ゾイドバトルストーリー 中央山脈の戦い 山岳基地攻防戦 (ロイ(ゾイダー))
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第1章
プロローグ


山岳基地の、ダナム山岳基地と言う名称は私のオリジナル設定です。
原作であるゾイドバトルストーリー3巻では、単に山岳基地となっております。


ゾイド星(惑星Zi)に存在する大陸の一つ、中央大陸の覇権を巡って行われたヘリック共和国とゼネバス帝国の戦争 中央大陸戦争は、71年もの長きにわたって続いた。

 

中央大陸戦争は、ZAC1978年にヘリック共和国から分離したゼネバス帝国が中央山脈を隔てた中央大陸の西側に建国された2年後のZAC1980年に共和国領に侵攻したレッドリバーの戦いから、ZAC2039年のバレシア基地陥落までの前期と呼ばれる時期と北方の暗黒大陸(ニクス大陸)に逃れたゼネバス皇帝とその軍が、軍備を再建し、ZAC2041年にバレシア基地に上陸したD-DAY(歴史家によっては、この期間から終戦までを第2次中央大陸戦争と分割して考える見解がある)から最後の戦いとなるZAC2051年のニカイドス島の戦いまでの後期と呼ばれる時期に別れている。

 

中央大陸戦争後期、ディメトロドン、ブラックライモス、ブラキオス、シーパンツァー、ウォディック、レドラー等、暗黒大陸に存在する国家 ガイロス帝国からの技術強力によって開発した強力な新型ゾイドによって強化されたゼネバス帝国軍は、ZAC2041年にかつて、中央大陸から脱出した場所でもあるバレシア湾に上陸し、各地で共和国軍を圧倒、僅か1年でかつての版図を奪回した。

 

対する共和国軍は、サーベルタイガーに対抗して開発したライオン型高速ゾイド シールドライガーと狼型高速ゾイド コマンドウルフで編成される高速部隊によってこの帝国軍の猛攻を辛うじて凌ぐことしかできなかった。

 

そして、ZAC2044年には、共和国軍のウルトラザウルスを超える戦闘能力を有する荷電粒子砲を搭載した〝最終兵器〟肉食恐竜型超大型ゾイド デスザウラーを投入した。

 

ゼネバス帝国が国力の粋を集めて開発したゾイド デスザウラーは、ウルトラザウルスの主砲に耐えることのできる重装甲、ゴジュラスを一撃で倒す格闘能力、全身に搭載した火器等、これだけでも高い性能を有していた。

 

だが、その最大の兵器は、口腔内に搭載した大口径荷電粒子砲であった。

 

背中のオーロラインテークファンでエネルギーを集め、それを首部の加速器で光速に加速して発射するこのビーム兵器は、ウルトラザウルスを含む共和国軍の持つ全てのゾイドを破壊する破壊力を持っていた。

 

デスザウラーの前に共和国軍は、成す術も無く敗退を繰り返した。

 

そして、デスザウラーとそれを支援する超小型ゾイド 24ゾイドで編成された特殊部隊 スケルトンは、共和国軍の防衛線を撃ち破り、遂に共和国首都を陥落させた。

 

国土の大半を占領され、戦力に劣るヘリック共和国は、ウルトラザウルス艦隊で制海権を確保した後、デスザウラーの進撃を阻み、また大軍が威力を発揮しにくい、大陸を2分する中央山脈とその周囲の山岳地帯でのゲリラ戦闘で正面戦力に勝る帝国軍と戦った。

 

対する帝国軍は、デスザウラーや重装甲師団の威力を生かせず、苦戦を強いられた。

 

この中央山脈の戦いで、最大の激戦となったのは、中央大陸の東西を結ぶルートの一つの中央山脈の北国街道を巡る戦闘、ダナム山岳基地の戦いであった。

 

この戦いで、共和国軍は、共和国領を占領するゼネバス帝国軍の補給線の分断を図り、対するゼネバス帝国軍は、基地攻略に現れた共和国軍を撃破しようとしていた。

 

この作品は、中央山脈の戦いで最大の激戦となった、ZAC2045年11月からZAC2046年3月まで続いた中央山脈北部の山岳基地を巡る戦いをこの戦いに参加した両軍の兵士達を主人公として描く物語である。

 

 




バトルストーリー3巻で、自分が最も興奮したのが、この山岳基地を巡る戦いです。


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第1話 作戦会議~強行偵察作戦

ZAC2045年 11月28日 中央大陸西部 ゼネバス帝国領 某所

 

 

太陽の光が、砂色の荒涼たる大地に照り付ける。雲一つない青空から降り注ぐ強い日差しが、乾いた大地から更に水分を奪っていく。

 

中央大陸西部でも有数の乾燥地であるこの地方は、冬が近いこの時期ですら、太陽が姿を隠すことはない。

 

また水源が限られていることもあってこの地域はオアシスの存在する都市の周囲以外は、殆ど人も住んでおらず、戦略的価値も低い。

 

その為、これまで共和国空軍による偵察も空爆も殆ど無かった。

 

だが、この無価値に見える乾いた岩と砂の荒野ばかりの土地には、この国にとって重要な施設があった。

 

 

岩と木々が疎らな大地より遥かな地下に存在するその部屋は、闇に包まれていた。その床には、このゾイド星(惑星Zi)に存在する大陸の一つ、中央大陸の全土が、広がっていた。

 

この大陸は、現在、かつて統一した王の息子達によって2つに分断されていた。その上を一人の男がゆっくりと歩いていた。

 

長身にがっしりした体躯を有するその男は、裏地を赤く染めた漆黒のマントを翻し、一歩一歩歩みを進める度に眼下の大陸の地形を丹念に眺めている。

 

男の名は、ゼネバス皇帝…この中央大陸の西側にゼネバス帝国を建設し、兄の統治するヘリック共和国を打倒し、亡き父親であるヘリック大王の偉業 中央大陸統一を夢見る男である。

 

「明かりを頼む」

 

よく響く声で彼がそういうと、部屋は、明るく照らし出された。家具一つ無い殺風景な部屋の床には、中央大陸全土の地図が、描かれていた。更にその地図には、各地の地形や要衝、大都市の名前が細かく刻まれている。

 

皇帝の周囲には、ゼネバス帝国軍の名だたる司令官、将軍達が取り巻いていた。照明の光を受け、彼らの胸元に付けられた勲章や徽章が一瞬、夜空の星の様に光った。

 

この部屋は、ゼネバス帝国領の西部にある都市の郊外に建設された地下司令部である。地下50㎡に建設されたこの司令部は、地上部を巧妙に偽装の為に植えられた岩や木々によって隠蔽され、その偽りの森には、高性能対空ミサイルを装備したディメトロドンの対空仕様 グレートロドンが配備されている。

 

そして地下司令部が存在する地下基地は、分厚い鉄筋コンクリートによって覆われていた。その設計には、地球人の技術が導入され、地球で一時期多数建設された核シェルター構造の司令部を参考にしている。司令部に勤務する人間の為の物資の備蓄も半年は耐えられる程の量が常に備蓄されている。

 

そして、ゾイド格納庫には、基地の電力供給の一端を担っている皇帝専用のデスザウラーが1機、格納庫に配備されている。これらの防備により、この地下司令部は、ZAC2045年、現在の時点でゾイド星(惑星Zi)でも有数の頑強な施設となっていた。

 

その防御力は、並大抵の砲爆撃で破壊できるものではなく、理論上は、ウルトラザウルスの艦砲射撃にも耐えることが出来た。

 

一見すると前線を度々視察し、自らゾイドを操縦して戦果を挙げたこともある勇猛果敢なゼネバス皇帝が作戦を立案する場所にしては、余りにも防御され過ぎているかのように思える。

 

だが、この臆病とまで思える程のコンクリートの窖は、ある教訓に基づくものだった。

 

それは、ZAC2038年の「皇帝の右腕」攻勢の失敗の原因となった、ミーバーロス上陸作戦にあった。

 

ZAC2038年に当時のゼネバス帝国軍の総力を結集して行われた「皇帝の右腕」攻勢は、当初こそ共和国の多くの都市を制圧した。だが、戦いが長期化するにつれ、共和国空軍の誇るサラマンダー部隊による補給ルートへの空爆、雨季の到来に伴い、大地が泥濘に変化したことにより、膠着状態に陥った。

 

ヘリック共和国軍は、南部のクーパー港に当時保有するウルトラザウルスの大半を結集して中央大陸西側 ゼネバス帝国本土への上陸作戦を開始した。ウルトラザウルス艦隊の支援を受けた共和国海兵隊は、ミーバーロスに強襲上陸し、1時間で制圧した。

 

ミーバーロスを得た共和国軍は、帝国本土に上陸、休む暇もなく、揚陸したゴジュラス部隊を先頭に進撃を開始した。本土を脅かされたゼネバス帝国軍は、慌てて迎撃態勢を取った。

 

だが、ゴジュラス部隊を陽動にした共和国軍は、それよりも早く帝国に必殺の一撃を加えていた。皇帝自らが全軍の指揮を取っていた帝国軍総司令部を、ウルトラザウルスの艦砲射撃で粉砕したのである。

 

指揮系統を一撃で破壊されたことで、主力部隊の大半が共和国領に侵攻していたゼネバス帝国軍は、脳天をハンマーで砕かれた戦士の如く機能不全に陥った。

 

この時、幸いだったのは、最高指導者であるゼネバス皇帝が前線視察で難を逃れていたことであったが、優れた指導者であった彼もこの混乱を収拾することは叶わず、前線には誤報や噂が飛び交い、独自の判断で、勝手に降伏する部隊や撤退する部隊が多数現れた。一時期は、皇帝戦死の誤報すら流れたほどである。

 

 

この破滅的な事態を再発させない為にこの地下司令部はここまでの防備を誇っていたのである。

 

「諸君、我々の敵 ヘリック共和国軍は、中央大陸を東西二つに分けている中央山脈の南から北へと前進を続けている9月には、我が国のイリューション市と共和国領の港湾都市エツミを結ぶ南部山岳道路を制圧し、10月には、大陸中央を横切るミドル・ハイウェイ分断にも成功した。ヘリックの次の目標は、ここだ。この予想は、諸君らの見解と異なるところはないと思う。どうだろう?」

 

皇帝の周りに並ぶ司令官達は、無言でそれを肯定する。皇帝は、言い終えると同時にその場を移動した。今、皇帝が立っている場所は、地図で言うと、帝国領のトビチョフ市と共和国領のウィルソン市を結ぶルート 北国街道と中央山脈を結ぶ場所だった。そして、その場所には、赤く光る点…ゼネバス帝国軍の基地を示すライトが点滅していた。

 

「ここには、我が軍最大の山岳基地であるダナム山岳基地がある。共和国軍は、ここを攻め落とし、共和国領に駐屯する帝国軍部隊を袋の鼠にする腹積もりなのだろう。ところで諸君、この共和国軍とは別に、大陸の北から強力な軍団が攻め降りてきていることをご存知か?」

 

司令官達は、隣の同僚と顔を見合わせた。これまで彼らが敵としてきたのは、共和国軍であり、それ以外は、取るに足らない少数民族のゲリラや野良ゾイド等であった。

 

その為、共和国軍とは別の強力な軍団等全く想像できなかった。

 

そんな、彼らの反応を見た皇帝の顔には、笑みが浮かんでいた。

 

「…それは冬将軍だ。諸君」

 

「冬将軍でありますか?」

 

最初に口を開いたのは、この部屋に集められた司令官の一人 第1機甲師団指揮官 ヨアヒム・カウスドルフ少将は、怪訝そうに言った。

 

「奴らが地形を味方に戦う様に、我軍も自然を味方に付けて戦うということですね?皇帝陛下」 

目を輝かせ、自信たっぷりの口調で言うのは、第13戦闘団 司令官 マックス・ハウプトマン大佐である。

この室内のメンバーで最も階級の低いこの男は、大陸東側の占領地での対ゲリラ作戦の為に特別に編成された第13戦闘団の司令官で、共和国軍の戦術について良く知っていた。

 

「そうだハウプトマン君、連中はこれまで自然を味方にしてきた。こちらも、勝利の為に自然の力を借りるべきだろう。諸君も知ってのとおり、中央山脈の冬は厳しく、また長い。このダナム山岳基地の様なしっかりした基地を持つ我が軍と吹きさらしの険しい山肌にへばりついて戦う共和国軍、どちらがこの寒さに耐えられるか、考えてみるまでもないだろう。」

 

そう自信に満ちた声で言うと、皇帝はいったん話すのを止めた。

 

彼の周囲に居並ぶ司令官達は、全員が首を縦に振る。彼らは、中央山脈で戦闘がいかに厳しいものか、その地形と環境が、いかに危険なものか知っていた。

 

特に冬の中央山脈の厳しさ、特に寒さは想像を絶する。継続して前線の戦力を維持し、兵士達を生存させておくための補給物資の量は、他の季節と比較して2倍から5倍にも跳ね上がるのであった。

 

その上、それだけの補給物資を継続して送り込むこと自体が困難となる。この状況下で、拠点を持たない側がどれだけ不利なのかは、火を見るより明らかなことである。「皇帝の右腕」の際にも中央山脈を越えての補給には困難が伴った。

 

またゼネバス皇帝が決戦場に想定した、ダナム山岳基地が、山岳基地としてはこれ以上ない程の充実した拠点であったことも、彼らの判断に影響を与えている。

 

基地周辺にはトーチカがいくつも配置され、基地その物も、その四方を、2つの分厚く高い防御壁で囲まれている。これらの鉄筋コンクリートの防壁は、砲撃だけでなく、ゾイドによる肉弾攻撃にも対応しており、ゴジュラス等の大型ゾイドの体当たりにも耐える防御力を有していた。

 

敵が、仮に周辺のトーチカの砲撃を凌いでもこの聳え立つ防壁が敵軍の侵攻を阻む。基地の守備隊も、デスザウラーこそ有さないものの、強力な部隊が配置されている。更に基地内には、長期戦を戦い抜くだけの準備がなされていた。

 

ゾイドを初めとする兵器を修理する格納庫、寒さから兵員を守り、戦いに疲れた兵員を休ませる為の暖房付宿舎が完備され、倉庫には、長期間の包囲に耐える厖大な補給物資を備蓄することが可能だった。この様に充実した設備を有する基地は、中央山脈では、両軍合わせても数える程しかなかった。

 

「ダナム山岳基地に共和国軍をおびき寄せ、ここで決戦を挑む。春の訪れを見ることができるのは、我々だけだろう。」

 

自信に満ち溢れた声で、ゼネバス皇帝は、並ぶ将官らに言った。皇帝の周囲に立つ司令官達の表情は、一様に明るい。

 

彼らも、長きにわたって続いた戦争に漸く終止符を打つことができるのではないか、と希望を抱いたのである。

 

だが、その希望は、1年前にも抱いたことのあるものであった。

 

1年前、国力と技術力の粋を集めて開発した巨大ゾイド デスザウラーをもって侵攻し、共和国首都を陥落させた時、彼らの大半は、ゼネバス皇帝と同じく首都制圧部隊と共にいた。あの時も、彼らは戦争の終わりを確信した。

 

にもかかわらず戦争は、今も尚続いているということを…

 

「「「「「はっ!帝国万歳!皇帝陛下万歳!」」」」」

 

敬礼する将官達の叫びが、狭い室内に反響した。

 

その声の残響が消えきらない内に、室内の照明が切られ、再び部屋は闇に閉ざされた。

 

この会議の3日後、中央山脈 ダナム山岳基地周辺で最初の戦闘が発生した。

 

 

こうしてダナム基地を巡る帝国と共和国の長い戦いは、静かに幕を開けた。

 

 

 

 

ZAC2045年 12月1日 中央山脈北部 ダナム基地付近

 

万年雪で飾られた山頂より吹き下ろしてくる猛烈な吹雪は、激しく、人間がこの地に足を踏み入れることを拒む山の意志の様と錯覚しそうだった。

 

中央大陸の北端に位置する極寒地域 ザブリスキーポイントからは離れているものの、山頂から山腹まで万年雪の白が占めるこの地の寒さは、想像を絶する。

 

冬の北国街道は、長年難所の一つとして扱われてきた。地球人の技術導入以前のヘリック王国の時代には、ゾイドを複数有する探索隊が数度派遣され、遭難の末全滅したこともある程だ。その為、このルートを通る人間は、冬には大幅に減ることとなる。そんなこの地を移動する者達がいた。

 

分厚い鉛色の雲に覆われた灰色の空から降り注ぐ白い雪が降り積もる中を、1機のゾイドが移動していた。

 

「そうか、お前も寒いか…もう少しだ。我慢しろ俺だって寒いんだ。」

 

ヘリック共和国軍第223遊撃大隊第4小隊隊長 フレドリック・ウォーレン中尉は、愛機のコックピットで呟いた。それは、彼の相棒である細長い体躯の金属生命体に対して言った言葉であった。

 

人間の手で、戦闘用に改造される前、温暖な砂漠地帯に生息していた彼の相棒にとって、身を切る様なここの寒さは不慣れだろう。

 

細長い体躯を持つそのゾイドは、遠目から見ると、細い紐が動いている様に錯覚してしまいそうだった。彼の相棒、蛇型小型ゾイド スネークスは、細長いボディによって不整地、山岳地での行動能力に優れていた。

 

この機体は、低い姿勢と高い隠密性能を生かしての奇襲戦法を得意とし、現在行われている中央山脈付近の山岳地帯でのゲリラ戦でも、戦果を挙げていた。指揮官機であるウォーレンの機体の後ろには、更に3機の同型機がいた。

 

彼らの任務は、ダナム山岳基地に対する偵察任務。

 

それは、ゼネバス帝国軍が基地に増援を送りこむのを確認し、その情報を友軍に持ち帰るという一見地味に見えて重要な任務である。彼らの送り込む情報が今後この地域で繰り広げられる戦いに影響を与えることとなる。

 

「しかし隊長、上はどうして俺達にこんな雪の中にいけなんて命令を出したんでしょうね。いくら天候不順で空軍が出せないからって俺達がこんな吹雪の中に出るなんて…こんな任務、シールドライガーやコマンドウルフにやらせればいいんだ。」

 

スネークス3番機のマイク・パーシング曹長は、投げやり気味に言う。彼は、この偵察任務に不満を持っていた。

 

「仕方ねえさ。シールド部隊は、先月のミドル・ハイウェイの封鎖作戦に駆り出されたんだからな。それに俺達のスネークスの低探知性は、その2機種よりも上だ。」

 

ウォーレンは部下を宥めたが、彼自身この任務に疑問を持っていた。偵察任務に小型でセンサーに感知されにくいスネークスを用いるという判断は、一件正しい様に見える…ゾイドの生物的な側面を無視するならば。

 

 

蛇型ゾイドであるスネークスは、ゾイドの生物学的分類では、ゴジュラス等の恐竜型と同じ爬虫類型に属する。中央山脈北部の様な寒冷地では、哺乳類型に比べて寒冷地適性で劣る爬虫類型ゾイドの行動能力は低下する。

 

ゾイドの改造技術が原始的だった古の部族間抗争の時代には、爬虫類型ゾイドを寒冷地で運用することは、パイロットとゾイドの死を意味した。やがてゾイドそのものを改造するメカ生体化技術の確立、地球人の技術導入を経て、この欠点は、多少の性能低下程度に改善されている。

 

だが、それでもスネークスは、短時間の戦闘なら兎も角、この長距離偵察任務の様に長期間吹雪の中を進撃する様な任務には適していなかった。もし性能が低下した状態で、敵機と遭遇すれば、撤退することも出来ずに全滅させられる危険性があった。

 

彼には、この任務は、貴重な人員とゾイドを作戦の為に使い捨てにする様に見えてしまっていた。

 

「そうですよマイク曹長、我々の他にもスネークス装備の部隊は今回の任務に参加していますよ。早く任務を終わらせましょう。」

 

スネークス2番機のパイロットのリサ・キサラギ曹長が弾んだ声でいう。黒髪が特徴的な彼女は、遥か6万光年先にある惑星 地球の宇宙船 グローバリーⅢによってこのゾイド星(惑星Zi)に来訪した地球人の出身であった。

 

十数年前に墜落したこの宇宙船によって両国に伝わった地球の高度な技術と戦術は、この大陸を発展させると同時に、ゾイドの性能を強化し、この戦争を激化させていた。

 

 

5分後、彼らは、偵察任務に適した地域にたどり着いた。そこは、細い胴体を持つスネークスでなければ、進むことも困難な、山腹の険しく尖った岩に囲まれた場所だった。

 

眼下には、ゼネバス帝国軍の誇る中央山脈の拠点 ダナム山岳基地がある。この場所からは、中央山脈を形成する山々に囲まれた平らな場所に設置された基地の姿が一望できた。

 

辺りが、尽く雪によって白く染まった中で、基地施設を構成するコンクリートの灰色と鋼鉄の鈍色は異質で、一目でそれが人工物であることを教えていた。その基地の周りには、小さな四角い灰色の物体がいくつもあった。

 

それは、基地の周囲に設置された防衛用のトーチカである。そして…その周囲で時折、銀色に光る物体は、守備隊のゾイドの装甲の輝きである。

 

4機のスネークスは、下に存在する巨大な要塞とそこに存在する戦力の情報を収集すべく、行動を開始した。

 

「もう少し接近しますか?」

 

「いやリサ、これ以上近付くとセンサーに捕捉されるリスクがある。情報を持ち帰ることを優先し、ここから偵察を行う。各機、これより偵察行動を開始する。観測センサーを最大にしろ。俺は、基地外周のトーチカと守備隊を、マイクは、基地内の戦力を、リサは、基地への敵の増援部隊の接近を見張れ、ブライアンは、見張りを頼む。」

 

「…了解」

 

スネークス4番機のブライアン曹長は頷いた。この褐色肌の巨漢は、この部隊の中で最も寡黙だった。

 

3機のスネークスは、眼下に存在する基地とその周囲に対する索敵行動を開始した。

 

「こちらマイク、格納庫エリアらしき区画の付近にレッドホーンが5機。東の監視塔付近には、ヘルキャットが1機います。」

 

「わかった。偵察行動を続けてくれ、トーチカは東にあるのだけで10はあるな、基地外周のトーチカの周囲には、イグアンか、ハンマーロックが各2機か。」

 

「隊長、基地から交代の部隊が出てきました。西ゲートからです」

 

「解ったリサ、こちらも確認した。ツインホーンらしき機影も見えるな、ん?あれは、ブラックライモスか。連中最新鋭機を送り込んでいるな」

 

ブラックライモスは、分厚い装甲と高い火力を有する小型レッドホーンとでも言うべき強力な中型ゾイドであった。

 

「あいつが偵察ビークルを飛ばして来たら厄介ですね。」

 

「…ああ」

 

ブラックライモスは、背部に偵察ビークルを搭載している。帝国軍側は、偵察任務、弾着観測や通信不能状態での連絡任務にこれを活用しており、今回の様に敵との遭遇を避けたい状況では会いたくない敵でもあった。

 

「隊長!見てください!」

 

メインゲート付近の増援部隊の接近を見張っていたリサが、大声で叫んだ。

 

「どうした!?敵襲か?!」

 

ウォーレンは、一瞬敵襲かと思った。だが、それは間違いだった。

 

「違います!とにかくメインゲートの手前を見てください!あれを!」

 

リサは慌てた声でまくしたてる。ウォーレンと残り2人の隊員は、リサのスネークスが監視していた場所、ダナム山岳基地のメインゲート付近……ダナム山岳基地に入る増援部隊や補給部隊は、メインゲート以外の門が小さいという基地の構造上このゲートを利用する。

 

「…嘘だろ…なんであの機体が?」

 

「…!!」

 

彼らは、基地へと入っていく増援部隊の先頭に立つゾイドを見た。それは、よく磨かれた白い床に置かれたルビーの様に鮮やかであった。

 

雪原に置かれたその宝石の名は、アイアンコングmkⅡ限定型―――――中央大陸戦争前期におけるゼネバス帝国軍のゾイド製造技術の結晶であった。

 

アイアンコングmkⅡ限定型は、ゼネバス帝国軍が、スパイコマンドー「エコー」が開発に関わったウルトラザウルス撃破を目的に開発した強化型アイアンコングである。機動力を強化する背部の高機動スラスター、ゴジュラスを一撃で破壊可能なビームランチャー、サラマンダーを含む共和国飛行ゾイドを撃墜可能な威力を持つ背部対空ミサイル等の追加装備によって攻撃力と機動力を強化され、その性能は、たった1機で任務を完了する能力を有していると言われている。

 

その高い性能故、パイロットには、高い操縦技量を要求し、製造コストや整備性の悪さ等の問題があった為、ライバル機であるゴジュラスmkⅡ限定型と同じく、一部機能、装備をオミットした量産型の量産によって少数が生産されたのみで打ち切られている。

 

デスザウラーの登場後は、ゼネバス軍最強のゾイドではなくなったが、それでもその高性能は、健在で参加した数々の作戦で帝国を勝利に導いた。

 

鮮やかな赤い機体色から「赤い悪魔」とも称されるこの機体は、共和国兵からアイアンコングmkⅡ限定型を見て生き延びた者はいないと言われる程恐れられていた。

 

「アイアンコングmkⅡ…帝国軍は、ここを何が何でも守りたいらしいな。」

 

そう言ったウォーレンの声は、震えていた。彼の心は、怯えを感じていたのである。

 

他の隊員も彼と同じ感情を抱いていた。友軍のウルトラザウルスを目撃したことのあるウォーレンも、アイアンコングmkⅡ限定型と遭遇したことは、今回が初めてだった。

 

彼だけでなく、この部隊に、アイアンコングmkⅡ限定型を実際に目撃した者はいない。彼らにとってそれは、畏怖と共に語られる神話の英雄の様な存在であった。

 

そんなゾイドとそれを任される程の能力を持つパイロットがこの戦いに敵側に存在していることに彼らはこれから起きる戦いについて悪い予感を感じずにはいられなかった。

 

更にアイアンコングmkⅡ限定型の背後には、アイアンコングmkⅡ量産型が8機いた。

 

そしてその後ろからは、イグアン、ハンマーロックやマルダー、モルガの部隊が隊列を組んで進んでいた。部隊の最後尾には、大型電子戦ゾイド ディメトロドンが2機と護衛のイグアンが4機いた。暫く、第4小隊の通信回線を沈黙が支配した。

 

「赤い悪魔までいるのか…帝国の奴ら、ここにどれだけ戦力を集めているんだ…」

 

最初に沈黙を破ったのは、部隊内でも最も口数の多いマイク曹長だった。その声は、それぞれ、突如現れたアイアンコングmkⅡ限定型について考えてしまっていた残り3人を現実に引き戻す。

 

「それについては後方の奴らが決めることだな。よし、各機、画像データは記録したな?ダナム山岳基地への偵察任務は完了した。長居は無用だ。さあ帰るぞ。温かいスープが待ってる。」

 

ウォーレンは、部下に命令を下した。アイアンコングmkⅡ限定型等の大戦力が存在していることを確認しただけで、大収穫と言える。索敵能力の高いディメトロドンを複数確認している状況で、これ以上敵地に残るのは、余りにも危険だった。

 

「「「了解」」」

 

任務を終えた彼らは、足早に山岳地帯に隠された友軍拠点へと去って行った。

 

彼ら以外にも複数の偵察部隊がダナム山岳基地の周辺に派遣され、少なくない数の部隊が、未帰還となった。

 

だが、この第4小隊を含めて約半数の部隊が、無事に山岳地帯の奥に設営された友軍拠点に帰還することが出来た。彼らを含む強行偵察隊が持ち帰った情報は、司令部の戦力分析に役立てられることとなる。

 

 



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第2話 岩壁の剣歯虎 雪原の盾獅子

旧ゾイドの箱裏バリエーションで気になったのは、個人的にシールドライガーの寒冷地仕様の装備でした。
その為、何故寒冷地仕様にこの装備が?という事を個人的に推測してみました。
本編での描写はそれに基づいたものです。


 

ZAC2045年 12月5日 中央山脈北部 ダナム山岳基地付近

 

 

雪の降り積もる険しい岩場…その上には、1体の鋼鉄の狩人が佇んでいた。その狩人の名は、EPZ-03 サーベルタイガー――――――――ゼネバス帝国軍が誇る高速戦闘ゾイドである。

 

その足元には、倒されたばかりの獲物――――――――ヘリック共和国軍のスネークスの残骸が転がっている。機体の特徴である細長い胴体は、サーベルタイガーのストライククローで真っ二つに寸断され、それぞれの傷口から滴る赤黒い潤滑液が、まるで血液の様に地面を濡らしていた。

 

その機体だけではない。周囲の岩場には、無残にも引き裂かれ、撃ち抜かれ、叩き潰されたスネークスの残骸が転がり、そこから漏れ出たオイルと潤滑液が雪の降り積もった地面に飛び散っていた。

 

それはまるで白いキャンバスに絵の具をぶちまけたかの様で、この壮絶な風景に一片の美しさを与えていた。

 

「また、偵察部隊か…」

 

サーベルタイガーのパイロット、地底族の特徴である炎の様なオレンジ色の髪を三つ編みにした女性は、モニターに表示されるその光景を一瞥し、呟いた。

 

彼女…イルムガルト・ヘフナー大尉は、ダナム山岳基地に駐留する第27高速大隊第3中隊所属のサーベルタイガーのパイロットである。

 

彼女の率いる小隊は、ダナム山岳基地周辺のパトロール任務に従事し、今日もまたダナム山岳基地に強行偵察を仕掛けてきた共和国軍偵察部隊を殲滅したばかりだった。

 

「ヘフナー隊長!お見事です。」

 

彼女の僚機のサーベルタイガーがヘルキャット4機を引き連れて現れた。

 

「またスネークスですか…寒冷地では、爬虫類型ゾイドの稼働率は低下するって言うのに…共和国の奴らは自殺志願者なんですかね…」

 

サーベルタイガー2番機のヘルベルト・ノルトマン少尉は、周囲に転がる残骸を見て、あきれ気味に言った。

 

「もしくは、危険だと解っていてもそれしか選べないのかもしれない…コマンドウルフが足りないのかも…」

「あの狼が出てこないとなるとこっちも楽させてもらえますね。」

「同感です少尉殿」

「あくまで可能性の話よ…油断は禁物だわ」

 

イルムガルトは、ヘルキャットのパイロットの一人を窘めた。

 

コマンドウルフは、ヘリック共和国軍の狼型中型ゾイド コマンドウルフは、帝国軍の高速ゾイド サーベルタイガーに苦しめられた共和国軍がシールドライガーと共に対抗機として開発した高速ゾイドである。

 

シールドライガーの補助として開発されたこのゾイドは、ヘリック共和国の人口の大半を占める民族 風族が使役してきた狼型ゾイドをベースに開発され、シールドライガーと共に2042年のゼネバス帝国軍の侵攻作戦の迎撃で初めての実戦を迎えた。

 

性能面では、シールドライガーやサーベルタイガー程ではないが、ヘルキャットを上回る性能を有している。更に1機では、サーベルタイガーに対抗できないものの、3、4機以上では、サーベルタイガーとも互角に戦える。

 

特に山岳地帯での戦闘では、補給部隊への攻撃や偵察、友軍との連絡任務で帝国軍を苦しめた。

 

またゾイド操縦経験の少ない新兵でも扱いやすく、野生体の繁殖力の強さとシンプルな設計により、量産性に優れているという面では、大型ゾイドゆえに数が少ないシールドライガーよりも厄介な存在だった。

 

ヘリック共和国軍は、偵察部隊にも、コマンドウルフを採用しているが、このダナム山岳基地周辺では、コマンドウルフよりも、スネークスやダブルソーダ等別の偵察用のゾイドと遭遇することが多かった。

 

そして最近、パトロール部隊と偵察部隊の遭遇回数は急激に増大していた。

 

「…」

 

ここでの戦いが近いのかもしれない…イルムガルトは、そんな予感が自分の脳内に浮かんでいたことに気付き、それを振り払った。

彼女の推測は、これからこの地域で起きることと見事に一致していた。

だが、神ならぬ身であり、一兵士に過ぎない彼女にはそれを見抜くことは叶わなかった。

 

「一時基地に戻るわよ」

「「「「了解!」」」

 

敵を仕留めた鋼鉄の猛虎達が、住処である鋼鉄とコンクリートの城へと帰還を開始しようとしたその時―――――

 

 

「隊長!支援要請です!D-233エリアをパトロール中の第445小隊からです。コマンドウルフを主力とする部隊と交戦中、苦戦しているみたいです!」

 

副官のサーベルタイガーに友軍からの通信が入った。

イルムガルトの機体に通信が入らなかったのは、先程の敵部隊との交戦の際、アンテナを破損してしまったためである。

 

「噂をすれば…って奴ですかね」

 

部下の1人が呟いた。

 

「全機!友軍の支援に向かう。あのエリアのパトロール部隊は小型機中心、早くしないと全滅するわ。」

 

「「「了解!」」」

 

指揮官機のイルムガルトのサーベルタイガーを先頭にサーベルタイガーとヘルキャットの混成部隊が白い雪の降り積もる険しい山肌を疾風の如く駆け抜ける。だが、彼女達が到着した時、パトロール部隊は既に全滅していた。

 

指揮官機のハンマーロックは、長い両腕を噛み千切られて無残な姿を雪原に曝していた。その周囲には、部下の機体の残骸が転がっている。特に集中攻撃を受けたのか、ゲーターは激しく炎上していた。

 

「くっ…遅かったか。」

 

モニターを通じて目の前に映し出される友軍の残骸を見たイルムガルトは、悔しげに吐き捨てる。

敵部隊の数は、6機 機種は、全て狼型中型ゾイド コマンドウルフである。白い軍狼達は、新たな敵機の出現に驚いたが、即座に攻撃を開始した。背部の2連装ビーム砲が火を噴いた。

 

対するイルムガルトの部隊のサーベルタイガーとヘルキャットも背部の火器を発射した。殺意と破壊力を秘めたレーザーとビームが凍てつく大気を引き裂き、お互いの敵機を狙った。

 

だが、それらの攻撃は、双方の装甲を穿つことはなく、空しく過ぎ去った。

 

どちらの部隊のパイロットも、命中させるつもりではなく、接近戦に移行する為の牽制射撃であった。双方の部隊は、接近戦に突入した。

 

イルムガルトとヘルベルトのサーベルタイガー2機と、6機のコマンドウルフがぶつかり合った。

 

「ヘルキャットは、後方で射撃支援をお願い!」

「はっ」

 

指揮官の命令を受け、ヘルキャット4機は、背部のレーザー機銃を連射して、コマンドウルフの動きを制限しようと試みる。

ヘルキャットの性能では、コマンドウルフに単機で勝利するのは、困難である。特に接近戦闘では、牙を持たないヘルキャットは圧倒的に不利である。

しかし、火力なら格闘能力よりは差が少ない。その為、イルムガルトは、ヘルキャットを自機と副官機のサーベルタイガーの支援に回したのである。

 

敵である6機のコマンドウルフは、数の利を活かしてサーベルタイガーに挑もうとする。彼らは、背後のヘルキャット部隊を脅威と見做していない様であった。

イルムガルトとヘルベルトは、6機の敵機の内、獲物になり得る機体を探る。

 

具体的に他の機体よりも動きの鈍い機体、連携の悪い機体である。対するコマンドウルフ部隊は、隙を見せず、サーベルタイガーがどれか1機に襲い掛かれば、連携攻撃で袋叩きにする構えを見せて、相手の攻撃を抑止する。

ヘルキャット部隊から発射されるレーザー機銃も、彼らには軽々と回避されてしまう。

 

イルムガルト達の予想とは逆に彼らは、急いで撤退することなく、目の前の高速部隊との交戦を選択し、焦ることなく戦闘を継続した。

まるで、戦闘が長引くことによる不都合を考慮していないかのようだった。

 

何時新手が現れるか分からない敵の拠点の近くで、こんな行動を取るのは、無謀とも、大胆不敵とも思えた。

 

「ベテランか…」

 

相手の動きを見たヘルベルトは、彼らが経験豊富なパイロットで構成されていると予想した。

 

「一気に決めるのは危険ね」

 

ヘルキャット部隊がレーザーを空費し、サーベルタイガー2機が獲物を中々仕留めきれない中、相手が動いた。

 

「このまま逃げる気…はっ」

 

不意に、コマンドウルフ2機が部隊から分離し、2機のサーベルタイガーの間をすり抜けたのである。彼らは、後ろで支援に徹するヘルキャット達を狙っていた。

 

恐らくヘルキャット部隊を撃破した後、サーベルタイガーに打撃を与えて、退却するつもりなのだろう。

 

「やらせないっ」

 

イルムガルトのサーベルタイガーが跳躍、着地と同時に、近くのヘルキャットに飛び掛かろうとしていたコマンドウルフを狙う。

 

「何!」

 

コマンドウルフのパイロットは、突如目の前に出現したサーベルタイガーの姿に唖然となった。

次の瞬間、サーベルタイガーのキラーサーベルがコマンドウルフの首筋に食い込んだ。致命傷を受けたコマンドウルフの悲鳴が辺りに木霊した。

そのままサーベルタイガーは、胴体にストライククローを叩き付けると、勢いよく、コマンドウルフの首をもぎ取った。

 

頭部を失ったコマンドウルフの首筋から赤い伝導液が、血液の様に噴出した。

もう1機のコマンドウルフは、イルムガルトのサーベルタイガーから距離を取ろうとしたが、三連衝撃砲を受けて体勢を崩した所に、ヘルキャット4機から集中砲火を浴びせられて爆散した。

 

「よし!」

 

ヘルベルトのサーベルタイガーも、コマンドウルフを撃破していた。頭部にストライククローを受けたその機体は、コックピットを叩き潰されて横倒しになっていた。

 

僅かな時間の間に、コマンドウルフ部隊の内、半数の機体が雪の積もる地面に躯を曝した。

 

このまま戦闘が続けば、イルムガルトの部隊によって目の前の共和国部隊が全滅を余儀なくされることは確実だった。

だが、イルムガルトが部下に一斉攻撃を命じようとした時、それは起った。

 

 

突如、生き残りのコマンドウルフ3機から黒煙が噴き出し、周囲を包み込んだ。マシントラブルによるものではない。腰部の煙幕発生装置を作動させたのである。

 

コマンドウルフの腰部の煙幕発生装置は、緊急離脱、攪乱時に使用する為の装備であり、この装置の存在が、今回の様な敵地への潜入任務におけるコマンドウルフの生存性を高めていた。

 

センサーを狂わせる微粒子を含んだ黒煙が辺りに立ち込めると同時に、コマンドウルフ部隊は黒煙の向こうへと消えていった。

 

「最初からこうやって逃げるつもりだったのね!?」

 

イルムガルトは、漸く敵部隊が何を考えていたのか、完全に理解した。

 

コマンドウルフ部隊は、イルムガルトの舞台にある程度の打撃を与えてから、煙幕発生装置で離脱するつもりだったのだろう…先程までの敵部隊の奇妙な動きもそれで説明がつく。

直ぐに退却しようとしなかったのは、煙幕発生装置でいつでも離脱できると考えていたからに違いない。既に撤退しつつある相手の意図に気付いたイルムガルトは悔しげにその端整な顔を顰めた。

 

「逃がして堪るか!」

 

ヘルキャット数機が追撃を開始する。

 

「待ちなさい!深追いは禁物よ!」

 

イルムガルトは、それを見て慌てて部下を制止する。撤退する敵を深追いして全滅した部隊は、この中央山脈では珍しくはない。特に共和国軍は、この中央山脈を縦横無尽に動き回り、その行動はまさに神出鬼没であった。

 

自軍の勢力圏でも油断は出来なかった。

 

「…了解しました」

「次はこうはいかないわ。」

 

煙が晴れ、先程まで敵部隊がいた、今は、白い雪と黒い岩壁以外は何もない場所を、見つめ、イルムガルトは言った。その紅玉を思わせる色の瞳には、激しい敵意が燃えていた。

 

この様な戦史に記されること等殆ど無い様な無数の小戦闘がこの「恐竜の背骨」と呼ばれる長大な山脈の上では繰り返されていた。

 

 

 

 

 

ZAC2045年 12月6日 中央山脈北部 帝国側勢力圏

 

 

獲物が来たか…

 

 

暖房の効いた愛機のコックピットで、その金髪碧眼の男は獰猛な笑みを浮かべた。彼、ケイン・アンダースン少佐は、旗下の3機のシールドライガーとその搭乗員と共に、吹雪の吹き荒ぶ山腹で敵を待ち伏せていた。

 

彼らの所属する部隊……第7高速中隊は、シールドライガー寒冷地仕様12機、コマンドウルフ28機で編成された部隊であり、中央山脈に展開する共和国軍有数の高速部隊の1つであった。

 

この部隊は、険しい山岳地帯でもその能力を発揮できるばかりか、平野部や森林地帯で戦っていた時よりも威力を増していた。この険しい岩山の戦場において、彼らに与えられた任務は、帝国の補給部隊の捕捉撃滅。今日までこの4機の白いシールドライガーは、多くの敵の補給部隊を撃破してきた。

 

「懲りもしない奴らだ。」

 

各機のモニターには、彼らの獲物……帝国軍の補給部隊の姿が映し出されている。補給物資を満載したコンテナを積んだトレーラーのグスタフ2台の周囲を取り囲むように護衛の帝国ゾイドが展開している。

 

護衛部隊は、数は10機程で、ツインホーンを指揮官機とする小型ゾイドのみで編成された部隊である。

 

「ダナム基地への補給部隊ですね」

「ああ、なんとしても叩く必要がある。」

「コマンドウルフ部隊でも十分叩ける戦力ですね」

 

副官のティム・ネイト少尉が言う。今回の任務では、コマンドウルフは随伴していない…今回の補給部隊襲撃には過剰な戦力集中だと判断された。

 

「全機攻撃開始!手早く行くぞ…いつも通りにな」

 

指揮官の号令を受け、4頭の白い獅子は、雪の降り積もる斜面を駆け下りる。

 

「敵襲!」

 

護衛部隊の兵士の一人が叫ぶ。だが、彼らは、雪原に溶け込む様な白い塗装を施したシールドライガー寒冷地仕様の姿に一瞬、反応が遅れた。戦場においてそれは、致命的なことである。

 

護衛機が阻止弾幕を張るよりも早く4機は、敵部隊の懐に入り込むことに成功した。

 

「邪魔だ!」

 

シールドライガー寒冷地仕様の目の前に護衛機のゴリラ型小型ゾイド ハンマーロックが両腕を広げて立ち塞がった。

 

彼のシールドライガー寒冷地仕様は、左前足を、目の前の敵機の頭部に振り下ろした。ハンマーロックの頭部コックピットは通常のゼネバス帝国軍小型ゾイドと異なり、共通コックピットの上に装甲を歩兵が被るヘルメットの様に被せているという特徴がある。このハンマーロック以外では、ヘルキャットのみに採用されている構造は、戦闘時…特に近接格闘戦でのハンマーロックのパイロットの生残性を高めることに繋がっていた。

 

 

だが、この設計者の努力と帝国の小型ゾイド開発技術の結果も、数十トンにも及ぶ大型ゾイドの質量とパワーを得た特殊金属の爪を高速で叩き付けられては、ハンマーを叩き付けられたプラム同然であった。

 

ストライククローの一撃を受けた頭部は、凹の形に変形し、潰れたコックピットのパイロットは、即死していた。瞬間的に圧死させられるというのは、この白い地獄では、楽な死に方と言えたが、既にこの世の物でなくなったそのパイロットは死神に感謝することは無かった。

 

ケインのシールドライガー寒冷地仕様がハンマーロック1機を撃破したのと同時に部下のシールドライガー寒冷地仕様も、ハンマーロックをレーザーサーベルで仕留めていた。

 

胸部に青白いレーザーを纏った牙を突きたてられたハンマーロックは痙攣しながら雪原にその身を横たえる。息を吐く間もなく、ケインのシールドライガー寒冷地仕様に攻撃が来る。3機目のハンマーロックがビーム砲を乱射する。

 

ケインのシールドライガー寒冷地仕様の火炎放射器が火を噴く。寒冷地という場所で、燃焼兵器である火炎放射器は、不似合なように思える。

 

だが、寒冷地という過酷な環境に、この火炎放射器と言う兵装は、極めて適切であった。寒冷地において機体の一部を損傷するだけでも、ダメージは広がり、やがては機体を戦闘不能に追い込むことも珍しくない。この白い地獄では、少しの損傷が、命取りとなるのである。

通常、火炎放射器により装甲と内部機関を異常加熱されたことによる劣化、損傷を受ければ、大抵のゾイドの性能は低下する。火炎放射器は、通常の環境では、ビームやミサイル、キャノン砲に比べて威力は劣り、敵機に致命打を与えることは希である。

 

だが、寒冷地等の環境においては急速に外気によって、炎上ないし、異常加熱させられた損傷個所が冷やされることでそのダメージは更に倍加され、内部機関にも及ぶ。

 

この炎の奔流を浴びた敵機は、最悪の場合、機体の一部を損傷するだけで、戦闘不能に陥ることになるのである。

 

また機体のエネルギーを消費せず、重量増加も比較的少ない火炎放射器は大型のレーザー兵器や実弾兵器よりも効率的かつゾイドへの負担も少なかった。また火炎放射器は、広範囲に渡って攻撃でき、また敵を簡単に戦闘不能に追い込むことが出来る有効な対ゾイド兵器となりうるのである。

 

ゼネバス帝国軍が、中央大陸北端の極寒の大地 ザブリスキーポイント方面で運用しているイエティコングが、冷凍ガス砲を搭載しているのも同様の理由である。シールドライガー寒冷地仕様は、護衛機に火炎放射を浴びせると直ぐに離脱する。

 

イグアンがシールドライガーに叩き伏せられ、その横では、ハンマーロックが火炎放射器の直撃を受けて火達磨になっていた。高速で襲い掛かるシールドライガー部隊の前に有効な攻撃が出来ない護衛機は、次々と雪上で燃え盛る鉄のオブジェと化していった。

 

「こいつ!」

 

最後に残ったツインホーンが、ケインのシールドライガー寒冷地仕様に鼻の先端に内蔵された火炎放射器を敵機に向けた。

 

「っ!」

 

ツインホーンの長い鼻の先端から噴き出したオレンジの炎が地面の雪を溶かし、その下の黒い岩肌を露わにした。だが、その時には、白いシールドライガーの姿はない。

 

ツインホーンのパイロットが、敵の姿を探す。彼が白い影を捕えた時には、シールドライガー寒冷地仕様は左から飛び掛かっていた。直後、そのツインホーンは、シールドライガー寒冷地仕様に叩き伏せられていた。

 

全ての護衛機を失ったグスタフ2機は、間もなく降伏した。

 

 

「これで終わりか…」

 

コックピットで、ケインは静かに呟いた。彼の視線の先には、グスタフのパイロット達が暖房の効いたコックピットから寒風吹き荒れる外へと飛び出していく姿が見えた。

 

今日も彼と彼の指揮下の部隊は、ゼネバス帝国軍の補給部隊を全滅させた。

 

シールドライガー寒冷地仕様4機は、火炎放射器で、物資の詰まったコンテナを破壊した。補給部隊を撃破した際、その部隊が輸送していた補給物資を鹵獲することもあるが、今回は、敵の勢力圏の奥深くであるため、不可能であった。

 

次に無人になったグスタフの操縦席に三連衝撃砲を叩き込んで無力化する。ゾイドコアが破壊されたわけではないので、基地で修理されれば、再び補給任務に復帰できる。だが、回収部隊が来るまでの間、この2台のグスタフは帝国軍にとって唯のお荷物である。

 

一見すると補給部隊を撃破するというのは、地味なことかもしれない。補給部隊の護衛部隊の規模を考えると、大型ゾイドを複数投入する任務とは考え難いと考える者も少なくはないだろう。

 

だが、これは共和国軍がいかにこの任務を重要視しているかということでもある。また敵の補給部隊に対する攻撃は、その任務の地味さからは信じられない程、重要な任務でもある。

 

地球の戦争において、補給を軽視した軍隊はいずれも悲惨な末路を遂げている。この補給の重要性は、地球においても、ゾイド星(惑星Zi)においても同じである。兵士は、生存する為に食事を常に必要とし、兵器は整備部品がなければ、性能を発揮できず、弾薬がなければ、戦うこともできない。

戦闘ゾイドの最後の兵装として部族間抗争の頃からよく例示される『爪と牙』ですら、ZAC2045年現在では、殆どの機体が、野生種と異なる特殊合金や内部にレーザー発振装置等の人工物を仕込んでいたり、人工物に置き換えられたりしているのである。

 

更に戦闘が行われなくても補給物資は毎日消費されていく、兵士は、食料やその他生活物資を生存する為に消費するし、ゾイドや火砲等も頻繁にメンテナンスを必要とする。

それらの物資を頻繁に補充する為には、後方から前線基地まで補給部隊が物資を輸送する必要がある。これが遮断されてしまえば、前線の部隊は、戦うことなく、その戦闘能力を喪失することになる。

 

数十年前、地球の恒星間移民船 グローバリーⅢがこの惑星に落着し、地球由来のテクノロジーがヘリック、ゼネバス両国の技術を大幅に向上させたが、それでも補給部隊の重要性は、数百年前の部族間抗争の頃と同様に変わっていない。

 

それどころかむしろ重要性を増していた。

 

その意味では、敵の補給部隊を叩くというのは、ゆっくりと敵に小さな傷を付ける様なものであった。

 

初めは大したことのない掠り傷でも、何度も繰り返し傷を与え続けることによって、やがては敵を失血死させることに繋がるのである。ダナム基地に物資を送る筈だった第23輸送部隊は、目的地にたどり着くことなく、敵の手に落ちたのであった。

 

 

 

 

 




次は戦闘が全く無い話になる可能性もあります。


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第3話 戦力分析 前編

今回は作戦会議関係の話になります。戦闘はありません



ZAC2045年 12月14日 

 

―――――――― ZAC2045年 12月14日  中央山脈某所―――――――

 

 

中央山脈で縦横無尽にゲリラ戦を繰り返し、正面戦力に勝る帝国軍に多大な損害を強いていたヘリック共和国軍は、山脈の各地に無数の仮設基地を保有していた。

 

中央山脈の山岳地帯の奥深くにある谷間の一つに設けられたこの拠点もその一つである。岩山に挟まれた大地には、組み立て式の基地施設と輸送ゾイド グスタフが3台いた。

 

内2台は通常のグスタフだったが、最後の1台は、他のグスタフと違う塗装が施され、形状も一部異なっていた。このグスタフは、移動指揮所として利用されていたのである。

 

グスタフの就役以前、共和国軍ではこの手の移動指揮所は、ビガザウロやゴルドスが利用されてきた。

 

だが、この2機種は、敵の攻撃に脆弱だという欠点があった。特にビガザウロは、ZAC2030年代の時点で旧式化が著しく、帝国ゾイドと遭遇した場合壊滅する可能性が高かったのである。

 

事実、ある戦闘では、サーベルタイガーの奇襲攻撃を受けて破壊され、それで指揮系統が崩壊した悲劇もあった。だがグスタフの場合、いざという時には、司令部要員をその分厚いことで有名な装甲に守られたコックピットへと避難させることが出来た。

 

通常型のグスタフでも最大6人を収容可能な程広いが、この移動指揮所型のグスタフは胴体内にも居住区画が延伸されており、機体出力と速度の低下と引き換えに司令部要員を全員収容可能だった。

 

そのグスタフの隣には、情報分析用に新型の電子戦ゾイド ゴルヘックスが待機している。護衛部隊がいた。10機程の護衛部隊の指揮官機を務めるのは、約1か月前に実戦配備されたばかりの新型歩兵ゾイド アロザウラーである。

 

アロザウラー以外には、ゴドス、カノントータス、コマンドウルフが展開していた。グスタフも、護衛機も共にこの周辺の風景に溶け込む様な白系統の迷彩塗装が施されている。

 

「それにしても隊長、退屈な任務ですよねぇ」

 

「軍曹、たるみ過ぎだぞ」

 

アロザウラーに搭乗する指揮官 ウェルク・ラーソン少佐は、やや語気を強めて部下を窘めた。この部隊に配属されてから、彼は、一度も実戦を経験していない。

 

彼の部下達も同様である。その為、彼の部下の一人がこのような発言をしてしまうのもある意味当然と言えた。

 

だが、ウェルクは、着任当時からこの日に至るまで、任務期間中は一度も気を抜いたことは無かった。

 

なぜならば、護衛対象の重要性は些かも衰えることは無かったからである。

 

この移動指揮所には、中央山脈に展開する共和国軍の総司令部が設置されている。もし今ここに帝国軍の砲撃なり、空爆なりが行われたら、中央山脈に展開する共和国軍の相当数は、機能不全に陥りかねない。

 

丁度、ウルトラザウルスの艦砲射撃で司令部を吹き飛ばされたZAC2038年のゼネバス帝国軍の様に。数年前ゼネバス帝国本土での戦いで、指揮系統が崩壊した軍隊がいかに脆い物かをそれと交戦する立場で見せられた。

 

 

あのカオスが自軍に降りかかること等、想像したくも無かった。この髭面の護衛部隊指揮官の考えるとおり、中央山脈に展開するヘリック共和国軍を一人の戦士に例えるならば、この移動司令部は、戦士の頭脳に例えることが出来るだろう。

 

現在、グスタフに連結されたトレーラーの中では、共和国軍の頭脳を形成する脳細胞とも言える共和国軍の参謀や士官達が作戦会議を行っていた。

 

「これより、中央山脈封鎖作戦<自由の両手>の第4段階 北国街道分断作戦についての作戦会議を開始する。」

 

会議は、第6軍集団 司令官 スタンリー・ノートン中将の一言から始まった。この巌の様な巨躯の持ち主の指揮下には、4つの師団が存在している。内1つは、次の作戦の為に新たに送り込まれた師団である。

 

第6軍集団は、中央山脈北部での戦闘を担当する部隊で、大半の部隊がゲリラ戦に適した中型、小型ゾイドで編成されている。

 

この室内は、防音加工が施され、外部の人間はこの空間で行われた会話の内容を知るすべはない。また二重構造の外壁の間に特殊な断熱材を挟むことで、内部に何人の人間がいるのかも分からない様になっていた。

 

 

今回の会議には、作戦に参加する各師団の司令官やその副官、参謀、一部には大隊指揮官が集められていた。また陸軍のみならず、物資輸送や航空支援に関わる海軍、空軍の将校も連絡役として参加していた。

 

その中には、会議のオブザーバーとしてヘリック共和国の最高指導者であるヘリック2世 大統領の姿もあった。

 

 

ヘリック大統領…正確に言うならば、大統領の服装をした人物は、翼の形をした飾り付ヘルメットをかぶった姿でノートン中将の右隣の席に座っていた。無論本物の大統領がここにいる筈はなく、彼は、ヘリック大統領の影武者であった。

 

 

影武者達は、各方面の共和国 陸・海・空の三軍の前線を視察し、前線の兵士の士気を高めると共に敵側の攪乱を目的に各地の戦場に派遣された。

 

記録上、ヘリック大統領は、今日のこの作戦会議以外にも2つの部隊の視察を行い、3日前は、ミドルハイウェイ方面での残敵掃討作戦で、シールドライガー部隊を率いて参加していたことになっている。

 

更にその1週間前には、空中輸送の主力を成す サラマンダー輸送隊で活躍したパイロットに勲章を授与していた。

 

これは、明らかに1人の人間では不可能な行為であると幼児でも分かる事だろう。

 

同じ日に別の離れた場所で、ヘリック大統領が率いるとされた部隊による攻撃が行われることも珍しくは無かった。だが、それらが影武者であるとは、前線の共和国軍兵士も、敵であるゼネバス帝国軍の将兵も知ることは出来ない。

 

大統領の影武者が戦闘ゾイドに乗り込み出撃し、前線に視察に現れる度に共和国軍の士気は向上した。

 

「ヘリック大統領が、部隊を率いて現れた。」

 

この情報が伝わっただけで前線の共和国軍は勢いを盛り返し、逆に帝国軍は、浮き足立った。

 

 

どこかの戦場にいるであろう、本物のヘリック大統領を捕える為に帝国軍は何十万という将兵と多数の戦闘ゾイドを主戦場である共和国領に派遣した。だが、これらの大軍は、占領地の治安維持や各地の共和国軍部隊と戦うために分散され、各個撃破される始末であった。

 

今では、前線の共和国兵の間には、

 

「ヘリック大統領の弟は、ゼネバス皇帝1人だが、ゼネバス皇帝には、100人のヘリック兄さんがいる。」と言う冗談が流行っていた。

 

本物のヘリック大統領がどこにいるのかを知っている者は、共和国の軍人、政府関係者でも100人以下に限られていた。

 

 

「地図を見ればわかることだが、北国街道の遮断には、ダナム山岳基地の攻略が不可欠である。このダナム山岳基地攻略作戦については、既に2か月前に基本案が出来ているということを諸君はご存じのとおりだろう。だが、今日に至るまで帝国軍は、この拠点の戦力を増強していることが偵察部隊によって確認され、作戦の修正を必要とする可能性もあることを諸君には、考えていただきたい。…ダナム山岳基地の現有戦力については、ケネス・ロバートソン大佐からの報告がある。…ロバートソン大佐」

 

「はっ」

 

1人の青年士官が部屋の中央へと歩み出た。

 

共和国軍の青い軍服を着た金髪の青年に対して、会議の参加者の視線が集中する。

 

ケネス・ロバートソン大佐は、第3師団旗下の第6機動大隊の参謀である。

彼は、ミドル・ハイウェイ分断作戦の作戦立案にも関わっていた。

 

15日前に34歳の誕生日を迎えたこの男は、今回の作戦の攻略対象であるダナム山岳基地の敵戦力の分析を担当していた。

 

「…はじめてくれたまえ」

 

影武者ヘリックの落ち着いた声が会議室に響いた。

 

その声は、本物の大統領のそれと見分けが付かなかった。もしかしたら本物の大統領がこの場にいるのかもしれないと思ってしまう者さえいた。

 

その多くは、各師団の参謀や副官を務める若手将校達で、その中には、最新の戦力分析報告を行うケネス大佐も含まれていた。

 

「現在のダナム山岳基地の敵戦力についてですが、現在のダナム山岳基地攻略作戦の基本案の前提である3か月前の駐留戦力予想とは大きく異なっています。尚この情報は、現在も活動中の友軍偵察部隊からの報告により、更新されるものと考えてください。」

 

「うむ…」

 

「…まず、現時点でのダナム山岳基地の戦力についてですが、比較の為に3か月前の駐留戦力についての話をさせていただきます。この時点では、基地内には、第3機甲旅団のアイアンコングノーマルタイプ5機、レッドホーン10機、サーベルタイガー10機と小型ゾイド146機を有する部隊が存在し、歩兵、整備兵等、後方要員合わせて約8000人弱が駐留していることが確認されていました。しかしその後、数回に渡って増援部隊が派遣されたことが確認されています。この増援部隊についての情報の内、最新の物は、今月初日の強行偵察作戦で、第223遊撃大隊所属のスネークス小隊によって確認されたものです。以下の映像をご覧ください。」

 

ケネスはここで一端発言を中断すると、データを収めたディスクを机の下に入れた。

同時に机の上に光の粒子が巻き起こり、何もない中空に像を結んだ。机に内蔵されたホログラム発生装置が作動したのである。

 

この技術が、地球人の手でゾイド星の住民にもたらされた時、彼らの多くは、それを人知を超えた魔法だとさえ思った。

 

だが、地球人の技術についてある程度理解している室内のメンバーは大した感慨を抱いていない。ここ最近は、毎日の様に青白い幽霊の様な光の像を見せつけられていた。

 

ホログラムには、ダナム山岳基地に駐留するゼネバス帝国軍の戦力…基地とその周囲に展開するゾイド部隊の映像が映し出されていた。

 

 

次々と表示され、切り替えられていく映像に映し出されるダナム山岳基地のゼネバス軍…それは、3か月前のダナム山岳基地の駐留戦力とは比較できない程強化されていることは、明らかであった。

 

その中でも目を惹いたのは、赤く塗装され、全身を重火器で武装したアイアンコング…アイアンコングmkⅡ限定型とその周囲にいるその量産型…アイアンコングmkⅡ量産型の姿だった。

 

その姿を見た会議の参加者の数人は、思わず言葉を漏らした。

 

「アイアンコングmkⅡもいるとは…」

 

「…あの赤い悪魔がいるとなると厄介なことになるな。」

 

強力だが、生産台数の少ないアイアンコングmkⅡ限定型は、重要な作戦に投入される。その為この機体が戦場に出現するということは、その地域がゼネバス帝国にとってどうしても確保したい場所であることを意味している。

 

その為、共和国軍にとってもこのゾイドは特別な存在であり、特に戦場で直接相対する確率が高い前線の兵士は、遭遇すれば生き残れない〝赤い悪魔〟と恐れていた。同様にゼネバス帝国側では、ライバル機であるゴジュラスmkⅡ限定型が、共和国の勇者の乗機として、ウルトラザウルスとは違った意味で、特別視されていた。

 

 

会議の様子を見たケネスは、机の下の端末を操作し、ホログラムの設定をアイアンコングmkⅡ限定型の映像で固定させた。

 

「このアイアンコング部隊の所属は分かっているのかね?」

 

同時にノートン中将が質問した。

 

「…第38北部方面隊の機体ではないのか?」

 

第6軍集団の指揮下の第12師団 師団長のジェフリー・スミス少将が自らの推測を口にした。

 

第38北部方面隊…通称〝オーロラ・ロック〟は、白く塗装されたアイアンコングmkⅡ量産型を保有する部隊で、この中央山脈では、最も有名なアイアンコング部隊であった。

 

山岳戦に熟練したこの部隊がダナム山岳基地の防衛に参加すると考えるのはある意味で当然と言える。

 

「オーロラ・ロックだと…もしそうなら長期戦で挑んでくるのは間違いないな」

 

「その可能性はどうなのだ?」

 

一瞬席に座る者達の視線がケネスに集中した………そして目の前の若き士官は、静かに口を開いた。

 

「…それについては、検討しましたが、まず考えられません。まず第1に〝オーロラ・ロック〟所属のアイアンコングは、全機がホワイトに塗装されています。第2にオーロラ・ロック部隊は、ダナム山岳基地の存在する更に北に数十キロ近く離れた、ヴィンターフィーア基地に駐留していることが確認されています。」

 

「…だが、部隊を交代させ、再塗装したという可能性があるのでは?」

 

「ありえません。それにそれが事実だとして、現在オーロラ・ロック部隊として駐留している部隊は、どこの所属なのかという問題があります。」

 

ケネスは冷静に質問を受け流しつつ、机に内蔵されたホログラム装置を操作した。彼の指がスイッチを押すと同時に別のホログラムが電子音と共に映し出された。

 

どこかの雪原を映し出した映像で、そこには、基地施設と共に白く塗装されたアイアンコングmkⅡ量産型が8機並んでいた。それらのゾイドの右肩には、第38北部方面隊 オーロラ・ロックの所属であることを示す。部隊章が刻まれている。

 

「オーロラ・ロックではないことが分かった…ではどこの部隊なのか?それについて推測は?」

 

影武者ヘリックが質問する。

 

「はい。既にどの部隊がダナム山岳基地に駐留しているのかは予測が出来ております。まずアイアンコングmkⅡ限定型を有する部隊は、10存在していますが、まずこの中で最もアイアンコングmkⅡ限定型を保有する部隊である<ローテ・アイゼン・ファウスト>大隊は、1か月前からヘリックシティ占領部隊に保有機全機が派遣されていることが宣伝放送で確認されています。また前述したオーロラ・ロックと第6機甲師団 第12機甲師団 第2兵器開発部隊の4つの部隊は、ゼネバス帝国領の防衛部隊に配備されていることが、情報部からの情報で確認されました。」

 

「ということは、候補は、残された5つの部隊のうちのどれかと言うことになるな。」

 

「はい。残り5つの部隊 第45装甲旅団 通称マイヤー戦闘団と第2装甲大隊は、クック要塞近辺に、 第21北部方面隊 ホワイト・ロックはヴィンタードライ基地に、第4装甲大隊は、ミドルハイウェイ分断作戦で打撃を受けて、現在クロケット砦で再編成中です。そして最後の候補である第23装甲師団は、本国から占領されている共和国領への移動が決定されたという情報が入ったのみで現在所在不明であります。………以上、アイアンコングmkⅡ限定型の存在等の情報を考慮すると、クルト・ヴァイトリング少将の第23装甲師団から派遣された部隊である可能性が高いと思われます。」

 

ケネスは、自身の分析結果を続けた。僅かな生産台数で製造が中止されたアイアンコングmkⅡ限定型を保有する部隊は、当然ながら数少なく、その中でも尤も有名なアルメーヘン橋攻略戦に参加したことで有名なアイアンコングmkⅡ限定型を多数擁する部隊<ローテ・アイゼン・ファウスト>(赤の鉄拳大隊)は、デスザウラー大隊と共に共和国首都 ヘリックシティの占領部隊に確認されていた。

 

その為、どの部隊の所属機かは比較的判別し易かったのである。

 

「ヴァイトリング…2038年の大攻勢でグレイ砦を最初に攻撃した将軍か。」

 

第8師団の師団長 ウォルター・バーク少将が言う。参加者の中で最年長である彼は、7年前のグレイ砦の陥落時に撤退支援を行うための部隊に参加していた。その時、ゴジュラスに搭乗していた彼は、ヴァイトリングの指揮下のアイアンコングと交戦した経験を有していた。

 

「次にアイアンコング以外の第23機甲師団からダナム山岳基地への派遣戦力についての調査結果を報告させていただきます。この機甲師団の配下には、ヨッヘン・エルツベルガー大佐の突撃部隊が存在しており、この部隊は、敵陣地の突破、敵部隊への打撃を目的とした部隊であり、レッドホーン14機、ブラックライモス36機、ツインホーン26機、モルガ68機、ゲルダー32機を保有しており、平野部での攻撃力と突破力は侮れないものがあります。今回の山岳戦では、基地周辺での防御に回ると考えられます。次に偵察、追撃、機動戦の為の高速部隊があり、指揮官のアルベルト・ボウマン中佐の指揮下にサーベルタイガー16機、ヘルキャット36機が所属しています。この部隊は、現在ダナム山岳基地周囲でのパトロール行動に従事しており、我々の偵察隊に被害が出ております。電子戦・通信部隊のディメトロドン6機、ゲーター20機、連絡機としてマーダ10機が配備されており、アイアンコング部隊の補助としてハンマーロック68機、イグアン56機、ゴリアテ、シルバーコング等、アタックゾイド120機が確認されています。」

 

「第23師団だけでもこれほどの大戦力とは、やはり長期戦は避けられないですな」

 

「ウォルター少将 それは当初の予定通りです。それに我軍には〝切り札〟があります。」

 

スミス少将が切り札という言葉を強調して言う。

 

「確かにな。だが、油断は出来ない。」

 

「第23師団以外の部隊についての情報は?」

 

ウォルター少将の隣に座る女性士官が挙手した。短く切った黒髪と童顔が特徴的なその女性士官の胸元には、准将の階級章が眩く煌いている。

 

彼女…リンナ・ブラックストン准将は、第8師団の参謀としてこの会議に参加していた。

若干32歳で准将の階級を手にした彼女の経歴は、士官学校首席卒業から、南部山岳道路制圧戦まで勝利の栄光に彩られていた。

 

彼女が今回の会議で報告を行っているケネス・ロバートソン大佐と会うのは、これが初めてではなく、任務外のプライベートでも何度か顔を合わせていた。彼女は、ケネス大佐とは士官学校の先輩後輩の関係であった。

 

リンナ先輩か… 士官学校時代に兵棋や作戦試案の評論で手酷く〝私的指導〟された時の事を思い出し、思わず苦笑いを浮かべたくなった。

 

だが、この公的な、厳粛な場でそれを行うのは、社会的自殺行為になりかねないとそれを押し殺した。

 

 

「第23師団以外の戦力については、まず前回の偵察時に駐留していた守備隊は、その大半が交代に本国に帰還しています。ダナム山岳基地の守備隊の大半は、第23機甲師団が占めており、それ以外の部隊は、部隊名は不明ですが、キャノリーモルガ20機で編成される砲兵部隊が2つ、多弾頭ミサイル装備のディメトロドン1機とミサイル戦仕様のブラックライモス3機で編成された砲兵部隊が1つ、ブラックライモス1機、イグアン10機、兵員輸送型モルガ5機で編成される部隊が2つ、最後にディメトロドン1機とゲーター7機で編成される通信部隊が存在が確認されています。最後にダナム山岳基地に駐留している兵員の数ですが、数日前に空軍のサラマンダー偵察機による高高度偵察で確認できた兵舎や物資の倉庫、トイレ等の数や基地施設と出入りする補給部隊の規模等の情報を勘案すると、ダナム山岳基地には、現在約32000人が駐留していると思われます。」

