施しの英雄の隣に寄り添う (由月)
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☆注意事項(お話を読む前に)

以前言っていた注意喚起です
表書きに書くか迷ったのですが、設置してみた結果、こっちの方がいいだろうなと思った結果です。


☆読む前の注意事項☆

ちょっと注意喚起をしないとご不快になられる方もいるだろうなと思ったので一応書かせてもらいます。地雷の方もいらっしゃるかな?と。

なので目を通して頂けると助かります。

 

 

・この小説はカルナさん中心の夢小説風味のものとなっています。なので砂糖が予告なしにぶち込まれる事があります。

 

・キャラ崩壊注意です。

 

・ドゥルヨーダナさんなど、本家Fateでは登場していないキャラクターが登場します。その際にねつ造設定があったりします。

・作者がFate/シリーズで実際にプレイしたことがあるのはFate/Grand Orderのみです。その他の作品はアニメや漫画の知識だけとなっているので間違いがあるかもしれません。

 

・オリ主注意です。滅茶苦茶出張ります。

 

・原典マハーバーラタから逸脱してしまう描写があるかもしれません。

・作者は原典マハーバーラタをきっちり読んだ事はありません。あらすじとちょっと調べた程度の知識で書いています。

・キャラのアンチヘイトの意はございません。

・更に小説の書き方が話し言葉を多用していたりしてあまりきっちりしていません。ふわっと軽い気持ちでお読みください。

・上記の通り真面目な文体を期待すると不愉快さを感じる恐れがあります。暇つぶし程度に思ってください。

 

・作者は木綿どころか絹ごし豆腐メンタルの持ち主です。温かく見守って頂ければ幸いです。

 

 

長々と失礼しました。それではお楽しみくださいませ。

 

 

 

追記:

誤字脱字報告大歓迎です。一応読み直して注意はしているのですが、たまにやらかすのでお気づきになった際は感想やメッセージにて教えてください。

勿論感想やご意見等も大歓迎でございます。作者の創作意欲にもなりますので気が向いたら声をかけて下さいませ。

 

\合言葉はー?/   \細かい事は気にシナーイ!/ でお願いします。

 

 

3/21追記:

※感想欄について

 

この場を借りて少しお話させてください。皆様の応援のお言葉、ご意見の数々大変励みになっております。感謝しかありません。

しかし、出来れば感想欄への書き込みに過激な発言を控えて頂けると助かります。作者はこの通り小心者なので。勿論、皆様のお声の一つとして拝見させて頂いてます。けれど返信は出来ませんのでご了承の程よろしくお願いします。どう返信をすればいいのか、分からないので。

 

 

 

☆☆☆

後書き

 

それにしても投稿するのに文字数制限があるんですね。1000字以上かかないとダメなので長々と書くことになっちゃいました。

 

注意喚起なんて邪魔じゃね?と思う方もいるでしょうが、まぁ作者は小心者なのでと納得して頂ければ幸いです。

最初はFGOでのカルナさん祈願で気まぐれに書いた小説なんですが思った以上にお気に入りにしてくれた方が多かったので更新スピードを上げています。  最初は100いけばいいなぁえへへとか思っていたので。

プロット自体は出来上がっていましたのでこの更新スピードなんですが。




今回の本編の更新は今日の夜に予定しています。ちょっとお待ちください。


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マハーバーラタ編


カルナさん祈願で書いていきます。君が出るまで書くのをやめないッ

※話の設定上の都合で主人公であるオリ主さんの台詞に『』を使用しています。分かりやすさを優先させた結果です。ご了承のほどお願いします。

4/17 誤字報告があがりましたので修正。ご報告ありがとうございました。


――主人公side――

 

 

 

 FGОというフェイトシリーズのゲームをご存知だろうか。勿論これは略称である。詳しくはぐーぐる先生にでも聞けばわかるだろう。

 

 ゲーム、たかがゲームと侮ってくれるな。私はこのゲームに大いにハマった。無課金縛りで挑んだ数ある戦いは、ゲームの登場人物に感情移入させられた。手に汗握る展開と笑いあり涙ありの物語たちは私を熱中させるに充分であった。

 

 ところでなんにでもお気に入りというものは出来るもので。勿論私にも一押しのキャラクターというのが存在した。

 インドの施しの英雄、カルナである。あの不器用な性格といい、不遇の人生といい。可哀想だなぁというよりは、純粋に凄い人だなぁと尊敬してしまった。

 

 私だったら耐えられないなぁと。

 

 私は平凡にこの日本の女子高生として日々青春を謳歌している。だからこんな考えに至ってしまったのかもしれない。

 日常を消化して、柔らかな布団に包まれて眠る。

 私の平凡が消える最後の記憶だ。

 

 

 夢を見た。目の前にあるのはただ墨をぶちまけたような暗闇だ。静寂に包まれる空間は不気味ではなく、布団の中のような安心感を私に与えた。

 

 ――答えよ

 

 暗闇から声がする。老若男女、どの人物にも当てはまらないようで当てはまるような不可思議な声だ。

 

 ――救いたいと思うか。アレを、不遇の英雄を。

 

 なんと突拍子もない問いだろうか。前提なしでいきなり聞かれて答えられるのはフィクションの中だけだと物申したいものだ。

 

 ――答えよ。与えられない神の子に。少しでも与えてやりたいと思うか

 

 先ほどから会話のドッヂボールと化しているこれに、私はやけくそ気味に答えた。

 

『そうだね、私にあげられるものなら。その人の助けになりたいよ』

 

 ――傲慢な事だ。けれどそれもいい。お前にあげよう。

 

『エッ!?』

 

 ――あげよう、この力を。

 

 ――与えよう、その心臓に。

 

 ――授けよう、神の力を。その命の対価に人知を超えたこの力を。

 

『いやいやいやクーリングオフは!?』

 

 ――忘れるな、お前が縋ったものは邪神なるぞ。

 

 ――刻め、お前の力はお前の命と等価であると。

 

 ――覚悟すると良い、その傲慢の対価を。力と別のモノに対する対価を。

 

 ――祝福あれ、我が愛し子よ。

 

 

 

 一体何ラトホテプさんなんだ……と戦慄する私をお構いなしに暗闇が消える。

 

 白い閃光が私の目の前に迫った。

 

 

 

 

 

 

 目を開けるとそこは見知らぬ場所だった。乾いた大地に土壁の家々、そしてテントの様に布で屋根を作り商売をする商人たち。行きかう人々の服装はインドの民族衣装を身に纏っていて、女性たちの身に纏う布の色とりどりさに私は呆然とするより他になかった。

 

 そしていざ自分を見下ろすと、寝る前のパジャマに白い襤褸布をすっぽりと頭からかぶっていた。恐らくそのままだと目立つから邪神()の気遣いからだろうと無理矢理自分を納得させた。でも足元はそのまま素足で涙が出そうだった。気遣う所違うよ、邪神様!

 

 とりあえず近くで商いを行う中年男性に声をかける。

 

『あの、すみません』

ΓΔ§Φ?」

 

 ちょっと何言ってるか分かりませんねえ……。怪訝そうなその中年男性に私は愛想笑いをし、そそくさとその場を離れた。アカン、ワタシインドの言葉分からないアルネ!あいやー困ったアルヨ!と脳内で似非中国人がでしゃばるぐらいに混乱した。

 

 思わず通りの端の壁に背をつけてズルズルとその場に座り込む。土壁のざらざらとした感触がいやにリアルで、容赦なく降り注ぐ強い日差しはここを現実だと私に突きつけた。

 

「どうした」

 

 膝を抱え込み、俯いた私は突如降って湧いた声にバッと顔を上げた。こちらを見下ろす、黄金の鎧の人物はその青い瞳でこちらをじっと見つめていた。

 

『わ、わたし言ってる事分かる?』

「ああ、お前の言葉は恐らくこちらの理解の範疇ではないだろうが」

『えっ』

 

 思わずぎこちない日本語で目の前の人に言えば、頷きながらその人は否定に近い言葉を吐いた。思わずどもれば、その人は首を傾げた。どうした、と言いたげだ。

 

 ふわふわとしたその人の銀髪を見ながら私はその見透かすような青い瞳をそっと見る。多分、敵意は……ないな。

 

『私、言葉が分からなくって。でも貴方の言葉は分かるんです』

「そうか、難儀な事だな」

『こんな事初対面の頼む事じゃないと分かってます。でも、お願いします!』

 

 この時私は正常な判断が出来ていなかった。必死だった。想像してみて欲しい、右も左も分からないこの推定異国の国にたった一人で放り出されるのを。言葉も通じない、持ち物もなく、頼れる人も他にいない詰みに詰んだ状況を。

 

 私はその人に縋るように頭を下げた。

 

『私を一緒に連れて行ってくださいッ!私を貴方の傍に置かせてくださいお願いします!!』

「――オレでいいのか?」

『はい!』

 

 その人の問いに私は勢いよく頷いた。前のめりになりながらの私の頷きにその青い瞳を見開かせた。

 

「そうか。オレの名前はカルナという」

『はい、よろしくお願いします。カルナさん。私の名前は――』

 

 私の名前を聞いてカルナさんは頷く。

 

「ふむ、あまり耳馴染みのない名だな」

『ですよねー』

 

 だって私の名前日本人っぽい名前だし。そりゃあインドには馴染みないですわぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――三人称視点――

 

 

 

「カルナよ、それはなんだ」

「ドゥルヨーダナか。拾った」

 

 ドゥルヨーダナの問いにカルナは後ろにいる人物の背を押す。ドゥルヨーダナの前に出された人物は小柄で華奢な体つきをしているようだった。布をすっぽりと身体を隠すように被っているのであまりそれ以上は分からない。ちらりと見える顔は華奢な身体に見合う、儚さだった。白い肌はカルナのような真白だ。

 

 どこをどう見ても人間だった。ドゥルヨーダナはどこから聞いたものか、ズキズキ痛む蟀谷(こめかみ)を指で揉みながら考えた。ちらりとカルナを伺えば、通常通りの平然とした態度だ。

 

「カルナよ、余はもしや聞き間違いをしたか?拾ったと申すか」

「その通りだが?ドゥルヨーダナも可笑しな事を聞く」

「はぁ……犬猫の類ではあるまいに。人は拾えぬぞ、カルナよ。お前はこの者の世話をするのか」

「なる程。お前のいう事は道理だ。しかしオレはコイツを見捨てる事は出来ない。約束したからな」

「身内じゃあるまいに。そこまでやってやる必要があるものか」

 

「――それをお前が言うのか」

 

 他ならぬお前が?他人のオレを身内にとかつて言ったお前がか、カルナは視線でそう語る。ドゥルヨーダナはそれを受けてああと嘆息した。

 

「それもそうか。悪いな、カルナ。余の要らぬ世話だったようだ。まぁその者を身内と扱うも好きにするがいい。友人たるお前の判断を余は信じよう」

「承知した」

 

 頷くカルナにドゥルヨーダナの眼差しは和らぐ。次いで、カルナの隣に無言で佇む渦中の人に視線を向けた。

 

「して、カルナの客人よ。そなた、名をなんと申す」

『Φ§Λ……?』

 

 布の人物から放たれる理解不能の言語とその声の可憐さにドゥルヨーダナは固まる。どう聞いても女性の声である。固まるドゥルヨーダナにカルナは軽く頷く。

 

「ああ、言い忘れていた。この通り、コイツは話せないそうだ」

「待て待て待て!! カルナよ、正気か!? 言葉が通じない上に女だぞ!」

「それが?オレには不便ないが」

「そういう問題ではないわッ!赤の他人の、しかも年頃の男女がみだりに共に生活する訳にはいかんだろう!」

「――ふむ、その言い方だと身内ならば良いのか?」

「余の話を聞いていたか……?」

「無論だ」

 

 疲れたドゥルヨーダナの声にカルナは力強い肯定で返す。その声にドゥルヨーダナは視線で問うた。

 

「簡単な話だ。家族になればいいのだろう?他人が家族になれる方法ならばこのオレにも分かる」

 

 カルナの珍しい自信に満ちた言葉にドゥルヨーダナは嫌な予感がヒシヒシとした。カルナの隣の人物も同じらしい。カルナを宥めるように背に手を添えていた。

 

「例えば?」

「夫婦になればいいのだろう。――このオレでいいだろうか」

 

 言葉の後半を布を被った人物にカルナは伺った。前半の言葉に比べると若干不安そうに聞くのがなんともこの男らしい、とドゥルヨーダナは他人事のように推察する。もうどうにでもなれ、ドゥルヨーダナは考えるのを止めた。

 

『……ΓΛΔ』

「そうか、これからよろしく頼む」

 

 ぽつりと布の彼女の声が承諾するように頷きと共に呟かれた。カルナはそれに淡々と答えた。カルナに何度も頷く彼女の姿が小動物じみて案外和むかもなぁ、とドゥルヨーダナは働かない頭で思った。

 

 




主人公は言葉が通じない系女子(物理)。FGOプレイヤーさんにはラフムさん系女子と言えば通じるのでしょうか。あれ程耳障りじゃないですが。
ここで補足。ドゥルヨーダナさんはマハーバーラタに登場するカルナさんの友人兼上司の人です。カウラヴァ百兄弟の長男で王子です。なんだかすごい話ですね。詳しくはぐーぐる先生に聞けば教えてくれます(え


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前回の補足回。あのままだとカルナさん側が説明不足だと思ったので今回はカルナさん視点(ただし三人称)短いです



――三人称視点――カルナside

 

 

 

 カルナにとってそれはあまりに異質だった。

 

 

 それは道すがら、頼まれた使いを完了した後のことだった。

 通りの端、人通りを避けるように蹲る存在にカルナの視線は自然と向いた。普段だったら通り過ぎてしまうかもしれない。手を伸ばさない者に下手に手を差し出しても両者ともに得がない。下手をしたら相手に傷を与える結果になる。カルナはそれを重々承知していた。

 

 けれど、白い襤褸布に包まれる身体のなんと頼りない事か。体格は確かに華奢であろう、けれどカルナはそれだけでそうは思わない。か細い身体で労働し、糧を得る貧しい人々の暮らしはカルナにとっても身近な存在だ。

 

 ならば何がそう思わせるのか。すぐにカルナは思い直す。

 

 その存在の異質さだ。それがカルナにその布の人物を儚く思わせる。風に吹かれればそのまま立ち消えそうな、そんな違和感が。

 

「どうした」

 

 思うまま、カルナは蹲る人物に声をかけた。すぐに持ちあがる顔にカルナは少し面食らう。その顔立ちに、というよりはその色にと言った方がいいかもしれない。

 

 その肌は白く、血が通っているか不安になる青白さがあった。顔立ちが幼いものの、充分可憐な部類だろう。肩にサラリとかかる艶やかな黒髪は触り心地が良さそうで。なによりその生気に溢れるその瞳が、カルナの心を揺さぶる。

 

 晴天の空を切り取ったような瞳だった。カルナも同じような色の瞳をしていると思うが、持つ者が違うとこうも輝きが、美しさが違うのか。

 

『わ、わたし言ってる事分かる?』

「ああ、お前の言葉は恐らくこちらの理解の範疇ではないだろうが」

『えっ』

 

 彼女の唇から紡がれる言葉は明らかに異国の言葉だった。けれど不思議とカルナの耳に意味は通じた。そのままを伝えたら彼女は纏う布を胸元でぎゅっと握り、こちらをそろそろと伺ってきた。それは悪意のないモノで例えるなら小動物の如き慎重さだろうか。

 

『私、言葉が分からなくって。でも貴方の言葉は分かるんです』

「そうか、難儀な事だな」

『こんな事初対面の頼む事じゃないと分かってます。でも、お願いします!』

 

 彼女の言葉は必死さが滲んでいた。潤む瞳は他に頼れない事を雄弁に語り、大きくなる声はこちらへと縋る響きが含まれている。そこに不思議と下心が感じられない。

 

 例えば、カルナを利用するような、そんな薄暗さは微塵も感じられなかった。カルナはそういう事を見抜く事に長けている。

 

『私を一緒に連れて行ってくださいッ!私を貴方の傍に置かせてくださいお願いします!!』

「――オレでいいのか?」

『はい!』

 

 思わずカルナが承諾すれば、勢いよく頷かれた。彼女の勢いとその浮かぶ満面の笑みにカルナは目を見開いた。

 

 とくりと、カルナの胸の柔い所が音をたてた気がした。

 

「そうか。オレの名前はカルナという」

『はい、よろしくお願いします。カルナさん。私の名前は――』

 

 紡がれる彼女の名前にカルナは軽く頷く。

 

「ふむ、あまり耳馴染みのない名だな」

『ですよねー』

 

 カルナの言葉に彼女はうんうんと頷き返す。他の者ならばカルナの言葉に二三言苦言を呈したかもしれない。怒りを表す者もいるだろう。

 

 けれど彼女は当たり前のようにカルナの言葉を受け止め、返してくれる。

 

 この短いやり取りでカルナは彼女に惹かれるものを感じた。だから彼女の提案もすんなりと受け入れたのだろうか。それはカルナ自身も分からない事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドゥルヨーダナに彼女を紹介した後。カルナはここに残れとドゥルヨーダナは命令した。カルナはそれに承諾し、彼女を別室で待っているように促す。

 

 渦中の娘が退室し、ドゥルヨーダナの指示で人払いがされこの部屋を静寂が満たす。

 

 

「ドゥルヨーダナ、用件は」

「まぁ、待て。カルナよ。お前に一つ確認を取りたいだけだ。本当にあの娘を娶る気か?今なら余があの娘の世話を焼いてもいいのだぞ」

 

「それ以上は言うな」

 

「おや、怒らせたか。許せ、カルナよ。これでも余はそなたを心配しているのだぞ?犬猫を飼うように、容易に妻を娶るものではないぞ」

「――オレが怒る?それは違うぞ、ドゥルヨーダナ。お前は勘違いをしている」

「うん?」

 

 カルナの否定の言葉にドゥルヨーダナは首を傾げる。

 

「それはオレには不要。それだけの事だ。用件はそれだけか?」

「……そうか。――これだけはお前の友として聞いておきたかったのだ」

「そうか。……納得する答えは得たか?ドゥルヨーダナ」

 

 カルナの曇りない澄んだ瞳がドゥルヨーダナに向けられる。ドゥルヨーダナは薄い笑みを口元に浮かべた。

 

「まぁ及第点といったところか。――いいぞ、あの娘の元へ行ってやると良い」

「感謝する。では、オレはここで失礼する」

 

 去って行くカルナの背をドゥルヨーダナは眩しそうに見つめた。

 

「……オレには不要、か。よく言ったものだ」

 

 あの朴念仁がなぁ、とドゥルヨーダナは感慨深い思いを抱いた。あのカルナという男と友人になってまだそう時間は経っていないがそれでも察せるものはある。

 要はドゥルヨーダナにあの娘を任せる気はサラサラない、とカルナは短い言葉で言ったのだ。

 

 酔狂であの娘を娶る訳ではない、俺は本気だと。

 

 よくもまぁこのドゥルヨーダナ相手に言ったものである。まぁカルナは身分で物事を見たりしないか、とドゥルヨーダナは思い直した。

 

 願わくば友に幸あらん事を、ドゥルヨーダナは柄にもなく祈りたくなった。

 

 

 

 




※オリ主の瞳は青い色をしてます。本人はまだ気づいていませんが(笑)
例えオリ主が黒い瞳をしていてもカルナさんは別の言葉で褒めたでしょう。

※ドゥルヨーダナとカルナの出会いはクル族の武術(弓術)大会に始まります。詳しくは省きますが、アルジュナも参加していたこの大会でカルナはアルジュナに挑みます。けれど、王族に挑めるのは王族のみ。身分社会でカルナは御者の子供という低い身分でした。到底アルジュナに挑めるものでありません。そこでドゥルヨーダナがカルナに助け舟を出します。「この者は王族の出である(意訳)」と。結局はカルナの養父が原因で、無駄になるのですが。それでも御者の子だと侮辱されるカルナをドゥルヨーダナは擁護します。「英雄や河川の源流(出自)を問う意味はない。王族であることの証明に最も必要なものは力である」と。その過程で、カルナが返礼に何を望むかドゥルヨーダナに問うたところ、彼はカルナとの永遠の友情を望むと答えた経緯があるのです。

私の文章力の都合上、この物語はこのクル族の大会後の時系列になります。あとでIFネタで番外編として書くかもしれませんが(え


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日常パートです。カルナさんに夢見てます。こんなカルナさんもいいんじゃないだろうか。
主人公視点でいきます。


――主人公side――

 

 

 

 カルナさんが思ったよりも施し体質だった件。カルナさんと成り行きで結婚してしまったんだけど、頼ったこちらが心配になってしまった。

 この人聖人すぎるだろう。見ず知らずの他人、しかも不審人物を頼られたからってわざわざ身内に引き込むとか正気かよ。ああでもFGOではなんか嘘を見抜ける目みたいなスキルあったなぁ、と私は回想した。

 

 ところ変わってカルナさんの自宅に私はお邪魔していた。日本生活に慣れてしまっている私には正直凄いカルチャーショックな訳だが、カルナさんにめちゃくちゃ恩がある身としては文句はない。

 

 頑張ろう、と私は決心を新たにする。

 

「明日には養父たちに紹介をする」

『あれ?一緒に住んでいないんですか?』

「ああ、オレはとうに一人立ちをしている身だ。けれど、あの人たちに妻を紹介しない訳には行かないだろう」

『え、あ。はい』

「どうした?」

『いや、その話本当なんだなぁと思いまして……』

「当然だ。このオレとて覆すほど不実ではない」

『……カルナさん』

 

 断言するカルナさんに私は言葉に詰まる。なんて言えばいいのだろう。ありがとうございます?それともすみません?どちらも違うのだろう。

 

 そんな私にカルナさんはじっと見つめた後、

 

「お前は不思議な奴だな。とても女に見えない」

 

 と暴言ともいえる爆弾をおとした。とても新妻に向ける言葉じゃない、と私は戦慄する。まぁ経緯が経緯で甘さの欠片もないモノだから仕方ないか。

 

『えっ』

 

「ここまで会話が続くのは久々だ。お前の他にドゥルヨーダナくらいか」

『カルナさん……』

「オレは話す事が不得手だ。なのに……お前は可笑しいな」

 

 大抵の奴はオレが話すと怒るぞ、とカルナさんは首を傾げたままだ。私は何とも言えない気持ちを飲み込んだ。

 

『うーん……。カルナさんが話すのが苦手なのは、あんまり話してなかったからじゃないですか?多分。これはもしかしての話ですけど!』

「そうか……」

『はい。なので、私でよければ一杯話しましょうね』

 

 カルナさんの頷きに私は笑みと共に彼の手を握った。握手してから、しまったと私が慌ててももう遅い。

 

『あっ。えっと、迷惑だったら別に無理はしないで』

「迷惑じゃない」

 

 断ってもええよ!と続く筈だった言葉はカルナさんの力強い否定に消された。私が握った彼の手が逆に握り返される。握られた手は温かな温もりに包まれる。

 

「そうだな、それもまた家族になるに相応しい行いだ」

『そうですね。色んな事たくさん話しましょうね、カルナさん』

「ああ」

 

 こちらを真っ直ぐ見るカルナさんの眼差しは驚く程優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルナさんに拾われて早くも一カ月。早いもので、もう婚儀もお披露目もすんでしまっていた。結婚式、お披露目と言っても簡易的なもので体裁を保つため、と言った感じだ。

 

 それからカルナさんの育ての親にも会わせてもらった。ほとんど何言っているか分からない状態だった。それでも、私の祈りが通じたのか簡単な意味は分かったのでめちゃくちゃ気持ちを込めてコミュニケーション図った。人間死に物狂いで理解しようとすれば出来るのかもしれない。新しい発見だ。

 

 最終的にカルナさんの養父母さん達と笑顔で応対できるようになったのでよしとしよう。

 

 それから、私は出来る範囲から家事を始めた。四六時中カルナさんにくっついている訳にもいかないのでもう必死だった。近所のお節介焼きのおばちゃんが色々教えてくれなければ今私は挫けていたことだろう。圧倒的感謝。

 

 私一人ではきっと火もおこせず、見た事のない食材の調理も分からず、商人から物も買えないとないない尽くしだったことだろう。

 

 以来、私はご近所さん付き合いを大切にしている。困ったことがあれば手を貸し、助け合う生活だ。

 手が空けば、カルナさんの元へと行き彼に手を貸す事もある。最初は不要だ、とにべにもない返事だったが、二人でやった方が早いと説得すると彼は納得した。

 

 そんなこんなで生活している私ですが、ちょっと気になる事がある。邪神()の言っていた言葉だ。やれ力だの、命の対価だの不穏な言葉のオンパレードだったアレだ。やだ、心臓とかほんといい予感がしない。

 

 一応ここはFateの世界な訳だし、宝具とか使えたりするのではないだろうか。

 

 あの言い方では使えば即死って訳ではないだろうし。試してみるのも手だろう。とはいえそう簡単に超常の力が必要になる事態なんて早々ないだろうけど。

 

 

 ……なんてフラグじみたことを考えた事がいけなかったのだろうか。

 

 

 

 

 仕事から帰ってきたカルナさんの右頬が腫れあがり見ているだけで痛そうだった。アイエエエ!? なんで怪我!? と目を白黒させる私にお構いなしにカルナさんは平然としている。

 

「ただいま」

 

『か、かるなさん。うえええ怪我痛いそれ絶対痛い……あかん、治療しなきゃ』

「これぐらいどうという事はない。――それよりもただいま、だ」

『うん?』

 

「おかえりなさい、だろう?」

『』

 

 うろたえる私に言い聞かせるカルナさんに思わず絶句してしまった。カルナさんの真っ直ぐな眼差しは雄弁にいつまでも待つことを伝えてくる。

 

『お、おかえりなさい』

「ああ」

 

 おずおずと返せばカルナさんは満足そうに頷き、踵を返す。思わずカルナさんの右手を掴めば、不思議そうな顔をされた。

 

「どうした?」

『え、どうしたじゃないですよ。ほっぺの怪我治療しなきゃ。痛いでしょう?』

 

 聞けば、きょとんとカルナさんは目を丸くした。こうすると切れ長の瞳が猫みたいな可愛さがあるのが不思議だ。……そんな変な事を聞いたかな?

 

「……そうなのだろうか」

『そうなのですよ。ほら、こっちに座ってください』

 

 釈然としなさそうなカルナさんを近くの椅子に座らせる。

 

『口を開けて中を見せて下さいね。口の中切ってないか診ますから』

「ん」

 

 カルナさんのかぱりと開けられた口の中をマジマジと見る。上を向かせるために彼の顎に添えた私の指がその肌の滑らかさを伝えてきてとてもつらい。

 

 口の中を見れば案の定、頬の粘膜がザックリ噛み切られて血が滲んでいた。この分だと当分傷に沁みないような食事内容を考えなくてはいけない。綺麗に並んだその白い歯列に欠損は見当たらず、歯が折れていないようで安堵した。

 とりあえず頬を冷やすために濡れタオルを用意しようと思った。上を向かせているカルナさんを解放しようと、意識せずに見下ろす。

 

 白皙の美貌がこちらを上目遣いに見つめていた。澄んだ青い瞳が若干揺らめくのが思わず見惚れてしまう美しさで私は固まってしまった。

 

「もう……いいだろうか」

 

『ハッ!! ご、ごめんカルナさん!痛かったよね?!』

「いや、それは大丈夫だ。気にする事はない」

 

 困ったように眉尻を下げるカルナさんに申し訳なくって私は光の速さで謝るのだった。謝る私に淡い微笑みを浮かべるカルナさんマジ聖人……。心なしか後光が見えて眩しい……。

 

『――ありがとう、カルナさん。今冷やすもの用意しますからね!』

 

 そこに座って待っていてください、とカルナさんに言い置いて私は急いで濡れタオルを準備するのだった。

 

 

 

 

 出来た濡れタオルを早速カルナさんの右頬にあてる。そっと添えるように冷やせば彼の切れ長の瞳が細まる。

 

『それでどうしてこんな怪我を?』

「お前には関係ない事だな」

 

 言葉自体は刺さる鋭さだが、カルナさんの声は優しさに満ちていた。多分こっちが心配で気を病む事のないように、という意味だろうけど。

 

『でも、痛そうですよ』

「ふっ、大事ない。じきに治る」

 

 私の言葉にカルナさんは軽い笑いを含ませた。気にするな、と彼は言うけれど見ているとなんとか出来ないものかと歯がゆく思う。私は出来ればカルナさんに傷ついてもらいたくないのだ。

 

 私に治せる力があればなぁ、とわたしがぼやき交じりにおもったその時だった。

 

 カルナさんの右頬に添えた私の左手がほのかな光を帯びる。

 

「これは……」

『!?』

 

 時間にして五秒。淡い光はそれだけの時間で消え去った。微かな驚愕を現すカルナさんだが、私の方が混乱していた。

 

 カルナさんの右頬にあてていた濡れタオルをそっと離す。

 

 カルナさんの右頬の腫れはすっかりと引いていた。カルナさんは己の右頬を手で擦り、首を傾げた。

 

「痛みがない。治癒したようだな。口の中の傷も癒えている」

『ふぁ!?』

(まじな)いの類だろうか。お前に魔術の心得があったとは」

『おっとぉ?』

 

 ふむ、と感心するカルナさんに私はロクなリアクションが取れなかった。混乱する私にカルナさんは両肩を掴んだ。

 

「ドゥルヨーダナに話せば喜ばれるぞ、良かったな」

『……良くない、かな』

「うん?何故だ。あの男は意外と心が広い男だ。――まぁたまに狭量なところもあるかもしれないが」

『そう言うところだよ!』

 

 カルナさんのぼそりと付け足された情報にすかさずツッコミを入れる。王様系は地雷を踏むと物理的に消されるんだぞ!と言いたくなった。

 

「そうか。ならば仕方ない」

 

 あっさり頷くカルナさんに私は力なく脱力した。

 

 それにしてもと私はぼんやりと思う。

 

 癒しの力か。正直嬉しいが、でも何か私は腑に落ちない気持ちが消えなかった。何か大切な事を見逃したような、そんな焦燥感が。

 

 

 




※ここで最初に邪神()様の言った台詞を振り返ると……。
某にゃる様疑惑の邪神()様なのでクトゥルフ神話TRPGをやった人はあっ(察し)となるのではないでしょうか。

マハーバーラタ編後はFGO編でもやろうかと気の早い事を考えていたりします(え


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今度はカルナさんside(三人称視点)。
今更な言葉ですが、この小説は夢小説の要素を多大に含みます。ご注意くださいませ。
カルナさんがキャラ崩壊注意です(今更)。
ドゥルヨーダナさんもなんかいい人になっちゃっています(笑)もうこの小説では彼はそんな感じになってます。
※今更ですが、三人称視点でのオリ主さんは“彼女”と表記させて頂いています。分かりにくくて申し訳ありません。精進します。

※ねつ造設定がちょっと出てしまっているかもです。

前回から数日後の時間軸です。


――カルナside(三人称視点)――

 

 

 

 ドゥルヨーダナの元に赴く際、カルナの耳は「妻に贈り物をしないとなぁ」という呟きを拾う。どうやら王宮に仕える兵士の呟きのようだ。世間話で交わされる言葉はカルナを通り過ぎる。

 

 ああ、そういえば己の妻に贈り物をしていないなと思い立つ。とはいえ、今の自分は身一つだし贈り物ないな。カルナは己の妻の姿を思い起こし頬を緩める。彼女にはこの短い期間で色々世話になっているし何か贈るのもいいかもしれない。

 

 とは言え、彼女の望む物がカルナには分からなかった。

 

 友に聞くのも手だろう。カルナはついでにドゥルヨーダナに意見を求める事にした。

 

「何?妻に何を贈ればいいのか、だと?」

「ああ。一般的な意見を聞きたい」

「それで余に尋ねに来る辺りお前らしいな、カルナよ。まぁ余の意見としては女は装飾品に目がないぞ。いつの世も美しき物が嫌いな女はおるまいよ」

「なる程」

 

「――とは言え、それがあの娘に当てはまるとは限らぬぞ。カルナよ」

「うん?何か言ったか。ドゥルヨーダナ。お前の意見は参考になる、感謝しよう」

 

 ドゥルヨーダナの付け足された言葉にカルナは首を傾げる。大方、頭の中での算段に夢中になり聞き逃してしまったのだろう。ドゥルヨーダナは呆れたように溜息を吐いた。

 

「……余の話を聞いてないな?」

「そうだろうか。――少し用が出来た。これでオレは失礼する。改めて礼はしよう」

 

 ドゥルヨーダナの言葉を聞き流し、カルナはその場を辞そうとした。話を聞いていないのは明白。逸る気持ちの友の姿にドゥルヨーダナは何とも言えない気持ちを飲み込んだ。これはいい事なのだろう、カルナの友人として応援してやろうではないか。ドゥルヨーダナは寛大なのだ。

 

「はぁ……お前が直情なのは美徳だがいやこれ以上は止そう。礼も要らぬわ。――さっさと行くがよい」

「ああ」

 

 迷いなく頷かれてしまってはドゥルヨーダナは苦く笑うしかない。全くカルナの真っ直ぐなその感情はドゥルヨーダナにはいささか眩しすぎる。

 

 

「まぁたまにはこういうのも良いか。余も丸くなったものだ」

 

 

 もう見えない友の背を思い、ドゥルヨーダナは呟いた。心なしか彼の口元にはほのかな微笑みが浮かんでいるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友であるドゥルヨーダナの助言を受け、カルナは装飾品を彼女に贈ることにした。とは言えカルナの手持ちにそんな余裕がある筈はなく。正真正銘の身一つのカルナは歩きながら頭を悩ませていた。

 

 知り合いの細工師がいたので、彼の元にとりあえず行ってみようとカルナは足を早める。先日その細工師を庇って、頬を腫らしてしまった事件があったがカルナは特に気にしていない。血を流すカルナを見て顔を青ざめさせたその細工師の男は気のいい男だったように思う。後で礼をさせてくれ、と珍しいくらいに食い下がった男だ。無論、礼は断ったカルナだ。

 

 つらつら考えを巡らせていると、カルナの脳裏に閃きが煌めく。

 

「ああ、これがあったか」

 

 自分の身体を見下ろし、カルナは頷いた。身体と一体化している黄金の鎧は、カルナの唯一の財だ。不死を約束する輝きにカルナは閃きを実行する事にした。

 

 何、ちょっと余分な所を砕くだけだ。

 

 カルナは身体に走る激痛よりも、優先させたいと思う事が出来た。それだけの事なのだ。我ながらなんと業の深い、とカルナは他人事に思う。

 

 まずは人目のつかない所に行かないと。カルナは早速行動に移した。

 

 

 

 

 カルナは自分の鎧の一部を砕き、ソレを細工師に持ち寄った。血が出た所は手持ちの布で止血し、隠す。血に濡れた黄金の欠片は近くの川で洗い綺麗にした。我ながら綺麗に出来たのではないか、とカルナは自画自賛した。それから己の魔力で形をあらかた整えて、細工師の前に出す。後は少々手を加えるくらいで済むだろう。

 

 カルナを前に細工師は顔を青ざめさせた。何か、問題でもあったのだろうかとカルナは首を傾げた。

 

「これをオレのコレの様に耳飾りに出来ないだろうか」

 

 と持ち掛ける。

 

 顔が青いものの細工師は頷く。

 

「ああ、あんたには先日世話になったしな。その礼としてお代は要らないよ。」

「……そうか。感謝する」

「いいってことよ。あんたは命の恩人だしな。大体の形は出来ている事だし、あと四時間ほど後に取りに来てもらえれば渡せるよ」

 

 快諾した細工師は早速作業に取り掛かるという。カルナはそれに再び感謝を伝えてその場を去る。

 

 四時間後がひどく待ち遠しかった。

 

 四時間をドゥルヨーダナの元で仕事をこなす事でつぶす。ドゥルヨーダナに勘づかれずに済んでよかったと思う。それも時間の問題だろうが。

 

 再び細工師の元に訪れると彼は出来上がった品を見せてくれた。

 

 カルナの左耳を飾る、黄金の飾りと良く似た装飾はカルナを満足させた。

 

 カルナは礼を述べて、家路に着く。彼女はどう反応してくれるのか、珍しくカルナは高揚する気持ちを抑えるように思う。

 

 

 出来れば喜んでくれると良い。

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰れば笑顔の彼女がカルナを出迎える。カルナはその笑顔を見る度に温かな気持ちを噛みしめるのだ。

 

『おかえり、カルナさん』

「ただいま。――そうだ、これを」

 

 挨拶をそこそこに彼女にカルナは件の耳飾りを彼女の目の前に差し出す。目の前で光を弾く黄金の飾りに彼女の目が丸くなる。

 

『こ、これって……』

「ああ、妻に贈り物をするのは常識だそうだな。オレには贈る物なぞなかったが、これは我ながら良く出来たと思う。細かい所は細工師に頼んでしまったが」

『う、うん。凄く綺麗だと思うよ』

「そうか」

 

 カルナは彼女の賛辞の言葉に満足そうに笑った。彼女はカルナの笑みを見て仕方ないなぁとため息ひとつ。彼女のため息にカルナは首を傾げた。直後、彼女はカルナの不自然にかけてある布を取り上げた。

 

「なっ」

 

『――やっぱり怪我してる。治すからこっちに来て、カルナさん』

「あ、あぁ。すまない。やはりオレは」

『それ以上言ったら怒るよ?カルナさん。私が不機嫌なのは、カルナさんがこうして自分を大切にしないからだよ。私に贈り物をっていう気持ちは嬉しいんだから』

 

 彼女の言葉にカルナは目を丸くする。

 

『痛かったでしょ?これ、まだ血が出てるし』

 

 カルナの傷に彼女は手を当てて癒しの力を使う。みるみるうちに傷は癒え、かけた黄金の鎧が修復される。

 

『これでよし』

「……感謝する」

『ふふ、どういたしまして』

 

 にっこり笑う彼女をカルナは手招きする。近寄る彼女に、彼女の手の中の金の耳飾りを指さす。

 

「出来れば右の耳に」

『カルナさんとは反対の耳に?』

「ああ」

『うん、分かった。今やっちゃいますね!』

 

 え、とカルナが呟くと彼女は耳飾りを右手にもったまま、右耳に触れる。手に光がジワリと滲み、耳に触ると、次の瞬間には金の耳飾りが彼女の耳を彩った。

 

『こういう便利な使い方ができるのだ』

 

 満足げな彼女の様子にカルナは頷いた。にこにこと笑みを浮べる彼女にカルナもつられる。

 

「似合ってる」

『ありがとう、カルナさん』

 

 彼女の右耳に輝くのはカルナの“特別”の印だ。その輝きにカルナの瞳が満足そうに細まった。

 

 

 

 




細工師「あれ、それってあんたの鎧の一部なんじゃ……(ドン引き)」
そんな感じで彼は顔を青ざめさせていました。

ちなみに主人公「この数日で力が上手く使えるようになったよ(どやぁ)」

※後は皆さんの疑問であろう事について

Qなんでカルナさんの頬は腫れたのでしょうか?9割の威力を削ぐ防御力Maxの不死の黄金の鎧がありますよね?
A鎧に覆われていない部分は割とダメージが通りそうだな、と作者は思う訳です。ゲームの世界ではなく現実なわけですし。怪我の理由は細工師が言った命の恩人、という台詞の通り、普通の人間なら死にそうなあれなんですヨ実は(白目)

Qなんでカルナさんの鎧の欠片を魔力で変形できたのですか?
Aカルナの黄金の鎧は言わば彼の一部です。なので魔力伝導率は高そうだなぁと出来ても不思議じゃないなと思った次第です(人はそれをご都合主義という)

※最後に
\合言葉はー?/   \細かい事は気にシナーイ!/ でお願いします。


FGOのバレンタインイベントのカルナさんは、動画で拝見しました。あれ見て、あれ?カルナさんって実は独占欲ある?と思ったので書いちゃいました(笑)あれは幾多のサーヴァントのマスターであるから、あの要求なのではと個人的に思いました。そうじゃなかったら自重しなさそうだな(無自覚故に)と。


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ドラウパディー姫編。
オリ主視点です。この小説は砂糖多めで書くように心がけています(笑)。折角の夢小説風味ですからね。
カルナさんのデレが凄まじいような気がしますが、日々の暮らしでオリ主が徐々に彼の壁を攻略げふんもとい突き崩した結果だと思ってください。

\合言葉はー?/   \細かい事は気にシナーイ!/ です。


――主人公side――

 

 

 ここで暮らし始めて数カ月程経った。カルナさんの愛情は分かりにくいと思いきや、結構分かりやすい形で見える時がある。私に黄金の鎧の一部を使った耳飾りを贈ってくれたのがその最たる例だ。あの時、砕かれて欠けた黄金の鎧ごとカルナさんの怪我を例の邪神()の力を使って治した。それは上手くいったのだけど、あの力を使った時ちょっと目眩がしたのだ。気のせいかな?とあの時は流したけど。

 

 で、ちょっと時間が経ってまずいかな?と考え直した。邪神()様曰く、覚悟しろとの事らしいので。一体言葉以外、どんな不具合が生じるのかと戦々恐々と私は震えている。

 

 言葉の件に関しては朗報があった。ここでしばらく暮らして気づいたのだ。私が死ぬ気で頑張ればテレパシーもどきが出来る、と。

 ただこのテレパシーもどきは私が伝われー伝われーと凄い念じなきゃいけないのと、相手の言っている事も滅茶苦茶集中しないと意味が分からない、という残念仕様だ。しかも相手の言っている事は「ココハコウスルトヨロシ」といった感じでなんか片言にしか分からないというポンコツ具合。多分私のテレパシーもどきも同じ残念仕様なんだろうなぁと遠い目をするしかない。それと結構疲れるという詰み仕様で涙を誘う事態だ。

 

 唯一の例外はカルナさんだ。どういった事か彼にだけは普通に意思疎通出来るのだ。おかげで何度カルナさんを拝みそうになった事か。

 

 

 それはともかく、さて諸君。私はいま盛大に頭を抱えていた。

 

 

 カルナさんが言葉足らなくってほんとつらい。私ってなんだっけ?と思う始末だ。右耳に輝く金色に更に思い出されて頭痛がする勢いである。

 

 何故私がこんなに思い悩んでいるかというと、今朝のカルナさんの言葉が原因なのだ。

 

 

「ああ、そうだ。今日競技会に参加することになった」

『へぇー』

 

「婿選びという名目らしいが、気にするな」

『ファ!?』

 

 適当に打っていた相槌はカルナさんの発言でぶち壊される。な、なんだってー!! と叫びたい気持ちをグッと私は堪えた。

 

「オレは数合わせに過ぎないからな。――時間か、行ってくる」

『い、いってらっしゃい』

「ああ」

 

 さっと背中を向けて行ってしまった後姿に私は口元が引きつるのを感じた。

 

 やばい、あんな堂々と浮気宣言とは恐れ入る。これがジェネレーションギャップ、と私は一人慄いた。しかも数合わせ?数合わせと言ったか、カルナさんは。そんな合コンのノリで言われても。……古代インドでは普通にある事なのだろうか。

 

 

 そんな感じで私はカルナさんが去った後も頭を抱えている訳です。

 

 カルナさんの事だから、二人目の奥さんとか連れてこないとは思う。あれでも誠実な人なのだ。ただ、カルナさんは見ての通り白皙の美青年な訳で。万が一ってあるだろう?婿選びをするお姫様が絶世の美女だったら、カルナさんもグラッと来るかもだし。

 

 私は一般人の女子高生な訳で残念ながら美少女という訳ではないのだ。自分でもがっかりしてしまう、と私は肩を落とす。

 

 はぁ、と重いため息を吐いて私は頬を軽く叩く。

 

 気分を入れ替えて今日も頑張るぞっと一人で気合を入れなおした。

 

 

 

 それにしてもなんか聞き覚えのある話だな?と私はデジャヴを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

『おかえりなさい』

 

 一人で帰ってきたカルナさんを私は安心するような気持ちで迎えた。我ながら酷いと自己嫌悪に陥りながらカルナさんに椅子を勧める。

 

 カルナさんが机についたのを見て、私は水を彼に差し出す。

 

『お疲れ様』

「ああ、ありがとう」

 

 水の入ったコップを受け取るカルナさんを私は見つめてしまっていた。

 

「ん?どうした?」

『あ、いえ』

「お前らしくない振る舞いだ。――オレには話せない事だろうか」

 

 カルナさんの問いにどもる私に彼はしょんぼりと肩を落とす。あっこれ良くない流れ、と私は慌てる。

 

『そんな事ないですけど!』

「そうか。俺なんぞでも力になれるか。……ならば聞かせてくれ」

 

『……』

 

 あわあわと忙しなく動かした私の手をカルナさんはとり、こちらをじっと見つめた。視線と言葉のダブルコンボに私は言葉が喉に貼りつくのを感じた。

 

「お前は、もはやオレの家族だ。――大切なんだ、と思う」

 

 手をカルナさんにぎゅっぎゅされながらのこの台詞。もう許してほしいと私は半ば涙目だ。

 

『……て言うから』

「うん?」

 

 私のぼそぼそとした呟きはカルナさんの耳には届かなかったらしい。聞き返す声の優しさに私はやけくそに言ったれ!と腹を括る。

 

『だからッ! 婿選びにカルナさんが行くって言うからッ』

 

「!」

 

 私のやけくそ気味な叫びはカルナさんの目を見開かせるのに充分だった。猫の様に目を丸くする彼はきょとんとしていた。そして数拍遅れて、切れ長の瞳を和ませる。

 

「そうか。悋気とは、ふむ。オレは存外語彙が少ないな。言い表すに値する言葉が見当たらない。精進しよう」

『――ッ!!』

 

 納得したように頷くカルナさんのその緩みきった顔に、私は沸騰する思いをした。

 

「だが、安心するがいい。ドラウパディー姫はオレなんぞお断りだそうだ」

『え、どらう……?』

「今回の婿選びの姫だ。ああ、そう言えば絶世の美女という噂があったな」

『……興味なさそうですね?』

「ああ。今回はアルジュナも出るという話だったから出たまでだ」

『あるじゅな、さん?』

「そう。我が武技に勝るとも劣らない、生涯の宿敵だな。どうしてか、あの男にはどうしても負けたくないと思ってしまう」

『へ、へぇ……』

「それだけの話だ」

 

 それで話は終いだと言わんばかりにカルナさんは握った私の手をそっと離した。こちらを見つめる彼の青い瞳は柔らかに弧を描いた。

 

 そのカルナさんの笑みの柔らかさに私はもういいやと匙を投げた。全面降伏待ったなし。

 

 

 

 

 

 

 

 後でカルナさんにその婿選びの競技会について詳しく聞いてみたところ。

 

 その大会はそもそもアルジュナさんが勝つように予め用意してあったようだ。ドラウパディー姫の父君が用意した強弓はアルジュナさんしか引けないような代物だったらしい。しかしアルジュナさん並の腕前のカルナさんはその弓を見事引き絞ってみせたのだという。

 

『それでどうなったのですか?』

「御者の身分は相応しくないらしいからな。止めさせられた」

『うわぁ』

 

 ドラウパディー姫がそう言ってカルナさんを拒否したらしい。カルナさんは腕が試せればいい、程度の物だったのであっさりと身を引いたという。

 

 で、その後アルジュナさんが見事その弓を引いてその大会を見事勝ったらしい、と。ドラウパディー姫はアルジュナさんしか眼中になかったそうな。……こう言われるとそのドラウパディー姫の目は節穴なのでは、と思ってしまう。私が言うのもあれかもしれないが、カルナさんは優しいし、美形だしと良い旦那さんの条件を揃えているのに。カルナさんが選ばれなくてホッとしている癖してカルナさんが貶められると苛立ってしまうのだ。私はつくづく嫌な奴だなと自分自身を思う。けれど、嫌な奴なりに私は開き直るしかないと思い直す。こちとら邪神()様の加護?があるんだ、今更なんだと。

 

「元々、ドゥルヨーダナに言われての事だったからな。出さえすれば表向きの面目は立つ。――オレの役目はそれで終わりだ」

『……そうなんですね』

 

 特に感慨を抱いてないカルナさんに私はホッと安心する。ドラウパディー姫は絶世の美女らしいのでどこか私は不安を感じていたのだ。開き直っていても、やっぱり割り切れないらしい。

 

 こういう時はカルナさんのその飾らなさに私は救われるのだ。

 

 息を吐いた私の様子をカルナさんは微笑みを浮かべ、

 

「お前の杞憂は晴れたようだな、良かった」

 

 邪気の欠片もない様子で私の頭を撫でた。私の癖のない黒髪を優しく、けれど慣れていない様子で不器用にカルナさんの手は撫でていた。そのぎこちない動きに私は時が止まったような錯覚を覚えた。

 

 ぎぎぎと私がカルナさんの顔を見上げれば、満足そうなそれでいて幸せを噛みしめている笑みが白皙の美貌に浮かんでいた。

 

 私はカルナさんに灰にされるかと真剣に思ってしまった。眩しすぎかよ。何コンボくらったかな?と思う程私の精神のダメージは深刻だった。私の顔が熱いのもきっとそのせいだそうに決まっている。

 

 

 

 

 




オリ主さん嫉妬する編です。恋情か否か。
※悋気――嫉妬する事。カルナさんはあの時主人公に嫉妬されて密かに喜びを噛みしめていた様子。


書きながら砂糖吐くかと思いました。なんだコイツ等結婚しろリア充めあっもうしてたんだっけ、と一人漫才してました。知ってるか、コイツ等これでもハグもしてない清い関係なんだぜ……(白目)



彼女がうじうじ悩んでいたのもこの清い関係が故です。しかも甘い恋情が理由ではない婚姻関係。これでもオリ主はカルナさんに負い目があります。でもカルナさんはそうは思っていないという。ナチュラルにすれ違いが成立しちゃってますね(遠い目)


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オリ主、ドゥルヨーダナさんと会う。

※ドゥルヨーダナさんの容姿に関して少しばかり触れています。捏造です。まだ本家の方で出てきてないのでセーフですよね……?
拙作ではこんな感じなんだなぁと生温かな対応でよろしくお願いします。

あまり話が進んでいないので明日も更新します。その時にアルジュナさんの出番もある予定なのでちょっとお待ちくださいませ。

オリ主視点です。


 

――主人公side――

 

 

 

 

 時が経つのも早いもので結構この生活も慣れてきた。

 

 一番の成果は言葉のあのポンコツ翻訳がようやく流暢に翻訳するようになった事だろうか。「ココハコウスルトヨロシ」という残念さが「これはこうするといいですよ」と劇的ビフォーアフターを遂げたのだ。勿論人によって口調が様々なようだった。ここまでこぎつけるのは本当に涙なしでは語れない私の努力があるのだがそれは置いておこう。文面がぎっしりと埋まる事請け合いだからだ。ただ疲れる事は変わらなかった。これか?傲慢の対価ってこれなのか?と邪神()様に問いただしたい気持ちで一杯だ。

 ちなみに私のテレパシーもどきは片言仕様のままだ。以前近所のお世話になっているおばさんに聞いてみたところ、可哀想な子を見るような顔をされてしまったので間違いない。つらくなんてないんだからね!

 そんな感じで平穏を謳歌していた私ですがカルナさんの朝の一言で終わりが告げられた。

 

「そうだ、ドゥルヨーダナがお前に会いたいそうだ。今日、大丈夫だろうか」

『えっ』

「一体何の用かは知らないが。――身内には気のいい男だ、悪いようにはしないだろう」

 

 カルナさんは朝の和やかさをぶち壊す天才かな?と私はショックで固まる頭でぼんやりと思う。カルナさんは私の目が死んでいるのに気づいて慌ててフォローを入れた。

 

 カルナさんが困っているので私は腹を括る。

 

『大丈夫です、行きます』

「そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後とんとん拍子に事が進み、今はドゥルヨーダナさんの待つ部屋の前に来ていた。

 

 カルナさんがあっさりと私の手を引き、入室する。部屋にはお付きの人が居らず、ドゥルヨーダナさん一人で悠然と待ち構えてた。

 

 部屋の内装は一目で一級品と分かる高級感に溢れ、床に敷かれた絨毯の上質さは足を乗せるだけで伝わる。部屋に漂うお香らしき匂いも、ふんわりと上品に香しさを運ぶくらいだった。ヤバい、前回はそれどころじゃなくって気づかなかったけれど圧倒的高貴さがとてもつらいです。

 

「ご苦労、わざわざすまんな。そら、そんな遠い所ではなくもっと近こう寄れ。余が特別に許そう」

『アッハイ』

 

 翻訳&テレパシーもどき機能をマックスにして私はロボットみたいにぎこちない頷きをした。

 

 改めて目の前のドゥルヨーダナさんを見やる。まず目を引いたのが健康そうな褐色の肌と艶やかな黒髪、次いで意志の強そうな黒い瞳だった。普通に上品な美形さんと言った印象だった。うそだろ、これで暴君とか。

 

 人は見た目によらないんだなぁと一人で頷いているとドゥルヨーダナさんの黒い瞳と視線がかち合う。ドゥルヨーダナさんはくっと喉で小さく笑った。

 

「ふふ、前回とは違い余にもお前の言っていることが分かる。けれどお前がこちらの言葉を話している訳ではなさそうだな」

『ひぇ』

 

 ドゥルヨーダナさんは笑みを浮かべているものの、目が笑っていなかった。その冷たい視線に私の口から情けない声がこぼれる。圧倒的王様オーラが半端ない。背後にいたカルナさんがそっと私の背を撫でて落ち着かせてくれた。

 

「ドゥルヨーダナ、戯れるのは止せ」

「くっくっく。いや、すまん。許せよカルナ。――小さきモノに戯れてみたいと思うも仕方ないではないか。余とて、癒しは欲しいものよ」

「程々にしてもらいたいものだ。お前の戯れは少々過ぎる事があるからな」

 

 喉を鳴らし笑うドゥルヨーダナさんはそれでも優雅さを失わない。対するカルナさんはそんな彼の様子を気にもしていない様子だった。それにしても小さきもの、とはもしかしなくても私の事だろうか。そりゃあ貴方達に比べればチビかもしれないがちょっと物申したい所だ。

 

「で、何やら面妖な術でも使ったか?娘よ」

『へ?』

 

「ドゥルヨーダナ」

 

 頬杖をつきながら楽し気に目を細めるドゥルヨーダナさんにカルナさんは咎めるように声を上げた。私はといえばポカンと固まるしかなかった。

 いやだって面妖な術?なんだって?と混乱しきりだ。テレパシーもどきがそんな大層な言い方をされるとは思わなかったのだ。

 

「ははは、そう固くなるな。別に取って食いやしないさ。だからカルナよ、そう睨むでないわ」

『はい?』

 

「後ろを向いてみよ、娘よ。面白いものが見れるぞ」

 

 ドゥルヨーダナさんの楽しそうな声に思わず、私は後ろ――カルナさんの方へ振り返り見る。

 

 そこには、何やら渋面を作ったカルナさんがいた。しかめっ面というか険しい表情はある意味珍しいと私は場違いにもまじまじと見てしまった。カルナさんは真顔、無表情がデフォルトなので負の感情が表に出る事も珍しい事なのだ。

 

 私の不躾な視線が耐えかねるのか、カルナさんは顔をそむけた。それが拗ねた子供のようで、私はますます目を丸くする。一体どうしたのだ、カルナさん。

 

「ぶっはッ。あっはっはっは!! いや、愉快愉快」

 

 いきなりふきだし爆笑したドゥルヨーダナさんは、膝を叩いた。

 

「よし、余は決めたぞ」

 

 キリッと顔を引き締めたドゥルヨーダナさんに私は嫌な予感が脳内を掠めた。カルナさんは不思議そうに首を傾げていた。

 

「そなた、余の下につかぬか。――無論そなたに拒否権はないがな」

 

 にやりとドゥルヨーダナさんは笑みを浮かべた。正直悪の頂点かな?と錯覚するくらいには凄味があった事を明記しよう。

 

「……ドゥルヨーダナの悪い癖が出たか」

 

 カルナさんのぼそりと呟いた言葉に私はげんなりとしてしまった。暴君かよ……フリーダム過ぎんよ。

 

 

 

「とはいえ、すぐそのままという訳にもいくまい」

 

 笑いを収めたドゥルヨーダナさんは真面目な様子で思案する。

 

『そうなのですか?』

「ああ、お前がいくら異能の力を持っていたとしても女だ。女を戦事に関わらせるのはちと不味くてな」

 

『ん?』

「うん?どうした。ああ、異能の力か。カルナが言っていたぞ。この朴念仁が惚気か、と思えば色気のない……」

 

 ドゥルヨーダナさんはそう嘆くが、私はそれどころではなかった。カルナさんがなんだって?

 

 バッとカルナさんを仰ぎ見れば、サッとすぐにカルナさんは顔をそむける。お前か、これの元凶は!

