HACHIMAN VS 八幡 〜 オレハオマエデオマエハオレデ・いやちげぇから。こっち見んな 〜 (匿名作者Mr.H)
しおりを挟む
身勝手なおせっかい焼き・比企谷小町の章
「ふぁっ……」
カーテンの隙間から差し込む光で目が覚める。残念ながら、今日も愛しのお布団ちゃんと決別しなくてはならないのか……。
しかし、嫌々ながらも布団ちゃんとお別れをしようとしたとき、俺は妙な違和感を憶えたのだ。
「あれ?」
確かにカーテンの隙間からは光が差し込んでいる。だが、普段起きる時間帯に差し込んできている様子とは明らかに違うのだ。いつもなら直接差し込んできて、憎らしくも俺の顔を照らすはずの日の光が、今日はやけに弱々しい。
簡単に言うと、いつもよりも太陽が随分西へと傾いていて、日の光が直接差し込んでくる時間などとうに過ぎてるって感じ?
そしてなんだこの空腹感。もう20時間近く何も胃に収めてないってレベル。いやいやちょっと待て。
「おいおい……」
慌てて枕元に置いてあった暇潰し機能付き携帯電話ことスマホに手を伸ばす。
「……げ」
スマホ画面に映し出された時刻は、昼を優に回っていたのでした……。俺オワタ。
***
マジか……。俺どんだけ寝てんだよ。
やべぇな。今月何回目の遅刻だっけ。また平塚先生に愛の鉄拳食らっちまうじゃねーかよ。
まぁ遅刻もなにも、さすがに今から学校行ってもしょうがないから休んじゃうんですけどね。体調不良の上手い言い訳を考えておくとしようか。
にしても小町ェ……なんで起こしてくれないのん? 朝起きて来なかったら、一言くらい声掛けてよぅ……。
まぁ何度起こしても起きなかったから、仕方なく放置した可能性も微レ存。微どころか多大にあるね!
そんな事を考えながら、とりあえずはこの空腹感をなんとかしましょうかねと、あまりの空腹感に目が腐ってしまった俺は(あ、エブリタイム腐ってました!)、まるでゾンビのように一路リビングを目指す。リビングデッドってね☆
しかし、意気揚々とリビングの扉を開けた俺の目に飛び込んで来たのは、予想だにしなかった光景だった。
「小町?」
そう。なぜか小町が居たのだ。今頃昼飯を食い終わって5限か6限辺りに臨んでいるであろう小町がだ。
しかも小町はソファーにうなだれるような格好で小さく座っていた。
「ど、どうした、体調でも悪くなって早退してきたのか?」
だとしたらこれは由々しき事態である! 弱ったマイスウィートエンジェル小町たんを、お兄ちゃんは一刻も早く保護しなければッ!
しかし……しかし小町は……。
「ヒィッ!」
俺の顔を見るなり小さく悲鳴を上げてガタガタと震えだしてしまった。
え、なに? 俺ってばリアルにリビングデッドにでもなっちゃってるのん?
「ど、どうした!? なんかあったのか!?」
慌てて駆け寄る俺に小町は一層全身を震わせ、光彩を失った目から涙を溢れさせて「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と、お経でも唱えるかのようにブツブツと呟く。
「小町! どうした! なにがあった!」
これは所謂パニック状態というやつだろう。俺は多少乱暴ではあるが、震える小町の肩を掴んでゆさゆさと揺する。
「ごめんなさいごめんなさい……小町が全部悪いんです……小町はお兄ちゃんを身勝手に傷付ける最低な存在です」
「小町!」
「ごめんなさいごめんな…………あ、アレ……?
お、お兄ちゃん……? お兄ちゃん、だよね……? 本物のお兄ちゃんだよね……?」
「おう! 本物ってのがよく分からんが、お兄ちゃんだぞ! もう大丈夫だ! なんも心配すんな!」
小町、こんなに怯えちまって……。くっそ! 俺がいつまでもアホみたいに眠りこけてる間になにがあったんだ……! 俺がしっかりしてさえいれば……。
すると小町はようやく色が戻った瞳から大粒の涙をぼろぼろ溢し、思いっきり俺の胸に飛び込んできたのだった。
「ふ、ふぇっ……ふぇぇぇええっ! お兄ちゃんだぁ! 本物のお兄ちゃんだぁ! やっぱりあのお兄ちゃんは、偽者だったんだぁぁ!」
「……は?」
なんすかね、偽者のお兄ちゃんって。
***
謎の言葉を残し俺の胸にうずくまっていた小町がようやく落ち着きを取り戻し、おっかなびっくりながらも事のあらましをゆっくりと話してくれた。
「……小町が朝ごはん用意してたらね? メガネ掛けた葉山さん並みのイケメンなお兄ちゃんが、アホ毛をぴょこぴょこ揺らして起きてきたの」
いや、ツッコミどころ多すぎだろ。これはあれだな、小町は悪い夢でも見てしまったんだろう。
「落ち着け小町、俺はメガネなんか掛けねーし、ましてや葉山並みのイケメンなわけがない」
確かに目以外は整っている方だとの自負はあるが、それはあくまでも人並みにはってレベルだ。メガネ掛けたくらいで葉山並みのイケメンになどなるはずがないのである。
どこの漫画の世界の話だよ。メガネ外したらとんでもない美少女でした! なんて世界はこの世に存在しねーから。美少女はメガネ掛けてたって初めっから美少女だから。逆説的に言うと、メガネ掛けたくらいで葉山並みのイケメンになるスペックあったら、黒歴史量産工場とか言われないから。
おい、誰だそんなこと言ったやつ。
「あとぴょこぴょこしたアホ毛ってなんだよ。俺にそんなもん生えてた事あるか?」
そりゃ確かにキャラデザの関係で後々そういうもんも付け足されたかもしれんが、それはあくまでもただのキャラデザだから。本文でアホ毛が語られたことなんて一切無いから。
なんだよキャラデザって。ちょっとメタが過ぎませんかね。
「それ完全に別人だよね。なんで小町ちゃんはそれをお兄ちゃんだと思ったのかな?」
完全な別人が不法侵入してる時点で問題大アリですけどね。
「だ、だよね……今実際に本物のお兄ちゃんを目の前にしてそう言われたらおかしな事だらけなんだけど、なんでかあの時は間違いなくお兄ちゃんだって思っちゃって……」
なにそれ恐い。
「……で、なにがあった」
そう訊ねると、小町はなんとも哀しげに俯いてしまう。
「お兄ちゃん……あ、その、偽物のお兄ちゃんがね? 小町にこう言ったの……」
『お前は本当に最低な妹だな。俺の為だとか言って、おせっかいという名の自己満足を俺に押しつけてくる。俺の居ない所で勝手に俺の知り合いと連絡を取ったり勝手に待ち合わせ場所に呼んだり、あまつさえ俺を騙して勝手に千葉村に連行したりしたよな? 時には「夕飯はトマト」だの「お兄ちゃんと口聞いてあげない」だのと脅してまでも』
『なぁ、お前はお兄ちゃんの為とか言うけど、それをされた方はどんな気持ちになるか考えた事はあるか? もし俺が小町の為だとか言って同じような事をしたら、お前は嫌な気持ちにならないのか?』
『お前はいつも身勝手なんだよ。身勝手なおせっかいとやらでいつも俺を傷付ける。少しは自分がされたらって事くらい考えてみたらどうだ? この歪んだ気持ちを兄妹愛と勘違いしているクズ女め! 制裁だ!』
「……って」
「」
なんだそりゃ。いくら悪い夢とはいえ勘違いも甚だしいのはそいつの方だろ。
「……お兄ちゃん……ごめんなさい。小町、そんなつもり無かったんだけど、でも確かに小町はお兄ちゃんが嫌がってるかもとか、全然考えて無かったよね……」
「待て小町。小町が謝る事なんてひとつもないだろ。小町が身勝手に俺を傷付ける? そんなん初耳だわ」
「お、お兄ちゃんっ……」
「なんかよく分からんが、それはあくまでも第三者から見た一方的な見方でしかなくないか? まさに他人の家の事情に、なにも知らないヤツが身勝手に踏み込んでくんなよってレベルだ」
なにが自分がされた時のことを考えろだ、アホか。
俺と小町は14年も家族やってんだぞ。そんなのお互いがお互いを理解した上での行動じゃねぇか。
小町はこんな情けなくてしょーもない兄貴を、14年間も見守り愛してくれた大切な妹だ。だが俺は自分の情けなくてイタい行動で、そんな大切な小町を今まで何度も傷付けてきた。
中学の頃だって、俺は何度小町に悲しい思いをさせてきたのだろうか。身の程も知らず馬鹿みたいに何度も女子に告白しては振られて笑い者になった。
そんな笑い者な兄貴を持つ妹として何度も何度も辛い思いをしたはずなのに、それでも小町はいつだって俺の味方でいてくれた。
だからこれは、恨み言のひとつも云わず、ただ傷付く俺を優しく抱き締めていてくれた小町だから“こそ“の優しいおせっかいだろ。
小町には分かってるんだろう。自分がおせっかいを焼かなければ、このダメな兄貴はいつまでたっても家以外では笑えないだろうと。
事実、この一年間は小町がおせっかいを焼いてくれたからこそ、俺は外でもそれなりに楽しく笑って過ごせているまである。
それを薄っぺらい表面しか見てないようなよく知りもしないヤツが、身勝手な価値観を俺達兄妹の間に押し付けてくるんじゃねぇよ。
「いいか小町。俺はお前が身勝手だなんて思ったことは一度たりとて無い。だから謝んな」
「……うん!」
「だからお前が見たイケメンなお兄ちゃんとやらはただの悪い夢だ。気にしなくていい」
「……分かったよ。ありがとね、お兄ちゃん……! 小町、お兄ちゃんの妹に生まれてきて、本当に良かったよ! あ、今の小町的にポイント高い!」
ホント最後の余計なのが無ければな。
未だ涙ぐんではいるものの、心配させまいと無理に笑顔を作っておちゃらける小町に、俺は苦笑を浮かべながらも常よりもさらに愛おしさを感じるのだった。
「俺の方こそありがとな。俺の妹として生まれてきてくれて。あ、今の八幡的にポイントたっかーい♪」
「……うわぁ、お兄ちゃんさすがにそれは気持ち悪いよ……」
解せん……。
――しかし、それはそうとである。
「……で? まぁ下らない夢に間違いはないんだが、そのイケメンな偽お兄ちゃんとやらは、それからどうしたんだ?」
夢。そう、夢であるはずなのだ。だがしかし、なぜか胸騒ぎがする。
小町が言っているようなふざけた話が現実に起きうるわけはないのに、なぜだか俺の心臓は目の粗いヤスリで削られているかのように、さっきからずっとザワザワと酷く騒つき続けている。なぜなら、単なる夢とは思えないくらい具体的な内容を切々と話す、先程までの心底狼狽した小町の姿を目の当たりにしてしまったから……。
「……あ、うん。泣きだしちゃった小町を見てニヤッてしたら、満足したのかそのまま学校に行っちゃった……」
「なっ!?」
おいおいマジかよ! そんなイカれたヤツが俺の替わりに学校に行った……だと?
待て待て落ち着け。そんな事あるわけねーだろ。小町の夢だ小町の夢に決まっている。決まってる……よな?
……くっ。
「小町、お前はゆっくり休んでろ。俺はちょっと学校行ってくっから」
「え!? い、今から学校行くの!?」
「ああ」
「でも! 朝のお兄ちゃんは小町の悪い夢なんでしょ……!?」
「あたりめーだろ。どんなにイケメンだろうと、世の中に俺が2人も居てたまるかよ。超めんどくさそうだろうが」
「ぷっ、えへへ、確かに超めんどくさそう」
またもや不安になりかけた可愛い妹を渾身の自虐ネタで落ち着かせると、俺は小町の頭をポンと撫でる。
「だがな、万が一億が一とはいえ、人生ってやつは最悪な展開の予測をしておいて損は無い。なにせ神様は常に最悪な展開を用意して俺のライフをゴリッと削りにきてるからな」
神様、少しは俺にも優しさを下さい。
「だからだ。もし億が一小町の言っている事が夢では無かったとしてだな。そうすると、その偽者とやらは小町を傷付けたのと同じように、薄っぺらい表面上の事しか見ずに俺の知り合いに危害を加えてる可能性だってある」
本当にそうだとしたら、思い当たるフシがすげーあんだよなぁ……。
「……うん」
「そうすっとあれだ……べ、別にそいつらを心配しているわけでは無いんだが、こ、今後のお兄ちゃんの学校生活に支障が出っかもしれんだろ……? だからこれはあれだ……あくまでも俺の為に様子を見に行かなきゃならんだろ」
「……うん! 小町分かったよ! 要するにあれでしょ? お兄ちゃんの捻デレでしょ?」
「……ちちち違ーし。デレてなんかねーし」
――こうして俺は心配そうに見守る小町を残して、一路学校を目指す事になった。
本当は小町を1人残して行くのが不安ではないと言えば嘘になる。
しかし、もしこれが現実で、もしそのイケメン八幡が小町をこれ以上痛め付ける気があるのなら、朝の時点でその猶予はいくらでもあったはず。それなのにあの壊れ具合で満足して早々に家を立ち去ったという事は、とりあえずは小町への敵意は一旦落ち着いたと見て間違いないだろうし、標的が“他“に移ってしまったとも言える。
であるならば、小町を安全な家に残して俺から動いた方がいいはずだ。なぜならそんな有り得ない存在が本当に実在するのなら、この俺自身をそのまま放置しておくとも思えないのだから。
ぶっちゃけアイツらのことも少しだけ、ほんの少しだけ心配してないこともないこともない俺に出来ることといったら、なるべく早く学校に赴いて、なるべく早くこれが単なる悪い夢だったのだと証明することだけ。
今から急いでも、学校に到着する頃には放課後になってしまっているだろう。
もしかしたらすでに手遅れかもしれない。俺が大切に思うあの場所が、先程の小町のように壊されているかもしれない。
頼むから夢であってくれ。夢であるなら、放課後に登校したところを平塚先生に速攻で見つかって鉄拳を食らったって構わない。
そんなことを考えながら、俺は玄関を飛び出て自転車置き場へと走るのだった。
「!」
俺のチャリが無い……。昨日確かにここに鍵を掛けて置いておいたはず……だよな。
――やはり、なにかが居る……!
元々は1話終了の短編でと予定してたのですが書いてみたら少々長くなりそうだったので5話前後程度の連載作品としました
週1くらいの更新を目指してます
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
人の気持ちを考えない女・由比ヶ浜結衣の章
豪雨でチャリ通が不可能な日でもなければ、学校に向かう為にはまず使用することなどない電車に揺られ、さらに駅から歩くこと十数分。
チャリなら数分で到着するはずの駅から学校までのこの距離も、徒歩だとなんとももどかしい。
ようやく校門を潜る頃には予想通り放課後に突入していたようで、帰宅の為に俺とは真逆の方向へと足を進める生徒達とすれ違う。
俺はそんな生徒達を横目に見ながら、逸る気持ちを抑えてすぐさま部室へと……とは思ったのだが、いくらなんでもこのわけの分からない事態にはさすがの俺も動揺しているわけで、ノドがカラカラに渇いている事に意識が集中してしまっていた。
それはもう、あまりの渇きにノドが機能を停止して、このままでは声が出ないのではないのかと錯覚してしまう程に。
――仕方ない……まずはノドを潤そう。ここに来るまでのあいだ脳が様々な事を考え過ぎて、不足状態となってしまった糖分の補給も兼ねて。
思い立ったが吉日とばかりにダッシュで自販機へと向かうと、そこには今日も今日とて警戒心をすこぶる煽る危険な色彩の缶がどんと控える。
即座に購入しプルタブをカシュッと開いてやると、甘ったるい香りと申し訳程度の芳醇なコーヒーの香りが脳とノドと心をこれでもかと刺激し、俺はそれを一気に煽る、煽る、煽る。
一気なのに3回煽っちゃった。
よし、さすがは千葉の甘味処マッ缶さんだ。カラカラに渇き切ったノドを十分に潤してくれたと同時に、乾ききった脳も十二分に潤してくれた。
それにより、狭まっていた視界が一気に開ける。
――開けた視界に映ったのは俺の居場所、ベストプレイス。そしてそこで小さくうずくまっている…………由比ヶ浜の姿だった。
***
「ど、どうかしたか……?」
この異常な事態に対してあれだけ覚悟していたというのに、情けない俺は未だに現実を認めたくないのだろう。由比ヶ浜に掛けた声は、みっともない程に弱々しく震えている。
しかしそんな弱々しい声でさえも今の由比ヶ浜を驚かせるには十分だったようで、彼女は俺の声掛けにビクッと全身を震わせた。そして俺の顔を見た由比ヶ浜は……。
「ヒィッ!」
……あ、これついさっき経験したばっかのやつや。
俺の姿を確認した由比ヶ浜は、光彩を失った虚ろな瞳からポロポロと涙を溢れさせ――
「ごめんねヒッキーごめんねヒッキーごめんねヒッキーごめんねヒッキー……」
ぶつぶつと呟き始める。
「あたしは恋愛脳で無責任などうしようもないピンク頭です」
これはやっぱ駄目なやつだ。早く正気に戻さなければ。
小町と違い気安くボディタッチをしてしまう事は躊躇われたが、今は緊急事態だ、仕方がない。
俺は由比ヶ浜の全身から漂う甘酸っぱい柑橘系の香りを極力意識しないよう、小町同様肩を掴んで激しく揺すった。
「おい! しっかりしろ由比ヶ浜! 俺だ! 比企谷だ! 大丈夫だ、俺はメガネも掛けてないし大したイケメンでもないキモい比企谷だぞ!」
言っててなんだか涙目になってしまった。これが噂の自己犠牲って奴か(白目)
「……え? ヒ、ヒッ、キー……? メガネ、掛けてないヒッキー……? 大したイケメンじゃなくてキモいヒッキー……? ほ、本物……?」
おうふ……悲しい事に効果テキメン! あと由比ヶ浜の口から本物とかいう言葉が出るとちょっとキツいっす。
我々は犠牲と共に大きな勝利を獲たのである。
「ひ、ひぐっ……! ヒ、ヒッキーだぁ……! 本物のヒッキーだぁ……! やっぱりさっきのは偽者だったんだぁ! うわぁぁああぁぁんっ」
「おわっ! ちょっ?」
もう一度言おう。我々は犠牲と共に大きな大きな勝利を2つ獲たのである。
「おおおおちちゅけ! も、もう大丈夫だから、その……は、離れてくれると助かる」
「ふぇ? あっ……」
途端に真っ赤な顔で俺から離れる由比ヶ浜と2つのメロンちゃん。なにあれ、あんなに柔らかいもんなの?
「ご、ごめん」
「いや、ごちそうさ……なんでもない」
「?」
あぶねぇ。危うく手の皺と皺を合わせちゃうとこだったぜ……。
「それよりも、だ……なにがあった」
本当は聞かなくたって分かっている。メガネを掛けた葉山並みのイケメン八幡に酷い罵声を浴びせられたんだろ?