 

「32000もの兵員をあの山岳地帯の一点に集めて、補給の面では問題はないのかね?」

 

会議に参加していた将官の一人が質問する。戦争とは、将棋やコンピュータゲームの様にその地点に兵士や兵器を集めればいいと言うものではない。

 

戦闘開始から終了に至るまで、場合によっては戦争が終わるまでの間、その地域に展開する部隊の戦闘能力を維持し、兵士の生存を維持する為の物資とそれを継続的に補給する必要がある。

 

それが出来なければ、軍隊は戦わずして崩壊を余儀なくされる。

 

「敵基地の補給の面については、現在も調査中ですが、ダナム山岳基地へと移動している補給部隊の数や基地施設の規模から推測するに、基地単独では最大でも2ヶ月が限度だと考えられます。これ以上の期間、駐留戦力を維持するには、継続的な外部からの補給が必要です。更に前述したダナム山岳基地の戦力は基地施設の規模に対してやや過剰です。このことから、ダナム山岳基地の帝国軍は、前回の推定通りに山岳基地の防御を固め、持久戦を行い、我軍が冬の寒さと補給切れによって疲弊したところを集めた戦力で殲滅することを企図していると推測します。」

 

「やはり敵は我が軍が本格的な冬が訪れる前に短期決戦を挑むと考えているのだな…」

 

影武者ヘリックが威厳のある声で尋ねた。

 

「はい。敵は、これまでゲリラ戦を挑んできた我々が冬までの長期戦を戦い抜けないと考えていることは間違いありません。だからこそダナム山岳基地を決戦場に定めたのだと考えられます。」

 

「大統領閣下。」

 

ウォルター少将が挙手した。

 

「何かね」

 

「ゼネバス帝国軍は、我々がダナム山岳基地を短期間で攻略する為に強襲を仕掛けると思っているに違いありません。それを正面から粉砕する戦力として、精鋭の第23機甲師団を送り込んだのでしょう。これまでのケネス大佐の分析は、それを裏付けています。」

 

「…分かった。ダナム山岳基地での戦闘で、持久戦をゼネバスの連中が考えているというのは、今も変わらないということか。」

 

 

 



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第4話 戦力分析 後編

 

「ダナム山岳基地の防空及び航空戦力については?」

 

次に挙手したのは、これまで一度も口を開くことの無かった人物だった。その隣にいた、海軍からの連絡将校が思わず、心中の驚愕を表情に見せた。

 

空軍の軍服を着た浅黒い肌と痩せた身体が特徴的な将校 レン・マックスウェル准将が質問する。

 

この痩身の男は、空軍からの連絡役として派遣されていた。この会議の議題であるダナム山岳基地攻略作戦に限らず、このZAC2045年のゾイド戦闘において航空支援の無い戦いはありえない。

 

今回のダナム山岳基地攻略作戦で空軍は、陸軍の航空支援と上空の制空権確保、物資の空輸に従事する予定である。

 

「航空戦力については、ダナム山岳基地そのものにはそれ程航空戦力は配備されていません。…シュトルヒ8機、弾着観測機を含め、サイカーチス10機が配備されています。また新型のレドラーはダナム山岳基地には配備されていないことが確認されています。しかし、近辺の空軍基地のいくつかには、配備が確認されているので、これらの基地の部隊が上空に出現することは十分考えられます。これらの基地からレドラー部隊の来襲を阻止する為に、前回の会議で提案された様な敵の空軍基地に対する攻撃が必要かもしれません。次に防空戦力については、前回の戦力分析で分析済みのダナム山岳基地の防空設備に加え、対空マルダー、対空ザットン、対空イグアン、モルガAA合わせて推定で30機~40機が配備されていると思われます。また増派された第23機甲師団所属機については、高射砲部隊のマルダー20機、対空火器を有する突撃部隊のレッドホーン、ブラックライモス、ツインホーン、強力な対空ミサイルを有するアイアンコングmkⅡ限定型とアイアンコングmkⅡ量産型、アイアンコング、3機種の補助を務めるハンマーロックによって、基地の防空戦力は大幅に増強されたと判断していいと思います。」

 

「分かりました。しかし、そこまで防空戦力が強化されているとなると、我々空軍の部隊が空爆を行う前に陸軍による支援が不可欠になりますな。単独での基地への空爆は自殺行為だと断言できます。」

 

「それについては、地上部隊を代表して善処するとこの場で言っておく。」

 

この会議の陸軍将官で、最高階級者であるスタンリー中将が静かに言った。この若い空軍将校の発言が、今回の作戦の支援を行う空軍を代弁していることをこの部屋にいる誰もが知っていた。

 

「…ダナム基地にデスザウラーがいる可能性は?それについてはどうなのかねロバートソン大佐。」

 

ヘリック大統領の影武者が質問する。次の瞬間室内は、さながら爆弾を落としたかの様に静かになった。

 

「…」

 

 

ゼネバス帝国よりも豊かな国土を背景に高い工業力と国力を有する筈のヘリック共和国が、首都を陥落させられ、国土の多くを占領下に置かれているのは、デスザウラーの存在が大きかった。

 

共和国軍の前線の兵士は、デスザウラーを死を呼ぶ恐竜と呼んで恐れていたが、同様に後方で前略を練る将軍も、デスザウラーの脅威を認識していたのである。

 

デスザウラーの存在は、共和国軍の戦略にも暗い影を落としていた。帝国軍の拠点を攻撃する際も、デスザウラーの存在している拠点はなるべく攻撃対象から外され、デスザウラーを先頭に押し立てて帝国軍が進軍してきた場合、その地域からの撤退を余儀なくされた。

 

そもそも共和国軍がこの中央大陸を東西に二分する中央山脈での遊撃戦を選んだのも、デスザウラーの進軍が制限されるからというのが大きな理由の1つであった。

 

1つの戦場での勝利を確定させるだけでなく、相手側の戦略さえも左右するゾイド…それがデスザウラーであった。

 

現在、デスザウラーを倒すことのできるゾイドの開発が進められていたが、現状の共和国軍にはデスザウラーに対抗できるゾイドは存在していなかったのである。

 

デスザウラーがダナム山岳基地に存在する場合、たとえそれが単機であったとしても共和国軍の作戦成功の可能性は著しく低下を余儀なくされるだろう……故にケネスもこの質問が来ることを予想していた。青年のはっきりとした声が気まずい沈黙が支配する会議室に響いた。

 

 

「…デスザウラーがダナム山岳基地に存在している可能性についてですが、その可能性はありえないと断言できます。」

 

ケネスは、断言した。その言葉が室内に伝わると共に参加者の表情が変わった。

 

 

「!!」

 

「その根拠を聞いていいかね…」

 

「はい。まず第1にこれまでの地上、航空偵察でダナム山岳基地にデスザウラーの存在が発見されていないことです。」

 

「うむ」

 

「地下に隠しているという可能性は?デスザウラーの試作機がそうだったように部品を解体して輸送し、基地内で組み立てることができるのではないか?」

 

「分解して輸送するのは、リスクが高すぎます。途中で我々のゲリラ部隊に輸送隊が襲撃される危険性を彼らが考えていないというのは考えにくいことです。」

 

「…そうか」

 

「第2に現在のダナム山岳基地には、デスザウラーを整備できる程の整備施設が存在していないことです。デスザウラーは、我々の首都失陥の原因となった初号機の進撃時に何度か前線で補給と整備を受けている姿が空軍の偵察機によって発見されていますが、その際には大規模な整備・補給部隊が確認されています。」

 

 

ケネスが言葉を区切ると同時にホログラムが切り替わり、新しい映像が映し出される。映し出されたのは、薄緑色の草原に立つ一体の黒い肉食恐竜型ゾイド……デスザウラーが映し出されている。

 

ただ、戦闘時とは異なり、全身を覆う黒曜石の様に黒い装甲は所々が剥ぎ取られ、内部機関が剥き出しにされていた。その周囲には、5台のグスタフが並び、デスザウラーの整備を行うための整備兵が砂糖に群がる黒蟻の様にデスザウラーの足元に無数にいた。

 

「デスザウラーの整備を行う部隊が大規模なことはわかったが、ダナム山岳基地の規模を考えると、デスザウラーの整備は不可能ではないのではないか?」

 

 

「はい。確かにあの規模の基地ならばデスザウラーの整備を行うことは不可能ではないでしょう。ですが、それは守備隊の規模が小規模な場合です。現在それらの整備施設は、第23機甲師団のゾイドを整備に利用されており、とてもデスザウラーの整備に整備要員や整備施設を回せる状況とは思えません。」

 

「…つまり、現状ダナム山岳基地の最大戦力は、ヴァイトリング少将のアイアンコングmkⅡ部隊であると考えていいのか?」

 

 

「はい、将軍、間違いありません。繰り返して申し上げますが、現在のダナム山岳基地にデスザウラーがいるとは考えられません」

 

「現状、デスザウラーがダナム山岳基地周辺の戦闘で出現する可能性はないということだな…ケネス大佐?」ノートン中将が尋ねた。

 

「いいえ、ダナム山岳基地内部にデスザウラーが存在しないとしても、包囲戦が長期化した場合、襲来して来るであろう救援部隊にデスザウラーを投入して来る可能性は否定できません。」

 

「では、我が軍がダナム山岳基地を包囲している時にデスザウラーを含む救援が出現した場合、どう対応するというのかね?」

 

第4装甲旅団の旅団長 ウィル・ウィリアムズ准将が強い口調で言った。今回の作戦に参加する部隊でも珍しくゴジュラスやマンモス等の重装甲の大型ゾイドを多数有する部隊であり、首都失陥前に数次にわたり行われた平原での戦いでは最もデスザウラーと交戦し、大損害を出した部隊でもある。

 

「ウィリアムズ准将…今回のケネス大佐は、あくまでも戦力分析担当だ。対策を彼に求めるのは間違いだよ。それに諸君、デスザウラー対策も重要だが、他にも重要な事があることを忘れてはいけないよ」

 

ノートン中将が彼を穏やかな口調で、窘めた。

 

「…申し訳ありません」

 

「中将閣下!」

 

その時、会議室の奥の方の座席に座っていた巨漢……第87極地戦大隊指揮官 デメトリウス・ブロス大佐が勢いよく立ち上がった。

 

彼の率いる部隊は、その名の通り、中央山脈北部や大陸北端の〝ザブリスキーポイント〟を戦場とする部隊で、極寒の戦場に適応する為に所属機全機に寒冷地仕様改造が施されているのが特徴である。

 

今回のダナム山岳基地攻略作戦には、補給封鎖や増援阻止に参加する予定であった。

 

「何だ?」

 

「デスザウラー対策については、既に私に〝秘策〟があります。その為の装備も既に準備中です。」

「デスザウラーを倒す秘策があるのですか?」

 

「倒すことが出来るかは分かりませんが…ダナム山岳基地に到着させないようにすることは出来ると思います。」

 

「少将、その秘策について説明してくれたまえ」

 

それまでは、静かに語りかける様な口調で話していた影武者ヘリックの口調には、興奮が入り混じっていた。

 

「はい。………まずデスザウラーの装甲防御力について……」

 

大統領に促され、デメトリウス大佐は口を開いた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

「これならば、デスザウラーを、あの死を呼ぶ恐竜を、凍えさせることが出来るでしょう」

 

 

彼が説明を終えた時、室内にいた者達の中で興奮しなかった者はいなかった。

 

 

この日の会議は、この後も4時間近く続けられた。しかもこの日の会議等は、敵性戦力分析以外は、既に定められたことの最終確認でしかなく、本題であるダナム山岳基地攻略の作戦案の修正等は、後日に行われる作戦会議で行われる。

 

外と隔離された、この暖房の効いた白い部屋で数日にわたって交わされた言葉と情報によって編み出された戦略、作戦が、前線の兵士達の生死を決定し、戦いの勝敗を左右し、彼らの祖国 ヘリック共和国と、その敵国 ゼネバス帝国の運命をも左右するのである。

 

 

 



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第5話 虎と獅子 合いまみえる時 前編

劇中でシールドライガーに対する心無い発言がありますが、私はシールドライガーがゾイドの中では好きだということを予めこの場で言っておきます。




 

同等の力を有する者同士の対立関係をライバルと言うが、金属生命体ゾイドを改造し、それを主力兵器として改造してきたゾイド星の戦史においてもライバルとも言える関係が存在する。

 

 

最も有名な物は、ヘリック共和国の象徴としても扱われることの多い恐竜型大型ゾイド ゴジュラスと対抗機としてゼネバス帝国が開発したゴリラ型大型ゾイド アイアンコングであろう。

 

ゼネバス帝国の開発したトラ型大型高速ゾイド サーベルタイガーとヘリック共和国のライオン型大型高速ゾイド シールドライガーもその一例と言える。

 

ZAC2045年の中央山脈北部でも、この2つの戦闘機械獣とその乗り手達は、互いに敵機の高速ゾイドをライバルであると見做していることが多かった。

 

 

 

 

―――――――――ZAC2045年 12月15日 中央山脈北部 山岳地帯―――――――

 

 

猛烈な吹雪が駆け降りる谷の底、降り積もる雪で白く染まった道を輸送ゾイド グスタフとモルガで編成される輸送部隊とその護衛部隊のゾイドが歩みを進めていた。

 

 

奴らは必ず現れる…

 

 

乗機であるサーベルタイガーのコックピットでイルムガルトは小さな声で呟いた。

 

今回、彼女の隊は輸送部隊の護衛任務に従事していた。

 

イルムガルトのサーベルタイガーのメインモニターには、昆虫型輸送ゾイド グスタフとそれが牽引するコンテナを載せたトレーラーと輸送型モルガの姿が表示されている。

 

 

 

輸送型モルガは、モルガのバリエーションの一つで機体後部が物資を運ぶためのコンテナに換装されている。戦闘用の通常型と異なり、機体後部がラクダの瘤の様に膨らんでいるというのが特徴である。

 

武装は頭部のガトリング砲のみで対ゾイド戦では無力に等しいが、通常機の2倍近い貨物を輸送できた。この機体は、グスタフの数が揃わないゼネバス帝国軍の補給の数的主力を担っていた。

 

 

彼女達の護衛目標、グスタフ4台 輸送型モルガ8台で構成されるこの輸送部隊は、中央大陸東側…かつてヘリック共和国の領土だった地域、現在は、ゼネバス帝国の占領下に置かれている地域に展開している友軍への補給物資を輸送していた。その内訳は、食糧、弾薬、ゾイドの補給部品等で、どれ1つ取っても、戦争を行うのに欠かせない物資である。

 

それらを護衛するのは、レッドホーン1機、ハンマーロック4機、イグアン4機、マルダー2機、ゲーター1機で編成される護衛部隊、それに加えてサーベルタイガー2機、ヘルキャット8機で編成される高速部隊が更に外周を守っている。

 

その内高速部隊は、ダナム山岳基地の守備隊に所属する機体である。

 

彼ら高速部隊の目的は、敵の高速ゾイドの迎撃。

 

その中で最大の脅威は、〝青い稲妻〟――――――シールドライガー。

 

「〝獅子〟も〝狼〟も〝熊〟も現れませんね。」

 

 

副官のヘルベルトが隠語で敵機の名を呼ぶ。それらの内、最も脅威度が高いのは、獅子…シールドライガーであった。

 

狼…コマンドウルフも、熊…ベアファイターも中型ゾイドとしては、優秀な機体であるものの、サーベルタイガーに単独では対抗できるものではなかった。

 

 

「ええ、でも油断は出来ないわ。」

 

イルムガルトは、今回の任務の重要性を認識していた。本来ダナム山岳基地周囲の哨戒任務に従事している筈の彼女達が、補給部隊の護衛に従事しているのには、理由がある。

 

 

 

約1か月前からヘリック共和国軍は、ダナム山岳基地への攻撃に先立ってシールドライガーとコマンドウルフで構成された高速隊をこの北国街道に送り込んだ。

 

これらの高速部隊は、北国街道を通過する輸送部隊を次々と撃破し、占領地の帝国軍と本国とを繋ぐ補給線を脅かした。

 

 

機動性に優れたこれら2機種で構成される共和国軍の襲撃隊に対して、小型ゾイドを中心とする護衛部隊は貧弱すぎ、拠点防衛に特化したダナム山岳基地守備隊では、鈍足過ぎた。ダナム山岳基地の守備隊は、強大な戦力を有しながらも敵の高速部隊から輸送部隊を守りきる事が出来ない状況に陥った。

 

 

従来の小型ゾイド主体の護衛部隊では、大型ゾイドであるシールドライガーを有する敵の高速部隊の襲撃から補給部隊を守りきれないと判断した帝国軍は、護衛部隊の増強と同時にダナム山岳基地から部隊を派遣することを決定。

 

機動性に優れたサーベルタイガーを装備する部隊が輸送部隊の護衛として選ばれた。

 

 

イルムガルトの隊は、数日前にパトロール部隊を全滅させた共和国軍のコマンドウルフ部隊と交戦して、相手に打撃を与えていた。

 

 

その経験を買われたという面もある。更に今回の任務の為にヘルキャットが、4機追加配備された。本来では、サーベルタイガー1機とそのパイロットが配備される予定だった。だが、急遽別の輸送部隊の護衛に回されてしまったのである。

 

複雑な地形を突破でき、素早く戦場に参加可能、そして撤退も、追撃も自在に行える高速ゾイドとその乗り手は、この中央山脈の戦場では黄金よりも貴重だった。

 

「輸送部隊がやられたら前線に影響が出ますからね。」

 

 

「そうよ、私達は、この重要な任務をヴァイトリング少将に任されているのよ。」

 

彼女とは別の考えの持ち主もいた。その人物は、彼女と同じようにこの輸送部隊の護衛任務に従事し、大型ゾイドのパイロットであるという共通点を有していた。

 

「大型ゾイド3機とは、戦力過剰だ。全く、師団長殿も考え過ぎだな。」

 

レッドホーンに搭乗する士官 ハンス・ランドルフ大尉は、護衛部隊の指揮官でもある彼は、貴重な大型ゾイド3機を投入するという、上官であるヴァイトリング少将の意図が理解できていなかった。

 

複数の大型ゾイドによって輸送部隊が護衛されること等、これまでのゼネバス帝国軍ではあまり例のないことなのだから当然と言える。

 

元々、国力で共和国に劣るゼネバス帝国は、最前線に戦力を優先的に配備する傾向があり、大型ゾイドの場合、その傾向はさらに強まった。

 

 

大型ゾイドを後方の補給線の防衛に回すこと等、多くの帝国軍の将校達にとっては、貴重な大型ゾイドを遊ばせているに等しい行為に映ったのである。

 

一方、彼らの敵国であるヘリック共和国の場合は好対照である。

 

共和国軍は、帝国軍の新型高速ゾイド サーベルタイガーが出現し、輸送部隊を襲撃し始めた際に貴重な自軍の大型ゾイドの中で当時最も強力だったゴジュラスを護衛に付けた。

 

更にシールドライガーがロールアウトされてからは、この初の大型高速ゾイドも共和国軍は、自軍の輸送路の防衛に投入した。このシールドライガーとコマンドウルフ数機で編成されたハンターキラー部隊によってサーベルタイガーを含む、多くの襲撃部隊が未帰還に追い込まれた。

 

これらは、豊かな国力によって大型ゾイドの保有台数に余裕がある共和国だからこそ出来ることだと言える。

 

「一向に敵が現れないな。」

 

「共和国軍の奴らが現れたら、直ぐに俺達でやっつけてやるのに……」

 

ヘルキャットのパイロットの1人が同僚に向けて軽口を叩いた。そのパイロットは配属されたばかりの新兵だった。

 

「何言ってるの!私達の任務は、敵を倒す事じゃない。前線の友軍に届ける補給物資を守る事、もし敵を全滅させてもその時に補給物資が全滅していたら何の意味も無いのよ。」

 

「申し訳ありません。イルムガルト隊長……」

 

自身の発言の軽率さ、愚かさに気付いたその若い兵士は、上官に謝罪した。

 

「分かればいいわ。それに後少しで交代の高速隊に合流するわ。それまで何も起こらなければいいけど……」

 

イルムガルトは、この任務が何事も無く過ぎることを望んでいた。補給物資が被害を受けずに予定通り前線の部隊に届けられることが、祖国と最前線の同胞にとって望ましい結果なのだからと。

 

だが、心の片隅で彼女は、自分も先程の部下と同じ様なことを、シールドライガーを有する高速戦闘隊と遭遇して戦えることを心待ちにしていた。

 

彼女にとって敵の高速ゾイドの中で最も強力であり、サーベルタイガーキラーとして開発されたシールドライガーは、最も倒すべき敵だと考えていたのであった。

 

無論それだけでなく、イルムガルトの士官学校時代の同僚達もシールドライガーにやられた者が少なくないことも関係していた。

 

しかし、イルムガルトは、自身がそんな矛盾した心境に陥りつつあることに気付くことは無かった。

 

 

「前方に未確認の金属反応を探知、恐らくゾイドと思われます。」

 

護衛部隊で警戒機を務めるゲーターの全天候3Dレーダーが前方の雪原に潜む〝何か〟に反応した。

 

輸送部隊は動きを止め、護衛部隊もそれに合わせると共に警戒態勢に入った。

 

 

「共和国軍め……燻りだしてやるぞ。A1からA2、C1、C2、反応のある地域にミサイルを撃て」

 

クルトが部下の機体に指示を出す。A1~A2……護衛部隊のハンマーロック2機とC1~C2……最後尾のマルダー2機がミサイルを発射した。

 

ハンマーロックの背部には、4発の対空ミサイルが搭載されている。だが、この部隊は、地上戦における攻撃力を向上させる目的で半分の機体が対空ミサイルから地対地ミサイルに換装していた。

 

 

白煙を引いて6発のミサイルがゲーターの3Dレーダーに反応のあった地点へと吸い込まれる。ミサイルが着弾し、白い雪が降り積もる大地に一瞬赤い爆炎が生じ、次の瞬間には、黒煙が着弾した場所から立ち上っていた。

 

「やったか?」

 

「いや、残骸はない。」

 

「あっ!」

 

一瞬、前方の雪に覆われた地形が動いた。

 

 

直後、潜んでいた敵……白いシールドライガー…シールドライガー寒冷地仕様が姿を現した。

 

その数は、4機。

 

大型ゾイドであることを考えると、イルムガルトの第3中隊とクルトの護衛部隊、合わせて3機の大型機を擁する輸送部隊の護衛戦力でも油断できない戦力と言える。

 

「大型ゾイドが3機か。今までと同じだと思うと痛い目に遭いかねないな」

 

指揮官のケイン・アンダースン少佐は、敵の輸送部隊の護衛の戦力が強化されていることに驚いていた。

 

これまで襲撃してきた帝国軍輸送部隊は、小型ゾイド主体で、良くて指揮官機に中型ゾイドがいる程度の護衛部隊に守られていただけだった。

 

だが、今回の護衛部隊には、大型ゾイドが複数配備されており、これまでの様にいかないことは容易に想像できた。

 

特にサーベルタイガーは、シールドライガーの原型になった機体であり、カタログスペックでは、シールドライガーが上回っているものの、実戦では殆ど互角に近い。

 

ケインらにとっても油断出来ない機体である。

 

「帝国の奴らも漸く自分達の足元に火がついてることに気付いたんですかね?」

 

ケインの僚機を務めるティム・ネイト少尉が軽い口調で言う。

 

「……そういう事だろうな。各機サーベルタイガーのパイロットはこちらより高速ゾイドの操縦に熟達したベテランが多い!油断するんじゃないぞ」

 

「了解。」

 

「了解、油断なんてしません!」

 

4機のシールドライガー寒冷地仕様は、横に並んだ隊形で輸送部隊に向かって突進する。地面に降り積もっていた銀色の雪が巻き上げられ、4機を包み込む。

 

 

雪煙とシールドライガー寒冷地仕様4機の姿と混ざり合い、見る者には、巨大な白い塊が帝国部隊に向かって来る様な錯覚を与えた。

 

その姿は、雪山で最も警戒すべき災害………雪崩を思わせた。

 

 

「何!大型ゾイドが4機も!」

 

 

クルトは、襲撃部隊の予想外の戦力に慌てた。情報部の話では、ヘリック共和国は首都と主要なゾイド工場を占領され、大型ゾイドの補充も儘ならない筈では無かったのかと。

 

「我々以外の護衛部隊は、輸送部隊を守ることに専念してください。シールドライガーは、私達が仕留めます!」

 

逆に敵部隊に大型ゾイドがいることを予め予測していたイルムガルトは、冷静に指示を送る。

 

直後、サーベルタイガー2機は、8機のヘルキャットを従えて接近してくる敵部隊に向かって疾走した。

 

「……分かった。」

 

 

護衛部隊の指揮官であるクルトもそれにしぶしぶ従う。本来なら2人の階級は同じで、従う必要はない。

 

だが、彼も高速ゾイドの機動性に対して最も対抗できるのは、友軍の高速ゾイドのそれであること……高速ゾイドには、高速ゾイドを当てるべし。と言うゾイド戦術の基本は理解していた。

 

少なくともこの時点は。

 

 

「サーベルタイガーを真似ただけの機体に!」

 

イルムガルトは、メインモニターに表示される白い獅子達を睨み、敵意の籠った口調で言う。

 

「盾に隠れる様なまがい物、直ぐに叩き潰してやりましょう!」

 

同じくサーベルタイガーを愛機とする副官のヘルベルトも敵機に向かって悪意に満ちた言葉を吐き、背部のビーム砲のトリガーを引く。

 

サーベルタイガーに苦しめられた共和国軍が対抗策として開発したシールドライガーは、ZAC2038年にバレシア基地で多数鹵獲されたサーベルタイガーを解析して開発された機体であり、機体構造の約半分がサーベルタイガーの設計を基にしている。

 

この事は、シールドライガーのことをサーベルタイガーの模造品と帝国軍の兵士達が嘲笑を浴びせる理由となった。

 

更に機動性を含むサーベルタイガーの性能をシールドライガーが上回っているという事実は、これまで快速部隊として機動性を活かして共和国軍を苦戦させてきた帝国軍のサーベルタイガー乗りのプライドを大きく傷付けた。

 

この様な経緯からイルムガルトだけではなく、ゼネバス帝国のサーベルタイガーパイロットの多くが、愛機を真似た敵国の高速ゾイドに敵意を多分に含んだ対抗意識を燃やしていた。

 

更にレッドホーンとマルダー2機も、それぞれ背部の大口径三連電磁突撃砲と胴体に内蔵した自己誘導ミサイルを発射する。

 

少なくない数のビーム、砲弾、ミサイルが、4機の白い獅子に向かう。

 

「各機散開」

 

シールドライガー寒冷地仕様4機で編成される第7高速中隊の指揮官 ケイン少佐は、即座に指示を下す。4機は、散開しつつも、各機が一定の距離を取りつつ、突撃を続ける。

 

シールドライガー寒冷地仕様の周囲にビームと砲弾が虚しく着弾した。

 

「畜生、撃たれっぱなしかよっ」

 

部下の1人が毒づいた。シールドライガー寒冷地仕様は、ベースである通常型のシールドライガーの胴体下部に火炎放射器、背部に左右併せて2基の火炎放射器用の燃料タンクが追加装備されているのが外見上の特徴である。

 

燃料タンクは、胴体側面を経由する形で伸びた燃料ケーブルで火炎放射器に接続されている。

 

これは、火炎放射器ユニットを排除しなければ、背部に格納された2連装ビーム砲、胴体側面に格納されたミサイルポッドが使用できないことを意味する。

 

背部と胴体側面がそれぞれ、燃料タンクとケーブルで接続されているのだから当然である。

 

その為、胴体下部の火炎放射器と三連衝撃砲、そして尾部のビーム砲がシールドライガー寒冷地仕様の使用できる火力となっていた。

 

その内、正面の敵に対して使用可能な、火炎放射器と三連衝撃砲は、射程距離が短かった。つまり、シールドライガー寒冷地仕様とそのパイロットは、接近戦の距離になるまで敵の砲撃を受け続けることになる。

 

「各機、ブースターを使え!」

 

4機のシールドライガー寒冷地仕様の腰部のブースターから青白い炎が勢いよく噴出すると同時にシールドライガー寒冷地仕様の速度を加速させた。

 

このブースターは、寒冷地仕様への改造に伴う重量増加によって起った速度低下対策であった。ブースターを使用した時のシールドライガー寒冷地仕様の速度は、通常型に比べて20kmも上昇していた。

 

但し、このブースターは、搭載している推進剤の量の問題から多用することは出来なかった。

 

青白い推進炎を吹かせて4機の白い獅子は、前方の無力な獲物とそれを守るかのように壁となって立ち塞がる鋼鉄の剣歯虎に率いられる豹の群れにむかって駆ける。

 

 

 

「逃がさないわ!」

 

「落ちろ!」

 

「了解!」

 

「了解です」

 

「任せてください」

 

「了解」

 

4機のシールドライガー寒冷地仕様を、サーベルタイガー2機とヘルキャット8機が彼らを迎え撃つ。

 

サーベルタイガーは、背部の2連装ビーム砲、ヘルキャットは、背部の2連装高速キャノン砲、胴体下部のレーザー機銃を敵に向けて連射した。

 

それらの攻撃は、移動しつつの射撃である為、命中率は低い。

 

イルムガルト以下、帝国側のパイロットもそれを理解しており、これらの射撃は、攻撃よりも牽制目当てである。

 

間もなく双方は、接近戦に移行した。

 

「そらっ!」

 

ケインのシールドライガー寒冷地仕様が牽制の三連衝撃砲を放つ。イルムガルトのサーベルタイガーは、それを回避すると反撃する。

 

照準器の中心にシールドライガー寒冷地仕様の頭部が重なると同時にイルムガルトはトリガーを引く。ビームの矢がサーベルタイガーの背中の火器から迸る。

 

「くっ」

 

 

シールドライガー寒冷地仕様も跳躍してそれを回避した。もう1機のシールドライガー寒冷地仕様が右側からイルムガルトのサーベルタイガーに襲い掛かる。

 

サーベルタイガーは、その攻撃を後ろに跳躍することで回避する。

 

ヘルキャット3機が銃撃でサーベルタイガーを支援する。サーベルタイガーは、シールドライガー寒冷地仕様の1機向かって高速で駆ける。背部の2連装ビーム砲からビームが数発放たれる。

 

 

 

醜い機体だ…!背部の2連装ビーム砲のトリガーを引き、敵機を追撃しながら、イルムガルトは、目の前の白い獅子…シールドライガー寒冷地仕様を見てそう思った。

 

 

頭部を初めとする一部こそ優美な流線型を辛うじて維持しているが、機体の大部分はそれと真逆。側面から見れば、黒と銀色に染まった人工物の醜悪さが剥き出しになった姿が丸出しだ。

 

それは、素体となったライオン型野生体の美しさを損なう機体形状であり、トラ型野生体の美しさをそのままにした形状のサーベルタイガーとは、真逆だと思えた。

 

 

「早いな!」

 

ケインは、自機に向かって飛んでくる幾条ものビームを回避しつつ、敵のサーベルタイガーのパイロットの技量に舌を巻いた。

 

 

彼はサーベルタイガーとの交戦経験は数える程しかなかったが、ここまで狙いの正確なサーベルタイガーと交戦したのは初めてであった。

 

「ちっ」

 

更に彼を苛立たせるのは、ヘルキャットの存在と後方の護衛部隊の支援射撃である。またサーベルタイガー2機に加えて、8機のヘルキャットは、サーベルタイガーの援護として、数機単位で行動し、無視できない火力を叩き付けてくる。

 

 

また輸送部隊に張り付いているレッドホーンを主力とする護衛部隊は、時折砲撃を加え、サーベルタイガーとヘルキャットを支援してきていた。

 

そのせいで彼と彼の僚機は、数で勝りながらもサーベルタイガーを圧倒することが出来ずにいた。

 

サーベルタイガーが、シールドライガー寒冷地仕様の頭部に向けて、ストライククローを振り下ろす。寸前でケインはその攻撃を回避し、火炎放射器で反撃する。

 

ケインの副官であるティムのシールドライガー寒冷地仕様は、ヘルベルトのサーベルタイガーと交戦していた。

 

ヘルベルトのサーベルタイガーは、僚機のヘルキャット数機と共に目の前のシールドライガー寒冷地仕様に襲い掛かった。

 

ヘルキャットは、搭載した火器でサーベルタイガーを援護する。小型ゾイドであるヘルキャットの火器でも、関節部や装甲が施されていない場所を狙われれば、シールドライガーにとっても脅威となった。

 

「ラーセン、援護しろ!無理に倒さなくてもいい!」

 

「はい!」

 

ティムのシールドライガー寒冷地仕様の僚機が援護に回る。

 

「食らえ!」

 

ティムのシールドライガー寒冷地仕様が胴体下部の火炎放射器をヘルベルトのサーベルタイガー目がけて発射した。

 

ヘルベルトは機体を跳躍させ、上から2連装ビーム砲を浴びせつつ、ストライククローを煌かせ、ティムのシールドライガー寒冷地仕様に飛び掛かった。

 

火炎放射器を発射していたシールドライガー寒冷地仕様は、回避が遅れてしまった。ヘルベルトのサーベルタイガーは、左前足を目の前の敵機の頭部に振り下ろす。

 

「ティム中尉!うわっ」

 

援護のシールドライガー寒冷地仕様をヘルベルトの僚機のヘルキャット数機と、後方からの護衛部隊の砲撃が牽制した。

 

「くうっ!回避しきれなかったか」

 

ティムは即座に機体を後ろに跳躍させたが、それは些か間に合わなかった。

 

サーベルタイガーの左のストライククローは、左の鬣を掠めた。シールドライガー寒冷地仕様の左の鬣の塗装がはげ落ち、銀色に輝く爪痕が残される。

 

「ちっ、仕留め損ねたか!」

 

ヘルベルトは、舌打ちした。後少しでも回避が遅れていたら、ヘルベルトのサーベルタイガーは、コックピットごとパイロットを粉砕していただろう。

 

「やってくれたな」

 

今度は、ティムのシールドライガー寒冷地仕様がレーザーサーベルでヘルベルトのサーベルタイガーの首筋を狙う。ヘルベルトのサーベルタイガーは、間一髪その攻撃を回避する。だが、完全には回避できず、鼻っ面に傷が付いた。

 

「これでお互い様ってか!」

 

ティムの僚機のシールドライガー寒冷地仕様も火炎放射器で追撃する。ヘルベルトのサーベルタイガーは、それを跳躍して回避する。

 

着地と同時に背部の連装ビーム砲と接近戦用ビーム砲を連射し、そのシールドライガー寒冷地仕様に叩き込む。

 

「ちっ」

 

シールドライガー寒冷地仕様は、回避できないと判断したのか、Eシールドを展開して防いだ。桃色の光の壁がビームを弾いた。

 

「あれが噂のシールドか、こいつはどうだ!」

 

2連装ビーム砲の上に装備された全天候自己誘導ミサイルランチャーを発射した。「あぶねえっ」ティムはシールドを解除し、ミサイルを火炎放射器で撃墜した。

 

ビームやレーザーと言った光学兵器を無力化出来るエネルギーシールドは、一見すると無敵の様に見えるが、最強の盾という訳ではない。

 

神ではなく、人の創り上げた物である以上弱点が存在する。

 

出力以上のビーム兵器……例えばデスザウラーの荷電粒子砲の様な攻撃には耐えられないし、ミサイルや砲弾等の実弾兵器を防ぐことは出来なかった。

 

 

「ビームしか防げねえってのはマジだったか、これを食らえ」

 

シールドを解除したティムのシールドライガー寒冷地仕様に対してヘルベルトのサーベルタイガーは、ビームを連射した。僚機のヘルキャットも銃撃で援護する。

 

1機撃破か……ヘルベルトとその部下達は、勝利を確信した……だが、此処で誤算が発生した。

 

「副隊長!」

 

ティムのシールドライガー寒冷地仕様を僚機が庇ったのである。もう1機のシールドライガー寒冷地仕様は、Eシールドを展開する。

 

ヘルベルトのサーベルタイガーとその僚機のヘルキャット達が放ったビームの嵐は、空しくEシールドに弾き返された。

 

「ラーセンか。助かったぞ」

 

「はい!副隊長」

 

「くそっ、やり直しか」

 

 

ヘルベルトは毒づく。シールドが解除されると同時に2機の白いシールドライガーが動き出す。

 

 



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第6話 虎と獅子 合いまみえる時 中編

 

ヘルベルトとその部下達が敵機を撃破し損ねたのと同じ頃、イルムガルトのサーベルタイガーとヘルキャット3機は、2機のシールドライガー寒冷地仕様を辛うじて押しとどめていた。

 

「サーベルタイガー1機と3機のヘルキャットで……ここまでやるか!」

 

ケインは、目の前の部隊の連携に驚いていた。戦力的には優位にも関わらず、ケインと僚機のパイロット レイカは、目の前の敵部隊を突破することが出来なかった。

 

彼らの唯一の救いは、レッドホーンを中心とするもう1つの護衛部隊が、時折支援砲撃して来る以外、戦闘に加入してこないことだった。

 

逆に言えば、其処に彼らの勝機があった。

 

この高速部隊を突破すれば、動きの鈍い機体が主体のもう1つの部隊を翻弄し、輸送部隊を攻撃することは容易い。

 

「邪魔だっ」

 

目の前に立ち塞がる敵部隊を睥睨し、忌々しいとばかりに吐き捨てたケインは、トリガーを引いた。直後、彼のシールドライガー寒冷地仕様は、さながらドラゴンの様に劫火を放った。

 

ケインのシールドライガー寒冷地仕様は、火炎放射器を前方の空間に向かって掃射した。

 

一瞬、白い雪に覆われていた大地が液体燃料の炎のオレンジがかった赤に染まる。

 

「何っ!」

 

堪らずそこにいたイルムガルトのサーベルタイガーとヘルキャット部隊は後退する。それによって、突破できる隙間が出来た。

 

「いくぞレイカ!」

 

「はい!少佐」

 

ケインのシールドライガー寒冷地仕様は、炎によって切り拓かれた活路を駆ける。僚機もその後に続く。攻撃目標である帝国軍輸送部隊へ向けて2機のシールドライガー寒冷地仕様は、疾走する。

 

 

「させるか!」

 

ケインのシールドライガー寒冷地仕様の動きを見たイルムガルトは、サーベルタイガーを跳躍させた。

 

 

「これで輸送部隊まで……何!!!」

 

ケインは、目の前に見える輸送部隊と護衛機の姿に思わず口元を緩める。

 

次の瞬間、彼は、驚愕した。彼の進路上にイルムガルトのサーベルタイガーが先回りする様に着地してきたからである。

 

最高速度でサーベルタイガーは、シールドライガーに劣っていたが、跳躍力や運動性能では、機体が軽量な分勝っていた。

 

また今回の様に相手の針路が分かっている場合、先回りするのは容易かった。

 

「行かせるか!」

 

赤い虎型ゾイドが咆哮を上げ、ケインの前に立ち塞がる。

 

「こいつ!指揮官機か!」

 

イルムガルトは、自分が倒そうとしている眼の前の敵機に指揮官が乗り込んでいる事を見抜いた。動きが他のシールドライガーよりも明らかに優れていたからだ。

 

同様にケインも目の前のサーベルタイガーが隊長機だと判断していた。

 

「どうしても俺達を進ませてくれないらしいな…。レイカ、援護は頼んだ!」

 

「了解です」

 

ケインのシールドライガー寒冷地仕様は、左から、彼の僚機のシールドライガー寒冷地仕様も右からイルムガルトのサーベルタイガーに飛び掛かった。

 

「くっ。」

 

イルムガルトは、サーベルタイガーを後退させる。ケインのシールドライガー寒冷地仕様は、更に追撃する。僚機もそれに続く。

 

だが、もう1機のシールドライガー寒冷地仕様は、散開したヘルキャット隊の銃撃を側面に受け、体勢を崩す。

 

「今よ!」

 

イルムガルトのサーベルタイガーが、ケインのシールドライガー寒冷地仕様に突進する。ケインは、その攻撃を回避し、格闘戦で反撃を試みる。

 

イルムガルトのサーベルタイガーも2連装ビーム砲と接近戦用ビーム砲を連射する。

 

ケインは、自機に接近してくるサーベルタイガーを火炎放射で牽制する。

 

イルムガルトのサーベルタイガーは飛び上がって回避するとストライククローを叩き付ける。

 

だが、その時には、シールドライガー寒冷地仕様は、其処に居ない。

 

今度は、ケインの部下の操縦する機体が、イルムガルトのサーベルタイガーに挑みかかる。だが、側面からヘルキャットからの銃撃を受けて後退を余儀なくされた。

 

3機のヘルキャットは、レーザー機銃と2連装高速キャノンを連射してサーベルタイガーを援護する。

 

大型ゾイドとはいえ、装甲の薄いシールドライガー寒冷地仕様には、無視できない攻撃だ。特にシールドライガー寒冷地仕様は、通常型と比べて弱点が増えていた。その弱点とは、この機体の最大の兵装の一部ともいえる燃料タンクである。

 

「食らえ!」

 

ティムのシールドライガー寒冷地仕様が火炎放射器を放つ。ゾイドの装甲にも損傷を与える威力を持った炎の奔流が、ヘルベルトのサーベルタイガーに襲い掛かる。

 

「危ないっ」

 

ヘルベルトのサーベルタイガーは、右に跳躍してそれを回避する。しかし、背後にいたヘルキャットはそれを回避できず、直撃を受けた。火達磨になったヘルキャットが雪原に崩れ落ちる。

 

数秒後、ヘルキャットは爆散し、燃え盛るいくつかの残骸へと変貌した。ヘルキャット7機とサーベルタイガー2機は、シールドライガー寒冷地仕様4機を相手に一歩も引かずに戦っていた。

 

双方のゾイドで撃破された機体は、ヘルキャット1機のみ。

 

大型ゾイドであるシールドライガー寒冷地仕様4機に対して、2機を除いて小型ゾイドで構成された、イルムガルトら高速部隊は、善戦していた。

 

戦力に劣るイルムガルトの高速部隊は、ある戦術を取ることで、護衛としての使命を果たそうとしていた。

 

 

それは、時間稼ぎ。

 

 

イルムガルトの高速部隊と輸送隊、クルトの護衛部隊は、現在、帝国側勢力圏にいる。

 

対するケイン達は、敵の勢力圏の奥に侵入し、何時敵の増援が現れるか分からない状況で戦っていた。

 

イルムガルトら輸送部隊の護衛にとってシールドライガー寒冷地仕様4機を全機無理に撃破する必要はなかった。

 

味方の勢力圏にいるイルムガルト達は、味方部隊の救援が到着するまでの間、持ち堪えればいいのだから。

 

「今まで戦った護衛部隊で一番手強いな……。」

 

ケインは、目の前の高速部隊の戦い方に感心していた。無理にこちらを撃破しようとは考えず、輸送部隊への接近を阻むことを最優先にして向かって来る。

 

これまでケイン達第3中隊が戦った輸送部隊の護衛機は、輸送部隊を守る事よりもこちらを攻撃することを優先してきた。その為、陽動や攪乱にも簡単に引っかかった。

 

ゼネバス帝国軍の兵員の多くは、補給や兵站の重要性を認識できていないではないかと考える程であった。

 

だが、目の前に立ちはだかるサーベルタイガーに率いられた高速部隊は、輸送部隊を守るために戦っていた。

 

レッドホーンを主力とするもう1つの護衛部隊が輸送部隊の周りに直援として就いているのも、敵の指揮官が相手の撃破よりも防衛目標の護衛を優先していることを示していた。

 

「ケイン隊長、どうします…長居はこちらに不利です」

 

僚機と共に目の前のサーベルタイガーとヘルキャットに対応しつつ、ティムは、上官に尋ねる。このままでは、いずれ敵の増援が到着し、こちらは、敵輸送部隊に打撃を与えることも出来ずに後退することを余儀なくされる。

 

そうなれば、作戦は失敗である。

 

「仕方ない、戦術を変更するぞ」

 

「まさか、あれをやるんで?」

 

「ああ、それしかない。やるぞティム。レイカ、ラーセン、任務の成功はお前たちに係っている」

 

「はい!」

 

「了解です少佐」

 

それまでケインの4機のシールドライガー寒冷地仕様と、イルムガルトのサーベルタイガーを指揮官機とするサーベルタイガーとヘルキャット合わせて10機の部隊のみが戦っていた戦闘に変化が起こった。

 

「イルムガルト大尉!我々も支援するぞ」

 

護衛部隊の半分が、高速部隊を支援する支援すべく輸送部隊から離れたのである。

 

その中には、指揮官機であるクルトのレッドホーンも含まれていた。

 

指揮官のクルトは、自部隊の前方で起こっている戦闘の決着が一向につかないことに苛立ち、輸送部隊を離れ、戦闘に参加しようとしたのである。

 

彼からしてみれば、近くで友軍と敵との戦闘が膠着状態にある状況で、護衛として留まり続けるのは、戦力の無駄だと考えたのである。

 

更に言えば、前方で戦闘が続いている限り、輸送部隊は、移動できない。砲火が止むまでの間、貝の様に其処に留まるだけである。戦闘が続くとその分、前線への補給物資の到着は遅れることとなる。

 

 

クルトは、この戦闘を終わらせる為に部下の半分と共にイルムガルトの高速部隊の掩護に輸送部隊から離れたのである。彼、クルトは、勇猛果敢な突撃部隊指揮官として知られていた。

 

だが、この時は、その性格が裏目に出ていた。彼とその部下は、あることを忘れてしまっていた。自分達が、輸送部隊の〝護衛〟であるという事を。

 

「馬鹿野郎!あいつら、護衛の意味わかってんのか?!」

 

ヘルベルトは相手が上官だという事も忘れてコックピット内に反響する程の大声で怒鳴った。

 

「今だ!」

 

ケインのシールドライガー寒冷地仕様が、腰部のブースターの両脇に装備された発射機から信号弾を撃ち上げた。

 

次の瞬間、それまで4機でイルムガルトの部隊のサーベルタイガーとヘルキャットに戦いを挑んでいたシールドライガー寒冷地仕様の内、2機のシールドライガー寒冷地仕様が分離し、別の方向へと走り去った。

 

彼らの向かう先には、レッドホーンを中核とする護衛部隊に守られた輸送部隊の姿があった。

 

2つの白い機影は容易く2機の赤い剣歯虎と7機の豹が織りなす包囲陣を突破する。

 

「しまった!」

 

イルムガルトは、敵の意図に気付いた。

 

「こいつらは囮か!」

 

副官のヘルベルトも隊長と同じ判断を下す。

 

「逃がさない!」

 

「待ちやがれっ!ちっ」

 

2機のサーベルタイガーは、輸送部隊に向かう敵機を追撃しようとした。

 

だが、態々逃がす程、2人の共和国パイロットは、お人よしではなかった。

 

ケインとティムのシールドライガー寒冷地仕様2機がイルムガルトとヘルベルトの前に立ち塞がった。

 

「行かせるかよ!」

 

「ここから先は通しはしないぞ」

 

2機のシールドライガー寒冷地仕様が跳躍し、同じく2機のサーベルタイガーに飛び掛かる。サーベルタイガーも飛び上がり、敵機を迎え撃つ。

 

白い獅子と紅き剣歯虎が雪原で爪と牙を輝かせて交錯する。その度に双方の装甲表面や塗料が相手の攻撃によって剥げ落ち、機体に銀色の傷跡が刻まれる。

 

「ヘフナー隊長!」

 

「ヘルキャット隊は、輸送部隊を守って!」

 

「了解!」

 

イルムガルトの命令を受け、輸送隊に向かう2機のシールドライガー寒冷地仕様をヘルキャット部隊が追跡する。

 

シールドライガー寒冷地仕様2機は、尾部に装備した連装ビーム砲を乱射した。頭部コックピットに被弾したヘルキャットが倒れる。

 

ヘルキャットに比べ、50km近くも速度で上回るシールドライガー寒冷地仕様は、追跡を軽々と振り切った。

 

ヘルキャット数機を振り切った2機のシールドライガー寒冷地仕様は、護衛部隊に守られた輸送部隊に襲い掛かった。

 

「行かせてなるものか!砲撃開始」

 

クルトのレッドホーンと部下の機体が弾幕を張る。だが、機動力で優れる2機の白いシールドライガーは、瞬く間に砲撃を回避し、護衛部隊の懐に飛び込んだ。

 

「わあっ」

 

クルトのレッドホーンがシールドライガー寒冷地仕様のタックルを食らい、態勢を崩す。

 

「邪魔だ!」

 

シールドライガー寒冷地仕様が、前に立ち塞がるイグアノドン型歩兵ゾイド イグアンに上からストライククローを振り下ろす。

 

加速された鋭利な特殊合金の爪を受け、イグアンは、左前脚と左後足を切り裂かれ、横転した。

 

その隣でもう1機の同型機は、ハンマーロックのコックピットをレーザーサーベルで引き裂いていた。

 

白いシールドライガーの胴体下部に装備された火炎放射器が火を噴き、炎を浴びたハンマーロックが火達磨になった。

 

大火力で知られるレッドホーンも懐に入られては、満足に迎撃できず、翻弄されるばかりだった。

 

2機のシールドライガー寒冷地仕様は、進路上にいた護衛機を突破し、遂に2機は、補給物資を満載した輸送部隊に襲い掛かった。

 

武装を殆ど有さない輸送部隊は、逃げる事しか出来ない。

 

だが、彼らにはその選択肢も存在していないのと同じである。物資を満載したコンテナを載せたトレーラーを牽引するグスタフの最高速度は、50kmが限界であった。

 

同じく輸送型モルガも、通常のモルガに比べ、機動性に劣っていた。そのどちらも高速ゾイドであるシールドライガーにとっては止まっている的と相違なかった。

 

「食らえ!のろま共!」

 

シールドライガー寒冷地仕様が三連衝撃砲を連射する。輸送型モルガ数機が被弾、機体後部の瘤の様なコンテナユニットを撃ち抜かれ、黒煙を上げて動きを止める。

 

シールドライガー寒冷地仕様の胴体下部の火炎放射器が火を噴き、砲口から勢いよく噴射した炎の渦に呑み込まれた輸送型モルガが爆散する。

 

弾薬をコンテナに格納していた輸送型モルガは、隣にいたゲーターを巻き込んで爆発した。

 

爆風に巻き込まれたゲーターは大破する。

 

シールドライガー寒冷地仕様が、グスタフの頭部コックピットにストライククローを振り下ろした。グスタフのキャノピーが粉砕され、その巨体が動きを止める。

 

たった2体のシールドライガーによって輸送部隊は短時間で大打撃を受けつつあった。

 

無防備な輸送部隊が射撃演習の標的の様に撃ち倒され、本来なら占領地で共和国軍と戦う前線部隊が利用する筈だった補給物資が灰燼になっていく。

 

 

 

護衛部隊の小型ゾイドは、機動性に勝る2機のシールドライガー寒冷地仕様に連携を取るゆとりも与えられず次々と雪原に倒されていく。

 

「貴様らぁあ!」

 

怒りに燃えるクルトのレッドホーンは、全身に搭載した火器を乱射し、2機のシールドライガー寒冷地仕様を狙う。だが、まともに照準も合わせていないその攻撃は、明後日の方向に弾薬とエネルギーを撒き散らすだけに終わった。

 

シールドライガー寒冷地仕様の1機が右からレッドホーンの胴体側面を狙う。そこに近くにいた僚機のハンマーロックが立ち塞がった。

 

ハンマーロックは長い両腕を広げて立ち塞がった。小型ゾイドとしては、高いパワーを有するハンマーロックも大型ゾイドに対して余りにも非力であった。

 

「こいつ!邪魔しやがって」

 

ハンマーロックは、容易く叩き伏せられ、レーザーサーベルでコックピットを貫かれて沈黙する。その隙にレッドホーンは、反撃のチャンスを手に入れていた。

 

「よくもヨハンをっ!」

 

クルトのレッドホーンは、頭部のクラッシャーホーンで装甲の薄い頚部を下から狙う。

 

「!!っ」

 

シールドライガー寒冷地仕様は、辛うじてその攻撃を回避した。

 

ヘルキャット部隊の生き残りも合流し、シールドライガー寒冷地仕様2機から護衛対象である輸送部隊を守ろうと戦いに参加した。だが、2機の大型ゾイドは、先程とは逆に段々戦闘を回避し始めた。

 

「役目は十分に果たしたわ。隊長達と合流しましょう」

 

「そうだなレイカ」

 

 

 



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第7話 虎と獅子 合いまみえる時 後編

「補給部隊が!こいつっ」

 

背後での味方の苦境にイルムガルトは歯噛みする。

 

イルムガルトの背後………輸送部隊がいる場所では、無数の黒煙が上り、地面には、撃破された友軍のゾイドの残骸が焼け火箸の様に燻っていた。

 

一刻も早く目の前の敵機を倒さなければ………イルムガルトは、目の前の敵機をオレンジの瞳で睨み相手の隙を窺う。

 

だが、敵の指揮官機には、付け入る隙が中々見当たらない上にこちらに対して積極的に攻撃を仕掛けてこない。イルムガルトをこの場に留めておくのが目的の様だった。

 

「当たりなさい!」

 

イルムガルトは、サーベルタイガーの背部の自己誘導ミサイルランチャーと2連装ビーム砲を発射する。

 

全弾命中すれば、大型とはいえ、高速を得るために軽量化されたシールドライガーには少なくないダメージを与えられる筈……。

 

だが、シールドライガー寒冷地仕様は、どちらも回避した。

 

高い誘導性能を誇る自己誘導ミサイルは、目の前にシールドライガーが火炎放射器で形成した炎の壁に突っ込んで虚しく爆発の炎を上げた。

 

「今よ!」

 

イルムガルトはサーベルタイガーを加速させた。

 

相手はこちらの射撃攻撃に対応して動きを止める――――――そんな彼女の予想を裏切って敵機は即座に速度差を利用して距離を取る。サーベルタイガーの牙は、標的を捉えることなく空を切った。

 

今の所、彼女は敵であるシールドライガー寒冷地仕様に目立った損傷を与えることが出来ずにいた。互いに援護してくれる僚機が存在しないという点では条件は同じだ。

 

にも関わらず、敵を撃破できずにいるのは、イルムガルトよりも相手の方が高速ゾイドの扱いに熟練しているということ……。

 

「高速ゾイドの扱いで、こっちが負けているというの!?」

 

それは、彼女にとって認めがたいことであった。元々高速ゾイドの概念を生み出したのは、ゼネバス帝国軍であり、当然高速ゾイド部隊同士の平均的な技量でもヘリック共和国軍を上回っている。

 

そのことを知っているイルムガルトには、共和国のパイロットに同じ高速ゾイドの扱いで負けるのは、本当に悔しかった。

 

そんな彼女の感情を逆なでするかのように背後での護衛部隊と2機のシールドライガー寒冷地仕様の戦いは、護衛部隊が圧倒されていた。辛うじて護衛部隊の残存機が陣形を組んで、残された輸送部隊を守っている状況だった。

 

「隊長!支援を……わっ」

 

「早すぎる!」

 

「戦力が足りない!」

 

「こちらモルガ6番機、物資に火が付いた!……脱出する」

 

すぐ後ろの友軍の苦戦が、彼女の心を焦らせる。そして、焦りは、隙を生んだ。イルムガルトは、サーベルタイガーを跳躍させた。

 

レーザーを纏った牙を輝かせ、目の前の敵に向かって飛び掛かる。彼女が狙うのは、跳躍して上方から敵の敵の首筋を切り裂くこと。成功すれば、一撃で相手を仕留めることが出来る。

 

だが、その動きは、大振りで隙が多かった。

 

その隙をケインと彼の愛機は、見逃さなかった。

 

 

それは、元々マンモスやゴルドス等の鈍足の大型ゾイドの急所を貫くことを目的に編み出された技であり、相手の反応速度が自分よりも鈍い事を前提としていた。

 

 

今回、イルムガルトとサーベルタイガーが対峙している敵――――――シールドライガー寒冷地仕様は、デッドウェイトとなる火炎放射器と燃料タンクを背負っているとはいえ、その運動性は、サーベルタイガーに大幅に劣るものではない。

 

ケインのシールドライガー寒冷地仕様は、容易くその一撃を回避し、逆に頭から敵に体当たりを食らわせた。

 

白い獅子の頭突きが、サーベルタイガーの胴体に炸裂した。

 

「きゃあああああっ」

 

イルムガルトのサーベルタイガーは、雪原を転げ回った後、岩に激突して停止した。激しい衝撃が、サーベルタイガーのコックピットを襲う。パイロットのイルムガルトは、成すすべなくその衝撃に巻き込まれた。

 

着用していたパイロットスーツとシートベルトの存在によって衝撃が軽減されたおかげで彼女は、幸運にも、意識を失う事は免れた。

 

同時にケインのシールドライガー寒冷地仕様も地面に着地した。

 

「よし!」

 

ケインのシールドライガー寒冷地仕様は、止めを刺そうと倒れたサーベルタイガーに歩み寄る。至近距離から火炎放射器を叩き込み確実に撃破しようとしていた。

 

「隊長っ!くうっ!この!!」

 

今のイルムガルトには、援護をしてくれるヘルキャット部隊はいなかった。

 

またヘルベルトも、もう1機のシールドライガー寒冷地仕様…ティムの機体との交戦で手一杯であった。

 

このまま事態が進んでいたらイルムガルトと彼女のサーベルタイガーは撃破されていただろう。

 

だが、想定外の事態が起きた。

 

 

別のシールドライガー寒冷地仕様が、体勢を崩したイルムガルトのサーベルタイガーに止めを刺すべく、突進してきた。

 

それは、先程、補給部隊を蹂躙した2機の内の1機であった。そのシールドライガー寒冷地仕様のパイロットは、僚機と共に輸送部隊と護衛部隊に打撃を与えることに成功した。

 

そして、予定通りに指揮官の援護に回るべく、2機のサーベルタイガーと交戦している指揮官と副官の元に合流しようとしていた………。

 

その時であった。

 

 

彼の目の前にサーベルタイガーの姿が飛び込んできたのは。

 

 

 

打ちのめされ、雪原に無防備に倒れ込んだその赤い機体は、完全にその戦闘能力を失っている様で、射撃演習の目標と同じ位容易い目標に見えていた。

 

最も実戦経験が少ない彼は、補給線攻撃と言う任務の関係上、大型ゾイドを撃破したことは一度も無かった。

 

第7高速中隊に配属されてから、彼が参加したのは、補給部隊襲撃の任務だけだった。遭遇する獲物は、どれも旧式の小型ゾイドばかりで、良くて精々イグアンやハンマーロックといった〝小物〟ばかりだった。

 

そんな彼にとって、目の前に横たわる敵の大型高速ゾイドは、勝利の女神が自分に与えた贈り物の様に見えてしまっていた。

 

「!!……サーベルタイガー……チャンスだ!」

 

そのシールドライガー寒冷地仕様のパイロットは、目の前に無防備に倒れるサーベルタイガーを撃破すべく、機体を加速させた。

 

レーザーサーベルとストライククローを煌かせ、シールドライガー寒冷地仕様は、雪原に倒れ込むサーベルタイガーに向けて駆けていく。

 

 

「おい!ラーセンっ」

 

ケインは部下が血気逸るのを見て慌てた。まだサーベルタイガーが戦闘能力を喪失したのが確認できない以上、無警戒に接近するのは、余りにも危険すぎた。

 

だが、指揮官の制止も聞かず、そのシールドライガー寒冷地仕様のパイロットは、機体を〝獲物〟に向けて進ませる。

 

「こいつは、俺が倒します!」

 

彼は、既に上官の命令等、耳に入っていなかった。このライガーの爪と牙で仕留める。

 

火炎放射器を使わないのは、燃料を節約する為であった。それが、自身の墓穴を掘ることになるとは、この時彼は、考えもしていなかった。

 

彼が単なる獲物と見做したその赤い犬歯虎とその乗り手は、まだ戦意を失ってはいなかったのである。

 

「うっ……ううっ。」

 

イルムガルトは、意識を辛うじて保ちつつ、機体の状態を確認する。モニターに表示される機体のコンディションを見る限り、直ぐに立ち上がれない。

 

正面モニターには、サーベルタイガーの機械の眼球が捉えた光景……自機にゆっくりと接近してくるケインのシールドライガー寒冷地仕様の姿が映し出されていた。

 

一刻も早く反撃か、移動をしないと負ける…。

 

イルムガルトは、兵装の状態を見る。格闘兵装、射撃兵装は、共に全て使用可能。

 

「まだ戦えるわね。」

 

イルムガルトは、無理に体勢を立て直そうとは思わなかった。

 

この状態でも攻撃を仕掛け、体勢を立て直すチャンスを作れれば、それでいい。

 

ゆっくりと近付いてくる白いシールドライガーを待ち受けていたその時、もう1機のシールドライガー寒冷地仕様が正面モニターに飛び込んできた。

 

もう1機の白いシールドライガーは、一直線に突進してきている。

 

勢いこそ派手だが、防御や回避の事を全く考えていない。

 

 

恐らくサーベルタイガーには、反撃をする力は無いと思っているのだろう。舐められたものだ。

 

イルムガルトは、新参の敵に対して強い怒りを感じつつ、その油断に付け込もうと決めた。外せば彼女と愛機の命はない。

 

……やれる!彼女の戦意に共鳴するかの様にサーベルタイガーも吼える。

 

「……落ちなさい!」

 

裂帛の気合いを込めて、イルムガルトは、背部の2連装ビーム砲のトリガーを握りつぶさんばかりの力で引いた。

 

直後、サーベルタイガーの背中に装備された砲座から2条の青白い光線が迸った。

 

その光線は、真っ直ぐに突っ込んできていたシールドライガー寒冷地仕様の背部上側面の燃料タンクに命中した。

 

サーベルタイガーの背部の火器から青白い光線が、一瞬2機の機械獣を紐の様に結びつけた。

 

直後、白い獅子…シールドライガー寒冷地仕様を鮮やかなオレンジの火球が呑み込んだ。

 

シールドライガー寒冷地仕様は、悲鳴を上げて雪の降り積もる地面に崩れ落ちる。シールドライガー寒冷地仕様は、背部を起点に発生した火球の炎に全身を包まれた。

 

それは、パイロットのいる頭部コックピットをも呑み込んでいた。

 

鮮やかな炎に舐められた途端に防弾処理の施されたキャノピーは大気との温度差が齎す熱の衝撃に耐えかねて粉々に砕け散った。

 

「ラーセン!。くそっ燃料タンクを撃ち抜いたのか!」

 

雪の大地で、爆発炎上する友軍機を見たケインは、その機体に何が起こったのか一瞬で理解した。

 

倒れていた敵のサーベルタイガーは、背部の2連装ビーム砲を発射し、自身に向かって来るシールドライガー寒冷地仕様を狙い、見事命中させた。

 

その一撃は、シールドライガー寒冷地仕様の胴体側面の燃料タンクを射抜いていた。そのビームの熱で瞬間的に加熱された燃料が引火、その爆発がシールドライガー寒冷地仕様に搭載されているミサイルや機体各部駆動系の伝導液等の可燃物を誘爆させ、それが、白い機体を呑み込む赤い火球を生み出したに違いない。

 

あの爆発では、パイロットは確実に生きてはいないだろう。………ケインは、部下がもう生きていないことを想像しつつ、目の前の敵を見た。

 

キャンプファイヤーの如く燃え盛る敵機の残骸の照り返しの中、サーベルタイガーはゆっくりと立ち上がった。

 

炎に照らされたワインレッドの装甲は、その艶を増しており、獲物の返り血を浴びたばかりの様な錯覚を与えていた。

 

ケインは、敵機のその姿に思わず、気圧されていた。こいつは、まだ戦う力を残していると。

 

 

「ケイン隊長、ラーセンが……救助を……」

 

「無駄だ。あれでは助からん」

 

 

敵機が多数いるこの状況でどうやって救助するつもりだ。苛立ちと共に吐き出そうとした言葉を押し殺し、ケインは部下に応える。

 

 

「……そんなぁ。ラーセン!」

 

「……撤退する!」

 

ケインのシールドライガー寒冷地仕様は、敵部隊に背を向けると一気に駆けていった。少し遅れて部下の乗る同型機も追従する。

 

「逃げる気か。ちっ」

 

ヘルベルトのサーベルタイガーと交戦していたティムのシールドライガー寒冷地仕様も火炎放射器を浴びせて敵機を牽制すると、それに続いた。

 

シールドライガー寒冷地仕様3機は、踵を返して戦場より走り去っていった。

 

「隊長追撃しますか?」

 

「いいえ、本来の任務を忘れたの!それに……私達の今の戦力じゃ敵を全滅させるのは不可能よ。負傷者の救助と付近の友軍への連絡を優先して」

 

「……了解しました」

 

部下との通信を終えたイルムガルトは、大きく息を吐いた。完敗した……赤毛の若き女性士官は、苦い敗北感が酸の様に自身の心を侵食していくのを感じた。

 

同じ頃、彼女に敗北の苦みを教えた部隊の指揮官も、彼女と似た思いを抱いていること等知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「部下を喪うとは……」

 

指揮官のケイン・アンダースン少佐は、コックピットの中で戦死した部下の事を考えていた。

 

ラーセンは、部隊の中でも最も経験の浅いシールドライガーパイロットだった。

 

デスザウラーから共和国首都を守ろうとして戦死したシールドライガーの開発者 ヨハン・エリクソン大佐の様に何時か、大型ゾイドを撃破するのが夢だと何度も語っていた。

 

ケインの脳内では、後悔が生み出す幾重もの過去の行動の修正が、浮かんでは消えていた。あの時に、ああすれば、こうしていれば部下は助かったのではないかと。

 

既に死神の鎌が振り下ろされた今となっては、それらの思索は、全く無意味な事であった。

 

生者が死者に対して出来ることは、その魂の安らかなることを祈る事と残された家族や友人を慰めること位であった。

3体に減った雪原の白獅子は、敵との遭遇を避けながら味方側の勢力圏へと去っていった。

 

 

 

 

 

 

イルムガルト・ヘフナー大尉率いる第27高速大隊第3中隊は、シールドライガー寒冷地仕様4機で編成された対するケイン・アンダースン少佐率いる第7高速中隊第1小隊と交戦し、護衛部隊、補給部隊の双方に損害を受けつつもシールドライガー寒冷地仕様1機を破壊し、退却に追い込んだ。

 

対する第1小隊は、シールドライガー寒冷地仕様1機の喪失と引き換えに補給部隊が輸送していた補給物資の半数を破壊することに成功した。

 

戦力の4分の1を喪失したのと引き換えに作戦目的を辛うじて達成できた共和国軍の勝利と言えた。

 

ダナム山岳基地が両軍の戦いの場となるまでの期間、この様な中小規模の戦闘は、無数に繰り返されることなる。

 

 

 

 




感想、評価待ってます。


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第8話 軍狼達 前編

コマンドウルフは、共和国ゾイドの中では傑作と言える機体だと思います
このコマンドウルフLCのロングレンジライフルは、大異変前の旧大戦と言う時期から判断し、実弾兵器という設定を採用しました。



中央山脈――――――――中央大陸を東西に分けるこの自然の生み出した障壁。

 

この障壁によって大陸の東西の気候と文化、経済力が異なる状態に置かれ、2つの地域の対立を醸成する遠因となった。

 

 

また大軍の派遣が制限される為、ヘリック共和国に対して国力に劣るゼネバス帝国は、数十年の長きに渡り存続し、1度の滅亡からの復活を成し遂げることができた。

 

同時にヘリック共和国も、ゼネバス帝国の有するデスザウラーと重装甲師団の脅威が無力化されるこの天然の要害に拠って戦う選択を取り、今日まで戦い抜くことが出来ていたのである。

 

 

ゼネバス帝国とヘリック共和国は、この中央山脈に多数の基地を建設した。それらの大半が、小規模な仮設基地であった。

 

この帝国軍第122基地も、その一つである。

 

基地の格納庫には、イグアンやハンマーロック等併せて10機程度のゾイドが待機しており、ZAC2045年12月18日の時点では、12機の小型ゾイドを有していた。

 

更に基地の周辺には、45mmビーム砲座4門と80mmのAZ砲の陣地が6つ存在していた。

 

