IS~女の子になった幼馴染 (ハルナガレ)
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番外編
番外編 男子中学生の海(前篇)


番外編です。本編進めないで何書いてるんだと思われるかもしれませんがご了承ください


「よっしゃー、また俺が一番だ!」

 

「くそ、二位か」

 

「パーカー着てる俺に負けんなよな一夏」

 

「うるせえ、今日は調子悪いんだよ……少し寝不足だし」

 

「運動不足なんだよ、たまには体鍛えろよ」

 

「確かにかなりなまってるなあ。たまには運動するか」

 

「そうしろそうしろ」

 

「……こ、の化け物共め」

 小島の上に寝そべりながら、俺は海に浮かびながら軽口を叩いている一夏と葵に向かって呻いた。

 

「大丈夫か弾? 体力回復したか?」

 

「無理すんなよ。体力戻ったら陸に戻ろうな」

 俺の呻き声に反応して、一夏と葵は俺に向かって声を掛けてくるが……その余裕な態度ムカつく!

 

 今日俺は一夏と葵、三人で海に遊びに来ていた。

 中学に入り最初に出来た友達で、俺と二人は気が合い学校ではよく一緒につるんでいる。本当は今日は一夏と葵の幼馴染みの鈴とも一緒に来る予定だったが、鈴は家の用事が急に出来た為来れなくなった。その為男3人というムサイ組み合わせとなったが……一名例外いるけどな。

 軽い気持ちで浜辺からこの小島まで競泳しようぜとか言うんじゃなかった。俺は泳ぎにちょっと自信あったから二人に勝負挑んだが……俺は二人に圧倒的大差をつけられて負けてしまった。空手部に入っている葵はともかく、帰宅部のくせに一夏体力ありすぎだろ!

 どんどん二人から引き離されていった為、ペース配分も考えずにスピード上げた結果、俺はこの小島に辿り着いた頃には死にかけていて、先についていた一夏と葵が沈んでいく俺を小島の上にあげた。

 その後はずっと横になり、体力も結構回復したが……俺が休んでいる間、一夏と葵の二人はまた競争しながら浜辺まで泳いでいき、再び競争しながらまたここに戻ってきた。勝負は全て葵が勝っている。葵は半袖とはいえパーカー着こんでいるのに恐ろしいスピードで泳いでやがる。……化けものかこいつは。その葵に僅差で迫ってる一夏も大概だけどな。

 

「後もう少しで浜辺まで泳ぐ体力回復する」

 一夏と葵にそう言うと、俺は目をつむり体力の回復に努める事にした。

 

 

 

 

「くそ、何でこんな雑な作りのラーメンがこんなにも美味いんだ!」

 

「全くだ! 俺ならこの店の半分以下の値段で比べるのもおこがましい程美味いラーメン作れるぞ!」

 

「一夏に葵! 気持ちはわかるが店内でそういう事は言うな!」

 あの後体力が回復した俺は、一夏と葵の二人と一緒にゆっくり浜辺まで泳いでいき、腹が減った為海の家でラーメンを食べる事にしたが……お前等大声で本音言い過ぎだ。まあ俺も雑な味付けのくせに高い料金は納得いかんが……疲れて体が冷えてたらどんなもんでも美味くなるんだよな。

 

「さてと、これからどうする? また適当に泳ぐかビーチバレーでもするか?」

 葵はラーメンを啜りながら次何をしようかと聞くが、

 

「……まあもうしばらくはゆっくりしようぜ」

 

「そうだな、俺も今疲労が来てるころだし。それに3人でバレーつってもなあ」

 俺と一夏は疲れた声で言った。流石に一夏も二往復による遠泳は疲れたようだ。まあ一夏の言う通り3人でバレーは確かに微妙だしな。鈴がいたら人数揃うが、あいにく今日はいない。

 

「そうか。じゃあ後でスイカ割りでもやろうぜ! さっき向こうの屋台でスイカ割り一式売ってたから」

 疲れている俺と一夏と違い、葵は元気がまだ有り余っているようだ。何やら笑顔でスイカを売っている屋台を指さしている。

 

「またあれやるのか? 去年やって懲りただろ。お金がもったいない」

 

「……う、いや今年は去年のようにはしないからさ。ちゃんと綺麗に割ってみせる」

 スイカ割りを提案する葵だが、一夏は露骨に嫌な顔をして反対した。一夏の返事を聞いて葵は少し顔が引きつるもスイカ割りはやりたいようだ。

 

「一夏、去年何があったんだ?」

 去年の事は知らない為、何が起きたのか興味あったので一夏に聞いてみた。

 

「去年も今日のように俺と葵、鈴の三人で海に遊びに行ったんだよ。で、その時スイカ割りもやったんだが……葵が渾身の一撃を込めて棒を振り下ろした結果、スイカが爆散した」

 は? 爆散?

 

「ちょっと強く叩きすぎたからなあ」

 遠い所を見ながら、葵が頭を掻きながら笑っているが、ちょっと待て!

 

「いや待て。何だよ爆散って!」

 

「言葉通りだよ。葵の一撃受けたスイカは細かい破片をそこらに撒き散らしながら吹き飛んだんだよ。ったく葵! 何でわざわざスイカ割るのに篠ノ之流奥義使って割るんだよ! スイカが吹き飛んで周りの人に中身がかかり、謝るの大変だっただろうが!」

 

「だってあん時はちょっと箒の事思い出してなあ……ちょっと感傷的になっててな」

 

「周りに迷惑かけるし、スイカは食べれなくなるから鈴が暴れたりと散々な目に遭ったぞ」

 

「……ははは、あ、俺ちょっとジュース買ってくるわ」

 そう言って葵は立ち上がると、ジュースを売っている売店に走って行った。

 

「逃げたな……」

 

「まあどうでもいいが、一夏の言う通りスイカ割りは無しな。爆散とかそういう以前に、3人でスイカ一玉はキツイ」

 どうせ去年何事も無く割っても、一夏達じゃ食い切れなかったと思うが、これは言ってもしょうがないだろう。

 

「しかし……せっかくの海だと言うのに、野郎3人で来るとはなあ」

 

「何だよ弾、お前俺達じゃ不満なのかよ」

 

「別に不満じゃ無いが……やっぱり女の子がいた方が華やかだろう」

 鈴が今日いないのは結構残念なんだよな。鈴は一夏に惚れているから恋とかそういうのは期待していないが、可愛いのは認める。少しお子ちゃま体系だが、男の水着姿見るよりかは遙かにマシだ。まあ約一名、そういう次元超えてる奴がいるがそいつにやらしい目でみたら殺される。

 

「そういうのは俺にはよくわからないな」

 

「あ~そうだな、お前の周りは美少女に美女ばっかりだもんな」

 一夏の姉の千冬さんは凄い美人だし、鈴もかなりの美少女。先ほど名前が出た箒って子も以前写真で見たが鈴に負けず劣らずの美少女。その姉も美女と一夏の周りは綺麗な人しかいねえ。

 

「お前の妹の蘭も可愛いだろうが。お袋さんもお客さんに大人気だし」

 

「そうかあ?」

 まあ確かに妹は可愛い! それは確かだ! わかってるじゃねえか一夏! 

 そんな事思っていたら、一夏はある方向を向くと顔をしかめて

 

「あ、あいつまた捕まりやがった」

 面倒臭そうに溜息をついた。

 

「また……ってまさか」

 一夏の言葉を聞き、嫌な予感をしながら一夏が見ている方に顔を向けると、

 

「……」

 

「だからいいじゃん、俺と遊びにいこうぜ」

 葵はナンパされていた……男に。

葵は無表情だが……付き合いが浅い俺でもわかる! あれは内心で相当怒っている!

 

「今日何度目だ一夏?」

 

「3度目。……葵は一人にさせると駄目だな」

 そう、今日海に来てからというもの、葵は単独行動させたら男からナンパされている。

 売店内の為周りに客や店員がいるが、関わりたくないのか皆顔を伏せたりしながら無視している。

「ったく、しょうがないな」

 そう言って立ち上がる一夏。事が大きくなる前に葵を救出する気なんだろう。でないと危ないからなあ……ナンパしている男が。

以前鈴が他校の不良十数人に無理やり連れ去られそうになった時、葵は鬼神の如き強さでその場にいた不良8割をなぎ倒した過去がある。残る2割は一夏とちゃっかり鈴の奴が倒してたな。

 

「ああ、俺もいく」

 俺も一夏に続く事にする。一人よりも二人の方が威嚇になるしな。そんな事思っていざ葵の所に向かおうとしたが、

 

「おばちゃん、このコーラ頂戴」

 葵は売店のおばちゃんにコーラを注文した。おいおい、何で今の状況でコーラ買うんだよ。

 目の前でナンパ行為が行われ、困っていた売店のおばちゃんも葵の注文に困惑しながらも売られている瓶コーラを取り出す。そして栓を開けようとしたら、

 

「あ、そのままでいいです」

 そう言って葵はおばちゃんから栓が詰まったままのコーラを受け取り、代金を支払った。

 

「何? ジュースが飲みたいの? そんなの俺が幾らでも奢ってやるよ。それにコーラよりも何倍も美味しいの飲ませてあげるよ」

 ナンパ野郎は嫌らしい顔しながら葵にさらに近づいていく。そして葵の肩に手が当たる前に、葵は買った瓶コーラを左手に持ってナンパ野郎の顔の前に突き出した。そして、

 

「ふん!」

 気合を入れた声と共に葵の右手が一閃。瓶コーラの栓がされていた辺りのガラスが、割れて吹き飛んでいった。

 

「ひ、ひいいい!」

 目の前で瓶切りを見せられた男は、顔を青くさせながら後退。炭酸が噴出しているコーラを左手に抱えた葵は、それを男の前に突き出すと、

 

「飲みます?」

 笑顔で男に言った。

 

「う、うわあああああ!」

 その笑顔にどれだけの恐怖があったのか知らんが、男は葵から悲鳴を上げて逃げて行った。

その後周りにいた野次馬達が歓声を上げるが、葵は見てただけの野次馬にふん、と葵は鼻を鳴らした後、

 

「ごめんけどおばちゃん、このコーラ処分しといて。もう一本買うから」

 売店のおばちゃんにもう一本コーラを注文した。

 

「何だ、飲めばいいじゃん勿体ない」

 俺は葵に近づいてそう言うと、葵は溜息ついておばちゃんに渡そうとしたコーラを俺の目の前に突き出した。

 

「破片が入ってるかもしれないもの飲めるわけないだろうが」

 

「なるほど」

 言われてみりゃそうだな。よかった、捨てるなら俺にくれとか言わないで。

 

「まあ聞くまでも無いが、大丈夫か?」

 いや一夏、お前の言う通り聞くまでもなく大丈夫だったと思うが?

 

「そう思うならもっと早く来いよ」

 

「すまん。気付くの遅れた」

 

「全く」

 仏頂面の葵に、一夏は苦笑しながら謝る。まあ来る前にお前がなんとかしたじゃんというツッコミは言わない方が良いか。

 

「その子の言う通りだよ。あんたはこの子の……弟さん? お姉ちゃんが強いから良かったけど、ちゃんと守ってあげないと駄目だよ」

 

「お姉ちゃん……」

 

「弟……」

 売店のおばちゃんの言葉に、顔を引きつらせる一夏と葵。その様子に俺は少し吹き出しそうになった。姉弟か……葵の方が一夏より若干だが背高いし、髪の色も同じだからそう思われたのか、もしくは一目見ても仲が良いと思われたか、どっちだろうな。

 

「はいこれサービス。良い物見せて貰ったしね」

 そう言っておばちゃんはコーラを3本俺達にタダでくれただけでなく、他の料理もタダにしてくれた。俺達はそれに感謝しながら、コーラを片手に売店を後にすることにした。

 

 

 

「良い店だったな」

 

「ああ、来年もここに来よう」

 お前等、ラーメン食ってた時はぼろくそに批判してたくせに、あっさり手のひら返したな。

 

「しかし……何で俺はこうも男からナンパされるんだろう」

 先程のナンパを思い出したのか、葵ははあ、と溜息をついた。

 

「いや、そりゃお前……鏡見ろとしか。そしてそのパーカー着てる経緯からも察するだろ」

 俺はそう言って、葵の姿を眺めていく。性別は男だが……パッと見超美少女と言って過言無じゃない姿が、そこにあった。

 モデルの中から探しても葵以上の顔を持っている奴は希少と断言できるほどの、綺麗な顔。可愛いというより美人系なため、同学年の者より年上に見える。

耳にかかる程度の長さの黒髪だが、女子として見たらベリーショートに分類されるんだろう。身長は160前半位で俺と同じ位だが、女子として見たら背が高いほうだ。葵はまだ二次性徴が始まってなく、空手で鍛えてる割には何故か筋肉が全くついてなく細い。いや、男にしては細すぎる。そのため体つきも女子みたい……というかただの貧乳の女子にしか見えないというのが同学年の男子全員の共通認識である。

 そんな葵は今日、一応男物の水着を履いてはいるが、短パンタイプの物を履いていて、葵が履いていたら女子用と言っても通用する説得力がある。そして上に……最初は着ていなかった青いパーカーを着用している。

 このパーカーだが、当初葵はパーカーなぞ着ないで、俺達と同様に上半身裸で泳ごうとしたのだが……更衣室から出て1分も経たない内に、

『ちょっとそこの貴方! 女子がなんて恰好しているの!』

 監視員をしているおばちゃんが血相変えて葵に走り出し、強引に葵にパーカーを着せてその後女子更衣室に連行し、ビキニを強制的に着けられたようだ。

『礼はいらないわ』

 監視員のおばちゃんはそう言って豪快に笑いながら去って行ったが……葵もまた同じような事態が起きるのは嫌なようで、ビキニは取ったがパーカーはずっと着用している。

 そんな事件もあってか、総合的見て、今の葵は中学生というより高校生、下手すれば大学生と勘違いされてもまあしょうがない説得力があった。……女としてだけどな。

 

「鏡って、そりゃもう幼稚園に入る前からわかってるよそういう事は。最初の1歩から女子に間違われてこんなの着ているのもな! でもな、俺がナンパする野郎に言いたいのは、俺でなくとももっと周りに沢山いるだろうが! そんな中なんでわざわざ俺を狙ってくる! 意味が解らん!」

 息を荒くしながら葵は文句を言う。まあ、確かに周りを見たら女は沢山いるし、可愛い子も沢山いる。ただそういう子達と比べても、お前の方が可愛いからなんじゃね?あ、あの子とか俺と同じ位の年だろうけど、胸がでけえな! 顔もほんわかとして可愛いし! 

 

「弾、目がやらしいぞ。少し自重しろ」

 女の子の水着姿を見ていたら、葵が半眼で俺に注意してきた。

 

「やらしくはない! 少し性的な目で見ていただけだ!」

 

「いや弾、余計悪いぞそれ」

  煩いなあ、良いだろ海に来たんだし可愛い子の水着姿見てニヤけても。というかお前等は見ても興味無いとか言うつもりか? 

 

「良いじゃねーか海に来たんだしよ。それとも何か、お前達は女の水着姿に全く興味無い、見ても全く感じないとでもいうのか?」

 

「そりゃあ……」

「いや全くは無いとは言わないが……」

 俺の言葉に葵も一夏も渋々ながら同意した。全くこのむっつりスケベ共め。

 

「だろう? あ、そういや前から聞いてみたかったんだが、葵ってどんな女が好みなんだ?」

 

「はあ? 女の好み?」

 

「そう、女の好み。女に間違われるお前でも、やっぱり女に興味あっだろ。お前の好みってちょっと興味ある」

 

「そういや俺も知らないな」

 

「ん? 一夏、お前も葵の女の好みって知らないのか?」

 

「ああ、あんまり俺達そういう話しないし」

 へえ、一夏も知らないのか。なおさら興味湧いてくるな。この見た目女子の男はどんな女が好きなのかが。

 

「一夏まで何言ってんだよ……、ああ、わかったよ! 言えばいんだろ言えば」

 

「よっしゃあ! で、葵。お前ってどういうのがタイプなんだよ」

 

「そうだなあ……やはり胸だな」

 

「は?」

 

「だから胸だよ、巨乳の人が良い。これだけは断言できる」

 

「お~、やっぱお前も男だな! そうだよなやっぱ男は巨乳好きだよな!で、他には! 他にはあるのか?」

 

「そうだな、強いて言えば後は髪が長い子が良い。そして顔はこう、大人の女性という感じの美人だとさらにいいかな。無論巨乳でも他が引き締まっているスタイルの良い女性ならもう言う事無い」

 こいつ、女みたいな顔してるくせに意外と好みに煩いんだな。そして年上好きなのか? そりゃお前の言う通りの女性がいたら最高だが、そんな女性いねーよ。

「……」

 

「……何だよ一夏、何で俺を睨んでいる」

 葵の好みを聞いたら、何故か一夏は葵を睨んでいる。

 

「いや……葵もしかして千冬姉狙っているのか?」

 

「ぶっ! 何言ってんだ一夏!」

 

「だって今のお前の話聞いたらそうなるだろうが。大人の女性で美人で髪の長い巨乳でスタイルの良い美人! 千冬姉に全て当てはまるぞ!」

 ……いや一夏、確かにお前の言う通り条件揃ってるが姉相手の躊躇いも無く美人と言ってのけるお前大概なブラコンだな。

 

「い、いや確かにそうだけどよ……千冬さんは違う! そりゃ確かにあの人俺の条件揃ってるけど、これは……」

 声を上げて否定する葵だが、後半は少し尻すぼみしていった。その様子に一夏も少し訝しみ、

 

「あ!」

 何かを思い出したのか、一夏は声を上げた後何故か微笑んだ。

 

「ま、そうだよな。納得だ。確かにそういう女性はお前の理想だよな」

 

「……うっさい」

 一夏に謝られ、葵は顔を赤くしながら顔を背けるが……いや何がどうなってんだ?

 

「すまん、話が見えないんだが? 俺にもわかるように言ってくれ」

 幼馴染み同士で解られても、おれには何がどうなってるか全く解らん。

 

「あ、すまん弾。いや、さっき言ってた葵の理想……葵の死んだ母親にそっくりだったとだけ言っておく」

 

「……りょーかい。色々納得した。じゃあもう葵の好みはわかったから次は一夏! お前はどうなんだ?」

 これ以上葵に追及するのは色々不味くなったので、一夏のタイプを聞いてみるか。

 

「そういやこのモテ大王の幼馴染みを長年やっているが、好きな女のタイプとか聞いたことないな。……予想はつくけどな」

 

「なんだ葵そのモテ大王ってのは? あ~そうだな、俺の好みねえ。考えた事無かったが……強いていえば髪は長くて年上の女性が好き、かな?」

 

「へえ、一夏も葵同様年上好きか」

 

「やはり千冬さんが基準なんだな」

 

「ば、ばか違う! 別にそうではなくてあくまで例でだな!」

 

「じゃあ一夏、胸は大きい方と小さい方、強いて言えばどっちが好きだ?」

 

「……強いて言えばなら、俺も大きい方」

 俺の質問に、一夏は少し悩んだが妙にはっきりと答えた。

 

「可愛い系と美人系なら?」

 

「美人系」

 葵の質問に、一夏は迷わず答えた。

 

「……お前、さっきの台詞まんま返すぞ! やっぱり千冬さんの事言ってんじゃねーか!」

 

「い、いや、これはあくまで強いていえば俺が好きな基準を言っているだけであって、千冬姉のことじゃない!」

 ……そうかあ? 顔を赤くして必死に否定しているお前の姿を見るとそうは思えないんだが? つうか一夏、お前の好みって葵とまんま同じなんだな。

 

「そ、それに俺にはまだ大事な好みがあるんだよ!」

 

「へえ、何だそれ?」

 

「家事炊事が出来る人。これは俺にとって何よりも優先される!」

 

「すまん一夏、確かに千冬さんじゃなかったわ」

 一夏の最後の好みを聞き、葵は真顔で一夏に謝った。……なるほど、千冬さんは出来ないんだな。

 しかし一夏の好みを考えると……頑張れ鈴! お前が目指す道は相当に険しいぞ!

 

「一夏も好みは葵とほぼ同じだったか」

 

「で、言い出しっぺのお前は?」

 

「俺? ……実は俺もお前達とほぼ同じなんだよな。年上のお姉さんが超好み。巨乳とかならマジサイコ―!」

 

「お前もかよ!」

 

「つーか三人全員同じとか……」

 つっこみ一夏に、どこか呆れる葵。いいじゃねーか葵、俺達気が合う理由が良く解ったし。

類は友を呼ぶと言うが……まさに諺の言う通りだった。

 

 

「よし、全員の好みも解ったところでいくぞ!」

 

「ん? 行くってどこに?」

 

「また泳ぎに行くのか?」

 おいおい一夏に葵、察しが悪いぞ。

 

「違う違う、俺達の好みがわかったんだ。そして今俺達がいるのは、可愛い女の子が沢山いる夏の海!」

 

「……おい弾、まさかお前」

 一夏が俺に呆れた目を向けている。横の葵も似た視線を俺に向けていく。そう、お前達が思っている事だよ。

 

「俺達もナンパしに行こうぜ! そして一夏の思い出を作ろうじゃねーか!」

 




本編の展開に煮詰まりましたのと、またシリアス展開になっていき心が重くなってきました。
さらにリアルでは主に仕事でストレスが溜まり……気分転換に番外編書いてみる事にしました。
前から書いてみたかったのもあります。
後編は少し調べる必要がありますがすぐに投稿できそうです。


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番外編 男子中学生の海(後編)

「なあ一夏、向こうの磯で釣りでもしないか? あそこの海の家で釣り竿貸してくれるみたいだぜ」

 

「お、いいな。石鯛でも釣って千冬姉に食わせてあげるぜ!」

 

「……やっぱシスコンだな。後レンタルの竿じゃ釣るの無理だろ。そもそも時期が微妙じゃねーか」

 

「そこは気合と根性でだな」

 

「おい! 無視すんなお前等!」

 俺がナンパに行こう宣言したら、葵と一夏の奴俺をスルーしてどっかに歩き出しやがった! 釣りに行くとかお前等せっかく海辺来たのに何考えてだよ!

 

「……いや、お前のアホな発言につきあえるかっての」

 

「……大体何で海に遊びに来たのにナンパなんてやるんだよ、意味がわからん」

 俺のツッコミに、一夏と葵は足を止め、面倒くさそうに俺に振り返った。

 

「馬鹿かお前! 海に来たからナンパするんじゃねーか! 俺達ももう中学生なんだぜ! 小学生とは違うんだぞ!よく漫画とかにある、異性との運命的な出会い、そしてそこから始まる甘い思い出! 思春期真っ盛りの俺達の望む展開を自らの手で掴み取ろうじゃねーか!」

 俺は願望込めて熱く主張してみたが、

 

「……」

 

「……」

 ……一夏は白い目線を、葵は完全に馬鹿を見る目を俺に向けてきた。

 

「何だよ、良いじゃねーか今日は鈴がいなくて男しかいないんだぞ。偶には男だけパーっと弾けようじゃねーか」

 

「まあ男だけでパーっとしような意見には賛成だけど」

 

「ナンパはなあ……」

 このメンバーで遊ぶ時は大体鈴もセットな為、男だけで騒ぐなんて事はあんまり無い。さっきの遠泳勝負とかも鈴がいなかったらやらなかっただろうしな。俺のこの意見には一夏と葵も、少し共感したようだ。

 

「普段鈴以外の女子と俺達って遊ばないだろ。 今日は鈴がいないし、鈴には黙って俺達は真の男になろうぜ!」

 

「真の男って……」

 

「お前何考えてるんだ?」

 

「あ、決まってるだろ!それは……へへ」

 葵のツッコミに、俺はナンパが成功し、可愛い女の子と、まあ、その色々妄想働かせてしまった。やべ、今からもう色々テンション上がってしまう!

 そんな俺をさらに呆れながら見る一夏と葵。な、なんだよ! 男なら当たり前の妄想じゃねーか。

 

「……はあ、いいか弾。 まず間違いなくお前が考えてるような妄想は実現しないから時間の無駄だ」

 しかし俺の妄想は、呆れた顔をした葵に一蹴された。

 

「はあ? いやそんなのやってみないとわからないだろ?」

 

「わかるっての。大体だな弾、お前のナンパに対する認識が甘いんだよ!」

 

「認識が甘い?」

 

「そうだ。聞くが弾、お前ナンパっていうがそれは何を最終目的とする? 女の子と一緒に遊ぶまで? キスか? それともDTを卒業するまでか?」

 

「え、いや、それは……とりあえずキスかな」

 そりゃDT卒業出来るまで行けたら最高だけどよ。まあ可愛い子とお付き合いをし、その場の空気に流されて今日はキスまで持ち込めたら良し! 

 

「なあ、DTって何だ?」

 

「キスまで、か。……やっぱり認識が甘い」

 DTを知らない一夏の質問を無視し、葵は俺の目標を駄目出しした。

 

「何だよ、何が駄目ってんだ?」

 

「なあDT」

 

「そもそもだ弾、さっき俺達がもう『中学生』になったとか言ったがな、その認識が既に間違っている。正確には『まだ中学生』というのが正しい。そもそもさっき俺達の好み云々とか言ったが、俺達の好みって年上の巨乳のお姉さんだったんだぞ。中一の俺達なんて相手にされるわけないだろ!」

 

「ぐっ! た、確かに……で、でもだ! 年下が好きって人もいるじゃないか」

 漫画とかじゃ年上のお姉さんが、年下の少年を可愛いとか言いながら誘惑する展開があるじゃないか。

 

「いねーよ、そんな人。大体年下好きって人は可愛いショタが良いって事だろ。残念ながら俺達中一で微妙な背の高さだからな。さらに一夏と弾、お前等って結構筋肉付いてるからそういうお姉様方の食指対象外になってると思うぞ」

 しかし俺の願望は再び葵によって叩き潰された。かなり葵の偏見が混じっている気もするが。 そして葵、俺と一夏の体を睨むな。俺は買い出しで重たい食材運ばされたりする為、そこそこ筋肉はある。一夏もたまに筋トレしてるとか言ってたから、細見でも引き締まっている。葵は部活、そして毎日家でも鍛えてる割には……悲しい程筋肉がないな。いや、お前ならさっき言った可愛いショタを狙える……は無理か。ショタ以前にこいつは年齢のわりにロリにもなれない見た目だし。

 

「クソ、中途半端に成長している俺が憎い!」

 

「ああ、年上から可愛がられたいならもっとチビで可愛い容姿でないと駄目だったんだよ」

落ち込む俺に、葵は俺の肩に手を置いて慰めてくれた。横で一夏がくだらねーって顔で俺達を見ているのはこの際無視しよう。

 

「だから弾、ナンパなんて時間の無駄だし他の事を」

 

「いや、まだ諦めん!」

 

「いや諦めろよ!」

 

「いや、葵の話を聞いたら年上を狙うのは難しいとわかった」

 

「わかったんなら」

 

「つまり、年上でなく同年代を狙えばいいってことじゃねーか」

 同い年位なら対象外とかにならないだろう。

 

「だが弾、それではもう一つの好み、巨乳という条件もなくなるが。同年代で俺達が納得するだけの胸の持ち主なんてそうそういないぞ」

 

「う~ん、いやもうこの際それも諦めようと思う。確かに葵の言う通りだが、高望みしても無理なようだしな。可愛い女の子をナンパというのに絞ろう」

 とは言っても、さっき俺達と同い年位の子だったが凄く大きな胸してたのいたし。ちょっと、いやかなりほんわかした顔してた子だけど、かなり可愛かった! ああいう子を探せばもしかしたら!

 

「そうか、まあ同年代なら年上を狙うよりも難易度は低くなるな」

 

「だろう、なら」

 

「だが甘い! やっぱりお前はまだまだ甘すぎる!」

 ナンパいこうぜと言う前に、葵から再度駄目出しを喰らった。

 

「どうしてだよ? 同い年位なら」

 

「全く、お前はわかってない! 同い年位なら相手にされる! そんわけないだろうが! いいか、同い年という事は、中学生なんだぞ。 この年代は無駄に夢を持ってマセたのが多く、どちらかというと年上の男性に理想を持っているもんなんだよ!」

 

「そうか? 鈴とかそうは見えないが?」

 熱く語る葵に、一夏が疲れた顔で葵に言うも、

 

「あいつは例外だ。まあ、誰かさんがそうさせなかったってのもあるが」

 葵は何か皮肉めいた事を言って一蹴させた。……まあ鈴は葵の言うような理想持つ前に一夏に惚れているからな。

 しかしまたしても偏見に満ちた葵の言葉だが、蘭がなあ……確かに年上の一夏に惚れやがってるし、あながち違うとも言えない気がする。

 

「つまりだ、俺達みたいなのが誘ってもやっぱり向こうはそこまで気乗りしないんだよ」

 

「……なんか俺よりも葵、お前の方がナンパに興味持ってるように思えるのは気のせいか?」

 

「っはあ! 何言ってんだよ、俺はただ一般論言っているだけだろ」

 俺の指摘に葵は顔を赤くしながら反論するが……いやここまでナンパについて薀蓄垂れた後にそんな事言われてもな。

 

「大体、俺はナンパなんてやりたくない。さっきのだって親父が持っている本に書いてあったのを言っただけだ」

 ……葵の親父さん、何読んでんだよ。まさか30過ぎでもナンパしてんの?

 

「そもそもだ弾、お前の言う通りナンパに成功したと仮定するが……さっきお前が言った最終目標ってキスだったよな。今日初めて会った子が、キスまで許すとかそんな尻軽な奴は俺はちょっとなあ」

 

「いや葵、ナンパってそういうのが目的だろ。そもそも、俺はそれだけで終わらす気は無い」

 

「それで終わらす気は無いって……弾、俺は友達をボコして警察に突き出すような事はしたくないんだが」

 

「アホか! 何考えてんだよ! そうではなく、出会ってキスまでやってが終わりじゃなく、連絡とって今後もお付き合いするんだよ」

 俺がそう言うと、葵は「ああ、そういう事か」と言って納得したようだが……葵の思っているナンパって、その日限りの付き合いなのか? それこそお前、漫画に毒されてると思うぞ。

 

「しかし弾、この浜辺で知り合って今後も付き合うとか言うが……俺達が住んでるのはここから結構離れてるぞ? 向こうもここじゃ無く別の場所に住んでいる可能性も高い。例え成功しても遠距離恋愛になるんじゃないか? 中学生でしかもこんな形で出来た恋なんて、どうせ長く持たないだろ。時間の無駄だしさっさと諦めろ」

 

「葵、お前さっきから言いたい放題だな」

 

「でも事実だろ? 遠距離恋愛とかなかなか会えないから、近くにいたちょっと魅力的な奴にコロッと転がって、そしてそいつと……ああ、お前がサプライズで会いに行ったら彼女は新しい男と部屋で!」

 

「だ~わかった、わかったから少し落ち着け葵!」

 顔を赤くしながら妄想を言う葵を俺は落ち着かせる事にした。

 

「すまない、少し暴走した」

 多少落ち着いたのか、俺に謝ってくる葵だが……いや、少しってレベルじゃなかったけどな。

 

「で、ここまで言えばわかるな。ナンパなんて時間の無駄だという事を。そして、自分の興味の無い相手からナンパされるのは耐えがたい程迷惑な物だという事も知っておけ」

 一つ目はともかく、二つ目は葵の実体験からか妙に説得力あるな。

 

「やるなら……そうだな、せめて高校生になってからだ」

 

「何故に高校生になったら?」

 

「その時には体も出来上ってるし、演技すれば大学生とかでも言って相手騙せるかもしれないだろ? 少なくとも今よりは成功率上がると思うし。……とにかく、今は諦めろ」

 

「……あ~くそ、わかったよ。ナンパは諦めよ」

 ちぇえ、ちょっと普段できない事やろうと言っただけなんだが、ここまで反対しなくてもいいじゃねーか。

 

「それでいい。まあ三年後リベンジしようぜ。そん時は付き合ってやるから。よし、じゃあ改めて一夏、さっき言ってた釣りでも……って一夏! 大丈夫か!」

 

「どうした? っておおい!」

 葵が急に驚き、俺もそういえばさっきから無口だったなと思って一夏がいた場所に視線を向けると、そこには一夏が砂浜に蹲っている姿があった。

 

 

 

 

 

 

「ごめんな、軽い日射病だからすぐに治る」

 

「無理するなよ一夏、ほらこれでも飲んでろ」

 

「悪いな」

 

「いやそれはこっちの台詞だ。弾と馬鹿な話に夢中になっていて気が付かなかったんだから」

 蹲っていた一夏を抱き起した葵は、すぐに一夏が日射病で倒れた事を察すると俺達が休憩用に借りたビーチパラソルに連れて行き、そこに一夏を寝かした。葵はすぐに団扇や濡れタオルを用意し、俺には飲み物買って来いと命令し、手際良く対処している。体の各所を濡れタオルを張り、団扇を扇いで一夏の体を冷やしている。俺も葵同様、団扇で扇いで一夏の体を冷やすようにしている。

 

「しかし一夏、本当にどうしたんだ? 普段ならこの程度で倒れるほどヤワではないだろうに?」

 

「あ~それはな……多分昨日は夜中の2時まで千冬姉に付き合わされたからだな」

 葵の疑問に、一夏は疲れた顔をしながら答えた。

 

「……また深夜まで千冬さんの愚痴に付き合わされたのか。ああ、それでさっき寝不足とか言ってたのか」

 

「ああ、千冬姉昨日久しぶりに帰ってきたんだけどかなり荒れててな。『また代表に選ばれた!』とか『ウザい見合いをまた馬鹿首相が薦めてきた!』とか言ってつまみも無しに酒飲みだしたんだよ。俺は胃に何か入れて欲しいからつまみ作ってたんだけど、途中で千冬姉の酌をしながら愚痴に付き合わされて……」

 

「……何かあの千冬さんのイメージからかけ離れた話だな。大変だったんだな一夏」

 あのクールビューティーな千冬さんって家ではそうなのか? そういや家事とか出来ないみたいな話さっきもやってたし、俺の中での千冬さん像がどんどん崩壊していく。

 

「……いや、千冬姉は俺を養ってくれてるんだから、これ位はやって当たり前だ」

 俺が同情の声を掛けると、一夏は笑って俺の同情を否定した。その姿に、俺も葵も苦笑する。やっぱりこいつは筋金入りのシスコンで……家族を大切にする良い弟だ。

 

「俺は後少し横になっていたら大丈夫だから、葵に弾。お前等は遊びに行って来いよ」

 

「ば~か。お前をほっとけるか」

 

「俺のせいでお前等まで付き合う事無いって。さっき言ってたナンパとかして来いよ」

 一夏をほっておけない葵だが、一夏は気を使われるのが嫌なようで俺と葵に遊びに行けと言うが、ナンパして来いよと言った辺りの一夏の顔はただ面白がっているだけに見える。

 

「やるか、そんなの。タオルもまた温くなってきたな。また冷たいのに取り替えてくる」

 一夏の提案を一蹴した葵は、タオルを再び冷やすためまた水道がある所に向かって歩いていった。俺はその後ろ姿を眺めていたら、

 

「おい弾、お前も葵についていってくれ」

 横になっていた一夏が疲れた声で俺に言ってきた。

 

「どうして?」

 

「今日何度もあったの忘れたのか? あいつ一人だとまたナンパに捕まるかもしれない。あいつなら襲われても何人いようが全く心配いらないが、面倒な揉め事になるのは嫌だ」

 ……確かに、あいつ単独行動させたらナンパされて、その度葵の奴キレかけて殴り倒そうとしてたし。

 

「しゃーない、わかった俺も行ってくる」

 俺は立ち上がると、背中から「頼むな」という一夏の声を聞きながら葵の後を追う事にした。

 

 

「あれ? 弾、お前まで来たのか?」

 

「ああ、俺も少し腹が減った軽い物でも買いにな」

 葵に追い付いた俺は、まあそれらしい理由を言って葵と一緒に歩いていく。まあお前のナンパ防止の為に来たとは言えない。言ったらこいつのプライド傷つくし。

 手洗い場で濡れタオルを再度冷やした葵と、其処ら辺で適当に焼きそばとかき氷買った俺は再び一夏の所へ向かおうとしたが、

 

「あ」

 

「ん? どうした葵って……ああ」

 途中葵が呆れた声を出し、俺も葵が見ている方向に顔を向けて見たら……葵が呆れた理由が納得出来た。俺達が見ている先では、さっき海の家で葵にナンパした奴が、警察に連行されている姿があった。

 

「そういえば、無理なナンパって条例違反にされてるんだよなあ」

 

「お前が普通にナンパされてたから麻痺してたが……そういや今じゃナンパって相当自信ないと迷惑行為扱いされるんだった」

 ……やべえ、そうだった。ISのせいで今じゃ女尊男卑が当たり前。女の気まぐれ一つで捕まっちまう世界なんだった。

 

「なあ葵、お前がナンパに反対してたのって……」

 こうなるかもしれないと思ってたからなのか? そう思いながら葵に聞くと、

 

「さあな?」

 葵はただニッと笑うだけで何も言わなかった。

 

 

 

 

 

「……なあ葵」

 

「……なんだ弾」

 

「俺達って一夏から離れて何分経ったっけ?」

 

「10分もなかったかな」

 

「そうだよな、10分もなかったよなあ」

 

「ああ、そうだな」

 

「なのに……あれはどういうことだ!」

 俺は怒りと共に、さっき買った焼きそばとかき氷を地面に叩きつけた。「あ~! もったいねえ!」と葵が喚くが、そんなの気にしていられなかった。

 何故なら!

 

「ね~君大丈夫~。こんな暑い日に無理しちゃ駄目だよ~」

 

「本音の言う通りですよ。海ではしゃいでしまったのはわかりますが、適度に水分取って休まないとこうなります」

 

「はあ……ご親切にすみません」

 

「ううん。困った時はお互い様だよ~」

 

 俺達がいなくなって僅か10分! その10分で一夏は―――美少女二人から介護されていやがった! ああ、あののほほんとした顔の子! 俺がちょっと前目を付けた巨乳のこじゃねーか! その子、一夏の体冷やすために団扇で扇いでるし! あああ! さらに一夏の奴、その子の姉?とおぼしき人から膝枕されてる! お姉さんも巨乳で、俺の好みストライスだし!

 

「そんな! 俺が一番欲しい物を一夏の奴は何もしないで……」

 あまりにも理不尽な光景に、涙を流しながらその場に俺は蹲った。

 

「……良く見ておけ。あれが真のモテ男をというものだ。俺は今まで散々こんな光景を見てきた」

 落ち込む俺に、葵が優しい声を掛けながら再び俺の肩に手を置いて慰めてくれた。

 

「わかっただろう、ナンパなんていかに虚しい行為か」

 

「ああ、よ~く理解したよ」

 

「そして弾、俺達がすべき行動は?」

 

「任せろ」

 決意を抱き、俺と葵は一夏の下へ向かっていった。

 

 

 

 

 

「あ、葵に弾。戻って来たか」

 

「ああ、今戻ったが……こちらの方達は?」

 

「この人達は俺が一人で寝てるのを心配してくれて、日射病で寝てたとわかるとお前達の代わりに看病してくれたんだ」

 そう言いながら、一夏はお姉さんの膝枕から頭を上げた。

 

「もう大丈夫です、友達が来てくれましたから。看病していただきありがとうございます」

 

「いえいえ、気になさらないで下さい。こっちが勝手にしたことですので」

 

「そうだよ~、困っていたら助け合うのは当然だよ~」

 一夏が二人に礼を言うと、二人は気になさらずと言ってくれた。……可愛くて巨乳でその上性格まで良い美人姉妹。 なんだこの浜辺の女神様は?

 

「ではお友達と、お姉さんも来たようですし私達は失礼しますね」

 

「お、お姉さん……」

 

「じゃあね~、今度から気を付けるんだよ~」

 

「……ええ、二人ともありがとうございました」

 お姉さん呼ばわりされたことに葵は顔が引きつるも、なんとか笑みを浮かべながら二人にお礼を言った。

 

「よし、さっきの人達のおかげで俺も結構回復したぜ! 葵、弾。なんかして遊ぼうぜ」

 美人姉妹に介抱されたせいか、一夏の体も回復したようだ。そんな一夏を、俺と葵は白い目で眺め、

 

「そうだな、さっき向こうの方で跳び込むのに最適な崖があったな」

 

「よし、そこに一夏を放り投げよう」

 俺と葵は互いに一夏の片方の手を掴むと、葵が言っていた崖に向かう事にした。

 

「お、おい! 何だよ二人して! 放せよ! どこに連れて行こうってんだよ!」

 一夏の叫びは、俺と葵が崖から放り投げるまで延々と続いていった。

 

 

 

 

 

 

「―――何て事があったよね昔」

 

「ああ、あったなあ」

 

「で、今あの時から三年経って高校生になったけど、ナンパする?」

 

「この状況で? ふざけんな」

 

「ですよねー」

 そう言って葵は、海に向かって視線を向ける。俺も葵と一緒に視線を向けるとそこに

 

 

「一夏さ~ん、一緒に泳ぎましょう!」

 

「いや、嫁は私と一緒に泳ぐのだ!」

 

「一夏、私にサンオイルを塗ってもらえないか?」

 

「まあまあ皆落ち着いて。ここは公平に皆でビーチバレーでもしようよ」

 一夏に群がっている多国籍な美少女達の姿があった。

 

「あ~あ、最初は臨海学校で私だけ泳げなかったから皆でまた海に行こうという話だったのに、皆一夏に夢中になっちゃって」

 目の前の光景を見ながら、若干葵は不貞腐れながら言った。

 

「何で俺今日呼ばれたんだよ。完全にいらない子じゃね? 俺」

 あの可愛い子達は一夏にしか興味無いみたいだし。それにこの浜辺、皆有名人だから人目に付きたくないという理由でプライベートビーチみたいな所に連れてこられたから、ここにいるのは俺達しかいない。女の子は皆一夏に惚れている中、さっき葵の奴ナンパしないのとか言ってたが出来るわけねーだろうが!

 

「ん? だって前釣り船に誘った時海で泳ぎたそうにしてたから。だから誘ったんだけど、そういや泳がないわね?」

 

「いやあれはちょっと違うと言うか……ま、もう満足しているんだけどな」

 あん時はまた葵の水着姿見たいと思ってただけだし。それを今こうして横で見れるし。海に行くよりこうしている方が俺にとっていい。……というか一夏のあんな光景を横目に一人で泳いでるとか惨めすぎるだろ!

 

「ちょっとー、葵に弾! はやくこっちに来なさいよ!ビーチバレーやるわよ!

 そんな事思っていたら、鈴が大声でそんな事を言いながら俺達に近づくと、

 

「ほら行くわよ! 元××中学校生VS他国籍軍! どっちが強いか見せつけるわよ!」

 そう言って俺と葵の手を握ると、一夏達の下に引っ張っていく。どうやら俺達元同じ中学VSその他の子でビーチバレー勝負するらしい。

 

「お~い弾、男の意地見せてやろうぜ!」

 俺が近づくと、一夏は少しホッとした顔をして俺を歓迎してきた。やはり女だけの集団は一夏も未だに慣れないようだ。

 

「それは私も加勢してあげる」

 

「ちょっと、男達で固まらないでよ! あたしもいるんだから! そして葵! あんたはもう女の子!」

 

「はいはい」

 鈴の指摘に、葵は苦笑を浮かべながらビーチバレーの配置に着いた。俺も配置につき、相手チームを見ると、

 

「あ~あ、嫉妬してらあ……」

 向こうの皆、かなり羨ましそうに葵に鈴、そして俺を睨んでいる。一夏と昔の思い出を共有し、それが今でも続いてるからだろうな。

 

「ま、それはそれだ。この四人もちょっと色々あってまた再結集したんでな……勝たせてもらうぜ!」

 そして試合開始の合図と共に、俺達は熱くビーチバレー勝負を始めたのだった。

 




番外編後篇です。
本編はもう少ししたら載せれそうです


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本編
遅れて現れた幼馴染


「ふ~、久しぶりだな我が家も」

 IS学園は今日は休みなので、俺は久しぶりに家に帰る事にした。理由は単純にそろそろ季節が夏に近づいたため、夏服を取りに来たのと定期的に掃除しないと家が埃まみれになるからだ。ちなみに今回家に帰る事は誰にも言ってない。何故なら、

 

「誰かに教えたら絶対皆付いてきそうだもんなあ」

 箒達に言えば絶対一緒に行くと騒ぐのは間違いない。別に箒達の事が嫌いというわけではないが、家の掃除と替えの服を用意した後弾や和馬達に会いに行こうと思ってるため、皆には黙っとく事にした。理由は、

 

「たまには男だけで騒ぎたいもんなあ…」

 IS学園に入学してから周りは女性しかいない。弾には「このハーレム野郎!」とか言われるが、女しかいない状況は想像上につらい。箒達が悪いというわけでない。箒と鈴は幼馴染だし、セシリアやシャルル、ラウラも俺にとってIS学園で出来た友達だ。皆と一緒になって騒ぐのは楽しい。しかし…性差ってのはやはり大きいんだよ。男女の違いというだけで、やはりどこか心の中で相手に対する遠慮みたいなものが産まれてくる。弾達みたいに、同性の遠慮のない会話ってのが出来ない。

 

「さてと、弾達を待たせるのも悪いから早く終わらせるか」

 居間、廊下、台所、千冬姉の部屋の順に掃除し、最後に俺の部屋を掃除する。まあ先月掃除した時から一回も家に帰って無いため、たいして汚れてないからすぐに終わっていく。掃除を済ませ押入れから服を引っ張り出し、持っていく服を選んだ。

 

「よし、こんなもんだろ。弾達と遊んだらまた家帰って荷物取りに行けばいっか」

 荷物もまとめたし部屋を出ようとしたら、俺は机に置いてある写真立てが見えた。中学二年の春に撮った写真で、そこには俺と弾と鈴と……、

 

「そういえば、あいつ元気にしてるかな…」

 

 二年前の写真には、6歳の時から俺とずっと一緒に遊んでいた、男の幼馴染が写っていた。

 

「ちょっと一夏!今日は黙ってどこに行ってたのよ!」

 久しぶりに弾達と男同士でバカ騒ぎしてIS学園に帰ってきたら、アリーナで自主練を終えた箒、鈴、セシリアの三人と出会った。

 

「そうですわよ一夏さん!黙って学園外に出るなんて!買い物とかでしたら私を誘ってくれてもいいですのに!」

 

「一夏、黙ってどこ行ってたんだ?」

 俺が黙って外出した事に不満な三人。おそらくここにいない、シャルルやラウラも同じだろうな。

 

「ちょっと家に夏服を取りに行ってたんだよ。その後は弾達と会って遊んでたけどな」

 

「弾と?なら私も誘いなさいよ。私も久しぶりにあのバカの顔見たいし」

 

「悪い鈴。ちょっと男同士だけで話したい事もあってな」

「なによそれ」とぶつぶつ言う鈴。

 

「弾ってどちらさまですの?」

 

「確か一夏と鈴の中学生の頃の友達だったか?」

 

「そう。IS学園入学してからあまり会ってないからな。今日は旧交を温めてたって訳だよ」

そういうと三人とも納得したようで、俺を非難した眼差しは無くなっていた。

 

「弾達で思い出したけど、……一夏、あいつからまだ何も連絡無い?」

どこか遠い場所を見ながら鈴が俺に訊いてきた。その顔は寂しそうな顔をしている。

 

「…ああ、前にも言ったが一度も無い。あいつは二年前、置手紙残して消えたきりだ」

俺も寂しそうな顔してるだろうなと思いながら答えた。

 

「一夏、鈴、もしやお前達の言っているあいつとは…葵の事か?」

箒もどこか寂しそうな顔して俺に訊いてきた。

 

「ああ、葵の事だよ。あの野郎本当にどこ行ったんだろうな…」

 

「あの皆さん…、一体誰の事について話されてますの?」

 

セシリアが頭に? マークを付けながら尋ねてきた。そういえば、この場で葵の事を知らないのはセシリアだけだった。

 

「悪いセシリア。さっきから鈴や箒が言ってた奴は青崎葵って奴で俺の親友。そうだな、箒が女のファースト幼馴染なら葵は男のファースト幼馴染って所だ」

 

「へ~、一夏さんの親友なのですか」

 

「ああ、一夏と葵は本当に仲がよかったぞ。そして私の所で一緒に剣道を習っていたから、私の幼馴染でもある」

 

「まあ私にとってもそうね。一夏と同時に葵とは友達になったし」

 箒と鈴が懐かしいなあって言ってると、セシリアが再度質問してきた。

 

「あの一夏さん、先ほどの会話の流れからして、その葵さんは急に一夏さんの前から姿を消したんですの?」

 

「そうなのよセシリア! あのバカ急に学校を休みだして、家に電話しても繋がらないし携帯も出ないし心配して家に行ってみたら、そこには私と弾と一夏宛の手紙しかなくて、それ以外はもぬけの殻だったのよ!」

 あれにはビックリした。葵の家に付いていた青崎って書かれた表札が無くなってて、ドアに鍵がかかって無く開けてみたら、玄関入口に俺達宛の手紙だけおいてあった。それ以外は家具も一切合財全部無くなっていた。ちなみに弾宛の手紙には「短い間だったが楽しかったぜ」、鈴の手紙は「酢豚の腕前磨けよ」、俺の手紙には「またいつか会おうぜ!」だけだった。つーかこれわざわざ三人分用意する必要あったのか?って思えるほど中身が無い手紙だった。

 

「あの後の一夏はそれはもう落ち込んでたわね。一週間は机に突っ伏してたっけ」

 

「しかたないだろ、人生の半分は一緒に過ごした奴が何も言わずにいなくなったんだぞ。親友と思ってたのに俺に何も言わず…」

 やべえまた落ち込んでくる。あの時は本当に絶望したな。鈴や弾がいなかったら人間不信になってたかもしれない。

 

「そんな事があったんですね…。大丈夫ですよ一夏さん、鈴さん、箒さん。その方とはまたいつか会えますわよ。だって一夏さんの手紙にいつか会いましょうと書いてあったんですから」

 そういって笑顔で励ましてくるセシリア。彼女の気遣いが少し嬉しかった。

 

「そうね、あいつはとはまた会って一回ぶん殴らないと気が済まないし」

 

「私も葵から剣道の腕では負け越しだったからな。今度こそ勝ちたい」

 そういや葵と箒は結構ライバルな関係でもあったな。俺にとってもそうだったけど。

 

「そうだな、死んだわけじゃないしいつかまた会えるよな」

 と言いながら俺達は寮に戻って行った。途中鈴と箒が「私がいなくなった時はどんな反応だった?」と聞いてきて、どう返すべきかかなり悩んだりもした。

 

 翌日、教室でシャルルとラウラに「昨日はどこへ?」と聞かれ、箒達と同じ説明をした。

 

「まあ確かに、一夏もここにずっといると気が滅入るよね」

 

「ふん! 私という夫がいるのに何か不満なのか?」

 二日前クラスメイト達の目の前でいきなり俺にキスをして以来、ラウラは俺を嫁扱いする。正直言って止めて欲しい。

 

「ところで一夏よ、一つ聞きたい事がある」

と言ってラウラは誰も座ってない机を指差し、

 

「あの机に誰か座ってるのを私は見た事が無い。教官が教鞭を振るってるのに出席せんとはなんという名の奴だ?」

 

「あ~そういえば僕も気にはなってたんだ。ここに転校してきてからあの机に誰も座ってないから」

 二人に聞かれるも俺はこう答えるしかない。

 

「知らん」

 

「「は?」」

 

「だから知らないんだよ。このクラスに初めて入った時からあそこは空席だったんだよ。山田先生に聞いても『すみません、今はまだ教えられません』の一点張りだし」

 

「名前も教えてくれない。同じクラスメイトなのに?」

 

「なにかわけありの人物なのか?」

 

「多分な。千冬姉も教えてくれなかったし」

 そうこう言ってるうちにチャイムが鳴り、HRの時間となった。山田先生と千冬姉が教室に入ってくるが、何故か山田先生は何時もと違い、表情が硬い。千冬姉は相変わらず鉄面皮だけど、少し何時もよりも空気が違う。山田先生と千冬姉の何時もと違う態度に、クラスの皆も少し戸惑っている。

 

「さてと朝のHRを始めますが、その前に一つ報告があります」

 何時もより硬い声を出しながら、山田先生は言った。

 

「皆さんと新しく一緒に学ぶお友達を紹介します」

この時クラス一同の心は一致したと思う。「え、また?」と。

 

「いえ正確にはこのクラスに在籍してたのですが、事情があって今まで登校出来なかった生徒が今日から通うんです」

 なるほどな。シャルル、ラウラに続きまた転校生が入るってのは少し変だしな。俺は今朝話していた空席を眺めた。

 

「それでは紹介します。入ってきて下さい」

 山田先生の合図の後、扉が開き一人の少女が教室に入ってきた。身長は高く、俺と5センチ位しか変わらないかもしれない。髪は背中を半分隠す位長い。そしてスタイルは抜群。痩せてるように見えて箒とタメ張りそうなほど大きな胸をしている。そして顔もかなり綺麗な分類に入るだろう。少々ツリ目だが、その瞳は優し気な眼差しをたたえている。

 うんかなりの美少女だな。昔会っていたらそう簡単には忘れないだろう。でも俺は彼女に会った覚えがない。

 なのに、何故……俺は彼女にとてつもなく懐かしい印象を覚えるんだろう?

 彼女は教室を見回し、そして俺を見つめると極上の笑顔で言った。

 

 

「皆さんはじめまして。私の名前は青崎葵と言います。事情があって入学後出席しませんでしたがどうかよろしくお願いいたします」

 

 

 

 

え?…ちょっとまて、

 

今この子…、

 

青崎…葵と名乗った?

 

「特技は空手と剣道です。格闘戦なら誰にも負けない自信があります。最近ではお菓子作りにもハマってます。得意なお菓子はシュークリームです」

 

俺が動揺と混乱してる中、教壇の前に立っている子は自己紹介を続けていく。青崎葵?いやあいつがここにいるわけがない。あいつは正真正銘男だったはずだ。しかしこの子の名も青崎葵。

 

あ、なるほど!つまりこの子は、

 

―――――ただ単に同姓同名の別人の人だ!

 

 

 いやそうだよな、それなら納得だ。葵も空手と箒ん家で剣道習ってたけど、ただの偶然だよな。葵は武術習ってるのに筋肉全然付かず、女みたいに細かったし、顔も凄く女顔で男子制服着なければほぼ100%女に間違われてたりしてたけど別人だよな!だって俺の記憶の葵と目の前にいる彼女、よくよく見たら顔は物凄く似てるが、記憶にある葵はまだもう少し男の顔してたよ~な……? あれ? 

 

「――――――――以上です。あ、後一つ言う事があります」

 そう言って彼女は俺と箒の顔を見て、

 

「久しぶり元気だったか一夏!また会えて嬉しいぜ!箒も久しぶり!6年振りだな!」

 と眩しい笑顔をして俺と箒に言った。

 

 

 

 …………数秒の沈黙の後、

 

「「葵~~~~?!」」

 俺と箒の叫び声が教室に響いた。

 

「え、織斑君と篠ノ之さんの知り合い?」「そうでしょ、二人を名指しで挨拶してたし」「でもそしたら何で織斑君と篠ノ之さん、お化けでも見たような顔で青崎さんを凝視してるの?」「それと青崎さん、何でいきなり男の子みたいな話し方に?」

 

 葵の発言によって、クラスメイト達が騒々しくなった。箒を見たら、葵を凝視しながら口をパクパクしてる。まさに鳩が豆鉄砲をくったようって感じだ。いや俺も似たようなもんだろうけど。セシリアは昨日葵の事話してたから「え、葵さんは男性だったはずでは?」と俺と箒と葵を交互に見ている。シャルルとラウラは……何故葵に対し敵意のこもった目で見てるんだ?

いやそれよりも、何で? どうしてあいつ、女になってるんだよ! いや確かに性別間違えて生まれただろと散々周りから言われる位女顔だったけど、お前間違いなく男だっただろ!

 

「静かにせんか馬鹿共!」

 千冬姉の一喝で一瞬にして静かになった。流石千冬姉。

 

「全くまだHRは終わっておらんのに。ああ、青崎」

 

「はい何ですか織斑先」

パアン!っという音と共に葵は千冬姉から出席簿で頭を叩かれていた。

 

「な、何故叩くんですか千冬さ」

 しまった! って顔して口を押さえた葵に、再度パアン! という音が響いた。

 

「学校では織斑先生と呼べ。後先程の質問の答えだが、お前の口調が男になった場合容赦無く叩いて矯正してくれと上からの命令があったのでな。最低限公共の場では口調に気を付けろ」

 

「了解しました織斑先生」

 頭を抑え若干涙目で答える葵。痛いもんなあれ。

 

「さて、これでこのクラスの者が全て揃ったわけだが、お前達に言わなければならない事がある」

 千冬姉はちらっと葵を見て、

 

「言わなければならない事とは、今日初めて登校した青崎の事だ。事情があって登校が遅れたわけだが私が今から言う事はそれに関しての事ではない。青崎自身についての事だ」

 

 そういって千冬姉は「青崎、お前から言うか?」と聞き、「はい」と言って葵はまたクラスメイト達の前に立ち、

 

 

 

 

「え~とですね、実は私は今は正真正銘女の子ですが、中学二年の春までは男の子でした」

 と特大の爆弾を放った。

 

 

 

 

「ええ!嘘でしょ!」「あの胸で……男?」「篠ノ之さんと同等の大きさ…」「どうやってあの大きさに!」

 

 再度クラス中の皆が葵に(主に胸に)注目し騒がしくなったが、

 

「いちいち騒ぐな、この馬鹿者共!」

と、同じく千冬姉の一喝で静かになる。…いや千冬姉、それは無茶だろ。後皆胸に注目しすぎだろ…いや、確かに大きいな。

 

「話の続きですが、誤解しないでほしいのですが私が女の子になりたいから性転換手術をしたというわけではありません。私の体が元々は遺伝子的に女性だったんです。半陰陽といって、詳しく話すと長いので省きますが、ようは元々女性だったけど見た目が男性だったというわけです。私が14歳になる前にそれが発覚し、将来の事を考えて男性として生きるよりも女性として生きる事を選びました」

 自身の事情を真摯な表情で話す葵。その顔に嘘など欠片も見えなかった。

 

「かなり葛藤や迷いもありましたが、こうしてISの操縦も出来るようになってますので結果的には良かったと思います。それに思いもしなかった再会もありましたし」

 そういって俺と箒を眺める葵。…確かに葵とここで、こんな形で再会するとは思いもしなかったな。

 

「なぜこのような事を言ったかですが、体は女性ですが手術前は男性として生きてきました。元男性ということで、私の事を女性として受け入れづらい人等もいるからです。そういう人がいるなら初めから言って来てください。私もなるべく配慮しますので」

 悲しそうな顔をして葵はクラスを見渡した。その顔を見て今までそういった拒絶を受けた事があると容易にしれた。

 

「しかし」

ん?急に葵の顔が一転、悲しい顔から挑発的な顔をし、

 

「ISの操縦では誰にも負けるつもりはありません!そこだけは遠慮しません!」

 と宣言した。

 ああ、うん。そうだよな。俺の記憶にある葵はそんな遠慮深い奴じゃあないもんなあ。気配りがよく出来る奴だったが欲望には忠実だったし。

 

「以上です。では改めて皆さんこれからよろしくお願いいたします」

 と一礼した。その瞬間、俺は立ち上がった。

 

「ああ、お前の事情は聞いたが、そんなのは関係無い!本当は女だった?関係ねえ!その程度で俺がお前に対して認識変わんねえよ!またよろしくな親友!」

 

「うむ、お前の事情は理解した。しかしお前がどう思ってるかは知らんが、私にとってお前がどんなに姿が変わろうと私が知っている葵のままだ。一緒にまた精進しよう」

 俺と、同じタイミングで立ち上がった箒の声がクラスに響いた。驚いた顔して俺と箒を見る葵。しかしすぐに少し半泣きになりながらも嬉しそうな顔をして、

 

「ありがとう、二人とも」

 と言った。 

 …やべえ、今は完全に女になってるからかかなり可愛い。

 

「私も全然問題にしないよ~。このクラスに入ったからにはアオアオも一組の仲間だよ~」

 のほほんさんが笑顔で葵を受け入れてくれた。それをきっかけに、

 

「大丈夫よ青崎さん、私達はそんなことで貴方を偏見な目で見ないわ」「それに隠してるならともかく、堂々と私達に教えてくれたもの。並みの勇気じゃ出来ないわ。なら私達もそれに答えるまでよ」「IS勝負、私も負けないわよ!覚悟しててね」

 クラスの全員が葵に笑顔で答えていった。セシリアもシャルルも、……ラウラはよくわからないが拒絶してる様子は無い。どうやら葵は皆に受け入れられたようだ。

 

 その後休み時間の度に葵は質問責めになり、葵の事を聞いた鈴が一組を襲撃。今の葵を見て(特に胸を見て)驚愕し、そして以前宣言した通り一発ぶん殴った。葵も抵抗すること無く受け入れ「ごめん」と言うと「別にもういいわよ!こうしてまた会えたし!」とプイっと顔をそらした。

「休み時間じゃ時間が足りないわ!昼休みにたっぷりと色々話して貰うからね!」

と言って鈴はまた二組に戻って行った。俺も箒も込み入った話は昼休みにしようと葵に話してたため、ちょうど良かった。

 そして昼休みになると俺は葵の腕を掴み、

「さてと、じゃあ色々と聞きたい事が山ほどあるんで話して貰おうか」

有無を言わさずに屋上へ連行した。

 




完結出来るよう頑張ります


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葵の二年間

「さてと、ようやく昼休みだ。色々吐いてもらうぜ」

 

 朝のHRで葵との衝撃的な再会後、俺は聞きたい事がたくさんあったので昼休みが待ち遠しかった。あまりにうわの空状態で授業受けてたせいで、千冬姉に合計7回は頭を叩かれた。箒も4回叩かれていた。

 葵と話す場所は人気が少ない屋上でする事にした。久しぶりに再会したら女の子になってるし、なんか複雑な事情がありそうだから教室じゃ話づらい事も多いだろうしな。

 昼休みが始まり、俺は葵の腕を掴み、屋上まで引っ張って行った。

 

「おい、一夏。別に逃げないから引っ張るのは止めろ!」

 悪いが無視だ。今はまだ優しくする気にはなれない。俺達の後ろには箒が付いてきている。葵について聞きたがってるセシリア達には、残念ながら少しお願いを頼んだ為一緒に付いてきてはいない。それに葵も、まずは俺達幼馴染組からの方が事情を話し易いしだろうし。

 

 

「遅いわよ三人共!待ちくたびれたじゃない!」

 屋上に着くとすでに鈴が待っていた。

 

「悪い鈴。葵を連行してたら遅れてしまった」

 

「だから逃げないっていってるだろーが!」

 

「いいから話を始めるぞ。うかうかしてたらすぐに昼休みが終わってしまう」

 とりあえず屋上に設置されてる円テーブルの椅子にそれぞれ腰掛ける事にした。

 

 全員が座ると、葵は俺と箒、鈴を順に見て回り言った。

 

「まあ一夏と鈴にとっては2年振り、箒にとっては6年振りの再会になったわけだけど……何から聞きたい?一番聞かれると思ってたこの体については一夏と箒には朝のHRで、鈴には休み時間に話したけど?」

 確かに見た目どころか性別まで変わった経緯についてはもう知った。だがな、

 

「葵、俺が本当に知りたいのはそんな事ではない。いや例えHRでその件を話さなくても、俺が葵に真っ先に聞きたかったのはそんな事ではない」

 

「いやお前、幼馴染が性転換して現れてるのに、それがメインでなく何を真っ先に聞きたいってんだよ?」

 

「とぼけるなよ。逆にお前が俺の立場になったら、お前はまず真っ先になんて俺に質問する?」

 俺の言葉に葵は観念したような顔をして、

 

「どうして一言も無く、黙って俺の前から消えた?」

 と、俺がもっとも問いただしたかった台詞を言った。

 

 

「ちなみに私もそれが知りたかったわ。あんな置手紙だけで納得してるとでも思ったわけ?」

 そういって鈴は葵を睨んだ。その目は納得のいく説明をしろと言っている。

 

「私もそれは気になっていた。お前が一夏に何も言わず、しかも置手紙も一言しか書いてないのはおかしいと思っていた」

 

「葵、嘘偽りなく正直に話してくれ。この二年間これが俺が一番気になってたんだ」

 俺達の質問を受け、葵は溜息をついた後、顔を伏せて絞り出すように一言答えた。

 

 

 

「……怖かったから」

 

 

「怖かった?何が怖かったんだよ?」

 

「俺が男でなく本当は女だったから、それを話すことでお前達との関係が壊れるのが怖かったんだよ、あの当時はな」

 葵は顔を上げ、自嘲めいた顔してそう答えた。

 

「あの頃は俺も情緒不安定で、考え方が凄くネガティブだったんだよ」

 

「何せ中二の春辺りから急に体調が悪くなり、手足も妙に痛むようになった。最初は成長痛かと思ったけど、それにしてはおかしかったし。そしてついに急に家で俺は意識を失って倒れたんだよ。親父が慌てて病院の担ぎこみ、診断され結果俺は男ではなく女だと判明した」

そういえば…あの頃の葵、妙に顔色悪かった気がするな。…なんで俺、それを気にかけなかったんだ! クソ!

 

「晴天の霹靂とはまさにこの事だった。だってお前は本当は女の子なんだよと言われても、俺は今まで男として生きて来たんだぜ。どうしろってんだよ。男として生きる事も考えたけど、生殖器は女だから男を選ぶと子供は作れない。なにより男を選んでも、貴方の体では男らしい体格をするのはかなり難しいと言われたよ」

 ……まあそれはわかる。中学入ってから葵、空手部に入って毎日相当練習してたのに、全然筋肉付かず、まるで女の子みたいな体格だったし。

 

「医者も俺を女として生きる事を強く勧めてきてたよ。絶対美人になるからって」

 ……たしかに。俺も医者だったら絶対そっちを勧める。今の葵を見たら、医者の言う事は正解で正しいもんな。…胸もデカイし。

 

「それにやっぱり遺伝子的にも女性だからそっちの方が後々体の不具合も起きないからって。長生きしたいならやはり本当の性別が一番良いって。医者の説明を聞いて、親父も俺が女として生きる事を勧めてきたよ。そして俺は考えに考え抜いて―――女の人生を選んだ」

…おそらく、俺には想像もつかない位悩みに悩み抜いた末に結論だしたんだろう。今までの人生丸ごとやり直しに等しいから。

 

「わかるか、あの時俺は男として生きて来た事を全否定されたんだよ。親からもな。今までのお前は間違った存在なんだって俺は思うようになった」

 そして葵は俺達を見て言った。

 

「だから怖かったんだ。一夏達から俺が否定されるのが。俺が女になることで今までの関係が全て壊れるんじゃないかって。一夏達から俺を否定する事を言うんじゃないかって。

そして俺は一夏達から逃げる事を選んだ。一夏達の反応が怖かったから。親父に頼んで夜逃げ同然で引っ越ししてくれと頼みこんだ。親父はそれを了承してくれた。でもやっぱり会えなくなるのは嫌で、凄く会いたいけど会いたくなくて。そんな考えをしてるうちに出発の時間が来て、時間が無くパニックになった俺は、とっさに思いついた本心の別れの言葉を書いた」

 あの時俺に書いた手紙は「またいつか会おうぜ!」。つまり、

 

「つまりうだうだ考えてても、結局会いたかってことだったんじゃねーか」

 

「……まあな。ただあの時の俺は」

 

ふざけるな!

 

「バカかお前。HRでも言った通りお前がどんな姿に変わろうと、お前は俺の大切な幼馴染だ!なんで俺に相談してくれなかったんだよ!」

 

「だから一夏、あの当時の俺は」

 

「五月蠅い!事情はわかった!理由も聞いた!納得する事も多々ある!でも、俺を信用して欲しかった、悩みがあるなら打ち明けて欲しかった、お前のために力になりたかった…、こればかりは理屈では語れないんだよ!」

 

「ちょっと落ち着きなさい一夏!あんたの気持はよくわかるけど、葵も…」

 

「葵も悩み苦しんだんだ。つらかったのはお前だけでは無い」

 

 鈴と箒に悟され、葵が辛そうな顔をしているのを見て……俺は頭に上っていた血が急速に引いていった。…そうだよな、確かにこんな事、おいそれとは話せないよな。それに俺も辛かったが、一番辛かったのは……葵なんだ。

 

「…すまん葵、俺勝手な事言い過ぎた」

 

「いいよ別に。お前の言う事はもっともだから」

 

「ありがとな」

 

「ねえ葵、そういえばあんたさっきから昔の俺は~と言ってるけど、なら今のあんたは」

 

「ああ、あんな事して後悔してる。何故一夏達を信用しなかったのか、頼らなかったのかって。実はそれに思い至ったのは夜逃げにして二日後、手術直前に思った」

 

「「「はやっ!」」」

 なんだそれ。お前のそれまでの葛藤はなんだったんだよ!

 

「まああれだ、もう完全に女になるんだと思ったら今までの行動を振り返り、自分の行動がいかに間抜けかと思い知った。はははは」

 ははははじゃねえ。箒も鈴も呆れてるぞ。

 

「……たく、じゃあなんであんたその後私達に連絡よこさなかったのよ!迷いなくなったんなら電話一つ位よこしなさいよ!」

 目を吊り上げて葵に向かって怒鳴る鈴。箒もうんうんと頷いている。そうだよ、なんで迷い無くなったんなら連絡くれなかったんだよ。

 

「あ~それな。いやそれが出来なかったんだよ、正確にはさせてくれなかった」

 

「させてくれなかった、だと?どういうことだ?私みたいに政府の監視下に置かれたわけではあるまいに」

箒の疑問に、葵は少し笑みを浮かべ箒を指差して言った。

 

「いやそれが……箒と同じような立場に俺もいたんだよ」

 

「「「はあ?」」」

どういうことだ?と驚く俺達。そして葵は、箒から俺に顔を向けると、

 

「あ~いやどっちかというと箒よりも一夏の方が近いかも」

そういって、箒に指していた指を今度は俺の方に向けた。

 

「俺と?」

 

「つまり……具体的にどういうことなのだ?」

 葵、お前一体何したんだよ?箒も鈴もわけわかんないって顔してるぞ。

 

「わかった、ちゃんと説明しようか。そう、あれは桜も散り春も終焉を迎え葉桜が綺麗な」

 

「そういう前置きはいいからさっさと話しなさい!」

 額に青筋立てながら鈴が葵に怒鳴った。俺も箒も同感とばかりに頷く。いいから早く言え。

 

「わ、わかった!だから落ち着け!………まあぶっちゃけるとだな、結論から先に言うが俺が日本代表候補生になったから、お前達に連絡する事も出来なかったし、入学も遅れた」

 

「「「日本代表候補生!?」」」

 

「そう、ゆくゆくは日本代表になって、千冬さんが出場したモンド・グロッソで優勝が今の夢で目標」

 

 葵の表情に嘘は全く見られない。どうやら本当に代表候補生になっており、そして本気で日本代表の座狙っているようだ。

 

「ちょっと! あんたが日本代表候補生? 嘘でしょ?」

 

「い~や本当だぜ」

 そういってニヤっと笑う葵。

 

「つーか俺からすれば、わずか一年とちょっとで中国の代表候補生となったお前の方が信じらんないけどな」

 

「んっ、まあね! 私って天才だし」

 葵の言葉を聞き、自慢げにふんぞり返る鈴。

 

「そんなことよりも、どういった経緯でお前は代表候補生になったのだ?」

 おい箒、そんなことよばわりされて鈴が少しむっとしてるぞ。しかし確かに気になる。お前一体何があってそんなことになってるんだよ。

 

「ああ、それはな…」

 そして葵は、どこか遠い目をしながら話出した。

 

 

「二年前、俺は手術終了後真っ先に一夏に事情を説明しようとした。が、やっぱりやめた。さすがにあそこまでやってしまったんだし、どうせなら完全に女の子になった状態で会ってびっくりさせようと思ったからだ」

 

「?手術終わったんだろ?女になったんじゃないのか?」

 俺の言葉に葵は馬鹿を見る目で見た。……なんだよ変な事言ったか?

 

 「バカ。手術したからって体つきとかすぐに変わんないだろ。大体胸とかペッたんこだし。そんな状態で会っても女になったなんて言っても、お前ピンとこないだろーが」

 なるほど、確かにそうだ。

 

「その後半年間女になってしまったから心のケアとかでカウンセリングを受けたり、色々な薬を飲んだり注射したりしたら、それがまあ色々成長することすること。その頃から髪も伸ばすようにしてたし、医者もびっくりなほど女っぽくなった。胸もそうだな、そのころですでに……」

 葵の目は鈴の……、おい止めろ!そのネタは止めとけ!

 

「すでに……何?」

 バックに炎が見えそうなほどの怒気を放つ鈴。マジ怖いんですが。

 

「……いや何でもない。ま、そんなわけで見た目が充分整ったからいざ一夏達に会いに行こうとしたら、政府から役人が来てISの起動テストをして欲しいという要請が来た。どうも俺みたいなパターンの人間でも、女性ならISに乗れるかどうか調べるんだと。俺も女になったんだしISの操縦ができるかもと思い、快く了承。近くのIS開発施設に赴き、そこにあったIS打鉄に触ってみたら見事起動。俺みたいな女でもISは起動することが証明された。そして俺はどうせだしとISを動かしていいかと頼みこんだ、なんせISに乗る機会なんてこれが最後かもしれないと思ったからな。そして役人さん達は快くOKしてくれたんで、俺はISを思う存分動かしてみた」

 

「いやあまさに世界が変わるとはこのことかと思ったよ。今までとはまるで違う感覚に俺は夢中になった。ISから流れてくる情報を基に俺はさらに自分が限界と思える操縦をこなしていった。そして一通り満足して地面に降り、ISを解除したらかなり興奮した役人さん達が俺に詰めより、『こっちに来てくれ!』と叫び俺を連行。検査室に入れ俺のフィジカル・データを取った。そして俺のIS適性だけど、なんとA!」

 

「まあ代表候補生ならその位あるわよ」

 たいして驚いてない鈴。「ん~~~!」となにか悔しそうな箒。まあわかるぞその気持ちは。

 

「どうも俺の操縦が初めてとは到底思えないほど良かったらしく、しかも適性Aってことで皆騒ぎ俺をべた褒め。いやあそれほどでもとか言ってたら、そこに一人の少女が現れた。その子は俺を見て、『ふん、元男がIS乗り。冗談じゃないわね』と言って思いっきり侮蔑を込めた目で俺を見た。その子の言葉にカチンと来た俺は、何?その元男よりもIS操縦下手そうだけど君と言い返した。そっからはお互い罵り合い、キレた俺は勢いでISで勝負だ!と言った。そして俺は周りが反対するのを振り切り、広場で俺は打鉄に、彼女は専用機を展開した。え、専用機?と思ったら施設の方が教えてくれ、その時彼女は日本代表候補生だと知った。自信満々に勝負に乗ったのはそのためだった」

 うわ…、初めて乗ったISで勝負を提案する葵も葵だが、専用機で勝負しようとするその子も相当ずるいな。

 

「しかし後には引けないし、不思議と負ける気はしなかった。ISから流れてくる情報を参考にし、イメージ通りに操縦して戦ったら――――――――――開始10秒足らずで俺が勝った」

 

「はあ?いやちょっとまて!おかしすぎるだろそれ!」

 

「あんたの話の流れからして勝ったんだろなあとか思ってたけど、いくらなんでも誇張しすぎよ!」

 

「10秒でシールドエネルギー全て無くすなど、打鉄に白式の雪片弐型でもあったとでもいうのか貴様!」

 三者三様で葵に「嘘つけ!」と言う俺達。いくらなんでもおかしいだろ。代表候補生相手に!

 

「いや本当。嘘偽り無し。ただ一つ誤解している。おそらくお前達は10秒で俺が相手のシールドエネルギーを0にしたと思ってるだろ」

 

「違うのか?」

 

「ああ、違う。俺は相手を気絶させたんだよ。俺の攻撃を受け、彼女の機体は勢いよく壁に激突。轟音を立てて壁を粉砕した彼女はその衝撃で気絶した」

 

「ISに乗った相手を一撃で気絶……葵、お前は一体何をしたんだ?」

 

「いや単純に『瞬時加速』を何故か理解できてたからそれを使って一瞬にして相手との距離を詰めた。俺を舐めきってた彼女は対応が遅れ、ガラ空きの腹に正拳突きを当てたらそうなった」

 マジかよ。いくら葵が空手をやってたとはいえ……

 

「まあそれは今後授業や放課後の模擬戦で実践してやるよ。言うよりもやった方が早い」

 

「わかった。疑問は後にしよう。で、話の続きを頼む」

 

「ああ。ま~俺が代表候補生を一撃で倒したもんだからもう大変な事になった。しかも倒し方が武器を使わず拳のみ。役人さんが政府の上層部に連絡して協議の結果、俺は代表候補生となった」

 そして葵はは~っと溜息をついた。

 

「しかし俺が代表候補生になった理由は少し複雑でな。ISは女しか操縦できないだろ。で、俺は体は本当は女だったとはいえ、手術前は男として生きていた。日本政府の一部がその辺を押し出して『今は女だけど元男!男で初のIS乗り!』というかなり強引だがそんな宣伝で俺を売り込もうとしたんだよ。しかしそれはいくらなんでもと反対する人達もいたんで、とりあえずIS学園入学までは保留となった。政府としては日本にはこういう人材もいるとアピールする目的もあったため、結論が出るまでは俺の存在は秘密扱いとなった。そのため俺は知り合いに干渉することが出来なくなった。俺が一夏達に連絡できなかったのはこれが原因なんだよ。まあだけど」 

 そう言って葵は俺を見て

 

「一夏の登場のおかげで世界初の男性IS乗り計画は白紙になったけどな。本当の男がIS操縦できるんならそっちに飛びつくわな」

 と言って笑った。ああ、やっぱそんな風に宣伝されるのは嫌だったんだな。

 

「ま、それが無くても実力的には代表候補生のレベルなんで肩書はそのまま。政府の監視も無くなったんだけど、一夏も箒もIS学園に入学するのを知ったからその時言おうと決意。入学を楽しみにするもIS学園に入学直前にトラブルがあって登校が遅れ、今日が初登校になった」

 

「トラブル?入学前に何があったのだ?」

 

「いやそれはまた今度にしてくれ。今はまだ……言いたくない」

 葵はどこか暗い顔して答えた。…その顔を見て俺も鈴も箒も追及するのは止めた。

 

「まあ以上が俺に起きた、一夏達が知らない二年間の出来事だ。満足したか?」

 

「いや話を聞いたが……、葵、お前どんだけ波乱万丈な人生送ってるんだよ」

 

「世界初の男のIS乗りのお前に言われたくはないぞ」

 いや俺よりも絶対お前の方が凄い。

 

「それよりも、いい加減俺のことばっかりでなく、お前達の事も話してくれよ。空白の時間を互いに埋めようぜ」

 葵、そう言ってもだなお前が期待するほどの事はほぼ無いぞ。

 

「いや葵、俺はお前が消えた後はこれと言って話す事あんまり無いぞ。二年の時は弾達と遊んでばっかりだし三年の時は受験勉強で消えたし」

 

「私もあんたが知っての通り三年の時中国に帰ってそこで代表候補生になってISの特訓に明け暮れたわね」

 

「私は政府の監視下の元各地を転々とする日々だけだった」

 

「……予想以上につまらない返しだな。じゃあIS学園に入学してからはどうなんだよ。結構噂は聞いてたんだぜ。一夏のクラス代表決めとかタッグマッチトーナメントとか。なかなか面白そうだから話してくれよ」

 俺はそれを聞いて時計を確認。かなり話しこんだが昼休みは後10分ある。これなら間に合うな。俺はセシリアの携帯にワン切りで合図を送った。

 

「ああ葵、いいぜ。でもそれならまずは」

 その時屋上の扉が開き、セシリア、ラウラ、シャルルが入ってきた。シャルルの手にはバスケット。中には昼飯も食べずに話してた俺達用のサンドイッチがある。俺はセシリア、シャルル、ラウラの横に立ち、

 

「この学園で出会った、俺達の友達を紹介させてくれ」

と言って、セシリア達に自己紹介をお願いした。

 

「わたくしはセシリア・オルコットと言います。出身はイギリス。今後ともよろしくお願いしますわ」

 

「僕はシャルロット・デュノア。出身はフランス。僕とも一夏達みたいに友達になって欲しいな」

 

「私の名はラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツ出身。嫁の一夏の幼馴染なら、私も仲良くせんとな」

 

「ああ、改めてよろしく。俺も皆とは友達になりたいよ。……ところで一夏」

 葵はなんかニヤニヤしながら俺を見る。なんだよ気色悪い。

 

「嫁とはまた……、意外だがなかなか面白い彼女なんだな」

 と言ってラウラを見る葵。いやちょっと待て。

 

「違」

 

「違いますわ、ラウラさんは一夏さんの彼女ではありませんことよ!」

 

「そうだ葵、勘違いするな」

 

「こいつが勝手に一夏の事そう呼んでるだけよ!」

 俺の言葉を遮って葵に否定するセシリア、鈴、箒。いや何をそんなにムキになってるんだ。

 

「何を言う、この国では気に入った者を」

 

「ラウラ、話がややこしくなるから」

 そういってラウラの口を塞ぐシャルル。あれ、なんか目が笑って無いように見えるのは気のせいか?

 

「……あ~わかった、これだけでこれがどういう人間関係なのかも大体理解した」

 なんかしみじみ納得っという感じで頷く葵。その手にはサンドイッチがっ…て!

 

「葵!何勝手に食ってるんだよ!」

 

「何言ってるんだ一夏。鈴も箒ももう食べてるぞ」

 え? と思い鈴と箒を見てみる。二人とも片手にサンドイッチ、もう片手に牛乳を持っている。何時の間に! そしてバスケットを見てみたら……見事に空っぽだった。

 

 

「さてと栄養補給も済んだし、午後の授業を受けるか!オルコットさん達は放課後また改めてお茶でもしながら話そうか」

 

「賛成ですわ、放課後ゆっくり時間がある時話しましょう」

 

「一夏達との昔の面白いエピソードとかあったら話してくれたら嬉しいかな」

 

「うむ、それは楽しみだな」

 

 わいわい言いながら教室に戻っていく葵達。俺は空腹のまま空のバスケットを持ちながら後を付いていく。……まあ葵、皆と仲良くなれてるからいっか。

 

 

 

 

 その後授業も終わり、放課後葵は千冬姉から自分の部屋鍵を受け取った。なんとなく予感がして葵の鍵の番号を見てみたら………俺の部屋の番号だった。

 

「葵は登校しない可能性もあったから、いない者と考えて部屋割を行った。しかもその後鳳やデュノア、ボーデヴィッヒと予定外の転校もあったため、使用可能状態の部屋が無い。用意が出来るまで織斑、お前の部屋に同室して貰う。まあ今まで篠ノ之やデュノアと一緒に生活していたんだ。間違いは起こさないだろう」

 そう言いながらも、何故かニヤニヤしながら俺に言う千冬姉。…なんだよ千冬姉、その妙な笑みは。

 

「葵…それにお前もいきなり女と同室するよりは織斑で慣れた方がいいだろう」

 

「織斑先生……、ありがとうございます」

千冬姉にホッとした顔で礼を言う葵。確かに、まだ葵も女子と同室はまだキツイんだろうな。

 

「そういうわけだ、お前ら仲良く生活しろよ。まあ言われるまでも無いと思うが」

 そういって千冬姉は苦笑を浮かべながら教室を去った。

 

 

 

 その後箒達にこの事を伝えたら「う~ん、でも葵なら…」「今は女の子だし……、でも男だったし…でも一夏と同室は…」「嫁と同室だと!羨ましい奴だ」と全員唸りだしたが、葵が皆を引き連れて物陰で囁いたら全員一応納得してくれた。何を話したんだ?しかし葵に訊いても、

 

「お前は気にしなくていいんだよ。ちょっとした協定」

 と,わけわからない返事しかしなかった。なんだよ協定って。それからは全員でお茶を交えながら葵の事やIS学園に入学してからの事を話し合って、楽しい時間を過ごした。……葵がいくつか俺の過去の暴露話をした事以外では。いやこれのおかげなのか、葵もセシリア達とファーストネームで呼び合うようになったりと、仲良くなったからよかったが。

 

 

 皆と別れた後、葵は送られた荷物を引き取りに行き、それを持って俺の部屋に入り、荷物を整理し終えると、

 

「じゃあ一夏、これからもまたよろしくな」

 と、笑顔で俺に言った。それに俺も、

 

「ああ、お互いにな」

 と、笑顔で返した。

 



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変化した日常

葵が登校して、数週間が過ぎた。

 葵が一緒の生活に俺は慣れ、それどころか前よりも充実した生活を送っている。葵が来る前まで、俺には本当の意味で心を許せる相手が居なかったのが大きい。一緒に馬鹿な雑談するだけでも凄く楽しい。いや箒達とも仲良くしてるんだが、なんというか葵と比べると空気が堅いっていうのか、たまになんかプレッシャーみたいなものを感じるんだよな。その点、葵は一緒に居てもそんなものは感じないし、逆に落ち着く。さすが10年近くも付き合っただけの物がある。見た目は完璧に女の子になっても、纏っている雰囲気は昔のまま。人は外見じゃない中身だな、いや本当に。

 

 

 午前6時半。毎朝この時間に起きるが、例外なくその時間に葵の姿は無い。ベットは空っぽ。葵は毎朝5時には起きて空手の練習をしているからだ。これは葵のIS操縦技術に大きく影響しているので、毎日欠かさず行い己を高めている。

 何度か付き合ってみたが………凄まじい練習量に俺は何度も倒れそうになり、さらに翌日激しい筋肉痛に悩ませる事になった。その後葵から白式の戦い方を考えると、俺より箒と特訓した方が良いと言われ、休日は箒が嬉々として早朝から俺をシバキ倒すようになった……。

 

 そして俺が起きて顔を洗ってる時位に葵は部屋に帰ってくる。その時俺は洗面所を出て、入れ替わりに葵が入りドアを閉める。練習後の汗を流すためシャワーを浴びるためだ。シャワーの音が聞こえたら俺は再度中に入りさっさと用を済ませる。俺が出るとすぐに葵もシャワーを終え、着替えて出てくる。

数日前、寝惚けて葵のシャワーシーンを遭遇してしまった事があるが、葵は笑って「何、一緒に浴びるか」とからかってきたが、俺はその言葉を聞いても目は葵の体を凝視してしまった。あまりにも二年前とは違う葵の体の変化に、俺は目を奪われてしまった。…まあ、俺もその、だって見てしまうじゃないか!

あまりにも無言でじ~っと見ていたら、いい加減恥ずかしくなってきた葵が俺にシャワー浴びせてきて、俺は意識を取り戻し急いでシャワー室から出た。その後葵から散々「エロ河童」とからかわれたため、二度とそういう事が無いよう注意している。

 いや、今でも脳裏に離れない。いや離したくない光景を脳裏に刻んだのは秘密だ。

しかし、まあ当たり前と言えば当たり前なんだけど、葵は昔みたいに部屋では一緒に着替えないし、シャワーを浴びた後もバスタオル姿だけとかも無く、最低Tシャツ短パン姿になってから俺の前に現れる。下着類も全く俺の目に触れないよう隠しているし、二年前は夏場等はパンツ一丁でゲームをやったりした事を思い出すと…なんか少し寂しく感じるなあ。

 こんな事を葵に言ったら、

 

「何言ってるんだ一夏。俺だってお前みたいにシャツとパンツ姿でだらけたいぜ。ただな一夏…もしそんな恰好でお前と一緒の姿を千冬さんや箒達に見られたら、……寮が廃墟になるぞ」

 と、葵は少し引きつった顔をしながら俺の肩に手を置いた。ははは、そんなまさか…と言えないのが怖いな。そしてさらに葵は、

 

「それにだ、お前ばかり良い目見るのもムカつくしな。俺はお前の裸見ても、少しも嬉しくないがお前は違うだろ。…俺のシャワーしてる姿見た時のあの顔、あれが答えだよなあ」

 と、ニヤつきながら俺を見て言った。…サービスって。いや俺はお前が目の前で着替えたりしたって別になんとも……思わないぞ、うん!本当に!

 

 

 

 

 

 

 午前7時頃に二人で今日の予定や持っていく物の確認をした後、俺達は一緒に朝食に行くのが朝のサイクルとなっている

食堂に着く時間はほぼ毎日同じなので、時間を合わせてるのか箒達と一緒になる事が多い。朝は多く食べる派の俺と同様、朝練をしている葵も朝はかなり食べる。ご飯みそ汁は毎回御代りしてる位だ。皆の朝食の軽く2倍は食べる俺達に、箒達は毎回苦笑いを浮かべている。ラウラは千冬姉の影響なのか、皆より比較的多く食べてるが俺達と比べたらかなり少ないのはいなめない。まあ体格差があるし。一度クラスの女子が葵の健啖っぷりを見て「そんなに食べたら太るよ」と言ったら

 

「毎日毎日体を動かしまくってるから大丈夫。それに食べないと体持たないし成長もしないわよ」

 この発言を聞いた周りの女子達は葵の胸に視線が注がれた。そこには箒にも勝るとも劣らない立派な胸がある。皆葵を羨ましそうに眺めるが葵は気にせず食事を続けていった。

 ちなみに葵は登校三日後から基本食堂や校舎の中等寮以外では完全に女口調で会話するようになった。俺に対してもそうで、「一夏、今日は何食べる?私は今日は鮭定食にしよっかな?」と言ってきた時は思わず葵を凝視した。まあ葵曰く

 

「何時、何処で織斑先生に出くわすかわからない以上、公共の場ではちゃんと女の子しないとね」

 らしい。千冬姉本当にいきなり現れるからな。何度も何度も殴られればそうなるか。そのため箒達も最初は面喰らってたが、今では慣れて普通に会話している。むしろずっとそうしなさいと皆言ってる位だ。

 ちなみに何故葵が男みたいに喋ったら叩かれる理由だが、代表候補生だから。国の看板とも言える存在が、そんなガサツなことはしてはいけませんと主に女性議員から言われてるらしい。これもある意味性差別じゃないとぶつぶつ文句言ってるが、俺も箒達も今の外見じゃ女の口調の方が断然あってるので同意できない。

 

 

 

 

 その後朝のHRを終え、授業に入る。相変わらず授業について行くのがやっとの俺だが、それでも葵が来てからは大分マシにはなった。

「助けてドラエモ~ン、ここがさっぱりわからないんだ」

 

「全くしょうがないなあのびた君は。…で、一夏どこがわからない訳?」

 

「このPICの原理がよくわからないんだよ。山田先生から今度小テストするからよく覚えておきましょうねとか言ってるがよくわからん」

 

「…一夏、これ基礎の基礎な理論なんだけど。この程度でドラえもんに頼るのはどうなわけ?」

 

「じゃあ出来過ぎ君でもいいから教えてくれ」

 

「何がじゃあなんだか、…ISに関する知識は本当に一夏はのび太レベルね。少しは辞書引いて覚えなさいよ。PICはパッシブ・イナーシャル・キャンセラーの略で~」

 こんな感じでバカやっても、葵は乗ってくれてそのままわかりやすく教えてくれる。セシリアやシャルルとかに聞いても快く教えてくれるが、俺は葵が来てからは葵に聞く事が多くなった。まあどっちかというとこういったバカなやり取りがやりたくて葵に聞くのが大きな理由。もう一つは……例えばセシリアに聞いた場合、そしたら箒にシャルルにラウラが不機嫌になるし『どうして私に聞かないの(だ)』となるからだ。何でこうなるんだ?と葵に聞いてみたら苦笑いしか返ってこなかった。

 実習授業の時、葵に専用機が無い事を知った。代表候補生なのに?と俺が聞いたら

 

「別に代表候補生なら全員専用機持ちってわけじゃないわよ。あくまで候補生なんだから。それに私の専用機の話はあったんだけど……誰かさんの専用機を作るためにコア使われて私の分が無くなったし」

 そして俺をジト目で見る葵。いやなんというか…すまん。

 しかし専用機は無いが、葵の操縦技術は確かに凄かった。訓練機に乗ってるのに、専用機持ちのセシリア達とほぼ変わらない動きをする。一番驚いてるのは同じ訓練機に乗ってる箒で、どうやったらそこまで動けるのかと驚愕していた。

 そしてここでも俺は葵に操縦について教えて貰うようにしている。何せ訓練機で俺よりも動きが数段上だもんな。代表候補生の肩書は伊達じゃない。

 

…まあ俺のコーチを買って出ていた皆に不満持たれてるけどね。だってシャルルと同じ位こいつに教えて貰う方がわかりやすいんだよ。葵も俺が理解できるように考えて言ってくれるし。ただ難点があるとすれば

 

……ISスーツって目のやり場に困るよね。

 

    

 

 

 昼食は最近では食堂以外でも、屋上で皆で弁当を持ち寄って食べる事も多くなった。箒は和風、鈴は中華、シャルルは洋食が多い。葵は何でも作れるが、最初は食後のデザートをよく作ってたな。自己紹介の時菓子作りにハマってるとか言ってたが、その通り葵の作るシュークリームはかなり美味しかった。皆葵が作る菓子を美味しい美味しい言って食べてたが、しばらくしたらぱったり作るのを止めてしまった。葵に聞くと、「…作りすぎてね。女の子は食べすぎたら駄目ねやっぱ」と、ばつが悪そうな顔をして言った。

セシリアとラウラも頑張って作るようにしている。最初葵はセシリアの料理を食べ、正直に、

「不味い!ちゃんと味見してるの!」

 と言ってしまった。セシリアはその時はショックで泣いてしまい、葵は慌てて、

 

「ごめん!言いすぎたわ!私がちゃんと料理教えてあげるから!だからセシリア泣かないで」

 と、昼休み時間中セシリアを宥めていた。その後葵は約束通り、暇な時間があればセシリアに料理を教えるようになった。その甲斐あってか、最近では最初に比べかなり上達し、安心してサンドイッチを食べられるようになった。ラウラも酷かったが、シャルルがサポートすることでこちらも最初と比べかなりマシになった。

 ちなみにこの昼食を皆で一緒に食べようと言い出したのは葵。葵はセシリアと鈴、ラウラの仲が妙にギクシャクしてると俺に指摘。学年別トーナメント前に起きた出来事を話すと葵は納得し、その翌日から弁当を各自作って一緒に食べようと提案してきた。各自のお弁当を食べて意見交換してしていけば、心のしこりも解けるんじゃない?とかなり曖昧な理由で行われたお弁当会は、まあ第一回はセシリアが大泣きして終わったが、その後は葵の言う通り順調に進んだ。主にセシリアと鈴には葵が、ラウラにはシャルルが間に入ってやり取りをしたおかげで、最近ではもうわだかまりなく三人とも仲良くなっている。

 しかしこの昼食会、俺だけ弁当を作るのを葵から禁じられている。いや楽だからいいけど、理由を聞いたら

「まだ駄目。皆のレベルがもっと上がったら一夏にも作ってもらうから。今作ったら…皆ショックを受ける」

 との事。なんのこっちゃ。

 

 

 

 

 放課後になると、俺は以前同様アリーナでISの特訓をしている。専用機を持っていない葵は箒同様申請書を出してISを借りてくる。しかし毎日借りる事は出来ないので、基本セシリアや鈴達と訓練することが多い。

 葵と箒だが、借りられない日は道場に行き、剣道勝負をよくしている。箒が転校してからは葵は剣道の練習はしていなかったが、代表候補生になってからは剣道の練習も再開したという。葵と箒だが、7対3の割合で箒が勝っている。さすがにずっと剣道を続けていた箒の方が強いようだが、それでも負けるのが悔しいのか大体箒の方から勝負を挑んでいる。葵の専門はどちらかというと空手だが、箒の実力は本物なので良い特訓になると喜んで応じている。俺も葵に剣道で勝負したが……ええボコボコにされましたよ。

 

 そして葵とのIS戦だが、初めて戦った時はあまりの強さに茫然としたな………。

 

 

「よし、じゃあ一夏!待望のISでの勝負をしましょうか!あ、手加減いる?」

 葵はそう言って打鉄に乗って俺に笑いかけた。その顔は俺に負ける事なんてありえませんと言っている。

 

「ふざけんな!全力できやがれ!」

 俺はそう叫び返した。俺の返事を聞いて葵はニヤっと笑うと、

 

「じゃあ、始めようか!」

 と言って、俺に突撃してくる葵。早い!すぐに後退し距離を開けようと飛翔。しかし葵も俺を追い飛翔。その瞬間いきなり『瞬時加速』で一気に間合いを詰めて来た葵。その手には何も持ってない。

 

「くそ!」

 すぐさま雪片弐型を構え、迎撃態勢を取る。葵の専門は空手だが、これはIS戦。なにか武器を持ってるかもしれない。しかし葵はそのまま俺に接近。俺は雪片弐型を葵めがけて振り下ろす。

 

「それは下策中の下策ね」

 と言って葵は、俺の一撃を真剣白刃取りで受け止めていた。嘘だろ!

 

「じゃあ見せてあげる。私の戦い方」

 と言って葵は雪片弐型から手を放すと、流れるような動作で瞬時に正拳突きの構えを取った。その姿は空中なのに、まるで地面に立っているように、空手をそこまで良く知らない俺から見てもわかる位、完璧な構え。そして白式の腹部に、葵は右の正拳突きを叩きこんだ。その瞬間、

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

凄まじい衝撃が俺を襲い、勢いよく壁に激突。あまりの衝撃に眩暈を起こしかけるが、エネルギーを見て絶句。さっきの一撃で半分は無くなっていた。

 

「まだ終わりじゃないよ」

 そういって再度俺に接近してくる葵。雪片弐型を構え迎撃するも、俺の攻撃を曲芸師のようにかわしていく。そして葵は雪片弐型の柄部分を蹴りあげ、浮いた手をさらに蹴って俺から雪片弐型を手放させた。無手となった俺に葵はまた右拳を構えて、振り抜いた。

 また容赦なく壁に激突した俺。そして絶対防御発動。俺のエネルギーは全て空となった。

 誰が見てもわかる通り、俺の完敗だった。

 

「いやね、私はISは乗るでなく、肉体の延長的な物と思ってるわけ」

 試合終了後、俺は葵にあのでたらめな一撃の正体を聞いてみた。

 

「ISを動かすのはあくまで人間。それは当たり前だけど、ISって人型じゃない。そして精密なその作りは肉体、いやそれ以上の動きを行える。一夏、私はISを操縦するでなくISを装備して戦うと認識してるわ」

 

「そして肉体とISの動きを完全にシンクロさせることで、今まで私が長年練習を重ねて来た空手の技をISで完全再現。あの威力はISを使うことでISが持つ力を最大限まで引き上げてるから産まれる威力。みんなISで格闘してるけど、それはただ動かして相手にぶつけてるだけ。私からすればままごとね」

 そういって葵はラウラ達が待機している所まで戻って行った。回線を通じ俺達の会話を聞いてたんだろう、皆驚愕の目で葵を見ていた。第三世代の特殊兵装とかとまるで違う、おそらく葵しか出来ないだろう攻撃方法に、皆心底驚いていた。

 

 

「葵、次はあたし!あたしが戦うわ!」

皆の所に戻って来た葵に、鈴が真っ先に勝負を挑んだ。

 

「いいわよ、鈴。全力できなさい」

 

「当然!あんたも手を抜かないでガチで来なさいよ!」

 葵は続けて、鈴と試合する事となった。両者互いに少し離れ、開始の合図が鳴ると共に、葵と鈴の戦いは始まった。

 

「喰らいなさい!」

 開始と同時に、鈴は葵に衝撃砲を叩きこんだ。初撃は鈴の衝撃砲の存在を知らなかった葵はまともに喰らってしまい、地面に叩きつけられたが、その後しばらくすると、

 

「ちょっと!何で直撃しないのよ!」

 鈴の放つ不可視の衝撃砲を、葵はギリギリながらもかろうじてかわしていく。完全にはかわせてはないが、それでも直撃をうけるよりもずっとマシだ。縦横無尽に動き回りながら、葵は徐々に鈴との距離を詰めて行った。…しかし鈴の言う通り何で衝撃砲をあれだけ避ける事ができるんだ?

 間合いを詰めた葵に、鈴が双天牙月を取りだして葵目がけて振りおろした。その一撃を葵は近接ブレードを展開させ、鈴の攻撃を防いだ。そして数合切り結んで行くが、鈴よりも先に葵の剣が鈴の肩に直撃。衝撃で体勢を崩した鈴に、すかさず葵は近づいて―――俺にしたように右拳を構え、鈴の胸部に正拳突きを叩きこんだ。

 勢いよく吹っ飛んだ鈴は壁に激突し、その鈴を追う葵。鈴はすぐに体勢を整えて衝撃砲を使いながら応戦したが…最後は葵の左回し蹴りが鈴の腹部を強打してエネルギー切れとなった。試合後、鈴が何故衝撃砲をかわせていたのか葵に問い詰めたら、

 

「第三世代兵装の癖、鈴よく出てるよ」

 の一言で鈴は黙ってしまった。

 

その後も葵の試合は続いた。

俺と鈴の戦闘を見ていたセシリア、シャルル、ラウラの三人も葵に試合を申し込み、葵は全て受けて立った。…どんだけ体力あるんだこいつは?

 

セシリア戦では、セシリアが繰り出すビットの攻撃に最初は翻弄されていたが、葵はその後ビットを近接ブレードを振って一基ずつ破壊して行った。次々破壊されていくビットにセシリアは動揺していたが、近づいてきた葵にミサイルで応戦。そのミサイルも近接ブレードで切り裂く葵だが、その一瞬止まった時にセシリアはスターライトmkIIIレーザーライフルを連射。しかし直撃するも葵もすぐに回避行動を取り、再びセシリアに接近。再度ミサイルを繰り出すセシリアだが、ビットからミサイルが繰り出される瞬間、葵は近接ブレードを投擲。それは正確にミサイルに当たり、セシリアのすぐ近くで爆発。爆発で吹き飛んだセシリアに葵はすぐに近づき、その後勝負を決めた。

 

 シャルル戦だが、これまでの戦いで葵は銃等を使わない事を理解したシャルルは、基本距離を取って戦い、ライフルで狙撃したりマシンガン撃ったりとにかく近づけないような試合運びをした。それでも掻い潜ってくる葵に、中間距離では散弾銃等面の攻撃で葵を牽制、しかしそれでもかわし多少の被弾は恐れず『瞬時加速』で肉薄する葵に、シャルルはその正面に実体シールドを出現。いきなり現れたシールドに葵は避けきれず激突。動きが止まった所をシャルルが『瞬時加速』で距離をつめ、左腕に仕込んだシャルルの最強武器、『盾殺し』を打ち込もうとした。が、その一瞬の後

 

「きゃあ~~~~~~!」

 勢いよく吹き飛んだのはシャルルの方だった。葵はあの一瞬で機体を調整、突進してくるシャルルをカウンターで迎撃したのだ。その後は同じ手は通用せず、ついにシャルルに接近する事に成功した葵は一気に勝負をつけた。ちなみにあの時カウンターが成功したのはほぼ奇跡だったと葵が言っていた。

 

 ラウラ戦だが、この時とうとう葵は敗北した。ワイヤーを掻い潜りラウラに接近するも、ラウラのAICが発動し、完全に行動不能になった。その後葵はラウラにワイヤーブレードにレールカノンとタコ殴りにされ破れた。その姿に俺達は茫然とした。…だってあんだけ俺達ボコボコにした相手がこんなあっさり負けるのは。

 

「あ~、まさかシュバルツェア・レーゲンにあんな装備があるなんて。ここまで完敗されたのは初めてよまったく!」 

 ラウラと戦った後の葵は、口ではそういうも楽しそうな顔をしていた。

 

「でも、いずれその装備も克服してあげるから、覚悟してなさい」

 

「ふ、望む所だ。今回は私の手札を知らなかったからあの結果になっただけだしな。でも次回も私は負けんぞ」

 

 そういって互いを讃えあう二人。その様子を見て

 

「葵!次は私が勝つんだからね!覚悟してなさい!」

 

「次に戦う時は、本日とは違いますわよ!」

 

「そうだね、僕ももっと戦術の幅を利かせるようにするよ」

 三人の言葉を聞いて葵も、

 

「いいねいいねこういう熱い展開!でも次も私が勝つ!」

 と宣言。望む所と言いあってる皆を眺めながら、俺の心にも熱い物が産まれてくる。ああ、やっぱり男ならこの熱い展開は良い!

 

「俺もだぜ葵!次は俺が勝つ!」

 しかし俺がそう言った後、皆の返事は

 

「「「「「それは無理(だ、ですわ)」」」」」

 ……おまえら酷くない?

 

 こうして俺達の日常は流れていくようになった。以前とは違う毎日を、俺は楽しむようになった。そしてそのまま、来週に控える臨海学校も俺は楽しみにした。今のメンバーで迎える臨海学校、それは最高に楽しい思い出になる気がするからだ。

 

 

 そういや葵水着持ってるんだろか?シャルルも男としてここに入学してるんだし、持ってないかもしれない。次の休みの日に二人を連れて買いに行くのも悪くないな。

 



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久しぶりのカルテット

 



それは葵が登校して2週間経った時の出来事だった。

 

「ねえ一夏、明後日用事ある?」

 食堂で夕食をいつものメンバーで食べていたら、葵はそう俺に話しかけてきた。

 

「明後日?別に無いが?」

 

「よかった。次に鈴、明後日用事ある?」

 

「あたし?いや無いけど。どうしたのよ急に?」

 

「いや用事ないなら明後日私と出掛けない?と思って」

 俺と鈴を交互に見て言う葵。いや別に構わないけど、どうして俺と鈴だけなんだ?

 

「何故一夏と鈴だけ誘う葵?」

 誘われなかったのが気に入らないのか、不満げな顔をして言う箒。そして名前を呼ばれなかったセシリア達も箒同様面白くないって顔をしている。

 

「ごめん。中学の時の友達に会いに行こうと思ってるから」

 中学の時の友達?ああ、もしかして

 

「葵、もしかして弾に会いに行こうってわけか?」

 

「当たり。あいつにはまだ私がどうなったかとか説明してないし。話しておこうと思って。…一応聞くけど、一夏も鈴も弾にもう私の事メールや電話で話したりした?」

 

「いんや。やっぱこういうのは直接本人から話すべきと思ったからな」

 

「あたしも。というか私そういや日本に来てから弾に会いに行ってないわね。ちょうどいい機会かも」

 その言葉に俺も葵も呆れた。いやお前、日本にいた時はあんだけ一緒に遊んだだろうが。顔ぐらい見せに行けよ。まあ俺も弾に会いに行く時誘わなかったのも悪いけどさ。

 

「…いや鈴。あんたそれはちょっと薄情じゃないの?まあいいや。久しぶりに四人揃って遊びに行きますか」

 

「そうだな。しかし今の葵見たら弾吃驚するだろうな」

 

「最悪信じないかもしれないわね」

 

「…だから二人も一緒に来てほしいのよ。まあ顔はそこまで変わって無いとは思うけどやっぱり体つきは激変してるしね」

 …確かにな。二年前よりも少し身長が伸び髪も伸び、体つきも完全に女になってるしな。

 その後行く事が決定した俺達は昔話に花を咲かせた。そんな俺達を箒達は羨ましそうに眺めていた。

 

 

 それから二日後、俺達は弾に会いに五反田家に向かっている。一応弾に行く事は伝えてるため、家で待っているだろう。ちなみに弾には俺と鈴が行く事しか伝えていない。葵から黙っているよう頼まれたからだ。理由は、

 

「いや吃驚させようと思って」

 …らしい。まあいいけどさ。

 

「ところで葵、あんた何でIS学園の制服着てるの?」

 鈴が葵の服装を見て呆れている。俺も鈴も私服姿だが、葵だけ何故かIS学園の制服を着ている。

 

「いや女の子らしい服がこれしかないから。この格好の方が現状を説明するのに向いてるかなと思って」

 

「制服が一番女らしい格好って…。まあ確かに女子を象徴する服装だけど、葵、あんたも女として生きてくって決めてるんでしょ。ならそれらしい私服もちゃんと用意しなさいよ。なんならあたしが選んであげるわよ?」

 

「まあ確かにそう決めたのは私だしね。じゃあ今度お願いしようかな」

 

「まかせなさい。似合うの選んであげる」

 葵と鈴が楽しそうに会話してるのを見ながら、なんか不思議な感じがする。最近じゃ千冬姉に矯正されてか、部屋で俺と二人の時位しか昔の口調で話さないもんなあ。いや鈴達も千冬姉に賛同し、葵が昔の口調で喋ったら注意するようにしてるせいもあるけど。にしてもこの二人、二年前よりも仲が良くなってるな。やはり同性になったからか?

 そんなやり取りをしながら、俺達はその後五反田家に到着した。

 

 

 

 

 店に入ると中には厳さんと弾と蘭とお客さんが数人いた。厳さんは中華鍋を振るい何か作っている。蘭は客に料理を運んでおり、弾は厨房で皿洗いしている。俺の姿を見た蘭は眼を見開き、

 

「い、一夏さん!え、ど、どうしたんですか急に!」

 と酷く驚きながら俺に話しかけてきた。…いやその前に料理を客に運んだほうがいいぞ。

 

「おお一夏、早かったな。そして鈴!久しぶり!相変わらず元気そうだな。で、ところで…お前達と一緒にいる」

 厨房から弾が出て来た。そして俺と鈴の後ろにいる葵が誰か聞こうとする前に、

 

「会いたかったわ! 弾!」

 と葵がいきなり弾に抱きついた。は?

 

「え、い、いや…ええ!」

 急に葵に抱きつかれ、顔を真っ赤にしてうろたえる弾。…まあ弾からすればいきなり見知らぬ美少女から抱きつかれてるからな。

 

「え、え~と、誰、君?」

 顔を真っ赤にしながら葵に尋ねる弾。その瞬間葵は泣きそうな顔をしながら、弾から一歩離れた。

 

「そ、そんな酷い! 昔あんなに一緒だったのに!私の事忘れたの!?」

 と言って両手で顔を覆い泣く真似をする葵。多分顔をよく見られたら気付かれるかもと思って隠してるんだろなあきっと。

 

「え、昔一緒だった? え~っと」

 

「一緒にお風呂にも入った仲なのに忘れるなんて…」

 その台詞を言った瞬間、空気が確かに軋んだ。…まあ確かに一緒に銭湯に行ったから嘘は言ってないが。

 

「え、えええ!風呂!? 一緒に!?」

 さらにうろたえる弾。葵はさらに何か言おうとしたが、

 

「この糞ガキがー!お前、一体この子に何をしたー!」

 

「グハアッ!」

 厳さんに思いっきり弾は殴られた。蘭も追い打ちで「この女の敵!」と叫びながら弾を蹴っている。

 

「…いや葵、さすがにもうバラしなさいよ」

 鈴が葵に呆れた声で言っている。さすがに弾が不憫に思えて来たんだろう。

 

「そうね。さすがにやりすぎちゃったかな。あのーすみません!実は私は…」

 

 

 

 

 

 

 その後葵は弾達に正体をバラした。弾は葵の名前を聞き、事情があって女になったと話したら「ハア!?」と叫んだが、葵の顔をよく見て「…マジか?」と俺達に訊いてきた。俺と鈴が頷くと「嘘だろ…」と茫然となったが、葵が中学ん時の、しかも俺と弾しか知らない事を幾つか話したら、

 

「…なんてこった。こいつ本当に葵だ」

 とようやく信じた。ちなみに厳さんと蘭はなかなか信じなかった。だが俺と鈴、そして納得した弾が保障することでようやく信じて貰えた。厳さんは、

 

「長生きしてみるもんだな…」

 と呟き、蘭は、

 

「…狡い」

 と葵の胸を凝視しながら呟いた。ちなみに鈴もうんうんと頷いていた。

 その後俺達は積もる話もあるので、弾の部屋に移動することにした。

 

 

 

 

「しっかし二年前急に消えたと思ったら、女になって現れるとはなあ。さすがに予想外すぎる。そしてさっきはよくも俺を騙しやがったな」

 ジト目をして葵を睨む弾。まあそのせいで厳さんに殴られるし蘭に蹴られるはされたもんな。

 

「わりーわりー。いやあお前の反応は面白かった」

 と笑う葵。真っ赤になってうろたえてたもんな弾。

 

「うっせー! つーか二年前はよくも黙ってどっか行きやがったな。マジで心配したんだぞ俺は」

 

「…ああ、それについては本当にごめん。謝るよ」

 弾の非難の言葉を聞き、申し訳ない顔をしながら謝る葵。弾は葵の表情を見たら頭をかきながら顔をそむけ、

 

「いや別にもういいよ。お前が元気だったってことはわかったから」

 と、そっけなく返した。

 

「すまん」

 さすがにしおらしくなる葵。そんな葵を弾はしばし見て唸った。

 

「…お前見た目本当に女の子になったな。しかも極上の。いや中学いた時から、女が男の制服着てると勘違いしてた奴が多かったが、それでも男と認識されていたが」

 と言って葵の胸を凝視する弾。恥ずかしくなったのか葵は腕で胸を隠した。

 

「スケベ。厳さんにセクハラされたと言うぞ」

 

「いやそれは勘弁してくれ!…ていうか葵、余計なお世話かもしれんが話し方変えた方がいいぞ。今の姿で昔みたいな口調したら違和感ありすぎる」

 

「あ、弾もやっぱそう思う?あたしもそう思うのよね。いやさっきまでは弾に信じて貰うため昔の振る舞いさせてたけど、もうそれもいいわよね。葵、昔の口調はもう禁止!わかった!?」

 いいわねと葵に念を押す鈴。それを聞いてえ~って顔をする葵だが、鈴に睨まれ渋々納得する。

 

「はいはいわかったわよ。鈴は厳しいわね」

 

「これもあんたのためでしょ」

 やいやい言う二人を眺める俺と弾。なんか鈴が葵の姉さんみたいに見えるな。

 

「なあ一夏、なんか鈴と葵、気のせいか昔よりも仲が良くなってる気がするな。いや前から良かったけどさらにな」

 

「やっぱお前もそう思うか。やっぱ同性になったのが大きいんだろな」

 

「じゃあお前とは疎遠になったのか?」

 

「いやそれはないと俺は思うぞ。昔同様お互い馬鹿やったりするし。同室だけど気まずく感じる事は無いしな」

 

「はあ!お前葵と一緒の部屋なのか?」

 かなり吃驚した顔で俺を凝視する弾。

 

「ああそうだが、何を驚いてるんだお前は?」

 

「いやだって、今は葵は女だろ!なのに同室って。ってそういやその前に一夏の言う女のファースト幼馴染とも一カ月位一緒に生活してたとか言ってたな。…何考えてるんだIS学園は?」

 実は箒の後にまた別の女の子と同室になったんだが、ややこしくなるだけだから言うのは止めておこう。

 

「ま、葵が女になったからといって、お前がそれを理由で疎遠になるわけないか。中学の時初めてお前たち二人に会ったが、一目見て『ああ、この二人仲が良いな』と思ったしな。

それだけに葵が急にいなくなった時のお前の反応は…正直痛々しかった。だからまたお前ら二人が出会えて良かったと俺は心底思うぜ」

 

「ああ、俺もだ」

 …あの時は本当に絶望した。あの頃は千冬姉も家にいなかったから余計寂しかった。一週間は飯もろくに喉を通さない日々が続いた。鈴と弾が俺を励ましてくれなかったら俺は本当に潰れてたかもしれない。

 

「鈴も帰ってきてよかったよ。お前結構強がってたけど、鈴が中国に帰った後しばらくは俺の家に入り浸りだったもんな。鈴はきちんと別れを告げたからそこまで大きなダメージ無かったようだが、それでもかなり堪えてたなお前」

 

「…そりゃな。箒を始めこうも親しくなった奴が俺の前から消えていったら落ち込まない方が変だろ。まあ鈴はまだ箒や葵と違い、別れをきちんと言えたのはせめてもの救いだったぜ」

 いや一時期は本気で俺と仲良くなる奴は俺の前から消えるんだと思い詰めたりしたな。…家族の千冬姉だってあんまり家に顔出さないせいで。しかし、

 

「弾、さっきから俺が寂しい寂しい言ってたがお前だってそうだったじゃねーか。葵ん時も顔真っ赤にして怒ってたし鈴がいなくなった後は妙に中華料理食べるの多くなってただろ」

 ニヤニヤしながら俺が言うと、

 

「いやそれはそうだがお前よりはマシ」

 しれっと言いやがった。…うん否定できないかなこりゃ。葵と鈴、二人の付き合いの長さ的に考えて。

 と、俺と弾が話をしていたら

 

「へ~そんなに寂しかったんだ。…ごめんね一夏、悲しい思いさせて」

 

「あたしの存在の重さがよくわかったようね。これからは大事にしなさい」

 いつの間にか俺達の会話を聞いていた葵と鈴が、俺の頭に手を置いて「よしよ~し」と言いながら撫でまわしてきた。ってやめろこら。ガキか俺は!

 

「バカやってないでそろそろ始めようぜ」

 と言って弾は俺達にそう言った後押入れを開け何かを探し始めた。

 

「ん、まさか弾」

 葵が言い終わる前に弾は押入れから物を取り出し、俺達の前にそれをどんと置いた。

 

「このメンツが揃ってるんだ。ならやる事は一つだろ」

 と言って俺達の前に置いた麻雀卓を見て笑った。

 

 

 

 

 

 

「ふ~ん、IS戦じゃお前らの中じゃ一番葵が強いのか」

 

「今はね。あたしがそのうち一番強くなるわよ」

 

「ふ~ん、まあ頑張れよ。……っと、取りあえずピンフ親だから千五百点」

 

   タン タン

 

「って一夏に鈴。さっきから話聞いてれば葵って専用機持ってないんだろ。なのに負けるって…」

 

「うっさいわね!でも一夏は全敗だけど、あたしは葵に勝ったことはあるわよ!」

 

「いや鈴、それは打鉄の整備が甘かったのか私が酷使しすぎたせいなのかはわからないけど、鈴を殴りとばしたら殴った右手が砕けたせいでしょ。そのせいでシールドエネルギーは減るし片手だけになったから最終的に鈴にやられたけど、結構僅差まで追いつめたわよ」

 

「うっさいわね!勝ちは勝ちよ!」

 

「…まあお前がそう思うんならそれでいいけどな」

 

「全敗のお前もそういう要因がなければ勝てないだろーがな。……っと、リーチな」

 

「ま、私もラウラには勝ってないんだけどね」

 

「へ~お前にも勝てない奴がいるんだな。ロン。メンタンピン一発三色イーペーコードライチ!二万四千点な」

 

    タン  タン

 

「そういやお前らはIS学園では麻雀やんねえの?」

 

「IS学園じゃやらないわね。他に出来る子知らないし三人打ちじゃつまらないし」

 

「麻雀やる暇があればISの訓練やれと千冬さんに言われそうだし」

 

「てーか俺達だけで遊んでたら箒達が不機嫌になりそうだしなあ」

 

「ふーん、色々事情あるんだな。ま、だから弱くなってるのか。チートイドラドラ六千四百点」

 

「ってまたお前かよ!」

 

    タン  タン

 

「ま、俺は爺さん達とたまに打ったりしてるからなあ。お前達に勝っても不思議じゃねーよ」

 

「うっせー!今に見てろよ」

 

「ま、あたしもようやく勘が取り戻してきたからね。そろそろ反撃しようかなあ」

 

「しかしこうやって四人で卓を囲んでると懐かしいわね」

 

「…そうだな。中一の頃こうやって一夏の家で夢中になって遊んでたら気が付いたら朝だったってことがあったよな」

 

「…あの時は大変だったわ。連絡もせず朝帰りしたからあたしの両親が相当心配してたわね。しばらくは夕方五時になったら帰りなさいと言われたし」

 

「俺の家の電話がちょうどその時壊れてたからな。当時皆携帯持ってなかったし鈴と弾と葵の親達マジで心配してたな」

 

「私も心配した父さんから思いっきり殴られたっけ。あれは痛かったなあ。でもあれがきっかけで全員携帯を親からもたされるようになったのよね」

 

「俺も爺さんから殴られるししばらく店の手伝いを強制されたな。ったく一夏め!自分の家だからおとがめなしとかずるいよなあ」

 

「全くそうよね~。ってところでツモ!メンチンタンインリャンペーコー。三倍満二万四千」

 

「げえ何時の間に!葵このやろう…」

 

     タン  タン

 

「そういえば何で葵だけ専用機ないんだ?」

 

「話はあったけどコアの数の都合と、一夏の方が優先されたりしたからねえ」

 

「だから葵、それで俺を責めるなよ…って来た!リー即ツモオモテ3ウラ3オヤバイ!おら二万四千よこせ」

 

「ちっ、一夏も調子づいてきたか」

 

 

  タン  タン

 

「でもさあ、前葵の話聞いてたらあんたが訓練してた所に日本の代表候補生いたのよね。あんたそいつより強かったらしいじゃん。その子の専用機取り上げてあんたにあげればいいのに」

 

「そう簡単な話じゃないでしょ。専用機ってワンオフアビリティ開発の意味も強いし。…色々と複雑な理由あるのよ、ってリーチ」

 

「なんか聞く限りその専用機持ってる代表候補生ってIS学園にいないようだな。どこにいるんだ?とリーチな」

 

「う、葵も弾もリーチとはね…。でもそういやそうね。確か4組にいる子が日本の代表候補生とか言ってたけど、その子の機体は完成してないとかいってたっけ」

 

「あ、鈴。更識さんは違うから。更識さんは別の施設で訓練してたから私も面識無いわね」

 

「じゃあどこ行ったんだそいつ?あ、リーチ」

 

「……さあ。私も知らないかな。鈴!さあトリプルリーチになったけどどうする?」

 

「…なんか話逸らさせたいみたいね。まあ深くは追求しないであげるわ。ふっふっふ。あんた達みんな甘いのよ!これでもくらいなさい!」

  

       タン

 

「「「こ、国士無双!!!!」」」

 

 

 

 

 

 その後麻雀をやり続けていたら日もかなり暮れ、「いつまでやってやがるガキども!」という厳さんの一喝の下お開きとなった。ちなみに最終的に鈴がトップで次に弾、三位が俺でドベは葵。まあ元々麻雀の強さは昔から鈴が一番強く、俺と弾と葵はほぼ同じ位だったから妥当な順番だろう。これがTVゲームだと俺と弾がツートップで、次に葵、鈴は万年最下位となる。…だからあんまりTVゲームはしないようにしている。負け続けると鈴が暴れるからなあ…。

 一階に降りたら厳さんが俺達の夕食を作ってくれていた。トンカツコロッケ野菜炒め肉じゃがハンバーグ唐揚げとかなりの豪勢な夕食がそこにあった。

 

「ま、お前達の再会記念だ。たらふく食え。うちの孫もお前達とまた会えて喜んでるからな」

 

「「「ありがとうございます!」」」

 

「あ、金はもらうからな」

 

「「「え?」」」

 

「嘘だ。ま、しっかり食え」

 夕食は蘭も一緒になってたらふく頂いた。このときばかりは厳さんも食事中の会話は見逃してくれたので、和気あいあいと皆で夕食を楽しんだ。ちなみにテーブルに座る時、俺の隣をじーっと鈴と蘭が睨んでたが溜息ついた葵がさっさと俺の横に座ったら二人とも何故か葵を睨んでたな。なんでだろうか?弾はそんな二人を見て笑い二人から殴られたりした。

 

 夕食を食べ終えたらもう外は暗く、IS学園に戻る時間となった。

 

「さてと、俺達ももう帰るか。これ以上は千冬姉に怒られる」

 

「そうね、名残惜しいけど」

 

「あ、ちょっと待って!」

 俺と鈴が帰る準備をし始めたら、葵はポケットからデジカメを取りだした。

 

「帰る前に、皆で写真撮らない?この四人で撮った写真ってもう二年前の春のやつしかないし」

 と言ってにっと笑う葵。

 

「へ~いいな。そういや葵がいなくなってからそんなに写真撮ってないよな俺等。鈴もいなくなってからは一枚も無い。ま、一夏と男二人でツーショットなんてキモいだけだしな」

 

「そりゃお互い様だろうが」

 

「いいわね。葵、あたしにも写真頂戴ね」

 

「もちろん、全員あげるに決まってるじゃん!」

 

「あ、それなら私が撮ってあげますよ」

 

「ありがとう。じゃあお願いね蘭」

 蘭にカメラを渡し、横に並ぶ俺達。右から鈴、俺、葵、弾の順番で並んでいる。鈴は俺の左手に腕を絡め、俺と弾と葵は互いに肩を組む構図にしている。

 

「じゃあ撮りますよ!はいチーズ!」

 カシャっという音がして無事撮影終了。撮り終わっても俺に腕を組んでいる鈴に蘭が睨んでいる。

 

「じゃあ次はわしが撮ってやるから蘭、お前も入れ」

 蘭を交えもう一枚撮る事にした。並びは俺の両隣りに蘭と鈴。二人とも俺の腕を組んでいる。それを見て葵は弾の右手を左手で絡めている。「お、おい葵。胸当たってる!」「当ててるのよ」と言いながら顔を赤くしてる弾と笑ってる葵。ああ、完全に遊ばれてるな。

 

「…なんか色々思う所がある光景になっとるな。まあいい。一夏!弾達見てないで前向け!」

 厳さんに一喝され前を向いた瞬間、カシャと写真が撮られた。

 二枚の写真の画像を眺めながら、

 

「なんかこれ二枚目だけ見たら私と弾が付き合ってるみたいに見えるわね」

 

「ん?なんだ、じゃあ俺と付き合うか?二年前ならともかく、今のお前なら大歓迎だぜ」

 

「いや~、私は戦って自分より弱い男は嫌かなあ。というより、最低限私より強くないと、父さんが認めないでしょうし」

 

「そっか、なら残念」

 ちっとも残念そうに見えない顔で言う弾。まあ本気じゃないだろうしな。しかし…お前より強い男って条件厳しすぎだろ。中学一年の時、部活で100人組み手して全勝したお前に勝てる奴って…同年代じゃ物凄く限られるぞ。

 

「じゃあ弾、次来た時にこの写真持ってくるから」

 

「おお、楽しみにしてるぜ」

 

「あ、いやこれデジカメだからメールで送ればいいか。携帯にでも送っとくわね」

 

「いや、次来た時直接持ってきてくれ! …いや俺の家写真を加工する機械ないからさ。ちゃんとプリントアウトしてくれたら助かる!」

 妙に直接持ってきてくれとこだわる弾。別にお前機械音痴じゃないだろうに。そんな弾を見ていた鈴が微笑し、

 

「大丈夫よ。またあたし達はあんたと遊びに来るわよ」

 と妙に優しい声で言った。その言葉を聞いて赤くなる弾。…ああ、なるほどな。葵を見たら葵も納得したようで、

 

「大丈夫よ。また私も弾の家に遊びに来るから。そんな小さいまた来る理由を作らなくともね」

 葵の言葉にさらに赤くする弾。……そっか。俺達は今はIS学園で三人一緒に過ごしてるけど、弾は違うもんなあ。…こいつが一番別れが寂しいんだろなあ…。

 

「ま、じゃあこの写真は私が弾の言う通りにするとしますか。弾、今日は麻雀しかしなかったけど今度は外に遊びに行きたいわね」

 

「あたしはカラオケ行きたい!」

 

「お前マイク独占するからなあ…」

 

「下手糞な一夏が歌うよりかはマシでしょ!」

 と、俺達はまた集まる時は何しようかと一通り話した後、五反田家を後にした。

 

 

 

 その後、俺の家の机に飾っている写真立てが一つ増えた。それらの写真は、共通して四人とも最高の笑顔をして写っている。



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買い物狂想曲

「なあ葵、次の休みの日に買い物に出かけようぜ」

 俺はベットの上で横になりながらジャンプを読んでいる葵に尋ねてみた。目を悪くするから止めとけ。

 

「買い物?何を買いにいくんだよ?」

 

「来週は臨海学校があるだろ。お前どうせ学校の水着しか持ってないだろ。俺もそうだから一緒に買いに行こうぜ」

 俺の言葉に葵はふむ、と頷いた。

 

「ん?二人で出掛けるのか?他は誘わないのか?」

 

「ああシャルルも誘っていこうと思う。あいつも確か前水着持ってないって言ってたからな」

 

「シャルルね……、いや一夏、誘ってくれて悪いが俺は次の休みは用事がある。だから≪シャルロット≫と一緒に買いに行って来てくれ」

 葵は妙にシャルロットの名前を強調して言った。

 

「用事?早く終わるんなら待つぞ」

 

「いやいつ終わるかは俺にもわからないから俺に構わず≪シャルロット≫と行って来い。ああ、そうそう≪シャルロット≫はこの辺の地理とか知らないし、女の子なんだからちゃんとお前がリードしてやれよ」

 また≪シャルロット≫と強調して言っていく葵。なんでだ?

 

「ああ、言われなくてもわかってるよ」

 

「おう、デート楽しんでこい」

 

「デ、デート!?」

 顔が赤くなる俺をニヤニヤしながら見る葵。くそ、変な事言うからただ一緒に買い物誘うだけなのに、妙に緊張してしまうじゃねーか。

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 週末の日曜日、天気は快晴。お出かけには絶好の日に、今僕は一夏と一緒に電車に乗っている。昨日いきなり一夏からメールが来て、『二人で水着買いに行こうぜ』と誘われたから。確かに僕は水着をまだ買ってないから、今日でも買いに行こうかなとは思ってたけど、まさか一夏から誘ってくれるなんて!しかも二人っきりで! 僕が学園に女の子だとカミングアウトしてからは初めての二人っきりだよ!ここ最近一夏葵とべったりだったから余計に嬉しいよ!

 

「ああ、良い天気だなぁ」

 電車に揺られながら風景を眺めてる一夏に、僕は聞いてみる事にした。

 

「あのね、一夏。ちょっと聞いていいかな?」

 

「何をだ?」

 

「えっとさ、どうして僕だけ誘ってくれたのかな?てっきりこういうのは葵も誘うとばかり思ってたから」

 

 勇気を振り絞って聞いてみた。ま、まさか僕の事が好きだから!そして二人っきりになりたかったからとかかな!

 

「葵も誘ったが用事があって来られないんだと。誘った理由だけどもうすぐ臨海学校あるだろ。確か男として入学したから女物の水着は買えなかったって言ってたよな。俺も用意してなかったから、丁度いいかと思って誘ったんだよ」

 

「…そ、そうなんだ。気遣いありがとう一夏」

 さっきまでエベレストまで届きそうな舞い上がってた気持ちが一気にマリアナ海溝まで下がっていったよ…。だって…これって一夏が水着持っていたら買う必要無いから、今日の二人きりの買い物は無かったってことだし。

 うん、一夏にその辺を期待した僕がバカだったんだよね……、それにこの二人っきりも葵が用事があっただけなんだ。

 

「まあ! どうせそんなことだろうと思ってたけどね!」

 落胆を誤魔化すためちょっと語気を荒くした。八つ当たりだけど、一夏が僕だけの為に誘ったわけじゃないとわかると…。

 

「何怒ってるんだシャルル?」

 シャルル。その言葉を聞いた瞬間僕の怒りは再度噴出した。

 

「シャルロット!二人きりの時はそう呼んでっていったじゃない!」

 

「わ、悪いシャルロット!ん、そういえば二人きりで思い出したけど、葵が来てからシャルロットと二人きりになったのって今日が初めてだな」

 

「そうだよ、だから色々期待したのに…」

 いくら久しぶりに親友と再会したからって、一夏ってば毎日毎日葵と一緒にいるし! まあ昔から仲が良かったのは箒や鈴から聞いてたけどさ。その葵もいなくて今日一夏から誘ってくれたのに!

 

「乙女心を踏みにじる男は最低だよ!」

 

「何だいきなり?でも確かにそんな男は最低だな」

 ……鏡見なよ一夏。最低な男の顔が見れるよ。僕はは~、と大きな溜息をついた。

 

 

 

 

 駅について電車から降りても不機嫌な僕に、一夏が僕の機嫌を取ろうとしてきた。

 

「あ、あの~シャルロット。理由はわからないけど、お前を傷つけたんなら謝る。ごめん!だから機嫌直してくれ」

 そういって何度も頭を下げて謝る一夏。うん、もう許してあげよっかな。

 

「もういいよ。一夏が悪いとわかったんなら」

 

「そ、そうか。 じゃあ買い物にいこうとするか! ここは俺が昔からよく来てるから案内するぜ。あ」

 そう言って一夏は僕の前に右手を出した。え、これってまさか!

 

「はぐれたら大変だもんな。手を繋いでいこうぜ」

 ま、まさか一夏からこんな提案するなんて。ゆ、夢じゃないよね!

 

「う、うん!」

 僕は慈しむように一夏の右手を左手で握った。

 

 

    

 

 

 

 

「……ねえセシリア。あれって手を繋いでない?」

 

「……ええ、繋いでますわね。しかも見てた所一夏さんから手を出してましたわ」

 

「そっか、見間違いでも白昼夢でもないんだ。よし、殺そう!!」

  セシリアと一アリーナで訓練しようと歩いてたら、偶然一夏とシャルロットが歩いているのが見えて気になって二人でついて来たけど、、まさかこんな事態になるなんて!

 一夏~~~!あたし以外の女と二人っきりで出掛けるだけで無く手も繋ぐなんて!殺す!IS部分展開!衝撃砲用意!発

 

「やめなさいっての馬鹿」

 

「グエッ!」

 いきなりあたしは襟首を後ろから強く引っ張られ、服に首が圧迫された。誰よ! 邪魔するのは! って、

 

「葵!」

 

「はあ~い」

 葵はあたしの襟首を掴んでいた。下手人はあんたかい! さらに葵の後ろにはラウラもいた。

 

「葵さん、ラウラさんも! どうしてここに?」

 

「いや昨日からシャルロットが浮かれてたのが気になってたのでな。今日の朝、えらく身だしなみを気にして出掛けたシャルロットを見て、もしやと思ったら案の定一夏と一緒になった。そして私も二人に交ざろうとしたら」

 

「私が止めたって訳。ま、ここは二人の様子を見るだけで我慢してくれない?」

 そうあたしとセシリアに言って歩き出す葵。その後をついていくラウラ。ってちょっとまって。

 

「ねえ葵。もしかして今日二人が出掛けるの知ってた?」

 

「知ってたわよ。だって元々一夏から誘われてたから。でも断ってシャルロットと二人で行くように仕向けたけど」

 

「はあ! それどういういことよ!」

 なんであんたシャルロットの味方してんのよ! どうせならあたしの味方しなさいよ!

 

「まあまあ落ち着きなさいって鈴。大声出すと二人に気付かれるわよ」

 

「そうですわよ鈴さん、少し落ち着いてください」

 あたしを宥める二人。葵はともかく、セシリアあんたは何で落ち着いてるのよ!

 まああたし達がこうしてるうちにも一夏達は移動し続けてるため、取りあえず皆で尾行を再開することにした。う~、まだ手を握ってるし。

 

「ところで葵さん、一つ聞いてもよろしいですか?」

 

「何セシリア?」

 

「先ほどの台詞から考えますと、葵さんは一夏さんとシャルロットさんを二人っきりの状況を意図的に誘導したように思えますけど?」

 

「さすがセシリア!鋭い!でも意図的っていうよりこれは偶然かな。一夏が買い物行こうと誘って、そのメンバーが私とシャルロットの二人だけだったから出来た事だし」

 

「葵、あんた何であの二人を二人っきりにしたかったのよ。まああんたのことだからただ面白そうだからって訳じゃないんでしょ」

 あたしの言葉を聞いて少し驚いた顔をする葵。だてにあんたと幼馴染してるわけじゃないのよ。ほら、早く言いなさいよ、あたしの言葉を聞いてセシリアもラウラも葵に教えて欲しそうに見てるわよ。

 

「う~ん、簡単に言えば一夏とシャルロットの関係をリセットさせたいから」

 そういって何故か葵は申し訳ないって顔をしてシャルロットの方を向いた。

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 休日でごった返しているショッピングモール『レゾナンス』を、俺はシャルロットと一緒に手を繋いで歩いている。全く凄い人ごみだ、出発前に葵が言っていた「あそこはぐれたら面倒だからシャルロットと手を繋いでいた方がいいぞ」は本当だな。あいつの忠告に感謝しないとな。しかしさっきまでかなり不機嫌だったのに、今のシャルロットはかなり機嫌が良いな。鼻歌まで歌ってるし。

 人の流れも落ち着いた噴水がある広場まで歩いてきて、俺はなんとなく上機嫌の理由を聞いてみた。

 

「なあシャルロット、どうしてそんなに機嫌が良いんだ?」

 俺の質問にシャルロットは、

 

「え、だってこうして一夏と手を繋いで買い物に来てるんだよ!嬉しくない方がおかしいよ!」

 と、満面の笑顔で返した。いやそう臆面も無く言われると少し照れるな。

 

「そうだシャルロット、さっき思ったんだが皆もうお前が女の子だって知ってるんだから別に二人っきりの時にシャルロットて呼ぶのも普通だよな。だったらどうせだし別の呼び名考えようか、俺とシャルロットだけの呼び名」

 俺の言葉に吃驚した顔をするシャルロット。え、そんなに可笑しなこといったか?

 

「え、いいの!?」

 

「おう、そうだシャルロットだからシャルなんてどうだ。呼びやすいし」

 

「うん、いいよ凄く良いよ!」

 

「そ、そうかそんなに気に入ったならなによりだ」

 俺は笑顔で「シャル、シャルか~」と喜んでいるシャルを見る。いつものIS学園の制服で無く、私服姿なんだが、シャルってミニスカート履くんだな。そこから見える脚線美がって何見てるんだ俺!

 しかしこうして見るとシャルって本当に女の子だな。男として入学してきたのが嘘のようだ。ん、男、シャルル…

 

「なあシャル、一つ聞いていいか?」

 

「なあに一夏」

 

「もしかしてだが、シャルが学園側に女だって公表した後も俺はずっとシャルルって呼んでたけど、…実は嫌だったか?」

 俺の言葉にシャルは複雑な顔をした。

 

「う~ん、どうだろ。最初にシャルルって紹介しちゃったから一夏の中でそれが定着してしまったんだなあと思ってたけど、……本心じゃシャルロットって本名で呼んでほしかったかな」

 シャルの苦笑いを見て……俺でもシャルがそう言われるのは嫌だったのを理解した。

 

「そっか、すまんシャル! 俺……無神経にお前の事傷つけてた」

 

「良いよ別にそんなの。だって今じゃ一夏から素敵な愛称もらっちゃったし。それになんとなくだけど理由もわかるし」

 

「理由?」 

 何だ?シャルは何を知ってるってんだ?

 

「タイミングが悪かったんだよねえ。僕が学園に女の子だって公表した日は一夏、皆から一日中追いかけられてたし。そして翌日は休日。さらにその翌日は葵の初登校で衝撃的な告白。でね、一夏は葵が女の子になっても変わらないって思ってるでしょ。多分だけどその意識を僕にも向けてたんだよ。正式にシャルロットに戻ったけど、一夏の中じゃ僕は変わらずルームメイトのシャルルのままって」

 シャルの言葉に俺は衝撃が走った。ああ、そうか俺シャルが堂々と女の子に戻ったってのに心の奥底では、男の、部屋が一緒の頃のシャルルの方を意識し続けて……。なるほど、それで葵は昨日…。

 

「ごめんなシャル、確かにその通りだったよ。お前が勇気振り絞って女に戻ったってのに俺は…」

 

「だからいいよもうそれは。一夏も今謝ってるし、それに」

 そういってシャルは右手を胸に当て、

 

「今の僕はどう見える一夏。男の子?女の子?」

 と笑顔で聞いてきた。んなもん決まってる!

 

「ああ、可愛い女の子に見えるぜ」

 俺の台詞を聞いて、シャルは耳まで真っ赤になった。なんだ? 風邪でもひいたのか?

 

 

 

  

 

 

 

 

 

「うんうん、作戦は大成功!これでシャルロットも報われるってものよね」

 

「いやあんたが一夏とシャルロットを二人きりにしたかったのはわかったけど……あんた何時の間に一夏に盗聴器つけたわけ?」

 先ほどまでの会話は、葵が一夏に取り付けていた盗聴器で全員聞いていた。葵が一夏をシャルロットと二人きりにさせた理由がわかり、セシリアもラウラも二人の会話を聞いて複雑な顔をしている。…あたしもね。二人にそういうのがあったなんて、全くわからなかった。

 

「そんなの同室で生活してるんだからいくらでもあるわよ。でもこの問題に一夏が気付くかは賭けだったけどね」

 

「まさに穴だらけの作戦だな。一夏の鈍感さを考えたら、普通に何も無く終わる可能性の方が高かっただろうに」

 ラウラの言葉にはあたしも同感。あの一夏が今回ここまで頭が回ったのは奇跡としか思えない。

 

「まあ多少の仕込みはしたわよ。でも私は一夏はちゃんと気付くと思ってたけどね。まあ愛称までは予想外だったけど」

 

「どうして一夏さんが気付くと?」

 セシリアの疑問に葵は笑顔で言った。

 

 

 

 

 

「ん?敷いて言えば親友としての勘」

 

 

 

 

 …その言葉にあたしは少し悔しくなる。なんだかんだでやっぱ葵、一番一夏の事見てるし、……一夏を信頼してるんだってわかったから。

 

「いやあこれでようやく肩の荷が下りたわ。ところで」

 そういって、あたしとセシリアとラウラを見ていく葵。何よ一体。

 

「これで一夏も本当の意味でシャルロットを女の子として認識したわよ。そして前は一ヶ月間寝食を共にした相手。はっきりいって強敵ね」

 あ~~~~そうだった! え、これってちょっと不味いわよ!

 

「いや~~これから楽しくなりそう」

 葵は他人事のように言って、苦悩するあたし達を眺めていった。そしてまた一夏とシャルロットが二人で移動するのを見ると、

 

「さてと、予想よりも早く懸案事項は解消されたからもう私は自分の買い物に行くけど、皆どうする?」

 そういってこの場から離れようとする葵。ってちょっと待ちなさい。

 

「なによ葵、あんたさっきあんな事言っておいて続き見ない訳?あの二人の事気になんないの?」

 

「あんまり。だってあの一夏だし。今日はシャルロットを本当の意味で女の子だと自覚したようだけど、それだけで一気に関係が進むようなら中学の時に鈴、あんたととっくに結ばれてるわよ」

 

「……悲しいけど確かにそうね」

 あのキングオブ鈍感の一夏の事だし。凄い説得力あるわね。

 

「それにしても」

 そういって一夏とシャルロットの二人を交互に見る葵。そして一夏を見て、

 

「シャルロットとデートしてこいと煽ったのに、一夏の奴黒のジーパンに柄物Tシャツ一枚とは……。シャルロットが気合入ってる分余計に浮いてる…」

 一夏の服装に呆れてる葵。うん、確かに一夏の服装はデートに行く服装とは思えないけどさ。葵、あんたには言われたくないと思うわよ。

 

「…いや葵さん、貴方もそれは女の子としてどうなんですか?」

 そういって若干呆れ顔をしながら指摘するセシリア。あたしも同感。だって葵、……上は無地の白Tシャツ、下は青い若干くたびれたジーパン。シンプルにも程があるわよあんた。

 

「そう? 変かな?夏らしく、そして私に似合う服装だと思うけど」

 …まあ似合ってるわよ。でもねえ。

 

「そんなことより、二人はもうかなり先に行ってしまっているぞ。葵、あの二人に交ざるのを邪魔して様子を見ようと言ったのはお前だろう。なら責任持って二人が水着を買うまでは付き合え」

 ラウラが一夏達を見ながら言ってくる。まあラウラの言い分も一理あるわね。ラウラの行動の邪魔をしたのは葵だし。

 

「あーもうわかったわよ。それまでは付き合うわよ。でもそれ以降は知らないからね。私も買い物したいし。でもさすがに目的は達成したから盗聴機能は止めるわよ。これ以上は無粋だし」

 渋々同行する葵。そしてまた、あたし達四人は一夏達の追跡を始めたのだった。

 

 

  

 

 

 

 

 

 どうしてこうなってるんだろう?

 俺は現在正座されている。隣にはシャル。俺と同様正座されている。そして俺達の眼前には、

 

「いいですか織斑君、シャルロットさん。二人の仲が良いのはいいことです! ですが男女が一緒になって更衣室に……」

 と、『私怒ってますよー』って顔をして俺達に説教してる山田先生。その隣に呆れた顔をした千冬姉が立っている。う~、どうしてこうなった?水着コーナーに来た俺達は別々で水着を買いに行って、俺の分は早く終わったからシャルを待っていたら急にシャルが来て俺の手を掴んで試着室に引きずりこんで……

 それから急にシャルが脱ぎだして、水着に着替えて俺に見せて、そして急にレースを開けて俺達を見て呆れてる千冬姉達がいて。

 

 …あ~カオスだ。なんなんだこの流れは。シャルが急に謎の行動をするし、何故か千冬姉に見つかって山田先生に説教されてるし。しかし…、あの時のシャルの生着替えは拷問物だったなあ。

 

「織斑君、なんで貴方は説教中なのに顔を赤くしてるんですか!」

 

「大方先ほどの試着室での事を思い出したんだろう。何をしてたかは知らんが」

 

「お、織斑くん~!」

 千冬姉の言葉を聞き、さらに激昂する山田先生に耳まで真っ赤になるシャル。千、千冬姉!何でわかるんだよ!

 

「それよりもいい加減出てきたらどうなんだおまえら」

 千冬姉はそう言って近くの柱に語りかける。すると、

 

「あ~、やっぱりばれてました?」

 と葵が出てきて、その後にセシリア、ラウラ、鈴が出て来た。

 

「おまえら結構前からこそこそ俺達の後ついてきてたのは知ってたが、何をやってるんだよ?それと葵、お前今日は用事があって来れないんじゃなかったのか?」

 

「用事が終わったからここに来たまでよ。文句ある?」

 俺が睨んでもしれっと答えやがった。この野郎。その後もあ~だこ~だ騒ぐ俺達を見て、

 

「あ、そういえば私も用事があるんです。学園関係の用事なんで、鳳さん、シャルロットさん、セシリアさん、ボーデヴィッヒさん、青崎さん、お手伝いお願いします! 織斑先生は別件お願いします!」

 と言って山田先生は葵達を強引に引きつれてどこかに行ってしまった。いいのか生徒を仕事につき合わせて?

 

「全く、山田先生も変な気をつかってくれる」

 呆れた顔をして、その後事態を把握してない俺に千冬姉は説明してくれた。なるほど姉弟水入らずね。千冬姉もこの場は千冬姉と呼んでいいと許可してくれたし、久々に千冬姉と本当の意味で二人きりになって俺もちょっと嬉しくなった。山田先生に感謝しないとな。

 

「そうだ一夏、どうせだから私の水着を選んでくれ」

 と言って俺に二つの水着を見せる千冬姉。黒と白のビキニか。千冬姉なら……黒だな。でもこの水着だとなあ。男が寄るか? なら白の方がいいかな。しかしこの白の水着……これは……

 

「どっちがいいと思った?」

 色々考えてたら千冬姉が俺に聞いてきた。うん、害虫防止のためにもここは白だな!

 

「白かな」

 

「嘘をつくな。お前は黒の水着を一番注視していた。お前は気に入った方をよく見るからすぐにわかる」

 と言って黒の水着を掲げる千冬姉。え、俺ってそんな癖があったのか?

 

「じゃあお前が気に入った方を買うとしよう。ところで一夏、さっき白の水着も急に見だしてたがどうしてだ?」

 少し笑いながら俺に聞いてくる千冬姉。何故に?

 

「いやその白い方は葵か、箒に似合いそうだなあと思ったんだよ。いやあの二人も千冬姉同様スタイルいいし」

 

「ほう」

 と言って何故か少し笑いながら俺を見る千冬姉。な、なんだよ。

 

「いや何、お前も少しは異性を意識しだしてきたなと思ってな。水着を見て似合う女の姿を連想するとはな。葵と箒もさぞ喜ぶだろうな」

 

「いや千冬姉、さっきも言ったけど体型似てるからつい想像しただけだって! それに葵は現在進行形で、箒も以前一ヶ月位同室だったんだからそりゃ意識するさ。…昔とはやっぱ違うんだから」

 

「それでも似合う水着を自然に連想するとはな。さっきはデュノアとデートしてたしな。これも同室相手か。…もしかしてお前は同室位せんと相手を意識しない朴念仁ではあるまいな?」

 

「ちげーよ! 何言ってるんだよ千冬姉! それにシャルとは買い物に来ただけだっての!」

 

「…憐れだな」

 と言ってはあ~、と溜息をつく千冬姉。何変な事言ったか俺?

 

「で、どうなんだお前は。人の水着を見て私の事を心配する余裕ないだろう。お前もいい年頃だからそういう相手でも見つけろ。周りには余るほどたくさん異性がいるだろうが」

 

「いやそんなこと言っても千冬姉。今はまだ俺そういうの考えられないよ。まだ友達と騒いで遊ぶ方が好きだな」

 

「友達…か。そういえば葵が登校し出してからお前以前よりも楽しそうに過ごしてるな。周りにいる連中は変わらないのに、葵が来ただけでお前の笑顔が増えている」

 

「まあね。やっぱ気の置けない友達が増えるのは嬉しいし楽しいぜ」

 

「…でも、お前も葵はもう異性として意識してるんだよな」

 

「それは…まあ多少は。さすがにもう男に思えないだろ。本人も女になったと公言してるんだし。でも、……やっぱり俺の中ではあいつは大切な幼馴染だ。それだけは変わらない」

 

「そうか…わかった。まあ今はお前は皆と馬鹿騒ぎでもして、良い思い出を作る方がいいのかもな」

 と言って、千冬姉は水着を持ってカウンターに向かうようなので、俺もまだ他に買う物があるから千冬姉に用件伝えて別れる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山田先生~、生徒五人も引き連れなければならない用事って何よ~?」

 鈴さんが不満顔で山田先生に質問しています。まあ大体山田先生がしたい事はわかりますけど。

 

「それはですね~ってボーデヴィッヒさんは何処へ?!まさか織斑先生の所に?!」

 

「ラウラでしたら水着コーナーに居ましたけど、急に真剣な顔して電話しに行きましたよ。先ほど用件を済ましたらこちらに来るとメールが来ましたから心配は無いと思います」

 

「そうでしたか、ふ~よかったです」

 と言って胸をなでおろす山田先生。やっぱり胸大きいですわね。

 

「ところで山田先生、久しぶりの姉弟水入らずをさせるのは良いですけど、その間どうします?お茶でもしますか?」

 

「あ、青崎さん!何で私の計画を?」

 

「いや僕もすぐわかりましたけど」

 

「一夏さんだけ連れないだけでバレバレですわよ」

 

「そ、そうよバレバレよ。すぐにわかったわよ!」

 ……鈴さん先ほどの発言は?それに目が泳ぎまくってますわよ。

 

「そ、そんな。そんなにバレバレだったなんて」

 

「まあそれは置いときまして。山田先生、何も無ければ私自分の買い物に行きたいんですけどいいですか?」

 

「買い物ですか。いいですよ。あ、どうせですから青崎さんの買い物に皆で付き合いましょうか。いいですか青崎さん?」

 

「構いませんよ。それに皆の意見も聞いた方が良い物買えそうですし」

 わたくし達の意見? 葵さんは何を買おうとしてるんでしょう?

 

「葵、何を買いに行くの?」

 

「ん、皆もう買ってるとは思うけど来週で7月7日、箒の誕生日じゃない。まだ私はプレゼント買ってないからここ」

 

「「「誕生日~~~~!」」」

 

 葵さんの言葉に、鈴さん、シャルロットさん、わたくしは絶叫しました。そんなの聞いてませんわ!

 

「嘘、みんな知らなかったの?」

 葵さんが吃驚してますが、それ以上にわたくし達が吃驚です!

 

「聞いてないわよそんなの!」

 

「…何でこういうの黙ってるかな~」

 

「危ない所でしたわ。危うく当日何もおめでとうの言葉も無いまま過ごすはめになりそうでしたわ!」

 そんなことがあって後で知ったりしましたら……気まず過ぎますわ!

 

「あら、皆とっくに知ってるとばかり。まあ確かに誕生日の話なんてしなかったけど」

 

「まあ確かにしてませんでしたけど…」

 

「葵も一応僕達に確認しておいてよ…」

 

「一夏もファースト幼馴染が聞いて呆れるわよ。誕生日なんて自分から言い出しにくいものなんだからあいつから私達に話しなさいよったく」

 まったくですわ。一夏さんはこういう配慮が欠けてますわ。葵さんもですけど。…葵さんは気配り出来る方と思ってましたのに…、やっぱり一夏さんの親友ですわね。

 

「待たせたな。どうした皆、さっきから騒いで」

 そうこうしてるうちにさっき何処かへ行かれてたラウラさんが戻ってきました。なにやら紙袋を持ってますが何を買ったのでしょうか?

 

「ちょうどラウラも来たし、皆で誕生日プレゼント買いにいこうか」

 

「誕生日?何の事だ?」

 

「後で説明してあげるわよ」

 こうして私達は箒さんの誕生日プレゼントを買いに行く事になりました。後ろから山田先生が「青春ですね~」と微笑んでます。…なんか恥ずかしいですわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬姉と再度合流し、まだ皆戻って来ないから近くのカフェで時間を潰す事にした。なんか本当に久しぶりに千冬姉と二人っきりで過ごしてるなあ。今は家族として話も出来るし、山田先生には本当に感謝しないとな。

 

「しかし休日に弟に水着を選んで貰い、カフェで一緒にコーヒーを飲むってのも……私も一夏に言える立場でも無いな」

 

「何で?家族なんだからおかしくないじゃないか?」

 

「それを平然と言える事に私はお前の教育を間違えたのかと思えてくるな」

 なにやら難しい顔をして溜息をつく千冬姉。俺変な事言ったか?とか考えてると

 

「織斑先生~!織斑君~!お待たせしました~!」

 と皆を引っ張って行った山田先生が戻ってきた。山田先生の後ろにはセシリア、シャル、鈴、そして…え!?

 

「…葵、ラウラ。その格好どうしたんだ?」

 

「あ、あまりじりじり見るな!」

 

「はあ、こういうのはあんまり好きじゃないのに…」

 顔を真っ赤にして恥ずかしがるラウラに、こちらも恥ずかしそうに自分の体を見る葵。俺と別れる前はラウラは制服、葵は白Tシャツにジーパン姿だったのに、今では、

 

「どう一夏!あたし達がプロデュースしてあげたこの姿は!似合ってるでしょ!」

 

「ラウラは制服しか持ってないって言うし、葵もちょっとオシャレというか、もうちょっと服装に気を配った方がいいかなと思ってね」

 

「それでわたくし達が似合う服装を選んでさしあげましたって訳です。どうです一夏さん?」

 胸を張って答える鈴、シャル、セシリア。なるほどねえ。しかし、

 

「いやラウラの服、確かに似合ってて可愛いんだけど…普段着で黒のゴスロリ服はどうなんだ?」

 いや似合ってるし可愛いんだけど…これ来て街中歩くのはラウラ的にはどうなんだろう?

 

「何言ってるんだよ一夏!こんなに似合ってるんだよ!問題なんてあるわけ無いよ!」

 と言って「可愛いよラウラ~」と抱きつくシャル。完全にお前の好みだろそれ!

 

「か、可愛い…」

 ラウラは顔を真っ赤にしてぶつぶつ言っている。大丈夫か?そして、

 

「………」

 

「無言で見るのはやめてくれない。余計恥ずかしい」

 葵は俺をそういって睨むが…どうコメントしようか。いつもTシャツジーパンなのに今は、赤の可愛らしいデザインのキャミソールに、白いミニスカート。そして黒の二ーソックスでこちらもシャルに負けず劣らず綺麗な脚線美…って何をまた考えてるんだ俺は!しかもいつもはストレートにしてる髪をポニーテールにしてるし。うん、箒とはまた違った印象がする。全体を見てこれは…

 

「ほう、ラウラもかなり見違えたが葵はそれ以上だな。キャミソールはオルコット、お前の見立てだな」

 

「ええ、そうですわ織斑先生!何でわかりましたの?」

 

「いやお前がこういう服装が好きそうだからだ。で、このミニは鈴、おまえだな?」

 

「え、ええ!そうです!千冬さん!」

 急に昔の呼び名で呼ばれたため、鈴も昔からの呼び名で答えたが、直後にしまった! って顔をする。

 

「大丈夫だ鈴。今はオフだから千冬姉もそれで注意しないぜ」

 

「そ、そう。よかった」

 かなりホッとした顔で答える鈴。まあ頭叩かれたくないからなあ

 

「ふむ、かなり見違えたな。ラウラも葵もかなり似合っている。一夏、お前もこういうのを相手にプレゼントできる男になれよ」

 精進します。

 

 「で、一夏。どうこれ」

 葵がニヤつきながら俺に聞いてきた。いやどうってお前…。ってなんだ皆無言で俺を見て! 山田先生も千冬姉も俺に注目してるし!

 

「葵、い、いやあまあ、あれだ。に、似合ってるぞ」

 

「つまらない回答だなあ。可愛いとか一言位言えないの?普通それくらいは男のたしなみと思うんだけど」

 と言ってつまらない顔をする葵。いやだって可愛いし凄く似合ってるし正直……。

 でもお前にそれ言うのは何故か凄く恥ずかしいし、言えるかよ!

 

「全く、つまらん男だなお前は……」

 …千冬姉までそう言わなくてもいいじゃないかよ。そして千冬姉、葵に何か言った後葵連れて何処かに行ってるし。

 その後は山田先生からは「織斑君には失望しました」と残念な子扱いされるし散々だ。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、さっきの一夏の態度さ、ヤバくない?」

 

「わたくし達、もしかしたらとんでもない事をしてしまったのでは?」

 

「同じ私服を見たってのに、僕とラウラと葵じゃ差がありすぎないかなあ…」

 

「可愛い…」

 

 

 

 

 

 なんか鈴達顔を寄せ合って何か話し合ってるな。何を話してるんだ?そうこうしてるうちに千冬姉と葵が戻ってきた。葵の手には紙袋。何を買ったんだろう?

 

「さてと、もうすぐ夕方だ。学園に戻るぞお前ら」

 こうして俺達は買い物を終え、学園に戻ることにした。色々あったけどまあ結構充実した一日だったかな。そして俺は隣にいる葵を見る。……俺の評価が気に入らなかったのか、また元にTシャツジーパン姿に戻っている。

 

「どうかした?」

 

「いやなんでもない」

 …やっぱ少し位褒めとくべきだったかな。あの姿…良かったし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    おまけ

 

「一夏も、葵も、鈴も、セシリアも、シャルロットも、ラウラもいない。私以外誰もいない…。何故私だけ除者にされたんだー!!」

 

「あ、あの篠ノ之さん!部活に精を出すのは嬉しいけどちょっともう勘弁して!皆もう疲れて」

 

「どうして私だけー!」

 

「あーもう!誰かなんとかしてー!部長もこんな時だけいないしー!」

 本当に偶然が重なった結果箒だけ皆と一緒になれなかったのだが、無論箒にはそのような事はわかるはずも無く、一夏達が帰ってくるまで荒れに荒れた箒であった。



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葵VSラウラ

 それは、俺がシャルと水着を買いに行った翌日の事だった。アリーナで皆と訓練を行い久しぶりの大浴場を満喫し、寮の自室に戻ったらその部屋の中で、

 

「気付いたら代表候補生の中で、いつもラウラだけ勝てない~」 

 …ベットに座りながら葵は謎の歌を熱唱していた。

 

「くじけずに~ラウラと勝負するけどすぐにエネルギーなくなる~」

 俺が部屋に入っても一瞥しただけで歌い止む気配は無い。さらによく見たら葵、携帯を片手に歌っているし。こんな電波ソング、誰に歌ってるんだ?

 

「零落白夜でもあれ~ば、多分ラウラに勝てるけれども」

 …いやあっても勝てないぞ俺。葵ならあれば…確かに勝てそうだ。

 

「何度やっても、何度やってもラウラが倒せない~よ、近づいたらAICで止められる、距離を取って戦おうにも、俺には遠距離武器が無い、瞬時加速使ってもオーディンの瞳が逃がさない」

 そういや今日も葵、ラウラと戦って負けたな。大体そんな感じで。いや毎回そんな感じで最後はラウラのAICに捕まって負けている。

 

「だけど次は必ず勝つために、俺は切り札だけは最後まで残してく~~~。…以上がラウラと戦って勝てない理由と感想です。え、ふざけるなですか?いえいえふざけていません。私は真面目にやってますよ。え、俺とか言うなですか?いやこれは歌詞ですよ、歌詞。普段はちゃんと私ですよ」

 布団に座りながら凄く良い笑顔をしながら電話をしている葵。その顔に真面目な成分など欠片も見れない。誰だかしらないけど完全に相手をおちょくっているな。

 

「はい、はい。え、言い訳はいいからさっさと勝てですか?いや無理です。現状では私ラウラに勝てませんよ。そもそも学園の訓練機で最新第三世代のISに勝てと言う方が無茶ですよ。さすがドイツの科学力は世界一!ってね。え、ええまあセシリアと鈴やシャルロットには勝ってますけど。なら勝てるだろですか?いや無理ですって。現状じゃ真っ向勝負でラウラに勝つのは無理だと何回か戦ってわかりました」

 どうも葵の電話相手、ISに関わる人物からの電話のようだな。会話からしてラウラと戦って勝てない葵を非難してるようだが、葵の言う通り普通訓練機で専用機持ちに勝てという方が無茶だよなあ。普通ならな。…ラウラ以外の俺含める専用機持ちは全員葵に負けてるが。いやこれは葵が異常だとしか思えないけど。

 

「え、さっき言ってた切り札使って勝てですか?いやあれは切り札ですからそんな簡単には…ええ、はい。はあ?そんなまだ入学して一カ月しか経ってないんですけど…、え、関係無い?それは横暴ですよ………、はいはい。あ~わかりました。なら次は要望通り勝ってあげますから朗報期待しておいて下さい。じゃあ私寝ますので」

 かなり面倒くさそうな顔をしながら葵は電話を切った。切る前に葵の携帯から何やら怒鳴り声が聞えてたが…いいのか?その後葵は携帯を放り投げ、顔を俺の方に向けた。

 

「おう、一夏おかえり。久しぶりの大浴場は満喫したか?」

 

「ああやっぱ広い風呂はいいな。日本人なら風呂だなやっぱ。っていやそれよりも葵、さっきの電話は一体何なんだ?」

 

「あれか?ああ、あれは何年か前動画世界で一世を風靡した岩男の替え歌だ。ラウラに勝てない現状を歌にしてみたんだがどうだ?」

 

「70点って所だ。サビの辺りの歌詞もだが色々苦しいぞ。後最後はもっと伸ばして歌った方がいいと俺は思う」

 

「そうか。歌ってみたで投稿するにはまだまだ練習が必要だな」

 投稿するつもりなのかよ。というか個人名とかISの機密情報バラしまくりだからそれをするのは止めておけ。千冬姉にぶっ殺されるぞ。

 

「いや葵、歌はもういい。それよりも誰と電話してたんだよ?」

 

「ん?ああ、国会議員」

 はあ!?国会議員!

