要なのは悠が一番最初に自発的に自分をデートに誘ったという事実。その一点こそが、他のメンバーにはない強み。それが、花陽を突き動かしていた。

 

「うふふ、今週末は何着ていこうかな~♪」

 

 沸きあがる鼓動とチャンスに心を躍らせながら、花陽は自室のクローゼットに手を掛けた。

 

 

 

 

 

 と、思っていた。

 

 

 

 当日

 

 

 

「はあ……」

 

 そして案の定、花陽は気落ちしていた。

 デートかと思いきや、まさかの学童保育のバイトのお誘いだった。せっかく気合の入った私服を着てきたというのに、ジャージに着替えさせられたので空回りした気分だ。

 

「花陽、どうしたんだ?」

「……知りません」

 

 この状況の原因たる悠は呑気にそう聞いてきたので、花陽の機嫌は悪くなっていく。どうしたのだろうと花陽の不機嫌さに慌てる悠に、やっぱりと嘆息するネコさん。

 

 

 本日のバイト、雲行きが怪しくなってきた。

 

 

To be continuded.




今話を最後まで読んで下さり、ありがとうございます。いかがだったでしょうか?

最近仕事も忙しいのですが、一方で悪質な商法に引っかかって危ないところだったという苦い出来事が……。皆さんも気をつけて下さい。頭で違和感を感じたら、速攻で逃げるように!!

そんなことが起こっても、【SPY×Family】や【かぐや様は告らせたい~ウルトラロマンティック~】のアニメや、篠原健太先生のウィッチウィッチの最新刊を糧に気分を上げて頑張ってきました。やっぱり面白いですからね。
松岡さんと小松さん、福島さんによるボイスコミックもとてもよかったです。このメンバーでアニメ化してほしい。

次回もなるべく早く更新したいと思いますので、それまでお待ちください。


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#119「Love & Comedy ~Cinderella~2/2.」

お久しぶりです。ぺるクマ!です。

更新を4ヶ月以上も待たせてしまい申し訳ございませんでした。
仕事を辞めて大学院を目指すことになったので、退職手続きや引っ越しなどの作業でバタバタしていて、中々執筆の時間を取れなかったので、これから徐々にペースを上げていきたいと思います。
もう最終章の構成はできてるんですが、文字に起こすのはとても難しいですね…(笑)

改めて、新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございました!
今後ともこの作品をよろしくお願いいたします。


それでは、本編をどうぞ! 


 前回までのあらすじ

 

 ラブライブ本選も近づいたとある日、不吉な夢を見て気が動転した悠は希から“甘えてもいい”というアドバイスを受けた。しかし、如何せんリーダーや兄のポジションを貫いてきた悠は他人に甘えるということ自体よく分からなかった。

 そこで、ネコさんのアドバイスを受けて学童保育のバイトをすることになった。その助っ人として、花陽を呼んだ悠だったのだが、

 

「……」

 

 この通り、花陽は不機嫌だった。お陰で精一杯おしゃれしてきたであろうメイクや洋服で作られた可愛らしい顔が険しくなっている。

 元はと言えば、勘違いしてしまう誘い方をした悠に原因があるのだが、デートだと勘違いした花陽は真実を知った途端、隣を歩く男に対する怒りや勘違いしてしまった自己嫌悪などで心情が複雑になってしまったのだ。

 やはりこうなったかと事情を察したネコさんですらやれやれと傍観を決め込む始末。

 

 そんなネコさんが本日2人を手伝いに連れてきたのは【藤村児童館】というところだった。

 

 

「よくぞ参られた! 強大な敵に立ち向かおうとする勇者たちよっ!!」

 

 

 正門をくぐると、RPGでよく聞くセリフが甲高い声と共に聞こえてきた。突然のことに悠と花陽は仰天したが、ネコさんはその声を聞いた途端げんなりした。

 

「はあ~、やっぱりここにはアンタがいるわけだよねえ」

「やっほ~、オトコ~! 待ってたよ」

 

 すると、いつの間にか目の前に茶髪の元気そうな女性が姿を現していた。おそらく今の声はこの女性のものだろう。

 