AZ(アンチゾイド)砲とは、名称から分かる通り、対ゾイド用の火砲の内ゾイドに搭載しないものを指す。地球における対戦車砲のゾイド版とでもいうべき兵器である。

 

その定義は、国家や組織により様々だが、ゼネバス帝国軍における定義は、一撃でゴドスクラスのゾイドを破壊可能な実弾、光学兵器というものである。

 

平均的なAZ砲は、ゾイドよりも安価かつ砲戦ゾイドと同等の砲撃力を有しているという利点があった。

 

機動性は皆無の為、攻撃兵器には用いることは不可能だが、防御用の兵器としては優秀な兵器であった。

 

「全く……殺風景で退屈な場所だぜ」

 

 

おまけに寒いと来ているから最悪だ。

 

ヴェン・キーレン曹長は、乗機のイグアンのコックピットで心に溜った任務と任地への不満の半分を吐き捨てる様に呟いた。

 

彼の機体の右隣には、同僚の乗るイグアンが立っている。

 

現在、2機のイグアンとそのパイロットは第122基地の周辺の警戒任務に就いていた。

 

「ヴェン、後1週間だ。我慢しろよ」

 

隣の同僚から通信機越しに窘める声が聞こえてきた。

 

「へいへい、長い1週間だよな。」

 

 

ヴェンは、この基地が、更に言えばこの中央山脈北部の環境にうんざりしていた。

 

後1週間で、ここよりマシな基地に配置換えになる―――――それが、彼の唯一の希望だった。

 

故郷の冬が温かく感じる程の寒さ、変化のないレトルトと缶詰中心の食事、中々眠れない硬いベッド、退屈で緊張感だけを無駄に強いられる日々。

 

 

 

唯一の救いは主戦場から比較的離れている為、敵との遭遇を気にしなくてもいいという事であった。

 

だが、中央山脈の戦闘が北へと移るにつれて辺境の1拠点に過ぎなかったこの基地も戦いとは無縁ではなくなりつつあった。

 

2週間前から、帝国側勢力圏に侵入した共和国軍の遊撃隊が小規模な基地や輸送隊を襲撃する様になったことで基地の司令官は、警戒度を上げていた。

 

これは、基地のパイロットや兵士がいらぬ緊張を強いられ、仕事が増えるという事も意味しており、不平に思う兵士もそれなりにいた。

 

ヴェンも不平を感じる兵士の一人だった。彼は、これまで敵が来なかったのだから、これからも攻撃は来ないだろうと考えていたのである。

 

 

雪の積もる中央山脈の峰の連なり以外何もない場所に共和国軍も貴重な戦力を割く意味は殆どない。

それが彼を含む第122基地に駐留する兵士の多くの想いであった。

 

「後2時間でマックスの奴と交代か。」

 

コックピットの正面に集められた幾つかの計器類に混じったタイマーの時刻を確認したヴェンは、休憩時間をどう過ごすか考えていた。

 

彼は、いつも通りの単調で平穏な日々が続くと疑っていなかった。

 

その時、2機のイグアンの間を1発の砲弾が駆け抜けた。その数秒後、基地の一角で爆炎が立ち昇った。

 

「………なっなんだ!」

 

ヴェンは、何が起こったのか理解出来なかった。

 

「ヴェン!基地が燃えてるぞ何が起きたんだ!一体!」

 

同様に僚機のパイロットも混乱し、事態を把握できていなかった。

 

「敵襲!敵襲!」

 

2機のコックピットを警報音と基地から通信が満たした。

 

「敵襲だって!」

 

ヴェンは狼狽した。

 

こんな小さな、重要性も低い拠点に敵が来るとは考えていなかったからである。混乱する彼らの前に出現したのは、鋼鉄で出来た白い狼の群れであった。

 

「コマンドウルフ!」

 

ヴェンの僚機のパイロットが叫んだ。

 

その数は、少なく見ても6機。更に3機が白い雪を被った稜線から出現した。

 

 

2機のイグアンとパイロットが迎撃に移るよりも早くコマンドウルフは攻撃を開始した。5機のコマンドウルフの背部の2連装ビーム砲座がヴェンのイグアンの僚機のイグアンに向けて発射される。

 

10条にも及ぶ細い光線が全高8.2mのイグアノドン型歩兵ゾイドのボディに浴びせられた。

 

そのイグアンのパイロットは咄嗟に回避に努めたが、それは無駄な努力であった。発射された10発のビームの内、イグアンに命中したのは、7発。

 

2発は、それぞれイグアンの頭部コックピットと胴体内に収められたゾイドコアを貫いていた。7発ものビームを浴びたイグアンは、内部機関から小爆発を起こして炎を上げて横倒しとなった。

 

 

残されたイグアンは1機。

 

目の前で僚機とそれに乗っていた同僚が斃されるのを見たヴェンは、ただ茫然と、地面に倒れたイグアンの残骸を凝視した。

 

2発のビームが通過した頭部コックピットは、完全に破壊され、頭部右側面の小口径加速ビーム砲だけが残っていた。

 

胴体は、いくつもの穴が開き、炎に包まれていた。

 

その無残な姿はパイロットが生きていないことを見る者に雄弁に教えていた。

 

燃え盛る鉄屑と化した僚機の無残な姿は、ヴェンを恐慌状態に追い込むのに十分であった。

 

「ちくしょおおっ!!当たれ!あたれ!!糞!」

 

ヴェンは目の前の敵に向けて左腕の4連装グレートランチャーを乱射する。

 

イグアンの左腕に束ねられた4つの銃口が一瞬マズルフラッシュで輝き、一連射でゴドスを破壊可能な砲弾が次々と吐き出される。

 

だが、それらの攻撃は、コマンドウルフに命中せず、空しく地面の雪と土を吹き飛ばすだけに終わった。

 

1機のコマンドウルフがヴェンのイグアンの右の空間を通過した。

 

 

「わっわぁあっ」

 

敵機が間近を通り過ぎたのを見たヴェンは、悲鳴を上げた。直後、コックピットが揺さぶられ、強い衝撃が彼を襲った。

 

その衝撃が収まる間もなく、視界が傾いた。

 

次の瞬間、イグアンは、雪の積もる大地に横転した。

計器類に表示された機体のコンディションと悲鳴の様にコックピットに鳴り響く警報音で、ヴェンは、先程直ぐ横を通過した敵が自機の右脚を食い千切っていたことに気付いた。

 

2足歩行ゾイドが片脚を喪えば、固定砲台と変わらない。脱出の二文字がヴェンの頭を過った。だが、その判断は些か遅かった。

 

別のコマンドウルフがヴェンのイグアンに飛び掛かった。

 

「こんなところで……」

 

ヴェンが最後に視界に捉えたのは、電磁波を帯びて青白く煌くコマンドウルフの金属の牙であった。2機のイグアンを撃破したコマンドウルフ部隊は、散開しつつ、基地へと突撃した。

 

迎撃態勢に入ったAZ砲を初めとする基地の防衛火器が彼らを迎え撃つ。AZ砲が火を噴き、旋回式の45mmビーム砲座が敵機に向けてビームを吐き出す。

 

どちらの火器もコマンドウルフを撃破可能な破壊力を有していた。

 

だが、高速ゾイドであるコマンドウルフを捕捉する誘導性能と命中率は持ち合わせていなかった。8機のコマンドウルフは、砲撃を掻い潜り、反撃の一撃を叩き込んだ。

 

45mmビーム砲座は複数のコマンドウルフからのビームを受け、穴だらけになって爆発した。AZ砲陣地も次々と懐に入り込まれて破壊されていった。

 

 

砲台は短時間で沈黙を余儀なくされた。

 

 

しかし、砲台の砲手たちは、基地の守備隊の発進までの貴重な時間を自らの命と引き換えに稼ぐことに成功していた。

 

 

「サイカーチスを発進させろ!」

 

基地司令官の命令を受けて3機のサイカーチスが基地から空に舞い上がる。

 

 

サイカーチスは、この基地唯一の航空戦力であった。一般的に飛行ゾイドの戦力は、地上ゾイドの3倍に相当すると言われている。

 

特にこのサイカーチスは、対地攻撃能力に優れ、投入時は、上空からホバリングしながら行うビーム砲による掃射で多数の共和国地上ゾイドを一方的に破壊した。

 

ZAC2042年に対抗機のダブルソーダが出現してからはその脅威度は下がったが、現在でもまともな対空火器を有さない地上部隊には脅威となる存在だった。

 

「サイカーチスとは、厄介なのが居やがる」

 

コマンドウルフに乗る共和国兵の一人が忌々しげに吐き捨てる。

 

サイカーチスの機体後部に格納されたマグネッサーウィングが磁気反発とゾイドコアから流れ込むエネルギーによって独特の唸り声を撒き散らす。

地球の航空機の一種 ヘリコブターのローター音に似たその喧しい音は、投入当初、共和国兵士から死神の羽音と恐れられた。

 

 

3機のサイカーチスが地上を駆けまわる群狼達にビームの雨を上空から一方的に浴びせるよりも早く、地上から発射された砲弾が1機のサイカーチスを撃ち抜いた。

 

「何!」

 

隣を飛んでいた味方機が彼方から放たれた炎の矢に貫かれるのを見たサイカーチス隊の指揮官は驚愕した。

 

通常型のコマンドウルフに対空火器や空を狙える長射程兵器は装備されていない。

 

 

高度を上げて距離を取れば、十分に戦えると彼らは考えていた。

 

だが、それは間違っていた。

 

このコマンドウルフ部隊には、1機だけ、長射程兵器を装備した機体がいた――――――それは、指揮官機であった。

 

「まずは一匹……」

 

第6高速中隊 隊長 エリック・バーンズ大尉は、上空にいた標的が炎に包まれて墜落するのを見て口元に笑みを浮かべる。

 

彼のコマンドウルフは、他の機体と異なり、背部に大型砲を背負っていた。それは、彼の愛機……コマンドウルフLC(ロングレンジカスタム)の最大の特徴であった。

 

このカスタム機は、背部に2連装ビーム砲塔の代わりに機体の全長に匹敵する大型砲………ロングレンジライフルを搭載している。

騎兵用の長槍を思わせるこの火器は、元々は、ゴジュラス用に研究されていた火砲をコマンドウルフ用に改造した装備である。

 

その大きさに違わず、大型ゾイドを撃破可能な威力を秘めている。

 

この装備を搭載することによってコマンドウルフは、中型ゾイドの常識を超えた射程距離と破壊力を得ることになる。

 

反面、重量のある装備自体がデッドウェイトとなることで機動性、運動性、そして格闘性能は、通常型よりも低下していた。

 

その為、この装備を搭載したコマンドウルフのパイロットには、高度な技量が要求された。

 

「バーンズの旦那!助かりましたぜ!獲物を取られたのが残念ですがね」

 

コマンドウルフ4番機のパイロット アンドレアス・キーファ少尉の大声がバーンズの機体のコックピットに響き渡った。

 

その口調と言葉使いは、指揮官相手には余りにも不適切だったが、バーンズがそれを指摘する事は無く、愛想よく言葉を返す。

 

「それはすまなかったよ。グリーンヘア」

 

グリーンヘア……緑色に染色された髪のパイロットは、濃い青いバンダナを額に巻いていた。濃紺のバンダナは、隊長であるバーンズを含め、この部隊の全員が着用していた。

 

青は、白と並んで、ヘリック共和国で多数派を占める民族 風族の勝利を願う儀礼的なペイントパターンであり、バーンズは部下達の連帯感を強める目的でこのバンダナを部下に着けさせていたのである。

 

部下達もそれについて特に不満を抱く者はおらず、全員が青いバンダナを着用していた。というのも、それ以外の事に服装や髪形についての事に関しては、比較的緩やかだったからである。

 

この部隊は、髪型は完全に自由で、軍服の着用にしても、軍服を着崩したり、改造しているものも少なくない。

 

彼に限らず、ヘリック共和国軍の高速戦闘部隊は、創設されてから日が浅い事もあって服装や髪型といった規則に比較的甘い傾向があった。

 

更に言えば、バーンズは、個人的な趣味や酔狂でこんな事をしているわけではなかった。

 

バーンズが、部隊の隊員に青いバンダナを着用させたり、服装や髪形についてとやかく言わない事にしているのには、彼ら、共和国軍高速部隊の置かれている過酷な状況があった。

 

機動性に優れる高速部隊は、デスザウラーによる共和国首都陥落後、帝国側勢力圏に侵入し、敵の重要拠点に対する偵察やパトロール部隊、輸送部隊、中小基地に対する攻撃といった危険な任務に従事してきた。

 

彼らは、今日まで祖国 ヘリック共和国の勝利に貢献してきた。だが、その代償として損耗率は高く、部隊が壊滅することも珍しくは無かった。

 

その為、各部隊の指揮官達は、様々な工夫と対策で隊員の士気の低下に対処する事に苦慮していた。

 

バーンズの場合は、その対策として部隊の気風を比較的自由にするとともに、青いバンダナを全員に着けさせて連帯感を高めようとしたのである。

 

部下の命を預かる指揮官として彼は、自分なりの手段で地球人の技術導入以降、戦士のロマンチズムが悲惨さに敗北しつつある戦場の現実に抗っていたのである。

 

 

残り2機のサイカーチスも、コマンドウルフLCのロングレンジライフルを受けて撃墜された。

 

 

 

小うるさい上空の敵が排除されたのを確認したコマンドウルフ部隊は、炎上を続ける基地に突入した。

 

「勝ったな」

 

最後のサイカーチスが火球に変じたのを確認し、バーンズは1人呟く。無根拠に言ったわけではなく、部下の実力と数、敵の予想戦力を勘案しての事であった。

 

彼の愛機の正面モニターには、バーンズの部下の操縦するコマンドウルフの群れが格納庫から慌てて出撃してきた守備隊の帝国ゾイドと交戦していた。

 

唯一の航空戦力であるサイカーチスが全機地面に叩き付けられた今、帝国側に勝ち目は無かった。

 

コマンドウルフの1機がイグアンの首筋に食らいつき、捻じ切った。別のコマンドウルフは、ツインホーンの突進を持ち前の運動性能で回避し、左側面に回り込み、後足を電磁牙で噛み千切る。ツインホーンは悲鳴を上げて雪の降り積もる地面に倒れ込んだ。

 

「これで止めだ。」

 

ビームががら空きの脇腹に叩き込まれ、直後ツインホーンは爆発炎上した。

 

守備隊の戦力は、ゾイドだけではなく、歩兵部隊も含まれていた。

 

彼らは、小銃や手榴弾だけでなく、無反動砲や対ゾイド火器を保有していたが、コマンドウルフの機動性に翻弄されて短時間で壊滅を余儀なくされた。

 

「あぶねえっ」

 

1機のコマンドウルフが突如、攻撃を受けた。

 

コックピットにロックオンアラートの警報が響くと同時にコマンドウルフのパイロットは操縦桿を倒した。コマンドウルフが伏せると、ほぼ同時に首筋の上の空間を炎を吐き出しながら銀色に輝く鉄の矢が駆け抜けた。

 

それは、歩兵が運用できる対ゾイドミサイルであった。

 

機動性の低いゾイドなら一撃食らってしまっていただろうが、軽快なコマンドウルフは、容易くそれを回避する。

瓦礫の影に潜伏していた歩兵は、必殺の一撃を容易く回避されたことに驚いた。

 

直後、彼の網膜が最後に見たのは、先程彼の攻撃を回避した敵機と僚機から放たれた無数の光弾だった。

 

数機のコマンドウルフが背部の2連装ビーム砲を、ミサイルが発射された瓦礫に向けてビームを叩き込んだ。十数発のビームを受けた瓦礫は、蜂の巣になっていた。

 

その中に潜伏し、先程ミサイルを発射してきた敵歩兵は、骨も残っているか怪しかった。

 

 

コマンドウルフ部隊の連携のとれた攻撃の前に、第122基地の守備隊のゾイドは、数分で数機にまで激減していた。

 

バーンズは、まるで一つの生物の様に連携のとれた動きを見せる部下達に感心していた。その表情には、誇らしさが感じられた。

 

もしも重たい背部の装備が無ければ、彼とその愛機がこの群狼達のリーダーとして〝狩り〟に参加していたところであった。

 

「隊長、帝国の奴ら逃げようとしてますぜ。」

 

部下の1人から通信が入った。

 

中肉中背のこの男は髪の色を青に染め、他の同僚と同じく頭に鮮やかな青に染色されたバンダナを巻いていた。

 

「逃がすなよ!」

 

バーンズは部下達にそう言ったが、敵を取り逃がす心配については、殆ど考えてはいなかった。

 

この基地に配備されていたゾイドの内、コマンドウルフの機動性から逃れられる者はいないからである。事実、生き残った守備隊の帝国ゾイドは、完全に包囲されていた。

 

彼らには、コマンドウルフのビームに撃ち倒されるか、あるいは電磁牙の餌食になるかのどちらかの運命しか残されていなかった。

 

「遅い!」

 

あるハンマーロックは、2機のコマンドウルフによって追い詰められていた。そのハンマーロックは長い腕を振り回すが、胸部にビームを数発受けて倒れた。

 

その横では、イグアンがコックピットを噛み砕かれていた。

 

最後に残ったヘルキャットは、数機のコマンドウルフに包囲され、追い詰められた挙句、ビームの集中射撃を浴びる羽目になった。

 

史上初の高速ゾイドは、幾条もの細長い光線に貫かれ、地面に倒れた。

 

 

いかに優れた隠密性能とコマンドウルフに匹敵する速度を誇る機体でも数と性能の差、そして突如敵に襲撃されたという不利な条件が揃った状況では何の意味も持たない。

 

未熟なパイロットが性能を活かせないのなら尚更である。

 

 

「よし、敵のゾイドは全部叩き潰したな?仕上げはいつも通り俺がやる。危険だから、お前らは下がってろ。」

 

「了解です」

 

「承知しました!」

 

「はいよっ」

 

「わかりましたボス」

 

守備隊のゾイドが全滅したのを確認すると、バーンズは、部下に指示を出す。部下達の機体が敵の基地施設から十分に離れたのを確認し、彼は仕上げの準備にかかる。

 

基地襲撃任務のフィナーレを飾るこの仕事は、彼とその相棒にしか出来ない仕事であった。

 

コマンドウルフの白い機影が黒煙を上げる基地施設の付近からいなくなったのをモニターと機体のレーダーで確認し、山羊の様な顎鬚を蓄えた男は、トリガーを引いた。

 

「これで……終わりだ!」

 

直後、彼のコマンドウルフLCの背中の大型砲が火を噴いた。

 

ロングレンジライフルの砲身から吐き出された赤熱化した砲弾が、冷え切った空気を引き裂く轟音と共に目標に命中した。

 

大型ゾイドの装甲をも撃ち抜く一撃が仮設基地のゾイド格納庫に撃ち込まれた。

 

プレハブの様な灰色の建物の扉に大穴が開けられた次の瞬間には、紅蓮に染まった爆炎が基地施設の中心部で吹き上がっていた。

 

 

 

5分にも満たない僅かな時間で、ゼネバス帝国軍 第122基地は壊滅した。

 

 



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第9話 軍狼達 後編

「ヒュー!やったぜ!!!」

 

「流石隊長だ!」

 

「ざまあみやがれ!ゼネバス野郎!」

 

「特大のキャンプファイヤーだ!」

 

火柱を上げて燃え盛る破片を撒き散らして炎に沈む敵の基地を見つめ、バーンズの部下達は歓声を上げた。

 

バーンズも爆発炎上を続けている敵基地の周囲にいる部下と合流し、その小さな勝利を祝った。

 

 

――――――――――彼らの凱歌は長続きしなかった。

 

バーンズが次の獲物を捜すぞ、と部下達に命令を下そうとしたのとほぼ同じタイミングで彼らの頭上にミサイルが降り注いできたからである。その数は、20発以上。

 

 

「ミサイル!」

 

炎と煙を吐きだしながら上空から自分達に向かって来る金属の投げ槍の群れを見やり、コマンドウルフ部隊の隊員の1人が叫んだ。

 

 

「まだ敵が居やがったのか!」

 

「全機散開!回避を優先しろ!」

 

突然の攻撃に驚きつつ、バーンズは部下に指示を出す。部下の機体も、即座に反応し、迫り来るミサイルに対処した。

 

多くのパイロットは、コマンドウルフの軽快さを活かしてミサイルを回避する。一部の機体は、背部の2連装ビーム砲座を連射してミサイルを撃墜しようとする。

 

「落ちろ!」

 

バーンズのコマンドウルフLCは、上空に向けてロングレンジライフルを発砲する。

 

発射された砲弾は、先程第122基地の格納庫を吹き飛ばしたものと異なり、空中で炸裂した。その砲弾は、榴弾であった。

 

対大型ゾイド用の徹甲弾の様に貫通力や破壊力こそ少ないが、被害半径は広く、多数の敵に損傷を与えることが出来る。

 

今回バーンズは、ミサイルとコマンドウルフ部隊の射線上に破片を撒き散らし、ミサイルを破片で撃墜しようと試みたのである。

 

発射された砲弾は予定通りに信管を作動させ、燃え盛る破片が放射状に飛び散った。

 

それは、接近するミサイルを次々と巻き込み、叩き落した。炎の網に絡め取られた数発のミサイルが空中で空しく高性能爆薬を炸裂させた。

 

最後のミサイルが地面に激突した時、被弾した機体はいなかった。

 

「ミサイルを撃ってきたのはどこのどいつだ……!」

 

思わずそう自答したバーンズもその答えは、分かっている。

 

 

「敵の増援部隊です!」

 

彼の部下の1人が叫ぶ。

 

その部下は、上官の疑問に答えようとしたわけではなく、単に乗機のセンサーが敵の反応を捉えた事に驚き、反射的に叫んだだけだった。

 

だが、それは見事な掛け合いの様になっており、皮肉だった。

 

 

「その様だな」

 

バーンズのコマンドウルフLCのセンサーも敵を捕捉していた。

 

バーンズの目の前にある操縦桿の計器に新たな敵部隊のゾイドを示す赤い光点がモニターに表示された。

 

 

新たに出現した敵部隊は、第6高速中隊の東―――――――つい先程、バーンズ達に廃墟に変換させられた第122基地のある丘陵のやや下方、基地に繋がる一本道に存在していた。

 

それは、ミサイルが飛来した方向と同じであり、この部隊がミサイルを発射してきたのは確実だった。

バーンズは、こちらに接近してくる敵機の群れを見下ろし、キャノピー越しに観察する。

「ブラックライモスまでいやがるのか……!!」

 

バーンズは、顔を歪めて呟いた。

敵部隊は、ゲルダー、ハンマーロック、イグアン、モルガ、ザットン等殆ど小型ゾイドで編成されていた。

 

その数は、15機。

 

内3機いるザットンは、背中に黒い箱……多連装ミサイルランチャーを載せていた。先程ミサイルを撃ち込んできたのはこれらの機体だろう、とバーンズは確信した。

 

そして中心には、指揮官機――――――サイ型中型ゾイド ブラックライモスの姿があった。

 

ブラックライモスは、ゼネバス帝国軍が開発した中型突撃ゾイドであり、ブラックライモスの総合性能は、大型ゾイドのレッドホーンにも匹敵すると言われている。機動性に優れるコマンドウルフにとっても油断できない相手である。

 

「ボス、どうします?」

 

副官のザック・ロードン中尉が尋ねる。当初の目標であった敵基地は既に破壊した。敵部隊とは交戦せず、撤退するという選択肢もある。

 

コマンドウルフの機動性と山岳地帯の険しさを考えれば、敵部隊の追撃からは逃れる事は容易だろう。

 

だが、それは、彼と部下のプライドが許せなかった。

 

「隊長!俺達はまだやれます!」

 

「遠くからミサイル撃ち込んで来た奴らに一撃加えてやりましょうや」

 

「数は、向こうが多いが、ゾイドの性能は、こっちが上……やれるな!」

 

「おう!」

 

「はい!」

 

「了解です」

 

「俺達とコマンドウルフの連携、見せてやりましょう!」

 

部下に激を飛ばすバーンズを真似るかの様にコマンドウルフLCが天に向かって吼えた。その咆哮が合図となった。

 

 

指揮官機を先頭に白い狼の群は、険しい岩の斜面を駆け下りる。コマンドウルフのカラーリングの白と地面を構成する黒い岩のコントラストは、岸壁を乗り越える白波を思わせる。

 

「コマンドウルフ!!」

 

険しい山の斜面を軽やかに駆け下りて向かって来る敵機を見たある帝国兵は仰天した。

 

「この程度で驚くなよ!糞野郎ども」

 

獰猛な笑みを浮かべ、バーンズは、コマンドウルフLCのロングレンジライフルのトリガーを引いた。

 

ロングレンジライフルが火を噴く。

 

次の瞬間、砲弾が敵部隊の隊列の中で炸裂する。

 

初弾は、地面に火柱を上げただけで終ったが、2発目は、見事に敵機に命中した。

 

直撃を受けたゲルダーがバラバラになって吹っ飛ぶ。

 

部下のコマンドウルフも背部の2連装ビーム砲を敵部隊に向けて撃ち下す。

 

移動射撃である為、命中率は低いが、コマンドウルフの2連装ビーム砲は光学兵器では連射力が高い為、それが命中率を補っていた。

 

 

10機のコマンドウルフから発射されるビームの驟雨が、帝国軍のゾイドに降り注ぐ。

 

ビームで頭部コックピットを撃ち抜かれたハンマーロックが崩れ落ちる。

 

無論、帝国軍部隊も射撃演習の標的の様にただ撃たれていたわけではなく、反撃の砲火をコマンドウルフの群れへと発射する。

 

だが、それらの攻撃には、容易く回避されてしまい、コマンドウルフ部隊の接近を阻止するには至らなかった。

 

 

「敵部隊は、接近戦を挑んでくるのか!」

 

この部隊の指揮官は、ミサイル攻撃で第122基地を襲撃した敵はそれなりに打撃を受けたと判断し敵が、襲撃を仕掛けてくるとは想定していなかった。

 

全方位レーダーと、偵察用のビークルを有する事で索敵性能に優れたブラックライモスだったが、パイロットがそれを活用できなくては宝の持ち腐れだった。

 

 

「お前ら、接近戦だ。連中に俺達の牙と爪の威力を見せてやるぞ」

 

「おう!」

 

「やってやります!」

 

「了解です!」

 

部下達の怒号にも似た荒い返答がコマンドウルフLCのコックピットを満たす。

 

指揮官機を先頭に10機のコマンドウルフは、敵部隊の懐に飛び込み、爪と牙を振るった。

 

対する帝国軍も近接戦闘用の兵器で応戦し、戦闘はあっという間に接近戦に移行した。

 

 

狭隘な山道でも、コマンドウルフの機動性は健在だった。

 

 

ハンマーロックが長い両腕を振り回し、コマンドウルフを威嚇する。

 

そのハンマーロックの背後からコマンドウルフが飛び掛かり、叩き伏せる。

 

コマンドウルフの電磁牙がミサイルランチャーを背負ったザットンの首を切断する。ゲルダーの連装電磁砲が火を噴き、コマンドウルフLCの脚を狙う。

 

「!」

 

コマンドウルフLCはそれを跳躍して回避、次の瞬間そのゲルダーは、3機のコマンドウルフの援護射撃を受けて爆散した。

 

ザットン2機が背部のミサイルランチャーに被弾。

 

1機は、ミサイルが誘爆し、火柱を背中から吹き上げて真っ二つになった。

 

もう1機はミサイルが払底していた為事なきを得たが、間もなくコマンドウルフに撃破された。

 

帝国軍部隊は、近接格闘戦に持ち込まれて次々と撃破されていった。

 

その中でも、ブラックライモスだけは、複数の敵機から攻撃を受けても尚戦闘能力を維持していた。

 

黒い重戦車、黒の槍兵と帝国兵に讃えられた防御力はだてではなかった。

 

「こいつら!」

 

指揮官機のブラックライモスが、近くにいたコマンドウルフに胴体両側面の大型電磁砲を発射した。

 

コマンドウルフはその攻撃を右横に跳躍して回避する。だが、完全には回避しきれず、右肩の装甲に傷を付けた。

 

「くっ」

 

ブラックライモスは、止めを刺すべく大型電磁砲を向ける。

 

一瞬、ブラックライモスのパイロットは、撃破を確信した。だが、彼が大型電磁砲のトリガーを引こうとしたその時、強い衝撃が彼を襲った。

 

「何」

 

突然の攻撃に驚く彼と、被弾した敵機の間には、背中に大型砲を背負ったコマンドウルフ………コマンドウルフLCが立ち塞がっていた。

 

 

「リック!大丈夫か?なんて防御力なんだ奴は!」

 

バーンズのコマンドウルフLCがロングレンジライフルを発砲する。砲弾は左の大型電磁砲に命中し、ブラックライモスの大型電磁砲が破壊される。

 

「隊長!」

 

「こいつはおれの獲物だ!」

 

主力火器を1つ失ったブラックライモスは、頭部の接近戦用ビーム砲をコマンドウルフLCに向けて乱射する。

 

バーンズは、機体を左右にジャンプさせて、その攻撃を軽やかに回避する。

 

その攻撃は牽制で、本命は別の攻撃だった。射撃では敵を撃破出来ないと判断したのか、ブラックライモスは、コマンドウルフLCに向かって突進した。

 

 

「隊長!」

 

部下のコマンドウルフ数機が背部のビーム砲を連射した。

 

しかし、それらのビームはブラックライモスの重装甲に弾き返されてしまった。

 

瞬く間にバーンズの眼前にブラックライモスの鼻っ面が迫ってきた。

 

その先端には、高速回転するドリルがあった。

 

「!!」

 

ブラックライモスの高硬度ドリルの破壊力は、ゴジュラスの重装甲にもダメージを与える威力を有する………装甲の薄いコマンドウルフが受ければ一溜りも無い。

 

対するバーンズのコマンドウルフLCは、その場を動かない。

 

ブラックライモスの高硬度ドリルが、コマンドウルフLCのボディに接触するその寸前、コマンドウルフLCが動いた。

 

敵機の装甲を突き破り、内部機関を引き裂く筈だったその一撃は、空しく何もない空間を切った。

 

バーンズは、自機に迫り来る高硬度ドリルを紙一重で回避すると、反撃に移った。

ブラックライモスの頭部右側面の接近戦用ビーム砲を電磁牙で噛み千切る。

 

「懐に入られたか!」

 

ブラックライモスのパイロットは、機首を旋回させ、今度こそ頭部の高硬度ドリルを叩き付けようとする。

 

正面モニターに表示された周囲の映像を見た途端、彼は血の気が引いた。

 

何故ならブラックライモスの頭部には、コマンドウルフLCのロングレンジライフルの砲口が突き付けられていたからである。

 

「消し飛べ!」

 

勝利を確信した獰猛な笑みを顔に張り付け、バーンズは引金を引いた。至近距離からの一撃の前では、大型ゾイド並みの重装甲で守られたコックピットも、無意味であった。

 

加速された徹甲弾はブラックライモスの頭部装甲を貫き、内部のコックピットを打ち砕いてから、突きぬけていった。

 

直撃を受けたブラックライモスの頭部は、無残に破壊された。

 

数秒後、頭部を半分吹き飛ばされたブラックライモスの背部が爆発した。

 

ブラックライモスの背部装甲がはじけ飛ぶと共に内部から1機の物体が飛び出した。

 

「偵察機か!」

 

2基のエンジンを有するそれは、偵察用ビークルだった。だが、そのビークルは、横合いから浴びせられたビームを受けて墜落、大破した。

 

剥き出しの操縦席に乗っていた搭乗者はビームの直撃で消し炭となった一部を除いて蒸発していた。

 

2人の搭乗者を喪失した黒い重戦車は、力なく地面に崩れ落ちた。

 

倒れたブラックライモスのボディに両前足を乗せ、コマンドウルフLCは、勝利の遠吠えを上げた。

 

同じ頃、部下のコマンドウルフも敵のゾイドを全滅させていた。

 

 

「流石です。バーンズ隊長!」

 

「流石は、黒い重戦車と言われるだけはある………手強かった。」

 

撃破したばかりの敵機の残骸を見つめ、バーンズは言う。彼がブラックライモスと交戦したのはこれが最初だった。

 

「やられた奴はいないな?」

 

バーンズは部下に尋ねる。

 

「へまをして被弾した奴はいますが、全員動けます」

 

副官が答える。彼の言う通り、指揮官機を含む10機のコマンドウルフの内、損傷を受けている機体は半数いたが、大破した機体は皆無であった。

 

「さて、今度こそ……」

 

ずらかるか、とバーンズが部下に撤収を命じようとしたその時、再び彼らの頭上にミサイルが飛来した。

 

「ミサイル接近!また敵部隊です」

 

「!!またミサイルかよ!」

 

「!全機、散開、回避を優先だ!」

 

「はい!」

 

「ちっ今日はミサイル続きだぜっ」

 

コマンドウルフのパイロット達は、操縦桿を動かしてミサイルを回避しようとする。指揮官機を含む10機のコマンドウルフが散開し、斜面を駆けあがる。

 

だが、その動きは最初の時と比べるとどこかぎこちない。

 

最初の時と異なり、部隊の中には先程の戦闘で損傷している機体もあったからだ。

 

立て続けに2機のコマンドウルフが被弾した。

 

どちらも先程の戦闘で脚部にダメージを負った機体だった。

 

1機は、首筋に被弾し、ミサイルの弾頭が炸裂して頭部が丸ごと消し飛んだ。頭部を喪った機体が崩れ落ちる。

 

もう1機のコマンドウルフは、胴体にミサイルが直撃して爆散した。

 

胴体から千切れとんだ頭部が激突して粉々に砕け散る。

 

どちらの機体も、パイロットが生存している可能性はゼロに等しかった。

 

「レーン!ケム!」

 

紅蓮の炎に包まれた部下の機体の姿を見たバーンズの表情は悔しさと後悔の入り混じったものに変わった。

 

ミサイルで破壊された機体は2機だけだった。

 

他の機体は何とか谷を駆けあがり、第122基地の廃墟の付近に合流した。やがてミサイル攻撃を仕掛けた敵部隊が谷の奥から姿を現した。

 

「……今度は大型ゾイドだって!悪い冗談じゃないのか…?」

 

「……なっ……なんで奴がこんなところに!」

 

新たに出現した敵部隊……正確には、敵部隊の最前列に鎮座する敵機の姿を見たコマンドウルフのパイロット達の心は驚愕と恐怖に染まった。

 

重装甲と多彩なミサイル兵器で武装した小山の様な巨体を……。

 

新たに出現した敵部隊の先頭には、この中央山脈の戦場で、共和国の兵士がサーベルタイガーと並んで遭遇する事を恐れる帝国ゾイド アイアンコングがいた。

 

ゼネバス帝国が、ゴジュラスに対抗する為に開発したこのゴリラ型大型ゾイドは、ライバル機であるゴジュラスと異なり、中央山脈の大半の地域の様な険しい山岳地でも十分活動可能だった。

 

 

ゴジュラスと互角に戦えるパワーと多彩な種類のミサイルによる火力は、中小ゾイドにとっては脅威である。

 

眼の前の機体は、現在量産化が進められている高機動スラスターを搭載した改良型 アイアンコングmkⅡ量産型ではなく、通常型だった。

 

だが、それはバーンズ達にとって何の慰めにもならない。

 

「ア……アイアンコングだと……」

 

バーンズもその鈍色の光沢を放つ巨体を見て自分の背筋が凍るのを感じた。

 

更に先程、バーンズが撃破したブラックライモスが2機、鋼鉄の巨猿の左右に存在していた。

 

 

「あいつら!よくもケムとレーンを・・・!!」

 

コマンドウルフに乗る部下の一人が怒りにまかせて敵部隊に飛び掛かろうとした。「ジョナサン待て!」即座にバーンズはそれを制止した。

 

 

「……隊長!」

 

「全員退却だ!悔しいが、あの数は俺達が相手に出来るもんじゃねえ!」

 

「………分かりました!」

 

「……了解ですボス!」

 

彼の部下のコマンドウルフが一斉に腰部の煙幕発生装置を作動させた。

 

「俺が時間を稼ぐ!お前らは散開して逃げろ!集合地点はプランα-10を使う」

 

7機のコマンドウルフの腰部の装置から噴き出した煙がコマンドウルフの姿を隠していく中、先頭に立つバーンズのコマンドウルフLCは、ロングレンジライフルを前方にいる帝国軍部隊に乱射した。

 

幾つもの爆炎がアイアンコングの小山の様な巨体の周囲に立ち昇る。

 

数機の小型ゾイドが吹き飛んだが、それをバーンズは見ていなかった。

戦果を確かめることなく、バーンズは愛機を反転させる。

 

アイアンコングは、右肩の6連装大型ミサイルランチャーをコマンドウルフLCに向ける。その砲口からミサイルが飛び出すよりも早く、コマンドウルフLCは、その位置から跳躍していた。

 

数発のミサイルが山肌に着弾し、雪の積もった岩石を粉々に打ち砕く。

 

ミサイルを回避したコマンドウルフLCは、戦場を離脱するべく全速力で駆け出した。

 

 

白煙が掻き消えた後は、コマンドウルフLCも、7機のコマンドウルフも姿を消していた。

 

まるで煙と共に大気に溶けてしまったかの様であった。後には、アイアンコングを指揮官機とする帝国軍部隊が残された。

 

「相変わらず………逃げ足だけは早い奴らだ」

 

アイアンコングに乗る指揮官は、姿を消した敵部隊に皮肉を投げつける。彼の表情は笑っていたが、その紅玉の瞳は笑っていなかった。

 

 

「追いますか?アイン隊長」ブラックライモスに乗る副官が尋ねる。

 

「いい、山岳地でコマンドウルフに追いつけるのはサーベルタイガーとヘルキャット、飛行ゾイドだけだ。後はゾンネンフェルト基地の航空隊にでも任せるしかないさ」

 

「……了解しました」

 

退却したバーンズ率いるコマンドウルフ部隊は、約3時間に渡って航空戦力を含むゼネバス帝国軍の複数の部隊から追撃を受けたが、無事友軍拠点へと撤退した。

 

 

この日以降も、ヘリック共和国のゲリラ部隊による小規模攻撃は、盛んに行われ、それを迎撃するゼネバス帝国軍部隊との戦闘は激しさを増していくこととなる。

 

だが、これらの名前すら与えられない小戦闘の数々は、膠着状態を打破するための大作戦の準備に過ぎなかったのである。

 

その事を前線で戦う両軍の兵士達は知る由も無かった。

 

 




感想、アドバイス、評価、お待ちしております。


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第10話 要塞 前編

アニメゾイドでは塩を入れて飲むシーンが良く話題になるコーヒーですが
バトルストーリーではどういう扱いなんでしょうね。


――― ZAC 2045年 12月19日 中央山脈 ライカン峡谷付近の共和国軍拠点―――

 

おかしい、数が合わない……何が間違っているんだ?

 

ヘリック共和国陸軍第3師団 第6機動大隊 主任参謀 ケネス・ロバートソン大佐は、自室で頭を抱えていた。アルミニウムで出来た彼のデスクの上には、いくつかの書類が置かれていた。

 

 

それらの書類の内容は、ダナム山岳基地に存在するゾイド戦力についての情報と、現時点でのダナム山岳基地の推定戦力の予想。

 

 

前者の資料の情報源は、共和国陸軍と空軍の偵察部隊がダナム山岳基地に対して偵察作戦を行った結果である。

 

敵地に分け入り、その中にある、分厚い警戒網が存在し、帝国軍の大部隊が集結している拠点から情報を持ち帰ってくる彼ら偵察部隊の生還率は、お世辞にも高いものではない。

 

部隊ごと未帰還という悲惨な結果も珍しくは無かった。

 

書類に記されているのは、前線の偵察隊の将兵が文字通り命懸けで齎してきた情報である。

 

ちなみに派遣された偵察部隊の全てがダナム山岳基地に対して偵察を行うわけではなく、ダナム山岳基地攻略作戦の際、ダナム山岳基地に増援を送り込む可能性のある他の基地に対しても偵察していた。

 

またダナム山岳基地を出入りする輸送部隊の規模や増援の数等も記録されている。

 

 

 

彼と同僚達が行った戦力分析では、ZAC2045年 12月19日現在の時点でダナム山岳基地には、大型ゾイドからアタックゾイドまで含めて約400~590機のゾイド戦力がいると考えられている。

 

だが、デスクに広げられた書類に記された、航空偵察部隊からの情報は、明らかにそれを上回る戦力が基地内に存在していることを教えていた。

 

 

それらの書類………ここ数週間の偵察隊の情報が正しければ、歩兵支援用の超小型ゾイドであるアタックゾイドも含めば、800機から1000機があの基地の内部に存在している可能性もある。

 

 

これが正しければ、ダナム山岳基地の周囲の敵戦力も含めれば、最悪の予想では、1700機以上の戦力が共和国軍を待ち受けていることになる。

 

 

 

もしも、こちら側の予想を超える戦力がダナム山岳基地に存在していた場合、次期作戦の第1段階である〝包囲網〟の形成にも支障を来す可能性があった。

 

 

 

「やはり、最悪のケースを想定すべきか……。!」

 

 

ケネスがそう呟いたのとほぼ同時に、空腹に耐えかねた胃袋が悲鳴を上げるかの様に彼の腹が鳴った。

 

 

「栄養補給……するべきか。」

 

その情けない音に、昨日の夕方以降、今日の昼まで何も食べていないことを思い出した金髪の青年参謀は、デスクの隅に置かれていた食物に目をやる。

 

彼の視線の先――――デスクの隅には、紙パック入りの合成ミルクコーヒーと皿に置かれた2つのサンドイッチが寂しげに置かれていた。

 

ケネスは、サンドイッチを紙パック入りの合成ミルクコーヒーで嚥下しつつ、1人黙々と独自の戦力分析を続けた。

 

 

 

 

ケネスのダナム山岳基地に存在する敵ゾイドの数に対する疑問――――――その問いに対する答えを知る人間は、彼と同じ中央山脈に今、1人だけ存在していた。

 

だが、ケネスが男から答えを聞き出す術はないし、その男も口を開くことはないだろう。何故なら、男は、彼の所属する組織と敵対する組織の幹部であり、その肉体と精神は、遥か北方の敵地にいたからである。

 

 

 

 

――――――――――――ダナム山岳基地 司令官室―――――――――

 

 

 

 

中央山脈北部に建設されたダナム山岳基地は、ゼネバス帝国領  トビチョフ市とヘリック共和国領 ウィルソン市を繋ぐ陸路の間にあるこの山岳基地は、中央山脈に存在する最大の帝国軍基地である。

 

 

基地施設を囲む六角形に張り巡らされた2重の防御壁は、堅牢であり、特に内側のものは、マンモスやゴジュラスの肉弾攻撃にも耐える防御性能を持っていた。

 

更にその外側には、多数のトーチカが建設され、迫りくる敵の大部隊に痛撃を与えられるように配置されており、見た目にも難攻不落の印象を見る者に与えている。

 

そして基地内には、数百を超えるゾイド部隊が機動戦力として存在していた。この堅固な要塞は、中央山脈北部の輸送ルートである北国街道の守りの要と言えた。

 

ZAC 2045年 12月1日には、第23機甲師団師団長 クルト・ヴァイトリング少将が守備隊指揮官に就任した。

 

 

そして、ZAC 2045年 12月19日 現在、この基地に配置されたゼネバス帝国将兵約3万人の頂点に立つ人物は、分厚いコンクリートと対空火器、防弾ガラスに守られた司令室の椅子に腰かけていた。

 

 

 

 

 

 

装飾の一切ない、机や椅子等必要最低限な家具だけが存在する殺風景な部屋………それは、機能だけを重視した場所であり、この場所を利用している人間の性格が窺いしれた。

 

防弾ガラスを張った窓から降り注ぐ陽光がその下にいる人間を照らす。

 

その柔らかな光を浴びている男は、机の上に積まれた書類に目を通しては、それに判子を押して隣の書類の山に加えていく。

 

 

銀髪の初老の男は、約1時間近くその動作を繰り返していた。単調な動作の繰り返しは、工場の機械を思わせた。

 

15分後、漸く最後の一枚が、決裁済みの山に乗せられた。

 

 

ダナム山岳基地の司令室の机の上に置かれた書類の決裁を漸く終えた男は、思わず一息吐いた。

 

口髭を生やした男の顔には、職務を終えた安堵がにじみ出ていた。

 

彼の整えられた口髭と頭髪は上品な印象を与える。

贅肉の欠片も感じさせない均整のとれた体躯は、ゼネバス帝国軍の将官用の軍服に包まれていても、彼が戦士であることを雄弁に物語っていた。

 

 

彼の名は、クルト・ヴァイトリング少将……このダナム山岳基地の司令官である。第23機甲師団の師団長でもある彼は、ここ数日書類の山と1人格闘していた。

 

 

軍隊に限らず、組織と言う物は、地位が上がれば上がる程、その両肩に圧し掛かってくる責任と書類処理の量も増えるのは、組織に所属する人間にとっては、常識である。

 

だが、それでもこの書類の量は何とかして欲しいとヴァイトリングは思っていた。

 

「ブラント、コーヒーを頼む。合成品ではなく、本物の奴でな。」

 

書類の山を片付け終えたヴァイトリングは、微笑みを浮かべつつ、当番兵に命じた。

 

「はっ!」

 

 

左に控えていた当番兵のブラント・レイラント軍曹は足早に隣の部屋に消えていった。

 

このゾイド星(惑星Zi)に地球人が飛来し、先進技術や異星の文化をこの惑星の住民に伝え、軍事を中心にゼネバス帝国とヘリック共和国の両国に影響を与えたことは、今では中央大陸の人間で知らぬ者は殆どいない。

 

この惑星の住民の生活に影響を与えたのは、地球人だけでなく、グローバリーⅢに載せられていた動植物も同様であった。

 

これらの本来なら移民先の惑星の土に植えられる筈だった数多くの動植物もゾイド星に伝わった。

 

地球で嗜好飲料として長い歴史を誇るコーヒーの原料であるコーヒー豆もその1つであった。独特の香り、カフェインを成分に含み、眠気覚ましとしても有効なこの飲料は、ゾイド星の住民の間にも爆発的に広まった。

 

 

特に昆虫型ゾイドを使役する虫族や中央山脈、山脈付近の森林地帯を主要な居住地域とする鳥型ゾイドを使役する鳥族等の民族は、樹液を用いたコーヒーに似た嗜好飲料を飲用していた事から中央大陸の住民でいち早くこの異星由来の飲料を受け入れた。

 

 

ZAC2034年には、ゼネバス皇帝が前線視察の際に現地軍の司令官とコーヒーを飲用したことが記録されている。

 

ヘリック共和国でも、ZAC2037年以降、会議室で将校が飲用する飲物はコーヒーが大勢を占めている。

 

しかし、その需要に答えられる程の量のコーヒー豆を生産することは、未だに出来ていなかった。

 

現在戦時下にあることもさることながら、地球の植物を栽培することは、このゾイド星では困難であった。

 

幾つかの穀物や食品作物は、食糧事情を改善する目的で両国で積極的に導入されたが、コーヒーや茶等の嗜好品は後回しにされた。

この様な事情もあって、ZAC2045年現在、その大半が合成品や他の植物を材料とする代用品である。

 

本物の豆、特に所謂地球でブランドものとされていたもの……を使ったものは、極めて高価であり、飲めるのは資産家や政治家、高級軍人といった限られた者達だけであった。

 

 

 

「仕事の後のコーヒーは格別だ。」

 

 

椅子に腰かけながら、初老の司令官は、休憩時にコーヒーを飲むのを楽しみにしていた。

 

合成品や代用品ではない本物の豆を挽いて作られるコーヒー……それを飲むのが、この男の数少ない贅沢であった。

 

 

 

彼が師団長を務める第23機甲師団は、アタックゾイドも含め、980機のゾイドと後方要員を含め約2万5000名の兵員を有する。

 

このダナム山岳基地には、第23機甲師団から第1連隊が派遣された。この連隊は、ダナム山岳基地防衛のために第23機甲師団の所属戦力から抽出された部隊であり、三分の一のゾイド戦力を有する。

 

 

兵員の面でも、第23機甲師団の選りすぐりの精鋭が集められていた。

 

 

 

また彼は、敵にこの基地に駐留する戦力を過小評価させる目的で、幾つかの偽装を行っていた。

 

その多くは、突撃部隊が運用するモルガを輸送機に転用し、物資ごとダナム山岳基地に輸送させるという作戦の様に地味な物だったが、比較的大がかりな物もあった。

 

これらの偽装工作で最大の物は、ゾイドを分解し、輸送部隊のコンテナに混ぜて輸送するというやり方であった。

 

通常、戦闘用ゾイドは、デスザウラー等、余程の大型ゾイドでない限りは、戦場までそのままゾイドが移動する形で運ばれる。

 

今回、ヴァイトリングは、小型ゾイドを含むダナム山岳基地に戦力として送られる予定の部隊のゾイドの一部を途中の友軍基地で解体し、補給物資を運ぶコンテナに搭載して輸送部隊にダナム山岳基地まで移送させ、基地で組み立てるという方法で、偵察部隊の眼を欺こうとしていた。

 

このやり方は、共和国軍の偵察部隊の眼を欺くのに最適であったが、輸送部隊が襲撃を受けた場合、ゾイド戦力が何もできずに壊滅するリスクを抱えていた。特に共和国軍のシールドライガー部隊とそれを援護するコマンドウルフの部隊は、自慢の機動性と険しい山岳地帯でも行動可能な特性により、神出鬼没で恐れられた。

 

特に大型ゾイドであるシールドライガーは、補給部隊にとって最も恐るべき脅威であった。

 

大型ゾイドであるため、中型、小型ゾイドが中心であることが多い護衛部隊では、シールドライガーには、歯が立たず、更に帝国側が大型ゾイドを複数有する部隊で救援に向かった時には、既に襲撃は終わっているということも少なくなかったのである。

 

共和国軍のゲリラ部隊の脅威に対して、ヴァイトリングは、大型ゾイドを含む部隊を輸送部隊の護衛に付ける等の護衛部隊の増強と機動性に優れるサーベルタイガー、ヘルキャットを保有する機動部隊に勢力圏内を監視させるといった策で対処していた。

 

彼が、ここまでしてダナム山岳基地の自軍の戦力を過少に見せようとしていたのは、次の戦場がこの基地だと確信していたからこそである。

 

 

約一か月前からヘリック共和国軍は、航空、地上を問わず、偵察部隊を盛んに派遣してダナム山岳基地に存在する防衛戦力を探っていた。

 

ヴァイトリングは敵の偵察を阻止出来ないと判断し、ならば敵の偵察と戦力分析を逆手に取ろうと考えた。これらの偽装作戦は、共和国側の戦力分析を狂わせ、来たるべきダナム山岳基地を巡る決戦で自軍の勝利を確実にするために考えられた。

 

 

戦場でゾイドを動かし、銃弾を撃つだけが戦争ではないのであるということを、彼は知っていた。

 

 

「司令官閣下、コーヒーをお持ちしました。」

 

ドアが開き、両手に金属の盆を持った亜麻色の髪の若い兵士が現れる。盆の上には、白いの陶器で出来たカップが載せられていた。そのカップの上からは、白い湯気が立っていた。

 

「ありがとう。」

 

ヴァイトリングは、当番兵から褐色の液体で満たされた陶製のカップを受け取る。

 

そしてコーヒーを一口飲み、変わらぬ芳醇な味を楽しんだ。

 

これは、前線での彼の束の間の休息の楽しみ方だった。

 

 

事務処理と前日の作戦準備で身体に蓄積された疲れが一気に退き、それに代わって活力が回復していくのを感じた。

 

 




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第11話 要塞 中編1

戦闘?シーンがあります


 

中央山脈北部に存在する帝国軍基地で最大の規模を誇るダナム山岳基地には、軍事施設だけでなく、訓練施設をも堅牢な城壁の内側に内包している。

 

 

ゾイドを操縦するパイロットの技量を維持する目的で設置されたこの施設は、格闘訓練や射撃訓練等を行うための設備や区画が設けられていた。

 

 

施設の中には、大型ゾイド同士が模擬戦闘を行える程の地下演習場等もあったものの、その大半は、地球人の技術導入によって実現したコンピュータ・グラフィックス式の操縦シュミレーターであった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……はあっ」

 

ダナム山岳基地守備隊のサーベルタイガー乗りの一人 イルムガルトは、愛機サーベルタイガーのコックピットに酷似した空間にいた。

 

彼女は、仮想空間を駆ける愛機 サーベルタイガーを操縦していたのである。

 

桜色の唇からは、荒い吐息が漏れ、汗で濡れたオレンジ色の髪は、銅色の光沢を放っている。

 

「なんて速さなの……流石は高速部隊の指揮官!」

 

現在の彼女は、ある敵と戦っていた。彼女の敵機は、同型機――――サーベルタイガー。実戦で友軍機であるサーベルタイガーと交戦する機会等無きに等しいが、戦場に絶対等無いということを彼女は十分に認識していた。

 

イルムガルトは、モニターに表示された敵機に照準を合わせ、ビーム砲を連射する。

 

敵のサーベルタイガーは、軽やかな動作でそれらの攻撃を回避する。

 

「!!」

 

そして、今度はイルムガルトが攻撃を受ける番だった。

 

敵のサーベルタイガーは、イルムガルトのサーベルタイガーに向かって突進する。

 

イルムガルトのサーベルタイガーは、背中の2連装ビーム砲を連射するが、敵は難なくその攻撃を回避する。

 

 

やられる!反射的にイルムガルトは、機体を横に跳躍させる。

 

 

彼女の判断は、コンマ数秒の差で間に合った。

 

青白く輝くレーザーサーベルがイルムガルトの右横を横切った。

 

 

右肩装甲に微かに傷が刻まれた。

 

 

更に敵機は、イルムガルトのサーベルタイガーに猛攻を仕掛ける。

 

 

3連衝撃砲の3連射でイルムガルトのサーベルタイガーを牽制しつつ、軽やかに全重量80tの機体を跳躍させてイルムガルトのサーベルタイガーに飛び掛かる。

 

 

それは、狩人の手から放たれた投槍の様に鋭い攻撃であった。

 

 

並みのパイロットなら瞬時にコックピットを引き裂かれるか、地面に叩き伏せられて至近距離から2連装ビーム砲から発射される高熱の矢で撃ち抜かれていたに違いない。

 

 

「!!」

 

イルムガルトは、即座に操縦桿を左に倒し、機体を真横に跳躍させて回避を試みた。イルムガルトのサーベルタイガーのすぐ横を敵機の機影が掠める。

 

 

敵機は反転し、イルムガルトのサーベルタイガーに向けて背部の2連装ビーム砲を放った。イルムガルトのサーベルタイガーは即座に回避する。

 

だが、完全には回避できず、左後足を熱の矢が掠めた。即座に機体ダメージを告げる警報音が鳴り響いた。

 

「くっ!(さっきと同じ戦法なのに、どうして反撃できないのよ)」

 

イルムガルトは、敵機の素早さに驚くと共にそれを迎撃できない自分に歯噛みする。特に、敵が跳躍してから突っ込んでくる戦術を2回も取ってきた時に2回とも回避する事しか出来なかったのは、ショックだった。

 

 

イルムガルトは、対策として敵が2回も同じ戦術を取ってきた際には、2連装ビーム砲とその上の全天候自己誘導ミサイルランチャー、接近戦用ビーム砲を叩き込んで撃破するつもりだった。

 

 

だが、実際には、彼女は前と同じように横っ飛びで回避することしか出来なかった。

 

 

相手の予備動作を感じさせない素早い攻撃は、狙いを付けて射撃する暇すら与えてくれなかった。

 

 

そんな彼女の焦りを感じ取ったかの様に敵のサーベルタイガーは、レーザーサーベルを輝かせてイルムガルトのサーベルタイガーの左後足に噛付こうとする。

 

イルムガルトのサーベルタイガーは、レーザーサーベルが左後脚部に接触する寸前で、左後足で蹴りを見舞った。

 

サーベルタイガーの第2の格闘兵装であるストライククローは、後足にも装備されている。その鋭さは、前足に装備されているものとなんら相違ない。

 

 

それにサーベルタイガーの時速200kmを叩き出す強靭な脚力が加われば、破壊力は絶大である。

 

そのまま敵のサーベルタイガーが突っ込んでいれば、敵の頭部はイルムガルトのサーベルタイガーの繰り出した後足蹴りに粉砕されていたに違いない。

 

だが、敵機は、寸前で攻撃を回避する。

 

「!」

 

イルムガルトも攻撃が当たるとは考えていなかった。

 

彼女にとって重要なのは、不利な状況を好転させる事。敵機が引き下がった隙を突き、イルムガルトのサーベルタイガーは、ドリフトターンで方向転換、敵機に相対する。

 

敵のサーベルタイガーは大きく跳躍し、右前足のストライククローを振り上げて襲い掛かった。

 

 

「今度こそ!」

 

 

イルムガルトは、上空から降下して来る敵に向けて背部に2門ある接近戦用ビーム砲を連射した。

 

空中にいる敵機は、イルムガルトに対して下腹を無防備に曝していた。

 

その内部には、全てのゾイドの心臓部であり、急所でもある生体核(ゾイドコア)が収められている。

 

サーベルタイガーの下腹部の装甲は、3連衝撃砲が装甲替わりになっているものの、他の部分に比べて薄かった。

 

その為、サーベルタイガーの接近戦用ビーム砲でも容易く撃ち抜く事ができた。

 

イルムガルトの眼には、仮想空間上の空中で滞空している敵機の姿は、無防備に見えた。

 

 

だが、イルムガルトの見ている前で、敵のパイロットは、空中で機体を捻る事で攻撃を回避した。

 

「なっ!」

 

サーベルタイガーの無防備な下腹を抉る筈だった光弾は、エネルギーの浪費に終わった。

 

敵のサーベルタイガーは、着地すると同時に2連装ビーム砲と三連衝撃砲を連射する。

 

イルムガルトは、それらの攻撃を回避し、一部は、接近戦用ビーム砲と2連装ビーム砲で迎撃して叩き落した。

 

だが、それは牽制だった。サーベルタイガーは、彼女の機体が射撃の為に動きを止めた隙を衝き、一気に懐に飛び込む。

 

サーベルタイガーが、イルムガルトのサーベルタイガーの頭部にストライククローを振り下ろす。

 

イルムガルトは、操縦桿を引き倒し、その一撃を回避した。

攻撃を回避した満足感に浸る暇すら与えないとばかりに、敵は、更にストライククローとレーザーサーベルで攻め立てる。

 

 

「そこっ!」

 

イルムガルトのサーベルタイガーも反撃する。突っ込んでくる敵機目がけて左のストライククローを振るう。

 

直撃すれば、サーベルタイガーのコックピットを頭部諸共破壊できる一撃―――――――しかし、敵機は、頭部を少し動かすだけで回避した。

 

 

敵のサーベルタイガーがレーザーサーベルでイルムガルトの機体の胴体を狙う。

 

「くっ!!」

 

イルムガルトは、咄嗟に機体を後ろに跳躍させて回避する。相手のサーベルタイガーも無理に追撃せず、後ろに下がった。

 

 

 

2体の赤い剣歯虎は、距離を取って睨み合う。

 

 

どちらも先程見せた激しい動きとは打って変わってまるで命の無い彫像に変じたかの様に動かない。

 

 

先に隙を見せた方が敗北する―――――――その事をイルムガルトも、彼女と相対している敵機のパイロットも十分に認識していた。

 

イルムガルトは、紅玉の色をした双眸でモニター上に表示された敵機の姿を睨み据える。彼女の姿は、遠距離から獲物を観察する狩人を思わせた。

 

 

同じく、向こう側の敵パイロットも彼女の動きを観察していた。

 

その時、イルムガルトは、敵のサーベルタイガーの右足首が微かに動くのを見た。

 

 

来る! 

