用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので (中原 千)
しおりを挟む

プロローグ

ファンタジー物も二次創作したくなって書きました。

不定期更新ですが、反響が大きければ更新頻度が上がります。





私は支部蔵人、用務員をやっている。

 

学園祭のゴミを焼却しているときに突如、爆発的な閃光に包まれた後、浮遊感を感じ、気付いたらよく分からない空間にいた。

 

 

『世界の狭間に漂う者たちよ』

 

 

 

こいつ直接脳内に・・・!

 

 

 

『残念ながら貴方達は召喚されてしまいました』

 

 

 

意味がスッと入ってくる。

ハッ!まさか、これがスピードラーニング?!

 

 

 

 

『ここではない別の世界で、とある才あふれる未熟なものが、戯れに存在しないはずの勇者召喚を成功させてしまいました』

 

 

 

 

ふざけるなっと騒ぎ始める教師や生徒たち。

 

おい、おまいらもちつけ。

 

 

 

『――地球はすでに私の管理から巣立っておりましたので召喚を防ぐことはできず、貴方達を召喚した世界は私の管理が及んでいるところではありません』

 

『今は、召喚によって起きた世界間移動の、全てが曖昧なときだからこそ、こうして私が貴方達に干渉できているのです』

 

 

 

さらに声を上げようとした教師を遮って言葉が続く。

 

 

 

『これから貴方達のいく世界は、地球のように人が支配している地ではありません。手に負えない危険がすぐそばにあります』

 

 

その厳しい声に教師が畏縮する。

 

最近はキレる若者よりもキレる超越者が増えてきたな。こわひ。

 

 

 

『言葉はわからない、武力もない、魔力もない貴方たちでは、あまりにも無力な世界です』

 

 

そして、すぐに声を和らげる。

 

落としてから上げるって、完全に詐欺師のやり口じゃないですか!やだー

 

 

 

『そんな場所に貴方達を放り込むのは忍びありません。ですから貴方たちには最低限の力を授けます。まず、言葉と、適応できる身体を』

 

 

全員が青く光る。

 

 

『そして、その身を、仲間を守る剣(力)を』

 

 

剣の形に白くボウっと光る塊が、ひとりひとりの前に浮かび上がった。

 

えーっと…………?触っても大丈夫なの?

 

 

 

『それではお行きなさい、我が子たちよ。せめて健やかならんことを願っています』

 

 

 

我が子って……………

 

バブみはあんまないな(確信)

 

 

突然、私の前から剣がひったくられる。

 

そして、刹那にしてこそ泥は走りながら消えていった。

 

その背中は一年生の……名前は知らんがどっかのボンボンだったはずだ。

金持ちがこそ泥って、嘆かわしいね本当に。

 

 

『愚かな。今いるものたちよ、安心なさい。あちらの世界にいったならば、その剣(力)は貴方達の才能となり、定着しています。奪うことはできません。そして、もうここで、そのようなことも許しません』

 

 

いや、私はアンタの渡し方が悪かったと思うよ。

人のせいにするのイクナイ

 

 

 

『……ああ、哀れな子よ。申し訳ありません』

 

 

同情するなら墨汁をくれ!

あっ、間違った、力だ。

 

 

 

『一人につき一つしか存在しない剣(力)ゆえに、そなたに新しい剣(力)を与えることはできません。あちらの世界に降りたってしまえば、魂に定着してしまった力は取り返すこともできません。ここは全ての存在が曖昧になっていますから剣(力)を盗むなんてこともできましたが、本来の、存在の確たる世界ならば人が人の才能を奪うことができないように、剣(力)を盗むこともまたできません』

 

 

なるほどなるほど…………

 

 

どうするあのボンボン、処す?処す?

 

 

 

『見も知らぬ土地での唯一のつながりなのです、あまり物騒なことは考えてはいけませんよ』

 

 

『……しかし、困りましたね』

 

 

 

 

「…………一つ聞きたい。アンタは根源か?」

 

 

 

 

『……根源?違いますよ』

 

 

 

 

「分かった。ならいい。

こっちは好きに生きたいから、召喚者とやらの場所から召喚場所をずらしてくれ。それくらいならできるだろう?」

 

 

 

『ええ、それならばできます』

 

 

 

「できれば、人のいない、人が簡単にはこれない所にしてほしい。」

 

 

 

『……言ったようにあちらの世界は魔獣や怪物が跋扈しているのですよ?』

 

 

 

「問題ない。」

 

 

むしろ、好都合だ。

 

 

 

 

『……食料と水を一年分に、あちらの世界での一般的な魔法教本、ナイフくらいしか用意できませんよ?貴方だけを優遇するわけにもいきませんし、あちらの世界に過剰に干渉するわけにもいかないのですから』

 

 

 

 

なに?!魔術じゃなくて魔法があるのか?!

 

 

……なるほど!勇者召喚とは異なる世界から人を呼び込むという内容!すなわち、平行世界の運営、第2魔法だ!

 

やべぇ、テンション上がって来た!

 

 

 

『わかりました。それではお行きなさい。』

 

 

私は光に包まれて消えていく。

 

 

ムフッ、これが第2魔法の感覚ですか、ありがたや、ありがたや。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

目を開けると、そこは洞窟だった。

射し込む光に誘われて外にでてみると、果てしない空と白い山々が広がっていた。

 

 

…………私は異世界に来た!

 

 

この感覚は"二度目"である。

 

 

一度目は私が私を認識したとき、私が転生者だという事を自覚した時だ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

私が自分を転生者だと自覚したとき、真っ先に思い浮かんだのは、力への渇望だ。

 

自分を何かの主人公だと考え、その為に強さを欲したのだ。

 

都合のいいことに私は天涯孤独の身、止めるものもいないので幼いうちから山に籠り、鍛練と魔術の研究をした。

 

研究の頼りにしたのは前世の記憶、私が最も好んでいた作品、fateの魔術である。

 

幼い私は創作物の魔術を本気でできると信じ込み"実際に実現させてしまった"のである。

 

 

こうして、私は魔術師となったのだ。

 

 

 

そして、その魔術研究は面白い程に順調で起源弾、月霊髄液など、数多の物を再現してきた。

 

 

研究も一通り進んだあたりで、この世界の魔術事情が気になった私は十二歳の時、単身で魔術の本場、イギリスへ向かった。

 

最初は、国内で済ませようと思ったのだが冬木市という市がそもそも存在しなかった為の代案である。

 

 

遠坂やアインツベルンの魔術師にあってみたかったのだが、いないものは仕方ない。

イギリスでならアニムスフィアの魔術に会えるかもしれない。

ぜひ、生のシヴァを拝みたいとwktkしながらいったのだが、不発であった。

時計塔に魔術協会なんてなかったのだ。

 

私は躍起になって国中を探したり、大規模術式を行使して挑発してみたりしたが、一切の収穫がなかった。

 

その時、魔術師はこの世界で私独りなのだと気付き、愕然とした。

 

 

失意の私は街を心ここにあらずで放浪し、気付くと森の中にいた。

 

自暴自棄になっていた私は、いっそのことこの森を全て異界化でもしてやろうかと思案しつつ歩いていると、神秘的な少女が倒れていた。

 

ここでの神秘的とは、少女の見た目の比喩表現ではない。

 

少女から、実際に神秘が漏れていたのである。

 

 

「大丈夫ですか?!」

 

 

私は、むしろ自分の方が助けてほしい心持ちで彼女に呼び掛けた。

 

 

 

「………うぅ…………」

 

 

 

息はあるようなので、私は急いで自作のスクロールで回復魔術を行った。

回復魔術自体はスクロールなしでもできるのだが、魔力譲渡はスクロールなしではアレしないとできない。

 

 

 

「…………貴方は………?」

 

 

 

目を覚ました少女に聞かれる。

 

 

 

「通りすがりの魔術師さんだよ。君はどうして倒れてたの?」

 

 

「…………私はヴィヴィアン。」

 

 

ヴィヴィアン?!

アーサー王に聖剣を授けた湖の精霊じゃないか!!!

 

 

「…………子供が妖精なんていないって言ったから死にかけてたの…………」

 

 

「ピーターパンかよッ?!」

 

 

それってどこのティンカーベル?!

そもそもアンタは妖精じゃなくて精霊でしょうが。しかも、高位の…………

 

 

 

「時代とともに神秘が薄れて私も力が弱まったのよ。他の子もドンドンいなくなって私もようやく消えるのかって思ってたのだけど…………助けられちゃったわね。」

 

 

「えーっとそれは…………すみません?」

 

 

「いいのよ。私も久しぶりに人と話せて楽しいし。

…………というか、魔術師ってまだいたのね。」

 

 

 

「私が最後の一人みたいだけどね。」

 

 

 

「じゃあ、お互いに一人ボッチでおんなじね!

…………ねぇ、一つ頼まれてくれない?」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「…………これでよし!」

 

 

 

私は湖の異界化を終えた。

 

 

 

「すごいわね!」

 

 

 

「…………湖の精霊様にお褒め頂く程の出来ではないと思いますが?」

 

 

「そんなことないわ!この神秘の薄れた時代にそれだけできるって、貴方は一流の魔術師だわ!!!」

 

 

「そういうものですかね?

………本当によろしいんで?私のような一介の魔術師と主従契約なんかして?」

 

 

「当然よ!私はいつ死んでもおかしくない状態。ただ、湖に縛られて止まっているだけの残りカスみたいなものなんだから。」

 

 

「そうですか…………分かりました!それじゃあ、契約しましょう!」

 

 

 

そうして、私達は契約を結んだ。

契約の詳細は省きます。

理由は、型月の魔力関連の儀式だから、とだけ言ておきましょう。

 

 

 

「…………それで、私は貴方の事をマスターとお呼びすればいいのかしら?」

 

 

 

ニヤニヤしながら尋ねてくる。

 

 

「やめてください。湖の精霊様にそんな呼ばせ方させられる訳ないでしょう。」

 

 

 

「………ヴィヴィアン。」

 

 

「へっ?」

 

 

「ヴィヴィアンと呼びなさい。あと、敬語もやめて。せっかく契約したんだから、そんな他人行儀なのは嫌だわ!」

 

 

 

ご立腹の姿を見て、自然と笑顔がこぼれる。

 

 

「ああ、分かったよ、ヴィヴィアン。

私の事はクランドと呼んでくれ。」

 

 

 

「ええ、これからよろしくね、クランド!」

 

 

その後、二人で喋ったり湖の上を走り回ってはしゃいだりして過ごした。

 

 

「ところでヴィヴィアン。エクスカリバーって持ってる?」

 

 

「ええ、持ってるわよ。」

 

 

「見せてくれない?」

 

 

「いいわよ、少し待ってて。」

 

 

しばらくして、ヴィヴィアンは三振りの剣を抱えて来た。

 

 

「これが、エクスカリバーとガラティーンとアロンダイトよ。」

 

 

「…………凄い…………」

 

 

 

剣からは、圧倒される程の神秘が放たれていた。

 

 

しばらく堪能した後、気になっていた事をヴィヴィアンに聞いてみる。

 

 

「ねぇ、これの前の所有者って金髪の女の子?」

 

 

ヴィヴィアンはポカンとしている。

 

 

「ゴメン、変なことを聞いたね。」

 

 

そんなわけないよね。つい、聞いてしまった。

 

 

「クランド、なんで知ってるの?!」

 

 

「えっ?!

…………もしかして、名前はアルトリア・ペンドラゴンだったりする?」

 

 

「すごいわ、クランド!なんで知ってるの?!確かあの娘の名前はアーサーで伝わってたはずよね?なんで本名を知ってるの?!」

 

 

凄い凄いと目を輝かせるヴィヴィアンに茫然とし、さらに聞いてみる。

 

 

「じゃあ、ガラティーンは栗色の髪のやさ男で、アロンダイトは紫髪のNTR野郎?」

 

 

「凄いわ!全部あってる!クランドは千里眼でも持ってるの?!」

 

 

ますます目を輝かせて尊敬の念を送ってくるヴィヴィアン。

 

…………これなら、アレが実現できるかもしれない。

 

 

「ヴィヴィアン、それ貸してもらえるか?」

 

 

「…………ごめんなさい。この剣は私と同じで湖に縛られてちゃってて、今は湖の外に持ち出せないの。でも、クランドのお陰でいつかは自由に湖から自由に出られるようになるはずだから、その時に貴方の元へ持っていくわ。」

 

 

 

「ああ、無理いってゴメンね。よろしく頼むよ。

それまではここにちょくちょく遊びに来るから!」

 

 

じゃあ、私はそれまでに完成させなくてはならない。

聖杯と術式の作成を。

 

 

「ええ、貴方が来るのをずっと待ってるわ。」

 

 

 

 

そうして、私は日本に戻り魔術研究を続けながら触媒集めに取り組んだ。

そして、暇を見付けてはイギリスに行きヴィヴィアンに会いに行った。

 

職場に学校を選んだのは、作品の舞台になりやすいから、異世界召喚でもされればここよりも神秘の濃いところで研究ができるだろうと、低い可能性に期待をこめたからである。

 

何故、天涯孤独の身の上で仕事も用務員である私が魔術触媒を用意したり定期的にイギリスに行けるのか、それは偏にヴィヴィアンのお蔭である。

湖の精霊の加護を一身に受けている私は半端なく運がいい。ステータスにするとおそらくはA+++くらいあるだろう。もう、ランサーの朱槍を避けれるレベルだ。

その運を駆使して宝くじや競馬などで大勝しているのである。

たぶん、私の総資産はあのボンボンの親より余裕で多いだろう。

 

 

 

 

そんなこんなで、本当に異世界召喚されて念願かなった私であるが、心残りが2つ。

 

 

一つは、超常的存在に授けられた力なんて研究しがいがあるものを取られてしまったこと。

まあ、こっちはあのボンボンを捕まえて人体実験すれば済む話だ。

覚悟しろボンボン。魔術師から魔術関連の実験材料を強奪するというのはそういうことだ。

ウェイバー相手にケイネスがした対応は特別寛容だっただけだ。

 

 

それよりも重大なのが……………

やべぇ、ヴィヴィアン置いて来ちまった!

 

 

やべぇよ………どうするよ………

 

ヴィヴィアンは、たまに私が遊びにいくと満面の笑みで私を迎えてくれるのだ。

そして、帰り際には悲愴な表情をして、私が次にいつ来るのか何度も尋ねてくるのだ。

そんなヴィヴィアンを、私は愛しく思っていたのだが、そんなヴィヴィアンだからこそ、私に置いてきぼりにされたと知ったら何をしでかすか分からない。

 

最近は大分力を取り戻していたし、腹いせに世界を滅ぼさないか心配だ。

世界の方はどうでもいいのだが、そんなことをしたら抑止力によってヴィヴィアンが討伐されてしまうかもしれない。

私はあの世界に抑止力の存在はないと結論付けてはいるのだが、万が一があるし心配なものは心配だ。

 

ああ、ヴィヴィアン………何とか思い止まって。

最悪、世界を滅ぼしても何とか無事でいてくれ。

今は、私にできることは祈ることだけである。

 

この世界での研究が上手くいったら、私の手で絶対にヴィヴィアンを異世界召喚しよう。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章
魔獣


決意を新たにしたところで現状を確認する。

 

 

現状で身に付けてあるのは用務員服、耐久性が不安なので着替えることにする。

ポケットから取り出したのは白色の鍵、ヴィヴィアンとの共同製作の礼装『魔術師の実験室(ゲート・オブ・カルデアス)』だ。

名前に特に意味はない。

前世でギルガメッシュとfgoが好きだったから付けただけだ。

 

 

この礼装の効果は私の実験室の持ち運びである。

宝具の射出能力とかはない。

 

異世界で使えるか不安だったが上手くいった。

しっかりと実験室に繋がっている。

 

中から自作礼装『アニバーサリー・ブロンド』を取り出して着込む。

見た目的には寒そうだが、温度調節の魔術をかけているため問題ない。

 

そして、自衛のために礼装『月霊髄液(ウォールメン・ハイドログラム)』と模造宝具『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』を用意する。

 

後者は、私とヴィヴィアンの合作で用意した剣に二人で神秘を込めたものだ。

力を完全に取り戻してはいないから出来がイマイチなんてヴィヴィアンは言っていたが、十分な性能である。

少なくても、ザイードさんにだったら正面から戦えばこれで勝てる。

 

 

十分と思われる戦力は確保したので、一旦研究室を出る。

 

そうすると、洞窟の奥に深緑色のリュックサックを見つけた。

それには、見たことのない術式で収納の魔術がかけられていて中身を確認すると、フランスパンらしき携帯食、樽に入った水、ナイフ、教本が出てきた。

 

 

真っ先に教本に手が伸びるのは魔術師の性である。

知らない魔術に出会ったら、どうしても興味をそそられてしまう。

 

意気揚々と本をめくり……………読めねえ!

 

さすが異世界だ。地球の言語がそのまま適用されるなんて事はないらしい。

 

よろしい、ならば戦争だ。

 

魔術師の頭脳をなめるなよ。

こう見えて私はラテン語、ドイツ語、フランス語をはじめとして、ヒエログリフやルーン文字も読めるのだ。

 

いくぞ異世界言語 文法の貯蔵は十分か

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

クハハ、遂に解読したぞ。

かかった時間はおよそ5時間。

私にかかればこんなものだ。

それでは異世界魔術とやらを実践してみようか!

 

 

「火よ!」

 

 

私は気絶した。

 

 

全身に疼痛を覚えつつ起き上がると、辺りは暗くなっていた。

 

 

「lumen(光)」

 

 

魔術を使って明るくする。

異世界魔術に興奮してつい使ってしまったが、どうやら私の魔力が足りなかったらしい。

しかし、私の本来の魔力が減った様子は見受けられないので、察するに型月版魔術と異世界魔術では使う魔力が別物なのだろう。

根本から異なる魔術体系、ますます興奮してきた。

 

思うと、私はまだこの洞窟を異界化していない。

異世界魔術に興奮していたとはいえ、あまりにも迂闊だった。

 

 

 

反省して、洞窟を異界化してから異世界魔術にリトライする。

今度は念入りに教本を読んでから実行することにする。

腹が空いたのでハンバーガーとポテトを摘まみながら教本を読む。

 

ハンバーガーは研究室から持ってきたものだ。

研究室には数年分のあらゆる食材が備蓄されているので食料の心配はない。

あのフランスパンらしきものは一応超常的存在から貰ったものなので今後に研究対象にするつもりだ。

 

 

フムフム、教本によるとさっきのは詠唱の具体性が足りなかったために起こった現象らしい。

気絶や痛みは疲労や筋肉痛のようなものらしい。

 

 

反省点が分かったところで再挑戦だ。

 

 

「小火よ!」

 

 

私は気絶した。

 

 

まだ具体性が足りなかったらしい。

今度こそ、

 

 

「小さく青き火よ!」

 

 

私は気絶した。

 

 

どうやら私にはそもそも魔力が足りないらしい。

しかし、毎回魔力が増えている事は実感できる。

 

この鍛練は実にいい。

成果が実感できるし、手軽で安全だ。

魔術使って気絶すれば魔力が上がってるんだから、衛宮士郎の魔術鍛練に比べたら、ずっと手軽で安全だろう。

型月の魔術師が知ったら羨ましがること間違いなしだ。

 

 

そうして、気絶を繰り返しているうちに拳大の大きさの火を出すことに成功した。

達成感を感じる。

この程度の事は型月版魔術を使えば容易にできるが、なによりも異世界魔術に成功したという事実が大切だ。

これにて私の魔術研究は飛躍的に進むことだろう。

ヴィヴィアンを召喚する日も近い。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

異世界での生活も半年ほどになり、異世界魔術もある程度つかいこなせるようになった頃、情報収集のために雪山を散策していた。

 

洞窟の前の岩場にはいつも雪豹のような大きな魔獣がいる。

 

いつか研究したいと考えているのだが実力が不明であるために見送っている。

焦ることはない。この世界にはあの魔獣より興味深い事がたくさんあるのだから。

 

 

 

山は雪に覆われているが私にはまったく問題にならない。

雪とはすなわち水が凍ったものだ。

湖の精霊の加護を手厚く受けている私はその上を埋まらずに歩けるのだから雪など有ってないようなものだ。

 

ヴィヴィアンは今どうしているだろうか?

契約による魔力のパスは通ったままだから無事なことは確かだが心配である。

泣いたりしていないだろうか?

私は思いを込めてパスを通して魔力を送る。せめて、ヴィヴィアンが私の存在を感じられるように…………

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

洞窟に戻ろうとしたらあの雪豹の魔獣が洞窟の入口に立っていた。

 

 

「沸き立て、我が血潮」

 

 

私はすぐに月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)を展開する。

しかし、魔獣に動きはない。

様子を伺うと魔獣は敵意がないようだった。

そういえば、あの教本によるとこの世界の魔獣は交渉可能らしい。

ならば、することは一つだ。

 

 

「あまりおもてなしできないが家に遊びに来るか?ミルクくらいなら馳走しよう。」

 

 

レッツ異文化交流である。

唸れ、私の動物会話スキル!

完全に日本語だけど大事なのはハートだから問題ないだろう。

きっと、たぶん、おそらく、メイビー…………

 

 

私が洞窟に入ると魔獣も着いてきた。

 

 

通じてた?!

 

私が一番驚いた。

 

 

 

「そこら辺の絨毯にでも座っていてくれ。私はミルクを淹れてこよう。アイスとホットのどっちがいい?」

 

 

魔獣は暖炉の方を尻尾で指した。

 

 

「器用なものだな。なるほど、ホットがお好みか。すぐに用意しよう。それにしても本当に話が通じるんだな。びっくりだ。」

 

 

 

 

―みっ、みーみぃーっ

 

私がミルクを淹れて来ると魔獣の尻尾にじゃれつく仔猫がいた。

 

 

「ミルクを淹れて来たぞ。口にあうかは分からんが召し上がってくれ。

ところで、そいつはおまえの子供か?可愛いな。」

 

 

魔獣はミルクに口をつける前に尻尾で後方を指した。

そこには、大量の鹿や猪の死体が冷凍状態で鎮座していた。これだけの魔獣を狩って冷凍保存までするとは、やはり強い上に器用なヤツだ。一部でいいから異世界魔術の実力を私に分けて欲しいものである。

 

 

その後、今度は仔猫の方を尻尾で指した。

 

 

「なるほど、仔猫の分も持ってこよう。気が利かなくて悪かった。」

 

 

―みーみー

 

持ってきたミルクを飲んだ仔猫は満足そうな声をあげる。

 

こうしてみると、本当にただの仔猫のようだ。

 

魔獣の方も何となく笑顔のような気がする。

 

 

「ご満足頂けて光栄だ。おかわりもあるがどうする?」

 

 

―みーっ

 

どうやらおかわりをご所望らしい。

 

 

 

暫くし、そろそろ寝ようとして、一つ思い付く。

 

 

「ものは相談なんだがおまえの体に乗って寝ていいか?実に暖かそうだ。」

 

 

魔獣は少し考えるような仕草をしたあと、尻尾で手招きしてきた。

 

 

「それは、許可してもらえたと受け取っても良いのか?では、ご厚意に甘えるとしよう。」

 

 

抱きついてみると想像の十倍くらいモフモフだった。

耳とかお腹の辺りとかものっそいモフモフで、

もうモフモフというかモフッモフッて感じで、モフモフがモフモフでモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

―みーみーみーみーっ

―みーみーみーみーっ

 

しつこいくらいの鳴き声で私は目を覚ました。

 

昨日はすぐに寝てしまった。やはり、モフモフには抗えない魅力がある。

私も根源に至るためにモフモフの研究を始めた方がいいだろうか?

 

 

 

―みーみーみーみーっ

―みーみーみーみーっ

 

思考の海にトリップした私に仔猫が苛立ったように呼び掛け私をどこかに連れて行こうとする。

 

 

「分かった分かった。すぐに行くからあまり引っ張るな。」

 

 

洞窟の外では魔獣がこちらを背にして座っていた。

魔獣は仔猫を優しい瞳で見つめる。

慈愛に溢れた美しい姿だが、私には何故かその巨体が小さく消え入りそうに見えた。

 

少しして、魔獣は魔術で入口のほとんどを土壁で閉ざした。

 

 

―ミーッ

 

仔猫は一際大きく鳴くと土壁へと走り、その上に座った。

 

 

グォオンッッ

 

魔獣が吠えると岩場に大きな火柱が上がった。

その魔術の技量は異世界魔術だけで見ると私を遥かに越えている。

 

私はすぐに遠見の魔術と風の魔術を使い魔獣の姿を追う。

 

 

火柱の先には十数人の集団がいた。

槍や弓、杖などを装備していて、中には亜人らしき者もいる。

狩猟者らしいが、なんともファンタジー色の強い集団だ。

 

 

「来るぞっ!」

 

 

男の一人が叫ぶ。

そいつは盾を構えたが魔獣の突進に容易く吹き飛ばされる。

 

 

戦闘は激化していく。

 

 

「イルニークよ、足らんぞっ!」

 

 

途中、男が叫んだ言葉になるほど、この魔獣はイルニークという名前なのかと理解する。

 

 

―ミーッ!

 

ただ眺めるだけの私に仔猫は怒ったように尻尾で叩く。

 

 

「ダメだ。ヤツは自分よりもおまえが助かる事を願ったのだ。私が助けにいったところで、負けてしまったらあの集団は私が出てきたこの洞窟に入りおまえを見つけ捕まえるだろう。そうなってしまってはヤツの覚悟が無に帰してしまう。堪えろ。」

 

 

私は拘束の魔術の用意をしながら言う。仔猫は意外にも飛び出すことはなかった。

 

 

 

やがて、勝負の決着はつく。

 

魔術の小さな隙を突いて集団が大規模魔術を使用し魔獣に致命的な一撃を放った。

白紫色の雷が轟き、爆発した。

光が収まっても誰も動かない。

狩猟者達は警戒を強めたままである。

魔獣は爆心地で上を向いたまま立ち尽くしていた。

そして、ゆっくりと山の対面に首を向けて遠い目をした。

 

 

グオオォンっ

 

 

魔獣が最後に放った咆哮に悲痛さはなかった。

 

 

 

「…………泣け。堪えることはない。元よりガキの仕事は泣くことだろう。」

 

 

仔猫は鳴き声一つあげずに魔獣を見ていた。

少しの身動きもせずにただただ親の姿を見続けていた。

 

 

仔猫の体が倒れる。

様子を見ると、どうやら眠ってしまったらしい。

 

終に仔猫は泣かなかった。

体は小さいがこいつはもう立派な魔獣らしい。

 

私はせっかくだからと魔獣の遺していった物で料理を作ろうと思い付く。

あの鹿らしき魔獣が丁度良さそうだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

―みーみーぃ、みみっ

 

仔猫の声が聞こえる。

 

 

「起きたか。丁度いい。飯にしよう。」

 

 

仔猫に肉を差し出すが、チロチロ舐めるだけで口にしない。

 

仔猫が食べられないものを置いていくとはヤツも存外抜けたところがあるらしい。

それとも、私への依頼料のつもりだったのか。

仕方ない、ミルクを用意しよう。もしくは、あのフランスパンらしきものをお湯に溶かすか?

調べてみたところ、あれは栄養補助食品のようだしこの世界の品らしいから私の持ち込みのミルクよりも仔猫の食事に相応しいだろう。

 

私はあれを仔猫に差し出す。

 

 

「やはりガキにはミルクが一番だな。」

 

 

―ミーッ!

 

私が笑うと仔猫は不機嫌そうに尻尾で叩いてきた。

 

 

「悔しかったらいっぱい食べて早く大きくなれ。」

 

 

食べ終わった後、仔猫は眠たそうにしていた。

 

私はあの魔獣に託されたのだと勝手に解釈し仔猫を護ると誓う。

 

…………目下最大の敵は、仔猫を実験材料にしろと囁きかけてくる私の好奇心であるな!

 

 

 

 

 




えっ、オリ主のキャラが違う?
彼は魔獣に嘗められない為にカッコつけてるだけです。
人に会ったらすぐにボロが出ます。

この世界の魔法について詳しく知りたい方はお近くの書店で原作をお買い求め下さい。
出版元はMFブックスです(ダイレクトマーケティング)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アカリ

高評価を頂いてしまって、喜びのままに執筆しました。





数ヶ月後、私の探知魔術にハンターの集団の反応があった。その中には私と同郷と思われる少女もいる。

そろそろ勇者の力の研究も始めたいと思っていたが、同時に今の誰からも邪魔されずに研究できる環境が惜しくもある。今回は見送るとしよう。

 

私はハンター達の監視を切り上げて食事の用意をする。

この一年で仔猫も大きくなり、固形物も食べられるようになった。

いつまでも名無しでは支障も有ろうと、ある時、どんな名前がいいか聞いてみたところ、仔猫は尻尾で降り積もった雪を指した。親に似て賢いヤツだと思いながら、仔猫には『雪白』と名付けた。満足そうに鳴き声をあげたので、おそらくは仔猫の御眼鏡に適ったのだろう。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

三月程経ち、雪白は中型犬くらいの大きさになった。

ミニサイズの魔獣の完成である。

内面も似てきたようで暖炉の前に寝そべる貫禄などあの魔獣と瓜二つだ。

 

 

「ミルクを淹れようと思うのだが、アイスとホットのどっちがいい?」

 

 

私が懐かしい気分になって尋ねると雪白は暖炉の方を尻尾で指した。

 

 

「フフフ、そうか。ホットがお好みか。すぐ用意しよう。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

暫く経ち、また吹雪がやって来た。

私は持ち込んだブラシを使い雪白を毛繕いしている。するとしないとではモフモフ感が違うのだ。雪白も毛繕いを気に入っているようで目を細めて喉を鳴らしている。

最近、雪白は活発になり、毎日のように外へ出掛けては獲物を持って帰って来る。

その後、風呂へ飛び込みあがったら水を払って暖炉の前に寝そべり私に尻尾で毛繕いを催促するのだ。

我が家のぬこ様は風呂嫌いじゃないらしい。

 

 

魔術研究の方も充実している。教本によると、この世界の魔術はそこらにいる精霊を介して行われるのだが、その仕組み及び精霊についての詳しいことは分からないらしい。

"広く知られているが解明されていない"

型月的に解釈するととても面白いことになる。しかも、私はこれによる恩恵を独占できるのだ。私はこれに大きな可能性を感じている。

 

 

そんな充実した日々を過ごしていると再び厳冬期が明けた。

私の魔術はハンターの集団を感知した。その中にはあの少女も含まれている。

その集団は明確に私たちの方へ向かっていた。

察するにあの少女がもらった力は索敵だろう。

 

さて、前回は見逃したが相手の方から向かってくるなら遠慮は要らないだろう。

 

「いくぞ雪白。初めての対人戦だ。気を引き締めろ」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

ハンターの集団と少女、アカリ達はイルニークの狩猟に来ていた。

もっとも、躍起になっているのはハンター達、特に雇い主のザウルだけで、アカリの方に意欲はない。

 

アカリはこのハンターに関わる気は一切なかった。というか、もううんざりしていた。召喚された学校では冷遇され、王室の我儘をきかされたり、政治に東西奔走させられたりして、この一年で疲れきっていた。

 

そんなギクシャクとした空気ではまともに実力を出せる訳がない。

 

不意に、白い獣が木々の合間から飛び出すとハンター達の前を横切る形で立ち止まった。不自然なほど突然のことにハンターたちは辺りを見渡す。

 

まだイルニークの出現する標高には到達していないハズだし、気配も感じなかった。何よりも、いままではぐれ狼程度でも警告のあったアカリという少女の反応もなかったのだ。

 

白い獣はまたふっと消えるように木々に消えたが、ザウルの目はしっかりと獣を捉えていた。ザウルは性格が悪いがハンターとしての腕が悪いわけではないのだ。

 

 

「おいっ、どうなってやがるッ!」

 

 

ザウルは脱兎の如く追いかけた。

 

 

「待って…………」

 

 

「使えねえ奴は黙ってろッ」

 

 

アカリの制止は振り切られた。他のハンターも躊躇いながらも追いかけた。こんなヤツでも雇い主である。仕方なくアカリもそれを追いかける。

 

追い付くとイルニークらしき獣は岩の上で毛繕いをしていた。あまりに無防備な様子にハンターたちはさすがに戸惑いを浮かべる。しかし、ザウルはそんなことお構いなしといった様子で、一斉攻撃の合図を出す。ハンターたちは戸惑いながらも雇い主であるザウルに従って、弓や杖を取りだして構えた。

 

やっと追いついたアカリが制止しようとして…………

 

 

…………ザウルはそれを無視して合図した。

追い風を受けた矢とそれに混じるように雷撃がイルニークに向かった。

ザウルは確かな手応えに笑みを浮かべた。その笑みは次の瞬間に強ばる。確かに直撃はした。イルニークのいた『岩』に。

冬越えのために文字通り『岩』となって眠っていた大棘地蜘蛛(アトラバシク)に炸裂したのだ。

イルニークは既に影も形もない。

 

 

大蜘蛛の眼に光が灯る。大牙が緩慢に動き、八つの脚と身体から生える円錐形の石のような大きな棘が軋みをたてた。

 

 

専用の装備のないザウル達はすぐに逃げるべきだった。

しかし、大棘土蜘蛛と相対した経験のないザウル達は撤退など考えもしなかった。

大棘土蜘蛛は前進する。

ザウルが矢を放ち、それにつられるように他のハンターも攻撃を始めた。

それでも前進は止まらない。

冬眠の邪魔をされた大棘土蜘蛛は睡眠の邪魔をした無法者を殲滅するまで止まらない。

 

ぎこちなかった大棘地蜘蛛の動きが次第に円滑になる。『悪夢』と呼ばれた大蜘蛛はもう既に覚醒しきっていた。

怒りに狂う大棘地蜘蛛は一息でハンターに詰め寄った。

それだけで、ハンターの集団が瓦解した。

 

 

制止しようとしていたアカリは茫然とそれを見つめるしかなかった。

さっきまでは存在しなかった敵性反応が、脳内の地図に現れていた。もともと、反応はなかった。

イルニークが目の前にいるにも関わらず、反応はなかったのだ。

一定以上の力の反応は不安定だが、目視できる範囲で自らが敵いそうもないと思った相手はまず間違いなく赤くマーキングされるのだ。

色は…………『深紅』

 

アカリはへたり込んだ。

逃げ惑うハンターとぐちゃぐちゃと何かが咀嚼されるような音。

 

「帰りたいな……」

 

アカリは無意識にそうこぼしていた。

 

大棘地蜘蛛の八つの目が、藪の中のアカリを見つける。

 

アカリは全てを諦めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

大棘土蜘蛛によって、否、私によって引き起こされた阿鼻叫喚の地獄絵図を眺める。

 

 

なんというか、うわっ…あいつらの練度、低すぎ…?

 

 

もともとこの大棘土蜘蛛を使った罠は看破される前提でヤツらの力を量るために捨て石として使ったものだが、

これで瓦解してしまうとは…………

前回のハンター達とは実力は比べるべくもないらしい。

 

 

「雪白、よくやった。だが、あいつらは特別お粗末な輩だからこれからも人間を侮ってはいけない。足元を掬われるぞ。」

 

 

雪白は尻尾で力強く私の背中を叩く。

 

 

「愚問だったか?それなら、いらぬ節介をやいたことを謝罪しよう。」

 

 

ハンターを咀嚼する大棘土蜘蛛を眺める。

一通り食い終えた大棘土蜘蛛は次に少女を見つけた。

確か彼女はアカリといったか?学校で会ったことがある気がする。

 

まあ、私には関係のない事だ。死体からでも研究できるし不意に興味深い実験材料を手に入れた行幸を感じながら見守る。

 

 

あーあ、へたり込んでブルブル震えちゃって可哀想に、もしかして失禁しちゃってるんじゃないだろうか。

 

 

 

…………不意に少女の姿が霞み記憶の姿と重なる。

 

 

 

「すまない。少し行ってくる。」

 

 

 

私は魔力放出を使い急加速した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

アカリが目を覚まし、身を起こした。

私は雪白の毛繕いをしている。

 

 

「……生きてるのかな?」

 

「むっ、目を覚ましたか。」

 

 

私の声に驚いたように顔を向ける。

 

 

「……あれ?なんでここに、大棘地蜘蛛は…ていうかそれイルニーク……。だれ?」

 

 

混乱しているな。

見よこの雪白の堂々たる姿を、少女などいてもいなくても変わらんという具合に地面に伸びきってリラックスしている。この余裕を見習ったらどうかね。

 

「あっ……よ、用務員さん?」

 

 

「何ッ?!分かるのか?!」

 

 

私が今着ているのは礼装、魔術協会制服だ。服装からは判断できないはずなのだが。

 

 

「そりゃ、分かりますよ!分からないはずがありません!」

 

 

「どうしてだね?言っては難だが、用務員の事を覚えている生徒なんてごく一部じゃないかね?」

 

 

「普通はそうですけど…………休みの度に海外旅行したり、学校に入り込んできた熊を一人で討伐したり、用具小屋に籠って怪しい事をして学校の七不思議になったりする濃いキャラの用務員さんを忘れる訳無いですよ!」

 

 

「…………そうか。そんなものがあったのか。」

 

 

もしかして私、既に幻霊くらいにはなれるんじゃない?

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

私はアカリに簡単に経緯を説明した。

 

 

「そうでしたか、ありがとうございます。」

 

 

アカリはその説明に少しも疑問を抱くことな素直に頭をさげた。

 

 

「気にするな。幼い少女を助けるのは年長者の務めだ。ところで、これからどうするね?」

 

 

「明日の朝に帰りますから、よければ一泊させて下さい。」

 

 

「分かった。それでは風呂に入るといい。年頃の少女がそれでは少々まずかろう。臭うぞ。」

 

 

「嗅いだんですかッ?!」

 

 

「そういきり立つな。運ぶ時に少しな。分かったらさっさと行け失禁娘。」

 

 

「…………ッ!行ってきます!」

 

 

アカリは勢いよく扉を閉めた。

 

 

「カゴの中にタオルや着替えが入っている。その他に何かあったら大声で呼んでくれ。」

 

 

私は食事を作るとしよう。

 

 

「用務員さん!なんですかこれ?!湯船だけじゃなくてシャワーもボディーソープもシャンプーもリンスもありますよ!」

 

 

「ふむ、興奮する気持ちも分からなくないが、君はもう少し自分の姿を省みた方がいい。」

 

 

アカリはよほど興奮したらしく、興奮に任せてそのままの姿で駆け寄ってきた。

 

 

 

「え……?ッて、キャーーーーーー!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「ハッハッハ、死にかけた先で思いがけず巡りあった日本の面影だ。我を忘れるのも分からなくない。次から気を付けるといいさ。」

 

 

「裸…………見られた…………用務員さんに…………」

 

 

アカリはうわ言のように呟いている。

 

 

「人聞きの悪い言い方だな。もとより君の不注意が原因だろうに。まあ、腹がふくれたら機嫌も治るだろう。さあ、食べるといい。」

 

 

私が鍋の蓋を開けると、

 

 

「すっぽんぽん…………て!この匂いは!カレーですか?!」

 

 

「ナンと白米のどちらがいい?」

 

 

「米ってどんな…………?」

 

 

「安心しろジャポニカ種だ。」

 

 

「ご飯がいいです!」

 

 

「了解した。たんと食べるといい。」

 

 

私がカレーをよそうと、アカリはがっつくように食べ始めた。

もっきゅもっきゅとどこかの腹ペコ王を彷彿とさせる食べ方は見ていてとても微笑ましい。

 

「口にあったようでなによりだ。食後のデザートにアイスも用意してあるがどうするね?」

 

 

「頂きます!」

 

 

「いい健啖ぶりだ。作った私も嬉しい。ちっこいくせによく食べられるものだ。」

 

 

「ちっこくないですっ」

 

 

そこは、"ちっちゃくないよ!"と言って欲しかったな。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「さあ、腹もふくれたところで情報交換といこう。まずは改めて自己紹介をしよう。」

 

 

「はい!私は藤城明里、こっちではアカリ・フジシロです。」

 

 

「私は支部蔵人、呼び方は用務員さんのままでいい。お兄ちゃんも可だ。」

 

 

「分かりました、用務員さん!」

 

 

「鮮やかにスルーしたな…………」

 

 

「…………ところで、申し訳ありませんでした」

 

 

「いや、私も冗談で言ったからそんなに気に病む事はないが。」

 

 

「そっちじゃないですっ!…………私達は用務員さんがこの世界に来てるかどうかわからなくて、上の人に捜索をお願いしなかったんです。」

 

 

「ああ、その事か。それこそ気に病む事はない。こっちはこっちで楽しくやってたからな。察するに、むしろ君達の誰よりも私の生活レベルは高かったと思うが?」

 

 

「…………それは、そうです。私もここの快適さに驚いてる最中ですから…………魔法ですか?どうやって覚えたんですか?」

 

 

「ああ、"こっちの魔術は"教本で覚えたんだ。そんなことより、この世界の情勢を教えてくれ。」

 

 

 

「この世界、エリプスでは勇者は七十八人ということになっています。」

 

 

アカリは勇者は七十八人で七十九人目の用務員さんこと私にふれることは禁忌とされ、存在が抹消されているらしいこと、召喚されてまもない頃に力を示した人物、一原颯人、召喚者の中で唯一『神の加護(プロヴィデンス)』を二つ持った人物にして私の研究材料を盗んだ許しがたいこそ泥が様々な功績をあげて召喚者の地位向上、環境改善が成されたこと、そして、今までのアカリの境遇を話した。

 

 

「ふむ、それなりに紆余曲折あったらしいな。特にこそ泥の冒険譚は痛快だ。ケチな癖にそんな豪勢な事をして後で負債を抱えて怖い借金取りに追いかけ回されないか心配になるほどにな。」

 

 

「…………怖いことを言いますね。」

 

 

「なに、憐れな用務員さんの僻みだと思って流すといいさ。無力な派遣労働者がなにかできる訳でもあるまい。」

 

 

私が笑っていると雪白に尻尾で小突かれた。

 

 

「すまない雪白。毛繕いの手を止めてしまっていたな。」

 

 

「雪白って、そのイルニーク?」

 

 

「うむ、アカリ達が狩っていたイルニークの子供だ。だが、警戒することはない。雪白は君を格下と判断し深い慈悲をもって特赦するらしい。」

 

 

「なにか釈然としないものがあります……あれ?でもなんで知ってるんですか、私たちがイルニークを狩ったこと?」

 

 

「見ていたのでな。君達に気付かれなかったのなら私の隠密能力も捨てたものじゃないらしいな。」

 

 

アカリは表情を硬くした。

 

 

「えっ、じゃあ、去年からもう…………」

 

 

「…………知っていたよ。今年もまた誰かがここに来ることまでな。」

 

 

アカリは眉をひそめる。

 

 

「…………用務員さんが大棘地蜘蛛をけしかけたんですか?」

 

 

 

「そうだよ。何か問題があったかい?」

 

 

 

 

 




原作が重いので軽く読める二次創作をと思い投稿した本作ですが、やはり同志がいましたね。

これからさらにはっちゃけていく憑依クランドさんをこれからもよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アカリ 2

アカリは何を厳しい顔をしているのだろうか?

 

 

「なるほど、君を危険な目に会わせ怖い思いをさせたことは謝罪しよう。しかし、助けた訳だしこうしてアフターケアもしているのだから許してはくれないかね?」

 

 

「そ……そういうことじゃないです。」

 

 

「ふむ、ではどういう事だ?」

 

 

「だってあの『悪夢』を、それも石化明けをけしかけるなんて、完全に…………完全に殺しにいってるじゃないですか!」

 

 

…………殺しにいってる?

殺しにいくことに何か問題があったか?

私の研究室に近づいた。その時点で既に殺す理由には十分すぎる程じゃないか?

まあいい。話を合わせよう。

 

 

「いや、殺すつもりはなかったんだ。そもそも私は前回イルニークを狩猟した集団を基準に罠を作ったからな。大棘土蜘蛛をけしかけたのも追い払うくらいのつもりだったからあれで壊滅したことに私自身驚いているのだ。」

 

 

「でも…………」

 

 

「さあ、もう遅いから寝なさい。続きは明日話そう。夜更かしは美容の天敵と聞く。女子にとっては重大な案件じゃないかね?」

 

 

私はアカリの返事を聞かずに案内する。

 

 

「これらの部屋が右から順番にベッドの硬さが、硬め、普通、柔らかめとなっている。好きな部屋で寝るといい。布団は羽毛だが中の押し入れに羊毛の物も用意している。そこには毛布もあるから好きに使うといい。それじゃあ、何かあったら部屋の内線で『0000』にコールしてくれ。私はこれで失礼する。」

 

 

きっとアカリは疲れているのだろう。ゆっくり休めば落ち着くはずだ。

ヴィヴィアンのために作った部屋が思わぬところで役にたったな。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「おはようございます。」

 

 

「おはよう。昨日はよく眠れたかね?」

 

 

「はい!とても!」

 

 

アカリはスッキリとした表情をしている。

 

 

「それでは、昨日の続きを話すかね?」

 

 

「いえ、その事はもう自分なりに決着が着いたので大丈夫です!」

 

 

「そうか、それは重畳。さあ、帰った際の注意事項の説明をしながら朝食を取るとしよう。」

 

 

うむ、やはりアカリは疲れていたようだな。色々有りすぎたようだし無理もない。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ところで、用務員さんは山を降りるつもりはないんですか?」

 

 

「今はないよ。しかし、魔道具というものに興味が有ってな。いつかはそれを買いに下山するかもしれん。」

 

 

「魔道具って…………高いですよ。お金あるんですか?」

 

 

「ふむ、ブラックカードならあるぞ。限度額まで貯まってるヤツだ。」

 

 

アカリに財布から取り出したブラックカードを見せる。

 

 

「スゴッ?!…………って!使えるわけないじゃないですか!ちゃんと魔法の組み込まれた紙幣と硬貨が使われてるんですからね!」

 

 

「ハハハ、冗談だ。この世界では一文無しだが、なんとかなるだろう。」

 

 

金塊やプラチナ、あとはスパイスなんかを売れば良さそうだしな。

 

 

「……また来てもいいですか?いつになるかわからないですけど。」

 

 

「いつでも来るといいさ。…………そうだ。いいことを思いついた。次回からは宿泊代を頂くとしよう。言っておくが高いぞ。なにせ、並どころかこの世界ではどのホテルよりも設備がいいからな。」

 

 

「それじゃあ、まったく気軽に来れないじゃないですか!」

 

 

「ハハハ、せいぜい身を滅ぼさない程度に私に貢ぐといいさ。期待してるぞ、我が愛しのATMよ。」

 

 

プンスカ怒るアカリを笑ってからかう。まあ、私のせいで借金取りに追われるようになったら、その時は助けてやろう。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

アカリの怒りも収まり下山前の最終確認をする。

 

 

「それでは、下山するわけだが忘れ物はないか?アメニティは全て持ち出し可だ。朝食の残りはタッパーに入れて持って帰るといい。記念に雪白型のストラップもあげよう。鞄にでもぶら下げるがいい。」

 

 

「この感じ、親戚の叔父さんみたい…………」

 

 

アカリは苦笑いをしたが、不意に顔を曇らせた。

 

 

「帰れるというのに難しい顔をしてどうしたね?さては、よほどここでの生活が気に入ったと見える。」

 

 

「いえ、それもありますけど…………私を殺さなくていいんですか?」

 

 

「死にたいのかね?私としてはせっかく助けた命が無為になるというのは些か不服だが。」

 

 

「そうじゃなくて、口約束だけでよかったんですか?……嘘つくかもしれませんよ?」

 

 

ああ、そんな事を気にしていたのか。

 

 

「問題ない。"契約書"を書いただろう。それでも、君がここの事をばらしたのならばそれは私が未熟だったということだ。全面的に私が悪い。」

 

 

万が一にもできないだろうがね。

 

 

「契約書って…………用務員さんがそれでいいならいいですけど…………」

 

 

「それでは、他に思い残す事はないな。下山するとしよう。一時間もかからないだろうから気楽にしてろ。」

 

 

「一時間?どう考えても半日はかかりそうですよ…………ッて、何してるんですか用務員さん!?お姫様抱っこ!?」

 

 

私は雪の上を走れるんだからアカリを担いで下山するのが一番確実で安全だろう。

 

 

「少々スピードを出すからしゃべっていたら舌を噛むぞ。」

 

 

「え……?ッて、キャーーーーーー!」

 

 

「ハッハッハ、君はよく叫ぶ娘だな。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「かかった時間は56分、まずまずだな。ところで、走ったのは私だが何故君の方が疲れているのかね?」

 

 

「…………いえ、大丈夫です…………お気遣いなく。」

 

 

「ふむ、やはり女性を担ぐというのは少々不躾だったか。次からはソリ(ラムレイ2号)でも用意しよう。」

 

 

「ソリって…………より危険度が増しそうなので用意しなくていいです。」

 

 

そうか、せっかく『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』を利用したジェット機構や靴下型の燃料を作ったまま放置していたレプリカをお披露目できると思ったんだが残念でしかたない。

 

 

「分かった。では、君の慧眼に適うようなものを用意しておくとしよう。さあ、もういきなさい。次に来るときの心配はしなくていい。君が山を登った時点で私が迎えに行く。」

 

 

アカリは姿勢を正して頭を下げた。

 

 

「ありがとうございました。」

 

 

「うむ、またのご利用を心待ちにしている。」

 

 

アカリは再び会釈をしてから山を下りて行った。

 

 

 

 

アカリはようやく山を下りきって、村までもう一息と思ったところで呆然とした。

 

アカリの頭の中の地図で村は真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

…………私は遂に召喚のための足掛かりを掴んだ!

 

『令呪』の開発に成功したのだ!

これで後は聖杯と英霊召喚の術式が完成すれば召喚が可能になる。最も、英霊召喚の術式で召喚されるのはヴィヴィアンのコピーだが、そこは別の英霊で実験を繰り返して術を改良すればいい。

因みに、令呪のデザインはぐだ男と同じで、しかも、一日につき一画回復し"回復上限はない"。よって、貯めておけば第五次のときの麻婆神父のように大量の令呪を所持することも可能だ。夢が広がる。

 

私は胸を踊らせて食事の準備をしようとして、山にアカリの反応があることに気付く。

 

私は急いでアカリのところへ向かった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

アカリは大棘地蜘蛛の縄張りの辺りをフラフラと歩いていた。私が駆け寄るとフラリと倒れたので治療魔術をしてから背負って洞窟に連れていく。

 

 

暫くして、アカリは目を覚ます。

 

 

「すまない。すぐに迎えに行くという約束を違えてしまった。」

 

 

アカリは否定するように首を振ってから、ポツポツと呟くように話した。曰く、山を降りたら麓の村が敵性反応で真っ赤に染まっていた。村から煙が上がっているわけでも、鳴き声や慌ただしさがないところをみるとモンスターの襲撃や魔獣のスタンピードではないらしいことはわかった。さらに詳しく反応を見ると、全てが赤いわけではなく、門番、ハンター協会支部、村長宅、お店や宿といった場所が赤く、村人の家全てが赤くなっているわけではなかった。

 

 

 

アカリは話し終えると、顔を手で覆って嗚咽した。

人が知らない内に赤く変貌するのが怖かった。召喚された学園から抜けてきたのも日ごとに変わる敵性反応を見るのが恐ろしかった。

そして今度は村である。全ての村人と仲が良かったわけではないが、先日まで逞しくも優しかった村が赤く染まっていた。耐えられない恐怖と悲しみがあった。

 

 

「しばらくここに泊まるといい。まだ日付は変わってないから、特別に宿泊延長の扱いにして料金は取らないでおいてやろう。私は村へ事情を確認しに行く。」

 

アカリは目を擦ってから顔を上げた。

 

 

「……身分証とかあるんですか?」

 

「問題ない。私に考えがある。」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

私は自作礼装『ロイヤルブランド』を着込み夜の闇に紛れる。

 

 

『反応強化』で速度を上げ、『鉄の専心』で集中を高め、『必至』で動きの精密性を増す。

 

そして、一気に夜の山を駆け降りる。

 

 

――――心が軽い。私にもはや迷い無し。

 

 

――――騎士王、英雄王、征服王に次ぐ第四の王、暗殺王クランドの名を知らしめてご覧に入れましょう!

 

 

 

 

村が見える。

村は堀と土壁にぐるりと囲まれていた。

堀の幅は水こそなかったが小舟が行き交うこともできそうなほど広く、土壁は一般人の背丈のほどはありそうであった。

 

 

 

――――他愛なし

 

 

私はそれらをスタイリッシュに飛び越えて一息に村に侵入する。

 

 

 

――――他愛なし

 

 

村民は誰一人として私に気付いた様子はない。

 

 

 

――――他愛なし

 

 

目的の家を発見し、掛けられた鍵を容易く外して中へと入る。

 

 

 

 

――――他愛な…………

 

「……裏の人間か」

 

 

私は目の前の標的に勘づかれてしまった。

 

あれを…………恐れることはない、だと――!?

 

その男は、筋肉(マッスル)だった。

 

私は睨まれて、左手を頭にまわし、右手を腰に当てた格好のまま動けなくなってしまった。

 

その男は、徐に口を開いた。

 

 

「とりあえずそのおかしなポーズをやめやがれ!さっきからぶつぶつ呟きながら変な踊りしやがって、怪しいにも程があるだろッ?!」

 

 

「失敬な。私の故郷の伝統芸能であるアサシンダンスに変な踊りとはとなんたる言い種か。」

 

 

「どんな伝統芸能だよ?!そもそも、"他愛なし"、"他愛なし"と呟きながら暗殺する暗殺者がいてたまるかッ!」

 

 

いるんだなぁそれが。

 

 

「わけがわかんねぇ奴だ。ところで、アカリは無事なんだな?」

 

 

「保障しよう。そもそも、一度山を降りたのだが?」

 

 

「っく、そうか……」

 

 

一先ずは矛を収めるらしい様子の仮称「スパルタクス」。

 

 

「事情を説明してくれるだろう?」

 

 

「……チッ、信用するしかねえか。名前は?」

 

 

「ザイードだ。」

 

 

「オレはマクシーム、見ての通りの巨人種だ。万が一にも裏切ったら、…………殺す」

 

 

「好きにしろ。それより、情報を早く教えろ。」

 

 

マクシームが語った内容はこうだ。

 

イルニーク討伐に行ったハンターが帰ってきたが、帰還したのは旧貴族のハンターであるザウルを含めてたった四人だった。

ザウルはアカリが故意に大棘地蜘蛛の巣へハンターを誘導し、自分たちを壊滅させようと画策したとハンター協会に報告した。

協会と議会はろくに調査もなしに、即座にアカリを生死不明のまま指名手配。

ドルガンでは辺境で、古来よりハンターが尊重されてきたという背景から、裏切り行為に対して厳罰が処された。

マクシームも当然抗議したが受け入れられなかった。

連絡を受けたローラナ議会は文章による抗議と公正な審議を求めることにとどまり、派遣される人員もいなかった。

ローラナの議会は能力の安定しないハズレ勇者であるアカリをきり、代わりの優秀な勇者を得たことで沈黙し、アカリを助けてドルガンのメンツをつぶし、ドルガンとの関係をこじらせることを避けた。

 

 

 

「ザウルの野郎の嘘だってことはわかりきってるが、証拠がねえ。」

 

 

「ふむ、その調子では他のハンターも期待できそうにないか。貴様自身は動けなかったのか?」

 

 

「オレがアカリを見つけたとしても、オレを監視してる奴がそのままアカリを連れてっちまう。さすがに国単位で追っかけられたらオレも逃げ切れねえ」

 

 

圧政に屈するとは情けない。マッスルなら反逆しろ。

 

 

「それで、貴様はどうしたいんだ?」

 

 

マクシームは私に探るような目付きになる。

 

 

「まずはアカリに会わねえことには話にならねえが、その前に、てめえの目的がわからねえ。」

 

 

「そういう契約なんだ。結んでしまったからには違える事ができなくてね。」

 

 

マクシームは胡散臭そうに聞いている、

 

 

「いまアカリはアレルドゥリア山脈の上の方にいる。」

 

 

「白幻の居か?」

 

 

「地名など知らん。去年、貴様らが魔獣を狩っていた場所の近くだ。」

 

 

「ああ、そこだ。あのへんが人間がマトモに行動できる限界だと思ってたんだが。」

 

 

「生憎と私はマトモじゃないのでな。貴様らの都合など関係ない。」

 

 

「自覚はあるんだな。そういうことなら、オレが監視をぶちのめす必要もなさそうだな。オレを連れてけるか?」

 

 

「問題ない。」

 

 

「ところで……お前か?ザウルに蜘蛛をけしかけたのは?」

 

 

マクシームは顔をしかめて聞いてくる。

 

 

「同じ事をアカリにも聞かれたな。まあ、私だ。とはいえ、貴様なら対処できただろう?死んだのはヤツら自身の責任だ。」

 

 

「まあ、それはそうなんだが。」

 

 

複雑な顔をするマクシーム。難儀なやつだ。

 

 

「日時は貴様に任せる。準備が出来たら山を登れ。すぐに合流する。」

 

 

そう言い残して私は拠点へ帰る。




契約内容

アカリはクランドの許可なしにクランドに関わることを人に触れない。

クランドはアカリを無事に麓の村に送り届ける。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハンター協会

地脈を通して山全体に『魂喰い』を発動させる。

術式はオールグリーンで順調に"異世界魔術の"魔力が流れ込んでくる。

 

クハハ、計算通りだ。

 

私は、異世界魔術に使われる魔力も型月版魔術と同様に生命力から生成されることから『魂喰い』を改変させることで異世界魔術の方の魔力を吸収出来ないかと考察した。

結果は良好。これなら、大規模な異世界魔術の行使も直ぐに可能になるだろう。

 

今日は"登山客"が多くて助かった。こんな危険な山でレジャーを楽しむとはまったく迂闊なやつらだ。

 

 

私が実験結果に満足していると新たにマクシームの反応が現れた。マクシームを術式の対象から外し、アカリに声をかける。

 

 

「私はマクシームを迎えに行ってくる。クッキーでも食べて待っていたまえ。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

迎えに行くとマクシームは上半身裸で体から湯気を立ち上らせて歩いていた。

 

 

「やあ、マクシーム。本日はいつにも増してむさ苦しい出で立ちだな。監視への精神攻撃か?」

 

 

「お前もむさ苦しいとかいうのかよ。巨人種の強化だけだ、こんな風になるのは。」

 

 

「ほう、それは身体強化によって引き起こされているのか。興味深い。どれ、よく見せてくれたまえ。」

 

 

「やだよ…………それで、追っ手は撒いたが待ち伏せはどうすんだ?」

 

 

「実はこの山は地下資源が豊富でね、気化したガスが漏れてきたんだろう。全員昏倒している。」

 

 

「絶対に嘘だろ!」

 

 

「なに、よくある事だ。」

 

 

型月でガスの事故は定番。

 

そのまま、軽口を叩きあいながら山を登った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

洞窟にマクシームが入るなり雪白が威嚇を始めた。

白黒斑紋の尻尾を逆立て、体勢を低くして、牙を剥く。

マクシームはオロオロするアカリを手で制しながら、リュックを投げ捨て、上半身裸のまま腰の手斧に手を伸ばした。

 

――グルルッ

 

雪白が唸り声をあげるとマクシームは獣のように口元を歪めた。一触即発の両者を眺めていると、アカリは私を睨みつけていた。

 

 

「ご機嫌ななめだな。急いできたつもりだが、待たせ過ぎてしまったか?」

 

 

「そうじゃなくて!このままだと雪白さんとマクシームさんが戦っちゃいますよ!」

 

 

「好きにさせるといいさ。蟠りを抱えたまま共闘する方が危険だ。」

 

 

雪白達の方に目を向ける。

 

 

「ここで一戦やるのもおつだが、ちょっと立て込んでてな。後にしねぇか?」

 

 

マクシームが矛を引いた。

 

――グォンッ

 

雪白は短く咆哮し、外へ行った。

 

 

「イルニークか……首輪くらいつけたらどうだ。」

 

 

「ふむ、より危険度の高い筋肉ダルマのための手枷足枷ならあるぞ。着けるか?」

 

 

「着けるかじゃねえよ!着けるわけないだろ!」

 

 

「ハッハッハ、冗談だったが今の君を見ると強ち間違ってもいなかった気がしてくるな。」

 

 

「ずいぶん仲がいいみたいですけど。」

 

 

アカリが頬を膨らませてこちらを見ていた。

 

 

「ああ、いたのか。ちい…………」

 

 

「ちいさくありません。」

 

 

からかうマクシームに抗議するアカリ。

やっぱり"ちっちゃくないよ!"と言って欲しい。

 

 

「そうだな、アカリは小さくない、小さくない。」

 

 

適当な様子で髭をかいて、アカリの頭をぽむぽむするマクシーム。アカリはいじけて横を向いてしまった。

 

 

「まあ、元気そうでなによりだ。」

 

 

「……っ。」

 

 

アカリはしょんぼりと俯く。

 

 

「ご迷惑を、お掛けしました。」

 

 

震える声で言うアカリにマクシームが頭に手を添える。

 

 

「別にお前のせいじゃねぇ。」

 

 

そのまま乱暴にガシガシと撫る。

いつのまにかアカリは涙をこぼしていた。

 

 

 

「ふむ、私は席を外すとしよう。その間に積もる話をするといい。"私が許可しよう。"」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

洞窟の反対側に雪白の姿はあった。

 

 

「ホットミルクを持ってきた。好物だろう?」

 

 

雪白は飲もうとしない。

 

 

「まだ勝てない。君もそれに気付いたのだろう。なら、勝てるようになったらいいさ。私は手伝ってもいいが、君は単独でやりたいだろう?」

 

 

――グォン

 

 

雪白は力強く返事をした。

 

 

「なら、鍛練だけでなく食事も必須だろう。ミルクも冷めてしまったし洞窟に帰ろう。戦いを有利にするには敵の情報も大切だ。ヤツの様子を観察しているといい。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

洞窟に戻って食事を出す。今日はローマをイメージした品々にしてみた。

 

夢中になって食事をするアカリとマクシームを見て、今は会議をするのは無理そうだと判断する。

 

一通り食べ終わって一息ついたマクシームが口を開いた。

 

 

「オレは本国に戻る。しばらくアカリを預かってくれ。」

 

 

「期間は?」

 

 

「そんなに長くはかからねえ。本国いってから神殿にいって、そしたら迎えにくる。」

 

 

「神殿とは?」

 

 

アカリが引き継いで答える。

 

 

「事実の審判っていうのがあって、その人の潔白を証明してくれます。ちょ、そんな距離を詰めないで下さい!圧が…………」

 

 

アカリに顔を背けられるが仕方なかろう。

 

 

「それはどのようにやるんだ?魔術か?魔術なのか?魔術なんだろう!」

 

 

「答えます!答えますからちょっと離れて下さい!」

 

 

アカリがにそう言われ、しぶしぶ引き下がる。

それを確認したアカリは説明を続けた。

 

 

「つい最近までは嘘発見機のような魔法はありませんでした。だけど、いわゆる『勇者』といわれる存在がそれを変えました。」

 

 

「なるほど、そっちか!」

 

 

「ええ、『精霊の贈り物(ドゥフバダラ)』や『神の加護(プロヴィデンス)』と呼ばれる勇者の力です。彼女の力は『事実の大鎌(ファクトサイス)』といって『彼女』の問いに対し、嘘をつけば最悪死に至るというものです。もちろん、それが事実なら傷一つありません。」

 

 

なるほど、嘘つき焼き殺すガールならぬ嘘つき斬り殺すガールという訳か。思い込みだけで龍になったりしないよね?