 

「え、なんでお前そんな奴と電話を!」

 

「まあ代表候補生だからだな」

 驚愕する俺に葵は何て事無いような感じで応えた。いや葵、ならお前そんな相手にあんな歌を歌ってたのかよ…。

 

「そんなことよりも、ちょっと面倒な事になったな。ある程度予想はしていたが。ったくあの糞ババアめ」

 そう言って葵は溜息をついた。

 

 

   

 

 

「査定、ですか?」

 

「あんたまだここに入学して一カ月程度じゃない。早すぎないそれ?」

 

「まあね、普通ならそう思うよね。ま、これはあの糞ババアが勝手に言ってるだけだけど」

 翌朝、先に食堂に来ていた鈴とセシリアに葵は昨日の電話の件を話していた。葵曰く、昨日の電話はIS関係の議員さんで、代表候補生の中でラウラだけに負けてる現状を至急なんとかしろというもの。できなければお前の代表候補生としての立場を危うくするぞとの事らしい。

 

「ババアが言うにはISを開発したのは日本で、IS競技世界一の称号を手にしたのも日本人。なら私も専用機無かろうと日本の代表候補生ならまず学年で最強の座につくのは当然だって。それくらい出来ずに我が国の代表目指すとはおこがましいと電話で言い放ったわ」

 なんだそれ理不尽すぎだろ。つうか専用機持ってないのに、専用機持ってる俺やシャル、最新の第三世代持ってる鈴やセシリアを倒せる葵の実力は、むしろ誇るべきだろ普通。

 

「…なにその滅茶苦茶な理屈」

 

「その方わたくし達を舐めてるとしか思えませんわね」

 

「全くよね。私がどれだけ必死で戦ってるか知ってるくせに。私がいた施設の連中よりも鈴達はレベルが段違いに上なのに、軽く言ってくれるし」

 

「しかし葵、どうしてその議員にお前そこまで嫌われてるんだ?お前もかなりその人嫌ってるみたいだけど」

 さっきからババア連呼してるしな、何があったんだよ?

 俺の疑問に、

 

「何で嫌われてるかって?単純な理由よ。あのババアの糞息子の歯を10数本程殴って吹き飛ばしたのと、IS戦でババアの娘さんを完膚なきまでに叩きのめしてIS乗りの道を諦めさせたせいでしょうね」

 葵は息子のくだりでは心底嫌悪した顔で、娘のくだりでは少し悲しそうな顔をした顔で答えた。ってなんだそれ!

 

「…まあ確かに子供がそんな事されたらあんたを憎むのもしょうがないかもしれないけど、葵、とりあえずなんで息子の方は歯を10数本も折ったわけ?」

 

「ああそれ。その男が私にキスしようとしたから」

 

「ええ!キス!」

 

「ま、まさかお前」

 キスされたのかという前に葵に殴られた。いてえ。

 

「ちゃんと聞きなさい一夏。しようとしたからと言ったでしょ。唇の代わりに拳を思いっきりぶち込んであげたわよ。本気で容赦なく殴ったから…結構なイケメンだったけどそれはもう見るも無残な姿に」

 暗い笑顔を浮かべながらふ、ふ、ふと笑う葵。…凄く怖いぞお前。

 

「…あの葵さん、どういう状況でそうなったのです?」

 セシリアが若干引いた感じで葵にそうなった理由を聞いた。

 

「う~ん、まあ娘さんの方も絡めて話すけど去年私がいた施設にババアと糞息子と娘さんの三人がやってきたのよ。来た理由だけど、娘を代表候補生にしたいから代表候補生である私と戦わせるためだったのよね。私を倒し代表候補生として認めさせようとしたのよ。ちなみにそのババアの関係者から事前に連絡があって、わざと負けるよう私は言われてたわ。ようは八百長をやってくれと。拒否したら私の立場は悪くなるぞと脅されたりもしたわね」

 

「うわ、それ完全な不正じゃないか。酷いなそれ」

 

「そんな事して代表候補生になられても、実力無かったら惨めになるだけだと思いますけどね」

 セシリアの言う通りだよな。まさかその議員は代表まで全てコネで通すつもりだったのだろうか?それで世界大会に出ても…結果が悲惨な事にしかならないと思うんだが。

 

「ちなみに糞息子は別な理由で一緒に来てたわよ。その糞息子だけど憂鬱な思いで私が待機してる部屋に勝手に入ってきて、『へえ、やっぱり写真で見た通り君かなり可愛いね。とても元男とは思えないね』と言いながら私に近づいて来たのよ。いきなり何言ってんだこいつ?と思ってたら、『ねえ、俺の彼女になんない?』と言いながら私の肩に触れようとしたのよ。無論『頭大丈夫あんた?』と言いながらそいつの手を弾いたけど。そしたら急にそいつ顔つきが変わって、『へえ、いいのそんな事言って?俺の母親ISの関係者の中ではかなりの地位にいるのに。俺が母親に言って君の代表候補生の立場を外す事も出来るよ』

と言って私を脅して来たのよ。脅迫に親の威光を借りるこの男を最低な奴だと怒りに震えてたら、どうも向こうは私が恐怖に怯えてると勘違いしたようで、さらに下劣な笑顔を浮かべながら『なあ、そんなのは嫌だろう。なら俺の言う事を聞いた方がいいぜ。心配するなよ、俺が女の喜びをお前に教えてあげるからよ。むしろ感謝しろよ』と言って私の顎を右手で上げると、そいつは顔を私に近付けてきた。その瞬間私はキレた。寸での所で後ろに下がって、惚けた顔をしたそいつの顔面に右拳を叩きこんであげたわよ」

 

「殴って正解!むしろよし!」

 

「ええ、そんな男性は容赦要りませんわ!わたくしならブルーティアーズで射殺してますわ!」

 葵の話を聞いて、鈴とセシリアの二人は葵の行動に賛同している。俺もそう思う。同じ男だけど、そんな奴は虫唾が走る。俺もそいつをぶん殴りたい!

 

「ま、そっからは色々あったわね。ババアが警察に私を捕まえようとしたけど、今の女尊男卑の風潮って便利ね。私がこの男に乱暴されそうだったと言ったら無条件で私許されたし。…ま、二度とこんな権利を使いたくはないけど」

 そういって苦虫を噛み潰したような顔をする葵。どうやら不本意ながら今の女尊男卑の権利を行使した事に忸怩たる思いがあるようだ。…男として育っただけに。

 

「無罪放免になった私を、ババアは娘さんに私をコテンパンに叩きのめすよう叫んでたわね。八百長仕組んでるから一方的になるのわかってて言ってたんでしょうけど。で、施設の訓練所に行ってお互い対峙した時、向こうはプライベートチャネルでこう言って来たわ『申し訳ありませんが、全力で私と戦って下さい』って」

 

「へえ、なかなかフェアな心持ってたのねその子は」

 鈴が少し感心しながら頷く。

 

「ちょっと違うかな。その後適当に試合しながら、お互いプライベートチャネルで会話していったよ。まず最初に糞兄の事で何度も謝ってきたわ。過去にも同じような事をしていたようで、妹として大変心苦しかったようね。次に本気で戦って欲しい理由。それは彼女、代表候補生になりたくなかったのよ。正確にはISよりもやりたい夢があるから、って」

 

「ふうん。で、葵。お前はそれを信じたのか?というか八百長止めた場合お前の立場危うくなるんだろ?よくお前その娘さんの言う事を聞いたな?」

 まあ強制でIS乗らされてるのは可哀想だが、葵の立場も考えて言ってるのかよその子。

 

「まあ嘘言ってる顔にも見えなかったしね。なら本気で戦って来てと私が言ってその子本気出したみたいだけど…今の一夏の二倍強い程度の実力だったかな。二年以上乗ってそれじゃ確かにこの先厳しいかなと思い、私は全力出して引導渡してあげたわ。回し蹴り叩きこんで、結果壁に磔になって気絶させたけど」

 …容赦ねーなおい。つうか何さりげなく俺を貶してんだよ。

 

「そしてそれからだけど、例によってババアが私に怒鳴り散らしてきて『貴方立場わかってるんでしょうね!貴方今後ISに乗れないようにしてあげるわ!』と言って来たんだけど、目が覚めた娘さんが必死で止めた上に『もうお母さんの言う事は聞きたくない!』と言って私を指差し『私よりずっと強い人がいる!なのにそれを無視して私を日本代表にしようとしないでよ!』と叫んだわね。

いいぞ!もっとやれ!って気持ちで親子喧嘩見てたら、予定では来ないはずのババア以外のIS委員会のお偉いさん方がやってきて、それを見た娘さんがすかさず八百長の件や兄の犯罪を母親がもみ消してた事などを盛大に暴露。結構な大騒動になったわねえ。

で、顛末だけど、色々あったけど私はなんのお咎めなし。まあ元々八百長破ったのが罪になるわけ無いし、ババアも色々追及された上に権力大幅に無くなったし。息子の方はさっき言った理由で不問。娘さんは親戚頼って家飛び出してパティシエールになるべく今は勉強中。ババアはこれらの事を全て私が悪い!あんたが私の人生プランを滅茶苦茶にした!と完全に私を逆恨みするようになり、事あるごとに難癖を私に言うようになったわ。…一度でもあのババアが息子の事で詫びたり、娘さんの意見を聞いたりしたら私もババアとか言わないんだけどねえ」

 そう言ってずずーっとお茶を飲む葵。…しかし女になってからこいつろくな目にあってないな。それよりも、

 

「葵、お前の菓子作りにハマってるというのは、その娘の影響なのか?」

 

「そう、たまに電話したり、美味しそうな菓子のレシピを教えて貰ったりしてるわよ」

 葵の返事を聞いて、納得。なるほどな、いくら女になったからといっても、いきなり菓子作りにハマるというのは何故?と思ってたんだよなあ。葵、どっちかというと菓子よりもがっつり食べれる料理の方を優先して作ってたからな。

 

「しかし葵さん、それならそんな方の言う事なんて聞かなくてよいのではないんですの?ただの横暴ですし、話しを聞く限りもうその方に査定がどうのこうのとか言って葵さんを不利な状況に追い込む事はもう出来るとは思えませんわよ」

 

「まあね。セシリアの言う通り、査定とかもババアが勝手に言ってるだけで誰も取りあったりしないわよ。一応まだ議員にはなっているけど、今じゃあのババア完全に名ばかりの議員まで転落してるしね」

 

「じゃあ無視しなさいよそんな奴からの電話なんて。いちいち相手にしてやる必要なんてないじゃない」

 俺もセシリアや鈴の言う事に賛成だな。なんでそんな奴の言う事なんて聞かなけりゃならないんだよ。そんな俺達の疑問に、

 

「まあそうだけど、ババアは出来ないと思って私に難癖つけてきてるのよ。じゃあさ、それをやってのけた方が糞ババアの鼻をあかせるじゃない。それにあのババア、私を代表にしないよう陰でまだ無駄な抵抗してるみたいだし。ここでラウラを倒せばババア以外の議員さんからの評価も上がるし、そうすれば糞ババアももう黙るしか無くなるだろうしね」

 葵は不敵に笑いながら俺達に言った。

 

「まあそんなわけだから、鈴にセシリア。無駄に長かった前置きは脇に置くとして、どうやったら私がラウラに勝てると思う?一夏は当てにならないし」

 

「悪かったな!当てにならなくて!」

 …いやまあ俺もラウラには毎回コテンパンに負けてるからな、葵の言う通り有効な策なんて思いつけないけど。でも葵、この二人にそれを聞くのは…。

 

「…いや葵、あたしとセシリアは二人がかりでラウラに負けたのよ。しかもその後も勝った事ないし」

 

「…それがわかってたらわたくし達がまず先にラウラさんに試してますわよ」

 だよなあ。そもそも俺達のメンバーの中でラウラに勝った奴いないぞ。唯一勝った試合はあの時のペア対抗戦の時だけだし。でもあれは俺とシャルの二人がかりだから勝てただけだし。

 

「何でもいいのよ。こうしたら私なら勝てるかもしれないって案があれば」

 

「…そういわれましても。まあ葵さんがラウラさんに勝つ方法はともかく、負ける理由はすぐにわかりますわね」

 

「あら、何それ?」

 

「あんたが馬鹿みたいに接近戦でしか勝負しないからでしょ」

 呆れた顔して鈴が応えた。

 

「あんたと何度も戦ったけど、一度も銃を使った事無いじゃない。一夏みたいに零落白夜でAICを斬れるならともかく、それが出来ないと知ってるからラウラは葵の姿だけ注意しておけばいいんだから。あんた一夏と違って打鉄なら他の武器も使えるのに何で使わないわけ?あたしの衝撃砲もラウラのAICには通用しないけど、それでも衝撃砲使えばラウラがどこにAIC張ってるかわかるわよ」

 

「葵さんは別に射撃の腕は下手では無く、むしろ上手でしたわよね?以前射撃の実習がありましたけど、拳銃片手に正確に的を撃ってましたし」

 そう、飛び道具を全く使わないからてっきり俺同様射撃の腕が下手だと思ってたが見事に裏切られた。次々出る的を葵は動き回りながら正確に撃ち抜いていった。聞けば代表候補生だから当然のように軍事訓練を課されたかららしい。ちなみに鈴も射撃の腕前はそこらの軍人顔負けな程上手い。セシリアにシャル、ラウラも同様だ。なんだこいつらのチートっぷりは。箒は…、まあ剣道一筋だしね!

 

「そういや前から俺も不思議だったんだよな。葵、どうして鈴達の言うように飛び道具使わないんだ?」

 俺、鈴、セシリアの疑問に葵は、

 

「銃が嫌いだから」

 と嫌な顔をしながら応えた。

 

「…おい、なんだその理由は」

 

「嫌いなものは嫌いだからしょうがないじゃない」

 

「お前昔映画見て『ガンマンかっけ~』とか言ってただろが。ガン=カタの真似事したり銃撃戦は男の浪漫みたいな事も言ってなかったか?」

 

「女になって嫌いになったのよ。一応代表候補生として軍事訓練はやらされたけど、命令以外なら銃なんて使いたくないわね」

 なんだそれは。しかし実際葵は不機嫌そうに応えている。何があったんだ葵に?

 

「しかし葵さん、ラウラさんと葵さんとでは今のままでは相性最悪ですわよ」

 

「あたしもそうだけど、それ以上に一夏と葵と箒じゃラウラに勝つのは難しいわね。一夏は零落白夜使えばAICを斬れると言っても、それ使ったら早く倒さないとエネルギー切れになっちゃうし。で、焦った一夏は攻撃が雑になり腕をAICで拘束され負けるってのがいつものパターンよね」

 そうなんだよなあ。AICに拘束されないよう動き回ってるんだが、零落白夜使ったらすぐエネルギー無くなるから焦って攻撃→腕拘束→フルボッコ。大体いつもこんな感じで負けている。

 

「私と箒の場合も似たようなものよね。なんとかAICに捕まらないよう動き回っても、最後には捕まって負けるから」

 いや葵、確かにそうなんだがお前の場合のみ違う。

 

「似てると言っても、お前と俺達では全然違うぞ。ラウラ、お前と戦う時は眼帯外して勝負してるからな」

 そう、基本ラウラは追い詰められた時位しか眼帯を外さないが、葵と戦う時のみ初めから眼帯を外して戦っている。眼帯を外したラウラは反則な程強い。疑似ハイパーセンサーのそれは脳への視覚信号の伝達速度の飛躍的な高速化と、超高速戦闘下での動体反射を向上させる。その目を使うと弾丸すら捉える事が出来る為、どんなに動き回ってかく乱しても正確に位置を捉える事が出来る。しかし昔はその目のせいで色々弊害があったようだが、ドイツにいた頃千冬姉のおかげで克服したらしい。…すげえな千冬姉。

 

「眼帯外されれたらマジでどうしようもないわね。どんなに動いても私の動きを正確に捕えてしまうから。外す前なら勝てたかもしれないけど」

 

「確かにあれは惜しかったですわね。色々なフェイントを織り交ぜてラウラさんに近づき、ラウラさんがAICをされる前に間合いを詰めた葵さんがお得意の正拳突き叩きこんだまではよかったのですが、その後ラウラさん眼帯外されて葵さん負けましたものね」

 

「最近じゃ初めから外してるから、瞬時加速使っても止められるのよねえ。正直AIC

とあの目のセットは凶悪すぎるわ。正攻法じゃ勝てる方法思いつかないわねマジで」

 

「だから葵、さっき鈴とセシリアが言ってたように銃使ってみたらどうだよ。俺みたいに雪片弐型だけしか武器が無いってわけじゃないだろ」

 

「だから銃を使うのは嫌」

 

「あのなあ」

 

「…あのねえ葵。それじゃあたし達に聞いても無駄じゃない」

 

「ブレードしか使わずラウラさんに勝つ方法なんて、近接戦法に特化した葵さんが思いつかないのにわたくし達がわかるわけありませんわよ…」

 

「何の話をしてるんだ?」

 お、箒も朝飯食べに来たな。

 

「いや箒、葵がラウラにどうやったら勝てるか話をしてるんだよ」

 

「それは私も興味あるな。葵と私は機体も装備も同じなのだからな。それでみんな、何かわかったのか?」

 少し期待した目をしながら箒は俺達を眺めるが…、すまんお前の期待には応えられないと思うぞ。

 

「全然。二人にも相談したけど思いつかなかった」

 

「だから葵、あたしとセシリアはとりあえず銃器でも使ってみたらと言ってるでしょうが!」

 

「銃か…、出来ればそれ以外であれば私もいいのだが」

 

「う~ん、何か他に良い手は…」

 

「…もう諦めろよ葵。というかさっき言ってた議員の鼻をあかしたいんだろ。ならそんな変なこだわりは捨てて、鈴やセシリアが言ったように銃とか使って色々試してみようぜ」

 悩む葵に俺はそう言うも

 

「…は~。正攻法で勝つのはもう諦めるしかないわね」

 と、葵は溜息をつきながら言った。って、今聞き逃せない事言わなかったかお前。

 

「どういう事だ葵?正攻法で勝つのは諦めるというのは?」

 

「ん?ああババアの鼻をあかすために、とりあえず正攻法を捨てて勝ちに行くって事。卑怯だからやりたくないけど、私も一回はラウラを倒してみたいし」

 箒の疑問に対し、葵はしれっと答えた。

 

「ババア?誰のことなのだそれは?」

 

「また今度教えてあげるわよ」

 

「いやそれよりも葵、どういうことだ?さっき散々ラウラに勝てる方法なんて思いつかないっていってたじゃねーか」

 

「だから正攻法ではって言ってるでしょ。邪道の方法なら勝てるって事。あ、ちなみにこの場合も銃を使わないわよ」

 

「何をされるのはわかりませんが…あんまり卑怯な事をするのはどうかと思いますわよ」

 

「まあ大丈夫、織斑先生なら多分呆れた顔して、ひっかかったラウラを責めて私も少し怒られる程度で済むだろうから」

 俺達の疑問に、葵は自信満々で答えていく。しかし卑怯な手でも俺はラウラに勝てる気がしないけど、葵は一体何をする気なんだ?

 

「あ、もしかして葵。昨日言っていた切り札の事か?」

 

「そう、正攻法じゃ無理だけどそれを使えば絶対ラウラに勝てると思うわよ」

 あの歌適当に言ってたわけじゃなかったのか。

 

「ほう、ならば見せて貰おうではないか」

 

「あ、ラウラにシャルロットおはよう」

 うお、いつの間にか俺達の後ろにラウラとシャルロットが来ていた!

 

「葵、さっきの話は本当なのか?正攻法で無ければ私に勝てると?」

 

「ええ、勝てるわよ」

 ラウラの質問に、葵は笑みを浮かべながら答えた。…ん、なんだこの凄い緊張感は?

 

「面白い、ならば次の模擬戦でそれを証明して貰おうではないか」

 

「いいわよ、なら次私が打鉄貸出されたら証明してあげる」

 

「ふ、楽しみにしておこう」

 そう言ってラウラは俺達から離れ、朝食を取りに行った。

 

「え、何?あまりにも二人があっさり勝負の約束したけど、そもそも何でそんな話になってるの?」

 シャルが一人事態についてこれず、説明を俺達に求めて来たが…さてどう説明しようかな。

 

 

 

 

 かくして葵対ラウラの戦いは、学園の訓練機が二日後貸し出し可能となった為、その日に行われる事となった。

 

 

 

 

  

 

 

 

 食堂で葵とラウラが決闘の約束をした二日後の今日、ようやく葵がIS学園から打鉄を借りる申請が通った為、二人は約束通り戦う事となった。

 すでにラウラはアリーナの中央で待機しているが、葵の姿はまだ無い。まだ貸出の手続きに手間取っているんだろうか?しかし箒もだが、毎回あんだけレポート書かされてIS借りるのは凄く面倒だろうな。たまに一般生徒から俺達専用機持ち組を嫉妬深い目で見られる事があるが…まあそう思うのも無理はない。専用機持ってる俺達はいつでもアリーナが空いていれば練習できるが、持ってない人は貸し出しを順番で待たないといけないからなあ。

 専用機持っている俺、鈴、セシリア、シャルの四人はそれぞれISを展開し、アリーナの隅の方で試合を観戦する事にしている。流れ弾の危険が無いわけでもないが、葵は銃関係の武器は使わないし、それだとラウラのレールカノンさえ注意すればいいから特に問題は無い。ちなみに箒は貸し出し許可が下りなかった為、観客席でのほほんさん達といる。

…すっげえ睨まれたが許せ、箒。観客席で見るよりISのスーパーセンサー使った方がよく見えるんだよ。

 

「ねえ、青崎さんどうやってボーデヴィッヒさんに勝つと思う?」「楽しみよね~試合」「動きを逐一観察し、見逃しては駄目よ。目に焼き付けて次貸し出しの時少しでも再現できるようにしないと」「青崎…次は私が勝つ」

 

 観客席では箒達以外でも結構な数の一般生徒達が座っている。しかも一年生だけでなく、多くの数の二年生、三年生も観に来ていて、その中には専用機を持ってない他国の代表候補生達も多数見に来ている。

 彼女達が来ている理由は、葵の操縦技術を少しでも見て覚えたいからだ。俺達専用機持ちの動きより、同じ打鉄に乗っている葵の動きは彼女達にとって良い参考になり、しかも学園の量産機で専用機持ち代表候補生を倒す葵は、目指すべき目標となっているようだ。葵がISを借りる日のアリーナはそういう理由で見学に来る生徒が結構多い。…葵が空手で俺達を吹き飛ばして勝った時は観客席から歓声が聞えたりする。

 さらに葵はよく、葵同様専用機を持ってない代表候補生達から試合を申し込まれている。同じ境遇というのもあるが、同じ訓練機に乗る葵なら互角の条件の上己の操縦技術を試せるかららしい。何人か訓練機なのに鈴やシャルよりも強いんでは?と思える程の実力を持っているのも何人かいたが、全て葵はそれらを殴り、蹴り飛ばして倒して行った。

 ちなみに俺達専用機持ちには誰も試合申し込まれない。いや、多分相手は専用機だから戦っても敵わないとかではなく、別の理由もあるんだろうな…。

 

 

「…遅いわね葵。なにやってるのよあいつ」

 

「そうだね。訓練機貸し出しが面倒な手続きとはいえ、普通ならこんなにかからないはずなのに」

 

「さっさと来なさいっての!何もったいぶってんのよあいつ!」

 未だやって来ない葵に少し苛立っている鈴。しかし確かに変だな。普段ならもう30分前には借りてここに来てもおかしくないのに。

 

「そういえば一夏さん、葵さん何か切り札があるとか言ってましたけどそれが何か聞いたりしました?」

 

「いや、その事なんだが…」

 セシリアの質問に俺は昨日、葵が部屋で俺に語った内容を皆に話す事にした。

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とうとう明日だけど葵、あれだけ大見得切っていたが本当にラウラに勝てるのか?」

 

「ああ、俺が勝つ勝率99%ってところかな」

 俺の疑問に、葵はドラゴンボール完全版を読みながら自信満々に言った。

 

「本当かよ?あの日からお前、ISに乗って特訓とか全くしてないのに?切り札があるとか言ってたが練習とかしなくて大丈夫なのか?やってる事といや部屋で漫画しか読んでないじゃないか」

ラウラに勝てると豪語したあの日から今日まで、葵は特になにもしていない。やった事と言えば、通販で漫画を買って部屋で漫画読みながらゴロゴロしてるだけだ。今読んでるドラゴンボール以外に、ひぐらしという漫画も部屋の隅で積まれている。何なんだ葵のこの余裕さは?

 

「特訓とか必要無い。そもそも、あの切り札は別にISに乗って訓練云々ってものじゃないからな。しかも切り札って言っても実際はすごくくだらないしお前も知ったら……、いや何でも無い」

 

「おい、なんだよ思わせぶりな事言って。気になるじゃないか?」

俺がそう言っても、葵はニヤニヤしながら俺を見ている。うわ、すっげえむかつく。

 

「まあまあ一夏、それは明日のお楽しみって事で。そだな、そんなに気になるなら一夏、ヒントをあげよう」

 

「ヒント?」

 

「ああ、ヒントだ。これ以上は本当に教えないぜ」

 

 切り札の事は気になるが…葵は言わないと決めたら絶対言わないし。ここはヒントで我慢する事にしよう。

 

「わかった、ならヒントを教えてくれ」

 

「ふ、ふ、ふ。なら仕方ないがヒントをやろう」

 

 偉そうにふんぞり返りながら、葵はから顔を上げて話しだした。

 

「一夏、良く聞いとけよ。ラウラの第三世代ISのAICだが、それは操縦者のイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵器。つまりラウラがイメージして初めて兵器としての役割を果たすものだ。無意識では発動する事ができない。銃や剣と違い、最後まで意識した行動しないと途端に霧散してしまう代物だ。ようは意識を少しでも逸らす事が出来ればAICは発動しない」

 そうだな、確かにあのタッグ戦の時も二人で波状攻撃してラウラのAICの意識を逸らす事で攻略してたし。

 

「いや葵、そんな事は俺だって知ってる。現にそれを実践して俺とシャルはラウラを倒したぞ。だがあれは二人がかりだから出来た事だぜ。一人で戦うお前はどうするんだよ?しかもオーディンの瞳使用時のラウラに小細工は全く通用しないし」 

 あの眼帯外したラウラは弾丸すら見えるからな。葵がどんなに変則的な動きしても見逃さない。

 

「ふ、一夏。オーディンの瞳対策は万全だ。オーディンの瞳が発動してる時、俺の切り札が活かされる。どんな物でも見逃さない瞳ってのを仇にさせる。以上ヒント終了」

 

「え、ヒントもう終わりなのかよ?というか今のヒントなのか?ただのラウラのスペックの再確認だろ今の」

 俺が文句言っても、葵はニヤニヤしているだけ。くそ、結局何なんだよ一体。葵のこの余裕さは何なんだ?答えがわからず憮然とした顔をしている俺に、

 

「ま、何をするかは明日のお楽しみってな。見せてやるよ、世代の差がISの強さでは無いって事をな。そしてどれだけISが規格外だとしても…操縦者は人間という事を」

 葵はそう言って、俺を見て不敵に笑った。

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…というわけなんだが、皆どう思う」

 

「う~ん、聞く限り葵の言う切り札ってAICに対してではなく、オーディンの瞳対策なわけね。でもそれだけじゃあたしもわかんないわよ」

 

「先日の食堂では正攻法では無く邪道な方法なら勝てると葵さん言われてましたけれど…、現時点でわかりますのはオーディンの瞳解放された状態のラウラさんに、邪道な方法をされるってことですわね」

 

「あの状態のラウラに小細工なんて通用するかなあ?」

 昨日の葵の話を皆に話してみたが…、切り札が何時使われるかはわかったが、結局葵が何をするかまでは皆思いつかない。ただ一つ、俺が気になるのがある。

 

「葵が最後に言っていた、操縦者は人間。これが鍵だと俺は思う」

 

「操縦者は人間って…当たり前の事じゃない。ISは操縦者がいないと動かないんだし…、って前無人機が襲ってきたわね。でもあれは例外中の例外じゃない」

 

「もしくは操縦者の腕の事を指してるのかもしれませんが、それでしたら今まで負けてますから違うと思いますけど?」

 

「う~ん、そうなんだけど…葵が一番自信もって言った台詞がそれだったんだよ。あの時見せた葵の顔は、それだったし」

 あの時見せた葵の不敵な笑顔。勝利を確信した時葵はいつもあんな顔するからな。

 

 

 

 その後さらに10分程経っても葵は姿が現れず、いい加減少し様子を見に行こうかと鈴達と話していたら、

 

 

「ごめ~ん、遅れた~!」

 打鉄を装着した葵が、オープンチャネルで謝りながらアリーナに姿を現した。

 

 

 

 

「ようやく来たか葵、待っていたぞ。準備はもういいのか?」

 数十分もアリーナ中央で待ちぼうけをくらっていたラウラだが、怒る事無く葵の姿を確認する。…凄いなラウラ、これだけ待たされたら俺なら絶対罵声の一つや二つ言っているぞ。

 

「ええ、ばっちり。準備万端、すぐに開始できるわよ」

 

「そうか、お前が何をするかはわからないが、それでも私が今日も勝たせてもらう」

 

「残念、今日は私が勝つわよ」

 そう言って、体をほぐしながら答える葵。見た所葵が使用する打鉄に変化は見られない。なら何でこんなに遅くなったんだ?

 

「…まさか宮本武蔵の真似が切り札ってわけないよな」

 

「なんですのそれ一夏さん?」

 

「あ~、なんか昔聞いた事あったような…」

 

「有名なの一夏?」

 

「ああ、日本人なら多くの人が知ってるぞ。おしいな、箒がここにいたら耳が痛くなる位語ってくれそうだが。まあ簡単に言うとわざと遅刻して相手の神経を苛立たせ、相手の平常心を無くさせる戦法だ」

 

「なんですのその姑息な手段は?その宮本さんって方は卑怯で有名なんですの?」

 セシリアが嫌悪した顔で武蔵を責める。いや剣豪として有名なんだが。戦略として相手の動揺を誘う心理戦を制した事で称賛されてるんだけど、…いやセシリアみたいに思う人もいるのも事実だけど。

 

「でもラウラ、凄く平常心保ったままだよね」

 

「ラウラは軍人だし、待機には慣れてるんでしょ」

 アリーナ中央にいるラウラは落ち着いており、冷静に葵の動きを観察している。こりゃ葵の小細工は無駄だったかな?

 

「…一夏、そんなしょうもない策が私の切り札のわけないでしょ。馬鹿言ってないで、準備出来たから開始の合図頼むわね」

 回線を通じ俺達の会話を聞いていた葵が、呆れた表情を浮かべながら俺に言った。何だ、違うのか。半分冗談で言ってたが少し本気だったのに。

 

「ラウラ、葵は準備いいみたいだぞ。ラウラはどうだ?始めていいか?」

 オープンチャネルでラウラに試合を始めていいか聞いてみたら、

 

「ああ、私は何時でもいい」

 と、葵を見据えながら返答。そしてそれを聞いた葵がラウラから少し距離を開ける。お互い離れた所で対峙したのを見届けると、

 

「では、始め!」

俺は開始の合図を送り、葵とラウラ、二人の試合がついに始まった。

 

 

 

 

 葵とラウラの戦いだが、先に動いたのは葵だった。俺が開始の合図を出すと同時に、葵は近接ブレードを取りだすと『瞬時加速』を使い、一気にラウラの間合いを詰めていき…、ってこの戦法!

 

「…まさか嫁と同じ戦法を取るとはな。さすが親友同士と言いたい所だが、…葵、こんな戦法が私に通用するとでも思っていたのか?いや、嫁とは違い多少の小細工はしてはいるが、それでもその程度では私に通用しない」

 オープンチャンネルからラウラの呆れた声が流れていく。

 開始と同時に『瞬時加速』による先制攻撃。トーナメントで俺がやった戦法だが、当然の如くラウラには通じてはいなかった。

 

「まさか。全く思ってないわよ。むしろ効いたらこっちが驚いたかな」

 笑みを浮かべながら両手を広げ、ラウラを真っ直ぐ見据えながら葵は軽口を叩いた。何でそんな余裕あるんだ葵?かなり絶体絶命な状況なのに?

 葵はラウラの張ったAICにより、ラウラの眼前で空中に浮いたまま胴体を捕えられていた。かなり接近してはいたが、やはりラウラに届く前に停止させられていた。もはや押しても引いても動きがとれない。後はラウラのレールカノンの攻撃を受けたらお終いである。

 しかし、俺の時は胴だけでなく腕、足もAICに捕えられていたが、葵は胴体だけしか捕えられていない。その原因はおそらく、

 

「…葵、いつのまに投げたのあれ?」

 

「あの一瞬で?」

 

「それを防いだラウラもラウラだね…」

 鈴、セシリア、シャルが驚愕の眼差しで葵を、正確には空中に停止している葵の下に浮いている近接ブレードを見ていた。葵は『瞬時加速』を行う前に、ラウラめがけて近接ブレードを投擲していた。葵よりも一瞬早く迫ってくる近接ブレードを、AICで捕え、その後来る葵をまたAICを使い捕えた。最初の近接ブレードによる奇襲がある分、ラウラは葵本体の対応に遅れたが、それでも胴体を拘束できれば十分だろう。

 

「では葵、何か策があったようだがこれで終わりだ」

 レールカノンを葵に向けるラウラ。レールカノンに搭載している弾は対IS用特殊鉄鋼弾だ。数発撃ちこめばそれで終わりだ。

 

「何よ葵の奴期待させといて!もう終わりじゃない!あんた勝てるって言ったじゃない!」

 絶体絶命な状況を見ながら、葵に対し怒鳴る鈴。その顔には怒りと同時に、…失望した顔を見せていた。横にいるセシリア、シャルも葵に対し少し失望した顔を見せている。

 

 あれだけ大口を叩いて、結局これ?

 

 おそらくアリーナで観戦してる多くの人達も、今の葵を見てこう思っているだろう。

 

 しかし、俺はそうは思わない。

 

 昨日俺に不敵な笑みを俺に浮かべた葵が、これで終わる訳が無い。

 かつて葵があんな笑みを浮かべた時は、どの勝負でも俺は葵に負けた。絶対勝つ自信がある時、葵はあの笑みを浮かべるからだ。

 

 しかし眼前にはAICで動きを拘束されている葵に、ラウラが止めを刺そうとしている。レールカノンの照準を合わせたラウラが、葵にそれを撃ちこもうとした瞬間、

 

 葵は両手の指を広げ、両手を顔の前にかざした。ん、あの構えってまさか…。

 

 

 

「太陽拳!」

 葵の叫びと同時に、葵の眼前から凄まじい光と爆音が鳴り響いた。

 

「キャッ!」

 

「ちょっ!」

 ハイパーセンサーによって視界と聴覚を大幅に強化されているため、まともに見て聞いてしまった鈴、セシリア、シャルは唸りながら悶絶している。俺は葵が叫ぶと同時に目を手で覆った為、目はやられずにすんだが、…音の方は予想外だった為俺も耳鳴りと眩暈で苦しんでいる。

…いや、あの動きを見てもしやと思ったが、本当に「太陽拳」をするとは…。まさか最近あいつがドラゴンボール読んでたの、これを真似する為だったのかよ。どうやったんだあれ?

 いやそれよりも試合はどうなったんだ?俺は慌てて葵達の方を向くと、

 

「………」

 

「ほう、切り札を使った割には慎重だったな。もっとも、そのおかげで無事なのだが」

 太陽拳を使ったおかげでラウラのAICの拘束を抜けだせたのか、その一瞬の内に葵はラウラの右側に回りこんだようだが、その葵の見据える先に……先程同様空中に浮いている近接ブレードが存在していた。ラウラのすぐ傍で、それはがっちり拘束され空中に浮いている。

 

「あらかじめ安全弁を外したスタングレネードを量子化させ、それを私の眼前で再び出現させたと同時に爆発させる。そしてそれに驚いた私がAICを解除させても、とっさに私が前面にAICを展開している場合を考えて、左右どちらかから回り込んで攻撃。それが葵の考えた作戦だったようだが、残念だったな。確かに驚きはしたが、私にそんな手は通用しない」

 

「…直感で貴方に効いてないと思ったから突っ込むのは止めたけど…、ラウラどうしてあのスタングレネード防げた訳?かなり自信あったのに」

 固い声を出しながら、戦悔した顔で葵はラウラに尋ねる。

 

「何を言ってるのだ葵。私の目と、第三世代兵装対策にスタングレネードを使用される可能性等考えない方がおかしいだろうが。閃光で目を潰し、AICを大音響で意識をかく乱させ消す。我が部隊の副官クラリッサが一番それを懸念し、本国で相手が使用した場合の対策は完璧なまで行われた。もっともISは便利だ、通常なら耳栓と専用ゴーグルが必要だが、ハイパーセンサーで一時的に視覚の制限、聴覚をカットするだけでいい」

葵の問いに、余裕を持ってラウラは答えていく。…なるほど、昨日わざわざAICとオーディンの瞳について言ってたのはそういうことか。

 

「あ~、やっぱりスタングレネード対策はしてたのね。しかも対策方法も私と同じだし。あ~も~、せっかく整備課の人に無理言ってややこしい状態でスタングレネードを量子変換させてもらったのに!何度も失敗してなんとか準備出来たのに!」

 …お前が遅刻した理由はそれかよ。そんな葵に嘆きに、

 

「…葵、そもそも使う前に両手で顔を隠す、目を瞑る、さらになにやら叫んだ後スタングレネードを空中に展開させただろう。そこまで予備動作をされたら気付かない方がおかしいではないか。ISのハイパーセンサーの視覚制限してるはずなのに、何故わざわざ目を隠したのだ?それでは次何をするかなどまるわかりではないか」

 ラウラはかなり呆れた声を出しながら葵に言った。…あ~太陽拳ってそう見えるんだ。

 

「あー!真似る事にこだわりすぎてた!言われてみればそうだったー!」

 頭を抱え絶叫する葵。…いや葵、気持ちはわからんわけでもないがな。いやそれよりも、

 

「…ねえ、まさか葵の切り札ってこれで終わりって訳じゃないわよね」

 スタングレネードから復活した鈴が、顔を引きつらせながら俺に聞いてくる。…いや、まさか違うよな?まだ何かあるんだよなと思いながら葵の方を向くと、

 

「あ~どうしよ。効くと思ってたのに…、やっぱ富竹フラッシュの方がよかったのかな?でも直感で危ないと思ってよかった~。つーかあの一瞬でこっちの意図を読んで瞬時に待ち構えるとか、さすがラウラ…」

 …ラウラを見ながら頭を抱えたままだった。

 

 …まさか本当にこれ?そしてそれで終わり?いや頼む、嘘と言ってくれ。

 

「では葵、次は私の番だ」

 そう言って、頭を抱えている葵めがけて、ラウラは後退しながらワイヤースピアを放って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

    

(切り札がスタングレネードとは、予想通りだったな)

 葵に二本のワイヤースピアを放ちながら、ラウラはアサルトライフルを構える。葵は左右から迫ってくるワイヤースピアを上昇して回避。その軌道上にラウラはアサルトライフルを放っていく。普段ならプラズマ手刀を使う場合も考え、アサルトライフルを使う事は無い。しかしアサルトライフルをラウラが使用する理由があった。

 

(葵相手に接近戦をするつもりは無い。遠距離で倒す!)

 ラウラはかつて、こちらの攻撃をかいくぐって来た葵を、プラズマ手刀で向かえ討った時の事を思い出す。ラウラの攻撃を紙一重で葵はかわして行き、お返しとばかりに葵が正拳突きを放ち、その一撃で壁まで吹き飛ばされた時の事を。他のメンバーとの模擬戦を見ても、明らかに近接格闘では数段も葵が上だと言う事を、ラウラは理解していた。

 

(あの妙なポーズはともかく、近接ブレードとスタングレネードを取りだすあの早さ。シャルロットのラビットスイッチとまではいかなくとも、訓練機なのに一秒と立たず量子構成を完了させることができるとはな)

切り替えの早さなら、シャルロットのラビットスイッチの方が数段優れている上に早い。しかしそれはシャルロットの乗っているラファールが拡張領域を大幅に広げているのと、取り出す武器はシャルロットが主力としている武器で、イメージしやすいせいでもある。

 

(しかし葵は、普段使わないスタングレネードなのにあれだけ早く出せるとは…。セシリアは見習った方がいい)

ラウラは同じクラスメイトの顔を思い浮かべる。主力武器を取りだすのは早いが、使い慣れない近接武器を出すのがセシリアは苦手だからだ。

 

(やはり葵は一つ一つのIS基本動作のレベルがかなり高い)

 動きを先読みして放ったはずのアサルトライフルだが、葵は読んでいたかのように体を捻りながら弾丸を回避していく。すぐさま三本目のワイヤースピアが右から、四本目が後ろか迫ってくるが、

 

「ハア!」

 葵は三本目のワイヤースピアに自分から近づき、迫りくるワイヤースピアを右手に持っている近接ブレードで打ち払った。四本目のワイヤースピアが、葵のそのすぐ傍を通りすぎていく。

 

(…操縦技術も高い。得手不得手はあるにしても、あんな芸当は私は無理だ。そして)

 五本目、六本目のワイヤースピアが葵の下から迫ってきて、葵は急上昇して回避しようとするがワイヤースピアの方が早い。二つのワイヤースピアが葵の足に絡みつこうとするも、

 

「ああ、邪魔!」

 葵は空中で半回転し、頭を地面に向けた格好で迫りくる五本目、六本目のワイヤースピアを打ち払った。

 

(やはり葵は似ている、……教官と動きが似ている)

 ラウラは自分が尊敬してやまない織斑千冬の姿を思い浮かべる。第一回、第二回のモンドグロッソ大会で戦っている千冬の姿を、ラウラは何度も見ていた。そこで見せていた千冬の動きと、今目の前にいる葵の動きが、ラウラにはダブって見えていた。

 

(教官に一夏に箒に葵。皆同じ道場で剣を習っていたせいか、一夏も箒も教官と似た動きを見せたりもするが…、葵が一番教官に近い。そして一番教官に近いからこそ…負けたくない!)

 自らの場所を変えながらも、ラウラはアサルトライフルを間隔を開けて葵に掃射。その後オーディンの瞳をこらし、体の動きから回避先を予測し、その場所にレールカノンを放つ。その攻撃は葵の予測を上回り、レールカノンの一撃は葵の左肩に着弾し、葵は錐揉みしながら吹き飛んで行く。

 

(教官に一番近づくのは、この私だ!)

 その後もラウラの猛攻は、じりじりと葵を追い詰めていった。いかに葵が抜群の回避能力を持っていたとしても、遠くからひたすら狙い撃ちされては避け続ける事は不可能である。動き回る葵に、距離を開けながらもラウラは追っていく。ジリジリとシールドは削られていき、葵のシールドエネルギーは残り半分となった。

 

(そろそろどうにか私に近づこうとするだろうが、そこで必ずAICで捕える!)

 過去の戦闘から、何故か近接戦にこだわっている葵は、勝負を決めるべくラウラに特攻をするのだが、そのことごとくをラウラは防いでいった。どんな手を使おうとも、ラウラは己の技量なら葵の接近を止める自信がある。ラウラは葵が勝負を決めようとしている時を、じっと待っている。

 

 

 ワイヤースピアが三本、左右と下から葵に迫ってくる。葵は前方に『瞬時加速を』をして逃れたが、

 

「あ!」

 逃げた先に、また三本のワイヤースピアが葵を待ち構えていた。葵を取り囲むように迫るワイヤースピアを、葵は近接ブレードを振り回し二本打ち払うが、一本が胴体に直撃。動きを止め衝撃に呻く葵に、ラウラは好機とばかりにレールカノンを葵に照準、発射させた。

 

 しかし、この瞬間初めて葵は回避以外の行動に移った。

ラウラがレールカノンをこちらに向けているのを確認した葵は、即座に近接ブレードを取りだし、ラウラのレールカノン発射と同時に、葵はラウラに向けて近接ブレードを投擲した。

 ラウラのレールカノンによる特殊鉄鋼弾と、葵が投擲した近接ブレードは互いに交差して対象に迫っていく。

 迫りくる特殊鉄鋼弾を、葵は身を捻り右足装甲を掠めるも直撃を回避。一方、ラウラは迫りくる近接ブレードを見ながらも動かない。レエールカノンの照準を再度葵に合せるだけであった。そして、

 

 葵の投擲した近接ブレードは、ラウラから右に少し離れた地面に突き刺さった。

 

 葵の投擲した近接ブレードの角度から、自分に当たらないと判断したラウラはその場から動かなかった。それよりもさらに動きを乱した葵に、攻撃を行おうとしたが、

 

「何っ!」

 それはラウラ自身も、何故先程葵が投げた近接ブレードを気になったかはわからなかった。しかし、無視できない直感が、ラウラを近接ブレードに目を向かわせた。そして、

 

 葵が投げた近接ブレード、その近接ブレードの柄にスタングレネードが取り付けてあるのが見えた。

 

そしてその直後、再びラウラに閃光と爆音が襲った。

 

 

 

(今だ!)

 スタングレネードが爆発したと同時に、葵はラウラ目がけて『瞬時加速』を行った。今度こそ、ラウラに効いたと思い葵は勝負に出た。しかし、

 

 

「…ラウラ。ちょっと隙が無さ過ぎない?」

 

「…意表を突いたつもりだろうが、残念だったな」

 葵が勝負をかけたスタングレネードの罠も、ラウラは間一髪で回避。そして『瞬時加速』を使い、迫りくる葵の手がラウラに届く寸前で、ラウラのAICが葵を拘束していた。葵の右手は、ラウラの胸から後数センチという所で停止させられていた。

 

「では葵、今度こそ終わりだ!」

 ラウラは動けない葵に、レールカノンとアサルトライフルを構える。しかしそれよりも前に、

 

 再びラウラと葵との間に、スタングレネードの弾が現れた。

 

 しかし、ラウラは無視して攻撃を続行しようと決意。来る事がわかっていれば脅威でも無い。ラウラは瞬時にハイパーセンサーの切り替えを行った。その直後、弾は爆発し、ラウラは閃光と爆音が来ると思い、目を閉じながら身構えた。

 

 しかし、それはラウラの予想とは違い、爆炎と襲撃がラウラを襲った。

 

(くっ!)

 爆発の衝撃で吹き飛ぶラウラ。辺りは爆煙で白い世界の中、ラウラは己の迂闊さを後悔していた。

 

(やられた!あの密着状態で爆弾を使わないだろうと思ってた私が馬鹿だった。二発スタングレネードを使ってた為、先程のもそうだと思ってしまったのも迂闊すぎた!)

 葵の最初のスタングレネードによる攻撃、あの時は葵が目を隠した為閃光弾の類と判断し、爆弾で無くスタングレネード対策をして防いだ。二発目も一発目と見た目は同じ弾だった為、同じ対策をして防いだ。そして先程の三発目、またも見た目は同じ弾だった為ラウラは、これもスタングレネードだと判断してしまった。

 

(見かけは同じだが中身は通常爆弾か!こんな子供騙しに引っかかるとは!)

 白い爆煙の中、葵の策に引っ掛かったラウラは怒りに燃え葵の姿を探した。葵も近距離で爆発を受けた為、どこかへ吹き飛んだはずと思ったからだ。そしてラウラがふと上に顔を向けると、

 

 ラウラの視界を、葵が操縦する打鉄の右足が覆い尽くした。

 

(何故葵がここに!?)

 同じ爆弾を受けて吹き飛んだはずの葵が、もうすでにラウラのすぐ近くまで来ていた。

 そして愕然とするラウラの顔面に、葵の右飛び後ろ回し蹴りが迫る。その一撃はラウラの額に当たり、

 

 大砲の一撃を受けたような轟音と衝撃と共に、ラウラは地面に叩きつけられた。

 凄まじい衝撃に、眩暈を起こすラウラ。頭部に凄まじい衝撃を与えられ、脳震盪寸前まで陥いる。

 

 しかし、葵の攻撃はそこで止まらなかった。

 地面に倒れているラウラに、葵は右足を上げ、渾身の力を持って振りおろした。再び凄まじい衝撃が、ラウラの腹部を襲う。衝撃でさらに地面にめり込み、足は衝撃で反り返った。

 その反り返った足を、葵は右手で掴む。そしてそれを引き上げ、宙に投げると、

 

 葵は右手を構え、ラウラの腹部めがけて正拳突きを放った。

 

 その一撃は吸いこまれるようにラウラの腹部に当たり、その結果―――ラウラはアリーナの壁まで吹き飛ばされていった。

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘、何今の連撃…」「何度見てもありえない威力…」「今までスタングレネード使ってたのはあの攻撃の為?」

 アリーナにいる全ての観客が、驚愕の眼差しでラウラを、そして葵を見ている。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 俺の横にいる、鈴、セシリア、シャルの三人は無言で驚愕の眼差しをしながら、食い入るように葵を眺めている。俺も茫然としながら、葵を眺める。やった、本当にやりやがったあいつ!

 

「まさか本当にラウラを倒すとは…、化け物かよあいつ。でも何で、葵の奴あの時一緒に爆弾に巻き込まれたのにラウラよりも早く動けたんだ?」

 ラウラが爆発から立ち直った時、すでに葵はラウラに攻撃を行っていた。俺の疑問に、

 

「…それは一夏、葵の乗っている打鉄が防御型ISと言われる程、防御に優れているからだよ。第三世代のラウラのISよりも、防御力の点で言えば葵が乗っている打鉄の方が上だからね。…でもあの爆発の後にすぐ行動に出る葵も相当無茶をするね。下手すればその衝撃でシールドエネルギー全て無くなっちゃうよ」

 

「実際ギリギリだったみたいよ…」

 鈴の指摘を聞いて、葵のシールドエネルギーを確認してみる。うわ、もう残り一割と少ししかないじゃないか。

 

「ギリギリだな…、まあそこまでしないとラウラは倒せないか」

 

「いえ一夏さん、それは違いますわ」

 セシリアが堅い声を出しながらラウラを眺めている。そこには、

 

「マジかよ…」

 葵の怒涛の連続攻撃をくらったラウラだが、体を起こし再び戦闘態勢に戻っていた。

 

「…あ~あ、さすがにあれだけじゃ倒し切れないか」

 葵が悔しそうな顔をしながら、ラウラを眺めている。俺はラウラのシールドエネルギーを確認してみたら、残り3割となっていた。

 

「え、嘘だろ!葵の攻撃を受けて、しかも最後は正拳突きを受けてあれだけ派手に吹き飛んだのに、まだ3割残ってるなんてありえないだろ!」

 

「…普通武器使わないで、残り3割まで減らしてる方がおかしいんだけどね」

 シャルが呆れた声を出すが、それでもおかしい。倒し切れなかったにしても、もっとシールドエネルギーを減らしてるはずだ!毎回吹き飛ばされてる俺ならそれがわかる。

 

「最後の一撃、ラウラタイミング合わせて後方にスラスター噴出させて、威力を緩和させたはね。…は~、もう見事としか言いようがないわ」

 戦闘態勢を取るラウラに、呆れた顔をしながら、そして若干の尊敬した目を向けながら葵は言った。

 

「葵もな、毎度ながらふざけた威力だ。だが葵、―――今回も私の勝ちだ」

 アサルトライフルを構え、ラウラは葵に勝利を宣言する。実際ラウラの言う通り、もはや勝負はついたも同然だ。葵の切り札は全て使い果たした。そしてシールドエネルギーも残り僅か。アサルトライフルとワイヤースピアなら数発、レールカノンなら一撃でも当たったら勝負はつくだろう。

 どうするんだ葵、と思いながら葵の方を向くとそこには、

 

 ラウラを見据えながら、真剣な表情を浮かべている葵がいた。その目は…、まだ試合を諦めてはいなかった。

 

「では葵、これで終わりだ!」

 ラウラの叫びと同時に、ワイヤースピアとアサルトライフルの弾丸が、葵を襲う。葵は上昇し、必死になって避けていく。しかし、それではいずれジワジワと追い詰められるのは、先程の戦いで証明されている。どうするんだよと思ってたら、

 

「馬鹿な!そんなわけが無い!」

 いきなりラウラが葵に向かって叫んでいる。は?何が起こってるんだ?

 その後もラウラは葵に攻撃しながらも時々、

「う、確かに…」

 

「いやまさか…」

 と困惑の顔をしながら葵を、そして偶に俺の顔を凝視する。え、どうしてラウラ、困惑した顔で俺の方を向くんだ?

 

「どうしたんだラウラの奴?」

 

「おそらくですが、プライベートチャネルを使って葵さんはラウラさんに何か言ってるようですわね…」

 

「何で葵、わざわざプライベートチャネル使っているわけ?」

 

「さあ?聞かれると不味い事言ってるのかな?」

 

 俺達が疑問に思ってる中、戦いは次第に葵の方が優勢になっていった。困惑顔のラウラの攻撃は、葵に通用せず全て避けられていく。そして、

 

「これで止め!」

 葵はそう叫びながら、葵は『瞬時加速』をしながらラウラに向かっていった。

 本来ならこんな小細工も無い突撃、ラウラに効く訳も無いはずなのだが、

 

「!!!!!」

 ラウラは驚愕の顔をしているだけで、葵にAICを使って拘束する事をしなかった。ってえええ!何でだよ!

 そして驚愕の顔をしていたラウラが、葵の接近に気付き慌てて防御しようとしたが、

 

「はあ!」

 その前に葵の渾身の正拳突きがラウラの胸に当たり、ラウラはアリーナの壁まで吹き飛ばされていった。そして轟音と共にアリーナの壁が砕け、ラウラは破片と共に地面の上に横たわった。その瞬間試合終了のブザーが鳴り響き、葵の勝利が決まった。

 

 

 

 

 

 

「で、葵。あんた最後ラウラに何をしたわけ?」

 気絶したラウラが担架に乗せられて運ばれるのを見ながら、鈴は葵に問いただす。

 

「え、何もしてないわよ」

 明後日の方を向き口笛を吹きながら、葵はしれっと言った。この野郎、何もしてないわけ無いだろ!

 

「嘘こけ!ラウラ、明らかに後半困惑した顔でお前と、たまに俺の顔を見ていたぞ」

 

「葵さん、一体何をラウラさんにされてましたの?」

 俺達がしつこく追及していくと、

 

「まああれよ、私の切り札をラウラに使ったのよ」

 葵はばつの悪そうな顔をしながら答えた。

 

「何だと?スタングレネードが切り札じゃなかったのか?」

 箒が驚いた顔をしながら、葵に言う。いや、俺もスタングレネードが切り札だと思ってたから驚いている。

 

「あれ~、別に私スタングレネードが切り札とは言ってないわよ」

 葵はニヤニヤしながら俺達に向かって言う。うわ、ムカつく!

 

「じゃあ葵、切り札っていったい何なの?一体ラウラに何をしたの?ラウラのあの表情、ただ事じゃ無かったよ?」

 シャルの疑問に、葵は頭を掻きながら、

 

「じゃあ教えてあげるわ」

 そう言って、葵は再び打鉄に乗りこんでいく。そして、

 

「これをラウラに見せてあげたのよ」

 と、打鉄から空中ディスプレイが投影された。そこには、

 

 

 

 俺と弾がキスしている光景が写り出されていた。って!何だこりゃ~~~~~!

 

 

「な、な、」

 

「え?一夏って」

 

「そんな、一夏さんが…」

 

「あんた、あいつとそんな関係だったの…」

 箒、シャル、セシリア、鈴が驚愕の眼差しで俺を見ていく。いや待て!誤解だ!

 

「言うまでも無いけど、これ合成写真だから」

 皆の驚愕の顔を見ながら、葵は呆れた顔をしながら言った。

 

「…うわ、予想以上に皆信じるわね。最初にラウラにプライベートチャネルで一夏は同性愛者だって言ったら、ラウラ最初は信じなかったけどさ」

 そう言って葵は俺とシャルの方を向き、

 

「一夏、シャルロットが男装してた時、更衣室でしつこく着替えようとか、裸の付き合いがどうのこうの言ってた様ね。その後もなんか男最高とか言いながら、シャルロットとべったりだったようだし」

 ニヤニヤしながら、葵は先月の事を誇張しながら言っていく。いや待て、確かに似たような事は言ったけど!

 

「あの時の様子は結構他の皆も話題になってたようね。他クラスの子から一夏とシャルル本みたいなの読ませて貰ったし」

 そんな本あったのか!

 

「まあそういう疑惑があったもんだから、少しずつ揺さ振りをかけていったらラウラだんだん信じていったわよ。そして、止めにこの画像を見せて思考が停止した所を一気に私が突いたって訳。オーディンの瞳展開してたから、この映像を必ず見てしまい、さぞ網膜にこの映像が焼きついたでしょうね。ふ、ラウラもこれ見て相当心を乱したようね。心が強かったらこんな手に引っ掛からなかったはずだけど、ラウラもまだまだってところかな」

 明後日の方を向きながら、偉そうなことをほざく葵。

 …あ~そうか、昨日言っていた最後の台詞、操縦者が人間云々はこの事だったのか。いや確かに、その言葉通りだったわけだが…。

 

「…最低」

 

「…姑息すぎます」

 

「…途中まで尊敬してたんだが」

 

「…最後の最後であんたは」

 シャル、セシリア、箒、鈴が白い目で葵を眺める。…だよなあ。途中まであんなに熱い展開だったのに最後でお前って奴は…。葵も自覚しているようで、頬に若干の汗を掻きながら、

 

「っとにかく!これで私が学年最強になったわ!アイアムナンバーワン!」

 と叫んだが、皆白い目をするだけで誰も祝福するものはいなかった。

 

 

 

 

 夜、葵は部屋で件の議員さんにドヤ顔で電話していたが、

 

「あんな勝ち方認めるわけ無いでしょ!」

 という怒鳴り声が、携帯電話から聞こえた…。

 葵が本当に議員さんを黙らせる日はまだ先のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まあ、一応青崎さんがボーデヴィッヒさんに勝ちましたね」

 

「…あの馬鹿。ひっかかるボーデヴィッヒもボーデヴィッヒだが」

 教師だけが入れるモニター室で、真耶と千冬の二人は葵とラウラの試合を観戦していた。その試合状況は全て記録されているのだが、

 

「どうします織斑先生、この試合政府から提出するよう言われてるんですよね?」

 

「…ありのまま提出しろ。それで何かあっても、こんなくだらない事をした青崎が悪い」

 

「わかりました」

 そう言って真耶は編集作業に入った。

 

「しかし、本来なら訓練機で第三世代、しかもボーデヴィッヒに勝つ事が無理なわけだが。よくやったと言うべきか。…まったく、訓練機の青崎がここまでやっているというのに、他の連中は何をやってるんだ。あいつらが青崎を責める資格は無い。勝てないと諦めてるあいつらよりも、手段はアレだったが、勝とうとする青崎を私は評価する」

 

「そうですね。私もラウラさんと戦って勝つ自信はありますが…でも青崎さんみたいに近接戦で勝つのは無理ですね。私なら遠距離でレーザーライフルを使って倒しますけど」

 

「元々ボーデヴィッヒとその機体相手に、近接格闘で勝とうと言うのが無茶だからな。絶対的に相性が悪すぎる。青崎の馬鹿はわざわざ困難な道を選んだだけだ」

 

「しかし青崎さん、本当に何で銃を使わないんでしょうね?わざわざ剣を投げたりするよりも、グレネードランチャーでも使えば楽だし威力も数段上ですのに」

 

「あいつの戦闘スタイルが近接戦重視というのもあるが…、おそらく誰とは言わんが、そいつが剣しか使えないからだろう。近接戦での戦い方を見せつけてるんだろう」

 

「…なるほど。ですから打鉄に備わっている防御シールドも使わないんでしょうか。そういえば織斑先生、織斑先生でしたらボーデヴィッヒさんに青崎さんみたいな条件で倒せますか?」

 真耶の問いに、

 

「当然だな。私なら青崎が使ったスタングレネードも、あの妙な画像もいらん。剣一本で十分だ」

 千冬は余裕の顔をしながら答えた。

 

「葵は気付いてないのか、もしくは出し惜しみしてるのか、それとも本当にまだ無理なのかは知らんが、…葵もいずれ私と同じ事を言うだろう。そしてそれに必ず一夏も、箒も続くだろうよ」

 そう言って、千冬はモニター室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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臨海学校(一日目 自由時間)

「あー海だー!皆ー!もうすぐ泳げるわよー!」

 IS学園をバスで出発してからはや数時間、目的地に近付いてきたためクラスの女子達はかなり興奮している。まあ無理もないか、今日の日を皆楽しみにしてたもんな。なんせこの臨海学校、初日はまるまる自由時間だから、クラスの皆バスの中で何して遊ぼうとか移動時間中そればっか話してたし。

 

「一夏さん、もうすぐ到着しますわね」

 通路の向かい側に居るセシリアも、楽しそうな顔をしている。

 

「海で泳ぐなんて久し振りだな~。ラウラ、一緒に泳ごうね」

 

「ああ、軍で鍛えられた泳法を披露しよう。そうだシャルロット、海に言ったら私と泳ぎで競争するとかどうだ」

 こちらも楽しそうな顔してラウラに話しかけるシャル。ラウラも笑みを浮かべながら、シャルと話をしている。

 

「へ~、軍隊仕込みの泳法か。それは興味あるな」

 

「うむ、嫁にも私の泳法をしっかり見せて……」

ん、何だ?急にラウラ、顔を赤くして俯いてしまったぞ?まさか急に具合が悪くなったのか?

 

「大丈夫かラウラ?気分悪いのか?悪いならすぐに言えよ」

 

「だ、大丈夫だ一夏!心配はしなくていい!………クラリッサに選んで貰った水着、一夏は気にいるだろうか」

 なにやら後半よく聞こえなかったが、顔を赤くしてそっぽむくラウラ。いや本当に大丈夫か?バス酔いか?

 

「そうか、でも無理するなよ。なにかあったら」

 

「わ、わかっている。私の事は気にするな」

 

「大丈夫だって一夏。少し敏感になりすぎだよ」

 

「葵さんの事はしかたありませんわよ。ですから一夏さんが責任を感じる必要はありませんことよ」

 

「でもなあ…」

 皆はそう言うけど、やっぱしなんかなあ。

 

「しかし葵も、何故よりにもよって今日に…」

 皆が楽しみにしていたこの臨海学校。目的地に向かうこのバスには葵の姿は無い。何故なら…

 

 

 

 

 

 

 

 

「38度6分。風邪ですね」

 

「体調管理位しっかりしろ。代表候補生だろ貴様は」

 

「も、申し訳ありません…」

 今日の朝、俺が起きたら隣のベットで顔を赤くしてうなされている葵がいた。葵の額に手を当ててみれば物凄く熱く、これはヤバいと思った俺は急いで寮監している千冬姉を呼んだ。山田先生も一緒になって俺の部屋に行き、葵の容体を見てもらった。

 

「しかしどうします織斑先生?普通の風邪でしたら注射を打って薬飲んでぐっすり寝れば、明日には治ってるでしょうけど」

 

「ま、まさか俺だけここに留守番しろなんて言いませんよね!千冬さん!」

 葵!お前風邪のせいで状況判断ヤバくなってるぞ!千冬姉の前でその口調にその呼びかけは!

 

「…まあ安心しろ。今回青崎が行かないと困る事になるからな。別の車に青崎は寝ながら運ぶ事にする。今日の所は向こうの旅館で寝てろ」

 お、さすがの千冬姉も病気で苦しんでる葵に鉄拳制裁はしないか。しかし葵が行かないと困る?何の事だろうか?そして千冬姉は葵を慈しむような目で見て言った。

 

「まあゆっくり休め。治ったら色々待ってるぞ。特に出席簿がな」

 …どうやら治るまでは見逃してやるだけのようだ。治ったら葵の運命は…ご愁傷さま。

 

「よかったな葵、臨海学校に行けるぞ」

 

「それはホッとしたが、…結局一番楽しみにしていた初日の自由時間が」

 

「まあ、それは諦めるんだな。ったくせっかく私が」

 

「?織斑先生どうしました?」

 

「いやなんでもない」

 そして葵のために色々用意すると言って部屋を出る千冬姉。山田先生も薬を取りに部屋を出て行った。

 

「あ~糞!なんで今日に限って俺は体調崩してるんだよ…」

 

「ごめんな。俺がお前の変化に早く気付いてれば」

 

「別に一夏が謝ることじゃないだろ。それに俺も何が原因でこうなったかなんて見当がつかないんだし」

 

「だが同室にいながら」

 

「だからお前が責任感じることは無いって。あ、そうそう」

 そう言って葵はベットから降り鞄を漁り始めた。

 

「おいちゃんと寝てろよ」

 

「あった。一夏、はいこれ」

 そういって葵は俺にカメラを渡した。

 

「一夏、俺の代わりにそのカメラで皆の水着姿撮ってきてくれ。俺はもう今日は動けないから頼む。皆どんな水着で勝負してくるのか楽しみだったのに遊べないとは…」

 勝負? なんの事かよくわからんが、皆で写真を撮るのは悪くないな。俺は葵の頼みを快く了承した。

 

 

「あ~、一夏にも移ったらヤバいから、もう荷物まとめてこの部屋でろ」

 葵はそういって扉を指差した。

 

「馬鹿か。看病位させろ」

 

「ここでお前まで風邪移ったら俺がへこむんだよ。頼むから出てけ。それに汗かいたから体も拭きたいんだよ。ああ、お前が俺を拭いてくれんの」

 と挑発的な笑みを浮かべる葵。くそ、そんなこと言われたら出るしかないじゃないか

 

「わかったよ。葵、お前もよく寝て早く元気になれよ」

 

「ああ。あ、一夏最後に頼みがある」

 

「頼み?」

 

「ああ、箒をここに呼んでくれ」

 

 

 

 

 

 以上回想終了。まあ葵は別便で向こうに行くと知った時は皆ホッとしてたな。箒は一番よかったよかったと言ってたっけ。

 …以前一人だけ除け者にされたと誤解したからな。一人の苦しみが一番わかるんだろう。

 

「そういや箒、葵はお前に何の用事があったんだ?」

 俺はバスに乗ってからずっと心ここにあらずな状態になっている箒に尋ねてみた。

 

「あ、な、なんだ一夏!何か言ったか?」

 

「いや葵は箒に何の用事があったのかと思ってな」

 

「あ、いやそれは…」

 と言って顔を赤くする箒。何故に?

 

「と、とにかく!葵も明日には元気になるんだ。心配はいらないな、うん」

 いや俺が聞きたかったのはそういう事ではないんだが。

 

「そうだね、まあ今日は葵の分まで僕達は楽しんでこうよ」

 

「うむ、葵が言っていた海の家とやらで不味いラーメンを食べ、食べにくくなっても目を隠して棒でスイカを割り、海に向かって「バカヤロー!」と叫ぶのを代わりにやっておいてやろう。葵はそれらが日本の風物詩で、海に行ったらやらなければいけないとか言ってたからな」

 

「…日本には随分変わった風習があるのですわね」

 いやラウラ、セシリア。確かにそれはある意味間違ってはないんだが…あー説明が難しい!葵、絶対わざとぼかして話してやがるな。

 と、そんな事話してるうちに俺達は目的地に到着した。

 

 

 旅館に到着後、俺の部屋は千冬姉と一緒と山田先生から聞かされた。それは俺が一人部屋だと就寝時間後部屋に突撃する女子が必ず出るからとか。…まあたしかに千冬姉と一緒だとそんなことする度胸の奴はいないか。ちなみに今回葵は一緒では無い。聞いた限りでは箒とのほほんさん達と一緒らしい。

 

「いや~アオアオと同室なんて楽しみだよ~。風邪治ったらたくさんガールズトークやりたいよ~」

 

「本当よね。こういう機会でも無いと青崎さんいつも織斑君といるし。ま、それは篠ノ之さんも同じだけど」

 

「全くそうよね~。ねえ篠ノ之さん、織斑君との昔話よろしくね~」

 

「う、ああ」

 おお箒、のほほんさん達に押されてるなあ。しかし安心した。入学したての頃とは随分変わったな箒も。

 

「…おい一夏、何故娘を見る父親みたいな目で私を見ている」

 

「気のせいだ」

 そう言った後、旅館の前に一台の救急車が現れた。もしかしてと思ったら、案の定そこからストレッチャーに乗せられた葵と千冬姉が出て来た。

 

「…救急車で来たのか」

 

「確かに寝ながら運べますけど…」

 救急車から出た葵は熟睡している。顔色も朝よりもかなり良くなっており、これならすぐに元気になりそうだ。葵はそのまま旅館の一室に運ばれ、そして救急車から降りた千冬姉と一緒に、俺は旅館の女将から部屋を案内された。部屋までの道中俺は千冬姉に葵の容体を聞いてみたら、注射と薬を飲んだらかなり容体は良くなっていて、明日には山田先生の言うとおり元気になるとの事らしい。いや本当に安心した。

 早く元気になれよ。

 

 

 部屋着くと千冬姉は開口一番に、

「まあ部屋割の都合上、お前と私は一緒の部屋になったが、あくまで私が教員だと言う事を忘れるなよ織斑」

 と言ってきた。相変わらず仕事人間だな。

 

「わかってますよ織斑先生」

 

「ならばいい」

 …う~ん、千冬姉少し硬すぎないかな。部屋で二人っきりの時位は千冬姉と呼んでも良いじゃんか。

 

「公私の区別はつけんといかん」

 …相変わらず俺の考えてる事は何故か読まれてるし。その後俺は千冬姉から風呂場等のいくつかの注意事項を聞かされた。

 

「まあ以上だ。さて初日は自由時間だ。着替えて海にでも行ってこい」

 

「織斑先生は行かないんですが?」

 

「私は他の先生達と連絡なり色々ある。まあ、どこかの弟がせっかく水着を選んでくれたからな。暇になったら海に行こうと思ってる」

 おお、千冬姉もやっぱり泳ぎに行くんだ。しかし千冬姉の水着姿か……、何年振りかなあ。

 

「では私は仕事に戻る。織斑お前は遊んで来い」

 

「わかりました織斑先生」

 千冬姉に行ってきますと言って、俺は水着を片手に海へ行く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ箒、これどう思う?」

 

「知らん」

 更衣室がある別館に行く途中箒と出会い、一緒に歩いてたんだがその道中に珍妙な物があった。ウサ耳。どうみてもウサ耳にしか見えない物が地面に埋まっている。そしてその横には「引っ張ってください」と書かれた看板。…まあこんなことする人はあの人位しかいないよな。

 

「なあ箒これ」

 

「…」

 無言で先に行ってしまう箒。う~ん、相変わらずだなあ。しかしやっぱり箒もこのウサ耳は……箒の姉、束さんだと確信してるんだな。

 

「まあ他の誰かが抜いたら面倒な事があるだろうし……」

 そう思って俺はウサ耳を抜く事にした。えい、ってあれ?てっきり地面の下に束さんがいるかと思ったのに、ウサ耳の下は何も無かった。

 

「どうしましたの一夏さん、そんな物持って?」

 

「いやウサ耳が地面にはえててそれを抜いたんだが下に何も無くて」

 

「はい?」

 わけわからんって顔をするセシリア。…うん、俺も言ってて支離滅裂だと思う。

 

「いや束さんが」

 しかし俺が言い終わる前に、空から巨大なニンジンが落ちてきて、俺達の前に突き刺さった。

 

「な、なんですの!」

 セシリアがニンジンに向かって叫ぶ。そのニンジンだが急に二つに割れ、

 

「ふっふっふ、天才の罠にひっかっかたねいっくん!」

 と叫びながら、世界一の天才、束さんが現れた。…しっかしなんていうファンシーな格好だろう。なんだろう、ゴスロリ系なんかなこういうのは? 千冬姉なら絶対着ないだろうな。いや束さん似合ってるからいいんだけど。束さんは俺から先程抜いたウサ耳を取り、頭に装着した。

 

「いや~久しぶり!本当に久しぶりだね-!元気だったいっくん。で、ところで箒ちゃんはどこかな?さっきまで一緒だったよね?」

 

「あ~それなんですが」

 まさか束さんと会いたくないから逃げたとは言えないし、どうしようかと思ったら

 

「まあ私にかかればあっという間に見つける事はできるけどね~。じゃあいっくん、名残惜しいけど先に箒ちゃんに用があるからまたね~」

 と言って走り去ってしまった。相変わらずゴーイングマイウェイな人だ。

 

「あの一夏さん、先ほどの方は一体…?」

 

「ああ、さっきの人が箒の姉の篠ノ之束さんだよ」

 

「えええ!さっきの方が箒さんのお姉さまで、現在各国が探してる行方不明中の篠ノ之博士?!」

 かなり驚いてるセシリア。まあそうだよな。ISを開発した天才科学者があんな人だとは普通思わないよな。

 

「そうそういっくん」

 

「どわあ!」

 いつの間にかまたこっちに戻ってきた束さん。気配感じなかったぞ今!

 

「たしかあーちゃん風邪ひいたんだよね。だったらこれ渡しといてね~」

 と言って俺に紙袋渡して、また何処かに行ってしまった。ていうか何で葵が風邪引いているって束さん知ってるんだろう?まあ束さんだからで納得するけど。

 

「あーちゃんとはもしかして…」

 

「ああ、葵の事だよ。束さん、昔から葵の事はあーちゃんって呼んでるんだよ」

 …多分これ薬だよな?まあ束さんが変な物渡すとは思えないし。

 

「じゃあ俺一旦葵のとこまで行ってこれ渡してくるよ。セシリアは先に行っててくれ」

 

「あ、ちょっと待ってください一夏さん!」

 その後俺はセシリアにサンオイルを塗る約束をさせられた。友達に縫ってもらえばいいのにどうして俺なんだろう?

 

 

 そして俺は葵の部屋まで行った。そして部屋に入ろうとしたら、

 

「こら貴方!寝てる女の子の部屋に何入ろうとしてるの!」

 …部屋の中にいた旅館の従業員に止められた。どうやらこの人は葵の看病を任されてるらしい

 

「いや友達の見舞いに」

 

「何言ってるの! 気持ちはわかるけど女の子の寝顔を見て良い理由にはならないわよ。さあさあ行った行った!」

 と俺を部屋から遠ざけようとする従業員さん。いやちょっと待ってくれ!

 

「わかりましたよ! 部屋には入りません! ですからお願いですがこれを葵の部屋に置いてくれませんか」

 と言って俺は束さんがくれた紙袋と伝言を書いたメモを従業員さんに渡した。

 

「まあそれならいいでしょう」

 と言って俺から紙袋とメモを受け取る従業員さん。そして俺を見てニヤっと笑い、

 

「ところでさっき貴方友達とか言ってたけど、実はこの子の彼氏?」

 と、とんでもない事を聞いてきた。

 

「いや違いますって!」

 

「ふ~ん」

 なんだよこの人。ニヤニヤ俺を見て! なんか恥ずかしくなった俺は逃げるようにその場を後にした。

 

 そして俺は、皆がいる海に向かう事にした。

 

蒼い空、白い雲、輝く太陽が煌めく絶好の海水浴日和の日。そして砂浜にたくさんいる自分と同年代の少女達。しかも全員水着姿。そしてこの場に男は俺だけ。弾とかに今の状況を言ったら呪い殺される事は間違いないだろう。で、そんな中俺こと織斑一夏は現在…砂浜に体を完全に埋められ頭だけ出ている状態になっている。そして俺の前方にはラウラ。ラウラは目隠しをされ、手には…木刀を持っている。

 

「さて、葵が言っていた日本の風物詩とやらを体験するか。割るのはスイカではないが」

 

「頑張ってくださいラウラさん!わたくし達がちゃんと誘導してさしあげますわ」

 

「ラウラ―!その馬鹿スイカ粉々にするのよー!」

 

「まあ割っても食べれないけどね」

 ラウラに声援をかけるセシリア、鈴、シャル。皆その目は怒気を孕んでいる。セシリア達の後ろでは千冬姉が呆れた顔で、山田先生はオロオロしながら俺とラウラを見て、そして…箒は顔を真っ赤にして俺を見ている。

 おかしいな、何でこんなことになったんだろう?

 

 

 

 

 葵に束さんから渡された物を届けた後、俺は水着に着替え海に向かった。すでに多くの生徒が着替えて海に来ており、かなり賑やかになっている。俺は数人の女子からビーチバレーやサンオイル塗って等の誘いを受けたりした。そんな中水着に着替えた鈴が俺の前に現れ、

 

「どう一夏、あたしの水着姿!」

 と胸を張って俺に水着姿を見せつけた。…うん相変わらず胸ないなと言ったら殺されるな。しかし鈴はタンキニタイプの水着か。うん似合ってるな。

 

「おお鈴、その水着似合ってて可愛いじゃんか」

 

「か、可愛い!」

 やたらと笑顔になって嬉しがる鈴。よし、俺の返事は間違ってはないようだな。前買い物行った時葵がこういう場合は可愛いとか言うのが男の嗜みとか言ってたし。

 

 そしてその後も

 

「どうですか一夏さん、わたくしのこの姿は!」

 

「どう一夏、前も見せたけど…似合ってる?」

 

「一、一夏!わ、笑いたければ笑え!」

 と水着の感想を聞いてきたセシリア、シャル、ラウラに

 

「おお、似合ってて可愛いぜ!」

 と答えていった。まあ実際に似合ってて可愛いし嘘は言ってない。しかしラウラの水着姿は普段と違った印象を受けて…いや本当に可愛いと思えた。ツインテールがまた良い感じに映えてる。しかしラウラに感想言った辺りで鈴が、

 

「ねえ一夏。あんたまさか取りあえず似合ってるとか可愛いとか言えばいいと思って無い?」

 と目を座らせて俺に聞いてきた。

 

「バ、バカ違う!本当に似合ってるし可愛いと思ったからそう言ってるんだよ!」

 

「ふ~ん」

 まだ疑いの目を向ける鈴。いやまあ…そう言えば大丈夫だろと思ってたのは事実だけどな。あ、鈴の話聞いてラウラ達も俺にそんな目を向けている。

 

「何をしてるんだお前らは?」

 

「皆仲良く遊んでますか~」

 俺が皆から不審な視線にさらされてる時、千冬姉と山田先生が俺達の前に現れた。あ、千冬姉あの水着ちゃんと着てる。…うん、弟の俺から見ても凄く似合ってる。いや弟じゃなかったらマジでヤバい位千冬姉の水着姿は…綺麗だ。う~ん、千冬姉胸大きいなこうして見ると。しかも形良いし。山田先生もビキニの水着を着てるんだけど、俺の視線は千冬姉に注がれてしまう。

 

「…何を無言でじっと見てるんだ貴様」

 

「グハッ!」

 若干顔が赤くなった千冬姉に俺は頭を叩かれた。うん確かにちょっと見過ぎてた。しかし白でなくやっぱ黒のビキニが似合うと思った俺の直感は正しかった。

 

「はい一夏。ずばり織斑先生の水着姿の感想は?」

 

「凄く似合ってて綺麗だ」

 鈴が横から俺に聞いてきて、俺は無意識に答えた。

 

「へ~、あたし達は可愛いだけど織斑先生の感想は綺麗なんだ」

 と言って俺を睨む鈴。いやちょっと待て!

 

「いや鈴!それは深読みしすぎだ!大体千、いや織斑先生は可愛いより綺麗の方が的確だろ!」

 

「うむ、確かに教官は綺麗だ。しかし…」

 

「普通姉にそこまではっきり言いますかしら?」

 

「ていうか一夏完全に見惚れてたよね。僕達と比べて明らかに反応違ったし」

 うわ、なんか千冬姉の感想で皆の不満がいきなり爆発しやがった。

 

「いやよかったですねえ織斑先生。織斑君から綺麗とか言われて」「ふん、別にどうでもいい」「照れなくてもいいじゃありませんか~」「山田先生、ここで生徒達に砂浜での格闘術を披露しましょう。相手をお願いします」「ま。待ってください織斑先生!今は少ない休憩を満喫しましょう!」

 

 なんか千冬姉と山田先生が言いあってるが取りあえず無視。まあその後は「まあ一夏はシスコンだし」というかなり不名誉な理由で皆が勝手に納得した。…いやまあここで下手に反論したらまたややこしくなるから黙ったけどさ。

 

 その後ビーチバレー等して一通り遊んだ後、お腹が空いたので海の家で何か食べる事にした。セシリア達は勿論、千冬姉と山田先生も一緒に俺達と食べる事となった。

 

「さて、海の家で不味いラーメンとやらを食べるとするか」

 

「ラウラ、わかってて不味い物食べるの?」

 

「しかしそれが日本の風物詩らしいからな」

 

「もしかして葵さん出鱈目を言ってるのでは?山田先生、本当ですの?」

 

「え、え~とまあ確かに青崎さんの言ってる事は間違っては無いんですが~」

 どう言えばいいのか迷ってる山田先生。うん、確かに間違ってはないからややこしいんだよなあ。

 

「ところで織斑、篠ノ之はどうした。いつもお前達と一緒にいるのに姿が見えないが?」

 

「いや俺も知らないんです。先に行ったはずなんですが。…ここに来る前に束さんに会いまして箒を探してましたから…束さんから逃げてるかもしれません」

 

「束が?あいつもうここに来てるのか。なるほど、納得した」

 

「え、もうってどういう」

 と千冬姉と話してたら海の家の前で話題の人物の箒が息を荒くして膝に手をついていた。…どうやら束さんから逃げ切ったようだな。しかし箒の奴このクソ熱い中パーカーなんか着てる。

 

「あ、箒どうしたのよこんなに息荒くして。てかさっきから姿見えなかったけど何処行ってたわけ?」

 

「はあはあ、鈴、いや少し悪魔から逃げていた」

 疲労困憊って顔で答える箒。いや悪魔はないだろ。

 

「なにがあったのかはわかりませんが、かなりお疲れのようですわね。箒さん、ちょうどわたくし達もこの海の家で食事をとりますから一緒にどうですか。休憩いたしましょう」

 

「うむ、一緒に不味いラーメンを食べようではないか」

 

「…ラウラ、やけにラーメンにこだわるね」

 

「あ、ああそうさせてもらう。い、いやその前に」

 と言って俺の前に立つ箒。顔を赤くしてもじもじし、

 

「あ~そ、その」

 と言いながらパーカーに手をかけるもまた手を放したりする。何がしたいんだ?

 

「あ~もうじれったいわね!」

 と言って鈴は箒が着ていたパーカーを強引に剥ぎ取った。

 

「こら鈴!」

 

「一夏に水着の感想ききたいんでしょ。まあどうせ一夏はあたし達と同じ事言うだろうけどね!」

 鈴によってパーカーを取られ、その下に隠された水着はって、え?

 

「あ、あれ箒、その水着は…」

 

「ど、どうだ一夏!私の水着姿は!」

 顔を真っ赤にして聞いてくる箒。白のビキニで機能性重視の作り。その水着は…そう先日水着を買いに行った時、千冬姉が黒の水着以外で候補に持ってきたあの水着だった。そしてそれは…あの日思い浮かべた通り箒に、いや想像以上に似合っていた。しかし箒も千冬姉同様、胸デカイな。そしてその白い水着は、箒の体に本当に合っていて…うわヤバい。なんかすごく気恥かしい。

 

「どうなんだ一夏?」

 もはや耳まで真っ赤にして上目遣いで俺に聞いてくる箒。輝く太陽の下その日差しにさらされたその姿に、

 

「ああ、いや、まあなんだ。箒、綺麗だな」

 と思わず言ってしまった。

 

「き、綺麗だと…」

 俺の言葉を聞いてもはやゆでダコのようになった箒。あ、両膝が地面についた。

 

「だ、大丈夫か箒?」

 

「キレイキレイキレイキレイキレイキレイ」

 なんかうわ言のようにキレイを繰り返し言う箒。おいおい大丈夫か?ん、何やら背中から殺気がする。恐る恐る振り向いたら…鬼が四人いました。

 

「ふ~~~~~ん、僕達は可愛いだけど箒だけ綺麗なんだ」

 

「一夏さん、この違いを明確に答えて貰えませんか?」

 

「ねえ、一夏ついでにさっきの態度の違いも教えて貰おうかしら」

 

「私以外の女に私以上の賛辞を送るとはな。嫁失格だな」

 うわなんか凄い怒ってるし!あ、千冬姉そんな呆れ顔しないで助けてくれよ。

 

「知らん。ガキ共の色恋沙汰なぞ興味も無い」

 ひでえ。や、山田先生助けて!

 

「織斑君、頑張ってください」

 いや何ですかその極上の笑顔は!面白がってますよね絶対!

 

「さてと、一夏。懺悔の時間は終わった?」

 こうして俺は鈴達に生き埋めにされる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今一夏はラウラ達にスイカ割りの刑に処されている。理由は一夏が私だけ水着姿を見て綺麗と言ったかららしい。それを聞いて私は頬が緩むのが止まらなくなる。そうかそうか一夏、私だけ特別に綺麗と言ったのか。こ、これはあれか!私は他の皆よりも一夏に対しリードしていると言う事なのか!

 

「ずいぶんと嬉しそうだな篠ノ之」

 と、私の水着を見ながら千冬さんが私に言ってきた。ええ、物凄く嬉しいです。ってあれ? 千冬さん、何故私を睨んでるのですか? いや、これは…私で無く私の水着を睨んでいる?

 

「ところで篠ノ之。その水着ずいぶん似合ってるな。良いセンスをしている」

 

「いえ、これはその実は今日学園を出発する前に葵に呼ばれまして、その時渡されたんです。なんでも一夏にこれ着て見せたら好感度上がる事間違い無しとかあいつが言いまして。しかし、そのどうやら本当だったようで葵に感謝してます」

 

「そうか青崎が…」

 そう言って千冬さんは溜息をついた。え、何故?

 

「いやそうか、なら青崎に礼を言っとくんだな」

 と言って千冬さんは山田先生と一緒に海の家に入っていく。そして一夏達の方を見てみると

 

「「「「待て~~~~~!」」」」

 

「誰がまつかーーーー!」

 どうやらISを展開して生き埋めから脱出した一夏をセシリア達が追いかけてるようだ。長くなりそうだし私も千冬さんと同様に海の家に入る事にしよう。

 

 

 

 

 

 あやうく殺されそうになったりもしたが、まあなんとか落ち着いた鈴、シャル、セシリア、ラウラから半殺しにまけてもらい、ボロボロになったがその後は皆で海の家で食事をし、午後も皆で楽しく遊んで楽しい時間を過ごした。葵に頼まれた写真も、皆ノリノリで撮影されていった。妙に皆俺とツーショット写真を撮ってくれと頼まれたなあ。いやとにかく、葵に頼まれたとはいえ、こうして皆との思い出残せてよかった。

ちなみに

 

「葵の奴嘘を言いおって!凄く美味しいではないかここのラーメンは!」

 

「うん、確かに美味しいね。不味いと覚悟してただけに吃驚だよ」

 

「いえわたくしは不味いですわよ…」

 とセシリアを除き俺も鈴も箒も、葵が言っていた海の家のラーメンは美味いと絶賛した。…まあこれをここ以外で食べたら食えたもんではないんだけどな。

 初日の自由時間、葵がいないのは残念だったが、皆と一緒に良い思い出を俺は作る事が出来た。

 

 

 

 

 

 

「ふ~ん、よかったね楽しそうな思い出が出来て。私は目が覚めたらもう沈んでいく夕陽しか見れなかったけど」

 

「いやそれはお前が」

 

「い~もんい~もんど~せねえ」

 時間も過ぎ、今俺達は大宴会場で夕食を食べている。葵も風邪が完全に治ったとのことなので、俺達と一緒に夕食を食べている。

 

「しかし目が覚めた後束さんがくれた薬を飲んでみたけど、怖い位一瞬にして完治したわ。起きた当初はまだ体だるかったのに。さすが天才としかいいようがないわね」

 

「全くだ。束さんに感謝しないとな」

 

「ああ~~~。どうして私はもっと早く目が覚めなかったのだろ…。せめて昼にでも一回起きて薬を飲んでれば…」 

 

「まあだからしかたないだろ」

 

「う~~~~」

 さっきからずっとこんな調子で嘆いている葵。気持ちはわかるがな。そしてその気持ちを紛らわせようとさっきから恐ろしく食べまくっている。病み上がりだってのに元気なこった。

 

「まあ元気だしなよ葵。海ならまた夏休みにでも皆と一緒にいこうよ」

 可哀想に思ったのか、シャルが葵を元気づけている。

 

「そうですわよ葵さん。夏休みは今日以上に皆と遊びましょう」

 とセシリアも同調。俺もそうだ次また皆と遊ぼうぜと励ました。そのかいもあって葵も次第に元気を取り戻し、

 

「ええ、そうね!次回リベンジすることにする!」

 と笑顔で夏休みになったら遊びにいくと決意した。

 

「ああ、ところで一夏」

 

「なんだよ」

 なにやらニヤニヤした顔で俺に聞いてくる葵。どうやら本当に調子を取り戻してきたなこいつ。

 

「どうだった、皆の水着姿。そしてその中でも箒の水着姿はどうだったかな。凄かったでしょ?」

 

「そういやあれはお前の仕業だったな。ああ、凄かったよ。あやうく殺されかける位な」

 

「は?それは箒に悩殺されかけたってこと?」

 

「違う…まあまた今度話すよ」

 

「そう。わかった。あ、すみませーん、刺し盛り追加で。出来ればトロとかあったら最高です」 

 といってまた食事を再開する葵。しかしさっきから勝手に刺身を追加注文したりしてるけどいいのか? 千冬にバレたらヤバくないか?

 

「そういや箒が着てた水着、もしかしてお前あの時千冬姉と二人だけでどっか行ってたけど、その時買ったのか?」

 

「ピンポーン」

 

「しかし何で箒に?それにもしかして、今日お前が着る予定だった水着って」

 と俺が最後まで言い終わる前に、葵は人差し指を唇に当て、笑顔で言った。

 

「それは秘密です」

 



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臨海学校(一日目 夜)

風邪が全快した葵と夕食を食べた後、俺は千冬姉の命令で葵を俺と千冬姉の部屋まで連れて行っている。千冬姉から大事な話があると葵に伝えたら急に顔つきが変わり、「わかった」と堅い声をして俺と一緒についてきた。何か心当たりがあるのか?と聞いたら「ええ、私は代表候補生だから…」と意味深な台詞を神妙な顔と声で言うものだから、どれだけ重要な用があるのかと思ったが…

 

スパンスパンスパン

 

「~~~~~!」

 

 部屋に入り千冬姉に合った葵は、問答無用で連続して出席簿で頭をどつかれていた。痛みで部屋をゴロゴロする葵を千冬姉は冷めた目で見ている。…ああ、そういや今朝風邪が治ったら葵に出席簿が待ってるとか言ってたっけ。

 

「……お、織斑先生。何故病み上がりの私にこのようなひどい仕打ちを。てかこれはもう立派な体罰で、PTAとかが見たらヤバいのでは?」

 頭をおさえかなり涙目で抗議する葵。ああ、こいつ熱のせいで覚えてないな。

 

「青崎、お前今朝私の前であれだけ注意してきたのに男口調で話をしただろ。これはその罰だ。ちなみにお前を罰するために叩くのは政府公認だ。お前が日本の代表候補生でいるうちは口調に気を付けろ」

 千冬姉の言葉を聞き、葵はがっくりとその場に崩れ落ち、「別に熱でうなされてる時位い~じゃない」といじけ出した。

 

「ところで織斑先生、葵に大事な用があるって言ってたけどまさかこれの事ですか?」

 

「ああ」

 え、本当にこれだけ?

 

「ええ!!これだけのために私呼ばれたんですか!」

 あ、葵が一番驚いてる。まあここに来る前あれだけシリアスな空気だしてたからな。蓋を開けたらただの愛の鞭だったし。再度いじけだした葵を無視し、千冬姉は急に布団を敷き、その上にうつ伏せになった。

 

「さてと私はもう明日の朝まで仕事は無い。見周りも今日は山田先生が担当だしな。だからそうだな、一時的に教師の肩書を降ろそう。今からは公私の私だ。だから一夏、久しぶりにマッサージしてくれ」

 …千冬姉、何か言い訳くさいな。でもいいか。つまりそれほどマッサージして欲しいって事だし。

 

「わかったよ千冬姉、じゃあ始めるぞ」

 

「ああ頼む」

 さてと、始めますか。おお、凝ってるなあ千冬姉。これは本気でやらないとなあ。

 

「どう、千冬姉? 気持ちいい?」

 

「ああ、流石だな一夏。久しぶりだというのに腕が衰えてないな」

そう言って気持ち良さそうな顔をする千冬姉。よかった、満足してくれてるな。何時も教師として激務してるんだし、弟として労わってやんないとな。それに…このマッサージが、俺が千冬姉に出来る数少ない姉孝行なんだよな。

 マッサージを始めて結構経ち、千冬姉の体も大分ほぐれてきて、なんとなく俺は葵の方を向いてみた。さすがにもういじけてはいなかったが、何故か扉の方をじっと見ている。そしてニヤッと笑うと、

 

「一夏、織斑先生をやり終わったら、次は私をお願い」

 葵は妙に大きな声で俺に言った後、布団を敷いてうつ伏せになった。何だ急に。まあ別にかまわんけど。すると千冬姉が急に起き上がり、

 

「一夏、私は充分満足した。だから次は葵の相手をしてやれ」

 何故か千冬姉はニヤニヤしながら、葵にマッサージを勧めて来た。まあよくわからんが、じゃあ次は葵の番だな。

 

「そういや一夏にやってもらうのって初めてかな。いつも千冬さんにやってるってのは聞いてたけど」

 

「そうだな、今日が初めてだな。葵、千冬姉で鍛えられた俺の腕前で気持ちよくしてやるよ」

 俺がそう言うと何故か口に手を当て笑いを必死で耐える葵。何でだ?千冬姉の方を向くと葵と似たような状況になってる。だから何で?

 

「じゃあ一夏、……初めてだから優しくしてね」

 …いや葵、何でそんなに艶っぽい声出してるんだよ。

 

「わかった、なるべく痛くないようにしてやるよ」

 …何故かさらに笑いを必死になって堪えようとする葵と千冬姉。ああ、もういいや、さっさと始めよう。

 う~ん、葵も結構凝ってるな。やっぱ毎日体をあれだけ動かしてるからなあ。ここは温泉宿だから後でゆっくり入った方がいいかもな。そういや俺まだ温泉入って無いなあ。時間的にそろそろ入浴可能時間だから、マッサージ終わったら入りに行こうかなあ。

 

 

 と、意識を逸らさなければならないほど、…葵の体の感触はヤバい!何この柔らかさ!千冬姉とはまた違うこの感触。はっきり言って気持ち良い。いかん、俺の方がハマりそうだ。

 

「あ、そ、そこ!う、うん!」

 俺がマッサージをする力を上げる度に、顔を赤くして気持ちよさそうに悶える葵。…いや何この声?いくらなんでもさ。

 

「はあ~~~」

 恍惚した表情で俺のマッサージを堪能しているなあ。…しかし葵、わざとそんな顔してるだろ。うう、千冬姉がなんかニヤニヤしながら俺を見てるし。

 

「あ、あ~気持ち良い。今日初めてやってもらったけどこんなに気持ち良いならもっと早く言えばよかった」

 

「そ、そうか。ならまたやって欲しければ言えよ。やってやるから」

 

「そう、じゃあ毎晩やってもらおっかな」

 

「いや毎晩は勘弁してくれ」

 

「甲斐性ないなあ」

 いやこれは甲斐性とかの問題では無いだろ。と思ったら急に葵は起き上った。

 

「おいま」

 だ終わってないぞと言い終わる前に、千冬姉の手が俺の口を塞いだ。そして喋るなというジェスチャーをした後、足音を殺して扉に向かう千冬姉と葵。そして千冬姉は強く扉を叩くと「「「「「へぶ!」」」」」という声が響いた。そして扉が開いたら、そこには箒、鈴、セシリア、シャル、ラウラが顔を真っ赤にして床にうずくまっていた。その五人を、葵は極上の笑顔を浮かべながら見おろす

 

「はあ~い、皆さん!楽しい妄想はできたあ?」

 葵がそう言うと、全員涙目で、

 

「「「「「~~~~~~~!!!!!!」」」」

 と声にならない叫びをした。

 

 

 

 

 

「紛らわしいのよ全く!」

 

「まあ常識的に考えたらここでそんなことするのはあり得えないけどさ…」

 何故か部屋を盗み聞きしてた五人に、俺が千冬姉と葵にマッサージをしていたと伝えたら、皆千冬姉と葵に怨みが籠った目で見つめている。皆そんなにマッサージが羨ましいのか?

 その後はマッサージをしたため汗をかいた俺は温泉に入りに行った。葵も一緒に行こうとしたが、

 

「馬鹿者、風邪引いたお前は今日は我慢しろ。第一今の時間は男女交代でどのみちお前は入れん。入りたければ明日入れ」

千冬姉から今日一日温泉禁止令をくらった。え~~~、と文句を言う葵だが、渋々同意し、部屋に残る事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ~もう、なんなのよこの状況!さっきは千冬さんと葵が共謀してあたし達に変な想像させて身を悶えさせたと思ったら、今は一夏は温泉に行って、目の前に千冬さんがあたし達の前に座って見てるし。…一夏抜きで千冬さんと一緒の部屋とか正直やりにくいわよ。

 

 ……しっかしさっきのはあたし達の勘違いで本当によかったわ。正直聞き耳立ててたあたし達の絶望感は半端じゃなかったもの。いやだって、千冬さんがいるのに止めもせず葵にやってやれとか言うから。つまりそれって千冬さん公認の仲ってことじゃ…と思っちゃうじゃない。葵だけなら全員ISに乗って部屋破壊しただろうけど。

 

「お前達に少し聞きたい事がある」

 一夏が部屋を出た後だんまりなあたし達を一瞥し、千冬さんはあたし達に向かって言った。

 

「今一夏がいないから聞きたいが、…お前達はあいつのどこがいいんだ?」

 あ、やっぱり姉として気になるんだそういうの。

 

「ぼ、僕はそうですね。一夏の優しい所が好きです。…僕が女だと知っても、それで僕に偏見持たず、それどころか協力してくれましたし。僕が学園に真実を話そうと決意出来たのも一夏のおかげですし」

 千冬さんの質問に、シャルロットが真っ先に顔を赤くしながら答えていった。ああ、シャルロット! すぐさま千冬さんにアピールするなんて! さっすが恋愛にかけてうるさいフランス! 行動が早いわね!

 

「教官、私は一夏の強い所が好きです!」

 シャルロットに続いてラウラも顔赤くしながら答えていく。う…、この子も素直だからストレートに答えるわね。

 

「ふむ、優しいし強いから好きか。あいつは誰にでも優しいし強さに関しては疑問だが…、オルコット、お前はどうなんだ?」

 

「え!わたくしですか……やはり、一夏さんは他の男と違うからですわね」

 

「ふむ、どう違うかはよくわからんが…凰、お前はどうなんだ?」

 ニヤつきながらあたしに聞く千冬さん。ああ、ついに来た!

 

「え~っと、あたしは…セシリアと同じかな。一夏は他の男とは違った。日本に来て外国人ってだけで苛めて来た男子と違い、一夏はそんな事全くしなかったし、逆に手を差し伸べてくれたし」

 多分あたし、顔を赤くしながら答えてるだろうなあ。う~、恥ずかしいわね好きな理由を言うなんて。なんかあたしの横で「…私も同じ事したのに、なんで一夏だけそうなって私はならないわけ?」と葵がぶつぶつ言ってるけど無視、無視。…だってあんた初めて見たときどう見ても…男と思わなかったし。

 

「なるほど、じゃあ篠ノ之。お前は一夏のどこがいいんだ?」

 

「…私も鈴と同じような事がありましたが、それよりも、目的を持った時の一夏の顔。それが好きです」

 

「目的を持った時の顔だと?」

 

「はい、昔の事ですが剣道で私や葵よりも強くなろうと一心に練習をしている一夏の顔と姿に。最近でも無人機やラウラのVTシステムに立ち向かう時も…同じ顔をしてました」

 こちらも顔を赤くしながら、千冬さんを見ながら言っていく箒。…うん、わかるは、それ。しかしこの手の話題で箒がここまで話をするなんて少し意外ね。いや、それだけ一夏争奪戦に箒も頑張ってるってことなのかな?

 

「では最後に葵、お前の理由を聞きたい」

 最後に千冬さんは葵に質問した。え、葵にも聞くの千冬さん?

 

「私ですか?そうですねえ……色々ありますがやっぱり一緒に居て楽しいことですね」

 

「そうか、一緒にいると楽しい、か」

 葵の返答を聞き、ニヤリと笑う千冬さん。え、ちょっと待って!

 

「葵、お前一夏の事が好きだったのか!?」

 あ、箒に先越された。

 

「そりゃ好きだけど。友達として。…いや誤解させるような事してそれは謝るけど、一夏に対する好きは英語で言うlike。決してloveじゃないから」

 何を当たり前な事をという顔して言う葵。…なんだやっぱりそうか。箒も他の皆も葵の言葉を聞いて納得してるわね。千冬さんは…あれなんか顔険しくない?

 その後は千冬さんから、あたし達から好きな理由を聞いた癖に一夏はやらんと宣言され、一夏が欲しければ奪い取れとか焚きつけられて解散した。

 

 それにしても……やるか馬鹿とは。一夏もシスコンだけど、千冬さんも充分ブラコンよね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂からあがって部屋に戻ると、葵達の姿は無く千冬姉だけだった。

 

「あれ千冬姉、葵達は?」

 

「もう夜も遅いだろ。明日は早いからもう帰らせた」

 ふ~んと相槌打って俺は急須にお湯を入れ、自分の分と千冬姉の分を作った。

 

「はい、千冬姉」

 

「うむ、悪いな」

 ふ~、風呂上がりに飲む熱いお茶ってのもまた美味い。

 

「なあ一夏」

 と言って俺の前に座る千冬姉。その顔は真剣な表情をしている。

 

「ちょうどいい機会だからお前に訊きたい。一夏、お前は将来の事は考えてるか?」

 

「将来の事?」

 

「ああ、今お前は世界で唯一の男のIS乗りとしてここにいる。なら将来は私同様ISに関わって生きていくのか?それともISとは関係ない別の道を歩むのか?…もっともお前にその道を選ぶのは難しいがな。なにしろ世界で唯一のIS乗りの男なのだから」

 

「そうだなあ、考えた事無かったなあ。でも確かに千冬姉の言うとおり、俺は多分ISに関わる仕事を目指すと思うよ。ていうかそれ以外選択肢ないと思うし」

 

「そうか。ならもしお前が競技者としての道を歩むとした場合だが…止めておけ。現状では私は勧めない」

 

「え、なんで?」

 

「葵がいるからだ」

 そういって千冬姉はお茶を飲みほし、真剣な顔で俺に言った。

 

「一夏、一つ聞くがお前は葵が来てから何度かISで勝負したな。勝率を言ってみろ」

 

「…全戦全敗。でもそれがなんの関係が」

 

「おおありだ馬鹿者。あいつは日本の代表候補生だぞ。そしてこのまま順当に行けば代表は確実だ。私が保証する。そうなるとお前はどうなる?代表かけて戦ってもお前は負けるだけ。ちなみにお前のコアは日本政府が保管している分だと言う事を忘れるな。他国に行こうもんなら問答無用で白式は没収される。で、お前は白式以外の機体に乗って鈴等の他国の候補生に勝てると思うのか?無理だろうが」

 

「う、そ、それはそうだけど…」

 

「はっきり言おう。競技者の道を歩むなら、葵はお前にとって最大の障害として立ちはだかる。同じ近接格闘特化型だが、実力に差がありすぎだ。しかしお前は葵がもっとも得意とする土俵で戦い勝たなければその道は開かれない」

 千冬姉の言葉を聞き、うつむく俺。今まで考えた事は無かったが、こうしてはっきり言われると…。

 

「強くなれ」

 

「え?」

 

「だから強くなれ。今はお前と葵との差は恐ろしく離れてるが、死ぬほど努力しろ。目指すなら血反吐吐いてでも強くなれ」

 

「でも千冬姉さっき勧めないって…」

 

「現状ならな。しかし、お前が本気で目指し実力をつけるなら止めはしない」

 そう言って微笑する千冬姉。

 

「ま、決めるのはお前だ。よく考えて結論をだせ。そしてさっき言った道を目指すなら…私も協力してやる。なに、全くの不可能ってわけじゃない。お前だって昔は葵より剣道強かっただろ」

 …いやそれはもう6年も前の話じゃないか。

 

 その後は、千冬姉の朝が早い事もあって寝る事にした。布団に横になりながら、俺は千冬姉に言われた将来の事について考えていた。確かに今後葵に負けっぱなしというのは幼馴染抜きにしても悔しいが…別に今の俺は代表になってモンド・グロッソに出たいという気持ちはあまりない。むしろそれに出場しようとする葵を応援してやりたい位だ。おそらくこれは千冬姉の警告なんだろう。

 

 もし、私を目指すなら今のままでは無理だ、もしそれを目指すなら死ぬほどの覚悟がいる、と。

 

 俺は…何を目指すべきなんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえねえアオアオ~、何で空手習ってたの~?」

 

「私の父が世界大会優勝する程の格闘技の達人だったのよ。知ってるかな?青崎誠って名前だけど」

 

「あ~知ってる!確か20年前世界格闘技大会で優勝した初の日本人でしょ!それ以外でも数々の大会で優勝した!」

 

「そ。で、その父からコミュニケーション代わりに空手を幼い頃から仕込まれたっ訳。…まあ理由もあってね」

 

「理由?なにそれ?」

 

「まあ隠してもいずれバレるかもしれないから…まあ言っちゃおうかな。私の母ね、五歳の時病気で死んじゃったのよ。ってちょおっと皆暗い顔しないで!大丈夫!もう大丈夫だからさ! 悲しみは乗り越えてるから!で、話の続きだけどまあ格闘技一筋な父はどうやって息子と交流をかわせばいいのかわからなかったのよ」

 

「それで息子に空手を教えたっていうわけ?…なんていうか」

 

「でも私も元々体を動かすのは好きだったからね。それに空手に打ち込むことで母の悲しみも紛らわす事もできたし。父もその時が一番良い顔してたからその顔を見ると安心するし。ああそれから空手だけじゃないわよ。父は色々な格闘技覚えてたから空手以外にも古武術や中国拳法の技も一部教えて貰ったわね。…ただ毎日朝五時に起きて朝錬されたけど、今は平気だけど昔はかなりしんどかったなあ…」

 

「そういや剣道もやってたよね、篠ノ乃さん家の道場で。何で空手やってたのに剣道も始めたの?」

 

「ん~それは一夏が千冬さんの影響で剣道習い始めたから。その間一緒に遊べないから私も参加することにしたのよ。まあ門下生が千冬さんと一夏と箒しかいなかったから歓迎されたっけ」

 

「余計な事は言わないくていい」

 

「痛!」

 

「へ~そうなんだ。じゃあじゃあ今はしののんが剣道一番強いけど、当時はどんなだった~?」

 

「し、しののん!?いや当時は…最初は私が一番だったが、小学四年生になる頃は一夏が一番強く、その次に葵、…最後に私だ」

 

「え~、意外!織斑君強かったんだ!」

 

「昔はな。しかし今は…、全く情けない!」

 

「まあ落ち着きなさい箒。一夏にも事情があったんだし」

 

「それはわかるが…」

 

「まあ鈴と遊び倒してたってのも大きいかもね」

 

「やっぱり殺す!」

 

「まあまあ落ち着いて篠ノ乃さん。そういや青崎さんと篠ノ乃さん、よく屋上で他の専用機持ちの子達と一緒にお弁当持って食べてるけど、料理上手いよね」

 

「まあね。さっきも言ったけど母が幼い頃に死んじゃったから。父は…家事がお世辞にも上手いとは言えなかったから私が必死になって覚えたし。一夏の家も似たようなもんだからお互い家事について一緒になって覚えていったわよ」

 

「へ~そうなんだ~。じゃあしののんも、その時一緒になって覚えたんだ」

 

「え、あ、そ、そうだ!」

 

「…まあそういうことにしてあげる」

 

「黙れ葵」

 

「ふ~ん、じゃあさ…」

 

 

 千冬さんから早く寝ろと言われ葵と一緒に部屋に戻ったが、布仏さん、谷本さん、鷹月さんからもう延々と質問をされ続けている私と葵。三人ともここぞとばかりに、私や葵の好きな食べ物から服の趣味まで延々と質問していく。

 

 …頼む、もう勘弁してくれ。明日起きられるだろうか?

 



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臨海学校(二日目 専用機)

「よし、呼ばれたメンバーは全員集合してるな」

 臨海学校二日目、俺といつものメンバーの葵、箒、鈴、セシリア、シャル、ラウラは一般生徒達とは隔離された海辺に集合している。この場に先生も千冬姉だけしかいない。

 今日は生徒全員で、IS装備の各種試験運用データ取りが行われる。無論専用機持ちにはその名の通り国から専用の装備や秘密性の高い装備が送られてくる。そのため一般生徒とは隔離して性能チェックするのはわかるんだけど……なんで俺と箒はここにいるんだろ?葵は代表候補生だからなにかしら特別な装備の試験を任されるんだろうけど。しかしそれにしては…。

 

「織斑先生、何故わたくし達だけこのような場所に呼ばれてますの?本日はIS装備の試験運用データ取りが目的のはずでは?それに本国から送られてきた装備もここにはありませんし」

 セシリアが当然の疑問を千冬姉に言った。そう、この場には試験用のIS装備が見当たらない。千冬姉が立っている横に、なにやら黒い横長の箱が一つあるが、そこにここにいる全員分あるとはとても思えないし。

「予定変更だ。その前にお前達にやって欲しい事がある。それはこの場で専用機を持っていない」

 と千冬姉が説明を始めた時、

 

「ちーちゃ~~~~~~ん!」

 とどこからか声が聞こえてくる。声が聞こえた方に顔を向けると、物凄い勢いで束さんが走りながらこちらに向かっている。そしてそのまま束さんは千冬姉に近づき、

 

「会いたかったよち~ちゃーん!」

 と千冬姉に抱きつこうとした。が、千冬姉はそれを拒否。見事なアイアンクローで束さんの抱きつきを阻止した。…なんかヤバい位指が顔に食い込んでるんですけど。

 

「暑苦しくなるから止めろ束」

 

「ちぇえ~~。ちーちゃんのいけず~」

 と言ってするりとアイアンクローから逃げた束さん。…やっぱこの人もただ者じゃないなあ。そして束さんは箒の方を向いた。

 

「やあ!今度こそ会えたね箒ちゃん!てか昨日は酷いよ箒ちゃん!私から逃げるなんて!」

 

「え、いやまあその…、なんというかつい」

 

「つい!ついで逃げてたの箒ちゃん!ってまあいいや。こうして直に会うのは久しぶりだね。いやあしばらく見ない内に成長したねうんうん。特におっぱいが」

 

「ふん!」

 あ、箒が束さんを木刀で殴った。

 

「怒りますよ姉さん」

 

「殴ってから言った~!しかも木刀で~!酷いよ箒ちゃん~!」

 と涙流しながら抗議する束さん。う~ん、相変わらず束さんにたいして態度が堅いなあ箒。いや遠慮無くどついてるから、それなりに心を許せる相手と思ってるのかな?

 

「おい束、こいつらに自己紹介位しろ」

 束さんと面識が無い鈴達を指差す千冬姉。まあ鈴達も束さんの名を知らないわけないからもうわかってるけどね。皆驚愕の目で束さんを見つめている。

 

「ああ、そういや忘れてたね」

いけないけないと言いながら束さんはセシリア達の前に立つと、

 

「初めまして凰鈴音さん、セシリア・オルコットさん、シャルロット・デュノアさん、ラウラ・ボーデヴィッヒさん。私が天才であり、箒ちゃんの姉の篠ノ之束です」

と言って、深々とセシリア達にお辞儀をした。って、…………ええええ!!あ、あの束さんが!!初対面の人にきちんと挨拶をした上にお辞儀まで!!!横を見ると箒と葵もお化けを見るような目で束さんを見ている。

 

「え!僕達の事御存じなのですか!」

 自己紹介する前に束さんから名前を言われシャルは驚いている。いや、シャルだけでなく鈴もセシリア、ラウラも驚いた顔をしながら束さんを見つめている。

 

「ええ、もちろん。箒ちゃんの友達ですもの。その位天才の私なら朝飯前ですもの」

 

「ほ、本当に貴方は姉さんなのか!?」

箒がかなり動揺した顔で束さんに詰め寄っていく。鈴達はそんな箒を頭に?マークをつけながら見ているが、俺と葵ならわかる。束さんが他人に対しあんな行動取る筈がないからだ。

 

「ぶーぶー!酷―い箒ちゃん。私は正真正銘天才で箒ちゃんのお姉さんの束さんだよー」

そして束さんは俺と葵の方を向くと、極上の笑顔をして、

 

「やっほーいっくん!一日振りだね!そしてあーちゃん、久しぶり!うんうん昔から思ってたよあーちゃんが女の子だったら絶対美人になると!いや私の予想は正しかったね。おっぱいも大きいし」

 葵の胸を凝視しながらハイテンションで言う束さん。…束さんおっぱいネタ好きなんですか?

 

「束さんお、お久しぶりです。この姿になって直接会うのは初めてでしたね。そして昨日は薬ありがとうございました。おかげでこの通り元気になりました」

 さすがに箒みたいに殴ったりしないが、微妙に照れているのか胸を隠す葵。

 

「いやいやお礼なんていらないよ」

 

「でも」

 

「いいからいいから」

 

「あ、あのすみません篠ノ之博士!」

葵が束さんにお礼を言っている中、セシリアが多少興奮しながら束さんに話しかけた。ちょっ!待て!

 

「高名なISの開発者の篠ノ之博士に是非とも、私のISを見て頂き」

 

「嫌」

セシリアが言い終わる前に、束さんは笑みを浮かべながらも拒絶した。

 

「え、いえその」

 

「嫌。悪いけど、セシリア・オルコットさん。貴方そのISを全然使いこなせてないもの。そんな未熟者のISを私は見る気は無いかな」

束さんは淡々とそう言って、その後鈴、シャル、ラウラの方を向いた。

 

「同じ理由で貴方達も同じ。頼んでも私は何も見ないからね。ま、ラウラ・ボーデヴィッヒさんはまだマシだけど、それでも私に何か意見言うのは早すぎかな」

束さんの有無を言わさぬ態度に、怯む鈴達。束さんは相変わらず笑みを浮かべてるが…わかる。鈴達に向けているあれは取りあえず笑ってるだけ。箒や俺、葵に向ける笑みとは全く違う。

 

「そ、そんな、わたくしが未熟者…」

 セシリアがショックを受けた顔をして俯いている。…ISを開発した束さんに言われたからかなり堪えてるようだ。鈴達も複雑な顔をして俯いている。

 

「あ、あの束さん。そりゃ束さんは千冬さんを基準で考えてるからグア!」

 

「青崎、学園では先生と呼べと言っているだろ」

 慌ててフォローしようとした葵に、容赦なく頭を殴る千冬姉。…いや千冬姉、さすがにここは空気読めよ。

 

「あははは!ちーちゃんは厳しいねえ!どんまい!あーちゃん!」

 そんな二人を、笑みを浮かべながら笑う束さん。…さっきまでセシリア達に見せていた笑みとは違う、本物の笑みをしている。

 

「…なんか態度があからさまに織斑先生、箒、一夏、葵と僕達とでは違うね」

 

 束さんと葵を見ながら少し落ち込んだ声で言うシャル。セシリアとラウラ、鈴も同感と言った感じで頷く。

 

「…いや言っとくが、これでもシャル達に取った束さんの態度は、俺達が知る中でも最大級の友好的な態度だからな」

 

「…そうなの?」

 

「…ああ。でも基本千冬姉、箒、葵、俺以外に束さん冷たいなんてもんじゃないから、あまり話しかけない方がいいぞ」

 

「…わかりましたわ」

 心得えましたという感じでセシリア達は頷いた。

 

「…いい加減話を進めるぞ。束、例の物は」

 千冬姉が束さんに言うと、束さんはふっふっふと笑うと大空を指差して言った。

 

「ちーちゃん!それはばっちりだよ!さあさあご覧あれ!」

 そう束さんが宣言した瞬間、上空からなにやら縦に細長いひし形の金属の塊が俺達の目の前に落ちて来た。そしてそれの外装が捲れていき、中に一体の赤いISが入っていた。

 

「本邦初公開!これぞ箒ちゃんの専用機にして第四世代型IS、その名も紅椿!その能力は現行の全てのISを上回る束さんお手製の一品だよ!」

 と言って大きな胸を張る束さん。その言葉を聞き、全員驚愕した。

 

「第四世代、だと…」

 

「各国でようやく第三世代の運用が始まってきたといいますのに…」

 

「それを飛び越えて第四世代…」

 茫然とした感じで紅椿を眺めるラウラ、セシリア、鈴。シャルは実家を思い出してるのか…いやふれるのはよそう。

 

「じゃあさっそくフィッテイングとパーソナライズ始めようか箒ちゃん!お姉ちゃんがやってあげるからあっという間に終わるよ!」

 

「ええ、お願いします姉さん」

 と硬い声をしながら言って、箒は紅椿に近づいて行った。

 

 

 

 

 

 

 今姉さんは私の為に紅椿の調整を行ってくれている。姉さんの調整速度は素人の私が見てもわかる位…速い。学園の整備士が束になってかかっても姉さんには敵わない。いやそれだけでなく、科学という分野において姉さんに勝てる人等存在しないだろう。そんな姉さんを昔私は…

 

「うんうん箒ちゃん剣道の腕上がったね!筋肉のバランスを見てたらわかるよ~。いや~お姉ちゃん嬉しいな~」

 

「……」

 姉さんが話しかけて来たが、…つい無視してしまった。しかし姉さんは気を悪くすること無く、笑顔で調整を続けている。

いや私もよくない態度だってわかっている。それに姉さんは私の為にこの機体を用意してくれた事もわかっている。妹からの初めての電話がこの機体が欲しいからかけたっていうのに、姉さんは物凄く喜んで、この機体を私の為に作ってくれていた。姉さんが肉親だからよくしてくれるというわけでは無い事も知っている。両親と姉さんの関係を見てたらそれはわかる。

ただ姉さんは、…私だからこの機体を用意してくれた。それは私にだって充分わかっている。でも、それでも、まだ私は姉さんのことは…。

 

 姉さんの方を向くと、一夏と葵とで何か話している。先程セシリア達に笑みを向けていた時は驚いたが…昔から姉さんは私と千冬さんとあの二人にしか本当の笑顔を向けない。

 一夏。私が専用機を欲しいと思ったのは一夏が原因だ。

男として唯一のIS乗りの一夏は専用機が与えられている。初めは私がよく知りもしないISの知識を絞り出し操縦を教えていたが…最近ではもう私と一夏の間では差はなくなってきている。そして一夏は何故か代表選の時もタッグトーナメントでもイレギュラーな事件に巻き込まれている。そしてその度に思った。私に専用機があれば…一夏と一緒に戦えるのにと。

 葵。一夏と同じ六年振りに再会した私の幼馴染。かつては少年だったが今では少女となっている。…まあ見た目は昔から少女みたいだったからあまり違和感ない。そして葵の登場で…今まで私が思っていた常識は覆されてしまった。葵が来る前まではセシリア達と模擬戦で戦って負けても、訓練機の私が勝てる訳が無いと思っていた。

しかし葵は私と同じ訓練機に乗ってるのに、…セシリアに鈴、シャルに勝っている。ラウラには負けているが、それでもごく稀にラウラに勝利することもある。初めて葵と模擬戦をした時の事は、私は今でも忘れない。

 

 

 

「はあ!」

 

「甘い!」

 私の気迫を込めた一撃を、葵は少し後退しただけでかわした。そして私に刀を振り下ろす葵。

その一撃を私はかろうじて防いだ。私は葵の刀を上へ押し上げると、すかさず葵の腹を横薙ぎに斬った。しかし葵は急上昇してそれを回避。上へ飛んでいく葵を追い、私も上昇。葵を追って上昇していたらいきなり葵は急旋回し、急降下しながら私に向かってきた。その速度に私は対応出来ず、上から葵に肩を突かれ私はその衝撃で地面に叩きつけられた。急いで体を起こすと葵は空の上におり、私が起きるのを待っていた。

その姿を見て、私は見下されてると思った。すぐにまた上昇し、葵に向かった。空中で静止している葵に斬りかかる。しかし、

 

「は!」

 と私が斬りかかる前に葵は私の手首を刀で打ち据えた。衝撃で体が泳ぐ私に、葵は刀を振りかざし、そして容赦無く私の頭めがけて振り下ろした。衝撃で下に落下する私を葵は追いかけ…その後私はほとんど葵に対し攻撃を与えることも出来ず敗北した。

 

「箒がまだISに乗りなれて無いからとしかいいようが無いけど」

 模擬戦終了後、葵に何故こうまで歯が立たなかったのか聞いてみたら、そう返された。

 

「生身の剣の勝負なら箒が私よりも強い。それは私も認める。でもISに乗ったら私が箒を圧倒するのはもう単純な話、箒がISを乗りこなせてないから。まあこれは一夏にも言ったけど、箒はただISを車の操縦みたいに動かして私に襲っているだけ。私はISを手足の延長として、生身と同じ感覚で動かしている。生身での精密な動きを箒はまだISで再現出来て無い。だから私に負ける」

 葵の言葉を聞いても、納得できるようで出来ない。私だって自分の今まで体で覚えた剣の腕前を披露してきたのだ。それが全く再現出来て無いなんて。

 

「まあでも気にする事は無いと思うよ。だって箒はまだ本格的にISに乗り始めて三カ月も経ってないし。私は一年と半年以上ISに乗って激しい特訓してきたんだから。これで箒が私に勝ったら私凄くへこむよ。いや本気で。それに箒の腕前は一組じゃ専用機持ってる一夏達除けば一番上手いよ」

 例えセシリア達を除いて一番と言われても、あまり嬉しくはない。私が欲しい実力はそのセシリア達のレベルなのだから。しかし、葵の言う練習の差が大きいのは認めざるをえない。セシリアに鈴、シャルロットにラウラ、葵も私以上に厳しい特訓を受けてたのだろう。ならそれに追いつくためには…

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい終了~。さすが私超速い~~。終わったよ~~~箒ちゃん!ん、おや?箒ちゃ~~ん!終わったよ~~!」

 

「え、はっはい!」

 どうやら考えこんでる内に姉さんの作業は終了していたらしい。姉さんの言葉を聞いて我に返った私は腕や足を動かしてみる。うん、正常に作動している。

 

「じゃあ箒ちゃん、試運転開始しよっか。準備はいいかな」

 

「はい、大丈夫です」

 では、この機体、紅椿の性能を試させてもらう。

 

 

 

 

 

 

 

「凄いな箒の専用機…」

 

「あの機動性、第三世代の中を探してもそうそうないわね」

 箒が束さんに言われた通りに試運転をやっていたが、その性能に俺達はただ驚いた。第三世代と比較しても速い機動性、雲を吹き飛ばしミサイルの群れを切り裂いた紅椿専用武器雨月と空裂。それらを振るう箒の姿はまさに威風堂々といったものだった。セシリア、鈴、シャル、ラウラは喰いつくように箒の専用機、紅椿を見ている。特にラウラが真剣な眼差しで眺めており、おそらくどう戦えばいいかをもうシミュレーションしてるのかもしれない。

 

「しかし空裂だっけ?さっき箒がミサイルの群れを切り裂いたやつは?あれなんかゲームにあった横一文字や空破斬みたいな技ね」

 

「ああ、それはわかる。しかし俺は雨月の方がいいなあ。あのエネルギーの弾丸飛ばすやつ。雪片弐型にああいった性能追加して欲しい」

 俺と葵は紅椿の武器について語っている。いや俺の白式も零落白夜以外に何か欲しいと思うし。

 

「何言ってる織斑。貴様が雨月持ってても当てる事が出来ないと意味が無いだろうが」

 バッサリと俺の願望を切り捨てる千冬姉。…いやそうかもしれないけどさあ。

 

「あ~あ、しかしこれで専用機持ってないのは私だけかあ。寂しいなあ」

 と葵が溜息交じりに愚痴った瞬間、束さんが口を開いた。

 

「あ、それは大丈夫だよあーちゃん!ちゃんとあーちゃんの分も持ってきたから」

 

「ええ!」

 束さんの言葉に驚愕の声を上げる葵。え、束さん葵の分も専用機持ってきてるの?

 

「ふふふ、さあご覧あれ!」

 束さんが叫ぶと再び束さんの前に上空から細長いひし形の金属の塊が落ちて来た。それはまたさっきの紅椿同様外装がめくれ、中に一体のISが入っていた。白と黒、二色の色分けがされているその機体を見て、葵は再度驚いている。束さんはそんな葵を見ながら胸をはって機体を紹介した。

 

「ふっふっふ。どう驚いたあーちゃん!これがあーちゃんがいた出雲技研が作ろうとしていたあーちゃんの専用機、スサノオだよ!」

 

「スサノオ…」 

 束さんが持ってきた葵専用機スサノオを、葵は茫然とした感じで眺めている。しかし葵ちょっと驚きすぎじゃないか?そりゃ束さんが葵の分の専用機持ってきた事は俺も驚いたけど、お前さっきから幽霊でも見たかのような驚愕の顔してスサノオを見てるし。

 

「へ~これが葵の専用機なんだ?…う~訓練機でも負けてるのに専用機とか鬼に金棒じゃない…」

 

「まあ今まで持ってなかった方がおかしかったんですけど…しかし何で篠ノ之博士が葵さんの専用機を持ってきてるのでしょうか?」

 

「箒と同様に篠ノ之博士から葵へのプレゼントじゃないかな?」

 

「しかし先程出雲技研がどうのとか言って無かったか?ふむこの機体も紅椿同様第四世代機なのだろうか?」

 

「ん?出雲技研…たしかどこかで聞いたような気が…」

 鈴、セシリア、シャル、ラウラも葵の専用機スサノオに注目している。箒も葵の専用機が気になりこっちに降りてスサノオを見ている。はて?そういや俺もどっかで聞いたような気がするな出雲技研って…。

 

「よしそれじゃああーちゃん!フィッテイングとパーソナライズ始めるからこっち来て~」

 

「え」

 束さんに呼び掛けられてようやく葵は我に返った。そして束さんの方を向いて、

 

「束さん、ど、どうしてこの機体がここに存在してあるのですか…」

 震える声で束さんに尋ねた。お、おいどうした葵!何で震えてるんだ?しかもさっきからどんどん顔色が悪くなってるぞ!

 

「私が頼んで束に作らせたからだ。いや正確には出雲技研の所長はじめ研究員たちが私に懇願してきたからだな。私を通し束に、お前に専用機を、スサノオを頼みますと」

 葵の質問に、束さんでなく千冬姉が代わりに答えた。え、出雲技研の人達が?何で?

 

「出雲所長達が…で、でもたしかこの機体の研究データはあの時全て消えたって…」

 

「あははは、そこはこの天才の束さんにかかれば全く問題無し。だって私世界中のIS研究所のデータを24時間ハッキングしてたからね。研究データは私のラボの中にあったからそれを忠実に再現したよ。まあ~出雲技研の人達が私に懇願する理由わかるかな。私なら作るのはお茶の子さいさいだけど、今の出雲技研の皆がこの機体をもう一度作り直すとなると…二年位かかるかもしれないしね。そんなに待ってたら日本代表を目指すあーちゃんの足枷になっちゃう」

 …常時世界中を監視してるのかよ束さん。てかそれが当たり前の事のように出来るって…。それにしてもどうしてその出雲技研の人達は千冬姉を通して束さんに頼むような事を?いや束さんの言からすると作るとなると二年かかるとか言ってるし…いやそもそも研究データが消滅?何があったんだ?

 そしてさっきから驚いてるのが束さんがその出雲技研の人達の要請を受け入れてる事だ。さっきの話し方にしても、出雲技研の人達に対しては束さんは嫌悪感が全く無かった。あの箒や千冬姉、俺と葵以外はどうでもいいと思っていた束さんが。

 

「そうだ思い出したぞ!」

 

「うわっ!ちょっと何よ箒いきなり大声出して!びっくりしたじゃない!」

 

「ああすまない鈴。いやさっきから姉さんや織斑先生が言っていた出雲技研なんだが…一夏は覚えてないか?今年の三月の島根にあるIS研究所が実験の失敗による大火災で多数の負傷者が出た事件を」

 

「あ!思いだした!そうそうかなり大きなニュースとして流れてたよな。たしか重傷者が39名も出たっていう…ってちょっと待て!葵!お前もしかしてそこにいたのか!」

 

「…ええ。私がISの訓練をしてたのは今一夏が言ってた出雲技研。そして…その事件が起きた原因は私にある…」

 俺の問いに沈痛な表情を浮かべて答える葵。っていや待て。葵のせいで事件が起きた?どういうことだ?あ~くそ!わからないことだらけだ。

 

「ちょっと葵!一体あんたに何が起きたのよ!」

 

「もしやお前が登校するのが遅れたってのはその事件が原因なのか?」

 鈴と箒が葵に詰め寄っている。その顔は…葵に何が起きていたのかを本当に心配している表情だ。

 

「えっと。いやそれは」

 

「もう話した方が良いんじゃないかなあーちゃん」

 束さんが葵に微笑しながらそう言ってきた。

 

「私も同感だ。つらい出来事なのはわかるが……少なくともここにいる連中には話してもいいと私は思う。特に一夏には言った方がいい。こいつは知らなかったら後で絶対後悔する」

 俺が後悔する? 葵の方を見ると目を逸らされた。

 

「なあ葵、以前お前に登校遅れた理由を聞いた時、その時お前はまだ言いたくないと言ってたけど…今も駄目なのか?そして俺も関係あるのなら教えてくれ!頼む!」

 千冬姉と俺の言葉を聞いて考え込む葵。セシリアにシャルにラウラも葵をじっと見つめている。葵は束さん、千冬姉、そして箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラ、最後に俺をじっと見つめて、は~っとため息をついた

 

「そうだね。この専用機を前にしてもう事情話さないってのもアレだし…。というかさっきから意味深な発言連発しすぎたし。それに……皆なら話してもいいかな」

 そして葵は、今まで話さなかった遅れた理由を語り出した。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ長くなるけど順を追って説明するから。以前話したように私は初めての模擬戦で代表候補生を一撃で気絶させた後、政府関係者が協議した結果代表候補生に選ばれた。そして選ばれた後私は島根にある出雲技研というIS研究所に案内され、そこで代表候補生としてISの訓練を受けることとなった。その出雲技研だけど、私以外にも4人IS訓練を受けている同学年と年下の少女達がいたのよ。三人は代表候補生候補という名の通り代表候補生予備軍。訓練次第で候補生になれるかもしれない者達。もう一人が……私が殴り倒した代表候補生。別の施設行けよと心底思ったわね。この四人と私は一緒になってISの訓練を受けてたわけだけど、はっきり言って私と四人の仲は最悪だったわね。欠片も友情なんて芽生えなかった」

 思いっきり嫌悪感むき出しの表情で葵はそう言った。

 

「まあ三人からすれば私はいきなり候補生になったから気に入らなかったんでしょうね。候補生の方は初めてIS乗った私に一撃で気絶させられたからもあるけど、まあこの四人とも完全なる女尊男卑主義者だったってのもあるわね。ようは私が元男だったから今は女でも彼女達の認識としては男。で、今の風潮で男は女からはどんな存在か言わなくてもわかるわよね」

 

「なんか凄く偏見持った連中だったんだな。心は知らんが葵は体は本当に女なのに…」

 

「まあ今の社会だとIS乗りは特別な存在だからね。ある種の特権階級的な意識もあったのよ。そんな連中に私は少女漫画みたいないじめを散々受けたわね。無視、ハブ、私物を壊される、ISスーツはハサミで刻まれる、専用ロッカーは私の落書きオンパレード、大勢の前で誹謗中傷等々。そしてそれだけやっても誰も咎めなかったわね。出雲技研にいた女性職員の8割は彼女達の味方だったし。残りの2割は飛び火を恐れて見て見ぬ振り」

 

「ちょっと葵!その連中の居場所吐きなさい!私が衝撃砲で吹き飛ばしてやるわ!」

 

「俺も我慢出来ねえな!最低だろその連中!」

 

「よってたかって一人を嬲るとは…最低の連中だな!」

 

「僕だったら耐えきれないだろうな、そんな環境…」

 

「私も本国でライバルから似たような事をされましたわね…、でも葵さんよりは酷くなかったのは確かですわね」

 

「私も教官が来る前は…」

 

「まあ怒るのはまだ話を最後まで聞いてからにして。この4人、ここまで私をいじめた理由だけど、さっき言ったのと他にもあるのよ。ま、これは自慢になっちゃうんだけど私は出雲技研に入った初日で候補生候補の三人を模擬戦で下し、それ以降ずっと負け無し。候補生もだけど2ヶ月間位は向こうが専用機もあるし優勢だったけど、半年もすれば私もIS操縦にかなり慣れて打鉄で五分五分、8ヶ月後には私の勝率は相手は専用機、私は打鉄でも完全に100%となった。出雲技研に来て8ヶ月目以降、候補生との戦いで私は最後まで負け無しとなった。これが彼女達のプライドを完膚なきまでに砕いたんでしょうね。ロッカーの落書きとかもうバキの真似?と思ったわ。どんなにいじめても肝心のIS戦で私に負けまくった彼女達を私は完全に見下してたわね。だから彼女達のいじめもその8か月経った以降は虚しい抵抗みたいに思えた」

 …なるほど、確かにどんだけやっても越えられない壁か。その四人が悔しく葵を憎む理由はわかったが全く同情はしないけどな。

 

「それに出雲技研で私に味方が全くいなかったわけじゃないわよ。出雲技研にいた男性職員全員に私はよくしてもらったというか可愛がられた。女になってまだ半年だったからどっちかというと男の方が話かけやすいみたいなものがあったからね。まあ私としては普通に話しかけただけなんだど、そしたら向こうがめちゃくちゃ感激したのよ。酷いのになると『いつもお世話になります』みたいなこと言っただけで感涙した人もいたわね」

 

「はあ?なんだそりゃ?」

 何でその程度で?

 

「いやさ、さっきの4人の振る舞いとそれが容認されてるのを考えればわかると思うけど、出雲技研において男性の地位は物凄く小さかった。女性職員、そしてさっきの4人に男性職員は奴隷みたいな扱いだったのよ。そんな中元男とはいえ年頃の女の子が笑顔で接してくるだけで向こうは相当嬉しかったみたいで…」 

 まあ葵は見た目は相当の美少女だしな。性格も良いしそんな女の子が笑顔で接してきたら……あ、なんか納得。

 

「私もその四人と女性職員からは嫌われてるせいもあって、皆に懐いた。喜ぶと思って暇な時は菓子を作って振る舞ったり、バレンタインの時も手作りチョコ配ったりした。そしたら娘や孫のように扱われ、『是非将来孫の嫁に!』『息子の嫁に!』『俺の嫁になって!』と言われるようになった。そしてその言葉が本気なのか私に遊び相手が欲しいだろうと思ってなのか、両方だろうけど休日は職員さん達の息子や孫を呼び、私と一緒に遊ぶようにしてくれた。彼等と遊ぶのはかなり心の支えになったわね。あそこで男友達がいなかったら私心荒んだだろうなあ」

 と言って笑顔を浮かべる葵。

 

「なあ葵、人間関係はわかったがいつになったら話の核心に触れるんだ?」

 

「まあまあ焦らない焦らない。この人間関係がこの後重要になるんだから」

 

「…そうか」

 ん?なんかいらつくなあ?何でだろうな?

 

「ま、私がいた出雲技研はそんな環境下だったわけ。そして今年の1月、IS学園入学が決まると同時に出雲技研が長年開発していた第三世代型ISの運用の目処が立ち、そのパイロットとして私が選ばれた。開発陣は全員男性職員で、私のためになんとかして入学前に完成させようと皆急ピッチで開発を急いだわね。私も専用機を貰えると思うとワクワクし、完成が待ち遠しかった。しかし、翌月の2月、一夏の登場である変化が起きてしまった」

 

「俺の?まさか葵が前言っていた俺の専用機を作るためコアが無くなったとか言ってたが、それのことか?」

 

「そう。でもあれは一夏のせいじゃない。一夏が望んだ事じゃないのはわかるし、日本政府としても唯一の男のIS乗りに専用機を与えようと思うのは至極当然の事。ただそれに私の分のコアを使われたのは事実。じゃあ足りないコアをどう補充すればいい?簡単なこと既存の機体から抜き取ればいい。で、それに選ばれた機体ってのが…出雲技研にいた、私が殴り倒して気絶させた代表候補生の機体って訳。私との対戦履歴があまりにも酷いからというのもあったけど、第二世代機でしかも第二形態になったのにワンオフアビリティを発動出来なかったから見切りをつけたのよ。一応代表候補生のままだけど事実上のリストラかなあれは」

 

「うわ…自業自得とは言えキツイな」

 だけど聞く限り同情はしないけどな。

 

「泣いて彼女は嫌がったけど、国の決定事項だから変更は無し。彼女の専用機の解体は決定されたけど、最後に彼女は条件を出して懇願した。『なら最後にその第三世代型ISをこの機体で勝負させて欲しい!』と。役人さん渋ったけど新型ISの性能を試すにはいいかもと思い、それを受け入れてしまった…」 

 は~っと溜息をつき思いっきり暗い顔をする葵。なんだ、なんか物凄く嫌な予感がしてきた…

 

「そんなわけで一時的に訓練機の、私がよく使用していた打鉄を解体しコアを取り出してそれを元に作成。そして今年3月、出雲技研の第三世代型ISスサノオ完成。名前は候補としてアマテラスもあり、女性神だからそっちが良いのでは?という意見もあったけど、やっぱ戦の神の方が縁起が良いとのことでスサノオと任命されたわ」

 

「そして私がスサノオのフィッテイングとパーソナライズを行ってる時、彼女が現れた。皆驚いたけど、自分が対戦する機体を見に来たんだろうと思い気にしなかった。そして彼女は私の方をじっと見つめ、笑みを浮かべると……ISを展開し、グレネードランチャーを構え私に発射した」

 

「「「「「「ええ!!!!」」」」」」

 

「セッティング途中だったけど、その動きを見た私はとっさに近くにいた職員を突き飛ばした。その直後に私に着弾、大爆発が起きたわ。途中だったからエネルギーもまだ十分補給しておらず、その一撃だけで私のエネルギーはほぼ消滅。私がまだ生きてるとわかった彼女は再びグレネードを構え私に撃とうとしたけど、横から銃撃を受けグレネードは破壊された。そちらを向くと職員がIS用アサルトライフルを数人で構え彼女に浴びせていた。そして私を見て『逃げろ!』と叫んだ。そしてその直後彼女は別の武器を取り出しまた発砲。爆発が起き彼等は吹き飛んだ。私は彼らに駆け寄ろうとしたが上手く動かない。調整が済んでないため動きがかなり悪かった。そんな私を彼女は笑い声を上げながら銃を構え、撃った。避けきれるわけもなく直撃をくらい、スサノオの機体は砕け私は血まみれとなり気絶した」

 …そんな、ISを使って葵を殺そうとしただと。嫉妬で悔しかったとしてもそれはあまりにも…。

 

「目が覚めたら私の上に血まみれの所長さんが覆いかぶさっていたわ。意識はなく背中から大量の血を流していた。大声で呼びかけても返事は無かった。そして次に周りをよく見てみたら、燃え盛る研究所で、私の周りに横たわる職員さん達だった。皆血を流しどう見ても重傷だった。意識がある職員さんがうわ言のように『守るんだ…葵を』と言ってたわ。それを聞いて、皆私を守るため戦ってくれたんだとわかった。朦朧とする意識の中、血が噴き出す腹を押さえ立ち上がった私の前に、彼女は現れた。皆の必死の抵抗を受け、武器を全て失い絶対防御のエネルギーを消費してまで機体を動かしているのか、左腕の装甲は無くなっていた。それでも私を殺そうと機体を動かして私の前に立ち塞がった。『あんたが!あんたが悪いんだ!あんたが全て!』と泣き声を上げながら片腕を振り上げ私に襲ってきた。必死になって避けたけど、全身から出血してるせいで意識がなくなりかけ、壁際に追い詰められた。その時死を覚悟し、走馬灯が頭を駆け巡ったけど、その中に打開策があった」 

 …え、その状況下で?

 

「チャンスは一回こっきり。壁に追い詰めた彼女は大きく腕を振り上げた。その瞬間私は死力を振り絞って彼女との間合いを詰め、左手を彼女の腹にそえた。そしてその左手の上に私は右手を思いっきり叩いた。そして…彼女は私の攻撃を受け気絶して倒れた。それを見届けた私も気が緩み再び気絶した」

 

「いやちょっと待ってくれ!なんかもう想像以上の事が起こりすぎてもう何から聞いたらいいのかわからなくなってきたが、とりあえず最後の、どうやって相手を倒したんだよ!」

 

「だから左手を」

 

「いやだから何でそんなんで」

 

「昔、父から鎧を着た武者を素手で倒す方法を習ったからね。絶対防御が発動しなくなったISなら条件は同じかなと思って。というかそれしか方法が無かったのよ。なんせ彼女のIS,全身甲冑装甲タイプ。フルアーマータイプだから。一夏の白式や打鉄見たいに顔面露出とかしてたらそこを殴って倒してるわよ。2年以上前に教えて貰い、その時は合格点貰えたけどあの極限条件下で再び成功するかは賭けだったけど」

 

「その後だけど私は全治1カ月の重傷。スサノオに守られてたからこの程度で済んだけど、…私を守るために戦い庇った職員さん達は全治3カ月から半年の重傷。死者が出なかったのが本当に奇跡だった。私は全治1ヶ月とはいえ、体調を完全に取り戻すにはさらに2ヶ月かかった。別の施設でリハビリをようやく全て終えた私の前に千、いや織斑先生が現れてIS学園に連れて行ってもらった。そしてあの時のホームルームに繋がるというわけ」

 そしては~っと葵は再度溜息をついた。俺は箒や鈴達を見てみた。皆葵の話を聞き茫然となっている。そりゃそうだ、こんな展開予想外すぎる。葵に何があったのか知りたかったがまさかこれほどのことがあったとは。そして葵が真相を話すのを渋ったのがわかる。つまり…

 

「…俺がISに触れなければ、コアの数は足りてそんな事件は起きなかったんだな」

 間接的とはいえ、俺が原因でそんな事件が…。

 

「それは違う一夏。それがなくても彼女と私との仲を考えると…似たような事は起きたかもしれない。……だからこういう事一夏には言いたくなかったのよ。言ったら一夏は自分を責めると思ったから」

 

「織斑、青崎の言うとおりだ。結果的にそう思っても仕方ないかもしれんが、あくまで悪いのは暴走した小娘だ。お前は関係ない」

 

「でも!」

 

「少しは考えろ馬鹿者!お前がそうやっていじけることが青崎にとって苦痛となってるのかわからんのか!」

 千冬姉の言葉で俺はハッとなり、葵の方を見た。その葵の表情を見て…千冬姉の言葉の意味を理解した。

 

「で、織斑先生。そのバカをやらかした犯罪者はどうなったのですか?」

 鈴が底冷えするような声で千冬姉に聞いた。目が物凄く冷たい。いや、箒にセシリア、シャルにラウラも同じ表情を浮かべている。

 

「さすがにこのようなことは表沙汰にはできんからな。代表候補生が嫉妬で殺人未遂、大量傷害、器物破損建物全壊、罪状を並べたら死刑になる可能性もある。だがこのようなスキャンダルが世間に流せるわけがなかろう。そうなったら日本のIS地位の低下は避けられん。情報操作をし実験の暴走として処理させたが、あの小娘は極秘裏に監禁させた。20年は出れんだろうな」

 

「死刑にすればいいのよそんな奴!」 

 俺も同感だ!そんな奴は死んだ方が良い。更生なんて無理だろ絶対!

 

「一応まだ未成年だからな。多少の温情措置は取ってやった。…若い時をずっとせまい部屋で過ごすんだ。罰としては十分だろ」

青春の全てを独房で過ごすのか。それでも足りない気がするけどな。

 

「長々と話したけど、これが真相。私が遅れた訳も専用機を持ってなかったものね。

…あ~なんかすっきりした。話したくない内容だったのに、皆に話したら気分がすっきりした。解放された~って気分かな」

 

「それはお前がずっと抱え込んでたからだろ。辛かったのなら私たちにもわけるとよかったんだ。…私たちは友達だろう。辛いことがあるなら話して軽くすればいい」

 

「箒の言う通りだぜ。言いづらかったのはわかるが…もう、一人で抱え込むなよ。そんな辛いことがあったとしても、俺達が忘れさせてやるからさ」

 俺と箒の言葉を聞き、葵は首を縦に振り、

 

「ありがとう」

 笑みを浮かべながら言った。そしてその瞬間、

 

「あ、あれ?あれ?」

 葵の目から大粒の涙がこぼれていった。張り詰めたものが切れたのか、今まで我慢してたのが溢れたんだろう。涙を零す葵を眺め、気がつくと

 

 俺は葵を抱きしめていた。そして俺の胸に葵の顔を押し付けると、

 

 葵は、

 

 声を出して泣き始めた。

 

「う、うわああっ!う、うう……」

 俺の胸で葵は声をあげて泣いている。話してる時は平静を保ってたが、……やはり辛さを押し殺してたんだな。出雲技研で葵が受けた陰湿ないじめ、葵は平気みたいな言い方していたけどそんなはずがない。俺の想像を絶する悲しみがあったはずなんだ。そしてその悲しみを和らげてくれた出雲技研の男性職員達も、候補生が暴走し葵を守るために傷ついて…。

 でも、そんな出来事を俺に話したくなくて…。話したら俺が…。

 

 ああ、くそ!なんだよ俺!

 

 親友が一番辛かった時に何もしてなくて、しかも勝手に消えた事に怒ってばかりで…

 葵は最悪の環境下でも負けずに前を向いて、真っ向から立ち向かってたってのに…

 そんな葵に俺はのんきに葵と再会出来たことをただ喜んでただけで…

 再会後も葵は俺に気を使って真相は誤魔化して胸の内に秘めて…。

 

 俺は、泣いている葵を強く抱きしめた。俺よりもずっと強い葵だが、こうして抱きしめると吃驚するほど儚く感じてしまう。そして俺はある事に気付いた。葵とは出会って10年近くになるが、

 

 

 声を出して泣いたのをこれが初めて見たと言う事に。

 

 

 その後葵が泣き止むまで嗚咽の声は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、一夏」

 ふきふき

「…いや気にするな。この程度でお前の気が楽になるならいくらでも許す」

 

「本当にごめん」

 顔を真っ赤にしながら葵は、……涙と鼻水で汚れた俺の胸を束さんから貰ったハンカチで拭いている。いやかなりべったりついてたからな。泣き止み葵が顔を上げたら、俺の胸に葵の涙と鼻水がべっとりと付いていた。葵が大慌てで何か拭くもの探したら笑顔で束さんが葵にハンカチを手渡してくれた。

 

「もう落ち着いたか、青崎」

 千冬姉がびっくりする位優しい顔して葵に尋ねた。

 

「はい、もう大丈夫です」

 目は赤いが、しっかりした声で葵は返事した。うん、あの表情ならもう大丈夫かな。いつも様子を取り戻してきている。

 

「落ち着いたようですわね、ねえ葵さん」

 

「すまないがオルコット、青崎に聞きたい事は沢山あるだろうが後にしてくれ。青崎、束、時間が押しているためもうスサノオのフィッテイングとパーソナライズを始めてくれ。そして他のメンバーは私に付いてこい」

 セシリアの台詞を遮って、千冬姉は束さんと葵にスサノオの調整を急がせた。セッティングを束さんにまかせ、千冬姉は移動し始めた。俺含めセシリア達も葵に聞きたい事がたくさんあったが、千冬姉が有無を言わさない目つきをしたので、渋々みんな移動をした。葵達が見えなくなる距離まで離れた所で千冬姉は立ち止った。

 

「まあこの辺で良いだろう。…お前達の気持もわかるが、今はそっとしといてやれ。代わりに私がある程度の疑問は聞いてやる」

 確かに落ちついたとはいえ、葵の中でも気持ちの整理はまだ終わってないよな。あれだけ大泣きしたんだ、今はあれこれ聞かずそっとしておいたいいか。

 

「じゃあ織斑先生、質問していいですか」

 

「なんだ織斑」

 

「さっきの葵の話なんですが…どうやったら出雲技研の人達、代表候補生の専用機を絶対防御のエネルギーが無くなるまで追い詰める事が出来たんです? 研究所に対IS戦用の武器があったとしても、敵うはずが無いと思うんですけど?」

ISは世界最強の兵器だ。それを武器があると言っても、プロの軍人でも無い研究職員が数十人では普通敵うはずが無い。

 

「ああ、その事か。それは葵を襲撃した時、あの小娘の専用機のエネルギーは1割も無かったからだ。…葵の話に出て来た、葵の専用機が出来るまで待って欲しいと頼まれた役人が、あの小娘の様子を見て、万が一を思いエネルギーを最低稼働域まで削るよう指示出していた。あの小娘の専用機に対する執着は役人も当然理解していた。自棄になって他国に専用機事逃亡されるのを恐れた役人は、逃亡途中でエネルギー切れにするようにしたんだよ。確実に捕まえられるように。…まさか葵を殺そうとするまでは思ってなかったようだが」

 

「…逃亡の可能性も考えてたんなら、なんで取りあえず専用機外させて当日返すようにしなかったんだよ」

その方が確実で安心できるじゃないか。

 

「…織斑。専用機を与えられる。それがどれほどの努力の末与えられる物なのかを考えてみろ。役人もその意味をわかっているからこそ、少しでも一緒に居させてやろうと思ったんだろう」

千冬姉の言葉を聞き、俺は鈴達の方を向いてみる。そこには…何とも言えない複雑な表情をしていた。

 

「しかし織斑先生、それでも少しとはいえエネルギーがあったんならそこまで追いつめられるとは考えにくいんですが」

 

「そこは出雲技研の男性職員に聞くしかないな。私も戦闘の様子までは聞いてはいないが…対IS戦装備があったんだ。そこまで絶望的な状況では無い。私でも同じ状況下なら流石に無傷は無理だが…追い詰める事は可能だろう」

…う~ん、確かに千冬姉なら出来そうだ。以前生身でラウラの攻撃をISのブレードで受け止めたからな。

 

「あの、すみません。次はわたくしの質問よろしいでしょうか」

 

「いいぞオルコット」

 

「織斑先生、出雲技研であれほど昔は男として生活されてた事を理由に迫害されましたのに、葵さんの登校初日で何故織斑先生はその事をわたくし達に話そうとしたのですか?まあ葵さん本人が直接わたくし達に話されましたが、葵さんが言わなくてもあの時は織斑先生が話そうとしてましたけど」

 ああ、そういえばそうだったな。たしかにあの日千冬姉、もういきなり俺達に葵の事情を話そうとしてたな。

「その事か。いくつか理由があるが…一つは隠してもいずれバレるからだ。青崎は日本代表を目指している。今の世界において、ISの国家代表の存在がどれほど大きいかわからないわけではなかろう。ましてや日本の国家代表だ、世界中が徹底的にどんな存在か調べ上げるぞ。そうなったら日本がどれだけ情報操作してもバレ、その事実を公表されるだろう。そうなったら知らなかった日本の国民の中で、隠していた事等に不満を持つ奴が必ず出てくる。そういう連中がきっかけで青崎を代表から外そうという動きがでるかもしれない。なら最初から公表しておいた方が良い。その上で実力で代表になった事を見せつければそういった連中も文句は言えまい」

 

「…すみません織斑先生、その理由は聞いてたらもう織斑先生の中では葵は日本代表になるから隠し事はせずさっさと公表した方が後の面倒が無くていいと思っているようにおもえますが。…つまり葵の日本代表はもう決定しているのですか?」

 鈴の質問に千冬姉は、

 

「さあな、それはどうだかな」

 と言ってニヤっと笑った。いや千冬姉、口で誤魔化してもその態度でもうバレバレですから。そういや昨日の夜、千冬姉俺に葵が日本代表に確実になるとか言ってたな。

 

「しかし織斑先生、それはあくまで可能性の問題ですよね。実際の所後でバレたとしても、確かに隠していた事に不満持たれるかもしれませんが事情が事情ですしそれが理由で代表から降ろされるなんて事は無いと思いますよ?僕なんか男と偽ってIS学園に入学しましたけど、…今は隠さず本当の性別を発表してますが代表候補生から降ろされてませんし」

 シャルの話を聞いて俺も同感。確かにそうだよな、いずれバレるからといっても事情が事情だし、そこまで不満を持つ奴ばっかりとは思えない。シャルの言葉に千冬姉は若干呆れた顔で言った。

 

「デュノア、もうお前が女だと正式に世間に公表したから言うが…お前の性別詐称などバレバレだったぞ。学園上層部は全員知っていたし各国のお偉いさん達にも公然の秘密となっていた。ネットのとある掲示板等ではお前が男のはずがない、女に決まってると連日激論され、証拠の写真とか言って色々張り出されてたぞ。中にはお前が中学生の頃の写真も載っていたな、女の子の服装をしたお前が。フランス政府は必死になって毎回火消しに追われてたな」

 

「ええ!そうだったんですか!」

 シャルは知らなかった新事実に驚愕しているが、…あ~なんか納得。そのとある掲示板って頭に2の数字があるあれか?

 

「まあ元々フランスとしても織斑に近づき情報をある程度収集出来たら良し程度の目的だったからな。今では織斑の友達となっているし、実力的には問題ないからフランスとしてもバラした所で候補生としては外さん。それにデュノア、こう言ってはなんだがお前の場合は国と家の事情で振り回された身だからな。公表してもお前は同情されこそ非難はされなかっただろ。まあ何人かの小娘が『初恋だったのに~』と泣いてたようだが」

 …その女生徒達、まあ可哀そうだな。シャルも「そんな子がいたんだ…」と気まずそうにしている。

 

「織斑先生、しかしいずれバレると言いましてもシャルロットの言う通りそこまで酷い事態になるとも思えないんですけど。それならIS学園にいる間だけでも秘密にした方がよかったんじゃ?あたしもそういう事情があれば、いや例え理由聞かなくても葵のためなら一夏も箒も協力するのに」

 あ、今度は鈴が千冬姉に質問か。

 

「そうかもな。葵の昔を知っている生徒は凰に織斑に篠ノ之の三人だけで、日本政府が本気で詐称すれば学園在籍時だけでもバレないで過ごせたかもしれない。しかし、さっき述べた理由を聞いて青崎は最初っから話した方が気が楽だし、後で真相知って自分から離れる人とかを見たくないという理由でやはり最初から全て話す事を決めたな。それに」

 そういって千冬姉は箒、鈴、俺を見て

 

「周りから何か言われようと、一夏達が一緒にいてくれたら大丈夫だからと笑顔で言ってたぞ」

 と笑みを浮かべながら俺達に言った。う、そ、それはなんといか…照れるな。箒に鈴も同様で少し赤くなってる。

 

「それに今では織斑、篠ノ之、凰以外にもオルコットにデュノアにボーデヴィッヒも事情を知っていても仲良くしてるからな。結果だけみても良かっただろ」

 そう言われ俺等は顔を見合って、笑みを浮かべた。ああ、そうだよな。セシリア達も葵の事情聞いても全く嫌悪感なんて抱かなかったし、葵と友達になったし。結果的に見たら問題無かったな。

 その後もちょっとした事について千冬姉に俺達が質問していたら、

 

「ち~ちゃ~ん、終わったよ~!」

 と束さんの声が聞こえたので、俺達は束さんと葵がいる場所まで戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 「箒ちゃん同様あーちゃんのデータはあらかじめいれてあるし、紅椿以上にスサノオは近接格闘特化型に調整してあるよ。まあ私が調整したんだから不具合なんてあるわけないけどね」

 と大きな胸を張って自信満々に言う束さん。その言葉通りなのか、さっきから葵は手足を動かしてるが、満足そうな表情をしている。

 

「はい、束さんの言う通り初めて乗っているのにいつも使っている打鉄以上に馴染んでいます!」

 

「ふ、ふ、ふ。量産機とは違うのだよ量産機とは。じゃああーちゃん、さっそくだけど飛んでみて」

 

「はい!」

 と返事をした瞬間、スサノオは物凄い勢いで一気に上に飛んで行った。うわ、なんだこの急加速!一瞬にしてはるか上空まで飛んで行った葵を、俺達は驚愕の眼差しで見つめる。

 

「今の速度、箒の紅椿と同等か?」

 

「いやラウラ、私よりも早いぞさっきのは」

 はるか上空まで飛んでいった葵は、しばらく上空を急加速したり急降下したりして性能を確かめている。その動きたるや、先ほど箒が紅椿を動かしている時も凄かったがそれと比較しても全く見劣りしない。むしろそれ以上に見える。

 しばらく上空にいた葵だが、急に凄まじい勢いで地上に降りてきた。地面に激突?と思ったが、葵は寸前でPICを調整し、地面すれすれで浮いている。…俺なら絶対あの速度だと激突してたな。

 

「凄いです束さん! 想像以上に私が思った通りに動きます!」

 興奮した様子で束さんに報告する葵。うわすげえ嬉しそうだな。

 

「そうでしょうそうでしょう。なんせ作ったの私だし」

 

「設計は全て出雲技研だろうが。お前はその通りに作っただけだろ」

 

「ちーちゃん、いやそうだけど私が作ったから不具合無いって事をいいたいんだよ…」

 あ、ちょっといじけただした。千冬姉の言う通りだけど、なら出雲技研ってそうとう凄い所だな。葵の為に心血注いで開発して…やっぱ自分達の手で完成できなかったのは無念だったろうなあ。

 そして葵は再び上空に飛んでいき、そこで止まると…ん、動きが止まったままになった。何してるんだ?と思ったら、束さんからオープンチャンネルで葵の声が聞えてきた。

 

「…あの束さん。武器の性能チェックしようと思ったのですが…今見てみましたら何も入っていないんですけど。スサノオの専用武器天叢雲剣や八尺瓊勾玉はおろか、このスサノオの第三世代特殊兵装八咫鏡もないんですけど?」

 は?何も無い。どういうことだろうか?いやスサノオという名前から予想してたけど、武器の名前も神話からとってるんだな。

 

「青崎、一旦降りてこい」

 千冬姉が葵を呼び、葵は再び地面に降りて来た。そして千冬姉にまたさっきと同じ質問をした。

 

「どうして武器が無いんですか?」

 

「ああ、そのことなんだが…専用の武器と第三世代兵装は束でなく、出雲技研に再び作ってもらうことにしているからだ。これは日本政府の命令でもある」

 え?何で機体は束さんに作らせたのに、武器や第三世代兵装は出雲技研に作らせるんだ?

 

「私も作っとくよ~とちーちゃんに言ったのに止められたんだよね~。なんか私が全部作っちゃうと不味いとかなんとか。なんか設計は確かに出雲技研の皆が作ったけど、私が全部作ったら本当にその性能の全てが出雲技研の設計によるものなのか?と疑われるからとか」

 

「日本のIS開発技術を他国にも知らしめるために必要な事だからな。特に第三世代は今各国が死に物狂いで開発を急いでいる。それを束が全て作ってしまったら本当に日本の開発陣が作ったのか?と疑われても仕方ないだろう。青崎、不便だとは思うがしばらくは我慢してくれ。出雲技研の者達も後1、2ヶ月後には半数以上の者が完治し、開発に取りかかる。遅くても年末には完成するとは言っていた」

 なるほど、確かに束さんが全て作ったらそりゃ疑うよなあ。

 

「そういうことですか…、ええ、それなら私も完成するまで待ってます!」

 と笑顔で答える葵。ま、葵からすれば出雲技研の人達が作ってもらう方が束さんに作って貰うより嬉しいんかもな。あ、束さん少し不機嫌になってる。

 

「しかし織斑先生、武器無くても戦えますけど領域もったいないですよ。ならせめてブレードの一本でも欲しいですけど」

 …武器が無くてもいいとか。葵しか言えない台詞だな。

 

「心配するな。あそこにおいてある箱を開けてこい」

 と言って千冬姉は、俺達が来た時から置いてある横長の箱を指差した。葵はそれに近づき、箱を開けると…中には一振りの剣が入ってあった。ん?まさかこれは。

 

「天叢雲剣じゃないですか!どうしたんですかこれ?」

 葵は興奮した声を上げ、千冬姉に尋ねた。あ、やっぱりなあ。流れからしてそうだと思った。

 

「あの事件で機体も武器も兵装も壊されたが、その剣だけは奇跡的に無事だった。しばらくはその剣だけだが我慢しろ。青崎からすれば八尺瓊勾玉が無事な方が良かったかもしれないがな」

 

「とんでもありません!これで百人力です!」

 と言って天叢雲剣を構え、素振りをする葵。天叢雲剣、見た目は日本刀の太刀みたいだな。一体どんな性能があるんだ?