分かってはいるが、やはり小町以外の誰かの口から直接聞かないと、頭では理解したってどうしても心が理解してくれそうにもないのだ。
すると由比ヶ浜は随分と泣き腫らしたのであろう充血した瞳を真っ直ぐに向けて口を開く。
それは、俺の想像を軽く超えていた。遥か斜め方向に。
***
「……今朝もね、ヒッキーはクラスの女子にモテモテでね――」
「ちょっと待て。まずスタートから大きくつまずいちゃったわ。え、なんの話?」
「へ? いやだから……って、あれ!? なんでヒッキーがモテモテだし!?」
「いや知るかよ……」
いや、まぁそりゃ葉山並みのイケメンさんじゃしょうがないよね。問題は“今朝も“ってとこなのだろうが、それはもうこの際スルーの方向でいこう。
「……まぁいい。話の腰を折って悪かったな」
「え!? ヒッキーぎっくり腰かなにかになっちゃったの!?」
「で、なにがあった?」
「流された!?」
なんだよこれ、シリアスになれないよ。
「むー。……んで、ね? 特に今朝はすっごいモテモテでね? って言うのも、通学中に不良にナンパされてたメアリーちゃんを助けたからなんだって」
誰だよメアリー。
「あ、あー……誰だって?」
「もー! 相変わらずクラスメイトの名前も覚えてないし! メアリーちゃんだよメアリーちゃん! 折広メアリーちゃん! ゆきのん並みかそれ以上の、ウチの学校で一番の美人で才女の!」
やー、なんか頭痛くなってきたわー。
「な、なぁ、そのオリヒロとやらは、本当にクラスメイトか? この一年間、本当にクラスに居たか?」
「はぁ? あったりまえじゃん! だってクラスメイトだよ? 昨日だって一緒に…………あ、あれ? メアリーちゃん、昨日見たっけ……? てかこの一年、教室で見掛けた事あったっけ……」
「……オーケー、とりあえずそれはもういい」
ああ、なんかもう色々と理解してきたかもしれん。とりあえず記憶が改ざんされてる事だけは理解した。
にしてもあれだよね。どうして世の二次創作オリヒロって、メアリー・スーにしなきゃ気が済まないんだろうね。学校一の美少女とかって設定がないと存在しちゃいけない決まりでもあるのかな?
いちいち雪ノ下を比較対象にして踏み台にしないと個性が得られないのん? いいじゃん、別に学校一の美少女じゃなくたって。でも逆にそれのおかげで、個性どころか判を押したかのような無個性完璧美少女(笑)ばっかりだからッ!
こら八幡! 今回もおメタが過ぎますよ?
「で、そのナンパされてたメアリーちゃんとやらを俺が助けた……と」
「うん! なんかね、何人も居た不良達を、しゅ、しゅんさつ? したんだって!」
「ああ……そう」
そっか。俺って実は超強かったんだなぁ。
すげぇな俺。趣味が人間観察だから、相手の目線とかちょっとした動きとかで攻撃を瞬時に見切って、無双しちゃったりするんだね!
うん、喧嘩なんかしたことねー。
「……で? それとお前がここで泣いてた事はどう関係してくるんだ……?」
まさかとは思うが、こいつ暴力振るわれたりしてねぇだろうな……!
「あ、それとこれは直接繋がりは無いんだけどぉ……」
じゃあなんで話したんだ。メアリーも不良瞬殺も関係ないのかよ。
俺の知らないところで俺TUEEE! を聞かされるこの地獄。
「でも、ね? メアリーちゃん達に向けて「別に大したことしてねーから気にすんなよ」って優しく微笑んでたヒッキーが……放課後に話がしたいから、俺のベストプレイスに来てくれないか? って、言ってきたの……」
と、散々無意味な話をした挙げ句、ここでようやく本題に入るようだ。
それにしても優しく微笑む俺とか気色悪い。
「わざわざ呼び出すなんて珍しいし、なんかすごい真剣な……てゆーか恐いくらいの顔してたから、ゆきのんにも誰にも聞かれたくない話なのかなー? って思って、不安だったけど来てみたら……」
由比ヶ浜は、辛そうに苦しそうに顔を俯かせる。
「ヒッキーに……んーん、偽ヒッキーに言われちゃった」
『お前は本当に馬鹿だ。その無責任な恋愛脳で、一体どれだけ俺を苦しめれば気が済むんだ。無責任に勝手に受けた依頼を俺に任せきりにしたクセに「人の気持ち考えてよ」とか、よく恥ずかしげもなく言えるよな』
『お前はことあるごとに人をキモいキモい言うけどさ、それがどれだけ俺を傷付けてるか分かってっか? 人の気持ち考えてよ(笑)じゃないのかよ』
『大体お前さぁ、犬救けてやったのに一年もお礼に来ないとか常識的にどうなの? 人の気持ち考えたら、普通お礼に来るだろうが。本当にお前はどうしようもないクズだな、このピンク頭が! お前なんかハブられて学校居づらくなって転校させてやるよ! 制裁だ!』
「……って」
「」
はぁ〜、やっぱりだ。小町の時と一緒で、完全に薄っぺらい表面しか見てない第三者の戯言だ。
そもそもピンク頭とか言ってる時点でお察しだろ。だって由比ヶ浜はピンクがかった明るい“茶髪“なのだから。
あれだよね。原作読まずにアニメだけ観てる人って、髪の色を語らせるとすぐ分かるよね。あれでしょ? 葉山は金髪、川崎は青髪、折本は茶髪とか思ってんでしょ?
バッカお前、そしたら戸塚白髪になっちゃうだろうが! 戸塚に白髪とか言ってみろ、殺すぞ!
「ひくっ……ごめんねヒッキぃー……! 全然そんなつもり無かったけど……グスッ……あたしってヒッキーにすごい酷い――」
「待て由比ヶ浜。お前が謝るとこなんてどこにも存在しねーよ」
「……え?」
「その罵倒は、俺達の一年間を表面しか見てない人間の、一方的な価値観の押し付けでしかない。俺がお前の無責任さで傷付けられただ? そんなもん俺が初耳だ。ソースが俺なんだから間違いない」
「ヒ、ヒッキー……」
確かに由比ヶ浜にはよくキモいと言われるが、実際リアルにキモいしね!
そもそも、俺初対面の由比ヶ浜に「ビッチ」とか言っちゃってるし。初めて話した女の子に対して、見た目だけでビッチ呼ばわりとかスゲー最悪だろ。今の世の中なら普通に訴えられて賠償金を支払わされた上、世間様に「差別だ!」と騒ぎ立てられて断罪されちゃうレベル。
あと由比ヶ浜が一年間お礼に来てないとな? いやいや、こいつ事故のあと菓子持って家までお礼に来てるから。
小町言ってたろ。「お兄ちゃん寝てたからね」って。
つまり俺が昼寝してなきゃ、その時点でお礼は済んでましたから。
まぁ学校に復帰してからも直接お礼には来なかった。でもな、違うクラス、それもぼっちの異性に声を掛けるのがどんだけ難易度が高いと思ってんだ。
こいつはルミルミの件の時に苦しそうな笑顔で言っていた。
『周りの人が誰も話しかけないのに話しかけるのってかなり勇気いるんだよね』
と。
これは想像でしかないが、由比ヶ浜の性格をそれなりに理解しているヤツなら誰でも辿り着く想像だろう。一年生の頃、由比ヶ浜は俺に声をかけようと何度も何度もオレのクラスを覗きにきたものの、あと一歩の勇気が足りずにそのままズルズルと時間が過ぎていき、ずっと苦しんでいたのではないのだろうかと。
これを当事者でもない第三者が文句言うとか、まさに価値観の押し付け、余計なお世話でしかねーから。
あと無責任とか恋愛脳ってなんだよ。友達に恋愛相談されて、ノリノリになって何が悪いというのか。
一体ヒロインにどんだけの清らかな心を求めてるのん? ヒロインは聖人君子じゃなきゃ許せないのん?
由比ヶ浜なんてイマドキの女子高生そのものだ。良い面だってあれば悪い面だってある。そこから色々学びとって成長してくのが人間らしさってもんだろ。
そんなんだから“雪ノ下以上の美少女“のガワだけ被った無個性なメアリーしか愛せねーんだっつの。
それに無責任もなにも、こいつ修学旅行中、戸部が気持ち良く告白できるように超頑張ってたじゃん。
なんなら俺はそれに付いてって肉まん食ってただけだし。
「だから由比ヶ浜、その偽者の言葉にはなんの価値もない。気にするな。……す、少なくともあれだ。俺はお前のそういうアホなところに今まで何度も救われたことがありこそすれ、傷付いた事なんてねぇから。……それでもまだ納得できねぇって言うんなら、また今度ちゃんと聞いてやる」
ぐふっ! 別に偽者の戯言を潰すぶんにはなんの問題もないのだが、こういうクサくてむず痒いフォローを入れなきゃなんねーのが俺に一番効く!
「うん……! ありがと! ヒッキー」
「お、おう」
あまりの熱さに、手をウチワがわりにパタパタ扇ぎながら考える。
――この偽者騒動。俺の予想が外れていなければ、その偽者はたぶん……
まさかこんな非現実的なことが自分の身に降り掛かるだなんてな。
だがしかし、これで当初の緊張はようやく解けた。残るのは、その偽者に対する怒りだけ。
これはあれだ。読書家としての見解を述べさせてもらうなら、これは典型的な“文字列しか読めてないヤツ“のイメージだ。
現実世界には、文字列だけではない“行間“というものが存在している。
当たり前だ。活字だけで人の生活すべてを表せるわけがないのだから。
だが小町への罵倒や由比ヶ浜への罵倒を聞けばすぐに分かる。ああ、この文句言ってるヤツは、行間、つまりその合間合間にあるであろう出来事を想像出来ないヤツなんだな、と。
事故謝罪の件にしても恋愛脳の件にしてもそう。きちんと物語の裏側まで読めれば見えてくる、想像出来る物事も、文字列しか読めないから薄っぺらい表面だけが全てだと思い込んで、そこで思考が停止してしまうのだ。
ま、ピンク頭とか言ってる時点で、その文字さえも読んでるかどうか疑問が残るけれど。
「ヒッキー……! あたしはもういいから、ゆきのんのトコに行ってあげて!」
そんな思考の海に潜っていると、不意に由比ヶ浜から力強い声がかけられた。
「あたしをわざわざこんなトコに呼びつけて部室から離したってことは、たぶん偽ヒッキーはゆきのんのところにも行ってるんじゃないのかな。……ごめん……あたし、今はまだ腰が抜けちゃってて早く走れそうもないの。すぐ追いつくから、先に行ってゆきのんを救けてあげてて!」
――ほらな。やっぱり由比ヶ浜は優しい女の子だよ。
ついさっきまであんなに震えてたのに、あんなに泣いてたのに、こんなに弱々しいのに。
それなのに、まず心配するのが他人なのだ、こいつは。
「おう。とりあえず行ってみっから、ゆっくり休んでから適当に来い」
そう言って、俺は由比ヶ浜の返事も待たずにすぐさま駆け出す。
俺が行ったからといってなにが出来るのかも分からないけれど、それでもたぶん俺が行かなきゃこのふざけた騒動は終わらない気がする。これはもう想像でも予感でもなく確信だ。
今行くぞ、待ってろ偽者。
ちなみにこの作品で折広メアリーさんというオリヒロの方は別に登場しません
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
聖職者の面汚し、暴力教師・平塚静の章
ひとつひとつの感想が熱くて長いものですから返信に物凄く時間が掛かってしまい、こちらの作品どころかメインで書いている方の執筆時間も全く取れなくなってしまったので、今後もどうしても遅れてしまいそうです
ゆっくりでも最終的には全て返信させて頂きますので、どうかご容赦くださいませ
特別棟に入ると、そこはいつも通り静けさ漂う無人の廊下。遠くから聞こえる運動部員達の掛け声が、この空間のより一層の静けさを演出してくれる。
放課後なのだから文化系の部員くらい歩いていたってよさそうなものだが、時間的に見て今は各部活にあてがわれた教室内で、青春という名の時間を各々楽しんでいるのだろう。
そんな、いつも通りな特別棟の廊下のはずなのに、今我が身に起きている不可思議な出来事を思うと、このいつも通りの静けさがなんともいえない不気味さを醸し出す。
だがそんなのは今さらだ。ビビるよりもまず成さなければならない事がある。今は一刻も早く部室にたどり着きたい。
本当はまだ1人になるのが不安で堪らないはずの由比ヶ浜が、行ってこーい! と力強く送り出してくれたのだから。
階段を一足飛びに駆け上がり2階へ。さらに上の階へと掛け上らねばと、3階へと伸びる階段を2段飛ばしで一気に走りぬけてやろうと足を踏み出した時だった。
「うう……」
2階から3階へと伸びる階段の途中、つまり踊り場から、そんな呻き声が聞こえた気がしたのだ。
予期せぬ声により一瞬だけ体が硬直し、踏み出した右足を階段ではなく床へと引き戻す。
――誰か、居るのか……? 踊り場に……?
いや、そりゃ誰か居たってなんら問題はない。だって今は部活動時間で、ここは文化系の部室がいくつもある特別棟なのだから。
大方どこぞの部室にでも向かう途中、荷物かなんかを踊り場でばらまいてしまった生徒でもいるのだろう。どうということもない。
そんな事よりも急がなければ! と、一旦引いてしまった右足をもう一度階段へと伸ばすと――
「……うっ……うぅっ」
またも踊り場からは声が漏れてくる。
しかも階段を駆け上がる事に集中していた先ほどと違い、今度はその声がはっきりと聞こえてしまった。
それは……呻き声というよりは嗚咽。しくしくと、世界の全てを涙の海で覆い尽くしてしまうかのような、そんな哀しげな泣き声……。
俺はゆっくりと階段を上る。
今現在降り掛かっている奇妙な出来事。そして、その不可思議な事態を終わりにしてやろうと走る途中に聞こえてきた、この哀しげな泣き声。
これでは、この事態に関連が無いわけないではないか。であるならば、いくら急いでいるとしたってこのままこの泣き声を放置するわけにはいかない。
ようやく辿り着いた踊り場までの最終段。手すりの陰から恐る恐る覗き込んだ踊り場には――
「うぅっ……しくしくしく……私はもう結婚できないのかぁ……」
体育座りでしくしく泣いている平塚先生がいらっしゃいました。
……うわぁ、めんどくさそう。
***
声掛けから「ひぃっ」までの一連のルーティンを済ませ、ようやく先生が落ち着きを取り戻してきた。
今回ばかりは倫理的にさすがに抱き付かれるわけにはいかず、ドキドキ緊張しながら少し離れて説明させていただきました。
「偽者……か。いや、しかしそんな事が……」
と、先の小町由比ヶ浜のお気楽コンビとは違う大人の反応とでも言うべきか、3回目にしてようやく偽者という奇妙な出来事に首をかしげる被害者平塚。
てか前の2人の順応が早すぎただけだよね。泣いてた次の瞬間には「やっぱり偽者だったんだ!」となんなく事態に対応してみせたあの2人はさすがです。
「だがしかし……そう、だな。君は下らない嘘はたくさん吐くが、人を弄ぶ嘘は決して吐かない。そもそも今考えるとまったくの別人だしな。葉山くらいハンサムだったし」
「……」
さすがは平塚先生。イケメンではなくハンサムと来ましたか。今日び中々聞かないよね、ハンサム。
「……まぁ、早々信じられるような事態ではないんですけども、残念ながら実際に起きてしまっている事実です」
「そうか」
よし、とりあえず説明も済んだことだし、とにかく今はあの場所へと向かわなければならない。詳しい話は後々聞くとして、今は先を急ごう。
……てかさ? 後々聞くもなにも、このふざけた騒動が無事片付いたら、この世にも奇妙な物語はみんなの記憶から消えてくれるよね!? 消えてくんないと、クラスメイトに不良瞬殺のハーレムイケメン君ていう謎の記憶が残っちゃうんだけど。強くもないしイケメンでもないしハーレムなんてもってのほかなくらい目がどんより腐った普通の男の子なのにっ(白目)
そんな恐ろしい未来にひとり恐れおののきつつも、涙を飲んで先を急ごうと部室に向けて足を踏み出した時、不意に平塚先生がこんな恐ろしいセリフをぼそりと呟いたのだった。
「では、先日転校してきたばかりの結城と一緒にいた比企谷は、やはり偽者だったのだな……」
「え、なんだって?」
***
つい目上の聖職者に対してタメ口で難聴系してしまうのも致し方ない。
だってさ、この人いきなり変なこと言いだすんですもの。八幡ビックリしちゃったよ!
「せ、先生、今なんて……?」
「ん? いや、だからあれは偽者だったのだなと」
「いえ、その前」
「ああ、転校生の結城と一緒だったというところか?」
「誰だよ結城」
おい、マジで勘弁してくれ……ここにきてさらなる追加シナリオ発生かよ。
「ははっ、君はなにを言っているのかね。結城だぞ結城、結城明日奈に決まってるだろう。君と一緒にあのSAO事件を見事生き残り、その君を追い掛けてつい先日わざわざうちの学校に転校してきた結城明日奈だ」
「……」
おうふ……さす俺。
俺ってばいつの間にかあのデスゲームの生き残りになってたのかー(棒)
しかも俺を追い掛けてきたんだね、アスナ!
「しかし偽者とはいえさすがはあの英雄ハチというところか。先ほどこの私にあそこまでの罵倒を浴びせた際の見事な胆力。なかなか出来る事ではないよ」
やだ! しかも英雄にまでなっちゃってるってさ!
ねぇ? キリトは? キリトくんはどうなっちゃったのん!?
「フッ、しかし私とてあの時ナーヴギアさえ手に入っていれば、みすみす可愛い生徒を危険に曝さずとも済んだだろうに」
「先生落ち着いて下さい! それラノベの話です! ナーヴギアなんかこの世界には無いですよ! 俺達にはまだプレイステーションVRが関の山ですから!」
「ははは、君は一体何を言っているのかね。現に……ん? ……ハッ!? そう言えば先日、開店前のビックロに行列が出来ていたから何事かと思ったら、VRの購入抽選をしていたような……!」
なんだよその余計な情報。あんた朝の10時前に新宿でなにやってたんだよ。
「くっ……こ、これが記憶の改ざんというやつかっ……あまり気分の良いものではないな」
苦々しく笑ってそう呟いた先生は、胸ポケットから取り出した煙草に火を付け、なんともサマになる格好良さで煙と溜め息をふぅと吐き出した。
……あの、ここ校内なんですけど……。
しかし……。
ねぇねぇ、俺ってどこか違う世界とかに出張サービスとかしちゃってんの?
しかも俺を追い掛けてきたヒロインといい英雄呼ばわりといい、それ完全に嫁も活躍も奪っちゃってるよね? その世界ではキリトさんはどこ行っちゃったのかな?
キリトに憑依とかしたならまだしも、まさか俺の隣で俺に嫁と活躍を略奪されるところをしっかりと見せつけられたりしちゃってないよね!?