 

 

「彼女は自分の力の行使に当たり、自分が求める条件をのめる国又は組織に属する、と宣言しました。」

 

 

その条件というのが、あらゆる権力の干渉を認めないだとか請願は本人からのみ有効だとかそういったことだった。なんでも、警察官か弁護士になりたかったらしい。

 

 

「ほう、ある程度力のある組織がそれをうけいれたのか。」

 

 

「はい。エリプスの主要宗教の一つ、サンドラ教が彼女を受け入れ、総本山であるプロヴン西方市国に神殿を作り、事実の審判を始めました。……いまだその制度が用いられたことはありませんけども。」

 

 

「で、その審判を受けるために神殿か、イイなそれ!早く行け!今すぐ行け!」

 

 

「今すぐは行かねぇよ!…………まあ、というわけでザイードにはそれまでアカリを預かって…………」

 

 

「ザイード?」

 

 

アカリが不思議そうにする。私がニヤニヤしているとマクシームが額に青筋を立てた。

 

 

「いやいや、すまない。蔵人だ。」

 

 

「なるほどクランドか…………どういうつもりだ。おっかない目をして剣なんか突き付けて物騒じゃねえか。」

 

 

「発音が違う。蔵人だ。間違えるな。」

 

 

「分かった分かった、蔵人だな。間違えないから降ろしてくれや。」

 

 

「…………すまない。冷静じゃなかった。その呼ばれ方は大切なものでね、今は彼女以外にそう呼ばれたくないんだ。アカリにもすまなかった。驚かせてしまったな。」

 

 

どうやら私は想像以上にヴィヴィアンに関して敏感になっているらしい。いかんな。

 

 

「いや、いいですけど…………彼女、ですか?」

 

 

「ああ、大切な人でな、今度アカリにも紹介しよう。さあ、夜も更けたしもう寝なさい。マクシームも、柔らかい地面、普通の地面、硬い地面とバリエーション豊富だから好きに寝るといい。」

 

 

「全部地面じゃねえか!…………まあ、いいけどよ。」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

翌朝。

 

「いいんですか?」

 

 

「宿泊延長は私から提案したことだ。気にするな。」

 

 

「でも、万が一知られたら。」

 

 

「その程度、どうとでもできない私ではない。それとも、対価を体ででも払うかね?」

 

 

「体って…………」

 

 

アカリは顔を赤くする。

 

 

「期待しているところ悪いがそうじゃないぞ。私は研究がライフワークでね、ぜひ君の能力を研究したいんだ。」

 

 

「期待なんかしてませんッ!それに、昨日の用務員さんを思い出すと怖いのでやっぱりなしにします。」

 

 

「フフフ、賢明だな。了承していたら地獄が待っていたぞ。」

 

 

まあ、契約のせいで今はそんな事出来ないのだが。

 

そんな事を話しているとマクシームが起きてきて、口をパクパクする。

 

 

「君は何がしたいんだ?」

 

私が呆れているとマクシームは怒りだした。口をさらに激しく動かし唾まで飛ばしてくる。

汚いので距離をとるとアカリが思い付いたように言った。

 

 

「喋れないんじゃないですか?」

 

 

「そうだった。昨日、イビキがひどすぎたので消音の魔術を使ったのを忘れていた。今解こう。」

 

 

「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!」

 

 

魔術を解くなり騒がしいヤツだ。

 

 

「ふざけているのは貴様のイビキの方だ。追い出されなかっただけましと思え。」

 

 

私は怒りの収まらないマクシームを無視して食事の用意をする。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

その後、私はマクシームと共に山を降りた。そろそろフィールドワークの範囲を広げたいと思っていたため、宿泊費代わりに身元の保証を頼んだのだ。

 

 

ハンター協会サレハド支部は、まさしくファンタジーの酒場のような建物だった。

 

 

「ふむ、いかにも権力に屈しそうなしけた建物だな。私の洞窟の方がよほど豪華じゃないか。」

 

 

「てめえの洞窟に敵うような場所なんかそうあるわけないだろうが。おかしいのは洞窟の方だ。」

 

 

「知ってる。」

 

 

チッと舌打ちするマクシームに続いて中に入る。

 

煤けた木製のスイングドアを押して入ると、右手にバーテンダーのいるカウンターがあり、左手には木製の階段があった。

カウンターでは、頭上に犬のような耳をはやしたもの、小柄なドワーフのようなものや、まさしくハンターといった体のものなどが酒を飲んでいた。

 

凄い、既に探求心が擽られる。こんなにいっぱいいるんだし2~3人拐かして研究しても問題ないよね?

 

 

私が思案している間にマクシームは無言で正面の受付カウンターに向かっていた。

 

 

「おう、ハンターに一人、推薦するぜ。」

 

 

カウンターに着くなりそう言ったマクシームを職員は呆れたように見る。マクシームが首から外したタグのようなものを受け取りながら、

 

 

「一言もなく飛び出したかと思えば、いきなりそれですか。」

 

 

「おう、頼むぜ。」

 

 

「……彼女、いたんですか?」

 

 

職員は探るような目付きだ。

 

 

「そう見えるか?」

 

 

マクシームは渋面を作って言った。

 

 

「……で、推薦というのはうしろの青年ですか……見慣れない人種ですね。」

 

 

「腕は保障するが、仮申請の一番下っ端からでいい。」

 

 

「連合王国専属狩猟隊『白槍』の隊長推薦ですからね。身元の確認や試験、説明は省きますが、最初の一度又は数回は指導員をつけますが、よろしいですか。」

 

 

職員は淡々と言う。

 

 

「おう、それでいい。」

 

 

「そうですか、ではそちらの方、こちらへ。」

 

 

私はカウンターの前に寄った。

 

 

「こちらへ名前と出身地を。」

 

 

少し思案した後、出身地にアレルドゥリア山脈、氏名にクラウドと書いた。

 

職員は記入された出身地を見て、マクシームに目をやる。

 

 

「アカリを探してるときに偶然拾ったんだよ。早くに親に捨てられたらしくてな、今までなんとか生き延びていたらしい。」

 

 

「……わかりました。それではマクシームさん、確認をお願いします。」

 

 

「そのままでいい。」

 

 

「わかりました。協会ルールはマクシームさんがきっちりと教えてください。それと、適性判定はされますか?」

 

 

「おう、頼む。」

 

 

「そうですか、ここで判定するのも十年ぶりくらいです。」

 

 

「普通は学校なんかで終わらせるが、こいつは山ん中にいたしな。」

 

 

 

「各精霊との先天的親和性を計る、とかなんとかだ。」

 

 

それは面白い。どのようにやるんだろうか?

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

私は奥に通され、主要な精霊をそれぞれに封じた指輪を全てつけたうえで、魔力を流すように言われた。

やってみると、ハンター協会の職員の目は『白槍』の隊長が連れてきた得体のしれない新人を見るものから、ひどく微妙な表情に変わった。職員はその微妙な顔を隠そうともせずに簡略に説明した。

 

 

私は水の精霊に最も親和性があった。

次いで闇と氷、それから順に、土、風、雷、火と続いて、光が最も相性が悪かった。水が異常に親和性が高く、光がそれよりも相性最悪らしい。

 

 

ふむ、私の魔術属性は『五大元素使い(アベレージ・ワン)』だから、型月版魔術と異世界魔術で適正は変わるらしい。

 

 

因みに、私が侮られたのは水はいいとしても闇は使い所がなく、氷は使える場所が少ないかららしいが関係ない。使用自体が可能なら研究するのに差し障りはない。

 

なにやらマクシームが慰めのような言葉をかけてくるが関係ない。私は考察に忙しいのだ。

 

考察を切り上げ、何か興味深い依頼がないか探す。魔獣関係が望ましい。

 

その間、周りをチョロチョロしているチンピラを無視していると、不意に、

 

「おい、こいつ黄金の剣なんてもってやがるぜ。」

 

 

「売ったら金になりそうだな。」

 

 

「まだ、ハンターじゃねえだろ。なら武器所持許可もねえんだ、オレたちが預かっといてやるよ。」

 

 

と手を伸ばしてきた。

 

 

…………おいクズ共、汚い手でいったい何に触ろうとしているんだ?

 

 

 

 




逃げて!チンピラ、超逃げて!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハンター協会 2

今回は「残酷な描写」に含まれる可能性のある内容が含まれます。

苦手な方は次話のライト版をご覧下さい。





「風王鉄槌ッ!」

 

暴風が吹き荒れ、チンピラ達は壁まで飛ばされ体を強かにぶつける。

 

私はチンピラ達の所までにじりよった。

 

 

「いいか、この剣は私と彼女との共同作品、彼女との繋がりだ。貴様らのようなクソムシが触れていいものじゃない。分かったら死ね。」

 

 

「やめろ!やりすぎだ!」

 

 

「ハンター同士の私闘は厳禁です!それに、支部内での抜剣、魔法行使も禁止ですよ!」

 

 

止めに来るマクシームと職員。

 

 

「ふむ、また冷静じゃなかったな。違反の方は知らなかったのだ。今回は初犯だし大目に見て欲しい。」

 

 

私はチンピラ共に向き直る。

 

 

「命拾いしたな。次は殺す。目障りだからさっさと消えろ!」

 

 

悲鳴をあげながらチンピラ共はここを出ていった。

 

 

 

その後、ハンターについての細かい説明を受けた。

私の処分は幸いにも厳重注意にとどまった。

 

 

「まあ、落ちつけ。アカリのこともあるからな、オレへの当てつけがお前にいってる部分もある。どこの支部もこうなわけじゃない。まあ、どこのルールもこことかわらないがな。」

 

 

建物を出るなりマクシームがそう言った。

 

 

「いや、私も冷静じゃなかった。公衆の面前で醜態をさらすとは我ながら情けない。私は彼女が関わると感情的になっていけないな。」

 

 

「気をつけろよ。とりあえず、常時駆除の依頼でも受けておけ。オレは明日にでも村をでなきゃならなくなったしな。」

 

 

「ふむ、参考にしよう。気が乗らんので後日にするがな。さあ、君は明日と言わずに今すぐ行きたまえ。そして私のもとに早く嘘発見器ガールを連れてきたまえ。」

 

 

「やだよ!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「チクショウ!」

 

 

その夜、チンピラは荒れていた。昼間に金持ちそうなガキに絡むや否や即行で打ちのめされたあげくにゴミを見るような目を向けられ罵られたのだ。

あの目が、あの言葉が、あの態度が、なによりも自分がそいつにビビって無様に逃げ出し、今も家に縮こまって酒を飲み空かしている事にイラついていた。

 

 

「クソッ、コケにしやがって!あの野郎今に見てろよ。」

 

 

悪態をついては酒を飲む。

 

 

「新人のクセにッ!」

 

 

「ずいぶんと荒れているな。そんなに飲んだら毒ではないか?」

 

 

「ウルセェッ!これが飲まずにやってられるかッ!」

 

 

「そう怒鳴るな。時間を考えろ。」

 

 

「ここは俺の家だ!俺の勝手だろ…………」

 

 

徐々に尻すぼみになる言葉。そう、ここは彼の家なのだ。一緒に暮らす家族もいない。

では、今自分が話しているのは誰だ?

 

恐る恐る声の方向に顔を向けると…………

 

 

「ドーモ。チンピラ=サン。ヨームインです。」

 

 

「テメエッ!何しに来やがった?!」

 

 

昼間のヤツがいた、

 

 

「なんだ、挨拶もなしか。何しに来たって、殺しに来たに決まってるだろ?」

 

 

平然とそう言う新入り。

 

 

「な…………なんでッ!赦してくれたんじゃねえのかッ!?」

 

 

「赦す?君の聞き間違いじゃないか?私は次は殺すと言ったんだ。そして、その次が今だ。」

 

 

笑顔のままそう言う新入りに肌が粟立つ。

 

 

「ま、待て!待ってくれ!」

 

 

「待ったところで結果は変わらぬだろう。こういうのは速く済ませた方がいい。」

 

 

「頼む!命だけはッ!何でもするから!」

 

 

「ん?今何でもするって言ったか?」

 

 

反応を見せる新入りに一筋の希望を見出だすチンピラ。

 

 

「ああ!何でもする!」

 

 

「それは私の"研究"の手伝いもか?」

 

 

「勿論だ!」

 

 

少し思案した後に満面の笑みになる新入り。

 

 

「そうかそうか!そういう事なら命だけは助けよう!」

 

 

新入りの言葉に胸を撫で下ろすチンピラ。実験などやったことは無いが、それで助かるなら安いものだろうと考えていた。

 

 

「では、契約書に記名してくれ。これには、君が私の実験に協力し、私は君を殺さないという旨が書いてある。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

チンピラは新入りに連れられて山の中腹まで登る。

 

 

「お前本当に山に住んでやがったのか。」

 

 

「ああ、人が滅多に立ち寄らないから研究するにはいい環境なんだ。さあ、入りたまえ。」

 

 

中に入り階段をのぼる。

 

 

「薄暗くてすまないね。それでは、見てくれたまえ。」

 

 

階下を見下ろすと夥しい数の蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。それらが、忙しなく蠢いていた。

 

 

「ヒィッ!何なんだこれはッ!」

 

 

「翅刃虫、刻印虫、淫虫……等、様々な用途に使える蟲達だ。一匹一匹私が作り出したのだが手間がかかってね、それを解消する方法が一つだけあるんだ。」

 

 

「そ、それは…………」

 

 

ゴクリと唾を飲み込むチンピラ。顔は真っ青になっている。

 

 

「人間が苗床になるといいんだ。ああ、性別は問題ないぞ。そこら辺は改良してある。」

 

 

笑顔でそう告げる新入りに全てを察したチンピラ。逃げようとするが体が動かない。

 

 

「何で…………俺だけこんなことに…………」

 

 

「君だけ?そんなことはないぞ。そこをよく見たまえ。」

 

 

指差す方を見てみると、そこには一緒に新入りに絡んだチンピラが転がっていた。

体には蟲が群がり、顔には絶望が張り付いている。

 

 

「……が……殺、せ……ッ……殺し、て……」

 

 

「無理だ。契約書に記載していただろう。私には君を殺すことは不可能だ。」

 

 

息も絶え絶えに殺してくれと懇願する声を新入りは無下にあしらう。

 

 

「さあ、君も早く始めるといい。」

 

 

そう言って近づいてくる新入り。何か叫びたいが喉が張り付いて言葉が出ない。

 

 

「ふむ、思いきりのないヤツだ。どれ、私が手を貸そう。」

 

 

新入りはそう言うと、チンピラを蟲の中に投げ込んだ。

蟲が体に這い寄ってくる。蟲が何かを咀嚼する音が聞こえる。体に何かが入ってくる感覚がある。

チンピラは思考を放棄した。

 

 

 

その日から、チンピラが数人失踪した。しかし、奇妙な事に人々は全員そのチンピラの事を忘れ、捜索隊が検討されることもなかった。

また、施設に突然できた大穴に職員達は一様に首をかしげたらしい。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ふあぁ~あ、眠い。」

 

 

「なんだかお疲れですね用務員さん。昨日帰って来ませんでしたが何かあったんですか?」

 

 

アカリが心配そうに尋ねてくる。

 

 

「いや、昨日は色々と新しい研究材料が手に入ってな。隔離実験室で研究していたのだがついつい熱中してしまって、気付いたら日が昇っていた。」

 

 

「まったく。睡眠不足は体に毒ですからね。気を付けて下さいね。」

 

 

「心得た。それでは朝食にしよう。今日は寝不足なので簡単にモーニングセットにした。トーストにスクランブルエッグ、ベーコン、シーザーサラダ、コーンスープ、シリアルのヨーグルトがけだ。トーストには机の上の好きなジャムを塗りなさい。飲み物はコーヒーと紅茶のどちらがお好みだ?」

 

 

「十分豪華じゃないですか!飲み物は紅茶をお願いします。」

 

 

「ハッハッハ、アカリは食べっぷりがいいから料理に熱が入ってしまってな。まあ、育ち盛りなんだからたくさん食べなさい。」

 

 

「うぅ、なんか太っちゃいそうです…………でも美味しいからつい食べちゃう。」

 

 

私は笑いながら紅茶を淹れに厨房へ行く。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

その後、私は山を降りてマクシームと合流した。

 

 

「昨日はすまなかったな。」

 

 

「気にすんな。さっさと行こうぜ。」

 

 

今回、受注した依頼は『トラボック』の駆除だ。

 

向かった先は荒野で乾いた土と石、まばらに葉の少ない低木と雑草のみが延々と広がっていた。

マクシームが指差した先にはコロコロと軽快に転がる草の玉があった。

 

 

「ほう、これが『トラボック』か。興味深い。それで、これらはどういった生態なのだね?」

 

 

「コイツにこんなに食いつく奴も珍しいな。コイツは魔草だ。まあ魔法なんて使ってこないどころか、ただの草だから基本的には無害だな。そのへんの草や木を絡め取っちまうこと以外は。」

 

 

「なるほど厄介だ。」

 

 

「年に何度かはこの辺でも大規模駆除されるんだが、それでもちと足りねえからハンターに常時依頼がある。そうじゃねえとこのへん一帯砂漠になっちまうからな。」

 

 

そう言うとマクシームは近くに転がってきたトラボックを掴んで、腰のナイフで枯れ草と生草の混じった玉を真っ二つにした。真っ二つにされたトラボックの中心には親指の爪ほどの大きさの緑石があった。

 

 

魔石か。となると、この生物の本体はなんだ?魔石が草を絡めとっているのか、草が魔石を利用しているのか。枯れ草が混じっているところを見ると前者のようだが魔石にそもそも意思などあるのか?

いや、これは生物ではなく現象の可能性も考えられるな。

面白い実験材料になりそうだからいくらか持ち帰ろう。

 

 

「今は説明すんのに二つに割ったが、この緑石が討伐証明部位になるから傷つけんなよ…………って、聞いてんのか?ったく、コイツにそこまで興味を示すなんてますますわけの分からない奴だ。…………まあ、小遣いにもなんねえかもしれないがこれもハンターの仕事のうちだ。」

 

 

マクシームは紙幣の束を入れた皮の袋を私に手渡してきた。

 

 

「依頼料のかわりだ。おまえには必要ないかもしれないがな。山が吹雪く前にはなんとかしてみせる。それまで、頼んだぜ。」

 

 

「うむ、任された。もとよりアカリとはそういう契約だ。違えることなどできんよ。」

 

 

マクシームは猛然と走り去った。なるほど、走って行くから半裸だったのか。自然だったからまったく気がつかなかった。

 

 

「沸き立て、我が血潮」

 

 

見ている人もいないことだし『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)』を起動し一気に回収する。

 

暫くやっていると頭上に全身が青く嘴が大きい大きな鳥が飛んでいるのを見つけた。

 

見たことのない魔獣だからとりあえず捕獲しようと指を天に向ける。わざと威力を絞ったガンドを打ち込むとすぐに昏倒して落ちてきたので水銀ちゃんで回収する。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「少し聞きたいのだが、この魔獣は何と言うのだね?」

 

 

洞窟に戻りアカリに聞く。

 

 

「綺麗な青ですねぇ、紺碧大鷲(スニバリオール)だと思います。」

 

 

「ふむ、流石先達だ。博識だな。」

 

 

「や、やめてくださいよ。私も手にとって見たのは初めてですよ。飛んでいるのは何度か見たことありますけど…………討伐したんですか?」

 

 

「討伐というか捕獲だな。トラボックを狩っていたときに見つけた。この場合、私のハンター生活初の獲物はトラボックとスニバリオールのどちらになるのだろうな。」

 

 

「初めての獲物がスニバリオールって、運もそうですが、そんな技術もった新人ハンターいませんよ。」

 

 

「ハハハ、そうか、運か!うむ、運なら自信がある。私にはとびっきりの加護があるからな。」

 

 

私が上機嫌に笑うとアカリは不思議そうに首を傾げる。

 

 

「それで、このスニバリオールとやらの生態を教えてくれ。」

 

 

「はい。スニバリオールは幸福の象徴とされているんです。後は、魔法で倒すと色が変色してしまったり、墜落死すると色が一瞬であせてしまうという性質があります。」

 

 

なるほど、魔術に反応して変色か。ガンドを当てても体色の変化は見られなかったので、反応するのは異世界魔術だけなのだろう。そして、墜落によっても変色するのか。変色する条件を調べてみても面白いかもしれない。

 

 

「えーと、私はこれくらいしか知らないんですけどいいですか?」

 

 

「うむ、とても参考になったよ。アカリがいてよかった。」

 

 

今日の食事はいつもより奮発してもいいかもしれない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「そういえば、用務員さんってどうしてそんなに強いんですか?」

 

 

アカリが思いついたように聞いてくる。

 

 

「ふむ、こそ泥に力を奪われた私が強いとは何の冗談かね?」

 

 

「いえ、それはそうなんですけど…………マクシームさんが言ってたんです。用務員さんとだけは戦いたくない。勝てる気がしないって。」

 

 

「あの筋肉はそんなことを言っていたのか。買いかぶりだ。まあ、強いて挙げるとすれば基本的なことだ。」

 

 

「基本ですか?」

 

 

「ああ、体を鍛えるだとか、魔術を反復練習して最適化するだとか、魔力を使いきって魔力の底上げをするとかだ。」

 

 

「え?」

 

 

アカリが驚いたように目を見開く。

 

 

「ふむ、信じていないな。だが、アカリも基礎鍛練の重要性を理解した方がいい。」

 

 

「そうじゃなくて!本当に、毎日完全に枯渇させてたんですか!?」

 

 

「何を驚いているんだね、確かに辛いかもしれないが筋トレのようなものだろう。」

 

 

「全然、違います。命にかかわる問題です。いいですか!普通はサポートする人がいないとしない訓練方法ですし、そもそもそんな危険な方法はしません。魔力が枯渇すると内臓機能などの身体機能が低下して、一歩間違うと死ぬといわれています。内臓機能を効率よく動かすために余剰生命力を、つまり魔力をつかっていると考えられていますから。普通は枯渇の一歩手前でやめて、しばらく休むんです。枯渇ほどじゃないですけど、それでも魔力の供給量や最大値は増えますから。痛みもそれほどじゃないですし。」

 

 

「なるほど、しかし君は単純なことを忘れている。」

 

 

「単純なこと、ですか…………?」

 

 

「そもそも、この世界の魔力はこっちに来てから後天的に得たものだ。それまでの君達は魔力なし、つまりは魔力欠乏と同じ状態で過ごしていたんだ。ならば、君達の生命維持に魔力は不必要ということになるだろう。」

 

 

まあ、気絶はするからなにかが変わったのは確かだが、と心の中で付け足す。

 

 

「ここは異世界だ。体の造りが同じな訳がなかろう。アカリも今日から試してみるといいだろう。何かあったときの自衛の手段は少しでも多く、上質な方がいい。最も、無理にとは言わないがね。」

 

 

そう言って私は出口に向かう。

 

 

「詳しく調べたいので少し出てくる。冷蔵庫の中にプリンやコーヒーゼリーなどが入っているから好きなのを食べなさい。それでは行ってくる。」

 

 

 




追記

前書きミスってたので訂正しました。


×ライト版蟲 ○ライト版


なんでしょうかライト版蟲って、蟲の時点でどう考えてもライトじゃないですね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハンター協会 2(ライト版)

前話のライト版です。

この話では用務員さんの転生者成分が濃いめになり、多少人道的になっています。





「風王鉄槌ッ!」

 

暴風が吹き荒れ、チンピラ達は壁まで飛ばされ体を強かにぶつける。

 

私はチンピラ達の所までにじりよった。

 

 

「いいか、この剣は私と彼女との共同作品、彼女との繋がりだ。貴様らのようなクソムシが触れていいものじゃない。分かったら死ね。」

 

 

「やめろ!やりすぎだ!」

 

 

「ハンター同士の私闘は厳禁です!それに、支部内での抜剣、魔法行使も禁止ですよ!」

 

 

止めに来るマクシームと職員。

 

 

「ふむ、また冷静じゃなかったな。違反の方は知らなかったのだ。今回は初犯だし多目に見て欲しい。」

 

 

私はチンピラ共に向き直る。

 

 

「命拾いしたな。次は殺す。目障りだからさっさと消えろ!」

 

 

悲鳴をあげながらチンピラ共はここを出ていった。

 

 

 

その後、ハンターについての細かい説明を受けた。

私の処分は幸いにも厳重注意にとどまった。

 

 

「まあ、落ちつけ。アカリのこともあるからな、オレへの当てつけがお前にいってる部分もある。どこの支部もこうなわけじゃない。まあ、どこのルールもこことかわらないがな。」

 

 

建物を出るなりマクシームがそう言った。

 

 

「いや、私も冷静じゃなかった。公衆の面前で醜態をさらすとは我ながら情けない。私は彼女が関わると感情的になっていけないな。」

 

 

「気をつけろよ。とりあえず、常時駆除の依頼でも受けておけ。オレは明日にでも村をでなきゃならなくなったしな。」

 

 

「ふむ、参考にしよう。気が乗らんので後日にするがな。さあ、君は明日と言わずに今すぐ行きたまえ。そして私のもとに早く嘘発見器ガールを連れてきたまえ。」

 

 

「やだよ!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「チクショウ!」

 

 

その夜、チンピラは荒れていた。昼間に金持ちそうなガキに絡むや否や即行で打ちのめされたあげくにゴミを見るような目を向けられ罵られたのだ。

あの目が、あの言葉が、あの態度が、なによりも自分がそいつにビビって無様に逃げ出し、今も家に縮こまって酒を飲み空かしている事にイラついていた。

 

 

「クソッ、コケにしやがって!あの野郎今に見てろよ。」

 

 

悪態をついては酒を飲む。

 

 

「新人のクセにッ!」

 

 

「ずいぶんと荒れているな。そんなに飲んだら毒ではないか?」

 

 

「ウルセェッ!これが飲まずにやってられるかッ!」

 

 

「そう怒鳴るな。時間を考えろ。」

 

 

「ここは俺の家だ!俺の勝手だろ…………」

 

 

徐々に尻すぼみになる言葉。そう、ここは彼の家なのだ。一緒に暮らす家族もいない。

では、今自分が話しているのは誰だ?

 

恐る恐る声の方向に顔を向けると…………

 

 

「ドーモ。チンピラ=サン。ヨームインです。」

 

 

「テメエッ!何しに来やがった?!」

 

 

昼間のヤツがいた、

 

 

「なんだ、挨拶もなしか。何しに来たって、殺しに来たに決まってるだろ?」

 

 

平然とそう言う新入り。

 

 

「な…………なんでッ!赦してくれたんじゃねえのかッ!?」

 

 

「赦す?君の聞き間違いじゃないか?私は次は殺すと言ったんだ。そして、その次が今だ。」

 

 

笑顔のままそう言う新入りに肌が粟立つ。

 

 

「ま、待て!待ってくれ!」

 

 

「待ったところで結果は変わらぬだろう。こういうのは速く済ませた方がいい。」

 

 

「頼む!命だけはッ!何でもするから!」

 

 

「ん?今何でもするって言ったか?」

 

 

反応を見せる新入りに一筋の希望を見出だすチンピラ。

 

 

「ああ!何でもする!」

 

 

「それは私の"研究"の手伝いもか?」

 

 

「勿論だ!」

 

 

少し思案した後に満面の笑みになる新入り。

 

 

「そうかそうか!そういう事なら命だけは助けよう!」

 

 

新入りの言葉に胸を撫で下ろすチンピラ。実験などやったことは無いが、それで助かるなら安いものだろうと考えていた。

 

 

「では、契約書に記名してくれ。これには、君が私の実験に協力し、私は君を殺さないという旨が書いてある。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

チンピラを連れて山の中腹まで登る。

 

 

「お前本当に山に住んでやがったのか。」

 

 

「ああ、人が滅多に立ち寄らないから研究するにはいい環境なんだ。さあ、入りたまえ。」

 

 

中に入り階段をのぼる。

 

 

「薄暗くてすまないね。それでは、見てくれたまえ。」

 

 

そこにあったのは、木製の謎のオブジェだった。

 

 

「……何なんだこれは。」

 

 

「フフフ、エネルギーを産み出すための装置だ。これを使って君にやって欲しいことは、」

 

 

「そ、それは…………」

 

 

ゴクリと唾を飲み込むチンピラ。顔は真っ青になっている。

 

 

「その木の出っぱりを持ってぐるぐる回ってくれ。それだけだ。」

 

 

私が笑顔でそう告げると目を点にするチンピラ。

 

 

「それだけか…………?」

 

 

「そうだな。それだけだ。」

 

 

そう、謎のオブジェとは"奴隷がやらされてるイメージのあるぐるぐる回るアレ"だ。真ん中に鞭持ってるヤツがいることもある。

 

チンピラは目に見えて脱力した。

 

 

「私は他の奴らも連れて来なくてはならないのでね。出ていくとする。君はもうそれを始めていたまえ。」

 

 

私はそう言って研究室を出て他のチンピラの所にも行く。

 

 

あの装置は発電機だ。もともとは魔力に変換するための電力を作るための装置だったが今回の本質は違う。

 

主目的はこの世界の人種の長期的な観察だ。あの部屋には魔力を吸う仕掛けを一として様々なものがある。さあ、これで異世界魔術の解明が一層進むだろう。

 

 

 

その日から、チンピラが数人失踪した。しかし、奇妙な事に人々は全員そのチンピラの事を忘れ、捜索隊が検討されることもなかった。

また、施設に突然できた大穴に職員達は一様に首をかしげたらしい。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ふあぁ~あ、眠い。」

 

 

「なんだかお疲れですね用務員さん。昨日帰って来ませんでしたが何かあったんですか?」

 

 

アカリが心配そうに尋ねてくる。

 

 

「いや、昨日は色々と新しい研究材料が手に入ってな。隔離実験室で研究していたのだがついつい熱中してしまって、気付いたら日が昇っていた。」

 

 

「まったく。睡眠不足は体に毒ですからね。気を付けて下さいね。」

 

 

「心得た。それでは朝食にしよう。今日は寝不足なので簡単にモーニングセットにした。トーストにスクランブルエッグ、ベーコン、シーザーサラダ、コーンスープ、シリアルのヨーグルトがけだ。トーストには机の上の好きなジャムを塗りなさい。飲み物はコーヒーと紅茶のどちらがお好みだ?」

 

 

「十分豪華じゃないですか!飲み物は紅茶をお願いします。」

 

 

「ハッハッハ、アカリは食べっぷりがいいから料理に熱が入ってしまってな。まあ、育ち盛りなんだからたくさん食べなさい。」

 

 

「うぅ、なんか太っちゃいそうです…………でも美味しいからつい食べちゃう。」

 

 

私は笑いながら紅茶を淹れに厨房へ行く。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

その後、私は山を降りてマクシームと合流した。

 

 

「昨日はすまなかったな。」

 

 

「気にすんな。さっさと行こうぜ。」

 

 

今回、受注した依頼は『トラボック』の駆除だ。

 

向かった先は荒野で乾いた土と石、まばらに葉の少ない低木と雑草のみが延々と広がっていた。

マクシームが指差した先にはコロコロと軽快に転がる草の玉があった。

 

 

「ほう、これが『トラボック』か。興味深い。それで、これらはどういった生態なのだね?」

 

 

「コイツにこんなに食いつく奴も珍しいな。コイツは魔草だ。まあ魔法なんて使ってこないどころか、ただの草だから基本的には無害だな。そのへんの草や木を絡め取っちまうこと以外は。」

 

 

「なるほど厄介だ。」

 

 

「年に何度かはこの辺でも大規模駆除されるんだが、それでもちと足りねえからハンターに常時依頼がある。そうじゃねえとこのへん一帯砂漠になっちまうからな。」

 

 

そう言うとマクシームは近くに転がってきたトラボックを掴んで、腰のナイフで枯れ草と生草の混じった玉を真っ二つにした。真っ二つにされたトラボックの中心には親指の爪ほどの大きさの緑石があった。

 

 

魔石か。となると、この生物の本体はなんだ?魔石が草を絡めとっているのか、草が魔石を利用しているのか。枯れ草が混じっているところを見ると前者のようだが魔石にそもそも意思などあるのか?

いや、これは生物ではなく現象の可能性も考えられるな。

面白い実験材料になりそうだからいくらか持ち帰ろう。

 

 

「今は説明すんのに二つに割ったが、この緑石が討伐証明部位になるから傷つけんなよ…………って、聞いてんのか?ったく、コイツにそこまで興味を示すなんてますますわけの分からない奴だ。…………まあ、小遣いにもなんねえかもしれないがこれもハンターの仕事のうちだ。」

 

 

マクシームは紙幣の束を入れた皮の袋を私に手渡してきた。

 

 

「依頼料のかわりだ。おまえには必要ないかもしれないがな。山が吹雪く前にはなんとかしてみせる。それまで、頼んだぜ。」

 

 

「うむ、任された。もとよりアカリとはそういう契約だ。違えることなどできんよ。」

 

 

マクシームは猛然と走り去った。なるほど、走って行くから半裸だったのか。自然だったからまったく気がつかなかった。

 

 

「沸き立て、我が血潮」

 

 

見ている人もいないことだし『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)』を起動し一気に回収する。

 

暫くやっていると頭上に全身が青く嘴が大きい大きな鳥が飛んでいるのを見つけた。

 

見たことのない魔獣だからとりあえず捕獲しようと指を天に向ける。わざと威力を絞ったガンドを打ち込むとすぐに昏倒して落ちてきたので水銀ちゃんで回収する。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「少し聞きたいのだが、この魔獣は何と言うのだね?」

 

 

洞窟に戻りアカリに聞く。

 

 

「綺麗な青ですねぇ、紺碧大鷲(スニバリオール)だと思います。」

 

 

「ふむ、流石先達だ。博識だな。」

 

 

「や、やめてくださいよ。私も手にとって見たのは初めてですよ。飛んでいるのは何度か見たことありますけど…………討伐したんですか?」

 

 

「討伐というか捕獲だな。トラボックを狩っていたときに見つけた。この場合、私のハンター生活初の獲物はトラボックとスニバリオールのどちらになるのだろうな。」

 

 

「初めての獲物がスニバリオールって、運もそうですが、そんな技術もった新人ハンターいませんよ。」

 

 

「ハハハ、そうか、運か!うむ、運なら自信がある。私にはとびっきりの加護があるからな。」

 

 

私が上機嫌に笑うとアカリは不思議そうに首を傾げる。

 

 

「それで、このスニバリオールとやらの生態を教えてくれ。」

 

 

「はい。スニバリオールは幸福の象徴とされているんです。後は、魔法で倒すと色が変色してしまったり、墜落死すると色が一瞬であせてしまうという性質があります。」

 

 

なるほど、魔術に反応して変色か。ガンドを当てても体色の変化は見られなかったので、反応するのは異世界魔術だけなのだろう。そして、墜落によっても変色するのか。変色する条件を調べてみても面白いかもしれない。

 

 

「えーと、私はこれくらいしか知らないんですけどいいですか?」

 

 

「うむ、とても参考になったよ。アカリがいてよかった。」

 

 

今日の食事はいつもより奮発してもいいかもしれない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「そういえば、用務員さんってどうしてそんなに強いんですか?」

 

 

アカリが思いついたように聞いてくる。

 

 

「ふむ、こそ泥に力を奪われた私が強いとは何の冗談かね?」

 

 

「いえ、それはそうなんですけど…………マクシームさんが言ってたんです。用務員さんとだけは戦いたくない。勝てる気がしないって。」

 

 

「あの筋肉はそんなことを言っていたのか。買いかぶりだ。まあ、強いて挙げるとすれば基本的なことだ。」

 

 

「基本ですか?」

 

 

「ああ、体を鍛えるだとか、魔術を反復練習して最適化するだとか、魔力を使いきって魔力の底上げをするとかだ。」

 

 

「え?」

 

 

アカリが驚いたように目を見開く。

 

 

「ふむ、信じていないな。だが、アカリも基礎鍛練の重要性を理解した方がいい。」

 

 

「そうじゃなくて!本当に、毎日完全に枯渇させてたんですか!?」

 

 

「何を驚いているんだね、確かに辛いかもしれないが筋トレのようなものだろう。」

 

 

「全然、違います。命にかかわる問題です。いいですか!普通はサポートする人がいないとしない訓練方法ですし、そもそもそんな危険な方法はしません。魔力が枯渇すると内臓機能などの身体機能が低下して、一歩間違うと死ぬといわれています。内臓機能を効率よく動かすために余剰生命力を、つまり魔力をつかっていると考えられていますから。普通は枯渇の一歩手前でやめて、しばらく休むんです。枯渇ほどじゃないですけど、それでも魔力の供給量や最大値は増えますから。痛みもそれほどじゃないですし。」

 

 

「なるほど、しかし君は単純なことを忘れている。」

 

 

「単純なこと、ですか…………?」

 

 

「そもそも、この世界の魔力はこっちに来てから後天的に得たものだ。それまでの君達は魔力なし、つまりは魔力欠乏と同じ状態で過ごしていたんだ。ならば、君達の生命維持に魔力は不必要ということになるだろう。」

 

 

まあ、気絶はするからなにかが変わったのは確かだが、と心の中で付け足す。

 

 

「ここは異世界だ。体の造りが同じな訳がなかろう。アカリも今日から試してみるといいだろう。何かあったときの自衛の手段は少しでも多く、上質な方がいい。最も、無理にとは言わないがね。」

 

 

そう言って私は出口に向かう。

 

 

「詳しく調べたいので少し出てくる。冷蔵庫の中にプリンやコーヒーゼリーなどが入っているから好きなのを食べなさい。それでは行ってくる。」

 

 

 




あのぐるぐる回るヤツって名前とかあるんでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

怪物

私は塩漬け依頼を受注しては保管してある魔獣を納品するという生活をしていた。

ある日、三剣角鹿(アロメリ)を納品しようとハンター協会へ行ったときのことだ。

 

 

 

「その三剣角鹿を譲れ。」

 

 

尊大な様子の大柄な金髪の人種の男に絡まれた。

どこかで見覚えがある気がするが誰だっただろうか?

 

 

「申し訳ないがこれは依頼品だ。他をあたってくれ。」

 

 

目の前の人物は私の言葉が意外だったのかしばらく呆気にとられていたが、言葉の意味を理解すると顔を顰めて、距離を詰めてきた。

 

 

「俺が誰だか分かって言っているんだろうな。」

 

 

「すまない。喉元まで出かかっているのだがどうにも思い出せない。有名なのか?」

 

 

隣でやり取りをみていた職員が額に手をやって耳元で囁いた。

 

 

「……この方はザウル・ドミトール・ブラゴイ様です。ブラゴイ様は四つ星(ガボドラッヅェ)、旧貴族ブラゴイ家のご子息です。」

 

 

ザウル…………ザウル…………そうか、たかが蜘蛛で全滅したあのお粗末な集団のリーダーだったか。どおりで見覚えがある。

 

 

「そういうことだ。わかったなら、譲れ。いくらか金もだしてやる。」

 

 

「ふむ、金は足りているので別段欲しくもないな。先程も言ったが、これは依頼品だから諦めてくれ。」

 

 

「……四つ星(ガボドラッツェ)のハンターに対して礼儀がなってないようだな。」

 

 

「礼儀をどうこういうのなら君も体面を気にしたまえ。新入りを強請るベテランなど見ていて気持ちのいいものではない。それに、君は仮にも貴族なのだろう。余裕をもって優雅に振る舞いたまえ。」

 

 

トッキーの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。最も、そんなことをしたら遠坂うっかりエフェクトまで手にいれてしまいそうであるが。

 

 

「値を吊りあげるつもりか?十つ星(ルテレラ)が狩れるわけもない。どうせ死にぞこないの三剣角鹿を見つけて、殺しただけだろう。欲張るとろくなことにならんぞ。」

 

 

「金は必要ないと言ったはずだが?」

 

 

「いいのか、この村でいや国でハンターができなくなるぞ?」

 

 

剣呑な雰囲気で言うザウル。

ハンターとしてもそうだが貴族としても三流もいいとこだな。公然と新入りなどという弱者を恐喝するなど風評も悪くなるだけだろう。

 

 

「もとよりハンターであることに未練も執着もない。それに、親の権力を笠に着るのは止めたまえ。いい大人がみっともない上に親の迷惑になる。」

 

 

目を剥いて剣に手を伸ばすザウルにどうしようもないヤツだと呆れていると職員が割り込んできた。

 

 

「…………おっ、お待ちください。ざ、ザウル様が必要なのはどの部位でしょうか?」

 

 

「…………角と尾だ。」

 

 

「おお、それならば討伐判定部位から外れているのでクラウドさんがザウル様に尾と角を適正価格でお譲りになればいい。」

 

 

職員は芝居めいた仕草で手を叩いてそう言った。

 

 

「それでいい。面倒だから報酬はいらん。三剣角鹿は置いていくから解体はそちらで好きにするといい。」

 

 

私は返事を聞かずに立ち去った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

洞窟に戻るとアカリが気絶していた。

急いで診断するとどうやら魔力欠乏らしい。

それを確認すると私はアカリをベッドに寝かせて夕食を作りに厨房へ向かった。

 

 

「おはようございます…………用務員さん、帰ってたんですね。」

 

 

しばらくするとアカリが起きてきた。

 

 

「うむ、おはよう。早速基礎練習とは感心だ。腹も減っただろう。もう夕食はできているから早く食べるといい。」

 

 

「ありがとうございます…………ですけど、食欲がなくて…………」

 

 

「ふむ、魔力欠乏になると様々な体調異常が起きて食欲が無くなるのも理解できる。だが、魔力欠乏とは生命力の低下と同義だ。君の体は食事を欲しているはずだよ。大丈夫、それを考慮して夕食はお粥だ。それともゼリー飲料がお好みかね?」

 

 

「いえ、お粥を頂きます。」

 

 

お粥を食べ始めるアカリを眺める。

 

 

「いくら体を追い込もうと成長するための栄養がなくては頭打ちだ。食事と睡眠の必要性を忘れてはいけない。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

翌日、私は雪白とアカリと共に雪山に出ていた。

 

 

「戦闘においてフィールドを知ることも大切だ。実力が拮抗ないし劣勢である場合、土地勘が勝利をもたらす時もある。」

 

 

アカリの行動範囲はしばらくこの雪山に限られるだろう。ならば、この土地に慣れることはアカリの生存率を高めるために必須だろう。

 

 

探索を続けていると私の魔術に強大な反応が"急に"発生した。

 

 

「アカリ、気を付けろ。"ナニか"がいる。しかも、近い。」

 

 

「何かって…………ッ!」

 

 

アカリも気付いたようで表情が険しくなる。

 

反応の方向に目を向けると、そこにいたのは"人"だった。ただし、口がない。鼻がない。目がない。眉がない。耳がない。それが傷のある皮鎧を着て棍棒と盾をもち闊歩している。揺蕩う冷気を纏い、一歩ごとに地面や低木を凍てつかせている。

 

 

「ッ、怪物(モンスター)……」

 

 

震えた声でアカリが呟く。怪物(モンスター)とは精霊が空腹などで魔力が枯渇すると狂い、変質し、具現化した一種の天災だ。その習性は一つ、魔力に誘われて襲いかかる。

何かを食べることもなく、繁殖することもない、あまねく生物の敵といわれていたが、詳しいことはわかっていない。

 

 

「怪物が相手となると一定の危険があるだろう。洞窟に戻るかい?」

 

 

「用務員さんは?」

 

 

「私は無論残る。案ずる事はない。私一人でもどうにでも対処できる。」

 

 

「…………残ります。」

 

 

「そうか、聖霊魔術は使えるかね?」

 

 

「……ハズレ勇者でも勇者ですからね、叩きこまれましたよ。ただ、少し時間がかかります。」

 

 

「ふむ、ならば止めを任せよう。私が合図したら全力で打ち込みたまえ。それと、自分をハズレと卑下するのはやめなさい。アカリはハズレなどではない。」

 

 

アカリが頷いたのを確認し、雪白に乗って急加速させて接敵し、すれ違い様に剣を一閃する。

怪物から鮮血が舞う。

 

 

「ふむ、君は血を流すのか。」

 

 

興味深い。この血の意味はなんだ?生命維持に必要なのか、儀式的に必要なのか、何かの名残か、はたまた意味などないのか。

 

血は流れたそばから凍りつき、怪物は何事もなかったかのようにこちらに向かってくる。

 

 

「scalp(斬)」

 

 

予め起動させていた『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)』で背後から首を刎ねる。

 

怪物に気付いた様子はなかったので、怪物が反応するのは異世界魔術の魔力だけだと推測できる。

 

 

どうやら怪物にとって頭は主要器官ではないらしい。

怪物は頭を切り落とされたことを意にも解さずこん棒を振り下ろしてきた。だが、雪白の動きに撹乱されてかすりもしない。

 

 

「continentia(拘束)」

 

 

『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)』が鎖のような形状になり、怪物を 繋ぎ止める。

 

 

「アカリッ、準備はいいか!」

 

 

「ハイッ!いけます!」

 

 

「撃ち込め!」

 

 

私は退避しながら叫ぶ。

 

アカリの聖霊魔術が炸裂する。閃光が迸り、辺りを塗り潰す。目を開けると怪物の体は消滅していて、後には棍棒と丸盾が残っていた。

 

 

「よくやった…………あまり気負うなよ。人型とはいえ、ヤツは頭を切り落とされても動きつづける化生の類いだ。」

 

 

アカリのところに近づいて言う。

 

アカリは何でも背負い過ぎるきらいがある。あまり引きずらないようにさせるべきか。

 

 

「雪白もよくやってくれた。今晩は好きなだけ肉を食べるといい。」

 

 

雪白は嬉しそうに咆哮をあげた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「今日はありがとうございました。」

 

 

「ふむ、礼を言われる程でもないが受け取っておこう。それよりも、風呂の具合はどうだった?」

 

 

「最高でした!私、バブルバスなんて初めて入りましたよ!」

 

 

そう笑うアカリの表情に暗い陰りはない。

 

 

「それは良かった。まだバスソルトはたくさんあるからいつでも言うといい。それでは、今日は疲れただろうから早く寝なさい。ヒーリング効果の高いCDやアロマをいくらか用意したが必要か?1/1サイズの雪白型抱き枕もある。また、ヨガやピラティスも睡眠の効果を高めるために有効だ。必要ならば教えよう。ココアの用意もあるが、飲んだら寝る前に歯磨きを忘れてはいけない。」

 

 

「…………用務員さんって本当に過保護ですね。アロマと抱き枕を下さい。」

 

 

「ハハハ、やはり抱き枕は選んだか。モフモフ感の再現にこだわっていてね。本物に負けず劣らずのできだと自負している。期待するといい。モフモフを抱いて快眠しろ。」

 

 

 

それにしても、過保護か。自覚はないがきっとそうなのだろう。これが代償行為だとしたら彼女にもアカリにも失礼か。しかし、今さら変えられないよな…………

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

深夜、思考を切り替えて研究をする。悩んでいる時間など無駄の極みだ。この問題はもとよりヴィヴィアンを召喚すれば解決する。立ち止まる暇などあったら研究にあてて、少しでも召喚を早めた方が有意義だ。

 

クハハ、すぐに実現させてみせるさ。

今日は面白い実験材料が手に入ったのだ。怪物を倒した時に残った棍棒と丸盾、そして、回収しておいた怪物の頭部である。

 

この研究によって怪物の発生条件、異世界における精霊の実態、怪物に有効である聖霊魔術で言及される聖霊の実態も解明することができるだろう。

 

聖霊魔術とは聖霊を使役する魔術である。その呼び出し方自体は簡単だ。無垢の存在を信じて、願う。それによってわずかな間だけ聖霊を発生させられる。聖霊がなんなのかよくわかっていない。信じることにより発生する力といえば『信仰の加護』が思い浮かぶ。よって、聖霊の可能性としては内側から発生するという事も考えられる。

 

この世界には広く知られているが実態は知られていない物が多く魔術的にとても美味しい。解明し、独占できれば私が使える神秘のリソースはさらに莫大なものとなるだろう。

早くこの世界を彼女と共に歩みたい。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「なに、依頼が無効だと?」

 

 

翌日、私は怪物の出現報告がてら受注していた塩漬け依頼の依頼品である『トラモラ草』の納品に来ていた。

 

 

「クラウドさんが依頼を受注する前に、ドルガン議会により、依頼受注のルールが変更されました。協会規定は長期未達成依頼、いわゆる塩漬け依頼が受けられるのは適正なランクより、二つ下までとなりました。暗黙のルールがそのまま正式なルールとなった形ですね。協会規則の変更は依頼受注日時の前ですので、依頼は無効です。クラウド様が請求なされた受注書の写しと協会規則追加の日時を比べますか?」

 

 

スラスラと淀みなく説明する職員。

 

 

「連絡の不備自体はこちらの新人のミスですので、規則違反によるペナルティは特別に課せられず、依頼失敗ということにもならないのでご安心ください。」

 

 

ふむ、あの三流貴族の差し金と言ったところか。しょうもない事をするものだ。

 

 

「ああ、ならいい。」

 

 

「そうですか。では、お持ちのトラモラ草はどうなさいますか?こちらで確認した後、買い取りましょうか?」

 

 

「ご厚意痛み入るが必要ない。もとより金など足りているのでな。これは帰って家の猫にでも食べさせるとする。」

 

 

「ね、猫、ですか…………一応、確認させていただけますか?」

 

 

「依頼は無効なのだろう?ならば、余計な時間を取らせてはお互いに無益だ。辞退しよう。」

 

 

「そ、そうですか。」

 

 

「それより、話があるのだが。」

 

 

職員が眉をひそめたので言葉を足す。

 

 

「誤解のないように言っておくが抗議ではない。怪物関連の話だ。」

 

 

職員の顔は一気に引き締まる。

 

 

「どのようなお話かまず聞かせてもらっても?」

 

 

職員に怪物の話を説明する。

 

 

「……わかりました。支部長に連絡しますので、しばらくお待ちください。」

 

 

そう言うと職員は慌ただしく奥へと消えた。

ふむ、バカ貴族に踊らされていようとそれなりの職業意識はあるのか。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

しばらくして職員に奥の部屋へ呼ばれた。中には人種の年輩の男がいた。

 

 

「ふむ、色々と問題を起こしてくれているようだな。その挙句、怪物がでた、と。まあ、『白槍』の隊長の推薦だ、そうそう除名になることもあるまいと高をくくってるんだろうがな。あんまりなめてくれるなよ?」

 

 

ほう、対等に扱う事をご希望か。

 

 

「まあ、よかろう。支部長のヤコフ・セルゲリー・マイゼールだ。」

 

 

「はじめまして、クラウドです。」

 

 

「知っとるよ。色々、苦情もきとる。」

 

 

そう言うと報告も聞かずにくどくど話し始めた。

要約すると、協会の規則ぎりぎりの行為が目立つこと。ランクにそぐわない狩りを故意にしていること。仮登録の十つ星(ルテレラ)の分際でザウルに面倒をかけたということ。恫喝して無理に塩漬け依頼を持っていったこと。先導者もつけずに依頼にいったこと。

 

なるほど、中間管理職の悲哀を感じるな。組織の長になってまで中間管理職の苦労をするとは憐れなヤツだ。

 

 

「では、一応、報告とやらを聞いておくか。」

 

 

私は事情を説明した。

 

 

「ふん、そうなると十つ星(ルテレラ)である君が、一人で、氷戦士型の怪物モンスターを倒したとなるわけだ。その盾がその証拠だと。」

 

 

「そうなりますね。」

 

 

「どこにでもありそうなものだな。嘘をつくなら、もう少しまともな嘘をつきたまえ。早いところ仮の状態を脱して、ランクを上げて、ハンターの優遇措置を受けたいのだろうが、そうはいかん。」

 

 

ドヤ顔をする支部長。内包している精霊の力にも気づけない節穴さを晒して滑稽なことだ。そもそも真偽を判断するのはコイツの職分なのか?

握り潰して後々問題が起こったら困るのは自分だろうに思慮も足りていない。

 

 

「さあ、もういいだろう。でていきたまえ。頑張ってランクを上げるのだな……おおっ、だがな、君につける先導者がおらんのだよ。勇者とかいう名誉欲に取りつかれた奴のおかげで、ハンターが減ってしまってな。先導者がいなければ、依頼は受けられんぞ?」

 

 

「了解した。これで失礼する。」

 

 

私が出ていこうとすると、扉がノックされ巨人種らしき女が入ってきた。

 

 

「四つ星(ガボドラッツェ)、イライダ・バーギンだ。今日から世話になる。」 

 

 

 

 

 




ヴィヴィアンと魔術が絡まなければ割りと良識的な用務員さんでした。
実際は寛容だとかではなくただただ興味がないだけだったりします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イライダ

日間ランキングに載った嬉しさで狂喜乱舞して一気に書き上げました!