 

「今から見せてあげるわよ。じゃあ束さん、もう一回上に上がりますんで箒の時と同じようにお願いします」

 

「りょ~かいあーちゃん」

 再び上空へ飛んでいく葵。そして頃合いを見計らった束さんが、

 

「じゃああーちゃん、これでどうかな」

 そう言った後束さんはまたミサイルを呼びだして…って多!箒の時の倍はあるぞ!それを一気に葵に標準を合わせて発射した。迫りくるミサイルの群れを、葵は剣を構え、ミサイルに向かって振った。するとその振った軌道に合わせて青いレーザーが帯状に広がって行き、ミサイルを切り裂いて行った。おお、紅椿の空裂と同じだな。しかし

 

「ふふふ、甘いよあーちゃん」

 と言って束さんはパネルを操作しだした。するといくつかのミサイルは葵の一撃をかわしスサノオに近づいて行った。それでも大部分は同様に切り裂いて行ってるが、2発ほどもう激突寸前まで近づいて行った。

 

「葵!」

 思わず叫ぶ俺だが、激突する寸前で葵は後ろ向きのまま一瞬にして後退した。え!あれはまさか

 

「後ろ向きのまま瞬時加速だと!」

 箒が驚愕して葵を見ている。あ、やはりさっきのは瞬時加速なんだな。そうしてミサイルから距離を取った葵は、残りのミサイルもなんなく撃墜させた。

 

「さすがだねあーちゃん、次はこれかな?」

 と言ってまた空中から何かを出す束さん。次に出したのは紅椿やスサノオを格納していたひし形の塊だった。

 

「じゃああーちゃん!次はこれを斬り裂いて!」

 と言って束さんは葵に向かって物凄い勢いでそれを飛ばした。葵も剣を構え、それを迎え斬った。そして…ひし形の塊は見事に二つに割れていた。

 

「あの一瞬で二つに斬り裂けれるなんて…」

 鈴が驚いてるが、それよりも俺は葵が手にしている天叢雲剣に注目した。さっきまでは何ともなかったのに、今では刀身が青く光っている。

 

「気付いたか織斑。天叢雲剣はレーザーで敵を切り裂くだけでは無い。そのレーザーのエネルギーを刀身にコーティングすることで攻撃力を上げる事ができる。天叢雲剣の全エネルギーを刀身に乗せる事も出来、その時の一撃ならお前の零落白夜には劣るだろうがかなりの威力にはなるだろう。無論全エネルギーを一度にレーザーとして放つ事も出来る。大型レーザー砲並みの威力があるようだがそれは避けられたらお終いだからな、滅多には使わないだろうが」

 ありがたい解説ありがとう千冬姉。ってなにそのチート性能。俺の雪片弐型より数段凄いんですけど。

 

「馬鹿者。それでも一撃の威力ならお前の雪片弐型の零落白夜の方が上だ。葵のはそれと同等の威力はだせんし、それにお前のは一応連続使用可能だろうが」

 いやそうはいいましても千冬姉。馬鹿みたいにエネルギーを消費する零落白夜はそんな頻繁に使えないじゃないですが。

 

「それはお前がなんとかするんだな」

 そうですね。

 

「ま~性能が良いのは当然だよねえ。だってあの剣、ほとんどオートクチュールに分類されるよ。スサノオ以外の機体が使ったらレーザーは出せるけど、刀身にコーティングすることは出来ないしね。あ、紅椿ならできるけどね。ただ今の箒ちゃんじゃあのコーティング技術は無理かな。あれ、簡単そうに見えて物凄く調整が難しいから」

 へ~そうなんだ。文字通りスサノオ専用武器なんだなあれ。そして箒、さっきの束さんから無理と言われて悔しいのはわかるが、束さんを睨むのはやめてやれ。

 

「ふむ、何も問題はないようだな。よし、これで篠ノ之も青崎も専用機の使用に問題が無い事がわかった。なら早速だが誰か、篠ノ之と青崎と戦って貰おうか。そうだな…篠ノ之にはデュノア、お前が戦え」

 

「はい!」

 

「そして青崎だが…」

 辺りを見回す千冬姉、そして俺の方を向くと、

 

「織斑、お前が青崎と戦え」

 俺を指名した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    おまけ

 

   

 

「ねえねえちーちゃん」

 

「何だ束」

 

「あーちゃんのIS学園でさっさと事情バラした件だけど、あれっていっくんがIS学園にいたからしたんだよね。いっくんいなかったらちーちゃんもバラさず秘密にしようと思ってたでしょ」

 

「まあな、あいつらには言わなかった本当の理由の一つはそれだ。一夏がいるからさっさと話させた。例え経歴を変え名を変えて入学してもだ、葵が一夏達にも黙っておくのは耐えきれないだろうからな。そうなると必然的に一夏達には正体を明かすだろう。まああいつらなら秘密を守るのに快く協力するだろうが……問題はその後だ。一夏の性格からして葵と再会したら喜び、そして前と同じように一緒になってつるむだろう。葵もそれを望んでる。だがな、周りからすれば何で最近登校してきたばかりの葵と一夏があんなに仲が良いのか?と疑問に思われるぞ。あいつらからすれば昔と同様に過ごしていると思ってるが、はたからみれば付き合ってるようにしか見えんからな」

 

「…だろうねえ。箒ちゃんも同じように接すると思う」

 

「そうだ。そして箒も昔同様葵と接するだろう。しかしだ、IS学園で人付き合いが悪い箒が周りから見れば初対面の葵に親しげに話してるように見える。違和感を持たれるのは避けられん。あいつもあいつでお前の妹と言う事で周りから注目されてるからな」

 

「…箒ちゃん、やっぱり友達少ないんだね」

 

「あいつもお前にだけは言われたくないだろうがな。さらにだ、鈴も演技とかそういうのは向いてない。感情を素直に表す奴だからな。おそらく一夏達とたいして差はないだろう。一夏に、箒、鈴の三人が登校初日からおそらく葵と仲良くしだしたらやっぱりおかしいだろう」

 

「ふ~ん、そうだよねえ」

 

「まあ他にもあるがな、真相話させた理由も話しても大丈夫な理由は」

 



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臨海学校(二日目 福音)

「お、俺ですか!」

 

「なんだ織斑、不服なのか?」

 

「いえ、そういうわけではないですけど…」

 スサノオに乗っている今の葵に、まるで勝てる気がしないなんて言えないな…。いややべえ、マジで勝てる気がしない。今まで葵が乗ってた打鉄なら機動性ではこっちが上だったけど、葵が乗っているスサノオの動きは俺の白式を完全に上回っているし。いや…おそらく機体の性能上はそんなに差はないんだろうけど…俺には“まだ”あの動きはできない。

 

「織斑先生、じゃあまずは僕と箒が戦いますね。箒、その紅椿どれほどのものか見せて貰うよ!」

 おお、シャルはやる気満々だな。しかもあの目はあの性能を見せられても、負けると思ってない感じだな。

 

「うむシャルロット、今日こそは勝たせて貰う」

 箒も自信満々な顔でシャルに宣戦布告。お互い軽く睨みあうと二人は空に飛び

 

「待て二人とも。お前達は後だ。先に織斑と青崎に戦って貰う」

 …飛び立とうとしたが、千冬姉に待ったをかけられた。

 

「何故ですか織斑先生?」

 やる気満々な所で待ったをかけられたので、箒は若干責めるような顔して千冬姉に後回しにされた理由を聞いた。

 

「篠ノ之、お前はまだ紅椿を少し操縦しただけで他にどのような性能があるのか知らないだろうが。青崎は開発時から一緒に関わっているため、スサノオがどのような機体か十分理解している。織斑と青崎が戦っている間、お前は束から色々と紅椿について聞いておけ」

 

「任せて箒ちゃん!お姉ちゃんが紅椿の全てを教えてあげるよ!」

 

「…お願いします」

 

「そういうわけだ。織斑と青崎、先に戦え」

 そう言って、俺と葵を見る千冬姉。

 

「まあ私は先でも後でもどちらでもいいですけど」

 葵は天叢雲剣を肩に担ぎ笑いながら俺の方を向いた。

 

「じゃあ一夏、私のスサノオデビュー戦初勝利の為に華々しく散ってね」

 笑顔で言う葵。初めて模擬選した時にも見せた俺に負けるはずがないという顔をしている。

……うん、あれだ。意地でも勝ってやる!

 

「青崎、今回はスサノオの性能と同時に天叢雲剣の性能もチェックしたい。だからなるだけ剣で戦え。空手で倒すのは最後にしろ」

 

「わかってますよ織斑先生。天叢雲剣の性能を限界まで引き出して見せます」

 …武器を使う事がハンデ扱いかよ。それと千冬姉、何俺が負ける前提で話してるんだよ!

 

「ねえ一夏と葵、どっちが勝つか賭けない?あたしは葵に賭けるけど」「でわわたくしも」

「私もだ」「嫁が勝つとは思えないから葵だな」「…みんな葵に賭けたら賭けにならないよ」「じゃあシャルロット、あんた一夏に賭ければ?」「…僕も葵で」

 お前ら~~~~!なんだよなんだよみんなして!誰も俺が勝つなんて微塵も思わないのかよ!あ~くそ! 最初勝てる気がしないと思ったが、もうこうなったら意地でも葵に勝ってやる!

 

「じゃあ一夏、始めようか」

 そういって先に上空へ飛んでいく葵。俺も葵に続き上空へ飛んで行った。ある程度上空まで行ったら互い適度な距離を開けて対峙。そしてそれを見届けた千冬姉が

 

「では始めろ!」

 叫び、それが戦いの合図となった。

 

 開始早々、俺は真っ直ぐ葵に向かって突撃するが、葵は俺が突撃するのを見ると天叢雲剣を構え、俺に向かって一閃。すると弧を描く縦薙ぎの青いレーザーが俺に向かってきた。

 

「あぶねっ!」

 体を捻じり何とかそれを避けた俺だが、体勢が大きく崩れてしまった。そこに葵はまた天叢雲剣を振るい、今度は横薙ぎのレーザーを出し俺に攻撃。しかし、

「甘いぜ!」

 今度は余裕を持って俺はかわした。その後幾度か葵は天叢雲剣を振るい俺にレーザーを浴びせるが、俺は全てかわしていった。

 最初の攻撃の時は天叢雲剣の性能を忘れてたから慌てたが、落ち着いて対処すればなんてことは無い。なんせ剣を振らないとレーザーが出ないのだから。しかも直線にしか来ないから楽にかわす事が出来る。砲身が無い鈴の衝撃砲の方がよっぽどかわしにくいってもんだ。

 

「ふ~ん、やっぱりこの攻撃方法は遠距離専門でやるには向いてないかな」

 葵はそう言って、天叢雲剣を振るうのを止めた。

 

「じゃあ、次はこれかな」

 その瞬間、天叢雲剣の刀身が青く発光しだした。天叢雲剣のもう一つの性能、レーザーエネルギーの刀身コーティング。そうすることで攻撃力を高め、相手を切り裂く。

 青く光る天叢雲剣を葵は構え、俺に突撃してきた。俺も雪片を握りしめ、葵を向かって突撃。俺と葵との距離が後数メートルといった所で、葵は俺に向かって剣を突き出した。その瞬間、刀身をコーティングしていたエネルギーが俺に向かって発射された。

 

「嘘!」

 かわしきれず着弾、衝撃が俺を襲った。この衝撃とエネルギーの減り具合から見てセシリアのビットの一撃よりは弱い。ってその剣別に振るわなくてもレーザー出るのかよ!

 

「誰も剣を振るわなければレーザーが出ないなんて言ってないわよ!」

 ヤバい!さっきの一撃に気を取られている間に、すでに葵は俺との距離を詰めていた。天叢雲剣も再び青く光っている。慌てて俺も雪片を構えるも、

 

「遅い!」

 葵の攻撃に間に合わず、葵は俺の胴に一閃。後方に吹き飛ぶ俺に葵は『瞬時加速』を使い一瞬にしてまた距離を詰め、ガラ空きの俺の頭に強烈な一撃を与え俺は勢いよく海に突き落とされてしまった。

 

 かなりの深さまで沈んだが、水中で体勢を立て直し上昇。そして海面から出ると、空で待っていた葵は俺に向かってまた天叢雲剣を振るって俺に追い撃ち。慌てて俺はかわした。くそ、容赦ねえなこいつ!

 再び上空まで飛び、葵と対峙する。現状確認のためエネルギーを確認してみたが…さっきの攻撃だけですでに4分の1シールドエネルギーを減らされている。ただ剣で打たれるだけじゃここまでは減らないはずなのに。

 

「ふんふん、どうやらこれは効いたみたいね」

 満足げに天叢雲剣を眺める葵。その刀身は先程同様青く光っている。そしてその切っ先を俺に突き出し、葵は俺に向かって叫んだ。

 

「一夏!まだまだ準備体操の段階だからね、本番はこれからだから!」

 …俺はすでに本番のつもりなんだがな。葵からすればまだなのか…。

 葵はまた剣を構え、俺に向かって突撃してきた。俺は向かえ撃とうした瞬間

 

「それまでだ!織斑!青崎!すぐにこちらに戻ってこい!」

 千冬姉の叫び声がオープンチャンネルから響き、模擬戦は中断された。

 

 

 

 俺と葵が千冬姉の所まで戻ると、そこにはさっきまで居なかった山田先生がおり、千冬姉と難しい顔して何やら話をしていた。

 

「鈴、なにかあったの?」

 

「あたしも知らないわよ。あんたたちが戦ってたら急に山田先生が血相変えてここに向かってきて織斑先生に小型端末見せて何か話したと思ったら、織斑先生あんたたちの模擬戦を急に中止にしたんだから」

 どうやら鈴達も何かあったのか知らないようだ。とりあえず俺も葵も鈴達と一緒に千冬姉と山田先生を見ていたら、千冬姉は俺達の方を向き、叫んだ。

 

「全員注目!予定していたIS装備のデータ取りは中断!これよりIS学園は特殊任務行動に移る!そして、お前達にもその任務についてもらう!」

 

 

 

 

  

 

 旅館の一番奥の宴会用大広間に、教師陣と俺達専用機組が集められた。俺達の一番前に千冬姉は立っており、空中ディスプレイを使い俺達に現状を説明している。

 千冬姉の説明によると、アメリカとイスラエルが共同で開発していた第三世代型軍用IS銀の福音が暴走し監視区域より離脱。

 その後衛星からの追跡の結果、その福音がここから2キロ先の空域を通過する事を確認。時間にして五十分後。そして千冬姉から、この件は俺達だけで対処しなければいけないと伝えられた。

 ここまで聞いて俺は他のメンバーの様子を見てみたが、教師陣は無論の事俺と箒以外の代表候補生組は厳しい顔で千冬姉の説明を聞いている。特にラウラと葵は真剣な表情を浮かべている。

 その後千冬姉から目標ISの詳細データが送られ、様々な議論がされるも目標ISは超音速飛行を続けているため攻撃する機会は一度しかないらしい。つまり、

 

「その一度の機会を俺の零落白夜の一撃で倒すってわけか…」

 

「話が早くて助かる。無論これは訓練では無い。嫌なら無理強いはせんが…どうする?」

 そんなもの決まっている。

 

「いや、俺がやらなかったら多くの人が危険な目にあうかもしれないんだろ!ならやります!」

 

「そうか。ならば具体的な作戦に移る事にしよう。織斑の機体のエネルギーは全て攻撃に使うため、織斑をそこまで運ぶ役が必要になる。そこ」

 

「織斑先生!それでしたらその役目、ちょうど本国から強襲用高機動パッケージと超高感度ハイパーセンサーが送られてきたこのわたくしに任せて貰えませんか!」

 

「オルコット、それはもうインストールされているのか?」

 

「いえ、まだですが…」

 

「今からですと、時間内に間に合うかわかりませんが…」

 それでも山田先生はセシリアのパッケージのインストール作業を指示しようとした瞬間、

 

「ちょっと待った~~~~~!」

 と束さんの声が響いた。ってなんで天井から首出してるんですか束さん!

 

「束か…まあちょうどいい。お前に頼みたいことがある」

 

「ん!ちーちゃんが私に頼み事!うんうん、勿論OKだよ。ちーちゃんの頼みなら無条件でOKだよ!でもその前に、この作戦、私に良い案があるよ!」

 その後束さんからこの作戦には断然紅椿を使用することを勧められた。第四世代の紅椿はパッケージ換装を必要としない万能型で、全身展開装甲とやらでできているため束さんが少し調整すれば数分で高機動型ISになるとの事。

 

「ふ、ふ、ふ。箒ちゃんの紅椿を使えばこんな作戦余裕だね!」

 胸を張って言う束さん。う~ん、でも、

 

「あの~束さん。しかし箒はまだ紅椿に乗ってまだ一回も戦ってないんですよ。それなのに初めての実戦ってのは…。一夏が万が一失敗した場合ちょっと」

 葵が不安そうな顔をして束さんに言った。そう、今日初めて紅椿に乗った箒はまだ一回も戦闘を行っていない。模擬戦もこの件で流れてるし、初めての実戦なのに、一回もまだ戦ってないのはなあ。

 

「安心しろ葵。私は立派に果たしてみせる!」

 自信満々な顔をして葵に言う箒。いやお前のその自信はどっから出てるんだよ…。

 

「う~ん、でも」

 まだ何か言おうとしている葵に、

 

「大丈夫大丈夫。だって箒ちゃんといっくんはあ~ちゃんが守ってくれるから」

 あっけらかんと束さんは葵の方を向いて言った。

 

「は?…あの束さん、今なんて言いましたか?」

 

「いやだからあーちゃん、箒ちゃんにいっくんが心配ならあーちゃんが一緒に行って守ってあげれば何の問題もないでしょ」

 困惑する葵にさも当たり前のように言う束さん。その言葉に千冬姉も頷き、

 

「青崎、幸いな事に強襲用高機動パッケージは今日お前に試験運用してもらうため用意してある。これをつけてお前も作戦に参加してもらう。そしてお前が目標ISと交戦し、織斑のために足止めをする」

 

「ちーちゃん、私に頼みってあーちゃんの機体に強襲用高機動パッケージを取りつけて欲しいって事でしょ?私でなきゃ作戦まで間に合わないから。ま、あーちゃんだからやってあげるけどね。これが他の連中ならちーちゃんの頼みでも嫌だけど」

 …つい先程千冬姉の頼みなら無条件でOKとか言いませんでしたか束さん。いやまあこういう事は例外って事なんだろうけど。

 

「そうだ。この作戦失敗は許されん。しかし作戦の要の二人が少々心許ない。織斑が確実に目標を撃破するためにも目標を足止めする役が必要だ。篠ノ之は青崎が言ったようにまだ試運転しかやって無い上、単独飛行ならともかく織斑を運ぶ事でかなりのエネルギーを消耗してしまう。戦闘する余裕はないだろう」

 千冬姉の言葉を聞き「それくらい私一人でも出来る…」と俺の横でボソっと言う箒。だ~か~ら~、その自信は本当にどこから出てきてるんだよ。もしかして箒、専用機貰えて少し浮かれている?

 さらに千冬姉が何か言おうとしたら、急にセシリアが立ちあがった。

 

「ちょっと!少しお待ちになってください織斑先生!葵さんも作戦に参加されるのならわたくしもお願いします!」

 今回の作戦に自信満々に参加しようとしたのに束さんの登場ですっかり忘れさられていたセシリアが、千冬姉に抗議した。が、

 

「却下だオルコット。さっきも言ったがお前のブルーティアーズにはまだこの作戦に必要なパッケージはインストールされてないだろう。いまからやっても作戦に間に合うかわからん。ちなみに束に頼ろうなど思うなよ」

 

「さっきも言ったけど、箒ちゃん達以外の機体はお断りだからね」

 千冬姉は有無を言わさず一蹴し、束さんは笑顔でセシリアに向かって言った。笑顔で拒絶されセシリアは怯むも、

 

「し、しかしそれでもやってみないとわからないではないですか!それに足止めする人は何人いても」

 

「以前も言ったがオルコット、お前の機体は多対一ではむしろ邪魔だ」

 

「あ、あれから訓練は重ねました!」

 

「悪いがお前のその成果を私は知らん。オルコット、今回お前は待機だ。それ以上何か言うなら命令する」

 

「~~~~~」

 千冬姉から散々言われたセシリアは目に涙を浮かべるも、それ以上は何も言わずその場に座り込んだ。鈴、シャル、ラウラが複雑な表情を浮かべながら千冬姉とセシリアも見つめている。

 

 しかし千冬姉、さっきからセシリアに厳しい事言ってるけど…なんか違和感を感じる。言ってる事は正しいんだろうけど…なんからしくないな。

 

「さらに相手は暴走状態のISだ。そんな相手に足止め出来る技量を持つのはこの場では青崎しかいない。青崎、そういうわけだ。さっきも言ったがお前は福音と接触したら交戦。織斑が零落白夜を当てられる状況まで持って行け。お前は日本の代表候補生だろう。ならこの任務必ず遂行してこい」

 あれ? 俺の時と違い葵には命令なんだ。しかも千冬姉のあの目、口調は拒否権は一切認めないと言っている。そんな千冬姉に葵は力強い笑みを浮かべ、

 

「任せてください織斑先生。日本の代表候補生として、必ず一夏と箒を守り任務を遂行させてみせます!」

 力強く返事をした。その時の葵の目を見て、俺は少し驚いた。なんて表現したらよくわからないのだが…ただすごく大人びて見えた。

 葵の顔を見て覚悟を悟った千冬姉は、今度は箒に向かった。

 

「篠ノ之、先程から束がお前を作戦に組み込むことを推薦してるがお前自身はどうなのだ。はっきり言うが危険が多い任務だ。嫌なら断ってもいい」

 箒には俺と同様参加の意思を問う千冬姉。…まあさっきからの反応から考るとなあ。箒は葵を見て、次に俺を見ると、

 

「任せてください織斑先生!その任務承ります!」

 箒は力強く返事をした。

 

「よし!ならばすぐに行動を起こすぞ!束!」

 

「うんまかせてちーちゃん! 箒ちゃんとあーちゃん、すぐに紅椿とスサノオの調整に行くよ。ちーちゃん、すぐそばの砂浜で調整行うからスサノオにつけるパッケージ持ってきてね」

 そう言って束さんは葵と箒を連れてこの場から立ち去った。この場を出る際、箒はやる気をみなぎらせながら出ていったが、葵は複雑な顔をしながら千冬姉とセシリアをちらっと見たが、特に何も言わなかった。教師陣もそれぞれの任務の為部屋を後にしていき、千冬姉も山田先生に何か指示を出しながら部屋を出ていった。こうしてこの場に残ったのは俺、セシリア、鈴、ラウラ、シャルだけとなった。

 

「…納得いきませんわ」

 セシリアは座り床を見ながら震える声で呟いた。

 

「セシリア、しょうがないよ。セシリアのパッケージは作戦までにインストール出来るかは織斑先生の言う通りわからないんだし」

 シャルがセシリアを励まそうとするも、

 

「ですけど!やってみないとわかりませんのに!それに」

 

「諦めろセシリア。今回初めから教官はこの作戦は一夏と葵にさせるつもりだったからな」

 不満を言おうとするセシリアに、ラウラが苦汁を滲ませた顔で言った。

 

「え?ラウラ、それどういう事よ」

 

「いや正確には教官の意思ではない。おそらく日本政府の意思だろう。他国の力を借りず、出来うる限り日本の戦力で今回の任務を遂行するよう命じられたのだろう」

 え、どういうことだよそれ。

 

「おそらく日本政府としては、今回の件でIS世界における日本の優位性を高めたいのだろう。今回の事件は機密扱いになるが、それでも各国の上層部は知ることとなる。その任務を日本の機体だけで解決出来れば、各国に対する日本のISの性能の宣伝にもなる。そして教官はこの命令に絶対逆らえない。…それは」

 そこで口をつぐむラウラ。しかし鈴、セシリア、シャルもラウラが何を言おうしたのか理解しているようだ。…俺もラウラが何を言おうとしたのかは理解している。

 

 ISの世界大会で、二連覇を確実視されていた千冬姉は誘拐された俺を助けるため第二回モンドグロッソ大会決勝戦を棄権した。そして、そのせいで千冬姉は日本中から非難される事となった。第一回大会の優勝者が何も言わず棄権した為、当時の日本の面子は丸潰れとなった。

 ……その負い目があるから、千冬姉は今回政府の命令に従うしかないのか。

 

「ラウラさん、言いたい事はわかります。わたくしだってラウラさんに言われなくても、薄々はわかってはいました。ただわたくしは」

 

「一夏と箒と葵が心配だから、でしょセシリア」

 笑みを浮かべ言うシャル。シャルの言葉を聞き、セシリアの顔は赤くなった。

 

「一夏と箒はISに乗ってまだ三カ月で、箒に至っては今日初めて専用機を与えられてまだ試運転程度しか操縦していない。葵は代表候補生でISの腕は申し分ないけど、それでも専用機を今日初めて乗っている。不安に思うのはわかるよ」

 

「そしてセシリア、あんたこうも思ってるんでしょ。平民を守るのも貴族としての自分の務めだとかなんとか。軍人として訓練された葵はともかく、一夏と箒には危ない任務は私がやりますみたいな。ま、この作戦一夏がいなければ成立しないから一夏はしょうがないんだけど」

 シャルと鈴の台詞を聞き、さらに顔を赤くするセシリア。「う~~」と言いながら指で床をなぞっている。

 

「セシリア、気持ちはわかるがここは一夏と箒と葵を信じようではないか。セシリア、それにこう言ってはなんだが一夏も葵も箒もお前が思ってる程弱くないぞ。特に葵は」

 そこは俺の名前も言ってほしかったが、ラウラの言う通りだ。

 

「大丈夫だセシリア。俺も葵も箒も無事に任務を達成して戻るから心配するな」

 俺はセシリアにそう言うと、セシリアも納得したのか笑みを浮かべた

 

「そうですわね、なら一夏さん。今回の作戦ですが」

 

「あ、そうそう一夏あんた高速戦闘がどんなものか知らないわよね。簡単だけど教えてあげるわ」

 

「ちょっと鈴さん!それはわたくしが」

 

「一夏、高速戦闘だと周りの風景が」

 

「ブースト残量にも気を付けろ。いつもの調子で」

 

「シャルロットさんにラウラさんまで!その役目はわたくしですのに~!」

 とまあ、葵と箒の調整が終わるまで、俺はセシリア達から高速戦闘の説明を受ける事にした

 

 

 

 

 

 時刻は午前11時、作戦時刻となった。紅椿もスサノオも調整とパッケージインストールが完了し、今三人で千冬姉の出撃命令を待っている。

 

「もうすぐね。一夏、箒、緊張している?」

 

「大丈夫だ葵、私は問題無い」

 

「俺もだ。そういう葵は?」

 

「私は大丈夫」

 にっと笑いながら葵は言った。まあ葵にはああ言ったが、実際俺は少し緊張している。やっぱ今までと違いこれは実戦なんだ。今までと違い楽観視することはできない。

 

「一夏、一夏。聞こえるか?」

 少し物思いに耽っていたら、葵がプライベートチャネルで俺に話しかけてきた。ん?なんでわざわざこれで?直接言えばいいのに。

 

「ああそういや一夏はこれ苦手だったか。ならいいや、返事はいい。俺の話を聞くだけでいい。箒の事だ。なんというか、箒の奴少し浮かれている。専用機を持たされ、多分重要な作戦を任されて嬉しいのだろうけど…あまりいい傾向じゃない。何かあった時は一夏、サポートを頼む。俺は福音相手にそんな余裕はないだろうから」

 葵の言葉は、会議の時から俺が思っていた事だった。確かに今の箒は少し浮かれている。

 なら…何かあった時は俺がちゃんとサポートしないとな。

 

「ああ、まかせろ!」

 決意をし、プライベートチャネルを使い、俺は葵に力強く返事をした。そうしたら、

 

「何!一夏プライベートチャネル使えたのか!」

 …プライベートチャネルから葵の凄く驚いた声が響いた。…おい、どれだけ俺をまだ素人扱いしてるんだよ。

 

「とにかく、頼んだぜ一夏。お前達が怪我したら、代表候補生である俺の責任になっちまうんだからな。国民を守る俺がお前達を怪我させたら、煩い奴等がいるし。それ抜きでも、…一夏と箒に怪我はして欲しくない。危なくなったら、すぐに逃げてくれ」

 

「あほ、心配なのは俺も同じだ。…お前も、無茶はするなよ」

 

「ああ、わかってる」

 

…ったく、実質戦うのは葵、お前なんだから俺達の心配する暇はないだろうに。しかし葵、プライベートチャネルとはいえ、最近じゃ自室以外では二人きりでも女口調だったのに口調が男だったってことは…葵も実は緊張しているのか?

 

 

 そしてその後少し時間が経った後、

 

「では、はじめ!」

 千冬姉の号令とともに、作戦は開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千冬の開始の合図と共に、一夏を背に乗せ展開装甲された紅椿と、強襲用高機動パッケージ飛燕をインストールされたスサノオは飛び立った。一気に目標到達高度まで上昇した紅椿とスサノオは、千冬から送られてくる情報を照合し、目標の現在位置を確認。目標ISに向かい再び飛翔して行った。

 

(…なんてスピードだ。常時瞬時移動並だろこれ)

 紅椿の背に乗りながら、一夏は紅椿の性能に驚いていた。横に目をやると増設されたスラスターを噴射しながらスサノオが紅椿と並びながら飛んでいる。しかしスサノオは単騎で飛んでいるのに、紅椿は白式という荷物を運んでいるのにも関わらず同等かもしくはそれ以上の速度で飛んでいる。その事実に一夏はただ束の技術力に感心した。

 

 

 

 

(さすが紅椿、束さんが作った機体。スサノオよりも遥かに性能が高い)

 紅椿の横で並んでいる葵も、一夏同様にその規格外な性能に感心していた。自身の乗っているスサノオも最高の機体だとは認識しているが、さすがにISの産みの親である束が作ったISはそれ以上であった。確かにこれなら束が作戦に加える事を勧めるのも納得できると葵は思った。しかし、

(…いや大丈夫だろう)

 一抹の気がかりが葵の頭によぎるが、葵は気にしない事にして飛行に集中することにした。そしてその直後、

 

「見えたぞ、一夏、葵!あれが目標だ」

 とハイパーセンサーで目標を確認した箒の叫びが響いた。

 

 目標のIS銀の福音は、頭部から足先まで全て装甲で覆われていて、その名の通り全身が銀色となっており、頭部から一対の巨大な翼が生えている。この翼が福音の推進力を司るスラスターでもあり、砲撃を行う場所でもある。福音はデータ通り超音速飛行で移動しており、真っ直ぐ一夏達に向かって飛んできている。

 

(さ~て、どう対処しようかな。とりあえず俺が突撃して)

 福音を倒すべく葵が思案していたら、いきなり福音は平行に飛んでいたのを方向転換し上昇し始めた。

 

「な、何だ一体!」

 

「気付かれたのか!?」

 箒と一夏は急な福音の行動に驚き、そしてその直後、

 

「敵機確認。警戒レベルCと判断、迎撃モードに移行します」

 オープンチャンネルから響く福音からの機械的な音声を聞き、一夏達は顔を強張らせる。一夏達よりも高い高度に移動した福音は頭部に生えている翼を広げ、それを見た葵は叫んだ。

 

「来る!一夏、箒、気を付けて!」

 その直後、福音は広げた翼から無数の光弾を発射させ、一夏達に攻撃を開始した。全方位にわたる福音からの光弾は雨のように降りそそぎ、一夏達に襲いかかった。それを一夏、箒、葵は散開してそれぞれ攻撃をかわしていく。葵はなんとか全弾回避できたが、一夏と箒はかわしきれず2,3発着弾。光弾は触れた直後に爆発した。しかしまだ2機とも深刻なダメージにはなっておらず、それを確認した葵は安堵した。

 

「いや~物凄い数の光弾だったわね。なかなかやっかいな機体ね福音は」

 

「のんきな事言ってないでどうするのだ葵。あの光弾の雨ではうかつには近寄る事も出来ないぞ」

 

「どうするもなにも、作戦に変更は無し。私がこれから福音と戦って動き止めて、一夏が零落白夜で止めを刺す」

 

「しかし葵、一人で大丈夫なのか?俺も」

 

「駄目。一夏も戦って肝心な時に零落白夜が使えなくなったら目も当てられない。それと箒も一夏と一緒に待機。エネルギーもう少ないんだから無理せず防御に集中しときなさい」

 

「だが」

 箒はそれでも一緒に戦おうとするが、

 

「いいから二人とも、幼馴染の私を信じなさい」

 一夏と箒を見ながら葵は笑顔を浮かべ、二人を残し福音に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵機A、接近。警戒レベルBと判断。目標を迎撃します」

 福音はこちらに向かってくるスサノオを確認すると、再び翼を広げる。翼に備え付けられている36の砲門を全てスサノオに照準を合わし、発射。しかし

 

「はあーーーー!」

 雄叫びを上げながら葵は向かってくる光弾を紙一重でかわしていく。そしてかわしながらも天叢雲剣を振るい、弧を描くレーザーを福音に浴びせていく。しかし福音は難なくかわしまた翼から光弾を発射。葵もそれをさけ、合間にまた剣を振るいレーザーを浴びせる。     

 両者互いに交互にかわしながらも遠距離で攻撃する展開がしばらく続く事となった。攻撃回数では圧倒的に葵は福音に負けているが、しかし光弾をかわしながら葵は勝利を確信した。

 

(いける!確かにあの翼から降り注ぐ光弾の数はやっかいだが、それでもセシリア達みたいに正確な射撃精度を持っていない。それにスサノオの機体にも慣れたし)

 一夏との戦闘だけではまだスサノオの機体を完全に把握できていなかったが、福音と交戦している間に葵はスサノオの機体を完全に乗りこなすようになっていった。そして現在エネルギー節約の為、福音の攻撃を牽制するために天叢雲剣で攻撃するのを止め、完全に回避に集中するようにしている。しかし、じわりじわりと葵は福音との距離を光弾をかわしながらつめていっている。

 

(後少しで瞬時加速で間合いを一気につめれる)

 福音を見つめ、葵はその後どう一夏まで繋げようか思案しながら回避を続けていく。

 しかし、一夏と箒の二人が今の自分を見てどう思っているかまでは考えてはいなかった。

 

 

 

 

 

「葵の奴任せなさいとか言っていたが…防戦一方じゃないか!」

 

「しかも先程から天叢雲剣を振るってもいない。完全に押されている。このままでは不味い!」

 福音の攻撃パターンを理解し、少しでもエネルギーを温存するため回避に専念した葵を、二人は押されていると勘違いしてしまった。これが待機を命じられている代表候補生達なら、よく観察すれば葵が少しずつ福音に近づいていっている事に気付いただろう。しかし初めての実戦で葵を心配している二人にはそこまで気付く事が出来なかった。

 今二人には、福音の攻撃から逃げ回っている葵としか写っていなかった。しかし

 

(あいつが言ったんだ、私を信じなさいって。なら)

 焦燥に駆られながらも、一夏は葵の戦いを見つめていった。

    

 

 

 

 

 

 

(あと少し)

 福音の攻撃をかわしながら、葵は瞬時移動を行うタイミングを図っていた。もはや瞬時移動すれば懐まで行ける間合いまで葵は福音との距離を詰めており、そろそろ勝負を決めないといけないと葵は思っている。

 

(予想より回避に時間掛け過ぎたし、そろそろ決めないと)

 そう思っていた時、福音の砲門が全て撃ち尽くし、再度照準を合わせようとした瞬間、

 

「ここだ!」

 瞬時加速を行い、一気に葵は福音との距離を詰めていった。福音は葵の瞬時加速に対応できずにいる。そのまま福音の正面に現れた葵は両手で握っている天叢雲剣の刀身にエネルギーをコーティング。

 

(まずは機動力を奪う!)

 

 光輝く天叢雲剣を手に、狙いは福音の頭部から生えている右側の翼。これを落とせば福音の機動力は大幅に減退できる為、まずは片側を両断せんと剣を振りおろそうとした。しかし、

 

「え?」

 振りおろそうとした葵に、横から赤いレーザー群が福音とスサノオを攻撃していった。予想外の攻撃に回避出来ず直撃。衝撃で吹き飛ぶ葵がレーザーが来た方角を見ると、――――そこには愕然とした表情を浮かべた箒と一夏がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(このままでは危ない!) 

 葵が瞬時加速を行う前、箒は苦戦している(と箒は思っている)葵に加勢しようと、福音に向かって突撃していった。

 

「箒!待て!勝手に動くな!」

 後ろから一夏が箒に向かって制止の声を掛けるも、箒は無視した。

 

「ああ、くそ!」

 すぐさま一夏も箒の後を追った。しかし展開装甲で出力が上がっている紅椿には到底追いつくことが出来ない。さらに出力を上げて追いかける一夏だが、その前に箒は行動を起こした。箒は腕部展開装甲を開き、さらに両手に持つ空割と雨月を牽制の為振るい攻撃。雨月からは無数のレーザーの弾丸が、空割からでるレーザーの斬撃が発射される。さらにそれを補うように展開された腕部からもエネルギー刃が自動で発射され、福音に迫る。しかし、

 

「な!」

 紅椿の攻撃が福音に届く瞬間、福音の前に瞬時加速を行った葵が現れた。そして、箒の攻撃は福音と――――スサノオに着弾した。箒は自分の攻撃を受け吹き飛んでいく葵を愕然とした顔で凝視する。

 

「葵!」

 一夏の叫びがオープンチャンネルを通し箒にも聞えるが、箒は葵を攻撃してしまったという事実に混乱し、激しく動揺していた。茫然と佇んでいる箒に、葵よりも早く体勢を整えた福音は、自分を攻撃した機体を脅威と判断した。

 

「敵機B、確認。警戒レベルBと判断。目標を迎撃します」

 オープンチャンネルから流れてくる福音の声を聞き、嫌な予感をする一夏。そしてその予感通り、葵を攻撃してしまった事に動揺している箒に、福音は恐るべき速度で箒に接近しその速度のまま強力な蹴りを箒に叩きこんだ。

 

「がはっ!」

 未だ動揺していた箒はそれを回避できず、後方へ吹き飛ばされていく。そして吹き飛んでいく箒に福音は全ての砲門を合わせ、一斉射撃を行った。

 

(何かあった時は一夏、サポートを頼む)

出撃前に葵から言われた事を思い出した一夏は、瞬時加速と零落白夜、その二つを最大出力で行い箒にまで到達。箒を担ぎ、また瞬時加速を行い高速離脱。そのすぐ後に福音の光弾は降り注いでいった。離脱する二人にさらに攻撃しようとした福音だが、

 

「お前の相手は私でしょうが!」

 遅れて体勢を立て直した葵が一夏達に気を取られている福音の背後に現れ、福音は背中から最大稼働で刀身にエネルギーが込められた天叢雲剣の一撃を受け、爆音と衝撃と共に後方へ吹き飛んで行った。それを見届けた葵は、オープンチャンネルで一夏と箒に向かって叫んだ。

 

「一夏、箒!残りシールドエネルギーは後どれほど残っている!」

 葵の尋常で無い叫びを聞き、慌てて確認をする一夏と箒だがそこに出されている数値を見て絶句。箒は一夏を運んだのと福音に対して行った攻撃と福音の強烈な蹴りのせいで、一夏は先程箒を助ける為に使った零落白夜と瞬時加速のせいでもう二人ともエネルギー切れ寸前とまでになっていた。二人の顔を見ただけで現状を把握した葵は、

 

「作戦は失敗!私が時間稼ぐから一夏と箒はすぐにでもこの場から離脱!」

 二人に撤退命令を出した。

 

「で、でも葵!一人じゃ」

 

「頼むから行って!でないと」

 渋る一夏に葵が何か叫ぼうとしたが、それよりも早く葵の一撃から復活した福音がこちらに向かって近づいて来た。

 

「ちっ!もう来た!」

 葵は天叢雲剣を構え、福音に向かって行った。しかし葵の頭の中は焦燥で埋め尽くされていた。

 

(ヤバいヤバいヤバい!これはヤバいマジで!さっきの二人の表情からもうエネルギーは無いのは明白。そしてこっちもさっきの箒の一撃。瞬時加速が終えた頃とはいえあの加速時に攻撃受けてしまったせいでアーマーブレイク寸前までいってしまった。こっちもかなり残りエネルギーが少ない!)

 もはや福音と戦闘できる状態では無くなってるが、それでも一夏と箒が逃げるまでは福音を引き留めようと葵は決意した。しかし福音はそんな彼女の決意をあざ笑うかのように、高速飛行のまま葵に近づいて来たのを急旋回し、一夏と箒に向かって飛んで行った。

 

「な!まさか先に二人を!」

 葵の叫びを肯定するかのように、福音は高速移動しながら一夏達に光弾を浴びせていった。慌てて回避する二人だがかわし切れず互いに数発着弾する。その瞬間二人のエネルギーは空となった。

 その二人を見据え福音は上空にて停止。そして翼を広げ、一夏達に照準を合わせた。葵を倒すよりも先に、この二機を撃墜させようと福音は判断したのだ。

 一夏と箒も福音がこちらを狙っている事に気付いたが、エネルギーが残っていない白式と紅椿は動いてくれない。鈍重な動きしかしなくなった二機に対し、福音は翼を展開、一斉射撃を行おうとした。

 

「くそーーーー!」

 上空にいる福音を見据えながら、一夏は死を覚悟した。ならばせめて箒だけでも助けようと己を盾にしようと箒を抱きしめる。しかしその二人の目の前に、

 

「一夏!箒!」

 瞬時加速を行って、寸での所で葵は福音と一夏達がいる間に到達した。そして福音が光弾を撃ち出すと同時に、葵は天叢雲剣の残りエネルギー全てを刀身に込めて福音に向かって投擲。その後は一夏達を守るように抱きしめた。その直後、福音の攻撃と葵が投擲した天叢雲剣は同時に互いに着弾。大爆発が起きた。

 

「~~~~~~!」

 もはやここに来るために全てのエネルギーを使ってしまったスサノオに、容赦なく光弾は振り注いでいった。シールドエネルギーで相殺できなくなった衝撃が、容赦なく葵に命中。装甲は砕け、髪は焼かれ皮膚も肉も炎に包まれ抉られても、葵は一夏と箒を放さず庇い続けた。

 

「「葵!葵!」」

 一夏と箒が叫び続けるが、葵は激痛に苛まれながらも二人が無事なのを確認すると、

 

「言ったでしょ。二人は守るって」

 にっと笑いながら言った。そして爆発と共に三機は海に墜落した。

 

 

 

 

 葵が投げた天叢雲剣は正確に福音の顔に当たり、その後刀身に込められていたエネルギーがそのまま解放され爆発した。しかしそれだけでは福音に対してさしたるダメージにはならなかったが、光弾を止める事には成功していた。反撃を受け攻撃を止めた福音だが、目標が三機とも海に落ちた事を確認すると、展開した翼をたたんだ。

 

「敵機A、B及びCの撃墜を確認。警戒を解除」

 そして福音は再びどこかへと飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 一夏達が福音に撃墜されてすぐに、千冬は救助船を大至急向かわせた。しかしその前に、

 

「わたくしが先にいきます!」

 強襲用機動パッケージを取り付けたセシリアが飛び立った。セシリアはあの後も何かあった時の事を思い、強襲用機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を千冬に黙ってインストール作業を行っていた。必要は無いと思いたかったが、万が一を思い整備に精通しているクラスメイトに頼んでやってもらったのだ。

 

(まさか本音さんが整備に詳しいとは予想外でしたが…、やってよかったですわ!一夏さん!葵さん!箒さん!今行きますわ!)

 セシリアは最大加速で一夏達が墜落した場所に飛んでいき、そして海面に浮いている一夏達を発見。すぐさま急行し、近くに降り立った。そしてそこでセシリアが見たのは、

 

「葵!葵!頼むから目を開けてくれ!葵!」

 泣き叫ぶ一夏と箒だった。そして二人が抱えている葵を見て、セシリアは絶句した。

 何故なら二人が抱えてる葵の周りの海面が血で真っ赤になっており、髪も半分以上焼け焦げていて真っ白になった表情は、どう見ても死んでいるようにしか見えなかったからだ。

 

 

 

 

 

 錯乱状態の二人と葵を強引にセシリアは回収し、救助船まで大至急運び医師に葵を預けた。医師は葵の容体を見て顔を強張らせるが、急いで治療を開始した。このときまだ錯乱し取り乱していた一夏と箒を、別の医師達が薬を嗅がせ眠らせた。

 

「辛いでしょうが…今はもう眠っていて下さい」

 

 こうして一夏、葵、箒の初めての実戦は最悪な結果のまま終わった。

 



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臨海学校(二日目 福音 再戦)

 目を覚ますと、俺は旅館の一室で寝かされていた。

 多少記憶が混乱するが…誰かに眠らされたのは覚えている。時計を見たらすでに午後三時を指していた。そしてあの時の出来事を思い出すと、――――俺は急いでベッドから飛び降り部屋から出た。

 何が何でも、確かめなければならない事がある。俺を見かけた旅館の従業員さんやクラスメイトの声を無視し、俺は全力疾走で作戦を話し合った大広間まで向かった。走りながら俺の心に占める思いはただ一つ、

 

 葵が今どうなっているか、それだけだった。

 

 

 大広間の扉を乱暴に開け、中に入ると千冬姉と山田先生がいた。千冬姉は険しい顔で空中ディスプレイに映されている画面を眺め、山田先生も同様に画面を眺めながら携帯端末を動かしている。扉を開ける音に反応した二人は俺の方を向き、山田先生が、

 

「お、織斑君!気が付いたんですね!よかったです!」

 笑みを浮かべて近づいてきたが、俺はその山田先生の肩を乱暴に掴んだ。

 

「きゃっ!ちょっ、ちょっと織斑君」

 

「葵は!葵の容体はどうなんですか!教えてください!」

 肩を掴まれて顔を赤くしながら抗議しようとした山田先生に、俺は声を荒げ詰め寄った。落ち着けるわけがない。葵の怪我、あれを見せつけられて楽観視出来るわけがない!

 脳裏に刻まれたあの光景が思い出されていく。

 俺と箒を抱き、福音の攻撃を一身に浴びた葵。墜落後海に沈んでいく葵を死に物狂いで抱き寄せ、海上に浮かんだ時見た葵の怪我。腕に脚に、特に背中の傷は凄まじく焼けただれた皮膚に抉られた筋肉。背中を半分隠す位伸ばしていた髪も、焼け焦げて見るも無残な状態になっていた。顔だけは損傷がなかったが、あの真っ白な顔で力無く眠っている姿はどう見てももう…

 

「落ち着いてください織斑君!青崎さんですが…なんとか一命を取り留めています」

 

「ほ、本当ですか!」

 

「はい、本当です」

 山田先生から葵は生きてると聞いた瞬間、俺は安堵して大きな溜息をついた。

 

「よかった、本当によかった」

 最悪な事態が杞憂で終わって安堵する俺だが、

 

「しかし、まだ安心はできんがな」

 ディスプレイを見ていた千冬姉が、振りかえり俺を見ながら言った。

 

「え、千冬姉!それはどういうことだよ!」

 

「普通なら確実に死んでいた程の傷だ。しかしスサノオの操縦者絶対防御のおかげで青崎はかろうじて命を繋ぎ止められている。だが、これはISのエネルギーを全て操縦者に送り続ける事で成り立っており、スサノオの損傷率は普通なら廃棄される程だった。スサノオが完全に機能停止したらその時青崎は死ぬ。そのため…今は束が全力でスサノオの修復を行っている。スサノオの修理が進めば進むほど、ISから受けられる加護は強くなるからな」

 

「…それにスサノオが完全に回復しない限り青崎さんの意識も戻らないままですからね。その点で言えば今の状況はかろうじて無事と言える所です」

 な、なんだよそれ。で、でも!

 

「でも束さんが修理しているんですよね。それなら大船に乗ったつもりで安心できます。だって束さんは葵の風邪も一瞬にして治すくらいの天才ですし。なら葵もすぐに」

 

「半年」

 楽観的な意見を言おうとする俺に、千冬姉は硬い声で言った。

 

「半年、これが何を意味するかわかるか織斑」

 また真剣な顔で俺に言う千冬姉。…半年?何の事だよ。

 

「…青崎が全ての面で完全復帰するまでかかる時間だ。束が青崎の怪我を見てそう判断した。…しかもそれは束が所有する医療用ナノマシンをフル活用しての治療時間だ。一般の医者達は葵の怪我見ただけでIS乗りへの復帰は諦めていた」

 険しい顔をして俺に言う千冬姉。それを聞いて、目の前が真っ暗になったかと思った。足に力が入らず、そのまま床に崩れ落ちた。床に手を付けながら、葵の事で頭がぐるぐる回っていく。束さんの協力があっても半年…。あいつは三月にも大怪我して先月ようやく復帰したばかりだろ。なのに、また…。

 

(言ったでしょ、二人は守るって)

 葵が俺と箒に言った言葉が脳裏に蘇る。あの時身を呈して俺と箒を守った葵。作戦前から俺と箒を守ると言った葵は、その言葉通り俺達を守ってくれた。自身を犠牲にして。

  

 誰かを守りたい。誰かの為に戦いたい。そう決意していたはずなのに。

 

 実際は俺が守られてばかりだ……。

 

 

「…すまないが織斑、話はここまでだ。私達は逃げた福音をどうにかしなければならない。お前は別室で指示があるまで待機していろ」

 そういってまた千冬姉は視線を空中ディスプレイに戻した。そして後ろを向いたまま、

 

「…やることがないのならこの部屋から出て右に曲がった通路の一番奥の部屋にでも行くといい。そこに青崎がいる」

 …どこか力無い声で言った。それを聞いた俺は夢遊病者のように力無く立ち上がると、千冬姉が言った場所に向かうことにした。現在の葵がどうなっているか、ちゃんと確かめるために。そしてただ、会いたい。そして会って、

 

 何を言えばいいんだろうか…

 

 そして千冬姉が言った部屋に着いて中に入ってみたら、…そこには包帯を巻かれ体の至る所にチューブを繋がれてベッドで寝ている葵と、そのベッドの横で椅子に座りながら項垂れている箒がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  私のせいだ

 目の前にいる葵を見ながら、私の心はそれしか思い浮かばない。私が勝手な行動をしたせいで、葵が…これほどの重傷を負ってしまった。それはもう歴然とした事実だ。私が…一夏と葵の足を引っ張ってしまった。

 

 一夏と一緒に戦いたい。葵達に追い付きたい。

 この思いの為に、私は姉さんに電話してまで専用機が欲しいと願った。そして姉さんは専用機紅椿を私にくれた。そしてその紅椿の性能は素晴らしく、その性能を…私は自分の実力だと勘違いしてしまった。

 これならもうセシリア達にも対抗できる、一夏と一緒に戦える。私はそう思い舞い上がっていた。姉さんの推薦もあったが、一夏が参加する作戦に私も参加できると知った時、無人機襲来の時に感じたあの時の悔しさ、それを思うと一夏と一緒に戦える事が本当に嬉しかった。

 しかし私の役目は一夏を運ぶだけで、実質一夏と一緒に戦うのは葵だけというのは少し不満を持った。確かに織斑先生達の言うことももっともだが、今の私なら問題無くこなせると思っていた。

 

 …だが実際はどうだ。葵が危ないと思い援護したつもりが、それは葵の戦闘の邪魔でしかなかった。葵達に追い付いたと思っていたらそれは私の勘違いなだけで、全然追い付いていなかった。

 数時間前の私を殺したくなるほど後悔していると、部屋の扉が開く音が聞えた。顔を扉に向けると、…私同様暗い顔をした一夏が部屋に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 「…一夏か」

 意気消沈した顔をしながら、弱々しい声で箒は俺に顔を向けた。赤く泣き腫らした目をしていて、…俺同様、いやそれ以上に箒は自分を責めているんだろう。

 俺は無言で箒の横に椅子を置き、そこに座り葵の怪我を見る。全身に巻かれた包帯が痛々しい。顔だけは奇跡的に怪我は無く、そこだけ見れば寝ているように見える。福音の攻撃によって髪が焼かれ、今では首までしか無い。しかしその長さは葵が中学までの…男だった時と同じ長さだった為、今の葵は本当に顔だけ見たら昔と変わらない。いつも俺に笑ったり怒ったりした顔は、…今はただ眠った顔しか見せてくれない。

 凄惨な葵の姿。それを見て、俺の心は悲しいという感情よりも―――ある感情の方が勝っていった。

 

 

 不思議なもんだ。

 ここに来るまでは葵に会って、どうする?葵に対し何て言えばいいんだと思っていた。だが今の葵を見て、葵が目を覚ました時の事を考えると、葵に言いたい事、言わなければいけない事がすぐに出てきてしまった。

 

 そして…俺はどうしてもやりたい事が出来てしまった。これはもう、止める事が出来ないどうしてもやりたい事が。

 

「何も言わないんだな一夏」

 俺が葵を眺めながら思案していたら、ずっと黙っていた箒が不意に俺の方を向いて言った。

 

「私のせいで葵はこんな事になってしまったのだぞ。私が勝手な行動をして、そのせいで葵がこんな目に。一夏、横にいながらどうして私を責めない」

 半泣きの表情で俺を見て訴える箒。その目は自分を責めてくれと言っている。確かに今回の件は箒にも責任があるかもしれない。でもな、

 

「箒だけ非があるわけじゃないだろ。非なら俺も…葵にもある」

 今回の件、箒は全て自分が悪いと思ってるだろうが…それは違うんだ。

 

「はあ?何を言ってるんだ一夏!…下手な慰めならやめてくれ!」

 俺の言葉を聞き、声を荒げる箒。泣き腫らしたはずの目からまた涙を零しながら俺に向かって叫んでいく。

 

「悪いのは全て私だ!紅椿を与えられ、その性能を自分の実力だと勘違いした!己を過信しすぎた!そして私は葵を信じず、危険だと勘違いして福音を攻撃してしまったせいで葵はそれに巻き込まれてしまいシールドエネルギーを大幅に無くさせてしまった!そして葵の言う通りエネルギーが少ないのに攻撃してしまって、さらに福音からの攻撃を受け私のエネルギーも無くなった!一夏はそんな私を助けるために、私のせいでエネルギーを使い果たしてしまった!そして…」

 胸の内を吐き出すように嗚咽交じりで俺に言う箒。作戦終了後、目を覚まし葵の病室でずっと己を責め続けていたんだろう。しかし責めるべき葵は眠ったままで、謝りたいのに謝れなくて…。それで俺に葵の代わりに自分を責めて欲しいと思ってるんだろう。

 

「何故二人とも私なんかを。私なぞ助けなければよかったんだ。私なんかを助けるから」

 

「箒!」

 俺が急に大声を出したせいで、箒はビクッと体を震わした。しかし箒、それだけは言わせない。

 

「それ以上言うな。葵が本気で怒るとしたら、それだ」

 そして俺も怒っている。箒の気持ちはわかる。でも箒、…それだけは許せない。

 

「箒、お前の様子が少しおかしかったのは作戦前から俺と葵もわかっていた。その理由も、大体俺達は察しが付いていた。紅椿を与えられ、その性能に浮かれてるんだとな」

 箒が驚愕の顔で俺と葵を交互に見詰める。まったく、気付かないわけがないだろ。

 

「でも俺も葵も黙っていた。専用機持って嬉しいのは仕方ないし、箒は俺を運ぶだけだから危険は無いだろうと思ってしまったからだ。でも万が一を思って葵は俺に言ったんだよ。もしものことがあったら、箒を頼むとな」

 

「葵が…」

 

「言われなくともやるけどな。だから箒、今回の件はお前の異変に気付きながらもちゃんとお前に忠告しなかった俺も葵も悪い。自分を責めるなとは言わないが、それを頭に入れておいてくれ。そして箒、さっき何故責めないとか言ってたが…結果はどうあれ、葵は絶対箒を責めないだろうよ」

 

「どうして…」

 

「それは目を覚ました葵に確かめてみろよ。俺からはもう何も言う事は無いぞ。反省なら箒、もう俺が言わなくとも充分やってるからな」

 そう言って俺は立ち上がった。やりたい事はもう決まっている。なら、もう行動に移すまでだ。そして部屋から出ようとすると扉が開き、

 

「一夏、箒ここにいるんでしょ。こっちに来なさい」

 鈴が廊下から俺達を手招きした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラ、福音の位置はもう特定出来たのよね?」

 

「ああ、衛星が奴の居場所を掴んだ。ここから南西30km離れた空域を漂っている」

 

「居場所がわかりましたならこちらのものですわ。友達を傷つけてくれたお礼を返してさしあげませんと。ええ、倍にして返さなければいけませんわね」

 

「…一夏と箒大丈夫かなあ。立ち直っているといいんだけど」

 

「…あの二人が未だに落ち込んでるようならあたしが殴って目を覚まさせてあげるわよ。専用機持ちの責任ってやつをわからせるために、そして何よりも――――――友達を傷つけたあの機体と今戦わず何時戦うのよってね!」

 鈴、ラウラ、セシリア、シャルロットの四人は一夏達の作戦失敗後、千冬から別室で待機命令を出されていた。しかしおとなしく待機するわけもなく、各自ISの調整を行い福音と戦う準備を進めていた。そして一夏も箒も目を覚まし、福音の居場所もラウラのドイツ軍が特定した為、千冬の許可も無く福音退治に向け行動を開始した。四人は葵の病室に到着し、

 

「一夏、箒ここにいるんでしょ。こっちに来なさい」

 鈴が部屋にいる二人を部屋の外に連れ出した。その時部屋を出る一夏を見て鈴は驚いた。

 

(箒はまだ落ち込んでますって感じだけど…一夏はそうじゃない)

 鈴は箒以上に、一夏が落ち込んでると思っていた。しかし今の一夏はそんな様子は見られない。箒の目は半分死んでいるが、一夏の目は違う。強固な意志を持った目をしている。

 

「鈴にラウラにシャルにセシリア。ちょうどいい。俺も皆に言いたい事があったんだ」

 四人を見渡して言う一夏。四人は一夏を見つめ、笑みを浮かべた。

 

「あ~あ、一夏に関しては何の心配も無かったわね」

 

「さすが嫁だ、やるべき事をわかっている」

 

「さすがですわ一夏さん」

 

「おいおい、俺はまだ何も言ってないぜ」

 

「じゃあ一夏、何を言いたいのかな」

 

「ああ、俺は今度こそ福音を倒す。絶対にだ!何が何でも負けられない!でも俺だけの力じゃ無理だ。だから…みんな俺に力を貸してくれ!」

 そう言って一夏は四人に向かって頭を下げた。それを見た四人は、笑みを浮かべながら、

 

「そんなの貸すに決まってるでしょ」

 

「わたくし達は最初からそのつもりでしたもの」

 

「居場所はもう特定している。こちらはすぐにでも出発できるぞ」

 

「今度こそ勝とうね、だから一夏もう頭上げなよ」

 一夏に協力することを約束した。

 

「ありがとな、みんな」

 

「当たり前の事を言ってるまでよ。で、箒。あんたはどうなの?居場所はわかった。一夏もあたし達もみんな戦う。あんたには専用機があって戦う術もある」

 

「わ、わたしは…」

 

「あんたはどうなの?戦うべき時戦う者なの?それとも…友達が傷つけられたのにも関わらず戦わない臆病者なわけ!」

 鈴の言葉を聞き、箒の胸に火が灯っていく。戦う事を選んだ一夏、鈴達。そして…葵を傷つけた福音を思い出し、決意した。

 

「私も戦う!今度は必ず勝つ!」

 箒の言葉を聞き、箒の決意を見た一夏達は満足げに互いに頷きあった。

 

「よし、じゃあ作戦会議を開こうぜ。葵が目を覚ましたら全てが終わってるようにするために!」

 

 

 

 

 

 

 

 目標のIS、銀の福音は南西の海上をふらふらと移動していた。一夏達と接触する前は一直線にどこかに向かっていた福音だが、接触後はどこか当てもなく彷徨い続けている。その姿は親に見捨てられた迷子のようにも見える。しかしそんな福音に、

 

 長距離から飛来した弾丸が頭部に着弾し、大爆発を起こした。

 

 すぐさま体勢を立て直し、先程来た狙撃がどこから来たものか確認。すると3km程先に大型ライフルを構えたラウラに姿があった。続けて福音に対し狙撃を行うとするラウラだが、

 

「敵機A確認。警戒レベルBと判断。目標を迎撃します」 

 オープンチャンネルから音声が流れたと思ったら、福音は恐るべき速さでラウラに向かっていった。距離がどんどん縮んでいく。ラウラも福音に対し攻撃を行っているが、福音の光弾に相殺されていった。そして距離を詰めた福音がラウラに翼を広げ一斉射撃を行おうとした瞬間、

 

「させませんわ!」

 強襲用機動パッケージを使い猛スピードでセシリアは福音に向かっていった。ビットはスラスターとして使用しているため、手に持っているスターライトmkⅢで砲撃を浴びせていく。しかし福音は難なくセシリアの砲撃を回避すると、光弾をセシリアに浴びせようと翼を展開。しかし、

 

 バアン!

 

 背中をラウラから狙撃された。体勢を崩した福音にセシリアが急接近する。距離的に光弾で迎撃するのを諦めた福音は、セシリアに体当たりをしようとする。が、

 

「はあーーーーー!」

 その瞬間セシリアの背に乗っていた鈴が、双天牙月を両手に構え、福音に向かって渾身の力を持って双天牙月を振りおろした。鈴の攻撃を脳天から受け、凄まじい衝撃と共に海に落下していく福音。しかし海に落ちる寸前でスラスターを噴出し持ち直した福音は、追い撃ちで衝撃砲を浴びせてくる鈴とレーザーの砲撃を行ってくるセシリアから逃げようと後退。しかし、

 

「逃がさないよ」

 ラウラとはまた別に地点で待機していたシャルロットが、福音に対し狙撃を開始。頭部に腹部に着弾し爆発が起きる。動きが止まった福音に、ラウラの狙撃が、セシリアのレーザーが、鈴の衝撃砲が襲いかかる。多方向からの攻撃に福音も対処が出来ず、じわじわと消耗していく。しかし、

 

「敵機B,C及びDを確認。警戒レベルBと判断。迎撃を開始します」

 オープンチャンネルから流れてくる声を鈴、セシリア、シャルロット、ラウラは聞いた。そしてそのすぐ後、

 

 攻撃にさらされながらも福音は翼を展開。まずは近くにいたセシリアと鈴に対して砲撃を行った。

 

「来ましたわよ鈴さん!」

 

「避けるわよセシリア!」

 慌てて回避に移るセシリアと鈴。しかし二人の予想を上回る光弾の雨が二人を襲った。大部分は回避出来たが全ては避けきれず、二人とも数発着弾。爆発の衝撃で吹き飛ぶ二人に福音は恐るべき速さで近づくとまずはセシリアの腹部に蹴りを放った。

 

「きゃ!」

 後方へ吹き飛ぶセシリア。慌てて鈴は衝撃砲を福音に浴びせるも、福音はすぐに後退。そして後退しながらも翼から全方向に光弾を撃ちだして鈴に、ラウラに、シャルロットに光弾を浴びせていく。しかし、

 

「そんな分散した攻撃じゃあたし達には当たらないわよ!」

 光弾を避けながら鈴は衝撃砲で攻撃していく。シャルロットとラウラも避けきれない場合はシールドを展開して防いでいく。蹴りのショックから立ち直ったセシリアも、鈴と共にスターライトmkⅢで福音を攻撃し追い詰めていく。4人の苛烈な攻撃を受け、次第に福音は形勢が不利だと判断した。

 

「…優先順位の変更。当該空域からの離脱を最優先」

 オープンチャネルから音声が聞えると共に、福音はまた全方位に光弾を浴びせ牽制。その隙に一番手薄な場所から強行突破を開始した。それを見届けたセシリア、鈴、シャルロット、ラウラは笑みを浮かべた。そして福音が強行突破した方向から真っ直ぐに――――展開装甲された紅椿が襲いかかった。

 

「逃がさん!」

 その言葉と共に紅椿から大量のレーザー群が福音に急襲。レーザー攻撃を受け福音は後ろに吹き飛んでいく。そしてその後ろから、

 

「はーい、いらっしゃい」

 鈴とセシリアが福音の両手を拘束し、福音の動きを止める。箒も福音に抱き付き、さらに身動きを止めた。無論福音も黙っておらず、自分もろとも至近距離で砲撃を浴びせようと翼を展開。しかしその前に、

 

「一夏!頼む!」

 

「おおおおおおお!」

 上空にステルスモードでずっと待機していた一夏が、零落白夜を展開して福音に斬りかかった。

 

「のあdんvsんmv;sddljsp」

 零落白夜の一撃を頭部から受け、絶叫を上げる福音。すぐに箒は福音から離れ、腹部にまた一撃を与える一夏。福音の動きが弱くなり、抵抗も弱弱しくなっていく。福音を拘束している鈴もセシリアも勝利を確信して、気を緩めてしまった。

 

 その瞬間を福音は見逃さなかった。

 

 渾身の力で二人の拘束を振りほどき、一夏達から後退。そして先程展開していた光弾を至近距離で浴びせようとするが、

 

「させるかよ!」

 一夏は零落白夜を展開した状態でスラスターを噴射しながら、福音が光弾を打ち出す前に近づき、

 

「おおお!」

 叫び声と共に一夏の零落白夜の一撃は福音の両翼を斬り飛ばした。

 

 両翼を失った福音はそのまま力を無くし、海へと落ちていった。

 

「ハアハア、やりましたの?」

 海に落ちた福音を眺めながら、セシリアは言った。箒も海面を見ながら、

 

「零落白夜の一撃に加え、両翼も斬ったのだ。これなら」

 

「ああ、俺達の勝ちだな」

 ふう、と一夏は溜息をついた。

 

「しかし俺って結局隠れて止め刺しただけだな…。皆の作戦通りにはなって勝ったけどなんだこの燻り感は…」

 

「あんたの攻撃は少しもエネルギー無駄に出来ないのだからしょうがないでしょ」

 

「それに一夏、最後の攻撃は凄かったよ!僕には出来ないよ」

 

「それを言ったら一夏、私は福音に攻撃した後抱きつくしかしてないぞ…」

 

「ちゃんと福音を挟み撃ちしてくれたではないか。レーザーの弾幕張って逃げ道塞ぐのは紅椿しか出来ないことだから胸を張っても良いと思うぞ」

 

「そんなことよりも福音を回収しませんと。中には人が乗ってますのよ」

 

「ああ、そうだった」

 一夏は改めて福音が落ちた海面に目を向けた瞬間、

 

 海面が勢いよく上に爆ぜた。

 

「な!なんだ!」

 驚く一夏の眼前に、光の球が現れた。それは福音で、青い雷を体に纏いながら丸くなっている。

 

「何だ!何が起こってるんだ!」

 

「まさか第二形態移行だと!ここで!」

 一夏の疑問にラウラが驚愕しながら叫んだ。そして全員のオープンチャンネルから福音の声が流れていく。

 

「敵機E,及びFを確認。敵機F、警戒レベルAと判断。殲滅します」

 そして福音は一夏を見据えると、背中からエネルギーの翼を生やし、恐るべき速さで一夏に襲いかかった。あまりのスピードに一夏は反応できず、福音は一夏をエネルギーで出来た翼に包みこむと、零距離で光弾を一夏に浴びせた。再び翼が開かれると、ボロボロになった一夏が海面へと落ちていった。

 

「一夏!よくも!」

 怒りに燃える鈴が福音に対し、衝撃砲を浴びせながら双天牙月を構え突撃していく。しかし福音は無数の装甲から翼を展開。先程よりも遥かに多い光弾が鈴に襲いかかった。

 

「ええ!く!」

 

「なんですのこの性能!無茶苦茶ですわ!」

 鈴の近くにいたセシリアまでも光弾の嵐は巻き込み襲いかかった。必死で回避するも、数が多すぎる。避けきれずに次々と着弾し弾き飛ばされていく。鈴達を追い払った福音は再び一夏の方に顔を向けるが、

 

「一夏!しっかりしろ!一夏!」

 一夏は箒に抱えられて福音から離れていっている。それを見た福音はエネルギーの翼を展開、それを前方に束ねるようにすると―――大型のレーザー砲となり一夏と箒に放たれた。

 

「箒!避けろ!」

 

「え?」

 ラウラの叫びを聞き、箒が振りむいた時にはレーザー砲を避ける事はもう不可能だった。そのため箒は一夏を抱きかかえ、盾となった

 

(今度は私が一夏を守る!)

 

 直撃しその衝撃で箒は気絶し、絶対防御が発生した紅椿は、一夏と共に下にあった岩礁に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏と箒が福音の攻撃に晒される少し前、旅館の近くの海辺では簡易ラボを作った束が、その中でスサノオの修復作業を行っていた。

 

 スサノオ回収後はずっとスサノオの修復作業を行っている束だが、その胸中は混乱していた。

 

「何で何で何で~?どうしてこうなっちゃったのかなあ。私の完璧な未来予想図じゃ紅椿で颯爽と箒ちゃんがいっくんを運んで、福音はあーちゃんが足止めして、いっくんが止めを刺す。箒ちゃん達なら問題無く行えるはずだったのに…」

 束は、作戦中箒がした行動を思い出した。

 

「まさか箒ちゃんが…。本当ならこれで箒ちゃんの紅椿の性能、白式の一撃必殺の威力、暴走するISにも負けないあーちゃんのIS技術を世界に知らしめることが出来たはずなのに。そしてその功績でちーちゃんもあんな連中に抑えられることも無くなるはずだったのに…」

 しかし現実は作戦は失敗した。それも最悪な形で。

 

「最初は福音が暴走しているという情報掴んだ時、これだから愚民はとか思ったけど、利用させてもらおうとちーちゃんに作戦プラン教えたのに。…あの軍事施設、もう地上から消し去っちゃおうかなあ。それと、福音を暴走させた連中もかなあ」

 黒い感情が束の中で渦巻いて行く。束が行動を起こせばそれはたやすく行えるだろう。

 

「ま、それは後に考えよっと。うし!スサノオ修理完了!これでひとまずあーちゃんの命は繋がった!後は自宅のラボから医療用ナノマシンを」

 束がスサノオの修理を終えた瞬間、

 

「え?」

 スサノオは束の前から姿を消した。

 



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臨海学校(二日目 復活)

10年位前の、初夏の頃だった。

母さんが死んで一年経ち、俺も父さんもその頃にはようやく母さんが死んだショックから乗り越えられるようになった。しかし、俺が幼稚園から帰っても家に誰もいないのはやっぱり寂しかった。父さんもなるだけ早く帰ってくれるようにはしてくれていたけど、どうしても午後7時位までは家で一人ぼっちだった。そのため俺は父さんが帰ってくるまで公園で遊んでいた。

 

 一人で。

 

 当時の俺は友達が一人もいなかった。原因は俺の顔。周りの女の子よりもずっと可愛らしい顔をしていた俺は、そのせいでからかわれていた。からかった連中は全員父さん仕込みの空手で泣くまで叩きのめしていたけど、そんな俺に友達なんて出来るわけがなく、いつも一人ぼっちだった。

 

 公園に行くのは大体夕方から。その時間で無いと公園には同い年の奴等が公園で遊んでいるから。彼等と一緒になると、彼等は俺を遠巻きに見ながらからかってくる。腕力では到底敵わないと学習したようで、遠くから言うだけ言って逃げていくようになった。そのため彼等に会わない為にも、夕方になってから公園に行くようにした。その時間なら……親がいる彼等は家に帰らないと行けないから。

 

 もっとも公園に来ても一人では遊ぶ事なんて限られてくる。遊具はいくつかあったが、それもすぐに飽きてしまった。そのため俺が公園で遊ぶと言ってもやる事は、朝父さんから教わった空手の練習だった。わざわざ公園でやらなくとも家で出来るが、家にはいたくなかった。誰もいない家は寂しく、父さんが帰るまでは家にいる事が辛かったからだ。

 

 その日もいつものように夕方になって公園に行き、いつも練習をしている場所に向かったら―――いつも俺しかいないはずの場所で、棒きれを持って振っている同年代位の男の子がいた。いつも俺が空手の練習をしている場所を勝手に使われ、俺はその男の子にむかついた。

 

「おい、邪魔だよお前。どっかいけよ」

 この顔のせいで、女の子扱いされる事が多かったため、口調だけでも男らしくしようと思ったせいか、当時の俺は口が悪かった。俺がそいつを追い払おうと声をかけたら、そいつは俺の方を向くと、

 

「何で邪魔なんだよ。おまえこそ俺の特訓の邪魔するなよ」

 少し怒った声で俺に言い返してきた。

 

「邪魔なんだよ。いつも俺がそこで練習してるのに。そこは俺の場所なんだからどっかいけよ」

 

「何言ってるんだよ!公園はみんなで使いましょうって先生言ってたぞ。お前だけの場所じゃないだろ」

 

「うるさい!ここは俺の場所なんだ!お前がどっかいけ!」

 

「嫌だね。もうここでずっと特訓してやる」

 俺の態度が気に入らなかったんだろう。そいつは意地でもそこを離れないようになった。

 

「そーいえばお前、女のくせに俺とか言うなよ。そういうのをはしたないって言うんだぞ」

 

「おまえー!俺は男だ!」

 気にしている事を言われた俺は怒鳴り、俺はそいつを思いっきり殴った。そいつは地面に転がったが、頬を押さえながら吃驚した顔をして俺を凝視し、

 

「え、男!うそだろ?って男なら…よくもやったなー!」

 叫びながら棒きれを振り回しながら俺に襲いかかった。しかし父さんにいつも鍛えられた俺が負けるはずもなくあっさり勝った。地面に転がったそいつを俺は見下ろしながら、

 

「ばーか。俺に勝つなんて100年早いんだよ。お前の特訓ってやつは意味無かったなあ」

 俺は鼻を鳴らしながら勝ち誇った。そいつは俺を見上げながら悔しそうにしていた。

 

「これでどっちが強いかわかっただろ。じゃあどっかいけよ。ここで俺が特訓するんだから」

 俺がそう言い放つと、そいつは立ち上がり、俺をじっと見ると、

 

「おまえ強いな。特訓って何をしてるんだ?」

 興味深そうな顔をして聞いて来た。同年代に敵意も侮蔑も無い声で話しかけれたのは久しぶりだったため、俺はすこし戸惑った。

 

「空手。父さんから教えて貰ったのをここでもやってるんだよ」

 

「へ~空手か。凄いなお前。だから強いんだなあ」

 もはや完全に敵意がなくなったそいつは、純粋に俺の事を凄いなあと感心しだした。

 

「別に凄くねーよ。父さんは俺よりずっと凄いし。そういうお前も特訓してたけど、何の特訓してたんだ?」

 

「俺か?俺は剣道。俺も姉ちゃんみたいに強くなるんだ!」

 

「ふーん、剣道か」

 そして俺は辺りを見回した。日も結構降りてきていた。

 

「…なあ、お前家に帰らなくていいのか?親に怒られるんじゃねーの」

 辺りを見回しながら俺が言うと、

 

「…大丈夫。俺の家親いないから。姉ちゃんしかいない。いつも遅くに帰ってくる」

 そいつは寂しそうな顔をして俺に言った。その言葉に俺は驚き、そして…少し親近感を感じた。

 

「お前こそいいのかよ、こんな遅くまでここにいて親に怒られるんじゃねーのか」

 逆にそいつは俺の心配をしだした。

 

「怒られねーよ。俺も父さんしかいなくて…いつも帰り遅いし」

 俺がそういうと、そいつは吃驚した顔をした。そして、その後笑った。

それを見た俺も、自然と笑った。

 

「なんか俺達似てるな」

 

「そうだな」

 

「お前、いつもここで特訓してるんだろ?」

 

「そうだけど」

 

「じゃあさ、俺も一緒にここで特訓させてくれよ!頼む!」

 

「はあ?何で?」

 

「お前俺よりも強いだろ。俺負けっぱなしは悔しいからな。お前に勝つために、そしてお前とまた勝負するために」

 

「…別に他の場所で特訓してから俺に勝負しにくりゃいいだろ」

 俺がそういうと、そいつは少し悲しそうな顔をした。

 

「…駄目か?」

 

「…わかったよ。別にいーよ」

 俺がそういうと、そいつはまた笑顔を浮かべた。

 その後話しをしていたら、そいつの家もこの近所で、いつもは反対方向の公園にいたようだが今日はなんとなくこっちに来てみたとの事だった。

 

「そういやさ、お前って名前なんて言うんだ?」

 

「俺か?…俺は青崎葵って言うんだ。お前は?」

 

「俺は織斑一夏だ。じゃあ葵、明日もここでな」

 そういってそいつ……―夏は俺に言うと、公園を後にした。名前で呼ばれた事、そして明日も会う約束をされて、俺は―――――凄く嬉しかった。

 

 これが、俺と一夏が初めて出会った日の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と一夏が特訓だ!や勝負という名の喧嘩を止めるようになったのは、そんなに時間がかからなかった。一夏が、

 

「お前が何も持ってないのに俺だけ武器持っているのはずるいし」

 そう言って棒きれを捨てて素手で俺に勝負してくるが、毎回俺の圧勝で終わったためだ。当たり前であった。一夏は剣道?の特訓していたのにずっと空手の特訓していた俺に勝てるわけがない。それが一夏にもわかったのか、

 

「葵!今日は相撲で勝負だ!」

 と、勝負の内容を喧嘩から別の物に変えていった。

 

「やった!俺の勝ち!」

 

「ううう、一夏!もう一回!」

 

「いいぜ!」

 空手以外の事はほとんどやった事がなかったため、他のスポーツで競ったら俺と一夏に差はほとんど無かった。他にもメンコ、○×、クイズ、あっちむいてほい等々、もはや勝負でも何でもなく、勝負というのは一緒に遊ぶための名目になっていった。お互い家に帰っても誰もいないから、遅くまで夢中になって遊ぶようになった。そして、お互い気付かない内に帰宅時間が遅くなっていき、とうとう千冬さんが帰る時間よりも遅く一夏は帰宅してしまった。俺はぎりぎりで間に合い誤魔化せたが、一夏はいつもこんな時間まで遊んでいた事を千冬さんから怒られた。その時一夏は俺を庇うため、一人で剣道の特訓をしていた!と言ったら、

 

「お前がそんなに剣道に興味持ってたとはな。じゃあお前も束の家の道場に通うか。その方が私も安心する」

 千冬さんからそう言われ、一夏が篠ノ之道場に通う事が決まった。

 

 翌日一夏はその事を俺に伝え、今後俺とはそんなに遊べなくなる事を告げた。正直さみしくなるなあと思い残念がってたら、

 

「葵、お前も一緒に行かないか?」

 と誘ってくれた。父さんと毎朝空手の練習をしていた為返事に躊躇していたら、

 

「お前と一緒の方が楽しいからさ、どうかな」

 笑顔で誘ってくる一夏を見て、一夏の誘いに乗った。その日の夜、父さんに剣道の道場に通いたいと言ったら、父さんの顔が固まった。?と思ったら父さんは急に悲しそうな顔をして、

 

「……そうか、すまなかったな葵。お前に無理矢理空手を教えていて。ああ、お前が本当にやりたい事をするといい」

 …なにやら盛大に誤解した。慌てて俺は一夏から誘われた経緯と、そして空手が嫌いではない事を父さんに伝えると、一応納得してくれた。そして幼稚園の保母さんから俺は対人関係に難ありと言われていたため、友達が出来ていた事に父さんは内心凄く喜んでいた事を後に知った。

 

「なら葵、剣道をやってみたいと言うならまあ止めはせんが…それなら剣道がある日は朝の訓練は止めるか?二つもしたらさすがにキツイだろうし」

 

「嫌!朝の訓練は今まで通りする!」

 父さんなりに気遣っての事だろうが、そこは譲れなかった。あの当時の俺と父さんのコミュニケーションを上手く取ってたのが朝の特訓だという事は幼い俺にも理解していたからだ。

 それにそれ以上に、俺も父さんから教えて貰う空手が好きだったから。

 

 

 

 その後は一夏に篠ノ之道場まで案内され、俺も入門することが決まった。その時初めて千冬さんや箒の父親に会ったのだが、

 

「ほう一夏、可愛いガールフレンドじゃないか」

 

「同い年の女の子が来てくれるとは。箒も喜ぶだろうな」

 …見事に誤解された。男だと言ったら二人とも凄く驚いた。そしてそんな俺達を遠巻きに見ている二人がいた。一人は千冬さんと同じ中学の制服を着ていた束さんと、もう一人は剣道着を着ていた箒。

 一夏の言う女のファースト幼馴染の箒と初めて出会ったのは、この日だった

俺が束さんを見ると束さんはすぐにどこかへと行ってしまった。興味など無いとばかりに。箒は俺と一夏をぶすっとした顔をして眺めている。

 

「箒、この二人は今日からお前と一緒に剣道の練習をする仲間だ。仲良くしなさい」

 箒の親父さんがそう言うも、箒は不機嫌そうな顔で俺と一夏を見ている。俺も一夏もどう反応しようか迷っていたら、

 

「弱そうな二人だな」

 この一言で、俺と一夏は怒りすぐに剣道で勝負を挑んだが……俺も一夏も完敗された。一夏が空手を習っていた俺に喧嘩で勝てないように、剣道をずっとしていた箒に俺達二人が勝てるわけが無かった。しかし悔しさをバネに、俺も一夏も当面の目標は打倒箒を掲げ練習に励む事となった。この時までは俺も一夏も、箒とはそこまで仲が良くなかった。仲が良くなる出来事が起きたのは、初めて会った日から二年後、小学校二年生の時だった。

 

 その日俺と一夏と箒と、クラスの男子3名と女子2名で放課後教室の掃除をしていた。俺と一夏は面倒だなあと言いながら掃除をしていたら、他の男子達は箒を囲んでからかっていた。箒の口調が変だの、いつもムスっとしていて可愛くないだの、箒を取り囲んで好き放題言っていた。箒以外の女子2人は、巻き込まれたくないのか離れた所で黙って掃除していた。

くだらない事してんなと思ったが、その時俺は箒を助ける気は無かった。未だに剣道で負けているのもあったが、同じ道場にいながらも俺と一夏に対し態度が悪い箒を俺は好きではなかったからだ。無視して掃除を進めようとしたが……一夏は違った。

 

「何やってんだよお前ら!大勢で一人をいじめるとか、それでもお前ら男かよ!」

 そう言って一夏は箒と男子達の間に入り、その後喧嘩となった。俺も箒も、一夏の行動に驚いた。普段の仲を考えると、むしろ男子達に共感した方が自然だったからだ。しかし一夏は箒の為に怒り、箒を庇った。その姿は俺には凄く……眩しく見えた。

 しかし男子達3人を一夏が泣かした後、運悪く男子達の友達5人が3人を迎えに来て、その惨状を見た後はすぐに一夏に襲いかかった。3人と喧嘩した後の一夏にはもう力があまり残っておらず、すぐに劣勢となった。その姿を見た俺は――――気が付けばその5人相手に一夏と一緒に喧嘩していた。ちゃっかり箒も加わっており、5対3だったが一方的なこちらの圧勝で終わった。

 なんとも少年漫画みたいな展開だったが、一緒に喧嘩した仲という事もありその後俺と一夏は箒から名前で呼ぶ事を命じられ、俺達も名前で呼ぶよう箒に伝えた。それからは俺、一夏、箒と三人で居る事が増えていった。一緒に遊ぶようになると、箒は態度が悪いのでなく上手く言いたい事を伝える事が出来ないだけと知り、俺も一夏もそんな箒にもっと素直になれよと笑いかけると、箒も笑顔を見せてくるようになった。

 

「ありがとうね、いっくん、あーちゃん」

 ある日道場で俺と一夏と箒が遊んでいたら、いつも俺達を無視していた束さんが、その時初めて笑顔で俺達にそう言ってくれた。箒と仲良くなったら、束さんとも仲良くなり、物知りな束さんに色々質問したり、束さんは面白い発明を見せてくれたりしてくれた。

 小学3年を過ぎた頃になると、今までの練習が実を結んだのか、俺も一夏も剣道で箒の実力に追い付きだした。試合をして勝ち星が増えていった俺達を箒は悔しがったが、俺達の努力を今まで見てたせいか納得はしていた。

 小学4年になると、俺の実力は箒に追い付いた。この辺で男女の差が出てきたんだろうと箒の親父さんは言ってたが、箒は諦めずに練習に励んだ。

 

 しかし箒に追い付いた俺だが、気が付けば一夏はそれ以上に強くなっていた。

 

 その頃になると試合をすれば俺は一夏に勝てなくなっていた。練習で無く本番だと俺はどうしても一夏に勝てない。

 

「あ~くそ、一夏に勝てなくなった」

 俺がそうぼやくと、一夏は真面目な顔で言った。

 

「これだけはお前に負けたくないからな」

 

 

 

 

 

 

 そして小学5年になり、……箒は転校した。

 

 理由は当時わからなかった。ただいきなり引っ越しした箒に、俺と一夏は悲しみ…箒がいなくなったのと、箒の親父さん以外で剣道を教えて貰う気が無かった俺達はその後剣道をする事を止めた。いや一夏ももう子供で無く、千冬さんが働きその収入で生活している意味を理解したのでアルバイトという名のお手伝いや家事の一切をこなすようになってきたのもある。俺もそんな一夏に付きあっていったら…なんか家事スキルはどんどん上がっていった。

 

 

 箒が転校して数ヵ月後、クラスに転校生が来た。その名は鳳鈴音という中国人で、しばらくしたら俺と一夏のセカンド幼馴染となった。仲良くなったきっかけは……まあ箒とほぼ同じ展開だった。

 

 外国人と言う事で男子数人にからかわれた鈴を、かつての箒とダブって見えた俺と一夏は男子達を蹴散らして助けた。この時も一夏が率先して助けた。それが原因なのだろう、鈴はわかりやすい位一夏に惚れていった。ちなみに数日は鈴は俺を敵意がこもった目で俺を睨んでたが、俺が男だと知るとそれは無くなった。…一夏のガールフレンドだと思ってたらしい。

 その後は俺と一夏と鈴でよく遊ぶようになった。鈴の家が定食屋なのは助かった。アルバイトと言う名のお手伝いも、鈴の家なら安心して行えたし料理も教えてくれた。…まあ俺と一夏の覚えがよかったせいで鈴が陰で悔しがってたけど。

 

 中学に上がると、五反田弾とも出会い四人で遊び回るようになった。弾の家も定食屋だった為、親父さんから色々な料理を教えて貰ったりもした。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

ざぁ……。ざぁぁん……。

 

 天気は快晴、青い空に白い雲、どこまでも続く海を眺めながら、俺は白い砂浜を歩いていた。…ってちょっと待て。

 

「なんで私ここにいるんだろ?」

 思い出せない。なんか大変な事があったような気がするんだけど、何故こんな場所にいるのかが思い出せない。IS学園の制服を着てるけど、こんなところで課外練習しにきたなんて記憶が無い。

 

「ってそれよりさっきまで何か自分の半生を見てたような気が…」

 強制的に過去の自分を振り返っていたような…。あれ、なんか最近も似たような事があったような気が…。

 

「あ~、駄目。思い出せない」

 頭が妙にはっきりしないまま、とりあえず海岸線を歩いていく。理由はわからないけど、何故かそっちにいけばいい気がしたからだ。そうしてしばらく歩いていると、

 

「……」

 前方に……仮面を付けた鎧武者がいた。その武者は見た感じ女の武者だろう。戦国時代の武者というよりももっと昔の武士の鎧な気がする。兜を付けてるが後ろから黒い艶やかな長い髪があり、鎧も女性らしい形をしている。耳になんかピアスをしてるが…あれは勾玉?

 どう見ても怪しい人物に遭遇してしまったなと思ってたら、

 

「ラ、ラ~。ラララ~」

 どこからか歌声が聞えて来た。声がする方を向くとさっきまで誰もいなかった波打ち際に、白い髪をして白いワンピースを着た女の子が踊りながら歌っていた。

 

 「え、何これ?どういう状況?」

 前方には黙って立っている女武者。波打ち際には歌って踊っている女の子。いつの間にか知らない場所にいて、何故か記憶はあやふや。この異常事態に混乱しかけたが、俺はある結論に達した。

 

「ああ、私死んだんだ。つまりここって…あの世?この海みたいなのが三途の川?予想以上にでかいんだ」

 なんというか、それ以外は考えられない。もしかしたら夢という可能性もあるけど、夢にしては…なんかこう、違う気がした。人生わずか15で死ぬとは…さすがに未練が出てくると思ったが、何故かあまりわいてこない。父さんの事を思うとさすがに罪悪感が生まれてくるが、

 

「なんだろう、こうやり遂げた感があって安心してるこの感覚は…それよりもここが三途の川ならどうしよっかな。六文銭持ってないから渡れるかなあ」 

 くだらない事を考えていたら、

 

「力を欲しますか……?」

 どこからか声を掛けられた。

 前方の女武者に顔を向けるが、どうもこちらではないようだ。波打ち際にいた女の子の方を向くと、歌うのを止めて海を見ていた。そっちに顔を向けると…波の中、膝下までを海に沈めた女性が立っていた。その姿は白い甲冑を纏った騎士のような姿をしており、顔は半分覆っているガードのせいで口元しか見えない。それをじっと俺は見ていたら、

 

「力を欲しますか……?」

 再び声を掛けてきた。

 

「え~っと、すみません。ここどこですか?やっぱりあの世?三途の川ですか?六文銭持ってませんけどできれば天国の方に運んで貰えませんか?」

 

「力を欲しますか……?」

 …質問は見事に無視され、さっきと同じ言葉を言われた。

 

「いやあの、どこか教えてくれたら助かるんですけど…」

 

「力を欲しますか……?」

 

「綺麗な鎧ですね、どこで手に入れたんですか?」

 

「力を欲しますか……?」

 ………何この人。レヌー○城の王様?求める答え以外は受け付けないって訳?

 

「力を欲しますか……?」

 しつこく聞いてくるこの騎士さんに、

 

「いらない」

 俺はそう言い返した。って何!この騎士さんもだけど、さっきの女武者も女の子も俺を凝視して!そんなに変な事言ってないけど?

 

「力を…欲しないという事ですか?」

 女騎士がどこか困惑したような声で話しかけてきた。

 

「いや欲しくないというわけじゃなくて…力は自分が努力して手に入れてこそ価値あるし。なんか貴方の口振りから不思議な力を私に与えてくれるみたいな感じがしたから、そういうのは断っただけ。どんな力かは知らないけど、与えられた力なんて怖いし信用できない」

 

「では貴方は…どんな困難な事があっても自らの力だけで立ち向かうのですか?」

 

「まさか、一人だけじゃ無理に決まってるじゃない。自分だけの力じゃどうしようも無い事が起きたら素直に他人の手を借りるかな。それが当たり前だと思うし」

 哲学を語るわけじゃないけいど、一人では生きていけないなんてのは当たり前の事だ。一人で食べ物を集めたり、衣服を作ったり、家を作るなんて俺には出来ないし。

 

「…では、貴方にとって力とは何ですか?そして何の為に使う物ですか?」

 質問が多いなあこの人。しかもなんでこんな禅問答みたいな事しないといけないんだろう?……まあどうせ真面目に答えないと同じ質問を延々とするんだろうから答えるけどさ。

 

「さっきも言ったけど、努力して手に入れるものかな。言いかえれば頑張った結果が力だと思う。何のために使うだけど、自分の為と誰かの為に使うものかな。これの優劣は付けられないと思う」

 

「誰かの為に…ですか」

 

「そう。自分の為だけでなく、誰かを助けるため守るために力は使うべきかな。ま、誰かを…家族や友達を助ける為に自分の持っている力を使うのは大事だと思う」

 そう言って俺は、一夏の顔を思い出す。一夏なら、絶対こういうだろうし…俺も一夏を見て来たから素直にそう思う。

 

「貴方の言う力とは…自分の為、そして他人の為に使うべきで…自らの力が及ばない時は他の人の力を借りるという事ですか」

 

「う~ん、まあそうなるかな。一人で無理なら、信頼できる人と協力して欲しいかな。それなら…お互い対等だしね」

 

「わかりました…、貴方は実に面白い人だ」

 騎士さんはそう言って笑った。…当たり前の事言っただけだと思うけど。

 

「なら、一緒に協力する、力を貸すならいいいんだよね」

 女の子がそう言うと、その子は女武者の方に行った。

 

「さあ、こっちに来なよ。言いたい事あるんでしょ」

 そう言って、俺の前まで女の子は女武者を引っ張ってきた。そこに騎士さんが近づくと、

 

「なら、まずは私がこの子に協力します」

 騎士さんはそう言って、なにやら女武者さんの肩に手を置いたが、…何をしたのかはさっぱりわからん。その後女武者の方が俺に顔を向けた。俺はじっと…女武者を眺める。

 

「葵」

 ふいに女武者は俺の名前を呼んだ。初めて聞く声なのに…何故か心地よかった。

 

「私は…二度も貴方を守れなかった。でもそれでも…私は貴方と戦いたい。一緒に戦いたい。だから」

 そう言って女武者は俺に右手を出して言った。

 

「私を…信頼してくれますか」

 普通初対面でこんな事聞かれたら絶対拒否するが、この女武者は…違う。こうして会ったのは初めてだけど、初対面ではない。おそらく初めて会ったのは…。

 そこまで考えると、俺は笑みを浮かべて右手を握った。

 

「もちろんよ、スサノオ」

 そう言うと、目の前の女武者――――スサノオは笑顔を浮かべた…と思う。仮面付けてるからわからないし。

 

「じゃあ、まずは貴方に力を貸しますね」

 スサノオが言うと、急速に世界が薄くなっていくのを感じる。夢から覚める時の感覚が一番近いかな。薄れゆく世界の中、最後に、

 

「頑張ってね、そして…皆を守ってね」 

 女の子が呟いたのを聞いた。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました。

 長い長い夢を見ていた。夢の内容は大半は忘れてしまった。でも、

 

「貴方がここにいるって事は…私が何をすべきかなんて考えるまでも無いか」

 俺はベットの横で鎮座しているスサノオに語りかけた。全身を包帯で包まれてたが、それを無造作にほどいていく。傷がもう完治していることは、起きた時から何故か理解出来ていた。包帯を取り、着替えると

 

「じゃあ、行きますか」

 やるべき事をするために、俺はスサノオに触れた。

 



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臨海学校(二日目 福音 決着)

「う、…うう」

 意識が朦朧とする。俺は…今倒れているよな、何が起こったんだったか…。

たしか第二形態に移行した福音が俺の目の前に現れて、その後俺の周りを奴のエネルギー翼が俺を覆って…ああそうだ、その後光弾を至近距離で浴びせられたんだった。そしてその衝撃で…おそらく気絶したのか。

 

「ぐっ…」

 クソ、かなり手ひどくやられている。まだ視界がはっきりしない。シールドで守られているとはいえ、完全に衝撃を防いでくれるわけじゃないからなあ。もうこのままここで眠ってしまいたい。体が休みたいと言っている。でも、

 

「休んでいられるかよ…」

 俺にはまだやることがあるんだ。それをやり遂げるまで、休んでいる場合じゃない!

 あいつは…、葵は…これ以上の…苦しみを…

 

「あいつを…、葵をあんな目にあわした福音をぶちのめすまでは…」

 俺が朦朧とした意識で呟いていたら、

 

 

 

 

 

 

「一夏、こんな所で寝てると危ないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 と、上から葵の声がした。ってええええ!?

 

「葵!」

 一瞬にして意識が覚醒した。目を見開き、体を起こすと…

 

 そこにはスサノオを装着した葵がいた。

 

 それは最初の出撃時と全く同じ姿をしていて…そしていつも俺に向けている笑みを葵は浮かべていた。

 

「あ、葵!ど、どうして…」

 

「どうしてって…いやあれあれ。鈴達がまだ近くで福音と戦ってるんだから、こんな所にいたら流れ弾に当たるかもしれないから危ないわよ」

 葵が指差す先に視線を辿ると、鈴達が福音と戦っている姿が見える。

 

「い、いやそうじゃない!葵、怪我は!」

 

「怪我?ああ一夏、大丈夫。箒も気絶してたけどたいした怪我はしてないから」

 そういう葵の視線を辿ると、俺のすぐ近くで気絶している箒がいた。確かに葵が言う通り大丈夫そうだ。そうか、よかった。ってだからあ!

 

「いい加減にしろ葵!俺が言いたいのはお前の怪我の事だよ!あれだけの大怪我をしたんだぞ!」

 しかし声を荒げて葵に怒鳴るも……葵の見た目は本当に怪我する前と変わっていない。俺の怒鳴り声を受けた葵は、

 

「ごめん、心配かけたけどさ…、この通りもう大丈夫」 

 と言ってにっと笑い髪をかきあげた。

 

「葵、その髪…」

 

「私の髪焼け焦げてたはずなのに、体だけでなく髪の長さまで元通りにしてくれるなんて、サービス良すぎよね。ま、髪は女の命だからかな」

 福音によって焼け焦げた髪も、元通りになっていた。俺は改めて葵が無事な姿を確認する。そして俺を見る葵の目を見て、俺は確信した。

 

 ああ、本当に葵はもう大丈夫だ。

 そしてそれを理解した瞬間、心の奥底から嬉しさがこみ上げてくる。止められない。止めれるわけがない。

 そして俺は葵を見つめながら、

 

「ったく、あんな無茶しやがって。心配させんなよな!本当に心配したんだからな!そして」

 心から思う本心を、

 

「――――ありがとうな、お前のおかげで,俺も箒も無事だ」

 葵に言った。そして俺の言葉を聞いた葵は、人差し指を立て、満面の笑顔を浮かべながら返した。

 

 

「貸し一つね。今度返しなさいよ」

 

 

 

 

 

 

 頭が痛い。体中が痛い。

 少しの間私は気絶をしていたようだ。意識が戻ってきたが、それとともに体に負った痛みを自覚し始めている。しかし、この程度の痛みが何だというのだ。

 

葵は、

 

私と一夏を庇ったせいで…。

 

 立たなければ。

 戦わなければ。

 

 ふらつく体を起こし、目を開ける。そしたら…、

 

 目の前に一夏と話している、葵がいた。

 

「葵!」

 ど、どういうことだ!?葵は、旅館で寝ているはずだ。なのに、今私の目の前にスサノオを装着した葵がいる。私の叫び声を聞いて葵はこちらを振り返り、

 

「あ、箒も気が付いた。見た感じ大きな怪我は無かったと思うけど、体は大丈夫?」

 少し心配そうな顔をして私に言った。

 

「私の事などどうでもいい!それよりも葵!体は、怪我は!私よりもお前の方がはるかに重傷だったはずだろうが!」

 

「この通り。完全復活ってね。心配かけたけどもう大丈夫」

 そう言って私に笑いかける葵は、確かに大丈夫そうに見える。私に対し笑いかける葵を見て、私の中にあった不安がどんどん消えていくのを感じる。ああ、本当に……葵はもう、大丈夫なんだ。

 

「よかっ、よかった、本当に…」

 安心したら涙が溢れて来た。それを両手でぬぐい、再度葵に顔を向ける。

 

「葵、わ、私はお前に」

 葵に対して謝らなければならない。私が余計な事をしたせいで。私のせいで葵はあんな怪我を。しかし葵は私が言い終わる前に、

 

「箒、ま~言いたい事は一杯あるとは思うけど、とりあえずそれは福音を倒した後にしよっか」

 空を見上げながら、葵は私の台詞を遮った。葵が見ている方を向くと…そこにはいまだ福音と死闘を繰り広げているセシリア達の姿があった。

 

「しかし葵!」

 なおも言い募ろうとする私に、葵は指で頬を掻きながら、

 

「う~ん、じゃあ箒、これだけは先に言っとくわね。何を思ってるかは大体察しが付くけどさ

―――――――結果はどうあれ、友達が心配して助けようとした行為を、誇る事はできても怒る事は、私はできないわね」

 真っ直ぐ私を見つめながら言った。その言葉を聞いて、あの時病室で一夏が言っていた事を思い出す。

 

(葵は絶対箒を責めないだろうよ)

 

 

 ああ、その通りだった。一夏の言う通りだった。一夏の方を向くと、一夏も笑みを浮かべながらこちらを見ている。一夏は…葵がこう言うのをわかっていたのだな。

 

「さて、鈴達がまだ戦ってるし参戦しに行きますか。一夏、箒。どれだけエネルギーある?特に一夏、零落白夜は使える?」

 

「少し残ってるが…ぎりぎり後一回零落白夜が使えるといった所だな」

 

「よし、なら一夏それは絶対最後まで取っといてね。あの福音を倒すには一夏の零落白夜がどうしても必要だから。箒はどう?まだいける?」

 

 私もエネルギーを確認するが…どうやら一夏を庇ったときに全てのエネルギーを使ってしまったようだ。

 

「すまない葵、一夏…私はゼロだ」

 

「じゃあ箒はここで待っててね。全て終わらせるから」

 

「行くぞ葵!今度こそ福音を落としてやる!」

 福音に向かって飛んでいく一夏。その顔はあきらかに、さっきまでとは違った。葵が怪我してからは一夏、少し怖い顔をしていたのに今は違う。活き活きとした顔をしている。

 

 そしてその顔こそ…私が好きな一夏の顔だ。

 

「先に行くなっての。じゃあ箒、行ってくるね」

 一夏に続き葵も飛んでいった。私はそれを見送り、心の底から願った。

 

 (私も戦いたい。今度こそ、守れる存在になりたい)

 エネルギーがなくなり動けないこの機体が恨めしい。しかし私も戦いたい。葵と…一夏と一緒に戦いたい!

何で今私は戦えないのだ!私が専用機を欲しいと願った理由は、今の一夏、困難に立ち向かおうとする一夏と一緒に戦いたかったからなのに!そして、私も一夏のように仲間を守りたいのに!

 

 そう強く願い続けていたら、その思いに応えるように紅椿の展開装甲から赤い光に交じって黄金色の粒子が溢れだした。

 

「な、なんだ一体!?」

 そしてハイパーセンサーから情報が流れだす。そこには――――機体のエネルギーが急激に回復していってる事を伝えた。そして『絢爛舞踏』発動と書かれていた

 

「これが、紅椿のワンオフ・アビリティ…」

 絢爛舞踏によってエネルギーは完全に回復した。なら、

 

「私も、行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死闘が続いていた。

 一夏と箒が撃墜された後も、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラの四人は福音を倒すべく戦い続けていたが、それは絶望的な戦いだった。四人は連携を取り合い、福音に対し攻撃を行っていたが、第二形態移行した福音は火力、スピード共に四人を圧倒していた。さらに、

 

「ああ、もう!いつになったらこいつ沈黙するのよ!」

 

「通常ではもうとっくにエネルギーゼロのはずですわよ!」

 セシリアのビット、鈴の衝撃砲、シャルロットのショットガンにアサルトライフル、ラウラのレールカノン等々の攻撃を受けても、福音は何事もなかったかのようにすぐに反撃に転じている。軍用ISとして開発されてる上に暴走の為リミッターカットされている福音のエネルギーは四人よりも何倍も圧倒していた。

 

「一夏の零落白夜の一撃を受けたんだからいい加減に落ちないかな」

 

「くそ、もう一度一夏の零落白夜の一撃を与えられれば…」

 四人は己の兵装の火力不足を嘆いていた。競技用のISでは十分な兵装でも、福音に対しては決定打まではいかない。無論四人の執拗な攻撃は確実に福音に対しダメージを与えてはいるのだが、福音のエネルギー翼による圧倒的な光弾の弾幕は四人の攻撃以上に苛烈で、このまま戦い続けていたら先に四人のエネルギーの方が尽きる事が四人とも理解していた。

 

「せめて近づければこれを…」

 シャルロットは左腕に装着されている盾を見ながら唸る。それは六九口径パイルバンカー≪灰色の鱗殻≫。別名盾殺しのそれは当たれば第二世代兵器の中では最強の攻撃力を誇る。しかしこの武器は使えない。いや使う事が出来ずにいた。

 

「やめておけシャルロット。今の福音に下手に近づいたら一夏のように一瞬にして蜂の巣にされる。そもそもあの光弾の弾幕を避けて近づくのはシャルロット、お前でも無理だ」

 

「そうなんだよね…」

 近づこうにも福音の動きはこちらよりも早く、全身からエネルギー翼を出し光弾を放つ福音に対し四人は近づくことすら出来ないでいた。しかも近づいても一夏ように一瞬にしてエネルギー翼に包まれて蜂の巣にされてしまう。それらを全てかわすことは出来ないとシャルロット本人もわかっている。

 

「でもこのままじゃ」

 皆やられてしまう。

 シャルロットがそう呟く前に、

 

「シャルロットさん!そっちにきてますわ!」

 一瞬でも福音から意識を外したシャルロットに福音は接近してきた。慌てて迎撃しようとするも、福音は背中に展開しているエネルギー翼から光弾を放ちシャルロットに浴びせていく。ラウラ達もサポートすべく攻撃を行おうとするが、それよりも早く福音はさらに他の部位からエネルギー翼を展開させ、光弾を打ち出し攻撃を牽制させていく。必死で回避行動していたシャルロットに福音は近づき、福音はシャルロットの足を掴んだ。シャルロットはアサルトライフルを至近距離で福音の頭部に放つも、頭部からさらにエネルギー翼が展開しそれを防いでいく。そして背中から展開されているエネルギー翼が大きく開き、シャルロットを包み込んだ。

 

(もう駄目だ!)

 シャルロットがそう思い目を瞑った瞬間、

 

 バアン! 

 

 爆音が響いた。

 

 爆音を聞き、シャルロットが目を開くと―――――――そこには攻撃を受け吹き飛ばされている福音の姿が見えた。

 

「あ、ありがとう。助かったよ!」

 そう言ってシャルロットはラウラ達の方を向くが、皆惚けたように福音とは別の方向を向いていた。何で?と思いながらシャルロットもラウラ達が見ている方を向くと、

 

 

 そこには、白式を展開させた一夏と、スサノオを展開した葵の姿があった。

 

 葵の手には天叢雲剣が青く光っている。シャルロットを救ったのは、その天叢雲剣の攻撃だった。それは鈴もセシリアもラウラも、助けられたシャルロットもすぐにわかった。しかしわからないのは一つ。

 

 どうして大怪我を負って意識不明のはずの葵がここにいるのだろうと。

 

「あ、葵!?あんた何で?あんただって大怪我して!」

 四人の心を代弁するかのように鈴が葵に対して叫んだ。ひどく混乱しながら叫ぶ鈴に対し、葵は笑みを浮かべながら叫んだ。

 

「皆が喧嘩してるのに私だけいつまでも寝てるわけにはいかないでしょーが!」

 葵の姿、態度を見た鈴は昔を思い出した。転校してしばらくたっていじめられた自分を、庇ってくれた一夏のすぐ後に来て助けてくれた姿を。

 

「く~~~!あんたら二人とも毎回タイミングが良すぎる時にくるわね!」

 そう悪態をつく鈴だが、顔は笑っていた。

 

「葵さん!本当に大丈夫なんですの!寝てなくて平気なのですの?!」

 

「ええ、もう本当に大丈夫!完全復帰したわよ」

 心配顔のセシリアに対し、葵は親指を立てて笑った。その姿を見て、セシリアの顔にも笑顔が広がっていく。

 

「一夏も気が付いたか。体の方は大丈夫なのか?」

 

「一夏、箒はどうしたの?箒も大丈夫なの?」

 

「ああ、心配かけてすまない。俺は大丈夫だ。箒もエネルギーがなくなってるからここにいないが、体の方は大丈夫だ」

 一夏と箒も無事とわかり、鈴達は安堵した。戦っている最中も二人の事は心配していたからだ。

 

「いや和んでいる場合ではないぞ皆―――――――来る!」

 ラウラの叫びに、全員がラウラが見ている方向を見る。天叢雲剣の全エネルギーの内半分を一度にレーザーとして撃ちだした葵の攻撃からまた体勢を立て直した福音は、新たに現れた葵と一夏を見据えている。

 

「警戒レベルAの敵機F、戦線復帰。敵機Gを確認。敵機G,過去のデータから同機を確認、照合。警戒レベル―――Aと判断。敵機F及び敵機Gを最優先で殲滅対象とします」

 一夏達がオープンチャンネルから流れる声を聞いたと同時に、福音は一夏達の上空まで最大加速で飛ぶと全身からエネルギー翼を展開し、その場で一回転した。その瞬間、

 

 福音を中心に全方位からの光弾が一斉に一夏達に襲いかかった。

 

 必死になって避ける一夏達。しかし圧倒的な光弾は容赦なく一夏達に浴びせられていく。そして福音はさらに一夏に照準を絞り光弾を浴びせていく。光弾が一発、二発と一夏に着弾し福音の猛攻に一夏は晒されたが、

 

「一夏!」

 シャルロットが一夏の前に出て実体シールドとエネルギーシールド両方を併せ持つ『ガーデンガーデン』を展開して福音の攻撃から一夏を守った。

 

「いい加減それ見飽きたのよね!」

 

「一夏はやらせないわよ!」

 

 葵の天叢雲剣のレーザーの斬撃と、鈴の衝撃砲が福音を襲った。福音はすぐに回避したが攻撃を止める事に成功した。その福音を葵はじっと見つめる。

 

「ねえ、さっきから聞こうと思ってたんだけど……何か福音パワーアップしてない?頭から生えてた両翼無くなってるけど、全身からなんかエネルギーでできた翼生やしたりしてるし」

 

「葵さんが眠られてる間に私たちが戦ってたのですが…一夏さんの零落白夜の攻撃を受けた後第二形態移行されましたの!」

 葵の疑問に対し、セシリアはビットを展開し多方向から福音にレーザーを浴びせながら叫んだ。

 

「第二形態移行!?そんなRPGのラスボスじゃあるまいし…」

 

「知らないわよそんなの!」

 福音の光弾を避けながらぼやく葵に対し、同じく避けながら衝撃砲を浴びせていく鈴。葵は天叢雲の剣を振りながらも、

 

「…ねえ一夏、なんで一夏は第二形態移行してないの?普通親友が敵の攻撃を受けて死ぬか大怪我負ったら『葵のことかー!』とか叫んでパワーアップするもんじゃないの?」

 一夏の方を向き、ジト目をしながら葵は一夏に言った。

 

「知るかそんなもん!それだったら葵、お前も何で死の淵から復活してるくせにパワーアップしてないんだよ!漫画とかじゃ死の淵から復活した者は新たな力と共に登場するもんだろうが!」

 葵の質問に、一夏はシャルロット共に光弾を避けながら叫んだ。

 

「はあ?無茶言わないでよ。大体復活するだけでも奇跡なのにさらに新たな力とかどんだけ要求するわけ?大体そういうのは主人公がするわけであって、どちらかというとヒロインの私の役じゃないし」

 

「ヒロイン(笑)」

 

 一夏に対しさらに葵は何か言おうとしたが、

「いいから戦いなさいよあんた達!」

 

「戦いに集中しろ二人とも!」

 

「今の状況わかってますの!」

 

「一夏、戦わないなら守らないよ…」

 一夏と葵に対し鈴、ラウラ、セシリアは本気で怒鳴った。シャルロットも顔は笑ってるが目は全く笑ってない顔をしている。しかしそれでも攻撃の手を緩めない辺りはさすが代表候補生であった。

 

「…まあ確かにそんな場合じゃないわね。よし、一夏!零落白夜の準備していて!私が」

 四人の怒りを感じ、改めて意気込む葵に対し、

 

「すまん葵…。さっき福音の攻撃を受けたせいでもう使えなくなった」

申し訳なさそうに一夏は言った。

 

 

 この時全員の時は確かに止まった。

 

 そしてすぐに

 

「この役立たず~~~~~!」

 葵の叫びが周囲に響いた。

 

「…すまん。マジですまん」

 

「いや仕方ないよ。福音のあの攻撃は僕たちだって避けきれないし」

 落ち込む一夏をシャルロットが慰める。

 

「あ~切り札が戦う前に尽きたわね…」

 

「…もう本当に逃げる事を考えた方がいいのかもしれんな」

 

「あの福音がそれを許すと思う?」

 退却を本気で考え出したラウラに、葵が福音を指差す。鈴とセシリアの攻撃を受けながらもこちらを殲滅せんと光弾をばらまいていく。

 

「…無理だな」

 

「…とはいえ本気でヤバい状況よこれ。一応出発する前に千冬さんに私がここに行く事はメールで伝えたら、すぐにオープンチャンネルで千冬さんから教師部隊の準備が完了するまで待てとか叫んでたけど…何時来るかまではわからないし」

 

「…一応援軍は来るのだな。しかし」

 

「…下手したら来る前にこちらは全滅するかもしれないけどね。こうなったらラウラ、シャルロットと共に一夏にエネルギーギリギリまでわけてあげる事出来る?はっきり言って一夏の一撃無くて倒せるとは思えないし。その間私が福音をこちらに近付けないようにするから」

 

 葵は天叢雲剣を構え、鈴とセシリアの援護に向かおうとした。しかしその前に、

 

「みんな無事か!」

 箒の声が聞こえ慌てて声がした方を向く葵達。そこには、

 

 全身から黄金の粒子を纏った箒がいた。

 

「箒?お前確かエネルギー切れのはずじゃ?」

 

「一夏!これを受け取れ!」

 一夏の疑問に答えず、箒は一夏の手を握った。すると紅椿から白式にエネルギーが注がれていく。あっという間に白式のエネルギーは満タンとなった。

 

「え、エネルギーが回復した!」

 驚く一夏に対し、箒は白式から離れると、

 

「行くぞ一夏!今度こそ、福音を倒すぞ!」

 一夏に叫ぶやいなや箒は紅椿を最大加速させ、福音に向かっていった。

 

「何があったんだ箒に?しかしこれでエネルギーが回復した!」

 

「箒はパワーアップしたのにお前ときたら…」

 

「しつこいぞ葵!それよりもこれで」

 

「ええ、決めるわね」

 葵は不敵に笑った。

 

「でもどうするの葵。一夏の零落白夜は使用可能になったけど、あの福音にあてるのは相当難しいよ」

 箒、セシリア、鈴、ラウラと交戦している福音を見ながらシャルロットは葵に聞いた。

 

「それは私がお膳立てしてあげる。一夏、私が攻撃の機会を作るからそれでしとめてよ。それが最後のチャンスだから」

 真剣な顔をして一夏に言う葵に対し、

 

「まかせろ」

 一夏は力強く頷いた。

 

 

 

 

 

「よし、じゃあ始めようか。箒!鈴!セシリア!ラウラ!シャルロット!これから私は福音に対し接近戦を持ち込むから皆サポートお願い!」

 そう叫ぶやいなや葵は福音に対し最大速度で向かっていった。

 

「葵!?無茶だ!」

 

「無茶でもやるっきゃないでしょ!皆とにかく撃ちまくって!」

 ラウラの叫びも振りきり葵は福音に向かっていく。無論福音も黙って接近を許すわけがなく全身から展開されたエネルギー翼から光弾を撃ちだしていく。しかし、

 

「させませんわ!」

 

「こっち向きなさい!」

 

「邪魔はさせん!」

 セシリア、鈴、箒は葵を援護すべく福音に猛攻を浴びせていく。ラウラもシャルロットも長距離狙撃で攻撃するも、福音はまた全方位攻撃を行い箒達を薙ぎ払う。近くにいた箒達は福音の攻撃を受け吹き飛ばされていく。しかし、

 

「まだまだ~~~!」

 葵はその福音の光弾を避けながら弧を描くように福音に近づいていった。無論全弾回避は無理であり、数発の光弾は葵に着弾していた。しかしスサノオの装甲が少し砕けようとも、葵は福音に向かい続けた。

 

 第一形態時ならともかく、第二形態の福音の攻撃はいかに葵といえども避けきれず、単独で福音に近づくのは無理であった。しかし全員で福音の意識を分散させたら、全方位でのバラマキ型なら葵は避ける自信があった。多少予想以上であったが、それでも葵は福音に近づいていく。福音もそんな葵を脅威を判断し、さらに光翼を展開し葵に対し光弾の数を増やしていくが、そのすぐ後に、

 

 バアン!という音が鳴り、福音の頭部は爆発した。

 

 葵に攻撃を集中させたとはいえ、福音は鈴達の警戒を怠ってはいなかった。多少数は少なくなったが、以前福音は全方位に光弾をばら撒いて鈴達を牽制していた。しかし、先ほどよりも葵に対し攻撃優先度を上げた福音の攻撃は、葵以外の者にとって回避する余裕が出来、葵以外の者に――攻撃する余裕も出来た。元々福音から距離を取っていたラウラが、少しでも攻撃が緩くなった瞬間にオーディンの瞳を極限まで広げ、光弾の雨を掻い潜るレールカノンの狙撃を行った。

 ラウラの一撃により光弾が一瞬止み、それを好機と見た葵は勝負に出た。

 

「ハアアア!」

 ラウラの攻撃からすぐに福音は立ち直ったが、しかしその時にはすでに葵は福音に『瞬時加速』を使って突撃していた。一瞬にして葵は福音の正面まで近づき、残るエネルギー全て天叢雲剣に注ぎ福音の頭部めがけて振りおろそうとした。

 もはや翼での迎撃では間に合わないと福音は判断。そして葵の持っている剣は過去のデータからかなりの威力があると理解した福音は、両手からエネルギー刀を展開。両手を交差させ、葵の一撃を防ごうとする。

 

 その福音を見て、葵は会心の笑みを受かべ―――――天叢雲剣を消した。

 剣を収納した葵を、福音は理解できなった。しかし剣を消した意味を理解する前に、

 葵は福音の懐に近づき、右拳を構え、

 

「ハアッ!」

 気合いと共に葵が一番得意とする、正拳突きを叩きこんだ。その拳は福音の腹部に当たり、その瞬間、

 

 

 

 

 福音は爆音と凄まじい衝撃を受け後方に吹き飛んでいった。

 

 

 

 

 体を錐もみしながら吹き飛んでいく福音。その先には、

 

「じゃあ一夏、後はよろしく」

 零落白夜を展開させた一夏がいた。一夏は吹き飛んでいく福音に、

 

「今度こそ決める!」

 最大稼働させた零落白夜の一撃を与えた。一撃を受け福音は絶叫を上げて一夏の首に手を伸ばすも、

 

「おおおお!!」

 ブースターも全開にして一夏は福音にさらに零落白夜の刃を押し付けていく。福音の手は一夏の首に届く前に―――全ての機能を停止した。

 

「おっと」

 銀の福音の装甲が消え、中にいた操縦者が落ちそうになったのを慌てて一夏は抱きとめた。顔色は悪く気絶しているが、大きな怪我とかは無いようだ。ほっとする一夏の前に、葵は近づき、笑顔で右手を上に上げる。一夏もそんな葵を見て、左手で操縦者を支える。そして笑顔を浮かべながら右手を上げると、

 

 パアンという音が辺りに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「任務完了と言いたいが、お前達は独自行動を起こし重大な違反を犯した。帰ったら反省文の提出と懲罰用特別トレーニングがお前達を待っている。覚悟しておけ」

 福音を倒し、旅館に帰った俺達を千冬姉と山田先生は玄関で待っていたがそこから出る言葉は勝利の祝いの言葉ではなく……なんともキツイ説教だった。

 いや千冬姉、確かに千冬姉の言う事はもっともだけどさ、少し位は褒めてくれよ…。

 

「まあまあ織斑先生、みなさんもうボロボロですからこのくらいで」

 旅館の玄関前で説教をし続ける千冬姉に、やんわりと助け船を出す山田先生。ああ、天使に見えます。

 

「ふん、まあいいだろう。お前達、これから山田先生の指示の下怪我のチェックをしてもらえ。特に葵、理由がわからずいきなり全快してるから特に念入りにな」

 

「わかってますよ」

 そして千冬姉は俺達をじっと見つめだした。

 

「え~っと、なんですか織斑先生」

 じっと見つめられて居心地が悪いくなった俺が聞くと、

 

「…しかしまあ、お前達よくやった。よくあの福音を倒したもんだな。そして、ちゃんと皆無事に帰って来た」

 そう言うと、千冬姉は俺達から顔をそらした。もしかして照れてる。あ、山田先生にやにやしながら千冬姉見てる。葵達も千冬姉の言葉を聞いて嬉しそうな顔をしてるな。特にラウラが。

 そして旅館に入ろうとしたら、いきなり玄関が開いた。そこからのほほんさん達が現れて、

 

「よかったよー。おりむーたち全員無事だよー」

 

「みんな鬼退治おめでとう!」

 

「怪我とかない?大丈夫?」

 俺達に祝福と心配の声を掛けてきた。

 

「大丈夫よみんな。この通り深刻な怪我してないから」

 

「それが一番おかしいわよ!」

 葵の返事に谷本さんが全力でつっこんだ。…まあそうだよなあ。

 

「それにしても皆無事で本当によかった~。準備したかいがあったもの」

 鷹月さんがしみじみしながら言った。準備?ってあーそうだったそうだった。

 

「え、皆準備してくれてたの」

 

「当然!青崎さんが謎の復活をしたという情報が入ったからならいけると思ってね」

 

「謎って…まあそうだけど」

 シャルの質問に谷本さんが親指立てながら答えた。おお、素晴らしい。

 

「本当に!すみません山田先生、さっさと検査終わらせましょう」

 

「是非ともそうして下さい山田先生」

 鈴とセシリアがさっさと検査を終わらせようとせっつく。

 

「ラウラ、僕達も準備しないとね」

 

「ああ、ようやくメインディッシュの時間だな」

 シャルもラウラもこれからの事を考えると笑みを浮かべている。

 

「…いやみんな、準備とは何だ?何の事を言ってるんだ?」

 一人事態についてこれず混乱する箒。そんな箒を見て、

 

「何って、これから皆で篠ノ之さんの誕生日会をするわよ」

 笑顔を浮かべながら谷本さんは言った。

 

「た、誕生日会!私の!」

 驚く箒に

 

「箒、あんた今日誕生日なんでしょ。葵に言われるまで知らなかったけど」

 

「ちょうど臨海学校中でしたから、どうせなら皆でお祝いしようと思いまして」

 

「皆でプレゼントも買ったぞ。楽しみにするがいい」

 

「ちなみに誕生会を発案したのはそこの谷本さん達だよ。クラスでどうお祝いしようか話してたら、皆ノリノリになってね」

 

「そ~いうこと。じゃあ箒、福音退治という前座は終わったし本日のメインイベントを始めるわよ」

 

 鈴、セシリア、ラウラ、シャル、葵が笑みを浮かべながら箒に言っていく。

 

「あ、篠ノ之さん。パーティ期待しててね!篠ノ之さんの好きな食べ物、昨日聞いた分沢山用意したからね!」

「皆で沢山作ったよ~。しののん楽しみにしててね~」

 

「まさか昨日、あれだけ質問してたのは…」

 

「そーいう事。青崎さんと話ししながら篠ノ之さんの好みを聞きだしてたって訳」

 笑顔を浮かべながら、ハイタッチする葵、谷本さん、鷹月さん、のほほんさん。

箒はそんな皆の姿言葉を聞き、茫然としてたが瞳に涙が溜まっていく。そして、

 

 

「ありがとう、皆。私なんかの為にこんな、こんなに…本当にありがとう」

 半分泣きながら笑顔で言った。

 

「おいおい泣くなよ。箒、じゃあ中に入ろうぜ!」

 俺は箒の手を握り、旅館の中へと入って行った。

 



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臨海学校(三日目 戦後処理)

「いや~箒の誕生日会、大盛況だったわねえ一夏。あんなに箒が嬉しそうな顔してたの久しぶりかな」

 

「福音退治の祝勝会も兼ねてたからな、クラスの全員はもちろん他クラスも巻き込んで騒いだよな」

 

 沈みかける夕陽が綺麗に見える旅館の一室で、現在俺と葵は箒の誕生日会の事を語りながら夕食を食べている。部屋には俺と葵しかいない。そして俺と葵の目の前には…大トロにアワビにオコゼに鯛等が乗っている豪華絢爛な刺身盛り、とらふぐの唐揚げ、スズキのパイ包み焼き、ハモの蒲焼、フカヒレの姿煮等々、一体全部でいくらかかるのか想像も出来ない御馳走が目の前に並んでいる。

 …いや「ちょっと奮発して良い物食べよっか」と葵が言って女将さんに料理注文してたけど、やりすぎだろこれ。全額葵が払うとは言ってるから金の心配はしなくていいとか言ってるが…。

 

「こちらは伊勢海老の椀物ですよ」

 

「へ~伊勢海老ですか。これも凄く美味しそうですね~」

 さらに女将さんは料理を運んできて、葵が嬉しそうな顔しながらその料理を受け取った。さっきから幸せそうな顔して料理を食っているな葵。いや確かにめちゃくちゃ美味いけどな。俺も葵に負けない位目の前の御馳走食べまくってるし。普段は夕食時は多く食べない俺も葵も、この御馳走の前にはそんな主義は吹っ飛んでいた。

 

「いや~二人ともよく食べますね~。やっぱり若いだけありますね」

 

「いえいえ女将さん、ここの料理が美味しすぎるせいですよ。あ、よろしければこのスズキのパイ包み焼きの作り方教えてくれませんか?家に帰っても食べたくなる味ですので」

 

「あらあら。そんなに気に入って貰えたのでしたら喜んで教えてあげますよ。でも難しいわよこの料理」

 

「大丈夫です、腕には自信がありますから――――――そこの一夏が」

 

「作るの俺かよ!」

 

「冗談よ冗談。でも一夏、この料理気に入ったでしょ。私も一緒に作るからさ」

 

「ん…わかったよ、それなら俺も一緒に作ってやるよ」

 

「頼むわよ一夏、一人じゃ作るの難しそうだし」

 

「ふふふ、お二人とも大変仲がよろしいんですね」

 

「そりゃ勿論、幼馴染で親友ですから」

 葵が笑顔で答えると、何故か女将さんは愕然とした顔をした。え、どうしたんです?

 

「はあ、幼馴染で親友ですか。それで仲がよろしいんですねえ」

 女将さんはそう言った後、何故か同情した顔をしながら俺に近づき、

 

「…気を落とさず、頑張りなさい。もっと攻めないと彼女の認識は変わらないわよ」

 と、謎の言葉を俺に耳打ちして部屋を後にした。…いや、一体なんの事です?何を頑張れって?

 

「?何を言われたの一夏?」

 

「…いや俺もよくわからん。何か頑張れとかお前の認識を変えろとか言ってたが、何の事だか」

 

「私の認識?何の事なんだろ?まあいいや、そう言えば昨日は束さんも登場し吃驚したわね。束さんいきなり乱入して箒に抱きついたと思ったら、満面の笑みで『箒ちゃんお誕生日おめでとう、これ私からのプレゼントだよ!』と言って箒にプレゼント渡した時は箒本当に驚いてたし。私てっきり紅椿が箒の誕生日プレゼントだと思ってなあ。箒もそう思ってたみたいだから凄く戸惑ってたけど、結構嬉しそうに受け取ってたわね」

 

「中身は束さんとお揃いのリボンだったな。『箒ちゃん、これで姉妹お揃いだね!』と束さん笑顔で箒に言ってたけど、…箒何とも言えない微妙な顔してたな」

 

「そう?戸惑ってたけど、箒嬉しそうだったわよ。多分あれは照れ隠しよきっと」

 そう言って大トロを美味そうに頬張る葵。俺はハモの蒲焼を食べる。ああ、美味いなあこれ。

 

「プレゼントといや鈴はチャイナドレスだったな」

 

「あれ箒に似合いそうよね。セシリアは高そうなティーセット一式あげてたっけ。さすがイギリス人」

 

「シャルはバレッタを箒に贈ってたな。そしてラウラは…軍用ナイフだったな。とても切れ味が良いと真顔でナイフの説明してたが箒の顔少し引きつってたなあれは」

 

「ラウラらしいと言えばらしいわね」

 

「お前は簪だっけ。結構凝った細工されてて綺麗だけど簪とはなあ」

 

「髪伸ばして苦労を知ってね。毎日使う物だし」

 そう言って髪を掻き上げる葵。髪を伸ばして葵も髪のケアの大変さを身にしめているらしい。葵さっき温泉に入ってたせいだろうか、少し赤くなっている顔に浴衣姿でその行為は、なんというか…少し色っぽいな。妙だな、いつも部屋でシャワーを浴びた後の葵を見てたりしてるのに、今日の葵は何時もと違って見える。やっぱここが旅館で葵が浴衣着てるせいか?

 

「どうしたの一夏。急に顔赤くして?」

 

「何でもねえよ!気にすんな!」

 

「…何怒ってんのよ。あ、そういえば一夏も箒の誕生日プレゼントはリボンだっけ。一夏にしては良いプレゼントね」

 

「…お前昨日散々『束さんと被ってるー!』と叫んでたがな。後何だよ俺にしては良いプレゼントって」

 

「いや一夏なら木彫りの熊の彫刻でも送りそうだし」

 

「送るかそんなもん!」

 

 

 

 

 俺達はその後も箒の誕生日会の出来事について語りながら、

 合宿3日目の夜を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は少し遡る。

 昨日の箒の誕生日会は、束さんの乱入等もあり大変盛り上がった。夜の11時過ぎまで騒いでいたが、それ以上はさすがに千冬姉が許さず会そのものはお開きとなった。しかし臨海学校最終日、皆おとなしく眠るはずもなく各部屋で夜通し騒いでいたらしい。いや俺は千冬姉と部屋が一緒の為皆とは別だからぐっすり眠れたけどな。葵も原因不明の治癒で復活したので、とりあえず様子見のため皆とは隔離された場所で眠らされたため、葵もぐっすり眠れたようだ。しかし箒達は福音について質問責めされたり、専用機持ちとしてのIS操縦のコツ等を延々と質問されたりと一睡も出来なかったようだ。

 翌朝箒達を見たら皆目にでっかいくまが出来ていた。

 

「こういったイベントでは生徒は旅館では眠らず、帰りの交通機関で眠るのが日本の伝統らしいな…」

 かなり眠そうな顔をしながらラウラが俺に言ってきた。…まあ概ね間違ってないかな。

 千冬姉や山田先生にも目にくまが出来ていた。どうやら福音について政府のお偉いさん方と夜通し報告しあってたらしい。…そういや千冬姉、部屋に戻って来なかったな。

 その後全員寝不足で幽鬼のような顔しながらも撤収作業は開始された。10時前には全て終わり、みんなバスに乗り込んでいった。

 

「ようやく眠れる~」

 青い顔をしながら谷本さんがバスに乗っていく。のほほんさんにいたってはもう眠りながら歩き、バスに乗っていった。

 昨日激戦を繰り広げた鈴達の疲労は凄まじく、すでに足取りはヤバかった。特に前線で戦い続けた鈴とセシリアは酷かった。葵がそんな二人を支えながらバスに乗ろうとしたら、

 

「ちょっと待った。貴方たちでしょ、織斑一夏君に青崎葵さんってのは」

 と、声を掛けられた。俺と葵は声がした方を向くと、そこには20歳位の美人な金髪のお姉さんがいた。ってあれ、どこかで見たような…。

 

「はい俺は一夏ですけど…」

 

「葵は私の事ですが…何か用でしょうか?」

 お姉さんの問いに肯定する俺と葵。俺も葵も、近くにいる箒達も誰だろうこの人?と思ってたら、向こうは笑みを浮かべて言った。

 

「ああ、自己紹介が遅れたわね。私はナターシャ・ファイルス。銀の福音の操縦者よ。昨日貴方が私をお姫様抱っこしてくれてたのに忘れたのかしら」

 

「ああ!」

 ナターシャさんの自己紹介に、俺と葵は勿論近くにいた箒達も思い出したようだ。そうそうこの人だよ、昨日はこの人気絶してたしみんな福音を倒した後ふらふらになって帰ったからあんまり顔見て無かったんだよあ。しかしもうこの人動けるのかよ。凄い回復力だな。

 驚く俺達をナターシャさんは笑みを浮かべながら見渡し、

 

「皆ありがとう。貴方達がいたから私は助かって、今こうして話をする事が出来るわ」

 俺達にお礼を言って頭を下げた。そして顔を上げると葵の前に立ち、

 

「貴方の攻撃、効いたわよ。あの青く光る剣の一撃もだけど、あの最後の拳の一撃。まだお腹に衝撃が残ってるわ」

 そう言ってナターシャさんはお腹をさすった。

 

「あ、すみません…」

 

「ふふ、別に謝らなくてもいいわよ。しかし貴方も拳で戦うのね。うちのイ―リスと気が合いそうね。そして―――――どっちが勝つかも興味あるわ」

 

「そんな国家代表にまだ私は勝てませんよ」

 

「まだ、ね…」

 葵の返答に目を細めながら薄く笑うナターシャさん。次に俺の方を向き、

 

「貴方の攻撃が一番効いたわ。さすがブリュンヒルデの弟、ワンオフアビリティも同じだなんてね。助けてくれてありがとう。貴方の一撃が私を解放してくれたわ」

 俺の手を握り笑みを浮かべながら感謝の言葉を言うナターシャさん。…俺のおかげ、か。

 

「いえそんな。みんながいたから俺はあの一撃を与える事ができたんですから」

 

「ふふ、謙遜しなくてもいいわよ。実力が無かったら私を倒せるはずがないんだから」

 そう言ってナターシャさんは俺から離れると、

 

「感謝のキスでもしようとは思ってたけど、彼女に悪いからやめとくわね」

 悪戯っぽく言って笑った。…いやナターシャさん、彼女って誰のことですか?そしてナターシャさんは俺と葵を見て、若干真剣な顔をしながら、

 

「じゃあね二人とも。次はモンド・グロッソで会えるのを楽しみにしてるわ」

 と、言って去っていった。

 

「モンド・グロッソで、か。葵はともかく俺はなあ…」

 ナターシャさんはああ言ってたけど、俺の実力は…。

 

「…なんかあたくし達見事なまでに眼中に入ってませんでしたわね」

 

「僕達も戦ってたんだけど、あの人一夏と葵以外はその他扱いにしてたよね…」

 去っていくナターシャさんを見ながら文句を言うセシリア達。

 

「しかたあるまい。実際あの戦いで戦局を動かしたのは葵で、止めを刺したのは一夏なのだからな」

 みんなが怒る中、ラウラは一人冷静にあの戦いについて分析していた。

 

「…あんたも結構美味しい所持ってたけどね」

鈴の呟きを全く無視し、ラウラは葵の方を向き、

 

「葵、お前も専用機を手に入れたのだ。帰ったら私と戦え。今までお前は専用機を持ってなかったが今は違う。対等の条件でお前と戦い、そして勝つ!」

 真剣な顔をして葵に言った。

 

「ええ、スサノオがある今なら真っ向勝負で勝って見せるわ。…でも今日は止めといたら。疲れてるから明日お互い万全の状態で」

 

「…そうだな。今日は体を休めるとしよう

 葵もラウラの声と態度から本気である事を知り、真剣な顔をしてラウラの挑戦状を受け取った。そして俺達はバスに乗り込もうとしたら、

 

「待って!待ってください~~!織斑君達はバスに乗らないでください~~~!」

 山田先生が走りながら俺達に叫んだ。

 

 

 

 

 その後山田先生から専用機持ちは全員ここに待機するよう命じられた。他の生徒達は先にバスに乗って帰ってしまった。

 

「…なんですの一体。わたくしもう学園に帰ってゆっくりしたいですのに」

 

「…同感。あ、もしかしてあたし達だけもう一泊ここでゆっくりしていいとか!福音倒した功績で一日遊んでいいとか!」

 

「おいおい、そんなわけが」

 

「ああ、凰。お前の言う通りだ」

 鈴の言葉に突っ込もうとしたら、その前に千冬姉が鈴の言葉を肯定した。ってええ!マジで!てか千冬姉何時の間に!

 

「ほ、本当ですか!織斑先生!」

 おお、鈴が目を輝かせながら千冬姉に詰め寄ってる。いやセシリアにシャル、箒に葵にラウラも嬉しそうだ。

 

「ああ本当だ、お前達は今日もここで泊る事となった」

 眠たそうな目をしながらも笑みを浮かべながら千冬姉は俺達にそう言った。それを聞いた俺達はそれはもう喜んだ。なんだよ千冬姉、昨日は散々福音倒しに行った事責めてたけどちゃんと御褒美くれるんだ!

 しかし喜ぶ俺達だが、

 

「ああ、大いに遊んでいいぞ。―――――――お前達のIS装備の各種試験運用データ取りが終わった後でな」

 千冬姉の台詞で、俺と箒を除く全員の動きが止まった。…ああ、そういや昨日はそれが行われるはずだったけど福音騒ぎで流れてたんだっけ。でもたしかあれ一日かけてやるもんだよな確か。

 

「…織斑先生、それはIS学園に帰ってからでも」

 

「却下だ青崎。本来なら昨日終わらせるはずだったがあの騒ぎのせいでそれどころではなかったからな。スケジュールの関係上今日にでもデータの内容を報告せんといかん」

 そして千冬姉は鈴達の方を向き、

 

「お前達も代表候補生ならわかるな、国の為に協力せんとどうなるかは言わずともわかると思うが。な~に凰、専用機持ちの責任とやらを果たしてくれればいい」

 有無を言わさぬ口調で鈴達に言った。…遠まわしにやらなかったら鈴達の立場が危うくなるっていってるんだよなこれ。

 さっきまでの喜びから一転、全員膝を付いて落ち込んでいる。

 

「ちなみに織斑に篠ノ之、お前達にも協力してもらう。せっかく専用機を持ってるんだ、友達を助けてやれ」

 …ああ、それで俺と箒も残されたわけか。

 

「全員わかったらさっさと始めるぞ!お前達の試験用装備は昨日先生方が入江に置いているから入江に着き次第すぐにやってもらう。な~に頑張れば夕方には終わるかもしれんからそれ以降は遊んでいいぞ」

 千冬姉の言葉に、俺達は力なく「はい」と答えた。

 

 

 

 そして夕焼けが見える時間帯になった頃、ようやく俺達は全ての試験データを取り終えた。…キツかったなマジで。日本もだがイギリスもフランスもドイツも中国も装備送りすぎだろ。

 

「IS装備データは全て終了だ。これから明日の朝までは自由時間にしてやる。好きなだけ遊べ」

 …いや千冬姉、もう夕方なんですが。そして俺は周りを見渡すと…そこには死屍累々と言った光景があった。

 

「…鈴、終わったわよ。遊べるわよ」

 

「そんな気力もうどこにも残って無いわよ…」

 浜辺で寝そべっている鈴に葵が話しかけるが、死にそうな程弱弱しい声で鈴は答えた。セシリアにラウラ、シャルに箒も浜辺で倒れている。

 

「では私と山田先生は今回のデータを各国に送るために旅館に戻る。後はお前達の好きにしろ」

 そう言って千冬姉と山田先生は旅館に行ってしまった。…千冬姉も疲れた顔してたけど、山田先生はそれ以上にフラフラだったな。昨日から徹夜で仕事して今日も夕方まで俺達と一緒に装備のデータ取りやってたから無理も無いけど。

 

「ねえ一夏、これからどうする?」

 みんな浜辺に倒れてる中、葵だけ元気であった。まあ昨日ぐっすり寝れた俺と葵はきつかったがなんとか耐えきれたが、昨日から戦い続けて徹夜してた箒達はもう体力の限界のようだ。

 

「…旅館に戻るか」

 

「…それしかないわね」

 その後俺と葵はISを展開し、箒達を担ぎあげて旅館に戻る事にした。用意された部屋に入り布団を敷いてそこに寝かすと、全員すぐに眠ってしまった。俺と葵は部屋から出て、一応千冬姉に全員部屋で寝た事を伝えようと千冬姉の部屋に行ったら、

 

「…寝てるわね」

 

「…ああ、爆睡だな」

 …千冬姉と山田先生もパソコンの前で突っ伏して寝ていた。一応ゆすって起こしてみたら、千冬姉が殺しそうなほどの目つきで俺を睨むと、

 

「…タイマーをセットしてある。仮眠くらいさせろ」

 そう言ってまたすぐ眠ってしまった。いや千冬姉、それなら布団で寝ろよ。しかし先程の形相を思い出し、俺は起こすのを止めた。

 

「さて、どうするよ葵。みんな眠っちまってるけど」

 廊下を歩きながら、葵にこれから何をしようか聞いてみた。

 

「とりあえずご飯でも食べない?お腹すいたし」

 確かにな。そういやお昼ご飯食べる暇も無くデータ取りに追われたしなあ。

 

「あ、一夏。どうせなら少し奮発しよっか。千冬さん達も眠ってるし黙って美味しいもの食べよ!大丈夫、金は私が払ってあげるからさ」

 そう言って葵は女将さんに料理の注文をしに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし葵、いくらなんでも注文しすぎだろ…。某ごちになります番組でもここまで注文したりしないぞ」

 

「その料理をきっちり完食した一夏に文句言われたくはないわね。私より食べたくせに」

 これでもかっという位沢山あった御馳走だが、テーブルの上にあった料理は全て俺と葵の二人で完食した。…まあ確かにどっちかというと俺の方が食べたけどな。15の男の食欲を舐めんなよ。

 その後葵は急須にお湯を入れ、お茶を作り俺の前に湯のみを置いた。

 

「はい一夏、食後のお茶」

 

「ああ、サンキュ」

 ずずーっとお茶を流し込む。うむ、美味い。葵もお茶を飲んでくつろいでいる。

 

「って葵、話しそらすな。さっき俺達が食べた料理はどう考えても少し奮発ってレベルじゃ無かったぞ。なんでまた急に」

 俺の再度の問いかけに葵は

 

「まああれよ、生の実感を得たかったからかな」

 と、少し真面目な顔をして俺に言った。

 

「生の実感?」

 

「そ、生の実感。まあ単純な話よ。ほら私死にかけたじゃない。ってああ一夏!そこで暗い顔しない。後それで引け目に感じない!もうその件はあの時箒としたでしょ。話を戻すけど、スサノオのおかげで復活しその後はみんなを助ける為に無我夢中で戦ったけど、戦いが終わってみんなで喜んでいた時、こう思ったのよ。ああ、死んでたらみんなとこうして喜びを分かち合うことなんて出来ないんだなって。そう思ったら急に生きてるってそれだけで凄い事なんだなって。そしてまだやりたい事がたくさん私にはあるなって思った」

 そういってまたお茶を啜る葵。なるほどな、って待て。

 

「いや葵、それと今回の料理はどう結びつくんだ?」

 

「だからやりたい事よ。今回の件みたいにひょんな事で何時死ぬかもしれないかわかったもんじゃないから、それならもう生きてる内に好きな事をしておこうと思って。いや~一度は御馳走を思いっきり食べたかったのよね~。でも一人じゃ寂しいから一夏も一緒でよかった。それに久しぶりに一夏と二人きりで夕食だしね。ちょっとはりこんでみた」

 

「久しぶりって…。学園じゃいつも部屋で二人っきりだろが」

 

「そうだけどね、まあいいじゃない御馳走こんだけ食えたんだから。金持ちの幼馴染に感謝しなさい」

 そういって俺にカードを見せる葵。先に葵はカードでこの料理を前払いしていた。

 

「いやカードじゃお前がいくら金持ってるのかわからんのだが」

 

「私の貯金、多分数千万は軽く超えてるわよ」

 

「マジで!何でそんなに持ってるんだよ!」

 

「代表候補生はテストパイロットも兼ねてるからね、それと…あの出雲研究所で起きた事件。あの代表候補生の親から多額の慰謝料をね」

 慰謝料の辺りを言う時の葵の顔は暗かった。

 

「そ、そうか…」

 

「ま、そういうわけだから一夏はお金の事は心配しなくてもいいから。大体今回の料理、折半しても一夏の一年分のお小遣い軽く超えるわよ」

 

「…ありがたくおごらせて貰います」

 

「うむうむ」

 

 その後しばらく俺と葵はお茶を飲みながらのんびりと過ごしたが、葵はまた温泉を入りに行った。俺はまだ入る気分でもでもなかったので、部屋に残る事にした。畳の上に寝そべると、心地よい睡魔が襲ってくる。いかんな、食べてすぐ寝ると太っちまうのに。あ、そうだ。

 

 明日には帰るんだし、もう一回泳ぎにいくか。

 葵も温泉入りに行ってるからしばらく戻ってこないだろうし、軽く泳ぎにでもいくとしよう。

 

 さっそく水着に着替え、俺は海に向かう事にした。周りに街灯はないが、今夜は満月のせいか真夜中でも明るい。むしろこんだけ綺麗な満月なら下手に街灯が無い方がいい。準備運動をして海に近づいてったら、前方の岩場に誰かがいた。そいつは岩場に腰を下ろして海を眺めてるが、その後ろ姿はどうみても、

 

「葵?」

 俺の呟きが聞えたのか、岩場に座ってたそいつは後ろを振り返った。

 

「え、一夏!? なんでここに!?」

 後ろに振り返った人物は、予想通り葵だった。俺がここにいる事に驚いているが、俺はそれ以上に驚いている。温泉入りに行ったんじゃなかったのかとか、そんな疑問は葵の姿を見たら完全に吹き飛んでしまった。

 

 だって満月の光を浴びている葵は、水着を着ていた。そしてその水着は…あの日千冬姉が見せたあの水着で、一昨日箒が来ていた水着と全く同じだったからだ。

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    おまけ

 

 一夏達に福音が撃墜された数時間後の、とある秘密基地での出来事。

 

「福音がやられてしまったようね」

 

「け、あやつは我等四天王の中では最弱」

 

「代表候補生ごときにやられるようでは恥知らずね」

 

「…何を言ってるのオータムにスコール?」

 

「っち!これだからこのガキはいけすかねえ!ノリが悪いなったく!」

 

「世代が違うのかしら?」

 

「…どうでもいい。それよりもスコール、貴方が主導していた福音奪取作戦はこれで完全に失敗したわよ。今後はどうするつもり?」

 

「あ、そんなもん直接乗り込んで奪いに行けばいいだけだろうが!」

 

「…単純馬鹿」

 

「ああ、殺すぞガキ!」

 

「落ち着きなさいオータム。まあ確かに今回の件は私のミスだったわね。工作員を仕込んで福音に意図的に暴走状態に陥らせ、飛び出した所をエムとオータムが取り押さえるという算段だったけど」

 

「私達が待機してる場所とは全く正反対の方向に飛んでいったわね。そもそもスコール、意図的に暴走状態にさせたと言ってるけどその後福音を制御できたの?」

 

「ええ、もちろんよ。……多分」

 

「多分って…」

 

「だってしょうがないじゃない。ここに制御装置あるけどこれって半径20kmまでしか効果範囲ないのよ。これ使う前に福音は日本に飛んで行ってしまったし、その後あの日本の代表候補生が背中に強力な一撃与えたせいで完全に暴走しちゃったし」

 

「しかしさっきはああ言ったが完全に暴走した福音をよくあの連中倒せたな。しかも第二形態移行したらしいじゃねーか」

 

「…さっき言ってた日本の代表候補生と唯一の男子である織斑一夏の活躍があって倒したらしいわ」

 

「そう。エム、織斑一夏は強くてよかったわね」

 

「…」

 

「ま、どうでもいいか。じゃあスコール、アメリカに回収された福音を私が回収しに行ってもいいか?」

 

「そうねえ」

 

「…スコール!そこのパソコンに妙な物が!」

 

「妙なもの?エム、なんなのそれ?」

 

「…なんかウサギの耳を生やした少女がぴょんぴょん跳ねている」

 

「どれどれ、…なんだこれは?」

 

「あ、なんか台詞があるわね。なになに『あははは、ちょっと君達は調子に乗ってるからお仕置きだ。あーちゃんの苦しみ味わってね』…ってこれもしかして」

 

「スコール!この場所に多数のミサイルが接近してる!その数200!」

 

「ああ、どういうことだ!なんでそんなものがこっちに来るんだよ!」

 

「…どうやら篠ノ之博士を怒らせてしまったようね」

 

「「は!?」」

 

「確か今回の福音騒動で篠ノ之博士のお気に入りが死にかけたらしいわ。でもすぐに傷が治ったらしいけど」

 

「なんだそりゃ!そいつサイボーグか!?」

 

「どうでもいいけど二人とも早く逃げないとヤバい!」

 

「ふ、これで悪の芽が尽きたとは思わないことね篠ノ之博士。光あれば闇がある。きっと第二、第三の」

 

「いい加減にして!」

 

 

 この日、束によって一つの悪の秘密結社は地上から消えた。世界は少しだけ平和になった。

 



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臨海学校(終章)

 満月の夜、月の光を浴びながら岩場に座っている葵の姿に、俺は目を逸らす事が出来なかった。葵は水着に着替えていて、その水着に俺は見覚えがあった。そう、それは千冬姉に選ばされた水着で、一昨日箒が着ていたあの水着。何故葵がそれを?いや箒のは元々葵があげた物だから葵が持っていてもおかしくはないが。

 箒並みに胸が大きい葵だが、身長は箒以上に高い為胸の大きさと身長とのバランスが良い。どちらかというと千冬姉と似たスタイルだよなあ葵って。モデルのように細く、しかし鍛えられている体。形がしっかりしてる胸に流れるような黒くて長い髪。その体に白のビキニを着た葵は―――

 

「一夏、一夏。何ぼーっとしてんの?」

 

「あ、いや、ああ」

 無言で葵の姿を見て佇んでいたら、葵が話しかけてきて俺の意識は戻ってきた。しかし相変わらず俺の視線は葵に注がれていった。

 

「あ~あ、せっかくこっそり泳ぎに来たのにまさかここに一夏が来るなんてなあ」

 溜息をつきながら葵はぼやき、そしてまた海を眺め始めた。俺は岩場に近づき、葵の横に腰を下ろした。そして葵と並んで海を眺めるが、正直風景なんて全く頭に入らない。

 

 俺の意識は完全に、横にいる葵に向けられた。心臓が早鐘のようになっている。何故だ、さっきも二人でいたのに、どうしてこんなに俺は動揺しているんだ?

 俺も葵もしばらく無言で海を眺めていく。…いかん、何故か今は話しかけづらい。しかしずっと黙っているのも変だしなあとか思っていたら、

 

「…いや一夏、何無言で横に座ってんの?つーかまず私に言う事があるでしょ?」

 少しジト目をしながら、葵は俺に言ってきた。え、葵に言う事?え~っと、今の状況でそれに該当するのは…やっぱあれか?鈴達が海で俺に会った時真っ先に聞いて来たのはあれだし。しかしあれを葵にも言わないといかんのか?でも多分葵の言っているのはこれだろうし。

 俺は横にいる葵に顔を向けた。月の光に照らされている葵を眺めながら、

 

「葵、その水着だが…あ~、その、………ああ!似合ってて綺麗だよ!」

 後半はやけくそ気味に叫んだ。ああ、なんでこんなに俺恥ずかしがってんだよ!箒ん時もなんか気恥ずかしかったけど、葵はあんとき以上だよ!ってあれ葵、何目を見開いて俺を見てるんだ?

 

「…これは予想外で何でまた急にキレてるのかは不明だけど……ありがとう一夏。箒や千冬さんと同じ評価を貰えたのは嬉しいかな。いや~しかしまさかいきなり水着の評価をしだすなんてね。ちょっと、いやかなり驚いた」

 と、言って笑顔を向ける葵。その顔を見て俺は顔を逸らした。い、いかんどうしたんだ俺は!?

あれか、やはりこの満月の夜の下水着でお互い海を眺めるというシチュエーションのせいなのか!?こういうなんか幻想的なシチュエーションのせいなのか!?

 って、あれ?予想外?水着について聞いていたんじゃなかったのか?俺は間違った選択をしたのか?

 

「いや葵、鈴達が海で真っ先に俺に聞いて来たのがそれだからてっきりそうだと思ったんだが、違うのか?」

 

「…あ~なるほどね。いや一夏、別に間違ってはないけどね。私は単に無言で横に座られても困るんで、とりあえず『お前温泉に入りに行くと言ったじゃねーか!』や『なんで水着着替えてるのに泳いでないんだよ』的なつっこみをして欲しいというだけだったんだけど」

 そっちか~~!え、何俺勝手に自爆してしまったのかよ!うわ、恥ずかしい。

 

「…葵、じゃあ何でお前泳がず海を眺めてるんだよ?」

 ならばこうなったら要望通り、海を見ながら葵がさっき言っていた事を聞いてみた。

 

「う~ん、泳ごうとは思ったんだけど…、一夏とりあえずあれ見て」

 そう言って指をさす葵。葵が指差す方向を見たら、

 

「…もしかして、あれ鮫か?」

 

「そう鮫。なんでいるんだろ?いやもしかしたらイルカの可能性もあるけど」

 暗くてよく見えないが、あの特徴的なシルエットは多分鮫だな。いや葵の言う通り何でいるんだよ。この近辺は鮫避けネットとか張って無いのか?

 

「あの鮫を天叢雲剣使って輪切りにでもしようか迷ってたときに一夏が来たのよねえ。どうする一夏、なんかあれ見て泳ぐ気無くなったけど泳ぎたいなら退治してもいいいけど」

 そう言う葵の右手にはすでに天叢雲剣が握られていた。

 

「…いやいい。俺もなんか泳ぐ気は無くなったし。つかそんなもん使って鮫殺したらその血でさらに別の鮫を呼ぶ事になるかもしれんぞ。そもそもそんな事で勝手にIS使ったら千冬姉に怒られるぞお前」

 

「それもそうね」

 そう言って葵は天叢雲剣を収納した。…葵、お前も代表候補生なんだからそんな理由でほいほいIS使おうとするなよ。

 

「次に葵、どうして俺に温泉に入りに行くとか嘘ついて海に泳ぎに来たんだよ?後その水着だけど…」

 

 

「理由は二つあるわね。まず一つ、私が泳ぎに行くと言ったら一夏、絶対一夏も泳ぎに行くというでしょ?」

 

「ああ、そうだな」

 

「となると、二人っきりで水着で海を泳ぐ事になるわね」

 

「そうだな。それで何か問題があるのか?」

 俺がそう言うと葵は何故か溜息をついた。

 

「もし鈴達が起きて、そんな光景を見られた場合を考えてみて。さあ、どうなると思う?」

 

「一緒に泳ごうとするんじゃないのか?」

 

「…ラウラならありえるかもしれないわね」

 また大きく溜息をつく葵。いや何が言いたいんだお前は?

 

「まあ今の状況も似たようなものだけどね。…とりあえずコア・ネットワークであの五人の動向は異常無いからいいけど、何か動きがあった時はすぐ私は一夏から離れる事にするから」

 よくわからんが葵は真剣な顔して言うもんだからとりあえず頷いておく。

 

「で、葵。二つ目はなんだ?」

 俺がそう言うと葵は自分の水着を指差した。

 

「これが二つ目の理由。この水着だけど、一夏も気付いているとは思うけどあの日千冬さんから勧められたのよ。『一夏はこの水着を見て箒と葵に似合いそうだと言っていたぞ。どうだ、臨海学校はこれを着ていかないか』ってね」

 

「何で千冬姉、葵にそんな事言ったんだ?」

 

「さあね。ま、私はそれ聞いてなら箒にこれ着せようと思い、さらにどうせなら私もこれ着て箒とお揃いにしようと思ってあの時二着買ったわけよ。しかし後でよく考えたらやっぱやめたけどね」

 

「どうして?」

 

「教えない。ま、この水着はもう一夏の前では着ないから。結局今回の臨海学校用の水着は別なの買って用意してたのに、千冬さんが勝手にこれを鞄に入れてたのよねえ。…初日自由時間は風邪でダウンしてたのにどうしてこれ入れてたのかは私も謎だけど」

 

「は?いや葵、何で俺の前では着ないになるんだよ?」

 俺がそう言うと、葵は人差し指を唇に当て、

 

「それは秘密です。ま、大した理由じゃないから」

 と言ってにっと笑った。

 わからん、葵は何を言ってるんだ?しかも俺の前ではもう着ないとか…つまり俺以外の奴の前では着るってことか?俺以外の奴の前では着る…、あれ?なんか凄くムカつく。何故だ?

 もう俺の前では着ないと言われ、俺は葵を凝視していく。何故かわからないが、この姿を忘れたくはないからだろうか。…胸に視線が行くのも仕方ないよな。

 そんな事をやっていたら、葵は何故か呆れた顔をし、急に腕で胸を隠し始めた。

 

「…一夏、いや私も昔はあれだったから気持ちはわからないわけでもないけどさ、いくらなんでもさっきから遠慮なく胸とか見過ぎ。スケベ」

 

「あ、いや違う!そういう風に見てたんじゃない!それに胸を見てたわけじゃない!」

 いや否定できないが。てか葵、そうやって腕で胸を隠す行為って余計胸を強調して見えるんだぜ。

 

「一夏、良い事を教えてあげる。男が女の胸を見る視線を女はわかるという事を。さっきから胸ガン見してたのわかってるから」

 げ、マジ!い、いかんこのままではまた以前みたいにエロ河童扱いされてしまう!

 

「だから違う葵!俺が見てたのは、そ、そう!お前の怪我の後を見てたんだよ!お前が死にかけるほどの大怪我を間近で見たんだぞ俺は!治ったとか言われてもこの目で確かめないと気が済まないんだよ!」

 

「…一夏、下手な言い訳は見苦しいから。私の怪我の大部分は背中のはずだし。確かに前も怪我したけど胸とかはそこまでねえ」

 ニヤニヤしながら俺に言ってくる葵。しまった!確かに葵の怪我の大部分は背中だった。しかしもう後には引けん!