 

『――カルナさん?』

 

「すまない、つい」

『何を喋ったんですかねぇ、カルナさん。これは帰ったら反省会ですからね』

「ああ、承知した」

 

 どうやら私の帰ったら覚悟しとけや、という意図はカルナさんに伝わらなかったらしい。すんなりと頷かれた上に少し嬉しそうでもあった。ぐぬぬと私は歯ぎしりするが、そのすぐ後にドゥルヨーダナさんのごほんとわざとらしい咳に我に返る。

 

『す、すみません』

「……夫婦仲が良いのは喜ばしいのだがな。まぁよい。それで余に妙案があるのだが」

『はい?』

 

 人差し指をたてるドゥルヨーダナさんの提案に私はのけぞる事となる。カルナさんだって目を丸くする事になるのだから、提案の恐ろしさが分かるものだ。

 

 

 

 

 

 

 

『……まさか男装とは……』

 

「はっはっは、似合っておるぞ。なぁ、カルナよ。そうは思わんか?」

「ああ、少し幼く見えるが」

「そこがまた良いのではないか。――しかしこうも違和感がないとは思わなんだ」

『ソウデスカ』

 

 ドゥルヨーダナさんとカルナさんの賛辞の言葉に私の目が死んでいた。

 

 今私は少年と言っても違和感のない服装をしていた。頭からすっぽりと覆うこの白い襤褸布の存在がとても懐かしい気がする。全体的に袖や裾の長い服装で、手や足が見えるのを徹底的に防ぐ服装だ。私の肌が白いのもその徹底の一因らしい。

 

 長い黒髪も白い襤褸布の中に隠されるので目立たない。あえて難点を上げるならば、右耳を飾る黄金の輝きがちょっと気になるくらいだ。これも黒髪を結わずにそのままにしているので、布を取り外さない限りは大丈夫だろう。顔を隠す程度に深くかぶる予定だからだ。

 

 それと私は胸がその、慎ましやかな方なので布を重ね着してる現在、さらしを巻けば全然違和感がないのだ。これが悲しい現実……。

 

「カルナの身内、という設定でいこうではないか。遠い縁者で言葉が不自由なそなたはカルナを頼り、従者を務める。少々無理があるが、まぁ通せなくもないだろう」

 

 つらつらと“私”の設定を述べるドゥルヨーダナさん。よくもまぁそんな嘘がすんなりと出てくるものだと逆に感心してしまう。

 

「まぁ何かあれば余の名前を出せば大抵の者は引っ込む。藪をつつかれた時は、遠慮なく我が名を使うがいい。特別に許す」

 

 それで無理を通すがよい、ドゥルヨーダナさんは傲岸不遜に言い放った。ドゥルヨーダナさんだからこそ、言い切れる言葉だろう。素直に凄いと尊敬してしまう。

 

「故に、そなたは他の者と言葉を交わしてはならぬ。その言葉を通じさせる面妖な術も使用を控えよ。――少しの綻びが大きな穴を生むのだ」

『はい、分かりました』

「そなたの役目はカルナの傍に控える事、それのみだ。カルナを支え、助けになり、ひいてはこのドゥルヨーダナの役に立つことだ。余は無駄な投資はせぬ。――しっかりと務めを果たすように、以上だ」

 

『ドゥルヨーダナさん……』

 

「ふん。カルナよ、そなたはこやつを使えるように仕込め。――恐らく、こやつは荒事に無縁だ。そなたは分かっておるようだがな」

「ああ、承知した。ならば、ドゥルヨーダナ。お前にその猶予を貰いたい」

「ふむ、なるほど。時間を欲するか。然り、当然か。良いぞ、その代わり日に一度は余に報告するように」

「感謝する。ドゥルヨーダナ」

「ふん、これは投資だというに。礼は不要というもの。それ以上、無粋な言葉は無用ぞ」

 

 ぽんぽんと軽快に言葉を交わしあう二人は正しく友人と言う言葉が相応しい姿だった。それにしてもドゥルヨーダナさんの言葉がツンデレっぽく聞こえる私は疲れているのだろうか。

 

「ではこれで失礼する」

「ああ、またな」

『し、失礼しますッ』

 

 カルナさんに右手を掴まれ、引き連られていくように私はその部屋を退室した。慌ててドゥルヨーダナさんに頭を下げれば、彼は軽く手を上げた。

 

 

 

 

 

 




これで無事?オリ主はカルナさんと同行する事が出来るようになりました。やったぜ!でも問題が山積みなんだぜ。

※気になるであろう事柄に対して。
Qなんでドゥルヨーダナはオリ主の『ドゥルヨーダナさん』呼びをスルーしたの?
Aオリ主のテレパシーもどきは残念仕様だからです。えせ中国人ばりに片言に聞こえてしまいます。ドゥルヨーダナさんは身内には優しいので、追い打ちをかけないでくれました。


今回は微糖仕様で書いていてちょっと物足りなく感じてしまいました(笑)


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オリ主、アルジュナさんと邂逅編。
難産でした。いざ書くと話が二転三転して何度も書き直しました。
アルジュナさん、キャラ崩壊かもしれません(今更)。注意です。

今回はアルジュナさんside(三人称)とオリ主sideに別れています。

前回のすぐ後の時間軸から開始となります。


 

――主人公side――

 

 

 

 

 カルナさんに連れてこられたのは、弓の練習場みたいな場所だった。開けたその場所は大きな建物が隣にあり、明らかに部外者が使用してもいい場所には見えなかった。これ、アレじゃね?インド式道場みたいなアレじゃね?その証拠にちらほら練習する人達が見える。カルナさんが来た途端、静まり返るのが感じ悪かった。刺さる視線のなんと鋭い事か、あからさまな悪意に私はうろたえる。

 

 オロオロする私にカルナさんは不思議そうにする。ややあって、納得するようにカルナさんは頷いた。

 

「オレにはこれが普通だったが、お前には少しばかり厳しいかもしれないな」

 

 なんて悲しい話だろうか。そんな自分が悪いみたいにカルナさんは言う。

 

 しょんぼりしたカルナさんの様子に私は首を横に振る。それでも眉尻を下げるカルナさんにちょっとしゃがんでもらう。カルナさんに内緒話をするように耳打ちする。

 

『大丈夫です。これくらいで負ける私ではありませんよ』

 

 ぱちぱちと瞬きして私の顔を見つめるカルナさんに私は胸を張った。

 

『カルナさん自慢の従者になってみせますから』

 

 めっちゃ使える人になってやんよ!と私は茶目っ気交じりにカルナさんに誓う。それにカルナさんは目を柔らかに細めた。よし、元気出たようで良かった。

 

「オレは果報者だな」

『ははは、期待に応えてみせますとも。ご指導よろしくお願いしますね』

「ああ、オレの出来る限り尽くそう」

 

 カルナさんは早速練習用の弓矢を用意する。

 

「まずは弓を引けるようにならなくてはな。姿勢から始めるか」

 

『はい』

 

 

 

 

 

 

 

 何故弓か、とカルナさんに聞いてみたところ。戦車を操る御者をやるにしても、弓矢は必須スキルとの事だった。しかも弓は一朝一夕で身につかないので早く始めるに越したことはないそうで。

 

 しばらくカルナさんの指導の元、弓の練習に励んでいたら周囲の空気がざわりと騒がしくなった。それは有名人が来たような、そんな高揚感を含んだ人々のざわめきの気配だ。

 

 思わず私はそちらの方を見る。手を止めれば、カルナさんもそちらも見た。

 

 そこには、ちょっと年かさの中年男性と、FGOでお馴染みのアルジュナさんが居た。すぐに練習場にいた人々に周りを囲まれてた。随分熱烈な歓迎だ。

 

 カルナさんの時との露骨な違いに私は少し顔を顰めてしまう。けれど、すぐに思い直す。こういうのは気にしない方がいい。

 

「あれが、ここの師範のドローナだ。あれでも当代一の武芸者だ。その隣がアルジュナだ」

『なる程。アルジュナさん、カルナさんのライバルでしたっけ?』

「そうなるな」

 

 カルナさんの言葉に頷きながら、アルジュナさん達を眺める。

 

 なんというか、アルジュナさんはにこやかに応対してた。けれどその笑みもどこか無理をしていそうなもので。完璧だからこそどこか歪な笑みだった。周囲の人間はどうやら少しも気づいていない様子だった。

 

 お節介ながらも私はちょっと痛々しいなと思ってしまった。まぁ、きっとアルジュナさんは周囲に慕われているようなので私がそう思うまでもないかと思い直す。

 

「どうした」

 

 心配そうにするカルナさんに私は頭を横に振り、笑みで大丈夫だと伝える。なるべく喋らないようにしないと気をつけよう。

 

 アルジュナさんから視線を逸らすその寸前に、アルジュナさんがこちらを見た気がした。綺麗な黒曜石のようなその瞳が、妙に私の印象に残った。気のせいだと思いなおす。

 

 

 全てを射抜くような、意志の強さを感じる瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

――アルジュナside――

 

 

 

 

 アルジュナは恵まれた人間である。それは客観的に見ても当然の摂理だった。だから、いつからか感じる息苦しさはアルジュナには許されない感情なのだ。誰に言われる事もなくそれが当然だと自身で決めつけた。

 

 

 それはアルジュナにとって未知であった。確かに人間である筈なのに、その存在は周りの風景から切り取られたようにアルジュナには見えた。

 

 

 師のドローナと共にアルジュナが鍛錬場に赴くとそこには宿敵カルナともう一人いるようだった。周囲の歓待を笑みで対応しつつ、珍しい事もあるものだとその人物に目を向けた瞬間。

 

 その時に抱いた感情になんと名を付ければいいのだろうか。白い布を頭からすっぽりと被っていて姿の美醜は分からない。カルナの胸元しかないその小柄さと一回り華奢な体格は頼りなく思わせる。

 

 ただ、布の下から覗くその双眸の輝きが一際美しかった。カルナと同じような青でも全く違う印象を抱くのがアルジュナには不思議だった。

 

 直後、子供にも近しい年頃の男に何を、とアルジュナは思い直す。少しばかり宿敵に近しい人物に興味が湧いただけだろうと。

 

 師や、周りの兄弟弟子達の会話にアルジュナは意識を戻した。

 

 視線を外す際に見えたカルナの彼に向ける優しい眼差しは驚く程温かだった。

 

 

 

 

 

 それが数刻前の事だった。鍛錬場の隅にある大樹の根元に座り込む人物にアルジュナは少し驚いた。カルナの隣にいた、青年いや少年か彼が疲れたように木の幹に体を預けていたからだ。カルナは今は居ないようだった。

 

 アルジュナは彼の目の前まで歩み寄る。彼は俯いているようで、アルジュナからは白い布を被った丸い頭の形しか見えない。

 

 白い布が動く。ちらりと見えた青が驚きに見開かれる。

 

 アルジュナの方も驚いていた。思ったよりも幼い子供だったからだ。これではとても戦ごとなどの荒事には向かない。

 

「先ほどカルナと共に居ましたね」

 

 アルジュナの声に彼は頷く。そのおずおずとした動きは小動物のようなソレで、弱い者いじめをしているかのような罪悪感をアルジュナに抱かせる。

 

「そう怯えなくともいいでしょう。私に貴方に害する意思はありません」

 

 アルジュナがそう言ってやれば、彼の大きな瞳が更に丸くなる。

 

「何か言ったらどうなのですか。――それともこの私と言葉を交わすのも嫌だと?」

 

 この言葉には彼は目一杯頭を振った。こちらが心配になる程必死だ。……にも関わらず無言とはもしや、とアルジュナの脳裏にある可能性が掠める。

 

「もしや、貴方は声が出せないのですか?」

 

 これには彼が難しい顔をした。近いけれど違うのだろうか、惜しいと言わんばかりの表情だ。先程から彼はころころと表情が変わっていて随分表情豊かなようだった。アルジュナにはとても真似が出来ない行為だ。

 

 王族として躾けられたので、感情をある程度抑えられる。その方が色々と都合が良いのだ。今更なんの感慨も抱かないが、やはり子供は素直な方がいいなとアルジュナはふと思った。

 

「ふむ、少し貴方と話してみたかったのですが……」

 

 残念です、特に深く考える事なくアルジュナは気づいたら呟いてた。その呟きを拾い彼がきょとりと目を瞬かせる。

 

「――ッ!」

 

 今、自分は何を言った?話がしたかった?残念?馬鹿な、そんな訳がないだろう。アルジュナはカッと顔が熱くなる思いをする。

 

「――忘れなさい。今のは貴方の聞き間違い、いいですね?」

 

 感じる羞恥を殺しながら、アルジュナは彼に言い聞かせる。それに彼はへらっと笑い頷いた。

 

 知らず、ぐぅとアルジュナの喉が鳴る。ギリッと奥歯を噛みしめなければ己がどんな顔を晒すか分からなかった。

 

 屈辱だ。まずアルジュナが思ったのはそんな感情で。

 

 ついでへにゃりと浮かべられる目の前の笑みに毒気を抜かれた。怒りを露わにするのは大人げない行為で愚かさここに極まるとアルジュナは自制する。

 

 はぁ、とアルジュナは大きく息を吐く。全く我ながら愚かしい。

 

「我ながらどうかしている。――まぁいいです。では私はここで」

 

 踵を返そうとするとくいっとアルジュナの服の裾が掴まれる。犯人は言うまでもなく言葉が話せない少年だ。じろりとそちらをアルジュナが見れば、少年はにこにこと悪意のない様子で立ち上がった。

 

 なんなんだ、全くとぼやき交じりにアルジュナが思っていると、少年は右手をこちらに差し出した。

 

 なんだ、この手は。アルジュナの困惑は相手に伝わったらしく、頷かれた後、アルジュナの右手がその手に握られた。

 

 ぎゅっと少年の手に包まれた右手は温かな温もりに包まれた。見ればその少年の手はアルジュナの手とは違い、労働を知っている手だった。あかぎれと手荒れでその白い手は傷ついて痛々しい。

 

 けれど不思議と不愉快ではない。例えるなら、ふわりと温もりをくれる木漏れ日のような、ささやかな慈愛か。

 

 アルジュナが呆然としているのをお構いなしに少年の手が離れていく。

 

 満足したらしく、うんうんと頷かれる。

 

 そしてするりとアルジュナを通り過ぎる。気づいた時には白い布がぺこりと頭を軽く下げ走り去っていった。

 

 

 気づけば、息が久方ぶりにしやすかった。すんなりと肩の荷が少しばかり軽くなったような錯覚。意味が分からない。

 

 吸って吐いて。深くすれば、不思議と落ち着く感覚。久しく忘れていた安堵の情。大切なことを思い出したような感覚がアルジュナの胸を支配する。

 

 

 

 やはりアルジュナにとっての未知であるようだった。遠ざかった小さな後姿を瞼の裏に描いた。

 

 

 

 

 

 

 

――主人公side――

 

 

 

 

 はぁ、と私は息を整えるように深呼吸する。危ない危ない。

 

 ついアルジュナさんを年下感覚で構ってしまったけれど、はたと私は思い直した。あ、この人カルナさんの弟だけど私の実の弟ではないじゃん、と。それどころか、推定年上の人じゃん!と。私に対する不器用な対応からついついやってしまった。

 

 なんだかアルジュナさんが無理してそうだったから、あの人に邪神()から授かった癒しの力を使ってしまった。癒しの力と言ってもほんの少しでちょっと疲れがとれる程度のものだ。癒しの力は相手に触れていないと使えないのが難点だ。

 

 少しでもアルジュナさんの肩の荷が楽になるといい。アルジュナさんは色々抱え込んでしまうようなので。お節介なのは百も承知、親切の押し売りだ。

 

 でもFGOの一幕を見た者としては少しだけ力になりたいと思ってしまう。

 

 アルジュナさんってめっちゃ慕われているんだよね?確か。FGOのうろ覚え知識が今憎い。周りにアルジュナさんを見てくれる人もいるだろうし。この前のドラウパディー姫とか。

 

 あれ?でも新婚さんの筈なのにアルジュナさんあんまり嬉しそうじゃなかったなぁ。いやいや、会ったばかりの私じゃ気のせいの可能性が高いなと考え直した。

 

「どうした、何か憂いる事でもあったか」

『あ、カルナさん』

 

 考え事をしていたのが悪かったのか、カルナさんが目の前に居たのに気づけなかった。あぶないもうちょっとでぶつかる所だった。

 

『大丈夫ですよ、カルナさんは心配性ですね』

「他ならぬお前の事だからな。――今日はここまでにして帰るか」

『そうですね』

 

 カルナさんの言葉に頷く。

 

 カルナさんに手をとられ、手を繋いだまま家路に着くことになった。あまりに自然な動作だったから私はカルナさんに手を引かれるままだった。

 

 帰り道の沈黙は不思議と重くなく、ただただ温かい気持ちにさせてくれた。

 

 

 これが私の幸せなんだなぁと思う。カルナさんもそう思ってくれるといいけれど。

 

 

 幸せの形って案外難しいのかもしれないな、と今日を振り返り私は思った。

 

 出来れば皆納得できる大団円で終われると良い。私はそう願わずにはいられなかった。

 

 

 




世間一般の幸福の形とそうじゃない幸せの形。
ただ息が楽なだけでも違う見え方もあるんじゃないかなと思いました。

アルジュナさんの葛藤の一端を書いてみたつもりです。まだまだ足りなかったりもしますがそれはおいおい書いていきます。

※ちなみにアルジュナさんはオリ主さんを十代前半の少年として見てました。オリ主はちょっと背が低い設定です。童顔どうこうっていうのは日本人がそう見えるから的なアレです。

オリ主が握手した理由は力を使う為です。オリ主さん実はアルジュナさんをめっちゃ年下扱いしてました(笑)
まぁ彼女にとってはアルジュナさんは義理の弟にあたる訳ですし。FGOという前知識がある分、自然にそう思っちゃったんでしょうね。


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今回はカルナさんの呪い(奥義云々の)と主人公の力編です。
珍しく?シリアス風味ですが、さらっと流します。
でも糖分があるってどういうことだってばよ……。作者はカルナさんに夢見すぎています。


オリ主視点です。今更なんですが作者はマハーバーラタの概要のみの知識で書いているので、事象の時系列が前後する恐れがあります。
ふわっとした雰囲気でお読みください。




 

――主人公side――

 

 

 

 カルナさんの従者として生活して早くも数カ月が経っていた。家の事も最低限やりながら弓の修行をするのはつらくもあったけれど、徐々に上達する事に精を出していく内に慣れてきた。最初の内は筋肉痛が酷かったけれど、最近はそれもなく動けるのでちゃんと進歩しているのだろう。

 

 不慣れだった男装も今ではすっかり板について、今では特に不便に思わなくなった。

 

 カルナさんの方は、数週間前に師事する人を変えるとかで家を留守にしていた。

 

 なんかこう引っかかるものがあったけれど、無理に反対する理由もなかったので私はカルナさんを見送った。カルナさんを疑うんじゃなくってこう、デジャヴを覚える感覚というか悪い予感がするというか。念のためカルナさんにくれぐれも気をつけるように言い募った。けどカルナさんの頷きが普段と変わらなかったのが若干心配だ。

 

 なのでこの数週間、私は自己練習に励んでいた。合間にドゥルヨーダナさんの話相手になったり、稀にアルジュナさんに話しかけられたりして日々を過ごしていた。話しかけられると言っても世間話程度だ。そのおかげで声が出せない代わりのジェスチャーは上達した方だと思う。アルジュナさん曰く私といると気を使うのも馬鹿らしくていい感じで息抜きが出来るそうで。……なんだろう、この扱いぞんざい過ぎて涙が出そうです。

 

 

 私はこの平穏がいつまでも続くものだと、漠然に思っていたんだ。

 

 

 それがどれ程甘ったれたものか、気づきもしないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

『おかえりなさい、カルナさん』

 

 数週間ぶりにカルナさんを出迎えた。私はいつものようにカルナさんに家に入るように促す。

 

 けれど家の入口に棒立ちになったまま、カルナさんが俯いていた。不審に思い、私はカルナさんの顔を覗き込む。

 

 いつもの迷いない真っ直ぐな青い瞳が、ゆらゆらと揺らいでいた。不安そうなその光は私と目が合うと困ったような笑みに変わった。

 

「少しばかり、困ったな。今回はそうだな、オレも自覚はなかったが」

 

 そこで言葉を切ったカルナさんはこちらに手を伸ばし、私の頬を右手でするりと撫でた。

 

「弱っていたとは情けない」

 

『……何かあったのですか?』

「いや、これはオレの怠慢が招いた結果だ。お前が気にする事ではない」

 

 カルナさんは淡く微笑みを浮かべ、そう締めくくった。私の頬にあてたカルナさんの手が少しひんやりとしていた。見ればカルナさんの顔色はいつもよりも悪いものだった。

 

 これは何かあったな、と私は確信する。私は頬を覆うカルナさんの右手に手を重ねる。

 

『言ってください。私に関係なくたっていいんです』

「だが――」

『これは私の我儘です。……前、カルナさん“家族”だって言ってくれましたよね』

「ああ」

 

『なら、分かち合えると思うのです。半分を背負えなくても少しだけ、私も一緒に背負わせてくれませんか?』

 

「ッ!」

 

 私の言葉を大人しく聞いていたカルナさんは息を呑んだ。くしゃりと歪んだ白皙の美貌が、泣き出してしまいそうで。私は思わず空いた片手でカルナさんの背にそっと手を回した。彼の黄金の鎧に気をつけながら、ポンポンと背を軽く撫でる。

 

 いつの間にか私の頬から手を離し、カルナさんの手も私の背に回る。そっと、けれども不器用に抱きしめてくる手の温もりは泣きそうになる程優しかった。

 

「――ありがとう。お前にはいつも世話になってばかりだな」

『私の方こそカルナさんに助けてもらってばかりですよ』

「ふっ、なら相殺となるな」

『ですね』

 

 お相子だというカルナさんに私は笑顔で頷く。くすりとカルナさんが小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家の中に入り、机に向かい合わせに座って人心地ついたカルナさんが話し始めた。

 

『呪いですか?』

 

「そうだ。ここ最近留守にしていただろう。あれはドローナの師にあたるパラシュラーマに教えを請うていたからだ」

『ぱらしゅ……?』

「パラシュラーマ、あの男ならばドローナでは得られなかった奥義が授かれると思ったのだが」

『なる程。でも――』

「ああ。奥義は授かれたが。……結局オレは偽った身分を暴かれ、あの男の逆鱗に触れて呪いを受けた」

 

『カルナさん……』

 

「お前の忠告があったというのに。呪いはオレに匹敵する敵対者が現れ、絶命の危機が訪れたとき、授かった奥義を思い出せなくなるというものだ」

『そんなのって』

「けれど、そう悲嘆する事はない。オレはここに帰ってきてそれを思い出した」

『え』

 

「オレにはもう得難いものを既に得ていたのだ。故に嘆く必要もない」

 

 そう言ったカルナさんの顔に先ほどの不安は欠片もなくなっていた。顔色も通常通りに戻っていた。

 

「――それに気づけたのもお前のお陰だな」

 

 ふわりと微笑みを浮かべたカルナさんは文句なしに美しかった。姿の美醜とか関係ない真正の清らかさ、それが全面に表れた笑みだった。ま、眩しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ?でも原典のマハーバーラタではもう一個、カルナさんは呪いを受けていたはずだ。私は寝る前に思い出した。でもあんまり概要を覚えていないのだ。つくづく残念な頭だなぁと自分に毒づく。

 

 隣に眠るカルナさんの寝顔にまあ明日考えようと思いなおす。隣と言っても寝台は分けている。同じ部屋で眠っているだけだ、悪しからず。まぁ部屋を分けられる程裕福な暮らしをしていないだけって話で。我ながら色気のない話である。

 

 さぁ眠って明日も頑張ろう。

 

 

 

 夢を見た。目の前に広がる、墨によりも深い黒い暗闇にどこか懐かしさを感じた。いつかに見た暗闇と一緒なのだろうか。

 

 ――答えよ。

 

 暗闇から声がする。どの人物にも当てはまらない、しかし似ている不可思議な声だった。何処を聞いても邪神様の声ですありがとうございません。

 

 ――答えよ、我が愛し子よ。

 

 こちらの反応を少しも気にしないスタイルも懐かしいな、と私は思った。

 

 ――汝の覚悟は出来ているか。

 

『えっ』

 

 ――全てを捧げる覚悟を。

 ――汝は知ったか。我が力を。

 ――知らぬならば行使せよ。

 ――全てを知ったその時、お前の選択は如何なるものか。

 ――忘れるな、お前に授けた力はお前の命と等価であると。

 

『え?ええ?』

 

 ――その心臓に我が力は宿る。

 

『ファッ!?』

 

 ――故に刻めよ。力が壊れし時、汝が死ぬ運命ぞ。

 

 ――これは我が祝福。汝が縋りしはおぞましき邪神なるぞ。

 

 

 物騒すぎ笑えない、とガクブル震える私に暗闇が迫る。

 私の意識がふつりと途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――きろ」

 

 声がする。ああ、優しい声だ。私はこの声をよく知っている。

 

「――だ。起きてくれ」

 

 身体がそっと揺すられる。遠慮されたその手の力は私を覚醒させるのに充分だった。

 

 目を開ければ、カルナさんが私の顔を覗き込むようにしていた。カルナさんが心配そうな顔をしているな、と寝ぼけた頭で考える。

 

 瞬間、ぎょっとして飛び起きた。私がはね起きて、カルナさんは驚いたように身体を退かした。

 

「大丈夫か」

『ふぇ?』

「――随分うなされていた」

 

 首を傾げる私にカルナさんがそっと頭を撫でた。するりと手が私の黒髪をすくい、逃して、またすくう。その戯れをカルナさんは繰り返した。手付きが随分優しい。

 

『ちょっと悪い夢見ちゃったみたいで』

 

 感じた気恥ずかしさをへらりと私は笑って誤魔化す。カルナさんの視線は優しいまま、頷かれた。

 

「そうか。――それが続くようならば言え。このオレで良ければ添い寝をしよう」

『んんっ?』

「悪夢は人肌で和らぐのだろう?ドゥルヨーダナが以前言っていた」

 

 カルナさんは優しい眼差しのままで、そこに一切の下心は感じられなかった。

 

 どういう流れでそうなったのだろうか。

 

 私はツッコミが追いつかない頭で呆然と頷いてしまった。

 

「分かった。その時はそうしよう」

『えっ』

「うん?……ああ、まだ言ってなかったな。おはよう」

『うぅん。うん。おはようございます』

 

 カルナさんも結構マイペースな所あるようなぁ、私は疲れた頭でぼんやりと思うのだった。

 

 

 今日は確か戦車の乗り方を教わる予定だっけ?

 

 

 

 




という訳でカルナさんの呪いは未然に防げませんでした。
でもカルナさんは気にしない方向で行くようです。彼のずっと心の奥底で望んでいたものを得ていたのだと気づいたからです。
カルナさんは一つの幸せで凄く満たされてそうですよね。




ところで関係ない話になるのですが、FGOの召喚ピックアップ近々カルナさんが来ますよね!いやふぅうううう!!と作者はそれだけで舞い上がっております。石、出来るだけ貯めとかなきゃ(震え声) 一日だけのピックアップなので厳しいですよね(白目)


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カルナさんの呪い編(戦車の云々)と主人公、覚醒するの巻。

ちょっと暗くなってしまったけど、これくらいは大丈夫ですよね?
でもやっぱり糖分が含まれてるとは……。

オリ主視点です。ちょっと駆け足気味になってしまった気がするので後で修正するかもしれません。
※マハーバーラタをPCで調べても戦車の呪いの詳細が分からなかったのでねつ造してしまっています(今更)。注意です。

前回から少し経ってからの時間軸です。

3/12 追記:戦車の呪いの件に関して間違いの報告がありましたので修正させていただきます。ご指摘ありがとうございました。
戦車を動かせなくなる、ではなく動かなくなる呪いでした。
申し訳ありません。


――主人公side――

 

 

 

 

 戦車。この言葉で思い出した。

 

 カルナさんの死の要因じゃないか、と。カルナさんの死に至る呪いじゃないか。

 

 落ち着いて思い出せ、私と自分に言い聞かせながら必死に頭を働かせる。

 

 確かバラモンとかいう偉い階級の人の牛を誤って殺しちゃったからなんだっけ?

 

 でも、それっていつの事なのだろうか。時系列が分からないのがとてもつらいです。

 

 とりあえず、戦車は絶対に動かせるようにならないと。

 戦車の乗り方は気合入れて習得しよう、そう自身に私は誓った。

 

 後はカルナさんの傍に常にいるようにするくらいかな?そうしたら未然に防げるかもしれないし……。前回の失敗は繰り返さない、私は学ぶ子なのだ。

 

 

 

 

 

 あと出来る事と言えば、邪神()様の言っていた“力”の解放といった所だろうか。

 

 どうも私は邪神()の力を使えていないらしい。癒しの力はきっとオプション的なアレなんだろうなぁと少し遠い目をしてしまった。

 

 正直に言って怖い。

 

 けれど私はもうカルナさんに傷ついてもらいたくないのだ。

 

 呪いを受けて帰ってきたカルナさんの揺らいだ瞳を思い出す。普段の一片の迷いもないあの綺麗な青が歪んでいた。その時の胸の痛みを私は忘れない。

 

 だから私は覚悟しようと思う。

 

 多少の無理もその為なら通そう。対価として何が持っていかれても、私の持っているものなら喜んで差し出そう。

 

 それで守れたらいい。もうカルナさんは私にとって、ただのお気に入りのキャラクターなんかじゃない。たった一人の大切な人だから。

 

 なんて格好の良い独白なんてしても使い方が分からないのだからどうしようもない。相変わらずの詰み仕様で私の涙腺が緩む。

 

 日々の積み重ねの努力は怠らないようにしよう。弓とか戦車とか戦車とか。

 

 

 

 

 それはともかく。カルナさんの傍にちょこまかと私が付きまとう事、早くも数週間。

 

 弓の腕前や戦車に関する技術は少しずつ進歩を重ねている。カルナさんの教え方が意外と上手だったのがいい意味での誤算だった。まぁカルナさんの足りない言動を察知できるようになった私だからかもしれないけれど。

 

 カルナさんと言えば通常運転で、人助けをしたり、仕事をしたり、私への特訓を自身の鍛錬のついでにやってくれたりして日々を過ごしていた。

 

「ここ最近何かあったのか」

『えっと……』

 

 カルナさんは休憩時間の折、私に聞いてきた。やっぱり傍にずっといたら不審に思って当たり前だろうなと私は思った。周囲に人影もない時に言ってきたのはカルナさんの気遣いだろうか。

 

 ふと、私は閃いた。あれ?これ言っちゃっていいんじゃないか。邪神()云々はさておき、カルナさんの呪いは言っておくべき事柄だ。前回は思い出せてなかったから詳細を伝える事が出来なかった。

 

 反省は活かすものである。

 

『ちょっと信じられないかもしれないんですけど』

 

 そう前置きをおいて、私はカルナさんに呪いの概要を言った。

 

“バラモンの牛を誤って殺し呪いをかけられてしまう。呪いは緊急時に戦車が動かなくなるというものである”と。

 

 それを聞いてカルナさんは頷いた。

 

「なる程、承知した。充分に気をつけるとしよう」

『へ?し、信じてくれるんですか?』

「?可笑しな事を言う。――お前を信じこそあれ、疑うことはあり得ない」

 

 そう断言してくれるカルナさんに一つの迷いもなかった。曇りのない青い瞳が、こちらへの信頼を雄弁に語ってくれる。

 

「恐らくだが、オレはどちらでもいいのだと思う」

『え?』

「それがお前の虚言だとしても構わない」

 

 きっぱりとしたカルナさんの言動に私が呆然としていると、カルナさんがクスリと笑う。

 

「それにしても、お前にまさか予言の力があるとはな。やはり(まじな)い師の方がいいのだろうか」

『そ、それはやめて下さい。それに予言とか大層なモノではないんですよ』

「そうか、冗談だ。しかし、そうだな。肝に銘じよう」

 

 すんなりと受け入れたカルナさんに私は涙腺が緩む。カルナさんの柔らかな眼差しはちっともこちらを疑っていないのだ。全てを受け入れられるなんて軽く言うもんじゃない、なんて軽口も、嗚咽を堪える為に結んだ口からは出せなかった。

 

 少しでも気を緩めれば涙が出てしまいそうだった。

 

 だって、こんな突拍子もない事を言って信じられる人がどれくらい居る事だろう。例え血縁の親兄弟に言われても何言ってんだ?こいつ、と白い目を向けられる可能性が高い。もしくはこの古代ではなく現代だったら精神科か、脳の異常を疑うか。

 

 

 カルナさんの優しさに私は少しでも報いる事が出来るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運命の強制力って奴を舐めていた。私は後にそう回想する。

 

 

 まかり間違ってカルナさんが牛を殺してしまった。カルナさんが、というか偶然が重なった結果だった。

 

 傍にいた私が止める暇もなく、事件は起こってしまった。

 

 カルナさんが倒れる人を庇って、背後の積み重なった積み荷を倒してしまい、それがまた別の物を倒し以下略。ドミノ倒しの要領で倒れていったそれらは不運にもその場にいた牛に直撃してしまった。

 

 ぐしゃりとひしゃげた音をたてて潰れてしまった、その命はひとたまりもなく。

 

 ここで言っておくと、インドにおいて牛とは神聖視されている象徴たる獣の一つだ。バラモンとは階級の事で、言ってしまえば司祭長のような役割を持つ。私の嫌な予感はとどまる事を知らない。

 

「な、なんてことをッ」

 

 青ざめ騒ぐ野次馬さん達。曰く、バラモンが飼っている牛であると。

 

 カルナさんと言えば、流石に呆然としてしまっている。そうだよね、気をつけるって言ったばかりでこれだもんね。

 

「この騒ぎは何事ですか?」

 

 ざっと人混みが割れ、一人の僧侶の格好をした人が現れた。人々が口々に囁きあう、バラモン様がいらっしゃったと。あ、これ私でも分かりますわ詰んだ状況ですね。私も混乱と動揺の極致らしい。

 

 バラモンは牛が居たであろう場所の血だまりに何があったか悟ったらしい。頷き、口を開く。

 

「なる程、我らが神聖なる命を散らした者はどこですか。名乗り出なさい」

「――オレだ」

 

 バラモンの声にカルナさんは名乗り出た。私はぎょっとしてカルナさんの腕を掴む。振り返ったカルナさんは少し苦笑した。

 

「すまない、やはりオレはロクでもない事しかしないな」

 

 困ったような、諦めてしまうようなその苦い表情に私は固まった。

 

 カルナさんはバラモンに向き合った。真っ直ぐなその視線はもう覚悟を決めたものでしかない。

 

「そうですか、貴方が。――状況から察するに仕方ない事でもあったのでしょう。ですが、それでも償いを受けてもらいますよ」

「承知した、オレに出来る事ならば」

「よろしい。それでは貴方に呪いを授けましょう」

 

 淡々とやり取りがされていく。待って、待ってくれ。私はカラカラに乾いた喉で言う。もう、頭が真っ白になってしまっていた。

 

 邪神の言葉を思い出す。汝は覚悟が出来ているか。全てを捧げる覚悟を。汝は知っているか、我が力を。知らぬならば行使せよ。

 

 ああ、覚悟しよう。何故なら私は――。

 

『“この手が掴むは原罪の端、形を変えよ”』

 

 気づけばそんな事を私の口が紡いでいた。深く考えるな、これは本能。かつてFGOでの序章でキャスターが似たような事を言っていた。

 

 目の前の空間が歪む。右手が意志とは無関係に動き空間に突っ込んだ。それと同時にソレを引き抜く。

 

『“――――”!!』

 

 締めくくった言葉は私自身理解できない言語だった。けれど本能で悟る、これは人間が理解してはいけない言語であると。

 

 見えない空間から引き抜かれたソレは、漆黒の大剣だった。黒の刀身は光を反射せず、周りに纏う漆黒のもやに包まれ全容がぼやけていた。揺らぐその姿はまさしく邪神の力に相応しい様相だ。しかも大きさが私の身体よりも大きい。刀身の長さは元より、その広い横幅と厚みは盾としても応用が出来そうな堅牢さだ。勿論振り回せたらの話であるが。

 

 その見た目の重厚感は、力士が持っても振り回せないと思わせる程だった。

 

 大層苦労するだろう、と思う私を嘲笑うかのように漆黒の刃はすんなり持ちあがる。しっくり掌に馴染む感触は私を冷や汗を加速させた。

 

 が、時間がない。私はコレの使い方を熟知している。視界の端に唖然とする、バラモンとカルナさんの姿が確認できる。よかった、まだ呪いはなされていない。

 

『ハァッ!』

 

 ソレに向って私は漆黒の刃を振り下ろした。

 

 私は容易く禁忌さえも破ろう。

 

 目の前は土煙で染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り下ろされた刃は、血溜まりに沈む潰えた命を捉えたのだ。簡単にいうと牛さんを復活させた。ついでに牛さんの上に乗っていた積み荷もあの大剣で吹き飛ばした。それからそのまま宝具を元の場所にしまう。

 

 土煙が晴れて、無事な牛の姿を見たバラモンとカルナさんの反応は驚愕そのものだった。

 

 貴方の牛はこの通り無事です、そう告げる私の顔をバラモンは目を白黒させて気を失いそうな顔だった。牛が無事なのは事実、けれどどうやったかは分からないので責めようがない。

 

 釈然としなさそうなバラモンに解放されて、無事カルナさんと私は帰路に着くことが出来た。

 

 さて、ここら辺で私のというより邪神様()の力を紹介しようと思う。私は力を使った際、その力の内容を嫌でも理解できてしまった。深く考えると精神的に発狂もワンチャンあるので深くは突っ込まない。

 

 あれはやっぱり宝具的扱いらしい。名前は使用者の私でさえ理解できなかったから邪神()の世界の言語なのだろうなと思う。

 

 能力は簡単明白。“全世界ありとあらゆる生命の願い、欲望を魔力に変換して使う力”。そう聖杯のようなモノだと思ってくれていい。全世界とかふざけた規模なので、魔力枯渇は心配しなくてもいいのが利点だ。

 

 これだけ聞くとチートだと思う。けれど、ちゃんと弱点が存在する。それは私が、あの宝具の変換炉、フィルターの役割を果たしている事だ。なので、大きすぎる力を使おうとすると私が耐え切れなくなって死ぬ。多分、対価どうこうはここら辺の事だと思う。更にこの宝具は私の心臓と同化しちゃっているので宝具が壊れると私も多分死んでしまう。心臓破裂とか笑えないですねぇ……と私が白目をむいてしまうのも仕方ない事だと思う。

 

 相変わらずの詰み仕様の搭載に、邪神()様の抜け目のなさに私は泣いてしまいそうだった。

 

 先程から黙ったままのカルナさんを横目で伺った。カルナさんは前を向いたまま、沈黙を保っていた。唯一の救いはカルナさんの手に引かれているので、嫌われた訳ではないという事だけだった。……どうしよう、カルナさんにやっぱり要らないって離婚を言い渡されたら。

 

 不安のあまり、家に着いたことにも私は気づけなかった。カルナさんが家の中に入り立ち止まらなかったら分からなかったかもしれない。

 

 さっと離された手が空気でひんやりとする。

 

 カルナさんは振り返り。

 

「説明しろ」

『ひぇ、ひゃい……』

 

 カルナさんの声は冷え切っていた。見下ろされる同様の冷たい青の鋭さに私はすぐさま床に正座をするのだった。こ、こわっ。アカン、カルナさん激おこやんと私の脳内がぐるぐるとする。

 

 震えながら私が簡単に説明すると、カルナさんは大きくため息を吐いた。

 

 説明したのは次の三点の事について。私は実は神様に力を授かっていたこと。そしてつい先ほど使えるようになったこと。それからちょっと力を使うと疲れてしまう事。

 

「なる程、お前の隠し事はこれか」

『えっ』

「気づいていたぞ。何かを隠していた事は。ただ、お前に害意はなかったのでそのままにしていただけだ」

『うわぁ、カルナさんそれ駄目ですよ。私が言う事じゃないですけど……』

「それで、大丈夫か」

 

『ほえ?』

 

 カルナさんが私の目の前に膝をついた。目を合わせながら、問われた事に私は小首を傾げる。うん?特に怪我をした覚えはないしなぁと。

 

「その力、お前の負担となるのだろう。――大丈夫か、何処かに痛みはないか。苦しみはないか。目眩やつらさは?」

『へ?いや、まぁ多少クラッとくるぐらいで。大丈夫ですよ?』

 

 矢継ぎ早に重ねられるカルナさんの問いに私がぎこちないながらも答えた。下手に取り繕うよりも良かろう、と私は正直に言った。

 

 カルナさんの白皙の美貌が悲痛に歪んだ。ぎょっと私が驚いていると、彼の手がこちらに伸ばされた。

 

 気づけばぎゅっと強い力で私はカルナさんに抱きしめられていた。私が訳が分からず目を白黒させていると、耳元にカルナさんの吐息がくすぐる。正直に言えば彼の黄金の鎧が身体に押し付けられて地味に痛かったけれど、私はそんな事を思う余裕がすぐに吹っ飛んだ。

 

「――肝が冷えたぞ」

 

 混乱極まる私の耳にカルナさんの切ない声が囁かれた。囁き、というよりは独り言のような小ささだった。

 

「もう、こんな事はしないでくれ。頼む」

 

 聞こえるカルナさんの声が震えた。私はそれにハッと我に返る。ああ、私はまた失敗をしてしまう所だった。カルナさんを傷つけてしまっている。

 

 けれど、カルナさんに言われた事に頷けない。

 

『それはカルナさんにも言えますよ。あんなに簡単に自分を差し出さないでください。私も、怖かったんですから』

 

 私の言葉に背に回ったカルナさんの腕の力が僅かに強まった。ううん、ここで肯定の言葉がないとか、先は長いなぁと私は現実逃避気味に思った。

 

 しばらく、このカルナさんの拘束に甘んじなければならないだろうなぁと。私はカルナさんの背に手を回してそっと撫でた。私に出来るのはこれくらいだった。

 

 

 

 




カルナ「けれどもやはりまだ隠している事があるのだろうな」

オリ主の隠し事はバレている感じです。
カルナさん激おこでした。カルナさんは自分が傷つくよりも他人が傷ついてしまう事を恐れていそうですよね。もうそういう性分としか言いようがないんですけども。

そう言う訳でカルナさんの死因の一因が回避できました。という話でした。でも代わりに主人公がちょっと危ないという……。


オリ主さんの宝具名はぶっちゃけ思いつかなかったのでこんな表現でさせていただきました。まぁ理解するもおぞましき、発狂もやむなしな邪神様なのでいいかな、と。
シリアスって結構難しいですよね……。


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10

カルナさんと喧嘩編。どうしてもこの葛藤が書いておきたかったんです。
たまにはぶつかり合うのもいいだろうと。

次回からはマハーバーラタ本筋へと話を戻します。一応プロットは出来ているのですが、あと三、四話辺りでマハーバーラタ編を終わりに出来ればなと思います(多少前後しますが)。で、その後番外編を書いていきたいなと。



オリ主視点です。


 

――主人公side――

 

 

 

 

 カルナさんと喧嘩しました。え?何を言っているか分からない?

 

 

 一から順を追っていこうと思う。あのカルナさんの戦車に関する呪いを回避した翌日の事。私はハッと思いついた。

 

 カルナさんの奥義云々の呪いも解けるんじゃね?と。

 

 幸い邪神()様の力を使っての消耗も今のところそうきついものじゃない。ので、解呪したとしてもそう痛手にならないだろうと思ったのだ。

 

 唯一の弱点というか見た目的に絵面が不味い事になるのがちょっとつらい所なのだが。能力の使用時、邪神()の二メートル近いあの漆黒の大剣で対象を斬りつけないといけないからだ。殺害現場かな?と思わないでもない。

 

 前回は混乱に乗じてというかそもそも対象となる牛さんお亡くなりになっていたから特に問題はなかったんだけど。

 

 勿論、物理ダメージはない。痛みもない筈だ、多分。癒しの力は手で触れてればなんとかなったけれど、それ以上を望むとどうしてもあの大剣が必要になるのだ。恐らくは一度に必要になる魔力量の関係だろうけど、詳しい事は私にも分からない。これから使っていく毎に理解を深めていく部分だ。

 

 なので、カルナさんに提案するのも心苦しいものがあったのだけど背に腹は代えられない。

 

 意を決して翌日の朝、カルナさんにお伺いした。

 

『あの、カルナさん。カルナさんの緊急時の奥義を忘れちゃう呪いなんですけど……』

「ああ、あれか。どうした」

『私の力で解くことが出来ると思うので、後でやってもいいですか?』

 

「ッ!?」

 

 恐る恐る聞いてみると、カルナさんの顔がサッと青ざめた。なる程、これが絶望顔かと納得してしまう有り様だった。カルナさんの蒼い瞳も心なしか光がない。思わず私はぎょっと目を見開く。

 

「――不要だ」

『え』

「要らぬ世話だと言った。余計な真似をするな」

 

 取り付く島もないとはこの事か、カルナさんの声は硬い。

 

「……あの力はあまり使うな。恐らく、あれは良くないものだ」

『え?いやでもカルナさん、そのままじゃ不便でしょう?それに見た目は悪いかもしれないですけど、使い方さえ間違えなければ大丈夫ですよ』

 

 ね?と私が言い聞かせるように言えば、カルナさんが苦々しい表情をする。

 

「お前は気づいていないのか」

『うん?』

「――あれは深淵だ。底の見えない、おぞましい力のように見えた」

 

 カルナさんは目を伏せ、ギリッと拳を握る。

 

「故に使う事は控えろ。いいな?」

 

 一応聞く形をとってはいるが、カルナさんはちっともこちらの意見を聞く気はないようだった。揺らぎないその瞳が雄弁にその意志の固さを伝えてくる。

 

 私は思ってもいなかったカルナさんの拒否、否定の言葉にカッとなった。

 

『……か』

「?」

 

『カルナさんの分からず屋ーー!! ばかやろーッ!』

 

 思いのまま、私は叫ぶように言い捨てて、家を出る。ポカンとしたカルナさんの顔が私の良心をチクチク刺すけど今は知るものか。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で今私はカルナさんとは別行動をとっている。戦車はともかく、弓の鍛錬は自主練くらいは出来るし、ドゥルヨーダナさんに今日一日は自分自身を鍛えたいと言えばあっさりと別行動の許可が下りた。

 

 なので、今私は練習用の弓矢を持って一人で誰も来ないような空地に居た。ふらふらとそこら辺をうろついていたら偶然この場所を見つけたのだ。

 

 今は一人で頭を冷やしたかった。

 

 分かっている。これは八つ当たりに近いものだ。

 

 私は邪神の力をカルナさんに否定されて、自分の努力までも否定された気分になった。私のカルナさんを助けたいあの必死の覚悟さえ要らないと言われてしまった気がして。

 

 勿論、そんな事はないと分かっている。カルナさんはあくまで私自身の心配をしていたに過ぎない。それも私が昨日邪神様の所をぼかして伝えたせいだろうと察する事が出来る。これでもここでの生活が長くなったのだ。これくらいは何も言われなくとも分かる。

 

 邪神の力だ。太陽神の息子の彼にはさぞおぞましく映った事だろう。メタ発言を許してもらえればSAN値チェックが失敗してしまったのか。

 

 でも、けれども。

 

 たった一人、カルナさんを助けになりたいと思う事がそんなにダメな事なのだろうか。

 

 私自身にはなんの力がないから、多少の無理を背負い込むのがそんなに悪い事なのだろうか。

 

 込み上げるモノをぐっと私はのみ込んだ。ここで泣いてしまっても何にもならないから。

 

 

 

 よし、落ち込むのはここまでだ。私は自分の頬を手でぺちんと叩く。

 

 こうなったら意地でも解呪してやる、と気合を入れなおす。

 

 

「ここに居たか、探したぞ」

『!? か、カルナさん』

 

 いつの間にか背後にいたカルナさんの姿に私は驚く。気配とかしなかったんですけど。私はカルナさんの姿に言いたいことを言ってしまおうと決めた。

 

『あの!やっぱり私、あの力を使います。カルナさんになんて言われようと引きません』

「!」

 

 私の突然の宣言にカルナさんは少し驚いたようだった。カルナさんは目を少し見開いて固まる。

 

『守りたいと思うのはカルナさんだけじゃないんですッ!私だって、カルナさんを守りたいし、心配だってします』

「……」

『これはいけない事ですか?私じゃあ、貴方の背中は守れませんか』

 

 私の訴えにカルナさんはそっと目を瞑った。そしてしばらく沈黙し、困ったように苦い笑みを浮かべた。

 

「――お前はずるいな。その言い方は」

 

 卑怯というものだ、カルナさんは掠れる声で呟いた。その表情をなんと表せばいいのだろう、泣き出しそうでもあり、少し怒っているようでもあり、嬉しそうでもある。複雑な感情がまざまざと伝わるそんな表情だった。

 

「そうだな、お前はきっとそんな奴だって分かっていた。度し難いとは正にこの事だ」

『ひ、ひどい言い様ですね……』

「いや、オレの精一杯の賛辞の言葉だ。――恐らくオレが何を言ってもやめないのだろう」

『そうですよ、覚悟してくださいね』

 

 カルナさんの諦めの言葉に私は力強く頷いた。そんな私をカルナさんは眩しそうに目を細め見つめていた。

 

「ああ、覚悟しよう。代わりにお前も覚悟してもらおうか」

『へ?』

「オレの手の届かない所に行かないでくれ。その力を使うなら尚更だ」

 

 カルナさんの懇願の言葉に私は頷いた。まるで縋りつくような響きを持っていて、私に拒否という選択肢はなかった。

 

「そうか。それならいい」

『じゃあ、とっとと解呪しちゃいましょう?』

「!?」

 

 辛気臭い空気はなくしちゃおう、と私が言えば、カルナさんが驚いたように目を見開く。

 

『“この手が掴むは原罪の端、形を変えよ”』

 

 こういうのは勢いが大事だよね、と私は漆黒の大剣を引き抜き、振りかぶった。

 

『“――――”!!』

 

 よっと私はカルナさんの身体を目がけて振り下ろす。二メートルの刀身は漆黒のもやを纏いながら青い光を宿した。

 

 直後、ブワッと黒いもやが膨れ上がり、視界を覆う。次の瞬間には無傷のカルナさん、そしてその足元に漆黒の大剣が突き刺さっていた。お、成功だと私は確かな手ごたえに喜んだ。私はカルナさんの“呪い”だけを斬って無効化したのだ。脳筋?はは、聞こえませんね。

 

 カルナさんは斬られた身体をペタペタと触り、自身の無傷を確かめていた。何が何やらと言ったところだろうか。

 

『痛くなかったですか?』

「痛みはなかったが、不思議な感触だな」

 

『え』

 

 私の問いかけにカルナさんは眉をひそめ、首を傾げつつ答えた。カルナさんがそう表現するくらいだ、ちょっと一般人向けじゃないか。人に使うのは控えよう、と私は思い直した。

 

「言い表せないのだが」

『な、なんかごめんなさい』

「いや感謝こそすれ、責める道理はない。――ありがとう」

『ッ!!』

 

 微笑みを浮かべ礼を述べるカルナさんに私の涙腺は緩む。そこにカルナさんは困ったように私の頭をそっと撫でた。

 

「今朝はすまなかった。――言い過ぎた」

『こちらこそ怒鳴っちゃったりしてごめんなさい』

 

 しょんぼりとしたカルナさんに私も慌てて謝る。子供みたいな真似をしてしまったと私は今更恥ずかしくなった。

 

「ああ、気にするな。あれ如き可愛いものだ」

 

 ふわっとカルナさんは微笑み、そのまま私の頭をぽんぽんと軽く撫でる。わぁ子ども扱いだーと私は胸が心なしか痛んだ。くっ、でも嬉しいのが悔しいところだった。

 

『……これで仲直り、ですよね?』

「そうだな」

『よかったぁ』

 

 安堵のあまり私はへにゃりと笑みがこぼれる。その様子にカルナさんは目を細めて頷いた。

 

「――オレも、安堵の気持ちが禁じ得ない。喧嘩がこうも恐ろしいものとは知らなかった」

 

 言葉の割に柔らかな声でカルナさんはポツリと呟いた。今までは喧嘩をする相手も居なかった、カルナさんは寂しい事を言う。

 

『これからは私と一杯そういう事をやっていくんですよ』

 

 思わず私がそう言えば、カルナさんは目をぱちくりと瞬きをした。全く考えが及ばなかった、そうカルナさんの顔に書いてある。

 

 私は思わずくすりと笑ってしまった。

 

『一杯喧嘩をして、仲直りをして、話し合って、分け合ってそうやってこれから先過ごすんです。ね?覚悟した方がいいですよ』

「――ああ。覚悟しよう」

 

 先は長いんですよ、そう私が言えば、カルナさんは嬉しそうに笑みを浮かべた。それが幸せそうな笑みだったから、私もつられて頬が緩む。きっと私はだらしない笑顔だろう。

 

 私はカルナさんに伝えたかった。貴方との未来を私も望んでいる事を。

 

 あの力を使う事は絶望に向ってではなく、前を向いているが故なんだと。

 

 

 手始めに午後から特訓に精を出そう。カルナさんへの提案を思い浮かべる。

 

 




カルナさんは一体何を視てしまったのでしょうね。一応カルナさんsideの話も書いてみたのですが、蛇足だなと没にしちゃいました。
主人公の話の通りSAN値チェックに失敗してしまったのでしょう(適当)





私信なのですが明日はちょっと更新できないかもしれないです。ちょっと用事があるので。勿論出来る限り更新するつもりではあるのですが。
なので更新なかったら月曜日だな、と思っておいてください。よろしくお願いします。


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11

更新お待たせいたしました。

今回はサイコロ賭博事件編です。
これ調べていく内にこの時既にアルジュナさんがパーンダヴァ兄弟から一時離脱しているらしい、と知り個人的に驚きました。
アルジュナさんが追放されるのは別の理由からなんですね(知らなかったなぁ)ので、この場面に彼は出ません。


オリ主視点。今回は珍しく糖分なしです。さっぱり風味。短いです。


――主人公side――

 

 

 

 あれから戦車の操作もなんとか形になり、ようやく御者になってもいい及第点をドゥルヨーダナさんにもらえた私です。

 

 カルナさんともあれから喧嘩もなく、邪神様の力の制御というか練習を見てもらえるまでになった。あの大剣、物理ダメージも出来るんですね。近場の岩を一刀両断して、カルナさんに滅茶苦茶心配されてしまった。身体の負担的な意味で。

 

 勿論ノーリスクとはいかず、長時間の使用をしていると胸というか心臓辺りに痛みが出てしまうようだった。痛みと言っても死にそうになる程の激痛ではないので、私の中では許容範囲内だ。カルナさんには渋い顔をされてしまったけれど、なんとか私は言葉を重ねて押し切った。

 

 それはともかく。

 最近ドゥルヨーダナさんの機嫌が凄く悪い。カルナさんに理由を聞いてみたところ、どうやらアルジュナさんのお兄さんのユディシュティラさんが治める都の発展の凄まじさをこの前知ってしまったらしいとの事。それにしても名前言いづらいな、と私は思ってしまった。

 

 何故そんな目の敵にしているのか?ドゥルヨーダナさん曰く、

 

「何故?ふん、次期王位の継承問題もあるがそれ以上に気に食わぬ。皆が奴ら側をはやしたて、良いように言うが余に言わせれば失笑ものよ」

 

 とぎりぎり恨めしそうに吐き捨てられた。おっと、これは相当深い因縁があるようだった、私はドゥルヨーダナさんの視線の鋭さにたじろぐ。カルナさんはそんな様子を見ても平然としていた。鋼メンタルかな?カルナさんは。

 

「それにあいつらには煮え湯を飲まされもしたからな。余はやられるばかりは性に合わぬ。目に物を見せてくれようぞ」

 

 ドゥルヨーダナさんはそう言って、悪役張りに凄味のある嘲笑を浮かべた。綺麗な顔をしている分、迫力が凄いと私は震えた。

 

 ドゥルヨーダナさんは、今宵宴を開くそうだ。その中での余興でサイコロ賭博をするようで、ゲストのユディシュティラさんとドゥルヨーダナさんの伯父さんが賭け事をやる予定なのだそうだ。

 

 なんでもその伯父さんが賭け事が得意で滅多な事では負けないそうだ。

 

 一波乱ありそうだ、と私は今の内に心の準備をするのだった。

 

 念の為にカルナさんに心構え的なものを聞いておこうか。なんかこういう王族が参加する催しって作法的なものがあるだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴は順調に進み、問題のサイコロ賭博へと事が進んだ。ちなみにドゥルヨーダナさんのユディシュティラさんをのせる時の口車の上手さは詐欺師並みだった。何あれ怖い。

 

 そして彼らの中にアルジュナさんの姿がなかったので、カルナさんに聞いてみたところ、アルジュナさんが追放された件を知って驚愕してしまった。な、なにがあったと言うのだ、と慄く私にカルナさんが追い打ちをかけてきた。本人は正直に言っただけだろうけれど。

 

 曰く、ドラウパディー姫絡みのトラブルがあったのだとか。詳しくはぼかされてしまったけれど、義務との天秤にかけた結果、そう至ってしまったそうな。どういう事なの……と私は頭を抱える結果になったのだけど。それを超える衝撃があったので疑問が喉の方に引っ込んだ。え、兄弟共通の妻?ドラウパディー姫が?と驚愕の事実を知った私はふらついてしまった。

 

 カルナさんはむしろ知らなかったのか?と首を傾げていた。私は原典マハーバーラタについての知識が深いわけでもない。カルナさんの呪いだって思い出すのがやっとだったんだ。細かい事など忘却の彼方だった。え、トラブルってそういう……?と私は頭が痛くなってきた。

 

 なんて私達が茶番をやっていると、賭け事の方は大分事が進んでいるようだった。外野の人達の囁きあう内容によると、どうやらドゥルヨーダナさん陣営が勝っているようだった。所有地、財宝、財産殆どに至るまで全部巻き上げているだって?と私は耳を疑った。ドゥルヨーダナさん容赦ない……、と私はカルナさんの腕を掴み震えていた。カルナさんは頓着していない様子だったけれど。

 

「どうした?それで終いか。不甲斐ない」

 

 ドゥルヨーダナさんの顔が完全に悪役な件。上品な美形さんという見た目の印象が台無しだった。けれど流石に様になっている辺りドゥルヨーダナさんらしいなと私は思ってしまう。

 

 ドゥルヨーダナさんが嘲笑を浮かべた。あ、めっちゃ生き生きしていると流れを見守っている私にも理解できてしまうくらいだった。ユディシュティラさんを煽る煽る。

 

 ユディシュティラさんは悔し気に顔を歪めた。

 

「ふふ、賭けるものがなくて悔しいか?しかし、そなたにまだ財と呼べるものが残っておろう?」

「何を言っているのですか?」

「なぁ、美しいものは何においても財になるとは思わんか?」

「!? 貴様……!」

「さぁ、どうする?――幸い、余たちは寛大であるぞ。賭けてくれるのであれば、勝った暁に全てを返還してやってもいいだろう。なんなら上乗せをしてやっても良いのだぞ?」

 

 余裕の笑みで悠然と構えるドゥルヨーダナさんの態度にユディシュティラさんは悔し気に目を伏せ、数拍後決意した顔で頷いた。

 

「いいでしょう。その賭けにのります」

 

 

 

 

 

 

 

 賭けはドゥルヨーダナさん陣営に軍配が上がった。勝ったドゥルヨーダナさんの高笑いがこの場を支配する。そして賭けの対象となったドラウパディー姫を近くに控えていた兵士に連れてくるようにドゥルヨーダナさんは命令していた。

 

「ハッハッハ!! よいよい、そのままその女をこちらへ引きずって連れてこい」

 

 ブワッとこちらを視線で殺さん勢いで睨むあちら側にドゥルヨーダナさんは余裕の高笑いを絶やさない。もうあれ、嘲笑なんじゃと思わないでもない。

 

 ドラウパディー姫はやっぱり絶世の美女と相応しい、褐色の肌に美しい黒髪の色香に富んだ女性だった。凄いナイスバディ、と自分との格差に私はひっそりと悲しむ。

 

「手放すとは、愚かな男だな。つくづく救いがたい者達だ」

 

 ポツリと静かなその声はこの場に通った。カルナさんの声はこの場を静まり返らせる威力を含んでいた。私はぎょっとして隣のカルナさんを仰ぎ見る。ちょっ、カルナさーん!? と私の心の中は大混乱だ。

 

「オレには理解出来ない行いだ。――ああ、オレとは違いソレは唯一ではなかったか」

 

 うわぁ、カルナさんいつの間にそんな煽りスキルを身に着けたのか。冷然としたその態度は相手を見下しているかのような錯覚に陥る事だろう。

 

 案の定、ユディシュティラさん陣営の視線はカルナさんに向いている。先程よりも鋭い殺気だった。私の背中まで寒くなる勢いだ。

 

「ドゥルヨーダナ」

 

「ん?どうした、カルナよ」

「そろそろやめた方がいいだろう。その女もそちらへ返してやれ」

 

 カルナさんの進言にドゥルヨーダナさんの片眉がピクリと動いた。気に食わなそうな、面白くなさそうなそんな顔だった。

 

「何故か聞いても良いか。余の気持ちに水を差すに値する言い分があるのだろう?」

 

 ヒヤリとしたドゥルヨーダナさんの視線にカルナさんは少しも動じない。

 

「その女はオレ達の益になり得ない。故に不要だ」

「ブッフ、フハハハハ!! 不要、要らぬときたか!」

 

 カルナさんの切り捨てる言葉にドゥルヨーダナさんはふきだし腹を抱えて爆笑した。ユディシュティラさん達の殺気が止まるところを知らないんですけど。あれその内爆発とかしない?ねぇという私の心配をよそにドゥルヨーダナさんは楽し気に膝を叩いた。

 

「そうさな、その方が屈辱か。――おい、カルナの慈悲に感謝せよ。この女だけは返してやろうぞ」

 

 ポツリと思案した後、ドゥルヨーダナさんはユディシュティラさん達に言い放った。ヤバい、あっち陣営歯ぎしりまで聞こえそうな勢いなんですけど。

 

 解放されたドラウパディー姫は目を伏せ、それでもユディシュティラさん達の方へと駆けていった。それで多少は彼らの殺気は収まった。やっぱり奥さんは大事だよね、と私はしみじみと頷く。

 

 

 これで一件落着かな、と胸をなでおろす私はドゥルヨーダナさんの一言で再び固まってしまった。

 

「ああ、そなたたちはこの地を出よ。余は優しいな、命をとらぬのだから。――追放を言い渡す、反論は許さん」

 

 追放?鬼畜かな?と思った私は多分悪くない。

 

 しかも十年単位とか恨まれる奴じゃないですか、と私は思わず遠い目をしてしまった。

 

 

 

 




――明かされた衝撃の事実!! 的な感じで主人公はドラウパディー姫が兄弟共通の妻である事を知りませんでした。対外的には主人公は少年の姿をしていて皆そういう話はふらなかったという裏話。幼げな印象の子にはこういう話は聞かせられないよね、ていう。個人的にカルナさんはそういう事に頓着しなさそうなイメージです。 他人事以上でも以下でもない、とバッサリしそうですよね。

※ユディシュティラさんとは――パーンダヴァ五兄弟の長兄であり、ドゥルヨーダナさんの敵となる人です。対抗馬的な感じで王位継承について争う事となります。ドゥルヨーダナさんが暴君ならば、ユディシュティラさんは聡明で公平な王様的な感じで周囲に扱われています。
アルジュナさん追放は調べて頂くと出てきます。ぐーぐる先生に聞いてね!

ところで、やっぱりこの小説に注意書きは必要でしょうか?
マハーバーラタで好き勝手書いちゃっている自覚があるだけに必要な気がしてきました。ので、後日設置したいと思います。


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12

注意書きを設置してみました。これで大丈夫でしょうか?もし不足している点などありましたら教えてください。

さて前回から数年経った時間軸です。基本的にこの作品は時間云々はぼかして書いてます(笑) なので細かい事は気にしないでください。
原典のマハーバーラタは十数年単位のお話なので。

久々に砂糖過多のお話になっちゃいました。アルジュナさんが出てきます。注意。
前回から数年経っているので色々変化があるんだろうなぁ、という感じです。主人公視点です。


――主人公side――

 

 

 

 前回のサイコロ賭博の件からはや数年の年月が経っていた。あれから特筆すべき事柄は一点。カルナさんと共に周隣諸国を征してまわっていた事ぐらいだろうか。

 

 当然戦いに参加するわけで、最初はお荷物だった私も繰り返していく毎に学び、研鑽し、カルナさんの足を辛うじて引っ張らない程度になってきたと思いたいところだ。

 

 基本的にカルナさんの戦においての役割は敵陣に特攻をかけ、陣形を切り崩していくものなので必然的に矢面に立たされる。特攻隊長的な役割だ。

 

 カルナさんの黄金の鎧がいくら防御力が素晴らしいからと言って痛みがない訳ではないのだ。ので私の宝具をフルに使い振り回して飛んでくる弓矢を振り落としたりして回避する。カルナさんのもの言いたげな視線がアレだったけど私はそれどころじゃなかった。

 

 なんで古代インドの戦場で爆発音が連発するのかと、ツッコミの声を大にして叫びたかった。え、何あれ怖いと自身の事は棚に上げて私は震えていた。

 

 あ、そう言えばここFateの世界だったと私は今更ながら改めて痛感させられた。駄目だ、元の基準で考えたらアカンと白目をむきたい気持ちでいっぱいだった。

 

 まぁその中でもカルナさんの無双っぷりは突出していた。真の英雄は目で殺す!の“梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)”も直で見てしまった。火力半端ない、アレ本当に目からビーム出しているように見えるんだねと私は半ば遠い目をしてしまった。

 

 戦闘時のピリリと走る緊張感に慣れて、人々の鼓舞する熱狂の声にのまれなくなったのはつい最近だ。現代人な私はいくら邪神()様の力を使えても元のスペックが高くないのでそればかりは努力でなんとか出来る部分ではなかった。

 

 

 

 それはともかく、そんな戦いばかりしている数年間だったから忙しなく時が経つのが早く感じた。もう私なんて成人してしまったんだぜ?信じられる?と私は誰かに言いたい。別に仲が少し良くなった知り合いの人に変わらないねぇ、と子ども扱いされて頭撫でられたのを怒っている訳ではないよ?と誰に言うでもなく私はふてくされる。身長か、身長が小さいからなのかな?と一人ツッコミを心の中で繰り広げる。とても虚しい。

 

 カルナさんはふてくされている私を見て、首を傾げた。

 

「子供?お前がか。オレはそうは思わんが」

 

『ほ、本当に?カルナさん』

「――ああ。少なくともオレにとっては」

『あ、ありがとうございます……』

 

 カルナさんは嘘を吐くような人ではない。ので素直に私は照れながらも頷いた。ちょっと嬉しいかも。だって少なくともカルナさんに子供だって思われてないんだもんね。

 

「……そうでないと色々問題だと思うのだが」

『うん?』

「聞こえていないならばいい。些末な事だ」

 

 ぼそりとしたカルナさんの呟きに私は思わず聞き返す。聞き取れないほどの小さな呟きだったからだ。けれどカルナさんは首を横に振って否定する。なんでもない事だと。

 

「あまり他人の言う事なぞ気にするな。お前はお前だ。それ以上でも以下でもない」

『そ、そうですよね。うん』

「――俺の背中はお前に任せている」

『ん?』

「他には任せられない事だ。お前ならば良いと俺が思ったからな」

 

 つまり?と首を傾げる私にカルナさんが迷ったように逡巡する。

 

「……上手く言えないのだが、お前は俺にとって特別だ」

『ふぁっ?』

 

 な、なんか話が飛んだぞと私が慄いているとカルナさんは目元を赤く染め、もごもごと言いにくそうに躊躇っていた。頬もいつもの血色の悪さが嘘のように健康的に染まっていた。

 

 そしてふと何かを決めたように顔を引き締め、カルナさんがこちらを見つめた。そこには先程の羞恥の表情はなく、ただその青い瞳に強い意志が宿り綺麗だった。

 

「お前はオレに与えてくれる、思い出させる存在だ」

『な、何を?』

 

 見た事のないカルナさんの表情に私は思わずどもる。被っている白の襤褸布を胸元で握りしめた。カルナさんがそっとその手の上に手を置いた。握るに至らない柔らかな力はカルナさんの熱を伝えてくる。

 

「……さぁ?とても言えたものじゃないのは確かだが」

 

 カルナさんは微かに微笑みを浮かべた。柔らかな筈の微笑みなのに私はたじろいでしまいそうになる。色っぽく見えるのは私の目が可笑しいからだろうか。

 

「――それでお前の憂いは晴れたか?」

『へ?』

 

 カルナさんの問われた内容に思わずきょとんと私はカルナさんを見返した。私の顔が面白かったのか、カルナさんはクスクスと小さく笑う。

 

 その悪戯っぽい笑みに、かぁあああと私の顔にどうしようもない熱が上がる。顔どころか全身が茹蛸のようになっていないか心配になるくらいだった。

 

 色々耐えられなくなって、私はダッシュでこの場を離脱するのだった。なんぞあれ、カルナさん段々ちょいちょい私にじゃれつくようになったような……?気のせいだよね!と私は必死に自分に言い聞かせてた。

 

 

 

 

「――逃げられたか。あの反応ではこちらが思い上がるだけだと言うのに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無計画に飛び出したは良いものの、私はフラフラ町中を歩いていた。今、私とカルナさんが滞在するのはドゥルヨーダナさんの治める都から少し遠い小国だった。ちょっとドゥルヨーダナさんの頼まれ事の途中だった。

 

 もうこれ原典マハーバーラタのどの辺なのか分からなくなってきたなぁと私は心の中でぼやきつつ歩いていた。

 

 その為私は前をろくに見ていなかった。足元ばかりに気をとられていたのだ。

 曲がり角を曲がる時、ドンッと何かに私はぶつかった。予想外の事に私は尻餅をつく。

 

「大丈夫ですか?……おや、貴方は」

 

 ぶつかった鼻の痛みに私が悶えていると、上から涼やかな声が降ってきた。とっても聞き覚えのあるその声に私はぎぎぎとぎこちなく上を向いた。

 

 そこには旅人の風体のアルジュナさんが立っていた。そっとこちらへと手を差し伸べてくれる。前とは服装がだいぶ異なっているとはいえ、アルジュナさんはアルジュナさんだった。高貴オーラが隠しきれていない。

 

 私はアルジュナさんの気遣いに甘え手を借りて立ち上がる。

 

「お久しぶりですね。……あれから結構経ちますが、変わりないようで」

 

 アルジュナさんの言葉が明らかに私の背丈的なものを指している。なんかこう可哀想に、と副音声まで聞こえてきそうだ。チビで悪かったなッ!と私が憤慨するとアルジュナさんが眩しそうに目を細めた。

 

「ふふふ、冗談です。あまりにも貴方が変わらないものですから、つい。――よろしければ少しお時間を頂いても?」

 

 疑問形なのに断れない謎の威圧感がある。アルジュナさんの意外と押しの強いところを知っているので私は頷いた。断る理由はないことだし。

 

「ありがとうございます。――場所を移動しましょうか」

 

 にっこりと笑みを浮べアルジュナさんは私に背中を向けさっさと歩きだす。私は慌ててその後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 アルジュナさんを追いかけて、着いた先は町はずれの小高い丘の上だった。なんでもここからの見晴らしのいい光景が気に入ったのだとか。

 

 アルジュナさんは特に気にした風もなく、町を一望できる場所に座る。そして隣を叩き、私に座るように促した。そのまま私は拳二つ分を空けてアルジュナさんの隣に座る。

 

「――聞きましたよ。貴方、カルナと共に戦場に出ているらしいではないですか」

 

 風が気持ちいいなぁと私がぼんやりしていた所にいきなりの質問だった。私は少しびっくりしつつも頷いた。

 

「そうですか。……少し意外でした。いえ、勿論侮辱の意図はありませんよ。ただ、私は数年前の貴方の印象しかなかったもので」

 

 言いづらそうするアルジュナさんに私は首を傾げる。うん?気にしていないよと片手をひらひらと振った。アルジュナさんはホッと息を吐いた。

 

「考えてみれば不思議なものですね。貴方と特別親しい訳ではないのに、こうして話をしようと思うとは」

 

 その言い方は少し傷つく、と私はアルジュナさんを軽く睨む。その言い方だとなんかこう寂しいではないか。他人、みたいな。友達認定されていないのは知っていますけど。

 

 そんな考えが私の表情から漏れたのか、アルジュナさんは少し苦笑した。

 

「相変わらず、素直な事だ。―― 一応褒めているのですが。なんです?その顔は」

 

 アルジュナさんが妙に素直で変な気持ちになる。こう、魚の小骨が喉につっかえる的な意味で。

 

 アルジュナさんがこちらの頭をぺちりと叩いた。……地味に痛い。

 

「以前言った事を忘れたのですか?貴方相手に気を遣うだけ無駄だと知った結果だと」

 

 そりゃあ言いましたけど、こんな扱いでしたっけ?と私は恨めし気にアルジュナさんを見上げた。アルジュナさんは鼻で笑う。

 

「それと、日頃の鬱憤ですね」

 

 うわ、この人八つ当たりしてるよやだーと私は後ずさる。勿論ふざけている範囲だ。

 

「――私も貴方のように自分に素直であれたなら違ったのでしょうか」

 

 ぽつり、とアルジュナさんは呟いた。独り言だろうけど、その響きは切実だ。まだ抱えているのだろうか。色々と葛藤を。

 

 私のなんとも言えない顔を見てアルジュナさんは自嘲するように笑う。

 

「失望しましたか?まぁ貴方は言葉を話せないので、何も言えないのでしょうが」

 

 まぁその通りの設定で数年過ごしてますけどね、と私は乾いた笑みを浮かべる。本当にもう、この人どうしようもないな、と私は思いのまま行動に移す。

 