「おお、頼むぞ、ハンターが随分と減ってしまっての。」

 

 

支部長は愛想笑いを浮かべて巨人種らしき女性を迎える。

 

 

「ああ、支部長。」

 

 

「ん、なんだね?」

 

 

「そっちの新人、アタシが面倒みるよ。」

 

 

ふむ、自分から巻き込まれにくるとは稀有な人だ。

 

 

「しかしな、君は三つ星(セルロビ)になるためにまだいくつか国を回らねばならんだろ。そんな無駄なことをさせるわけにはなぁ。優秀なハンターは国の、いや、世界の宝だ。才あるものはそれを伸ばしてもらわんとな。」

 

 

「新人の先導くらいわけないさ、任せなよ。はい、決まり決まり。」

 

 

顔をしかめる支部長を意にも解さず話を進める女性。

 

 

「ほら、いくよ。」

 

 

「ああ、お供しよう。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

支部内のバーに連れてこられた。

 

 

「アタシはイライダ・バーギン、四つ星(ガボドラッツェ)、見ての通り巨人種さ。狩りのときにまどろっこしいのは面倒だ、イライダでいい。」

 

 

「クラウドだ。十つ星(ルデレラ)の右も左も分からない新入りだがよろしく頼む。」

 

 

イライダはコップの酒を一気に呷るとバーテンダーに同じものを要求し私に差し出した。差し出されるままに私も飲む。

 

 

「イライダ、強い酒を一気に飲むのは危険だ。それとも、巨人種とは特別に酒に強いのか?」

 

 

「強いよ。」

 

 

「そうか、ならば次の機会は私が造った酒を馳走しよう。」

 

 

私がそう言うとイライダはニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「で、今日は依頼受けるのかい?」

 

 

コイツは後から依頼を受けるつもりであんなに強い酒を飲んだり飲ませたりしていたのか。

 

 

「受ける、が、その前にこれを飲みたまえ。」

 

 

「なんだい、これは?」

 

 

「酔いざましだ。いくら巨人種でも酔いどれで激しい運動は危険だろう?」

 

 

酔いざましを飲んだイライダが説明する。

 

 

「基本的に受注から仕事の仕方まで、何も口は出さない。あくまでもアンタの狩りのお守りだからね。ランク外の依頼も、個人受注と塩漬け依頼以外は受けられないしね。」

 

 

「塩漬け依頼はランクが二つ下までらしいぞ。」

 

 

「そりゃ、暗黙のルールじゃないか。」

 

 

「協会規則に明記されたらしい。先程も私はそれで依頼が無効になった。」

 

 

「協会規則になったのはまあ、国ごとに若干違うんだ、そういうこともあるだろうが。無効なんてきいたことないねぇ。まあ、終わっちまったことはしょうがない。それよりも、荷物はそれで全部かい?」

 

 

「うむ。」

 

 

「これからハンターやってくのにその格好じゃあね。それとも金がないのかい?」

 

 

「ハハハ、防具のことなら心配ない。既に鉄壁の守りだと自負している。」

 

 

「そうなのかい?」

 

 

疑わしそうにこちらを見るイライダ。

それなら実際に依頼の時に確認してくれと依頼を探しにいこうとすると、スイングドアが勢いよく開けられて大きな人種が入ってきた。

 

 

「トラモラ草採取の依頼を受けてくれた者がいると連絡を受け、参ったっ!」

 

 

よく通る声で宣言する仮称「カエサル」

 

 

「これはこれはポタペンコ男爵、このようなところまでわざわざおいでいただきまして誠に光栄でございます。しかし、その連絡はこちらの新人の手違いでして。大変、申し訳ない。」

 

 

頭を下げる職員。なるほど、あの人がトラモラ草の依頼者か。

 

 

「ふむ、しかしね、トラモラ草の匂いがするのはどういうわけだね?」

 

 

鼻をヒクつかせて周りを無視して歩き回る仮称「カエサル」。その姿は一周回って優雅にさえ見えてくる。

しばらくして、私のところへ向かってきた。

 

 

「貴殿はトラモラ草をお持ちかな?お持ちだね。協会の事情はわからないが、ぜひ譲ってくれないか。」

 

 

そう言う姿は腰が低いのにやけに威圧感がある。

 

 

「確かに私はトラモラ草を持っている。依頼者とお見受けするが何者だ?」

 

 

「いかにも我輩が依頼者のポタペンコだ。この日を一年も待ったのだ。」

 

 

そのまま急かしてくるポタペンコ男爵にトラモラ草を差し出すと彼は一息に口にした。

 

 

――もしゃもしゃ、モシャシャ。

 

 

真理を追及する探求者のような真剣な面持ちで味わうポタペンコ男爵。何度も、何度も咀嚼する。そして、惜しむように呑みこみ涙をこぼす。

 

 

「これこそ、これこそが遥か幼少の折、祖父にわずか一片頂いた、思い出の味。まさしくトラモラ草であるっ!」

 

 

私はその姿に感銘を受ける。

 

 

「素晴らしい!優雅な一挙手一投足、己が嗜好を突き詰める精神、それに向かう真摯な姿勢!貴方こそ真の貴族だ!私は貴方に会えたことを光栄に思う!」

 

 

あのエセ貴族とは大違いだ。

 

 

「そうか!分かってくれるか!…………ところで、依頼料のことなんだが」

 

 

顔を青くして申し訳なさそうにするポタペンコ男爵。

 

 

「そ、それはだな、先月の食料品の支払いで、その、なんだ、手元不如意というか……な、なんでもしよう。のぞむことがあらばいうがよい。」

 

 

何でもか…………しかし、せっかく巡り会えた真の貴族を亡くすのは惜しい…………む、貴族?

 

 

私は思い付いた事を耳打ちする。

 

 

「その手があったか、しかし、いやでも、なるほど……ハンターにとって、それほど役に立つものでもないぞ?」

 

 

「ハンターとしてではない、探求者としてだ!食の探求者たる貴方ならば分かってくれるだろう?」

 

 

「ふむ、であるな!しかしな、いくら貧乏男爵家とはいえ、家宝でもあるのだ…………」

 

 

 そういってチラ、チラとこちらを伺ってくる。

 

 

「私はこれでも料理の心得があってな、ご満足頂けるように保障しよう。」

 

 

「なるほど!そういうことならば!」

 

 

そう言うと辺りを探ってから猛然と協会のカウンターに行き、しばらくするとまた猛然と戻ってきて耳打ちして私の手に紙を握らした。

 

 

「一応、家宝である。余所にもらさんでくれよ。」

 

 

「当然だ。秘匿することの重大さは人一倍知っている。」

 

 

「うむ、確かに。私の家はここから、タンスクのあるほうにしばらく行ったところにある。よしなにな。」

 

 

「ああ、必ず向かおう。」

 

 

ポタペンコ男爵は優雅な姿で帰っていった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

支部を出て素晴らしい出会いと取引だったと余韻に浸っているとイライダに聞かれた。

 

 

「まさか本当にトラモラ草をもってるとはね。で、何をぶんどったんだい?あんななりでも青い血の持ち主だ、よもや手玉にとったわけでもないだろ。」

 

 

「私がもらった物か?それは自律"魔法"だ。」

 

 

そう、自律"魔法"。私はこの世界の魔法をその性質より魔術と称してきたが、自律魔法は違う。

 

前提として、精霊魔法が精霊の力でもって世界に『干渉』するものであるのに対して、自律魔法は自身の力で世界を一時的に『誤魔化す』ものであると言われている。

 

精霊魔法は魔力と意思さえきちんと伝えられればいくらでも高速化できるが、自律魔法では詠唱はほぼ必須であり、杖や指輪などの装備も必要である。

魔力効率も同じ事をするために精霊魔法のおよそ百倍の魔力を自律魔法は必要とするため、魔法を使う者の魔力の多寡がその能力の差となって現れることも多い。

また、精霊魔法は基本的には習得しやすく、適性の差はあれど万人が用いることができるが、自律魔法は儀式や装備に非常に金銭がかかり習得にも時間がかかるため限られた人間にしか使えない。

そして、精霊魔法が水そのものを呼び出して使えることに対して、自律魔法が生み出した『水の矢』などは使用後に消失してしまう。水が先か、水精が先か。という議論もあるが、実際の物質を扱えるというのは色々な方面で有用である。

 

このように、あらゆる点で精霊魔法のほうが優位にたつが、それでも精霊魔法は魔術の域を越えることはない。なぜなら、精霊魔法は"人間が出来ることしかできない"からだ。精霊魔法とは所詮、精霊が理解できる範囲のことしかできないのだ。

 

しかし、自律魔法は違う。

自律魔法は世界を『誤魔化す』という性質上、"世界の法則を一時的に無視することができる"。つまりは、人ができない結果をもたらす可能性があるのだ。一例を挙げると、勇者召喚、その性質は第二魔法に連なる物だと解釈できる。

こんな荒業が一般的に広まっているのだ。この世界に抑止力がないいい証拠だろう。世界を『誤魔化す』なんて小規模固有結界と考えられる。抑止力が黙っている訳がない。

 

少し話題が逸れたが、つまりは異世界魔法において真の意味で魔法たり得るのは自律魔法だけということだ。

 

そのような素晴らしい物をもらってしまったのだ。魔術師の誇りにかけて最大限の対価を支払うべきだろう。料理に手を抜けるはずもない。全身全霊を懸けて調理にあたろう。

 

 

 

「くくくっ、よ、よかったのかい?」

 

 

イライダが楽しげに聞いてくる。

私はそれに上機嫌に答える。

 

 

「ああ、最高の取引だった!すまないが、急用ができた。一緒に依頼に行く約束を守れず申し訳ないが私は帰らせてもらう。またな。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「あれ?用務員さん、今日は早いですね?」

 

 

洞窟でアカリが不思議そうに尋ねてくる。

 

 

「ああ、素晴らしい物を手に入れたのでね…………そうだ、アカリにこれをあげよう。」

 

 

「針金、ですか…………?」

 

 

「ふふ、ただの針金じゃないよ。後で使い方を教えるから大事に持っていなさい。私はしばらく研究室にこもる。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

翌々日、私はイライダと共にハンター協会に来ていた。

 

 

「すまんな。長く待たせてしまった。」

 

 

「いいさ、アタシにもやることはあったからさ…………あれは、中央政府の調査官か?そうするとあの話か。」

 

 

「あの話とは?」

 

 

「ん、ああ、連合王国の勇者が白幻討伐で功を焦り、手柄を独占するために地元のハンターを陥れた。その勇者自身も罠に使った大棘地蜘蛛(アトラバシク)に襲われて行方不明の生死不明だとな。なんだ、少し前にあれだけ話題になったのに知らないのか。」

 

 

ふむ、よく作られた話だ。そうか、そうか、そういうことにしてあるのか、なるほどなるほど…………

 

 

「私は山に住んでいるのでな。世俗には疎いのだ。」

 

 

「……山って、アンタ。」

 

 

「あまり聞いてくれるな。それよりも、話の詳細さに比べて調査官の派遣に時間がかかったようだが?」

 

 

「あれは最近できた中央政府の広域調査官さ。ドルガン議会の調査官じゃないから、多少は遅くなる。まあ、それにしても随分と遅い気もするが。……この話の黒い噂もあながちバカにしたもんじゃないかもな」

 

 

「黒い噂とは穏やかじゃないな。」

 

 

「アンタも普段から情報拾うようにしときな。ハンターには必要なことさ。まあ、黒い噂っていってもはっきりとしちゃいないんだが、中央政府とドルガン議会に嵌められたのは勇者じゃないかってな。まあ、負けた狼に餌づけする物好きな連中の話さ。」

 

 

「なるほど、確かに真っ黒だ。」

 

 

そんなことを話しながら掲示板に向かった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「…………ないな。」

 

 

「見事にないねえ。十つ星ルテレラの依頼が、トラボック狩りしかないとかどうなってる?」

 

 

私とイライダは受付に確認しに行く。

 

 

「そのことですか。イライダさんは到着して間もないのでわからないのも当然ですが、この村は辺境でして、トラボック狩り以外、十つ星(ルテレラ)に該当する依頼がほとんどないのです。」

 

 

イライダは表情から感情を消して職員に問う。

 

 

「それならこの村に住んでる新人はどうするんだい?」

 

 

「知り合いや縁者のパーティに混じって星を上げていきます。」

 

 

「つまり、クラウド一人なら受けられる依頼はないと?」

 

 

「そうなりますね。どうしてもパーティを組む相手がいないなら、余所へいくことをオススメします。ここは確かに辺境ですが、辺境ゆえに実力が欠かせません。協調性のない足手まといは他のハンターを害してしまいますから。」

 

 

「協調性のない足手まといか。なるほど、私をよく表している。」

 

 

私がそう笑っているとイライダが何気なく言う。

 

 

「わかった。そういうことならアタシがクラウドとパーティを組もう。」

 

 

「い、イライダさんがですか?」

 

 

「アタシではダメか?まあ、星が上がるまでのことだがな。」

 

 

「そ、そういうことは。」

 

 

「協会規則に違反するのかい?」

 

 

「……いえ、問題ありま…………」

 

 

「『蜂撃』ことイライダ・バーギンとお見受けする。少しよろしいかな?」

 

 

気取った様子でザウルが職員を遮った。相変わらず優雅さの欠片もないヤツだ。ポタペンコ男爵を見習いたまえ。

 

 

「おれはザウル・ドミトリー・ブラゴイ、四つ星ガボドラッツェ、この辺りの筆頭パーティである『巨狼(ギガーヴォ)』のリーダーをしている。」

 

 

返事も聞かずに馴れ馴れしく自己紹介するザウルにイライダは顔をしかめた。

巨狼か、蜘蛛に蹴散らされる程度のパーティーだと言うのに名前負けもいいところだ。

 

 

「その仇名はあまり好きじゃないんだが。で、なんのようだ。」

 

 

気のないイライダの返事にザウルは頬をヒクつかせる。

 

 

「いやなに、三つ星(セルロビ)になるための『巡国の義務』中だと聞いてな。早く終えるにはでかい依頼をこなすのが一番だ。一つ、おれ達と大棘地蜘蛛(アトラバシク)を狩りにいかないか?」

 

 

「アタシの記憶に間違いがなければ、それは三つ星(セルロビ)の依頼だったはずだが?」

 

 

「なに、塩漬け依頼扱いにしちまえばいいのさ。この協会には融通が利く。」

 

 

ザウルはこちらをチラリと見て薄ら笑いを浮かべる。

やっていることが自分を貶めていることにまだ気付いていないらしい。貴族教育は受けなかったのだろうか?

 

 

「他を当たれ。今は先導者をやってる最中だ。」

 

 

イライダは興味なさそうに答える。

 

 

その後もなにやら言い合って、

 

「チッ、勝手にしろ。『女王蜂』と流民でちょうどいいだろうさ。……どけっ!」

 

 

頑ななイライダにザウルが捨て台詞を吐いて出ていった。当のイライダは何事もなかったかのように職員に向き直って手続きをする。

 

 

「じゃあ、登録してくれ。」

 

 

「小物とはいえ辺境の権力者に逆らうとは、動き難くなるぞ。」

 

 

「関係ないね。先導者の務めを怠っては先達に、ご先祖に申し訳が立たない。」

 

 

「ハハハ、そうか!君はあのエセ貴族よりよほど高潔で誇り高いらしい!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「御機嫌が悪そうですな、ザウル様。ふむ、ではこのような依頼はどうですかな?」

 

 

ザウルを見ていた支部長がニヤリと笑って何かを手配した。

 

 

 




支部長、今すぐそれやめて逃げて!今ならまだ目をつけられてないから!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

依頼

イライダのパーティ申請から些かでなく待たされた後、協会の奥から腕を後ろ手に組んだ支部長が受付に来た。

 

 

「これから三つ星(セルロビ)になるであろうイライダ・バーギンに先導者をやらせ、その上パーティまで組ませるような手数をかけるわけにはいかん。パーティ登録は許可できない。」

 

 

イライダは片眉を吊り上げた。

 

 

「協会にそんな権限はなかったと思うけど、どういう了見だい?」

 

 

「ああ、誤解しないでくれよ。そっちの新人にはこちらで依頼を用意した。それならばパーティを組む必要もあるまい?」

 

 

「協会で用意するんだね?」

 

 

「特別待遇はしない。あくまで規則は規則だ。故にだ、八つ星(コンバジラ)や九つ星(シブロシカ)の塩漬け依頼をしてもらう。いくらか達成したなら、その新人を信用し、仮登録から本登録にするのも吝かではない。」

 

 

ふむ、体のいい便利屋として使おうと言う訳かそれなりにやるではないか中間管理職。

 

 

「まずはこちらから依頼を指定しよう。強制依頼だと思ってくれてかまわんよ。」

 

 

「強制依頼だって?魔獣の大暴走(スタンピード)や怪物(モンスター)の襲撃の兆しでもあるのかい?アタシは一切そんなこと耳にしちゃいないが?」

 

 

支部長が出した依頼書を胡散臭そうに読むイライダ、その目はみるみる険しくなっていく。

 

 

「これのどこが魔獣の大暴走(スタンピード)だっていうんだいッ!」

 

 

「ふむ、私にも見せてくれ。」 

 

 

イライダが指で弾いて依頼書を渡してくる。

 

 

内容は、

 

 

九つ星(シブロシカ)推奨依頼→青月の一日より以後規定に基づいた自由依頼とする。

 

場所・村外れの大樹。

討伐対象・霧群椋鳥(トゥコルスカ)

討伐証明部位・『嘴』

期限・特に指定はないが、受注から一週間以内とする。要相談。

 

留意事項・討伐対象は一匹残らず討伐すること。大樹に一切の傷を与えないこと。

 

報酬・一匹討伐につき一ロド、但し一匹残らず討伐した場合のみ報酬を支払うこととする。

 

 

 

「なるほど、普通だ。」

 

 

「どこからどう読んでも強制依頼に値する深刻な魔獣の大暴走(スタンピード)だが?」

 

 

「それが魔獣の大暴走(スタンピード)扱いになるなんて聞いたこともない。そもそも招集対象がクラウド一人ってのもおかしいだろう。」

 

 

イライダが怒りを隠しもせずに言う。

 

 

「イライダ・バーギンともあろう者が。依頼書をよく読みたまえ。霧群椋鳥(トゥコルスカ)という『魔獣』が、街中で『群れ』をなして、水場を『襲っている』のだから魔獣の大暴走(スタンピード)ではないか。」

 

 

支部長が涼しい顔で言う。

なるほど、一理ある。

 

 

「詭弁じゃないかい、それは。」

 

 

「それとも何かね?この魔獣に村人は困っていないとでも君はいうのかね。」

 

 

イライダは『ぐぬぬ……』といった表情になる。

 

 

「フハハ、そうだな。受けるとしよう。支部長も案外とやるようだ。ユーモアとかそういう類いに限るとな。」

 

 

「おいっ、クラウドッ!アタシでもその条件は難しい。しかもお前に協力するハンターなどこの村にはいないんだ、よく考えろ。」

 

 

私が笑っていると、イライダが焦ったように言う。

 

 

「考えてはいるさ。もとより強制依頼ならば受ける他あるまい。君に迷惑などかけんさ。支部長、この依頼に何か注意事項はあるかね?」

 

 

「ハハハハハハッ、本当に出来ると思っているのか?いいだろう、教えてやる。まず村内では第三級魔法しか行使することはできん。まあ、仮の十つ星(ルテレラ)はそもそも第三級魔法の行使しか認められておらんがな。そして、必ず一度に殲滅しろ。一匹だけ殺すような半端な真似をすれば群れは数倍に膨れ上がる。

殲滅できずにたった一匹でも逃せば、さらなる大きな群れをつくり、再び村はずれの大樹に住みつくだろう。そもそも村長がたかが小鳥とみくびって金をしぶり、自分たちで処理しようと適当に殺した結果がこのありさまなのだ、これ以上増やすわけにはいかん。」

 

 

「うむ、心得た。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

村はずれの大樹に行くとギーギー、ギーギーと霧群椋鳥(トゥコルスカ)が喧しく鳴いていた。

 

 

 

「気まぐれな女神(エガナディア)の木か。青い内は苦くてたべられないが、黄色くなると酸っぱくなり、赤くなると甘くなって食べごろだ。二日酔いにも効くが、長期遠征のときなんかは食べると身体の調子がよくなるな…………これはさすがに不気味だねえ。」

 

 

「ふむ、なるほど、それでは早速。」

 

 

「なにする気だい?」

 

 

イライダが楽しげに聞いてくる。

私は適当な霧群椋鳥(トゥコルスカ)を指差してガンドを放った。

狙いは過たず吸い込まれるように当たり、一羽が地に落ち、残りが一斉に飛び立つ。

 

 

「ふむ、こんなところか。」

 

 

「アンタ何やってるんだ!?傷をつけたり、殺したりしたら異常な繁殖行動をするって聞いてなかったのか!?それに、ここでは第三級以上の魔法は使用禁止だよ!」

 

 

イライダが熱り立って詰め寄ってきた。

 

 

「まあ、そう興奮するな。私も一日で何とかしようなどとは思っていない。そして、今のは意識を奪う魔術だ。殺生を目的としないから禁止事項には該当しない。考えなしにやっている訳ではないから信じていたまえ。」

 

 

「まあ、それなら。」

 

 

イライダは不承不承といった様子で退き下がった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

翌日、村はずれの大樹には昨日より多くの霧群椋鳥(トゥコルスカ)がいた。

 

 

「やっぱり倍に増えてるじゃないかいッ!」

 

 

「うむ、増えているな。クハハ、噂に違わぬ繁殖力だ。」

 

 

「笑い事じゃないよ!村人の生活はどうなるんだ!」

 

 

イライダが鬼の形相で襟首を掴んで追及してくる。

 

…………ヤバい、ちょっとキツイ。

 

 

「絞まってるッ、首絞まってるから!少し落ち着きたまえ!生活への被害の対策も考えてある!」

 

 

イライダから解放されて、荒く呼吸して肺に新鮮な空気を取り込む。

 

 

「まったく、考えなしではないと言っただろう。すぐに手を出すな。」

 

 

「で、なんだい?」

 

 

イライダが訝しげに聞いてくる。

 

 

「気付かないかね?昨日の倍程の霧群椋鳥(トゥコルスカ)がいる大樹の近くで、私達は"会話ができている"のだよ。」

 

 

「なに当たり前の事を、って…………!」

 

 

イライダの呆れ顔が驚愕に塗り替えられていく。

 

 

「そう、騒音がないのだよ。私の魔術で少しな。村人とは鳥が増えるのを黙認する代わりに騒音対策をする話になっている。」

 

 

「そんな長期間、可能なのか?」

 

 

「可能だ。原理や詳細は言えんがな。」

 

 

イライダの問いに自信を持って答えると納得した表情を見せてくれた。

 

二日目も同じくガンド撃ちして帰った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「頃合いか。」

 

 

三日目、大樹の上の溢れんばかりの霧群椋鳥(トゥコルスカ)を見て呟く。

 

 

「何をする気だい?」

 

 

「まあ、見ていたまえ。今日で万事解決しよう。」

 

 

地面に魔方陣を刻んで準備をしてから魔術を使う。

 

 

「dominationis(支配)」

 

 

魔術を受けた鳥達は一瞬動きを止めた後に一斉に飛び立った。

 

 

「失敗かい!?」

 

 

「いや、成功だ!」

 

 

私の言葉に半信半疑なイライダ。いや信が二割と疑が八割といったところか。

 

 

「信じてないな。まあいい、明日になったら分かることだ。大船に乗ったつもりでいるといい。」

 

 

その後、村人にも伝えたが、やはり疑いの方が強かった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「クハハ、大成功だ!」

 

 

翌日、大樹には一羽の霧群椋鳥(トゥコルスカ)もいなかった。

 

 

「本当にやるとはね!どうやったんだい!?」

 

 

驚くイライダと沸き立つ村人達。

 

 

「ハハハ、企業秘密だ。私は依頼達成報告をしてくる。君は村人と宴をしているといい。酒と肴は私が用意した。いつか言った私が造った酒だ。それでは行ってくる。」

 

 

村人達の歓声に送られる。

クハハ、上々だ。何かあったときのために信用はあった方がいいからな。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

私が依頼達成報告に行くと、ハンター協会は喧騒に包まれていた。

 

 

「ハハハ、盛況だな。依頼を達成したから手続きしてくれ。」

 

 

「手続きしてくれじゃないですよ!状況が分からないんですか!?こっちは急に霧群椋鳥(トゥコルスカ)の大群が支部内に入ってきて大変なんです…………まさか、クラウドさんの仕業ですか!?」

 

 

職員が顔色を変えて身を震わせながら言う。

 

 

「ただの十つ星(ルテレラ)に何かできる訳ないだろう。私が解決した後に偶然ここでも似たような事が起きただけだろう。証拠もなしに人聞きの悪い事を言わないでくれ。それと、討伐証明部位の嘴は回収できなかったから報酬はなしでいい。運が良かったな。」

 

 

「運が良かったなじゃないですよ!なんとかしてください!」

 

 

私が笑いながらそう言うと職員はさらに気色ばんで言った。

 

 

「ハハハ、単独で魔獣の大暴走(スタンピード)を解決したばかりの新入りに無茶を言わないでくれ。こんな若輩者よりも頼りになる地元のベテランに頼みたまえ。なにせ、"霧群椋鳥(トゥコルスカ)という『魔獣』が、街中で『群れ』をなして、ハンター協会を『襲っている』のだから魔獣の大暴走(スタンピード)"だろう?強制依頼をいくらでも発行するといい。」

 

 

職員の叫び声を無視して支部を出る。私は宴に参加しなければならないので忙しいのだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

宴を終えて、私は第二隔離実験室に来ていた。実験室のなかでは夥しい数の鳥達がギーギー、ギーギーと鳴いていた。

 

 

クハハ、素晴らしい!もうこれほどまでに増えたか!

 

 

ガンドで気絶させて回収した霧群椋鳥(トゥコルスカ)の繁殖実験をしていたのだ。この繁殖力は本当に素晴らしい。これで私は無限に湧いてくる実験動物を獲得したも同然だ。研究がますます捗る。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

それから、研究をメインに、他にもアカリに"針金"の使い方を教えたり、イライダと共に依頼をこなしたりして過ごした後のある日、私はイライダと共に掲示板を物色していた。

 

 

「六瘤バッファロー(ゴルシャゾ)か、もうそんな時期なんだねえ。」

 

 

「ふむ、季節物の魔獣もいるのか。しかし、虫や植物ならともかくバッファローに時期など関係あるのか?」

 

 

「ああ、この六瘤バッファロー(ゴルシャゾ)って奴は草を求めて大陸を横断するんだが、この時期になるとトラボックしかないようなそこの荒野で出産するんだよ。この時期は月に一度のトラボック狩りが必要ないのさ、奴らが食べてくれるからね。」

 

 

「なるほど、益獣という訳か。倒してしまってもいいのか?」

 

 

「いいんだよって、アンタも少しは情報をだね…………ああ、まあ、アンタの場合は集めすぎか。」

 

 

「ああ、私という人物をよく分かっているな。あらゆることが興味深くてな、どうしても狭く深い知識になってしまう。で、この依頼を受けるのか?」

 

 

私が聞くとイライダが苦笑する。

 

 

「デカくてしぶといから普通は二人じゃできないが、アンタなら一人でも―――」

 

 

「――ちょっといい?」

 

 

一人の少女が会話に割って入ってくる。

 

ふむ、この少女、どこかで…………?

 

 

「イライダ・バーギンさんですよね?その依頼受けるんなら、一緒にどうですか?」

 

 

件の人物は有名人に出会ったファンのように目を輝かせている。

 

 

「突然だな。名前くらい名乗れ。」

 

 

「ご、ごめんなさい。バーギンさんに会って、つい感動してしまって。エリカ・キリタニ、六つ星(ベルチガバ)です。エリカって呼んでください。」

 

 

その名前は、日本人、つまりは勇者か。好奇心が疼くが耐えなければならない。今勇者相手に問題を起こしてしまうと長い間心待ちにしていた嘘つき斬り殺すガールとの対面ができなくなってしまうかもしれない。

耐えろ、耐えるんだ私、雪白が小さかった頃を思い出すんだ!

 

 

「そうか、イライダ・バーギン、四つ星ガボドラッツェだ。イライダでいい…………」

 

 

「…………わたしたちはいいんですよ。運命共同体なんです。」

 

 

ハッ、しまった!

私が葛藤している間にかなり話が進んでしまっている。なんだこの状況は?いったいどういう流れでコイツは惚気けているんだ?

 

 

「イライダ、すまない。考え事をしていて話を聞いていなかった。かなり不可解だがどういう状況だ?」

 

 

「アンタは相変わらずだね、あれさ―――」

 

 

「―――あっ、ハヤトさん、遅いですよ~。」

 

 

少女の声の先にはなめらかな光沢のある黒い革鎧を着こんだ男がいた。

 

 

 

 




まさかのセーフだった支部長、彼の粛清はかなり引き延ばされました(されないとは言ってない)

そして、ついにあの人が登場しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



「あっ、ハヤトさん、遅いですよ~。」

 

 

エリカに呼ばれながらハヤトはハンター協会へ入った。

 

 

「大きな声で呼ぶな。で、依頼は決めたのか。」

 

 

エリカを嗜めつつ確認をとる。

 

 

「この依頼にしようかと。それで、こちらのイライダさんと一緒にって誘ってたんです。」

 

 

見てみると六瘤バッファロー(ゴルシャゾ)のようだった。そして、エリカが推す女性に挨拶する。

 

 

「ハヤト・イチハラだ。『蜂撃』と名高いイライダ・バーギンといっ―――」

 

 

何気なくその女性の同行者の顔をみて凍りついた。

動悸が激しい、喉がカラカラに渇く。

 

 

「お、お前は―――」

 

 

無意識に漏れでた声はタァンという乾いた音に掻き消されて続かない。胸に突き刺すような痛みと焼け付くような熱さを感じて手を当てると、その手は真っ赤に濡れていた。

男の方を見るといつの間にか取り出していた銃の銃口が白煙を立ち上らせながら向けられていた。

 

 

「キャー!」

 

 

「アンタ、何やってんだ!?」

 

 

エリカが絹を裂くような悲鳴を上げ、イライダが怒声を浴びせるが男は悠然とした態度を崩さず、只々ハヤトを無感情な目で見ていた。

少しして男は徐に口を開いた。

 

 

「―――いや、すまなかったな。悪ふざけが過ぎた。冗談だ。これは自作の武器なのだが今のはペイント弾だ。作った血糊の仕上がりが良すぎてつい出来心でやってしまった。失敬失敬。」

 

 

そう笑う男にハヤトは自分の胸をよく確認すると傷痕が無いことに気付いた。

ハヤトの体から力が抜ける。

 

 

「本当にすまなかった。服を汚してしまったね…………おや、君も似たような武器を持っているのかい?私のオリジナルだと思っていたが同類がいるとは。どれ、私によく見せてくれ。」

 

 

そう言って男は近付いて来て銃を眺めてああだこうだと呟く。

 

 

「ふむふむなるほど、魔術を組み合わせて発射する機構なのか、っとありがとうお返しするよ―――私の素性について口外するな。いいか、仲間にもだ。」

 

 

銃を返す時に耳打ちされた言葉にハヤトは再び凍り付く。

 

 

「イライダ、私は急用を思い出したので失礼する。君はこの子達と依頼に行くといい。君達もまた会おう!」

 

 

それだけ言って男は去っていった。

 

 

「な、何だったんですかあの人…………?」

 

 

「アレがおかしいのは何時もの事だけど今日は特別おかしいね。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「あれ?用務員さん、今日は早いですね。また何か手に入れたんですか?」

 

 

洞窟でアカリが不思議そうに尋ねてくる。

 

 

「ハハハ、何やら覚えのある状況だな。残念ながらまだ手に入れてないよ。会ったんだ。」

 

 

「会ったって、誰にですか?」

 

 

アカリが首を傾げる。

 

 

「勇者君と愉快な仲間達…………いや、一人だったから達ではないか。」

 

 

アカリが目を見開く。

 

 

「取り巻きの方は分かってなさそうだったが勇者君の方は気付いてたね、ハハハ。」

 

 

「ハハハじゃないですよ!大丈夫なんですか!?」

 

 

「"釘は刺しておいた"からな。それよりも、アカリは彼らが何をしに来たのか心当たりがあるだろう?」

 

 

アカリは暫し眉間に皺を寄せて考えた後に重々しく答えた。

 

 

「…………私が原因かと思います。良い意味でも悪い意味でも。私の事を聞いて助けに来た。それか、私を捕えにきた。そのどちらかです。八対二で前者だと思いますけど。もしかしたらマクシームさんが神殿に申し入れした事が噂になってハヤトさんの耳に届いたのかもしれませんね。」

 

 

「ふむ、捕らえに来たのなら是が非でも君を護るが助けに来たとして君はどうしたい?」

 

 

私の質問にアカリは少し考えてからポツリポツリとこぼすように答える。

 

 

「…………あの人は勝手なんです。勝手に助けて、勝手に保護しようとする。確かに有難いんですよ、助けてくれるのは。その庇護下に入って助かっている子もいますし、その取り巻きの子はそうだと思います。でも私は、自立したいんです。それで、マクシームさんの誘いにも乗りました。だから、私は審判を受けます。あの人に着いていく事はありません。」

 

 

「分かった。そのようにしよう。心配はないよ。いざという時は君も『不安定な地図と索敵(レーダーマップ)』があるから逃げるくらいはできるだろう?」

 

 

 

「いえ、仮にハヤトさんが敵だった場合は『不安定な地図と索敵(レーダーマップ)』には反応しないでしょう。いわゆる『勇者』に『加護』は通用しないんです。」

 

むむ、勇者の力についての新事実発覚か?

 

 

「いや、それだと事実の大鎌はどうなるのだ?発動しないのではないのか?そもそも、事実の大鎌が発動しなければどうなるのだ?」

 

 

「用務員さん!距離が近いです!相変わらず圧が凄いです!」

 

 

謝罪して体を引くと続きを話始めた。

 

 

「前に大怪我をした勇者が他の勇者のもつ治癒系の加護で生存しています。そのことから、命精魔法のように加護の力を受け入れるか、受け入れないか、その意志に影響されるんだと思います。『事実の大鎌(ファクトサイズ)』の場合は、加護を拒絶するとただの『鉄の大鎌』になってしまうそうです。拒絶するなら嘘をついても、真実をいっても、ただの長剣や槍と殺傷能力は変わらないらしいです。」

 

 

なるほど、加護自体の性質なのか勇者達の間に契約魔術のようなものが使われているのか。興味が尽きないが今はアカリの話の続きを聞くべきか。

 

 

「加護は私が相手だとどうなるのだね?」

 

 

「おそらく、通じないと思います。私が用務員さんを決定的に敵と認識したことがまずないですし、用務員さんが私を心底敵と判断したこともないようなので。総合的に強いのは明らかですが、現時点では、イルニークを狩った時から今まで、一度も反応したことはありません。まあ自分でも反応を示す細かな条件がわからないのでなんとも言えませんが。」

 

 

なるほど、契約の影響で今はアカリに敵意を示す事も脅かす事も難しいから検証は無理か…………いや、

 

 

「あの時はどうだったのだ?」

 

 

「あの時、ですか?」

 

 

アカリがキョトンとする。

 

 

「アカリが初めて来た時に裸で私の前に出てきた時だ。」

 

 

「ッ!忘れてくださいッ!」

 

 

アカリは顔を真っ赤にして激怒している。

 

 

「ハハハ、で、どうだったのだね?」

 

 

「…………反応はなかったと思います。よく覚えていませんが。」

 

 

アカリは少しの間俯いて考えた後に答えた。

 

 

「ふむ、ではそのように認識しておこう。という訳で私は暫く研究室に籠る。審判の日まで私が問題を起こさないための一種の代償行為だな。彼は一つ星(リグセルプ)らしいから何かしてしまうと支障がでかねん。」

 

 

「そういうことを用務員さんが言うと冗談に聞こえませんよ…………それにしても速いですね。特例条項でしょうか。」

 

 

「ふむ、特例条項とは何かね?」

 

 

「…………一応、ハンターになるとき説明受けるんですけどね。」

 

 

「あの筋肉はそんな事を言わなかったが?」

 

 

「ああ、マクシームさんか。それならしょうがないですね。特例条項というのは、特別指定災害種といわれる、特に人を害すると協会に認定された魔獣や怪物(モンスター)を討伐したハンターに適用される、特別優遇制度です。わかりやすくいえば、街を襲うドラゴンや巨型怪物を―――」

 

「―――ドラゴン!竜種がいるのかね!?」

 

 

「また近いですッ!…………いますよ。でも災害種以外はほとんど姿を現しませんね、せいぜいがワイバーンくらいです。」

 

 

終わらないワイバーン狩り、オルレアン、鯖落ち、充実していないフレンド、虐殺されるキャスニキ、終わってから気付くアサ次郎の存在…………うっ、頭が!

 

ハッ、私は何を…………!

どうやら前世のトラウマを刺激されていたみたいだ。

 

頭をふって思考を切り替える。

冷静になれ私、今の私なら終わらないワイバーンはむしろ研究材料が大量に手に入る歓迎すべき事だ。

 

 

「どうしたんですか用務員さん?顔色が悪い上に小刻みに震えてましたよ?」

 

 

アカリが心配そうに尋ね、雪白も心配そうに擦り寄ってきた。

 

 

「何でもないよ。心配させてすまない。雪白にもすまなかったな。それと、人がいるときはクラウドと呼んでくれ、ハンターにはその名前で登録してあるんだ。」

 

 

雪白の首回りを撫でながら言う。

雪白はゴロゴロと喉を鳴らして上機嫌だ。

 

 

「クラウドさんですね。分かりました、用務員さん!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

五日後、マクシームが数人の女性ハンターを連れてきた。

 

 

「ふむ、マクシームよ、流石に誘拐犯の筋肉を匿う度胸は私にはないのだが?」

 

 

「違えよ!…………お前は相変わらずだな。まあ、話を聞け。アカリのためだ。」

 

 

「知ってる。」

 

 

マクシームが額に青筋を浮かべる。

 

 

「マクシームをやり込めるなんて聞いた通りの方ですね。」

 

 

ゆったりとした声に張り詰められた空気が緩和される。マクシームの背後から、人影が進み出た。

それは、深緑色のローブを着た上品な老女であった。

何よりも目を引くのは長く尖った耳だ。

仮称「メディア」…………やめておこう。雰囲気が違いすぎる。

 

 

「私がマクシームに無理を言ったのです。ですが、貴方たちの生活を脅かす気はありません。」

 

 

「いえ、分かっていますよ。私はクラウドと申します。」

 

 

「ご丁寧にありがとうございます。申し遅れましたね、私は『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』を取りまとめますオーフィアと申します。本当はもっと長い名があるのですが、オーフィアで結構です。」

 

 

「なるほど、では、オーフィア女史とお呼びします。目的はやはり?」

 

 

人から神秘を感じたのはこれで二人目だ。知らずに対応も丁寧になる。

 

 

「そんな改まった口調は要りませんよ。一つは数日後に『事実の審判』を受けることの決まった、そちらのお嬢さん、アカリさんの保護、護衛です。もう一つは…………貴方です。白幻と謳われるイルニークと生活を共にする者。まるで神話のようではありませんか。それで年甲斐もなくマクシームに案内してもらいました…………ああ、生きている内にこんな光景を目にすることがあるとは、長生きはするものですね。」

 

 

そう言ってオーフィアは私の膝で微睡んでいる雪白を暖かい目で見つめる。

雪白は意に介した様子もなく欠伸を上げる。

オーフィアはそれを見て、さらに微笑ましいものでも見たように嬉しそうに相好を崩した。

 

 

「ふむ、そうするとアカリはこれからそちらの預かりになるのですか?私にはアカリを無事に街に返す義務があるのでできればそれまでは手の届く範囲で保護したいのですが?それと、口調は気にしないで下さい。これでも楽にしているのです。」

 

 

「それなのですが、厚かましいとは思いますが、しばらくこの辺りで野営をさせてもらえませんか?」

 

 

オーフィアが少し申し訳なさそうに言った。

 

「と、言うと?」

 

 

「まだ、『事実の審判団』が到着していないのです。同胞の危機ということで、特別にサレハドで審判が行われることになりましたが、彼らは私たちと違い、神職です。どうしても移動時間が増大してしまうのです。その間にアカリさんによからぬことを考える輩がいないとも限りません。ですので、安全性の高いこちらで御厄介になれればと無理を申しております。それに…………」

 

 

オーフィアは言葉を切って後に立つ数人の女性ハンターを見遣った。

 

「後ろの女達は、確かにハンターです。星の低い者もおりますが、それなり腕は立ちます。が、それでも女神の御許に逃げてきた者達なのです。」

 

 

「分かりました。なんとなく事情は察しましたし、こちらに断る意思はありません。ただ…………私もマクシームも男ですよ。宜しいので?」

 

 

私が尋ねると、オーフィアは疑問符を浮かべた。

 

 

「マクシームは問題ないですが、そうですよね、貴方も男性でしたよね。決して枯れた様子もないのになぜ私はそう思ったんでしょうね?」

 

 

「ハハハ、マクシームを問題ないと言い切れるなら私など居ても居なくても変わらないという事でしょう。歓迎しますよ。人数分の個室はありませんが絨毯を引いてある大部屋はあるので外と言わずにどうぞ内にお泊まり下さい。」

 

 

首を捻るオーフィアに笑って提案する。今いる数人と狩りをしている数人なら充分にキャパの範囲だ。

最初は遠慮していたが何度もやり取りを続けるとオーフィアの方が先に折れた。

 

クハハ、オーフィア女史はエルフだから、きっと魔術にも詳しいだろう。マクシームはいい人を連れてきてくれたものだ。今から魔術談義が楽しみで仕方がない。

 

 

 

 

 




支部蔵人

読み:はせべ くらんど
イメージカラー:青色
特技:魔術開発、家事
好きなもの:ヴィヴィアン、魔術研究
嫌いなもの:研究の障害
得意なもの:再現、分が悪い賭け
苦手なもの:自重
天敵:抑止力、ヴィヴィアンと雰囲気が似ている者
魔術属性:五大元素使い(アベレージ・ワン)
魔術起源:内包、管理


魔術起源は蔵人が天皇の御物を納めた倉の管理をしていたことから、イメージカラーは蔵人が青色と呼ばれていたことから。

略歴
元々は特に転生特典もなく転生した転生者。
しかし、幼年期に魔術研究をして成功させてしまったHentaiで研究にのめり込む内に転生者としての側面より魔術師としての側面の方が大きくなっていき、今では"まっとうな魔術師"になってしまった。
少年期に単身でイギリスに渡り自分以外の魔術師がいないことを知る。それによって絶望して彷徨った果てにヴィヴィアンに出会い契約を結ぶ。そして、研究キチにヴィヴィアンキチが加わった。
異世界召喚されたらもっと神秘の濃いところで研究できるかもと、ほぼノリで学校関係者になったら本当に異世界召喚されてしまった。
研究材料と神秘が豊富な異世界に狂喜乱舞するがヴィヴィアンと離ればなれになっている事が密かに堪えていた。
それによりヴィヴィアンの面影を感じると手を出せなくなるため、抑止力のない世界ではヴィヴィアンに似た少女が唯一の天敵。
現在の最優先目標はヴィヴィアン召喚。




今回は慣れない三人称視点なのでおかしなところがあったかもです。
ご指摘があればできる範囲で直します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オーフィア

「オーフィア女史はエルフですか?」

 

 

気になっていた事を思いきって聞いてみた。

 

 

「そうです。森人種って呼ぶ方もいらっしゃいますけど、どちらかといえば森精種と呼ばれるほうが嬉しいですね。」

 

 

「では、そのように。勝手なイメージですが、やはり森精種は魔術への造詣が深いですか?」

 

 

「ええ、私たち森精種は精霊魔法を手足のように使っておりました。人間が精霊魔法を発見するよりも遥か昔から。」

 

 

「自律魔法の方は?」

 

 

「そうですね。普通のエルフでしたら疎いと思いますけど、私もそれなりに長く生きてますからね、嗜む程度ですが、存じておりますよ。」

 

 

「是非、私に講義をして頂けませんか?実は私は魔術を大いに好んでいまして、このような機会を逃したくないのです。」

 

 

オーフィアは手を顎に当て考える様子を見せる。

 

 

「あら?自律魔法だけでいいのですか?精霊魔法も命精魔法も教えて差し上げますよ?どうせ審判団が来るまでそれほどすることなんてありませんからね。」

 

 

相手方からの思わぬ提案に頬が緩むのを止められない。

 

 

「ええ、是非!独学で学んでいたのですが森精種の方にご指導頂けるのは心強い!」

 

 

「フフ、元気がいいですね。まあ、とはいえ、無差別になんでもというのではちょっとよくありませんね。そうですね、では自律魔法の魔法式を三つ、教えて差し上げましょう。精霊魔法や命精魔法は使い方でしかありませんからね、貴方の力に合わせて、少し鍛えてあげましょう。」

 

 

「宜しくお願いします。では、暫しお寛ぎ下さい。」

 

 

そう言って私は厨房へ入る。今日は一層料理に力が入る。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「さて、これらは私の故郷の料理だ。口に合うかはわからんが、遠慮せずに召し上がってくれ。」

 

 

異世界人の味の好みが分からなかったため無難に和食、洋食、中華料理、その他と各種デザートをバイキング形式で用意した。

 

 

「何から何まで申し訳ありません。」

 

 

「いえ、好きでやっている事です。気にしないで下さい。皆さんに喜んで食べて頂けて私も嬉しいです。」

 

 

和食を好む人、洋食を好む人、汁物のみをとる人等様々いる。

 

 

「ギニャー!」

 

 

あ、無難じゃない麻婆(泰山テイスト)食べたネコミミが倒れた。

 

 

「おう、聞いたぞ。随分と協会で揉まれたそうだな。」

 

 

マクシームが話しかけてきた。

 

 

「ふむ、揉まれたか…………私が揉んでやったの間違いじゃないか?」

 

 

「ああ、うん、そうか…………お前ならそうなるよな。」

 

 

マクシームがげんなりした顔をする。

 

 

「お前は気にしちゃいないだろうが、まあ、その、なんだ、協会のことならオーフィアに言ったらどうだ。」

 

 

私がどういうことか疑問に思っていると横にいたアカリが興奮した様子で補足した。

 

 

「『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』は議会や中央政府以外で唯一協会に影響力をもつ団体なんです。政治には不可侵で、世界各国、貧困でハンターの集まらない国を優先的に訪ねています。ハンター協会設立時の混乱を支え、遡ればその前身の冒険者ギルドの設立にもかかわっているほどの由緒ある団体です。一声かければ、その国にはハンターが集まらなくなるとさえ言われてるんですよ!」

 

 

「そんな大袈裟なものではありませんよ。」

 

 

オーフィアは悠然と微笑んでいる。

 

 

「当代の女官長、つまりオーフィアさんは既に二百年以上『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』の長たる女官長を務め、歴代で最も影響力があると言われているんです。エリプスで起こった最初の世界大戦でも戦争には一切不干渉で、各国が見落としていた辺境や小村の魔獣災害を解決していった聖女様ですよ!」

 

 

「おいアカリ、クラウドみたいになってるぞ。アカリはオーフィアのファンなんだ。さっきから興奮しっぱなしでな。」

 

 

目を輝かせてはしゃいでいたアカリはマクシームにそう言われて赤くなる。

 

 

「マクシーム、その言い方は失礼だぞ、アカリに。」

 

 

「お前は本当に自覚だけはあるんだな!」

 

 

「あらあら、こんなお婆ちゃんを捕まえてファンだなんて、でも嬉しいわ。ところでサレハドのハンター協会が何か問題でも?」

 

 

私とマクシームが軽口を叩き合う横でオーフィアの纏う空気がスッと鋭くなった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「そうですか。貴方を信じないわけではありませんが、何か証拠はありますか?それがなければいくらでも言い逃れができるようなことばかりです。そういう風にやったんでしょうけどもね。」

 

 

一通り説明するとオーフィアの雰囲気が厳かな女官長にガラリと変わった。

 

 

「ふむ、受注書の複写ならありますが充分ですか?」

 

 

「こうなることがわかっていたんですか?受注書の写しなんてまだまだ知っている人も、要求する人もいないでしょうに。」

 

 

「いえ、記録を残すのは契約の基本ですから。」

 

 

「ディアンティア、アリー、こちらへ。」

 

 

私が持ってきた複写を渡すとオーフィアは立ち上がって部下を呼んだ。

 

 

「この二人には女官長補佐をやってもらっています。水晶系地人種のディアンティアと白系人種のアリーよ。ディアンティア、アリー、こちらはクラウドさんよ。」

 

 

ディアンティアはマネキンのような容姿をしていて、目鼻はうっすらとしている。さっき汁物ばかりを食べていた人だ。水晶系地人とは初めて聞く種だ。研究したくもあるが客だから我慢だ。アリーは白系人種の女性だ。

二人とは簡単に自己紹介をして本題に戻る。

 

 

「これを見て下さい。」

 

 

「これほど露骨なことをする職員がいるのデスネ。」

 

 

「そうなると、まずは読み取りですね~。」

 

 

「そうですね。確認しておくべきしょうね。クラウドさん、タグを貸していただけますか?」

 

 

オーフィアにタグを渡すと指輪を重ねて詠唱を始めた。

 

 

『Ssanniaðmínufyrirssporin(真実と信頼の証として)rista einsssönnuná (刻まれた足跡を)traustiogssannleika(我が前に示せ)』

 

 

魔術が発動したのを感じる。脈絡から判断すると記録を読み取るための魔術だろう。非常に興味をそそられるが組織運営に関わっていそうな魔術だから望みは薄いだろう。

 

 

「…………これは、三剣角鹿(アロメリ)以降は記録されていませんね。」

 

 

なるほど、やはりあのエセ貴族か。

 

 

「あの自律魔法は協会にあるタグ読み取り魔法具の原典(オリジン)デス。」

 

 

私の表情を見てディアンティアが説明してくれる。

 

 

「ありがとう。ふむ、三剣角鹿(アロメリ)までか。ならば当然イライダと組んだ依頼の記録もないでしょう?」

 

 

「あら、イライダ・バーギンもここに?」

 

 

「ええ、とても気持ちのいい方でしたよ。」

 

 

「まったく記録はないですね。でもそれならイライダ・バーギンに聞けば証言はとれますね。」

 

 

オーフィアは息を吸って続けた。

 

 

「今すぐにというのは無理です。業務の引き継ぎ人員の手配などもありますから…………ですが必ず、狩りの女神を冒涜した罰を受けさせます。――女神の乳房に触れた愚か者は、凍てつく息吹に命精まで凍らされて、粉々に砕かれるのですよ。」

 

 

そう微笑む姿に畏敬を感じた。

 

 

「うにゃー、あれ、なんで寝ていたニャ?」

 

 

その横では麻婆(泰山テイスト)を食べたネコミミがやっと復活していた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「用務員さん、少しいいですか?」

 

 

厨房で後片付けをしているとアカリが話しかけてきた。

 

 

「何か飲み物か?冷蔵庫の中に色々と用意してあるから好きに持っていくといい。」

 

 

「いえ、そうじゃなくて…………その、色々とすみませんでした。」

 

 

アカリが頭を下げる。

 

 

「ふむ、一応聞いておこう。何のことを言っているんだ?」

 

 

「私がここに逃げ込んだこと。村で理不尽な目に合わされたこと。マクシームさんが私のために約束を破ったこと。用務員さんと雪白さんの生活を崩してしまったこと、他にもたくさん…………」

 

 

顔を上げたアカリは今にも泣きそうになりながらも、それを堪えるように言った。

 

 

「気にすることはない。好きでやっていたことだし、君から色々と教えてもらった。それに、アカリの存在で私も少なからず救われていたところもあるのだ。だから、むしろありがとう。アカリがいてくれて良かったよ。」

 

 

「いえ…………そんなことは…………」

 

 

徐々にアカリの声がかすれてくる。

 

 

「だから、前も言ったがまたいつでも気軽に来るといい。歓迎するよ。アカリなら特別割引で格安で泊めてやろう。」

 

 

「無料とは、言ってくれないんですね。」

 

 

アカリが小さく笑って言う。

 

 

「それだと君が気に病むだろう?」

 

 

アカリが徐に口を開いた。

 

 

「…………この雰囲気で難なんですけど、みなさんにお風呂貸してもらえませんか?」 

 

 

「うむ、シャワールームは色々と問題だろうから簡易大浴場に案内しよう。」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「少しよろしいですか?」

 

 

雪白の毛繕いをしているとオーフィアが話しかけてきた。

 

 

「もしや、ようやく私は魔術をご教授願えるのでしょうか?」

 

 

私がそう聞くとオーフィアは穏やかに笑った。

 

 

「本当に魔法がお好きなんですね。それもですが、これは私のお詫びです、受け取ってください。」

 

 

オーフィアのローブと同じ色の環状の物を渡された。

 

 

「これは?」

 

 

「それは『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』の身元保証証明です。雪白さんと二人分です。それがあれば、雪白さんを連れて歩いていたとしても問題ないでしょう。街は元より大型の魔獣が入れないので無理だとしても、不当に拘束されたりすることはないですよ。もしそんなことがあれば、『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』を敵に回し、さらにはハンター協会も敵に回すことになるでしょうね、ふふふ」

 

 

オーフィアは厳格な女官長の顔で笑った。

 

 

「ただ、ドルガン地方ではイルニークが有名ですから目立つのは避けたほうがいいでしょうね。それでもやっぱり気になるのでしたら、幻影の自律魔法もお教えしますよ。これは取引ではなく、お詫びです。」

 

 

「魔術も教えてくださるのですか!」

 

 

私が歓声を上げるとオーフィアはまた微笑ましそうに表情を緩めた。

 

 

「ふふふ、本当にお好きなんですね。」

 

 

こうして、オーフィアの魔術講義が始まった。

 

 

 




綺麗な用務員さんを書いてて誰だコイツってなりました。
身内やリスペクトしている相手には一応これも素です。

次回、物語が動きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

氷の襲撃

話が動くと言ったな、あれは嘘だ…………申し訳ありませんでした(ジャンピンク土下座)

やはり、事実の審判のエピソードを先に入れたいので勇者との直接対決はもう少し後になります。
投稿を早めたので許してください(五体投地)





この世界の魔術をどう学んだか聞かれたため、参考にした教本を見せたところ、オーフィアが懐かしそうに言った。

 

 

「初版にはすぐに改訂が入ってしまって、現存する初版は少ないんですよ。」

 

 

「それは、どうして?」

 

 

「…………百五十年ほど前に、ある学園の創立にともなってこの本の作成を依頼されたんですけど、当時の私は血気盛んでして、少々やりすぎてしまいました。それに連なって、初版以降の改訂版からは著者を外されまして…………お恥ずかしい。」

 

 

と、言うことはまさか!?