 

「うっせー!前もお前怪我してただろ!前の確認は終了!後ろ向け!」

 

「はいはい、そういう事にしてあげる」

 苦笑しながら葵は体の向きを変え、俺に背中を見せた。ご丁寧に髪も掻きあげて背中を見やすくしてくれている。その背中を見るが、――前同様傷の後何てどこにもなかった。本当に葵の傷は、あんな出来事なんて初めから無かったかのように消えている。

 脳裏に蘇るあの光景。大量の血が海を赤くし、一生傷が残るような大怪我を負い生気の欠片も無い葵の顔。あのとき感じた絶望、悲しみ。

 そして病室で包帯で巻かれて眠っている葵を見た時の己の無力感に後悔。

 俺はあの時、そんな葵の姿を見て――――

 

 

      あ、俺大事な事忘れていた。

 

 

 ああ、そうだ。俺、確かあの病室で、葵の姿を見て誓ったじゃないか。

 さっきまで葵に対して抱いていた動揺や緊張が波が引いたように消えていく。そうだよ、そんな事よりも、葵に対し忘れてはいけない事があったじゃないか。

 

 そう俺はあの時の病室で

 

 あの時の決意、あの時思った葵に言いたい事、まだ葵に言ってないじゃないか。

 

 葵の怪我が治ったからといっても、あの時誓った事まで無しになるわけじゃない。怪我が治った事に浮かれて、俺は―――大事な事を忘れていた。

 

「なあ、葵」

 

「何?」

 

「お前あの時、どうして俺達を庇った?」

 

「…一夏、何度も言うけど」

 呆れた顔をしながら振りかえる葵に、

 

「いいから!答えてくれ」

 俺は再度答えを求めた。俺の真剣な態度に葵は一瞬驚き、そしてすぐに笑みを浮かべた。

 

「じゃあ一夏に聞くけど、あの時逆の立場だったら一夏は私と箒を助けない訳?」

 

「…質問を質問で返すなよ」

 

「で、どうなの一夏?」

 あ~、くそ。まあこういう展開になるのはある程度予想してたけどな。

 

「ああ、そうだな。助けるよ、おそらく後先考えずに」

 俺の返答に葵は満足気に頷いた。

 

「さすがね、それが私の答え。目の前であんな事があったら、一夏と箒を守る事しか考えられなくなったし」

 伊達にお前とは長年幼馴染やってないから、それは考えるまでも無くわかる。いや長年一緒に居たから考えが似たんだろうか?しかし、

 

「確かに葵は俺と箒を助けてくれた。それは本当に感謝してる。あの時お前が目を覚ましたら真っ先に俺はお前にその事で感謝しなくてはいけないと思ってた。だけどな」

 俺は真っ直ぐ葵の目を見ながら続ける。

 

「葵、お前は俺と箒を助けた事に満足したかもしれないが、それでお前が死んだら俺も箒も命が助かっても全く嬉しくはないんだよ」

 罰が悪そうな様子になる葵。なるほどな、予想通り自覚はやっぱあったわけだ。

 

「葵、お前は確かに己の体を犠牲にしてでも俺と箒を助けた。しかしお前が代わりに死ぬほどの怪我を負ってしまったら全く意味が無い。後に残るのはお前を犠牲にして助かったという俺達の悲しみだ」

 俺は堅い声を出しながら葵に言った。

 

「…あ~その一夏、ま~言っている事の意味がわからないわけでもないけどさあ。でも一夏、それは」

 

「誤解するな葵。俺は別にお前を非難してるわけじゃないぜ。それにお前は言われなくてもそんな事はわかってるからな」 

 何せ葵はあの時、自分から「心配かけてごめん」と俺に言ったんだ。今俺が言った事なんて最初からわかっているはずだ。

 

「へ?まあそうだけど。ただ一つ反論したいのはそんな事わかるけど、体は勝手に動いてしまうという事ね。で、一夏。わかってるならなんでまた改めてこんな話をしだしたわけ?」

 ああ、それはな 

 

「俺、強くなるよ。本当の意味で強くなる。俺が守りたいものを全て。そして、その守りたいものが心配しない程強くな」

 海を眺めながら、俺は己が抱いた決意を葵に言った。

 

「俺、初めてセシリアと戦った時言ったんだ。家族を守る、世界一になった千冬姉の名前を守るってな。その後ラウラにも俺はこう言ったんだ、自分の全てを使って誰かを守りたい、ただ誰かの為に戦いたいって。俺がISを乗る理由はつまりこういう事なんだよなあ。でもな、それは――――強くて初めて可能な事なんだと今回思い知らされたよ。俺達を守る為に庇ったお前の姿を見てな」

 誰かを守る為に戦う、良い言葉だろうがそれはそれを実行するだけの力が無ければただの綺麗事だ。

 

「だから俺は強くなる。強くなり、そして今回の葵みたいにただ守るだけでなく、自分の身も含めて俺が守りたい者を守れる程強くな。そして葵」

 俺は拳を前に突き出して、

 

「今度は俺がお前を必ず守ってやる!絶対にな!」

 力強く宣言した。そう、これが病室で俺と箒を守った葵の姿を見て、葵が目を覚ました時葵に言おうと思ってた事。誓い、決意。

 そして俺は横にいる葵に顔を向けたら、…何故か葵は右手を顔に当て左手は髪を掻きながら俯いていた。

 

「…あ~もう、なんでこの男はよりにもよってこういう台詞を私に言うのだろうか。どうせなら箒達の為に言いなさいよ。何こんなところで無駄弾撃ってんのよ」

 

「何のことだ?いや葵、箒達にも目が覚めたら言うつもりだが。俺はみんなを守れる程強くなるってな。でも葵、これは真っ先にお前に言いたかった」

 

「…うん、いやもういいや」

 そう言って顔を上げる葵。そして右手をどけると、

 

「でも一夏、ただ強くなるって言われてもそんな漠然としたのじゃよくわからないわね。具体的にどれだけ強くなるって言うの?」

 真剣な眼差しをして、俺に言ってきた。

 

「私を守るとか言うけど、一夏と私じゃはっきり言うけど100回戦っても私の圧勝で終わるわよ。自分より弱いものに守るとか言われても、ピンとこないし。千冬さんの名を守るとか言ってたけど、千冬さんも一夏よりはるかに強いし何かあっても逆に一夏の方が守られる存在になりそうだけど」

 俺を真っ直ぐ見ながら、葵は俺に問いただしていく。葵の言っている事は正しい。悔しいが今の俺じゃ葵の言う通りだ。俺の力は、千冬姉や葵に比べるとはるかに弱い。

 

「口で強くなるなんていうのは簡単。誰でも言える。で、一夏どうなわけ?どれだけ強くなるって?」

 どれだけ強くなるかって?ああ、決まってるだろ。お前も、千冬姉を守れる位強くなり、それを証明する程の強さといえば、

 

「モンド・グロッソ」

 

「え?」

 

「モンド・グロッソ優勝。これなら、お前も納得するだろ」

 千冬姉を守る存在なら、最低でもこれくらいはしないとな。

 

「モンド・グロッソ優勝って…、一夏それは本気?」

 

「ああ、本気だ」

 あっけにとられてる葵に、俺は頷く。強さに目標をつけるなら、これ以上のものは無いだろう。

 

「守りたいものがあるから、それを証明するために世界一になります、か。いくらなんでも」

 は~、と大きな溜息をつく葵。そして再度俺を見て、

 

「じゃあ一夏は、――――私の夢であるモンド・グロッソ優勝の前に立ち塞がるってわけ?私の夢の障害となると」

 葵は、

 

 初めて会った時から含めても見せた事のないような真剣な顔をして、俺に聞いた。

 

 葵の夢を知らないわけでは無い。あの日二年振りに会ったあの日、葵は俺達にモンド・グロッソで優勝するのが今の目標で夢と言っていた。俺はそれを聞いて応援したいとも思った。でももうそれは出来ないな。

 

「ああ、俺の夢と目標の為に、俺はお前を倒し、俺が優勝する。男が決めた目標だ、ならもうそれに突き進むだけだ」

 こっちも腹をくくったんだ。葵に向かって俺はそう断言した。葵はそれを聞いて、また顔を俯かせた。体が少し震えている。うわ、これは葵本気で怒ってるかな?いきなり強くなるとか言ってその為にモンド・グロッソ優勝してお前の前に立ち塞がるって言っちまったもんな。ふざけるな!って思ってもしょうがないし。でも、これは俺の偽りない本音、譲れない決意だ。でもこれが原因で葵と仲が悪くなったりしたら…やべえ、いきなり後悔しそうだ。

 

「あ、なあ葵」

 俺が恐る恐る葵に話しかけると、葵は顔を上げた。そして、

 

 

 

「ようやく勝負の続きが出来るな、一夏」

 

 

 

 と、満面の笑顔を浮かべながら、葵は嬉しそうに俺に言った。そう本当に、これ以上無いって位、嬉しそうな顔をして。

 

「覚えてるか一夏、俺と一夏が初めて会ったあの日の事。そして俺とお前が友達になったきっかけ」

 よほど嬉しいのか、葵の口調はさっきまでの女口調では無くなった。最近ではIS学園の自室でしか言わない、昔の口調で俺に言っていく。

 ああ、俺も覚えてるよ、忘れるわけが無い。

 

「初めて会った時、俺は千冬姉の真似事の剣道でお前に喧嘩を挑んだよな」

 

「俺はあっさり返り討ちにしたけどな」

 

「ああ、あっさり負けた。悔しかったなあん時は。そして、俺は」

 

「負けっぱなしじゃ悔しいからまた勝負しようと言ったな」

 

「ああ、それが俺と葵との出会いだったよなあ。今思い返してみてもどこの少年漫画みたいな展開かよと言いたくなるなこれ」

 

「でも一夏はすぐに剣道で俺に挑んでこなくなり、素手だと瞬殺されまくったから勝負は喧嘩で無く別なものに変わった」

 

「いやしょうがないだろそれは。俺だけ武器を持つのは不公平だろやっぱ」

 

「でも、お互いIS装備なら話は別だろ?」

 

「…ああ、そうだな」

 

「あの時から最初の勝負は俺のずっと勝ち越しだぜ一夏」

 

「これからは違う。俺が勝つ」

 そう言うと、葵はにやっと笑い、

 

「良いぜ一夏。強くなれよ、俺を倒せるほどにな」

 そう言って俺に向かって右拳を突き出してきた。

 

「モンド・グロッソ。俺は負ける気も譲る気も無いぜ」

 

「当然だろ。俺も無い。そして、今までの負け分全てまとめてこれからお前に返してやるよ」

 俺も右拳を上げて、葵の拳と合わせた。

 

 

 

 その後は葵が旅館に戻ろうかと言ったが、俺はまだここにいると言って葵だけ旅館に帰らせた。まだ一人で考えたい事もあったしな。海を眺めながら今後の事について考えていく。

 

 しかし、俺の脳裏にはずっとあの時葵が見せた嬉しそうな笑顔が離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 顔がにやけるのが止められない。止める事が出来ない。

 一夏の奴、ようやく再び俺に本気で勝負挑んでくれるのか。

 やっぱり箒が転校したのが痛かったな。あれが原因で一夏強くなるって気概が無くなった。俺には剣道では負けたくないとか言ってたくせに、IS学園で再会して剣道で勝負してあっさり勝った時は少し失望したしな。いや、あの日から一夏は剣道してないから結果はわかってたけど。

 でも、これからは違う、一夏は強くなるって言った。本気でそう言ったんだ。ならおそらく、いやきっと一夏は強くなる。剣道、空手と並行してやってたけどどっちも全力で俺は練習した。でも剣道で俺は一夏には勝てなかった。一夏は知らないかもしれないが、かなり悔しかったんだぜ。

 その一夏が、本気で強くなると言ってるんだ。これはうかうかしてられない。

 

 …しかし一夏、あの守る発言は正直、いや本当に少しくらっときた。

 

 一夏に惚れた箒達の気持ち、少しわかるなあ。いや、わかるだけだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「計 画 通 り」

 

「…ちーちゃん、なにドヤ顔しながら言ってるの?というかそれ絶対嘘だよね。さっきいっくんがあーちゃんの背中を見てた時『いけ!そこだ!男ならガッと行け!ガッと!』なんて言ってたし」

 

「気のせいだな」

 

「…うん、もうそれでいいかな」

 場所は旅館のとある一室。そこで千冬と束は、束の超小型偵察機によって葵と一夏の行動を逐一観察していた。残りの仕事は全て真耶に押し付けている。

 

「しかしちーちゃんの言う通り、二人きりにしたら絶対あの二人ならなにか起こるとか言ってたけど、まさか本当に起こるとは束さんもびっくりだよ。ちーちゃんの言う通り超小型偵察機仕掛けてて正解だったね」

 

「ああ、束協力感謝する」

 

「まあほかならぬちーちゃんの頼みだから協力するけどね。しっかしちーちゃん、いっくんの恋人はあーちゃんにしたいんだね」

 

「当然だろ」

 

「う~ん、いっくんもあーちゃんも好きだけど、箒ちゃんの事考えたらあんまり応援できないかな。でもちーちゃん、何でいっくんの恋人にあーちゃんを押すのかな?」

 

「可愛くて強くて家事炊事も一夏並みに出来るんだぞ。そして何より、私に対しても苦手意識全く無く素で接してくれるのは葵だけだ。将来一夏と葵が結婚して私も一緒に住むような事態になったとしても、安心して暮らせるしな」

 

「…まあ箒ちゃん、ちーちゃん苦手っぽいからねえ。でもちーちゃん、今回の展開はちょっと安心したよ。なんだかんだでいっくんにあーちゃんは男と男の関係みたいだし。結局二人とも恋愛感情まではいかなかったから。お姉ちゃんとしてはやっぱり箒ちゃんの恋の応援をしたいしね」

 

「ふ、甘いぞ束」

 

「え?」

 

「一見そう見えるが、これは一夏と葵が結ばれる為には絶対通過しなければならないことだからな」

 

「そうなのちーちゃん?」

 

「ああ、お前も実はわかっているのだろ?」

 

「…まーね。でもあんまり二人の仲は認めたくは無いよ。ちーちゃんはあーちゃんを押すけど、箒ちゃんの姉としてはやっぱり箒ちゃんの応援するから」

 

「まあこの事に関しては強要しないさ。私も姉だからお前の気持もわかるしな。とりあえずこれからは忙しくなる、一夏を鍛え上げねばならん」

 

「嬉しそうだねちーちゃん」

 

「ああ、ふふ一夏の奴私も守る、か。弟からこう言われて嬉しくない姉はいないだろ」

 

「…私も箒ちゃんにそんな台詞言われたいなあ」

 



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一夏の変化

「…今日も頑張るわね一夏」

 

「…ええ、本当ですわね」

 

 臨海学校が終わって2週間、あたし達は前と同じ学園生活を送っている。…一部を除いて。

 

「馬鹿者ー!また反応が遅れているぞ!同じ事を何度も言わすな!」

 

「ハイ!」

 

 千冬さんの怒鳴り声がアリーナに響き渡り、それに対して叫び声に近いような声で一夏は返事をする。もう臨海学校からIS学園に戻ってから今日まで、その光景は毎日のように繰り返されていた。アリーナの真ん中で仁王立ちをしながら、千冬さんは一夏の動きを注視ししながら指示を出し、一夏が少しでも指示から遅れたら容赦無い罵声を浴びせている。アリーナであたしとセシリアも自主練の為ここに来ているけど…つい一夏の練習風景を見てしまう。だってあんな厳しい練習、本国でもあたし受けた事無いわよ…。

 

「馬鹿者!また動きが雑になっているぞ!もっとPICを調節し、無駄な動きを抑制しろ!」

 

「ハイ!」

 

 一夏も必死な形相で千冬さんに返事をしながら、千冬さんに言われた事を実行する。顔中に汗が噴き出していて、かなり疲労しているのがわかるわね。

 

「臨海学校が終わってからの一夏、まるで人が変わったかのように練習に励みだしたわね…」

 

「ええ、臨海学校の帰りのバスに乗る前に、いきなり一夏さん織斑先生の前に土下座して、『俺を強くしてください!織斑先生!』と言い出しましたし」

 

 そう、あたし達が旅館前で千冬さん達が来るの待ってたら、一夏の奴千冬さんが来たらいきなりそんな事を言い出したし。物凄く皆吃驚して一夏を凝視したっけ。千冬さんもそんな一夏を見て笑みを浮かべながら『いいだろう、しかし覚悟を決めろ』と言うし。一夏も即答で、『ああ、かまわない』とその…妙にカッコいい顔して答えるし…。なによ、あんなに男の顔しちゃって。千冬さんでなく、あたしに向けてくれたらいいのに。

 

「全くだ、嫁は何故急にあんなに強くなろうとしているのだ?」

 

「それ聞いたら一夏は『皆を守る力が欲しいんだ。俺は今回その力が無い事を痛感した』って言ってたけど、それにしても一夏の変わりようは尋常じゃないよね。今まではそんなに練習熱心じゃ無かったのに」

 あたしとセシリア同様、アリーナで訓練をしていたラウラとシャルロットも一夏を見ながらあたし達の会話に加わってきた。ラウラもシャルロットも、一夏の変化に戸惑っているようね。まあ一夏の言う皆を守るってのは前から一夏言ってたけど、今回は今までと違う。

 

「そもそも一夏ってあたし達が練習に誘わなかったら全然自主錬とかしなかったのに」

 

「それが臨海学校が終わってからは、人が変わったかのように強くなろうとしてるんだよね…」

 

「福音を倒した翌日は、一夏さん何時も通りでしたわよね」

 

「うむ、それが私達がデータ取りで疲れて眠った翌日に一夏は変わった。決意を持った目で教官に強くなりたいと頼みだした」

 

「…普通に考えたら、あたし達が眠った後、一夏に何かあったって考えるわね」

 

「…そしてその時起きてたのは一人しかいないね」

 

「…一夏さんが織斑先生に頼みこんだ時、一人だけ驚かず、むしろ笑顔を浮かべてた方がいますわね」

 

「…そもそも一夏の守る力が無かった発言で一番該当する人物がいるな」

 

「…そういえば今日もいないね、箒もだけど」

 

「…あの二人も謎ね。一夏と対照的に臨海学校から帰って以来全くアリーナに来ないでひたすら剣道の練習してるし」

 

「そろそろ部活も終わる頃だろう、ちょうど良いから向かうとしよう」

 あたしとセシリア、シャルロットにラウラは頷き合うと、アリーナを出る事にした。…真相を知ってるであろうあいつに会う為に。

 

 

 

 

 

「何で一夏があんなに必死に強くなる理由?一夏が言ってたじゃない『皆を守る力が欲しいんだ。俺は今回その力が無い事を痛感した』って」

 IS学園の剣道場で箒と一緒に剣道の練習をしていた葵に四人で聞いたら、葵は笑みを浮かべながら答えた。

 

「それはあたし達も聞いてるわよ。でもそれでも急激に一夏変わりすぎじゃない!毎日千冬さんから地獄のトレーニングされても必死になってついて行ってるし!千冬さんがコーチしてるせいであたし達が教える事が出来ないし!」」

 

「そんな事言われてもねえ。一夏が変わった理由なんてそれしか無いんじゃない?実際私死にかけたし、同じことを繰り返したくないんでしょ」

 

「いや葵、それだけなら私の誕生日会の時でもそう宣言したはずだ。しかし一夏が強さを欲したのはそれよりも後ではないか。葵、お前は何か知っているはずだ、一夏の変化した理由をお前が知らない訳が無い」

 あたし達の追及に同調してか、箒も疑惑を込めた目で葵に追及する。

 

「だから知らないって」

 

「嘘をついてもわかる。お前は知っている」

 再度葵がとぼけるも、箒は真っ直ぐな目で葵に言い返す。

 

「葵、あの日私達が眠った後一夏と一緒にいたのはお前だけだ。そしてその翌日一夏は変わった。状況から考えて知らない訳がないだろう。後葵、いつも剣道ばかりしてないでないで、私と勝負しろ。明日アリーナで勝負だ。次は私が勝つ」

 

「ラウラ、話がずれてるよ」

 そういや臨海学校から帰った後、葵とラウラは試合をして葵がラウラに勝ったのよね。スサノオの機動性とAICでも無効化出来ない天叢雲剣のレーザー斬撃を駆使して葵が僅差で勝利して以来、前とは逆にラウラが葵に勝とうとやっきになってるし。…でもその葵が何故か最近全くアリーナに来ないで箒と一緒に剣道ばっかりなのよね。ラウラが気を揉むのはわかるわ。

 

「お願いします葵さん、どうして一夏さんがあそこまで強くなろうとしてるのかとても気になるんです!」

 

 

「そう言われてもね~」

 葵は困った顔をしながらあたし達を見まわす。やっぱ葵は何か知ってるわね。でも何故かあたし達には言いたくない。何でよ、教えてくれてもいいじゃない!

 

「葵、もしかして一夏から黙って欲しいと頼まれてるのか?」

 箒がそう言うと、葵は苦笑いを浮かべながら頷いた。

 

「ごめん皆、一夏が他の理由はまだ皆には言いたくないから黙ってくれって頼まれたのよ」

 申し訳無い顔して謝る葵。…う~ん、葵ってば口が堅いから絶対言わないわねこれじゃ。しかも一夏を裏切る真似を葵がするわけ無いだろうし。…あ~気になる!気になるけど!

 

「あ~わかったわよ!言えないなら諦めるわよ!」

 

「え、鈴さん諦めてしまいますの?」

 

「セシリア、葵が言わないって決めたら絶対言わない。昔から義理硬いからな葵は。一夏からの頼みならなおさらだしな」

 

「箒も同じでしょうに」

 さすが幼馴染、箒も葵の事よくわかってるわね。…でもなんかむかつく。

 

「う~、でもつまり一夏が強くなりたい理由は僕達を守る力が欲しいって事と別の理由があるって事なんだよね」

 

「ええ、そうなんだけど…、大丈夫!それは実は過程というか副産物というか…一夏が強くなりたい理由の大原則は皆を守る力が欲しいだから」

 

「余計気になるが…よかろう。理由は知りたいが、言えないならしょうがない。それに嫁が強くなるならそれで私は嬉しいからな」

 どうやらラウラはもう追及する気はないようね。相変わらずさっぱりした性格してるわねこの子。セシリアとシャルロットはまだ気になってるようだけど、あたしと箒も引き下がったから葵を追求するのはやめた。言えないならしょうがないものね、じゃあ、

 

「わかったわ、一夏の事は諦めるとして…葵と箒、あんた達は何で毎日ここで剣道の練習してるわけ?」

一夏の件と同じくらい、気になっている事を葵と箒に聞く事にした。

 

「あら鈴、剣道部員が剣道部の活動をするのがそんなに変なの?」

葵が不思議そうな顔で返事するけど、変に決まってるでしょ!

 

「変よ!あんた達今までとは違って専用機貰ったのよ専用機!それなのに何でアリーナに来て訓練しないで剣道の練習してるのよ!ありえないでしょ!…それと葵、あんた何時の間に剣道部に入部したわけ?空手部で無くて」

 

「IS学園に空手部無いし。それにスサノオ手に入る前までは訓練機借りれない日は箒と剣道部の活動してたしね。いつの間にか部員になってた」

 

「ちなみに一夏も休日はここで練習しているし、最近では週二日程朝錬を一緒にしたりしている。夏休みに入ったら正式に入部する事も決まっている」

…なんか箒、やけに嬉しそうに言ってるわね。ま、当然よね。葵に一夏も同じ部に入部なんだから。横を見ると…ああ、セシリアにシャルロットにラウラもなんか嫉妬した目で見てる。

 

「篠ノ之道場門下生全員集合!ってね。…三人しかいないけど」

 

「…それは言うな葵」

 

「ちょっと葵、箒。部員になったのはわかったけど何でそれで毎日部活してるのかは答えてないわよ」

 

「部活動も大事ですが、今はせっかく手に入れたお二人の専用機に慣れるのが肝心なのでは?」

 

「そうだよ、ラウラじゃないけど僕も葵や箒と戦ってみたいし」

 あたしとセシリア、シャルロットの質問に、

 

「う…、いやそれは私も同じ考えなのだが…何故か織斑先生から禁止されているのだ。私も葵も、夏休みに入るまでは授業以外では専用機を使うなと」

 納得いかないという顔で箒は答えた。は?使っちゃ駄目?なによそれ?

 

「禁止だと?どういう事だ?」

 

「さあ?私も理由聞いてないし。というか教えてくれなかったし。そんなわけでIS使えないんじゃ部活するしかないし」

 箒と違い、葵は別にそんなに不満は無いわね。…普通代表候補生のあんたが一番この命令に不満持つはずなのに。

 その後葵と箒が部長さんに呼ばれた為、あたし達は剣道場から離れる事にした。あまり収穫が無かったなあと話しあうあたし達の背中に、

 

「一夏の件だけど、一夏が自分から言い出すのを待ってあげて。強くなったら、一夏はきっと皆に理由を言うと思うから」

 と、葵は笑みを浮かべながらあたし達に言った。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~。生き返る~。さっきまで死ぬかと思ってたが最高だ~」

 

「…なあ、一夏。おまえ臨海学校言った時言ったよな、何時でもマッサージしてやるって」

 

「あ~そんな事言ったなあ~そういや~」

 

「…なら何で俺は最近毎日お前のマッサージをしてるんだよ。逆だろ、逆!」

 千冬姉の地獄の特訓が終わり、俺は今日も部屋で葵からマッサージをして貰っている。あ~マジで気持ち良い。マッサージ屋が世間で流行るのは無理無いなあ。普段なら千冬姉にしてる俺だが、やってもらうのは葵がしてくれるまで無かったから知らなかったけど、こんなに気持ち良いなんて。こりゃますます休日は千冬姉にしてあげて、疲れを癒してやらないと。最近は俺が無理して練習付き合って貰ってるからなおさらやってやらないと…

 

「おいのんきに寝るな」

 

「っがああ!」

 いってええええ!葵の奴思いっきり背中のツボ押しやがって!…いや寝たのは悪かったが。

 

「すまん葵、あまりにも気持ち良くてな。…あ~最高だ。気持ち良すぎる、お前にしてもらうのが一番だ、気持ち良い」

 

「…一夏、黙ってろ」

 なんだよ葵、変な顔しやがって。素直に気持ち良いと言っただけじゃないか。

 

「それよりも一夏、お前最近人が変わったかのように練習に励んでるが鈴達が知りたがってるぞ。何でそこまでして強くなりたいのかって。黙ってくれと一夏は言うけど、別に言ってもいいじゃないか。――モンドグロッソ優勝を目指してるって」

 

「…すまんが葵、それはまだ秘密にしてくれ。今の俺じゃ笑い話にもならない」

 今の俺の力でそんな事言っても、失笑されるだけだ。もっと力をつけてから言いたい。

 

「別に言ってもいいと思うけどな。千冬さんの後を継ぎたいって感じで。今じゃ有言実行してるし。誰も笑わないだろ。男なら地上最強を目指すのは当然だし」

 そんなどこぞのグラップラーみたいな理由で箒達が信じるとは思えんぞ、葵。

 

「それにしても一夏、最近お前焦りすぎ。俺に毎日マッサージさせるのはもういいが、少しは体を労れよ。鍛えるのはいいが、いつも終わったら倒れる位疲労してるし。体を壊したら意味無いぜ」

 顔を上げると、少し心配した顔をしている葵が見えた。…まあ確かにいつも練習が終わったら、千冬姉か葵が俺を担いで部屋まで運んでるけど、

 

「心配掛けてすまん。でも千冬姉に血反吐吐いてでも強くなると誓ったからな。大丈夫、千冬姉も考えて俺を鍛えてくれてるよ…多分」

 

「…そこまでして強くなりたいのかよお前は」

 

「だってそりゃ」

 

 お前に勝つにはそれくらいするしかないだろ。

 

「ん?なんだって?」

 

「何でもない。とにかく、今の俺は強くなる事しか考えられないんだよ!」

 

 

 本当はモンドグロッソ優勝よりも、葵、お前に勝ちたいなんて言えないんだよ。だって、お前に勝てないと…。

 

「まあ強さを追い求めるのはいいんだが一夏、…おそらくお前は重大な事を忘れてると俺は思うんだよ」

 

「重大な事?」

 

「ああ、重大な事だ。とてつもなく、重大な事だ」

 再び顔を葵に向けると、葵は真剣な顔をして俺を見つめている。な、なんだ?重大な事?なんだそれ?

 

「一夏、お前は最近練習が忙しく俺がマッサージをした後はすぐ寝るよな」

 

「ああ、葵のおかげでぐっすり眠れてるぜ」

 

「ところで一夏、明日は何の日か知ってるか?」

 

「明日?」

 カレンダーを見る。明日だと22日か。それがどうしたんだ?俺が疑問を浮かべた顔をしていると、葵は沈痛な顔をして俺の頭に手を置いて言った。

 

「一夏、期末試験は何日からだ?」

 

「期末試験?………期末試験!ちょっと待て!確かテストは!」

 俺が跳ね起きて葵に詰め寄ると、

 

「…明日からだ」

 葵が死刑宣告をしてくれた。

 

「がーーーー!明日じゃねーか!おい!葵!何で教えてくれなかったんだよ!」

 

「アホか!最近授業の度に千冬さんも山田先生もテストのお知らせやってただろーが!授業聞いてなかったのかお前!授業中に試験勉強やってるのか?とか考えてたがやっぱり忘れてたのかよ…」

 

「馬鹿言うな!俺は授業について行くのがやっとなんだぞ!…ちなみに葵、お前は?」

 

「俺はお前が寝た後勉強してたからばっちりだ」

 

「この裏切り者…」

 

「いや…俺そっちの方面も千冬さんが教えてると思ってたんだが。朝早くから千冬さんと訓練してるし、俺が見て無いとこで座学もやってるもんだと。まさかマジで一夏を鍛えるだけしかしなかったのか千冬さん…」

 

「ってこうしてる場合じゃない!葵!試験範囲どっからだ?」

 

「そのレベルからかよ!…もう諦めろ一夏。諦めて寝ろ」

 葵から試験範囲もらうが…、これを全部?明日までに?

 

「い、いや!諦めたら駄目だ!こうなったら朝まで寝ずに勉強してとにかくやれるとこまでやってやる!」

 机に向かい、猛勉強を開始する。後ろで葵が両手を広げ首を横に振ってるが、最後まで諦めなければきっと奇跡は起きる!はず…。

 

 

 

 

 

 

 

 

(だから寝ろと言ったのに…)

 7月22日、IS学園で期末試験が行われ、皆知恵を絞りながら答案用紙に向かう中、一人だけ違う事をしている生徒がいた。彼の名は織斑一夏。皆が答案用紙の問題を解いている中、彼だけ―――机に突っ伏して爆睡していた。テスト開始から5分、まるで操り人形の糸が切れたかのように一夏は眠りこけてしまった。

 

(テスト中って静かだもんなあ。そしてあんだけ練習した後徹夜したら…途中で寝るのは当たり前だろ…)

 完全に熟睡している一夏に、鬼の形相で睨んでいる姉の千冬。しかしテストで眠ったからといって起こすのは許されない。それは生徒の自業自得の為、起こすのは禁じられているからだ。横で真耶が泣きそうな顔で一夏と千冬を交互に見るが…現状が変わるわけでもなかった。

 

(あ~あ、あの千冬さんの顔、…怖え!一夏、テスト終わったら……骨は拾ってやるよ)

 一夏の未来を想像し心の中で合掌しながら、葵は問題を解いて行く。元々代表候補生として葵はIS理論は叩きこまれている。今日のテストもISに関しても物が大半な為、葵にとっては楽勝だった。

 

 そしてテスト開始から30分が経った頃、

 

「あ~もう駄目だ~」

 一夏は寝言を言い出した。

 

(あのアホ、静かに寝てろ…)

 呆れる葵だが、

 

「…葵~、そこ気持ち良い~」

 さらに続く一夏の寝言を聞いた瞬間、体が硬直した。いや、葵だけでなくクラス全員、教師二人の体も硬直した。

 

(あ、あいつまさか…)

 

「あ~いい。やっぱお前にしてもらうのが一番良い、最高だ~」

 

(やっぱ一夏の奴、マッサージされてる夢みてやがる!なんでよりによってそんな夢見てる時そんなデカイ寝言言うんだよ!)

 葵は心中で毒ずくも、もはや手遅れだった。にわかに騒がしくなるクラスメイト達。口々に「え、今のって…」「まさか青崎さんが奉仕する方だったなんて…」「い、いったいどんな事やってるの!二人とも!」と言いながら、一夏と、葵を見比べて行く。そして、

 

(ああ…まあ、そうなるよなあ)

 おそるおそる葵は、ある人物達の姿を見て行く。葵の視線の先には箒、シャルロット、セシリア、ラウラの四人。四人とも、能面のような顔をして、一夏と葵を眺めている。感情が無くなったかのように一夏と葵を眺める四人だが…周りにいた生徒達は引きつった顔をして離れて行く。嵐が来る前に、小動物が避難するかのように。そしてタイミングを合わせたかのように―――四人は同時にISを展開させた。

 

 

 

 

 

 そしてそれを見届けた葵は――――、一瞬にしてスサノオを展開し一夏を抱え窓をブチ破って逃走した。

 



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夏休み 五反田食堂

 女の子の手料理。しかも10人中10人が可愛いと断言する美少女による手料理。

 健全な男子高校生ならこれを欲しがらないわけがない。俺が断言する! そもそも青春真っ盛りの10代で、このシチュエーションに憧れない奴はいない! なにせISの登場による女尊男卑の風潮のせいで、男が女に媚を売るようになっている今では女の子からの手料理を貰える機会なぞほぼ無いからだ。最近ではデートで男が弁当を用意し、家庭的なことをアピールする時代となっているくらいだ。そんなわけで、現代において女の子の、しかも美少女による手作り料理は伝説のアイテムと同義ですらある。…一夏の野郎はほぼ毎日食べてるらしいがな、ああ、糞! 今度会ったら一発殴るか!

 

 

 しかし! 今、俺の目の前には……その伝説のアイテムが存在しているのだ! 10人中10人が可愛いと断言する美少女の手によって作れた、今俺が座るテーブルの上で美味しそうに湯気を上げている、五反田食堂一番人気メニュー業火野菜炒めが鎮座しているのだ!………………………はあ。

 

「……、いややっぱどんだけ内心で盛り上げようとも、野菜炒めじゃあんまり有難味わかね~なあ」

 

「あっそ。じゃあ食べなくていいわよ。私と厳さんで食べるから」

 そう言って、目の前の野菜炒めを作った美少女―――葵は俺の前に置いた野菜炒めを持ち上げた。

 

「あ、待て待て! 冗談だ冗談! 食べたいから没収しないでくれ」

 

「ったく、なら早く食べなさいよ。これを1分以上何考えて眺めてたか知らないけど、さっさと食べないと冷めるわよ弾」

 呆れた顔をした葵が再度俺の前に野菜炒めを置く。見た目、匂いとも爺さんが作るのとさして変わらない。そして一口食べてみると、

 

「…おお、すげえな葵。爺さんの作るのと変わんないぞこの味。ぶっちゃけ美味い」

 いつも俺が食べている爺さんの業火野菜炒め、これが忠実に再現されていた。

 

「本当! ふ~よかった」

 俺の感想を聞いて、葵は嬉しそうに笑った。…う~ん、いやIS学園の制服着てるとはいえ、エプロン姿した葵が笑う姿は…。

 

「なに弾? 私の顔じっと見て」

 

「いや…やっぱお前は女になって正解だなと俺はつくづく思うよ、うんマジで」

 

「…はあ?」

 

「確かに弾の言うとおりだな。まさか今日一日で俺の業火野菜炒めをここまで物にするとは…。葵、お前は良い奥さんになれるぞ」

 厨房から出てきた爺さんが葵の野菜炒めを食べて太鼓判を押した。

 

「…良い奥さんですか」

 なんとも微妙な顔をする葵。二年前まで男だった奴が、そう言われてもあんまり嬉しくはないかもな。その後葵が作った野菜炒めを三人で全部完食し、俺は爺さんから調理場の片づけを命じられた。…作ったの葵なんだがな。

 片づけも終わり、葵が爺さんに料理を教えてもらった礼をした後は、俺と葵は二階の俺の部屋に行くことにした。

 

「ほい、葵麦茶」

 

「ありがと、……ふー美味い!」

 俺がコップに注いだ麦茶を、葵は一気に飲み干した。この真夏のくそ暑い中、冷房が多少は効いているとはいえ、でっかい中華鍋持ってあんだけ激しく振り回せばそりゃ暑いからな。俺は再度葵のコップに麦茶を注いでいった。

 

「で、葵。何で今日はお前ここに来たんだ?」

 

「は?何言ってんの弾?昨日メールで送ったでしょ、『厳さんにあの業火野菜炒めの作り方教えて欲しいから明日10時にはそっちに行くから』って」

 

「…ああ、それはメールで見たし、今日お前が来たときにも聞いたよ。爺さんは二つ返事でOKしたな」

 

「いや~厳さんなんか物凄く機嫌良く教えてくれたからちょっと吃驚したわね。ふ、やっぱ私が筋が良いからかな~。あの中華鍋をあそこまで振るえるのはわし以外ではお前だけとか言ってたし」

 今日爺さんから仕込まれた中華鍋の振り方を再現しながら笑う葵。…爺さんに葵が料理を教えて欲しいという旨を伝えた時、『…ふむ、あいつなら筋が良いし…五反田葵…悪くない…』と呟いていたことは黙っておこう。…どう考えても俺が巻き込まれるし。しかし爺さんならわかるが、葵の腕あんなに細いのにあんだけ豪快に中華鍋振れるとは…、確かに爺さんが欲しがるのも無理ない。

 

「わかった質問を変える、何でお前は一人でここに来たんだ?一夏と鈴はどうした?」

 葵がIS学園に行ってからは、毎回3人一緒に遊びになってうちに来てたからな。爺さんから業火野菜炒めの作り方を教えてもらうため来たとはいえ、それなら主夫の一夏も、料理修行している鈴もついてくるはずだ。そんな俺の疑問に、

 

「ああ一夏と鈴なら…今日は二人でデートしてるわよ」

 葵はにっと笑いながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高校一年の夏は、一度限りしか来ないのよ!」

 夏休みが始まった8月4日、俺と一夏が使用している部屋の中で、対面に座っている鈴がテーブルに乗り上げるかのような勢いで大声でそう叫んでいる。…ああ、またか。またこういった季節になったかあ。しかし鈴、IS学園は高校に分類されるんだろうか? 

 

「そうね、そのとおりね。あ、ところで鈴、昨日私水羊羹作ってみたんだけど食べる?冷えていて今かなり食べ頃だけど」

 

「え、本当!食べる食べる!」

 

「はい、どうぞ」

 

「どれどれ……、うん、美味しい! ああ、葵ったら本当にお菓子作りが上手いわよね~。僅か1年ちょっとでここまで腕上げてるんだから羨ましいわ」

 俺が作った水羊羹を食べて、かなり鈴はご満悦なようだ。よし、なら一夏にも補習終わったら食べさせてやるか。

 

「上手いといっても洋菓子が中心で、和菓子はそこまで作らないけどね」

 

「そうなの?この水羊羹凄く美味しいわよ」

 

「箒がこれ好きなのよね。昔おばさんと一緒に私と一夏も作ったのよ。確かあの時は箒の10歳の誕生日の時だったかな。なんとなく昨日懐かしくなって作ったんだけど…肝心の箒は今IS学園にいないことを忘れていたけどね」

 今箒は3日程前箒の親父さんに会いに行き、親父さんから1週間程篠ノ之流剣術の教えをこいてもらっている最中だったっけ。

 

「ああ、そうだ鈴。中国のお菓子も興味あるから教えてくれる? 私杏仁豆腐やあんまんやゴマ団子位しか知らないし」

 

「…あたしもそう大差ないわよ。というか葵、あたしが教えるよりあんたが本片手に作った方が、美味しく作れると思うわよ」

 

「そうでもないわよ。一ヶ月前鈴ゴマ団子作ってたじゃない。あれ凄く美味しかったし。鈴はもっと自分の料理の腕を信じて良いわよ」

 

「え、そう?あれ凄く美味しかった?」

 

「ええ、凄く美味しかった。だから作り方教えて欲しいかな」

 

「…へえ、そっか。そんなに良かったんだ」

 俺の言葉を聞き、鈴の顔に次第に笑みが広がっていく。実際あれ凄く美味かったし。一夏も美味い美味い言いながら食べてたしな。…ただその時は俺と一夏と鈴しかいなかったのに、丁度食べる時セシリアと箒に遭遇し、『抜け駆けはずるい(ぞ、ですわ)』とかで騒ぎになって結局鈴は感想聞きそびれたんだよなあ。…一夏もその後鈴に御馳走様しか言わなかったし。あれ、そういや俺も鈴に味の感想言ったっけ?…………まあ今ちゃんと言ったから良しとしよう。

 

「鈴ってゴマ団子以外も作れるんでしょ?なら今日はお互い暇だし調理場借りて作ってみない?そして出来たの一夏に食べさせてあげたらどうかな?」

 

 

「あ、いいわねそれ!ふっふー、よし任せなさい! 私が酢豚だけしか作れないわけではない所見せてあげる! よし葵! さっそく作りに行くわよ!」

 そう言って玄関に向かって歩いていく鈴。よし、これで当初の目的忘れたなと思いながらその背中についていくが、鈴がドアノブに手をかけた瞬間、

 

「って! 違うでしょ! あたしがここに来た理由は!」

 そう叫ぶやいなや、再びテーブルに引き返す鈴。っちい! 誤魔化せなかったか!

 

「悪いけど葵、それはまた今度にしましょう。今はそれよりも大事な事があたしにはあるのよ!」

 

「へ~、鈴、その大事な事って何?」

 聞くまでも無くわかる事だが、俺は投げやりな感じで鈴に聞いてみた。

 

「決まってるでしょ!今年もあたしと一夏がデートして、一夏にあたしの魅力を気付かせるのよ!」

 かなり熱くなって語る鈴だが…ああ、やっぱり今年もそんな路線なのか。

 

「ねえ鈴、はっきり言うけどもうそんな回りくどい事止めてさ、ストレートに一夏に好きだと告白したら?正直あの鈍感野郎はそうしないと、何時まで経っても鈴をそういう対象に見ないと思うわよ」

 小5の頃から俺が姿を消す中2の時まで、幾度どなく鈴にそんな感じで協力求められてやってきたが…尽く一夏は鈴に対して仲が良い友達と見てるんだよなあ。正直やっても全く成果が出ないから、付き合うのがめんどくさくなった。

 

「ちょっ!何言ってるのよ葵。そんなの出来るわけ無いでしょ! それに…それやって一夏に振られたら…今まで通りの友達関係すら怪しくなっちゃうし」

 力無く言う鈴。…そうなんだよなあ。確かに玉砕したら今までの関係にすら戻れなくなる可能性あるから、思い切って告白出来ない気持ちはわかるけど…。

 

「でも鈴、そんな呑気な事言ってたら、他の子に取られちゃうわよ。ただでさえ今は鈴よりも先に出来たファースト幼馴染の箒に、二か月前は一緒の部屋で生活していたシャルロット、ある意味このIS学園で一番早く一夏に絡んだ女子セシリアに、一夏の唇を奪った上に堂々と嫁宣言をしているラウラ。ライバルはいっぱいいるわよ」

 しかも全員モデルでも通用する程の美少女。いや、目の前の鈴も負けてないが…弾じゃないが何で一夏って美人にモテるんだろうか?ってどうした鈴? 俺の顔じっと見て。

 

「…なんかさ、それら全部足した最強のライバルがあたしの目の前にいるのは気のせいかしら」

 

「…鈴、いい加減その手の誤解は勘弁してくれない。あの学期末テストはそれで散々な目にあったし」

 

「…いやあれはセシリア達が誤解してもしょうがないと思うわよ。あたしだって、もしあの場にいたら絶対誤解したと思うし」

 

「…まあ、私も一夏の台詞聞いた瞬間に、そういう誤解を受けるとわかったからさっさと逃走したしね。…一夏の寝言が紛らわしいばかりに、悪鬼となった箒、シャルロット、セシリア、ラウラの4人に私と一夏が殺されそうになった後に『学期末のカタストロフィ事件』と呼ばれる事件は二度とごめんだわ」

 ああ、今思い出しても最悪な事件だったな。逃走中とにかく一夏を叩き起こして白式展開させたげど、その直後に箒の雨月の攻撃が俺達を襲って…一応一夏が白式を展開するまで攻撃を待つ程度の理性を持ってたな、あいつらも。

 

「学園の教師部隊が四人を取り抑えるまで、あんたと一夏vsセシリア、箒、シャルロット、ラウラのバトルでIS学園の校舎が結構壊されたものね。その結果、あんた達6人全員千冬さんから頭殴られた上に4時間も正座で説教させられたっけ」

 ああ、鈴の奴笑いやがって。自分は関係ないから笑ってられるんだろうが、当事者は堪ったもんじゃないんだぞ。

 

「なんで私も説教されなきゃいけないのよ、私は被害者よ被害者」

 

「…そりゃあんたの攻撃を受けた箒とセシリアが、校舎に激突して4教室位破壊したせいでしょ」

 

「…だって、逃げ続けるのも限度があったし。取りあえず一番頭に血が上っていたその二人が一番隙だらけだったから、さっさと無力化させたわ。まあ向かってくるなら反撃の覚悟位はしてもらわないと」

 

「一夏と違い、そういう所はあんた容赦無いわね」

 

「…本当はあんましやりたくなかったけど、一夏じゃ一方的にやられるしか選択肢ないしね。代わりにやってあげただけ」

 どんな事情であろうと、男の一夏が女である箒達に反撃することは…しないというか出来ないからな。あいつ、そういう所は頑なに守るし。

 

「ふうん、まあそれが正解ね。あの場であの子達も葵でなく一夏に撃墜されたら…最悪ショックで寝込むでしょうし」

 

「ありえるわね、それ。まあこの事件のせいでセシリア、シャルロット、ラウラはテスト後母国に強制送還、最低1週間は向こうで地獄のしごきという名の罰を受けてるみたいね」

 

「そう、だから今がチャンスなのよ! お邪魔虫の3人は国に帰ってるし、箒も実家で剣術修行の為いないし! 今が一夏を落とす絶好のチャンスってわけ! そして今日で一夏も赤点取った補習も終わるし、明日が勝負よ!」

 あ、しまった。またこの手の話題に戻してしまった。こうなったら仕方ない、不毛感漂うがさっさと終わらせるか。しかし一夏の奴、意外と赤点少なかったな。テストの存在忘れていた癖に、赤点そんなに取らなかったから補習は4日だけだったし。

 

「ふうん、じゃあ鈴、何か手があるの?」

 

「勿論! 実はあたしと同室の子が、デートに誘うのにぴったりのレジャーランドのチケット2枚持ってたんだけど、急にその子と友達がいけなくなったから、あたしにチケットを1割引きで売ってくれたのよ」

 半額で無く1割引きって所が、同室の子のしたたかさを感じる。鈴なら一夏の為に絶対買うとわかってるんだろうな。…いやちょっとまて。

 

「何よ鈴、もう誘う準備万端じゃない。なら私に相談する必要ないじゃん」

 一夏の補習が終わった後、そのチケット片手に一夏を誘いに行けばいいだけじゃないか。箒達もいないし、そもそも夏休みの為学園の半数以上が家に帰ってるから邪魔する人はいないし。俺がそう思ってると、鈴が呆れた顔をした。

 

「…あのね葵、簡単に誘えれば苦労しないわよ。それに、誘う前に葵、あんた明日用事作ってどっか出かけなさい。そもそもあたしがここに来たのは、あんたにそれを頼む為なんだし」

 

「は?何それ?」

 なんで鈴が一夏にデート誘うのに、俺が用事作って出かけなければいけないんだ?俺が疑問に思ってると、は~っと鈴が溜息をついた。

 

「葵、考えてもみなさい。あたしが一夏にこのチケットを見せて遊びに誘うとする。はい、その後一夏はなんて答えると思う?」

 ふむ一夏なら……ああ、そういうことか。

 

「了解、確かに一夏ならその後『よし、じゃあ葵と弾も誘っていくか!』って絶対言うわね」

 

「そういうこと。悪いけど葵、明日なんか用事作ってどっか出かけてくれない」

 

「わかったわ、ならどっか適当な所に出かけることにしてあげる。一夏にも誘う時、私は用事があるからいけないと言っておいてね」

 

「ごめんね葵」

 

「いいわよ、その代わり今度は弾も含めて4人で出かける時、なにか私に奢ってね。それから…ま、デートで成果出せるよう頑張ることね」

 俺の言葉に、鈴は当然と言って笑い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、そういうわけで、行く所なかったから弾の所に来たのよ。それにちょっと厳さんから料理教えてもらいたかったしね」

 葵から何で今日此処に来た理由を聞いたが……葵から一夏と鈴がデートしてるという話聞くと…何故かおいおいという気持ちが沸いてくる。

 

「ふうん、一夏と鈴がデートね。確かにそう言ったお願いは俺も中学の時されて、手伝ったりしたが…葵、お前それでいいのか?」

 なんつーか、昔なら違和感なんか感じなかったが…今だと物凄く、こう変な感じがするんだよな。

 

「いいんじゃない? そりゃ私は箒とも幼馴染だし、セシリア達も友達だから一方に肩入れするのはちょっと心苦しいけど…最終的に決めるのは一夏だし。それに男女の恋に外野がそんなに口出しするもんじゃないしね。鈴が頑張ってアプローチして、一夏が鈴に惚れたらそれはそれで鈴が努力した結果だし」

 …漢だ。肉体も外見も完全に女になっても、葵の心は漢だ。

 

「ま、お前がいいならいいか。じゃあ葵、何で今日は野菜炒めを爺さんから習いにきたんだよ?」

 俺の疑問に葵は、

 

「それは秘密です」

 と、人差し指を立てながら笑った。…訂正、やっぱこいつは……女。

 

 それから正午になるまで、俺は葵からIS学園について、一夏やその友達の話しを聞いていたら、急に爺さんが部屋に入ってきて、

 

「おい、若いもんが部屋に引きこもってるんじゃない。これやるから遊びにでも行って来い」

 そう言うやいなや、俺に2枚どこかの遊戯施設のチケットを押しつけると出て行った。

 

「弾、何それ?」

 

「.どっかのチケットだな。ウォーターワールド無料チケット、おお、ここって最近出来て結構人気あるんだよなあ。…何で爺さんこれ都合よく二枚持ってるんだ?」

 まさか昨日葵が来ると伝えた時すぐに準備したのか? いや爺さんなら色々な伝手があるしな。

 

「へえ、ウォーターワールドね。…いいわね、暇だし厳さんのご厚意に甘える事にしない。場所見たら、ここから1時間もかからないみたいだし」

 チケットを見て、葵は結構乗り気になっている。

 

「そうだな、暇だし俺も少し興味あったから行ってみるか」

 

「決まりね。あれ?」

 

「どうした?」

 

「いや、これってデートになるのかなって思って」

 

「…俺は休みでも制服を着ている女と出歩くのが、デートだとは思いたくないな」

 葵が普通の格好していたら、俺も葵と一緒に出かけたらデート気分味わえるんだが…。

 

「いや~制服って楽だからつい」

 ……駄目だこいつ。

 

 

 こうして、俺と葵は暇だから二人でウォーターランドに行く事にした。内心で、葵の水着姿を期待しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    おまけ

 

「ちょっとお爺ちゃん!」

 

「どうした蘭、そんなに慌てて」

 

「さっきそこの通りで、お兄と葵さんが一緒になって出かけてた!」

 

「ああ、なんだそんな事か」

 

「驚かないの?」

 

「驚くもなにも、二人が出かけるよう仕向けたからな」

 

「え?お爺ちゃん、お兄と葵さんをくっつけたいの?」

 

「あたぼうよ。前から筋が良いとは思っていたが、今日中華鍋振るう葵の姿を見て確信した。こいつこそ、この五反田食堂の後継者にふさわしいとな」

 

「…葵さん、IS日本国家代表を確実視されてる逸材なんだけど」

 

「そんな事は知らん!」

 

「……」

 




超久しぶりに更新。忙しいのもあったけど、スランプ気味でした。
新幹線乗りながら考えました。


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夏休み ウォーターワールド

俺って、もしかしたら物凄く恵まれた存在なんじゃね?

 ウォーターワールド内にある喫茶店の前で葵が着替えて来るのを待ちながら、ここに来るまでの事を振り返り、俺はそう思った。

 

 爺さんからウォーターワールドのチケットを貰ったから、どうせ暇だしと葵と二人でここに来たが……途中電車に乗ってる間、

 

「おい、見ろよあの子!」「ん?…おお、すげー可愛い子じゃん!」「いやあの子ほら先月TVに出てなかったか?」「あの制服確かIS学園の制服だよ……ああ!思い出した!あの子だよ!ブリュンヒルデの再来とか言われた、事情があって発表が遅れた元男のIS日本の代表候補生!」「元男?なんだそれ?」「なんか複雑な生まれだったらしいぞ」「そうそう!ニュースで見た!そういやあの子、ああ見えてIS乗ったらむちゃくちゃ強いぜ」「ああ、模擬戦シーン見たが……信じられないなあれは」「IS以外でも、剣道も強いらしいぜ」「剣道?空手で無くて?」「確か先月九州で行われた剣道大会で、大会最多の一本勝ちしたとかTVで言ってたぞ」「それよりも…可愛いな」「胸もデカイ!」「マジで元男?全くそんな面影ないぞ」「あれ嘘でね?男は織斑一夏しか操縦できないって世界中の学者言ってるし」「一緒にいる奴は誰だ?彼氏か?」「荷物持ちじゃね?」「マネージャーとかでは?」

 ……こんな会話が、目的の駅に到着するまで聞えた。

 

 先月葵はTVで、新しい日本代表候補生と紹介された。いままで専用機が無かったが、どういうわけか専用機も手に入ったので、日本政府は正式に葵を日本代表候補生として大々的に発表した。

そしてその時……葵の過去も一緒に紹介された。プライバシーの問題なのか、政府としてもその辺りは騒がせたくないのかほとんどそういう経歴ですと言った紹介のみで葵の過去の写真等は伏せられていた。その結果……今の所葵は元男の辺りは世間では半分冗談扱いされている。ネットやいくばくかの雑誌には女性原理主義の集団もあり、葵の存在を認めないのもいるが、それらは今の所少数勢力でしかない。それにISを扱える男は一夏のみと世界中のIS関係者が発表してるせいもあり、現在の葵は世間の目からは完全に女の子として扱われている。

…もっとも、そう思われる最大の要因は、やっぱ葵の容姿のおかげでもある。発表時、葵は高そうな和服を着て、髪もそれに合わせ綺麗な髪飾りを付けて薄く化粧して登場しその姿は……よく知っている俺ですらすげえ綺麗だなって思ったからな。爺さんや親父に蘭も惚けていたしな。下手なアイドル以上だったから、惚れた奴も多かっただろう。もっとも、その直後、葵の模擬戦シーンが流れ、葵の放った拳の一撃で対戦相手がありえない勢いで吹き飛んだシーンが流れた時は、TVの向こうの司会者さん達は度肝抜かれてたたが。……しかし対戦相手は誰か知らないが、可哀想だったな。マジで一方的にやられてたし。誰か知らないが、彼女が元気である事を祈ろう。

 

 

 

 

 駅から降りた後でもウォーターワールドに到着するまで、葵についての噂の声は延々と聞えて行った。しかし葵はそんな周囲の視線や、声を聞えてないかのように歩いていた。……凄いな、俺はお前の彼氏と勘違いされ、何人かの男から嫉妬の視線や怨嗟の声を喰らっただけでもびくびくしたんだがな。しかし葵が周囲の視線や声に全く意に介さないで俺に世間話を振るもんだから、俺も葵に合せ、なるべく周囲の事は考えないようにした。

 ウォーターワールド到着後、俺と葵はお互い水着をレンタルして着替えたら内部の喫茶店の前で集合する事にした。俺が水着を選んだ時には、すでに葵は水着を選んでいて、葵はどんな水着を着るのか気になったが、

 

「それは後のお楽しみってね」

 そう言って、葵は笑いながら更衣室へと向かった。……絶対わざとやってるな、あいつ。

 

 

「なんかこう振り返ると、凄く可愛いと絶賛されてる女の子と俺は今二人っきりでここに来てるんだよなあ。誰から見てもこれデートになるよな」

 いやそもそもよく考えたら、俺って葵と二人で出掛けた事なんて片手で数える位しかないんだよな。そりゃ葵と出会ったのは中学の時だし、実質葵とは一年しか付き合ってない。

 

「それでも……一夏と葵と鈴とで馬鹿騒ぎしてた頃が、中学時代一番楽しかった」

 世界初の男性操縦者となった一夏に、中国の代表候補生となった鈴、男から女になったと思ったら日本の代表候補生となった葵。個性的すぎる三人と馬鹿やってた時は、一番充実していた。一夏ほどでもないが、俺も葵が、そして鈴がいなくなった時は……すげえ悲しかった。

 葵が来るまで、ぼ~っと色々考えていたら、

 

「だ~れだ?」

 この言葉と同時に、俺の視界が急に暗くなった。……いや、俺にこんな事するのここではお前しかいないだろが。後、お前くっつきすぎ! 胸が背中に当たってる! わざとか! わざとなのか!

 

「葵、悪ふざけは」

 手を振り払い、急いで離れて振り向くと、

 

「……誰?」

 俺の知らない、めっちゃスタイルの良い金髪美少女がいた。目は青く、髪は背中を隠す程長くて、太陽の光が当たり金色に輝いている。肌は白いが、白人という程白くは無い。顔立ちは大人っぽく、満面の笑顔で俺を見ている様子は少し子供っぽい。身長も高く、170近くはあるだろう。引き締まった体に、でかでかと自己主張する大きな胸。それらを大人っぽい黒いビキニで隠している……やべ、見過ぎたら息子がやばくなる。総合的に見て、俺が今まで見て来た女の子の中でもトップ3に入る位可愛い金髪美少女が、今俺の目の前にいる。俺が惚けて彼女を見ていたら、

 

「ぷ、ははっはははは! 何、マジでわからないの!弾、あんたは誰とここに来たのよ」

 俺を指差して大笑いをし始めた。え、じゃあまさか、

 

「え~~~、もしかして葵?」

 半信半疑で聞くと、

 

「当たり。というか当たり前でしょ」

 葵は笑いながら肯定した。いや待てやこら。

 

「わかるか!いきなり金髪碧眼になりやがって!」

 ほんの数十分で金髪になって現れたらそらわからねーよ!

「まあまあ。ここじゃ目立つからちょっと移動しましょ」

 そう言って、葵は何処かへ歩き出したので、俺も渋々ついていく事にした。

 

 

 

「ま~さすがにうっとおしかったからね。有名人になって目立つのはしょうが無いけど」

 ウォーターワールドの目玉の一つ、巨大な流れるプールでレンタルしたイルカ浮輪につかまりながら、葵は顔を曇らせながら言った。

 

「昔からいた近所ならともかく、今日みたいに少し遠出したらあんな有様だし。いくら新しい日本代表候補生だからって、まさかあんなに注目されるとは思わなかったわ。元男ってことがやっぱ目立つ原因なんだろうけど」

 いや、おそらくそれは今の所関係ないと思うぞ。どう考えてもお前の見た目と模擬戦のインパクトのせいだろ。

 

「葵、碧眼はコンタクトだとわかるが髪はどうやったんだ?俺と別れて30分位しか経ってないのに、その金髪は地毛かと思う程見事に染め上がってるぞ」

 

「束さんが10分でやってくれました」

 俺の疑問に、葵はにっと笑って、髪を掻きあげた。

 

「束さん?もしかして篠ノ之束博士か?え、ここにいるのか?」

 

「違うわよ。臨海学校から帰る時、束さんに頼んで貰ったの。束さん、世界中から追われてる身だからこういった変装道具沢山もってるのよ。もっとも、この髪染めは束さんが私が小学生の時いたずら目的で作ったものだけどね。昔道場で一夏と箒と千冬さんと束さんと私で寝ていたら、翌日一夏は銀髪、箒は赤髪、千冬さんは金髪、私は茶髪にされて、朝起きたら全員びっくりしたわね。驚く私達を見て束さんは大笑いしてて、そして怒った千冬さんが……まあその後は泣きながら束さん全員の髪を元に戻してくれたけどね。いや凄いわよこの髪染め、水に専用液垂らして、それを髪に濡らすだけでみるみる金髪になっていくのよ。そして戻す時は専用の戻し薬を同じ要領でかければあら元通り」

 

「ほ~それは凄いな! 俺にもくれ!」

 

「駄~目。これは束さんが私だからくれたものだから。欲しかったら束さんに言って貰いなさい」

 

「無茶言うな、無理に決まっているだろそんなもん! 俺なんかが会いに行っても門前払いされるだろが」

 大体何処にいるかもわからない篠ノ之博士にどうやって会いにいくんだよ。

 

「しかし変ね、変装してもさっきから視線をずっと感じるんだけど……」

 そりゃ変装したお前の姿が目立ち過ぎだからだろ。金髪に碧眼はやりすぎだ。しかもお前の顔とスタイルが、さらに注目を集める要因になっている。

 

「ま、私が青崎葵だってわからなければそれでいっか」

 そういう問題なのか?視線がうっとおしいから変装したんじゃなかったのか?

 

「それより弾、何でさっきから私の横で泳いでるの?弾も浮輪レンタルしなさいよ、ぷかぷか浮いて流れていくのは気持ちいいわよ」

 葵は気持ち良さそうに、イルカにしがみついる。確かに気持ちよさそうだが、

 

「葵、お前は良いかもしれんが男はそんな物につかんで浮いてるなんて恥ずかしいんだよ」

 女子ならともかく、この年でそれにつかまるのは恥ずかしい。

 

「わかったわ、中二病ってやつね」

 

「やめろ、そういう表現」

 

「だってあれみなさい」

 葵の指差す方を向くと、そこには小さい子と一緒にシャチの浮輪で浮かんでいる40代位の父親がいた。

 

「いや葵、あれは例外だろ。子供と一緒なら別に問題無い」

 

「ふうん、じゃああれは?」

 次に葵が指差す方を見ると……そこにはカップルが身を寄せ合って浮き輪につかんで浮いていた。

 

「……いや、あれも例外つーか」

 ある意味正しい使い方で、恋人が出来たらやりたい行動の一つだが、……他人がやってるとムカつくな。

 そんな事思ってると、

 

「弾、つかまる?」

 葵はにっと笑いながら少し体をずらした。身を寄せ合えば俺も一緒につかめるだろうスペースがそこにある。

 

「……あのなあ葵、さっきから俺をからかっているだろ?」

 さっきから誘惑しまくりやがって。半眼で葵を睨むと、

 

「ごめん、なんか反応が楽しくて」

 再び体を元の位置に戻し、葵は笑顔で答えた。

 

「この小悪魔」

 こいつ、本当に心から女になりやがったな。お前も昔は男なんだから、男の純情弄ぶなよ。

 

「だからごめんって、それに……こういう事するのは一夏と弾位しかしないわよ」

 ……うわ、こいつやっぱりわざとやってるのか?そういう台詞が一番くるんだよ! こう、いろいろと!

 

「弾?顔赤いけど日焼け?」

 

「ほっとけ!」

 

 

 

 

 

 

 その後、流れるプールから上がった後は、、

 

「~~~~!」

「おおお!意外とはええー!」

 葵と一緒に巨大スライダーをゴムボートに乗って滑ったり、

 

「よし、私の勝ち!」

「ちっ、葵次はバタフライで勝負な!」

競泳用プールで葵と泳ぎの勝負をしたり、

 

「さあいけ弾! 男を見せなさい!」

「いや待て!さすがにこれは怖いって葵押すなあああ!」

 飛び込み台から葵に落とされたり等々、葵と二人でウォーターワールドの施設を遊び倒して行った。

 

 

 

「あ~ちょっと疲れたわね」

 休憩スペースにある椅子に座ると、葵はテーブルの上に倒れた。

 

「…俺も疲れたよ。葵、お前少しはしゃぎすぎだ」

 さっきからハイテンションで遊び回ってたなこいつ。……俺を飛び込み台から突き落とす時が一番良い笑顔していたがな。

 

「まあね~、やっぱ本当に久しぶりに遠慮なく遊べたからかな~。箒達とも一緒になって遊ぶけど、やっぱこういう遊びは彼女達とは出来ないし。思いっきり遊び倒すなんて……いや鈴なら付き合ってくれるかな?」

 

「ふうん、そういうもんか?」

 

「そういうもんよ。弾、彼女出来たら気を付けなさい。今日みたいなコースで遊んだら彼女途中でついて来れなくなるわよ」

 ……言っとくが葵、今日のお前のペースは男でもついて来れなくなる奴出るぞ。

 

「あ~大満足。ここに来るのは予定外だったけど、来て良かった~。ありがとうね、弾」

 

「う……まあ礼は爺さんに言えよ」

 

「ええ、厳さんには感謝しないとね」

 俺も帰ったら爺さんに感謝しないとな。来て良かったぜ、しかも葵の水着姿もこうやって見れるしな。……やっぱでけえな。たった二年で成長しすぎだろ。

 つい葵の胸を凝視していたら、

 

「……弾、一夏にも前言ったけど女は男がどこ見てるかわかるわよ」

 呆れた顔した葵が、腕で胸を隠し始めた。……まあ全然隠し切れてないけどな。

 

「あ、いや悪い葵。つい、な。あ、ところで葵、さっき久しぶり思い切り遊んだとか言ってたが、そうでもないだろ? お前らの事だから、一夏と二人で遊びに行ったりしてるだろ」

 二年前の一夏と葵は、二人で遊び回ってたからな。どちらかというと、一夏と葵の二人につられて俺と鈴が巻き込まれる事が多かったし。

 しかし、次に出た葵の言葉は、

 

「いや、こっちに戻ってから私と一夏は一度も二人で遊びに行った事はないわね。よく考えたら、こっち来て弾が女になって初めて男と二人で出掛けた相手になるかな」

 俺の予想外のものだった。はあ!?

 

「なんだそりゃ!? お前と一夏が!?」

 

「へ?そんなに驚く事かしら?」

 

「いや驚くだろ! 二年前はほぼセットでお前ら一緒にいただろ」

 

「今も対して変わらないわよ、部屋一緒だからむしろ前より一緒にいるし。それに遊びに行く時は鈴やあんたと一緒に遊びに行こうみたいな事が多いだけで、基本一夏とは遊びまわってるわよ」

 

「でもお前さっき、久しぶりに思い切り遊べたとか言ってたな。理由は女子と一緒だと思い切り遊べないからって。なら一夏と遊びに行けばいいじゃねーか。あいつなら無条件で、というか大喜びで一緒に行くだろ?」

 俺の疑問に、

 

「……うん、まあそうなんだけど」

 葵は、何故か微笑を浮かべながら答えた。

 

「弾、喉乾いてない?ちょっとジュース買ってくるね、弾は何がいい?」

 そう言って、葵は立ち上がった。あからさまに何か誤魔化そうとしてるな。

 

「……まあいいか。あ、ジュースだが葵座ってろ、俺が買ってきてやるよ」

 

「いいわよ、私が買ってくるから。ここの無料チケット貰ったんだから、ジュース位奢るわよ」

 

「そっか、じゃあ俺コーラな」

 

「りょーかい」

 そう言って、葵はジュースを買いに行った。……良く考えたら今の女尊男卑の世界じゃ、例えジュースでも女に奢ってもらうなんてありえない事なんだよな。

 

「やっぱり俺は……物凄く恵まれてるな」

 

 

 

 

 

「平和だ……」

 遊泳用プールに浮かびながら、俺はしみじみそう思った。最近は千冬姉と一緒にIS訓練に明け暮れてたから、こうして一日のんびりするなんて久しぶりな事だよなあ。

 

 今日、俺は鈴と一緒に新しく出来たというウォーターワールドに遊びに来ている。残念ながら葵と弾は用事があっていけないとの事なので、鈴と一緒に二人で来ている。何故か一緒にIS学園に住んでるのに、

 

「待ち合わせは10時、ウォーターワールドの入り口よ!」

 頑なに鈴が集合場所をここだと譲らない為、わざわざウォーターワールド前で集合となった。……う~む、IS学園前で集合でいいだろうに何故鈴はこんな面倒臭い事をしたんだろうか?葵に聞いても苦笑いしか返って来なかったし。つーか葵、わかっているなら教えてくれよ。

 

 10時ウォーターワールドの前で鈴と合流した後は、一緒に中に入りそして二人で今日着る水着を選んで行った。この時何故か鈴を怒らせてしまい、10分程鈴を宥めるのに時間を費やしてしまった。……しかし何故鈴は怒ったんだ?わからない・

 その後先に中に入り、鈴が来るのを待っていた。

 

「おまたせ~」

 笑顔でこっちに駆け寄ってくる鈴。俺の前に立ち止まり、

 

「ね、ねえ一夏。どうかな、この水着」

 臨海学校の時と同様、同じ質問をしてきた。

 

「おう、似合ってるぞ! 臨海学校の時と同様可愛いぜ!」

 親指立てながら鈴にそう言うと、

 

「ほ、本当に!やったー!」

 予想外な程、鈴は喜んだ。おお、葵の言う通りにしたが……まさかここまで喜ぶとはな。さすが葵、女になって女が言われて喜ぶ台詞がわかってるんだな。

その後上機嫌になった鈴からサンオイルを塗ってくれと頼まれ、サンオイルを塗ってやった。しかし何故女子はみんな他人にサンオイルを塗ってくれと頼むんだろうな? 臨海学校の時もセシリアにシャルにラウラからもサンオイル塗ってくれと頼ましたし。

 ウォータースライダーに鈴がハマり、10回は滑った後は流れるプールに行ったりし、そんな事をやっていたらあっという間に時間は過ぎて行った。

 昼食は、鈴がお弁当を作って持ってきた為それを食べる事となった。鈴お手製の為やっぱり中華弁当で、当然の如く酢豚が入っていた。

 

「鈴、お前酢豚本当に好きだな。高確率で鈴の弁当に酢豚入ってるぞ」

 

「う、うっさいわね!いいでしょ、あんたはそれを食べてりゃいいのよ!」

 まあ酢豚以外にも青椒肉絲に棒棒鶏.サラダに海老チリに中華ちまき等、デザートにはゴマ団子とかなり贅沢な弁当だった。

 

「お、美味いな! 鈴、腕上げたな~。どれもめちゃ美味いぞ!」

 

「ふっふーそうでしょ! 一夏、あたしに感謝して食べなさい!」

 俺の言葉を聞いて、ふんぞり返る鈴。顔は凄く嬉しそうだ。ああ、しかしこれマジで美味いな。鈴の奴たくさん作ってるし、俺も弁当作ろうとしたがこれだけあるなら葵の言う通り作らなくて正解だったな。しかし葵の奴、何で半眼で「ワザとか一夏、なんでそんな事する?」とか言ったんだろうか?

 

 午後からは、なにやらマッサージやエステ、砂風呂体験コーナーがあった為、鈴と一緒に行く事にした。鈴はエステに興味があったので、俺はマッサージをやって貰う事にした。最近では葵にやって貰ってるが、本職の人のマッサージに興味あったしな。まあまあ気持ち良かったのだが……思った程たいした事無かったな、あの人のは。葵の方が上手いぞ、あの腕じゃ。鈴の方もあんまりいい腕の人じゃ無かったようで、不満ばっかり言っていた

 そして今、俺は遊泳プールの中でクラゲのように浮いている。なんかさっきから

 

「すげー可愛い金髪少女がいるぞ!」「ああ、俺も見た!競泳用プールで泳ぎまくってたな!」「さっきは飛び込み台で男突き落とした後、見事なフォームで飛び込んでたぞ!」「ああ、糞!男がいなけりゃなあ」

 

 みたいな会話が聞えてくる。ふうん、可愛い金髪少女か。もしかしてセシリアか?いやそれは無いか、セシリアは今イギリスに帰ってるもんなあ。

 ああ、なんかこう浮かんでるだけで体が溶けてく感じがする。最近訓練に明け暮れてたから、こういう穏やかな感じいいな

 

「な~に寝てるのよ一夏!」

 鈴に思いっきり顔に水を掛けられた。

 

「がはっげほげほ!おい鈴、何しやがる!」

 

「ちょっと離れてる間にあんたが寝そうになってたから起こして上げたのよ。プールで寝ると危ないじゃない」

 う、まあ確かにこんな所で寝たら危ない。風呂で寝たら死ぬ事もあるしな。プールじゃなおさらだ。

 

「ま、その様子だと……一夏、あんたもかなりリラックスしたようね」

 俺を見ながら鈴は云々と頷いている。

 

「ああ、鈴今日はありがとうな。最近は千冬姉と一緒に訓練ばっかりしてたから、良い気分転換になった」

 

「どういたしまして。……ねえ一夏、聞いていい?」

 鈴は真剣な顔をして、

 

「どうして最近、あそこまで練習に打ち込むようになったわけ?一体何があったの?」

 真っ直ぐ俺の目を見ながら聞いて来た。……う~ん、やっぱりこれ聞いて来たか。

 

「言っとくけど、最近のあんたちょっと異常よ。臨海学校から帰って以来、今までとは考えられない位練習に励んでいる。あそこまで急に変わったら、おかしいと思わない方がおかしいわよ」

 鈴の言葉に、俺もまあそうだよなあと思う。以前の俺なら、練習なんてそこまでやろうとか思わなかったからな。

 

「いや鈴、前も言っただろ。俺は」

 

「守る力がなかったから云々な話は前聞いたわよ。でもだからって……毎日アリーナで倒れる位練習する理由になるの?」

 

「なるだろ。俺は……そのせいであいつが死にかけたんだし」

 この言葉に、鈴は黙り込んでしまった。……悪いな鈴、こう言えばお前が黙るのはわかってて言っている。ああ、守る為の力が欲しい。これは本当だ。だが、まだ理由はあるが―――言えないなあ。

 

「ふうん、まああんたがそう言うならそれでいいけど……あんた、気付いてるの?あんたがそうやって無茶やってるのを、多くの人が気にかけて心配しているのを」

 

「え?」

 

「……その顔じゃ気付いてないみたいね。いい一夏、あんたがその目標に向かって突っ走るのはいい。でもね、……毎回練習が終わった後倒れこむあんたを見て心配している人がいるって事を忘れないでよね」

 ああ、そうか。俺……鈴に心配かけてしまってたのか。確かに事情を知らない鈴達からすれば、今の俺は狂ったと見られてもしょうが無いか。

 

「悪かった鈴、心配かけちまって」

 

「べ、別にあたしは心配してないわよ!ただセシリア達がちょっとそう思ってただけよ!」

 顔赤くして言われても説得力ないぜ。

 

「と、とにかく一夏!あんたも心配されたくなかったら、少しは練習の仕方変えなさいよね!」

 

「う~ん、それは千冬姉に言わないと無理だなあ」

 

「……そもそもの原因は千冬さんのスパルタ教育のせいでもあるわね。何考えて弟の一夏をあそこまで?」

 

「いやあ千冬姉は俺の事を思ってやってくれているぞ」

 何しろ俺の目標に手が届くよう、真剣に俺を鍛えてくれているからな。ん、どうした鈴?何でそんな変な物を見るような目で俺を見る?

 

「あんた……シスコンの上にマゾだったわけ?」

 

「なわけあるか!」

 

 

 

 

 その後鈴から、「一夏、喉乾いたー」と鈴が言うもんだから、俺はジュースを買いに行く事にした。まあ弁当作って貰ったからな、これ位はお安い御用だ。

 プールから上がり、売店に行くとそこに、

 

「あ、すみませーん!コーラ二つお願いします」

 綺麗な金髪をした少女がいた。ああ、この子がさっき誰かが言ってた金髪の少女か。そしてその少女が売店の人からコーラを貰いこちらを振り向き、その姿をみて俺は絶句した。

 腰まである長い金髪に青い眼をした少女。俺はこいつを良く知っている。髪と目の色が違うが……こいつは間違いなくあいつだ。

ここにいないはずの、あいつだ。

 

「…葵?」

 俺の呟きが聞えたのか、葵はこちらを向き、

 

「……」

 何故か無言で固まった。

 




次回は、俺の親友二人が修羅場過ぎるか、あたしの幼馴染み二人が修羅場過ぎるで提供します。









すいません嘘です。
後裏設定として、模擬戦シーンで流れていた対戦相手は出雲技研にいた代表候補生候補とのシーンです。いえ本編に全く影響しませんけどね。


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夏休み 一夏と葵

「………………………」

 コーラを二つ持ったまま、葵は何故か驚いた顔をしながら無言で固まっている。なんだこいつ、俺を見たら物凄く驚きやがって?驚きたいのはこっちの方だぞ、用事があるとか言ってたくせに、こんな所で金髪碧眼になって現れやがって。

 

「葵、お前用事があって今日島根に行くとか言っていたよな、なのに何でこんな所で金髪碧眼なコスプレしてるんだ?夏休みデビューかよ?」

 俺は軽く睨みながら言った。なんか前も同じような事があったしな。まさかまた今回もこそこそ後を付けて来てたのか?そんな気配は感じなかったけど。しかし葵の水着は……おお!

 

「葵、お前が着てるの千冬姉が着てた水着だろ?千冬姉もそうだったけど葵、お前これいいぜ!!」

 いやこれ千冬姉よりも今の葵に合っている気がする。葵背が高いし、金髪でこの大人な水着の組み合わせは良い。……でもこれ俺がそう思うって事は、他の男もそう思ってるよな。いやさっきから誰かが言っていた話題の金髪は葵で間違い無いだろうから、皆そう思ってるんだろうけど。あれ、なんか凄くムカつくな?

 

「………………………」

 しかしさっきから俺が話しても、何故か葵は黙って俺を見ている。

「いや葵、お前何黙ったままなんだ?」

 俺が不思議に思っていると、葵は驚いた顔から急に笑顔を浮かべると、

 

「You must have the wrong person」

 ……なにやら英語で話し始めた。

 

「いや葵、何金髪になってるからって英語?しかもとぼけるなよ」

 俺がそう言うと、葵は何か困った顔をしたと思ったら、

 

「I can't speak Japanese」

そう言って、葵は何処かへ歩き出した。ちょっとまてこら。

 

「お前さっきそこの売店で『すみませーん、コーラ二つください』とはっきり言っただろーが」

 どこかへ歩き出した葵の肩を掴んで睨むと、葵は観念したのか、急に俺から距離を取ったら、

 

「はははは、さすがだね明智君!私の変装を一発で見破るとは!」

 指をビシッと俺を指して高笑いをし始めた。……誰が明智君だ誰が。ならお前は二十面相かよ。

 

「しかし一夏、よくすぐにわかったわね。この金髪は地毛と間違われる位完璧に染めてるのに。目も変えてぱっと見じゃすぐにはわからないと思ったのに」

 葵が少し感心しながら俺に言うが、何言ってるんだこいつは?

 

「ば~か。たかが髪と目の色変えただけのショボイ変装で、俺の目を誤魔化せれると思ってるのかよ」

 

「おやあ、IS学園で再会した時はすぐに私だとわからなかった奴の台詞とは思えないわね」

 

「いやあれはしょうがないだろ!流石に性別変わってたら!……でもな、あの時は直感で昔会った奴だとはわかってたんだぞ」

 あの時感じた猛烈な懐かしい感覚、多分葵が正体バラしてなくても俺は葵だと気付いたと思うし。

 

「ふ~ん、どうだか」 

 ニヤつく葵。あ、こいつ信じてないな。

 

「そんなことより、質問に答えろよ。何でお前ここにいるんだ?」

 俺が軽く睨みながら言うと、葵は急にばつが悪そうな顔をした。

 

「いやえっと……実は朝出発して電車に乗ってたら急に出雲技研の皆から連絡入って、予定を明後日に延期して欲しいと言われたのよ」

 

「何だよ、なら予定無くなったんならすぐにIS学園に引き返して、俺と鈴と一緒にここに遊びに来ればよかったじゃねーか」

 

「あ~まあそうなんだけど……いや鈴が持ってたチケットってペアチケットじゃない。二人分しかタダにならないし」

 

「だったらなおさら何でお前はここにいるんだよ?ペアチケット無いから俺達と来ようとしなかったんだろ?」

 俺の追及に、葵は顔を引きつらせた。

 

「ああ、それはまあその~」

 目を泳がせながら、葵は言葉に詰まる。

 まったく、一体何だよ?何で葵は困ってるんだ?ただ何で用事があるから今日来れないと言ったくせに、此処にいる理由を俺は聞いてるだけなんだぜ?そして葵、何でお前コーラを二つ注文してるんだ?普通に考えたら一つは葵ので、もう一つは……葵と一緒に来た誰かの分だよなあ。そう考えた瞬間、

 

すげー可愛い金髪少女がいるぞ!

ああ、糞!男がいなけりゃなあ

 

 さっきプールで浮かんでいた時、誰かが言っていた噂話を思い出した。ああ、金髪の少女。間違い無く葵だ。そしてその後に続く、男がいなけりゃなあの台詞から考えると、葵と一緒にいたのは男だな。そしてこの噂話、おそらくその男とは一人だよな。数人いたら男で無く、男達とか野郎共とか言うだろうし。つまり葵は……男と一緒にここに来たというわけだ。

 ああ、そうか。誰か知らないが箒や鈴達とは違う男の誰かと来たのか。

 そして噂を聞く限り、結構楽しく遊んでいたようだな。

 

 

 

 

 その考えに至った瞬間、――――――――――――――――――俺の心は葵に対する怒りで埋め尽くされていった。

 

「なんだよ、それ」

 気にいらない、納得行かない、ムカつく!ああ、くそ何だよそれ!ふざけんなよ!ああ、そうかよ、よくわかったよ!

 

「?どうしたの一夏、何か顔怖いわよ」

 さっきまでオロオロしていた葵が、俺の雰囲気が変わったのを察したのか少し戸惑いながら俺に聞いてくる。俺はその葵の肩を乱暴に掴むと、

 

 

「葵、納得のいく答え聞かせてもらうぞ。―――――――何で他の奴は良くて、俺は駄目な理由をな」

 物凄く低く怒りに満ちた声が、俺の口から洩れた。

 

 

 

 

 

「ったく、葵の奴どこまでジュース買いに行ったんだよ?」

 俺は小腹が空いたので近くでやっていたたこ焼き屋からたこ焼きを買って、ジュースを買いに行った葵を待っていたが、かれこれ15分過ぎても戻って来ない為俺は葵を迎えに行く事にした。まさか迷子になっているとは思えないが、別の心配もある。

 

「あいつ今の姿は目立ち過ぎるし……たちの悪い連中に絡まれてる可能性もあるしな」

 昔はともかく、今の葵は極上の金髪美少女。ナンパされていても不思議ではない。もっとも、あいつなら例えそんな連中何人いようが軽くあしらえるだろうけどな。中学の時、鈴に絡んできた不良5人を、俺も一夏もいたがほぼ葵だけでボコボコにしていたからな。いや、そういうのは関係ないか。なんつーか、あれだな。そういう場合でも、葵で無く俺が助けてやらんとな。それが男ってもんだ……もしそういう状況下で見捨てたら一夏に爺さんに殺されるだろうし。もっとも、見捨てるなんて選択肢は最初から無いが。

 それにしても葵、さっきの話は正直―――よくないな。事情と理由は考えたらなんとなくわかるんだが、それはちゃんと一夏に理由を言ってやらんとなあ。

いや、言えるわけないか。でもな、そこははっきり一夏に言ってやった方がいいかもしれない。一夏に空気を読めっていっても、この問題に関してはあいつ超鈍感だからな。でないと……一夏が可哀想だ。

 

 3分後、両手にたこ焼き抱えながら探していた俺は、葵を見つける事が出来た。そして、俺の予想は少し当たっていた。俺の目の前で、葵は絡まれていた。しかし、それはたちの悪い連中とかではなく、

 

「だから違うってば! それは一夏の考えすぎだから!」

「嘘つけよ! だったら何で今日用事があって来れないとか言ったんだよ!」

「いや用事があったのは本当だから!」

「だから嘘だろそれ! そう言って本当は用事が無かった事が何回もあったじゃねーか!」

「……いやそれは、その」

 

 

 ……葵にとって一番の味方であるはずの一夏だった。

 

一夏は顔を赤くし、物凄い形相で葵に対して怒鳴っている。対する葵は……少し泣きそうな顔で一夏に訴えていた。

 おいおい、何だこの状況は? まさか一夏と鈴のデート先ってここだったのかよ!なんつう偶然だ。いやそんな事考えてる場合じゃない。なんか一夏の奴、物凄く葵に対して怒ってやがる。やっぱ嘘ついてたからか?

 

「おい、なんとか言えよ!鈴や箒や弾は良くて、何で俺は駄目な理由をな!」

「だから一夏!別に駄目な理由はあるわけないでしょ!今までのはたまたまだったのよ!」

「はあ!ならさっき聞いた事の返事しろよ!何で嘘の理由ついてまで俺の誘い断っていた理由をな!」

 しかし、それにしても少し変だな。確かに用事があってこれないとか言ってた奴が来てたとして、そこまで怒鳴る程怒る事か?そりゃいい顔はしないにしても、一夏の怒りは尋常じゃない。それにさっきから一夏の声を聞いていたら、一夏が本当に怒っているのは嘘の用事をついたわけではないな。いやそれについても怒っているが、さっき一夏が言っていた台詞を考えると……。

 

 

 

「ん!おい、そこにいるの弾だろ!」

 俺の視線に気付いたのか、一夏は俺の方を向き、俺を見つけると怒鳴って来た。

 

「ふ~ん、葵、弾と一緒にここに来てずいぶん楽しんでるようだなあ」

 なんか嫌みったらしい顔をしながら、一夏は俺が持っているたこ焼きと、葵が持っているコーラを見る。……おい、どうした一夏。おまえそういうキャラじゃないだろ?いや、一夏をそんな風にしたのは……葵か。仕方ないと言えば仕方ないんだろうが……。

 俺は一夏の横にいる葵を見る。葵はかなり困惑していて、泣きそうな顔をしながら俺と一夏を交互に見詰めている。

 ああ、たく、そんな目で見るな。わかっているよ、なんとなく今がどういう状況なのか、そして一夏が怒っている理由も。今日、お前の話聞いた時、変だと思いあの後考えていたから。しかしまさか今日、その問題が表面化するとは思わなかったが。

 俺は泣きそうな葵に、

 

 

まあ、まかせろ

 

 そんな意味を込めながら笑みを浮かべた。そして俺は一夏の方に向くと、

 

「ああ、めっちゃ楽しんだぜ。葵とここの施設を満喫したぜ」

 俺が笑顔を浮かべながら言った。言った瞬間、葵は目を見開いていた。その顔に『何今の一夏を挑発してんだよ!』と読み取れるが、今は無視する。

 

「……ふん、それは良かったな」

 一夏も俺が堂々と言うもんだから、少し鼻白んだ。

 

「おお、良かったぜ。つーか一夏もここにいるってことは鈴も一緒か?ならお前も鈴と一緒に楽しんだだろ?」

 

「……ああ、そうだよ」

 

「じゃあいいじゃねえか、お互い楽しい時間を過ごしていた。そして今、俺達は合流した。何か問題があるか?」

 

「はあ! だからお前等」

 

「葵は用事が急に無くなり、俺も予定していた用事がキャンセルになって暇になった。そこに同じく暇になった葵が俺んちに飯食べに来た。そして俺と葵は爺さんがたまたま持っていたここのタダ券貰い、お互い暇になったからここに来た。葵もそう言ってただろ?別に葵も俺も嘘は言って無いぜ」

 

「……ああ、葵も同じ事言っていた」

 ……あ~よかった! おそらく葵が一夏に言ったであろう説明を予想しながら言ったが、合っててよかった! ここで食い違ったら面倒な事になるからな。ただそのリスクを払ってでも、今一夏に葵が今日の事では嘘はついていない。そう思わせる事が大事な為、博打張ったが、いやマジで上手くいって良かったぜ。……まあ一夏に言っている事は少し嘘なんだが。

 

「別に何て事はない。ただそんだけの事だ。お前が葵に怒鳴るような変な事は起きていない。暇になった友達が、同じく暇になった友達と一緒に遊びに行った。ただそれだけじゃねーか。俺、何かおかしなこと言っているか?」

 

「……いや」

 一夏は顔を曇らせながらも、俺の言葉に渋々頷いていく。納得のいかない顔をしているが……悪い、一夏。俺結構卑怯な事言っているし、お前が何で怒っているかも見当ついてるが、今は触れないでやるから我慢しろ。

 

「よし、納得したら一夏、鈴を連れてこい」

 

「は?」

 

「いや一夏、お前も多分鈴からお遣い頼まれていたから一人でこんな所にいたんだろ?おそらく結構な時間鈴は待ちぼうけくらっていると思うが」

 俺の台詞を聞き、一夏の顔から血の気が引いていく。あ~あ、一夏の奴完璧に鈴の事忘れてやがったな。多分20分以上は待たせているだろうから、鈴の奴カンカンに怒っているだろう。

 

「じゃあ一夏、鈴連れてそうだな……今から一時間後にプール入口の喫茶店に集合としようか」

 

「は?何で一時間後に集合するんだ?」

 

「お前も葵も、少し頭冷やす時間がいるだろ?特に一夏、お前にそれが必要だ」

 

「……わかったよ」

 俺の言葉に、一夏は素直に頷いた。……まあこいつも、今少し反省というより後悔しているんだろう。葵を見る目が、さっきとはもう違う。睨むような目では無くなっている。 一夏は葵を少し見た後、

 

「……暇な友達が誘う。ただそれだけじゃねーか」

 先程までとは違う、力無い声でそう言った後一夏は鈴がいた場所に向かっていった。

 一夏の姿が見えなくなると、

 

「……ありがとう、助かったわ弾」

 葵が暗い顔をしながら、俺に礼を言ってきた。

 

「まだ終わって無いぞ葵。とりあえず今はお互い頭に血が上ってたから、それを冷ます間を設けただけだ。その間に―――今回の喧嘩の原因をよく考えろ」

 もっとも、考えるまでもなく葵ならおぼろげにわかってそうだけどな。わかっているからこそ、一夏にあそこまで言われっぱなしになっていたんだろうから。

 

「うん、わかってる」

 

「よし、なら少し俺達も移動しようぜ。お前達二人が熱いバトルを繰り広げたせいで、……この野次馬達にさらにネタの提供なんてしたくないしな」

 周りを見ると、結構な数の野次馬達がいた。なんか口々に三角関係とか生修羅場とか言ってやがるが、好き勝手言いやがって。面白がっている奴等の目が気に食わない為、俺はこの場から早く離れたかった。

 

「ええ、りょーかい。でもその前に―――鈴、出てきてくれない」

 葵がそう言うと、近くの物陰から鈴が現れた。え、鈴。お前そんな近くにいたのか。そして鈴も、葵同様暗い顔をしていた。

 

「……葵、よくあたしがいるとわかったわね」

 

「弾より少し後に現れたの見たから」

 

「そう……」

 ……く、暗い。二人とも暗すぎる。まあそりゃ今の状況を考えたらそうなるか。

 

「よし、なら葵に鈴!少し移動するぞ!」

 俺は二人を連れて、とりあえず落ち着ける場所に行く事にした。

 

 

 

「落ち着いたか、葵」

 俺達は、とりあえずさっきの場所から離れた休憩スペースまで移動し、そこにあるテーブルと椅子に腰を落ち着ける事にした。もうぬるくなったコーラと冷めたたこ焼きを食べたりしながら、少し休憩を取った。……たこ焼きは俺しか食わなかったけど、さすがに今は二人とも食欲は無いか。

 

「うん、まあ元々そんなに混乱してたわけじゃなかったから。ただ、少し戸惑っていただけ」

 葵はそう言って、大きく溜息をついた。そして隣に座っている鈴の方を向くと、

 

「ごめん鈴、せっかくのデートなのに」

 そう言って鈴に頭を下げた。しかしその直後、

 

「馬鹿!」

 

「痛!」

 葵は鈴に頭を殴られた。

 

「何であんたが謝るのよ!だって、あんたが一夏と喧嘩した原因! もろあたし達のせいじゃない!」

 

「いやそれは違うから!」

 

「まあ待て二人とも。少し落ち着け。お前らまで争ったら収拾がつかなくなる」

 俺が間に入ると、二人は黙ってくれた。

 

「よし、なら一つ一つ話していくか。まず最初に、一夏と葵が言い争いになった原因からな。葵、何でお前一夏からの遊びの約束を断っていたんだ?」

 

「いや全部断っていたわけじゃないわよ。結構一夏の誘いに乗ったし、私からも誘ってたし」

 

「まあそうだろうな。なら質問を変える。葵、―――何で一夏が二人出かけようみたいな誘いは断っていたんだ?そして葵、お前も一夏と二人で出かけるような誘いはしたか?」

「え、そ、それは~」

 葵は目が一瞬鈴の方を向いたと思ったら、言葉に詰まっている。これが一夏と喧嘩になった最大の原因なんだが、あの時もそうだが葵はどうも答えたくないようだ。そんな葵の様子を見ていた鈴が、溜息をついた。

 

「あたし達に遠慮と誤解を受けたくないから、でしょ」

 

「ううう」

 鈴の言葉に、葵は反論出来ず項垂れていった。……はあ、やっぱりそれか。

 

「昔は葵、お前も男だったから一夏と二人で出かけても何の問題も無かったが、今は女だから、か。そして現在一夏の周りには一夏の事が好きな女の子がたくさんいる。そして皆こう思っている。『一夏とデートしたい』って」

 

「……まあそうよ、あたしもその一人だし」

 鈴、正直でよろしい。

 

「そんな状況の中、確かに休日に昔のように『一夏ー!野球しようぜー!』な感じで一夏と二人で出かけるのは……やりずらいな」

 おそらく皆牽制しあってるんだろうなあ。そんな状況の中、一夏が特定の女子と一緒に遊び回ってたら、例え相手が葵といえども穏やかにはならんかな。

 

「……そーいうこと。ただでさえ部屋は同じだし、普段の学園生活でも一番話すのは一夏だし。さらに一緒に出かけ回ってたら誤解なんてものじゃないだろうから」

 まあ幼馴染とはいえ、そりゃ男女が仲良ければそう思われるかもな。

 

「なるほど、確かに一夏には言えるわけがないよな。『お前を好きな子がいるから、お前と一緒にいると誤解されるから嫌だ』なんて。しかし鈴、葵はこんな事いっているが実際はどうなんだ?」

 

「……そうね、確かに否定はしないけど」

 

「ああ、やっぱり」

 鈴の言葉を聞き、溜息をつく葵。

 

「でもね葵、ちょっとそれはあんたの考え過ぎ。言っとくけど、あたし達はあんたが一夏と二人だけで出かけても、そこまであんたが考えてるような嫉妬はしないわよ」

 

「……嘘だあ」

 

「嘘じゃないわよ!大体、さっきも一夏が言ってたけど友達が友達を遊びに誘うのに何もおかしいことないでしょーが。あんたと一夏がどんな関係なのか皆知っているんだから。それにじゃあ聞くけど葵、あんたは一夏と……その恋人関係になりたいわけ?」

 

「いや全く。一夏は私の親友だから」

 真顔で言う葵を見て……なんだろう、俺は少し一夏に同情したくなった。言葉は確かに普通の親友同士なら喜ぶ台詞なんだろうけどな。

 

「でしょ、別にあんたは一夏を狙っているわけじゃない。今まで通り親友関係にありたいと思っているのをあたし達もわかってるんだから、そんなに目くじら立てないわよ。一夏とデートする機会を奪われたみたいな事は考えるかもしれないけどね。大体、それならあんたよりも一夏のファーストキスを奪ったラウラの方があたし達はムカついたんだし」

 ほう、ラウラって子が一夏とキスしたのか!それは初耳だな。しかし一夏のファーストキス?妙だな、それって確か。

 

「あれ、確か一夏のファース」

 

「いやいや鈴!それなら学期末テストの件!あれとかはどうよ!」

 俺の言葉を遮るように、葵が大声で鈴に質問する。……やば、すまん葵。確かに藪蛇をつつく所だった。

 

「あれ?ああ~あれなんだけど……実は葵が思ってるような、あんたに嫉妬して皆攻撃したとかじゃないのよね。……まあ3割位は入っているかもしれないけど」

 

「ええ!」

 

「う~ん、ああもうやっぱ言わない!葵、その件だけは教えない! ただ言っとくけど、あんたが思っているような嫉妬や暗い感情は、あたしたちに無いとは言わないけどあんたが思っているより無いのよ!そんだけあたし達は……あんたを認めているんだから」

 言って照れたのか、顔を背ける鈴。おお、しかし良い事言ったなあ鈴。ご褒美に頭を撫でてやろう。

 

「何撫でててんのよ!それに何ニヤニヤ笑ってるのよ」

 鈴は俺の手を払いのけた。ニヤニヤ笑うのはしょうがないだろ。もし俺が少しだけ考えた心の狭い鈴でなくて良かったと思ってるんだから。

 

「え~じゃああの学期末テストの本当の原因って何? 本当にあれが原因で私自分の考えが正しいと思ってたのに」

 

「それは教えないって言ったでしょ」

 悩む葵に、あくまで鈴は答えを言わないようだ。う~ん、しかし何だろうなそれ。幾つか候補はあるにしても俺は鈴以外の連中に会った事ないから判別できないな。

 

「は~~~、じゃあ私は変に考え過ぎてただけって事なの?」

 思い切り溜息をつく葵。今日何回目だそれ?しかし、さっきまでとは違い、葵の顔には少し笑みが戻ってきている。

 

「まあ仕方ないだろ。女になってお前考え過ぎなんだよ」

 男から女になって、アイデンティティが根本的に変わってしまったからな。しょうがないとはいえ、前とは違うと考え過ぎるあまり、少しずれてしまったんだろう。

 

「そっか、そうよね。鈴は、鈴達は……あの連中とは違うものね」

 

「え、何か言った葵?」

 

「なんでもない」

 葵が漏らした言葉は小さく、鈴には聞えなかったようだ。……あの連中って誰なんだろうか?

 

「よし、じゃあ葵聞くが、今後は」

 

「ええ、もう遠慮しない事にする」

 俺の言葉に、葵は吹っ切れた顔をしながら答えた。よし、これで第一の問題は終了だ。

 

「よ~し、じゃあ次の問題について話し合うか」

 

「え、もう解決したでしょ?」

  おいおい鈴、まだ解決してないぜ。

「ば~か、まだだよ。これはあくまで原因解明しただけだ。よし、葵聞くが正直話せ。今日一夏に怒られて、お前こう思っただろう?うぜえ、何で弾と二人で来た位でこんなに怒ってるんだよって」

 

「うん、それマジで思った」

 俺の言葉に、葵は云々と頷いた。

 

「そういや変ね、嘘ついたりして怒るのはわかるけど何で一夏あんなに怒ったのかしら?少し異常よ、あれ。なんというか、あの反応はまるで」

 

「ああ、鈴。先に言うがあれは別に恋人が浮気現場を目撃したからみたいなもんじゃないからな。いや少し似ているけど、誤解させないためにも言うが、一夏にそういう感情はないと思うぜ」

 多分な。俺も少しその辺は確信持てないし。

 

「う……そうなの。じゃあ弾、何で一夏はあんなに怒ったのよ」

 あ~鈴にはわからないか?鈴なら思い至ると思ったんだが……ああ、そういや鈴も葵と同じだからな。

 

「葵、わかるか?」

 

「……わからない。何で一夏があそこまで怒った理由が。弾はわかるの?」

 

「俺か?ああ、わかるぞ。一夏の親友のお前よりも俺の方がな」

 

「……そう、一夏の親友で何でもわかると思ってたのに、その私でなく弾ならわかるんだ。やっぱり、私が」

 

「あ~葵。違う違う。お前が女になったから一夏の事がわからなくなったとかじゃないから。単にこの件に関しては、おそらく俺と……鈴なら気付くと思ったんだけどな」

 

「え、あたしも?!」

 

「ああ、だがちょっと難しいかもな」

 

「え、どういう事? 弾と鈴ならわかって、私にはわからないって?」

 わけがわからないという顔をする葵。普段なら一夏の事なら千冬さんと同じくらいわかっている葵が、この件に関しては俺がわかって葵にはわからない。

 何故なら、それは。

 

「葵、二年前お前は黙って突然いなくなった。全てはそれが原因なんだよ」

 

「ちょっと弾、それは葵にも理由があったからの事で」

「そして、その時のお互いの立場の違いが、今回の揉め事の原因になったんだよ」

 鈴がなんかフォローしようとしてるが、それじゃなんの意味が無いので無視する。

「立場の違い?」

 

「そう、立場の違いだ。良く考えてみろ、お前は自分がいなくなる原因がわかっているし、そもそもいなくなった張本人だ。一夏や鈴、俺と別れるのは辛いが自分で納得する事ができた。じゃあ一夏は?多くの時間を共有し、ほとんど双子みたいに気があって遊び回っていた親友が、何も理由言わず居なくなったんだぞ。どっちがショックを受け傷ついたか考えるまでもないだろう」

 俺の言葉に、葵は暗い顔をして俯いていく。

 

「俺お前がIS学園に前触れも無く一夏の前に現れたと聞いて、実はお前に対し内心では結構怒ってたんだぞ。あんだけ突然いなくなって悲しませた一夏の前に、よくまた前触れも無くおめおめ会えたなって。正直俺は一夏がすげえと思った。よくお前の事を許せたなって」

 

「…いや弾、一夏も突然いなくなった事に対しては葵に不満ぶつけてたわよ」

 

「でも、すぐに許しただろ一夏は?葵が気にすると思って」

 

「……ええ、そうね。あたしと箒が間に入ったわ」

 事情が事情だから、一夏も葵に不満をぶつけにくいよな。怒る一夏を、鈴とその箒さんとやらが宥めている姿は容易に想像はつく。

 でも、おれはその場にいたら多分葵を責めてただろうな。なんせあの、あんだけ落ち込んでいた一夏の姿を見せつけられたんだから。

 

「葵、俺はお前と実質中学一年の間でしか遊び回って無いが、それでも相当濃密な時間を過ごしたつもりだぜ。出会ったすぐの春に、お前等に連れられて食費を浮かす為に山菜を取りに山を歩き回ったり、同じく飯確保の為に釣りに付きあわされた。夏は海や川に泳ぎに行ったり、廃病院やいわくあるトンネル行って肝試ししたりした。秋はまた食糧確保の為山を歩きまわされたり、冬は雪が降れば雪合戦したり炬燵で四人囲みながら徹夜で麻雀やったりしたな」

 どれも俺の中では大切な思い出だ。あの頃は毎日楽しかった。

 

「ええ、そうね。あの頃はそんなことやってたっけ」

 葵も昔を思い出しているのか、薄く笑みを浮かべながら目を閉じている。鈴の方を向いたら、鈴も同じ顔をしていた。

 

「ああ、楽しかったな。だが葵、お前がいなくなった年から……さっき言ったような事は激減したぞ」

 

「え?」

 

「具体的に言うと、さっき言った食費を浮かす為に山々を歩き回る事はしなくなった。俺の家も鈴の家もそれをする理由ないしな。その年から一夏の家も千冬さんがいない事が多いから、飯も一夏が一人分用意するだけでよかったから一夏も自分で作らず、俺か鈴の家で食べる事が多くなった。同じ理由で釣りにも行かなくなった。後肝試しとかもしなくなったな、まあこれは聞けばお前達が小学生時代にめぼしい場所はすでに行ってたから一夏が乗り気じゃ無くなったってのもあるか。麻雀も、他の面子が揃わないし、なんかお前以外の奴とやる気が起きなくなってやらなくなった」

 

「……」

 

「いや俺も鈴もな、お前がいなくなって落ち込む一夏を励ます為に色々遊びに連れて行ったりしたぜ。ただな、そんな時でも、笑っている時でもな、あいつはふとこんな事言ったりしてたんだよ。あいつもここにいたらなって」

 俺の言葉を聞き、葵の頭がどんどん垂れていっていく。鈴はそんな葵を、複雑な顔をしながら見ている。

 

「わかったか、葵。俺が何を言いたいか?お前は事情があってようやく一夏に会えたって感覚なんだろうが、一夏は違う。あいつにとっては二度ともう会えない奴と再び会えた感覚なんだよ」

 

「……うん」

 

「そしてあいつは、お前に再び会えて色々な不満や怒りをお前に抱いただろうが、同時にこう思ったはずだ。―――また、葵と一緒に遊べるって。二年間、燻ってた思いが溢れてたと思うぜ。なのにお前は」

 

「一夏の事を考えず、自分の都合だけ考えて一夏の誘いを断っていた」

 

「そういう事だ。今日はその不満が爆発したんだよ。……まあ導火線となったのはやっぱ俺が葵といたからだろうけどな」

 

「そこがよくわからないわね。今まで一夏の誘いを断って、鈴や箒と出かけた事はあったのに、その時は別に怒ったりしなかったのに」

 ああ、それか。いや葵、そこは気付けよ。わざと言っているのか?一夏も、実はお前同様、お前が女になったことで考えてた事があるって。

 

「まさか一夏、もしかして葵は女になったから、男とは二人きりで遊びにいかないようにしてるんだと思ったってわけ?」

 鈴が頭抱えながら言うが、おそらくそれが答えだろうな。

 

「ああ、自分の誘いを断り続ける葵に対し一夏はそう思ったんだろ。女になって同性となった鈴達とは二人きりでも出かけてるのを見てたから、葵は男とは二人きりで出かける事をしなくなったんだと。……多分無理矢理そう思って納得したんだろうな。いや、そう思い込みたかったんだろうな、一夏は。でも、今日俺と葵が普通に遊び回っているのを知り、その前提が崩れてしまった。」

 一夏本人から聞いてないから全て推測だが、大筋は違わないだろう。

 

「そっか、そういうことかあ」

 葵は項垂れながら呟いている。いい加減頭上げろ、貞子みたいだぞお前。

 

「あ~、もう何よこれ! どうすれば解決できるのよ!」

 葵の横で、鈴が頭抱えながら呻いている。……実は俺もだ。偉そうに原因解明したりしてみせたが……仲直り方法は思いつかない。こればっかしは葵、お前が考えるしかないだろうな。

 俺と鈴が悩んでいると、ずっと項垂れていた葵は顔を上げると、

 

「二人ともありがとう、ようやく答えでたから」

 さっきまでとは違う晴れ晴れとした顔で俺と鈴にお礼を言った。え、もう!

 

「はあ! 葵、答え出たって? さっきまで原因わからず落ち込んでたじゃないのにもう出たの?!」

 鈴も、葵の言葉に驚きながら質問する。

 

「ええ、二人の話し聞いて、結局の所私と一夏、二人ともお互い不満を言いあって無かっただけって事だし。親友だからと思って、私と一夏お互い勝手にわかりあってただけだと気付かされたわ」

 葵はそう言うと、大きく背を伸ばし体をほぐし始めた。そして、俺と鈴の二人を見ると

 

「二人とも、本当にありがとう。結論はさっさと出たけど―――それに思い至るには二人の話を聞かないとわからなかった。だから、本当にありがとう」

 とても良い笑顔を浮かべながら頭を下げた。え、いやそれはいいんだが…。

 

「葵、本当にもう大丈夫なのか?なんか吹っ切れてるが、本当にこれから一夏と仲直り出来るのか?」

 

「あんたと一夏、あんだけさっき喧嘩してたじゃない。そんな簡単に仲直りできるもんなの?」

 俺と鈴の疑問に、

「ええ、もう大丈夫。鈴達の一夏に対するあれこれはボカして話すけど、他はちゃんと話すわよ」

 笑顔を浮かべながら、言った。

 

 

「そして一夏に言わなくちゃいけないしね、――――――――二年間待たせてごめんって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    おまけ

 

「ねえ弾」

 

「何だ鈴」

 

「なんかさ、二人が仲直りしたのはいいんだけどさ。あんだけ喧嘩してこっちは心配したのに、当事者の二人が出会って10分もしない内に仲直りって、あたし達の心配ってなんだったのよ全く!」

 

「いや二人が喧嘩した原因はお前も少しはあったの忘れるなよ」

 

「あたしだけじゃないわよ、セシリア達もあったんだから」

 

「いいじゃねーか、二人がまた仲良くなったんだから」

 

「でもさあ。結局今日のあたしと一夏のデートは潰れるし、一夏は今葵と一緒にペアイベントに参加しちゃってるし」

 

「男は参加するなっていう視線を物ともしなかったな一夏。あいつの鈍感さはもはや尊敬に値するぞ」

 

「葵から一夏に出ようって誘ったのも大きいんじゃない?やたらと嬉しがってたし」

 

「まあそりゃあんだけ葵に対し怒鳴ってたからな。仲直りしても、やっぱ相手からペアで参加のイベントに誘われたら本当に許して貰ったと思うだろうし」

 

「しかし二人とも、このペースじゃ優勝しそうね」

 

「明らかに他の参加者達より息が合っているしな。何組もの参加者が一夏と葵を妨害しようとしてたがあっさり突破してるし」

 

「優勝ペアには沖縄旅行だっけ?行くのかしら二人とも?」

 

「いや行かんだろ。さすがに旅行は不味いだろ。多分葵が一夏にあげて、千冬さんと行ってきなさいとでも言いそうだ」

 

「あ~あ、なんかデートは結局滅茶苦茶になったけど……ま、これでよかったって気がするわね」

 

「そういや鈴、そのデートだがそもそも手ごたえあったのか?」

 

「……微妙かしら。お弁当作戦は結構上手く行ったとは思うけど。後一夏と別れる前はちょっと良い感じにはなったかも。ああ、思い出した! そういや初っ端から問題はあったわね!」

 

「へえ、何だそれ?」

 

「一夏の奴にあたしが今日着る水着選んで貰おうとしたんだけど……一夏ってばある水着をじ~~っと見てたのよ!」

 

「ある水着? どんな水着何だ?」

 

「……臨海学校で箒が来ていた水着よ。あたしとは明らかにサイズが大きし、嫌みで見てたのかしらあいつ」

 

「ふうん、あいつがねえ。もしかしたらその箒って子が一夏の本命だったりしてな」

 

「……ふん、そうだとしてもあたしは諦めないわよ! 巨乳に負けてたまるか!」

 

「まあ頑張れ。俺はそれしか言えんけど。あ、一夏達優勝した」

 




更新頻度、自分でも遅いと思ってます。
早く書ける人が羨ましい。



感想で幾つか書かれていた弾×葵や一夏×葵な展開で無く申し訳ない。
まだそこまで踏み込みたくないってのもありましたけど。
人間関係をテーマにするのは難しい……。

まあ次回はそういったややこしいことは考えず、IS学園最強と葵をぶつけてみますか。


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夏休み 代表候補生の事情

 8月12日。

 夏休みに入って2週間が過ぎ、多くのIS学園生徒達は帰省していた。普段は寮生活で休日しか、しかも申請書を出さないと外出する事が出来ず、そのため遊びたい盛りの年頃の少女達の多くが夏休みに入ると直ぐにIS学園から出ていったが、何人かの生徒達は帰省せずIS学園に残っていた。

 家や国の事情で残らざるをえない生徒もいるが、無論それらは一握りしかおらず、IS学園に残る事を選んだ者の多くが、夏休みの間人が少ない時学園の訓練機で特訓したかったからである。

 専用機を持ってない一般生徒は、学園の訓練機を借りなければISの特訓をする事ができない。しかし、学園の訓練機もそんなに数が無いため、せっかく膨大な申請書を書いても順番が回ってこない限り乗ることが出来ない。1年から3年生まで貸出が殺到するため、週に2回乗れたら良い方で、週一回しか乗れないなんてこともある。

 そして、学園としても他国との摩擦を懸念し、代表候補生が優遇して貸し出されている。代表候補生と言っても、専用機を貰っている方が稀であるからだ。しかし、それでも一般生徒よりもマシというだけで、最低週2回で週3回乗れたら行幸という程度である。

 そのため、夏休みで多くの生徒達が帰省しているこの時が、少しでもISで練習したい彼女達にとって一番練習しやすい期間になっていた。

 そのためIS学園にあるIS訓練用アリーナは、夏休みになっても練習する生徒達によって毎日賑わっている。しかし、今日に限っては、第二アリーナを除けば静かであった。いや正確には、第二アリーナしか生徒達がいなかった。いつも訓練している多くの生徒達は、観客席に座り、真剣な眼差しをしていた。彼女達の視線を辿ると、そこにはISによる試合が行われていた。片方はラファールに乗っているイタリアの代表候補生エレナ・バルタサーレ。もう一人は打鉄に乗っている日本の代表候補生青崎葵。

 第二アリーナにいる全ての者に見られながら、両者は凄まじい攻防を繰り広げていた。

 

 

 

「ハア!!」

 エレナは、右手に持っている五九口径重機関銃デザート・フォックスを葵めがけて放射。弾丸の嵐が葵に襲い掛かるが、葵は打鉄のスラスターを最大出力させそれを回避。上下左右に回避しながらも、葵は徐々にエレナとの距離を詰めていく。エレナが葵が操る打鉄の軌道予測をしながら弾丸を放っているが、それをさらに上回る葵の回避能力にエレナは舌を巻いた。

 

「全く、どうやったらあんだけ動けるのよ」

 近づいてくる葵に離れるよう後退しながら射撃を行うエレナ。そして右手に持っている武装の弾丸が尽きると、すぐに左手に持っていた右手と同じ武器デザート・フォックスを放とうとするが、

 

「!!」

 葵に攻撃しようと構えた瞬間、葵はエレンめがけて近接ブレードを投擲。葵は相手の銃の残弾を戦いながらも計算し、相手の銃の弾が無くなった瞬間を狙っていた。投擲されたブレードをエレナは身を捻りながら避け再び葵に銃口を向けようとしたが、その時には葵がエレナとの距離を瞬時加速を行って大幅に詰めていた。エレナは慌ててスラスターを後方にフル噴射しながら、左手に持っているデザート・フォックスを葵に放つが、葵は前面に物理シールドを展開し、弾丸を防ぎながら接近。エレナは右手に持っている武装を解除。物理シールドを貫く徹甲弾仕様アサルトカノンガルムを取り出し発射しようとしたが、

 

「甘い!」

 葵はエレナが撃つ前に、近接ブレードでガルムの銃身を両断した。そしてエレナに近づくと、返す刀で葵はエレナの頭部めがけて剣を振り回した。しかし、

 

「!!」

 

「そう簡単にはいかないわよ」

 エレナは左手に持っていた武装を解除し、新たに武装を取り出していた。ラファールの基本装備の一つ、近接ブレードブレッド・スライサー。葵の斬撃を、エレナは間一髪で受け止めていた。

 

「近接戦は貴方だけが十八番ってわけじゃないのよ!」

 エレナはそう叫ぶやいなや、右手の武装も解除し、新たにもう一本ブレッド・スライサーを取り出して、それで葵の胸を突いた。思わぬ反撃によろめく葵だが、攻撃はそこで終わらなかった。エレナはさらに後退した葵めがけ、顔と首、胸を突いていく。三つの突きの速さは葵の予想以上に早く、あまりの速さに葵は対処できず全ての攻撃を葵は受けてしまった。そして頭部の攻撃を受けた衝撃のせいで、葵が一瞬だがエレナから意識を外した。その瞬間をエレナは逃さなかった。

 葵めがけて突きを放っている間にもエレナは左手の武装を解除し、さっき葵に放とうとしたガルムとは別のガルムを取り出していた。一瞬の隙を見逃さず、エレナはガルムを葵めがけて発射。徹甲弾が当たり、シールドエネルギーを大幅に下げながら葵は大きく後方に吹き飛ばされていった。

 

(当たった! ならもう一発当たれば!)

 エレナはこれが最大の好機だと思い、さらに追加攻撃を行っていく。しかし、二発目、三発目はすぐに体勢を整えた葵が避けていった。さらに追加攻撃を放とうとするエレナだが、その時己の間違いに気付いた。

 葵の残りのエネルギーからして、後一発ライフルが当たれば勝てると思ってしまい、エレナは武装をガルムのまま攻撃してしまった。しかし、重機関銃でも弾丸を回避していく葵にとって、単発のガルムでの攻撃など避けるのは造作も無い事だった。さらに避けながらもあっという間にこちらに近づいていく葵に対し、エレナは慌ててガルムを解除し、デザート・フォックスを取り出そうとしたが―――すでに遅く、近接ブレードを構えた葵がすぐそばまで来ていた。

 葵から離れるよう後退するエレナだが、葵ももう逃がす気はなくスラスターをフル噴射しながら接近。葵の接近からから逃げられないと判断したエレナは、右手にブレッド・スライサーを取り出して、葵を迎え討つ事にした。ガルムを撃っても避けられるだけだし、今更デザート・フォックスに変えても、構えるころには葵に銃事切り飛ばされる。高速で迫ってくる葵に、エレナは己の剣の腕を信じ、迫ってくる葵にカウンターで攻撃することにした。迫ってくる葵が、エレナも間合いまで来た瞬間、エレナは葵めがけてブレッド・スライサーを突き出した。しかし、その直後に

 

「え?」

 

 エレナの突き出した右手は、葵の繰り出された斬撃によって打ち払われてしまった。葵が繰り出した斬撃はあまりにも早く、エレナは何時打ち払われたのかもわからなかった。驚愕しながらエレナは、己の右手を打ち払った葵の姿を眺める。

 

(あ、これは……かつてモンド・グロッソ大会で見せた……テンペスタを破った時織斑先生が見せた居合とかいう業……)

 かつて千冬が自国の代表を破った時使われた技を自らも受け、エレナは妙な感慨を受けた。そしてそれに浸る前に丸腰となったエレナの前に葵が迫る。葵の右拳は握られているのをエレナは見ると、

 

(あ~あ、ここまで来たのになあ……)

 もはや回避が間に合わないとエレナは気付いた。溜息をつこうとしたが、それをする前に、

 

「ハア!」

 葵の繰り出す渾身の正拳突きがエレナの胸に当たり―――その瞬間に勝負は決してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。負けたのは悔しいけど良い勝負ができたわ」

 

「こちらこそ。フェンシングであれ程の攻撃を受けたのは初めてです。良い経験が出来ました」

 勝負が決まり、二人は地面に下り立ち、ISを脱ぐと両者笑みを浮かべ、お互いを称えながら握手をしていた。

 

「私の方が良い経験させてもらったわよ。第一回モンド・グロッソで私の国の代表テンペスタを破った織斑先生の居合。まさか私も体験できるなんて思わなかったもの」

 

「織斑先生のに比べたら全然まだまだです。織斑先生の居合と比べたら、私の居合なんて完成度50%以下ですから」

 

「……あれで織斑先生の半分以下? どんだけなのよ織斑先生」

 葵の言葉を聞き、呆れるエレナ。

 

「おつかれー! エレナに葵さん! 凄かったよ二人の試合!」

 観客席で観戦していた生徒達が、興奮しながらアリーナの中に入り葵とエレナに集まっていった。エレナの他の他国の代表候補生達や一般生徒達が、興奮しながらエレナや葵の健闘を褒め称えていく。

 

「おしかったわねエレナ」

 エレナの同室である、スイスの代表候補生であるエマ・リーンがそう言ってタオルをエレナに渡した。

 

「ええ、本当に……惜しかったわ」

 苦笑しながらタオルを受け取るエレナ。葵の方を向くと、葵も他の生徒からタオルを貰い汗を拭いていた。

 

「判断誤ったわね。ガルムを撃った後すぐにデザート・フォックスに替えて両手で撃ってたら勝てたかもしれなかったわよ」

 

「どうかな。今日の試合見てたらわかると思うけど、あの子の回避技術は異常に高いから……」

 

「じゃあさらに射撃特訓しなくちゃね」

 

「ええ、それとフェンシングの特訓もね。私の剣もかなり自信があったのに、まだまだのようだったわ」

 

「……私からしたら貴方も充分接近戦のスペシャリストだけど」

 決意を新たにするエレナをエマは呆れながら眺めた。そして、視線はエレナを破った葵に向けていく。主に同級生に囲まれてISについて話している葵だが、エマはその姿を見ながら疑問を口にした。

 

「そういやあの子……なんで髪が赤になっているの?」

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、場所は群馬県。数年前出来た関東でも有数の遊園地、知名度では某夢の国には劣るが、それでもここ数年人気が急上昇のテーマパーク。

 その名はヘンダ―ランド。

 某夢の国の鼠みたいなマスコットキャラ、ヘンダ―君を中心に某夢の国のシステムをパクったようなキャラ達が数多く存在するが、なかなか完成度が高いと評判で、某夢の国にも劣らない夢と希望に溢れたヘンダ―ランド。そのヘンダ―ランドに、

 

「一夏! 次はあれ、あのジェットコースターに乗ろうよ! ラウラもあれ乗りたいよね!」

 

「同感だ。あの乗り物、先程から乗っている者皆悲鳴を上げている。どうやら戦闘機等の急激なGや動きに耐えるための訓練施設のようだ。どれ程のものか見極めておこう」

 

「……ラウラさん、あれはそのような物ではありませんわよ」

 

「一夏……そのあのヘンダ―君とやらと一緒に写真撮らないか?」

 

「あー箒! 抜け駆けしてるんじゃないわよ!」

 一夏、箒、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラの6人は遊びに来ていた。一夏は、久しぶりに集まって遊ぶ彼女達の姿を眺める。皆楽しそうにしており、ヘンダ―ランドを満喫していた。

 セシリア、シャルロット、ラウラの3人は、学期末テストで暴れたという事でそれぞれの国で地獄のしごきを受けていたが、それもようやく解放され昨日揃って帰国していた。箒も同時にIS学園に戻って来ており、久しぶりに一夏と葵、鈴に会った4人は、夏休みなのだからみんなでどこか遊びに行きたいと主張。なら明日一夏達はヘンダ―ランドに行く予定だから、みんなも来る? と一夏が誘ったら、4人は即答でOKした。

 すでに幾つものアトラクションに乗り、目標は全アトラクション制覇を目指している。楽しそうな彼女達を眺め、そして今日この場にいない―――葵の姿を思い、一夏は溜息をついた。

 

「……臨海学校といい、今日といい、あいつは何でこうも間が悪いんだよ」

 

「ま、それは同感ね。このヘンダ―ランドに遊びに行くことになったのも葵と、あんたのおかげだしね」

 鈴も一夏と同様、急に来れなくなった葵の事を思い、溜息をついた。

 

 

 

 数日前、一夏と葵はウォーターランドで催されたペア対抗競技に参加し、見事優勝を果たし景品の沖縄ペア1週間の旅行券を手に入れた。最初一夏はこの旅行を葵と行こうとしたが、

「ごめん一夏、私何時政府から呼び出しくらうかわからないから長期旅行は無理」

ときっぱり断られた。なら千冬と行こうとしたが、

 

「学生のお前と違って私は忙しい。そもそも貴様、夏休みだからと言って1週間もIS訓練しない気か?」

 千冬の言葉を聞き、遊んでる場合では無いと思い直し沖縄旅行を諦めた。鈴や弾にやろうとしたが、

 

「一夏も葵も行かないならあたしもいかない」

 

「……行く相手がいねえ」

 それぞれ断られた為、最終的に葵が今回ウォーターランドに来れたのは厳さんのおかげだから、厳さんにあげようということで決着した。

 

 

「厳さんにチケットあげたら、じゃあ代わりにこれやるよと言われてここのチケット貰ったが、出発直前で葵の奴急に政府から呼び出しくらってIS学園に待機だもんな」

 

「葵ったらあの変装気に入って、今日は赤く染めて弾と姉弟になってやるとか言って髪染めてたのに。電話に出たあの葵の落胆した顔は当分忘れそうもないわね」

 

「しかし葵が行けなくなったのを弾に連絡したら、弾の奴も急用があって行けないみたいな事言い出したし。……まあ弾も急に来れなくなったから、箒達が昨日帰って来なかったら鈴と二人でここにくる事になってたかもな」

 

「そうなったらあたしとしては嬉しいけどね。でも弾が急に行かなくなったのは、箒達が一緒だからと葵が行かなくなったからよ」

 

「?」

 

「……わからなければいいわよ」

 一夏の様子を見て、鈴は大きく溜息をついた。

 

 

 

 

 

「へえ~、じゃあ今日は本当なら織斑君や専用機持ちの子達と、ヘンダ―ランドに行って遊ぶ予定だったんだ」

 

「はい、そうだったんですけど……さあ出発しようという時に急に山田先生から連絡があり、今日の午後スサノオの実験の為学園に待機するよう命じられました。正直今日来る人が出雲技研の方達じゃなかったらすっぽかそうと思いましたよ」

 IS学園食堂で昼食を食べながら、葵は同席したエレナとエマの二人に愚痴っていた。

 

「はは、それは残念だったわね。でも、そのおかげで今日は貴方と勝負出来たから私としては良かったけど」

 

「まあ私もエレナ先輩とエマ先輩にまた勝負できたのは嬉しいですけど。……スサノオ手に入れてからは誰も私に勝負挑んでくれなくなりましたからね」

 

「ま、それはしょうがないわよ。専用機持った貴方に挑んでも勝負にならないもの。もっとも、お互い条件同じにして量産機で戦っても私負けちゃったけどね」

 葵を見ながら、苦笑するエマ。彼女もエレナの後葵と戦ったのだが、エレナ同様葵に敗北していた。

 

「しっかし葵、貴方の今日の動き前戦った時より良かったわよ。正拳突きの威力は相変わらず出鱈目だけど、今日の私が放つ弾丸を避ける貴方の動き! ここ最近打鉄乗ってなかったくせに前回以上に早くて驚いたわ」

 

「同感。せっかくここ最近は専用機で特訓してるから条件同じにしたら勝てると思ったのに」

 

「今日は人が少なく、訓練機で打鉄が一機余っていて、都合よく葵もIS学園にいるから今日こそリベンジって思ってたのに……また負けるなんて」

 

「でも今日は本当に危なかったですよ。エレナさんのフェンシング、あまりにも早かったですから対抗するには奥の手の居合使わなければ勝てませんでしたもの」

 

「そうよエレナ、貴方はまだいい方じゃない。私は葵のシールドエネルギーを半分も減らせること出来なかったのに」

 

「でも負けは負け。追い詰めたといっても、最後は私の剣よりも葵の剣の腕が勝ってたし」

 

「剣の腕でしたら今日のエレナさんの腕前見る限り、そう差はあるとは思えませんけど。今日勝てたのは久しぶりにやった居合がちゃんと成功したからですし。実戦でやったの半年振りでしたから」

 

「半年振り? しかもちゃんと成功したからって……奥の手なのにそんなに成功しない技だったのあれ?」

 葵の言葉を聞き、呆れるエレナ。そして同時に、そんな博打技で負けたことに悔しくなってきた。

 

「いえ……正確には半年前は出来てました。しかし1ヶ月前までは使うことが出来なかったんです」

 

「どういう事? 半年前は出来てて、それが先月までは使えなかったっていうのは?」

 

「はははは、まあそれは色々ありまして」

 顔に汗を流しながら、葵は余計なことを言ったと後悔している表情を浮かべた。それを見たエレナとエマは、気になったが触れてほしくない話題なんだとわかり追及するのをやめた。

 

「そういえばエレナ先輩、エマ先輩、聞いてもいいですか?」

 

「何を?」

 

「答えられる範囲ならいいけど?」

 

「あの……何故一夏やラウラといった私とは別の代表候補生には勝負しなくて、私には勝負を申し込むんですか? ラウラとかあれで私達位しか勝負してくれないから結構寂しがってたりするんですよね」

 

「あ~それ。それは単純な理由よ」

 

「単純な理由?」

 

「だって、勝負挑んでも勝つのがわかってるから」

 葵の質問に、エレナはつまらなそうな顔をしながら答えた。

 

「一夏君は最近頑張ってるようだけど、先月までの彼だったら勝負にもならないし。ドイツのラウラにしても、1年にしては頑張っているようだけどAICに頼りすぎね。貴方と違って、私は近接戦縛りしないから攻略の糸口はいくらでもあるわよ。何より基本動作がまだまだね。他の子達も同じくね」

 

「私はちょっと違う理由。エレナみたいに絶対勝てるというわけでもないから。ただ……専用機でなくお互い量産機という条件が同じだったら私が絶対勝つ自信あるから、かな。負けた時、機体性能の差で負けた……なんて思ってしまうのが嫌だからかも。私も専用機持ってたら、絶対負けないのにとかね。でもプライドが許さないのよ、貴方は専用機持っているんだから私と同じ条件で戦いなさいなんて。まして年下にね」

 エマの言葉に、専用機を持ってない事に対するコンプレックスが滲みでていた。

 

「多少の僻みがでるのよ、同じ代表候補生なのに腕では負けてないはずなのに一方は新型貰って毎日好き勝手練習されてると。そして訓練機で練習し、自分で見つけたコツやテクニックを専用機持っている連中に披露したくないとかね」

 エレナも、エマの言葉に多少共感していたのかエマの話を聞いている時何度か頷いていた。エレナ自身、腕はあるはずなのに専用機を貰えないことには多少の不満を抱いているからだ。

 

「確かに専用機持ってない代表候補生に、そういう空気あるわよね。でも葵、貴方は来た早々から専用機持ちに喧嘩売ってラウラ以外軒並み倒すし、そしてどう見てもとっておきみたいな技を惜しげもなく使いまくってるから、そういう空気は少し緩和されてもきたわよ。それに貴方ラウラに負け続けても一回も、それを機体性能の差にしなかった。そういう貴方だからこそ、今専用機持っていても純粋に腕試ししたいと思うのかな。だから葵、次はスサノオで私と勝負してね。貴方の本当の全力、私はそれを受けて負けても……絶対機体性能の差で負けたなんて言わないから」

 

「いや今日貴方、純粋に機体性能云々抜きでIS操縦技術で負けたじゃない」

 

「頼むわよ葵」

 エマのツッコミを無視し、葵に言うエレナ。その言葉を聞いた葵は、

 

「はい」

 笑みを浮かべながら答えた。

 

 

「ねえ、それ私もいいかな」

 

「え?」

 突然後ろから声を掛けられ、葵は驚いて後ろを振りむいた。そこには女生徒が一人、佇んでいた。

「やあこんにちは」

笑顔で葵に挨拶する少女。手には扇子を持っており、それを広げてあおいでいた。少女の顔を見て、葵は驚いた。その少女が誰なのか、葵は知っていた。学園に在籍する者なら、知らない方がおかしい人物であったからだ。

 

 

「さ、更識会長!……気配隠して近づかないで下さい。心臓に悪いです」

 葵の文句を聞いた少女―――それはIS学園の生徒会長である更識楯無であった。

 

「ああ、それはごめん。で、葵君。さっきの話だけど、私もいいかな?」

 

「……何をです?」

 

「何って君との試合だよ。当然、君が最近手に入れたスサノオでね」

 そう言って楯無は、扇子を折り畳み先端を葵に向けた。

 

「ちょっとー、私が先に申し込んでるんだから割り込まないでよ」

 

「エレナは先程戦ったから、次は私の番だと思うけど? それに君は同じ条件で負けたばっかりなのだから、再戦するならもう少し力を付けた後にずべきだけど?」

 

「……」

 割り込みに文句を言うエレナだが、盾無の言い分も一理あるので言い返せなくなった。

 

「それで葵君、どうかな? 今日の試合私も管制室で見てたけど……ようやく君が本調子になっていたからお姉さん嬉しくて。もう少し時間がかかると思ってたけど、これは臨海学校で起きたというアレのおかげなのかな?」

 

「何をいっているの会長?」

 

「ああ、何でもないよエマさん。さあさあ葵君、明日にでも私と勝負してみない?」

 笑顔で言う会長に、葵は少し考えた後表情を引き締めて言った。

 

「お断りします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、群馬県ヘンダ―ランド。

 

「あ、見て皆! ヘンダ―城からパレードが行われているよ!……ってあれ?」

 

「ほお、あれがパレードというものなのか? 初めて見るが珍妙な格好と動きをしながら行進するのだな」

 

「……一夏さん、確か私の記憶が確かならここは西洋を舞台とした夢あふれるテーマパークではなかったです?」

 

「私の目には日本の阿波踊りにしか見えないののだが……」

 

「ああ、阿波踊りで合ってるぞ箒。ヘンダ―ランドではパレードで阿波踊りによく似た踊りが行われているとここのガイドブックに書いてある」

 

「何でそんなもの踊ってるのよ! 意味わかんないわよ!」

 

「何でもヘンダ―ランドの設定で、魔女ってのがいるようだがその魔女を倒す踊りがあれらしい」

 

「……何それ?」

 

「何か最初はそんな設定なかったらしいが、後から追加されたようだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、駄目?」

 

「はい、まだ私は会長とは戦いません」

 葵から挑戦を断られ、楯無は肩をすくめた。

 

「やーい、ふられてやんの」

 

「どうして駄目なのかな? 理由を聞いてもいいかな」

 エレナを無視し、盾無は葵に理由を尋ねた。

 

「理由ですか? それは……まだ戦っても更識会長には勝てないから。これが理由ではだめですか?」

 

「……ふうん」

 楯無は扇子を広げ、それを口を隠し目を細めながら葵を眺めた。

 

「……そう、なら仕方ないかな」

 

「あら楯無、貴方ずいぶんあっさり諦めるわね?」

 

「戦う気がないな仕方がないからね。じゃあ私がここに来た要件を済ませるとしますか。青崎君、第三アリーナに出雲技研の職員さん到着してるわよ」

 

「ええ、もう来てるんですか! 早く言ってくださいよそれ!」

 楯無の話を聞いた葵は慌てて立ち上がり、

 

「それでは私行ってきますので! エレナ先輩、エマ先輩、更識会長失礼します!」

急いでその場を後にした。その後ろ姿を見ながら、

 

「……戦ったら勝てない、か。微塵も思って無いくせに」

 楯無は薄く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー一夏、今日一日IS漬けだった俺がいないヘンダ―ランドは満喫したか?」

 夜の9時過ぎにIS学園に帰り、自室に戻るとベットで横になっていた葵は開口一番に俺に嫌味を言ってきた。

 

「まあそんな僻むなよ。今日の用事はお前だってしょうがないとかいってただろ。おみやげ買ってきてやったからこれで機嫌直せよ」

 

「おみやげ?……お前のセンスじゃ期待できないなあ」

 失礼な事を言う葵の手に、俺は今日買ってきたおみやげを渡した。

 

「ヘンダ―ランドで一番の売れ筋、『スゴイナスゲーデスカード』だ。ただのトランプでなく、魔法のトランプって設定らしいぞ」

 

「……一夏、普通女の子がこんなおみやげ貰って嬉しがると思うか?しかも名前間違ってるし」

 あ、本当だ。『スゲーナスゴイデス』だった。

 

「普通の女の子は知らんが、お前は嬉しいだろ? お前昨日ヘンダ―ランド行ったらこのトランプは記念に絶対買いたいとか言ってたよな?」

 

「……いやこういうのは行った記念に買うから欲しいのであって、行ってないのにこれ貰っても俺にとっては変な絵柄のトランプにしかならないんだよ」

 そう言いながら、葵はトランプの絵柄を見ていく。確かにオオカミ男や妙にセクシーな魔女に雪だるまに魔女……いやこれオカマだから魔法使いになるのか?

 

「まあ今日はそれで勘弁してくれ。行きたかったら俺が付き合ってやるぞ」

 

「……考えとく」

 

「おう、あそこは結構楽しめたからまた行きたいしな。そういや葵、呼び出しくらってたけど今日何してたんだ?」

 

「ん? ああ今日は先日出雲技研に行った時に実験で失敗したのを、改良してここに持ってきてくれたんだよ。……どうせなら明日にして欲しかったが」

 

「ああ、4日位前泊りがけで葵が出雲技研でスサノオの調整の為出かけた時のことか。ああ、だからお前ここに帰ってきたとき少しお前暗かったんだな。その実験が失敗したせいで」

 

「……まあそうだな」

 

「なら今日の事は文句言うなよ。お前の為わざわざ再調整して持ってきてくれたんだろ? で、実験は成功したのか?」

 

「一応な。問題点は幾つかあるが、それはおいおい解決できるし」

 

「ならよかったじゃないか。ちなみに何の実験だったんだ?」

 わざわざここまで来て実験するんだから少し興味ある。しかし、

 

「それは秘密です」

 葵は人差し指を立て、それを唇に当てながら笑った。……お前それ好きだな。

 

「と言っても、明日にでも実験の成果見せてやるよ。明日は久しぶりに箒達と試合できるし」

 

「そうそれ。ラウラやセシリア、シャルも明日お前と戦うの楽しみにしてたぞ。本国の地獄のしごきの成果見せてやるって」

 

「へえ、そりゃ楽しみ。ん? 箒は?」

 

「箒は剣道で実家での修行の成果みせてやるだと。……俺にも楽しみにしとけと言ってたな」

 

「剣道じゃ俺も箒には勝てないのに、さらに修行つけてこられたら……結構やばいな」

 

「……お互い頑張ろうぜ」

 

「そうだな。ま、とりあえず千冬さんの特訓に耐えた後の話だなそりゃ。今日遊んだ分、明日の特訓は厳しいぜ」

 

「……明日倒れたらまたここまで頼むな」

 俺の頼みに、葵は苦笑しながら頷いた。

 

 

 

翌日、俺は千冬姉にISの特訓をお願いするために第3アリーナに向かった。一緒に葵に箒、鈴にセシリア、シャル、ラウラもそれぞれ練習するため付いて来ている。第3アリーナに付くと、中には千冬姉以外にもう一人いた。IS学園の制服を着ていて、あのリボンの色は――青色だから二年生か。なにやら千冬姉と話しているが、千冬姉の顔は何故か険しい。明らかに何か不満を持って、その女子生徒と話をしている。

 

「あら、織斑先生と一緒にいますのは会長ではございません?」

 

「あ、本当だ。織斑先生と何話しているんだろ?」

 何? 会長?

 

「……一夏、まさかと思うけどあそこにいるのはこの学園の生徒会長だからね」

 

「い、いやもちろん知ってたぞ葵!」

 いかん、全く知らなかった。が、何やらみんなの顔を見ると知ってて当たり前のようだから黙っとこう。

 そうこうしていると向こうもこちらに気付いたのか、千冬姉と会長さんがこっちを向いた。そして会長さんはなにやら妙に笑顔を浮かべながら近づいてきた。

 

「やあやあおはよう一夏君。初めまして、私はこの学園の生徒会長更識盾無。よろしくね」

 そう言って、会長さんは手を俺に差し伸べてきた。

 

「あ、こちらこそ初めまして。織斑一夏です」

 俺も自己紹介した後、会長の手を掴んで握手した。

 

「云々、今後ともよろしくね。で、早速本題に入るけど今日から君の指導は織斑先生でなく、私が担当することになったからよろしくね」

 

 

 

 え?

 




 遅くなりましたが久しぶりに更新。
 いえ完全にスランプだったのです。リアルの生活環境も変わったせいで執筆意欲も皆無でしたし。
 次回こそ、少しでも早く更新したいなあと。
 

 新装版読みましたが、打鉄の設定見てまさかの近接ブレードの名前が 葵
 今回戦闘シーン書きながら「やべえ、これじゃ葵が葵を投擲。わけわかんえよ」となり、これだけ名前表記止めました(笑)

 ようやく会長を出せたあ。更識姉妹は好きなんで、もっと早く出したかったんですがこの物語の展開上どうしても出しにくいキャラなんですよねえ。


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夏休み 葵VS会長(前篇)

「え、今何て言いましたか?」

 おかしいな、今この人……千冬姉の代わりにコーチやるって言った? ははは、そんな馬鹿な?

 

「ん? 聞こえなかったのかな? 今後は織斑先生でなく、私が君のコーチをすることになったのだよ」

 

「……そういうことだ。すまんが、今日からISについては楯無に聞いていけ」

 しかし俺の願いに反し笑顔で肯定する会長に、苦虫を噛み潰したような顔をする千冬姉。ああ、聞き間違えじゃなかったのかよ。

 

「え、どういう事ですの?」

 

「どうして嫁のコーチが教官でなく貴様なのだ?」

 突然のコーチ変更に動揺したのは俺だけでなく、セシリアやラウラ達も驚いている。先月から今日まで、千冬姉からずっと教えてもらってたのに急にコーチ変更からな。でも、一番驚いてるのは俺だ。

 

 

「すみません会長、納得のいく説明をお願いします。俺は織斑先生に教えてもらっていたのに、勝手にコーチを変更する理由を」

 俺は不機嫌を隠しもせず、目の前の会長さんに聞いた。勝手にコーチを変えられて納得できるか。千冬姉に教えてもらって、最近自分でも強くなってきているのを実感しているんだ。それに俺の機体を考えたら、千冬姉以上に良いコーチなんているわけがない。

 

「納得のいく理由? いいよ、教えてあげる。それはね」

 そう言って会長は扇子を千冬姉の方に向け言った。

 

「多くの学生から言われてるからだよ。織斑先生は弟をえこひいきしてるって」

 

 え?

 

「いや君、朝から晩まで織斑先生からISの指導受けてるでしょ。それが一部生徒から『教師が特定の生徒ばかり教えるのは不公平だ!』みたいな苦情が生徒会から寄せられてね」

 

 ……ああ、そうきたか。

 

「私としてはどうでもいいと思ってたんだけど、苦情の人数が一定数に達しちゃってね。生徒の要望を聞くのが生徒会の仕事だし、一応解決させなくちゃって思って。そういうわけで一夏君、さっそくだけど今日から私が指導するからよろしくね。後ちなみにこの件は学園長からの許可貰ったことだから、織斑先生でも拒否できないからね」

なるほど、千冬姉が苦い顔していたのはそういうことか。千冬姉が何で生徒会とはいえ、生徒にすぎない会長さんの意見に従ってたのは、すでに根回し済みってわけだからか。

 でも、そう言われてはいわかりましたなんて言えるわけがないぞ、こっちは。

しかし状況は予断を許されない。このままいくと、コーチはこの会長さんになるのは間違いない。先月の……臨海学校行く前なら俺も何も言わずに従ってただろうけど、今はもう無理だ。会長さんの実力は俺よりも何倍も凄いんだろうけど、それでも―――俺の目標に届く程の物があるとは思えない。なら俺がすべきは、

 

「会長、事情はわかりました」

 

「うん、わかってくれた。じゃあ」

 

「でも事情はわかりましたが、承諾出来ません。俺は今後とも織斑先生がコーチをしてくれる事を望みます」

 会長さんを見ながら、俺は自分の本心を伝えた。

 

「え……、いや織斑君、話聞いてたかな。もうこの件は学園が決めた事なんだから拒否権は無いんだけど?」

 俺の返事を聞いて、会長さんは若干困惑した表情を浮かべた。箒達も何か俺の言葉を聞いて驚いている。千冬姉は……あれ、何で明後日の方を向きながら右手で顔隠しているんだろう? そんな千冬姉を葵はやけにニヤニヤしながら小声でなんか言って……あ、千冬姉にどつかれてるし。

 

「会長さん、さっき言いましたよね。生徒の要望を聞くのが生徒会の仕事だって」

 

「うん、そう言ったけど……流石にそれで織斑先生とのコーチを続けたいは」

 

「いえ違います。俺の要望は織斑先生にコーチを続けて欲しいじゃないです」

 

「はい?」

 俺の返答を聞いて、会長さんはさらに困惑した表情を浮かべた。周りを見たら箒達も似たような反応している。いや、嘘は言っていない。まあ語弊する言い方してるけど

 

「ん? どういうことなの? 織斑君は今後も織斑先生にコーチを続けて欲しいってさっき言ったよね?」

 

「ええ、そう言いました」

 だって、結果的に俺の目標を叶えてくれるのは千冬姉だけだろうし。

 

「だか」

 

「だってそれは」

 会長さんが何か言う前に、俺は

 

「俺の本当の要望は、葵や他の日本代表候補生を倒し―――日本代表となってモンド・グロッソに出場し優勝する力が欲しいからです」

 箒達に秘密にしていた、満月の夜海を眺めながら葵に言った俺の目標。もっと力を付けて、その言葉に説得力が出てきたら皆に言おうと思ってたのに、まさかここで言うはめになるとはなあ。

 案の定、会長さんを始め箒達ですら呆気にとられたような表情を浮かべている。ただし千冬姉と葵だけは、俺を見て笑みを浮かべていた。

 

「最近一夏があんなに練習してた理由って……」

「葵さんを倒して日本代表、さらに織斑先生と同じモンド・グロッソ優勝……、確かに一夏さんが本気でそれを目指すのなら、あれ程の練習を積まれるのもわかりますけれども」

「教官のように強くなりたいのだと思っていたが、目標が世界最強だと……。クラリッサが以前男は誰もが一度は世界最強を目指すとか言っていたが、嫁も例外ではなかったということなのか」

「ちょっと目標設定極端すぎじゃない? あの臨海学校で、一夏が自分の力が足りないと痛感したにしても、それでいきなり世界最強目指すとか」

「……ううむ、日本男子として上を目指すのは素晴らしいと言いたいが」

 ……うわ、俺の後ろから皆好き勝手言ってやがるな。しかもどれも俺の夢を無謀扱いしてるし。いや、俺とずっと模擬戦して俺の実力を知っているからこその発言何だろうけど。

 

「ねえ織斑君、一つ聞いていいかな」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「それは本気で言ってる?」

 さっきまで呆気にとられた表情を浮かべていた会長さんが、真剣な顔をして俺に聞いてきた。

 

「いや本気で言っているのはさっきの話からわかるから……、ねえ織斑君。そのモンド・グロッソ優勝は自分が唯一の男のIS乗りが理由だから?」

 口元は笑っているが、目は笑っていない。どうやらこれが会長さんが一番聞きたいことのようだけど、どういうことだろう? 俺が唯一の男だから? 

 会長さんの質問の意味を考えていたら、急に会長さんが笑顔になっていき、

 

「あ、もう言わなくていいよ。どうやら私の思い違いだったようだから」

 さっきまでの真剣な態度から一変、笑みを浮かべながら扇で口元を隠した。わからん、会長さんは何を気にしていたんだろう?

 

「じゃあ織斑君、君はこう言いたいんだね。自分はモンド・グロッソ優勝を目指している。だから私ではその夢を叶えるためには役者不足なんだって」

 

「……すみません、ストレートに言いますがそうです」 

 IS学園の生徒会長で、先程の葵達の反応からこの人も相当の腕前だとは俺でもわかる。でもそれでも、俺がモンド・グロッソで優勝するための力を付けてくれるとは思えない。

 

「うわあ、一夏知らないから言ってるんだろうけど……ロシアの国家代表の更識会長にもの凄い暴言吐いてるわね」

「……そうね、あれって『お前は世界一になれないんだから、世界一を目指す俺の指導なんて出来るわけねーだろバーカ』って言ってるのと同じよね」

「鈴さんそれは言いすぎなのでは……」

「でも会長を擁護するわけではないけど、ISの実力と指導力は別かなと僕は思うけど?」

「ふ、それならシャルロット、指導力なら教官が一番だ。かつて部隊で落ちこぼれだった私をここまで鍛え上げてくれたのだから。……私も本当なら一夏と同様教官の指導を受けたいのに」

「そもそもなれるかどうかは別にして、日本代表を一夏が目指すならロシア代表の会長が指導するのは問題があるのでは?」

 ……また先程同様、皆俺の後ろで好き勝手言ってるし。いやそれよりも、ロシアの国家代表! 代表候補生でなく会長さん代表なの! 葵の言う通り、俺かなりこの人に失礼なこと言ってるな、やばい謝った方がいいかな? 生意気言ってすみませんって。

 しかし当の会長さんは俺の話を聞いて、また難しい顔をして黙っている。しかし結論が出たのか、また顔を上げると笑みを浮かべながら俺の前に立ち、

 

「わかったわ! 貴方がそこまでモンド・グロッソ優勝の為に努力をするというなら―――私も生徒会会長として全力で貴方のサポートをしてあげる!」 

 目を輝かせながら、嬉しそうな顔をして俺に言ってきた。ってえええええええ!

 

「ちょ、聞いてなかったんですか! 俺は世界一を目指してるんですよ! 会長さんはロシアの国家代表で、言ってしまえば将来の俺の敵なんです! 大体会長さん、自分もロシア代表なのに世界一目指す相手の支援とかしちゃっていいんですか!?」

 

「ふふ、織斑君知っているかな? IS学園特記事項第二一、学園の生徒は在学中あらゆる国家、組織、団体に帰属しない。本人の許可が無ければ誰も介入できないんだよ。だから私が織斑君を鍛えても文句言われないの」

 

「いやそれでも、会長さんすでにロシアに帰属してますよ! 文句言われるんじゃないんですか!」

 

「この際はっきり言うけど、世界で唯一のIS乗りである君を指導するだけでロシアにとって計り知れないサンプル情報が手に入るし、ロシアの代表が手塩かけて鍛えた君が優勝とかも、それはそれでこっちにとってプラスになるし」

 うわ本気でなんかぶっちゃけちゃってるよこの会長さん!

 

「それに」

 会長さん、扇子を閉じてポケットにしまうと、俺の右手を両手で握りしめ、

 

「さっき君が真剣な顔をしてモンド・グロッソ優勝の話をした時の顔。あれみたら応援したくなっちゃってね」

 笑みを浮かべながら言う会長は言った。

 

 

 

 

 

「千冬さん、一夏がまた一人撃墜させたようです。あいつの撃墜数はそのうちルーデルを超えるんじゃないでしょうか?」

「織斑先生だ葵。……一夏の奴狙ってないのに結果的に相手をたらしこむとは」

「天然なのが恐ろしいですよね」

「……お前は撃墜されないのか?」

「私がです? 何でです?」

「……いや何でもない」

 

 

 

 

 

 

「はいストーップ!」

 そう言いながら、俺と会長の間に鈴が割り込んできた。そして鈴の横にさらにセシリア、箒、シャル、ラウラが俺と会長との間に立ち塞がった。

 

「まあ一夏もさっき言ってたように本気でモンド・グロッソ優勝目指してるようだから、会長としても生徒の夢を叶えるために今後も織斑先生の指導が受けれるようにしてあげるのが会長としての務めなんじゃないの?」

 

「それに会長も忙しいのに、さらに一夏さんの指導までされたら大変でしょうから、特訓に関しましてはあたくし達が全面フォローしてあげますわ」

 

「僕たちも代表候補生なんだから、一夏に教えてあげれる事たくさんあるよ!」

 

「私は代表候補生ではないが……一夏の剣の指導は出来る。白式は雪片弐型しかないのだから、剣術の腕を上げるのはIS訓練として間違ってない!」

 

「そういうわけで会長、教官が駄目なら我々が嫁を鍛えるので他の仕事に専念していただこう」

 

 等々急に皆会長さんがコーチになるのを反対し、千冬姉の指導が一番俺の為になると言い出してきた。え、何この急変ぶりは。さっきまでは俺の援護してくれなかったのに。

 葵は何かそんな箒達を笑いながら見ているが……お前は反対してくれないんだな。

 急にわいわい言い出した皆に会長さんは面食らったが、すぐに真顔になった。

 

「ふうん、まあ君たちの言い分は理解できたよ。でも君達忘れてないかな。臨海学校前は一夏君は君達の指導を受けていた事を。でも、臨海学校後は頼み込んででも織斑先生の指導を受けている。これってつまり―――君達の指導じゃ足りないから一夏君は織斑先生に頼んだって事だよね」

 

「そ、それは……」

 会長さんの指摘に、鈴は何か言いたそうだが結局何も言えず黙り込んだ。他の皆も似たような顔をしている。

 

「そ、それはそうですけれど……では聞きますが、会長なら一夏さんの要求に応えることができますの? 織斑先生以上の指導が、会長なら出来るといいますの?」

 そんなセシリアの反論に、

 

「うん、出来るよ」

 会長さんは笑みを浮かべながら肯定した。

 

「少なくとも君達より、私の方が可能性あると思うわよ。もっとも、私も織斑先生以上に指導力があるとは思って無いわよ。だから―――青崎君!」

 

「へ?」

 急に会長さんに呼ばれて驚く葵だが、

 

「部屋替えするわよ! 今日から私が一夏君と同室にするから!」

 

「はあああああああああ!」

 続く会長の台詞に葵より俺の方が驚いてしまった。

 

「え、何でそうな」

「反対! 断固反対!」「いくら会長でも横暴過ぎますわ!」「嫁を鍛えるのと一緒に住む事は関係ないはずだ!」「そうだよ、そもそも一夏は男の子なのに女性の会長が一緒の部屋何て駄目だよ!」「そうだ! そもそも男女七歳にして席を同じゅうせずという言葉がある! 一夏と会長の同室なぞ許せるわけがない!」

 ……俺の言い分が、箒達の声で掻き消されてしまった。いや、俺も会長さんと同室は嫌だからいいんだけど。箒、シャル、より、にもよってお前等がそれ言う?

 

「……とりあえず私としては、デュノア君と篠ノ之君には言われたくはないなあ」

 ジト目をしながら言う会長さん。いや、まあ気持ちはわかります。

 

「まあまあ会長。私もなんか抉られた気分ありますけど、とりあえずそれは置いときまして何で一夏と同室になるんですか?」

 葵は会長さんにそう言いながら、若干ジト目をしてちらっとシャルと箒を見た。会長さんと葵の視線に、さすがに気付いたのかシャルと箒も少し気まずそうになった。

 

「うん理由だけど、私もさすがに織斑先生よりも指導力があるとは言えない。でも、織斑先生に代わって一夏君を日本代表にしてモンド・グロッソ優勝という目標まで鍛え上げようとするなら、生活リズムまで全て管理していかないと無理だと思う。だから私が私生活もつきっきりで指導して、一夏君の体調を管理しないといけないと思うのよ」

 ちょ、ちょっと待ってくれ!

 

「会長さん! いくらなんでもそれはやり過ぎです!」

 

「ん? だって一夏君は優勝したいんでしょ? ならこれ位しないと在学中に代表候補生にもなれないかもしれないよ? それとも……君のさっきの決意は嘘なのかい?」

 く、そ、それは嘘じゃない。嘘じゃないですが、いくらなんでもそこまで会長さんにされるのは……。く、こうなったら!

 

「葵!」

 

「へ?」

 今度は俺に呼ばれて驚く葵に、

 

「会長さんがお前を追い出そうとしているぞ! 反対してくれ!」

 俺は助けを求めることにした。そうだよ、会長さんの話なら、葵は部屋を追い出されるんだよ。なら葵もきっと、

 

「いや、いいんじゃない?」

 反対するに決まって……、え?

 

「何がそこまで会長が一夏の指導に命燃やしてるのか理解出来ないけど、会長の指導なら問題無いと思うし。強くなりたいなら会長のご厚意に甘えたら?」

 俺の思惑とは裏腹に、葵はあっさり会長との同室に賛成しやがった。

 

「ちょっと葵!」

「何でお前が会長との同室に賛成している!」

 葵の答えが予想外だったのは俺だけでなく箒達も同様なようで、鈴も箒も驚いた顔をしながら葵に詰め寄っていく。

 

「まあまあ皆落ち着いて。最初に箒、次にシャルロット、その次に私で、今度は会長が一夏の同室になるだけじゃない。今までとそう変わらないわよ」

 変わるよ! 俺にとっては物凄く変わる! 

 

「それに一夏、こんなに美人な会長が一緒の部屋に住むのよ。男なら願ったり叶ったりじゃない」

 

「そうそう、お姉さんとラブラブな生活送っちゃいましょ!」

 葵の言葉を聞いて、しなを作りながら色っぽく会長さんが言う。……何が男なら願ったり叶ったりだ!大体それよりも俺にとっては

 

「青崎、お前もしかしたら誤解しているかもしれないから言うが……もし更識が織斑と同室になった場合お前は二年の宿舎に移って更識のルームメイトと一緒に生活してもらうことになるが」

 

「え?」

 今までずっと黙っていた千冬姉の言葉に、葵の目が点になった。

 

「何だ、まさか貴様織斑の部屋から追い出されたら一人部屋になるとでも思ってたのか? そんな部屋用意出来るのなら、とっくにお前と織斑は部屋を別にしている」

 

「え~っと」

 葵は会長さんの方を向くと、

 

「うん、まあそうなるかな。でも大丈夫、あたしのルームメイト良い子だからすぐに仲良くなれるわよ」

 会長さんが笑顔をしながら葵に、暗に今会長が住んでる部屋に移動を命じた。会長さんの言葉を聞いた葵は数瞬何か考え事をした後、

 

「一夏と私は昔ながらの幼馴染! その絆は家族のように強靭! ですから一夏と部屋を変えるのは断固反対します!」

 会長さんに堂々と言い放った。……うん、葵。その台詞もっと早く言ってくれたら嬉しかったんだがなあ。俺、お前の親友だよな?

 

「……と、というわけで会長! 一夏との同室は諦めてください! これについては断固反対します!」

 俺の視線に負い目を感じたのか、さっきまでとは違い、全力で葵も会長に反対してくれるようになった。

 

「そう、青崎君も反対かあ」

 ん?

 箒達に続き、中立派だった葵も反対するようになったのに……今会長さん、笑わなかったか?

 

「でも困ったなあ。流石に私も一夏君の要望を応えるには常に一緒になってサポートしないと無理だし」

 なにやら急ににやけだした会長さん。全然困っているように見えないんですけど? 会長の態度の変化に葵や千冬姉、箒達も訝しがっていると、

 

「じゃあこうしようか。私と青崎君が試合して、私が勝ったら青崎君は部屋移動で一夏君は私の指導を受ける。青崎君が勝ったら部屋はそのまま。一夏君の指導も織斑先生が参加できるよう私からも協力してあげる」

 会長さんは満面の笑みを浮かべながら俺を、いや葵に向けながらそう宣言した。

 

「織斑先生、もうこれでいいですよね。話し合いしても決着つきそうにありませんし」

 会長さんの言葉に、

 

「はあ。ああ、もうそれでいい」

 千冬姉は溜息をつきながら了承した。え、いいのか千冬姉。いや会長さんの言う通り、話し合いで決着つくとは思えないけどさ。……なんか変だな。最初は俺のコーチの件で揉めてたはずなのに、何で葵と会長が試合することになってるんだ?

「……やられた」

 会長さんの言葉を聞いて、葵は悔しそうな顔をする。

 

「会長と葵さんが、試合……」

「こう言っては何だが、私も凄く興味ある」

「真の意味でこの学園の頂上決戦じゃないかな、これ?」

 

 セシリア達も会長さんの提案に、かなり興味があるようだ。俺も同感で、スサノオを手に入れた葵と、ロシア国家代表の会長。おそらくこれ以上の対戦はこのIS学園には無い気がするからだ。しかし、

 

「会長、本気ですか?」

 何故か知らないが、葵はやる気がないようだ。どうした葵、お前強い奴と戦うの好きだろ?

 

「うん、本気」

 乗り気ではない葵とは対照的に、会長はやる気満々のようだ。会長の返答を聞いてさらに困った顔をする葵。ん? さっきから気になってたが、何であいつそんなに会長と戦うの嫌がってるんだ?

 

「葵、巻き込んだ俺が言うのもなんだが、どうして会長さんと戦うの嫌がってるんだ? お前の性格なら強者と戦うのは好きなはずだろ?」

 

「……人を戦闘狂みたいにいわないでくれる」

 

「じゃあ何でなんだ?」

 

「……」

 俺の質問に、だんまりな葵。どうしたんだ一体? そんな俺と葵のやり取りを見ていた千冬姉は、はあと溜息をつくと、

 

「青崎、そして更識。ちょっとこっちにこい」

 千冬姉は葵と会長さんを連れて俺達から離れていった。そして10数秒後、こっちに戻ってきたら、

 

「会長、全力を持って貴方を倒します!」

 

「うん、会長として本気で貴方を倒してあげる!」

 さっきまでとは違い、葵はやる気を漲らせながら会長に宣言し、会長は何故か少し怒った顔をして葵の返事に応えた。

 

「あ、あの織斑先生」

 

「なんだ織斑」

 

「葵に何言ったんです? 急に会長さんとの試合にやる気出してるんですが」

 俺の疑問に千冬姉は、

 

「……くだらんことに悩んでいたから、それを解消してやっただけだ」

 微妙に呆れた顔をしながら葵を見て言った。

 そして葵は俺の方に来ると、

 

「ごめん一夏、さっきは最初から一夏の味方をしなくて。でも、もう迷いはないから」

 申し訳無いという顔しながら言って、葵は会長さんとの試合の準備に向かった。

 

 

 そして、一時間後。

 

「更識、青崎。準備はいいか?」

 

「はい、織斑先生。こっちは何時でもいいです」

 

「私もいいですよ」

 

 場所は第二アリーナ。そこでロシアの専用機ミステリアス・レイディを装着した会長さんと、日本の専用機スサノオを装着した葵の試合が、

 

「では、始め!」

 

 千冬姉の合図によって、行われた。

 




テンポ悪くて申し訳ございません。
今回前後編に分けてますが、試合内容と結果についてはもう決まってますので後編は……まあ今までよりは早く出せると……思います。
いえ出張が多いんですよ最近……

正直早く後編書いたら、夏休みの短編ストーリー書きたいですね。
花火大会とか。誰が誰と見てるかは、ねえ。


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夏休み 葵VS会長(後編)

「なあ、皆の意見を聞きたいんだけど」

 

「何ですの一夏さん?」

 

「まあ予想は出来るけどね」

 

「葵が会長に勝てるかどうかだろ?」

 

「ああ、それ。実際の所葵が会長さんに勝てると思うか?」

 

 会長さんと葵、試合が決まりお互いの準備があるため一時間後第二アリーナで試合する事となった。その間待っているのも暇なので、皆に葵が会長さんに勝てるのかどうか聞いてみる事にした。なにしろこの試合の結果次第では、俺の同居人が葵から会長さんになる上に、トレーニングのコーチも千冬姉から会長さんになってしまうのだ。

是が非でも葵に勝って欲しいが……相手はロシアの国家代表だし、俺は会長さんの実力を知らないからなあ。

 

「それは心情を考えたら葵に勝って欲しいけど……正直あたしも葵が会長に勝てる確率は会長7、葵3って所と思うわよ」

 

「僕もそうだね、鈴と同意見かな」

 

「私は会長が勝つ確率は8割といった所だな。葵も確かに強いが……更識楯無の実力とあのロシアの機体ミステリアス・レイディが合わさると幾ら葵でも勝てる気がしない」

 

「ラウラ、それほどまでにあの生徒会長は強いのか?」

 

「ああ、ドイツでも第三回モンドグロッソ大会に向けてイタリアのテンペスタとロシアのミステリアス・レイディは優勝最有力候補視されている。……もっとも教官が出場したら話は別になるが」

 ううむ、やはり葵が勝つ見込みが無い意見ばっかだな。俺会長さんの実力知らないけど、そんなに凄いのか。

 

「でも葵は先月専用機のスサノオ手に入れたし、その後ラウラと戦って勝ってるし結構いけるんじゃないか?」

 

「……嫁よ、私を高く買うのは嬉しいが私と会長とでは実力が違う。私が会長と戦っても、勝てる確率はほぼ無い。それはここにいる全員が同じ事だ。悔しいが……IS学園において生徒会長というのは最強の称号と呼ばれるのは伊達ではないという事だ」

 ……え~、そんなこの学園において生徒会長ってそういう称号なの? いやまあ確かにあの会長さんを見てると納得するけど。

 

「ううむ、皆そう言うが私は葵が勝つと思うのだが……」

 

「箒さん、それはどうしてですの? わたくしも葵さんが勝つ見込みは……難しいと思うのですが」

 

「いや……さっき葵が試合の準備をすると言ってここから離れる時、私にこう言ったのだ。『箒、この試合よく見ててね。あ、これ一夏にも言っておいて』と。一夏、葵のこの台詞どう思う?」

 葵の奴箒にそんな事言ってたのか。葵と会長さんの試合、そりゃ当然しっかり観戦する。しかし気になるのは、わざわざ俺と箒を限定して言っている事だな。

 

「う~ん、まあここにいるメンバーの中で実力が低いのは俺と箒だから、会長さんと葵の試合は参考になるみたいな意味にも取れるけど……なんか違う気がするな。とりあえず箒、この試合箒は良く見ておいたいいな。どうも葵は箒に見て欲しいような感じだし」

 

「……一夏、なんか拗ねてないか」

 

「……」

 いや、別についで扱いみたいなのを気にしてなんかいないぞ、本当だぞ。

 

「ふうん、あいつがそんな事を。まあ確かに葵もなんか未知数な所あるし、案外やってのけるかもね」

 

 その後も雑談している内に気が付いたら試合開始時間となった。アリーナの観客席にいるのは俺達だけ。他の一般生徒達は誰もいない。どうやら今回の試合は何故か秘密に行われるらしい。理由は千冬姉に聞いても教えてくれなかった。

 先にアリーナに入場したのは会長さん。初めてミステリアス・レイディを装着した姿を見るが……なんか装甲が薄い。肌の露出部分が多いけど、それを補うかのように左右対で存在するアクアクリスタルというパーツから体を包みこむような膜を張っている。水のマントを被ってるようにも見えるな。

 そして会長さんのすぐ後からピットから葵の姿が現れる。スサノオを展開しており、右手には既に天叢雲剣を握っており、最初から完全に臨戦態勢となっている。

 両者はお互いアリーナの中央に揃い、千冬姉の質問に答えていく。

 そして、

 

「では、始め!」

 千冬姉の合図と共に、両者の激突は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に動いたのは葵であった。手に持つ天叢雲剣にエネルギーを注ぎ込み、攻撃力を上げた後両手で構え楯無に向かって接近していく。楯無もすぐにナノマシンによって超高周波振動を起こした水を纏うランス、蒼流旋を構え、接近する葵を迎撃しようとする。

 接近する葵、待ち構える楯無。お互いの距離はすぐに縮まっていく。

 そして先に攻撃したのは、楯無だった。

 ランスの攻撃範囲内に入った葵に向かい、楯無は蒼流旋を一閃。胴体に迫る一撃を、葵は天叢雲剣を振るい、蒼流旋の一撃を防ぐ。

 

「くっ!」

 しかし葵にとって予想以上に重い一撃であったため、防いだ衝撃により体が少し横に泳いでいく。体勢を崩した葵に、楯無は少し体を移動しながら、蒼流旋を葵に向かって振るっていく。腕、腹、顔、肩に向かって閃光のように突き出される蒼流旋。その速さ、正確さ、そして一撃の重さに葵は防ぐ一方で、天叢雲剣の剣の間合いに入れないでいた。

 

(く、これほどまでの槍使いだったなんて……さすが国家代表ってところなのかな)

 しかし葵は楯無が繰り出す槍の動きに翻弄されながらも、口は薄く笑っていた。

 

(でも、まあこれぐらいなら)

 楯無がまた葵の胸目掛けて蒼流旋を繰り出すが、その一撃を葵は体を横に少しずらしかわした。

 

(対応できなくもないかな)

 しかし、かわした瞬間、更識の持つ蒼流旋。その刀身から一斉に無数の針が伸びていった。

「!」

 至近距離で発動され、葵はかわす間もなくまともに喰らい、葵は慌てて後退した。

 

「どう、私の蒼流旋。ただの槍じゃないわよ」

 

「……ええ、少し舐めてました」

 ナノマシンの水を覆って作られている楯無の蒼流旋。水で出来ている為、その形は変幻自在。うかつに避けて前に出ようとすると串刺しにされると葵は理解した。

 

(なら、こうしますか)

 再び天叢雲剣を握りしめ、葵は楯無に向かっていく。当然楯無は葵目掛けて槍を振るい、そして葵は―――先程同様、更識の蒼流旋をかわしていく。そして同時に、左手に近接ブレード≪葵≫を一瞬にしてコールし、それを楯無目掛けて投擲した。

 至近距離で弾丸の如く放たれた葵の剣を、楯無は体を横にずらして回避。しかし、さっきのように蒼流旋に変化を与える暇が無かった。その一瞬を葵は見逃さず、一気に楯無に近づいた。

 天叢雲剣の間合いに入った葵は、楯無の脳天向かって振り下ろそうとするが、

 

「おおっと!」

 後ろ向きのまま楯無は瞬時加速を行い、葵の一撃が当たる前に後方へ避難。攻撃が空振りした葵は、すぐに追撃をしようとした。しかしその直後、

 

 葵を、そして葵の周辺一帯が大爆発を起こした。

 

 ミステリアス・レイディの特殊武装の一つ、霧状の水を水蒸気爆発させその衝撃と熱で相手にダメージを与えるクリア・パッション。楯無の蒼流旋を天叢雲剣で防いでいた葵だが、その防ぐ一撃の度蒼流旋から微量な霧が発生し、周辺一帯を少しずつナノマシンの水が覆っていくのに気付かなかった。

 爆発によって吹き飛ばされている葵に、楯無は蒼流線を葵に向ける。そして楯無は蒼流旋に備わった武装、四門ガトリングを葵に向けて放っていく。

 

「く!」

 爆発の衝撃から素早く立ち直る葵だが、すぐさま楯無からガトリングガンの嵐が襲っていく。最初数発は被弾していくが、すぐさまスラスターを最大出力で噴射させ、高速離脱。楯無もガトリングガンで葵の後を追うが、葵も逃げながらも天叢雲剣を振るいレーザーによる斬撃を楯無に放つ。しかし楯無はなんなくかわすと再び葵に向けガトリングガンを放つが、葵相手にこの距離で放ってもかわされるだけと判断し、すぐにガトリングガンでの追撃はやめた。

 再び蒼流旋に螺旋状にさせたナノマシンの水を纏わせると、楯無は今度は自分から葵に近づいて行った。

 近づいてくる楯無に、葵は天叢雲剣を振るい攻撃するも楯無に通用せずあっさりかわされる。やはり自分の遠距離攻撃では無駄と判断した葵は、天叢雲剣の刀身に再びエネルギーを纏わせ、葵も楯無に向かって突進する。

 再び楯無は、近づいてくる葵に蒼流旋を一閃するが、その一撃を葵は天叢雲剣で迎撃しその結果―――楯無の一撃は大きく弾かれ、その衝撃で体が横に泳いで行った。

 驚く楯無の視界に、葵の持つ天叢雲剣が写る。その刀身は、さっき見た時よりも数倍の輝きを放っていた。

 

(なーるほど、攻撃する一瞬の内に天叢雲剣のエネルギーを最大級に込めて一撃の威力を上げたのね)

 防いだ衝撃で体が泳いでいる楯無に、葵は一気に詰め寄っていく。そして天叢雲剣を楯無に向けて振り下ろした。

(でも、甘い!)