 私は無言でアルジュナさんににじり寄り、彼の頭をわしゃわしゃと無遠慮に撫でてやった。

 

「!? 何をッ」

 

 目を白黒するアルジュナさんにぺちりと叩かれたお返しに軽く彼のおでこを叩く。

 

 悩め悩め青年。それも人生だと私は謎の達観した老人気分でいた。

 

 私の悟った笑みが耐えがたいのか、アルジュナさんは目を見開いた後顔を下に向けてしまった。あ、もしかしてやり過ぎた?と私はオロオロとする。

 

「……ほんとうにあなたはやっかいなひとだ」

 

 アルジュナさんの声は掠れていた。下を向いたままなので彼の表情が分からなくって私の焦りを助長する。

 

 膝立ちのまま、私はどうしようか迷っていた。と、アルジュナさんが私のお腹に抱き着いた。ひえ、ご、ご乱心と私は目をむいた。というかアルジュナさん力強い、思わずぐえっと低いうめき声が出てしまった。

 

「なんだ、声出るじゃないですか……。それにしてもちゃんと食べてますか?男でこれって、細すぎません?」

 

 おい、離せと私が無言の抗議で彼の腕をぺちぺち叩くとそんな言葉が出てきた。今度はお母さんみたいなことを言い出した、と私は混乱する。

 

「このまま折れそうだ……」

 

 ヒエッ鯖折りされる背骨がご臨終される……!と私は本気で暴れる。私は心底理解した、アルジュナさんが私をまだ子供だと思っているんだ。だとしてもこれは酷い、いじめダメゼッタイ。

 

 アルジュナさんは渋々私を解放する。

 

「なんかこう、貴方って小動物に見えるんですよね。――いえ、先程は失礼しました。本当に」

 

 本当に失礼すぎるぞ、おいと私は胡乱気にアルジュナさんを見やるのだった。

 

「けれど、ありがとうございます。いつか戦場で会う時は、容赦しませんのでそのつもりで」

 

 スッキリした面持ちのアルジュナさんに私は頷く。まぁ私はカルナさんの味方を止めるつもりは少しもないのだ、当然だろう。

 

「それにしても、“カーリーの申し子”がこんなのだと知ったら皆心底驚くでしょうね」

 

 え?なにそれ詳しく、と私が止める間もなくアルジュナさんは颯爽と去って行った。な、なんだったんだ、一体と私は呆然としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルジュナさんの言葉に頭を悩ませていると、がしと後ろから肩を掴まれた。

 

「――帰るぞ」

『あ、カルナさん』

 

 後ろを振り返ればカルナさんが居た。カルナさんは私の返事を聞かず、私の右手をとり歩き出す。されるままだった私は丁度いい、とカルナさんに聞いてみる事にした。

 

『カルナさん、“カーリーの申し子”って知ってます?』

「ああ、アレか。お前の事だろう」

『――なんで?』

「うん?由来を知りたいのか、まあお前の戦場での働きを見ての事だろう。誇ると良い」

『え、それこそなんでという気持ちで一杯ですが。私あれですよ、基本弓での援護射撃と大剣で相手の戦車を壊すくらいですよ?』

 

 私の動揺交じりの言葉をカルナさんは首を傾げていた。なんで謙遜するのか、とカルナさんは不思議そうにしていた。

 

「身の丈以上の刃を振り回す姿が恐らく破壊女神の名を相応しく思わせたのだろうな」

『おっふ』

「それでどこからそんな事を聞いたのだろうか?」

『え、アルジュナさんから――』

 

「……アルジュナだと?」

 

 ピリッと肌に走るその殺気に私はカルナさんの地雷を踏んだことを悟った。あ、あかんカルナさんちょっと視線が人を殺せそうな勢いなんですけど。え?なんで?と私は動揺と混乱のオンパレードとなっていた。

 

「――何故か分かっていないと顔に出ているな。……オレも足りていないのだろうな」

 

『え』

「お前は己の立場をよくよく理解した方が良い。――オレも不足だと思われないようにしようか」

『うん?うぅん?』

「しばらくは頭を働かせる事だ。――これ以上は流石に無粋だからな」

 

 つまりどういうことなのと混乱から抜け出せていない私にカルナさんは軽く笑う。彼に手を引かれたまま、言われた通りに私は考えに集中するのだった。

 

 カルナさんの笑みが満足そうだったものだから、熱くなったこの頬を誤魔化す為にも私は思考に没頭していたかった。

 

 




という訳で日常パートとなりました。この数年でようやくカルナさんの方が自覚しました。なので最後のアルジュナさんの名前で殺気だったのは単なる嫉妬です。  カルナさんも人の欲というものを実感出来るようになったんだなぁという話。 長かったなぁ。

※アルジュナさんのハグ的なアレについて
アルジュナさん的にアレは親愛です。彼からすれば“少年”なので。もうこの小動物どうしてくれよう、というペットに対するデレ的な。
主人公は無意識にアルジュナさんを年下扱いしたままです。もしくは男友達。
※女神カーリーとはインドの方の神様で破壊神シヴァの奥さんです。その奥さん、色々な側面をもっていてその側面事の女神さまの名前があります。カーリーはその中の一つ。
暴力と殺戮を好む戦いの女神で、名前の意味に「黒き者」も含まれる。
戦いの神様の中でもヤバさがトップクラスの神様です。何故男装している主人公がこう言われるのかというと彼女の体格の華奢さがそうさせたという裏話。なので、女とバレた訳じゃないです。


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小話:いつ彼が自覚したか

昨日は更新しなくて申し訳ないです。これからの話のプロットを掘り返してかきかきしていたんですが、ちょっと書き直していたので。

今回は
サイコロ賭博~前回までの間のお話。だいたい前回の一年位前だと思います。
カルナさんsideのお話になります。なんだかんだで甘いです。短いです。

三人称の話なので主人公が“彼女”と呼称されます。注意。


――カルナside(三人称)――

 

 

 

 

 その日のカルナはドゥルヨーダナに報告する案件があった為に彼の元へと赴いた。いつも隣にいる彼女は少し前にドゥルヨーダナに呼び出されていたのでもしかしたら会えるかもしれない。そう思うだけでもカルナの気持ちが明るくなるのを感じた。

 

「お、カルナではないか」

 

「ドゥルヨーダナ、これは一体どういう事だ」

「ははっ、そう怖い顔をするでないわ」

 

 呵々大笑とするのはドゥルヨーダナ、渋い顔をしたのはカルナだ。カルナの視線の先には白い布をすっぽり被った人物がすっかりしょげかえっていた。言わずもがな、カルナの妻たる人だ。

 

 ドゥルヨーダナと彼女の間にはボードゲームが置かれており、すごろくのようなものだった。結果は見ればドゥルヨーダナの圧勝といった所か。

 

 カルナはそこまで見て納得する。ああ、なる程。彼女が気落ちしているのはこのせいか、と。

 

「納得したか?」

「!」

 

 ドゥルヨーダナのこちらを揶揄うような笑みにカルナは目を瞬かせる。先程の剣呑とした光は霧散し、予想外の事を言われたそんな顔をカルナはしていた。

 

 ドゥルヨーダナはそんなカルナを見て、渋い顔をする。

 

「――もしや自覚なしか」

 

「なんの話だ?」

「……余の気のせいかもしれぬが。まぁ良い。こやつには余の戯れに付き合わせただけだ。執務ばかりでは肩が凝るしな。反応が面白うてな、ついついやり過ぎてしまった」

 

「――そうか。次からは他の者に頼む事だ」

「うん?」

 

 カルナの言葉にドゥルヨーダナは怪訝そうな面持ちになる。カルナはそんなドゥルヨーダナの表情に頓着する事なく、白い布の背中に手を伸ばした。そっと触れるその仕草はいつからか二人の定番となった触れ合いの一つだ。

 

「どうした?」

『かるなさぁん……』

 

 カルナの言葉に情けない声を出す彼女にカルナの眼差しが柔らかくなる。ほんのりと口元に笑みまで浮かぶ始末だ。

 

「ん?ドゥルヨーダナに負けてしまう事ならば、気にする事はない。その手の才に事欠かない男だからな」

『ふふふ、ありがとう。カルナさん、元気づけてくれるんですね』

「――ああ」

 

 彼女の笑顔の礼の言葉にカルナの顔にふわりと笑みが浮かぶ。その時のカルナの眼差しの甘さと言ったら、ドゥルヨーダナが呆気にとられる程だった。

 

 あの朴念仁が、と衝撃を受けるドゥルヨーダナにカルナの視線が向けられた。

 

「ドゥルヨーダナ、どうした」

「あ、あぁ……。なんでもないぞ。少しばかり驚いただけだ」

「?」

「存外、二人とも仲が良いようだからな」

「……そうか」

「嬉しそうだな……?カルナよ。まぁ友の喜びは余にとっても嬉しいぞ。夫婦仲は良い方がいいからな」

 

 ドゥルヨーダナが二人の仲が良い事を指摘すればカルナが噛みしめるように頷いた。それがこの男にしては嬉しそうなものだからドゥルヨーダナは甘さで胸やけしてしまいそうだった。

 

 だがカルナの方は夫婦仲、と言うところで目を丸くする。カルナの隣の彼女もきょとんと瞬きしていた。ドゥルヨーダナは嫌でも察してしまう、こいつら一線を越えていないな?と。なるほど、それでこうも違和感があった訳だなとドゥルヨーダナは納得する。

 

「カルナよ、友として助言しようか。お前はどうもどこかで躊躇うようだからな」

「躊躇う?オレがか」

「そうだ。まぁお節介は余の領分でないことだし、簡潔に言うぞ」

 

 不思議そうにするカルナにドゥルヨーダナは神妙に頷いた。この様子だと心配ないだろうが、自覚ないまま過ごされて失ってから気づくようでは困るのだ。

 

「――お前は欲を知らぬからな。いいか、カルナよ。欲は悪いばかりではない。故に欲しても誰に責められる道理はない」

「?お前の言う事はたまに回りくどいな。言葉を重ねるのは結構だがそれで伝わらねば意味がない、そうは思わないか」

「誰の為だと思って……。はぁ、ならばせいぜい横取りされぬように気をつける事だな。お前の宝物は案外人気なようだぞ」

「……宝」

 

 ぼそりと反芻するカルナにドゥルヨーダナはどこまでも鈍い奴めとカルナの隣へと視線を投げる。視線の先の主はこてりと首を傾げた。カルナと似たような晴天の空の瞳はどこまでも曇りがないような気がした。

 

 ドゥルヨーダナとて野暮な事は言いたくないのだ。が、あの幼げな少年の格好をした彼女がやれ癒されるだとか可愛いだとか少し耳にする事があったからこその忠告だった。

 

 今まではまぁ夫婦だしと特に気にしていなかったのだが、自覚が両方ないのは流石に不味いとドゥルヨーダナの小さな老婆心だった。

 

 カルナも流石に何を言われたか悟ったらしい。青白いカルナの顔がサッと朱が走り染まる。おや、随分初心な事だとドゥルヨーダナは驚いた。

 

「――それこそ余計な世話というものだ。これ以上の世話はお前と言えど不要だ」

「ブッフ、クックック」

 

「ドゥルヨーダナ」

 

 カルナの言葉にドゥルヨーダナはふきだし笑いを堪えきれず喉で笑う。その様子をカルナは抗議するように声を尖らせる。

 

「そうか、余の杞憂に過ぎなかったようだな。――カルナよ、報告をしに来たのだろう。聞こうか」

「――それもまたお前の良い所なのだろうな。報告だ、ドゥルヨーダナ」

 

 カルナはぼやき交じりに言った後、気を取り直して報告を淡々と済ませる。それにドゥルヨーダナは頷いて粛々と事を進ませる。

 

「――以上だ。他に気になる事はあるだろうか」

「ないな。もうしばらくは周隣を回ってもらう事となるが」

「そうか。承知した。お前の為ならばこの武芸を振るうもやぶさかではない」

「ああ、頼りにしておるぞ。カルナよ。それにお前もな」

 

 ドゥルヨーダナの言葉に彼女がへにゃと笑い頷く。それが小動物のような邪気のなさで頭を撫でたくなったドゥルヨーダナだがぐっと堪えた。流石に命は惜しいものだ。

 

 ではここで、と退室する二人をドゥルヨーダナはため息ひとつで見送った。全く傍迷惑な夫婦だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルナは彼女の手を自然と握る。そうするようになったのはいつの事だろうか。例えば家路に着く時、ほんの少しの移動の際に、数えればきりがない。最初は恐らく土地勘が皆無な彼女がはぐれてしまわないようにという理由だった。体格の違いからか、歩幅が大分違うのにカルナが気づいたのはその手を繋いで共に歩くようになってしばらくしてからだ。

 

 カルナの一歩が彼女の二歩分くらいになる。カルナが思うまま歩けば彼女は小走りをしなければならない。そうなっても彼女は気にした風もなくカルナについて歩いた。

 

 それに気づいた時の心情はカルナの少ない語彙ではとても語れたものじゃない。ギュッと心の臓が握られてしまうかのようなそんな感情だ。それでいて不愉快ではないのだからカルナは困ってしまう。

 

 だから自然と共に歩く時はカルナは彼女の歩みに合わせる。そして見下ろす先の白い布の丸い頭の主の楽し気な様子を見守る。

 

 彼女が笑えば自然とカルナも柔らかな気持ちになれた。

 

 それでカルナは良かった。満足を覚える。隣にあればそれで良い、と。

 

 けれど先程ドゥルヨーダナの言われた事を思い出す。言われた通りならばカルナは彼女に恋慕の情を抱いている事になる。カルナの“宝物”と友は例えたがカルナは複雑だ。しかも横取りされないように気をつけろとの忠告つきだと尚更だった。

 

 彼女は紛れもなくカルナの“特別”だ。いつからなんてカルナにも分からないが、気づいた時にはもう手遅れだった。手放したくない程の情をカルナは“家族”だからだろうとなんとなく思っていたのに。

 

 “家族”だからこそ離れたくなく、手放しがたい。己の傍で笑っていてほしいとさえ、傲慢にも思ってしまうのだ、と。

 

 そのカルナの矛盾を今回ドゥルヨーダナにむざむざと突きつけられた気がした。

 

『カルナさん?』

「――ああ、すまない。些末事だ」

 

 手を繋いだ彼女が気遣うように見上げていた。彼女は眉尻を下げ、カルナを心配してくれている。それだけでカルナの気持ちが軽くなる。

 

 ああ、カルナは嘆息した。

 

 これが、恋というものか。とたった今カルナは自覚と共に認めたのだ。見下ろす先の澄んだ瞳の愛おしい事、繋いだ小さな手のその指先さえ可愛らしく思えてくる。彼女の白い手の手荒れさえカルナは愛おしい、何故ならそれは彼女の努力の証だからだ。ここで精いっぱい生きている彼女の証。

 

 会話して、触れて、生きる糧さえ分け合って、実の血を分けた家族のように慈愛をくれた彼女が心底大切だと思う。

 

 溢れてしまいそうだ。愛しさで窒息さえしてしまうかのような錯覚。その息苦しいという錯覚さえ甘美に思えてくるのだから重症だ。

 

 溺れてしまうような愛だとカルナはぼんやりと思う。

 

「……けれど一生に一度の事だろう。ならばいいか」

『ん?何か言いました?カルナさん』

「先は長いな」

『え?なんです、その残念そうな顔は』

 

 カルナの呟きに首を傾げた彼女にカルナは目を細めた。ついでに呆れのため息を軽くすれば彼女が軽快な軽口をたたく。

 

 

 ああ、これでいい。カルナは一先ずは彼女の隣でその位置を盤石のものにするように努める事にした。

 

 

 




カルナさんは実は拗らせてそうだなぁと思います。しかもこれがカルナさんの初恋となるので自覚が遅かったという話。 
カルナさんの価値観で家族は結構上位の立場だろうなと思います。憧れであり、幼い頃叶わなかったものであり、心の底で望むもの、でも手は伸ばせない。伸ばさない。そこを拒む暇さえなく主人公がカルナさんの内面に殴りこんだのでじんわりとカルナさんの心に積った感じです。

なので気づいた時には引き返せない程積っちゃっています。結構熱烈な感じはその為です。
劣情云々はカルナさんは心の充足を優先するだろうから、まずは心の攻略から始めるのでしょう(笑)

※ドゥルヨーダナさんに最初カルナさんが渋い顔をしたのは薄い嫉妬と主人公をしょげさせたのと両方です。如何に親友と言えど……的な。ドゥルヨーダナさんはそこらへん全部分かっています。







関係ない話になるのですが、昨日FGOカルナさんピックアップ、来ましたね!まさかのカルナさんがいらっしゃる事態となったので作者は困惑を隠しきれません。書けば出る(震え声) ……だとしたら作者は一体何人分の鬼更新の小説を書けばいいのやら(大困惑)
もうカルナさんに足を向けて寝られませんね!



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13

お待たせいたしました。続きです。
難産でした。何度も書き直すこと数度 文章力の限界を思い知った心地です。本当はここに少し話を挟みたかったんですけど蛇足かなと没にしてしまいました。

今回は母クンティーさん来訪事件です。 調べて分かったんですけれど、アルジュナさんとの戦いの前にいらっしゃるのですね(知らなかったなぁ)
ちょっと後で修正するかもしれません。

シリアスなのでさらっと流します。でも糖分があるので注意です。更にキス表現もあるので厳重注意です。苦手な方は退避してください。

今回はカルナさんsideと主人公視点で分かれます。
さらに補足事項(簡単にしてます)
※カウラヴァ――ドゥルヨーダナさん陣営。王家であり前国王の息子にあたるのがドゥルヨーダナさんです。
パーンダヴァ――アルジュナさん陣営。こちらも王家。前々国王が彼らの父にあたる。ドゥルヨーダナさんとは親戚関係にあたるが、前国王が次期王位をユディシュティラさんに指名してから関係が悪化する。



――カルナ視点――

 

 

 

 忘れてしまう程に昔に抱いた憧憬はどんな形をしていただろうか。

 

 

 ふと、思う事がある。カルナ自身も忘却の彼方に追いやった欲を自覚した。その欲を自覚したのはそう昔ではないが、存外悪くないと考えてしまう。

 

 即物的な欲ではないと思う。彼女が己の隣にあればそれだけで満足を覚える。最悪、己が傍にいられなくなっても彼女が幸福に過ごせればそれでいい。勿論、傍にいられればそれに越したことはないのだが。

 

 つくづく己の業の深さに呆れてしまう。だがそれも受け入れよう、ままならないこの感情をカルナは愛だと定義したからだ。故に許容しようと決めている。

 

 カルナの持ち得ているのは、父である太陽神からの黄金の鎧と研鑽し磨いてきた武芸のみだった。他はないも同然、日々を過ごせる糧があればそれで良し、求められればそれすら差し出しても良かった。何故ならそれは差し出してもそう困らない、カルナの価値観で言わせてもらえれば、そう困るものでなし。

 

 施すことはあれど与えられる経験はカルナにはあまりなかった。なくて当たり前、育った環境もあるだろうが、カルナは特に気にしなかった。それで当然至極、日々は通る。

 

 故にカルナはドゥルヨーダナに恩を感じている。彼を暴君と罵る者もいるだろう。だが、それでもカルナの貰った友情は本物だった。そうカルナは信じている。

 

 友が困っていたら手を貸すのが道理、それ故に彼の力となり、手足となった。

 

 カルナの至って整然とした世界の分岐点は“彼女”との出会いだったのだろう。彼女と日々を送っていく度にカルナの中の何かが満たされていった。

 

 カルナに言葉をかけ、温もりを与え、触れ合う事を教え、愛情すらも感じさせた。そうした彼女への想いをカルナが自覚したのはここ数年程の話である。我ながら鈍い話であるがどうしようもない。

 

 それだけ日常に溶け込んでいたのだ。

 

 だからカルナに愛は理解できる。その愛の種類は違えど、愛する人に死んでほしくないと思うのは当然の思いだろう。

 

 だからカルナは責めない。かつての憧憬からのその言葉でさえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――主人公side――

 

 

 

 

 

 最近国内で戦争が近いのではないかという不穏な空気が流れている。それを裏付けるよう王宮の空気もピリピリしたモノになってしまっていた。それにドゥルヨーダナさんも兵力の拡充をしているようで、腕の立つ人たちを片っ端から招集するようだった。その中にはかつてカルナさんに武芸を教えていたドローナさん、だったか彼の姿もあるようだった。昔見た姿よりも年をとっていたようだけれど、まあこっちに関わりたくないようだし、私は近寄らないようにしている。

 

 カルナさんの方もその事に対して特に思うところはないようだった。カルナさんが戦いに参加する時の役割は単騎特攻に近いものがあるのであんまり連携云々は気にしていないようだ。まぁ後は私が如何にカルナさんの足を引っ張らないようにするかだ。

 

 戦いの要領は掴めてきてはいるものの、元のスペックが残念な私なので自信は皆無だ。辛うじて邪神様の力でなんとかこの場に立てているようなものだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜いきなりの訪問者が我が家を訪ねてきた。私は慌てて白い襤褸布を被り、来訪者を迎えた。その二人の一人はクリシュナと名乗り、もう一人は品の良いご婦人だった。ご婦人の名前はクンティーさんというそうだ。年かさの女性だけれど、かつての美貌をうかがわせる顔立ちは柔和な印象を与える、柔らかな笑みのご婦人だった。

 

 出迎えた私は呆然とその二人を見てしまい、カルナは居ますかの声に慌てて家の奥に引っ込んだ。

 

 カルナさんは奥からひょこりと顔を出す。

 

「どうした」

『か、カルナさん……』

「ああ、なる程。分かった。傍にいてくれるか」

 

 私の顔を見て首を傾げたカルナさんが私の言いたい事を察したらしい。カルナさんの言葉に私は頷く。お安い御用ですとも、と。

 

 カルナさんがクリシュナさん達の応対をし、中へと引きいれる。彼ら曰く、今日は話し合いをしに来たのだという。

 

 クリシュナさんが口を開いた。

 

「カルナ、聞いてください。貴方はこの方の息子、アルジュナ達とは血の繋がった兄弟であり、本来ならパーンダヴァの長兄となる方なのですよ。故にカウラヴァから手を引き、パーンダヴァにつくべきです。貴方は聡明である筈です。ならば分かっているでしょう?このままカウラヴァに居ても何の益が得られない事など」

「そうか、随分な事だ。なる程、そうした方が利口なのだろう」

「では……」

 

「しかしオレには大事にしなければならない事がある。益よりも義を優先するべきだ。それに例えこの戦で死ぬのだとしても、オレは最後まで友の為にこの槍を振るう。それがあの恩に報いる唯一の手段だと知っているからな」

 

 カルナさんの譲らない意志の強さにクリシュナさんは無駄だと悟ったのだろう。ため息を吐いて一歩下がった。

 

 入れ違いのようにクンティーさんがカルナさんの目の前に歩み寄る。クンティーさんは手を胸の前に組み、祈りの形にして懇願した。

 

「貴方もわたくしの息子、わたくしは貴方達兄弟が争うのが耐えられないのです。どうかわたくし達の手をとり、共に来てはくれませんか?」

「……」

 

 カルナさんの無言をクンティーさんは困ったように眉を下げる。

 

「あの子たちもきっと分かり合える、そうでしょう?」

「そうか、ならば貴方は胸を張る事が出来るのか」

「え」

「出来ないのならば引いてくれ。オレは友を裏切る事なぞ出来ない。ドゥルヨーダナには恩もある。故にオレは貴方の手を取れない」

 

「そ、そんな……」

 

「貴方はきっと、愛しい息子達の為にと来たのだろう。オレも種類は違うが愛は知っている。故にその痛みも理解出来る」

 

 カルナさんはそこで言葉を切り、そっと目を伏せた。その時、カルナさんはどう思ったのだろう。私はただただカルナさんを見守る事しか出来なくて悔しかった。

 

「オレは何も出来ない。貴方のその思いに応える事は出来ないが、代わりに一つ誓いをしよう」

「!」

 

 カルナさんの言葉に息をのむクンティーさん。クンティーさんの表情は困惑と驚愕が入り混じったものだった。彼女の後ろのクリシュナさんも微かに目を見開く。

 

「我が生涯の宿敵と定めたアルジュナの事は譲れないが、それ以外の兄弟はオレが殺さないと誓おう。これからの戦で例え行く手を阻もうと立ちふさがっても命まではとらない、と」

 

 静かにカルナさんは宣言する。声は通常通りのそれで表情も無表情に近かった。

 

 でも私にはカルナさんが泣いているように見えてしまった。その背中がなんとも悲しそうで、錯覚とは分かっていても、手を伸ばしたくなってしまう。

 

 クンティーさんはカルナさんの言葉によろめく。顔を真っ青にして口を小さくはくはくと言葉にならないようだった。クリシュナさんがクンティーさんの背に手をやり、諦めましょうと宥めていた。

 

 クンティーさんは気づいたのだろう。カルナさんがクンティーさんの“愛しい息子達”の中に自分を入れていない事に。それを否定出来ない自分に。

 

 クリシュナさんとクンティーさんはそのまま帰って行った。クリシュナさんが護衛を兼ねているそうで、心配は無用と言われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が帰った静まり返った家の中に私は少し竦む。どこまで踏み込んでいいのか、なんて葛藤はこの際私は心の隅に置いておいた。

 

 近くの椅子に座ったカルナさんはそっと私を手招きする。近づけば、腕を掴まれ、顔を覗き込まれた。

 

「呆れたか」

『は?』

「先程の言葉に呆れたか?」

『んんー、カルナさんちょっと落ち着こうか』

 

 見上げてくる青い瞳が少し影っている事に気づいた私はカルナさんにストップをかけた。カルナさんは口をつぐみ、じっと見上げてくる。不安そうなその様子にため息が出そうになったけれど私はぐっと堪えた。

 

『カルナさん、私はそんな事で今更呆れたりしないんですよ。どちらかと言うと心配とちょっとした怒りですかね』

「すまない、オレは――」

『カルナさん、未来を諦めているから怒っているんですよ。死ぬだなんて簡単に言わないでください』

 

「!」

 

 私の言葉にカルナさんが目を見開く。それから少ししてカルナさんはグッと何かを堪えるように眉を寄せた。

 

 掴まれていた腕を引っ張られ、私は身体が前のめりになる。カルナさんはぎゅっと私の鳩尾辺りに顔を埋め、私の背中に腕を回した。縋りつくような抱擁に私はそっとカルナさんのふわふわとした髪を撫でる。

 

「お前はいつでもそうだな。オレの望みを容易く叶える。オレがどんな事をしてもきっとお前は呆れず見放さずに居てくれるのだろう」

『そりゃあそうですよ。私のカルナさんへの想いはこれしきで変わっちゃう程柔じゃないんです』

 

 カルナさんがどんな顔をしているか、私は分からなかったけれど元気づけたくって軽口を叩く。カルナさんがくすりと微かに笑った。

 

「そうか。――想い、か」

『ええ、カルナさんが大好きっていう心です。そう易々と負けたりしませんとも』

 

「……そうか。…………そうか」

 

 私の明るい声にカルナさんがお腹に頭をぐりぐりしたまま頷く。なんか大型犬に懐かれたみたいだなぁと私が微笑ましく思っているとカルナさんが顔を離し、こちらを見上げた。

 

「ならばこれも許してくれ」

『へ』

 

 カルナさんがグッと私の腕を引き、顔を近づけた。ぼやける程に切れ長の青い瞳が近づき、慌てて私は目を閉じた。

 

 ちゅっと軽やかな音をたてて唇に柔らかな感触が触れた。ついでふにりと更に押し付けられた感触はもう間違いもなくカルナさんの唇だった。

 

 私はと言えば完全に固まってしまっていた。予想外もいい所だった。えカルナさんそういう意味で私の事が好きなの?! と心の中は阿鼻叫喚だ。ぶわりと顔が熱を持ち、背中に変な汗まで掻く始末だ。

 

 時間にして二、三秒してからカルナさんの顔が離れる。混乱で涙目になる私にカルナさんは困ったように苦笑を浮かべた。

 

「そんな顔をしないでくれ。――思い上がりそうになる」

『ぅえ?! な、なにをですか?』

 

「お前が」

 

 カルナさんがそこで言葉を切り、私の頬のラインを人差し指の背で撫でる。じっと見つめてくる青い瞳は確かに熱情を含み、こちらへの思いの深さを伝えてきた。私はぎょっと目をむく。なんで私カルナさんのこの熱を知らずに居られたんだろう。我ながらの鈍感さに自分を詰りたくなる思いだ。

 

「オレと同じ想いを抱いているのではないか、と思いたくなる」

『お、おもい……』

 

 言わせるのか、とカルナさんの切れ長の瞳が細まる。挑発的ですらあるその瞳の熱に私はすっかりたじたじになっていた。

 

「手放したくない程の情だ。――恋い慕っているとでも言うべきか。安心しろ、そんなに怯えずともお前相手に無体を働くものか」

 

 瞳に含まれた熱とは裏腹にカルナさんの声は落ち着いていた。それが色香が漂うしっとりとした落ち着きで私の心臓をそろそろ心配するべきだと白目をむきそうになった。初心者にこれはきついと私は誰に言えばいいのだろうか。

 

 カルナさんは私の落ち着きのない様子に軽く笑みを浮べ、私の身体を解放した。

 

「まあとりあえずはドゥルヨーダナに共に謝ってくれるか」

『あぁ……、ドゥルヨーダナさん怒るでしょうね……』

「そうだな」

 

 私のどんよりした声にカルナさんは頷く。それはもういつも通りのカルナさんに戻っていて先程の熱情が嘘のようだった。相変わらずのカルナさんのマイペースさに私は脱力する。これからどう接すればいいのかと悩んだ私が馬鹿みたいじゃないか。

 

 でもそもそも私、カルナさんにキスされても全然嫌じゃなかった。あれがファーストキスとなるので比べる対象がいないのがアレだけどむしろドキドキと動悸が治まらなかったくらいだ。

 

 もしかしなくても私はカルナさんを恋愛的な意味で好きなんだろうか。いやそうなんだろうな、と気持ちがストンと心の真ん中に落ち着く。

 

 んん?いやでもお付き合い以前に私カルナさんと結婚しちゃっている訳で、え?これからどう仲を深めろと言うのだ。お付き合いの最終形になってね?ゴールインじゃないか、と一人心の中でぐるぐると考えてしまった。

 

 それにまだ問題は山積している訳ですし。まだまだ前途多難だと私は遠い目をしてしまった。




という訳で主人公がようやくカルナさんへの思いを自覚しました。先に手を出してしまったのはあれです。カルナさんも我慢が出来なかったという事で。 好きの差異は分かっているけれどそんな事を言われたら、的な。



今回の話はクンティーさんの懇願に如何にカルナさんに断らせるかで悩みました。何せカルナさんは施しの英雄と言われてしまう程の許容範囲が広い広い。でも愛を知っているカルナさんだからこそ断るのではと思い直しました。

皆様にお聞きしたいのですが、キス表現ってセーフですよね?タグにはR-15をつけてあるので作者的にはセーフだとおもうのですが、如何でしょうか。 流石にそれ以上は書きませんが。





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14

更新お待たせしました。シリアス回が続くとつくづく私にはシリアスが向かないのだなと実感いたします。 マハーバーラタ編も終わりが近づいているのですが、出来れば間を空けずこれからは更新していきたいと思います。

流血表現注意です。そんな大したことないと思うのですが一応念のために。
今回はカルナさんの鎧喪失イベントになります。クルクシェートラの戦いがいよいよ始まるのですが時間軸としては前回からさほど時間が経っていないです。
今回も糖分注意です、私はどうもシリアスになる度に砂糖をぶち込みたくなるようです(え 
  
※クルクシェートラの戦い――マハーバーラタ最後の戦い。この戦いでアルジュナさんとカルナさんの決着がつく。

今回も主人公視点で行きます。

3/25 追記:クリシュナさんの不戦の誓いがあると指摘があったのほんの少し修正させていただきます。
主人公に弓を放つという描写があったのですが削除させていただきました。一文のみなので大筋に変更点はありません。
申し訳ありませんでした。以後気をつけます。ご指摘ありがとうございました。
4/19 誤字報告が上がりましたので修正。ご報告ありがとうございました。


――主人公side――

 

 

 

 

 ドゥルヨーダナさんに聞いてみた事がある。

 

 怖くはないのですか?と。どういう話の経緯かは覚えていないけれど、その時のドゥルヨーダナさんの表情は鮮烈に覚えている。

 

 頬杖をついて詰まらなそうにしていたその気だるげな様子で薄い笑みを浮べた。

 

「ないな」

 

 さらりと告げられたその言葉は重くはなくけれども決意が秘められた強さがあった。

 

「余は貪欲だ。欲しいものは必ず手に入れるし、それが道理に外れた行為とて躊躇いはせぬ」

 

 ドゥルヨーダナさんの真っ直ぐな視線は揺るがない。この人の強さはこういう所なのかもしれないと私は思った。

 

 ドゥルヨーダナさんの瞳が伏せられ、口元に苦笑が浮かぶ。

 

「躊躇ったら全てがなくなる。――それを余は知っている故な」

 

 静かな声で、ドゥルヨーダナさんは言った。

 

 やけにその言葉が印象的で、私の心の中に残った。

 

 

 

 それはそうとして、ドゥルヨーダナさんにクンティーさんへの誓い云々をカルナさんと一緒に報告したら滅茶苦茶怒られた。こんの馬鹿者がッ!! と怒髪天を衝く勢いだったけれど、最終的にはため息を吐いてお許しが出た。

 

「ああ、お前がそういう奴だって知っていたさ。だからこそ余の友なんぞやれているのだしな。……カルナよ、過ぎた事はもう良い。そなたはこれまで通り務めを果たせ、良いな」

「ああ、承知した」

 

 こくりと頷くカルナさんにドゥルヨーダナさんは深いため息を吐いた。お、お疲れ様です、と思わず私が声をかけたくなるくらいに哀愁が漂う背中だった。滅茶苦茶ドゥルヨーダナさんを労わったらよしよしと私の頭を撫でられた。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 ついに戦いの火蓋は切られた。パーンダヴァ兄弟のあのサイコロ賭博の件での追放が終わり、彼らがドゥルヨーダナさん側に返還を求めてきたのだ。当然ドゥルヨーダナさんは断り、彼らパーンダヴァ王家とドゥルヨーダナさんのカウラヴァ王家の戦いが開始された。

 

 戦場で会ったら容赦はしないというアルジュナさんの言葉の通りの戦いに私は冷や汗が止まらない。アルジュナさんとクリシュナさんのタッグの強さと言ったら、ちょっとした悪夢レベルだ。弓ってあんな威力出るの?嘘でしょと私は顔を青くした。

 

 しかもクリシュナさんの戦車の操作スキルが私よりも遥かに高いので毎度撒くのに苦労する。なんであの起伏の激しい道で平然と進めるの?謎だと私は真剣に考えている。

 

 カルナさんとアルジュナさんの戦いは苛烈極まるものだった。宝具クラスの攻撃がバンバン出てくる出てくる。なる程これがスーパーインド大戦かな?と私が現実逃避をしたくなる程だった。

 

 そんな苛烈極まる中、私がカルナさんの足となる戦車を操り、何故無事なのか?というと私の宝具で戦車を強化し、空を駆けるようにもなっているからだ。あの宝具の本質は聖杯に似ていると以前話したことがあっただろうか。使用者の思いのまま形を変え、力を行使する。その魔力源は尽きる事のない生命の欲望、願いそのものだ。なので私がちょっと無理をするだけでこの通り。空を駆ける夢の戦車の出来上がりとなる訳です。カルナさんには渋い顔をされてしまったけれどこうでもしないとあの容赦のない攻撃は避けられない。下手をすると割れる大地にのみこまれて終了だ。

 

 とはいえ、そう頻繁に空は飛べない。何故なら使用者の私が結構疲れてしまうからだ。具体的に心臓辺りが悲鳴を上げる。なので緊急時の脱出用に宝具での強化を奥の手として使っている。

 

 問題は宝具使用時の戦車の容貌が結構闇堕ち風になってしまっているくらいだろうか。付与する形で戦車と馬を強化するのだ。私の宝具の漆黒の大剣と同様に黒いもやが戦車を包んでいる。むしろ戦車から出ているのか?これは。滲むその黒いもやは、戦車を引く馬まで包み変化させる。簡単に言うと魔力放出(闇)みたいな見た目だ。

 

 一見すると闇の使い的な風貌となってしまうのだ。カルナさんは躊躇したりしないけれど、敵味方共に度肝を抜かれたようでこの状態だと結構避けられる。アルジュナさんでさえドン引きしていたから相当だ。

 

 他にもアルジュナさんのご兄弟さんと戦ったり、それで律儀にカルナさんが見逃したりして戦いを乗り切っていた。私の漆黒の大剣がフル活用していないとちょっと危なかったかもしれない。

 

 そんな感じでこの戦いを数日過ごしていた私ですが、ちょっとひっかかるものを感じた。なんかこうこのまま平穏に終わらないような、嫌な予感が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルナさんの日課に正午に行う沐浴がある。何でも信仰上の理由もあるそうで毎日欠かさず行っている事だった。

 

 いつも帰ってくる頃になってもカルナさんが沐浴から帰ってこないので私は様子を見に行った。

 

『カルナさん……?』

 

「…………」

『!? なんでそんな……ッ!』

 

 私はあまりの事に目の前が真っ暗になる錯覚を覚えた。

 

 カルナさんの足元には血溜まりが出来ており、その身体に纏う布は真っ赤に染まってしまっている。少し離れたこの距離でさえ、その鉄錆び臭さは伝わってきた。ふらふらとおぼつかないカルナさんの足取りはその傷の深さを思わせる。

 

 カルナさんの焦点の合わない青い瞳が私を映した途端、フッと緩められる。安心したかのような目の細め方だった。

 

 グッと私は泣きたくなる心を叱咤し、癒しの力を使うべくカルナさんに走り寄った。それと同時にカルナさんの身体が前に傾く。慌てて私は倒れ込む身体を抱きとめた。

 

 カルナさんは細身と言えど立派な成人男性で当然私が支えきれるはずもなく、膝が地面に着いた。カルナさんを抱きしめる形で、なんとか彼を地面につかせずに済んだ。

 

 ぬるりと手に伝わるその出血の多さに血の引く思いをしながら早急に傷口を塞いでいく。全身にわたる傷に私は泣きそうになってしまった。カルナさんはぐったりと目を瞑り意識を失っているようだった。

 

『カルナさん、カルナさん。しっかりして下さい』

 

 私は邪神の力を、あの大剣を使う時のように魔力を最大出力にして癒していた。無理をすればこの身一つで奇跡はおこせる。今のカルナさんにあの漆黒の大剣は絶対に使いたくなかった。馬鹿だと罵る人もいるかもしれない、けどこれは私の譲れない意地みたいなものだった。

 

 例えこの胸の心臓が悲鳴を上げても構わなかった。激痛と呼んでも差し支えのない痛みは私の精神力をがりがりと削っていく。正直変な汗が止まらなかった。ここ数日ずっと戦い続きで、アルジュナさんやその兄弟さんとの戦いの激しさから思った以上に私の身体は消耗していたようだ。

 

 淡い光がカルナさんと私を包む。人通りのないこの場所だからまだ良かったなと現実逃避をしてしまいたかった。人目があっても私はきっと同じ選択をするのだろうなとも思いつつ。

 

『いっ……!ガタがきちゃったかなぁ……。嫌になっちゃうなぁまったくもう』

 

 しかも一気に来るとかやめてくれないか、私は誰に言うでもなくぼやく。私はフィルター、変換炉にあたる事を以前言っただろうか。負担が一番来やすい部分の役割であり、分かりやすく言ってしまえばフィルターの目詰まりとか変換装置の劣化とかでガタが来てしまった。ああいうのっていきなり来るものだし。こう言うと私が機械みたいで笑えてくる。いや全然笑えないけれど。

 

 なんて私が胸の激痛から意識を逸らし、やり過ごしているとカルナさんの傷が全部癒えた事を悟る。ホッとして力を収め、私はカルナさんをどうやって運ぼうかと頭を悩ませる。

 

 カルナさんは私の肩口に顔を埋めたまま、ぐったりとしてしまっているし。

 

 とそこでカルナさんの傍らに巨大な槍が置かれている事に気づいた。あ、これ見たことある。インドラの雷を宿す神槍だ。という事はカルナさんは不死を約束する黄金の鎧をインドラさんにあげてしまったのか。

 

 パニックに近いものがあったので、神槍の存在に気づかなかった。どれだけ混乱状態だったんだ私と自分自身に慄く。

 

 とそこで私は背中にぎゅっと腕がまわっている事に気づく。やんわりと抱きしめてくるその温もりに私は思わず小さく笑った。良かったという心の底からの安堵で。

 

「――すまない」

『まったくです、もう。流石にヒヤヒヤしちゃいましたよ』

 

 カルナさんの沈んだ声に私は明るい声を意識しつつ、答える。大丈夫だと伝えたかった。普通はきっとカルナさんを責めるのだろうと思う。何故と問いただし理由を聞いて呆れてしまうだろうと思う。でもそれは今じゃないと思うから。

 

「傷を癒してくれたのか」

『うん、カルナさん痛みはもうない?大丈夫かな』

「ああ、問題ないが。――顔色が随分悪い、お前こそ大事ないか」

 

『へ?』

 

 カルナさんは私の肩から顔を離し、こちらを心配そうに見つめていた。そっとカルナさんの手が私の頬を包む。吐息が頬をくすぐる程に近い距離で細められた青い切れ長の瞳は切ない光を宿していた。それが今にも揺らいでしまいそうで。

 

 私はぎょっと目を見開く。え、カルナさん泣きそうじゃね?と。

 

 あわあわと私は心配ないよ、とカルナさんの背を撫でる。そっと抱擁すればカルナさんの力が抜けてまたこちらへと少しだけ体重をかけてきた。まるで甘えるようなその仕草に私はくすりと笑う。

 

『カルナさん、私はまあ大丈夫です。というかこっちの台詞なんですよ、それ。カルナさんだって顔色滅茶苦茶青いじゃないですか』

「そうか、オレのはいつもの事だと思うのだが。お前の方は違うだろう」

『いやいやいや!カルナさん白いを通り過ぎちゃってますから。私のはあれです、ショックによる一時的なものですよ多分』

「しかし――」

『あーもう!カルナさん!一度家に帰りましょう?こんな外よりお家の方がいいですって。このままじゃ人に見られて恥ずかしい思いをするんですからね!』

 

 カルナさんが珍しく食い下がってくるので私はやけくそ気味にまくし立てた。こんな人目のつかない場所とは言え野外で抱き合うとか正気か私。恥ずか死ぬわ。しかもカルナさん鎧を剥ぎ取った後だから布一枚という寒々しい格好でちょっと目のやり場に困るのもあった。早く何か着せてあげたい早急に。

 

 私の羞恥に染まる顔をみて、カルナさんはきょとんと瞬きをしてからフッと少し笑う。

 

「人目はどうでもいいが、そうだな。そうした方がいいか」

『是非そうしてくださいな』

 

 私がそう言うとカルナさんは私から身体を離し立ち上がる。そして私に手を差し伸べた。私はそれに素直につかまり立ち上がる。ぐっと身体を引っ張る力強さに、私はカルナさんに先程の衰弱がないのをほっと息を吐いた。よかったと実感をようやく得た心地だった。

 

 カルナさんはそんな私を上から下へとじっと見つめて肩を落とす。

 

「……すまない。お前の服も随分汚してしまった」

『うん?……あー……。これはいいんですよ。カルナさんの傷の方が断然重要なんですから!こんなの小っちゃい問題です』

 

 私の男装用の服が見事にカルナさんの血でベッタリと染まり私が刺されたみたいな惨状だった。まぁそれはカルナさんの方もそうなので私がとか気にする事はないと思う。

 

 表情が乏しいものの、カルナさんの雰囲気が気落ちしているようだった。私の言葉に多少持ち直したものの元気ないカルナさんに私はどうしたものかと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰り着替えて気持ちが落ち着いた私はカルナさんにとりあえず椅子に座ってもらう。膝をつき合わせる形で私もカルナさんの前に座った。黄金の鎧のない、インドの民族衣装のカルナさんは意外と似合っていた。

 

 

 どうにも話し合わないといけない。だって明日はカルナさんと一緒に出陣だ。その時はきっとアルジュナさんと戦うだろうと分かる。アルジュナさんの兄弟、パーンダヴァの面々もこれまでカルナさんは打ちのめしてきたのだから。今日か明日、少なくとも近日中に決着がつくだろうと私にも分かる。それくらい両陣営の緊張感は高まっていた。

 

 その最中でのこの事件だ。カルナさんの考えを私は聞かないといけない。

 

『カルナさん』

「――ああ」

『一つだけ聞いてもいいですか?』

 

 私の緊張している声にカルナさんは視線を逸らさずに頷く。真っ直ぐな青い瞳はもうすでに覚悟を宿していた。

 

『カルナさんは、諦めるのですか?』

 

 この戦に勝つ事、生きる事両方をかねての言葉。

 

「――そうだな。そう思われても仕方ない事なのだろう。諦めている、とはまた違うのだが」

 

 カルナさんは言葉を選ぶように少しだけ考えるように口元に手をあてていた。

 

「オレは天命というものがあるのを知っている。逃れられないそれは運命と言い換える事も出来るだろう。故にオレはそれらを許容した上で行動している」

『っ』

 

 カルナさんの静かな口上に私は唇を噛みしめ俯く。運命を受け入れているってそれは。

 

「だが、それはお前に失礼というものだろう」

『!?』

 

 驚きで目を丸くする私をカルナさんは少し可笑しそうに笑った。クスリと微かに笑ったカルナさんに悲壮感はない。

 

「驚いたようだな。そんなに不思議な事を言ったか?このオレ如きの腕でどうにかなるかは分からないが、最善を尽くそう」

 

 カルナさんは私の右手をとってギュッと両手で包みこむように握る。

 

「お前が隣にいるならば、これほど心強いものはない。共に居てくれるか」

『も、勿論です!』

 

 私の意気込んだ声にカルナさんは目を柔らかく細める。ふわりと緩める表情に私はちょっと赤面しそうになった。あまりにも愛しそうにその青い双眸が熱を伝えてくるから。

 

 カルナさんは私の顔をまじまじと見て、嬉しそうに微笑む。くすくすと笑う姿に私の頬の熱が増々上がるのを感じる。

 

「ああ、そうだ。少しお前に頼みたい事があるのだがいいだろうか?」

『へ?カルナさんが頼み事とか珍しいですね』

「そう難しい事ではないのだが。――いやこれは頼みではないか。少しだけ……」

 

 カルナさんはそこで言葉をきり、握っていた私の手を解放する。それから両腕を広げるように上げた。まるでこの腕の中に飛び込んで来い、というポーズに私はポカンと口を開けて固まってしまった。

 

 カルナさんがほんのり頬を赤く染めて、目を伏せる。

 

「――抱擁をさせてくれ。出来れば思いきり」

『ッ!!』

 

 カルナさんがらしくもなくぼそぼそと呟く。その声は羞恥で小さくなっているのは明白だ。だってその色白な肌が真っ赤に染まっているし。私はたまらなくなり、叫びたくなる声を飲み込む。くっそかわいいなんだこの人と私が悶えたくなるのも仕方ないだろう。

 

 私はカルナさんの広げた両腕に飛び込んだ。カルナさんの肩がビクリと震える。いきなり過ぎたかな?と私が反省する前にカルナさんの腕が背中に回り、ぎゅっと抱きしめられた。

 

 いつもとは違い、遠慮のない力に私は少し苦しくなる。ああ、そうか。私はカルナさんの思いを理解した。いつもはあの黄金の鎧があるが為に存分に抱きしめる事さえ出来なかったのかと。あの鎧は尖っている部分が多く、刺さらないようにと配慮しないと私の身体を容易く傷つける。優しいカルナさんはそれで躊躇するのだろう。

 

 私もカルナさんの背中に手をやりギュッといつもより強めに抱きしめた。肩口に顔をうめたカルナさんのふわふわした髪がくすぐったい。

 

「温かいな。それに柔らかい、お前の身体はこうも心地よいのか」

『う、うーん。カルナさんその言葉は嬉しいけど誤解されるから別の言い方をしましょうね』

「うん?思った事を言っただけだが」

『ぐぬぬ……。天然手強すぎか……』

 

 カルナさんの下心ゼロの首傾げに私は歯噛みした。

 

「それに――愛しい者の体温ともなれば尚更だ」

『んぇ?!』

 

 直球のカルナさんの言葉に私は変な声を出してしまった。私の驚きの声にカルナさんは頓着せずぐりぐりと私の肩に懐いていた。やばい、可愛いと私は更なる動揺の波にのまれる。

 

 ずっとこうしてみたかった。カルナさんの囁きに満たない小さな声は空気に溶けてしまうくらいで。こみあげるものを私はのみ込んだ。

 

 私に出来る事を精一杯しよう。その為の覚悟はとうに決めた。

 

 明けない夜はない。朝は必ず来る。

 

 

 

 

 

 鎧喪失事件から一夜明け、カルナさんは戦支度を淡々と済ませた。そこに揺らぎはなくむしろ穏やかな表情だった。神槍を携えたカルナさんは私の方へと振り向く。

 

「――行こうか」

『はい』

 

 私は頷いて戦車の準備をするのだった。

 

 終わりが近づく。

 

 

 




という訳でカルナさんの鎧喪失してしまいました。本当はカルナさん視点も書いたんですけど、しっくりこなかったので没にしてしまいました。
カルナさんはインドラ=神々の王、しかも人間の姿になってまでやるその姿勢にインドラさんの本気というかアレコレを察して鎧を差し出したんですよね……。
拙作のカルナさんはポジティブなのでそんな悲観していないです。ないモノは仕方ない、今ある全てで抗う覚悟です。

次回はVSアルジュナさん回なんですけど、私の文章力で果たしてそこまで書ききれるか……。戦闘描写って難しいですよね、精進します。

※今作のエンディングについて。
皆様不安な方もいらっしゃるかと思って一応言っておきます。作者的にはハッピーエンドを想定して書いています(小声)。鬱エンドはやらないぜ。
まあ需要があるようでしたら番外編でバットエンドを書くくらいです。


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15

VSアルジュナ戦。前半でございます。
長いので前後編と分けさせてもらいます。それにしてもここで初めてルビ編集が出来るんだと知った私の衝撃と言ったら……!やっぱり説明書は読むべきですよね!
後半は明日更新出来ればと思ってます。

注意事項
戦闘描写ありです。なので暴力的表現、流血表現の注意です。
視点はカルナさん視点と主人公視点に分かれます。
更にクリシュナさんにねつ造あります。注意。

戦闘描写は得意じゃないので作者心配でドキドキです。精進します。

3/25 追記:アルジュナさんの武器に関して間違いが指摘されたので修正させてください。インドラ神からではなく正しくはアグニ神からの贈り物でした。
そしてクリシュナさんの不戦の誓いに関しても指摘されたのでこちらも修正させていただきます。クリシュナさんの攻撃描写を削除、加えて彼の力の描写の変更です。光の輪が攻撃手段ではなく、守護のバリア的なものに変更。カルナさんを攻撃するのはアルジュナさんに変更。
ですが大筋は変わらないのでそこは安心してください。ご指摘ありがとうございました。


――主人公side――

 

 

 

 アルジュナさんは強敵だ。何故なら彼は授かりの英雄。今現在彼の手には破壊神シヴァの力と炎神アグニから貰った神弓ガーンディーヴァがある。その他にも神器と呼ぶべき彼の父のインドラさんから賜った宝具があるのだから凄く強い。勿論これらを賜ったのはアルジュナさんの努力の結果だからとやかく言うつもりはない。まぁこれらの情報は人づてに聞いた結果なのだけど。

 

 けど強敵には変わりない訳でして。加えてアルジュナさんの親友のクリシュナさんもなんだっけ、ヴィシュヌ神の化身とかで凄い宝具とか使えるので油断ならない。

 

 比べてカルナさんと言えば、最強の防具の黄金の鎧は消え、代わりに一度しか使えないインドラさんから貰った神槍のみだ。一度しか使えないのは必殺技がというだけで、普通に武器として使うのは問題ないそうだ。

 

 カルナさん、耐久力が著しく落ちてしまったので私はとても心配なのだ。だってカルナさんの戦い方は無茶を平気で通すものだったから。自分の安全は二の次三の次で回避よりも攻撃重視なのは否めない。今までは防御力マックスの黄金の鎧があったからなんとかなっていたけれど、これからはそうはいかないのだ。

 

 アルジュナさんとの対決は思ったよりも早くに訪れた。見渡す限りの乾いた大地、点在する小高い丘、大地が割れ、断崖絶壁となっている場所。これらがあるとは言え、おおよそ見通しはいいだろうという場所だった。

 

 私が戦車を操り、カルナさんが相乗りをする形で、随時私がフォローをしていくという作戦だ。相手側の陣営での主力はアルジュナさんだ。しかも相手になるのはカルナさんしかいない。ので、カルナさんがアルジュナさんを相手取るのは前から決まっていた。

 

 恐れるべきはアルジュナさんの弓矢による奇襲だ。故に私たちはあえて目立つように見晴らしの良いところで戦車を走らせていた。これならば必ずアルジュナさんが攻撃をかけてくると分かっていた。勿論、他の皆さんに決して追いつかれる事のないように私の宝具で戦車を強化し、爆走したうえで。

 

 時速およそ六十キロは確実に過ぎていた。砂埃をたてながらの爆走は中々気持ちの良いものだなぁと我ながらの戦車の邪悪さに目を逸らした。と、カルナさんが神槍を構える。

 

 アルジュナさんの一矢がカルナさんに迫り、カルナさんが神槍で振り払う。

 

 散る蒼い光に私はついに時が来たことを悟った。すぐに矢が来た方向へ戦車を方向転換させ、そちらへと戦車を向かわせる。

 

 見れば、アルジュナさんが少しカルナさんの姿を見て目を見開いていた。アルジュナさん達を分断させるべく、カルナさんは行ってくると言葉少なに跳躍した。

 

 凡人離れした恐るべき跳躍をしたカルナさんはアルジュナさん達の戦車にインドラの神槍を振り下ろした。

 

 あの身の丈を超える槍だ、ただの武器として行使するだけで抜群の破壊力を誇る。アルジュナさんがすぐさま神弓で受け止め、弾く。たったそれだけの動作でこちらへと衝撃波が来るくらい凄まじい衝突だった。

 

「貴様、その格好はどう言った事だ?」

「……?ああ、そう言う事か。貴様が気にするべき事ではない。こちらを気にする前に疎かになっている手元を見る事だ」

 

「ッ!! カルナ、貴様ッ!」

 

 アルジュナさんの問いにカルナさんは一瞬目を細めた後淡々と言い放つ。アルジュナさんの弓を槍で上へと受け流し、アルジュナさんの体勢を崩す。恐らくアルジュナさんはカルナさんの黄金の鎧云々を知らないのだろう。多分。

 

「!? しまった……ッ!」

「呆気ない終わりだが、許せ。ここで終いとしよう」

 

 アルジュナさんの崩した体勢をカルナさんは槍を振り下ろして止めとしようとした。

 

 クリシュナさんがいち早く反応した。少し離れた位置にいた彼はカッと光を纏う。やばいあれ宝具だ。私はすぐさまやめさせるように戦車から飛び出す。

 

「それはさせませんよ」

 

 いやに冷静な声だった。クリシュナさんは短い詠唱の言葉の後、光の輪を右手に展開させ、投げる。それはまさしく光速の速さ。間に合わない、と私は時が止まるのを感じた。

 

 ビュンッと鋭い風切り音をたて、光の輪は目に見えない速さでアルジュナさんに向かう。何をとこちらが戸惑う暇もなく、アルジュナさんに振り下ろしたカルナさんの神槍が弾かれた。

 

 まるで不可視のバリアがアルジュナさんを護ったかのようだった。

 

 神槍が大きく弾かれ、カルナさんは予想外の力に身体が後ろに傾く。アルジュナさんがその時を見逃さず、矢を放つ。炎神の矢は無防備となったカルナさんの胸元を貫く。

 

 一秒に満たない時間だった。ドバッとカルナさんの胸元から鮮血が飛び散る。カルナさんの低い呻き声が聞こえ、彼の身体が崩れ落ちる。

 

 私はあまりの事に呆然としてしまった。すぐにカルナさんの黄金の鎧がない事を思い出す。ああ、このままではカルナさんが死んでしまう。

 

「アルジュナ、今です。カルナの首を落としてしまいましょう」

 

『!?』

 

 頭上、戦車の上からの言葉に私は思わず見上げた。静かな、穏やかな声でクリシュナさんはアルジュナさんに促す。アルジュナさんはその言葉に目を見開いた。

 

「な、何を言っているのですか。クリシュナ、正気ですか?」

「ええ、限りなく本気ですとも。カルナを生かしておくのはパーンダヴァの後々の脅威となり得ますからね」

 

 私は邪神の漆黒の大剣をギリッと握る。

 

 まだ諦めてはいけない。私はバッと自分の戦車に飛び乗り、宝具で強化した。ブワッと膨らむ黒いもやにクリシュナさんは目を丸くした。

 

 全速力を意識し、アルジュナさんとカルナさんの間に戦車を滑り込ませる。通り過ぎる寸前、私は戦車から、地面ギリギリまで身を乗り出しカルナさんを引っ張り上げた。

 

 火事場の馬鹿力なのか、カルナさんを回収する事が出来た。このまま、一旦体制を整えるために戦略撤退だ。私は戦車を全速力で飛ばし、戦線を離脱に集中する。

 

 苦し気にカルナさんは眉をしかめていた。服がもはや血濡れで染まっていない所がないぐらいに怪我が酷い。一目で見て致命傷と分かるくらいだ。カルナさんの傷に障らないように私は戦車を少し浮かせる。

 

 アルジュナさん達の姿が見えなくなった頃、戦車の背もたれに身体を預けていたカルナさんが身を起こした。

 

『か、カルナさん。まだ起きちゃだめですよ』

 

「――くっ、すまない。オレが油断をしたばかりに」

『大丈夫ですよ、カルナさん。私こそクリシュナさんを止められなくて』

「謝るな。お前に不足などない」

『……ありがとう、カルナさん。カルナさんも謝らないでくださいよ、ああくるなんて誰も予想できないですよ』

「――ああ」

『カルナさん、こっちに手を出してください』

「うん?」

 

 首を傾げつつこちらへとカルナさんは手を差し出した。私はカルナさんの差し出された手を握る。戦車を操る片手間で申し訳ないけれど傷を癒しておこうと思ったのだ。

 

 淡い光が私の手に宿り、ぶわりとカルナさんの全身にわたる。きっかり五秒でカルナさんの傷が治癒する。

 

 カルナさんの身体がぐらりと傾く。

 

「――ッ?! なんだ、この目眩は……」

『……ごめんね、カルナさん』

 

 カルナさんの身体を抱きとめて、私は小さな声で謝る。カルナさんの意識が失われる寸前、信じられないそんな瞳でこちらを見た。裏切られてしまったかのような。

 

 私は胸が裂けそうな痛みを感じた。宝具で無理を通したあの心臓が砕ける激痛よりもよっぽど痛みがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦車を私は走らせる。カルナさんは怪我が完全に治癒しているとはいえ、体の一部だった黄金の鎧を失って本調子の筈がなく。私はカルナさんに邪神の力で眠ってもらったのだ。治療するついでに、カルナさんはもうしばらく眠ったままだろう。カルナさんは戦車の背もたれに体を預けて寝入っていた。

 

 このままではカルナさんが死んでしまうだろう、けれどそれをむざむざと許す私ではない。

 

 ああ、胸が痛い。どくどくと鼓動がうるさく、限界が近い事を私に知らせてくる。でもけれどもそれでも抗うのだ。

 

『“この手が掴むは原罪の端、形を変えよ”』

 

 私は漆黒の大剣を変形させて大きな弓矢へと変化させた。戦車を走らせながら矢をつがえ、弓を構える。

 

 私の直感、五感はかつてない程冴えわたっていた。危機故か、それとも邪神様の加護かは知らないけれど、今は細かい事はどうでも良かった。

 

 私の直感は告げる。

 

 もうすぐアルジュナさんの必殺の一矢が来る、と。

 

 目には目を歯には歯を、そして神の一矢には同じく神の矢が相応しい。

 

 小高くなっている丘の上からキラリと蒼く光るモノが迫る。私は今だと矢を放った。

 

 蒼い光を帯びた矢が四散する。私の矢で相殺したのだ。

 

 これでアルジュナさんが気づくと良い。

 

 私はそのまま戦車を急がせた。一先ずこの場を一旦離れなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 離れて、一先ずの危機は去った事を確認してから私は戦車を止めた。深く眠るカルナさんの傍に行く。

 

 ふと邪神様から言われた事を思い出す。私は傲慢だと言うその事を。その傲慢の対価を覚悟せよと。ああ、認めよう。私は傲慢だ、諦めきれないその業を。

 

 カルナさんの傍で私は膝をついて、カルナさんの胸元に右手を添える。

 

『“我が全てを汝に差し出そう、我が心臓は汝の為に”』

 

 どくりと心臓が大きく拍動する。傍に置いてあった漆黒の大剣がスウッと空気に溶ける。カルナさんの身体へと吸い込まれて消えた。

 

『“故にこれは神の御業(みわざ)(なら)う、これは鎧である。故にこれは全ての傷を癒す”』

 

 不可視の鎧よ、彼を護れ。と私は締めくくった。この宝具というか邪神の力は意外と使い勝手が良い。これは形があってないようなものだ。負担を度外視すればどんな使い方だって出来る。

 

 カルナさんは達人級というか、武の頂点まで至ったのは知っている。けれど、普段の癖というものはどうしたって出てしまうものだ。カルナさんは自分の人生の大半をあの黄金の鎧と共に過ごしてきた。つまりカルナさんは今体の一部を失ったも同然。誰だっていきなり手足や目や耳を欠損したら戦いにくくなるだろう?それと一緒だ。

 

 だから私は代わりを用意した。正直、無理を通すどころじゃないけれどまぁカルナさんが無事ならそれでいいかなぁと思えてしまう訳でして。

 

 ああ、これだから私は傲慢って言われてしまうんだ。

 

『カルナさん……。怒るかなぁ……』

 

 ずきずきと痛む心臓に私は意識が薄れる。暗闇にのまれる寸前、カルナさんが目を開けたような気がしたけれど気のせいか。

 

 

 

 

 

 

 

――カルナside――

 

 

 

「――ッ?! なんだ、この目眩は……」

『――ごめんね、カルナさん』

 

 カルナは理解が出来なかった。襲い掛かる目眩と視界に映る彼女の表情が。何故傷を癒した彼女はそんなに泣きそうな顔をしているのか。

 

 俺は何か間違いを犯してしまったのか、カルナは動かない己の口を恨めしく思う。肝心な時に役に立たないのだ。

 

 カルナの意識は闇へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠のいた意識が戻る。カルナは目を開けた。目の前が陰った気がした。否、それは勘違いではない。誰かが、いや彼女だ。カルナは直感で悟った。

 

 彼女がこちらへと倒れてきた。カルナは条件反射で手を伸ばし、抱きとめる。何故と思いはしても、そこに彼女に対する怒りはない。

 

 カルナは腕の中で彼女の顔を覗き込んだ。真白の肌はもう血の気がなく、ただ青い。慌てて呼吸を確かめれば細くはあるもののちゃんと彼女は息をしていた。

 

 カルナはそこまで確かめて何かがくる気配を感じ取った。この気配は間違えようもない宿敵のものだ。カルナはそっと物陰に彼女を隠す。

 

 ここから少し離れよう。カルナは少し迷ったが、彼女の安全の為に決心する。

 

 少し離れた所にアルジュナは居るようだった。こっちから出向いていこうじゃないか。

 

 カルナは神槍を携えて跳躍した。

 

 アルジュナの目の前に降り立てば、容易に殺気立った。

 

「――我が宿敵、カルナ。我らの因縁はここで決着をつけよう」

「然り。アルジュナよ、我が敵対者よ。お前との因縁はここで断ち切らせてもらおう」

 

 カルナの言葉にアルジュナは頷いた。ギラギラと滾らせるその瞳の闘志はカルナを高揚させるに充分だった。けれどカルナは静かに槍を構える。心は燃え盛る業火ではない、その逆で氷雪(ひょうせつ)の如き冷たさだった。

 

「だが、その前に言っておこう。オレはこの戦いを長引かせるつもりなぞない」

「なに?」

 

「我が槍の暴威をもって貴様を倒す。故に覚悟はいいな」

「ふん、よろしい。このアルジュナ、全てをもって貴様を討ち倒させてもらおうッ」

 

 激しい衝突をもって神話の如き戦いは始まった。

 

 




という訳で後半に続くんじゃよ。如何だったでしょうか。文章力が足らな過ぎて作者は泣きそうでした。戦闘描写は書いて上手くなるしかないのでこれから頑張っていきたい所です。
今日中に更新出来て良かった。

後半はアルジュナさん視点から書いていきます。あのままだとアルジュナさん側がちょっと描写が足りないですし。

シリアスって難しいですねハハッ(白目)