 

サーベルタイガーが攻撃に移る時、右足が微妙に動く。

 

もし共和国軍が、サーベルタイガーと同様のゾイドを投入してきた時、その新型ゾイドも同じモーションを取ってくる可能性が高いから忘れるな―――――士官学校時代に教官に教えられた知識を思い出し、彼女は敵機が攻撃を仕掛けてくることを察知した。

 

 

「そこよ!」

 

イルムガルトの予想は見事に的中し、敵のサーベルタイガーは、跳躍し、彼女と彼女の相棒――――敵と同じ形状のトラ型ゾイドに弾丸の如く向かってきた。

 

 

イルムガルトはその突進を軽やかに回避し、敵機の予想進路上に向けてサーベルタイガーの背部の2連装ビーム砲を3連射する。

 

 

敵機は、彼女の予測通りの場所―――――先程発射されたビームが通過する場所に突進した。

 

その攻撃は、敵の方から弾に向かって来ている様な物で、普通に考えれば敵に回避する手段はない。

 

 

しかも全弾命中すれば、撃破は免れない。

 

イルムガルトは一瞬だけ、自身の勝利を確信した。だが、敵のサーベルタイガーは、その攻撃を容易く回避する。

 

 

敵は、自身に向かって来るビームを、ビームに命中する寸前に機体を横滑りさせることで回避したのである。

 

その動きはイルムガルトには、一瞬で移動したかのようにさえ見えていた。

 

「相変わらず、なんて動きなのよ!あの人……!!」

 

 

敵の素早い動きにイルムガルトは、そう叫んだ。眼の前の〝敵〟とは、戦場〝以外〟の場所で幾度となく相対し、1人のゾイド乗りとして技量をぶつけ合って来た。

 

イルムガルトの脳裏にゼネバス帝国軍のサーベルタイガーパイロットになる事を志し、同じ祖国防衛の理想を胸に抱いた仲間達と共に厳しい訓練に明け暮れた日々の事が蘇った。

 

モニターに映るサーベルタイガーとその乗り手は、あの遠い日と同じ鮮やかな動きを見せていた。

 

 

…………だが、イルムガルトは、あの頃とは違う。

 

 

士官学校にいた当時は、実戦経験を知らない未熟なパイロット候補生に過ぎなかったイルムガルトも、今では、相棒であるサーベルタイガーと共に幾度も前線で実戦を経験し、高速ゾイドのパイロットとして成長を遂げていた。

 

敵のサーベルタイガーがストライククローでイルムガルトの機体に襲い掛かる。

 

彼女の狙いは、頭部コックピット。

 

実戦なら、相手を一撃で仕留める技である。

 

「貰ったわ!」

 

イルムガルトのサーベルタイガーは、大きく跳躍。

 

 

相手のサーベルタイガーの鋭い爪が空しく虚空を切る。同時にイルムガルトの機体が敵の後ろに着地した。

 

 

イルムガルトのサーベルタイガーが敵のサーベルタイガーの背後を取った。

 

「当たれぇ!」

 

イルムガルトは、着地と同時に背部2連装ビーム砲の発射ボタンを連打した。

 

数発のビームが発射され、2発が、敵のサーベルタイガーの周辺に着弾した。

 

最後の1発は、サーベルタイガーの背部に命中する弾道だったが、敵機は後ろに眼があるかの様な動きでその攻撃を回避した。

 

敵機は、反転するのを諦め、そのまま前方の空間へと疾駆した。

 

後ろにいるイルムガルトのサーベルタイガーとの距離を出来る限り取ってから反転するつもりなのだろう。

 

 

そんな彼女の予想は、的中していた。イルムガルトの機体に後ろに付かれた敵機は、振り切ろうと加速する。

 

だが、折角のチャンスを見逃す程、イルムガルトは、未熟でもお人よしでもなかった。

 

「逃がさない!」

 

イルムガルトは、愛機と同じ形状をした敵機を急いで追撃する。

 

高速ゾイド同士の戦闘は、地球の戦闘機の戦闘法に似ている――――――特に背後を取った者が有利に立つという面は、最大の共通点と言えた。

 

彼女の敵手たるサーベルタイガーのパイロットも唯追いかけられる獲物に甘んじるつもりはなかった。

 

相手の機体の隙を見つけては、その後ろを取ろうとする。

 

「させないっ!」

 

イルムガルトも、位置関係上の優位を奪われまいと敵の背後を追尾する。2機の赤い虎は、互いの尻尾を追いかけ合う。

 

その姿は、さながら犬同士の喧嘩の様でもあり、ドッグファイト――――――(犬の戦い)という形容が最適だった。現状は、相手への攻撃が可能なイルムガルトが優位であった。

 

 

これは、サーベルタイガーの装備火器の配置が関係している。

 

サーベルタイガーに配置された火器の殆どは正面を向いており、ある程度の旋回が可能な背部の2連装ビーム砲も、背後への旋回は不可能であった。

 

その為、自機の後方に敵がいる場合は、即座に方向転換して迎撃するのが定石である。

 

しかし、同程度の機動性を有する敵を相手にする場合、普通に反転したのでは、撃破されるリスクがある。その為、相手との距離を取るか、相手の隙を衝い後ろに回り込むという手段を取る必要があった。

 

 

「!!(まずは、尻尾を潰す!)」

 

 

彼女が狙うのは、サーベルタイガーの尻尾―――――――バランサーとしての役目を持つ部位である。

 

高速移動時の姿勢制御にも役立つ尾部を喪えば、機動性が持ち味の高速ゾイドにとっては致命的である。

 

イルムガルトは、モニター上で上下に揺れる敵機の一部をじっと睨み、チャンスの到来を待った。不意に敵のサーベルタイガーの速度が低下した。

 

彼女のサーベルタイガーは、すかさず畳み掛ける。銀色の牙にレーザーを纏い、敵の尻尾に喰らい付かんと突進する。

 

 

「捉えた!」

 

イルムガルトのサーベルタイガーのレーザーサーベルが食い込む寸前、相手のサーベルタイガーは、尾部の高速キャノン砲を連射する。

 

サーベルタイガーの尾部側面の左右に1門ずつ、装備された火器 高速キャノン砲は、本来は撤退時の攪乱用や背部の敵への威嚇に用いる火器である。

 

しかし、機体の後部に装備されており、レッドホーンの尾部銃座の様に専属の砲手が存在していない為、命中率は低い。

機体が激しく揺れる高速移動中の場合は尚更である。

 

 

だが、イルムガルトが追撃する敵機は、正確にイルムガルトのサーベルタイガーに銃撃を浴びせてきた。

 

イルムガルトのサーベルタイガーの左耳……サーベルイヤーと呼ばれる優れた音響センサーに銃弾が命中し、機能停止に追い込んだ。

 

「くっ!」

 

正確な射撃の前にイルムガルトは、追撃を断念した。

 

イルムガルトのサーベルタイガーが減速したのを見計らったかの様に敵機は、左前足を軸にして反転した。

 

「凄い!」

 

思わずイルムガルトは、驚嘆の声を漏らしていた。彼女の声色には、敵機のパイロットへの尊敬の感情が含まれていた。

 

〝実際の機体〟でもここまで見事な反転運動を見せるのは、至難の業だろう。

 

 

同時に自分が手加減されていたことにも気付いた。敵のパイロットは、敢えてイルムガルトに追撃されるのを選択したのだと。

 

 

驚嘆するイルムガルトの心境等、一切斟酌することなく、敵のサーベルタイガーは、反転と同時にイルムガルトの機体に襲い掛かる。

 

敵のサーベルタイガーは、一瞬動きの止まったイルムガルトに容赦なく爪と牙で攻撃を仕掛けた。

 

 

 

イルムガルトも咄嗟に応戦するが、それは些か手遅れだった。

 

 

 

イルムガルトのサーベルタイガーの左前脚のストライククローの横薙ぎを右前脚のストライククローで受け流すと、敵機は左前脚のストライククローをイルムガルトのサーベルタイガーに振るった。

 

 

イルムガルトのサーベルタイガーの右肩に特殊合金製の爪が突き刺さった。

 

そのままサーベルタイガーは、イルムガルトの同型機の頭部コックピットをレーザーサーベルで狙う。

 

「?!」

 

 

しまった!そう彼女が悔悟の言葉を桜色の唇から迸らせた時には、既に正面モニター一杯に獰猛さをむき出しにしたサーベルタイガーの鼻っ面が迫っていた。

 

 

次の瞬間、敵のサーベルタイガーのレーザーサーベルがイルムガルトのサーベルタイガーの頭部に突き立てられていた。

 

データ上の彼女の肉体は、同じくデータ上の灼熱の刃によって真っ二つに切り裂かれた。

 

 

 

相手の勝利とイルムガルトの敗北を告げる戦闘終了のブザー音が、イルムガルトの耳には厭に大きく聞こえた。

 



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第12話 要塞 中編2


ZAC2039年のバレシア基地陥落後、国土と共に恐らく軍備の大半を一時的に失ったであろうゼネバス帝国軍が2年後にいかにかつて以上の戦力を手に入れたのかは個人的に疑問でした。
ディメトロドン、ブラックライモス、ウォディックといった新型ゾイドも兵員がいなければ戦力化できません。
各地の地下拠点に潜伏した兵士がいたとしても、それまでの戦いで大勢のパイロットを喪っているのは確実です。
パイロットという養成に時間のかかる人員をどうやって短期間で補充し、失地回復を遂げ、
ヘリック共和国を再び脅かす軍備を得ることが出来たのか・・・この話は、その疑問に対する個人的な考察、答えがあります。
感想とか疑問があればコメント欄でお願いします
では本編です


 

 

 

「また、負けてしまったわ…」

 

正面モニターが暗転し、オレンジの髪を三つ編みにした紅玉の双眸の女性パイロットは、現実に引き戻された。

 

 

「実機だけじゃなく、シュミレーターでも勝てないなんて……」

 

 

 

模擬戦闘に敗北したイルムガルトは、操縦シュミレーターから出た。

 

が今いる部屋――――――仮想訓練室の室内には、彼女が先程まで入っていたのと同じ長方形の黒い箱がいくつも並び、それらの箱は、それぞれ無数のケーブルで他の箱と繋がっていた。

 

 

この部屋が仮想訓練室という奇妙な名称で呼ばれているのも、黒い箱………操縦シュミレーターが置かれているからである。操縦シュミレーターの存在は、今のゼネバス帝国軍には、欠かせない物であった。

 

 

コンピュータによる仮想空間で戦闘を再現する操縦シュミレーターは、実機での模擬戦闘が頻繁に出来ない最前線の基地では、用いられることが多かった。

 

 

この黒い箱の様な形の装置こそ、一度は壊滅したゼネバス帝国軍の再建の影の立役者であった。

 

 

 

 

 

ZAC2039年にヘリック共和国に敗北し、中央大陸の全領土と軍事力の大半を喪失したゼネバス帝国が、脱出先の暗黒大陸で失地回復の為の軍を編成しようとした際に真っ先に問題になったのは、ゾイドのパイロットの確保であった。

 

それまでの練習機のみに頼ったパイロット養成方法では、効率が悪く、軍備再建に間に合わないと考えられた。

 

しかも、当時国土奪還作戦に向けて開発されていた新型ゾイドは、練習機型さえ用意できる余裕がない機体さえあった。

 

この問題を解決したのが、操縦シュミレーターによる促成訓練である。

 

操縦シュミレーターは、従来の練習機を用いた訓練には劣るものの、ゾイドを動かす必要がない事や訓練時の事故により、貴重なゾイドや人材を失うリスクがないという利点があった。

 

バレシア湾から上陸したゼネバス帝国軍が、軍を再び元の規模に拡大するにあたって短期間でディメトロドンやブラックライモス、レドラー等の新型機を含むゾイドのパイロットを確保できたのは、この装置に依る所が大きかった。

 

「やはり、シュミレーターでは限界があるの?やっぱり本物のゾイドでないと、実戦には近づけないわ……それに」

 

 

最新技術の粋を集めた操縦シュミレーターと言えど、実戦経験には劣る。特にゾイド操縦において最も重要なゾイドとの同調性が再現できないのが最大の問題であった。

 

 

金属生命体 ゾイドとは、戦車や戦闘機と異なり、命を持った存在なのである。

 

ゾイドパイロットにとって愛機の命の息吹が感じられないのは、違和感があった。

イルムガルトもその1人であった。

 

 

「……本当に……なんて暑さなのよ」

 

また操縦シュミレーターの中は、熱が籠り易いことで有名だった。

 

今回も、イルムガルトの凹凸の少ない体型を包む黒いパイロットスーツの下は、汗でぐっしょり濡れていた。

 

 

「……(後でシャワーを浴びないと。)」

 

 

汗が身体を濡らす不快な感覚に辟易しつつ、イルムガルトはそんなことを思った。

 

 

「少し見ない内に技量を上げたな、イルムガルト。」

 

 

親しみを含んだ声が彼女の頭上に降ってくる。

 

 

「ボウマン中佐!」

 

 

イルムガルトは、声の主を見て、思わず声を出した。彼女の口調には、男への強い尊敬と、ある種の過去への懐かしさも含まれていた。

 

 

紅玉の様に美しい彼女の赤い瞳は、目の前の人物への尊敬に輝いていた。

 

先程までイルムガルトが籠っていたシュミレーターの隣には、大柄の男性士官が立っていた。

 

 

筋肉の付いた長身と彫りの深い顔立ちは、武神の彫像を思わせる。下顎の傷と顎鬚は、鋭い眼光と大柄の体格と相まって古豪という印象を見る者に感じさせた。

 

アルベルト・ボウマン中佐は、高速ゾイドで編成される部隊を率いる第1連隊高速部隊の指揮官を務めていた。

 

そして、この大男は、先程の模擬戦闘でのイルムガルトの対戦相手であった。

 

彼は、第23機甲師団 高速部隊の指揮官に着任する以前、高速機動部隊のサーベルタイガー乗りとして戦功を建てたエースパイロットである。

 

 

 

また一時期は士官学校のパイロット養成課程で訓練教官を務め、ゼネバス帝国の高速部隊の人材育成に貢献してきた。

 

 

イルムガルトも士官学校時代は、彼によってパイロットとして鍛えられ、サーベルタイガーの操縦のイロハを叩き込まれた。

 

 

 

ボウマンの訓練は、男だろうが、女だろうが、関係なしに平等に容赦なく、厳しい物であった。

 

 

だが、彼は、唯厳しいだけではなかった。

 

訓練生1人1人のパイロットとしての操縦技能の特徴を分析し、それに合ったアドバイスを与えた。

 

彼は、教官として預かった訓練生達の人命を守ることも忘れなかった。

 

 

 

 

「人的資源でヘリック共和国に劣る我が国においてパイロット適性を持つ人間は、ウラニスク山のルビー(ZAC2045年現在、ゼネバス帝国の一大工業地帯として知られているウラニスク工業地帯の近郊にある山で産出されるルビー。透明度の高さと色鮮やかさから英雄が傷口から流す鮮血にも例えられた。産出量も少ない為、大陸西部では、貴重な物の例えにも使われている。)に等しい。」という持論を持っていたボウマンは、出来る限り、訓練の安全性を確保して実機を使用した訓練に付き物の事故の危険性を減らすことを努力した。

 

 

訓練生に十分な休息を取らせ、睡眠と栄養補給を怠らない様に指導し、彼らが使用するゾイドの整備状態を良好に保ち、演習場の安全確認を徹底した。

 

またゾイドの整備状態や訓練生の健康状態が優れない場合は、即座に訓練を中止した。これらの努力の成果は、事故率の低さとなって現れた。(ボウマンが教官を務める訓練部隊と、それ以外の訓練部隊の事故率と比較して、2倍近く低い物であった。)

 

 

 

また、彼は、よく教え子達の相談にも乗った。

 

イルムガルト自身、幾度も士官学校時代、個人的な事からゾイドの操縦技術に至るまで教官に相談した。彼女にとってボウマンは、イルムガルトの師であると共に年の離れた兄、あるいはもう一人の父親の様な存在であった。

 

 

「腕を上げたなイルムガルト大尉、士官学校で教えていた時とは、まるで別人で驚いた。」

 

「いえ、自分は、まだまだ未熟者です」

 

「行き過ぎた謙遜は、自分自身を貶めているのと変わらないぞ。君は、あの頃よりもずっとゾイド乗りとして成長している。予測射撃の狙いも精確だった……後一瞬反応が遅れていたら、負けていたのはこちらだった。そして何より移動射撃の腕も上がっている。……私が教えていた頃の君は、移動射撃の技量は、お世辞にも高いとは言えなかったからね。」

 

 

そこまで言うと、精悍なボウマンの顔に微かに笑みが浮かんだ。

 

訓練生時代、イルムガルトは、移動射撃の成績が低かった。

 

 

これは、機動性が命と言える高速ゾイドパイロットとしては、致命的な欠点だった。

 

サーベルタイガーも高速移動して、敵を翻弄し、停止して射撃する戦術が可能だったが、この戦法は、敵に集中攻撃のチャンスを与えてしまう欠点があった。

 

 

この欠点から帝国軍内では、サーベルタイガーパイロットはなるべく移動射撃に秀でていることが望ましいと見做されている。

 

そのこともあってイルムガルトは、移動射撃の技量が低いことを気にしていた。

 

彼女のボウマンへの相談の内容の大半も、移動射撃に関するものであった程だ。

 

 

イルムガルトにとっては、幸運なことに移動射撃の技量未熟と言う問題は、彼女の高速ゾイドパイロットとしての道を断つ程の問題には深刻化しなかった。

 

 

ボウマンや同期の友人達のアドバイスとイルムガルト自身の努力もあって、彼女はサーベルタイガーのパイロットに相応しい程度の技量を有していると士官学校で判断される程には、移動射撃の技量を向上させることが出来たからである。

 

 

 

「いいえ、私なんて、ボウマン中佐には、未だに遠く及びません。尾部の砲座であんな正確な射撃を行うなんて……未熟な私には、出来ない事です。今の私には、倒すべき敵がいるというのに。」

 

そこまで言うと、イルムガルトは、表情を曇らせる。

 

「例のシールドライガーか。」

 

ボウマンは、彼女の内心を察し、〝倒すべき敵〟の正体を推測した。

 

彼の推測は、的中していた。

 

「はい……。」

 

イルムガルトは、頷いた。

 

 

 

彼女の脳裏には、数日前の戦いの記憶が鮮明に蘇っていた。

 

 

数日前の、寒冷地対応型シールドライガー部隊との戦い………それは、イルムガルトにとって、忘れられない経験となった。彼女が、このダナム山岳基地に配備されて以来、初めて味わう敗北だった。

 

 

あの時、彼女は、敵のシールドライガーに叩き伏せられた。もし、僅かの幸運と、味方の援護が無ければ、イルムガルトがこの場にいないことは明らかであった。

 

「もうすぐ、決戦だ。その時には、お前が交戦した敵機も現れるだろう……それまで腕を磨くんだ。宿敵に出逢ったゾイド乗りが出来る事はそれだけだ。」

 

「はい!教官殿!」

 

 

イルムガルトは、尊敬に満ちた瞳を輝かせ、眼の前の恩師に敬礼する。

 

彼女の精神は、数年前の、まだ少女同然の心身だった訓練学校時代に引き戻されていた。

 

「…今は、中佐だ。イルムガルト大尉。」

 

「あっ……!!」

 

苦笑いしつつ、かつて多くの高速ゾイド乗りを育て上げた士官は、元教え子である女性士官に敬礼を返した。

 

強い恥かしさを感じ、イルムガルトは、白い両頬をレッドホーンの装甲の様に真っ赤に染めた。

 

 

「ヘフナー大尉殿ー!」

 

「大尉!さっきの模擬戦闘凄かったです!」

 

「大尉殿流石でありますっ!」

 

その時、2人の後ろからイルムガルトを呼ぶ声がいくつか聞こえた。イルムガルトの部下達である。

 

彼らもイルムガルトと同様にこの仮想訓練室で戦闘訓練を受けていた。

 

そして、先程まで行われていた彼らの隊長と、このダナム山岳基地の高速部隊の指揮官の一騎打ちの記録を目撃していたのである。

 

 

「大尉流石です!高速部隊の司令官の機体と互角に渡り合うなん…っ……中佐殿!!」

 

ヘルベルトは、イルムガルトの隣に腕を組んで立つ人物が、イルムガルトの模擬戦闘の対戦相手………ダナム山岳基地守備隊 高速部隊指揮官 アルベルト・ボウマン中佐であることに気付き、驚きの余り硬直した。

 

 

 

彼の後ろにいた部下達も雷に打たれたかのように硬直した。

 

 

数秒後、ヘルベルトは慌てて、ボウマンに敬礼した。彼に習うかの様に他のイルムガルトの部下達も、慌てて目の前の上官に敬礼した。

 

部下達の奇態にイルムガルトは、一瞬噴き出しそうになり、右手で口元を抑える。

 

ボウマンは、それを見て微かに笑うと、表情を引き締め、彼らに向けて敬礼した。

 

 

「……君達は、イルムガルト大尉の部下かな?」

 

「はい!自分は、ヘルベルト・ノルトマン中尉であります!こいつらも同じく大尉殿の部隊のものです!」

 

ヘルベルトがそういうと同時に全員が敬礼する。彼らの瞳には、目の前の高速部隊指揮官に対する尊敬の色で染まっていた。

 

 

それも当然だろう。アルベルト・ボウマン中佐は、ZAC2036年にサーベルタイガーがロールアウトした時、最初に実戦配備されたサーベルタイガーを操縦する栄誉を与えられ、共和国軍を攻撃したパイロットの1人であった。

 

 

更に彼の名を有名にしたのは、ZAC2037年にライカン峡谷で行われた戦闘である。

 

 

 

共和国領への出口周辺で、共和国領への侵攻を企図したゼネバス帝国軍と、それを阻止すべくグラント砦より出撃した共和国軍部隊との間で起きたこの戦闘に当時少尉だったボウマンは、統制のとれた共和国軍の動きに前線の味方部隊が苦戦しているのを見て、上官に機動性を活かした敵の指揮系統への奇襲攻撃を進言した。

 

 

上官は、ボウマンの案を受け入れ、彼らは、散開して敵部隊の勢力圏へと侵入した。ボウマンの操縦するサーベルタイガーは、夜の闇と雷雨で視界とレーダーが利かない中、肉食獣型ゾイドの優れた嗅覚と聴覚を活かして、敵部隊を迂回し、敵の司令部と通信部隊を捜索した。

 

そして、ボウマンとサーベルタイガーは、後方に配置され、前線司令部となっていたビガザウロを発見、奇襲攻撃を仕掛けた。

 

ボウマンのサーベルタイガーは、ビガザウロの周囲にいた護衛機が反応するよりも早く、ビガザウロの首筋にレーザーサーベルを突き立て、敵部隊の頭脳に鋭い一撃を加えたのである。

 

夜の闇と雷雨に紛れての奇襲攻撃でビガザウロを撃破し、前線司令部を破壊した後、彼は、サーベルタイガーの機動性を活かして離脱した。

 

それに前後して司令部と前線部隊の通信を統括していたゴルドス数機も、ボウマンの同僚と上官のサーベルタイガーによって破壊された。

 

指揮系統と通信網を破壊され、それまで統制のとれた動きを見せていた共和国軍は、命令が届かなくなったことと部隊間の通信に混乱を来したことで先程までの防戦が嘘の様に崩壊した。

 

 

ボウマンと彼の進言した作戦に従ったサーベルタイガー隊は、共和国軍部隊の頭脳を抹殺、敵前線部隊の指揮系統を崩壊させ、友軍に勝利を齎したのである。

 

 

 

 

雷雨の中、彼の乗るサーベルタイガーがレーザーサーベルをビガザウロの首筋に深々と突き刺している写真は、帝国軍のプロパガンダにも利用された。

 

イルムガルトの部下達も、ボウマンの功績を知っていた。

 

ボウマンも彼らに敬礼を返した。

 

「良い部下を持ったな、イルムガルト大尉。」

 

「はい!皆私の自慢の部下です。」

 

「お前は、良いゾイド乗り、部隊指揮官に成れる素質がある。だから自分に誇りを持て。そして……戦場では、部下との連携を怠るな。士官学校時代にも言ったが、今の戦争は、戦士同士の一騎打ちよりも、部隊同士の総力戦が主体だ。特に共和国の高速部隊は、複数機で連携して襲い掛かってくる。お前個人がどれだけ強くとも、4機のシールドライガーを相手にしては勝てないだろう?だが部下との連携が出来ていれば、敵が複数で襲い掛かってきても敵を倒すことだって出来る。」

 

ボウマンのその発言には、苦戦を強いられているゼネバス帝国軍高速部隊の現状に対する憂いが含まれていた。ゼネバス帝国軍の高速ゾイド部隊に比べ、歴史が浅い共和国軍高速部隊は、パイロットの平均的な操縦技量でも帝国側に劣っていた。

 

パイロットの技量の差を埋める為に彼らは、複数機による連携戦術を編み出したのである。シールドライガーは、単機でもサーベルタイガーに性能で有利だったが、共和国軍は、パイロットの技量で劣る事を考慮し、僚機との連携で敵に当る様にパイロットを訓練した。

 

このシールドライガーと、同型機やサイズに劣るコマンドウルフ数機を組み合わせた連携戦法は、帝国軍の高速部隊を苦戦させた。特にツインズと呼ばれる2機のシールドライガーによる戦法は、最も危険な戦術だった。

 

これは、1機のシールドライガーが囮となり、敵のサーベルタイガーが後ろに付いた隙にもう1機が攻撃を仕掛けるという戦術である。

 

 

説明すると単純な戦術であるが、戦場の効果は目覚ましく、多くのサーベルタイガーと優れた高速ゾイドパイロットが犠牲になっていた。

 

対する帝国側もロッテ戦法という空軍の戦術を以前から高速ゾイド部隊の戦術を導入していた。

 

戦法は、2機で1つの戦闘単位とする戦法であり、元々は、地球の第二次世界大戦時代に編み出された空軍の戦法である。それでも帝国軍が苦戦を強いられているのは、共和国軍が物量に勝っているという面もあるが、それ以上に帝国軍の高速ゾイドパイロットの意識の問題もある。

 

 

シールドライガーとコマンドウルフがロールアウトされる以前、サーベルタイガーとヘルキャットで編成される帝国軍高速部隊には、空軍機以外は、速度で上回る脅威が存在していなかった。

 

地球の産業化以前の騎兵部隊が歩兵の群れをその機動性で翻弄し、苦も無く蹴散らした様に彼らは、機動性で劣る共和国ゾイド部隊を翻弄し、一方的に撃破してきた。

 

装甲とパワーで勝るゴジュラスや移動要塞 ウルトラザウルスですら、彼らの機動性の前には、不覚を取る事さえあった。

 

この様な機動性による優位が確定した状況では、連携戦術を取るよりも各機が単独で動き回って敵部隊を攪乱した方がいい、そう前線の帝国軍高速部隊のパイロット達は考える様になっていったのである。

 

対するヘリック共和国軍は、サーベルタイガーのロールアウト以降、幾度となく苦杯を舐めさせられてきた。

 

その為、高速ゾイドを敵に回した時、いかにそれに対処すべきかという戦訓を蓄えることが出来ていたのである。

 

また高速ゾイドの威力を身を持って体験した将兵が大勢いたことも対高速ゾイド戦術を立ち上げる過程で影響を与えた。

 

これらの経験の差は、ヘリック共和国軍が、バレシア基地で鹵獲したサーベルタイガーを解析して開発したシールドライガーと、それをサポートする為に開発したコマンドウルフを戦場に投入してきた時、高速ゾイド戦術で優越する共和国軍の有利という差になって現れた。

 

 

後発のヘリック共和国軍に対して、ゼネバス帝国軍は、高速ゾイド戦術に立ち遅れを見せつつあったのである。

 

 

高速ゾイドという兵科が生まれてから、戦場で戦ってきたボウマンにとっては、今の状況は歯痒いものがあった。

 

だからこそ、彼は、かつての教え子であるイルムガルトに部下との連携を重視する様に言ったのであった。

 

 

 

「お前らは、次はどうする?もうお前らの隊のシュミレーターの利用時間は、無くなっただろう?」

 

数が限られている仮想訓練室の操縦シュミレーターは、部隊ごとに利用時間が定められており、イルムガルトの部隊は、その利用時間を全て消費していた。

 

 

「はい。これから食堂に食事に行こうと考えてます。」

 

 

「私も隊長殿と同じです。こいつらつれて飯でも食べようかと思っています。」

 

部下達に視線を向け、ヘルベルトが言う。

 

 

「そうか。丁度いいな俺もそろそろ食事にしようと思ってたところだ。お前らも一緒にどうだ?第3食堂が近いが……。」

 

第3食堂は、ダナム山岳基地に存在する基地要員の為の食堂の1つである。

 

「はい、そうさせていただきます。私も部下も中佐殿と共に昼食を取れることを光栄に思っています。」

 

彼女の言葉にヘルベルトら部下達も頷く。

 

「分かった。……だが……その前にお前らにはやることが残ってるぞ」「!?なんでしょうか?……」

 

 

イルムガルトと彼女の部下は、予期せぬ言葉に身構える。

 

「まず、お前らシャワーを浴びてこい。外は冷えるからな。折角のエースパイロットが風邪をひいて戦線離脱なんて笑えないからな!俺も一汗かいた後だ。シャワーを浴びておきたい」

 

「……はい!中佐殿」

 

「了解!」

 

「了解しました」

 

「了解です」

 

 

ボウマンに連れられる形でイルムガルトと部下達は、仮想訓練室と隣接するシャワー室へと向かった。

 

 

 




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第13話 要塞 後編1

個人的にブラックライモスは中型ゾイドの中では2番目に好きな機体です。(1番はコマンドウルフとアロザウラーの同着1位)


―――――――――ダナム山岳基地 シャワー室―――――――――――

 

 

 

 

このシャワー室は、仮想訓練室にほど近く、複数のゾイド格納庫と隣接する位置に存在していた。

 

 

シャワー室の水は、この基地の多くの生活用水と同じく、雪解け水を溶かしたものを利用している。

 

 

その位置関係上、付近の格納庫で潤滑油やゾイドの血液まみれになる事が多い整備兵や操縦シュミレーターで汗を掻くパイロットが良く利用する。これらの設備も戦闘ゾイドのレーザー砲や火器管制システムと同じく地球人の技術導入の産物と言える。

 

 

地球人の来訪以前は、前線で頻繁に入浴する事等、一部の上級将校位が出来る贅沢だった。特に整備兵は、ゾイドの血と鉄の臭いが染みついてこそ一人前だ。という考えさえ支配的だった。

 

 

イルムガルトは、更衣室で汗で濡れたパイロットスーツと下に着ていた衣類を脱ぐと、同性の2人の部下 ヘルガとニーナを引き連れてシャワー室に足を踏み入れた。個人用のシャワーが並んだシャワー室には、女性のパイロットや整備兵がシャワーで体の汚れを洗い流していた。

 

 

「あら、イルムガルト、あんたもシャワー浴びに来たの。ゾイドに乗れる士官様なら個室にもシャワー室があるでしょうに」

 

 

背後から自分を呼ぶ声にイルムガルトは、後ろを向いた。

 

 

彼女の目の前には、褐色肌の若い女性が立っていた。イルムガルトと同年代の彼女は、痩せ気味のイルムガルトとは対照的な抜群のプロポーションの持ち主で、艶やかな黒髪は、少年の様に短く刈られていた。

 

そして、彼女の左腕は、肘から下が義手だった。その義手は、木製の義手であった。

 

 

木製と言ってもゾイド星(惑星Zi)の樹木が素材である。金属生命体ゾイドが棲息し、豊かな生態系を育んでいるこの惑星では、植物も金属を含有し、中には、軍用ゾイドの攻撃の盾になるものさえあった。

 

 

木製の義手は、金属製の義手よりは、軽く、防水性にも優れるという利点があった。イルムガルトは、目の前の褐色肌の女性に見覚えあった。

 

 

「……カサンドラ、貴女もこの基地にいたの…?!」

 

 

突然の再会に赤毛の女性士官は、半ば呆然と呟いた。

 

 

 

褐色肌に黒髪の女性―――――カサンドラ・ヘルダー少尉は、ダナム山岳基地の格納庫の1つ第3格納庫の整備班長を務めていた。彼女とイルムガルトは、士官学校の初等練習課程の同期であった。

 

 

帝国と共和国の双方の領土に居住する少数民族 虫族の出身だったカサンドラと地底族の軍人階級に生まれたイルムガルトには、共通の目標があった。

 

 

それは、ゾイド乗りになる事。父親の様な優れた軍人として祖国に貢献したいと考えていたイルムガルトとは、対照的にカサンドラは、単純に色んなゾイドに乗れるのが楽しいという子供じみた理由だった。

 

 

 

理由に著しい相違があるにせよ共通の目標を持っていた2人は、直ぐに友人となった。そのまま何事も起こらなければ、2人は、戦友同士、ゼネバス帝国の優れたゾイド乗りとして戦場で活躍していただろう。

 

 

だが、その未来は、訪れる事はなかったのである。

 

 

練習中にカサンドラの初等練習機のマーダが事故を起こした事によって。

 

 

カサンドラとイルムガルトが士官学校に入って1年が経過するかしないかの時期、移動射撃訓練中にマグネッサーシステムが暴走したカサンドラのマーダは大破し、パイロットのカサンドラは重傷を負った。原因は、些細な整備のミス。

 

 

当時、一人でも多くの訓練生に実機での操縦訓練を受けさせたいという教官側の意向により、初等練習機のマーダを含む練習機の整備を担当する整備班には、多大な負担が掛かっていた。

 

それが、この事故を引き起こす遠因となったのである。

 

 

後にイルムガルトが、教官として着任してきたボウマンを尊敬するようになったのには、操縦訓練中の事故を出来る限り減らそうとする彼の姿勢に感銘を受けたのが大きな理由であった。

 

 

幸い、カサンドラは、一命を取り留めたものの、左腕を失った。左腕を失ったことでパイロットの道を断たれた彼女は、士官学校を去った。

 

 

イルムガルトは、それ以来、カサンドラと会った事がなかった。突然の再会にイルムガルトは、戸惑いつつも、友人の元気な姿に喜び、微笑んだ。

 

 

 

「やっぱり、イルムガルトだ。イルムガルトこそ、この基地に配属されてたなんてビックリしたわ。まあ私も3日前に第6格納庫の人から聞いたんだけど。私は、今ダナム山岳基地の第3格納庫の整備班長を務めているの」

 

 

「整備兵、貴女が……」

 

 

 

イルムガルトは、戸惑いを隠せなかった。彼女とて整備兵の必要性は、十分に認識している。

 

 

だが、それでも彼女は、目の前の旧友は、パイロットの方が適していると、事故で片腕を失ってしまった後も思っていたのである。

 

 

初等練習機のマーダでの操縦訓練で何時もカサンドラは、イルムガルトよりもうまく機体を操っていた。

 

 

ゾイドとの同調性も彼女のほうが上で、訓練教官の半数以上からも、優れたパイロットになると評価されていた。そんな彼女が整備を行っているのは、人材の無駄の様に思えたのである。

 

 

 

「そんな顔しないで、今の私は、整備の仕事に満足しているのよ。ゾイドの声を聞かなければならないのは、整備兵もパイロットも変わらないから」

 

 

カサンドラは、満面の笑みを返す。左腕を失ったことでパイロットの道を断たれたカサンドラは、ゾイドの整備を行う整備兵の道を選んだ。虫族の巫女の家系の出身だった彼女は、ゾイドとの感応能力に優れていた。

 

元々、虫族は、研ぎ澄まされた感覚能力で知られていた。

 

それは、彼らの使役する昆虫型ゾイドとの感応によって更に強化された。

 

彼らの能力は、元々中央大陸に存在する雨季に湿原となる草原地帯での生活に適応する過程で生まれたものである。

 

本来この能力は、ゾイドの侵入や狩猟、気候変動に備えるためのものだった。部族間の戦いが激しくなると戦争にも転用された。

 

部族間戦争の時代には、敵をいち早く発見し、奇襲に備えることが出来るその能力は、あらゆる部族勢力に重宝された。

 

後の産業化時代、地球人の技術導入の後にも彼らの能力は、戦場で効果を発揮し、「生きたレーダー」とまで恐れられた。

 

虫族の巫女の血を引くカサンドラも、そんな祖先の能力を引き継いでおり、ゾイドとの感応能力に秀でていた。そして、この能力は、ゾイドの操縦のみならず、ゾイドの整備にも役立つこととなった。

 

 

 

ゾイドの整備では、装備や機械といったメカニックだけでなく、生物としてのゾイドの状態を把握する事が求められる。

 

地球において、優れた騎手が馬の体調管理に気を配り、常に愛馬の健康状態を把握していたのに近いことと言える。

 

ゾイドとの感応能力に優れていたカサンドラは、その能力を整備作業に応用し、ゾイドの健康状態を把握する事で優れた整備兵になる事が出来たのであった。

 

「それに……ゾイドの整備も楽しいんだよ。ゾイド達の声が聞こえるのもいい」

 

 

そう語るカサンドラの表情は、かつて士官学校に入学したばかりのイルムガルトが見たのと同じ笑顔だった。

 

 

「カサンドラ……」

 

イルムガルトは、目の前の友人が整備の仕事に誇りを持っていることを知った。

 

 

「……ただオイルまみれになるのは、嫌よ。こうしてシャワー室がないと大変だから。」

 

カサンドラは、薄桃色の唇を歪めて言う。

 

 

「あなたもシャワー浴びてきたら?早くしないと第6格納庫の子達が来るからまた待つことになるわよ」

 

「カサンドラ、次に会ったら……」

 

「分かってるわイルムガルト。また思い出話でもしましょ」

 

カサンドラは、満面の笑みで返す。彼女は、イルムガルトに背を向けるとシャワー室を立ち去った。

 

「隊長、早くシャワー浴びましょうよ」

 

 

「……ああっ」

 

部下に促され、イルムガルトは、シャワーヘッドを手に取った。

 

熱く小雨の様な水流が汗で濡れた素肌を温め、汚れを洗い流していく感覚にイルムガルトは、心の澱までも浄化されていくような錯覚を感じた。

 

 

 

数分後、彼女は、2人の部下と共にシャワー室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

「……(お湯の温度がいつもより高かったな…)」

 

 

 

シャワーを浴び終えたイルムガルトは、女性用シャワー室から出た。隣接する男性用シャワー室の出入り口の前では、ボウマン中佐とヘルベルトら部下達は待っていた。

 

 

「……やけに遅かったな大尉」

 

「すみませんっ」

 

 

ボウマンの言葉にイルムガルトは、反射的に頭を下げて謝罪した。

 

 

「気にするな、大尉。健康と清潔さを保つのも戦士の務めだ。さぁ皆腹ごしらえに行くぞ。」

 

「……はい!」

 

 

 

ボウマンに率いられる形でイルムガルトの部隊は、食堂へと歩みを進めた。彼らが昼食を取るために向かう食堂………第3食堂と呼ばれている食堂へと向かうルートでの最短距離は、地下通路を通るルートであった。

 

 

装飾の無い殺風景な通路の壁と赤色灯の羅列は、この場所が実用性を重視して建設されたことを無言で教えていた。

 

「……」

 

イルムガルトは、自らを包み込む灰色の壁に押し潰される様な感覚を感じた。

 

 

頭上に配置された換気装置の立てる轟音も彼女の心に影響を与えていた。地下通路を進んだイルムガルトらは、地下通路から地上の出口に繋がる階段を上った。

 

 

「うっ……もうすぐ第3食堂ですね。」

 

 

最後尾にいたイルムガルトの部下が言った。

 

 

 

 

「ああ、この臭いはもうすぐ食堂だってことだからな……まぁ、何時嗅いでも食欲がそそる臭いじゃないけどな」

 

 

ヘルベルトは、後ろにいた新兵に言う。

 

 

彼の声色には、嫌悪感と皮肉が混在していた。仮想訓練室のある区画から第3食堂に行くには、第5格納庫を通る必要があった。

 

 

その為、格納庫特有の臭いが空気と共に流れ込んできていたのである。

 

地下通路の空気を清浄化する為の換気装置が稼働していても格納庫から来る異臭は、通路を利用する人間の嗅覚を刺激する程度には残っていた。

 

 

階段の向こう―――――――格納庫の出入り口から、外の冷気と共に潤滑油や金属、塗料等の薬品、更に何かの焼ける臭い等の臭いが混然一体となった異臭が風に乗ってボウマンらの鼻腔を刺激した。

 

 

「嫌な臭いです……」

 

 

イルムガルトのすぐ後ろにいた部下……赤毛の女性兵士が鼻を右手で抑えて言った。イルムガルトも顔を顰める。彼女も同意見だった。

 

 

「中佐殿は平気なんですか?」

 

 

イルムガルトの部下の一人が言う。

 

 

「ああ?、格納庫なんて毎日整備作業の見守りや機体の状態確認で出入りしてるからな。一々気にもならないよ。お前らもゾイド乗りならいずれこの臭いにも慣れるだろう。……まぁこんな臭い嗅ぎ慣れない方がいいかもしれないけどな」

 

 

ボウマンが笑みを浮かべて言った。

 

長い間、前線で戦ってきたボウマンには、ゾイド格納庫特有の悪臭も嗅ぎ慣れた臭いであった。彼の発言の後半部分には、若干の寂しさが滲んでいた―――――――少なくとも隣を歩くイルムガルトは、そう感じた。

 

 

地上への階段を登り切り、一行は、第5格納庫にたどり着いた。

 

ダナム山岳基地の防壁の内側に存在する格納庫の1つである第5格納庫は、大型ゾイドだけなら12機、小型ゾイドだけなら35機が整備可能だった。

 

 

仮想訓練室で訓練を行ったパイロットも食欲を減退させる格納庫特有の臭いを我慢して近道を選ぶ者は、少ないようでボウマン達も、途中でパイロットスーツ姿の者と遭遇する事は無かった。

 

 

「整備の人が殆どいませんね」

 

 

「整備作業が終わって外で休んでるんだろう。ホート軍曹。」

 

 

今は、整備作業が完了して休憩時間なのか、整備兵の姿も疎らであった。左右のゾイドハンガーには、守備隊の突撃部隊所属のゾイドが並んでいた。

 

 

右側の小型ゾイド用のハンガーには、ゲルダーが9機格納されていた。

 

 

その内1機は、共和国軍からは、ヘビーゲルダー、前線の帝国兵士からは、重装ゲルダーと呼ばれている武装強化型だった。ゲルダーの隊列の向こうには、モルガが列を組んでいた。

 

 

ゲルダーもモルガも旧式ながら頑丈で整備も楽であるため、帝国軍の突撃部隊の主力機として前線に配備されていた。

 

 

更に左側の大型ゾイド用ハンガーには、スティラコサウルス型大型ゾイド レッドホーンが並んでいる。磨き抜かれた赤い装甲は、艶やかで美しく格納庫の照明を浴びて鋼玉(コランダム)の板の様な輝きを放っていた。

 

 

それは、整備兵の努力によって研磨されたゼネバス帝国の技術力の結晶であった。その内、中央にいるレッドホーンは装備が他の同型機と異なっていた。

 

 

イルムガルトは、その機体の前で歩みを止めた。

 

 

「あれは、エルツベルガー大佐の……」

 

 

ボウマンもその改造型に眼を止めていた。

 

 

「おう!アルベルトっお前達も模擬戦闘終わったばかりか?……」

 

 

格納庫全体に響き渡る様な大声に驚いたイルムガルトとボウマンは、声のした方向に視線を向ける。イルムガルトの部下達も同様の行動をとった。

 

 

 

彼らの視線の先には、1人の男……より厳密に表現するなら大男……が立っていた。その男は、小柄なイルムガルトから見ると見上げる様な長身の持ち主であった。

 

 

 

イルムガルトと同じ地底族の特徴であるオレンジ色の髪をそのまま伸ばした髪型は、歩く度に揺れて、揺らめく炎を思わせる。

 

 

分厚い胸板と鉄骨の様に太い腕は、パイロットスーツの上からでも筋骨隆々であることを無言で教えていた。

 

 

「よおっ、これから食事か?」

 

 

その男、ヨッヘン・エルツベルガー大佐は、ダナム山岳基地守備隊の突撃部隊指揮官であった。

 

ボウマン達の目の前のハンガーに鎮座している改造型レッドホーンは、彼の愛機であり、パイロットと共に数多の戦場において敵陣に突撃した機体だった。

 

 

「エルツベルガー大佐、そちらも模擬戦闘の後ですか?」

 

 

「おう!実戦に備えての突撃射撃訓練を部下達と一緒にな。」

 

 

エルツベルガー大佐率いる突撃部隊は、先程まで実機を使用した戦闘訓練を行っていた。この戦闘訓練こそ、イルムガルトとボウマンが仮想訓練室のシュミレーターを使っていた理由でもあった。

 

ダナム山岳基地には、高速ゾイドのサーベルタイガーにとっては手狭ながら、実機による模擬戦闘が可能な大型ゾイド用の演習場が存在していた。

 

 

 

しかし、2人が、大型ゾイド用の演習場を使うことは出来なかった。

 

何故なら大型ゾイド用の演習場は、既にエルツベルガー大佐と彼の部下の乗機であるレッドホーンが、突撃射撃訓練に使用していたのである。

 

 

「……今日は、演習場を使わせてもらって悪かったよ。」

 

エルツベルガーは、巌の様にいかつい顔に陽気な笑みを浮かべて言う。

 

 

「たまには、シュミレーターで訓練するのも悪い事ではありません。気にはしてません、大佐。」

 

「そうか、今度は、こっちがシュミレーターを使わせてもらうぜ。アルベルト中佐、何時かまた部隊間の模擬戦闘をしよう。」

 

エルツベルガー大佐の方が階級が一つ上であったが、歴戦の高速ゾイド部隊指揮官であり、同時に優れたパイロットでもあるボウマンを一目置いていた。

 

 

「彼女は、中佐の部下か?」

 

 

エルツベルガーは、鋭い眼光で、ボウマンの隣に立つイルムガルトを見た。

 

 

3階級も上の人物に見据えられ、緊張してしまったイルムガルトは、思わず言葉を詰らせた。彼女に助け舟を出したのは、傍らに立つボウマン中佐だった。

 

 

「イルムガルト大尉は、私の士官学校時代の生徒だった。成長目覚ましいパイロットの1人だ。」

 

 

ボウマンは、誇らしげに目の前の上官に言う。イルムガルトは、恥かしさと喜びが入り混じった思いが自分の頭の中で渦巻くのを感じた。

 

 

彼女の白い頬が若干朱に染まる。

 

 

「アルベルト中佐の教え子か。活躍を期待してるぞ。我々突撃部隊の側面を守ってくれ!」

 

 

「はい!」

 

イルムガルトは、硬い声で答える。

 

 

 

「平原での戦いで、俺の部隊は、幾度となく共和国軍の防衛線を抉ってきた。山岳地帯では、俺達、レッドホーン乗りは活躍できなかった。だが、このダナム山岳基地でも、我等突撃部隊の突進力を見せてやる!はっはっはっはっ!!」

 

 

エルツベルガーは、天を衝かんばかりに呵々大笑した。

 

 

「はぁ……我々も万全の力で戦える様、努力します。」

 

 

イルムガルトは、目の前の突撃部隊指揮官の言葉に違和感を覚えつつ、上官への礼を失わない様に返答した。

 

 

彼女がエルツベルガーの言葉に違和感を覚えたのは、突撃部隊の突破力を平原と遜色なく発揮出来ると彼が考えていたことである。

 

複雑で起伏の富んだ地形が大半を占める中央山脈では、デスザウラーを頂点とする帝国軍重装甲軍団は、平野部の様に活動することが出来ない。

 

中央山脈に無数の迷路の様に走る狭い山道では、重装甲軍団の基本的な戦闘隊形を組むことさえ困難だった。

 

 

平原の戦いの様に支援部隊の砲撃の元、レッドホーンがモルガやゲルダーを背後に引き連れ、同型機と共に堂々と地球の重装騎兵の隊列の如く敵陣に吶喊し、戦果を拡大するといった戦術は取れなかった。

 

 

これは、荷電粒子砲を装備するデスザウラーも同じであった。(デスザウラーの場合、400tにも及ぶ重量が山岳地帯では、命取りになりかねない局面もあった)

 

 

例外的にアイアンコングは、人間に近い形状と高い知能による汎用性から山岳地帯でも運用できたが、それは、1機~数機単位での運用であり、部隊単位での運用は、不可能に等しかった。

 

 

 

この様な理由から、中央山脈が主戦場となっている現状では、イグアンやハンマーロック、ガイサックやゴドス等の山岳適正に優れた中型、小型ゾイドやシールドライガーやサーベルタイガー、コマンドウルフやヘルキャットといった機動性に優れる高速ゾイドが戦場の主役となっていた。

 

 

開けた場所に建設されたダナム山岳基地の周辺部は、アイアンコングやレッドホーンといった従来の大型ゾイドでも十分に機動性と性能を発揮できるものの、この基地を攻め落とそうと侵攻してくるであろう共和国軍がそれを知らない筈は無く、何らかの対抗策を取ってくるのは間違いなかった。

 

 

「エルツベルガー大佐、山岳地帯では、平野部の様な戦法は取れませんが、どうされるのですか?」

 

 

イルムガルトの心中の疑問を察したかのようにボウマンが言った。

 

 

「よく聞いてくれたな。わが部隊も、そのことはちゃんと認識している。それにこのダナム山岳基地の周辺は、中央山脈一帯でも珍しい程の開けた土地だ。突撃部隊の本領発揮ができる!そして、俺の部隊にも漸く纏まった数のブラックライモスが配備された。」

 

 

エルツベルガーは、格納庫の片隅に目をやる。

 

 

 

彼の視線の先―――――――――中型ゾイド用のゾイドハンガーには、新開発されたサイ型中型ゾイド ブラックライモスが10機並んでいた。

 

 

 

「あれが突撃部隊の新型ですか?」

 

 

ボウマンが質問する。

 

 

「そうだ。あれこそ最高の中型ゾイドだよ」

 

 

 

エルツベルガーは、誇らしげに巌の様な顔に笑顔を張り付かせて言う。まるで父親が我が子の自慢でもするかの様に。

 

 

ブラックライモスは、ブラキオス、ウォディックと並んで、ハイパワーユニットを採用した新世代の中型ゾイドであった。

 

カノントータスを一撃で破壊可能な大型電磁砲、対空ミサイルといった充実した火力とレッドホーンに匹敵する重装甲。全方位レーダー 前方監視レーダーと背部に格納した偵察ビークルによる優れた索敵能力。

 

これらの中型ゾイドとしては、驚異的な多機能性から小型レッドホーンの異名を与えられていた。

 

 

また、レッドホーンよりも小型で軽量であるという利点から、山岳地帯でも運用可能という強みがあった。

 

ゼネバス帝国軍上層部の中には、旧式化が著しいレッドホーンを退役させ、この機体を突撃部隊の主力機に据えるという案すら出ていた。

 

 

突撃部隊指揮官のエルツベルガーも、ブラックライモスを期待の新型機と見做していた。

 

「大佐殿もずいぶん、この機体に惚れ込んでらっしゃるようですね。」

 

 

「おう!さっきの模擬戦闘でもブラックライモス装備の部隊は優秀な成績を記録した。俺も試しに乗ってみたが、いいゾイドだよ。ブラックライモスは。」

 

「それは、素晴らしいですな。我々高速部隊としても友軍部隊の戦力が増強されるのは喜ばしい限りです」

 

「隊長、我々にも新型機が配備されて欲しいですよね。何時までもヘルキャットじゃあ……」

 

 

イルムガルトの後ろにいた部下の一人が言った。

 

「クルツ!」

 

 

「心配するな新兵!我が国の技術者は優秀だ。ヘルキャットの後継機となるゾイドがこのブラックライモスと共に実戦で活躍する日も近いだろう!俺はその日が楽しみだ」

 

先ほどと同じ様な調子でエルツベルガーは、大笑いしながら言った。

 

 

「大佐殿、我々はそろそろ……」

 

 

「そういえば飯がまだだったらしいな。訓練後は腹も減るのに呼び止めて悪かったな。じゃあな戦友諸君」

 

 

エルツベルガーは、大股歩きで立ち去って行った。

 

「あれが、突撃部隊の指揮官 ヨッヘン・エルツベルガー大佐ですか」

 

 

「ああ、大佐殿は、歴戦のレッドホーン乗りだ。私も何度か戦場で助けられた。少し大げさなところもあるが、部下からも慕われている。いいゾイド乗り、軍人だ。……さあ食堂に行くか」

 

「はい!」ボウマン達は、食堂への歩みを再開した。

 

「……」

 

 

イルムガルトは、ふと開け放たれた格納庫の扉の向こうを見た。

 

格納庫の外では、隣接する格納庫から発進したイグアンとハンマーロックの隊列が闊歩していた。

 

 

敵軍から基地を守るための出撃ではない。

 

彼らは、今しがた空いたばかりの演習場で、部隊間の模擬戦闘を行うために移動しているのである。

 

「彼らも模擬戦闘に向かうのか……」

 

 

 

ダナム山岳基地守備隊の帝国軍のゾイドパイロット達は、現実と仮想の演習場で来たるべき決戦に向けてゾイド操縦の技量を磨き続ける。彼らが鍛え上げた技量を実戦で発揮する日は、そう遠くない様に思われた。

 

 

 

 




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第14話 要塞 後編

老兵と若い兵士から見た最強のゾイドとは?みたいな話です。
最後の方に戦闘シーンがあります。


 

 

 

 

―――――――――――――― ダナム山岳基地 第5格納庫 ――――――――――――

 

 

 

中央山脈北部 輸送ルート 通称 北国街道を守備するダナム山岳基地は、中央山脈に存在する帝国軍最大の基地である。

 

 

中央山脈北部最大の拠点だけあってそこを守る守備隊の規模も大きい。

 

 

それら大規模の守備隊の寝床も必然的に大規模化を余儀なくされる。

 

 

 

ダナム山岳基地には、守備隊に所属する戦闘ゾイドを格納し、整備・修理するためのスペースである格納庫が、大型ゾイドから小型ゾイド用まで、地上、地下合わせて30近く存在していた。それらの格納庫では、多数の整備兵達が整備作業に日々従事していた。

 

 

 

 

「整備作業終わり!次の部隊が定期哨戒任務から帰還するまで休憩だ。」

 

 

 

漸く休憩か。

 

 

くすんだ赤毛の整備兵は、溜息を吐いた。

 

 

先程までマンモス型小型ゾイド ツインホーンの整備作業を行っていた彼の手足には、疲労が蓄積していた。

 

ツインホーンは、かつてゼネバス皇帝親衛隊にのみ配備されていた高性能機だけあって整備兵に掛かる負担も小型ゾイドとしては最高レベルの機体だった。

 

しかも最近、守備隊の訓練時間が伸びた所為で、整備班への負担はさらに増大していた。

 

彼、テオドール・バウアー軍曹は、3週間前にこのダナム山岳基地に配属された。休憩時間に入ると同時に彼の同僚達は、食事をとるために隣接する食堂に向かった。

 

 

しかし、バウアーは、彼らとは逆の方向に向かった。彼は、あの食堂をあまり利用しない。

 

大きな理由は、単純にメニューが気に食わないという事であった。

 

その食堂は、ゼネバス帝国の多数派を占める地底族の文化の料理が中心であり、彼の出身民族である火族の文化圏の料理が殆ど無かったからである。

 

 

火族のゾイド整備士の家に生まれた彼は、ゼネバス帝国軍に入隊した際もその適性を買われて整備兵になった。

 

地底族と火族は、元は、同じ民族(地底族の内、中央大陸西部の火山地帯に鉱石の鉱脈を求めて移住した者と原住民の子孫が火族であると言われている)であるという説が出るほど、文化的にも外見的にも類似した民族であり、料理文化も比較的似ている。それでもバウアーには別物に思えるのである。

 

同僚からは、スープに入れる具が多少違うとか、魚を使う使わない程度の違いだろうと笑われた事もあるが、彼にとっては重要な事であった。

 

 

整備兵として故郷から離れたこの極寒の基地でゾイドの整備作業という重労働に従事しているのだから、食事位は、出来るだけ好きな物を食べたかった。

 

 

更に言えば、格納庫と隣り合っている近くの食堂は、格納庫特有の悪臭と料理の匂いが合わさった異常な悪臭で不評だった。

 

換気装置が全力で稼働していても完全に消える事のない匂いは食欲を大きく低下させるものだった。

 

 

 

 

バウアーは、反対側にある別の食堂へ向けて歩いて行った。

 

食堂に向かう途中には、第3格納庫と第4格納庫がある。

 

 

バウアーは、通路を抜け、第3格納庫へと足を踏み入れる。大型ゾイド用の格納庫である第3格納庫には、アイアンコングmkⅡ量産型とノーマルタイプが合わせて12機格納されていた。

 

「流石にいつ見ても広いところだなぁ」

 

ハンガーに駐機された鋼鉄の巨人の列を眺め、バウアーは、呟いた。

 

第3格納庫は、バウアーにとって目当ての食堂に行く度に毎日の様に通過してきた〝通路〟であったが、この日は特別に見えた。

 

何故なら全てのゾイドハンガーにアイアンコングの巨体が収められていたからである。

 

 

これは、数日前にはない光景だった。

 

 

昨日、第3格納庫に収められる予定だったアイアンコングが予定より1週間程遅れて到着したのである。

 

 

共和国軍のゲリラ部隊の掃討やサラマンダー部隊の高高度爆撃を回避するために輸送部隊が迂回した結果であった。

 

 

万全な状態なら対空ミサイルで追い散らせる敵も、解体され、輸送コンテナに収められた状態では、何よりも恐ろしい脅威となった。

 

 

大型ゾイド用のゾイドハンガーに鎮座するアイアンコングの隊列は、古の神殿の壁龕に埋め込まれた、神に仕える戦士達の彫像の様であった。

 

バウアーは、帝国軍に志願した時の事を思い出していた。志願した時、バウアーは、多くの帝国の若者達と同様にゾイド乗りになる事を望んでいた。

 

 

地球人の技術導入による対ゾイド火器の飛躍的進歩の後も、ゾイドは、依然としてこの惑星最強の兵器であり、力の象徴だった。

 

特にゼネバス帝国では、人口の多数を占める地底族の戦士文化の影響もあって戦闘ゾイドのパイロットになるというのは、憧れでもあった。

 

 

特に大型ゾイドに乗れる者は、エリートであり、地球におけるサムライや騎士の様な存在であった。

 

 

バウアーも、同郷の者達と共に帝国軍に志願入隊した時は、父や祖父と同じ戦士達の補佐、ゾイドの整備作業に携わる整備兵として帝国のために奉仕する事になったのであった。

 

 

目の前の巨体を見ているとその時の憧れや思いがぶり返してきそうだった。ふとバウアーは、ゾイドハンガーの1つで足を止めた。

 

 

 

 

「あれは、司令官機の………」

 

 

 

目の前のゾイドハンガーには、アイアンコングmkⅡ限定型のルビーレッドの巨体が佇んでいた。

 

 

 

長槍の様に肩にマウントされたビームランチャーを始めとする全身に搭載された重火器、背部に装備された高機動スラスター、ルビーレッドに輝く装甲、力強さを醸し出す巨体。照明を浴びて輝く装甲は、宝石の様に眩く、その破壊力から共和国軍から「ブラッディコング」「赤い悪魔」等と恐れられているとは思えない程である。

 

 

ダナム山岳基地 司令官であり守備隊指揮官 クルト・ヴァイトリング少将の専用機。この中央山脈最大の基地の守護神。敵にとっては、赤い悪魔。

 

 

「………」

 

 

若き整備兵は、目の前で整備作業を受けている赤いアイアンコングを見つめていた。

 

 

「どうした?若造、アイアンコングmkⅡが気になるのか?」呆然と立っていたバウアーの左肩を背後から叩いた。

 

 

「えっ、わっ。すみません整備作業を邪魔してしまって……」

 

 

バウアーは、驚きながら振り向いた。自分が呆然とアイアンコングmkⅡに見惚れてしまった所為で整備作業の邪魔になってしまったのではと思い、慌てて背後に立っていた人物に謝罪する。

 

 

彼の背後にいたのは、1人の整備兵だった。彼の浅黒い肌は、皺だらけで樹齢を重ねた大樹の樹皮を彷彿とさせる。その男のバウアーの父親よりも年上に見えた。

 

 

整備兵の胸元には、銀色の階級章が輝いていた。それは、この初老の男が、整備班長である事を教えていた。

 

「邪魔にはなっとらん。安心せい若造、整備作業はもう殆ど終わっとるからの。」「そうですか。それにしても、凄い機体です。」

 

 

 

「こいつは、司令官殿と長年戦場を共にしてきた機体じゃ、他のアイアンコングとは違うからの!……しかしお前、不安そうにしていたな。若造も、例の共和国軍が数週間後にも攻めてくるって噂を気にしとるのか?」

 

「はい、不安です。共和国軍は、手ごわいとパトロール部隊のパイロットの人からも聞いてますし……」

 

 

バウアーは目の前の上官に正直に心中を打ち明けた。

 

この中央山脈の戦線に初めて彼が配属された時、ヘリック共和国軍が中央山脈でゲリラ戦を展開しても、帝国軍の補給ルートを脅かす事はないと、帝国の宣伝放送は説明していた。

 

それが今では、南部山岳道路を制圧し、大陸中央部の東西の流通の大動脈であるミドル・ハイウェイを分断した。中央大陸の東部と西部を結ぶ主要なルートは3つの内、2つが共和国軍の手に落ちた事になる。

 

次に襲われるのがダナム山岳基地であるのは、子供でも分かる事である。

 

もし、このダナム山岳基地が陥落し、共和国軍の手に落ちた場合、最悪、中央山脈北部の北国街道も共和国軍の制圧下に落ち、ゼネバス帝国本土と、大陸東部の共和国領を占領している侵攻部隊の連絡は完全に遮断される。

 

そうなれば、共和国首都 ヘリックシティを始めとする共和国領で戦っている占領軍の命運は風前の灯火となるだろう。

 

 

デスザウラー大隊を始めとする多くの主力部隊がヘリック共和国の本土の完全制圧を目指して中央山脈の向こう側へと派遣されている状況で、それはゼネバス帝国の敗北を意味していた。

 

 

「もうすぐこの基地に共和国軍が攻めてくるらしいが、安心せい!儂らにはアイアンコングがおるからの!!。薄気味悪いデスザウラーなんぞよりもこの雪山では、頼りになるぞ!」

 

 

老整備兵は、バウアーの肩を軽く叩くと、大声でまくしたてた。

 

 

大戦序盤から戦ってきた古参兵にとっては、現在のゼネバス帝国最強ゾイドであるデスザウラーよりもこれまで戦線を支えてきたアイアンコングの方が信頼できる存在だった。

 

アイアンコングは、ゼネバス帝国の軍事的栄光の建設に寄与したゾイドの1つであった。

 

 

 

 

ZAC2030年 ゼネバス帝国は、当時、帝国軍唯一の大型ゾイドであったレッドホーンを超える戦闘能力――――――――より具体的に言うならば、ヘリック共和国の象徴 ゴジュラスを単独で撃破可能な大型ゾイドの開発計画を開始した。

 

 

素体として選ばれたのは、温暖なバロニア諸島に生息していた大型ゴリラ型ゾイド。

 

ゼネバス帝国の技術者達は、調査隊が捕獲したこのゴリラ型ゾイドを解析し、ゴジュラスを撃破可能な大型ゾイドの素体として利用した。

 

彼らは、温厚な性格ながらゴジュラスに匹敵するパワーを有するこのゾイドにゴジュラスの76mm速射砲と格闘攻撃に耐える事の出来る新素材の重装甲とゴジュラスを遠距離から攻撃可能なミサイル兵装を搭載した。

 

こうして開発された試作機は、当時の帝国軍の主力大型ゾイドであったレッドホーンを皇帝と将軍達が見守る模擬戦闘で見事破壊した。

 

 

そしてZAC2032年 ゼネバス帝国が当時の国力を総動員して生産したアイアンコング150機が中央山脈を超え、共和国領に侵攻した。

 

進撃を阻止するべく派遣されたサラマンダー部隊を対空ミサイルで撃退した彼らは、共和国軍の本土防衛線の一角を形成する要塞 グラント砦を含む多くの共和国軍基地を自慢の火力と装甲で粉砕し、共和国本土の奥深くへと進撃した。

 

当時のヘリック共和国は、敵わないことを承知で小型ゾイド部隊を投入して、共和国領各地のゴジュラスを終結させるまでの時間を稼いだ。

 

 

共和国領各地から集結したゴジュラス200機が祖国防衛の為にクロケット砦に集められた。

 

共和国首都を目指し進撃するアイアンコング部隊の黒い群れと灰色の壁の様に立ち塞がるゴジュラス部隊は、クロケット砦が存在する大平原地帯 クロケット平原で激突した。

 

数時間にも及んだ激戦の後、100機近いアイアンコングを喪った帝国軍は、占領地からの撤退を余儀なくされた。

 

 

このアイアンコング部隊による大攻勢とクロケット平原の戦闘後の共和国軍の追撃戦は、戦場となった地域に甚大な損害を与えた。

 

 

ウィルソン市を含む共和国側都市のいくつかは壊滅。

 

特にウィルソン市は、アイアンコングのミサイル攻撃とゴジュラス部隊の肉弾戦に巻き込まれた事もあって多数の民間人犠牲者を含む大損害を被った。

 

純軍事的に見れば、帝国軍の大攻勢を凌いだ共和国の勝利である。

 

しかし、ゼネバス帝国にとってこの大攻勢の意義は大きかった。

 

 

 

それまで、建国されて間もないゼネバス帝国は、国力で勝るヘリック共和国の物量に苦戦し、高い技術力と優れた将兵を有しているにも関わらず、国土の奥にまで攻め込まれることも度々あった。

 

 

はっきり言って中央大陸を東西に分断する中央山脈と言う天然の防壁のおかげで滅びずに済んでいる様な有様だった。

 

 

最初の帝国製大型ゾイド レッドホーンでも撃破出来なかったゴジュラスを正面から戦闘で破壊したアイアンコングは、ゼネバス皇帝から前線の一兵卒、帝国領に棲む民衆に至るまで、ゼネバス帝国の人間に、ヘリック共和国との戦争に勝利できるという希望を与えたのである。

 

 

大型高速ゾイド サーベルタイガーが実戦投入されてからもアイアンコングは、最前線で活躍した。

 

 

ヘリック共和国軍が投入してきた竜脚類型超大型ゾイド ウルトラザウルスに立ち向かったのもアイアンコングであった。

 

そして、ZAC2039年の敗色が濃くなり始めた時期には、友軍の盾として帝国首都攻防戦等で最後まで戦場で共和国軍の進撃を食い止めた。2年後、暗黒大陸で軍備を再建したゼネバス帝国軍によるバレシア湾上陸作戦を端緒とする失地回復戦にもアイアンコングは参加した。

 

 

ゴジュラスに伍する戦闘力を有するこの大型ゾイドは、ディメトロドンやブラキオス、ブラックライモスと言った新型ゾイドと共に帝国首都奪還戦ウラニスク工業地帯奪還作戦等で目覚ましい活躍を見せた。

 

 

長年前線で戦ってきた兵士にとっては、デスザウラーの鮮やかな共和国首都までの〝死神の行進〟もアイアンコングが13年間に渡って戦場で積み重ねてきた戦績には及ばない。

 

 

それを考えれば、バウアーの目の前にいるこの初老の整備兵がアイアンコングをデスザウラーよりも信頼できるゾイドと見做すのも当然の事だと言える。

 

 

 

「でもアイアンコングよりも、デスザウラーの方が強いんじゃないんですか?」

 

バウアーは、老整備兵に反論する。

 

アイアンコングは確かに優れたゾイドである。だが、ヘリック共和国首都を陥落させ、現在の帝国軍の優勢を作り出したという意味でデスザウラーは、それ以上のゾイドだった。

 

 

現在の両軍兵士に最強のゾイドは何か?と問いをぶつければ、10人に9人は、デスザウラーと答えるだろう。

 

 

バウアーもその1人であり、デスザウラーを祖国が生み出したゾイド戦史史上最強のゾイドであると考えていた。

 

バウアーは、ヘリックシティ陥落の3日前、一度故郷に帰れる事になった途中、戦勝パレードで張りぼてを見た程度であり、デスザウラーの実機を見たことはない。

 

 

だが、それでもデスザウラーを見たことがある同僚や上官、宣伝放送から伝えられる情報を見聞きすれば、それが最強のゾイドであると思わざるを得ない。

 

 

そして、それ以上にデスザウラーが齎した戦果が巨大すぎた。

 

 

帝国軍の最強エースパイロットの称号 トップハンターを与えられた若きパイロット トビー・ダンカンが操縦したデスザウラー初号機は、スケルトンと呼ばれる僅かな支援部隊だけでヘリック共和国軍の防衛線を打ち破り、ゴジュラスの大部隊や共和国の名将 ヨハン・エリクソン大佐の操縦するウルトラザウルスを撃破し、共和国を首都陥落にまで追い込んだのである。

 

 

これは、単機のゾイドの戦果としては異常であり、「皇帝の右腕」攻勢に投入された数百機のアイアンコングやレッドホーンその他帝国ゾイドが成し遂げる事が出来なかったことであった。

 

 

 

「確かにあのデスザウラーの強さは、化け物だと思う。アイアンコングが数十機束になってもデスザウラーには敵わないじゃろう、共和国のゴジュラスがそうだった様にのう。じゃが、それは、平原での話じゃよ。この雪山じゃ、デスザウラーも、大きすぎて活動出来ない。それに引き換え、このアイアンコングは、山岳地でも戦える。じゃからこの基地は安泰じゃよ!」

 

 

老整備兵は、髭面に笑みを浮かべて言った。

 

 

 

「あっ。」

 

 

老整備兵の言葉にバウアーは、ある事実を気付かされた。

 

 

超巨大ゾイドであるデスザウラーは、山岳地帯では活動が制限されるという事実を。そして、敵である共和国軍がそれを理由にこの中央山脈を主戦場に選んだのだと言う事を。

 

 

 

「儂がアイアンコングがいるから安心だと言った理由が分かったかの?」

 

 

 

「はい!」

 

 

「若造、お前もこれから食事に行くのか?」

 

 

「はい、第7食堂に行く予定です」

 

 

「そうか、儂とは別じゃな。また会おう、若造。」

 

 

バウアーは、老整備兵と別れた後、第7食堂で食事を取った。その後、休憩時間の終了間際、次の部隊の到着前に第5格納庫に戻った。

 

この基地が次の戦いの舞台となる日は、そう遠くはない。

 

 

その事は、基地司令官から一兵卒に至るまで、この基地の人員の殆どが個人差こそあれ感じていた。

 

 

だが、それが何時になるのかは、基地司令官であるヴァイトリングも、配属されたばかりの新兵も知ることができないことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――中央山脈 帝国側勢力圏 某所―――――――――

 

 

大陸を東西に二分する中央山脈の麓。

 

岩だらけの険しい地面の上。

そこでは、数体の金属の獣達が戦っていた。

 

 

 

「くっ、共和国軍め!」

 

 

 

 

 

第2高速中隊 第1小隊隊長 ヘレーネ・テクトマイヤー中尉は、今、追い詰められていた。

 

彼女の部隊は、サーベルタイガー1機、ヘルキャット3機で編成されていた。本来の編成ならサーベル2機かヘルキャット4機であったが、中央山脈では、中小規模の部隊同士の戦いが頻発する為、この様に変則的な部隊編成をした部隊も珍しくなかった。

 

 

 

彼女とその部下の敵は、シールドライガー寒冷地仕様が4機。彼女の部隊と目の前の敵部隊が遭遇したのは、5分前の事。

 

 

 

そして、戦闘開始から5分が経過した現在―――――――――生き残っていたのは、彼女だけだった。友軍機の3機のヘルキャットは、雪原に無残な姿を晒していた。

 

 

「こうなれば……!指揮官機だけでも」

 

 

ヘレーネは、正面モニターに映る4機の白い獅子を凝視する。敵に包囲され、既に生き残れるチャンスはないと考えていた彼女にとって指揮官機を仕留めることが目的になっていた。

 

一番手前にいたシールドライガー寒冷地仕様が動いた。

 

他の機体もそれに続く。最後の標的であるヘレーネのサーベルタイガーを葬る為に……。

 

 

ヘレーネもサーベルタイガーを突進させた。4機のシールドライガー寒冷地仕様の内3機を2連装ビーム砲で牽制する。3機は、その攻撃を回避。

 

隙を付き、先頭を走る敵機―――――――動きから見て、恐らく指揮官機――――をヘレーネは狙う。

 

 

「落ちろ!」

 

ヘレーネのサーベルタイガーは、距離を詰めると、シールドライガー寒冷地仕様の頭部目掛け、左のストライククローを横殴りに叩き付けた。

 

 

だが、シールドライガー寒冷地仕様は、回避すると、逆にヘレーネのサーベルタイガーに飛びかかる。

 

 

ヘレーネは、咄嗟に回避しようとしたが、間に合わず、左肩にレーザーサーベルを食らってしまう。

 

「くっ!」

 

 

ヘレーネは、機体を反転させ、指揮官機のシールドライガー寒冷地仕様を追撃する。

 

 

ここで追いつけなければ、袋叩きにされる――――――そう判断したヘレーネは逡巡しなかった。

 

 

だが、彼女とサーベルタイガーが敵に追いつくことは無かった。

 

 

僚機のシールドライガー寒冷地仕様2機がミサイルポッドを側面を晒したサーベルタイガーに叩き込んだ事によって………胴体側面にミサイルが次々と突き刺さり、サーベルタイガーの内部機関を破壊し、誘爆させた。

 

サーベルタイガーの頭部コックピットも炎に包まれた。

 

 

「(こんな、こんな所で………兄さん!)」

 

 

ヘレーネの濃紺の瞳に最後に映ったのは、追撃していた敵指揮官機のシールドライガー寒冷地仕様の白い機影だった。

 

灼熱の中で、彼女の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

「これで最後………だな。」

 

激しく燃え盛るサーベルタイガーの残骸を見つめ、ケイン・アンダースン少佐は、静かに呟いた。

 

 

「流石です隊長!」

 

 

茶髪をボブカットに整えた女性士官は、モニターの向こうの指揮官を尊敬の眼差しで見つめていた。その声は、何処か浮ついている様に見える。

 

 

「マーティソン少尉、中々の射撃だったぞ。」

 

ケインは、新たに配属された部下に言う。

 

 

「いいえ、隊長の作戦勝ちですよ!」

 

 

「はしゃぎ過ぎだ。ケイト、ここは一応帝国の勢力圏だからな、油断は禁物だぞ。」

 

「はい……」

 

 

「隊長、はしゃぐのも無理ないですよ。彼女が第1小隊に配属されて最初の戦闘ですからね。」

 

 

「……」

 

彼女、ケイト・マーティソン少尉にとってこの小戦闘は、第7高速中隊第1小隊に配属されてから経験した最初の戦いだった。

 

 

彼女と彼女のシールドライガー寒冷地仕様は、4日前の戦闘で戦死したラーセンの補充として送られてきたパイロットである。

 

 

すぐに補充の機体とパイロットが送られてきたのは、前線部隊としては幸運な事である。

 

 

逆に言えば、それだけケインの部隊は、戦果を挙げる事を上層部から期待されている事を意味した。

 

 

「こんなに俺の作戦が上手くいったのも珍しいんだってことは、忘れるな」

 

「了解です!」

 

「……(今回の敵は、連携に不慣れだった……4日前の部隊とは、別の部隊だな……)…敵の輸送部隊を発見して襲撃した後、友軍拠点に戻るぞ。」

 

 

「了解」

 

 

「了解です!」

 

 

「了解」

 

 

4機の白い獅子は、岩場を駆け抜けて行った。

 

 

 

後に残されたのは、1機の赤い剣歯虎の燃え盛る残骸と、3機の銀色の豹の無残な残骸だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ヘリック共和国軍上層部は、次の大規模作戦の為に中央山脈に集結させていた大部隊に進軍を命じた。

 

 

 

 

 




感想、評価お待ちしております。

来年の干支にちなんだゾイド小説(短編)を構想中です。
ものにできるかわかりませんが、楽しみにしてください。


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第15話 大雪崩 前編

いよいよ、共和国軍が動き出します。



 

 

 

 

 

大作戦の直前と言うのは、こうも脳髄を沸騰させるものなのか………。

 

 

 

険しい黒い岩の壁に囲まれた白い大地をモニター越しに見渡しつつ男はそんなことを考えていた。

 

 

 

「隊長!……隊長」

 

 

部下の声が、彼を現実の世界に帰還させた。

 

 

 

 

彼―――――――――第223遊撃大隊第4小隊隊長 フレドリック・ウォーレン中尉は、部下と共に任務に就いていた。

 

彼と彼の部下3人が今いるのは、中央山脈北部の某所。小高い丘と言っていいその場所は、数日前から共和国軍の集結地点の1つとなっていた。

 

 

小隊のスネークス4機がいるのは、集結地点の外周。正確には集結中の部隊が進軍する際の針路の最前線にあたる場所―――――雪が降り積もる森の中。

 