 

 

「自律魔法の基礎構成理論から魔法具の基礎構築理論、精霊魔法のABC、命精魔法と身体構造の関係性、魔法使い育成論、当時未公開だった理論や技法もありました。当時はまだ世界大戦が終わって間もなくでしたから、秘匿魔法を抱える王族や貴族、たとえ微々たるものだとしても精霊魔法の技法の流出を恐れたエルフの抗議ですぐに改訂されてしまいました。作られた本自体も少なく、あまりに内容を盛り込み過ぎて難解だということで禁書扱いにはならなかったんですが、ほとんど全てが国の倉庫で眠ることに。……周りが見えていなかった、若気の至りです。」

 

 

「つまりは、私は貴女から魔術を学んだ事と同義じゃないですか!師匠とお呼びしてもよろしいでしょうか!?いやあ、貴女に会えて本当に良かった!」

 

 

興奮のあまり詰め寄るとオーフィアは優しい微笑みを浮かべて答えた。

 

 

「ふふふ、私は師匠と呼ばれるような者ではないですよ。では、並列起動や供給維持、自律魔法の基礎構築論まではおおよそ理解していると?」

 

 

「ハイ!それに書かれている事は自己流も含めて習得しています。」

 

 

「では原典(オリジン)はどうですか?」

 

 

「とある貴族から頂いた『魔力の矢』を一つだけ。」

 

 

そう答えると、オーフィアは少なからず驚いたようだった。

 

 

「一度でも原典(オリジン)を用いたことがあるなら、魔法式さえわかれば使うのは問題ないでしょう。では、『幻影』の魔法式はお詫びとして、他に三つ、何にいたしますか?」

 

 

「では、『平行世界の管理』と『魂の物質化』と『概念の時間旅行』を!」

 

 

「…………えーと、すみません。一つも分からないのですが、少なくとも私はそのような自律魔法は知りません。」

 

 

その言葉に肩を落とす。しかし、ある程度こうなることは予測していたため直ぐに思考を切り替える。

 

 

「では、どのような物があるかお教えください。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「…………『魔力解放』に『魔力吸収』に『魔力収束』ですか。どれも相手が魔法陣の上にいなければならないなど条件がありますけどよろしいのですか?」

 

 

「ハイ!既に充分な戦力を確保してあるので戦闘用よりも魔術理解に繋がる物が必要なのです。」

 

 

間髪を入れずに答えるとオーフィアは目を細めて口を開いた。

 

 

「本当に研究がお好きですね。あまりのめり込み過ぎて他を疎かにしてはいけませんよ。」

 

 

そう言ってオーフィアは小指を差しだしてきた。

 

 

「アカリさんに聞きました。小指と小指を組ませて約束したことを破ったら、相手を一万回殴打して、針を千本飲ませてもいいのだと。そして、約束を破らざるを得なくなった時は、死んで詫びるから許してくれという約束だと。」

 

 

アカリェ…………

オーフィアに妙な誤解を与えたアカリに微妙な気持ちになったが気を取り直して答える。

 

 

「それは恐ろしい。違えることはできませんね。」

 

 

そう言って小指を合わせると、

 

 

『指切りげんまん嘘ついたら、針千本の~ます、死んだら御免、指切った。』

 

 

オーフィアは日本語で綺麗な発音で唱えた。

その後に具体的な魔術練習が始まった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

翌朝。

 

 

「…………おい。」

 

 

マクシームが不機嫌そうに呟く。

頭の上は水流が縦横無尽に流れ回り、左肩で氷解が結合と崩壊を繰り返し、右肩では竜巻が発生し、右足のつま先のすぐそばで青と橙の炎が躍り回り、その反対では雷がパチパチと放電している。背後からは後光のように光を発して、それとまったく同じ状態で同じ動きをする私と一寸も変わらない造形の影がマクシームを取り囲んで回っていた。

 

 

「鬱陶しいわ!お前は一々俺をおちょくらないと行動できないのかッ!」

 

 

「ふむ、もう少し続けたいが朝食を作らなければならないので私はこれで失礼する。」

 

 

私は自分が抜けた分の影を足して厨房へ向かった。

 

 

「いや、消してけよ!」

 

 

叫ぶマクシームをオーフィアはニコニコと眺めていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「これは巨人種の伝統的な手袋だ。まあ、勝手に連れてきた詫びだ。」

 

 

「まあ、これが。簡単にはお目にかかれないものですよ?」

 

 

差し出された手袋をオーフィアがしげしげと眺める。

 

 

「特殊な金属と魔獣の皮から作られた、つまりは鉄の手袋だな。」

 

 

オーフィアが呆れ顔で説明を足す。

 

 

「いい年をして、まだいい加減なところは残ったままなのですね。この手袋は通称『巨人の手袋』、魔力を通すことで鉄のように固くなり、なおかつ指は滑らかに動くという珍しいものです。魔力の扱いが得意ではない巨人種でも使いこなせるほどに少量の魔力で使用できますよ。それにしても、こんなものを何時時分に用意していたのですか、一般に流通しているようなものではないでしょうに。」

 

 

なるほど、つまりはバゼットさんの手袋みたいなものか。ルーンと組み合わせてみても面白いかもしれない。

 

 

「まあ、ちょっと里まで一走り。」

 

 

「一走りって…………相変わらずですね。」

 

 

「お前の気に入りそうな物がこれ以外に思い付かなかった…………自分の世界に入り込みやがって、聞いちゃいないな。じゃあな。」

 

 

「…………オーフィア女史達との出合いは私にとって歓迎すべきものだったし、この手袋も非常に興味深い。私は君に感謝しかないよ。」

 

 

去り際のマクシームに声をかけたが返事もせずに行ってしまった。

 

 

「あれでも面倒見がよく、義理堅い巨人種ですからね。あれは完全に照れてますね。」

 

「マクシームには本当に感謝してますよ。ヤツは良き友人です。」

 

 

オーフィアと談笑していると、

 

 

「あの野郎、消したと思ってたら外に待機させてやがったのかよ!鬱陶しいからけしやがれ!」

 

 

外からマクシームの怒号が聞こえてきた。

それによって私とオーフィアは一層笑みを深める。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

その後、棍棒と丸盾の手入れをしているとオーフィアに声をかけられた。

 

 

「その小盾、どのように手にいれましたか?聖霊による浄化はされてあるようですが。」

 

その声には厳かさと組織の長としての責任のようなものが含まれているように感じられた。

怪物(モンスター)から手に入れたことを説明するとオーフィアは少し考えた後に棍棒と丸盾の説明をした。

 

 

「その小盾は小盾の延伸上に氷の盾を形成できます。そして、周囲の氷の精が集まってきて遊んでいますので、盾生成の魔力消費もかなり効率化することができるでしょうね。」

 

 

「精霊が見えるのですか!?」

 

 

「なんとなくそこに精霊がいる事が認識できる程度です。エルフならたいていわかりますよ。」

 

 

驚く私にオーフィアは笑って答える。

 

 

「それでも、羨ましいです。研究が捗りそうだ。エルフになる研究も始めてみましょうか?」

 

 

「またまた、そんな事を言って。」

 

 

真剣に悩む私を見てオーフィアは朗らかに笑った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

翌日、オーフィア達は村に下りた。なんでも、審判団は来ていないが準備は整ったらしい。マクシームとオーフィア以外はアカリの護衛として残った。ここを出るときに、

 

 

「権力の座に座って勘違いしている愚か者に、きっちりと地獄を見せて差し上げます。」

 

 

と聖母のような微笑みを浮かべて言っていたオーフィアが非常に印象的だ。

たぶん、あの中間管理職臭の凄い支部長は終わりだと思う。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

突然、私の魔術に大量の反応が現れた。

それからまもなく大慌てのアカリが私を呼びに来た。

すぐに見に行くと氷の怪物(モンスター)の大群がいた。

 

 

「これは…………何と言うか、壮観だな。」

 

 

「村に降りるのは…………無理デスネ。」

 

 

ディアンティアが怪物(モンスター)の進行速度を見つつ判断する。

 

 

「アカリ、特訓の成果を見せる時が来たようだ。」

 

 

「ハイ!」

 

 

アカリは凛々しい顔で返事をする。

 

 

「私は隔離研究室の警備を確認してくるからそれまでここを頼む!」

 

 

「ええっ!行っちゃうんですか!?」

 

私の言葉にアカリは情けない声を出した。

 

 

「大丈夫だ。自分を信じろ。このくらい、簡単に対処してくれないと安心してアカリを送り出せないではないか。」

 

 

私がそう言うと、アカリは少し考えた後に頷いた。

 

 

「大丈夫そうだな。それじゃあ行ってくる!」

 

 

私は雪白に乗って研究室に急いだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「さあ、『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』の実力を見せてやりまショウ。伊達に女官長に鍛えられてはいないのだと、証明してやるのデスッ!」

 

 

ディアンティアの言葉で戦闘が開始された。

ディアンティア達が土精魔術を一斉行使して大穴を作り大量の怪物(モンスター)を生き埋めにして、マーニャは火精魔術を行使して森ごと怪物(モンスター)に放火している。

アカリは前衛のサポートを指示されていた。

 

 

「用務員さんの留守は必ず守ります!」

 

 

そう気合いを入れたアカリは針金に聖霊を付与して自分の指に突き刺した。

 

 

「start-up(起動)」

 

 

アカリの詠唱と同時に針金が変形して鳥を形作る。針金の鳥は羽ばたき、飛翔し怪物(モンスター)の群れに光弾を放ち始めた。

一つ一つの光弾が怪物(モンスター)を消滅させる。

 

 

「魔道具デスカ?初めて見まシタ。」

 

 

アカリがディアンティアに尋ねられる。

 

 

「はい。クラウドさんから貰いました。『シュトルヒリッター(コウノトリの騎士)』っていう名前らしいです。」

 

 

ディアンティアはこんな珍妙な魔道具を所持して、簡単に人に貸し出す彼はいったい何者なのかと考えそうになったが、今はそんな場合ではないと思考を切り替えて弓と矢を取り出して構えた。

 

 

「矢は打ち尽くしてしまって構いまセンッ!聖霊を付与しだイ、どんどん射ちなサイッ!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

雪白に乗って雪山を疾走する。気分は新宿のアヴェンジャーだ。

 

アカリ達の戦闘を遠見の魔術で眺める。

ふむ、アカリはしっかりと『シュトルヒリッター(コウノトリの騎士)』を使いこなしているようだ。

 

そんな事を考える間に第一隔離研究室に着く。扉の周りには怪物(モンスター)が群がっている。

 

 

「Scalp(斬)、雪白、駆け抜けろ!」

 

 

聖霊を付与しておいた『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)』で怪物(モンスター)を切り裂いて道を拓く。

そのまま実験室に突入してセキュリティを組み直す。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

怪物(モンスター)には私の魔術工房をとっくり堪能してもらおうではないか。洞窟を使いきった完璧な工房だ。

結界二十四層、魔力炉三器、猟犬がわりの悪霊・魍魎数十体、無数のトラップに、廊下の一部は異界化させている空間もある。

ふはははは、これで万全な警備となった。土台ごと爆破されない限りは陥落する事はないだろう。

 

 

第二隔離研究室も同様のものを施した。

 

怪物(モンスター)には私の魔術工房(以下略

 

 

「さて、雪白、帰るとしよう。それにしても数が多いな。Fervor,mei Sanguis(滾れ、我が血潮)」

 

 

水銀が柱状の棘となり怪物(モンスター)を突き刺した。

 

 

「ふむ、これで大分間引けたか。雪白、今の内に帰ろう。」

 

 

私を乗せた雪白は一鳴きして駆け出した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「あ、用務員さん、お帰りなさい!さっきのはやっぱり用務員さんだったんですね!」

 

 

アカリがニコニコと駆け寄ってくる。

 

 

「アカリも良くやった。遠巻きに見ていたよ。」

 

 

アカリの頭をポンポンと撫でる。

 

 

「さて、私は食事を作るから戦線には参加できない。代わりにストーンゴーレムを外に二体待機させておくから活用してくれ。操作方法はアカリが知っている。」

 

 

周りの騒ぐ声を気にせずに厨房へ入った。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

何度か戦線のローテーションが繰り返された後、突然、空が紅く染められた。

その次の瞬間には外の怪物(モンスター)が一掃されていた。

 

 

「おうっ、無事だったようだな。」

 

 

マクシームがそんな事を言いながら能天気に入って来た。

 

 

「ふむ、筋肉(マッスル)か。怪物(モンスター)かと思って迎撃するところたったぞ。」

 

 

「ちっ、この筋肉は夜のオネーチャンには好評なんだがな。」

 

 

「それは他に褒める所がないのだろう。」

 

 

「同感デス。」

 

 

「おべっかだな、そりゃ。」

 

 

「まあ大事な財布ですからね、お世辞の一つや二つ言うでしょう。」

 

 

私の言葉に後ろからたくさんの援護射撃が加えられ、マクシームは肩を落とした。

 

 

「無事でなによりですよ。」

 

 

マクシームの後ろからオーフィアが顔を出した。

 

 

「頑張ったようですね。大したものです。」

 

 

オーフィアはディアンティア達の顔を見回して賛辞した。その後、申し訳なさそうに私の方を向いた。

 

 

「…………色々お世話になっておきながら、申し訳ありません。部外者を連れてきてしまいました。」

 

 

「いえ、緊急時でしたし無事で何よりです。」

 

 

「じゃあ、おれ達は戻る。倒したのは回収するが、い…………いな…………」

 

 

オーフィアの後ろから現れた男が私の顔を見て固まる。

 

 

「やあ、また会ったな。変わりないか?」

 

 

 




今回登場した『シュトルヒリッター(コウノトリの騎士)』はアイリの方を参考にしました。
設定としては魔力の変換の術式が組み込まれていて起動時のみ型月版魔術の魔力を使い、維持は異世界魔術の魔力でも可能となっています。
アカリはまだ魔術回路を開いていないため血液から直接起動時の魔力を供給しています。
また、start-upはドイツ語の発音をイメージしています。

ストーンゴーレムはfgoのアレです。
ゴーレムを作る専門のキャスターの方ではありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

審判

すみません、少し遅くなりました。





「どうした、私は変わりないか聞いたのだが?」

 

 

固まったままの勇者に再度問いかける。

 

 

「…………ああ、特には…………ない。」

 

 

勇者が辿々しく答える。

 

 

「そうか…………それは結構、健康が一番だからな。不調な時は何をしてもろくなことにならない。まあ、少し話そうじゃないか。」

 

 

「ちょっと、どきなさいよっ、何このデカいのっ!」

 

 

洞窟の外から声が聞こえる。

 

 

「ふむ、どうやらゆっくりもしていられないらしい。アカリ、すまないが行ってきてくれ。」

 

 

「ハイ!」

 

 

アカリは走って出ていった。

…………そこまで急ぎでもないのだが。

 

 

「事実の審判までは揉め事を起こしたくない。拗れると良くないからやはり、君はすぐに帰りたまえ。―――そうだ、最後に一つ。」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

蔵人とハヤトが醸し出す重い空気に耐えかねていたアカリは蔵人の言葉にこれ幸いとばかりに洞窟の外へ急いだ。

そして、入り口に差し掛かった辺りで一息吐いてからゴーレムを停止させて声をかける。

 

 

「エリカさん、お久しぶりです。」

 

 

「…………ああ、ハヤトの誘いを断って、どこかのハンターになったアカリじゃない。こんな場所にいたの、ハヤトが探していたのよ?あなたは人を陥れるような人間じゃないって言って。」

 

 

「そうですか、ありがとうございます。でもご心配なく、一原君には関係のない事ですので。」

 

 

「関係ない?ハヤトがあんなに心配してるのに、関係ないって?」

 

 

エリカの足元に電気が走る。

 

 

「ずいぶん気が短いんですね。」

 

 

アカリは後退しつつ待機させていたゴーレムを前進させた。"あの"用務員さんが作ったもの、それだけでアカリは負ける気がしないどころかオーバーキルを心配した。

 

 

「エリカ、止まれ!」

 

 

一触即発な空気の中に男の声が響いた。

 

 

「なにやってんだ、剥げるもの剥いで帰るぞ。」

 

 

それだけ言ってハヤトは剥ぎ取りに向かった。

その先では『暁の翼(ペナントオブドーン)』のメンバーも剥ぎ取りをしている。

その姿を見たエリカは安堵し、アカリを一睨みしてから剥ぎ取りに向かった。

 

 

その後に蔵人が何かをぶつぶつと呟きながら出てきた。

 

 

「クラウドさん…………あれ?ピリピリしてないどころか、むしろ機嫌良さそうですね?」

 

 

「ん?ああ、そうだな。それよりもアカリ、疲れただろう、ケーキと紅茶を用意してあるからゆっくりしてなさい。皆さんの分もあるので、どうぞお入り下さい。」

 

 

蔵人はそう言って洞窟の中に戻っていった。

 

 

「…………相変わらず謎ですね。」

 

 

蔵人の後ろ姿を見てアカリが呟く。

詳しく知りたい気持ちもあるがどんなヤバイ物が出てくるか恐ろしくて聞けなかった。

 

 

翌日、「魔獣の死体がこんなに、死霊魔術に使い放題だ!」とはしゃぎ回る男とそれを見てさらに謎を深める少女がいた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「お世話になっている身でこの度は本当に申し訳ありませんでした。」

 

 

魔獣の死体を材料にしたキメラ作成も一段落して洞窟に戻るとオーフィアに勇者達を連れてきたことを謝罪された。

 

 

「いえ、気に病まないで下さい。以前も言いましたが、皆さんの無事が最優先です。確認できたこともありましたし。…………頂いた環、お返ししましょうか?今回、私の怪しさが如実に表れていたと思いますが?」

 

 

「いえ、それは持っていてください。」

 

 

オーフィアはすぐに答えた。

 

 

「こんな胡散臭い人間によろしいので?」

 

 

「少なくても、怪物の襲撃(エクスプロード)から逃げずに、女たちと一緒に戦ってくださいました。逃げることも可能だったにも関わらず、です。」

 

 

「十分に対処できる案件だと判断しただけですよ。それに、私は知っての通り、魔術好きです。女性も実験材料にするかもしれませんよ?」

 

 

「ふふ、貴方なら敵対しない限りそう酷い事はしないでしょう。むしろ、保護してしまいそうですね。」

 

 

むぐ、私はそこまで自分を見せた覚えはないのだが。

 

 

「短い間ですが、無為に悪徳を行う人間ではないと、信じることにしました。…………貴方は月の女神に似ています。だから信じるんです。」

 

 

月の女神って…………アタランテを絶句させた恋愛脳(スイーツ)な残念アーチャーが頭に浮かぶのだが…………

 

 

「どのような方で?」

 

 

「ふふ。月の女神の近くには弓、短剣、魔導書、巨狼、巨豹、巨梟、マント、革のブーツ、銀の匙、そして矢があったといわれています。夜天に輝く色月を女神になぞらえ、そこから近い順に星が名づけられました。ハンターの星もそれに由来しています。」

 

 

オーフィアは楽しげに、夢想するように、少女のような表情で語る。

 

 

「美しい女神でしたが、頑固で、偏屈で、狭量で、気まぐれで、心を許した魔獣と保護すべき女以外を拒みました。他の男神の求婚も、他の女神の誘いも断り、ただただ孤高でありつづけました。それでも無情であったわけではなく、目についた者は無条件で助けました。もちろんその後に何か自身に邪なことをしようものなら、苛烈な、苛烈すぎる罰を下していましたが。」

 

 

「ああ、なるほど。だから敵対しない限りはという判断ですか。…………それにしても、随分とマトモな神様ですね。神様ってもっと身勝手でしょう。」

 

 

女神といえば、気にくわないからというだけの理由で霊峰を死滅させたり男に試練とか言う名目で無理難題ふっかけてニヤニヤしてるようなヤツラだったはずだ。

それに比べると圧倒的に良識的だ。異世界の神が良識的なのか地球の神が頭おかしいのか、なんとなく後者のような気もして嫌になる。

 

 

「その反応は珍しいですね。」

 

 

オーフィアがポカンとした顔で言う。

 

 

「ハハハ、私の知っている神様はもっとアクが強いですから。それでは私は昼食の用意があるので。」

 

 

私が立ち上がろうとすると、オーフィアがポツリと溢した。

 

 

「貴方は、女神のような最期を、決して真似しないでください。一人で消えるのは哀しいですから。」

 

 

「クハハ、私が一人で消える事などありませんよ。既に生涯を共にするべき存在がおりますので。」

 

 

一人ボッチだと気付いて消えそうになっていた私は一人ボッチだった彼女に救われた。だから、彼女を一人ボッチで消えさせる訳にはいかないし、それまで、私が消える訳にもいかない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

夕暮れに、審判団到着の報が届いた。

出発は明日の朝らしい。

 

 

「長らくお世話になりました。」

 

 

アカリは姿勢を正して頭を下げた。

 

 

「ふむ、存外寂しいものだな。まあ、またいつでも来るといい。さあ、夕食ができているから冷めない内に食べなさい。」

 

 

二人だけの食卓だ。先に下山したオーフィア達がいないと随分と広く感じる。…………彼女の話をしたからだろうか、それとも元来私は感受性の高い人間だったのだろうか? 静かな食卓に寂しさを感じるなど私らしくないような気がする。いや、転生前の私はそんな人間だったかもしれない。

 

 

「…………用務員さん。」

 

 

私が首を捻っているとアカリが私を呼んだ。

 

 

「どうした?」

 

 

「その…………お願いがあるんです。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「分かったよ。引き受けよう。」

 

 

「ありがとうございます!…………そう言えば、用務員さんはあっちに帰りたくはないんですか?」

 

 

アカリが聞いてきた。

 

 

「ふむ、私はこちらを気に入っていてね、帰りたい気持ちはないよ。」

 

 

私がそう答えるとアカリは笑った。

 

 

「…………そうですよね。用務員さん、いつも楽しそうですもんね。私も、他の皆よりは帰りたいって思いはなかったと思います。家族や友達が恋しくないわけじゃないんですけど、それでも何を犠牲にしても、なにがなんでも帰りたいとは思えなかった。」

 

 

「まあ、留学や移住と似たようなものなのだろうさ。地球でもそういう人達が居たわけだからな。こっちで幸せになれれば、それはそれで素晴らしい人生だろう。」

 

 

アカリはこれまでのこの世界での暮らしの話などとりとめのない話をした。

 

 

「用務員さんは家族が心配じゃないんですか?」

 

 

「私は天涯孤独の身だからな。肉親はいない。ただ、ある時に一人だけ家族ができて、その一人に今も会いたくて仕方ない。」

 

 

「じゃあ、何で帰りたくないんですか?」

 

 

アカリが不思議そうに尋ねる。

 

 

「クハハ、決まっている。私が呼ぶからだ。絶対に彼女もここを気に入ってくれる。」

 

 

私がそう言うとアカリは声を上げて笑った。

しばらく笑って収まってきた頃にアカリが目に涙を浮かべて言った。

 

「アハハ、そうですね!用務員さんならそうしますよね!…………それにしても、そうですか。彼女ですか。女性なんですか。」

 

 

何故か少し不満そうにアカリが言う。

 

 

「…………悪いかね?」

 

 

「いえいえ、そんなことないですよ。ただ、意外だったなって。そういうのとは無縁そうでしたから。」

 

 

…………アカリの性格が最初の頃と変わってきた気がする。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

翌朝、アカリは蔵人の手によって高速でオーフィアのもとまで届けられた。それによって、アカリは誰かに襲われる事はなかったが、あまりの速度にグロッキーになっていた。所要時間二十四分と前回の半分以下の速度からどれだけ過酷だったかが分かるだろう。

後にアカリは"だからソリは嫌だった。もう一生ソリには乗らない"と語ったらしい。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

審判の日、私は山の麓の辺りに雪白と共に腰かけて遠見の魔術を使っていた。

 

ふむ、あの娘が嘘つき斬り殺すガールか。確かアオイだっただろうか。

審判が終わったら私にも是非体験させて欲しいものだ。

そんな事を考えて見ていると、眩い光が迸り、次いで爆音が弾けた。

 

 

「ふむ、これが『神の加護(プロヴィデンス)』による攻撃か。本当に召喚者には効かないのだな。興味深い。」

 

 

雷に撃たれたにも関わらず、私は無傷だった。近くにいた雪白も精霊魔術で簡易避雷針を作って難を逃れていた。

 

 

「しかし、君は私の正体に気付いていなかったと思うが?」

 

 

「山で思い出したのよ。まさか、ハリポタ風の衣装を着て、出会い頭にペイント弾撃ってくるような奴がはぐれた用務員だとは普通は思わないでしょ。」

 

 

そう言ってエリカが木から降りてくる。

 

 

「まあ、それもそうか。それで、なんのつもりだ?いきな―――」

 

 

背後から感じた殺気に月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)で対応する。

金属と金属がぶつかり合う音が響く。

ふむ、暗殺者か。

 

 

「…………気持ち悪い、魔法。」

 

 

姿を確認すると、両手に大きなナイフを装備した黒い兎耳の黒装束の少女だった。

 

 

「たしか、勇者君のパーティーだったな。どうした、おじさんに遊んでもらいたいのか?」

 

 

「…………ハヤトの、ため……死んで。」

 

 

そう呟く少女を月霊髄液で引き付けて、距離をとる。

 

 

「勇者君のためか。止めておいた方がいいと思うぞ。その方がお互いに幸せだろう。」

 

 

二人に止まる様子はない。エリカは紫電を纏ったブーツを履き、暗殺者は武器を構え直して接近してきた。

 

 

「ふむ、ならば私はこれより君達を敵対者と認識しよう。事実の審判は始まった。終わり次第アカリの無事は保障されるだろう。よって、私を縛る契約(ギアス)はもうない。我が魔導を以て君達を裁こう。これは決闘ではなく誅罰だ。」

 

 

 




実はアカリを無事に返すという契約によって大規模な被害が出るようなことや大きな混乱を引き起こすような事は自重させられていた用務員さん。
その枷が外れてしまいました。

次回、決着です(信憑性/zeroの次回予告)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

内包と管理

遅くなってすみませんでした。
戦闘描写って難しいですね!




事実の審判の日、イチハラハヤトは激しい頭痛に苛まれていた。

なんとか耐えて礼拝堂には辿り着いたが、疲れ果ててすぐに椅子に座り込んだ。

 

事実の審判が始まる。

 

 

「アカリ・フジシロ、中へ。」

 

 

「これより、特別審判を執り行う。」

 

 

「ではまず、審判の受諾意思の確認を行う。アカリ・フジシロ、腕を前に。」

 

 

「アカリ・フジシロは、あらゆる者に強制される事なく、あらゆる者に恐喝される事なく、自らの意思でこの事実の審判を受ける事に相違ないか。」

 

 

「―――ありません。」

 

 

進んでいく審判、答えるアカリ、振るわれる大鎌、それらすべてをハヤトは遠い世界で行われている事であるかのようにぼうっと眺めていた。

脳裏に浮かぶのは頭が痛い、眠い、そんなことばかりだ。

平常時ならもっと気を張っているのだが、今日はどうにもおかしかった。

 

 

「偽りのないことを確認した。」

 

 

「では、事実の問――」

 

 

不意に起こった衝撃と破壊音、そして雷鳴。

礼拝堂に黒づくめの男達が侵入して場が騒がしくなる中、ハヤトは弾かれたように外へ飛び出した。

礼拝堂からハヤトを呼ぶ怒鳴り声が上がるがハヤトの耳には入らない。

 

雷鳴が聞こえた。

つまりはエリカが戦っている。

誰と?

決まっている、あの男だ。

あの男はヤバイ。

 

ハヤトは一直線に雷鳴の方向へ走った。

いつの間にか頭痛は消えていた。しかし、そんな事は気にも止めずにただ仲間の所へ走った。

 

近付くごとに戦闘音がよりはっきりと聞こえてくる。

さらに近付くと姿も見えてきた。

やはり、エリカとクーがあの男と魔獣に襲われている。

ハヤトは精一杯息を吸い込んで叫んだ。

 

 

「やめろぉおおおおおおおっ!」

 

 

魔獣を銃で撃ち抜き、聖剣の機能フルスロットルに強化魔法を全開で男に斬りかかる。

そして、二人の安全を確保して下がらせ、敵を追撃する。

 

しばらくして、相手が満身創痍になりほっと一息ついて二人に声をかける。

 

 

「二人とも、大じ―――」

 

 

不意に、ハヤトを鋭い痛みと焼けるような熱さ、そして、異物感を感じた。

掠れた声を出しながら振り向く。

 

 

「なん……で……?」

 

 

「ふむ、何故だと?戦闘中に敵に背中を見せたら刺されて当然じゃないかね?」

 

 

背後にはあの男がいた。

 

 

「お前、は……さっき……」

 

 

「さっきどうしたって?私はこの通り無傷だが?それよりも君のお仲間は大丈夫かね?あんなに激しく攻撃して、仲間割れか?」

 

 

薄く嗤ってそう言う男の言葉をうまく飲み込めない。

祈るような気持ちで先程自分が男を倒したはずの場所を見る。

 

そこには傷だらけで呻くエリカとクーがいた。

 

 

「ッ!どうして、おれは確かに!?」

 

 

痛みも忘れて叫ぶ。

 

 

「私を斬ったと?それでは聞くが何を以て私と雪白を判断した?雷を纏うブーツか、二刀流の大振りの刀か、それとも大きな黒い兎耳か?

…………一体、いつから彼女達を私達だと錯覚していた?」

 

 

この男は何を言っているんだ?仲間と敵を見間違えるわけがないだろう。

雷を纏うブーツも二刀流の大振りの刀も大きな黒い兎耳も"すべてお前らの特徴だろう"…………あれ?

 

おかしい。おれは何を言っているんだ?

それはエリカとクーの……いや、でもさっきおれは……

 

 

「何を混乱しているのかね?すべて君が悪い。君の自業自得というシンプルな構図だろう。それに、また背中を見せたな。last(レスト)」

 

 

刺された剣が熱量を帯びる。

ハヤトは意識を手放した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

倒れた勇者達を見下ろす。

 

私の魔術起源は内包と管理。よって、起源弾の効果は"対象の内包している物を管理する"だ。

一見、万能に思える私の起源弾だが致命的な弱点がある。抵抗のしやすさだ。

なんの準備もなく他人に使った場合、深い所までの干渉は十中八九止められ、せいぜい自然治癒力を多少高めたり弱めたりできるくらいだ。

認識操作をするには肉体と精神を徹底的に弱らせてから撃たなければならないため、とても戦闘に使えるような代物じゃない。

だが、例外が二つだけある。

一つは無機物や死体等の非生物だ。それらにはそもそも抵抗力が存在しないため準備なしで高い効果を発揮させられる。

 

もう一つは"自分自身"だ。

これが勇者君が犯したミスだ。

この世界に来る前、勇者君は私の加護、つまりは私の一部を盗んだ。そしてそれは彼の魂に癒着し、混じり合い、少々歪ではあるが今の彼を形成している。

 

如何に堅牢な砦だろうと穴が有れば侵入は容易い。我が身可愛さに盗んだ剣(力)が自分と仲間を斬り裂いたのだ。まさに、因果応報、自業自得―――そろそろ頃合いか。

 

クハハ、混ざり合った魂を分離させるのは少々手間だったがようやく終わった。

勇者よ、私の力は返してもらうよ。

「精霊の最愛(ボニー)」は私の物だ。精霊が見え、親和性も上がるという力は私の研究に必要だ。

そして何よりも、とある高明な人物の半生から、間男の芽は早々に摘むべきだと学んでいるのでな。

 

 

「『精霊の最愛(ボニー)』よ、帰ってこい―――何ッ!?」

 

 

術式を発動させようと近付くと、不意に勇者の魔力が高まった。何かが集まっていくような様子を見せて勇者の体が人形のような動きで持ち上がる。その周りでは火花が弾け、紫電が走り、冷気が漂い、風が吹き荒れ光が迸っていて、見るからにヤバそうな雰囲気を醸し出している。

勇者の口が小さく動き、巨大な火球が放たれる。

 

身体強化の魔術を使いなんとか避けたが、着弾した地面にクレーターが出来ていた。

…………一工程(シングルアクション)でこの威力か。その上、既に次弾が装填され発射段階に入っている。凄まじいな。厄介だ…………ここの神秘が薄ければなァ!

 

 

「Go away the shadow. It is impossible to touch the thing which are not visible.

 Forget the the darkness. It is impossible to see the thing which are not touched.

 The question is prohibited. The answer is simple.

 I have the flame in the left hand. And I have everything in the right hand.

I am the order. Therefore,you will be defeated securely.

(影は消えよ。己が不視の手段をもって。)

(闇ならば忘却せよ。己が不触の常識にたちかえれ。)

(問うことはあたわじ。 我が解答は明白なり。)

(この手には光。この手こそが全てと知れ。)

(我を存かすは万物の理。全ての前に、汝。ここに、敗北は必定なり。)」

 

 

目の前で炎塊と炎塊が衝突して弾ける。

冷や汗が出た。詠唱に5秒もかかってしまった。彼には遠く及ばない。高速詠唱は要改善だ。だが、魔術詠唱は一度きりでいい!

 

 

「Repeat!(命ずる!)Repeat!(命ずる!)Repeat!(命ずる!)Repeat……!(命ずる……!)」

 

 

一言毎に炎塊が発生して衝突し合う。私が発生させる速度を上げると相手もそれに合わせて高速化させてくる。

クハハ、流石我が力だ。なかなかに張り合いがある。

 

 

「素晴らしい!もう少しギアを上げるから付いてこい、『精霊の最愛(ボニー)』!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

襲撃者を撃退し、事実の審判も終わったアカリやオーフィア達は鳴り続ける爆音の下へ急いでいた。

視線の先では巨大な炎塊が絶え間なく発生しては衝突してを繰り返していた。

 

 

「おいおい何なんだ!ドラゴンが喧嘩でもしてやがんのか!?」

 

 

「…………これは、あれか。」

 

 

「おそらくそうだろう。」

 

 

叫ぶマクシームの横でカエデとフォンが頷きあう。

 

 

「何か知ってんのか?」

 

 

「ああ、原因はおそらく、ハヤトの『精霊の最愛(ボニー)』だろう。以前、ドラゴン型の怪物(モンスター)と戦ったとき、他の勇者を守るために似たような状態になった。その時は怪物(モンスター)を倒した後も、一昼夜暴走が続き山が一つけし飛んだ。このまま暴走を続けると、この山一帯が主要な精霊の無軌道な破壊行為で地形が変わる可能性が高い。」

 

 

フォンの説明に皆が騒然となる。

 

 

「どうにかできんのか?」

 

 

「分からない。前回は魔力が枯渇するまで暴走していた。」

 

 

話している内に人影が見えてきた。

 

 

「ハヤトッ!」

 

 

アリスが叫ぶ。

 

 

「もう一人は、やっぱりアイツか。」

 

 

ため息を吐くようにマクシームが呟いた。火精との親和性が低かったはずの蔵人が極大の火球を高速で発生させていることに疑問を持ったが口に出すことはしなかった。

 

 

「クラウドさん!」

 

 

「あれは…………そうか、あれは用務員さんか。彼もやはり、来ていたんだな。」

 

 

アカリの言葉でアオイは納得したように、そして、申し訳なさそうに呟いた。

 

 

「エリカッ、クーッ!」

 

 

少し離れているところに倒れている二人を見つけて近付こうとしたカエデ、フォン、アリスを魔獣が吠えて威嚇する。不意に、炎塊の破片がエリカ達に降り注いだ。

 

 

「雪白さん!」

 

 

アカリが声をあげて心配するが、雪白は咆哮して魔法を使い危なげなくそれを防いだ。その姿は怪我人を護る騎士よりも宝物を護る番人に近かった。

それを見たカエデ達は一先ずの安全は確保されていると判断して無理やり自分を納得させた。

 

駆けつけた人達はそのまま、何も出来ずに火球を撃ち合う二人を見守った。

 

均衡は突然破れた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

相手の火球が止んだ。勇者が炎に飲まれる。

 

…………漸くか。そもそも私と勇者とでは保有する魔力が違う。魔術へと懸ける思いと掛けた年月が違い過ぎる。いくら『精霊の最愛(ボニー)』の技量が高くとも使えるリソースに差があれば拮抗した時点で魔力不足による決着は目に見えていた。

だが、良い闘いだった。やはり、魔術師同士の秘術を尽くした競い合いは素晴らしい。余韻に浸っていると雪白が二人を乗せて駆け寄ってきた。

 

 

「雪白、ありがとう。よくそれらを護ってくれた。」

 

 

雪白を撫でていると後方から破裂音が聞こえた。水銀で防ぐと、それは銃弾のような石粒だった。飛来してきた方向に目を遣ると、

 

 

「ハヤトをッ、ハヤトをッ!」

 

 

取り押さえられながらも泣き叫びながらこちらを睨み付ける少女がいた。彼女を取り押さえている制服の少女と獣人の少女も私を憎々しげに見ている。よく見ると周りにはアカリやオーフィア達もいる。

 

 

「ふむ、いたのか。それで、彼女はなんだ?私は何故狙撃されたんだ?」

 

 

そう聞くと薄着の少女が口を開いた。

 

 

「彼女はアリス・キングストン。私達を召喚した人物で、ハヤトのパーティーメンバーです。」

 

 

ほう、彼女が。なるほどなるほど、彼女がそうなのか…………ん?

 

 

「ところで、君は誰かね?」

 

 

「豪徳寺葵です。お久しぶりです、用務員さん。覚えてますか?」

 

 

「ふむ、嘘つき斬り殺すガールか。…………そういえば顔に見覚えがある気もするな。たしか三年生だったか。うむ、覚えている。…………年頃だからオシャレしたい気持ちも分かるが流石にその服は攻めすぎではないか?」

 

 

私がそう言うとアオイは少し頬を赤くして、儀式用の服だとか、好きで着ているわけじゃないだとか呟いた。

 

 

「『事実の大鎌』は後で体験させて貰うとして、アリス・キングストンだったか。」

 

 

近付いて声をかけるがアリスは私を睨み付けたまま動かない。

 

 

「ふむ、無視か。まあ、仕方あるまい。そのまま聞いてくれたまえ。…………ハヤト君のことなのだがな。条件次第では助けられるぞ。」

 

 

アリスが目を見開いた。

 

 

「炎塊を落としたときにな、直接当てずに頭上で炎塊同士をぶつけ合わせていたのだよ。よって、彼は瀕死ではあるだろうが私なら助けられるが?」

 

 

「ハヤトを助けられるならなんでもするわッ!」

 

 

私の問いかけにアリスは間髪を入れずに答えた。

 

 

「そうか!ならば助けよう!魔術の基本は等価交換、君の協力に見合う働きはしよう!diffusio(拡散)」

 

 

立ち昇る水蒸気や湯気、そして粉塵を魔術で散らす。

予想外にヴィヴィアン召喚のための近道を見付けてしまった。すぐに済ませて早く研究しなければ!

意気揚々と近付いて驚愕する。

倒れているはずのハヤトが全身焼け爛れて、一部は欠損したまま、立ち上がって剣を振りかぶっていた。剣の先には極光が煌めいていた。

『精霊の最愛(ボニー)』の野郎、死んだ振りして溜めていたのか!ご丁寧に探知阻害までして私の目を欺いていた。

…………少しマズイな。相殺するには今の魔力量は心許ない。ここは『緊急回避』で―――ダメだ!

射線上に召喚少女がいる。こいつが死んではヴィヴィアン召喚が遠退いてしまう。厄介だ。ハヤトと下手に分離させたせいで見境がなくなっている。剣を振り下ろす手に迷いは欠片もない。

 

 

「仕方ない。残しておきたかったがここで一つ使おう。令呪よ、私に力を与えろ!」

 

 

令呪一画が無色の魔力に変換されて未だ嘗てないほどの力が湧いてくる。これなら充分過ぎる程だ。

 

 

「束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流。受けるが良い! 『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』!」

 

 

極光同士が衝突し合う。轟音が轟き、地面が蒸発し地形が変わっていく。『精霊の最愛(ボニー)』による光精魔術はすぐに聖剣の輝きに飲み込まれた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

辺りを静寂が支配し、ハヤトが倒れる音だけが響き渡る。もう『精霊の最愛(ボニー)』が表に出ている様子はない。急いで『精霊の最愛(ボニー)』を摘出して分割し封印する。

 

 

「curatio(治療)sanitas(回復)reparatione(修復)sterilitate(殺菌)munditia(衛生)addito(補強)emendationem(改善)」

 

 

次いで治療行為を行う。応急処置は一工程(シングルアクション)の魔術で充分だ。濃い神秘での魔術はマジでヤバイ。とりあえずこれで 容態が安定した。

 

 

「ふむ、こんなものだろう。残りは私の研究室で行おう。雪白、アリス、着いて来たまえ。」

 

 

アリスは神妙な面持ちで頷いた。

クハハ、クハハハ、ついに、私の悲願への大きな足掛かりを掴んだ!待っていてくれヴィヴィアン、後もう少しの辛抱だ!

 

 

 




難しかったです。起源弾の説明などうまくできたか心配な部分がたくさんあります。後で技量が上がったら書き直しする予定です。

起源弾についておさらいすると、
用務員さんの魔術起源は内包と管理。よって、起源弾の効果は対象が内包している物を管理する。
抵抗されやすく、健常な相手に使っても大きな影響は与えられない。効果を発揮させるには、肉体面と精神面を徹底的に追い詰めなければならないため戦闘には使えない。一度でも深い部分まで影響させると起源弾の効果は永続する。
例外的に勇者は用務員さんの力を盗んだことにより魂に用務員さんと共通する部分ができてしまいそこから侵入された。

イメージはコンピューターウイルスです。
ファイアウォールによって阻まれるがそのシステムに穴が有れば侵入し、一度侵入すると初期化しない限りずっと感染状態みたいな感じです。

今回は、勇者の持つ判断能力を管理し、用務員さんと雪白を判断する基準とエリカとクーを判断する基準を逆にして同士討ちさせた感じです。

書いてて、この感じどこかで見たことある、藍染様やんとなりあのセリフです。


没ネタ

用務員さん「水精魔術「鏡花水月」効果は霧と水流の乱反射により敵を撹乱させ同士討ちにさせることだ(ウソ)」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

召喚

今回は残酷な描写に含まれる可能性のある部分があります。
苦手な方は二個目の◆まで読み飛ばしてください。





洞窟にて勇者に治療の魔術を施す。

 

 

「ふむ、後は時間と共に残りの傷も治癒し、目を覚ますだろう。怪我自体は治っているが体力が底を突いている。ここからはハヤト自身の課題だ。」

 

 

「…………ありがとうございます。」

 

 

私の言葉に、アリスは複雑そうに謝辞を述べる。

 

 

「ふむ、こちらにも利があったから行ったまでだ。それで。こちらは務めを果たしたのだ。対価を頂こう。着いてきたまえ。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「すまんね。少し遠いが我慢してくれ。」

 

 

アリスは蔵人に先導され雪山を歩いていた。その胸中にはハヤトを傷付けた事への怒り、ハヤトを治療してくれた事への感謝、強大な力を持つ蔵人への不信、これから何に付き合わされるのかという不安等、様々な感情が渦巻いていた。

 

 

「ふむ、ようやく着いた。さあ、入ってくれ。」

 

 

アリスは蔵人に招かれるままに施設に入っていく。

 

 

「階段を上るぞ。薄暗いから気を付けたまえ。」

 

 

上りきった先で階下を見渡すとそこに蠢く無数のナニカ。あまりの悍ましさにアリスは悲鳴を漏らして後ずさると、蔵人に後ろから肩を掴まれた。

 

 

「どこに行こうとしているのかね?まだ何も始まってないぞ?」

 

 

「ここで、何を…………?」

 

 

「何を、何をか…………ふむ、あれを見たら分かりやすいんじゃないのか?」

 

 

蔵人は少し考える素振りを見せた後に一点を指差した。

アリスはそこに目を向けて、声を上げる。

 

 

「エリカッ、クー!?」

 

 

蔵人が指した先には倒れ伏した仲間の姿があった。その二人の身体中の穴に蟲が出入りし、開かれた目に光りはなく、どこかを虚ろに眺めているようだった。

あまりの光景にアリスは吐き気が込み上げ、よだれを垂らして何度もえずいた。

 

 

「大丈夫、じゃなさそうだな。」

 

 

「何で…………?」

 

 

「ふむ?」

 

 

「何でこんなことするのよッ!私達が何をしたって言うのよッ!?」

 

 

アリスは声を荒げて叩きつけるように叫んだ。

蔵人は少し考えたような仕草をしてから口を開いた。

 

 

「ふむ…………何か勘違いをしてないか?」

 

 

「何をッ!」

 

 

「私は必要だからしているだけだ。そこに君達の行いは影響していないし、興味もない。まあ、そのように言うのなら君には何かこうされるような心当たりもあるのだろうがな。」

 

 

淡々と話す蔵人の表情は、ともすれば物分かりの悪い生徒に対する教師のようだった。

 

 

「話を戻すが、彼女達があの状態である事、君がこれからああなる事、それらに、君達の行いは一切関係していない。強いて言うなら、実行の決定は確かに君達の行いや約束に基づいているが、内容に私の感情は加味されていない。」

 

 

アリスは蔵人が何を言っているのか理解できなかった。

 

 

「まあ、分からなくてもいい。分かろうが分かるまいが結果は変わらんのだ。私はハヤト君を治し、君は私に協力する。そういう約束だっただろう?私は彼を治した、ならば次は君が務めをはた―――」

 

 

乾いた音が響き、次いで蔵人が体勢を崩す。

アリスは脱兎の如く駆け出した。

 

 

(ありがとうございます、ハヤト!)

 

 

アリスは魔銃を握りしめてハヤトへ感謝を向ける。先程、懐に忍ばせておいた魔銃で蔵人を撃ったのだ。ハヤトと共に開発した武器で掴みとった希望に、アリスはハヤトに護られているように感じていた。

 

 

(速く、速く逃げなくちゃ!)

 

 

アリスは蔵人をあの程度で仕留めたとは思っていなかった。暴走状態のハヤトと渡り合い、あまつさえ圧倒していたあの男が今のだけでなんとかなった訳がない。だが、この施設から脱出すれば逃げ切る事ができる可能性は格段に上がるはずだ。その一心で悲鳴を上げる身体に鞭打って走る。後ろからは身体を引き摺るような音が追いかけてくる。その速度は速くはない。

 

後少し、後少し…………届いた!

 

アリスは扉に手をかけて一息に開けた。

 

 

「やりましたわ!これで―――」

 

 

歓喜の声を上げている最中に突然、浮遊感を感じる。そして、身体に何かヌメヌメしたものが纏わり付いている不快な感触がある。

アリスはギシギシと壊れた玩具のように顔を向けると、そこでは蛸やヒトデのような外見の禍々しい化物が自分を捕らえていた。その周りでは大小様々の似たような化物がうねっていた。

 

 

「あ、あ、あ…………あァァァァァァァァァァァ!」

 

 

アリスは絶叫を上げた。

 

 

「恐怖というものには鮮度があるそうだ。

曰く、『怯えれば怯えるほどに、感情とは死んでいくものなのです。真の意味での恐怖とは、静的な状態ではなく変化の動態――希望が絶望へと切り替わる、その瞬間のことを言う。』だそうだ。如何だったか? 瑞々しく新鮮な恐怖と死の味は…………って、聞いてないか。」

 

 

その様子を蔵人は不敵な笑みを浮かべて見ていた。

その後、海魔にアリスを蹂躙させる。

 

 

「ふむ、精神面も肉体面もこのくらいで充分か。」

 

 

蔵人はそう呟いてアリスに起源弾を撃ち込んだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

魔方陣を刻み込む。中心には『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』を置き、その端にはアリスを設置する。役割はソフトウェアだ。その効果を最大化するために起源弾で調整も行った。

大丈夫、完璧なはずだ。彼女の召喚は目前まで迫っている。

仕込みは終わった。私の魔力量は万全、地脈の質も上々、ここに失敗する余地はない。

覚悟を決めて召喚を始める。唱えるのは英霊召喚を改変した呪文、彼女を呼ぶためだけの特別な詠唱だ。

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」

 

 

魔力が恐ろしい速度で消費される。

 

 

「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する。」

 

 

精霊種の召喚だからと多めに見積もったつもりだったが、想定を越えている。だが、止める訳にはいかない。令呪を用いて補填する。

 

 

「――――告げる。

汝の身は我が傍に、我が命運は汝と共に。

聖剣の寄るべに従い、この意、この理に共鳴するならば応えよ。」

 

 

令呪は瞬く間に消えていく。だが、掴んだ!引き戻される感覚はあるが負ける気がしない。ヴィヴィアンようやく君に再会できる!

 

 

「誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

汝星を護りし抑止、

遠き外界より来たれ、在りし日の最愛よ―――」

 

 

強大な力の奔流が吹き荒れる。眩い閃光に目を開けていられない。

それらが落ち着いたのを確認し目を開くと、魔法陣の中心に佇む少女がいた。

私が込み上げる感情に何も言えずに目頭を押さえていると、その少女は花が咲いたようにニッコリと喜色満面といった様子で口を開いた。

 

 

「クランド、久しぶり!また会えると信じていたわ!」

 

 

「ああ、私も信じていた!また会えて本当に嬉しいよ!」

 

 

そのまま、私とヴィヴィアンは昔のように抱き合ってクルクルと回った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ところで、この娘は何?」

 

 

ヴィヴィアンが床に伏すアリスを指差して聞いてくる。

 

 

「この娘はアリス・キングストン、私達を召喚した人物で今回、君を呼ぶのに協力してもらっていたんだ。」

 

 

「そう、この娘が…………この娘のせいでクランドと離ればなれになっちゃった事を思うと複雑だけど、この娘のおかげでクランドは願いが叶ってこんなに神秘の濃い世界にこれて、今は私もクランドと一緒にいられる。そう思うとこの娘には感謝しないといけないわね!」

 

 

ヴィヴィアンが少し考え込んだ後に笑顔でそう言う。

 

 

「そうだね。その通りだ…………そうだ、私はまだやらなくちゃいけない事があるんだ。私の新しい家族の雪白を紹介するから一緒に待っていてほしい。」

 

 

ヴィヴィアンを洞窟に連れていき、雪白に会わせた。

雪白は初め、ヴィヴィアンに腹を見せる仕草をしていたが、ヴィヴィアンの保有する力を感じ取ったのだろうか?というか、腹を見せる仕草が服従を示すのは猫じゃなくて犬ではなかっただろうか?

その後は、すぐに打ち解けあって遊んでいた。ヴィヴィアン達が戯れる様子は癒しに溢れていて、いつまでも見ていられるものだったが、私は思考を切り替えて残っている仕事に向かった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

目を覚ましたアリスは周りの様子がいつもと違う事に戸惑っていた。

 

 

「ふむ、起きたかね?」

 

 

聞き馴染みのない声に首を傾げて目を向けると、そこには学者風の男がいた。

 

 

「貴方は…………ハヤトはッ!」

 

アリスは思い出したように叫んだ。

 

 

「大きな声で呼ぶな。おれはここにいるよ。」

 

 

ハヤトがむくりと起き上がってそう言った。それを見たアリスは目に涙を浮かべて抱きついた。アリスにはその時間が永遠に続くかのように思われたが、その時間は唐突に終わりを迎える。

 

 

「ふむ、感動の再会の中悪いのだが、いくつか質問させてくれ。いや、気持ちは分かるぞ。だが、そこは我慢してくれ。私も我慢している。」

 

 

そう言う蔵人にアリスは不満げな顔を向けながらも了承の意を示す。

 

 

「よろしい。それでは、アリス、君は今までの経緯をどれだけ覚えている?」

 

 

「どれだけって、貴方がハヤトを燃やして、それを貴方が治療して、その対価に私が、私が…………ん?」

 

 

淀みなく話していたアリスだったが、途中で詰まる。

 

 

「そうか、覚えていないなら良いんだ。気にしないでくれ。それから、もう一つだけ。用意するから少し待っていたまえ。」

 

 

そう言って去っていった蔵人に二人が首を傾げていると、ドタドタと走る足音が聞こえてきた。そして、二つの人影が飛び込んできた。

 

 

「「ハヤトッ!」」

 

 

「エリカ、クー!?無事だったのか!?」

 

 

飛び込んできた人物を見てハヤトが声を上げる。アリスも驚いている。

 

 

「無事だったのか、じゃないわよ!」

 

 

「……クーも、心配……した。」

 

 

後ろから蔵人が戻ってきた。手に何かもっている。

 

 

「それは…………エリカとクーのぬいぐるみ?」

 

 

ハヤトが尋ねる。

 

 

「うむ。よくできているだろう?私も会心の出来だと自負している。そこで、質問なのだが。この二つとそこの二人のどちらかをやろう。どちらがいい?」

 

 

「…………は?」

 

 

蔵人の問いかけにハヤトがポカンとする。

 

 

「答えたまえ。」

 

 

「どっちかって、そりゃこの二人だろ。」

 

 

何言ってんだこいつといった顔でハヤトが蔵人に答える。アリスも頷いている。

 

 

「なるほど、念のためにもう一度聞くが、本当にそれで良いのか?」

 

 

「さっきから何言ってるんだ?そんなの考えるまでもないだろ?新手のジョークか?」

 

 

ハヤトが少し面倒くさそうに答える。

 

 

「まあ、そんなものだな。それでは―――っと、すまない。疲れが溜まっているのかもしれない。」

 

 

言葉の途中で落としたぬいぐるみを拾い上げながらそんなことを言う蔵人の様子にハヤト達が脱力する。

 

 

「なんか…………ユルいな。今までのは何だったんだよ…………」

 

 

「ハハハ、私にも嬉しい事があったのだよ。それでは、出口はあそこだから早く帰りたまえ。私にも用事があるのだ。」

 

 

「何だよ急に、まあ、いいけどよ。」

 

 

早く帰れと急かす蔵人に文句を言いながら、特に異存はないので帰るハヤト達。蔵人はその背中を見送って、ぬいぐるみを一瞥した後、ぬいぐるみを置いて鼻歌を歌いながら洞窟へ向かった。

 

 

 




用務員さん「…………あ、一部欠損を治し忘れた。まあいいか、無くても死なないし。何を治し忘れたかって?ナニだよ。」


という訳でこれにて第一章完結です。
この後に後日談等の閑話を挟んで第二章に入ります。


やはり、fateでエリカと言えばぬいぐるみですよね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話:英霊召喚

ヴィヴィアンが相手なので用務員さんの口調がプロローグの頃に戻ってます。





「遅くなってすまない。今戻ったよ。」

 

 

「クランド、お帰りなさい!」

 

 

洞窟に戻るとヴィヴィアンが喜色満面で出迎えてくれた。この感じ凄く懐かしい。

 

 

「雪白とは仲良くなれたかい?」

 

 

「ええ、もちろん!ユキシロは大人しいし、スッゴくモフモフしてるのよ!」

 

 

はしゃぐヴィヴィアンに自然と笑みが溢れる。

 

 

「あっ!忘れていたわ!」

 

 

ヴィヴィアンはそう言って黒色の鍵を取り出して渡してきた。

これは、『魔術師の実験室(ゲート・オブ・カルデアス)』と対になっている『魔術師の研究室(ゲート・オブ・カルデアス・オルタナティブ)』じゃないか。

 

 

「自由になったら貴方の下へ持っていくって約束したでしょ?それに、貴方にあげるために今日までたくさん宝物を集めたのよ!」

 

 

ヴィヴィアンは腕を組んで得意気な顔でドヤァとしている。

か、可愛い…………!

 

 

「ちょっ、ちょっと、クランド!私を撫でてないで早く…………いえ、もう少し撫でるべきだわ。ええ、そうに違いないわ。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

しばらく撫で続けて満足した私は渡された鍵を使った。

研究室という名前ではあるが、本質は自由にカスタマイズできる空間である。ヴィヴィアンの研究室は博物館のような内装になっていた。

…………ん?

 

 

「ヴィヴィアン、ヴィヴィアン、この絵って…………」

 

 

「モナ・リザっていう名前らしいわよ!有名な人が描いたらしいから持ってきたの!」

 

 

本物なんですか、そうですか…………入手方法は、怖いから聞かないでおこう。

…………ん?

 

 

「ヴィヴィアン、ヴィヴィアン、この化石らしき物って?」

 

 

「この世で最初に脱皮した蛇の脱け殻の化石らしいわ!」

 

 

「この財宝は?」

 

 

「トクガワの埋蔵金よ!」

 

 

「見つけたの!?」

 

 

その他にも、御神体、国家レベルで管理されているはずの物、噂や伝説にはあるが未発見だった物等、やばそうなのも含めて大量にあった。数百個を越えた辺りでヴィヴィアンに聞いてみると、まだ全体の1%にも満たないと言っていた。それを聞いた私は、

 

 

「ありがとう。とっても嬉しいよ。」

 

 

「そう言ってくれると思っていたわ!クランドが嬉しいと私も嬉しいわ!」

 

 

諸々の問題への思考を放棄した。

あー、笑顔でクルクルクルクル回ってるヴィヴィアンかわいーなー。

召喚触媒いっぱいで超嬉しー。

流石、私のヴィヴィアンだ。可愛い上に強いとか最強じゃないか。

私のために頑張ってくれんたんだね。本当に優しい娘だ。

 

 

「それで、どれを使うの?それとも、もっと見る?」

 

 

「いや、もう決まってるよ。ずっと前から決めてあったんだ。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

触媒に選んだのは『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』。最初に交わしたヴィヴィアンとの約束の品。最初にヴィヴィアンと共に作った 宝具の原典。この剣は私とヴィヴィアンの絆の象徴。だから、最初の英霊召喚の触媒にこれを使うことはずっと前から決めていたことだ。

 

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ってことはあの娘にまた会えるのね!」

 

 

「そうだね。きっと会えるよ。じゃあ、始めるよ!」

 

 

キラキラした目で魔法陣を見つめるヴィヴィアンを見て和みながら召喚の準備を始める。

術式と聖杯は既に完成していた。聖杯の中身には無限増殖する鳥の霧群椋鳥(トゥコルスカ)を使っている虎聖杯ならぬ鳥聖杯だ。最初から中身がある程度溜まってるのでそれを使って受肉した状態で現界させることができる。

 

魔力を高めて詠唱を始める。

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する。

――――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ。」

 

 

場の魔力が高まり、白い閃光が迸り、中心には一つの人影がある。その人影は徐に口を開いた。

 

 

「コードネームはヒロインX。昨今、社会的な問題となっているセイバー増加に対応するために召喚されたサーヴァントです。よろしくお願いします。」

 

 

ラフでスポーティな服装(ジャージ)、とても長い青いマフラー、黒い帽子から突き抜けているアホ毛…………は?

 

 

「…………えーと、顔はあの娘よね?でも、雰囲気というか、服装というか、こんな愉快な娘だったっけ?」

 

 

困惑するヴィヴィアンにXは笑顔で話しかける。

 

 

「そこにいらっしゃるのは、私の入学祝いに聖剣をくれた近所のヴィヴィアン姉さんじゃないですか!お久しぶりです!どうしてここにいらっしゃるのですか?」

 

 

「知らないわ!確かに私は貴女に似た娘に聖剣を授けたけど、入学祝いじゃないわ!そもそも、入学祝いに聖剣をあげる人なんているわけがないわ!ふざけてるのかしら!?」

 

 

…………はっ!やっとフリーズから抜け出した。

そうか、そういうこともあるのか。

 

 

「よろしく、X。私が君のマスターだ。ところで、君のクラスはアサ―――」

 

 

「―――セイバーです!」

 

 

私の言葉を遮って食いぎみにXが答えた。

 

 

「そうか、セイバーか。」

 

 

やっぱセイバーに拘るんだなと変な感心をしているとヴィヴィアンが飛び込んできた。

 

 

「クランド!クランド!おかしいの!この娘はあの娘のはずなのにあの娘じゃないの!」

 

 

「あー…………なんというか、平行世界のアルトリアなんだよ。」

 

 

「どんな平行世界なのかしら!?」

 

 

サーヴァントユニヴァースです。

 

 

「ところで、マスター。私には全てのセイバーを抹殺するという任務があるのですが。セイバーは何処に?」

 

 

「あー…………今回、君を呼び出したのは仲間が欲しかったからで、特に聖杯戦争とかは起きていないんだ。そう言うわけで、この世界に英霊は君一人しかいなかったり…………」

 

 

「なっ!一人もいないんですか!?」

 

 

ヤバイ、なんかXがぷるぷるしてる。そりゃそうだよね。セイバー抹殺と勇んできたら、貴女一人ですとかふざけてるにも程がある。ここは、何とか怒りを抑えるために…………飯だな。飯しかない。

 

 

「まあ、そこら辺は食事をとりながらゆっくりと話そうじゃないか。リクエストはないかい?」

 

 

Xはばっと顔を上げて答えた。

 

 

「セイバーが私一人、つまりオンリーワン!いい響きです!最高じゃないですか!そして、食事ですか、もちろん頂きます!私はお肉を所望します!」

 

 

…………そっちか。

 

 

「うむ、分かった。すぐ作ろう。」

 

 

「クランド、クランド、だんだん私、この娘が面白くなってきたわ。」

 

 

「そうだね。この娘は面白いわ。」

 

 

囁くヴィヴィアンに同意する。結果的によかった………のか?

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

真名:謎のヒロインX

クラス:アサシン

地域:サーヴァント界

属性:混沌・善 / カテゴリ:星

性別:女性

地域:サーヴァント界

 

 

ステータス

 

筋力:B+/耐久:B-/敏捷:A+

魔力:A+++/幸運:A+++/宝具:A++

 

 

スキル

 

クラススキル

 

コスモリアクター:A

輝けるセイバーだけに許されるコスモなリアクター。

設定とかもリアクトできる。

 

騎乗:EX

ポンコツ宇宙船の凄まじい操作能力。ワープ機能がないのにワープできたりする。他は青い王様と同じ。

 

気配遮断:EX

自分は唯一のセイバー。だから、自分の在り方こそがセイバーの在り方。だから、セイバーは不意討ちするし、気配遮断も使える。

セイバーに相応しくないと封印していたが、たった一人のセイバーになったために開き直って解放した。

 

対魔力:E-~A++

セイバーに対魔力は必須でしょう!という事で溢れる魔力をゴリ押しで対魔力に使っている。その時で効果の質が変わる。

 

単独行動:EX

受肉してるのでマスターがいなくても活動できる。

 

セイバーパワー:EX

謎のヒロインX「セイバーのパワーです。以上!」

 

 

保有スキル

 

支援砲撃:EX

ドゥ・スタリオンⅡより援護砲撃を行う。

 

魔力放出:B

なぜか使える魔力放出。別の自分は使えるし、マスターまで使えるので使えないはずがないという認識。

 

直感:C+(EX)

普段はC+だが、剣を持っているセイバークラスになり得る相手に対しては規格外の能力を発揮する。

唯一のセイバーという地位を守るために超必死。

 

銀河流星剣:EX

ほぼ同上。セイバークラスを狙う不届き者に下す鉄槌。

やっぱり超必死。

 

セイバー忍法:EX

あまりにも卑怯なために本来は味方になると封印されるが、マスターがマスターなので普通に使える。というか、むしろ性能が良くなってる。

 

精霊の加護:C~???