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16

お待たせいたしました
VSアルジュナ戦 後半にございます。マハーバーラタ編最終話になります。
今回も戦闘描写があるので注意です。

今回の視点はアルジュナさん視点とカルナさん視点、第三者に分かれるので注意です。

アルジュナさん視点から始まります。時間は遡り、主人公がカルナさんを戦車で回収した後まで戻ります。ではどうぞ

3/25 追記:アルジュナさんの武器の間違いの指摘があったのでこちらでも変更です。 神弓ガーンディーヴァをあげたのはインドラ神ではなくアグニ神でした。なのでそれに関する記述を変更します。
物語の大筋には影響はないのでそこは安心してください。
ご指摘ありがとうございました。
4/19 誤字報告が上がりましたので一部修正。報告ありがとうございました。


――アルジュナside――

 

 

 

 戦車でカルナとその従者が嵐の如く去って行った。アルジュナはその背を呆然と見送ってしまった。

 

「アルジュナ、さぁ貴方のその弓で撃ち抜いてください」

「な、何を言っているのですか。私にそんな卑怯な真似をさせるつもりですか。戦うならば正々堂々と。逃げ去る背中に矢を撃てと?」

 

 クリシュナの言葉にアルジュナは不愉快さで眉をひそめる。戦士にあるまじき行為だ、アルジュナの誇りがそれを許さない。クリシュナは少し困ったように眉を下げる。

 

「そうです。アルジュナ。貴方のその気高さは素晴らしいものでしょう。ですが、この場においてはそれは命取りというものです。カルナをあのまま野放しにして、貴方の守るべき人々に刃が向いたらどうするおつもりなのですか」

「それは――」

「戦において少しの油断が後々牙をむくのは珍しくありません。さぁ、そうならないうちにやってしまいましょう」

「ッ」

「それにカルナのした所業をお忘れですか?貴方の愛する家族をあんなにも惨い目にあわせた男ですよ。なんの躊躇(ちゅうちょ)がありましょうか」

 

 クリシュナの言葉にアルジュナは息をのんだ。けれど、カルナを守らんと立ちふさがる華奢な姿がアルジュナを(すく)ませる。ああ、しかしそれをクリシュナに言うことはない。彼の事はアルジュナだけの秘密だったからだ。敵将に匹敵する小さな友人はカルナの味方だった。それだけだ。それだけの筈だった。

 

 アルジュナは一瞬目を瞑り、深く深呼吸する。瞑想に近いそれをして、アルジュナは雑念を振り払った。そうだ、私は“授かりの英雄”。それ以外の何者にもなり得ない。故にこの弓を引くは人道に外れた行為ではないはずだ。撤退をする敵を撃ち抜くなんてと嘆く必要もない。

 

 幸いここは土地が小高くなっており、丘のようになっている。丘を下り逃げる相手ならば弓で狙撃する事はアルジュナの腕をもってすれば容易だ。

 

 アルジュナは弓を引いた。遠目に見える戦車に背を預ける宿敵の首目がけて矢を放った。

 

 炎神アグニが授けし神弓、ガーンディーヴァから放たれた矢は蒼い光を纏ってカルナの首に真っ直ぐ飛ぶ。

 

 とそこに漆黒の矢が蒼い光にぶち当たる。

 

 パァンと四散する蒼い光にアルジュナは呆然としてしまった。ああ、そんなまさか。

 

「――フッ」

 

「あ、アルジュナ?」

「クッフフフフハハハハハハッ!! ああ、そうだ。これではやはりいけない。――すみません、私は決着をつけてきます。このまま戻らなかったら死んだと思ってください」

 

 俯くアルジュナにクリシュナは声をかけた。心なしかアルジュナの肩が揺れていたからだ。涙しているかというクリシュナの危ぶむ心だった。が、それは高笑いによって否定される。

 

 アルジュナは高揚したかのような口調で一息に言いきり、呆然とするクリシュナの返事を聞かずにこの場を去った。

 

 速やかな身のこなしは流石は英雄といった所か。クリシュナが我に返った時には彼の姿はもはや遠く。クリシュナは途方に暮れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルジュナは高揚する気持ちを抑える事が出来なかった。これは天啓なのだと思った。神はやはり卑怯な手を使うなと、そう言われた心地だった。

 

 何故ならアルジュナの必殺の一矢は何者かに阻止されたのだから。

 

 ああ、彼を思い出す。宿敵の隣にいる彼を。華奢な体の彼はその体格の儚さに見合わず実に果敢であった。数多の戦士の前に決して引かず、カルナの為だけにあの大剣を振るう姿は確かにカーリー(破壊女神)の名が相応しかった。

 

 認めよう。彼らの真っ直ぐな姿に焦がれた事を。そこまで真っ直ぐになれない自分に焦燥を抱いていたことを。アルジュナはだからこそ迷いを捨てる。

 

 あんな幕引きは認めない。宿敵、カルナに全てをぶつけて、真っ向から勝負を挑みたいと思う。それで勝ってこそ、意味があるのだ。

 

 カルナ達の去った方向へとアルジュナは駆けていった。常人の足運びとは違い、風と一体となるくらいの速さでアルジュナは目的地へと急いでいた。

 

 ああ、気配がする。アルジュナがその気配のする場所の近くまでくると立ち止った。宿敵がこちらへと出向いてくるのを感じたからだ。

 

 降り立つ宿敵の姿にアルジュナの心が高揚するのを感じる。

 

「――我が宿敵、カルナ。我らの因縁はここで決着をつけよう」

「然り。アルジュナよ、我が敵対者よ。お前との因縁はここで断ち切らせてもらおう」

 

 戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――第三者視点――

 

 

 

 

 

 カルナは冷静に状況を判断し、神槍を振るう。アルジュナの恐るべき矢による連射、宝具による攻撃は一瞬でも判断を誤ればカルナの身体を抉るに違いない。

 

 そこに言葉は必要なく、ただひたすらに研ぎ澄まされていくのをカルナは感じた。

 

 矢を避ける、神槍で弾きアルジュナに一気に距離を詰める。目を見開く宿敵にカルナは冷えきった眼差しで神槍を振り下ろす。アルジュナは瞬時に神弓で防いだ。

 

 ガキィンと甲高い金属音を響かせる。ギリギリと力で拮抗する攻防は両者の睨みと共に激しくなっている。火花さえ散る様にアルジュナは舌打ちした。

 

「“炎神の咆哮(アグニ・ガーンディーヴァ)”!!」

「!くッ!?」

 

 アルジュナの叫びと共に弓から矢が射出される。炎神の加護のある一矢、それは炎を纏い対象を焼き尽くさんとする猛威だ。無理な体勢からの一矢は威力にかけるものの黄金の鎧のないカルナには多大な負傷を負わせる。脇腹に横一文字を切り裂き、血肉をさらさせた。滴る血にカルナは顔を一瞬歪ませた。ゴォッと掠っただけで肉が焼ける。

 

 だが、その傷は一瞬でなくなる。まるで時間が巻き戻るかのような鮮やかな治癒。アルジュナとカルナは両者ともに驚愕を抱いた。

 

 カルナはすぐに飛びのきアルジュナから距離をとり、神槍を構えなおした。なんだこれは、カルナは内心の動揺を抑えつけた。今の状況で揺らげば、すなわち死に繋がる。

 

 ついで身体を包む、温かな温度にカルナは悟る。恐らくこれは彼女の仕業だ。手段は知らぬが、我が黄金の鎧の代わりを彼女はカルナに付与したのだろう。本能に近い閃きだったが、カルナは確信に近いものを抱いた。遅れて傷が治癒したところに感じる拍動にとある可能性が脳裏を掠めた。

 

 この“力”を損なう事があったら彼女の命に危機が及ぶのではないか。

 

 例えばこの治癒の力、鎧のようなものが壊れたら彼女が死に至るなど。

 

 カルナの目の前が真っ赤に染まるのを感じた。

 

 ザワリと宿敵から感じる気配の変化にアルジュナは怪訝そうに目を細める。膨らむ殺気は先程の比ではない。無機質とさえ思えた青い瞳は今や瞳孔が開き、純粋な刃のような様であった。アルジュナはごくりと無意識に唾を飲み込む。

 

「気でも触れたか?まあ、いい。今度こそこの私の前に膝をつくがいい!!」

 

 アルジュナは自分を奮い立たせ、神弓を引き絞る。カルナはその様をただ静かに見つめた。

 

「いや、オレはこれ以上もなく正気だ。ただ、そうだな。事情が変わった。お前とこのまま武を尽くし戦い抜きたかったが仕方ない」

「?何を……、それはッ!?」

 

 アルジュナはカルナの意図を悟り目を見開く。

 

 カルナは神槍に魔力を充填する。ゴォッと音をたて、カルナに日輪の炎が宿る。浮かび上がり、神槍の切っ先をアルジュナに向けた。

 

「先ずは貴様のその神器から削がせてもらおう。――絶滅とは是、この一刺。灼き尽くせ、“日輪よ、死に随え(ヴァサウィ・シャクティ)”!!」

 

 インドラの雷を宿す神槍、そこに太陽神の息子たるカルナの魔力が足され、全てを焼き尽くさんとする滅亡をもたらす一撃となり果てた。

 

 本来ならばここら一帯を焦土と化す威力を含むはずだが、カルナはそれをアルジュナだけに的を絞る事で威力を落とす。範囲を狭める。巻き込み事故が起こり得るし何よりもたった一人の人の安全の為に。

 

 威力を殺したとはいえ、そこは神々の王インドラの力。アルジュナ一人を灰燼に帰すくらいは容易だ。

 

 だが、それはカルナの意図するところではない。カルナは神槍が手から消え去るのを構わずに次の行動に移す。

 

 ドォオオンッと大地の悲鳴、否絶叫に等しい轟音が響き、辺りは砕けた大地が散らす土煙で染まる。

 

 土煙が晴れた時、そこにはアルジュナが寸分たがわない無傷な姿で立っていた。

 

 アルジュナはかつてインドラから賜った数々の宝具とも呼ぶべき神器と神弓ガーンディーヴァの力を総動員させて防いだ。使った宝具は砕け散ってしまった。

 

 アルジュナが土煙が晴れた視界の中、宿敵の姿を探そうと視線を辺りに巡らせる。と、そこに衝撃が走った。

 

「ぐぁッ!?」

 

 ゴッと視界を揺さぶる一撃、脳幹を揺らす的確な拳はアルジュナの死角となる方向からのものだ。

 

 アルジュナがぐらりとぶれる視界で宿敵カルナの姿を捉えた。その手に神槍はなく、握られた拳が更なる一撃をもたらさんと迫る。アルジュナの目はその軌道を捉える事は出来ても身体がついていかなかった。まさかこの男が槍を手放し、拳でもってこちらを沈めんとするだなんて予想がつくものか。アルジュナは悪態をつきたくなった。

 

 だがアルジュナとてやられたままでは気が済まない。例えこの身に神から賜った神器がなくとも、まだ戦える。

 

 アルジュナはカルナの脇腹目がけて蹴りを放つ。カルナはそれを手で止める。アルジュナは半身を捻り二撃目の蹴りを放つ。今度はカルナの後頭部にきっかり入った。

 

 常人の目では追いきれない程の速度でもってカルナとアルジュナは殴り、蹴りを繰り返す。流れるような武道の流れはこの場に傍観者が居れば見入ってしまう程完成したモノだろう。

 

 時に拳や蹴りで大地を割り、相手の身体を吹き飛ばし地面に陥没をつくる。

 

 延々と続くに思われたこの攻防はアルジュナの身体が地面に倒れ伏した事で勝負がついた。カルナの方も無傷ではない。怪我した端から治癒がされても未だ数か所骨に響くところがある。

 

 しかしカルナはそんな事はどうでも良かった。しっかりと地に足がついて歩めれば問題はない。カルナのその涼し気な様子をアルジュナは恨めしそうに見上げた。

 

「……ああ、届かないのか」

 

 アルジュナは心底悔し気に呟く。仰向けに倒れたこの身体はちっとも動こうとはしないのだ。アルジュナの闘志とは裏腹なこの状況にアルジュナは唇を噛みしめる。

 

「――そうか。お前とオレの差は微々たるものだ。アルジュナよ、我が好敵手」

「そんな気休めはよせ。――惨めになる」

「気休め?それは違う。アルジュナよ、今回オレは運が良かっただけだ」

 

 カルナの淡々とした物言いにアルジュナは露骨に顔を歪める。

 

「……チッ、これだから貴様は嫌いなんだ」

「そうか。……まあいいか」

 

 アルジュナの舌打ちにカルナは特に堪えた様子もなく淡々と頷く。アルジュナは増々顔をしかめたがカルナはふらっとこの場を去って行った。

 

 全くどこまでも相容れない奴だ、アルジュナは去って行く背中を見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――カルナside――

 

 

 

 

 カルナは走れるほどまで回復するとすぐさま彼女の元まで走った。彼女の無事な姿が早く見たかった。

 

「――待たせたな。行こう」

 

 カルナは物陰に隠すように岩陰に寄りかからせた彼女を横抱きにして抱える。腕の中の彼女は目を閉じて眠っていた。すうすうとか細く聞こえる彼女の吐息がカルナの不安を煽った。

 

『……かるな、さん?』

「起きたか。――まだ眠るといい。オレも、今回は疲れた」

 

 目覚めた彼女にカルナはホッとしてつい本音が漏れた。彼女は小さくクスクスと笑う。

 

『ふふ、めずらしい……』

「ああ、たまにはいいだろう。……帰ろう、二人のあの家に」

『うん』

 

 カルナは近くに停めてあった戦車に彼女もろとも乗り込む。腕の中に抱えたまま、手綱を握り戦車を走らせる。目的地はとりあえず家でいいだろうか。

 

 実はドゥルヨーダナに事前に暇を出されてしまったカルナだ。曰く、アルジュナを片付けたらそれでいいと。あの男の事だ、カルナが使い物にならなくなるのを予見していたのかもしれない。

 

 “死出の旅に供を増やすほど余は暇でもないのでな。”

 

 暇を出された時のドゥルヨーダナの言葉だ。カルナはその時柄にもなく食い下がったがあの男の目を見て諦めた。これもこの男なりのけじめなのだと。臣下として、何よりも友として悲しくもあったがその後に続く言葉に引き下がった。

 

 “友として、お前に言う最後の我儘だ。余を許せ”

 

 そう困ったように言われてしまってはカルナは引き下がるより他にない。

 

 カルナは回想に目を細める。

 

 腕の中の彼女をカルナは見下ろすと彼女は眠っていた。カルナも彼女の髪に顔をうずめ、目を閉じる。戦車はもう走るというよりは徒歩に等しい速度だ。

 

 

 その後の彼らの行方は杳として知れない。生存説、死亡説様々だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――アルジュナside――

 

 

「負けた、か」

 

 アルジュナは地に倒れ、もう起き上がる力もない。けれど不思議と清々しい気持ちでいっぱいだった。全力でぶつかった、あの男にはあと一歩届かなかった。それだけなのだ。

 

 卑怯な幕引き、を覚悟した後だからだろうか。一種の爽快感すら感じる。

 

 出来ればアルジュナはこのまま、目を閉じて眠ってしまいたかった。

 

「アルジュナ!! 無事ですかッ!?」

「クリシュナ……。何故貴方が――」

 

 私はもう役立たずも良い所でしょう?そう続く筈の言葉は見上げた先の親友の顔を見て止まった。なんて顔をしているのだろう、それではヴィシュヌ神の化身が笑われる。

 

 それほどぐしゃぐしゃな顔だった。涙と汗にまみれ、髪を振り乱し、必死の形相でアルジュナの怪我を心配する。

 

 それではまるでアルジュナ自身を心配しているようだ。

 

 親友の言葉の通りにカルナを仕留めないどころか、負けて地に伏せる男だというのに。

 

 アルジュナの疑問が顔に表れたのだろうか。クリシュナはますます泣き出しそうになってしまった

 

「貴方を心配するのは当たり前ですよ。何を不思議そうな顔をするのですか?――親友の心配をして当然でしょう」

 

 心外そうなその言葉にアルジュナは胸が詰まる思いをした。ああ、自分はとんだ思い違いをしていた。

 

 アルジュナのたてた張りぼてはとうに意味はなかったのだ。

 

 目頭が熱くなるアルジュナをクリシュナは苦笑した。

 

「帰りましょう。私たちの場所へ」

 

 それはとても優しいこえだった。

 

 

 

 

 

 

 

――ドゥルヨーダナside――

 

 

 

 

 この戦ももう終盤だ。

 

「ドゥルヨーダナ様、カルナ様の行方が分からなくなりました。それとアルジュナ王子の戦闘不能の情報も上がっております」

「――そうか」

 

 側近からの言葉にドゥルヨーダナは頷く。

 

 恐らく親友が決着をつけたのだろう。ドゥルヨーダナは冷静に思った。それで戻ってこれないだろうとも。

 

 不思議なものだと思う。

 

 終わりが近づき、もはやこちらの負けは必然。アルジュナが居なくともあちらの戦力の方が勝っている。カルナとその妻が居れば違ったかもしれないが、ないものねだりはしない主義だ。というかそう仕向けたのは他ならぬ己だ。

 

 不思議と恐怖や後悔の念はない。静かささえ感じてしまう有り様だ。

 

 ああ、ドゥルヨーダナは理解した。

 

 結局のところ楽しかったのだ。あの小さな不思議な娘が転がり込んでからというもの。退屈はなく、温かなやり取りも増え、カルナとは真の友情を築けた。不吉の象徴として生まれ落ち、疎まれ育ったドゥルヨーダナの真に欲したモノだったのかもしれない。

 

 どんな振る舞いをしてもあの二人は呆れる事はあってもドゥルヨーダナを疎んだりしなかった。憎まなかった。共に戦ってくれた。故にドゥルヨーダナは満足しよう。

 

 さぁ、幕引きをしよう。

 

 ドゥルヨーダナは悪役と罵られようとも構わない。最期も己らしさを貫こう。

 

 かつての孤独の王は笑う。

 

 

 

 

 




※暇を出すーー つまりは辞職扱いのこと。

後書き:
今回はちょっと長く語らせてください。最終話なので。まぁこの後FGО編が待っているんですけど(笑)
実はカルナさんと主人公に関してはエピローグでも足そうかなと思ってます。彼らのあの後は皆様の好きなように解釈して頂いて大丈夫です。もしかしたらラブラブに夫婦生活を続けたかもしれないですし、はたまたバットエンド風に力尽きてしまったかもしれません。

ちなみにエピローグに書くのはラブラブな方です。うーんやっぱり書くべきですよねぇ。明日か、明後日には書き終えて更新しますね


あとは皆様の疑問点であろう所を。
Q クリシュナさんのエンドについて
A 我らがクリシュナさんも下種は下種なんですが、あの人の価値観って人外に近いものなのかなぁと思わないでもないんですよね。FGОで言うところのマーリンさんのような。
神としての使命≧アルジュナ だけど、 アルジュナ>他の人 みたいな優先順位が違うのかなと。 まぁそれでもやり方がエグいんですけれども。 だからアルジュナさんは親友として思っているんだろうなぁ一応という事であの形にしました。クリシュナさんにとって人間の中で一番大切なのはアルジュナさんなのかなと?友情は本物だったのかなと思う訳ですよ。

Q ドゥルヨーダナさんのエンドについて
A ドゥルヨーダナさん救済エンドはないのかという声が聞こえてきそうなので先に言っておこうかと。ドゥルヨーダナさんは拙作では大分マイルドに書きましたが、悪党なのは変わりないです。だからと言って絶対悪ではないのが歯がゆい所ですけど。悪党だけど身内に甘い所があり、憎めない人を目指して書きました。
なのであれはあれなりにドゥルヨーダナさんなりの幕引きなんだと思ってくだされば。


Qアルジュナさんに関して
今作で普通にカルナさんと戦えたアルジュナさんなんですけれどそれでもやっぱり因縁というかカルナさんに突っかかるスタイルは変わらないです。FGО編でもそこら辺は変わらずちょっと対応が柔らかくなる程度です。
主人公に関しては最後までアルジュナさんは性別云々は知らないままです。なのでFGО編で知って滅茶苦茶ビックリするんだろうなぁと思います。


という訳でここまでお付き合いくださりありがとうございました。これからFGО編やら番外編やら更新するので続けて見守って頂ければと思います。
皆様の反応を思うとちょっとビクビクしてしまうのですが、作者的にはこれでハッピーエンドです。うん。
後日上げるエピローグでお口直しになればなぁと思います。
シリアス好きな方にはエピローグはお勧めしない内容なんですけど(汗)


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エピローグ それはとある可能性の一つ

十四話~最終話までに間違った記述があった為今日修正を入れました。
これで大丈夫でしょうか?もしまだ間違っていたらご指摘の方お願いします。


今回は前回お話したエピローグです。この話はあくまで一つの可能性の話です。
今まで自重していた糖分を詰め込んでみました。甘いです。注意。

主人公視点で行きます。最終話直後からお話が始まります。


――主人公side――

 

 

 

 

 車輪の回る音、馬の蹄の音もする。時折ガタンと揺れるのは大地の起伏のせいか。うつらうつらとしていた意識が徐々に覚醒する。

 

 私は何か温かな温もりに包まれているのを感じた。寝ぼけながら背中が温かいなぁと呑気に思って目を開けるとカルナさんの顔がすぐ近くにあり私はぎょっと目を見開いた。え?何この体勢。私をすっぽりと背後から抱きしめるようにカルナさんは座っていた。見れば戦車の御者台に座り手綱を握っているのはカルナさんだった。

 

「ん?ああ、起きたか。おはよう。――どこか痛みはないか?」

『お、おはようございます。……痛み……はまぁうん。ちょっと身体が動かないかなぁくらいですよ。しばらくすれば治りますって』

 

 カルナさんに顔を覗き込まれながらの問いだったので私はしどろもどろに返すしかなかった。正直言ってしまえば全体的に身体の痛みはあるけれど、これは多分宝具の無茶な使用のせいなのでしばらくすれば治まると思うのだ。今は腕一本動かせないけれど喋れるし、大丈夫だろう。心臓破裂してないのでこれでも軽傷だ。

 

 私のへらっと笑った顔にカルナさんは少しグッと何かを堪えるような顔をした。

 

『カルナさんはどうですか?どこか怪我をしちゃったとかないですか?――痛く、ないですか?』

 

「――ッ、お前は、どうしてそう……ッ」

 

 カルナさんこそ怪我とか大丈夫だろうか、アルジュナさんとの戦闘は神話クラスな規模なわけで無傷で済むはずがないのだ。私の宝具を全部あげて、ようやくあの黄金の鎧の代わりが出来た。けれどあれは痛みを消し去るものではない。怪我を治しはするけれど痛みは存在するのだ。

 

 だからこその私の心配にカルナさんはくしゃりと顔を歪ませて私の肩口に顔をうめてしまった。ぎゅっと抱きしめる力が強くなる。私は抱きしめ返せない自分が恨めしいなと思う。腕も持ちあがらないから、震えるその背に手を添える事さえ出来ないのだ。

 

 カルナさんは私が言っていない邪神の力の代償について薄々気づいているのかもしれない。私はじんわりと温かくなる肩口に、カルナさんの小さな嗚咽に胸が痛くなってくる。

 

 でもここでカルナさんに罪悪感を抱いてしまうのはカルナさんに失礼だから。

 

『カルナさん』

 

「……なんだ?」

『こっちを向いてください』

「ん?」

 

 カルナさんは顔を上げ、私の顔をのぞきこんだ。カルナさんの赤くなった目元と涙の跡に私は苦笑する。ううん、やっぱり泣かせてしまったか。

 

 私の手は動かない。精々動くのは首くらいで。うん、だから今の私に出来るカルナさんへの精一杯の愛情を。

 

 ぐっと私はカルナさんの顔に首を伸ばして近づけた。

 

 ちゅっ、小さなリップノイズを残す。理想はカルナさんの唇を奪う事だけど、どうにも届かない。だから届くギリギリの彼の白い首筋に小さなキスをした。小鳥がついばむような軽いものでやった私は気恥ずかしさに顔が赤くなる。

 

『へへ、届かないや……』

「――ッ、お、お前はッ!!」

 

 へにゃりと情けない笑みを赤面したまま浮かべた私にカルナさんはわなわなと身体を震わせた。私を支えていない方の手で私のキスした首筋を押さえていた。見れば顔どころか首筋まで真っ赤になっていた。色白だからなお分かりやすいのがたまらなく私の心をドキドキさせる。

 

「……オレの理性を試しているのだろうか。だが、そうだな。お前が元気になったら覚えていろ」

『へ?』

 

 カルナさんにしては低い声だった。もしかしてお怒り?と首を傾げる私にカルナさんは熱の帯びた瞳でこちらをじっと見つめてくる。

 

「オレは、お前に関してはもう我慢はしないと決めているからな」

『んん?』

「欲は悪いばかりではない、か。――なるほど、確かにそうだったな」

『か、かるなさん?』

「ドゥルヨーダナの言う通りだったな」

 

 カルナさんはうんと一つ納得したように頷き、置いてきぼりの私の頬に手を添えた。

 

「まずはこれくらいは、な」

『んっ!?』

 

 グッとカルナさんの顔が近づく。あの印象的な切れ長の瞳は伏せられ、頬はまだ赤み引いていない。その色香が、私だけが知っているカルナさんなんだって思えてきて、私は慌ててぎゅっと目を瞑った。

 

 ちゅっと小さな音をたて唇に柔らかな熱が伝わる。二、三度離れては繰り返すそれに私の方がキャパシティーオーバーになってしまいそうだった。

 

 くすりとカルナさんの笑いが唇にかかる吐息と共にもたらされる。なんだ、その余裕は、と私は場違いな方向に思考を飛ばした。じゃないと意識がもたなかった。絶対気絶だ。

 

 最後にぬるりと唇をひと舐めしてカルナさんは顔を離した。

 

『ななななな、むむ無体を働かないって言ったじゃんッ!』

「?――嫌だったか?」

『嫌じゃないけどもッ!!』

「なら、何か問題があったか?」

『うううー』

 

 私の動揺交じりの言葉にカルナさんはこてりと小首を傾げる。私は声にならない呻きを上げるしかなかった。違うんだよ、そういう問題じゃないんだよ、という心からのツッコミは言葉にならない。

 

 カルナさんは我関せずにぎゅっと私のお腹に腕を回し、抱えなおした。ちょっと体勢が崩れたらしい。

 

「オレはお前が無事であるならばそれでいい。――覚えておいてくれ、お前はオレの唯一だという事を」

 

 お前に何かあれば生きた心地がしないんだ。小さな小さな声のカルナさんの呟きに私はただ小さく頷いた。わたしもなんですよ、と小さく私も返したらカルナさんが喉で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、私たちは住んでいた場所を売り払い、定住地を変えた。念のためにとカルナさんは言っていた。

 

 今住んでいる場所は都から離れた辺境の地で、小さな村だった。決して豊かではないけれど暮らす分には困らない程度だ。村人と馴染むのも時間がかかったものの、今では持ちつ持たれつの関係まで持ってこれた。

 

 ただカルナさんは未だに誤解をされてしまう事が多く私はその度にフォローに回った。結構楽しく過ごさせてもらっている。カルナさんの武の腕を余らせるのは結構心が苦しいのだけど。

 

 まぁ人里に訪れる人の手に余るような獣退治とかたまにやっているので無駄にはなっていないのが救いかもしれない。

 

 私の方と言えばもうあの邪神の力はたまに癒しの力を使う程度だ。それだってよっぽどじゃないとカルナさんの許可が下りない。うーん、過保護になっているようなと私は思うけれどこれもカルナさんの愛情だ。うん。

 

 そんな穏やかな生活が板についた頃になって私はカルナさんにドゥルヨーダナさんについて聞くことが出来た。

 

 夜、寝る少し前にちょっと話がしたいとカルナさんに言ったら快く承諾されたのだ。

 

 寝台に腰かけ隣りに寄り添いながらカルナさんの顔を見た。カルナさんはいつもと変わらない様子で首を傾げる。

 

「それで、ドゥルヨーダナだったか」

『はい、カルナさんは良かったのかなって』

 

 未だに私は思う事がある。もしかしたら、ドゥルヨーダナさんを助けられたかもしれない、と。勿論あの満身創痍の状態で無理を通せば私は死んでいただろう。でも思わずにいられないのだ。カルナさんは後悔はしていないか。私が足を引っ張ってしまってはいないかと。

 

 私のそんな後悔をカルナさんは静かに聞いていた。

 

「オレは、ドゥルヨーダナに言われた。アルジュナを退けたら、それでいいと。友としてのあの男の最後の望みだ。故にオレは後悔は抱かない」

『!』

「それはあの男の最期すら汚しかねない行為だ。オレ達は精一杯生を謳歌し、天寿を全うしてからドゥルヨーダナにまた会えばいい」

『……ッ』

 

 カルナさんの静かな声に私は唇を噛みしめた。色々な思いがこの胸の中をぐるぐると回る。気を抜けば涙が溢れてしまいそうだった。

 

 カルナさんは不意に私の肩を抱き、私の顔を胸元へと誘う。

 

「つらかったら泣いていい。――オレでは不足かもしれないが、お前の涙を流す場所にしてくれないか」

『――ッ!うう、うわぁああんッ!!』

 

 私は堪らずカルナさんの胸元に縋りつき泣いた。年甲斐もなく、幼子のように声を上げて思うままに。カルナさんは私の頭を優しく撫でてくれる。その手の優しい事、いつの間に撫でるのが上手くなったのか。昔はあんなにも不器用な手つきだったのに。

 

 少しカルナさんの服に涙のシミが出来てしまっている。私はぐずぐずと鼻を鳴らしながら少し恥ずかしく思った。

 

「きっと会えば、いつかのように怒るのだろうな」

 

 私の頭を優しくぽんぽんと撫でながらカルナさんは優しい声で語る。

 

「その時はまた共に謝ろう。あの男の事だ、言葉で詰りながらも許すのだろう」

 

 カルナさんの言葉にクンティーさんの事を報告した時を思い出す。ああ、確かにああいう風に怒るのだろうなぁと想像できてしまった。そして最終的にため息一つで仕方ないというのだろうなぁと。

 

 想像できてしまった光景に私はくすくすと笑う。

 

「泣き止んだか。まだ涙は残っていないか。時には泣いて吐き出すのもいいだろう」

『大丈夫ですよ、カルナさんは優しいですね』

「そうか、多分そんな事を言うのはお前だけだと思うのだが」

『そんな事ないと思うのですけど……。――ありがとう、カルナさん。うん。そうですね、その時はドゥルヨーダナさんに一緒に謝りましょうね』

「ああ」

 

 私の言葉にカルナさんは優しく目を細める。柔らかな微笑は私の心を温かく温めてくれた。

 

「そろそろ寝るか」

 

 カルナさんはそういうと寝台に横になり私に手招きする。うう、一緒に眠るようになって結構経つけれど未だ慣れない。

 

 私がちょっと躊躇しているとカルナさんは私の手をとって、寝台へと引き込んだ。ひえええ、と情けない声が私の口から出る。

 

 カルナさんはくすくすと笑った。なんだその声は、と内緒話をするような囁きで笑う。

 

『わ、笑わないでくださいよぉ!』

「うん?――馬鹿にしている訳でないのだが」

『うぅ……』

 

 カルナさんの天然染みた言葉に私は呻くしかない。知っているけども、私の乙女心というかそういうものが悲鳴をあげるのだ。お察しくださいという奴だ。

 

「かわいい、な」

 

 ぽそりと私の耳元でカルナさんは呟いた。もう、もう!! と私はやり場のないこの羞恥やら悶えやらで顔が真っ赤に染まる。

 

 カルナさんは私のそんな顔を見て心底幸せそうに笑みを浮べるのだ。これでは私が怒れないじゃないかと更に私は悶える。

 

 もうカルナさんにかなわないなと私は諦めた。惚れた方が負けだって言うだろう?もうカルナさんにべた惚れな自覚がある私がかなう筈もないのだ。

 

 きっと月日をこんな日常で重ねていくのだろう。私は幸せを胸に未来へと思いを馳せた。隣で寄り添うカルナさんと一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳でハッピーエンド付け足しです。
主人公とカルナさんは地に足をつけ、普通の村人みたいな感じで過ごすんだろうなぁと。 勿論このエンドでは本当の夫婦として結ばれてます。が、まぁR-15タグではこの程度の描写が限界なので(笑)
ドゥルヨーダナさんに関しては主人公は罪悪感を抱くんだろうなぁという感じでカルナさんに受け止めてもらいました。彼女、涙とかは滅多に流さないのでカルナさんも歯がゆく思っていそうです。


という訳でマハーバーラタ編の更新はこれで終わりです。
次回は番外編のバットエンドの更新をやろうかと。前後編分かれるので、明日明後日と更新します。もしもの話なので見なくても大筋になんら影響はありません。なので苦手な方は退避してください。いいですね?作者と約束です。はい。




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番外編
IFネタ バットエンド※閲覧注意


という訳で前から言っていたマハーバーラタ編バットエンドになります。
前後編に分けると言っていましたが、やはりこれはそう長引かせるものじゃないなと考え直しました。なので一回で更新させてください。

注意事項:
この話は救いがありません。
そしてカルナさんが死んでしまいます。
アルジュナさんも可哀想。
最終話のスッキリ感を残したい人にはお勧めしません。いいですね?
そしてこの話は本編に影響を及ぼさない事を念頭において下さい。
なので退避推奨です。苦手な方はそっと閉じる事をお勧めします。で、次回の更新をお待ちくださるとよろしいかと。

今回の話の前提です。
【前提:カルナさんが重傷を負い、主人公は戦車で回収。アルジュナさんの必殺の一矢がくる前に主人公がカルナさんの怪我を治すついでに宝具をカルナさんに付与。その時の力はカルナさんのダメージを全部主人公が負担するというものである。鎧ではなく、盾としてカルナさんに宝具を付与した。】
で今回は主人公視点とカルナさん、アルジュナさん視点に分かれます。上記の前提を踏まえた上でどうぞ。


――カルナside――

 

 

 

 後にカルナは回想する。ここが、こここそが分岐点だったのだと。施しの英雄、ではなくカルナとしての一個人の悔恨がここにある。

 

 アルジュナの放つ一矢がカルナを貫こうとしたその瞬間不可視の壁に弾かれた。

 

『ゴホッ……うっ』

「!! 大丈夫か?!」

 

 カルナはそれを呆然とみやり、不可視の壁が闇色に透けるのを見て一つの可能性に辿り着いた。すなわち、彼女の力である。嫌な予感がし、それは彼女の苦し気な声に確定された。

 

 カルナはするりと御者台に行き、彼女を抱きかかえる。今にも手綱を手放しそうになっている彼女は右手で口元を覆い、ふらふらと体を傾けていた。見れば口元から鮮血が滴っている。今の影響であるのは明白だ。

 

「何故、オレなぞにそれを行使する。オレ如きにそれは不要だ」

 

 カルナの責める口調に彼女は微笑みを浮かべた。ひゅーひゅーと口からもれでる息のか細い事、カルナはそれに不安を覚える。

 

『――――』

 

 ポツリ紡がれた言の葉はなんであろうか。カルナには聞き取れない。あれほど彼女の意図は容易くくみ取れたというのに。

 

 戦車の車輪の音が煩い。

 

 せめて道が平坦であったなら、

 

 この不安に潰れそうな煩い鼓動と己の震える呼気がなければ。

 

 沢山のもしもを重ねても無意味なのはカルナとて重々承知なのだが、それでも割り切れないものがある。

 

 カルナが手綱を握り、戦車を急がせる。このままでは腕の中の彼女は死に絶えてしまう。アルジュナとの戦いは後でもいい。ぐっと奥歯を噛みしめた。

 

 ガタン、車輪が回らず、車体が傾く。片方の車輪が地面の隙間に嵌り戦車が倒れる。

 

 カルナは瞬間、己の最期を悟る。カルナは腕の中の温もりを抱きしめた。それはもはや反射に近い。

 

 遠方から迫る見覚えのある一矢がカルナの眼前に迫った。嗚呼、カルナは嘆息した。せめて腕に力を入れて、この温もりが離れないように。

 

 

 

 ザシュッと鋭い音をたてて、カルナの意識は闇へと消えた。

 

 

 

 

――アルジュナside――

 

 

 

 

 アルジュナはカルナの亡骸に歩み寄る。クリシュナが背後で心配そうにしているのは分かるが、今はそれどころではなかった。

 

 首が切り離された体に抱きしめられているモノがピクリと動いた。

 

 カルナの傍にいたアルジュナの小さな友人たる彼。御者としての腕前は言うまでもなく優れていた。戦車を操りながら漆黒の大剣を振りまわし敵陣を突き進むその姿はアルジュナにとっても鮮明だ。

 

 さながら破壊女神、カーリーのようだった。女性の様に華奢な体で、抜群の破壊力を生み出す。パーンダヴァ陣営ではカルナと共に要注意人物として扱われていた。

 

 生きているならば殺さねばならぬ、アルジュナはどこか憂鬱な気持ちを抱えながら地面に転がる人物の白い襤褸布をとる。

 

「なっ」

 

「アルジュナ?どうかしたのですか。――これは……」

 

 クリシュナと共にアルジュナは驚愕した。

 

 艶やかな黒髪、青白い生気のない白い肌、細い首筋から辿る身体はとても少年のものに見えない。何処をどうみても女性のそれだ。加えてカルナと揃いの耳飾りをしている所を見ると、彼女は従者ではなくカルナの妻であると推察できる。

 

「これは……どういう事だ」

 

 アルジュナの呟きは掠れていた。焦燥と罪悪、加えて憎悪がその声を低くさせた。

 

「アルジュナ、冷静になってください。彼女は恐らくその異能の力の為に戦力とさせられたのでしょう。それにこれは噂ですが、彼女は言葉を話せないそうです。――推察の域を出ませんが、生きる為に必要な事だったのでしょう」

 

 クリシュナは静かな声で、私が始末しましょうかと続けた。アルジュナは首を横に振る。

 

「いえ、彼女は私が預かってもいいでしょうか。……カルナと御者は死んだことにして下さい。――カルナはともかく彼女はどうしても死ななくてはいけない命ではありませんから」

 

 カルナの亡骸からその女性を取り上げる。横抱きした時にくたりと力が抜けた身体にしては軽すぎる重みにアルジュナは眉をひそめた。彼女の口元から垂れる鮮血を手袋をしたまま拭う。

 

「君らしいですね、アルジュナ」

 

 クリシュナの苦笑じみた言葉にアルジュナは小さく笑う。それは皮肉ですか?と問い返す事もなく。

 

 アルジュナは腕の中に納まった温もりを見下ろす。彼女の事は小さな友人と思っていた。いつもカルナと一緒にいて、あのカルナが彼女といる時は心底幸せそうに笑っていた。まさか妻だとは思っていなかった当時はたかが従者に一人に、と心の奥底で嗤ったものだった。

 

 見下していたはずだったが、今思い返せばアルジュナは羨ましかったのかもしれない。

 

 たった一人の理解者を得て、それさえあれば他は要らないと言ったかの男を。あの幸せの情景がアルジュナは心底羨ましかった。己の全てを受け入れられる、そんな幸せを。

 

 けれど、その幸せは今アルジュナの腕の中にいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場から帰ると他の兄弟と共に母クンティーがアルジュナを迎えた。

 

「実は……貴方達に話さなければならないことがあるのです」

 

 思いつめた様子で語る母の言葉はアルジュナにとって信じられないモノだった。

 

 宿敵カルナはアルジュナの異父兄。アルジュナ達五兄弟の為に様々な妨害もしてしまった、と。悔いる母の背中にアルジュナは何もしてあげられない。

 

 立ち尽くすアルジュナに母は首を傾げた。

 

「――アルジュナ。貴方その腕に何を抱えているのですか?」

「ああ、母上。この腕に抱えている娘を私の新しい妃に迎えたいのです」

 

「「「えっ?」」」

 

 この場の空気が凍った。アルジュナの突拍子もない発言に皆唖然とした。

 

「私はこの娘に命を救われたのです。あわや命を落とすところだったのを、この娘の優しさに救われたのです」

 

 滔々と話すアルジュナに母も兄弟達も押された。流されるとはこの事だろう。

 

「よろしいのですね、ありがとうございます。……彼女が望まないでしょうから、側妃という形で迎えたいと思います。ですので、お披露目などはせずひっそりと静かに過ごさせたいのです」

 

 なにがですので、なのか兄弟たちはツッコミを入れたかったがアルジュナの有無を言わせない勢いに結局は頷いてしまった。

 

 身分の低い側妃、愛妾なぞきっとすぐに忘れる事だろう。飽きるだろうと、その場の人々は頷きあいアルジュナの結婚は許された。

 

 

 

 

 

 

 

 その場を離れるとアルジュナはすぐにクリシュナに捕まった。

 

「何故あんな嘘を?! 君も知っているだろう?彼女はカルナの妻だ。こんな事は許されませんよ!」

「声が大きいですよ、クリシュナ。これより他に彼女の安全を速やかに確保できますか?」

「そ、それは……」

「それにこれは彼女の為にもなるのですよ。この私、アルジュナの後ろ盾は何もない彼女にこれ以上ないくらいのものだと思いませんか?」

「――アルジュナ、貴方は」

「それ以上は言わないで下さい。これは、私の我儘です」

「そうですか、分かりました。私は友人としていつでも貴方に協力しますからね」

 

 これだけは覚えていてください、そう笑みを浮べたクリシュナにアルジュナは頷いた。

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルジュナはすぐに“彼女”の為の準備を始めた。召使に用意させた彼女の為の一室はアルジュナ以外の誰も入れないようにして、世話も信用できる召使一人にさせた。

 

 白一色に統一された部屋は色味の単調さとは裏腹に調度品は一級品ばかりだ。柔らかな絨毯は足に優しく、白の家具は持ち主を傷つけないように丸みを帯びていて施された彫模様は品を感じさせた。唯一の欠点は花瓶がなく花がない所か。花瓶だけではなく、壺類も見当たらない。割れて彼女を傷つける可能性のある物はアルジュナが失くさせた。

 

 目覚めた彼女は見知らぬ場所にいる自分にパニックをおこしたようだった。

 

 すぐにアルジュナが彼女の両腕を掴み、拘束した。

 

『§ΔΓΛ!?』

 

「落ち着いてください」

 

 彼女の耳元で優しく、静かに囁くと途端に彼女の動きがピシリと固まった。

 

「大丈夫ですよ、私はもはや貴方の敵ではありません」

 

 ぎぎぎ、とぎこちなくこちらに視線を向ける彼女に微笑みを浮かべる。サッと顔を青ざめさせる彼女に首を傾げる。次いで、納得する。彼女にとってアルジュナは夫――カルナを殺した憎い仇だ。なる程、いくら言葉を重ねようと信用されるはずはない。

 

 と、そこまで考えてアルジュナは苦笑する。

 

 どこまで己は救いようのない男なのだろう。アルジュナは自嘲する。彼女のパニックが治まったのを確認して、そっと彼女の両腕を開放する。

 

「まずはその汚れた姿を何とかしなくてはいけませんね」

 

 戦場から帰った姿のままの彼女はカルナの血と彼女自身の血で汚れていた。被っていた布は剥いで捨てたもののその他はそのままだ。一応怪我がないか身体をさっと検分したのみだ。その時は軽い擦り傷のみで、吐血するような怪我はなかった。

 

 近くに控えていた召使にアルジュナは湯浴みの準備をさせた。そのまま彼女を湯浴みの場所へと手を引いて連れて行った。ふらつきはするものの、何とか歩行は出来るらしい。思ったよりも怪我はないのだろうか。

 

 彼女の湯浴みが終われば、まずは医者に診せなければいけない。それと着替えも用意させなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 王宮に仕える医師の見立てでは特に彼女に異常は見られず、吐血した原因は不明とのことだった。とりあえず安静にして、何かあれば呼ぶようにと医師は去って行った。

 

 アルジュナはそれに一先ずの安心をして、彼女に向き合う。“彼女”とはいうものの名前が分からず、アルジュナは困っていた。

 

 天蓋付きのベットに所在なさそうに腰かける彼女は白を基調とした民族衣装を纏っていた。青が裾や胸元を彩り、青い瞳を持つ彼女によく似合っていた。艶やかな黒髪は触り心地が良さそうだった。

 

 カルナの御者を務めていた時は“カーリーの申し子”としての呼び名かカルナの御者と呼べばよかった。けれど、今はそういう訳にいかない。彼女自身に聞こうにも言葉が通じないのでは聞くに聞けない状態だ。カルナはどうやって彼女と意思疎通を図っていたのか。

 

「はぁ……。私は貴方をなんて呼べば良いのでしょうね」

『ΦΓΔ?』

 

 アルジュナのぼやきに彼女は小首を傾げる。その瞳にもう先ほどの恐怖は見当たらない。その図太さに呆れるやらいっそ感嘆するやらでアルジュナは思いっきりため息を吐いた。

 

「義姉上……」

 

『§Λ?』

 

 ぽつりとこぼれたアルジュナの呟きは彼女の綺麗な笑みに返された。なぁに?と優しさでもって返された声はアルジュナに衝撃をもたらした。

 

 その笑みは打算も何もない純粋な笑みで、アルジュナが昔憧憬を抱いたシアワセその物の笑みだった。

 

 彼女はアルジュナに期待しない。――何故なら彼女にとってアルジュナは英雄ではないから。

 

 彼女はアルジュナに失望することはない。彼女は授かりの英雄、アルジュナを知らないから。

 

 瞬間、アルジュナの中のナニカが決壊した。

 

「あぁ……ああああああああ!」

 

 迷い子のように不安げに伸ばされたアルジュナの手を彼女は拒まなかった。彼女の膝に縋りつくように涙を流すアルジュナに彼女はそっとアルジュナの頭を撫でた。

 

 彼女の腰に縋りついた手をアルジュナは強めた。

 

 

 

 

 

 

 

――主人公side――

 

 

 アルジュナさんが情緒不安定でビビったわ……。私はどうやら翻訳機能がいかれたらしい。ここに来た最初の頃のように、アルジュナさんがほぼ何言っているか分からなかった。でも良くしてもらった事は変わらないので笑顔で対応したら泣かれてしまった。ちなみにもう男装である事はばれてしまっているようなのでアルジュナさんに言葉を惜しむ事はしなかった。それで、これは翻訳機能が壊れたな、と分かった訳だけれど。

 

 なんか地雷でも踏んだかな、と私は悩みつつアルジュナさんの癖のある黒髪を撫でる。おっとぎゅうっと掴む力が強くなっているんだけど。

 

 アルジュナさーん、おーい。私は力を緩めるようにアルジュナさんの頭を軽くぽんぽんする。するとむずかるようにぐりぐりと頭を太ももに擦りつけられた。おっと、これは。

 

『アルジュナさん。ね、そろそろ』

 

 私が伝われー伝われーと強く念じればテレパシー感覚で相手に大体同じニュアンスで伝わる事は既にこのインド生活で分かっている。同じく注意深く相手の言葉に集中すれば大体の意味は私に伝わる。ただし、大体なので細かい所は伝わらない。それにめちゃくちゃ疲れる私が。くッ、苦労してあそこまで翻訳できるようになったのに、と私は悔しく思った。

 

「――す、すみません。義姉上」

 

 褐色の肌で分かりにくいが、アルジュナさんの頬が赤く染まる。そしてそっと立ち上がるとこちらをそろりと伺ってきた。

 

「あの、義姉上。先ほどの言葉はなんとなく伝わってきました。こちらの言葉も貴方に伝わっているのでしょうか」

 

 不安そうなアルジュナさんの問いに私はこくりと頷き返す。出来れば手を抜きたいところだが、先ほどのアルジュナさんの様子からして手は抜けない。同じ理由でカルナさんの事も聞けない。誰だって地雷原でタップダンスは踊りたくないのだ。

 

 それにカルナさんに預けた宝具が体の中に戻っている感覚があるので、多分彼は助からなかったのだろう。泣きたい。深く考えると普通に死んでしまいそうになる。

 

 カルナさんの後を追ってもいいけれど、自殺とかカルナさんが絶対許さないだろうなぁ。アルジュナさんの情緒不安定さはほっとけないものがあるし。カルナさんの仇ではあるけれど、それはそれこれはこれで別問題だ。切り離そう。

 

「義姉上、これからはこのアルジュナが貴方の傍におりますからね」

『ははは……』

 

 アルジュナさんのにっこりとした笑みに私は乾いた笑みを漏らすしかなかった。なんかやばくね?と心の中で警報が鳴っていた。

 

 それに私のこの場所での立ち位置ってどこなのだろうか。普通に考えれば捕虜か、と思ったけれどこの対応から違うような気もするし……と私は問題が山積する現状に嘆きたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――アルジュナside――

 

 

 

 それからアルジュナはちょくちょく彼女のいる部屋へと赴いた。外へと出られない彼女は大抵ベットの上の住人で、時折知らない異国の歌を歌っていた。

 

 ここはアルジュナにとっての聖域だった。ここでは皆が期待する英雄アルジュナではなくただのアルジュナで居られたからだ。今更彼女相手に取り繕う必要もない。言葉もあまり通じないので、美辞麗句を並べずとも良い。無理に話題を作らずとも、沈黙すら心地が良かった。

 

 ここではアルジュナの呼吸が楽だった。

 

 今日も彼女の歌に耳を傾ける。今日は優しい子守歌のような声音だった。アルジュナは彼女の言葉が理解出来ないのがとても悔しかった。出来ればその歌詞を知って、理解して、彼女に寄り添えたならと夢想した。

 

「義姉上……」

 

 アルジュナの声に彼女はそっと背を撫でる。その温もりに甘えるようにアルジュナは彼女の隣に座っていた。彼女のベットに腰かけるとはいえ、そこに疚しい事情は存在しない。アルジュナが彼女を娶ったとしても、そこに彼女の意思は存在していなかった。故にこうして肉親に甘えるようにこの穏やかな時間があればそれで良い。

 

 ここはアルジュナの作った箱庭だ。

 

 この部屋の白さに溶けるように彼女の肌は白い。艶やかな黒髪がより引きたつのでアルジュナは素直に美しいと思う。心無い者は彼女の容姿を貶めるが、アルジュナにはそうは思えないのだ。彼女の耳を彩るカルナの耳飾りはアルジュナの胸に痛みをもたらすが、それがないと彼女らしくないと思ってしまう。

 

 彼女がここに来てさほど日数が経っていないのに、こう手放したくないのはどうしたことか。全てをひっくるめて、惹かれてしまう。アルジュナはそれを言葉にして明確にしたくなかった。

 

 全てが曖昧で、穏やかな、平穏なこの日常をアルジュナは手放したくなかったのだ。

 

 それが薄氷の上の儚さがあるのだと知っていて。

 

「義姉上、私はこの後用事があるので今日はこれで失礼します」

 

 アルジュナがこの場所で過ごせる時間はほんの短い一時だ。それ以上の滞在はアルジュナの周囲が、アルジュナの立場が許さなかった。

 

 名残惜しく思ってしまうアルジュナの頭を彼女が軽く撫でる。ぽんぽんと軽く撫でる温もりは励ましている事を伝えていた。第三王子であるアルジュナにそんな事をする人はこの彼女しかいなかった。母ももはやそんな事はしない。けれど、不敬であると彼女の手を跳ね除けることはしない。アルジュナはこの温もりの名を、知っている。

 

「――ありがとうございます」

 

 こみ上げるモノをアルジュナはのみこんで一礼してこの部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数カ月。表向きは穏やかに時は過ぎていった。

 

 彼女はアルジュナの寵妃として噂されるようになった。最初の妻と違い兄弟間で決まりを作り時間を管理する、といった行いはないしほぼ日参しているからか。

 

 アルジュナにはほかに四人の妻がいる。一応、不満が出ないよう気を配っているがこのままでは不味いかもしれない。かといって彼女の元に赴く日を減らすことは考えられない。

 

 皮肉なことに身分の低い側妃、愛妾という彼女の外面が彼女の立場をギリギリで守っていた。アルジュナの妻たちは皆他の王族の出で皆一様にプライドが高い。故に彼女の事は歯牙にかけないようにしているらしい。

 

 それに事実上の軟禁状態の彼女にちょっかいはかけられない現状なのだろう。彼女の現状は客観的に見れば可哀想なものだし。

 

 アルジュナの責務は守っているので皆責めたりしない。

 

 王宮の渡り廊下でアルジュナ歩いていた。彼女の元に行くためだ。彼女の部屋は人通りの少ない、王族の居住区の端の端にある。なので歩いていくと徐々に人通りが少なくなり、ついにはすれ違う人も滅多に居なくなるのだ。

 

 アルジュナが物思いに耽っていたからか、反応に遅れてしまった。

 

 あるいは長きにわたる戦いが終わり気が緩んでいたのかもしれない。

 

 頭を下げる召使を通り過ぎようとした際にそれは起こった。

 

「アルジュナ王子、お覚悟ォ!」

 

 召使の男が立ち上がり、懐に隠していた短剣でアルジュナを刺殺さんと突撃した。

 

 男の決死の一撃はアルジュナに肉薄するものの、すんでのところで交わされる。アルジュナは冷静に男と距離をとる。ここにアルジュナの弓はないものの、これでも戦場に轟かせた戦士としての矜持がある。

 

「何者ですか、この私を知っての狼藉と見受けたが」

 

 アルジュナは丸腰だが、それでもこの狼藉者に後れをとるつもりはなかった。召使の男は無言で構えた。なる程容赦はいらないと見られる、アルジュナも構えた。

 

「この刃には毒が塗ってある。掠れば三日後に、刺されば即死の猛毒よ」

「ほぉ……。それで?このアルジュナに勝てるとでも?」

 

 アルジュナの煽りに男は短剣の突きでもって答える。案外鋭い一撃はそれでもアルジュナに届かない。けれど、分が悪いのはアルジュナの方である。叫べでもすれば人は来るだろうか、人通りの少なさがここで裏目に出てしまった。

 

 シュンシュンと風切り音がアルジュナに迫る。目測で余裕をもって避けているものの、こちらの蹴りも、拳も相手を捉えられない。せめてこの猛毒さえなければ、とアルジュナは歯噛みした。アルジュナの専門は弓、遠距離だ。優れた身体能力で玄人の動きについていっているが、迫る刃を掠りもせずに撃退するといった離れ業は出来ない。相手は暗殺の玄人、それもかなりの手練れだ。

 

『§ΛΦΓΔ¶!』

 

「ぎゃあ!?」

 

 降って湧いたようにその声はこの場を支配した。男の背後から必殺の一撃をもたらさんとするのは、黒い大剣を巧みに操る戦女神。かつての戦場であれ程の畏怖をもたらした存在は今アルジュナを守らんとしていた。

 

 彼女の重い一撃は男をなぎ倒した。身の丈程の巨大な漆黒の刃はどうやらみねうち程度に留めたらしい。そうでなければここは今頃血の海だろう。まぁもっとも男は壁に身を強かに打ち付けて、壁に凹みを作っていた。

 

『ΛΦΓ……』

「ありがとうございます、義姉上」

 

 ふぅっと一息ついた彼女にアルジュナは歩み寄る。彼女はこちらに笑みを向けた。

 

「ぐぅ……お、おのれ」

 

 男の恨めし気な言葉に気づき、そちらに目をむけたとき。男が最後の足掻きで短剣を投擲(とうてき)したのだ。

 

 銀閃がこちらに迫っていた。もはや目の前、毒を塗られた銀の刃が突き立てんと光る。

 

 当たる、とアルジュナが覚悟を決めたその時。

 

 アルジュナの目の前が陰った。否、これは人の背である。この白い衣装は、ひらりと翻る青い裾は、その持ち主は。アルジュナの頭脳が認めたくなくって空回りする。

 

 出来るのは、ふらついたその身体に手を伸ばし受け止めることぐらいだった。ガランと彼女の手から大剣が落ちる。

 

「あ。――あぁ、ああああああああ!! あねうえッ!しっかりして下さい!!」

 

 アルジュナの喉は情けなくも震え、腕の中の人の頬に手で触れる。彼女の腹に刺さる短剣の柄の周りは鮮血で真っ赤に染まり広がっていく。ふらふらと焦点の合わない青い瞳の頼りなさにアルジュナは涙が止まらなかった。

 

『――ΓΦ§……あ、ある……じゅ』

「ええ、アルジュナはここにおりますよ。義姉上ッ、ですから――」

 

 吐息程の囁きはアルジュナの言葉を詰まらせるのに充分だった。彼女は細やかな笑みを浮かべていて、今にも消えてしまいそうだった。

 

『……へ…いき?いたくはない……?』

「ッ!! 痛くないですよ、ほら。この通り義姉上が守ってくださいましたから」

『そっか……。よ…か』

 

 言葉を震わせ涙を流すアルジュナの頬を彼女はそっと拭った。微笑みを浮かべたまま、彼女の力が抜ける。するりと落ちる手をアルジュナは縋るように握った。

 

「あ、あねうえ?嘘でしょう……、ほら――目を開けて下さい。ねぇ、いつものように私に……ッ」

 

 腕の中のぴくりとも動かない身体にアルジュナは俯く。近づいた距離は、彼女の息がない事をアルジュナに残酷に教える。

 

 ガシャンと何かが砕ける音が聞こえる。

 

 

 アルジュナの箱庭は、こうやって壊れたのだ。

 

 

 

 

 

 




※主人公はアルジュナさんの奥さんになった云々を知らないままです。
※彼女の言語機能の欠損は宝具に受けたダメージによるものです。致死とまでいかずともアルジュナさんの必殺の一撃と言われるものを心臓に受けるに等しい感じでした。主人公は翻訳機能が働かないとカルナさん以外とろくに話も出来ないです。

という訳でバットエンドです。如何でしたでしょうか。ちなみに前書きの前提部分は書いていないです。このエンドは作者の戒めの為に書いたのが始まりでした。こうはさせないぞ、という意気込みで。
なので設定はがばがばです。原典マハーバーラタで考えるとおかしな部分が何か所かあるのはまぁ目を瞑ってください(笑)

アルジュナさんの主人公に対する認識は一言で言うと、“聖域”に近しいものなんだろうなぁと思って書きました。
うん、反省します。
ちなみにこのエンドを迎えるとカルナさんとアルジュナさんの関係は結構やばいです。昼ドラ真っ青な設定です。
まぁ本編とは切り離して考えて下さるとうれしいです。では


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IFネタ バットエンド続き(英霊の座にて)

という訳で番外編更新行きます。
このお話はとある読者様からアイディアを頂いて作者が悪ノリをして書き上げたものです。その方には三月からお待たせしてしまっているので申し訳ない気持ちです。基本作者は需要があって、書けるモノは積極的に書いていくつもりですのでよろしくお願いします。
題名を見て嫌な予感のする方はお逃げ下さいませ。

さていつもの注意事項
・とてもカオスです
・マハーバーラタ編バットエンド読了前提で書いてます
・上気の通りバットエンド続編なのでとてもカオスな状況。察してください
・泥沼三角関係。
・アルジュナさんが病んでる(気がする)
・カルナさんも若干病んでる(感じがする)
・ぶっちゃけキャラ崩壊
・アルジュナさんとカルナさんの関係が結構やばい。
・誰得クオリティ
・かといって言うほどドロドロしていない。
・主人公が鈍感(鋼メンタルかな?)