 楯無は葵の天叢雲剣の斬撃を、アクアクリスタルから発生したナノマシンの水による楯で防いだ。一撃が防がれた事に葵は驚くが、すぐに

 

「はああああ!」

 気合と共に天叢雲剣にエネルギーと力を加えると―――楯無の水の盾を切り裂いた。

 

「嘘!」

まさか自らの防御が破られるとはと驚く楯無だが、間一髪後方に下がることで葵の一撃をかわした。しかし、すぐに葵は楯無に間合いを詰めると、

 

「はあ!」

 葵は左拳を握りしめ、楯無の胸に正拳突きを叩き込んだ。しかし、

 

「!!」

 

「それは喰らわないわよ!」

 葵の正拳突きの一撃。それを楯無は先程同様、胸に浮かぶ水の盾によって防いでいた。

 しかし攻撃を防がれた葵はすぐに、右手に持っていた天叢雲剣を楯無の腰目掛けて一閃。意識が胸に行っていた楯無は慌ててナノマシンの盾をその軌道上に形成するが強度が足りず、葵の一撃はそれを突き破った。そして楯無は葵の一撃を受け、その衝撃で横に吹き飛んでいった。

 すぐに葵は楯無の後を追うが、楯無は牽制の為蒼流線からガトリングガンを放ちながらスラスターをフル噴射しながら後退。まともに突っ込んだらハチの巣にされる為、葵も一旦距離を取り、ガトリングガンの攻撃をかわす。そして両者、離れると

 

「やるわね」

 

「そちらこそ」

 楯無と葵、両者互いの実力を認め笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ、あれ」

 まだ開始間もないが、俺は会長さんと葵の試合に度肝を抜かれていた。会長さんが繰り出す槍裁き、それを防ぐ葵。それだけでも俺の常識を超えた速さで行われていった。

 横を見ると、箒、鈴、ラウラ、セシリア、シャルも食い入るように試合を眺めている。

 

「動きが……違う」

 

「ええ、先月見た時より……あの福音事件の時よりも今の葵さんは動きが違う」

 

「でも、なんだかんだでやっぱり葵の方が押されてるわね」

 鈴の言う通り、俺もそれは思った。今の所やはり会長さんが葵を押している。天叢雲剣の一撃も正拳突きも防がれてるしなあ。会長さんと違い、葵は決定打を放てない状態にいる。

 

 

 

 

 

 試合の展開は、一夏が危惧した通りとなっていった。楯無の蒼流旋による長時間斬り結んだ場合発生されるクリア・パッション。それを回避するため数合打ち合う度に葵は距離を取るようになる。その時楯無は蛇腹剣を取り出し、その刀身に纏わりつく水を鞭のように形を変え、葵を襲う。ウォーターカッターの如きその一撃は変幻自在で、葵を苦しめ、離れるのも危険となった。また蛇腹剣に捕まったら、そこから電撃を流されたりもされ、じわじわと楯無は葵のシールドエネルギーを奪っていった。

 葵は楯無の攻撃に翻弄され、もはやシールドエネルギーはごく僅かとまで追い詰められていった。しかし、

 

(おかしい)

 葵を追い詰めている楯無だったが、何故か違和感を感じていた。

 楯無は蒼流旋を葵の胸目掛けて放つが、葵は左手に持った近接ブレード≪葵≫でそれを受け止め、動きが止まった楯無に天叢雲剣のレーザー斬撃を放つ。すぐさまアクア・クリスタルで前面を覆い、葵の攻撃を防ぐ。それを見るとすぐに葵は後方に下がり、同時に左手に持っていた≪葵≫を牽制の為投擲。それを蒼流旋で打ち払う楯無だが、葵はすぐさま右手に持っていた天叢雲剣を突き出し、楯無を刺そうとする。身を捻り間一髪さけた楯無は、すぐに距離を取りながら葵目掛けて蒼流線を一閃。その一撃を、

 

「!」

 葵は、左手に再度展開した≪葵≫で楯無の攻撃を打ち払った。

 

(そう、さっきからの妙な違和感……何時から葵は私の一撃を片手で払えるようになったの?)

 試合開始直後は、葵は天叢雲剣で、しかも刀身にエネルギーを乗せて両手で防いでいた。

 

(なのに今では片手、しかもただの何の変哲もない近接ブレードで払われている)

 おかしいのはそれだけでない。葵のシールドエネルギーは楯無が大きく減らしている。もはや蒼流旋やクリア・パッションを1、2撃すれば試合に勝てるはずだ。ガトリングガンも7.8発位当たれば倒せるだろう。しかし、すでに撃ち尽くしてしまっている。

 

(そこまで減らしてるのに……そこまで減らした時からこちらの攻撃が通用していない!)

 葵があと少しで負けるという状態まで楯無は追い込んだが、その状態のままもはや五分以上過ぎても楯無は葵に攻撃を当てられないでいた。

 

 クリア・パッションで攻撃されるのを恐れ葵はすぐに後退していく。その葵をさっきまではすぐに蛇腹剣で追撃していたが―――楯無は追撃を止め、後ろに後退し葵から離れることにした。

 

「!」

 その瞬間葵の目が大きく開くを楯無は捉えた。両者互いに離れていくが、葵はすぐに後方に下がるのを止めると―――瞬時加速を行い、一気に楯無に向かっていった。

 

(ここで瞬時加速!?)

 猛スピードで向かってくる葵に、楯無は危険と判断し自らも後方に向けて瞬時加速を行い、葵の追撃を逃れる。本来ならここでガトリングガンを撃ち迎撃したい所だが、あいにく既に弾切れだった。蒼流旋で迎え撃ってもよかったが、先程までの推測―――蒼流旋を何時の間にか片手で、しかも天叢雲剣でない剣でそれを行われていることに危機感を抱いた楯無はそれを躊躇い、逃げることを選んだ。しかし、

 

(ええ!)

 後ろに大きく後退した楯無を、また猛スピードで葵は追撃していく。

 

(二重瞬時加速! まさかあの状況で!?)

 驚く楯無だが、葵は目の前まで迫ってくる。もはや迎撃するしかないと蒼流旋を構え、近づいてくる葵を串刺しにせんと槍を突き出す。その瞬間、

 

「え?」

 思わず間抜けな声が楯無の口から洩れた。何故なら、楯無が構えていた蒼流旋。それが、

 

 葵が左手に≪葵≫、右手に持つ天叢雲剣の攻撃を受けて―――蒼流線が手から離れたからだ。重い一撃だったわけではない。目に見えない程の速さでも無い。なのに―――楯無が気付いた時は、手に持っていた蒼流線は楯無の手を離れ、宙に舞っていた。

 驚愕する楯無に、葵は近づき―――天叢雲剣のエネルギー全てを刀身に込め、渾身の一撃で楯無の頭部に振り下ろした。その結果、

 

 轟音と共に、楯無は地面に叩きつけられてしまった。

 

「~~~~!」

 天叢雲剣の頭部への一撃、そしてその衝撃で地面まで叩きつけられ、楯無の意識は朦朧としていた。しかし、ミステリアス・レイディのハイパーセンサーが、上空から猛スピードで葵のスサノオが追撃に来るのを知らせている。そして楯無がいた場所に、上空から葵が急襲。楯無がいた所に天叢雲剣を突き立てるが、寸での所で楯無は前方に飛んで回避。しかしすぐに葵も天叢雲剣はそのままに、≪葵≫を取り出して追撃。楯無はすぐに瞬時加速を行い、とにかく急いでここから離れようとした。この距離なら、葵の剣が届く前に前方に逃げれるはずだと思っていた。

 しかし、瞬時加速を行ったと同時に、楯無は背中に妙な衝撃を受けた。そして、

 

(え、え~~~!)

 楯無は瞬時加速した加速状態で、地面を転がって行った。慌てて上空に行こうとしても、ミステリアス・レイディの機体は上手く上空に飛ばず、すぐに地面に落ちてしまった。何がどうなってるのか理解出来ないまま転がっていると、後方で葵の姿が見えた。そして葵の姿を見て楯無は再度驚愕した。

 

(あ、あの姿勢は……昨日エレナとの試合で見せた!)

 昨日の葵とエレナとの試合。試合終盤で試合を決める一撃を放った葵の居合。その神速の一撃が楯無が瞬時加速で逃げる一瞬前に、ミステリアス・レイディのスラスター二基を切り裂いていた。

 

(私本体を攻撃したらシールドバリヤーで防がれるはず。 まさかこの子―――最初からスラスターだけを狙った!?)

 何度驚いたかわからなくなる楯無。しかし、前方に転がっていく楯無目掛けて葵は再び迫ってくる。武器は無く、スラスターを二基壊された為満足に飛ぶ事も出来ない。最早打つ手がないと思われる楯無だが、

 葵が近づきその体に一撃を与えんと≪葵≫を振り下ろした瞬間、楯無と葵、両者の間で大爆発が起こった。

 

 

 

 

 

(やった!) 

 武器を払われ、スラスターを二基破壊され満足に動くことも出来ない。もはや絶体絶命の状況で楯無がしたのは―――自身をも巻き込む、アクア・パッションによる自爆であった。

 アクアクリスタルを出力全開にして周囲に水蒸気を発生させ、自身に被害が及ぶのも構わず楯無は出力を惜しまず解放させ葵と自爆した。自爆の爆発で大きく吹き飛ばされる楯無だが、葵も同様に楯無と反対方向に吹き飛ばされていた。この爆発により、葵のシールドエネルギーはまさに風前の灯といったほどまでに下がっている。いや、このエネルギーでは、飛んでこっちに向かうだけでなくなってしまうだろう。

 

(さっきの爆発でヤバいのはこっちもだけど……向こうはそれ以上ね。後はもう、こっちの攻撃が掠るだけで向こうは倒れる)

 楯無は戦況が自分に有利になっているのを理解したが、

 

「~~~!」

 体を動かした瞬間、楯無の体に激痛が襲った。元々防御はナノマシンの水が行うため、ミステリアス・レイディの装甲は薄い。それが仇となっていた。

 

(地面に叩きつけらてた瞬間は少し軽減できたけど……さっきの瞬時加速状態で地面を転がった時が堪えるわね……)

 高スピードで地面を転がっている時の衝撃は、装甲の薄い楯無にとって致命的だった。シールドバリヤーが展開され、大きくエネルギーを削り取られた上に衝撃で体中を痛めつけられてしまった。ふらつく体を起こした楯無に―――地面を駆りながら葵が猛スピードで向かってきていた。

 大きく息を吐きながら近づいていく葵。手に持つ武器は≪葵≫。天叢雲剣は未だに地面に突き刺さったままになっていた。

 その姿を楯無は確認すると―――楯無の周りに浮いているアクアクリスタルを操作し、前方数メートルの所で水蒸気を発生させた。

 

(もう葵も飛べないみたいだし……近づいてきたらアクア・パッション起こして倒そう)

 今の状態で蒼流旋や蛇腹剣を振るっても、葵ならかわしてしまうだろう。それに蒼流線がはらわれた後では、葵に接近戦をする気が楯無に起きなかった。

(もうすぐ、もうすぐ)

 前方に展開した水蒸気は、微量だが葵を倒すには十分な量だ。後は葵さえ一定の距離まで近づいたらそれを爆発するだけでいい。楯無は、葵が必殺の間合いまで来るのを待てばいい。

 

そのはずだった。

 

(?)

 それを気付いたのは、楯無が武人として一流であったからかもしれない。

 

(!)

 一瞬の違和感、それに気づいた瞬間、

 

 葵は、楯無のすぐそばに来ていた。

 

(何時の間に! 私が見逃すわけが!)

 しかし現実に、気が付いたら葵は楯無のすぐそばまで来ていた。現実は変わらない。距離を詰めた葵は、何時の間にか≪葵≫は捨てており、左拳を構え正拳突きの構えを取る。その瞬間に、

 

(させない!)

 楯無は自身の周りにいた残りのナノマシンの水を守るように展開。試合中葵の正拳突きを防いだ時と同じように、水の盾を作り攻撃を防ごうとする。自身の体を守る究極的な優先意識が、ナノマシンが応え葵の攻撃前に盾が完成した。

 

(やった、これで)

 しかし、楯無は気付いていなかった。葵の利き手は右手。何故この瞬間も葵は左手で攻撃しようとしたのかを。良く見ていたら葵の左拳が……先程までとは違い、二倍以上膨れていることに。

 そして葵の左の正拳突きは放たれ、楯無の水の盾に衝突。

その瞬間、葵の左手は光り楯無の水の盾を貫通。その勢いは止まらないまま、楯無の胸に当たり、楯無はアリーナの壁まで吹き飛ばされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉に出ないってのはこういう状況の事をいうんだろうなあ。

 今葵が会長さんを殴り飛ばしたけど……ああ、言葉が出ない。なんつうか、あれだ。無茶苦茶だ。

 横にいる皆も同様で、全員驚愕やら呆れを含んだ目で葵を見ている。

 

「……正直に言うわね。今の葵に、あたし絶対敵う気がしない」

 

「……僕も同感」

 

「……本国の地獄の特訓で少しは近づいたと思ってましたけど」

 

「何時の間に……私と葵とではここまで離れてしまっていたのだ」

 鈴、シャル、セシリア、ラウラが悔しそうな声を絞り出す。特にラウラが、悔しそうに歯噛みしている。……ああ、俺も皆の気持ちがわかる。俺のライバルは……ここまでのものだったとはな。

 そんな中箒だけ、皆と同じ驚愕とも呆れの表情を浮かべているが、もう一つの表情を浮かべていた。それは―――歓喜。

 

「おい、一夏。葵の試合!」

 箒は興奮しながら俺に話しかけてくる。

 

「葵、あいつさっきの試合で! 篠ノ之流の技を3つも使っていた!」

 

「嬉しそうだな箒」

 

「当然だ! 葵はISを使って見事再現して見せた! なら、私も修行すれば出来るはずだ!」

 そう葵は、会長さんとの試合で箒の親父さんから習った篠ノ之流の技を3つ、見事にISに乗って再現して見せた。

 一つ目は篠之流剣術で、二刀流の時に使える相手の武器を手放させる武器払い。二つ目は千冬姉も使っていたという篠ノ之流に伝わる居合、3つ目は篠ノ之流の中でも裏奥義とも呼ばれる技、零拍子。

 どれも葵が俺達に初めて見せる技だ。そして葵は見事それらを使って―――会長さんに勝利して見せた。

 

「なるほどな、そりゃ葵も箒に良く見とけと言うよ」

 ISに乗っていても、篠ノ之流剣術は通用する。葵はこれを箒に、そして俺に伝えたかったわけか。

 

『試合終了!』

 千冬姉の声が響いていく。

 

『この試合』

 ああ、全く、俺の幼馴染は、

 

『ドロー』

 大した奴だって、え。

 

 あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あ、まさか殴った衝撃ってだけで私のシールドエネルギーがなくなるとは。さすがにこれは私も予想外でした」

 場所は生徒会室。中にいるのは生徒会長椅子に座る楯無と、教師の千冬。そして葵の3人しかいない中、葵はつい先ほど行われた試合の結果に愚痴っていた。

 

「それはこっちの台詞だよ。 葵君の戦いぶりは正直私も驚かされたよ。槍を手放させた君が言う篠ノ之流剣術。私のスラスターをぶった切った神速の居合。そしてISに乗りながらもやってのけた無拍子もどき」

 

「ああ、それラウラの為に取っておこうと思ったんですが……私の第六感が使わないとヤバいと言うもんですから使ったんですよね」

 

「極めつけは最後私の」

 

「会長の水を突き破ったこれですね」

 そう言って葵は、左手だけ部分展開させた。スサノオの左手だが、肘から先が白く覆われており、拳に至っては通常に2倍以上に膨れ上がっていた。

 

「本邦初公開! スサノオが持つオートクチュールの武器の二つ目! 三種の神器の一つ! その名も八尺瓊勾玉!」

 妙なハイテンションで、葵は千冬と楯無に試合を決めた武器を見せた。

 

「う~ん、これが私のミステリアス・レイディの水の盾をぶち抜いた武器かあ。……でもさあ」

 

「何でしょう?」

 

「何でそれが八尺瓊勾玉? 正直ただの籠手じゃないかな、それ。何が勾玉なの?」

 ジト目で楯無は葵の左手に覆われている籠手、八尺瓊勾玉を眺める。

 

「いや良く見てくださいよ会長」

 

「何を?」

 

「ですからこうして」

 葵は左手を前に突き出し、楯無のから横に見えるようにした。

 

「どうです? なんか横から見ると握っている部分が空洞で、拳から肘までの形が微妙に勾玉っぽく見えません」 

 

「……」

 葵の言葉を聞き、まあ言われてみれば百歩譲ってそう見えなくはないのだが……かなり強引な理屈であった。

 

「はあ、もうそれはいいわ。じゃあもう一つ質問」

 

「何です?」

 

「何でその八尺瓊勾玉。左手に付けているの? 貴方の利き手は右手でしょ?」

 

「あ~、それなんですけど」

 ちらっと会長を見る葵。その姿に少し申し訳ない顔をして、

 

「まあ言わなくてもおそらく気付いているとは思いますが……今の会長さんの姿が理由です」

 そう言って、葵は楯無の姿を眺める。生徒会長椅子に座っている楯無だが、制服の下には無数の包帯が巻かれている。

 

「肋骨が3本粉砕されたよ。 ISの絶対防御が発動されたにもかかわらずこの威力。もしこれが君の右手による攻撃だったら」

 

「死んでいただろうな、確実に」

 千冬が溜息をつきながら答えた。

 

「出雲技研の者から聞いていたが……まさか左手に、しかも出力を抑えた上でこの威力か。もしかしたらIS委員会から使用禁止を言い渡されるかもしれないな」

 

「右手だと洒落になりませんからね。5日前、出雲技研で右手に装着して威力測定したら本気でヤバい数値叩きだしましたし。右手で本気で殴ったら、『絶対防御? ISにはそれがあるから絶対死なない? ならそのふざけた幻想をぶち壊す!』な事になりますから」

 

「なんだ? その変な口上は?」

 

「私の数値を見た方が、なにやら笑いながら言ってたので。面白いから後で一夏達に説明する時も言いますよ」

 

「はあ、もういい。いい加減そろそろ本題にはいるぞ」

 千冬はそう言って、楯無の方を向いた。

 

「試合結果は、予想外の引き分けだが……どうする? もう一度日を改めて再戦するか?」

 千冬の質問に、楯無は

 

「いや、今回は私の負けでいいです」

 笑みを浮かべながら千冬と葵を見ながら言った。

 

「え、でも会長……」

 

「私は万全の体勢で挑んだけど、貴方はまだ第三世代兵装八咫鏡も無い状態で戦ってそして引き分け。同じ引き分けでもそれじゃあ中身が違う」

 

「いえ会長、それなんですが」

 

「いい、何も言わなくてもいいよ葵君。君は私と戦い引き分けたが、実質君の勝ち。これでいいじゃないかな」

 

「あの」

 

「い い よ ね」

 

「……はい」

 何か葵は言いたそうではあったが、有無を言わさない楯無の圧力の前に頷いてしまった。

 

「よし、じゃあ今回の賭けだけど……今回は一夏君と同室になる件は諦めるとするわ。織斑君の同居人は、これまで通り葵君」

 

「そうですか」

 楯無の話を聞き、葵はほっとした。葵も一夏以外の、正確には女の子の同居は可能な限り避けたかったからだ。

 

「でも、織斑先生のコーチの件だけど……こればかりは私の権限だけではどうしようもないわ。でも、そうね。今までのように毎日はともかく……週に2.3回程度は織斑先生がコーチする許可を私が取ってあげる。文句言ってた生徒も、毎日じゃなければ納得してくれるかもしれないしね。勿論、織斑先生がコーチしない日は私が一夏君を鍛えてあげる。戦闘技術以外にも、射撃特性や操縦特性とかは織斑先生でなくても私が教えられると思うし」

 

「ああ、それで私も構わない。飛び道具や第三世代の兵装については私よりも更識、お前の方が上手く説明できるだろうし。むしろお前がコーチに加わることはこちらとしても助かる」

 楯無の提案に、千冬は笑みを浮かべながら頷いた。

 

「え、じゃあもしかして今回の件って、一夏にとって一番いい結果になったって事?」

 

「結果だけ見たらそうなるな」

 

「まあ葵君、君が負けた場合は本気で私は一夏君と同居して、コーチの件は織斑先生から外していたけどね」

 葵を見ながら、楯無は笑う。しかし葵は、そんな楯無を見ながら

 

「会長、それ本当ですか?」

 疑問に満ちた目をしながら言った。

 

「あ、そういえば織斑先生! 会長!あの件なんですが」

 

「わかっている。今回の試合は極秘で行われている。つまり、最初から存在しない試合となっている。そもそも、今回引き分けなのだからお前の杞憂することはないがな」

 

「……勝ってしまったらIS学園最強。つまり生徒会長になってしまうから戦いたくないとか。私もずいぶん舐められたものね」

 

 楯無しがジト目をしながら葵を睨むも、

 

「だってそれは、最初から負けるのを前提にするとかありえませんし」

 葵は涼しい顔をしながら答えた

 

 

 

 

 

 話は終わり、葵は一夏達の下に同居の件やコーチの件の結果を伝えるために生徒会室から出ていった。葵が完全に生徒会室から出ていった後、

 

「更識、今回の件だが……どこまで本気だったんだ?」

 

「織斑先生、何のことです?」

 

「私が織斑のコーチを辞める件についてだ」

 剣呑な目をしながら、千冬は楯無に言った。

 

「幾らお前が生徒会会長で、そういう苦情があったとしてもだ。お前、まさかそれを本気で受理しようしていたのか?」

 

「まさか。そんなくだらない苦情、取り合うわけないじゃないですか。真剣にISの訓練をしている者を、有名人の弟だからとかブリュンヒルでに付きっきりでコーチされて羨ましいとか、そのくせ自らは織斑先生にコーチを頼みにいかないくだらない連中の為に、私は動きませんよ。今回苦情言った連中には私から言っておきますよ『なら、君達も頼み込んで織斑先生の指導を受けてみたら』って。どうせ皆、一夏君がやらされてる訓練を見ているからすぐに逃げ出しますでしょうね」

 

「じゃあやはり、今回それで難癖つけてきたのは」

 

「はい、青崎葵。彼女と戦うためです」

 

「……それはロシア、もしくは日本の命令か?」

 

「さあ、どうでしょう。ただ言えますのは私も純粋に戦ってみたかったってのがありますね。そして戦った結果、やはり私の予想通りでした。織斑先生、葵君ですが―――かつての実力、完全に取り戻しましたね」

 

「ああ、それもお前という強敵と戦っている間に、な」




後編終了です。
話の流れは決まってたので、休みの日に一気に書いてみましたが……駄目ですね、戦闘シーンがくどいし単調です。
しかも、この展開は……葵TUEEEEだし。
いえ、一応今のところ、今回で会長も葵の手札を知ったわけですので次回戦ったら勝負はわかりませんよと言っておきますが。

そして今回忘れかけていた葵のスサノオの設定、三種の神器の一つ八尺瓊勾玉登場しました。
内容については……すみません、酷いです(笑)
しかしようやく二つ目を出したし、最後の神器もきっと……そのうちだします。

まあとりあえず、これでようやく会長編終了。次回は夏休みらしく、海へ行ったり花火大会にと夏休みを満喫させ、二学期に突入させます。
無論、海に行くのは葵と……


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夏休み 海と祭

 高校生の青春で、海は欠かすことの出来ない夏のイベントだろう。

 青い空、白い雲、輝く太陽は夏の象徴であり、夏休みという長期の休みで暇を持て余している高校生は、眩しい海を見てしまうと興奮し小学生に戻ったかのように遊びまくる。

 さらに男子高校生の場合、そんな海に同性の野郎達と行くのでなく、可愛い女の子と一緒に海に行ったら―――夏休み明けの教室でまず確実に、色々な意味で勝者となる。

 友達と行くのもそりゃ楽しいが、やはり異性でしかもそれがとびきりの美少女と二人っきりというのは全く次元の違う話だ。男なら聞いたら誰もが羨ましがり、そして嫉妬の目で睨むだろう。

 そして、今の俺はその立場にいる! 夏の最大の青春イベントの一つ、海に誰もが認めるだろう美少女と二人で海に来ているのだ! 男子高校生の憧れのシチュエーションを、今の俺は体験しているのだ! やべえ、俺ってネットで言う超リア充だぜ! これで俺も夏休み明けのクラスで、誰もが羨ましがれる話が出来るぜ!

 

「………そう思っていた時期が、俺にもありました」

 いや本当に、昨日までは本当にそう思っていた。

 

「へ? 弾急に何?」

 

「何でもねーよ。 それよりも葵、引いてるぞ」

 

「あ、本当だ。よーし、次は何かな?」

 楽しそうな顔で葵は、手に持っている釣り竿のレールを巻いていく。竿を時折揺らしながら巻くこと数秒後、

 

「フィーッシュ! あ、やったあシマアジゲット! 二匹目貰い!」

 おそらく60cm前後のシマアジを葵は釣り上げた。これで葵の言う通りシマアジは本日2匹目だな。アジはすでに20以上釣っているが。ちなみに俺はアジを15匹程釣っているが他の魚は釣れていない。嬉しそうな顔をしながら、葵は釣ったシマアジを船長さんに渡した。

 

「一歩さん、これも生け簀にお願いします!」

 

「あいよ! しっかし葵、女になっても釣りの腕は落ちてないな! 空手の腕は女になったのにさらに上がってたが」

 20代後半位の短髪で厳つい顔をして、筋肉が隆々としておりまさに海の男を体現したような船長に、葵は釣ったシマアジを手渡した。ちなみにこの二人、出向前に揺れる甲板の上で組み手を行い、不安定な足場をモノともせず大立ち回りをやらかした末葵の蹴りが船長を海に叩き落とした事で決着した。話を聞けばここに来れば毎回やっているようで、葵の空手の成長を図るためやっているらしい。これまで葵の全敗だったようだが、今年初めて勝てたので葵は大喜びしていた。俺は最初葵が女になったから手加減したのかと思ったが、船を操縦していた時の船長の顔がマジで悔しそうであった為、手加減抜きの本気だったのを知った。

 この船長さん、葵の親父さんの元弟子で昔から葵と一夏を釣り船に乗せてくれていたらしい。今日葵と二年ぶりに再会し、最初は葵の姿を見て驚いていたがすぐに笑顔で受け入れていた。「TVで見るよりもずっと美人になったな」と船長さんが言った時、葵の奴少し顔赤くして照れていた。その後今回一夏の代わりに俺が来たもんだから色々怖い顔で尋問されたが……葵が呆れた顔で「友達よ友達。気の置けない友達」と言ったら解放してくれた。……しかしさっきからたまに俺の事を厳しい目で見ている。怖いんで止めて欲しい。そんな俺の心労を明らかに意図的に無視しながら釣りを楽しんでいる葵を、横目で眺めてみる。

釣りをしているのだから当たり前だが、葵の格好はズボンに白の長袖、その上にライフジャケットを付けており頭には帽子を被っている。ああ、全く色気が無い。

 

 昨日の夜、急に葵から電話があり、「弾、明日暇? 暇なら海に行かない? 一緒に行こうとした一夏が急にいけなくなったから」と言われ俺は二つ返事でオーケーした。

 だって海だぞ。つい最近一緒にプールに行ったが、その時見た葵の水着姿は非常に眼福だった。

またそれが見れるかと思ったら断る理由あるわけがない。しかし、

 

 

「騙された……、つうかよく考えたらただ海に行って遊びに行くなら二人っきりはないよな」

 浜辺で泳いだりして遊ぶのならそら大勢誘うよなあ。それが人数絞って海に行くとなると考えられるのは、

 

「釣り船乗る予定だっだけど一夏が乗れないから俺を誘った、か。手ぶらで水着の用意はしなくていいと聞いた時点で少し怪しんどけよ俺……」

 俺はがっかりしながら項垂れる。竿が引いているが釣り上げる気があんまり起きない。

 

「弾、あんたも引いてるわよ」

 葵の声を聞き、しかたなくリールを巻いていく。まあこの当たりじゃまた小さいアジだろうけど。

 そして予想通り、10cm程度のアジを俺は釣り上げた。これで16匹目、葵に追い付くには後4匹いるな。

 

「弾も釣ったし、私もどんどん釣り上げていきますか!」

 葵はそう言って、また海に向かって竿を振った。何匹釣り上げる気なんだこいつは?

 

「もう食べるには充分釣っただろ?」

 

「私だけならともかく、お世話になっている千冬さんや山田先生に一夏達の分も考えたらこれでも足りないかもしれないから。それに一夏はデカいアジを丸ごとアジフライにして食べるの好きだし。後朝食用に一夜干しを作って食べさせたいわね」

 

「一夏に?」

 

「ええ、そうよ。まあ一夏だけでなく箒も好きだし、せっかくだからセシリア達にも食べさせたいしね。白米に味噌汁におひたしに干物! これぞ日本の朝食ってね」

 

「……それ俺も食っていい?」

 

「弾も? ええ、いいわよ。じゃあ明日一夏の家に朝7時で」

 

「さも当たり前のように一夏の家を使うの決めてんのな」

 

「だって私の家はまだ無いし。最初はIS学園で作って皆に振舞おうと思ったけど、千冬さんが刺身を作るなら酒が欲しいからって場所を提供してくれたのよ。IS学園よりも千冬さん家の方がゆっくりできるから私も賛成したわ。だから今日は千冬さん達のつまみを作る為忙しくなるわね。あの人達酒を水のように飲んで食べるから」

 なんか葵の話を聞いていたら、あの世界最強のブリュンヒルデである一夏の姉が急に親しみやすくなる気がする。何度も千冬さんに会ったことあるが、あの人なんか近寄りがたいんだよなあ。そんな千冬さんを葵は近所のお姉さんみたいに気安く話している。やっぱこいつはいろんな意味ですげえな。

 

「そっか。ならもっと頑張って釣るとするか」

 俺がそう言って葵に笑いかけると、

 

「ええ、弾も頼むわよ」

 葵も笑顔で俺に返した。

 

 

 

 

 ……やべ、これだけでなんかもう今日来てよかったと思いたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでこうなるんだよ……」

 IS学園の整備室で、俺は椅子に座りながら大きく溜息をついた。

 

「今日は本当なら葵と一緒に釣りに行く予定だったのに……。山田先生、なんで毎回直前になって明日の用件伝えるんです? 嫌がらせですか?」

 

「ご、誤解ですよ織斑君! 本当に青崎さんの時も今日の一織斑君の件も急に私の方に連絡が来たんです!」

 俺の恨みがこもった視線を受け、山田先生は大きく首を横に振りながら否定した。いや山田先生に文句言ってもしょうがないのはわかってるけど。

 

「しかしこちらの用事を少しは考えて欲しいですよ。せめて3日前に連絡してくれれば……」

 いや今日の釣りは3日前でも無理なのはわかっているんだけどね。葵の親父さんの弟子の幕の内さんが釣り船やってて、キャンセル客が2名出来たから葵を誘ったんだし。毎年都合よく2名キャンセルされてたけど。

 

「葵の奴は今頃釣りまくってるだろうなあ。……何でいざ遊びに行こうとしたらどっちかが予定入るんだろう。天の嫌がらせですかこれ?」

 

「……織斑君、気持ちはわかりますけど我慢お願いします。織斑君のデータは大変貴重なんですから、こまめに記録していかないといけないんです」

 そりゃ世界で唯一の男性操縦者だから、ISの謎を解くためにも様々なデータが欲しいのはわかるんだけど。

 

「まあまあ織斑君、今日はまだ16日。夏休みはまだ半分残ってるんですから」

 逆を言えばもう半分過ぎた事にもなるんですけどね。しかし振り返ったら夏休みに入ってからいろんな事があったな。3日前なんか会長さんと葵が戦って……。

 

「あ、そうだ山田先生。頼みがあるんですがお願いしてもいいですか」

 

「頼み? 何をですか織斑君?」

 

「葵が出雲技研にいた頃のIS戦の映像ってあります? あるなら見たいんですが」

 俺が葵の昔の映像が見たいと思ったのは、葵と会長さんの戦いを見たからだ。

 葵はIS学園に来た当初と比べ、明らかに強くなっている。専用機を持ったからと最初思ったが、会長さんと戦っている葵を見てそれは違うと感じた。会長さんと戦う葵の動きは徐々に変化し、それに伴い強くなって会長さんを追い詰めたが、俺にはあれは葵が戦いの中で成長したというより……本来の動きを取り戻してきたみたいな気がした。

 俺の頼みを聞いた山田先生は一瞬驚いた顔をしたが、

 

「ごめんなさい織斑君。それはまだ出来ません」

 残念そうな顔をして断った。

 

「え? まだ出来ないってどういうことですか?」

 

「青崎さんと織斑先生から止められているんです。もし織斑君から頼まれても、織斑君が青崎さんのシールドエネルギーを8割減らすことが出来なければ見せることは出来ないと言われてます。織斑君はまだそこまで青崎さんを追い詰めた事ないですよね」

 なんだよそれと思うが、俺も葵のシールドエネルギーは最高で半分減らした事しかない。しかもそれは葵が打鉄に乗っていた時だから、スサノオ持っている今の葵じゃ……当分無理だな、こりゃ。

 

「わかりました、ならその条件を満たしたら、また頼みにきます」

 

「……随分あっさり引き下がるんですね織斑君」

 

「あの二人がそう言ってるんなら、意味があると思いますから。じゃあ山田先生、もう一つお願いがあるのですが今日の予定ですが最低4時までには終わらせて下さい。一方的にこっちの予定を無視したのですから、せめてこれだけでもお願いします」

 

「4時までにです? それなら急げば大丈夫とは思いますが、今日は青崎さんと釣り以外にも予定があったんですか?」

 

「はい。久しぶりに揃いましたから」

 

 

 

 

 

 

「へえ、じゃあもしかしたら一夏はその会長と一緒の部屋で生活する事になりかけたのか」

 

「そ。まあ何故か成り行きで私が戦ってそれを無くさせたけどね。だってそうしないと私が部屋を追い出されるし」

 俺と葵、なかなか当たりがなく暇になったから最近の葵や一夏の出来事を聞く事にした。

 

「でも葵、どうせ何時かはお前も一夏の部屋追い出されて誰かと相部屋になるんだろ?」

 

「まあそうなんだけどね。でも……もう少しだけ今のままで過ごしたいとは思ってる。何時かは出ていかなければいけないのはわかっているけどね、一夏には悪いとは思っているけど」

 何言ってるんだこいつ?

 

「……いや一夏がお前と同居を嫌がる理由は全く無いと思うんだが。むしろあいつずっと一緒にいることを望むと思うぞ」

 葵が来る前と来た後で、一夏が学園の事話す時の顔が凄く変わったからな。前は女の園で一人でいるのは辛いみたいな事言ってたのに、葵が来てからは本当に楽しそうに話すからな。

 

「だって私が一緒の部屋にいることで、一夏我慢していると思うし」

 我慢? 

 

「いや私も決まった時間に部屋を空けて、決まった時間に部屋に戻るようにしてたけど……やっぱり朝っぱらからはそういう気が起きなかったのかな。それに先月から一夏も朝練しだしたから朝の時間もなくなったし。放課後はお互いIS訓練や部活とか夕食食べたらあっという間に時間過ぎてしまい、9時過ぎたらお互い部屋にいないといけないし」

 

「なあ葵、まさかとは思うが……一夏の我慢している事って」

 

「うん、オ○○○」

「ブハッ!」

 予想はしていたが葵から直球で言われ、思わず吹き出してしまった。……いや同い年の女のからこんな言葉聞けるとは思わなかった。

 

「あ、葵! お前何てこと」

 

「弾、結構これ重要な事と思うのよ。ほら私って結局アレは偽物というか別物だったせいで精巣とかなかったから、男の性欲ってわからないのよ。だから私の知識って、昔弾達と一緒に見たエロ本とかしかないし。まああの時一夏や弾みたいにそこまで興奮しなかったのは私が本当は女だったからなんだろうけど」

 そういや中一の頃、鈴を仲間外れにして一夏の部屋でエロ本やAV鑑賞したな。あんときは俺はハイテンションで、一夏も結構盛り上がってたけど……葵はそこまで盛り上がってなかったような。いや良く考えたら、これって俺と一夏は同年代の女の子と一緒にエロ本読んでAV見てエロトークしまくったことになるのか? 

 

「……何考えて赤くなってるのよ。そりゃ私からそういう方面の話題振ったけどオ○○○程度の話題で赤くなるほどウブってわけでもないでしょ。中学の頃は散々こういう話はあんたから言ってきたくせに」

 葵が呆れた顔しているが……昔の事を思い出しその意味を理解したからだよ。とんでもないな、今振り返ると。

 

「いやそりゃそうだけどよ……お前は馬鹿か?」

 

「馬鹿とは失礼ね。結構重要と思うわよ」

 いや馬鹿だろお前。

 

「なら葵、お前に聞くがお前は一夏と同室だがお前はその、一夏がいてもオ○○○はするのか?」

 

「セクハラで訴えていいかしら」

 

「お前からそういう話題をふったんだろうが!」

 真顔で言うな。少し傷ついたぞ。

 

「やるわけないでしょ、痴女か私は。それに私って、その……あんまりそういう事をするのはちょっと抵抗あるのよね」

 ……顔を赤くして言うな。成り行きというか葵から振った話題だが、俺も同い年の異性からオ○○○やってるのかを聞くとかとか何だこの異常空間は。

 

「……ああ、じゃあ同室相手を一夏でなく、鈴だとしよう。これだと同じ同室相手だが、葵この場合ではオ○○○を鈴がいてもするのか?」

 

「……ああ、まあ弾が言いたいことはわかったわよ」

 俺の話を聞いていき、葵は納得がいったという顔をした。

 

「そりゃそうよね、よく考えたら同室相手が同性だろうが異性だろうが、どのみち誰かいる時点でオ○○○はできないわね」

 当たり前だ。例え俺と一夏が一緒の部屋で生活していたとしても、堂々とオ○○○するわけねーし。つか一夏がしていたとしたら一夏を部屋から追い出す。

 

「葵のわからないところで処理してるんだよ」

 葵に投げやりな感じで言うも……しかし俺も気になってきた。女しかいないIS学園で女と触れ合う機会が無数にあり、部屋には葵みたいな女が一緒にいて、あいつはどうやって性欲を処理してるんだろうか?

 

「ったく、相談があるとか言うから真面目に聞いたのに」

 

「ごめん弾、私が悪かったわ。さすがに鈴とか箒とかにこんな話題は触れないからちょっと弾に聞いてみたくなったのよ」

 まあそりゃ鈴とかが喜んで漫談するとは思えないけどな。

 

「こんな話題でふと思ったが……葵、お前って一夏とこういう話をしたりするのか?」

 

「一夏と? うーん、まあ確かに昔から一夏とはあんまりしないわね。というか弾がいなかったらこっち系の話はしないかな」

 

「何で?」

 

「何て言うのかな。昔はそこそこ話していたけど今は……意図的にお互い避けてるってのがあるわね。理由は言わなくてもわかると思うけど」

 

「……ああ、そうだよな」

 いけね、これは俺が悪かった。

 

「だから今は……弾だけよこういう話題をするのって」

  

「……」

 ああ、くそ! こいつは本当にあれだな! 俺に対してワザとやってんのかよこんちくしょう! なに微笑みながら言ってんだよ!

 

「あ~そ、そうだ葵! 確か今日って篠ノ之神社でお祭りがあったよな! 俺は御手洗や中学の時のダチと行くけど、お前も行くのか?」

 なんか良くない雰囲気になりかけたので、俺は顔を若干赤くしながら葵に尋ねた。まあどうせ一夏と一緒にいくだろうけど。

 

「ええ、行くわよ。今日は久しぶりに揃ったし」

 葵は笑みを浮かべながら答えたが……久しぶりに揃った? 

 

「花火が楽しみよね~」

 葵がそう言った後、また俺と葵に当たりがきだしたので釣りを再開する事となった。

 

 

 

 

 

 

「……何故?」

 私は目の前の光景を見て絶句した。私が見る先には―――神楽を舞う舞台周りを埋め尽くす大勢の見物人達がいた。

 今日私は6年振りに実家に戻った。戻った理由は、今年の篠ノ之神社で行われる祭りの神楽舞。今年は久しぶりに私が舞えと父から言われた為であった。それは今月父に剣の稽古をしてもらう時父から言われた条件で、私もこの地に久しぶりに戻った為断る理由も無く承諾したのだが……観客の数が6年前と比べて明らかに増えていた。

 いやこれはおかしいだろう! 過去を振り返っても、神楽舞を見る見物客はそんなに多くなかったはずではないか! ……いや一部異常なほど目つきの悪い男が何人かいたが笑顔で姉さんと千冬さんが追い払っていた気もするけど。私が顔を強張らせながら舞台を眺めていると、

 

「あは~、こりゃ満員御礼だね箒ちゃん。私が宣伝したかいがあったもんだね~」

 後ろから底抜けに明るい声がした。って!

 

「ね、姉さん!」

 

「はろー箒ちゃん。1ヶ月ぶり~」

 先月臨海学校で会った姉さんがいた。とてもいい笑顔をしながら。しかも姉さんの服装を見て、私は再度驚く事となった。

 

「姉さんその恰好……」

 それはこれから神楽を舞う私と、全く同じ格好をしていた。

 

「姉さん、まさかとは思いますが……」

 

「うん。箒ちゃん。私も一緒に踊るから! 大丈夫、踊りはこの天才がしっかり覚えてるから完璧に踊れるよ!」

 まあ昔を振り返れば、姉さんも高校一年生までは踊っていたからそれは問題無い……って違う!

 

「いやそうではなく! 何で姉さんが私と一緒に踊る事になってるんです! いえそれよりも先程の宣伝って……」

 

「うんこの私がネットや街で宣伝しまくったから! 美人姉妹、神楽を舞うって! いやあ効果絶大だったよ! あ、見てよ箒ちゃん! あそこにいるのって昔箒ちゃんを虐めていた男の子達だ! へええ今日見に来たってのはどうやら昔はツンデレしてたんだねえ。ま、もう遅いけどね! 箒ちゃんはいっくんのものだから!」

 何て事してくれたんだこの姉は! しかも姉妹で宣伝って! 貴方は世界中から追われているという自覚があるのですか!

 

「あ、もうすぐ時間だ。いこ、箒ちゃん」

 姉さんはそう言って、私の手を取った。

 

「ちょ、姉さん! 私は姉さんと一緒に踊るとは」

 

「拒否したら紅椿のメンテ拒否しちゃおうかなあ」

 

「な!」

 それは卑怯すぎませんか姉さん!

 

「……ああもう、わかりました。今日だけは一緒に踊ります!」

 

「ありがとう箒ちゃん! お姉ちゃん嬉しい」

 しぶしぶ承諾すると、姉さんは満面の笑みを浮かべながら私に抱き着いてきた。ええい、抱き着かないで欲しい! 暑苦しい!

 

「じゃあ箒ちゃん! 一緒にいこ」

 そう言って、姉さんは再び私の手を取った。満面の笑みを浮かべながら私の手を取る姉さんを見ると……何だろう、維持張って拒絶している私が何やら馬鹿らしくなる気がする。

 

「最後に教えてください」

 

「ん? 何かな箒ちゃん?」

 

「どうして急に、私と一緒に神楽舞に出ようと思ったんです?」

 私の質問に、

 

「理由は無い、かな。6年ぶりに成長した箒ちゃんが実家に戻ってきたから私も一緒に舞ってみたくなっただけ」

 姉さんは本当に、ただそれだけだよという顔をしながら答えた。……なんだろう、この気持ちは。6年もほったらかしにしたくせに。姉さんがISを作ったせいで家族がバラバラになったのに。姉さんのせいでこの地を離れることになって一夏とも、葵とも別れることとなったのに。全ての元凶の姉さんを私は恨んでいた。

 でも姉さんは、私の初めてのわがままを笑顔で受け入れてくれたし、先月は紅椿とは別にわざわざ誕生日プレゼントをくれたし。

 私は姉さんがわからなくなった。でも今確かにわかることがある。それは、

 姉さんは私と一緒に神楽舞をするのを、本当に楽しみなんだってことが。

 

 

  姉さんと一緒に舞台の上に立つ。大勢の観客達が私たちを見ている。多くの人が姉さんを見て驚いているが、

 

「よ! 待ってましたあ!」

 

「束ちゃん、貴方の踊りは何年振りかねえ」

 

「科学者だけじゃない所見せてくれー!」

 姉さんに向けて歓声を上げるものも少なくなかった。そういえば私が踊る前は姉さんが踊っていて、かなりの評判だったのを思い出した。

 

「おお、あの時の子か! 成長したなあ!」

 

「綺麗になったわねえ」

 

「篠ノ之なのか、あれ……」

 うう、どうやら私にも注目が集まってきたようだ。どうも観客の中には6年前も見に来ていた者もいるようで、私の事を覚えていたようだ。……恥ずかしい。姉さんは堂々としている。その度胸が恨めしい。

 気後れしながら観客を眺めていったら、私の目はある一点を見て止まった。神楽舞の舞台から少し外れた場所。しかし全体を良く眺めることができるそこに、

 

 笑みを浮かべ、手を振っている一夏と葵がいた。一夏の右隣に葵、左隣には千冬さんもいた。三人とも浴衣を着ており、こちらを笑みを浮かべながら見ている。

 

「私が呼んだんだよ、6年ぶりに皆一緒に揃いましょって」

 驚いている私の後ろから、姉さんが嬉しそうに言った。姉さんも笑顔を浮かべながら、一夏達に手を振っている。

 

「箒ちゃん、ちーちゃん達が見ているから―――気合入れて踊ろうね」

 当然です。一夏達が見ているのなら、無様な姿なんて見せられるわけがない!

 

「はい、姉さん!」

 そして伴奏が流れ出し、私と姉さんは舞台の上を舞っていった。ただ夢中で舞っていて、周りの光景みる事が出来なかったが、

 

 舞い終わった後に沢山の歓声と拍手が、私と姉さんの神楽舞が成功したことを教えてくれた。

 

「箒ちゃん、お疲れ様。凄く綺麗に舞えてたよ!」

 姉さんが満面の笑みで言ったその言葉。この時ばかりは―――素直に嬉しいと私は思えた。

 

 その後、私も姉さんも浴衣に着替え一夏達とお祭りを楽しむ事となった。本来ならその後神社の仕事を手伝うはずだったのだが、

 

「久しぶりに束ちゃんも千冬さんに、悪ガキ共も揃ってるんだ! 楽しんでいけ!」

 という現神主の叔父さんから言われたので、本当に久しぶりに姉さん、千冬さん、一夏、葵、私で祭りを楽しむこととなった。……一瞬一夏と二人っきりがよかったと思ったりもしたが、

 

「そこは我慢してよ箒。気持ちはわかるけど私も久しぶりに箒とも一緒にお祭り楽しみたいんだから。来年は我慢するから、ね」

 葵からそんな事言われたら嫌だと言えるわけがない。それに……私も一夏、葵と一緒に、昔のように祭りを楽しみたい。二人と別れてから、毎年夏になるとそんな思いをしてきたのだから。

 

「ねえちーちゃん! 金魚すくいやろ金魚すくい! また昔みたいに根こそぎ奪いつくした後に川に放流しちゃいましょう!」

 

「止めろ束。昔それをやって店主が泣いていたのを忘れたのか」

 そんな事やってたんですか姉さん。あ、店主が物凄く青い顔して姉さん見ているけど……まさか。

 

「お、射的あるぜ! 葵、箒! 勝負しよう!」

 

「へえ、射撃で私に勝負とか一夏も身の程しらずね。IS学園の射撃訓練での私の成績しっているくせに」

 ISで銃を全く使わないくせに、葵は射撃の成績は1組でラウラ、セシリア、シャルロットの次に上手い。

 

「吠えてろ。本物の銃と射的の銃は勝手が違うんだよ。葵が思っているよりは難しいぜ!」

 そういうものなのだろうか? それに射的で勝っても、虚しくないのか一夏? そんな事思っていたらとっくに二人は射的屋の前まで行っていた。

 

「何やってんだよ箒! 早く来いよ!」

 

「ああ、今行く」

 銃でなく弓なら私の圧勝なのになと思いながら、私は一夏と葵の下に向かった。

 

 

 

 

 そして時間が過ぎ、私達は屋台がある広場から離れ森に向かった。向かう先は、篠ノ之神社の者しか知らない秘密の場所。昔、父が姉さんに教えたと姉さんが言っていた。

「昔父さんから教えて貰って、そこから綺麗に花火が見えるものだから感激して父さんにお礼言ったわね。そしたら箒ちゃん、父さん泣いて喜んじゃったのよ。『初めて娘に何かを教え、それを感謝されたって』大袈裟よねえ」

 かつて姉さんが私にその場所を教えてくれた時、姉さんは呆れた顔をしながら私に言っていたが……今では父の気持ちが少し理解出来る気がする。

 そして私達がその場所に着いた時、ちょうど花火が打ち上げられた。

 色取り取りにに咲く花火。その光景を私達はしばらく黙って眺めていた。

 

 思い返せば、6年前も―――この5人で、ここで花火を眺めていた。姉さんや千冬さんがいない時も、一夏と葵と一緒にここで花火を眺めていた。

 

「ねえ箒ちゃん」

 花火を見上げながら、

 

「来年も、一緒に見てもいいかな」

 どこか力無い声で姉さんは私に言った。少し薄暗く、姉さんがどんな顔をしているかわからない。ただ、私は姉さんの頼みに、

 

「ええ。来年もまた」

 素直に答えることができた。

 

「そっか。うん、じゃあ来年必ずまたここに来なくちゃね」

 薄暗くて顔が見えないはずなのに、その時私は姉さんがとても嬉しそうな顔をしているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    おまけ

 

 花火を見終わった一時間後

 

「どうです千冬さん、今日釣ったばかりのシマアジを刺身にしました。こちらはアジの握りと塩焼きです」

 

「うむ、美味い!」

 

「う~ん、美味しいよあーちゃん! やっぱ魚は釣りたてだよね!」

 

「ありがとうございます千冬さん、束さん。あ、一夏! アジフライ食ってないで一夏もつまみ何か作りなさいよ。さっきから私と箒ばっか作ってるのよ!」

 

「うっせ。今日の俺は白式の点検とデータ取りで疲れたんだ。釣りを楽しんだ葵が作れよ」

 

「それを言うなら一夏、私も神楽舞を演じたから疲れたのだが。そもそも一夏、ここはお前の家だろうが! お前が働け!」

 

「そうそう。それに私は明日の朝食用に一夜干しも作ったんだから、一夏も働きなさい」

 

「つうか何で、お前が釣った魚を当たり前のように千冬姉と束さんががっついてんだよ。しかも底なしのように酒を飲みながら」

 

「まあ元々千冬さんは日頃お世話になってるし、束さんはスサノオの件もあるし。そのことで二人に₍お礼をしたいから今日はお二人を招いたのよね」

 

「場所は俺の家だけどな」

 

「だって私の家まだ無いし、IS学園じゃお二人の希望の酒が飲めないし」

 

「つうかそんな理由の飲み会ならやっぱお前がちゃんともてなせよ」

 

「いい加減疲れてきた。それに材料は提供したんだから一夏もやる」

 

「……なんか私は完全に巻き込まれたな」

 

「まあまあ箒。明日は美味しい干物食べさせてあげるから」

 

「……大根おろしも頼む」

 

「了解~~」

 

 

「あ、あの~織斑先生、急に呼び出してどうしたんですかってええ! なんですかこれ!」

 

「あ、山田先生も着たみたいね」

 

「……葵、お前が呼んだのか」

 

「ええ、山田先生にも普段お世話になってるから」

 

「今の姉さんと千冬さんと一緒にさせるとは……」

 

「おおきたな真耶! まあこれでも食べながら飲みましょう!」

 

「え、なんです! ってお酒臭いですよ織斑先生!」

 

「む~、君がちーちゃんのお気に入りかあ。束さんは少しジェラシーなのだ。やっぱり胸! この私よりも大きい胸!」

 

「え、この人まさか篠ノ之束博士!? って胸揉まないで、揉まないでください~」

 

「よいではないかよいではないか~」

 

「一夏ー!空いたから次もってこーい! そして酌をしろー!」

 

 

 

「ああ、束さんが私達以外でも楽しそうにしている。やはり山田先生は癒しの効果が! 束さんのコミュ障改善にうってつけの人物!」

 

「……俺にはただおもちゃにされてるだけだと思うが」

 




いやあIS二期、楽しみです。まだ見てないですけどどうやらアニメではヒロインズが祭りを楽しんでるようなので、こっちはまずありえない組み合わせにしました(笑)

そろそろ温い展開でなく、一気に展開を進めようと思ったりも。


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夏休み 最後の思い出

「次一夏君! トップスピードを維持しながら右に旋回! その後八時の方向に瞬時加速! そしてラウラ君とシャルロット君からの攻撃を避けながらもスピードは維持するように!」

 

「はい!」

 

「ああ、一夏君! 攻撃に気を取られ過ぎ! スピード落ちてるし方向もズレてる! でも瞬時加速は問題無し!」

 

「はい会長!」

 

「こらー一夏君! 会長でなく楯無と呼んでって言ったでしょ!いい加減覚えてよ!」

 

「はい、楯無さん!」

 

 8月30日、夏休みがもうすぐ終わる頃一夏は楯無からこの夏の特訓の総仕上げを受けていた。楯無が千冬と交代で指導を行うようになったのは2週間ほど前の事だが、二人の指導は昼夜交代で毎日のように行われた。

 朝は早くから千冬から剣道の指導を受け、午前はそのまま千冬から操縦理論からISにおける近接戦理論を体で叩き教え込まれていく。午後は楯無から遠距離戦の概念からISの武装解説とその対処法。たまに楯無の指導が終わった後は、箒と葵に連れられて剣道部にも顔を出すという、ISのお国家代表も顔負けの練習量を一夏はこなしていった。

ちなみに事前に遊び行く予定などを言えばあっさりそれは通るのだが、逆に言えば予定が無ければ強制的に一夏は特訓をする日々を送る事となっていた。

 

(……いやあしかし、一夏君の覚悟って本物だったのね。先月から織斑先生がしごき倒してたって聞いたけど、それでも今の一夏君は入学当初と比べると恐るべき速度で上達している。一度学習したことを着実に物にしているし、IS乗りの才能かなりあるわね。さすが織斑先生の弟ってことなのかしら)

 上空で、一夏の特訓に協力しているシャルロットとラウラの攻撃を避けながら楯無の指示に従っている一夏の姿を見ながら、楯無は内心で感嘆していた。

 

(臨海学校前のデータは織斑先生から見せて貰ってたけど、あの頃は本当に弱かったのに。今では代表候補生除いたら一夏君が余裕でトップね。この調子なら二学期最初の実戦訓練であの子達の驚く顔が見れるでしょうね。あ、いやもう見えてるわね)

 一夏の特訓に協力を申し込んだシャルロットにラウラだが、己の攻撃を紙一重で避け続ける一夏に驚いた顔をしていた。

 

(彼女達も弱くはないけど、やっぱし彼女達と比べて一夏君の方が強くなりたいって気持ちが段違いだものね。それに、この一夏君の驚異的な成長もやっぱり目標があるからかな。おそらく一夏君が今一番超えたいと思っている相手はあの子で間違いないだろうし)

 その後さらに楯無は一夏に指示を出し、一夏がそれをこなしていく姿を見て、半月前自分が戦った葵の姿を思い浮かべる。かつて同じ道場で剣術を修行したせいか、もしくは千冬の指導のおかげか、一夏と葵の動きは似ている個所が多い。

 

(あの子と一夏君。IS学園という破格の環境にいる分一夏君の成長速度は葵君以上。一夏君次第でもしかしたら……在学中に倒せる可能性が見えてきたわね)

 扇子を広げながら、楯無は薄く笑った。

 

 

 

「は~い、一夏君! 今日の訓練はこれで終了!」

 

「……ぜえ、ぜえ、あ、ありがとうございます」

 午後五時を過ぎたあたりで、本日の楯無さんの指導が終わった。疲労困憊で、足が少し震えている。 

 

「うんうん、一夏君は教えたら教えるだけ強くなっていくからお姉さん教えがいがあって嬉しいよ。君はこの夏休みの間で本当に強くなった! 正直お姉さん、学園長や政府のお偉いさんから一夏君の護衛とかしろとか言われてたけどもう必要なさそうな位強くなってるわよ!」

 

「え、楯無さん……なんですが護衛って」

 なんか聞いたらいけないようなセリフが聞こえたような気がするんですけど。しかし俺のつっこみに対し、楯無さんは笑顔で無視して強くなったと連呼していく。

 

「じゃあ一夏君、この夏休みの間体を酷使し続けたから二学期が始まるまで訓練はお休みね。織斑先生も少し休めと言われてるから、二学期始まるまでゆっくりしないと駄目よ」

 そう言い残して笑顔で立ち去っていく楯無さんだが……いえ、今日はもう30日で明日でおわりなんですけどね。でも、よかった。明日は休みか。

 

「千冬姉には明日は休む事言ってたから、丁度よかった」

 さて、では後はあいつ次第だな。

 

 

 

 

 

 

夜七時、違うアリーナで訓練していた葵達も食堂で合流した俺等はいつものように一緒になって食事をしていた。

 

「よく食べるわね一夏」

 

「お前もな」

 葵が俺のトレーの中身を見て苦笑する。先月から千冬姉の指導を受けてから、食べる量が以前の2倍以上となった。今日の俺のトレーの上には、カツ丼大盛りにスペアリブ、豚汁にレバニラ炒めがのっている。葵のトレーを見たらごはん大盛りに豚汁、鰆の西京焼きに野菜炒めと筑前煮にほうれんそうのおひたしがのっていた。いや一品一品が少ないから俺と比べたら葵も少ないけど、箒達の量と比べたらかなり多い方だ。もっとも、葵の身長は170近くあるため、箒達と比べるのは間違いなんだろうけど。

 

「先月から思ってたが、一夏最近食が偏っているぞ。肉ばかり食べて野菜も食べたらどうだ」

 箒が俺のトレーを見て顔をしかめる。

 

「教官から指導を受けて以来、嫁の食事の量は増える一方だな。以前私には夜食べると太るなぞ言っておきながら」

 

「いやラウラ、それとこれは違うと思うよ。一夏の場合以前よりも運動量が増えたんだからむしろよく食べないと。それに一夏は今が成長期みたいだし」

 シャルの視線が俺の体に向けられる。それにつられてか、皆俺の体に視線が注がれていく。

 

「そういえば一夏さん、背が少し伸びられました?」

 

「それよりも筋肉が増えたわね。プール行った時から20日以上経ったけど、あの時よりも増えたの服の上からでもわかるわよ」

 セシリアと鈴が言うように、俺の体はあの臨海学校の頃から比べるとかなり変化している。背は実際の所2日前測った時は1㎝しか伸びてないから誤差の範囲だろう。でも体重は5㎏増えている。肉の量が増えた為、大きく見えてるんだろう。

 

「しかしそんなに肉ばかり食べたら体に良くないぞ一夏。バランスよく食べないとただのデブになってしまうぞ」

 

「ああ、それなら大丈夫だ箒。ちゃんと野菜は食べているからな。葵も同じ事言って、たまに業火野菜炒め作って俺に食わせているから」

 

「ブッ!」

 なんだよ葵急に吹き出しやがって、汚ねえなあ。ん、あれ? 何で皆鋭い目で葵を見ているんだろう?

 

「い、一夏! それは秘密って言ったじゃない!」

 あ、そういえばそうだった。つい言ってしまったが、葵から何故か秘密にしてくれと言われてたんだった。

 

「へえ、業火野菜炒めを一夏にねえ」

 

「普通の野菜炒めとはどう違うのか興味ありますわね」

 

「詳しく知りたいね」

 

「……はあ。まあそれは食べ終わったら話すから」

 鈴達の視線が葵に集中し、疲れた顔で葵をしながら溜息をついた。

 あ、そろそろ聞いた方が良いな。

 

「なあ葵」

 

「何一夏?」

 何故か不機嫌な声で葵は聞き返した。

 

「明日暇か?」

 

「明日? ええ暇になったわよ。8月最終日だから好きに過ごしていいとか言われたから」

 俺の質問に葵はなにやら皮肉めいた笑みを浮かべながら答えた。……葵も夏休みの間何度も急に政府のお偉いさんに呼ばれてたからなあ。

 

「よし、じゃあ問題無いな。葵、明日映画観に行こうぜ」

 その瞬間、何故か周りの空気が凍ったのを俺は感じた。

 

「へ、へえ一夏。明日映画に」

 何故か葵は目をきょろきょろ動かし、顔を引きつらせながら答えた。

 

「ほお嫁よ、明日映画を見に行きたいのか。な」

 

「ああ、すまんラウラ。明日見たい映画はちょっと特別なんだ。俺と葵の分しか確保出来なかったんだよ」

 

「特別?」

 

「特別って……一夏まさか」

 

「いや鈴、何を誤解して赤くなっているか知らんが来月公開の映画の試写会の券を二枚分手に入れたんだよ。ライトセイ○ーで有名なSF映画の金字塔の最新作なんだが」

 

「マジで! あの最新作の試写会なの一夏!」

 おお、すげえ食いつきだな。まあ葵このシリーズ好きだからなあ。

 

「ああ、マジだ。応募してたら当たったんだよ。見に行こうぜ」

 

「もちろん!」

 凄く良い笑顔で葵は了承した。よし、喜んでるな。本当は応募でなく、先週俺の白式のデータ取りの為来ていた役人のおっさんに頼んでもらったんだけどな。夏休みを潰されるんだ、これくらいの我儘はきいてほしい。

 

「あ…

 浮かれる葵だが、何故か急にまた顔を引きつらせながら周りを見渡す。若干怯えたような表情を浮かべながら箒達を見渡すが、

 

「思い出した、そういや昔一夏の家でその映画の前作を弾とも一緒に見てたわね。あたしはそこまで面白くなかったけど、あんた達めちゃくちゃ興奮して見てたっけ。あたしはあんまり興味無いし試写会じゃチケット買えないし。二人で行って来たら?」

 

「そうだな、そういう状況なら仕方がないな。それに一夏も葵も、夏休み中何度も上からの理由で予定が潰されたのだし、久しぶりに二人でぱーっと遊んで来たらどうだ」

 

「!!!」

 鈴と箒の言葉を聞き、何故か驚く葵。その後セシリア達からも同じような事を言われ、さらに葵は驚いていった。

 

「まあそんなわけで葵、明日は8時にIS学園出発するぞ」

 

「う、うん」

 その後も、葵は戸惑いながら箒達の姿を眺めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、ちょっと驚いたわね。誰か一人くらい食い下がると思ってたのに」

 

「いや、まあ葵には先々週世話になったし」

 

「わたくしも葵さんにはその……料理の件とかありまして」

 

「僕も……前葵のおかげで一夏と出かけられたし」

 

「教官の家に遊びに行く口実を葵は作ってくれたしな」

 

「あたしも似たようなものかな。そういうわけで今回は」

 

「わかってます。後をつけたりしませんわよ」

 

「……僕の時はつけてたけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、良い天気ねえ一夏」

 

「……」

 試写会会場に向かう為モノレールに乗りながら、葵は外の景色を見ながら嬉しそうに言っている。外を見ると、8月最後の太陽の光が容赦なく目に入っていく。しかし、俺には陽射しよりも、眼前に座る葵の姿を直視出来ないでいた。

 

「ねえ一夏、場所はどこなわけ?」

 

「場所か、ああ、場所はいつものとこだ。『レゾナンス』の4階で行われる」

 

「そっか。新作楽しみよね」

 葵は今日行われる新作映画の事で頭が一杯のようだが、俺は別の事に気を取られている。

 葵は普段、出かける時はIS学園の制服か男の時よく着ていたジーパンと白Tシャツっ姿であった。今日もそんな恰好で来ると思っていたのだが……

 

「なあ葵」

 

「ん?」

 

「お前のその恰好なんだけど」

 

「ああこれ。もうすぐ夏が終わるし、せっかく鈴とセシリアが選んでくれたしね」

 今日の葵は、臨海学校が始まる前鈴とセシリアの二人が選んだ赤のキャミソールに、白のミニスカート、そして黒く長いニーソックスを履いている。髪もストレートからポニーテールにし、腕や首にもアクセサリーを付けている。

 ……普段はこんな恰好しないくせに、何で急にこんな恰好を。おかげで何故かまともに葵を直視できないでいる。そんな俺の様子を、葵は全く気にせず再び外の景色を眺めていった。

 

 

 

「う~ん、面白かった! 最後に○ナキンが溶岩に落ちたようだけど絶対生きてると私思うな。そしてルー○が恋していた姫さんがまさかの妹! 終盤でヨー○がドゥー○ー伯爵と相打ちになってデス○ターを内部から破壊したりと見どころがありすぎて最高! ただ○イトセイバー戦闘シーンだけはプロの目から言わせると厳しい部分もあったかな」

 

「そら葵、俺達はISであれ以上の戦闘やってるからなあ。確かに俺も殺陣にはちょっと不満があった。ストーリーと戦闘機の戦闘は最高に面白かった」

 数時間後、試写会は終わり俺と葵は映画の感想を言いながら会場を後にする。殺陣を駄目だしする俺と葵の声を聞いたファンが、たまに怒気をはらんだ目で俺と葵を見るが、すぐに驚いた顔をして離れていく。たまに「あの子、……だよね」「あの少年、確かTVで見た」な声が聞こえる為、俺達の正体はバレテるんだろうなあ。さっきから視線を凄く感じるし。葵は視線に関しては全く意に介してないな。羨ましい。

 

「一夏」

 前を歩いていた葵が振り返ると、

 

「今日の映画、これで貸しは一つチャラにしてあげる」

 笑みを浮かべながら俺に言ってきた。

 

「……こんなんじゃ足りないと思うけどな」

 

「私がいいと言ってるの。それに足りないと思ってるなら次はもっと凄いの期待するわよ」

 うげ、ハードル上げてきたな。でも、葵には楯無さんの件や、なによりも臨海学校の時の件もあるし。

 

「オーケー。次は今日以上のやつにする」

 

「ま、少し期待しとくわね」

 少しだけかよ。じゃあ、絶対葵の期待を超えてやるぜ!

「一夏、映画見終わったけどせっかくだしもう少し遊んでいかない」

 

「ああ、そうだな」

 

「じゃあ近くにラウンド○ンがあるし、そこ行こうぜ」

 

「いいわね。久しぶりにビリヤードで勝負しよっか」

 そういや俺も最後に行ったのは今年の三月に弾達と行った時以来か。ようし、ISでは負けてるが、こっちの勝負は勝たせてもらうぜ!

 

 

 

 

「……負けた」

 

「よし、私の勝ち!」

 ラウンド○ンに来てからの最初の勝負、ビリヤードのナインボールによる戦いは葵が勝利した。しかし、俺は負けても後悔はなかった。

 

「葵、次は冬になったらまた勝負しようぜ」

 

「いいわよ、返り討ちにしてあげる。でも何で冬なわけ?」

 

「色々事情があるんだよ」

 キャミソール着ているせいでお前がボールを打つ時、物凄く胸がヤバい光景になってたからとは言えない。つうか気付けよ葵。周りに人がいなくてよかったぞマジで。

 

「? まあいいわ。じゃあ次はボーリングやらない? 勿論負けた一夏のおごりで」

 ……………。

 おい、お前は本気でいってるのか。ビリヤードは丁度周りに人がいなかったからよかったが、ボーリングは……。

 

「いや葵、ボーリングでなくカラオケ行こうぜ。急に叫びたくなった」

 

「あ、カラオケもいいわね」

 葵の意識をボーリングから逸らすことに成功し、気が変わらない内に俺は葵と一緒にカラオケコーナーに向かうことにした。

……たまに抜けてるよなあこいつ。

ミニスカート履いてボーリングしたらどうなると思ってんだよ。

 

「負けた……」

 

「ははは、今度は俺の勝ちだな!」

 俺と葵で5曲歌い合計点数でどっちが上か勝負をし、僅差で俺が勝利した。もっとも歌う曲はバラバラで、ただお互い好きな曲を歌い競うだから純粋にどっちが歌唱力が上とかはわからんけど。

 

「ちぇえ、じゃあ負けたし今度は私が一夏に何か奢ってあげる。クレープでいい?」

 

「おう」

 少し疲れてきたしな。そういや昼飯食ってないけど、もう微妙な時間だし夕食まで我慢するか。

 クレープ屋に着き、葵はチョコバナナ、俺はマンゴープリンを注文。店員のお姉さんは手際良くクレープを作り俺と葵に商品を渡した後、

 

「980円になります」

 凄く良い笑顔をしながら俺に代金を請求した。

 いや、まあその反応は別に良いのだが、葵が財布から千円出して小銭受けに置いたのに、

 

「980円になります」

 葵が置いた千円を無視して、店員さんは俺に代金を請求してきた。店員さんは顔は笑顔を浮かべてるが、目は笑っていなかった。

 

 男が払うの当然でしょ

 

 店員さんの目は俺にそう言っていた。

……ああ、今の世の中じゃ男が奢って当然な風潮だからなあ。

 

「これでお願いします」

 葵がかなり強めな口調で、再度店員さんの前に千円札を置いた。声にも怒気がはらんでおり、ドスのきいた声を聞いた店員さんは驚き慌てて清算しておつりを葵に渡した。俺と葵はクレープ屋から離れていくが、「なによ、甲斐性無しの男ひっかけちゃって」「男が奢るのが当然なのに」みたいな声が背中から聞こえてきた。

 

「……気分悪いわね」

 

「何でお前が怒るんだよ」

 いや俺の為に怒ってくれるのは嬉しんだけどな。

 

「一夏、逆の立場だったらどう」

 葵の問いに、俺は即答で返した。

 

「怒るにきまってる」

 

 

 

 その後時間があっという間に過ぎていった。たまにハプニングがあったが、まるで二年前みたいに馬鹿やりながら過ごした。いつもIS学園にいるため、ハメを外して遊び回っていった。

 

 夏の最後で、おそらく一番楽しい時間を俺は過ごすことが出来た。そしてそれは……葵も多分同じだろう。

 何せIS学園で再会してから、俺が見た中で一番良い笑顔を―――浮かべていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 そして、翌日から二学期が始まったが……最高の気分から最悪の気分へと叩き落とされた。

 




そろそろ物語進めます。


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学園祭 序章

 葵と久しぶりに二人で羽目を外して遊んだ翌日から二学期は始まった。

二学期になるとまず最初に1組と2組の合同訓練があり、そこで2組の鈴との試合が行われた。

 二学期最初のクラス対抗試合とも言えるこの試合に、俺と鈴も気合を入れて試合に挑んだ。お互いクラスの看板背負っている為負けるわけにもいかないからな。

しかし俺はこの試合自信があった。この夏千冬姉と楯無さんからほぼ毎日地獄のような特訓を受け続けていたからだ! 二人から基礎を徹底的に叩き込まれ、俺も少しは強くなったという自覚もある! 千冬姉の名に恥じないよう、モンドグロッソ優勝を夢物語にしないよう俺は必死になって訓練してきた! 今の俺なら、臨海学校の時とは違うと皆に言えることが出来るはずだ!

俺はそんな事を思いながら意気揚々と試合に挑み、鈴との試合は2試合行われ、その結果―――

 

 

「ま、まあ元気を出しなよ一夏。一夏は頑張ってたよ」

 

「そ、そうですわよ一夏さん。試合内容はわたくしから見ても大変素晴らしいものでしたわ」

 

「そうだぞ嫁。夏休み前と比べると、嫁の成長速度は異常とも言っていいぞ」

 机の上で突っ伏している俺に、シャル、セシリア、ラウラが慰めの声を掛けてくれている。今俺達がいるのは1組の教室で、周りを見たら他のクラスメート達も俺の周りにいて『おりむーは頑張ったよ』『次リベンジしようよ』『織斑君なら次は絶対勝つって』と温かい言葉を俺に言ってくれている。

 

「……はあ。二試合戦って、二試合とも俺の負けとか。俺の夏休みは何だったんだろ」

 クラス代表戦、俺は鈴と戦い……2試合とも負けてしまった。いや、ただ負けるならここまで悔しがったりはしない。俺がここまで落ち込んでいるのは、

 

「でもちょっと情けないわね。鈴に一太刀も零落白夜の一撃与えることも出来なかったし、鈴のシールドエネルギー2試合とも半分削っただけで終わっているし」

 

「葵、言い過ぎだ!」

 普段とは全然違う冷めた声で言う葵の辛辣な言葉を聞き、箒が窘めるが…そうだ。ただ負けただけならここまで落ち込まない。仲間を守るという誓いをしたのに、その守りたい仲間よりも俺はまだまだ弱いという事実を突き付けられたからだ。

 

「そうね、言いすぎたわね。一夏の実力じゃ鈴にまだ勝てるわけないし。当然の結果だものねこれ」

 

「ッ!」

 俺は思わず顔を上げ、すぐ傍に立っている葵を睨む。葵は冷めた目をしながら俺を見下ろしていた。

 

「ねえ一夏、悪いけど確かにこの夏休み一夏は以前と比べたら格段に強くはなっているわよ。でもね、たかが夏休みの間だけで代表候補生に勝てるまで強くなれたなんて思ってたんなら一夏、幾らなんでも私達代表候補生を舐めているとしか思えないわよ」

 

「……舐めてるわけじゃねえよ。それにそんな事も思ってはいない」

 

「いいえ、舐めているわね。言っとくけど私達は一夏よりも倍以上搭乗経験あるのよ。それが7月まで専用機持っていながら真剣に訓練しなかった一夏が、夏休みの間必死で頑張ったのに追い付けてないから悔しいとか。ふざけるなと言いたわよ」

 葵の厳しい言葉と目が俺を貫いていく。ふと周りを見回したら、シャルにラウラにセシリアが何とも言い難い表情を浮かべながら俺と葵を眺めている。

 ……もしかしたら、三人とも内心では葵と同じ気持ちを抱いていたのかもしれない。そうだよな、千冬姉や葵だけでなく、鈴達も俺よりも元々格上の相手だったんだ。守るとか言って、俺は……何時の間にか俺よりも弱い存在みたいに思ってしまっていたんだ。じゃあ俺は負けて悔しいと思う前に―――

 

「ま、まあ葵さんそれくらいにしてあげなよ」

 

「そうだよ葵さん。織斑君は男の子なんだからやっぱり勝負で負けたのが悔しいんだよ」

 空気が重くなったのを察してか、鷹月さんと相川さんが場の空気を変えようとしている。

 

「それに葵さんも2年前は男の子で過ごしてたんでしょ。なら織斑君が悔しいって思う気持ちも」

 

「ええ、そりゃあもう理解出来るわよ。ただ私だったらいつまでも負けた事にいじけてないで、何故負けたのかとかどうしたら勝てたかを考え続けるわよ」

 そう言って、また冷めた目をしながら俺を見ている葵。

そう、それだ。悔しいが……確かに全部葵の言う通りだな。いじけていてもしょうがない。それに負けたのは今に始まったわけじゃないんだ。まだ俺には時間もチャンスもあるんだ。今日の反省を活かし、次こそは!

 

「どうやらようやく一夏らしくなってきたわね」

 俺の表情を見ながら、先程までとは違いいつもの口調で葵は俺に言って笑いかけた。

 

「ああ、いつまでもいじけるなんて俺らしくないよな」

 

「そういう事。まあ私なら負けた原因を真っ先に考えて次リベンジに燃えるものねえ」

 

「はいはい、俺が女々しくて悪かったなっと。ああ、皆ごめんな。俺が何時までも落ち込んでたせいで気を遣わせてしまって」

 俺はクラスの皆に詫びながら辺りを見回した。そしたら、何故かクラスの皆妙にニヤニヤしながら俺と葵を眺めている。セシリアにシャル、箒にラウラは何故か仏頂面している。

 

「ふうん、やっぱりあれよね。織斑君の性格よくわかってるわね」

 

「あれが男の子の慰め方なのかな」

 クラスの皆が何故か面白そうな顔をして俺と葵を眺め、

 

「うう、あれが正解だったとは」

 

「優しい声だけじゃ駄目ってことかあ」

 

 ラウラ達は何やら不満顔でぶつぶつ言い合っている。なんだこの対照的な反応は。葵もそんな二つの反応を眺めながら苦笑している。

 

「はいはい、一夏がようやくいつも通りになったんだから、反省会始めますか」

 今回俺が負けた敗因。2試合戦って俺が2試合とも負けた理由は……

 

「白式の切り札、零落白夜が当たらなかったからか?」

 って、これじゃ切り札が当たらないから負けたという言い訳じゃねえか! 

 

「はい一夏、それだけじゃ50点よ」

 

「……だよなあ。他にも原因あるよなあ」

 零落白夜が決まっていたら勝っていた可能性があるから言ってみたが。

 

「……一夏、お前の零落白夜が当たれば勝てたは全ての試合に当てはめることができるぞ」

 

「僕の盾殺しに葵の正拳突きよりも威力あるしね。そりゃあ当たれば勝てるけど」

 ……例外もあるようだけどなあ。

 

「嫁の機体は攻撃力だけなら全ISで最強だからな」

 

「ですが今回2試合とも一夏さんが零落白夜で攻撃しても全て鈴さんは防いでましたわね」

 何時の間にか箒達も会話に加わってきた。

 

「でも織斑君、今回の試合見てたけど前回よりもずっと凰さんを追い詰めてたよね」

 

「それに近接戦での格闘なら織斑君の方が凰さんよりも強かった気がする。凰さんも双天牙月で織斑君の雪片弐型と斬り結んでたけど、織斑君の方が最後は有効打浴びせてたし」

 箒達に続き、谷本さんや鷹月さん達も会話に加わってきた。

 そうだよな、確かに近接格闘なら今日の俺、鈴よりも結構良い線行ってたと思うんだけどなあ。

 俺は今日の2試合を振り返ってみる。鈴の衝撃砲は砲身も弾丸も見えない厄介極まりない兵器。何時どこから撃たれるかわからない衝撃砲の攻撃を、俺はとにかく鈴の背後から回り込むように移動して鈴に肉薄していった。

 第3世代兵器は、操縦者のイメージ力に大きく左右される。操縦者が明確にイメージして攻撃しないと発動されない。鈴の衝撃砲も同様で、ISが勝手に俺を識別して攻撃してくるなんてことはありえない。そしていくらISがハイパーセンサーのおかげで360度の視野を認識できるといっても、本来人間は視野は180度から200度までしかない。そのためISで幾ら360度全ての視野を理解していたとしても、どうしても人間の本来の視野の外の光景に若干の遅れが生じる。その領域から上手く接近し、鈴の衝撃砲を掻い潜り攻撃する。葵がよくやっていた手口を俺も真似てみて結構良い線行ってたんだが……。

 

「近接戦で鈴と斬り結び隙が出た所に零落白夜を発動し、いざ攻撃したら……1回目は鈴から俺が握っている雪片弐型を下から蹴り上げられて雪片弐型を手放され、そのすぐ後に双天牙月で殴り飛ばされた後衝撃砲連打されて撃沈。2回目は……1回目と同じように零落白夜展開した瞬間に鈴がスラスターを噴射して俺に向かって激突。互いに抱き合っているような状況の後鈴が体を捻って……俺の腹を殴り飛ばし、俺も無我夢中で雪片弐型を振るうも鈴の体に当たる前に鈴の左手が俺の雪片弐型の剣腹を叩いて軌道をそらしかわされ、その後鈴の衝撃砲の集中連打喰らって負けた」

 あれ? なんかこの鈴の動き、誰かと似てね?

 

「……」

 周りを見たら、皆視線が葵に集中している。

 

「……二人の試合見てて思ってたけど」

 

「うん、やっぱり凰さんって」

 

「ええ、この夏私が鈴に格闘戦叩き込んだわよ」

 皆の視線を受けながら、葵はあっさり答えた。妙に嬉しそうなのが少し気に入らない。

 

「鈴から夏休み入った後すぐに頼まれたからね。本国に帰りたくないけど、強くなっておかないとあたしの立場が危ないとかなんとか。それに夏休み入った後箒達いなかったし、一夏はずっと千冬さんからしごかれてたじゃない。対戦相手鈴しかいなかったのよね。だから私は鈴の要望に応える為、鈴とほぼ毎日格闘戦やってたわ」

 

「……その特訓って、もしかして主に第4アリーナでやってた?」

 

「ええ、そうだけど。どうして?」

 

「いや……僕達がこっちに帰って久しぶりに学園のアリーナで訓練したら、第四アリーナだけ壁に人型の跡がたくさんあったから。もしかして」

 

「ええ、全部私が鈴を殴り飛ばした跡よ」

 ……俺もこの夏相当厳しい特訓重ねたと思ってたけど、鈴も負けずに凄まじい訓練してたんだな。確かの思い返せば、箒達がIS学園に帰ってくるまで葵と鈴って一緒に訓練してたな。

 

「そのおかげで、鈴は近接格闘じゃかなりの腕前になっていると思うわよ。それも一夏対策で零落白夜が使われたらどう対処すればいいか私の考えも叩き込んだし。今回の試合見て、鈴の努力と私の理論が正しいのが証明されてちょっと嬉しかったのよね」

 ちょっとまて! 何だ、その零落白夜対策って!

 

「い、いやでもおかしくないか? 今お前近接格闘かなりの腕前になったとか言ってたけど、零落白夜は当たらなかったがその他は俺の方が押して……いや、あ~まさか」

 今思えば俺が零落白夜使おうとした時って、全部俺が鈴を攻撃して隙が出来た時だった。

 

「葵さんもしかして……、鈴さんはわざと攻撃を緩めて一夏さんが零落白夜を使わせようとしたということですの?」

 

「はいセシリア正解! 一夏の零落白夜を鈴はわざと発動するよう誘導してたのよ。少し攻撃の手を緩めて、一夏が自分が押していると錯覚させてね」

 ま、まじかよ……。俺、近接格闘しか出来ないのにそれすら鈴に負けてたって事か。

 

「しかし葵、何故わざわざそのような面倒な事を鈴はしたのだ? 万が一、一夏の攻撃が当たったら負けてしまう可能性があるというのに?」

 

「あれ、箒知らないの? 一夏の白式だけど、零落白夜発動中に攻撃を喰らったら洒落にならない位シールドエネルギー減ってたのを?」

「ええ! そうなのか葵!」

 初耳だぞそれ!

 

「……何で一夏がそれを知らないのよ。大体少し考えたらわかるでしょ。零落白夜って白式のシールドバリヤーのエネルギーを攻撃力に転換しているのよ。すなわち発動中は完全に無防備状態。攻撃喰らったらすぐに絶対防御発動」

 あ~、言われてみたら2試合とも鈴の攻撃喰らったら物凄い勢いでエネルギー減ったっけ。いや俺の白式、そんな弱点あったのかよ! ただでさえエネルギー喰う機体なのに、防御力まで減るのか!

 

「なにかあ、じゃあ今回の勝負は……」

 

「鈴に完敗したわね一夏」

 葵の言葉を聞き、再度俺は机に突っ伏した。……いじけるのは俺らしくないとかさっき言ったけど、負けた原因がわかったら前言撤回したくなった。

 

「ううむ、しかしそれなら今の鈴は相当強いって事か」

 

「わたくし達とは違い、ここに残って遊んでたとばかり思ってましたけど」

 

「考えを改めないといけないね.鈴は間違いなく僕達にとって強敵になった」

 

「あ、そうそうラウラ。今度鈴がラウラに1学期のリベンジするとか言ってたわよ」

 

「ふ、面白い。楽しみだ」

 俺が完敗していたのがわかると、皆俺より鈴に関心を持って行ってるし。……おい、俺本当にいじけるぞ。

 

「はいはい一夏、原因ががわかったんだから落ち込まないでそれをどうするか考える。それと」

 

「ああ、わかっているよ。鈴には素直に負けを認めるよ」

 勝ったくせに、俺がショックを受けてたせいであいつ気を使って喜べてなかったからな。

 

 はあ、少しは皆に追い付いたと思ってたのに、考えが甘かったかあ。

 ちなみに3組と4組の試合を後で聞いたが、4組の圧勝、いや完封勝利したらしい。

 

 

 

 

 

 その時の俺は、ああそういえば4組って葵と同じ日本代表候補生の子がいたんだよなあとしか思わなかった。

 

 

 

 

 

 

「さあ青崎さん、観念して青崎さんもメイドを着る! これはクラスの総意でもあるんだから!」

 

「嫌! 絶対嫌!」

 

「嫌でも駄目! うちのクラスはありえない程の専用機持ちがいるんだから! 専用機持ちの子がメイドでお出迎え! 凄い宣伝になるのよ!」

 

「私がいなくても箒含めて5人もいるんだからいいじゃない! 見た目なら申し分ないでしょ。黒髪に金髪に銀髪までいるんだから」

 ……葵、お前さらっと俺も人数に含めたな。いや俺もメイドでなく執事服着るけどな。

 現在俺のクラスは、葵がメイド服を着るよう相川さんが説得している。

 何故そのような事態になっているかというと……それは昨日全校集会があり、楯無さんが全校生徒の前で『次の学園祭! クラス、部活その他諸々が店やイベントするけど、一番売り上げが多かった所に織斑一夏君が出張マッサージに行きます! さらに副賞として学食来年までタダにします』と宣言したからだ。

 俺のマッサージはともかく、学食タダ=デザート食べ放題な意味らしいのでどこもかしこも気合を入れて学園祭に燃えている。くそ、皆食い意地張ってるなあ。部屋で葵にそう言ったら何故か温かい目で見られたが。

 当然俺のクラスも皆燃えていた。学園祭の出し物を何に決めようかと俺が言ったら多くの人が積極的に意見を言ってきたが……全て俺がホストをする案だったので却下した。

 最終的にラウラがメイド喫茶が良いと言いだし、クラス一同あのラウラが! と驚愕したが案としては悪くなく、喫茶店をやってみたいという子も多かったので1組の出し物はメイド喫茶に決まった。

 その後内容を煮詰める話になり、喫茶店で出すお菓子類の話になると葵が身を乗り出すように手を挙げ、

 

「喫茶店で出すお菓子は私が作りたい! ケーキでもクッキーでもシュークリームでも和菓子でも何でも作るわよ!」

 かなり気合入った声で皆に宣言した。葵の菓子作りの腕は、正直かなりの腕前だ。たまにキッチン借りて、俺や箒達、クラスの皆にも振舞っていたので全員賛成で葵はホール担当になると俺は思っていた。……この時までは。

 しかしその後接客の話が出て、誰が接客しようかという話になり……誰かがこのクラスは専用機持ちが多いから、それを目玉にしようと言いだして今に至る。

 

 

 

「お菓子作りたいが9割の理由だけど、接客したくないから私名乗り上げたんだから! じゃあ私何も作らないわよ!」

 

「……う~ん、それはそれで困るわね。メイドだけだと他のクラスも似たような事をしたらインパクト弱くなるし。それに日本代表候補生のお手製お菓子というキャッチコピーも欲しいし」

 頭を悩ませる鷹月さん。……どうでもいいが、メイド喫茶に決まった後は谷本さんや鷹月さんがほとんど中心になって話進めてるんだよなあ。俺がクラス代表のはずなんだけど。

 

「仕方ありませんわね。ではここは葵さんの代わりにわたくしがお菓子を」

 

「お願い青崎さん! キッチン担当は貴方しかいないわ!」

 

「ええ! やっぱり最初に名乗ったのは私だしそこはやり通すのが筋ってものよね!」

 セシリアが何か言いかけていたが、谷本さんと葵の大声で掻き消された。……あっぶねえ、セシリアには悪いが学園祭でテロ事件を起こすわけにはいかないんだ。

 

「でも青崎さん、本当にお願いだけど貴方もメイド服着て欲しいのよ。なんだかんだ言っても、メイドの中で一番の目玉になるのは青崎さんなんだから」

 顔の前で両手を合わせながらお願いする相川さん。まあ俺でもそう思う。言っちゃ悪いが、このIS学園が日本にあり来客の多くが日本人だという事を考えたら、同じ代表候補生でも異国のセシリア達よりも、日本の代表候補生の葵の方が興味持たれるからな。それに葵はつい最近日本代表候補生として紹介されて、強烈なデビューを果たしているから話題性高い。

 

「アオアオは日本の代表候補生なんだから、国民を助ける義務があるよ~」

 

「それに青崎さん、臨海学校の時は私達協力したんだから今度は青崎さんが協力する番じゃないかな~」

 

「う、いやあの時は確かに助かったけど……はあ、わかったわよ。やればいいんでしょやれば」

 のほほんさんや、鷹月さんから臨海学校で箒の誕生日会の時の件を言われ、葵はとうとう折れてしまった。

 

「よっし! これで問題は全てクリア! 後は細かい装飾やメニューは次回話し合いしましょ!」

 

「ラウラさん、メイド服の伝手は大丈夫なの?」

 

「ああそれは問題無い。以前ちょっとした縁があってな」

 その後メイド喫茶の細かい内容は次回する事となったが……完全に谷本さん達が仕切っているので俺は書記係として内容を纏め、千冬姉にクラス案を提出したのだった。

 

 

 

 

「っというわけなんだよ。やっぱり女子ばっかの所は大変だぜ」

 

「……まあ、それは大変だったな」

 俺は目の前にいる弾に、IS学園の出来事を愚痴っていた。一昨日、特に用事もない俺に弾から電話があり、『俺と御手洗達が趣味でやっているバンドがついに来月デビューが決まったから、聞いて評価してくれ』と言われたので、弾達が練習している高校に俺は来ている。デビューと言っても弾達がいる高校の文化祭でという事だが、正直何時の間にそんな事やっていたのかと驚いたが、『女にもてるにはやはり音楽だ』というメンバー全員の共通の意見の下結成したらしい。最初は楽器を弾くだけで満足していたようだが徐々にハマっていき、夏の間は練習に打ち込んでいたらとうとうそれなりに弾けるようになったとか。弾以外のメンバーはまだ来ていないので、俺は暇つぶしに弾とIS学園の話をしていた。

 

「しかし葵がメイド服着るのか……、一夏写真撮って来てくれ。正直かなり見たい」

 

「見たいなら見に行けばいいだろ。ほい、弾これやるから当日来いよ」

 俺は弾に学園祭の招待券をあげた。今日わざわざ出向いたのは、弾にこれを渡すためでもある。俺が渡したチケットを、弾は震えながら手に持っている。おい危ないぞ、千切れたらどうするんだ。

 

「一夏~~! 俺は今日ほどお前が友達で良かったと思った日は無いぞ!」

 

「……大袈裟だなあ、それくらいで」

 

「阿保か! IS学園とか俺みたいな一般人には限りなく縁が無い所なんだぞ! しかも通っている生徒は皆可愛いらしいじゃねーか! 男の憧れの象徴みたいな所に通っているお前は全男性の敵って事を認識しろ」

 

「いやお前、俺の今日の話聞いてたか!」

 お前が何思っているか知らないが、少なくとも俺はそこまで幸せじゃねーよ!

 

「まあ、それはわかってはいるがとりあえずリア充爆発しろと言わせろ」

 一気にテンションが落ちた弾が、ニヤッと笑った。……まあ、なんだかんだでこいつは俺の気持ちをわかってくれているんだとは思う。

 

「でもマジでサンキュな一夏。話聞くだけでなく、お前たちがどんな所で勉強しているのかは興味あるからよ」

 そういや弾、前一人だけ違う学校にいることに少し寂しがってたな。

 

「……当日は俺と葵、鈴で学園案内してやるよ」

 

「おお、すげえ楽しみにしとくぜ!」

 俺の言葉を聞き、本当に嬉しそうに弾は笑った。

 

 

 

「しかし御手洗達遅くないか?」

 

「そうだな、もう集合時間なんだが」

 集合時間になっても、御手洗達は姿を現さなかった。どこにいるんだよと思いながら携帯を取り出そうとしたら、

 

「悪い悪い! 遅れちまった!」

 汗をかきながら御手洗達―――御手洗に大石、猿渡が姿を現した。おお、そういえば弾とは違いこいつらは会うの久しぶりだな。最後に会ったのは……ああ、葵がIS学園に来た前日だったな。

 

「あれ? 葵は?」

 

「葵なら今日は用事があるから来れなかったぞ」

 

「……そうか」

 俺の返事を聞いて、一気に落胆する御手洗達。葵も誘われてたのだが、それよりも先に箒と買い物の約束をしたとかで、俺よりも早く二人でIS学園を後にしていた。

 

「あ~あ、何か今日やる気なくなった」

 

「暑いしプールにでもいかね?」

 

「いいな、織斑を餌に可愛い子ナンパしようぜ」

 

「おいお前等! なんだよそれ! お前達来月バンドデビューするんだろ!」

 葵がいないからって落胆しすぎだろうが! 弾の野郎も今日いないの知ったら溜息ついたし。結構俺傷ついたぞ!

 

「だって可愛い子がいた方が気合入るしよ」

 

「それに俺達お前や弾と違ってそこまで青崎と縁があるわけでもないし。こういう機会でもなければ会う事出来ないんだよ」

 

「中学の時は青崎の姿を見て『あれは男あれは男俺はホモじゃない俺はホモじゃない』と自分に言い聞かせていたが、それから解放されて普通に美少女として見て欲情できると思ってたのに」

 いや、確かにそうかもしれないがとりあえず最後の猿渡、テメーはもう葵に絶対会わせないようにしよう。

 

「いやでも……今日は葵には来てほしかったな」

 

「何だよ御手洗、そんなにお前葵に惚れたか」

 残念がる御手洗にからかう弾。しかし、

 

「そうではなく……ちょっとヤバい事になっているからな」

 さっきまでのふざけた空気から一変、御手洗だけでなく大石に猿渡も真剣な顔をしだした。

 様子が変わったのに戸惑う俺と弾に、猿渡は一冊の雑誌を俺に手渡した。ん? なんだこれ?

 

「今日発売された、そこそこ有名なIS関連を扱う雑誌なんだが……織斑、見てみろ」

 何なんだよ、まあIS関連の雑誌みたいだから俺の事でも載っているのか?適当にページを開き中を見る俺と弾。そしてあるページで、俺は驚愕した。

 

「な、な、な何! 千冬姉に恋人がいるだと! 弟の俺でもそんな影見た事無いぞ!」

 

「……いや一夏、それは馬鹿な俳優が話題性の為だけに言った嘘だから。それくらいわかれよ」

 

「ちなみに最新情報では、それ言った俳優が引きこもりになったらしい。なんでも『ウサギ怖いウサギ怖い』とずっと意味不明な事をいっているらしい」

 な、何だデマかよ。しかしその俳優、いったい何があったんだろうなあ。俺にはちっともわからないやあ。

 

「織斑、俺が見せたいのはそれじゃない。もう少し読んでみろ」

 御手洗から言われ、再度読んでいくが特に面白い記事ないんだが。中国代表が12歳の小学生とか、イタリア代表がフェンシングの国際大会で優勝したとかの記事しかないが……いや、なんだこれは。

 俺はあるページを開き、中身を見た瞬間に顔が強張った。一緒に見ていた弾も内容を見て絶句している。

 

「なあ織斑、これは……少々面倒な事になるぞ。弾、お前も織斑よりもはるかにマシだが他人ごとではないぞ。後葵にもこの件はすぐに伝えた方が良い」

 雑誌を見て固まっている俺と弾に、御手洗が心配した顔をしながら俺達に言っていく。さっきまでふざけていた大石に猿渡も同じ顔をしていた。

 

 俺が見ているIS雑誌、そこにはこう書かれていた。

 

『唯一ISが使える男性織斑一夏! 女子しかいないIS学園で女をとっかえひっかえ!未成年にあるまじき性の乱れ!』

 そしてそのタイトルの下に、葵、箒、鈴、セシリア、シャル、ラウラとツーショットで映っている俺の写真があった

 そして俺の特集記事が書かれている次のページに、さらに無視できない特集が載っている。

 そこには見出しにこう書かれていた。

 

『日本代表候補生青崎葵! 10代にして男を弄ぶ悪女』

 

 その見出しの下には、俺と弾、そしておそらく―――葵が以前言っていた出雲技研にいた時知り合ったと思われる連中と一緒に写っている葵の写真が貼られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    おまけ

 二学期初日、鈴に負けて落ち込んでいた一夏がトイレの為教室を出た後。

 

 

「さて、一夏がいなくなったし。本音を聞いても良い?」

 

「な、何の本音ですの葵さん」

 

「いやあ一夏、今日鈴に負けたけど……鈴でなく今日戦ったのが皆だったら」

 

「……意地悪だね葵」

 

「嫁には負ける気はしないが……おそらく夏休み前よりもはるかに苦戦はしただろうな」

 

「……私は剣で一夏に負ける気は無いが、IS戦では戦ったらおそらく負けただろう」

 

「わたくしも実力で負けているとは思いませんが、それでも……奥の手を出さざるをえないでしょう」

 

「セシリアの奥の手とやらがかなり気になるけど、僕もそうだね。もしかしたら一夏に負けたかもしれない。負ける気はないけど」

 

「まあ今日は予想以上に鈴が強くなっているから一夏負けたものね。ああ言ってたけど、うかうかしてたら本当に一夏に追い抜かれるわよ」

 

「忠告受け取っとくよ。でもそれよりも、鈴の成長の方が驚いたよ。本当に何時の間にあんなに……」

 

「まあ、それは鈴にもいるからねえ。一夏と同じように……絶対勝ちたい相手ってのが」

 




久しぶりに更新
アニメは観てますが、やはり簪は出したいですね。
この物語、葵が日本代表候補生だから同じ立場の簪をどう扱うか最初悩みましたが。
結論としては、一夏の為にも簪は重要なキャラだなあと。

次回、どんな写真が雑誌に張られていたか明らかになります。そしてそれを見た世間の反応ははたして。


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学園祭 火種

「あ~だからあ、何度も言うけど一夏と弾とで何かあるとかないから。ただ一緒に遊びに行ってるだけの写真よあれ。付き合っているとかないの! わかる! へ?名前呼び捨てで仲が良いじゃんって……裕也、あんたにも私名前で呼んでるじゃない。 はい、ああそれは断るわ。何度も言わせないで」

 

「……これで何人目ですの箒さん」

 

「私も正確には数えていないが……おそらく10人は軽く超えていると思う。私と買い物に出かけている間にも何度もかかっていた」

 

「誰か知らないけど、本当にムカつくわねこの記事。一夏はチャラ男にされてるし、葵は尻軽女扱いしてるし!」

 

「この雑誌のせいで僕もフランスから電話がかかってきたよ。主に友達から一夏が好きなの? とか頑張って落としなさいとかね。……フランスから連絡が来たって事は、この雑誌の内容ネットでかなり広範囲に拡散されてるよ」

 

「私にも副官のクラリッサから緊急連絡が入ったからな。少なくとも我々の国には広まっている可能性は高い。 クラリッサからは『隊長、私のせいで申し訳ありません! しかし外出するのでしたらせめてIS学園の制服でなく、もっと可愛い服装がよろしいかと』と言われたがどういう事だろう? 何日かしたら私の為に本国から部隊の皆で選んだ服を輸送するとも言っていた」

 

「わたくしも本国の友人から連絡がありましたわ。……内容はシャルロットさんが仰っていたのと同じですわ」

 

「あたしもこっちの友達から中国の友達からも言われたわよ。……頑張れとか負けるなとか」

 

「……さて、皆の話を纏めると一つの共通点が出てくるのだが」

 

「そうですわね、わたくしもそれに気づきましたわ」

 

「僕もね。何故か不思議な事に、一夏の女性関係で僕達取り上げられているのに……何故か僕達は一夏と付き合っているという質問でなく」

 

「電話してくる皆ことごとく、励ましの言葉ってどういう事よ!」

 

「クラリッサも私が嫁と付き合っているとは全く思って無かった……」

 

「それもこれも、この記事に貼られているわたくし達の写真がアレな事と、この記事に貼られている葵さんの写真のせいですわね」

 

「葵に詳しく聞きたいが電話でそれどころないようだ。そういうわけで一夏、―――詳しく聞かせて貰おうか」

 

「はははは……」

 御手洗達と別れ、IS学園に戻った俺が部屋に入ると、そこはある意味修羅場だった。

箒達は例のIS雑誌を広げながら何か議論をしており、葵はずっと電話で何か話している。そして今、俺は葵と一緒に写っている写真の件で追及を受けている。

 箒、鈴、セシリア、シャル、ラウラの目がマジで怖い。いや、本当に怖い。やべえ、何か下手な事言ったらマジで殺される気がする。相変わらず電話で面倒くさそうに話している葵も、箒達の顔を見て顔を引き攣らせている。そして葵は目で俺にこう言っていた、『後はまかせた』と。この野郎、元はこれお前のせいなんだからな!

 そして俺は溜息をついた後、箒達が手に持っている例のIS雑誌に目を向ける。俺や葵の誹謗中傷記事が載っているが、その中で箒達が問題視している写真。そこには、八月の最終日、葵と一緒にラウンド○ンに行った時の写真が貼られていた。

―――少し顔を赤くして満面の笑みで俺に抱き着いている葵と、葵の頭や腰に手を置いて自分でも気持ち悪い位笑みを浮かべている俺の写真が。

 そして再度溜息をついた後、箒達にその写真の状況を話していった。

 

 

 

 

 

 

 

葵の奢りでクレープを食べた後、ゲームコーナーに行き久しぶりにレーシングゲームに格ゲーを葵と対戦したり、次は何をしようかと歩きながら葵と話していたら

「おい、ちょっといいか」

 

「ん?」

 急に後ろから声を掛けられた。振り向いたら多分俺達と同年代位の奴等が3人いた。全員男で、かなり体格が良い連中だ。しかも佇まいから、全員なんらかの武道をやっている連中だとわかり、俺は顔を引き締めた。まさかカツアゲか、葵目当てのナンパか?

 葵も俺と同じ事を思ったのか、男達を見たら目を細め拳を握りだした。

 

「いやいや、待て待て! 別に怪しい者じゃないって俺達! 青崎、ほら俺だよ俺!」

 葵の握り拳を見て、最初に声を掛けた男は慌てて葵に自分は怪しい奴じゃないと主張。そんな男を葵は胡散臭い顔で見て、一瞬だけ目を大きく開いたと思ったら、

 

「姿を現しながらのオレオレ詐欺!? ますます怪しいわね」

 そう言って大きく後ずさると何かの空手の構えを取った。

 

「何でそうなるんだよ!」

 

「いや俺達だよ俺達! 忘れたのかよ!」

 

「織斑! お前も何か言えよ!」

 警戒する葵を見て声を掛けた男や他の男達も慌てて否定していくが、……ここに至って俺はこの連中が誰だったか思い出してきた。おそらく葵も思い出しているのだろう、警戒している顔をしているが、目は笑っているからな。

 

「葵、いい加減からかうの止めろ」

 俺がそう言うと葵はニヤっと笑った後、

 

「それもそうね。久しぶりね佐藤、そして宮崎に田所。中学以来ね」

 中学時代、葵が入部していた空手部の連中に声を掛けた。

 

「わかってるなら最初から言えよなあ」

 

「ごめんごめん、何せ2年振りなもんだからすぐには思い出せなくって。だって皆体格がかなり立派になっちゃってるから記憶の姿と違いすぎたから。入部したての時はあんなにヒョロヒョロだったのに」

 

「性別変わったお前程じゃねーよ。……体格変わったのもお互い様だろ」

 葵の姿を上から下まで見た後、佐藤は少し顔を赤くしながら答えた。良く見たら他の連中も似たような事になっている。……いや、まあ気持ちはわかるぞ。今日の葵の格好はキャミにミニスカだから目の置き場に困る。

 

「所で青崎、さっきの構えを見る所女になってもまだ空手はやっているようだな」

 

「勿論。女になってもそこは変わらないわよ。皆もまだ続けているようだし、何なら少し手合せする?」

 葵は笑みを浮かべながら佐藤達を挑発するが……お前はそんな恰好で戦う気か?止めとけ。

 

「いや、それは止めておくよ。それよりも青崎、お前その口調」

 

「まーね、今は女だし何時までも男だった頃の口調ってわけにもいかないしね。変かな?」

 

「いや、変じゃない。むしろ今までがおかしかった」

 

「本当にそうだ、やっと俺達は解放された」

 

「中学の頃は男だったとか言っても……当時からしてお前を男としてみるのは無理があったからな。今の姿があるべき姿なんだとマジで思うぜ」

 佐藤に続き、宮崎に田所が同意していく。しかし宮崎の解放とは何なんだ?

 

「何よ解放って?」

 葵もそこに疑問を持ったのか、宮崎に質問した。その瞬間、宮崎の目がカッと開き、

 

「お前に惚れてはいけないという気持ちにだよ。中学時代、何度俺達はお前の姿を見て悩んだことか!」

 大声で葵に向かって叫んだ。

 

「へ?」

 

いきなりのカミングアウトに葵の目は点になった。

 

「おい宮崎! お前何をいきなり!」

 

「俺達も巻き込むなよ!」

 佐藤と田所が顔を赤くしながら宮崎を責める。しかし、宮崎はその二人を無視し、葵に近寄ると、

 

「中学の頃から好きでした! 俺と付き合って下さい!」

 未だ目が点になっている葵に向かって、告白をした。え、何だこの状況は?

 

「え、ええ!? ええと、その……ごめんなさい」

 いきなりの宮崎からの告白に、葵は戸惑いながらも宮崎の告白を頭を下げながら断った。ん、何か知らんがちょっと嬉しいのは何故だろう?

 

「何故だ青崎!」

 

「いや何故って言われても……」

 

「中学時代、道場でお前を見た瞬間に俺は惚れた! でも、お前が男なんだと知った時の俺の絶望がわかるか! 初恋が男とか死にたくなるような黒歴史だと当時俺は想い泣いた! その後部室でお前が着替えているのを横目で見ながら『どう見ても貧乳の女子にしか見えねえ!』と心の中で叫びながら瞼に焼き付け、家に帰った後はそれをおか」

 

「死ね!」

 宮崎が最後まで言う前に、顔を赤くした葵が宮崎を殴り飛ばした。……いや、これはどう考えても宮崎が悪い。葵が殴るのも無理が無いよな、これは。

 軽く数メートルは吹き飛んだ宮崎だが、何故か良い笑顔を浮かべながら気絶している。そして顔を赤くしながら荒い息を吐いている葵は佐藤や田所の方を向くと、

 

「まさか……貴方たちも宮崎みたいな事を」

 若干怯えたような顔をしながら聞いた。

 

「い、いや違う! 俺達はそんな事はしてない!」

 

「そんな変態行為をするのは宮崎だけだ!」

 必死な顔と声で二人は否定する二人。そんな二人の必死さを見て葵はホッとしているが、……何故か俺は直感で、二人も似たような事した気がした。

 

「と、ところで青崎。あんなんだがさっき宮崎の告白を断ったけどどうしてだ?」

 

「いや何でって言われても、付き合いたくないからとしか言えないわよ」

 

「納得いかーん!」

 田所に質問に葵が答えた瞬間、さっき葵に殴られた宮崎がいきなり覚醒し叫んだ。

 

「ええ! もう復活したの!?」

 

「ふ、青崎。俺達も昔と違い成長してるんだよ」

 

「いや宮崎、いちいち俺達まで含めるのは止めろ」

 予想以上のタフさに驚く葵に、顔面に拳の跡があるが特に問題が無い宮崎に、それに突っ込む田所。なかなかカオスな状況になってきたな。

 

「青崎、どうして俺の告白を断るんだよ!」

 

「いやだから付き合いたくないから」

 

「どうして付き合いたくないんだ!」

 

「むしろこのやり取りで付き合いたいと思う方がおかしいわよ!」

 しつこい宮崎に、とうとう葵が叫んだ。

 

「おい、止めろ宮崎。もう止めろ!」

 

「どう考えてもお前が悪い。葵の言う事はもっともだから!」

 宮崎の暴走に、必死になって止めようとする。

 

「青崎、お前は中学時代俺を惑わせ、そのせいで俺はホモなのかと悩みまくったんだぞ!その責任を取れ!」

 

「知るかーー!」

 いや宮崎、お前さっきの話じゃ葵の着替え姿でアレを、当時は男と認識していてそれやったんなら……止めよ、考えたら気持ち悪くなってきた。

 

「は、まさか!」

 葵に対し何やら言っていた宮崎だが、急に俺の方を向いてきた。あ、いやな予感するなこれは。

 

「さっきから視界には入っていたが……まさか青崎! 俺と付き合えないのは織斑とすでに付き合っているからなのか!?」

 さっきまで蚊帳の外でやり取りを見ていた俺も巻き込まれてしまった。おいおい、何言ってるんだよ宮崎。葵は親友でそんな事

 

「ええ、私の彼氏は一夏だからもう駄目」

 あるわけないって、ええ! 何言ってるんだ葵!?

 

「ああ、やっぱりかあ」

 

「まあそうだよなあ。さっき二人で歩いてるの見た時からそれ思ってたし。中学の時あんだけ仲が良かったお前らが、片方女になったら付き合うよなやっぱり」

 葵の言葉に驚く俺だが、佐藤と田所は何故か納得している。いや田所、お前の理屈はおかしい。

 

「ま、マジなのか! やっぱりお前達付き合っているのか!」

 

「ええ、そうよ。一夏の良い所は私が一番知っているから。同時に一番何が魅力かも知っているもの」

 そう言って、葵は笑顔を浮かべながら――俺の胸に飛び込んで抱きしめて

(いいから合わせろ。宮崎がしつこい)

 小声で俺に囁いた。ああ、そういうことか。

俺の胸に顔を押し付けていた葵は、そして葵は顔を上げると、

 

「一夏、大好き」

 若干顔を赤くしながら、笑顔で俺に言った。そして俺もその後葵の頭や腰に手を当てて抱きしめ返し、

 

「俺もな。というわけで宮崎、諦めてくれ」

 呆然と見ている宮崎に言った。密着しているから葵の体温やら感触がもろに伝わってきて……ヤバい! いや何かよくわからんがヤバい! 葵! いつまでこれしなければならないんだ! なんか、こういろいろとヤバいんだが!

 

「くそお、やっぱりそうなのかあ」

 項垂れる宮崎。どうやら納得したようだ。そして佐藤達は……あれ、何で俺達を見てニヤニヤしているんだろう。

 

「さ、いくぞ宮崎。二人のデートを邪魔しちゃ悪いだろ」

 

「そうそう、お邪魔虫は退散しようぜ」

 そう言いながら二人は宮崎の腕を掴んで、この場をから離れていった。それを見ると俺は手を放し、葵も俺から離れていった。ったく、何だったんだ今のは? 離れていく3人だが、急に佐藤は宮崎の手を放したと思ったら俺に近づいていき、

 

「織斑、頑張れよ。嘘をまことにしたいならな」

 笑みを浮かべながらそう囁くとまた宮崎の手を掴んで移動していった。

 

「一夏、佐藤は何を言ったの?」

 

「いや、何でもない。騒いで悪かっただと」

 

「ふうん」

 葵の質問に、俺は何故かありのままの事を言いたくないから嘘を言った。いや、本当に何でだろうな。そういえば、似たような事を臨海学校の行った時女将さんからも言われたな。

 

「さて、何か変な事があったけどとりあえず仕切り直すわよ。次はダーツでもしない?」

 

「いいな、やろうぜ」

 何か色々考えさせられる事が多いが……いいか、とりあえずは。考えるは後にして、とにかく今は夏休み最後の休みを葵と一緒に満喫しよう。俺はダーツ場に向かう葵の後ろを歩きながらそう思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふうん、そんな事があったのね」

 俺はおおまかに、あの日何がありどういうわけで写真のような状況になったかを箒達に説明した。こういう仕方のない状況のせいで写真のような事をしたんだと俺は力説した。しかし、

 

「まあ状況はわかりましたけれど……」

 

「仕方なくやった演技にしては一夏、あんたかなり良い笑顔浮かべているわね」

 何故か皆納得がいかない顔を浮かべている。

 

「葵に抱き着かれて鼻の下伸ばしおって、不潔だぞ一夏!」

  

「い、いや! 別にそんな事思ってなかった! 葵の演技に合わしただけだって!」

 

「ふうん、じゃあこのもう一枚の写真に写っているこれは? これもかなりあんた達良い顔で写っているけど」

 鈴が見せている写真。それは葵の特集記事で貼られている写真で、それはラウンド○ンで遊び終わった後の帰りに撮られた写真だった。

 

「いやこれは俺も葵も遊び倒した後だからな! そりゃ楽しかったって顔して帰るだろ!」

 

「う~ん、まあ一夏も嘘は言って無くて多分その通りなんだろうけど……納得いかないなあ。というか何で葵はそんあ写真貼られてるのに、僕達はこんな写真貼られてるんだよ」

 ハアっと溜息をつきながら、雑誌の写真に目を向けるシャル。俺の特集記事で葵以外にも全員、俺とデートしているような写真が貼られている。

 

「そういえばラウラさん、これ一夏さんと何処に行かれた時撮られた写真ですの?」

 

「ああ、それは副官のクラリッサから日本のアニメや漫画を買って来てくれと頼まれて嫁と一緒に買いに行った時の写真だ」

 

「制服姿で?」

 

「うむ、あの時は私は私服を持っていなかったのでな」

 ラウラと写っている写真、そこには俺とラウラが虎の○という店でクラリッサさんから頼まれている商品をラウラと一緒に買っている写真だった。真剣な顔をしてメモを見て商品を吟味しているラウラと、その後ろで買った商品を両手に持っている俺が写っている。

 

「……これじゃどうみてもラウラはオタクで、一夏は買い物に付き合わされてるように見えるわね」

 

「……それでしたらわたくしも似たようなものですわ。私の写真も以前休みの日に買い物に行った時、買いすぎて持って帰るのに困っていた時偶然一夏さんと出会って荷物をもって貰って時撮られたものですし。この写真じゃわたくしは一夏さんを荷物持ちにしているようではありませんか!」

 いやセシリア、実際そうだったじゃん。俺が自主的にやった事なんだけさ。

 

「僕の写真もさ、……以前水着を買いに行った時一夏に手を繋いで貰って歩いている所を撮影されてるんだけど、写真の隅っこに小さいけど話し込んでいるセシリアと鈴の姿と、切れてるから姿ないけど多分葵と話しているラウラの姿があるんだよね。これじゃ実際はデートなんかじゃなく、皆で買い物に来たみたいな写真になっているよ」

 なんか悲しそうな顔で嘆くシャル。ああ、そういえばこの時何故か葵達、こっそり俺とシャルの後ろを付けてたんだよな。

 

「それならあたしの写真も同じパターンよ。あたしのは先月一夏とウォーターワールド行った時撮られた物だけど……これも隅っこの方で金髪に髪染めてイルカの浮き輪を持って歩いている葵の姿が写っているしね」

 そして鈴は俺の特集記事に貼られている写真の中で、ある一枚の写真を指さす。そこには……『織斑一夏! 金髪少女とペア参加イベントで優勝!』と書かれている。

 

「この写真も髪の色が違うけど、多くの人がこの金髪は葵だと気付くわね。……体型とかで。わからないにしても、同じプールに一緒にあたしと一夏と一緒にいる時点で、シャルの写真と同様皆で遊ぶに来ている写真と思われるし」

 不機嫌な声で鈴もシャルと同じような事を言う。

 

「いや、そこに何故葵がいるのか私は不思議なのだが? 二人で出かけたのだろう?」

 

「……色々複雑な事象があったのよ」

 箒の疑問に、少し頬を緩ませながら答える鈴。妙に達観したその態度に、箒達は不思議がった。

 

「そして最後に箒さんの写真ですけど」

 

「これ、ある意味一番酷いよね……」

 

「言うな!」

 写真を見ながら叫ぶ箒。そして皆で俺と箒が一緒に写っている写真を眺める。そこには先月の篠ノ之神社の祭に行った際の写真が撮られている。浴衣を着た俺と箒が並んで歩いている写真。しかし、

 

「これも写真の隅っこだけど、金魚すくいしている織斑先生と……今現在世界中で追われている束博士の姿が写っているね」

 

「姉さんたちのせいで、私と一夏の写真というよりも姉さんの目撃写真として大きく報道されているのが納得いかない!」

 まあ束さんの現在の姿を捉えた貴重な写真だからなあ、これ。いやしかし、この貼られている写真だけど……一体どうやって撮ったんだこれ? 全部盗撮だろうけどこれほどまでに偶然が重なった瞬間みたいな場面を、マジで何時どうやって撮ったんだ? しかも俺や葵達、さらに束さんまで気付かれないように? ISの謎よりもこっちの方が謎に思えてくる。

 

「う~ん、やっぱりこれどう見ても作為的に選んでるわね。パッと見は一夏がプレイボーイだと貶している写真だけど、実際は私以外の写真は私と一夏が付き合っているのを強調するためのような写真になっているわね」

 何時の間にか電話が終わった葵が、俺達と一緒に雑誌を眺めながら言った。

そう、そうなんだ。俺が葵達を弄んでいるような記事だが……蓋を開けたら箒達はスルーされ、ネット上ではほとんどの意見が俺と葵が付き合っていると事となっている。

御手洗達も真剣な顔で、俺と葵が誹謗中傷で誤解されるのを心配しているのかと思ったら、

 

「一夏、学園から不純異性交友とかで煩く言われる覚悟しておけ! ヤッてたしてもヤッテないと強く言い続けろよ。でないと退学する可能性があるからな。それと避妊はちゃんとやってたんだろうな。出来てたら言い訳不可能だぞ」

 と、とんでも無い的外れな心配をしやがってたし! 弾には『青崎と友達って事がバレたから、今後は周りが会わせろとか煩くなるぞ、大変だな』みたいな事言ってたが。御手洗達までそう思っているという事は、……多くの人間が誤解しているんだろうな。

 

「……私が載っている特集記事、これもそうなのよね。出雲技研で出来た友達と弾、そして一夏と一緒に写っている写真が貼られているけど」

 ページを捲り、葵の特集記事をみんなで見る。そこには俺の時と同様、葵が色々な奴と二人で一緒に写っている写真がある。しかし……ああ、こっちはもう、あれだ。ここに写っている連中が本気で葵が好きなのだとしたら、本気でご愁傷様と言いたくなった。

 

「いや葵の休日の姿を見てて思ってたけど」

 

「……あんた、向こうでも休日は学校の制服姿だったのね」

 出雲技研にいた時の葵の写真、その全てが葵はセーラー服を着ていた。

 

「ははは、いやだってさ……しょうがないじゃない。この時はまだ女になって1年しか経ってないのよ。政府のお偉いさんからは男のような恰好は禁じられてたし、でも女物を着るのは抵抗があったし。制服でも妥協してたのよ、出かけるのにジャージ姿はあんまりだと皆が言うから強制的に着るセーラー服で我慢したの。これも女子を象徴する服装だから皆文句言わなかったわね」

 いや、おそらく文句はあったがお前の事を考えたら強く言えなかったんたんだと思うぞ。しかし葵、お前学校に通ってたのか。ずっと出雲技研の施設とやらにいたと思ってた。

 

「このキャンプに行ったと思われる写真も、お前夏服用セーラー服着てるな。一緒に写っている男がかなり気合入れた格好しているのに」

 

「こっちの桜並木を歩いている写真だけど……葵と、一緒に写っている男も風呂敷みたいなの持っているわね。もしかしたら花見に行く途中の写真なわけ? 一緒に写っている男はこれまた頑張ってお洒落しただろうに、あんたは制服……」

 

「しかし葵と一緒に写っている男達、どれも見た目は悪くないな」

 

「いや箒、これ悪くないってレベルじゃないと思う」

 

「全員ホストで通用しそうですわね」

 写っている全員、確かにタイプは違えど……どれも顔や体格いいな。そして共通しているのが、明らかに葵に好意を持っているのが写真からでもわかる。見ていると何か気に食わなくなる。

 

「でも葵は全く眼中に無いって感じで写ってるのがまた……。弾とも写っている写真あるけどこっちも葵はIS学園の制服を着ているし。そんな中唯一葵が私服姿で写っているのが、一夏と一緒にいる写真」

 ああ、ここまでされると俺でも思うよ。葵の本命が誰だとか。

 

「あ~、まさかあの時気まぐれで来たこの恰好がここまで影響出るなんて。夏も終わるし、せっかく鈴とセシリアが選んでくれたの着ないと勿体ないとか思って着たらこうなるなんて」

 葵は先月の最終日、今までとは違うかなり女の子らしい恰好をした事をかなり後悔している。

 

「う~ん、葵のこの恰好を選んだのはあたしとセシリアだがら、きちんと着てくれたことに関しては嬉しんだけど」

 

「何か複雑ですわね」

 俺としては鈴にセシリア、二人にグッジョブと言いたいぜ。葵、お前は今後も私服を買う時は二人の意見を聞いておけ。

 

「しっかし、どうしよっか今後は。とりあえず舐めた記事書いたこの雑誌の出版社を潰しに行く?」

 葵は雑誌を手に取り、恨めしそうな顔して物騒な事を言った。既に右手は天叢雲剣が握られている。

 

「いや待て、葵早まるな」

 

「だって一夏、これって私や一夏だけでなく箒達やさっき電話に出てた裕也達も巻き込んでいるのよ。きっちり落とし前を」

 

「その必要はない」

 

「あ、千冬姉!」

  本気で出版社に殴り込みしそうな葵を何時の間にか玄関に立っていた千冬姉の声が止めた。そして千冬姉は部屋の中に入ると、部屋にいる俺達を見渡した。

 

「関係者が全員揃っているな。なら今からこの雑誌の事で話がある。今回の件だが葵、お前が乗り込もうとしていた出版社だがすでに潰れている」

 

「はあ!? いやこれ今日その出版社から発行された雑誌だぞ千冬姉!」

 千冬姉の言葉を聞き、俺も他の皆も驚く。

 

「元々IS雑誌としてそこそこ有名だが最大手ではなかったからな。ある団体も買収しやすかったのだろう」

 は? ある団体?

 

「この雑誌の記事の目的は、明らかに織斑と青崎をそういう関係なのだと思わせる為だ。それを達成したら連中はすぐに逃走。うちの生徒に対し舐めた真似をしてくれたものだな」

 いや千冬姉、何千冬姉も葵みたいな事いってるんだよ。

 

「だが善意の協力者のおかげで、犯行グループはすぐにわかり取り押さえる事は出来た」

 へえ、もう捕まったんだ。その善意の協力者さんとやらには感謝しないとな。……まああの人だろうけど。

 

「はあ、もう解決しちゃったんですか。それで織斑先生、誰がこんな事やったんです?」

 そうだよ、こんな事誰がやったんだ? どうせろくでもない連中なんだろうけど。

 

「その件は後で話す。とにかく日本政府とIS学園としては写真に写っているような事は認めるが、織斑も青崎も記事に書かれているような人間では無いと否定する。 ……実際お前達、そういう関係ではないのだろう」

 

「当たり前ですよ!」

 

「……そうか。ならいい」

 ん? 千冬姉、今の間は何だ?

 

「しかしこんな記事と写真が貼ってある分、しばらくは世間は騒ぎ立てるだろうが……とにかく無視しろ。世間の関心何て2ヵ月もすれば忘れる。いちいち構う方が長引いてしまう」

 それだけ言うと、千冬姉は葵だけ連れて部屋を出て行った。葵にだけは犯人の正体を教えるらしい。

 

 

 

 数時間後、部屋に戻って来た葵に誰がやったんだと聞いたら、

 

「わりい。千冬さんから口止めされてるから教える事はできない。だが一夏の知らない連中だしもう報いも受けてるから気にしない方がいいぜ」

 何度も聞いても葵は誰か言わなかった。う~ん、少し納得いかん。俺も被害者なのに。それが顔に出たんだろう。葵は苦笑して俺に言った。

 

「後そうだな。あの記事で怒っているのなら一夏、お前の目標のモンド・グロッソ優勝。それをやり遂げたら連中にとって最高の仕返しになるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     おまけ

 

「ねえ、箒」

 

「ああ葵、私も気付いている」

 

「さっきから妙に私達を周りの人がジロジロ見ているけど、何故かしら?」

 

「葵は最近有名になっているからじゃないのか?」

 

「でも私だけでなく、箒も見られてるようだけど?」

 

「……確かに。葵だけでなく何故私も?」

 

「変な空気ね。さっさと買い物済ませて帰りますか」

 

「そうしよう。ふふ、一夏の奴驚くだろうな」

 

「一夏最近筋肉が付いてガタイ良くなったせいで、剣道着が少し窮屈になってたからね。内緒で買てプレゼントして驚かせよ。それに私の剣道着もボロボロだったしね、丁度良かった」

 

「私も新しい竹刀を欲しいと思っていたんだ。葵、私は自分の竹刀選んでくる」

 

「ええ、その間に注文した剣道着取りに行ってくるね」




 さあて、これからどうなっていくのでしょうね(笑)


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学園祭 開催

 俺と葵の中傷記事が載った雑誌が発売され、その日の夜にはすでに

『世界で唯一の男性IS操縦者織斑一夏! 彼の本命は誰だ? 最有力候補は幼馴染!』『下手すれば国際問題? まさかの6股!』『何人もの違う少年と一緒に写っている青崎葵! 全員イケメン! 今、イケメンは地方にいる!』『プールに写っている金髪の少女。どう見ても髪を染めたあの子』『浴衣姿のブリュンヒルデと篠ノ之束博士、金魚すくい屋を泣かせる』『女子しかいない学園でハーレムを築いた織斑一夏! その驚異のコミュ力』『もはやリアル乙女ゲーの主人公』等々、ネット上では勝手に盛り上がっていた。

 そして一番盛り上がっているのは葵、箒、鈴、セシリア、シャル、ラウラの六人で誰が俺の本命なのかというネット投票。途中経過では票の8割を獲得して葵が暫定一位。二位に箒で次点に鈴、セシリアとシャルとラウラはほぼ横並びとなっている。まあ俺に葵が抱き着いている写真が載ってればそうなるよなあとは思う。そして何故かこの騒動で、日本のネット住民の中でラウラの人気が物凄く上がっている。

葵曰く『まあ銀髪で左目を眼帯している美少女軍人だし。それが日本のアニメや漫画に興味持っている様子が撮られてるのよ。ラウラは日本オタク界のアイドルになっちゃったわね』らしいが、葵、お前ってそういう方面に何時の間に詳しくなったんだよ。

 雑誌が発売された翌日、朝からニュースとして報道され、俺がIS訓練よりも女遊びにご執心やら葵が男に軽い女扱いするタレントの台詞には怒りが湧いた。何人かの女性識者とやらがそれに同調した意見を言ったりし、さらに怒りが湧いたが、

 

「一夏、あの連中は女性原理主義というか今の女尊男卑の風潮を作った連中だ。お前や、俺みたいな存在を認めない一種の狂信者だから相手にするな」

 葵が何とも冷めた声で言うのを聞いたら、少し落ち着いた。

 

 世間やネットでこれだけ騒がれてはいるが、IS学園内では混乱が起きなかった。朝食堂に行くと、

「織斑君、災難だったね」「周りが煩くなっているかもしれないけど、私達は味方だから」「私達は雑誌でなく、生で織斑君や候補生達の姿見ているから」「織斑君や他の皆が、この学園でどれだけ頑張っているかもしっているしね」

 同学年から先輩方まで俺達の事を心配し気遣ってくれた。その事に俺は嬉しかった。

 しかし、多くの人が俺にそう言った後、

 

「青崎さん! 写真に写っている人達私に紹介して!」

 ……葵に出雲にいる間に出来たという連中の紹介をしてくれと頼みこんでいった。

 

「青崎さん! 私にもリアル乙女ゲーキャラを紹介して! 一体何をどうやったらその素適空間に行けるの!」

 

「見た所年上から同級生っぽいのから年下まで、知的タイプから俺様っぽいのまで揃っているわよ! ぜひ紹介して! お願い!」

 

「……いや、そんな事言われてもあいつらいるのは島根だから。それに私は会いたくないし」

 興奮したクラスメイトから上の先輩まで多くの女子生徒が葵に詰め寄った。葵もこの反応は予想していなかったのか最初は面食らっていたが、何やら渋い顔をしながら紹介してと懇願する人達のお願いを断っていった。雑誌が販売された後、おそらくその島根の連中からの詰問が葵に殺到していたからな。そんな状況で葵が他の女子をその連中に紹介とか……写真の件で騒ぐのと同じ位酷いと俺は思うんだが。

 まあ、こんな感じで学園内では葵が少しキレそうな場面もあったが俺達のグループの事に関しては混乱は起きなかったのは救いだった。冗談で「え、織斑君って青崎さんと付き合ってるものと思ってた」と言ってくる人が何人かいる程度で、学園生活に関しては今まで通りだった。ネットやテレビを見れば好き勝手言っているが、千冬姉の言う通り、その内風化すると思う。だから俺や葵達も、とりあえず雑誌の件はなるようになれと思い一旦脇に置いて、学園祭をどう盛り上げていこうかに頭を切り替えた。

 多くの議論を重ねて意見を纏めていき、俺達のクラスは学園祭で売り上げ一位を目標にして準備していった。喫茶店のお菓子はクッキー類の焼き菓子は前日葵の指揮の下大量生産し、ケーキ等の生クリームを使う日持ちしないお菓子類は、朝早くからこれまた葵の指揮の下作る事となった。俺も料理が出来るので、菓子作りメンバーに入れられた。セシリアがメンバーに混ざりたそうではあったが、相川さんが『内装手伝って! メイド喫茶だから本場イギリス風にしたいからセシリアが頼りなの!』と言って強引に外してくれたのは助かった。

他にも箒、シャルも駆り出され、工場の如く菓子を大量生産していくが、作り過ぎな気もする。学園祭を迎える前から疲労で倒れそうになるが、一番大変であろう葵はノリノリで菓子を作り、皆の指導をしていた。

「こういった学校行事って、島根いる時は出来なかったから」

 クッキーを作りながら、葵は楽しそうに笑った。ん? でもお前セーラー服着ていたから中学校行ってたんじゃないのか? なんかあまり気にしていなかったが、葵の中学時代が少し気になって来た。

「そういえば私も各地を転々としていて、友達とこういう事するのは初めてだ」

 隣で葵と一緒にクッキーを作っている箒も、楽しそうに笑っている。いや箒、それはただお前が……まあ、いいか。

 

「僕もこういうの久しぶりだなあ」

 シャルも生地を作りながら、葵と箒に同意する。シャルはなんか容易に友達と和気藹々としながらハロウィーンの準備しているイメージが湧くなあ。

前日の菓子作りが一段落したら、明日に向けて衣装合わせが行われた。メイド服だが、ラウラの不思議な伝手により学園祭前日に届けられた。到着が遅かったので皆心配していたが、無事届いた事にほっとし合わせを行ったが、一時間後歓声と悲鳴がクラスに響く事となった。

 

 

 

 

「それでは、皆が待ちに待った学園祭を開催します!」

 学園祭当日、壇上で楯無さんの宣言の下学園祭が開催された。全校集会が終わり多くの生徒達がそれぞれの持ち場に行こうと駆け出していく。

 

「一夏! あんたのクラスには負けないわよ!」

 それぞれのクラスに戻る途中、鈴が楽しそうな声で俺に挑発した。

 

「ああ俺も、いや俺達のクラスが優勝してやるぜ!」

 俺の言葉を聞いたら、鈴は笑って自分のクラスに戻った。

 

 

 

「さあ皆! 学園祭で優勝が絶対よ! 二位とか三位とかは何の意味が無いわ! 学園祭で優勝出来なかったらそれはドベと同じ事よ!」

 クラス皆が集まっている中、エプロンを着けている谷本さんが握り拳を上げながら宣言した。ちなみに谷本さんは葵が希望していたキッチン担当だ。昨日と今日の菓子作りにも参加していて、料理の腕も悪くない。いや、もしかしたら俺と同等かもしれない。葵もそれは認めており、谷本さんがいるなら大丈夫だと安心していた。

 ……しかし、俺はキッチンの方を向いて少し頭を抱える。昨日も葵の指揮の下、お菓子を大量生産したが、今日も早朝から葵は張り切ってケーキからシュークリーム等を作っていた。その結果……もはや何人前あるのかもわからないようなうず高く積もれたお菓子の山。

誰かが「うず高く積まれた例のあれね、これじゃ」とか言っていたが、その表現が妙にしっくりする。例のあれが何なのか知らないけど。

 

「見ての通り、売るものは沢山あるわ! 残った場合もったいないから私達で食べるけど、そんな事態が起きらないことを祈るわ!」

この学園祭、最初の出し物決めから今に至るまで、谷本さんや相川さん、鷹月さんが中心に回っているが、中でも谷本さんが一番中心となって仕切っている。彼女の手腕を思うと俺がクラス代表でなく谷本さんがクラス代表になった方が良かったんじゃと思えてしまう。

 

「そしてこのクラスの目玉の織斑君! 準備は出来た!」

 

「ああ、俺はもう準備出来たよ」

 昨日ラウラの伝手でメイド服が送られてきたが、一緒に俺が着る執事服も入っていた。サイズも合っており、着心地もかなり良い。執事の燕尾服を着たのは初めてでそれは当たり前なんだが、鏡を見た俺の感想は自分でも悪くないかなと思った。着替えて皆の前に出ると、

 

「キャー、織斑君カッコいい!」「云々、某漫画に出てくる執事みたい」「いややっぱり現実の破壊力は違うわね!」

 昨日も見たはずなのに、クラスの皆俺の執事服姿を絶賛してくれた。俺自身悪くないなあと思っていたけど、それでも人から似あうと言われたら嬉しい。海で鈴達が水着の感想を聞いていた気持ちが、何となくこれで少しわかった。

 

「こっちも準備出来ましてよ」

 そう言って、今度はメイド服に着替えたセシリア達が現れた。若干顔を赤くしながらメイド服に着替えたセシリア、ラウラ、葵、箒が現れる。

 

「うんうん、やっぱりメイドさんは金髪の人が映えるわね!」「ボーデヴィッヒさん可愛い! なんかメイドさんってよりも可愛い妹がご奉仕に着たみたい!」「篠ノ之さんも青崎さんも良いわよ! 流れるような長い黒髪がとても好印象!」

 俺の時同様、メイド服に着替えた葵達をクラス一同大絶賛している。確かにメイドに着替えた葵達は、その、なんというか……直視出来ない。

 普段とはまるで雰囲気が変わった4人。セシリアは何時もご主人様みたいな空気出しているけど、メイド服に着替えたらなんかえらくギャップを感じるけど凄く似合っている。

 ラウラも凄い。学園の制服でもラウラはズボンを履いているから、スカート姿ってだけでも貴重だ。しかしストレートの髪を今はツインテールにしてメイド服を着ているラウラは誰かが言ってたけど可愛い妹って表現が合っている。顔を赤くしながら照れている様子も、普段は見れない光景だから凄く新鮮だ。

 箒のメイド服姿も良く似合っている。着る前は箒の奴「私は身も心も日本人だ! 西洋の服など合わん!」みたいな事言っていたが、実際は見事に調和している。束さんがこの姿を見たら……物凄く良い笑顔をしながら激写しそうだ。

 そして葵。箒と同様、物凄く似合っていて可愛い。弾が葵のメイド服姿が見たいと言っていたが、見たらその気持ちが良く分かった。ぶっちゃけ可愛い。

しかし、俺とそこまで身長が変わらない葵がメイド服姿を着ると、ある意味圧巻だった。似合ってはいる。ただ、

 

「なんつーか、ラウラという比較対象がいるせいで葵がとんでもなくデカ女にみえるな」

 普段は気にしないのだが、こう改めて横に並んで比較していくとそう思えてしまう。

「……それは言わないでよ一夏」

 

「嫁よ、つまりそれは私がチビだと馬鹿にしているのか?」

 俺の言葉に、葵が若干苦笑いを浮かべ、ラウラは少し顔を膨らませた。その仕草もなんか小さい女の子がむくれたようで可愛く、周りも同じような事を思ったのか微笑ましい笑顔を浮かべながらラウラを見ている。

 しかし葵は身長170近いらしいが、確か欧米の女性平均値では少し高い程度なんだよな。それを踏まえたらまあ確かにセシリアやラウラは、小さい方になるんだろう。何せ日本人の箒がセシリアやシャルよりも背が高いんだし。あ、そういえば。

 

「シャルはどこ行った?」

 セシリア達と一緒に来ていたと思ったが、姿が見えない。

 

「ああ、シャルロットさんでしたら」

「……おまたせ」

 セシリアが言い終わる前に、暗い顔と声を出しながらシャルが姿を現した。

 

「キャー! やっぱりデュノアさんはその恰好が一番ね!」「衣装を送ってくれた方はわかってらっしゃる!」「これで勝てる!」

 俺や葵達と同様、シャルの姿を見て喝采を上げるクラス一同だが……褒められているシャルは嬉しくないようでかなり暗い顔をしている。まあその原因は、シャルの服装のせいであった。本来ならシャルは葵達と同様、メイド服を着る予定だったのだが、

 

「……はは、やっぱり僕ってこういう運命なんだなあ。可愛い服装なんか、僕には似合わないんだ」

 達観したような顔をしながら、シャルは己の格好、―――俺と同じ燕尾服、執事姿を見下ろした。

 

「なんか懐かしいなあ。シャルが転入してきた時を思い出す」

 

「そうだね。……僕としては二度とシャルルに戻る気はなかったのに」

 そしてハアっとシャルは溜息をついた。まあ確かに、しぶしぶ男装していたのから解放されたのに、またされるとは思わなかっただろう。しかし何でラウラにメイド服送った人はシャルにメイド服でなく執事服送ったんだろう? 最初は俺の服が2着きたのかと思ったが、明らかにサイズが小さかったから不思議だったんだよなあ。

 

「う~ん、シャルロットが嫌なら私が着ても良かったけど」

 

「……不幸な事に、僕と葵じゃ身長が違いすぎるし。葵じゃこの服入らないし、葵のメイド服じゃ僕にはぶかぶかだったしね。……特に胸囲が」

 

「いやそこで恨めしい視線送らないでよ。でもまあどっちにしろ私よりもシャルロットの方が男装似合うのはわかってたけど」

 

「そうだね、僕と違って葵じゃ胸がデカすぎて潰したらハト胸でかっこ悪いもんね」

 

「……同意はするけど貴方の胸も大きい方じゃない。そこまで完璧に誤魔化せるデュノア社のサポーター技術は凄いけど」

 

「……はあ、もうやる気がでない」

 そう言ってシャルはまた溜息をついた。

 

「ちょっとしっかりしてよスバルん! 貴方は織斑君に次ぐこのクラスの目玉なのよ!」

 

「そうよスバルん! 貴方の姿には多くのファンがまだ残っているのよ! それに外来のお客様もほとんどが女性な事考えたら、スバルんの需要は高い!」

 

「頑張れスバルん~。迷える執事スバルん~」

 

「スバルんって何!?」

 

「源氏名よ! 深い意味は無いわ!」

 スバルん連呼する相川さん、鷹月さん、のほほんさんに叫ぶシャルだが、谷本さんの言葉を聞いてまたがっくりと肩を落とした。ちなみにのほほんさんは着ぐるみをきている。のほほんさんは主に外で客引き担当となっており、それには俺は凄く納得した。……こう言ってはなんだが、のほほんさんに接客やキッチンを任せるのは凄く不安だからだ。しかしのほほんさん、顔を被ってはいないけどその着ぐるみは……ガチャ○ン? いいの、それ?

 

「さあ、皆の準備は万全みたいね! 模擬店開始時間まで後40分! 皆気合を入れ」

 

「失礼します」

 谷本さんが再度気合を入れようとした時、教室の扉が開き誰かが教室に入って来た。

 

「あのすみません、模擬店開始時刻はまだなので」

 おそらく外来のお客さんだろう。開始時刻前に来てしまったので一旦お引き取り願おうと俺は入った来た人に言おうとしたが、その言葉は途中で止まってしまった。

 何故なら、入って来た人は俺の知っている人だったが、まさかこの人が来るとは思わなかったので驚いてしまったからであった。

 

「お久しぶりですね織斑様」

 そう言って、見惚れるような笑顔をメイド服姿で会釈した人―――それはセシリアの使用人のチェルシーさんだった。……うわ、今の笑顔にあの会釈、どれも完璧に絵になっている。葵達のメイド服姿も良いと思ったけど、やはり本職の人は次元が違う。顔が熱くなるのを俺は感じた。

 

「ふふ、織斑様。顔が赤くなってますわよ」

 そう言いながらチェルシーさんは俺の両頬を手で触った。ひんやりした手がとても気持ち良い。しかし、

 

「!」

 何故かは知らないが、俺は反射的にチェルシーさんから距離を取った。そして俺がいた所に、……セシリアのBTが浮かんでいた。

 

「何であなたがここにいますの?」

 チェルシーさんの前にBTを浮かべているセシリアが、憤怒の形相をしながらチェルシーさんに質問する。ってよく見たらセシリアだけでなく、箒にシャルにラウラも凄い目でチェルシーさんを睨んでいるし! 葵だけ面白い物を見る目でセシリアとチェルシーさん眺めてるなあ。

 

「何を言っているのですかお嬢様。お嬢様が私にこのIS学園の招待状を送ったのではありませんか」

 セシリアの質問に、チェルシーさんは笑みを浮かべながら答えた。

 

「う、そういえばそうでしたわね。まさか本当に来るとは思いませんでしたけど」

 

「当然来ます。何しろお嬢様がメイド服でご奉仕すると聞きましたもの。普段私がお嬢様にお世話してますが逆の立場になれるとしたら何が何でも来ますわ。それに今日はメイドとしてだけでなく―――セシリーの幼馴染みとしても来てるわよ」

 

「フン、意地が悪いですわね」

 言葉の後半はチェルシーさん、メイドとしてでなくなんか、普通の女の子みたいな雰囲気を出していた。そして悪態をつくセシリアだが、顔は先程までと違い笑みを浮かべている。

 

「あ、あの~オルコットさん。今までの流れでこの人が誰なのかはわかったけど」

 

「ああ、そういえば自己紹介がまだでした。私はチェルシー・ブランケットと申します。オルコット家に仕えているメイドです」

 そう言ってクラスの皆に頭を下げるチェルシーさん。その優雅な姿に、クラス一同惚けている。

 

「そ、そうですかご丁寧にありがとうございます。ってそうでなくて! チェルシーさん、申し訳ないですが模擬店開始時間はまだなので」

 

「ああ、それは構いません。私がここに早く来たのはお客としてきたわけではないからです」

 谷本さんが最後まで言う前に、チェルシーさんがやんわりと遮った。

 

「へ? では何しに来たのですか?」

 

「決まっています。私が来日した目的は大きく4つ」

 4つもあるのかよ。

 

「その一つはお嬢様のご奉仕を受ける事。そして二つ目は」

 チェルシーさんの目が葵の方を向き、

 

「青崎葵様。貴方にお礼を言うためです」

 そう言って、チェルシーさんは葵に向かって深々と頭を下げた。

 

「本当に、本当にありがとうございます。貴方には感謝してもしきれません」

 よくわからないが、チェルシーさんは葵にもの凄く感謝しているようだ。

 

「葵、お前チェルシーさんに何かしたのか?」

 

「え、いや初対面なんだけど。何で私この人に感謝されてるの?」

 身に覚えのないお礼を言われ、葵は困惑している。困惑している葵をよそに、チェルシーさんはさらに言い募る。

 

「本当に、本当にありがとうございます! セシリーを! セシリーを治してくれてありがとうございます!」

 

「治すって? え、セシリアって病気だったのか? それを医者でもない葵が治したのか?」

 困惑する俺だが、どうやら俺だけでなく葵も、クラスの皆もチェルシーさんが何で感謝しているのかがわからないようだ。

 

「ちょとチェルシー! その件はもう止めなさいと」

 そんな俺達をよそに、セシリアは顔を赤くしながらチェルシーさんに向かって叫んでいる。しかしチェルシーさんはそんなセシリアの言葉を無視して、

 

「本当に本当に! セシリーにまともに食べれるサンドイッチを作れるようにしてくれてありがとうございます!」

 葵に向かって感謝の言葉を叫んだ。チェルシーさんの言葉を聞き、先程までチェルシーさんの様子を訝しんでいたが、クラス一同が「あ~、納得」って顔をした。

 最近もやっているけど昼飯は俺達各自でお弁当を作って、屋上で一緒に食べている。各自のお弁当を食べ比べたりしているが、前まではセシリアのお弁当は恐怖そのものであったけど、葵が食べて酷評して、その後ショックで大泣きしたセシリアを宥めて料理指導したんだよなあ。そのおかげで、セシリアのお弁当もサンドイッチは安心して食べれる味になった。……しかし、葵が指導していない料理に関しては相変わらずの味なんだけどね。

 

「セシリーが先月イギリスに帰った時、掃除をしている私に『チェルシー疲れたでしょう。軽食を作ってきましたわ』と言ってサンドイッチを持って来た時、私は絶望しました。ああ、またあの言語に表現できない味が私を襲うのだと」

 

「ちょっとチェルシー!」

 

「しかし私はメイド。ご主人様には逆らえない立場。笑顔でサンドイッチを持つセシリーに感謝をしながらも死刑囚な気持ちで食べました。そしたら、まさかの! 普通の味でした。私はこの時ほど神に感謝し、奇跡を信じた事はありませんでした」

 顔を赤くして叫んでいるセシリアを全く無視し、言い募るチェルシーさん。……しかしこの人自分ではセシリアに仕えるメイドとか言っている割には好き勝手言っているなあ。ああ、さっき幼馴染みとして来たとも言ってたから、今は幼馴染みとして言っているのか。

 

「そういうわけです。青崎様には感謝してもしきれません」

 

「あ、いや~そう言う事でしたか。ま、まあ友達の欠点を少し矯正しただけですからそこまで感謝しなくてもいいですよ」

 何で感謝されたか知った葵は、少し困った顔をしながらチェルシーさんに言った。本当にこんな事でこんなに感謝されても困るみたいな顔をしている。そんな葵の姿と言葉を聞いたチェルシーさんは、また嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

「ふふ、まさかさらに嬉しい事を言ってくれますなんて」

 

「?」

 何でまたチェルシーさんが喜んでいるのか、葵はわからないのか首を傾げている。いや俺もわからないんだけど、セシリアの方を向いたらセシリアは顔を真っ赤にしながら葵とチェルシーさんを見ていた。

 

「先月日本に来た時は織斑様にはお会いできましたけど青崎様はいらっしゃらなかったので。今日はお礼を言う事ができて満足です」

 

「そういえば先月セシリアが帰国した時って、私は鈴と一緒に買い物に行ってたんでした。すれ違いになってたようですみません」

 

「いいえ、私も勝手に青崎様がIS学園にいるものだと思ってましたので」

 

「そうですか。ところでチェルシーさん、先程ここに来る目的が4つあるとか言ってましたが、他は何でしょうか?」

 ああ、そういやさっきチェルシーさんそんな事言ってたな。葵の質問に、

 

「ああ、そうでした。私がここに来た3つ目の目的。それは皆様に短いですがメイドの何たるかを指導して差し上げようと思ったのです。言っては悪いですが、メイド服を着ただけではメイドとは言えません! 歩き方から言葉使いまで沢山気を付ける事がありますが、最低限な事は教えます。特にお嬢様は一番駄目ですから」

 先程までとは違い、幼馴染みとしてでなくメイドとしての顔をしながら答えた。

 

「は! ちょっとチェルシー何を言って」

 

「是非ともお願いしますチェルシーさん! もう時間は無いですが付け焼刃でもいいですので皆の指導をお願いします!」

 チェルシーさんの言葉にセシリアはなにやら抗議しようとしたが、その声は谷本さんによって掻き消された。

 

「ちょっと谷本さん! 貴方何を」

 

「全ては勝つためよ!」

 またも何か言いかけたセシリアだが、谷本さんの力強い声にまた掻き消された。

 

「時間が無いわ! 早速奥の方で指導お願いします! さあ皆! ハリーハリーハリー!」

 どこぞの吸血鬼みたいな事を言いながら、葵達をせかす谷本さん。

 

「わかりました。ではさっそく指導いたしましょうお嬢様」

 

「ちょ! 話しなさいチェルシ~!」

 そんな谷本さんに応えるかのように、チェルシーさんは嫌がるセシリアの腕を掴んで奥に向かっていく。そんな様子を眺めていた葵達も、溜息をついた後奥に向かっていった。それを眺めた後、

 

「よかったな、俺達は執事だから免除されたぞ」

 

「……嬉しくない」

 メイド指導を免れたシャルに軽口を叩いてみたが、シャルは拗ねた顔をしながら言った。

 

 

 

 そして30分後、開始ギリギリでセシリア達のチェルシーさんによるメイド指導は終了した。正直30分で何を指導できたのか疑問なのだが、指導を終えたセシリア達は何故か疲れ切っていた。

 

「メ、メイドとはかくも恐ろしい職業なのだな」

 

「メイド。まさかあそこまでメイド道が深い物とは……」

 

「当主の仕事なんかよりも、使用人の方が忙しいのですわね……」

 ラウラに箒にセシリアが疲れた顔で俺に言ってくるが、箒、なんだよメイド道って。

 

「本職の人の生の声は良い参考になったわ」

 葵も疲れた顔をしているが、どこか満足した顔をしていた。

 

「まだまだ教えたい事はいっぱいありますが、今日はこれだけにしておきます」

 どこか満足した顔のチェルシーさん。チェルシーさんだが、営業が開始した後はセシリアの接客を受けた後違う場所を見ていくと言っていた。先ほど教えられた指導のチェックを受けるので、セシリアは憂鬱な顔をしている。ちなみにミスをしたら、ミス一つにつきセシリアの恥ずかしい過去をバラされるとの事。むしろチェルシーさんはセシリアのミスを期待している節があるなあ。

 そしてチェルシーさんから、あの雑誌の件について言われた時は少し動揺した。ただのデマ記事だけど、チェルシーさんはどう思っているかは気になったからだ。しかし、

 

「有名税みたいなものです。ああいった出来事は世界のどこでもあります。堂々としていればよろしいですよ」

 俺チェルシーさんは俺を、皆を信じてくれていた。それが嬉しかった。

 

「これからも色々あるでしょうが、お嬢様を、セシリアをお願い致します」

 そんなチェルシーさんの言葉に、

 

「はい!」

 俺は力強く答えた。

 

 

 

 あれ、そういえばチェルシーさんの4つ目の目的聞きそびれたけど、なんだったんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園外周。

 

 

 

「ここが隊長が学ばれている学園ですか。隊長のメイド姿……う、いかん鼻血が!」

 

「ふふふ~、箒ちゃんのメイド服か~。可愛いんだろうな~。あーちゃんのメイド姿も、いっくんの執事姿も楽しみだな~」

 

「へへへ、一夏から貰ったこの招待券! これで俺も女の園に入れるぜ! 楽しみだな葵のメイド姿。鈴も何するかしらないが多分可愛い恰好しているだろうな」

 

「鈴……」

 

「……」

 

「……待っていろよ、織斑一夏!」

 

「……お願いだから変な事はしないようにな」

 




私の趣味全開で展開しますので、原作とは大きく乖離します。ご了承ください。


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学園祭 短い平和

「織斑君~、はやくオーダー取りに来てよ~。主人を待たせるなんて執事失格だよ~」

 

「は、お嬢様!今しばらくお待ちを」

 

「スバルん~、頼んだケーキ遅いわよ。仮にも私の執事なら欲しい時に持ってこないなんて執事失格よ。執事券使っておしおきが必要かしら」

 

「ラウラちゃ~ん、お兄ちゃんが頼んだコーヒーはまだかな~」

 

「相川さん、3番テーブルの食器を片付けたら6番テーブルに新しいお嬢様のご案内を! スバルんは1番テーブルのお嬢様のケーキはもう出来てるから! ラウラ、4番テーブルの連中には「クソ兄貴!」とでも言っておいて。喜ぶから」

 

「任せて!」

 

「だからスバルんって何なの?!」

 

「……何故私だけ男性客からの注文が多いのだろう? それに何故皆私を妹扱いする?」

 

 だ~、くそ! なんだこの忙しさは!

 

 俺達1組のメイド喫茶だが、開店直後から今に至るまで物凄い数のお客さんが並んでいる。お客さんの9割が女性で、多くが俺目当てとクラスの皆から言われた。実際入ってくるお客さんで指名されるのは俺が一番多いからそうかもしれない。しかし、

 

「スバルん! 7番テーブルのお嬢様が呼んでるから早く行って!」

 シャルが指名される数もかなり多い。というか、俺とシャルで6割以上のお客様の対応に追われている。そのため他の接客担当の葵に箒、セシリアにラウラは忙しい俺達とは違いそこまで忙しくない。……しかし、一応ここではシャルはシャルルとして紹介されているのに、多くのお客さんがシャルを見たら『スバルん』と言う。何故なんだろう? 

 

「お待たせしましたお嬢様。本日ご用意した紅茶はベノアでございます」

 

「お嬢様、今朝料理長がお嬢様の為にケーキを作りました。是非とも御賞味下さいませ」

 引っ切り無しに呼ばれないせいか、葵とセシリアはチェルシーさんから教わったメイドの心得とやらを優雅に実践している。最初チェルシーさんはセシリアが一番駄目とか言っていたが、実際はセシリアが誰よりも完璧にメイドをこなしていた。

 

「行ってらっしゃいませお嬢様。お戻りは何時になりますでしょうか?」

 

振る舞いから言葉使いまでチェルシーさんそのものだ。しかし、チェルシーさんからすればまだまだだったようで、

 

「まあギリ合格とします」

 という評価だった。

 

「お嬢様、お茶を注ぎます」

 そう言って、葵は紅茶をお客さんのカップに注いでいく。接客を嫌がっていたくせに、今では葵も楽しそうにメイドをやっている。いや元々、葵は接客が嫌なのではなくメイド服を着るのが嫌だっただけなんだが。おそらく腹をくくり、楽しむことを選んだんだろう。葵はセシリアの次にメイドが様になっている。

そもそも葵は俺と一緒に今まで弾の家や鈴の家の手伝いをしていて、その中には接客も含まれていた。鈴の家も弾の家も結構繁盛していた店だったし、その中で揉まれた俺と葵は接客に関しては慣れている。そして実際にこういった飲食関連の仕事を一番やった事あるのは俺と葵であり、忙しい俺とは違い葵は、

 

「セシリア! 9番テーブルに紅茶とクッキー、それとコーヒーにエクレアも一緒で! 四十院さんは8番テーブルの片づけを急いで!」

 

「わかりましたわ!」

 

「わかった!」

 今回初めて接客業をする皆に的確な指示を出して皆を動かし、また葵自身も的確に動いてお客さんを捌いていく。メイドの中で一番背が高いのもあり、その働いている姿から、しだいに葵はクラスの皆から『メイド長』の称号を得ている。そして葵も結構人気があり、ラウラの次に人気がある。TVの影響もあるが、葵も日本の代表候補生として人気があるようだ。

 ちなみに、本日の客に雑誌の件での話題は禁止している。店入り口前にも貼ってあり、それをしたら即店から出て行ってもらう事になっている。幸いなことに、入場するお客さん達は空気を読んで、誰も葵や俺にその話題を言ってこない。

 

「お、お嬢様! ケーキセットを持ってきました!」

 

 箒とラウラだが、……まあまだ多少の照れがあるから箒は動きが少しぎこちない。でも頑張っているのはよくわかり、お客さんからの受けも良いようだ。あの人と接するのが苦手な箒が笑顔を浮かべながら接客をする姿に俺は少し感動した。束さんみたいには箒はなってほしくない。

 

「クソ兄貴、茶と菓子だ。すぐに食べて飲んで早く出ろ」

 ラウラは……いや、これ完全にメイドとしてでなく接客業として駄目だろ。しかし、

 

「う~ん、ツンデレな妹が入れた紅茶とケーキは格別だ!」

 ラウラの接客を受けた野郎達は喜んでそれを受け入れている。客の1割が男性なのだが、それのほとんどがラウラを指名している。葵がラウラに、『ラウラ、もし男から指名されたら横柄に接していいから。多分そっちの方が喜ぶ』と言ったせいでラウラは本当に雑な対応している。あんな酷い接客なのに、受けた連中は皆喜んでいる。わからん。

 しっかし……IS学園の学園祭は一般公開されてない招待制なのに、こいつらどうやって入ったんだろう? いや、この学園の生徒の身内なんだろうけど。さっきから外から中の様子を見ている生徒何名が、恥ずかしそうな顔して男連中見ているし。

 

「お姉ちゃん、今日の注文は何が良い?」

 さらにラウラだけ、客を呼ぶ時はお嬢様でなくお姉ちゃんと呼ばせている。

 

「ボーデヴィッヒさん! 貴方は女性客から呼ばれたら全員『お姉ちゃん』と言って!」

 開店前、相川さんがすごく良い顔をしながらラウラに言った。無論ラウラも何で?という顔をしたが、

 

「うん! それがいいよ! ラウラ、相川さんの言う通りにしなよ!」

 凄く良い笑顔をしたシャルからも言われたので、ラウラはお嬢様と言わずお姉ちゃんと呼んでいる。その効果は絶大で、

 

「キャー!可愛い!」「こんな妹が欲しかった!」

 ラウラがお姉ちゃんというと、皆歓声をあげながら喜んでいる。そのため、俺、シャルの次にラウラの指名率は高い。……いや、よく考えたらここってメイド喫茶なんだよな。執事とメイドでない妹が人気のほとんどを占めるってどうなんだろう?

 

 俺やシャルの執事、ラウラ達の人気もあってメイド喫茶は大繁盛しているが、それだけでなく、

 

「うわあ! このショートケーキ美味しい!」「こっちのりんごパイも良いわよ!」「クッキーと紅茶が凄く合う!」「これすべて手作り!? 店開けるレベルよこれ」

 葵主導の下、大量生産したお菓子の評判もかなり良い。俺も散々試食で食べたが、味については文句なく美味い。葵の友達からレシピを貰い、それを参考に作ったと葵は言っていたがレシピ見てもそれを美味く作れるかは別だ。

看板に『日本代表候補生青崎葵完全監修のお菓子!』と書いてあるので、葵は『メイド長』と一緒に『料理長』とも呼ばれている。料理をほぼ同時期に習ったのに、お菓子作りに関しては完璧に俺は負けている。いや、厳さんの業火野菜炒めも何時の間にか葵は作れるようになっていたし、菓子以外でも俺負けている? 

 

「一夏! ぼうっとしてないで早く動け!」

 

「お、おう!」

 箒の叱咤を受け、俺は急いでお客さんの所に向かっていった。ちなみに、店の外で待っているお客さん相手に、のほほんさん達がクッキー等の焼き菓子をラッピングして販売したりしている。ケーキの持ち帰りを頼むお客さん(ほとんど男だが)にも、わざわざ紙箱用意して割増料金で販売する鷹月さん。売るチャンスをとにかく物にするクラスメイト達の姿は、実に頼もしく思う。

 

 

 

 

 

 お客さんが詰めかけ、大忙しだったが正午になる頃には少し落ち着いてきた。走り回っていた俺とシャルもようやく一息つき、葵達も多少の暇な時間が出来た。

 

「よし、お客さんの流れも落ち着いたし、皆も順番に学園内見て回ったら? 今なら全員ここにいる必要ないしね」

 谷本さんから自由時間を貰ったので、俺達は順番で学園内を回る事にした。しかし、

 

「あ、本当に申し訳ないんだけど……織斑君とデュノアさんは両方いなくなるのはまずいからどっちかは残ってて」

 この谷本さんの台詞でシャルは絶望した表情を浮かべ、「学園祭なんて、学園祭なんて大嫌いだ」と膝を抱えて蹲った

 回る順番だが、セシリアにラウラ、箒は俺と一緒に回りたいと言ってきたがさすがに4人も一気に抜けるのは無理だし、俺もそう長々とここを抜ける事ができない。3人が誰が俺と一緒に行くかで議論になったが、くじ引きの結果俺と一緒に回るのはセシリアとなった。

 大喜びしているセシリアだが、その横で物凄い目で箒達が睨んでいる。え、何だ? 皆そんなに早く学園祭を見て回りたかったのか?