 

 

ウォーレンの第4小隊を含め、スネークス装備の部隊は、本隊の前面に散開し、警戒線を形成していた。

 

 

彼らは、少し後方にいる電子戦ゾイド ゴルヘックスの支援の元、帝国の偵察部隊を捕捉し、殲滅する任務が与えられていた。

 

 

この警戒網には、スネークスだけでなく狼型中型ゾイド コマンドウルフの姿も混じっている。

 

 

スネークスが、偵察機を取り逃がした場合の追撃用である。

 

 

コマンドウルフが追撃機として選ばれた理由は、現在の帝国軍が偵察機として運用している大抵の機体に追いつけるからである。

 

 

「どうしたリサ?何か異常でもあったか?」

 

 

「いえ、隊長の様子が変だと思っただけです」

 

 

彼の部下の黒髪の女性兵士は、笑みを浮かべて言う。

 

 

「……そうか?」

 

 

髭は朝忘れずに剃った筈だが、剃り残しがあったか?ウォーレンは、顎に手を当てて首を捻った。

 

 

「いつもの隊長は、作戦中にぼうっとするなんてありえませんから」

 

 

「確かにな、リサ」

 

 

今度はマイクが言う。

 

 

「隊長、食事はちゃんと摂られましたか?」

 

いつもは寡黙なブライアンでさえ、ウォーレンの態度に奇妙なものを感じていた。

 

 

「ああ、いつもより気分が高ぶってるのかもしれないな。健康面は大丈夫だから、安心してくれ。皆、心配させてすまん」

 

 

無理もないな。と4機のスネークスと3人の部下と20~30人の整備要員を指揮下に収める共和国軍士官は、自嘲した。

 

間もなく、自身と部下達を待ち受けている事を考えれば、調子が狂ってしまうのも当然だと考えた。

 

 

彼らはこれから、中央山脈北部の帝国軍補給ルート防衛の要となっている中央山脈最大の山岳基地を攻略する作戦に参加するのである。

 

 

 

 

 

 

ダナム山岳基地攻略作戦――――――それは、魔女の雄叫びの様に恐ろしい吹雪が吹き荒ぶあの極寒の大地が、更に厳しい寒さを伴った状態で戦場になるということである。

 

 

 

今までの戦いで一番厳しい戦いになりそうだ。―――――――待ち受けている戦場を想像したウォーレンは、大きなため息を吐いた。

 

 

 

 

「なんとしても部下達を生きて帰さなくてはな!」

 

 

自分自身を鼓舞するかの様に男は、コックピット内に反響せんばかりの大声を吐き出した。

そんな彼の思いとは関係なく、本格的な冬の訪れを告げる雪は、静かに地上に降り注いでいた。

 

 

 

 

 

移動司令部仕様のグスタフから降りた共和国軍の将校達は、それぞれ与えられた休憩時間を過ごすために散開していく。

 

 

大作戦を前にして彼らの多くは皆、緒戦を戦いぬいてきた壮年の将校から、士官学校を出て間もない若い将校に至るまで身体から興奮と生気を漲らせていた。

 

 

しかし、多くの場合と同様に例外も存在していた。

 

 

 

 

彼、第6機動大隊 参謀 ケネス・ロバートソン大佐もその一人である。ケネスは、多くの同僚達とは距離を置き、一服していた。

 

 

 

 

その表情は、興奮の中に居る同僚達とは異なり、何処か不安気だった。今の彼の顔は、心中の憂いが顔に出ている様であった。

 

 

 

「何か気になる事があるみたいね。ケネス」

 

 

彼の左隣には、黒髪の女性士官………ケネスの士官学校時代の先輩でもある第8師団参謀 リンナ・ブラックストン准将が立っている。

 

 

 

彼女は女性としては長身で、艶やかな黒髪をショートカットに整えていることと併せて、男性と誤解しそうだった。

 

 

「先輩!……リンナ准将。」

 

 

「ここでは、先輩で構わないわ。休憩時間だし」

 

 

リンナは、微笑みを浮かべて言う。ケネスは、士官学校の頃と変わっていないなと、黒髪の女性士官を見つめて思った。

 

 

 

「ダナム山岳基地に貴方の予想を超える敵戦力がいることを恐れてるんでしょ?」

 

 

リンナは、右手でケネスの胸元を指差す。彼女の言葉は、的中していた。

 

 

「はい、僕もその点を考えていました。もしも僕達の見立てよりもあの基地に戦力が存在していたら……」

 

 

「ケネスも書類を読んだでしょう?安心しなさいよ。この作戦には、支援部隊も含めて16600機のゾイドが投入されているのよ。」

 

 

全部が正面戦闘用のゾイドという訳ではないでしょうに。ケネスは、子供だましの様な数字のマジックを振りかざす黒髪の女性士官に心の中で突っ込みを入れた。

 

 

リンナの言う様に今回の作戦にヘリック共和国軍は、約16600機のゾイドを投入している。

 

 

その数字の7割以上は、陣地設営の為の工兵部隊や補給部隊、各部隊の集結地点からダナム山岳基地までの輸送ルートを防衛する部隊等の直接戦闘とは関係の無い後方支援部隊である。

 

 

また約3割を占める戦闘部隊もその約2割近くが歩兵支援用のアタックゾイドと呼ばれる超小型ゾイドが占めていた。

 

 

これらのゾイドは、本格的な対ゾイド戦闘に投入できる機体ではない。

 

何せ小銃弾に辛うじて耐えられる程度の機種さえあるのだから。中には例外もあり、24ゾイドとよばれるタイプがそれにあたる。

 

24ゾイドは、ゼネバス帝国軍がデスザウラーの支援用に開発したアタックゾイドである。

 

 

その性能に苦しめられたヘリック共和国側も同様のタイプの機体を開発していた。

 

この作戦には、現在就役している3機種の内、バトルローバー、メガトプロスの2機種が投入される。

 

共にアタックゾイドと同じサイズながら、防弾性に優れた透明装甲と通常の小型ゾイドにも対抗可能な機動力、火力を与えられている。

 

そして4割が大型、中型、小型といった従来の戦闘ゾイドである。また、この作戦で共和国軍が攻撃するのは、攻略目標のダナム山岳基地だけではない。

 

 

ダナム山岳基地の周辺に存在する帝国軍基地に対しても、陽動や増援を阻止する為、戦力を投入する必要があった。

 

その為、ダナム山岳基地に振り向けられる戦力は、更に限られることになる。

 

 

16600機のゾイドが作戦に投入されると言っても、その全てがダナム山岳基地を攻撃する為の戦力という訳ではないのである。

 

 

 

「……それに今更気にしてもしかたないわ。」

 

リンナは弟の様に思っている後輩に対して言葉を続ける。丁寧に諭す様な口調で。

 

 

「士官学校時代に教官にも言われたでしょ?お前は優秀だが、色々考え込むのがその長所を打ち消してるって。今まで貴方が立案して成功させてきた作戦………想定外の事が幾つ起きた? それでも前線で戦っている部隊や司令官は、想定外に対処してきたでしょう。それに、何度も言うけど、貴方1人で戦ってるわけじゃないわ。前線で戦っている将兵や上官を信頼しなさいよ……。」

 

 

「僕は、前線の将兵や司令官の方々を信頼していないわけではありませんよ。ただ僕は、……」「ただ僕は何?」リンナは、興味深そうに尋ねる。

 

 

「……前線の将兵に自分の無能の償いをさせたくないだけです。我々参謀は、前線部隊の将兵の命を預かっているということを忘れてはならないと、自分は、最も尊敬する共和国軍人に言われたんです。」

 

 

 

束の間、ケネスの意識は、共和国の軍人になる以前に移動していた―――――――――幼い頃のある日へと。

 

幼き日、自分に軍人としての心構えを教えてくれた、現在の自分と同じ道を選んだ男………………軍人だった父親に言われた事を……。

 

 

 

「前を見なさい。あの戦力を見たら安心すること間違いなしよ!」

 

 

「……ええ」

 

 

2人の視線の先には、彼らの祖国が来たるべき作戦の為に集めた戦力で敷き詰められた大地が広がっている。

 

そこには、ヘリック共和国軍の大部隊が集結していた。

 

 

その内訳は、アロザウラー、ベアファイター、コマンドウルフ、ゴルヘックス、ゴドス、ガイサック、スネークス、カノントータスといった中型、小型ゾイドが大半であったが、少数ながらゴジュラスmkⅡ量産型、ゴジュラスやシールドライガー、ゴルドス、マンモス等大型ゾイドの姿もあった。

 

 

それらの大半は、寒冷地仕様への改造が施されていた。

 

 

中には、モルガやイグアン、ヘルキャット、ゲーター等、ゼネバス帝国軍から鹵獲した機体も含まれていた。

 

部隊の最後尾には、前線部隊を支える補給部隊を初めとする後方支援部隊が隊列を組んでいた。

 

補給物資を満載したトレーラーを牽引グスタフとそれより小型のトラックがその後に続いた。

 

 

その数は、前線部隊の3分の1に及んでいた。ヘリック共和国軍は、ゼネバス帝国軍に比べ、後方支援が充実していることで知られていた。

 

特に今回の作戦では、共和国軍は、何時にも増して大規模な後方支援集団を編成していた。

 

 

 

彼らの目的地は、ゼネバス帝国領 トビチョフ市とヘリック共和国領 ウィルソン市を結ぶ北国街道を防衛する為に建設された帝国軍の基地 ダナム山岳基地―――――ヘリック共和国軍の北国街道分断作戦<グレート・アヴァランチ>が本格的に開始されたのであった。

 

 

 

 

 

 

これ程の大軍が、敵軍に察知されないということはありえない。

 

以前から次の決戦場をダナム山岳基地付近であると想定していたゼネバス帝国軍は、共和国軍がダナム山岳基地に侵攻する場合、通過すると思われる予想ルート上に偵察機を多数発進させていた。

 

 

共和国軍もなるべく敵に察知されるのを防ぐため、上空に偵察機狩りの為の航空隊を多数配置し、地上でもコマンドウルフで編成される高速隊に同様の任務を与えた。

 

 

 

 

ゼネバス帝国空軍は、共和国軍との制空権争いで出せる航空戦力が限られている中で、多数の偵察機を発進させていた。

 

 

第766航空隊所属機 ゲルプ45のコールサインを与えられているシュトルヒもその1機である。

 

 

「どうだ?マックス軍曹、何か地上に怪しいものは見えるか?」メインパイロットのカレル・ヴォルフ少尉は、背後の同僚に尋ねる。

 

 

「いいえ、今のところセンサーにも私の目にも反応はありません」

 

 

偵察員のマックス・ゲーレン軍曹は、背部の偵察員用のコックピットにいる。

 

 

彼らの搭乗しているシュトルヒは、偵察機仕様である。背部のSAMバードミサイルを取り外され、代わりに通信、索敵用の機材と偵察員用のコックピットを搭載している。

 

 

また腰部のエアブレーキの上には、緊急離脱用のロケットブースターが追加装備されている。この装備は、3分以上の燃焼に耐え切れない。

 

 

いざという時のための使い捨ての装備である。

 

カレルとマックスは、計器類とモニターに表示される地上の様子を目を凝らして見つめる。

 

「共和国軍め、どこにいるんだ?……」

 

地表すれすれまで下りて様子を確認したい衝動を抑えつつ、カレルは、偵察活動を続ける。

 

垂直離着陸可能なシュトルヒの性能なら地上すれすれどころか、地上に降りて、〝歩いて〟偵察する事さえ可能である。

 

それをしないのは、共和国軍の対空砲火がどこから放たれるか分からないからである。

 

 

彼は以前、仲間のシュトルヒが低空に降りて森に潜伏していたスネークスのガトリング砲に撃ち抜かれるのを目撃していた。あんな風に敵に撃墜されるのは、御免だった。

 

 

 

「レーダーに反応!左の尾根の反対側の麓の辺りです。」

 

 

「分かった。」

 

カレルは、左手に見える中央山脈の尾根の一つにシュトルヒを接近させ、反対側へと機体を旋回させた。

 

 

 

そして、2人は、地上に存在するものを見て言葉を失った。

 

 

 

雪が降り積もって白く染まったそこは、ヘリック共和国軍の大部隊で埋め尽くされていた。無数の共和国ゾイドとそれを支える輸送ゾイドや物資を満載したコンテナや支援機材が麓に集結していた。

 

特に目を引いたのは、ゴジュラスやマンモス等の大型ゾイドの姿であり、それらも数十機は確認できた。

 

長年偵察員として前線を飛んできた2人も、これだけの部隊を一度に見たのは初めての事である。

 

 

「なんて数だ、100や200なんて数じゃねえぞ……」

 

 

カレルは戦慄を覚えた。偵察員席にいるマックスも同様に驚愕している。

 

 

―――――――――――――遂に共和国軍が動き出した。

 

 

彼らの目的地は、中央山脈北部、帝国トビチョフ市と共和国ウィルソン市を結ぶ交易ルート 北国街道に存在する中央山脈のゼネバス帝国軍最大の拠点 ダナム山岳基地。

 

 

ここを陥落させれば、中央山脈の主要な補給ルートを掌握する事が可能になる。

 

 

共和国首都 ヘリックシティを初めとする共和国領を占領している帝国軍の補給線を寸断し、袋の鼠にする事も夢ではない。

 

そうなれば、彼らの祖国は敗北する。

 

共和国首都等の占領地に展開する帝国の占領部隊が何機デスザウラーを保有していたところで、補給が続かなければ、鉄屑と同じなのだから。

 

部族間戦争から今日に至るまで、補給がなくて戦える軍隊等この惑星には存在しないのは、常識である。

 

 

 

「マックス……友軍基地に打電しろ。届くか届かないかは気にするな!」「はいっ!」

 

マックスは直ちに友軍基地に打電を行った。

 

 

「後は、基地まで帰還するだけ……共和国のカラス共……俺達を見逃してくれ……!!」

 

カレルは愛機の機首を友軍基地の方向へと向け、離脱の準備に入った。

 

 

 

上手く逃げられるか……そう思った直後、コックピットに警報が木霊した。

 

 

 

 

「敵機接近!プテラスだ!2機、いや3機います!!」

 

 

慌ててマックスが報告する。

 

 

「ちっ!離脱するぞ!捕まってろ」

 

 

偵察用に武装を胴体のビーム砲以外撤去されたカレルのシュトルヒでは、プテラスには余程の強運と技量が無ければ勝てる相手ではない。

 

 

しかもこの機体は、背部に偵察機材兼偵察員用のコックピットを乗せているせいで、空力特性で劣り、速力が通常型に比べて低下していた。

 

 

一番近くにいたプテラスは、カレルのシュトルヒ目掛けて、ミサイルを発射する。偵察員のマックスはすかさず、チャフの発射ボタンを押した。

 

 

シュトルヒの背部から銀色に光る物体がいくつも飛び出す。

 

 

発射されたのは、チャフだった。

 

ミサイルの誘導装置を狂わせる銀色の破片がシュトルヒの後方に発射され、小さな雲を形成した。

 

 

プテラスが発射した2発のミサイルは、チャフに突っ込んだ後、爆発した。

 

 

「よし!相手のミサイルが馬鹿で助かった!」

 

後方で炸裂する火球を見やり、カレルは叫ぶ。だが、彼もこんな幸運が長続きするとは考えていなかった。

 

 

 

まだミサイルを搭載したプテラスは2機いる。

 

 

つまりカレルのシュトルヒを狙うミサイルは、4発あると言う事である。

 

 

それにプテラス3機の装備は、ミサイルだけではない、バルカン砲や機銃を胴体と頭部に搭載している。

 

「撃ってきた!」

 

 

 

プテラス2機が、頭部に装備した機銃を乱射してきた。

 

 

本来この兵装は、地上の歩兵や露出した対空砲といった、非装甲目標を攻撃するための兵装である。

 

更にプテラスは、胴体のバルカン砲も撃ち始めた。

 

 

シュトルヒの周囲を機銃弾が駆け抜ける。

 

 

 

「雲の中に隠れてください!わぁっ!死ぬっ」

 

 

背中の座席に座るマックスの叫び声が頭部コックピットを警報と共に満たす。

 

 

彼の声色は悲鳴に近かった。

 

 

間近を何度も敵機の機銃弾の火線が掠めるのを目撃して回避運動の度に揺さぶられていることを考えると無理もない事と言える。

 

 

 

カレルの目の前に白い雲の塊が見えた。ホエールカイザー1隻を丸々覆い隠せるサイズのその雲は、シュトルヒが隠れるにはうってつけだった。

 

 

雲の中に隠れれば――――――――カレルは、ロケットブースターを点火し、シュトルヒを限界まで加速させてその雲の中に突っ込ませる。

 

 

 

雲の中に入ると同時に限界に達したロケットブースターがパージされる。

 

 

 

プテラスの機銃弾が偶然、シュトルヒからパージされたロケットブースターに命中、火球と化した。

 

 

「追ってくるか…?」

 

 

「いいえ、追ってこないみたいです!」

 

 

 

マックスは、後ろの様子を肉眼で確認した後、計器類を確認したが、3機のプテラスが追撃して来る気配はなかった。

 

 

 

「よし、敵は追って来ないな!」

 

 

カレルは、そういうと大きく息を吐いた。

 

 

偵察員席のマックスもそれに続く。

 

 

 

彼らは、ダナム山岳基地攻略に向かう共和国軍を目撃し、尚且つ友軍の元に帰還することの出来た最初の帝国兵士となったのだが、2人ともそんなこと等想像すらしていなかった。

 

 

 

 

ZAC2045年 12月20日の事であった。

 

 

大雪崩が中央山脈を北上しようとしていた。

 

 

 




次は、ダナム山岳基地の帝国軍の反応です。
此処から物語が本格的に動き出します。
年内に投稿出来て良かった・・・


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第16話 大雪崩 後編

あけましておめでとうございます読者の皆様。
次は、共和国軍が動いたことに気づいたダナム山岳基地側の話になります。
ちょっと短いです。


帝国空軍と陸軍の偵察部隊がヘリック共和国軍のダナム山岳基地攻略部隊の移動を

発見した翌日、ダナム山岳基地では作戦会議が開かれた。

 

 

―――――――――ダナム山岳基地 作戦会議室――――――――

 

 

鉄筋コンクリートに守られた地下の掩蔽壕に設けられたこの部屋は、守備隊の各指揮官が集まり、作戦会議を行う目的で作られた。

 

 

現在、司令室には、ダナム山岳基地の守備隊の指揮官が集められていた。

 

「昨日、空軍の偵察機が中央山脈 ライカン渓谷北部付近に展開するヘリック共和国軍の大部隊を発見した。」

 

会議の議長を務めるのは、このダナム山岳基地の守備隊司令官であるクルト・ヴァイトリング少将である。

 

同時に室内の数少ない光源である大画面のモニターに画像が表示される。その画像は、偵察機によって撮影された共和国軍の大部隊の画像であった。

 

「敵の数は?」

 

「少なくとも戦闘ゾイドだけで最大で3000を下らないとのことだ。」

 

「3000!!」

 

「我々の3倍のゾイド戦力か」

 

「全ての敵部隊がこのダナム山岳基地を攻撃するわけではないだろう。ゾンネンフェルス基地やヴァイスホルツ基地等の他の基地にも攻め込むに違いない。」

 

「敵は、我々の予想通りに短期決戦を狙っているのでしょうか?」

 

第65対空大隊指揮官 カール・エルスター中佐が質問する。

 

 

彼を含め、ゼネバス帝国軍の大半の予想は、中央山脈北部に越冬可能な本格的な拠点を有さないヘリック共和国軍は、中央山脈北部が、雪の降り積もる本格的な冬に突入する前に短期決戦を挑むと考えていた。

 

 

短期決戦…………即ちダナム山岳基地に対する強襲による制圧作戦をヘリック共和国軍が敢行してきた場合、彼らは、基地外周をに張り巡らされた防御陣地……大小98のトーチカと地雷や落とし穴、カーボンワイヤーによるトラップ等の障害物と基地の守備隊戦力で進撃を阻止し、こう着状態を維持し、冬将軍の到来する時期まで持ち堪える。

 

 

 

そして冬将軍の到来後は、冬の厳しさと補給の途絶で、弱体化した共和国軍の侵攻部隊を基地から出撃したアイアンコングを中心とする重機甲部隊とレッドホーンを主力とする突撃部隊によって粉砕する。

 

 

 

これが、ゼネバス帝国側の編み出したダナム山岳基地での共和国軍の迎撃案である。

 

 

これまでヘリック共和国軍は、大軍の運用が困難な中央山脈の地形を利用したゲリラ戦に持ち込むことで戦力で劣っているにも関わらず、勝利を重ねてきた。デスザウラーを有しながらも敗北を喫してきたゼネバス皇帝は、共和国軍にゲリラ戦を挑ませない作戦を編み出した。

 

 

彼は、北国街道の要衝を守るダナム山岳基地とその守備隊を囮にすることによって、ヘリック共和国軍にゼネバス帝国軍の得意分野ともいえる平原での重装甲軍団を用いた正面戦闘を強要することで勝利を得ようと考えたのである。

 

 

 

 

「敵はまんまと我々の作戦に乗ってきたようですね。司令官閣下」

 

 

 

「共和国の奴らがこの基地を狙っているのは間違いありませんな」

 

参謀の1人が発言した。彼の意見を肯定する様に初老の基地司令官は、静かに肯く。

 

 

「皇帝陛下と参謀本部が予想されていた通りの事態になったという事だな。我々は、慌てることはない。ゼネバス帝国の軍人として、皇帝陛下からの命令を実行するのみだ」

 

「はっ!」

 

 

「了解!」

 

「皇帝陛下万歳」

 

「この基地に向かっている敵戦力については、どの様な情報が判明しているのですか?」

 

 

「現在、確認されている情報では、カノントータスやコマンドウルフ、ゴドス等の中型、小型ゾイドを主力とする部隊が大半を占めるようだ。だが、敵もダナム山岳基地を攻略する為に大型ゾイドの必要性を認識しているらしい。ゴジュラスやマンモスも確認されている。また偵察部隊からの報告では、共和国軍部隊のゾイドの多くが寒冷地仕様改造が施されていることが確認されている。」

 

 

「我軍は、敵が冬将軍の到来前に短期決戦を仕掛けてくると想定していましたが、向こうも冬季戦への備えを全くしていないわけではない様ですね。」

 

「当然の話だろう、連中も中央山脈北部の天候が変わりやすい事は知っているのだから」

 

 

「寒冷地仕様改造……奴らめ冬まで包囲を続けられると思っているとは。冬の事等心配しなくていい様に直ぐに蹴散らしてくれる」

 

 

エルツベルガーは、鼻息荒く言い放った。彼も単に敵を侮ってこんなことを言っているわけではなく、十分に敵を叩ける目算があるのと自身の部隊の実力に自信を持っていたからである。

 

 

この会議の参加者の中でも有数の歴戦の勇士である彼は、ZAC2044年の共和国首都攻略作戦の前哨戦でレッドホーン突撃隊を率いてヘリックシティ郊外の共和国軍拠点を攻撃し、ゴジュラス2機を含む共和国軍部隊を撃破する戦功を挙げていた。

 

 

「ある程度の長期戦になったとしても、その時には、共和国軍は撤退準備をしているだろう。連中もゾイドを寒冷地仕様にしただけで冬季戦が出来るとは思ってはいないだろうからな」

 

 

ヴァイトリングを含め、この部屋に詰めていた守備隊の将校達は、ヘリック共和国軍が、短期決戦を挑んでくるという前提で考えていた。

 

帝国側は、例えゾイドに寒冷地仕様の改造を施したとしても、ダナム山岳基地に侵攻してくる共和国軍が長期戦を仕掛けることは出来ないと考えていたのである。

 

 

ゾイドに寒冷地仕様改造を施すだけでは、冬の中央山脈で戦う事は出来ない。

 

中央山脈北部において、冬季戦を行うには、寒冷地仕様を施したゾイドとそれを操縦するパイロットを万全の状態に保つ必要がある。

 

戦力を万全の状態に保っておくためには、整備と補給が欠かせない。

 

 

ダナム山岳基地に侵攻する共和国軍は、ダナム山岳基地という拠点を有する帝国軍と異なり、後方の拠点から補給物資を輸送することで補給を維持する必要がある。そして、これは、容易い事ではなかった。

 

 

 

厳しい冬の中でも、拠点であるダナム山岳基地の兵站機能によって戦闘能力を保ち続けることの出来る自軍と、遠距離からの輸送部隊により、補給を受け続けることで戦闘能力を維持しなければならない共和国軍とでは、その差は大きい。

 

 

共和国軍が長期戦を挑んだ場合でも、ダナム山岳基地を擁する帝国軍の優勢は揺るがないと考えていた。

 

 

 

「司令官殿、敵の侵攻ルート上の友軍拠点はどうします?」

 

 

「当然、全て放棄する。駐留していた部隊は、可能な限り施設と物資を破壊した後、基地に配備された全ゾイドと共に指定の別拠点に移動させる。」

 

 

「閣下、死守命令を出されないのですか?」

 

 

指揮官の一人が尋ねる。彼は、共和国軍の進路上の友軍拠点にダナム山岳基地が防衛準備を整えるまでの時間稼ぎをさせるものだと考えていたのである。

 

 

実際、帝国軍は、共和国軍の大部隊の侵攻に対して小規模拠点に死守命令を出すことで本隊の戦力を整える時間稼ぎを行ったことが何度かあった。

 

 

「地図を見れば分かると思うが、侵攻ルート上の友軍基地は、どれも小規模の基地ばかりだ。この基地を狙う共和国軍の大部隊の前では、例え死守命令を出した所で、殆ど損害を与えることも出来ずに全滅するのが関の山だろう。皇帝陛下から御預した兵士の命を無駄に散らせるわけにはいかんのだよ。」

 

 

「はっ!」

 

「ですが、いきなり撤退させたのでは同士討ちや遭難の危険性もあります。」

 

「当然、この基地から連絡部隊を送る。撤退時の誘導には、連絡部隊だけでなく、空軍にも協力を要請するつもりだ。」

 

「少将!友軍部隊の誘導と護衛の任務、私の部隊にお任せください」

 

高速部隊指揮官 アルベルト・ボウマン中佐がよく響く声で言った。

 

 

山岳地でも高速移動可能なサーベルタイガーとヘルキャットで編成される彼の部隊は、この任務に最適であった。

 

「ボウマン中佐、空軍部隊で十分では?」

 

「シュトルヒやサイカーチスでは、遭難の危険性があります!貴重なこの基地の航空戦力を事故や遭難でむざむざ喪失するわけにはいきません。我々高速部隊でしたら、敵と遭遇した場合でも叩き潰すことも、やり過ごすことも可能です。」

 

「………ボウマン中佐に友軍部隊との連絡任務を命じる。第63、64強行偵察隊にも同様の任務に従事してもらう。」

 

「中将閣下!必ずや閣下のご期待に添える様に部下と共に粉骨砕身の覚悟で参ります!」

 

 

「ボウマン中佐、貴官の部隊の勝利と無事を願っている。」

 

 

 

 

 

――――――――ダナム山岳基地 メインゲート―――――――――――

 

 

 

そこでは、共和国軍の予想侵攻ルート上に存在する友軍基地の部隊の撤退支援に向かうサーベルタイガーやヘルキャット、マーダが発進準備を整えていた。

 

 

 

雪の降り積もる中を整備兵が走り回り、外のトーチカや防衛設備の強化のためにグランドモーラーやシルバーコング等のアタックゾイドが絶えず格納庫から発進していた。

 

 

 

ダナム山岳基地が戦場になろうとしている。

 

 

イルムガルトは、目の前の風景を見てそんな感情を抱いた。

 

 

今彼女がいるのは、メインゲートの前に設営された掩蔽壕の入口。

 

 

入口付近は、白い雪が降り積もっていた。外の防衛設備の強化作業には、アタックゾイドや作業用ゾイドだけでなく、モルガやハンマーロック等の戦闘ゾイドも作業に駆り出されていた。

 

 

ダナム山岳基地全体が似た様な状況だった。

 

 

もうすぐここが、共和国軍と帝国軍の決戦の場になるのかと思うと妙な高揚感が湧き出るのをイルムガルトは、感じた。

 

「イルムガルト大尉、どうした?」

 

 

恩師の声にオレンジ色の髪をした女性士官は、意識を現実に帰還させた。

 

 

「いえ、なんでもありません」

 

 

今彼女は、これから出撃する高速部隊指揮官 ボウマン中佐の見送りに来ていたのであった。

 

 

「そうか。いよいよ決戦だな。イルムガルト大尉、貴官の活躍にも期待しているぞ。」

 

「しかし、連絡任務に中佐が出撃されるとは思いませんでした。この様な任務、何もボウマン中佐自らが行かずとも……高速部隊には、連絡任務に慣れたパイロットが大勢いますのに」

 

ダナム山岳基地の高速部隊の規模を考えれば、高速部隊の指揮官自ら出撃する必要はなかった。

 

 

「部下に重要な役目を押し付ける訳にはいかないからな。指揮官としての務めを果たすだけだ。」

 

そういうとボウマンは、腕時計に目をやる。

 

 

 

「そろそろ、出撃の時間だな。イルムガルト大尉、そろそろ行く」

 

 

ボウマンは、背を向け、サーベルタイガーへと歩んでいく。

 

「……ボウマン中佐」

 

 

イルムガルトは、反射的に彼を呼び止める。

 

「どうしたんだ?」

 

「ご無事で」

 

「分かっているよ。イルムガルト大尉も無事生き延びてくれ」

 

微笑みを返すとボウマンは、愛機のコックピットへと歩いて行った。彼がコックピットに座ると同時に通信機が反応した。

 

通信は、副官機からの物であった。

 

「ボウマン中佐殿、また若い頃みたいに女性相手にもエースを目指すお積りで?」

 

ボウマン中佐の僚機を務めるエミール・マイスナー大尉は、意地悪そうな笑みを浮かべていた。

 

「エミール、冗談はよせ。」

 

長年の戦友の態度にボウマンは、少し狼狽した。

 

「まあ頑張って生き残りましょうや。あの教え子の子の為にも。」

 

「……そうだな。」

 

 

ボウマンは、操縦桿を握り、機体を進ませた。剣歯虎に率いられた猛獣の軍団は、吹雪の中へと突き進んでいく。

 

 

「ボウマン中佐………必ず帰ってきてください。」

 

 

 

メインゲート前の掩蔽壕の入口で、赤銅色の髪の女性士官は、小さくなっていく機影に敬礼した。

 

ボウマン中佐の部隊の姿が消えた後も暫くイルムガルトは、その場に留まっていた。

 

 

 

白雪が降り積もる中央山脈に両軍のゾイドと兵士達の赤い血の雨が降ろうとしていた。

 

 

 

 




次は、共和国軍の象徴的な扱いを受けているあのゾイドが活躍します。


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第17話 雪上の前哨戦 前編

皆さんも大好きなゴジュラスの活躍回です。
山岳地帯でゴジュラスが活躍できるというのも妙な話ですが、開けたエリアだと言う事で・・・

※グラフィックス戦記のあの人が再登場してます。


 

 

 

ZAC2045年 12月25日 中央山脈北部 某所

 

 

 

雪が降り積もる山の谷間をゾイドの群れが静かに進んでいた。白い雪を纏った風が吹き荒れる中、先陣を切るのは、ゴドスとアロザウラーの混成部隊。

 

 

その更に後ろを進むのは、ゴジュラスmkⅡ量産型――――――――――ヘリック共和国の象徴として戦場で活躍してきた大型ゾイドの改良型である。

 

 

 

背中に大型砲とエネルギータンクを背負ったその巨体は、味方には頼もしく、敵には恐ろしさを与える。ダナム山岳基地攻略部隊の先陣を切る彼らは、敵の心臓に突き立てられる槍の穂先と言えた。

 

 

「雪が深くなってきたな……」

 

 

第8師団 第5連隊 先遣隊 隊長 グレイ・ロンバーグ中佐は、防弾処理が施されたキャノピー越しに降り注ぐ雪を見て言った。

 

 

彼は、ZAC2030年に当時次期主力歩兵ゾイドとして開発が進められていたゴドスの試作機の運用部隊 アンバー試験小隊のパイロットに選ばれ、ゼネバス帝国軍の前線基地を同僚と共に攻撃しゴドスの性能の高さを実戦で証明して以来、今日まで前線で戦ってきた歴戦のパイロットである。

 

 

彼の愛機の前方を数十機のゴドスとアロザウラーが進んでいた。グレイの愛機 ゴジュラスmkⅡ量産型と比べるとそのサイズの差は人間の子供と大人程もあった。

 

 

 

「この俺がゴジュラスに乗る日が来るとはなぁ」

 

 

眼下を歩くかつての乗機の隊列を見下ろしながら、ゴジュラスのパイロットとなった男は、呟いた。その口調には、今でも実感が湧かないと言った戸惑いが含まれている。

 

 

グレイが共和国軍に入隊した当時、ゴジュラスは共和国軍のゾイド乗りの憧れの的であると同時に将軍等と共に雲の上にいる存在に近かった。

 

 

その頃、ゴジュラスのパイロットは、共和国軍士官学校の段階で専門の養成課程が設定されており、彼らは、ゴジュラスの野生体に乗り手として選ばれるところから資格を得、数年にわたる厳しい訓練を潜り抜けて初めてゴジュラスのパイロットとなった。

 

 

他のゾイドのパイロットが後からゴジュラスのパイロットに選ばれる可能性は殆どなく、文字通り、選ばれた者だけが共和国の象徴の乗り手となれた。

 

 

当然のことながら、軍隊生活の大半を小型ゾイドのパイロットとして過ごしてきたグレイが選ばれること等、有得ないことであった。

 

その運命が変わったのは、戦争が激化し、多くのゴジュラスパイロットが必要になったからである。

 

 

 

ゴジュラスとそのパイロットは、相次ぐ激戦の最前線で戦った。彼らは、祖国に数多くの勝利を齎し、敗北の中でも友軍を勇気づけ、被害を軽減させた。

 

 

だが、それと引き換えにゴジュラスとそのパイロット達は、高い損耗率を記録したのである。この代償は共和国にとって高くついた。

 

 

前線での消耗に対して、従来の養成法では、ゴジュラスパイロットの補充が追い付かなくなってきたのである。

 

 

特にゼネバス帝国最高のパイロットの称号である〝トップハンター〟の称号を得た若きパイロット トビー・ダンカンが操縦したデスザウラー初号機によってゴジュラス部隊が駐屯していた基地が壊滅した事は、共和国軍にとって、大打撃となった。

 

 

デスザウラーの最強伝説の1つに数えられたこの戦いで、共和国軍は優秀なゴジュラスパイロットを多数失ったからである。

 

この人材面の不足と反比例するかの様にゴジュラスの必要性と、その製造台数は、増加しようとしていたのである。

 

バレシア湾にゼネバスが軍を率いて帰還したのと同時期から、ヘリック共和国の前身、ヘリック王国の時代から進められ、中央大陸戦争に突入してからは、更に規模を拡大して行われていたゴジュラス野生体の養殖政策が軌道に乗りつつあった。

 

 

また同時に帝国軍のアイアンコングを砲撃戦で圧倒可能な改良型 ゴジュラスmkⅡの本格的な量産計画も秒読み段階にあり、これまで以上にゴジュラスのパイロットを必要としていた。

 

従来の養成方法に限界を感じたヘリック共和国軍は、ゴジュラスパイロットの補充として選抜した他のゾイドのパイロットを機種転換させることを決定したのである。

 

この際、最もゴジュラスのパイロットに選ばれたのは、小型ゾイドであるゴドスであった。

 

 

ゴジュラスと同じ大型ゾイドであるが、草食動物であるゴルドスやマンモスより同じ肉食恐竜型のパイロットの方がゴジュラスへの適合率が高いと判断されたのがその大きな理由である。

 

 

またゴドスは、小型ゴジュラスと呼ばれている様に操縦特性が比較的、ゴジュラスのものに似ていたことと、共和国陸軍の数的主力として運用され、パイロットの数も多い為、引き抜きを行っても顕著な技量低下が起こり難いと考えられたこともゴドスのパイロットが着目された理由である。

 

 

こうして優秀なゴドス乗りであった彼もゴジュラス乗りに選ばれ、主力大型ゾイドとして生産が進められていたゴジュラスmkⅡ量産型に搭乗する事となったのである。

 

 

当初、ゴジュラスへの機種転換が上官から命じられた時、グレイは夜も眠れない程の興奮を感じると共に喜びに舞い上がった。

 

 

この時彼は、過酷な機種転換訓練が待ち受けていることも、激戦地に優先的に送られる義務が付随していることも想像していなかった。

 

 

今のグレイは、かつての愛機 ゴドスとかけ離れた巨体と性能を持つゴジュラスよりも、ゴドスの正当な後継機とも言える中型歩兵ゾイド アロザウラーに乗りたかった。

 

 

 

頭上の敵にも対応できる対空機銃、ゴジュラスよりも小型で機動性があり、ゴドスを超える重装甲とパワー………ゴドスに乗り込んでいた時に欲しいと思っていた要素が全て揃っていた。

 

背部に装備した対空機銃であの厄介なサイカーチスを叩き落とし、中型ゾイドのパワーと電磁ハンドでゴドス時代に苦戦したイグアンやハンマーロックを数機纏めてスクラップに換える。

 

 

そして、ライト級ボクサーの様に軽快な動きで動きの鈍いレッドホーンを翻弄する………彼の脳裏にそんな光景が浮かんだ。

 

 

だが、同時にグレイは、その妄想が、子供じみた夢想に過ぎない事も知っていた。

 

 

今更、ゴジュラスのパイロットを止めてアロザウラーに乗り換えたいと軍に申請したところで、許可されるわけもない。

 

 

何故なら、彼が乗るゾイドは、国家の資産であり、軍の戦力の一部であって子供の玩具ではないのだから。

 

 

次の瞬間、荒々しい雄叫びがグレイの想像を掻き消し、彼の意識を現実に帰還させた。グレイの愛機のゴジュラスmkⅡ量産型が突然吼えたのである。

 

 

「わぁ………すまんすまん、俺の今の相棒はお前だったな。」

 

 

グレイは、笑みを浮かべて愛機に謝罪した。彼は、乗機のゴジュラスが、別のゾイドについて想像していた自分に対して抗議として吼えたのだと考えていた。

 

妬いたのかな……と。ゾイドは生命体であり、乗り手との相性がその性能を左右することもある。

 

 

それは、地球人が漂着し、パワーアシストや精密誘導兵器、レーザー兵器等の先端技術がゾイドに導入された現在でもそれは、変わらない法則である。

 

 

特にゴジュラスは、中央山脈の地底世界に棲む野生種から、共和国領の野生ゾイド群生地に人の手で導入された半野生、半養殖種に至るまで気性が荒く、乗り手を選ぶゾイドの1つだった。

 

それは、コンバットシステムが、中央大陸戦争前半に比べて改良されているゴジュラスmkⅡ量産型も同じである。

 

 

そんな相棒の機嫌を損ねるのは、余り得策ではなかった。例え今が、戦闘中ではなく、移動の途中であったとしても。

 

「各機、対空警戒を怠るな。」

 

そう部下達に命じるグレイの双眸は、鉛色の雲に占領されつつある碧空に向けられている。

 

彼の瞳だけでなく、3機のゴジュラスmkⅡ量産型の背部に装着された2門の大砲は、水平……地上にいる敵に対してではなく、斜め上……遥かな蒼穹へと向けられている。

 

同様に部隊のアロザウラーの対空機銃も上空に向けられている。

 

 

今彼らが進んでいるのは、平地戦に適した部隊が進むには、狭い山の谷間。

 

ゴジュラス3機が辛うじて横になって進める程度の広さの谷幅に加えて密集体形――――――――――――空襲を受ければ、逃げ場はない。

 

 

もし共和国空軍の誇る大型飛行ゾイド サラマンダーが爆装して、1個小隊飛んで来れば全滅は免れないだろう。とグレイは考えていた。しかし彼は、敵の空襲をさほどの脅威とは考えていなかった。

 

その理由は、単純明快なもので、ゼネバス帝国空軍にサラマンダーは存在しないからである。

 

ZAC2046年現在 ゼネバス帝国空軍が保有する飛行ゾイドは、シンカー、シュトルヒ、レドラーの3機種である。

 

 

その内、爆撃機としてゼネバス帝国軍が運用しているのは、シンカーのみである。シュトルヒは、シンカーにペイロードで劣っており、爆撃機としては使えなかった。

 

 

そして新型のレドラーも同様であり、こちらは、中型ゾイドでパワーもある為、ある程度爆装が可能だった。

だが、その場合は、空力特性の悪化と重量増加で本来の空戦能力を発揮できなくなる欠点があった。

 

爆装したレドラーはプテラスでも互角に戦える程度の空戦性能しかなかったのである。

 

またレドラーは、爆撃任務よりも制空任務に運用した方が効率的であると帝国空軍の上層部が考えていたことも、このドラゴン型飛行ゾイドが敵に爆弾を落とす機会に恵まれていない理由の1つであった。

 

 

帝国軍は、これらの3機種に加えて対地攻撃に優れたカブトムシ型ゾイド サイカーチスを保有しているが、この機体は、ZAC2046年の時点では、対空火器の発達によってその脅威度は全盛期よりも低下していた。

 

それでも対空警戒を怠らないのは念のためである。

 

 

「了解!」

 

 

「了解しました中佐殿………全く、この狭い谷、早く抜け出したいですよね。もしここで爆撃でも受けたら……。」

 

 

アロザウラーに乗る第2小隊指揮官 エディ・フィールズ大尉が不安げに言う。

 

 

「心配するなエディ、向こうが空襲してきたとしても俺達を全滅させるのは不可能だ。向こうがデスザウラーに翼を付けて持ってきでもしないかぎりな。」

 

 

おどけた口調と表情でグレイは不安げな部下を勇気付ける。

 

「……髭を剃っておくべきだったかな」

 

 

無精髭の生えた下顎を右手で撫でつつ、グレイは1人呟いた。

 

 

「隊長、先行している偵察隊より連絡です!」

 

 

 

その報告が、グレイの思考を中断させた。

 

 

第5連隊を初め、ダナム山岳基地攻略部隊の先陣を切る部隊は、途中に帝国軍の迎撃部隊と戦闘する事を想定されていた。

 

 

「内容は?」

 

「先行した偵察隊によると、ここから前方のエリア……谷の出口に当る地点に多数の高熱源体を確認、ゾイドの可能性大」

 

「熱源だと?」

 

居住者等殆どいない極寒の僻地において熱源とは、野生ゾイドを除けば、人工物以外考えられない。

 

 

そして、この場合の人工物とは―――――人の手で改造されたゾイドを意味した。

 

「この先に敵の迎撃部隊がいるのか……?」

 

 

誰に尋ねるでもなく、グレイは呟いた。それは、彼の部下達も同じ思いであった。

 

 

「全機、進軍停止!」

 

指揮官の命令を受け、ゴドスやアロザウラー、そしてゴジュラスmkⅡ量産型が動きを止めた。

 

 

 

 

第5連隊が進軍を停止する少し前―――――――先遣偵察部隊に所属する2名の偵察兵は、谷の出口に陣取る帝国軍部隊の姿を発見した。

 

 

 

傍らには、オルニトレステス型24ゾイド バトルローバー2機が雪の中に伏せていた。

 

 

彼ら偵察兵は、本隊に先行して敵の存在を発見するのがその任務である。

 

 

 

「大型ゾイドがいるな……」

 

 

敵部隊の姿を雪煙の向こうに捉えた偵察隊の少尉は、呟いた。この山羊髭と恰幅の良い体

格が特徴的な共和国軍士官は、強行偵察任務で度々友軍部隊に貴重な情報を伝えてきた。

 

 

「アイアンコングでしょうか?」

 

 

隣にいた部下が言う。

 

 

「……いや違うな、熱量的に考えて、レッドホーンだ。小型機もいる……」

 

 

 

男は、再び赤外線対応式電子双眼鏡を使って黒い影が林立する吹雪の向こうを覗いた。

 

 

 

敵機の発する熱源を捉えるこの装備は、吹雪や砂嵐の中でも敵の姿を正確に発見することが出来た。

 

この装置には、地球人が到来する以前の偵察兵が利用していた研磨したレンズによる単純な双眼鏡とは比較にならない高度な技術が使われていた。

 

 

雪煙に閉ざされた彼方にある赤外線を発散する物体を映し出していた。赤外線の塊が谷の出口を埋め尽くしていることに偵察兵は驚いた。

 

 

隣にいた若い偵察兵に至っては驚きの余り声を漏らしていた。

 

それらの赤外線の塊は、ある特定のシルエットを形成していた。一目見れば、イグアン、マーダ、モルガといった帝国ゾイドのシルエットであることが分かる。

 

 

やがて雪煙が薄まり、その向こう側にいた者達の姿が見えた。帝国軍の戦闘部隊が並んでいた。中には、ザットンやゲーターと言った輸送機や支援機の姿もある。

 

 

更に彼らを驚かせたのは、部隊の中に複数の大型ゾイドも含まれていたことであった。

 

 

鼻っ面の一本角と襟飾りが特徴的なシルエット―――――――レッドホーンの巨体が4つ、林立する小型ゾイド達の影に隠れる様にして佇んでいた。

 

 

更にその付近には、扇の様な形の背鰭の生えた四足歩行型――――ディメトロドンの姿もあった。

 

 

「なんて数だ……本隊に連絡しろ、大型ゾイド複数を含む敵部隊が谷の出口を塞いでるってな!」

 

「はい!!」

 

彼らが目撃した敵部隊の情報は、彼らの後方にいる第5連隊の元に伝えられた。

 

 

 

 

 

 

 

「偵察部隊からの報告で、俺達の進路上には、約1個大隊~数個中隊規模の帝国軍部隊が存在していることが判明した。このまま全速力で行けば30分もしない内に彼らとぶつかることになる。」

 

 

前線での作戦会議は、最高指揮官であるグレイの発言で始まった。

 

 

 

彼のゴジュラスの正面モニターには、谷の出口を塞ぐゾイド部隊の情報が映されている。敵の推定戦力についての情報は既に各指揮官の機体に伝送されている。

 

 

 

「レッドホーンが4機に、ディメトロドンが2機……大型ゾイドを6機有する敵の大部隊……目的は我軍がダナム山岳基地に向かうのを阻止することでしょうか?」

 

 

「いや、それは最初俺も考えた……だが、連中もこれだけの数でダナム山岳基地を攻撃する我軍を阻止できるとは考えないだろう。」

 

 

「ですが、谷の出口を塞ぐのには十分ではないですか?」

 

 

 

「谷の出口で我々にある程度の打撃を与えた後撤退するつもりではないでしょうか?地雷か何かを埋めて我々の進軍速度を鈍らせるのかもしれません」

 

 

「地雷か……もしそうならやっかいだな。ゴジュラスやマンモスが部隊単位で移動できる道は、中央山脈では限られているからな」

 

 

グレイ達は、帝国軍がダナム山岳基地攻略部隊の進軍を遅らせる目的でそれらの部隊を派遣したのだと考えていた。

 

 

 

しかし、事実は、彼らが警戒していたものとは大きく異なっていた。前方の部隊は、戦うためにその場にいたわけではなかったのである。

 

 

共和国軍の侵攻ルート上に存在する帝国軍基地の戦力は、ダナム山岳基地や後方の大規模拠点への退避を命じられた。

 

 

一部の偵察部隊を除き、基地守備隊は、撤収を開始した。

 

 

だが、各守備隊がバラバラに撤退したのでは混乱が生じる為、数か所の合流場所で合流した後に後方の拠点に移動することになっていた。

 

第5連隊の進路上にある谷の出口に位置する開けた場所も、撤退途中の帝国軍の合流地点に選ばれた場所の一つだった。

 

 

グレイら第5連隊の兵士達が遭遇したのは、周囲の基地から撤収した守備隊が集まった部隊であった。

 

 

 

だが、そんなこと等知る由もないグレイ達第5連隊の兵士達は、目の前の帝国軍部隊をダナム山岳基地から出撃してきた迎撃部隊、あるいはその先遣隊だと判断していた。

 

 

「まるで俺達がこのルートを経由してダナム山岳基地を攻撃することを予測していたみたいですね。」

 

 

左側のゴジュラスmkⅡ量産型のパイロットのスコット・ファーデン大尉が言った。

 

 

「偵察隊の報告では、敵部隊後方にAZ砲を牽引しているモルガを数機確認したそうです。工兵隊仕様のゲルダーも。」

 

更に部下の一人が報告する。

 

 

「AZ砲に工兵隊………奴ら、俺達の進路上にAZ砲陣地を形成するつもりか。」

 

 

グレイは顔を歪め、唸る様に言った。AZ砲陣地………通常は、敵のゾイド部隊の侵攻を阻むため、野戦陣地にAZ砲を設置したものを指す。

 

 

 

前線で間に合わせで作られることが多く、トーチカの様に分厚いコンクリートに人員と砲座が守られているわけではない為、防御力も低い。

 

 

だが、その火力は侮れるものではなく、十分に隠蔽されたAZ砲陣地の集中砲火は、複数のゾイドを有する部隊に大打撃を与えることも可能だった。

 

 

更にゾイド部隊の援護によってその脅威は何倍にも増大する。

 

 

グレイの、敵がAZ砲陣地を形成しようとしているという推測を補強したのは、作業用ゲルダー 通称ゲルドーザーの存在である。

 

 

ゲルダーの戦闘工兵仕様であるこのバリエーションは、機体前部に装着したドーザーブレードでの塹壕構築作業、背部のクレーンでの友軍機回収等に用いられることが多く、陣地構築では重宝されている機体として知られていた。

 

 

穴掘りを得意とするモルガの存在も加味すれば、グレイ達がゾイド部隊の侵攻を迎撃する為のAZ砲陣地を形成しようとしていると予想するのは当然であった。

 

 

しかし、実際には、それらのAZ砲は、各守備隊が基地から撤収する際に補給物資と共に持ち込んできたものであり、その殆どは、弾薬が入っていなかった。

 

 

またAZ砲陣地形成の為のものと考えていたゲルドーザーも退却時に守備隊に随伴した工兵隊の機体であった。

 

 

 

後方の友軍拠点へと帰り支度を急ぐ帝国軍部隊は、敵の進路上にAZ砲陣地を形成するどころかAZ砲を運用すること自体考えていなかった。

 

 

 

しかし、グレイら共和国軍の兵士達にそれを知る由は無く、彼らは帝国軍部隊が自分達の進攻を阻むための防衛線を形成しようとしていると考えていたのであった。

 

 

 

双方の事情を知った者がいれば、滑稽の極みであると大笑いしただろうが、限られた情報しか得ていなかった第5連隊の士官達は、敵が迎撃態勢を取ろうとしていると判断せざるをえなかった。

 

 

 

「向こうは、まだこちらに気付いていないようだな」

 

 

確かめる様にグレイが部下の1人に尋ねる。

 

「時間の問題ですよ、帝国軍の赤外線センサーの性能は、けっして低いものではありませんから」

 

「確かに、俺達は極寒の大地では目立つからな」

 

グレイはため息を吐いた。第5連隊先遣隊は、司令機のグレイのゴジュラスmkⅡ量産型を含む3機のゴジュラスmkⅡ量産型、その3機を援護するアロザウラー10機とゴドス35機で編成されている。

 

 

第5連隊全体では、ゴジュラスmkⅡ量産型14機を含む100機以上のゾイドを保有しているが、今回は、狭い山間部を移動する関係上、3分の1程度の戦力で分散して移動しなければならなかった。

 

 

これらの数十機のゾイドの発する熱は相当のものであった。それだけの熱を放っているという事は、帝国ゾイドに装備されている平均的な赤外線センサーが発見するのは簡単だということを意味する。

 

 

特にゴジュラスmkⅡ量産型3機のゾイドコアとそれに付随する駆動系が発する高熱は、凄まじい物であった。

 

 

この極寒の大地の中で、3機の巨獣の鋼鉄の心臓は、太陽の如く猛烈に赤外線を発している。

 

 

これらの条件を考えると、進路上の帝国軍部隊が第5連隊の存在を感知するのは時間の問題である。

 

 

「どうします?ロンバーグ中佐、ゴジュラスのキャノン砲で遠距離から吹き飛ばしますか?」

 

 

右側のゴジュラスmkⅡ量産型に乗る女性士官 エミリー・エスターン大尉が遠距離砲撃による敵部隊の撃破を提案した。

 

 

 

肩まで垂れる金髪をツインテールにした彼女は、ゴジュラスパイロットの門が広がった今でも珍しい、女性のゴジュラス乗りである。

 

 

 

「待て、エスターン大尉。この吹雪の中で遠距離砲撃を行うのは赤外線センサーのサポートがあっても命中精度の面で問題がある。今回、ゴジュラスのキャノンの砲弾のストックは、ゴジュラス3機に搭載している分しかない。それに友軍の遊撃部隊は、まだ本隊と合流していない。もし敵部隊に遠距離から砲撃を行った場合彼らを巻き込む危険性がある。……俺は、〝エボニー事件〟の二の舞をするつもりはない。」

 

 

グレイは、物理的にゴジュラスmkⅡ量産型の長距離キャノンによる遠距離からの敵部隊の撃滅が不可能であることと、友軍との同士討ちのリスクを考えて部下の提案を退けた。

 

 

 

彼が言ったエボニー事件とは、第1次中央大陸戦争の激戦 ブラッドロック戦役の終盤に発生した同士討ち事件の事である。

 

第2連隊連隊長 エボニー・スミス少佐は、退却する帝国軍の追撃を命じられ、吹雪の中を進撃した。

 

この時、第2連隊の担当エリアは、吹き荒れる吹雪によって視界が阻まれ、更に金属探知機等のセンサーもこれまでの戦闘の産物であるゾイドの残骸が散乱し、機能を低下させていた。

 

 

その時、獲物の匂いに酔う猟犬の如く退却する敵を追い求める彼らの目の前に無数の熱源が出現したのである。

 

 

連隊指揮官のスミス少佐は、それらの熱源を敵と見做し射撃命令を下した。この時、彼らが赤外線センサーで発見した敵部隊とは、実際には、同じエリアを担当していた友軍部隊であった。

 

両部隊は互いに相手の存在を知っていたが、猛吹雪によってそれぞれのいる位置を認識していなかったのである。

 

第2連隊のパイロット達は、指揮官命令に忠実に従い、トリガーを引いた。

 

吹雪の向こうに展開していた友軍部隊に対して。

 

 

数秒後、吹雪の向こうで爆発音と爆炎がいくつも発生した。

 

 

当時、重装甲の帝国ゾイドを撃破する為に一点集中射撃が戦法として採用されていたこともあり、その損害は、甚大なものとなった。

 

 

対する攻撃を受けた部隊も帝国軍の反撃と判断し、集中砲火を浴びせ、第2連隊に痛撃を与えた。それらの攻撃で第2連隊指揮官 エボニー少佐もその犠牲となった。

 

 

20機近い共和国ゾイドが、友軍の射撃によって乗り手と共に雪山で葬られたのである。

 

 

この事件は、共和国軍の部隊指揮官達の間に同士討ちは絶対に避けるべきことであるという認識を強めた。

 

 

グレイが長距離射撃による敵部隊に二の足を踏んだのにもそれが影響していた。

 

 

 

「砲撃は、ゴジュラスmkⅡ3機で行う。熱源が集中している個所を狙え。砲撃と同時にアロザウラー隊、ゴドス隊は、主要火器の有効射程範囲まで進軍後、各自で射撃を開始しろ。」

 

 

 

グレイが代替案として選択したのは、平原での戦術の応用だった。

 

 

彼が選択した戦術は、ゴジュラスmkⅡ量産型の長距離キャノンによる火力支援で敵部隊に打撃を与えた後、アロザウラーとゴドスが白兵戦を挑み、敵部隊の陣形を乱す。

 

 

そして最後にゴジュラスmkⅡ量産型が突撃して敵部隊に止めを刺すというものである。

 

 

 

平原では、何度かこの戦術を使って帝国軍部隊を殲滅した事があったが、この様な山岳地で行うのはグレイも、部下も初めてである。

 

 

「了解!」

 

 

「はい!」

 

 

ゴジュラスmkⅡ量産型の長距離キャノンが火を噴き、吹雪の向こうにいるであろう敵影へと砲弾が送り込まれた。

 

 

砲弾が着弾したのは、谷の出口に陣取っていた帝国軍部隊が第5連隊を発見したのとほぼ同時だった。

 

 

 

 

 



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第18話 雪上の前哨戦 後編

ゴジュラスmkⅡ量産型は、デスザウラーのロールアウト以降やられ役へと落ちぶれ、のちの暗黒軍との戦闘では、完全な雑魚の状態でした。
こうなったのには、何か理由があったのではないかと考えたのが劇中のゴジュラスパイロットの戦術と訓練についての設定です


 

 

3機のゴジュラスmkⅡ量産型の長距離キャノンから発射された砲弾6発は、3発が帝国軍部隊に着弾し、5機の小型ゾイドを破壊した。

 

 

更に1発は、モルガが牽引していたAZ砲を吹き飛ばした。残り2発は、部隊の周辺に着弾して衝撃波で歩兵やアタックゾイドに損害を与えた。

 

 

 

「敵襲!砲撃開始!」

 

 

 

谷の出口にいたゼネバス帝国軍は、発見したばかりの敵部隊に対して砲撃を開始した。

 

 

山の上から降りてくる雪混じりの冷たい空気で形成された白いヴェールを切り裂いて無数の砲弾と光線が第5連隊に襲い掛かった。

 

 

「3番機大破!」

 

 

損害が出たのは、部隊の前衛を務めていたアロザウラーとゴドスの部隊である。集中攻撃を受けたゴドス数機が爆散した。

 

 

更に重装甲のアロザウラーも1機撃破された。撃破されたアロザウラーは胴体に被弾していた。

 

 

アロザウラーは、対空機銃、ゴドスは、ロングレンジガンで反撃するが、まだ有効射程範囲ではない為、帝国軍部隊に打撃を与える事は出来なかった。

 

 

「くっ、これでは味方部隊が一方的にやられるだけか……」

 

 

グレイは、長距離キャノンの照準を合わせながら歯噛みした。

 

平地の戦闘の様に長距離キャノンの砲撃で敵の火力を封じ込めて味方部隊の突破口を開けると判断したのは、判断ミスだった。

 

 

砲撃戦を続けていても無駄に被害を拡大するだけ…………そう判断したグレイは、ゴジュラスを前に出す事を決意した。

 

 

「ゴドスとアロザウラーは、一旦下がれ。俺達が前面に出る!」

 

 

「どうするんですか?」

 

 

スコットが尋ねる。

 

 

「作戦変更だ。俺達が盾になるんだよ!ゴジュラスの装甲なら並大抵の攻撃を弾き返せる。」

 

「了解」

 

 

最前線で隊列を組んでいたゴドスとアロザウラーが左右に分かれ、谷の端に寄る。

 

 

 

彼らに代わって、それまで後ろにいたゴジュラスmkⅡ量産型3機が前衛に出る。

 

 

耐久力に優れたゴジュラス部隊が、ゴドスとアロザウラーの混成部隊の盾となる陣形である。これは、グレイが士官学校時代に学んだ地球の戦術の1つ、戦車による歩兵支援戦術の応用である。

 

 

「やはり砲撃だけで敵を叩くのは無理があるな。」

 

 

長距離キャノン砲を何発も撃ち込んだが、どれだけの戦果が上がっているのかは不明である。

 

赤外線センサーにいくつもの熱源の塊が表示される。敵ゾイドがフレアを散布したな。グレイはそう推測した。

 

ゴジュラスmkⅡ量産型の長距離キャノンをこの距離から撃っても砲弾と戦力の浪費になるだけ……そう判断したグレイは、新しい戦術で対応する事を決断した。

 

 

「……射撃戦では、無駄に損害が出るだけだ!エミリー、ファーデン、敵陣に突っ込むぞ。このゴジュラスmkⅡのパワーで帝国軍をスクラップにしてやる!」

 

 

「接近戦を仕掛けるんですか!」「ゴジュラスの本分は格闘戦だ。俺達ならやれる。」

 

「了解です!」

 

 

「分かりました隊長!」

 

 

 

3機のゴジュラスmkⅡ量産型は、上空に向けて野太い咆哮を上げると、敵部隊へと吶喊を開始した。

 

 

「格闘戦か……俺もあまりしたくないんだがなぁ」

 

 

グレイは、揺れるゴジュラスのコックピットで呟いた。彼は、ゴジュラスパイロットとなってからは、近接格闘戦の経験は数える程しかなかった。

 

 

それは他の2機のパイロットも同様で、エミリーは2回、スコットに至っては0回であった。

 

これは、第1次中央大陸戦争の数々の激戦………クロケット砦の戦いやブラッドロック戦役、グレイ砦の戦い、レッドリバー戦役でゼネバス帝国軍の将兵を恐れさせた、

 

 

ゴジュラスを操縦する為だけに訓練され、パイロットとなったゴジュラスパイロットでは有り得なかったことである。彼らの様に格闘戦の経験が少ない、あるいは格闘戦が苦手なゴジュラス乗りは、現在のヘリック共和国陸軍では珍しくない存在になりつつあった。

 

 

ゴジュラスパイロットに格闘戦が苦手なパイロットが生まれ始めた原因はいくつかあるが、その中でも、最大の理由は、ゴジュラスmkⅡ量産型が正規採用された事が挙げられる。

 

ゴジュラスに長距離キャノン砲を装備し、火力を強化したこの機体は、遠距離から敵ゾイドを破壊する事を可能にした。

 

 

だが、背部の長距離キャノン砲による火力の増大は、ミサイル攻撃で通常型のゴジュラスを苦しめたアイアンコングを射撃戦で圧倒する事に成功したが、同時にゴジュラスとそのパイロットが接近しての格闘戦を行う必要性も低下させたのである。

 

 

またゴジュラスmkⅡ量産型が配備されて以降のゴジュラス部隊の任務は、それまでの敵陣に殴り込んでの肉弾戦より、他部隊への火力支援任務の方が多くなっていた。

 

 

これらの条件が重なったことが、格闘戦が苦手なゴジュラス乗り等という奇妙な存在を生み出したのであった。だが、たとえパイロットに格闘戦の経験が殆ど無くとも、乗っているゾイドはゴジュラスである。

 

 

人間に捕獲され、人工物の身体と多数の火器や電子機器を組み込まれる以前は、この中央大陸東部の生態系の頂点に君臨する金属生命体であった。野生体の時点でその破壊力は、伊達では無かった。

 

 

鋭い歯が並んだ顎の力は、チタニウム合金の板をビスケットの様に押し潰し、嚙み砕く事が出来た。左右の太い腕の力は、ビルを突き崩し、太い尾の一撃は、並大抵の大型ゾイドを倒す威力を持っている。

 

そしてこの肉食獣は、獲物をいかに捕え、どの様にしてこの手で獲物を引き裂き、噛み砕けばいいのか本能として〝覚えていた〟。

 

 

自らと乗り手を鼓舞するかの様に敵に向けて3機の大型機械獣は、咆哮した。

 

 

「エスターン、スコット、止まるなよ!」

 

 

「分かってます!」

 

「了解っ!」

 

3機のゴジュラスmkⅡ量産型は、帝国軍部隊を肉弾戦で叩き潰すべく、突進を開始した。3機のゴジュラスmkⅡ量産型の突撃は、帝国軍部隊に動揺を与えた。

 

「ゴジュラス!突っ込んでくるのか!?」

 

 

レッドホーンに乗る帝国士官は、3機のゴジュラスが自分達に向かって来るのを見て驚愕した。

 

 

彼らは、敵のゴジュラスmkⅡ量産型は、白兵戦は、部下のアロザウラーやゴドスに任せて遠距離から砲撃を浴びせてくるだけだと考えていたのである。

 

 

彼を含む多くの帝国軍パイロットにとってゴジュラスとの交戦等、1か月前、この地に配属された時には想像もしていない事だった。だが、それは間もなく現実の物となりつつあった。

 

 

「ばっ、ばけものだあ!」

 

帝国兵の1人は、乗機のコックピットで悲鳴を上げた。彼の視界の先………モニターに表示された画像には、吹き荒れる吹雪をヴェールの様に纏う2足歩行の白い巨獣がいた。悲鳴を上げた帝国兵は彼だけではなかった。

 

 

鋭い歯が並んだ凶悪な面構えの巨大な鋼鉄の肉食獣が3体揃って自分達に向かって来るのを目撃すれば、恐怖を抱くのも無理もない事だと言える。

 

 

しかも、この肉食獣は、敵国の象徴的役割を与えられる程活躍し、多くの味方の将兵とゾイドを葬ってきたのである。

 

 

 

「逃げるな!全機砲火をあの3機に集中しろ!絶対に近付けるな。」

 

 

しかし、帝国軍部隊の兵士達も訓練を受けた兵士である。指揮官機を中心に帝国軍機が、ゴジュラスmkⅡ量産型に向けて砲撃を開始した。

 

 

帝国軍の兵士達は、自分達を叩き潰す為に突進してくる3機の巨獣を阻止すべく、レーザー砲やキャノン砲のトリガーを、ミサイルの発射ボタンを押し続けた。

 

 

 

3機のゴジュラスmkⅡ量産型の白い、雪景色に溶け込む様な塗装が施された装甲の上を幾つもの色鮮やかな火球が彩る。

 

 

 

それらの攻撃は、ゴジュラスmkⅡ量産型の分厚い重装甲を貫通するには至らず、ゴジュラスmkⅡ量産型の動きを鈍らせる程の効果しかない。

 

 

だが、搭乗しているパイロットに対しては衝撃によってダメージを与える事が出来た。

 

 

グレイら、ゴジュラスmkⅡ量産型のパイロット達は、砲弾が着弾する衝撃にシェイクされた。

 

 

「くっ」

 

 

グレイは、衝撃に悶えつつ、ゴジュラスmkⅡ量産型の左腕に装備した4連速射砲を盾の様に掲げる。接近してきた中型小型ゾイド対策の兵装である4連速射砲は、緊急時には盾として使用できた。

 

 

「……見えた!連中……なんて数だ。」

 

 

グレイは、正面モニターに映る映像を見て叫んだ。

 

 

今の彼には、谷の出口にいる敵部隊の陣容がはっきりと見えた。彼の目の前には、4機のレッドホーンを中心に小型ゾイドが展開していた。

 

 

その後ろには、AZ砲を牽引したモルガやゲーター、ザットン等、輸送機や支援用の機体がいる。

 

山に囲まれた谷底に集まった銀と赤に染められた軍勢は、吹雪で少しぼやけて見えた。

 

 

そして、鋼鉄の怪獣達は、遂に獲物に喰らい付いた。3機のゴジュラスmkⅡ量産型が、帝国軍部隊に向けて吼える。

 

 

ゴジュラスの咆哮を至近距離で聞いた者は、恐慌状態に陥った。

 

 

 

彼らの戦意は、強風に掻き消された蝋燭の火の様に喪失した。まさに魂消る、と形容すべき事態だった。一部のゾイドは、コンバットシステムがシステムフリーズを引き起こした。

 

 

「落ちろ!」

 

 

グレイのゴジュラスmkⅡ量産型が左腕側面に装着した4連速射砲を乱射する。

 

 

ハンマーロックが砲弾を頭部に受け、後ろに倒れた。至近距離から砲弾を受けた頭部は、無残にも弾け飛んでおり、それは、散弾銃を頭に受けた人間を思わせた。

 

 

他にも数機の小型ゾイドが速射砲弾の直撃で鉄屑と化す。

 

 

近くにいたイグアンに喰らい付き、胴体ごとゾイドコアを噛み砕いた。

 

 

 

後退しようとしたゲーターを踏み潰し、特殊合金製の爪の生えた太い腕……クラッシャークローでモルガの胴体を握り潰す。尻尾を振り回し、後ろに回り込もうとした敵機をなぎ倒す。

 

 

グレイは、数える程しか格闘戦を経験していない自分がここまで上手く敵を蹴散らすことが出来ている事に驚きを感じていた。

 

 

「これが、ゴジュラス本来の力なのか……」

 

愛機であるゴジュラスmkⅡ量産型の破壊力にグレイは驚嘆していた。

 

 

 

ゴジュラスmkⅡ量産型の圧倒的なパワーの前に帝国軍の小型ゾイドは、紙細工の様に引き千切られ、叩き潰された。彼の僚機も、複数の敵機を相手にその破壊力を発揮していた。

 

 

「やあ!」

 

 