上記の注意事項を読んで嫌な予感がした方は退避推奨です。
いいですね?
本編と切り離してお読みください。
作者の全力の茶番なんだぜ?いいですね?ではどうぞ。
4/13 脱字報告があったので修正したしました。ご報告ありがとうございました。
4/19 誤字報告が上がりましたので一部修正。ご報告ありがとうございました。


――アルジュナside――

 

 

 

 彼女がいなくなったアルジュナの余生は無意味なものだった。命がけで助けてもらった、この命を己の手で散らせば、彼女の死すら無意味なモノになりそうで出来なかった。

 

 ただただ怠惰に、時に流されるままに、息苦しい生をアルジュナは受け入れた。

 

 この苦しさは罰なのだと思った。彼女を騙すような形で、妻に娶り、その優しさを受け取る資格もない癖に甘受した当然の罰。

 

 結局彼女に娶った事実も告げられないままだった。

 

 ああ、認めよう。アルジュナは自嘲する。自分はどうしようもない男だと、臆病で卑怯で、皆が思う“英雄アルジュナ”とは到底程遠い男なのだと。

 

 彼女に嫌われるのが心底怖かった。あの優しさを、温もりを、その隣の心地よさを知ってしまったらもう駄目だった。もしも形式上とは言えアルジュナの妻になったと彼女に言って嫌がられてしまったらアルジュナは立ち上がれる気がしなかった。

 

 だから義姉上と呼び、あたかも弟のように振る舞い、彼女に肉親の情を抱かせた。血の繋がりはなくとも、家族だと言ってその手に甘えた。

 

 卑怯だろう、そうだろうとアルジュナは思う。最初からそう思っていた訳ではない。けれど気づいた時にはもう遅く手遅れだった。

 

 

 数年後国が安定し、後継者問題も片付いた後に兄弟達と話し合い、世を捨てる選択をした時、アルジュナは安堵した。

 

 ようやく解放される、アルジュナは無表情の下でそう安堵したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 英霊の座に至りアルジュナは、クリシュナに二、三言言伝をして後を頼んだ後すぐに彼女の元へと向かった。

 

「義姉上!!」

『ぐえっ』

 

 白い空間にポツンと座る彼女の姿を視認したら我慢出来ず、飛びついてしまった。服装はあの箱庭の時にアルジュナが贈った美しい民族衣装ではなく、白い襤褸布の男装姿だったが、アルジュナにはどうでもいい事だった。

 

 次いで聞こえてきた苦し気な声にアルジュナはハッと我に返る。

 

「す、すみませんでした。義姉上、お怪我はありませんか?」

 

 妙齢の女性に抱き着くなんてなんてことを、自制が利かないとはとアルジュナは苦々しく思う。

 

 アルジュナはすぐに身体を離し、彼女の顔を覗き込んだ。

 

 そこにあったのはあれ程焦がれた優しい青。

 

『げほ、うぅん。大丈夫ですよ、アルジュナさん。ちょっとビックリしちゃいましたけれど。――アルジュナさん、よく頑張りましたね』

「義姉上……ッ」

 

 咳き込み、困ったような笑みを浮かべた彼女はアルジュナの目にしっかりと合わせた後何かを察したのだろうか。優しく、アルジュナの髪を撫でる。その温もりは、確かにアルジュナを思いやる優しさで。

 

 その時のアルジュナの心をなんと言い表せばいいのだろうか。溢れ出る涙と共に彼女に手を伸ばせば、彼女は苦笑と共に抱擁を許された。

 

 きっと彼女にとっては、アルジュナとの抱擁は肉親に対するソレだ。弟に、あるいは仲の良い友に対する(よこしま)な心がない柔らかな抱擁。

 

 アルジュナはそれでよかった、充分すぎる至福と言えよう。アルジュナの背をそっと撫でてくれる温かな温もりが心地よい。

 

「義姉上、お元気そうで何よりです。――話せるようになったのですね、ああでもあの頃よりもそのお声が不明瞭で、なんともお(いたわ)しい……」

『へ?アルジュナ、さん?』

 

 アルジュナの耳には生前とは違い、きちんと彼女の言葉が意味を持って届いた。それを喜ばしく思うが、生前とは違い、その可憐な声に何か混ざっているような、膜が一枚隔てているような不明瞭さがアルジュナには腹立たしかった。

 

「――これは呪いですか?義姉上、その御身に何か(さわ)りはありませんか?このアルジュナ、貴女の為ならば何を差し出しても尽くしてみせましょう」

『わぁああ、アルジュナさん。そんな事ないですよ、私は至って健康体です。元気ですから、ね?落ち着いて』

「しかし――」

 

 慌てる彼女にアルジュナはそっと身体を離す。もうすっかりアルジュナの涙はおさまっていた。

 

 なおも言い募ろうとするアルジュナに彼女は手を伸ばし、そっと涙を手で拭う。ああ、彼女は変わっていないのだとアルジュナはそれにさえ安心する。

 

 

 

 

「――これは、どういった事だ?説明してもらおうか」

 

 突如、降って湧いた第三者の声。淡々とした、玲瓏な声をアルジュナは嫌という程知っている。

 

 忌々しい、己の好敵手にしてアルジュナの後悔の一端の男。アルジュナとは何もかもが違う、宿敵カルナがこちらを見下ろしていた。

 

 普段はあれ程感情が見えにくいこちらを見透かす硝子玉のような青い瞳は刃のように鋭くアルジュナだけを睨む。

 

『あ、カルナさん。おかえりなさい、ドゥルヨーダナさんはなんて言ってました?』

「ただいま。ドゥルヨーダナの用件はいつもと変わりない暇つぶしだそうだ。今度、お前も連れてこいと言っていたぞ。――で、ソレ(・・・)はなんだ?」

『ソレって、カルナさん。カルナさんの弟さんじゃないですか』

 

 のほほんとした彼女の言葉にカルナは盛大にため息を吐く。宿敵の珍しい姿にアルジュナは目を丸くした。

 

 そしてぎらりとアルジュナを睨む。嫉妬か、とアルジュナは冷静に思った。

 

「――オレは間男を弟と認める程寛容じゃない。だからソレで充分だ。間男は早々に蹴散らすのも夫たるオレの役割だと思わないか?」

 

 カルナは淡々と述べて巨大な槍を顕現させる。そっちがそのつもりならばアルジュナも乗ろう。

 

「先程から聞いていれば随分な言い様だな。――間男とは屈辱的だが、まあ間違いではない、と言ったらどうする?」

「二度と貴様を歩けなくするまでだ」

 

 四肢をもいでな、とカルナは彼女に聞こえない低い呟きを零す。アルジュナはハッと鼻で嗤う。

 

「やれるものならやってみろ、もっとも貴様が地を這う方が早いだろうが」

「――なんだと?」

 

 アルジュナの嘲りの言葉にカルナは低い声で返す。宿敵の瞳はかつてないほどギラギラと怒りと殺気を宿していた。アルジュナの戦意も高まっていく。アルジュナも立ち上がり、神弓ガーンディーヴァを顕現させる。

 

 まさに一触即発の雰囲気だった。

 

『ちょーっと待った!!』

「「!」」

 

 突如二人の間に割り込んだ彼女の姿に二人とも驚く。構えていた武器の矛先も、下ろした。彼女に危害を加えたいわけではないのだ。

 

 彼女はカルナの方に向き直り、カルナの腕をとった。そして鋭いカルナの目つきに怯まず、その目ときちんと合わせた。

 

『カルナさん!』

「!」

『話を聞かず、一方的に決めつけるのダメ、絶対!! あと浮気はしてませんッ』

「…………しかし」

『私もアルジュナさんの事、カルナさんに言ってなかったのは謝ります。でも、私は、カルナさんを、その一番に想ってますから。――そこだけは分かっていてください』

 

 カルナの腕に手をおきながら彼女は顔を赤く染める。ぼそぼそと羞恥を堪えながらも言い募る彼女の姿にカルナは目を細め、和ませた。あっという間に消える殺気にアルジュナは呆気にとられる。

 

「――ああ、分かった」

『アルジュナさんは、そのカルナさんが亡くなったあの後お世話になったんですよ』

 

 彼女の真っ直ぐな信頼の言葉がアルジュナの胸に刺さる。彼女の笑みになんら薄暗い所はない。アルジュナの懸念通り、彼女はアルジュナのあの時の行動を額縁通り、親切だと思っているようだった。

 

 そこに含まれたアルジュナの下心なんて気づきもしないで。アルジュナはギリッと神弓を握る手に力がこもる。

 

『アルジュナさんも!』

「!」

 

 くるりとアルジュナの方に向き直り、歩み寄る彼女にアルジュナは息をのんだ。ああ、そんな。

 

『アルジュナさんも駄目じゃないですか。あそこであんな煽る言葉言ったら、誤解されてしまいますよ?』

 

 アルジュナを見上げる澄んだ青い瞳にアルジュナは眉を下げた。生前磨いてきた笑みで込みあがる激情をアルジュナは覆い隠した。

 

「…………ええ、そうですね。義姉上」

『うん。――アルジュナさん、どうかしました?』

「何がですか?」

『気のせいかもしれないですけど、苦しそうというか、つらそうだったので』

 

 躊躇いもなくアルジュナの頬に伸ばされた手にアルジュナは打ちのめされた心地だった。どうしてそこで気づいてしまうのだろう、頬に伝わる温もりが優しすぎてアルジュナはどうしたらいいか分からなかった。

 

「義姉上――、貴女という方はどうしてそんな厄介なのでしょうね」

『は?』

 

 きょとりと瞬きをする彼女にアルジュナは思うままに苦く笑った。彼女にしてみれば、義弟に優しくして文句を言われても、という感じだろうか。

 

 アルジュナは静かに目を伏せた。彼女へ抱いているアルジュナの恋情は潰されそうだが、それすらも甘美に思えた。狂っていると自分でも思うが仕方がないだろう。潰される前に彼女の優しさで息を吹き返す感情なのだから。

 

 

「アルジュナよ。――とりあえず、一発殴らせろ」

「はあ、貴様は情緒、空気を読めないのか。――まあ致し方ないか。どうぞ」

 

 アルジュナと彼女をべりっと引きはがし、カルナは淡々と拳を構えた。アルジュナはそれにため息一つ、了承する。どうやらカルナにはアルジュナの拗れた彼女への想いが察しられたようなので。

 

 アルジュナとて逆の立場ならそうするだろう。

 

『え?いやいや、カルナさん?アルジュナさん?どうしてそうなっているんですか?』

 

 彼女の戸惑いの声をカルナはあえて無視して拳を振りかぶった。

 

 ゴッと脳幹を揺さぶる重い一撃は、アルジュナの身体をいとも容易くふき飛ばす。生身の身体でくらえば頭が胴体と離れるような威力の一撃だった。

 

 アルジュナは白い地面にずしゃあああと擦りきって、ぐぐぐとふらつく身体を叱咤して起こす。

 

「さ、今日はどんな話をしようか」

『カルナさん?え、アルジュナさんはいいんですか?』

「気にすることはない。あの男はあれ如き少しも響かないだろう」

『ええー……』

 

 戸惑う彼女の肩をカルナは抱き、彼女に座わるように勧めていた。あまりの言いざまにアルジュナは怒りで肩を震わせた。

 

 

「カルナ貴様、表に出ろッ!!」

「出る訳ないだろう、馬鹿か」

「あああああ!これだから、貴様はッ!!」

「うん?頭に血が上ってそうだな、大丈夫か」

「――殺す」

『はいはい、喧嘩は駄目ですよ』

 

 

 

 

 

 

 

オマケ(第三者視点)

 

カルデアでの一幕。

 

「ひえ、何あれ怖い」

「おい、しがみつくなマスター」

「だってアンデルセン先生、アレ何」

「アレ?――ああ、あれか。どうもこうもないだろう?生前拗れに拗れた恋情のもつれだろうな。ははは、面白いじゃないか。他人の不幸程民衆に受ける題材はないぞ」

「うわ、鬼畜の極み」

 

 カルデアの食堂の入り口で世界を救わんとするマスターの藤丸とそのサーヴァントの一人であるアンデルセンが出歯亀の如くこそこそとドアに隠れるように食堂の中の様子を伺っていた。

 

 藤丸の言うアレとは最近カルデアに召喚された三人組だ。人呼んで泥沼地帯。生前の逸話からのネーミングだが、藤丸としても胃が痛い話だ。

 

 古代インドの叙情詩、“マハーバーラタ”。それに登場する授かりの英雄、アルジュナと施しの英雄カルナ。そしてカルナの御者として伝わる彼女。謎の人物として名高い彼女だが、その逸話の一つに“施しの英雄の妻”としての話があり、彼女の生存説の一つにアルジュナの側妃の一人として生きていたという話もある。これだけでも、藤丸にはお腹一杯なのだが、なんとその眉唾物の話は本当らしい。ライダーたる彼女は親しみ深い性格をしているので事の真相を聞いてみようとしたら、背後にいつの間にか居たアルジュナに口を塞がれ、阻止された。その時は藤丸も死を覚悟してしまう程、アルジュナの顔が怖かった。そしてその話はくれぐれも彼女やカルナに告げてくれるなと厳重に口止め(脅し)をしたアルジュナの本気を見た藤丸はただただ頷くしかなかった。怖い。

 

 話は逸れた。とにかく、カルデアの食堂で今揉めている三人組は、地雷原としてカルデアでは有名なのであった。

 

 食堂内は人はもう三人以外いない。どうやら巻き込まれる前に退散したようだ。空気は異様に重く、低気圧がここに停滞していると言われても納得してしまいそうな程空気が重い。

 

「狭量な男は嫌われるぞ、カルナ」

「――いつまでも人妻に付きまとう男よりはましだと思うのだが。それにこれは妻への正当な愛情だ。邪魔をするな」

 

 腕の中に妻の彼女を閉じ込めカルナはアルジュナから距離をとる。アルジュナはそれにため息を吐いた。カルナのぼそりと呟く正論めいた言葉にアルジュナのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「――ッ!! ぐ、義理とは言え、彼女は私の姉にあたる人物です。なので構っても特に問題はないでしょう?」

「お前のソレはそれだけじゃないだろう。――故に寄るな、話しかけてくれるな。オレとて我慢の限界というものだ」

「…………。義姉上、こんな男やめておきましょう?嫉妬深い上に口下手な男ですよ、貴女に相応しくありません」

 

 アルジュナは沈黙の後、彼女に優しく言い募る。その内容がカルナの堪忍袋の緒を切ったようだ。

 

「やはり言葉では理解が得られないか。――是非もなし、アルジュナよ。ここが貴様の死地と知れ!」

「よろしい、返り討ちにしてくれるッ!この私の全力をもって貴様を座に還してやろう」

 

 それぞれの得物を顕現し、殺気立つ二人にずっと黙って俯いていた彼女がバッと顔をあげる。

 

『お二人とも!ここ、カルデアですから喧嘩駄目絶対!! どうしてもって言うなら還った後私の座に立ち入り禁止にしますからね!』

 

 小さい身体でもう!と身振り手振りで怒る彼女に二人ともぷしゅぅううと怒気をなくしていく。ハラハラ見守っていた藤丸は思わず、おお凄いと感心してしまった。

 

『お二人とも、ここに正座!!』

「……はい、申し訳ありません。義姉上」

「ああ、すまなかった」

 

 しょんぼりと肩を落とす彼らに彼女は仁王立ちでぷんすかと怒る。と言っても、本気のモノではなく身内に対する優しい叱咤であるのは傍目から見ても分かった。

 

『喧嘩するなとは言いません。ただその際は周りの迷惑を考えないとダメです。分かりましたね?』

「承知した」

「ええ、分かりました。義姉上」

『うむ、よろしい。間違っても今みたいに武器を持ち、宝具を放とうなんて思わないように。私の座に居た時は出来ていたのですから、大丈夫ですよね?』

 

 彼女の問いかけに二人とも渋々と頷いた。

 

 それに彼女がにっこりと笑みを浮べ、正座している二人の頭を撫でる。パッと華やぐ二人の空気に藤丸は犬や猫の姿を幻視した。可笑しいな、さっきまで雷やら炎やら背後に背負っていた人たちだったのにと藤丸は目をごしごしとこする。アンデルセンは飽きたようで、手持ちのメモ帳に万年筆でネタをカリカリと書いていた。

 

 

 

 度々、この三人のやり取りに藤丸は遭遇する事になるとはこの時の彼には思っても見なかった。後に彼は回想する。もうこの三人は昼ドラトリオでいいんじゃね?と。

 

 藤丸は大変疲れていた。見ているだけだというのに。いやでもうら若き青少年たる藤丸にこの手の地雷原は刺激があり過ぎるのだと。

 

 

 




※アルジュナさんは全力で主人公を側妃に娶った事実を彼女に秘匿する所存です。 多分この軸の第五特異点辺りで主人公にバレるんじゃないだろうか。

という訳でこんな感じでどうでしょうか。リクエストしてくださいました読者様には感謝です。正直楽しかっげふんごふん。いえ皆様の暇つぶし程度になれればと思います。
これ以上はどうやってもシリアスになるので茶番で出来る範囲はこれで限界です(シリアス成分はこの軸の第五特異点で)。

後は皆様の疑問点を。

Qカルナさんは主人公のアルジュナさん側妃云々知ってるの?
A知りません。けれど薄々気づいている感じです。彼女のおおらかさ故の迂闊さもカルナさんは知っているので、もしや?と疑念は拭えてません。なのでアルジュナさんに対して結構辛辣です。当然だね。

Qアルジュナさんのややこしい恋に関して
Aこのエンドのアルジュナさんにとって主人公は「聖域のようであり、姉のようであり、友のようであり、綺麗な恋そのものである」という拗らせ具合。なので肉欲よりも時間の共有への執着が勝っています。
抱ける抱けないで語ると抱けるけれど、でもカルナさんを一途に思う彼女の姿に恋しちゃっているので抱いた時点でアルジュナさんの恋は腐ってしまうという。だからバットエンドでは踏み切れませんでした。
なのでそういう危険はないんだよという。
え?拗らせすぎる?はは、バットエンドですからね。うん。
ちなみに本編においての認識は「未知であり、不思議と落ち着く友人」という健全なものなのでご安心を。

Qアルジュナさんとカルナさんの座での様子。
A主人公に宝具禁止をすぐに言い渡されるので頻繁に殴り合い、蹴り合いに発展するという。
主人公さん「どうしてこうなった……」


次回の更新での番外編で糖分補給するんだ……。後は主人公のスキルなんちゃらもどう公開するべきか。悩み所です。


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IFネタ 幸せの可能性

番外編更新します。
この話もとある読者様からのアイディアからのリクエスト作品です。カルナさんと主人公の二人のお子さん話。という話だったんですが、ちょっと自信はありません。糖分は詰め込んだんですが。
まさかの妊娠発覚からという……。

注意事項
・マハーバーラタ編エピローグ「それはとある可能性の一つ」の一年後を想定。マハーバーラタ編読了後推奨。
・幸せいっぱい。息をするようにぶち込まれる糖分。
・新婚夫婦の雰囲気。つまり……わかるな?
・原典マハーバーラタのカルナさんの年齢関連は忘れて下さい。
・二人がもうリア充。糖分耐性がない人は蕁麻疹がでる事間違いなし。
・お砂糖じゃりじゃり。
・上記の通り「妊娠」及び女性の月のものに対する話題がサラリと出ます。
・カルナさんが幸せ過ぎてキャラ崩壊。

・ほんのり大人ないわばR-15な描写があります。甘さのあまり。厳重注意です。


上記の注意事項でやばいと感じた読者様、お逃げ下さいませ。
特にカルナさんはそんな甘いはずないやろ!!と思う方には不快な思いをされるかと思います。ご注意あれ。
作者の本気の糖分だぜ?いいですね?ではどうぞ。
主人公視点でいきます。
4/16 一部描写不足な部分を見つけたので一文ほど修正。内容的には変更点はありません。申し訳ない。
>カルナさんはそっと私に抱っこしていた~のくだりです。


――主人公side――

 

 

 

 最近体調が悪い。悪いというか、なんか熱っぽい感じがしたり、調理中に突然の吐き気がしたり、それからぼんやりと集中力にかけてしまったりとここ一カ月くらい調子が悪い。

 

 昨日なんて食後に吐き気に負けて、嘔吐してしまった。その時なんてカルナさんに凄く心配されてしまった。隣村にいる医師の元に担いで行くといった勢いだったけど、ちょっと様子を見させて欲しいと私はカルナさんを説得した。ほら単なる食べすぎとか、食べ合わせが悪かったとかいう可能性もあるじゃない?そうなると私が恥ずかしいので待ってもらった。

 

「もし明日まで、お前がそのまま調子の悪いようだったらなんと言おうと連れて行くからな」

 

 と、カルナさんは据わった目つきで私に言い聞かせた。カルナさんの言う事も、最もな話なので私は頷いた。うう、これで単なる食い合わせ云々だったら私ダメすぎじゃないかと私は頭を抱えたくなった。

 いやでもここ一カ月若干調子の悪い私なので、カルナさんも気づいているのかもしれない。だから、あの心配ようだったのだろう。昨日の珍しいくらいうろたえたカルナさんの様子に私は増々申し訳なく思う。

 

 そういう話を午後の井戸端会議、というかお世話になっている近所のおばさんに私は相談した。相談というか、もしかしたらこの時代の食べ物で私の知らない食べ合わせの悪い何かがあるかもしれないと思ったからだ。

 私の話を聞き終えた、恰幅の良い温かみのあるおばさんは頷いた。ここの村の人はややよそ者を嫌う傾向があったけど、一度打ち解けてしまえば案外気の良いおおらかな人が多かった。いい事だと私はホッとする。

 

「なるほどねぇ、そりゃあアンタの旦那が正解だね」

『やっぱり、そうですよね……』

「確認だけど、アンタ月のものはちゃんときているのかい?」

『へ?』

 

 おばさんの言葉に私は目を丸くする。言われてみると、ここ三カ月くらいはきていないかもしれない。けれど私は元よりそう規則正しい方ではなく、ここでの生活が忙しいのもあってそういうのは疎かにしがちになっていた。……カルナさんが知れば怒られるな、これはと私はふと思い当たった。要反省だ。

 

「その顔はきていないんだね。あたしゃ医者じゃないから正確な事は言えないけど、もしかしてアンタおめでたなんじゃないかい?」

『おめでた……』

 

 ぼんやりと反芻する私におばさんはあっはっはと明るく笑う。

 

「なんだい?あれだけ見せつけるおしどり夫婦だって言うのにその反応は」

『えっ』

「若いっていいねぇ!まあこの村には腕のいい産婆も居るし心配しすぎちゃいけないよ。アンタが不安がっちゃ上手くいくもんもいかないからね」

『……ありがとうございます』

 

 ぽんぽんと肩を軽く叩き、おばさんは私を励ますように明るく言ってくれた。その優しさに私は胸の中が温かくなりながら笑顔で礼を言う。

 

「気にしないでさっさと旦那の帰りを待つ準備をしてやんな。アンタ一人だけの身体じゃないかもしれないんだ。今日はあまり無理はしちゃいけないよ」

『そうですね、流石に一人で隣村に行くには遅い時間ですしそうします』

 

 時刻は午後三時だ。ここから医師がいる隣村に行くには徒歩で一時間、乗合馬車で三十分だ。行って帰ってきて、それから家事をするのにはちょっと時間が足りない。私が算段を思案しているとおばさんの顔が少し険しくなった。

 

「アンタそりゃあ駄目だよ。――まああの旦那、見るからにアンタを大切にしているから心配は要らないか……」

 

 後半は考えるように言いながらおばさんは、良いから家で大人しくしてなと私に言い聞かせるように重ねて注意する。

 

 私はそれに気圧されながら、頷いた。なんというか、子ども扱いだ。

 

 腑に落ちないまでも私は家に帰って家事をこなすべく動く。

 と言ってもやる事はそんなに残っていないんだけど。衣服も洗い外に干しているのでそれを取り込みながら私は考える。

 

 カルナさん、喜んでくれるかな。

 

 そっと私は空いている片手でまだぺったんこなお腹をさする。ここに命が宿っているかもしれない、とか奇跡に近いんじゃないか。

 

 少なくとも古代インドに来たばかりの私じゃ思いつかないに違いない。

 

『喜んでくれるといいな……』

 

 私と一緒にこの子の育みを、愛しさで見守ってくれると嬉しい。それはとても素敵なことだ。私はふふと緩む口元のまま微笑みを零す。幸せで緩みまくった笑みなので見れたものじゃないだろうなと自覚はあるけど嬉しさで私に抑えられないのだ。

 

 とりあえず、明日ちゃんとお医者さんに診てもらう事から始めよう。でもその前に心配してくれたカルナさんに報告しなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

『おかえりなさい、カルナさん』

「ああ。体調は?」

『それなら今のところ大丈夫ですよ。昨日よりは平気です』

 

 帰ってくるなり私の心配をしだすカルナさんに私は笑みが止まらない。私の顔を覗き込むように腰を屈めるカルナさんが愛しい。気もそぞろなカルナさんの様子は、今日の仕事の心配をしたくなる程の焦りようだった。

 

 通常の隙のないカルナさんの姿を知る人が見れば、さぞ驚くことだろう。でもそれが私には嬉しい、愛しいとさえ思ってしまう。ひどい話に聞こえるかもしれないけど、それだけ私を想ってくれているんだなぁとくすぐったいような、面映ゆいような、幸せな気持ちになるのだ。私の愛だとカルナさんには申し訳ないけど、諦めてもらおう。

 

 話があると、カルナさんの手をとり、私は家の中へと急がせる。私のその行動にカルナさんは目を丸くした。

 されるまま手をひかれるカルナさんを私は椅子に座らせて、目の前に立つ。そして意を決してカルナさんを青い瞳を見つめた。

 

 相変わらずカルナさんの切れ長の瞳に曇りはなく、こちらへの心配で少しその白皙の美貌を歪ませていた。その証拠に私の手を離そうとせず、掴んでいた手が逆にカルナさんの白い手に包まれる。

 

 ぎゅっと込められる優しさと力強い温もりに私は自分の顔が緩みきっていないか心配になる。

 

 大事にされてるなぁ私と噛みしめるように私は目を細めた。

 

『カルナさん』

「なんだ」

『――あの、その』

「ああ」

『つまりですね……』

「うん?」

 

 意を決した癖に私の口からこぼれる言葉はしどろもどろで、カルナさんはそれに柔らかな声で相槌を打ってくれる。言葉がしどろもどろになって、私は視線がいつの間にか下がっていた。これではいけないと私は慌てて視線を上げる。

 

『ッ!?』

 

 私は思わず息をのんだ。

 こちらをじっと見つめていた、柔らかな微笑みすら浮かべる白皙の美貌はいつの間にか、あの私の不安の声も受け入れるカルナさんの愛情をも感じさせる表情だった。なんてずるい、こんな顔をされては惚れるなというのが無理というものだ。私は理不尽な怒りに似た焦りと羞恥に顔がかあああと熱が集まってくるのを感じる。今だったら顔で湯が沸かせるんじゃないかと思うほど頬が熱い。

 

 再び目があったカルナさんは私の手をそっと持ち上げて、その手の甲に一つ唇を落とす。

 

「焦らずともいい。――ゆっくりでいいからお前の言葉で聞かせてくれ」

『か、かるなさん……』

 

 私はロクに動かない口に諦めて、カルナさんに包まれる手をギュッと握り返す。握ったまま、私はカルナさんの手を自分のお腹に導いた。

 

「!」

 

 ひゅっとカルナさんが息をのんだ音が聞こえた。私は顔が熱いのをそのままに、カルナさんの手を両手を使って開かせる。空いたカルナさんの手のひらを私のお腹に押し付ける。

 

 カルナさんは目を見開いて固まっていた。

 

『ここに――』

 

 私の両手に覆われた、カルナさんの手がピクリと震える。

 

『カルナさんの、赤ちゃんがいるかもしれないそうです……』

「おれの……?」

 

 私の小さな声よりも小さい声でカルナさんは呟いた。呆然とした掠れた声に私は、嬉しくないのかな?と少し私は不安になる。

 

 けれどそんな不安は一瞬だった。

 

 ぶわりとカルナさんの白い頬が赤く染まる。

 

 へ?と私は目を疑った。お腹に触れている、カルナさんの片手がぷるぷると震え始める。見れば、手だけじゃなく、カルナさんの全身が震えていた。

 

 そしてカルナさんが椅子からがばりと立ち上がる。カルナさんは私との距離を詰めるように前かがみになり、私の手を握った。私の目の前に組まれた両者の手は状況だけ見るとプロポーズのようだ。

 

「そ、それは本当か?」

『え?ええ。まだお医者さんの確認はとってないんですけど、ここ最近の私の不調やら月のものやらでそうじゃないかって』

 

 あの明日一緒にお医者さんに行ってほしいんです、と私が付き添いを頼めば、カルナさんは何度も首を縦に振った。

 

『カルナさん、もし授かっていたら一緒に喜んでくれますか?』

「ああ、当然だ。――帰宅後のお前の様子から、もしやと思っていたが当たるとはな。本当だったらこれ程喜ばしいものはない」

『ふふふ、やっぱり分かっちゃいましたか』

「確信まではいかないがまあお前のことだ、多少オレとて察する事は出来るぞ。――けれど安堵もした。昨日の様子では生きた心地がしなかったからな」

 

 そっと私を抱きしめ、肩口に甘えるようにカルナさんは顔をうめる。それは体温を分け合う寄り添い方で、いつもの愛しさを伝えてくる力強い抱擁とは違った。私もカルナさんの背に手を回し、カルナさんの体温に甘える。

 

 カルナさんのぼそりとした心配の言葉に私の良心がチクチクと苛まれた。

 

『ごめんなさい、カルナさん』

 

 あの時素直にカルナさんの言うとおりにしないで、意地を張って。

 

「まったくだ。お前は恥だと言うが、それは間違いだ。――例えお前に恥があろうとも、オレにとっては変わらない」

 

 愛しい人よ、とカルナさんが小さく私の耳に囁く。ひえっと驚いた私が思わずそちらを見れば、カルナさんが頬を赤く染めたまま、じっと潤む青い瞳で見つめてきた。

 

 ゆらゆらと揺れるような、不思議な甘い熱のこもった青に私は再び顔が熱くなるのを感じる。

 

「――これに懲りたら少しは自身を省みる事だ。お前は少々自分を疎かにしすぎな所があるからな」

『それ、カルナさんにも言えますよ?』

「……そう、だったか?」

『そうですよ』

 

 カルナさんの言葉に私はカルナさんもね、と言い返す。それにカルナさんは小首を傾げた。私は重く頷く。

 

 鼻先がくっつきそうな近距離で私達は何を言いあっているのかと私は我に返った。下手をすれば唇さえ掠ってしまいそうな、危うい距離感。

 

 カルナさんは少し目を細め、フッと微かな笑みを零した。それは肉食獣のような、男の人の顔で、私は慌てて目を瞑る。

 

『っんぅ』

「んっ……」

 

 ちゅっちゅと小鳥のついばむ軽いキスが数度。カルナさんの唇が上唇を軽く食むように戯れたりする度に私の背にぞくりと快感が過ぎる。するりとカルナさんの手が私の背を撫でるのがソレを加速させる。ピクリピクリと反応する私をカルナさんが楽しんでいるようでもあった。

 

 カルナさんが顔を離す頃には私の方の息が上がっていた。深い方のキスではないのにかかわらず、だ。

 

 カルナさんは先程の頬の熱は引きつつあるようで、瞳に甘い熱があるもののそれ以外は平常通りだ。涼しいその顔には余裕すら感じる。

 

 私はあがる息のまま、カルナさんを睨む。涙目で迫力がないかもしれないけど、そうせずにはいられない。だって私だけが顔が熱いとか不公平だ。

 

『カルナさんの意地悪……』

「そんな顔をするのがいけないと思うのだが。――今夜は添い寝のみだ、許せ」

『!! そ、それは、その』

 

 カルナさんの言葉に私はもごもごと言葉に詰まる。カルナさん、言葉が明け透け過ぎません?と私はもうすっかり体調の悪さなんて吹き飛んでいた。

 

 カルナさんは慌てる私の様子に不思議そうにする。

 

「うん?何をそこまで羞恥を感じる。……夫婦なのだから、肌を触れ合わせる事ぐらい――」

『わぁああああ!! カルナさん、待ったそれ以上はいけないっ』

 

 首を傾げたカルナさんの包み隠さないその言葉に私の日本人精神が悲鳴を上げる。いや日本人精神というよりは私の乙女心が隠せ!と声高に叫ぶのだ。

 

「ん?しかし、他に言い方があるのか?」

『んんっ、伝わりました伝わりましたから……』

 

 もう勘弁してください、と私は真っ赤になっているであろう顔を手で覆い、小さく呟いた。

 

 私の背に回っていたカルナさんの手が少し力が入る。

 

「――生殺しとはこの事か」

『もう!いいですから、早く夕ご飯にしましょう』

 

 ぼそりと呟いたカルナさんの悔し気な声に私はたまらずその腕から抜け出す。早く食べて早く寝て、そして早く起きて予定を前倒しにして医師にかかる時間を作らないといけないのだ。熱くてたまらない顔をパタパタと手で扇ぎつつ、私は手早く支度を始めた。

 

 そんな私の後姿をカルナさんは緩く微笑みを浮かべながら見つめていたとは知らずに。

 

「ああ、幸せだ。オレ(・・・)の、家族。オレの、子か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣村のお医者さんの診断で無事懐妊が確定した私はあれからこの村の産婆さんに時折様子を診てもらいながら順調に時を重ねていた。

 

 もう妊娠が発覚して七カ月が過ぎようとしていた。私のぺったんこなお腹は徐々に大きくなり、今では目立って分かるようにまでになっていた。

 

 当初はカルナさんの行き過ぎる過保護に困った私だけど、それも徐々にカルナさんにこれは大丈夫と一緒に学ぶ気持ちで伝えていったらおさまっていった。カルナさん、怖々としていたもんなと妊娠初期を懐かしむ余裕すらある。

 

 元いた私の時代、マタニティブルーという妊娠における妊婦の不安症状があるとされていたけど、幸い私には当てはまらなかった。出産に対する恐怖よりも、日々大きくなるお腹の子への愛情の方が大きいのだ。

 

 この子はどんな子だろう?カルナさんに似ているだろうか?それとも私?性別は?名前はどうしようかとか尽きる事はない。毎日カルナさんと夜寝台で寝物語に話し合う毎日だ。

 

 カルナさんもソワソワと生まれてくる子が楽しみなようで、隠しきれないその喜びが私の不安を溶かす一因でもある。

 

 それはそうとしてカルナさんとのこの平穏な日常に加わった習慣が一つある。

 

 夜、寝る前に寝台に腰かけた私のお腹にカルナさんが耳を当てる。私に跪くように膝をつき、カルナさんは私のお腹の子と触れ合う。

 目を閉じてカルナさんはそっとその小さな命の鼓動と時折私のお腹をぽこりと蹴ったりするこの子の動きを感じるのだ。

 

 始まりはカルナさんの怖々とした、私の中の命のか弱さへの怯えに私が焦れて胎動を聞かせたのが最初だ。確か妊娠六か月あたりだったと思う。それから習慣化したこの行為は今では結構楽し気なものになっている。

 

「!また動いたぞ。――フッ、この子はきっと元気な子だ」

『ですねぇ、きっとお父さんが分かるんですよ』

 

 くすくすとお腹に耳を当てたまま笑うカルナさんに私はつられて笑う。けれど、私の言葉にカルナさんは目を丸くした後、少し照れくさそうに頬を染めた。カルナさんの視線も下に逸らされる。

 

「ッ!? 父、か。このオレが呼ばれるとは――」

『そうですよ。お父さん(・・・・・)、この子のお父さんはカルナさんなんですから。あ、でも希望があるなら今の内ですよ?お父様がいいです?それとも父上、とかですか?』

 

 私の茶化すような言葉にカルナさんは俯いたままくっくっくと喉で笑う。

 

「なんだ、それは」

『憧れがあるかと思いまして』

「ないな。――オレはこの子が無事に生まれてくれればそれでいい」

 

 カルナさんはそう言って私のお腹を愛しそうにゆっくりと撫でる。

 

「オレにはもう不死を約束する黄金の鎧も、インドラから賜った槍もない人間だ。太陽神を父に持つが、この子を思うとあの鎧をと望んだ母の気持ちも分かる」

 

 静かにカルナさんは語る。私はそれを黙って聞いていた。そっとカルナさんの白に近い銀髪を撫でる。カルナさんは髪を撫でる私の手に気持ちよさそうに目を細めた。

 

「子には最大限の環境を、と望むのだな親という生き物は」

『ええ、愛しいからこそ望むのでしょう』

「そうだな。昔は理解が、というより実感が湧かない感情の類だったが、今では身に染みて分かる。お前のこの腹に宿る小さな命に祝福を、幸運を、幸福を、何よりも愛される子にと望んでしまう」

『――それ、悪い事ですか?』

 

 カルナさんの望み過ぎだ、という声なき言葉に私は首を傾げた。それこそが愛だと断じるのはカルナさんの目には欲深に映るのだろうかと私は少し心配になる。

 

 カルナさんは顔を上げ、そんな私の心配を見透かすように青い瞳を細める。そしてくすりと笑った。

 

「――それが困った事に悪いとは思えない。オレだけの事ならば、望み過ぎだと言えたのだが。お前達(・・・・)に及ぶとそうは思えないらしい。我が事ながら不思議な心地だ」

『カルナさん』

「うん?」

『愛してます』

「ああ、オレも同じ気持ちだ。――オレの愛しい人」

 

 私は込みあがる気持ちを抑えきれずに、幸福の笑みのままカルナさんに愛を伝えられた。カルナさんも一瞬目を丸くした後、すぐに目元を和ませ顔を近づけた。

 

 ちゅっと額に触れる柔らかなカルナさんの熱が、愛しいと思う。

 

 カルナさんと顔を見合わせ、くすくすと笑いあう。どっちとともなく近づく距離に私は目を閉じた。

 

 愛しいカルナさんの為なら、きっと私はどんな事だって乗り切れるだろう。それこそ、母となる為に乗り越える試練と戦えるくらいに。

 

 それに私は一人じゃない。カルナさんと、この子がいる。だから大丈夫だと信じる事が出来るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カルナさんはどっちがいいですか?』

「どっち、とは?」

 

 私の突然の問いにカルナさんは首を傾げた。また夜の習慣の私のお腹に耳を当ててたカルナさんが顔をあげた。

 

 もう臨月で、いつ産気づいても可笑しくはなくカルナさんは日々やきもきしている。私も初産で不安があるものの、私よりも慌ててるカルナさんの姿を見てれば不思議と私がしっかりしないと思える。結果オーライだと思うのだ。

 

 それで今聞く必要はないと思うけれど、ふと私は思いついたのでそのままカルナさんに聞いてみる事にしたのだ。

 

『ですから、女の子と男の子。どっちかな?って』

「ああ、なる程。――オレはどちらでも良いと思うのだが……」

 

 私の言葉にカルナさんは頷いて、答える。が、途中で途切れる言葉に私はうん?とカルナさんに先を促した。

 

「……言うと呆れられると、思うのだが。オレは、出来ればお前に似た子が良い、と思う」

『へ?』

 

 ぼそぼそと言いにくそうに語るカルナさんに私は目を丸くする。正気か、カルナさん。私よりもカルナさんの方が美人だから、どっちにしろカルナさん似の子の方が喜ばしいと思うのだけど。そんな私の内心の呟きが表情に漏れたのだろうか、カルナさんは眉をひそめた。

 

「オレなんぞよりもお前に似た方が余程可愛いだろう。この事に関しては確信すら持てるぞ」

『いや、そんな自信満々に言われても……。でも私はカルナさんに似た子が欲しいです。きっと可愛いですよ』

 

 私はカルナさんの言葉に若干顔が熱くなる思いをしながらも、反論する。カルナさんは私の言葉に懐疑的な目を向けた。私はそれに少しムッとなる。

 信じてないな?

 

『不器用かもしれませんが、それでも人に寄り添える優しさと、温かさ、それにきっと何にも負けない強さを持った子になれますよ』

 

 身体的強さに限った話ではなく、精神面でも私よりカルナさんの方が強いだろう。それに小っちゃい頃のカルナさんが正直見たい。とても見たい絶対かわいいし、美少年だ。私は拳を握ってふんすと意気込んだ。

 

「それならオレよりもお前の方が良いだろうに。――それに小さい頃のお前にそっくりな子が見てみたい。子が生まれたらお前に似た所を数えるのも楽しいかもしれないな」

『ええー……』

 

 それって楽しい?と私は疑問を喉に押し込む。カルナさんも私と同じような考えらしいと思い至ったからだ。ちょっと恥ずかしいような嬉しいような。私も同じことをしようとしてたし、やっぱり恥ずかしい。夫婦はやっぱり考えが似てくるのだろうか。

 

「……どっちにしろ、無事に生まれてくれればそれでいい。お前と、この子。母子ともに健康ならオレは他に何も要らない」

 

 カルナさんはそう言って私の膨らんだお腹にキスを一つ。じっと私を見上げてくるカルナさんの青い瞳は少し不安が陰っていた。

 

 私はそれに微笑んでカルナさんの頬を撫でる。心配性だなぁ、と笑えればいいんだけど残念ながらこの古代時代じゃ笑えない話だ。

 

 この時代、出産は現代よりも危険が多く、死産や母親の産後の肥立ちが悪いと死も珍しくない時代だ。だからこそカルナさんの心配に切実な響きが宿る。

 

『カルナさん……。私、頑張りますね』

「そうしてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カルナさん、ほら抱っこしてあげてください』

「し、しかし――その」

 

 母子ともに無事、出産を終え、数日経ったある日。私はついに焦れてカルナさんを手招きして呼ぶ。そろそろと近寄ってきたカルナさんに腕の中の我が子を差し出す。

 

 ちなみに元気な男の子だ。カルナさんに良く似た目元と口元で、髪の毛の色は私に似た黒髪だ。髪質もどっちかというと私に似た癖のない真っ直ぐな感じだ。我ながら親ばかだと思うけど可愛いと思う。

 

 触ったら壊してしまう、といった感じのカルナさんの怯えに私はそっとその手に柔らかな小さな命を預ける。

 

『まだ首は据わってないので、ここを支えるような感じで』

「あ、ああ……」

 

 一つ一つ、私は手でカルナさんの手を導きながら赤ちゃんを抱っこさせた。おくるみに包まれてすやすや眠る息子の姿にカルナさんの目元が和む。

 

 幸せ家族の情景に私はうんうんと頷く。この子の夜泣きに悩まさせたりもするけど、新米お母さんとしてはまあ頑張り所といった感じだ。

 

「こんなに小さいものなのだな、赤子というものは。それに、温かで懸命な命の鼓動が愛しく思える」

『ふふふ、そうですね。こんな小っちゃいのに指を掴む力は結構強いんですよ』

「そう、なのか」

『うん。――あ、起きた』

 

 私の話に戸惑うカルナさんに私は微笑みかける。カルナさんは生まれた後、私の腕の中を覗き込むだけで決して自ら触ろうとしなかった。私が促してそおっと息子の頬をつつくように触れるのみで、私は微笑ましいやら困るやらで。だから今日踏み切ったのだ。

 

 大きな青い瞳を瞬かせる息子をカルナさんは息を潜めて見つめる。

 

 カチコチに固まるカルナさんの姿はまるで天敵にあった猫のような気の張り詰め方だ。

 

 うー、あーと幼い声と共に伸ばされる小さな小さな手にカルナさんはそろそろと手を伸ばす。その慎重さに私まで緊張してきた。

 

 カルナさんの人差し指がぎゅっともみじのように小さな手に掴まれる。カルナさんは目を見開いた。

 

「!」

『ね?』

「――ああ」

 

 ふわっと花がほころぶような笑みを浮べるカルナさんに私も笑みを浮べる。確かにこの子はまだ未熟なか弱い命だろう。けれど懸命に、時に力強く生を訴えかけてくる一つの命で、親の私達が怖々としていちゃいけないのだ。

 カルナさんはそっと私に抱っこしていた子を渡してきた。まあ頑張った方かな、と私は苦笑してこの子を抱きなおす。でも、カルナさんの掴まれた指はそのままで私は微笑ましく思うのだ。

 

 ちゃんと向き合える事をカルナさんに知ってほしかった。貴方の血の繋がった子はちゃんとここに生きたいと伝えてくる命で、泡のように触っただけで壊れるようなことはないと。私はぷにぷにな赤ちゃんの頬をそっと撫でる。うーとむずかる息子の姿に苦笑した。

 

 とそこで私は水滴がぼたぼたとおくるみの上に落ちてきているのに気づく。へ?と私は視線を上にあげた。

 カルナさんが滂沱の涙を流していた。ぼたぼたと涙を流しているカルナさんは涙に気づいてないんじゃないかと私が心配になるくらい静かな表情だった。

 

『……カルナさん?』

「あ。涙か。――いや、すまない。情けないな、どうにも涙がとまらない」

 

 袖でぐしっと乱暴に涙を拭うカルナさんのその腕を私は空いた手でそっと止める。そんな乱暴に拭ったら痛いし、赤くなるしでいい事がない。それに、これは悪い涙じゃないだろう。

 

『カルナさん』

「ん?」

 

 静かに私が名を呼べばカルナさんは観念したように困ったような笑みで涙をそのまま流していた。

 

『おいで。――ってこの子を抱っこしているのでちょっとしか空いてないんですけど』

「っふ、オレを甘やかして後で困るのはお前だぞ」

 

 私の冗談めかした言葉にカルナさんはカルナさんは軽く笑みを浮べ、そっと私に寄り添うように近づいた。もうカルナさんの涙はおさまっていて、私はそっと指でその涙を拭った。

 

 

 くすりと密やかな笑みを浮かべたカルナさんはあの子の手の中の自身の指を幸せそうに眺めた。

 

 

 

 




幸せいっぱいなカルナさんとかぜひ見たいな、という作者の気持ちとアイディアをくださった読者様への感謝を詰め込みました。その節はありがとうございますと、この場を借りてお礼を申し上げます。
あとそこかしこにある糖分は仕様です。
数年後成長した息子君にカルナさんが嬉々として武芸を教える姿まで思い浮かんでやめました。収拾がつかない(笑)
幸せそうなカルナさんを書けて作者は満足です。

お子さんの名前は思い浮かばないので、こんな感じに書いてみました。何せ作者ネーミングセンスが皆無。誰でもいいのでお名前ください切実に、といった状況です。→4/16追記 息子君の名前決まりました。“キラナ”、サンスクリット語で「太陽から注す光の筋」という意味らしいです。
改めまして名前をくださった読者様に感謝申し上げます。素敵なお名前ありがとうございました。続編書けるよやったね!

ちなみにリクエストして下さった読者様にお子さんに主人公の言葉は通じるのですか?と質問されたので、ここで補足を。
まあ多分、血が繋がった親子なので通じるんじゃないだろうか。深く設定は考えてないですてへぺろ☆
息子君に主人公の宝具は受け継いでないです。あれは主人公限定のものなので。多分邪神の加護ぐらいじゃないだろうか(孫の感覚)。

ちなみにオルガマリーさんへの宝具譲渡もオルガマリーさんの肉体修復を終えた後、役目を終えて消滅しました。霊基を差し出したとはいえアレは分霊の一つ。本体のたる本霊主人公さんへの影響は一時的なライダーの使用不可のみです。なので第一章が終わったら解除されます。
心配のお声がかかったのでもしやと思ったので。紛らわしい書き方をして申し訳ありません。後でそこら辺の説明を設けたいと思ってます(スキルと一緒に)


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続・幸せの可能性

大分お待たせして申し訳ありません。
ちょっと私事で不幸があって創作の手が迷ってしまいました。以後気をつけます。
さて今回の話は二人の息子のキラナ君の話。ほのぼのとした感じを目指して書きましたが、まあいつものように自信はありません。

注意事項:
・オリジナルキャラ(キラナ君)が出ます(むしろ中心)
・カルナさんのキャラ崩壊(今更)
・甘さは多分ほのかに甘い程度。
・古代インド生活習慣なんて作者の知識にない(のでねつ造してます)
・ふわっとした雰囲気でお読みください。
・主人公視点

オーケー?ではどうぞ。


 実は生まれて来るまでに子供の名前を決められなかった。候補が一杯あり過ぎて困ると言うのは、いつの時代の親も同じなのかもしれない。

 

 最初に我が子に授ける事の出来る、祝福の形。

 

 だからこその迷い様だったのだけど、生まれて間もなくカルナさんはじぃっと息子の顔を見下ろし頷いた。

 

「キラナ、この子の名はキラナにしよう。“太陽から注す光の筋”という意味だ。誰かの道にほんの少しでも、光注せる子に。そして己の道に迷う事のないように。太陽は沈みはするがまた昇る。その光は変わることなく柔らかにその生を照らしてくれるだろう」

 

 名付ける時のカルナさんの声は温かく、優しく、柔らかな声で。

 

 目を細め、我が子を見下ろす顔は紛れもなく慈愛の含まれた父の顔だった。

 

 私といえば、そんなカルナさんに涙が溢れて止まらず、ただただ頷く事しか出来なかった。

 嗚咽をこぼす私をカルナさんはそっと肩を抱き、寄り添ってくれた。

 

 寄り添う体温のなんて優しい事だろう。

 

 あー、と腕の中のキラナからの声に私は涙が止まった。ふらふらとこちらに伸ばされる小さな手がどうしようもなく愛しい。

 

 カルナさんと顔を見合わせどちらともなく笑いあった。

 

『カルナさん』

「うん?」

『これからいっぱい幸せになりましょうね』

 

 私の言葉にカルナさんは一瞬きょとんと瞬きをして、

 

「ああ、そうだな」

 

 とふわりと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 時が経つのは早いもので、七年の月日が経っていた。育児の大変さと達成感は語りきれない程あったのだけど、今となってはいい思い出だと私は思う。赤ちゃんの頃のキラナの泣き声の種類も分からずオロオロしていた時が懐かしい。徐々に分かるようになって、キラナと一緒に母として親として成長していったと思う。

 

 カルナさんとキラナとのやりとりも個人的には結構癒される思い出だ。なんでこの古代の時代にビデオカメラがないのかと床に拳を叩きつけたのも今では懐かしい。だってカルナさん、喃語で喋るキラナにいちいち相槌うつカルナさんが微笑ましくてどうしようもなかった。何かな?私を悶え殺すおつもりかな?と思わず私が真顔になってしまう威力だった。しかも会話成立してた感じなのが微笑ましさを倍増させていた。

 

 話が脱線してしまった。それは兎も角、そんな小さなキラナももう七歳。言葉遣いも幼いものから結構達者になっていて成長って早いなぁと感慨深い気持ちになってしまう。最近、キラナはカルナさんの口調を精一杯真似ているようで可愛い。まあ言葉を端折っちゃ駄目だと今からキラナに言い聞かせているのだけど。

 

 今も可愛いけどあの頃のキラナは可愛かったなーと私は親ばか気分を味わっていた。鼻歌で気分を盛り上げながら、家事をこなすのももう慣れたものだった。カルナさんは今日はお仕事で帰ってくるのは夕方だ。

 

 今日も快晴で洗濯日和だ。近くの川で洗濯した衣服を干す作業に私は没頭してた。

 

 と、ぼすりと背中に軽い衝撃を感じる。

 

「母さん」

『うん?キラナ、どうしたの?』

「父さん、強いの?」

 

 キラナは私の腰辺りに抱き着き、見上げていた。キラキラと輝く青い瞳にいきなりどうしたのかな?と、私は首を傾げる。

 

 しかしカルナさんが強いかどうかと聞かれれば、私は頷きを一つ。

 

『そりゃあ強いよ?母さんの知ってる中で一番強いんじゃないかな』

「ほんと?」

『うん、それよりもキラナ。どうしたの?そんな事を聞いて』

「ん、この前の父さんの噂で」

『あー……』

 

 この前というのは人里に降りてきてしまった獣退治の事だろう。カルナさん伝手であるが、私も当時の事を聞いている。控えめに言って魔獣かな?それとも怪獣かな?という獣の大きさだっただからこの時代は凄いなと私は思わず遠い目をしまった。

 

 私の腰より少し上あたりのキラナの頭を私はそっと撫でる。更に嬉しそうにキラナの笑みが深くなった。

 

 しかし、こうして見るとキラナは日に日にカルナさんに似てきているなと私は思う。涼しい印象の目元に、整った顔立ちはカルナさんに瓜二つと言っていい。違うのは艶やかなその黒髪だ。ふわふわとした髪質もカルナさんに似ているんだけども。

 

「父さんとの修行も頑張る。そうしたら、俺も守れるようになれる?」

『キラナ……』

「父さんみたいになれるといいな。そうすれば母さんも守れるし」

 

 憧憬を含んだ視線をキラナはふっと伏せる。少し大人びた声に私はたまらずキラナを抱きしめた。

 

『なれるよ、キラナ。だってキラナは父さんと母さんの自慢の子だもの』

「ん」

 

 私に抱きしめれてキラナはこくりと頷いてはにかむような笑みを浮かべた。可愛い。キラナのぷにぷにした頬をむにむに手で揉んでいたら流石に怒られてしまった。うーん、ついこないだまでは大丈夫だったのになーと私は少し残念に思いながらキラナを腕の中から解放する。

 

 それにしてもカルナさんとの修行か。私は少し懐かしい思いをしながら考える。

 

 一年前からカルナさんはキラナに武芸を教え始めた。ずっとこうするのが夢だったとカルナさんは淡い微笑みを浮かべながら言った。なので、特に反対する事なく私はカルナさんにお任せしていた。カルナさんに武術の基礎を学んだ身の上の私としては反対する理由もない。きちんと指導してくれると知っているからだ。

 

 今度、少し修行中にこっそり差し入れをもって見学してみようかなと私は思った。一応お昼とかはカルナさんに持たせての修行なんだけど。

 

 早速今夜にでもカルナさんに許可を貰おうと私は拳を握って意気込む。さて、家事の続き続きと私は洗濯を干すのに戻った。

 

「母さん、俺が手伝おう」

『ありがと、キラナ』

 

 うん、良い子に育ったなーと私は頬が緩んだ。この柔らかな日差しだ、洗濯物もすぐに乾くことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

『おかえりなさい、カルナさん』

「おかえり、父さん」

 

 いつも通り帰宅したカルナさんをキラナと共に出迎える。すると、無表情のカルナさんの口元が少し緩むように微笑みが浮かぶ。

 

「父さん、アレが出来るようになったよ」

「ああ、なる程。あれか」

 

 待ちきれないと言った調子のキラナの言葉にカルナさんが頷く。そしてキラナの頭をぽんぽんと軽く撫でる。

 

「!」

「流石だな」

 

 くわっと目を見開いて見上げるキラナをカルナさんは目を細めて柔らかな声で続ける。

 

「お前はちゃんと、成長しているのだな。オレはそれを誇らしく思う」

 

 キラナを見下ろすカルナさんの表情は優しいものだった。キラナの固まっていた表情がぱあと華やぐ。

 

「ほんと?」

「うん?当然だろう。それよりも怪我はないか。鍛錬とて可能性がないと言えないからな」

 

 キラナのキラキラとした青い瞳にカルナさんはしゃがんで目を合わせ、怪我の有無を確認していく。カルナさんの手と比べて小さな手を取り、カルナさんはじっと見て頷いた。

 

 キラナはその様子をはにかむような笑みで見ていた。気恥ずかしそうなその様子に私はほっこりしながら二人のやり取りを見守っていた。

 

「うん、父さん。大丈夫だよ」

「そうか」

 

 キラナの目をきちんと見ながらカルナさんは納得し、その手をそっと離す。どうやらキラナに怪我はないみたいだ。

 

 と言っても“アレ”ってなんだ?と私は首を傾げながら料理の方へと意識を戻す。まあ後で聞けばいいかと思ったからだ。

 

『さ、二人とももう少しで夕飯ですよー』

「ああ」

「うん、母さん手伝うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろ日も暮れて油で灯した火で照らされながらの夕食をとっていた。木で出来たテーブルに、三人分の食事が並んでいる。簡素な造りの椅子は年季が入り、ぎしりと音をたてるものの今の所使えているので問題なしだと思う。

 

 黙々と食事を食べている中、ふと私はさっきの“アレ”という言葉が気になった。

 

『さっきの“アレ”ってなんです?ほら、キラナが言っていた――』

「?」

「ああ、それか。修行での課題を出していたのでな。それの話だ」

 

 私の疑問の言葉にキラナが首を傾げる横でカルナさんが頷いた。そして端的な説明がされる。七歳のキラナは友達と遊ぶ他にそんな事もしてたのかと私は素直に驚いている。まだ遊び盛りだろうにと。

 

「母さん、俺やっとアレが出来るようになったんだ」

 

 キラナはそんな私の心配をよそに嬉しそうに目を輝かせ、身振り手振りで話し始める。

 

『アレ?』

「うん!奥義の一端、って父さんが言ってたけど」

『お、おう。それは……もしかしなくてもあれかな?』

 

 にこにこするキラナの横で涼し気な顔で食事するカルナさんへと私は視線を投げる。もしかしなくても“梵天よ、地を覆え(ブラフマートラ)”的な奥義じゃぁ……?と。カルナさんはそんな私の胡乱気な視線を頷き一つで流す。

「ああ。“梵天よ、地を覆え(ブラフマートラ)”の基礎となる部分だ。とはいえ、そう威力が高いものではない。案ずるな」

『うん、カルナさんがそう言うならそうなんでしょうけども』

「けど?」

『地図を変えるようなことはやめて下さいね』

 

 地形的な意味で、と私は小首を傾げるカルナさんに言った。カルナさんはそれにフッと軽く笑う。いや、あのアルジュナさん達との戦いを身近に見ている身としては笑えない話なんだけどね、と私は少し苦笑いだ。

 

「まあ、やれなくはないが。流石にそこまではないな」

「地形?母さん、なんの話を言ってるんだ?」

 

 キラナの純粋な疑問の視線に私はふいっと視線を逸らす。一点の曇りもない綺麗な青は嘘が付けないほど綺麗だ。

 

『うん……。父さんと母さんの若い頃の話よ。いつか、キラナにも話してあげるからね』

「……そうだな。キラナ、お前の背負う事になるかもしれない話でもある。お前がもう少し大きくなったら話そう」

「今じゃ駄目?」

 

 不満そうなキラナの頭をカルナさんがぐりぐりと少し雑に撫でる。

 

「今は時期ではない。物事には相応しい時期が決まっているものだ。故に今は忘れろ」

「うー……」

 

 カルナさんの手が離れ、乱れた髪をキラナが不満そうに整える。唇を尖らせるキラナは年相応の幼さが見える。微笑ましくて私はくすくすと笑ってしまった。

 

『まあまあ、キラナ。いつかって言ったでしょう?そう遠くない未来の事よ、その話をする時は』

「……母さんが、そういうなら……」

 

 私の宥めるとキラナは渋々と引き下がる。

 

「少なくともお前が己の身を守れるようになった頃だな」

「むっ……」

「拗ねるな、そう焦らずともいいというだけの事だ」

 

 頬を膨らませるキラナにカルナさんは優しい声で諭すように言った。

 

 いつかキラナに話さないといけない。カルナさんの歩んだ道を、そしてその出自と血筋を。かつて神話に近い戦いがあった事、その戦いの顛末を。ドゥルヨーダナさんというカルナさんの親友の話も。

 

 笑顔でとはいかないかもしれないけど、穏やかには語れるはずだ。

 

『キラナ、必ず話すからその時は聞いて欲しいな』

「! うん」

 

 私の真剣な思いが伝わったのかもしれない、キラナは一瞬目を見開き神妙に頷いた。カルナさんが無言でまたぐりぐりとキラナの頭を撫でる。

 

「ちょ、父さん!やめて」

『ふふ』

 

 私は幸せの情景に目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜も更けて眠る時間だ。電気もないこの古代時代、油ももったいないので頼りは窓からの月明かりぐらいなものだった。なので隣に眠るカルナさんもぼんやりと輪郭が浮かぶくらいの暗さだ。目も慣れればはっきり見えてくるけれど。

 

「子供の成長と言うのは早いものだな」

『そうですねぇ』

 

 カルナさんと枕を並べて内緒話のように声を潜めて話し合う。カルナさんはそっと私の目元に右手を這わせた。

 

「キラナは、結構お前に似ている」

『へ?』

 

 突拍子もないカルナさんの言葉に私はポカンと口を開けてしまった。すぐに頬に感じるカルナさんの右手の温度に私は我に返る。カルナさんはそんな私にくすりと愛し気に目を細めた。

 

「笑みを浮かべた時などは特に瓜二つだ。それに表情豊かな所と素直な心とかだな。健やかに育っている事を最近実感する」

 

 それがたまらなく幸せだ、とカルナさんは目を細めたまま優しい声で語る。

 

『カルナさん……』

「ん?」

『カルナさんにも似てますよ、キラナ』

「見目の事か?」

 

 意外そうな顔をするカルナさんに私は頬に添えてあったカルナさんの右手の上に手を重ねる。筋張ったカルナさんの手は私の手よりも断然大きい。

 

『それもですけど、結構頑固な所とか。後は意志の強い所とか、優しい所とか。あの子自身の強さもあるのでしょうね』

 

 カルナさんの手の温もりを感じながら似ている所を指折り数える。

 

 武器を握る手だ、カルナさんの手のひらは皮膚が厚く硬い。私はその手が好きだ、守る事を知っているこの手が。

 

 ふとカルナさんの方を見ればカルナさんが困ったように微笑む。うん?と私は首を傾げる。カルナさんが困るような事を言った覚えはないのに、と。

 

「…………いや、今オレは幸せ者だな。と噛みしめていたところだ」

『え』

「フッ、気づかないならそれもまたいいだろう。お前らしい」

 

 首を傾げたままの私をカルナさんは穏やかな笑みを浮かべて腕を背中に回す。ぎゅっと抱き込むと目をそのまま瞑った。体温を分け合うように寄り添う穏やかな夜がどうしようもなく愛おしい。私はカルナさんの胸元に額をくっつけるようにする。

 

 私も眠る為に目を瞑るとあ、と私は思い出した。

 

『カルナさん』

「うん?」

『明日、キラナの修行の予定ですよね?』

「ああ」

『見学してもいいですか?』

「うん?まあいいが。その時は声をかけてくれ。少し危ないかもしれないからな」

『一体、どんな修行やっているんですか……』

「特に変わった事はしてないが……」

 

 間近に聞こえるカルナさんの囁きに私はうとうとしながら話す。やばい、眠いと私の意識は夢うつつだ。

 

「まあともかく、今は眠れ」

 

 そっと私の髪を梳かすように、カルナさんの手が撫でる。何度も優しい手付きで繰り返されれば私の意識は容易く夢の中だ。

 

「おやすみ」

 

 ちゅっと私の額に柔らかな熱が当たる。

 

 おやすみ、カルナさん。私は言えたかどうか分からないけれど、カルナさんは喉で密やかに笑った気がした。

 

 

 

 

 

 

 翌日、差し入れを持って私はカルナさんとキラナの修行しているという村から離れた開けた土地へと行った。

 

 見渡す限りの遮蔽物がほとんどないその荒野は見るだけで気持ちが良いものだ。私は伸びを一つして、二人の居るであろう場所に足を進める。

 

 というか待って、さっきからすごい爆発音とかするんですけど、と私の胸は早速嫌な予感でドキドキと動悸がうるさい。

 

 あ、居たと私が二人の後ろ姿に駆け寄ろうとした時。

 

「“梵天よ、地を覆え(ブラフマートラ)”!!」

 

 キラナが弓を構え、一矢を放つ。その矢が的に刺さるとその的が爆発して四散した。的とキラナの距離は離れているから怪我とかの問題なさそうだ。私の見間違いじゃなければ矢が途中からビームみたいになっていたんですけど。

 

「ふむ、後は威力か。命中率は悪くない。弓は集中力が物を言うからな。次は槍の手合わせでもやろうか」

「うん、父さん」

 

 カルナさんとても生き生きしてる、と私は二人が休憩するまで待とうと近場の丁度良い木陰に座る。丁度一本大きな木が生えていたのだ。

 

 私が見守っている中、二人の手合わせが始まるようだ。槍と言っても、まだキラナには本物は持たせられないから木製の軽い奴だ。物干し竿に少し似ているなと私は思う。

 

 カルナさんも同じ奴を手に持ち、少し構えてキラナの攻撃を待つ。

 

「どこからでもいい、来い」

「ハァッ!!」

 

 大振りなキラナの刺突はカルナさんに簡単に払われる。バランスを崩すキラナにカルナさんは槍を横に薙ぎ払う。

 

「隙が多い、構えが崩れているぞ」

「うわっ」

 

 カルナさんが狙ったのはキラナの持つ槍、それを槍で絡めとるように上に払ってしまった。キラナの手から槍が離れ、クルクルと上空を回る。パシッとカルナさんの手にキラナの槍が収まる。

 

 キラナはバランスが崩れ、地べたにべしゃりと倒れていた。私はハラハラとしてしまう。

 

 カルナさんはキラナに手を伸ばさず、手に持っていたキラナの槍をキラナの眼前に突き出す。

 

「分かったか、今のはお前の構えの不出来故だ。実戦ならばお前は串刺しにされている所だ。先ずは構えからだ。たかが構えと侮るな」

「うっ……」

 

 ぐぐっとキラナが涙目で身体を起こす。よろりとキラナが立ち上がったのを見てカルナさんは頷く。そして槍をキラナに渡す。

 

「さあ、続けるぞ」

「はいッ!ハァアア!!」

 

 キラナの青い瞳にキラリと光が宿る。ビュンッと先程より俊敏な刺突はカルナさんに刺さる前に避けられる。

 

「よい動きだ。だが、まだ構えが甘い」

「クッ」

「お前はまだ子供だ。それ故に手が届かず、不利な所もあるだろう。が、大人とは違い、小回りが利く。その手に掴む得物に力を入れ過ぎるな、余分な力はお前の俊敏さを殺すぞ」

「はいッ!」

 

 カルナさんはアドバイスをしながらキラナの動きを軽々とかわし、翻弄する。はぁはぁと息切れするキラナに対し、カルナさんは汗一つ掻かない涼しい顔で続けていた。

 

 キラナも七歳にしては凄い身のこなしだった。跳躍し、カルナさんの目線まで飛び上がったり、カルナさんの一撃を地面を転がりかわしたりと身軽だ。

 

 徐々にキラナの動きに無駄がなくなるのを感じる。ほんの少しの変化だけど、カルナさんの動きを学習し、その槍術を盗もうとしている真剣な目付きだった。

 

「今日はここまで。片付けをしよう、キラナ」

「ん、ありがとうございました」

 

 息切れしながらもぺこりと一礼してキラナは道具を片付ける。おお、と私はキラナの成長に感動していた。

 

「母さん、どうだった?俺の修行」

 

 早速私に気づいたキラナがそわそわとこちらに駆け寄ってくる。見上げてくるキラナに私は、わしゃわしゃとその黒髪を撫でてあげる。

 

『凄かったよ、頑張ったね!キラナ』

「! うん!」

 

 ぱああと喜色満面の笑みを見せるキラナに私はあ、確かにこの尻尾が見えそうな勢いの嬉しさの表現は私に似てるわと昨日のカルナさんの発言を思い出す。こうして気づくとちょっと照れくさい。

 

 キラナの頬に付いている泥を手に持っている手拭いで拭う。これはあとで水浴びをさせた方がいいなと私はこの後の予定を立てる。

 

『カルナさんもお疲れ様です』

「ん、それは?」

 

 手に修行道具一式を持ったカルナさんがこちらに歩み寄る。私の言葉にカルナさんは頷き、私の手元を見て首を傾げた。ああ、と私は自分の手元を見下ろす。

 

 手元に手拭いの他に風呂敷のような包みが一つ。

 

『たまにはピクニックしようかな、と』

「「?」」

 

 風呂敷の包みを手に持つ私の提案にカルナさんとキラナが揃って首を傾げた。そっくりなその動きに私はくすくすと笑ってしまった。

 

 木陰で休憩ついでにピクニックよろしく昼食をとれば良い一日といえるだろう。私は幸福に鼻歌を歌う。

 

 風呂敷を開けば、二人にも分かるだろう。私はいそいそと包みを開けた。

 

 

 




こんな感じのキラナ君成長編。本当はここに三歳くらいの話もはさみたかったんですけど、作者の文章力ではキラナくんの可愛さが表現出来ないと断念。惜しいなー。娘ちゃんも登場させようかと思ったんですけど、待て、名前が(と根本的な部分から挫折しました。この夫婦には一人息子のキラナ君でいいんだと開き直ります。
追記:娘ちゃんの名前一応“サラ”という名前にしようかな、と悩んでました。サンスクリット語で“本質”という意味らしいです。が、歴史上の人物にいるじゃない?サラさん、とまだ迷っている作者です。

明日か明後日あたりにでもこの続編あげます。題して成長キラナ君の冒険的な。大体は出来上がっているので。
どんな子に育つんだろうと書く手が収まらないのがこの遅れの要因だと思うんだはい黙ります。


それにしてもFGОのBBちゃんイベント、強いですね。作者涙目です。でも事前にカルナさんピックアップがあったので全て許す。そんな作者ですが。


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IFネタ 原作軸にお邪魔した

今回もリクエスト作品。思ったよりも時間がかかってしまい申し訳ありませんでした。
【原作のFGOに主人公とカルナさんが行く話】という素敵なアイディアを下さった読者様には感謝です。遅くなって申し訳ありません。
リクエスト作品は斜め上に着地する事に定評がある作者なのでちょっと今回も自信がありません。

さて注意事項
・アルジュナさん、カルナさん共にキャラ崩壊注意です(今更)。
・前半コメディ、後半少しシリアス及びお砂糖注意報。
・ふわっとした設定。
・前半アルジュナさん視点、後半主人公視点です。
・嫉妬カルナさん
・なんだかんだのリア充。
・誰得クオリティ

・R-15的な展開がちょこっとでます。注意。

※今回は○○Side、というのをやめてみました。分かり辛かったら言ってください。つけます。
上記の注意書きでヤバいと感じた読者様お逃げ下さいませ。
なんだかんだ甘いです(特に後半)。大丈夫ですか?ではどうぞ。



 カルデア――正式名称人理継続保障機関フィニス・カルデアに現在のマスターに召喚されてしばらく経つ。そこでまさか己の宿敵、カルナと再会、仲間となるだなんて運命の女神というのは随分皮肉屋なものだと思ったのも今では懐かしい思い出だ。

 

 色々その宿敵に思う所はあるものの、アルジュナも子供ではない。日常は兎も角、戦闘面では協力出来るまでに妥協している。

 

 それはいい。が、この目の前の状況はなんだ?アルジュナは目の前の光景が信じられなかった。いや信じられないよりもまず、説明しろ、の気持ちが一杯だった。元より理解が及ばないと思っていた。けれどこの状況を理解出来ないの一言で済ませられる程アルジュナは器用ではない。混乱の余り関係ない所まで思考が飛んでしまったではないか、とアルジュナは己の宿敵に敵意をこっそりと抱く。

 

「なる程、そういう経緯か。それは難儀な事だ」

「――そうだろうか?まあ、そちらの“オレ”にはそう思えるのだろうな」

「ああ、何より理解が及ばない範囲だ。……オレには想像のつかない心地だろう」

 

 何を言いあっているんだ?コイツ等は。アルジュナは痛む自分の頭に喝を入れながら目の前の状況をのみ込もうと努力した。

 

 カルナが二人居た。これだけでも意味が分からないのに、何やら言いあっている様子。と、そこでアルジュナは二人の間にあわあわと忙しなく手を彷徨わせ困惑する小柄な人物が居るのに気づいた。

 

 すっぽりと白い布を頭から被っているのでその容姿の美醜は分からない。が、どことなく惹かれるような、不思議な存在感を持つ少年だ。少年、とアルジュナが思ったのは服装が男性用の物だったのと小さい華奢な体だったからだ。そうは言っても古代インドの基準で言えばの注釈付きだが。

 