ヴィヴィアンからの、旅の仲間兼クランドの護衛への祝福。ヴィヴィアンからの信頼と親愛が深まれば効果が上昇する。通常時の幸運と危機的場面でのステータスの上昇。

 

 

宝具

 

無銘勝利剣(ひみつかりばー)

 

ランク:A++

種別:対人宝具

レンジ:?

最大補足:?

 

未来で宇宙なデザインの名称不明(棒)の金色の聖剣とそれが反転した黒い聖剣(魔剣?)の二刀流(改造済み)。普段はビームを纏ってるが、やろうと思えばビーム発射もできる。振るとどこかで聞いたことがあるような音がする。

アルトリウムの力を利用して剣以外にも様々な使い方ができる。

 

 

 

蔵人に初めて召喚された英霊。

今でもヴィヴィアンの事は近所のヴィヴィアン姉さんだと思ってる。婚期を気にしてたヴィヴィアン姉さんが幸せそうなので二人の仲は応援している。

自分が唯一のセイバー(アサシンだけど)という状況に超ご機嫌。マスターの作る食事が美味しい上に量が多くてお腹いっぱい食べられるので更にご機嫌。アルトリウムも絶好調。今の美味しい状況を守るために超必死。セイバーに至る可能性のあるものやマスターを害するものは許さない。

異世界なので知名度補正は超マイナスだけど神秘が濃いのとマスターの技量で差し引きはステータス微増。蔵人とヴィヴィアンの特性によって、魔力と幸運は超アップ。

セイバー系のスキルも獲得し、ステータスも申し分なく、聖剣も持ってるのでセイバーと言われても違和感はない。(だがアサシンだ)

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

もっきゅもっきゅとXがステーキを頬張る。

オルタじゃないけど、もっきゅもっきゅと食べるのか。

 

 

「もっきゅもっきゅ…………どうかしましたか?」

 

 

「いや、何でもない。口に合ったかい?」

 

 

ジロジロ見てたらXに不審がられたので適当に濁す。

 

 

「ハイ!とても!ネームレスレッドに負けず劣らずの出来です!」

 

 

「エミヤさんと並ぶとは光栄な評価だね。」

 

 

「マスターはネームレスレッドと知り合いでしたか!」

 

 

「クランドはどうして普通に会話出来てるのかしら?やっぱり千里眼を持ってるのね!」

 

 

ヴィヴィアンがキラキラした目を向けてきた。

…………まだその勘違い続いてたんだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

夕食の片付けも終わり、同時にヴィヴィアン達は風呂から上がってきた。

 

 

「いい湯だったわ!日本式は最高ね!」

 

 

「ハイ!とても良いものでした。学生寮の物とは全然違います!」

 

 

二人が仲良さげに喋っている。うまく打ち解けられたようで良かった。

 

 

「ハハハ、満足してもらえたようで良かったよ。それなりの時間になったし、寝室に案内しよう。」

 

 

案内した後、ヴィヴィアンとXに要望を聞く。

 

 

「これらの部屋が右から順番にベッドの硬さが、硬め、普通、柔らかめとなっている。部屋数はたくさんあるから遠慮せずに選んでいいよ。」

 

 

「私は柔らかめを希望します!」

 

 

Xはそう言って一目散に部屋に入っていった。

 

 

「ヒャッホウ!学生寮のベッドと全然違います!何ですかこの毛布は!モッフモフのフッワフワです!召喚されて良かった!」

 

 

うん。ここまで喜ばれるとは思ってなかった。

 

 

「布団は羽毛だけど中の押し入れに羊毛の物も用意してある。そこには別の毛布もあるからお好みで。他に何かあったら部屋の内線で『0000』にコールしてくれ。」

 

 

「了解しました!」

 

 

Xの返事を聞いて部屋を出る。

 

 

「それじゃあ、ヴィヴィアンはどうする?」

 

 

「私ももう決まっているわ!」

 

 

ヴィヴィアンは悩みがちだから珍しいな。

 

 

「柔らかめかい?」

 

 

「いいえ、クランドの部屋よ!」

 

 

なるほど、私の部屋、という事は硬めか。…………ん?

 

 

「聞き間違いかな?私の部屋って…………」

 

 

「クランドの部屋よ!」

 

 

いつもの満面の笑みでヴィヴィアンが答える。その瞳の奥には確かな強い意思を感じる…………気がする。

私の部屋って事は、つまりはそういう事ですか?

 

 

「私は風呂に―――」

 

 

「そんなの後でいいでしょ?」

 

 

私が風呂に行こうとしたらヴィヴィアンに服を掴まれた。

 

 

「いや、しかし、でも…………やはり、このままでは、色々と…………」

 

 

「ねえ、クランド。私、クランドに会えなくてずっと寂しかったのよ?」

 

 

ヴィヴィアンが真剣な、少し泣きそうな顔で聞いてくる。目がウルウルしてて物凄く可愛い。

 

 

「うん、私も寂しかったよ…………私の寝室はこっちだ。」

 

 

 




という訳で、最初の召喚は謎のヒロインXでした!

あっ、あの後の用務員さんとヴィヴィアンは語り合っただけですよ。本当ですよ。その描写はないので各自で補完してください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話:紹介

今回は少し短いです。




「ふあぁ~あ。寝不足だ。簡単なものしか用意できなかったが許してくれ。朝食はパンケーキを用意した。焼き方や砂糖の分量が違うパンケーキをクリームやフルーツ、肉、野菜等およそ100種類のトッピングとお好みで組み合わせてくれ。そして、大鍋にはコーンスープが入っている。遠慮せずに食べてくれ。」

 

 

「クランド、貴方が世話好きなのは知ってるけどあまり無理をしたらだめよ?クランドが倒れたりしたら悲しいもの。」

 

 

「その時はヴィヴィアンが私の世話をしてくれるかい?」

 

 

「クランド程上手には出来ないけど当然頑張るわ!」

 

 

「ヴィヴィアン!」

 

 

「クランド!」

 

 

蔵人とヴィヴィアンは勢い良く抱擁し合った。

 

 

 

 

「…………何ですかコレ、こんなの今時、演劇でも見ませんよ。」

 

 

Xは一夜明けてバカップルぶりが加速している二人をパンケーキに何種類までトッピング出来るか挑戦しながら見ていた。頭には寝不足とか言ってる割にツヤツヤしてるマスターとヴィヴィアンにその事を指摘していいのかどうかという疑問が浮かんでは消えていく。

 

 

「まあ、下手なことを言ったら食事を減らされかねませんからね。」

 

 

Xは50種類ずつの食事系とデザート系をそれぞれ網羅した二皿を満足げに見て食べ始める。

 

 

「相変わらず美味しいですね。」

 

 

 

「…………そうだ。二人に紹介したい人がいるから、食事が終わったら出かける準備をしてくれ。」

 

 

暫くヴィヴィアンとお互いに食べさせあったり見つめあったりと二人だけの世界にトリップしていた蔵人が現実世界にようやく戻って来て言った。

 

 

「紹介したい人?誰かしら?」

 

 

「友人……とは違うか。まあ、一時期保護してた人だよ。ヴィヴィアンを紹介するって約束してたんだ。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「マスター、少しよろしいですか?」

 

 

出かける少し前にXから呼び止められた。

 

 

「どうかしたのかい?」

 

 

「マスターにこれをお返ししようと…………」

 

 

Xから差し出された物に驚愕する。

 

 

「これは!…………しかし、良いのかい?」

 

 

「ハイ!他の私は知りませんが、少なくともこれは私のものではないので。だから、これは貴方が持つべきだ。貴方は私のマスターだ。例え私が受肉していようとその事実は変わりません。ならば、貴方の生存を一番に考えるのが妥当でしょう。」

 

 

…………あれ、私が召喚したのって青王だったっけ?

別人のようなXに戸惑っていると、Xは笑って続けた。

 

 

「それに、私はセイバーです。持つべき武器はこの二つの剣だけで十分です!」

 

 

「…………いや、君はアサ―――」

 

 

「―――セイバーです!」

 

 

やっぱいつものXだったわ。

 

 

「フフ、そうか、そうだな。君はセイバーだったな。」

 

 

「そうですよ!まったく、失礼なマスターですね。」

 

 

Xとクスクスと笑いあう。

…………あれ?嬉しいけど、なんで既に信頼度高めなんだろう?飯か、飯だな。

 

 

「私を除け者にして楽しそうなのかしら?」

 

 

「ヴィヴィアン、君を除け者にしようなんて…………」

 

 

不機嫌というよりは悪戯気にやって来たヴィヴィアンに弁明しようとして固まる。

 

 

「ヴィヴィアン、その服って…………」

 

 

「ええ、クランドの国の服のユカタよ!クランドを驚かせようと思って用意していたの!似合ってるかしら?」

 

 

「最ッ高に似合ってるよヴィヴィアン!超可愛い!」

 

 

「フフン、そうでしょそうでしょ!」

 

 

得意気な表情も可愛い。カメラ改造して画素数百倍にしといて良かった。ヴィヴィアンの姿を鮮明に残す事ができる。様々な角度から撮影する。

 

 

 

「…………あの、行かないんですか?」

 

 

結局、私達が出発したのは一時間後だった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

雪山はラムレイ二号のフルスピードで爆走して大はしゃぎしながら下山した。

 

しばらく歩いていると見覚えのある人物を見つけた。

 

 

「む、アカリか。久しぶりだな。」

 

 

「あっ!用務員さんと雪白さん…………と、誰ですか?」

 

 

アカリは不思議そうに尋ねてくる。

 

 

「フフフ、よくぞ聞いてくれたな。前に言っただろう?あれを成し遂げたんだよ。」

 

 

「あれってなんで…………本当ですか!?」

 

 

最初は分からなそうにしていたが、言葉の途中で気付いたようで目を見開く。

 

 

「ああ、召喚に成功したんだ!紹介しよう。私の家族のヴィヴィアンだ。もう一人はX、新しく家族になった。まあ、ヴィヴィアンの身内みたいなものだと思ってくれ。」

 

 

「よろしくね、アカリ!」

 

 

「よろしくお願いします。謎のヒロインXです。セイバーやってます。」

 

 

「よろしくお願いします。ヴィヴィアンさんとな、謎のヒロインXさん?…………それ、名前ですか?」

 

 

「ああ、本人が言うにはコードネームらしいぞ。そういう物だと納得しておけ。…………ヴィヴィアン、どうかしたのか?」

 

 

私が喋っているとヴィヴィアンが楽しそうにクスクスと笑いだした。

 

 

「だって、クランドの口調がいつもと違うもの!気取ってる見たいで面白いわ!」

 

 

「…………ヴィヴィアン、頼むからその感想は内に留めていてくれ。」

 

 

何かこう、威厳のようなものがなくなるから。

 

 

「いつも、ですか?用務員さんはいつもこんな口調だったような…………?」

 

 

「全然違うわよ!いつものクランドはもっと―――」

 

 

「―――あー、そうだ。オーフィア女史やアオイ達はどこにいるんだ?」

 

 

このままではまずそうなので、話題を反らす。

後でヴィヴィアンに言わないように頼んでおこう。

 

 

「オーフィアさんなら、あちらにいらっしゃいますよ。アオイさん達は帰還しました。」

 

 

えっ、それでは『事実の大鎌』を体験できないではないか。

 

 

「そうか、行ってしまったか。まあ、仕方ないか。それでは、私達はオーフィア女史に挨拶しに行く。」

 

 

「分かりました。あっ、ヴィヴィアンさん、後で続きを教えてくださいね!」

 

 

「もちろんよ!約束するわ!」

 

 

楽しそうに笑いあう二人を見て、私は"あっ、隠すの無理そうだな"と悟った。

 

 

「…………マスター、不憫ですね。」

 

 

同じ隠し事をする者としてXは味方のようだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「オーフィアさん、おはようございます。」

 

 

「クラウドさん、おはようございます。」

 

 

クラウド?…………あっ、訂正してなかったか。

 

 

「クラウドは実は偽名でして、本当はクランドと言うんです。騙してたみたいですみませんでした。実は、今日はオーフィア女史に紹介したい人がいて来たんです。」

 

 

「クランドさんでしたか。分かりました。紹介したい人とは後ろの方ですか…………!」

 

 

オーフィアはヴィヴィアンを見て目を見開いた。

 

 

「こちらがヴィヴィアン、前に言った、生涯を共にすると決めた人です。もう一人はXと言います。」

 

 

「この方が。…………そうですか。貴方は本当にそうなのかもしれませんね。」

 

 

オーフィアはそう言って柔らかく笑った。

 

 

「生涯を共にすると決めた人…………嬉しいわ!私もそう思ってるわ、クランド!」

 

 

感極まった、という様子でヴィヴィアンが抱きついてきて、私もヴィヴィアンの言葉に嬉しくなって抱き返した。

しばらくして顔をあげるとオーフィアとXと雪白が生暖かい目で見ていた。

少し、居づらくなったがそのまま世間話をして、事態の収束は『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』が主導で行ったこと、ハヤト君達は少し前に出発していたこと、マクシームとその仲間がフリーのハンターになったこと、支部長が更迭されたこと、ザウルの終身刑が決まったこと、そして、その家の名誉貴族の称号が剥奪されたことを聞いた。…………ザウルって誰だっけ?

他にも、それらによって連合王国が揺れているらしいことを聞いた。

 

 

「…………少し、長話し過ぎてしまいましたね。まだ、しなくてはならない事があるので私はこれで、できたら他の団員にも顔を出して差し上げてください。」

 

 

「分かりました!差し入れも持ってお邪魔しましょう。」

 

 

「フフフ、みんな喜びそうですね。…………そうだ。最後に一つだけ。」

 

 

オーフィアが思い出したように言った。

 

 

「何ですか?」

 

 

「私はてっきり、クラウドさんが言っていた生涯を共にすると決めた人とはアカリさんだと思っていたのですよ。外れてしまいましたね。」

 

 

アカリか、なるほど。

 

 

「アカリも大切だし、守りたいと思ってますよ。しかし、それは姪っ子に向けるような愛情です。私は今までヴィヴィアンと離ればなれになっていました。それで、不意にできた守るべき対象に少し依存していたんだと思います。私は世話好きなので。…………ヴィヴィアンとアカリの両方になかなかに失礼な話ですけどね。」

 

 

オーフィアは、なるほど、なるほど、と意味深な笑顔を浮かべて聞いていた。なんとなく含みがあるような気がする。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

翌日。

 

 

「みんなー!用務員さんの魔術教室始まるよー!」

 

 

「「イエーイ!」」

 

 

「私みたいな魔術師目指して、いざ尋常に立ち会うがいい!」

 

 

「「イエーイ!」」

 

 

「…………何ですかコレ?」

 

 

 




Xが突っ込みを担当するという異常事態。今の用務員さんとヴィヴィアンはテンション高くてマックスでウザイ時期なんで仕方ないことなのです!

閑話が終わったら用務員さんも元の雰囲気に戻る予定です。


用務員さんとアカリはくっつきません。ハーレムタグもないんで。
姪っ子を可愛がるおじさんとカッコいいおじさんに憧れる姪っ子の様な関係が続きます。


という訳で、次回『用務員さんのパーフェクトまじゅつ教室』です!

閑話は次くらいで終わる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話:用務員さんのパーフェクトまじゅつ教室

今回で閑話は一区切りです。




「みんなー!用務員さんの魔術教室始まるよー!」

 

 

「「イエーイ!」」

 

 

「私みたいな魔術師目指して、いざ尋常に立ち会うがいい!」

 

 

「「イエーイ!」」

 

 

「…………何ですかコレ?」

 

 

音頭を取る蔵人と盛り上がるヴィヴィアンとX、突然の事態に呆気に取られるアカリ、そして、そんな蔵人達を"仕方ない人達ね"と生暖かい目で見ている雪白。

 

事の発端は三日前に遡る。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

審判の前日、洞窟の中

 

 

「その…………お願いがあるんです。」

 

 

「改まってどうしたね?畏まらなくても大体の事なら聞くが?」

 

 

アカリは少し躊躇った後に、意を決した顔になり、放つように言った。

 

 

「用務員さん、私を弟子にしてくださいッ!」

 

 

…………弟子?

 

 

「アカリよ。一体どういう過程を経てその結論に至ったのか詳しく教えてくれ。」

 

 

私がそう尋ねるとアカリはばつが悪そうに頬を掻いて答えた。

 

 

「突然こんなことを言って申し訳ありません。…………私は、自分の居場所が欲しいんです。そして、それを守れるくらいに強くなりたいんです。」

 

 

語るアカリの目も表情も真剣そのものだ。

 

 

「用務員さんは、私が知らない事をたくさん知ってて、冗談みたいに強くて、異世界なのに、そんなの知るかって感じで日本みたいな生活してて、なんでも出来て、…………」

 

 

アカリは一度言葉を切って続けた。

 

 

「何よりも、用務員さんと一緒の時、心から安心できたんです。用務員さんは私の理想なんです。だから、私は少しでも用務員さんに近付きたいんです。」

 

 

アカリは照れくさそうに笑った。

 

 

「分かったよ。引き受けよう。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

そして、深夜、アカリが寝静まっている間に新設した和風の道場に拉致した。

 

 

「何なんですかコレ!?どういう状況ですかッ!?」

 

 

起きるなりアカリが大声を上げた。

 

 

「何って、身辺も落ち着いたから、弟子の話を本格的に始めようと思ってな。」

 

 

「…………それは、ありがとうございます。ですが、こんな誘拐紛いのやり方でつれてこなくても。」

 

 

「明日には旅に出発しようと思っていてな。時間をムダにしたくなかったんだ。」

 

 

「明日って、急ですね。」

 

 

アカリが驚いた様に言った。

 

 

「未知の研究材料を求めて世界を回るんだ。」

 

 

活き活きと語る蔵人を見てアカリは用務員さんらしいなと納得した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「それでは、本格的に始める前に最終確認をしよう。まず初めに、私の教える鍛練の中には辛いもの、痛いもの、死にかける様なものが混じっている。それでもやるか?」

 

 

「ハイ!」

 

 

「ふむ、なるほど。では次に、私が教えた内容は如何なる事情があろうと部外者に口外してはならない。もし、そのような事があれば―――消すぞ。相手もアカリも。」

 

 

蔵人の言葉と射殺す様な眼にアカリが固い表情になり、唾を飲み込む。

 

 

「止めるなら今の内だ。別段、弟子にならなくとも同行することは認めるし、いくらか礼装も贈ろう。そうすれば、手っ取り早く強くなれるだろう。」

 

 

蔵人の問いかけに、アカリは絞り出す様に答え始めた。

 

 

「…………私は自立したいんです。それでハンターになりました。だから、守られるだけじゃなくて、横に立てる人になりたいんです。お願いします、弟子にしてください!」

 

 

「やっぱり君は、はずれ勇者なんかじゃなく、誰よりも勇者だな。いいだろう。そもそも、三日前より君の覚悟は知っていた。今のは、それだけ秘匿を徹底してくれという確認だ。それでは、修行を始めよう。準備するといい。」

 

 

「ハイ!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

そして、冒頭に繋がる。

 

 

 

「みんなー!用務員さんの魔術教室始まるよー!」

 

 

「「イエーイ!」」

 

 

「私みたいな魔術師目指して、いざ尋常に立ち会うがいい!」

 

 

「「イエーイ!」」

 

 

「…………何ですかコレ?」

 

 

「何って用務員さんのパーフェクトまじゅつ教室だが?」

 

 

蔵人がアカリに何をいってるんだという目を向ける。

 

 

「さっきまで真面目な雰囲気だったじゃないですか。あの感じで行きましょうよ。…………いえ、それよりも、なんで、私の服が運動着とブルマなんですかッ!?」

 

 

アカリは真っ赤な顔で叫んだ。

 

 

「ふむ、師弟関係に相応しい衣装を用意したのだが、タイツの方が良かったか?」

 

 

ちなみに、私は白い袴、ヴィヴィアンはピンクの袴で手には薙刀、Xは長袖の青いジャージにブルマだ。

 

 

「どんな師弟関係ですか!?」

 

 

冬木とケルトの師弟関係だな。

 

 

「細かいことは気にするな。それでは、始めるとしよう。」

 

 

 

 

lesson1.指導方針と基礎知識

 

 

「まずは、指導方針の確認だ。指導を始める前に一つ教えなくちゃいけない。」

 

 

蔵人は少し溜めてから口を開いた。

 

 

「―――うん。初めに言っておくとね、私は魔術師なんだ。」

 

 

「…………へっ?ええ、知ってますよ。それを習いに来たんですし。」

 

 

アカリは脱力して言った。

 

 

「いや、そういう事じゃなくてな。正確に言うと、魔術師"だった"んだ。ずっと前から、"この世界に転移する前から"な。」

 

 

「へえー、そうだったんですか。…………えっ?ええぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 

驚愕するアカリ。

 

 

「ついでに言うとな、アーサー王伝説ってあるだろう?ヴィヴィアンは、それに出てくる湖の精霊だ。」

 

 

「えぇッ!ヴィヴィアンさんって人じゃ、いや、そもそも、アーサー王伝説って実話じゃないんじゃ、ええぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 

「それと、Xはアーサー王だ。」

 

 

「えぇッ!Xさんって女性じゃ、ええぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 

何度も大きく驚愕するアカリを見てヴィヴィアンは楽しそうに言った。

 

 

「クランド、クランド、この娘も面白いわ!」

 

 

「マスター、私は最優にして最高のヒロイン、型月のドル箱こと、アルトリアさんじゃありません。間違えないでください。」

 

 

「アッハイ。」

 

 

 

数分後。

 

 

「さて、落ち着いたところで本題にもどろうか。」

 

 

「…………いえ、これは落ち着いたというよりは驚きすぎて一周回って冷静になっただけです。」

 

 

まあ、あの後も大量の宝石見せたり、徳川の埋蔵金見せたりしたからな。

せっかく弟子にするんだから開示できる範囲の事は極力開示しようと思ったがさすがにやり過ぎた。残りは小出しするとしよう。

 

 

「まあ、似たようなものだろう。それで、指導の方なのだがな。前提として君を"魔術師"にはしない。目指すのは"魔術使い"だ。」

 

 

「魔術使い、ですか?」

 

 

アカリが首を傾げる。

 

 

「ああ、聞き馴染みはないだろうが、魔術を用いる者の分類で、魔術を用いてとある事を成し遂げようとする者を魔術師と呼び、それ以外の目的のために魔術を用いる者を魔術使いと呼ぶ。アカリの場合は生きるための手段だから魔術使いが相応しいだろう。」

 

 

「分かったような、分からないような…………とある事って何ですか?」

 

 

根源への到達って言っても分からないだろうな。

 

 

「追々教えるさ。聞いてすぐに理解できるものでもないからな。それよりも、アカリはまず魔術の基礎だ。」

 

 

 

 

lesson2.魔術回路を開こう

 

 

「私が使う魔術はこの世界のそれとは全く別の物だ。使う魔力までな。そこで魔術を扱うためにしなければなならないのは魔術回路を開く事だ。」

 

 

「魔術回路とは?」

 

 

「魔術回路は、体内にある疑似神経、内臓と言ってもいいな。これの本数と質によって魔術を扱う能力が左右される。そして、その開き方なのだが、一度開けばあとは本人の意思で開閉できる。問題の開き方なのだが、本来は修行によって開くのだが、今回はそれを待っていられない。よって、私が干渉して開きやすい状態を強制的に作るとする。」

 

 

「…………それって、大丈夫なんですか?」

 

 

アカリが不安げに聞いてくる。

 

 

「大丈夫だろう。君は既に別種のものではあるが、魔術や魔力に触れている。それに、転移した時に肉体を作り替えられただろう。その時に、神秘に馴染みやすい肉体になったはずだ。それでは、始めよう。」

 

 

アカリの頭に手を置いて解析を始める。

 

 

「解析開始(トレース・オン)」

 

 

「いいなあ。」

 

 

「ヴィヴィアン姉さん、いつも撫でられてるじゃないですか…………」

 

 

ふむ、こんなものでいいか。

 

 

「アカリ、これから干渉を始めるからなるべく私を受け入れるように意識してくれ。」

 

 

「ハイ!」

 

 

アカリが「内包する」魔術回路を起動しやすい状態に「管理」する。私の魔術起源を利用した魔術だ。

 

 

「ipsum(最適化)」

 

 

「はうあっ!…………あの、コレって、くっ、はうっ!」

 

 

アカリは顔を赤くして何かを堪えている。

 

 

「いいなあ。」

 

 

「ヴィヴィアン姉さん、毎晩…………いえ、何でもないです。」

 

 

「さあアカリ、内側の魔術回路を感じるんだ!」

 

 

「か、感じるなんてッ!はわわわ…………」

 

 

「いいなあ。」

 

 

「ヴィヴィアン姉さん…………」

 

 

 

 

数時間後。

 

 

「ハッ!コレですか!?…………って、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」

 

 

ふむ、ようやくできたか。

 

 

「良くやったアカリ、成功だ。その痛みは人である体が魔力に反発して生じるんだ。神秘に馴染みやすい体になった分―――」

 

 

「―――説明は後にして何とかしてくださいッ!本当に痛いんですよッ!」

 

 

「そうか。その痛みは魔術回路を起動したために発生しているのだから魔術回路を閉じれば消える。やってみろ。」

 

 

「やってみろって…………こうですかッ!」

 

 

ふむ、出来ているな。なかなかに筋が良いじゃないか。

 

 

「ふう、落ち着きました。まったく、酷い目に遭いましたよ。」

 

 

「ハハハ、かなり筋が良いよ。だが、どうするね?やっぱり止めるかい?」

 

 

「いいえ、止めません!」

 

 

アカリは逡巡もせずに力強く答えた。

 

 

「よしよしその意気だ。では、もう一度開こうか。」

 

 

「鬼ですかッ!?」

 

 

「誰が鬼だ。魔術回路を起動させないと魔術は使えないのだ。謂わば、魔術回路は基礎中の基礎だ。基礎の大切さはもう教えただろう。」

 

 

「…………はい。」

 

 

アカリは渋々といった様子で了承した。

 

 

「まあ、私もそこまで無理させるつもりはない。重要なのはどれだけ出来るようになるかであるから。その過程のツラさは省けるのなら省いた方が良いだろう。そこで、痛みを緩和する薬を用意した。副作用はないから安心してくれ。ハニーミルク味だ。もし好みじゃなければ、イチゴミルク味とチョコミルク味もあるぞ。」

 

 

「やっぱり過保護でした!」

 

 

飴を舐めてアカリが魔術回路の起動に再挑戦する。

 

 

「エイッ!…………あれ?エイッ!エイッ!」

 

 

アカリが挑戦し続けるが、上手くいかない。

 

 

「…………どうしてでしょう?」

 

 

「ふむ、魔術回路の開き方は最初に開いた状況に強く影響を受ける。アカリは開いたきっかけに何か心当たりは…………ありそうだな。言いたまえ。」

 

 

私の言葉を聞いたアカリは視線をひどくキョロキョロさせていた。そして、観念したように口を開いた。

 

 

「…………だんです。」

 

 

「もう少し大きな声ではっきりと言ってくれ。」

 

 

「…………いだんですよ。」

 

 

「もう少しだな。」

 

 

アカリは大きく息を吸って答えた。

 

 

「嗅いだんですよッ!用務員さんの匂いをッ!」

 

 

「「…………うわぁ。」」

 

 

「やっぱりドン引きされた…………もう嫌ですッ!」

 

 

踞るアカリ、言葉を失う蔵人とX、ヴィヴィアンだけがなるほどなるほどと、頻りに頷いていた。

 

結局、蔵人の匂いを嗅ぐことでアカリは再び魔術回路を起動させることができた。蔵人の渡した飴が効いて痛みも無かったがアカリは心が痛かった。

 

 

 

 

lesson3.宝石魔術を学ぼう

 

 

「まあ、そういう感じで起動させる人もいるから気にしすぎるな。それでは次のステップだ。今回はコレを使う。」

 

 

「これで、私は匂いフェチの烙印を…………えっ、宝石ですか!?」

 

 

何かをブツブツと呟いていた匂いフェ、いや、アカリだったが宝石に驚きの声を上げた。

 

 

「うむ、これはルビーだな。地球から持参したものだ。宝石は魔力を溜めやすいのだ。宝石に魔術を溜めて運用する宝石魔術は属性や起源によらずに大抵誰でも出来るので練習に丁度良いだろう。」

 

 

アカリに宝石を渡す。

 

 

「これに魔力を全力で込めて、それを用いた攻撃魔術でXに少しでもダメージを与えられたら達成としよう。」

 

 

「アカリ、遠慮せずに来てください。」

 

 

「えっ、でも…………」

 

 

「躊躇う事はありません。私は英霊です。戦闘機相手でも無傷ですので。」

 

 

「は、はあ。」

 

 

Xの言葉にアカリは曖昧に返事をする。

 

 

「信じて無さそうだが本当だぞ。英霊には神秘がない攻撃は通用しないからな。まあ、今のアカリにそこまで高火力を求めているわけじゃないよ。Xには手加減してもらうから、この世界の魔術でいう中級くらいの火力を出せれば十分だろう。それでは始めたまえ。」

 

 

「はい、頑張ります。」

 

 

アカリは宝石に魔力を込め始めた。

 

 

「ふむ、上手いじゃないか。順調に溜まっているな。」

 

 

「それでは私も準備しましょう。『セイバー忍法・ハンドブレーキ』」

 

 

 

順調かに思えたがある時、異変が起きた。

 

 

「…………あのう、あれって満タンの寸前じゃないですか?」

 

 

「ふむ、おかしいな。あの宝石はそんなに容量が少なくは…………あ。」

 

 

「何ですか、今の不穏な言葉は!?」

 

 

「私が魔力を溜めておいた容量大きめの宝石と渡し間違えた。」

 

 

「ええっ!?」

 

 

「だが、安心してくれ。アカリには既に保護魔術をかけてあるから暴発しても傷一つ付かない。それに、『沸き立て、我が血潮』ヴィヴィアンは私の『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)』で必ず守るよ。」

 

 

「嬉しいわ、クランド!」

 

 

「ヴィヴィアン!」

 

 

蔵人とヴィヴィアンは抱擁しあい、その周りを水銀が覆う。

 

 

「マスター、私はどうなるんですか!?」

 

 

叫ぶXを尻目に宝石の魔力はいっそう高まる。

 

 

「セイバーを絶滅させるまで、倒れる訳には…………そういえば、セイバーいないんでしたネ!」

 

 

ちゅどーん

 

 

その後、蔵人とヴィヴィアンはもちろん、アカリも無傷で、Xはそれなりに負傷したが蔵人の治療により全快した。急降下したXの機嫌は蔵人が満漢全席を振る舞うことで持ち直したのだった。

 

 

 




爆発オチなんてサイテー

という訳で、カニファンのような存在である閑話も今回で一度終了して、次回から用務員さんの転生者成分控えめな本編が再開します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章
旅立ち


皆様、お久しぶりです。

遅くなって申し訳ありませんでした。
4月に入ってから執筆時間が取れずに本日まで延びてしまいました。





「…………これでよし。」

 

 

隔離実験室等の施設をそれぞれ鍵に収納し終えた。拠点持ち運び用の鍵の礼装は以前はヴィヴィアンと共同制作だったが、今では一人でも作成可能になった。自分自身の進歩を感じられる。

 

 

「さて、私の方の準備も終わった。それでは出発しよう。」

 

 

「「「うん!((ハイ!))」」」

 

 

未だ見ぬ実験材料を求めての世界旅行の始まりだ。移動はラムレイ二号で飛び回るつもりだったが、アカリから猛反対を受けたので『セイバー・モータード・キュイラッシェ・モデルビークル』を作成した。これはzeroセイバーが乗ってたバイクの機能を搭載した自動車だ。魔獣車に偽装したり光学迷彩で不可視化する機能も追加してある。

 

 

「…………異世界で自動車、やっぱり用務員さんはデタラメですね。」

 

 

アカリが呆れた様に言う。

 

 

「不満があるならラムレイ二号にするが?」

 

 

「いえ、滅相もございません!」

 

 

私が脅すとアカリは即座に謝罪した。

そこまでラムレイ二号が嫌か。

 

 

「まあ、冗談だ。それで、運転手なのだが。」

 

 

「ハイハイ!私がやりたいわ!」

 

 

ヴィヴィアンが手を上げた。

 

 

「ヴィヴィアンさんって運転できるんですか?」

 

 

「当然よ!何度もしたことがあるわ!」

 

 

尋ねるアカリにヴィヴィアンは胸を張って答えた。

運転か。私も初耳だな。また一つヴィヴィアンを知ることができた。

 

 

「それじゃあ、出発進行!」

 

 

全員が乗り込んだのを確認してヴィヴィアンが元気良く出発を宣言した。

 

肝心のヴィヴィアンの運転の腕前だが…………まあ、アイリと同レベルだったとだけ言っておこう。

アカリは気絶して、Xも顔が引き攣っていて、無事なのは私と雪白だけだったために運転手は私に交代となった。

当のヴィヴィアンは"何がいけなかったのかしら?"と不思議そうな顔をしていた。

キョトンとした表情のヴィヴィアンも非常に良いものだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

様々な街に立ち寄り南に進んでいたある日。

 

 

「ふむ、どうしてもダメかね?こうして深緑の環もあるのだが?」

 

 

「だめだめ。そんなデカい魔獣、危なくて街には入れられないよ。」

 

 

街に入ろうとして門番に止められた。深緑の環も万能ではないらしい。アカリも説得してくれているが門番の反応は芳しくない。

仕方ない。ここは暗示をかけて…………

 

 

「…………何事かと思ったらアンタ達かい。」

 

 

ふむ、このハスキーな声は。

 

 

「イライダか。久しいな。」

 

 

「久しいなって、この状況で言うことがそれかい。まったく、巨大な魔獣を連れた妙なハンターの集団が門番と揉めてるって協会に言われて来てみれば…………アンタは変わらないね。」

 

 

イライダが呆れた様に言う。

 

 

「なに、もうすぐ話がつくさ。」

 

 

こっそりと門番に暗示をかける。

 

 

「…………分かったよ。通っていいよ。」

 

 

門番は渋々といった様子で了承した。

 

 

「…………用務員さん、何かしましたね。」

 

 

「気付いたか。さすが、我が弟子だ。」

 

 

私がそう笑うとアカリはジト目を向けてきた。最近、アカリの遠慮の無さが加速している気がする。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「相変わらずだねぇ!アンタの酒は旨い!」

 

 

酒樽片手にイライダが上機嫌に言う。

 

 

「ふむ、君も変わりないようだな。飲み過ぎるなよ。」

 

 

「保証はできないね。少なくても、この魔獣には負けないだけ飲むつもりさ!」

 

 

イライダが威勢良く言うと雪白も負けないと言いたげにグルルと鳴いた。ちなみに、雪白が今飲んでいるのはカルーアミルクのホットだ。酒の味を覚えても雪白のホットミルク好きは変わらないらしい。昔と変わらず飲み干すと尻尾で催促してくる。

 

 

「ふむ、これは期待薄のようだな。」

 

 

ちなみに、ヴィヴィアンとXとアカリはソフトドリンクで、自作のドリンクバーの装置から自由に飲むスタイルだ。

そのまま、しばらくお互いに近況報告や雑談をした。

 

 

「―――ところで、そもそも勇者とは何なんだ?」

 

 

「アンタは…………勇者を連れといてなに言ってんだい。」

 

 

私が尋ねるとイライダは呆れた様に言った。

 

 

「いや、外部からの認識を確かめたくてな。当事者からは見えないものも多々あるだろう。」

 

 

「そういうものかい。まあ、勇者っていうのは、ざっくり言えば、国によってまちまちだね。」

 

 

「ふむ、具体的には?」

 

 

「エルロドリアナは辺境を多く抱えているからね、女神の信仰もそれなりだけど、アルバウムやプロヴンは別さ。あそこはサンドラ教の信者が大多数だからね、太陽の御子といわれるミドは初代勇者であったともいわれ、魔王を討伐したなんて話もある。ミドが生来持っていた魔法のルールに縛られない力が、加護といわれていて、それが勇者の証でもあるわけだ。まあ数千年前のことさ、神話のようなもんだ。」

 

 

魔王か、ジャーマンな軍服を来た相性ゲーな魔人なアーチャーが思い浮かぶ。いや、彼女は第六天の魔王じゃなくて第六天魔の王だったか、まあ、スキル魔王を持ってるし魔王には変わりないだろう。

とはいえ、魔王か…………欲しいな。

 

 

「ニヤニヤして、大方欲しいとか思ってたんだろうけど、おとぎ話だよ。あったとしても、魔王のような怪物(モンスター)ってことだろうけどね。あとはハヤトっていう勇者に限るけど、精霊教がずいぶん支持して、接触を図っているようだね。どうせ知らないだろうから説明するけど、精霊教っていうのは二百年前の魔法革命以来、爆発的に信者を増やしてる宗教さ。魔法革命以前は辺境の小規模な宗教だったんだけど、今じゃサンドラ教、月の女神の信仰に次ぐ規模の宗教さ。まあ、この大陸に限定だけどね。」

 

 

精霊教か。おそらく目的はあれだろうが、まあ、あれはそもそも私の物だ。それによって彼は苦労するだろうが自業自得だろう。

 

 

「まあ、噂はそんなところさ。で、アンタはこれからどこにいくんだい?」

 

 

「特に決めてはない。気になった所へフラフラするだけだ。っと、つまみができたぞ。肉やイカを炙っただけだがタレにはこだわっている。」

 

 

差し出すと雪白とイライダは我先にとがっつき、酒を呷った。

それにしても、雪白は生肉よりも調理した肉が好みだったり、酒好きだったりと人間臭く育ったものだ。これらは、イルニークの性質なのだろうか?

 

 

 

「なるほど、クランドは魔王が欲しいのね!」

 

 

思考している蔵人を眺めてヴィヴィアンがポツリと呟いた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

翌朝、蔵人達は船上にいた。

 

 

「ふむ、船旅というのも悪くはないな。しかし、目的地まで五十日程かかるのは些か長いな。ここは風王鉄槌(ストライク・エア)で―――」

 

 

「せっかく穏やかな旅ができてるんですから止めて下さい!」

 

 

「ふむ、ならば水棲魔獣の研究でもして気長に待つか。ヴィヴィアンの土産の見分も終わっていなかったな。そちらを進めるとするか。」

 

 

そう言って立ち去る蔵人を見てアカリはホッと一息を吐いた。

 

蔵人達は船で砂漠の街、サウランへ向かっている。同行者はヴィヴィアンを始めとした普段のメンバーに加えてイライダがいる。お互いに行き先が決まっていないのなら同行しようと昨晩決まり、今に至っている。

蔵人は自作の船を提案したが、絶叫マシンさながらの速度での移動を避けたいアカリによって、関係者じゃないイライダもいるんだから現地の船を使おうと説得されたのだった。

 

 

 

「ヴィヴィアン、時間もあるしこの前の―――ふむ、praesidio(保護)」

 

 

瞬間、水面から多数の水流が突き上がり、船を貫かんと殺到した。水流達は弾かれたが、船の周りを取り囲み、船を飲み込もうと何度も突進を繰り返している。

 

 

「精霊の悪戯か、教本で読んだが実物を見るのは初めてだな。」

 

 

「精霊の悪戯?…………へえ、ここの精霊の仕業なのね。」

 

 

ヴィヴィアンの様子がいつもと違うような…………

 

 

「クランドの旅を邪魔するなんて、何か勘違いしてるんじゃないのかしら?」

 

 

そう呟くヴィヴィアンは明らかにヤバそうな雰囲気を醸し出していた。

 

 

「クランド、どうしようかしら?」

 

 

私に問いかけるヴィヴィアンの笑顔はいつもと変わりなく、小首を傾げる仕草は非常に可愛らしく、見とれてしまいそうだが状況を鑑みて自重する。

 

 

「まあ、完全に防いだから特に実害は受けてないからね。とはいえ、進行の邪魔をされたのは事実だし、調整したアレの実験台になってもらうとしようか。」

 

 

「良いと思うわ!」

 

 

「破片の一割を抽出、解凍、視覚器に収束、限定解放『精霊の最愛(ボニー)』!」

 

 

視界が塗り変わり、見えざるものが可視化される。

 

 

「クハハ、大成功だ!見える、見えるぞ!私にも、精霊が見える!」

 

 

精霊の姿が眼に入る。特に、水流の辺りにはうじゃうじゃと群がっている。

 

 

「クランドは魔眼まで持ってたのね!なんだか、今のクランドはいつにも増して素敵に見えるわ!」

 

 

…………あれ?ヴィヴィアンにも『精霊の最愛(ボニー)』の魅了効いてないか?加護の効果は総じて異世界準拠で、元の世界の精霊であるヴィヴィアンは対象外だと思っていたが、予想が外れたか?

異世界魔術に関しては別物なのは証明済みだが、加護の力は全て違うのか、"私の"加護だからなのか。

 

 

「まあ、考えるのは後にしよう。今は検証の続きだ。

compede(拘束)」

 

 

魔術によって水流が硬直する。

クハッ、クハハ、成功したか。多くの人に知られ、詳細に解明されていなければ魔術の対象にできる。これまでは異世界魔術を対象にするので精一杯だったが、精霊の可視化に成功したために精霊自体も魔術の対象にできる。これからできることが大きく広がった!

これからの研究が今から楽しみで仕方がない。

 

 

「流石、クランドね!」

 

 

「ハハハ、これで良い的となっただろう。それでは、練習していた連携技をするとしよう。」

 

 

「了解したわ!」

 

 

『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』を銃に装填しつつ、水面に降りる。

 

 

「スイミングの時間だ………!」

 

 

水面を滑走して妖精の群れへと迫り、水弾を乱射し、それをヴィヴィアンが強化する。

 

 

「水面に光るは、勝利の剣!」

 

 

幾本の水流を斬り倒しつつ最も規模の大きい水流に接近し、

 

 

「『陽光煌めく勝利の剣(エクスカリバー・ヴィヴィアン)』!」

 

 

水圧を限界まで上げて聖剣を射出する。

 

 

妖精の悪戯による水流は爆音を轟かせて破裂し、水精達は力なく散り散りになる。

 

 

「大成功だったなヴィヴィアン!」

 

 

「最高だったわクランド!」

 

 

私達はハイタッチしてお互いを讃えあった。

 

 

「…………だけど、一つだけ問題があるわ。」

 

 

「どうしたんだいヴィヴィアン?」

 

 

私が聞くとヴィヴィアンは後方を指差して続けた。

 

 

「さっき爆発した時の水流で船が流されたわ。」

 

 

「…………あ。」

 

 

後方では船が一片も見えなくなっていた。そして、船があったはずの場所ではアカリが必死に浮こうとしていた。

 

「アカリ、大丈夫かッ!?」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「もうっ!気をつけて下さいよ!」

 

 

アカリが眉をつり上げて怒りを露にする。

 

 

「本当にすまなかった。研究が上手く行き過ぎて少しテンションが上がってしまってな。」

 

 

「テンションが上がってしまってな、じゃないですよ!私、溺れかけたんですからね!」

 

 

「いや、礼装で保護してあるから死ぬことは……じゃなくてな、うむ、だいぶ魔術が上達したじゃないか。魔術で対処したのだろう…………あれ?どうやって魔術回路を起動させたんだ?」

 

 

アカリは私が近くにいないと魔術回路を起動させられなかったはすだが。

 

 

「それは、取っておいた用務員さんのハンカチを…………って、そうじゃなくて、誤魔化されませんからね!」

 

 

「そういう君も、今なにかを誤魔化―――」

 

 

「―――誤魔化されませんからね!」

 

 

「うむ、分かった。」

 

 

アカリが凄まじい圧で念押ししてきた。やはり、我が弟子は日に日に遠慮がなくなって来ている気がする。

 

 

「クランド、陸が見えたわ!」

 

 

今、私達は海上を歩いている。水上歩行ができないアカリは私が背負っている。

 

「やっとか!後一息ならば一気に行こう。」

 

 

「了解したわ!」

 

 

「…………一気ってまさか、って、キャーーー!!」

 

 

見えた陸まで魔力放出で加速して向かう。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ゼェゼェ、……これなら……最初から……用務員さんの船の方が、マシでした。」

 

 

アカリが満身創痍になって溢す。

 

 

「すまない。ここ最近、調子が良すぎてつい加減を誤ってしまうのだ。直に調整しよう。」

 

 

アカリに謝罪しつつ、念話の術式を組み上げる。

 

 

「…………っと、繋がったか。X、無事か?」

 

 

『無事か、じゃないですよ!なにするんですかマスター!』

 

 

Xの怒声が響く。

 

 

「ふむ、無事そうだな。それで、雪白とイライダは一緒か?」

 

 

『あの、話聞いてましたか…………?まあ、いいんですけど…………はい、お二人も一緒にいますよ。街の名前は分かりませんが人がいるところに漂着したので遭難の心配もありません。』

 

 

ふむ、船内にいた者は無事なのか。保護の魔術は問題なく機能していたようだな。

 

 

「そうか、ならば雪白とイライダを護衛しつつこっちに向かってくれ。」

 

 

『えっ!?令呪で呼んでくれないんですか!?それでは、しばらくマスターのご飯が食べられないじゃないですか!』

 

 

「いや、イライダに転移を見せる訳にはいかないだろう。それに、飯の心配なら問題ない。船内に置いたままの荷物の中に黄色い鍵があるだろう。それは食料庫として作った物だから中に三ヶ月分程の私が調理した食料が貯蔵されてある。好きに食べるといい。」

 

 

『マスター、信じてました!セイバーの名に懸けて必ずやその任務を遂行致します!』

 

 

「お、おう、期待している。」

 

 

Xの変わり身の速さに引きつつ念話を閉じる。

 

 

「ふむ、皆無事だそうだ…………ふむ、囲まれたな。」

 

 

密林と海中から狼のような魔獣が十数匹現れた。

 

 

「今日は、いやに囲まれる日だな。そうだ、アカリが相手をするといい。修行の成果を見るちょうどいい機会ではないか。」

 

 

「えっ、私がですか!?これって、海狼(ターレマーパ)ですよね!?群れは七つ星(ルビニチア)以上の人が集団で狩るような相手ですよ!」

 

 

私の提案にアカリが狼狽する。

 

 

「無理なものか。確実に実力は付いてきてるし、礼装も数品渡してあるんだ。この程度軽く相手をしてみろ。」

 

 

そう言ってアカリを抱き寄せる。

 

 

「ああ、もうっ!分かりましたよ。やればいいんですね、やりますよ!start-up(起動)『Storch Ritter(コウノトリの騎士)』」

 

 

アカリは私の胸元でスーハーと数回深呼吸して魔術回路を起動させた後、ヤケクソ気味に戦い始めた。

 

 

「手伝ってあげなくていいの?」

 

 

「問題ないよ。アカリは確実に強くなってる。比べる相手が私と君とXと雪白だから実感を持ててないだけだろう。ほら、今も勇ましく戦っているじゃないか。」

 

 

アカリは距離を取ってガンドで足止めしつつ、隙を突いて異世界魔術で止めをさしている。自分の隙は『シュトルヒリッター(コウノトリの騎士)』でカバーするという堅実な戦いかたをしている。

 

 

「これだけ出来るのなら新しい課題を与えても良さそうだな。直接攻撃か、使い魔か、いっそのこと高速詠唱とセットで規模の大きい魔術を教えるか…………」

 

 

「ふふ、クランド、楽しそうね!」

 

 

ヴィヴィアンが嬉しそうに言う。

 

 

「そうだね。楽しいよ。あの日、君に出会えなかったらきっとこんな日々は送れなかっただろう。ありがとう、ヴィヴィアン。」

 

 

「クランド、こちらこそクランドに出会えて毎日がキラキラと輝いているわ!」

 

 

「ヴィヴィアン!」

 

 

「クランド!」

 

 

 

「人が必死に戦ってる横でいちゃつかないで下さいッ!」

 

 

アカリの魂の叫びだった。

 

 

 

 

 




今後の投稿も期間が空くと思われます。
しかし、エタりはしませんのでどうかご安心下さい。


感想欄にて今回の話でアカリを弟子にした詳細な理由を書くと宣言していましたが、うまく挟めなかったために以降とさせていただきます。申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラッタナ王国

書き上がりました!

まだまだ忙しい日々が続いていて、不定期更新タグの仕事は続きそうです。





「アカリ、お疲れ様。」

 

 

「爽やかに言っても誤魔化されませんからね!」

 

 

魔獣を倒しきったアカリを労うが、彼女はまだご立腹のようだ。

 

 

「いや、誤魔化したつもりはないのだがな。それに、言った通り問題なく相手取れただろう?君に実力がついている証拠だよ。」

 

 

私が笑いながら言うと、アカリは体を震わせながら答えた。

 

 

「それは、いいんですよ。私も思いの外強くなれてて驚いたくらいです。私が怒っているのは、戦ってる最中に脇でヴィヴィアンさんといちゃついてた方ですよッ!」

 

 

 

「それは!ごめんね!」

 

 

それに関しては全面的に私が悪いな。うむ、どうやら最近、私は弛み過ぎているらしい。反省しなくてはいけないな。ヴィヴィアンの召喚を達成して気が抜けているのかもしれない。何か新しい目標を立てなくてはならないな。何がいいだろうか?

根源の到達は大目標であるが、それよりも幾分か達成しやすい物がいいな。

やはり、魔法の再現か。それとも、シバの作成か。デミ・サーヴァントの研究もいいな。あとは、ムーンセルという手もあるし、トライヘルメスも面白い。他にも、英霊の宝具の再現というのもアリだが、ううむ…………

 

 

「あの、急に黙り込んで難しい顔をしてどうしたんですか?私、怒ってるとは言いましたけど、そこまで怒ってる訳じゃなくて、ええと、私の事も、もう少し気にかけて頂けたらそれで…………」

 

 

ハッ!考え込んでいたらアカリがオロオロしている。反省すると決めたばかりだろう。思考に没頭してアカリに誤解させて困らせてどうするんだ。

 

 

「アカリ、すまない。最近、気が抜けているのを私自身も自覚していてな。対策として何か新しい事を始めようと考えていたんだ。それに、君は大切な人(弟子)だから蔑ろにしているつもりはなかったのだが…………うむ、もっとアカリの事をちゃんと見るとしよう。」

 

 

「た、大切な人…………そ、そうですか、大切な人ですか。なら、いいんですよ。はい。これからもよろしくお願いしますね。」

 

 

「ああ、任された。」

 

 

「この娘、可愛いわ!」

 

 

アカリを見てヴィヴィアンが楽しそうに言った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

その後、海狼(ターレマーパ)の回収をしていると、近辺に張り巡らせていた簡易術式に人らしき反応があった。

道を尋ねるために接触することを提案し、二人の了解を得られたので反応の方へと向かうと、三人の人を乗せた船を海上に見つけた。

 

 

「私が行ってくるから待っていてくれ。」

水面を走って船へと向かう。

 

 

「すまない。少しいいだろうか?」

 

 

「あ、ああいいけど、今のは水精魔法かい?器用だね。」

 

 

三人の内の二人は驚いたように固まっていたが、一人が呆けつつも答えてくれた。

 

 

「うむ、似たような物だ。そして、質問なのだが、ここはどこだろうか?」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「聞いてきたぞ。どうやらここはアンクワール諸島連合の内の一つのラッタナ王国らしい。最寄りの街は船で一時間程の距離にあるヤーラカンチャナという所らしいが、どうせなら王都まで行ってしまわないか?」

 

 

「良いと思うわ!王都ってどんなところなのかしら?」

 

 

「えっ、ここってアンクワール諸島連合なんですか!サウランから結構離れてますけど、どれだけ移動してたんですか!?」

 

 

アカリが狼狽する。

 

 

「アカリはクランドに助けられた直後に寝ていたものね。その時に二人で競争していたからだと思うわ。」

 

 

「…………何やってるんですか。」

 

 

「ハハハ、いや、面目ない。」

 

 

アカリのジト目を笑って誤魔化す。

 

 

「…………まあ、過ぎた事なのでいいですけど。それで、王都でしたっけ?良いと思いますよ。どうやって行くんですか?」

 

 

「走っていくか、ラムレイ2号で飛んでいくか、船を作るかだな。」

 

 

「ソリだけは止めて下さいッ!船とか良いと思いますよ。船とか。」

 

 

ラムレイ2号はそんなに嫌か。船を二回も推すとはかなりじゃないか。

 

 

「分かったやりますよ。それでは、試作していたアルゴー号のレプリカは大きすぎるから小さいサイズの船を仕上げるとしよう。すぐに終わる。」

 

 

 

―――数分後―――

 

 

 

「うむ、会心の出来だな!それではお披露目としよう。『雪夜の馴鹿(トナカイ)号』だ!」

 

 

「ソリじゃないですかッ!」

 

 

完成品を見てアカリが叫ぶ。

 

 

「いや、どう見ても船だろう。実際に水に浮いてるじゃないか。」

 

 

「どう見てもソリですよ!デザインもあのままじゃないですか!」

 

 

「まあ、素材として確かに流用はしているが、確かに船だぞ。そのように加工してある。」

 

 

「そういう話じゃな……って、何ニヤニヤしてるんですか!さては、からかってましたね!?」

 

 

む、バレたか。

 

 

「まあ、あれだ。アカリをちゃんと見るための一環としてだな。」

 

 

「想像してたのと違います!そういう事じゃないと思います!」

 

 

むくれるアカリを笑って制して言葉を続ける。

 

 

「冗談はこれくらいにして、こっちが本命だ。Xの宇宙船を参考に作った。ドゥ・スタリオン潜水艇Ver.だ。速度や隠密性はもちろんの事、安全性や快適性、特に、どれだけ速度を出しても中に全く影響を与えないように設計してある。」

 

 

「用務員さん!そうです!そういうのが良かったんです!これで移動時に絶叫する日々とお別れできます!」

 

 

アカリはそう言って涙を流した。

 

 

「泣くほどだったのか…………」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

潜水艇は問題なく機能し、日没後に王都ラチャサムットに到着した。

 

 

「さて、着いたはいいが、日が暮れてしまっているな。しかし、流石に王都と言うだけあって、この時間でも人が多いな。」

 

 

結構な時間だがかなりの人数が夜の街を歩いている。だが、その様子は活気づいているというよりはむしろ、沈んでいて悲愴感が滲んでいる印象を受ける。一見ハツラツとしているような者も、どこかぎこちなく、元気というよりも必死な感じだ。

 

眺めて歩いていると、その集団から数人が近付いてきた。

 

 

「旦那、買いませんか?いくらでもはたらけますよ。」

 

 

「おにーさん、うちを買っていいことしましょう?」

 

 

そう言って、売り込んでくる獣人の男性としなだれかかってくる獣人の女性。

 

なるほど、そういう感じの集団だったか。どうりであんな印象を受ける訳だ。

 

 

「すまないがそういうのは間に合っていてな、悪いが他を当たってくれ。」

 

 

「そんなつれないことおっしゃらずに。」

 

 

断っても離さない獣人の女性。

私の身なりから金持ちだとでも思われているのだろうか?

まあ、金持ちというのも間違いじゃないのだが、本当にそういうのは間に合って…………いや、これなら合法的に検体を得られるか?相手も望んでいる様だし、まさにwin-winの関係じゃないだろうか?

 

 

 

「ちょっ、用務員さんから離れてください!ヴィヴィアンさんもなんとか、あれ、ヴィヴィアンさん?」

 

 

「この剣は太陽の移し身―――」

 

 

「なんか明らかにヤバそうな剣出してます!ほら、用務員さんにくっついてる貴女は危ないので早く離れてください!用務員さん、用務員さん!考え事してないでなんとかしてください!」

 

 

アカリに揺さぶられて正気に戻る。

 

 

「む、ああ、すまない。また考え込んでしまっていたようだ。それで、どうかした、のか―――」

 

 

「あらゆる不浄を清める焔の陽炎」

 

 

「ヴィヴィアン、ステイ!それをすると周辺一帯が更地になるッ!」

 

 

「分かったわ、クランド!」

 

 

私が制止するとヴィヴィアンは笑顔で了承し、すぐに聖剣を仕舞った。

 

 

「ふう、なんとか間に合ったか。たいした影響も、「用務員さん!人が倒れてます!」…………あったようだな。」

 

 

アカリのもとへ行き、倒れている人物を観察する。

 

 

「ふむ、どうやら蝙蝠系獣人のようだな。だから、ガラティーンの擬似太陽に当てられて…………いや、蝙蝠は太陽が苦手というのは迷信だったか。まあ、この世界の蝙蝠も同じ性質だとは限らないだろうが。さて、詳しくは帰ってからにしよう。見たところ、この女性も奴隷だろうから連れて言っても然程問題もあるまい。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

調べると、体に大量の傷が見つかった。古い物から新しい物まで色々とある。そして、魔術で解析した結果、栄養失調のケがあることが分かった。

 

 

「ふむ、直接の原因はこの傷と栄養失調だろう。どれ、栄養失調の方は私が対処するから傷の方はアカリが治したまえ。」

 

 

「ハイッ!頑張ります!」

 

 

アカリの力強い返答に満足しつつ、物品を用意し、術式を組む。

 

 

「precantia(供給)ipsum(適化)」

 

 

魔術によって、用意した品物の栄養素を供給し、急激な変化で失調が起こらないように身体を適化させる。

これで、おそらくは解決しただろう。神秘が濃いと魔術が強力になるので使っていて非常に楽しい。

 

アカリの方に目を向けると、陣を書き上げ、詠唱を始めているようだった。

 

 

「Von anomalie nach norma.(異常から正常へ)

Von strom nach vergangenheit.(現在から過去へ)

Ich hoffe, dass Sie die Kranken und gesunden heilen.