エミリーのゴジュラスmkⅡ量産型が不用意に接近してきたゲルダーの胴体を踏み潰す。そのゲルダーのパイロットは、接近して連装電磁砲をゼロ距離射撃することによってゴジュラスの脚部を破損させようとしていたのだが、その意図は、無残な失敗に終わった。

 

 

更にエミリーのゴジュラスmkⅡ量産型に5機のモルガが突撃する。5機のモルガはレーザーカッターをむき出しにし、目の前の巨獣に突進した。

 

 

だが、その5機は、ゴジュラスmkⅡ量産型の太い尾の一薙ぎで文字通り叩き潰された。

 

 

まるで子供が遊び飽きたおもちゃを片付けるかの様な無造作な一撃。だが、その一撃で、彼女のゴジュラスの前にいたモルガ5機が破壊されたのである。

 

 

エミリーのゴジュラスmkⅡ量産型のテイルアタックを受けたモルガは、プレスされた空き缶の様に直撃を受けた箇所が潰されていた。

 

 

胴体に直撃を受けたモルガの中には、文字通り真っ二つになった機体もあった。

 

 

モルガの大型ゾイドに匹敵すると言われる頭部装甲も、完全に粉砕されていた。スコットのゴジュラスmkⅡ量産型は、AZ砲を牽引していたモルガ部隊の側面に突撃した。

 

 

スコットのゴジュラスmkⅡ量産型は、左腕の4連速射砲を乱射した。頭部装甲を撃ち抜かれたモルガが擱座し、牽引されていたAZ砲が横倒しになった。

 

 

撃ち下された76mm砲の連打がモルガ隊を撃ちのめす。

 

 

「踏みつぶしてやるぜ!」

 

 

スコットのゴジュラスmkⅡ量産型は、モルガ隊をその巨体で踏み躙った。230tの質量を持つ巨体の前に成す術無く、踏み躙られる。

 

 

胴体を踏み潰されたモルガが、雪原に緑色の体液を噴き出して息絶える。

 

 

 

護衛機のハンマーロックが数機、ビーム砲を乱射しながら、ゴジュラススmkⅡ量産型を止めようとした。

 

 

だが、小型ゾイドであるハンマーロックが大型ゾイドのゴジュラスの突進を止めるのは不可能であった。

 

 

スコットのゴジュラスmkⅡ量産型は、不用意にも接近してきたハンマーロックをクラッシャークローで捕え、ボロ布の様に引き裂いた。

 

 

もう1機のハンマーロックは、スコットのゴジュラスmkⅡ量産型の左脚に抱き着こうとしたが、接触する寸前に蹴り飛ばされた。

 

 

ハンマーロックはサッカーボールさながらに蹴り飛ばされ、雪原を数回バウンドして頭から地面に激突して大破した。ゴジュラスの蹴りをまともに受けた胴体は大きく凹み、ゾイドコアが潰れているのは確実だった。

 

 

グレイは、部下達が近接戦闘で敵を蹴散らすのを見て安心した。

 

最初、部下達は格闘戦に不慣れなため、敵部隊に袋叩きにされるのではないかという不安を抱いていた。

 

 

 

だが、彼の不安は、杞憂に終わった。

 

 

2人の部下は、ゴジュラスmkⅡ量産型のパイロットに選ばれただけあって優秀なパイロットであった。

 

 

またゴジュラスは、パイロットが格闘戦で多少未熟でもその野生の本能でそれを補ったのである。グレイのゴジュラスmkⅡ量産型の胴体に数発の砲弾が着弾した。

 

 

「レッドホーンか。」

 

 

グレイは、正面モニターを見据えて言った。グレイのゴジュラスmkⅡ量産型の目の前には、レッドホーンが立っていた。

 

 

背中に火砲を背負った赤い角竜は、襟飾りのビーム砲を乱射する。更にミサイルが発射され、ゴジュラスmkⅡ量産型の胴体に着弾する。

 

 

だが、レッドホーンの火器をゴジュラスの装甲は、貫通出来ない。

 

 

「このゴジュラスの装甲、多少の攻撃で破れると思うな……!」

 

 

 

 

グレイがゴドスのパイロットだった頃には、強力な装甲と火力を有する〝動く要塞〟として自分達では、倒すのが不可能な存在と見做していた。だが、今の彼の愛機 ゴジュラスmkⅡ量産型が倒せない相手ではなかった。

 

 

 

 

グレイと彼の愛機は、レッドホーンと接近戦を行った経験は皆無であった。

 

 

ゴジュラスmkⅡ量産型に乗ってから戦場で何度かレッドホーンと遭遇したことはある。

 

 

だが、それらの敵機は、爪と牙が届く距離のはるか手前で友軍のダブルソーダやキャノッサに発見され、彼らの弾着観測に誘導されたゴジュラスmkⅡ量産型の砲撃で一方的に破壊されたのである。

 

だが、今回は、頼もしい友軍の弾着観測機も存在しない。

 

 

長距離キャノンで仕留められなければ、接近戦で破壊する必要があった。

 

 

 

「当たれ!」

 

 

グレイは、長距離キャノンの発射ボタンを押した。ゴジュラスmkⅡ量産型の背部に装備された長距離キャノン砲の内、左側のキャノンだけを発射する。

 

 

 

数少ない砲弾を節約する為である。

 

 

アイアンコングのミサイルに対抗する目的で開発されたゴジュラスmkⅡの長距離キャノンは、有効射程距離ならアイアンコングの装甲を撃ち抜ける威力がある。

 

 

 

レッドホーンの装甲なら薄紙の様に引き裂いてしまうだろう。

 

 

だが、赤熱化した砲弾は、レッドホーンのボディに命中する手前で爆発した。

 

レッドホーンは、加速ビーム砲を連射して、砲弾をビームで絡め取り、撃墜したのである。

 

 

「砲弾を叩き落したのか!」

 

 

グレイは、敵の砲手の技量に舌を巻く。

 

 

黒煙が晴れた時、レッドホーンの赤い巨体は、まだ雪原に佇んでいた。

 

頭部装甲の一部が損傷し、襟飾りのビーム砲が1基脱落していたが、戦闘能力は健在の様だった。

 

 

 

クラッシャーホーンを振り立ててレッドホーンがグレイのゴジュラスmkⅡ量産型に突撃する。グレイは、視界に映るレッドホーンの頭部が急速に大きくなっていくのを感じた。

 

 

 

レッドホーンの突進力は中央大陸の大型ゾイドの中でも強力な事で知られており、ゴジュラスでも直撃を受ければ、大打撃を受けるのは免れなかった。

 

 

射撃能力を強化されたゴジュラスmkⅡ量産型の場合もそれは同様である。

 

 

 

ZAC2030年~32年のゴジュラス無敵時代には、勇敢な帝国軍パイロットの操縦するレッドホーンの特攻同然の突撃によって多くのゴジュラスが胴体下部や脚部に損傷を受けて戦闘後に戦線離脱を余儀なくされた。

 

 

グレイも、ゴジュラスが火器も正面装甲も無事であるにも関わらず、脚部が破壊されて前線から後方の整備拠点に移送されるのをゴドスのパイロット時代に目の当たりにしていた。

 

 

グレイのゴジュラスmkⅡ量産型は、4連速射砲でレッドホーンの突進の勢いを減殺しつつ、左右のクラッシャークローでレッドホーンを抑え込んだ。

 

 

上から押さえつけられたレッドホーンは暴れるが、ゴジュラスのパワーには、敵わない。

 

 

「潰れろ!」

 

グレイは、右のクラッシャークローで敵のコックピットを握り潰す。頭部毎コックピットを粉砕されたレッドホーンは、動きを止めた。

 

 

 

頭部が破壊されても背部の加速ビーム砲とミサイルが火を噴いた。背部偵察ビークルにいる砲手が操作しているのだろう。

 

 

「仇討ちのつもりか」

 

 

そう呟くとグレイは、背部に4連速射砲を叩き込んだ。今度こそ、レッドホーンは動きを止めた。

 

 

 

 

ディメトロドンが頭部に搭載したミサイルと、胴体の接近戦用ビーム砲を乱射する。小型、中型ゾイドには、通用するそれらの火器も、ゴジュラスの堅牢な装甲の前では、爪で引っ掻いた様なものであった。

 

 

「当たれぇっ!」

 

 

エミリーのゴジュラスmkⅡ量産型がディメトロドンに向けて長距離キャノンをぶっ放す。

 

爆風が一瞬ゴジュラスmkⅡ量産型の白いボディを包み、発射された砲弾がディメトロドンの至近距離で炸裂する。

 

その一撃は、直撃こそしなかったが、爆風でディメトロドンの左前足を破壊していた。ディメトロドンは行動不能に陥り、雪に覆われた大地に擱座した。

 

 

頭部に損傷はないが、背鰭のレーダーシステムは、爆風で破損していた。電子戦ゾイドとしては死んだも同じである。

 

 

 

「そこだ!」

 

 

グレイは、レッドホーンの脇腹に長距離キャノンを叩き込む。レッドホーンの胴体に大穴が開き、其処から炎が噴き出してレッドホーンは爆散する。

 

 

「慌てるな!全機包囲してゴジュラスを仕留めろ!数では此方が上だ

 

 

」3機のゴジュラスmkⅡ量産型の破壊力に驚愕しつつ、帝国軍部隊の指揮官は、3機を包囲して袋叩きにしようと試みた。如何にゴジュラスmkⅡ量産型が強力でも所詮は3機。

 

 

 

まだ30機以上のゾイド戦力と対ゾイド火器で武装した歩兵部隊を有する帝国側が有利なのは確実だった。

 

 

 

 

 

だが、その状況は、第5連隊のアロザウラーとゴドスが戦闘加入した事で一変した。

 

 

 

「グレイ中佐達に続け!」

 

 

「ゴジュラスだけに獲物を仕留めさせるな!」

 

 

 

共和国軍第5連隊の通信回線に3機のゴジュラスmkⅡ量産型の活躍に奮い立つ共和国兵達の声が流れる。

 

 

 

同時に数十の機影が戦場に突入した。

 

 

グレイらの後から付いてきたアロザウラーとゴドスが戦いに加わったのである。彼らの戦闘参加で戦いの形成は一気に共和国側に傾いた。

 

 

 

アロザウラーとゴドスの混成部隊は、ゴジュラス3機の強襲で傷付いた帝国ゾイドに止めを刺していった。

 

 

ゴドスの腰部のロングレンジガンの連射がハンマーロックを撃破し、アロザウラーが対空機銃でヘルキャットの頭部を撃ち抜く。

 

 

エミリーのゴジュラスmkⅡ量産型に左前足を吹き飛ばされたディメトロドンは、2機のアロザウラーの火炎放射器を浴びて火達磨となった後、周囲に燃え盛る破片を撒き散らして果てた。

 

 

 

「全機撤収!」

 

 

帝国軍部隊の将兵の大半は、もはやこの戦いで勝利できる可能性がないと判断し、撤退を開始した。

 

 

だが、それは、秩序だった撤退等ではなく、完全な壊走であった。

 

 

指揮官の命令等誰も聞いていなかった。

 

 

あるのは、一刻も早く戦場から殺戮場に変貌しつつあるこの場から逃れようという個々の意志のみ。

 

機動性に優れるヘルキャットやマーダは、脱兎の勢いで戦場から離脱していく。

 

 

対照的に動きの鈍いマルダーやザットン、戦闘で損傷した機体は、亀の歩みで戦場を離脱せざるを得ず、彼らには、共和国軍の好餌となる運命が待ち受けていた。

 

 

ゴドスのロングレンジガンやアロザウラーの対空機銃が帝国ゾイドのボディに叩き込まれ、雪原に撃破された帝国ゾイドの残骸が折り重なる。

 

 

傷付いた帝国ゾイドにゴドスの蹴りやアロザウラーの電磁ハンドが止めを刺す。帝国軍部隊が崩壊しつつある中、1機のレッドホーンが戦場に踏み止まっていた。

 

 

そのレッドホーンはその場に踏み留まり、友軍の脱出を支援すべく、残された火力を優勢な敵部隊に向けて乱射し、角を振り回して敵機を威嚇する。

 

 

ゴドス数機が戦闘不能に追い込まれ、不用意に近付いたアロザウラーがクラッシャーホーンの一撃を受けて地面に叩き付けられた。

 

 

共和国兵達は、手負いの獣は、何よりも恐ろしいという古の狩人の教訓を思い出していた。

 

 

「あの機体とパイロットに接近戦を挑むのは、ゴジュラスでもリスクが大きいな……」

 

 

レッドホーンの姿を見つめ、グレイは呟いた。レッドホーンの突進でゴジュラスmkⅡ量産型の脚部を破壊されでもしたら進軍スケジュールが大きく狂う。

 

 

「どうしますか、少佐」

 

 

「安全策を取る。キャノン砲で吹き飛ばす。エスターン、ファーデン準備はいいな。」

 

「了解」

 

 

「わかりました。」

 

 

そして、ゴジュラスmkⅡ量産型3機は、勇敢な赤い角竜に最大の火力を向けた。

 

 

最後に残されたレッドホーンは、至近距離からのゴジュラスmkⅡ量産型3機の長距離キャノンを受けて破壊された。

 

 

6発の大口径砲弾を叩き込まれたレッドホーンのボディには、6つの大穴が穿たれた。

 

 

その内1発は頭部に命中し、内蔵されたコックピットごと粉砕していた。数秒後、砲弾の信管が作動した。

 

 

赤い風船が破裂する様にゼネバス帝国最初の大型ゾイドは破片を撒き散らしながら火球に変じた。

 

 

勇敢な赤い角竜とパイロットの命が戦場で散華したのが、この戦いの終りを象徴する光景となった。

 

 

2分後、戦場に取り残された帝国軍部隊は降伏し、戦闘は終結した。

 

 

 

この混乱の中、無事脱出出来たのは、ヘルキャット3機とモルガ2機、マーダ3機だけであった。

 

 

 

戦いはヘリック共和国軍の勝利に終わった。

 

 

この戦闘で第5連隊は、大型ゾイド6機を含む45機の帝国ゾイドを破壊、2機を鹵獲した。

 

 

後に戦場となった場所からレーメル峡谷の戦いと名付けられた遭遇戦は、ダナム山岳基地の戦いの前哨戦となった。

 

 

 

しかし、その報告を受けた共和国軍司令部が予期せぬ勝利に祝杯を挙げる事は無かった。何故ならば、吉報を打ち消すかの様に同等の凶報が彼らの耳に飛び込んできたからである。

 

 

 

進軍中の第12遊撃大隊が帝国軍高速部隊との交戦によって壊滅したという報告によって。

 

 

 




次は、ボウマン中佐達のサーベルタイガー部隊と共和国軍の戦闘です。


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第19話 猛虎襲来 前編

タカラトミーがゾイドで新展開、みたいな話が出ていますね。
明日35周年の企画の全貌が明らかになるそうですが、本当に期待通りなのか、楽しみです。


 

 

    ZAC2045年 12月25日 中央山脈

 

 

 

 

 

中央山脈北部の険しい道を赤と銀で彩られた猛獣の群れが駆け回っていた。

 

 

アルベルト・ボウマン中佐率いるダナム山岳基地守備隊 第1高速中隊は、敵の予想進軍ルート上に存在している小規模拠点の友軍部隊の撤退支援、連絡、誘導任務に動き回っていた。

 

彼の操縦するサーベルタイガーは、指揮官用に通信機能が強化され、通信アンテナを増設していた。

 

彼が率いるのは、サーベルタイガーとヘルキャットの混成部隊。この2機種は、険しい山道も容易く踏破出来た。

 

その踏破性と機動性によって彼の部隊は、撤退する友軍部隊と接触し、彼らをダナム山岳基地や後方の味方基地へと誘導する連絡任務を果たすことが出来ていた。

 

 

現在、彼らは、雪の降り積もった白く険しい岩場にいた。ボウマンらの視線の先―――――――吹雪によって閉ざされた向こうの山道には、共和国軍部隊が進軍を続けている。

 

 

 

サーベルタイガーとヘルキャットの熱センサーには、ゾイドのモーターやゾイドコアが発する熱で真っ赤になった山道が表示されていた。

 

少なくとも50機はいる、それらのゾイド部隊が、ダナム山岳基地を攻撃する為の部隊である事は明らかだった。

 

 

今の彼らの任務は、付近で撤退中の友軍部隊の撤退支援。友軍部隊は、元々基地守備隊ということだけあって機動性は低く、撤退途中である為、戦力としても低下していた。

 

 

もし共和国軍部隊を放置すれば、撤退中の友軍部隊は、背後から攻撃を受けてまともな反撃も出来ないまま全滅させられる可能性もあった。

 

 

「ボウマン中佐、どうします?いつも通りでいきますか?。新型機も多数います。」

 

 

副官のエミール大尉は、指揮官に尋ねた。

 

友軍の偵察機からの情報で、共和国軍部隊には、新型の中型ゾイドを多数含んでいる事が判明していた。

 

正面から突っ込んだ場合、サーベルタイガーといえど、深手を負う危険性があった。旧式化が著しいヘルキャットなら尚更である。

 

 

ボウマンの部隊は、所属機のヘルキャットに機動性と火器の出力を上げる現地改造を施していたが、新型機の前では焼け石に水である事は、誰もが理解していた。

 

 

「確かにいつも通りの戦術では……こちらの被害も計り知れないだろうな。……だが、今の我々には、航空戦力がある。」

 

 

現在、彼の部隊は、サーベルタイガーとヘルキャット、合わせて12機で編成されていた。

連絡任務の為にダナム山岳基地から出撃した時、ボウマンの指揮下には、自機含めサーベルタイガー4機、ヘルキャット26機があった。

 

それらの機体の内半数は、撤収する友軍の護衛や誘導役としてボウマンの部隊から離れている。ダナム山岳基地を出発してからこの日まで戦闘による損失は1機もなかった。

 

 

だが、12機で50機の敵部隊に突っ込めば、少なくない被害は免れない。その事をボウマンも、部下も理解していた。しかし、ボウマンには秘策があった。

 

 

更に今の彼らには、ダナム山岳基地を出発した時と違い、翼を持つ戦友がいた。

彼らの頭上を守るのは、第45空中騎兵中隊である。

 

3日前に放棄された第49基地守備隊に所属していたこの部隊は、サイカーチス8機で編成されていた。山道を進撃する共和国軍部隊を発見したのも、彼らの部隊であった。

 

 

「ボジェク中尉、調子はどうだ?」

 

「ボウマン中佐、万全ですよ。」

 

指揮官機のサイカーチスに乗る中年の士官 ボジェク中尉は、右手の親指を立てて自信ありげに言った。

 

虫族の出身である彼は、浅黒い肌に短く刈った銀髪が特徴的だった。

虫族は、その名が示す通り、昆虫型ゾイドの扱いに長けた民族である。

 

ボジェク中尉は、その中でも優れたサイカーチスパイロットであった。

 

同時に彼は、サイカーチス部隊を率いる指揮官としても新しい戦法を編み出す等、優秀であった。

 

部下達もこの中央山脈北部の吹雪の中でもサイカーチスを危なげなく飛ばせるベテランパイロットだった。

 

 

「中尉、敵の地上部隊に奇襲攻撃を仕掛ける事は可能か?」ボウマンは単刀直入に質問する。

 

 

「中佐!この吹雪で、敵を正確に攻撃するのは不可能ですよ。それにあの規模の部隊に接近戦となると、サイカーチス部隊が対空射撃の犠牲になる危険性も……いささか無謀すぎるのでは?」

 

副官のエミール・マイスナー大尉は、サイカーチスによる地上攻撃がそれほど戦果を挙げられるとは思わなかった。

 

サイカーチスの地上攻撃は、共和国軍に多大な被害を齎し、一時期は共和国兵にサイカーチスのマグネッサーシステムの駆動音が死神の羽音とまで恐れられる程であった。

 

しかし、対空火器が発達したZAC2045年現在では、むしろサイカーチスは、狩人から獲物へと変化しつつあった。

 

 

エミール自身、友軍の航空支援のサイカーチスが共和国軍の対空砲火に次々と撃墜されるのを目撃していた。

 

 

「ご安心ください大尉殿、我々の部隊には、秘策があります。」

 

「……秘策とはあれか中尉」

 

「はい、以前ボウマン中佐殿にお話した……あの戦法です。」

 

「敵の追撃隊が現れたら……所定の位置におびき寄せてくれ」

 

 

「了解しました。中佐殿、連中をなるべく痛い目にあわせてやります」

 

 

第45空中騎兵中隊のサイカーチス8機は、吹雪にまぎれる様に低空飛行で山道を進撃する共和国軍部隊へと向かっていった。

 

 

共和国軍部隊から離れた位置で8機のサイカーチスは、空中に待機した。それぞれ間隔を取ったサイカーチスの編隊の中央にいるのが、指揮官であるボジェクの操縦する機体である。

 

 

ボジェクのサイカーチスが射撃を行えば、部下の機体も射撃を行う。

 

 

「第1射は、俺が送るデータ通りの位置に射撃しろ。以降はお前らの技量でやれ」

 

「了解」

 

「了解」

 

「了解」

 

「了解」

 

ボジェクは、熱センサーに目を凝らした。

 

熱センサーに表示された風景には、共和国軍のゾイド部隊が発する高熱で真っ赤に染まった山道と、吹雪によって冷やされた周辺が見事なコントラストを形成していた。

 

 

「……そこだ!」

 

ボジェクは、長射程ビーム砲の発射ボタンを押した。

 

 

指揮官機のサイカーチスの角の先端に装備された長射程ビーム砲が赤く光った。

 

部下の機体も長射程ビーム砲を発射した。ボジェクの機体が放ったビームは、並んでいたゴドス2機の頭部を同時に撃ち抜いた。

 

ビームを受けたゴドスが、頭部コックピットを撃ち抜かれて崩れ落ちる。

 

 

胴体をに被弾したガイサックが炎上する。

 

 

ベアファイターの胴体に数発のビームが命中する。

 

ガイサックやゴドスと異なり、重装甲のベアファイターは、その攻撃に耐え切った。

 

 

カノントータスも同様に装甲でビームを耐え凌いだ。それでも次々と浴びせられるビームに共和国軍部隊は損害を重ねていった。

 

 

「奇襲攻撃!」

 

「どこからだ!」

 

「飛行ゾイドによる攻撃か?!」

 

共和国軍は、電磁キャノンやロングレンジガンで応戦するが、低空をホバリングして移動するサイカーチスには命中しなかった。

 

サイカーチス8機は、それぞれビームを発射した後、機体を移動させていた。

 

 

同じ位置でビームを撃ち続けるのは、相手に自らの位置を露呈させることに繋がることをこの部隊の隊員達は認識していた。

 

 

更にボジェクは、麾下の機体が互いに激突しない様に位置関係も注意していた。

 

 

 

1機のベアファイターが立ち上がり、胴体下部に内蔵された6連装ミサイルポッドを吹雪の向こうに発射しようとする。だが、それが命取りとなった。

 

 

「そこだ!」

 

 

二足歩行形態になったベアファイターの弱点をボジェクは知っていた。照準を合わせ、彼は長射程ビーム砲の引き金を引いた。

 

 

ベアファイターの6連装ミサイルポッドの発射口に吸いこまれる。

 

 

直後、発射寸前だったミサイルが誘爆したベアファイターの胴体は内側から沸き起こった爆発に引き裂かれた。

重装甲に身を包んだベアファイターも弾薬が誘爆してしまっては打つ手は無かった。

 

 

 

「よし!」

 

 

吹雪の向こうで獲物の熱源が一際明るく輝き、砕けるのを見たボジェクは、笑みを浮かべる。

 

 

吹雪の中、熱センサーとゾイド本来の感覚だけを頼りに敵の種類を探り当て、その動きから弱点を察知、狙撃する――――――――ボジェクの射撃技量の高さが窺えた。

 

 

「遠距離からの砲撃………これが相棒の………サイカーチスの持ち味だ。」

 

混乱する共和国軍を尻目にビームを撃ち込みながら、ボジェクは呟いた。

 

 

彼の部隊のサイカーチスは、胴体から伸びた長射程ビーム砲を利用した狙撃で共和国軍部隊を攻撃したのである。

 

 

これは、従来のサイカーチス部隊の戦術からはかけ離れた、珍しいものであった。

 

 

従来のサイカーチスによる地上攻撃戦術は、接近しての機銃掃射(サイカーチスの内、B型、C型と呼ばれている派生型は、胴体側面の加速ビーム砲の代わりに地上攻撃用のガンポッドを搭載していた。)やビーム砲による掃射であった。

 

 

この戦術は、命中率も高くサイカーチスが投入された序盤の戦闘では、共和国陸軍の対空射撃が疎らだった事や地上の友軍メカとの連携で高い戦果を挙げた。

 

 

しかし、この戦法は、敵の対空射撃を食らい易く、犠牲も大きかった。

 

 

特に共和国側の対空火器が発達し始めるとその被害は拡大し、ZAC2045年、現在では自殺行為に近い戦法だった。

 

 

その為、ボジェク中尉は、自部隊の攻撃方法を従来のサイカーチス部隊が用いている機銃掃射ではなく、長距離から機首の長射程ビーム砲による砲撃に切り替えていた。

 

 

この戦術は、敵機との距離を取れる為、敵の対空砲火を受けるリスクも少ない安全な戦法だった。しかし、この戦術は、必然的に命中率の低下のリスクを抱えると同時に高いパイロットの技量を必要としていた。

 

 

 

雪煙が視界を閉ざし、不確かな熱センサーの像だけが頼りの状態―――――――――この悪条件でボジェクらはいかにして敵機を正確に狙撃しているのか。

 

 

それには、昆虫型ゾイドの特性があった。サイカーチスを始めとする昆虫型ゾイドは、このゾイド星(惑星Zi)の生態系において被捕食者に位置する系統のゾイドである。

 

 

その為多くの捕食者に襲われる存在である。

 

 

昆虫型ゾイドも捕食者に唯獲物とされるだけではなく、進化によって対抗策を編み出していた。モルガやスパイカーの様に多数の子供を産む事もその一つであるといえる。

 

 

そしてサイカーチスやダブルソーダといった甲虫型ゾイドが編み出したのは、感覚器官を強化する事でいち早く捕食者を発見する事だった。

 

 

この生きたレーダーともいうべき能力によって、これらの種族は、この惑星に知的生命体が誕生するまでの今日に至るまで、捕食者に食いつくされる事無く生き延びてきたのである。

 

 

 

そして、昆虫型ゾイドとの同調性に優れた少数民族 虫族の特殊能力は、それを最大限に引き出すことが出来た。

 

 

 

第45空中騎兵中隊の部隊指揮官のボジェク中尉は、この能力と熱センサーを併用する事でこの悪条件下でも正確な遠距離射撃を可能にしたのである。

 

 

部下のサイカーチスもボジェクの搭乗するサイカーチスから送信されるデータと訓練によって正確な射撃を可能としていた。

 

 

 

この戦法は、ボジェク中尉の虫族の能力と優れたゾイド乗りである彼と彼の部下達の能力が合わさってこそできる神業といえた。

 

 

だが、この運用は、サイカーチスが開発された当初に設計者達が理想とした運用であった。当初、サイカーチスは、友軍を後方から長射程ビーム砲で援護する空飛ぶ自走砲として開発されたゾイドであった。

 

 

サイカーチスのコックピットが防弾キャノピーのみで、帝国軍小型ゾイド共通の装甲式コックピットではないのは、速度の低下と空力特性の問題だけでなく、支援用のゾイドとして設計された為という理由もあった。

 

 

 

空中自走砲として開発されたサイカーチスであったが、前線に配備された時、前線の帝国軍兵士達は、設計者の狙いとは反対に運用した。

 

 

彼らは、サイカーチスを空中自走砲としてではなく、地上攻撃機として運用したのである。

 

 

当時、共和国軍は、共和国空軍が優位であったこともあって対空火器をあまり配備していなかった。その為、サイカーチスの機銃掃射が戦果を挙げる事が出来たのである。

 

 

また帝国軍もサイカーチスの脆弱さは理解していた事もあり、対空ゾイドを最優先で撃破し、サイカーチスが撃墜される事を防いだ。

 

サイカーチスによる近接航空支援に味をしめた前線の帝国軍部隊の指揮官達は、サイカーチスを近接航空支援に運用する様になった。

 

 

 

こうしてサイカーチスは、設計者達が構想した〝空飛ぶ自走砲〟としてではなく、〝対地攻撃機〟として前線部隊において使用される事が多くなったのである。

 

 

それとは反対の運用法である、今回の第45空中騎兵中隊の戦法は、遠距離から一方的に敵を砲撃する――――――空中自走砲として開発されたサイカーチスの面目躍如と言えた。

 

 

 

「そろそろ潮時か……」

 

 

 

遠距離から撃ち込まれるビーム砲射撃に混乱する共和国軍部隊を見つめ、ボジェクは呟いた。

 

 

彼は、騒がしく動く敵機の熱源の向こうで変化が起こっている事を感じ取っていた。

 

 

 

愛機の感覚を利用したそれは、文字通りの〝虫の知らせ〟と言えるかもしれない。

 

 

「新しい敵機か?」

 

 

「ダブルソーダです!後ろの空域で待機していたみたいです!」

 

 

部下の機体のセンサーが低空を飛ぶ青い機影を発見した。ダブルソーダは、サイカーチスに対抗して共和国が開発したクワガタ型対地攻撃ゾイドである。

 

 

 

「ボジェク隊長!どうします?」

 

 

「撤退だ!ダブルソーダが現れたんじゃ俺達に勝ち目はない!」

 

 

火力と最高速度で勝るダブルソーダをサイカーチスで相手にするのは、無謀だった。

 

 

8機のサイカーチスは、上空でホバリング状態で反転すると、退却を開始した。サイカーチスの機体後部から雪煙に似た色合いの煙幕が噴出した。

 

 

 

煙幕を展開しつつサイカーチス隊は、打撃を与えた共和国軍部隊の混乱を尻目に撤退を開始した。

 

 

しかし彼らを逃がす程、共和国軍はお人よしではない。

 

 

直ちに指揮官は、無事な部隊を抽出し、追撃部隊を編成し、サイカーチス部隊を捕捉、撃滅する事を決断した。

 

 

「逃がすな。サイカーチスを追撃しろ!」

 

 

指揮官の命令を受け、アロザウラー4機、ダブルソーダ6機が部隊から離れ、サイカーチスを追撃した。

 

 

ゴドスに変わる主力歩兵ゾイドであるアロザウラーは、前世代機のゴドスがサイカーチスの上空からの攻撃で打撃を受けた戦訓から、地上目標も攻撃可能な対空機銃を装備している。

 

 

クワガタ型小型ゾイド ダブルソーダは、サイカーチスに対抗して開発されたゾイドで、最高速度、装甲、火力、格闘戦能力でサイカーチスに優越している。

 

 

両機とも、サイカーチスを追跡するのに最適なゾイドである。

 

 

2つの部隊は、全速力でサイカーチス部隊を追撃した。やがて、彼らは、サイカーチス部隊を各機の装備火器の射程距離に捉えた。

 

 

ダブルソーダが低空を逃げるサイカーチスに照準を合わせる。アロザウラーの対空機銃の銃口が、低空を這う様に飛ぶ敵影を捉える。

 

 

「逃がすか……」

 

 

先頭を走るアロザウラーのパイロットは、照星の中心に捉えたサイカーチスの胴体を睨み据え、呟いた。後は引き金を引くだけ。

 

 

その作業だけで彼は、撃墜スコアを1つ増やす事が、仲間を一方的に攻撃した敵を葬る事が出来る。

 

 

だが、彼のアロザウラーの対空機銃が発射されることは無かった。

 

 

 

次の瞬間、突如飛び出した赤い機影が、アロザウラーに襲い掛かったからである。先頭を走っていたアロザウラーが弾き飛ばされ、岩壁に叩き付けられる。

 

 

「何!ぐわぁっ!」

 

 

アロザウラーは体勢を立て直そうとしたが、目の前に現れた敵機にコックピットを叩き潰されて動きを止めた。

 

「アレン!」

 

僚機が撃破された事にアロザウラーのパイロットの1人は狼狽した。

 

 

間髪入れずダブルソーダが胴体をビームに撃ち抜かれて墜落する。

 

「新手か!?」

 

 

「サーベルタイガー!」

 

追撃隊の目の前に現れたのは、サーベルタイガーとヘルキャットで編成された高速部隊だった。

 

 

「あのサイカーチスは、俺達をおびき寄せる為の囮だったのか?!」

 

 

目の前に現れた敵機に追撃部隊の指揮官は、自分達が狩人ではなく、餌におびき寄せられた獲物に過ぎなかった事に気付いた。

 

 

「全機攻撃開始!一匹も逃すな!」

 

 

中隊指揮官のボウマン中佐の命令一過 10機以上のサーベルタイガーとヘルキャットが一斉に散開し、追撃部隊のアロザウラーとダブルソーダに襲い掛かった。

 

 

追撃部隊のアロザウラー2機は、対空機銃と火炎放射器で弾幕を張る。

 

 

低空をホバリングしていたダブルソーダ5機も背中の対空ビーム砲と顎の4連対空機銃を連射した。

 

 

だが、サーベルタイガーとヘルキャットにはまるで当たらない。

 

 

「こいつ!当たれ!」

 

 

頭部に通信アンテナを追加装備した指揮官機のアロザウラーは、対空機銃を乱射する。

 

 

 

ボウマンのサーベルタイガーは、攻撃を回避し、ダブルソーダ2機を2連ビーム砲で撃墜する。どちらもコックピットを正確に撃ち抜かれていた。

 

 

「化け物が!」

 

アロザウラーは、両腕に内蔵した火炎放射器を発射した。

 

 

炎の渦がサーベルタイガーに襲い掛かる。オレンジ色の炎がサーベルタイガーの赤いボディを焼く寸前にサーベルタイガーは既に跳躍していた。

 

 

アロザウラーは、反転し逃げ出そうとした。だが、サーベルタイガーは、アロザウラーの首筋をレーザーサーベルで切り裂いていた。

 

首を切断されたアロザウラーは、地面に力なく崩れ落ちた。

 

 

切り裂かれた頭部は、宙を舞った後、地面に激突して大破した。パイロットは生きているとしても重傷は免れないだろう……。

 

「これが新型か……装甲も武装もゴドスより強化されてるな。お前ら気を付けろよ!」

 

 

「了解!」

 

 

「了解です!」

 

 

 

撃破したばかりの白い肉食恐竜型ゾイドを見つめ、ボウマンは呟いた。

 

 

ゴドスよりも重装甲で機動力に優れ、火力も増強された機体が配備されれば、これまで以上に共和国軍の歩兵部隊は強化されるだろう。

 

 

そうなれば、未だにイグアンとハンマーロックが主力の帝国軍歩兵部隊は更に苦戦を強いられるのは確実だった。

 

 

それは、ボウマンが所属する高速部隊にとっても他人事ではない。

 

 

アロザウラーが大量配備された共和国軍部隊を突き崩すのは、サーベルタイガーと旧式化が著しいヘルキャットだけでは、攻撃力が不足する日が来るのは容易に想像できた。

 

「一刻も早く……新型機が必要だな」

 

 

彼は、ヘルキャットの後継機とサーベルタイガーの強化型が開発されるまでの間、従来機で戦うしかない事を知っていた。

 

 

最後の1機となったアロザウラーにヘルキャットが3機襲い掛かる。

 

 

3機は背部に装備したレーザー機銃と2連装高速キャノンを連射、集中攻撃を浴びせる。ゴドスならとっくに爆発炎上している攻撃だったが、アロザウラーの重装甲はそれに耐え抜いていた。

 

アロザウラーは、対空機銃と火炎放射器を振り回してヘルキャット3機を牽制する。1機のヘルキャットが背後に回り込む。

 

 

アロザウラーは、背後に回り込んだヘルキャットを排除するべく、強くしなる尻尾を、スマッシュアップテイルを振り回す。

 

 

そのヘルキャットは、スマッシュアップテイルを回避すると、背部に銃撃を浴びせた。左側の対空機銃が破壊される。

 

 

「小癪な……くっ!」

 

 

アロザウラーのパイロットは、背後の敵に攻撃を仕掛けようとするが、残りの2機が集中攻撃を浴びせる為、1機を相手にすることは出来なかった。

 

今度はアロザウラーの左脚部が破壊された。

 

 

「止めだ。」

 

背後にいたヘルキャットが、同時に頭部に高速キャノン砲を叩き込んだ。頭部コックピットを撃ち抜かれ、アロザウラーは動きを止めた。

 

 

そのヘルキャットにダブルソーダが機銃掃射を仕掛ける。

 

 

ヘルキャットは、攻撃を回避し、他の2機と共に高速キャノン砲で対空射撃を浴びせる。ダブルソーダは、集中攻撃を胴体に食らって爆散した。

 

 

エミールのサーベルタイガーが最後のアロザウラーを叩き伏せ、ストライククローでコックピットを叩き潰す。

 

 

 

1機のダブルソーダが上空から機銃掃射を浴びせる。ヘルキャットは、その攻撃を回避すると敵機の胴体下部を高速キャノン砲で狙い撃つ。

 

 

胴体に被弾したダブルソーダは、その場に不時着を余儀なくされた。

 

 

ヘルキャットの左前脚がダブルソーダの頭部に叩き付けられ、ヘルキャットの爪の一撃がダブルソーダのコックピットを粉砕した。

 

 

「逃がすか!」

 

 

最後に残ったダブルソーダは、本隊と合流しようとしたが、エミールのサーベルタイガーのレーザー機銃を胴体下部に受けて墜落した。

 

 

5分も経たぬ内に10機の共和国ゾイドで編成された部隊は、壊滅した。

 



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第20話 猛虎襲来 後編

時系列的には、この戦いは、前回の第5連隊の遭遇戦と同じ日に起きてますが、こちらの方が数時間早く起きてます。


 

 

「全機無事か?」

 

「はい!隊長」

 

 

「まだまだ暴れ足りませんよこいつも相棒も!」

 

 

「まだいけます!」

 

副官のエミールを含む部下達は、意気軒昂だった。彼らの愛機も目立った損傷を受けている機体は1機もおらず、十分戦闘可能だった。

 

 

 

「奴らの柔らかい脇腹を突くルートでいくぞ!」

 

 

奇襲攻撃でダブルソーダ隊とアロザウラー隊を一方的に殲滅したボウマン中佐の高速隊は、そのままの勢いで共和国軍部隊の側面から襲い掛かった。

 

 

サーベルタイガーとヘルキャットは、共和国軍の犇めく山道の険しい坂道を駆け降りる。

 

 

サイカーチスのビーム射撃による攻撃を受けたばかりの共和国軍部隊は、漸く混乱を収拾し、部隊編成を整えたばかりだった。

 

 

サーベルタイガーのミサイルポッドと三連衝撃砲、ヘルキャットのレーザー機銃が山道にいた共和国軍のゾイドに浴びせられる。

 

 

ミサイルを受けたゴルヘックスのクリスタルの背鰭が吹き飛び、レーザー弾を立て続けに胴体に食らったガイサックが火達磨になる。

 

 

「落ちろ!」

 

ボウマンのサーベルタイガーのストライククローがゴドスの頭部に叩き付けられる。一撃で頭部コックピットを破壊されたゴドスが崩れ落ちる。

 

 

「敵襲!」

 

「サーベルタイガー!」

 

 

共和国兵が混乱する中、鋼鉄の剣歯虎と豹達は、獲物に襲い掛かった。

 

 

「どけ!」

 

 

ボウマンのサーベルタイガーは、アロザウラーの1機に目を付けた。

 

反撃の暇も与えず、アロザウラーの首筋にレーザーサーベルを振り下ろし、次の敵に襲い掛かった。

 

 

2本脚で立ち上がったベアファイターが彼のサーベルタイガーの前に立ち塞がった。

 

その周囲には、ゴドスとガイサックが数機いた。ベアファイターが6連装ミサイルポッドを発射する。

 

胴体から発射されたミサイルを跳躍で回避したサーベルタイガーは、キラーサーベルを煌かせてベアファイターに急降下した。

 

直後、レーザーサーベルがベアファイターの装甲を切り裂いた。

 

 

「なんと他愛のない……」

 

彼のサーベルタイガーの背後で、左肩を抉られたベアファイターが崩れ落ちる。

 

 

エミールのサーベルタイガーが三連衝撃砲を連射、ゴドス2機が頭部を吹き飛ばされて雪原に倒れる。

 

ベアファイターが電磁キャノンを乱射しながら突進する。サーベルタイガーは、突進を回避し左側面に回り込み、敵機の脇腹に鋭い一撃をお見舞いした。

 

傷口から紫電をまき散らしベアファイターはその場に擱座した。

 

 

ボウマンのサーベルタイガーが縦横無尽に暴れ回り、敵機を次々と蹴散らす。僚機のエミールのサーベルタイガーも共和国軍機を多数葬っていた。

 

 

彼の部下のヘルキャット部隊も活躍していた。ガイサック3機が胴体のエネルギータンクを撃ち抜かれて燃え盛る残骸に変換された。

 

ゴドス2機が腰部のビーム砲を発射する。

 

ヘルキャットは、軽やかな動きでそれを回避し、ゾイドコアが収まった胸部にレーザー機銃を叩き込み、1機を撃破する。もう1機は、頭部を撃ち抜かれて倒された。

 

3機のヘルキャットが部隊の最後尾にいたゴルヘックスを包囲した。

 

 

ゴルヘックスは、背部の2連装ビーム砲を乱射し、ヘルキャットの接近を阻もうとする。

 

 

ヘルキャットは、攻撃を回避し、反撃の高速キャノン砲とレーザー機銃のバースト射撃を3機がかりでゴルヘックスの胴体に叩き込んだ。

 

 

集中攻撃を受けたゴルヘックスは、爆発炎上した。スネークスがゴルヘックスの残骸の陰から飛び出し、ヘルキャットの側面から襲い掛かった。

 

 

突如現れたスネークスの体当たりを食らったヘルキャットは、バランスを崩した。

 

 

「食らえ!」

 

アロザウラーが両手の火炎放射器を発射、ヘルキャットは火炎放射を浴びて大破した。

 

 

更に敵機を攻撃しようとしたアロザウラーの頭部に光の矢が突き刺さった。エミールのサーベルタイガーの2連装ビーム砲による攻撃である。

 

 

頭部コックピットを撃ち抜かれたアロザウラーはその場に崩れ落ちた。スネークスもヘルキャット2機の集中攻撃を細長い胴体に受けて葬られた。

 

 

 

エミールのサーベルタイガーは更にビーム砲を連射し、スネークス2機の首筋を撃ち抜き、撃破した。

 

 

 

別のアロザウラーがヘルキャットに背部の対空機銃を向ける。

 

 

次の瞬間、そのヘルキャットは地面に頭部を叩き付けられた。

 

 

ボウマンのサーベルタイガーにストライククローで地面に横倒しにされたアロザウラーは頭部キャノピーが粉々に砕けていた。

 

 

 

ボウマンのサーベルタイガーは、敵部隊の奥深くへと単機で突進した。

 

レーザー機銃でガイサックを数機纏めて撃破し、足元に接近しようとしたスネークスの首をストライククローで刈る。

 

 

 

彼のサーベルタイガーは、まさに戦場を駆ける赤い稲妻さながらだった。

 

 

ボウマンの操縦するサーベルタイガーは、部隊の後方にいるカノントータス6機に突進していった。

 

 

そのカノントータスは、カノン砲の代わりに対空機銃を背部に装備した改造型だった。

 

 

 

6機のカノントータス対空型は、背部の対空機銃を水平射撃して接近してくるサーベルタイガーを迎え撃つ。

 

 

「対空砲で高速ゾイドを狙うとは……考えたな!だが、俺とサーベルタイガーには通用せん!」

 

 

「なんて速さだ!」

 

 

嵐のような対空機銃弾を掻い潜って接近する敵機に対空型カノントータスのパイロットが、思わず叫んだのと、ボウマンのサーベルタイガーが対空部隊に肉薄したのは、ほぼ同時だった。

 

 

「まずは!1機っ」

 

 

ボウマンのサーベルタイガーが対空型カノントータスの胴体にレーザーサーベルを振り下ろし、葬った。

 

 

更に返す刀でストライククローを対空機銃に叩きつけ、屑鉄に変える。

 

 

あるカノントータスは、機体を横倒しにされたところに剥き出しの胴体下部に三連衝撃砲を叩き込まれて爆散した。

 

 

共和国軍部隊の防空を担当していた対空部隊は、短期間で1機のサーベルタイガーによって装備ゾイドを全て鉄屑に変換された。

 

 

 

「よくも防空部隊を……化け物め」

 

 

次にボウマンのサーベルタイガーの目の前に現れたのは、マンモス型大型ゾイド マンモスであった。

 

 

ビガザウロに次いで、2番目に共和国で開発された大型ゾイド マンモスは、ZAC2040年代には旧式化した機体である。

 

 

だが、この中央山脈北部等の寒冷な地域では、厳しい寒さの中でも性能が低下せず、パワーもレッドホーン並みである事等から引き続き運用されていた。

 

 

ボウマンのサーベルタイガーの前に立ち塞がった機体――――――――――この共和国軍部隊に配備されていた機体は、マンモスmkⅡと呼ばれる強化型であった。

 

 

旧式化著しいマンモスにゴジュラス用の強化パーツ エネルギータンク 長距離キャノン 4連衝撃砲を搭載した強化型である。

 

 

旧式化著しいマンモスにレッドホーンやアイアンコングを撃破可能な火力を与える事を可能としたこのタイプは、マンモスの延命策として中央山脈北部の部隊に少数配備されていた。

 

 

この機体は、通常のマンモスmkⅡの装備だけでなく、アンテナ等の通信装置が搭載されていた。

 

 

「吹き飛ばしてやる!」

 

 

マンモスmkⅡの背中の長距離キャノンが火を噴く。

 

 

アイアンコングの装甲を撃ち抜く事が可能な威力を有する砲弾が、ボウマンのサーベルタイガーに迫る。

 

 

「当たらんよ!」

 

 

ボウマンのサーベルタイガーはそれを軽く回避すると、全速力でマンモスmkⅡに突進した。

 

 

 

マンモスは、鼻先の20mmマクサービーム砲と胴体側面の4連衝撃砲と脚部ミサイルポッドを発射する。

 

 

軽量化のために装甲を軽減したサーベルタイガーでは、1発でも命中すれば、命取りになる。

 

 

 

ボウマンは、サーベルタイガーを左右に動かし、それらの攻撃を回避する。

 

 

サーベルタイガーは、マンモスmkⅡに肉薄し、右のストライククローで鼻先を殴りつけた。鼻先に装備された20mmマクサービーム砲が砲身を圧し折られる。

 

 

「こいつめ!」

 

 

マンモスmkⅡは、長い鼻を横薙ぎに振るう。ボウマンは、相手がその攻撃を仕掛けてくることを予測していた。

 

 

ボウマンのサーベルタイガーは、バックステップでそれを回避し、マンモスの鼻にレーザーサーベルで嚙み付いた。

 

 

「何っ!」

 

 

マンモスmkⅡが痛みで悲鳴を上げる。マンモスmkⅡは、鼻に嚙み付いたサーベルタイガーを引き離そうと暴れる。

 

 

次の瞬間、サーベルタイガーは、大きく跳躍した。

 

「止めだ!」

 

 

敵のパイロットが反応するよりも早く、ボウマンのサーベルタイガーは、頭部のレーザーサーベルを振り下ろす。

 

 

大型ゾイドの装甲をも切り裂くレーザーサーベルを受けたマンモスmkⅡのキャノピー式コックピットは、真っ二つに切り裂かれていた。

 

 

パイロットを倒されたマンモスmkⅡは、動きを止めた。

 

 

「やはり……指揮官機か」

 

 

敵部隊の動きが更に乱れるのを見たボウマンは、笑みを浮かべて言う。

 

 

彼は、背部に搭載したアンテナ等の装備、この部隊で唯一の大型ゾイドである事からそのマンモスmkⅡが指揮官機であると見抜いていた。

 

 

エミールのサーベルタイガーと3機のヘルキャットが彼のサーベルタイガーと撃破されたマンモスmkⅡの巨体の横を駆け抜けた。

 

 

 

彼らの狙いは、共和国軍部隊の最後尾にいたグスタフ・トレーラー。数機の護衛機が撃破される。エミールのサーベルタイガーの背部の火器が火を噴いた。ヘルキャット3機も同じ行動を取った。

 

 

グスタフが牽引していたトレーラーの上にあった物資を満載したコンテナに光弾が雨あられと浴びせられ、直後、コンテナが誘爆して大爆発が起こった。

 

 

 

一瞬、爆炎の照り返しを受けたサーベルタイガーとヘルキャットの機体が更に赤く染め上げられる。

 

 

「ボジェク中尉!仕上げは任せたぞ!」

 

 

ボウマンのサーベルタイガーが照明弾を上空に撃ちあげた。いくつもの黒煙が立ち込め、吹雪が吹き荒れる戦場の上に緑色の閃光が生まれる。

 

 

直後、金属質の羽音と共に第45空中騎兵中隊のサイカーチスが戦場に突入した。

 

 

「いいか!お前ら、機銃掃射した後は、すぐに離脱するぞ!敵機の上空でホバリングするのは自殺行為だからな!」

 

「了解」

 

 

「はい!」

 

「中尉殿分かってますよ」

 

 

8機のサイカーチスが機首の長距離ビーム砲を連射し、胴体両側面の加速ビーム砲やガンポッドを地上に掃射した。

 

 

航空戦力と対空火器を装備したゾイドを粗方撃破された共和国軍部隊は、もはや逃げ回ることしか出来なかった。

 

 

ボウマンらが、アロザウラーやスネークス、ゴルヘックス、カノントータス対空型等の対空火器を装備したゾイドを優先して攻撃したのもサイカーチス部隊の安全を確保する為である。

 

 

山道には、撃破された共和国ゾイドの燃え盛る残骸が折り重なっていた。既に共和国軍部隊は、当初の半数以下にまで撃ち減らされていた。

 

 

 

「敵は十分に叩いた!全機撤収!」

 

 

敵の大部隊が迫っている状況で、長居はむしろ危険と判断したボウマンは、撤退を決断した。

 

 

「了解!」

 

 

ボウマンのサーベルタイガーが雄叫びを上げると同時に反転し、部下の機体もそれに続いた。

 

 

 

彼らが去った後、雪の降り積もる山道に残されたのは、黒煙を上げて燃え盛るゾイドの残骸と共和国部隊のゾイドだけであった。

 

 

その殆どが、ゴドスやアロザウラー等の共和国軍のゾイドだった。生き残った機体も、その多くが損傷し、戦闘を継続できる状態ではなかった。

 

 

「赤い稲妻……」

 

 

乗機を撃破されながらも、辛うじて生き残った共和国兵の1人は、呆然と立ち尽くし、そう呟いた後、意識を失った。

 

 

 

30分後、救援要請を受けた第1小隊、第2小隊のシールドライガー寒冷地仕様8機が到着した時には、襲撃者達の姿は消え去ってしまっていた。

 

 

第1小隊所属機のシールドライガー寒冷地仕様は、改良型であった。

 

 

最大の変更点は、火炎放射器と燃料タンクを繋ぐケーブルの位置が脇腹から機体後部を通る位置に変更されており、脇腹に格納されているミサイルポッドを火炎放射器と同時に使用可能だった。

 

 

初期型は、固定武装の脇腹のミサイルポッドを使用するには、火炎放射器ユニットをパージする必要があった。

 

 

この後期型シールドライガー寒冷地仕様は、ミサイルポッドも使用可能になった事で攻撃力もノーマルシールドライガーを上回っていた。

 

 

 

「なんて有様だ。新型機を含む部隊がここまで叩かれるなんて……」

 

 

 

山道を埋め尽くす様な悲惨な光景に部隊指揮官のケイン・アンダースン少佐は、呆然と呟いた。

 

 

愛機のキャノピーの向こう、彼と彼の部下達の目の前には、破壊されたゾイドの残骸が転がっている。

 

 

燃え盛るガイサック、首を切り落とされたアロザウラー、頭部コックピットを一撃で破壊されたマンモスmkⅡ、首筋を撃ち抜かれたスネークス―――――――――それらの無残に破壊された共和国ゾイドの残骸の上には雪が降り積もりつつあった。

 

 

「サーベルタイガーの仕業だ……見てみろ、あの牙の傷跡を」

 

 

副官のティム・ネイト中尉は、撃破されたゾイドの1体―――――左肩を切り裂かれて崩れ落ちたベアファイターに乗機の機首を向けて言った。

 

 

破壊されたベアファイターの左肩には、上から鋭い牙を振り下ろされて出来た傷跡が生々しく刻まれていた。

 

「なんてすごい傷跡……」

 

破壊された友軍機の傷跡を目撃したレインは、背筋に悪寒を感じた。

 

 

「敵の高速部隊と遭遇したのか……」

 

「追撃しましょう!隊長、シールドライガーの速度なら間に合います!」

 

 

ケイトは、追撃を進言した。寒冷地仕様に最適化されたシールドライガーの速度なら雪原でも十分にサーベルタイガーに追いつく事が可能だった。

 

 

「ケイト少尉、今やるべきことは、敵を追撃する事よりも傷付いた友軍部隊を救助し、守る事だ。俺達の任務を忘れるな」

 

 

ケインは、彼女の提案を却下した。彼自身、追撃したいのは山々であったが、大損害を受けた味方部隊を放置するのは、危険だと考えていた。

 

 

「ですが、隊長!」

 

「ケイト、サーベルタイガーを甘く見るな。」

 

 

ティムは、威圧感の籠った声で新米パイロットを制した。

 

 

ティムは、高速部隊に所属する以前に所属していた部隊をサーベルタイガーの奇襲攻撃で壊滅させられた経験を持っていた。

 

 

「ティム中尉……」

 

 

勢いを削がれたケイトは、そのまま押し黙ってしまう。

 

 

「中尉、どう思う?」

 

ケインは副官に尋ねる。ティム中尉は、第1、第2中隊でも実戦経験豊富なパイロットであり、指揮官であるケインも彼の経験を頼りにしていた。

 

 

 

「これをやった部隊を率いていたのは……エースパイロットでしょうね。ダナム山岳基地守備隊の所属機かもしれません」

 

「守備隊……」

 

 

ティムの発言にケインは、これから攻撃する予定の基地にこれだけの損害を齎したパイロットが所属する部隊がいる事に2つの矛盾した感情を覚えた。

 

 

一つは、恐ろしい敵が自分の部隊と友軍の前に立ち塞がる事への恐れ、もう一つは、強い敵と戦えるという期待感………。

 

彼の中で、部隊指揮官としての考えとゾイド乗りとしての思いがせめぎ合っていた。

 

 

 

 

 

2日後、ボウマン中佐率いるサーベルタイガー部隊は、ダナム山岳基地に帰還した。

 

 

「ボウマン中佐!」

 

帰還したボウマンを、教え子の1人である赤毛の女性士官が敬礼で迎えた。

 

「帰ってきたぞ。イルムガルト大尉!皆も今日は、食堂で祝杯と行くぞ!俺の奢りだ」

 

 

ボウマンは、部下と待ってくれていた戦友に言った。

 

彼の任務は、一先ず終わった。だが、これは新たなる戦いが始まるまでの短い休憩に過ぎない事をボウマンも部下達も知っていた。

 

 

だからこそ、ボウマンは、次の戦いに備えて楽しもうと考えていた。

 

 

熟練のゾイド乗りが操縦する赤い剣歯虎とその部下達は、共和国軍にダナム山岳基地を守るゼネバス帝国軍が侮りがたい存在である事をゾイドと将兵の命によって教えた。

 

 

このことがダナム山岳基地をめぐるヘリック共和国とゼネバス帝国の戦いにどの様な影響を与えるのか、この時点では、知る者は居なかった。

 

 




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第21話 空の戦い 前編

今回の話は空中戦です。


 

 

 

 

――――――――ZAC2045年 12月25日 中央山脈北部上空――――――――――

 

 

ダナム山岳基地攻略作戦発動後、最初の中央山脈北部での両軍の地上戦が行われたこの日、戦いは上空でも行われていた。

 

 

中央山脈を形成する山の1つでもその戦いの余波が地上に影響を与えていた。

 

降り積もった雪で白く染まった山の麓が、今赤々と燃え上がっていた。

 

 

それはまさに活火山の火口さながらだった。

 

 

 

少し前まで平穏だった山の麓は、無数の火柱と爆炎が生まれ、そこにあったものを人工物と自然物の区別なく破壊し、その残骸を空中に舞い上げていた。

 

 

 

 

自然界では、突然の火山噴火や宇宙からの隕石雨でもなければあり得ない現象―――――――――――――それは、人為的なものであった。

 

 

ヘリック共和国軍の誇る大型飛行ゾイド サラマンダー部隊の空爆である。

 

 

サラマンダーの巨体の周囲には、別の種類の翼竜型飛行ゾイドの姿もある。

 

 

共和国軍の主力戦闘機 翼竜型飛行ゾイド プテラスである。

 

 

サラマンダーの子供の様にも見えるこの小型飛行ゾイドは、サラマンダーの護衛機である。

 

 

共和国軍第36爆撃航空大隊所属の9機のサラマンダーと護衛のプテラス 25機は、中央山脈北部に存在する帝国軍基地に対する爆撃作戦を行っていた。

 

 

今回の目標は、ダナム山岳基地への進軍ルート上に存在している帝国軍の基地。

 

 

 

基地の周囲に設置された対空陣地から、対空砲や対空ミサイルが盛んに打ち上げられたが、高高度を飛ぶサラマンダーには、命中しない。

 

 

小型爆弾の直撃やクラスター爆弾の破片の雨を受けて、次々と基地施設は、破壊されていった。

 

 

兵舎が爆弾によって弾け飛び、レーダーサイトが廃墟と化す。

 

 

コンクリートで固められた灰色の竈の様な長距離砲台がサラマンダーの投下した爆弾を受けて砕け散る。

 

 

長距離砲を搭載したその砲台は、付近を進軍する予定の共和国軍部隊にとって十分脅威となり得た。

 

 

 

「目標の75%を破壊……‥…これでダナム山岳基地攻略の友軍部隊の脅威は無くなったとみていいでしょうね。」

 

 

「もぬけの殻だな………」

 

爆撃隊指揮官のベン・ボブソン少佐は、3D式の爆撃照準器越しに眼下の目標を見つめながら言った。

 

 

 

燃え盛る基地施設の周囲には、対空砲台の他に守備隊のゾイド―――――――――イグアン、モルガ、マルダー、シーパンツァーの機影があった。一見すると、基地には、複数のゾイドを有する守備隊が存在している様に見える。

 

 

 

だが、それは、見せかけに過ぎない。その事をボブソン少佐は、愛機に搭載された電子の目によって知っていた。

 

 

丁度、僚機のサラマンダーの投下したクラスター爆弾が空中で炸裂し、真下にいた守備隊のシーパンツァーが数機纏めて吹き飛ぶのが見えた。

 

 

だが、それらの機影は、クラスター爆弾の破片の雨を浴びて弾け飛ぶという奇妙な撃破のされ方をしていた。常識的に考えて特殊合金製の殻に守られたシーパンツァーがあの様に撃破されるのはあり得ない。

 

 

熱センサーとエネルギー反応を感知するセンサーもそれがゾイドではないことを教えていた。

 

それらのシーパンツァーに似た機影は、金属皮膜を蒸着させたゾイド型の風船――――デコイであった。

 

 

 

 

共和国空軍も空襲と敵の偵察機を避ける目的で、同様のデコイや前線で制作したガラクタによる囮を利用していた。

 

 

ボブソン少佐も味方基地の飛行場にサラマンダーやプテラスを模したデコイが設置されるのを何度も見たことがあった。

 

 

彼らの眼下で帝国軍基地は、焼け崩れていった。

 

 

「これで敵の基地は破壊した。友軍基地に帰還するぞ。」

 

 

 

「了解!」

 

「了解!」

 

 

「敵の迎撃は、対空火器以外は無しか。」

 

 

「楽な任務だったな」

 

 

「ああ」

 

 

「……まだだ、基地に帰還するまでが任務だぞ」

 

 

楽観的な発言を始めた部下達をボブソンは諫める。

 

 

「6時方向に敵機出現!…………数は、約14から16機。機種は、……レドラーとシュトルヒの混成です!」

 

「何!」

 

「レドラー!」

 

 

「シュトルヒにレドラーか。どっちも厄介な!」

 

 

ボブソン少佐は、忌々しげに吐き捨てる。

 

 

彼の部下達も同様に苦虫を嚙み潰したような顔をし、数人は、舌打ちしている。

 

 

編隊にレドラーが加わっていると言う事は、爆撃隊が無事帰還できる確率が大きく低下する事を意味したからである。

 

 

シュトルヒは、航空戦力で劣るゼネバス帝国軍が、制空権を奪取する為に極秘開発し、ZAC2038年に投入した始祖鳥型飛行ゾイドである。

 

 

低空のドッグファイト性能と運動性では、共和国のプテラスを上回っていた。

 

そして、背部に装備したバードミサイルは、高い威力と誘導性能を誇り、直撃を受ければサラマンダーも危ないという恐るべき兵器だった。

 

ボブソン少佐と部下達も帝国首都防空隊所属機に苦戦を強いられた経験を持っていた。

 

だが、そのシュトルヒを遥かに上回る脅威が新型飛行ゾイド レドラーである。

 

 

レドラーは、暗黒大陸に退いたゼネバス皇帝とゼネバス帝国軍が、シーパンツァーやブラキオス、ディメトロドンと同じく暗黒大陸で新開発した新型ゾイドの1つであり、素体となったのも暗黒大陸に生息する中型種のドラゴン型ゾイドである。

 

 

その飛行性能と最高速度、加速性能、運動性能は、プテラスとサラマンダーを上回っていた。

 

 

この機体の最大の特徴は、飛行ゾイドとしては異様ともいえる近接格闘戦に偏重した装備である。

 

 

ノーマルタイプのレドラーは、脚部のストライククローと尾部の切断翼と呼ばれる格闘戦用のブレードしか攻撃装備を装備していない。

 

これまでの空戦の主兵装であったミサイルや機銃を一切装備していないこの機体が初めて戦場に登場した時、共和国空軍のパイロット達は、敵ではないと嘲笑った程である。

 

だが、彼らの嘲笑は間もなく恐怖に代わった。

 

 

戦場に出現したレドラーは、尾部に装備した切断翼とストライククローでプテラスやサラマンダーを近接格闘によって撃墜していったのである。

 

 

レドラーの高い運動性と2つの格闘兵装の組み合わせは、空中で恐るべき威力を発揮した。空中戦艦の異名を持つ戦闘機型のサラマンダーですらレドラーの切断翼の餌食となった。

 

 

ZAC2045年現在、レドラーは、最強の飛行ゾイドといっても過言ではなかった。

 

サラマンダーは、レドラーとシュトルヒから退避すべく全速力で友軍勢力圏の方に離脱を図った。

 

 

かつては、爆撃後に身軽になったサラマンダーが、護衛のプテラスや戦闘機型のサラマンダーと共に空戦に参加する事は珍しくなかった。

 

 

だが、今では、脇目もふらずに味方基地へと離脱する事が、上層部の命令により、パイロットに義務付けられている。

 

サラマンダー爆撃隊の被害を恐れての事である。

 

かつての空中戦艦は、今では敵の好餌になりつつあった。サラマンダー9機が密集編隊で離脱する中、護衛のプテラス部隊は、敵機の方向に散開する。

 

 

護衛のプテラス達は、接近してくるレドラーとシュトルヒの混成部隊に2機編隊で対抗する。

 

 

 

レドラーは、尾部に装備した切断翼を展開して次々とプテラスを切り捨てていく。4機のレドラーは、翼部にシュトルヒのビーム砲を追加装備していた。

 

 

レドラーの改良型としてはオーソドックスなタイプである。数か月前のフロレシオ海海戦で敢闘虚しく全滅したヴァルター・ガーランド中佐のレドラー部隊も同じ改良を施していた。

 

 

「レドラーは4機だ!残りはシュトルヒ!」

 

「レドラーを優先して落せ!」

 

「無茶言いやがって」

 

「糞っなんて速さだ!」

 

「落ちろ!」プテラスとシュトルヒ、レドラーが空中で激突する。プテラスのバルカン砲を胴体に受けたシュトルヒが墜落する。

 

 

次の瞬間、そのプテラスは、レドラーのビーム砲を受けて撃墜される。シュトルヒは、軽快な運動性を活かしてプテラスを翻弄する。

 

シュトルヒの背中に装備されたバードミサイルは、高い誘導性能と威力を有する兵装である。登場時は、サラマンダーを撃墜可能な数少ない帝国空軍の装備であった。

 

 

だが、シュトルヒ隊は、バードミサイルを発射せず、胴体のビーム砲だけでプテラスと交戦していた。彼らは、サラマンダーを撃破する為に温存しているのである。

 

 

 

シュトルヒのパイロット達は、貴重なバードミサイルを護衛のプテラスの様な〝小物〟に使用するのは、勿体ない。と考えていた。

 

 

 

シュトルヒもプテラスを撃墜する為にバードミサイルを発射し始めた。

 

だが、流石に多数のプテラスに攻撃されては、サラマンダーにバードミサイルを撃ち込む前に撃墜されてしまうとパイロットも判断した。

 

最初にバードミサイルを発射したのは、3機のプテラスに追撃されていたシュトルヒだった。

 

ミサイルを発射した直後、シュトルヒは、背後からバルカン砲を受けて撃墜されたが、バードミサイルは、発射母機が撃墜された後も、敵機に向かっていた。

 

 

シュトルヒが火球と化した直後、新たな火球が上空に出現した。

 

 

1機のプテラスがバードミサイルを受けて撃墜された。

 

 

他のパイロットも同じ判断をしたのか、バードミサイルを発射。直撃を受けた3機のプテラスが上空に光の花を咲かせる。

 

 

対するプテラス隊のパイロット達もシュトルヒがバードミサイルを発射する前に撃墜しようと数機がかりで襲い掛かる。

 

 

1機のプテラスがシュトルヒを撃墜する。

 

 

「やったぜ!」

 

4機のレドラーが切断翼を展開して敵機に襲い掛かる。プテラスの機体をすれ違いざまに尾部の切断翼で切り捨てる。

 

 

左翼を切り裂かれたプテラスが煙を上げて眼下の山岳地帯へと堕ちていく。

 

 

 

プテラス隊は、数の差を活かしてサラマンダー編隊に接近を試みる帝国空軍機を追い払おうとする。

 

 

 

例え撃墜数を稼げなくても、サラマンダーが離脱するまでの時間を稼ぐ事が出来れば、彼らの勝ちだった。

 

 

 

レドラー2機が護衛機を掻い潜り、撤収を図るサラマンダー9機編隊に襲い掛かった。2機のシュトルヒもそれに続く。

 

 

サラマンダー9機は、それぞれ僚機との間隔を詰め、全身に装備した防御用の対空機銃で弾幕を張る。シュトルヒ2機がバードミサイルを発射する。

 

 

 

2発のバードミサイルが、サラマンダー隊に襲い掛かる。

 

 

「何としてでも叩き落とせ!」

 

 

 

1発が、サラマンダーの増設された後部銃座……‥腰部に装備された機銃によって撃墜される。

 

 

だが、もう1発のバードミサイルは、見事、獲物に命中した。

 

 

被弾したのは、編隊最後尾のサラマンダー――――――――その機体は、少なくない損傷を受けていたが、編隊の僚機に何とか追従していた。

 

 

 

 

「9番機被弾!」

 

 

「バートラムの機体か!爆撃した後でよかった。」

 

 

後方警戒モニターに映る最後尾の友軍機を見やり、ボブソンは胸を撫で下ろす。

 

 

爆弾を満載したサラマンダーは、空飛ぶ火薬庫の様な物だ。当然、被弾には弱い。

 

 

もし、爆撃開始前だったら、9番機は、空中で大爆発を起こして木端微塵になっていただろう。

 

 

帝国首都爆撃作戦に何度も参加した彼は、帝国首都に到着する前に迎撃機や対空砲火を浴びた僚機が大爆発を起こす姿を何度も目撃していた。

 

 

 

バードミサイルを発射して身軽になったシュトルヒ2機のパイロットは、機体を加速してサラマンダー編隊に更に攻撃を仕掛けようとする。

 

 

バードミサイルを発射したシュトルヒの武装は、胴体のビーム砲2門だけ。

 

 

プテラスやそれ以前の旧式機なら十分に撃墜可能な威力を持っているが、サラマンダーの装甲を撃ち抜くのは困難だった。

 