 そこまで考えてこの子は同郷の英霊で尚且つアルジュナと同じような時代の出身なのだろうとあたりをつけた。が、全く心当たりがない。――顔が見えないから思い当たらなくて当然だが。

 

 

「――まったく何を言い合っているんだ、貴様らは。カルナ、状況を説明しろ」

 

 アルジュナがそう言えば、アルジュナが呼んだ方のカルナ(このカルデアにて現界した方)が瞬きした。

 

「状況?」

「当然だろう。片方は貴様の分霊なんだとしても、もう片方の白い方は違うでしょう?――敵か、否か。よしんば敵じゃないにしても状況が不穏過ぎるというもの」

「敵ではないだろう」

 

 アルジュナの案じる声をカルナが一刀両断する。キッパリと断じられたそれにアルジュナの青筋が浮かぶのを感じる。

 

「き、貴様……」

「アルジュナよ、これらは可能性だ。故に心配するに値しない」

 

 相変わらず端折った説明にアルジュナの限界は近い。ふるふるとアルジュナが怒りで拳を握れば、傍観していた方のもう一人のカルナが手を上げた。

 

「それではその男には足りないぞ、もう一人の“オレ”よ。――そうだな、オレ達は次元が違う所からの来訪者と言った方がいいだろう。簡単に言えば、“もしも”の可能性の一つがこのオレ達で、ここに偶然訪れてしまったといった所か」

 

 アルジュナは耳を疑った。誰だ、この男は。本当にあのカルナか、アルジュナの脳裏に薄気味悪い気持ちが込みあがる。と、アルジュナは首を傾げた。

 

「待て、なんだその“もしも”は。……可能性?一体何の――」

 

 とそこまで言ってアルジュナはハッと可能性に気づく。バッと白い布の人物にアルジュナは目を向けた。ビクリと白い布に包まれた華奢な肩が揺れる。

 

 ぱさりとその人物が頭から白い布を外す。現れた顔は、白い肌に青い瞳。幼い顔立ちではあるものの、可憐な部類だ。その右耳に揺れる黄金の飾りはとても隣の男のものと似通っている。――先入観とは恐ろしい、とアルジュナは慄く。何故この少女を、少年などと思えたのか。

 

 へにゃりと浮かべられる緩いその笑みでアルジュナの警戒は少し薄れた。敵意というものを感じない上に、緊張感や嫌悪も感じられない。

 

『え、えへへ。その、えっと』

「我が妻だ」

 

 は。アルジュナの時が止まった。

 

 アルジュナの知らない方のカルナ、ええい、ややこしい。兎も角、異次元のカルナは涼しい顔で彼女の肩を抱き、さりげなくアルジュナ達と彼女の距離を離す。独占欲か、と冷静に分析する余力すらない程にアルジュナの脳内が混乱した。

 

 今とんでもない事を言わなかったか、コイツ。とアルジュナは驚愕の眼差しで異次元の方のカルナを見る。ちなみに仲間である方のカルナと言えば、マイペースに違う自分の妻だという彼女を見つめていた。なんだこの混沌たる状況は。神々の王たるインドラですら匙を投げる状況ではとアルジュナの気が一瞬遠くなる。

 

「聞き間違いではないぞ、アルジュナ。オレも先程そう説明されたからな」

「何故そっちを先に言わない」

 

 己の隣からのフォローになっていないソレにアルジュナは憮然とした面もちで突き返す。これだからこの男は嫌なんだと誰に言うでもなく心の中で呟いた。

 

「?――聞かれなかったからな。まあいいだろう。それよりも二人とも帰れるのか」

「一時的なものだからな、特に問題ない」

「そうか」

 

 カルナ二人による淡々とした会話はアルジュナの胃をキリキリと締め上げる。問題大有りだ、馬鹿者と手刀を落とさないだけ感謝してほしいとアルジュナは思う。宿敵に言ったところで欠片も伝わると思わないし、無駄な労力だと思っているから言わないが。

 

『――アルジュナさん。後もう少しで私達は帰れるのは本当ですよ。時空の歪み的なアレコレで正確な時間は分かりませんが』

 

 こそっといつの間にかアルジュナに近づいたカルナの妻という彼女がアルジュナに内緒話のようにこっそりと言ってくれる。ご迷惑をおかけして申し訳ありません、とぺこりと下がるその小さな姿にアルジュナの荒んだ心は少し癒される。

 

「ええ、まあそれならば良いのですが。警報が鳴っていないという事は、現界の際にこの施設を害してはいないのでしょう。――どういう原理かは知りませんが」

『うーん、私もそこらへんはちょっと分かりませんね……』

 

 大丈夫ですか、それとアルジュナが言う前に彼女の身体がぐいっと後ろに引かれる。そのまま、腕の中へとしまいこむのは次元を隔てたというアルジュナの宿敵だ。随分な変わりようだとアルジュナは少し意外に思う。

 

「まあとりあえずはマスターの所へと行きましょう」

 

 対処がどうのというより、アルジュナはこの混沌とした空間に疲れていた。自分一人では確実に(さば)ききれない。マスターの言う所のツッコミが足りない状況なのだ。ここは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーー!!?? カルナさんの奥さんッ?! この人が!?」

 

 これまでの経緯を簡単にアルジュナがマスターの少年にした。マスターの少年が驚愕の声を上げる。こうも予想通りの反応だとこちらも安心するというものだ、とアルジュナは己の宿敵二人とマスターを比べ見た。ああ、本当にマスターが彼のような普通の人間で良かったと安堵する瞬間であった。

 

「正確には可能性の一つらしいがな。――この“オレ”は見覚えもないのだから」

「そっかー。じゃあ、全部が全部一緒って訳じゃないんだね」

 

 自分の契約サーヴァントのカルナの言葉にマスターが納得するように頷く。そしてマスターは少しそわそわとして、件の“カルナの妻”に視線を送る。気になっているけれど聞けない、みたいな反応だ。アルジュナは何を聞くのだろうかと少しハラハラする。英霊によっては質問が地雷となり、それこそ聞くんじゃなかったと後悔するはめになるからだ。

 

「ねえ、カルナさんの奥さん」

『ふぇっ!? お、奥さん?』

「うん。だってそうでしょう?」

 

 マスターの言葉に彼女が頬を赤く染める。マスターの問いかけに頬を赤く染めながらもこくりと頷くさまはその少女の見た目も相まって初恋を知ったばかりの少女の可愛らしさがあった。なんというか、微笑ましい感じだった。

 

「それで、二人の馴れ初めってどんな感じなの?」

 

 マスターの気負いない問いに、アルジュナは己のマスターを無謀なのかそれとも勇気があるのか判断に迷った。英霊の恋愛ごとにタブーが多いのはマスターとて知っているだろうにと。

 

『あー……。カルナさんは、行くところに困っている私を助けてくれたんです。ね?カルナさん』

 

 彼女は困ったような笑みを浮かべて、頬を掻いた。彼女の夫たるカルナは頷き、懐かしそうに目を細める。

 

「ああ、懐かしいな。――今思えばあれこそが幸運だったのだろう。ドゥルヨーダナにも感謝せねばな」

「へぇ、素敵な出会いだったん……だね?」

 

 思いのほか柔らかな表情のカルナにマスターが恐る恐る言葉を重ねる。その表情は禁断の箱を空ける勇者の如く、緊張感に溢れている。アルジュナはマスターの心情を思うと全力で同意したくなる。

 

 あのカルナから惚気などとあり得ない現象が起きようとしているのだ。その緊張感をも頷けよう。――視界の隅のこの軸のカルナがじぃっと彼女から目を離さないのもこの緊張感の一因かもしれないが。

 

「素敵とは程遠いと思うぞ。――何せ出会ってその日に婚姻を結ぶという経緯なのだから。俗に言うロマンスとはまた違うだろう」

 

 マスター含め、アルジュナもカルナの言葉の破壊力に固まる。え?なんだって?ともう一度を促したくなる言葉だ。本当にこれはあのカルナなのかとアルジュナは重ねて問いたくなった。

 

「うん?どうした、固まる程ではないと思うのだが」

 

 こてりと小首を傾げるカルナはややあって納得したように頷いた。

 

「ああ、勿論形式上の話だ。思いを通じていない者に無体を強いる程、下種ではないしな」

「あ、うん。そうなんだ」

 

 サラッととんでもない事をぶちかますカルナにマスターは少し引き気味だ。待てよ、とアルジュナの思考が止まる。

 

「形式上と言いましたが、今の貴方を見ているとそうは思えませんが?」

 

 彼女の背後からその華奢な身体を守るようにそっと腕の中に囲む男を見てアルジュナは言う。軽い抱擁だから、なんとも言えない気持ちになる。まあこちらのカルナを警戒しているのか、それとも他のサーヴァントからか。アルジュナには想像も出来ないししたくもない。

 

「――(・・・)は違うからな」

「そうですか。……そちらの“私”に心底同情しますよ」

 

 随分熱烈だとアルジュナは呆れた。そちらのアルジュナはさぞ心労の多い事だろう。口が多いようで足りないこの男に惚気が加わるという悪循環。なんて恐ろしい事だろうか。カルナの嫁の彼女は性格的に嫌悪感がないのが救いか、それとも罪悪感の元となるか。どちらに転んでもロクな事になりはしない。

 

『あはは、まあアルジュナさん。カルナさんと結構喧嘩してますからね』

 

 そっちでもそうなのかとアルジュナは苦い思いをする。

 

「マスター曰く、あれもアイツなりのコミュニケーションなのだと言っていた。故にオレは気にしていない。男には拳で語り合う時も必要なのだとか」

『あー……。なるほど』

「そっちのマスター、結構豪快だね」

「通算五十も超えれば悟りもするとも言っていたが……」

 

 マスターの苦笑いにカルナは頷き、呟く。カルナの言葉にマスターの頬が引きつる。ああ、コイツはカルナだなとアルジュナは納得する思いを抱いた。不本意ながら安堵する気持ちがほんの少し、塵ほどにあったと認めてもいい気持ちだ。

 

 こちらのカルナにアルジュナはこっそりと耳打ちする。

 

「いいのか、特に話しかけなくても」

 

 あの娘はお前の妻だろう?とアルジュナは耳打ち相手にしか聞こえない声量で言った。

 

「“オレ”のであってオレ(・・・)のではないからな。――それに」

 

 聞きたい事はお前が来る前に聞いてある。唇の動きでようやく読みとれる囁きはあのカルナにしては満足そうであり、少し寂寥(せきりょう)を含んでいてアルジュナに複雑な思いを抱かせた。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「聞いてもいいだろうか?」

『はい』

「――お前は幸せだっただろうか。多少の差異があれど、そちらの“オレ”も器用ではないだろう」

『勿論、幸せですよ。貴方は不器用かもしれませんが、とても優しく温かい人だと私は知っていますから』

「そうか」

『きっと、私の方が幸せにしてもらってますよ。勿論、私もカルナさんに幸せになってもらう為に努力は欠かしませんがね!』

「フッ、なるほど」

『!おお、こっちのカルナさんも笑いましたね』

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

『かーるなーさーん』

「…………」

『いやいや、そう険悪な顔で睨まれても……』

「浮気者め……」

 

 カルデアに帰ってくるなり、与えられている部屋へと引っ張り込まれカルナさんにぎゅうと抱きしめられた。肩口にぐりぐり懐くのはいいんだけど、じっとりとこちらを恨めしそうに睨むカルナさんが可愛すぎて私は死にそうである。

 

 というか、カルナさんの言葉は流石の私も聞き逃せない。

 

『浮気って……。もう一人のカルナさんでしょう?』

 

 同一存在、それに近いものがある筈だ。それに浮気呼ばわりするような事はしていない。ただ話しただけだと言うのに。と私もカルナさんをじぃっと見上げる。

 

「違う。オレはオレでもオレじゃない」

 

 んん?おれおれ言い過ぎてゲシュタルト崩壊しそうだ。私は首を傾げた。それがカルナさんにとって気に食わなかったんだろう。

 

『ひぇ!?』

 

 がぶり、首筋がカルナさんに甘噛みされる。ほんの少し歯形が残る程度の柔らかい噛み方だ。けれど一度もそんな事をされた事のない私には充分驚愕の対象だ。

 

 思わずカルナさんの方を見ればカルナさんはふっと青い瞳が弧を描く。笑みの形であるのに、甘い熱を伝えてくる意地悪な笑い方だ。

 

 べろりとそのまま首筋をカルナさんは舐め上げる。ふえええ、なんだこのアダルティな空気はと私は既に涙目だ。

 

『っ。か、カルナさんッ!? ちょっ』

 

 私はたまらず目を瞑り、ぞくぞくと背を這う快感から逃れようとする。ちゅっちゅと軽やかなリップノイズと首筋にちくりと走る痛みに私はカルナさんに何をされているか悟る。

 

『かるなさん』

 

 目を開けて私はカルナさんの顔を見下ろす。涙でぼやける視界は、瞬きをすればしずくが零れ、晴れる。

 

 カルナさんは目を細めこちらを無言で見上げた。いつの間にか、抱き上げられた身体は下につかない足に少し居心地の悪い思いをする。いつの間にかというか多分首筋を舐め上げてのあたりだったと思う。私は羞恥と今までの熱で顔が熱い思いが収まらなくて増々泣きそうだった。

 

 カルナさんはちゅっと私の目元にキスを一つ落とした。

 

「すまない。少し、急だったな。――ただどうしようもなくお前を確かめたくなった」

『たしかめる……?』

 

 カルナさんは眉を下げ、心なしかしょんぼりとしていた。カルナさんの言葉に私はきょとんと瞬きをした。ん?何を?と。

 

 カルナさんは増々苦し気に顔を歪めた。支える為に背に添えてあったカルナさんの手に力が入る。気づけばカルナさんと私の身体はピッタリと密着するような抱擁へと変わっていた。

 

「お前はオレだけので(・・・・・)、ここにお前が存在しているというその温度が」

『カルナ、さん』

「今日、オレであってオレでないカルナに会って、お前に出会わない可能性がある事に気づいた」

 

 ぴったりとくっついた頬がすりっと擦り寄るように動く。私も堪らずカルナさんの首に手を回しぎゅっと抱きしめる。

 

「知らないままだったなら、なんとも思わなかったのだろう。――けれど」

 

 カルナさんはそこで言葉を切って囁きに満たない小さな声で零した。

 

「知った今となっては無理だと言えてしまう。お前だけは譲れないのだと」

 

 再び肩口に顔をうめてしまったカルナさんの頭を私は撫でる。同じ自分にさえ嫉妬しまうのを許してくれとこの人は言うのだ。なんてずるい人なんだろう、可愛い人なのだろうと私は思う。

 

『カルナさん、大丈夫ですよ』

 

 私の明るい声にカルナさんは不思議そうな顔をした。私はそれにふふふと笑みが浮かぶ。

 

『だって、譲る必要なんてないんですから。安心してください、私はカルナさん一筋ですよ』

 

 ね?と私はカルナさんに緩んだ笑みを浮べる。カルナさんの白い頬が少し朱が走り、照れくさそうに微笑まれた。

 

「ああ、そうだな」

 

 ふわっと柔らかな顔で微笑むカルナさんは文句なしに綺麗だった。

 

 

 

 

 

 

 




※カルナさんが嫉妬した理由
一 自分と話す時と同じような幸せそうな笑みを浮かべてた
二 相手も満更じゃなさそう
三 同一存在なので好みもほぼ同じ可能性が高い。それ故に本気で惚れた相手の彼女に惚れない道理はない。という危機感。

※勿論彼女の笑みが自分を思い浮かべての笑みだと理解した上での嫉妬です。それは分かっているけど、雰囲気が他の奴より緩んでるのが複雑。
簡単に言うと、そいつ俺じゃないんだぞ的な嫉妬です。
同一存在であるからこそのアレって萌えませんか?え?萌えない?(黙っておきます)


さてリクエストして下さった読者様に感謝をこの場を借りて述べさせてください。ありがとうございました。なんかこれじゃない感はお許しください。
ちなみに
原作アルジュナ「誰だアイツ」
原作カルナ「幸せそうで何より」
マスター「んんっ、ツッコミしたいけどしきれない」
的な反応でした。原作アルジュナさんは拙作カルナさんがもはや宇宙人に見えてそうというアレです。だってあのカルナさんが柔らかな顔で微笑んだり、言葉で補足してくれたりしてくれたら凄い破壊力でしょう。


何故ほか時空のカルデアに繋がったのかとかは特に考えていません。アレじゃないですか?邪神()様のお茶目心って奴ですよ☆(邪神様への熱い風評被害)

次回は多分2~3日後の更新となります。キラナ君の話を書こうかと思っています。


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IFネタ もしも彼女がマスターになったなら

お待たせいたしました。
番外編でございます。本編は明日更新しますね。
この話はとある読者様のアイディアに作者が萌え転がって書いたものでございます。なので以下注意点をお読みになった上で読んでくださいね。

注意点:
・カルナさんがヤンデレ。
・カルナさんの盛大なキャラ崩壊の可能性あり
・特に深く考えてない設定。背後風景。
・FGОの主人公の名前は“藤丸立香”採用してます。

更に前提【マハーバーラタ編エンド後、主人公は英霊の座に至れず転生。転生先はまさかのFGОのマスター候補の一人だった。FGОの序章の爆発事故で主人公は前世(インド生活)の記憶を取り戻す】
という前提が大丈夫な方のみどうぞ。この時点で嫌な予感がする方はバックする事をお勧めします。
主人公視点とカルナさんSideに分かれます。注意。


――カルナside――

 

 

 

 カルナは座に至った時、愕然とした。

 

 いない。

 

 まず思ったのはそんな事で、次いで彼女に贈ったあの黄金の耳飾りの気配を探す。アレはカルナの黄金の鎧の一部を使った装飾だ。いわば、カルナの一部と言い換えても良い。だからあの耳飾りを死ぬまで着けていた彼女の気配を探すのは容易だった。

 何故なら彼女の耳飾りがカルナの元へと戻ってきていない。英霊に至ったのなら、それは彼女の手元にある筈だった。

 

 カルナの一部であったアレの気配を探れば、この英霊の座の中に見つからない。ならば必然と彼女が輪廻の輪の中に入ってしまった事をカルナは悟る。

 

 その時のカルナの心情をなんと言い露わぜばいいのだろうか。英霊になっていないのは喜ばしいのだろう、何故なら彼女が血生臭い世界の都合に振り回されずに済むのだから。あの優しい手が血に染まる事がないのをカルナは喜ぶべきだ。

 

 そのはずだ。そのはずだったというのに。

 

 カルナは胸を掻きむしりたくなるこの激情を持て余す。かつて“愛”と名付けた感情が悲鳴を上げる。何故、と。

 

 二度とカルナの目の前に彼女が現れる事はない。

 

 あの温もりに触れる事も、心地よい声に耳を傾ける事も、共に笑いあうあの時間ももう訪れる事はないのだ。

 

 それだけでカルナは奥歯をギリリと音をたてる。歯を食いしばらないと己が何を叫ぶか分からなかった。恥も外聞もなく、ただただ心の赴くままに声を上げたくなってしまう。

 

 

 ああ、けれどもカルナは思ってしまうのだ。

 

 

 許せるはずがないのだと。彼女の隣に立つのが己以外の存在になる事なぞ、許せるはずがない。

 

 例え転生し、真新しい存在に彼女がなろうとも。

 

 輪廻の輪をくぐり、彼女の性別が変わろうとも。

 

 あの温かな笑みが、どこまでも美しい生気に溢れた瞳は変わらないだろうと分かってしまうから。

 

 カルナは目を瞑ってグッと湧きあがる衝動を殺した。噛みしめた唇から鉄の味がする。けれどそれも些末事だ。

 

 

 カルナはこの時から自分が“サーヴァント”という武器に徹する事を決めた。

 カルナの一個人としての心は“彼女”と共に死に絶えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

――主人公side――

 

 

 

 ドォオオンッと大きな爆発音がする。

 

 私は腹部に感じる激痛に目が覚めた。ん?何事かな?ととぼける余裕もすぐに消える。なんだ、このコックピットみたいな場所は。カプセル状の人一人分の大きさの機械の中に私はいた。ただ、その機械は壊れてしまっている。というか周りは火の海で何事かという感じだった。

 

 腹部の痛みに私は眉をしかめる。見下ろせば、腹部にザックリとその機械の破片が刺さっていて見るだけで痛そうだった。

 

 とそこまで見下ろすと私は自分がカルデアの制服の白の上着に黒のスカートを着用している事に気づいた。胸元のベルトがこう胸の慎ましやかな私に喧嘩を売っているなと現実逃避をしたくなった。

 

 どういうことなのと白目をむきたくなりつつ、私はこのカプセル状の機械から脱出する。とそこで私はチャリッと右耳からの金属音に意識を向けた。

 

 視界に掠れる黄金の輝き。えっ?と私は呆然とそれに手で触れる。触った感触でこれはカルナさんに貰ったあの黄金の耳飾りだと確信した。

 

 再びどういうことなのと私は混乱の極致だった。

 

 ふらふらと機械から這い出てみれば、広がる地獄絵図な光景にポカンと私は口を開けた。

 

 燃え盛る火の海、天井が崩壊し、瓦礫の山となっている周囲。そして周りに点在するカプセル状の機械の中の力ない人の姿。そして鳴り響く機械的なアナウンスと警告音。

 

 まさに終末を思わせる光景だった。

 奥の方にある、地球儀のようなそのオブジェに私は冷や汗が流れるのを感じた。

 

 その地球を模するソレは今は輝きが赤く、耳に届く施設の警告音が私を追い込む。ああ、そんな。私は自分の予想だにしていなかったこの状況に腰が抜けるのを感じた。

 

 べしゃりとその場に座り込む。非現実的なこの状況と、加えて腹部の怪我に二重の意味での目眩がした。

 

『たすけて……』

 

 気づけば私はそんな事を呟いていた。ぼろりと涙がこぼれる。想像してみて欲しい、いきなり目を開けてのこの惨状にたった一人でいる状況を。

 

 頼れる人はいない、現状を把握しきれないこの混乱の極致を、記憶すら曖昧なこの詰みに詰んだ状況を。

 

 事前に私に心構えが出来る時間があれば、あるいは現状を打破できる手段が私にあれば話は違ったかもしれない。

 

『か、カルナさん……』

 

 思わずこぼれた小さな小さな私の声は警告音に掻き消える程小さい。それが私の無力感を増々助長させた。

 

 とその時。右手の甲が熱く感じた。熱い、というより痛みに近い。

 

『うう、うぁああああ』

 

 私は思わず右手を胸元に抱え込んで(うずくま)ってしまった。痛みをやり過ごす為に目をギュッと瞑る。

 

「呼んだか」

 

 ぽつり、と降って湧いたその声に私はバッと顔を上げた。

 

 ああ、いつの日かの再現だ。私は呆然と声の主を見上げる。

 

 彼の黄金の鎧が周りの赤を反射して鈍く光った。柔らかなその白に近い銀髪も、見下ろす青い切れ長の瞳も。

 

 私は涙でぼやける視界で呆然とその姿を見つめた。

 

「そうか、まずは名乗らないといけないのだったな。――サーヴァント、ランサー。真名はカルナという。よろしく頼む」

 

 相変わらずのマイペースさに私はくしゃりと笑った。私に差し出されたカルナさんの手を私はとる。

 

 グッと引っ張られたその手の力強さに私はたたらを踏む。ぽすりとカルナさんの胸元に私はダイブする形となってしまった。

 

「ッ。その怪我は」

 

 カルナさんの息をのむ音とその後の言葉に私はああと頷く。

 

『あはは、カルナさんが来てビックリしちゃって忘れてました。うーん、多分死にはしないとは思うのですけど……』

「お前はまたそう――」

 

 カルナさんはため息を吐いて私の腹部の怪我に手を伸ばす。

 

 《――番、48番、マスター適正者発見、サーヴァントも確認しました。レイシフト準備開始します》

 

 無機質な女性を模した機械音性が告げる。

 私たちが固まると、無慈悲にカウントダウンが始まった。

 

《三、二、一。霊子変換――》

 

 アナウンスの声の途中で私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――きろ」

 

 誰かが呼ぶ声がする。優しいその声はとても懐かしく、泣きたくなるくらい温かなものだ。

 

「――いだ。起きてくれ」

 

 身体を揺する力も優しい。私は覚醒する意識に逆らう事なく、目を開ける。

 

『うん?――かるなさん』

「ああ。おはよう」

『おはようございます』

 

 寝ぼけながら私はカルナさんに答えた。おはようございます、と言った時、カルナさんは目を柔らかく細めた。愛しいと言わんばかりのそれだ。

 

「どうやら怪我は消えているようだが、痛みはないだろうか」

『へ?ああ、そう言えばそうですねぇ……。今のところ痛みはないんですけど』

「そうか、ならばいいが。しかし――」

 

 カルナさんがそう思案するように呟くと、ピピィと電子音が響く。その音は私の手首に付けられたカルデア支給の通信機からだった。慌てて私はボタンを押す。

 

《ああ!よかった、こっちも無事だったんだね》

 

 通信映像が目の前に映し出される。おお、と私は謎の感動を抱いていた。

 

 Drロマンことロマニ・アーキマンさんがその映像に映し出されていた。ドクターさんはこちらを心配そうに声をかける。

 

《うん?あれ?君の隣にいるサーヴァントって、もしかして――》

『はい?ああ、カルナさんですか?』

《ヒェ!? か、“カルナ”だって!? それって施しの英雄かい?大英雄とも言われる最高位サーヴァントの一人じゃないか!!》

『ど、ドクター?』

《ふぁっ!? しかもモニタリングしたら、君たち本契約しているじゃないか!ええええええ!? いつのまに!》

 

 ドクターさんのリアクションの大きさに私が引いているとカルナさんがグッと私の肩を抱く。

 

「すまないが、敵影発見だ。早急に処理するぞ」

『え、あっはい』

《あ、ほんとうだ。ごめん》

 

 ドクターさんの気の抜ける謝罪に私は溜息を少し吐いた。ほんと勘弁してください。

 

 わらわらと集まる骸骨人間達にカルナさんと共に立ち向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪く思うな。ここまでだ」

 

 冷然と敵影に言い放ちカルナさんは最後の一体を薙ぎ払った。的確に急所を槍で抉り、すぐさま次の敵を薙ぎ払う様は生前のカルナさんと変わりなく。私はホッと息を吐いた。

 

『お疲れ様です、カルナさん』

「ああ、お前こそ怪我はないか」

『大丈夫ですよ、カルナさんが守ってくださいましたから』

「――そうか」

 

 私の怪我を心配するカルナさんに私は笑顔で無事だと報告する。カルナさんの切れ長の瞳が緩やかに弧を描いた。ん?と私は若干違和感を感じる。

 

《おっと、なんだかリア充の気配がするなぁ!ボクちょっと藤丸君の方に通信入れるから通信切るね》

 

 ボク泣いてないからね!と言い捨ててドクターからの通信が切れた。

 

 ええーと私は途方に暮れる。せめて藤丸君?の所在を明かしてからにしようよ、と私はドクターに心の中でツッコミを入れる。

 

「どうした」

『あ、カルナさん。えっと、なんかもう一人、ここに来ているらしいんですけどドクターが通信切っちゃって』

「ん、それなら分かるぞ。ここからそう遠くない所に魔力反応が複数存在するからな。この魔力量からして恐らく生きた人間だろう。少なくともサーヴァントが一名同行しているようだな」

『おお、カルナさん凄い』

 

 カルナさんの正確な分析に私は感動する。ところで、私はカルナさんの格好と言うか、その姿にツッコミをそろそろ入れるべきだろうか。

 

『ところでカルナさん。その、装備って――』

「ああ、これか。神槍と黄金の鎧だが、何か可笑しい事でもあったか?」

『えっ』

 

 カルナさんの手に持っているのはかのインドラの力を宿す神槍。そしてその身に纏うはカルナさんの実父からの贈り物の黄金の鎧だ。え、FGОではなんか神槍を顕現するのに黄金の鎧を犠牲にするみたいな説明だったけれど、え?え?と私は大混乱だ。

 

 カルナさんは私の混乱にああ、と納得したように頷いた。

 

「そうか。お前は英霊に至れなかったからな。だがそう心配することはない。――これはお前の負担になり得ないからな」

『んん?』

 

 カルナさんの淡々とした口ぶりに私は首を傾げる。あれ?これカルナさん大分端折ってないか、と。カルナさんが英霊になってから経った年数なんて計り知れないからカルナさんが変わってしまったのか、それとも元に戻ったのか。私は少し複雑な気持ちを抱えつつ、カルナさんの手を掴む。

 

『カルナさん。――私が言いたいのはそう言う事じゃないんですよ。私に、じゃなくってカルナさんに負担はありませんか?』

 

 神槍を持っていない方のカルナさんの手を私は両手で包み、カルナさんの青い瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。

 

 カルナさんのなんでも見透かすようなその青は一瞬見開いた後、揺らいだ。水面にはしる波紋のように、揺らいだ後伏せられる。私は思わず握った手を強めた。

 

「――そこばかり変わらないのは、卑怯というものだ」

 

 ポツリ、と呟かれたカルナさんの声は掠れてて今にも空気に溶けそうなくらいの儚さだった。

 

「お前が居ない事に比べればこの程度、なんの負担にもなり得ない」

 

 それは血を吐くような苦し気な声だった。青い瞳もどろりと濁ったように光がない。

 

『えっ』

「――行こう、この場に留まっても危険なだけだ」

 

 聞いた事のないようなその声に私が思わず声を上げれば、そこにはいつも通りのカルナさんが居た。ほんの数瞬の事だったから私は白昼夢でも見たかと思う程だった。私は握った手を逆に取られ、カルナさんに手を引かれるがまま歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――カルナside――

 

 

 

 カルナはそっと掴んだ手を盗み見る。白い、小さな手だ。共に歩んだ生前とは違い、そこにあるのは傷のない白魚のような手だった。

 

 カルナが知る彼女は生活の為にとその手を傷だらけにしていた。水仕事によるあかぎれに、弓を引くためにと弦で指を切り、果ては見知らぬ誰かに手を差し伸べてその手を傷つけた。

 

 カルナと共に歩んだ人生は果たして幸福だっただろうか。ついぞ聞く事のなかった問いが今になってカルナの頭に浮かぶ。共に歩んでいた時は己も幸せで、その幸せが彼女も同じなのだと信じて疑わなかった。疑うには彼女の浮かべる笑顔が綺麗で、温か過ぎた。カルナに疑えるはずがなかった。

 

 失って初めて気づいたのだ。カルナは自分の愚鈍さが心底嫌になる。生前感じ、伝えていた“愛”では到底足りない。

 

 自身の身よりも大切で、愛しくて、美しいばかりの愛だと思っていた。けれど、そうではないのだ。そうではないとカルナは知ってしまった。

 

 どす黒いばかりの感情だ。どろどろと煮詰めた灼熱は太陽のような赤ではない、地獄を思わせる赤黒さだった。それでもカルナはそれすら愛だ、と認めた。

 

 カルナの手に包まれる白い手に刻まれた赤い令呪、それを見てカルナが満足を覚えたように。そしてその手に他の縁が結ばれないようにこっそりと彼女の魂に印をつけたように。

 

「――哀れな事だ」

『うん?カルナさん?』

 

 思わずこぼれたカルナの呟きに彼女は首を傾げる。生前と同じ、綺麗な青い瞳にはカルナの姿が映っていた。カルナはその事実に歓喜を覚える。

 

 けれどそれを彼女に告げることはない。

 

「なんでもない。それよりももう少しで合流地点だ」

『――それならいいんですけど』

 

 カルナの否定に彼女が若干腑に落ちない顔をする。ああ、覚えているのだろうかとカルナは目を細めた。

 

 彼女が知ることはない。――カルナが彼女に呼ばれ、無理矢理に現界した時の気持ちなど。到底聞くに堪えない世迷言だ。

 

 炎の海に崩れる施設。今にも瓦礫に潰されてしまいそうな儚さで彼女は地べたに(うずくま)っていた。涙を流し、カルナの助けを乞うていた。

 

 その時の衝撃と言ったら、なんと言葉に表せばいいのだろうか。

 

 思わず口を開いた時の言葉は、呼んだかという我ながらにどうかしている言葉だったが許してほしい。あの時は彼女をこんな目にあわせた元凶に怒りでどうにかなりそうだったのだから。

 

 ついうっかりいつかの日のように彼女に思うまま声をかけても仕方がない事だろう。

 

 こちらを見上げる彼女の顔に、その涙に濡れた青い瞳に、カルナの知る彼女と寸分たがわぬ姿に更に衝撃を受けて少しの間怒りを忘れた。

 

 それもここに来て再熱したわけだが。

 

 カルナはギリッと神槍を握る手に力を入れる。瞼の裏のあの怪我をして力なく笑う彼女の姿に更に怒りが増す。怒り?いやそれでは生温い。殺意に等しい感情だろう、と一周まわって冷えてきた脳内でカルナは分析する。

 

 とりあえずは彼女の安全の為にこの槍を振るおう。カルナは片手に感じる彼女の温もりに決意を固くした。

 

 今ここに死に絶えたカルナの人としての心が再び息をふき返したのだから。

 

 




※この後滅茶苦茶カルナさんは“日輪よ、死に随え(ヴァサウィ・シャクティ)”を打ちまくって早期解決した。
――冗談です。そんなことはなく、割と真面目に解決したんじゃないでしょうか。レフ教授には宝具ぶっ放すくらいはしそうですけど(汗)

※作者がヤンデレに本気を出した結果がこれだよ、ヒドイね。これでも自重はしたんだ、うん(白目)。この後藤丸君やマシュと交流するカルナさん、嫉妬するカルナさんまで思い浮かんでやめました。



この話はとある読者様にこういうのいいですよねぇと言われたのがきっかけでした。なのでこの場を借りてお礼を言わせてください、素敵なネタありがとうございます。
――こんなのじゃないよ!と声が聞こえてきそうですが、うん。大変申し訳ないです。
主人公がマスターとなるのでカルナさんはフル装備で駆けつけてくれたよ!という話だったのですが、どうしてこうなった……。
本編でカルナさんを出せないのでこっちでテンション爆上げした結果ですね。番外編で作者は基本自重いたしませんので、そのつもりでよろしくお願いします。
次の番外編は糖分多めにしよう、そうしよう。


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FGО編序章 特異点F
主人公設定など(時折更新・ネタバレ微アリ?)


ちょっと主人公の設定が分かりずらいかなと思ったので詳細をあげます。
FGОのサーヴァント紹介に準拠してやっていきます(作者、FGО以外の作品に詳しくないので)

その他ちょっとこれ分かりずらいかな?と言うところも補足しておきますね。
もし分かりづらい点がありましたら感想欄か、メッセージにて教えてください。追記します。
ちなみに現時点で、という感じでお願いします。物語の伏線に関わるものはあえて伏せさせてください。

ぼくのかんがえたさいきょうのサーヴァントみたいなノリで作りました。
なのでオリジナルスキルとかあるので注意です。
3/29追記:イメージカラーと台詞の要望があったので追加します。
そして宝具の種別に関しても指摘があったので修正いたします。
ご指摘、要望ありがとうございました。
4/2 英霊の座についてのアレコレに指摘が入りましたのでここで補足追加です。
更に主人公の言語のアレコレについても追記。
5/3色々設定追加。追加しすぎてもうリニューアル状態です。


ちなみにライダークラスで現界した場合のプロフィールです。

 

主人公

真名 不明

身長/体重:150cm・3▪️kg(塗りつぶされた跡がある)

原典 マハーバーラタ

地域 インド

属性 中立・善

性別 女性

 

『覚悟。私はそれをよく知っています』

 

キャラクター詳細

マハーバーラタに登場する謎の多い人物。その出生すらあやふやで物語には名前すら定かではない。施しの英霊の傍に居た事は確かだが、様々な説が存在する。“カーリーの申し子”、“施しの英雄の御者”。マハーバーラタでは小柄な男性とされていたが、一部伝承では“施しの英雄の妻”であった、とされているので女性説もある。

そしてその逸話も多く、奇跡の御業に近いものもあったという。果たしてかの人物は何者であったのだろうか。

 

 

※身長、体重は適当に決めてます。

※序でドゥルヨーダナさんが“カルナの妻”という説が残っていると言っていたのはこの為。ドゥルヨーダナさん側が残していたんだよという裏設定です。

 

 

クラススキル

対魔力 A+

騎乗 B

神性 E 

※主人公の宝具の正体は“邪神の心臓”である。故にそれを保有する彼女にも少々血縁があると定義される。

邪神の核 EX ――これも同上の理由。主人公は邪神により常に魔力パスが“世界(彼女の居た)”と繋がっている状態であり、魔力枯渇の心配はない。マスターが存在する限り、彼女が単独に行動しても魔力枯渇はあり得ない。彼女自体が大源(マナ)みたいなもの。

効果はFGОでいう所の毎ターンNP獲得状態付与。つまり常時魔力が少しずつもらえるよ、という感じのスキルです。

 

 

※クラススキルとは――簡単に言ってしまえばパッシブスキルみたいなもの。七騎のサーヴァントクラスによって色々あります。その他に本人の血筋、逸話によって付け足されていくスキルです。なので少ない人もいれば少し多めの人もいます。

 

 

 

パラメーター

筋力E(A)  耐久E

敏捷D     魔力C(EX)

幸運A     宝具EX

 

※()内の数値は宝具の恩恵。魔力は常時EXで、筋力は宝具使用時にA相当の力となる。まあ大剣を振りまわす時のみ怪力だと思ってくだされば。

 

ちなみにコマンドカード編成はアーツ一枚、クイック二枚、バスター二枚編成です。

ただ攻撃手数は少ないのでNPチャージに困りそう(笑)

 

 

 

宝具

 

『“この手が掴むは原罪の端、形を変えよ”』

 

『“邪神の心臓よ(――――)”!!』

種別:対人~対軍、対神宝具

 マハーバーラタでは破壊女神カーリーの力とされた漆黒の大剣。それを敵に突き刺し、敵から力を奪い取る一撃を放つ。それは災禍の業、人々の深淵を覗ける邪神の力である。故にその宝具名を理解すれば人の心では耐えられない。聞こえない、理解できないのはそのせいである。理解してしまうとそこに待っているのは良くて精神崩壊、悪ければ魂の崩壊である。怖い。※主人公以外は宝具名を理解出来ず、“――――”のまま見える、聞こえる状態です。

 

 

※対軍宝具、となっているのはあくまで最大レンジの話。普段は敵単体です。

 

※上記の説明は宝具を“攻撃手段”として使った場合の説明。他の用途にも応用が利くが負担はお察し。サーヴァントとなった為耐久性が上がったので宝具の使い方にバリエーションは増えた。今後に期待。

 

※宝具の根幹は“世界の欲望、願い、想いを魔力に変換して行使する力”。聖杯に似てはいるものの、それ以上の効果が望める万能さが垣間見える事がある。ただし代償は相当覚悟しなくてはいけない。中途半端な覚悟で行使すれば深淵にのまれてしまうことだろう。

 

※ちなみにこの宝具は便宜上大剣の形をとるが、決まった形は存在しえない。時に戦車となり、弓となり、かのマハーバーラタではカルナの黄金の鎧の代わりにもなり得た。

ライダークラスの彼女は漆黒の大剣と戦車としてこの宝具を行使する。

 

 

FGО(ゲームの中)での宝具の効果は以下の通り

バスター属性

敵単体に強力な攻撃/敵のチャージ減少・攻撃力ダウン(3ターン)/味方全体のNPチャージ・HP回復(2000)/主人公にHP減少、1000(デメリット)

※回復してからHP減少する感じです。

 

 

イメージカラー

晴天の空の青。つまりは空色です。スカイブルー。

 

 

ちなみにサーヴァントして現界する姿は十代後半の少女の姿。カルナさんと出会った頃の姿です。

髪の色は黒、瞳は晴天の空を思わせる青。

その他の細かい所は皆様の想像にお任せします。

 

 

 

スキル

 

スキル1

“治癒の奇跡”

回復スキル。主人公の祈りにて回復する。全体回復(初期は800、Max2000くらい)。チャージは初期6ターン。

※このスキルは全適正クラス共通スキルとする。

 

スキル2

“原罪の叫喚”

それは誰もが持つ思いを活性化させるスキル。生きたいと思う欲を重点的に強化し、死なないようにする。

FGO的には全体攻撃力アップ+ガッツ付与(5ターン付与、1000回復で復活)チャージは初期8ターン。

 

スキル3

“魔力放出/付与(闇)”

おのずと知れた邪神の力を付与するスキル。このスキルは対象を魔力放出状態にする。これは主人公の魔力譲渡及び付与。マハーバーラタ編では戦車にやっていた。

FGOでは味方単体のバスター/アーツ/クイック全部威力アップ、加えて宝具威力アップ(1ターン)(HP減少 500 デメリット)

チャージは初期10ターン。

 

 

 

※スキルとは――FGОでの所謂アクティブ(任意)スキル。どのサーヴァントにも逸話と持つ宝具によってスキルが決まっている。みんな共通三つ持っており、霊基再臨していくと解放されていくシステム。詳しくはぐーぐる先生にでも聞いた方がいいです。

※あくまでライダーの主人公のスキルです。こんなサーヴァント居たら弊カルデアに来てほしいなぁという軽いノリです。

 

 

台詞集

 

開始:

   『私の前に立った事、後悔させてあげましょう』

   『お手柔らかに、といかない所がつらいですね……』

 

スキル:

   『祈りましょう』

   『我が力は汝の為に!』

 

コマンドカード:

   『はい』

『お任せあれ』

『そうですね』

 

宝具カード:

   『――深淵を覗きますか』

 

アタック:

   『ハァッ!』

『よっとッ!』

『これでどうです!』

 

エクストラアタック

   『我が一撃を喰らえ!!』

 

宝具

『“この手が掴むは原罪の端、形を変えよ”

“邪神の心臓よ”!!』

 

ダメージ

『いっ!?』

『くっ!?』

 

戦闘不能

『あぁ……ごめんなさい……』

『か、カルナさん……』

 

勝利

『これで分かりましたか?』

『ふぅ、無事勝てましたね』

 

レベルアップ

『ふふふ、ありがとうございます』

 

霊基再臨

1『おお、これは凄いですね』

2『お役に立てるよう、頑張りますね!マスター』

3『格好がガラッと変わった……?ひえ?! た、確かにこれは――』

4『ありがとうございます、マスター。この力、貴方の為に使いましょう。どうぞ、これからもよろしくお願いしますね』

 

絆レベル

1『あれ?マスター、私に何かご用でも?』

2『私の事が聞きたい?変わっていますね、マスター。うーん、と言っても話せるような事は特に……。あ、カルナさんの話とかどうです?』

3『特別じゃない、普通なのが悪ではない。と、ある人から聞いた事があります。大切なのはその人がその生をどう全うするか、であると。事実、そうなのでしょうね』

4『ふふふ、ここで過ごすようになって生前の頃を思い出します。カルナさんと共にいたあの頃を』

5『マスター、貴方が私のマスターで良かったです。そんな貴方だから力を尽くそうと思えます。ありがとう』

 

会話

『マスター。さあ行きましょうか』

『え?マスターはマスターで、私はサーヴァント。まあ出来れば良き友人となれればいいのですが……』

『マスター。時には休憩する事も大事ですよ』

『カルナさんですか?ふふ、私の一番大切な方ですよ。唯一と言えばよろしいのでしょうか(カルナ所属時』

『アルジュナさんですか?うーん、まあ知り合い兼友人……でしょうか?私が一方的にそう思っているだけかもしれませんが(アルジュナ所属時』

好きな事:

『好きな事、ですか。良く晴れた陽だまりの中での日向ぼっことか、大切な人と過ごす時間とか、そういう何気ない幸せかなと思います』

嫌いな事:

『嫌いなこと……。とはまた違うのですが、運命という言葉は苦手です。決められた道筋になんの価値がありましょうか』

聖杯について:

『聖杯?特に興味はないですね……。いざとなれば私の宝具で代用出来ますから……』

イベント開催中:

『おお!何かあるようですよ、マスター』

誕生日:

『お誕生日おめでとうございます。貴方のその生に祝福があらん事を』

 

 

 

※FGОではサーヴァントごとに台詞があったりします。以前要望があったので、ちょいちょい書いていたんですが、ここまでかかってしまいました。申し訳ありません。

ちなみに召喚ボイスは思いつかな、げふん。真名不明なのでちょっと空欄で。

霊基再臨一段階目と三段階目でFGОでは見た目が変化するのですが、この主人公も変化します。本編の中で明らかにしたい部分なのでちょっと伏せますね。

台詞見づらかったら言ってください。

 

 

 

 

 

 

追記:

【FGО編においての主人公の言葉についての設定】

ややこしい事になっちゃっているのですが、ここで説明させてください。

まず主人公は生前言葉が話せない、又は声が出せない設定でした。それプラス邪神様の愉快犯的犯行です。

なので今作においても彼女の本当の声はカルナさんにしか聞こえない感じです。他の人にはなんかぼやけて聞こえてしまいます。ノイズがかかるというか。なので『』の使用の続行です。

もし、読むのがつらいとか、不愉快な方がいらしたらメッセージでもいいのでお知らせください。その時は「」表記に直します。

 

 

追記:

英霊の座についての設定

・マンションの部屋みたいなもので行き来は可能。ただし、住所を知っているサーヴァントは生前関わりのある人とか親しい人のみ。なので座に訪ねる事の出来る人は限られている。

・加えて英霊の中には下手に仲良くなっても聖杯戦争でのアレコレを危惧して、とか生前のしがらみ、または呪いでいけない事もある

 

追記:主人公の宝具の補足【序章のアレコレ】

Q主人公が宝具を丸ごと譲渡してオルガマリーさん大丈夫なの?邪神化しない?だって心臓でしょ?

A大丈夫です。あくまで主人公は“魔力変換器”ぐらいにしか宝具を使っていないので、オルガマリーさんの身体を再構築、魂の固定化をしたら宝具そのものが消滅してました。残ったのは細い魔力パスのみです。

その魔力パスも序章終わりで主人公は切ってしまったのでオルガマリーさんは普通の人間、普通の魔術師としての肉体しか持っていないです(魔術回路と刻印も復元済み)

 

Q邪神様の霊基を差し出す云々の話。あれ、主人公が永遠にライダー適正失うってことなの?

Aライダー適正失うのは一時的です。邪神様がああ言ったのは脅し込みの発言です。すまない。主人公が霊基を失ったのはあくまで分霊の一つで、本霊に影響を与えるのは一時的。ちゃんと回復します。安心してください。




5/3追記 主人公の設定ほとんどあげた感じです。こんな感じでどうでしょうか。完全にぼくの考えたさいきょうのサーヴァントのノリ。
ちなみに主人公が召喚成功したら第一に再臨とレベル上げをしないとカルナさんが怖い事になりそうだなぁと思っちゃいました。
宝具のダメージ1000固定なので初期でそれをやると結構痛そうだなぁと。
レベルが上がればHPも上がるのでその分痛みも多少は軽減されるんだろうなぁとぼんやり。
コメント返信及びリクエスト対応はもうちょっと待ってくださいね、番外あげたらすぐ対応しますので。


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という訳でFGО編開幕です。
さて、ここで注意事項です。
英霊の座についての捏造設定ありです。とある方の小説で英霊の座とはつまりは“マンションの部屋みたいなもので行き来は可能”、という説を見て、何それ素敵となったのでその設定で書かせてもらいます。
英霊の中には下手に仲良くなっても聖杯戦争でのアレコレを危惧して、とか生前のしがらみ、または呪いでいけない事もあるという設定です。

主人公視点、カルナさん視点で分けられます。今回はさわりのみです。甘いです、注意。
※後書きにちょっと謝罪を置かせてください。


――主人公side――

 

 

 

 英霊の座というものはなんというか不思議な場所だった。見渡す限りの白い空間、時間という概念が存在しないその場所はとても静かだった。

 まあその感想もカルナさんがひょっこりと顔を出した頃にはなくなったんだけども。

 

 え?ええ?と私がわたわたしているとカルナさんは首を傾げた。

 

「ん?どうした」

『え?だって今カルナさんどこから来たの?』

「オレの座からだが?」

『ふぁ!? だって、え?ええ?それってありなんですか?』

 

 私の混乱の声にカルナさんはぱちぱちと瞬きをした。傾げられた首はそのままに不思議そうにカルナさんは続ける。

 

「うん?何をそこまで動揺する。この場はいわば霊体のみが存在するような場所だ。多少の非常識はあり得るぞ」

『ええー?』

「他の奴の事情は知らんが。オレにはこれ如きなんの縛りにもならない」

 

 カルナさんはなんの気負いもなく言いのける。私の手をとり、その手にカルナさんはすりっと頬を擦りつけた。

 

 猫が懐くようなその仕草に私の頬が熱を持つ。細まる青い瞳の柔らかな熱に私にのぼせるなというのが無茶な話だ。

 

 私の沈黙にカルナさんはフッと小さく笑う。

 

「――オレはお前の傍に在れれば、それだけでいい」

『ッ』

 

 しっとりと熱を含むカルナさんの言葉に私は息をのむ。

 

「オレは恵まれているな。死してなお、愛しい者の傍に在れるのは言葉に出来ない程の幸運ではないだろうか」

『カルナさん、それ、言いすぎですよ……』

「そうだろうか?オレはそう思えてならないのだが……」

 

 カルナさんの甘やかな言葉に私は耐え切れずにぼそぼそと呟く。カルナさんは私の赤く染まる頬を撫でて、生真面目に言うのだからもう勘弁してくださいという気持ちで一杯だった。

 

 カルナさんの顔を見れずに俯く私にカルナさんはクスリと笑う。

 

「変わらないな。そんなお前だからこそオレはこうも惹かれたのだろうな」

『ひえええ。カルナさんどうしたんですか?』

「うん?どうもしないが」

『あ、うん。ソウデスネ』

 

 カルナさんの熱烈な言葉に私は戸惑いの声を上げた。カルナさんはこれが通常通りだが?と言わんばかりの態度だったので私は頷くしかなかった。

 

 ああ、そう言えばカルナさん徐々に私に言葉を惜しまなくなったんだよなぁとインド生活での月日を思い出す。私の大切な日々だ。

 

 最初から熱烈っていうのが珍しかったのでつい戸惑ってしまったけれど、私もカルナさんと一緒に居れるのは嬉しい。ので、さっきの言葉も素直に喜ぶ事にする。

 

「ああ、そうだ。ドゥルヨーダナもこちらへと来るそうだ」

『ふぁ!?』

 

 驚く私にカルナさんはそろそろ着く頃だなと頷いた。そう言うのはもう少し早く言ってください……、と私は力なく項垂れる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英霊の座に至り、しばらく経って大分慣れた頃。その頃にはドゥルヨーダナさんが遊びに来ることも慣れてきた。ちなみにカルナさんの座と私の座がいつの間にか繋がっているという驚愕の事態があったのだが、まあそれはいいだろう。夫婦だし、もうここまで来ると一蓮托生、運命共同体レベルだと思うのだ、私は。

 

「何?何故聖杯戦争に呼ばれないのか、だと?」

 

 ドゥルヨーダナさんは私の疑問の声に白けたような目をむける。そ、そんな目をしなくても……と私はしょんぼりする。

 

「ドゥルヨーダナ」

 

「カルナよ、そなたはそう睨むでないわ。――聖杯戦争、なぁ。余が思うにそなたの伝わり方が曖昧なせいだと思うぞ?」

 

 カルナさんの咎める声にドゥルヨーダナさんは渋い顔をする。そして咳払いの後に話し始めた。

 

『あいまい……』

「そうだとも。“カーリーの申し子”、“カルナの御者”、“カルナの妻”。そなたの呼び名は数多にあれど、決定的なものがない」

『はい?』

「すなわち真名だ。英霊の弱点にして要。知名度はあれど、それがないそなたは呼ばれる筈がなかろうよ」

『……言っていませんでしたっけ?』

「少なくとも、余は聞いた事がない。まあそんな細かい事どうでも良かったしな」

『おおぅ……』

 

 ドゥルヨーダナさんの懐の広さに私は慄く。マジか、私。すっかり違和感がなかった為に失念していたのだ。

 

 カルナさんは私の背を撫でる。気づかわし気なその優しい温もりにちょっと肩に入っていた力が抜ける。

 

「そなたが呼ばれるとしたら、特殊な状況下だろうな」

『とくしゅ……』

 

 これで話は終いだ、ドゥルヨーダナさんはそう言って締めくくった。私はと言えば脳裏にとある予感が過ぎりちょっと落ち着かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルナさんと言えば時折聖杯戦争に呼ばれることがあったりしたようだった。その時私はカルナさんの帰りを待つしかないのだけど。

 

 私が何か手出しをすればカルナさん怒りそうだし。そもそもカルナさんを信じている私としては手を出すつもりはない。

 

 薄情だと思う人も居るだろう。でもこれはカルナさんへの私なりの誠意の表し方だ。誠意というか、信頼というかそういう感じの気持ちだ。

 

 聖杯戦争から帰ってきたカルナさんからその時々の話を聞くのもちょっと楽しみだったりする。カルナさん視点の戦いの話は臨場感あふれるもので。カルナさんのマスターとの交流の話も結構知らない一面が見えてきたりして好きだったりするのだ。まぁちょっぴり嫉妬したくもなる事もあるけど。

 

「どうもオレはお前以外に言葉を惜しむらしいな。――余計な事を言ってしまう自覚があったからなのだが」

 

 と月の聖杯戦争から返ってきたカルナさんの言葉には私は少し笑ってしまった。カルナさん、自覚があったんだと。

 

『――そんなにひどいですかね?そうは思えないんですけど』

「それはお前だからな」

 

 私の前では全て思う事を言っているとカルナさんは恥ずかしげもなくさらりと言いのける。私は不意打ちに近いものもあり、うぐぅと変な声を上げてしまった。

 

 私の赤面にカルナさんはこてりと小首を傾げる。くっ、何故だか負けた気持ちで一杯だと私は悔しく思う。

 

「言葉とは難しいものだな。思うまま、感じるままに相手に伝わる訳でもなく」

『でも、きっと言わないと分かんない事もありますよ』

「……そうなのだろうか」

『そうですよ。行動の方が伝わる事もあれば、そうじゃない事もあるんです。だって、カルナさん私に言葉で伝えてくれるじゃないですか』

「ん?」

『それってそう言う事でしょう?カルナさんも、行動だけだと伝えきれないものがあってそれを言葉に伝えてくれる』

 

 不思議そうに瞬きするカルナさんに私はゆっくりと語る。カルナさんのふわふわとした髪を私はゆっくり撫でる。サラサラとして指に絡まる事のない白銀は私の指にあわせてなびく。カルナさんはされるがままだ。

 

『それって素敵な事だと思いません?――私はカルナさんのその想いが嬉しい』

「!」

 

 私は緩む口元に逆らう事なく笑う。へにゃりと崩れた笑いはカルナさんの目を見開かせるに充分だったらしい。

 

 カルナさんは隣に座る私の腕を引っ張り、膝に抱える。ぎゅっと背後から抱きしめられ、肩口にカルナさんは甘えるように頭を擦りつける。ちなみにカルナさんは座にいる時は黄金の鎧を装備していない。インドの民族衣装を纏っていた。

 

 だから抱きしめられてもなんら私に痛みはない。けれど、突然だったから私はびっくりしてしまった。

 

『か、カルナさん?』

「――お前は酷いな」

『へ?』

「オレをどこまで甘やかすのか」

 

 とろりと溶けてしまいそうなカルナさんの甘い声に私はヒエッと声を上げた。み、耳元でその囁きは反則だ、カルナさんの方こそ酷い、と私は赤面しながら訴える。

 

 耳元でカルナさんは幸せそうに喉で笑った。ぐぬぬ、可愛すぎか、私は早々に白旗を上げた。降参だ、こんなのかなう筈がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近やたら眠くなるのが多い。座に至ってからというもの、睡眠欲とか無縁だった為に私は困惑する。カルナさんも心配そうにしてたけれど、他に不具合がなかった為に私は大丈夫だとカルナさんに笑った。

 

 

 

 夢を見た。目の前は全てを呑み込む漆黒の闇。けれどもどこか懐かしい夜の暗闇だ。

 

 私は夢うつつのまま、ただひたすらにその睡魔に身を委ねる。

 

 ――答えよ。

 

 暗闇から聞こえるのは静かな声だった。老若男女誰とも違う、けれどもどこか共通点があるその声に私は目を開けた。

 

 ――答えよ、我が愛し子よ。

 

 うん、この話を聞かないスタイルは邪神様ですね、懐かしいなと私は遠い目をしてしまった。

 

 ――汝の覚悟、刻みし道程。我が祝福に値するものだ。

 ――故にもう一度、お前に踊ってもらおう。

 

『はい?』

 

 ――歩め、その命の思うままに。

 ――示せ、その覚悟を。

 ――理解せよ、我が力のその本質を。

 ――汝が何を手にするか、我が前に示すがいい。

 

『んん?ちょっと意味分かりませんね。ワンモア、ワンモア!』

 

 ――覗け、深淵のその先を。

 ――刻め、汝が縋りしは邪神であると。

 

 

 

 相変わらず不吉過ぎて笑えない……と私は戦慄した。というか何度目だこのやり取りは、と白目をむく私に暗闇が消えていく。

 

 いつかの日に見た、白い閃光が目の前に迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱちり、と私は目を開けた。突然の覚醒に何回か瞬きを繰り返す。

 

 どうやら地面に倒れていたらしい。私はそのまま手をついて、身体を起こした。とそこで手をついた地面が可笑しい事に気づく。

 

 ザラリとしたコンクリートの手触り、ひび割れているもののちゃんと機能しているのであろう道路に私は混乱した。

 

 アイエエエ!! ナンデ?コンクリートなんで?! と絶叫しそうになりながらも、私は状況把握の為に辺りを見渡す。

 

 

 そこにあったのは地獄絵図だった。

 

 

 まず目につくのは赤。ゴォゴォと燃え立てる火は建物を呑み込み、全てをのみこまんと大きくなる。建物、と言えど、そこにあるのは崩れた残骸だ。人の生活なんて見る影もない。世界の滅亡を絵に描いたような光景に私は呆然と立ち尽くす。

 

 というか私、よく無事だったなとぼんやりと思う。と、そこまで考えて私はアッと一つの閃きが降って湧いた。

 

 

 これ、FGОの序章じゃね?と。

 

 

 いやまあ他のFate作品の可能性もあるけれどでも目の前にマスターが居ないので多分違うのだろう。ほら、FGОだとその特異点の空気魔力濃度が高いとかなんとかではぐれサーヴァントが居る事だし、全く可能性がないとは言えないのだ。

 

 そう、サーヴァント。私の今の身体は紛れもなくサーヴァントのものであると確信できる。それは本能に近い直感が告げていた。

 

 服装は白い襤褸布に男装の時の服装。全体的に袖が長めの民族衣装だ。右耳の金の耳飾りも健在で私はホッと息を吐く。

 

 クラスはライダー。残念ながら宝具名が分からない今の私はポンコツサーヴァントだけれどもまあ戦えなくはないだろう。

 

 まぁ悩んでも仕方ないので私は今の問題に目を向けようと思う。

 

 

 特異点F 冬木。

 

 

 従来の聖杯戦争を行っていたそこで、なんらかしらのトラブルがあった。それが特異点の発生理由であり、それらを調査する為にFGОでの主人公さんとマシュさんはレイシフトする。もっともレイシフト自体はレフ教授の爆発事故によるシステムの暴走によるものだったか。

 

 このレイシフトにはカルデア所長、オルガマリーさんも巻き込まれる。そして序章終了時に彼女はレフ教授の裏切りに絶望の中死亡するのだ。

 

 大筋はまだ頭の中にあるものの私は細かい事までは正直覚えていない。だって何十年前の記憶だと思っているのか。ここまで思い出せただけでも奇跡に近いと思う。

 

 私はそこまで考えて頭を抱えたくなった。私ってイレギュラーな上に要らないよね?と。え、オルガマリーさんを助けろとかいう無茶ぶりなのか。そうなのか、邪神()様!と私は空を仰ぎたくなった。

 

 え、でも状況詰んでないか、と私は呻く。オルガマリーさんの本体?というか肉体は爆発でお亡くなりになっているらしいじゃないか。つまりオルガマリーさんは正真正銘、霊体のみの存在だ。それを助けるって……、と問題が山積みどころか、てんこ盛りな現状に頭が痛い。

 

 うーん、まずはFGОの主人公と合流しようと思いなおす。ここでうじうじ悩んでも何も始まらないし。

 

『“この手が掴むは原罪の端、形を変えよ”』

 

 私は宝具の漆黒の大剣を顕現させた。見えない空間から引き抜いた大剣は相変わらず禍々しい見た目だ。私の身体よりも大きい刃に纏う黒いもやに久々ながら遠い目をしてしまいたくなる。

 

 宝具を顕現させて私はとある事に気づく。あれ、これ負担が軽くなっているんじゃないかと。次いで私は納得する。生身の人間よりサーヴァントの方が耐久性高いよねーと自分に頷いた。

 

 私の今のクラスはライダー。なので戦車を召喚する事も可能だ。

 

 来い、と私は漆黒の大剣に念じる。すると大剣からブワッと黒いもやが噴出し、戦車の形を形作る。もやが実体化し、一台の戦車になった。黒いもやを纏うその戦車はとても懐かしい姿だが、とあることに私は衝撃を受けた。

 

『お馬さんがいない……だと?!』

 

 戦車の手綱の先は馬を繋ぐところに伸びており、肝心の戦車を引く馬がいない。え?カルナさんと一緒に居たあの戦の時、確かに馬が存在したのに。そして私の密かな癒しの存在だったのに……!と。

 

 悔しいが、まあ仕方ない。私は戦車に飛び乗り、動かすように意識をむける。ガラリと車輪が動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――カルナside――

 

 

 

 

 英霊の座に居るカルナは愕然とした。

 

 居ない。何処へ行ったというのだ。いつも隣にいた彼女が近くにいないのを感じ取る。見渡す白い空間にその姿はなく、あるのはただただひたすらの静寂だ。

 

 近頃、彼女はしきりに眠いと夢うつつの状態だった。カルナも心配したが、それ以外は特に問題がなかった為に様子を見ていたのだ。

 

 眠る彼女の隣に座り頭を優しく撫でてその安眠を見守るのが最近のカルナの日課だった。それが、突然彼女の姿が金色の粒子に変換され、たちまちカルナの前から姿を消した。

 

 慌てて、繋がっている彼女の座へと行こうとするも無駄だった。

 

 彼女の座がない。正しくは、何処かへと転移したのだろう。彼女へ贈ったカルナの黄金の鎧の欠片を使った耳飾り。あの気配を頼りに探れば、あやふやながら英霊の座自体は感じられた。

 

 しかしこの存在の希薄さはどうしたことか。カルナ自身ではどうにも判断がつかなかった。

 

 友たるドゥルヨーダナを頼れば、ドゥルヨーダナは難しい顔をして黙り込んでしまった。

 

「カルナよ、余は以前言ったな。あやつの伝わり方が曖昧だと」

「ああ。――故に俺は座を繋げ、消える事のないようにしたのだが」

「だろうな。お前はそうするだろうよ。――それで、だ。曖昧な座がしっかりと同じ場所に留まると思うか?今のアレはさながら小宇宙を漂う流星だ。捕まえる事なんぞ出来る筈がない」

 

「ッ!?」

 

 ドゥルヨーダナの冷静な言葉にカルナはヒュッと息をのむ。つまり、それはカルナの脳裏に嫌な想像が浮かぶ。

 

「見よ、この英霊の座から見える景色を」

 

 ドゥルヨーダナはそう言って右手を天へとかざす。白い空間がたちまち変わり、さながら宇宙空間にいるような景色へと早変わりした。

 

 真っ黒な空間に点在する星々のような輝きたち。カルナはそれを呆然と見やる。

 

「見えるか?その一つ一つの輝きがそれぞれ英霊の座なのだ。過去、未来問わずに集められる英霊は星の数ほどにおるのだ、カルナよ。その中の一つだけを見つける可能性は限りなく低いぞ?」

「それは迷う理由になり得るか?ドゥルヨーダナ」

「ふむ。――分かっていたが意志は固いな。ならば余は友として助言をしてやろうぞ」

 

 カルナの真っ直ぐな瞳にドゥルヨーダナは神妙な顔つきになる。

 

「先程そなたは存在が希薄なのだと言っておったな?―― 一つ、考えられるのはあやつが召喚された可能性だ。本体から分霊が分かれ、存在が希薄になったのだろうよ。何せあやつは少し特殊だ」

「しかし、召喚される可能性は低いのではなかったのか」

「ああ、言ったとも。だが、ないとは言い切れん。その特殊な状況下が今発生したのだろうさ」

「――分かった。肝に銘じよう」

 

 ドゥルヨーダナの言葉にカルナは頷き一つ返す。その青い瞳に宿るのは鋭い光だ。

 

「もし、召喚先にあやつに会う事があれば――」

「ああ、重々承知している。もう手を離すような真似はしない」

「上々だ。――成功を祈っておるぞ。カルナ、我が友よ」

「――感謝しよう。ドゥルヨーダナ、俺はやはり人に恵まれているな」

「はっはっは!そなたのその言葉を聞く事になろうとはいやはや分からんものよ。――気をつけてな」

 

 カルナの言葉にドゥルヨーダナはきょとりとする。次いで呵々大笑して友を見送る。カルナは英霊の座から飛び立った。

 

 