……やめてぇぇ! キリトくん欝になって死んでまうよぅ! 出張したならしたで、美味しいとこだけ持ってかないでちゃんと自分自身の活躍をしてよぅ!
そもそも俺、なんで自ら進んで英雄の道を歩んじゃおうと思ったの? どう考えても、絶対に攻略組になろうとか思わないよ?
ヘビーゲーマーでもなければ反射神経が人並み外れてるわけでもない。ましてリアルで剣道かじってるわけでもないただの面倒くさがりでヘタレな俺が攻略してやるぜ☆だなんて、ただの死亡フラグですから! 適材適所って素敵な言葉に従って、ほぼ間違いなく始まりの街に引きこもるから!
……大体、アスナはキリトだから好きになったんじゃないのかよ。
別に強さとか活躍に惚れたわけじゃなくて、彼の内面の強さも弱さも全部含めて、一生寄り添っていたいと思えるほどに心底惚れ込んだんじゃないのかよ。
そしてそんな素敵な女の子だからこそ、ヒロイン・結城明日奈は読者に愛されてるんじゃねぇの? ファンとして愛してるんじゃねぇの?
それなのにただ同じ活躍をした(奪った)ら、別にキリトじゃなくても誰でもいいっていうような尻軽なチョロインになっちゃっても、ファンとしてはそれでいいの? それってヒロインに対してとても失礼だと思うわ。
悪いけれど、一読者として客観的に物語を楽しむ読書家としては、その考え方はよく分からん。
はぁ……それにしてもどうしよう……まさか俺、さらに色んな世界を旅して至るところで略奪行為とか働いちゃってないよね……? 俺達が助かったのは全部ハチマンのおかげだよ! とか言われちゃってないよね……?
お願いだから余所様にご迷惑をお掛けして各所から恨み買わないで!
どうかクロスは相手先の主人公のファンも居るのだという事を忘れないでッ!
「どうした比企谷、真っ青になっているが?」
「あ、いや、はい」
もう、なんでもいいっす……。
「……しかしいくら偽者とはいえ、君に……いや君ではない君に浴びせられた罵倒はなかなか心に響いたよ」
「す、すいません。俺急いでるんで、またあとにしてもらえな――」
「フッ、バッサリと言われてしまったよ」
『この職権乱用の無能暴力教師が! 部活動を生徒に強要させるなんて、聖職者として恥を知れ!』
『依頼にしても千葉村にしても文化祭にしても体育祭にしても、自分はなにもしないで全て生徒に押し付けやがって! しかも暴力を振るってまでなぁ! そんなんだからいつまで経っても結婚出来ないんだよ!』
『お前のような無能で無責任な教師は教育委員会に訴えて、どこかの地方に飛ばされるか懲戒免職処分に追い込んでやる! ハハハ! もうそうなったら結婚どころでは無くなるなぁ。ま、もともとお前なんかに嫁の貰い手があるわけがないがなぁ! ザマァ見ろ! 制裁だ!』
「……とな」
「」
結局聞かされちゃったよ! なるべく聞きたくなかったのにぃ……。
てか口調! すでに俺に寄せる気ゼロかよ。
「……すまん。まさかそんな風に思われてしまう行為を平然としていたなんてな……これでは本当に教師失格――」
「待ってください。先生はなにも間違ってないですよ。むしろすげぇカッコいいまである」
「ひ、比企谷……」
まったく……その偽者ってやつは本当になにも見えてねぇんだな。
確かにこの人は奉仕部に入部することを強制した。それは間違いない。
だがどうだ。もし先生が俺を奉仕部に入部させなかったら、俺のこの1年はどうなっていた?
特に語ることもないような、ただ生きているだけの、ただ感情を捨てて学校に通っているだけの無味無臭な味気ない1年間。それが、俺が総武高校に入学してからの1年間だった。
もし奉仕部に入部しなかったら、俺の2年目の高校生活はその1年間となにか変わっただろうか? 答えは否だ。変わるわけがない。なぜならその時の俺がそれを望まなかったのだから。
偽者はそれを職権乱用した強要と言うが、じゃあ2年目の俺が1年目と同じような無味無臭の高校生活を送っていたら、そちらの方が幸せだったのにと思うのだろうか?
――平塚先生は素敵な人だ。なにせこの捻くれた俺が唯一格好良いと認める大人なのだ。あと10年早く生まれていたら心底惚れていただろうと迷わず思える人なのだ。
そんな格好良くて素敵なこの人には最初から分かっていたのだろう。このままではこいつはろくな成長をしないだろうと。
だからこそだ。だからこそだろ。無理矢理にでも奉仕部に入部させたのは。
そして今の俺はどうだ。確かに奉仕部に入部してから、辛いこと苦しいこと色々あったけれど、今俺はあの場所が大切な場所だと思えている。
雪ノ下の淹れる紅茶の香りに包まれ、由比ヶ浜の楽しそうな笑い声に耳を傾け、そしてなぜかいつも居る一色のあざと可愛い我が儘に苦笑する日々。
今ならはっきりと言える。あの場所を失うのは嫌だ、と。1年目の無味無臭な高校生活に戻るのは面白くない、と。
そのことは一時期の自分自身の行動が証明している。あれだけ嫌悪していた葉山グループの上辺だけの付き合い。こんなものはただの欺瞞だ、青春とやらの下らない押し付け合いだと蔑んでいた。
それなのに俺は、そんな嫌悪していた上辺だけの付き合いに縋ってまでも、あの場所を失いたくないともがき、毎日あの場所に通い続けたのだから。
完全に平塚先生の目論み通りだ。
どうだよ偽者。俺は平塚先生の無茶な強制入部のおかげで、今なかなか悪くない高校生活を楽しんでいる。それでもお前は、味気なかった1年目の俺の高校生活を……ひとりぼっちの夏休みを、ひとりぼっちの文化祭を、ひとりぼっちの体育祭を、ひとりぼっちの修学旅行を、ひとりぼっちのクリスマスを見てみたかったのか?
それと無責任教師だっけ? 自分はなにもしないで、生徒に全部押し付けた?
え、なに? 先生が本当に無責任に全てを押し付けたとかマジで思ってんの? ホントおめでたい頭してんな。
まぁ子供には分からんかもしれんけど、社会に出たらさすがに分かると思う。悪い上司と良い上司とは一体どういうものなのか。
悪い上司ってのは、部下に仕事を押し付けて、同時に責任も部下に押し付ける。それくらいならいくらお子様にだって分かるだろう。
でもな、それよりもっと悪い上司がいる。それは部下を一切信用しないで全部自分でやってしまう上司。
前者なら反面教師として成長できても、後者では何一つ成長出来ず仕舞いになる。なにせ責任ある仕事を責任を持ってやらせてもらえないのだから。
それに対して良い上司というのは、道筋だけはきっちりと示してくれた上で、あとは部下を信用して仕事を任せるんだよ。
しかし任せた以上はどうしたって責任問題が付き纏う。もしも仕事が失敗したら? もしも取引先に迷惑を掛けてしまったら?
そんな時、黙って責任だけは引き受けてくれるのが良い上司なのだ。
この考え方で言えば平塚先生は間違いなく良い上司だろ。
無責任に押し付けるとか言うけれど、生徒が生徒に悩みを相談してそれを解決するだなんてふざけた活動の部活にはどうしたって責任問題ってやつが付き纏う。そしてもしなにか問題が起きたとき、果たして生徒だけで負える責任で済むのだろうか?
そんなもの、たかが生徒が負えるはずがない。生徒がどう責任を負えば、生徒の心の問題に責任を負えるというのか。
そして、会社で駄目な上司が部下に責任を押し付けるのとはわけが違う。勝手に生徒がやりました! なんて、教師が生徒に責任を押し付けるなんて事が出来るわけがない。
そう。奉仕部という部活の顧問には、どうしたって生徒がやらかした事態に対しての責任が付き纏うのだ。
無責任に生徒に押し付けるだ? 仕事舐めんな。
あぁ、やっぱ働きたくないなぁ……。
千葉村の件でこの人は言っていた。「一歩間違えれば問題になっていたかもしれない」と。
いやいや、冷静に考えたら大問題だろアレ。ボランティアに来た高校生が小学生を脅してボコろうとしたんだぞ? あんなの下手したら引率者のクビくらい軽く飛ぶぞ。
それでもあの人は俺になんと言った? 「時間もない中でよくやった」と褒めたんだぞ? しかも責任者にあんな危険な橋を渡らせるのに、こちらからはなんの報告もしていなかったのに、だ。
問題が起きたら自分が責任取らされていたはずなのに信じられねーよ。
さらにそんな事態を受けてもなお、彼女は2学期からも黙って俺達の背中を押し続けている。
普通の大人なら、責任を負いたくないから生徒の問題を生徒になんか任せたりしないし、そもそも顧問自体引き受けないだろう。
それなのにこの人は全てを理解した上で、なお生徒に任せるのだ。優しく……時には強く背中を押して。
こんな格好良い大人、少なくとも俺は他にしらねーよ。
それと暴力教師?
いやいやあれは単なるギャグ描写だろ。しかも俺のどうしようもないボケに対する鉄拳制裁という鉄板のギャグシーン。
あのギャグシーンでダメなら、風呂を覗いたのび太くんに、当たりどころが悪ければ下手したら死ぬかもしれない鈍器を大量に投げ付けてくるしずかちゃんは、殺人さえも厭わないメンヘラ殺人未遂女になっちゃうわ。
ギャグはあくまでもギャグ。創作に彩りを与えてくれる素敵なスパイスだ。
普段はやりたい放題書きまくって、いざ厳しい指摘を受けると「創作は自由です(キリッ)」「エンターテイメントですから(ドヤッ)」「たかが創作になに本気になっちゃってんのプゲラ(涙目)」とか言ってるくせに、なにこういう時だけは急にリアルを持ち出してきちゃってんの? 自由でエンターテイメントなたかが創作なんじゃなかったのん?
ほらほら、巨大なブーメランが頭に突き刺さってますよ?
「前に言いましたよね。相手に見る目がないんですよって」
「あ、ああ。そんなことも言っていたな」
「だからその偽者が言っていた中身の無いセリフは、見る目がない人間の単なる妄言ですよ」
「比企谷……」
由比ヶ浜の時とおんなじだ。よく知りもしないくせに、きちんと知ろうとも見極めようともしないくせに、表面の薄っぺらい部分だけを見て悪口ばっか言ってんじゃねぇよ。
俺の皮を被った中身の無いヤツが、俺が心底格好良いと憧れている大人を、俺のフリをして勝手に貶すんじゃねぇ、不愉快だ。
「そ、そうか! 見る目がない人間の、ただの妄言か! そうかそうか!」
「え……あ、は、はぁ」
と、俺が柄にもなく真剣に考え事をしていたというのに、つい先ほどまでのお通夜モードはどこへやら、先生が急に元気に詰め寄ってきた。
あまりの詰め寄りっぷりに若干引き気味の俺はほんの少し距離を空けるが、逃がすまいと先生はさらにずいと顔を寄せ、キラッキラな瞳で俺を真っ直ぐに見つめてくる。
「では! やはり私は結婚出来るのだな!?」
「え」
「さっきまで、もう私は結婚出来ないんじゃないのかとびくびくしていたよ! いやー、良かった良かったぁ! あの捻くれ者の比企谷がそう太鼓判を押してくれるのなら、もう結婚したも同然だな! ふひっ」
「」
す、すんません……確かに格好良くて素敵な大人だとは思いますが、そればかりは俺にはなんとも言えないっす……。
てかあんた、どんだけ偽者の「結婚出来ない」を気にしてたんだよ……せっかくのシリアスが台無しだよぅ!
だがまぁしかし、やはり格好良いものは格好良い。こんなお茶目で残念なところも含めて、この人は素敵な大人だと胸を張って言える。
だから俺は、俺に色んなものをくれたこの素敵な女性にこんな言葉を贈って、貰ったものをほんの少しでもお返しするのだった。
「大丈夫です先生。今どき初婚が40代の女性なんてザラですから。先生にはまだ10年近く猶予がありま――」
「貴っ様ぁ! 10年“近く“ってなんだ! 私はまだ20代だぁぁ! ラストブリットォォ!」
「ぐはぁ!」
力なく膝から崩れ落ち、うわぁぁん! あと10年“以上“独り身は長すぎるよぉ! と泣きながら走り去っていく恩師の背中を霞む視界でなんとか捉えつつ思う。
――ああ、これはギャグシーンだからセーフなんですね分かります。
暴力ダメ、ゼッタイ。
俺ガイルファンの間だけで我慢できるのであればまだしも、クロス先のファンに『俺ガイルアンチ』になられてしまっては元も子もありません
ストップ HACHIMAN化!
そして次回はちょっと遅くなってしまうかもしれませんが、残り三話なので完結まではきっちり書きます
よろしくお願いいたします
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
独善的な無能女・雪ノ下雪乃の章
この1年間、毎日のように訪れるハメとなったこの空き教室。
最初こそ、嫌々を通り越して隙あらばいつでも逃げ出す準備万端で通っていたこの教室も、今ではすっかり俺の第2のベストプレイスとなってしまった。
他人は一切信用せず、他人との関わりにも一切希望を持つことを諦めていたはずの俺が、今や唯一学校でくつろげる場所だったあのベストプレイスよりも、さらに心安らげる場所として認識してしまっているのだから、本当に人間ってのは分からないもんだ。
そして俺は今日も常と変わらずこの場所へとやってきた。
しかしその目的はいつもとは全く違う。心安らぎに来たのではない。心安らぐ場所を守る――いや、さすがに守るなんてのは俺にしては随分とおこがましいが、それでもそれに準ずる程度の気持ちは持ち合わせているつもりだ。
ひっそりと静まり返った教室の扉の前に立つ。しかし中からは何一つ声も音も漏れては来ない。
多分あの偽者の最終目的地はこの場所のはず。しかしそいつと雪ノ下の声が何一つ聞こえてこないということは、この騒動はすでに終結してしまったのだろうか?
――俺が密かに憧れを抱いている雪ノ下雪乃は、とても強く美しい。いや、あいつは強いばかりでなく、本当は脆く壊れやすい弱さも同時に有しているけれど。
むしろそんな弱さを抱えながらも、誰よりも強くあろうと不遜に振る舞うその姿が、あいつの凛とした美しさをより一層際立たせている気さえする。
あいつは己が正しいと信じたことにはどこまでも真っ直ぐに強い。そんな雪ノ下だからこそ、薄っぺらく下らない妄言を吐き続ける偽者の戯れ言などには揺るがないと、そう思っていた。
しかし扉を開けた俺の目に映ったのは、いつもの場所、いつもの席にそっと佇む、いつもとはどこか違う1人の少女。
凛と佇むでも不遜に振る舞うでもなく、その美しい姿は、今にも消えてしまいそうな儚さで。
「雪ノ、下……?」
呟くように問い掛けた俺に届いたのは、なんの感情もないかのような仄暗い瞳を向けた雪ノ下の、無表情な微笑混じりのこんな一言だった。
「……あら、あなたはもう……ここへは来ないのでは無かったのかしら」
そう言い放った雪ノ下の仄暗い瞳からは、大河に至る源泉からとめどなく溢れる湧水の如く、枯れることを知らない大粒の涙が流れ続けていた。
***
「偽……者?」
未だ水滴が頬を伝いながらも、幾分光を取り戻した瞳を大きく見開き、雪ノ下はこてんと首をかしげる。
哀しみの涙を流しつつも、この不安と希望が入り交じるかのような弱々しい姿に庇護欲を存分に刺激された俺は、あまりの可愛さと愛おしさに、雪ノ下をそっと優しく抱き締めた……妄想にいそいそ励みながらも、歯を食い縛ってなんとかその欲に打ち勝ったのだ。
あぶねーよ、あと一歩で抱き締めて頭なでなでとかしちゃうとこだったじゃねぇか。
てか俺、頭なでなでなんて小町以外には出来ないからね? せいぜいルミルミとかけーちゃんくらい歳が離れた女の子が限界ですから。
「す、すまん、ついお兄ちゃんスキルが発動しちゃってな……っ///」なんて頭がしがし掻いて照れくさそうに頭なでなでしちゃうくらいなら、ディスティニーの帰りに一色にやっちゃってるから。そして全力でキモがられて全力で振られてますから!
八幡の頭なでなでをそんなに安売りしないでください。そんなに安い男じゃないんだからね!
あ、あと語尾にスラッシュとかマジ勘弁してください。
「そう……偽者、だったのね」
最初こそ何を言っているのかしらこの男はと言わんばかりの、まるで不思議なモノでも見るかのような眼差しだったのだが、雪ノ下はそう言って納得すると、自身の言葉を噛み締めるように何度も小さく頷く。
「……意外だな。お前がこんな非現実的な事態をあっさりと飲み込むなんて」
なにせ平塚先生でさえ最初はあれだけ訝しがっていたのだから。
教師に対して“さえ“とかさすがに失礼かもしれんが、それは数居る大人の中でも、平塚先生は特にこういった事態に造詣が深いだろうからだ。端的に言うとあの人オタクだから☆
しかし雪ノ下はアニメにも漫画にもラノベにも精通してはいないだろう。誰よりもリアリストであるこいつが、よくこのふざけた事態をすぐに理解したものだ。
だがまぁそうか。こいつもオタクっちゃオタクか。読書の。
一般文芸でもファンタジー物の名作なんていくらだってあるし俺だって読む。重度の読書家でもある彼女のことだ。だったらこいつだってそりゃ読むよな。
「確かにそうかもしれないわね」
そう言って薄く笑う雪ノ下の表情は、先ほどに比べて幾分軟らかく、そして幾分熱を感じる。
とにかく、あの雪ノ下がなぜ薄っぺらい偽者の言なんかに涙してしまったのかはまだ謎だけれど、とりあえずはこれで一先ず大丈夫そうだ。
するとそんな弛緩した空気を感じ取ったのか、雪ノ下は俺をからかうように悪戯な微笑みを見せる。
「ふふ、だって先ほどのあなたの顔、あまりにも整っていたんだもの。こうして目の前に無惨な現物を晒されてしまったら、あれが本人では無かっただなんて誰にだって理解できるわ、自称整った顔立ち谷くん?」
「……さいですか」
どうやらファンタジー物の小説のおかげではなく、俺の顔のおかげだったようです。
……悪夢からでも一発で目が醒めるような無惨な現物で悪うございましたね。こんな現物でも何かのお役に立てたのなら幸いです。
あとちょっと俺の苗字斬新すぎやしませんかね。
……ったく、やれやれ。本気でもう大丈夫そうだな。多分こいつも俺を安心させる為にわざとやってんだろ。……わざと、だよね?
「それにあなたのようなコミュニケーション不能……不得手の男が美しい女性を2人もはべらせているなんて、どう考えても比企谷くんとは別人でしょう?」
「ちょっと待て、なんだそのはべらせてたってのは……誰をだよ」
ここにきての更なる追加シナリオ投入で、もうこの際コミュニケーション不能の件は流しちゃう! ……これ本当に俺を安心させる為のわざとなのかしらん(白目)
「あら、折広さんと結城さんに決まっているじゃない。そう、成績学年2位の折広メアリーさんと話題の転校生、結城明日奈さんよ」
また出てきちゃったよメアリー&アスナ!