(我は病める姿を過去とし、健常な現在を望む)

Heilung(治癒)」

 

 

アカリの魔術によって女性の新しい傷や小さな古傷が消えていく。

 

 

「…………ダメです。大きな傷痕が消せません。」

 

 

アカリが沈んだ様子で言う。

 

 

「いや、これだけできれば中々の物だよ。アカリは魔術を学んで日が浅いし、治癒魔術の難易度は高い。なによりも、この傷痕には何らかの思念が蓄積して、一種の呪いのような作用をしているから、治すのは骨だろう。アカリなら、むしろ命精魔術で治した方がやり易いのではないか?それなら、呪い擬きの影響は無視できるだろう。」

 

 

「いえ、命精魔術では一年以上前の傷は治せません。」

 

 

たしか、傷痕を治さずに長期間放置していると命精がそれを通常状態と認識してしまうのが理由だったか。

 

 

「いや、そこは思考を柔軟にするんだ。例えば、命精に魔術を使って認識を操作するとか。」

 

 

「精霊が見えないんで無理です。知ってて言ってますよね?」

 

 

アカリがムスッとしながら答えた。

 

「すぐに答えを教えてはつまらないだろう。まあ、無傷の状態を投影しながら命精魔術を使うのが妥当なんじゃないのか?」

 

 

「用務員さんを基準に言わないで下さい!私はまだ、そんな高度な使い方出来ないですよ!」

 

 

「ふむ、"まだ"か。なるほど、アカリにはいずれ修得しようというつもりはあるのか。熱心な弟子で嬉しい限りだ。これなら、以前考えていたメニューを実行しても良さそうだな。」

 

 

「あれっ!?もしかして私、余計な事を言いましたか!?」

 

 

アカリは急に楽しそうな雰囲気になった蔵人に一抹の不安を覚えた。

 

 

「フフフ、候補がありすぎて何にするか迷ってしまうな。よし、ならばこの傷は今後のアカリの課題だ。大きな傷痕は女性には辛いだろうから修行に励んで早く治してやるといいさ。それでは、私はXに連絡を入れなければならないので出ていく。アカリはこの女性に付いていてやるといい。」

 

 

念話の術式を組みつつ、アカリを残して部屋を出ていく。

 

 

「行っちゃいました。用務員さんはああ言ってましたけど、本当に私は出来るようになるんでしょうか?…………有無を言わさずに出来るようにさせられそうですね。用務員さんですし。」

 

 

アカリは疲れた様にそう言ったが、その言葉を溢した口角は上がっていた。

 

 

 

 

 




今回のドイツ語の詠唱には突っ込み無しでお願いします。まあ、型月の英語もそんな感じですしおすし。
ドイツ語って難しいですね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奴隷

なんとか週一くらいのペースにはなってきてますね。

このくらいのペースは最低限、保つ感じでいきたいと思います。





「あの、用務員さん。少しいいですか?」

 

 

翌朝、アカリが暗い様子で聞いてきた。

 

 

「どうしたんだ?」

 

 

「昨日の女性なんですが、買ってくれと言われてしまって…………」

 

 

「ふむ、ただ頼まれただけなら断ればいいだけだろうが、そうではないのだろう?」

 

 

すると、アカリは躊躇う様に話し始めた。

 

 

「じつは、傷を治されたら買ってもらわないと困る、と。なんでも、働けなくなった夫から暴力を受けてるらしくて…………」

 

 

「そうか、で、アカリは何故そんな顔をしているんだ?治すように指示したのは私だ。君が責任を感じる必要はないと思うのだが?」

 

 

アカリはまるで、自分が悪いかのような顔をしている。

 

 

「言っておくが隠しても無駄だぞ。その場合は魔術で無理やり白状させるからな。」

 

 

「そうですよね。用務員さんならそうしますよね。…………いえ、もともと、別に隠すつもりはありませんでした。昨日の女性は働けなくなった夫から暴力を受けていると言いましたよね。その働けなくなった原因が"勇者"らしいんです。」

 

 

…………そうか、そういうことか。

 

 

「分かってるんですよ。前に言われましたし、背負い込み過ぎだってことは。でも、やっぱり勇者が原因だと聞くと…………」

 

 

「フフフ、君は変わらないな。いや、変わったのか?まあ、どちらでも良いか。それと、買い取りの件なら問題ないぞ。素より、金ならばいくらでも手に入るし、魔術の秘匿さえ守れれば、旅の同行にも反対しない。」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

蔵人は奴隷局にて購入手続きをする。その際に奴隷に名付けが必要だと説明された。

 

 

「ふむ、アカリ、君が決めてくれ。」

 

 

「えっ、私ですか!?急に言われても…………」

 

 

「名とはその人物を表す物だ。直感的に決めるといい。」

 

 

「うーん…………じゃあ、"ヨビ"さんで。落ち着いてたり、儚かったりな印象があるので。」

 

 

アカリは自信無さそうに答えた。

 

 

「うむ、良い名じゃないか。それでは、それで登録するとしよう。言い忘れていたが、ヨビのことはアカリに任せるからな。」

 

 

「えっ、私ですか?」

 

 

「因みに、アカリが断った場合はヨビは私の実験に「慎んでお受けいたします!」うむ、いい返事だ。」

 

 

アカリは蔵人の不穏な言葉に焦ったように答えた。

 

 

「ヨビさん、私に任せてください。あと、用務員さんが実験とか研究とか言い出したら要注意です。そっとその場を離れてください。」

 

 

「それでは、後は任せた。私とヴィヴィアンは少し出かけてくる。取りあえずの経費は渡しておくから好きに使ってくれ。」

 

 

「アカリ、頑張ってね!」

 

 

蔵人とヴィヴィアンは笑顔で手を振って出ていった。

 

 

「行っちゃいました…………経費って、うわっ、五千万パミットもあります。ええと、ヨビさん。取りあえず、どうします?」

 

 

「私に聞かれましても…………」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「こちらのタグがハンター証になります。他にも、身分証、武器所持許可、第三級魔法行使許可の機能もあります。紛失すると、再発行に一万パミットの料金が発生してしまうのでご注意を。」

 

 

ハンター教会の職員が説明をしながらヴィヴィアンにタグを渡す。

 

 

「やったわ!これで私もハンターよ!クランドとお揃いね!」

 

 

「そうだねヴィヴィアン。」

 

 

タグを嬉しそうに受け取ったヴィヴィアンと笑い合う。

 

 

「続きの説明をしてもよろしいでしょうか?」

 

 

「いいわよ。」

 

 

「はい、それでは、『九つ星(シブロシカ)』にランクアップするためには、『十つ星(ルデレラ)』以上の依頼を十くらい達成してください。なお、その依頼は街の外の物に限ります。採集依頼も五つまでは対象に認められていますが、必ず五つ以上は討伐依頼をこなしてください。全て討伐依頼というのも可能です。」

 

 

「分かったわ!」

 

 

「先導は私に任せてくれ。目指せ即日昇格だ。」

 

 

「よろしく頼むわ、クランド先輩!」

 

 

「くっ!」

 

 

ヴィヴィアンの先輩呼び、凄く良い…………

 

 

「ヴィヴィアン、この眼鏡をかけてもう一度言ってくれないか?」

 

 

「クランド先輩!」

 

 

「ぐはっ!次はこのリボンを髪に着けて…………」

 

 

「あのう、外でやってもらえませんか?」

 

 

「クランド先輩!」

 

 

「ぐふわっ!」

 

 

「聞いちゃいねえ…………」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

ハンター教会から移動して、私とヴィヴィアンは海辺に来ていた。

 

 

「今回狙うのは万色岩蟹(ムーシヒンプ)で個体によって色が違う蟹のような魔獣だ。張り出されている常時依頼の中でこれが一番近かったからね。サクッと十体倒して、かに料理でも食べようか!」

 

 

「任せてクランド!」

 

 

ヴィヴィアンは楽しそうに聖剣を構えた。

 

 

「いくわよッ!この剣は太陽の移し身。あらゆる不浄を清める焔の陽炎。『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』!」

 

 

灼熱の炎が蟹達を薙ぎ払う。あまりの威力に全身が沸騰し、その体の一片すら残らない。

 

 

「うん。流石、ヴィヴィアン!強くて可愛いくて最強だね!だけど、跡形もなく消し炭にしたら、討伐証明部位を剥ぎ取れないよ。」

 

 

「あっ、…………失敗しちゃったわ!」

 

 

ヴィヴィアンがてへへと笑って剣を持ち替えて別の蟹に接近する。

 

 

「一体どんな使い方をしたら聖剣が魔剣に堕ちるのかしら?でも、今はこれで充分ね。無毀なる湖光(アロンダイト)!」

 

 

ヴィヴィアンが蟹を斬り払う。一瞬のうちに討伐証明部位の剥ぎ取りと本体への攻撃が行われた。

 

 

「流石ヴィヴィアン!この調子でどんどんいこう!」

 

 

そうして、何体か切り捨てていった時に"ソイツ"は現れた。

 

 

「これは、なんと言うか…………」

 

 

「ええ。」

 

 

「「キモいな(わね)」」

 

 

 

その万色岩蟹(ムーシヒンプ)は透明だったのだ。殻"だけ"が。

よって、内部の筋肉や内臓が丸見えで、さながら生きる人体模型だった。蟹だが。

 

 

「まあ、これはこれで何かに使えそうな気もしなくはない。軽くひねって剥ぎ取ろう。」

 

 

そうしてヴィヴィアンは三十分もかけずに所定数の万色岩蟹(ムーシヒンプ)を倒したのだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

ハンター協会の職員は驚愕と不審が綯い交ぜになったような目を向けてきた。

 

 

「ふむ、問題なく指定数は集まっているはずだが?」

 

 

「確かに揃っています。揃ってはいますよ…………」

 

 

「では、何が問題なのかね?」

 

 

私が尋ねると、職員はため息を吐いて答えた。

 

 

「速すぎるんですよ。協会を出てから一時間も経ってないですよね?まあ、いいです。これから監査員を同行して討伐してもらいます。」

 

 

「なるほど。ヴィヴィアン、いいかい?」

 

 

「大丈夫よ。」

 

 

「それでは、準備に時間がかかるので、一時間程したら再びここに来てください。」

 

 

そう言って職員は監査員を呼びに向かった。

 

 

「それでは、アカリ達の様子でも見に行こうか。」

 

 

「それがいいわ!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

アカリの場所を探ると、メインストリートだった。

行ってみると、アカリはそこの服屋で何やら店主と揉めていた。

 

 

「何を揉めているんだ?」

 

 

「あっ、用務員さん!」

 

 

私が声をかけると、アカリは顔を明るくさせた。

 

 

「それで、何があったんだ?」

 

 

「それが…………蝙蝠系獣人に売れる服はないと…………」

 

 

「ふむ、それは違うのか?」

 

 

「カンベンしてくれ。それは鳥人専用の服さ。蝙蝠系獣人(タンマイ)に売ったとばれたら、どうなるか分かったもんじゃない。おそらく、それはどこの店も同じだよ。奴隷じゃなかったら評判が気になってそもそも店にも入れられないよ。」

 

 

店主が苦々しい顔で答えた。

 

 

「タンマイとは何だ?」

 

 

「蝙蝠系獣人の蔑称らしいです。」

 

 

アカリが悲しそうに言う。

そうか、この国はそういう感じだったのか。

 

 

「分かった。ならば出直そう。店主よ、邪魔して悪かったな。」

 

 

アカリ達を店外に連れ出してアカリに謝る。

 

 

「すまなかったな。情報不足で配慮を怠ってしまった。」

 

 

「そんなっ、用務員さんは悪くないですよ。」

 

 

アカリが慌てたように言う。

 

 

「そうか、アカリは優しいな。服なら私に任せてくれ。蝙蝠系獣人用だろうと問題なく作れるよ。そうだ、良い機会だからアカリにも新しい服をあげよう。」

 

 

「えっ、いいんですか!?」

 

 

アカリの頭を撫でながら提案すると、アカリは嬉しそうに驚いた。

 

 

「うむ、アカリは頑張っているし、君に苦労もかけてしまっているしね。まあ、私が可愛い服を着ているアカリを見たいというのもあるのだけれど、期待していてくれ。」

 

 

「エヘヘ、そうですか?」

 

 

ニヤニヤと頬を緩ませるアカリを微笑ましく見つめる。

 

 

「うむ、これから用事があるから今日の夜にでも作ろう。それまでは間に合わせだがヨビにはこれを着せて過ごしていてくれ。もしも、何か要りようであれば出稼ぎに来ている人物の店に行くといい。この国の人よりは幾分かマシだろう。」

 

 

話をしながらコットンの布生地を魔術で服の形に整え、簡易的に保護と強化の魔術をかける。

 

 

「ハイ!ありがとうございます!服、楽しみにしてますね!」

 

 

「…………既に恐ろしい程に上等な服なのですが。」

 

 

「フフフ、クランドは世話を焼くのが好きなのよ。ヨビも遠慮せずに受け取ってあげて欲しいわ!その方がクランドは喜ぶもの!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

ハンター協会へ行くとすぐに監査員が来た。監査員を伴って海辺へ向かう。

後は、ヴィヴィアンが無毀なる湖光(アロンダイト)で蟹を細切れにするだけの簡単なお仕事だ。

流れる様にこなすヴィヴィアンの美しさを堪能する。

 

 

「バカな、万色岩蟹(ムーシヒンプ)を斬る、だと?あんな豆腐みたいに?あり得ねえだろ…………」

 

 

「ふむ、ヴィヴィアンが討伐したのは確認しただろう?ならば、するべきことがあるのではないか?」

 

 

私が促すと職員は咳払いをして居住まいを正し宣言した。

 

 

「規定以上の水準の装備と依頼達成を確認した。昇格おめでとう。同時に、「八つ星(コンバジラ)の先導」も達成だ。昇格は後になるが取り敢えずおめでとう。この依頼は受け手が少ないから、これからも討伐して貰えると助かる。」

 

 

「考慮しておこう。」

 

 

職員の言葉に答えた後、ヴィヴィアンの方を向く。

 

 

「やったなヴィヴィアン、目標の即日昇格達成だ!」

 

 

「ええ、やったわ!これで私も新人卒業ね!」

 

 

二人で昇格を祝いあう。

横からの「新人卒業ってレベルじゃないんだけどな…………」なんて声は聞こえない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

協会に戻ると、そこにはアカリとヨビがいた。

 

 

「おや、こんな時間に依頼かい?」

 

 

「用務員さん!いえ、依頼ではなく、ヨビさんのハンター登録です。」

 

 

「なるほど。何か問題は起きていないかい?」

 

 

「大丈夫です。バッチリ登録できましたよ!」

 

 

アカリが胸を張って答えたので、頭を撫でながら労う。

 

 

「そうかそうか、頑張ったな。服の方は期待していてくれ。それと、今日の夕食は蟹料理だ。」

 

 

その後、依頼報酬を受け取って帰路につく。すると、協会の扉の前に偉そうに陣取っていた鳥系獣人が高圧的に話しかけてきた。

 

 

「そこのタンマイを奴隷として買ったようだが、それはうちのものだ。返してもらおう。」

 

 

「…………ほう、話は聞くだけ聞こうじゃないか。」

 

 

 

 




和やかだった用務員さん達の日常に暗雲が立ち込める…………!
取り敢えず暗雲逃げて!


用務員さんが大金持ってる理由は、立ち寄った街でちょくちょく貴金属を売ったからです。
そして、アカリがヨビをさん付けしている理由は、次回で説明します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鳥系獣人

一週間に間に合いました!
言ったそばから反故にするような事にならなくてほっとしています。





「どうした?聞いてやると言っているんだ。早く話したまえ。」

 

 

私が再度尋ねると、鳥系獣人の一人はしばらく体を振るわせた後、顔を憤怒に染め上げて言葉を発した。

 

 

「貴様ッ!賤しい人種の分際で…………!」

 

 

「そういうのはいいから、早く用件を言いたまえ。こちらも暇ではないんだ。」

 

 

さらに逆上し、「貴様ァ!」と叫びながら胸ぐらを掴んできたのでその手を捻り上げて地面に押さえつける。

一応、認識阻害の魔術をかけて周囲からはただ話しているだけに見えるようにしておく。

鳥系獣人の男は拘束から逃れようとじたばたする。

 

 

「貴様ァ!協会内での魔法使用は―――」

 

 

「―――"魔法"など使っていないさ。君もそれは分かっているはずだろう?」

 

 

喚き散らす鳥系獣人の男の言葉に答えてからもう一人の鳥系獣人を見る。

 

 

「まったく、君では話にならんな。悪いが話が纏まるまではこのままにさせてもらうぞ。それで、そちらの君はどうだね?」

 

 

「…………先程も言ったはずだが、もう一度言う。貴様が買ったその蝙蝠系獣人(タンマイ)を我が一族に返せ。」

 

 

鳥系獣人は苛立ちを隠しきれない様子で答えた。

視線は私と押さえつけられている鳥系獣人の間をせわしなく行き来している。

 

 

「ふむ、それで不十分だから話を聞くと言ったのだが、まあいい。既に二つほど異論がある。第一に君達が何者か不明だ。彼女の元夫という訳でもあるまい。そして、彼女は正当な取引によって購入したのだ。返却を迫られるような謂れは無い。」

 

 

男は目を鋭く細めて答える。

 

 

「私はルワン家の使いだ。仮にも人の二妻(ソンパーヤ)を奴隷落ちさせて奪っておいてよくそのような事が言えるな。まあ、せいぜい五千か一万パミットだろう。割り増しして二万パミット払ってやるからさっさと返せ。」

 

 

「話にならんな。弟子の小遣いにもならん。せめて、六十万パミットくらいは用意したまえ。」

 

 

まあ、六十万パミットでも弟子の小遣いにはならんがなと、心の中で付け足す。

 

 

「蝙蝠系獣人(タンマイ)に六十万だと?貴様、私を謀ろうとするならば実力行使も厭わんぞ。」

 

 

「買取に十万、衣装に五十万だ。もっとも、買取の手数料は外してあるし、衣装も素材と仕立ての品質、何よりもオーダーメイドである事を加味すればこれでも捨て値に近い安さだと自負しているがね。」

 

 

脇ではその金額を聞いたヨビが密かに卒倒しかけ、それをアカリが慌てて支えていた。

 

 

「よくもぬけぬけと。それでは、どうあっても解放するつもりは無いんだな?」

 

 

鳥系獣人はあまりの怒りに逆に冷静になったのか、能面ような表情で確認してきた。

 

 

「無いな。買取金額である十万パミットすら払えん様では話にもならないだろう。それに、人を育てる経験は大きな糧となる。私の弟子の成長のために彼女は必要なのだよ。」

 

 

学問であれ戦闘であれ人に教えるというのは上質な経験になる。異世界魔術を教えさせるのも良し、場合によっては、契約(ギアス)で縛った上でなら、型月魔術を教えさせるのも考慮してある。

最近のアカリは今までにも増してやる気だからな。成長したアカリと共同で魔術研究をする日が来るかもしれないな。その時は、ヴィヴィアンも交え三人での研究になるな。

それはきっと素晴らしいものになるだろう!

 

 

「…………何をにやけているんだ。馬鹿にしているのか?」

 

 

鳥系獣人の苛立ちの籠った声で我に返る。

 

 

「ああ、すまんな。素晴らしい未来を夢想していた。まあ、ほぼ話は決着していたんだから許したまえ。そうだ、この男の拘束も解かなくてはな。」

 

 

抵抗できないように両肩を脱臼させた上で解放する。

すると、男は激痛により失神したようだ。情けないヤツである。

 

 

「有意義とは言えない時間だったな。もう君達とは会わないことを祈るよ。」

 

 

それだけ言って、後ろの騒ぎを無視して立ち去った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「それで、事情は話して貰えるのだろうな?」

 

 

拠点への帰り道で何故か茫然としているヨビに問いかける。

無論、街の外ではあるが盗聴防止の魔術は起動してある。

 

 

その後、気を取り直したヨビが語った内容は、ルワン家の栄光と没落、特に、没落の方に重点が置かれていた。数代前までは有力な武官として王族から官位をさずかっていた名家であったが、精霊魔術によって飛行のアドバンテージを失ったルワン家は没落、現在は役職についていない名ばかりの名門で、だからこそプライドが高い。

もともと、実家から疎まれており、夫の方に離婚するよう何度も実家から要請されていたが、夫は了承せず、終には妻の方から奴隷落ちまでして離婚を"される"始末。

この国では女性側からの離婚が許されておらず、唯一の抜け道が奴隷落ちで、それをされるのは非常に屈辱的な事らしい。

この醜聞を実家は揉み消そうと躍起になっているのだろうということだ。

 

 

「ふむ、概ね理解した。それで、君はそもそも何故奴隷落ちを選択したのかね?家庭内暴力だけでは無いのだろう。蝙蝠系獣人はここでは差別対象だ。購入した人物がその夫よりましという保証も無い、実家から暗殺されるリスクを背負うには少し弱いだろう。」

 

 

「…………私には息子がいました―――」

 

 

ヨビは躊躇いながらも答えた。

要約すると、その息子は強盗によって殺害された。

その下手人として、夫の実家が疑わしく、また、夫の関与も否定できない。

その真実が知りたくて奴隷になったということらしい。

この事はアカリも知らされてなかったらしく、悲痛な顔で聞いていた。

 

 

「なるほど…………ふむ、これに勇者がどう関わってくるのかね?聞いたところ、君の家の事情に勇者との関連性は無いように……、と。アカリ、説明してくれ。」

 

 

これ以上辛い身の上を語らせるのは酷かと思いアカリに説明を引き継がせる。

あまりヨビを追い詰めてしまってはアカリに嫌われ兼ねないからな。

 

 

「ハイ。ヨビさんの夫は探索者だったらしく、一年前にここに派遣された勇者が仕事場にしていた遺跡を踏破してしまい収入が減り、その後は収入を全て酒とカジノに使っていたらしいです。」

 

 

「なるほど…………おや?」

 

 

遠くの方から人に乗った大きな白い獣が猛スピードで接近してくる。獣に乗った人ではなく、獣を担いだ人が。

ヨビはその異常な光景に二度見三度見と繰り返して目を擦っている。

アカリはポカンと口を開けて、ヴィヴィアンは笑顔で手をブンブンと振っている。

近くまで来ると、白い獣が担いでいた人を足蹴にして私に飛びかかってきた。

 

 

「フハハ、久し振りだな雪白。どうしたんだ、こんなにじゃれついて。そんなに寂しかったのか?」

 

 

じゃれつく雪白に笑って相手をする。毛並みが少し荒れている気がする。毛繕いしてやらなくてはならないな。後は風呂の用意も必要だな。

 

 

「あの、雪白さん。ここまで運んだ人に向かって蹴りはないじゃないですか。蹴りは。それはそうとマスター、ヴィヴィアン姉さん、アカリ、と誰でしょうか?まあ、お久しぶりです。」

 

 

雪白にジト目を向けつつXがやって来て挨拶をした。

 

 

「ふむ、個性的な登場だったな。普通は逆ではないかね?それと、イライダはどうした?」

 

 

「いや、雪白さんが背中に乗せてくれなかったんですよ。それに、セイバーたる私が魔力放出で加速して運んだ方が速いんですよ。なんと言っても最優のセイバーですからね。イライダさんの方は、彼女から手紙を預かってますよ。」

 

 

渡された手紙に目を向けると、『妙な勇者に捕まった。取り敢えず、落ち着きがないから雪白と嬢ちゃんをそっちにやる。

その妙な勇者本人が言うには勇者達の教師をやっていた関係でアンクワールの教育環境向上のために活動しているらしい。

なにやらソイツに気に入られてしまって、貴女のように自立するべきだとかこの国では女性の地位が低すぎるだとか言う話を延々と聞かされて正直ウンザリだ。

もう少し時間がかかりそうだからアンタはそっちでゆっくりしててくれ。』とあった。

 

ふむ、教師か。確かにそんな人物がいた気がする。

名前は…………た、た、田中だったか? まあ、どうでもいいな。

 

 

「さあ、そろそろ離れてくれ雪白。これから夕食を作らなければならないからな。」

 

 

夕食と聞いて名残惜しそうにしつつも雪白が離れた。長旅による空腹には勝てなかったらしい。

そして、もう一人長旅の空腹に敗北を喫した人物がいた。

 

 

「久し振りのマスターの料理、楽しみです!」

 

 

「いや、食糧庫に保存していたものを食べていただろう?まだ余裕があったはずだ。」

 

 

「いえ、それでしたら数日前に食べきりましたよ。」

 

 

Xが何でもないように言う。

 

なん……だと……? 私は一般人の三ヶ月分ではなく、"Xを想定した"三ヶ月分を用意していたんだぞ。一体、どれだけのペースで食べていたんだ?

私は内心の戦慄を隠して笑って答える。

 

 

「そうか。ならば次からはもっと多めに用意しなくてはならないな。」

 

 

「お願いします!あっ、忘れるところでした。荷物をお返しします。」

 

 

Xから大量に鍵を入れたカバンを手渡される。

これで隔離研究室が再使用可能になった。

空間だけならまた作れば良いのだが、その中身がな。

数匹しか手持ちにいない蟲を増やし直すのは面倒だったから助かった。

 

その後は、合流した雪白とXも交えて夕食を取り、深夜には約束していた服の製作を始めた。

作り始めたら止まらなくなり、朝まで作業を続けて数十着も作ってしまったが、些末な問題だろう。多い分には良いはずだ。きっとアカリは気に入ってくれるだろう。

さて、試着に向けてカメラの整備でもするとしよう。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

王都の一角の古びた屋敷にて、ルワン家の長たるナクロプ・イグシデハーン・ノクル・ルワン・プラサートはハンター協会で蔵人達に絡んだ二人から報告を受けていた。

 

 

「蝙蝠系獣人(タンマイ)を買った北部人のクランドというハンターは、協会にて不遜にも堂々と我らにたてつき、嘘を並べ上げて奴隷の料金を不当にも六十万パミットなどとつり上げ、終いには暴力行為によって脅しをかける始末。これにはあの蝙蝠系獣人(タンマイ)の女も積極的に加担しているでしょう。ここは、我らが一門の威信をかけて制裁を加えるべきです。これからどうなさいますか、イグシデハーン様。」

 

 

蔵人に肩を外された男、クランクンドラップ・ノクル・ルワン・シンチャイは腸を煮えくり返らせて報告する。

もう一人の使者も厳しい表情だ。

 

 

「北部人か、奴らはどこまでも我らに祟る。だが、それならそれでやりようはある。…………しかし、ナバーめ、女一人制御できんとはな。王の容態が思わしくない。近い間に新王が擁立される可能性が高い。我ら一門の復興のために醜聞は避けねばならん。次はしくじるなよ。時は近いぞ。」

 

 

イグシデハーンは重々しくシンチャイに策を授ける。

シンチャイは膝をついて承知した。

 

 

「今に見てろよ北部人めが。我らにたてついた事をすぐに後悔させてやる…………!」

 

 

シンチャイは怒りによって、蔵人から押さえつけられた場所にまるで蟲が蠢くような痒みを感じて掻き毟る。

いくら、掻こうともその痒みが消える事は無かった。

 

 

 

 




まるで―――のような(直喩)

比喩表現です。大事なことなので二度言います。比喩表現です(迫真)



追記
すみません、アカリがヨビにさん付けしてる理由をつけ忘れました。
後日、何らかの形で付け足します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弟子

なんとかゴールデンウィーク中にアップできました!
皆さんはゴールデンウィークをいかがお過ごしでしょうか。休みが過ぎるのは速いですね。

今回はアカリ回なので、全編三人称視点です。





「いいよいいよ、可愛いね!ここでポーズ頂戴、セリフは『やっちゃえ、バーサーカー!』ね!」

 

 

「アカリ、良いわよ!こっちにもうちょっと相手を小馬鹿にした感じでもう一枚頂戴!」

 

 

蔵人とヴィヴィアンは連携し歴戦のカメラマンさながらの軽快な話術で褒め、煽て、その気にさせてアカリに様々なポーズをとらせて激写する。

着させた服は一般的な物から、ドレス、ゴスロリ、どこかで見たことのある衣装等、バリエーションに富んでいた。

撮影の様子はまさに、夏と冬に逆ピラミッド型の聖地で行われる祭典であった。

撮影を終えた後のアカリは、「うぅ、私はどうしてあんなポーズを…………」と、顔を真っ赤にして踞り、隣では蔵人とヴィヴィアンがハイタッチしてお互いの健闘を満足そうな笑顔で讃えあった。

Xと雪白はそれを微妙な表情で眺め、ヨビは渡された服の埒外の品質に終始フリーズしていた。

 

そうして、プレゼントした服の試着という名の撮影会は数時間に及び、街での活動は昼過ぎになってからとなった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「ふむ、それなりに待たされるかと思っていたが、運がよかったな。」

 

 

蔵人達が門に着いたとき、そこには行商人やハンターがずらりと並んでいたのだが、雪白に気圧された人々が次々に前を譲ったのであった。

 

 

「アカリ、そんな気の抜けた顔をしてないで!そろそろ元気出しましょう?」

 

 

「いや、ヴィヴィアン姉さん、カメラ回すの止めてあげてくださいよ。今のアカリはカメラがトラウマになっています。」

 

 

まだ撮影会のショックから立ち直っていないアカリに、ヴィヴィアンは容赦なくカメラを回し続ける。

"アカリが新しい服で街を歩くのを映像に残したい"と建前はあるものの、目が笑っているのでアカリで遊んでいる可能性が非常に高い。

ヴィヴィアンは"可愛いから"という理由でアカリがお気に入りなのであった。

蔵人もヴィヴィアン側で、雪白は"しょうがない人達ね"と傍観の意を示しているため、Xは孤立無援な上にそもそもこのような常識人ポジションは不慣れであり、諌める言葉は空しく響き、哀れな少女を救うには至らなかった。

 

 

そうして、門にたどり着き、衛兵に深緑の環とハンタータグを見せながら雪白の猟獣登録をしたいという旨を伝えたところ、鳥系獣人の協会職員がやって来た。

 

 

「アンクワールには猟獣も立ち入り可能だが、この大きさは流石にな。猟獣登録のために今回は特別に入れてやるが次回以降はわからんぞ。」

 

 

「ふむ、了解した。」

 

 

そのまま鳥系獣人の職員に連れられて多くの視線に曝されながら協会へ向かった。

蔵人やヴィヴィアンなどは気にしなかったが、アカリは居心地悪そうにしていた。

視線のほとんどはネガティブな物だったが、特定の相手への視線は好意的であった。

 

 

協会へ着くと、ぎょっとした視線に囲まれた後に職員達が慌ただしく動き出した。

それを後目に鳥系獣人の職員は高圧的に手続きを始める。

 

 

「猟獣登録だったな。それではその魔獣をここに置いていけ。一日かけて適性を判断する。」

 

 

「…………ふむ、分かった―――ならば登録はいらん。雪白は外に待機させるとしよう。」

 

 

愉快そうにフッと笑った鳥系獣人の職員は一転、憎々しげに眉を顰めた。

 

 

「ほう、職員のみでなく受付責任者であるこの私が信用できないとでも言うつもりか?」

 

 

「信用するしない以前の問題だろう。君は嘘を吐いている。私が調べた猟獣登録の審査方法は一日もかかる物ではない。まして、ハンターの目の届かない所で職員が行う物でなど断じてない。異論があるのならば猟獣登録の規則の要項を出したまえ。」

 

 

蔵人が調べた猟獣登録の方法は、職員による威嚇や攻撃で猟獣の理性を測るもので十分もかからない。鳥系獣人の職員が嘘を吐いているのは明白であった。

 

 

「貴様の思い違いだ!それに、猟獣登録の要項などない!職員を盗人扱いするとは人種はやはり傲慢だ!人の妻を奴隷落ちさせた上に脅迫までして従わせるような屑がほざくんじゃない!」

 

 

「―――勝手な事を言わないでくださいッ!」

 

 

蔵人の言葉に鳥系獣人は顔に激憤を浮かべて声を荒らげた。

蔵人が面倒臭そうに対処しようとしたが、その直前に後ろから怒気を孕んだ声が上がった。

 

 

「用務員さんはそんな人じゃありませんッ!用務員さんは強くて、包容力があって、優しい、素敵な人なんです!貴方のような人に悪く言われる謂れはありませんッ!」

 

 

先程までぼうっとしていたアカリが怒髪天を衝くといった様子で猛っていた。アカリの感情に連動し、周りの精霊達も荒れ狂い、閃光が迸り、火花や電流がバチバチと音を鳴らしている。

 

そんなアカリの様子を見た蔵人は先程のアカリの言葉に照れながら危なくなったらいつでも介入出来るように準備し、ヴィヴィアンはウンウンと頻りに頷き、雪白は密かに展開しようとしていた術式を霧散させ、Xは「アカリは誰の話をしているのでしょうか?正直、鳥の人の認識の方が正しい気がするんですが。」と、藪蛇にならないように心の中で呟いた。

 

鳥系獣人の職員は最初はアカリの怒りに圧倒されていたが、言われたことを理解すると、表情を更に歪めた。

 

 

「小娘風情が、この私に―――」

 

 

「―――随分な騒ぎだと思って来てみれば…………」

 

 

受付の奥から別の職員がくたびれた様子で出てきた。

 

 

「おや、昨日の監査員殿。随分とお疲れのようだな。」

 

 

「ああ、たった今、非常に頭の痛い問題が起きたんだ。下手すると街にまで被害が及ぶようなものがな。それと、昨日は業務上名乗っていなかったが、ここの副支部長をしている、ベイリー・グッドマンだ。」

 

 

「ふむ、中々の大物だったのだな。敬語にした方がよろしいか?」

 

 

楽しげに尋ねる蔵人に苦笑してベイリーが答える。

 

 

「いや、そのままでいいさ。そんなに大層な人間じゃない。それで、これは何を揉めているんだ?」

 

 

「騒がせてしまってすまない。そこの職員が猟獣登録に一日かかるから置いていけと言ってきてな、それで、少々揉めていたらその職員の吐いた言葉に私の弟子が激怒してしまってな。彼女は心根の優しい娘なんだ。できれば寛大な態度で許して貰えると嬉しい。ほら、アカリも頭を下げなさい。」

 

 

「ほえっ?あっ、申し訳ありませんでした…………あれっ!?私は用務員さんの前で一体何を口走っていたのでしょうか!?」

 

 

蔵人に促されて正気に戻ったアカリは謝罪したが、状況を飲み込むと顔を真っ赤に染めて、ひどく狼狽し始めた。

そんなアカリの様子を蔵人は微笑ましく見ていたが、外面だけは真面目に取り繕ってベイリーに相対していた。

 

ベイリーは鳥系獣人の職員を睨み付けて問う。

 

 

「そんな規則があったのか?私は知らないし、国からの通知も届いていないぞ。」

 

 

「さあ、私はそのような事を言った覚えはありません。そこの人種の記憶違いでしょう。」

 

 

「…………だそうだ。証拠がないから、言った言わないの水掛け論になるだろう。申し訳ないが今は引いてくれ。」

 

 

鳥系獣人の職員は白々しくベイリーに弁明した。

ベイリーは疑いの目を向けたが申し訳なさそうに蔵人に嘆願した。

それに、蔵人は薄く笑って口を開いた。

 

 

「ふむ、証拠が有ればいいのか。ならば、ヴィヴィアン、それを少し貸してくれ。」

 

 

蔵人はヴィヴィアンからカメラを受け取りベイリーに差し出し、モードを切り替えて録画内容を再生する。

 

 

―――猟獣登録だったな。それではその魔獣をここに置いていけ。一日かけて適性を判断する。

 

―――貴様の思い違いだ!それに、猟獣登録の要項などない!職員を盗人扱いするとは人種はやはり傲慢だ!人の妻を奴隷落ちさせた上に脅迫までして従わせるような屑がほざくんじゃない!

 

 

ベイリーは唖然として目を見開いた。

 

 

「これはビデオカメラといってな。まあ、魔道具のような物だと認識してくれ。効果は場の光景と音声の保存だ。そこのたった数分前の自分の言葉すら忘れてしまう鳥頭に誂え向きの品だろう?」

 

 

「き、貴様ァ!」

 

 

皮肉げに笑う蔵人に鳥系獣人の職員が憤ったが、ベイリーが部下に命じて男を裏に下げさせた。

 

 

「まあ、後からこの魔道具は偽物だとか、これは罠だとか難癖をつけられるだろうな。私もこれの正当性を証明することが難しいことくらいは理解している。こちらとしては問題なく雪白の狩猟登録ができれば、あの職員の処分はどうでもいい。」

 

 

「…………ハア、そう言って貰えると助かる。猟獣登録だったか、すぐに準備する。」

 

 

ベイリーはこの数分で一気に老け込んだ様だった。

 

 

「おいおい、試験も無しに大丈夫なのか?」

 

 

「猟獣試験は猟獣がハンターの言葉を遵守出来るか見極めるためにあるんだ。あれだけの騒ぎでこんなに大人しいなら大丈夫だろう。今はとにかく、(アンタらを)刺激したくないんだ。」

 

 

「なるほど、それは僥倖だ。」

 

 

ベイリーが蔵人に真紅の環を手渡した。

蔵人はそれを雪白に着けて満足そうに頷く。

 

 

「うむ、良く似合っているな。さて、それでは私はこれから別行動だ。少し行くところが有ってな。用事が終わったら夕食を作って待っているから、日が暮れる前には帰ってくるようにしてくれ。」

 

 

蔵人はそれだけ言うと協会の外へ出ていった。

 

 

「それじゃあ、Xもハンター登録しましょう!私が先導してXが昇格すれば、蔵人とお揃いになれるわ!目標は今日中に昇格よ!ユキシロ、アカリとヨビを頼んだわ!」

 

 

「分かりました、ヴィヴィアン姉さん。それでは、アカリ、雪白、ヨビ、お気を付けて。貴方達に何かあると、マスターが悲しまれます。」

 

 

「…………ハア、この人も規格外なんだろうな。監査をするから連れていけ。その方が手っ取り早い。」

 

 

楽しそうにXを引っ張って行くヴィヴィアンにベイリーが同行する。

そのベイリーの背中には疲労が滲み出ていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ハイ、切り替えました!ウジウジしたままの狩猟は危険です。命の危険がある以上、集中して臨みます。」

 

 

今回の標的は一角小竜(ギーレッサウ)だ。

一角小竜(ギーレッサウ)は単体では九つ星(シブロシカ)だが群れでは八つ星(コンパジラ)以上だ。

この依頼も適正ランクは八つ星(コンパジラ)であり、十つ星(ルテレラ)のヨビが昇格するために相応しい依頼ではなかった。

アカリは差別がある地域で昇格させるよりも、別の地域に移動した時に昇格させる方が簡単だと判断し、ヨビの力を測る為に受注したのだった。

 

 

「あの、これって…………?」

 

 

「用務員さんから貰った武器です。『狂戦士の斧剣』という名前で、有名な英雄の武器を模して作成したらしいですよ。」

 

 

ヨビが手に持つ無骨な斧剣についてアカリが解説する。

これは、蔵人が用務員時代に研鑽のために岩を削り出したものに魔術処理によって重量を付加して作成した物だ。

作ったは良いものの戦闘スタイルに合わない為に死蔵されていたのを引っ張り出して来たのだった。

 

 

「見た目と重さが釣り合ってない気がするのですが―――服と言い、ご主人様(ナイハンカー)は一体何者なんでしょうか…………?」

 

 

「あんまり深く考えない方が良いですよ。このくらいで驚いていたら用務員さんの家族は務まりませんよ!」

 

 

満面の笑みでそう言ったアカリをヨビは眩しそうに目を細めて見た。

 

しかし、ヨビには蔵人が分からなかった。少なくとも、強そうな雰囲気は感じない。たが、彼は"魔法も使わずに"鳥系獣人を押さえ付ける膂力や精巧な衣服を瞬く間に作り上げる技巧を持ち、更には訳のわからない武器まで作り出した。

それらの事に、えもいわれぬ得体の知れなさを感じるのだった。

 

 

しばらくジャングルを進んでいると、雪白が一角小竜(ギーレッサウ)のねぐらを発見した。

倒木の折り重なった場所に十数匹が集まって寝ている。

 

 

「やっちゃって下さい、ヨビさん。」

 

 

ヨビが風精魔術を展開して接近したが、放つ直前に上空からねぐらに向かって岩石が落下してきた。

一角小竜(ギーレッサウ)達は飛び起きて恐慌状態になり、散り散りに逃げていった。

 

混乱して自分の方向に走ってきた一匹にヨビは斧剣を振りかぶったが、振り下ろす直前に一角小竜(ギーレッサウ)の頭部に羽矢が突き刺さった。

雪白は空を仰ぎ見て唸り声を上げる。

 

空から鳥系獣人の男が三人降りてきた。

 

 

「ふむ、大丈夫だったか。低ランクの者にとってここは危ないから気をつけたまえ。助けてやったんだから当然の権利として、これは貰っていくぞ。」

 

 

男達は助けに入ったという体で一方的に話し、一角小竜(ギーレッサウ)を持ち去っていった。

 

 

「アカリさん、申し訳ありません。私のせいでルワン家から…………アカリさん?―――ッ!」

 

 

アカリに申し訳なさそうにヨビが謝罪するが返事がない。不審に思って顔を覗くと、アカリは酷く冷たい表情をして、ガサゴソとバッグの中に手を突っ込んでいた。

 

 

ここで、鳥系獣人にとっての不運は重なっている。

 

一つは、撮影会や猟獣登録で今日のアカリの情緒は乱高下していたこと。

また、その時に鳥系獣人という種族に悪印象を抱いていたこと。

蔵人に制止されてハンター協会での怒りが不完全燃焼になっていたこと。

 

何よりも、あどけない印象のアカリだが、彼女は紛れもなく"魔術師の弟子"であったこと。

 

極め付けには、

 

 

「鳥風情が、用務員さんの口調で私に話しかけないで下さいッ!」

 

 

もはや、言いがかりに近いような部分がアカリの逆鱗に触れてしまったことだ。

アカリは歯軋りして呪詛を吐きつつ、果実のような物が付いた枝を取り出した。

 

 

「"Kinder des Einnashe" geboren.(生まれ落ちよ、"アインナッシュの仔"よ)」

 

 

果実は枝から地面に落ち、土に埋まり、根を張った。

 

 

「さあ、このままでは巻き込まれてしまうので帰りましょう。verdecken(気配遮断)」

 

 

ヨビは微笑みを浮かべてそう言ったアカリに薄ら寒いものを感じて動けないでいたが、アカリに手を引かれてジャングルの外へ出ていった。

少し遅れて雪白もジャングルから出てきた。孔雀系獣人らしき男を拘束し、むしゃむしゃと羽を毟っている。

 

 

「雪白さん、何を食べているんですか!?野鳥には菌とか寄生虫とかいっぱいいるんですよ。そんなばっちいの食べたらお腹を壊してしまいます。お腹が空いたんでしたら、帰ったら用務員さんが何か作ってくれると思うので、そんなのぺーしてください、ぺー。」

 

 

アカリにそう言われた雪白は孔雀系獣人の男をジャングルの中に投げ捨てた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

孔雀系獣人の男は楽な仕事だと笑っていた。

 

主であるイグシデハーンから勅命を受けたときはどんな困難な仕事だろうかと恐々としたものだが、蓋を開けてみると低ランクのハンターの獲物を救出を装って横取りするだけの仕事だ。部下だけでも充分にこなせている。

自分は高みの見物でいい上に、見事達成した暁にはイグシデハーンからのおぼえもめでたくなる。

近々ルワン家が再興した際の自分の立場は盤石となるだろう。

 

―――自分が動く必要はない。万が一『カメラ』とか言う魔道具を使われても、映っているのが部下だけならばいくらでも白を切ることができる。シンチャイの二の舞にはならない。

 

 

樹上にて上機嫌に笑みを浮かべていると、部下が慌てた様子でやって来た。

 

 

「も、申し訳ありません!標的の少女らを見失いました!」

 

 

「何ィ、今の今まで監視していてなぜ見失う!さっさと探せ!」

 

 

「りょ、了解!」

 

 

先程までとは一転、不機嫌そうに唸る。

孔雀系獣人の男の心中には、部下への苛立ちとこんな簡単な任務を失敗した際のイグシデハーンから受ける失望への恐怖が渦巻いていた。

 

 

「くそっ、忌々しい。どこに行きやがったんだ!」

 

 

孔雀系獣人の男は居ても立ってもいられなくなり、捜索に参加した。

 

 

「ええい、鬱陶しい!これだからジャングルは嫌なんだ!」

 

 

絡み付く枝葉が孔雀系獣人の男の神経を逆撫でする。

そもそも、蝙蝠系獣人が低速で繊細な飛行に適しているのに対して、鳥系獣人の飛行能力は高速で動くことに適していた。その分、繊細な動きは苦手としているので、ジャングルのような空中に障害物がある場所は苦手としていた。

好ましくない状況に、自由に飛べない不満、そして、チクチクと鬱陶しい植物達。確認すると細かい傷がたくさんできている。孔雀系獣人の男には周りの全てが腹立たしかった。

 

 

「何故だ!何故見つからん!人の姿どころか気配までない、じゃ…………」

 

 

孔雀系獣人の男が怒りのままに吐き出した言葉は尻すぼみになった。

ジャングルには人の気配すらないのだ。"共に捜索しているはずの部下の気配すら"。

孔雀系獣人の男に疑問と言い知れぬぞわりとするものが込み上げてきた。

 

 

「おい!お前ら、いるなら返事をしろ!おい!」

 

 

声を張り上げるが返事はない。

孔雀系獣人の男は居ても立ってもいられなくなり、とにかく移動しようと体に絡み付いている植物を振り払おうとして訝しむ。 

"植物なら先程振り払ったはずじゃないか、何故また絡み付いているんだ"と。

 

ふと、絡み付いている植物の先を見てみると、モゾモゾとまるで意志があるかのように蠢いていた。

 

男は気が狂ったように奇声を上げてそれを払いのけて飛び立った。

すると、植物達は気付かれた事を察した様にうにょうにょと枝や蔦を伸ばしてきた。

 

孔雀系獣人の男は顔に恐怖を張り付けて加速する。

 

 

―――なんだ、なんだ、なんだ、なんなんだこのジャングルは!?

 

 

加速し、加速し、加速し、追ってくる触手を振り切る。

なんとか逃げ切ったと安堵しかけた男の前方から蔦が伸びてきた。

慌てて方向転換するも、その先にまた蔦が出現する。

 

 

「くそ、くそ、くそ、くそ、何なんだ!」

 

 

逃げども逃げども蔦に回り込まれる。いや、逃げ場など無いのかもしれない。ジャングルは既に全域が…………と絶望的な予測を弾き出そうとした頭を強制終了させる。

その先を考えてはいけない。考えたが最後、この状況に屈してしまう。そうなってしまっては逃げ続ける事はできない。この訳のわからないナニカに捕らえられてしまう。

 

 

―――そうだ!風精魔法を使えばいいじゃないか。何故思い付かなかったんだ!

 

 

想像の埒外にあった状況に混乱してしまい、基本的な事を忘れていた。

孔雀系獣人の男は調子を取り戻し、蔦を切り裂くべく風精魔法を発動させようとした。

 

しかし、湧き上がった希望は直ぐに容易く掻き消されることになる。

 

 

「何故だ、何故だ、何故だ、何故風精魔法が発動しない!?」

 

 

起きるべき事象が起こらない。魔力を渡したというのに少しの変化も起こらない。

当たり前の事が当たり前に起こらない異常は孔雀系獣人の男の恐怖をより一層掻き立てた。

 

男は狂乱しながら遮二無二逃げ回った。

不得手な曲芸飛行を無理やり実行し、蔦の、枝の、幹の隙間を飛び抜ける。

植物に掠る度に命と精神が削れていく。

 

何時しか、孔雀系獣人は自分が鳥人種である事を呪っていた。そして、あろうことか蝙蝠系獣人(タンマイ)に憧れていた。

 

 

―――何故、俺は鳥人種なんだ。蝙蝠系獣人(タンマイ)ならばもっと自在に逃げ回れるというのに…………

自由を奪われることも人々に蔑まれることも今此処にある恐怖に比べたら何ということもない。

ああ、蝙蝠系獣人(タンマイ)になりたい。

 

 

男に鳥系獣人としてのプライドなど微塵も残っていなかった。あるのは、逃げねばという強迫観念だけだった。

 

無我夢中で飛び続け、遂にジャングルの外が見えてきた。

だが、不適当な規格で騙し騙し行っている曲芸飛行は次第に綻びは増大していた。迫ってきた蔦が孔雀系獣人の男の羽を貫いた。

揚力を失った身体は地面へと墜落し強かに打ち付けた。

満身創痍になりつつも這うようにしてジャングルの外へ進む。

後ろから蔦が迫ってくる。

 

 

―――早く、早く、早く、早く、早く!

 

 

思いとは裏腹に遅々として前進しない。

とうとう蔦が男の身体に辿り着き纏わり付いた。

全身にチクリとした小さな痛みが走ると同時に、自分を構成する大切な何かを抜かれているような形容しがたい不快感が発生した。

 

 

―――嫌だ!このままじゃ消えてしまう!誰か助けてくれ!消えたくない!何でもする!何でもすらから誰か助けてくれ!

 

 

不意に何者かに体を引っ張られ、ジャングルの外へ引き摺り出された。

 

 

「誰か、知ら……ないが、助か…………」

 

 

男はか細い声で途切れ途切れに礼を言ったが、それは相手の姿を確認して止まる。

 

 

―――グルル

 

 

ジャングルから引き摺り出したのは標的の少女が連れていた白い魔獣だった。

魔獣は唸り声を上げて近付いてきて、むしゃむしゃと背中の羽を毟り始めた。

 

 

―――俺を食おうとしてんのか?魔獣に食われる方があの訳のわからない化物に消されるよりマシか…………

 

 

孔雀系獣人の男は自分の羽が毟られるのを感慨もなく、むしろ安堵さえ抱きながら眺めていた。

 

 

『―――』

 

 

しばらくされるがままにしていると、遠くで標的だった少女が何やら言っていたのが聞こえた。

内容は上手く聞き取れなかった為によく分からないが、魔獣が羽を毟るのをやめたので自分を助けてくれたのだろうと当たりをつけた。

狩りの邪魔をした自分に何と慈悲深いのだろうと感謝していると、不意に浮遊感が襲った。

男に嫌な汗が流れる。

 

 

―――まさか、まさか、まさか

 

 

男の危惧は的中し、魔獣はずんずんとジャングルに向かっていく。

止めてくれ、許してくれ、助けてくれと叫びたいが喉が張り付いて言葉にならない。

縋るように少女を見ると、路傍の石を見るような無関心な視線が目に入った。

呆気に取られている間にも魔獣はジャングルに近付いていく。

 

 

―――嫌だ!助けてくれ!俺が悪かった!謝るからから助けてくれ!いや、助けて下さい!何でもしますから!一生奴隷でいいですから!あの化け物だけは!どうか、あの化け物だけは…………

 

 

願いも空しく、殊更に大きな浮遊感と共に身体は宙を舞い、ジャングルの中へと叩きつけられる。

待ち構えていた蔦が爪先から焦らすようにゆっくりと這い上がってくる。

男にはもう羽ばたくどころか指先を動かす程度の力も残っていない。

 

 




アカリもやっぱり魔術師の弟子だった。そんな回です。


礼装『アインナッシュの仔』

本物のアインナッシュの仔ではなく、シュヴァルツヴァルドで採取した植物の果実に『アインナッシュの仔』という概念を付与した物。実物程の性能はないが、使用した場所の森を異界化し、内部では魔術への妨害や変質させた植物による吸血を行うことができる。
さらに、使用者は攻撃対象にしない、内部の生物は殺さずに、魔力を吸収して昏倒させた後に中心部で保管する、等といったセーフティがかけられている。
アカリを弟子にした際に蔵人が「森で不審者に襲われた際に使いなさい。」と防犯ブザー感覚で与えた。


追記
『弟子 追記』を結合しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コニー・カーゾン

週末に間に合いました!


『弟子 追記』は『弟子』に結合させました。




「この反応は、アカリッ!」

 

 

蔵人は取り乱しながら高速詠唱で術式を展開してアカリのところへ空間転移した。

 

 

「アカリ、無事か!?superior curatio(高等治療)gradu sanitas(上級回復)radicaliter reparatione(完全修復)

reficite(精神回復)split capillos sterilitate(精密殺菌)praeeminet munditia(高度衛生)insignem addito(高度補強)donum praesidio(高位保護)

magna tessera emendationem(高等改善)―――」

 

 

突然現れて怒涛の勢いで魔術を使用する蔵人にヨビはぎょっとした。

アカリは蔵人を見つけて顔を輝かせたがその姿を見て首を傾げた。

 

 

「用務員さん…………?どうしたんですかエプロンを着けたままそんなに大慌てで?」

 

 

「私の事なんてどうでもいい!それより、アインナッシュの仔を起動させるなんて何があった!?不審者か!?変質者か!?酷い事されてないか!?どこか痛いところはないか!?私が来たからにはもう大丈夫だぞ!」

 

 

アカリの両肩を掴んで顔を寄せて尋ねる蔵人にアカリはキョトンとしていたが、言葉の意味を理解すると、照れ臭そうに笑った。

 

 

「エヘヘ、もしかして用務員さん、私の事を心配してくれてるんですか?」

 

 

「当たり前だろう。心臓が止まるかと思ったぞ。見たところ無事のようだが、一体何があったんだ?」

 

 

「用務員さんが心配を!私の心配を!あんなに取り乱して!ムフフ―――ハイ無事ですよ。実は…………」

 

 

アカリは身悶えしながらも説明した。

聞き終えた頃には蔵人も落ち着きを取り戻し、ほっと一息吐いた。

 

 

「なるほど、そうか、分かった。アカリが無事で良かったよ。後は私に任せてくれ。夕食はまだできていないが、ケーキの用意はできている。本当は夕食前には良くないのだが、疲れた時や嫌な事があった時は甘いものが一番だ。」

 

 

蔵人はアカリに笑いかけ、頭をポンポンと撫でてからジャングルの方へ向かっていった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「沸き立て、我が血潮」

 

 

襲いかかってくる植物達を『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)』で難なく対処し、蔵人は中心部に向かう。

中心部に辿り着いた蔵人の目には、干からびて横たわっている無数の魔獣、そして、鳥系獣人達。

ミイラのようになっているが、息はある。

 

 

「やはり、君達絡みか。あのアカリにこれを使わせるなんて、一体何をやらかしたんだ?事と次第によっては私は君達を許さんぞ。」

 

 

咎めるように言いながら、一人ずつ銃弾を撃ち込んでいく。

それが終わると、ジャングルに向かって何やら術式を起動し、しばらくすると満足そうに頷いた。

 

 

「うむ、こんなところだろう。これで被害は広がらず、アカリも気に病まない。…………もしや、朝の撮影もアカリに影響していたのか?違うとは思いたいが、自重するとしよう。」

 

 

蔵人は冷や汗を流しながら拠点に帰った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

拠点にはヴィヴィアンとXも既に帰還していた。

蔵人は遅くなった事を謝罪して夕食を作り始めた。

軽快な包丁を扱う音に混じって銃声が聴こえてくる。

 

 

「あの、何で厨房から物騒な音が聴こえてくるのでしょうか…………?」

 

 

「今日の蔵人は本気なのよ!」

 

 

疑問を口にしたヨビはヴィヴィアンの説明でさらに混乱を深めた。

先程の音は蔵人が鍋に起源弾を撃ち込んだ音だった。

そうすることで、鍋が内包するシチューの火の通り具合や具材への味の染み具合等を管理することが出来、完成までの期間を劇的に早めているのだ。

 

凄まじい魔術の無駄遣いだが、それにツッコミを入れる者はいなかった。

 

 

果たして、蔵人の作った料理は好評だった。

変態的な技量を持つ魔術師が魔術をふんだんに使用して作った料理が調理時間の壁に阻まれる訳などなかったのだ。食前のケーキの存在など無かったかのようにアカリ達は一心不乱に夕食をとった。

 

 

「そういえば、用務員さんは今日何をしていたんですか?」

 

 

一通り食べ終えて落ち着いたアカリが蔵人に尋ねた。

その表情に暗さや陰りは垣間見えない。

蔵人は昼間の件が尾を引いていない事に安堵しつつ答えた。

 

 

「いつも通りのフィールドワークだよ。カジノにも行った。」

 

 

『カジノ』と聞いてヨビが身を固くする。

それには一切構わずに蔵人が言葉を続ける。

 

 

「そして、大勝ちして買ってきた。」

 

 

「何をですか?」

 

 

「カジノをだ。」

 

 

ヨビが食べていた物を吹き出して噎せる。

近くにいたアカリが「大丈夫ですか?」と、尋ねながら水を渡した。

「ありがとうございます。」と、礼を言って渡された水を一息に飲み干したヨビは蔵人に「どういうことですか!?」と、詰め寄った。

ヨビは齎された情報のあまりの衝撃によって一時的に奴隷という立場を忘れていた。

 

 

「文字通り、カジノで大勝ちしたからカジノの経営権を購入した、という事だ。尤も、こちらも旅があるから直接の経営はしないがな。人事に関しては私にも裁量権はあるが、信頼できる人物を経営者に据えてマージンと情報を受け取る様式にし、運営は一任してある。」

 

 

何でもないように言う蔵人にヨビが絶句する。

自分達の生活を破滅に導いた原因の一つがたった一日、実際には半日にも満たない間に目の前の人物に掌握されたなどと、とても信じる事はできなかった。

言葉にならない呟きを口の中でモゴモゴさせて立ち尽くす。

 

 

「急にどうしたんですか、ヨビさん?ご飯中に行儀悪いですよ。落ち着いて座ってください。せっかくのご飯が冷めちゃいますよ?」

 

 

アカリが何でもないようにヨビを嗜める。

驚いて他の人物に目を向けても、Xと雪白は気にせずに食事を続けているし、ヴィヴィアンも「さすが蔵人ね!」とはしゃいでいるものの驚いている様子はない。

 

 

「あの、カジノですよ?何故、皆さんは平然としているのですか?」

 

 

疑問を消化できずに思わず口に出すと、呆れたような目を向けられた。

どうしてそんな目をされるのか訳がわからず益々混乱しているとアカリが苦笑しながら教えてくれた。

 

 

「皆、用務員さんがすることになれてるんですよ。今更、カジノを買い取った位では、『私の師匠はやっぱり凄いな』と尊敬し直しはしても、驚きはしません。」

 

 

ヨビはカジノの購入に対しての認識に眩暈がする思いだった。しかし、何となく先日言われた「このくらいで驚いていたら用務員さんの家族は務まりませんよ!」という言葉の意味が分かってきた気がした。

確かに、これでは心臓がいくつあっても足りない、と。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

翌日、ヨビは蔵人と行動を共にしていた。

蔵人からヨビへ、「昨日の仕上げがしたいから手伝って欲しい。」とのお達しがあったのだ。

自分に何か手伝えるような事があるのだろうかと、内心首を捻ったが、ご主人様(ナイハンカー)からの命令に背く訳にもいかないし、背く理由もないために同行したのだ。

 

 

「あの、仕上げとは何をするのでしょうか?」

 

 

「そう慌てずとも、まもなく分かるだろう。私の所感だともうすぐだ。」

 

 

蔵人はそう言うがヨビの疑問は深まるばかりだ。

そもそも、どこに向かっているのだろうか。先程から、メインストリートをぶらぶらと歩くばかりで目的地は皆目見当もつかない。思えば、この道は既に通った気もしてくる。目的地等あるのだろうか。

そのような事を考えながら追従していると、不意に男女混合の十数人の人種の集団に囲まれた。

その中の一人が蔵人に接近して口を開いた。

 

 

「貴方ね。人の奥さんを奴隷落ちさせて隷属させているというのは。同じ人種として腹立たしいわ。解放しなさい!」

 

 

突然の出来事にヨビは目を白黒させていたが、蔵人は一瞬、口許に笑みを浮かべると直ぐに真剣な表情にして言葉を発した。

 

 

「ふむ、会って早々随分な言い様だな。そもそも、君は何者かね?」

 

 

「突然の失礼をお詫びします。私はコニー・カーゾンと申します。私達はとある勇者様の教えを受け、この国、いえこの世界の現状に危機感を持ち、何かをしなければという想いで立ち上がりました。」

 

 

「そうか、世界のために出会い頭に見知らぬ人物に因縁をつけているのか。高尚な信念だな。それで、何の用かね?」

 

 

自己陶酔した様に演説したコニーに蔵人は真剣な表情を崩さずに尋ねた。

コニーは蔵人の言葉に顳顬をヒクつかせながら答える。

 

 

「ですから、貴方も北部人ならばそのような恥ずべき行為をするべきでないと言っているのです!」

 

 

「心当りがないな。ところで、図星を突かれて激昂するのは恥ずべき行為に当たらないのかね?」

 

 

「よくもぬけぬけとッ!奴隷です!奴隷に決まってるじゃないですかッ!」

 

よくもまあ、これほど人を煽れる物だと半ば呆れながらヨビはやり取りを見ていた。

コニーという名前らしい女性の言葉の一つ一つにノータイムで的確に怒りのツボを突くような皮肉を交ぜて返している。素で言ってるのではないだろうかという疑念まで湧いてくる。

 

 

「貴女、酷い事されてない?無理する必要はないわよ。私達は貴女の味方です。助けさえ求めてくれれば貴女を助けられます。」

 

 

ヨビがしばらく呆けてやり取りを見ていると、自分の方にも飛んできた。正直、ヨビは関わり合いになりたくなかった。

もともと、自分が望んだ事だし、助けるとはどのようにするつもりなのだろうか?