 例え、それが終わりの見えない旅だろうとも構わない。カルナはそれを些末事だと思えるくらいには彼女への愛は深いのだ。

 

 

 

 




という訳で序章開幕です。
英霊の座についてとか補足してほしい事があれば遠慮なく言ってください。作者頑張る。



そして、
この場をかりて一つ謝罪をさせてください。主人公の真名についてつい作者が迷い、一部読者様方にはご迷惑をおかけいたしました。申し訳ありません。凄く、すごーく迷ったのですが、このまま主人公さんには名無しさんでいかせてもらいます。もしくは“カーリーの申し子”としての二つ名で書かせてもらいます。
相談に乗ってもらった読者様には申し訳ないです。うじうじ悩むなや!!と聞こえてきそうですが、はいその通りです。
作者、ネーミングセンスは皆無なんだ……(絶望)
反省いたしますので、もう少し拙作にお付き合いの程よろしくお願いします……。


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本編の続きです。お待たせしました。
今回は皆と合流編です。今更なんですが言っておきます。作者はFGОの序章をさらっと見直した程度の知識のみで書いております。なので細かい所の粗はあるかもしれません。
注意点:
・主人公の台詞の『』はこのまま採用させてもらいます(読者様の混乱があるかもしれませんので。それとちょっと伏線もありますので)
・FGОの主人公の名前は“藤丸立香”を採用してます。

拙作の主人公視点でいきます。
4/2誤字報告があったので修正。報告ありがとうございました。


――主人公side――

 

 

 そう言えばカルナさんはどうしているのだろうか。私は戦車を走らせながら思う。英霊の座からここへ至るまでの記憶は曖昧なのでもしかしたら何も言わないまま来てしまったかもしれない。

 その可能性を考えるとちょっと心配で居たたまれなくなるので、私は頭の隅の方に一先ず置いておく事にした。

 

 私は今、戦車を走らせ、崩壊した冬木市の街中を走っていた。途中、エネミー、骸骨人間?に遭遇する事はあっても、時速六十キロで轢き飛ばしているので今のところ問題はない。

 

 戦車を引いてくれるお馬さんが居ないので私の今の姿は傍目から見ると結構やばめかもしれない。全体的にこの黒いもやがいけないと思うんだ。

 闇の使者かな?それとも死神かな?と勘違いされてしまいそうな威圧感。それがこの戦車と私の宝具から溢れている。

 

 更に私の頭からすっぽり被っているこの白い襤褸布も勘違いを助長させることだろう。だって顔見えないし。じゃあ布とれよ、と言う声が聞こえてきそうだが、アイデンティティという言葉をご存知かな?宝具の大剣を握る時はこれが普通だったのでないと私がソワソワしてしまうのだ。ソワソワしていたら不審者にしか見えない訳でどっちにしろ詰んでいるという……。泣いていいかな?と私は密かに思う。

 

 ガラガラと戦車の車輪の音を聞きながら、私はFGОの主要人物がいないか探す。何はともかく合流するべきだ。合流も何も迷子になっているんですけどね、私。町一つじゃん、と余裕を持ってたのは最初の内だけで、一時間、戦車で爆走しても見つけられなかった。

 

 控えめに言ってとても不味い状況だ。

 

 ガキィン、と金属音が遠くから微かに聞こえた。これはもしかしてと私は音の聞こえてきた方向へと戦車を急がせる。

 

 炎の渦巻く廃墟群を超えた先、冬木市で特徴的な赤い鉄橋の傍でその戦闘は繰り広げられていた。黒いもやを纏うシャドウサーヴァント二体に襲われているのは大きな盾を持つ少女。少女の背後に庇われるのは彼女のマスターたる少年と上司にあたる少女だ。

 

 状況は盾の少女が分が悪いか、私は戦車をそのまま走らせる。むしろさらに加速させた。

 

 ガラガラと爆走する戦車に流石に気づいたか、皆こちらへと視線を向けた。突然現れた第三者に驚いたようで動きを一瞬とめる。

 

 その一瞬が命取りだ。

 

『ハァッ!!』

「「ッ!?」」

 

 ドォオオンッと衝撃音で地面が揺らぐ。戦車の横っ腹にシャドウサーヴァント達を当て、轢き飛ばし、空中に彼らを放り投げた。戦車をドリフトさせるように無茶な動きだったから、戦車が倒れそうになるも魔力を大剣に込めて防ぐ。この戦車は私の思うがままに動かせる。その動力源は私の魔力だ。

 

 時速八十キロは超えていたであろう速度だ、その衝撃は多大なものであろう。

 

 更に口を開こうとする所に私は漆黒の大剣を大きく振り回し、遠心力をくわえた一撃をお見舞いする。あの大剣は私の身長よりも大きい刃なので、やり損ねた事はないだろう。

 

 ザシュッと刃がシャドウサーヴァントの身体を一刀両断する。暴風の如き一撃は、二体同時に金色の粒子へと姿を変えさせた。

 

 戦闘終了、と私はとりあえずの危機の脱出にホッと肩の力を抜く。とそこで私は背後からのもの言いたげな視線に気づいた。振り向けばビクリと怯えられる始末。あ、これしくじったと私は今更ながらに悟る。

 

 いきなり乱入した第三者が敵を速やかに始末したらそりゃあ警戒心を抱くだろう。しかも私は装備がやたら禍々しい。うん、自覚しているからねと私は自分に冷静になれと言い聞かせる。

 

『えっと、あの。こ、こんにちは?』

「えっ?あ、こんにちは」

 

 敵意はないよーと私はへにゃりと笑みを浮かべて、彼らに向けて挨拶する。マスターである少年がぎこちなく返してくれた。うん、いい人そうだ。と私はにこにこだ。

 

「……先輩、もしやこの方はこちらの味方なのでしょうか?」

「フォウ、ンキュフォウ」

「――だよね?敵意なさそうだものね」

「ハァ?! アナタ達正気なの!? サーヴァントの中にはこちらを油断させて裏切る輩だっているのです、油断してはならないのよ」

《そうだよ、藤丸君、マシュ。まあ戦力という意味では頼りになりそうな人なんだけどね。あの見た目だし、真名も分かっていない現在そう簡単に信じちゃいけないよ》

 

 ひそひそと話し合う彼らはこちらに聞かれていないつもりなのだろうか?丸聞こえなんですけどと私はツッコミを入れたい。

 

『あのー、ちょっといいですか?』

「「「!」」」

《うわー、これもしかして聞かれていたパターンじゃない?》

 

 ビックリとする三人に、通信機から聞こえるゆるふわ声。私はどこから言うべきか頭が痛くなる思いだ。

 

『ともかく、私は貴方達の敵じゃないです。むしろ味方、だと思います』

「その証拠は?アナタが敵ではないという確たる証拠があるというのかしら?」

 

 私の言葉にすぐに反論するのは銀髪の女性。確かFGОの主人公の上司でカルデア所長だったはずだ。キッとこちらを睨むその金色の瞳は、微かに揺らいでいた。というか、大分昔過ぎて所長の名前が出てこない。いや、オルガマリーなんちゃらさんだって言うのは分かるよ?でもやばい、とても不味いと私は色々な意味で冷や汗をかく。

 

『その、確たる証拠っていうのもないですし。真名も訳あって言えません』

 

 だってその真名ってあれだろう?本当の名前だったり、通り名だったりするわけだ。私の本当の名前は日本人らしい名前だし、通り名も破壊女神(カーリー)の名をここで出したらさらに疑われるだろうし。正義の味方っていうイメージとは程遠いしなぁと私は自分の現状を嘆きたくなる。

 

「なんですって?」

『けれど、これだけは信じて下さい。私は、貴方達の味方です』

 

 所長の訝し気な視線に私は真っ直ぐに見つめ返す。私の視線に所長は少したじろぐように一歩後ろに下がった。

 

「所長、俺はこの人を信じてもいいんじゃないかと思うんですけれど」

「はぁ?藤丸、アナタ本気なの?」

「うん、だっていい人そうだし。嘘ついている表情じゃないですよ、あれ」

「…………」

 

 藤丸少年の言葉に所長は言葉を詰まらせる。俯いてふるふると肩を震わせる所長に私はあ、これ噴火の予兆じゃね?と察する。藤丸少年よ、どうしたんですか?と首を傾げるのはやめるんだ。

 

 盾を持つ淡い紫髪の少女もあわあわと二人のやり取りを見守っている。通信機からの声にいたっては沈黙するへたれっぷりだ。

 

「あの、所長?」

「もうちょっと考えて行動しなさいよーー!! このお馬鹿さん!」

 

 藤丸少年の邪気のない気遣う声に所長の少女が爆発した。よっぽどストレスが溜まっていたんだなと思わせるその怒声は辺りに響いた。

 

 当然、エネミーが寄ってくる訳でして。

 

 わらわらとこちらへと寄ってくる骸骨人間に私は漆黒の大剣を構える。

 

《ごめん、遅れた。敵多数接近、けれど魔力反応はそこまででもないよ。そんなに強い敵じゃない》

「了解しました。敵影こちらでも視認出来ました。先輩、指示をお願いします」

「ああ、マシュ。行くぞ!――所長は物陰に隠れてください」

「え、ええ」

 

 通信機からの声にそれぞれ戦闘態勢をとった。数も多い事だし、私は戦車に飛び乗った。魔力を大剣に込めて、念じる。ぎゅるりと回る車輪は相変わらず絶好調だ。

 

 戦闘開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果としては無傷で勝った。ちょっと途中で私のテンションが上がってしまったのは否めないけど、まあ味方が無事だから問題なしだ。

 

「お疲れ様。えっと――」

『ああ、そう言えばまだ自己紹介もしていませんでしたね』

 

 こちらに労わりの声をかけてくれた藤丸少年は戸惑っていた。ああ、と私は頷く。名乗ってなかったので改めて自己紹介をしようと。丁度、三人いる事だし。

 

『サーヴァント、ライダー。気づいたらこの場所に居たので、まあこれも縁あっての事でしょう。よろしくおねがいします。――故あって真名はあかせませんので好きに呼んで下さいね』

「そうなの?……まあよろしく、ライダー。俺は藤丸立香っていうんだ。こっちはマシュ、俺の後輩?になるのかな」

「はい、ご紹介にあずかりました。マシュ・キリエライトと申します。まだまだ未熟なサーヴァントですが先輩共々よろしくお願いします。それでこの不思議な生物がフォウさんです」

「フォウフォウ」

《あ、ボクはロマニ・アーキマン。ドクターロマンとでも呼んでくれ》

『藤丸さんにマシュさんにドクターさんですね。後はフォウさんも。よろしくお願いします、と。えっと、貴方は?』

 

 自己紹介してくれた藤丸少年いや、藤丸さんとマシュさんと私は握手する。通信機の映像ごしだけれど、ドクターさんに頭を下げる。フォウさんも少し撫でさせてもらう。それからこちらへとちらちらと見てくる所長さんに促す。

 

「別に私はアナタとよろしくしたくないわ」

『あ、そうですよね……』

 

 所長さんに突き放すように言われ、私はしょんぼりと肩を落とす。所長さんはその金色の瞳を一瞬見開かせ、すぐにそっぽを向いた。

 

「……オルガマリーよ」

『はい?』

「だから!名前よ、名前!! オルガマリー・アニムスフィアよ。何度も言わせないで頂戴!」

『オルガマリーさん……』

 

 そっぽを向いたまま、所長さん改めオルガマリーさんはぼそりと名乗った。思わず私が首を傾げれば、早口でまくし立てられ、私はきょとりとする。

 

 そっぽをむいたオルガマリーさんの白い頬が赤に染まる。おお、ツンデレだと私が興味津々に見つめれば、オルガマリーさんは不機嫌そうにこちらを見ようともしない。

 

「先輩、気のせいでしょうか。所長がライダーさんに若干絆されているような……」

「しっ、マシュ。気づかれるよ」

《これ、片方の性別が逆なら二次元にありそうな展開だよね……。いや同性でも友人らしくて大変微笑ましいのだけれども》

 

 やっぱりこそこそと話し合う声に丸聞こえのこちらは何とも言えない。あ、オルガマリーさんの肩が怒りで震え始める。あ、これアカンと私は遠い目をした。

 

「アナタ達……。戻ったら覚悟はいいですね?あ、あとロマニは減給を覚悟しなさい」

《理不尽だ!》

「ドクター……」

「ごめんなさい、ドクター。私達では庇えきれません」

《君たち他人事だと思って!もう少しボクを庇ってくれてもいいんだよ!?》

 

 オルガマリーさんの言葉にドクターさんは悲鳴染みた声をあげた。藤丸さんとマシュさんは諦めてと言わんばかりの憐れみのこもった視線でドクターを見た。

 

 これ、なんて茶番?と私が呆れ半分、微笑ましさ半分で見守っていると背後からじゃりっと足音が微かに聞こえた。感じる魔力量に私はハッと息をのみ、振り返る。

 

『ッ!?』

「あー。お取込み中の所悪いんだが、ちょっといいかい?」

 

 気まずそうに頬を掻きながら現れた、青い衣装の男性。大きな木製の杖を抱え、青いフードを深く被っているその姿。フードからこぼれる青い長髪に私はその人物の正体に確信を抱いた。

 

「オレはここの聖杯戦争のキャスターとして現界した者だ。――ここはまあ言っちまえば狂った聖杯戦争でな。生き残りはオレと、もう一人いる」

「せいはいせんそう?」

「――先輩、聖杯戦争とはカルデアの英霊召喚の基礎となった儀式の名称です。詳しくは所長にお聞きした方がいいとは思いますが、簡単に言ってしまうと七騎のサーヴァントを戦わせ、生き残った陣営が聖杯を手にするといった仕組みです」

「へぇ、そうなんだ。ところで“聖杯”って何?」

「フォウ……」

 

 キャスターの言葉に藤丸さんは首を傾げ、マシュが補足を入れる。そして聖杯とは?と聞く藤丸さんに空気が凍る気配を私は察知した。フォウさんですら呆れる程だ。

 

『なんでも願いを叶えてくれるモノ、らしいですよ』

「――そうね、話を続けましょうか。それで?キャスター、アナタともう一人。生き残ったといったけれど、アナタ以外のサーヴァントいえ、あの黒いもやに侵されたのは何?それとアナタのマスターはどうしたのかしら?」

 

 藤丸さんの疑問の声とそれに付随するやり取りをまるまる無視してオルガマリーさんはキャスターさんに問い詰める。あ、藤丸さんちょっと落ち込んでる。マシュさんの励ましに少し元気を取り戻したようだ。

 

 キャスターさんはオルガマリーさんの問いかけにその赤い瞳を意味ありげに細めた。

 

「さぁてね。気づけばマスターは居らず、人間の生存者は無し。そんで水を得た魚のように襲い掛かる奴さんになんとかやり過ごして今に至る訳だ。――で、オレ以外のあの泥に侵された奴らだろ?アイツらはそのもう一人にやられた奴らだ。どういう訳か、アレにやられるとああなっちまう訳だな」

「なる程ね、それでその生き残りって誰なのかしら?」

「――セイバーさ。ここの聖杯戦争のセイバーで、今は問答無用で襲ってくるけどな」

 

 オルガマリーさんとキャスターさんのやり取りの内容に藤丸さんが肩を震わせる。

 

「問答無用って――」

《うーん、まあ従来の聖杯戦争とは逸脱しているが故に行動の予測が難しいのか……。まあそのセイバーがこの特異点の中心なのは間違いないと思うのだけど》

 

 藤丸さんの呟きにドクターの推察の声が続く。

 

「ではこのメンバーでのセイバーを撃破するのが望ましいのですね」

「――と言いたいところだがな、お嬢ちゃん。そのセイバーが厄介でな」

「なる程、共同戦線をはりたいという訳ね」

 

 マシュさんの声にキャスターさんは首を横に振る。それにオルガマリーさんは納得したように頷いた。

 

「まあな。アンタらには多少の不信要素があるものの、オレの勘が大丈夫だって言ってるんでね。協力をお願いしたいところだ、いいだろう?そこのマスター、いや坊主」

「へ?」

 

 いきなりの協力を仰ぐその声に藤丸さんは戸惑いの声を上げる。キャスターさんは片眉をピクリと跳ねさせた。

 

「オイオイ、アンタがこの陣営の大将首だろう?魔術の素人だろうと関係ねぇ、アンタはその手に既に令呪を宿してるんだ。――その手に宿してるのはただの印じゃねぇって事、肝に銘じておくんだな」

「…………ああ。分かった」

「よっし、よく言った。思い切りが良い奴は嫌いじゃない。アンタはこれよりオレの仮のマスターだ。短い間だが、よろしくな」

「ああ、こちらこそよろしく」

 

 藤丸さんとキャスターさんが固く握手を交わす。良かった、なんとかキャスターさんが仲間になったようだ。

 

 

 

 

「ところでさ、ライダーの声って元からなの?」

『うん?』

 

 藤丸さんの言葉に私は首を傾げる。マシュさんが慌てて、先輩いきなり過ぎますと言っていた。けれど、私の脳裏に嫌な予感が駆け巡った。

 

「だって、ライダーの声。キャスターの声とは違くないか?」

《うわぁ、藤丸君。君命知らずと言うかなんというか、凄いね!》

「え?聞いちゃ不味かった?」

 

 焦る藤丸さんに私の頬が引きつるのを感じる。私、こういう時どんな顔をしたらいいのか、分からないの……と大困惑だ。

 

『ちなみに、どんな感じで聞こえてます?』

 

 まだ諦めちゃ駄目だと私は自身を奮い立たせ、藤丸さんに聞いてみる。

 

「え?なんというか、上手く言えないのだけど。こう、二重に聞こえるような、ノイズ交じりの声のような。不思議な声だよね」

《こちらでも同じように聞こえるから、魔術的な介入という訳でも無さそうだよ。――なんだろうね、もしかしたら生前の逸話とかが関係しているのかもしれないね》

『おぅふ』

 

 藤丸さんの声の嘘のない声がぐさりと心に刺さり、ドクターさんの冷静な分析に止めを刺された気分だ。

 

 【悲報】邪神()様関連の言葉のあれこれが治っていない件というテロップが私の脳内に流れる。あ、でも内容は伝わっているから生前程悲惨じゃないのかと私は思い直した。

 

 落ち込んでいたらキャスターさんに肩をポンと叩かれ慰められたのが地味につらかった。そんな同情するような目で見られると私でも傷つくよ。




という訳で無事主人公は合流できたよ!という感じです。
人数が増えれば増える程小説にするのが難しいというのが思い知らされました。私の文章力が足りないんだぜ、と力尽きそうです。


※主人公の言語関連について:
聖杯によって英霊には自動翻訳が搭載されているのですが、主人公は生前言葉が通じない又は喋れないという設定()がありました。英霊の逸話としてそれが付与されているので、微妙に冒涜的な表現の声になった模様。
邪神()様のボイスに近いものがあります。それじゃあなんで喋れるの?というと邪神様の愉快犯的犯行の可能性(ご都合主義と言う)
ちなみにカルナさんには普通に聞こえます。――邪神様の良心でしょう、きっと。


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間が空いてしまって申し訳ありませんでした。
ちょっと序章をある程度まとめてからあげたかったので、書き溜めていました。反省です。
ので、明日か、明後日(どっちか)も更新しますね。

さて今回はマシュさんの宝具解放イベント関連です。ちょっと長めです。

主人公視点でいきます。


 

――主人公side――

 

 

 この後、キャスターさんに軽く自己紹介をしつつ、作戦を練っていった。作戦と言っても敵戦力の概要とか、簡単なものだけだ。

 その中の話の流れでマシュさんがポツリとこぼす。

 

「私はこのままで大丈夫でしょうか?――宝具を使いこなせないサーヴァントでは皆さんの足を引っ張ってしまわないか心配です」

 

 その不安そうな声に私は分かる分かるよと頷きたくなるのをぐっと我慢する。私も宝具名不明なこの状況が少々不安なのだ。

 

 マシュさんの声にキャスターさんが怪訝そうに眉をしかめた。

 

「あ?その立派な盾、それが宝具なんじゃねぇのか?」

「――それはそうなのですが、私はデミサーヴァントで力を託して下さった英霊の真名も、この盾の名前も分からないのです。なので、宝具の真価とも言える力を展開する事も出来ません」

 

 俯くマシュさんにキャスターさんはああと納得したように声を上げる。

 

「あー、なるほどなぁ。お嬢ちゃん、そりゃあ考え過ぎだ。英霊と宝具は同じ存在なんだよ。ある程度戦えるって事は宝具も使えるってこった。――が、言われてなんとか出来るんじゃあ世話ねぇか」

 

 キャスターさんは顎に片手を添えて思案する。にやりと口元に笑みを浮べる。

 

「まあこれも何かの縁だ。――今のオレはキャスターなんでね。まあ治療と行きますか。という訳でマスター、アンタらも今から寄り道してもいいだろう?」

「寄り道って?」

「ハハッ、何大したことないさ。ただ魔力の目詰まりをしてるみてぇだから、オレが治療してやろうってだけで」

「ああ、いいけど……」

 

 にっかりと笑うキャスターさんに藤丸さんは押され気味に許可を出す。マシュさんはそれに迷惑をかけてしまうと申し訳なさそうな顔をしていた。オルガマリーさんに至っては不機嫌そうにするだけで何も言わない。多分了承という意味だろう。

 

 なんか嫌な予感がする。と私の中の第六感が告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかしてバカなんですかー!?」

 

 ぎゃあああと叫びながらの藤丸さんのキャスターさんへのお言葉がこちらです。結構悲痛な悲鳴で私の涙腺が緩んでしまいそうだ。

 

 ここまでの経緯は至極簡単だ。マシュさんの宝具を解放する為に、とキャスターさんがした事は、なんとオルガマリーさんの上着に厄寄せのルーンを刻み、エネミーを招きよせた。死なせたくないなら頑張りな、と意地悪な笑みを浮かべたキャスターさんは最高に輝いていた。

 

 私は非戦闘員のオルガマリーさんや藤丸さんを庇いながら最低限の立ち回りで敵を倒す。これは確かマシュさんの仮宝具解放イベントだったような気がするからだ。

 勿論、ぼんやりしたうろ覚え知識だけど遠くはない筈だ。なので私はその妨げにならない程度に大剣を振りまわしていた。正直手加減って難しいんだなと再確認した心地だ。

 

 倒しても倒してもキリがない骸骨人間に藤丸さんだけじゃなく、私やマシュさんも疲労が溜まってきている。

 

「限界、です。――これ以上の連続戦闘は――。キャスター、さん。根性論ではなく、きちんと理屈にそった教授、を」

「分かってねえな、こりゃ見込み違いかねぇ」

 

 息絶え絶えな様子でマシュさんはキャスターさんに懇願する。マシュさんは盾を杖代わりにしてようやく立っていられるくらいに消耗していた。

 

 キャスターさんはそれに冷めた瞳で見下ろした。いや、冷めたというよりは鋭い視線だった。あれは猛禽類のような獲物を狩るものの瞳だ。

 

「言っただろう。――それは英霊の本能さ。お嬢ちゃん、アンタがなんでその盾を握っているか、ソイツをよく刻みな」

「何故、私がこの盾を」

 

 キャスターさんの言葉にマシュさんがごくりと唾をのみ込む。

 

「そうさ。結局のところ、アンタがそれを分かってなきゃ意味がない。――って訳で構えな、オレが相手してやるからよ」

 

「――ッ!!」

 

 杖を構え、キャスターさんはマシュさんの了承を聞かずに襲い掛かる。杖から放たれる火球はマシュさんの盾で防がれるが、その衝撃でマシュさんが後ろに倒れそうになる。

 

「マシュッ!!」

 

 倒れそうになるマシュさんの身体を藤丸さんが咄嗟に支えた。キャスターさんはそれに特に反応を示さずただ淡々と準備をする。地面にルーン文字が浮かびあがる。

 

 魔力がキャスターさんの杖に集中する。集まる魔力の輝き、あれは間違いなく宝具の解放だ。

 

「“我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める杜――”」

 

 声は厳かに、けれど力強い詠唱で紡がれる。地面に浮かぶルーンからぼこぼこと蔓、いや木が生えてきて巨人を築き上げた。私はこれはこっちまで被害がくるな、と咄嗟に近くにいたオルガマリーさんを背後に庇う。マシュさんや藤丸さんまでは距離が遠い。とても庇えないというより信じるより他にないと思った。

 

「“倒壊するはウィッカー・マン!オラ、善悪問わず土に還りな――!”」

 

 カッと光と共に木製の巨人に火が噴き出す。ゴォゴォと燃え立てるそれはさながら炎の巨人だ。マシュさん達は、と私は視線を巡らせる。マシュさん達に倒れ込むように近づく炎の巨人。

 

「あああぁあああぁあああ!!」

 

 カッと眩く光るマシュさんと盾。藤丸さんを背後に庇い、一歩も引かないその姿はさながら騎士の如く。けれど、声が、マシュさんの必死の叫びが等身大の彼女を思わせる。

 

 マシュさんは英霊なんて立派なものになろうというのでなく、たった一人の為に立ち上がっているのだと。

 

 それはかつての私のようでいて、違う。

 

 それよりも真っ直ぐで強い姿だった。

 

 マシュさんの叫びに呼応するかのように顕現した。それは城塞、堅牢なる白亜の城壁の一部。決して破れる事のないそれは持ち主とその主を見事守り抜いた。

 

 宝具と宝具とのぶつかり合いは衝撃波となり、周囲に粉塵をまき散らす。

 

 私はオルガマリーさんに被害が及ばないように大剣を盾にする事しか出来なかった。

 

 キャスターさんとマシュさんの宝具が消え失せると周囲の瓦礫が吹き飛ばされている以外は変わりない様子だった。他には多少マシュさんと藤丸さんにかすり傷があるくらいだろうか。

 

「あ、せ、先輩私――」

 

「ああ、マシュ。凄いね、ちゃんと宝具解放出来たね」

「ッ!はいっ」

 

 宝具を解放出来た事実に呆然とするマシュさんに藤丸さんは涙を少し浮かべて微笑んだ。マシュさんはくしゃりと顔を歪め数拍後に笑みで崩れた。

 

 感激するマシュさんに藤丸さんはそっとその頭を撫でている。ほんのりとマシュさんの頬が染まりなんとも初々しい感じだ。

 

 見守っている私もにこにこである。とそこで私の頭にずしっと重みがかかる。

 

「こりゃ驚いたな。生き残れるとは思っていたが、まさかかすり傷とはね。しかも宝具での負傷じゃないときたもんだ」

 

 この重みはキャスターさんが肘をのせたせいか、と私は上からの声に悟る。この調子じゃあ反省していなさそうだ。というかいつの間に私の背後まで移動したのか。全然私は気づかなかった。

 

 どいてくれ、と抗議するようにキャスターさんの横腹を肘でつく。

 

「はは、まあいいじゃないか。アンタ、こうマスコットつーか。そんな感じがすんだよな。――まあ冗談は置いておいてだ。やったな、盾のお嬢ちゃん。ちゃんとやれたじゃないか」

「は、はい。これもキャスターさんの特訓のおかげですね」

「いや、オレのおかげって訳でもないだろ。ただお嬢ちゃんが強かった。それだけさ」

 

《これは驚いたな。マシュの精神面はそれ程強いって訳でもなかったのに……》

 

 ドクターさんの思わず零した声にキャスターさんは肩を竦める。

 

「そりゃ、捉え方の問題さ。お嬢ちゃんはアレだ。どちらかというと守る側の人間なんだよ。攻撃にゃ向かないが、守る為に退かないで居られる人間なのさ」

 

 キャスターさんはそこで私の頭から肘を退かす。ようやく退いたとため息つく私に、アンタなら分かるだろと声をかけた。

 

「空を飛ぶ鳥に水に潜る方法を教えてもなんにもならないように、な。なんつったって、鳥は大空を羽ばたく方法を教えてやらなきゃな」

『ああ、なる程。人には向き不向きがありますからね』

「そういうこった」

《そっか……。そうだね、君たちの言うとおりだね》

 

 ドクターさんはこちらの言葉に少し思う所があったのだろうか。少しだけ苦く笑ったように見えた。

 

「あーあ。とんだ美談じゃない」

 

 空気を壊すようにオルガマリーさんの大仰な呆れを含んだ声が割り込んだ。

 

「キリエライト、その宝具名は分かったのかしら?」

「い、いえまだそれは分かりません。宝具名も、英霊の真名さえ私には――。ただ、あの時は先輩やこのままここで倒れる訳にはいかないという思いで一杯だったので……」

「そう。それは困りますね」

 

 マシュさんの俯いた顔を呆れたようにオルガマリーさんは見つめる。藤丸さんはその様子を唇を噛んで口出しするべきか迷っているようだった。

 

「あの、所長。そんなにマシュを――」

「お黙りなさい、藤丸。それに私は責めている訳ではないのです。――それじゃ不便だろうと思っただけで……」

 

「えっ?」

 

 オルガマリーさんの後半の言葉は呟き程度の小ささで藤丸さんには届かなかったようだ。案の定藤丸さんに首を傾げられてオルガマリーさんは顔を赤くして慌てている。藤丸さんの他にマシュさんも不思議そうな顔をしていたからかもしれない。

 

「な、なんでもありませんッ!それよりもキリエライトの事です。そのままじゃあ宝具展開するのに困るでしょう?疑似展開にしろ、名は大切ですからね。――ですから今度からカルデアの名を使いなさい」

「!いいのですか?」

「ええ、カルデアはアナタにとっても馴染み深いものでしょう。――そうね、スペルは……人理の礎(ロード・カルデアス)で如何かしら?」

「はいっ。とても、とてもいいお名前だと思います。――ありがとうございます、所長」

「所長……!」

 

 感極まったマシュさんと藤丸さんにオルガマリーさんは照れたように顔を赤くしてあわあわしていた。べ、別にアナタの為じゃないんだからね!とかテンプレの台詞が聞こえたような……。

 

 

《いやぁ、若いっていいねぇ》

 

 それには同意しますけれど、そろそろ黙らないとまたオルガマリーさんの逆鱗に触れますよドクターと私は心の中でツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 消耗してしまった体力を回復するため、と怪我をしてしまったマシュさんの治療をするべく休憩を少し取ろうという話になった。

 

 これは私の出番だなと私は手に持っている大剣に祈りを込める。癒しよ、我が祈りにより皆の傷を治せ、なんちゃって。と私はスキルを発動させる。

 

『祈りましょう』

 

 スキル、“治癒の奇跡”発動。

 

 ぶわりと大剣から淡い光が放たれ、皆の擦り傷とかを何事もなかったかのように治癒した。皆目を見開いていたけれどどうかしたかな?

 

「わ、すごいね」

『そうですか?――他に痛いところとか大丈夫ですか?全部治りました?』

「問題ありません、ライダーさん。ありがとうございます。こちらの負傷は全て治癒しました。先輩も大丈夫ですよね?」

「うん、それは大丈夫。ありがとう、ライダー」

『いえいえ、治ったなら良かった』

 

 マシュさんと藤丸さんとのやり取りに私はほのぼのした。うんうん、素直にお礼を言えるのはいい事だよと頷く。

 

「おお、こりゃ驚いたな。アンタもキャスターのクラス適正持ってそうだな」

『も、という事は貴方も複数の適性を?』

「おうともよ。元来オレは槍持つ方が(しょう)にあっているからな。――キャスターって言ってもこりゃ師匠の受け売りしかねーわけだしな」

「しかないとか言っておきながら、あの威力とか……。凄いなキャスターは」

 

 キャスターさんの言葉に藤丸さんは顔を引き攣らせながら称賛を述べる。キャスターさんはそれにニッと笑みを浮かべた。生来の明るさが前面に出ているような笑みだった。

 

「おうおう、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか。サーヴァントとして称賛されるのはいいもんだねえ。ただ、ランサーのオレの時に褒めて欲しいもんだ」

「ランサーの?」

「そうさ。まあアンタはこの先長そうだし、ランサーのオレを召喚する時もあるだろうさ」

「そうなのかな」

「そうなんだよ、まあめぐり合わせっつーのもあるけどな。そんときゃ盾のお嬢ちゃんもよろしくな」

「こ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 キャスターさんは藤丸さんとマシュさんと和気藹々と話している。おお、凄い。先程の殺伐としたやり取りが嘘のような変わりようだ。こういう切り替えが英霊として聖杯戦争を戦い抜いたサーヴァントたらしめるのだろうか。私は少し考えてしまった。

 

 とそこで私はオルガマリーさんの姿が見えないのに気付いた。周囲を見渡せば少し離れた距離にオルガマリーさんはしゃがんでいた。

 

 藤丸さん達三人に少し断ってからオルガマリーさんの所へと歩み寄る。

 

『何やっているんですか?』

 

「ひゃわッ!?」

 

 オルガマリーさんの背後から覗き込み私は声をかけた。途端ビクリとオルガマリーさんの肩がはねる。そして上がる奇声いや悲鳴に私はちょっと生温かな視線をオルガマリーさんに向けた。

 

「な、何かしら!?」

『いえ、何をやっているのかなぁと気になったので』

「そ、そう。何ってあれよ。一応事前準備という奴です。こういう場所なので、出来る事は限られてますけれどね」

『おお、凄い。ちゃんと魔術が組み込まれてますね』

 

 私はオルガマリーさんの手元を見ながら感心した。そこには小石に刻まれたルーンに近い魔術。とは言っても私は魔術に関してはド素人も当然なので効果までは分からない。

 

「わ、分かるの?」

『いいえ。でもオルガマリーさんの努力と言うか、事前に準備をするその心意気は分かりました。貴方は最善を尽くせる人なのですね』

「ッ!! ――当然です、私を誰だと思っているのかしら。アニムスフィア家の当主よ、これくらい出来て当たり前なのです」

『ふふふ、そうですか』

 

 私の言葉にオルガマリーさんは一瞬息をのみ、すぐに顔がそっぽを向いた。けれどその赤くなった耳までは隠せていない。早口になった言葉がオルガマリーさんの照れを含んでいた。

 

 私はそれが微笑ましく思えて思わず、くすくすと笑ってしまう。

 

 オルガマリーさんはこちらをキッと睨んできたけれど、顔が赤いままじゃ迫力に欠けるというものだ。

 

『あ、そうです。それ、私に一つもらえませんか?』

「え?ええ、こんなものでいいのなら、良いわよ?」

『ありがとうございます』

「――どういたしまして……」

 

 オルガマリーさんの魔力のこもった小石を私が一つ望めば快くくれた。思わずほころぶ心のまま笑顔で私が礼を言えば、オルガマリーさんはそっと手渡してくれた。伏せられた金色の瞳が迷うように彷徨っていたので、私は手渡された小石ごとオルガマリーさんの手を握る。

 

「!? な、なによ」

『ふふ、おまじないです』

 

 ぎゅっぎゅとオルガマリーさんの傷のない白い手を握手しながら私は笑う。照れながらも手を振り払わないオルガマリーさんはやっぱり優しいなと思う。

 

 どうか、この優しい彼女が傷つかない未来がきますように。私は祈らずにはいられなかった。

 

 

 オルガマリーさんから貰った魔力のこもった小石はほんのりと温かいような気がした。

 

 

 

 

 

 

《うっう……。よかったねぇ、マリー、んんっじゃなかった所長にこんな友達が出来たなんて……!ボク、ちょっと感動しちゃったなぁ》

「え、ドクター居たの?」

《居たとも!ちょっと疎外感があり過ぎて膝を抱えてたなんてそんな事ないぞぉ》

「仕事をしてください、ドクター」

「フォウフォウ!」

「ほら、フォウさんもそう言ってます」

《うっ、マシュが反抗期だ……!》

「反抗期って、アンタなぁ」

 

 キャスターさんの盛大なため息がこちらまで聞こえてきた。おっと、ばっちりこちらのやり取りを見守ってた系だ、これと私は頭を抱えたくなった。オルガマリーさんの精神にも結構来るものがあったらしい。握手してた手がふるふると震え始める。私はそっとオルガマリーさんの手を解放する。

 

「ロマニ、ステイ」

《アッハイ》

 

 地を這うような低い声のオルガマリーさんにドクターさんはこくこくと首を縦に振った。ちょっと黙れやオラァ、とオルガマリーさんの副音声まで聞こえてきたのは気のせいだろうか。

 

「ごほん、ちょっと真面目な話をしましょう」

「所長、今更取り繕っても駄目ですって。ね、マシュ」

「はい、先輩。そういう所長も大変微笑ましく、むしろ親近感が湧いていいと思います」

《そうそう、その方が結束感が出ていいんじゃないかな?》

 

 オルガマリーさんに悪気なく助言する藤丸さんにマシュさんとドクターさんが加勢する。オルガマリーさんはそれにギロッと鋭い視線を投げる。

 

「ロマニ」

 

《うん?》

「減給だけじゃ足らないかしら?」

《至急、バックアップ体制に戻らせてもらいます》

 

 オルガマリーさんの淡々とした声に敬礼をしたドクターさんはサッと手元に視線を戻し、カタカタと機械操作に集中するようだった。

 オルガマリーさんは何事もないように視線を藤丸さん達に戻す。藤丸さん達はそれに苦笑した。

 

「話を戻すわよ。それでキャスター、アナタ、セイバーについてそれなりに詳しいと思うのですけどどうかしら?」

「ほぉ、やっぱり気づくか。――そうさなぁ、出し惜しみする必要なんざないし、言っちまうか」

 

 オルガマリーさんの問いにキャスターさんは顎を手で擦り、言う。

 

「あのセイバーの宝具をくらえば誰だってその正体に気づく」

 

 キャスターさんの静かな声にこの場にいた誰もが息をのんだ。

 

「――この時代でも一番の知名度を誇る聖剣の担い手。それが奴さ。星の聖剣、エクスカリバー。ここまで言えばもう分かるだろ?」

 

《そ、そんな。それじゃあ――》

「そう、かの有名なアーサー王。それがセイバーの正体さ」

 

 静かに絶望の名が紡がれた。魔術の知識が足らなくとも、圧倒的な力量差が推測される。知名度は力になるんだっけか。

 

 空気が重くなるのをキャスターさんはふぅとため息を一つ吐いた。

 

「そんな心配しなさんな。そう憂鬱になる事はねえよ。オレの見た所、お嬢ちゃんの宝具の盾はあの聖剣に抜群に相性が良いしな」

「相性、ですか?」

「ああ、上手くすれば無傷で済むかもしれねえし」

 

 キャスターさんの明るさを保った声にマシュさんは少し肩の力を抜く。けれど、その直後しょんぼりと肩を落とした。

 

「私にそれが出来るでしょうか……」

「大丈夫だよ、マシュ」

「先輩……」

『そうですよ、マシュさん。一人じゃないんですから、そう気負う必要はないかと。それに、マシュさんにはもう決めている事があるのでしょう?』

 

 何が守りたいか、一番大切な事はマシュさんには見えている筈だ。はっきりと見えなくとも、だいたい分かっていればそれで大丈夫だろう。

 

 だってそれがあればここ一番の時に踏みとどまれる。私は経験上、それを知っているのである。

 

 私はにっこりとマシュさんに笑いかけた。マシュさんの強張った肩の力は少し抜けたようだ。

 

 

「さあ、これからそのアーサー王のところに行こうか」

 

 藤丸さんの声に皆頷いた。休憩はとったことだし、準備も万端だ。

 

 ――後は私の戦車に皆乗せて件のアーサー王の居る地下工房、洞窟のあるところまでとばすまでである。定員オーバー?大丈夫大丈夫、ちょこっと詰めてもらえれば乗れるって。え?戦車の見た目?それは――うん、諦めてもらうしかないかな。

 

 

 




という訳でマシュさん宝具解放イベント及び原作組との交流編です。
わちゃわちゃとしすぎましたか、とても心配です。

とここでカルナさんの出番は?というお声が聞こえてきそうなので。
基本的に番外編で糖分の高い話を更新したいと思います。あと二、三話で序章編が終わるので、その後番外編を集中更新したいなと。


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大変お待たせいたしました。更新予定を大幅に過ぎて申し訳ありませんでした。お詫びに今回は立て続けに更新させてください。

今回は対エミヤ戦とオルガマリーさん救出編です。

今回は視点がころころ変わりますので注意です。


主人公視点からいきます。


 

――主人公side――

 

 

 

 

 戦車を走らせる事十分。キャスターさんの証言通り、その洞窟はあった。自然のままの姿という感じでぽっかりと黒い入口が見えるだけだった。と、そこで私は感じる殺気にああなる程ここでくるかと一人納得した。

 

 洞窟前に戦車をとめて、皆に降りてもらう。

 

『着きましたね、皆さん大丈夫ですか?』

「大丈夫ー。いや凄いね、これこんなに早いなんて」

「そうですね、見た感じ古代戦車の様相をしていらっしゃるのに、中々のスピードでした」

「こんなの絶対可笑しいわ……」

《ははは、それはほらサーヴァントの宝具な訳だからね》

「アンタ、あれだろ。絶対神代寄りの人間だろう」

『あはは、ご無事で何より。――ところでキャスターさん、この後はお任せしても?』

 

 皆の口々の感想を私は笑って受け流す。そしてキャスターさんに確認を取った。

 

 キャスターさんは少し意外そうに瞬き一つして、頷いた。

 

「あー、なる程なぁ。分かった、ここはアンタに任せるか。――先行ってるわ」

『はい、お任せください。皆さん、それではまた』

「えっ?ライダー、着いてこないの?」

『ええ、まあ着いていきたいところなんですけどね。――でも』

 

 首を傾げる藤丸さんに頷きながら、私は言葉をきった。

 

 ビュンと風切り音が迫る、ソレを私は大剣を盾にする事にして防いだ。ガキンと鋭い音をたてソレは四散する。ふむ、そう負担はないようだ私は少し安心する。

 

 ソレは矢だった。形状は剣に近かったけれど、多分弓で射出されたのだろうなと私はあたりをつける。そしてその矢はマスターである藤丸さんに目がけて放たれたものだった。

 

 私は次が来る前に、と藤丸さんに向き直る。

 

『ね、こんな感じで狙ってくる人がいるようなので私が相手をします』

「え、でもライダーが――」

 

 相手をする必要はないんじゃないか、藤丸さんの言葉が紡がれる前に私は口を開く。

 

『いや、私この中では機動力的に一番ですよ?――相手は索敵される範囲外からの遠距離です。きっと魔力探知の精度の低い、ギリギリの範囲での狙撃です』

 

 まだ迷う藤丸さんに、私は最後の一押しをする。

 

『なので、空も飛べちゃうライダーさんこと、私にお任せあれ』

 

 にっこりと軽く笑って言えば藤丸さんやマシュさん皆の顔が緩む。キャスターさんだけが少し怪訝そうに眉をしかめていたけれど、それも一瞬の事だ。

 

「分かった、ライダー。またね」

 

『はい、また会いましょう』

 

 私の言葉に藤丸さんは決意した顔で頷いた。

 

「皆、急ごう。――マシュ、行ける?」

「はい、先輩。私は大丈夫です」

 

 藤丸さん達は先に急ぐようだった。私は最後までは見送らず、背後に向き直る。すなわち街の方角、殺気の主の居るであろう方へ。

 

 

 多分、そろそろだろう。

 

 私は崖の上に今しがた来た人物に声をかける。

 

『通してよかったんですか?』

 

「おや、私を知っているような口ぶりだ。生憎と君とは面識がなかったように思うが?」

『ええ、初対面ですね。――けれど、あの弓の腕前。矢を受ければ分かります。貴方が歴戦の戦いを戦い抜いた猛者であると』

「良く言う、邪魔すれば殺すと言わんばかりの殺気だったというのに」

 

 ハッと鼻で嗤うその人、褐色の肌に白髪、戦闘服の赤、そう英霊エミヤさんがそこに居た。黒いもやに侵されてはいるものの、普通に理性はあるようだ。

 

 英霊エミヤとはFateシリーズにおいて中々の常連さんだ。無銘、贋作、正義の味方の成れの果て。彼を示す言葉は数多くあれど、歴戦の修羅場を潜り抜けてきた猛者に他ならない。

 

 確実に私よりも卓越した戦闘技術の持ち主だ。

 

 ――けれども。

 

『ここは通しません。――申し訳ありませんが、貴方はここで終わりです』

「なる程、全霊でお相手しよう」

 

 一歩たりとも退くわけにはいかないのだ。私は大剣を握る手の力を強めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――エミヤside――

 

 

 

『ここは通しません。――申し訳ありませんが、貴方はここで終わりです』

 

 随分な物言いだと思った。まるで自分(英霊エミヤ)は通過点だと言わんばかりの傲慢さだ。

 

 通してよかったのか、等とほざくが、アレは邪魔をする隙すらなかった。それほどの威圧、殺気だったのだ。全くこの英霊は何者なのか、とエミヤはぼやきたくなった。

 

 白い襤褸布を頭からすっぽりと被った小柄な人物。服装はどこか東洋の民族衣装を思わせるものを着込み、裾や袖が長い服からは手足すらあまり見えない。徹底した隠し様に不審人物の様相だとエミヤは思った。もしくは謎の人物を気取る変わり者か。

 

 その感想はその人物の声を聞くまでで、その声を聞いてその考えは消えた。ザラリとした、ノイズのかかった声。上手く言えないが、機械音声のような得体の知れなさがその声にはあった。

 しかしその動揺はエミヤの奥深くで抑える。ここで簡単に揺らぐほど生温い地獄を渡り歩いてはいない。

 

 それにしてもあの宝具は厄介だ。その細腕で振るわれるのには余りに大きすぎる大剣。身体を上回る大きさの剣は炎のように黒いもやを噴出させ、こちらの攻撃をいとも容易く弾く、斬り伏せる。壊れた幻想(ブロークンファンダズム)で爆発させてもあの大剣で振り払われてダメージはゼロ。加えて同じく黒いもやを纏う戦車も機動力や物理的破壊力が侮れない。

 

 エミヤは矢を番え、放つ、休まず連射する。あの英霊に近距離での戦闘を挑んだらこちらの方が分が悪い。何せこちらは弓兵(アーチャー)だ、近距離もこなせるが、遠距離での攻撃より有効打とは言えないだろう。

 

『はぁああああッ!!』

 

 気合と共に大剣の黒いもやが膨れる、戦車の車輪がぎゅるりと高速回転する。待て、なんだその助走は、とエミヤはツッコミの前に干将莫邪を投影魔術で顕現させる。

 

 ゴォッと音をたて、地面を走っていた戦車が宙を浮ぶ。速度は減速されず、むしろ加速し、こちらへと向かってきた。これだから英霊は、とエミヤは毒づきたくなった。

 

 もはや戦車は目の前、あの細腕で大剣が振り上げられる。その絶望的な状況でエミヤは双剣を構えた。

 

 まあこれでも時間稼ぎくらいにはなった。あの泥に侵された状態で上手く機能しない割に良くやった方か。願わくば、騎士王(彼女)の結末が酷い事にならないように。

 

 漆黒の死神の一撃は無慈悲なほどに鮮やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

――主人公side――

 

 

 

 危なかった、私はヒヤヒヤしながら洞窟内を戦車で走らせていた。勿論、体勢を低くして頭が障害物にぶつからないようにして。この洞窟途中から人工物が入り混じるようになるんだけど、それでもほら岩とか突き出てたら危ない上にこの薄暗さだ。

 

 ああ、でもエミヤさんには手こずらされた。弓から射出されるものが爆発するんだもの、滅茶苦茶ビビりながら戦った。むしろよく勝てたな、私といった具合だ。よくよく考えたら私今までカルナさんと一緒に、という形以外での戦闘経験皆無に等しいんじゃ……。この特異点での戦闘以外だと本当にそうだった、うわぁと私は頭を抱えたくなる。

 

 と、そこで私の身体は金色の粒子に変えられそうになっているのに気づく。

 

『あ、もしかして騎士王さんとのアレコレもう終わったとか――』

 

 そう言えば、うろ覚えの記憶の中では騎士王との一騎打ちで見事エクスカリバーを宝具で防いだマシュさん、までは覚えているんだけど。その後、なんか会話して、そして騎士王とキャスターさんが強制送還、という流れだったような――。

 

 つまり、この場に居るサーヴァントが聖杯の主を失ったことによりその場に留まれなくなっているのか。

 

『――って駄目じゃん!』

 

 私は消えかけの自分の手を見て叫ぶ。やばいよとても不味い状況だ。問題はその後のレフ教授のイベントだ。

 

 このまま私もここから手を退けば。

 

 照れてそっぽを向くあの横顔を思い出す。魔術をかけた石を手渡してくれた時の白い手の温もりを、藤丸さんやマシュさんに向けるあの不器用な、優しい言葉たちを。

 

 それらが全部なくなってしまう。オルガマリー・アニムスフィア、という女の子が魂ごと消えてしまう。

 

『私は――』

 

 傲慢でもいい。禁忌?そんなのとうの昔に踏み越えている。

 

 昔の覚悟を思い出す。カルナさんを救うと決めた時の重い覚悟を。

 

 それより重い覚悟なんて出来るはずはない。けれどもこの場に踏み止まれるくらい覚悟なら出来るから。

 

『ぁあぁああああッ!!』

 

 バクン、と大きく動く筈もない心臓が音をたてる。

 

 金色に変換していた粒子が消える。私の身体を構築していた魔力たちが急速に元に戻っていくのを感じる。身体が、また再構築されていくのを私は目を瞑って耐えた。

 

 それと同時に理解した。――唐突に、かつて宝具を会得した時と同じように私の脳内でその文字は浮かんだのだ。

 

 この宝具の本質(・・)を。

 

『――あー、これは理解出来なくて当然ですよ。予想外すぎます……』

 

 ガラガラと戦車の車輪の音が私を現実に戻す。私は胸に手をあてぎゅっと目を瞑った。

 

 チャリッと右耳から聞こえた涼やかな金属の音。

 

『あ』

 

 私は大事な事を忘れていた。なにを一人で勝手に背負い込むつもりでいたのか。

 今だけはどうか。

 

『カルナさん、どうか私に勇気を下さい。――帰ったら、きっと困ったように』

 

 笑みを浮かべてくれる、それとも呆れるだろうか。私はふふと軽く笑う。

 

 いい意味で力が抜けた。緊張が全てなくなったとは言えないけれど、でもきっと上手く行くと信じる事が出来る。

 

 さあ、私の出来る事をしに行こう。

 

 洞窟の一本道から抜ける。

 

 

 

 

 

 そこは大きく開けた空間だった。奥まったところに大きな炉のような機械が小高くなっている場所に置いてあった。

 

 私は目の前の光景に一瞬息が止まりそうになった。そこには藤丸さんとマシュさんにフォウさん。そして宙に浮かぶレフ教授とオルガマリーさんの姿があった。

 

 レフ教授の隣にぽっかりと空間が穴を開けていて、そこにはカルデアと思われる施設が見えた。どうやら空間を切り取り、繋げているようだ。

 

「このまま殺すのは簡単だけど、それでは芸がない。最期に君の望みを叶えてあげよう」

 

 レフ教授は柔らかな声のまま無慈悲にオルガマリーさんに言う。というか大分話は進んでいるようだった。まだ気づかれてはいないようだし、私は戦車を浮かせる。

 

「君の宝物とやらに触れるといい。なに、私からの慈悲だと思ってくれたまえ」

「な、なにいってるの?レフ?わたしの宝物って……カルデアスの、こと?」

 

 オルガマリーさんの声が絶望に染まる。

 

「や、やめて。お願い。だってカルデアスよ?高密度の情報体よ?次元が異なる領域なのよ?」

「ああ。ブラックホールと何も変わらない。それとも太陽かな。まあどちらにせよ」

 

 うろたえるオルガマリーさんにレフ教授は通常通りの穏やかな声のまま、いっそ残酷に聞こえるままに告げる。

 

「人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく生きたまま無限の死を味わいたまえ」

 

 私は大剣に力をギリッと込めた。ギュルギュルと高速に回る戦車の車輪は空中でそこまでの音は出ない。そのまま戦車を私は走らせた。

 

「いや――いやいや助けて、誰か助けて!わた、わたしこんなところで死にたくない!」

 

 オルガマリーさんは徐々にカルデアへのその空間の穴に体を近づけさせられる。

 

『“この手が掴むは原罪の端、形を変えよ”』

 

 私は過去最大速度で戦車を走らせていた。これは時速百キロどころではない速さだった。

 

 誰かが息をのんだ気がした。いきなり現れた私に驚いたのかもしれない。

 

 レフ教授の前に躍り出た私は大剣を振りかぶる。

 

「貴様、何者だッ!どこから――」

 

 私は生前(・・)決定的な思い違いをしていた。致命的と言い換えてもいい。私はそれをなんであるか、その事を失念していたのだ。

 

『“邪神の心臓よ”!!』

 

 生前理解できなかった邪神の言葉、それを叫んだ瞬間、呼応するかのように大剣が変化した。ゴォッと音をたてて黒いもやが地獄の業火のように膨れ上がる。

 

 感じる心臓への激痛もなんとか表面に出ることなく抑え込んだ。ここで私の顔が苦痛に歪んだら、レフ教授に付け込まれると思ったからだ。

 

 私は躊躇いなく大剣を振り下ろした。膨れ上がった黒い業火の具現がうろたえるレフ教授をのみこむ。大剣から拍動と共に伝わる、レフ教授の魔力と力の一部を削ぎ落したことを。

 

「ガァアアアアアアッ!! おのれ英霊風情がッ!化石の分際でこの私に刃向かうなんぞ許される筈がない!」

 

 片腕を失くしたレフ教授は叫び、恨めし気に吐き捨てる。私はそれに構う事なく戦車を操り、素早くオルガマリーさんを回収した。

 

 抱き留め、腕の中にいるオルガマリーさんは呆然としたままだった。

 

「だが、ああ!いい気味だ、貴様がそうまでして助けようとしたマリーは助からない、何故ならとうに肉体は爆発四散したのだから!! 例え聖杯を使おうとも、助からないさ!」

 

 レフ教授は狂ったように、高らかに、演説をするかのように言葉を重ねていく。

 

「はは、ハハハハハハハハハ!! そのまま我が王の意思のまま、絶望に打ち震えたまま死に絶えるがいいッ!ははははは」

 

 ケタケタと笑いながらレフ教授は空気に溶けるように消えていった。あの様子だと死んだとは思えないし、単に空間移動しただけだろう。

 

 私は一先ずの危機脱出にホッと息を吐く。と、そこで腕の中のオルガマリーさんが震えているのに気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――オルガマリーside――

 

 

 オルガマリーは信じられなかった。理解の範疇外もいいところだ。爆発事故だけでも死にそうだったのに、特異点での戦闘続きに挙句の果てに騎士王との一騎打ち?いい加減にしてほしい。

 

 だから、だからレフがあの大聖杯の所に居た時は助かった安堵で一杯で深く考える事が出来なかった。いつものように助けてくれると信じていたから。

 

 けれど違った。現実はどこまでも私に優しくない、オルガマリーは絶望した。

 

 あれ程信じていたレフが、手のひらを返すように裏切った。裏切ったというより最初から、最初からあの男はオルガマリーを利用する気だったのだろう。

 

 でも死にたくなかった。カルデアスと心中なんて馬鹿げた死に方は嫌だった。

 

「いや――いやいや助けて、誰か助けて!わた、わたしこんなところで死にたくない!」

 

 死に物狂いで、思わず言ったオルガマリーの叫び応えるかのようにその声は響いた。

 

『“この手が掴むは原罪の端、形を変えよ”』

 

 ノイズの混ざったような、生理的に受けつけないと思っていた声だった。でもその声は思ったよりも近くに聞こえて、オルガマリーは涙の浮かぶ視界のままそちらを見た。

 

 白い襤褸布を翻し、あの禍々しい戦車でレフに斬りかかるその姿。その澄んだ青い瞳に迷いなんて一切なく、オルガマリーを助けようとする姿だった。

 

「貴様、何者だッ!どこから――」

『“――――”!!』

 

 うろたえるレフの声を遮るようにその声が断罪を叫んだ。オルガマリーに到底理解出来ない言語であろう、ノイズ交じりの声は本能的に理解してはいけないと思った。けれど、宝具名であったのは確かだ。

 

 その声に呼応するかのように、彼女の大剣が形を変える。禍々しさが一層際立ち、黒いもやがもはや業火に等しい勢いで噴き出す。敵をのみこまんとする大剣はさながら邪神の牙のような有様だ。おぞましい姿のようだろう。けれど、オルガマリーはそうは思わない。

 

 ズバッとレフを斬りつけ、その片腕を落とした彼女はレフの方を見向きもしなかった。

 

「ガァアアアアアアッ!! おのれ英霊風情がッ!化石の分際でこの私に刃向かうなんぞ許される筈がない!」

 

 レフの叫びに特に気にもせずこちらへと戦車を走らせ、宙に浮かぶオルガマリーを抱きしめて回収してくれた。

 

 包まれる優しい温もりに思わずオルガマリーは呆然としてしまう。助かるの?私と思うオルガマリーにレフの追い打ちがかかった。

 

「だが、ああ!いい気味だ、貴様がそうまでして助けようとしたマリーは助からない、何故ならとうに肉体は爆発四散したのだから!! 例え聖杯を使おうとも、助からないさ!」

 

 レフは狂ったように、高らかに、演説をするかのように言葉を重ねていく。そこにかつての穏やかさなんて微塵も見当たらない。

 

「はは、ハハハハハハハハハ!! そのまま我が王の意思のまま、絶望に打ち震えたまま死に絶えるがいいッ!ははははは」

 

 ケタケタと笑いながらレフは空気に溶けるように消えていった。レフの言葉にオルガマリーは目の前が真っ暗になるのを感じる。

 

 ホッと彼女がため息を吐いた。それでハッとオルガマリーは我に返る。死の恐怖にガタガタと勝手に体が震えた。

 

 戦車がそっと地面に降りる。降りられそう?と言われ、なんとか震える足を叱咤し、地面に足をつけた。

 

「所長!大丈夫ですか!?」

「お怪我はありませんか?所長。――申し訳ありませんでした。私、あの時一歩も動けず……」

「マシュだけじゃないよ!俺も、俺も動けなかった……!」

「フォゥ……」

 

 駆け寄り、口々に心配の言葉をかけてくれる藤丸とキリエライトにオルガマリーはほんのり温かな気持ちになる。彼らの後悔の言葉に嘘はなく、心からのモノだとオルガマリーにも分かったからだ。

 

 その時。

 

 ゴゴゴゴと空間が揺れる。すわ地震か、と慌てる四人にピピィと通信機から音がする。藤丸がオンにすれば、ロマニの姿が映し出された。

 

《皆悪いお知らせだ、そこの特異点はもう長くは持たない。――精一杯やってみるけれどレイシフトが出来るかどうか……!いや!でもボク達全力で頑張るからちょっとそっちでも頑張ってみて!》

 

「「「えっ」」」

 

 ロマニの言葉に皆絶望的な表情になる。通信は一方的に切られた。多分安定しない特異点で保てなくなったのだろう。

 

 魔術の魔の字も知らないような藤丸でさえ事態の深刻さに真っ青になっていた。

 

「所長は――。所長はどうなるの?このままだと」

 

 消滅してしまう。その先の言葉を藤丸はのみこんだ。余ほど私の顔色が悪いのか、オルガマリーは乾いた笑みを浮かべた。

 

「ねぇ、ライダー。アナタ、アナタならなんとか出来るんじゃない?」

 

 もう助かるには縋るしかなかった。何故か強制送還から免れていた不明なサーヴァント。自分よりも小さな、彼女にオルガマリーは縋りついた。腕を掴んで揺さぶる。

 

「だって――まだ、なんにもしてない。してないのよ?まだ褒められていないし、認められてもいないッ!!」

 

 震える喉を無視し、みっともなく滲む視界のままオルガマリーは声を上げる。彼女の目は、表情は怖くて見れなかった。これで、見捨てるような、今まで散々見てきた失望の眼差しで見られたらもうオルガマリーの精神は立ち直れない。

 

「…………たすけて」

 

 蚊の鳴くような声だった。どうにかオルガマリーが絞り出した声は小さい。もう立っても居られず、地面に膝をつき、彼女の腕をかろうじて掴んでいた。

 

『――うん、うん。貴方の言う事は分かったよ、オルガマリー。うん、そうだね。そうだったよね。貴方はそういう人だったね』

 

 上から降ってきた声はとても静かな声だった。思わずオルガマリーが顔をあげれば、晴天の空の瞳が優しい光を帯びてこちらを見ていた。まるで親のような、そんな無償の愛を信じさせる輝きだった。

 

「たすけて、くれるの?」

『勿論』

 

 けど時間がないからもうやっちゃうね、失望を含まずさらりと頷かれた承諾にオルガマリーは呆然とした。

 

 彼女は懐からオルガマリーが以前あげた小石を取り出すと、

 

『この手に貴方の手も添えて。――私に信じさせて、貴方が生きているという事を』

 

 柔らかな声にオルガマリーはただただ頷いた。大剣に彼女が両手を添える、その手の中に小石が収まっていた。オルガマリーはその手に両手をかぶせるように添える。

 

『“我が全てを汝に差し出そう、我が心臓は汝の為に”』

 

 ゴゴゴゴと揺れと共に、オルガマリーの意識はなくなった。

 

 不思議と、そこにあの恐怖はなかった。

 

 

 





※ここで補足
なぜ主人公が宝具名を理解して発狂しなかったかという点について。
彼女の宝具は邪神の心臓です。
クラススキルの『邪神の核【EX】』は邪神の心臓を持つが故のスキルでした。邪神の心臓を持つ彼女は曲がりなりにも邪神との繋がりが出来てます。邪神が己の言語で発狂しないように、彼女もその加護で発狂を免れていました。よかったね、主人公さん。そして宝具展開する際に叫ぶ言語は邪神の世界の言葉なので藤丸くんやマシュなどFateの世界の人間には理解できません。したがってマテリアルでの説明も宝具名『“――――”』と不明のままです。
主人公の『』の使用続行もこれがやりたかったがために続けていたという――。 
その節は申し訳ありませんでした。土下座しときます。

そして同じくクラススキル『神性【E】』も邪神の心臓を形式上持つ彼女が少し血縁があると定義された結果です(深く考えちゃいけないんだぜ☆)


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序章編終わりです。
今回は付け足し要素です。どうしても前回と今回の話は同時に投稿したかったので遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
駆け足気味になっちゃったような気がするので後で修正入れるかもしれません。

第三者視点から始まります。


 

――第三者視点――

 

 

 

 

 

 ロマニ、ダ・ヴィンチは信じられない光景を目にした。いや、その二人だけではない、生き残ったカルデアスタッフの全員がその光景に息をのんだ。

 

 レイシフト自体はギリギリ間にあった。なので藤丸、マシュ両名の存命は確実だった。

 

 けれど、カルデア所長のオルガマリーは生存は絶望的だった。レフの裏切りによりそれは確定ですらあった。

 

 それなのに、この目の前の光景はどう言った事だろうか。

 

 オルガマリーの遺体を確認する為に特異点のレイシフト関連が終わってからスタッフ数名と共に行った。

 

 果たしてそこには傷一つない、オルガマリーが横たわっていた。爆心地の中心だったから他には黒こげのナニカがあるだけの酷い有り様で傷一つないオルガマリーの異質さが一層際立っていた。

 

 急いでカルデアスタッフと共にオルガマリーを回収、身体の精密検査を行った。

 

 結果は魔術回路、刻印ともに無事。という奇跡のようなものだった。

 

 これには驚きつつもスタッフ総出で喜んだ。同じ予想外でもいい結果の方が良いに決まっている。

 

 目覚める様子のないオルガマリーの様子はロマニが責任をもって受け持つことになった。オルガマリーの横たわる医務室は今ダ・ヴィンチとロマニしかいない。

 

 まあ最も二人ともすぐにでも他の仕事に取りかからないといけないのだが。

 

「それにしても驚いたな、君もそう思うだろう?ロマニ」

「ああ、レオナルド。皆そう思っているに違いないよ。――藤丸君やマシュにも知らせたら喜ぶんじゃないかな?それにしてもアレは……」

 

 あの場にいた真名不明のサーヴァントが何かをしたのだろうか。ロマニは浮かんだ言葉を飲み込んだ。

 

 ダ・ヴィンチはそれを面白そうに笑みを浮べる。

 

「まあそうだとしたらあれだね。正しく奇跡のような事じゃないか。――うん、どうせなら明るい結果の方がいいし、今はどうでもいいんじゃないかい?」

「――レオナルド、君って奴は」

「ははは、そんな顔をしない。アレだよ、時にはポジティブにもならないとね。この先やっていけないさ。何せ特異点があと七つもある」

「ふぅ、分かっているさ。そんなこと。――この後藤丸君が起きたらその話もしないとね」

 

 ため息交じりのロマニの言葉にダ・ヴィンチは優しい眼差しを向けた。正しく微笑みの貴婦人たる優美な笑みを浮かべて。

 

「そうさ、だからこそ明るいニュースも言える事を喜ばないとね」

「――そうだね。先は長いから、ね。うん。――ああ、ボクって情けないなぁ!」

「ははっ、何を今更。ロマニが情けない事なんて皆周知の事実だろう?」

「酷いな、レオナルド。――うん、でも、頑張ろうか」

 

 救われた命がある事をロマニは感謝しつつ、次へと意識を向けた。なるべく所長のあの子への負担も減らしておきたいしと。

 

 

 

 

 

 

 

 

――主人公side――

 

 

 

 ぱちり、と私は意識の覚醒をもって目を開けた。仰向けのまま、腕の一本も動かせないこの状況。とても覚えがあるなぁとため息も吐く。

 

 けれど後悔はしていなかった。震える手を振り払わなくてよかったと。

 