てかそのネタまだ引っ張るのん? まず間違いなく俺にはそのネタ回収不能だからね?
だって話したこともない美少女が2人も出てきたら緊張して話せなくなっちゃうからッ!
「……ん? 学年、2位? そいつって2位なのか?」
あれ? 由比ヶ浜のやつ、オリヒロメアリーは雪ノ下以上の才女とか言ってなかったっけ?
「あら、それは学年3位の私に対する当てこすりかしら、学年1位の比企谷くん」
「」
……オーケー、そういった流れね。はいはい俺スゲー俺スゲー。 キャー! ハチくーん! 強い上に頭脳も明晰の完璧超人だなんて素敵ぃ! 抱いてぇ!
「……なぁ雪ノ下、俺の国語の成績は?」
「学年3位だと偉そうに何度も意味のない自慢をされたのだけれど」
何度もはしてねーよ。
「じゃあ国語以外の文系科目は?」
「まぁ、確かそこそこだったのではなかったかしら?」
「で、理系はどうだった」
「……さっきからなぜそんな無意味なことを聞くのかしら。それはもう惨憺たるものという以外に言葉など不要じゃな、い……?」
どうやら雪ノ下は自分で言ってて矛盾点に気が付いたご様子。
「……ああ、つまりそういう事ね。あれは比企谷くんの願望が形になった姿なのね」
「いやなんでだよ……」
「ふふ、分かっているわ。だってあなたがあのような姿を望んでいるのだとしたら、少し気持ちが悪いもの」
気持ち悪いのん? てかなにそんなに愉しそうに微笑んでんだお前。いいだろ俺が完璧な自分の姿を夢見てたって。
いや、確かにキモいよね。普段孤高を気取ってぼっちを満喫している俺が、実は文武両道容姿端麗、誰からも好かれる人気者でイケメンなおっれぇ! なんて自分を望んでたとしたら、たぶん戸塚でさえ引いちゃうと思うわ。
な、なに? と、戸塚に引かれちゃうだと……!? ニセモノ絶許。
こうして俺は、偽者に対しての殺意が8万倍に跳ね上がったのだった。
「……あなたの顔に免じてただの妄言ではないと信用してはいたのだけれど、これで本当に確信が持てたわね」
すげぇな俺の顔。VIPもびっくり顔パスだよ。
「ではやはり、……その……」
すると雪ノ下は、なにか言いづらそうに急にもじもじと目を泳がせる。どうやら雪ノ下はなにかが気になっているようだ。
なにかな? 告白とかされちゃうのかな?
「あ、あなたが学年1位というのは偽者の単なる虚言であって、やはり私の方が上なのね……?」
やー、そっちでしたかー。
「あたりめーだろ。ついでに折広も存在しねぇからお前が1位な」
やだわぁ、雪ノ下さんったら。机の下で「っし!」と小さくガッツポーズしてるの丸見えなんだから〜。どんだけ俺に負けてたのが悔しかったんだよ。
不思議現象<<超えられない壁<<負けず嫌い なゆきのんカワユス。
「ま、まぁそんな事は特に気にしてもいないしどうということもない程度のとてもとても些末なことなのだけれど」
と、勝利を噛み締めるのにもあらかた満足したのであろう雪ノ下は、一色並みの早口でこのように一気にまくし立ててきたあと、こほんと咳払いをひとつ。
「……あの2人、折広さんと結城さんも、本来であれば存在しない人間なのね……?」
「ああ。偽者のただの都合のいい存在だ」
「……成る程。だから、なのね」
そう言って雪ノ下は顎に手を当ててそう得心する。
「ん? だから?」
「あ。……ええ、ごめんなさい。1人で勝手に納得してしまったわね。少し思うところがあったものだから」
すると雪ノ下は先ほどまでの弛緩した空気を一旦引き締めるように、神妙な面持ちで語り始めた。
「私の記憶では――いえ、記憶と呼ぶにはおぞましいものなのかもしれないけれど、あの折広さんという女性は、学校でも超が付くほどの有名人。眉目秀麗成績優秀品行方正の完璧な女性だったはず」
「……らしいな。聞いてて反吐が出そうだが」
「そして転校生の結城さんも、そんな折広さんに負けず劣らずの素晴らしい女性だと聞いていたわ」
「ま、そうなんだろうな」
なにせ都合のいい存在だし。
「そんな品行方正で素晴らしい女性なはずなのに、私はその2人に、品位も教養も疑ってしまうかのような口調で口汚く罵られてしまったのよ」
「は?」
まじかよ雪ノ下を罵るとかどんだけ肝が座ってんだよオリヒロ&アスナさん。
「……で、なんだって? 別に言いたくなければ言わなくても構わんが」
「…………ええ、色々言われたのだけれど、オブラートに包んだ上で要約すると――」
『私達は私達を信じてくれるハチくんを決して否定も拒絶もしない。自分達を信じてくれたハチくんを否定して悲しませるあんたなんて絶対に許さない。制裁よ!』
「……といったところかしら」
「あーそーですかー」
うっわぁ引くわー……聞いてるだけで思わず赤面しちゃうほどの主張だわ。
ちなみに赤面しちゃうといっても、別に雪ノ下の口から『ハチくん』という呼び名が出たから恥ずかしいなぁとか思ったわけでは無いのだ。そう、決して。
なんていうか、都合の良さここに極まれりって感じ。マジでヒロインってものを自分に都合がいいだけのただのお人形とかと勘違いしてませんかね。なんかそれこそ“所詮創作のキャラクター“という気持ちが滲み出ている気がする。
信じるなんていう曖昧模糊とした感情は、所詮信じると言った側の一方的な自己満足でしかなく、そこに見返りを求める時点で決して本心から信じてなどいないのだ。信じてたんだから肯定しろ? 信じてたのに否定されたからムカつく? アホか、そんなの自己責任だ。
それにいくら信じたって、相手が自分を信じてくれる気持ちを上回る愚行を行ってしまえば、そりゃ否定もされるし拒絶だってされんだろ。それが人間てもんじゃねぇの? むしろ愚行を犯した奴を否定しないなんて、そんなのは信頼とは呼ばなくない? そしてこれはまず間違いなくアレのことを言っているのだろう。
これは極論になるかもしれないが例題をひとつ。
信頼している夫に貰ったプレゼントが実は盗品でした。それを知った妻は夫に詰め寄ります。あなたのやりかたは嫌いだと。
それを聞かされた夫が妻に言います。なんで分かってくれないんだ! お前を愛しているから危険を犯して盗んでまでお前の為にプレゼントを用意してやったのに! お前なら分かってくれると信じてたのに! と。
――さて、信頼を裏切られたのはどちらでしょう?
俺は小町信頼してるけど、小町が間違った行いしたら本気で怒るぞ? まぁ信頼裏切って怒られてんのはいつも俺ばっかだけどね、てへ!
それなのにこのヒロイン達は迷わずに言う。絶対に否定しない、と。
そんなのもう人間でもなんでもない、感情を持たないただの可愛いお人形だ。
いやホント、マジでオリヒロとかクロスヒロインを、気に食わないキャラをアンチする為だけの都合のいい道具として扱うのやめてあげてくんない? 罪もないオリヒロとクロスヒロインが不憫で仕方ないっつの。
特にオリヒロの場合“ぼくの考えた最高のヒロイン“が“ぼくの大嫌いなキャラ相手に無双して気持ちいい“が目的となっちゃってるよね。だから序盤でその目的を達成すると満足しちゃって速攻でエタっちゃうんでしょうが。
一体どこまで嫌いなキャラを足蹴にする為だけに生み出される可哀想な最高ヒロインを量産するつもりなのん? 彼女達だって、誰かさんの一方的な薄っぺらい理由を押し付けられて、ただ憎まされるだけの人生なんて嫌だっての。
そしてこれを踏まえると――
「……どうせアレだろ? 偽者もこの流れに乗じて好き放題に吠えだしたんだろ」
なんかメアリーちゃんとアスナにそう言わせた時点で、偽者くんがなにを言ったのかがすぐ想像できちゃって悔しくてビクンビクンしちゃう!
「ええ、そうね……あなたに――いいえ、あなたに模したモノにこう言われたわ」
『修学旅行、俺はお前を……お前達を信じていた。だってそうだろ? お前らが俺に任せると言ったんだ。だからそれは俺を信じてくれてたからじゃねぇのかよ!』
『それなのにお前は俺の信頼を裏切った。俺を否定した。俺に拒絶の言葉を投げ掛けた。「あなたのやりかた嫌いだわ」と……』
『はぁ!? お前らが全部俺に押しつけたくせに、任せるって言ったくせに、やりかた嫌いってなんだよふざけんな! ホントお前は独善的なくせになにも出来ない無能だよな。人ごとこの世界を変えるだのと偉そうに宣うわりに、何一つ出来ないどうしようもない無能だ! 制裁だ!』
「……と。泣きながら……」
泣いちゃったのかよ(白目)
むしろ今俺が恥ずかしくて泣きたいくらいです。
……うん。まぁ予想通りとはいえやっぱヒドイもんですね。
なんなの? そこから見事なくらいのしょうもない改悪テンプレを辿っちゃった?
あれでしょ? 修学旅行のあと嫌々ながらも頑張って部室言ったら廊下で聞いちゃうんでしょ? 雪ノ下と由比ヶ浜が俺の悪口言ってるのを。
「もうあんな男来ない方が清々するわ。もう二度と顔を出さないでくれないかしら」「ホントだよ! 自分の事しか考えてない超自分勝手なヒッキーなんて、もう来なければいいんだよ!」とかっていう捏造シーン。
そんで自暴自棄になって復讐とか考えちゃった? それとも自殺とか考えちゃったのかな? もしくは違う世界に逃げ込んじゃったのん?
すごいよね。見事なテンプレからせっかく分岐出来るっていうのに、分岐後もそれぞれの道で違うテンプレに向かって自ら突き進んでいって、また誰かの色に染まろうとするというね。
キミ達はカメレオンのフレンズなんだね! すごーい!
そもそもこいつ、奉仕部への依頼内容を理解してないじゃん。
由比ヶ浜への暴言の時も思ったけど、全部俺に任せたとか押し付けたとかなに言ってんの? もしかして戸部の依頼が『絶対に振られないように』とかって思っちゃってんの?
本当にそう思ってんなら1巻からちゃんと読み直すことをオススメする。1巻 てなんだよ。
考えてもみろ。絶対に振られないようにすることに俺達が責任を持っちゃったら、それもう飢えた人に魚与えちゃってるから。奉仕部の理念完全崩壊だ。
しかも俺は終始一貫して戸部に「諦めろ」と言い続けてきたし、告白前に「振られたらどうすんだ?」って質問したら、戸部「そりゃ諦めらんないっしょ」って言ってたからね。
これどう考えても、奉仕部としては振られるか振られないかは管轄外を前提に行動してるから。俺達も戸部も。
以上を踏まえた上で戸部の依頼を受諾したシーンを振り返ってみよう。
『で、具体的に何をどうすればいいわけ?』
『や、だからさー。俺が告るわけじゃん? そのサポート的なこと?』
以上!
ねぇ、どこら辺に『絶対に振られない』という条件のもと奉仕部が依頼を請け負った要素があったのん?
奉仕部の理念、俺の言動、戸部の理解度、どれを取っても奉仕部への依頼は『告白のサポート』これ1点だから。振られないようにはただの願望でしょ、どう見ても。
そしてこれが最大の問題点。
果たして、俺は戸部のサポートをするという依頼だけの為に、嘘告白なんていう馬鹿げた解消法を実行しただろうか?
いやいやするわけねぇだろあんな馬鹿な真似。なんで戸部が振られないようにする為に俺が振られなきゃなんねーんだよ。戸部が振られて「ま、お疲れさん」で依頼終了の場面だろ、あれ。
じゃあなぜあんな真似をしたのか。言うまでもない、海老名さんからの依頼があったからだ。
ではその依頼に気付いていたのは? 請け負ったのは?
そう。他でもない、俺1人だけ。
わざわざ自分と同じように思考が腐っている人間にしか分からないような回りくどい依頼をしてきた海老名さん。
そしてその目論み通り、気付いたのは俺1人。
気付いたのは俺。気付いたのに依頼を受けたのも俺。それを仲間に相談しなかったのも俺。
俺、俺、俺。つまりその責任を負うのは俺しか居ないのだ。
そして任せただのなんだのとのことだが、じゃあ海老名さんからの依頼を知らないあいつらが、自分達が俺に任せたからといって、果たしてあの場面で俺があんな馬鹿げた真似をする事が想像出来ただろうか?
いやいや想像なんて出来るわけねぇだろ。だって俺自身が、戸部のサポートの為だけだったらあんな馬鹿げた真似をするとは思ってないのだから。あれはあくまでも依頼が重なったから仕方なくやったまで。
だから俺があんな風に自分を投げうつような真似をするなんて予想だにしない……というよりは、あんな真似までして戸部の“願望“を叶えてあげる必要が無いと――だってサポートとしての依頼はもう完了しているのだから――理解していたであろう雪ノ下達が、俺を信頼して幕引きを任せたからといって、そこに一体なんの落ち度があるんでしょうかね。
せいぜいいつものように下らない屁理屈を捏ねて、この告白劇を煙に巻くのだろうくらいにしか考えてなかったろう。そしてそんな下らない屁理屈でもなんとかしてしまうと信じてくれていたんだろう。
ではここでもう一度先ほどの例題の解答を問うてみようか。
――さて、信頼を裏切られたのはどちらでしょう?
勝手に依頼を受けた責任があるのも俺なら、それを相談しなかった責任があるのも俺でしかない。だからあの嘘告白は俺が自分の責任を全うする為だけにやったこと。そこに任せただの押し付けただのと、俺の意思で何も聞かされていないあいつらに責任を求めるのは筋違いも甚だしいのだ。
つまり偽物の主張はこうだ。
自分で勝手に受けた依頼を自分の意思で相談もせずに自分勝手に遂行したけど、俺が信じるお前らなら分かってくれると信じていた。
それなのにお前らは分かってくれなかった。俺は信じていたのにお前らは俺を否定した。許せない。
――なんと傲慢な思考なのだろう。なんとおぞましい善意の押し付けなのだろう。
この気持ちを一言で言い表わすとするのなら……
子供か! けーちゃんだってもう少し大人だよ!
ふぇぇ……もうやだよぅ……俺のガワを被って、こんな恥ずかしい主張をあっちこっちで垂れ流さないでよぅ……!
だがしかし、それではどうしても納得のいかないことがある。
「……なぁ、雪ノ下」
だから俺は雪ノ下に問う。この疑問を唯一晴らしてくれるはずの彼女に。
「こんなガキの戯れ言みたいな低レベルの主張に、なんでお前が負……黙らされてたのか理解できねぇんだけど」
あっぶね! なんで負けたの? とか聞いちゃったら、この子ムキになっちゃうとこだったよ!
……そう。そこがどうしても解せないところ。こんな戯れ言、普段の雪ノ下なら鼻で笑って一瞬で看破しちゃうとこだろ。
こいつがこんな低レベルな主張ごときで、あんなに涙を流す理由がない。
「そうね。確かにあまりにも低レベルな世迷い事だったものだから、思わず完膚なきまでに叩き潰して粉微塵にする寸前だったわ」
思ってたよりもずっと恐かったです。叩き潰されすぎて粒子レベルになっちゃう。
「……だったらなんでだ?」
「それは……その」
すると雪ノ下は急にもじもじと髪やらスカートやらを弄り始めると、頬を紅く染めてぽしょりとこんな事を言うのだった。
「そ、その直後にあなたに言われたのよ……俺が求めた本物はここには無かった。だから俺はこいつらと一緒に本物を見つけることにした。こんな部活、もう……辞める……と」
ぽしょぽしょとそこまで言い切ると、雪ノ下は真っ赤になって俯いてしまう。
「そ、そうか」
「え、ええ……」
――え、なんなの? 俺が辞めるって言ったからあんなに泣いてたのん?
やだこの子ったら可愛すぎないかしら! っべー、まじっべー、危うく惚れちゃうとこだったわ。
あと偽物さんさぁ、あんまり本物を気安く使わないでもらえないかしら? てか気安くなくても二度と口にしないで! ホントに恥ずかしいのぉ!
頭なでなでといい本物といい、俺そんなに簡単に使わないからね? 頭なでなでと本物のバーゲンセールかよ。
ついでに言うと一色も本物って言葉をとても大切にしてるから、俺を脅す為に気安く使ったりしないからね、というのも豆チとして覚えといて損はないぞ!
「か、勘違いしないでもらえるかしら……! 別にあなたが奉仕部を去るから泣い……悲し……き、気にしていたのではないのだけれど!? ただ……そ、そう、せっかく私と由比ヶ浜さんで選んであげた湯飲みが無駄になるし邪魔になるという許しがたい事態をほんの少し気に病んでいただけの話なのだけれど」
偽物が本物を気安く使いすぎるせいでひとり悶えざるを得ない状況に陥っていると、違う理由でもう1人悶えている人が、なんかもの凄い勢いでまくし立ててきました。
「お、おう」
「そもそも比企谷くんは奉仕部の備品なのだから勝手に辞められてしまってはこの部の責任者として認められるはずがないのだし顧問の平塚先生に報告等手続きが色々あって面倒なのよ」
「お、おう」
「それに……」
「……?」
ここまでそれはもうもの凄い勢いでまくし立ててきていた雪ノ下が、不意に声のトーンを落とす。
別に声に暗い感情が纏ったという意味ではない。ただ単純に、静かに優しく大切な言葉を紡ぐ為に、雪ノ下はまくし立てていた声をひとトーン下げたのだ。
「……ほんの1年前はここで1人で居る事が当たり前だったのに……悔しいけれどもう慣れてしまったのよ。……由比ヶ浜さんが居て一色さんが居て、そして、ほんのおまけではあるけれど、比企谷くんも居るこの場所に」
そう言って、雪ノ下は羞恥に染まった頬を隠そうともせずに、ふっと薄く笑う。
そうだな。お前にとってのこの場所は、とても大切な場所だもんな。
――俺と同様、雪ノ下もいつも1人だった。1人で居ることが当たり前で、1人で居ることがごく自然で、1人で居ることになんの疑問も感じていなかった。
でもこの場所は、そんな雪ノ下に1人では決して手に入れる事が出来ない素敵で温かい何かをくれた大切な場所なのだ。
確かに雪ノ下は独善的だった。それはこいつの揺るぎない強さの表れでもあったのだけれど。
でも今のこいつはもうあの頃のような強さはない。なんなら弱くなったまである。
でもその弱さは、こいつにとってはむしろようやく手に入れられた弱さなのではないだろうか。弱くなったのに、それは退化ではなく進化。1人で生きていける強い雪ノ下雪乃ではなく、1人では生きていけないと認めることができた、弱い雪ノ下雪乃としての成長だと思っている。
そんな大切なものをようやく手に入れられた大切な場所が傷つけられたとしたのなら、失ってしまう恐怖を感じてしまったのなら、そりゃいくら雪ノ下だって涙くらい流すよな。いや、雪ノ下だからこそなのかもしれない。ここはそれほどまでに大切な場所なのだ。
まぁ俺はほんのおまけですけどね!