 

 

だが、〝アイアンウィング〟の異名を持つサラマンダーも無敵ではない。

 

 

翼の付け根……巨体を空中に浮かべるマグネッサーウィングの基部、胴体下部の爆弾槽、そしてメインパイロットが乗っている頭部コックピット。

 

 

シュトルヒは、散開し、それぞれサラマンダーの9機編隊に襲い掛かる。

 

 

1機のシュトルヒが先頭を飛ぶ編隊長機のサラマンダーの頭部にビーム砲を撃ち込んでくる。

 

 

ビームの連射を受けているコックピットのボブソンには、光の雨が降り注いでいる様に見えた。

 

 

サラマンダーのキャノピーは、ある程度のビーム耐性を持っている。だが、集中射撃を受ければバーナーを当てられた窓ガラスの様に溶かされてしまう。

 

 

 

「落ちろ!」

 

 

ボブソンは、シュトルヒを両翼に装備した2連対空レーザーで迎撃する。

 

 

 

発射されたレーザーがシュトルヒを撃ち抜いた。

 

 

もう1機のシュトルヒは、別のサラマンダーにしつこく銃撃していたが、間もなく後方から追ってきたプテラスのミサイルを受けて撃墜された。

 

 

だが、サラマンダー隊の危機は、まだ過ぎ去ってはいなかった。

 

 

「9時方向と6時方向より敵機接近!」

 

 

「機種は?」

 

 

「レドラーです!」

 

 

「来やがったか!全機、対空砲火を集中しろ!護衛機が助けてくれるまで持ちこたえるぞ!」

 

 

レドラー2機は、9機のサラマンダーにそれぞれ別方向から接近する。

 

対するサラマンダーの編隊は、密集編隊を組んで対空機銃の弾幕を形成してレドラーの接近を阻止しようとする。

 

 

 

この戦術は、レドラー以前の帝国空軍機…‥‥‥シンカーやシュトルヒには、効果的な戦法であった。

 

 

だが、レドラーは、対空弾幕を突っ切ってサラマンダー編隊に襲い掛かった。

 

 

 

「うわあああっ、来るなぁ!」

 

 

レドラーの尾部の切断翼が展開される。鋭い特殊合金のブレードが太陽の光を浴びて輝く。レドラーの切断翼が、サラマンダーの巨大な翼を切り裂いた。「わあああぁーーー!」

 

「9番機が!」

 

 

胴体のサブパイロットの声と9番機のパイロットの悲鳴が重なった。

 

 

「……畜生!」

 

 

ボブソン少佐は、舌打ちした。彼の乗機の背後では、右翼を切り裂かれたサラマンダーが地上への落下を開始していた。

 

 

そして、レドラー2機は、尚もサラマンダー部隊を追撃する。

 

 

戦闘は、最終的にサラマンダー部隊がレドラーの追撃可能圏内を離脱した事で終了した。

 

 

 

 

今回の空戦で、サラマンダー9機の内、2機を喪失、残った機体も損傷を受けた。

護衛機のプテラスは、5機が撃墜された。帝国軍は、レドラー1機、シュトルヒ6機を失った。

 

 

一見すると双方の損害は、殆ど互角に見える。だが、損害比では共和国軍の敗北であった。

 

 

大型ゾイドであるサラマンダーは、プテラス5~10機分の戦力価値があった。またサラマンダーの素体である大型翼竜型ゾイドは、個体数が少なく貴重であり、大量生産できなかった。

 

帝国軍も共和国空軍の爆撃機戦力の主力を成しているサラマンダーを最優先攻撃目標にしていた。

 

 

 

 

ダナム山岳基地攻略作戦が発動する1か月前からヘリック共和国空軍は、ダナム山岳基地を始めとする中央山脈北部に存在するゼネバス帝国軍の拠点に対する空爆作戦を開始していた。

 

 

共和国空軍は、サラマンダー107機を含む677機の飛行ゾイドを作戦に投入している。

 

 

 

彼らの前には、ゼネバス帝国空軍の新型飛行ゾイド レドラーによる空の守りと地上に配備された対空警戒部隊――――――――ディメトロドン部隊によって作り上げられた防空網が待ち受けていた。

 

 

この組み合わせによる空の壁は、共和国空軍に多大な出血を強いていた。

 

 

共和国空軍は、ダナム山岳基地攻略作戦発動までの間、中央山脈北部の敵拠点に火の雨を降らせてきた。

 

 

だが、その度に彼らは、多数の飛行ゾイドを喪失していた。

 

 

大規模拠点に対する攻撃は、敵の対空砲火の濃密さや迎撃してくる帝国空軍の迎撃機の多さ等から、殆ど自殺行為に近かった。

 

 

特に最優先攻撃目標となっていたダナム山岳基地への空爆は、ダナム山岳基地自体の対空設備も相まって1度も成功していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――第23仮設飛行場―――――――――――――

 

 

2か月前、共和国軍工兵隊によって建設されたこの仮設飛行場は、連日帝国領を攻撃する空軍部隊を発進させていた。

 

 

 

現在この飛行場は、サラマンダーとプテラスで編成される航空部隊の帰還を待っていた。

 

 

 

「今日は、大変な事になりそうだ………」

 

 

整備班の班長を務めるジョン・レックス少尉は、滑走路脇にある整備班用の待機所にいた。防空壕も兼ねるコンクリート製の待機所には、彼の部下達も待機していた。

 

 

ベンチに座る彼の灰色の双眸は、待機所の外………コンクリート製の滑走路に向けられている。

 

 

其処は、彼にとっての戦場。今は、何もない平穏なコンクリートの野も、そこを寝床とする鋼鉄の翼竜達が戻って来れば、最前線と相違ない危険な場所に変わる。

 

 

今の状況は、嵐の前の静けさと言えた。

 

 

 

「班長殿!味方機が、味方機が見えてきました!」

 

 

「そうか!」

 

 

男は立ち上がり、待機所を出ると、右手に握りしめていた双眼鏡で、彼方の空を見た。双眼鏡からは、基地へと帰投してくる友軍機の編隊が見えた。

 

 

 

編隊を構成する機体の何機かは、損傷しているらしく、黒煙を引いていたり、編隊から外れかけていた。

 

 

「損傷してる奴が多いな。………ん!」

 

 

 

ジョンの見ている前で、1機の機影――――――形状から推測するにサラマンダー………が編隊から脱落し、高度を下げていった。

 

 

「頑張れ!」

 

ジョンの隣にいた新米の整備兵が叫んだが、彼の願いも虚しくサラマンダーは、地表へと落下していった。直後、地面で爆発が起こった。

 

「来るぞ!」

 

 

やがて、最初の1機が着陸を開始した。サラマンダーとプテラスは、それぞれ別の滑走路に着陸していく。損傷している機体の中には、着陸と同時に脚部が破損した機体や滑走路の近くの地面に不時着した機体もあった。

 

 

「爆撃の後で助かったぜ……」

 

 

ジョンは、1機のサラマンダーが脚部を損傷して胴体着陸するのを見て言った。

 

 

 

サラマンダーの爆弾槽は、胴体下部にある。

 

 

地上攻撃用のバルカンファランクスもそこにある。もし爆弾を搭載した状態だったら、たちまち爆発していたに違いない。その場合、滑走路は瞬時に灼熱地獄に変わっていたのは確実だった。

 

 

 

「お前ら!行くぞ!」

 

 

初老の整備班長は、背後の部下達に叫んだ。

 

 

「はい!」

 

「はい!おやっさん!!」

 

 

「おう!」

 

「了解です。」

 

 

彼らは次々とジープに乗り込み、滑走路に着陸した友軍機へと走っていく。

 

 

ジープには整備用の器材だけでなく、明るい赤色の容器――――化学消火剤のボンベが入っていた。飛行ゾイドの整備兵にとってそれは無くてはならないものであった。

 

 

彼らの任務は、主に着陸したゾイドの修理整備であるが、それだけでなく負傷したパイロットの応急処置や火災の消火も含まれている。

 

 

 

ジョンの率いる整備チームは損傷機用の予備滑走路に着陸したサラマンダーに集まると火災を起こしている箇所や高熱を発している箇所に向けて消火剤を浴びせていく。他の整備班も同じ行動を行っていた。

 

 

短時間で、滑走路は、化学消火剤の白い泡がまき散らされていった。

 

 

必死の整備作業の中、悲劇が起こった両脚部を破損した1機のプテラスが不時着し、コンクリート片と火花をまき散らしながら滑走路を滑った。

 

 

それに滑走路を走っていた整備班を乗せたジープが巻き込まれたのである。整備兵の一部は、滑走路の〝染み〟と化した。

 

 

「畜生!あれじゃ助からん!」

 

 

整備兵の1人は、目の前の惨劇を見て叫んだ。

 

 

「くっ!」

 

 

間髪入れず轟音が、滑走路に居た者の耳を襲った。それはまるで巨人の鉄拳が振り下ろされたかのようだった。

 

 

「プテラス……着陸角度がまずかったのか……!」

 

 

整備兵の1人は、轟音のした方向を見て言った。

 

 

そこには、プテラスが頭から地面に突っ込んでいた。滑走路脇の草むらに不時着しようとして失敗したのだろう。

 

 

頭部コックピットは完全に潰れており、パイロットが生きている可能性は万に一つの可能性も無かった。

 

 

最後の1機が着陸したのと同時に医療班を乗せた車両が滑走路に入ってきた。

 

「サラマンダー隊で帰ってきたのは、9機中6機か……くううっ!!」

 

 

作戦終了後、航空隊司令官を務める空軍将校は、損害表を見て苦虫を1ダースは嚙み潰したような表情を見せた。

 

 

その隣にいる気の弱そうな長身の副官に至っては、顔を青ざめさせていた。

 

ここ連日、この基地を含め、中央山脈北部爆撃作戦に従事している共和国空軍部隊は、少なくない損害を受けていた。

 

 

特にサラマンダーの被害は、大損害と言っても過言ではない。

 

 

サラマンダー1機の戦力価値とコストがプテラスの5倍から10倍と考えられていることを考えれば、サラマンダー3機の損失は、プテラス30機に匹敵する。

 

 

「このままでは、こちらの航空戦力が枯渇しかねんぞ………」

 

 

「来週には、増援の航空隊が到着しますが、それも何時まで持つのか……」

 

 

来週には、サラマンダーとプテラス合わせて257機が増援として、この戦線に配備される予定だった。

 

 

「敵の航空戦力………特にあのドラゴン型ゾイドを排除しない限り、我が軍の被害は増す一方だ。」

 

 

「はい、敵の新型機 レドラーの機体特性は驚異的です。空中でレーザーブレードを用いた格闘戦を行うなんて、常識外れもいいところです。」

 

 

 

「レドラーと互角に戦える新型飛行ゾイドが必要だ。前線のパイロット達の報告を鑑みるにプテラスとサラマンダーの改良では、現状、レドラーに勝てない……これが現実だ。」

 

レドラーと互角以上に戦える飛行ゾイド………それは、現在のヘリック共和国空軍のパイロットが最も必要としているものであった。

 

だが、それが配備されるのはずっと先の事になるであろうことは空軍司令官から一介の整備兵までもが容易に想像できることだった。

 

彼らは当分の間は、プテラスとサラマンダー、この2機種の改良型で戦わなければならなかった。

 

 

「……明日、地上部隊が支援攻撃をしてくれるらしい。それを信じよう。」

 

 

「支援攻撃……ダナム山岳基地攻略作戦とも関係しているのでしょうか?」

 

「詳細は分からんが、帝国の空の壁を打ち破る第1歩をしてくれるらしい。」

 

 

 

2人の空軍将校は、管制塔の向こう側を、防弾耐衝撃性ガラスを隔てた先、滑走路を見つめていた。滑走路には、傷付いた空の戦士達が、鋼鉄の身体を横たえていた。

 

 

 




感想、アドバイスお待ちしております。


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第22話 空の戦い 中編

ゾイドワイルドの映像が一部公開されましたが、とても素晴らしいものでした。
本放送が楽しみです。


 

 

―――――――――――ダナム山岳基地 上空――――――――――

 

中央山脈北部の空は、共和国空軍に所属するパイロットと彼らの相棒である飛行ゾイドにとって、お世辞にも居心地の良い場所とは言えなかった。

 

 

特に中央山脈最大のゼネバス帝国の山岳基地 ダナム山岳基地周辺の空域は、ある種の〝聖域〟といっても過言ではない。

 

聖域を犯したものが神罰を受ける様に、ダナム山岳基地の空域に侵入した空軍機は、対空火器と別の空域から飛来した帝国空軍の飛行ゾイド部隊の盛大な歓迎を受けて撃墜される事になる。

 

 

それは、ヘリック共和国が誇る大型飛行ゾイド サラマンダーとそのパイロットにとっても例外ではない。

 

その危険極まりない空を、共和国空軍のパイロット バート少佐は、愛機であるサラマンダーと共に飛んでいた。彼だけではなく、部下の機体も彼の機体の横を飛んでいた。

 

 

共和国空軍のパイロットにとって最も危険な空を、彼らは今、愛機と共に飛んでいた。

 

 

「こちら1番機、2番機から4番機、編隊を崩すな。」

 

「了解!」

 

「仕方ないだろう。〝上役〟は、俺達よりも上を飛んでるんだからな。」

 

バートは、上を見て、言った。

 

 

与圧されたコックピットの上を覆う防弾キャノピーの向こう――――――――この空域より更に2000m上空の空を、彼らの護衛対象は、悠々と進んでいる。

 

 

〝上役〟………その正体は、彼らの2000m上空を飛行している高高度偵察仕様のサラマンダー。敵の対空火器や迎撃機の届かない高高度から敵地の情報収集を行うというコンセプトで開発された。

 

偵察用である為、装備火器は、翼部の対空レーザーのみであるが、最大で高度23000mまで上昇可能という驚異的な上昇力を有している。

 

バルカンファランクスが撤去された胴体下部には、偵察員用の与圧室と偵察用の装備―――――その中には、高解像度の電子式望遠レンズも含まれている……が搭載されている。

 

高高度を飛行する為にパイロットは、宇宙服同然の専用与圧服を着用する必要があった。

 

ZAC2045年現在の時点で、宇宙服を着て操縦する必要のあるゾイドは、ヘリック共和国ではこの機体だけだった。(ゼネバス帝国には、人工衛星破壊用の試作機 スペースコングが存在していた)。

 

 

この機体は、まさに航空偵察における共和国空軍の切り札。

 

 

 

 

その2000m下を、バート達の戦闘機型サラマンダーが4機 ダイヤモンド隊形で飛行している。

 

 

彼らは、遥か上空を飛ぶ高高度偵察仕様のサラマンダーの護衛機であったが、パイロット達には、護衛しているという自覚はあまりなかった。2000m上を単機で飛ぶ機体を護衛するという経験は彼らに無かったからである。

 

 

「隊長、俺達が護衛する必要なんてあるんですかね?こっちは限界高度ギリギリを飛んでるってのに………」

 

 

2番機のパイロットが尋ねる。彼の疑問は、この護衛任務を与えられたサラマンダーのパイロット達が多かれ少なかれ抱いているものであった。

 

 

「高高度偵察機のサラマンダーには、武装が殆ど無い。敵機に襲われたら一溜りもないだろう。護衛機が欠かせないってことさ。偵察任務を安全にする為だろう。」

 

 

部下の疑問に同意したくなる自分を抑えつつ、バート少佐は、部下にこの任務の必要性を滔々と述べた。

 

 

それは、彼の意見というよりは、この任務を彼と部下に命じた空軍上層部の見解に近かった。バート自身も、高高度偵察機のサラマンダーに護衛として戦闘機型サラマンダーの部隊を配備する意味をあまり見いだせなかった。

 

 

「隊長殿………それなら我々も、どうして偵察用の装備を付けてるんです?単なる護衛には不要では……?」

 

 

別の部下から質問が飛んでくる。彼が言っているのは、今回のサラマンダー4機の装備の事であった。

 

通常の戦闘機型のサラマンダーは、背部の対空ミサイルと緊急時の加速用ブースターを装備しているだけである。

 

 

しかし、今回のバート少佐の隊の機体は、背部に対空ミサイルの代わりに偵察用レドームが追加装備されていた。

 

 

 

「偵察用レドームの事か。それなら、ブリーフィングで司令が説明してくれた通りだ。俺達も護衛ついでに偵察してくれってことさ。気にする事はない。」

 

「……しかし、妙な話ですよ。偵察任務なら〝上役〟がいるってのに………俺達も皿を背負ってるんですか?重たいだけのデッドウェイトじゃないですか?」

 

 

「それは、偵察任務を確実にする為さ。〝上役〟にトラブルがあった場合でも、俺達が情報を持ち帰れるようにって事だ。いざってときは、火薬でパージすればいい。」

 

 

なるべく明るい口調で、バートは言った。

 

彼の発言の内容は、上層部の見解の受け売りに近かった。バートは、自分が上層部のスピーカーになりかけている事に軽い自己嫌悪を覚えた。

 

 

「きっと上層部の奴らは、俺達を囮にしようとしているんですよ。〝上役〟の連中が確実に帰還できる様に………」

 

「馬鹿げている事を言うな。今の我が軍に貴重なサラマンダーとそのパイロットを捨て石にする様な余裕はない……!!」

 

「………申し訳ありません隊長。苛立ってました。」

 

申し訳そうにその部下は謝罪した。

 

「いい、お前ら、そろそろ私語は慎めよ………もうすぐ作戦空域、ダナム山岳基地の上空に差し掛かる」

 

「了解!」

 

「分かりました。」

 

「了解!」

 

「………(この高度なら、脅威となるのは、アイアンコングのミサイル位だな)」

 

 

ゼネバス帝国軍の保有する火器で高高度を飛行するサラマンダーを確実に撃墜可能な対空火器は、アイアンコングの背部ミサイルか、アイアンコングmkⅡ限定型の高高度対空ミサイルのみ。

 

それ以外は、デスザウラーの荷電粒子砲があるが、これはあくまで地上目標用で中低高度ならともかく高高度を高速で飛ぶ目標を狙い撃つように出来ていない為例外だった。

 

 

「地上より、高熱源体接近!ミサイルです!」

 

 

「アイアンコングのミサイルか………!全機、ECM全開!回避を優先しろ!」

 

中央山脈北部の碧空を飛ぶ、4機の鋼鉄の怪鳥は、その巨体らしからぬ動きで空を駆ける。

 

「……?」

 

 

2発のミサイルは、4機のサラマンダーを素通りして更なる高みへと駆け上がっていく。

 

 

 

「標的は、上の奴らか!」

 

バート少佐らは、ようやく気付いた。敵の目標は、自分達ではなく、それよりも上を飛ぶ、護衛対象である事に。

 

 

「スカイアイ!回避しろ!」

 

「………!こちらスカイアイ……、ミサイルが早すぎる………回避できない。わああああぁ……」

 

 

悲鳴は、爆音と共に途切れた。

 

 

標的は、高高度偵察仕様のサラマンダー――――――――――――約2分後、彼らの2000m上空で爆発の花が咲いた。

 

 

4機のサラマンダーとそのパイロット達が守るべき友軍機が撃墜されたことを意味していた。

 

 

この瞬間、4機の護衛機の任務は、失敗が確定した。

破片が降り注いできたが、幸い4機に被害は無かった。

 

 

「………」

 

 

暫くの間、護衛のサラマンダーのパイロット達は、無言だった。

 

 

「隊長!あれを見てください!」

 

 

部下の一人から通信が来る。同時に正面モニターに映像が表示された。その映像を見たバート少佐は、思わず驚愕の余り息を吞む。

 

 

映像は、地上のダナム山岳基地の一角を映した映像―――――――その中心のコンクリートの灰色の地面には、1機のゾイドがいた。

 

その機体の名はアイアンコング。

 

 

ノーマルタイプと異なり、装甲は紅く彩られ、全身にビームランチャーを始めとする重火器を搭載していた。その深紅に彩られた装甲は、切り倒した敵の返り血を浴びたばかりの戦士を彷彿とさせる。

 

 

「アイアンコングmkⅡ………限定型です!」

 

 

「司令機自ら出てきたというのか……?!」

 

 

事前情報で、敵の司令官機がアイアンコングmkⅡ限定型である事を教えられていたバート少佐は、驚愕を隠せない。

 

 

司令官が自らゾイドを駆り、基地上空に飛来した敵機を撃墜する――――――――――大昔の部族間紛争や地球人の技術が伝来したばかりの時期ならともかくZAC2040年代の現代の戦場で、司令官が自らゾイドを操縦して敵機を撃破するのは、珍しい事であった。

 

 

しかし、彼が驚愕したのは、それだけではない。彼を真に驚愕させたのは、パイロットの技量であった。

 

 

「………(あの高度を飛んでいたサラマンダーを撃墜した………なんて技量だ。)」

 

 

高高度対空ミサイルの性能が優秀であるとはいえ、ミサイルの上昇限界高度ギリギリを高速で飛行する高高度偵察機仕様のサラマンダーを撃墜するのは、至難の業である。

 

 

それをいとも簡単に成し遂げたという事は、あのアイアンコングmkⅡ限定型のパイロット…………ダナム山岳基地の司令官であるクルト・ヴァイトリング少将が、司令官として優秀なだけでなく、ゾイド乗りとしても優秀である事を何よりも雄弁に教えていた。

 

 

「全機撤退!ここに居ても的になるだけだ!退くぞ……」

 

 

「……了解」

 

 

「……了解です」

 

「了解」

 

 

高高度偵察仕様のサラマンダーが撃墜された事で、護衛のサラマンダー4機は撤退を開始した。これ以上この空域に留まっていてもいい的になるだけだからである。

 

敗北感に胸を締め付けられる思いで、彼らは友軍基地へと機体を旋回させた。

 

 

侵入時と同じく、指揮官機のサラマンダーを先頭に友軍空域に向かって退避していく。サラマンダー4機の脚部や胴体下部からチャフとフレアをまき散らして退避した。

 

 

サラマンダーの巨体が生み出す白い航跡に銀色の紙と火球が加わった。それは、遥か地上から見ると、空中に無数の銀の輝きと火の玉が溢れた様に見えた。

 

 

 

「司令官殿、奴ら尻尾を巻いて逃げ出していきましたぜ」

 

 

「カリウス、彼らは賢明だよ。無謀と勇気を弁えている。」

 

 

司令官 クルト・ヴァイトリング少将は、正面モニターに表示された退却していく敵機の情報を見つめて言った。

 

「この基地に少数機で突っ込む時点で、賢明と思えませんけどね。俺には」

 

 

「……無理を承知で突っ込んできたのかもしれないな。共和国軍がこの基地を重要拠点だと認識している証拠だよ。カリウス」

 

 

ヴァイトリングのアイアンコングmkⅡ限定型の横には、巨大な背鰭を有する4足歩行の機体――――――――ディメトロドン型大型電子戦ゾイド ディメトロドンが、騎士に付き従う忠実な従者の様に付き添っている。

 

 

ディメトロドンのパイロット カリウス・シュナイダー大尉は、アイアンコングmkⅡ限定型の対空射撃の射撃観測を担当していた。

 

 

カリウスは、ディメトロドンの強力なレーダーを用いてダナム山岳基地の上空に襲来した4機のサラマンダーとその上空を飛ぶ高高度偵察機型のサラマンダーの位置、速度等の射撃に必要なデータを収集し、アイアンコングmkⅡ限定型に送っていたのである。

 

 

ヴァイトリングが14000m以上の高高度を飛行する改造型サラマンダーを撃墜できたのも、彼とディメトロドンが齎した情報………観測データの存在があったのが大きい。

 

 

もし、彼とディメトロドンが射撃観測を行わず、アイアンコングmkⅡ限定型とパイロットであるヴァイトリングの独力で、迎撃していたら、対空ミサイルの性能が高性能だったとしても高高度を飛行するサラマンダーを撃墜できた可能性は低かった。

 

 

「………少将閣下。これで、共和国の〝カラス〟共はこの基地に近寄りませんかね?」カリウスが言った、〝カラス〟とは、サラマンダーの帝国側での綽名である。

 

 

「どうだろうな。むしろ共和国軍は、何が何でもこの基地の空に稲妻のマークを付けた機体を送り込みたがるだろうな」

 

 

 

ヴァイトリングは、正面モニターに映る青空を見つめた。雲一つない澄んだ空を飛ぶ者はもう誰もいなかった。

 

 

 

 

 

司令官の操縦するアイアンコングが高高度偵察仕様のサラマンダーを撃墜した事は、直ぐにダナム山岳基地中の噂になっていた。

 

 

兵士達は、誇らしげに〝我等が司令官〟が自らゾイドを操縦して敵機を撃墜した事を語り合った。

 

 

第27高速大隊第3中隊隊長 イルムガルト・ヘフナーもその1人であった。イルムガルトは、格納庫の1つで部下や整備兵達と、先程見た光景を、ミサイルを受けて撃墜される敵機について話していた。

 

 

「イルムガルト………はしゃいでいる様だな。」

 

 

「あっ、ボウマン中佐!」

 

 

背後から聞こえた声に、先程まで部下と子供の様に語り合っていた彼女は慌ててて敬礼した。

 

「司令官閣下の活躍を喜ぶ気持ちは分かるが、はしゃぎすぎるのも考え物だぞ、それじゃあ、訓練学校時代のヒヨッコと何も変わらないからな。何時までもひよこの儘じゃ、親鳥としても困る。」

 

 

ボウマンは、窘める様に言う。イルムガルトは羞恥に顔を朱に染めつつ、教官に言い返す。

 

「……!!ただはしゃいでるだけじゃないですよ、中佐殿。我々は、司令官が優れたゾイド乗りであるという事実に感動しているんです。高空を飛ぶサラマンダーを撃墜した司令官閣下の射撃の腕は見事でした。私もサーベルタイガー乗りとして、あの様に頑張っていきたいと思っています。かのダニー・ダンカン将軍のように………」

 

イルムガルトが言った名前は、サーベルタイガーのエースパイロットで最も有名な人物であった。

 

 

低空を飛ぶサラマンダーにサーベルタイガーで飛び掛かって撃墜した逸話で知られ、ゼネバス皇帝の盾となって散ったバレシア基地司令官 ダニー・〝タイガー〟・ダンカン将軍の活躍は、今なお帝国軍人の鏡として帝国で称えられている。

 

 

特に同じサーベルタイガー乗りにとっては、彼は憧れそのものであった。イルムガルトだけでなく、ボウマンもダニー・ダンカン将軍に憧れていた。

 

 

 

「ほう、ダニー・ダンカン将軍か………俺もあの人と一度戦ったことがあった。素晴らしいパイロット、軍人だったよ。俺もああなりたいと今でも思っているな。我々も、この戦いで、サラマンダーを格闘攻撃で撃墜しなきゃならん状況が来るかもしれん、帝国軍人たるもの、いかなる状況に備えて技量を磨いておく必要があるぞ」

 

 

「はい、ですが、流石にこの基地に居る間は、その様な事態は起らないかと思います。

このダナム山岳基地の対空設備は、本国の都市、ガニメデやイリューションに劣るものではありません。共和国空軍が大編隊を組んで襲来してきたとしても返り討ちに遭うだけでしょう。」

 

 

イルムガルトが言った言葉は、誇張でも希望的観測でもなく、事実である。

 

 

彼女の言う通り、ダナム山岳基地には、司令官の乗機でもあるアイアンコングmkⅡ限定型を始めとするアイアンコング部隊、突撃部隊指揮官のエルツベルガー大佐の率いるレッドホーン部隊等の対空装備に優れたゾイドを多数有する部隊が配置されている。

 

それだけでなく、対空用に改造されたゾイドやマルダー等の防空任務専門の機体で編成された対空部隊が複数配属されている。

 

またマルダーやモルガAA等の対空ゾイドだけでなく、基地本体にもレーダー連動式の対空砲や対空ミサイル等対空火器が、敵の爆撃部隊に有効に火力を集中できる様に注意深く配置されている。

 

それは、あたかも回廊の様で、ダナム山岳基地に大編隊が侵入した場合には猛烈な対空砲火を浴びせられるようになっていた。

 

優れた防空戦力を保有するダナム山岳基地に生半可な航空戦力で挑みかかれば、あっという間に消耗してしまうのは確実だった。

 

 

イルムガルト自身も、この基地に配属されてから、何度も味方の高射砲陣地や防空部隊のゾイドが偵察に出現した共和国空軍機を撃墜するのを目撃している。

 

 

共和国軍もそれを認識しているのか、少数機の航空偵察以外空軍機をこの基地の上空に送り込んできたことは無かった。

 

 

「確かにこの基地の防空設備と防空隊員は優秀だ。しかし、油断は出来ないぞ。如何に優れた対空設備も補給がなければガラクタと同じだからな。ミサイルも対空砲弾も、基地にある備蓄が無くなったらおしまいだ。」

 

「あっ……はい……!」

 

 

イルムガルトは、ボウマンに敬礼する。

 

 

「我々に出来るのは、味方の防空部隊が心置きなく戦えるように補給線を守り、侵入してくる敵の偵察部隊を叩く事だ。」

 

「はい!」

 

イルムガルトと部下達は、ボウマンに敬礼した。

 

ボウマンも敬礼を返す。

 

「訓練を頑張るんだぞ。サーベルタイガーエースが増える事はこの基地にとっても良い事だからな!」

 

それだけ言うと、ボウマンは、格納庫を立ち去った。

 

 

「はい!頑張ります!」

 

 

自分は教官から期待されている………その事実にイルムガルトの心身は感動に打ち震えた。

 

 




感想、評価お待ちしております。
後、活動報告で新作の構想をお伝えします。


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第23話 空の戦い 後編

ゾイドワイルドまでいよいよ1週間となりましたね!
私としてはステゴサウルス型とパキケファロサウルス型のギミックが楽しみです。



 

 

 

――――――――――――中央山脈北部 帝国側勢力圏―――――――――

雪が降り積もる険しい岩場にその部隊は配置されていた。この帝国軍部隊は、ディメトロドン1機 ゲーター3機を中核とする電子戦部隊で、更に彼らを護衛する為の小型ゾイド部隊が10機近く周囲に展開していた。

 

「上空に敵機なし………昨日とは大違いだな」

 

 

第327哨戒部隊指揮官 ヴォルフラム・ドルゲ大尉は、愛機の対空レーダーの表示を見て言った。対空レーダーには、敵機の姿は確認されていない。今のところは。

 

 

「今日は来ないのかな?」

 

「だといいな」

 

 

彼の愛機のディメトロドンとは、1年以上の付き合いになる。

 

 

 

ドルゲとディメトロドンの初陣は、ゼネバス帝国の失地回復の第一歩となったバレシア湾上陸作戦―――――――――約2年の平和のぬるま湯に浸っていた共和国軍に暗黒大陸で軍備増強に努めた帝国軍の戦力を見せ付けたこの戦いで彼とディメトロドンは、決定的な役割を果たした。と言っても最前線で暴れ回ったわけでは無い。

 

 

ドルゲのディメトロドンと戦友達は、電子戦という銃弾を使わない戦いで勝利する事で友軍に貢献したのである。

 

 

彼の愛機 ディメトロドンは、武装面では、ゼネバス帝国軍の保有する大型ゾイドの中で最も貧弱だ。

 

 

だが、この機体には、デスザウラーやアイアンコングといった帝国軍の強力なゾイドにも匹敵する威力を秘めている。それは、電子戦能力。

 

 

ディメトロドンの最大の特徴である巨大な背鰭は、高性能のレーダーシステムなのである。

 

 

更にディメトロドンには、強力な電子システムが搭載されている。

ディメトロドンに搭載されている電子システムは、敵の電波を捉え、自動的に分析し、瞬時に電子妨害を行う事が可能であった。

 

初陣となったバレシアの戦いで、ディメトロドンは、共和国軍の大型電子戦ゾイド ゴルドスを撃破し、強力な妨害電波で共和国軍の通信網を破壊した。

 

 

ディメトロドンの電子攻撃によってレーダーも通信機も使用不能になったバレシア湾沿岸の共和国守備隊は、降伏を余儀なくされたのである。

 

 

「このディメトロドンの電子システムがある限り、共和国の奴らに奇襲はさせんよ!」

 

 

 

初陣以来、愛機と共に祖国の勝利に貢献してきたドルゲは、自分の職務に誇りを持っていた。

 

電子戦という一見地味な任務が、如何に現代の戦争で重要な役割を果たしているかを彼は知っていたからだ。

 

 

「後5分で昼飯ですね。」

 

ドルゲの部下の1人が言う。

 

退屈な上空警戒任務では、食事は、数少ない楽しみの1つ。と言っても保存食。だが、それでも彼らにとっては貴重な日々の糧と言えた。

 

 

「ああ、ビーフシチューのパックを開けよう。あれは、一番美味いからな」ビーフシチューのパックは、彼らにとっては、御馳走であった。

 

「!!本当ですか?!隊長殿っ」

 

「おう。今日は敵機が来ない日みたいだからな。」

 

こんな日は久しぶりだな。とドルゲは心の中で呟く。

 

ここ2週間近く、共和国空軍の飛行ゾイドが侵入してこない日はなかった。

 

 

ドルゲらは、今日が平和な日になると思っていた。

 

しかし、彼らが昼食を取る事は二度と無かった。突如、ディメトロドンの護衛を務めていたハンマーロックが爆散する。

 

「何だ?!」

 

「敵襲!」

 

「あれは、アロザウラー………寒冷地仕様かっ」

 

 

彼らの目の前に現れたのは、共和国軍が新開発した中型ゾイド アロザウラー。

 

アロザウラーは、寒冷地仕様に腰部に排気ダクト、脚部にスキー板の様な安定板を装備し、雪と岩の大地に溶け込むような寒冷地迷彩塗装が施されていた。

 

 

アロザウラーの数は、6機。

 

 

いずれも素早い動きで護衛機に攻撃を開始した。

アロザウラーの背部の2連装ビーム砲が火を噴いた。コックピットを撃ち抜かれたハンマーロックがもんどりうって倒れた。

 

 

アロザウラーの左腕………電磁ハンドがイグアンの頭部コックピットを握り潰し、右腕に内蔵した火炎放射器をゲルダーに浴びせる。

 

 

「なんて速さだ……うぁあああ」

 

「電子戦機を守れっくっ」

 

 

奇襲攻撃を受けた事もあり、護衛部隊は、次々と雪原に崩れ落ち、屍を晒す。

 

 

最後の1機がアロザウラーの集中砲火を浴びて大破炎上した。

護衛機を全て葬った共和国軍機は、ディメトロドンに襲い掛かった。

 

 

ディメトロドンの頭部コックピットをパイロットごと嚙み砕いた。

 

ドルゲが最後に目撃したのは、鋭い歯が並んだアロザウラーの口だった。こうして第327哨戒部隊は、全滅した。

 

 

同じ頃、周囲の対空警戒を担当していた3つの帝国の哨戒部隊が共和国軍の小部隊の襲撃を受けて壊滅状態に陥っていた。

 

 

この襲撃には、4機のシールドライガー寒冷地仕様で編成された第7高速中隊第1小隊も参加していた。

 

 

 

「救援を呼ばれる前に叩くぞ!」

 

「はい!」

 

「了解!」

 

 

4機のシールドライガー寒冷地仕様が、雪に覆われた険しい山肌を駆け降りる。4機の白い獅子が獲物に襲い掛かった。

 

 

先頭を走るのは、指揮官であるケインのシールドライガー寒冷地仕様である。ケインのシールドライガー寒冷地仕様の前に護衛機のハンマーロック3機が立ち塞がった。

 

 

「邪魔だ!」

 

 

ケインのシールドライガー寒冷地仕様が横薙ぎに火炎放射器を掃射、炎の渦に飲み込まれたハンマーロック3機が炎に飲み込まれる。

 

 

ティムのシールドライガー寒冷地仕様がハンマーロックの胸部にレーザーサーベルを突き立てる。他の2機のシールドライガー寒冷地仕様もそれぞれ護衛機を葬っていた。

 

 

護衛機を全て仕留めた4機のシールドライガー寒冷地仕様は、ディメトロドン2機、ゲーター3機で編成された哨戒部隊に襲い掛かった。

 

 

ディメトロドンは、接近戦ビーム砲、ゲーター3機はビームガトリングで弾幕を張って応戦する。だが、それらの攻撃は、シールドライガー寒冷地仕様を撃破するには不十分過ぎた。

 

 

 

火炎放射器が火を噴き、炎の渦がゲーター数機を飲み込み、燃え盛る残骸に変換した。

 

 

 

「くたばりやがれ!」

 

 

ティムのシールドライガー寒冷地仕様がディメトロドンに肉薄し、至近距離から火炎放射を浴びせ、撃破する。

 

最後に残ったディメトロドンに指揮官機のシールドライガー寒冷地仕様が飛び掛かる。

 

ストライククローの一撃が、ディメトロドンの背鰭を薙ぎ払う。ディメトロドンが悲鳴を上げる。

 

 

「これで、終わりだ!」

 

 

シールドライガー寒冷地仕様のレーザーサーベルがディメトロドンの首筋につきたてられた。

 

 

同じ頃数十キロ先では、ベアファイターとコマンドウルフの混成部隊がディメトロドンと護衛部隊を撃破していた。

 

 

今回の対空警戒部隊への攻撃には、共和国陸軍のシールドライガー、コマンドウルフ、ベアファイター、アロザウラー、スネークスといった山岳での活動に優れたゾイドで編成された部隊が参加していた。

 

 

 

しかし、例外も存在した。

 

 

 

 

第233遊撃戦旅団 通称 ウィンター・ラビット旅団に所属する兵士達とそのゾイドがそれである。定数2500人のこの旅団は、1年前のデスザウラーによる帝国の攻撃による共和国首都失陥以来、多数編成された遊撃戦(ゲリラ戦)部隊の1つであった。

 

 

その最大の特徴は、ザブリスキーポイントに程近い共和国北部等の寒冷地出身者が兵員の大半を占めているという点である。

 

超小型ゾイドと歩兵部隊で編成されたこの部隊は、中央山脈北部等の寒冷地での後方浸透ゲリラ作戦のために設立された。彼らは、寒冷地でのゲリラ戦のプロフェッショナルと言えた。

 

 

これまで彼らは、主にカンガルー型アタックゾイド ショットダイルを運用していたが、2週間前から新型の24ゾイド バトルローバーに更新されている。

 

 

今回のダナム山岳基地攻略作戦でも敵の補給路の寸断や後方攪乱、偵察等の攻略部隊への支援任務に従事する事となっていた。そして、今日も彼らは、この極寒の雪山で作戦を行っていた。

 

 

今回の彼らの獲物は、帝国軍の対空警戒部隊である。

 

 

「護衛は、イグアン4機とモルガ、シルバーコングが数機か………目標を攻撃する前に叩いておくべきか……?」

 

ゲリラ部隊を率いる隊長の男は、岩陰に隠れながら赤外線対応式電子双眼鏡で敵部隊を眺めながら、言った。

 

彼の黒い双眸の見つめる先には、ディメトロドンの赤い巨体があった。それこそ、彼と彼の部下の攻撃目標。

 

 

「隊長、全員は位置に着きました。」

 

背後から副官が小声で伝えてきた。

 

「分かった。手筈はいつも通り、俺の隊がミサイルを発射したら、皆で一斉にディメトロドンを叩け!」

 

「了解!」

 

隊長は、組み立てたばかりの手持ち式の対ゾイドミサイルを肩にかけ、目標に砲口を向けた。

 

 

「………当たれ!」

 

爆炎と同時に砲口から小型ミサイルが発射された。そのミサイルは、後部から炎を噴き上げながら、吹雪の中を突進し、護衛部隊のイグアンに着弾した。それを合図に部下達も次々と、ミサイルを発射した。

 

赤外線誘導方式のミサイルは、発射された方向に存在する最大の熱源を目指して飛翔していった。

 

この極寒の地で高熱を放つ物と言えば、軍用ゾイド以外あり得ない。

 

 

そしてこの場で、最も高い熱を放っているのは、大型電子戦ゾイド ディメトロドン………正確には、その背鰭、レーダーシステムだった。

 

 

レーダーシステムを兼ねるディメトロドンの背鰭に小型ミサイルが次々と着弾した。ディメトロドンの背鰭が爆発と同時にはじけ飛んだ。

 

 

背鰭を吹き飛ばされたディメトロドンの悲鳴が響き渡った。

 

「やったぜ!」

 

「よし、全部隊撤収!」

 

 

指揮官の男が右手を高く掲げ、空中に信号弾を発射した。空中で信号弾が炸裂するのと同時に各所に伏せていた特殊部隊員がバトルローバーに乗って退却を開始した。

 

 

「逃がすか!」襲撃を受けた帝国軍も逃げる特殊部隊を追撃しようとする。だが、そこに新手が出現した。新手………その正体は、共和国側のホバー式の戦闘ビークル サンドスピーダの寒冷地仕様―――――-スノースピーダである。

 

 

スノースピーダに跨った共和国兵は、右手に持ったサブマシンガンを乱射し、敵歩兵目掛けて手榴弾を投げつけた。

 

護衛部隊のゾイドに随伴していた歩兵部隊が打撃を受けた。それでもなお、イグアン1機を含む帝国軍部隊は、共和国軍特殊部隊を追撃する。

 

次の瞬間、イグアンの左脚の真下の地面が爆発した。

 

撤退用に埋設していた地雷が炸裂したのである。この地雷は、直接ゾイドや車両が踏む事で信管が作動するタイプの地雷で、ホバー飛行するスノースピーダは、その上空を飛んでも問題はなかった。

 

 

「くっ、地雷だと……!?」

 

 

左脚を損傷したイグアンはその場で膝を付く。その隣では、シルバーコングが地雷を踏んで吹き飛ばされていた。

 

 

煙幕と地雷が齎す混乱に乗じてバトルローバーとスノースピーダの混成部隊は、撤退していった。白煙が晴れた後、残されたのは、背鰭を吹き飛ばされたディメトロドンと護衛部隊のみ。

 

短時間の間で、ゼネバス帝国軍が中央山脈北部前面に形成していた警戒網は、ズタズタにされた。

 

 

 

その5分後、共和国空軍の戦爆連合が上空を通過した。

 

 

対空警戒の電子戦部隊を喪失したゼネバス帝国軍は、それを察知することが出来なかった。

 

「畜生なんて数だ!陸軍のディメトロドン部隊は何をしていたんだ?!」

 

 

警戒飛行していたシュトルヒ・ブラックバードのパイロットは、目の前に出現した敵の大編隊を見て、思わず叫んだ。

 

 

彼とシュトルヒの前には、共和国空軍の大編隊があった。

その数は、優に100は下らないだろう。

 

 

 

シュトルヒの早期警戒機仕様であるこの機体が、到底敵う相手ではない。

 

 

彼は機体を反転させ、友軍基地へと退避しようとしたが、その判断は遅すぎた。

 

 

大編隊から数機のプテラスが飛び出し、退却するシュトルヒ・ブラックバードを追撃した。

 

 

シュトルヒ・ブラックバードは、必死で逃げる。だが、元々、背部にレドームを装備していることもあって、その動きは通常機に劣っている。

 

 

プテラスの1機が背部の空対空ミサイルを発射した。直後、ゼネバス帝国軍唯一の早期警戒機は、ヘリック共和国製のミサイルを受けて火球と化した。

 

 

中央山脈北部における航空撃滅戦の火ぶたは、こうして切って落とされた。ゼネバス帝国空軍の迎撃を殆ど受けることなく、サラマンダーとプテラスで編成された共和国空軍の戦爆連合は、攻撃を開始した。

 

 

彼らは、真っ先に空軍基地や飛行場に襲い掛かった。

最初に共和国空軍の標的となったのは、ヴィンターシュタール飛行場であった。

 

 

山岳地の麓に建設されたこの空軍基地には、シンカー、シュトルヒ、レドラー合わせて約40機が配備されていた。

 

彼らが、敵機の反応に気付いたのは、敵編隊が肉眼で辛うじて見えるまでに接近した辺りで合った。

 

 

「なんて数だ……!」

 

 

基地の管制塔にいた士官の1人は、猛スピードで接近してくる敵の航空部隊を見て思わず叫んだ。

 

 

全機を発進させる時間はない。基地司令官は、思わず苦虫を嚙み潰したような表情をした。

 

山の麓にある空軍基地に空襲警報が鳴り響いた。

 

 

「空襲!空襲!防空部隊は、直ちに迎撃せよ!戦闘機隊は発進を急げ!」

 

 

けたたましい空襲警報が基地全体を包み込み、基地のパイロットや整備兵等、兵士達は行動を開始した。

 

 

「共和国の奴らめ、仕掛けてきやがったな」

 

 

「どうやってここまで発見されずに来たんだ?」「地上の索敵部隊の奴らは寝ぼけてやがったのか……!」

 

 

「糞!早く迎撃機を上げろ!このままじゃ全滅する!」

 

 

彼らにとって、ここまで敵の航空部隊が攻めてきたのは、初めての経験だった。

 

 

これまでは、遥か手前で、共和国空軍の編隊の反応を地上の対空警戒部隊が発見し、各地の帝国軍基地に連絡を入れていたからである。しかし、今回は、それがなかった。

 

 

「迎撃開始!滑走路に敵を近付けるな!」

 

 

「叩き落とせ!」

 

 

対空ザットンと対空マルダーで編成された防空部隊が共和国空軍機を迎え撃つ。

 

 

対空ザットンは、背部に搭載した対空砲でプテラス部隊を迎撃する。

 

1機のプテラスが翼に被弾し、墜落する。更に数機が被弾した。

 

 

だが、対する共和国空軍も地上の防空部隊のゾイドや対空陣地に襲い掛かった。

 

戦闘爆撃機仕様のプテラスが、対地ミサイルを発射する。対空ザットンの背部にミサイルが着弾し、炎上する。

 

 

更にサラマンダー1機が爆撃を開始した。上空から降り注ぐ爆弾を浴びて、対空ザットン、対空マルダーが数機纏めて破壊される。

 

 

「爆撃開始、レドラーは絶対に滑走路の上で叩け!上にあげるんじゃないぞ!」

 

 

滑走路上空に侵入したサラマンダー部隊が次々と爆弾を投下する。滑走路には8機のレドラーが駐機されていた。

 

 

空中では、無敵を誇るレドラーも、滑走路の上では、無力な的だった。

 

 

彼らは、俎板の上に横たえられた魚と同じ。滑走路に駐機されていた8機のレドラーは、成すすべもなく破壊された。空中で炸裂したクラスター爆弾の子弾の雨を浴びたレドラーは蜂の巣にされていた。

 

 

サラマンダー部隊の空爆の後、護衛機のプテラス部隊までもが低空に降りてきて機銃掃射を開始した。スクラップ置き場さながらの惨状の中、まだ無事な滑走路から、1機のレドラーが離陸しようとする。その背後に1機のプテラスが張り付いた。

 

 

プテラスの頭部と胴体の機銃が火を噴き、レドラーに無数の銃弾が浴びせられる。堪らずレドラーは翼と胴体に被弾し、滑走路に激突した。被弾したレドラーは滑走路を滑り、バラバラになって炎上した。

 

 

別のプテラスも離陸を試みたレドラーやシンカーの上方に張り付いて機銃弾やミサイルを叩き込み、撃墜していた。

 

防空部隊も迎撃機も喪失したゼネバス帝国空軍は、ただ逃げる事しか出来なかった。それから10分後、共和国空軍の航空部隊は、次々と基地上空から離脱していった。

 

 

 

 

 

 

「手ひどくやられてしまったな………」

 

 

空襲が終わった後、ヴィンターシュタール飛行場の基地司令官は、飛行場を見渡して言った。

 

 

「再建には、3週間……最悪の場合、一月は掛かるかもしれません。」

 

 

傍らに控えていた副官が彼に言う。

 

彼らの目の前には、共和国空軍の攻撃で完膚なきまでに破壊された滑走路があった。滑走路は、爆弾によって穴だらけにされ、その上には、撃破されたレドラーやシンカーの残骸が転がっている。

 

 

殆どは、空に飛び立つことなく地上で撃破されていた。更に残骸の大半は、激しく燃え盛っていた。放置しておけば、残された飛行場の施設にも被害が及ぶのは明らかである。

 

 

既に生き残った整備兵や防空部隊、パイロット等が消火作業を開始している。

 

 

滑走路の上が、オレンジの炎から、化学消火剤の泡の白と破壊された滑走路の黒に塗り替えられるには、もうしばらくの時間が必要だった。彼らは、まだ知らなかった。この日、襲撃を受けたのは、自分達だけでは無い事を………。

 

 

共和国空軍のプテラス36機は、吹雪に揉まれながら、雪に覆われた山肌に沿って低空を飛んでいた。

 

プテラス隊は、攻撃目標であるゼネバス帝国軍の空軍基地を目指していた。

内6機は、地上攻撃用の大型バルカン砲を両翼下にぶら下げていた。

 

 

この装備は、元々地上支援用の兵装だったが、今回の滑走路攻撃任務に転用された。地上に弾丸の嵐を浴びせることの出来るこの兵器は、敵飛行場の滑走路に展開している敵飛行ゾイドを迅速に破壊するのに最適であった。

 

 

「全機、間もなく敵基地に入る!」

 

「了解!」

 

「了解」

 

 

間もなく、彼らは、目標である帝国空軍基地上空に侵入した。

 

 

防空部隊の対空ザットンと対空マルダーが、彼らを迎え撃つ。通常型のプテラス隊が対地ミサイルを発射して、防空部隊と交戦する。

 

 

ミサイルを背部に受けた対空ザットンの背部で爆発が起こる。1機のプテラスが翼に対空ビームを受け、地面に突っ込んで大破した。

 

 

「滑走路には、獲物が転がってるぞ!」

 

 

「全機射撃開始!1機残らずハチの巣にしてやれ!」

 

激闘の中、6機の改造型プテラスは、滑走路へと突進した。滑走路では、整備兵たちが1機でも多くの飛行ゾイドを発進させようとしていた。

 

 

6機の改造プテラスが滑走路上空に侵入した。1機のレドラーが滑走路から離陸しようとしていた。

 

 

「行かせるか!落ちろー!」

 

 

指揮官機の改造型プテラスのぶら下げていたバルカン砲が火を噴いた。胴体後部にバルカン砲の集中射撃を浴びたレドラーは、煙を吐きながら滑走路に激突した。

 

 

バルカン砲をぶら下げた改造型プテラスは、シンカーやレドラーが並んでいる滑走路に銃弾の嵐を叩き込んだ。

 

 

6機の改造型プテラスは、短時間でレドラーやシンカーが並んでいた滑走路をスクラップ置き場へと姿を変えてしまっていた。

 

 

大火力と重装甲で知られたシンカー重装型も胴体をハチの巣にされ、スクラップと化した。

胴体両脇にバルカン砲を装備したプテラスが去った後通常のプテラスが空爆を開始した。

 

 

改造型プテラスのバルカン砲掃射と通常型のプテラスの爆撃によってこの空軍基地は、全ての航空戦力を喪失した。

 

 

同じ頃、別の空軍基地にも共和国空軍の攻撃が加えられていた。

 

 

こちらは、帝国空軍も少数ながら迎撃機の発進に成功し、共和国空軍と交戦状態に突入した。

 

だが、数で劣勢の帝国空軍機は、あっという間に数機を残して全滅を余儀なくされ、数少ない生き残りも基地上空から退避することになった。

 

 

「敵基地上空より敵航空部隊を排除、爆撃隊突入せよ」

 

 

先行したプテラス隊が制空権を確保したのと同時に爆弾を満載したサラマンダー部隊が侵入し、滑走路への空爆を行った。

 

こうしてこの帝国側空軍基地は、その機能を失った。

 

 

「久しぶりに楽な任務だったぜ……」

 

 

眼下の雪原の上で紅蓮の業火に包まれる空軍基地を見つめながら、サラマンダーのパイロットの1人は、軽口を叩く。

 

だが、直後彼らに先程の空戦を生き残った2機のレドラーが襲い掛かった。

 

 

「敵機だ!生き延びていやがった!」

 

「何だと!?」

 

「さっきの奴らだ。尻尾を巻いて逃げ出したんじゃなかったのか?」

 

 

護衛のプテラス隊がサラマンダー部隊を守るべく彼らを迎え撃つ。

プテラスの空対空ミサイルによって撃墜されるまでの間、レドラー2機は、6機のプテラスを撃墜し、3機を撃破した。

 

 

 

共和国空軍の攻撃の前に対空監視部隊という電子の目を喪失したゼネバス帝国空軍は、大打撃を被った。

 

今回の航空戦は、帝国側からすれば、目潰しされた状態で戦っているのに近かった。

 

中央山脈北部の帝国軍の航空戦力に打撃を与えたヘリック共和国空軍は、次の一手を打った。

 

 

サラマンダー部隊による敵拠点への空爆である。百機以上のサラマンダーが護衛のプテラスと共に大編隊を組んで中央山脈北部に存在するゼネバス帝国側拠点へと殺到した。

 

 

 

「サラマンダー!なんて数だ!!」

 

中央山脈北部に設営された補給基地のレーダー士官は、レーダーに映る光点の数に仰天した。

 

 

それらの光点は、サイズと反応から、サラマンダータイプである事は明らかだった。最初彼は、それをレーダーの故障か、プテラスタイプと誤認したのだと思った。

 

 

だが、間もなく彼と彼の同僚達は、その反応が誤認でも欺瞞でもない事を身をもって思い知らされることとなった。

 

 

補給基地上空に到達したサラマンダー部隊が空爆を開始したのである。

 

 

サラマンダーは、胴体下部の爆弾倉のハッチが開き、満載されていた爆弾が、地上に向かって降り注いだ。

 

 

基地全体が巨人の手に掴まれて揺さぶられたかのような揺れと爆音が帝国兵をなぎ倒し、基地の各所で火災が発生した。爆弾の直撃を受けたツインホーンが2機大破し、並べられていたイグアンが将棋倒しになった。

 

 

「畜生!空軍の奴らは何をしているんだ!わあっ!」

 

「落ちやがれ!」

 

マルダーが対空ミサイルを発射した。

 

 

サラマンダー部隊は、悠々と去っていった。サラマンダーとそのパイロット達の仕事はこれで終わりではない。

 

 

基地に帰還した彼らは、爆弾を補充した後、再び別の拠点に対する空爆作戦を行うのである。

 

 

この作戦を立てた共和国空軍の司令官たちは、制空権が一時的に共和国空軍のものになったこの機会を出来る限り有効活用するつもりだった。

 

 

共和国空軍の爆撃部隊は、それまでの低調な戦果を払拭するかの様に日が暮れるまで中央山脈北部に存在するゼネバス帝国側拠点に対する空爆を行った。

 

 

この空襲で、中央山脈北部に存在している帝国軍基地の多くは、甚大な損害を被った。

小規模の基地に至っては、事実上消滅したも同然の被害を被っていた。

しかし、ダナム山岳基地は、攻撃を受けることが無かった。

 

 

 

―――――――――ダナム山岳基地 司令室――――――――――――

 

 

 

司令室に存在する大画面モニターの上には、数時間前の航空戦で破壊された帝国軍の空軍基地、撃墜されたレドラーやサラマンダーの残骸、空襲を受けた各帝国軍基地の損害集計の結果等が映し出されていた。

 

 

「……酷いものだな」

 

部屋に詰めている軍人たちの中で、最上位者の老将は、憂いに満ちた表情で言った。

 

 

 

 

「……はい。ヴァイトリング少将……共和国空軍の攻撃によって、中央山脈北部の我が軍の拠点は、3分の2が空襲を受けました。」

 

 

「空軍も何故迎撃機を出せずにむざむざ壊滅したんだ……?これまでは有効に迎撃出来ていただろうに」

 

「敵が大規模な航空戦力を送り込んできたのかもしれんぞ。」

 

「レドラー隊でも勝てない程の数のプテラスとサラマンダーを……か?」

 

 

数人の参謀は、これまで空の守りとして機能してきた帝国空軍が何故敵の爆撃部隊を防げず、全滅したのか不思議だった。

 

「……それについては、空軍と空軍に協力している友軍の偵察部隊から報告があります。」

 

 

若い士官が、立ち上がった。同時にモニターに表示されていた映像が別のものに変わる。

 

 

「しかし、帝国空軍も精鋭揃いだ。例え、壊滅状態に陥ったとしてもそれ相応の打撃を敵の空軍に与えているのではないか?」

 

「……空軍基地を奇襲攻撃されては、出来る事は限られている……残念ながら、敵の航空戦力に与えた打撃は、軽微だと判断した方がいいな。それにしても………この基地は攻撃されなかったな。」

 

 

ヴァイトリング少将は、不思議そうに言う。

 

それは、この基地にいる兵士達の多くが抱いた疑問だった。これまで帝国側勢力圏への爆撃の度にダナム山岳基地は、サラマンダー部隊の空爆を受けてきた。

 

 

それが、今回の航空攻撃では、周囲の拠点が攻撃されただけであった。何故この基地を襲わなかったのかという疑問は、ダナム山岳基地に勤務している帝国軍兵士の多くが抱いていた。

 

「はい、流石の共和国のサラマンダー部隊もこのダナム山岳基地の対空防衛網に恐れをなしたのでしょう!」

 

「サラマンダーは、ゴジュラス並みに戦力価値の高い機体ですからな、敵も大損害を負うリスクを避けたと考えるべきだと思います。」

 

 

「恐らく2日前の偵察機が撃墜されたのが利いているのでしょう。」

 

 

そう語る副官の言葉には、司令官に対する尊敬が多分に含まれていた。彼らと対照的にヴァイトリング少将と数名の指揮官達は、彼らとは別の事を考えていた。

 

 

「……多分、奴らは、夜に仕掛けてくるな」

 

 

〝皇帝の右腕〟攻勢で、敵の夜間爆撃に遭遇した経験を持つヴァイトリングは、言った。

 

 

「敵が、夜間爆撃を仕掛けてくると?」

 

 

「ああ、私が敵の空軍司令官なら少数精鋭の夜間攻撃隊による夜襲を仕掛ける。夜間ならば、このダナム山岳基地の対空火器の命中率も半減する。対空ミサイルも妨害手段で攪乱されては命中率を低下するからな。夜間の警戒体制を厳にしろ。……私が対空部隊を指揮する。」

 

 

ヴァイトリング少将は、そう言うと椅子から立ち上がった。

 

 

「少将閣下が、直々に?!」

 

隣にいた副官が思わず目を剥く。基地司令官が自ら対空部隊を指揮するのは、余りにも大げさに思えたからである。

 

 

 

「何を驚く事がある。私は、2日前にも敵の偵察機を撃墜したぞ。あれと同じことをするだけだ。」

 

初老の司令官は、室内にいる部下達に微笑みかける。

 

 

「………はい!少将閣下。」

 

彼らが部屋を離れてから約1時間後、太陽が中央山脈の峰の向こうへと消え、世界は星空だけが空を照らす闇に包まれた。

 

 

ダナム山岳基地とその周辺は、明るさを保っていた。共和国空軍の夜間攻撃隊を警戒した帝国軍の防空部隊のサーチライトの灯りである。

 

 

 

その強烈な明り周辺には、対空火器を搭載したゾイドで編成された防空部隊が陣を組んで夜の闇を切り裂いて敵の航空部隊が来るのを今か今かと待ち受けていた。

 

 

それらのゾイドたちの中には、基地司令官 クルト・ヴァイトリング少将の乗機であるアイアンコングmkⅡ限定型も含まれていた…………

 



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第24話 夜間爆撃

これで前哨戦は終了です。次の章は、ダナム山岳基地攻防戦に移ります。


 

中央山脈に夜のとばりが降りて間もない時刻。中央山脈の麓に建設された共和国軍の空軍基地は、真昼の様な明るさと喧騒に包まれていた。

 

サーチライトの眩い明りの元で、整備兵達は、黙々と作業を行っていた。

 

 

彼らが作業している場所、コンクリートで舗装された滑走路の上には、黒い機影があった。

 

その数は、10を超える。それらの機体に乗り込む予定のパイロット達は、今格納庫に隣接している施設にある一室に集められていた。彼らの視線は、壇上に立つ1人の男に向けられている。

 

顎髭を蓄えた禿頭の中年男性の胸元には、大佐の階級章が輝いている。

 

 

「今日諸君らは、記念すべき一撃を敵に与える………!中央山脈北部の帝国軍最大の拠点 ダナム山岳基地………それが諸君らが爆弾を叩き付ける場所である!!これまで我が軍の空の戦友達は、幾度となく彼の地に火の雨を降らせるべく飛び立ってきた。そして、その過程で多くの犠牲が払われた事と、未だにダナム山岳基地は、厳然とこの中央山脈最大の帝国軍の拠点として機能し続けていることは、諸君らも知っている筈だ。」

 

 

 

ここで指揮官は、言葉を切った。彼の目の前に座っているパイロット達の瞳は、一様に敵への怒りに燃えていた。

 

彼らの多くは、黙っていた。一部からは、啜り泣きにも似た声が聞こえてきそうだった。

 

中央山脈に配属された多くの共和国空軍のパイロットにとって中央山脈北部最大の拠点であるダナム山岳基地は、宿敵とでも呼ぶべき存在であった。

 

特に今この場にいるパイロット達は、これまでのダナム山岳基地への爆撃作戦に実際に参加した者も多かった。

 

 

彼らは、幾度となく、あの基地に爆弾を叩きつけるまでの途上、帝国空軍の迎撃機に撃墜され、対空砲火に絡めとられて撃墜された戦友を実際に見ていた。

 

 

彼らにとってこの夜の任務は、弔い合戦と同じ。部下たちの反応を確認し、壇上の男は、演説を再開した。

 

 

 

「…………諸君らの中には、あの基地の対空砲火の威力を直に見てきた者も多い。あの基地に爆弾を落として無事この基地に帰還できるのか、不安に思っている物もまた数多くいると思う。安心してほしい諸君!我々には、そのための策がある。発見されやすく、迎撃を受けやすい大編隊ではなく、少数精鋭での出撃となった。また昼間の戦いで、敵の航空部隊は、打撃を受けている。そして諸君らには、味方がいる。夜の闇という頼もしい友軍が。また諸君らの機体には、敵のレーダーに探知されない特別な改造が施してある。レーダーを無力化されたダナム山岳基地は、無防備な状態で諸君らの怒りの一撃を受けることだろう。

1発でも多くの爆弾を敵の基地に叩き付けることこそが、これまでに散っていった戦友達への何よりの弔いとなる!………最後に、ここで再び諸君らと顔を合わせる時、全員と会える事を願っている!以上!」

 

 

 

 

基地司令の訓示が終わると同時にパイロット達は、退室し、宿舎へと戻った。

 

 

 

その20分後、作戦開始時刻になると同時にパイロット達は、それぞれの愛機へと走っていった。

 

 

パイロットを乗せた黒い機影が、次々と滑走路から星空へと飛び立っていった。彼らは、夜の闇に紛れ、彼らは北の空へと飛び去って行く。

 

 

共和国空軍によるダナム山岳基地に対する夜間爆撃が開始されようとしていた。

 

 

 

 

 

ZAC2045年 12月27日 夜 ダナム山岳基地上空

 

この日の夜、ゼネバス帝国軍最大の山岳基地 ダナム山岳基地攻略作戦を発動したヘリック共和国軍は、ダナム山岳基地を初めて直接攻撃した。

 

 

襲撃者達が現れたのは、地上ではなく、空からであった。

 

 

星一つない闇夜の空を、10以上の〝影〟が飛んでいた。

 

 

「ダーク1から各機、全兵装使用許可。これより標的への攻撃を開始する。」

 

 

「了解」

 

「了解」

 

「了解」

 

「了解」

 

 

闇夜の空に溶け込む様な黒い塗装を施したプテラスの編隊…………彼らこそヘリック共和国空軍が夜空に放った刺客―――――――夜間航空戦闘部隊 第5夜間戦闘航空団 通称ブラックエンジェルズであった。

 

 

この部隊は、夜間爆撃用に改造されたサラマンダーとプテラスで編成されている。ダナム山岳基地への夜間爆撃作戦の先陣を切るのは、プテラスのみを装備する第21夜間戦闘爆撃隊であった。

 

 

サラマンダー装備の部隊 第24夜間爆撃隊は、陽動の為、ダナム山岳基地よりも奥地にある帝国軍基地への爆撃任務に従事していた。

 

 

 

今回、第21夜間戦闘爆撃隊の攻撃目標は、中央山脈北部最大のゼネバス帝国軍の基地………ダナム山岳基地。これまで共和国空軍が幾度も空爆と航空偵察を行い、その度に多大な損害を被ってきた場所である。

 

 

夜間爆撃のプロであるブラックエンジェルズにとっても、油断できない相手といえる。

 

 

「隊長、7年前を思い出しますね。初めて俺達が、ゼネバス帝国の首都に爆弾を落とした日のことを。」

 

副官のパトリック・エバンス中尉の声が指揮官機の通信機から飛び込んでくる。

 

 

彼は、隊長と並ぶブラックエンジェルズのベテランパイロットであった。彼と隊長は、幾度も夜間の航空戦を経験してきた。

 

 

「そうだな。あの時は、俺たちだけで帝国の心臓部に爆弾を落とすなんて無茶苦茶だってみんな思っていた。俺もそうだった。」

 

 

「だが、やり遂げましたよ!……そして、今回もやってやりましょうぜ!」

 

 

「ああ」

 

 

「こっちのプテラスは、レーダーに探知されないんでしょう。月や星の明かりさえも雲に隠れたこの暗闇で俺達を見つけることなんて………」

 

 

「奴ら、慌てるでしょうね!寝てるところに爆弾を落とされるんですから……」

 

 

「このプテラス夜戦型は、ステルス処理がされている。帝国軍のディメトロドンのレーダーシステムや基地の対空レーダーでも理論上では、探知されない筈だ。だが、油断するなよ。……向こうには、熟練のゾイド乗りが大勢いる。機体性能に頼りすぎるな!」

 

「はい!」

 

 

「了解です。隊長」

 

 

第1小隊指揮官 エディ・アーウィー大尉は、後方を飛ぶ部下達に釘を刺す。彼の部下達は、いずれも夜間飛行経験を最低で5回は経験した夜間爆撃のエキスパートであった。

 

 

ブラックエンジェルズは、夜間爆撃仕様のプテラス 通称 夜戦プテラス 34機で編成されていた。この改造型プテラスは、元々夜間爆撃仕様のサラマンダーの量産が間に合わないため、急遽生産された機体である。

 

プテラスの夜間爆撃仕様であるこの機体は、通常型のプテラスに夜間用レーダー、レーザー測距器等の夜間戦闘用の装備が追加されている。

 

任務によっては、胴体にロケット弾パックやマルチディスペンサーを追加装備することもある。

 

 

今回は、翼下にクラスター爆弾と特殊焼夷弾を搭載していた。後者は、火災を起こすことで後続の爆撃隊に目標を爆撃する際の目印を残すための兵装である。

 

 

 

そして、今回出撃する機体の最大の特徴は、全身をダークグレー系の塗料で覆われているという事。

 

 

この塗料は、単なる夜間戦闘用の迷彩塗装ではなく、レーダー波の反射を抑えるステルス塗料である。この特殊な塗料により、夜戦プテラスは、レーダーに表示されなくなるのである。

 

 

 

「もうすぐ基地が見えてくるぞ。全機散開、手筈通りにやるぞ!」

 

「了解」

 

 

「了解」

 

星明りすらまばらな闇夜の空を黒い翼竜達は、駆け抜けていく。

 

 

彼らの眼下………雪が降り積もりつつある中央山脈の峰々………巨大な恐竜の背骨の様なそれらの谷間には、二重の城壁に囲まれた城塞がある。

 

 

その城塞こそ、ブラックエンジェルズの攻撃目標たるダナム山岳基地である。

 

 

 

同じ頃、ダナム山岳基地の大半は静まり返っていた。

 

守備隊兵士を含めた基地の人間の大半は、眠りに就いていた。一見すると敵襲等無いと油断しているようにも思える。

 

だが、基地司令官のヴァイトリング少将は、共和国軍が夜間に空爆を仕掛けてくると予想していた。彼は、防空部隊を基地の各所に展開させていた。

 

 

第23防空大隊第3中隊所属のディメトロドンもその1機であった。

 

 

「はぁ~~~眠くて敵わねえぜ。早く交代の時間が来ねえかなぁっ」

 

 

乗機のコックピットでペーター・ランドルフ中尉は、欠伸をかきつつ愚痴を溢した。

 

彼は、今回の任務に不満を抱いていた。ディメトロドンのパイロットである彼の任務は、対空警戒。

 

 