「オトコ言うな。全くアンタがいなさそうな日を狙ったっていうのに……相変わらず騒がしいね、タイガー」

「タイガー言うなっ! あんただって相変わらずじゃないか、オトコ」

「だからオトコって言うなって言ってんだろ!?」

 

 互いに罵り合う音子とタイガーと呼ばれた女性の様子に悠と花陽は唖然としてしまった。

 ちなみに、このタイガーという女性は“藤村大河”と言う名前で案の定ネコさんの腐れ縁、つまり悠の父親とも同級生だったらしい。

 何だかどこかで見たことがあるような感じがするのだろうが、気のせいだろうか。

 

「んっ? んんっ? ねえオトコ、この子があいつの息子?」

「えっ?」

「へえ、本当にあいつそっくりだわ。顔もそうだけど、雰囲気とかさ」

「だろ? あたしも最初会ったときはあまりに似すぎてびっくりしたもんさ」

 

 大河はふと悠の存在に気付くと懐かし気にまじまじと悠を観察し始めた。何だか珍獣を見つけたような感じで見られるのは、こそばしい。

 

 この時、不機嫌な花陽はすっかり蚊帳の外だった。

 

 

 そして……

 

 

「は~い、みんなちゅうも~く! 今日来られなくなった言峰先生の代わりに来てくれたお兄さんとお姉さんよ~! 元気に遊んでもらいなさい」

 

 

ワアアアアアアアアアアアアア

 

 

 大河さんの活気ある紹介に児童たちの歓声が沸き上がる。

 思っていたものと少し違ったが、何だか楽しそうな学童保育でよかったと悠は思った。

 

「…………」

 

 だが、それに反して隣の花陽は不機嫌なまま。否、更にひどくなっている気がする。

 理由は、おそらく先ほど気合を入れて選んだ洋服や靴などは全部大河にひん剥かれて、無地のジャージとスニーカーに着替えさせられたからだろう。おまけに強制クレンジングまでされてしまった。

 いきなりひん剝かれて何故ジャージなのか、パワハラではないかと花陽が激しく抗議したところ、

 

「動きやすく汚れてもいい格好である! 児童たちのお世話に、おしゃれ心など必要なし!!」

 

 とのことだった。加えて、あんな高そうな服を子供たちが汚してしまったら、花陽にも親御さんにも申し訳ないんだと言っていたが、納得いかない。十分にパワハラに値しそうな発言もあるが、せっかく悠のために着てきたのにこれでは意味がないではないか。

 そんな花陽の心情を知らず、状況に冷や汗をかきながらも悠と花陽の学童保育のバイトが始まった。

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ、あそんであそんで~!」

「はなよせんせい、わたしもわたしも」

「わたしも!」

「ああちょっと待って~~!」

 

 初めてのバイト、更に子供の面倒をみるということに慣れていないのか、花陽はあたふたとしていた。次々と襲い掛かる子供たちのお願い攻撃。一つだけでも聞くのに精一杯なのに、一斉に来られてはたまったものではない。

 花陽は開始早々にあたふたとしてしまった。

 

「はい、できたぞ」

「わあ、ゆうせんせいありがとう!」

「ゆうせんせい、つぎはわたしとあそんで~」

「いいぞ、ちょっと待ってくれ」

 

 それに対して、悠は手慣れたように児童たちの相手をしていた。

 去年、学童保育のバイトをした時なんて、今世間で問題になっているモンスターペアレントみたいなものに関わってしまったので、それに比べればなんてことない。みんな元気な菜々子だと思えばいいのだ。

 そんな悠だからか、男の子はもちろんだが、特に女の子に人気だった。

 

「わあ! おにいさん、上手」

「たまたまだ。これは君にだな」

「わ~い! おにいさん、ありがとう!!」

 

 おままごとで遊んでもらった上に、鶴の折り紙というプレゼントを貰った女の子はとびっきりの笑顔を見せてくれた。

 

「……トウンク」

「???」

「な、何でもない」

 

 今何か悠の中でよからぬ感情が芽生えた気がする。そんな予感がした花陽は悠にジトっとした目を向けた。

 

 

 

 

 しばらくして……

 

「はあ~……」

 