「ま、なんだ」
だがまぁおまけとして定評のある俺ではあるけれど、それでもおまけはおまけなりにこの場所には俺が居るのが当たり前の光景だと言ってくれているとても酷い部長さんに、おまけなりの捻くれたお礼を贈ろうではないか。
今こいつが欲しているであろう言葉を。
「ここはあれだ。俺にとってもそれなりに居心地の悪くない場所ではある。ま、家と本屋とベストプレイスの次くらいではあるけどな。……だから、なんだ……クビにでもならなけりゃ、別に辞めたりはしねぇから」
「比企谷くん……」
「そ、それにあれだ。もう来月から小町もちょくちょくここに遊びにくるようになんだろ。そん時にここに俺の居場所が無かったら困るしな」
「……ふふ、ええ、そうね」
ぐふっ! だからこんな感じのフォローを入れなきゃなんないのは何よりも俺に効くんだよぅ……!
ああ、恥ずかしい。なにこれ新しい拷問の一種かなんか? もしも偽物が俺にこの拷問を与えるのが目的の存在なんだとしたらマジぶっ殺す。
偽物への新たな殺意に芽生えつつ、ほんの1年前には決して見ることの出来なかった雪ノ下の温かな微笑みがあまりにもむず痒くて、俺はそっぽを向いて頭をがしがし掻きながら思うのだ。
良かった。俺の大切な場所は、なんとか守れたようだ、と。
突然の偽物騒動で、おかしなカオスに巻き込まれたりこんなラブコメの出来損ないのような状況に放り込まれたりと散々な目には合ったけれど、俺はこうして再び大切な場所を手に入れられたのだから、そう悪いことでも無かったのかもな。
やはり、俺が部室でラブコメをするのは間違っている――
って違うから。なに綺麗にまとめようとしちゃってるのん? 俺はカメレオンのフレンズを目指しているわけではないから、こんなテンプレな〆で満足してる場合じゃないでしょ?
「おい雪ノ下、そういや偽物はその後どうした」
そう。常なら有り得ない程の雪ノ下の狼狽ぶりを目の当たりにしてしまい、一番大事なことがすっかり頭から抜け落ちていたのだ。
俺の予想ではこの場所を崩壊させることこそが奴の目的であり、それを達成したのだからあとは俺と直接対峙するものかと思っていた。
だからてっきり奴はこの場所で俺を待っていると思っていたのだが、そういやあいつどこ行った……? 満足して消滅でもしててくれたら楽なんだけど。
「……ごめんなさい、動揺して失念してしまっていたわ……。比企谷くん……いえ、彼は……おそらく屋上へ向かったのだと思う」
「は? 屋、上……?」
「……ええ。「先に帰っていてくれ。俺にはまだ屋上で最後にやらなきゃならない事が残ってるんだ」とあの2人、折広さんと結城さんに別れを告げて部室から出て行ったわ」
「……」
屋上……。俺はその単語を聞いた瞬間に戦慄した。
奴は再三制裁という言葉を口にしていたという。屋上と制裁。この2つのキーワードが組み合わさった時、それは恐ろしい意味へと変化するのだ。
そして、屋上と制裁にまつわる俺の因縁の相手が1人だけいる。
正直俺にとってはどうでもいいヤツではある。どうなろうと知ったこっちゃないレベルまである。
しかしこれは駄目だ。だって偽物が「最後にやらなきゃならない」という制裁は、イコール死に直結するのだから。
確かにどうでもいい。どうでもいいけれど、それでも俺のガワを被った……俺のせいで生まれてしまった存在が薄っぺらい理由で誰かを犠牲にするだなんて、そんなのあまり気分のよいものではないではないか。
だから別にどうでもいいそいつの為ではない。俺は自分自身の心の安寧の為に、屋上へ走らなければならない。
「雪ノ下、ちょっと屋上行ってくるわ」
「っ! ……そう。それなら私も行くわ」
「いや、お前はここに残れ。屋上と制裁のキーワードが合わさるとかなりやばい」
「それならばなおのこと。あなた1人で容姿端麗頭脳明晰、そして喧嘩も強くて英雄なあなたとどう対峙するというのよ」
やだ俺完璧すぎィ! いや、そこでイケメンかどうかはこの際関係なくないですかね。
「大丈夫だ問題ない。別に争いになんかならんからな。俺はそいつの正体になんとなく見当がついているし、そいつを簡単に撃退する方法も分かっている。そもそも俺はそいつの制裁対象ではないから危険は皆無だ。制裁対象であるお前が屋上に来るより、よっぽど迅速かつ安全に対処できる」
この言葉に偽りはほぼない。あるとすれば“危険は皆無“というところくらいか。なにせ相手が居る話な以上、危険の可能性がゼロということは有り得ないのだから。
でもまぁその可能性はまず無い。所詮はガキだ。面と向かって完膚なきまでボロクソに言い負かされりゃ、泣きながら消えてゆくだけだろう。
自暴自棄になって制裁対象を襲ってくる可能性を考えたら、1人で向かう方が遥かに安全なのだ。
……それに――
「腰抜かしちまった由比ヶ浜もそろそろここに来るだろうし、いざ来たときに雪ノ下が居なかったら心配しちゃうだろ。だからこのままここに残ってくれると助かる」
わんこがようやく辿り着いたとき、この部屋にご主人様が居なかったらパニックになっちゃうだろうしね。
「……そう、由比ヶ浜さんも……。分かったわ。危険が皆無だとか、あなたの言はいまいち釈然としないけれど、……それでも、確かに由比ヶ浜さんをここに1人残していくのは忍びないものね」
雪ノ下は俺の提案を黙って理解してくれた。
それは本当は由比ヶ浜が来るからどうこうという問題ではない。ただ、俺が雪ノ下と由比ヶ浜を危険な目に合わせたくないのだということに。
「おう。助かる」
すると雪ノ下は、おもむろに俺の目を真っ直ぐに見据える。
その瞳は、いつかの文化祭で、いつかの修学旅行で、いつかのディスティニーで、そしていつかの観覧車で、俺になにかを託す時と同じく強い輝きを放っていた。
「……任せたわ」
――任せるとは相手を信頼すること。だが相手を信頼するということは、信頼した側の自己責任でしかない。
「……おう。まぁ由比ヶ浜と気楽に待っててくれ。この場所で」
ならばその逆もまたしかり。信頼された側が期待に応えようと勝手に頑張るのも、また自己責任。
だから一丁やってみますかね。今まで自分を軽んじて、散々雪ノ下と由比ヶ浜の信頼を裏切ってきた俺だけれど、今度こそこの重い信頼に応えられるように。
***
部室を飛び出して、特別棟の屋上へと伸びる階段を目指して全力で走る。
皮肉なもんだ。普段は屋上になんて用もないのに、あそこを目指す時はいつも全力で走っている気がする。
そして今回もまた、あの時と同じ人物を引っ張り戻す為に走っているのだから。
「っ〜〜!」
ようやく辿り着いた屋上へと伸びる階段。しかしそこには、気を失っているのか、とある人物が苦痛の表情を浮かべてうずくまっていた。
「葉山……」
くそ……! 完全に失念していた……。制裁というキーワードに所縁のある人物がまだ居たじゃねぇか……!
ちくしょう偽物めー。葉山までこんな風にしやがってー。もう絶対にゆるさないぞー(棒)
そして俺はそ〜っと足音を殺し、極力葉山が気付かないように静かに葉山の横を通りすぎるのでした。
だってさ、偽物が葉山になに言ったかなんて超想像出来ちゃうんだもんなぁ。どうせことなかれ主義者とかエセ平和主義者のクソリア充爆発しろとかなんでしょ?
ぶっちゃけそれに関してはフォローの言葉が思いつかないんだもん。俺自身が爆発しろかと思っちゃってるしお前のこと嫌いだって明言してるし。
ごめんね隼人きゅん。今ちょっと急いでるんで、帰りにでも骨くらいは拾ってやるからね。
こうして葉山隼人は犠牲となったのだ!
……これ絶対スルー出来ないやつだろ……。
はたして次回、八幡は葉山の魔の手から無事逃れることは出来るのか!?(フラグ)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
偽善者・葉山隼人と、自分さえ良ければいい女・相模南の章
――ついに偽物との対面か。
思えば朝目が覚めてから(実際には昼過ぎの大寝坊!)まだほんの数時間程度で、今までの人生ではとても考えられないほどの濃密な時間を過ごしたものだ。
ま、もうこんなコントのようなふざけた時間を過ごすのはまっぴら御免だけれど。
おっと、感慨に耽っている場合ではなかった。偽物へと続くこの最後の階段を、早く駆け上らなくては。
「……うぅヴぅッ」
しかしそんな時だった。階段に足を掛けたそのとき、すぐ横から低い唸り声が響いたのだ。
しまった! 急ぐあまりに葉山を起こしてしまったのだろうか……! やだなぁ、めんどくさいなぁ。
時間もないし、気が付かなかったフリしてそのまま行っちゃえ! と力を込めた右足。
だが、その右足が階段に掛かる事はなかったのだ。ナニカに右足の裾を握られてしまったから。
勢いよく階段を駆け上がるつもりで前へと伸ばした足が横から引っ張られたもんだから、俺はつんのめってしまう。てかちょっとコケた。なんとか手を付いて階段に顔面直撃は免れたけど。
「あっぶね……! てめ、あぶねーなぁ……!」
そりゃさ、事態が事態なのに素通りしちゃった俺も悪いですけども? さすがにこりゃないぜ葉山さん。
体勢を立て直しつつ、恨みがましくジト〜っと湿気たっぷりに睨めつけてやると、葉山はゆっくりと起き上がり――
「くそっ、くそっ、くそがぁっ! ちっきしょおぉぉおぉぉ! ヒキタニィィィ! お前だけは絶対に許さんぞぉぉおぉ!」
「」
激しく……とても烈しくシャウトしたのでした。
えぇぇ……
***
普段決して見ることの出来ない葉山の苛烈ぶりに、さすがの俺も動揺を隠せない。
どれくらい動揺してるかといえば、体育の授業中に戸塚の短パンの隙間から白い布が見えてしまった時くらいの動揺っぷり。いやいやとつかたん、あれマジで目が離せなくなるってば。白ブリーフかな?
だが紳士の俺は、女性用純白ショーツの僅かな可能性に賭けたいと思う。
「くそがヒキタニィ! お前さえ……お前さえいなければァ!」
おうふ……脳内メモリーに大事に保存してある天岩戸に想いを巡らせている場合ではなかった。
俺の素敵な想い出巡りの合間にも、葉山は相も変わらず見事な壊れっぷりを披露し続けてたんだっけ。
「お、おい葉山」
「ヒィキタニィィィ! お前さえいなければこんな事にはならなかったんだぁぁァ! ああ、俺はなんてことを……! それにお前さえいなければ、俺はいつまでもみんなの憧れの王様でいられたってのにィ! そして雪乃ちゃんだって……俺のモノになっていたはずだったんだァァ!」
なに言ってんのこいつ。こんな事ってなんだよ。一体なんてことをしちゃったんだよ。
あと雪ノ下がお前のものになるもならないも、俺まったくの無関係だろ……。
「だからお前だけは絶対に許さんぞぉぉおぉ! この俺様が、貴様を道連れヴェッ!?」
すぱこーん! とスリッパもとい上履きで葉山の頭を思いっきりはたいてやると、あの葉山から変な声が出た。
マジかよ、いくらギャグシーンだからって、あの葉山の口からカエルが潰れるような音が出たぞ。カエルが潰れたとこ見たことねぇけど。
「落ち着け葉山。お前…………キャラが崩壊してるぞ」
いや、崩壊というか完全に別人。だってあの葉山が上履きで頭はたかれて「ヴェッ!?」なんて変な音だすわけないもん。
「ハッ!? ……ひ、比企谷……? お、俺は今、いったい何をしていたんだ……?」
「知らねーよ」
むしろ俺が聞きたいわ。なんなのあの壊れっぷり。なんかに憑依でもされてた?
「まず何があったんだよ」
ってヤベ、あまりにもツッコミたいことが豊富すぎて、このまま流すつもりが思わず聞いちゃったよ。俺いまスゲー急いでんだけどなぁ……。
まぁ多少遅れても、主人公補正なご都合主義でちょうどピッタリに到着するんだろうけれど。今日もメタメタしてますね。
「……あ、ああ。……いや、何があったもなにも、確かつい先程まで君とここで話していたんじゃなかったか……?」
おっとそうか。またここから話さなくてはならないのか。
マジで急いでるし、とりあえずここは軽く濁しておこう。
「ああ、その事は気にすんな。別人だ」
「……? そんなわけは……、いや……そう、だな。そういえばさっきまで話していた君にはアホ毛が立っていたっけな。なによりも、顔も今よりもずっと……いや、すまない」
おい、そこを濁すなよ。逆に傷ついちゃうだろうが。それと相変わらずアホ毛さんも健在そうで何よりです。
とはいえさすがは葉山。今のやり取りだけでも聞きたい事など山ほどあるだろうに、俺の様子から急いでいるであろう事を判断して、言いたい事を飲み込んでくれたのだろう。
「……すまない。俺にもよく分からないんだ。先程まで君に……いや、彼に罵声を浴びせられていて、なぜか段々とこう……胸が、心が黒く染まっていくような不思議な感覚に襲われはじめて……最後に『この偽善者が! 制裁だ!』と言われた辺りで意識を失ってしまって……。そして気が付いたら、君に向かってなにかを叫んでいたんだ」
「……」
ああ、そうか。これでもう5回目となるのに初めてのパターンだったからすっかりと頭から抜け落ちてしまっていた。そういやあいつ、記憶を改ざん出来るんだったな。
記憶を改ざん出来る。つまり相手の精神を自由に操る事だって出来るというわけだ。ならばこうやって別人レベルに崩壊させる事だって出来る可能性もある。
記憶の改ざんに気付いた時点で、この可能性も考慮に入れておくべきだった。
……しかしこれは酷い。小町、由比ヶ浜、平塚先生、雪ノ下と酷い目に合わせてきたみたいだが、これは特に酷い。別次元の酷さだ。
偽物の主張。それは考えが浅かったり知識が薄っぺらかったりとかなり歪んだ主張ではあったものの、一応それなりに一貫性はあった。それは、相手が嫌い――という揺るぎない信念。
例えどんな理由があろうとも、誰かを助けるのに理由がいるかい? という素敵な名言と同じく、誰かを好きになるにも誰かを嫌いになるにも、これといった理由なんていらない。
考え方が合わない。生き方が合わない。なんとなく気に食わない。どんな理由であれ、人が人を嫌いになるのは仕方がない事だと思う。みんな大好き葉山くんだって、誰かしらには間違いなく嫌われているのだから。主に俺。
だから誰かを嫌いなら嫌いで構わない。それを否定する気は毛頭ない。
だがな、葉山に限らずいくら嫌いだからって、なんで改悪してまで痛め付けようとすんのかね。だって改悪しちゃったら、それもうお前が嫌ったキャラとは別人だよね? そしたらお前がなぜそのキャラを嫌いになったのかの意味が薄れちゃうんだけど。
そしたらもう、その“嫌い“という意志にさえ、なんの信念も感じねーよ
誰かを別人に仕立てあげて悪人にするのなら、そこでオリキャラの出番だろ。主人公を別人に仕立てあげてその悪人を成敗したいんなら、そこでオリ主の登場だろ。シーンを改悪捏造すんなら、そこでオリジナルシーンを想像して創造しろよ。
……わけがわからないよ。それもう二次じゃなくてオリジナルでよくない?
「そうか……悪いがちょっと急いでっから、すまんがそれは悪い夢でも見たって事にでもしといてくれ。アレだったら奉仕部に行けば雪ノ下達があらましくらいは教えてくれんだろ」
こんな事態だというのに、そんないい加減な説明ではさすがに納得しないだろうとは思ったのだが――
「っ……。ああ、了解した」
何事かを一瞬言い掛けた葉山は、その言葉を無理矢理飲み下してくれた。
ムカつくけどやっぱこいつすげーな。本当に頭のいいヤツで助かる。
「比企谷、その急ぎの用事というのは……その……1人で大丈夫なものなのか?」
そう言う葉山の目は、心の底から“友達を心配している“という目。
この異常事態での俺の急ぎように、身を案じてくれているのだろう。本当にどこまでもお節介なゾーンくんだ。
ならば俺は、どこまでもお節介なこの良い奴に、こう返すしかねぇだろ。
「おう。1人でも大丈夫っつーよりかは、むしろ1人の方が安全まである。なんならお前が居ると邪魔。足手まといにしかならん」
いやマジで。嘘偽りなく。
「はは、相変わらず酷いな君は。……分かった。じゃあ邪魔者は退散するよ」
「……おう、助かる」
よし、これで葉山との会話も終了だ。あとは物語のラストシーンに向けて駆け上がるのみ。
「比企谷!」
場を立ち去ろうとする葉山に背を向けて階段を駆け上がり始めた直後、またもや葉山からの制止が掛かる。
「……んだよ」
振り向きもせずに、だから急いでるっつってんだろうがという不機嫌な空気を纏わせた声だけで返事を返し――
「気を、つけてな」
「余計なお世話だ」
ぼそりと呟きまた階段を駆け上がる。
本当にうぜぇな。だから俺はお前が嫌いなんだよ。
――確かに俺は葉山が嫌いだ。でもそれは、さっきのような崩壊した葉山が嫌いなわけじゃない。てか誰だよ。
俺はあいつが誰にでも良い奴だから嫌いなのだ。誰にでも優しいから嫌いなのだ。そしてそんな苦しくて面倒臭いであろう生き方を、周囲の期待に応えて嫌な顔ひとつせず、足掻いて藻掻いて苦しんでまで遂行しようとする、ムカつくくらいに格好良い偽善者だから嫌いなのだ。
俺は俺だけの感性で葉山を嫌っている。だからその嫌いという信念を、関係ないヤツに汚さないでもらいたいもんだ。
偽物が葉山に対してどう罵倒したのかは分からない。ぶっちゃけ興味もないし知りたくもない。
ただこれだけは言えんじゃねぇの?