 

「面倒くさいから、早く行って早く戻ってきなさいよ」

 箒達を見て苦笑を浮かべながら、葵は俺とセシリアをクラスから追い出した。ちなみに俺とセシリアの次はシャルとラウラが一緒に回り、最後に箒と鷹月さんが一緒に回り葵は今日招待した人と一緒に回るようになっている。

 

「今日のお菓子のレシピ教えてくれたお礼したいしね」

 その台詞から、葵が呼んだ相手が誰か解ったが一緒に回れると思っていた箒がかなり残念がっていた。

 

「さて一夏さん、どこへ行きましょうか」

 笑顔をしながら聞いてくるセシリア。

「そうだなあ」

そう言って周りを見渡すと、隣のクラスが見えた。あ、そういえば。

 

「そういや鈴が隣のクラスで何かやってるんだよな。セシリア、ちょっと見に行かないか?」

 朝の様子から、鈴のクラスの出し物も自信があるようだし。そう言ってセシリアの方を向くと……一目見てわかるほどお怒りの顔をしたセシリアがいた。

 

「あ、ありえませんわ」

 体を震わせながら怒気をはらんだ声で俺に言うセシリア。え、何でセシリアこんなに怒っているの!?

 

「え、そんなに変か!? 友達の出し物を少しひやかしに行くだけなのに?」

 鈴とはセシリアも仲良いんだし、ちょっと見に行ってみようじゃん。面白そうだし。俺がそう言うとセシリアはさらに目が一瞬吊り上がったが、

 

「……はあ。いえ、まあ一夏さんはそういう方でしたものね」

 何故か大きく溜息をついた。

 

「わかりましたわ。では鈴さんのいる2組に向かいましょう」

 肩を落としながら、セシリアは2組に向かった。何でセシリアが気落ちしているのかは謎だが。そして2組に向かう俺達だが、

 

「あれ、さっき2組からでてきたのチェルシーさんじゃないか?」

 

「え? あら本当ですわ」

 俺達が見ている先で、チェルシーさんが笑みを浮かべながら2組を後にしていく。 チェルシーさんもIS学園祭楽しんでいるんだなあとか思いながら、俺達は2組に入る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

「う~、やっぱり一夏が抜けるのはキツイよお」

 一夏とセシリアが休憩の為いなくなってしまい、シャルロットの負担はかなり増えてしまった。生徒はともかく、外来のお客さんにとってシャルロットの貴公子な姿は一夏がいなくなった後にさらに際立っているのも原因であった。

 

「まあまあスバルん! 人気独り占めよ、嬉しくないの」

 

「葵までスバルん言わないでよ」

 むくれるシャルロットに、葵は笑って注文されたメニューを運んでいく。運びながらも『夜竹さん、ティーカップがそろそろ少ないから大至急洗い物終わらせといて』と無駄なく指示出しながら働くその姿に、シャルロットは感心しながら眺めた。

 

(@の店長には劣るけど、葵って無駄なく作業してるなあ。鈴の家や弾って人の家で接客やってたとか一夏と葵言ってたけど、葵はこういう仕事向いていると思う。僕も夏休み1日だけ働いたからわかるけど、自分の仕事だけでなく周りもフォローするとか物凄く大変なのに。葵からのフォローがなかったらと思うとぞっとしちゃうよ。そして一夏がいなくなった後に、一夏の凄さが良く分かった。一夏は僕よりも忙しかったのに、大量のお客さんを一人で捌いてたんだから) 

 お客さんのケーキを運びながら、改めてシャルは一夏の存在の大きさを思い知った。一夏がいなくなり、シャルの指名率が増えた為それを補うべく葵や他のクラスメイトもフォローしている。しかし、先程まで働いていた一夏はほぼ誰の指示やフォローをされる前に自ら動きお客さんの対応をしていた。もし一夏が無駄なく動いてくれていなかったら、1組のメイド喫茶は早々に大混乱を起こしていただろう。

 

「スバルん、4番テーブルに呼ばれているから行ってあげて」

 

「うん!」

 葵からの声に、シャルは大きく返事をしながら4番テーブルに向かう。

 

(そういえば一夏って、忙しくても葵から何も言われてないんだよね。葵が言わなくても一夏がもう行動していたってのもあるけど)

 その事にシャルは一夏と葵が羨ましいなあと思った。何も言わなくても、相手を信頼しているという関係に。

 

(僕も、そういう相手がいたらなあ)

 その時一瞬シャルの脳裏には銀髪の少女の姿がよぎったのだが、

 

「大変お待たせしましたお嬢さ」

 4番テーブルに着きお客さんの姿を見た瞬間、頭が真っ白になり言葉も途中で途切れてしまった、何故なら4番テーブルにいたのが、

 

 

見事な軍服を着て左目に眼帯をしている美人が、恍惚な表情を浮かべながらテーブルに突っ伏しながら鼻血を大量に流していたからだった。

 

「桃源郷や~、日本はやはり東洋の神秘ジパングなんや~」

 鼻血を流しながら嬉しそうな声でうわ言を言う美人に、シャルは

 

(え、何!? 何でこの人鼻血出してるの? あれかな、ここはティッシュを出して介抱したらいいのかな? というかこれ葵呼ぶ前に気付いてたよね? 面倒事を僕におしつけたの?)

 後退りしながら激しく狼狽した。どうしようかとシャルは悩みだしたが、

 

「シャルロット、落ち着け。クラリッサが謎の出血をしているが、わが副官は優秀なドイツ軍人だ。すぐに回復する」

 

「ラウラ!」

 

 ラウラの若干呆れた声を聞き、我に返った。そしてシャルは声が聞こえた方に振り向くと、そこには呆れた顔をしたラウラが鼻血を流している美人―――クラリッサを見下ろしていた。

 

「え、え~とラウラ。これどういう状況なのかな。クラリッサさんって確か前話してくれたラウラの部隊の副官だよね。その人がなんでここにいて、しかも鼻血出しながら気絶しているの?」

 

「いやこのIS学園の招待券を、ドイツに送ったのだ。どうも本国はこのIS学園の設備を実際に見て確認したいとこのクラリッサから言われてな。その視察にクラリッサが選ばれて日本に来たようだ。ここに来る前に学園内を色々見て回り、無事任務を達成した事を上司である私に報告に来たようだ」

 

「……へえ、視察に報告ねえ」

 ラウラの説明を聞いた後、ジト目をしながらシャルロットはクラリッサを眺める。クラリッサの両脇にはこのIS学園で買ったと思われる大量の荷物があった。その中でも一際大きな紙袋があり、その紙袋には『IS学園漫研』の文字が書かれていた。

 

(ここの漫研の作品以前読んだことあるけど……一夏や一夏の友達、そして男になった僕があんなことをしちゃう作品描いてたよね。あんなのがどうして視察に必要かなあ。そもそも、軍の隊長務めているラウラが報告すればいいだけの話だよねそれ)

 疑惑の目を浮かべながら、シャルロットはクラリッサを眺める。

 

「全く、実際ここに在籍している私か今までの留学生から聞けば良い物を。本国はわざわざクラリッサを派遣してまで確認したいものがあったというのか?」

 

「そうなんだ。まあその件は学園祭が終わった後クラリッサさんに聞けばいいと思うよ。で、それでこれが肝心なんだけど何でこの人鼻血出してのびてるの?」

 

「ああ、それなのだが谷本から呼ばれてここに来たらクラリッサが座っていて、相手がクラリッサな為『久しぶりだなクラリッサ』と言ったのだ。そしたらクラリッサがいきなり泣き出して『隊長! その姿は大変素晴らしく脳内メモリーに永久保存しますが、その前に! ここはメイド喫茶でドイツ本国では無いのです! ですから私にも一般人と同じ対応でお願いします』と言われてな。上官である私に何て態度だと思ったが、まあ確かに教官、いや織斑先生もここはドイツでは無いと普段言っているしな」

 

「それで?」

 

「うむ、まあ多少恥ずかしかったのだが……クラリッサにこんな事言うのは恥ずかしかったが『お帰りなさい、お姉ちゃん』と多少どもりながら言ったのだ。そしたらこうなった」

 そう言って、また呆れた顔をしながらラウラはクラリッサを見下ろす。しかし、シャルロットはクラリッサを眺めながら、

 

(わかります、クラリッサさん)

 先程までとは違い、生温かい目をしながらクラリッサを見下ろした。

 

「で、僕は何でここに呼ばれたんだろう?」

 

「……それは私が呼んだからです」

 シャルロットの疑問に、ようやく復活したクラリッサが顔を上げてシャルロットを見つめた。鼻血を流したままで。無言でシャルロットはティッシュをクラリッサに渡し、『ありがとう』と言ってクラリッサもそれを受け取った。

 

「……まさか『ご主人様』でなく『お姉ちゃん』と言われるとは予想外であまりの嬉しさに意識が飛んでしまいました。隊長のメイド姿も素晴らしすぎて、私は今日という日を一生忘れないでしょう。それに」

 嬉しそうな顔でクラリッサは、シャルロットの姿を上から下まで眺め、

 

「挨拶が遅れましたが、私はラウラ隊長が率いている黒ウサギ隊の副官クラリッサ・ハルフォーフと言います。貴方がシャルロットさんですね、隊長からはよく伺っております。貴方に会えたことも、とても嬉しく思います」

 そう言ってシャルロットに₍握手を求めた。

 

「え、ええと、こちらもよろしくお願いします」

 先程までとは違い、穏やかな表情を浮かべて握手を求めるクラリッサに戸惑いながらもシャルロットは握手した。

 

「シャルロットさんの事は隊長からよく聞いております。この学園で出来た親友だと。隊長からまさかそのような発言がでるなんて、最初は凄く驚きました」

 

(ラ、ラウラ僕の事そう思ってくれているんだ!)

 クラリッサの言葉を聞き、笑みを浮かべながらラウラの方を向くシャルロット。その先には顔を少し赤くしたラウラがいた。

 

「ああ、隊長の少し恥ずかしがっているその姿もいいです! ああ、ここが撮影禁止なのが悔やまれます」

 

「おいクラリッサ! 今日のお前は何かおかしいぞ! 普段の冷静なお前はどこに行った!」

 

「ああ、申し訳ございません隊長! どうも憧れの日本に来れたのでテンションが上がり過ぎてます」

 

「それでクラリッサ、私とシャルロットの用件はいったい何なのだ? 谷本達に無理言って今時間を割いているのだ。私とシャルロットも何時までもお前の相手は出来ないのだぞ」

 話が進まない事に、ラウラは多少イライラしながらクラリッサにきつく言った。ラウラの言葉通り、一夏もいなくさらに人気No2とNo3が抜けている為、周りのお客さんからもクレームが出始めている。

 

「そうでした、では急ぐとします。シャルロットさん」

 

「はい」

 

「本当は隊長の想い人の一夏君にも言いたかったのですが―――隊長に素晴らしい変化を与えてくれた事に本当に感謝しております。特にシャルロットさん、隊長が貴方の事を話す時は本当に楽しそうでした。隊長があんな声で話す相手が見つかったことが、私や部隊の者全員が喜んでいます。シャルロットさん、今後も隊長をよろしくお願い致します」

 そう言ってクラリッサは、真剣な顔をしながらシャルロットに頭を下げた。

 

「いきなり何をいっているのだクラリッサ!」

 突然の副官の言葉に、ラウラは顔を赤くしながら動揺した。しかし、ラウラの横にいるシャルロットは、ラウラの肩に手を回して抱き寄せて、

 

「はい、今後とも僕はラウラと一緒にいるよ。だって、僕はラウラの親友だからね」

 満面の笑みを浮かべながらクラリッサに言った。ますます顔を赤くしていくラウラ。そしてその二人を見たクラリッサは、

 

「ああ、今日はIS学園に来て本当に良かった。これで私は何も心配する事がありません」

 そう言って満足した表情を浮かべながら1組を出て行った。

 

 

 ちなみにこの一連の流れは1組の者全てが注目しながら見ており、クラリッサが出て行った後割れんばかりの拍手が沸き起こった。店にいた客は、

 

「え、何この友情展開!」「素晴らしすぎる。当分は御飯のおかずがいらない」「メイドと執事の友情! これは次回作で使える!」

 と大盛上がりしていた。

クラスメイト達は、転向初め頃のラウラの姿を思い出し、クラリッサがあそこまで感動した理由が少し理解していた。

 

 

「全く、一夏はタイミングが悪い時に出て行っちゃったわね」

 この場にいない親友を思い、葵は苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とセシリアはつかの間の休憩を満喫し教室に戻った。鈴のクラスに行った後はセシリアの所属するテニス部の出し物を見に行ったり、色んな物を見て楽しんできた。しかし戻った時、何故かクラスのみんなから

 

「……タイミング悪いよね織斑君って」「あの場にいない事がおかしい」「何でもっと早く帰って来なかったの!」と何故か非難された。何故? ちゃんと休憩時間は守ったぞ? それに非難されるのは俺だけで、セシリアは何も言われないのも何故だ?

 

「まあ今は忙しいから終わった後話してあげる」

 納得がいかない俺に、何やら意味深な事を言う葵。いや、少しくらい今教えてくれよ。

 

「はいはい、それよりもこれからシャルロットとラウラが抜けたんだから気合いれてよ。人気No2とNo3の人気を埋めれるのはNo1の貴方なんだから」

 ……葵、何かその言い方じゃここがホステスかホストの店みたく思えてしまうぞ。いや、あながち間違ってはないんだけど。後それならこれからはお前がNo2だぜ。

 

「へいへい。あ、そうだ葵」

 

「何?」

 

「後でお前も鈴のクラスよってけよ」

 

「? いやそれは当然行くけど?」

 まあ言われるまでもなく、葵は行くだろうけどな。鈴のクラスは中華喫茶で、鈴もチャイナドレスを着たりとインパクト強かった。恥ずかしいのか、俺とセシリアが見たらやたら顔を赤くしながら照れていたし。そしてなによりも、

 

「葵もあのメニュー表みたら驚くだろうな」

 あのメニュー表、あれは

 

「織斑君―! 呼ばれてるよー!」

 

「あ」

 いかんいかん、今はもう執事として集中しなくちゃな。見たら俺を指名している客の姿が見える。早く向かうとしよう。

 

 

 そういや、交代でシャルとラウラがさっき出て行ったけど、二人とも顔が赤かったな。それにクラスの皆、葵だけでなくあの箒すら二人をニヤニヤしながら見送ってたが何でだ?

 

 

 

 交代して10分後、シャルとラウラがいない分午前中よりも大変になったが何とか対応していると、急にクラスが静かになった。何事かと思って周りを見回したら、

 

 

物凄い美人さんが教室に入って来た。

 

その人が着ているのは和服で、昔箒のおばさんが祝いの時着ていくような和服よりも数段上の着物だと俺はぼんやり思った。それを身に付けた女性は艶やかな腰まである長い黒髪で、まるで昔のお姫様かのごとく綺麗に後ろに垂らしていた。化粧はあまりしてないが、あれがナチュラルメイクというものなんだろうか? 雰囲気はおとなしく、かすかに浮かべている笑みとかまるで大和撫子を体現しているかのようである。身長はそうだな、あの高さは丁度束さんくらいかなあ……。

そんな事思っていたら、もう一人中に入って来た。って!

 

「織斑先生?」

 中に入ってきたのは千冬姉だった。あれ? 確か千冬姉って忙しいからここには来れないとか言ってなかったっけ? クラスの皆もそう聞かされていた為、何故千冬姉がここに来たのかと不思議がっている。そんな千冬姉だが、……何故か苦々しい表情を浮かべながら先に教室に入って来た女性を睨んでいる。

 周りを見回したら、メイドよりも数段上のインパクトを持つ美人さんの入場に声を失っているが、何故か葵は面白い物を見た顔をし、箒は……いやこら待て。

 

「おい箒、どこに行く気だよ」

 こっそり教室を抜け出そうとした箒を俺は取り押さえる。

 

「頼む一夏! 見逃してくれ」

 

「いやそう言ってもなあ、お前休憩時間まだだろ」

 

「前借りさせてくれ!」

 

「駄目に決まっているだろ。シャルとラウラが抜けたせいで忙しいんだから」

 俺と箒が出口付近で言い争っていたら、

 

「箒、3番テーブル呼ばれているわよ。あの和服の人と織斑先生がいる席ね。そしてちゃんとメイドとして迎えるように」

 そう言って、笑顔で葵は出口の扉を閉めた。逃がす気は全くないようだ。それがわかった箒は、大きく溜息をついた後3番テーブルに向かった。

 3番テーブルでは、和服美人さんが千冬姉に微笑みながら何か言っている。千冬姉は、ただ疲れた顔をしながら頷いている。そんな二人に箒は近づき、

 

「お、お帰りなさいませお嬢様」

 ほとんど絞り出すような声で話しかけた。そして箒に声を掛けられた和服美人さんは、箒の方を向き、微笑みながら口を開らき、

 

 

「あ~~~~も~~~! 箒ちゃん可愛すぎ~~~~~~~~!」

 ……先程までの大和撫子な雰囲気は一瞬で吹き飛び、満面の笑みを浮かべながら箒に抱き着いた。……いや、まあなんとなくわかってはいたけどね。最初はびっくりし過ぎでわからなかったけど、千冬姉が一緒にいるし葵や箒の態度見たらねえ。

 大和撫子な和服美人かと思ったら、いきなりそんな仮面を剥ぎ取り箒に抱き着く束さんに、クラスの皆呆然といながら眺めている。しかし、

 

「こら! 話してください姉さん! 皆見てます!」

 

「よいではないか~よいではないか~」

 束さんに抱き着かれて恥ずかしがっている箒の言葉を聞き、

 

「え! ちょっと! 篠ノ之さんの姉ってことは」「まさかあの人、篠ノ之束博士!」世界中が指名手配されてるあの!」「嘘! まさか生で会えるなんて思わなかった!」

 箒に抱き着いている人が束さんだとわかると、一気に騒がしくなった。

 

「あ~も~! 箒ちゃんのメイド服姿最高! これはもう永久保存決定だね」

 

「抹消してください!」

 満面の笑みを浮かべる束さんに、真っ赤な顔で怒鳴る箒。千冬姉はそんな二人を見ながら……あ、ニヤついてるな。

 

「ようこそいらっしゃいましたご主人様方。こちらは本日の自慢の一品となっております」

 束さんか千冬姉が注文をするよりも前に、葵はケーキセットを二つ盆に載せて運んでいた。しっかり紅茶まで用意している。

 

「おおお! あ~ちゃんのメイド服姿も凄く似合うよ! うんうん、箒ちゃんとあ~ちゃん、最高のメイドだとこの天才の束さんは保障してあげる!」

 

「ありがとうございます」

 

「そんな保障いりません!」

 お礼をいう葵と、顔を赤くしながら拒否する箒。見事な対比だ。

 

「いっくん~、いっくんもこっち来てよ~」

 笑顔を浮かべながら俺を呼ぶ束さん。周りを見るが、皆もう束さんにくぎ付けだしいいか。誰も注文しないだろ。

 

「ようこそいらっしゃいましたご主人様」

 

「おお! いっくんもちゃんとわかってるね! でもねいっくん、どうせならお嬢様と言ってほしいな!」

 ……えええ。いやまあさっきまで自分よりも年上の人をお嬢様とか言ったりしてたけど、それを束さんに言うのは恥ずかしい。

 

「さあさあいっくん! 早く早く!」

 束さん、期待で目を輝かせているし。……ああ、もう!

 

「いらっしゃいませお嬢様!」

 うわ、ちょっと声が裏返った!……すまん箒、さっきのお前の気持ち少しわかった。

 

「うわ~~~! うんうん、なんかいっくんにそんな事言われると照れるなあ! いっくんもその執事姿似合っててかっこいいし!」

 また嬉しそうな顔で身を悶える束さん。束さんのテンションはさっきからストップ高だな。

 

「あ~も~、やっぱりここに来てよかった! 三人の姿が見れて大満足だよ。ケーキも美味しいし!」

 満面の笑みを浮かべながら紅茶を飲む束さん。って! 本当だ、何時の間にかケーキ無くなってる!

 

「ほう、葵お前のケーキはもう店でも売れるレベルじゃないのか」

 

「あ、ありがとうございます! 束さん。千……いや織斑先生」

 束さんと千冬姉両方から褒められ、葵はかなり嬉しそうだ。

 

「で、姉さん」

 

「何かな箒ちゃん」

 

「何で貴方はここにいるのですか!」

 

「何言っているの箒ちゃん! 妹がメイド服着てご奉仕してくれるんだよ! 妹の学校行事に姉として来るのは当然だよ」

 

「な……」

 あまりにもストレートなシスコン発言に、顔を赤らめながら怯む箒。

 

「い、いやだって……今までも中学で文化祭とかやってましたけどその時は来なかったじゃないですか」

 

「う~ん、それなね……さすがにあの場で出るのは天才の私でも躊躇ったからかなあ」

 

「え! 去年までずっと……」

 

「うん、物陰に隠れながら見てたよ」

 

「うわあああああああ!」

 束さんの言葉を聞き、箒は頭を抱えた。……いや、お前そんなになるなんて一体何があったんだ?

 

「でも今日はね~、本当に箒ちゃんが学園祭楽しんでるみたいだから。だから正体バラシてもいいやと思って抱き着いちゃった」

 

「ちゃった、じゃない! 姉さんは世界中から追われている自覚が」

 

「束」

 箒の言葉を遮り、千冬姉が束さんを呼んだ。天井を指さしながら、神妙な顔で頷いている。

それを見た束さんは、

 

「あちゃ~、意外と愚民でも仕事早いんだ」

 何故か残念そうな顔をしだした。

 

「……流石ですね織斑先生。言われるまで全く気が付きませんでした」

 何故か葵は、尊敬した目で千冬姉を眺めている。何が起こっているのかよくわからないが、

 

「もうちょっといたかったけどしょうがないっか」

 束さんの言葉から別れの時間が来たのはわかった。

 

「じゃあしょうがないから、私はもうここを後にするよ。箒ちゃん! いっくん! あーちゃん! またねー! そしてちーちゃん、今日は色々ありがとうねー!」

 そう言って笑顔を浮かべながら別れの挨拶をした瞬間、

 

 束さんの姿は消えてしまった。本当に一瞬で、本当は最初からいなかったんじゃと錯覚してしまいそうな程に、音も無く束さんは俺達の目の前から姿を消した。

 

 突然の失踪に教室中が驚愕したが、千冬姉だけは美味そうにケーキを食べながら紅茶を飲み、味を満喫していた。

 

「あっという間に消えちゃったわね。確かにこれなら、誰も補足なんて出来ないかな」

 

「いやそれよりも、先程の織斑先生は」

 

「まあ束さんも気付いていたと思うけどね。箒を目の前にして浮かれていて気付かなかった場合の保険じゃないの? まあ織斑先生が警告した位だから気付くの遅れたんだろうけど」

 ……成程浮かれていて気付くのが遅れた、か。何だかんだで箒と束さんは姉妹だなあ。

 

「ところで織斑先生、どうして束さんと一緒に教室に入ったんです?」

 

「単純にあいつに対しての監視だと思え。あいつの気まぐれで学園祭がめちゃくちゃにされたら敵わないのでな」

 そう言って溜息をつく千冬姉。ふうん、監視ね。どっちに対する監視なんだか。

 

「ここに来る前にあいつから散々この学園内を連れまわされた。ったくあの馬鹿は正体さえバラさなければ気付かれないものを」

 

「まあでも、正体がバレてもいいと最後思ったんでしょうね」

 

「ああ、そうだな」

 千冬姉は何やら温かい目で箒を眺める。箒もそれに気付き、少し戸惑っている。

 

「おい、それよりもケーキ追加を頼む。そして今度はコーヒをくれ」

 ケーキセットと紅茶を飲みほした千冬姉が空になった皿を俺に差し出す。俺はそれを受け取ると、さっきの束さんの言葉が脳裏によぎった。そしてちょっとした悪戯心もありながら、

 

「かしこまりましたお嬢様、少々お待ちを」

 千冬姉にそう言って、急いでその場を後にした。うわあああ、やべえ! さっきのノリでつい言ってしまったあ! ケーキセット持ってた時千冬姉どんな顔してるかなあ……。

 俺はやたらとニヤついている鷹月さんからケーキセットとコーヒを受け取ると千冬姉のテーブルに向かった。そしたら、……何故か頭を抱えて悶絶している葵の姿があった。

 

「……葵、お前また何か変な事言ったのか?」

 

「……いやわりと事実を言っただけ」

 何だよ事実って。まあ俺はとりあえず千冬姉頼んだ注文をさっさと置くとするか。ケーキセットとコーヒーを千冬姉の前に置き、立ち去る前に千冬姉の顔を見たら……さっきまでよりも千冬姉は耳が赤くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで一夏、弾を招待したとか言ったけど弾は何時来るの?」

 

「ああ、弾なら……ああ! ヤバい!」

 シャルロットとラウラの二人が戻って来て、箒と葵の休憩時間となった。箒は鷹月とすでに教室を後にしており、葵もこれから出ようという時に何気なく一夏に尋ねたのだが、その瞬間一夏は叫びだして頭を抱える事となった。

 

「ヤバい……そういやあいつ午後になったらくるとか言ってたから校門入り口前で落ち合う約束してたんだった」

 

「いやちょっと一夏! 午後になったらってもう2時間は過ぎているわよ!」

 

「ああ、急いで迎えに」

 すぐさま教室をでようとする一夏に、

 

「駄目~~~!」

 必死な顔をした谷本、相川の二人が出口を遮った。

 

「またお客さんが混みだして忙しくなったのに、青崎さんに篠ノ之さん、さらに一夏君までいなくなっちゃったら店が回らないよお」

 

「う、いやそうだけど俺も」

 友達を散々待たした上に来ないとかはさすがに出来ないと一夏は言おうとしたが、

 

「はいはい、じゃあ私が迎えに行ってあげるわよ。私の待ち人がいるのは同じ場所だしね。一緒に回ってくるわ」

 

「……すまん葵」

 

「いいわよ、どうせ弾とも一緒に回ろうと思ってたし」

 葵が弾を迎えに行くというので、一夏は店に残る事にした。

 

「じゃあ私がいない間、皆頑張ってね~」

 そう言って、葵は1組を後にした。

 

 

校門に向かいながら、葵は顔がにやけるのが抑えきれなかった。

 

「会うのは久しぶりだなあ。今日のお菓子も教えてくれたレシピのおかげだし。早く会ってお礼しなくっちゃね」

 途中鼻歌まで歌いながら、葵は校門前に到着した。周りを見回すが、葵の探している人物の姿は無かった。弾の姿も無かったが、

 

「まあ、流石にもう学園内にいるでしょ。後で電話して合流すればいいし」

 と思い、深くは考えなかった。携帯を出し、探し人に連絡を入れようと葵は携帯の画面を見たら、

 

「あれ? 着信にメール?」

 今から携帯にかけようとした相手から、たくさんの着信があった。そして同時にあるメールが一通。

 

「い、いやまさかね」

 嫌な予感がした葵が、メールを開くと、そこにはこう書かれていた。

 

『ごめんなさい! 今日行けなくなった! 本当にごめん!』

 

「ええ~!何で~!」

 突然のドタキャンに嘆く葵。そして留守電もあったので葵はそれを聞いてみた。そこには申し訳ない声をしながら、葵の待ち人は来れない理由を葵に伝えていた。

 

「……う~ん、まさかお世話してもらっている洋菓子の先生のコンクールの日に、その先生以外のスタッフが皆食中毒で倒れたから急遽お手伝いする事になったなんて」

 商品を扱う仕事として最低な理由で倒れたスタッフに葵は呆れたが、

 

「まあでも、代打で抜擢されたってことはそれだけ努力したってことよね。代打できる程の力が無かったら、先生も頼らないだろうし」

 能力を買ってもらった事と、お世話している人のピンチだから来れないのはしょうがないと葵は思い直した。

 

「さて、でもどうしよう。とりあえず弾に電話しようかな」

 気を取り直し、葵は弾に電話を掛けることにした。

 

『おー葵か! どうしたんだ?』

 

「いや休憩時間になったから一緒に回ろうと思ってね。今どこにいるの?」

 

『ああ、今は』

 

「お前のすぐ後ろにいる」

 

「きゃっ!」

 いきなり後ろから声を掛けられ、葵は驚いて飛びのいた。そんあ葵を弾は笑いながら見ている。

 

「驚かさないでよ!」

 

「すまんすまん葵。お前がいるのは電話する前から見えてたからな。暗い顔して携帯見ていたから元気出してやろうと思って」

 

「……うう、普段なら弾の接近に簡単に気付くのに。まだまだだなあ私って」

 葵は、気配に気付けなかった事に落ち込んだ。

 

「まあ落ち込むなって。何があったかは知らないが元気出せよ。ところで」

 そう言って弾は葵の姿を上から下まで眺めると、

 

「うん! 俺の予想通りだ! 葵、お前凄くいいぞその恰好! 自信もって可愛いと言える! いやマジで可愛い!」

 葵のメイド服姿を眺め、大絶賛した。

 

「あ、いやその…ありがとう」

 弾の言葉に、葵は若干赤くなりながら礼をいった。

 

「さっきの驚いた顔と声も可愛かったぜ! 葵、お前でもあんな声出す」

 

「うるさい!」

 さらに顔を赤くした葵の右拳が、弾の腹部に命中し最後まで弾は言葉を言い終わるとこは出来なかった。

 

 

「うう、いてえ」

 

「自業自得よ」

 数分後、腹をおさえて悶絶していた弾がようやく回復した。

 

「照れるなよって待った待った! すまんもう余計な事は言わない! だからその拳をしまってくれ」

 

「わかればいいのよ。で、何で弾はこんな所にいたわけ? まさかずっとここで一夏を待ってたの?」

 

「いや、実はここに入ろうとした時に見知らぬに妊婦さんが産気づいてしまってな。介抱してたら身内と間違われて病院まで連れて行かされた。妊婦さんは病院に任せて俺はさっきまたここに戻って来たんだよ。病院にいる間何回も俺一夏の奴に電話したのに、あの野郎一回も電話に出ねえし」

 

「そ、そうなんだ。携帯に出ないとか一夏も酷いわね」

 口が多少引き攣りながら、葵は弾の言葉に頷いた。

 

「しかし見知らぬ妊婦さんを介抱してたらそのまま連れてかれたとか、弾も相当なお人好しね」

 

「しょうがねえだろ、目の前であんな状態になったら見捨てる事なんかできるわけないだろ。妊婦さんも俺の手を放してくれないし一緒に行くしかねえんだよ。……なんだよ葵、その笑みは」

 

「べっつに」

 少し照れながら話す弾に、葵は笑って誤魔化した。

 

「まあ何時までもここにいてもしょうがないわね。早く中に」

 葵は弾と一緒に校舎の中に入ろうとしたが、急にある一点を見つめると言葉が途切れた。

 

「ん? どうした葵?」

 葵の言葉が途中で途切れたので、弾は葵が見ている方向に顔を向けてみた。校門入り口前を見ているようだが、特におかしなところは弾は見当たらなかった。

 

 しかし葵は見つけていた。校門入り口前付近、校舎が良く見える場所に一人立っている男性を。何か寂しそうな顔をしながら立っている男性の姿は、葵が良く知っている人物だったからだ。

 

「あれは……鈴のお父さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ慎吾さん」

 

「どうした裕也?」

 

「どうして俺達、わざわざIS学園まで来たのにこんな所にいるんだよ! 早く葵の所に行こうぜ!」

 

「では聞くが裕也、お前葵に会ったら何するつもりだ?」

 

「決まっている! あの雑誌に載っていた織斑一夏との関係を直接聞くまでだ! そして葵の姿を間近で堪能した後は、葵のメイド接客を受ける」

 

「……織斑君に会った場合は?」

 

「葵をどう思っているか聞くに決まっている! 本当は赤毛野郎にも聞きたいがいるかどうかはわからんし。だが織斑だけは絶対ここにいるからな!」

 

「……葵達はせっかく学園祭を楽しんでいるんだぞ。そんな中お前は修羅場を持っていくつもりか?」

 

「俺は別にそんなつもりはない!」

 

「お前になくてもお前が行ってそんな事やったら修羅場になるんだよ」

 

「でも慎吾さん、せっかく俺達はあいつらが泣いて悔しがるほどのIS学園の入場チケットを手に入れてここに来たんですよ。葵に会わないでどうするんですか」

 

「IS学園も見どころ沢山あるぞ。色々な施設見て回ればいいじゃないか。そりゃ俺も葵に会いたいけどな。でも今のお前が行ったら修羅場になりそうだからなあ」

 

「ああ、くそ! せっかくここまで来たのに離れの校舎からしか葵の姿を見れないなんて!」

 

「でもここからだと良く見えるだろ。見てた感じ、葵は楽しそうにメイドやってたな」

 

「あの織斑の野郎、馴れ馴れしく葵と接しやがって」

 

「そりゃあの二人幼馴染みだからなあ」

 

「しかも織斑の野郎、何人もの女の子といちゃつきやがって! これで葵の事は遊びとか抜かしたら、慎吾さん! 俺は自分を止める事が出来そうにありません!」

 

「……それはないと思うがなあ。葵ってそういう奴は嫌ってたし」

 

「相手が幼馴染みだから強く言えないのかもしれない!」

 

「……」

 

「ん! ちょっと慎吾さん!」

 

「どうした?」

 

「あ、あ、あ~~~~!」

 

「煩い! どうしたって……ああ、葵休憩から戻って来たのか」

 

「その横!その横!」

 

「ん? あ、確かあれは雑誌で葵と一緒に写っていた子か。まあ葵と織斑君共通の友達みたいだしってああ! 待て裕也止まれ!」

 騒々しい叫び声を上げながら、二人は漫研が主催しているBL喫茶を後にした。後日、数時間も二人一緒に過ごしていた美形二人の姿は、漫研部員達からはさぞ眼福だったようで二人の本が大量に作られることになった。

 

 

そして、二人がいたテーブルのすぐ近くに、金髪の中年の男性が座っていて、彼も二人同様にある場所をじっと見つめていた。 

 




お約束な展開ですみません。

クラリッサさんと束さんの出番が少ないなあ。もうちょっと上手く登場させれたらよかった


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学園祭 親子

 来てよかった。

 一夏からIS学園の招待チケットを貰い、女の園に行けると最初浮かれていたが、今ではそんなものはどうでもいいと思っている。何故か知らない妊婦さんが産気づいていて、その人を介抱していたら何故かIS学園に入るどころか妊婦さんと一緒に病院まで行ってしまうというアクシデントに巻き込まれたが、その結果俺は―――メイドの格好をした葵と一緒に二人でIS学園を回れる事になったのだから。

 最初一夏が迎えに来るはずだったのに、あいつ何故か電話に出ない上に、迎えに来たのは一夏でなく葵一人。つまり……これはメイドの格好をした葵と学園祭デートを体験出来るって事か!

 所詮は友達と二人で学園祭を回るだけだが、友達でも相手は美少女で結構気の置けない仲だし。しかも今の葵はメイド姿! いやデートでメイド姿は関係ないが、相手が可愛い恰好しているのは超重要! 目の保養になるし何より俺が嬉しいからだ!

 予想通り、葵のメイド姿は……いい。メイド喫茶行ったこと無いが、多分葵レベルの美少女と会う事なんてまずありえないだろう! そんな女の子と一緒に学園祭を満喫! やべえ、俺ってマジで運が良すぎるぜ!

 ん? どうした葵、校門をじっと見て? それよりもはやく中に入ろうぜ! 遅れた分楽しまないと損

 

「あれは……鈴のお父さん」

 は? 葵何を言ってるんだよと思ったが、葵の見ている場所をもう一度良く見たら、

 

「あ、マジだ」

 学園の入り口付近で、校舎を見上げているおっさん。何度か鈴の家で飯を食べに行ったことがあるから覚えている。多少の記憶の姿よりも痩せているうえに少し老けているが、間違いなくあれは鈴の親父さんだ。

 

「やっぱりそうよね。何でここにって、考えるまでもないわね」

 

「だな」

 葵の考えている事が俺にもすぐにわかる。鈴の親父さんがここにいるのは、どう考えても親父さんは鈴に会いに来たんだろう。詳しい事情は知らないが、鈴の両親は離婚して親権はおばさんの物になってる上に、おばさんも鈴も中国に行ってしまったもんな。また鈴は日本に戻って来てもIS学園に通っているから会おうにも会えない。学園祭なら中に入れるかもしれないと思って此処まで来たものの、チケットがないから入れなかったってところだろう。

 俺の横にいた葵が、校門に向かっていく。俺も葵の後ろに付いていきながら、さようならデートと思う事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「店長、お久しぶりです」

 

「おやっさん、久しぶり」

 

「え……、ああ! そうだったね、君は鈴と同じここの生徒だったんだね。お久しぶりと言うべきかな葵君、弾君」

 鈴の親父さん―――おやっさんは葵が挨拶した時は怪訝な顔をしたが、続く俺の挨拶と顔を見て俺達が誰だか気付いてくれたようだ。TVで騒がれたとはいえ、昔のイメージがある人には今の葵の姿はすぐに葵だと認識出来ないだろうしなあ。

 

「店長におやっさんか。そう呼ばれたのは随分久しぶりだよ。葵君、TVで君の事は知ったよ。……正直驚いたけど、今の君の姿を見たらこれでよかったんだと思うよ。綺麗になったね」

 

「あ、ありがとうございます」

 おやっさんの綺麗になったねの言葉で、葵は少し顔を赤くして照れている。葵って意外に褒め言葉に弱いな。

 鈴の店で葵はバイトをしてた時、葵は鈴の親父さんを店長と呼んでいた。俺も一夏と葵と一緒に何故か巻き込まれてバイト紛いをやらされ、別に雇われてるわけじゃないのでおやっさんと呼んでいた。

 

「まさかここで葵君に会えるとは思わなかったよ。本当に久しぶりだねえ。二年位前かな、君が姿を消したのは。あの時は弾君もだが、うちの鈴もかなり落ち込んでてね。それ以上に一夏君がうちで」

 

「あ、あの! そ、その話はまた後にしましょう! それよりも店長! 何してるんですって、言わなくてもわかりますよ。中に入りたいんですね!」

 

「え……ああ、学園祭なら一般公開されてると思って今日来たんだが、まさか招待制だとは思わなくてね。チケットを持ってないから門前払いされたんだけど葵君、君が中にいれてくれるのかい?」

 

「はい、任せてください! 店長、私に付いて来て下さい」

 そう言って、葵はおやっさんを連れて校門前まで歩いていく。俺もその後に続いていくが、葵の奴どうやって中に入れる気なんだろうか?

 

 

 

 

 

「……チケットを無くした?」

 

「はい、私が送ったチケットを店長が道中落としてしまったようで」

 校門入り口、入場者をチェックしているお姉さんに葵は苦しい言い訳をしている。葵の横で、おやっさんもすみませんと謝っている。鳴るほど、確かに今日葵が招待した子が来れないのだから代わりにおやっさんを招待した事にして中にいれようってわけか。

 

「原則チケットを持ってない人の入場は禁止されてるのですが」

 

「そこをなんとかお願いします虚さん! 今日ここに来るのを店長楽しみにしてたんです!」

 

「……はあ、わかりました。確かに一応確認した所、あなたのチケットが使用されてないのはわかったので」

 

「それじゃあ」

 

「ええ、許可してあげます。でも今回だけにしますからね。ようこそIS学園へ。楽しんでいってください」

 そう言って虚さんは俺やおやっさんに微笑みかけてくれた。おおお! やべえ、この人堅物かと思ったけど、そうじゃなくて良い人な上に笑ったら凄く綺麗というか可愛い! 胸も葵並にでかいし、俺のもろ好みだこの人! よし、一夏を見習って俺もこの人とお近づきに!

 

「何やってんの弾、 行くわよ」

 

「グエ!」

 微笑みかけられた後ぼーっとそこに立っていたら、動かない俺を葵が首根っこ掴んで引っ張りやがった。

 

「痛いじゃねえか葵!」

 

「何ボーっとしてんのよ。私の休憩時間短いんだからさっさと動く」

 葵に引っ張られながら、しぶしぬ俺は若干名残惜しいが虚さんがいる場から離れることにした。

 

 

 

 

 

「ねえ、ちょっとあれって」「え、あああの子って確か!」「青崎さんと一緒に写っていた赤毛の少年じゃない! え、本当に青崎さんの彼氏だったの?」「でも青崎さん否定してたわよ」「でも青崎さんと二人で一緒にいるって事は」「え、でもおじさんも一緒にいるけどあの人は?」「あの赤い髪の子の父親?」「親同伴でデート? ありえないでしょ」

 

「……なあ葵、今更だが俺とお前が一緒に歩くのって誤解招いてヤバくないか。さっきから結構俺を見て周りが噂してるんだが」

 学園内に入り、色々変わった設備や作りをしているから興味深く周りを見ていたら、周りからの俺を見る視線に少し怖い。

 

「何を今更な事言っているのよ。大体それなら私は一夏と四六時中一緒に行動を共にしているわよ。IS学園に来る男性ってそもそも少ないから誰でも注目されるわよ。現に店長だって噂されているわよ」

 ……プール行った時もそうだが、葵のこの他人の視線を気にしない能力は本当に凄いな。しかし、確かに葵の言う通りかもな。一夏なんか葵と同じ部屋で生活してるんだし、俺なんかは話の種程度なんだろう。

 

「私の場合はちょっと違う気もするんだけどね。しかしやっぱりあの記事は出鱈目だったんだね。鈴と一夏君の件があったから少し気になってたんだが」

 

「あ、やはりおやっさんも娘の事だから鈴と一夏の仲が気になったんですか」

 

「そりゃあ親として、娘の恋愛は気になるよ。でも一夏君となら大歓迎だけどね。店で働いていた時から、彼の人間性は何の問題も無いからね。娘の好意に気付かない点は少し駄目だが」

 おやっさんも、一夏の鈍感についてはよろしくないか。そういやおやっさんもおばさんも、一夏に店継がないかと誘ってたし一夏と結ばれる事に関しては容認してるんだよな。

 

「でも私は、あの雑誌の記事を読んで思ったのは鈴の事でも無く一夏君と葵君についてだけどね」

 

「……まさか店長も私と一夏が付き合っているとでも思ったんですか?」

 前を歩いていた葵が、すこしげんなりした顔で振り返った。 

 

「いや、今は付き合ってないけどそう遠くない内になるんじゃないかい」

 

「はあ? 無いですよそれは」

 おやっさんは薄く笑って言うと、葵はさらにげんなりとした顔になった。そんな葵を、おやっさんは微笑ましく見ている。……なるほど、おやっさんはあの記事をそう判断したか。

 

「それよりも店長、もう一階上がれば鈴の教室に着きますからね。心の準備をしていてください」

 そう言って葵が階段を上り始めたが、

 

「おやっさん?」

 階段の前でおやっさんは足を止めてしまった。

 

「? 店長、どうしたんです?」

 後ろからおやっさんや俺が付いてこないので、葵も立ち止った。

 

「……君達は、聞かないんだね」

 階段の前で立ち止まっていたおやっさんは、少し自嘲めいた表情を俺と葵に浮かべながら言った。

 いや、今更その話題をしようはないでしょおやっさん。

 

「私達一家がどうなったか知っていても、何でそうなったかは鈴も知らない事なのに。そんな私を君達は疑いもせず鈴に会わせてくれようとする。どうしてだい?」

 ……まあそりゃ俺も葵も、おやっさん夫婦が離婚した理由は知らないけど、わかることはあるからなあ。

 

「そうですねえ。単に私は鈴に会えないけどおそらく何時間もIS学園の外から校舎を眺めている店長が、そこまで娘に会いたがっている店長が悪い人のはずないと思っているだけですよ」

 

「葵が失踪した時、落ち込んでいた一夏をおやっさん色々美味しい料理を振舞って一夏を慰めていた。あんな優しいおやっさんが原因で離婚とか俺信じられないんだよなあ」

 いやおばさんも優しかったし、二人の仲は店にいる時は大変良好に見えてたんだけどなあ。どっちが原因とか考えられないのが本音なんだが。ちなみに俺の台詞を聞いた葵は一瞬顔を引き攣らせた。

 

「……ありがとう。こんなに嬉しい事をいってくれるとは。鈴は本当に良い友達に巡り合えたもんだ」

 あ、おやっさん少し涙ぐんでいる。いやこの程度は当たり前と思うんだけどな。

 

「まあ実は私、鈴からおおよその事情は聴いたんですよね」

 って葵、お前は事情しっとるんかい!

 

「え、鈴からかい! でも鈴は」

 

「もうわかってますよ。鈴は店長と奥さんが何故離婚したかも」

 驚くおやっさんだが、葵はそんなおやっさんに、

 

「鈴は私に頼みがあって、その時事情を話してくれたんです。店長が思っている程、鈴ももう子供じゃないですよ」

 笑みを浮かべながら、若干少し誇らしげに言った。

 

「そうか、鈴はもうわかっているのか」

 そう言って大きく溜息をつくおやっさん。いや、二人だけで話を進めないでくれ。そんな俺の視線に気付いたのか、葵は一瞬俺に視線を向けた後、またおやっさんに視線を戻した。そんな葵の様子をおやっさんも察し、

 

「まあ、彼にも教えてもいいよ。彼だけ知らないってのも可哀想だし……私も少し話したいからね」

 事情を知らない俺に説明してくれると言ってきた。

 

「え、いやおやっさん。話しにくい事なら言わなくても」

 まあ家庭の事情だしな、他人がそんなに口出しするようなもんでもないし。

 

「違う。君達が優しいからおじさん少し甘えたくなってね。本音はおっさんの愚痴を聞いて貰いたくてね」

 

「はあ、そういうことでしたら」

 ……何か実は話したがったりしているような感じがするのは俺の気のせいだろうか。」

 

「じゃあここじゃあれなんで、向こうのテラスに行きましょうか」

 葵はそう言って、近くのテラスまで俺とおやっさんを案内し、俺はそこでおやっさんの離婚の真実を聞いた。

 

 

 

 

 

 10分後、俺達は再び鈴のいる教室に向かっている。おやっさんが話す離婚の真実だが、要約すると……全ては鈴の母親、いやその家系が原因だった。鈴の母親、おばさんの家が実は中国でも結構有数な豪族の家だったらしい。おばさんはその家の末娘だったようで、町で食事に行った時その店で厨房見習いをしていたおやっさんと出会ったのが馴れ初めだとか。しかしおやっさんは日本人で、中国には修行の為来ていた。おばさんの家は大の日本嫌いだったので、二人の仲は認めないと拒絶。その為二人は駆け落ちしたとの事。この当たりを話すおやっさんの顔は大変良い顔していた。

 しばらくは中国のどこかで細々と店を構えて生活していたが、おばさんの家に場所を見つけられたので、おやっさんの故郷である日本に逃げたとの事。その後は鈴は一夏と葵に出会い、中学では俺に出会いと話が進んでいくが、中学2年の時行われた全生徒IS適正試験。その結果が鈴にとって、そしておやっさん夫婦にとって不幸だった。

 鈴はIS適正試験でA判定を出した。しかし国籍は、おやっさんが日本人でもおばさんは中国人。どう判定していいか判断に迷った役人さんが中国にもこの結果を教えた。その結果おばさんの実家に居場所を特定された。貴重なA判定の子を中国も欲しく、またおばさんの実家も自分の一族からIS国家代表がでるのを期待し、かなり強引な方法でおやっさんとおばさんは別れさせられ、鈴を中国に連れて行った。

 正直、話を聞いて俺はおばさんの実家とやらに心底ムカついた。おやっさんもおばさんも何も悪くない。ただその実家の意向ってだけで離婚させられ、鈴を強引に中国に引き込んだなんて。鈴も、自分がIS適性が高かったからそんな事態になったのだと知った時のショックを思うと……。

 後半は暗い表情で話すおやっさんに対し、葵は終始無表情だった。いやあれは事情は知っていたとはいえ、怒りを抑えこんでいたんだろう。

 おやっさんが全てを話し終わった後、葵はおやっさんの手を取り、

 

「店長、さあ行きましょう」

 再び鈴のいる教室までおやっさんに案内を開始した。

 

 

 

 

 

「さあ店長! ここが鈴のいる教室です」

 

「ここに……鈴がいるのか」

 鈴がいる1年2組の教室の前で、おやっさんは扉を見つめている。1年振り以上の再会になるので、かなり緊張しているようだ。

 しかし、鈴の組の出し物は中華喫茶とは……。間違いなく、鈴の影響でこの企画になったんだろうな。鈴の奴、中華はそれなりに作れるからここの主力となっている事だろう。料理だけでなく見た目も充分良いからウエイトレスでも活躍できるし。

 そしてすぐ横に1組―――一夏と葵の教室もあり、葵のクラスメイトと思われる人達から「あれ? 青崎さんだ」な声や視線がこっちに来ている。……俺もめっちゃ見られてるから、早く中に入って欲しい。

 

「店長、何時までもそうしてないで入りましょうよ」

 

「ああ、そうだね」

 葵に促され、おやっさんはようやく教室の中に入った。

 

 

 

「ホゥアンイン・クヮンリン! 何名様でしょうか?」

 教室に入ると、チャイナ服を着たかなり可愛い子から大きな声で挨拶を受けたが……今なんて言ったこの子? 隣の葵も少し困惑しているようだ。

 

「ホゥアンイン・クヮンリンは中国語でいらっしゃいませだよ」

 

 俺達が首を傾げていると、おやっさんが微笑みながら教えてくれた。とりあえず俺達は受付に来た子に人数を教え、席まで案内してもらった後鈴を呼ぶようお願いした。

 

「とうとう、鈴がここに……」

 家族バラバラにされて、久しぶりの親子再会。おやっさんは落ち着かない様子で辺りを見回している。

 

「店長、少し落ち着いてください。せっかくですから何か注文しましょうよ」

 挙動不審なおやっさんに苦笑した顔で言いながら、葵はメニュー表を開く。そうだな、俺もどうせだし何か注文しようかと思ってメニュー表を見ようとしたら、

 

「……ああ!」

 急に大声が聞こえ前を向くと、そこにはメニュー表を見ながら驚いている葵がいた。

 

「何だよ葵、何を」

 

「店長、これ見てください!」

 俺の疑問を無視し、葵はメニュー表を店長の顔の前にかざした。

 

「え、どうしたんだい葵君……」

 いきなり目の前に出されたメニュー表に、おやっさんは驚いた顔をしながら眺めていく。するとおやっさんの顔が、最初は困惑、次に驚愕、そして最後は―――目じりに涙を浮かべて行った。

 

「そうか……」

 おやっさんは泣き笑いしながら、メニュー表を眺めている。何事かと思い、俺もメニュー表を眺めてみる。メニュー表には中華まんからしゅうまい、胡麻団子にちまきと特におかしな所は見受けられないんだが……。

 

「弾、このメニュー一覧に見覚えない?」

 笑みを浮かべながら葵が言うも、見覚えって……あ!

 

「思い出した! これって確かおやっさんの店の点心メニューだ!」

 

「正解! 店長の店で扱っているメニュー全部載っているわね」

 懐かしそうに、葵はメニュー表を眺めていく。ああ、そうだったな。このメニュー全部、おやっさんの店で出されてたもんだ。鈴がおやっさんとおばさんがいたあの店の事を、とても大切に思っているのがこれを見たらよくわかる。

 そして俺達がメニュー表を見ながら感慨にふけっていると、

 

 

「パーパ……」

 何時の間にか俺達の近くにいた鈴が、俺達を、いやおやっさんを驚愕した顔をしながら何か呟いていた。

 

「鈴……」

 鈴が来て、おやっさんもまた緊張した顔で鈴を眺める。そこには歓喜と戸惑い、両方の感情が見て取れた。

 その後両者は無言で見つめ合う。……いや何かしょべってくれ。

 

「久しぶりだな。一年と半年といった所か。大きくなったな鈴」

 おやっさんと鈴、しばらくはお互い無言で見つめ合ったいたが、最初に声を掛けたのはおやっさんだった。

 

「う、うん。パー、いや父さんは……少し老けた?」

 

「まあ、いろいろあってね」

 鈴の失礼な言葉に、おやっさんは苦笑しながら答えた。

 

「どうしてここにいるの?」

 

「葵君にいれてもらってね」

 

「葵が」

 

「そ。店長が学園の外にいるのを見付けたから、私が中にいれたの」

 呆然としている鈴に、葵はにっと笑いながら答える。

 

「父さん……」

 再び鈴がおやっさんに顔を向け、おやっさんの顔を眺める。色々と何か言いたそうであるが、それを言葉に出せないでいるようだ。

 

「鈴」

 無言でおやっさんを見つめている鈴に、葵はメニュー表を振りながら鈴に呼びかける。それを見た鈴は、顔つきを変えると急いで厨房の方に向かっていった。

 

「どうしたんだ鈴?」

 

「まあ、黙って見ていなさい」

 数分後、鈴がまたこっちに戻って来た。手にはいくつかの蒸篭を掲げている。そしてそれを俺達の前に置いて、再び鈴はおやっさんに向き直る。蒸篭を開けると、中には中華まんと焼売、ちまきが入っていた。

 おやっさんは中身を見て、少し微笑みながらまずは中華まんからほうばった。口に入れ咀嚼し、味わって飲み込むと焼売、ちまきも同様に味わいながら食べていく。鈴はその様子を真剣な顔をしながら眺めている。

 そしておやっさんは全部食べ終わると、鈴の顔を見て、

 

「中華まんに焼売にちまき―――全て私の味だ。免許皆伝だ」

 とても嬉しそうな顔をしながら言った。そしてその言葉を聞いた鈴は、

 

 とても嬉しそうな、満面な笑みを浮かべた。

 

 

「うん美味しい! 鈴ってばやっぱり中華料理は作るの上手いよね」

 

「何よ中華料理はって!」

 葵も鈴の中華まんをほうばりながら褒めるが、中華料理はって部分に鈴が噛みついている。……いやあ、以前うちの店で洋食作ってた時の事を思うと、俺も否定できないなあ。

 俺も鈴が置いた点心を頂いていくが、確かに美味い。しかもこの味って、おやっさんが作ってたのと同じだ。俺の記憶の中の鈴じゃここまで作るのは無理だったはず。ならここまで美味しく作れるようになるのに、鈴の奴どんだけ頑張ったんだ……。

 

「待ってて。まだ持ってくるから」

 そう言って、鈴は再び厨房に戻っていく。その顔はとても楽しそうだった。

 

「店長、さっき私鈴から事情聴いたと言いましたよね」

 

「え、うんそうだったね」

 

「8月の初め頃でしたけど、鈴が急に私に頼み込んできたんですよ。あたし強くしてって。急にどうしたのと思ったけど、鈴が真剣な顔で言ってきたんです。中国の国家代表になりたいって」

 はあ! 国家代表に!? 何故急に?

 

「国家代表に! 鈴がそう言ったのかい」

 

「はい。いきなりそんな事言われて驚いたけど、鈴がその時に色々理由を私に教えてくれたんです。そして国家代表に何でなりたいかですけど」

 葵は、おやっさんの顔を見つめながら言った。

「国家代表になれば、おばさんの実家が何を言おうと黙らせる事が出来るからっていってました。今の時代なら、国家代表はその国でかなりの発言力もてますからね。だから鈴は国家代表になった時には、きっと」

 

「私と、妻を」

 

「はい、おそらく」

 葵の言葉を聞き、おやっさんは再び目じりに涙を浮かべながら顔を伏せた。それを笑みを浮かべながら見た葵は、次に俺の方を向くと、

 

「じゃあ弾。私達はもうでましょうか」

 片目を閉じて俺に言った。……う、いやちょっとその恰好でされると来るものがあるなあ。

 

 そうして、俺達は鈴が戻ってくる前に教室を後にした。

 

 

 

 

 

「まあこれ以上は親子水入らずってね。お邪魔虫は退散しましょう」

 廊下を歩きながら、葵は俺に笑みを浮かべながら言った。だよな、これ以上は俺達いない方がいい。

 

「しかしさっきの話だけど、鈴が国家代表になりたいとは。一夏もそんな事いってたな」

 以前電話で一夏の奴、葵も倒して日本の国家代表になってやるとか豪語していたな。まさか鈴も同じ目標をもつとは。

 

「まあ、鈴がそう思うようになったのは一夏のせいだけどね」

 

「一夏のせい?」

 

「ええ。一夏ががむしゃらにだけど、千冬さんに頼み込んで強くなろうとしていたの鈴は見ていたからね。最初はへっぽこだった一夏が、毎日倒れ込むまで強くなろうとしている姿を見て、鈴も負けていられない、あたしも一夏を見習って諦めずに頑張ろうと奮起したみたい。全く、一夏ってばやる事なす事他人に影響を与えるんだから」

 呆れたように葵は言うが、その表情は笑みを浮かべていた。

 

「へえ、一夏を見て」

 あんにゃろう、葵の言う通りあいつは天然で周りに影響与えやがるな。そしてそれは鈴だけでなく、きっと―――。

 

「そういや弾、どっか行きたい所ある? 私の休憩時間もうあんまり無いけど行きたい所に連れて行ってあげるわよ」

 

「あ、ああそうだな。じゃあせっかくだしここの特設アリーナとか見ていくか」

 横を歩いていた葵に声を掛けられ、我に返った俺はとりあえず事前情報で仕入れたIS学園の名所を言った。本当は場所はどこでもいいんだけどな。

 

「了解! じゃあ案内するわね」

 嬉しそうな顔をする葵の横を、俺も一緒に歩いていく。まあ、せっかく来たんだしもっと色々見て行こう。諦めていたデートが出来る事に、俺は浮かれることにした。

 その後俺と葵は、葵の休憩時間ぎりぎりまで一緒にIS学園の中を歩いて回った。その間、葵と一緒にいたせいで各方面からからかわれたりしたけど、短いがとても充実した時間を過ごせた。俺と一緒になって笑う葵は、どう見てももう以前のような男では無く……可愛い女の子だった。

 

 

 

 

 

「よお、いらっしゃいご主人様」

 

「……お前に言われたくないなあ」

  葵の休憩時間が終わったので、葵と一緒に俺は一夏と葵がいる1組まで来ている。どうせだし、俺も一夏と葵の接客を受けてみようと思ったが、やっぱり野郎の接客はいらねーな。

 

「大体一夏、ご主人様にいらっしゃいはないだろうが」

 

「だってなあ、お前にお帰りなさいとか敬語言いたくねーし」

 

「そうか、お前がそんな態度をとるなら俺も考えがある。今度俺の店に来ても、おかずの量を増やしてあげたりしねーぞ!」

 

「な、何だと……」

 

「はいはい、馬鹿な事言ってないの一夏、弾」

 俺と一夏のやり取りを聞いていた葵が、呆れた顔をしている。

 

「おい葵お前もかよ! ここはメイド喫茶なんだろ!」

 

「……はあ、わかったわよ。お帰りなさいませご主人様。席はこちらでございます」

 呆れた顔をしていた葵だったが、俺の不満を聞き渋々メイド接客してくれた。うん、やっぱりこういうのは可愛い女の子がやってくれる方が億倍いい。葵に椅子を引いてもらい、俺はそこに座ると一夏からメニュー表を受け取る。

 

「そういや一夏、お前俺からの電話無視しまくってたな。しかもお前でなく葵が俺の迎えに来たし。誘ったのはお前なのにどういうことだ?」

 

「あ、わ、悪い。つい忙しくて忘れていた」

 

「何か誠意ある謝罪が欲しいなあ」

 

「……ここの注文は俺が奢る」

 

「よし、それで手をうとう」

 まあ、実際の所一夏が来なかったおかげで葵と疑似デート出来たから逆に感謝したい位なんだがな。でも一夏には言えんし。数馬達には自慢しよう。

 

「そういやお前達、鈴の組には行ったか?」

 

「ええ、言ったわよ。一夏の言う通りビックリしたわ」

 

「だろ。メニューもだが味も店長と同じだもんな」

 

「まあ一番吃驚しているのは鈴でしょうけど」

 

「は?」

 葵の言葉に疑問符を浮かべる一夏。ふふ、一夏の奴ここにおやっさんがいると知ったらびっくりするだろうな。

 

「一夏君! 青崎さん! お友達が来て嬉しいのはわかるけど接客お願いー!」

 

「はーい」「今行く」

 俺と駄弁っていた一夏と葵だったが、クラスメイトの言葉を聞いて他の接客に行った。去り際に「ケーキセットとコーヒー取りあえず持ってくる。他にも欲しいなら誰でもいいから注文してくれ。払いは俺がする」と一夏は言ったが、さっき葵と学園を見て回っている時に色々食べたからなあ。まあケーキセットとコーヒーだけは有難くもらうか。

 ケーキが来るのを待ちながら、一夏のクラスのメイドのレベル高いなあとか思って他のメイドや葵を眺めていたら、

 

 

「葵―!」

 入り口から大声が聞こえ、そしてやたらとカッコいいイケメンが二人現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

    おまけ

「会長! 目標αようやく1組に突入しました」

 

「きたわね! 待ちくたびれたけど予定通りミッション開始! アリーナの特別ステージの状況は?」

 

「問題ありません。修正可能範囲内です」

 

「よし、じゃあ私は1組行ってくるから準備よろしく!」

 

「了解!」

 




また久しぶりに更新。
かなり鈴の家庭ねつ造しましたが、原作でも一夏は鈴の両親仲が良いと思ってたのでこんな感じにして見ました。
セシリア、ラウラ、箒、鈴に続き次話で葵のターンになります。島根での葵の過去の清算な話ですので、次はもっと早く更新出来るよう頑張ります。

……消費税上がるせいで辛い。仕事増やさないで欲しい


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幕間 裕也と葵

突然ですが葵の過去編です。この話、アンチヘイトで鬱な展開ありますので嫌いな方は読み飛ばしてください。読み飛ばしてもそんなに支障はありませんので。


「裕也ー、明後日買い物に出かけるからあんたも一緒に行くわよ。潮に清貴にも連絡しといてね。何時も通り、私や皆をエスコートしながら荷物持ち頼むわよ」

 

「……わかった」

 放課後、俺は部活に行こうと教室を出ようとしたら桜―――俺の幼馴染みは一方的俺に言うとさっさと俺の横を通って教室を後にした。おそらく俺の返事など聞いてもないだろう。俺の返事がはいしか無い事があいつはわかっているから。俺に潮達は桜の要求を拒否することは出来ない。例え大事な用事があろうとも、桜の要求を呑まざるを得ないからだ。

 

 女尊男卑。

 

 ISが登場し10年も経ってないのに、世間は完全にこの風潮となってしまった。世界最強の兵器IS。これを操縦出来るのは女性だけだから、女性の方が偉いという考えが世間では浸透している。

 理不尽だと思うし、俺には到底納得できない。これがISを作った開発者、篠ノ之束が言っているのならまだ理解出来るが、実際は篠ノ之束はこんな発言をした事は一切無いという。この風潮は自然発生的に徐々に世間の間から出始めて、完全に浸透したのが2年程前。それまではISは女性が扱える兵器ってだけだったのに、2年前辺りから完全に女性が男性よりも上な考えが定着してしまった。

 最初は他人事と思ってたんだが、幼馴染みの桜を始め学校の女子皆が男尊女卑を肯定してしまった。そのせいで、俺を含め俺の中学では男は女子から半奴隷扱いをしている。

 いや風潮だけなら、俺も潮や清貴も拒否したりする。でも、世間が、いや日本政府が女性優位の法律まで成立させてしまったから、俺達は従うしかない。以前、桜達の要求を拒否した奴が、理不尽な難癖を付けられて少年院送りにされた。俺達男子が必死になって擁護したが、教師から警察まで取り合ってはくれなかった。

 

 女子には逆らえない。

 

 これは学校にいる全ての男子の共通認識だ。

 

 去年までは、こんな地獄ような状況にはなってなかった。人口が少なく、同学年のほとんどが小学校の頃から一緒で皆それなりに仲が良かったのに。

 

 それが全て崩れたのは、桜。俺の幼馴染みが去年行われたIS適正試験で、A判定だが限りなくSに近いとまで言われるほどISの適正結果が高かったので、その後学校の近くにある出雲技研でISに乗って能力を測ったら一気に代表候補生まで上り詰めてしまった。

 昔からプライドが高く、横柄な態度で女王様気質の奴だったがそれでも悪い奴ではなかった。姉御肌な面もあり、年下とかの面倒見は良い方だった。それが代表候補生になって、周りから持ち上げられるようになったら変わっていった。専用機を持つようになったら、完全に自分は選ばれた人間と思うようになり、学校では女王として君臨している。教師も桜には何も言えないので、本当にやりたい放題だ。桜の側にいればおこぼれがあずかれるので、学校の女子のほぼ全てが桜に従っている。最初は桜の手前、横柄な態度をした女子も時が経てばそれが素となって男子を迫害するようになる。男子を迫害しない女子は、ほんの一握りしかいない。しかし、それは桜が気に入らないという女子というだけで、女子のグループからはみ出された子なだけ。学校に居場所が無く、多くが不登校となっている。

 

 ISの登場は、俺にとって、いや俺の学校の男子にとって害しかなかった。こんな兵器を作った篠ノ之束を憎み、女尊男卑の風潮を作った世間を憎み、力と権力に溺れた幼馴染みの桜が憎かった。

 中学二年の冬、この時の俺は酷い女嫌いだった。母親ですら、まあ多少の反抗期の成分も入ってたんだろうが女というだけで憎く思えてしまう時期だった。

 そしかし、そんな俺の考えはある日を境に変わる事となった。

 今でも忘れない。あの日の出会いが、俺や潮に清貴達を救ってくれた事を。

 

 青崎葵が、俺達の学校に転入した日の事を。

 

 

 

 

 

 中学二年の11月初旬、突然俺のクラスに転校生が入ってきた。

「青崎葵です。よろしくお願いします」

 壇上で挨拶する青崎の第一印象は、正直良くなかった。

 肩より少し長い髪に、TVで見る芸能人よりも数段上の容姿。身長も俺達男子とほぼ変わらない位高いせいもあり、同年代なのに年上に見えた。身長だけでなく、セーラー服越しからでも明らかに周りの女子達よりもスタイルが良いのがわかる。

 以前なら、こんな女子が来たら間違いなく俺達男子は歓声で迎えるが今では誰もそんな事はしない。いや、むしろ明らかに皆怯えている。

 そりゃそうだ、言ってはなんだが俺達の学校はど田舎もいいところだ。普通ならまずこんな所に人が来るわけがない。来るとしたら、学校の近くにある出雲技研。このIS施設の関係者位だ。今年3人程転校生が来たが、3人とも出雲技研の関係者だった。俺よりも学年が下な3人だが、この3人も桜と同様、学校ではやりたい放題している。代表候補生候補という、代表の候補の候補の分際のくせにISに乗って訓練しているだけで特別な者だと思っていやがる。3人とも桜の側近扱いだ。どんなふうに振舞っているかは思い返すだけでも忌々しい。

 だから転校してきた青崎も、そんな奴等と同類だと俺は思った。こいつも、桜同様に俺達を迫害する側になるんだろうと。

 

 

 

 

「じゃあ青崎さんは、新庄君の隣の席を使って下さい」

 

「はい」

 自己紹介が終わり、青崎が俺の隣に空いてる席に向かってきた。席に座る前に、隣の席の俺に「よろしく」と若干ぎこちない笑顔で言ったが、俺はそれを無視した。どうせこいつもあいつらと同類なんだ。愛想をふる理由が無い。

 無視された青崎は、苦笑いをして席に座った。

 

 

 その後授業が始まり、俺は授業を受ける準備をするが隣の青崎はノートを出すだけで教科書を出さない。なにやら困った顔をしているから、教科書を忘れたかまだこの学校の教科書を用意していないのか。

 まあどっちでもいい。教科書が無い。その事実に俺は顔を顰めた。

 授業をしに来た教師が、青崎が教科書が無いのを見ると、

 

「新庄君、貴方の教科書を青崎さんに貸しなさい」

 さも当然という顔で俺に命令した。女子が忘れ物をしたら、男子がそれを貸す。これが当たり前になっていて、教師も黙認している。いや、以前それを注意した教師が翌日には左遷されてどこかにとばされているからか。

 俺は教科書を持ってこなかった青崎を忌々しい目で睨みながら教科書を渡そうとした。しかし、

 

「え、先生。貸したら新庄君が教科書見れないじゃないですか。そんな事しなくても」

 そう言って葵は、自分の机を俺の机に繋げた。

 

「こうすれば一緒に見れますよ。新庄君、見にくいだろうけど一緒に見させて」

 

「あ、ああ。わかった」

 申し訳ない顔して頼む青崎に、俺は少し呆けた顔をしながら頷いた。いや俺だけでなく、その時クラスにいる男子全てが驚愕した顔で葵を見つめていただろう。

 

「何言っているの青崎さん。見にくいなら新庄の教科書を借りてみればいいじゃない」

 しかし、青崎の近くにいた女子は笑いながら青崎に言っていく。するとそうだそうだという声が周りから起こり、クラスの女子皆が口々に言う。男子の都合なんていいからと。

 そんな周りの反応に、青崎は驚いていた。どうやら青崎は、このクラスがそういうクラスなのだとは知らなかったんだろう。しかし青崎はそんな周りの反応を無視し、

 

「今日教科書忘れちゃったから、今日だけ一緒に見せて」

 再度俺にお願いした。そんな青崎を、周りの女子、特に桜が睨みつけていく。知らないとはいえこの学校で、桜の意向に逆らうとは馬鹿な奴だと思った。

 でも俺はそれ以上に、青崎に対して好感を持った。青崎の言ったことは普通の事だ。しかし、女子が俺達男子にお願いをする。命令でなくお願い。

 そう、ただこれだけで、俺は無性に嬉しかった。

 

 しかし、青崎のこの行動はクラスの女子全てに反感を持たれたので授業が終わっても誰も青崎に話しかけなかった。そして次の授業が終わった後は……青崎はもう、この学校で迫害される側に回っていた。

 最初の休憩時間の時に、桜が全ての女子に命令したからだ。

 

青崎葵は潰せ、と。

 

 

 

 

 

 それからは俺達男子の目から見ても、青崎の環境は燦々たるものだった。女子は青崎を徹底的に虐めていく。

「じゃあ皆、二人組作って~」と言われた時、ハブられるのは当たり前で、朝教室に入ったら、青崎の机に花瓶が置かれていて、ご丁寧に青崎の遺影まで置いていた。机には『死ね』やら『ビッチ』等彫刻刀で彫られていて、青崎のロッカーは扉が外されていて中にゴミが詰め込まれたりしていた。椅子にも画鋲でなく裏から釘を打ち込んだりされていて、拷問器具さながらだ。授業中も唐突に、

 

「あ~あ、何か生ごみの匂いがするわ~。あ、生ごみが教室にいたわ~」

 クラスの誰かの女子がそう言って、つられて皆青崎を見ながら笑いだす。授業を受けていたらどこからともなく青崎に向かってゴミが飛んでいく。「ゴミはゴミのある所に投げないとね~」と女子達は笑いながら投げていく。教科書やも、移動教室や体育、トイレ等で席を離れた瞬間に切り刻まれ、使い物にならなくしていた。

 例を挙げて行けばきりが無く、誰もがすぐに逃げ出すような極悪な環境に青崎はいた。

 正直、この時俺は何故青崎はここまで虐められているのかわからなかった。いくらなんでも、度が過ぎている。桜に従わなかった女子も虐められたりしていたが、青崎に対するいじめはその比では無かった。執拗な虐めは青崎の感情を奪ったのか、学校で見る青崎の顔は何時も無表情だった。

 しかしここまで女子総出でいじめらてているのに、青崎は学校を休まず来ていた。学校に来ても良い事なんて何もないのに、青崎は毎日登校してくる。それが俺にはたまらなく不思議で、そしてこの時の青崎を、俺達男子はある種尊敬の眼差しで見ていた。

 何故なら、青崎はこれ程までに虐められているのに―――女子達に屈服しなかったからだ。

 しかも青崎は、女子達に公式の場、例えば授業の体育の時間などでは容赦なく女子達に格の違いを見せつけていた。身体能力に置いて、青崎はどの女子よりも高く、その身体能力と見た目は俺達男子の目を釘付けにした。徒競走からバスケット、バレーに至るまで他の女子よりも数段上で、女子達は青崎の引き立て役に見える程レベルが違った。それは桜も例外ではなかった。桜もIS乗りという事で、一般人とは比べ物にならない位鍛え上げられている。しかし、青崎はそんな桜よりも数段上だと、素人目にも理解出来た。

 さらに陰湿ないじめを受けている青崎だが、ある線引きを行っていて、その線を越えた行為には容赦なく反撃していた。青崎の机や私物を壊したりするのは我慢していたが、直接攻撃―――青崎の体を直に攻撃しようとした時は、青崎はそれを甘んじて受ける事はなかった。

 ある日の放課後、数名の女子が青崎を呼び出し数人がかりで襲った事があった。その連中は青崎の容姿、ぶっちゃけ自分達よりも何倍も綺麗な青崎が気に食わく、丸坊主にでもしてやろうとしたらしい。数人で青崎を囲み、取り押さえようとした結果―――全員気が付いたら病院のベットの上で寝かされていた。その事件は瞬く間に学校中に広まり、青崎を非難する声が多く出たが数人で襲っている時点で向こうに非があるし、正当防衛という事で不問にされた。

 納得のいかない者が多かったが、桜や側近の3人が苦々しい顔をしたがそれ以上の文句は言わなかったので、学校の女子達も引き下がった。もっとも、この事件のおかげで、青崎に直接害を加えようとするものは現れなくなった。

 男子の比で無い位虐められている青崎。しかし、それでも青崎は一度も悲しい顔をしたりしなかった。罵詈雑言を言われようとも、教科書を裂かれようとも冷めた目でそれを見た後に何事も無いように過ごす。そのどんな虐めを受けようとも無視する青崎に、俺も他の男子もある種の尊敬の念を抱いた。また見た目も大変良いから、この時からすでに何人かの男子は青崎を心酔するようになっていった。

 しかし、心酔するだけで俺も含め男子も青崎に話しかける者はいなかった。俺達男子は青崎を虐める気など無いが、青崎にかかわると女子から何されるかわからないからだ。何人かの奴は青崎と近づきたかったようだが、女子を敵に回してまで話しかける奴はいなかった。

 

 徹底的に虐められていた青崎だが、この時の俺は何故ここまで女子達に、いや正確には桜に嫌われているのかわからなかった。同じ出雲技研にいる関係者なのに、桜は青崎を異常に嫌っていた。3人の側近にはそうではないのに、何故同じ仲間である青崎は違うのかと。桜に命令され出かける時も、桜は俺にしつこく青崎の悪口を言い続けていた。専用機持っている代表候補生の桜が何故こうまで嫌うのか。その疑問は、青崎が転校してきて2ヵ月経って知る事となった。

 

 

 

「裕也、お前に頼みがある。剣道着を持ってわしと一緒に付いて来てくれ」

 新年明けた元旦初日、じいちゃんから急にそんな事を言われかなり驚いた。じいちゃんはISを研究している出雲技研で働いており、その中でもかなり地位の高い存在らしい。ほとんど研究所で寝泊まりしていて、家に帰ってくる事は稀だった。そんなじいちゃんが久しぶりに家に帰ってきたら、孫の俺に話しかけしかも頼み事までしてきた。

 ISの登場のせいで今の状況があるから、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというかISの為働いている爺ちゃんを俺は好きでは無かった。だからじいちゃんの頼みとか無視しようとしたが、

 

「頼む裕也。お前に会わせたい奴がいる。その子の力になって欲しい」

 俺の前で爺ちゃんは土下座までして俺に頼み込んできた。爺ちゃんの必死さに俺は面食らったが、爺ちゃんの台詞に出てきた会わせたい奴。爺ちゃんが俺に土下座までして会わせたい奴というのに、俺は興味がわいた。それに剣道着を持ってって事はそいつも剣道をやるのか。この辺りでは俺に剣道で勝てる奴はいないし、暇つぶしになるかもしれない。そんな気持ちで俺は爺ちゃんにOKしたら、爺ちゃんは俺が今まで見たことも無い位感謝してきた。

 剣道着を持って爺ちゃんに付いていったら、案内されたのは俺が通っている剣道場だった。中に入ると、道場にはこの道場の先生ともう一人いた。防具をしていて、面には目の部分以外はなにやらプラスチックみたいな物で覆われており、顔がよくわからない。紺道着&紺袴だから見た感じ、身長とか含めると俺と同年代の野郎だろう。

 

「来たな裕也。じゃあすぐ着替えてこい。この子と試合してもらう」

 先生は俺にそう言いと更衣室を指さした。はあ? と思ったが、爺ちゃんの方を見ると意味ありげに頷いているし。よくわからんが、そこにいる奴と試合しろって事か? そんな事に爺ちゃんは俺に土下座したのかよ。

 何か釈然としない気持ちで俺は着替え、防具を身に付け再び道場に現れた。俺が準備万端だとわかると、先生は俺と対戦相手を開始線まで案内し、俺と相手が並ぶと勢いよく宣言した

 

「ではこれより、時間無制限の1本勝負を開始する!」

 そうして俺は、なし崩しに試合を行う事となった。

 なんなんだよこの状況と俺は半分呆れながらも、相手の動きを注視する。すると、さっきまでの呆れた感情が一瞬にして吹き飛んでしまった。まるで隙がないからだ。そして相手の竹刀と俺の竹刀がぶつかり、俺は気を一気に締め上げた。打ち合った時の手応え、それは学校の連中の誰よりも手ごたえを感じた。気を抜いたらやられる。誰だか知らないが、相手は俺が今まで戦った誰よりも強いと確信した。

 その後3分はそいつと打ち合い、力量を図っていく。互いに有効打は取れないが、俺は自分の優位を確信した。確かに相手は強いが、勝てない相手ではない。僅かではあるが俺の方が強いと打ち合いながらわかった。しかし気になるのは相手が一言も発しない事。掛け声無しでは有効打にはならないのに、相手はずっと黙っている。もしかしたら声が出せない奴なのかもしれないが、まあいい。こいつの癖はわかってきた。次少し下がったら籠手で迎撃しよう。そう思って一歩下がり、相手を迎え討とうとしたら、

 

「面!」

 その掛け声とともに、俺は面を相手から打たれた。油断していたわけじゃない。なのに気が付いたら俺は打たれていた。呆然とする俺に、

 

「一本! それまで!」

 先生の声が道場に響き、俺は自分が負けたのを悟った。

 

「え、いや待って」

 

「裕也! 整列!」

 何か言おうとしたが、先生の鋭い声を聞き慌てて整列した。そして礼をした後、

 

「おい、お前面をとれ」

 俺はすぐに対戦相手に詰め寄った。どうしても確認したい事がある。さっき相手が言った面という声。あれは間違いなく―――。

 俺に詰め寄られ、そいつは俺でなく先生や爺ちゃんの方を向く。先生も爺ちゃんも何か頷いただけだが、それを見たら覚悟を決めたのか面をほどいていく。そして面を脱いだ顔を見て、俺は驚愕した。

 

「え、お、お前青崎か!」

 先程聞いた声、それはどう考えても女の声だったから相手が女だとは予想していたが、正体が青崎なのはさすがに予想外過ぎだ。

 でもという事は、やっぱり青崎は桜達と同じIS関係者か。今まで確証無かったけど、出雲技研の所長の爺ちゃんが連れて来てるんだから関係者じゃ無い訳がない。

 

「なんじゃ裕也、お前この子を知っとるのか?」

 

「……クラスメイトだよ」

 爺ちゃんの質問に、俺は渋い顔をしながら答えた。くそ、何だこの悔しさは! 青崎は桜達とは違うとはいえ、女に俺負けたのかよ!

 

「ふむ、互い知り合いだったのなら話は早いの。裕也、お前に頼みたいんだがたまにでいいから、この子とまた剣道の練習をしてやってくれ」

 俺の内心の葛藤を知らずか、爺さんは勝手な事を俺に言ってきた。

 

「……必要あんのかよ。こいつ俺よりも強いじゃんかよ。さっきの試合でそれ証明されたじゃねーか」

 負けた悔しさから、つい憎まれ口を叩いた。

 

「いや裕也、戦った貴方が一番わかっているはずだ。最後を除けば、実力はお前の方が上だと」

 

「でも先生、結局面を打たれたのは俺だ。こいつは俺よりも強い」

 ふてくされながら俺がそう言うと、先生は少し呆れた顔をして俺を見て、そして同じような顔をしながら葵に言った。

 

「青崎君、君も君だ。そんな安易にそれを使うのは感心しない。基礎を高めないと、それと同じ事が出来る者と戦ったら負けてしまう」

 

「う……すみません。久しぶりに同い年と勝負して、しかも私よりも強いからつい嬉しくて」

 

「今後は禁止」

 

「はい」

 先生に注意されてしおらしくなる青崎。しかし俺はその前の『私よりも強い~』と言っていた時の青崎の顔を見て、とても驚いた。

 学校では初日以外感情をほとんど現さなかった青崎が、その時確かに笑っていたからだ。

 

「裕也、彼女がしたのは無拍子と呼ばれるものだ」

 

「ええ! あの!」

 青崎の笑顔に驚いていた俺だが、続く先生の言葉にさらに驚いた。相手に気配を気付かせない内に相手に攻撃するという、剣道どころか武道の奥義。それをこの青崎は身に付けているのか!

 

「いえ先生、今のは正確には零拍子という技です」

 

「……どう違うんだそれ?」

 

「え、え~っと、まあ結果は変わらないから一緒ってことで」

 俺の疑問に、青崎は一瞬考え込んだが、どうやら本人も違いをよく理解してないようだった。

 

「はいはい」

 そう言って手を叩きながら爺ちゃんが俺と青崎の間に立つ。そして爺ちゃんは俺を見据えると、

 

「で、どうなんだ裕也。たまにはこの子と戦ってあげてくれんか」

 再度俺に頼み込んできた。

 

「裕也、私からもお願いしたい。青崎君の稽古は私がやってきたが、やはり同年代の子と練習した方が彼女の為になる」

 そういうもんなのか?

 

「お願い新庄君。たまにでいいから、私と試合をしてください。こんなに強い相手は、一夏以来だから」

 爺ちゃん、先生に続き青崎が俺に頭下げてきた。誰だよ一夏って。でも、まあそうだなあ。遠くにわざわざ出かけるとかじゃなく、ここは俺の家の近所だし、手間もかからない。青崎の剣道の腕は、さっき戦って充分わかった。学校の誰よりも強いから、正直はりあいがある。そしてなによりも、

 

「いいぜ。たまにでなく毎週ここでやろうじゃねーか。負けたままってのは俺の性根にあわねんだよ」

 女に負けたままってのは我慢ならない。さっき言ってた零拍子とやらは次回は使わないのなら、絶対勝って見せる。俺の言葉に先生や爺ちゃんが笑みを浮かべるが

 

「ありがとう! 新庄君!」

 先生や爺ちゃん以上に、青崎は俺の言葉を聞いて喜んだ。そして青崎の喜んでいる姿を見て、ああ、こいつもやっぱり笑うんだなあと思った。

 

 

 その後どうせだしすぐ再戦しようと俺は言ったが、青崎の方がこれから用があるらしく今日はお開きとなった。帰り際、何故か休日なのに学校のセーラー服を着ている青崎がこちらを振り返り、

 

「じゃあまたね、新庄君」

 笑顔で俺にそう言って去っていった。……うん、やっぱりあいつ笑ったら可愛い。

 

「すまんな裕也、わしの我儘を聞いて」

 青崎が立ち去った後、爺ちゃんがすまなそうに聞いてくるが、もはやそんなものどうでもよかった。

 

「別に。俺の予想外の奴だったけど、ちょっと面白いし。あいつがあそこまで剣道できるとは思わなかったよ。それに青崎に興味がわいた」

 

「なんじゃ、惚れたのか?」

 

「ば、ち、ちげーよ! そうじゃなくて、学校のあいつと今日のあいつ。かなり違うから」

 そりゃあいつ笑ったら結構、いやかなりってそうじゃなく、学校じゃ見せなかったが、今日の青崎が見せた顔。あれが本当の青崎の素なんだと俺は思う。

 

「学校と今日とでは違う、か。やはりそうか」

 俺の言葉を聞いて、爺ちゃんは悲しげな顔をした。

 

「裕也、聞くが学校での青崎君はどんな感じじゃ?」

 

「どんなって……」

 爺ちゃんに聞かれ、俺は口ごもった。わざわざ青崎の練習相手を俺にお願いする程、爺ちゃんは青崎の事がかなり気に入っているようだ。そんな爺ちゃんに学校での青崎の様子はさすがに言いにくいな。

 

「いや、言わなくても良い。お前の顔を見たら大体わかる。……わかってはいたがやはり学校でもあの子は酷い目にあっているんじゃな」

 

「学校でもって事は……青崎って爺ちゃんのいる出雲技研でも」

 

「ああ、言葉では言い表せん位にな」

 そう言って、爺ちゃんは悲しげに溜息をついた。

 まあそれは予想は出来ていた。出雲技研で有望な代表候補生として威張り散らしている桜。その桜が学校であれだけ青崎を虐めているんだ。なら桜の本拠地とも言える出雲技研ではどんな風なのかなんて……。

 

「爺ちゃん、聞いても良いか?」

 

「うん? 何じゃ?」

 

「青崎って爺ちゃんの所にいるって事は、IS乗りなんだよな」

 

「……そうじゃ。本当なら秘密にしとかんといかんのだが、まあいいじゃろう」

 

「やっぱりな。で、爺ちゃん。桜が異常なまで青崎を嫌っている所を考えると、もしかして実力は」

 

「いや、現段階じゃ青崎君よりもあやつの方が上じゃ」

 

「え、そうなのか」

 体育や今日の剣道の青崎の身体能力を考えたら、明らかに桜よりも上だと思ってたんだが。ISには関係ないのか?じゃあ桜から嫌われているのは青崎の見た目のせいか? 桜も可愛い方だが、童顔で背も胸も小さい。以前もっと背も胸も大きくなりたいとか言ってたし、青崎はある意味桜の理想の姿だから嫉妬もすごいだろう。

 

「しかし、才能は明らかに青崎君の方が上じゃな。そう遠くない内にあやつは青崎君に抜かれるじゃろう」

 

「なるほど、出る杭は打たれるとかそういうのもあるのか」

 今の桜の横暴が許されるのは、純粋にIS乗りとして桜が優秀だからだ。その桜よりも青崎が上になったら、桜の横暴も今までとはいかなくなる。

 

「……それだけではないのじゃがな。青崎君はある事情のせいであやつを始め、出雲技研の女性職員からも嫌われておる」

 

「何で? 学校の連中みたいに桜が怖いからか?」

 

「理由はまだ言えん。だが、あの子は良い子なんじゃ。それをわしを始め出雲技研の男職員は皆認めている。少しでもあの子の力にわしはなりたくてなあ。その為にも、お前の力が欲しかったんじゃ」

 

「青崎の練習相手になって、桜よりも早く強くなってほしいから?」

 確か日本代表だった織斑千冬は剣一本で世界一になったし、織斑千冬自身剣道の有段者だ。そういや去年のモンド・グロッソで何故か決勝棄権したんだよなあ。

 

「それもある。だが、それ以上に……あの子には同年代の子と接する機会が必要なんだと思う。わし達大人が話すよりも裕也、お前のような奴があの子と話したり、遊んだりした方が良い影響になると思うのじゃよ」

 

「ようするに、友達になってくれってことか。でも、それなら俺なんかよりも同性の女の子の方がいいんじゃ?」

 

「……いや、あの子に限っては同性の子は逆に不味い。異性の、特にお前みたいな武道やっている者の方が話やすいじゃろう」

 なんだそりゃ。まあ学校でもそれ以外でも、青崎は主に女に虐められてるからなあ。

 

「嫌なら話し相手になってくれるだけでもいい。あの子はこのままではあ奴に本当に潰されてしまう」

 学校での青崎。いつも一人で、誰とも話さず本を読むか景色を眺めるだけの日々。でもそれは学校だけでなく、爺ちゃんのいる出雲技研でも、いや桜のホームだから学校以上の虐めを受けているのかもしれない。どこにも気が休める場所がないなんてどんな地獄だよ。もしかしたら、青崎にとって心休めるのが先生との稽古だけなのかもしれない。剣道は桜がやらないから、桜は関わって来ない。剣道の時間からはそういう目に合わないのなら、青崎の心も少しは癒されてるんだろう。俺は今日の青崎を思い出すと、

 

「わかった爺ちゃん。俺は青崎と友達になりたい。だからもっと休日とかはこの道場に呼ぶようにしてくれよ」

 口が勝手に動いて爺ちゃんの願いをきくことにした。青崎に同情した部分が大きいのもある。でも、それだけでなく今日青崎が少しだけ見せた笑顔。あれをもっと見たいと思ったのもあったからだ。

 

 

 

 

 それからは、毎週末は青崎は道場に顔を出し、俺と稽古をするようになった。最初はぎこちなかった俺と青崎だが、剣道を通してすぐにうちとけるようになった。

俺は学校でも道場でも同年代で戦えるものはいなく、少し劣るが同年代で俺と打ち合える青崎との練習は俺にとっても刺激になった。青崎はそれ以上の刺激になったようで、回を重ねる事に強くなっているのを感じ、俺も負けてられないと思うようになった。

そして幼馴染みに桜がいるから女子と話をするのが苦手という訳ではなかったが、不思議な事に青崎は桜以上に話しやすく、また接しやすい奴だった。

 自然体で話してくる青崎からは、他の女子から発せられる警戒心みたいなものが無く、女と一緒にいるのに何故か同性の野郎と一緒にいるような気安さを感じる。

 さらに青崎と話す話題が、剣道の事以外でも俺と合っているせいもあった。ある日、青崎と稽古しに道場に行ったら、先に来ていた青崎が、おそらく潮が置き忘れていたドラゴンボール大全を面白そうに読んでいた。そして俺が来たのに気付くと、

 

「あ、新庄君。おはよう」

 

「おはよう。青崎もそういうの読むんだな」

 

「え、ああこれ。うん、漫画は大好き。これ10巻までしかないけど続きどこかに置いてないかな?」

 

「さあな。それ俺のじゃないが、続き読みたいなら俺も持っているから貸してやるぞ」

 

「本当! じゃあ是非とお願い!」

 

「なんなら他のも貸してもいいぜ。 青崎ってどんな漫画好きなんだ?」

 

「好きなのはヘルシングにヨルムンガンド、ホリックに蒼天航路かなあ」

 

「……結構濃いなあお前!」

 他にも青崎はジャンプ系漫画は大体好きなようで、ワンピースやハンターハンターの話で盛り上がったりした。

 最初は稽古が目的だったが、次第に俺は青崎と会うのが楽しくなってきた。2月に入った頃には、俺以外にも出雲技研で働いてる男性職員の息子だが孫だがが道場に現れ、俺同様に青崎の遊び相手となっていった。最初は仕方なく来ていた連中も、次第に俺と同様に青崎の事を気に入るようになった。どうやら他の連中も、女子から理不尽な扱いを受けた事があるせいか、そんな事を全くしない青崎に好感を持ったようだ。気が知れる連中が増える事は青崎にとっても良い事で、学校にいる時よりも比べ物にならない位青崎は表情が明るくなっていった。しかし青崎の服装は、相も変わらず学校のセーラー服だったが。

 二月の中旬を過ぎた頃、休みの日道場に顔を出した青崎から綺麗にラッピングされたチョコレートを渡された。

 

「ちょっと遅れたけど、これ。学校じゃ渡せないから今日あげる。色々お世話になっているから」

 道場にいる時は普通に接してるが、依然学校では俺と青崎の関係は変わっていない。青崎自身が学校では俺に話しかけないでくれと頼んだせいもある。『私に話しかけたりしてたら、新庄君まで酷い目に合う』と悲しげな顔をして俺にお願いする青崎に、俺は頷くしかなかったからだ。

 

「お礼って……別に俺はそんな事した覚えないけどな。むしろ俺がお前に感謝してるんだし」

 青崎からチョコを渡され、内心で喜びまくった俺だが青崎が思っている程俺が感謝される謂れはない。それに青崎と練習する事で、俺は以前よりもさらに強くなれたのだから。

 

「まあまあ。私が感謝してお礼しているだけだから貰っといてね。私の手作りだから美味しいかはわからないけど」

 

「手作り! お前料理できるのか!」

 

「ふふん、自慢じゃないけど私家事得意だからね。一夏と一緒に小学校の頃からいろんな所で料理習ったのよ」

 驚く俺に、青崎は得意げに胸を張った。可愛くて運動能力も合って家事も出来るのかよ。どんな完璧超人だお前は。いや、でもそれよりもまた一夏か。

 

「なあ青崎」

 

「ん、何?」

 

「たまにお前の口から出てくるその一夏って誰なんだ?」

 初めてここで試合した日も、青崎の口から一夏の名が出ていた。別にどうでもいいことのはずなのに、俺は何故かそいつが何者なのか気になってしまった。

 

「あれ、そんなに私言ってたんだ。一夏は私の幼馴染みで親友」

 

「幼馴染みで親友……」

 俺の疑問に、青崎は微笑を浮かべながら答えた。親友と聞いて、俺の心は何故か少し複雑となった。

 

「幼馴染みで親友か。お前の様子を見ると仲がよかったんだな」

 

「ええ。一夏のお姉さんからはまるで周瑜と孫策の仲みたいと言われた事もあるわよ」

 自慢げに言う青崎だが、そこまで聞いて俺はある疑問がわいた。

 

「しかしそんなに仲が良いのなら、お前なんで休みの日にそいつに会いにいかないんだ?」

 1月に入ってからは、青崎は予定が無かったらこの道場に顔をだすようにしている。それに合わせて、俺や他の連中もここに来るのだが少なくとも青崎が遠くに出掛けたな話は聞いていない。爺ちゃんからも、1月より前は休みの日は先生と稽古してもらう以外は適当に町をぶらついていたとしか聞いていない。仲が良いならたまには会いに行けばいいのに。その一夏って奴も親友なら会いに来いよと思う。

 そんな俺の疑問に、

 

 

「うん……会いたいけど、今はまだ会えない」

 悲しげな顔をして首を振った。

 

「何で?」

 

「事情があって、私が会える人って制限されてるのよ。昔の私を知っている人には基本的に会っては駄目。それに……一夏とは酷い別れ方したから、今はまだ顔を会わせられない」

 

「……何か複雑な事情があるみたいだな。でも、一つ言ってやる。どんな酷い別れ方したか知らないけど、親友なら事情話せば笑って許してくれるんじゃないのか? 親友ってそういうもんだろ」

 俺は潮や清貴の顔を浮かべながら青崎に言った。どんな事情か知らないし、青崎がどんな酷い別れ方したかも知らないが、事情さえ分かれば親友なら許してくれるだろう。

 

「あ~うん、まあそれはわかってるんだけどね。あいつなら、多分言えば許してくれるのはわかってるんだけど……ちょっと特殊な事情だし、それに」

 苦笑いを浮かべながら言っていく青崎が、途中で言葉を止めると、

 

「今あいつに会いに行ったら、何か今の環境から逃げてきたみたいな気がしてね。そんな情けない姿はあいつには見せたくない!」

 拳を握りながら、力説した。……いや、今のお前の環境は充分逃げるに値すると思うがなあ。しかし、青崎からそこまで思われている一夏って奴が、俺は羨ましく思うと同時に、……少し気に食わなくなった。

 その後遅れてきた連中にも青崎はチョコを配り、皆喜びまくっていた。聞けば出雲技研の男性職員全員にも青崎はチョコを配ったらしい。……まあ俺だけにくれたとは最初から思って無かったけどな。

 

 

 三月になる頃に、俺は潮と清貴を青崎に紹介した。1月になってから俺が付き合い悪いと潮や清貴に文句を言われ、なら信頼できるこの二人も巻き込んでやろうと俺は思ったのだ。最初青崎と二人はぎこちなかったが、それも俺の時と同様にすぐに打ち解けて行った。清貴は青崎の事を少しばかり気になっていたようで、

 

「へ~、二ヶ月くらい前から裕也、テメーは青崎さんと一緒に遊んでやがったのか! 何で俺に早く紹介してくれなかったんだよ!」

 と散々文句を言われた。

 春休みになるとお互い遊べる時間は増え、青崎も時間を取っては俺達に会いにくるようになっていった。四人で釣りに行ったり、潮の家で格闘ゲーム大会したり、桜が咲いたら他の連中も誘って花見をしたりするようになった。意外な事に青崎は麻雀も知っていて、是非ともやろうと俺達に誘ってきたが……誰も麻雀はルールを知らなかったので、爺ちゃんを始め出雲技研のおっさん連中とやっていたが、……前から思っていたが、釣りに好きな漫画のジャンルに格闘ゲーム好きに麻雀とこいつの嗜好は一般女子とはかけ離れている。まあ、そんな青崎だから、俺達男と上手くやっていけたのもあるんだろうけどな。

 

 

 

 そして青崎が転校して来て半年が経った五月、これから俺達を取り巻く環境が大きく変わる事となった。

 

「おお! 来月に10何年ぶりにドラゴンボールの新作映画が公開されるんだ!」

 道場で稽古が終わった後、休憩しながらジャンプを読んでいた青崎が歓声を上げた。

 

「お前本当にドラゴンボール好きだな」

 

「新庄もでしょ。全巻買ってるくらいなんだから」

 

「まあ俺も好きだけどな。映画の公開は来月のゴールデンウィークか。……なあ青崎」

 

「何?」

 

「そんなに見に行きたいなら……一緒に見に行くか? 俺も興味あるし」

 何時ものように遊びに行こうというだけなのに、この時の俺は凄く、その、誘うのに緊張してしまった。

 

「新庄も見たいんだ! じゃあ来月一緒に行こう!」

 青崎のOKの返事を貰い、俺は内心でガッツポーズを取った。だがすぐに、

 

「石橋や添田もドラゴンボール好きだしね。皆で行きましょう」

 続く青崎の言葉を聞いて、溜息をついた。……まあ、そうだよな。潮や清貴も付いてくるよな。淡いデートを期待した俺は落胆した。

 

 しかし当日、奇跡は起きた。

 

「まさか皆急用が出来るなんてね」

 

「ああ、潮も清貴も楽しみにしていたが、家族そろって旅行に行っちまったな」

 潮や清貴、他数名も今回一緒に映画を観る予定だったが、なんと全員用が出来てしまい、結果俺と青崎の二人で観に行く事となった。ヤバい、何故か一緒にいるだけで緊張してしまう。青崎と二人だけの時なんて結構あったはずなのに。軽いデート気分を味わおうなんて思ってたが、そんな余裕が無くなってしまった。

 

「皆が来れないのは残念だけど、皆の分まで映画を楽しみましょう」

 そう言って俺に笑いかける青崎。……こいつは俺と一緒にいても緊張してないんだろうなあ。そして今日もセーラー服かよ。

 

「そ、そうだな。そういえば映画館に来たのは久しぶりだな。青崎は?」

 

「私も久しぶりね。そういえば前言ったのはもう小学生の時だったわね」

 

「……その時も一緒に観に行ったのは一夏って奴か?」

 

「へ? そうだけどそれがどうかしたの?」

 

「いや、何でもない」

 なんとなく聞いてしまったが、聞かなきゃよかった。

 

「あ、もうすぐ時間だし早くポップコーン買って中に入りましょ」

 俺の内心の葛藤を知らずに、青崎は笑みを浮かべながら歩いていく。全く、俺も何こんな時に余計な事考えてるんだよ。今は、青崎と一緒に映画を楽しむ事だけ考えよう。

 

「そうだな、じゃあ俺はポップコーンラージサイズ、コーラもラージで」

 

「おおう! 流石男の子、大食いね」

 

「うっせ」

 

 ちなみに、このポップコーンは映画を観ながら横にいる青崎がモリモリつまみ食いをし、半分は喰われることとなった。

 

 

「あ~面白かった! まさか悟空が負けるなんて。今までの例なら最後は勝つのにいい意味で予想が裏切られた」

 

「俺はそれも意外だったが、トランクスがマイと良い感じになっている方が衝撃だったな」

 映画を観終わった後、俺と青崎は近くのフードコートで昼食を食べながら映画について語り合った。戦闘シーンがどうのだの、映画の構成は良かった等言い合ったりし、

 

「私もあんな戦闘が出来るようもっと精進しなくちゃ!」

 青崎は何か変な決意を抱いたりしていた。まあISに乗っている青崎なら、あれと似たような戦闘できるんだろう。

 食べ終わった後はゲームセンターにより、少し遊んでから帰ることにした。その日はとても楽しく、青崎も笑顔を浮かべる事が多かったので、行ってよかったと本当に思い俺は満足した。

 しかし、俺は祖青崎と一緒にいる俺を見られていたことに気付いていなかった。

 

 

 

 翌日、チャイムが鳴り玄関を開けると、そこには警官が数人経っており、

 

「新庄裕也。君を婦女暴行罪で逮捕する」

 

「は?」

 突然の事で思考が停止した俺を、警官はあっという間に俺を拘束するとパトカーに乗せて連行した。

 パトカーに乗りながら、俺は身の潔白を主張。冤罪だ、何が根拠でこんなことになってるんだよと警官に問い詰めたら、警官たちも気まずそうな顔をして

 

「……君が暴行しているのを見たという証言があったんだ」

 俺に目をあわさないで言った。なんだそれは、おかしいだろうと喚いたら、証言者は女性で、その証言した奴の名前を特別に教えられ、俺は絶望する事となった。

 

 証言したのは、俺の幼馴染みである桜だった。

 

 何故桜が俺を? いくら考えても理由はわからなかった。ただ一つわかるのが、俺は問答無用でこのまま少年院送りになることだけだ。以前桜に逆らった奴が少年院送りにされた。なら自分もそうなるのだろう。

 

「は、はははは」

 絶望のあまり乾いた笑いをする俺を、警官たちは同情した眼差しで見つめていた。

 

 

 冤罪で逮捕されて3日が過ぎた。少年鑑別所とやらに今いるが、職員の話ではもうすぐ裁判が行われすぐに刑が下されるだろうと言われた。魔女裁判並に理不尽だが、辛そうに話す職員の顔を見ると似たような事件はいっぱいあるんだろう。

 もう何もかもを諦め、俺は壁に寄りかかった。救いはもうない。幼馴染みの桜からこんな仕打ちをされ、俺の心はもうぼろぼろだった。

 しかし数時間後、

 

「出ろ!」

 職員さんから大声で言われ、俺はとうとう刑が執行されるのかと思った。しかし、続く職員さんの言葉で、そうでない事を知った。

 

「よかったなお前! お前の冤罪が証明されたぞ!」

 

「えええ!マジですか!」

 全てに絶望していたが、まさかの逆転無罪となったがにわかには信じられなかった。しかし外に出ると、

 

「裕也! 大丈夫か!」

 

「もう心配するな! お前の潔白は証明されたぜ!」

 

「お前の完全勝利だ!」

 両親に爺ちゃん、それに潮と清貴がいた。親父もおふくろも泣きながら喜んでいて、爺ちゃんはそんな二人を抱いている。潮と清貴は『無罪!』『勝利!』と書かれた紙を掲げていた。

 

「潮に清貴……これはどういう事なんだ?」

 

「青崎に感謝しとけよ。あいつが、お前の無罪を証明してくれたんだ」

 

「青崎が」

 潮と清貴の話を聞くと、俺が逮捕されたのはすぐに青崎の耳に入り、誰が俺を陥れたかもすぐにわかったそうだ。青崎は桜に詰め寄ったそうだが、桜は完全無視。らちがあかないと判断した青崎は、この3日間俺を助ける為色々な人に頭を下げ、協力を求めたという。IS関係者には桜の息がかかった者が多かったが、それでも青崎に味方してくれる者も何人かいたらしい。そういった人達の力を借りて、青崎は俺の冤罪を証明してくれたという。

 

「青崎が……。じゃ、じゃあ青崎はどこにいるんだ?」

 

「あそこだよ」

 潮はそう言って、道路脇に止めてある車を指さした。近づくと中で青崎が寝ている姿が見えた。

 

「青崎さん、お前を助ける為ずっと動き回ってたみたいよ」

 

「少しでも見方が欲しくて、直接出向いて頭下げてお願いしていたからのう。文字通り休む暇なぞなかったろう」

 呆然と青崎を見ている俺に、おふくろと爺ちゃんも青崎を見ながら言っていく。

 

「俺達と一緒にお前を出迎えようとしてたんだけど、ここに来る途中で寝ちゃってね」

 

「起こそうとも思ったけど……この目の熊みせられたらなあ」

 寝ている青崎の目には大きな隈が出来ていた。顔色も悪く、寝顔にも疲れた表情がうかがえる。確かに、こんな状態の青崎を起こそうと思うのは、俺でも躊躇う。

 こんなになるまで俺を助ける為、青崎は奔走したのか。

 

「ありがとう、本当にありがとうな青崎」

 寝ている青崎に、俺はこの言葉しか出てこない。だって他にどう感謝を表すことができるんだよ。俺の為に、こんなになるまでしてくれて。

 最初は青崎を女子の虐めから少しは気を紛らわしてやろうと思ってたのが、今では逆に俺が青崎に救われた。

 俺は青崎の寝顔を見ながら、決意した。

 

「俺、お前を守るよ」

 お前がしてくれた事、今度は俺がお前にしなくてはいけない。誰が何を言おうとも、俺は―――青崎の味方になる。

 

 

 

 

 

 

 

「っち!」

 翌日、学校に行ったら桜から大きな舌打ちをされた。周りの女子からも同様で、

「なんであいつが登校しているのよ」

「犯罪者のくせに」

 と隠す気も無い陰口を言われていく。男子からはよかったなあと言われ俺の冤罪が晴れたことを祝福し、俺に今回の事を心から同情した。

 桜や女子達がそれを忌々しい目で見ている時、教室の扉が開き、

 

「おっはよー!」

 元気な声と共に青崎が現れた。って、ええ? 青崎、何だそれ? キャラが違わないか?

 呆然としているクラスを青崎は見渡すと、次に桜に向かって歩いていく。そして、桜の目の前に立つと、

 

「私、次はもう許さないから」

 青崎は桜を見下ろしながら冷たく言った。

 

「は? 何のことよ」

 青崎に見下ろされながらも、桜は少しも怯まず言い返す。

 

「私には何をしても文句は言わない。それは私個人の事だから。でもね、次私の大切な友達に害をなしたら―――潰す」

 

「はあ? それは私の台詞よ。あんたと私、どっちが上か解ってないの?」

 青崎の底冷えするような冷たい声にも、桜は余裕を持って言い返した。そんな桜を、青崎は薄く笑って、

 

「へえ。どっちが上ねえ。最近じゃ私とあなた、勝率五分五分なのにねえ。貴方専用機のくせに」

 心底馬鹿にしたような声で桜を嘲笑した。

 

「はあ! 調子に乗ってるんじゃないわよ! あんたなんかよりも私の方が強いのよ!」

 

「まあ、その威勢がいつまで持つかしらね。でもね、私とあなたの勝率はほぼ同じ。これがどういう意味か理解しておくことね。今回の件も、私に味方する人が多かったのがその答えでもあるけど」

 

「~~~~~!」

青崎の言葉で、顔を赤くしながら唸る桜。それが、青崎のいう事が本当であるのを現していた。

 そして青崎は桜から離れると、何時ものように席に着くと本を読みだした。教室の後ろで桜が喚いているが、完全に無視している。二人のやり取りを見ていたクラスメイト達は、どう反応していいのかわからなかいようだ。女子達も迷っている。青崎と桜の力関係が、今のやり取りで互角だとわかり、しかし今後青崎は桜よりも強くなりそうだからどっちに着くべきか迷っているようだ。でも、これではっきりした事がある。青崎はさっき、何て言った? 

青崎がこの場でああ言ったのなら、俺もそれに応えるべきだよな。

 横を見ると、潮も清貴も同じ顔をしている。俺の考えがわかってるとはさすが親友。俺は笑みを浮かべて青崎に近づいていく。そして、

 

「おはよう、葵」

 この日初めて、俺は青崎―――葵の名前を呼んだ。一瞬言われた葵は驚いていたが、

 

「おはよう裕也」

 すぐに笑顔を浮かべながら、葵も俺を名前で呼んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ裕也、ぼーっとして」

 

「あ、いえちょっと昔を思い出して」

 そう言って、俺は窓の向こうを見る。視線の先には、葵がメイド服を着ていて働いている姿が見える。

 

「ちょっと前なら、葵があんなに楽しそうにクラスの女子と楽しそうに話したり笑ったりする姿なんて想像出来なくて」

 

「ああ、そうだね。俺もあんなに女子と一緒に笑っている葵を見るのは初めてだ」

 

「あの学校じゃ、桜に付いていった女子が大半でしたし、桜に寝返って葵に取り入ろうとした女子は葵が断固拒否してましたからね」

 

「まあそれはそうだろうね。葵も今更媚び売られてもムカつくしかないし」

 

「でも男子は受け入れてましたよ。いや男子の方からもう葵に近づこうと必死だったってのもありましたけど」

 

「君の一件から、もう冤罪ふっかけて少年院送りは葵が出来ないようにしたからね。俺がその学校にいたら間違いなく葵を女神のように崇めるよ」

 

「まさにそんな状態になってましたよ。そんな様子が気に食わなかった桜が葵は元男だってバラして嫌わるように仕向けましたけど。最初は俺も驚きましたが、一部の女子が嫌悪しただけで、男子は誰も葵の事を嫌ったりしませんでしたけどね。むしろ男子に対し理解ある理由がわかり喜んでいた位です」

 

「で、そんな様子がますます気に食わない女子が、葵をさらに憎んでいくと。いやでも本当に、葵はよく女子高であるIS学園に行く決心したもんだ。普通なら女性恐怖症になってもおかしくないのに」

 

「最初は凄くあいつも不安がってましたよ。でも、あいつの幼馴染み―――、一夏が入学するのをわかると不安が無くなったとか。他にも箒とかいう幼馴染みがいると知って、喜んでましたよ」

 

「なるほどね、あんな環境にいた葵がIS学園に行く決心がついたのはやはり一夏君がいたおかげか」

 

「……あんまり認めたくはないが、そうですね。でも―――葵が笑って学園生活を送れてるのがあいつのおかげでもあるなら、まあ多少は認めてやりますよ」

 

「素直じゃないな」

 

「ほっといてください」

 




葵の過去の一部な話です。
前から書こうとは思ってたのですが、なんとなく書かずに話を進めて行ってました。
でも以前活動報告で書きますよーと言ってほったらかしにしてましたので書くならこのタイミングだ!と思って書いた次第です。
この話で30話になり、結構な長編になってます。展開が少し重たいですが、次は会長おかげではっちゃけますし、葵の気持ちを言う回になりますので期待していてください。


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学園祭 乱入者達

「葵ー!」

 

「な、なんだ!」

 突然の大声に驚いた俺は声がした方を向くと、そこには扉を開いて教室内を凝視している、いや正確には葵をガン見している野郎がいた。突然の乱入者にクラスの皆呆然としたが、多くの者がすぐに顔を赤くして乱入者を眺めていく。

なにしろいきなり現れ、葵の名前を叫んだ奴は……男の俺から見てもカッコいいと思える位のイケメンだったからだ。おそらく俺よりも高い身長にすらりと長い手足。肩幅は広いが引き締まっている体型。そして整った凛々しい顔を、熱い視線と共に葵に向けていた。

しかしどっかで見た事あるような……あ、こいつ確かあの雑誌で葵と一緒に写っていた奴じゃないか? 名前は確か……何だっけ?

 

「ゆ、裕也?! え、何で裕也がこのIS学園にいるのよ!」

 

「裕也! お前勝手に暴走するんじゃない!」

 

「慎吾さんも! 何でここにいるんです?!」

 最初に現れて葵の名前を叫んだ野郎―――裕也の登場に驚く葵だが、裕也の後ろに現れたもう一人の姿を見てさらに驚いている。

二人目に現れたのもこれまたカッコいい人だった。年はおそらく20過ぎだろう。こちらも端正な顔立ちをしていて、嫌味な位スーツ姿が決まっている。多分俺よりもずっとこの執事服が似合いそうだ。

 

「葵!」

 

「え、えー何? 裕也?」

 慎吾さんとやらの静止の言葉を無視し、裕也は教室内に入っていく。そして戸惑う葵の前に立つと、

 

「……いや、葵。お前のその恰好、とてもよく似合ってるな。凄く可愛いぜ」

 目をそらしながら顔を赤くして葵にメイド姿の感想言っていった。……いやお前、あんな派手な登場しておいていきなり何だその純情少年な態度は。

 

「……ありがとう。で、裕也。いきなり大声出して現れて、何しにここに来たの」

 可愛いと言われ一瞬顔を赤くした葵だが、すぐに冷めた目をして裕也に問い詰める。

 

「それは今からわかる」

 裕也は葵にそう言うと、未だ呆然としている俺の前に裕也が現れた。

 

「おい、お前が織斑か?」

 

「そうだけど……人に尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀じゃないのか?」

 まあ誰かはおおよそ見当はつくが、なんとなく気に入らないので憎まれ口を叩いてみた。

 

「それもそうだな。俺は新庄裕也。葵が出雲技研にいた時、葵の剣道のライバルであり一番親しかった男だ」

 ……何だその自己紹介は? しかし、ふうん、剣道のライバルで、葵と一番親しいねえ。

 

「織斑一夏。世間では唯一の男性操縦者という事になっている。そして葵の幼馴染みで一番一緒に時間を共に過ごした親友だ」

 

「……ふん、葵が女になってからの時間は俺の方が長い」

 

「それももうすぐ逆転するとおもうけどな」

 だって今部屋一緒だからな。葵が男でいた時よりも一緒にいる時間は今の方が濃いし。

 

「……何変な所ではりあってるのよ」

 俺と裕也のやり取りを聞いていた葵が、呆れた声でツッコミをいれるが無視する。何故か知らないが、こいつは妙に俺の癇に障る奴だ。裕也はしばらく俺を睨むと、教室内を見渡して弾の方を向いて指をさして言った。

 

「おい、そこのお前。お前も名乗れ」

 

「え、俺の事か?」

 離れた所に座っていた弾だが、裕也から呼ばれしぶしぶ立ち上がると、

 

「あー、なんだ。俺は五反田弾だ。葵とは中学の時知り合った友達だ」

 妙に疲れた声で弾は裕也に自己紹介をした。

 

「五反田弾か。覚えたぞ」

 

「いや覚えてもらってもなあ」

 裕也の呟きに、弾は呆れている。いや葵の名前を叫んだかと思ったら、今度は俺や弾に絡んでくるし。本当になんなんだこいつは?

 葵の方を向くと、

 

「で、慎吾さん。何でここにいるんですか?」

 裕也では話にならないと思ったのだろう。後から現れた慎吾さんとやらに事情を聞いていた。

 

「ん、まああんな雑誌が出たからね。色々心配だったんだよ」

 

「……多分今裕也が思っている誤解はあの時の電話で否定したはずですが」

 

「いやそれだけでなく、皆お前がちゃんと学校生活が問題無いかと不安になってたんだよ。島根の時を思ったら、あの記事の影響を不安に思うのは当然だろう。俺のコネでチケット二枚入手して遠くから観察してたけど、そんな心配はいらなかったようで安心した」

 

「当然です。ここにいる皆はあんな連中と一緒にしてはいけませんよ」

 ほのぼのとした空気をだしながら話をしていく二人。いや葵、さっきから俺と弾を睨んでくる裕也を早くなんとかしてくれ。

 

「リアル修羅場キター!」「え、なになに! あの裕也って人青崎さんとどういう関係だったのかな?」「一番親しいとか言ってたわよ! 元カレかしら?」「でもさっきの青崎さん見てたらそんな関係には見えないけど?」

 

 ……教室にいる皆、なんか目を輝かせてこっちをみてるし。

 

「「「「……」」」」

 箒にセシリア、シャルにラウラも突然の事態に驚いているが……ラウラ以外は他のクラスメイトと同様、なんか面白がって見ているのはきのせいだろうか?

 

「織斑、五反田」

 

「なんだよ」

 

「お前達二人、葵の事どう思ってるんだ?」

 

 

 

「あ、慎吾さん。コーヒーとケーキいかがです?」

 

「お、いいねえ。じゃあもらおうか」

 

 

 

「どう思ってるかって? いや、さっきも言ったが葵は俺の親友だ」

 

「俺もそうだな。あいつとは友達だな」

 

「本当にそれだけか?」

 

「……お前俺達と葵の言葉、ちゃんと聞いてたか?」

 

「一夏、あれだ。この手の奴は自分で結論出してるからなあ」

 俺と弾が呆れるが、裕也は俺達の返答を聞くと、

 

「そうか。それが今のお前達の認識なんだな」

 何故か唇の端を少し上げ、薄く笑った。

 

 

 

「おまたせしましたご主人様。本日のおススメとコーヒーでございます」

 

 

 

「……何が言いたいんだよ」

 

「いやあ、お前は葵の親友(・・・・)なんだろ?」

 そう言って裕也は俺を指さすと、

 

「で、お前は葵の友達(・・・・)だ。それでいいんだろ? 例え葵が誰かと付き合う事になろうとも変わらないんだな」

 次に弾を指さして言った。

 

 

 

「どれどれ、おお! 美味いなあこのケーキ。やっぱり葵の作るお菓子は本当に美味しい」

 

 

 

「……あ、当たり前だ! だからさっきからそう言ってるだろ!」

 何故か知らないが、一瞬俺は言葉に詰まってしまった。

 

「……いやまあ、俺もそうだけどよ」

 弾も、さっきまでよりも少し歯切れ悪く答えている。

 

 

 

「ありがとうございますご主人様。コーヒーのお味の方はいかがでしょうか?」

 

 

 

「そうか。ああ、お前達がそれでいいのならかまわん。……腰抜けども」

 

「はあ? 今何て言った」

 なんだよこいつ。最初から俺に喧嘩売っているのか? 

 

「やめろっての一夏。で、裕也って言ったか。お前も必要以上に挑発するなよ。わざわざ島根からここまで来たようだが、これで満足しただろ。多分お前が望んだ答えを聞けただろ?」

 裕也に食って掛かりそうだった俺を弾が止め、弾が苦笑しながら裕也にそう言うと、

 

「……!」

 裕也は険しい顔で弾を睨み付けていった。

 

「……五反田、か。やはりお前も危険だな」

 

「……いや何でだよ」

 

「織斑よりは頭が回る」

 

「それは当たり前だろ」

 

「おい、どういう意味だお前ら」

 

 

 

「ふう、うんコーヒーも香りがよくそれでいて苦味も絶妙だ。デザートにコーヒー、パーフェクトだよ葵」

 

「感謝の極み」

 

「おお、ご主人様の理想の返答で返すとは……。マジで完璧だ」

 

 

 

「っておい! さっきから何やってるんだよそこ!」

 俺と弾が裕也に絡まれてるのに葵! 何無視してその慎吾さんとやらの相手してんだよ! 早くこっちをなんとかしろ!

 

「慎吾さん! 何勝手に羨ましい事やってるんですか!」

 裕也も葵の作ったケーキを食べている慎吾さんにくってかかる。

 

「だってもう付き合ってらんないわよ。というかごめん、正直関わりたくない。聞きたくもない」

 俺の叫びに、葵は溜息をつきながら疲れた顔をして両手で耳を覆った。

 

「ん? 裕也話は終わったか? じゃあ帰るぞ」

 そう言って慎吾さんは立ち上がると、裕也の肩を掴んで強引に引きずりながら出口に向かっていく。

 

「いってらっしゃいませご主人様。……もう帰って来なくてかまいません」

 葵は出口に向かう二人に、疲れた顔しながら言った。

 

「待ってください慎吾さん! 何帰ろうとしてるんですか!」

 

「俺はもう目的果たしたからな。 葵からサービスもしてもらったしもうここにいる理由がない」

 

「俺はまだ終わってません! それに葵のサービス俺受けてないし!」

 

「まあ裕也、それは後日やって」

 

「じゃあさっさと終わらせろよ。いい加減営業妨害として追い出すぞ」

 いい加減鬱陶しくなったので葵の言葉を遮りながらそう俺がぼやくと、

 

「……馬鹿」

 

「……はあ」

 

「……あ~あ」

 ……何故か弾に慎吾さん、葵が半眼を俺に向けて溜息をついた。え、何で?

 

「はやく終わらせろだって?」

 俺のぼやきを聞いた裕也は、慎吾さんに掴まれていた肩を強引に振りほどくと俺と弾を険しい目で睨み付けるがすぐに視線を葵に戻し、

 

「……そうだな。お前達に聞いても無駄だし、もうここで決着つけるか」

 何かを決意した顔で裕也は葵に歩み寄っていく。裕也が放つ気迫に、クラスメイト、教室にいるお客さん全員が言葉を失い、無言で葵と裕也に視線を向けていく。箒にセシリア、シャルにラウラも、とても真剣な顔をしながらじっと二人を見つめている。慎吾さんも、止めようとしたが、

 

「……」

 葵が無言で首を横に振ったので、止めるのをやめて葵と裕也を見つめる事にした。

 

「……」

 無言で見つめている葵。さっきまで疲れた顔で裕也を見ていたが、雰囲気を変え真剣な顔をした裕也が近づくと、葵も表情を変えていった。

 

「葵」

 葵の前で立ち止まる裕也。さっきまでとは違う雰囲気に、俺も言葉を失いながら二人を眺める。

 

「俺、お前に言いたい事があるんだ」

 

「……何?」

 裕也の問いかけに、葵は薄く微笑んだ。その微笑みは、―――俺には葵が何かを覚悟した表情に見える。

 

「本当は一年以上前から言いたかったんだが」

 そう言って、裕也は一旦言葉を止めて葵を無言で見つめる。葵も何も言わず、裕也を見つめていく。二人とも何も言わず、見つめ合いは続いていったが、

 

「葵」

 裕也は決心した顔を浮かべ、

 

「俺は、お前を」

 葵に向かって言葉を紡いでいくが、

 

「ちょっと待った~~~~~~!」

 最後まで言い終わる前に、

 

「はいストップ! ストップ!」

 ……勢いよく扉を開き教室に侵入した楯無さんの声に遮られた。

 

「な、な」

 

「か、会長……」

 突然現れた楯無さんに裕也は絶句。葵も驚愕した顔で楯無さんを見つめていく。

 

「あ~危ない危ない。地下から此処まで来るのに時間掛かっちゃって手遅れになるところだった」

 顔中に汗をかきながら胸をなでる楯無さん。裕也と葵を見つめながらほっとしているが、

 

『………………』

 ほぼ教室にいる全ての人が、楯無さんを無言で睨んでいる。……まあ、さっきのは俺でも裕也が何をしたかったのはわかるもんなあ。さすがにあのタイミングで乱入はいくらなんでも酷過ぎるよな、うん。

 

 

 ……でも何故だろうか。今、俺はすごくほっとしているのは。

 

 

「おい、あんた何なんだよ」

 最後まで言い終わる前に乱入してきた楯無さんを、裕也は睨み付ける。

 

「私? 私はこの学園の生徒会長よ。名前は更識楯無。よろしくね新庄裕也君」

 

「……何で俺の名前知っているんだよ」

 

「ふふん、私がこの学園の会長だからよ」

 そう言って楯無さんは扇子を広げにやりと笑った。広げた扇子には『お見通し』と書かれている。

 

「まああんたが何者かはどうでもいい。何で俺の邪魔をした?」

 

「そうですわ会長! さすがに今のは酷いと思いますわ!」

 

「わざわざIS学園まで乗り込んできたのに、この仕打ちはさすがに……」

 

「会長空気読めー!」

 

「引っ込め会長―!」

 裕也の非難に、セシリアに箒、相川さんや谷本さんも同調。それに応えるかのように、教室にいる皆が楯無さんを睨んでいく。

 しかし楯無さんはそんな非難を一身に受けても怯まず、

 

「まあ結果的に邪魔をしたのは謝るけど、新庄君。 どっちかというと私は君の味方だよ」

 笑みを浮かべながら裕也に言った。

 

「は、ふざけないでくれ! あの状況でお前」

 

「新庄君!」

 怒る裕也を、楯無さんの鋭い声が裕也を黙らせた。楯無さんから発する気迫に、裕也はたじろぐ。

 

「最後まで聞きなさい新庄君。私は君の味方と言いました。それは本当にそうよ。だってあなたは」

 一旦言葉を止めた会長は、俺と弾の方を向きながら言った。

 

「二人の真意も知りたいんでしょ」

 

「……それはもう、さっき聞いた」

 楯無さんの言葉を、裕也は半眼で答えた。……実際、俺と弾はうんざりしながら答えたからな。

 

「まあ、それが本音ならいいんだけど」

 何やら意味深に笑いながら楯無さんは扇子を開いた。扇子に書かれている文字は『真実はいつも一つ!』に変わっていた。

 

「それに貴方が知りたいのは二人もだけど……葵君もだよね」

 

「……いえ会長、私も散々言いましたから」

 会長の言葉に、葵がうんざりした顔で答えた。

 

「本当にそう?」

 

「……、はい」

 楯無さんの言葉に、葵は一瞬言葉に詰まらせながらも答えた。

 

「ふうん、そうかそうか」

 何を納得したのか、楯無さんは何やら頷きながら呟いていく。

 

「ねえ、じゃあ新庄君に葵君、一夏君に五反田君は答えが変わらないわけね」

 

「ああ、そうだよ。なんなんだよあんた!」

 

「そうです」

 

「あ、ああ」

 

「はい。で、楯無さん。本当に何しに来たんです?」

 楯無さんの念押しな確認に、裕也はイラつきながら、葵と弾は疲れた顔で答えた。そして最後の俺の質問に、

 

「じゃあ、その答えを皆の前で発表してもらいます」

 楯無さんは笑みを浮かべながら、再度扇子を広げて言った。そして扇子には

 

『IS学園名物! 告白大会』

 

 の文字が書かれていた。

 




今回は短めです。
もったいぶったわけでもないんですが、少しリアルが大変なのと今後の展開で物凄く迷っているのもあります。


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学園祭 告白

 姉さん、事件です。

 今日俺はIS学園の学園祭で、クラスの催し物であるメイド喫茶(兼執事&妹)で売り上げ1位を目指し頑張ってたんだけど……裕也と慎吾さん、さらに楯無さんがクラスに乱入して来て、気が付いたら俺は

 

「さあさあ学園祭名物告白大会! 今回も幾人もの少女達が告白してきましたがいよいよクライマックス! 最後の告白者達を紹介します!」

 

 ……IS学園の第3アリーナにある特別ステージの上に立っております。ちなみに周りを見たら観客席は満席で、立ち見者もかなりいる。皆例外なく俺達を目を輝かせながら見ているし。

 

「おい、一夏! いったいこれは何がどうなってるんだ? いやそもそもお前はともかく、何で俺まで巻き込まれてるんだよ!?」

 俺の横で弾が激しく狼狽しながら俺に詰め寄るが……そんなもの俺も知りたい。まああの場にいて、楯無さんに目を付けられたからというだけなんだろうけど。ご愁傷様としか言えない。

ある意味この事態を引き起こした元凶の裕也を見てみると、裕也も戸惑っているが、俺や弾よりかは動揺していない。さっきからずっと―――俺達から10メートル位離れた所に立っている葵を凝視している。裕也に見つめられている葵だが……こちらはなんかもう、乾いた笑みを浮かべながらこちらもメイド服姿のまま放心状態となっていた。

 ああ、本当に何でこんな事態になっているんだろう?

 

「IS学園が開校された年から続くこの伝統イベント! これまで67組が愛の告白をし、なんと14組ものカップルを成立させた実績があります!」

 そんな俺達とは違い、ステージの壇上でマイク片手に熱いマイクパフォーマンスをしているのは新聞部の副部長、いや今月部長を指名された黛先輩である。新聞と報道は違う気もするんだが、黛先輩の司会は中々に良く、さっきから場がかなり盛り上がっている。って、今まで14組もカップル成立したのか!? 女子高なのに!?

 

「なおこの告白大会で成立したカップルの9割は半年で別れています! ま、しょうがないよね!」

 ……ああ、それならちょと納得した。

 

「しかし今回ラストに行われる告白は、今までとは違います! なんと、この告白大会初の男性から女性に対する告白が行われるからです! いや、本当に凄い! 現在の観客数は過去最高となっております!」

 黛先輩の声に応えるかのように、観客席のいたる所から歓声が聞こえていく。

 

「今回はなんと、3人の少年があちらにいる少女! 青崎葵さんに告白してもらいます!」

 

「ふえっ!」

 急に黛先輩から紹介され、さっきまで放心状態だった葵は驚きながら観客席の方を向いた。

 

「今回彼等が告白する少女は、日本の代表候補生で次期代表最有力候補である青崎葵さん! 同性でも惚れちゃいそうな美しい顔にモデル顔負けのスタイルを持つ反則級の美少女です! なお趣味は菓子作りな上に炊事洗濯掃除織斑先生からお墨付きを頂く程の完璧で凄まじい女子力を誇っています。 なにこの子怖い! なんかもうモテるの当然な彼女に、今回3人の少年が彼女の心を射止めんとするのです!しかも告白する少年の中に、この学園では知らない人はいない程の有名人! 織斑一夏君もいるのです! おそらく今回の告白はIS学園の歴史に残るほどの出来事となるのは間違いありません!」

 いやちょっと待て! 何で俺がメインみたいになってるんだよ! 今回の告白はどう考えても裕也がメインじゃないのか。ああ、裕也もなんか気に入らない顔で俺を睨んでくるし! 

 弾の方を見ると、

「……だから何で俺もメンバーに入ってんの?」

 ……未だ放心状態でなにやら呟いていた。

 

「では、そろそろ今回告白する方々を紹介していきます!

 そう言って黛先輩は、熱い声で俺達を紹介していった。

 

「まず紹介しますのは、エントリーナンバー1番五反田弾君! 高校一年生で今回告白される青崎葵さんとは中学一年の時に知り合ったそうです! 家は食堂をされており、五反田君も結構な料理の腕前だそうです! さらに来週五反田君の高校の文化祭では、彼はバンドをやり、ベースを担当するとの情報も入ってます! ルックスも結構良く、料理も出来て音楽もこなす! 中々良いスペックの持ち主です!」

 黛先輩の紹介により、会場がまたヒートアップしていく。観客にいるIS学園生徒からの「親しみ持ちやすいかな」やら「年下で純朴そう」やら「恋人にするならこの中では一番ね」やらの声が聞こえたせいか、さっきまで放心状態だった弾も何かまんざらでもない顔をしながら周りに頭を下げている。しかし、

 

「続きましてエントリーナンバー2番、新庄裕也君! こちらも高校一年生で今回の注目株! 青崎さんとは2年程前知り合ってるようで、本人曰く青崎さんと最も親しい男との事! 青崎さんとは剣道仲間であるそうで、新庄君自身もかなりの腕前です! なんと去年は全国大会に出場したとか! そしてなによりもこの新庄君、とにかくカッコいい! 顔が良い上に身長も高く運動神経も抜群! さらに学力も良くて今年行われた全国学力検査ではなんと8位! 文武両道のイケメンとは彼の事を言うのでしょう!」

 黛先輩が裕也の紹介を終えると、「キャー! カッコいい!」「私の王子様……」「なにこのスペック! 乙女ゲーのキャラでもここまでのいないわよ!」「私! 私を選んで!」

……弾の時とは数倍以上の歓声が観客席から溢れて行った。そんな歓声を、裕也はどうでもいい顔をして聞き流している。弾の方を見ると、

「……は、まあそうだよなあ。凡人が夢見てもこんなもんだよなあ」

 ……何やら黄昏ながら虚空を眺めていた。

 

「そしてエントリーナンバー3! 私達が誇るIS学園の王子様でハーレム王、織斑一夏! 今年入学した彼の周りには常に可愛い子の存在が! 青崎さんとは幼少からの幼馴染みであるとの事です! ちなみに青崎さんがこのIS学園に通うようになってからはほぼ二人は一緒に行動をしており、その様子はさながら夫婦! 一部では「何であんなに仲が良いのに付き合ってないの?」と疑問視すらされたりしています。 いえわかってます! 理由というか、複雑な関係なのは重々承知です! それが今回変わってしまうのか? 個人的に一番気になる所でしょう!」

 

 そして俺の紹介が終わるが……なんだよその紹介は! ハーレム王って何? ナンパ野郎かよ俺は! そして俺と葵ってそんな風に見られたのか? いや確かに葵とはいつも一緒にいるし部屋も同じだけどさ、いや何で? あの雑誌が出た後何人かが『織斑君と青崎さんって付き合ってると思ってた』と言われたけど、あれって冗談じゃなかったの? 

そして何やら刺すような視線を感じたので、振り向いたら……裕也の奴が物凄い目で俺を睨んでるし!

 観客席からは裕也の時と同じくらいの歓声が沸いている。

「織斑君―! 結局のところその辺どうなのー?」「お願い違うと言ってー! 私にもチャンスを!」「ハーレムでもいいから私も加えてー!」「いや織斑君は学園で共有すべき!」「ラッキースケベ!」

 さっきの裕也と同じ位の歓声が俺に注がれるが……何だろう、シャルルの時も感じたこの違和感は?

 

「以上で告白する方の紹介は終わりです! なお今回の解説には今回と去年の告白大会で累計4人に告白された更識生徒会長に、今まで10人から『お姉さまになってください』と言われた織斑先生を招いています! いやあこの学園で最多の告白された回数を誇るこのお二方、なんとも豪華でございます!」

 黛先輩が差し出している腕の方を向くと、そこにはステージの下の『解説席』と呼ばれる場所に楯無さんと千冬姉が座っていた。

 

「……薫子、余計な事は言わなくていいわよ」

 

「黛、学園祭終わった後は私の部屋に来い」

 黛先輩の紹介に半眼で答える楯無さんと千冬姉。楯無さんはともかく……千冬姉は本気で怒っているな、あれは。

 

「と、ところで会長! 今回この4人がこのこの告白大会に参加しましたのは会長の仕業だそうですが、どのような意図があってのことでしょうか?」

 千冬姉の目線と言葉に黛先輩は一瞬怯んだものの、すぐに立ち直り楯無さんに質問した。あ、それはおれも知りたい。黛先輩からの質問にマイクを持った楯無さんは、

 

「そりゃ決まってるんじゃない! 面白そうだったから!」

 扇子を広げ、何とも良い笑顔で答えた。扇子には『未成年の主張!』と書かれている。……古いっすね。

 呆れながら楯無さんを眺める俺だが、楯無さんがマイクを離した時

 

「………」

 楯無さんは何か口を動かしているのを見た。

 

「あれ?会長、今何かいいましたか?」

 

「ううん、何でもないわ」

 

「そうですか」

 黛先輩も会長が何か言ってたように見えたそうだが、会長が否定したので訝しながらも引き下がった。千冬姉の方を見ると、何故か少し笑みを浮かべているのが気になる。

 

「さあ会長が大変下衆な理由で呼ばれた4人ですが、もう時間もありませんので早速始めて行きましょう! エントリーナンバー1番五反田弾さん。どうぞ熱い思いを青崎さんにぶつけてください!」

 

「は、はあ!」

 さっきまで黄昏ていた弾だったが、急に出番が来て激しく動揺している。

 

「さあさあ五反田君、こっちこっち」

 そんな弾を黛先輩は引っ張っていき、葵の前に立たせていく。そして弾に、

 

「では五反田君、お願いします」

 そういうと黛先輩はさっさとステージの隅に移動していく。強引に葵の前に立たされた弾は、途方に暮れた顔で葵を見るも、葵もどうしたらいいのかわからない顔で弾や辺りを見回している。……なんだこれ、公開いじめか?

 どうしたらいいのかわからずオロオロしている弾に、

 

「あ、五反田君! この大会あくまで『告白』大会だから! 何も愛の台詞だけ言わないといけないわけじゃないわよー」

 解説席から楯無さんが、助け舟?を寄越した。

 

「へ? それって?」

 

「つまり普段言いたいのに言えないような事を言う大会なのよ。まあ同性が相手だから普通なら言えないような事をお祭り騒ぎのどさくさで言っちゃえがこの大会が出来た理由だけどね。学園の生徒が整備課の備品をこっそり横流ししたのを見たなんて告白も過去あったし。だから五反田君! 貴方の普段言えないような事を青崎さんにぶつけちゃいなさい!」

 

「……更識、学園の恥を外部に教えるな」

 何やら熱く語った楯無さんだが、……その横で千冬姉がこめかみをひくつかせながら楯無さんを睨んでいる。楯無さん、頬に汗が流れてるがそれを無視しながら弾を応援している。

しかしなるほど、告白大会とか言われて葵に何言おうと困ってたが、これはそういう主旨の大会か。じゃあ、なんとかなるかな。

 そう思って弾の方を向くと、弾も先程までよりかは動揺が無くなっているのが見える。もっとも会場中から見つめられるプレッシャーは相当な物のようで、緊張した顔で葵を見つめると、

 

「あ、あの葵!」

 

「う、うん!」

 葵の方も緊張してたのか、弾から名前を言われた時、声が上擦っていた。そして葵以上に声が上擦っている弾は、

 

「頼む葵! その恰好で俺の家でウエイトレスやってくれ!」

 大きくお辞儀をしながら葵に告白をした。

 

「は?」

 弾の告白に、葵は呆けた顔で弾を眺めていく。いや葵だけでなく、裕也に黛先輩も、会場にいる観客も同じ顔をしながら弾を眺めている。おそらく皆こう思っているだろ、何言ってんだこいつ?と。

 

「……」

 

「……」

 しかし皆が呆れる中、何故か楯無さんと千冬姉は神妙な顔で弾を凝視していた。

 

「……あ、あの弾。いったい何?」

 おそらく予想もしていなかっただろう弾の告白に、葵は困惑した顔をしながら弾に尋ねると、

 

「いやお前のその姿、マジで可愛いしそれ着てうちで働いてくれたら客も沢山来てくれて商売繁盛間違いなしかなあと」

 何やら明後日の方を向きながら、しどろもどろに弾は答えて行った。顔は赤く、自分でも馬鹿な事言っていると思ってるんだろう。

 

「い、いや嫌ならいいんだ! ただまあちょっと頼むな!」

 そう言うと弾は顔を赤くしながら葵から離れて行った。どうやらこれで告白は終了らしい。

 

「え、え~と第一発目から予想外な告白が来ましたが、解説の会長に織斑先生! 今の告白をどう思いますか?」

 

「……まさかいきなりこんな告白が来るなんて、五反田君恐ろしい子!」

 

「全くだ。高校生の分際で大した奴だなあいつは」

 黛先輩の質問に、楯無さんと千冬姉は弾の告白に高評価を下した。

 

「へ? それはどうしてです? 正直あれは……ちょっと無いと思ったのですが」

 黛先輩が、おそらく会場にいる観客皆が思っている疑問を二人に尋ねると、

 

「だって五反田君、青崎さんをウエイトレスにしたいといっているのよ! つまり五反田君は、青崎さんを店の看板娘にしようとしている!」

 

「つまり五反田は青崎を俺の店に来いと、お前の永久就職先は俺の家だと五反田は青崎に言ったわけだ。将来すら見据えた上での告白、侮れん奴だ」

 黛先輩の質問に、戦慄した顔で解説している楯無さんと千冬姉だが……いやそれ、どう考えても深読みしすぎだから。葵が「そうなの?」な顔で弾を見ており、弾は「違う違う!」と顔を横に振っていた。

 

「なるほど、あの告白にそこまでの意味が込められていたなんて。一人目からなんともヒートアップしてまいりました! では次にエントリーナンバー2番! 新庄裕也君お願いします!」

 楯無さんと千冬姉の余深読みの解説に感銘したのか、さっきよりもさらに興奮した声で黛先輩は裕也に出番を託すと再びステージの隅に引っこんでいく。

 名前を呼ばれた裕也は、弾とは違い緊張した様子はなく真っ直ぐ葵に向かって歩いていく。観客も、弾の時と違い葵と裕也を真剣な眼差しで眺めている。1組で裕也が葵に告白しそうになった情報は周りにも流れているようで、弥が上にも注目されている。

 真剣な顔で葵を眺めている裕也。葵もあのときと同様、微笑を浮かべながら裕也を眺めている。お互い見つめ合う事数秒、そして

 

「葵、俺はお前を守りたい」

 裕也は葵に向かって語っていった。

 

「俺と葵が最初に会った時は、俺は葵の事は別に意識していなかった。爺ちゃんからお前と剣道の試合頼まれなかったら、俺はお前の事をクラスにいる女子の一人としか思わなかっただろう。でも、あの日、お前と試合をした日から俺はお前の事を意識するようになった。まあ笑っちまうのが、その時は女子に試合に負けたから次は絶対勝つ!な気持ちだったんだけどな。でも、その後剣道だけでなく、お前と会うの楽しくなってきて、気が付いたら俺はお前を目で追うようになっていた。そして、お前が俺を助けてくれた日に、俺はお前に誓った! 葵が助けてくれたように、俺もお前を守るとな!だから!」

 

 

「葵! 俺、お前の事が好きだ! 俺をずっとお前の側で守らせてくれ! これからの人生、ずっと!」

 裕也は、最後までまっすぐ葵を見つめながら言い切った。裕也の告白を受け、葵は―――顔を赤くしながらうつむいていた。

裕也の告白後、会場は爆発したかのような歓声に包まれた。キャーキャー騒ぎながら、観客の皆が裕也を、そして葵に向かって何か言っている。そんな声に、葵はますます顔を赤くしながら俯いていった。

……

……

……

 あれ、なんだ? 何か知らないけど……落ち着かないというか、裕也の台詞を聞いて顔を赤くしている葵の姿が、何故か俺はまともに見たくない。弾の方を見ると、

 

「……まあ、あいつは言ってしまうよなあ」

 裕也を見ながら、弾は頭を掻きながら溜息をついていた。

 気持ちを伝えて満足したのか、何か吹っ切れた顔をしながら裕也がこちらに戻ってくる。裕也は一度視線を俺に向けるが、何も言わず黙って俺の横に立った。

 

「いやあ、大変熱い告白でした! 聞いてるだけの私でもちょっと赤面しちゃうほどの裕也君の告白でしたが、解説のお二人はどうでしたか?」

 

「う、うん。気持ちをはっきり伝えてるから凄く良いと思うわよ」

 

「前置きが長い。後半だけビシッと言え」

 黛先輩の質問に、弾の時とは違い楯無さんは少し歯切れ悪く、千冬姉は明らかな駄目出しをした。え、何で?

 

「え、あれ~~以外にも解説のお二方には今の告白は不評のようですね」

 黛先輩もこの返しは予想外だったのか、少し困っている。

 

「いや告白自体はいいのよ。 新庄君の素直な気持ちを青崎さんにぶつけているのはよくわかるもの!」

 

「まあ誤魔化さずにストレートに言うのは悪くないと言っておく」

 先程の発言のフォローのつもりかしらないが、楯無さんはともかく千冬姉、それフォローになってないから。

 

「え~では気を取り直して、いよいよラストの紹介です! エントリナンバー3番織斑一夏君! お願いします!」

 うわ、とうとう俺の番が来てしまった! 

 黛先輩がステージの隅に移動したのを見て、俺は仕方なく葵に向かって歩いていく。さっきまで顔を赤くしていた葵も、俺を見ると表情を変えた。その葵の表情からは―――俺が何を言うのか楽しみにしているのがありありと見て取れた。なんだ、さっきまでよりかお前かなり余裕だな。……そりゃ俺は裕也と違って愛とか言わないが、お前に何か言わなければならないこっちの身を少しは考えてくれよな。まあ、さっきの会長さんの言いたい事を言えばいい、あのセリフのおかげでいう事は決まってるんだけどさ。

 俺は葵の前に立つ。再び会場にいる観客が一斉に俺と葵を見つめていくのがわかる。……すまん弾、確かにこりゃ何か言うのも勇気いるな。裕也の奴はこんなのものともせず告白しやがったのか、大したもんだ。

 大勢の目から放たれるプレッシャーを感じながら、俺は葵を真っ直ぐ見ながら言った。

 

「葵、俺はお前よりもを強くなる。今はまだお前よりも弱いが……絶対お前に追い付いて、追い越していく! そして日本代表の座、絶対貰っていくからな! 言っとくがISだけじゃないぜ! 剣道も再び俺はお前よりも超えてやる! 最初の勝負と剣道! これだけはやっぱり俺はお前に譲れない! 絶対に俺は、―――お前よりも強い男になる!」

 一気に言い切った俺は、言い終わった後地面に顔を向けた。……前も似たような事言ったと思い出し、少し恥ずかしくなったからだ。でも前と違うといえば、まあ剣道も強くなるって所か。これは最近思ってることなんだよな。7月からまた本格的に剣道の練習しているが、ブランクがあるとはいえ箒や葵に負け続けるのはやはり悔しい。特に葵に負けるのは箒に負けるよりも悔しかったから。

 顔を上げて葵の方を向くと、……何故か葵は可哀想な物を見る目で俺を見ていた。

 

「……可哀想な一夏。一生代表になれないまま終わるのね」

 ……この野郎、俺の告白全否定かおい。

 

「余裕ぶっこくなよ! 近いうちに絶対お前を負かしてやるからな!」

 

「まあ、頑張りなさい。一夏の挑戦、受けて立つから」

 そう言って。葵は不敵に笑った。そして言いたいことを言った俺は元居た場所に向かって歩いていくが、その先で裕也が驚愕した顔で俺を見ていて、弾は……笑いながら親指を立ててグッジョブのポーズをしていた。

 ちなみに観客中がなにやら呆気にとられた顔をしながら俺を見ているが……まあ期待に応えられなくてごめんとだけ言っておく。

 

「え、え~と織斑君の告白が終わりましたが……解説のお二人は今の告白をどう思います?」

 

「……」

 

「……」

 黛先輩に質問されても、楯無さんも千冬姉も何も言わない。呆れているのかと思ったが、良く見たら―――楯無さんも千冬姉も笑みを浮かべながら俺を見ていた。

 

「あ、あのー会長? 織斑先生?」

 反応が無い二人に黛先輩は困っていると、

 

「さすが織斑君ね」

 

「合格だ」

 謎の言葉を楯無さんと千冬姉は満足気な顔をして言った。楯無さんと千冬姉の言葉の意味が良く解らない黛先輩は、

 

「え、ええとまあこれで3人の告白が終了しました! 三者三様の言葉でそれぞれ大変魅力的でしたが、では青崎さん! 貴方の答えをお願いします!」

 もう先へ進めて行くことを選んだ。黛先輩が先程と同様、ステージの隅に引っこんでいく。

 答えと言われ、葵は一瞬―――本当に一瞬だが辛い表情を浮かべた。

 しかし……本当に何なんだろうなこの展開。ほんの2,3年前はこんな事態が起きるなんて予想もしてなかった。当たり前だ、葵は男だったんだから。それが今は葵は女で、……男から告白される立場になっているなんて。当然だが、葵が一番その事に戸惑い、困惑しているんだろうな。

それでも葵は、何かを決心した表情を浮かべると、俺達の下に近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 はっははははははは!

 弾の告白、もしかしたらとか一瞬警戒してたけど、まさか俺にメイド着て接客しろとか! いやあの場でそんな事思いつく弾凄いよお前! 尊敬しちゃうぜ! 弾の野郎、やっぱりあいつは――――本当に良い奴(・・・・・・)だ。

 一夏の告白は―――ああ、駄目だ。これはもう笑ってしまうな、うん! 考えるのは止めよう! 忘れよう! だってそうしないと、ああもう! 顔がにやけてしまう! くそ、もうあいつは何でこう―――人の急所つくかなあ……

 とにかく、弾と一夏の告白は愛の告白じゃなかった。

 正直言って、……すごくホッとした。まさかとか、もしかしたらとか思ってたが、弾は空気を読んで、一夏は天然でなんとかなったんだろうけど。

 裕也は……まあ、覚悟はしていた。でも、俺は―――裕也に応える事は出来ない。

裕也がどんなに思ってようと、俺は、裕也を、恋人にすることは無い。

 

 おそらく、会長はわかってたんだろう。俺が裕也を好きじゃ無い事を。こういった本音をばらす大会でも弾と一夏は俺に愛の告白とかするわけないとか。

 全員が見ている中で、あの雑誌で出てた私の疑惑を、まとめて払拭する機会を与えてくれたのは、そういう事なんだろう。

 そして一夏と弾に、二人ともはっきりと私を親友と友達としか見てないと言える機会を与えてくれたんだと。

 そして会長は、こういった公式の場で、『今はIS国家代表になる事で頭が一杯で、恋愛とか考えるのは無理です』という言い訳をどうどうと言えるようにしてくれた。これで一夏も弾も、はっきり言ったうえで俺がこう言えば恋愛絡みはなくせるんだろう

 裕也がちょっと可哀想だけど、多分会長は裕也を可哀想だとは思って無いなあ。味方とか言ってたけど、実際は一番の敵だったんだし。理由は……会長は、多分、いやあっているかな。

 でも、裕也は、この皆が見ている中、本気で俺に告白してきた。裕也の気持ちは、1年前からわかってはいた。 一夏じゃないんだ、これは気付いていた。でも俺は、そんな裕也の気持ちを無視して、友達として接してきた。気付いてるのがバレたら……友達としての関係も終わってしまうと思ったから。

 でも、あの雑誌のせいで裕也は露骨に俺に好意を、感情を見せるようになった。裕也は今日この告白まで俺が裕也の気持ちに気付いてないとか思ってるんだろうけど、いやそんなわけないから。気付くなってのが無理だっつーの。

 まあ、しかしはっきりと裕也は俺に告白をしてしまった。裕也は俺を―――

 

 

 女の私(・・・)を好きだと言った。

 

 

 裕也は最初から最後まで、一夏や弾と違い、女の私(・・・)を好きで告白している。

 そんな裕也に、私は何て言う? 今はISに専念したいから恋とか考えられないとか言って振る? ありえないわね。そんな今後の希望を与えるような曖昧な返事で振るとか。裕也がどういう人間かは私は良く知っている。そんな振り方しても、裕也は―――私を待つというんでしょうね。

 だったら、はっきり、私も女らしく裕也に気持ちを伝えよう。

 

 私は裕也に向かって真っすぐ歩いていく。その行動に観客中が、黛先輩が期待を込めた視線で私を見ているけど、ごめん、皆の期待とは違う事をします。会長が目を剥いて私を見ているけど、すみません会長。好意は嬉しいのですが、―――裕也だけは、本音で言わせて下さい。

 

「裕也」

 私は裕也の前に立ち、緊張している裕也の前で、

 

「ごめんなさい、裕也。私は、貴方の気持ちには応えられない」

 裕也が告白してきた時と同様、深く頭を下げながら裕也の告白を断った。

 

「………」

 私が気持ちを伝えた後、裕也しばらく無言だった。両隣いる弾と一夏が対して驚いてない。二人とも、なんとなく私がこう言うのはわかってたんでしょうね。顔を上げてしばらく裕也を見つめると、

 

「そうか」

 裕也は乾いた笑みを浮かべると、大きく溜息をつき、

 

「やっぱり駄目か~~~~」

 片手を顔に付けて天を仰いだ。一瞬光る物が裕也の顔に見えたけど、見なかった事にした。そして10秒程か、上を向いていた裕也が顔から手を放し私を見据えると、

 

「ありがとう葵。はっきり言ってくれて。 これですっきりした」

 言葉通り、裕也は吹っ切れた顔を私に見せてくれた。

 

「裕也、理由は聞かないの?」

 私の質問に、

 

「ん? 聞いてそれを改善したら惚れてくれるのか?」

 裕也は興味無い顔で、私の質問に返した。

 

「……いえ、それはないけど」

 

「だろ? だから聞くだけ無駄だ」

 う~ん、あれ? 私の予想じゃ裕也、もう少し食い下がるとか思ってたけど、そうでもないわね?

 

「ただし一つ、葵、お前に言いたい」

 私の疑問をよそに、裕也は私に近づくと、耳元にこう囁いた。

 

 「葵、ありがとう。お前を好きになれてよかった」

 

 そう言うと、裕也は笑うと私から離れて行った。……不意打ちはちょっと反則なんですけど。

 

 

「あ、青崎さん。新庄君を個別で振っちゃいましたけど、残り二人はどうなるの?」

 ちょっと動揺していたら、横から黛先輩が申し訳なさそうに私に聞いてきた。あ、そういえばこの告白大会は最後は私の気持ちを応えるんだったっけ。

 じゃあ、最後にこの大会に終止符を打ちますか。でもそれは、会長が用意してくれたシナリオとは違う結末で。

 裕也が私に告白しちゃったんだ。

 

 私も、もう後の事は考えないで、この場でもう言っちゃおうかなあ。

 

 それが私の立場を悪くするとしても、私は無論相手も迷惑だとわかっていても、いや、あいつなら、多分じゃなくきっと一緒にいれば大丈夫かな。

 本当はもっと後で言おうと思ってたけど、言うなら今かな。

 

 そう思いながら、私は―――――弾の前に立った。

 

 言うべき台詞は

 

 

 

 

      私と、付き合ってください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    おまけ

 

 一夏、裕也、弾が会長に告白大会出場を命じられた時、

 

「ちょっと待ってください会長! そこの新庄さんだけならともかく、一夏さんも巻き込むのは許容できませんわ!」

 

「そうだ会長! 告白しているのは新庄だけなのだから新庄だけ連行すればいいだけの話じゃないか!」

 

「というか五反田君だっけ? 何で彼まで?」

 

「一夏の私の嫁だ! 私の嫁を勝手に連れていくことは許さん!」

 当然の如く、セシリア、箒、シャル、ラウラの四人は反対した。例え本気じゃないのはわかっているにしても、一夏が他の女に告白するとかのイベントは四人は耐えられないからだ。

 

「ふ、君達が反対するのはわかってたよ! お願いします先生方!」

 

「了解!」

 楯無が叫ぶと、セシリア達の前に3人の生徒が立ち塞がった。 立ち塞がった三人を見て、セシリア達は驚愕した。

 

「え、貴方はダリル・ケイシー先輩!?」

 

「貴様はフォルテ・サファイアか?」

 

「確かお前は会長の妹の更識簪だったな! 何でお前達三人が私達の邪魔をする!」

 学園が誇る一夏達以外の専用機持ちが、箒達の前に立ち塞がった。

 

「いや今後食堂タダ食べ放題と聞いて」

 

「右に同じく」

 

「……私はケモノ戦隊ケモンジャーの限定DVD貰えると聞いて。ですよねお姉ちゃん」

 

「……うん、簪ちゃん。そこの4人暴走させなかったらあげるね」

 

「りょーかい」

 そう言って、姉に向かって親指を立てる簪。

 

「そういうわけで、DVDの為に貴方達をここで止める」

 

「そんな理由で!?」

 

「舐められたものだな! こっちは4人いるのに3人しかいないではないか!」

 

「余裕」

 

「大した自信だね! でも」

 

「言っておくけど、次暴れて校舎壊したら皆強制帰国らしいよ。篠ノ之さんは束博士の下に送還されるって」

 

 簪のこの一言で、4人全員の動きは止まった。

 

「その覚悟持って暴走するなら……相手にするよ?」

 

 その後、四人は暴走することなく、他のクラスメイト達と一緒におとなしく会場で事の成り行きを見守る事となった。

 




次辺りで学園祭終了します。


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学園祭 葵の返事

 三ヶ月。

 私があの日一夏の前から姿を消して、IS学園で再び会った日からおおよそ三ヶ月過ぎた。

 IS学園に来てからは一夏と再び馬鹿やったり、箒や鈴とは性別変わってからは前よりも仲良くなったり、セシリアやシャルロットにラウラとは友達になったりと充実した三ヶ月だった。その間死にかけたりもしたけど、思えばまだIS学園に来てからたった三ヶ月しか過ぎて無い事にちょっと驚いた。

 そして同じように、弾とも再会して三ヶ月経ち―――まさか私は弾にこう告げる日がくるとはね。

 

   私と、付き合って下さい

 

 

 弾と二年ぶりに再会した日、あの時から私は思っていた。もし、私に恋人が出来るとしたら弾が良いなって。

 その日から私は、それとなく弾にアプローチを掛けてきた。一夏には決してしないちょっとした誘惑。抱き着いたり、思わせぶりな態度を取ったりして、弾には私はもう女の子だという印象を強くさせていく。

 これまでの弾の反応を見る限り、弾から私に対する好意は見受けられた。だから私の方から告白すれば、きっと弾は私を選んでくれる。

 

 そうなったら、きっと私が望む未来にいきつくはず。

 

 それが、きっと私にとって一番良い結末を迎えられるんだ。

 

 

 

 

 様々な思いを胸に抱きながら、私は弾の前に立った。戸惑っている弾を見つめながら、私も緊張で胸が潰れそうになるけど、勇気を振り絞り弾を正面から見据えると、

 

 弾、私と付き合って下さい

 

 私は告白した。

 

 顔が赤くなっているのを自覚しながらも、私は弾から視線を外さない。顔を伏せたい衝動に駆られるけど、まだ弾から答えを聞いてないから出来ない。

 私の告白を受けた弾は何か呆けた顔をしながら私を見ている。まあ当然よね、さっきまで弾は無理やり私に告白しろとかされてたのに、私から告白されたんだから。

そんな事を私が思っていたら、

 

「………すまん葵、口パクで言われても何言ったのかわからん?」

 ……私にとって意味不明な事を言った。

 

 ……何、人の一大決心な告白を聞いてないふりするつもり?

 わかったわよ、貴方がそう言うんなら、私はもう一回言ってあげるわよ!

 私は再び弾を見つめて言った。

 

 だから、私と付き合って下さい!

 

 どう? 今度こそ、ちゃんと言ったわよ。

 しかし、弾の反応は、

 

「???」

 先程同様、何か困った顔をしながら私を見つめるだけだった。

 

 え、どういう事? 私、ちゃんと弾に付き合って下さいって言ってるわよね? あ、でもそういえば、さっきから観客も静かね? さっきまで私達が告白したら大きなリアクションしてたのに? そう思って周りを見渡したら、皆戸惑った顔をして私達を、いや私を見ている事に気付いた。小さくささやく声から「青崎さん、何て言ってるの?」「聞こえないよね?」といったのが聞こえてきて、そこで私は

 

 

 さっきまでの告白が、私の口から声に出て無かった事に気付いた。

 

 

 

 え、な、なんで? 緊張のあまり失語症にでもなったの? で、でもそんな事ってあるの?弾にこれを言うのは遅かれ早かれ決まっていた事なのに?

 

 混乱した私は、周囲に視線を彷徨わせる。観客席では箒達がいて、箒達も皆困惑した表情で私を見つめている。そして視線を変えたら、今度は会長と千冬さんが私を見つめているのに気付いた。そして二人とも―――酷く悲しげな顔をしながら私を見つめていた。

 何でそんな顔で私を見つめるんですか? まさか私が弾に告白しようとしたから? でもそれは私が一番―――

 

「葵」

 不意に名前を呼ばれ、私は弾かれたように呼ばれた方へ顔を向ける。誰かとかは考えるまでもなかった。だってそれは、他の誰よりも、私が聞いてきた声なのだから。

 

「……はは」

 顔を向いた先には一夏が立っていた。

 

 あれ、不思議だなあ。さっきまで混乱してたのに、一夏の声聞いただけで落ち着いてるのがわかる。それにさっきまで声出なかったのに、苦笑とはいえ声が私の口から洩れた。

名前を呼んだのに、一夏は私を見つめるだけで何も言わない。しかし、私をみつめる一夏からは、ある言葉が私に訴えているのを感じる。

 

「葵」

 今度は一夏の隣、さっき私に告白した裕也が―――、一夏と同様の表情を浮かべて私を見つめていた。

 そして、そこでようやく、私は何故さっき声が出なかった理由に気付くことが出来た。

 

一夏、弾、裕也。この三人と私の違い。それは、

 

 

 ――――――伝える言葉が心からの本心かそうでないかということ。

 

 

 

 三人は本当のありのままの気持ちを、私に言った。でも私は……、

 

 弾と付き合えたら良いなというのは本心。

 

 でも、本当に一番好きかとなると……

 

 駄、駄目! それは……考えないようにしてきたのだから!

 

 でも、それが……弾に告白しようとしても私が声が出なかった理由なんでしょうね。

 三人は本音をぶつけたのに、私は……ほんの少しの偽りを皆に言おうとした。そしてそれを……心は騙そうとしても、私の体は許してくれなかった。

 

 あ、ヤバいちょっと目頭が熱くなってきた。泣きそうなの私? で、でもここで泣くとかありえない! 弾に向かって歩いて泣き出すとか弾が私を泣かしたみたいになっちゃうじゃない! でも、あヤバい本気で泣き

 

「あ~あのな葵」

 再び混乱した私に、弾が頭を掻きながら私に言っていく。

 

「いやさっきから口パクしたり深刻な顔で悩んだりしてるのかわからんけどな、裕也と同様俺を振りたいならさくっと断っていいいぞ」

 

「え?」

 

「いや『え?』じゃなくてよ、それで悩んでるんだろ? 律儀な性格をしているお前だから、一人一人返事を返してるんだろうが、俺の時にそんなに返事に困るなよな。そんなに俺の家でメイド姿でウエイトレスで働くのが嫌なのか? 嫌ならきっぱり言えよ」

 混乱する私に、弾は苦笑を浮かべながら―――優しい声と目をしながら私に言った。それを見た私は、思わず笑い出しそうになった。

 

 私が思った通りだ。弾は本当に――――良い人だ。

 

 

「うん、ごめんね! 恋人とかは―――やっぱり考えられない。お世話になっている五反田食堂には何か恩返ししたいとは思うけど、さすがにメイドで接客はちょっとした葛藤が」

 せっかくの弾が用意してくれたこの場を切り抜ける策! 乗らないわけにはいかない。そして今度こそ、私は―――弾に本心を告げる事ができた。ああ、やっぱり本当は私……弾は違うんだとわかった。だって……胸につかえていた何かが取れたような何か晴れ晴れとした気持ちに今なっちゃったんだもの。

 

 

「え、え~っと。青崎さん、新庄君に五反田君を振ったわけですけど、では最後に残った織斑君は?」

 何か恐る恐ると言った感じで、黛先輩が私に近づいてきた。あ、そういえば黛先輩いたんだった。周りを見渡したら、さっきの私と弾とのやり取りは多少不自然だったかもしれないけど、どうにか納得してもらえたようで最後に残った一夏の返事に注目している。

 私は一夏の前に立ち、

 

 

「一夏、私達ずっと親友だよね」

 

 考えるよりも先に私の口から言葉が出た。

 

 ………あれ? 