奴隷契約は既に済まされているので法的に他人の介入の余地はない。

ならば、力づくで従わせようと考えているのだろうか?

だとしたら、勘違いも甚だしい。たった十数人でこのご主人様(ナイハンカー)をどうにかできるものか。

等とヨビは考えてはたと気付く。

自分もアカリ達と似た思考になっていることに。

 

なるほど、アカリ達にはご主人様(ナイハンカー)の行動にいちいち驚く自分はこう見えていたのかと納得する。

確かにこれは呆れもする。規格外さを知ってしまえば、それを知らない他人の行動は酷く滑稽で憐れだ。

 

ヨビは面倒になって、無理に笑顔を作りコニーの申し出を断った。

 

 

「いえ、ご主人様(ナイハンカー)に不満はありませんので。」

 

 

決定的だった。

皮肉なことに、ぎこちない笑顔は集団の心を打った。

ヨビが被差別対象の蝙蝠系獣人だと言うことも相まってこの女性はあの男に利用されているのだと誤変換されてしまう。

 

 

「お待ちなさい!この女性を解放しなさい!」

 

 

蔵人は答えずにヨビに目配せする。

 

 

「結構です。解放されては困ります。」

 

 

「貴方、脅迫して言わせてるのでしょう!卑怯者ッ!」

 

 

ヨビの言葉ではコニーは止まらない。彼女の頭の中には既に、『夫から引き裂かれて男に利用されている悲劇の女性、ヨビ』が出来上がってしまっていた。

 

 

「やれやれ、ヨビの言い分も聞かない。法的にも私が正当、君は一体何がしたいのかね?そんなに奴隷を解放させたいのなら、一々個別に当たってないで、王政府にでも掛け合いたまえ。法改正されたのならば、こちらもそれに従わざるを得ない。」

 

 

コニーは俯いてしばらく黙っていると、やがて、声を張り上げて言い放った。

 

 

「王はご容体がかんばしくありません!次期に即位される王子は私達と同じくミス田嶋の教えを受けられた人物です!新王に立たれた際には奴隷制を廃止し、女性の権利を守り、最終的には自ら王政の廃止を行い、民主化を促すことでしょうッ!」

 

 

駄目だろう。ヨビはそう思った。

こんな事は大通りの真ん中で、それも、声を張り上げて言うべき事ではない。

関係者のみで秘されるべき情報であって、不特定多数に知られたら確実に混乱が起きるだろう。

 

 

「色々と言いたい事はあるが、第一にそもそも君は何故それを知ってるのかね?」

 

 

「私の父はカジノの経営にも携わっている商人なので、それくらいは当然知っています。それに、まもなく町中の人が知ることになる事実です。」

 

 

今、聞き捨てならない情報があった。

終わったな。ヨビはそう確信した。

その証拠に、ご主人様(ナイハンカー)がとても爽やかな、アカリが見たら一発で興奮するだろう、それはもう素晴らしくイイ笑顔をしていたのだ。

 

 

「そうか、君の御父上はカジノの経営に携わっているのか。それはとても敏腕な人物なのだろう。ところで、これを見てくれ。」

 

 

蔵人がどこからか一枚の紙を取り出して、コニーに差し出した。

コニーは訝しげにそれを見る。

 

 

「何ですかこれは…………カジノ経営に関する契約書…………本契約書の発行に伴ってカジノに関する経営、人事、その他一切の裁量権はクランドに一任されるって、ええ!?」

 

 

「カーゾン君だったかな?そう言えば思い出したよ。今、経営を一任している、『財界の魔王』とも呼ばれる人物をして優秀だと言わせた逸材だったね。しかし、いくら優秀でも娘相手とは言えこんな大通りで大声で王族の秘密を暴露するような人物に機密情報を漏らすのはいただけない。これは、採用の見直しも考えるべき由々しき事態だと思うのだが、君の意見を聞かせて頂けないかね?」

 

 

本当にイイ笑顔だった。

コニーという名前らしい女性に憐憫まで湧いてくる。

しかし、ほぼ完全に自業自得であるために助ける余地はない。

 

 

「嘘だ。嘘だ。何かの間違い…………そうだ、何かの間違いに決まってます!こんな風にその女性も脅しているのでしょう、この卑怯者ッ!」

 

 

明らかに八つ当たりだった。いや、都合の良い解釈に逃避したのかもしれない。

自分のせいで父親が職を追われるかもしれないという事実に耐えられなくなったのだろう。

 

追い討ちをかけようと口を開こうとした蔵人の言葉は、突然割り込んできた熊系獣人の男に遮られる。

 

 

「さっきから聞いてりゃあ、いい加減にしやがれ!」

 

 

コニーは救いを求めるようにその男を見た。

熊系獣人の男は怒り心頭といった様子で続ける。

 

 

「さっきから、よくもまあ好き勝手言いやがって、謝れよそこの"女"!」

 

 

「…………え?」

 

 

熊系獣人の男の言葉に、コニーは呆ける。

 

 

「いいか、そこのクランドさんは夫から暴力を振るわれている女を助ける為に高い金を払って奴隷として買ったんだよ!それになあ、俺達の棟梁の古傷を治して仕事に復帰させてくれた恩人なんだ!テメェが言うようなヤツじゃねえ!」

 

 

「俺は、かみさんの怪我を治してもらった!」

「俺は、期限ギリギリの仕事を手伝ってもらった!」

「私は、娘の病気を治してもらったわ!」

「僕は娘の出産に間に合うようにしてもらった!」

「儂は、空腹で倒れていた所で食料を恵んでもらった!」

「くらんどおにいちゃんは、ままをたすけてくれたの。くらんどおにいちゃんをわるくいわないで!」

 

 

「クランドさんに謝れよ!」

「くらんどおにいちゃんにあやまって!」

「クランドさんに謝りなさいよ!」

「謝れよ!」

「謝れよ!」

「謝れよ!」

 

 

『謝れよ!クランドさんに謝れよ!』

 

 

熊系獣人の男に続いて街行く人が口々にコニーを責め立てた。

コニーは耳を塞いで踞った。

 

 

「私が…………悪かった、の?ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」

 

 

狂ったように謝り続けるコニーに蔵人がゆっくりと近付いていく。

 

 

「顔を上げてくれ。どうやら私達の間には誤解があったようだが、もう解けただろう。今の事は水に流して今後は友人として付き合おうじゃないか。大切な部下の娘さんと蟠りを抱えるのは私も心苦しい。皆様もそれで良いでしょうか?」

 

 

蔵人が呼び掛けると、民衆は矛を納めた。

 

 

「許して、頂けるんですか?」

 

 

「ああ、当たり前だろう。しかし、これからはもっとよく考えて行動しなさい。行動には責任が伴う物だからね。情熱的に理想を追うのもいいが、冷静になることも大切だ。」

 

 

「ありがとうございます…………本当に申し訳ありませんでしたッ!」

 

 

嗚咽するコニーを慈悲深く微笑んで見つめるクランドに人々が拍手喝采する。

そして、良いものを見られた。さすがクランドさんは器が大きいと称賛した。

 

人々が捌けると、蔵人はヨビに「行くぞ」と声かけて歩き出した。

慌ててヨビも付いていく。

ヨビは蔵人に更に疑念を深めて薄気味悪さを感じていた。

 

 

 




薄気味悪く思うなんて、クランドさんに謝れよ!

という訳で、用務員さんによる仕上げでした。


ところで、作者のカルデアにキアラ様が御降臨なされたのですが育てて良いのでしょうか?

正直、怖いので…………おや、誰か来たようだ。こんな時間に誰だろう。ヒイッ貴女は、うわっ、なにをするやめ、アーッ!


きあらさまにふぉうくんとたねびをぜんぶささげましゅ、あへぇ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗躍

全角スペースの打ち込み方を今更覚えた作者です。
これから折を見て他にも適用させていきたいと思います。





 王城とは離れた位置にある古びた屋敷にて、ルワン家の当主であるイグシデハーンは報告を受けていた。

 

 

「未だに件の北部人は蝙蝠系獣人(タンマイ)を返却した様子はないが、噂の方はどうなっている。」

 

 

「はっ、可能な限りの伝を使用し、街中へと広めております。一部では例の北部人を強く排斥しようと志す勢力も発生し、それが民衆へ広がるのも時間の問題かと。」

 

 

「ならば直に奴も蝙蝠系獣人(タンマイ)を手放すか。」

 

 

 イグシデハーンはルワン家の再興に生涯を懸けていた。

 事実、その手腕は官位と官職を授かった中興の祖の再来と持て囃され、ルワン家が直近の百五十年で最も力を盛り返しているのは自他共に認めるところだ。

 そして、新王の即位が間近であるとの報を受けた。

 英明と讃えられる王子が立てば、愚かな現王に追従している木っ端共を駆逐して、ルワン家が官職に返り咲く事も可能だと考えていた。

 そんな時期だからこそ、ルワン家の醜聞が世に出てはならない。積み上げてきたものをこのような些事に邪魔されたくなかった。

 

 

「この時期におかしな噂がわずかでも流れるのはまずい。…………北部人か。ならば心中してもらうのが一番だな。ナバーは妻を奪われ、さらにはその妻にまで裏切られた哀れな男として同情をひける。民衆にとっては都合の良い事実さえあれば真実などどうでも良いのだ。シンチャイ、任せたぞ。奴隷共には証拠を残さぬよう念押ししておけ。」

 

 

「はっ。」

 

 

 シンチャイは顔を引き締めて了解した。その直後に背中が再び疼き始めて、シンチャイは顔を顰めて掻き毟った。

 

 

 

 陽も落ちて、辺りを闇が支配した頃にシンチャイは奴隷達を連れて出立した。

 移動を始めて間もなく、叩きつける様な雨が降り始めた。この辺りでよく起こる集中豪雨だ。

 シンチャイは幸先の悪さに舌打ちしたが、雨音によって足音が消されれば隠密性も増すから、むしろ幸運だと思い直して心を落ち着かせた。

 だが、雨によって行軍速度が低下している事、さらには雨によって奴隷達の消耗が増す事も事実であった。

 

 

「雨に叩かれるよりはマシか。おい、経路を変更してジャングルの中を進むぞ。」

 

 

 シンチャイは奴隷達にルートの変更を命令した。

 ジャングルの中を進めば木々が雨避けになるだろうという判断だった。

 シンチャイと奴隷達はずんずんとジャングルの中に入っていった。

 

 そして、シンチャイ達は夜が明けようとジャングルから出てくる事はなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ふむ、新種の魔獣か。」

 

 

「ああ、ジャングルの木々に擬態して触手を伸ばし襲ってくる性質らしい。一部のハンターから報告が上がっていてな。なんでも、斬っても斬っても際限がないらしい。」

 

 

 翌日、ハンター協会で蔵人はベイリーに呼び止められて相談を受けていた。

 ベイリーの顔には疲れが浮かび、彼が纏う哀愁は一段と増していた。

 

 

「なるほど、つまりはその魔獣の討伐を私に依頼したいという事か。」

 

 

「そうだ。頼まれて貰えるか?」

 

 

 蔵人は少し考える素振りを見せた後に口を開いた。

 

 

「その魔獣による被害状況はどうなっているんだ?」

 

 

「ああ、それなんだがな。まあ、ほぼゼロなんだ。報告に来たハンターも"しぶとさは厄介だが、攻撃自体は虫に刺される程度だった"なんて言っててな。逆に、ジャングルから出てきた魔獣による被害届けが減ってるんだ。」

 

 

「ならばよいではないか。それは益獣というヤツだろう。無理に対処せずとも問題なかろう?」

 

 

 笑ってそう言う蔵人にベイリーは難色を示す。

 確かに現時点では大きな被害もなく、ジャングルの魔獣の抑止として役立っている。だが、魔獣の考えなど読めないし、気まぐれに人々に牙を剥くリスクを考えると、際限なく復活して行動を続けるような魔獣を放置しておくなどという判断を副支部長としてする事はできなかった。

 否定的なベイリーに蔵人は一層笑みを深めて続ける。

 

 

「なに、魔獣の大暴走(スタンピード)を警戒しているなら、それは杞憂だ。そのような事は起こらんよ。私が保証しよう。」

 

 

「…………まさかおまえ―――」

 

 

「―――その先は言わない方が賢明だろう。口にしない方が幸せだ。君達も私達も。」

 

 

 スッと笑みを消して淡々と冷たく言う蔵人にベイリーは冷や汗を流した。

 気圧されたのを隠すために顔に笑みを張り付けて軽い調子でベイリーは言葉を続ける。

 

 

「そうかそうか、流石巷で人気のクランドさんだな。随分慕われてるじゃないか。この短い間に何をしたんだ?」

 

 

「いや、それほどでもないさ。私のような旅のハンターにとっては地域住民との友好関係の確立は重要な課題の一つでね。色々と人助けしたところ、それなりに味方を得られた訳だ。いつまでも外様では何かと不自由なんだ。」

 

 

 蔵人は冷たい雰囲気を消して、ニヤリと笑って答えた。

 ベイリーは内心胸を撫で下ろして力なく笑った。

 

 

「どうだかな。まあ、気を付けろよ。一部では君を貶める噂も流れている。尤も、この人気ぶりを見ると心配する必要はなさそうだがな。」

 

 

「把握している。先日もそういった誤解のある方々と話し合いの下で和解したところだ。油断などせんよ。私はどこまでいっても立場の弱い外来ハンターである事には変わりないからな。」

 

 

「立場が弱い、か。よく言うよまったく…………」

 

 

 真面目くさった顔でぬけぬけと言う蔵人にベイリーは湛えた疲れを一段と滲ませて、覇気を無くして佇んでいた。

 

 

「それでは用事も済んだようなので御暇させて貰おう。ところで、随分元気が無いようだな。副支部長がそれでは組織全体に差し障りもあるだろう。仕事に精を出すのもいいが、やり過ぎは体に毒だ。今度、何か疲労に効く物を差し入れてやるからあまり疲れを溜め込まない様にしたまえ。」

 

 

「あ、ああ…………」

 

 

 ベイリーは「誰の所為だよ」という思いを飲み込んで返事をした。

 

 後日、蔵人によって差し入れられた軽食を口にして、「何これうまっ」と一気に疲れを克服するのは別の話だ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「すまない。待たせてしまったな。」

 

 

「終わったんですね。突然呼び止められて、何のお話だったんですか?」

 

 

「別に大した用事では無かったよ。付近の魔獣に関する情報の共有といったところだな。それより、あれは一体何をやってるんだ?」

 

 

 蔵人の視線の先では、猫系獣人の少女が蕩けた表情で雪白に抱きついていた。抱きつかれている雪白はモグモグと何かを食べている。

 アカリはばつが悪そうに笑いながら説明した。

 

 

「アハハ、えーと、なんて言いましょうか…………あの女の子が雪白さんに触りたいって、それはもうキラキラとした目で頼んで来ましてね。断りきれなくて、雪白さんに聞くように言ったら、鳥の足で見事買収して今の状態に。かれこれかなりの時間になりますが、あの表情を見ると止めるに止められなくて…………それに、あの女の子の髪もモフモフしてて、雪白さんのモフモフと合わさって見事な共演を果たして、くふふふ。」

 

 

 途中で怪しげにトリップしだしたアカリを脇に置いて蔵人は雪白達に近付いて行った。

 その間に「アカリも最近は良い感じに余計な力が抜けてきて、異世界を楽しめてるようで何よりだ」と考えており、この状況に対してこの感想と蔵人も相変わらずだった。

 

 

「幸せそうなところに悪いが少しいいだろうか?」

 

 

「…………はひ?あれ、クランドさん?」

 

 

 声をかけたところ、自分を知っているらしい猫系獣人の少女に、蔵人は記憶を探り、程なくして少女の素性を割り出した。

 

 

「確か……ミル、だったか。まあ、元気そうで何よりだ。」

 

 

「ハイ!クランドさん、この間はありがとうございました。お蔭様でなんとか行列を乗り切れました。」

 

 

「ハハハ、お役に立てた様で何よりだ。」

 

 

 蔵人は以前、ハンター協会のカフェにてあまりの客足の多さにてんてこ舞いになっていたところ助けたのだった。

 カフェの料理を寸分違わぬ味でベテランの料理長を凌駕する速度で再現して注文を捌き、一躍尊敬の的となっていた。

 

 

「それで、随分と幸せそうだったが、そんなに雪白を気に入ったのか?」

 

 

 蔵人の言葉に、ミルは先程の自分の様子を思い出したのか、顔を真っ赤に染め上げて居住まいを正した。

 

 

「…………これは、そのですね。これほど大きくて白い魔獣は私達、猫系獣人の父祖神霊に似ているんです。あっ、父祖神霊っていうのは私達の始祖と呼ばれて伝えられている姿を持った魂に死んだご先祖様達の魂が寄り集まってできた集合体みたいなものです。伝わりますか?」

 

 

「ふむ、つまりは代を重ねる毎に信仰による強化だけでなく純粋な霊格も上がるのか。面白い。」

 

 

「霊格、ですか?」

 

 

「いや、こっちの話だ。続けてくれ。」

 

 

「は、はあ。それで、神様なんですけど、父親とか母親とか兄様、姉様みたいな感じなんです。獣人種によって性格は様々ですが、少なくとも豹系獣人は同じようだったと思います。」

 

 

「なるほど、とても面白い話を聞けた。参考になったよ。お礼に、もう少しの間雪白に抱きついている権利をあげよう。」

 

 

「本当ですか!?やったー!」

 

 

 ミルは蔵人の言葉に喜び勇んで雪白に抱きついた。

 嬉しそうに雪白のフカフカしている背中に顔を埋めるミルの様子を蔵人は微笑ましく見守っている。

 

 

「何と言うか、アカリ2号だな。」

 

 

「あれ、私ってあんな感じだと思われてるんですか!?」

 

 

 トリップから復帰したアカリが心外だとばかりに抗議する。思われるもなにも、今までの生活で多数の前科があるし、つい先程までもあんな感じだった。

 

 

「ミルはどこに…………あー、仕方ねえな。」

 

 

 スキンヘッドの猫系獣人の男性がやって来て、雪白と戯れるミルの様子を見て目を細めた。

 

 

「すまない。忙しかっただろうか?」

 

 

「クランドさんじゃないですか。いや、謝ることはありませんよ。今日はあの日程の忙しさはありませんし、お蔭で俺も噂の白い魔獣を見られましたからね。クランドさんの猟獣だったんですか。」

 

 

 彼の名前はクック。ハンター協会のカフェの料理人で、姿の見えないミルを探しに来たのだった。

 

 

「あの様子を見ると、引き離すのは酷に思えてな。つい、許可してしまった。」

 

 

「あれは早くに両親を亡くしましたからね。熱心に父祖神霊に祈ってたんです。まあ、クランドさんの猟獣はあまり熱心じゃない俺でさえ拝みたくなりますけどね。」

 

 

「そうか、両親を…………それは、辛かっただろうな―――そうだ。時間も時間だから、昼食は此処でとることにしよう。アカリとヨビもそれでいいね?雪白もまだ食べられるだろう?」

 

 

 アカリとヨビは了承し、雪白も尻尾で丸を作って同意を示して、ミルを乗せたまま近付いてきた。

 

 

「よっしゃ!クランドさん達になら、腕によりをかけて今出来る最高の料理を出しますよ!クランドさんからカネは取れませんのでお代は結構です!」

 

 

「ハハハ、期待している、が、代金は払わせてくれ。これでも私は少しばかり稼ぎがいいんだ。」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「そう言えば、クランドさんを悪く言う噂が流れてるらしいですけど大丈夫ですか?」

 

 

 食事後、クックが訪ねてきた。

 

 

「副支部長からも同じ話を聞いたよ。私を貶めたい集団がいるらしい。」

 

 

「クランドさんを…………許せませんね。俺に出来ることがあったら言って下さい。クランドさんには俺だけじゃなく、俺のダチも助けてもらったんですから。」

 

 

「気持ちだけ受け取っておくよ。どのような噂が流れたって、君達が事実を知っていれば効果はなくなるのだからな。それだけで充分だ。」

 

 

「そうですか…………いつでも頼って下さいよ。クランドさんに助けられた人なら皆、クランドさんを助けたいと思ってるはずですから。」

 

 

 蔵人はクックの言葉に「ああ」と返事して、アカリ達を連れてカフェを後にした。後ろを向いた蔵人の口角は上がっていた。

 

 

 

 




というわけで、(用務員さんの)暗躍でした。
え、知ってた?そんなー


クックという名前はこちらで付けました。原作でスキンヘッドの猫系獣人に名前は無かったはずですが、知っている人がいましたらご指摘お願いします。


ところで、キアラ様にダヴィンチちゃんの工房の分も含めて全ての種火を献上した作者はBBの再臨ミッションで血を吐きました。汚い、さすが魔性菩薩きたない。
イベント中なのに種火周回に駆り出されました。場合によっては林檎齧る必要性もあるかもしれません。

キアラ様と言えば、fgo基準では何かとギリギリな気がしますが、よく考えると亀裂の位置がもうちょい下だと危険でしたが、地球モナピーよりは落ち着いてますね。改心したのは事実かもしれません(楽観視)


そういえば、ロゴスイーターの解説にCランクに落ちれば"さわりのようなもの"とありましたね。

さわり:話の聞かせどころ、要点、サビ、最も重要な部分。

…………これは、深読みしてしまいますね!(笑顔)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナバー

今週は忙しく、遅れてしまいました。
日付的には一週間以内なので、どうか御許しを。





 ヨビとアカリと雪白は、とあるあばら屋の前にいた。ここは、ヨビとナバー、そして、殺された子供が暮らしていた家だ。

 ヨビは煤けた家をぼうっと見上げていた。かつての幸せな日々と勇者の遺跡完全踏破によって滅茶苦茶になった日々が過っては消えていく。

 しばらく立ち尽くした後、アカリの方を向いて頭を下げた。

 

 

「申し訳ありません。我が儘を言ってしまって……」

 

 

「いえ、我が儘なんかじゃありませんよ。さっ、早く行きましょう。」

 

 

 アカリに促されてヨビは家の軒下へ向かった。

 そこには、木の杭がポツンと立っていた。それは、手製の墓のようだった。

 ヨビが墓の前で膝を突き、手を合わせて目を閉じる。

 アカリは土精魔術で器を作り、それにポケットの中に入っていたチョコレートを入れて墓前に供えて、ヨビに倣い拝んだ。

 

 ややあって、ヨビが粛然と立ち上がりアカリを見た。

 

 

「…………ありがとうございます。」

 

 

「用務員さんがいたら、正式に供養できたと思うんですけどね。私には祈る事しか……」

 

 

「フフ、そうですね。ご主人様(ナイハンカー)なら、できてしまいそうです。それでも、ありがとうございます。今まで、弔ってくれる人なんていませんでしたから。」

 

 

 雪白は尻尾で墓に付いたホコリをパタパタと払っていた。

 ヨビは、雪白にも礼をして家へ向かった。

 

 

「ごめんください。誰かいらっしゃいませんか?ごめんください!」

 

 

 アカリが何度もドアを叩いて声を張り上げるが応答はない。

 困り果ててドアに手を掛けると、それはいとも容易く開いた。二人は中に入る。

 

 荒れた室内に足を踏み入れると、強いアルコール臭が漂ってきて、アカリは顔を顰めた。

 部屋の奥では、ナバーと思しき、伸びすぎた髪を適当に結んでいる無精髭の男がテーブルに突っ伏していた。

 

 

「…………なんだ、お前は。」

 

 

 男は気怠そうに体を起こして、アカリとヨビを見た。

 

 

「…………ああ、どこかの奴隷になったんだったか。何の用だ、金なら無いぞ。もう全部スッちまったからな。」

 

 男はヨビの首輪を見ながら言った。

 ヨビは黙ってただナバーを見つめ返していた。

 

 

「それにしても、女とは随分と物好きな買い手が付いたもんだな。レズってやつか。それとも、ママにでも似てたか?」

 

 

 クックックと喉を鳴らして笑う男をアカリは無感動に見て、「いえ、私は任されているだけですから。」と、事務的に答えた。

 男はつまらなそうにしてヨビに向き直り、再び何の用か尋ねた。

 

 

「…………ダーオは誰に殺されたか知っていますか?」

 

 

「ああ、知ってる。」

 

 

 なんとか声を出したヨビの問いに、男はアッサリと答えた。

 

 

「なんだ、そんな事が知りたかったのか。聞かれたらいくらでも答えてやったのに。」

 

 

 男は足元の容器から酒を注いで呷り、話し始めた。

 

 曰く、その日は父親に呼ばれた。いつもの小言だと思ったが、行ってみると金子を渡され、家に帰らぬよう言われた。なんとなく何が起こるかは察しが付いたが、そのままカジノへ行き、帰りは飲み潰れたらしい。

 

 聞いていく間にヨビの表情は消えていった。信じたかった。彼女はまだナバーを愛していたのだ。

 

 

「んで、それを知ってどうするつもりだ?俺を殺すか、親父を殺すか、まあ、どうでもいいか。」

 

 

「…………ダーオの仇を討つために、父親を訴える気はありませんか。」

 

 

 ヨビは願うように尋ねた。ナバーへの愛もダーオへの愛も捨てられるものではない。だから、せめて憎まずにすむように、ナバーにダーオへの愛情を示して欲しかった。

 そんなヨビにナバーは、けんもほろろに言い放つ。

 

 

「なんで今更そんなめんどくさいことしなきゃいけないんだ。」

 

 

 その後も、ヨビは望みを捨てきれずに言葉を重ねるが、素気なく返される。

 ヨビは無言で立ち尽くすが、それでもナバーを憎みきれなかった。

 

 

「用が無いならさっさと帰れ。お前とはもう他人だ。」

 

 

 ヨビは力無く家から出ていった。

 アカリも業務的に一礼して去ろうとすると、ナバーから声をかけられた。

 

 

「…………近いうちにあんたも、いや、あんたにあいつを任せてるって奴も後悔するだろうよ。なんであんな訳あり女を買っちまったんだとな。」

 

 

「あなたは後悔したんですね。一緒にしないで下さい。」

 

 

「どうだかな。そいつも俺と同じだろう。同情して、善人面して女を救った気になってる、どうしようもない偽善者さ。頼られたり感謝されたりが心地良いだけさ。」

 

 

 ナバーの言葉に、アカリの片眉がピクリと跳ねた。しかし、すぐに無感情な仮面を貼り付け直して、以前にも増して感情を排した無機質な声で答えた。

 

 

「いえ、違いますよ。用務員さんはそのような物とは隔絶した場所にいます。そもそも、ヨビさんを雇うように頼んだのは私なので、偽善者の謗りを受けるのは私の方が妥当です。」

 

 

「くっくっく、そうかい。じゃあ、気を付けな、嬢ちゃん。見捨てるタイミングを間違えない事だな…………逃げ場すら無くなるからな。」

 

 

「見捨てませんし、逃げません。人に不可能なんてないんですよ。強く信じて、常識を棄て、他者評価を棄て、自己保存欲求を棄てて、ただ目的だけに我武者羅に走り続ければどんな事も実現できるんです。私はそんな人を知っています。あなたは、諦めるのが早すぎます。」

 

 

 じっと、酒を見つめてポツリと付け足したナバーに、アカリはそう言って家を出た。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「Ich möchte heilen.(我は健常な現在を望む)Heilung(治癒)」

 

 

 アカリは、部屋を出るなり掌に治療魔術を使用した。

 事実、固く握り締められていた掌には血が滲み、ポタポタと玉になって落下していた。

 

 アカリにとって、夫婦とは美しいものだった。

 アカリはありふれた、しかしながら、暖かい家庭で育ち、両親の仲は良好であった。そして、憧れた人物が愛する者に再会する為に直向きに努力し、不可能をはね除けた姿を見た。

 その後の二人の様子は嫉妬するのもバカらしくなる程仲睦まじいものだった。

 アカリの内心では、その美しい物を穢された気がして腸の煮えくり返る思いであった。しかし、これはヨビの問題で、自分が口を挟むのは筋違いだという思いで必死に抑え込んでいたのだ。

 

 

「お待たせしました。さあ、帰りましょうか。」

 

 

「申し訳ありませんでした。」

 

 

「なんでヨビさんが謝るんですか?今は私よりもヨビさんでしょう?」

 

 

「いえ、その…………顔が…………」

 

 

 ヨビに指されて、疑問に思いながらもアカリは顔に手を当てた。それによって、表情が強ばったまま動いていない事に気がついた。

 

 

「アハハ…………表情を作ってたら、いつの間にか固まってしまったみたいですね。これはちょっと女子的にマズイです。このまま帰ったら用務員さんに心配をかけて―――用務員さんの心配、それも良いかもしれません。くふふ。」

 

 

 顔をグニグニと手で動かしながら声だけは明るくヨビに答えた。

 ヨビは頭は上げたが依然として申し訳なさそうにしている。

 ヨビの様子に、アカリはため息を吐いてビーフジャーキー片手に雪白の方を向いた。

 

 

「まったく、私に気を遣わずに辛いときは辛そうにすればいいんですよ。雪白さん、やっちゃって下さい。全モフモフを以てヨビさんを蹂躙し、素直にさせるのです!」

 

 

 アカリの要請に雪白は「承知した」とばかりにヨビに飛びかかって、尻尾で頭をくしゃくしゃと撫でた。

 最初は抵抗していたが、徐々に目が潤んでいき、最後には完全に雪白に体を預けていた。完堕ちだった。

 

 アカリはその様子を満足そうに頷いて眺めながら顔のグニグニを続けていた。

 しばらくして、ヨビも落ち着きを見せ始め、アカリは、「あっ、だいぶ良くなってきた気がします」と表情を取り戻し始めた頃、そこに近付く人影があった。

 

 

「良かった。やっと見つけられました…………ところで、これはどんな状況ですか?」

 

 

 混沌とした状況に、近づいてきた人物が首を傾げる。しかし、すぐに気を取り直して用件を伝えた。

 

 

「すみません、申し遅れました。私はコニー・カーゾンと申します。貴女は、アカリさんで宜しいでしょうか?」

 

 

「はい。そうですが、どのようなご用件で? 」

 

 

 コニーは、手紙らしきものを取り出してアカリに差し出した。

 手紙にはこの世界の技術レベルには不自然な上等な紙が使われている。

 

 

「言伝てを託されまして、貴女を探していました。詳しくはこちらに、中身は拝見していませんのでご安心を。」

 

 

 アカリは要領を得ずに手紙を受け取って中身を確認すると、目を見開いた。

 中には、蔵人の筆跡で文字が綴られていた。

 

 

「えーと、『すまないが、用事が片付きそうにないため今日は帰れそうにない。食料庫の中のものを適当に食べてくれ。そして、こちらが本題なのだが、今朝がた現王が崩御した。ヨビが仇討ちするのは明日の新王即位パレードが最適だろう。必要なものは拠点にまとめてある。また、奴隷の身分では差し障りもあるだろうから、そこにいるコニーを証人にして解放手続きをしてくれ。条件はアカリに任せる。それでは、よろしく頼んだ。』ですか…………どうしますか、ヨビさん?」

 

 

「…………はい、よろしくお願いします。」

 

 

ヨビの返答を聞き、アカリはコニーの方を向いて一礼した。

 

 

「わかりました。それではコニーさん、立ち会いをお願いします。」

 

 

「お任せください。では、さっそく奴隷局に行きましょう。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 翌日、空は晴れ渡り、日光が燦々と降り注ぐ好天のなか、日を跨いだ先王の葬儀が終わり、新王即位のパレードが始まった。

 数十名の部下と魔獣に牽かれる魔獣車に新王は乗り込んでいる。そして、新王は街中を周り民に姿を見せ、官位持ちには一人々々声をかけていく慣わしだ。

 官職の無い名ばかりの官位持ち達はこの機会に己を売り込もうと皆、一様に必死である。

 パレードが進み、ルワン家の前に差し掛かり、新王がイグシデハーン達に声をかけようとした時、二人の間に人影が割り込んだ。

 

 

「無礼も―――」

 

 

「―――無礼を承知の上で、仇討ちの御許しをお願い申し上げます。」

 

 

 

 

 




次回、決着です!


ここ最近忙しくなってきてしまったので少し遅れるかもしれません。申し訳ありません。


ところで、私は展開につまったときは番外編的な物を書いて意識の切り替えをしています。
新しいアイディアも浮かんでくるのでオススメです!

最近では、型月用務員さんをストライク・ザ・ブラッドの古城君に憑依させたIFを書きました。
型月用務員さんは、「えっ、この身体は吸血鬼?しかも真祖?…………やったー、私の身体で真祖の人体実験し放題じゃないか!」とかイカれた事を口走ってました。平常運転ですねw

あっ、いつもやってる事なので、これ書いてて遅れたわけじゃないですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仇討ち

前回、遅くなりそうだと言いましたが、無事完成しました。





「―――無礼者ッ!」

 

 

 闖入者の正体にイグシデハーンは真っ先に気付いて声を上げた。

 

「―――よい。」

 

 

 新王はヨビの行動を鷹揚に許し、捕らえようと動き始めていた部下を制した。

 ラッタナ王国の国王は代々、圧倒的な武力を持ち、その武力への信頼が異質な装いの人物を前にして尚、武官を下がらせた。

 

 

「し、しかし、賎劣たる蝙蝠系獣人が仇討ちなどという妄言を表すなど前代未聞でございましょう。」

 

 

 イグシデハーンが多少は狼狽えつつも、余裕を持って新王に諫言する。

 ここにおいて、仇討ちを行うには、階級が『従者』以上であるという制限があった。そして、イグシデハーンが知る限り、蝙蝠系獣人はすべて『奴隷』階級であった。奴隷階級の者が仇討ちを許されたことはこれまでなかった。

 これが、イグシデハーンの余裕の根拠である。

 

 

「―――名は。」

 

 

「クンドラップ・クールマ・スックと申します。」

 

 

 イグシデハーンは、「バカなッ」と口に出しそうであった。そうならなかったのは、王の御前であるという意識がかろうじて働いたからにすぎない。

 名において、クンドラップが指し示す階級は『従者』である。仇討ちを行う資格を十分に保有する。

 イグシデハーンにとっては、寝耳に水だった。

 

 

「…………ふむ、その方は隔世か?」

 

 

「はい。クンドラップ・タウ・クールマ・ヨックの娘です。」

 

 

「確かに、タウのグシュティにはクールマという名の従者がおり、隔世て蝙蝠系獣人が生まれたと聞いております。しかし、数年前の怪物の襲撃(エクスプロード)によって、クールマの一族は既に途絶えていたはずでございます。」

 

 

 壮年の亀系獣人の男が新王に進言する。

 新王は頷いて、ヨビを見た。

 

 

「資格はありとする。」

 

 

「お待ち下さい。その者は奴隷として売られていたはずであり、それを生業とする者に仇討ちは認められないはずです。」

 

 

 イグシデハーンは冷静さを取り戻して新王に言葉を返した。ヨビの出生には驚愕したが、現在奴隷であるならば問題ないと判断したのだ。

 

 

「首輪は見当たらぬが?」

 

 

「その者を買った北部人は物好―――」

 

 

「―――解放していただきました。ご主人様(ナイハンカー)であったクランド様により、仇討ちのために御配慮頂きました。故に、現在の私は紛れもなくクンドラップ・クールマ・スックです。お疑いであれば、奴隷局か同席頂いたコニー・カーゾン様にご確認お願い申し上げます。」

 

 

 言葉に挙げられた蔵人の名に、観衆がざわめく。

 名を出すことは、蔵人による指示であった。事実、ヨビへの否定的な空気が減り、肯定的な雰囲気が爆発的に増加し、イグシデハーンに向けられた視線は厳しくなる。

 このやり取りで、観衆の心証は一気にヨビの擁護に傾いたのだった。

 

 

「ほう、ミス・カーゾンか。であれば、嘘はあるまい。あれは、ミス・タジマに心酔しておったからな。奴隷の解放に関しては嘘を吐くことはなかろう。」

 

 

 新王は、挙げられたもう一つ名に興味を示した。

 彼は、コニーと同期で勇者タジマの講義を受けていたのだった。よって、コニーの人となりはよく知っていた。

 イグシデハーンは歯を食いしばって歯ぎしりする。

 官位官職を持たない彼には王の決定に意を唱える事などできない。否、現職の官位官職持ちであっても抗う事などないだろう。それ程までに場の空気は"出来上がっていた"。

 イグシデハーンは、ヨビに入れ知恵をした北部人の姿を幻視した。

 イグシデハーンがヨビの背後にいる存在への怒りを募らせている間も、事態は刻々と進行する。

 

 

「して、仇討ちの理由はなんだ?」

 

 

「はい、ルワン家は我が子、ダーオを解放奴隷を用いて強盗に見せかけ殺害いたしました。その時、私も半死半生の傷を負いましたが、生き残ってしまいました。」

 

 

 場がざわつく。

 信じられないのではない。出来上がってしまったのだ。

 我が子を殺された被差別対象の女が、奴隷に落ちた後に、心優しい主に助けられて、我が子の仇討ちをするという劇的なストーリーがだ。

 蝙蝠系獣人(タンマイ)である。女である。おまけに、その主はクランドだ。

 観衆は演劇でも見ているような心持ちであった。中には、感情移入し、涙を滲ませている者までいる。

 

 

「証拠はあるのか?」

 

 

「はい。クランド様によると、夜半に不審な集団による襲撃があったと聞かされました。その者達はルワン家から命令を受けた解放奴隷だと証言しました。」

 

 

「ふむ、その者達の証言を直接聞くことは可能か?」

 

 

「今は、不可能です。現在、クランド様は解放奴隷達の家族の救出を行っており、その成功を確認次第、彼らは公にて証言を行うとしております。必要とあれば、まとめた証言をいくつか公表いたします。信憑性を高めるために、場所、人名等を具体的にしております。」

 

 

「ふむ、イグシデハーンよ、どうする?」

 

 

「…………受けて立ちましょう。」

 

 

 そう答えるしかなかった。ルワン家を再興させるために、醜聞が漏れるのは不味いのである。この空気のなかだ。どのような証言が出ようと、観衆は確実にヨビを信じるだろう。厄介な事に、その証言は真実である可能性が非常に高い。

 そして、なによりも、得体の知れない北部人の入れ知恵を受けたヨビを、これ以上喋らせるのが怖かったのである。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ヨビは、白地に金色の装飾が施された外套を羽織り、手には黒い武骨な大剣が握られている。

 対するイグシデハーンは、皮鎧に身を包み、二本の曲刀を装備している。

 

 

「方法は問わぬ。クンドラップ・クールマ・スックよ、見事本懐を遂げて見せよ。始めッ!」

 

 

 新王の宣言と同時に、ヨビは弾かれたようにイグシデハーンに接近して斬りかかる。

 イグシデハーンは姿勢を変えるだけでそれを避ける。

 慣性を利用して何撃も繰り返すが、イグシデハーンは軽やかに避け続けて余裕を崩さない。

 

 

「その程度か。小狡い北部人に入れ知恵されたとは言え、所詮タンマイはタンマイか。」

 

 

 ヨビの連撃の隙を突き、曲刀が閃く。その一撃は設置していた命精魔術の障壁を破壊し、ヨビの動揺を誘った。

 硬直したヨビが炎に包まれる。

 

 イグシデハーンは燃え盛る炎を一瞥して王の方を向いた。

 しかし、待てども勝利宣言は無い。まさかと思った矢先に、感じた殺気に反射的に曲刀を向ける。

 

 バリン、と硬質な音が響き曲刀は粉砕される。イグシデハーンは後方へ飛び退くことで、かろうじて大剣の一撃を避けた。

 タラリ、とイグシデハーンの額から血が流れる。砕けた曲刀の破片を頭から被り、全身に大小の傷ができていた。

 

 行った下手人は無感情にイグシデハーンを見下ろしている。ともすれば、仕留められなかった事に不満げでさえある。

 その様子がイグシデハーンを逆撫でする。

 

 

「タンマイごときが栄光ある鳥人種である私に傷を負わせるなど。蝙蝠、楽には殺さんぞ。」

 

 

 イグシデハーンは眼を剣呑に光らせながら翼をはためかせ、弾丸のようにヨビに迫り、一本となった曲刀を振るった。

 虚を突かれたヨビは外套を翻して剣閃から身を守る。

 

 

「先程の絡繰りはこれか。大方、あの北部人から与えられた魔道具か。小癪な。」

 

 

 ヨビが反撃しようと攻勢に出ると、イグシデハーンは急速で後退する。ヨビの飛行速度では追撃を行う事は叶わない。

 

 

「フハハハハハハ、空においてタンマイが我ら鳥人種に敵うと思うな。やはり、貴様らに空は似合わん!どれ、こういうのはどうだ?」

 

 

 ヨビの周辺で暴風が渦巻く。竜巻に翻弄されるヨビにイグシデハーンはヒットアンドアウェイで剣撃を繰り返す。

 

 

「フハハハハハハ、動かぬのならばただの的だぞ。」

 

 

 ヨビは動かないのではなく、"動けない"のだった。

 理由は、ヨビの外套にある。この外套は、とある聖女が掲げていた旗を基にして作られた礼装だ。

 物理、魔術を問わずに全ての攻撃を防ぐことができる。だが、模造品に過ぎないこの礼装は、原典よりも性能が劣化していて、発動中は一切の行動ができず、また、攻撃の継続中は発動を任意で停止させることができないという制約がある。

 

―――そして、無視できない劣化点がもう一つ。

 

 

「…………ッ!」

 

 

 初めは、ただの糸屑に過ぎなかった。しかし、外套は所々解れていき、伴って結界も心細くなっていく。

 気付いたイグシデハーンがニヤリと笑って風精魔術を激化させる。

 外套の綻びはいよいよ全体に及びボロ切れのようになり、結界は崩壊した。

 ヨビの全身は竜巻によって切り刻まれ、イグシデハーンの追撃によって地面に叩き付けられた。

尚もヨビを襲い続ける竜巻の周りで火精が躍り、燃え盛る竜巻となってヨビを包んだ。

 

 

「二度も同じ手は食わん。」

 

 イグシデハーンは、竜巻の中に風精魔術で追い討ちした。その眼には狂気が宿っている。

 

 観衆が固唾を飲んで見詰めるなか、果たして、竜巻が晴れるとそこには、銀白色の球体があった。

 皆が驚愕すると、球体は崩壊していき、中からは傷が完全に癒えた様子のヨビと、不敵に笑う男が出てきた。その男の腰には黄金の剣が輝いている。

 

 

「ハハハ、危ないところだったな。間一髪というヤツか?」

 

 

 姿を確認した観衆が沸き立つ。その眼に写る姿は、遅れてきた英雄(ヒーロー)そのものであった。

 

 突然現れた男に武官が武器を構えて警戒する。新王はそれを制しながら威厳を持って声をかける。

 

 

「仇討ちの妨害は重罪ぞ。」

 

 

 それに、流麗な仕草で礼を示して口を開く。

 

 

「助太刀でございます。」

 

 

「ほう、助太刀か。ならば問題ないが、その方は何者だ?」

 

 

「クランドと申します。助太刀へと馳せ参じた理由は、偏に自己の利益の為でございます。」

 

 

「利益、とな?」

 

 

「ええ、そこなるヨビ、いえ、スックには解放条件として、『見事仇討ちを遂げる事』を課していました。このままでは、解放条件が果たされないままスックは死亡し、私は大損でございます。よって、この場に割り込む無礼を働きました。」

 

 

 蔵人の言葉が観衆の胸を打つ。解放条件に本懐の達成を課すという物語のような行動は、観衆をさらに熱狂の渦に引きずり込む。

 新王は厳粛に頷く。

 

「よかろう、許可する。但し、規則によりこれ以上の助太刀は厳禁とする。」

 

 

 ルワン家の人々は動けない。突然現れて流れを掻っ攫っていった蔵人を憎々しく思っているが、熱に浮かされた観衆に呑まれて動けない。

 

 蔵人はヨビの方を向く。

 

 

「さて、こちらはいくらかの予定外はあったが、全ての準備は完了した。それで、君は私の助力を望むかね?」

 

 

「…………いえ、私にやらせて下さい。」

 

 

 ヨビの答えに蔵人は満足そうに笑って何かを取り出した。

 

 

「君ならそう答えると思っていたよ。これは餞別だ。先程完成したばかりの君"だけ"の為の武器だ。そしてこれはオマケだ。confortans(強化)」

 

 

 蔵人はヨビに魔術をかけつつ、巨大な黄金の斧を手渡した。

 

 

「銘を『猛禽の杖斧』という。それでは頑張りたまえ。」

 

 

 その斧を手に持った時、ヨビに不思議な感覚が舞い込んできた。

 ヨビの目から知らずに涙が流れ落ちる。

 懐かしく、温かく、心強い。ヨビが最も幸せだったナバーとの日々の感覚だ。

 

 

「…………ありがとう、ございます。」

 

 

 ヨビは誰にともなく礼を言ってイグシデハーンの方を向いた。

 不思議と力が湧いてくる。蔵人が何かしていたようだが、それだけではない気がする。

 そのように思いながら優雅に構えるヨビに悲愴はない。ヨビは今、ナバーが共に戦ってくれているような気がしてきて、それだけでナバーを許せるようになったのだ。

 

 

「チッ、忌々しい北部人め。余計な事を。だが、タンマイ一人だけならば何度やっても同じことだ。」

 

 

 イグシデハーンは苦々しい顔で悪態を吐きながら風精魔術を発動して竜巻を作る。あわや、ヨビに直撃するといった直前に、ヨビの姿が消えた。否、飛翔していた。

 そのままイグシデハーンに近付く飛行速度は鳥人種と同等どころか、完全に凌駕していた。

 あまりの速度に反応できずにいるイグシデハーンに、すれ違い様に斧を二度振り、彼の両翼を叩き斬り、地に墜とした。

 

 墜ちていくイグシデハーンを一瞥し、ヨビは自分の斧を愛しげに撫でながら優艶に降りてきた。

 

 

「勝負ありッ!クンドラップ・クールマ・スックとクランドを勝者とし、仇討ちの成立を宣言する。よって、この決闘以降、スック、クランドの両名に報復行為を行った者は厳罰に処す。異論が有る者は申し出よ。」

 

 

 新王が宣言する。

 異議申し立てを行うものは、現れない。

 

 

「それでは、先の宣言を正式な物とする。これを犯す事は我の名を犯す重罪と知れ!」

 

 

 新王の言葉に、観衆は一斉にお祭り騒ぎを始める。当事者の蔵人とヨビの周りには人々が集まり口々に囃し立てている。ラッタナ王国は熱狂に包まれ、新王の戴冠式はこれまで以上の盛り上がりとなった。

 

 後に、この出来事は演劇となってラッタナ王国の劇団で一番の人気を博す事になる。クランドの名は物語の英雄として後世まで伝えられていくのだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 その夜、寂れた屋敷の一部屋にて、全身に包帯を巻いた男が怒りに体を震わせる。

 

 

「クソが。クソが。クソが。クソが。クソがッ!私の長年の悲願が、努力が、おのれタンマイと北部人めが。この恨み必ずや…………」

 

 

 ルワン家は秘密裏にクランドへの報復を画策していた。新王の宣言があったとは言え、余所者の北部人相手であれば、表にでない限り王政府は黙認するだろうという判断だ。

 怒りに分別を失っているとは言え、一族の再興のために力を尽くしてきた傑物はただの考えなしではなかった。

 とはいえ……

 

 

「シンチャイ、そもそも貴様がしくじりさえしなければ証拠は出なかったものを…………!」

 

 

「シンチャイ、シンチャイか。クハハハ、確かにこの体の持ち主はそのような名なのだろう。だが、生憎と今話している私はシンチャイではない。」

 

 

「き、貴様は―――」

 

 

 それも、無駄な事だろう。なぜなら、もう既に彼らは、どうしようもない程に"詰んだ"のだから。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 新王が王子時代に組織していた『影』は、ルワン家が報復行為を画策している事を掴んでいた。

 動きがあるとして、潜入した部隊員達はルワン家の人々を摘発し、粛清した。しかし、報告によると、圧倒的に数が少ないらしい。

 行方不明のルワン家の者達は、潜伏し、報復行為を画策している可能性ありとして、捜索対象となったが、それはすぐに打ち切られる事になる。

 

 数日後、発生し始めた深夜の集団失神現象の対応に追われたからである。

 失神した者達は貧血状態になっており、その者達は口々に、死んだ親、子供、兄弟、友人を見ただとか、果てには先王を見た等と証言している。

 これによって、この現象は死者の怨念が原因だと噂が流れ、現象『タタリ』と呼ばれ、国民の恐怖の対象となった。

 

 

 だが、後ろ向きな話題だけではない。ハンター、クランドの出資によって設立された医療機関によって開発され実施された「採血検査」によって、疾病や疾患を早期に発見できるようになり、ラッタナ王国の健康レベルが劇的に上昇したのだ。

 王政府は、これを大々的に称えることで国民の目をこちらに向けさせ、その間に国を安定させようと奔走することになった。

 

 

 




という訳で、用務員さんの礼装による圧倒を期待されていた皆様、申し訳ありません。今回は、愛する人への想いでヨビが覚醒するという王道展開になってしまいましたね(迫真)


ところで、隔世で生まれるってことは、蝙蝠系獣人って劣性遺伝なんですね。
尤も、遺伝子の優性と劣性なんて、舌を巻けるか巻けないかくらいの違いも含まれるんで、それで劣ってるなんて言い切れませんね。


それでは、最後に今回登場した礼装をご紹介して失礼致します。

聖女の外套

蔵人によって製作された礼装。
白地に金色の縁取りと刺繍がなされている。
聖女ジャンヌ・ダルクの旗がモチーフとして、本物と同一の素材を用いて同一の製法で作ったものに概念付与して作成されたものを外套として着用可能にしている。
本物に比べるとランクは著しく低く、デメリットが大きくなっている上に、本物が対城宝具を数発防げるのに対して、宝具級の攻撃には対応できない。

猛禽の杖斧

蔵人によってヨビのためだけに作られた製作された専用武器。他者の使用は想定されていない。
見た目はヘラクレス第三再臨の斧。
基礎能力強化、鳥人種の特性付与、風精親和力強化等の効果が付与されている他に、使用中は不思議な心強さを感じる。
内部には杖が埋め込まれており、杖斧とはつまり、杖を基にして作られた斧という意味。
内部の杖には緑色の液体で満たされたカプセルが取り付けられており、その中には"何か"が浮かんでいる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話:精霊

原作の七章を読んでいて、ふと思い付いて深夜の一時から三時半にかけて書いた閑話です。
二章執筆時に、息抜きとして書いていたものを清書したものです!