もしも俺が葉山を嫌いな理由と同じ言葉が偽物の口から出てきたんだとしても、自ら嫌いという信念を曲げてしまった偽物の口から出てきた言葉と俺の言葉は、同じ響きでもまったくの別物だということだけは。
***
ヤツに向けての最後の一本道。
あの時は文化祭の資材置場になっていて容易には駆け上がれなかったが、今はその荷物は跡形もない。遠慮なく思い切り地面を蹴れる。
やがて辿り着いた踊り場。ヤツと俺とを隔てるのは、もはや目の前の扉のみ。
「いやぁ! もうやめてぇぇ!」
そのとき扉の外から、女の子の悲痛な叫び声が聞こえた。
「もう許してよぉぉ……!」
涙声にはなっているけれど、聞き間違えようもないこの声。半年弱前にもこの場所で聞いた、あの女と同じ声。そして……
「は? ふざけんな! なにが許してだよこのクソ女が! お前は俺になにをした? もう1度言ってやるよ。お前が責任を放棄して逃げ出したから連れ戻しに来てやった俺になにをしたのかを!」
聞いた事のない男の声……。
「だからさっきから何度も謝ってるじゃん……!」
「バカかてめぇは。謝って済むなら警察要らないって親に教わんなかったのかよ。……お前はなぁ、責められるはずだったところを庇ってやって悪者になってやった俺の善意に気付きもせずに、そんな恩人の悪口を広めて学校1の嫌われ者にしたんだよ!」
聞いた事のない声だけれど、これは間違いなく俺の経験談だ。些か別人の主観が混ざりまくってはいるけど。
あ、そういえば自分の声は、頭ん中にある細胞やら骨やらを通過したあとに耳に届くとかいう関係で、自分が聞いている声と周りが聞いている声は違うように聞こえるんだっけ。
「うぅぅ……!」
「俺がどれだけ辛い思いをしたか知ってんのか? それなのにお前はいつまでも被害者ヅラしやがって。それなのに修学旅行では心底楽しそうなバカヅラ晒してたよなぁ? この、なんの反省も成長もしない自分さえ良ければいいクズが! 制裁だ!」
「うぅ……ぐすっ、もう、やめてよぉ……」
「なぁ、苦しいか? まぁ俺の方が8万倍苦しかったけどな。だからさっきも言ったが、だったらお前、もうそこから飛び降りちまえよ。あの文化祭の真実を俺が言い触らしたら、どうせお前にはこの先ろくな事がないぞ? クラスメイトから……いや、学校中からバカにされ蔑まれ、なんならいじめられちまうぞ? お前と仲良しの遥とゆっこにもいじめられるんだぞ? 死ぬよりも辛い毎日が待ってるんだぞ?」
「……いやぁぁあぁ……」
「だから今のうち飛び降りちまった方が楽だって。な、行けよ、ほら、行っちまえよ」
「やめてぇぇえぇ……」
ってやべぇ、呑気に聞いてる場合じゃなかった。
聞き慣れない自分の声と、本当に俺に模したナニカに対面するんだと思った気持ち悪さで、つい会話に耳を傾けてしまっていた。
俺は壊れた南京錠が床に転がったままの扉に手をかけた。
ぎぃと軋む音と共に開いた扉の先には、フェンスによじ登っている相模と、そして少し離れた場所でそんな相模を愉しそうに見つめる…………誰?
あぶねぇ、偽物とはいえあくまでも俺だという認識でいたものだから、メガネを掛けたあまりのイケメンさんな俺の気持ち悪さに思考が飛び掛けちゃった!
「おいやめろ相模!」
「……え、比企……谷?」
俺の姿を視界に収めた相模の目が大きく見開く。そりゃそうだ。今までイケメンの俺と話していたのに、違う方向から大してイケメンではない俺が現れたのだから。なにこのカオス。
「チッ……」
そんなイケメンの方から、やれやれと溜め息を吐きながらの舌打ちが聞こえたのだが、俺は偽物には目もくれずに相模だけを見る。もちろん偽物は気になって仕方ないが、今は偽物にかまっている場合ではないからだ。
「え、なに……? どういうこと……? な、なんで比企谷が2人いんの……? ……てかそっちのイケメン誰!?」
今までの5人とは違い、今回は偽物が目の前に居るのだから話は早い。さすがの相模でも、一瞬でアレは別人だと悟ってくれたようだ。
「……アレは単なる偽物だから気にすんな」
「た、単なる偽物とか意味分かんないし、そんな簡単に片付けちゃっていい問題じゃなくない!?」
ですよねー。いくら別人だと理解したといったって、じゃあ偽物ってなによ!? ってことになるよね。
「確かにそりゃそうなんだが」
しかし今はそれさえ些末な事である。それよりもまずしなくてはならないことがあるだろう、お前には。
「とりあえずそれはそれだ。まずはそこから下りろ。危ねぇだろが」
そう。まずはそこから、フェンスから下りるのが先だ。こう風が強いと、どんな不測の事態が起きないとも限らないのだから。
「……あ……っ」
幸いにも相模は本物の俺と偽物の俺を同時に見ることによって、今までと違い一瞬で我に返ることが出来た。
ならば、今自分がフェンスによじ登ってしまっている現状も、自分の意志というよりは偽物にそそのかされた故の行動だとすぐに理解出来ただろう。だからこいつはすぐさまフェンスから下りてくる。……そう思ったいた。
「……」
我に返ったはずなのに、なぜか未だに辛そうなこいつの顔を見るまでは。
「……おい、どうした。危ないから早く下りろ」
「……」
しかし相模は下りない。奥歯を噛み締めたまま黙る彼女は、苦しそうに俯くばかり。
「……じゃああんたに、比企谷に聞くんだけど……」
ようやく言葉を発した相模は俯いていた顔を上げ、メイクが落ちてしまった涙まみれの汚れた顔で俺を見据える。
「どうした」
「……あっちの人が言ってたのは、全部でたらめ……なの……?」
「あ?」
「文化祭で、うちが比企谷のおかげで救かったって話……。それなのに、うちは救けてくれたあんたの悪口を吹聴して回って……あんたを陥れたって話……。そんであんたが、すごく辛かったって話……」
「……っ」
相模の口から出てきた言葉があまりにも予想外で、俺は思わず言葉を失う。こいつそんな危ない状況で急になに言い出してやがる。そんなのあとでいいだろう。
しかしそんな事を考えている余裕さえないこの状況では、こいつの話に付き合うしかない。早く話を終わらせて、すぐにでも引きずり下ろさなくては。
だから俺はすぐさま否定の言葉を返す……つもりだった。だが、なぜかその言葉がすぐには出てこない。
偽物が言った戯れ言など単なる妄言なのだけれど、唯一ひとつだけ胸に引っ掛かってしまったから。
――確かにあのとき俺は辛いと思ったのだ。自分で考えて自分で選んで自分で実行したのだから後悔なんてない。だからその後の毎日のようなクラスメイトからの……学校中からのこれ見よがしの侮蔑の瞳も蔑みの悪評も、まるでなんでもない事のように振る舞った。
……けれど、あの辛さに実際に枕を濡らした夜もあったのだ。
「……バカ言ってんじゃねぇよ。なんで俺がお前なんかを救けてやる為に犠牲になってやんなきゃなんねぇんだよ。それはそこの偽物の戯言だ」
ようやく絞りだした相模への返答。そんな返答に、相模は納得の表情で小さく頷く。
「そっ……か。……やっぱ、ホントなんだ」
「は? お前人の話聞いてたか? 今、俺否定しただろうが」
「……うん。でもさ、ちょっと間があった」
「アホか、間くらい出来るだろ。……俺は人と喋るのに慣れてねぇから緊張しちゃうんだよ」
間が空いたくらいで怪しまれてたら、コミュ障のぼっちは世の中とても生きづらいっての。
あ、すでに結構生きづらかったです。
「でも、ね」
呟くようにそう言った相模は、今にも泣きだしそうな苦い微笑で言葉を紡ぐ。
「……普通あんだけ悪者にされたらこう言うよ。「確かにお前のせいで悪者にされて傷ついた」って。少なくともうちが思ってたような最低なヤツならさ。……でもあんたは違ったじゃん。こうやって救けにきてくれたし、うちのせいって一言も言わなかったもん。それってつまり比企谷はうちが思ってたヤツとは違うってことで、それはつまりうちの見方が間違ってたってことでしょ?」
「あ」
……まさか相模に俺の言質をそう取られるとは思わなかった。
つまりあそこで肯定していた方が正解だったということなの、か……?
「それはあれだ。そうだよお前のせいだなんて言ったら、お前に飛び下りられちゃうかもしれんだろ」
「ぷっ、あはは、バカじゃん? ついさっき緊張しちゃって上手く喋れないとか言い訳してたくせに、今度はすぐさま答えてやんの。ホントあんたって嘘ばっか……。比企谷って、超ムカつくけど頭の回転は妙に早いもんね」
「……」
ダメだ、完全に相模ごときのペースにされている。
それもこれも、こいつが一体なにをしたいのかが分からないからだ。
「うち、最低……」
「っ!?」
『うち、最低……』
この言葉はいつかの屋上での言葉とまったく同じ響きだった。その自己嫌悪の言葉は、ダメダメな自分を責める悔やみの言葉。
それなのに、あの時と同じ言葉なのに、あの時と今では完全なる別物に感じてしまった。
あの時の相模の言葉は、この場に一緒にいた葉山や遥ゆっこに「そんなことないよ」と言って欲しかっただけの、なんの中身もない空っぽの言葉だった。
でも今聞こえた言葉には……その言葉が発せられたその表情には、そんな構ってちゃんの欺瞞の色は微塵も見えない。それは、心から自分自身に嫌悪する色。
「やっぱさ、うちはあんたの言う通り、最低辺の人間だよ。あの時からひとっつも成長してない最低辺のクズ……。このままじゃ多分あっちの人が言うように、うちはみんなから無視されて居ない子にされていじめられて、死んだ方がマシなくらいの辛い人生になっちゃう……。もう、ホントにここから飛び下りちゃった方が、ずっと楽なのかもね」
――ヤバい、あの目は本気だ。このままじゃ、あのバカ本当に飛び下りちまう。
どうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいい……!?
マジで分からん。どんなに考えても、なにも答えが出てこない。
……だったら、考えてなにも出てこないんだったら……。仕方ない。考えるのはやめだ。思うがままに口を動かすのみ。
「本当に最低だな」
そしてようやく俺の口を押し開いて出てきた言葉も、なんの因果か皮肉にもあの時とおんなじ言葉だった。
***
「……うん、うちってマジで最低」
口を衝いて出た言葉を、相模はあたかも当然といった様子で肯定した。
でもな、それは違うから。
「勘違いすんな」
「え」
マジで勘違いも甚だしいわ。俺が言う最低とお前の言う最低は別物だ。
「お前は自分が最低だからと悔やんで飛び下りようとしているようだが、俺が言ってんのは、悔やんでんのにまたそうやって逃げ出そうとしてるお前が最低だと言ったんだ」
「え……」
「だってそうだろ? あの時は責任放り出して逃げた構ってちゃんだったから最低だったのに、それを悔やんでまた逃げるなんて、ただの最低の上塗りだ」
「……」
正直これは危険すぎる賭けなのだろう。今にも飛び下りようとしている女の子をさらに追い詰めているのだから。
しかしどっちにしろ飛び下りる気ならば、この賭けに勝つしかない。俺に尋常ならざる反発心を持つ相模南という女に、全額をベットして。
「ホントにしょーもねー人間だなお前は。まーたそうやって逃げんのかよ。どこまで逃げりゃ気が済むんだか」
「ぐっ……」
「なんなの? これで上手く死ねたら、今度は閻魔さんからも逃げ出すのか?」
「……さい……っ」
「これでマジで死んだらさぞかし笑い者だろうな。罪も悪評も全部人に押しつけといて、いざバレたからあの世に逃げ出しましたってか?」
「……るっさい……っ」
「俺が学校1の嫌われ者なら、お前は学校1の笑い者になるな。そりゃ最低のお前にはさぞかし本望だろうよ」
「うるさい! うるさいうるさい! うるっさぁぁい!!」
怒りの形相でそう叫んだ相模は、…………フェンスから飛び下りた……。
そして俺の口角は大きく歪む。なんとも悪者なツラになっているであろうくらい、上へ、上へと。
……ふぅ、どうやらこの賭けは俺の勝ちのようだ。全額引き戻してやったぜざまぁみろ。
「うるさい! じゃあ、じゃあうちはどうすればいいってのよ! こんなクズでどうしようもないうちは、一体どうすりゃいいのよ!?」
相模はフェンスから飛び下りた。しかしそれは校舎の外ではない。
……命が繋がる、屋上の床へとだ。
「うちなんか生きてたって仕方ないじゃん……! あんな事があったのになんの反省も成長もしてない最低辺のうちなんて、この先どうせ……ろくな事があるわけない……っ!」
本当に笑っちまうな。こいつどんだけ俺の事が嫌いなんだよ。さっきまで死ぬ気まんまんだったのに、なんだよその威勢の良さは。
やー、嫌われてて良かったわぁ。
だから俺はそんな相模に言ってやろう。偽物の口車に乗って、大きな勘違いをしている相模へと。
「なぁ相模、いつからお前はなんの反省も成長もしていないと錯覚していた?」
「……え?」
「ほんの微々たるもんではあるが、お前それなりに反省も成長もしてたろ。……体育祭の運営委員長やって」
「体育祭の、運営委員長……? うち、そんなのしたっけ……? あ、でもなんかそんなのもやったような……」
やっぱりか。まぁそうだろうな。
「で、お前はあの体育祭で何をした? 「今度はちゃんとやろうって頑張ってるじゃない!」「反省だってしてたのに……だから次はちゃんとやろうって、だから……」とか言って、みっともなく泣き叫んでたよな、運営委員全員の前で」
「っ〜〜! ぐぎぎ……!」
あ、どうやら今のは相模の黒歴史を思う存分に突いたようだ。これでもかってくらいに真っ赤に悶えていらっしゃる。
「まぁ今のだけ聞いてもとても成長したようには見えんが、問題はそのあとだろ。そんな醜態を見せたくせに、お前はそれでも逃げずに最後までやり通した。……あの相模がだぞ? あの下らない自尊心の塊だったあの相模が、あれだけの醜態をあんな大勢の前で晒したのに、それでも最後まで逃げずに委員長をやり通したんだぞ? すげーよ。大した成長だ」
と、せっかくこんなに褒めてるのに、当の本人は苦しそうに悶えっぱなしである。
他人に自分の黒歴史を語られるというこの地獄。さらなる成長の糧とするがよいぞ。
「……それにアレだ。そのプライドが邪魔をして絶対に近づかないようにしていたあの三浦にだって、お前は精一杯の笑顔を作って頭を下げた」
序列2番目グループのプライドからか、こいつは三浦には決して近づかなかった。それはもう、三浦から近い教室の後ろ側の扉を避けて、わざわざ前の扉しか使わない徹底ぶり。
そんなこいつが、お得意の卑屈な笑顔を抑えて三浦に頭を下げたのだ。大した成長じゃね?
確かにほんの微々たる変化、ほんの微々たる成長かもしれない。
しかし俺の持論は“人間なんてそう簡単に変わらない“、だ。そしてその考えは間違っていないと思う。多少変わったように見えたって、本質的なところではそう簡単に変われないのが人間だろう。
それでも相模はあのとき確かに変わったのだ。それは本当にほんの僅かな、ほんの微々たる変化ではあるけれど。
であるならば、人間簡単に変われないと偉そうに達観している俺の持論と照らし合わせて覗いてみれば、相模はあのとき確かに成長したのだ。
「だからお前はもう最低辺とは違うんじゃねぇの? そして変われたんだから、お前次第でこれからいくらでも成長くらいできんだろ。……死んで楽になれば最低も最低のお前だが、生きてれば最低ではない。どうだ? 生きてた方がちょっとお得だろ」
悪役よろしくニヤリと笑ってやると、涙と鼻水まみれの相模がこくんと小さく頷いた。
「それにもうひとつ、勘違いすんなよ? 俺は文化祭でお前を救けた覚えはひとつもない。アレはお前を救ける為に無茶したわけじゃなく、ウチの部長さんの暴走気味の頑張りを無駄にしたくなかったから勝手にやっただけだから。お前が助かるとか周りから責められる責められないとか、そんなのひとっつも考えてなかったから」
「そうなの!?」
そう。相模の為に犠牲になったのに恩を仇で返された! とか、それどこの妄想だよ。てか犠牲になったつもりなら見返りを求めるんじゃありませんとあれほど……。
「あとお前、仲の良かった遥とゆっこにもいじめられるとかって話だったが、そもそもお前あいつらとは元々たいして仲良くなんかないただのよっ友だった上に、すでに仲違いしてんじゃねーか」
「……あ! だ、だよね……うち遥とゆっこと仲良く無かった! ……てか、なんでうち体育祭運営委員長の事もゆっこ達の事も忘れちゃってたんだろ……? あ、あっちの人も、そんなこと一言も言ってなかったし……」
「あー、そりゃアレだ。そこの偽物はそのこと知らなかったんだろ」
「そうなの……? だ、だってうちとあんた、運営委員で毎日顔合わせてたじゃん……」
「……い、いやまぁ多分、色々あんだろ……なんか、裏事情的なやつが」
だって体育祭って運営委員会のシーンはアニメ化されてないからね! 言わせんな恥ずかしい。
てか偽物って、相模と遥ゆっこが同じクラスの取り巻きだと勘違いしてる節さえあるよね。各クラス男女1名ずつの召集なのに、委員会に同じクラスの女子が3人居るわけねーだろ。
「ま、まぁアレだ。とりあえずそれは置いといてだな……。死ぬのやめたんだから、もうとっとと帰れ」
「……え」
「さっきからあちらさんが暇そうにお待ちかねのご様子なんだよ」
なんなら小指で耳をかきながら寝ちゃいそうまである。
こっちはこっちであいつには都合の悪い話をしてたからなぁ。知らないから聞きたくないであろう体育祭とか遥とゆっこのお話とか。
「で、でも……」
「んだよ」
「なんかよく分かんないんだけど……大丈夫、なの? 比企谷は」
相模は不安そうな顔で、ちらりと偽物を横目で見る。
なんだよ俺、相模なんかに心配されちゃうのかよ。
「大丈夫かどうかで言ったら、お前がこのままここに居る方が大丈夫じゃない。てか邪魔でしかない」
あいつのあの様子を見る限り、多分直接相模に手をかけたりはしないのだろう。
雪ノ下達同様、制裁という名の精神攻撃で相手を追い詰めて冷静さを失わせて、罪の意識を煽るのが目的か。
そして葉山をあそこに配置しておいた意味は多分――
『お前さえいなければこんな事にはならなかったんだぁぁァ! ああ、俺はなんてことを……!』
相模を追い詰めて死なせたのは葉山だという筋書きでも用意しておいたのだろう。飛び下りたあとの相模の無惨な姿を見せて心をズタズタにして制裁完了ってか。
ひでぇな。なんなの? 葉山に親兄弟でも殺された恨みでもあんの?