 

「おう! 当然だろ!」

 一瞬おかしいなあと思ったけど、笑顔で一夏が私に向かって頷いているから……まあいいか。

 

「あ~なんと! 織斑君までお断りされちゃいましたあ! 結局三人とも玉砕という形になってしまいましたあ!」

 全ての返事が終わり、黛先輩がマイク片手にエキサイティングしている。観客からは「う~ん、全員駄目かあ」「織斑君可哀想…」「いや新庄君を振ってくれたのは嬉しいわ!私にもチャンスが!」「織斑君にもまだチャンス残っているのね!」「あの赤毛の子お姉さんが慰めてあげようかしら」等の声も聞こえてくる。どうやら観客も一応満足しているようだ。

箒達を見たら、全員……どこかホッとしている顔をしているのが見えた。一夏がどう返事するかが一番気になってたけど、私が親友でいようと言った後、笑顔で返事したからでしょうね。……いやここで変な返事を一夏がしなくてよかった。もし何か紛らわしい事言ったら、ここが廃墟になったかもしれないし。

 会長と千冬さんはどう思っているのか気になって、視線を変えようとしてたその瞬間、

 

 

 私の視界は白一色に覆われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葵が三人に返事をし、告白大会が終了し皆が気を緩めた瞬間の事だった。それは会場の誰もが、千冬すら気付く事すら出来ない一瞬の出来事だった。誰にも気づかれる事無く会場何かが投げ込まれ、ステージは一瞬にして白煙覆われた。楯無や千冬がステージに上り楯無はISミステリアス・レイディを展開。ナノマシンの水蒸気を使い白煙を強制的に吹き払う。

しかし白煙が無くなった後のステージに残っているのは、黛ただ一人。葵、一夏、弾、裕也の姿は無かった。

 

 

そしてそれを確認した楯無は、小さく微笑んでいた。

 




 大変遅くなった上に、短くて申し訳ありません。
わりと修羅場な出来事を迎え、なかなか執筆する余裕無かったので気力がある今先を進めてみました。
今回の話にある通り、弾ルートは完全消滅します。期待されてた方々は申し訳ございません


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学園祭 心の整理

「はい、もう顔を上げても大丈夫ですよ」

 

「……そうですか」

 車を運転しているお姉さん―――今日学園の入り口でチケットの確認作業を行っていた虚さんに言われ、俺は伏せていた体を起こした。外の風景を見ると後方にIS学園の姿が見える。

 

「今日は大変でしたね」

 運転をしながら、虚さんは俺にそう笑いかけてくる。ええ、本当に大変でしたよ。IS学園に遊びにいっただけなのに、何故か修羅場に巻き込まれたり大勢の人の前で葵に告白みたいな事されたし……葵がアホな事しでかしそうになったし。だが、それよりもだ。

 

「あ、あの~確か虚さん、ですよね。今日校門前にいました」

 

「ええ、そうですけど……自己紹介しましたか私?」

 

「ああ、いや葵が言っていたのを聞いていて」

 

「ああ、あの時ですね。そういえば自己紹介がまだでしたね。私は布仏虚です。先ほどの通り虚と呼んで構いません。以後お見知りおきを」

 

「俺は五反田弾といいます。では虚さん、聞きたい事があるんですけど」

 

「ええ、たくさん疑問があると思いますので私が答えられる範囲内でしたらどうぞ」

 虚さんから許可を貰い、俺はさっきから気になっている事を聞く事にした。

 

「では虚さん、……俺と同じ学生ですよね。車運転してますけど免許持ってるんですか?」

 聞いた瞬間、車が一瞬大きく揺れた。え、まさか!

 

「……五反田君、君が一番疑問に思うのはそんな事なの?」

 無免許運転を心配した俺だが、何か疲れた声と半眼で虚さんが俺を睨んでくる。いや、前見て運転してください。 

 

「いや気になるじゃないですか。この車どこまで向かうか知りませんけどこのまま行くと公道にでますよね? そこで無免許で虚さんが捕まるのは……」

 

「余計なお世話です。私は貴方より二つ年上の3年生です。誕生日は7月で夏休み中に免許取りました」

 おお、虚さんは3年生だったのか! うん、いいね年上の先輩って!

 

「では真面目に聞きますけど、まず今何処に向かっているんですか?」

 

「さしあたって君の家に向かっているわ。希望があるならそこに向かうけど?」

 

「いえ家で結構です。しかし何で俺こっそり学園から家に帰されているんです?」

 

「理由? 聡い貴方なら気付いていると思うけど? 会長なりのアフターフォローってやつです」

 別に俺は聡くないですけどね。まああの場にいたら色々と面倒なのは確かだし。あんな告白大会に強制出場された後に、一夏や葵、鈴と何事も無く学園祭を楽しむとか無理だもんな。そしてあの会場にいた野次馬の方々に質問攻めやら色眼鏡で見られるし、それになにより―――。

 

「まあ、一夏はともかく葵には今は会いづらいから強制的に別れるのは助かりますね」

 あの時の葵、あいつは俺に……、いやもう終わった事だ。これについては、もう考える必要は無い。

 だから俺は、違う事を聞く事にした。それはさっきからずっと気になっていた事。

 

「なあ虚さん、……貴方は何者ですか?」

 前で車を運転する虚さんに、俺は少し不審を込めた目で尋ねた。

 

「あの時ステージにいた俺は、急に煙幕に覆われました。その直後、俺は貴方に体を持ち上げられて、人目の付かないようにIS学園の地下駐車場まで連れて行かされました。俺を持ち上げても平然と人目のつかないように素早く移動した貴方は、何者なんですか?」

 見かけはどう見ても荒事には向いてない文系なお姉さんなのに、俺を担いで高速移動するような人がただの人なわけじゃない。

 

「私ですか? 会長の家に代々仕えている使用人です。そうですね、現代風に言えばメイドと言った所でしょうか? メイドなら先程の事など出来て当然ですよ?」

 

「いやいやいや! どこの世界にそんなメイドがいるんですか! まだ忍者とか言われた方が納得しますよ!」

 

「まあ細かい事は気になさらずに。それに私はまだ会長の家にいる執事に比べたら未熟者です。会長の家にいる執事は例え何処にいようとも呼び鈴を鳴らすだけで数秒後には窓を破って主の下に登場しますし、幼い頃会長が好奇心で家の屋根に上って降りられなくなった時には壁歩きをして会長を救出したりしていますので」

 細かくないし! そして何かその執事さんとやらがかなり興味引かれるんですけど!

 ……しかし、何か深く追求してはいけない気がする。

 

「……わかりました。まあそう言う事にしておきます」

 

「ええ、それが賢明です。……私も貴方に質問があるのだけどいいかしら?」

 

「俺に? 何です?」

 

「どうして青崎さんを振ったんですか?」

 

「……」

 

「失礼ながら、今回告白大会をやるにあたって貴方と新庄君を調べさせてもらいました。あんな馬鹿なノリでも暴走せず、我々の思惑通り動いてくれる人物なのか心配でしたので。調べた結果、問題無いと思いまして会長には報告しましたが……五反田君、貴方は青崎さんの事好きでしたね?」

 

「どうしてそう思うんです?」

 

「女の勘、というやつです」

 そりゃまた大した根拠だ事で。……当たってますがね。

 

「まあ、多少は思ってはいましたよ」

 

「多少は、ですか。しかしそれなら何故、青崎さんが貴方に向かって語っていた時、五反田君は青崎さんに自分を振るように誘導したのですか? 貴方なら上手くフォローして青崎さんから言葉を引き出せたはずですよ? 『私と付き合って下さい』という言葉を」

 ……この人も、葵が口パクで言っていた内容を理解出来てたのか。口の動きから何を言っているかなんて、お見通しってわけか。

 

「そうですね、確かにあの時の葵は俺に好きですって言おうとしていたのはわかりますし、上手くフォローしてやればそれも出来ました。それで俺は堂々と葵と付き合う事も出来ましたよ」

 そうしたい欲求が無かったわけじゃない。あの時、俺も内心ではすごく葛藤しそうしようかと思いかけた。でも……やっぱりそれは出来なかった。

 

「では何故そうしなかったんです?」

 何故かって? それは決まっているじゃないですか。

 

「あいつの都合の良い男って扱いは、俺は嫌なんですよ」

 俺は葵の事好きだが……そんな理由で俺は葵と結ばれるのはやっぱり嫌だ。

 

「……都合の良い男?」

 

「ええ、そういう事です。葵はあんな場で俺に逆告白しようとしたんだから俺と恋仲になろうと本気で思ってたんでしょうけど……その根底がただ俺が純粋に好きだからじゃないってのがわかるから、やんわりと断ったんです」

 葵の奴、焦り過ぎたんだよなあ。もう少し余裕を持って……時間かけていけばあいつの中にある俺に対する気持ちを本物にできたんだけど、もう無理だな。あいつ自身が……俺に対する気持ちに終止符打ってしまったんだから。

 

「葵の奴は自分を取り巻く環境を考えたら、俺と付きあうのが皆幸せなんだろと思ったんですよ。全くの見当外れの考えなのに、葵はそう信じて行動していた。それに乗っかれば俺は葵みたいな美少女と付き合えて青春謳歌!ってのも出来たんでしょうけど……それはいずれ破綻するの見えてますからね」

 

「……それは、青崎さんがこれから有名人になるから一般人の自分とは付き合いにくいとか、そういう意味なのですか?」

 

「いや、それは関係ありませんね。そんなの抜きで、いずれ俺の方から葵と別れようと思いますよ。さっきも言った通り、葵はある思惑があって、消去法で俺を選んでいるんですから」

 

「……どうして消去法でそうなるのでしょうか? そもそも五反田君と付き合わなければいけない理由とは?」

 

「……それは俺の口からはあまり言いたくないですね。さっきも言いましたが、都合の良い男もプライドってものがありましてね」

 

「……わかりました、聞かない事にします。しかし今の話で気になりますのは、五反田君は違うのなら誰が青崎さんは本当に好きな人なのか? そもそもそんな人が青崎さんにいるのかどうか」

 

「さあ? それは本人に聞いてみないとわからないですね。そもそもあいつが本気で惚れる相手って、男なのか女なのかも正直わかりませんから。あいつもまだ女の子歴二年半で、男の子歴は十三年なんですよ。まだ潜在的に女の方を意識してるかもしれませんし」

 まあそう言っても……多分もうあいつの中身は女の部分が多いだろうけどな。最近の行動見たらもう女として意識して振舞っているのがよくわかる。中学の時とはもう雰囲気が変わっているし、裕也に告白された時は、反応とか照れ方が完全に男のあれじゃないからな。

 

「私としては青崎さんが女性をそういう対象にしている様子は見られなかったですね。では最後に聞きたいのですが、どうして青崎さんと付き合った場合、五反田君の方から別れることになるのでしょうか? 私としては最初のきっかけはともかく、時間をかければ良いカップルになるのではと思うのですが?」

 

「逆ですよ」

 

「え?」

 

「逆です。時間を掛けたら掛けた分、俺は葵から離れて行きますよ。別れるようになる理由ですが、それは――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、ここなら誰も来ないし、少々騒いでも問題無い」

 慎吾さんはそう呟いた後、両肩に担いでいた俺と裕也を床に放り投げた。板張りの床が迫って来て、俺は慌てて受け身を取りながら着地。床に寝そべりながら横を向くと、裕也も同じような姿勢で横になっていた。

 

「ちょっと慎吾さん、痛いじゃないか!」

 

「煩い。こっちは二人抱えて此処まで走ってきたんだぞ。それに男を優しくエスコートしたくもないよ」

 喚く裕也に、面倒くさそうな顔をしながら聞き流す慎吾さん。俺は起き上がって辺りを見渡すと、ここがIS学園内にある剣道場だと気付いた。今日は学園祭の為、確か閉め切っているはずなのにどうして入れたんだ?

 

「あの~確か慎吾さんでしたか? 何で俺達を此処に連れてきたんですか?」

 あの告白大会が終わった後、急に煙幕に覆われたと思ったらいきなり体を持ち上げられて裕也共々慎吾さんにここまで連れて行かされたけど、何でこんな所に?

 

「ん? ああ君とちょっと話がしたくてね。あんな事があった後じゃゆっくり話もできないからね。失恋した裕也も織斑とは話がしたいだろう?ここの生徒が白煙丸投げたのを見て便乗させてもらったのさ」

 

「話がしたくてこんな所に。しかし俺と裕也と抱えてここまで来たのに平然としているなんて……」

 

「この人は特別だ。これ位軽くやってのける」

 俺が呆然と呟くと、裕也が頭を掻きながら慎吾さんを睨む。

 

「ああそういえば俺は君の事を良く知っているが、君は俺の事を知らなかったね。俺は葵が出雲技研にいた時、葵に射撃から格闘までの軍事訓練を施した教官で名は小鳥遊慎吾だ」

 

「軍事訓練ってことは、小鳥遊さんは自衛隊の人ですね」

 

「正解。代表候補生の葵に、国防を担う役割が来るかもしれんからな。徹底的に俺がしごいてやった。いやああいつは吸収が早いから教えがいがあったよ。教えた分成長するからこっちもやりがいあった」

 まるで娘を自慢するかのような誇らしい顔で葵を慎吾、いや小鳥遊さんは褒めていく。……何故か知らないが、この人は結婚して子供が生まれたら物凄い親バカになっている未来が見えた。

 

「しかし見た感じ二十代ですよね? それで葵みたいな代表候補生の指導を任せられるとか、小鳥遊さんってかなりのエリートですか?」

 見た目は細身でとても軍人には見えないのに俺と裕也二人を担いでも苦も無く動き回っていたし。レンジャーの方なんだろうか?

 

「さあ、どうだろうね」

 俺の質問に、小鳥遊さんは笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。

 

「俺も詳しい事は知らないけど、慎吾さんは何かの特殊部隊所属らしいぜ。その中でも特に優秀だとか。北海道で行われた演習で慎吾さんを含む十人が大隊クラスの陸上自衛隊を無力化したとか聞いた。ガイアの再来とまで言われてるらしい」

 ……なんだよガイアって。

 

「もう俺の事はもういいだろう。俺と裕也は織斑君、君と話がしたいんだ」

 

「話って……何を話したいんです?」

 まあ100%葵絡みの事だろうけど。俺とこの二人の接点って葵しかないし。

 

「そうだなあ……まあ俺よりも先に裕也、お前が先にしろ」

 

「え、俺がです?」

 

「ああ、お前が織斑君に聞きたい事を一番言いやすい場所にわざわざ連れてきたんだ。さっさと語りあっちまえ」

 小鳥遊さんはそう言うと、俺達から離れ壁に寄り掛かった。話を振られた裕也は俺を数秒見つめるが、その後壁の方に視線を逸らした。裕也の視線の先には俺達剣道部員が使っている竹刀が掛けられている。

 しかし……今更俺に裕也は何か話があるのか? 言いたい事は教室のあのステージの上で全部言っちまったし、葵から振られた今もうこいつが俺に話したい事なんて何もないだろうに?

 そんな事思っていたら、裕也は壁に近づき、その中の一つ―――俺の竹刀を取った。何か睨みながら俺の眺めているが、何をやっているんだあいつ? そんな事思っていたら、

 

「織斑。予備の竹刀持っているか?」

 俺の竹刀を片手に尋ねてきた。

 

「予備? ……そりゃあるけど、それがどうかしたか?」

 

「俺に貸せ。織斑―――お前に試合を申し込みたい」

 俺を睨みながら言う裕也。……はあ? なんだそりゃ

 

「お、わかっているじゃないか裕也。まあ下手に言い合うより、男なら剣で語った方が早いしな」

 困惑する俺に、小鳥遊さんは面白そうな顔をしながら賛成している。

 でも、まあ確かにこれはこれでいいか。俺は裕也に話したい事無いし、それに……何か無性に俺は体を動かしたくなっていた。

 

「わかった、じゃあちょっと待ってくれ。男子部室から予備の竹刀持ってくるのと、ちょっと着替えさせてくれ。この恰好じゃあまり動けない」

 そう言って、俺は今自分が着ているタキシードを見下ろす。さすがにこの恰好のままじゃ動きづらい。

 

「わかった。なるべく早く来いよ」

 

「すぐ戻る」

 そう言って、俺は男子更衣室という俺専用の部室で置いたままにしていた剣道着に着替えると、予備の竹刀を持って再び道場に戻った。

 

「ッ!」

 

「へえ」

 何故か俺の剣道着姿を見ると裕也は一瞬驚いた顔をし、小鳥遊さんはニヤついた。おかしいな、別の変な所ないはずだが?

 裕也に竹刀を投げると、裕也はそれを受け取り何回か素振りをして感触を確かめていく俺と裕也は身長そこまで変わらないから多分問題無いはずだ。裕也もそう思ったようで納得した顔をしたら開始線まで歩いていった。

 

「おい、防具はいいのか?」

 

「いらん。いるならお前は付けて良いぞ。どうせお前の一撃を貰う前に勝つからな」

 裕也の言葉にカチンときた俺は、

 

「ああ、そうかい! 怪我しても知らないからな!」

 裕也と同様、防具を付けないで俺は裕也とは反対の開始線に立った。

 

「よし、俺が立会人をやってやる」

 そう言って、小鳥遊さんが俺達に近づいてきた。

 

「二人とも防具付けてないから、そうだな。昔の果たし合いみたいな感じにして先に有効打を浴びせたら勝ちにしよう。一応怪我しないよう、出来れば寸止めするように。これでいいか?」

 

「はい」

 

「問題無いです」

 

「よし、それでは……始め!」

 小鳥遊さんの開始の合図を聞き、俺と裕也の試合は始まった。

 

 

 

 

 

 試合開始五分後、

 

「ハアッハアッ!」

 

「……」

 成り行きで始まった裕也との試合だが……俺は既に大きく息を乱している。しかし俺とは対照的に、裕也は息一つ切らしていない。余裕を持った態度で俺を睨み付けている。開始から今まで、俺は裕也に襲い掛かるも、裕也は余裕を持って俺の攻撃を避けて行った。そして攻撃に回ると、俺は裕也の攻撃を死に物狂いで防いでいった。正直裕也が途中で攻撃を止めてその瞬間大きく後ろに後退しなければ、やられていただろう。

 そういえば黛先輩が去年こいつ全国大会出場したとか言ってたな。しかし、まさかここまで強いとはな……。

 

一旦距離を取り、大きく息を吸い込みながら呼吸を整える。何故か裕也は追撃をしてこないから、今のうちに体勢を立て直さないといけない。しかし……あいつ相手にどうやって勝てばいいんだ? 攻撃は全ていなされる。攻勢に回られたらこちらが反撃する機会を与えられない。

 今まで全国一位となった箒が俺が戦った中で一番強かったが……こいつはその箒以上に強い!

 

「この程度かよ……」

 絶望する俺だが、ぽつりと呟いた裕也は明らかに俺を―――失望した目で見ていた。

 

「お前……この程度で葵に剣道でも勝つと言ったのかよ」

 失望した目と声を出しながら、裕也は俺の頭上目掛けて竹刀を振り下ろす。その一撃を、俺はなんとか防いだ。

 

「お前……初めて会った時の葵位の力しかないな」

 一撃を防いだが……裕也は上からさらに押し込んでいく。その力は強く、俺の腕は次第に下がっていった。

 

「高校レベルならそれでもそこそこの腕だけどよ、あいつと比べたら雲泥の差だ。俺も半年前を最後に今の葵の実力は知らないが、それでもお前の何倍も上なのはわかる」

 

「クッ!」

 一気に力を込めて裕也の竹刀を押し上げると、また俺は大きく後ろに下がった。裕也はまたも追撃せず、その場に立ったままだ。

 

「あいつは言ってたんだよ、『私より一夏は剣道強かった』ってな。さぞお前と再会して失望しただろうな、お前の弱さに」

 裕也の言葉が、俺の胸に突き刺さる。……それは、俺も感じていた。久しぶりに試合をしてストレート負けした後、面を取ったあいつの浮かべていた顔は……。

 

「葵は出雲で地獄のような環境の中、桜達からリンチのようなIS訓練を行われようとも決して逃げず、絶対に強くなるって気持ちを持って毎日訓練に明け暮れていた。慎吾さんからどんな訓練しているのか聞いた時は、俺はひっくり返るかと思ったぞ。それだけの無茶をしながらあいつは強くなろうとしていた。で、織斑。お前はどうなんだ? 葵に勝って代表になるとか言ってたが、そんな訓練をお前はしていたのか?」

 

「……」

 裕也の質問に、俺は答える事が出来ない。ああ、確かに……臨海学校前の俺は葵みたいな訓練をしてなかったし、強くなろうという意志すらあまりなかったよ。

 

「してないよなあ。少なくともお前が入学してそんな様子を見たなんて話聞いてないから。そんなお前が……葵に勝つだと! ISだけでなく、剣道でも! そんな腕でか! ふざけるな!」

 裕也はそう叫ぶと、また一気に俺との距離を詰め面、籠手、突きと俺に猛攻を浴びせていく。しかし先程までとは違い感情的になっている裕也の攻撃は鋭さに欠け、俺でも防いでいくことは出来た。しかし相変わらず、反撃の糸口は見えない。

 

「もう俺は葵にとってただの友達だ! でも大切な友達が目指す目標に、お前みたいないい加減な奴がライバル視しているとか我慢ならねえ! 弱いお前は葵のライバルなんて資格は無い! 引っこんでいろ! あいつにとって剣道のライバルは俺一人で充分だ!」

 裕也はそう叫ぶと、一瞬鍔迫り合いをした後俺を後方に吹き飛ばした。背中から床に叩きつけられ激痛が走るがすぐに立ち上がる。

 立ち上がる俺を忌々しそうに見る裕也だが……やべえな、ちょっと抑えきれなくなってきた。

 

 なんだろうな、この感情は。

 

 目の前の裕也が―――本当に気に入らない!

 

「黙れ」

 

「ああ?」

 

「聞こえなかったのか? さっきから煩い。 葵のライバルとして俺を認めない? はあ、何でお前なんかにそんな事言われなきゃなんねえんだよ!」

 くそ、なんだこれ! 裕也に対してのムカつきが抑えきれねえ! ああ、当然か! こいつさっき何て言った? 俺が葵のライバルとして認めない? お前の方がふさわしい? はあ! 冗談じゃない!

 

「そうだろうが。お前弱いんだから。弱い奴が強い奴のライバルとかおかしいだろ」

 

「煩い黙れ! これは……これだけは俺は譲れないな! 葵にとってライバルと呼ばれるのは俺だけだ!」

 初めて会った時から、まだ続いている勝負。負け続けているのはわかっているが、まだ続いているんだ! 

 

「俺は葵よりも強くなって、証明するんだよ! 例え今負けてようが、最後に勝つのは俺だ!」

 

「弱い奴程吠えるとはよく言ったもんだな! そんな腕でまだほざくかよ ならせめて俺を納得すだけの強さを今見せてみろよ!」

 

「上等だ!」

 全身が疲労し、肩を大きく揺らしながら息を吐いていく。実力差は歴然。まともに戦っても返り討ちだ。気力が萎えそうになる。

 でも、葵はどんな強敵でも最後まで諦めないで戦ってきた。ラウラに負け続けようとも。あいつは勝てるまで手段を考え続けた。会長との戦いだって、途中絶望的に追い込まれても最後ま諦めずに戦って、最後は勝利した。

ん、会長との戦い……ああ、そうだ!

 

 俺は決意し、竹刀を強く握りしめる。俺の雰囲気が変わったのを察した裕也は、さっきまでの余裕な態度を改めて真剣な顔で俺の一挙一動を見つめていく。

 すり足で、ゆっくりと俺は裕也に近づいていく。裕也は一歩も動かない。俺が何をしても、カウンターで反撃出来ると思っているようだ。

 ならば好都合だ。俺の今からやる動きは相手に反撃を与える前に倒す技。相手の1拍子よりも早く動いて仕留める―――篠ノ之流裏奥義零拍子!

 裕也をよく見て、一瞬の隙を見つけろ。その瞬間こそ、最後の勝機!

 

 俺と裕也が睨みあうこと十数秒、そして―――ついに俺は仕掛けた。

 一瞬の俺の動きに、裕也は反応出来ていない。俺は勝利を確信しながら竹刀を振り上げ、裕也の頭に叩きつける――――はずだった。

 

「なっ!」

 しかし俺の渾身の一撃は……半歩横にずれた裕也にかわされていた。

 

「残念だったな織斑。その技は俺も葵から貰ってな。以来、二度と同じ目に遭わないようにしている」

 

 そう言ってさらに半歩下がった裕也が、お返しとばかりに俺に面を打ちこんでくる。

 

 体勢が崩れた俺に、その一撃は避ける事ができない。コマ送りのようにゆっくり向かってくる裕也の一撃を俺は呆然と眺めていく。

 

 あ、俺負けるのか。

 

 そんな考えが頭に浮かんでくる。渾身の一撃を避けられた。もう、俺に勝つ方法が無い。

 諦めが俺の心を占めていく。しかし、

 

「!!!」

 一瞬浮かんだ顔。葵の、失望した顔が浮かんだ瞬間、俺は心を支配していく諦めを吹き飛ばした。

 

 まだだ、まだ諦めるな!

 

 迫りくる裕也の竹刀。避けるのはもう無理。なら受けるしかない。しかし、受けた所でどうなる。さっきまでの繰り返しだ。

 俺にあって、裕也には無い物は何だ? 篠ノ之流? しかしそれはさっき破れて……いや!

 

「ああああああ!」

 俺は裂帛の気合を込めて裕也の一撃を迎撃する。そして、

 

「なっ!」

 パキン!と言う音が道場に響き、裕也が驚愕の声を漏らした。審判をしている小鳥遊さんも、驚いた顔をして裕也を、いや……真ん中から叩き折れている竹刀をみている。

 

 篠ノ之流奥義の一つ。断刀の太刀

 

 相手の武器破壊を目的としたこの技。名前がかっこよく、相手を傷付けず無力化できるこの技を昔の俺はよく練習していた。IS学園に来てからは、何度か千冬姉にやり方を再度習っていたが……まさかこの土壇場で成功させる事ができるなんて。

 

 竹刀を折られ呆然としている裕也に、俺は近づくと……裕也の頭めがけて竹刀を振り下ろす。当たる寸前で止め、それを見届けた小鳥遊さんが

 

「一本! それまで」

 試合終了の合図をした。

 

 

 

「負けたよ」

 試合終了後、裕也はさっきまでとは違う、穏やかな表情を浮かべながら俺に右手を差し出し握手を求めてきた。

 

「運が良かっただけだ」

 それを俺は心底思う本音と共に、握り返した。……何せ、勝てたのは奇跡のようなもんだしな。

 

「まあ実際の試合じゃあ、織斑君の反則負けなんだけど。竹刀を故意に折っちゃったんだし」

 小鳥遊さんのツッコミに、俺は体を強張らせた。……そうなんですよね、正規の試合じゃ俺反則負けなんだよな。

 

「でも今回の試合は正規の剣道の試合じゃないし……実戦だと俺は織斑に斬り殺されていた。それにこの実戦形式ってのが……お前や葵がしているISでの戦い方なんだろ」

 

「まあ、な」

 ISだとさらに飛んだり飛び道具使いまくるけどね。

 

「それで俺は負けた。……悔しいが、俺はお前を認めてやるよ」

 何か吹っ切れた顔をしながら、裕也は俺にそう言ってくるが……いや誰だお前?本当にさっきまでとは別人みたいじゃないか。

 

「勝てるといいな、あいつに」

 

「勝てるじゃない、勝つんだよ」

 

「そうだな」

 裕也はそう言うと、折れた竹刀を俺に放った。

 

「お前が折ったんだから弁償はしないからな。しかし……何だよ最後のやつは。零拍子は葵がやってたから知っていたが、竹刀を叩き折る技は知らないぞ。しかもカーボンで出来た竹刀を叩き折りやがって」

 

「そりゃさっき小鳥遊さんが言っていたように試合じゃ使えないからな。だから葵もお前にはこの技使わなかったんだろうよ」

 

「ということは、あいつもそれ使えるのか?」

 

「多分、な」

 二刀流で使う武器払いやってたし、これも出来てもおかしくない。

 

「なるほど。ま、お前が口だけの男じゃないってのがわかってよかった。本当に―――あいつがライバルと認める相手だってわかってよかった」

 満足そうに頷いていく裕也。

 ……いや、まあ臨海学校の出来事が無かったら俺は裕也が認めることが出来ない奴になってたんだろうな。夏休み、心機一転して千冬姉や楯無さんに地獄のしごきを受けていて本当に良かった。少なくともそれで、裕也が納得させるだけの力は身に付けることができた。

 

「よかったな、裕也。織斑君がお前が期待していたような人で」

 小鳥遊さんが、優しい顔をしながら裕也に言う。

 

「全くです。これで俺は……本当の意味で葵を諦める事が出来る」

 少し寂しい顔をして呟く裕也だが……ちょっと待て。どういうことだ?

 

「織斑君、君に話したい事があるっていってたのは……ちょっと知って欲しくてね。ここにいる裕也は、今日葵に告白しに来たんじゃない。振られるために来たんだという事を」

 

はあ?

 

「ちょ、ちょっと慎吾さん!……いや、まあいいか。その通りだし」

 え、何言ってんのお前?

 

「きっかけはあの雑誌さ。あの雑誌は葵を誹謗中傷して陥れようとしていたが、雑誌に写っている裕也を始めとする皆が、雑誌に載っているような事は嘘だ! と公言して回ったからね。今ではあんなデマを信じているのは少ないと思うよ。まあ、誰が葵の本命か! な噂は流石に止めようがないけどね。ただ、それとは別にあの五反田君はわからないが、島根にいる裕也を始め葵と一緒の写真に写っていた、葵を好きだった連中は……皆葵の事を諦めた」

 

「はあ? 何でです?」

 

「君と葵が写っていた写真さ。あれを見て皆葵の事を諦めた」

 え、俺と葵が写っていた写真? まさかあれで?

 

「い、いやちょっと待ってください。まさか俺と葵が抱き合っている写真で? いやあれは」

 

「違う!」

 あの抱き合っている写真はちょっとした演技のせいで、と言おうとしたら、それは裕也の大声で掻き消された。

 

「違う、あんな嘘っぽい演技の写真じゃない」

 あ、やっぱりあれ嘘っぽく見えたんだ。

 

「そうじゃなくて、二枚目の写真だ」

 二枚目? 確か、○ウンドワンを出て帰ろうとしている写真だよな?

 

「あれのどこが?」

 

「……そうか、お前にとってはあれは当たり前なんだな。無かったんだよ、俺達には」

 

「無かった?」

 

 

 

 

 

「葵と二人きりの時は勿論、皆で一緒に遊んでいた時でもな……葵が、あんなに楽しそうに、心底楽しそうに笑っている顔を見たことがな。お前と二人で一緒にいる時、葵はその笑顔を……お前だけに見せてるんだよ」

 

 

 




次話で本当に学園祭編を終わらせます。


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学園祭 終章

「はあ~……」

 IS学園校舎の屋上の手すりに体を預け、葵は憂鬱な顔をしながら大きく溜息をついた。

 告白大会が終わった後、急に煙幕が葵達を覆った瞬間、葵はその混乱に乗じISを展開しステルスモードにして会場から抜け出し、IS学園屋上に来ていた。

今日は学園祭の為、屋上は立ち入り禁止区域に指定されている為周りには誰もいない。一人になりたかった葵には好都合であり、その誰もいない屋上で葵は一人大きく溜息をついていた。

 

(……はあ、本当に何やってるんだろ。裕也の件はともかく、弾とはもっと時間掛けていくつもりだったのに)

 

 そして葵は弾の前で好きだと言おうとした自分の姿を思い浮かべると

 

「あああああああああ!!!! 一体私は何を!」

 顔を赤くしながら両手を頭に抱えて、両膝を地面に着けながら葵は少し前の自分の行動に激しく後悔していた。

 

(なにあれ! 私何やってんの! 何で私弾に本気で告白しようとしたの!? いや、そりゃあ私弾の事好きだけど……今はまだ本気でそう思ってたわけじゃないのに!)

 もはや何度目になるのかわからない程、葵は告白大会の出来事を思い出す度に己の行動が恥ずかしくて悶え苦しんでいた。

 

「あああああ~~~~! いや本当に何で私あんな事やったの! ああくぞ! 絶対裕也のせいだ! あいつが……女の私に本気で告白なんかしたから、私もなんか女として恋愛意識しちゃったんだ! それにこの学園祭というシチュエーションが悪いんだ! 学園祭で告白という、こう恋愛脳になっちゃうシチュエーションのせいで!」

 裕也に告白され、女として裕也の気持ちを振った葵は、その後流されるかのように弾に告白しようとしたことに後悔していた。

 

「しかも言おうとしたら……心でなく、体が拒否して言葉が出なくなるなんて。頭では弾と付き合ったら良い未来に繋がるとか思ってたのになあ。その後裕也や一夏見たら……頭が本当に真っ白になって言葉も考える事出来なくなって、結局……また弾に助けられちゃったし。……本当に、私何やってるんだろう」

 しばらく羞恥で悶えた葵だが、

 

「……ま、でもこれでもう弾と私がそんな関係になる事はなくなったわね」

 力無くぼそりと呟いた。この呟きも誰にも聞かれず、風に乗って消えると葵は思っていた。

 

「おや? そのわりにはほっとしている顔に見えるけど私の気のせいかな?」

 

「きゃああ!」

 誰にもいないと思っていたが、突然隣から合いの手を入れられ葵は驚いて声がした方を向くと、

 

「か、会長!」

 そこには手すりに体を預け、笑みを浮かべている楯無の姿があった。

 

「会長! い、何時からそこに!」

 

「わりと最初から。君があの会場から逃げた後、君のIS反応追ってここに来たし。葵君は全く気が付いてなかったけどね」

 驚く葵に、楯無は扇子を広げながらにこやかに言った。広げた扇子には「悩める少女」の文字が書かれていた。

 

「ああああああ!」

 今までの動作を全て見られていたと知った葵は、先程までとは違う意味で頭を抱えて羞恥で悶え苦しんでいく。そんな様子を楯無は笑みを浮かべながら眺めていく。

 そして悶えすぎて肩で息をする葵に、

 

「ねえ葵君。聞いてもいいかな。どうして、あの時……五反田君にあんな事言おうとしたのかな」

 先程までとは違う声色で楯無は葵に聞いた。

 

(来た! …まあそりゃあ聞くわよね。あの告白大会は、私が三人とも振るために会長が用意してくれたみたいなものだし……それなのに私が弾に告白しようとしたから)

 楯無の質問が冗談とかでなく真面目に聞いていると理解した葵は、

 

「あの場の空気とノリで」

 嘘偽りなく正直に答えることにした。しかし、

 

「ふーん、そう。せっかく私が君のために用意したあれを、君は空気とノリでぶち壊そうとしたんだ」

 

(ですよねー)

 笑顔のままだが、口の端や目で楯無が怒っている事を葵は理解した。

 

「いや会長の好意は理解してますよ。……大勢の前で告白されたり振ったりしなければいけないとか、見世物のような事を強要されましたけどね」

 若干のジト目をしながら葵は会長に嫌味を言うも、

 

「でも、今の君には必要な事だったでしょ」

 その嫌味はニヤっと笑う楯無に一蹴された。

 

「あの雑誌が発売されてから、テレビでもネットでも一夏君や葵君、他あの5人で恋愛論争が沸き起こり、その影響で焦りを感じた裕也君達が暴走起こしちゃったものね。それ抜きでも葵君、君は可愛いんだから男性ファン多いからいずれ裕也君以外でも、元男とかIS国家代表でも俺は諦めない! 好きです! と言いだすのが出てくるの時間の問題だと思ってたし」

 

「……会長、何簪を無視して私を国家代表と言ってるんです。問題発言ですよそれ」

 

「……だって簪ちゃん、興味ないんだもんそういうの。って、問題はそこじゃないでしょ。そういう連中から牽制するためにも、ああいった公式の場で葵君に好意を持っている男を振り、はっきりと今は恋愛とか考えられませんと言える環境を与えたのに。それが五反田君に告白しようとするから驚いちゃったわよ」

 

「う……申し訳ありません」

 

「……しかも空気とノリでいおうとか。葵君、軽率な行動は身を破滅させるわよ」

 

「……はい」

 楯無に怒られ、どんどん身を小さくしていく葵。

 

「そして私が本当に怒っているのは葵君、君が本気で好きだからという理由で五反田君に告白しようとしたわけじゃないからよ」

 

「いや、それは……はい、そうですね。弾とは……打算があって告白しようとしました。好意が無い訳じゃないですし、お互い一緒にいたら本当に心から好きになっていくと思ったりしました」

 

「……なんでそんな事しようとしたの? しかも打算あってなんて……、いや君がそれをしようとした理由はわかるけど、はっきり言ってそれは間違っているわよ。だって」

 手すりから体を離した楯無は、体ごと葵の方を向き、

 

「一夏君と親友のままいたいから、五反田君と付き合いたいなんて」

 どこか悲しい顔をしながらも、楯無は強い口調で葵に言い放った。

 

「……」

 無言のままの葵だが、そこに浮かべている表情が楯無の言葉の真実を証明していた。

 

「君と一夏君が10年来の幼馴染みであり、親友であることは君が入学してからの一夏君との様子から見て誰もが理解しているわよ。IS学園に入学し、周りが女子しかいなくて、どう接していいのかわからなかった一夏君はとても居心地が悪かったのは皆見てて知っている。そんな中、君が入学してから一夏君はとても楽しそうに笑顔を浮かべるようになった。作り笑いでなく、心からの笑顔を。君が来てから、彼の精神は大きく救われた」

 

「……それは私も同じですけどね。島根にいた時の事を思うと、箒と鈴でも私は女子と接するのが少し怖かった。一夏がいたから、私は自然に振舞う事が出来た。そして一夏が仲介してくれたおかげで、セシリア達とも、クラスの皆とも仲良くなれた」

 

「君も一夏君も、お互いの存在があって成り立っているものね。完全に心を許せる親友同士だから、か。でも、君は女の子になってしまった。そして女の子になったからある問題を抱えてしまった。そしてそれは、君と一夏君が親友同士だから問題となっている。それは」

 

「……一夏が誰かと付き合った場合、私は一夏の親友のままにいられないから」

 楯無が続きを言う前に、顔を伏した葵が力無く呟いた。

 

「今はまだいいんです。私が女になって日が浅いですし、一夏も私を表面上は男時代のまま接してくれてますから。ただ、一夏って昔からモテるんですよね。今も幼馴染みの箒を始め、多くの子が一夏が好きで、男女の関係になろうとしている。将来誰を一夏が恋人にするかわかりませんけど、恋人にするなら箒か鈴がいいなあと思ってます。この二人なら……例え私が一夏と仲良くしていても許してくれる気がしますから」

 

「君の最大の悩みがそれね。一夏君が誰と恋人関係になろうがいいけど、君としては一番の親友の一夏君とは仲良くこのままでいたい。でも……恋人が自分とは違う異性と凄く仲良くされたら、大抵の場合……浮気と思われるものね。で、似たような理由で葵君は」

 

「はい、弾と恋人関係になろうとしたのはそういうのもあるのは否定しません。親友同士としての関係を間近で見てきた弾なら、一夏と親友のままでいても理解してくれるかなあ思ったりしました。勿論、それだけで弾を恋人にしたいと思ったわけじゃありません。もっと別な理由もありました」

 

―――へえ、お前結構男らしいじゃん―――

 葵の脳裏に、弾と初めてあった光景がよぎっていく。

 

入学直後、違う小学校から来た生徒数人が、一夏と葵をホモカップル扱いしたことがあった。入学した女子の誰よりも可愛いと言われた葵と、その葵と仲が良い一夏はからかいの対象とされていた。ある日一夏が用事があって先に帰った後、教室に残っている葵に「よお奥さん、旦那は何処に行った?」「奥さんおいて旦那は別の男に走ったか」とからかってくる連中がいたが……1分後には全員床に倒れ殴られた個所を抑えながら激痛で泣きじゃくっていた。

 それを冷めた目で眺めていた葵だが、

「へえ、お前結構男らしいじゃん」

 後ろから声を掛けられ、振り向くとそこに笑みを浮かべているクラスメイトがいた。

 

「なんだよ、俺が強いからか?」

 

「違う違う、お前こいつら殴ってた時『俺はともかく、一夏も馬鹿にしたのは許せない!』とか言ってただろ。親友の為に怒るお前を見て、そう思ったんだよ。自分の事よりも、友が貶されたから怒る。熱い奴だなお前って」

 そう言って弾は葵に手を差し出すと、

 

「俺は五反田弾っていうんだ」

 笑顔を浮かべながら自己紹介を始めて行った。

 

 そしてそれ以降、弾は葵と一夏にとって中学で出来た一番の友達となった。

 

 

 

 

「弾は男の頃から私に偏見を抱かず接してくれましたし、女になってからも色々フォローしてくれました。その度に私は助けられ、弾の事を意識したりしました」

 

「でも、結局はそれは同性が同性に抱く親愛の友情の枠を出なかった、かな?」

 

「はい、それを……告白直前で気付かされ、弾にも察しされて遠まわしに振られましたよ」

 楯無の指摘に、葵は力無く答えて項垂れて行った。自分の気持ちが、結局は恋ではなく親愛に過ぎなかった事を改めて理解したからだ。

 

「結局の所、私ってまだ男を本当の意味で異性として好きになれないんですよね」

 

「……だから私がそのためにあんな場を用意したのに」

 

「いや本当にすみませんでした」

 

「でもさあ葵君、君は裕也君に告白された時顔真っ赤だったよ。あれは?」

 

「……好きになれないは別にしても、あそこまで好きですと言われたら意識しないなんて出来ないですし、好きと思われてるのは素直に嬉しかったんです。……想いにはこたえられませんけど」

 

「そっか。……よし、私もそろそろ時間ないから此処を離れるけど、最後に一言言うのと質問させてね」

 

「一言と質問?」

 なんだろうと思う葵に、楯無は扇子を広げながら口を隠して言った。

 

「君は一夏君と親友のままでいたいようだけど、君が考えていた計画は最初から破綻するのが目に見えてたから今回の君の暴走は、本当に結果オーライだったよ。そして質問だけど素直に答えてね。さっき君は男を本当の意味で異性として好きになれないと言ったけど、そんな君にとって、恋人とはどんな存在だと思う。思ったのをそのまま言葉に出してね」

 

「恋人とは……」

 楯無の言った破綻するとはどういうことなのかが気になったが、楯無の聞きたいのは質問の恋人とは何かというもの。思ったのを言葉に出せというから、葵は思い浮かべた言葉をそのまま口に出すことにした。

 

「そうですね。誰よりも、その人の事について想いを抱いて、一緒にいたら心がやすらぐ存在なんじゃないですか?」

 

「ふふ、はっはは!」

 

「何で笑うんです!」

 真剣に答えたのに、答えを聞いた瞬間笑い出した楯無に葵は不満を込めて睨んだ。葵から睨まれても、楯無は笑いながら笑みを浮かべると、葵に向かって言った。

 

 

 

「最初から答え出てるじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

「よ、お帰り」

 

「……葵、ここにいたのか」

 告白大会終了後、学園祭の閉会式が始まっても姿を現さなかった葵。携帯にも繋がらずどこにいるのかと思っていたが、ずっと部屋にいたのかよ。

 

「……だってよ、あんなことあったのに皆の前で姿出すの恥ずかしいじゃん」

 

「お前がいないせいで、俺が皆から色々言われたり聞かれたり大変だったんだぞ!」

 

 

 

 

 裕也と小鳥遊さんと別れ、一組に戻った俺に待っていたのは

 

「告白見てたよー! 一夏君、素直になりなよ」「告白でなくライバル宣言って……」

「青崎さん何処に行ったか知らない?」等々、クラスの皆からの質問攻めだった。

 箒達からも聞かれたが、皆「葵の奴……様子が変だった」と葵の事が気になっていたようで、姿を見せない葵を心配していた。

 その後葵がいないままメイド&執事喫茶は学園祭終了まで続いたのだが……。

 

「しかし……あんなに頑張ったのに俺達一組は2位だったなんて」

 学園祭終了後、楯無さんの結果発表に一組の皆全員優勝する自信があった。あれだけのお客さんが来て、売り上げも物凄くあったのだから優勝したと思っていたからだ。しかし、

 

「それでは今回の学園祭で最も売り上げが高かったのは……漫画研究部です!」

 この楯無さんの言葉を聞き、全員驚愕した。

 

「……え~二位の1年1組が行ったメイド喫茶も大変売り上げが高かったのですが、その2位から数十万も差を付けて漫画研究部が優勝を果たしました。一部の外国人の方々が大量買いしたのが大きいようです。では漫画研究部部長、更識簪さんどうぞ前に」

 会長に呼ばれ、一人の少女が壇上に上がっていく。眼鏡をかけている可愛い子で、なにやら眠そうな目をしているが……え、更識って事は、もしかして楯無さんの妹?

 更識さんが壇上に上がると、楯無さんが嬉しそうな顔をしながら、

 

「いやあさすが簪ちゃん! 優勝おめでとう!」

 完全に会長という立場を忘れて、更識さんに笑顔でトロフィーを渡していく。

 

「では優勝した簪ちゃんに聞きましょう! 優勝に向けて努力した点はなんでしょう!」

 

「……あのメイドさんと軍人さん、そして中年のおじさんに感謝してます。三人だけで売り上げの数割買ってくれましたから。まあ何よりも我が漫研の妄想力の勝利と言っておきましょう」

 そう言ってドヤ顔で両手でトロフィーを持ちあげて、更識さんは会場の皆に誇らしげに見せびらかしていった。

 ちなみに漫研がどのような本を描いて出したのか後で見てみたが……主に俺と葵(男)やらシャル(男)とラウラ、シャル(男)とラウラ(男)のなんというか……その場で破りたくなるような内容の本ばかりであった。

 そんな本描かれて売られ、売り上げ一位になられたとか……正直俺は物凄く納得がいかない。

 

 

 

 

「ははは、さすが簪さんだな。今年の夏のお祭りで壁サークルだっただけのことはある」

 

「? なんだその壁サークルって?」

 

「お前が知らなくても良い世界だよ」

 俺の疑問に、葵は何故か遠い目をして答えをはぐらかした。まあ、何故か俺も知らなくて良い世界な気がしたので、追及するのは止めた。

 

「…はあ、とにかく今日は色々あって疲れたんだ。悪いが一夏、俺もう寝るから」 

 そう言って、葵はベット上で横になり、こちらに背を向けた。

 ……まあ、今日は色々あったからな。少し一人になりたいんだろう。

 そう思い、俺は一旦部屋から出る事にした。少し図書室にでも行って、葵が寝るまで時間潰してこよう。そう思って図書室に向かって歩いていく俺だが、道中俺はある考えが頭の中を占めるようになった。

 さっき部屋に戻った葵は、何時も通りだった。そう、何時も通り。俺と軽口を叩く、昔ながらの親友。

 

 そう、本当に昔通りに、口調も男のままで葵は俺に話かけていた。

 

 部屋での葵は、行動から口調まで昔とほぼ変わらない。

 

 自室では葵は素で過ごしたいから、と前言っていて、俺はそういうもんかと思っていたのだが、

 

「どっちが本当のお前なんだ、葵……」 

 口から勝手に、俺の疑問の声が漏れて行った。

 

 

 

 

 

 

「なあ織斑、お前あの告白大会で葵に喧嘩売ってたけどよ、実際の所お前本当に葵の事好きじゃないのか? 異性として意識ないのか?」

 

「お前本当にしつこいな、ねえよ。俺もあいつも、そんなのはねえよ」

 用が済んだからと言って帰ろうとした裕也と小鳥遊さんだったが、道場から出る前に裕也は振り返り、もう何度目かもわからない質問を俺にし、同じ答えを俺は返した。

 

「大体、何でそんなにお前は俺が葵に惚れた事にしたいんだ?」

 

「いや逆に聞くが、男だったら葵に惚れない要素ないだろ。今回俺は葵の事を諦める為にここに来たようなもんだが、葵を目にしたらやっぱり諦めきれず駄目と承知でも可能性を掛けて告白したんだぞ。……言っちゃなんだが俺この先葵よりも良い女性に出会える自信無い」

 

「それは大袈裟じゃないか?」

 

「そう感じるお前が異常なんだよ! まずあのルックス! 葵よりも可愛い奴を探す方が難しいだろうが!」

 

「確かに葵以上っていないな。同等なら俺の周りにいるけど」

 

「死ねこのハーレム野郎! しかもルックスだけならまだしも、葵って家事全般得意だろ! あんな家庭的な子今時いないぞ!」

 それを言ったら箒とかも料理は出来るが……そういや他の家事スキルは知らないか。

 

「そして基本優しいし困った奴がいたら手を貸すお人好しだし、話や趣味も男に合わしてくれるし。それに葵はそこらの女子よりも元男が信じられない位女の子らしいからな」

 は?

 

「女の子らしい? 葵が?」

 何を言ってんだこいつ?

 

「あいつ普段は猫被って女の子口調だけど、根っこは変わらず男のままだろ? そりゃ菓子作りとかは女の子趣味だけど。島根にいた頃もあいつお前等には男のような口調や態度で接してたんじゃないのか?」

 なんせ久しぶりに再会した葵は、俺と箒に昔と変わらない口調で話しかけたせいで千冬姉に殴られてたからな。基本根っこの部分は変わってないもんな。普段は猫被ってるが、部屋では昔のまんまだし。

 しかし、次の裕也の台詞に俺は衝撃を受けた。

 

「はあ、何を言ってるんだ織斑? 猫被っている? それに男みたいな口調や態度? そんな事されたの一回も俺は無いぞ?」

 

 え?

 

「私もそうだね。普段は勿論、葵は戦闘訓練中でも口調が男っぽくなったなんて無かったよ。出雲技研の職員さん達と話している時の葵は、まるで妹みたいな気がする位女の子な雰囲気出してたね。だから皆葵の事可愛がるようになったってのもあるかな」

 裕也に続き、小鳥遊さんも葵の事を女の子らしいと言っているけど……え、どういうことだ?

 だってあいつ、俺と久しぶりに会った時は昔と変わってなかったのに……女の子らしくないから千冬姉に矯正されてたんじゃ?

 なのに話を聞くと葵は……もう昔から中身が女の子みたいな態度で裕也達と接してた?

 あれ、そういや葵って何時から千冬姉から殴られなくなったんだっけ?

 確かこっち来てから少し経って、千冬姉に殴られたくないから女口調にしたとか言ってたけど、その日を境に殴られなくなったな。よく考えたら……長年の習慣をそんな簡単にやろうと思って矯正なんでできるか?

 黙り込んだ俺を裕也と小鳥遊さんは訝しんだが、

 

「ま、織斑は昔の葵のイメージが強すぎるからそんな事思ってるんだろ。だから忠告するが……そのイメージがなくなったら、お前確実に葵に惚れるぜ」

 早くそうなれと言っているような顔をしながら裕也は、俺にそんな予言をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

    おまけ

 学園祭終了後数日経ったある日

 

「シャルロット。お前宛に国際便が届いているぞ」

 

「あ、本当だ。誰からだろ……って、これお父さんから!?」

 

「何! 浮気して出来た娘を男装させて世界を騙しシャルロットを一夏に近づけて籠絡を仕向けた男からの荷物だと!」

 

「……ラウラ、大体あっているけど籠絡は違うからね。でも一体何で急に僕に?」

 

「待っていろシャルロット、爆発物の可能性が無いか私が確かめる」

 

「……無いよそんなの。大体なんで僕を爆殺する理由があるのさ。とりあえず開けてみるよ」

 

「まてシャルロット! まだ危険が無いか確認が」

 

「だから大丈夫だって。ん? 中に手紙と……服が入ってるね」

 

「シャルロット、手紙には何て書いてあるのだ?」

 

「何だろ一体? え~となになに『すまなかったシャルロット』ってええ! 何でお父さんいきなり謝ってるの?」

 

「シャルロット、続きを頼む」

 

「う、うん『私の立場上、私はお前に表立って娘として接する事は出来ない。だが私はお前の事は大切な娘だと思っている』……お父さん、僕の事そんな風に思ってくれてるんだ」

 

「よかったなシャルロット」

 

「うんラウラ! 『しかし立場上私はお前に対し辛く当たるしか出来なかった。そして私はお前を第二の男性操縦者としてお前を日本に送り込んだが……その重責でまさかお前がそのような道を歩んでしまったとは……』」

 

「道? 何のことだそれは?」

 

「いや僕にもわからないよ『だが私はお前の事は応援する。いや妻がいながらお前の母さんに手を出すような男に応援されても嬉しくないかもしれんが、お前に対し理解者がいる事を知って欲しい。お前が男性として生きる事を私は応援しよう』はあああ! なんだよそれ!」

 

「シャルロット! お前男になりたかったのか!?」

 

「なわけないでしょ!ええ! 何がどういう訳でそうなってんの?『学園祭に私はこっそり来ていて、学校生活を送っているお前の姿を見てきた。そこで私が見たのは、お前が男になって、ドイツのラウラ君と仲良くしている本だった』ってそれ漫研の!? 何見てんの父さん!?『最初は半信半疑だったが、お前が₍いるクラスを見てみたら、お前が男装して働いている姿が見えた。そしてお前がラウラ君と仲良く抱き合っている姿を見て確信した。この本に書かれている事は間違いないのだと』間違いだらけだよ!」

 

「もしかして、抱き合ったというのはあの時クラリッサが来ていた時の事じゃないのか?」

 

「『恋の形は千差万別。私はお前とラウラ君との仲を応援している。二人で幸せになってくれ。ああそうそう、中に入っている服は私からのささやかなプレゼントだ。それを着て私に写真を送って欲しい。お前の晴れ姿を少しでも早く見たくてな。二学期が終わったらこっちに帰って来なさい。私が一緒にドイツに行って、ラウラ君との交際を説得しにいく。では最後に、愛してるよシャルロット』……な、何なのこれ。どっから否定したらいいの?」

 

「シャルロット、中に入っている服だが……タキシードとドレスが入ってるのだが」

 

「……これウエディングドレスじゃないかな」

 

「これを着ないといかんのか?」

 

「いいよ着なくて!」

 




学園祭終了です。
気が付いたら物凄く恋愛関係が濃い話になってしまいました。
当初はもっとあっさり風味で終らせるつもりでしたが、今後TSキャラが絡む恋愛話なんて書く機会あるかわかりませんから、ならばと思い思いっきり趣味で書いてみました。
感想で色々指摘され、反省する箇所が多く残る事となりました。
次機会があれば、反省点は改善しもっと読みやすい展開にしたいなと思ってます。

さてさて、物語が大きく動き出しましたが次はキャノンボール・ファスト飛ばしてタッグトーナメントに進めたいと思ってます。そしてそれを最終章とする予定にしています。
タッグトーナメント、一体一夏は誰と組むのか、葵は誰と組むのか。そしてハブられるのは誰なのか(笑)
ようやく満を持して簪さんが暴れられるのもタッグトーナメントからですので、期待して待っててください。


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女子会 男子会 (前篇)

「最近、一夏から見られてるんだけど」

 

「え?」

 

「どういうことなのだ。それは?」

 

「一夏さんが葵さんをよからぬ目で見ている、という事ですの?」

 

 

「も、もしかして一夏が葵を」

 

「あ~違うから違うから。何かそういう類のものじゃなくて、私の動き? 行動? みたいなのを注視しているような感じなのよね。大体シャルロットが思っているような感じで一夏が見ていたら、このメンバーに相談したりしないわよ

 

 学園祭以降、一夏の様子が少しおかしい。どうおかしいかというと、なんというか……俺を観察しているような気がする。最初は気のせいかと思っていたが、流石に2週間以上も視線を感じていたら気のせいではないだろう。

 IS戦で俺の動きを観察しているとかならわかるが、朝起きて身支度の準備している時、教室で誰かと話している時や勉強している時、廊下歩いている時や厨房借りて料理している時等々、後ろから一夏の視線を感じてくる。さりげなく後ろを振り向いたら、一夏も自然を装って俺から視線を外すが、バレバレなんだよ。

 そして……さっきは皆にはああ言ったけど、一夏って俺達の部屋にいる時は胸や尻ガン見している時があるんだよな。これは流石に箒達には言えないから黙っているけど。しかし同室になってからたまに見られてるなあとか思っていたが、最近はその頻度多すぎなんだよなあ。……すまん一夏、俺もちょっとエロい気持ち入ってる視線はその……意識してしまうんでそういう気持ちで見るの止めてくれ。

 それらの奇行が影響しているのか、放課後のIS訓練も一夏は今一つ集中できて無く、よく千冬さんや会長に怒られているし、剣道の練習の時も俺や箒からは勿論、部長からも一本をよく取られて負けが続いている。

 俺はこのままでは不味いと思い、一夏抜きでちょっと相談したい事があると言って俺は何時ものメンバーをカフェテラスに読んで最近の悩みを明かすことにしたのだが……

 

「……」

 

「……」

 ……箒と鈴、何でお前達俺の話聞いた瞬間黙って目を逸らした。

 

「ねえ箒、鈴。黙っているけどどうした訳?」

 

「葵! い、いや何でもないぞ。そうだな、確かにここ最近の一夏は今一つ集中力に欠けていると私も思っていた」

 

「……」

 俺が箒と鈴に話題を振ったら、箒は少しキョドりながら答えるが、鈴の方は黙ったままだ。

 

「ねえ鈴、鈴はどう思う?」

 

「……」

 鈴に再度尋ねるも、鈴は黙ったままだ。

……いや、これは鈴は何か考え事しているのか、俺の声が聞こえていないようだ。さっきから黙って妙に神妙な顔してるし、何を考えてるんだろう?

 

「ちょっと鈴さん、どうして黙ってますの?」

 黙っている鈴を見かねたのか、セシリアが鈴の体を揺らしながら尋ねる。数回体を揺さぶれた後、突然鈴は立ち上がり、

 

「よし、女子会を開くわよ!」

 先程までとは違い、凛とした顔をしながら俺達にそう宣言した。

 

「はあ? 鈴急に何言ってるの? 今までの話から何で急に女子会やろうという話になるのよ?」

 

「? そもそもなんだその女子会とやらは?」

 

「え~っと、確か前テレビで言ってたけど……女子力を高める集まりだったかな?」

 

「あ~シャルロット、そういうのもあるけど、この場合は単に女子だけで集まってわいわい話し合おうって意味で良いわよ」

 

「で、また言うけど何でそんなのやるわけ?」

 俺は再度呆れ混じりに鈴に尋ねた。俺の相談がどうして女子会に結びつくんだ?

 俺の疑問は他の皆も同じだったようで、皆疑問を持った顔をしながら鈴に視線が集まっていく。その視線を受け止めた鈴はニヤって笑うと、

 

「あたし前々から思っていたのよ。このメンバーで集まるようになって半年経ったけど、何か今一つお互いが打ち解けあって無いなあって。そりゃ一夏を巡ってあたし達ライバル同士だから、たまにお互いを牽制しあったりするし」

 

「ねえ鈴、その一夏を巡るライバル同士って私も入ってるの?」

 

「でもね、なんかそれって勿体ないなあと思うのよ。せっかくISではお互い高め合えそうな連中が揃ってるのに、なんか上辺だけの関係で終らせるみたいのって」

 俺の疑問は、華麗に鈴からスルーされた。……いや、まあいいけど。

 しかし、いきなりな鈴の女子会発言だが、その後に続く鈴の言葉は少し考えさせられる。確かに俺がここに来た時、鈴、セシリアとラウラは少し微妙な関係だった。ほとんど思い付きでいった弁当作戦が意外に上手く行って、その結果お互いの苦手意識みたいなのは徐々に薄れてはいった。まああの作戦は俺がセシリアに料理を教えるという予想外な事もあったが、それでセシリアとも仲良くなれたからいいか。セシリアの料理に対するあまりの考え方の違いのせいで改善は諦めようかなと思ったりもしたけど。

 でも最近じゃシャルロットとラウラは本当に仲の良い親友同士だし、なんだかんだで鈴とセシリアも憎まれ口叩きながらも顔は楽しそうに笑っている。箒は同室の鷹月さんとは仲が良いみたいだし、鷹月さん繋がりで臨海学校以降は谷本さんやのほほんさんとも仲良くなってたりしている。あ、箒の場合は今の話題とはすこし違うか。

 でも鈴が言うほど、もうこのメンバーで集まっても関係がいびつとかそう思わないんだが? いや、これは俺がそう思っているだけで、皆はそう思って無いのか? もしかして、これが最初から女だった者と、途中からチェンジした者の考え方の違いか?

 俺がそう思案している間も、鈴の発言は続いていく。

 

「だからこの際、学園という場所からも解放され、お互い言いたい事とか言い合う場が必要だとあたしは思うのよ。それも一夏という、好きな異性がいない場が! 大抵の場合このメンバーが揃ってる時って一夏もいるじゃない。そうすると一夏がいるから話せない事ってあるわよね。葵の相談も、これ一夏絡みだから皆少し複雑でしょ。葵は違うとか言っているけど、それでも一夏が自分でなく他の女を見てるのよ」

 

「あのねえ鈴。私と一夏の間でそういうのは無いとはっきり学園祭で言ったんだけど」

 

「でも葵、一夏が葵をストーカーしだしたのはその学園祭が終わった後じゃない。関係無いとは言わせないわよ」

 

「う……」

 くそ、確かにそうなんだよな。学園祭以降一夏の奇行が始まったんだし。内心俺だってそれが原因の一部なのかもしれないと思ったりもしたけど……なんかあの告白大会は関係ない気がするんだけどな。

 

「確かに一夏って学園祭以降少しおかしいよね。一夏がおかしくなったのは葵が原因だと僕も思うよ」

 

「わたくしも前後の状況考えたら葵さんが何かしたとしか思えませんわね」

 

「あの告白大会が嫁を変えたというのか」

 あれ、何かシャルロットとセシリア、ラウラがちょっと嫌な視線で俺を見つめだしたんだが。いやちょっと待ってくれ!

 

「だからあ! あれは関係ないと私はわかるの! 裕也は弾はともかく、一夏はあの時は私が思ってた通りに動いてくれたから、あれは純粋に今まで通りの親友として発言してくれたんだと私にはわかるの!」

 ここで誤解されたら堪らないので、俺は少し口調を強くしてシャルロット達の疑問に反論した。変な疑惑もたれ、暴れられるのはまっぴらごめんだ。

 

「ご、ごめん。僕達が悪かったから葵ちょっと落ち着いて!」

 俺の主張に、シャルロットが少し慌てながら煽れを宥める。周りを見ると周囲にいた生徒達が何事かと俺を見つめている。う、いかん。少し熱くなりすぎたか。

 

「ふむ、確かに鈴の言う通りお互い言い合う場というのは良いと私は思う。葵がやったあの告白大会、一夏以外のあの二人の事は私も詳しく聞きたいしな」

 うお、なんだよ箒いきなり! あの雑誌が出てから学園祭が終わった後も聞いてこなかったくせに! というか箒、お前鈴の主張する女子会に乗り気なのか?

 

「そうですわね、それはわたくしも気になりましたわ。一夏さんはその……あまり女性に積極的な方ではありませんが、あの裕也という方は葵さんに一直線に思いをぶつけてましたし」

 

「凄かったよね、クラスに乱入した時から一夏や五反田君を思いっきり敵視してたり周りに人がいようが葵に告白しようとしたり。……一夏もほんの少しだけでいいから、ああいう情熱を僕にむけてくれたらなあと思っちゃった」

 

「クラリッサが『リアル青春キター! 大変良いものが見れましたよ隊長!』等と意味不明な事を言っていたが、確かにあの男が行った行動力は私も見習いたいと思う」

 

「じゃあ、そういうのを聞くためにも」

 

「そうですわね、鈴さんが言う通り女子会とやらは」

 

「うむ、絶好の機会だな」

 おいおい、何か箒に続いてセシリアにシャルロットラウラも何か乗り気になってるんだが。しかも、なんか目が輝いてるし。……やっぱ女子って恋愛話が好きなんだな

 

「……皆あの告白大会について聞いてこないから、私の事を思って放っておいてくれてたのかと思ってたのに」

 何てことはない、単に聞く機会を窺ってただけかよ。しかし、

 

「いい加減あれから結構経ったんだから、葵も気持ちの整理できたでしょ」

 鈴の言葉を聞き、俺は自然に笑みを浮かべてしまった。……ま、確かにもう色々決着ついたのは確かだ。

 

「そうね、その女子会とやらで皆聞きたがっていたあの時の事話してあげるわ」

 俺がそう言うと、皆目を輝かせて喜んでいく。よく考えたらあの時は皆に色々と心配させたからなあ。皆気にしてたようだし、そのお詫びも兼ねて話しておくか。

 

 

 

 

それに――――私も、ちょっと抱え込まずに、裕也や弾の時感じた事皆に話したいしね。あの時感じたあの気持ち、そして私が本当はまだ男を本当の意味で異性だと思えないと伝えたら皆少しは安心するだろうし。

あ、なんかそう思ったら私もちょっと女子会楽しみになってきたかも。この際だから普段聞かないような事を箒達に聞いてみたいし。

あ、でも待った。

 

「ねえ鈴、女子会するのはいいけど、場所はどうするの? あんまり人がいる所で話したくない話題もあるんだけど。でもIS学園の寮でやったら遅くまで部屋にいれないし、そもそも騒いだりしたら千冬さんにどつかれるわよ?」

 

「大丈夫、それは考えてあるわ。そもそもIS学園でやったら解放感が無く、皆の口が軽くならないし。学園外でやるわよ! それに時間を気にせずやりたいから、泊まり込みでね」

 

「泊まり込み! しかし鈴、それだと何処でやろうというのだ? 学園外で泊まるとなると外出許可証にも場所をちゃんと書かないといけないぞ。 旅館にでも行くのか?」

 

「何をそんな勿体無い事するのよ。箒、このIS学園はあんたの実家からそう離れてないんでしょ。箒、あんたの家貸してくれない? 事情があって引っ越してたようだけど、家は残ってるんでしょ」

 箒の疑問に、鈴がさも名案とばかりに言ってるけど……ああ、そういや鈴は知らないんだった。

 

「……すまないが鈴、私達一家が引っ越しを余儀なくされた為篠ノ之神社の運営を任せる為親戚の者が今私が住んでいた家を使用している。だから実家は使えない。使えるのは……道場ぐらいだろう」

 

「え、そうなの」

 暗い顔で言う箒に、鈴の顔が引きつる。ああ、鈴は箒の家を当てにしてたのね。

 

「流石に道場でやるのは……」

 

「女子会とはイメージがかけ離れてるよね」

 

「近所で集まる集会みたいだし」

 別に道場が悪い訳ではないけど、なんかこう雰囲気というものがない。

 

「ああ、どうしよ。箒の家で女子会して一晩中遊ぼうと思ってたのに」

 箒の家が使えないとわかり、鈴が頭抱えて悩みだしてるけど、鈴一瞬本音が漏れてたわよ。

 

「仕方ないね、じゃあ僕とラウラがいる部屋でやろうよ。他の皆は同室の子がいるし。お茶とか用意して皆で楽しもうよ」

 

「そうですわね、それが無難でしょうし」

 他に当てが無いため、シャルロットの意見に皆が賛成していく。

 う~ん、それでもいいんだけど……鈴の言う通り学園の寮じゃいまいち盛り上がれないし、どうせなら私も外出してハメ外したいし。あ、ちょっとまった。そういや明後日なら……

 

「ねえ鈴、その女子会いつ始めようと思ってた?」

 

「え、そりゃあ思ったら即実行! 明後日土曜日だからその日にやろうと思ってたわよ」

 明後日! よし、なら大丈夫ね。

 

「ねえ、それなら私の家で女子会しない」

 私の提案に、まず驚いたのが箒と鈴だった。

 

「え? 葵、お前の家は確か……」

 

「あんたの家は2年前に引っ越してもう無いじゃない」

 

「それなんだけど、私がIS学園に通うようになったしもう私の存在を秘密にする理由も無いから、お父さんとも一緒にいる許可も下りたのよね。だからお父さんも私がここにいるから、またこっちに戻ってくる事になったの。あの家は借家だったけど、まだ空いたままだったのは良かったわ。実は明後日に引っ越し業者が私の家に家具とか持ってくるから、整理するのに少し手伝ってくれたら私の家貸すわ。まあほとんど引っ越し業者さんがやってくれるから、小物整理位しかないけどね」

 

「そうなの! じゃあ葵の家で女子会するわよ!」

 私の言葉を聞き、鈴は再び目を輝かせていく。しかし、

 

「でもいいの葵? 引っ越し初日からお父さんいるのに僕達がいて騒いでも?」

 

「その日はお父様も葵さんと二人でいたいのでは……」

 

「……流石に久しぶりに会うのに野暮ではないだろうか?」

 シャルロット、セシリアに箒は怪訝な顔をしながら私に聞いてくる。あ、そういや普通はそう思うわよね。

 

「あ……、それもそうよね。葵、それはちょっとお父さんが可哀想よ。……久しぶりに会うんでしょ? なら家族優先にしなさいよ。日にちはまた来週にすればいいんだし」

 

「そうだな、家族というものは……大切にした方がいい」

 箒達の指摘で鈴も気付いたのか、今度は神妙な顔をしながら私に忠告していく。ラウラもどこか達観した顔で私に忠告しているけど……何か私凄い地雷を踏ませた気がする。いや、そもそもこのメンバーでそういう心配させるのって、ああ、私物凄く馬鹿だ!

 

「ちょ、ちょっと待って! 大丈夫! その日はお父さんいないから! 近くに住んでる私が家に家具を受け入れるだけで、お父さんが来るのはその翌日から! 本当は土曜日から来る予定だったけど、急に用事出来て来れなくなったみたいだから。だから土曜日はオールで騒いでも大丈夫!」

 周りの心配顔を見て、私は急いで誤解を解くことにする。いけないけない、この問題で皆を不安にしてはいけない。

 

「そ、そうなの。そういうことなら……明後日、皆で葵の家で女子会を開くわよ!」

 懸念事項が無くなった為、今度こそ鈴は楽しそうに鈴は女子会開催を宣言した。箒達も異議など無く、すでに何を私の家に持って行こうかで盛り上がっていく。

 一夏の件で皆に相談したかっただけなのに、こんなことになるなんて。

 でも、明後日の事を楽しみにしている自分に気付き、私も結構思考が女の子らしくなってきたのかなと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

    おまけ

 

「というわけで一夏。明後日は俺と箒達は俺の家で女子会するから」

 

「……女子会? 何をするんだ?」

 

「今の所多分菓子やジュース食べて飲んで、色々な話をして盛り上がろうな感じ」

 

「ふーん。まあいいんじゃないか? 男の俺抜きで、女子だけで騒いでこいよ」

 

「……拗ねるなよ一夏。こればかりは性別の問題というか、仕方ない事だろ?」

 

「……その女子会ってお前の家でやるんだろ? やけにお前乗り気だな」

 

「ああ、なんせ俺もよく考えたら元男という意識が心の奥底にあるんだよ。セシリア達は勿論、幼馴染の箒や鈴でもちょっと心の奥底で距離置いてる気がするんだよな。その距離感を無くすのに、この女子会は良い機会かなと思ってる」

 

「……そんなものあるのか?」

 

「? 一夏なんか言ったか?」

 

「別に」

 

「そう。まあ一夏も俺達が女子会するんだから、一夏も男子会やったら? 弾や御手洗達と一夏の家でさ。昔俺と一夏、弾の三人でたまに男だけで騒いだみたいに」

 

「男子会か……、よし! なら俺も男子会開いてやるよ! そして葵、後で参加したくなってもお前は参加させてやらないからな!」

 

「はいはい、なら明後日は俺は女子会。一夏は男子会を楽しんでこような」

 

「ああ、お前等が羨ましがる位盛り上がってやるぜ」

 

「……一夏、お前本気で拗ねてるんだな」

 

「やかましい!」




さてさて葵の家で行われる女子会、一夏の家で行われる男子会はどうなっていくのでしょうか?

とりあえず次話ではこの言葉が頻繁に登場することになります。


般若湯


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女子会 男子会 (中編)

最初3000文字位は読み飛ばしていいですよ


「一夏、シャワー空いたわよ」

 髪をタオルで拭きながら、体をバスタオル一枚のみで隠した葵がシャワー室から姿を現した。火照った体から湯気がほんのり出ており、少し赤みを帯びた顔からは少女から大人に変わりかけの色気が垣間見えた。葵は一夏の目の前を横切ると椅子に座り、机に置いているドライヤーをかける準備を始めていく。

 

「お、おうわかった……」

 一夏もシャワーを浴びようとタオルを手に取りながら準備を始めるが、視線は葵の姿に釘付けだった。葵はすぐ側に同年代の少年がいるというのに、全く警戒心無くドライヤーをかけながら髪を乾かしている。約二年半前は男だった元親友のその光景は最近ではほぼ毎日見ているのに、一夏は未だに慣れる事はなかった。いや、日を増すほどに、一夏は葵が男から女に変わった事を痛感し意識してしまうようになった。何故なら女になった葵のタオル一枚で隠れたその肢体は、同学年の少女と比べると明らかに発達していた。

掌からこぼれそうな程大きな胸から出来る谷間、すらっと伸びている細い綺麗な足、腰半ばまで伸びている艶やかな髪をモデルから探しても見つからない程綺麗な顔をしている少女が乾かしている光景は、健全な青少年の視線を釘付けにするには充分すぎるものであった。

同年代の異性が目の前にいるというのに、葵のこの無防備すぎる態度はかなり問題がある。しかし葵がそのような事を気にしないのは、葵が2年以上前は男として過ごしていた為か、または一緒にいるのが親友の一夏だからなのかは、それは葵本人しか与り知れぬことである。

しかし葵から心許されていようとも、ここで無遠慮に葵を凝視してしまっては、葵から嫌われると思い一夏は横目で、葵に気付かれないように視線を注いでいく。自覚しながら葵の姿を見てしまう一夏の中で、葵という存在は日増しに増えているのをまだ一夏は自覚していなかった。

 

「じゃあ葵。俺もシャワー浴びるな」

 もっと見ていきたかったが準備が終わってしまったので、いつまでも動かなかったら変に思われる。名残惜しい思いをしながら一夏は立ち上がり、シャワー室に向かうが、

 

「あ、ちょっと待って一夏」

 途中で葵から呼び止められた。振り返る一夏に、

 

「さっき石鹸使い切っちゃったから、新しいやつね」

 そう言って葵は一夏に近づき、新しい石鹸を一夏に手渡した。近くまで来た葵から、石鹸の匂いと、それだけで無く葵本人から発する香りを一夏は嗅いだ。

 

「お、おうそうか。わかった。サンキュな」

 未だにバスタオル一枚の姿の葵から、一夏は石鹸を受け取る。その時正面から葵を見てしまい、一夏の顔は赤面していった。一夏と葵は身長差はそんなに無い。しかし葵よりも高い身長の一夏は、正面から見据えた場合若干ながら葵を見下ろす事になる。自然に視線は下がり結果―――、一夏の視線は葵が持っている石鹸と共に、葵がバスタオルで隠している胸の谷間を近くで見てしまった。

 顔を赤くしながら一夏は石鹸を受け取り、すぐに後ろを振り向こうとしたが、

 

「ちょっと待った」

 再度葵に呼び止められてしまった。今度はなんだよと思いながら一夏は振り向くと、

 

「一夏、顔赤いわよ。熱あるんなら今日はシャワー浴びるのやめたら?」

 何か心配している表情を浮かべながら、葵は一夏の額に手を当てた。

誰のせいだよ誰の! と一夏は内心で毒づくも、それを言葉に出すことは出来なかった。さっきよりも近づいた葵が、目の前にいたからだ。目の前にいる葵は一夏の熱が無いか確かめているようだが、その葵の行動にさらに一夏は困惑し顔をさらに赤くすることとなる。心配そうな顔を浮かべる葵からは、先程も嗅いだ風呂上がりの匂いと先程よりもさらに近づいたため葵の大きな胸が一夏の鳩尾辺りに押し付けられる。そこから感じられる感触は、じりじりと一夏から理性を奪っていった。

 

「……ん? 別に熱は無いみたいね? なら大丈夫かな」

 一夏の額から手を放した葵は、そう言って一夏に笑いかけた。

自分の事を心配し、気にかけてくれる葵。純粋に好意から一夏を心配し、笑顔で微笑む葵の姿を見て―――――

 

 

一夏の中であるものが壊れてしまった。

 

 壊れた一夏は、まだ自分を見ている葵を

「―――――――え?」

 

 力任せに、すぐ傍にあるベットの上に押し倒した。

 

「え、ちょっと一夏!」

 突然押し倒され、自分の両肩を掴んで拘束する一夏に葵は混乱した。急に押し倒されたせいで、バスタオルが解け葵の肢体が一夏の視線に晒されている。その事に気付いた葵は、流石に裸を見られるのは恥ずかしいのか顔を赤くしタオルで体を隠そうとしたくても、一夏が押さえつけているので出来ない。

 

「ちょっと一夏! いい加減に」

 しないと怒るわよと言葉を続けようとする葵だったが、それは敵わなかった。何故なら葵の口は―――、一夏の唇によってふさがれてしまったからだ。

 

 突然の事態に頭が真っ白になり、葵の体から動きが止まった。唇と唇が触れ合うだけのキス。その感触に葵はしばし呆然としながら、しかし不思議な事に嫌悪感を抱かずにしばし一夏の唇を受け入れた。反応が無い葵に一夏は少し動揺したが、再び意を決しさらに唇を葵の口に押し付けた。

 

「――――!!!」

 葵の口から、声にならない声が漏れ、そして同時に何かが絡みつくような音が両者の口から漏れていく。一夏のさらなるキスの感触に、葵は再び驚き一夏を引き剥がそうと手に力を込めるも不思議な事に、普段なら造作も無く一夏を吹き飛ばせる程の力を出せるはずなのに……葵はそうすることが出来なかった。

 

 

 

  しばらくの間、両者の口から漏れる音のみが部屋に響いていった。

 

 どれだけの時間が経ったのだろうか、両者もわからないまま互いを貪りつくした後二人は示し合わせたかのように自然と唇を離した。一夏も葵も、恍惚とした表情を受けべながら互いの表情を見つめていく。もはや一夏は葵を押さえつけていなかったが、葵は逃げずに横たわっていた。

 しばし無言で見つめ合う二人だが、

 

「葵……あ~、その、…………」

 先に言葉に出したのは一夏だった。しかし途中で言葉に詰まり、その先が出てこない。面白い程顔を真っ赤にしながら一夏は、葵に何か言おうと四苦八苦する。

 

「ねえ一夏……キスより先に進みたい?」

 そんな一夏に助け舟を出したのは葵だった。狼狽する一夏を見上げながら、葵は優しく一夏の微笑む。葵の言葉を聞き、物凄い勢いで一夏は頭を上下するも、

 

「でも私はいや」

 にっと笑いながら葵は否定の言葉を口にした。その言葉に一夏は絶望の表情を浮かべるも、

 

「だってその前に……言わなくちゃいけない言葉があるでしょ」

 顔を赤くした葵が顔を背きながら呟いた。葵の表情と態度に、一夏は葵が言って欲しい言葉がなんなのかをすぐに理解した。

 

「葵」

 一夏の呼びかけに、葵は顔をまた正面に戻す。そして葵の顔を見据えながら、

 

「葵、好きだ。俺の恋人になって欲しい」

 ありったけの勇気を込めて葵に告白した。

 そして一夏からの告白を受けた葵は、ゆっくりと、とても嬉しそうに笑みを深くしていき、

 

「言うのが遅いのよ、ばーか」

 ありったけの親愛を込めて一夏に呟いた。

 

「で、葵。返事」

 一夏の言葉は途中で閉ざされた。理由は、

 

「!!!」

 今度は一夏でなく、葵から唇を閉ざされたからだ。そしてすぐに唇は離れ、

 

「今更返事はいらないでしょ。でもあえて言ってあげる。―――私も一夏が大好きです」

 一夏同様に、顔を真っ赤にした葵が嬉しそうに呟いた。

 

「でも私、元男だよ?」

 

「今は完全女だろ。全く問題無い!」

 

「周りから男の頃から好きだったんじゃ?とかで潜在ホモとか言われるかもよ?」

 

「だから今のお前の姿を見て、女と付き合ってると思わない奴はそっちが異常者だ!」

 

「へえ、うん。そうかな」

 

「そうだ、だから」

 

「うん一夏、私も、一夏とならいいと思ってたから」

 そう言って、再び愛おしそうな顔で葵は微笑んでいく。一夏は、葵の顔からさらに下に視線を下していき―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、この後めちゃくちゃセック○したとかがあったんだろ!」

 

「マジかよ織斑! テメエ羨ましすぎるだろこのリア充! 死ね! マジで死ね!」

 

「あ~、どこだったかな? 確かこの辺りに地獄○女というのがリア充を地獄送りにしてくれるサイトあったような……」

 

「なわけあるかアホー!!!」

 午後11時、夜中の俺の家で俺の叫び声が轟いていった。

 

 

 

「おい織斑、近所迷惑だぞ」

 

「全くだ、ガキじゃねーんだからTPPってのを考えろよ」

 

「それをいうならTPOだろ」

 

「アメリカを始めとした日本含め12ヶ国から怒られるのか。さすが世界唯一人の男IS操縦者はスケールが違うぜ」

 

「どうでもいいしお前達に言われたくねーよ! そもそも猿渡、何だよそのありえない妄想は!」

 

「何! そういう事態になってないとでもいうのかよ! お前と葵、さっき聞いたら部屋同じとか抜かしたじゃねーか! ならそんな事態にならない方がおかしいだろ! イン○か貴様!」

 

「二つの意味でなわけあるかー!」

 テンション高い猿渡の指摘というか妄想に、俺もやけにテンション高く答える。俺の横で大石と御手洗が「嘘くせえな」「いや猿渡の弁護じゃないが普通部屋一緒ならなんかイベント起きるよなあ」と顔を赤くしながらグラスを傾けながら中身を飲み干していく。

 

「ま、一夏の言う通り何もないが正解だろ。一夏にそういう方面期待する方が無駄だ」

 弾が俺の潔白を援護してくれるが……なんだろう、心なしか馬鹿にされているように感じるのは気のせいか?

 

「は~、お前達に相談したのが馬鹿だったよ」

 アイスピックでロックアイス砕いてる大石や「次どれにすっか~~」と言って麦や米や芋や果物が発酵、蒸留した液体が入っている瓶を眺めながら言い合っている御手洗、猿渡、弾を見ながら、俺は心底そう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端は、葵が俺抜きで女子会をすると言うので、俺も対抗し男子会をやろうと思ったからだった。よく考えたら何時も女子しかいないIS学園で過ごしてるから、たまには男だけで騒ぎたいと思った事があるのは確かだし。

 そんなわけで俺の家に弾や御手洗、大石に猿渡を呼んで男だけで遊び倒すことにした。何故か四人とも大きなリュックやら鞄かついでうちに来ており、中身は何なのか聞いても教えてはくれなかった。

最初は「IS/VS」をやり、弾がテンペスタⅡで無双してたら大石が「隠しコード発動!」とか言って裏技で千冬姉の葛桜を出し、そのあまりのチート性能に弾も俺も皆ボロ負けした。チートに加え、千冬姉が大石に操らてると思うと俺はやる気なくし、俺がやらなくなったので弾達も「IS/VS」を止めて、今度はマリカーとスマブラで白熱した戦いを繰り広げる事となった。

 そして午後7時過ぎ、腹が減ったので俺が飯を作ろうとしたら、

 

「一夏、飯なら心配するな。俺が持って来たぜ!」

 そういって弾は大袋からいくつものタッパーを取り出してテーブルに並べていく。蓋を開けるとから揚げや豚角煮、コロッケに卵焼き業火野菜炒めと厳さん特製のおかずがそこにあった。しかし、

 

「ん? 弾、何で枝豆が一番大きいタッパーに大量に入ってるんだよ?」

 何故か一番大きなタッパーに大量に入っている枝豆を見て俺が疑問に思っていると、

 

「おいおい一夏、これからいるだろそれが」

 弾はニヤニヤ笑いながら答えをはぐらかした。いや、俺枝豆好そんなに好きじゃないぞ?

まあいいか、おかずあるならごはん炊くだけでいいかと思ったら、 

 

「あ、一夏! 俺達も夜の準備してきたぜ!」

 

「お前の好み知らないから適当に沢山もってきたぞ」

 

「ふふ、今夜はパーティだな」

 今度は御手洗に大石、猿渡が着た時気になっていたリュックやらバックを開けて中身を出していく。

 そしてテーブルの上に並んでいく柿ピーやビーフジャーキ、ドライフルーツにそして……日本語や英語で書かれている、穀物や果物を発酵やら蒸留された液体が入っている瓶が並んでいく。って、ちょっと待て!

 

「おおい! これって」

 

「いやあ購入するのに苦労したZE!」

 

「なんせ最近じゃお使いでも売ってくれないもんな」

 俺が抗議の声を出す前に、大石と猿渡が良い顔で何か言ってくる。

 

「いや、これは」

 

「おーい、皆! キンキンに冷えてるぜ~」

 俺が再び抗議の声を出す前に、御手洗が台所から現れた。手には缶が五缶抱えられており、そのラベルを見た俺は、思わず呻いた。……うん、テレビでよく宣伝されてる、大人に大人気のアレだからだ。

 

「一夏、勝手に冷蔵庫借りたぞ。あ、心配するな。これはお前のお姉さんの飲み物じゃねーから。俺が買ってきたやつだぜ」

 

「そんな心配はしてねーよ! お前等何考えてるんだよ!」

 確かに俺は男だけで騒ごうとか思ってたけど、それは最低限の節度も守ってやろうと思ってるんだよ!

 

「俺達未成年なのにこんなさ」

 

「バッカ一夏! 何あほな事口走ろうとしてやがる!」

 テーブルの上に並んでいる物の名前を叫んで注意しようとしたら、その前に大石の手で俺の口は塞がれた。うお、全く接近に気付かなかった!

 

「全く、大石の言う通りだぞ一夏。まさかお前、ここに並んでいる物を指さして頭文字が『さ』で、最後に『け』の文字がつく飲み物だと言おうとしたのか?」

 

「ふご、ふご!」

 御手洗の言葉に、それでなくなんなんだよと喚いたが、口が塞がれているので呻き声しか出ない。

 

「いいか、一夏ここに置いてるものは………般若湯だ」

 

 般若湯

 

口を塞がれている俺に真面目な顔をしながら、御手洗は俺にそう言った。

 

「全く、一夏の奴は何を誤解してるのやら」

 

「そうだな、まるで俺達が不良みたいじゃないか」

 ははは、と笑う御手洗と猿渡。そんな二人をよそに、弾の奴は人数分の皿とグラスをテーブルに並べている。……弾、俺お前だけは信じてたんだけど。

 

「そういうわけだ一夏、間違っても変な事言うんじゃねーぞ」

 そう言って俺の口を塞いでいた手を大石が放した。

 

 ああ、そうか般若湯か。なんだ、確かにそれなら大丈夫か! 何俺は取り乱したんだろうなあ。 

 さっきまでの自分を恥ずかしく思いながら、俺は再びテーブルに並ばれている瓶を眺める。うん、よく千冬姉が好んで飲んでる液体もあるけど、あれは瓶が同じなだけで中身は般若湯だから全く問題無し――。

 

「って、そんな風に思えるわけあるか!」

 

「おいおい、何また興奮してるんだよ一夏。何度も言うがこれは般若湯だから全く飲んでも問題無いんだぞ」

 

「ならこれもって交番の前で飲んでみろよ!」

 

「……一夏、般若湯は敬虔なる仏教徒以外は誤解されやすい。信心深い俺達なら理解できるが、全ての警官が信心深い仏教徒とは限らないんじゃ」

 俺のつっこみに、大石は某魔法学校の校長みたいな穏やかな顔をしながら返事を返した。

 

「大体、お前達本当に仏教徒なのか? お前等の家に仏壇とか見た事無いが」

 4人の家には俺も遊びに行ったことあるが、そんな物無かった気がする。

 

「おいおい、何を言ってるんだ一夏! 俺はとても真面目な仏教徒なんだぜ!」

 俺の指摘に、猿渡が胸を張って反論し、そうだそうだ! と御手洗に大石が続く。

 

「その根拠は?」

 胡散臭い目しながら俺は猿渡達に尋ねてみた。

 

「俺の親父の実家って伊勢神宮の近くなんだよ。だから毎年初詣はそこでやってるんだ。元旦にわざわざ凍えながら参拝してるんだぞ! これほど立派な信者はいないだろうが!」

 

「俺も親父の実家が広島なんだよ。似た理由で毎年厳島神社で参拝してるぜ!」

 

「俺はお袋の実家が島根だから出雲大社に行ってるぜ!」

 

「俺はどっちも実家ここだからなあ。でも毎年篠ノ之神社に」

 

「神社は神道だアホ~~~~~!」

 せめて一人くらい寺に行ってろよ!

 

「いや一夏、昔は神社も寺も同一としてだな」

 

「そんな豆知識知ってるわ! でも敷地内に一緒にあるだけで区別はされてたんだよ!」

 なんかそんな事束さんが言ってた気がする。

 

「ったく、お前等も良い事と悪い事の区別位つけろよなあ」

 情けない声を出しながら俺はテーブルに乗った物を片付けようとした。すると、

 

「はあ……悲しいなあ」

 酷く悲しげな呟きが聞こえた。声がした方を向くと、悲しそうな顔をしながら、御手洗は俺を見つめていた。いや御手洗だけでない、大石に猿渡、弾まで悲しそうな顔をして俺を見つめている。

 

「せっかく普段会えない一夏の方から声を掛けられ、俺達嬉しかったのに」

 

「一夏は女子しかいない学校に無理やり行かされたから、ストレス貯まってそうだから発散させてやろうと無理して用意したのになあ」

 

「まあここのホストは一夏だ。一夏が嫌がるなら止めておこうぜ」

 

「ああ、そうだな……」

 暗い雰囲気出しながら大石、猿渡、弾、御手洗は般若湯と言い張った物を片付けていく。

 う、俺が正しいはずなのに……なんだこの俺が悪いみたいな雰囲気は?

 

「ああ、そうだ。般若湯のつまみしか無いからちゃんとした飯用意しないとな……」

 

「あ、俺ちょっと外行って買ってくるよ……」

 弾が悲しげな顔をしながらタッパーにある料理を見つめそう呟くと、これまた悲しげな顔しながら御手洗がゆっくりと立ち上がり玄関に向かっていく。猿渡と大石は泣きそうな顔で物を鞄に詰めていき―――

 

「だああ! わかった! わかったよ! これは全部般若湯! だから飲んでも問題無し!」

 あまりの空気の重さにとうとう俺は耐えきれず、般若湯だと認めた。

 

「よし、じゃあまずはこの泡麦茶で乾杯しようぜ!」

 

「この米からできた飲料は冷蔵庫で冷やした方がよくないか?」

 

「この親父のコレクションからくすねたイギリス製の液体は氷がいるな」

 

「心配するな、ロックアイスは泡麦茶と共に冷凍庫に放り込んでいる」

 

「切り替え早!」

 俺が般若湯だと認めた瞬間、弾達は一瞬にしてテンション最高の状態に戻り宴会の準備を進めていく。

 

「ようやく認めたか一夏。まあ良い子ぶるんでなく、俺達の年齢じゃちょっと冒険してみたいよなあ」

 全てわかっているという顔しながら大石は俺にニヤついてくるが、単純にさっきの暗い雰囲気じゃこの先盛り上がり不可能だと思ったからだよ!

 

「……というかお前達、やけに手際いいな」

 もしかして俺抜きでよく飲んでるのか?

 

「気のせいだぜ一夏! さあ、今夜は飲み明かそうぜ!」

 飲む前からテンションが上がっている猿渡の声を聞きながら、俺も準備に取り掛かる事となった。

 

 

 

 こうして、俺が今後一生忘れたくとも忘れる事の出来ない男子会が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ここがあの女のハウスね?」

 

「……何言ってるのラウラ?」

 

「あの女も何も葵の家よここ」

 葵の家を前に呟いたラウラに、あたしとシャルは呆れながらツッコミを入れた。

 

「いや、我が軍の副官から嫁の女友達の家に行くときは、その家の前でそう呟くのが日本のマナーだと聞いたのだが?」

 

「まあ、日本には変わった風習がございますのね?」

 

「待て待て! そんな奇習我が国には無い!」

 ラウラの言葉にセシリアが頷いたので、日本人たる箒が慌てて否定した。……うん、あたしも日本は数年しか住んでないけど、そんなの聞いたこと無いし。ラウラの副官さんの日本観ってどうなってるんだろ?

 

 

 今日は以前あたしが提案した女子会を葵の家でやるという事で、現在あたし、箒、セシリア、シャル、ラウラの五人は葵の家に向かっている。葵が一緒でないのは、葵はあたしたちとは別に朝早くから自宅に行き、引っ越し業者から荷物を受け取るため家で待機しているからだ。

 2年前引っ越しをし、その後色々あって葵と葵のお父さんは一緒に住む事が出来なくなった。でも今年の夏に葵が正式に日本の代表候補生と認められたため一緒にいる許可が下りたから、葵のお父さんは葵の近くで住む事を決めたみたい。許可が下りるとすぐに葵のお父さんは今やっている仕事を代わりの者に押し付け、強引に引き継ぎさせてこっちに向かってると葵から聞かされた。

 葵のお父さん、結構放任主義だった気がするけど……やっぱり息子が娘になったから過保護になったのかな?

 葵の家を知っているあたしと箒がセシリア達に案内し、そしてあたし達は葵の家に辿り着いた。

 

「……うん、変わってないわね」

 

「そうだな、私の記憶ともそう変わってない。……久しぶりだ」

 葵の家を眺めながら、あたしと箒は少し感傷にかられた。其処ら辺に建っている一戸建て住宅よりちょっと大きいだけで、さして特色があるわけでもない。でも、あたしにとって、おそらく箒にとっても一夏の家と同じ位、遊びに行った友達の家なのよね、ここって。

 

「はいはい、二人共懐かしがってないで、早く中に入ろうよ。葵中で待ってるし、葵の引っ越しの手伝いしないといけないしね」

葵の家を眺めているあたしと箒に、シャルが苦笑を浮かべながらインターフォンを押した。後ろを向くとセシリアが苦笑して、ラウラは……まあキョトンとしてるわね。

 インターフォンを押して数秒後、

 

『はい、どちら様ですか?』

 

「葵、僕達だよー!」

 

『あ、早かったわね。鍵開いてるから中に入って来て』

 

「だって。入ろっか」

 そう言ってシャルは、笑って道を譲った。どうも最初に入るのはあたしと箒に譲ろうとしている。変に気が回るこの子に苦笑し、

 

「じゃあ皆入りましょうか、行くわよ箒」

 

「ああ、わかった」

 せっかくの好意を貰う事にした。箒もシャルの気遣いに気付いてるのか、シャルを見ると苦笑を浮かべていた。

 中に入り、あたしは玄関に手を掛ける。その時、あたしの脳裏に二年前の光景がよぎった。

 急に学校に来なくなった葵を心配し、一夏と弾、あたしの三人はこうやって葵の家の玄関を開けたら、そこは空虚な空間になってて、家具は無くなりあるのは3通の手紙のみ。

 一瞬嫌な光景を思い出してしまい、手が硬直する。しかし、

 

「こんばんわー、葵来たわよー!」

 それを振り払うよう、あたしはドアを開き中に足を踏み入れた。

 玄関から見える光景は、二年前とは違っていた。模様替えをしたのか、二年前には無い家具や小物があちこち置いてある。しかし前と違い、何も無い空間じゃない。それに玄関入り口では、

「いらっしゃい鈴。待ってたわよ」

 笑顔を浮かべている葵が出迎えてくれた。

 

「うむ、久しぶりだったが迷わずに来れたぞ」

 

「いらっしゃい箒。セシリアもシャルもラウラもいらっしゃい」

 おじゃましまーすと言いながら、シャルにセシリア、ラウラも中に入っていく。

 そんな皆を葵は笑顔で出迎えている。

 何でもない光景だけど……何だろう、これが無性に嬉しく思うのは。

 

「鈴? 何さっきからニコニコしてる訳?」

 どうやらさっきからあたしは良い笑みを浮かべてるようだ。でも、それはしょうがないと思う。

 

「あんたにはわからないことよ」

 葵の疑問に、あたしはただそう言って中に入っていった。

 

 

「さて、引っ越しの手伝いをしようと思ってけど……なんかその必要なさそうだね」

 居間に通され、ソファーに座りながらシャルは周りを見渡し苦笑を浮かべた。他の皆も同じ表情を浮かべている。何せ周りを見渡しても既に家具が設置されており、廊下にも部屋にも未開封といった段ボール箱がないもの。

 

「ええ、なんか予定時間よりも早く引っ越し業者さん来て、私も荷物おろしとか手伝おうとかしたんだけど『必要ありません! ゆっくりしていてください!』と凄い剣幕で断られちゃった。その後業者さん達が物凄くテキパキと荷物片付けて配置してくれたからやる事無かったわ。食器とか小物や本も指定した食器棚やタンス、本棚にしまってくれたし。……間違えて私の下着入った段ボール開けられて開けた人が仲間数人からリンチされ土下座で謝られたりとかあったけど、他は問題無く片付いたわ。終わった後『また是非ともうちを利用してください』とか皆から言われたけど、そう引っ越ししないっての」

 葵はあたし達にお茶の用意をしながら、引っ越しの様子を話をし笑ってるけど……葵、多分早く終わったのはその引っ越し業者達があんたに良い姿見せようと張り切ったせいよ、きっと。

 さっきは何とも思わなかったけど、良く見たら今日の葵の格好は、ある意味あたしの予想を裏切ってくれた。

 葵の服装だが、白いネックセーターに、少し黒色の細身のシーパンを履いている。スタイルの良い葵に大変似合っており、これならアホな男共は葵に良い所見せようと張り切るだろう。

 セーターにジーパン。これだけなら男の頃と変わらないチョイスだけど、良く見たら両方とも女物だ。夏の間よく男時代の服を流用して葵は着ていたけど、ちゃんと女物の服も買っているようね。何時もIS学園じゃ制服とジャージばかり着ていたから不安だったけど大丈夫なようで安心した。今日は皆で女子会しようというから、葵も女物揃えたという理由かもしれないけど、そんな理由でもいいのだから。葵は、ちゃんと正しく変わったんだとわかったから。

 

 あ~、でもそれが一夏は歓迎してないのよねえ。

 

 

 

 

 

 

「皆、お菓子の用意出来たわよ」

 時刻は5時。お茶を飲みながら6人で雑談をしながらまったり過ごしてたけど、そろそろお菓子の準備をすると言って葵は台所に行き……そして大量のお菓子が葵の手によって並べられた。

 

「うわ…、凄いねこの量」

 テーブルの上に並べられたお菓子の山を見てシャルが少し呻いた。

 

「これはまた……張り切りましたね葵さん」

 

「食べきれるのか、これ?」

 

「いや、無理だろ」

 おそらく女子会という事で、葵は張り切ってあたし達をもてなすためにお菓子を作ったんだろうけど……テーブルにはケーキやクッキーといった西洋菓子から胡麻団子に桃マンといった中華菓子、羊羹から桜餅といった和菓子も揃えており和洋折衷盛りだくさんのお菓子の山が、あたしの目の前に積み上げられた。

 

「飲み物は紅茶からウーロン茶、緑茶まで買ってきたから好きな物飲めるわよ」

 

「そ、そうなの。じゃあ、とりあえず皆紅茶にしよっか」

 

「わかった」

 あたしがそう言うと、葵は鼻歌混じりに紅茶を入れる準備を始めて行った。……もしかしてこいつ、学園祭でメイドやっていて評判良かったと聞くし、そっちの道に進んだ方が天職なんじゃ?

 そして全員の前にお茶が置かれるのを確認すると、

 

「じゃあ、一夏抜きの女子だけの女子会! 始めるわよ!」

 あたしは女子会の開始を宣言した。

 

 

 

「で、鈴。女子会って何をするの?」

 あたしが開始宣言した直後、葵があたしに疑問を口にした。

 

「え、あの時言ったじゃない? 男の一夏抜きで普段言えない事を語り合いましょうって」

 

「一夏抜きで言えない事?」

 

「鈴さん、例えばどんな事です?」

 

「ふっふっふ! そんなの決まってるじゃない。一夏の前じゃ出来ない事! そして女子会の鉄板トークと言えば、ずばり『コイバナ』よ!」 

 ラウラとセシリアの疑問に、あたしは胸を張って答えた。

 

「あたしたちがもっとも喰いつきやすい話題と言ったらこれは当たり前でしょ! そして一夏がいない今、普段言いづらい事とか言えるじゃない! 例えば、初恋の相手は誰とかね!」

 まああたしの場合それ一夏なんだけどねー。

 

「じゃあ箒から時計回りで、初恋の相手を白状してもらうわよ!」

 ちょっとテンション上げてあたしは箒に聞いてみたが、

 

「私の初恋って……一夏なんだが」

 箒は顔を赤くし、なんか今更な名前を口にした。……まあこいつはあたし以上に古くから一夏の幼馴染やってたものね。当然っちゃ当然か。

 

「じゃあ次セシリア!」

 

「え、えと……わたくしの初恋も一夏さんなんですが」

 セシリアも箒同様、顔を赤くしながら一夏の名前を口にした。

 

「え、そうなの? あんたイギリスにいた頃は」

 

「……わたくし父親がある理由で失望しておりまして、そしてこの女尊男卑の風潮も合わさって男性をまともに見ようとしなかったのですの。そんな中、一夏さんだけはわたくしが思っていた」

 

「あ~シャル、あんたは誰なの?」

 

「ちょっと鈴さん!」

 なんか話が長くなりそうだし、その話も惚気で終わりそうだったからあたしはシャルに話を振る事にした。

 

「僕? えっとね、皆の期待を裏切るようで悪いんだけど……僕も一夏が初恋の相手なんだ」

 

「……そうなの?」

 

「うん、僕数年前はお母さんと一緒にフランスの小さい村に住んでたんだけど……その時は一緒に遊んでた男の子達はそういう対象に見る事無かったし。お母さんが死んでからはお父さんに引き取られたんだけど……正直お父さんに良い感情は抱かなかった。お母さんとの関係を思うとね。だから僕、ちょっとした男性不信になってたんだ。そんな僕が男の振りして一夏に近づくなんて滑稽だったけどさ。でも、僕は一夏に会う事で」

 

「ラウラ、あんたは?」

 

「最後まで言わせてよ!」

 またしても壮大な惚気が始まりそうな気がしたので、あたしはラウラに話を振った。……あ、聞くまでもなかったわ。

 

「無論私の初恋は嫁だ!」

 

「あ、うん。そうよね。聞くだけ無駄だったわ。じゃあ次葵」

 そしてあたしはさりげなく、そして実はもっとも聞いてみたかった奴に話題を振った。

 まあ正直、あたしも含めこのメンバーの初恋はどうせ一夏だろうと思ってたし。だから一番の未知数を秘めた葵の回答が、あたしは一番楽しみにしていた。

 中一まで男だったんだから、女子の名前が出てきたらそれはそれで面白いし。でも今は男だし、でも男の頃から男に初恋抱いてたとかだったら、さらに一夏の名前が出たりしたら……!

 おそらくあたしだけでなく、箒達も期待しながら葵の回答を待っているわ。さあ葵! あんたの初恋の人は!

 

「……ごめん、実は私初恋まだなのってええ! 何皆その落胆した表情は!」

 葵の返答に、あたしを含め全員ががっかりした。

 

「全く葵、お前には失望した」

 

「だって箒、私って知っての通り男として生活してたけど本当は女だったのよ。それが精神にまで影響してたのか知らないけど男の時も女子はあんまりそういう対象に見えなかったし、今は今で男としてのアイデンティティみたいなのが残ってるから男見てもいまいちピンとこないし」

 

「そうだとしても0は流石に期待外れも良い所だ。私を含め皆一応相手はいたのだぞ」

 

「本当ですわ、もしかしたら初恋の名前に箒さんとか鈴さんの名前が出るかもしれないと期待してましたのに」

 

「え、あたしが!」

 

「あ、そういえばそうだね。箒も鈴も葵の幼馴染みだったんだから」

 

「いやいやセシリア、シャル。それはないから」

 セシリアとシャルの指摘に、葵は苦笑いを浮かべながら顔の前で手を振り否定した。……いや、あたしもそういう目であんたを見た事は無いけど、なんかむかつくわね。

 

「葵、それはどういうことだ」

 

「だってさ箒、さっきも言ったけど私は恋とかピンと来なかった上に私は箒と鈴から『一夏と付き合えるようになるにはどうしたらいい?』と相談される立場だったのよ。それなのにどうやって私が箒と鈴をそういう目で見れるのよ」

 箒も若干あたしが思ったのを感じたのか、少し剣呑な目をして葵に聞くが葵の返事を聞いて目を逸らした。……そりゃあたし達がそんな事やってたら、そうなるわよね。

 

「で、最後に鈴の番になったけど……、聞くまでもないよね」

 

「ええ、鈴さんも一夏さんでしょうし」

 

「何だ、ここにいる全員、いや約一名除いて皆嫁が初恋相手なのか」

 最後にあたしの番になったけど、あたしが言う前にシャルとセシリアが言ってしまった。……もしかして、さっき話を斬ったからそれの恨み?

 

「女子会での話題その一、初恋話はあっという間に、そして盛り上がらずに終わってしまったな」

 

「修学旅行とかなら盛り上がって話す女子の鉄板話題なのに」

 

「そりゃ全員相手が同じだったら、ねえ」

 

「あ~もう、じゃあ次! 次の話にするわよ!」

 

「次って、次は何の話にするの?」

 

「決まってるじゃない、またコイバナよ」

 葵の疑問に、あたしは少し意地悪な笑みをしながら返した。

 

「え、でも初恋が終わって次のコイバナって……」

 

「今好きな殿方の話になりますの?」

 

「まさか。そんなのここにいる連中の名前は初恋から変化ないのは聞くまでも無い事でしょ。あたしが聞きたいコイバナは……葵、あんたの島根での恋愛事情よ! なんかIS学園に乗り込んできた裕也とか、あの写真見る限りあいつ以外にもあんたに告白してきた奴いたんじゃない? ねえ、その辺どうなの?」

 

「えええ!! ちょっと鈴何を」

 何か言いたくないのか、葵は嫌な顔をしてあたしを非難しようとしたが、

 

「そうですわね! 是非ともそれはあたくしも気になってましたわ!」

 

「うんうん! 前も言ったけどその辺は僕も興味ある!」

 

「……元男の葵の方がそういう方面に詳しくなったのはある意味忸怩たる思いがあるが、今後の参考の為にも私も聞きたい」

 

「うん、なんかクラリッサから葵にその辺は根掘り葉掘り聞いて報告してくれと言われている」

 さっきまでの初恋話よりも数段目を輝かせながら、セシリア達は葵に詰め寄った。……あ~うん、他人の恋愛事情に興味津々なのはやっぱりこの子達も変わらず女の子なのね。ま、あたしも人の事は言えないけどさ。

 皆から詰め寄られ、困惑した葵だけど、

 

「……は~、わかったわよ。話してあげる。まあそれについて質問されるのは最初からわかってたしね」

 溜息つきながら了承した。しかし葵、あんた顔は嫌そうな顔してるけど、目はそこまで嫌がってるようには見えないわよ。実は話す気満々だったんじゃない?

 

「でも、その前に私の相談に乗ってもらうわよ」

 

「相談? 何それ?」

 何の事かはわかってるけど、あえてあたしはしらばっくれながら聞いた。

 

 

「あのねえ、そもそもこの女子会を開くきっかけとなった話を忘れた訳? 最近一夏が何故か私を監視しているって話よ。……なんか今日も朝から背中に視線を感じてたのよね。マジでなんなの一夏? 言いたい事あるなら言って欲しんだけど」

 そう言って、葵は再び大きなため息をついた。親友だと思っている相手から理解不能な事をされ、困惑しているようだけど……うん、流石に罪悪感出てくるわね。横目で箒を見てみると、箒も何か申し訳ない顔して葵を見てるし。

 

「わかったわ、葵。その件について相談に乗ってあげる。でもその前に謝らなければいけない事があるのよ」

 

「謝る? 何の事?」

 頭に疑問符を浮かべている葵に、

 

「ごめん、それあたしのせいだから」

「すまない、一夏がそうなったのは私が余計な事を言ったからだ」

 あたしと箒は、同時に謝って葵に頭を下げた。

 




思いのほか長くなりましたので、中編にし次の後編で話を纏めます。


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女子会 男子会 (後編)

燃え尽きた……


 最近一夏が俺を監視? ストーキング? している事を鈴達に相談したら、

 

「ごめん、それわたしのせいだから」

「すまない、一夏がそうなったのは私が余計な事を言ったからだ」

 

 何故か鈴と箒に謝られてしまった。……何だそれ?

 

「鈴さん箒さん、どういうことですの?」

 

 意味が解らないのは俺だけでなく、セシリアも困惑した顔で二人に尋ねた。シャルもラウラも似たような表情を浮かべている。

 

「いやさ、実はあたしと箒あんたに相談される前に、一夏から相談を受けたのよ」

 

「一夏から?」

 

「その相談内容なんだが葵、一夏はお前が昔と変わってしまいわからなくなったと言っていた」

 

「はあ?」

 何を今更言ってるんだあいつは?

 

「正直そんな質問答えるのも馬鹿らしいから、あたしと箒は一夏にこういったのよ。『今の葵の姿良く見たら? それが答えだから』ってね。……そしたらあの馬鹿ああなっちゃったのよ」

 

「……そしてそこまで見てるのに気付かない一夏もどうかしている。葵は最初から答えを言っているというのに」

 そう言って鈴と箒は溜息をついた。そうか、一夏が俺を見ていたのはそういう事か。

 ん? いやちょっと待て。

 

「ねえ箒、鈴。私を見てたらわかるってどういうこと?」

 見てたらわかる。それってつまり……。

 

「どういうこともなにも」

 

 

「葵。お前は本当の意味で、もう女として自覚しているという事だ」

 俺の質問に、鈴と箒が答えた返事は

 

 

 ―――私にとって一夏に一番気付いてほしくない真実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか~猿渡~! お前がさっき言っていた妄想は~まず根本的に違う所があるんだよ!」

 米から出来た般若湯を飲みながら、俺は先程の猿渡が言った妄想を否定する。

 

「お、なんだよ織斑。ヤッテないとこがか?」

 

「それは当たり前のことだろうが! そうじゃなくてだな~まず葵はなあ、シャワーとか浴びてもその後バスタオル一枚姿で出るとかねえから! 一度も無かったよそんな美味しいイベント! 千冬姉はやってるのに!」

 あんにゃろう、元男の癖にシャワー浴びた後はきっちり着替えてから出てきやがる! 少しはサービスしてくれてもいいだろ! そして横で御手洗達が『千冬さんのバスタオル姿! テメエ自慢かコラ!』と言いながら俺に詰め寄ってきたが、それを俺は強引に振りほどく。

 

「それにお前等勘違いしてると思うが、あいつって着替えとか洗面所や俺がいない内に全て終わらせてるんだぜ! 生着替えとか俺見た事ねえよ!」」

 

「お、落ちつけ織斑! わかったからわかったから」

 

「一夏相当酔ってないか? 普段なら一夏がこんなぶっちゃけ話しないんだが?」

 

「……結構さ、いや般若湯に弱いんだな織斑は」

 

「うるせー、お前等がコレもってきたんだろうが!」

 そして俺は、御手洗が作っているコーヒーから出来た般若湯牛乳割りをひったくり勢いよく飲み干す。うん、甘くてジュースみたいだな。葵は甘いの好きだから飲んだらハマるかもしれない。

 

「あ! 俺のカルー、いや般若湯を!」

 

「それになあ、さっきの妄想じゃあいつ女口調だったけど、普段俺と一緒にいる時は昔の口調まんまだぞ。 葵は外じゃ猫被って女っぽく振舞ってるけど、部屋じゃ完全に昔に戻ってるんだよ!」

 大声出してまた喉が渇いたので、俺は大石がコップにオレンジジュースを注いでいたのを見ると、それをひったくり一気に飲み干す。 ? 妙な味のするオレンジジュースだな。

 

「おい一夏、勝手に人の飲むな。そしてお前そろそろ落ち着け」

 

「うるせー。俺は落ち着いてるよ」

 ったく何を皆言ってるんだ? しかしさっきから妙に気分が良い。そしてなんか知らんが勝手に口が動いてる気がする。

 

「部屋でのあいつの姿が、本当の素なんだよ。外で見るあいつの行動は、演技でしかたなくやってるんだ……そう思ってたんだけどなあ」

 でも……裕也の話じゃあいつ、中学の、それも女になってわずか半年しか経ってない時には、今自室以外では見せている猫かぶりモードで突き通してたらしい。決して裕也達の前では、男だった頃の素振り何て見せなかった。

 じゃあ二年振りに再会した時、あいつは何で昔の態度で俺達に接してきたんだよ? それまで決して人前では男だった時の素振りみせなかったのに。わからん、わからない……やば、考え事し過ぎてなんか急に俺気分が悪くなってきた。頭が妙にグルグル回っていく。

 急に気分が悪くなってきたので、俺はテーブルに突っ伏す事にした。あ、テーブルがひんやりしてて気持ち良い。

 

「……なあ一夏、一つ確認するぞ?」

 テーブルのひんやり感を堪能していたら、上から弾が話しかけてきた。

 

「あ? 何を?」

 

「だからその、部屋では葵って昔の口調で話すって所だよ」

 

「ああ、さっきからそう言っているだろ」

 何度も言わせるよなと思いながら弾に返事すると、弾は俺の返事を聞いたら「ん~?」と唸りだした。

 

「……なあ一夏、その部屋以外では二人きりでいる時以外は、外では葵は女口調で話すんだよな?」

 

「だからそうだって」

 

「ああ、俺も葵と二人だけでいる時が何回かあったけど葵は昔の口調で話した事は無いな。あったのは久しぶりに再会した時だけだ」

 ああ、そういや葵の奴女になってから初めて弾と再会した時は、『私を葵と認識してもらうため』とか言って弾の前では男口調で話してたな。それから鈴に注意された後は女口調に戻してたっけ。そして……ふうん、そうか。葵……弾の前でも裕也と同じように、決して男には戻らなかったのか。

 あ~、じゃああの時も似た理由で、俺と箒に葵と認識させるためにやったって事なんだろうか?

 

「プールで遊びに行った時も釣りしてた時も、他にも葵と二人だけの時はあったが、あいつと一緒にいて俺が思った感想は―――もはや男としてでなく、完全に女としての人生楽しんでるなあと」

 ……なんだ、妙に弾に対し理由も無くムカつくんだが? しかし……部屋での様子を知らない弾からしたら、葵に対しそう思うのか。

 

「だから俺からしたら……その、部屋でお前と一緒にいる時の葵の行動の方が、今の葵にとって猫かぶりなんじゃないか?」

 

「……!」

 弾がためらいがちに言った言葉。それを聞いた瞬間、最近俺の中でその言葉の意味を理解し―――何故か理由も無く俺の心は焦りだしていった。

 

 弾の言った、部屋での葵の姿が偽り。それは、俺がここ最近薄々思っていたことでもあった。しかし、何故弾にその指摘をされると俺は焦っているんだろうか?

 

「なあ織斑に弾。さっきから横で聞いてたけどお前等難しく考えすぎなんじゃね?」

 弾の言葉にしばし呆然としていたら、猿渡が顔を赤くしながら呆れた声を出した。

 

「俺は青崎とは中学時代の時しか知らないけどよ、ようは青崎は自室で織斑といる時だけ男時代に戻ってるってわけだな? じゃあ単純に織斑という幼馴染の前では織斑の言う素を出してるってだけでいいんじゃね?」

 

「だよなあ。別に弾の前では今の女の振る舞いしか見せないとかって、それが何か問題あるのか?むしろ織斑だから信用して素に戻ってるだけじゃないのか?」

 猿渡の主張に、大石も頷いていく。

 

「そもそも織斑、何でこんな事でお前グチグチ悩んでるんだ? 青崎と再会してもう数ヶ月経ってんだろ? それが何で今更青崎が解らないなんて言いだすんだ? お前が悩みだした発端の原因ってなんだよ。青崎が変わったとか言われても、普段会って無い俺達からしたらそれ聞かないと答えようがない」

 さらに御手洗が呆れた顔をしながら、ここ最近俺が悩む原因となった出来事を聞いてきたので、俺は答える事にした。

 

「グチグチって……ああ、発端の原因? それは……IS学園で葵に告白した裕也ってのがいたんだが、そいつが葵は裕也の前では一度も男の時の口調や振る舞いをしなかったと言ってたんだよ」

 「ふんふん、それで?」

 

「いや、それで終わりだ」

 続きを促す大石に、俺が終わりだというと、猿渡に大石、御手洗は『はあ?』と呆れた声を出した。

 

「……なあ織斑、そんなことで何で急に青崎の事が解らなくなるんだ? さっき言った猿渡と同じ理屈じゃないのか?」

 

「いやだってよ、葵の奴島根では裕也とその友達等がいたから救われたとか言ってたけど、その連中にも葵は素の姿を見せないんだぞ?」

 

「……いや一夏、それって別に変じゃないだろう。前葵が言っていたが、島根にいる時はまだ自分の正体をおおっぴらに言う訳にはいかなかったと言ってたんだし」

 

「でもよ弾、聞いた限りじゃ葵が蹴落とした元代表候補生に学校で元男だとバラされたと言っていたぞ。それでも葵は、裕也達の前では男に戻らなかった!」

 島根にいた時は、裕也達がいたから救われた。葵はそう言っていた。

 そこまで救われた相手なのに、葵は本当の姿、男には決して戻らなかったんだ。

 

「……いや織斑さ、それのどこが問題なんだよ? よく考えてみろよ、青崎は女の人生選択して、女として島根の学校に転校したんだろう。これは青崎にとって、女になってからの最初の第一歩の学校生活だぞ。女になると決心し、女として振舞ってきたのに、そこで正体バラされたからと言って、何で男に戻る必要がある? 今までの苦労が全て水の泡じゃねーか」

 

「その裕也達ってのと青崎が仲良かったようだけど、何で青崎が今更態度変えなければいけないと思うお前の考えも理解できない。青崎は女の子としてそいつらと友情作ったんだろう? 青崎からしたら女になって初めて出来た男友達だ。それをなんで青崎から根底をぶち壊すような真似するんだよ? それにその裕也達も青崎が男時代に戻るより、今のままの方が嬉しいに決まってるだろ」

 

「あ、いや、それは……」

 葵が裕也達に男時代の姿を見せなかったことに納得しない俺に、御手洗や大石が本当に呆れた顔を声を出しながら、葵の行動を分析し俺に指摘する。御手洗や大石の言葉の意味が理解できない訳じゃ無い。それは……ここ最近、その可能性もあるなあと俺自身わかっていた事だ。

 

「……まあ、そういう可能性はあるな」

 

「いやそうだろ、可能性としてはかなり高いだろう?」

 

「まあな」

  

 御手洗の言う通り、それが答えなんだろうが……何でだ、皆が納得する答えが今出ているのに、俺が納得できないこの気持ちは?

 

「そうそう、その裕也達ってのに青崎が女の姿で通したのはそんな理由で、弾にも女の姿で通したのは青崎の女としての人生歩むという決意の表れだろ。男時代を知っている奴にも、今はもう女だって、女として見ろという事だと思うぞ。だから弾の前でも男には戻らなかったんじゃないか? そして幼馴染のお前の前では息抜きみたいな感じで昔に戻っている。お前難しく考えすぎてたけど、実際はこんな単純な事なんだよ」

 大石はそう言って、軽く笑いながら俺の肩を叩いていく。周りを見ると猿渡に御手洗も頷いていた。

 そうか、そんなもんなのか? 俺が難しく考えてるだけで、あいつは何も変わっていないのか?

 御手洗達に葵の態度の違いは、俺が葵の幼馴染だからと諭され、葵にとって俺はある意味特別なんだとわかり嬉しいはずなんだけど……何で俺、まだ納得いかない、そして焦る気持ちが抑えられないんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が女として受け入れてるって……それこそ今更じゃない? 私はあの登校初日の時に、そう言ったつもりだけど?」

 私がそう言うと、鈴が少し顔の端を上げ、ニヤッと笑った。箒を見ると、鈴と同じような顔をしている。

 

「ええ、あんたはそう言ったわね。その姿してる時点で、そうなんだろうけど……葵、あんたはあの時少し小細工をしたじゃない」

 

「小細工? 何の事?」

 

「とぼけるな。葵、あの久しぶりに会った時、お前は私達の前では昔の口調と態度で接したではないか。 あれが私達を騙すためだったとは言わせないぞ」

 鈴の指摘にとぼけたら、箒からも指摘された。ああ、やっぱりもうこの二人にはバレてるのね。

 セシリア達を見ると、セシリアにシャルロットは、どうやら鈴と箒が何を言っているのか理解してるっぽいかな。ラウラはわからないのか、頭に?が浮かんでいるのが見える。

 皆の視線が私に集中する。……ああ、こりゃもう年貢の納め時かなあ。今まで頑張ってきたけど、さすがにもう誤魔化すのは無理かあ。

 覚悟を決めた私に、

 

「つまりあんたは……久しぶりに再会したあの日に、わざと男らしく振舞う事によってあたし達にあんたがまだ中身男だという事を認識させたかった。違う?」

 

「……正解。まあ今更否定しないから言うけど……うん、大体正解、かな」

 鈴が自信を持った顔で真実を言ってしまったので……私はもう認める事にした。

 

「……よくわからないのだが? 葵は何でそんな事をしたのだ?」

 

「あ~それは……」

 私が認めると、ラウラが何故そんな事をしたのかと言う疑問を私に尋ねてきた。

 理由は幾つかあるけど……これは慎重に答えないといけない。全部言ってしまうと、さすがにここにいる皆が怒る。

 

「あ~うん、まあ一番の理由だけど……一夏と親友としての関係維持したかったから」

 

「? 嫁がお前の事を中身男だと思わせるのが、それと関係あるのか?」

 

「大有りよ。一夏ってIS学園という女子高に入学して、まあ皆からしたら不服かもしれないけど、相当居心地悪かったみたいだし」

 

「……ああ、うん。それ僕はよ~く知ってるよ。男の仲間が出来たと喜んでいた一夏は、僕に凄く積極的に関わろうとしてたもん」

 あ~シャルロットが男装してた時の話は私も聞いたけど、相当一夏男友達に飢えてたんだなあと思ったわね。……一緒に着替えようとか、普通は言わないけど今まで一人で着替えてたし、ちょっとしたことでも男同士の会話したかったんだろうなあ。

 

「そんな一夏に、長年一緒にいた幼馴染が女になってるだけでも驚愕なのに、『私もう女の子だから、女の子として扱ってね』みたいな事一夏に押し付けたら、一夏の心は許容オーバーでパンクしちゃうわよ。だから私は最初にああやって振舞う事で一夏に中身は変わってないアピールし、一夏が私に昔みたいに気軽に接する事ができるように仕向けたってわけ」

 初めに私は昔と変わってない、一夏とずっと一緒にいた男の幼馴染みだよと強く意識づけたのは今でも間違ってないと思う。一夏とまた昔同様の親友でいるためには、ああするしかなかったのだから。

 

「それをやったから、一夏は昔みたいに気安く、昔みたいに気の置けない関係を女になっても続ける事ができた。それは皆も見てわかるでしょ?」

 

「なるほど、葵の行動にはそんな意味があったのか。しかし、先程の箒と鈴の話じゃ嫁にもうそれを気付かれかけてるようだが?」

 ラウラの疑問に答えた私だけど、ラウラはさらに疑問を私に尋ねてきた。……うん、何でか知らないけど、一夏は私の事疑ってるみたいなのよね。

 

「それが不思議なのよね。私結構上手くやってきたと思うんだけど? 部屋では結構、まあなんだかんだで昔に戻って振舞うのは楽しかったし違和感与えなかったはずなのに。それに外でも、一夏の前では基本思考は男寄りで考えて行動してたんだけど?」

 

「基本思考だけどあんた、そういえば私と二人きりとかでも思考男寄りで考えてない?」

 

「ああ、それなら私に対してもそうだな。もっと厳密に言えば、一夏、鈴、私と一緒の時の葵は、なんとなく雰囲気が男寄りだ」

 

「……ジーザス」

 鈴と箒の言葉に、私は内心で驚愕した。……うわあ、一夏だけでなく、鈴や箒にも私は中身が変わってないと装って話してたのに、なにそれそんなにあっさりバレてたの? だって一夏だけでなく、箒や鈴も私の昔を知ってるんだから、そうしないと二人から一夏に「葵って女っぽくなったよね」なんて言わせないよう頑張ってたのに。

 

「……ちなみに聞くけど何で二人わかったの?」

 私の疑問に、

 

「女の勘よ」

 

「女の勘だ」

 鈴に箒、二人は自信満々に答えた。うわあ、私も女だけど女って凄い……。

 

「うわ~、まさか二人にもう此処までバレるとか思って無かったかな。結構小細工して印象付けやってたのに。あの千冬さんが私をどつく理由とか、あれ私が元男だと知っているクソババアが、元男ならガサツに決まってる~みたいな考えで通達してたのよね。予想が外れ私が全くそんな素振り見せなかったけど、それを利用して千冬さんにやらせてみたりね。……そこまでやったけど二人は誤魔化せなかったかあ」

 

「当然! あたしもあんたの幼馴染だってこと忘れてない?」

 

「そういう事だ。そしてそれらを踏まえた上で聞くが……今後はどうする気だ?」

 

「どうするって?」

 

「一夏の事だ」

 

「……はあ、どうしっよか」

 一瞬恍けて見せたけど、鋭い目をした箒に聞かれ……私は頭を抱える事となった。

 

「もう一夏も気付きかけてるし……今まで通りってわけにもいかなくなるかな」

 いや既に今の状況も破綻してるんだけど、決定的に壊れそうだし……。

 

「大丈夫ですよ、葵さん。心配する事なんてありません!」

 少し落ち込んできた私を励まそうとしたのか、セシリアが妙に力強い声で私に声を掛けた。

 

「いやセシリアそう言っても……」

 

「大丈夫ですって葵さん。だって一夏さんとは親友なのでしょ。なら大丈夫です。今までとは少し形が変わるだけで、親友のままでいられます! 私もチェルシーという親友がいますので、自信を持って言えます!」

 弱音を吐こうとする私に、セシリアは笑顔で、大丈夫だと励ましてくれた。

 

「そうね、あたしもそう思うわよ。あんたが一夏との関係を今まで通り望むとあいつに強く言ったら、まあ大丈夫とあたしも思うわよ。だから良い機会だから、一回関係リセットしなさい。どうせ何時までも騙せるわけじゃなかったんだから、ここらが良い機会よ」

 セシリアに続き、鈴も大丈夫だと私に言ってくる。周りを見ると箒達も同じ考えなのか、私が視線を向けると頷いている。

 

「そうね、確かに何時までも昔のままってのは無理だもんね。最初は一夏を友達と思っていた箒や鈴が、今では恋人にしたいとか思ってるんだし」

 

「余計な事は言わなくていい」

 

「ごめんごめん」

 顔を赤くしながらつっこむ箒に、私は苦笑しながら謝った。そうね、箒なんか最初私と一夏を嫌ってたんだし。それが今じゃこうなんだから……一夏とも、考えすぎてるのが私だけで案外あっさり解決するかもしれないわね。

 

「はい! これにて葵の相談は解決したのでこの話は終了!」

 話が纏まったので、鈴が今回の話題終了の宣言をした。事の発端となった私の悩みは解決したし、少し衝撃的な事実とかもあったけど、この女子会開いてくれた鈴に感謝しないといけないわね。

 

「では次のお題! 葵の島根での逆ハーレム話を詳しく聞きましょうか!」

 ……うん、前言撤回しようかな!

 

「で、どうなのよ。あたしとしては裕也よりも、この雑誌に載ってる、あんたと一緒に弁当持って歩いてるこいつが気になるんだけど」

 

「殿方とはどういった話をいつもされてましたの?」

 

「嫌らしい目線されたりしなかった?」

 

「嫁以外の男はどういうものなのだ?」

 

「葵、まさかその……意外とその……大人の階段を登ったとか、そういう出来事あったのか!?」

 鈴を始め、皆して私に質問が殺到した。……ああもう、さっきもだけどやっぱり皆この話題になったら異様に目がキラキラするわね! そして箒、あんた何を期待してたの!?

 

「あ~わかったわよ! 全部答えてあげようじゃない!」

 

 その後、私の島根で過ごした時の話題は、普段男と接しない皆にとって新鮮だったようで、かなり盛り上がりました。

 

 

 ……それにしても、私が一夏に何でああ振舞ったかをもっと詳しく聞かれなくてよかった。昔同様に気軽に接してもらうが大きな理由だけど、もっと大きな理由……、裕也達と一緒にいたから気付いたアレは、できれば杞憂で終って欲しいなあ。

 

 

 

 

 

 

「おいおい! いい加減にしろよ織斑! お前まだ納得いかないのか!」

 さっきから御手洗達が色々言ってくれたが、どうしてもまだ納得しない俺に、大石がとうとうキレた。

 

「お前自分で俺の前で男として振舞っている青崎が真実の姿とか言っていて、その意見に合う仮説を俺達が言ってあげたじゃねーか! それでさっきお前頷いてただろう! なのに何で未だに悩むんだよ」

 

「~~うるせー! 確かにそうなんだけどよ……何でか知らないが納得できないんだよ!」

 ああ、そうだよ。皆が言ってくれた話は俺が考えてた仮説通りで、理屈では納得してるんだよ! でも、何故か、それを認めてしまうと……よくわからないが絶対に認めたくないって思ってしまうんだよ!

 

「ああもう! なんなんだよこのいらつきは!」

 あれはやけくそに叫ぶと、手近にあった一升瓶を掴むとラッパ飲みした。喉から腹が熱くなるが、その熱さ妙に心地良い。

 

「ああ、馬鹿! 止めろ一夏! そういう飲み方はヤバい!」

 弾が慌てて、俺から一升瓶をひったくる。返せと手を伸ばすが……あれ? なんか反応が悪いな。

 

「……なんなんだこの織斑は? 一体織斑は何がそこまで気に食わないんだ?」

 猿渡が呆れた顔で俺に言ってくるが、そんなのは俺が知りたいんだよ!

 妙に今度はイラついてくる。目の前にあったから揚げに俺は勢いよく箸を突き立てて、それを口に放り込んだ。

 

「……千冬さんもさ、いや般若湯癖悪いと以前一夏が言っていたが、一夏もどうやらそうみたいだな」

 弾が呆れながら何か呟いてるが、よく聞こえない。

 猿渡も大石もなんか呆れた顔をして俺を見ている。なんだよ、変な目をして俺を見やがって。

 ますます不機嫌になっていく俺だが、

 

「……まあさっき弾が言ってた話や、大石が言ってた話。そして一夏が言ってた話はどれが正しいのかわからないけど、纏めるとやっぱり青崎にとって織斑はやっぱり特別なんだとわかるな。本当に、織斑だけ特別扱いをしている」

 

「……なに? 何だよそれ?」

 御手洗が頭掻きながらしみじみと言った台詞が、俺の不機嫌を止めた。

 

「だってそうだろう? 青崎は弾といる時は女として接している。その島根にいた連中も青崎は女として接している。織斑といる時は、部屋限定だけど女としてでなく、昔の青崎として接してるんだろ? つまり、あ~その、言い方が悪くなるが青崎にとって、お前だけ異性として接してないんだよ。昔通りの親友として接したいという現れなんだろうな」

 

 ………

 ………

 ………

 うん? 

 あれ? なんだ? 今の御手洗の話聞いて、何で、俺

 

 

  

 こんなにショック受けてるんだ?

 

 

「お~い、どうした織斑? ぼーっとして。ヤバい位酔いが頭に回ったか?」

 猿渡が俺の顔の前で手を振っているが、俺はそんな事よりも、何故こんなにもショックを受けている俺に驚いていた。何でショックを受けているんだよ。御手洗の話は……俺が望んでいる、親友としての関係を葵が望んでいるわけで、嬉しいはずじゃないか。

 

「ま、それは織斑、お前が望んでいる事でもあるからいいんだろう? 青崎とお前は幼馴染で親友と言う関係を、今後も続けるんだから」

 

「…………ああ、それが俺にとっては一番だ」

 続く御手洗の言葉に、俺は……本来なら即答で返す当たり前の返事が、何故かすぐに言葉として出なかった。

 そんな俺を見ながら弾は顔を顰めながら髪を掻きだし、御手洗も何故か残念な物を見る顔をし、溜息をついた。

 

「へ~、もったいねえなあ。青崎ほどの極上な女、滅多にいないのに。普通は駄目元でも告白するけどな。」

 

「だよなあ。まあ織斑は昔からモテる癖に彼女作らない変人だから、それは青崎にとっても例外じゃないってことか。ああくそ、モテるのに彼女作らないとか、俺達に対する嫌味かよそれ! こっちは作りたくても出来ないってのによ!」

 一瞬場が暗くなったが、そんな空気を察してか猿渡に大石が盛大に茶化し始めた。

 

「うっせーよ。それにお前等、別に俺はモテた覚えないが?」

 

「まあ! 聞きましたか奥さん!」

 

「ええ、無自覚ってのはたちが悪いですわねえ」

 俺が反論すると、大袈裟にリアクション取りながらさらに俺をなじる二人だが……うん? あれ何かこいつらマジで怒ってないか?

 

「まあ、織斑はこんなだがまだ俺達と同じ彼女無しの仲間。しかし、この中に裏切り者がいる!」

 うん? 裏切り者? 

 

「おい裏切り者って……」

 

「おいお前等」

 俺が疑問の声を掛けようとしたら、弾が横から口を出してきたが、

 

「うっせー! この裏切り者! 一人だけ幸せになりやがって! 死ね! リア充マジで死ね!」

 

「そうだ弾! 何でお前だけあんな美人な年上巨乳彼女が出来るんだよ!」

 

「……あ~、あれには流石に俺も嫉妬するよ。楽器を弾けたらモテるかもしれないという理由でバンド始めたら、バンドする前から会場にあんな人がお前の為に来たんだから」

 猿渡、大石、御手洗が嫉妬、いや怨念を込めた目で弾を睨み付け恨み言を吐いた。

 いや、そんあことよりも、え! マジか!

 

「え、弾! お前彼女出来たの! マジ! 何時の間に?」

 

「……ああもうるさい! ああ、まあその一夏には言って無かったが……まだ彼女とかそういうもんじゃないかもしれないけど、そういうのが出来た」

 俺の質問に、弾は……うわ、顔がにやけ切ってるぞお前。

 

「へ~、弾に彼女かあ。知らんかった。しかも年上の彼女かよ。どこで知り合ったんだ?」

 

「あ~あの時だよ。IS学園に行った時」

 

「あん時かよ! え、まさかその彼女ってIS学園の人なのか?」

 

「ああ、多分お前も知ってると思うが、布仏虚さんだ」

 

「え! あの楯無さんの片腕の人と!」

 楯無さんに呼ばれて何度も生徒会室行ったことあるが、あののほほんさんの姉で楯無さんと古い付き合いとかで仕えてるあの人とかよ!

 

「え? いったいどういう経緯で知り合ったんだ?」

 

「いや、あの学園祭で告白大会が終わった後、こっそり俺をあの人が逃がしてくれてな。その日今後困った時があったら力になりますよと言われ連絡先を貰って……そっから頑張ってプライベートでも話せる関係まで持って行った」

 

「……凄いなお前」

 

「おうよ! 必死で頑張ったんだぞ! プライベートで俺の高校の文化祭見に来てくれた時の喜び! お前にはわかるまい!」

 確かにわからない。まあでも。

 

「へえ、おめでとう弾! 良かったな、お前が前言っていた好みドストライクの人が彼女になって」

 

「おうよ! これで俺も勝ち組!  この先にはバラ色の人生しか見えないぜ!」

 テンション高くなる弾だが、

「死ねよリア充」「バラ色の人生でも、別のバラ咲かせちまえ」「マジでこいつ羨ましい」

 ……この三人全く正反対にテンション低くなったな。

 

「しかし弾に恋人かあ。こりゃあ葵が知ったら驚くだろうな」

 俺がそう呟いたら、

 

「いや、葵はもう俺に彼女出来たの知ってるぞ」

 弾がニヤけた顔をしながら返事をした。 

 

「え? 何だそれ? なんで葵は知ってるんだよ?」

 

「だって俺、虚さんと仲良くなるために葵と相談していたから。葵から虚さんの好みとか聞いたりして、俺の恋が実るようサポートしてもらってたからな」

 

「……なんだよそれ。葵には相談して、俺には相談なしかよ」

 

「だってなあ……お前に恋愛相談とか無駄な気がしてなあ」

 俺が憮然として聞くと、弾は苦笑いをしながら返事を返した。なんだよそれ。そして

御手洗達、お前等も何で納得してるんだよ。

 

「まあそんなこんなで葵にも協力してもらって、なんとか虚さんと上手くいったんだよ。それを葵に報告したらあいつも喜んでくれたよ。『えー! 上手くいったかなあ。じゃあもう私とは遊べないかあ』とか言ったりしたけどな。俺もそれは残念だがしょうがないと返したけど」

 

 ん?

 

 笑いながら言う弾だが、俺は弾の言った台詞が一つ気になった。

 

「何だ、その葵の言った弾とは遊べないって? どういう事だ?」

 俺がそう聞くと、……何故か弾を始め御手洗に大石、猿渡も俺を馬鹿を見る目で見だした。

 

「……あのな織斑、彼女が出来たら彼氏は彼女以外の女と一緒に遊んだりしたら、不味いに決まってるだろう?」

 

「まあ恋人がいるのに、恋人以外の異性と一緒にいるとかは普通ねえよ。三人四人、大人数で男女一緒に遊ぶとかは構わないが、二人だけとかは論外だ」

 

「葵とは以前はプール行ったり海で釣りしに行ったりしたが、そういうのはもう出来ないって事だ。まあ俺も虚さんに変な心配かけたくないから、そういうのは絶対しないけどな。限りなく無いが鈴から誘われても断るぞ」

 

「……ああ、そういう事か」

 御手洗に大石に弾にあきれ顔で指摘され、さすがに何が問題なのか俺もわかった。確かに弾のお袋さんが親父さん以外の男と一緒にいて親密だったら……うん、こりゃあ親父さんからしたら大問題で済まないな。

 しかし葵そんな事言ったのか。つまりもう葵は、弾とは二人で行動する事がなくなったのか……ん、あれ? 何か知らないが、妙に俺ホッとしてる気がする?

 なんでか知らないが心が少し軽くなったなとか思っていたら、

 

「そういやさっきお前青崎とは親友でいるとか言ってたけど、お前か青崎。どっちかに恋人が出来たら今の関係維持は無理になるなあ。その辺はお前考えてんの?」

 

 え?

 

 猿渡の言葉に、俺の心は再び大きく動揺した。

 

「え? 何言ってんだ? 別に問題が……ああ」

 いや、ついさっき言ってたじゃないか。恋人が出来たら、恋人以外の異性と会うのはよくないって。言われてみれば……そういう事が今でなくても、今後起きる可能性がある、のか?

 

「で、でもよ。別に今俺は誰かと付き合っているわけじゃ無いし、ありえないだろそんなの」

 

「まあ織斑は確かに今特定の誰かと付き合っているわけじゃ無いが、もし青崎にそんなのが出来たら? IS学園の学園祭で青崎に告白した奴いるんだろう? 今後もそういう奴が現れて、その中の一人が青崎の心を射止めたら……お前絶対そいつから厄介者扱いされるぞ」

 

「そんな奴が出るかは疑問だが、まあ仮にもし現れたら葵は一夏と今一緒に部屋で生活してるが、それは論外になるな。二人でいるのも葵から拒否されるだろうし」

 

「あ~それはキツイな。織斑は青崎を親友として接したくても、青崎は恋人優先で拒否か」

 

「でもそれはしょうがないんじゃないか? どうしても男女としての壁だからなあそういうの」

 俺はありえないと否定しても、猿渡に弾、大石に御手洗が俺の言葉を否定し、……考えたくもないような未来を口にしていく。

 

 え、ちょっと待て。なんだその未来?

 葵が、俺以外の男と一緒にいて……

 葵が、俺以外の男と仲良く笑って……

 葵が、俺以外の男と、その……

 

 バリン

 痛! あ、握りすぎたせいか、コップが割れてしまった。

 ガラスが刺さったのか切ったのか知らないが、右手のひらが痛い。でも、そんな痛みよりも、何倍も何故か……胸が痛い。

 

「おいおい! 一夏大丈夫か! 血出てるぞ血!」

 弾が何か言ってるが、そんな事よりも、

 

「……ふざけるな」

 

「は? 何言ってんだ?」

 

「ふざけんな! そんな事断じて俺は認めない!」

 葵が、俺以外と、俺じゃなく別の野郎が葵の一番になる! そしてそいつが、葵を奪うだと!

 

「認めねえ! 断じて認めない! あいつのとって一番は、俺なんだよ!」

 握りしめたせいか右手のひらからどんどん血が流れている。でもそんなことよりも、もし葵が恋人とかが出来、そのせいで俺からまた離れていくとか、それは絶対に嫌だ!

興奮する俺に皆ビックリしているが、弾はすぐに驚くのを止めると、

 

「は、ははっははは!」

 俺を見ながら急に笑い出した。

 

「何だよ弾! 急に笑い出して」

 俺が睨みながら言うと、弾は笑うのを止め、

 

「一夏、一つ言ってやる。お前が今抱いているその感情は、断じて友情とかじゃないから。それ、ただの嫉妬だ。しかも嫉妬でも根が深い恋の嫉妬ってやつだ」

 俺を見ながら、面白そうに言った。

 

「はあ? 何言ってんだ?」

 

「それはこっちの台詞だ。一夏、お前さっき俺に彼女出来たと聞いた時、祝福してくれたじゃないか。でも葵にもし出来たらとなったら、お前は怒りだし、その相手を否定しだした」

 

「あ、いやそれは……ただ葵に仮にそんなのが出来たら、さっき言った通り一緒に」

 

「違うだろう一夏。さっきまでの流れなら、もう葵とは一緒に遊べない、残念で終る話だ。でも、お前はそれについて悲しむのではなく、葵に出来た男に対し怒り認めないと喚いた」

 

「い、いや、それは」

 

「違わないだろう?」

 違う、違うはずなのに……何でだ、何で俺はそれを言葉に出来ないんだ?

 黙る俺に、弾はハアっと大きく溜息つくと、

 

「なあ一夏、覚えてるか? 昔俺とお前と葵で海に遊びに行ったこと?」

 唐突に、昔話を始めだした。

 

「あ? ああそういえば行ったっけ」

 

「あん時三人の好みを言い合ったよな? 覚えてるか?」

 

「好み……ああ、そういえばそんな話もしたか」

 

「まさかの三人同じとかだったけどよ……あの時お前、好みは確か髪が長い巨乳の美人系お姉さんが好みだと言った」

「……おいおい、それって」「まんま織斑のお姉さんの事だよな」「何時の話か知らんが、昔から織斑は筋金入りのシスコンだな」

 

「うっせーよ外野!」

 

「……一夏、無視しとけ。で、その好みだが、まんま今の葵に当てはまらないか? 年上ではないが、あいつ見た目は年上に見えるし。さらに後から付け加えたお前の条件は、家事炊事が出来る子だ。ますます葵はそれに該当する」

 ……うん、確かに。い、いや、それはまあその、実は前から思ってた事でもあるんだけどよ……。で、でもそれを認めてしまうとな、そ、その!

 

「はっきり言ってお前の理想の体現してるぞあいつは。そしてさっきお前のあの態度。ま~此処まで来ると馬鹿でもわかるんだが、はっきりいってやる。一夏、お前もう葵に惚れてるんだよ。それも結構根深く、まあわかりやすく言えばべた惚れな程に」

 焦る俺に、弾は……容赦なく、俺の心を抉る言葉を口にした。

 

 俺が、葵に惚れている?

 まあ平たく言ったら……俺は葵が好き? いや好きなのは当然だがその好きは友情でなく、あれか、よく男女の、青春漫画でよく言われる、恋?

 は、はは。ま、まさか。葵は、昔からずっと一緒にいた俺の親友で、そうずっと一緒にいたい、親友で、そういつまでも一緒にいたい奴で……。

 そ、それにあれだ! 恋っていうのはほら、もっと胸がドキドキしたりして、相手の事しか考えられなくなるようなもんだろう? だから別に葵は、ってあれ? あ、そういや俺って初恋ってあったけ? そういや未だに無かったような? あ、そもそも相手の事を考えて夢中になるのが恋なら、今の、さっきまで葵ばかり考えてたあれって? 

 

 え、ちょっと待って?

 

 ええ、つまり……この、今持て余している、それでいて葵ばかり考えてしまうこの感情が……

 う、うわああああああああああああ! 

 え、何だよ何で急に俺顔が熱くなってんの? 心臓もさっきから早く鳴りっぱなしだし、そして脳裏には……あいつの笑みばかり浮かんでいく。

 

「お、おい大丈夫か?」

 急に俯いて頭を抱えだした俺を心配したのか、御手洗が声を掛けてくるが……今はそれどころじゃない! 自分でも持て余している感情が、こう暴走してるんだよ!

 くそ、これは不味い。何が不味いかも良くわからないが、今のままじゃ弾達に返事も出来ない。

 そう思い、俺は近くにあった瓶をひったくると、栓を開け、中身を一気に飲んでいく。ここは一つ、般若湯の力を借りてって……!!!!!

 

「ブハッ!」

 な何だこれ! 喉が痛い! 口が痛い! 腹が焼けるようだ! 

 

「ゲホ! ゲホッ! ゴ、ガハ!」

 

「おい、大丈夫か! おい! しっかりしろ!」

 ひたすらむせ続ける俺に、流石に異常を感じた弾達が俺に駆け寄ってきた。

 

「あー! 一夏が飲んだの、これスピリタ○じゃねーか!」

 

「ああ! それ俺が冗談で持って来たやつ!」

 

「アホか猿渡! とんでもねー酒持ってくんじゃねー!」

 

「だから冗談で持って来たんだよ! 話のネタになるとか思って!」

 

「馬鹿言ってないで、早く水! 水! 後洗面器! 一夏の中身全て吐き出させる!」

 ああ、何か弾達がうるさいなあとか思いながら、俺の意識はどんどん無くなり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら、俺は何故か知らない場所にいた。

 

「は?」

 あ、あれ? どこだここ? いや、なんか見覚えがあるような……ああ、なんとなく、ここ篠ノ之道場に似ているような?

 って、いやまてまて! 何で俺ここにいるんだ! さっきまで俺は弾達と家で男子会やってたよな? ……ああ、その葵に対する自分でも気付かなかった感情を気付いた俺は、心を落ち着かせるというかなんというか、とにかくまともにいられなくなって手近にあった瓶の中身飲んだら……

 

「この馬鹿者がー!」

 

「痛ええええ!」

 男子会の出来事思い出そうとしたら、何故か怒声と共に俺は後ろから背中をぶっ叩かれた。 は、何だ一体!

 驚きながら振り向くとそこには、

 

「え? 誰?」

 ……全身を西洋風の白い甲冑で固めた騎士と、体操服にブルマを着た銀髪の少女が立っていた。いや、本当に誰ですか貴方達は? ブルマ少女はともかく、この騎士の姿している人は、どうも女性っぽいな。甲冑の形が何処となく女性っぽいし、顔は半分覆われてるから口元しか見えないけど、雰囲気がそう感じる。

 俺はいきなり現れた謎の二人組に警戒した。いや、だってどうみても不審者だろこいつら。

 俺が警戒する中、謎の騎士は腰から剣を抜き、それを床に突き立てると、

 

「ナイト道場~~~~!」

「いえ~~~~~~~い!」

 

「は?」

 ……謎の言葉を発し、銀髪少女も謎の合いの手をし出した。え? なんだこれ?

 混乱する俺だが、

 

「人生の選択を誤り、うっかり死んでしまった織斑一夏! ああ、一夏よ、死んでしまうとは情けない」

「でも大丈夫! そんなうっかりな一夏を鍛え直すべくあたし達がみっちり指導し正しい道へ進ませるのがこの道場なの!」

 

「何それ!?」

 テンション高く、騎士さんと少女が笑顔で俺に何か意味不明な事を言ってくるので、俺はさらに混乱した。

 

「全くのこの大馬鹿者め! 臨海学校(終章)で「今度は俺がお前を必ず守ってやる!絶対にな!」の後に「だって俺は、お前の事が好きだから!」と言って何で押し倒さなかった! あの時は葵もお前の言葉に心動かされ、続け様に告白し押し倒せば流されるまま葵√一直線だったのだぞ! 童○を捨てれるチャンスをみすみす逃がしおって全く情けない!」

 

「何の話だよ!」

 謎の言葉を熱く語る騎士に、俺は思わず大声でつっこんだ。なんだ、今世界観というか、何かが根本的におかしくなる話をされたような気がするんだが?

 

「というか、何処だよここ! いやさっき死んだとかなんとか言ってたけど……まさかここがあの世なのか?」

 

「違うよ、ここはあの世じゃないよ」

 もしかしてマジで俺死んだ? と不安に思っていたら、銀髪少女が答えてくれた。ああ、良かった、マジでここがあの世なのかと。ホッとした俺だが、

 

「……まあ大差ないけどね」

 

「おおい!」

 顔を逸らし何か不吉な事を言う少女に、俺は再度つっこみを入れた。

 再度不安がる俺を見た騎士と二人は、

「さて、冗談はこのくらいにしますか」

 

「そうね、あんまりここに長くいたら不味いもんね」

 何か満足したのか、二人からさっきまでのおちゃらけた雰囲気が消えていった。騎士さんも口元が引き締まり、銀髪少女も神妙な顔をして俺を見つめていく。

 雰囲気が変わった二人に、俺はさっきまでとは違う意味で、再び身構える事にした。

 そして騎士さんが口を開き、

 

「で、実際の所あの子、ああ青崎葵の事ね。葵を貴方はどう思ってる訳?」

 

「胸キュン? 胸キュン?」

 真面目な顔で、騎士さんは俺に質問し、銀髪少女は……あ、また物凄く良い笑顔浮かべてるや。

 

「さっきのシリアスな空気何処行った!」

 

「はいはいそれで誤魔化さない。どうなのですか?」

 再びつっこむ俺を、面倒くさそうに騎士さんはスルーした。

 ……何なんだ、この異空間は?

 まあ、でも、この人達は何者か知らないけど、知らない人だから、その言いにくい事も言いやすいな。

 葵をどう思ってるかって? ああ、今なら、なんか素直に言えるな。

 

「どうなのかだって? 決まってる、俺は……葵が好きだ。俺自身気が付かない内に、あいつが俺の心の中で大きな存在になった。だから」

 俺はぐっと拳を握り、そして前に突き出した。

 

「俺は、あいつとずっと一緒にいたい、これまでも、そしてこれからもずっと!」

 謎の二人組相手に、何で俺こんな事話してるのか意味不明だが……何故だろうな、この二人なら何故か聞かれても良いような、いや聞いて欲しい気がしてくる。さっきはあんなに意味不明だと思っていた二人なのに、不思議だな。

 そして俺の言葉を聞いた二人は、

 

「ふふ、そうですか」

 

「うんうん! 人間素直が一番!」

 満足したのか、銀髪少女は満面の笑みを、騎士さんは口元しか見えないけど……笑みを浮かべていた。

 

「じゃあ、貴方はこんな所にいる場合じゃありませんね」

 

「さっさと帰るのだー!」

 

「え? でもここってあの世みたいな場所ってさっき言わなかった? というかここ本当に何処だよ? そして帰るってどうやって?」

 再び混乱する俺に、

 

「あ~うるさいわね。心配しなくてもちゃんと返してあげるって。はい弟子一号! 準備を!」

 

「りょ~かいです師匠~!」

 騎士さんは面倒臭そうに手を振りながら銀髪少女に何かを命令した。え、何をするってうわ!

 

「はいはい、暴れないでね~~」

 銀髪少女が俺をいきなり両手で担ぎ上げた。え! 俺を軽々持ち上げちゃったよこの子! 驚く俺だが、

 

「はい、こっちも準備OKよ~」

 何か気の抜けた声を出す騎士さんの方を向いたら……なんか物凄くごつい金棒を担いでいた。なんだよあれ! デカいなんてもんじゃない、騎士さんよりもデカいんじゃないか? それになんだあの金棒についている凶悪そうな突起物は! 

 少女に担がれながら呆然としながら俺はそれを眺めていたが、急に銀髪少女が走り出した。何処にいくのかと思ったら、道場の端まで移動すると、

 

「師匠! よろしいですか?」

 

「ええ、いいわよ!」

 

「でわ」

 銀髪少女はそういうと、

 

「一夏、いっきまーす」

 と叫んで、……俺を騎士さんの所へ投げ飛ばした。

 

「ええええ!!!!」

 俺は水平に飛んでいき、騎士さんに近づくと騎士さんは棍棒を振りかぶり、

 

「アビゲイ○ホームラン!」

 謎の掛け声を言いながら俺を棍棒でぶっ飛ばした。

 

「うわああああああああああああ!」

 何故か棍棒で殴られたのに痛みがないが、俺は騎士さんに吹っ飛ばされ、天井を突き破り、どこかへ飛ばされていった。

 

 

 

 

「おい、おい!起きろ一夏!」

 

「っは!」

 強く揺さぶれるのを感じ、目を覚ましたら……弾に御手洗、猿渡に大石が心配した顔で俺を見下ろしていた。あ、本当に俺帰って来れたんだ。あの異常空間から。

 

「おお、目が覚めたか! 一夏、気分はどうだ? 気持ち悪くないか?」

 

「いや、大丈夫だ。気分も悪くないし、むしろ何故か清々しい気分だ」

 

「何でだよ! お前さっきスピリタ○飲んでヤバい急性起こしてたんだぞ!」

 マジかよ……、ってあれ? 

 

「何で俺そんななのに無事なんだ?」

 

「それは俺達が知りたいんだよ! お前がぶっ倒れた後、お前のISがいきなり起動してお前がIS装着したと思ったら、数秒で解除されてしまったし! でも解除された後のお前は顔色良いし、何故かさっき怪我した右手のひらの傷も癒えてるし。……一夏、ISってそういう機能もあるのか?」

 

「いや、俺もそれ初耳……でもないな。確かに普通そんな機能ないけど、例外でたまに起きるみたいだ」

 臨海学校での葵を思い出しながら、俺は弾に説明した。

 

「まあ無事なら良いが……なあ一夏、お前どうしたんだ? さっきまでと違い、妙に良い顔というか、吹っ切れた顔をしてるんだが?」

 良い顔? 吹っ切れた顔? 当然だろう、俺は自分でも気付けなかった答えを、今日理解したんだから。それにあの異空間を経験したら、もう大抵の出来事には動じなくなった自信がある。

 

「皆聞いてくれ」

 呆気に取られてる皆を見ながら、俺はある言葉を口にすることにした。

 口にしたら、もう誤魔化すことは出来ない。でも、これはもう誤魔化すことは俺が出来ない。

 ああ全く、裕也の言う通りだよ。ちょっと自覚したら、俺もお前と同様あっさり堕ちちゃったよ。

 でも、それに気付く事が出来て、俺は本当に良かったと思うよ。

 

 

 

 

 俺が初めて恋した相手は――――女の子になった幼馴染だった。

 




難産の末、後編完成しました。
ええ、この回で一夏は、葵に対し本気で好きになるようになりました。
一部異空間な出来事ありましたが、いい加減シリアスが長かった反動だと思って下さい。異論は聞きます、反省は今後読み返したらするかもしれませんが書き直したり消したりはしないでしょう。
これでようやく、本当にようやく心おきなくタッグ編に突入できます。
私の大好きな眼鏡っ娘、簪の活躍がいろいろな意味で書けると思うと嬉しいです

※作中一夏が飲んだスピリタ○は、度数96の世界で一番ヤバい物です。一夏みたいな飲み方は絶対に真似はしてはいけません。やったら本当に死にます。作中の一夏は本当に死ぬ一歩手前の、臨海学校の葵よりもヤバい状態になってたのですから、白式は本当に大慌てで生体再生機能使ってますから一夏は生きているんです。

飲むなら沢山のオレンジジュースで割るか、三ツ矢サイダーで割りましょう。


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専用機タッグマッチトーナメント 序章

「何があった一夏!?」

 色々な意味で俺にとって衝撃的だった男子会から一週間が経った。今日に至るまでこの一週間で色々あり、悩みがかなり出来てしまったので相談するために弾に会いに五反田家に来たのだが、俺に会った瞬間、弾は俺の心配をし出した。

 

「お、おい一夏! お前顔色悪いぞ! それに何だその目のくまは!? それにどことなくやつれてるし……どうしたんだよ!?」

 はは、やつれてるか顔色悪いか。そうだよなあ、俺も自覚してるよ。葵を始め箒達もここ数日ずっと心配されたし、あの千冬姉からも授業中なのに何度も保健室に行くように言われたもんな。

 でも、俺がこうなってるのって保健室行っても治らないし。葵達からは悩みがあるなら相談に乗るから!と言われ続けたが、さすがにこの悩みは皆に、特に葵には絶対知られるわけにはいかない! 

 

「弾……相談に乗ってくれ」

  おそらく今の俺をわかってくれるのは弾しかいないと思った俺は、藁にも縋る想いで、今の現状を弾に相談する事にした。

 

 

 

 

「で、一夏。相談ってなんだ?」

 弾の部屋に入り、お茶と菓子を俺の前に置いた弾は心配した顔をしながら、俺に声を掛けた。俺は出されたお茶を一口飲み、乾いていた口と喉を潤した後に、

 

「……最近、葵と一緒にいるのがつらい」

 

「……はあ!?」

 ここ数日の悩みを弾に言ったら、弾が驚愕した顔で叫んだ。……まあ、予想通りの反応だな。

 

「いや、まてまて一夏! そりゃどういうことだ? お前一週間前俺の前で葵が好きだ!って言ったじゃないか! え、お前と葵との間で何かあったのか?」

 

「……いや、特にない。あの男子会が終わった後も葵とは特に何かあったわけじゃない」

 ……一つ気になる事があったが、あれは特に関係無いだろうし。

 

「はあ? じゃあどうして葵といるのがつらいんだ? そして何でそんなにやつれてるんだ?」

 弾の疑問に俺は、

 

「いや葵と一緒にいると……もう色々我慢が出来なくなりそうで」

 

「我慢?」

 

「なんかもう……葵とむちゃくちゃセックスしたい」

 ここ最近抑えるのに必死な衝動を我慢している事を打ち明けたら……弾から物凄い白い目で見られた。

 

「……すまん一夏、もう一回言ってくれ」

 

「葵とセックスしたい」

 

「死ねよお前」

 俺がここ数日悩んで苦しんだというのに、弾は虫けらを見るような目をしながら吐き捨てた。

 

「何だよ、友達が物凄く悩んで苦しんでるのに!」

 

「煩い! どんな悩みかと思ったらくだらない事言いやがって! さっきまでの俺の心配返しやがれ!」

 

「はあ!? じゃあ弾お前虚さんとセックスしたくないとでも言うつもりか! あの胸とか尻とか触りたくないとでも言うつもりなのかよ!」

 

「馬鹿言うな! それが出来たら俺もう死んでもいいと思うわ!」

 

「じゃあわかるだろう! 俺のこの苦しみが!」

 俺がそう叫ぶと、俺の剣幕に押されたのか弾はすこしたじろいだ。

 

「あの男子会後、葵と一緒にいるとエロい妄想が止まらなくなったんだよ。今までは葵は親友、中身は男と自分に戒めかけてたから部屋で二人きりでも、別に性的な目で葵を見たりは……いや偶に見てたけど問題無かったんだ。でも最近じゃもう、……ヤバい」

 

「ヤバいって、どうやばいんだ?」

 

「例えば葵の胸とかみたら揉みたくなり、顔見たらキスしたくなる。ベットで横になってる姿見たらルパンダイブしてめちゃくちゃにしたいと思う」

 俺が本心を打ち明けたら、弾は若干顔を引きつらせながら後ずさった。

 

「あ、何だよその反応! だってしょうがないだろ! 好きな女の子が一緒の部屋にいて生活してるんだぞ! 今まで抑えてきた気持ちやらが爆発している分、妄想とか抑えきれなくなってもしょうがないだろうが! 大体、あいつの体エロ過ぎなんだよ! 顔も可愛すぎるし! ああ、何をどうやったら俺は今まであいつと一緒にいてこんな衝動を我慢できてたんだ? これはもう平成の7不思議の一つとして後世に語り継がなければ」

 

「あ~わかった、わかったから落ち着け!」

 

「グヘ!」

 色々な感情が溢れ暴走し出した俺だが、弾に蹴られて吹っ飛ばされたおかげで落ち着く事ができた。

 

「へへ、ナイスパンチ」

 

「キックだ阿保。……つまりあれか、葵の事好きだと自覚したら今まで意識しなかったことが意識し出すようになって困っていると?」

 

「その通り! ……ここ最近寝ようと思っても、俺のすぐ横で葵が無防備で寝てると思うと、夜這いしようとする俺の煩悩とそれを止めようとする俺の理性が凄まじいバトルを引き起こし、悶々として眠りたくとも眠れない」

 

「夜這いってお前、葵にそんな事したら」

 

「……まあ間違いなく、俺は残りの人生入れ歯で過ごす事になるだろうな。以前葵が島根にいた時、葵に迫った男がそんな末路になったらしい。その話を聞いた後、部屋居る時葵に俺がもし同じ事したら? と聞いてみたら『一夏、歯が無くなったら美味しい物食べれなくて辛いよ』と笑顔で言われたぜ」

 あの時の葵の目は、決して冗談で言っている訳じゃなかった。

 

「なら一夏、それは最初から無理なんだし」

 

「わかっている! でもわかっているが意識するななんて無理だよ! 眠れないまま朝を迎える事が多くなり、でも眠れないとか関係無しに朝練はしなくちゃならないし! ……3日前から千冬姉に『朝練する前に体を労われ!』とか言われて殴られて強制睡眠されるようになった」

 

「それってただ気絶してるだけだろ!」

 

「そのおかげでなんとか体持ってるけどな。そしてたまに体が限界を超えて葵がいても寝る事があるが、そういう時は決まって……夢精してしまう」

 

「……夢で葵を襲ってるのか?」

 

「ああ、まさに最高に良い夢で、目覚めが近くなると絶望しながら目を開ける。俺はその度に、夢での出来事を映像で残す機械が無い現実を激しく呪っている。束さんに相談して作って貰うよう何度迷ったことか!」

 

「……ISを作った天才に、そんなくだらない事頼むな!」

 いや、束さんならわりとノリで作ってくれそうな気もする。いや、むしろ好きな夢を見せてくれる機械すら作ってそうだ。そんな機械あったら世界は破滅だな。世のすべての男はその機械の虜にされてしまう。ワールドパージだ。

 

「……というか一夏、そんな様子で大丈夫なのか? 葵に変に思われてないか?」

 

「ああ、そこは問題無いと思う。葵の事が好きだと自覚し、欲望まみれになってるがそれは顔に出さないで普段通りに接している」

 

「……本当か? 話聞いてたらお前が異常なのバレバレというか、もう葵に気付かれてると思うんだが?」

 

「ふ、そこは大丈夫だ。見ての通り寝不足のせいで顔色が最悪だがそれについての心配はかけてるだけで、行動は変えて無い。それに妄想でヤバくなるのは部屋で一緒にいる時だけで、部屋以外では葵をそういう目で見ないし、部屋以外では俺は葵の事今までと変わらないようにしている」

 

「そうなのか? それならいい…のか?まあいい、どっちにしろ今の話を聞く限りでは告白はまだしてないのか」

 

「あ、当たり前だろう! 何言ってんだよ」

 

「いやあんだけ俺達の前で初恋相手とか、好きになったとか言った癖にしてないとか。とんだチキン野郎としか思えないだろ」

 

「だってよ……今更何て言ってあいつに告白すればいいんだよ」

 今まで親友と思っていた奴から異性として好きですとか言われたら、あいつもどう反応していいか困るだろうし。

 

「つーか一夏、お前あの学園祭で葵に告白じゃなくライバル宣言とかやったしな。その前のプールじゃ、お前葵に友達が遊びに誘っても断りやがってとかで散々葵に喚き散らしたし」

 

「そ、それはしょうがないだろう! 学園祭の時はまだ葵にそんな感情自覚しなかったんだし、プールの時も久しぶりに再会し今までの分穴埋めしようとしても葵から断ったりするから!」

 あ~でも学園祭の時もそうだが、あのプールであんだけ葵に怒ったのって……自覚無いだけでやっぱり俺以外二人っきりという状況にムカついてたのかもしれない。

 

「……これだけお前は葵に親友やら幼馴染を強調してたのに、あの学園祭からそんなに経ってないのに葵が好きとか。どの面下げて言えばってのもわかるにはわかるが」

 

「……そうなんだよ。正直今更どう言ったらいいんだってのがなあ」

 そりゃあ今までの発言、あれはあの当時の俺の本心だったけどよ! でも今となっては特大の黒歴史だよちくしょう!