 ここで私の宝具、漆黒の大剣の正体について話そう。あれは邪神の心臓、そのもののようであり、概念のようであり、まあ不確かなモノだ。それを私の心臓と同化させる事により、固定化、宝具として顕現出来るようになっているのである。何を言っているか分からない?まあ冒涜的な話だからね、仕方ないね。ちなみに心臓がここにあって邪神()様が困らないかという点は安心してほしい。何せあの邪神様、心臓何個もあるらしい。これ以上は私の精神がアカンと言っているので深くツッコミするのは止めにしよう。

 

 まああの宝具、私の意思の力が大分威力に関係あるようだ。私が信じれば信じた分だけ実現する。だからオルガマリーさんを復活するのに彼女の魔力を感じる小石と手の温もりが必要だった。私がまだオルガマリーさんを生きていると信じる為に。

 

 とそこまでつらつらと考えて私は目を再び目の前に向ける。

 

 ここは英霊の座か。目の前の白いだけの空間を見て私は理解する。顔を左右に動かして、辺りを見渡した。

 

 あれ?カルナさんが居ない?それに白い空間が一部ひび割れている。キラキラと光を帯びながらひび割れは少しずつ修復されているようだった。おお、良かったと私は焦った心を落ち着かせる。

 

 カルナさんの所在はどうなんだろう?あれかな?邪神()様のせいかなと勝手に結論付ける。にしても心配だ。カルナさん、ああ見えて心配性だから無茶していないだろうか。

 

 ああでも、私はうとうとと襲い掛かる睡魔に瞼を下ろす。

 

 また会える気がする。というか、私が探しにいけばいい話だしとぼんやりと思った。

 

 

 

 夢を見た。包み込むような暗闇はすでに私に馴染んでいる夜の安息を告げるものだ。

 

 ――答えよ。

 

 この不可思議な声にも大分慣れた気がする。そうですね、邪神様の声ですね。

 

 ――答えよ、我が愛し子よ。

 

 うん?なんですかと私は耳を傾ける。

 

 ――我が愛し子よ、次なる試練汝が司るは騎乗兵ではない。

 ――汝が差し出したるは霊基そのものだ。故にそれ(騎乗兵)は使えない。

 ――理解せよ、それは代償であると。

 ――次は何が当てはまるかは知らぬがな。

 

 キエエエエエ!シャベッター?! ナンデ?!と私は死ぬほど驚いた。邪神様普通に喋れるなら普通に話そうぜ?と混乱のまま脳内で私はぐるぐるする。

 

『――って私、ライダーじゃないんですか?』

 

 

 ――せいぜい我が目を楽しませるがいい。

 ――汝に祝福あれ。

 

 おいおいついに隠さなくなったぞと私は背筋が寒くなった。

 目の前の暗闇がふわりと消える。

 

 

 

 

 

 

 

「――ねえ。起きなさい」

 

 グラグラと身体を揺すられる。遠慮のない力強さはカルナさんではあり得ない程の力だった。優しさが、というより必ず起こさんばかりの力加減だ。

 

 おかげで私はぱっちりと目を開ける。

 

「あ、起きたわね。――ねぇ、ここは何処なのかしら?なんでアナタが目の前に居るの?」

 

 そこに居たのはオルガマリーさんだった。白い空間にぺたりと座り込むオルガマリーさんに私は訳が分からなかった。うん?なんで?と私は驚きのままこてりと首を傾げる。

 

「いや、分からないってアナタねぇ……!」

 

 首を傾げたのをオルガマリーさんはフルフルと怒りで身体を震わせる。私はこりゃアカンと起き上がる。お、すんなり起き上がれた。結構寝てたのかな?と私は思う。

 

『いやいや、私も結構驚いたんですよ!うん。だってここは英霊の座ですからね』

 

 英霊の座という言葉にオルガマリーさんはザッと顔を青ざめさせる。それに私はわたわたと慌てた。そこで私はオルガマリーさんの身体から伸びるキラキラと光る糸を見つけた。

 

 思わず手に取る。と、オルガマリーさんには見えてなかったようで怪訝そうな顔をされた。

 

 手に取って分かったのはこれは魔力パスで、オルガマリーさんは霊体らしいという事だった。ははあ、と私は納得する。

 

「何よ、分かったのなら私にも分かるように説明して頂戴」

『あ、はい。――結論から言うと大丈夫ですよ。オルガマリーさん』

「何が大丈夫なのかしら?」

 

 これは全部話すとオルガマリーさんの精神的に駄目じゃないか。良くて取り乱し、悪くて発狂ワンチャンといった所だろうかと私は思った。

 

『うーん、あ!これは夢です。なので、大丈夫ですよ』

「……ゆめ?」

 

 私の突拍子もない言葉にオルガマリーさんはきょとんと瞬きをする。そうすると美人なオルガマリーさんが幼く見えて可愛らしいなと私は和む。

 

 まあ嘘ではないけれど。多分だけど、オルガマリーさんは夢を媒介に私の座へと干渉してしまっているのだ。夢なのでオルガマリーさんは魂だけの存在で、私と繋がっている魔力パスを断ち切ればきっと帰れる。

 

 なんで魔力パスが繋がっているかというと、私の宝具を全部オルガマリーさんにあげてしまったからだ。勿論、あれは私()の分霊の宝具なのでそれ程本霊に影響はない。オルガマリーさんへの影響も、この魔力パス以外はない筈だ。

 

 あの時、特異点冬木市でオルガマリーさんを救うのは本当にギリギリだった。何せオルガマリーさんの本体(肉体)次元が違う場所(カルデア)にあって特異点にいる私には干渉が出来ない。せめて肉体も一緒にレイシフトしてくれたらよかったんだけど。それで私は考えた。干渉できないなら別方面でのアプローチにするしかない、と。

 

 それが私の宝具をオルガマリーさんにあげて、彼女の霊基に干渉、そこまでくれば微かに残っていた肉体への魔力パスを通じてオルガマリーさんの肉体を再構築、魂の固定化をあの崩壊の中でタイムリミットギリギリで私は完遂した。

 

 だからその時につなげたオルガマリーさんの魔力パスが今ここに残っているのだろう。あの時はそこまで気が回らなかったのだ。

 

 とそこまで私はつらつらと思考に没頭していた。ハッと意識を現実に戻す。

 

 オルガマリーさんは俯き、ぐるぐると何やら考えているようだ。小さく、どうして?と延々と呟いていてその伏せられた金色の瞳が澱んでいた。

 

 あっちゃーと私は頭を抱えたくなった。もしかしなくてもオルガマリーさん、SAN値やばくないかと。

 

『緊急!ライダーさんのスーパーお悩み相談室の開催です!!』

 

「え……?」

 

 ぱちぱちと一人寂しく私が拍手したら、オルガマリーさんはそろそろと顔をあげた。

 

 オルガマリーさんは迷子のような不安そうな顔をしていた。私は優しい笑顔を意識して笑う。

 

 だってオルガマリーさんが追い詰められるのは仕方ない事だと私は思う。若輩の身で突然名家の当主となり、世界の命運を握るプロジェクトの責任者となり、期待されていたマスター適正はなく、挙句の果てに唯一の味方だと思っていたレフ教授に裏切られた。

 

『――なんでも良いんです。何か、誰かに聞いて欲しい事、してほしい事はありませんか?ほら、ここは貴方の夢ですし、ここでなら愚痴を吐いても誰も責めたりしませんよ』

「…………ほんとに?」

『ええ、勿論』

 

 迷うようなオルガマリーさんの声に私は頷く。オルガマリーさんの綺麗な顔がくしゃりと歪む。ぶわりと涙も金色の瞳からこぼれていた。私はそっとオルガマリーさんの背を撫でる。空いていた私の手をオルガマリーさんは両手でぎゅっと痛いほどの力で握った。背を撫でている手はそのままに私はオルガマリーさんの好きにさせる。

 

「ほんと、は。アナタに言う事じゃないかも、しれないけれど……ッ!」

『はい』

「怖いの、このまま生きるのが……こわい」

『ええ』

「次はどんな危険があるかとか、またレフに会うかもしれないとか、それもあるけれど……。でも、それよりも、わたしは!」

 

 オルガマリーさんの嗚咽交じりの声は段々と大きくなっていく。ぎゅっと彼女に握られた手はオルガマリーさんの額に押し付けられていた。涙の感じる濡れた感触すら感じるような気がする。

 

 それは罪深き者の懺悔のような切実さが感じられる声だった。

 

「わたしは、失望されるのが怖い!! あの藤丸だって、私の、父のした事を知れば見る目を変えるわ!いえ、それよりも前に世界の命運を一人で背負えなんて言えば蛇蝎(だかつ)の如く嫌われるのに決まっている。だって――だって、そうでしょ?無理に決まっているわ、そんな事。恨むなっていうのが間違っているのよ」

 

『オルガマリーさん』

 

 熱がはいっていくオルガマリーさんに私は静かに名前を呼んだ。

 

「キリエライトだって、キリエライトだって恨んでいるのに決まっているのよ。誰に聞いてもそうだって。――当然よ。誰だって二十年生きられないって知れば恨みたくもなります、殺されたって文句は言えやしない。分かってます、それは分かっているのよ。でも、それでもわたし」

 

『オルガマリーさんッ!』

 

「ひぅ!」

 

 支離滅裂となっていくオルガマリーさんの後悔の声に私はもう一度鋭くオルガマリーさんの名を呼んだ。もうそれ以上、自分自身を傷つけるような言葉を並べて欲しくはなかった。

 

 我に返ったオルガマリーさんは目を丸くしてこちらを見た。私はオルガマリーさんに怒ってないよと微笑みを浮かべる。

 

『オルガマリーさん、これは受け売りなんですけれど。“特別”じゃない事は悪じゃない、決して悪い事じゃないんですよ』

「えっ」

『何かの分野で一番や二番にならなくちゃとか、特別な役割を果たさないととか、そういうのがないと価値がないってことはないと思います』

 

 私はオルガマリーさんに伝わるようにゆっくりと語る。オルガマリーさんは唇をはくはくと戦慄(わなな)かせた。

 

『その人が生きている、未来があるってだけで生きていく価値はあります。生きていていい理由になるんです。――例え限られた短い時間でも、そこにその人が価値を見出したらそれでいいんですよ』

「――そんな事、誰も言ってくれなかったわ……」

 

 呆然と呟くオルガマリーさんに私は苦笑する。

 

『では一つの話をしましょうか。――無力だった一般人だった一人の人の話を』

 

 私は目を閉じて語り始めた。

 

 そう生前の私の話を。多少のフェイクを交えて話す。邪神様に言われていきなり古代インドに放り出されて困っていた所をカルナさんに拾われた話。そしてその後、カルナさんの呪いを解いたり、カルナさんの従者となった事を。そしてドゥルヨーダナさんと交流したり、カルナさんの傍に居て学んだことなどを。そしてアルジュナさんとの決戦での結末を。勿論、個人名は出さず、上手くぼかしながら話した。

 

 私は知っている。悪役と言われたドゥルヨーダナさんはそういう一面もあるけれど、そうじゃない一面も確かにある事を。特別じゃなかった私が、カルナさんの“特別”となれたことを。何よりも運命とは抗えるモノだという事を。

 

 未来は決められたものじゃない。これから生きる人々が織りなしていくものだという事を。

 

 私はオルガマリーさんに伝えたかった。

 

『――ね?そう悲観する事はないですよ。それに貴方は出来る事がないと嘆きますけれど、そんな事ないですよ。ちゃんと、出来る事はあります』

「こんな褒められたこともない、私でも?」

 

 しょんぼりとしてしまっているオルガマリーさんに私は笑って頷く。というか、レフ教授はどういう支え方をしてたのだろうか。ギルティだなと私は心の中でギリィとしておく。

 

『当然です、周りを見て下さい。現場に行けなくとも、オルガマリーさんはサポートできると思いますよ』

 

 言ったでしょう、と私は続ける。

 

『貴方は最善を尽くせる人です。――ちゃんと優しい所もあるって私は知ってますよ、きっと藤丸さんやマシュさん、ドクターさんだって伝わってますよ』

「!! うん、うん」

 

 ひゅっと息をのんだオルガマリーさんはぐしゃぐしゃな顔のまま笑った。

 

『大丈夫です、上手くいきますよ』

 

 オルガマリーさんの背を撫でてながら私はその涙がおさまるのを待った。

 

 

「――そうね、私らしくもなかったわ。うん、もう少し頑張ってみます。アナタ程の英霊に言われたんですもの、いつまでもべそべそしていられないわね」

『その意気です!私も友人として応援してますね』

「!? ――ええ!」

 

 私の友達発言にオルガマリーさんは一瞬驚いてその後弾けるような笑みを浮かべてくれた。

 

 うんうん。大丈夫そうだと私もにこにこである。

 

 私はぱちりと魔力パスを切った。オルガマリーさんの姿がふわりと消える。ここでの体験はきっとオルガマリーさんの記憶に残るだろう。夢だと片付けられる心配があったので、冬木市にてもらったあの小石をオルガマリーさんの手元に持たせた。今手元に戻ってきてないので、オルガマリーさんの衣服のポケットの中にあるだろう。

 

 

 さて、カルナさんを探そうと私は英霊の座から出ようとした。

 

 ガンッ。

 

 目の前が星が飛ぶ。

 

『いったーー!なにこれ壁?!』

 

 ぶつけた額を擦りながら私は目の前の白い壁を睨む。まさかの出れないとか予想外なんですけど。もしかして、これ邪神()様のせいかな。

 

 邪神様の言った事を思い返せば次の特異点と思われる発言があったので、もしかしてそれが解決するまで出れないとかそう言う事だろうか。私はがっくりと地面に手を付き項垂れた。

 

 次って、騎乗兵(ライダー)クラス使えないんだっけ?

 

 私という英霊は一番ライダークラスが強いので、それ以外となると強さに不安が残る。FGО的に言うとレアリティ的な話だ。

 

 ライダークラスじゃないと戦車使えないし、私の機動力が凄い下がる。敏捷値がDだし、足が速くないのだ。

 

 うーん困ったと私は頭を抱えた。

 




※蛇蝎の如く嫌う――すごく嫌われる事。


これにて序章冬木は終わります。如何でしたでしょうか。この後、所長が目覚めたら藤丸君やマシュさんが突撃してわぁわあ騒ぐんだろうなと思います。涙をこぼしつつ、でも笑顔で。
それで所長は本当に自分が必要とされている事を実感してようやく前に向けるような感じです。主人公のスーパー相談室も少しは効果があるといいな。

一章はもうちょい後で更新始めます。今回で私の文章力の足りなさが露呈したのでしばらくは番外編を更新させてください。
書きたいネタが一杯あるんだぜ!と言っておきます。
カルナさんの出番は番外編で一杯あるよ!と。
あと後で主人公説明も付け足します。スキルもその時公開します。
では。


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邪竜百年戦争オルレアン
序と一の間


久しぶりの投稿過ぎてどうしようもないです。土下座?もうしてますとも。
とりあえず少し本編を更新させてください。番外編はもう少しお待ちくださいね。

今回は三者視点。前回の序章の続きのカルデアside。荒削りなので後で修正いれるかもしれません。今回から少しずつオリジナル要素が強くなってきます。
とりあえずわちゃわちゃさせたかったんだ……。
【前回までのあらすじ:序章特異点F。主人公の活躍によってオルガマリー救出は完了したものの、邪神=サンの仕業で未だカルナさんとの再会はならず……?】

ではどうぞ。


 先のレイシフトから約二時間程経過した。現時刻午後三時頃。この日のカルデアは正しく最悪の日、と言っても過言ではない出来事があった。

 

 裏切りや予期せぬ犠牲、重なる想定外なトラブル。それらを乗り越えられたのは一重に運が良かった、としか言いようがない。

 

 偶々(・・・)、四十八人目の予定外のマスター候補生が居た。そこにデミサーヴァントにもなり得るマシュ・キリエライトが居た。そして生き残ったカルデアスタッフ達が総出で解決に臨み、それを可能にする機材も生きていた。沢山の偶然が重なり、今ここにレイシフト要員であった三名の生存がある。

 

 手を貸してくれたサーヴァントの存在も大きい。ケルトの英雄、光の御子クーフーリン。キャスタークラスであった彼の協力がなければこの異変の概要を掴めなかったし解決もまた不可能だった。それにライダークラスの正体不明のサーヴァント、彼女の存在も大きい。彼女が居なければ、オルガマリー所長の生存は絶望的だった。今頃オルガマリーは、レフの手によってカルデアスに放り込まれ、ブラックホールの最中のような地獄を見たかもしれない。

 

 それらの偶然に感謝し、ロマニはカルデアの廊下を歩いていた。

 

 これからマスター候補生であった藤丸立香が休む医務室に顔を出しに行く。簡単なメディカルチェックは済んでいるものの、不確定要素の多い今回のレイシフトでは用心に越したことはないのだ。

 

 とは言え、ロマニにそこまで不安はない。先程マシュが目覚め、その健康を確認したばかりだからだ。メンタル共に異常なし。――オルガマリー所長も奇跡的に健康体そのものだった。彼女が人外に足を踏み外さなかったのは本当に奇跡だ。ロマニはその方法をオルガマリー当人から聞いて耳を疑った程だ。……そんな事が可能な英霊が存在していたのか……。ロマニには生憎、心当たりがなかった。

 

 考えても分からない事はとりあえず頭の隅の方でも置いておくことにする。今はそれよりも優先事項が多過ぎる。時間が足らない。今手に持っている資料やらタブレットに映されているデータ達を見つめながらの考えは危ないか、とここでロマニは思い直す。が、目的地はすぐそこだ。

 

 医務室に着き、自動ドアが開く。ロマニは慣れた歩きで奥にあるベッドへと近づく。ここに務める他の医療スタッフは凍結処置となった他のマスター候補生の対処へとてんやわんやの騒ぎだ。あちらはダ・ヴィンチが中心となって動いているので心配いらないだろう。他の怪我人への処置も既に終えている。生き残った者に重傷者はおらず、精々が爆発の破片が飛んでの軽傷だったのが不幸中の幸いだったか。

 

 閑散とした医務室の様子だが、直ぐに他のスタッフも戻ってくることだろう。

 

 そこでロマニはベッドで眠る藤丸の瞼が少し動いたのに気づいた。後少しで目覚める。マシュやダ・ヴィンチにも知らせた方がいいだろう。ロマニは手元の通信機器を操作して一言二言送る。

 

 そうこうしている内に藤丸の瞼が持ちあがる。ぱちぱちと眩しそうに瞬きをした後、カッとその青い瞳が見開かれた。あまりの迫力にロマニはヒィッと短い悲鳴を思わず上げる。

 

「ッ!! ――マシュは!? それに所長は?! ……というか、ここはどこ?」

 

 勢いよく身体を起こし、急な動作で目眩を感じたのか。藤丸の叫びに近い問いかけは勢いをなくし、最後の方は身体を丸めベッドに手を付き俯くほどだった。慌ててロマニは膝をつき藤丸の顔を覗き込む。そして優しく肩に手を置き、安心させるように笑いかけた。

 

「おはよう。藤丸君。ボクの事は分かるかい?」

「――ドクター。ロマニ、だよね」

「そうだよ。――そしてここはカルデア。その医務室だ。キミは二時間前くらいにレイシフトを終え、最初の特異点を見事修復したんだ。つまり、ギリギリ間に合ったんだ」

 

 あの特異点の最後にね、ロマニは少し苦笑する。よく頑張ったね、と労わりの声も共に。ぼんやりとした様子の藤丸も徐々に記憶が整理されたのか、ロマニの言葉に頷きを返した。ロマニは柔らかな声で話を続ける。

 

「キミの懸念のマシュと所長は無事だよ。二人ともキミより先に目覚め、それぞれ作業に当たっている。もっとも、二人ともキミの事が心配なようだったけれど」

「……」

「あの様子だと仕事にはならないんじゃないかなぁ。特に所長なんて動揺が激しかったからね」

 

「――ッ、俺ちょっと二人に会いに行ってくるよ」

 

 ロマニの言葉に藤丸は腰を浮かせベッドから降りようとした。それをロマニはやんわりと手で制止する。

 

「?――なんで」

「そろそろかな……」

 

 訝し気にする藤丸にロマニは医務室の入り口のドアへと視線を投げた。それに釣られるように藤丸の視線も向く。

 

 

「先輩ッ!!」

 

「フォウ!」

「ちょっとわたしは行かないって言ったでしょう?!」

「まあまあ。そうは言っても君、五分に一度は藤丸君の容態を気にしていたじゃないか」

「べ、別に……わたしはアイツの事なんて――」

 

 医務室のドアが開き勢いよく入室してきたのはマシュとフォウだった。それに続くようにダ・ヴィンチに背を押されるオルガマリーも足を踏み入れる。怒り気味のオルガマリーをダ・ヴィンチが宥める形だが、よくよく両者の言葉を聞けばオルガマリーの心配の在り処は一目瞭然だ。

 

「……みんな」

 

 呆然とした藤丸の呟きに賑やかな一行は水を打ったように静かになる。その理由はみるみるうちに潤んだ藤丸の瞳にぎょっとしたから、だった。

 慌てるマシュやオルガマリーに構うことなく、藤丸はベッドから降り駆け寄った。そして藤丸に飛び込むフォウをも巻きこんで、皆を可能な限り抱きしめるように腕を回す。突然のハグにマシュはきょとんとしたし、オルガマリーは当然烈火のごとく怒りに顔を染めた。面白がったダ・ヴィンチが後ろから抱き込んだせいで皆もみくちゃだ。一番の被害者はやんわり仲裁しようとしてダ・ヴィンチに巻き込まれたロマニだったかもしれない。ぐえっと蛙が潰れたような苦しい声が彼から聞こえた。

 

「もー!いいから放しなさいよ!! これからアナタに説明しなきゃいけない事が山ほどあるんですからね!……そんなに喜んでくれるのは嬉しいけれど」

「「所長……!」」

 

「!! 聞こえたの!? 藤丸もキリエライトも目を輝かせないで!もうッ!!」

 

 激昂するオルガマリーのもっともな言葉に藤丸はハグから解放する。そしてオルガマリーのぽろっと洩らした呟きにマシュと共に目を輝かせるのだった。それに益々顔を赤くするオルガマリーはもはや当初の当たりの強さは見当たらない。こうなってくると怒りより照れで顔が赤くなっているように思えてくるのが不思議だ。

 

 そんな少年少女のやり取りをこっそりともみくちゃから逃れた大人二人は感慨深そうに目を細めるのだった。

 

「さて、我々は準備に取りかからないとね」

「あとキミの自己紹介も藤丸君にしなくてはいけないんじゃないか?――あの特異点ではバタバタしていたから結局はキミに触れないままだったし」

「おっとそうだった」

 

 準備へと気を回すダ・ヴィンチにロマニは呆れながら指摘する。それに茶目っ気交じりにてへぺろととぼけるダ・ヴィンチにロマニは冷たい視線を送った。この微笑みの似合う美女、中身はおっさんである。……三十路のロマニが言う事じゃないかもしれないが。

 

 どうやら藤丸マスター候補生のチュートリアルの続きは天才、ダ・ヴィンチの自己紹介から幕を開けなくてはならないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、自己紹介をさせてもらおう。何を隠そう、私こそがレオナルド・ダ・ヴィンチさ。万能の天才といえばこの私、頼りにしてくれていいんだよ?気軽に“ダ・ヴィンチちゃん”と呼んでくれたまえ」

 

 場所を移してここはカルデアの空き部屋。突如の不幸によってカルデアには使われない区画があり、ここはその一つだった。持ち主の居ないこの部屋は机が一つ、椅子が二脚しかない殺風景さだ。そこにホワイトボードをどこからか持ち出し、チュートリアルの続きとダ・ヴィンチが藤丸に簡易的な講義をするらしい。マシュは藤丸の隣に座り一緒に受ける心積もりのようだ。ちなみにオルガマリーもこの場に同席している。手元のタブレットで作業をしつつ、講義に参加するつもりらしい。ロマニは泣く泣くダ・ヴィンチの代わりに仕事に戻っていった。頑張れ、ドクター、藤丸は心の中で激励を送る。

 

 えっへんと胸を反らし、自己紹介を終えたダ・ヴィンチは藤丸の拍手を受けご機嫌のままホワイトボードに文字を書いていく。

 

「今日は簡単にこのカルデアの英霊召喚システムについての講義をしようと思う。――まあ大体はその契約の維持方法とマスターの心得、そして魔術的なお話を少ししようか。最後にロマニのへそくりをつか……ごほん、なんでもないよ。サーヴァントを呼び出すからそのつもりでね」

「へ?」

「あの。その、いいのでしょうか?」

「ああ。ロマニのへそくりの事かい?――まあ後でなんとかするから君たちは気にしないでくれ」

「……そうは言っても気にするでしょうよ」

 

 ダ・ヴィンチの話に藤丸が疑問符を浮かべ、マシュがそれを引き継ぎ問いかける。流石にドクターのへそくり、と言われては良心が痛むような気がする。それをダ・ヴィンチは微笑みで受け流し、ぼそりとオルガマリーがツッコミを入れた。聞き咎めたダ・ヴィンチが聞こえてるよ、とにっこり笑う。……流石サーヴァント、地獄耳いや聴覚が良いらしい。オルガマリーはこっそり涙目になった。

 

「気を取り直して、簡単な話からいこうか。サーヴァント、という名から勘違いされがちだがこれは単なる隷属と侮ってはいけない。きちんとそれぞれの個と向き合う事をお勧めする。――過去に聖杯戦争でサーヴァントと上手くいかなくて敗退するマスターは数多くいるからね」

 

 ホワイトボードに書き込みつつ、ダ・ヴィンチは話を続ける。

 

「そしてサーヴァントにも人間と同じように善人、悪人といるのさ。我々にも心がある。一応、善・中庸・悪と属性が分かれていたりするけれど、それに捉われてもいけない。あくまで一つの基準、考えに過ぎないのだから。時と場合によっては悪属性のサーヴァントが助けてくれる、なんてことも十分あり得るし、その逆も然り」

 

 ホワイトボードにはサーヴァントの属性、その意味が分かりやすい図になって書かれている。それをどこからか出したさし棒でトントンと叩きながらダ・ヴィンチは話を続ける。生徒の藤丸とマシュは神妙な顔つきで聞き入っていた。中々にいい生徒ぶりである。

 

「勿論、狂化付与を受けてしまったサーヴァントはその限りではない。程度にもよるけれど、大抵は話が通じなかったりするものさ。ま、状況によっては会話を試みてみるのも一つの手だけどね」

 

「ちょっと、ダ・ヴィンチ!」

 

「ダ・ヴィンチ“ちゃん”だと言っているだろうに。君も中々聞き入れないね、オルガマリー」

 

 ダ・ヴィンチの話の途中にオルガマリーが険しい顔で横槍を入れた。その咎めるような声にダ・ヴィンチは穏やかな顔で肩を竦めた。やれやれ、と言わんばかりの大ぶりなリアクションにオルガマリーの怒りは燃える。

 

「無責任な事を言わないで頂戴!大体、そんな適当な事を言って、もしもの事があったらどうするのよ!!」

「所長……」

 

 藤丸やマシュの為に怒っているような内容に二人は感無量だ。所長、と声を出したのは藤丸だが、マシュも驚いたように目を丸くしていた。

 

 ダ・ヴィンチは頷く。

 

「確かに一理あるだろう。藤丸君は初心者もいいところだからね。君の心配も無理はない話さ。――けれど、そう言っていられない場合もある。オルガマリー、君には分かっているだろう?なんでも利用しろ、とは言わないけれどソレに近い心積もりはあった方がいい。何、そう心配しないでも藤丸君の後ろで我々がサポートするんだ。この天才、ダ・ヴィンチちゃんもね!」

「――途中までいいこと言っていたのに、最後でへし折るとかなんなのよ!! ……まあ、いいでしょう。藤丸、キリエライト。アナタ達の眼で確かめるのです。あの冬木市での時のように、油断せず、敵意があるか否かを見極めるのよ」

「おやおや、いいところをとられてしまったね。総括すると、そう言う事だよ。君らの眼が、耳が、そして何よりも心が頼りとなる。なに、悩んだらこっそり通信してくれればこちらの知恵も貸そう」

 

「「はい」」

 

 ダ・ヴィンチとオルガマリーの言葉に藤丸とマシュは神妙に頷いた。満足げに眺め、ダ・ヴィンチは話を続ける。

 

「さて、次はサーヴァントのクラス相性について、だ。その後にカルデアの英霊召喚システムについてと魔力についての話をしていくからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダ・ヴィンチの講義は終わり、次はいよいよサーヴァント召喚となった。オルガマリーはそろそろ現場に居ないと出来ない仕事が差し迫ったので渋々退場となった(本人は颯爽と去って行ったつもりらしい)。

 

 カルデアの召喚システムの根本はマシュの盾にある。かの盾を使う事により、術式の安定を図っているのだ。

 

 ダ・ヴィンチの使っている地下工房の近くにその召喚を行うための部屋がある。元々は単なる空き部屋だったのをダ・ヴィンチが魔改造した結果、星空のような藍色と光が満ちる神秘的な空間となったのだ。その部屋は十畳ほどの広さの筈だが、果てがないように見えてしまう。それ程に幻想的だった。ダ・ヴィンチに言わせるとそれは可視化された魔力がどうたら、と浪漫も夢もない話になってしまったので割愛する。

 

 ロマニのへそくり、もといおごりで十回に及ぶ召喚も終わり今日は解散となる流れとなった。呼び出されたサーヴァント達に挨拶と宜しくの握手を済ませ、とりあえずはカルデアの施設の説明だ、とダ・ヴィンチが連れて行った。なるほど、まだカルデアで迷子になる藤丸では案内役に向かない。なお、後でシミュレーションルームで軽い模擬戦闘をやるらしい。彼らサーヴァントは皆気の良い人達で後でな、マスターと軽く手を振っていった。

 

 そんな訳でこの神秘的な室内には藤丸とマシュしかいない。もう、次の予定をこなさないといけない訳だ。――確かこの後は管制室に呼び出されているのだったか。

 

 藤丸はその床や壁に走る青白い光を見ながらポツリと呟いた。

 

「もしかしたら、あの人も呼べたりするのかな……」

「先輩?あの人、と言いますと――」

「うん。冬木市で会ったあのライダーに。――キャスターの方は幸い呼べたから、あの人もどうなのかなって」

 

 へへ、と眉を下げ困った笑顔で藤丸は頭を指で掻く。その誤魔化しの仕草にマシュは数瞬、考えるように顎に手を当てた。

 

「なら、やってみては如何でしょう。――確か先の特異点で幾つか聖晶石を拾っていましたよね?あれは召喚する為のエネルギーにも使えるので、一、二回ならば出来るかと」

「へ?」

「私もあの方にはお礼を言いたいと、思っていますから。先輩だけの気持ちじゃないですよ」

「……ありがとう。マシュ」

 

 マシュの言葉に背を押され、藤丸は召喚式を稼働する事に決めた。幸い、用意は済んである。

 

 虹色に輝く聖晶石を三つ使い、一回召喚術式を発動させる。――藤丸の思い浮かべるのはあの白い襤褸布に包まれた姿。彼女はあの窮地に手を差し伸べてくれた。せめてそのお礼だけでも伝えられたらとその気持ちだけだった。

 

 部屋の中心に三本のラインの光が走る。それは円環の光、ピカピカと光りやがて部屋の中心に収束する。その光の眩しさに目を細める藤丸の視界の隅に虹色の光が掠めた。

 

 現れたるはランサーの印が付いた金のカード。それが輝きを増しボン、と煙が発生した。召喚成功、だ。どのサーヴァントが来たのかは分からないがおそらく高位のサーヴァントなのだろう。

 

「――サーヴァント、ランサー。真名、カルナという。よろしく頼む」

 

 煙が晴れ、先ず聞こえてきた淡々とした声に藤丸とマシュは目を丸くした。出現した姿は黄金の鎧を纏い、金の槍を携えたサーヴァント。白に近い銀髪に青い瞳の下に走る赤の縁取りが特徴的だ。藤丸を見るその目に温度はないように見える。

 

「お前がマスターでいいのだろうか」

 

 ぽかん、と呆気にとられる藤丸にカルナは首を傾げた。それにハッと我に返り、藤丸は慌てて片手をカルナの前に差し出す。

 

「う、うん。俺がマスターの藤丸 立香。よろしくな、カルナ」

「ああ」

「――突然の事で驚いてしまいましたが、新しい仲間ですね。先輩」

「うん」

 

 握手の為に差し出された手をカルナは握り返す。遅れたマスターの挨拶にカルナは少しばかり眼差しを和らげた。そしてマシュと藤丸の会話にきょとりと瞬きをした。突然、とは?とカルナは内心で首を傾げる。

 

 藤丸はそこでカルナの左耳の飾りに目が入った。

 

「あれ?カルナの耳飾り?というかソレなんか――」

「ああ。これはオレが生まれてきてからずっとあるものだが、それが?」

「うーん……?なんか見覚えがあるような、そうじゃないような……」

 

 カルナの左耳にあるものは黄金の鎧と共に太陽神である父より賜りしもの。名の由来ともなる大切なモノだ。それに似たようなモノなどあっただろうか。カルナの内なる呟きは口から出ることはない。

 

 思い悩む藤丸と共に首を傾げていたマシュはあ、と閃きの声を上げた。

 

「思い出しました、先輩!確かライダーさんの右の耳にも同じような飾りがあった筈ですよ!」

「ああ!確かに。あの白い布でチラッとしか見えなかったけど。なるほど、あの人か。ありがとう、マシュ。思い出せてスッキリしたよ」

「いえ……」

 

「!! ……ライダー、だと?」

 

 思い出せたマシュと藤丸の和やかな会話にカルナの低くなった声が割り込んだ。ぽつり、と声自体は静かな、しかし何処となく負の感情が潜んでいそうな声だった。もしかしたら、藤丸の勘違い、又は聞き間違いかもしれないが。

 

「え、っと。ライダーって言うのはね。最初の特異点の時に助けてくれたサーヴァントの事なんだ。割と不思議な人で、情報が少ないからクラスの“ライダー”ってしか呼べないけど」

「――そいつの名は?」

 

 戸惑いながらふわっとした説明をする藤丸にカルナは掠れた声で問う。マシュはこの空気の緊張感に固唾を飲んで見守るしかなかった。

 

 カルナの問いに藤丸は首を横に振る。

 

「……言ってくれなかったよ」

「そうか」

「もしかして、カルナの知り合い?」

 

 頷くカルナに藤丸はもしかして、と疑問を投げかける。それにカルナは視線を少し遠くに逸らす。

 

「――そう、だな。おそらくはその可能性が高いのだろうが。すまない、こちらも事情がある。マスターには関係ない上に、話す得がない」

「え」

「だが、これからまた会うだろう。その時はオレも連れて行ってはくれないか?――いや、これはマスターに頼むべきモノではないな」

 

 カルナのつれない態度に固まる藤丸だったが、後に続いた言葉に咄嗟に手を伸ばす。その手は、話は終いだと部屋を出ようとしたカルナの腕を掴んだ。

 

「待って、カルナ。――よく事情は分からないけど、その頼みは俺に言うべき事だよ。だから、出来る限り連れて行く」

「先輩!?」

「――いいのか?」

 

 事情を問い詰めもせずに了承する藤丸にマシュは驚愕の表情を浮かべる。カルナはカルナで目を見開き、藤丸の真意を確認する。それに藤丸は頷いた。

 

「うん。いいよ。――カルナ、その代わり力を貸してくれ。俺達の人理修復の旅に」

「……もとよりそのつもりだ、マスター」

 

 藤丸の誠実な願いにカルナはフッと柔らかな笑みを浮かべ、頷いた。その笑みを見れば彼に邪念がない事が分かる、そんな純粋な笑みだった。

 

 




やったぜ!▼藤丸 は 新しい なかま を 手に入れた
他のサーヴァントの面子はご想像にお任せします。多分FGO本編のように出会ったサーヴァントは片っ端から召喚していくんだろうなぁ、このマスター。
主人公「これがビギナーズラック、ですか……(戦慄)」

とまあ冗談はさておきちょっとした補足事項。


「――そう、だな。おそらくはその可能性が高いのだろうが。すまない、こちらも事情(※1)がある。マスターには関係ない上に、話す得(※2)がない」
※1妻がなんか怪しい奴に利用されている的な面倒なもの
※2マスターに得がないって意味。迷惑かけちゃうよ、的な。

実はカルナさんめっちゃ焦っています。その理由は次回になれば多分分かります。ので、深く考えないでも大丈夫です。
カルナさんは主人公視点では、説明不足が目立たないけれど、割と初対面の人に勘違いされるのは変わらない。

※オルガマリーさんの心臓はきちんと人間の物。身体も然り。魔術回路や魔術刻印すらも丸々無事でなんも欠けていない状態なので、実はロマニさんやダ・ヴィンチさん辺りから見ると主人公は割と怪しさ満点です。魔術の上を行く、聖杯すら不可能な死者蘇生をすんなりやってのけた、ので。
邪神()の力って凄いね(白目)
禁忌は理の外にある邪神様には通じない、けれどきちんと代償は払っています(身内価格だけれど)その辺もおいおい書いていけたらな、と。

多分後でロマニさんやダ・ヴィンチさんの誤解は解けます。

ではでは。


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更新。のんびりいきます。
前回のコメント、誤字脱字報告ありがとうございます。温かなコメントに作者の涙腺は緩みそうになりました。

さて今回からカルデアside→アルファベット 主人公視点が漢数字という具合に分けていきます。勿論、こうやって前書きに書いていきます。
それからずっと名無しだった主人公についに名前を付けます。じゃないと、いい加減分かりにくくなってくるので。真名(本当の名前とは言っていない)という状態なんですけれど。

今回の注意事項
・邪神()様が邪神様している(少し?)
・カルナさんが出てこない。
・戦闘描写が少し出てくる。
・キャラ崩壊(かもしれない)

今回は主人公視点です。ではどうぞ。



 辺りは一面真っ白だ。まるで真っ白なキャンパスの中に迷い込んだかのような気持ちになる。ここは英霊の座。私はそこで途方に暮れていた。つい先ほど迷い込んでしまったオルガマリーさんを見送って、それからカルナさんを探しに行こうとここから出ようとした。結果はまさかの壁にぶつかり出れない、という一昔前のコントのような事になってしまった。ぶつけたおでこが結構痛かったと私は涙目だ。

 

 それにしても、探しにいけないとは何事か。普通にカルナさんと離れ離れになる前は自由に出入り出来たのに。……よくドゥルヨーダナさんにカルナさん共々呼び出されて遊びに行ったっけ。

 

 ――ここで考えられる可能性は二つ。一つ、これは普通に私の力不足。カルナさんの座と一緒になっていたのは、私の存在の不安定さ故だった。なので、それが離れてしまい安定性が失われ、自由も失われたという可能性。もう一つは単純に邪神()様の仕業。あの邪神様は結構愉快犯なところがあるので、有り得なくはないと思う。例えば、そうした方が面白そうだとか、邪神様の目的の為には私とカルナさんが一緒にいると何か不都合だとか。うーん……、情報が少なくて判断に困る。

 

 私は壁に背を預け、思考に没頭していた。ここで宝具を展開して、壁をぶち破るのは止めた方が良い気がするからだ。――ただでさえ、今天井部分とか一部に罅みたいな傷が走っていて不安があるのに。更に攻撃を加えるとこの私の座自体の消滅とかあり得る気がする。そうするほどに自滅願望なんてある訳がないので、ここで大人しくしている。

 

『カルナさん、無事かなぁ……』

 

 つい、心配事が口から零れる。多分、無事だろうと信じてはいるけどそれで安心出来る程私の心は簡単じゃない。分かっていても不安だし、心配だ。もしカルナさんに何かあったら私は邪神様を絶対に許せないだろう。

 

 ぼんやりしていたら、眠気が襲ってきた。眠い……。

 

 襲い来る睡魔に勝てず、瞼が段々重くなっていく。こっくりこっくりと船を漕いでしまう。気づいた時には私の意識は闇の中に落ちていた。

 

 

 

 

 

 もはや慣れ親しんだ暗闇の中。一寸先さえ見通せない、視界は常に真っ黒だ。

 

 ああ、これはいつもの夢だなと私は直ぐに理解した。特異点から座に戻る際も話したような気がするけれど、どうしたんだろう?

 

 

 ――愛し子よ、汝に告げ忘れたことがある。

 

 

 うん?なんでしょうか、と私は黙って聞くことにする。邪神様の声は相変わらず不可思議な声だった。老若男女、その全ての声が重なって聞こえてしまうような、そんな声だ。

 

 

 ――汝に真名を授けよう。

 

 

『はい?』

 

 ――“カーリー・ナディ(カーリーのにせもの)”、この名を汝に。

 

 戸惑う私を他所に邪神様の言葉は止まらない。

 

 ――刻め、この名を。

 ――真名を楔に。

 ――汝の存在よ、揺らぐ事なかれ。

 ――決して他者に縋るな。例え施しの英雄が手を差し伸べたとして、それに縋ってはならぬ。

 

『え。何故ですか?縋る縋らないはともかく、カルナさんの手を拒むなんてそんなこと――』

 

 出来る訳がない、そう続く筈の私の言葉は邪神様の次の言葉で失われる。

 

 

 ――巻き込むのか?

 

 

 ヒュッと空気を上手く吸い込めず喉が鳴る。嫌な予感に鳴る筈のない心臓がバクバクと音を立てた気がした。ゾッと背筋が寒くなる。

 

『それは……、どういう……?』

 

 言葉が詰まりそうになりながらどうにか紡ぐ。そのせいで掠れて消えてしまいそうになる程小さな声になってしまった。

 

 ――時間か。

 ――我が愛し子に祝福あれ。

 

 無慈悲に告げられた言葉を最後に、私の意識は再び沈む。目の前を白い閃光が染め上げた。

 

 

 

 

 

 べしゃあ、と地面にダイブする。私は受け身を上手く取れずに土煙を上げながら地面に頭突きをかます結果になった。なんだか、最近こんなのばっかりな気がする、としょんぼりしてしまう。

 

 よろよろと身体を起こして辺りを見渡す。太陽の位置から見れば、今はお昼時か。それと青空に、天を囲むように丸く広がる円環の光も確認できた。アレが魔術王の切り札、でしたっけ?光一筋がエクスカリバー一撃分という殺意の塊である。

 

 辺りは樹木の生い茂る森林地帯だ。ここは小高い丘になっていて、木々からは少し離れている。少し視線を遠くに向ければ、小さいながらも村が見えた。現代にあるような家屋ではなく、昔のそれこそ中世ヨーロッパのような建築物だ。よく見れば農村のようで木造の簡素な造りの家々が立ち並んでいる。小麦畑、のような畑も見えて息づく生活の息吹を感じる。もっと遠くに石造りの砦のようなものが小さく見えた。が、その時に不穏な影を見てしまう。

 

 竜だ。三匹の竜が旋回しながら空の遊泳を楽しんでいるのを見てしまう。それを見て私はここが何処か悟った。

 

『ここは……、フランス……?』

 

 邪竜百年戦争オルレアン。FGОの七つある特異点の一番目。確か、聖女ジャンヌ・ダルクさんが主軸となったお話だった気がする。竜の魔女、ジャンヌ・ダルク・オルタさんとジャンヌ・ダルクさんの復讐がどうとか、そんな話だった気がする。もう随分前の記憶なので詳しくは覚えていないのだ。私にはもう、FGО本編のうろ覚え程度の知識しかない。

 

 それでもキーパーソンは覚えている。先にあげた二人と、竜殺しの英雄ジークフリートさん。それからこの時代から見れば未来の王妃、マリー・アントワネットさんと音楽家のアマデウス・モーツァルトさん。一部名前を省略してしまった気がするけど大体合っている筈だ。後はジークフリートさんの呪いを解くのに聖人と謳われる方がいた筈だけど……?うーん、この辺になると記憶が怪しくなってくる。なんかエリちゃんとか清姫さんとか居たような……?敵側の知識なんてお察しだ。一杯居たような気がする、ぐらいの認識である。いや、中心人物は流石に覚えているんですけどね?

 

 私ってどうしてこう残念なんだろう、と自分で悲しくなってくる。それは兎も角、ここにぼんやりしているのは勿体ない。私は座り込んでいたのを立ち上がる。

 

『あ、あれ……?』

 

 ぽろり、と涙が目尻から零れる。完全に無意識だった。ぐしっと服の袖で慌てて拭う。思ったよりも邪神様の言葉はショックだったみたいだ。私の迂闊さと、何よりもカルナさんに対して申し訳がなくて、情けなくて、そして悔しい。カルナさんに心配をかけてしまっている事と、その手を拒まないといけない事がつらい。

 

 でも、私はここで立ち止っている訳にはいかない。つらいからこそ、頑張るのだ。そして邪神()様のあのやろーをぎゃふんと言わせてやる。グッと拳を握り、決意を固める。

 

 決めた。私の最終目標はカルナさんの元に帰る事。そして邪神()様にこれ以上弄ばれることのないようにすること。この二点を目標に、藤丸君の人理修復も手伝っていこうじゃないか。あの邪神()様の言い様だとどうせ巻き込まれる事は確定している。

 

 頑張るぞーととりあえず丘を下りてあの見えた農村を目指してみることにする。

 

 さて、ここで今回の私のスペックを確認しよう。先の特異点でオルガマリーさんに宝具を使った結果、騎乗兵適正が一時的に失われた。多分一時的なので、その内復活するんじゃないだろうか。今は置いておくことにする。それで今回の私のクラスはというと、まさかの弓兵(アーチャー)クラスだった。まじか、と私は唖然とする。確かに生前使っていましたけど。

 

 正直私の弓兵(アーチャー)クラスは微妙だ。当然である。私の生前の弓の腕前はカルナさんの指導で辛うじて使える程度に底上げされたにすぎないのだから。一般人なめるなよ!これでも滅茶苦茶頑張りましたからね!主に相手への牽制と威嚇に使っていました。攻撃手段はあの禍々しい大剣か、古代の戦車だった訳で。そもそもカルナさんのサポート役だったし。

 

 多分FGОで例えると星1のレアリティの弓兵(アーチャー)だと思う。もう第二再臨、つまり一回進化した状態ですし……。やったね!一個使えるスキル増えるよ!とか喜んでいる場合じゃない。

 

 それに宝具が問題だ。あの大剣が使えないのだ。何故って、私の今の宝具があの大剣を変化させた弓、な訳で。つまり一点特化型に変更させられたと言えば分かりやすいだろうか。力も当然、使える範囲が限定化される。戦車は呼び出せないし、何よりあの“全世界ありとあらゆる生命の願い、欲望を魔力に変換して使う力”が使えない。精々が治癒能力とちょっとした誤魔化しぐらいか。

 

 思ったよりやばくない?私は歩きながら冷や汗を掻く。いや待て、落ち着こう。

 

 スキルの確認もしておこう。だって正直今の私の生命線に等しい気がするからだ。一個はあの回復スキル“治癒の奇跡”。騎乗兵だった時と性能は一緒だ。そしてもう一個は“邪神の加護”。一ターンの全体無敵付与スキル、だと思っていい。ついでに敵の攻撃力を三ターン減少させる。ただし、HPが減る。多分あの大剣の宝具を使った時と同程度だと思う。今の私はそんなに頑丈じゃないので、敵の攻撃に耐えられるか否かという心配をしないといけないだろう。流石に何もやっていない状態で退場はやりたくない。

 

 うーん……。痛い思いはしたくないんだけど、覚悟を決めないといけないかな。

 

 とそこで私は森林から街道に出た。街道、といっても草むらから土の道が整えられているくらいで、石畳までの整備はやっていないようだった。まあね、お金も手間もかかるから、農村地区のような田舎では少し厳しいのかもしれない。

 

 呑気に構えていられるのもここまでだった。

 

「ひぃいいいい!! た、たすけてくれぇーーッ!」

 

 突然の悲鳴にハッと声の主の方向へと視線を投げる。十メートル離れた場所で馬車が先程見かけた三匹の竜に襲われているところだった。

 

『ッ!?』

 

 慌てて弓を大剣を取り出す要領で取り出すと矢を魔力で出現させ、番えて放った。何もない空間から出現した弓は流石あの大剣だっただけあって大きい。丁度アルジュナさんが使っているあの炎の神様から賜った弓くらいの大きさだった。そして毎度の如く、その見た目は禍々しい。色は黒、そして黒いもやを纏い、魔力で出現させる矢ですら黒い光の塊、のような見た目だ。というか、これアルジュナさんとの最後の戦いの時に出した弓じゃないですか。……懐かしい。

 

 放たれた矢は見事、人を襲ってた竜に命中する。致命傷には至らないが、それでもこちらに注意を向ける事は可能だ。休むことなく次々と矢を射っていく。漆黒のもやを纏う矢はやっぱり禍々しいが、仕様だから仕方ない。

 

 ぎゃおおん、とけたたましい叫びが竜から放たれる。その背についた立派な翼で一気にこちらに迫ってきた。うわ、やば。近くで見ると恐竜のようないかつさと迫力だ。え?古代インドで沢山見てきただろう、って?ドラゴンは初めてなんですよ!

 

 あまりの迫力にあわあわしていると迫ってきた竜の(あぎと)がガバリと開かれる。モグムシャァ、される!と私は反射的に弓を持っていた手で竜の頭を横に薙ぐようにぶん殴る。ボコォとものすごい勢いで竜の頭が地面にめり込んだ。

 

 は?

 

 思ったよりも発揮された己の力に困惑する間もなく、次の竜が激昂したように襲い掛かってきた。ええいままよ!私はバックステップで二歩、下がり距離をとってから、竜の攻撃のタイミングに合わせて、弓を持った手で一撃をかます。相手の力を利用したカウンターだ。それもあって、二匹目の竜も地面と仲良くなった。若干拳が痛い。

 

 最後の三匹目は勝ち目がないと知ったのか、慌てて踵を返して空に逃げる。それを逃がす私じゃない。ここで仕留めないと他の人が犠牲になってしまう。

 

 弓で魔力を込めた矢を射る。十ほど、連射された矢は残らず竜の背に当たり、倒れた。――弓矢よりぶん殴る方が威力が高いって……、と私は呆然とした。けれど、直ぐに思い出す。そう言えば私、宝具を持っている時に限り怪力だったっけ、と。手に持っていれば怪力だけど、宝具から手を離せば元の非力になる。荷物を持つ、とか応用が難しいので私としては複雑だ。

 

 はぁ、と戦いが終わりため息を吐いた。すると、背後から恐る恐ると声がかかる。

 

「あ、あのぅ……」

『ッ!? 』

 

 気を抜いていたので驚いてビクッと身体を震わせてしまう。後ろを振り向けば、先程馬車で襲われていた人が申し訳なさそうに佇んでいた。やつれ気味の中年男性で、淡い茶色の髪と髭を蓄えた三十後半くらいの人だった。……馬車の御者さんかな。こちらを見る瞳は畏敬の念と感謝、それと少しの恐怖心がちらついていた。私は慌てて頭を下げる。どうも、と挨拶のつもりで。

 

 そして話そうと口を開こうとした時はた、ととある考えが脳裏を掠める。

 

 邪竜百年戦争オルレアン。先に告げた通り、聖女ジャンヌ・ダルクが登場する。その彼女が処刑されてからさほど経っていない時間軸だったように思う。だから、ジャンヌ・ダルク・オルタは“竜の魔女”を名乗ったのだ。魔女狩り、魔女裁判で裁かれた聖女の怒り、その皮肉を込めて。つまりここでは魔女なる存在が信じられている。迷信でも人々が信じあえばその場のみの真実となる。それが、こんな残酷な仕打ちの結果を生んだのだ。勿論、その理由の大部分は当時の政治的背景が強いのだろうけれど。

 

 で、何が問題かというと。私の声が前の特異点で不可思議ボイスとなっていた、というのは記憶に新しい。そんなノイズ交じり、とか例えられる声で話したらどうなる事だろう。ただでさえ怪しげな見た目のヤバい奴、みたいな認識だろうに。例え、今の恩人フィルターがかかった状態でもアウトなのではないだろうか。うん、ロクな事にならなそう。

 

 私は喉を手で擦り、眉尻を下げ困った笑みを浮べる。ぱくぱくと声のない口の動きを追加すれば、助けた男性はハッと何かに気づいたような顔になった。

 

「ああ、すまんなぁ。何があるか分からん世の中だものなぁ。坊ちゃん、あんたも苦労したんだな」

 

 同情的になった眼差しに少し罪悪感が募る。けれど、ここで混乱させてもお互いに傷がつくだけだ。一時的な関係ならば多少の嘘は方便となる。

 

 というか、私今ナチュラルに“ぼっちゃん”呼びされたんですが。そこで私は自分の格好があの生前の男装姿のままだという事を思い出した。一回再臨して、変わったのは白の襤褸布が黒の布になったくらいかな。黒の布の縁に金の刺繍が綺麗だと思う。後若干服も黒系に変化している。ちなみに私は生前、こんな風に黒系で服装を固めたりはしていない。おのれ……邪神()様め……、と責任転嫁しておく。……なんか益々見た目が悪役っぽくなったような……?うん、気のせい気のせい。

 

「そうだ、坊ちゃん。あんた相当の腕利きと見た。それで良かったら儂の街で用心棒をしないか?――丁度、数日前にも剣士がやってきてな。そのお人が強いのなんのって」

 

 うん?馬車の御者のおじさんの言葉に私は首を傾げる。強い、とな?

 

「お、その目は疑ってるな?本当だって!さっきのドラゴンなんて、もう、千切っては投げ、千切って投げってなもんよ!」

 

 身振り手振りで説明する御者のおじさんに私はこくこくと頷く。誇張もあるかもしれないけれど、豪胆な話だ。もしかしたらサーヴァントの誰かかもしれない。でも、セイバーかな?剣士さんだと。

 

 私の穴ぼこ知識では特定は不可能なので、ここは素直に御者のおじさんの誘いに頷いた。……え?言葉が話せなくて意思疎通が出来ないだろうって?それは生前の古代インド生活で経験済みだから問題ない、と思いたい。人間、気持ちと根性があれば大抵はなんとかなるよね……?

 

 馬車のある場所まで歩き、それに乗せてもらってその街まで行く事になった。人が乗るような乗合馬車じゃなく、商人の屋台兼荷車みたいな馬車だった。その為、中は荷物が一杯だ。御者台の他に人を乗せるとしたら一人が限界だろう。

 

 ぱかぽか、と馬の蹄の音と地面の起伏による馬車の揺らぎ、車輪のがらがらと少しうるさい音を聞きながら三十分程。私は少しばかり昔の事を思い出して、懐かしんでいた。カルナさんと一緒に戦ったあの時。戦車を乗り回して、なんて普通じゃあ辛い記憶になるかもしれないけれど、私には眩しいくらい大切な記憶だ。

 

 そんな回顧も馬車が止まる頃には終わっていた。気持ちを切り替える。途中、怪しいエネミーの姿はなく、少しほっとした。どうやら付近の敵性生物は噂の剣士さんがある程度片付けているようだ。凄い。

 

 どうやら街に着いたようだ。街の名前はリヨン。近くに川が二つ通り、その地形のおかげか、土地がやせ細ることなく、自然の恵みが溢れる土地だそうだ。そして川も通っているから船を使い、商売もしていると。それ故に商人の集う商業都市でもあるそうだ。と言ってもこの時代なので不作とか天気で左右されてしまう、とも。

 

 リヨンに近づくころには整備されていなかった土の道も石畳で整備されるような街道になり、馬車の揺れも大分マシになっていた。街自体も中世ヨーロッパの街並みの美しさを誇っている。まるでファンタジー世界に迷い込んだかのような感動を味わった。街の人々も活気ある様子だ。ドラゴンが溢れるような異常があるのでどことなく落ち着きがないけど、それでも皆それぞれの日常を謳歌している。

 

 御者のおじさんは馬車をそのまま走らせ、噂の剣士さんに会わせてくれるらしい。後、町長さん?みたいなお偉いさんにも先に挨拶させてもらった。と言っても私は話せない、という事になっているので頭をぺこり、と下げるだけだったけど。

 

 今、その剣士さんは街の外で丁度ドラゴン退治をしているそうだ。……あれ、正確にはワイバーンっていう竜種なんだっけ、と私は今更ながらに思い出していた。

 

 私もちょっとパトロールに行ってくる、と御者のおじさんに身振りで伝え、早速仕事に取りかかる。……サーヴァント同士なので、魔力の大きさからどこに居るかは割と分かってしまうし。

 

 大体の当たりをつけ、私はその場所に走った。途中、骸骨のエネミーが居たりしたけれど、先程の要領で撃破した。え?脳筋?ゴリラ?なんのことか分かりませんね。

 

 その姿を見つけたのは、リヨンから十分程走った当たりだった。辺りは草原で、時折サーヴァントの攻撃であろう一閃が辺りを白く染める。って、あれって。

 

 私が呆然と佇んでいると、その剣士のサーヴァントの方も気づいた。敵を一掃し終えた彼はこちらに近づく。そして剣の間合い分、離れ声をかけてきた。その手には今だ敵を屠っていた剣が握られている。

 

「――貴方は、サーヴァントか。すまない、こちらもあまり事情を把握していないのだが」

『……』

「その目に、敵意はないように見える。――何か俺に用があるのだろうか」

 

 灰色に近い長めの銀髪、鍛えられた長身に、その顎から胸に走る青白く光る紋様。こちらを見る切れ長の青い瞳には、少しの警戒が滲む。声量の大きくない、その声も特徴的だ。

 

 竜殺しの英雄、ジークフリート。彼がこのリヨンの街を守っていた、凄腕の剣士さんだった訳だ。ええ?と私は内心困惑する。よく覚えていないなりに何か記憶が引っかかるような気がする。うーん?

 

 思わず首を傾げてしまった私にジークフリートさんが一緒になって首を傾げた。慌てて私は口を開く。

 

『あ、すみません。えーと、私も先程召喚されたばかりなのでどうにも事情が……』

 

 私の声を聞いて、ジークフリートさんは一瞬眉を顰めたがそれも直ぐに消える。

 

「……つまり、マスターはいないと?俺もだが、此度の召喚は何かとイレギュラーが多いのかもしれないな。通常の聖杯戦争とは違うようだ」

『そうですね。――なので私は貴方に敵対するつもりはありません』

「だろうな。貴方は俺がこうして剣を握っているにも関わらず、武器を持とうともしていない。……まるで斬られるとは思っていないような振る舞いだ。こちらを刺激しないという心積もりでももう少しやり様があったように思うが」

 

 淡々とした口調で頷くジークフリートさんが私の言葉で眉を顰めた。それから、はぁとため息一つしてから説教染みた言葉を吐いた。うーん、律儀な人だ。私は思わず笑ってしまう。こんな怪しい奴を心配するなんて、と。

 

『ふふ、忠告ありがとうございます。だけど貴方のような人を一人、知っているので』

「?――そうか。それでこれからどうするつもりなんだ?」

『私も私に出来る事をしたいと思います』

「そうか」

 

 私の言葉にジークフリートさんは頷く。カルナさんと同じような律義さだものなぁ、と私の内心の呟きはおいておく。それからの今後についての私の言葉に納得したように頷くジークフリートさんはこちらに敵対するつもりはなくなったらしい。最初に見えた警戒の色はない。……悲しいかな、私の実力はお察しなので、ジークフリートさんも信じることにしたらしい。

 

『あ、そう言えば。自己紹介がまだでしたね。クラスはアーチャー、真名はカーリー・ナディといいます。よろしくお願いしますね』

 

 自己紹介の途中で止めようと手を中途半端に挙げたジークフリートさんにお構いなしに私はにっこりと笑った。はぁ、と重苦しいため息を吐いて、ジークフリートさんは頭を掻いた。

 

「普通はサーヴァント同士で真名を迂闊に漏らしたりしないものだが」

『ええ。ですので、セイバーさんはいいですよ?私の身勝手なので。――それにあまり意味をなさないようなものですし』

「……そう言えば聞き覚えのない名だな。貴方の真名は。いや、これは失言か。すまない」

 

 気まずそうにするジークフリートさんに私はですよねーと内心で賛同した。何せ、先程名付けられたばかりの出来たてほやほやの名前だ。知らなくて当然だと思う。名前なんて名乗らなきゃ意味をなさないし、私は積極的に使っていこうと思う。

 

 と、全部事情をぶちまける訳にはいかないので私は苦笑した。

 

『まあ、私はマイナーな英霊なので知らなくても当然かと』

「本当にすまない……」

『いいんですって。さ、次は私も手伝いますので、一狩り行きましょう!』

 

 私の苦しい誤魔化しを真に受けたジークフリートさんはしょんぼり肩を落としてしまった。う、罪悪感が凄い。

 

 元気よく私が鼓舞すれば、ジークフリートさんがため息を吐いた。

 

「何か、それは違うような……」

 

 聞こえませんね、と私はすっとぼける。

 

 それから辺り一帯のドラゴン狩りを決行した。辺りの小さな農村等も周り、異常や犠牲が出ていないか見て回る。時折、木に登り私がリヨン方面への異常も確認した。どういう理屈かは知らないけれど、弓兵クラスになった私の視力は結構良くなった。人のそれではなく、漫画の登場人物のように遥か十里先でも見通せるくらいだ。……千里眼には程遠いけどね。

 

 ちなみに私の宝具であるあの禍々しい弓を見たジークフリートさんの反応はドン引きだった。なんか、生理的に受けつけない、とか大変失礼な事を言われたので、無言で腹パンしておいた。けれど弓を持っていない方の手だったので全然響かなかった。何かやったか?ぐらいのきょとん顔だった。これだから英霊は……!クラス相性とはなんだったのか。

 

 夕暮れになったので、今日は引き上げることになった。敵のサーヴァントの姿もなく、私は少しホッとする。夜もリヨンの警護をするようである。街に戻る前に、私は故あって声が出せない設定なのでよろしく、とジークフリートさんに話しを通しておいた。ジークフリートさんもすぐに、声か、と納得してくれた。それだけこの声は不自然なものになっているのだろう。少ししょんぼりしてしまう。

 




補足事項
※主人公が邪神()様に憤っていた訳
カルナさんを巻き込む可能性があるだけでも許せない、的な。自分のことは割と後にしがち。

※カーリー・ナディという名前について。
ナディはヒンドゥー語あたりで偽物、という意味。サンスクリット語は検索出来なかったので。後名前っぽいな、という作者の思い付き。邪神様の皮肉成分っぽいなーと。
多分主人公さんに対してダメージはない。本名は別にあるし、という楽観さ。これから「ナディ」呼びさせるんだろうなぁ。「カーリー」だと神様の方の名前で後ろめたいから。

※ワイバーンに拳でグーパンしていたあの一撃について。
お察しの通りこの子のバスター攻撃。一ヒットのみ。
多分マスター諸君に >>弓とは……?<< と困惑させること請け合い。

※十里……大体四十km。つまり千里眼とは、と考えるとすごいですよね。

※ジークフリートさんが主人公の宝具(弓)に難色を示した訳。
アレは邪神の心臓そのものなので属性的には悪、もしかしたらもっと悍ましきモノ。なので他人から見ると、なんだあれ?と難色を示されるという。
ジークフリートさんからの一言。「あれ程当人の本質と真逆の宝具も珍しい」

↓以下主人公の簡易英霊情報

クラス アーチャー
レアリティ 星1
真名 カーリー・ナディ
属性 中立・善

クラススキル
対魔力 A+
単独行動 B
邪神の核 EX
神性 E 

 

パラメーター

筋力E(A)  耐久E
敏捷D     魔力C(EX)
幸運A     宝具EX
※()内の数値は宝具の恩恵。魔力は常時EXで、筋力は宝具使用時にA相当の力となる。

スキル
スキル1
“治癒の奇跡”
回復スキル。主人公の祈りにて回復する。全体回復(初期は800、Max2000くらい)。チャージは初期6ターン。

スキル2
“邪神の加護”
全体の無敵付与(一ターン)、敵全体の攻撃力ダウン(三ターン)/HP減少(デメリット 1500くらい?) チャージは初期七ターン。
邪神の加護を一時的に付与する。敵は邪神を目の前にしたかのように錯覚を起こし、畏敬の念と恐怖を覚える事だろう。ただし、術者は覚悟せよ。汝が縋りし力は諸刃の剣であることを。

スキル3
“原罪の叫喚”
それは誰もが持つ思いを活性化させるスキル。生きたいと思う欲を重点的に強化し、死なないようにする。
全体攻撃力アップ+ガッツ付与(5ターン付与、Max1000回復で復活)チャージは初期8ターン。

宝具
“我は汝の行く手を阻む者なり”
“邪神の一矢よ”(※この宝具名は他人には見えない。詠唱式のみ閲覧可能)
敵単体への強力な攻撃、高確率でスタン(一ターン)、攻撃力ダウン(三ターン)付与。
マハーバーラタで、授かりの英雄の一撃を阻止した矢。それは神の一撃すら阻止してしまうと言われている矢である。そこから変異し、もはや邪神の一撃と変容した。それ故、相手の足を竦ませる程度には恐怖を与えるのである。


※一見、有能サーヴァントに見えますが、スキル2の後に一撃死とか笑えない事態になり得る残念性能。もしも起用するとしたら、スキル1、3を鍛え、なんとか生存させないといけない。星1なのでHPやATK値は低いので。作戦はきっと敵の攻撃力をガンガン削っていこうぜ!とかそんなの。耐久よりなのに死にやすいとは……?
というメタ発言。ちなみに素材は優しい。





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