だからもう相模がここに居たところで別に危険性は無いとは思うが、逆に居てもなんにもならないし邪魔なだけってのは本当のこと。
「……分かった。うちもう行く」
「おう」
もう一度不安げに偽物と俺の様子を窺ってから、真っ青な顔と震える足を引きずって、とぼとぼと屋上から去ろうとする相模。
……あ〜、ったく、しゃあねぇなぁ。
「……あー、アレだ、さすがにこの事態でまだ混乱してんだろうし、もしまだ不安とかなら奉仕部に行け。雪ノ下と由比ヶ浜もこの事態を知ってるし、いくらあいつらが嫌いでも、1人で居るよりはよっぽど安心すんだろ」
「比企、谷……!」
「それにたぶん葉山も居るだろうから優しくしてくれんじゃねぇの? 知らんけど」
「……うん! ありがとう。そうする」
すると相模は蒼白になっていた顔にほんの少しの彩を加えて、なんと俺にぺこりと頭を下げたのだ。あの相模が、だ。
「……あの、うちの為じゃなかったって言うけど、でも文化祭後にうちの責任を追及してうちに悪意を向かせようと思えばいくらでも出来たはずなのに、でもそれをしなかったのもやっぱり比企谷だから……っ」
「うっせ、早く行け」
「うん……気を、つけて」
ばたんと閉まる屋上の扉。
……ったく、なんだこれ、調子狂うだろ。
いくらこのトンデモ状況とはいえ、あの相模が俺に頭を下げるなんて明日大雪になっちゃう。
「……あー、やっと終わったのん? なげーよ。なんかなに言ってんのかよく分かんなかったし、危うく寝ちゃうとこだったわ」
そんな、相模のほんのちょっとのさらなる変化を目の当たりにして、知らず知らずニヤリと口角が上がっていた時だった。とても不快な声が、ついに初めて俺に向けられたのは。
「やれやれ、なーんで邪魔しちゃうかねー。あとちょっとでせっかく片付いたのに」
……なんという不快感だろうか。
確かに俺とはまったくの別人といっても差し支えない程の顔立ちだというのに、それでも間違いなくこいつは俺の、比企谷八幡のつもりで喋っているのだ。
俺はこいつがなんなのか知っている。気が付いている。
しかし、分かってはいてもまずは聞かなければならない。お前は一体何者だと。
「……なんなんだお前」
すると偽物は答える。待ってましたとばかりに薄く微笑み、両手を広げて胸を張り。
「はじめましてだな、比企谷八幡。俺は比企谷八幡………………俺はお前で、お前は俺だ」
「……」
――ちげぇから、こっち見んなよHACHIMAN。
こうしてHACHIMAN被害者最後の1人はまさかの相模となりましたが、別に奇をてらったわけではありません
実は私がこの作品を書く最後の決定打となったのが、この『相模の自殺』だったからです
元々アンチヘイトは無視してた私ですが、楽しんで読んでいた作品の感想に例の如くアンチコメ、アンチ誘導コメが書かれるようになって多少モヤッとした為、じゃあ今まで無視していたアンチヘイトがどんなものかをちゃんと見て知ってから、ナニカをしてやろうと思い立ちました。
で、たまたま見たアンチヘイト作品で取り上げられていたのが相模を自殺させるという下らないモノだったんです
まぁ別に相模には嫌われる理由は山ほどあるし、特にアニメしか観てない層にはどうしようもない嫌われキャラでしかないため、嫌いなら嫌いでいいんですよ
でもどんなに嫌いだからって原作キャラを勝手に自殺させたりはないだろう…と
で、さすがにこれはいくらアンチ好きな読者でも批判があるだろうと感想欄を見てみたら…………まぁ、あれですよ。草が生えてたわけです
「ざまぁw」「制裁w!」「もっと苦しめてからの方が良かったんじゃないw」
的な…
ああ、これはもうこの人達駄目だなと思いました
(ちなみに自分で批判の感想送ったら作者さんに「エンターテイメントですからw」と言われましたね)
エンターテイメントで自殺させて歓ぶアナタ達が、エンターテイメントとしてギャグシーンで殴ってる平塚先生や、まだまだ高校生でしかない由比ヶ浜のちょっとした過ちを責めて『常識』を語んなよ…と
そんなわけでこの作品を書く事にしましたし、最後の被害者も相模に設定したわけであります
そんなこの作品も次回で終了です
更新は来月となってしまいますが、よろしければ最後までどうぞ
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
自己犠牲を厭わず他者に救いの手を差し伸べる最強最高の格好良すぎるみんなのヒーロー・比企谷八幡の章
なんとも爽やかなどす黒い微笑を浮かべて佇む美形な好青年。頭上には噂通りのアホ毛が、屋上ゆえの強い海風にぴょこぴょこと自由気ままになびいている。
なにあれアホ毛だけ別の生命体なのん? っていう一連の流れもなんかテンプレめいてて気持ち悪い。
「……なぁ」
俺はそんな気持ちの悪いイケメンに話しかける。本当はこんなのと言葉など交わしたくもないのだが。
しかしこいつが俺の予想する通りの存在であるならば、こいつを消滅させる算段などとうについている。
多分俺の口からある言葉を投げつけてやれば、こいつは断末魔と共に消滅することだろう。
故にそこに話を持っていく為に、嫌で嫌で仕方ないがこいつとは多少なりとも会話をしなければならないのだ。
だからまずはこいつが“アレ“なのだという事の確証を得ようか。この質問を持ってして。
「……なんであんな真似をした?」
「あんな真似?」
「わざわざ聞き返すほどのことじゃねぇだろ。……なぜ小町を悲しませた。なぜ由比ヶ浜を苦しめた。なぜ雪ノ下を泣かせた。なぜ相模を追い込んだ」
あれ? 誰か1人抜けてない? 誰だっけ? ま、いっか。
さぁ、どう返してくる。まぁ、まず間違いなく返ってくる言葉は……。
「なんだよあらたまって。そんな事か。そんなの決まってんじゃねーか――」
そしてこいつは言う。なんの迷いも躊躇も揺らぎもなく、さも当然のように。
「――全部、お前の為だろ」
「……」
やれやれ、これで完全に決まりだな。正直薄気味悪くて仕方がないから、こいつの口からこのセリフを聞きたくはなかったのだけれど。
とにかくこいつの正体も思考回路も全て予想通り。やはりこれは陳腐でチンケなただの茶番。
――やはりこいつは、…………HACHIMANだ。
***
HACHIMAN。
文字通りHACHIMANであって八幡ではないモノ。
これはあれだ。一時期どこぞの趣味の世界で流行ったとかいうUー1とかスパシンとかってやつだ。
第三者が登場人物に過度の感情移入……いや、そのまたさらに上のおぞましい感情を抱いてしまったせいで生まれた、第三者の願望の思念体、第三者の願望の権化。
あれは創作の世界の話だから、この現実でなぜこんな事態が起きているのか、その仕組みはまるで分からない。
え、この世界って創作の世界じゃないよね? この世界がラノベだと俺だけが知っているわけじゃないよね?
おっと! メタな話はここまでだ! むしろこのお話はメタしかないまである(白目)
ま、まぁそこはあまり深く考えるのもなんだしね! 今はまず割り切って、目の前の現実と向き合おう。
「……俺の為、ね。……あ、それともうひとつ聞きたいんだが」
「ああ、別にいいぜ」
いや、俺あんまり語尾に「ぜ」とか付けないんですけど。
「……そういやなんでお前が……もしくは俺が居るんだ? 本来であればお前って、俺が居ない世界に現れる存在なんじゃねーの?」
この質問に関しては、別にこいつを消滅させる為に必要だからとかではなく、ただ純粋なる興味本位。こういう展開の場合、本人と偽者がかち合う事なんてないはずだから。
だからこいつが現れるのだとしたら、それは俺が居ない世界のはずだ。……いや、もしくは俺の代わり? 俺を消して?
まぁそこはどれでも構わない。どちらにせよ偽者が人の人生を略奪する事に変わり無いのだから。
「さぁな。確かに俺はお前に成り代わってここで生きていくはずだった」
――生きていく? ふざけんな、文字列だけを追って表面をなぞるだけじゃ“生きてる“とは言わねぇよ。しかも大概途中で投げ出してエタっちゃうくせに。
「だがなぜかお前も居たんだよ。ほら、あれじゃねーの? 神様の転生ミスとかってやつ?」
そう言って、悪役よろしくククッと可笑しそうに嗤うHACHIMAN。いやいや全然可笑しくねーよ。神様転生とか聞きたくなかったわ。お願いだから生前トラックにはねられたエピソードは語らないでね!
「……とにかく、気が付いたらリビングの扉の前に立ってたんだ。なんとなくお前も消えずに存在している事にも気が付いてはいたが、それならそれで逆に面白いと思ったね。なにせ俺は……俺達はお前を救ってあげたいと願う“たくさんの大いなる意思達“によって生まれた存在なのだから。だから八幡を苦しめる奴らに制裁を与えてやれば、八幡の為になるだろ?」
成る程。神様の転生ミスかどうかはどうでもいいが、少なくともこいつが狙って同じ世界に居ることを望んだわけではないことだけは理解した。
それと“たくさんの大いなる意思達“と“俺達“……ね。
救ってあげたいとか八幡の為とか寝呆けたこと言ってるから、てっきりどこぞの誰かの個人的な押し付けの権化かと思ってたら、誰かどころかまさかのみんなからの押し付けでした!
HACHIMANて元気玉かなんかなのん? オラ(作者)に地球のみんな(読者)がちょっとずつ力を分け与えちゃったのん?
つまりHACHIMANとは1人1人の意思により創り上げられる存在ではなく、HACHIMANを望む多くの願望が集まって創り上げられた存在ということか。
なんてはた迷惑な……。
とにかくもういい。こいつの話はもうたくさんだ。
とっとと消え去ってもらう為にも、こちらとしてはあくまでも冷静に、淡々と事務的に粛々と事態を収拾させてしまおう。
「そしてキッチンではクズな妹が朝飯の用意をしていた。そしたらもう、する事なんぞ決まってんだろう?」
「おいてめーの口からクズな妹とか語んな殺すぞ毒虫が」
やだ! 全然冷静じゃなかった! つい情熱的になっちゃった。
「おいおい毒虫とか殺すぞとかひでぇなぁ……俺の知ってる八幡は、そんな風に他者を貶すようなことはしねぇぞ……」
お前の知ってる八幡てどこの八幡だよ。俺って地の文でウィットに富んだ小粋なパロネタ時事ネタを華麗に織り交ぜて、相手を小馬鹿にしてフヒッと笑う事で有名な男の子なんですけど。地の文って言っちゃった。
あれかな? 小町に近付く大志を毒虫殺すぞ扱いしたり、大岡を童貞風見鶏扱いしたり、結構いい連中な柔道部員の同級生と後輩達を、面倒だからって見た目だけでじゃがいも、さつまいも、さといものお芋三兄弟扱いしてたりするのも知らないのかな?
え? 柔道部? なにそれおいしいのレベルですよね分かります。なにせパロネタ織り交ぜたテンション高いモノローグも相手を小馬鹿にした底意地の悪さも、さらにはわけの分からない柔道大会までも、これまたアニメではオールカットですからね!
ねぇ知ってる〜? いろはすって、実は夏休み前の柔道大会が初登場なんだって〜。
――あー、もうやめだやめ。冷静に粛々とご退場願おうかと、サクッとあの言葉を言って終わりにしようかと思ってたが、この際だからぐうの音も出ないくらい叩きのめしてから消してやろう。
小町を愚弄した罪を後悔しながら無惨に消え去るがよいわ!
「とにかく、だ。俺は……いや、俺達はずっと八幡を見てきたんだ。そして俺達は、そんなお前にずっと感情移入していた。……ずっと、共感していたんだ」
あまりのイラつきに、生まれてきたことを後悔させてやろうと秘かに決意を固めていると、HACHIMANは急に何事かを勝手に語りはじめやがった。なんか自分にものすごく酔ってそうな、まるで厨二病を拗らせちゃってる最中っぽい語り口調と身振り手振りで。
「……八幡、お前は本当に可哀想な奴だ。自己犠牲を厭わない誰よりも格好良い生き方を理不尽な連中に上手く利用され、いつも割を食うのは八幡ばかり……。本当に酷い話じゃないか……!」
いや、なに熱くなってきちゃってんだよ。もう俺の面影皆無だし。
こっちはあまりの寒さに冷え冷えしてますよ?
「言いたくもないことを根掘り葉掘り聞き出され余計なお節介を焼かれ、人の気持ちを考えないバカにやりたくもない仕事を勝手に請けさせられ、時には職権乱用で……時には暴力で脅され、仕事はすべて八幡任せ……! それなのに独善的な無能に責任さえも全て押し付けられて……。そして卑怯な偽善者に利用された挙げ句、自分さえ良ければいいクソ女に悪評をバラ撒かれて学校1の嫌われ者の烙印を押され、孤独に辛い人生を歩まされる……っ」
「……」
……どうしよう。なんか目に涙をいっぱい浮かべちゃってるんですけど。
どんだけ酔っちゃってんだよ。年末年始や花見でどんちゃん騒ぎするサラリーマンだってそこまでは酔ってないぞ。
「それなのに八幡はそんな辛い人生を甘んじて受けて、誰にも文句も言わず、誰のせいにもせず、ただ1人、黙って傷ついていくだけ…………。ああっ、なんて格好良いんだよ八幡……っ。俺は……俺達はそんな八幡が大好きなんだ!」
……うわぁ。これはヤバいやつだ。思ってたよりもずっと重症ですね。
だいたい誰にも文句言わないとか誰のせいにもしないって、俺むしろ文句しか言ってなくない? 社会のせいとか世間のせいにしまくってない?
「……だからだよ八幡。俺は……俺達は……そんな格好良くて可哀想なお前に救いの手を差し伸べる為に生まれたんだ。だから俺はお前に理不尽な思いをさせる連中を制裁してやった。八幡は強くて優しくて最高に格好良い男だ。そんなお前から理不尽なクソ共を取り除いてやれば、お前はもう辛い思いなんてしなくて済む。お前には誰よりも幸せに生きる権利があるんだ」
「……」
幸せに生きる権利ってなんだよ。なんで今の俺が不幸だとお前なんぞに決めつけられなきゃなんねぇんだよ。
「でも八幡は優しいから、あんな最悪なクズ共でさえ痛め付けるのは忍びないんだろ? 本当はあいつらと決別したいはずなのに、あまりにも優しすぎるから俺の邪魔したんだろ? だって普通に考えたら、あんな連中どうなったっていいに決まってるもんな。本当に優しい男だな、八幡は」
決別したい“はず“とか“普通に考えたら、決まってる“とか、本当にお前はただ自分の一方的な価値観を押し付けてくるだけだな、HACHIMAN。
今更ながらに、なんと中身の無い独り言だろうか。
……さすがに、もういいか。
「……だったらもう一度俺が全部やってやるよ。お前を傷つける理不尽を全て消して、そして俺とお前はひとつになろう。……だって、俺はお前で、お前は俺なん――」
「なぁHACHIMAN」
今度こそもうこいつの戯れ言は聞きたくはない。もう黙れ。
ここからはずっと俺のターン!
「……? ああ、俺は八幡だが?」
「あ? 勘違いすんなローマ字。てめぇはHACHIMANだから」
本当にお願いします! 俺を嫌いになっても、八幡もHACHIMANも一緒だろ? っていう風潮だけは勘弁してください!
「黙って聞いてりゃ好き放題言ってくれてるが、さっきからお前が言ってる“はず“だの“決まってる“だのって、それ単なるお前視点での価値観だろ? なんで俺も同じ考えだという前提で語っちゃってんの?」
「なに言ってんだよ八幡。そんなの常識だろ。普通に考えたらあんな理不尽な目にばかり合わせてくる連中なんて、本当は嫌に決まってんだろ」
「……だからお前の価値観を俺に押し付けてくんじゃねぇよ。お前らの普通は俺の普通じゃねーんだよ。お前らは人類代表かなにかか?」
なにが幸せになる権利だアホだろこいつ。俺は今、結構悪くない毎日を送れてるんじゃねーの? って自負があるんだよ。学校に行けばあいつらが笑う居心地のいい場所があるし、今までの学生生活では存在しなかった信頼の置ける先生だっている。
なにより学校に居れば戸塚、家に帰れば小町が居る。なにそれ最強。もはや幸せ過ぎて怖い!
「なにが俺の為だ、なにが可哀想だふざけんな。お前の物差しで俺の人生語んな。誰が救けてくれと頼んだ。俺にはな、お前なんぞに同情される謂われもなければ、お前なんぞに救けを求める事なんか一生ねぇんだよ」
まるで、普段俺を見る雪ノ下のような蔑んだ目をHACHIMANへと向け――
「俺が可哀想だの俺を救ってあげたいだの俺が大好きだなどと宣いながら、じゃあなぜ当の本人の気持ちを一切尊重しないんだ? なんならあえて無視してるまである」
さらに普段俺を罵る時の雪ノ下の如く、絶対零度の言葉を叩きつけ続ける。
俺メンタル強すぎだろ。
――そう。こいつは言ってる事とやってる事が違いすぎるのだ。
いつぞやのダブルデートの時の葉山よりもよっぽど酷い同情の押し付け。
あの時の葉山は俺の事なんてまるで知らなかった。知らなかったが故に、あんないらんお節介をしてきたのだ。
しかしこいつは知っている。なぜならこいつは俺と浅い付き合い……どころかギリギリ知り合いレベルでしかない葉山とは違い、自分でこう宣言しているのだから。
「お前さ、俺の事をずっと見てきたって言ってたよな」
どんな原理かは知らんけど、こいつは俺の人生を知っている。少なくともこの1年間に起こった出来事は。
だったら知らなければおかしいのだ。俺がなによりも嫌悪しているあの行為を。
「――俺はな、理解したつもりになって上から目線で同情されるのが、憐れまれるのが……“なによりも“嫌いなんだよ」
***
いつかのダブルデート。
あの日葉山は俺の為だと勝手に判断し、憐れんだ目で俺に同情を押し付けた。
『君は自分の価値を正しく知るべきだ。……君だけじゃない、周りも』
『……君はずっとこんなふうにしてきたんだろう。もう、やめないか。自分を犠牲にするのは』
『君が……、君が誰かを助けるのは、誰かに助けられたいと願っているからじゃないのか』
あの時ほど気持ちが悪いと思った事はなかった。だから俺は、俺にしては珍しく激昂した。燻る感情を葉山に吐き出した。
ガキの時分から今日(こんにち)に至るまで、ハブられてぼっちになったり告白して振られてクラス中からからかわれたりと、今までの人生で様々な不快感に曝されてきた事はあったけれど、あの時くらいではないだろうか。相手に怒りの感情をそのままぶつけたのは。
つまりそれほど嫌いなのだ。救けてやりたいとか可哀想とか上から目線で同情されるのは。
しかしあの時の葉山はそんな胸の内なんか知る由も無いし、人によってはああいう同情をされて嬉しく感じる人間だっているのだろう。だから葉山の事は一概には責められない。
だって葉山は、少なくともわずかながらにでも俺を想って行動を起こしたのだから。
『君に劣っていると感じる、そのことがたまらなく嫌だ。だから、同格であってほしい。だから君を持ち上げたい、それだけなのかもしれない。君に負けることを肯定するために』
ま、ほぼ自分のプライドを守る為なんだろうけれど。
でも下手にきれいごとで飾られるよりは、よっぽどそっちの方が気持ちがいい。普段の爽やか仮面の葉山よりよっぽどいいだろ、人間臭くて。
まぁなんにせよ、俺の事など何も知らない葉山が起こした行為だからこそ、余計なお節介ではあってもそこに悪意は感じられなかった。
……しかしこいつは違う。HACHIMANは俺が憐れまれたり同情されるのが何よりも嫌いだと知っているはずなのだ。それなのにこいつは俺を憐れんだ。同情した。
可哀想。救けてやりたい。そう上から目線で宣うのだ。
ここまで俺の信念をどこかへ放り投げたこいつが『俺はお前でお前は俺』だと? 笑わせるにもほどがありすぎるだろ。
つまりこいつは本心では俺の……比企谷八幡の為だなんてこれっぽっちも思ってはいない。こいつの思考は、そう――
「お前はお前の為にやってんだよ。いや、お前達か。……お前達の為に、俺を好きなふりをしているだけ。俺に同情したふりをしているだけだ」
自分が気に食わないから、自分が納得いかないから、だから自分の思う通りの……自分が気持ちのいい幸せな世界を創りたいが為だけに俺のふりをする。
……こいつは俺に感情移入してるんじゃない。共感してるんじゃない。
こいつは、比企谷八幡に自己投影して、比企谷八幡という器が欲しいだけなのだ。
「ち、違う! 俺達はお前が大好きナんだ! 八幡が大好きだから、八幡を幸せにシてやりたいんだ!」
先ほどまでのニヤけ面などどこ吹く風、あからさまに動揺しはじめるHACHIMAN。
……まぁ、こうなることはなんとなく分かっていた。こいつの正体に気付き始めた辺りから。
こいつは、なんでかは知らないが、なぜか超格好良いと思い込んでいる比企谷八幡になれたつもりになった自分に酔い痴れている。
だからこいつの耳には誰が何を言っても響かない。何を言われたところで「どうせ八幡が嫌いだから言ってるんだろ!」と、思考を停止させて都合の悪いところから目を逸らしてしまうから。
唯一。こいつの酔いを揺らがせられるとしたら、こいつを消し去れるのだとしたら、それは他でもない、俺自身がHACHIMANを否定する事だけ。そう思っていた。
……そしてそれはものの見事に的中したわけだ。ならばもうこちらのもんだ。攻めて攻めて攻めまくって、そしてあの言葉をこいつらの頭のど真ん中にブチ込んでやる。
フハハハハ! 圧倒的じゃないか我が口は! 小町の恨み、はらさでおくべきか!