 あまりに活気ある児童たちの相手に疲れてしまったので、花陽は隙を見て休憩を取っていた。正直児童たちの世話を舐めていた。こんなことを日頃からやっている保育士の皆さんには敬意を表する。もっと優遇されるべきなのではないかと花陽は思った。

 

「な~によ、こんなところでため息ついちゃって」

「……藤村さん」

 

 休憩を取っていると、いつの間にか背後にいた大河が話しかけてきた。

 

「あなたも大変だったみたいね。本当は今日デートだったんでしょ?」

「えっ?」

「やっぱりあいつの息子よね。散々思わせぶっておいてさ、結果は全部勘違いで終わるんだもの。あたしも何度も煮え湯を飲まされたもんだか」

 

 いきなり核心をついてきた会話にぎょっとしてしまった。

 どうやら大河たちの学生時代でも、悠の父親は色々とやらかしていたらしい。だからなのか、花陽の不機嫌な様子と理由についても、あらかた察していたようだ。

 束の間の会話だったが、何故か大河の様子にある考察が浮かんだ花陽は何気なく聞いてみることにした。

 

「……藤村さんも、悠さんのお父さんのこと、好きだったんですか?」

「んん~……どうだったかしら? まあ、好きだったんじゃない」

 

 あっさりとした答えだった。

 何となくだが、その雰囲気がどこか達観したようなものだったのが気になった。

 

「……何で好きになったんですか?」

「さあ? 何でだったかな? 正直あんまり覚えてないのよね。まあ一緒に過ごすうちに好きになったって感じかな?」

「はあ……」

「でもね、負けたって確信したときのことは明確に覚えていることはあるわ」

「えっ?」

「あれは卒業して5年くらい経った時だったかな?」

 

 そうして、大河は花陽にとある思い出を語った。

 高校を卒業して五年後、久しぶりに地元に集まって祭りで同窓会みたいなことをしようと当時の同級生たちが集まった。

 その時、悠の父親に想いを寄せている女性陣が絶対にこの祭りで悠の父親をものにしてみると息巻いており、大河もその一人だった。

 だが、悠の父親と共に現れたのは見たことがないぽっと出の女。後の悠の母親だったらしい。

 ぽっと出の女の登場に皆は驚いたが、そんなことは気にせず女性陣は彼にアピールを始めた。そして、彼は普段親しい女性には軽く褒めの言葉を掛けた。

 だが、不思議なことにぽっと出の女性には何も言わなかった。大河はそれに違和感を覚えた。

 

 そして、()()()()()()()()()

 

 度々見せつけられた熟年夫婦のような2人のコミュニケーション。言葉を交わさずとも、彼が出店の食べ物を食べ終えれば彼女はサッとそのゴミを受け取り、彼も彼で彼女の好みの味などを当たり前のように把握していた。

 以心伝心とはまさにこのことだろうと思わせる隙のない行動に、大河たちは思い知らされたしまった。

 

「なんかさ、納得しちゃったんだよね。あいつの隣にふさわしいのはあいつだって。それで、あいつを狙ってた女はほとんど諦めたわ。私を含めてね」

「…………」

「まっ、とんだダークホースが現れたものよね。私は正直ネコとくっつくんじゃないかって思ってたんだけどさ」

「えっ?」

「まっ、あなたも悔いのないように行動しなさい。自分がこれだと思った時に行動しなかった時の後悔ったら、辛いものはないわよ」

 

 そう言うと、大河は再び児童たちの輪に入るために、クールにその場を去っていった。しかし、今の大河の言葉は花陽の心を何気なく締め付けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、お昼寝の時間になった。

 悠の即席で作ったお昼ご飯が好評で、児童たちは満足感か幸せそうに寝そべっていた。ついでに何故か大河まで児童たちと寝そべっているのだが、責任者として如何なものだろうか? 