夜間に敵の航空部隊が襲来してきた場合、彼のディメトロドンのレーダーに捕捉されることになる。

 

昼間以上に先手を打つことが重要な夜間の戦いでは、彼の任務は重大である。

 

 

「本当に、敵なんて来るのかねぇ」

 

 

ペーターは、半信半疑だった。

 

それは、この基地に居住する兵士達の多くの意見でもあった。

 

これまでダナム山岳基地は、何度か共和国空軍の空襲を受けている。その度にダナム山岳基地と其処を防衛する防空部隊は、爆撃隊に痛撃を与えてきた。

 

 

 

2日前も、高高度偵察仕様のサラマンダーが司令官の操縦するアイアンコングmkⅡ限定型の対空射撃によって撃墜されていた。

 

 

その後では、夜間とはいえ、ダナム山岳基地を攻撃してくるとは考えにくい。それが、ペーターらの意見だった。

 

 

だが、基地司令官のヴァイトリング少将は、そうは考えなかった。彼は、今夜共和国空軍の奇襲が行われると予想し、防空部隊に迎撃態勢を整えさせていた。

 

 

「はあ、来るなら早く来てほしいもんだ。このディメトロドンのレーダーを突破出来るとは思えないが……」

 

レーダーシステムのモニターを覗きながらペーターは、呟いた。彼の願いは、数秒後に叶えられた。

 

 

1発の共和国製の航空爆弾が彼のディメトロドンの付近に着弾したことによって。ディメトロドンの周辺の地面で火柱が上がった。オレンジ色の炎の柱がディメトロドンの赤い装甲を明々と照らす。

 

「!!な、なんだ?事故か?」

 

次の瞬間、再び爆発が起こった。

 

今度は、彼の後方、倉庫の並ぶ地区であった。彼の背後で、籠城戦に備えて蓄えられていた物資のいくつかが炎に包まれて、爆発を繰り返した。

 

 

 

「……!!敵襲だと!」

 

 

次々と基地の各所で爆発が起こるのを見たペーターは、その爆発の正体が事故などではなく、共和国軍の攻撃だと理解した。

 

ディメトロドンのレーダーにも、地上へと落下してくる航空爆弾の反応が時折表示されている。

 

慌ててペーターは、レーダーの表示を見る。敵機が基地上空に侵入したのなら、レーダーで捕捉されている筈だった。

 

 

だが、彼の予想に反して彼の愛機の対空レーダーには、何も表示されていなかった。

 

「レーダーに反応がない!!レーダーの故障か?」

 

 

ディメトロドンのパイロットとなって1年、ペーターは、この様な事態に遭遇したことがなかった。

 

これまでの戦いでは、敵機であれ、友軍機であれ、地上目標であれ、空中の敵であれ、ディメトロドンのレーダーシステムの索敵圏内にいるゾイドは、必ずレーダーに捕捉されていた。

 

だが、今回は、味方機の反応しかなかった。肝心の基地に爆弾を叩き込んでいる敵機の姿は、全く表示されていない。あたかも夜の闇に紛れて見えなくなってしまったかのように。

 

 

「畜生!どうして、どうしてディメトロドンのレーダーに映らないんだ!」

 

 

彼がコックピットで悪態をついている間も、爆弾はダナム山岳基地に降り注ぐ。爆弾が着弾する度に防御壁の内側に火柱が立ち昇る。

 

 

ブラックエンジェルズ所属の夜間仕様のプテラスは、次々と基地の各所に爆弾を投下していく。

 

それらの1発当たりの破壊力は、大きいとは言えず、ブラックエンジェルズの全機の搭載爆弾を合わせても辛うじてサラマンダー1機分を超える程度である。

 

 

そのため、爆撃は、見た目程にダナム山岳基地に被害を与えたわけではなかった。

 

 

「全機迎撃開始!」

 

対するダナム山岳基地の防空部隊も曇った夜空の暗闇に向かって次々とミサイルや対空機関砲、高射砲弾を撃ち込んでいった。

 

ハンマーロックが背中のミサイルを発射する隣でAAモルガが対空機関砲を乱射していた。だが、それらの攻撃は、一向に上空を乱舞するプテラス隊を捉えることはなかった。高い誘導性能を誇るハンマーロックの対空ミサイルも、見当違いの方向に飛んでいく。

 

 

「畜生!レーダーに反応がないぞ」

 

「レーダーに映らないだと?」

 

「糞、敵はどこにいる?!」

 

上空にいる筈の敵機がレーダーに全く表示されないことに帝国軍部隊は慌てた。

 

夜間の防空戦では、レーダーの存在が昼間以上に重要となる。

 

 

レーダーが使えなければ、赤外線か肉眼に頼るしかない。

 

今回の場合は、赤外線センサーも上空のブラックエンジェルズのプテラスを映さない。正確には、映ることは、映るが、ぼやけた熱の塊としてしか表示されないのである。

 

さらにブラックエンジェルズのプテラスは、フレアを散布していた。これに夜空に撃ち上げられる高射砲弾が加わる。

 

空中の熱源の多さに赤外線センサーは、直ぐに信頼できなくなった。

 

肉眼に至っては一部の超人的な将兵以外は、夜の闇を高速で飛び交う黒い機影を発見することは出来なかった。

 

 

 

「レーダーは使えん!ミサイルを撃つな!無駄弾に終わるだけだ」

 

「畜生!共和国の奴ら、どんな魔法を使ったっていうんだ?!」

 

「レーダー無しでどうやって夜戦を戦えばいいんだ!」

 

夜空に対空砲火が花火の様に撃ち上げられる。だが、それらの攻撃が敵機を捉えることはない。

 

 

 

「サーチライトを出せ!夜の闇から奴らを燻り出せ!!」

 

 

次に防空部隊指揮官は、基地の各所に配置されたサーチライトで敵機の姿を焙り出そうと試みた。

 

サーチライトが次々と夜空を照らす。眩い光線が夜の闇を引き裂く。

 

 

「予想通り、サーチライトを使ってきたか。」

 

 

防空部隊が、サーチライトを使用することは、エディらブラックエンジェルズのパイロット達も予想していた。

 

サーチライトの強烈な明かりに照らされては、流石にステルスでも姿を暴かれてしまう。

 

「させるか!」

 

 

エディは、一気に機体を低空に急降下させる。

 

 

機体のすぐ上をサーチライトの光線が横切る。

 

 

 

「くらえっ!」

 

 

エディは、サーチライトの1つに接近した。

 

 

そして、頭部バルカン砲のトリガーを引いた。

 

トリガーを引く瞬間、彼の眼には、慌てふためくサーチライトの操作員の姿が見えた。彼らの真上をエディの夜戦プテラスが通過する。

 

 

「よし!」

 

 

サーチライトの破壊を確認したエディは、笑みを浮かべる。

 

 

 

黒翼の翼竜達が夜空を飛ぶ中、ダナム山岳基地の最高権力者である初老の男は、格納庫に向かっていた。

 

 

彼が向かっている格納庫には、ゴリラ型大型ゾイド アイアンコングが格納されている。

ハンガーに並ぶ黒い巨体は、見る者にある種の畏怖と頼もしさを与えている。

 

 

 

初老の男―――――――ダナム山岳基地司令官 ヴァイトリング少将は、それらの機体に乗ることはない。彼は、1つのゾイドハンガーの前で足を止めた。

 

 

そのゾイドハンガーには、赤いアイアンコング――――――――アイアンコングmkⅡ限定型が鎮座していた。

 

 

「出撃できるか?」

 

 

 

ヴァイトリングは、整備主任の男を呼び止める。

 

 

「はい!何時でも閣下が出撃できる様に万全の状態に整備しております!」

 

 

「そうか。何時も助かる!これより出撃する。」

 

 

「はっ」

 

 

 

「来たか。共和国軍め………こんな夜中にノックもなく他人の家に上がり込むとは、失礼な奴らだ」

 

 

ヴァイトリング少将は、髭面に笑みを浮かべた後、アイアンコングmkⅡ限定型のコックピットに潜り込んだ。

 

 

 

ヴァイトリング少将を乗せたアイアンコングmkⅡ限定型は、格納庫より出撃した。

 

同じ頃、ブラックエンジェルズのプテラスは、ダナム山岳基地上空より離脱しつつあった。

 

 

爆弾を投下した以上長居は無用。後は、第2派、第3派の夜戦プテラス装備の部隊が被害の拡大に努めてくれる。そう彼らは考えていた。

 

 

 

「司令官殿!」

 

 

後方からカリウス・シュナイダー大尉の操縦するディメトロドンが現れる。

 

 

「カリウスか。」

 

 

「レーダーは使えません。恐らくレーダー波を無力化するステルス技術を利用しているのだと思われます」

 

 

「ステルスか。厄介な物を……」

 

 

ヴァイトリングは、技術開発局の技術士官からレーダー波を無力化する技術について聞いたことがあった。

 

 

「どうします?サーチライトを使用しますか?」

 

 

「いや、それよりももっと単純で効果的な手段がある。………まずは、闇夜のカラスを焙り出す。花火を打ち上げるぞ」

 

 

「了解!」

 

ヴァイトリングの意図を察したカリウスは、指揮下にある防空部隊の1つに指示を出す。

 

 

少しあって、上空に1発の照明弾が打ち上げられた。

 

 

眩い光球が闇夜に弾け、夜間戦闘仕様のプテラスの黒い機影が影のように夜空に浮かび上がる。

 

 

「大型の照明弾か!全機急いで離脱しろ!」

 

 

エディは、部下に指示を出す。

その時、ビロードの様な闇夜を眩く太い閃光が横切った。

 

 

青白い閃光は、プテラス隊の編隊の最後尾を横薙ぎにしていた。

 

 

青い閃光に巻き込まれた夜戦プテラス3機が闇夜に散った。3機の残骸が燃えがらとなって地上に落下していく。

 

 

犠牲になったのは、最後尾を飛んでいた第5小隊だった。唯一生き残った機体は、慌てて基地上空を離脱する。

 

 

エディは、ビームが飛んできた方向を、基地の方角を睨み付ける。其処に居た敵機の存在に彼は、背筋が凍るのを感じた。

 

 

其処には、1機の赤いアイアンコングが佇んでいた。サーチライトと照明弾で照らされたそのボディは、鮮血を塗り付けたのではないかと錯覚しそうだった。

 

 

「アイアンコング…mkⅡ……赤い悪魔か! 」

 

 

エディは、忌々しげに赤い巨体を睨み付けた。

 

 

「全機、全速で離脱しろ!」

 

 

一瞬で数名の部下を屠った敵の姿を睨み据え、エディは部下達に命じた。

 

 

更にアイアンコングmkⅡ限定型はビームランチャーを発射した。青白い光の槍が闇夜の空を切り裂き、そこに隠れていた数機の翼竜を纏めて焼き尽くした。

 

 

「糞!第4小隊がやられちまった!」

 

「夜目が利く奴だ……!」

 

「隊長!」

 

 

「お前ら散開して退避しろ!」

 

 

エディは、通信機に怒鳴り散らしつつ、機体を急降下させる。

 

 

部下達のプテラスもそれに続く。低空を飛んだ方が、アイアンコングMkⅡ限定型のビームランチャーで狙い撃ちされる確率は減る……彼は、そう判断した。彼の選択は一種の賭けだといってよかった。

 

 

命懸けの賭け―――――――勝てば、自分と部下の命は助かるが、負ければ部下と相棒であるプテラス諸共闇夜にその身を散らせる羽目になる。

 

 

幸いにも彼と彼らの部下達は、賭けに勝った。彼らは離脱することに成功した。

 

 

彼らと入れ違いにダナム山岳基地の上空に侵入する機影があった。ブラックエンジェルズの後続の航空部隊が現れたのである。

 

 

「敵の奴ら、嫌がらせに来たんでしょうかね。あんな少数で」

 

 

カリウスは、訝しげに言う。

 

 

「いや、すぐに第2波、第3波が来る。引き続き照明弾とサーチライトを絶やすな。夜の闇の中からあいつらを引きずり出してやれ」

 

 

「了解!」

 

 

ヴァイトリング少将のアイアンコングmkⅡ限定型が上空に再びビームランチャーの銃口を向ける。

 

上空に打ち上げられた照明弾が弾け、照らし出された闇夜から無数の機影が出現する。

 

 

その機影に照準を合わせた後、ヴァイトリングは、トリガーを引いた。ビームランチャーの砲口から眩い閃光が迸った。

 

 

その日の夜、漆黒の夜空を青白い光槍が引き裂き、いくつもの火球が空中に咲いた。

 

 

共和国空軍が行った夜間爆撃作戦は、成功した。作戦に参加した機体の3分の1の損害と引き換えに……。

 

 

先陣を切った夜間戦闘隊 ブラックエンジェルスは、半数の機体を喪失した。その後に続く形で爆撃を行った他の部隊の損害は更に甚大であった。

 

 

それと引き換えに彼らは、ダナム山岳基地への最初の一撃を加える事に成功した。

 

 

彼らが与えた損害は、ダナム山岳基地とそこに駐屯する部隊の規模を考えれば軽微なものであり、ダナム山岳基地という巨獣の分厚い皮膚を軽く引っ掻いた程度だった。

 

 

しかし、ダナム山岳基地に一撃を与えたという意味は大きく、地上を進撃する共和国軍部隊とダナム山岳基地攻略作戦を支援する共和国空軍の士気を高めた。

 

 

 

 

 

その3日後、ヘリック共和国軍 ダナム山岳基地攻略部隊の第1陣がダナム山岳基地の付近に出現した。

 

 

 

第一陣の中には、ゴジュラスmkⅡ量産型も12機含まれていた。

 

 

ゴジュラスの見上げるような巨体の足元には、ゴドスやスネークス、ガイサックといった小型ゾイドの姿があった。アロザウラーやベアファイターが、それらの小型ゾイド部隊の指揮官機として展開している。

 

 

大型ゾイドは、ゴジュラスだけではなく、マンモスやゴルドスの姿もある。マンモスは、ゴジュラスと同じ様に前面に配置され、幾つかはゴジュラス用の長距離キャノンを装備している。ゴルドスは、重砲部隊に配置され、その全機が長距離キャノンを搭載した後方支援型 キャノニアーゴルドスに改造されていた。ゴルドスの周囲には、給弾車仕様のカノントータス サプリトータスやカノントータスがいた。

 

この中には、今月の初日にダナム山岳基地への偵察任務を行い、帰還を果たしたスネークス4機で編成される第223遊撃大隊第4小隊も含まれていた。

 

 

「見えたぞ!あれが、帝国軍の要塞か!」

 

ウォーレンは、電子式双眼鏡を眺めつつ驚きを隠せない口調で言った。今月の初日に彼と彼の部下達は、ダナム山岳基地への偵察任務を行っていたが、ここまで近付いたことはなかった。半開きになったコックピットの上で電子式双眼鏡を覗く彼の青い瞳には、ダナム山岳基地の威容が映っていた。高く聳える鉄筋コンクリートの防壁、2枚の防壁に守られた基地施設、ダナム山岳基地への接近を阻む大小のトーチカ陣地。今の所、両軍ともに相手に対して一発の銃弾も発射していない。お互いに敵が自分達を発見していることは知っている。にも関わらず、彼らが攻撃しないのは、非効率的だからである。攻撃する側のヘリック共和国軍としては、ダナム山岳基地の防衛力の高さを十分に知っている。だからこそ、準備不足で攻撃するのはあってはならないことだった。対するゼネバス帝国軍も、先遣部隊を攻撃するだけでは、敵の攻略作戦をとん挫させることができないことを知っている。

 

 

「……ダナム山岳基地。また来ることになりましたね。隊長」

 

 

 

 

「あの要塞をこれから俺達が……」

 

 

「……」

 

 

彼らは、共和国軍ダナム山岳基地攻略部隊の中で、最初にダナム山岳基地を目撃した兵士の一人となった。

 

 

 

先遣隊は、ダナム山岳基地の守備隊が利用できる火器の射程圏ギリギリの場所に布陣し、後続の友軍部隊到着を待った。

 

 

共和国軍が到着したこの日、戦闘が起こった。

 

 

 

この戦闘は、ヘリック共和国側の野戦陣地構築を妨害するためにダナム山岳基地の守備隊がアイアンコングの長射程対地ミサイルとダナム山岳基地の重トーチカの大型砲による射撃を試みたのが始まりとなった。

 

すぐに共和国軍もゼネバス帝国軍に対してゴジュラスmkⅡ量産型と重砲部隊のキャノニアーゴルドスの長距離キャノンで反撃し、砲弾とミサイルが寒空の下飛び交った。

今日の戦いは、お互いにミサイルと砲弾を射程圏ギリギリで撃ち合うだけのものでしかなく、1時間と立たず終了した。

 

 

ヘリック共和国軍ダナム山岳基地攻略部隊は、その後も随時到着した。彼らは、ダナム山岳基地を包囲する様に陣地を構築していった。

 

 

 

中央山脈北部の補給ルートを巡る戦い、中央山脈北部最大の戦闘となったダナム山岳基地の戦いの幕開けは、この様なものだった。

 

 

 



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第2章
1話 まやかしの戦い


投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
ゾイドワイルドは、デスレックス始め、新しいゾイドが次々と現れていますね。
デスレックスかっこよかった


 

 

 

―――――――ZAC2046年 1月10日 ダナム山岳基地―――――――――

 

 

2つの防壁で囲まれたダナム山岳基地は、この日も中央山脈北部のゼネバス帝国軍最大の拠点として存在していた。外側の防壁の四方には、監視塔が設けられていた。第6監視塔も、そんな監視塔の一つである。

 

 

第6監視塔の頂上で、監視役の兵士 テオドール・ダシュナー三等兵は、任務に就いていた。

 

「……はぁっ、早く終わらないかなぁ」

 

「おーい!テオ、交代だぞ。」

 

 

背後から聞こえた声で、彼は、待ち望んでいた交代時間が来たことに気付いた。

 

「クルトか。助かったよ。後5分もここにいたら退屈と寒さで倒れてたよ」

 

テオドールは、大げさに体を震わせて言う。気温が高い中央大陸西部出身の彼にとって、ザブリスキーポイントにも程近い中央山脈北部の寒さは、心身共に堪えた。

 

 

「全くだ。共和国の奴らもよく音を上げないもんだ。連中は野ざらしだからな」クルトは、監視塔の外に目をやる。

 

 

「共和国軍の連中、何時仕掛けてくるんだろうな?」

 

テオドールもクルトと同じ方向に目を向ける。

 

彼ら2人の視線の先には、万年雪の降り積もる険しい中央山脈の山肌が、白い壁の様に聳え立っている。その下の岩だらけの大地は、金属の輝きを持った物体で埋め尽くされていた。

 

自然の景色に不似合いな、それらは、ダナム山岳基地を包囲するヘリック共和国軍の陣地と其処に展開するゾイド部隊である。

 

 

ヘリック共和国軍 ダナム山岳基地攻略部隊は、昨年の12月28日に先遣隊が出現して以降、次々と新たな部隊をダナム山岳基地の周辺に送り込んでいた。その数は、少なくとも2個師団を超える。

 

しかし、彼らは、攻撃目標であるダナム山岳基地をぐるりと取り囲むだけで、本格的な攻撃をまだ一度も行っていなかった。

 

 

「……上の話だともうすぐにでも仕掛けてきてもおかしくないらしい。」

 

「ホントかよ?!あいつらずっと包囲しているだけじゃねえか。砲撃は毎日してくるが」

 

「連中、やる気あるのかねぇ」

 

 

12月28日に先遣隊が出現してから、共和国軍と帝国軍は、100を超える回数の戦闘を行っている。

 

 

だが、それらの戦闘は、偵察部隊や小部隊同士の小競り合いや双方の陣地に向けての砲撃の応酬程度で、ダナム山岳基地守備隊の将兵達が想像していた様な〝共和国軍の大攻勢〟とは程遠い物だった。

 

 

テオドールとクルトも現状に拍子抜けしている帝国軍兵士の一人であった。今の所彼らは、ゾイド同士の戦闘をまともにこの地域で目撃していなかった。目撃したのは、遠くで見えた戦闘の光位である。

 

 

「共和国軍の奴ら、この要塞の防衛設備を見て、ビビッてるんじゃねえのか。」

 

 

クルトは、笑みを浮かべて監視塔の下を見下ろす。彼の視線の先には、コンクリートの構造物の連なりがある。上から見ると四角形や六角形にも見えるそれは、基地防衛用に設置されたトーチカ群である。

 

 

鉄筋コンクリートの殻とAZ砲という牙を持ったそれらの防御設備は、ダナム山岳基地を攻める者たちにとって、最初にぶつかる壁である。

 

 

巧妙に組み合わされたトーチカ群の集中砲火と守備隊のゾイド部隊、歩兵部隊の連携は、大部隊にとっても脅威となり得た。

 

 

攻略部隊もそれを認識しているのか、トーチカ群に接近することなく、射程圏外からゴジュラスやゴルドスに追加装備された長距離キャノン砲や遠距離ミサイル等で遠巻きに砲撃するばかりであった。

 

 

そして、帝国軍は、アイアンコングやレッドホーンに対抗砲撃を行わせるのみで、双方ともに損害は、大したことはなかった。

 

 

 

「だといいけど、連中、2000機近いゾイドを集めたらしいぞ。食堂で士官の人が噂してた。」

 

 

「どうせほとんどが、ゴドスやガイサック、カノントータスとかの小型機だろう。大型機にしても、ゴジュラスが100機現れたってこの要塞は、大丈夫さ」

 

 

「………ウルトラザウルスでも現れりゃあ別だけどな。」

 

「ウルトラザウルスも、さすがにこの山岳地帯までは来られないだろう。1か月前にハインツ軍曹が言ってただろ。」

 

「なんだっけ?」

 

「もう忘れちまったのかよ。言ってただろ、共和国軍の奴らは、デスザウラーが入ってこられないこの険しい山岳地帯を拠点にしてるって。」

 

 

「あ、そういやおやっさんそんなこと言ってたな。」

 

「どっちにしろ、俺達は向こうの奴らが根を上げるまで、ここでカンヅメってわけか。」

 

 

 

2人の若き帝国兵が嘆息していたのと同じ頃、彼らがいる基地の向こう―――――――――ダナム山岳基地を包囲する共和国軍ダナム山岳基地攻略部隊の陣地の方でも同じ様な不満を漏らしている者達がいた。

 

 

 

 

―――――――――――――共和国軍第23陣地――――――――――――

 

 

ダナム山岳基地を包囲するヘリック共和国軍が、構築した陣地の一つであるここでは、今も陣地の拡張工事が続いている。

 

 

作業には、専用の作業用ゾイドや重機だけでは足りず、戦闘ゾイドも動員されていた。その中には、共和国陸軍の象徴 ゴジュラスの姿もあった。

 

 

「全く。天下のゴジュラスが陣地構築とは、涙が出そうだ。」

 

愛機を操作しながら、スコット・ファーデン大尉は、愚痴を零す。

 

「文句を言うな。これだって大砲を撃ち合うのと同じ位重要なんだからな。」

 

 

彼の上官であるグレイ・ロンバーグ中佐が言う。部隊指揮官の彼も作業に従事している。

 

 

「そうですよ。私達のゴジュラスのパワーが頼りにされてるってことですよ。」

 

エミリー・エスターン大尉が笑みを浮かべて言った。彼女は、同僚達と異なり、この任務を楽しんでいた。

 

 

「そういうことだ。頼りにされてるって思わなきゃな」

 

グレイの口調は、部下に対するだけでなく、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえる。

 

 

彼ら 第5連隊のゴジュラス乗り達は、ここ数日、陣地の設営作業に従事している。ダナム山岳基地攻略部隊の戦闘ゾイド部隊の少なくない数が、戦闘よりも工兵の手伝いの様な陣地構築に従事している。

 

 

先遣隊に加わるという名誉を与えられたこの部隊も例外ではない。

彼らの乗機である3機のゴジュラスは、mkⅡユニット………アイアンコングを一撃で撃破可能な長距離キャノン砲と左腕の4連速射砲を取り外されていた。

 

 

代わりに背部には、資材を積んだ作業アーム付き作業用コンテナを装備している。コンテナに付属する作業用アームは、装着したゾイドのコックピットから遠隔操作可能。

 

そして、この装備は、ゴジュラスだけでなく、マンモスにも装備できた。

 

この状態でも、固定武装とパワーに優れたゴジュラスなら、戦闘に耐えることも出来る。それは、ゴジュラス部隊が優先的に陣地構築に動員されている理由の1つでもあった。

 

 

「後30分すればここでの作業も終わる。そうなりゃ暫く休憩だ。我慢しろスコット」

 

「了解しました。……次は、どこの陣地構築に駆り出されるんでしょうかね」

 

「さぁな。その前に昼食があるだろうな」

 

 

 

構築中の陣地の周辺には、陣地構築作業がダナム山岳基地の守備隊に妨害されない様に高速ゾイドを中心とする護衛部隊が展開している。

 

第7高速中隊に所属する第9小隊もその1つである。

 

 

第9小隊の隊長を務めるマクレガー大尉は、愛機のコックピットの中にいた。

 

寒冷地仕様に改造されたコマンドウルフ4機で編成される彼の部隊は、シールドライガー寒冷地仕様で編成された部隊の援護を担当する事になっている。

 

 

今回の任務もシールドライガーが2機、彼らの部隊とともにいる。マクレガーら4機のコマンドウルフのパイロットの任務は、シールドライガーの援護である。

 

 

「今日は、敵の妨害が少ないな」

 

「はい。ケイン少佐、恐らくこちらの戦力を見て、妨害に出るのは危険だと判断したんでしょう。」

 

 

「確かにこちらには来ないだろうな。………だが、何時までも閉じ籠って砲撃するだけではないだろうな。」

 

 

「いずれ奴らもこちらに仕掛けてくるだろうな。そうなったら、俺達も忙しくなるな」

 

「はい……」

 

「こっちから突っ込んでやればいいんですよ!マクレガー大尉」

 

「突っ込んだらハチの巣にされちまうよ。」

 

 

マクレガーは、威勢のいい部下の発言に苦笑いする。

 

「同感だ。大尉、このシールドライガーもあの要塞に乗り込むのは不可能だ。」

 

 

運動性と機動性に優れたシールドライガーといえど、ダナム山岳基地の外周に配置されたトーチカ群に突っ込むのは、自殺行為である。

 

シールドライガーより小型で小回りの利くコマンドウルフにしても同様である。エネルギーシールドがない分、コマンドウルフは、シールドライガーよりも脆かった。

 

 

機関銃陣地に突っ込んだ騎兵隊の如く忽ちの内にハチの巣にされてしまうだろうという事は、士官学校で地球の戦史についても学んでいるケインも理解していた。

 

「確かにあの陣地を何とかしてもらわなきゃ、俺達は近付けませんな」

 

「重砲隊がどうにかしてくれるさ。その為にも作業の邪魔をする敵を排除しなければな」

 

ケインの瞳は、雪と岩の大地の向こう―――――――――灰色の城壁に向けられている。

あの城壁の向こうに〝奴〟がいる。数週間前に戦ったサーベルタイガーのパイロット。荒削りさを残しているが、いいパイロットだった。

 

経験を積めば、もっと強いパイロットに成長するだろう。

 

 

奴ともう一度戦ってみたい。ケインのその思いは、ダナム山岳基地攻略作戦が発動してから強まる一方であった。

 

それは、戦死した部下 ラーセンの敵討ちや敵のエースパイロットを討ち取って名を上げたいといった理由ではない。純粋に戦士として、強敵と戦いたいというゾイド乗りとしての感情である。

 

そんな彼の想いを余所に時間は過ぎていく。

 

 

 

 

 

陣地構築作業には、膨大な物資が必要となる。資材だけでなく、それらの作戦に従事する機材……具体的には作業用ゾイドの交換部品、人員の為の食料や毛布、燃料といった生活必需品、護衛部隊の弾薬等である。

 

 

それらの物資の輸送には、専用の輸送ゾイドだけでは足りず、戦闘部隊の装備するゾイドとそこに所属するパイロットたちも動員されていた。

 

 

スネークスの細い機体には、小型の輸送コンテナが鈴なりに載せられている。

ダナム山岳基地攻略作戦で、スネークス隊は、従来の強行偵察、補給部隊の護衛、敵の偵察部隊の迎撃といった従来の任務のみならず、この様な輸送任務にも従事していた。

 

 

第233遊撃大隊旗下のウォーレンの第4小隊もこの輸送任務に従事している。

 

今日の輸送任務で、彼らが運んでいるのは、資材を積んだ輸送コンテナ。向かう先は、ダナム山岳基地攻略のために構築されている陣地の1つである。

 

 

「まったく、ここについてから輸送任務ばっかですよね」

 

 

「マイク、愚痴るな。俺達以外も輸送任務に従事している。」

 

 

 

それでも、輸送任務続きでは退屈だな。心の中でウォーレンは部下に同意していた。ダナム山岳基地付近に到着してから、ウォーレン達とその相棒は、様々な物資を友軍のために運んできた。

 

 

ゾイドの部品……小型機用の関節キャップから、歩兵陣地用の土嚢、越冬用の燃料、果ては数か月保存できるレーションやらスープの粉末、飲料水を積んだタンク等の食料品を輸送した事もあった。

 

 

スネークスの細い胴体は、案外多数の物資を載せる事ができる。

 

 

ボディが小さい為、積載量は高が知れている。だが、小型トラック並みの物資を、地形を選ばず目的地へと輸送できるという利点は大きい。

 

 

 

このダナム山岳基地の周辺の様に雪に覆われ、岩だらけの険しい地形が続く、近代的な道路等殆ど望めない場所では、その利点は更に倍加した。

 

 

 

スネークスは、ダナム山岳基地を包囲する共和国陣地にとって、小さな輸送列車の様な役割を果たしていた。

 

 

「こんな状態で敵と遭遇したら撃破してくださいって言ってるのと同じですよ。」

 

 

スネークスの様な小型で爬虫類型のゾイドは、中央山脈北部の様に寒冷な地域ではその性能を低下させる。

 

 

酷い場合等は、ゾイドコアへの負荷を避けるためにセーフティが作動して機能停止することさえある。戦場では、どちらも死を意味する。

 

 

さらに輸送任務に従事するスネークスは、物資を背部に鈴なりに搭載しているため、機動性も低下している。

 

 

共和国軍上層部もこの問題を無視しているわけではなく、性能低下を防ぐための寒冷地仕様への改造等の対策を行っている。

 

ウォーレン達の愛機にも胴体側面に放熱装置を装備する改造が施されている。この装置は、機体の排熱を利用してスネークスの内部機関……具体的には、ゾイドコアの周辺の補助機関を温める装置である。

 

この装備は、スネークスの寒冷地での性能低下を最小限に抑える事が出来たが、弱点もあった。排熱が外部にも漏れてしまうという点である。

 

ハンマーロックの背部ミサイルや熱感知式の対ゾイドミサイル等の格好の標的になりかねなかった。

 

 

 

「マイク、安心しろ。このエリアは友軍の護衛部隊が展開している。敵との交戦の可能性は少ない。それよりも、要塞からの砲撃の方が厄介だ。」「砲撃されたら、逃げるしかないですからね。」

 

「そうだ。リサ、俺達のスネークスの火器じゃ、要塞の大砲には敵わないからな。」

 

「……こんな任務、早く終わってほしいですよ。とっと帝国の奴らに俺の実力を見せてやらねえと」

 

「相変わらず、マイクは、粗忽ね。」

 

「うるせぇ。運び屋の真似には飽きたんだよ」

 

 

「文句を言うな。マイク、補給だって重要な任務だ。」

 

 

今まで黙っていたブライアンが言う。寡黙で知られる彼もマイクの愚痴に嫌気が差したのかもしれないな。そうウォーレンは思った。

 

「そうだぞ、マイク、これは、俺達とスネークスにしかできない任務だ。」

 

 

「……分かりました。隊長!この俺らしか出来ない退屈な任務をとっと終わらせられるように努力します!」

 

「お前らしいな。だが、任務に集中してくれよ。」

 

「了解です」

 

流石のウォーレンも日が沈んだ後にも彼らにしか出来ない任務が待ち受けているとは、思わなかった。

 

 

 

 

 

最前線で包囲作戦に従事する将兵達が、代わり映えのない単調な構築作業と護衛、砲撃戦の日々に飽きつつある頃、前線で将兵を指揮し、ダナム山岳基地攻略の為に作戦を練っている。

 

 

グスタフを改造した移動指揮所がダナム山岳基地攻略部隊の作戦司令部となっている。

 

 

 

「本日明朝、第23重砲大隊、第28重砲大隊、第5高速大隊、第16強襲大隊が到着した。

これにより、北国街道分断作戦の要石であるダナム山岳基地攻略作戦に参加する主要な戦闘部隊の約9割が、この地点に集結した事になる。」

 

一番上座の椅子に座っていた将官 スタンリー・ノートン中将は、居並ぶ共和国軍将校達に言った。

 

 

「これで、今作戦の第1段階、包囲が完成したという事ですな」

 

「とりあえずは、といったところでしょう。」

 

 

「ダナム山岳基地の守備隊も今の所砲撃と小規模部隊による嫌がらせ以外は、目立った行動を起こしておりません」

 

 

それぞれの席に腰掛ける共和国軍の将校達は、それぞれ頷く。

 

 

「ロバートソン大佐。今後の作戦計画についての説明を」

 

「はっ」

 

第6機動大隊作戦参謀 ケネス・ロバートソン大佐は、立ち上がる。若き参謀の端正な顔には、この大作戦についての説明を行える事への喜びと、緊張が同居している。

 

 

「では、今後の作戦計画についての説明をさせて頂きます。」

 

 

参加者の視線が一斉に参謀に集中する。

 

「現在、我が軍は、ダナム山岳基地を包囲する陣地を構築し、長期戦に備えております。我が軍としては、この包囲陣を敷き、ダナム山岳基地の帝国軍を長期戦に持ち込み、その戦力を低下させ、最終段階までにその戦闘能力を削ります。」

 

「ロバートソン大佐。最終段階まで、我々包囲部隊は、出来る限り戦力を温存する為に持久すべきなのかね?それとも、何処かで一気に攻撃に打って出るべきだろうか?私は、最終段階までに攻勢に出るべきと考えているが?」

 

 

将官の1人 禿げ頭の男が質問した。ケネスよりも40歳以上は年上の彼は、ダナム山岳基地攻略作戦において積極的攻勢に出る事を主張していた。

 

攻勢型の将軍であるこの将官は、ただ最終段階まで守り続けるというのが、戦力の浪費に思えたのである。特に敵の重要拠点を攻略する作戦なのであるから、尚更である。

 

 

「これまでの会議と同様に攻勢には出ず、陣地構築に徹し、包囲陣の形成後は、陣地での防御戦闘を行うべきであると考えます。」

 

「……マックスウェル少将、今回の作戦 グレート・アヴァランチ作戦は、ダナム山岳基地の守備隊の補給を絶つものだと了解していた筈ではないか?」

 

今度は、第12師団の師団長のジェフリー・スミス少将がケネス大佐に援護射撃を行った。彼はマックスウェル少将の反対側の席に座っていた。

 

「作戦とは、臨機応変な対応が求められる。現状の戦況が当初の作戦案に不適合ならば、作戦を現実に修正する必要がある。戦いとは、役所仕事の様に紙の上だけで行われるものではないと、私は考えている。」

 

「我々軍人は、国家に雇用されている役人の一種だがね。」

 

スミスは、皮肉そうに笑う。

 

「………ケネス大佐、小規模な攻勢を行う必要性についてどう考える?大攻勢は現状では非現実的であると私も認識している。だが、現状の砲撃と偵察隊同士の小競り合いでは、相手の戦力を削る事も出来ず、只管時間と貴重な物資を浪費していくばかりではないか。」

 

「相手の補給切れを待つのなら、小規模な攻勢を行う意味はないと思うのだが。そうだろう?ケネス大佐」

 

 

今度は、ウォルター・バーク少将が発言した。

 

 

「はい。相手の補給を絶った場合、ダナム山岳基地の敵戦力は、2か月後には最大、半数が無力化できるという試算もあります。ただ……」

 

「ただ?なんだね。ロバートソン大佐」

 

 

「ただ。これは、最も楽観的な数字でありますし、我が軍も補給が欠かせません。また最終段階の成功の為には、守備隊の戦力の半数以上を削る必要があるというのが、私と各師団、大隊の作戦参謀の想定です。」

 

 

「では、やはり何処かの時点で攻勢に出る必要があるのではないか?!」

 

 

両手で机を叩き、マックスウェル少将が叫ぶ。

 

「……それについては、前回の作戦会議と同じ結論です。敵が先に手を出すのを待つ、というものです。」

 

ケネスは、緊張気味に答える。

 

「……連中が、亀の様に要塞に籠って一向に攻勢を仕掛けてこない場合はどうするのかね?ケネス大佐」

 

マックスウェル少将は、顔を顰める。

 

 

「その可能性については、敵を燻り出す必要があると考えています。敵に攻勢を促すのです。」

 

「方法を教えてくれんかね。」

 

「敵の攻勢を誘引する為の作戦計画については、リンナ・ブラックストン准将が計画を立案しています。」ケネス大佐が着席すると同時にリンナ・ブラックストン准将が立ち上がる。

 

 

「この計画は、私とケネス大佐と数名の参謀が立案したものです。」

 

 

リンナは、机の中央に設置されたホログラム装置を起動させた。ホログラムには、ダナム山岳基地と、それを包囲する共和国軍部隊を示す矢印が表示されている。ダナム山岳基地の上には、大きな赤い矢印が置かれている。

 

 

その赤い矢印がダナム山岳基地を守備する帝国軍部隊。それらを包囲する様に周辺の傾斜した大地に展開する青い矢印は、包囲陣を形成中のヘリック共和国軍部隊である。

 

 

このホログラムでは、既に全周を包囲し、二重三重の陣地を形成していたが、これはあくまでも完成後の図であった。現状は、漸く全周に渡る包囲陣の形成に端緒が付いた。と言った所だった。

 

 

リンナは、ホログラム装置を目の前に置かれたキーボードで操作し、ホログラム上の青い矢印を矢継ぎ早に動かしていった。

 

 

「まずは、基地のトーチカと防御陣地、守備隊に対して砲撃を連日に渡って行います。この際、空爆を行いますが、空爆作戦は、プテラスの大編隊で敵の対空部隊を忙殺させてから、サラマンダー爆撃隊による地上施設への爆撃という手順を踏む事で被害を最小限に局限します。次に敵が補給のために空輸を行ってきた場合、少数を敢えてダナム山岳基地の守備隊の見える範囲まで泳がせ、対空部隊によって撃墜します。

これらの事を繰り返すことで、ダナム山岳基地守備隊に攻勢を行わなければ、何も出来ずに終わるのだという事を教え、意図的に攻勢に出るように仕向けます。」

 

 

 

複数の赤い矢印がダナム山岳基地を示す中心の六角形の枠から溢れ出、青い矢印に襲い掛かる。

 

 

「敵が攻勢に出た場合は?相手の打撃力は、侮れるものではないぞ?アイアンコングやレッドホーン、最近出現したサイ型の中型メカも多数配備されている。これ程の攻撃力を持つ敵に主導権を明け渡すのは、危険ではないか?」

 

「マックスウェル少将、その懸念については、私も同意見だ。だが、だからこそ、ゴジュラス部隊やマンモス部隊、重砲部隊が配備されているのではないかね?」

 

 

ウォルター少将が発言する。

 

「はい。ウォルター少将の申し上げた通り、敵が攻勢に出た場合は、まず陣地前に配置した地雷や障害物と支援砲撃を利用し、相手の打撃力と機動力を減殺します。この際は、遊撃隊や空軍の支援も行われる予定です。」

 

 

包囲する青い矢印は、赤い矢印の動きを止める小さな矢印とそのままその場に留まる大きな矢印とに分かれて対処した。

 

やがて動きを止めた赤い矢印に対して大きな青い矢印がぶつかり、赤い矢印を削っていく。小さな青い矢印もそれに加わっていった。少しずつ赤い矢印は大きさを削られていった。

 

 

「そして、ゴジュラスやマンモスを有する機甲部隊をぶつける事で撃退、敵が後退に出たところで高速戦闘隊が敵の退却を妨害し、最終的に包囲殲滅します。これが成功した場合、ダナム山岳基地の守備隊は、自ら我が軍の包囲を突破する戦力を喪います。」

 

 

ホログラムの上には、六角形の枠に残された大きさを半分以下に減らした赤い矢印と六角形の枠の間近まで迫った青い矢印達が表示されている。

 

 

「素晴らしい作戦だが、上手くいくだろうか?敵の攻勢を促すためにも小規模な攻勢を行う必要があるのでは?」

 

「現状、ダナム山岳基地の防衛力は、健在です。小規模な攻勢では我が軍の被害だけが重なる事になりかねません」

 

「……私が結論を出す。」

 

 

それまで沈黙していた司令官 スタンリー・ノートン中将が口を開く。

 

 

「ノートン中将……」

 

「……」

 

「はっ」

 

 

「………現状、我が軍は、ダナム山岳基地を包囲する陣地の構築と、補給と増援部隊の遮断に徹するべきだと、私は考える。」

 

「はっ」

 

「はっ、将軍閣下」

 

「次に、ロバートソン大佐、君の結論を聞きたい。君は、参謀の1人として、本作戦の立案に多大な貢献をしている。」

 

 

 

「………分かりました司令官殿。今回のダナム山岳基地攻略作戦は、我々共和国軍の命運が掛かった作戦です。中央山脈の補給ルートを全て封鎖すれば、ゼネバス帝国は、占領軍を維持できず、共和国領の占領地を全て放棄せざるを得ません。我が軍の勝利は、ひとえに補給に懸かっています。そして、ダナム山岳基地攻略作戦の成功も補給が全ての鍵を握っています。我々がダナム山岳基地の帝国軍を封鎖し続けられるか、帝国軍を包囲している我が軍の補給が続くか、この2つの条件をクリアしなければ、勝利の女神が微笑む事はありません!」

 

 

はっきりとした口調で若き参謀は言った。彼の発言に会議に参加していた将校達は、頷く。その中には、スタンリー中将ら、彼よりも経験豊富な年上の将官も含まれている。

 

ケネスの言ったことは、軍人にとって1+1は2だと言っているのと同じ事である。だが、現実において理想的な答えが実現することは、困難な事であった。今回の補給計画も一部では遅れが生じていた。

 

 

遅れの原因の幾つかは自軍の問題、具体的に言えば事故や事務処理の問題等であったが、敵軍………ゼネバス帝国軍の活動を原因とする問題もあった。

 

 

サーベルタイガーを中核とする高速戦隊、シンカーやシュトルヒで編成された爆撃部隊による補給部隊に対するゲリラ的な攻撃が発生していた。

 

 

これらの攻撃は、小規模の部隊によって行われ、補給部隊が全滅するという事態は少なかった。

 

その代わり、神出鬼没の攻撃で補給部隊の到着が遅れるという事態は何度もあった。補給計画に狂いが生じている原因の1つである。

 

 

ゼネバス帝国軍は、そうすることによってダナム山岳基地を包囲する共和国軍へ届く物資を少しでも減らそうとしていたのである。

 

 

相手の補給線を遮断する事が勝利に至る道であると考えているのは、ケネスら共和国軍の士官達だけでは無かった。

 

海上では、更に脅威が存在している。その脅威とは、海面下に潜むウォディック潜水艦隊。

 

ウォディック潜水艦隊は、ゼネバス帝国が暗黒大陸から帰還した最初の戦い バレシアの戦い以来、通商破壊戦で共和国軍を苦しめてきた。ウォディックの雷撃で撃沈されたウルトラザウルスは、既に10隻を超えている。輸送船に至っては、それ以上である。

如何に陸の補給線を守り抜いても海上で輸送船ごと物資を沈められては意味がない。

 

 

その懸念は、この場の参加者の多くが持っていた。これまでもウォディック潜水艦隊の通商破壊で共和国陸軍の作戦計画に狂いが生じた事は何度もあった。

 

 

 

「ヘリックルートの一角を成す海上ルート 海の道の安全は? コックス大佐?海軍の考えを聞きたい。」

 

ノートン中将が海軍からの連絡将校 コックスに尋ねる。

 

「我々、ヘリック共和国海軍は、昨年5月のフロレシオ海戦で帝国のウォディック潜水艦隊を含む海軍に大打撃を与えた。またこの戦いで敵空軍の対艦攻撃用のレドラー部隊も全滅させている。レドラー対艦攻撃部隊が壊滅状態となり、更にウォディックの脅威が減殺された今、我々の海の道を阻む脅威は殆ど無いといっていいでしょう中将閣下。安心していただきたい。」

 

海族出身の海軍将校は、胸を張って言った。彼の口調には、自分の所属する軍の勝利に対する誇りが含まれていた。

 

 

昨年5月に行われたフロレシオ海海戦で、共和国海軍は勝利し、フロレシオ海の制海権を奪う事に成功した。

 

 

敗者であるゼネバス帝国海軍は、大損害を受け、多くの海戦ゾイドと優秀な海兵を喪っている。

 

その中には、通商破壊でこれまで活躍してきたウォディック潜水艦隊と、上空から帝国海軍を支援してきた、空軍から借りていたガーランド中佐の対艦ミサイル装備のレドラー隊も含まれていた。

 

 

これによってゼネバス帝国海軍は、共和国軍が、ヘリックルートの出発点であるゲルマンジー湾へと物資を送り込むのを手をこまねいて見る事しか出来なくなっていた。

 

 

最近は、ウォディック潜水艦隊の再建も進んでおり、数隻単位で輸送船が襲撃されていた。だが、かつてと比べれば、その脅威は、目に見えて低下していた。

 

 

それを考えれば、この海軍将校が問題ないと考えたのも無理はなかった。

 

 

「……敵は、ウォディック部隊の再建も進めているらしいが、その点を海軍はどう考えているのですかな?」

 

 

「それについては、我々海軍も対策を考えております。ウォディックによる通商破壊を防ぐ為のハンターキラー部隊の拡張と、空軍との協力、護送船団方式の採用による被害の極限………どれもウォディックとの戦いで有効性が示されている物です。」

 

 

「……それは、期待できそうですな。」

 

渋々と言った口調で質問者の将校は、言った。

 

 

「次の議題は、敵の増援、特に敵の増援部隊にデスザウラーが出現した場合の対処についての説明を行います。デメトリウス大佐、説明を」

 

 

「はっ。」

 

 

デメトリウス大佐は、ホログラム装置を再び起動させた。そして彼は、デスザウラーに対応する為の作戦と、その為に必要な装備について語り始めた――――――――。

 

 

 

 

作戦会議は、その後も、休憩を挟んで続けられた。

 

 

その間、何度か散発的な戦闘が前線で起こったが、作戦計画の変更を強いる様な事はなかった。

 

 

 

会議が終わった時には、既に空は、星空に取って代わられていた。

 

 

「今日は、敵の反撃はないか。」

 

 

グスタフから出たケネスは、夜空を眺め、そう言った。

「万が一の事もあるわ。ケネス、爆撃に気を付けて」

 

 

隣に立つ女性将校 リンナ・ブラックストン准将は、柔和な笑みを浮かべていた。現在35歳の彼女のその笑みは、10代後半の少女の様に無邪気に見えた。

 

 

 

連日両軍は、相手の陣地に対して少数機による爆撃や砲撃を繰り返していた。

 

 

それらの攻撃は相手に対する安眠妨害や嫌がらせの粋を出るものでは無かったが、時折大損害が生じていた。2日前には、ある歩兵の簡易宿舎に帝国軍のミサイルが着弾、100人近い兵士が死傷するという出来事が起こっていた。

 

 

 

「はい。リンナ先輩も気を付けて」

 

 

「分かってるわ、ケネス。」

 

 

2人の視線の遥か向こうには、サーチライトの光をまき散らす城壁に囲まれた砦の姿がある。

 

 

その砦………ダナム山岳基地こそ、彼らヘリック共和国軍の将兵が陥落させるべき目標。あの基地に共和国の旗が翻った時、彼らは勝利する。

やがて夜は深くなり、1日が終わった。

 

 

ヘリック共和国軍の大部隊が、ダナム山岳基地を包囲してから、また1日が過ぎた事になる。この日も、大規模な戦闘は発生せず、偵察部隊同士の小戦闘と、散発的に砲撃戦が起きた程度である。

 

 

両軍の兵士の大半にとっては、退屈な日々であると同時に戦場とは思えない程の平穏な日々――――――――だが、そこは確かに戦場であった。

 

 

少しでも双方が行動を起こせば、この氷雪の大地は、忽ちの内に機械獣と人間の絶叫と砲声のオーケストラが鳴り止まぬ地獄と化す。その事を双方の上層部は認識していた。

 




次は帝国側の上層部の状況メイン回です。なるべく早めに更新できる様にします。


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第2話 要塞の夜 

更新が遅れて申し訳ありません。リアルが忙しかった為、執筆時間があまりとれませんでした。いよいよ平成も終わり、新元号になるこの日、本作を更新出来るのが嬉しい限りです。
またゾイドでは、ゾイドワイルドはディメパルサーなどの新型が登場する等、新展開が怒涛の様に続いてますね。

HMM第3章では、遂にゾイドワイルドのゾイドがHMM化されるというニュースがありました!
個人的にHMMレヴラプターに期待してます。




 

 

ダナム山岳基地の地下司令部では、司令官であるヴァイトリング少将を中心とするダナム山岳基地守備隊の部隊指揮官が参加する作戦会議が開かれていた。

 

「この基地が、共和国軍の完全な包囲下に置かれてもう10日以上になる。我々を包囲している共和国軍の状況を知りたい。ボウマン中佐……高速隊による共和国陣地への強行偵察の結果を教えてくれ」

 

ヴァイトリング少将は、守備隊に所属する高速部隊を統括するボウマン中佐に言った。歴戦のサーベルタイガーパイロットであり、優れた帝国軍高速ゾイド部隊指揮官でもあるこの男は、ダナム山岳基地の高速部隊の指揮官でもあった。

 

彼と彼の指揮下のサーベルタイガー隊は、ダナム山岳基地が共和国軍に包囲される前、周辺の中小基地から退却する部隊の支援を行い、共和国軍の追撃部隊に痛撃を与えている。

 

「はっ。ここ数日の偵察で、共和国軍は、この基地の周囲に陣地を構築することを最優先にしている様です。少なくとも向こう1週間は、敵はこの基地に大規模な攻撃を仕掛けることは無いでしょう。」

 

前哨戦で、彼の部隊を上空から援護したサイカーチス隊も、引き続きボウマン中佐の指揮下に置かれていた。と言ってもその統括は、前回同様にサイカーチス隊の指揮官に一任していたが。

 

「何故そう言えるのですか?中佐、基地の周囲に展開する共和国軍の規模は侮れませんよ」

 

司令部にいた帝国将校の1人が質問する。

 

数名が頷く。一般の将兵の多くも共和国軍の大軍が何時牙を剥くか気が気でなかった。

 

 

「根拠は、3つあります。まず、第1に敵は、ゴジュラスやマンモス、ベアファイター等の戦闘用ゾイドを陣地構築作業に動員している事です。これらの機種は、要塞攻略戦に欠かせないゾイドです。それを最前線ではなく、陣地構築に利用しているのは、大規模な攻撃を仕掛ける予定が無い事を示しています。」

 

「……うむ」

 

レッドホーン突撃部隊を率いるエルツベルガー大佐が頷く。彼は、共和国軍が攻撃の度にゴジュラスを先頭に突撃してくるのを幾度も最前線で目撃してきた。

 

「第2に共和国軍は、基本的に拠点攻略において、航空支援を重視している事が確認されています。しかし今の所、包囲下に置いてから、大規模な空爆をこの基地に仕掛けておりません。」

 

「確かに夜間の爆撃も先月の27日を最後に行われていないな」

 

「はい。そして、第3に砲撃が散発的だという事です。共和国軍がこの基地の周辺に出現してからこちらに行われた砲撃は、向こうの砲兵部隊の3分1の火力にも満たない規模です。この事実は、オットー大佐の砲兵旅団の将兵も確認しております。」

 

ボウマン中佐とは、少し離れた席に座っていた中年の士官が立ち上がる。その士官は、ボウマン中佐より10歳近く年上に見え、頭は禿げ上がっている。

 

 

 

「ボウマン中佐の意見の通りだ。ヴァイトリング少将、敵の砲撃は、こちらの弾薬の消耗を誘う様な撃ち方ばかりで、明らかに弱い砲撃です。この基地を攻略する気があるなら、もっと激しい砲撃を加えてきているでしょう。」

 

 

彼、オットー・ノルトマン大佐は、ダナム山岳基地の第2防御壁と、外周に設けられたトーチカ群と砲撃ゾイドで編成された第32砲兵旅団の指揮官である。

 

この部隊は、ヴァイトリング少将ら、第23機甲師団第1連隊がダナム山岳基地に進出する前からいた守備隊の中から編成された部隊である。戦力的には、中型、小型ゾイドが中心ながら、AZ砲やトーチカ等を含んでいる為、砲撃力と防御力に優れている。

 

 

「ありがとうボウマン中佐、オットー大佐……守備隊所属の偵察航空隊(シュトルヒ8機で編成、パイロットは全員、空軍より陸軍に派遣されたパイロット。)と、高速隊の偵察隊の報告を勘案して、……やはり敵は長期戦を目指していると見ていいな。」

 

 

報告を聞き終えたヴァイトリングは、ゆっくりと頷く。まるで予想していた事が的中したとでもいう様に。

 

 

「敵の偽装の可能性は?共和国の奴ら、我々を油断させる気でそんな真似をしてるのかも……」

 

 

 

第65対空大隊指揮官のカール・エルスター中佐が言う。彼は、まだ信じられなかった。彼だけでなく、地下司令部の将校の少なくない数が、ボウマン中佐の報告を疑っていた。

 

 

 

彼らは、共和国軍は、冬が来る前に一か八かで短期決戦を挑んでくるという予想の方を信じていた。常識的に考えれば、彼らの意見は正しいと言える。中央山脈北部の冬は厳しい。そして長い。

 

 

この寒波の大軍団に対して、備蓄もある防御施設も充実した基地に立て籠っている帝国軍と、山脈にへばりつく様に作った陣地で、不安定な補給に頼る共和国軍。そのどちらが生き残る事が出来るか。考えるまでもない。

 

 

だが、常識を当てはめるのは、戦場では命取りになる。その事をボウマンも、彼の上官であり、この山岳基地の司令官に任命された将軍は、身をもって知っていた。

 

 

「偽装ならば、もうそろそろ攻勢をかけてもいい頃だ。こんな風に貴重な重砲隊の砲弾を浪費せずにな。」

 

 

ヴァイトリングは、司令部の机に設けられたホログラム装置を起動させる。

 

 

青白いホログラムには、ここ数日の戦闘の記録……双方の砲兵による砲撃戦の映像が映されている。どちらも見ている分には派手に見えるが、要塞を攻め落とす大攻勢の前触れにしてはあまりにも貧弱であった。

 

 

「……」

 

 

エルスター中佐は押し黙る。

 

 

 

「敵が長期戦を考えているのなら、我々もその意図に乗るべきかと思います。長期戦ならば、要塞に立て籠っている我が軍が優位です。」

 

 

別の将校が発言した。他にも複数の将校が頷く。常識的に考えれば、長期戦で優位に立てるのは、山岳基地に立て籠っている側である。

 

 

共和国がどの様に大軍を運用しても、補給が続かなければ、長期戦を戦い抜く事は不可能となる。

 

 

元々、彼らは冬将軍到来まで基地守備隊と防衛陣地で共和国軍を消耗させ、冬将軍の到来で弱体化した所を重機甲部隊、突撃部隊によって粉砕、高速隊と周辺基地の空軍によって追撃と分断作戦を展開して戦果を拡大する。という計画を立てていた。

 

 

「……私も同意見だ。共和国軍の側が、我々の望む長期戦を計画しているのなら、こちらとしても願ってもない事だ。……しかし、」

 

 

ヴァイトリングはここで言葉を切った。

 

 

「!」

 

「……」

 

「何でしょうか?少将閣下」

 

「共和国軍が長期戦でこのダナム山岳基地を制圧する事を考えているのなら、当然共和国軍も勝算があるに違いない。」

 

 

「連中が長期戦でこちらに勝てる策があるとは思えません。この地域にデスザウラー投入は難しくとも、向こうもウルトラザウルスを投入できるわけではありません」

 

「山道をあのデカブツが昇るのは無理だからな。」

 

 

「ははっ、確かに」

 

「ははっ」

 

「ふっ」

 

 

それを聞いた数名の将校が笑うが、多くのものは笑っていなかった。

 

「司令官閣下、むしろ、こちら側から打って出るべきではないですか?」

 

 

ボウマン中佐の右側の辺り席に座っていた将校 エルツベルガー大佐が発言した。レッドホーン突撃部隊の指揮官である彼は、持久戦よりも短期決戦に持ち込んで攻略部隊を撃破して勝利するべきだと考えていた。

 

 

「私も大佐と同意見です。奴らに長期戦の意図があるのなら、好都合、連中の意図を粉砕してやりましょう!」

 

 

エルツベルガーの隣に座っていた将校が言った。褐色肌に黒髪の虫族の出身のこの将校は、砲兵部隊の指揮官の1人であった。何名かの将校も頷く。建国してから日が浅く、最高司令官であるゼネバス皇帝自身攻勢型の指揮官である事もあって、ゼネバス帝国軍は、攻撃重視の傾向があった。防御だけでは、国力に優る共和国に敗北してしまうという一面もあった。

 

 

「お待ちください。大佐、攻撃に出る前にもう少し偵察して共和国側の様子を見るべきです。近隣の基地とも連絡して反撃するべきであると考えます。」

 

 

今度は、ボウマンが発言する。

 

 

「中佐、既に近隣の基地の幾つかも共和国側の攻撃を受けている。我々の反撃に協力できる余裕があるとは思えん。このダナム山岳基地の戦力だけでも十分敵に対応できる。これ以上時間を掛けたら敵の数はどんどん増えるだろう。そうなった時に戦闘するのと、今打って出るのとでは、損害も作戦の成否の確率も大きく変わる。今攻撃すべきだ。」

 

 

 

対するエルツベルガーも一歩も譲らなかった。彼としては、共和国側に時間を与えるのは、自軍が不利になるだけだと考えていた。

 

 

相手側が長期戦を挑む事を考えている可能性が高い以上、当然であった。だが、短期決戦に出て勝てるという保証も今の所は無かった。ダナム山岳基地守備隊としても防御設備を最大に活用できる基地付近での防衛戦の方が良かった。

 

 

2人を含む司令部の将校達は、上官であり、この基地の最高司令官に任命された初老の男を見た。暫くして、ヴァイトリング少将は口を開いた。

 

 

「現状は、攻勢に出ず、相手の出方を探る。敵が短期戦を望むにしろ、長期戦を企図しているにしろ、どちらの場合でも基地を落とす以上、この基地の城壁を打ち破り、攻め入らなければならないのだからな。共和国側が攻撃を仕掛けてきたら、基地の城壁と防衛線、ゾイド部隊を組み合わせて叩き潰す。」

 

 

ヴァイトリング少将は、従来通りの作戦を継続する事にした。こちら側から攻撃するよりも相手の攻撃を待った方が、彼らにとっては有利であった。少なくとも、今の所は。

 

 

その後も会議は、1時間近く続いた。この日の作戦会議が終わった後、守備隊の各指揮官は、地下司令部を発った。それぞれの職責を果たす為に。彼らがベッドに入るのは、もうしばらくの時間が必要であった。

 

 

 

 

―――――――――――ダナム山岳基地 第2格納庫――――――――――――――

 

 

この格納庫は、現在高速部隊用に宛がわれた格納庫の1つである。ゾイドハンガーには、サーベルタイガーとヘルキャットが駐機されている。

 

ハンガーの1つの前に彼女 イルムガルト・ヘフナー大尉は、立っていた。

 

 

そのハンガーには、イルムガルトの愛機であるサーベルタイガーが駐機されている。

 

イルムガルトは、サーベルタイガーを見上げている。彼女は、考えていた。

 

 

「今回も、現れなかった。」

 

 

あの白いシールドライガーの部隊は。彼女の隊は、連日の様に出撃し、敵の偵察隊や陽動に現れた高速隊と交戦している。今日も彼女は、2機の敵ゾイドを撃墜スコアに加えていた。

 

 

だが、今の所、イルムガルトの隊は、あの白いシールドライガーの部隊とは遭遇していない。だが、彼女は、必ずこの地であの機体と、自身に敗北感を与えたあのシールドライガーのパイロットと相まみえる事になると信じていた。

 

 

「……(今度現れた時は、必ず、この手で)」

 

 

イルムガルトは、両手を強く握りしめる。彼女の掌には、爪が食い込んでいる。

 

 

「イルムガルト、まだいたのか。」

 

 

「!」

 

 

イルムガルトは、振り返る。そこには、彼女の恩師であり、上官 ボウマン中佐が立っていた。彼はパイロットスーツではなく、帝国将校の軍服を着ている。

 

 

「ボウマン中佐!」

 

 

慌ててイルムガルトは、彼に敬礼した。

 

 

「相棒におやすみでも言いに来てたのか?」

 

 

「い、いいえ!部隊のゾイドの整備状況を確認していました。」

 

「そうか、熱心なのはいいが、睡眠を十分にとるのを忘れるなよ。おお、そう言えば、イルムガルト、敵の高速隊を仕留めたらしいな。」

 

 

「はい!ボウマン中佐。数も少ない偵察隊でしたが、1機も逃がしませんでした。」

 

彼女の隊は、コマンドウルフで編成された偵察隊を撃破していた。

 

 

「よくやったぞ!明日も敵機を撃破出来る様に、生き残るためにも早く宿舎に戻って寝るんだ」

 

 

「はい!」

 

 

その時、軽い振動が格納庫を包んだ。身体の奥に染み込んでくる様なそれは、巨獣の心臓の鼓動を思わせる。

 

 

「……!」

 

 

「砲撃だな。あの分だと、外周防衛線のトーチカだな。」

 

 

「外周防衛のトーチカの将兵は、まだ戦っているのですね」

 

 

オレンジの髪の女性士官は、顔を曇らせる。自分達が眠ろうとしている間も、前線で戦っている味方がいる……その事実に後ろめたさを感じたのである。

 

 

「彼らは昼間に……我々は、明日に備えて早く寝るべきだ。戦友の為にも」

 

 

 

それを察したボウマンは言った。

 

「はい。中佐」

 

2人のサーベルタイガーパイロットが立ち去った後もダナム山岳基地外周での砲撃戦は続いていた。

 

 

 

 

――――――――――――――――共和国軍側重砲陣地――――――――――

 

 

 

ダナム山岳基地の北側に存在しているこれらの陣地は、第32砲兵大隊 ロデリックが使用している。この部隊名は、第1次中央大陸戦争後期の上陸作戦で、橋梁破壊作戦で活躍し、戦死した砲兵大隊指揮官の名前に由来するものとされている。

 

 

部隊所属のゴルドスの背中には、ゴジュラスmkⅡ量産型と同じ、長距離キャノンが装備されている。ゴルドスの長距離砲撃仕様、キャノニアーゴルドスである。

 

 

この第32砲兵大隊には、12機のキャノニアーゴルドスが配備されていた。

 

「全機砲撃開始!カノントータス隊は、移動砲撃を行った後に陣地まで後退せよ。ゴルドス隊は、それを支援。」

 

 

キャノニアーゴルドスの長距離キャノンが火を噴く。共和国側陣地の手前に展開しているカノントータス隊も突撃砲を発射する。

 

砲弾が次々とトーチカが存在する帝国側の防衛陣地に着弾していく。

 

長距離キャノンの砲弾を受けたトーチカが爆炎と共に焼け崩れる。

 

 

アイアンコングの正面装甲を撃ち抜く徹甲弾の前には、分厚い鉄筋コンクリートで覆われたトーチカも成す術が無かった。衝撃波でアタックゾイドや歩兵が木の葉さながらに薙ぎ倒される。空中で炸裂した榴弾が、外周防衛線の帝国軍陣地に炎の雨を降らせる。一撃で破壊される事はないが、損傷を受けたゾイドも少なくない。

 

 

1機のゲルダーが砲弾を受けて吹っ飛んだ。その横では、キャノリーモルガとマルダーが反撃の砲火を撃ちあげる。共和国陣地に向けて、マルダーのミサイルが白煙と共に発射された。

 

 

まるで祭りの花火の様に。対するトーチカ側も反撃を開始していた。

 

 

トーチカの砲と周囲に配置されたゾイド部隊が一斉に砲撃を開始した。キャノリーモルガが背部に装備した大型キャノン砲を発射する。

 

 

モルガの全長と同じ長さを誇るこの実弾兵器は、当たり所によっては、大型ゾイドにも打撃を与えられた。焼夷榴弾が空中で炸裂し、火の雨が6機のカノントータスの頭上に降り注ぐ。

 

 

後退していたカノントータスは、一時停止し、頭部コックピットを胴体に収納した。

 

 

共和国側小型ゾイドの中でも重装甲を誇るカノントータスの装甲は、それに耐えた。だが、その後襲い掛かってきたAZ砲の徹甲弾には勝てなかった。徹甲弾で胴体を撃ち抜かれたカノントータスが被弾、爆発炎上する。

 

 

別のカノントータスは、後退途中、後ろ脚が地面に空いた穴に引っかかって横転した。砲弾で空いた穴に引っ掛かるのは、戦場では珍しくない。

 

 

特に状況確認がしにくい夜戦では。その後ろでは、被弾したキャノニアーゴルドスが長距離キャノンを排除してのろのろと後退していく。

 

 

上空を砲弾やミサイルが飛び交い、夜空で炸裂した照明弾の灯りが束の間、夜闇を蹴散らす。双方の部隊は、夜の闇を昼間の様に鮮やかに照らした。

 

 

 

その砲撃音は、双方の陣地、基地の将兵にも聞こえていた。同じくダナム山岳基地の北側の陣地に存在するこの移動宿舎もその1つ。この灰色のコンテナハウスは、グスタフトレーラーによって輸送され、前線で宿舎として利用される。狭いながらも最前線では、快適な住居である。

 

 

「畜生……夜中も撃ち合いやがって……」

 

 

耳を塞ぎ、歯ぎしりしながら若い兵士が言う。

 

 

「あいつらは寝るより撃つのが好きなのかよ」

 

 

「一方的に撃ち合いされるよりはマシだ……」

 

「いい加減慣れろ」

 

 

「……はい。曹長殿」

 

 

これから眠る彼らにとっては、砲兵部隊の死闘も、安眠妨害でしかない。

 

 

若い兵士達と対照的に無精ひげを生やした中年の下士官は、特に期にしていない。それが鈍感なのか勇敢なのか本人以外知る術はない。

 

 

夜間も繰り広げられる砲撃戦のせいで、陣地にいる共和国軍の兵士達の多くが、爆音と砲弾の恐怖と、外の寒さに耐えながら、眠る為に奮闘することを強いられた。

 

 

 

 

――――――――――――帝国首都 皇帝の居城――――――――――――

 

 

 

同じ頃、戦場から遥か離れたゼネバス帝国首都でもダナム山岳基地の戦いを注視している者がいた。ゼネバス帝国の首都は、連日の様に共和国に爆撃されていたが、レドラー防空隊が編成されてからは、平和そのものであった。

 

「……」

 

 

その男は、帝都の中心にある宮殿の一室……宮殿の主の為に設けられた寝室のバルコニーから外を見ている。彼の瞳には、力強い光が宿っている。気の弱い者ならその眼光だけで恐縮してしまいそうだった。

 

そして、彼の左右の瞳は、遥か東を見つめて居る。……中央山脈のある方角である。

 

 

彼……ゼネバス皇帝は、ダナム山岳基地の戦いが始まってから、寝る前に必ず、中央山脈の方を見つめる事にしていた。中央山脈の補給線を巡る戦いが、決して負けられない戦いであることを知っていたからである。

 

 

「……我が兄、ヘリックよ。この戦い、我が軍が勝利してみせる……」

 

 

皇帝は、ダナム山岳基地の司令官 ヴァイトリング少将と彼の指揮下にある精強な将兵とゾイドを信頼していた。

 

それは、中央大陸の何処かにいるであろうこの男の兄 ヘリック共和国大統領 ヘリック2世も同じであった。

 

 

 遥か上空、夜の闇に輝く3つの月は、銀色に輝いていた。

 




次は、ゾイド戦がある回の予定です。そろそろ登場人物紹介を作るか検討してます。
感想、評価お待ちしてます。次は令和更新ですが、早めに出来る様にします。


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