「違うな。俺を幸せにしたいんじゃない。お前が気持ち良くなりたいだけだ」
「ソ、そんなこトはッ!」
「ならなんで俺を幸せにする為に、俺の姿で俺が大切に思っているものを傷付ける。……お前、ずっと俺を見てきたって言うくらいだから知ってるよな? 俺がいかに奉仕部に居心地の良さを感じているのかも、俺が小町や平塚先生に多少の理不尽な目に合わされても、それ以上に大切なものをたくさん貰っていかに感謝しているのかも」
「ッ……!」
「普通さ、幸せにしてやりたい相手が大切に思っているものを傷つけようとか思わんだろ。ましてやその幸せにしてやりたい相手のふりをして」
ビチヶ浜だの暴力教師だの屑山だのと嘲笑って悪口を書き込みまくったりね。
アレ、単なるネットを使った陰湿な集団虐めだからね? あ、葉山は大切でもなんでもないから別にいいけど。
俺を救う為に俺が中学時代にクラスの連中にされて傷付いた事(告白バラされて黒板に書かれて嘲笑られたりとか、罰ゲームラブレターで呼び出されて笑い者にされたりとかね)と同じような行為を嫌いな相手に行って集団で嗤う。本末転倒すぎだろ。
「そんな事したらむしろ傷付いちゃうだろ、その幸せにしてやりたい相手が。その時点で気付けよ、いかに自分の弁が支離滅裂なのかって事くらい。お前進学校の学年トップなんじゃねーの?」
まぁ学年トップ(笑)だけどな。
よく言うだろ。作者は作者の頭脳を超えるキャラクターは生み出せないと。
さっき雪ノ下も言ってたろ?
『そんな品行方正で素晴らしい女性なはずなのに、私はその2人に、品位も教養も疑ってしまうかのような口調で口汚く罵られてしまったのよ』
と。つまりはそういう事だ。
「違うチガウ違う!」
「違わねぇよ。お前は俺の為だとか言って、独りよがりで喜んでいるだけだ」
「ひ、独りヨがりなんカじゃない! お、俺には俺を理解してクれル味方だっテ居るンダぁァぁッ!」
髪を掻き乱して必死に辺りを見渡すHACHIMAN。あれれー? 自慢のアホ毛が元気ないみたいだよー?
なに? メアリーでも探してるのん? それともアレかな?
「味方? ああ、お前ってアレだよね。戸塚とか川崎とか材木座とか陽乃さんとかを、妙に味方に付けたがるよね。あれかな、自分の事を無条件に認めてくれる素晴らしい存在だから大好きなのかな?」
「そ、そうだ! 戸塚ァ! 助けテくれよォ! 川崎ィ! 守ってクレよぉ! 材木座ぁ! 駆け付けテくれヨォ! 陽乃さァん! こいつ黙らせてよォォ!」
「だが残念だったな。戸塚がお前みたいな人を嘲笑って集団で虐める卑怯者の味方になるわけねーだろ。天使舐めんな。川崎だっておんなじだ。曲がった事が大嫌いなあいつからしたら、ぼっちでさえないお前なんざ、キラキラな葉山よりもさらになんのシンパシーも感じないどうでもいい存在だっつの。材木座? アホか。お前どう見てもイケメンハーレムのリア充クソ野郎じゃねぇか。なんなら材木座の仇でしかねーよ」
そもそもなんで戸塚達が無条件で味方になってくれると思ってんだよ。
少なくとも今この場にあいつらが来たら、お前なんて跡形もなくなるからね?
だってさぁ……。
「あとな、陽乃さんが俺の事を気に入ってんのは面白い玩具だからだ。あの人がお前みたいな薄っぺらくて下らない奴に興味なんか示すわけねぇだろ。むしろ嫌い過ぎて率先して壊される対象まである」
よりにもよって大魔王を味方にしようとすんなよ……。
知らないのか? 大魔王からは逃げられないんだぞ?
「うガァァぁぁァァッ!」
この無慈悲な口撃に、さらにアホ毛を掻き乱して悶え狂うHACHIMAN。ヤベェな。なんか笑えてくる。
だって今のこいつって、こいつが大好きな崩壊葉山くんの終わり方にそっくりなんだもん。
「俺の嫌悪する行為を俺に“身勝手に押し付けておせっかいを焼き“、“人の気持ちも考えず“に人の気持ちを踏み躙り、言葉の虐めという“暴力“で嫌いな人間を痛め付け、それらは全て正しい事だと“独善的“に考える。そしてこれらの行為を俺が可哀想だから、俺を救ってやりたいからと正当化した、どうしようもなく“偽善者“な、“自分がよければ全ていい“と思っているお前ら。……なぁ、気付いてるか? お前らが小町達を批判する主張、全てお前自身に当てはまっているということが」
なんとここでまさかのサブタイトル全回収!
ここまでくると、HACHIMANって某リアクション芸人さん並みに狙ってるとしか思えませんね。どうぞどうぞ。
――さて、そろそろ頃合いか。ここまで完膚なきまでに叩きのめしてやれば、あとはあの言葉さえ投げ付けてやれば、こいつはもう綺麗さっぱり消滅するだろう。
だってこいつ、さっきから黒く淀んでる変な煙みたいなのが身体中から漏れ出してて、なんかうっすら消え始めてるし。なんつうか、魂が抜けかけてる感じ?
「なぁ、お前ってさ、俺の事が好きなんだよな」
「ス、好きダ! お、オレハ八幡ノ事が大好キだ!」
「ほーん。……でもさぁ、俺がハーレムなんざ一切望んでいない事も、俺が自分から面倒ごとに関わっていって、まして目立つのなんかまっぴらだと思っている事も、お前らは全部その目できっちり見てきたんだよな?」
「ぐギぎ……!」
「だがお前は、俺のそういう考えを全てないがしろにする。なんで英雄呼ばわりされて喜んでんだよお前。……そして俺が大切だと感じているものを身勝手に否定し貶し虐めて嘲笑い、俺が心から嫌悪するものを俺に望んで押し付ける」
「も、モうヤメロぉぉっ……!」
「さらに八幡の皮を被った自分を俺よりイケメンにして俺よりも優秀にして俺よりも人気者にして――」
あ、俺よりももなにも、俺ひとつも人気者じゃなかった。むしろ嫌われ者だったわ。
ついちょっぴり見栄張っちゃった☆
「俺が一切望んでいない世界を身勝手に創り、そしてお前はそこで悦に入る。……なぁ、色々と踏まえた上でふと思ったんだが、お前らってさぁ……」
そして俺は言う。こいつに……HACHIMANにどうしても言ってやりたかった、とどめのあの言葉を。
「――誰よりも一番比企谷八幡っていう存在を否定してるよね」
――ピシィッと。その瞬間、どこかでなにかが壊れたような音がした。
次第に、薄まり崩れ始めるHACHIMANの体。そして漏れ出す……いや、噴き出るほどに溢れでていた黒い煙――オーラ? は、その勢いを段々と弱めていく。
まるでHACHIMANの本体が、その怨念めいたどす黒いオーラであるかのように……。
「チ、違うッ……! 俺ハ……俺タチはぁッ! 俺達は八マンが大好キなんだァァァ!」
未だ頭を抱え泣き叫び続けるHACHIMAN。本当はもう気付いているだろうに、こいつはまだ認めたくないというのか。こんな今際の際でさえも。
「……めンどくサイと言いながラも、進んで人ヲ救けてシマうッ……! 自己犠牲も厭ワズ人を救ッてしマうッ……! そしてソンな不器用ナ優しサを理カイしてクれる美少女タチに囲まれル、そんナ、ソンなカッコいい八幡がぁッ……俺達はぁぁァァ……! ……お、俺はァァ!」
……そしてHACHIMANは断末魔の叫び声を上げ、ついにこの世界から、まるで夢幻(ゆめまぼろし)であったかのように儚く消え失せるだった。
「俺が大好きなんだァァァ!」「自分が好きなだけじゃねーか」
***
――こうして、大いなる意思達が感情移入したつもりになって、単に自己投影した八幡のようなナニカに陶酔していただけのHACHIMANという脅威はひとまず過ぎ去った。
しかしこれは哀しい事に、HACHIMANという脅威のほんの一例に過ぎないのである。
これからもほんの少しでも気を弛めれば、第二第三第十第百のHACHIMANがいつまた現れないとも限らない。
しかしみんなの世界をHACHIMANの自由にさせてはならない! HACHIMANをはびこらせてはならないのだ!
戦え八幡! 守りぬけ八幡!
いつの日か、この恐怖が終息するその日まで……!
などと脳内で熱いナレーション(CV材木座)を繰り広げつつ、俺は重い重〜い足取りで、ゆっくりと特別棟の廊下を歩きながら途方に暮れていた。
そして前方に見えますは、ご存知奉仕部の扉でございます。
……ど、どうしよう。目論みがハズレちゃったよぅ……!
HACHIMANが消え去ると、その瞬間に謎の睡魔が襲ってきて意識を失い、……目が覚めるとそこは俺の部屋だった。
『なんだ夢か……』
までのシナリオが頭の中では出来上がってたというのに、どうしてなにも起こらないのん? どうしよう、睡魔どころかお目々パッチリ!
まさかここで大寝坊のツケが回ってこようとはッ……!
これは非常にマズい。HACHIMANと対峙する前までに漠然と想像していた、あの恐ろしい事態に陥ってしまうのだろうか……!?
いや待て、諦めるにはまだ早い。今まさに手を掛けた部室の扉。ここを開ければ、なんとビックリ何事もなかったかのような日常の風景が! って可能性もワンチャン――
「ひ、比企谷くん! 無事だったのね! ……よ、良かった……っ」
「ヒッキー! 大丈夫!? 怪我とかない!?」
「比企谷……! さすがだな、君は」
「ひ、比企谷ぁ! 良かったぁ……! うち、うち……っ!」
「」
おうふ……見事なくらいあのまんまでした!(白目)
うっそーん……HACHIMAN消えたのにマジで記憶とか残っちゃうのん?
え、マジでヤバくない? なにがヤバいってマジヤバい。だってこれ、こいつらはこの事態を知ってるからまだいいとしても、明日俺どうやって教室に入ればいいの?
クラスの連中の記憶の中の俺って、葉山並みのイケメンで雪ノ下以上の頭脳で不良数名を瞬殺しちゃうくらいに喧嘩が強い、モテモテハーレムで人気者なSAOの英雄のままなんでしょう?
そんな認識の中に俺が入っていったら、一体どんな不幸な未来が待ってるん……?
いやいや無理無理。てかまさかメアリーとかこっちの世界に残ってないよね!?
「そ、その……先程のあなたは……とても遺憾ではあるのだけれど……その、な、なかなか格好良っ……た、頼もしくもなくはなかったわ」
「えへへ、なんだかんだ言っても、やっぱりヒッキーは頼りになるよね……! 部室に走ってくヒッキーの背中、ちょ、ちょっとだけカッコよかったしっ……!」
「……やっぱり俺は君が嫌いだ。なんていうか……悔しいよ、君のその強さが……。はは、情けない。こんなのはただの嫉妬かもな」
「比企谷……! さっきは言いそびれちゃったけど……その……色々とごめんなさい。あと……色々ありがとね……! そんな資格ないけど……うち、出来れば比企谷と少し仲良くなり……たい、かな〜なんて。あ、あはは……」
やだ! こっちはこっちでなぜか謎の好感度UP!
なんだよせっかくHACHIMAN消したのに、今度は俺がHACHIMAN扱いになっちゃうのん?
ちくしょうてめぇHACHIMAN! どこまではた迷惑なんだよお前!
小町、由比ヶ浜、平塚先生、雪ノ下、葉山、相模。次々とHACHIMANの被害に合ってきたけれど、実は一番の被害者は俺でした! てへ☆
――明日から不遇な学校生活を強いられるであろう可哀想な自身への憐れみと、なんとも熱い眼差しを向けて俺を取り囲む面々の称賛の言葉に、俺はピクピクと引きつったキモい笑顔でハハハ……と乾いた笑い声を上げつつ、誰にも聞こえないほどの小さな小さな蚊の鳴くような声で、ぽしょりとこう呟くのでした。
「……救けてHACHIMAN!!」
救け求めちゃうのかよ。
了
【後書き追記】
完結から一年以上経つにも関わらず、未だに感想を送っていただき誠にありがとうございますm(__)m
ただ、現在返信が滞ってしまっております。
理由(言い訳)としましては、ひとつひとつの感想があまりにも熱く長く、ひとつ返すのにかなりお時間を頂いてしまって返信が大変なのと、また、一度返信し終えたと思ったらまた感想を多数いただいてしまった為、返信する気力が尽きてしまいました。
私の語彙力の問題でもあるのですが、頂く感想が同じような内容だと返信する内容も同じような物しか書けず、返す気持ちが折れてしまった…というのも返信が書けなくなってしまった一因です。
なので申し訳ないのですが、作品に対する応援・肯定の感想に関しては返信するメドが立ちません(汗)
ですので今後も返信の方は期待しないようお願いいたしますm(__;)mスミマセン。
ただしこういった作品を書いた以上、ご批判に関してはきちんと返信するのがアンチアンチを書いた匿名作者の責任かと思っておりますので、引き続きご批判感想に関してはバリバリ返信してゆく所存でございますm(__)m
ここからは元の後書き↓
こちらの作品は、「八幡を否定するヤツは絶対に許せない!制裁だ!」とか言ってアンチ行為をしているHACHIMAN派の人達が一番「八幡を否定してるよね」が言いたかったが為だけに始めた作品でした
あとはただHACHIMANに対して「おかしくね?」と疑問を持った方誰しもが一度はツッコんでやりたかったであろう事をつらつらと書いただけの作品でございました
まぁ八幡の性格上、彼もこの惨状を目の当たりにしたら、同じように嘆いて、より激しい悪態を吐くでしょうけれど
さて、こんな問題作ではありましたが、最後まで楽しんで頂けたのなら……そしてつまらなくても憎くても、何かを考えるきっかけになれたのなら幸いです
それでは最後までお読み頂きまして、本当にありがとうございました!
ここからは感想についてです
頂いた感想につきましては、時間が掛かっても基本的に全てお返しする予定なのですが、予想される以下の感想につきましては今まで何度も頂いて答えてきた質問でもありますし、下手にお答えしてもまた感想欄が荒れて運営様にご迷惑をお掛けしてしまう可能性がございますので、先にこちらにて定型文という形での返答とさせて頂きます
ですので感想への返信は一律で「後書きをご覧ください」のみとさせて頂きますし、この定型文に対しての反論は運営様へのさらなるご迷惑となりかねますので返信致しません。ご了承くださいませ
Q.HACHIMANとやってる事は同じレベル。原作者でもないのに偉そうに代弁者のつもり?
A.本来であればこういった作品(HACHIMANにせよアンチアンチにせよ)なんか元々無い方がいいに決まっているというのを大前提とした上で、こういった不特定多数が見る場(俺ガイルを知らない、または興味ないという人が多く居る場)において、原作に悪印象しか与えないHACHIMANA側と、その悪印象を少しでも防げる可能性があるこの作品、どちらが原作『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』にとって有益か、どちらが害になるかをまずお考え下さいませ
代弁者などと偉そうに宣うつもりは甚だありませんが、原作を貶める存在に対して原作ファンが一言声を上げる行為はそんなにおかしな事でしょうか?そして果たして『やってる事は一緒』でしょうか?
原作にとって有益か害かの違いがあるのに、『やってる事は一緒』と言う“だけ“の行為に意味があるとは思えません、と、少なくとも私は思います
Q.ただ八幡というキャラに自分の意見を言わせているだけだろ。なんで八幡でやる必要があるの?
それこそ他キャラやオリ主でやればいいだろ
A.最終話本文でも述べましたが、他キャラやオリ主にこれをやらせたら、HACHIMAN側は「どうせ八幡が嫌いなだけだろ!嫌いだから八幡を痛め付けたいだけだろ!」と思考停止になるのが目に見えていたので、その反論をさせない為に、少なくともHACHIMAN“よりは“原作に近い八幡で作品を作りました
Q.結局お前が書いてるのだってHACHIMANだろ
A.お手数ですが世間でHACHIMANと揶揄されているモノがどんなものか、まずご自身で調べてみてください
私は原作者様ではないのでもちろんいくらかのキャラ崩壊はしてしまうとは思いますが、“実力不足でキャラ崩壊してしまった八幡“と“そもそもキャラに寄せる気のないHACHIMAN“は根本的に別物です
目次 感想へのリンク しおりを挟む