 これではどうしようもないので、悠と花陽はそっと教室を後にして、別室で休憩を取ることにした。

 

「はあ、大変でしたね」

「ああ」

 

 別室についてひと段落着くと、一気に疲れが出てきた。

 花陽はともかく、去年様々なバイトをこなしてきた悠ですら、テーブルに身体を預けてぐったりとしている。

 正直男の子たちとサッカーを一緒にやったとき、“ファイヤートルネードやって”だの“ゴッドハンドかマジン・ザ・ハンドをやって”と言われたときは冷や汗がでたものだ。ここでペルソナが使えたらイザナギを化身と称することができただろうが、それはそれで色々と怒られそうだ。今だって、あの作品は色々と大変なのだから。

 

「で、肝心の甘え方はわかりましたか?」

「全然」

 

 その言葉に花陽は椅子からずっこけそうになった。今回のバイトの目的はあらかた聞いていたが、まさかの無収穫に呆れてしまった。

 

「でも、段々とトウンクという感情は分かってきた」

「それは分からなくていい感情です」

 

 更に、余計な感情を覚えてしまった悠に花陽は再びジト目を向ける。

 ここに来た理由は一応聞いてはいたが、一体何しに来たんだ。私の我慢を返してほしいと花陽は思った。

 

「どうせなら、私にトウンクすればいいのに……」

「えっ?」

「ななっ!? 何でもないですよっ!」

 

 思わず本音を含んだ小言に慌てだす花陽。

 それはそうと、菜々子よりも年下の相手にその感情を抱くのはまずい。これは早々に何とかしなければ。ならいっそここで。

 そう思った時だった。

 

 

「大変よっ!!」

 

 

 バンっと扉が開いて誰かが入ってきた。そこにはかなり焦った顔の大河が息を切らしていた。

 

「藤村さん、どうしたんですか?」

「どうもこうも、子供たちが喧嘩しちゃったのよ!?」

「「えっ?」」

 

 

 

 

 

 

 

「ぼくの方が先だったんだぞっ!!」

「いいや、ぼくの方が先だった~~!!」

 

 現場に急いでたどり着くと、まさに喧嘩の真っ最中だった。おもちゃの取り合いという訳でもなく、どっちが先だったかを争って言い合いになっている様子だが、どういうことだろうか? 

 

「落ち着け。一体どうしたんだ?」

 

 こんな状況に手慣れている悠は一旦間に入って事情を聴くことにした。すると、

 

「だって、こいつが()()()()()()()()()()って言うからっ!!」

「……えっ?」

 

 衝撃の事実。まさかの内容に言葉を失ってしまった。

 どうやらこの子たちは午前中に不器用ながらも一生懸命遊び相手になってくれた花陽に一目ぼれしてしまったようだ。

 

「ぼくが先に花陽先生のこと好きになったんだぞ!」

「いいや、僕の方だって!」

「絶対ぼく!」

「ぼくっ!」

「…………」

 

 これは予想外の展開だ。この子たちぐらいなら、花陽に惚れてもおかしくないが、そんなことで喧嘩になるだろうか。

 

「あらあら、花陽ちゃん人気者ね」

「大河さん……」

 

 当の本人は既に微妙な表情を作っている。責任者の大河は他人事のように煽っているが、この事態、どう収拾するべきだろうか。すると、

 

「こらあっ!?」

 

 喧嘩する男の子たちにそう怒りながら近づいてくる子が一人現れた。あれは確か、午前中に悠がトウンクした女の子。

 

「何やってんの。しょうもないことで喧嘩して! 悠先生を困らせないでっ!」

 

 ままごとをしていた時と打って変わって強気に出ている女の子。どうやらままごとをする時と地の時は別人になるらしい。将来は役者かなと不本意に思ってしまった。

 

「しょ、しょうもないことってなんだよ!」

「ぼくたちはしんけんなんだぞ!」

 

 男の子たちも一瞬怯んだものの、負けじとそう主張する。しかし、それを聞いた女の子はやれやれと首を横に振った。

 

「あのね、()()()()()()()()()()()()()()なんだよ! あんたたちなんて目じゃないの!!」

「「えっ?」」

 

 

「ええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」

 

 

 突如として、落とされた爆弾。館内に響いたのは男子たちではなく花陽の叫び声だった。

 

「ちょちょちょちょっと~~~! 何言ってるの~~~~!!」

「だって、花陽先生と悠先生って付き合ってるんでしょ? 見たらわかるもん」

「あっ……えっと……その」

「そうなんでしょ? 悠先生?」

「えっ……ええっと……」

「あわあわわわわわわわわ」

 