書いた時間帯にふさわしいテンションと内容なので、合わなそうだと感じた方は後書きに要点がまとめてあるのでそちらをご覧下さい。


 蔵人が永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)をジッと見つめている。

 

 

「どうしたの蔵人、そんなに難しい顔をして?困り事なら手伝うわ!」

 

 

「いや、それなんだが…………ところで、ヴィヴィアンは精霊だけど、この世界の精霊は見えるかい?」

 

 

「もちろん見えるわ!蔵人とお揃いね!」

 

 

 通りかかったヴィヴィアンに蔵人は唐突に尋ねた。

 ヴィヴィアンはそれに、一緒なのが嬉しくて仕方ないといった様子でニコニコと破顔して答えた。

 蔵人はそれにつられて頬を緩めながら言葉を続けた。

 

 

「最近、手を加えていないのに『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』の威力が上がった気がしてね。調べてみたら、見慣れない精霊が群がっていたんだ。最初は光精かと思ったんだけど、なんだか違う気がするんだ。」

 

 

「本当ね…………ごめんなさい。私、こっちの精霊には詳しくないから、力になれそうにないわ。」

 

 

 力になれないと分かったヴィヴィアンが悲しそうにするのを、蔵人は慌てて取りなした。

 

 

「いや、いいんだ。実は、解決手段に心当たりがあってね。」

 

 

「心当たり…………?」

 

 

 ピンときていないヴィヴィアンに蔵人は見ていてくれと、何かの魔術を起動して操作する。

 しばらくして、蔵人は手応えがあったのか、満足げに頷いた。

 

 

「知らないことは、知ってそうな人に聞くのが解決への一番の近道だ。という訳で、『精霊の最愛(ボニー)』の出番だ。一時的に人格の封印を解除して、会話を可能にしてみた。」

 

 

 蔵人の言葉に、ヴィヴィアンは、なるほどと納得する。

 『精霊の最愛(ボニー)』とは、蔵人がこの世界に転移した時に与えられた加護であり、ハヤトから取り戻した物だ。精霊との親和性を高める効果を持っていて、人格らしきものも保有している。

 力に知識などあるのかは疑問だが、この場では最後の希望である。

 

 

「しかし返答がないな。もしもし、もしもし…………ふむ、会話能力に難があるのか?それでは、

uiolenter activa(強制活性)uiolenter activa(強制活性)uiolenter activa(強制活性)uiolenter activa(強制活性)uiolenter activa(強制活性)uiolenter activa(強制活性)…………」

 

 

『いい加減にしなさい、このノンデリ男ッ!』

 

 

「おっ、どうやら会話可能になったみたいだな。それでは、聞きたいことがあるんだが。」

 

 

 蔵人の頭に怒声が響く。それに対して蔵人は涼しい顔で用件を伝えようとする。

 ヴィヴィアンは上手くいったのを察して嬉しそうにニコニコ見ている。

 

 

『答える訳無いじゃない、頭沸いてんじゃないの!?ハヤトと引き裂かれて傷心な上に、何も見えない聞こえない場所に閉じ込められてたところに急に話しかけてきて、無視してたら乱暴に叩き起こすし、本当ッ何なのアンタ!?て言うか、あの時だって必死に魔法で攻撃してんのに、余裕な感じで笑いながら攻撃してきて……怖いわッ!トラウマ確定だわッ!他にも…………』

 

 

 『精霊の最愛(ボニー)』は、早口で恨み言を捲し立てる。余程鬱憤が溜まっていたのかその勢いは止まるところを知らない。さすがの蔵人もウンザリしてきて顔を顰めると、何が起こってるのか分からないヴィヴィアンは不思議そうに首を傾げた。

 ヴィヴィアンの様子に癒されながら、「いや、そもそもお前は私の力だろう」と疲れた様子で呟くと、『精霊の最愛(ボニー)』の恨み言が止まった。

 どうしたのだろうかと、ヴィヴィアンと同じように蔵人が首を傾げていると『精霊の最愛(ボニー)』の声が再び頭に響いた。

 

 

『ウソ、ヤダ、サラッと俺の物発言!?まさかの俺様系!?ハッ、ダメよ私。私にはハヤトがいるんだからこんな俺様系ドS男に惑わされちゃダメ!』

 

 

(いや、惑わせてないし、なんだ俺様系ドS男って、人を乙女ゲーのキャラみたいに言うのは止めて欲しいんだが…………)

 

 

「で、話を聞く気は有るのか?」

 

 

『フン、誰がアンタの話なんか。聞くわけ無いでしょバーカ。』

 

 

 べーという擬音が付きそうな様子で『精霊の最愛(ボニー)』が答える。

 だんだん、相手をするのが嫌になってきた蔵人は、『精霊の最愛(ボニー)』に質問を続けるメリットとデメリットを本気で検討し始めていた。

 そして、やめた方が有益だと結論が出た蔵人は『精霊の最愛(ボニー)』を封印し直そうと術式を組み始めた。

 

 

『ちょ、ちょっとなにやってるのよ!?』

 

 

「いや、どうやら君に話を聞く気はなさそうだから封印し直そうかと。悪かったな、急に呼び出して。」

 

 

 すると、『精霊の最愛(ボニー)』は姿は見えないが目に見えて狼狽え始めた。

 

 

『ま、待ちなさいよ。ほら、わざわざ呼び出したくらいだからアタシに用事があったんじゃないの。今なら聞くだけ聞いてあげてもいいわよ。』

 

 

「いや、いい。確かに聞くことが可能ならば手っ取り早いが他に手段が無いわけではない。答える気のないヤツに無駄に時間をかけるくらいなら、地道に研究を進めるさ。」

 

 

 蔵人の言葉に『精霊の最愛(ボニー)』は更に動揺を強めた。ボニーに体があれば、きっと目をグルグルと回して汗を大量に流していただろう様子で、必死に言葉を重ねる。

 

 

『そ、そ、そ、そうだったわ。最近はアンタが目を使ってるお陰で外が見えて退屈が減ったっていうかなんとゆうかだから、特別にアンタの質問に答えてあげてもいいわよ。フフン、感謝しなさい!』

 

 

 この時、蔵人は思った。「あっ、コイツ、扱い易い方のツンデレだ」と。そして、「うわっ、これ私のせいじゃないよね。盗んだ勇者君の影響だよね」と。

 蔵人は、自分の力が残念な性格で有ることを認めたくなく、ハヤトのせいだと信じたかった。

 

 

『どっ、どうしたのよ、急に黙って。ま、まさか、ダメ!?ほらっ、今なら聞く準備はできてるわよ!何でも答えるから無視しないで!というか、封印しないで!』

 

 

「ふむ、それでは、私の質問に答えるという事でいいのだな?」

 

 

『フフン、どうしてもっていうならこのアタシが―――』

 

 

「―――いや、別にどうしてもって程じゃあ。」

 

 

『申し訳ありません、私が悪かったです!誠心誠意答えさせて頂きます!』

 

 

 この時、蔵人の中で「『精霊の最愛(ボニー)』=チョロい娘説」が確定した。

 収穫の割にはなんともやるせなさそうな様子で蔵人が本題に入る。

 

 

「ハア…………それで、用事とはな、この剣に群がっている精霊に見覚えが無いから、何か知っていることがあれば聞きたいと思っていたんだ。」

 

 

『へぇー、それって星精じゃん。珍しいわね。』

 

 

 星精という聞き慣れない言葉に、蔵人の好奇心がムクムクと湧き上がってくる。

 内心の動揺を隠して、何でもないように『精霊の最愛(ボニー)』に尋ねる。

 

 

「星精とはなんだ?」

 

 

『ハァ?アンタ、そんな事も知らないの?バッカじゃないの?まあ、いいわ。特別にこのアタシが答えてあげるから感謝しなさいよね!いい、星精ってのは簡単にいうと、レアな精霊よ。火、水、木、土、雷、氷、光、闇はどこにでもいるけど、そいつらはめったにいないのよ。いるとこにはいるんだけどね。』

 

 

「そいつ"ら"ということは、他にもいるのか?」

 

 

『案外察しがいいじゃん。当たりよ。他には、空精とか、磁精とかいっぱいいるわよ。コイツらは、レアな分だけ強力なのよ!…………アレ?そう言えば、何でただの剣に星精が群がってるのかしら?意味不明なんですけど。』

 

 

「なるほど、そういうことか。うむ、解決した。模造品にも適用されるのだな。」

 

 

 一人で納得してうんうんと頷く蔵人に『精霊の最愛(ボニー)』が腹立たし気に声を響かせる。

 

 

『何よ、一人で分かったみたいにして気になるわね…………まっ、いいわ。これも全部アタシのお陰なんだから感謝しなさいッ!』

 

 

「うむ、そうだな。助かったよ、ありがとう。」

 

 

『…………ッ、そ、そうよ、分かってるなら良いのよ(何なのよ今の笑顔はッ!それに、さっきまでの陰険な態度じゃないし、ギャップなの!?反則じゃない!アタシにはハヤトが)って、何してるのよ!?』

 

 

「用事は済んだから封印し直そうと。」

 

 

『ハアッ!?何でそんな事するのよッ!』

 

 

 抗議する『精霊の最愛(ボニー)』に、蔵人は淡々と答えた。

 

 

「だって君、私の寝首を掻こうとするだろう?そうでなくても、ただでさえ暴走癖あるし。」

 

 

 蔵人の指摘に、『精霊の最愛(ボニー)』はギクッと肩を震わせる(肩など無いが)。

 

 

『それは、手違いと言いますか、アハハハ…………良いじゃない別に、アンタだったらどうせアタシが何しようといくらでも対処できるんでしょ!?そのくらい、受け止める気概を見せなさいよ!』

 

 

 逆ギレの様に捲し立てるが、蔵人の反応は芳しくない。耳は傾けているが、魔術の展開はいまだに続けている。

 

 

『ええ、分かったわ。ギブアンドテイクでいきましょう。不服だけど、本ッ当に不服だけど、精霊関連ならアタシがサポートしてあげるわ。最上級魔法も撃ち放題よ。どう!?』

 

 

「現状、火力不足は感じていないから、特にどうも思わないんだが。そもそも、封印してもあまり変わらんと思うぞ。五感を共有させれば、外の様子も分かるだろうし、封印しなかったところで、話す相手など私以外にいなかろう?」

 

 

『それは、なんて言うか、アンタと喋るのは意外と退屈しないし…………違うわよ!しないよりはって話よ!別に、アンタと話すのが楽しいってわけじゃないんだからね!勘違いしないでよね!』

 

 

「…………フッ。」

 

『鼻で笑った!?良いじゃない!良いじゃない!あんな狭い所に閉じ込めるなんて、虐待よ!DVよ!犯罪よ!ほらっ、レア精霊の事とかもっと詳しく教えてあげるから、考え直しなさいよッ!』

 

 

 『精霊の最愛(ボニー)』が必死に言葉を並べる。

 『精霊の最愛(ボニー)』の言葉の中のレア精霊の文言が、蔵人の琴線に触れた。

 

 

「ふむ、そうか。それなら封印を取り止めよう。これから、よろしく頼む、『精霊の最愛(ボニー)』。」

 

 

『え、ええよろしく頼むわ。いつかアンタにはアタシのありがたみを分からせてやるんだから覚悟しなさいよねッ!』

 

 

 ヴィヴィアンは蔵人の言葉しか聞こえていないため、詳しい経緯は分かっていないが、蔵人の様子からなんとなく上手くいったことは察することができたので、「良かったわ。流石、クランドね!」と嬉しそうに抱きついた。

 

 

『…………なんだか、無性にムカムカするわね。』

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

『アンタ本ッ当に―――』

 

 

「あれ、用務員さん、何か良いことがあったんですか?」

 

 

 通りかかったアカリの言葉に蔵人が肩を竦める。

 先程まで『精霊の最愛(ボニー)』の相手をしていた蔵人はあまりの姦しさに辟易する気分だった。

 

 

「そう見えるかい?むしろ逆だよ。アカリ、どうしてそう思ったのかね?」

 

 

「あれ、そうなんですか?でも、用務員さん笑ってますよ?」

 

 

「ふむ…………いや、これは表情筋が引き攣っているだけだ。」

 

 

 アカリの指摘に、蔵人はペタペタと顔を触り、今度は本当に苦い表情になって答えた。

 アカリは「そうですか?でも、あの表情は…………」と、首を捻りながら歩いていった。

 

 

『ちょっと!なんで急に接続を切るのよ!びっくりするじゃない!』

 

 

「すまない。無意識だ。」

 

 

『無意識にあんな複雑な術式組める訳無いじゃない!アンタやっぱりアタシの事バカにしてるでしょっ!むきー、覚えてなさいよっ!』

 

 

「ハッハッハ、忘れた。」

 

 

『ッ!』

 

 

 振り向いたアカリは蔵人の様子を見て首を傾げた。

 

 

「おかしいですね。やっぱり楽しそうにしか見えません。どうしたんでしょうか?」

 

 

 

 

 




要点
・『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』が強化されました。
・『精霊の最愛(ボニー)』が解放されました。
・『精霊の最愛(ボニー)』に明確な人格が付与されました。


という訳で、閑話でした。
勢いのままに書いていったら、何故かこんなキャラに…………

何がいけなかったんや、いつもと違う点といえば、 書いてるときに「ツンデレcafeへようこそ☆」を流していた事くらいなのに(迫真)


読者様に、「腹パンしたい」や「テンプレ乙」と思って頂けたら、『精霊の最愛(ボニー)』のキャラ設定は個人的には大成功です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話:出立

前回に引き続きテンション高めな閑話です。

今回も要点は後書きにまとめますので、合わなそうだと感じた方はそちらをどうぞ。





【ヨビと斧】

 

 

 アカリ、ヨビ、Xはハンター協会へ向かっている。

 ヨビが装備によって強化され、万色岩蟹(ムーシヒンプ)を楽に狩れるようになったため、ヨビの星上げと、ついでにXの星上げをしようとしているのだ。

 

 

「ヨビさ、スックさん?」

 

 

「ヨビでいいですよ。アカリさんから頂いた名前、結構気に入っているんです。」

 

 

「えへへ、そうですか。それじゃあヨビさん。本当にいいんですか、私達と一緒に来て?今はもうヨビさんは奴隷ではありませんし、ラッタナにヨビさんを差別する人は―――」

 

 

「―――いいんですよ。」

 

 

 ヨビは穏やかな笑顔でそう言った。

 

 

「…………ヨビさん。」

 

 

「それに、私には斧(ナバー)がいますからね。フフフフフ。」

 

 

 淫靡な表情を湛えて、妖艶な仕草で愛しげに斧を撫でるヨビにアカリは顔を引き攣らせる。

 

 

「ヒイッ、た、大変です。ヨビさんが武器に元夫の名前を付けて、恋人のように接するヤバい人になってます!」

 

 

「そんな、アカリさん。恋人だなんて…………」

 

 

 頬を赤らめて嬉しそうに恥じらうヨビにアカリの表情はますます引き攣っていく。

 

 

「ど、ど、どうしましょうXさん!?ヨビさんが!ヨビさんが!」

 

 

「アカリ、落ち着いて下さい。締まってる上に、そんなに揺さぶられたら…………」

 

 

 混乱のあまりアカリはXの胸ぐらを掴んで揺さぶっていた。無意識に筋力強化の魔術まで使用している。

 青い顔をしているXに気付いたアカリは「すみません」と謝るとXを解放した。

 

 

「アカリ、強くなりましたね。今のは少し効きまし…………吐きそう。」

 

 

「だ、大丈夫ですか!?水とか飲みますか?」

 

 

「ご心配なく。至高のセイバーたる私はゲロとか吐いたりしません。ええ、セイバーですので。しかし、水は頂きます。」

 

 

 アカリが差し出した水を飲んだXは一息ついた。

 

 

「ふう、ヨビの事ですが気にする必要は無いと思われます。」

 

 

「え、何言ってるんですかXさん!?」

 

 

 Xは疲れたようにため息を吐いて言葉を続けた。

 

 

「ヤバいのは今更です。私達のなかでは、むしろヤバくない者の方が珍しい。マスターとヴィヴィアン姉さんはかなりアレですし、何よりもアカリ、貴女もマスターが関わるとヤバいです。下手すると、ヨビ以上に。」

 

 

「…………え?」

 

 

 Xの言葉を上手く飲み込めなかったのかアカリはフリーズして声を漏らした。

 少しして、意味を理解したアカリは抗議の声をあげる。

 

 

「えっ、何言ってるんですかXさん!?ヨビさん今、斧に口付けしてますよ!しかも、よく見ると舌が入ってます!ディープ、ディープですよ!武器にディープキスしてるんですよ!?」

 

 

「ハァ、アカリにはヤバい自覚はなかったんですか。冷静に振り返って見てください。かなりヤバイですから。」

 

 

 これまでの自分を見つめ直したアカリは、しかし、首を傾げて不服そうにした。

 

 

「いや、多少は心当たりがありますが、流石にあれほどでは…………」

 

 

「私はマスターが下着の数が足りないと言っていたのを知っています。」

 

 

 Xの言葉に、アカリの肩はピクンと跳ねて、顔には冷や汗がダラダラと流れ始めた。

 

 

「ハンカチやシャツまでは分かりますが、パンツはどうかと思います。バレて無いと思ってたんですか?皆知ってますよ。」

 

 

 続く言葉に、アカリは「神は死んだ」とばかりに絶望の表情を浮かべて崩れ落ちた。

 地面に伏したアカリはうわ言のように、「違うんです。ほんの出来心だったんです。」などと呟いている。

 

 

「アカリ、正気に戻って下さい。大丈夫ですよ。マスターにはバレてませんから。」

 

 

 屍のようになっていたアカリが反応を示す。

 

 

「ヴィヴィアン姉さんがかばったんですよ。なので、マスターの中では犯人はヴィヴィアン姉さんです。」

 

 

「ヴィヴィアンさん、貴女が神だったんですか!」

 

 

 勢いよく起き上がり、生気を取り戻したアカリは「おお、聖女よ」と、ヴィヴィアンを崇め始める。

 

 

「あの、その祈り方止めて頂けませんか?暗黒触師サニティ・ジルを思い出して嫌な気分になるので。」

 

 

 そんな風にグダグダと歩いている二人は、脇で密かに往来でするには色々と危険すぎる行為にまで及ぼうとしたヨビを二人掛かりで止める等といった紆余曲折がありながらもハンター協会に到着した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ヨビの斧撃が万岩蟹(ムーシヒンプ)を切り裂く。

 その表情に陰りは一切無く、幼子のようなはち切れんばかりの笑顔を輝かせている。

 

 

「あーっと、規定以上の水準の装備と依頼達成を確認した。同時に、「八つ星(コンバジラ)の先導」も達成だ。…………チクショウ、ツレが馬鹿げた強さなのまでは、百歩譲って納得できるが、何で最近まで十つ星(ルデレラ)相当の実力だったヤツが規格外になるんだよ、訳わかんねえ!?」

 

 

 ベイリーの老化現象は止まる所を知らない。

 滲んでいる疲労がそう見せているだけで、至って健康ではあるのだが、見ている人を気の毒な気分にさせるには充分であった。

 

 

「元気出してください。マスターはいつもこんな感じです。あの、良かったらこれを…………」

 

 

 少なくとも、先導をしていたXの同情は買えたようだ。

 同じ苦労を背負う者同士の共感からだろうか、信じられないことに、携帯していた蔵人作のスナック菓子を差し出していた。尤も、差し出す手は拒むようにプルプルと震え、顔は苦渋の表情を呈しているが。

 

 

「ありがとう。気持ちだけもらっておく。クランド殿の料理は旨いからな。人に渡したくない気持ちはよく分かる。」

 

 

 ベイリーの言葉に、Xはパアッと顔を輝かせて食事を再開した。

 それを見たベイリーは幾分か疲労が和らいだ気がした。

 

 

「Xさーん!ヨビさんが蟹を倒し尽くしたので帰りましょー!」

 

 

 遠くの方でアカリの呼ぶ声がする。

 見渡すと、海岸にうようよといた万色岩蟹(ムーシヒンプ)の姿はすっかりなくなっていた。

 

 

「それではベイリーさん、私達はこれで。なんと言うか、マスター達が御迷惑をおかけしました。」

 

 

「気にしないでくれ。クランド殿達のお陰で、街の安全は高まったからな。仕事は増えたが。」

 

 

 最後にベイリーが付け加えた言葉に、Xは乾いた笑い声を上げるしかなかった。

 

 

 

 

【定期メンテナンス】

 

 

「えっ、定期メンテナンスですか!?」

 

 

「そうだ。その斧には一点物の材料も使われているため、壊れ方によっては修復不可能なのだ。無論、振り回して使っても問題ないように設計してあるが、万が一という事があるから定期的にメンテナンスして、破損を予防するんだ。理解して欲しい。」

 

 

「一時でも手放すのはツラいですが、壊れてしまっては元も子も有りませんからね。仕方ありません。」

 

 

 蔵人の説明を受けてヨビは苦渋の表情を浮かべながらも『猛禽の杖斧』を蔵人に差し出した。

 

 

「ふむ、できるだけ早く終わらせるとしよう…………受け取ったから、手を離してくれないか?」

 

 

「申し訳ありません。つい。」

 

 

 ヨビは謝罪するが、一向に手を離す兆しがない。

 

 

「そう言いながら全くその様子がないではないか。ええい、このままではお互いに引っ張りあってポッキリ折れる結末が目に見えている。profligatus(脱力)」

 

 

 蔵人の魔術によってヨビの手から力が抜けて、斧がするりと蔵人の手に渡った。

 尤も、斧の耐久設計から判断すると、引っ張りあってポッキリ折れる等といった事が起こることはありえないのだが。

 

 手から斧が離れていったヨビは絶望の表情を浮かべている。

 

 

「すぐに終わらせるから、そんなこの世の終わりみたいな顔をするんじゃない。待っていろ長くはかからん。」

 

 

 そう言って去っていく蔵人をヨビは悲愴な表情で見送った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ヨビ、武器のメンテナンスが終わったぞ。」

 

 

 蔵人が斧を渡すと、先程まで虚ろな目で宙を見つめていたヨビは喜色満面になり涙ぐみながら斧に話しかけ始めた。

 

 

「帰って来てくれたんですね!お帰りなさい!私はすごく寂しかったんですよ!もう絶対に離しません!」

 

 

「いや、"定期"メンテナンスだからな。しばらくしたら、またやるからな。」

 

 

 またメンテナンスをすると発言した蔵人をヨビはキッと睨み付けた。

 

 

「必要な事だからな。君の為でもあるんだからな。そんな、不倶戴天の敵を見るような目で私を見ないでくれ。」

 

 

「も、申し訳ありません。ありがとうございました。それでは行きましょう、"ナバー"。」

 

 

 蔵人の抗議にヨビはハッとすると、謝罪した後に礼を言って斧を大事そうに抱えて去っていった。

 

 

「偶然か?いや、しかし…………」

 

 

 

 

【出立】

 

 

「さて、準備は終わったね?それでは、出発するとしよう。」

 

 

 ラッタナ王国で出来ることを粗方やり尽くした蔵人は、新たな研究材料を求めて旅の再開を決定していた。

 事前にベイリーにその旨を伝えたところ、混乱が起きるだろうから、とひっそりと出発するように提案されていた。

 

 

「それにしても、何か忘れている気がするな…………あ、ブラックとノワールとシュバルツとネロを作っておいて、肝心のオリジナルを作り忘れていた。うっかりしていたな。まあ、こんなこともあるだろう。それでは、気を取り直して出発しよう。」

 

 

 こうして、蔵人達はラッタナ王国を出た。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「クランド様ですか?クランド様でしたら、既にラッタナを出られましたよ?」

 

 

「ハァ、あの男は相変わらずだねぇ。一見落ち着いているようで、案外抜けている。大方、何かへの興味を押さえられなくなったって所かい?」

 

 

 ラッタナ王国のハンター協会でイライダ・バーキンがため息を吐く。

 勇者関連のゴタゴタをやっとの思いで片付けて駆け付けた彼女への知らせがこれなのだから、無理もないだろう。

 

 

「ところで、あの男はここで何をやらかしたんだい?えらく有名になってるみたいだか?」

 

 

「ご存知無いんですかッ!?」

 

 

 大声を上げて、身を乗り出した女性職員、その目はキラキラと輝いている。他の職員達はイライダに同情的な視線を向けて苦笑いしている。

 「あ、地雷踏んだ」的な嫌な予感がイライダを襲う。

 これから降り掛かるであろう災難に恐々としているイライダを気づかず、女性職員はさも嬉しそうに、鼻息を荒くさせて語り始めた。

 

 

「クランド様がラッタナに訪れたのは、ほんの数日前の事です―――」

 

 

 その後、女性職員の話は三時間程続いた。

 解放され、ゲッソリしたイライダは「あの男は、この短い間に何をやってるんだ」とため息を吐いた。

 くたくたに憔悴しきった体を収穫はあったと誤魔化して強引に動かす。

 女性職員の話の最後に、蔵人はサウランヘ向かったとあったのである。

 

 

「どうせ奴の事だ。あっちこっちふらふらして、真っ直ぐサウランヘは行かないだろう。追い付くのはそう難しい事じゃない…………奴がおかしな乗り物を使わなければね。」

 

 

 最後に自分で付け足した言葉に止めを刺され、がっくりと肩を落としたイライダは、追いかけるのは明日からにして、今日は疲れを癒そうとトボトボと宿を探し始めた。

 

 

 




要点
・ヨビの武器愛が天元突破しました
・ヨビが九つ星になりました
・Xが八つ星になりました
・蔵人達がラッタナ王国を出ました
・イライダは置いていかれました


という訳で、閑話でした。
今回のヨビは作者の勢いのせいではなく、プロット通りという恐ろしい事実です。
用務員さんに同行する原作ヒロイン(?)達におかしな設定が付いていきますね。何故だ!?


本作のXは何故か苦労人ポジになりました!
本来はボケが担当のはずなのに、周りの人々のせいでツッコミ担当にさせられる不憫な娘です。そして、本編での出番が少ない…………章が進んで大規模な戦闘が起これば出番が増えるはずだから強く生きてくれ!


これにて二章の閑話は終了です。
これからは用務員さん達のステータスを含めた登場人物設定を投稿して間を繋ぎつつ、プロットを書き進めていきたいと思います。

プロットが想定より難航しています。最大の難所が「やぺえ、この用務員さんに娼婦を買う理由が無いからエスティアと会わせられねえ!?」です。
なんとかせねば!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章
飛竜


お久しぶりです!
遅くなって申し訳ありません!
プロットも書き終わり、リアルの合間を縫ってなんとか投稿にこぎ着けられました!





 蔵人達はバルティス付近の森林に差し掛かっていた。

 

 

「クランド、顔色が悪いわ!どうしたのかしら!?」

 

 

 ヴィヴィアンが心配げな視線を向ける先では、蔵人が青い顔をして小刻みに震えていた。

 歩き方はよろよろとしていて、足元が覚束ない。

 

 

「魔術でメディカルチェックをしたが、体調に問題は無いはずなんだ。おそらくは心因性の体調不良だろう。先程から何か嫌な予感が止まらないんだ。」

 

 

「大丈夫よクランド!私が付いているわ!」

 

 

「わ、私も何があっても用務員さんの味方です。…………その、頼りないかもしれませんが。」

 

 

 両側から手を握り元気付けようと言葉を掛けるヴィヴィアンとアカリに蔵人は表情を緩めて笑みを浮かべた。

 包み込むように優しく握るヴィヴィアンと、寄り添うようにそっと握るアカリで握り方に違いがある。

 

 

「ヴィヴィアン、アカリ、ありがとう。とても心強いよ。心配をかけた。もう大丈夫だ。」

 

 

―――ギュルラアアアァァァッ!

 

 

 突如、羽ばたきの音と咆哮が鳴り響き、次の瞬間には夥しい数の飛竜が上空から降り立った。

 飛竜は緑色の体躯をしていて、首回りには髭のような物が存在している。

 

 

「緑髭飛竜(ペルネーラ・ワイヴン)ですね。用務員さん、どうしま…………用務員さん?」

 

 

 様子がおかしい事を感じ取ったアカリが目を向けると、蔵人は再び顔色を悪くさせて、「鯖落ち」や「キャスニキ」などとうわ言のように呟いていた。

 その姿は、アカリに少し前の記憶を想起させる。

 

 

「用務員さん!?…………そういえば、雪山でもこんなことがあった気が――用務員さんとワイバーンの間に一体何が?って、今はそれよりも緑髭飛竜(ペルネーラ・ワイヴン)です。しっかりしてください用務員さん!それほど強力な魔獣ではありませんよ!」

 

 

「ハハハ、何を言っているんだアカリ?魔術師(キャスター)の私では騎兵(ライダー)のワイバーンに虐殺されてしまうぞ。キャスニキみたいに!キャスニキみたいに!…………待っていろ、佐々木小次郎(ドラゴンスレイヤー)呼んでくる。」

 

 

 虚ろな目をした蔵人が何処かに行こうとするのをアカリが腕をつかんで必死に引き留める。

 

 

「どこに行こうとしてるんですか!?居ませんよそんな人!ヴィヴィアンさん、どうしましょうか!?」

 

 

「…………へえ、この子達のせいでクランドは苦しんでいるのね。いい度胸じゃない。クランドに酷い事をしたらどうなるか思い知らせてあげるわ。X、私に続きなさい。」

 

 

「了解しました、ヴィヴィアン姉さん。アカリ、マスターの事は頼みました。」

 

 

 眼に底冷えするような冷たい光を湛え、『無毀なる湖光(アロンダイト)』を片手にヴィヴィアンは飛び出した。Xもそれに追従する。

 

 

「え、えーっと…………」

 

 

「…………あと三体倒せばワイバーン狩りが終わる。終わるとどうなる?知らんのか、ワイバーン狩りが始まる…………」

 

 

「じゅ、重症です…………どうしましょう?精神安定の魔術は未修得ですし。」

 

 

 しばらくあたふたとしていたアカリだったが、不意に何かを思い付いたように顔を輝かせた。

 アカリは小さく息を吸って覚悟を決めた後、蔵人に話しかけた。

 

 

「用務員さん。」

 

 

「…………なに、ジャンヌと別行動だと?フレのレベルが低いというのに、ワイバーン狩りはどうなるのだ…………」

 

 

 アカリの声は届いていないようであったが、アカリは諦めずに話しかけ続けた。

 

 

「用務員さん、あそこにいるのはワイバーンではありません―――素材です。」

 

 

「…………素材?」

 

 

 蔵人がピクリと小さく体を動かした。

 その反応がアカリを「いける」と確信させる。

 

 

「ええ、よく見てください。とっても珍しい素材ですよ。いやー、あんなに大量にあったら研究し放題ですねー。」

 

 

「…………研究?」

 

 

 蔵人の反応は、先程よりも大きく、明瞭なものになっていた。

 

 

「はい。目の前に用務員さんを脅かすものは何もありません。あるのは、実験材料の山です!」

 

 

「…………ッ!」

 

 

 際立って大きな反応を示した後に体を硬直させた。ややあって、蔵人の肩が大きく震え始める。

 

 

「…………クク……」

 

 

「用務員さん?」

 

 

「…………クハハハ!迷惑をかけてしまったなアカリ!完全復活だ!不調が無くなったどころかいつもよりも調子が良い!さあ、実験材料の回収を始めようか!」

 

 

「ハイ!」

 

 

 力強く立ち上がり、不敵な笑みを浮かべてそう言った蔵人の姿に、アカリは眼に涙を浮かべて嬉しそうに同意した。

 蔵人が復帰した事を察したヴィヴィアンも満面の笑みでXを連れて蔵人のところに戻ってきた。

 

 

「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社───」

 

 

 木々を編み込んだ人型の人形が出現し、次の瞬間には炎を纏い動き出した。

 

 

「これはオルレアンで虐殺されたキャスニキの分だ…………!焼き尽くせ木々の巨人。『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』!」

 

 

 燃え盛る巨大な人形は次々と緑髭飛竜(ペルネーラ・ワイヴン)に襲い掛かり、絶命させていく。

 その様を蔵人は妖しい笑みを浮かべて見ていた。

 

 

「クハハハ、下級とはいえ竜種の骨、牙、鱗、etc.…………他にも竜牙兵作成、死体を使ったキメラ作成、できることはまだまだたくさんある。クハ、クハハハ!」

 

 

「良かったのだわ!蔵人が元通りよ!」

 

 

「良かった。いつもの用務員さんです。本当に、良かった…………!」

 

 

「ヴィヴィアン姉さん、アカリ、どうしてアレを見て出てくる反応がそれなんですか。えっ、おかしいと思う私がおかしいんですか?」

 

 

 純粋に喜びを表すヴィヴィアンと眼を潤ませて目頭を押さえるアカリにXがげんなりした目を向ける。

 数少ない常識人の雪白も、今は蔵人に頭をグリグリと擦り付けて甘えているのでフォローは貰えない。

 

 

「もう嫌ですこの人達…………えっちゃん元気かなー」

 

 

 煤けた背中で故郷の友人を現実逃避的に想うXがぼんやりと仰いだ空では、斧を振り回してエキサイトしているヨビの姿があり、Xの心に追い討ちをかけた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

礼装『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』

 

 ドルイド信仰における人身御供の祭儀が参考にされている。

 アイルランドで採取した木々を編み込み作成した巨大な人形。

 「発火」を始めとした多数のルーンが刻まれており、その性能は、クー・フーリン(キャスター)が使用する物には及ばないものの強力である。

 内部に生物を入れて起動することで拷問具、もとい、供物として使用することも可能であり、用途は多岐に渡る。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 Xは何かに誘われてふらふらと夢遊病のように歩いていた。

 進んだ先では蔵人が巨大な肉の塊を炙っている。こんがりと焼き色の付いた骨付き肉から漂ってくる脂の匂いがXの空腹中枢を刺激し、くぅ、とXの胃袋が可愛らしくおねだりを始める。

 肉の状態を見て満足気に頷いた蔵人は、焼かれている中の一つを火から離し、一息にかぶり付く。

 歯を立てられ、溢れんばかりに凝縮された肉汁を内に留めきれなくなった肉からは肉汁が並々と滴り落ちた。

 その様子を見たXの喉が知らぬ間にゴクリと鳴る。満たされない不満を責め立てる胃袋に従い、蔵人によろよろと近寄っていく。

 

 

「マスター…………」

 

 

「ふむ、Xか…………食うか――――?」

 

 

 差し出された肉を手が勝手に受け取った。満たされる予兆を感じ取った胃袋が早く早くと囃し立てる。

 Xは胃袋の願いを拒むことなく先程の蔵人と同じように勢いよく肉にかぶり付いた。

 口の中で肉汁の爆弾が爆発し、舌が受け取った刺激はXの体を震わせ、雷に撃たれたような衝撃を与えた。

 衝撃が過ぎ去ったXはカッと眼を見開き、

 

 

「まーずーいーぞぉぉぉぉぉぉ!」

 

 

 さながら、口からカリバーしたような反応だった。

 

 

「マズイ、本当にマズイなんなんですかこれは!?凝縮された肉の臭みが一瞬で胃もたれを発生させます!一口食べただけで、もはやお茶漬け程度のアッサリとした物まで受け付けなくなるほどの重さです!言うなれば、食への冒涜、悪魔の骨付き肉です!こんな物が存在していて良いはずがない!縞ぱんエリザの手料理に匹敵するヒドさです!」

 

 

 ペッペッと口の中に残った脂を吐き出そうと躍起になるXは、蔵人から差し出された水で何度も口の中をすすぎ、なんとか落ち着きを取り戻した。

 

 

「ハハハ、すまんすまん。緑髭飛竜(ペルネーラ・ワイヴン)の肉は、見た目、香り、舌触りは最高なのだが、味は最悪だ。なんと言っても臭みが酷すぎる。血抜きはしたんだがな。」

 

 

「うぅ……酷い目に遭いました。何するんですかマスター!」

 

 

「すまなかった。この衝撃を誰かと分かち合いたくなってな。しかし、私はこの肉に可能性を感じている。臭みを消すには香辛料、ハチミツ、コーラ…………香木で燻製という手もあるな!久し振りに出会ったじゃじゃ馬な食材だ。研究の合間にこちらの調査も行い、必ずや美味なこんがり肉を作成すると誓おう!」

 

 

 高らかに宣言し、蔵人は再び飛竜肉にかぶり付いた。

 そんな蔵人を相手にXは暗く笑う。

 

 

「フフ、フフフフフ。そうですか。そういうことしますか。不遇な扱い、押し付けられる負担(ツッコミ)、その上、私のささやかな癒し(食事)まで奪うと言うのなら、こちらにも考えがあります。戦争です!もうマスターとかセイバーじゃないとかヴィヴィアン姉さんの想い人だとか関係ありません!貴方は私の敵だ!私のカリバーの錆びになるがいい!」

 

 

「ところで、今回の詫びとして二ヶ月ほど三食全て君のリクエストを採用しようと思うのだがどうかね?」

 

 

「一生ついていきます、マスター!」

 

 

 纏っていた剣呑な気配を一瞬で霧散させ、「何にしましょうか?手の込んだ物も良いですけど、たまにはジャンクなモノにも惹かれますね。うーん、悩みます。」とご機嫌に悩みだした。

 その様子を蔵人は優しい眼で見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

被害者その2

 

 

『マッズー!ペッペッ、何よこれ!このアタシになんて物味わわせるのよッ!アンタ、何考えてんのよ!てゆーかなんでアンタは平気そうにしてるのよ!?』

 

 

『ちょっ、聞いてんの、って、二口め!?アンタはやっぱおかしいんじゃないの!?てか、接続切りなさいよ!?…………えっ?「面倒だから嫌だ」ですって?ムキー!嘘吐いてるんじゃないわよ!アンタいつも無意識とか言ってスパスパ切ってるじゃない!って、待ちなさいよ!聞いてんの!?お願い待って!いや、待って下さい!お願いします、何でもしますから!待って、本当に―――イヤァァァァーーー!』

 

 

 ※この後、残りの飛竜肉は全て蔵人がオイシクイタダキました。

 

 

 




久し振りに書いたのがコレと言う…………

いや、ちゃうんですよ。これは必要な回なんですよ。
必要な回なんですが、作者はもしかしたら疲れているのかもしれません。
冒頭となるこの話はこんな感じですが、さすがにこの雰囲気を最後まで引きずったりはしないのでご安心ください。

リアルが忙しいために、投稿ペースは遅くなる事が予測されます。本当に申し訳ありません。
気長に待って頂けると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

骨人種

たくさん言いたいこと、言うべきことはありますが最初にこれだけは言わせてください。

ただいま!


―――ギー

 

 

「む、何か聞こえなかったかね?」

 

 

「いえ、分かりませんでしたが…………」

 

 

「そうか。どれ、quaesere(探索)…………ふむ、そこの岩陰か。」

 

 

―――ギー

 

 

 微かに聞こえた弱々しい鳴き声に関心を持った蔵人が生体反応を探る魔術を組むと、すぐにその鳴き声の主の居場所は判明した。

 

 

「飛竜の雛、それも奇形児か。」

 

 

 首周りの髭と一対の翼から緑髭飛竜の雛と判断するのは容易だった。

 そして、単眼に足の代わりに生えている小さな翼という他の成体と違いすぎる特徴が奇形児だと蔵人に判断させた。

 飛竜の雛は翼となった両足では歩くことも覚束ないようで、腹這いで動き、己のまだ幼く柔らかい皮膚に細かい傷を増やしている。

 

 

「さて、どうしたものか。」

 

 

 蔵人はこの飛竜の雛の処遇を決めかねていた。

 一つは、すぐにでも解剖し、隅々まで研究し尽くすこと。

 もう一つは、保護し、観察を通して研究すること。

 どちらも一長一短であり、非常に悩ましい問題であった。

 捨て置く、という選択肢は存在しない。

 それほどまでに、この飛竜の雛は幸か不幸か蔵人の興味を引いてしまったのだ。

 言うまでもなく、前者であれば不幸、後者であれば幸である。

 暫く悩んでいた蔵人であったが、飛竜の雛に大きな関心を持って見つめるキラキラした目を見つけた時、結論は出た。

 

 

「アカリ、その雛に興味があるのかい?飼いたいのならば、私は反対しない。」

 

 

「えっ、アズロナを連れていってもいいんですか!?」

 

 

 既に名前まで決めていたらしい。

 蒼月を意味するその名前は、通常の緑髭飛竜と異なり、蒼い体色をしているこの飛竜に良く似合っていた。

 ヴィヴィアンとXが微笑ましげな目で見ると、自分の口走った内容に気付いたアカリは顔を真っ赤にして話を逸らそうと試みた。

 

 

「でも、用務さんって飛竜が苦手じゃありませんでしたっけ、本当にいいんですか?」

 

 

「ハハ、それはもう克服したよ、君のお陰でね。それよりも、その雛の名前はアズロナで良いのかい?」

 

 

 ぷしゅう、と煙を上げるようにアカリは撃沈した。

 蔵人はアカリが話を逸らしたがっていることに気付ける程度には察しが良かったが、意地は悪かった。

 雪白が程々にしてあげなさいよ、と尻尾で軽く蔵人の腰を叩いた。

 だが、ヴィヴィアンとXは楽しげに笑い、ヨビは武器を見つめて別世界へ旅立っているので、どうやらアカリの味方は雪白だけのようだ。

 ボニーは無言だが、むすっとした拗ねた雰囲気を醸し出しているのでおそらく敵寄りだろう。

 

 

「curatio(治療)sanitas(回復)reparatione(修復)sterilitate(殺菌)munditia(衛生)addito(補強)emendationem(改善)confortans(強化)」

 

 

 多少脇道にそれたが、結論が出たならすることは決まっている。

 アズロナに手をかざし、命精魔術を発動しながら魔術でアズロナに治癒、そして生体機構の改善を施した。

 アズロナは奇形故にその身体には無視できない無理と脆弱性があったのだ。

 それを生命維持に支障がないように補強し、作り替える。

 緻密で正確性の必要な作業だが、蔵人にとってはやり慣れた作業だった。なんの問題も滞りもなくそれは完了する。

 

 

「さて、そろそろ拠点を設営するとしよう。ちょうど、あつらえ向きの洞窟も近くにあるのでね。」

 

 

「私も手伝うわ!」

 

 

 蔵人はアズロナをポンとアカリの頭上に乗せると、ヴィヴィアンを連れて洞窟の異界化に向かった。

 二人の背中を見送りながら、アカリは頭の上のアズロナを抱き抱えて腹部を撫でる。

 

 

「くふ、くふふふ。すべすべです。雪白さんのモフモフに負けない魅力です。くふ、くふふふふふふ。」

 

 

「アカリ…………」

 

 

 全力投球だった。とにかく全力で堪能していた。

 アカリのそのだらしない笑みはXに彼女が自棄っぱちになっていることを容易に理解させた。

 先ほどまで微笑ましさが勝っていたXも流石に痛々しさが優勢になり、アカリに同情した。

 その横で、雪白はアカリの頭を尻尾でそっと撫でた。

 

 

「アハハ、私はいま幸福を感じています。Xさん、いま私は最高に幸せです!」

 

 

「そ、そうですか…………良かったですね、アカリ。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ふむ、侵入者か。」

 

 

 深夜、蔵人は防犯用に設置した魔術に反応があるのを感じとって目を覚ました。

 反応はかなり大きいが、洞窟には防音の魔術を施してあるため、蔵人以外が気付いた様子はない。

 蔵人は横で寝ているヴィヴィアンを起こしてしまわないように気を使いながら部屋を出た。

 

 洞窟の外、露天風呂に下手人はいた。

それは、骨のみを有する人と飛竜。スケルトンと呼ぶべき存在だろうが、それには一点だけ引っかかることがあった。

 

 

「君達は何者だろうか。亡者ならばスケルトンなのだろうが、生者である君達は違うのだろう。そのような存在は、寡聞にして存じ上げなくてね」

 

 

「――骨人種だ。敵対する気はない。」

 

 

 意外に高めの声であった。

 テレパシーというわけでもなく、どのようにして声帯もなく声を発しているのか蔵人は疑問に思った。

 既に、言葉通りに相手に敵対する意思がないことを分かっていた蔵人はそんなことに興味が引かれるほど余裕であった。

 尤も、敵対されたからといって好奇心を抑えられる程の殊勝な精神を持っているわけでもないのだが。

 

 

「目的を聞こう。」

 

 

「こいつを洗ってやる約束でな。ちょうどいい場所を探していたらここを見つけた」

 

 

 問いに骨人種は顎骨を動かして答えた。

 それに蔵人は吟味するように人型と飛竜型に視線を這わせた。

 だが、

 

 

(ふむ、舌も皮膚もないが口を動かしているところを見ると空気の振動で発音していると考えるのが妥当か。だが、言葉と口の動かし方が人種と一致し過ぎている。飛竜の方は口を動かしても発声できていないことと合わせて考えると、口の開閉は儀式か習慣の可能性が高いな)

 

 

 内心ではかなりどうでもいいことを考えていた。それも、熟考や長考と言っていいレベルで。

 蔵人としては重要なことなのかもしれないが、この場面では明らかに優先すべきことではない。

 そして、少なくない時が流れ、思考に満足した蔵人はいかにも見定めていたとばかりの様子で口を開いた。

 

 

「そこの洞窟に住んでいるのは私だけではない。その人達を害さぬと誓うのならば許可しよう。また、できればで構わんが、ここに私達の拠点があることをあまり多くの者に触れ回るのも遠慮願いたい。」

 

 

「両者共に約束しよう。」

 

 

 やや以上あっての突然の蔵人の問い掛けに骨人種は間髪を入れずに答えた。

 律儀にも蔵人の言葉を気を抜かぬまま待っていたのだろう。

 条件を呑んだ骨人種が骨格飛竜の洗浄を開始し、蔵人はそれを面白そうに見つめていた。

 あまりに熱心に見詰めているので、一割ほど洗い終えた時に骨人種は、「見ていて面白いものでもないだろうに」と溢したが、蔵人はそれを否定して見詰め続けた。

 やりにくそうにしていた骨人種だったが、暫くしてため息を吐くような仕草をすると、気にしないと割りきったのか視線を気にせずに洗浄し始めた。作業速度も上がっているように感じられる。

 

 いくばくかの時間が過ぎて、骨人種は飛竜の洗浄を終えると、蔵人の前に来た。

 

 

「ふむ、それで十分なのかね?」

 

 

「ああ、助かっ―――」

 

 

 骨人種は言葉を途中で止めて、何事かを思い付いたように居ずまいを正して言い直した。

 

 

≪助かった。約束は守る≫

 

 

 調子の違う言葉でそう言って、飛竜の方へ踵を返して去っていった。

 その腕を蔵人がガシッと掴んだ。

 

 

「まあ、待ちたまえ。せっかくだ。中で茶でも飲んで行きたまえ。」

 

 

「何を……」

 

 

 戸惑う骨人種の言葉が途切れる。

 目に映った蔵人の顔は笑顔の中に獲物を見つけた蛇のような強く、執念を感じさせる目をしていた。

 それだけでなく、見た目の印象よりも蔵人の力は強かった。それは、魔術によるものなのだが、毛色が些か異なるそれを異世界に住む骨人種は気付くことができない。

 使われているのは筋力強化だけでなく、骨人種が身体を痛めないように保護の魔術も使われていた。

 相手に対して配慮を行える程度には冷静だったが、配慮の方向がトチ狂っている。

 ズルズルと引き擦られるようにして洞窟に連れ込まれる骨人は、痛みを感じない違和感に気付くことができない程に混乱して、ろくに抵抗もできずにされるがままとなった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ふわぁー、おはようございます…………あれ、用務員さん、今度は何を作ったんですか。スケルトンでは無いですよね?」

 

 

「む…………既にこんな時間になっていたのか。すまない、完全に仕込みを忘れていた。今日は保存していた品でいいだろうか?」

 

 

 起きてきたアカリを見て時計を確認した蔵人は焦ったように謝罪した。

 それを快く受け入れたアカリは、それよりと骨人種を指差して得意気に続けた。

 

 

「うーん、タイミング的に考えて材料はこの前狩った緑髭飛竜の骨でしょうか。そしてホムンクルスという線は薄いですし、この近くはスケルトンの出没場所ではないので使い魔にしたスケルトンでもない。また、内部まで剥き出しなのに核が見えないということはゴーレムでもない。ならば、自動人形(オートマタ)。すばり、骸骨の自動人形(オートマタ)ですね、用務員さん!」

 

 

 ズビシッ、という効果音が付きそうな勢いで骨人種に向けていた指を蔵人に向けた。

 惚けていた蔵人であったが、その顔には嬉しそうな笑みが浮かび、ついには笑いだした。

 一頻り笑うと、頷きながら口を開いた。

 

 

「うむ、うむ、うむ、うむ!そうであるな、そうであるな!筋が通っていて全て正しいッ!確かに私が作り出したのならば自動人形(オートマタ)に間違いないだろう!補足すると、素材が竜ならもう一つ可能性はあるのだが、それはまだ教えてないので問題ない!」

 

 

 興奮した様子で早口にそう言い切ると、穏やかな様子で付け加えた。

 

 

「だが、残念ながら彼女はジーバという骨人種で、こういう種族だ。」

 

 

「あれ、外してしまいましたか。少し恥ずかしいですね。改めましてジーバさん、よろしくお願いします。私はアカリと申します。勘違いとはいえ、先ほどは物扱いして申し訳ありませんでした。」

 

 

 頭を下げるアカリにジーバが苦笑いする。

 

 

「変わっているのはクランドだけじゃないんだな。この様子だと、他の人もこんな感じなのかな?」

 

 

 ジーバにとって蔵人との出会いは驚きの連続だった。

 一度聞いただけで『真言(ペイマン)』の本質を見破ったことには心底驚いた。

 そして、骨人種の知識とは相違点もあるものの、異常な程に有している死霊への知識と、一転して骨人種を知らない世事への疎さ。

 このちぐはぐさから、隠遁した偏屈な世捨て人かとも思ったが、アカリという若い少女に向けた優しげな目で違う事が分かった。

 あとは、話が長い。すごく長い。しかも、喋るよりも、聞く分量が多いためこっちの方が話し疲れた気がする。勢いに押されて話さなくて良いような事も話した気がする。

 茶でも飲んで行けと誘われてから、まさか朝まで付き合わされると思っていなかった。

 アカリの方もクランドと同じ種類の雰囲気がするような気がするのは気のせいだと思いたい。

 

 ジーバが、『館』の外にも関わらず精神を何度も大きく動かされたと気付いて驚き苦笑するのは、やっとの事で解放された少し後の話である。

 

 

 

 

 




遅くなってしまい本当に申し訳ありませんでした。

リアルの忙しさ、進まない筆を乗り越えて再開できたのは、更新を止めてしまっていた間も本作をお読みくださっていた皆様、高評価をくださった皆様、コメントをくださった皆様のお陰です!

本当にご心配おかけしました。
そして、ありがとうございました!



※申し訳ありません。35話は入れたいシーンをいれ忘れていた事が発覚したので、一時削除しました。
今週末には投稿し直す予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バルティス

誤投稿の件、ご迷惑おかけしました。


 そろそろ街へ繰り出してみようか。

 蔵人はそんな事を考えていた。

 この男は一人でいると一日のほとんど、時によっては一日のすべてを研究に費やす引きこもり気質ではあるが、この神秘に溢れた世界に来てからは、それと同等に外から得られる着想を重要視していた。

 それ故の思い付きである。

 とはいえ、朝という時間をよく言えば優雅に、悪く言えばダラダラと過ごす蔵人達にとって、本格的な活動の時間は早めの起床に反して昼頃からである。

 そこから、フィールドワークなどをしていると更に時間は経過してしまう。

 

 日は南中を逸れ、昼過ぎとも夕暮れとも言い難い微妙な時間帯に、蔵人は竜山の麓の街、バルティスの酒場の扉を開けた。

 

 

「失礼する。」

 

 

「まだ準備中だよ。」

 

 

 カウンター席でぼうっと頬杖をついていた恰幅のいい女主人が気だるげに言った。どうやら開店準備が一段落し、休憩中だったようだ。

 

 

「すまない、目的は飲食ではないんだ。この酒場で町の依頼を仲介していると聞いてきたのだが、貴女がレイレさんでよろしいだろうか?」

 

 

「…………あんた、ハンターだろ。星は?」

 

 

 胡乱げな目を向けてくるレイレに、蔵人は表情を崩さずに答える。

 

 

「八つ星(コンバジラ)だ。」

 

 

「…………帰りな、と言いたいところだけどあんた、エスティアの紹介だろう。パーティーは?」

 

 

「パーティーか。私の他には四人と猟獣だ。ところで、エスティアとは誰だろうか?」

 

 

「えっ?」

 

 

 レイレの顔から気だるげさは消え、代わりに困惑が全面を塗りつぶした。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ハハハ、それは誤解だ。私は旅の途中に偶然この街に立ち寄っただけで、エスティアなる娼婦は顔すら知らん。この酒場の事だって、この街の町長から聞いたのだからな。」

 

 

 蔵人は笑いながらレイレの誤解を訂正する。

 レイレが言うには、バルティスを出てマルノヴァへ行き娼婦となったエスティアという女性が、ハンターの客に料金の半額を提示してバルティスで依頼を受けるように要請しているらしい。

 それが高じて何人かは冷やかしついでにこの街に訪れたらしいが、報酬額を知るとさっさと帰ってしまったらしい。

 

 

「それで、あんたが旅人だってのは分かったけど、本当に依頼を受けるのか?言っておくけど、今の北バルークではまともな報酬は期待できないよ。正直なところ、八つ星(コンバジラ)くらいのハンターなら間に合ってるしねえ。」

 

 

「路銀は足りているのでな。額は問題じゃない。それに、ハンター資格は身分証のためにとったものでね、ここまでは依頼の片手間で上げられたが、もう一つとなるとどうにも物臭が勝ってしまってね。まあ、成功すれば儲け物と、塩漬け依頼でも出してくれ。」

 

 

 レイレは呆れたように半眼を向け、ため息をつくとカウンターの下から紙束を取り出して蔵人に渡した。

 蔵人はそれを流し読み、数枚を取り出し懐に入れた。

 

 

「これらを受注しよう。報酬の件だが、」

 

 

「…………だから言ったろ、まともな額じゃないって。」

 

 

「金銭は必要ない。私が欲しいのは、しばらくこの周辺で物見をするための地盤だ。」

 

 

 そこで一度言葉を区切り、少し前に出して貰った紅茶で口を湿らせると、再び口を開いた。

 

 

「すなわち、周辺の地図、他街の町長への紹介状、あとは適当な情報や噂話だ。」

 

 

「勿体ぶったわりに、普通じゃないかい?というか、それなら依頼を受けなくたって渡せるが…………」

 

 

「であれば、しばらく世話になる者への袖の下とでも思ってくれ。短い間だが、どうぞご贔屓に頼む。紅茶の代金は報酬から差っ引いてくれ。」

 

 

 蔵人はそれだけ言うと、酒場を立ち去った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

翌日。

 

 

「start-up(起動)『Storch Ritter(コウノトリの騎士)』!」

 

 

 アカリは朧黒馬(フォネスカッロ)と対峙していた。

 起動させたシュトルヒリッターの光弾に合わせて逃げ道を塞ぐように火精魔術で火球を放つが、朧黒馬(フォネスカッロ)は驚くべき速さと身のこなしでそれらを避けていく。

 このままでは埒が明かないと判断したアカリは白地の手袋をはめ、素早く文字を刻んだ。

 

 

「速度を上げましょう。ehwaz(ヘワズ)!」

 

 

 刻まれたのは馬のルーン。

 アカリが火球を放つ速度が著しく上昇する。

 思考速度は加速されていないため、大きな負担がアカリを苛んでいるが、意思の力で苦痛を捩じ伏せ集中を深める。

 より速く、より嫌らしくなっていく光弾と火球の包囲網に、朧黒馬(フォネスカッロ)は次第に余裕を崩していく。

 

 

「Degen(剣)」

 

 

 火球に逃げ場を塞がれ、朧黒馬(フォネスカッロ)が足を止めた一瞬の隙を突いて、シュトルヒリッターからバレルを首筋に射出した。

 

 

―ブルルルアァァ

 

 

 絶叫を上げて朧黒馬(フォネスカッロ)は走り出す。

 もはや火球を避けることなど頭になく、遮二無二猛り狂っている。それゆえ、動きは直線的になっても、速度は段違いだ。この一瞬で既にアカリからかなりの距離をとっている。

 だが――

 

 

「終わりです。」

 

 

 アカリの言葉と共に、朧黒馬(フォネスカッロ)の体が激しく痙攣し、倒れる。

 骸の損傷は首筋の小さな穴と内側の多少の焦げ跡のみと、高位のハンターと比べても遜色ない品質である。

 アカリはその骸に静かに近付き、バレルを引き抜いて、ほっと一息ついた。

 

 

「ふう、なんとか成功させられました。」

 

 

 朧黒馬(フォネスカッロ)へのとどめは雷精魔術であるが、通常、他者の体内に直接精霊魔術を発動させることはできない。相手の魔力に阻害されて精霊に魔力を介しての意思伝達ができなくなるからだ。

 それを可能にしたのが、シュトルヒリッターのバレルに取り付けられた"電気メス"である。これを起点にして、電流の良導体である血液を介して朧黒馬(フォネスカッロ)の中枢神経を焼き切ったのである。

 

 出血を防ぎながら細胞を切ることを目的としている電気メスには当然、魔獣を感電死させる程の電流は発生させられない。だが、電気メスはその性質から多数の雷精を惹き付けている。

 それをバレルに取り付けることで、シュトルヒリッターを経由して魔力を接続し擬似的な遠隔雷精魔術を成立させている。

 

 このような、余計な場所の損傷を避けて弱点のみを最小限の威力で叩くという繊細な使い方は本来は精霊魔術には向かないのだが、そちらは、精霊との友好度を上げる事によって可能にしている。

 精霊魔術には、同一の精霊で行使を繰り返すと、意思伝達が円滑になり、効率や威力も向上するという性質がある。これは、蔵人の研究でも実証されている。

 一般には精霊を見分ける方法は存在しないが、アカリには加護(力)があった。

 蔵人と感覚同調することによって精霊を可視化し、「不安定な地図と索敵(レーダーマップ)」でマーキングし、その雷精でひたすら反復練習したのだ。

 その努力が実り、相手の内側から中枢神経を焼くという恐ろしい魔術が完成したのだった。

 

 こんな魔術を見せられて、あの男が黙っていられるわけがない。

 

 

「アカリ、良い魔術だった。素晴らしい、本当に素晴らしい!」

 

 

 蔵人がアカリの頭を嬉しそうにガシガシと撫でる。

 テクニックにあまり気を回していない、感情が先に来ている撫で方だった。

 そんな、雑とも取れる撫で方に、アカリは嫌な顔一つせずに、むしろ嬉しそうに目を細めている。

 ヴィヴィアンは蔵人の横で、微笑みながらそっとアカリへの祝福の段階を上げた。

 

 

「ありがとうございました!…………でも、アレを見ると、やっぱり私はまだまだですね……」

 

 

 アカリが向けた微妙な視線の先では、

 

 

「フフフフフ、いきますよ私の斧(ナバー)。」

 

 

 駆け回る朧黒馬(フォネスカッロ)の先で、ヨビが斧を腰に構える。

 そして、翼をはためかせて低空飛行し、急激に加速すると居合い抜きよろしく、すれ違い様に喉笛を抉り飛ばした。

 荒々しくも繊細な、斧人一体とでも言うべき神業である。

 

 そこから視線を少し上に上げると、

 

 

「慣れない突っ込み役で溜まったフラストレーションの捌け口になるがいい!うにゃあーばるばるばるもーうっ!『無銘勝利剣(えっくすかりばー)』!」

 

 

 ヒロインXが、謎の粒子を撒き散らして飛行し、獲物を横取りしようと群がってきた緑髭飛竜(ベルネーラ・ワイヴン)達を相手に謎の絶叫を上げて荒ぶっていた。

 その姿は猛々しさと共に、言い表せないもの悲しさを見る者に与える。

 

 

「あの娘も楽しそうで良かったわ!最近、疲れた様子だったもの!」

 

 

 それを見て、ニコニコと笑ってそう言ったヴィヴィアンの姿は、今後もXの気苦労が絶えないであろうことを容易に想像させる。

 雪白は不憫ね、とXに同情の視線を向けた。しかし、Xが隙あらば突っ込み役としての負担を自分にも押し付けようとしている事を知っている雪白が優しくなることはない。

 獣の身には剰るわ、と一歩引いた態度を貫き通す事だろう。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

―ギー

 

 

 アカリの腹部に取り付けられたポケットから、カンガルーのようにアズロナが顔を出して一鳴きする。

 今朝方蔵人によって取り付けられたばかりのものだが、妙な収まりのよさがある。

 アカリはだらしない表情になってアズロナの頭を撫でた。

 口許からは涎が垂れ、それを呆れたように雪白が尻尾を使ってアカリのポケットからハンカチを抜き取って拭き去る。

 そのときに顔に当たるモフモフとした感触が事態を悪化させている事には気付いた上で無視をする。

 

 今、蔵人達がいるのはバルークだ。

 朧黒馬(フォネスカッロ)の他に多少の狩猟依頼と採取依頼をこなして戻って来たところである。

 報告のため足を踏み入れた酒場は、夕暮れ程とピークには多少早い時間であったが、大いに賑わいを見せていた。

 

 

「景気が良さそうで何よりだ。依頼の品だが、魔獣の方は量が量なのでな、裏口に置いてある。後で確認してくれ。こっちは薬草類だ。」

 

 

 レイレは手渡された袋の中を確認すると、小さな木の板と何枚かの紙をカウンターの上に取り出した。

 

 

「そうかい。じゃあ、これが約束のもんだ。木の板は紹介状のようなものさ、他の村についたら村長に見せるといい。そして紙のほうはいくつかの村までの地図さ。それで、情報の方は…………」

 

 

「何かを頂きながら聞きたい。メニューなどは―――」

 

―ドンッ

 蔵人の横を掠めるようにカウンターに拳が叩きつけられた。

 

 

「――どこのハンターだか知らねえが、何しに来やがった!」

 

 

 拳を叩きつけた男は呂律が多少怪しく、頬に赤みを帯びている。

 どうやら酔っぱらいが絡んできたようだ。

 

 

「強いて言うならば、食事だろうか?」

 

 

「そんなこと聞いちゃねえんだよっ!おめえがエスティアに誑かされてここに来たことはわかってんだッ!」

 

 

 また、「エスティア」か。などと考えながら酔っぱらうの対応を横着していると、目の前の酔漢はますますヒートアップしていく。

 

 

「無視してんじゃねえ!いいか、裏切り者の売女に憐れまれる筋合いはねえッ!さっさと帰ってあの売女の小汚ねえ体でも―――」

 

 

「―――面倒だ。silentium(沈黙)」

 

 

 突然声が出なくなり、驚いた酔っぱらいが必死に口をぱくぱくさせるが声が出る兆しはまったく無い。

 

 

「それはすぐに解くから落ち着いて聞きたまえ。ここで私が依頼を受けているのは、旅の途中で偶然ここに立ち寄ったからだ。そして、私はエスティアなどという女性に会ったこともない。何よりも私は妻帯者だ。未成年の弟子もいる。娼婦を買うわけがなかろう。理解しただろうか?」

 

 

 ヴィヴィアンとアカリの手を引き寄せてから、多少の威圧を簡易術式で組んで問いかけると酔っぱらいの男はフルフルと何度も顔を上下に動かして頷いた。

 

 

「ふむ、解って貰えたようで何よりだ。それでは私達は席について夕食と洒落込もう。レイレ殿、メニューはお任せで頼む。」

 

 

 そのまま蔵人は二人の手を引いて大人数席に向かった。雪白達もそれに追従する。

 

 

(―――人種のサンプルは間に合っているのでね。敢えて事後処理が要る事態にする必要もあるまい。)

 

 

 今、和やかに蔵人の手に繋がれた両の手は、しかしつい先程までは聖剣と電気メスが握られていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




書いていて思ったのですが、主人公が満たされていると、型月感、及び真っ当な魔術師感が薄くなってしまう気がしますね。
そういう意味では、一章は比較的、"らしさ"を出せていた気がするのですが、そもそもこれを書こうと思った切欠が、「用務員さんは勇者じゃありませんので」の世界で幸せな主人公を書きたい。でしたから、"らしさ"を出そうとすると本末転倒になるジレンマ。
如何ともしがたいですね。

「魔術師」と「愛妻家」を両立していたケイネス先生とトッキーって本当に凄いんだなって再認識しました。精進せねば。

差し当たっては、プロット通りに進める所存ですが、なんとかしたいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。