 花陽は今日一番に心が乱された。まさかこんな小さな子に自分の秘めたる想いをばらされるとは思ってもみなかった。

 現に思い人である悠もどうコメントしたらよいのか分からないのか、困惑していた。

 状況は更に混沌を極めている。ここはどんな選択肢を出すべきか。

 そして、そうする前に更に事態をややこしくする者が動き出した。

 

「そうなのよ! かなちゃん分かってるわね~。そうそう、この子たち今年からお付き合いしてるのよ~」

「た、大河さんっ!?」

 

 大河の話を聞いて、周りにいた児童たちが一斉に色めき立つ。

 もちろんこれは女の子の想像に悪乗りした大河の根も葉もない作り話なので、矢面に立たされた2人は困惑する。特に花陽は現況を処理することができず、顔が真っ赤っかだ。

 

「もうね、手を繋ぐことはもちろんね、あんなことやこんなこともしてるんだって~。キスもしたらしいわよ~」

「「えっ?」」

 

 その話に男の子たちは反射的に花陽の方を見ると、花陽は未だ顔を真っ赤にしたまま俯いている。あの反応はまさにその話が真実なのだと受け取れた。

 

「だから、アンタたちに付け入る隙はないってこと。諦めて次の恋を見つけなさい」

 

―!!―

 

 ガーンと効果音が聞こえた気がした。大河のホラ話に青ざめた表情をみせた男の子たちはとぼとぼと肩を落として去っていった。

 この女性、子供にも容赦ないのか。ホラ話とはいえ、あまりに可哀想すぎる。

 それに、大河と子供たちに凄い爆弾を落とされた悠と花陽はしばらく顔を合わせることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あなたたち、今日はありがとね! お給料は後でネコに渡しておくから」

「「……はい」」

 

 ということで、本日の学童保育のバイトは無事終了。帰り際に大河から御裾分けだと大量のさつまいもを頂いた。何でも実家の祖父から送られたものらしいが、かなりの量を貰ったので、段ボール箱が重い。

 

「……」

「……」

 

 バイトが終わったのはいいが、未だ顔を合わせるのが気まずい2人。会話は続くことはなく、帰り道の静けさが痛ましい。

 この気まずさを紛らわそうと花陽は何とか話題を振り絞った。

 

「……それ、どうするんですか?」

「……しょうがないから、今度この芋を使って穂乃果たちと焼き芋大会をしよう。その方が良いと思うし」

「そ、そうですね……」

「……」

「……」

「……そう言えば、稲羽ではやらなかったな」

「そうなんですか? てっきり陽介さんやクマさん辺りがジュネスから持ってきてやってそうな気がしましたけど」

「いや、多分それどころじゃなかったから……」

 

 ちなみに地域によっては焚火が禁止されているところもあり、その上火元の扱いには注意が必要なので、この季節に焼き芋をやる際は注意してください。

 

「……」

「……」

 

 だが、会話が続かない。

 話題を続けようにも何故か続かないのだ。

 

「あ、あの……悠さん、今日はありがとうございます」

「あ、ああ……」

「……」

「……」

 

 更に続かない会話。そして、沈黙が2人の間に更に溝を作った。

 だが、そんな中で花陽は考えていた。大河に言われた言葉が引っかかる。

 

 

“あなたも悔いのないように行動しなさい。自分がこれだと思った時に行動しなかった時の後悔ったら、辛いものはないわよ”

 

 

 あれは花陽の心にずっと残っていた。あの言葉はまるで失敗した先輩からのアドバイスのように感じたからだ。

 このままではダメだ。花陽はそう奮起した。

 

「……悠さん」

「どうした?」

「あの、ちょっと疲れちゃったんでおんぶしてもらってもいいですか?」

「えっ?」

 

 花陽はわざとらしく痛そうに訴える。上手くも下手くもない演技だが、今日の仕事や児童との騒ぎで疲れたのかと思って、悠は花陽をよいしょとおんぶした。

 

「大丈夫か?」

「はい。悠さんの背中がとても大きくて居心地がいいです」

「そ、そうか…」

 

 そう言われると、どこかこそばゆい。それに背中越しに伝わる花陽の身体の柔らかさなどが悩ましい。

 

「悠さん、甘えるってこういうことですよ」

「??」

「自分が疲れている時とか、しんどい時にこうやって助けてもらえばいいんです。悠さんはずっと私たちのために頑張ってきたから、しんどい時は私たちに頼っていいんですよ」

「……」

「去年だって、陽介さんに甘えたこと、あるんでしょ?」

「えっ? 知ってたのか?」

「いいえ、何となく。悠さんが菜々子ちゃん以外に甘えるとしたら陽介さんかなって」

「……」

 

 自分と陽介はどう見られているのだろうかと悠は少し心配になってしまった。

 そんな悠を間近で見ている花陽は嬉しそうだった。

 

「だから、悠さんもこの先辛いことや悲しいことがあったら、私や真姫ちゃんたちに甘えて下さい。みんなもそう思ってますよ」

「……ありがとう。花陽」

「はい。それと悠さん、ちょっとこっちを向いてもらっていいですか?」

「??」

 

 不意にそんなことを言われたので、振り返ってみる。

 

 

チュッ

 

 

 すると、同時に上唇に優しい感触が伝わった。待ち構えていたであろう花陽の人指差しと自分の唇が少し触れ合ったのだ。

 そして、花陽は触れた人差し指をそっと自分の唇に当てる。

 

「なっ!?」

「ふふふ、間接キスしちゃいましたね」

 

 思わぬ出来事に悠は目を見開いて狼狽した。間接だったとはいえ、キスしてしまった。そんなあふためく悠の様子に花陽はおかしくなって思わず笑った。

 

 

「悠さん、今日は本当にありがとうございます。大好きです」

 

 

 夕日を背に花陽はニコっととびっきりの笑顔を向けた。

 

 

 後日、学校側にきちんと許可を得て、μ‘sメンバーによる焼き芋大会が行われた。その際、花陽がメンバーからかなりに詰問に追われてしまったのは、別の話。

 その話題でメンバーが沸き立っている間、悠は明後日の方向を向いていたが、頬を真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 桐条グループが所有する都内のビルの一室。そこは異様に冷たい空気で包まれていた。

 

「白鐘、本当にいいのか? 鳴上様たちに何も言わず、この人物を捕縛すると?」

 

 桐条グループの社長令嬢兼シャドウワーカー隊長である美鶴が対面に座る探偵王子こと直斗にそう問いかけた。

 

「……ええ。あの人たちは何も知らなくていい。何も知らず、ラブライブで優勝して……普通の青春を送ればいい。それが、あの人たちにとって傷つかない方法です」

「鳴上が、それを容認すると?」

「……もうあの人に、大切な人が目の前で傷つくのを見せたくないだけです。あの人が傷つくのは、もう十分です」

 

 昨年の稲羽市で起こった連続殺人事件から最近起こった彼の叔母が誘拐された事件まで、自分の恩人は何度も傷ついている。例え彼が追っている黒幕が、自分もよく知る()()()()だったとしても、もう彼にはこれ以上傷ついてほしくない。だから、この件は自分が片を付ける。

 そう語る直斗の目には、美鶴が慄いてしまうほどの覚悟を決めた冷徹な光を宿していた。

 

 

 物語は終盤へ。

 それぞれの思惑が交錯するとき、過去最大の戦いが始まる。

 

 

To be continuded.




今話を最後まで読んで下さり、ありがとうございます。いかがだったでしょうか?

次回から本格的に最終章に突入します。
どんな展開になるのか、真犯人は誰なのか、楽しみにして下さい。

話は変わりますが、PERSONA4のSwitch版が来年の1月に発売されると聞いて、テンションが上がりました!まあPSVita版とそんなに変わらないと思いますが、できたら追加コミュであいかを…なんて考えますが、ダメですか?

それに、最近は【ダンまち】4期や【BLEACH 千年血戦編】、【チェンソーマン】など面白いアニメもいっぱいあって良きです。
ポケモンSVも来月発売されますね。私は多分”ニャオハ”を選ぶかな?キャルちゃんに似てるから

次回もなるべく早く更新したいと思いますので、それまでお待ちください。


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