 

「それよりも一夏、肝心な事忘れてないか」

 

「肝心な事?」

 

「葵だけど、あいつまだ女になって2年と半年位だろう。そんな奴がもう男を受け入れられるのか?」

 

「……確かに。女になったからと言って、男をすぐ受け入れられるかと言ったら難しいかもな。でも、あいつ裕也から告白された時顔真っ赤にしてたし、多少は意識してるんじゃないか? 中身男のままだったら、裕也の告白聞いても引くだろ」

 

「なるほど、それもそうだな。……まああいつ、アホな考えしてそれを実行しようとしてたし、葵も男を異性として見る覚悟はあるにはあるか」

 

「アホな考え?」

 

「ああ、それはお前が知らなくていい事だ」

 気になる事を呟く弾に何のことか聞いたら、弾は何故か妙に焦って答えをはぐらかした。……気になるが、こいつって言いたくない事は絶対言わないからなあ。

 

「何だよそりゃ。まあ、いいか。とにかく、葵は男を恋愛対象として見る可能性があるにはあるんだよな」

 

「ああ、俺もそう思うが……あくまで推測だぞ。それに男子会でも言ってが、それよりもお前はまず葵から異性として見て貰わんと駄目だろ。葵はお前を異性というより、幼馴染の一夏としか見てないんだし」

 

「それなんだけど……よく考えたら部屋でのあいつって着替えやら下着とか絶対俺に見せないよう徹底してるし、これって裏を返せば俺を意識しまくってるんじゃ?」

 

「あ~それはあれなんじゃね? 妹の蘭が俺にそういうの絶対見せないようにしてるみたいな? 家族でも見せないだろ、そういうのは」

 

「千冬姉はどこでも脱ぎ散らかしてるし、俺の目の前でも着替えたりしてたけど?」

 

「……一夏、それは例外だと思っとけ。大体、元男でも今女なんだから、男の前でそういうことするのは倫理的に駄目だろ。家族でもないんだし」

 そういうもんなのか? 千冬姉を基準に考えてたけど、駄目ってことか。

 

「葵に告白はまだ早い。というか葵に俺を意識させないと始まらないし……どうすりゃいいんだ?」

 

「知るかよ。葵の事はお前の方がずっと詳しいだろう」

  俺が悩んでるのに、無碍な事言いやがる。友達がいの無い奴だな。

 

「あ、ちょっと待て。そういや葵前こんな事言ってたな。確かあの久しぶりに会った時だが、俺が冗談で葵に彼女になるか? と聞いたら戦って私より弱い男は嫌とか言ってたような」

 

「何! 弾それは本当か!」

 

「い、いや確かにそう言ったけどよ……戦いって事ならIS戦なのか葵の得意な空手なのかよくわからんぞ? 空手基準ならお前一生無理なんじゃ?」

 

「いや、空手前提ならあいつはそういうはずだ! ……よし、これで方向性が決まった!」

 何だよ、葵に意識して貰うのって、結構わかりやすいことだったんじゃねーか! というか、これって俺が今まで散々俺があいつに言ったことでもあるじゃないか!

 

「あの告白大会、あれって実は葵に対する告白になってるじゃねーか! 俺はあいつよりも剣道でも、ISでも強くなると言った! あの時はあれで俺はあいつと、同じ目線でライバルと見てくれると思ったから言ったが、あれが全ての答えだったんだ!」

 ああ、なんだこういうの、灯台下暗し? 幸せの青い鳥って言うのか? 俺がずっとここ最近打倒葵! を目指してたのが、一番葵を攻略するのに近道だったなんて!

 

「……盛り上がるのはいいが、お前って葵よりもかなり弱いんだろ? それじゃ何時になったら告白できるんだよ」

 

「うっせー! 必ず追い着き、追い越してやる! 強くなるため、葵と対等なライバルになる為、そして―――葵を彼女にする為俺はこれからも強くなる!」

 

「すっごい欲望まるだしな決意だな。つーか一夏、盛り上がるのはいいが例えお前が葵より強くなっても、それでお前の告白を受け入れるかはまた別問題な気もするんだが?」

 

「う! そ、それはそうだが、それはこの際考えないようにしよう。強くなることは、葵抜きでも俺の目標なんだし! ようし、やることは決まった! 今日からでも千冬姉に鍛えてもらわねえと!」

 俺は立ち上がり、何か呆れながら俺を見ている弾に向かって、

 

「じゃあな弾! 俺IS学園に帰って練習する!」

 漲る決意を言葉に込めながら言って、俺は五反田家を後にすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、あれが朴念仁とか言われてた一夏なのかよ? 恋は人を変えると言うが変わり過ぎだろう。そして一夏、結局お前が葵を意識して云々は全く解決してないんだけどな」

 



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専用機タッグマッチトーナメント 青崎葵の憂鬱

「どうしたの葵君! 何でそんな酷い顔してるの!? 目とかすごい隈出来てるじゃない!?」

 

「青崎さん、顔色とても悪いわよ! いったい貴方に何があったの!?」  

「病院行く? 死人みたいに酷いよ。 キツイなら私が付き添ってあげるから……」

 

「……大丈夫です。体は……ちょっと心因的な事で疲れてますが、とりあえず大丈夫ですから」

 前日葵から『会長、相談したいことがあります』という連絡を受けた楯無と虚。生徒会室で葵が来るのを待っていたが、葵が生徒会室に入り姿を見た瞬間、顔色を変えて葵に詰め寄った。そしてこの日暇を持て余していた簪も生徒会室に遊びに来ていたのだが、何時もと違い憔悴している葵を見ると姉達同様、葵のやつれようを見て心配しだした。

 3人からとても心配された葵は、乾いた笑みを浮かべながら返事をすると中に入り、近くの椅子に座ると、

 

「は~……」

 大きなため息をつきながら、机に突っ伏した。

 

「え、あの葵君……本当に大丈夫?」

 

「昨日私と会長に相談したいことがあると言ってましたが……」

 

「相談? それなら私も乗ってあげる。同じ代表候補生のよしみとして聞いてあげる」

 机に突っ伏した葵に、楯無に虚、簪は狼狽しながら声を掛けた。三人の心配した声を聞いた葵は、その後ゆっくりと顔を上げると楯無に向かって言った。

 

「会長……やっぱ部屋変わってくれませんか? 今からでも一夏と一緒なんてどうです?」

 葵の疲れ切った声を聞いた楯無は、葵の言った意味を一瞬理解できなかった。しかし理解した瞬間、

 

「え? えええ!!!」

 驚愕の声が楯無の口から漏れていった。

 

 

 

「え!? どうしたの葵君! 何でそんな事貴方が言うの!? だって夏休みの時はそれが駄目だから私と戦ったりもしたのに!」

 

「もしかして青崎さん、それは……ここ最近様子がおかしい織斑君と関係があるのですか?」

 突然の事に驚く楯無だが、多少冷静だった虚が―――ここ最近IS学園でも有名な織斑一夏の奇行のせいなのかと尋ねたら、

 

「……」

 葵は乾いた笑みを浮かべながら、無言で頭を縦に振った。

 

「あ~あの織斑君? ここ一週間ばかりずっと顔色悪く死人みたいな顔しながらふらふらしてた? 私も何回か見たけど……今の葵より酷かった気がする」

 

「……一夏君、その前からも練習に身が入ってなかったけど、ここ最近は特に酷いのよね。寝てないのか頭がふらついてるし、私が指導してるというのに今更なミスが多いし。昨日なんか高速で地面に激突して気絶という、初心者がするようなミスやらかしたもの」

 

「そしてそれほどふらふらな彼ですが、何故か受け答えはしっかりしていて、何人もの人が彼を心配しても、笑って大丈夫と言っているようですね。……顔色が最悪で体がふらついてるのに、それ以外の行動は変わらないから皆強く言えないようです」

 簪と楯無、虚はここ最近の織斑一夏の姿を思い出し、顔を曇らせた。

誰が見ても一夏の様子は異常であり、その様子を多くの者が心配し、一夏を気にかけているが、本人が大丈夫と言い張るので皆何も出来ないまま一週間が過ぎてしまった。

 楯無もこのままでは不味いと思い、近々一緒の部屋に住んでいる、そしてこの学園で一番一夏に親しい葵にこの件で相談しようと思っていたが……その葵から相談があると言われ生徒会室で待っていたら、葵が件の一夏並の顔色の悪さで登場したので、楯無は困惑し切ってしまった。

 

「え~っと、葵君。まず確認するけど、君がそんなに参ってるのは……一夏君のせいなの?」

 

「……はい」

 しかし何時までも困惑したままでいられないと思った楯無は、葵の現状の原因は一夏のせいなのか確認したら、葵は力無い声とと共に再度頭を縦に振った。

 

「どういうこと? 織斑君が葵に何かしたの? まさか性欲を我慢出来なくなった織斑君が葵を襲ったりしたの? は! まさか二人が顔色悪いのは夜な夜な薄い本的な事をして!」

 

「……簪さん、貴方が書いてる本じゃないんですから」

「簪ちゃん、ちょっと真面目に聞いてあげないとお姉ちゃんでも怒るよ」

 ピンク色な妄想をしながら興奮しだした簪に、呆れた顔をしながら窘めようとした虚と楯無だったが、

 

「……いや、このままじゃ何れそうなるかも」

 力無い顔をした葵がボソッとつぶやくのを聞くと、

 

「「「えええええええ!」」」

 楯無、虚、簪の驚愕した声が生徒会室に響いていった。

 

「え、ちょっと待って! それどういう意味!?」

 

「……いえ言葉通りといいますか。このままでは私、本当に一夏に襲れるんじゃないかって」

 葵のあまりの衝撃発言に詰め寄る楯無に、葵は若干怯えた表情をしながら自身の体を抱いた。

 

「……これは、ちょっと詳しく聞く必要があるようね」

 

「ええ。私、ちょっとお茶持ってくるね。葵は今ちょっと参ってるし、お茶飲んで貰って少し落ち着いた方が良いと思う」

 

「そうね。じゃあ簪ちゃんお願い」

 

「うん」

 楯無に返事をした簪は、部屋に備えている電気ケトルを確認、熱いお湯が人数分残っているのを確認すると急須にお茶葉を入れ、4人分のお茶を作ると、

 

「はい、葵はこれでも飲んで落ち着きなさい。家で愛飲している高級玉露だよ。後これでも食べて元気出して」

 葵の前にお茶と、ついでに楯無の好物のとっておきの羊羹を切り分けて葵の前に置いた。隠していた取っておきの菓子を黙って出された事に楯無は一瞬声を上げかけたが、

 

「……美味しい」

 笑みを浮かべながら羊羹を食べ、お茶を飲む葵を目にし何も言えなくった。

 

「青崎さん、少しは落ち着いた?」

 

「……はい」

 

「そっか、ならよかった。じゃあさっきの続きだけど、一夏君が君を……その襲うかもしれないってのはどういうことなの?」

 美味しいお茶と菓子を食べリラックスした葵に、楯無は葵に先程の発言の真意を確かめることにした。

 楯無に促された葵は、

 

「最近、部屋でいる時の一夏の私を見る目線が……もう露骨にいやらしいんです」

 疲れた顔をしながら、ここ最近の自身が受けた一夏による視姦被害を語っていった。

 

「一夏が私の胸とかをじっと見つめるとかは、同室になってから何度かあったんです。でもそれはしょうがないかな、と思って深く気にはしませんでした。自分で言うのもなんですが、私スタイル良い方ですし、一夏も思春期の男なんだから興味持たないわけないですから。……しかし学園祭後からちょっと、気になる事があったのか私を監視? 観察? するようになって、それから私の事をじっと見つめるようになったんです」

 

「学園祭後……そういえば一夏君が練習に身が入らなくなったのもそれからだったわね。あの時葵君に勝つ! な事言ってたのに急にどうしたのかと思ってたけど、その時から一夏君は青崎さんの事を……」

 

「いえ、違うんです。その時はまだ……見られてはいたんですが、そのいやらしい目線とかは……あ~まああるにはあったんですが、ここ一週間に比べたら全然でした。……一度、男のいやらしい目線は女は気付くと教えてあげたのになあ」

 

「つまり一夏君は、この一週間で急激に葵君をいやらしい目で見るようになったということ?」

 

「……はい。不思議な事に部屋以外ではそういうのはないんですが、部屋に入ると一夏は変わります。気付いてないつもりなのかしれませんが、私が本読んでる時、テレビ見てる時、ゲームして遊んでる時とかに一夏は私の胸とか物凄く見てるんです。そしてその視線を受ける度……私に言いようのない悪寒が走るんです。一夏に背を向けてる時も、こう腰やお尻あたりから急に悪寒が走ったりします。酷い時になると……これ2日前の話なんですが、朝練終えた私がシャワー浴びた後ドライヤーで髪乾かしてたんです。そしてら横からまた視線を感じ、胸から悪寒が走ったんです。げんなりしながら横目で見たら起きたばかりの一夏がいて……あいつ空中の何かを両手で揉んでました」

 

「……うわあ」

 

「……さすがに、ちょっと引きますね」

 

「一夏君……」

 葵の話を聞き、簪、虚、楯無の三人は顔を引きつらせながらドン引きした。

 

「それだけならまだいいんですが」

 

「いいの!?」

 

「いえ、まだこれ位なら……思春期真っ盛りの少年のすぐ横に異性がいるから、そういうのに興味持って見ちゃうのも仕方ないと思えます」

 

「思えちゃうんだ」

 

「でも夜寝る時になると、隣で寝てる一夏から……言葉に言い表せないプレッシャーを受けます。なんというか、本能で私の体が警戒して気が休まらないんです」

 

「……それって織斑君が葵を襲おうとしてるんじゃ」

 

「……多分ね。このプレッシャー、前島根いた時私にキスしようとした奴がいたんだけど、そいつ以上に体が、本能が警戒するんです。寝たら駄目だって。……そのせいで私ずっと寝不足なんです。一夏も何故か何時までも寝ないし」

 そう言って葵は大きく欠伸をした。青白い顔に目に出来ている大きな隈が、葵の言葉が本当だと主張していた。

 

「え? という事は葵もずっと一夏君同様に寝不足だったの? でも学園で見た時は織斑君と違って葵の顔色は普通だったよ? 今は織斑君みたいに酷いけど」

 ここ最近の葵の様子を思い出し、簪は不思議に思った。葵の話が本当なら葵も一夏同様、寝不足で顔色悪かったはずだが、学園で見た葵は顔色は特におかしくなかったからだ。

 

「……ああそのこと。それは私が夏休みに束さんから貰った化粧道具のおかげ。美味しい魚を頂いたお礼とか言って私にくれたものなんだけど、すごいよこれ。某盗賊の孫みたいに別人に変身できるんだから。それ使っていつも通りの顔作って皆誤魔化してたの。だって……一夏に続き私まで寝不足で顔色悪かったら誤解されるかもしれないもの。ええ、さっき貴方が言ったようなのね」

 

「……あ~確かに簪ちゃんみたいな考えしちゃう子でるかも。部屋同じで二人とも寝不足で疲れてるとか」

 

「そんな勘違いを学期末テストで一部の生徒がしておりましたね。……結果いくつかの教室が全損したりとかなりの被害がでました」

 

「……うん、葵賢明な判断。よくやった!」

 葵の話を聞いた三人は、一学期末に起きた通称『学期末のカタストロフィ事件』を思い出し、その引き金となった出来事を考えると、葵が何故そんな化粧をしてまで隠そうとしたのか納得した。

 

「……そっか、起きてる時も体の各所を見られ、寝ようとしても隣から何時襲われるか知れないから寝ようにも寝れない。これは確かに参るわね」

 楯無は自身がその状況に置かれた想像をし、そして早々自分じゃ耐えきれないだろうと結論を出した。一夏の事は気に入っているが、性欲にまみれた視線を浴びせられたり、本気で襲われそうにな空気を毎日出されたらどんなに我慢しても3日で一夏を部屋から叩きだすだろう、と。

 いくら大切な幼馴染で親友だろうと、異性から性欲にまみれた行動取られそれを一週間晒されたら流石に限界が来たかと楯無、虚、簪の三人は思った。よく耐えた、貴方は頑張ったと三人は葵に言おうとしたら、

 

「……まあ、それでもまだこの時までは我慢は出来たんです」

 

「「「ええ!!」」」

 ここまでならまだ我慢できるという葵の言葉を聞き、三人は再び一斉に驚愕の声を上げた。

 

「い、いや青崎さん! これまでの話を聞いた限りもう織斑君は生理的にアウトなのでは!?」

 

「いや思春期ですし、猿みたいに発情してしまう年頃ですからそんな風になってもしょうがないかなあと」

 

「いやいやそれさっきも言ってたけど」

 虚のもっともな意見に、葵は未だに思春期だからしょうがないと返事をしたので、流石にそれではもう済まないと楯無は葵に言おうとしたら、

 

「ただ……流石にそんな台詞も言えなくなる出来事がありまして」

 その前に葵が今までで一番暗い顔と声で言うので、楯無は言葉の続きを言うのを止めた。

 

「え? 今までの出来事よりも酷い事があったの?」

 これ以上何かあるの? と思いながら簪は葵に尋ねると、

 

「最初は……栗の花の匂いがするなあと思ったんです」

 葵は何かを思い出しているのか、沈痛な顔をしながら言った。

 

「栗の花の匂い?」

 

「それがどうかしたのですか?」

 栗の花の匂い。楯無と虚はどうしてそれが葵を苦しめてるのか理解出来なかった。

 

「……イカの匂いじゃないんだ」

 しかし楯無と虚とは違い、簪は葵の言っている事の意図がわかり、少し顔を引きつらせている。

 

「……うん、私も初めて匂ったけどイカじゃなかった。5日程前、何故か部屋でそんな匂いを嗅いで、一夏に聞いたらわかりやすい位狼狽えて気のせいだろと言われたわ。でも3日前も同じ匂いがしたのよ。その日は一夏かから出てたプレッシャーが無いから寝てたんだけど、……夜中目が覚めて隣を見たら一夏の姿が無く、洗面台の方から何かを洗う音が聞こえた。そして……また栗の花の匂いが」

 

「……」

 

「……」

 無言で顔を引きつらせる楯無と虚。葵の話を聞き、一夏が何をしていたのか、そして栗の花の匂いとはなんだったのかを理解したからだ。

 

「そして昨日の早朝だったんですが……珍しくまた眠れた日だったのですが、朝練行こうと部屋を出ようとしたら一夏から呼ばれ、何か用と思いながら一夏に近づいたら寝てたんです。気のせいかなと思ったら一夏が寝ながらまた私を呼んだのを見て、ただの寝言かと思って立ち去ろうと思ったんです。そしたら……『葵……お前の胸柔らかくて気持ちいいなあ……ああ我慢できない、もうお前の中に」

 

「はいストーップ!!!」

 葵が最後まで言う前に、顔を真っ赤にした楯無が手を伸ばし葵の口を塞いだ。

 

「え! 何で止めるのお姉ちゃん! 今良い所だったのに」

 何時の間にか大きな丸の中にネタと書かれたメモ帳を開いて書き込みしている簪が、途中で話を遮った楯無に抗議した。

 

「これ以上は駄目! 葵君ももういいから! もう充分だから!」

 顔を真っ赤にしながら、楯無はもう葵に話さなくていいと言うが、完璧に口と微妙に鼻まで塞がれた葵は息が出来ず、こちらも顔を赤くしながら苦しんでいた。

 

「会長、手を放して! 青崎さんが息出来てません!」

 

「は! ああごめん!」

 

「っはあ! はあ! ……いえ大丈夫です」

 虚に指摘され楯無は慌てて葵から手を放した。酸欠状態が長かった為葵は苦しそうに、大きく呼吸し出した。

 

「……まあ、これが今回会長達に相談しようと思った程の出来事です。今までのならともかく、流石にあれは私、一夏の口からあんな事言われたら悪寒通り越して絶望して泣きたくなりました」

 

「……今までのはまだ、視姦とか寝てる時のプレッシャーは思春期のアレで済ませてたようですが、直接織斑君の口から聞かされたらもう誤魔化せなくなったのですね」

 

「はい。あれ聞いたら、一夏本気で私をそういう対象にしてるんだってわかっちゃって。……それ聞くまではまだ一夏、男だから性欲持て余しちゃってるだけとか思ってたのに。……来月とか専用機タッグマッチトーナメントあるじゃないですか。私これは一夏と組もうかなと思ってたけど……今は嫌だなあ。一夏から誘われても嫌だなあ」

 

 暗い顔をしながら呟く葵。生徒会室に暗い空気が流れ、楯無、虚、簪の動きが固まる。お互い目配せし、誰かこの重い状況をどうにかしてよと無言で叫びあい、

 

「あ、あ~そういえば来月のタッグトーナメントだけど、私と簪ちゃんで出場しようとしたら織斑教官から『ふざけるな馬鹿者』と怒られた上に却下されたのよね~」

 

「あれは酷い横暴でした。お姉ちゃんと組んでチーム名は『ふたりはSARASHIKI!』で行こうとしたのに!」

 

「……そのふざけたチーム名は論外ですが、それ以上に貴方達が組むのは駄目でしょう。下手したら第三回モンド・グロッソで出場しても優勝狙えるペアなのですし」

 楯無、簪、虚は最近あった出来事を面白おかしく話してみたが……簪は項垂れたままだった。

 盛り上げに失敗したと焦る3人。さらに、

 

「……はあ、憂鬱だなあ。気が重いなあ」

 葵がぶつぶつと愚痴をこぼし始め、ああどうしたらいいんだろうと混乱し出した三人だが、

 

「は~~、このまま本当に私一夏に襲われたら……私親友の歯全て吹き飛ばすことになっちゃうのかあ。親友に一生入れ歯人生歩ませる事になるかと思うと……気が重いなあ」

 

「「「本当の悩みじつはそっち!?」」」

 先程前は違う驚愕の声が、生徒会室に響いていく。

 

「え? まあそうでしょう。同意無しに無理やりやろうなんて屑、幼馴染でも幼馴染でもありません。問答無用で殴ります。 一夏の実力程度で私を組み伏せれるとでも思われたら大間違い。そんな甘い考え歯ごと粉砕させます」

 

「え、でもさっきまで織斑君に襲われるの心底恐れてたじゃない?」

 

「ええ、それは当然です。だって―――一夏が私を無理やり襲うという事は、一夏はもう、私を親友だと思って無い事ですから。そして私も……一夏を親友だなんて思う事が出来なくなりますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、この問題はデリケートなものであり、正直自分達の手に負えないと判断した楯無達は、問題の人物の姉である千冬に相談する事に決めた。千冬に相談は葵が難色を示した。千冬の性格と気性を知っている葵は、『一夏がこんな事してるなんて報告したら一夏の身が危うい可能性が』と危惧したが、『その前に貴方の心が危ういでしょ!』と三人から怒られ、最後は同意した。

 

「そういえば今日一夏君は?」

 

「弾に話があるとか言って弾の家に行ってますよ」

 弾、という名前に一瞬虚が反応したが、3人とも見なかった事にした。

 

「そっか織斑君がいないなら好都合。こんな話織斑君に聞かれるわけにはいかないし」

 

「……聞かれたらというか一夏、私に気付かれてたと知ったら家出しそうですけどね」

 千冬に会いに行く道すがら、4人は話し合いしながら職員室に向かっていく。職員室についたが千冬の姿がなく、山田先生に場所を尋ねると『織斑先生なら剣道場にいますよ~』と言われ、4人は剣道場に行くことにした。そして剣道場に到着し、中に入ると、

 

「馬鹿者! この程度で息を乱すな! 集中力が足りん!」

 

「はい!」

 

「もう一度手本を見せるからよく見ておけ!」

 

「お願いします!」

 真剣を持った千冬が抜身の刀を持って目にも止まらぬ動作で一閃し、木刀を持った一夏がそれと同じ動きをしようとする姿があった。その姿はここ数週間腑抜けた姿とは違い、夏休みの時、強くなりたいと千冬と楯無にお願いしていた頃と同じ、やる気に満ち溢れた姿がそこにあった。

 

「まだだ! 遅いしそんなのでは実戦では全く役にたたん! 私がやった動きを頭の中でイメージし、それを自身の動きに取り入れろ!」

 

「わかりました!」

 一夏の動きが気に入らないのか、真剣を突き付け怒声を上げる千冬。気の弱い物なら見るだけで気絶しそうな程のプレッシャーを千冬は一夏に与えているが、一夏も一歩も引かず千冬と対峙している。

 姉と弟の壮絶な修行風景を見て、楯無と虚、簪は呆気に取られたが、

 

「……あれは!」

 ただ一人葵だけは、千冬がやっている技の型を見て、驚いた後に一夏の方を向くと―――薄く笑みを浮かべた。

 千冬と一夏もお互い集中しているせいか、葵達が来たことに気付いていない。葵達もこの状況では声を掛けづらいと判断し、

 

「……出なおそっか」

 

「……ですね。それに一夏も正常に戻ったみたいですし」

 二人に気付かれない内に4人は道場を後にした。

 

 

 

 

 数日後、楯無は葵に最近の一夏の様子を尋ねたら、

 

「……どういうわけかしりませんが、例えるなら学園祭前の頃に戻りました。部屋での視線は全く無くなったわけじゃありませんが、あの頃に比べたら数段マシです。そして寝る時なんですが……一夏、千冬さんや会長にお願いしてしごかれまくってますので、横になったら即爆睡してます。起きるのも時間ギリギリですし、あの栗の花の匂いもしませんね。……それを出すのも惜しい位体が疲れてるんでしょうか?」

 どこか納得いかない、という顔をしながら葵は楯無に報告した。

 楯無も一夏の急な変化に違和感を覚えるも、まあ状況が昔に戻ったのなら良かったと思い、問題が解決したとホッとした。その後満足げな顔をしながら楯無は葵から立ち去った為、

 

 

「前と一緒に目標に向かって頑張っている一夏。でも前と違い、今の一夏は……何故か少し嫌い」

 どこか遠くを見ながら呟いた葵の声を聞く事が出来なかった。

 



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専用機タッグマッチトーナメント ファーストコンタクト

「何だあれ?」

 

「一夏の机に皆群がってるわね」

 何時ものように葵達と朝食を食べた後、皆と一緒に教室に入るとクラスメイト達が俺の机の周りを取り囲んでいた。何があったと思いながら俺は自分の机に近づくと、

 

「あ、織斑君! これ見てよこれ!」

 谷本さんがとてもいい笑顔を浮かべながら、俺の机を指指してた。いや谷本さんだけでなく、「これはあれでしょ!」「私初めて見た!」「おりむーはモテモテだあ~」と相川さんや鷹月さん、普段おっとりしているのほほんさんまで少し顔を赤くしながら俺を見た後、机を見てはしゃいでいる。

 

「え、一体どうしたって……え?」

 興奮したクラスメイト達言われ、俺は自分の机を見てみたらそこには……一通の手紙が置いてあった。手に取って見ると、そこには『織斑一夏様へ』と書かれている。 え、ちょっとまって! まさかこれって!

 

「ラブレターね」

 俺の横から、葵がニヤニヤしながら言って俺が持っている手紙を見つめている。

 

「何! ラブレターだと!」

 

「一夏さんにラブレターですって! 相手は誰ですの!?」

 

「……まさかこういった搦め手でアプローチしてくる子が出てくるなんて」

 

「シャルロット、何だラブレターとは?」

 箒、セシリア、シャル、ラウラも俺が持っている手紙を見つめ、他のクラスメイト達同様興奮し出している。いや、俺もちょっとドキドキしてるけどな。誰か知らないけど、俺の事が好きでこの手紙書いてるんだよな。

 でも……一ヵ月前ならともかく、今の俺にはその気持ちは受け止める事は無理なんだ。気持ちは嬉しいんだけど……俺はすでに好きな子がいるから。

 

「へ~、今時ラブレター書くなんて子いたんだ。で、どうなの一夏、嬉しい? 約束の木の下にでも行ってくる?」

 ……俺がラブレター書いた子に申し訳ないと思ってる横で、その好きな子が、俺の横で手紙を見ながらやたら楽しそうに俺に絡んでいる。おい、ちょっとくらいはヤキモチとか、そういう反応してくれよ。そりゃ俺と葵の関係考えたら、この反応が当然なんだけどよ。

 

「ねえねえ織斑君! 早く開けて中身を見てよ!」

 

「そ、そうだぞ一夏! お前宛で置いてあるのだから、早く読んであげるべきだ!」

 

「そうだそうだ~」

 

「織斑君はやくはやく~」

 葵の反応に少し憮然としていたら、目をキラキラさせながら、鷹月さんが俺に早く読めと催促し、その後箒や周りにいる皆から中身を読んでと催促されるが、ちょっと待ってくれ! 

 

「いや待ってくれよ皆! これは勿論読むけど……まずは俺一人でな」

 

「ま、そりゃそうね。人のラブレターを皆で読むのは野暮だし」

 

「あ、……うん確かにそうだよね」

 一人で読みたいと言う俺に、葵も同調し葵の言葉を聞いた他の皆も多少騒ぎ過ぎたと反省したのか、先程までより少し落ち着いた。

 俺は皆から少し離れ、教室の壁を背にしながら手紙を開ける。中には一枚の紙が折りたたんで入っており、俺は緊張しながらその紙を広げた。そして、ドキドキしながら広げた手紙には!

 

『史上最強の女が、史上最強の男を誘いに来た

青崎葵と組むのが一度なら、私と組むのも一度

機会が二度、君のドアをノックするとは限らない』

  

 …………謎の文章が書かれていた。え~っと……何これ?

 

 

「どうしたの一夏? 変な顔しながら手紙読んで?」

 中身を読んで固まる俺に、葵が不思議そうに言ってくるが……いやこれ読んでそうならない方が無理だろ。そして結局この手紙差出人書かれてないから誰が書いたのかわからないし。何だよ組むって? 何のことだよ? 葵と組むって……そりゃ葵とは何時も一緒にいるか、どういう事だ?

とりあえず俺にわかるのは……これはラブレターでは無いということだけだ。

 俺は葵に近づくと、

 

「……読んでみろ」

 そう言って、俺は葵に手紙を押し付けた。

 

「え、ちょっと一夏! 良いの? だってこれ」

 

「ああ、ラブレターじゃないし……意味が解らん事しか書いてない。それにお前の名前もそこにあるから読んでみろよ」

 

「私の名前も?」

 

「おい、葵! 私にも読ませてくれ!」

 

「私も私も~」

 

「ラブレターでないってどういう事?」

 葵に手紙を渡すと、皆一斉に手紙に群がっていった。そして手紙の中身を知りたかった皆は葵の手に持っている手紙を読み……あ、全員固まっている。

 

「……何ですのこれ?」

 

「嫁よ、これはどういう暗号なのだ?」

 セシリアにラウラが、謎の怪文書について俺に尋ねてくるが、それは俺の方が知りたい。

 他の皆も、葵が持っている手紙を読んで困惑している。そりゃあなあ、何が言いたいのか全くわからんし、これ。

 

 

 結局、この手紙が何を意図してるのかわからない上に差出人も書かれてないので、先程までの興奮が嘘のように皆消えて俺の周りから離れて行った。皆期待していたラブレターな内容じゃ無かったので、興味が無くなったのだろう、一様に残念そうな顔をしていた。

しかし箒達は何故かラブレターでないとわかったら喜んでおり、そして葵は手紙を俺に返すと、

 

「なーるほどね」

 それだけ言って、俺から離れて行った。

 

 

 

 

「……はあ、疲れた。」

疲労の限界を迎えた俺は、そう呟いた後男子更衣室の床にへたり込んだ。今日も俺は千冬姉に稽古して貰い、歩くのも億劫になる位しごかれたからだ。

 

「……流石に剣道場行って箒や葵と部活した後、千冬姉の指導受けるのはキツイ」

 今日の朝も千冬姉に剣の稽古して貰ってたし、朝から晩まで体を動かし続けている。最近そんな毎日が続いてるから、部屋に戻っても葵と会話する余裕も無くそのまま寝てしまう事も多い。強くなる為に自分からお願いしたとはいえ、ちょっと寂しい気もする。

 しかし寝ない場合は……相変わらず葵の事意識してしまうんだよなあ。というかもう意識するなが無理なんだよな。好きな子が無防備で俺に接して来てくれてるのに、何も思うなという方が無茶だ。でも、流石にここ最近の……俺の葵を見る目はよくなかった。葵を見て……そのエロい妄想してたが、これってよく考えなくても幼馴染に対し最低な事やってたな。今思い出しても最低だと思う。幸いなことに葵にはまだ気付かれなかったようだが、なるべく控えた方がいい。もしあいつに察しられて、あいつからゴミを見るような目をされたら……俺は立ち直れる自信が無い。

 だから葵のいる自室に戻る時は、そんな煩悩がない状態で接するのが一番だ。その状態なら俺も変な考えを抱かずに、葵と普通に接していけるし。

 

 というわけで、煩悩が無い状態にするために―――煩悩の元を追い出し、今日も俺は賢者となろう!

 命に関わる為、まず更衣室のカギをしっかりかける。これはこれから行う事を思うと、絶対必要な事だ。それが終わると俺はベンチに腰掛け、俺はズボンをおろし、ポケットティッシュを取り出し中身を広げ取りあえず脇に置く。そして右手にある待機状態の白式の腕輪操作し、空中にディスプレイを表示させる。そのディスプレイには―――葵の際どい水着姿が写しだされ、さらに別のディスプレイには、葵によく似たAV女優さんの本番シーン! さらに別のディスプレイをだせば、弾から借りた黒髪巨乳お姉さん系エロ動画!

 それらを見た俺は、男が産まれながら持っている刀を脇差から大太刀へとクラスチェンジさせ、それを丹念に磨ぎをする準備に入った。

 

 葵を見たらエロい妄想するなら、その対策は簡単だ。そのエロい妄想を物理的に抜いて賢者として接すればいい!

 男子更衣室で何やってんだ俺と思わなくもないが、こうでもしないと俺のエロパワーを抑えるのは無理だ。

 前までは大浴場に入れる日に、男の煩悩を抜く作業を行い心をリフレッシュさせてたが、最近は葵のせいで俺の煩悩が増えまくり、大浴場に入れる日だけじゃ抑えきれなくなった。

 何せ一日貯め込んだだけで、俺の欲望は夢で大爆発してしまうのだ。いや、それはそれで大変良い夢でむしろ何度でも来い! なのだが、朝葵から栗の花の匂いがするとか言われた時はマジ焦った。あいつはあれがあんな匂いするとは知らないようだから気のせいだ! で誤魔化したが、それから数日後またやらかして、幸い夜中だったから葵が寝てる間に洗って事なきを得たが、このままでは不味い。葵に俺がこんな事やってるなんてバレたら不味い!

 そのためにも、ここで煩悩を捨てる必要があるんだ! だからこれはしょうがない! 男の子だもん!

 いやあしかし、ISって便利だなあ。だっていつでもどこでも、好きな場所でこんな風に男の業物を研ぐ作業をするための道具を揃える事ができるんだから。白式にデータ転送させて、それを自分の一番見やすい場所にディスプレイ投影させ、音はプライベートチャネルの応用で俺だけにしか聞こえないように出来るんだぜ!

 まさに思春期の少年には夢のようなアイテムだ! 例え隣に家族がいようとも、ISがあれば大画面、大音量で目的を遂行できるという優れもの! 

 そしてさらに! このISはさらに夢のような事をしてくれるのだ! 俺は葵の水着姿のディスプレイを操作、画面でなく―――立体投影機能に変更! するとどうだ! 俺の目の前で水着姿の葵が姿を現せるのだ! さすが束さんの仕事だ、再現度が半端じゃないぜ! そしてありがとう、夏休みの間俺の白式を点検に来てくれた倉持技研の職員さん達! 貴方達からこんな事教えてくれたおかげで、俺は充実した学園ライフ送れてます! 貴方達の『俺達は教えるだけだ。これを有効活用出来るのは、お前次第だ』と行った時の男らしい顔、一生忘れません。

 これのおかげで、部屋で葵を変態な目で見る頻度を減らせる事ができた。だってこっちだと水着姿で、しかも至近距離からガン見出来るし! 

 まあこんなの、葵にバレたら……半殺し確実だろうな。箒達も好奇心でやっちゃったけど、あいつらにバレたら……いかん、こっちの場合死のイメージが明確に浮かんでしまう。

 頭を振り不吉なイメージを払うと、俺は早く俺の業物の大太刀を研磨すべく、葵やディスプレイを見ながら右手を大太刀に添えようとした瞬間、

 

「!!!」

 俺の体は一瞬にして後方を振り返った。自分でもわからない、ただ、このまま前を向いていてはいけない、後ろを見ろ! という本能が俺を無意識に後ろに振り向かせた。そして振り向いた先には、

 俺から数メートル離れたロッカーの陰から、顔を半分出して右手にスマホを持っている眼鏡をかけた女子生徒の姿があった。

 

「……」

 

「……」

 俺も女子生徒も、互いに無言で見つめあう。……いや、ちょっと待って。誰この子?い、いやそれよりも、俺、まさかこの状況をずっとこの子に……見られてた?

 自分でもわかる位、顔から一気に血の気が引いていく。そしてそれと同時に、俺の大太刀も脇差に、さらに小さくペーパーナイフにダウンしていった。その様子を女子生徒はじっと見つめると、

 

「あ、いや私に構わず、どうか続きを」

 

「出来るか~~~~!」

 眠そうな目をしてるのに、口だけはにんまりと笑いながら言う女の子に、俺は羞恥心含めた大絶叫で返した。

 

「ちょ、いや何だよあんたは!」

 俺は空中に投影していたディスプレイや葵の立体映像を消しながら、さっきまで下ろしていたズボンを慌てて履き直す。そんな様子を女の子はスマホを掲げながらニヤニヤ笑っている。

 

「っておい! 何撮ってんだよ!」

 

「ん? まあ一言で言ったら変態?」

 さっきから勝手に俺を取っている女の子に俺は詰め寄り、手に持っているスマホを叩き落とそうとしたが、女の子は軽くかわして俺から距離を取った。 頭に血がのぼっていたとはいえ、あんなにあっさり俺の手をかわし、自然に後方に下がった身のこなし、ただ者じゃない。 俺は警戒しながら不審者の女の子を眺めていくが……うん? この肩で切りそろえている髪型に可愛い顔してるけど眠そうな目をしており眼鏡をかけているこの子、どっかで見たような……ああ、思い出した!

 

「お前、まさか楯無さんの妹で、葵と一緒の日本代表候補生の更識……簪さん?」

 

「正解~。へえ意外。私の顔と名前知ってたんだ」

 

「そりゃあ、な」

 俺が名前を当てると、更識さんは少し驚いた顔をした。

 知らない訳ないだろう、あの学園祭の時、お前が所属する漫研が俺達のクラスを蹴落として一位になった挙句、全校生徒の前でこれ見よがしにドヤ顔で自慢してたからな! あれかなりいらっときたぞ! さらにその漫研の漫画とやらが、俺と葵(男)、俺と弾、シャル(男)とラウラ(男)の吐き気がするような内容の漫画だったからな! あれほど脳が本の中身を理解するのを拒否した事は無かったぞ!

 

「で、もう一人の代表候補生の更識さんが、男子更衣室に勝手に入ってくるような非常識な真似してまで来て俺に何の用だよ。っていうか、鍵掛けてたはずだぞ!」

 

「学校の男子更衣室で自家発電するような人に非常識呼ばわりする謂れはないと思うけど」

 

「……」

 勝手に入って来て最悪な光景を見られたため、俺は虚勢を張りながら更識さんに嫌味を言ったが、それは100%反論出来ない正論で返された。

 

「……しかも、幼馴染の水着姿を見ながらとか、葵が知ったらどうなるかなあ」

 そう言いながら、更識さんはスマホを操作し、画面を俺に向けた。その画面には……先程の俺が賢者になる為の儀式準備が写っていた。

 

「た、頼む! 見逃してくれ!」

 恥も外見も無く、俺は更識さんの前で土下座した。 これが皆に知られたら、俺もうこの学園にいられない!

 

「いいよ」

 

「へ?」

 俺が懇願したら、拍子抜けするほどあっさり更識さんは俺の目の前で動画を消去した。

 

「いや別にこんな動画取りたくてこんな所に来た訳じゃないしね」

 そう言って、俺に微笑む更識さん。

 

「ありがとう! ありがとう!」

 先程とは一変し、俺は更識さんを天使のように崇めながら、ひたすらありがとうと連呼していく。 本当にありがとう! 命助かった。そして社会的にも命助かった!

 

「織斑君には本で荒稼ぎさせてもらったし、さっき正確なデータも取れたしね……想像よりも小さくてがっかりだったけど」

 超感謝している俺の前で、なんかがっかりした顔しながら更識さんは、視線を俺の股間に注ぎながら溜息をついた。

……うん、もう感謝しなくていいよなこいつには。

 

「……それで更識さん、鍵のかかった男子更衣室にわざわざ侵入してまで俺に何の用だった訳? というかどうやって入った?」

 

「ピッキングで。楽勝だったわ。 それよりもここに来た理由だけど、織斑君が返事しに来ないからこっちから来たんだけど」

 

「返事? 何の事だよ?」

 

「見てないの? 朝織斑君の机に手紙置いてたんだけど?」

 

「ああ? あの手紙更識さんが書いたのか?」

 

「ええ。で、織斑君、返事は?」

 返事はもくそも、あの怪文書の内容が1ミリも理解出来なかったのに、返事もくそもあるかよ。

 

「ごめん、更識さん。あの手紙意味がわからなかったんだけど」

 俺がそう言うと、更識さんはショックした顔をしながら後ずさった。

 

「そんな……あれほど完璧なタッグパートナーの誘い文句は無いはずなのに。バッファロ○マン先生お墨付きだったのに」

 誰だよそいつは。

 俺がどうやら本当にわかってないとわかると、更識さんは大きく溜息をついた

 

「……はあ、わからないなんて、織斑君には少し勉強が必要なようね」

 ……何の勉強だ、何の。

 

「で、更識さん。結局何が言いたいんだよ?」

 

「……いやさっきタッグパートナーとか言ったでしょ。来月末に専用機タッグマッチトーナメントがあるから、織斑君をパートナーにしようと思って誘ったわけ」

 

「……何の話だよ? そんなの俺聞いた事ないけど?」

 

「え? 最近HRで織斑先生からそんな話無かった?」

 

「いや? 聞いてないぞ」

 千冬姉の話聞いてないとかあったら出席簿でどつかれるからな。そこはちゃんと聞いていたから間違いない。しかし専用機タッグマッチトーナメント? そんなのが来月にあるのか? そしてあるにしても……何で更識さん、俺をパートナーにするんだよ。正直今まで面識全くないんだけど?

 

「あちゃ~ちょっとフライングしちゃった。昨日か今日にでもこの件は発表されたと思ってたのに」

 

「逆に何で更識さんは知ってるんだよ」

 

「まあ、お姉ちゃんが生徒会長だからかな。色々な情報入ってくるし」

 

「ふうん、まあ楯無さん生徒会長で色々権力とか持ってるから、そういうの知っててもおかしくないか。しかしわからないんだが、俺と更識さんってまともに話したのってこれが初めてだよな。そのタッグマッチが本当にあるとしても、何でその大会に俺をパートナーにしようとするんだ?」

 俺はさっき思った疑問を更識さんに尋ねる事にした。すると、更識さんは相変わらず眠そうな目をしながら、俺を見据えると面倒臭そうな声で言った。

 

「あ~それ。……なんというか、私ってやらなくて良い事はやらない。やるべきことは手短にってのを信条にしてるんだけど、それでちょっと先の事を考えたら……どうせ織斑君は私と組むことになるんだから、早めに一緒に練習しようと思って」

 




いい加減これで下ネタやめようかなと思います


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専用機タッグマッチトーナメント パートナー

「は? どういう事だよ?」

 何で俺が更識さんと組むのが決まってるんだよ?謎の手紙を書いたり、男子更衣室に侵入してまで俺に会いに来た理由が、来月末に行われるというタッグマッチトーナメントのパートナーに更識さんは俺を勧誘するためだったようだが、その理由が俺をさらに困惑させた。更識さんと組むのが決まってる? 何言ってるんだこの人?

 

「悪いけど、あんな本描いたり、男子更衣室に勝手に入ってくるような人と俺はパートナー組みたくない。他当たってくれよ」

 何を根拠に俺と組むのが決まっていると言ってたのかわからないが、今までとさっきの行為や態度で俺の中で更識さんの印象は最悪と言っていい。楯無さんの妹だけど、それだけで更識さんと仲良くしろと言われても俺は嫌だな。

 声色に不機嫌を隠しもせず俺は更識さんの勧誘を断ったら、

 

「……ふうん。まあ予想通り」

 断れた更識さんは、妙に納得した顔で頷いた。なんだよ、更識さんも俺が頷くとか思って無かったのかよ。まあいい、これで用事済んだんだろ。ならさっさとここから出て行ってくれ俺が言おうとしたら、

 

「でも織斑君。そんな事言うけど、織斑君は誰とタッグ組むつもり?」

 先程までとは違い、眠そうな目を開けて更識さんは俺に質問した。……さっきからずっと眠そうな目をしてたのに、目を開けて俺を睨むだけで、更識さんから物凄いプレッシャーを感じる。

 

「え、いや……まあ妥当に葵かな。前一度組んだシャルとかも良いと思うけど」

 雰囲気が変わった更識さんに俺は若干たじろぎながら俺は答えた。

 まあ純粋に組みたいと思うのは葵だな。最近千冬姉や楯無さんの指導受けてるから葵と模擬戦とかやってないけど、基本戦闘スタイル同じだしな。昔から一緒にいるおかげで口に出さなくても、目とか見るだけで何が言いたいのかなんとなくわかるし。

 シャルは前一度組んだ事あるし、シャルは何でも器用にこなすからどんな事態になっても上手く合わせる事が出来そうだしな。それに葵と違い、シャルだと近接以外でも中・長距離も即対応できるし。

 それらの理由で俺は更識さんに葵とシャルの名前を上げたら、

 

「……はあ」

 更識さんは呆れた顔をしながら大きく溜息をついた。な、なんだよ。俺おかしい事いったかよ。

 

「……織斑君、それ本気で言ってるのなら貴方は友達の事全然見ていないのね。何時もいる葵達を仲間や友達と言ってるくせに、相手の事を考えていないなんてさ」

 

「な! 何だよそれ! どういう事だよ!」

 

「言葉通りの意味だけど? 今回専用機タッグマッチトーナメントと聞いて、組むなら葵? デュノアさん? 百歩譲って葵は良いとしても、デュノアさんという選択肢は貴方から言うのは論外。その理由がわからないのは、貴方が本当に周りを見えてない証拠」

 

「はあ? 俺が相手の事考えてない? 周りの事見えていないって、俺は皆の事大切に」

 

「でもそれは当然よね。織斑君が相手の事しっかり考えたり、周りをよく見えてたら今の貴方が取り巻く環境は早々崩壊してるんだし。今日の所は帰るね。返事は明日以降私の所に言いに来てくれればいいから」

 俺は皆の事大切な仲間と思ってると言おうとしたら、興味無い顔で更識さんはそれを遮り、勝手な事言って俺から背を向けると、更衣室から立ち去ろうとした。しかしドアに手を掛けると、更識さんは振り返ると、俺に向かって口を開いた。

 

「ねえ織斑君。葵の事好き? ってああ、言わなくてもいいや。あんな映像出してる時点で聞くまでもないんだし。……ただ何時から好きになったかは知らないけど、私から言えるのは今の織斑君はがっかりってだけ」

 葵の事を好きって言われ動揺した俺を、自分で言った癖に興味無い目で俺を見た更識さんは、最後まで好き勝手言った後更衣室から出て行った。

 更識さんが出て行った後、俺はイライラが募ってしまい、思わずロッカーを強く叩いた。手が痛いが、それ以上にさっきまでいた更識さんに俺はイラついていた。

 散々勝手な事言った挙句、最後まで澄ました顔で更識さんは俺と対峙し出て行った。あれは完全に、俺の事を更識さんは格下扱いしていた。それだけでもムカつくが、それ以上更識さんの、俺が葵達の事をよく考えてない、見ていないと言われた事に俺は腹が立った。

 葵、箒、鈴は三人ともこの学園で再会できた大切な幼馴染。セシリアにシャル、ラウラはこの学園で出来た友達だ。それを今日初めてまともに話したような人に、侮辱される謂れは無いはずだ。大体、人の事考えろとか言っている張本人が、俺や葵、シャルやラウラを対象に好き勝手な本書いてるじゃねーか。アレはどうなんだよ、ったく。

 それに最後のアレは一体何なんだよ! ああそうだよ、確かに俺は葵に惚れたよ。あんな映像出してたから、更識さんにそう思われても仕方がないのもわかるよ。ただ、今日会ったばかりの人からがっかりよばわりってどういう事だよ! 

 俺の心は荒れまくったが、ふと時計を見ると、すぐ着替えないと食堂に間に合わない時間となっていた。食堂に行く前にアレを済ませておこうと思っていたが、もはやそんな気は欠片も起きない。俺は憮然とした顔をしながら手早く着替えると、食堂に向かう事にした。

 

 

 

「更識さん?」

 

「ああ、ちなみに妹の方な。どんな人か知ってるか?」

 食堂で葵達と夕食を食べながら、俺は葵に更識さんの事を聞いてみた。同じ代表候補生同士だし、更識さんは葵で呼び捨てにしてたし二人はそれなりの仲なんだろう。……その割には、葵と更識さんが学園で話してる所一回も見た事ないけどな。

 

「何で一夏が簪の事を……ああ、あの手紙でか」

 

「む、どういう意味だ葵? まさか葵、今朝のあの手紙の意味を解っていたのか?」

 

「ま~ね。ちょっとした推理というか、単純にあんなの書く専用機持ちは簪さんか私しかいないだろうから」

 ……おい、それってお前も今度専用機タッグマッチトーナメントが開催されるの知ってたって事かよ。でないとあれ読んでも何の事かわかんないしな。

 

「何、ということはあの謎の暗号を書いたのは4組の更識妹だったのか」

 

「ずるいよ、僕達にも教えてくれたらいいのに」

 

「? ちょっと、何の話よ。今朝の手紙って何の話?」

 

「ああ、鈴さんは2組にいらしたからご存じなかったですわね。今朝教室に入りましたら一夏さんの机の上にラブレターがあったと皆さんで騒いでたのですが、一夏さんが中を開けてみたら……そんな甘い物じゃありませんでしたわ」

 更識の事を聞こうとしたら、今朝のあの手紙事件を皆思い出し一気に騒がしくなった。

 

「それで一夏、あの手紙ってどんな意味があったの?」

 

「そうだぞ嫁、隠さず教えて欲しい」

 

「わかった、わかったからちょっと待ってくれ。先に葵から更識さんの事を聞いてからな」

 手紙の内容を知りたがる皆だが、それよりも先にさっき葵にした質問の答えを聞かせてくれよ。あの出会いのせいで、ちょっと俺機嫌悪いからさ。

 

「……ふうん、一夏ってそんなに会長の妹が気になるんだ」

 あれ? 更識さんの事聞いてるだけなのに、何で鈴が不機嫌に? いや、よく見たら鈴だけでなく、葵を除く皆何故か不機嫌な目で俺を見てるんだけど? 急に不機嫌になった皆に俺が戸惑ってると、葵は呆れた顔をして溜息をついた。

 

「……全く、ちっとも学習しないんだから。それで一夏、簪さんだけど私が知っている簪さんは……飄々としていて、常に冷静沈着。でも内に熱い心を持っていて気遣いの出来た優しい人だなって思ってるけど」

 

「……それマジで言ってるのか?」

 葵から聞く更識さんのイメージは前半は俺も納得だが、後半はとてもじゃないが納得いかない。特に気遣いとか優しい人とかって……。

 

「マジだけど? 簪良い人だよ、私は好きだな」

 俺は疑惑に満ちた目で葵を見ても、葵は笑顔で肯定した。

 

「……でも葵、お前って更識さんとそんなに仲良かったのか? 俺お前が更識さんと話してる所見た事無いけど?」

 

「簪とはこの学園で初めて会って、その時からLineを通して交流し仲良くなったわよ。夏休み以降は生徒会室で会長と交えながら話す事も増えたし。ただ他の人目がある所では簪は私と話すの嫌がるけどね」

 

「……何でそんな密会みたいな事やってんのよあんたら」

 葵の話を聞き、鈴が呆れている。いや俺もだけど、何で葵は更識さんとそんな事やってんだよ?

 

「ん~、それは……ちょっと言えない部分があるけど、簪ってマイペースな性格だから」

 

「……葵さん、答えになってないですわよ」

 

「……う~ん、ごめんこれは簪の許可ないと言っちゃ駄目だと思うし。でも理由は一応あるのよ」

 葵の話を聞いたら、余計に更識さんがどんな人物かわからなくなってきた。葵は優しい人とか言うが、あんなに俺に暴言吐いたあいつが? ……いや、本当に酷いやつならあの動画をあっさり消去とかしないけど。

 

「ねえ葵、そういえばその会長の妹だけど臨海学校やタッグトーナメントの時も欠席してたけど、実力はどうなの? 中国にいた時からその辺の情報全くないのよね。学園のアリーナでも練習してるの見たことないし」

 

「確かに、練習している時アリーナで更識と会ったことは私も無いな。しかしあの学園祭の時、先輩二人と一緒に私達の前に立ち塞がった更識は妙に自身があったが……」

 鈴と箒の疑問に、セシリア達も頷いている。そういや俺も毎日アリーナで練習してるけど、一回も更識さんと会った覚えないな。 アリーナは複数あるけど、それでも一回も会ってないとかありえるのか? まさかあんな漫画ばっかり描いて、練習サボってんじゃ?

 

「いやいや簪はちゃんと練習してるわよ。皆に隠れてやってるから知らないと思うけどね。そしてタッグマッチや臨海学校は……諸事情でね。詳しくは言えないけど」

 おい、何でそこは目を逸らしながら言う? 余計気になるんだが。

 

「それで実力なんだけど」

 まああんな変な漫画描いたりする人だ、会長の妹だからってそう対したことは無い。

 この時までの俺はそう思っていた。

 

 しかし、続く葵の言葉を聞き、それは大間違いだと知った。

 

「はっきりって強いわよ。実力はおそらく会長と同等、でも今の私じゃ―――同じ打鉄同士ならともかく、専用機で戦ったら勝てないわね」

 

 

 

 

 

 

 葵の発言に皆驚愕し、戸惑いながら葵にどういうことなのかと詰問したが、葵は笑ってはぐらかすだけで教えてくれなかった。その後は再び手紙の内容を皆聞いて来て、まだ発表されてないが専用機タッグマッチトーナメントが開催される話を皆にしたら……何故かその後は皆妙に口数が少なくなり、そして何故か皆俺をチラチラと見て行った。

 時折皆から「抜け駆け……」やら「私を差し置いて……」とどうやら更識さんを非難する声が漏れたが、小声なのではっきり聞こえない。葵の方を見たら、もう興味無いのかご飯を食べる事に集中していた。

 そしてご飯を食べ終え、皆それぞれの部屋に戻って行った。俺も葵も一緒に部屋に戻り、そして何時もなら部屋に葵がいる事で意識しまくってるのだが、

 

 

 

 ……織斑君、それ本気で言ってるのなら貴方は葵達の事全然見ていないのね。何時もいる葵達を仲間や友達と言ってるくせに、相手の事を考えていないなんてさ

 

私から言えるのは今の織斑君はがっかりってだけ

 

 更識の言った言葉が頭にこびりついていて、俺をそんな気持ちにさせてくれなかった。

 更識の言ったことは、俺に対する侮辱だ。そうなんだと思っても……ベットで横になりながら、さっきまでよりも冷静になった俺は、更識の言った言葉を完全に否定してはいけない

、そんな気が何故か起きていた。

 

 

 

 そして翌日、朝のHRで千冬姉から来月末専用機タッグマッチトーナメントの開催を知らされた。昨日話したからセシリア達の反応はそこまで驚いてないが、クラスの皆は今日知ったから大騒ぎをしている。そしてそれはクラスだけでなく、学園中がこの話題で持ちきりとなっている。なにせ昼食堂で食べていたら、

 

「これは大変! 織斑君が誰と組むか、オッズ表作らないと!」

 

「集計は私がやっとくわ!」

 

「大本命が青崎さんで、対抗馬に前回組んだデュノアさんってところかしら?」

  ……こんな会話が、学園関係無く飛び交っていた。いや、何で俺のタッグ相手が皆そんなに気になるのかしらないが、葵やシャルが本命で、他はセシリア達という順はなんか俺の予想通りだなと思った。俺もまず葵にパートナーの申し入れをしようと思ってるし。当然だが更識さんの名前は全く出なかった。皆更識さんは俺と組むなんてありえないと思ってるんだろう。

 

「皆今朝のHRの話でばっかりしてるわね」

 

「当然でしょ。 前回のタッグマッチトーナメントは変な乱入があったせいでながれちゃったし。それに専用機持ち学年問わず全力で勝負するとか、滅多に無い事なんだから」

 

「確かに俺の何時も戦う相手って葵達だし、二年や三年の先輩と戦った事無いな」

 

「会長はロシア代表でおそらく優勝候補筆頭。誰と組むのかが非常に興味あるが……所で一夏、お前は誰と」

 

「……お待たせしました」

 箒が何か言いかけてたが、それは暗い顔をしながら現れたセシリアの声によって遮られた。セシリアの後ろを見ると、同じく顔色の悪いシャルロットとラウラの姿があった。

 三人とも、昼休みになったら図ったかのように同じタイミングで携帯電話が鳴りだし、電話に出た後は急に顔つき変えて教室から出て行った。何の電話だったのか知らないが、おそらくあまりよろしくない電話だったのは、見たらわかった。

 そして暗い顔をしながらセシリアは鈴に近づくと、

 

「お願いします鈴さん! わたくしとタッグを組んでください!」

 

 鈴に向かって頭を下げ、パートナーの申し入れをした。

 

「え、えええ!」

 突然の申し入れに、鈴は驚きセシリアを見つめる。セシリアは懇願するような顔をしながら鈴を見ており、それが余計に鈴を動揺させていた。

 突然のパートナーの申し入れに、鈴だけでなく俺も箒も、いや食堂にいた全員が驚愕の目でセシリアを見つめていく。しかし、そんな中葵とシャル、ラウラの三人だけが何故か納得した顔で二人を見ていた。

 そして

 

「あ、僕はラウラと組むことにしたから」

 

「うむ、嫁よ残念だが、これは仕方がない事なのだ」

 続くシャルとラウラの言葉に、再び周りにいる生徒達が驚きながら二人を見つめる。箒も鈴も驚いた顔で二人を見つめるが、俺はまあそこまでは驚かなかった。この二人仲が良いし、妥当な組み合わせと思うし。シャルと組めないのは残念だが、仕方ないか。

 

「え、ちょっとどうしたのよセシリア! シャルロットにラウラも急にパートナー決めるし!」

 

「……だってね」

 

「……うむ、勝つためには仕方ないというか」

 

「……もうわたくしには後がありませんの」

 突然の展開に混乱する鈴に、シャルとラウラ、セシリアは暗い顔で顔を見合わせると、大きなため息をついた。

 

「……鈴さん覚えてます、あの一学期の期末テストですけど」

 

「あ~あの一夏の寝言であんたら四人が暴走したアレ?」

 

「ええ、それです。あれの罰は夏休みの地獄の特訓で終ったと思ってましたが、考えが甘かったですわ。今回の専用機タッグマッチトーナメントの件を本国にも連絡があったようでして、こんな通達をさっき受けましたわ。『これで結果出せ。何時までも情けない報告はいらない』と……」

 暗い顔でセシリアが言い、横を見るとシャルとラウラも暗い顔をしながら頷いている。……おそらくこの二人も、セシリアと似たような事言われたんだろう。

 

「そんなわけで! わたくしと一番気が合いそうな鈴さんにパートナーのお願いに来ましたの。お願いします鈴さん、わたくしと組んでください!」

 再び鈴に向かって頭を下げるセシリア。その真剣な態度に鈴は戸惑っていたが、

 

「……はあ、わかったわよ! 本当は一夏と組みたかったけど……まあセシリアとならあたしもいいわよ。だから顔をあげなさい! パートナーになるんなら、そんな卑屈な態度をしないでよね。お互い対等じゃないと、気分が悪くなる」

 後半は顔を赤くしながら、横を向いて鈴はセシリアの申し入れを受け入れた。

 

「鈴さん、ありがとうございます! ああ、今日ほど鈴さんが良い人に見えた日はありませんわ。お礼に今度わたくしがデザートを」

 

「それはやめて!」

 セシリアが言い終わる前に、鈴が大声でセシリアの手作りデザートを拒否した。……まあ、最近は多少改善されたとはいえ、サンドイッチ以外はそこまで良い訳じゃないもんな。

 

「鈴、余裕な態度を取っているが、お前は大丈夫なのか? セシリア達がこんな事情抱えてるのだが?」

 

「あたし? 何で? セシリア達と違いあたしはそんな大暴れしてないし、クラス代表として一夏をボコッたり実績あるもん」

 箒の疑問に、鈴は自信満々に答えた。横でセシリア達が鈴の言葉を聞き唸っている。

 

 しかしこれで鈴にセシリア、シャルにラウラは相手が決まった事になる。残ったのは……葵と箒か。うん、箒には悪いが、葵にパートナーをお願いしよう。

 

「皆決まっていくなあ。じゃあ俺は」

 俺は葵にタッグのパートナーを頼もうとしたが、

 

「箒、私と組まない?」

 それを言う前に、葵は……箒にパートナーの申し入れをした。

 

…………

…………

…………

…………あれ?

 

「なっ! 私とか?」

 葵にお願いされ、箒は驚きながら葵を見て、次に俺を見て戸惑っている。

 

「ええ、私は箒と組みたいなと思ってる。駄目かな」

 笑顔で言う葵に、箒は葵を、そして俺を横目で一瞬見た後、

 

「ああ! よろしく頼む!」

 箒は笑顔で葵の頼みを受け入れた。

 こうして、葵は箒と。鈴はセシリアと。シャルはラウラと組むことが決まった。

 この結果に、再度食堂は騒然としたが、俺はそんな事が気にならない位放心状態になっていた。

 そして……あの時更識さんが言った、どうせ私と組む事になるの意味を、この場で思い知る事となった。

 




はい、一夏はハブられてしまいました。
ここ数話で下ネタというか過剰描写をしてしまい、感想でお叱りいただきました。
私自身、やりすぎたかな? と思ってましたが、どうもその通りでしたので反省しています。
しかし、決してふざけてやったわけでもないので、あんな状態になった一夏ですが今後かっこいい所を見せてくれる……かもしれません(笑)


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専用機タッグマッチトーナメント 二度目の出会い

―――「一夏、何で剣士なのに剣使わねーの?」―――

 喧嘩に負け、地面に倒れている俺を幼い頃の姿をした葵が、呆れた顔をしながら俺を見下ろしている。女ではない、男だった頃の葵を俺は下から見上げながら……ああ、俺は今夢の世界にいるんだなと理解した。

 確かこれは葵と出会ったばかりの頃で、葵に喧嘩で負けたのが悔しくて会う度に俺は葵に喧嘩を挑んでいたっけ。まあ毎回俺が負けて地面に這いつくばっていたんだけど。

 

―――「葵は何も持ってないのに、そんなズルできない」―――

 

 ああ、そうそう。葵に聞かれた時、俺はそう答えたんだよな。葵は素手なのに、俺だけ武器持ってるなんて卑怯だって。

 

―――「一夏は剣士なんだろ? だったら剣使ってトーゼンじゃん」―――

 でも俺の言葉を聞いて、葵はさらに呆れた顔で俺を見下ろしてたな。確かに葵の言う通り、剣士が剣持ってなくて戦ったって負けるに決まってる。もっとも俺はあの当時千冬姉の剣道やってる姿に憧れて真似事をしてただけの自称剣士だ。千冬姉が家で素振りしてたのを見て、それを真似てただけで、剣道のことなどこれっぽちもわかってなかった。振るってたのもちょうどいい長さの棒きれで、そんなのを竹刀の代わりにしていた

 でも、それでも俺はあの当時自分は剣道家のつもりだった。そう思い込んでいた。

 そして、そう思い込んでいたからこそ、素手の葵に武器を持って挑もうなどとは思わなかった。……まあ、どのみち棒きれ一つ持って挑んだ所で絶対葵に勝つなんて無理なのだが。

 

―――「千冬姉が言ってた。剣はむやみに振るうものではないって」―――

 千冬姉が素振りをしてる時、俺は千冬姉に悪いやつをそれで倒していくんだなって言ったら、千冬姉は苦笑しながらそれを否定した。そして剣はたとえ相手が悪い奴だろうと、むやみに振るうものではない。剣は武器だから使うと相手を怪我させてしまう。だから守りたいものを守る時こそ使うものなんだと、千冬姉は微笑み、俺の頭を撫でながらそう諭してくれた。

 

―――「それに剣を使って葵を怪我させたくない」―――

 

―――「こんな棒で俺に怪我?」―――

 怪我させたら危ないという俺に、葵は俺が持ってた棒を拾うと鼻で笑った。幼い子供が持てる程度の棒だ。軽いし太さもそんなに無い。俺がそれを持って葵に全力で叩いても、鍛えてる葵には大した威力は出せないだろう。

 俺が立ち上がると、葵は持っていた棒を俺に渡してくれた。負けた悔しさから、俺は千冬姉がやってた素振りの真似事をして悔しさを紛らわした。それを横で葵は見ていたが、

 

―――「つまんないな。俺と一夏、どっちが強いかはっきりさせたいのに」―――

 そう呟く葵の顔は、確か………

 

 

 

「……」

 酷く懐かしい夢を見た後、俺は目を覚ました。時計を見ると午前5時。まだ外は暗く、部屋も暗闇に包まれている。しかし何時もより早く起きてしまったというのに、眠気は全く無かった。

 ふと隣を見てみると……葵もまだ寝てるようで、寝息が聞こえてきた。上半身だけ起こし、俺は隣のベットで寝てる葵を眺める。少し前なら、葵のそんな姿を見たら欲情してしまっていたが……今はそんな気が起きなかった。

 

 昨日の昼食堂で、ラウラとシャル、セシリアと鈴がタッグを組み、それを見ていた俺は葵とタッグを組もうとした。でも俺が葵に申し込む前に、

 

 ―――箒、私と組まない?―――

 ……葵は、俺でなく箒をパートナーに選んだ。葵にとって、箒も大切な幼馴染だ。葵が箒とタッグを組んでも、別におかしいことではない。葵が誰かとタッグを組もうと、それは葵の自由だ。

 それは頭ではわかってる。わかってるけど……今まで、何かチームを作る時は俺と葵は必ず一緒だった。一緒じゃない時は、どっちかが一言何か言ってたりしていた。

 でも今回はそれがなかった。

 そして俺は……それが凄くショックだった。

 葵と箒がタッグを組む光景を少し放心状態で眺めてたら、箒と話がついた葵は俺の方を向くと、

 

「一夏、そういうわけで……私は全力で勝負しにくるからね」

 俺に向かって不敵に笑った後、箒と一緒に食堂を後にした。

 それ以降はあまりよく覚えていない。確か授業終わった後は部屋に戻り……ああ、そのままベットの上に倒れたんだった。全てにやる気が起きずそのまま横になってたら寝てしまい、今に至るってところか。

 布団が掛けられてたのは葵がしてくれたんだろう。学生服のまま寝たせいで、少し体が固い。服も変な皺が出来てるし着替えるか。

 葵が起きないよう音をたてないように着替えを済ましたが、時計を見ると5時15分。どのみち後15分もすれば葵が起きる頃だろう。

 しかし……なんとなく、今は葵と顔を合わしたくない。

 タッグの件で葵に聞きたいことはあるが……聞きたくないような気もする。

 

「ん……」

 そんな事を考えてたら、葵からくぐもった声が聞こえてきた。もう起きるのかもしれない。

 そう思った俺は、葵から逃げるように部屋を後にした。

 

 

 冬が近づいてきたせいか、少し肌寒い。まだ朝の5時半前で誰も起きていない。薄暗い中俺は適当に学園内を歩いていく。今日は幸いなことに朝練は無い。たまに休日を挟み体をゆっくり休めないと、体が成長に追いつかないから休みの日を千冬姉に指定されている。

 今日がそれだったのは助かった。今は俺、練習に集中出来ないのが自分でもわかってるから。

 

 何も考えず学園内を歩いていたら、気が付いたら第四アリーナの前に俺はいた。

 そういえば、何時も千冬姉や楯無さんと訓練してるのは第一か第二アリーナで、ここには来たことが無い。授業でも基本第一か第二で行われるし、箒達がコーチしていた時基本その二つでやっていた。まあ第一と第二が一番近いから、わざわざ遠い第三か第四までいく理由がないしな。

 そういえば……夏休みの間、葵と鈴は何故か知らないがここで特訓してたんだった。俺が夏休みの間は千冬姉と楯無さんから訓練に明け暮れてる間、鈴も近接戦闘の技術向上の為、葵相手に格闘戦に明け暮れてたと二学期初めのクラス対抗試合で負けた後知った。

 そういえば、葵と特訓し何回も鈴は吹き飛ばされ、壁に激突し壁に人型の跡を作ったとか。確かここに訪れたシャルがそれを見たとか言っていたな。

 そこまで思い出し、俺はなんとなくこの第四アリーナの中に入ることにした。理由は特に無い。ただ、葵と鈴がここで特訓してたというのと、ここには入学したての頃の学園案内の時にしか来てないから久しぶりに中を見てみようと思っただけだ。それにまだ朝食まで時間あるし、暇つぶしにもなるだろうし。

 当然だが中に入っても誰もいなく、無人の建物の中を俺は歩いていく。アリーナ内に入り中を見渡すがまあ作りは他と同じだ。どこか目新しいものは無かった。

 溜息をつき、時間の無駄かと思ったが元々時間潰しの為なんとなく入ったんだから目的は叶ってるか。それにせっかくアリーナの中にいるんだし、軽く体を動かそう。

 何のために休みを取らせてるかを一瞬考えたけど、今は体を動かして何も考えないようにする方が精神衛生上良いと俺は判断した。

 白式を展開し、上空へ飛翔。地面から10m程離れた所で停止。宙に浮いた状態で俺は雪片弐型を取り出したら、俺はそれを居合の型に構える。

 ここ最近千冬姉に頼み込んで教えてもらった、千冬姉が世界一を取った居合。昔教えてもらったが、6年も剣道をやってなかった為自分でやっても上手くできなかった。

 箒は当然のように出来、見事な一閃で巻き藁を両断した。葵もブランクあったが俺よりもマシだし、島根でも剣道の練習と同時に篠ノ之流の剣術を思い出し、半分独学で鍛錬を行った結果、葵も見事な居合で巻き藁を両断する。

 さらに葵はそれをIS戦でも繰り出し、楯無さんと戦った時もそれを決め手としていた。それを見ていた箒は自分もそれに続こうとしている。そして、それは俺も同じだ。

 足場のない空中で、体重移動等の一連の行動をPICの操作を脳内で調節し、地面に立っているのと同様の感覚にする。それが出来たらさっきから構えている居合の型を俺は思い切り振りぬく!

 特訓で何度も行われた動きを、ISがさらに何倍もの速さで補正し繰り出された一閃。見ている人がいたら一瞬の出来事に見えただろう。しかし

 

「……はあ。全然駄目だ」

 振りぬいた後、俺は溜息をつきながら構えを解いた。先程の動き、俺が生身で繰り出すよりも何倍も速く威力はあるだろう。でもこれは……葵に言わせればISに動かされてるだけ。形は居合でも、ISの性能を全て動員させて本当の居合として繰り出す千冬姉や葵と比べたらまがいものも甚だしい。

 

「葵は言ってたっけ。ISは乗り物じゃない。装備するものだって」

 白式を纏ってからもう半年以上経つが、俺は未だに葵が立っている領域まで辿りつけていない。最後に葵と戦ったのは……男子会の3日前だったか。あの頃は葵に疑問持ってて集中出来て無かったとしても、ボコボコにやられた。葵のシールドエネルギーなんて半分どころか1割しか減らしてない。葵はスサノオを手に入れてからは強さにさらに拍車がかかり、楯無さんと並ぶ実力がある。

 空中で居合を行いながら、現状の葵との力の差を考えてると……俺、考えが浅すぎてたなと思い知らされる。強くなる。それをずっと追い続け千冬姉や楯無さんにお願いして師事してもらったおかげで、俺は強くなった。でも強くなればなるほど……今の俺と葵との力の差を理解出来てしまう。

 恋に浮かれ、葵を倒せば~なんて思っていた自分を殴りたくなった。馬鹿か俺。ちょっとは冷静になれよ。今の俺があいつに勝てる? ありえない。そもそも俺はまだ葵どころか、セシリアに鈴、シャルにラウラよりも弱いじゃないか。箒も紅椿は第4世代機だけど、決してそれに胡坐をかかず訓練を行っている。まだ紅椿のワンオフアビリティ、『絢爛舞踏』は発動するのにムラがあるようだが、あの調子だとそう遠くないうちに使いこなすようになるだろう。

 強くなろうとしてるのは俺だけじゃない。葵も、箒達も俺と同様強くなろうと日々努力してるんだ。

 そんな皆に俺が追いつき、追い越したい。でも現状は俺が強くなっても、同様にみんなも強くなっている。強さの差が、あまり埋まってない気がする。ああくそ! これじゃ俺は何時になったら俺は!

 嫌な考えが脳裏に張り付き、それを振り払おうと俺はさらに居合を繰り出していく。呼吸が荒れてきて、汗が噴き出してきたけど雑念が払われない。さらに俺は維持になってもっと早く繰り出そうと居合の構えをした瞬間、

 

「!」

 言葉に表せない、ただ俺の全身の肌が一瞬鳥肌を浮かべるような何かが俺を襲った。感覚というか本能で俺はそれは背後、それも地面から放たれたものだと思い、後方に振り返ると、弾丸のような速さで俺に向かってくる槍の姿があった。

 

「!!!?」

 槍は一瞬で俺に向かって近づいてくる。それをISのハイパーセンサーによって知覚し、穂先が俺の頭めがけてくるのをわかると、俺は右手に持っている雪片弐型でその槍を俺に刺さる前に叩き落とした。

 狙って落とせたわけじゃない。ほぼ無意識の反射行動が運良く功をそうし叩き落とせただけ。もっとも直撃した所で、シールドバリヤーがあるから問題は無いとしても、いきなり槍が俺めがけて飛んできたら怖いものは怖い。

 いきなりの襲撃に俺は驚愕しながら槍が来た方を見て、誰が投げたのか確認した。投げた相手はすぐに見つかった。地面に立っているISが一機ある。そして相手の顔を確認すると、

 

「……うえ」

 俺は思わず呻き声を上げてしまった。だっていきなり俺を襲った相手は、今の俺にとって、葵と同じくらい会いたくない相手だったからだ。

 そいつは投槍の一撃が俺に防がれた事に驚いてるようだが、俺が睨んでいると次第に驚いた顔は無くなっていった、そいつは新たに槍、いやよくみたら薙刀を取り出すと肩に担ぎ、

 

「悩んでいるようね青少年。でも今の悩んでる君は、一昨日の君よりは何倍も良い顔してるけどね」

 今俺が会いたくない相手―――更識が俺を見ながら笑みを浮かべた。

 その笑顔は、今まで見てきた眠そうな顔や更衣室で俺に見せたムカつく笑顔では無い。俺が初めて見る、更識の含みの無い笑顔だった。

 



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専用機タッグマッチトーナメント タッグ結成

 更識は理由もなくいきなり槍、いや薙刀を俺に投げた後、俺を見ながら何故か笑っている。人をいきなり攻撃しておいて笑顔とか、もしかしてこいつサドなのだろうか?

 地面の上に立って俺を見上げている更識はISを展開させていた。更識の機体は……そうそう確か打鉄弐式という名前だったな。しかし更識の専用機、見るの初めてだけど名前が打鉄って割には、普段授業で見ている打鉄とは似ていない。防御型ISとまで言われた打鉄と違い、更識が展開している打鉄弐式は装甲がどこかすっきりしている。形状としては葵のスサノオと近い事から、更識の機体は機動性重視なのだろう。しかし纏っている装甲は少ないが、更識の肩の上から浮遊しているジェットブースターが大きな存在感を示している。二基で対となっており、更識を守る楯のようにも見えるが、実際はどうなのかは知らない。

 更識は新たに出した薙刀を肩に担ぎながら俺を見上げている。そんな更識を俺は上から見下ろしていたが、無言で地面に降り立った。足元に落ちている薙刀を拾うと、それを持って更識まで近づき、

 

「悩み?……ああそうだな、人にいきなり攻撃してくる同級生とかで悩んでるよ」

 悩みがあるかと言ってきた更識に、嫌味を含めながら俺はそう言うと薙刀を更識に向かって放った。更識はそれを片手でキャッチし、俺が放った薙刀は粒子化させた。

 

「ああ、確かに織斑君の周りにいる子達っていつもそうだもんねえ。いつも見てて不憫に思ってたのよねえ。まあ元気出して、彼女達も悪気は無いと思うのよ、たぶん」

 あれ、嫌味言ったはずなのに……なんか本当に憐れんだ目をして、俺を慰めてきた。 ……おーい箒達よ。お前達のせいで嫌味が嫌味で無くなってしまったぞ。そして俺ってそんなに可哀想に見られてたの?

 

「あ~でもそんなのはどうでもいいとして」

 少し黄昏てしまった俺だが、更識は自分で聞いといてどうでもいいとぬかし、

 

「聞いたよ織斑君。何時も君の周りにいたお仲間さん、君を除いてさっさとタッグ組んじゃったってね」

 さっきまで浮かべていた笑みを消し、何時もの眠そうな目を俺に向けながら更識は俺に言った。

 

「……」

 

「だんまり? まあそりゃそうか。一昨日私からの誘いを蹴って、組むならデュノアさんか葵が良いとか言ってたけど、その二人から声掛けられなかったんだし」

 

「ッ!」

 淡々という更識に、俺は反論したかったが……言葉が出なかった。だって更識の言う通り、それは事実だからだ。

 

「私の言った通りだったでしょ? 織斑君はどうせ私と組むことになるって」

 ああ、そうだよ。こうなってしまった以上、後残った専用機持ちって楯無さんか……お前しかいないもんな。楯無さん以外にも二年生に一人、三年生に一人専用機持ってる人がいるけど、その二人とは全く面識ないし、それにその二人が組む事は昨日の昼休みの時には既に聞いてたからな。

 なら楯無さんとタッグ組みたいけど……あの学園祭の閉会式で見せた更識のシスコンっぷりから考えると、更識がぼっちになる位なら自分からなるって言い出すだろうしな。俺が頼んでも断られそうだ。

 

「だからあの時私が組もうと言った時、頷いておけばよかったのに。そしたら周りからハブられた奴扱いされなかったんだから。まあこうなったから言うけど、今回織斑君がこうなったのは」

 

「俺が弱いから、だろ」

 

「……あ、なんだわかってるんだ」

 眠そうな目をしながら、更識は俺に何でこうなった原因を偉そうに言おうとしたが、それを言う前に俺は更識に答えを言った。

 認めたくはないが、皆パートナーを決めた後、一人になった俺の頭に流れたのが、一昨日の更衣室で更識が言ったあの言葉。

 

 どうせ織斑君は私と組むことになるんだから

 

 この意味を昨日俺はずっと考え、考え続けてそして理解することが出来た。そして理解出来たら、更識が今の状況を予言出来たのかもすんなりと納得することも出来た。

 しかし、それを理解出来たからこそ……その意味は俺をさらに憂鬱とさせた。

 

「そ、君が弱いから、今回のタッグマッチでまずオルコットさん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんから君はタッグのパートナーからは対象外とされた。まあ授業でペアを作らないといけないとかなら、織斑君でも全く問題無かったんだけど、今回は公式の、実績が残ってしまうイベントだからねえ」

 

 

「……弱い俺と組んだら、良い成績残せないからな」 

 

「わかってるじゃない。まあ、彼女達が実績作ろうと焦ってるのは自業自得の部分もあるんだけどね」

 そこまで言うと更識は心底呆れた顔をしながら、ため息をついた。

 

「彼女達も可哀想と言えば可哀想で、理不尽とも思うけどね。本来はクラスで一番強いはずのクラス代表の座。それをオルコットさんは織斑君にクラス代表譲ったのは、君が唯一の男性操縦者だしここが日本でもあるから、織斑君を立ててあげるのが当然という空気あるし。デュノアさんは親とフランスの思惑のせいで織斑君の情報を盗むために、男性操縦者として送り込まれた。ボーデヴィッヒさんはVTシステムみたいな爆弾しこまれたせいで暴走し大騒ぎ」

 

「でも、それらは」

 

「うん、これらはさっきも言ったけど……オルコットさんは微妙だけど男装やVTシステムは彼女達のせいではない。でもそう思わない人も多い。でもこれだけならまだ良かったんだけど……ほらボーデヴィッヒさんが君にキスしたでしょ。あの時この3人の他にもう一人いたけど、校内でIS展開させて暴れたでしょ。さらに決定的なのが期末テストでの事件。あれも合わさって各国のお偉いさんは『お前ら専用機まで持たせて送り込んだのに、何やっとんじゃ!』と激怒しちゃったようよ。これでタッグマッチトーナメントで優勝とかしてたらまだよかったけど、そういうの無いし」

 

 ……あれか。テスト中いつの間にか寝てしまい、葵に強制的に目覚めさせられたら箒達から襲われてわけがわからなかった。そういやあの事件、何で起きてしまったのか原因は皆口を固く閉ざして言ってくれないんだよなあ。葵に聞いても、『寝言がよくなかった』しか言ってくれないし。

 

「で、今回のタッグマッチトーナメントイベントがあるのを知った各国は、これで結果を見せてみろと3人に迫った。焦った3人はどうしても勝たなければならない。そのため、絶対勝てる相手を探した結果、織斑君は見事に対象外だった」

 

「……」

 

「まあこの時3人とも葵を選ばなかったのは、模擬選で葵に負け続けてたからでしょうね。葵と組めば勝率は跳ね上がるのは間違いない。でも葵と組まないのは、葵と組んだら葵のおかげで勝ったと思われかねない。なんせ模擬選結果では皆葵に惨敗してるのだから。それは各国の人も知ってるでしょうね。だから3人とも、葵には勝ちたいと思ってるわよ。だから皆こう思ってたかもしれない―――私達がこうして結託すれば、葵は一夏と組む。そうしたら葵に勝てるかもしれないって」

 

「……それは、弱い俺が葵の足を引っ張ってしまうからってことか」

 

「うん。片方が葵相手に時間を稼ぎ、もう一人が君を瞬殺。その後二人掛かりで葵を倒す。多分あの子達は言葉で言わなくてもそう思ってたでしょうね。その葵は篠ノ之さんと組んじゃってるけど、方針は変わらないと思うわね。ここまで長々と喋ったけど、全て私の憶測だけどそう外れてるとも思わないかな」

 更識は言いたいことを言い終えたのか、言い終えると満足した顔をした。そしてすぐに、何時もの眠たそうな目にして俺を見つめ、

 

「で、織斑君。君はどうしたい?」

 目は眠たそうなのに、俺に尋ねる更識の声はそれを微塵も感じさせない、力強いものだった。

 

「どうしたいって?」

 

「あら惚けるの? ここまで言われて、織斑君は悔しくないの? 怒らないの? これ暗に『仲間を守る! とか言ってるけど、あんたの力程度で? 笑わせるなバーカ』と皆思ってるのよ」

 ……いや、それは無いと思うけどな。短い付き合いだけど、そこまで酷い事思わないと思うぞ。むしろお前が俺に対しそう思ってるのは、よく伝わってくるけどな!

 

「……別に、俺が皆の要求する実力が無いなんてよく知ってるよ。大体、皆IS学園に来る前にそれぞれ自国で代表候補生の座を巡って戦って勝利した猛者達だぞ。それをこの学園に入学してから特訓している俺が肩を並べらるとか、おこがましいにもほどがある」

 二学期始まって最初のクラス対抗試合。夏休みの間の特訓の成果を見せようと思ったら鈴にボロ負けして、葵からその辺を叱責された。あれは確かに葵の言う通りだった。俺はまだようやく皆とのスタートラインに立てただけに過ぎないんだし。

 

「おお、ちゃんとわかってるのね。……なるほど、じゃあ君が今一番悩んでるのって、やっぱり葵が君を選ばなかったからか」

 

「……」

 更識の言葉に、俺は一瞬動揺した。……まあな、結局の所、セシリア達が俺を選ばない理由も堪えるけどそれ以上に、俺の気持ち云々は置いといて、親友が俺を選ばなかったのが一番堪えてるよ。

 俺の一瞬の動揺を更識は見逃さなかったようで、更識は俺が動揺したのを見ると、残念な者を見るような顔をして溜息をついた。

 

「はあ、結局そこかあ。うん、じゃあ聞いてあげる。何でそれがショックなの? まさかとは思うけど、『親友だと思ってたのに、何で俺を選ばなかった? 葵の気持ちがわからない!』みたいな本当にどうでもいい理由じゃないでしょうね?」

 

「……」

 呆れた顔で質問する更識に、俺は何も言えなかった。……だってそれ事実だしな。

 

「はあ? まさか本当にそれ? ちょっとくだらないにも程があるんだけど?」

 

「煩いな! だったら何なんだよ! 俺達は何時も何か協力するときは無条件でペア組んだりしてたんだよ。……それが今回あいつ何も言ってくれなかったから」

 

「言わないのは何か理由があると思わないの?」

 

「……」

 更識の言葉に、俺はまた口をつぐんだ。……ああ、そんなのはわかってるよ。あいつが何も考え無しでこんな事するわけないのはわかってる。

 

「……あいつにも考えがあるのはわかるよ。ただな」

 

「あ~織斑君、君全然わかってないから。もう面倒くさいからはっきり言うね。君はただ単に、好きな子が君を無視して他の子と一緒になったのがショックなだけ」

 

「な!」

 

「こう例えたらわかりやすい? 今回の件だけど、君はタッグを組む=交際を申し込むみたいな気持ちになってたのよ。だけど葵は君が申し込む前に篠ノ之さんと組んじゃったから、君は疑似的な失恋気分味わって落ち込んでるの」

 

「い、いやちょっと待て! なんだよそれ」

 

「違わないの? というか織斑君、もしかして葵に対してこんな事思ってたんじゃない? 『言葉を交わさなくても、何が言いたいのかわかる親友』とかそんなの? そんな風に思ってたのに、葵が何も言わずに君の思惑外の行動しちゃって、それで葵の事がわからないとか思ってない?」

 

「……」

 俺は再び、更識の言葉に言い返すことが出来なかった。

 何もいわなくても、わかってくれる親友。

 10年以上も一緒にいた親友は、中学一年まで……あの日俺の前からいなくなる前はそうだったんだ。

 再会してあいつが女になっても、それは変わらなかった。なのに、

 

 ……そういえば何時からだったかな。時々それがわからなくなったのって。

 今では、もうはっきりとはわからないことが多い気がする。

 

「また図星? ……あのね織斑君、何の為に人は言葉を喋れると思ってるの? 葵は聞けば拍子抜けする位あっさり教えてくれると思うよ。 大体織斑君、言わなくてもわかるなんて幻想だから。それは単にわかってる気がするだけ。親友とか家族とか恋人でも……はっきり自分の気持ちを言わないとわからないんだから」

 落ち込んでる俺に、更識は容赦なく俺に言っていくが……言葉は厳しいが、俺に忠告する更識の顔と声は、どことなく優しい雰囲気を出していた。

 特に後半の台詞を言っていた更識の言葉は、何故か言い知れない説得力があった。

 

「なあもしかして、それって更識さんにも経験あるの?」

 なんとなく聞いてみたが、

 

「それは秘密です」

 更識は俺の質問に、ちょっと顔を赤くしたが、笑みを浮かべながら人差し指を立てた。 

 

「……葵もそれやるけど、流行ってるのか?」

 

「さあ? 葵とは芸風が被ってるのかな?」

 いや、お前と葵じゃ芸風一緒と思いたくないな。

 

「……なんか更識って、葵の事よく知ってるな」

 さっきから妙に葵の事わかってる風な事言ってるから気になってきた。

 

「いや、織斑君以上に葵の事知ってないけどね。ただ……織斑君よりも、『今の葵』を理解してあげてるとは思ってるかな」

 

「『今の葵』?」

 

「そ。 それがどういう意味なのか織斑君には教えてあげない」

 

「……なんでだよ」

 

「親友なんでしょ? なら自分で理解しないとね。でも、ヒントあげようか?」

 

「ヒント?」

 

「そうヒント。私の言う『今の葵』が知りたいのなら教えてあげる」

 そこまで言うと更識は妙に楽しそうな顔をしながら、俺を見つめていく。……ああ、そういう楽しそうに人を見る目、楯無さんに似ているな。姉妹の血を感じるよ。

 いやそんな事はどうでもいい。さっきから更識の言っている『今の葵』

 これは一体何を言っているのか? 

 おそらくだが、『今の葵』というのは女になってからの葵という意味だろう。それ限定なら、更識は俺よりも葵を理解していると言っている。このIS学園で出会い、Lineや生徒会とかでしか葵と交流無いような更識が、俺よりも葵の理解者? 知りたい、何でか知りたい!

 

「……教えてくれ」

 

「それが人に頼む態度?」

 

「教えてください!」

 更識に向かって、俺は直角にお辞儀した。

 

「うむ、ちょっと腰曲げすぎなのは駄目ね。斜め45°位にした方がいいわよ」

 俺のお辞儀にダメ出しをした更識は偉そうな事を言った後に、笑みを浮かべながら言った。

 

「ヒント。私と組む」

 

「……は?」

 

「ん? 聞こえなかった? ヒントは私と」

 

「い、いやそうじゃなくて……更識さんのいう『今の葵』を理解することのヒントが更識さんとタッグを組む事?」

 

「うん」

 俺の質問に、更識は自信満々に頷いた。……ああもう、どういうことだよ!葵の気持ちを知りたいのに、それを知る近道が更識とタッグを組む? 一体どういう理屈でそうなっているんだよ?

 

「さあて、もうすぐ7時になるわね。ここで練習するつもりだったけど、織斑君と話してるせいで時間なくなったなあ。自室に戻って授業の準備したいから帰るね。でもその前に―――改めて問おうかな、君は私と組みますか?」

 

「!」

 時間が来て戻ろうとした更識だが、帰る前に再度、更識は俺にタッグを組むかと尋ねた。尋ねる更識の顔は、眠そうな顔でも人を馬鹿にしている顔でもない、真っ直ぐな目をし、今までに見たこともないような真剣な顔で俺に向かって右手を差し出しながら問いかけている。

 

 ……更識に対し思っている俺の印象は、正直あんまり良くない。でも、さっきまで交わしていた会話。そしてあの更衣室での会話も、よく考えたら……俺に対して事実をぶつけているだけな気がする。

 更識の事はよくわからない。なんとなく俺を馬鹿にしているような気もするけど……そうでないような気もする。

 何故かはわからないが、一昨日までよりも俺は更識の事が嫌いではなくなった。いや今でも決して好きってわけじゃなく、どっちかと言うと嫌いな方だけど。でも、更識が言ってたように、さっきまで言葉を交わして、更識の事を少し理解出来たせいなのだろう。

 葵は更識の事を好きだと言った。あの葵が、更識の事を好きとか言ったのだから、俺が変な目線で

まだ見ているだけなのかもしれない。

 それに……更識の言うヒントの意味も知りたい。何故更識と組む事が葵を知ることとなるのか。

 更識が差し出す右手を見つめる。これを握れば、もしかしたら変わるかもしれない。そうだよ、今のままじゃどうせ俺は悩むだけで前には進めない。前に進む変わるためにも―――

 

「ああ、タッグを組みたい。いや、違うか。―――更識さん、俺とタッグを組んでください」

 俺は更識が差し出した右手を握り、俺は更識とタッグを組むよう頼んだ。さっき更識が言ったように、腰を45°曲げて。

 しばらく曲げていたが、一向に返事が無いので俺は顔を上げると、更識さんは俺の顔をじっと見つめると、

 

「うん、わかった」

 先程薙刀を投げた後に浮かべた時の笑顔よりも、もっと嬉しそうな笑みを浮かべた更識は、俺のタッグ申し込みを受け入れてくれた。

 

 

 こうして、俺は更識とタッグを組む事となった。

 その後更識と一緒に食堂に行き、待っていた葵達にその事を伝えると、昨日に引き続き食堂は騒然となった。箒達はどうやら俺は楯無さんと組むと思ってたようで、手紙の件があるとはいえ更識と組むとは思ってなかったようだ。

 それは箒たち以外も同様だったようで、

「万馬券来たー!」「え、ちょっと待って! オッズ何倍?!」「どういう事なの!」

な叫びが食堂に飛び交っていった。

 そして……葵に俺と更識が組んだ事を伝えると、葵はにんまりと笑い、嬉しそうに俺と更識に向かっていった。

 

「うん、うん。そうこなくっちゃ面白くないもんね」

 



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専用機タッグマッチトーナメント 特訓

「ふむ、これで全ての組み合わせは決まったわけだが……なかなか面白い試合になりそうじゃないか」

 千冬は専用機持ちのタッグ申し込みリストを見ると薄く笑った。今朝一夏、簪の二人がペア申請に来たので、これにより専用機持ちによるペア組み合わせが全て決まった。ペアの大半は千冬の予想通りの組み合わせとなっているが、一部だけ千冬でも予想外の組み合わせがあった。

 

「……まさか織斑君が青崎さんでなく、簪さんとペアを組むとは思いませんでした」

 真耶は驚いた顔をしながら、千冬同様申し込みリストを眺めながら呟いた。真耶もこの学園の大半の者と同様、一夏は葵と組むと思っていたからだ。しかし蓋を開けてみたら、葵は箒とペアを組み、一夏は簪とペアを組む事となった。

 

「しかし元々青崎と更識姉妹の三人には、タッグを組む相手は織斑か篠ノ之の二人どちらかしか選択肢を与えなかったから妥当な組み合わせともいえるな。一人足りないがあぶれたのは楯無なのも、妥当と言えば妥当か」

 

「それはそうなのですが……普段の二人を見てましたら当然のように織斑君と青崎さんかなと思ってましたので。でも実際はそうではなく、しかも相手は簪さんとか予想もしなかったです。まだ織斑君が楯無さんと組んだとかなら納得しますよ」

 真耶は普段の一夏と葵の様子を考えると、改めて今回の結果について不思議だと思った。着替えや一夏の特訓時以外では何時も一緒にいており、真耶自身『あ~この二人何時頃くっつくんでしょうね~』とか思っていた二人がまさかの別々でペア組み。

 しかも一夏が組んだ相手が簪だったことがさらに真耶を驚かせていた。

 

「……簪さんの性格や気性考えましたら、織斑君と組むなんて本当に驚きです。そしてさらに言えば、今回簪さんがこの学園のイベントに参加した事の方が驚きました。前回の臨海学校では『他にやることあるから』で欠席し、その前のタッグトーナメントでは『やる意味なし』で興味すら抱きませんでしたし」

 

「私も昨日青崎と篠ノ之の二人がペア申請に来るまではそう思っていたよ。何せ更識妹……簪の性格等を考えたら今回のイベントも不参加する可能性が高かったしな」

 千冬自身、今回の簪の参加は意外だと思っていた。数日前姉の楯無と一緒に千冬の所に訪れた簪は、『お姉ちゃんと組みます。チーム名は二人はSARASHIKI!でお願いします』と言って来たが、千冬は問答無用でその申し入れを却下した。すると簪は『そうですか。じゃあ今回も私は不参加の方向で~』と言ってあっさり引き下がった上に、イベント不参加を表明したからだ。

「そうですよね~。一体簪さんに何があったんでしょうか?」

 

「さあな。ただ簪の参加によって織斑は簪とペアを組む事となった。一人残った楯無は、一人で出場。ロシアの国家代表の楯無には良いハンデだろう」

 

「本当に一人で戦わせるのです? せめて楯無さんの機体ですが、限定解除させてシールドエネルギーを通常の2倍設定とかしてあげたりは?」

 

「相手が同じ国家代表ならともかく、相手は代表候補生だぞ? ひよっこ相手にそんな事やったら恥ずかしいだろう。私ならそんな恥ずかしい事はしない」

 

「……そりゃあ織斑先生はそうでしょうけど、いくら楯無さんでも青崎さんと簪さんを相手にしてそれは酷なのでは?」

 

「問題ない。学園最強を名乗るならそれくらいやってのけて見せろ。……おお、もうこんな時間か。山田先生どうです? 今日は仕事もそんなに残ってませんし、終わったらこれから飲みにでも」

 

「いいですね~ってあれ織斑先生? 今日はこれから織斑君の指導があるのでは?」

 

「タッグマッチトーナメントは来月だからな。それまでに織斑と息を合わせたいと簪が言ってきて、大会までは織斑を簪に預ける事にした。今頃は簪の奴に織斑はしごかれてるだろうよ」

 

「そういうことですか~。残念ですね~織斑先生、可愛い弟さんとの時間を取られちゃいましたね」

 

「山田先生、今夜はとことん飲みましょうか」

 

「あ、ちょっと織斑先生! まだ仕事が残ってますよ! 腕引っ張らないでください~!」

 

「ああ、そうだ。どうせなら束も呼ぶとしよう。あいつの家の御神酒美味いし持ってこさせて三人で大いに盛り上がりましょう」

 そうして千冬はとても良い笑顔を浮かべながら泣き顔になっている真耶を強制的に引きづり、職員室を後にした。

 

 

 

 

「はい、そこでしっかりガードする! って遅い! もっと早く腕を上げて! そしてしっかり踏ん張って耐える! 」

 

「わかってるよ!」

 簪が高速、いや閃光の如き速さで繰り出す薙刀の一撃を受けて吹っ飛ばされた俺は、すぐに痛む頭を振り気合を込めて簪が繰り出す薙刀を雪片弐型で必死に防御する。その一撃一撃はとてつもなく重く、一撃を防ぐ度に俺の全身の筋肉は悲鳴を上げていく。簪の攻撃を防ぐので精一杯で、攻撃に回る余裕が全く無い。いや、そもそも簪が繰り出す薙刀が、俺に反撃する機会を全く与えてくれないのだ。

 

「一夏! あんた剣しかないのに何時まで縮こまってるの! さっさと貴方からも攻めてくる!」

 

「うるせえ!」

 反撃の糸口が見えない俺に、容赦なく簪は俺に挑発する。しかし威勢よく吠えても、俺には簪に攻撃を与える手段が無い。

 簪の薙刀と俺の雪片二型はリーチの差が大きく、絶妙の間合いを維持する簪に俺は踏み込めず、結果一方的に俺は簪から攻撃を受けている。昔何かの本で剣が槍を持つものに勝つには三倍の実力が必要とか言ってたけど、まさにその通りだと思う。俺の攻撃圏外から一方的に攻撃する簪に、俺は手も足も出ないからだ。

 こうして戦う前までは、俺は簪の実力をセシリアやシャル辺りと漠然と予想していた。葵と同じ日本の代表候補生だが、代表候補生でも葵は例外で、他はそう大きな差なんてないと思っていた。

 しかし、簪の実力は俺の予想を遥かに超えていた。本人曰く薙刀はあくまでメインウェポンをサポートする為の武器だという。なのに……俺はその簪のメインで無い武器で振るわれる攻撃だけで、完全に押されまくっている。

 この簪の薙刀捌き、銃を使わない近接戦でここまで追い込まれるのは葵以来だ。しかし葵は武器が刀な為、まだ戦いやすい。しかし簪の薙刀は完全に勝手が違う。長得物なら鈴の双天牙月もそうだが、鈴と簪では繰り出す攻撃のレベルが桁違いだ。戦いながら認めざるを得ない。以前葵が言っていた簪は楯無さんと同等。それは本当なのだと。

「ッ!ハアア!」

 しかしこのままで終わってたまるかと、意を決して俺は襲い掛かる薙刀に俺は渾身の力を振り絞り横へ打ち払った。俺の一撃を受けた薙刀は横に大きくそれ、その衝撃で一瞬だが体が泳ぎ隙が出来た。

 ここだ! と思い、俺はスラスターを噴射させ一気に簪との距離を詰めようとしたが、

 

「はい残念~」

 簪は俺と対峙したままで『瞬時加速』を行い、後方へ一気に俺から距離を取った。俺は呆然と一瞬で後方に下がっていく簪を見つめる。十分な距離を取った簪が、また薙刀を構えると、

 

「ラウンド2~」

 笑みを浮かべ、片手を上げて手招きしながら俺を挑発した。

 

 

 

 

 簪と組んだ日から四日が経ち、俺と簪は毎日一緒に訓練を行っている。いや、正確には毎日俺が簪からボコられてるというのが正しいか。

 事の発端は来月にあるタッグトーナメントに勝つため、トーナメントがあるまで俺のコーチを簪が引き受けると宣言した。

 コーチは千冬姉と楯無さんがやってくれてたから渋った俺だが、『更識妹なら問題無いな』『簪ちゃん、一夏君をよろしくね~』とあっさり二人が簪にコーチの件を任せた為、否応なく俺は簪から指導を受けることとなった。

 そうして簪の指導が始まったのだが……初日から今日まで、俺は簪から薙刀で毎回ズタぼろにされる日々を送っている。

 

 

「……う~ん、今日で私が指導して四日経つけど、相変わらず一夏は動きが悪い」

 

「……う、うるせえ」

 簪にシールドエネルギーが無くなるまで薙刀で叩かれまくり、俺は地面に横になりながら呻いた。大体お前指導って、俺を薙刀で叩く以外してないだろ。

 

「基礎的なトレーニングは織斑先生やお姉ちゃんがしっかり一夏にさせてたから、もう一夏に必要なのはISに対する馴れだけなのに」

 

「馴れって、今まで俺は十分この白式を使いこなして」

 

「はい、それ間違い」

 

「ぐは!」

 ISに対してまだ馴れてないという簪に、俺は上半身を起こして反論しようとしたが、最後まで言い終わる前に簪が俺の頭をチョップして黙らせた。

 

「一夏、勘違いしてないかな? 私が言っている馴れをそんな君の周りにいる代表候補生達と同程度と思ってる? 違うよ、それ。君が良~く知っている人はISをどんな風に扱っているかよく思い出してみて」

 痛さで頭を押さえながら呻く俺に、簪は淡々と俺に説明する。

 

「貴方の幼馴染はこのISの性能を、息をするかのように引き出している。その結果、あの出鱈目な威力を放つ空手を繰り出している。この四日間一夏が私に一方的に負けてるのはそういうこと」

 淡々と、相変わらず無表情で簪は俺に言っていくが、目は真剣さを帯びていた。

 

「つまり、俺がこの四日間簪にやられまくってるのは……俺が白式の性能を全く引き出してないからだというのか?」

 

「そう。経験の差も物凄くあって私と一夏の間に埋めがたいな差があったりもするけど、まずはそれ。葵程でもないけど、私もISは操縦するでなく肉体の延長的なものと考えている。お姉ちゃんもそう、世界の代表クラスにもなれば皆そう。それが出来ない限り、一夏は私は勿論、葵にも勝つ事が出来ない」

 淡々という簪の言葉を聞き、俺は口を噛みしめる。ISを操縦する出なく、肉体の延長的な物。それはかつて葵が俺に言った言葉でもあった。その時の俺はそれがどういう意味なのかよくわかっていなかったが……葵はあの時、とても大切なことを俺に教えてくれていたのだ。

 

「なるほどね……。あの時のあいつの言葉が今になってわかるなんて」

 

「どうやら葵も一夏にそれは教えてたみたいね。でも全く君はその意味を理解しようとしなかったようだけど」

 

「……まあな」

 

「じゃあ今後は、それを肝に銘じてISを動かす事。一夏が少しでも引き出せるようになれば、私にこうまで一方的に負けるなんてことは無くなるかな」

 

「そうかい。なら当面は簪、お前にきつい一撃を入れるのを目標にするよ」

 俺はそう言って立ち上がると、ISのシールドエネルギーを補給すべくアリーナの脇まで歩いていく。はやく補給してもう一度簪と戦おうと思っていたら、

 

「一夏」

 簪に呼び止められた。何だと思って振り返ったら、

 

「一夏、イメージして。イメージするのは、常に最強の自分。ISに必要なのは、そのイメージだから。それがイメージできるようになれば一夏、貴方の殻は破れる」

 簪がニッと笑みを浮かべながら俺に向かって言った。この四日間で初めての簪からのアドバイス。抽象的すぎるが、今度はその意味をしっかり考えよう。簪は意味の無い事を、俺に言っているわけでは無い事はもうわかっているし。

 

「ああ、肝に銘じておくよ」

 簪に片手を上げて礼を言い、俺は一刻も早く簪の言った通りイメージして戦おうと思いながら、補給場所まで向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 一夏と簪が特訓をしている同日、同時刻ではある記者会見が行われようとしてた。

 4日前から、現IS日本代表から何か発表があるということで多くの記者が詰めかけている。来年には第三回のモンド・グロッソ大会が行われる為、それと何か関係があるのかと記者達の中では思われていた。

 そして日本代表が姿を現し、会見の席に着いた。彼女は居並ぶ記者達を眺め、そして笑みを浮かべると、記者達に言い放った。

 

 

「え~っと、私妊娠しちゃったからもう普通の女の子に戻りま~す。今後は妻として夫を支え、母として子供を育てる専業主婦になりますのでIS引退します。あ、それで私の代わりの日本代表だけど、私は次の代表は更識簪さんを指名しますね」



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専用機タッグマッチトーナメント 青崎葵の本音

  現IS日本代表の突然の引退宣言と次期後継者指名発言。

 俺と簪がそれを知ったのは、何時ものように簪と訓練していたら血相変えた山田先生がアリーナに表れてからだった。

 

「―――そういうわけで簪さんに織斑君! 話があるとのことで学園長がお呼びです! 急いで学園長室まで来てください」

 

「え、俺もですか?」

 代表候補生の葵はともかく、今回の件は俺関係無くない?

 

「織斑君もです。理由は私も聞いてないのですが、簪さんと一緒に同行するよう学園長から言われてます。ではお二人とも学園長室までお願いします。

 

「はあ、わかりました」

「……わかったわ」

 

 山田先生の言葉に、俺は呆けながら、簪は心底嫌そうな顔をし、苦々しい声で頷いた。

 山田先生から現代表が引退したと聞かされた時、俺は声を出して驚いたのに簪は少しも驚くそぶりも無く表情を変えなかった。しかし次期代表に簪が指名されたと聞いた瞬間、再度驚愕した俺だが簪は物凄く嫌な顔になった。

 そして簪と俺は特訓を中断し、学園長室に向かう事となった。

 

 

 

 

「はあ~~~……」

「……何だよ、日本代表に選ばれたのがそんなに嫌なのか?」

 学園長室に向かう道中、次期代表に指名されたと聞いてから簪は何度も憂鬱な表情を浮かべながら溜息をついている。

 

「ええ、はっきり言って嫌ね」

 

「……そうかい」

 普段すまし顔でいる簪だが、はっきりと嫌そうな顔が見て取れる。どうやら本気で嫌なようだが、俺はその顔を見ていると……無性に気が障った。

 

「日本の代表候補生でISの国家代表に選ばれたってのに、それが嫌なんだな。是非とも葵の前でもそれ言って欲しいもんだな」

 簪は何故か日本代表になるのは嫌なようだが、葵にとって日本代表は女になってから出来た新しい夢なんだ。それを棚ぼた的に手に入れたのに、いらないだっていうのか!

 

「ええ、勿論いうわよ。あの女の癇癪と嫌がらせで選ばれる代表の座なんて、こっちから願い下げだし」

 俺が簪に対し憤慨していたら、呆れた顔をした簪が俺を横目で見ながら溜息をついた。

 

「え? 癇癪に嫌がらせ」

 

「そうよ。これ完全にあの現代表だった女の嫌がらせ。まあその辺は学園長室に着いたら話があると思うわよ」

 どういう事だ? 今回の件は何か裏があるという事か? 

 一体どういうことなのか問いただしたかったが、簪はそれだけ言うと後は無言になってしまったので、俺も学園長室に到着するまで黙ってついていった。

 

 

「やあ待っていたよ簪君、一夏君。さあどうぞそちらのソファーにでも座ってください」

 

「……は、はあ。わかりました」

 学園長室に到着し、中に入るとそこには学園長が……ではなく、何故か用務員さんの十蔵さんが歓迎してくれた。戸惑う俺だが、簪は少しも動揺せず、言われたソファーに座ったので、俺もそれに続くことにした。先に来ていたのか、他のソファーには千冬姉と楯無さん、そして葵と何故か箒の姿があった。

 今回の件で葵が呼ばれているのは当然のことで、千冬姉や楯無さんはまあこの場にいても変じゃあないけど……何で箒も呼ばれてるんだ? まあ俺も今回の件で関係無いはずなのに呼ばれているから人の事は言えないけどさ。

 千冬姉はいつもより少し険しい表情を浮かべながら座っている。楯無さんはそんな千冬姉と不機嫌な顔で座った簪を見比べながら苦笑した。葵は簪を見た後、俺に視線を向けた後苦笑いを浮かべた。箒は……何故か一番関係無いはずなのに、緊張した顔で座っていたが、俺を見てほっとした表情を浮かべた。……まあわかるぞ。何で呼ばれたかわからないのにこんな所に呼ばれたら不安になるよな。

 

「では全員揃ったようなので、始めるとしましょうか」

 俺達を見回した後、そう言って十蔵さんは椅子に座ったが……え、ちょっと、学園長がいないんですが? 俺達呼んだの学園長でしたよね? いなのに初めていいのか?

 

「さて皆さん聞いてますとおり、つい先程現日本代表が突然の引退宣言を致しました」

 俺の心配を他所に、十蔵さんが何故かしきりながら話が始まってしまった。しかし俺が心配してるだけで、千冬姉や楯無さん、簪に葵も平然として話を聞いて……あ、箒だけ目を白黒してる。そして箒は俺を見るとまたしてもほっとした。ああ、この場で俺の仲間はお前だけのようだ。

 

「そしてその時一緒に宣言してしまったのが、次期代表者の名前。挙げられた名前は更識簪さん」

 

「は、はは~良かったね簪ちゃん、これで姉妹揃って代表だよ~」

 笑顔で簪に言っている楯無さんだが、頬が引きつっていた。褒められた簪も少しも嬉しそうな表情を浮かべていない。

 

「おほん。まあ簪さんは突然のご指名という事で戸惑っているようですね」

 微妙な空気を出した二人を十蔵さんは苦笑しながら見つめた後、一つ咳払いをし二人のフォローに入った。

 

「……納得いかない」

 

「まあ急な事ですからね。気持ちの整理がつかないのはわかりますが、日本代表に選ばれるなんて大変名誉な事ではないですか」

 

「……ええ? こんな形で手に入る代表の座が名誉ですか?」

 

「そうですよ。どんな形であれ」

 

「なんの責任も取らずただ一方的に代表の座が下りて、それを私が押し付けられただけなのですが? こんなのが名誉ある物だと言ってるのですか?」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて簪ちゃん!」

 

「いいえお姉ちゃん、我慢できないよ。子供が出来たから普通の女の子に戻ります? は、20代中盤にもなって女の子なんてだけで失笑なのに。代表の座も本当に目指してる葵で無く私を指名してる時点で葵と私に対する嫌がらせだよ。そもそも」

 

「いい加減にしろ!」

 何時も冷静な簪が興奮しながらさらに何か言い募ろうとしたが、それは千冬姉の一喝で吹き飛ばされた。

 

「簪、お前の言いたいことはわかる。しかし今は抑えていろ。話が進まん」

 

「……わかりました」

 千冬姉に注意され、簪も頭が冷えたのか素直に従った。さすが千冬姉だな、あの簪も千冬姉の前じゃおとなしくなった。

 

「おほん、まあ簪さんは納得いかないようですが、葵さんはどうですか? 同じ代表候補生として、此度の件をどう思います?」

 また咳払いをした後、十蔵さんは今度は葵に尋ねた。

 そうだよ、どうなんだ葵? お前この学園で再開した時、日本代表になってモンド・グロッソで優勝するのが夢とか言ってたじゃないか! 現代表が降りた後勝手な指名だけで決められたりしたら、お前も納得するわけないよな!

 

「え~っと……いえ流石にこの状況じゃ簪が代表に選ばれるのは当然だと思いますよ」

 

「納得するのかよ!」

 あっさり簪の代表を認めた葵に、俺は思わずつっこんでしまった。

 

「いやだってさあ。そりゃあ戦えば私は簪に勝てる可能性あるけど」

 

「まあ6:4で私の方が勝つだろうけどね」

 

「でしょうね。現時点じゃ総合力で言えば簪の方が強いのよね」

 俺のつっこみに、葵と簪は冷静にその理由を答えていく。

 

「? では今回の日本代表の指名の件は、あの元日本代表の言い分が正しいという事なのですか?」

 

「ええ。実は箒の言う通り現時点じゃ間違ってないのよねえ。現時点じゃ私よりも簪の方が代表にふさわしいのは日本のIS委員会の人達も認めるでしょうし」

 箒の疑問に、葵は若干悔しそうな顔をしながら答えた。え、ちょっと待て? 葵も認めるなら今回の件、実は真っ当な理由で簪が選ばれてるの? 簪のさっきっていた代表の嫌がらせとかは何だったんだ?

 

「ふむ、まあ葵さんの言う通りIS委員会の多くは納得するでしょう。でもそれじゃあ困る人達もいますし……葵さん、貴方も若干納得いかないでしょう」

 

「……ええ、若干ですが納得はしませんね」

 十蔵さんの質問に、葵は不敵な笑みを浮かべながら答えた。……いや、お前実は若干で無く結構不満あんだろ。

 

「ほお、先程は今回の件は納得のような返答してましたのに?」

 

「理屈は納得しますし、それが答えだと強弁されたら文句は言えません。現段階で簪より弱いのも事実ですしね。でもですね、それでもデータではそうかもしれませんが―――最後に勝つのは私です」

 葵はそう言うと、簪の方を向くとニヤッと笑った。それを受けた簪は、さっきまで仏頂面していたのに、嬉しそうに笑い返した。

 そして俺は不敵に笑う葵を見て、思わず頬が緩んでしまった。ああ、そうだよなあ。お前が黙って従うなんておかしいよなあ。負けず嫌いのくせに大好きな勝負で戦わず負けを認めるなんて、そんなことあるわけない。

 十蔵さんも代表の座を諦めていない葵の返答を聞き、満足気に頷いている。

 

「ふむ、葵さんが諦めていないのなら安心しました。ではこれから本題に入りましょうか。葵さん、貴方が日本代表になるための条件をお伝えしましょう」



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専用機タッグマッチトーナメント 条件

「何をすればいいんです?」

 

「簡単な事ですよ。来月我が校で開催される専用機タッグマッチトーナメントで優勝すればいいだけです」 

 国家代表になる為にはどうすればいいのかという葵の質問に、十蔵さんは普段から浮かべているにこやかな顔をしながら答えた。

 

「来月の大会には先程国家代表に指名された更識簪さん、そしてロシアの国家代表である更識楯無さんも出場してます。この二人が出場している大会で優勝するのは、貴方の実力を宣伝するには十分な物でしょう」

 

「……タッグトーナメントで簪押しのけて優勝出来れば、私は結果的に簪より強いという事にはなりますが、それでお偉い方が納得するんですか? 個人戦でなくタッグトーナメントですから結果は全て私の手柄というわけでもありませんし、そもそもIS学園で行われてる行事の一つですよ? お祭りみたいなものですからそれが評価されるとも思えませんけど?」

 十蔵さんが提示した条件は、葵にとって腑に落ちない物のようだ。かくいう俺も葵の言う通りだとは思う。国家代表は一人しか選ばれないんだから、タッグ戦で優勝は評価の仕方とは違うんじゃ? 大体葵が強さを示すのが必要なら、単純に葵がその政府のお偉いさん方の前で簪と戦って勝てばいいだけなのでは?

 

「ええ、まあ葵さんが懸念している事は当たっていますよ。でもこんな学校行事で優勝をアピールでもしなければ次回はともかく、第三回モンド・グロッソに国家代表として出場する手段は葵さんにはありません。葵さん、わかっているとは思いますが貴方は現時点では国家代表に選ばれるだけの実績がまるでないからです」

 

「……」

 選ばれるだけの実績がまるでないという十蔵さんの指摘に、葵は悔しそうな顔をして俯いた。

 

「いや、ちょっと待ってほしい。葵が実績無いと仰ってますが、以前話を聞く限り葵は島根にいた頃に当時の代表候補生を量産機である打鉄で倒してたようです。それは」

 葵を庇うためか、箒が十蔵さんに葵がいた島根での話をしようとしたが、 

 

「残念ながら篠ノ之さん、それは評価されないから」

 話が終わる前に、俺の隣に座っている簪がそれを否定した。

 

「更識、それは何故だ?」

 

「だって、あの子とは私も戦ったから。専用機で無いラファールに乗って戦ったけど、私の圧勝だった。セカンドシフトしてる専用機だから期待してたのに」

 話の腰を折られ不満顔の箒の詰問に、簪は溜息交じりに返した。

 

「簪、お前戦ったことあったのか?」

 

「一回だけ。葵とばかり戦ってたあの子じゃ、私と戦えばそれはやりにくかったってのもあったと思うけど、あれが私と葵と同じ代表候補生だったなんて驚いた。あの子が候補生はく奪されるちょっと前、私の所に突然現れて勝負挑まれた。多分私に勝って候補生はく奪を阻止しようとしたんだろうけど、馬鹿としか言えなかった」

 嫌な思い出なのか、かなり不愉快そうに簪は元候補生を扱き下ろした。

 もしかして、そいつが最後自棄になって葵を殺そうとしたのそれも理由の一つじゃないのか? 葵と簪二人からボコボコにされ存在否定されたから……いや、それでも葵を嫉妬で殺そうとしたのに同情する価値などないな。

 

「それに箒、そもそも桜と戦って私が勝っていたというのは実績に値しないのよ。だってそれ、スサノオに乗って戦ってないんだから。必要なのは専用機スサノオに乗って、それによる実績。それは私には無いのよ。対する簪は一年以上前から打鉄弐式を完成し乗りこなし、政府が認める実績を幾つも残している。普通に考えたら簪が選ばれるのは当然なのよね」

 

「しかし葵、スサノオによる実績ならあの臨海学校で」

 

「あれは表向きは無かった事になってるの。それに一夏、あの事件は私撃墜されたし、勝敗を決めたのは一夏なんだけど。私より一夏の方が政府内で大盛り上がりされ、一夏の株物凄く上がってるわよ」

 まじか! あの戦いは葵や箒達皆で力合わせて倒したんだから、俺だけの功績じゃないのに。

 

「あ、なら夏休み楯無さんと戦って引き分けたじゃないか! 楯無さんロシアの代表なんだぞ。なのに引き分けまで持ち込んだぞ」

 

「あれ非公式扱いになってるから駄目。それに……会長手加減してたからあの結果だから、私としてはあの試合負けだと思ってる」

 

「葵君、あの試合私は全力で戦ってたのに手加減されたと思われるのは心外かなあ」

 

「だって会長、ワンオフ・アビリティ使わなかったじゃないですか。使われてたら私絶対に負けてましたよ」

 

「……いや葵君、だって葵君のスサノオは第三世代兵装『八咫鏡』が未搭載じゃない。なのに私だけ全ての能力使うのは流石に」

 

「それでもあの時手加減されたのには変わりありません。あの時私は持てる全てを持って会長に勝負を挑みました」

 葵は悔しそうな声で言った後、楯無さんから顔をそらした。楯無さんが困った顔で俺の方を見てくるけど、俺は首を振ってフォローは無理と伝える。

 葵は自分はともかく、相手には勝負は公平なのを好む。楯無さんが俺と同じワンオフ・アビリティを使えるなんて初めて知ったが、葵はそれを知っていてあの試合使われなかった事をかなり根に持ってるなあこりゃ。 

 

「さて今までの話のおかげで説明する手間が省けましたが、以上の理由で葵さんは専用機スサノオでの実績は皆無。ですから今回のIS学園専用機専用トーナメントでの優勝は、それを埋める絶好の機会というわけです」

 ……う~ん、そうなのかなあ。葵が代表候補生として表立った実績が無いのがわかり、それを埋める為の手段が来月のタッグトーナメント優勝は実績になるのはわかるけど、さっき葵が言ってたように個人戦でなくタッグ戦だし。たとえ優勝してもそれは相方の箒のおかげとかを反対派は言ってきそうな気がする。

 

「なるほど、とにかく来月のトーナメントで優勝すれば葵が代表に選ばれる材料が手に入るわけだな。なら私は全力でそれを助けるまでだ。葵、来月のトーナメント絶対優勝しよう!」

 箒も若干納得いかなそうではあるが、優勝すれば葵の夢の手助けが出来るという事がわかったのか、葵に共に優勝しようと声を掛ける。

 しかし、

 

「……」

 

「葵?」

 葵は箒の声に応えず、目を閉じて少し険しい顔をしながら少し俯き黙っている。反応が無い葵に、箒は少し戸惑っている。

 

「ああどうやら葵さんはわかっているようですね」

 葵の様子を眺めながら、十蔵さんは微笑んだ。そして十蔵さんは箒にの方を向いた。

 

「箒さん、葵さんは貴方にとって大切なお友達ですか?」

 

「は、はあ! 何をいきなり……そんなもの当然だろう」

 いきなり十蔵さんからの問いに、箒は少し顔を赤らめた。

 

「お友達の為なら出来る事なら何でもしますか?」

 

「ああ、当然のことだ!」

 再び十蔵さんからの問いに、箒はさらに顔を赤くしながらも言い返す。あ、葵のやつなんか嬉しそうに笑ってる。

 

「そうですか、ならご協力お願いします。今回の件で箒さんを呼んだのはこの件の為です。箒さん、貴方はタッグトーナメント戦ですがペアを変更してもらいます。新しいパートナーは更識楯無さんです。楯無さんお願いしますね」

 

「な!?」

 

「やっぱりそうなっちゃうのかあ。ええ、了解しました」

 箒は十蔵さんから突然ペア変更を突き付けられ驚愕するが、ペアになれと言われた楯無さんは苦笑を浮かべながら特に驚いた様子が無い。もしかしてこうなるのを最初からわかっていたのか?

 

「ちょっと待ってください! いきなりどういうことですか!」

 

「いきなりで申し訳ありませんが、葵さんが日本代表を目指すのならこれしかないからです」

 

「しかし、それでは葵のパートナーは誰がするというのだ!? タッグ戦で優勝が条件なのだろう!?」

 十蔵さんに、箒はもっともな質問をするが……ああ、なんとなくわかってきた。十蔵さんが何を言いたいのか。さっき葵が黙ってたのも、険しい顔してたのも。

 箒の問いに、十蔵さんは相も変わらずにこやかな顔を浮かべながら、

 

「ペアは必要ありません。来月のタッグトーナメントで葵さんはペア無しで出場して優勝を果たしてもらわないといけませんのでね」

 とてつもなく過酷な条件を葵に突きつけた。



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専用機タッグマッチトーナメント 逃亡

「タッグ戦なのに一人で出場だと! ふざけているんですか!」

 

「いえ箒さん、ふざけてなんていません。私はただ葵さんが日本政府に第三回モンド・グロッソの日本代表として選ばれる為の手段の一つを提示したまでです。それに箒さん、今回の件が無ければ生徒会長は一人で出場するつもりだったのですよ。それが葵さんに代わっただけです」

 

「そうだね~、まあ私はロシアの国家代表だし葵君同様一人で出場しても優勝する気満々だったしね~」

 

「い、いやそれは……」

 十蔵さんのあまりの無茶な条件に箒が激昂し非難するが、十蔵さんは涼しい顔をしてそれを流し、楯無さんもそれに同調した。

 箒が非難する気持ちはわかる。今回のタッグ戦は1学期に行われた学年別トーナメントとはわけが違う。参加者は俺と箒を除けば各国から選び抜かれた代表候補生、国家代表達だ。いずれも俺なんかよりもずっと強く、しかも国家代表の楯無さんに至っては葵でも1対1で勝つのが難しい相手。そして俺の横にいる簪も訓練では薙刀だけで俺を打ち倒すし、葵曰く専用機同士の戦いなら勝てないとか言っていた。

 そんな一人でも勝てるか怪しい者がいるのに、さらにもう一人を相手にして勝てとか、……うん、こりゃ確かに箒が怒るのも無理ない無理ゲーな話だ。出場しても多少の善戦は出来たとしても最後には押しつぶされて負けるのが目に見えてしまう。楯無さんもああいっているが、いくら楯無さんが俺達と違い国家代表でIS学園最強といえど優勝する可能性は無いと思う。

 

「葵、こんな話に付き合う必要なんかない! 大体1対2で戦えなど会長が出場している時点でありえないではないか!」

 俺と同じ考えなのだろう、箒もこの異常性を指摘し憤慨している。しかし

 

「……」

 

「葵?」

 当の葵は真剣な顔をしながら沈黙をしたままだ。その様子に箒が少し困惑している。黙ったままの葵に、

 

「葵、お前はどうするんだ? 本当に一人で出場する気なのか?」

 俺は黙ったままの葵にどうしたいのか尋ねてみた。こんな無謀な提案、吞む方が馬鹿げている。いくら代表になるためとはいえ、確実に失敗するとわかっているのに挑戦するとか普通ならありえない。

 

 そう普通なら。

 

 ただ……こいつは

 

 俺の質問でここにいる皆が葵に視線が集まり、全員の視線を受け止めた葵は先程から沈黙していた口が開くと、

 

「当然やるわよ。それで勝てば代表になれるのなら、やらない理由がないもの」

 葵は不敵な笑いを浮かべながら俺に言い返した。葵の声には、それを絶対に成し遂げてやるという強い意志込められていた。

 

「な、正気か葵! お前本当に一人で」

 

「ええ、勝って見せるわよ。相手が会長だろうと簪だろうと、私の夢の障害になるのなら」

 まさかの葵の返答に驚愕する箒。その箒に葵は正面向いて自信を漲らせながら再度自分の決意を言った。葵の返答に箒は信じられないといった顔をして葵を凝視する。

 箒は信じられないのかもしれないが、俺は葵が十蔵さんの条件を飲むとわかっていた。忘れたのか箒、久しぶりに再会した葵が言った今の目標が何なのかを。

 

――ゆくゆくは日本代表になって、千冬さんが出場したモンド・グロッソで優勝が今の夢で目標――

 

 葵が女になってから抱いた目標。それを叶えられるチャンスに飛びつかないわけがない。

俺はそれを箒に伝えようとし口を開いた。が、

 

「ふうん、言ってくれるわね」

 

 俺の口は開いたまま硬直し、声を出す事が出来なかった。何故なら俺の横に座っている簪が放った一言。その声に多少の苛立ちや不快感が込められた一言と共に簪から放たれた――殺気、鬼気と呼ばれる類の強烈な重圧が俺の体から動きを止めたからだ。その重圧は俺でなく葵に向けられているはずなのに、余波だけで他者を圧倒する強さがあった。

 さらに、

 

「まったくだよねえ簪ちゃん。私達姉妹相手にハンデ付きでも勝てるだなんて」

 簪に続き、楯無さんからも多少含みがある声と共に簪と同様他者を圧倒する重圧が放たれた。その重圧、簪と勝るとも劣らず強烈で葵に向けている。

 

「だよねえお姉ちゃん。別に代表の座に執着とか無いけど、私に勝つとか言われたらちょっとねえ」

 

「しかも私なら篠ノ之さん、簪ちゃんなら一夏君も相手にするのに。それで勝つとか私達舐められてるのかなあ」

 楯無さんは笑顔だが目が全く笑っていない。簪を見たら楯無さん同様に笑顔だが目だけは違う。ヤクザでもその眼力で目をそらすんじゃないかって位鋭く葵を睨んでいる。

 突然の二人の威嚇に箒は二人の顔を交互に見ながら動揺している。

 十蔵さんは武道の嗜みが無いのだろう、二人が放つ重圧の余波のせいで顔を盛大に引きつらせている。

 千冬姉はさっきから変わらず険しい顔をしながら楯無さんと簪、そして葵を見つめている 

 そして姉妹二人から放たれる、一般人だとそれだけで失神させることが出来るのでは思える程の重圧を浴びせられている葵だが、二人の重圧にビビり十蔵さんみたく顔を引きつらせている――なんてことはあるはずなかった。

 姉妹二人からの重圧を向けられても、葵は二人を見つめ

 

「絶対勝ってみせます。二人が私の夢になるのなら、その壁粉砕します」

 不敵な笑みを浮かべながら力強く言い、右手で虚空の何かを殴った。それは国家代表、そして次期国家代表の二人に対し、葵は一切臆することなく、勝って見せるという宣言だった。

 葵の返事を聞いた楯無さんと簪は、二人顔を一瞬見合わせると先程まで出ていた重圧を消した。そして再び葵の方に顔を向けると、

 

「そ、じゃあ遠慮はいらないわね。どうやって私達を攻略するか楽しみにするわ」

 

「ヘラクレスの12試練並の難易度で葵の障害になってあげる」

 先程までとは打って変わり、何故か楽しそうになって葵の挑戦を受け入れたのだった。

 

 

 

「……どういうわけか丸く収まったようだな」

 

「……ああ、そうみたいだな。で、箒としてはもういいのか?」

 さっきまで納得してなかった箒だが、俺がそう聞くと箒は苦笑し首を横に振った

 

「葵がここまで決意をしてるのなら、もう私がどうこう言うわけにはいかないだろう」

 まだ不満はあるようだが、箒ももう止める気はないようだ。

 

「……ではこれでもう話がついたでよろしいですね。来月のタッグトーナメントは楯無さんが箒さんとペアを組み、葵さんは一人で出場する。これで学園にも学園外にも広報します。言っておきますが葵さん、止めるなら今のうちですが?」

 楯無さんと簪の重圧が無くなりほっとした顔をした十蔵さんがまとめに入った。

 

「当然やります」

 十蔵さんの問いに葵は頷き、これでこの場の話し合いは終了した。

 葵と楯無さん、十蔵さんと千冬姉は今後の方針を話し合うと言われ、俺と箒と簪はもう退出してもいいと言われたので、話の邪魔をしてはいけないと思い俺達は部屋を出ることにした。部屋を出る前に一瞬俺は葵の姿を視界に入れ、真剣な顔で話し合いをしている葵を見て先程までの話し合いの内容を思い出し

 

 

 ………

 ………

 ………

 

 あ、

 

 これって―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ~あ、本当にこれで話し合い終了しちゃうの?

 でも一夏はもう話すことありませんな感じで部屋出るみたいだし、十蔵さんもお姉ちゃんも織斑先生も、なにより葵がもういいやみたいになっているから、まあいいのかな。

 篠ノ之さんにも期待してたけど、まあ流石に無理だったかあ。でも篠ノ之さんはあれで正しいから、あの結果は私としては良かったかな。それにひきかえ一夏はさてさてどう動くか楽しみにしてたのに、こりゃガチで期待外れ?

 皆がっかりしてるからもう投げやりになって――

 

 あ、一夏が乱暴にドアを開けてどっか走っていった。

 

 いきなり一夏が部屋を飛び出したせいで、皆びっくりしている。篠ノ之さんも驚いているが一夏の後を追おうとしたので、それは止めてもらおうかな。

 篠ノ之さんは私に引き留められて文句言っているけど、お姉ちゃんも篠ノ之さんを行かせないように篠ノ之さんを捕まえてくれた。よし篠ノ之さんはお姉ちゃんに任せて、私は一夏を追うとしましょうか。葵、めっちゃ気になるようだけどあんたのせいだから追おうとしないでよね?

 



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専用機タッグマッチトーナメント ヒーロー

「はあ、はあ、はあ……」

 荒い息をつきながら、俺はたまらず床にへたり込んだ。周りを見渡し、学園長室から飛び出した俺はいつの間にかIS学園の屋上まで走っていたようだ。俺はどうせならともう少し歩き、てすりに寄りかかることにした。屋上は風がよく吹いており、火照った体を冷ましてくれるが、

 

「はあ、はあ……はあああああああああああああああああ!!!」

 俺の心は……あまりの悔しさに全く冷めることがなかった。

 

「くそ、くそ!! ~~~~ッ!」

 感情の赴くまま、俺は床を何度も殴りつけた。右手から最初は激痛が走ったが、次第に鈍い痛みしか感じなくなってきたが、俺は構わず殴りつけた! 

 

「~~~~~~~~~~!!!」

 いきなり部屋を飛び出した俺を、皆さぞ驚いてるだろう。でも我慢できなかった。あの場に俺は一刻も早く出ていきたかった! 気付いてしまったから! 気付いてしまったから!!

 

「く、くそ~~~~~!」

 あの部屋での話し合いを、そして最後見た葵の顔を思い出した俺は叫びながら拳を大きく振り上げて床に叩こうとして―――

 

「はい、ストップ。いい加減にしなさい」

 いつの間にか俺の背後にいた簪が俺の右手を掴んで止めた。

 

「ッ! 離せ!」

 突然の簪の登場に驚いたが、気が立っている俺は強引に簪の手を振りほどこうとした。が、

 

「どうどう、落ち着きなさい」

 どんなに力を入れようとビクともせず、簪は涼しい顔をしながら俺の手を掴み上げている。そして俺の手を簪の顔の前まで持ち上げ、俺の手を見た簪は顔を顰めた。

 

「……呆れた。何こんなになるまで床殴ってんの? 馬鹿なの? マゾなの?」

 

「うっさいな! 関係ないだろ!」

 

「関係なくはないわよ。一夏は私のパートナーなんだから。パートナーのメディカル面はちゃんとケアしてあげないといけないし」

 俺が喚いても、簪は涼しい顔をしながら聞き流した。

 

「パートナー……」

 

「そうでしょ。来月のタッグトーナメント限定だけど、一夏はそれまで私のパートナーだよ」

 

「……」

 パートナー。タッグトーナメント。

 簪からその言葉を聞いた俺は、

 

「はははは、はは……」

 口から乾いた笑いが勝手に漏れ出ていき、それとさっきまで体を突き動かしていた衝動が消えていきそれと同時に体から力もなくなっていった。無気力となった俺はかんざしがいる前で力なく横たわった。

 

「……なんなの、さっきまでは暴れてたくせに今度は急におとなしくなって」

 簪は床に横になった俺を見下ろしながらため息をついた。そこに強風が一瞬ふいてきて簪のスカートがめくれ

 

「ぐああ!!」

 ……めくれたと思った瞬間、俺の視界は黒一色となり、それと同時に俺は顔面に衝撃が走り後頭部は床に叩き付けられた。

 

「……言っておくけど、ラッキースケベは容赦なくフラグ潰すからね」

 一瞬にして俺の顔面を足蹴した簪はとてつもなく冷たい声でそう言った後足をどけ、俺の視界は元に戻った。しっかりとスカートを抑えながら俺から距離を少しとっている。

 普段ならこんなに無下に足蹴されたら怒り狂うもんなんだろうけど、なんかもうそんな気力が今はない

 俺は簪に背を向けるように俺は寝返りを打った。

 

「……顔を足蹴されえたのに無反応。そして床に寝そべったまま立ち上がろうともしない。ねえ一夏、はっきり言っていい? いや言っちゃうけどさ、今の貴方物凄く見苦しくてかっこ悪いわよ」

 

「……」

 背を向けているため簪の顔は見えない。だけど声ではっきりとわかるほど簪の声から俺に対する軽蔑と失望を感じる。

 

「突然学園長室を飛び出したから後を追ってみたら、狂ったみたいに喚きながら床に手を叩き付けていて、止めたら今度は打って変わって動かなくなって床にふて寝。貴方のファンが見たらさぞ幻滅する光景ね」

 

「……」

 うるさいな、情けないのはわかっている。俺にファンとかいるのか知らないけどさっきからの俺の行動は、自分でもとてつもなく馬鹿でみっともなく、見苦しいのはわかっているよ。

 でも駄目なんだよ! そんな見苦しいことやって感情を吐露でもしてないと気が狂いそうになるほど―――

 

「悔しかった?」

 

「――!!」

 俺は簪のその一言を聞いた瞬間、体を跳ね起きて簪を凝視した。

 

「ん~、その顔見るとやっぱり図星みたいね」

 簪は何が面白いのか、俺の反応を見て嬉しそうに笑っている。

 

「~~ッグ!!!」

 簪のその様子に、俺は思わず掴みがかろうとする衝動にかられたが歯を必死で食いしばり抑えた。しかしそれは男が女に暴力するなんて最低だという理性で踏みとどまったのではなく……俺の本能が素手で簪に喧嘩を挑んでもボロ負けにされると教えてくるからだ。

 夏休みからずっと千冬姉と楯無さんから、部活でも葵や箒や部長から鍛えられ続けられた為俺は以前よりずっと強くなった。

 だからわかる。目の前の簪が俺よりもずっと強い存在なんだと。

 そしてそれは、あの場にいたあの二人も同様で―――

 俺は再び簪から目をそらし後ろを向くと、

 

「……いいよな簪は強くて」

 

 

 ―――どうしようもなく、本当に情けない泣き言を俺はぶちまけていった。、

 

「葵と同じ現日本代表候補性で葵よりも早くその地位についていて、専用機も与えられている。専用機自体はつい最近完成したようだが、それはお前が自分だけの専用機を作りたいからと言って、武器から何まで自作した為。楯無さんが呆れてたぞ。せっかく私のデータ参考になると思って用意したのに、全く必要無かったって」

 そんなこと言ってた楯無さんも専用機を自分好みに作ってるんだよな。マジこの姉妹チートすぎんだろ。

「……」

 後ろの簪は何も言ってこない。だから俺の愚痴はまだ続いていく。

 

「そしてその実力はここ数日毎日戦った俺がよくわかっている。近接特化型の俺が一太刀浴びせるのも難しい程の長刀の達人。しかも本当の戦闘スタイルは銃と特殊兵装を使った飛び道具主体なんだってな。近接でもボロ負けなのにそっちがメインとか俺の勝ち目なんて本当に皆無だよ。マジでお前強いよ。そりゃあ前の日本代表がお前を次の日本代表に指名するわけだよ」

 

「……」

 

「葵も言ってたよなあ、簪は私と互角だって。専用機同士の戦いじゃ今は勝てないかもしれないとか。葵もお前の実力を認めていた」

 

 

 

「…………そうだよなあ。葵がライバルと思っている相手って、現ロシア代表の楯無さんと同じ代表候補性の簪の二人が妥当で当然だよな。俺なんかが葵のライバルとか……身の程知らずすぎだよな」

 俺は顔を下に向けながら、悔しさをぶちまけた。

 

 さっき行われた話し合の場で、葵は一人で出場するというのにはっきりと自分に対する脅威と思っていたのは楯無さんと簪の二人のみだった。

 あの場にいた俺と箒は全く眼中になかった。当然だろう、俺と箒がタッグを組み葵に挑んでも……100%負ける未来しか見えない。

 もしかしたらあの場で楯無さんと簪の二人が挑発したから葵はそれを返しただけなのかもしれない。

 でも……俺はそれをせず逃げてしまった。

 俺の実力が3人に比べて大きく劣っているから身の程知らずと思われるからではなく……挑発し葵から全く相手にされてないという反応されるのが怖かった.

そうだよ、俺は葵からライバルと思われてなくて、それを言葉や表情で言われたくなかったから逃げ出した。

 世間から身の程知らずとか思われようとも、葵は俺にとって最初の喧嘩ライバルなんだ。でもそれは俺がそう思っているだけなのかもしれない……。

 

 ああ、俺って簪が言ってたように本当に情けない。

 しかもさっき俺が簪に言った愚痴なんて、完全に簪に対する八つ当たりでしかない。出会った時から簪には情けない姿ばかり見せてきたが、今度こそ愛想尽かされるかもな。タッグ解消されるかもしれない。

 それも仕方ないと思いながら、俺は簪に背を向けたまま立ち尽くした。もう話すことは、いや話せることが無い。簪が立ち去るまで、俺はここで立っているつもりだ。

 しかし俺の思いとは裏腹に、簪は立ち去らずずっと俺の後ろで無言で立っている。いつまでいるつもりだ? と俺が思い始めたら、

 

「昔々、あるところに二人の女の子がおりました」

 

 俺の背中越しに、簪は何か語り始めた。

 

 

 

 

 

「その二人の女の子は姉妹であり、姉は妹を、妹は姉が大好きでした。二人は本当に仲が良く、関係が良好でしたが、周りの大人達は違いました。姉は幼い頃から運動神経が良く頭も聡明でした。一方妹の方は同年代の子供に比べたら運動も頭もとても優秀と言える出来なのですが、一つ上の姉と比べたら数段取っておりました。二人の姉妹の家は少々特別な生業を代々しており、その生業に適した姉は両親や周囲の大人達から可愛がられ、妹は決して冷遇などされていませんでしたが、幼いながらも姉と自分では周りの温度差をしっかり感じていました」

 

「……」

 

「妹はそれが凄く悲しくて、親や周りの大人達が姉と同じ視線で見て欲しくて必死で努力をするようになりました。しかしどんなに頑張っても、妹は姉よりも上手く事をなすことができませんでした。妹が必死に頑張っても、姉が妹と同い年の頃には妹よりもずっと優秀で、かえって周りの大人達に姉の優秀さを見せつける結果となってしまったのです。姉の周りには大勢の大人がいるのに、妹の周りには誰も来ません。話しかけたりもされません、ただ一人を除いては。そのただ一人と言うのは……妹の姉だったのでした」

 簪が話している二人の姉妹。これってもしかしなくてもその姉妹って……

 

「周囲の大人達が見ていない妹の努力。それは大好きな姉だけはしっかりと見ててくれました。上手くいかず悩んでいる時には姉は妹に助言したりして、妹を常に見守り支えてくれていました。姉のせいで周りから比較され嫌な思いをしている妹ですが、誰よりも妹は姉が大好きなのです。親身になって見守ってくれる姉に妹は嬉しくて、もう周囲に認められなくてもいい、姉に認めてもらえればいい、妹はそう思いながら努力を続けていました。

 しかしそう頑張る妹にとても残酷な出来事が起きたのでした。両親がある日正式に姉を後継者に選んだのです。妹はそうなるのはわかっていましたので、悔しかったりはしませんでした。むしろ大好きな姉を手助けできるよう、もっと頑張ろうと決意したのです。しかしそんな妹に、姉は言ってしまったのです。それはとてもとても妹にとって酷く、心を壊す言葉でした。

 

 

『もう大変な事や辛い事は全部お姉ちゃんに任せていいんだよ』『もう無理して頑張らなくてもいいんだよ、お姉ちゃんが代わりにやってあげるんだから』

 

 周囲から否定され、それでも見守ってくれた姉に認めて欲しいと頑張ってきた妹にとって、姉の言葉は今までのすべての否定に等しかった。茫然自失となった妹は、その後引きこもりとなってしまったのです」

 話の後半、特に姉の言葉を言っている時の簪の言葉は酷く悲しげだった。まるでその妹が姉に言われた時のことを思い出しているかのように。

 

「妹が引きこもり、姉はたいそう心配して毎日ドア越しに妹に『どうして!』やら『何か辛いことがあったならお姉ちゃんだけでも話して!』と悲痛な声で話しかけてましたが、姉によって心が壊れた妹は毎日それを無視し小さい頃から好きな特撮ヒーローやアニメを一日中見続けていました。テレビの向こうの物語が現実と思うようになり、いつもヒロインや大勢の人々を助けるヒーローに憧れて、それを自分に当てはめて空想に浸る毎日を送り続けました。

 

 しかし、それはある日唐突に終わりを告げたのでした」

 俺は気が付いたら簪の話を真剣に聞いていた。簪の話す姉妹の物語、それが真実なら―――何がどうなったらああなるんだ?

 

「妹はそれなりに優秀な頭脳を持っていましたので、いつまでも引きこもり生活を親が許してくれるはずないとわかっておりました。だから……無理やり親や姉が部屋に押し入り、この生活が終わるくらいなら、と自ら死ぬことを決意しました。部屋にある布団シートを裂き、頑丈な照明器具にそれをくくりつけ、首つりをしようとしたのです。妹は椅子に上り、シーツを首にくくりつけ、後は椅子を蹴倒せば終わりです。死ぬ決意をした妹ですが、やはり最後の一歩で死の恐怖で足が震え、最後の一歩を踏み出せませんでした。どれだけ時間がたったでしょう、妹は恐怖に泣きながら『お姉ちゃん……』と助けを求めてしまったのです。そしてその一言で、妹は気づいてしまったのでした。

 

 ずっと特撮ヒーローやアニメを見ててヒーローに憧れていたが、自分は本当はヒーローになりたいのではない、ピンチな時いつも助けて貰えるヒロインになりたかったんだって。それに気付いた時妹は床に蹲りわんわんと泣きました。自分の小ささに、そしてそんな妹の心を見透かしてたかのように、辛いことを全部自分でやってあげるから言ってくれた姉に。

 小さい頃からずっと憧れてたヒーローが好きではなく、その助けられる側に憧れてたと理解した妹は、ドアに目を向けました。もう何もかも大好きな姉に任せて、自分は守って貰おうかなんて思いました。震える足でドアに向かい、外にいるであろう姉に会いにいこうとドアノブに手をかけた時―――ある事に気が付きました。

 

 自分は姉に守って貰えればいい。でも―――じゃあ姉は? 姉は誰に守って貰えるの?

 

 普通に考えれば姉妹の両親でしょう。しかしずっと両親に冷遇されていた妹には、両親の存在が希薄でした。そして当時妹が見ていた作品はどれもヒーローがピンチの時は隠された力を発揮してピンチを乗り越えたりする話ばかりで、ヒーローが助けて貰うシーンがあまり無かったのです。だから妹は恐怖しました。妹はそれなりに優秀な頭脳を持っているので、テレビであるようなご都合主義は現実では無いとわかっていました。ならヒーローが、大好きな姉がピンチの時は誰が助けてくれるの? と考え、ひたすら考え続けて……一つの答えを出したのです。

 ヒーローがピンチなら―――それを助けるのもまたヒーローじゃない!っと。

 そう、最初から答えはあったのです。今まで妹が必死で頑張ってきたのは大好きな姉に認めてもらうため。ならヒーローである姉に認められたら、私もヒーローで、姉を助ける存在になれるんだって。

 妹は再びドアノブに手をかけました。しかし先ほどまでとは全く違う決意をして。

 

 『お姉ちゃん、私頑張るから』

 

 妹はドアを開け、外に足を踏み入れました。

 それが妹がヒーローとなる最初の一歩なのでした。そして妹は努力に努力を重ね、ついに姉や大勢の人々を助けることが出来る力を手にし、ヒーローとなったのでした」

 長く、とても長く語った簪が話を言い終わった後大きくため息をついた。

 

「……」

 簪の話が終わったというのに、俺は何も言うことが出来なかった。ある姉妹の話。それは妹が強くなったきっかけと理由。ヒーローになるために掲げた決意を聞いて今の俺をそれと比較し……ああ、俺って駄目過ぎじゃないか。

 

「少~し話が長かったけど、一夏はこの話をどう思う?」

 

「……そうだな。その妹は姉が凄く好きなんだというのがよくわかるな」

 

「そうね、姉の為にヒーローを目指しちゃったんだから。で、一夏。この妹は今の一夏よりも幼い頃に色々な挫折や屈折と言った負の感情乗り越えたわけだけど…………あんたは何時までそのままなわけ?」

 

「……」

 わかっているよ、今の情けないままじゃ駄目なことは。お前の話を聞いて、辛い状況からでも乗り越えた人がいるのも。

 

 

 わかってるよ。

 

 

 発破かけられても背をむいて黙っている俺に、簪はまた大きくため息をついた。

 

「あ~もう、いい加減元気出してさあ、前見て進もうと決意してよ。一夏、貴方はヒーローなんだからさあ」

 

「はあ? 俺がヒーローだって?」

 苛立ち気味に言った簪の言葉に俺は思わず振り向き、簪に疑問を口にした。

 

「お、ようやくこっち見たわね」

 

「どうでもいい。それよりも俺がヒーローとか言ったのか?」

 

「ええ、一夏は私が認めるヒーローだよ」

 ちょっと待て、何をいってるんだこいつ?

 

「嫌味かそれって? 俺はお前を助けたことも無いし、力もお前よりもずっと劣っているのに」

 簪が話した妹のような立派な志も決意も無い俺がヒーローだって? 嫌味言っているのか?

 

「そんなのどうでもいいのよ。それに一夏、別に私と比較して基準決めてどうすんの?」

 簪は苦笑しながらそう言った後、一転して真面目な顔をして俺を見つめた。

 

「一夏、貴方は最初のクラス代表戦で何を言った? 一学期のタッグトーナメントでラウラさんを助けた後、何を言った? そして臨海学校の最終日、葵に向かって貴方は何を言った?」

 

「ちょっと待て! 前二つはともかく最後の! 何でお前が知ってるんだよ!」

 

「それはいいから答えなさい」

 俺の抗議を無視し、簪は真剣な顔で俺を見つめている。……葵め~何でよりにもよってこいつに話しちゃうんだよ。

 

「……わかったよ。クラス代表戦の時は~家族を守る、世界一になった千冬姉の名前を守るだよ。ラウラの時は自分の全てを使って誰かを守りたい、ただ誰かの為に戦いたいだったか。そして……葵の時は……」

 

 

 ―――俺は強くなる。強くなり、そして今回の葵みたいにただ守るだけでなく、自分の身も含めて俺が守りたい者を守れる程強くな―――

 

 あれ、これって……。俺が言っている話って……

 

 ―――今度は俺がお前を必ず守ってやる!絶対にな!―――

 

 凄く、誰かと……似ているような。

 

「ま、そういうこと」

 俺が茫然としていたら、まだ葵の時言った言葉を言う前に、簪は満足そうに頷いた。

 

「私が貴方をヒーローと認めているのは、そういう貴方の決意を知っているから。ただのうじうじ悩む一夏なら、私は即見捨ててるわよ。でもヒーローなら、挫折というのが付き物だしね」

 冗談めかして言う簪だが、その表情はとても柔らかかった。

 

 

「それに一夏の主張はとても私にとって好ましいのよね」

 

「どういうことだ?」

 

「ん~だってさあ。前二つもいいんだけど、最後の葵のやつは一夏、本人に向かってまっすぐ言ったんでしょ。『お前を守る』って」

 

「ちょ! そりゃ確かに言ったけど!」

 葵以外がそれ知っていると思うとすげえ恥ずかしい! 顔を赤くしながら狼狽える俺に、

 

「好きな女の子を守るために強くなって戦う。これ以上のヒーロー要素ってないじゃない」

 簪はとても誇らしげに俺に言った。

 

「だから言うわよ、一夏はヒーロー。もし貴方がそう思っていないのなら私が保証してあげる。

 

 一夏、貴方はヒーローになれるって。

 

 だから自信を持ちなさい。貴方が挫けそうになっても、私は貴方を信じている。挫けそうになったら支えてあげる。ヒーローを助けられるのは、同じヒーローなんだから。だから一夏、いつまでも挫けてないで、立ち上がり、前を向いて進みましょう」

 

 

 

 

 俺はこの時の出来事を、生涯忘れることはないだろう。

 放課後の屋上で、沈みかけの夕日を背に、簪はとても慈愛に満ちた顔をしながら俺に向かって手を差し出した。

 簪と二度目となる握手だが、前回の時とは全く違う。前回は簪がどういう人物なのかよくわかってないかった。でも、今は違う。簪の強さの秘密、俺をパートナーと認めてくれた理由、そして情けない姿を見せても見捨てず、ともに頑張ろうと言って差し出される手。

 絶望に沈んだ俺に力を与え、視線を前に進むようにしてくれた簪に言葉では言えないほどの感謝をしながら、俺はその手を握った。

 

 俺と簪が、本当の意味でお互いをタッグパートナーと認めたのだった。

 



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専用機タッグマッチトーナメント 青崎葵の気持ち

 一夏が突然部屋を飛び出していくのを、私は黙って見ることしか出来なかった。部屋を飛び出す前、一瞬だけ一夏の横顔が見え、その表情に私はやり過ぎた! と後悔し一夏を追いかけようとしたが、

 

「葵、動くな。今回はお前が追いかけては駄目だ」

 

 重い口調で言った千冬さんの言葉が、私の動きを止めた。千冬さんの言う通り、今回は私は一夏を追いかけるのは駄目だ。それは一夏をかえって追い詰めてしまう。

 箒も私同様に突然飛び出した一夏を心配し追いかけようとしたけど、簪に止められた後は会長にがっちり身柄を拘束されている。「離せ! 何故止めるのですか!」と叫んでるが、こればかしは今は一夏の所に行かせるわけには行かない。

追いかけるのを止められた私達二人を尻目に簪が一夏を追いかけて行った。……少し心配だけど、簪なら多分大丈夫だろう。

 

 ああ、しかし……あ~も~どうしようかなあ……

 

 

 

 

「一体どういうことですか! 何故私は止められたのです!」

 一夏が飛び出して数分後、どうあがこうと会長の拘束から逃げられないと悟った箒は、おとなしく会長の横にふて腐れながら座っている。

 

「う~ん箒ちゃん、それは複雑な男心ってやつよ。今の一夏君はちょっと……ね」

 

「ならなんで私や葵が駄目で、貴方の妹の簪はいいのですか。それと会長、箒ちゃんって……」

 

「ん~それは簪ちゃんは一夏君のタッグパートナーだしね。それに今の一夏君だと簪ちゃんが一番適任だと思うよ。そして箒ちゃんと呼ぶのは箒ちゃん、貴方が私のタッグパートナーになったからよ! パートナーと信頼関係を築くためには、フランクな呼びかけは必須よん。だから箒ちゃんも私のことは会長でなく楯無ちゃんって呼んでね」

 

「……すみません、さすがに上級生にちゃん付けはちょっと」

 

「お姉ちゃんって呼んでも構わないわよ? 束博士に言うみたいに」

 

「やめてください! 私が構います!」

 

「ああ、そうよね。お姉ちゃんはやっぱり実の姉である束さんの特権だものね」

 

「姉さんをそんな風に呼んだことは私はありません!」

 箒を相手に会長はとても楽しそうにからかっている。簪とは違い箒は感情をわかりやすく見せるから面白いんだろな。会長と箒はしばらくそうやってじゃれていたが、

 

「じゃあ箒ちゃん、私とパートナーになったからまずはお互いをよく知るためにフィジカル検査受けよっか」

 会長は箒に検査室に行くように指示した。しかし会長は箒と一緒に行かず、後から行くから先に箒が行くようにと言ったら箒は少し難色を示したが、「篠ノ之、いいから早く行け」という千冬さんの鶴の一声で渋々部屋から出て行った。

 

 こうして部屋には十蔵さん、千冬さん、会長、そして私の四人が残っている。重苦しい空気が漂うが最初に口を開いたのは千冬さんだった。

 

「さて、これで話しやすくなったが……葵、正直に話してくれ」

 

「はい千冬さん、何でしょうか?」

 学園内なのに千冬さんは葵と私を呼んだので、私もなら千冬さんで応える。千冬さんは何か言いにくそうな戸惑った表情を浮かべながら言った。

 

「一夏のことなんだがな……もうお前、あいつの気持ちに気付いてるだろ?」

 

 ハイ? キモチ? ナンノコトデスカ?

 

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………っは! いけない、ちょっと意識飛んじゃった! まさか学園の一室を借りて、影の学園長に生徒会長までいる場でまさかそんな事を聞かれるとか。一瞬完全に思考停止してしまった。

 

「ええっと、なんのことです? 一夏がどうしました?」

  私は千冬さんの質問の意味を反芻して表情が出てしまう前にとぼけることにした。顔に出るな顔に出るな、出たら不味い、とても不味い! 

 

「とぼけるな、あの愚弟とは違いお前はその辺の機微は理解できるだろうが」

 私が必死でしらを切ろうとしているのに、千冬さんは無慈悲に追い込んでくる。私はこの場にいる会長に何か言ってもらうと視線を移したら、会長は苦笑いを浮かべながら手を合わせ私に謝っていた。その姿にまさかと思いながら千冬さんの方を向くと、千冬さんは物凄く申し訳ない顔をしていた。

 

「ちなみに葵、お前が楯無に言った悩みは楯無から聞いている」

 

「ちょと会長! 何バラしてるんですか!」

 思わず詰め寄る私に、会長は苦笑いを浮かべながら「ごめん! でもこれ大事なことだから!」と弁明しだした。

 

「そもそも葵君、あの時簪ちゃんや虚ちゃんと一緒に相談してた時に結論出てたじゃない。織斑先生に相談しようって」

 

「それはそうですけど……一夏がそれで」

 私はちらりと横目で千冬さんと十蔵さんを見た。この場に残っていることから、十蔵さんもアレ知っているんだろうな。千冬さんだけならともかく、十蔵さんがあれを知っているのは……。

 

「ああ、葵君ご心配なく。この事は学園の教師陣では織斑先生と私しか知りませんので。私としては一つ確認すればそれで問題ありません」

 

「確認?」

 

「はい、貴方が一夏さんに襲われ」

 

「ていません!」

 十蔵さんが言い終わる前に、思わず私は叫んでしまった。十蔵さんの確認とやらが言う前から察しはついていたけど、いざ言葉に出されたら……何故だろう、物凄く動揺してしまった。

 

「ま~そりゃそうでしょうね。してたら一夏君の歯が全部無くなるとか言ってたし」

 

「愚弟にそこまで度胸は無い、か」

 会長は苦笑浮かべているだけだけど、千冬さん……弟がレイプ疑惑されて否定したのに、何故がっかりしてるんです?……………いや、貴方の考えはわかりますけどね!

 残念そうな顔をしていたが、千冬さんは頭をふり再度私の方を向いた。

 

「葵、もう一度聞く。お前はもう一夏の気持ちに気付いているな?」

 再び同じ質問をした千冬さんだが、そこには先程みせた躊躇いの表情はない。腹をくくったのだろう、千冬さんは真剣な顔で俺に問いただしている。

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はあ、ここまでか。

 そう、早い段階からそんなことは気付いていた。私はラノベの鈍感主人公じゃない。一夏が私を見る視線が変わったのなんてすぐにわかった。それは私が一夏の親友だったから? そんな理由でなく、経験でわかっていた。島根で裕也に、皆からそれは肌で感じ察していったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 友達としてでなく……好きな異性を見る目だって。

 

 

 

 

 

 

 これは知りたくなかった。知ろうとしたくなかった。

 

 

 一夏と再び会おうとした時から、これだけはそうなって欲しくなかった。

 

 

 そう思うのは自惚れかよと内心で笑いながら、ありえない未来だと気にしないように過ごしていたけど。

 

 

 なんでだろう、本当は……。

 

 

 

 

 

 

 

 言葉に出せない、私からはそれの意味を言えない。だから私は千冬さんに向かって首を縦に振った。

 

 首を縦に振った私に、十蔵さんは相変わらず微笑みながら、会長は「ま~そりゃそうよね。気付かない方が変だもん」とぼやき、千冬さんは「……そうか。気付いているんだな」と相変わらず真剣な顔をしながら呟いた。

 

「一夏が、葵を親友としてでなく、男女の意味で好きになっていったのは最近の様子から、楯無の話を聞かずともわかってはいた」

 

「なら……何で今それを私に言うんです? いくら千冬さんでも、一夏の姉だからと言って、これは千冬さんが私に伝えるモノではない」

 一夏の気持ちはわかっていた、でも、だからといって一夏が私に伝えてもいないのに、千冬さんが私に先に言うのは違う。剣呑な口調で言う私に、千冬さんも真剣な口調で返した。

 

「確かにそうだな。弟の恋愛沙汰に姉がつっこむなんて野暮でしかないのは私もわかる。ただな、お前達は今同室で生活している。そして片方が性的な意味で襲い掛かるかもしれない状況をほっとくこととそれは別だ」

 

「……それなら最近の一夏はもう相談に行く時とは大分改善されましたから問題は」

 

「無いわけないだろう! いいか、お前はさっき言ったな日本の代表になる為に一人でタッグトーナメントを勝ち進めると! なら今の状況で出来るというのか! 化粧で誤魔化そうがお前が最近寝不足なのも知っている。一夏の奴が態度を改めたとか言っても、お前はもうはっきり感じてしまってるんだろう! 一夏が自分を狙っている野獣だと」

 

「ちょ、ちょっと千冬さん! 声がデカい!」

 外に漏れてたらどうするんですか! 速攻で学園中に広がりますよ!

 

「まあまあ織斑先生、少し落ち着いてください。貴方がそんなでは話が進みません」

 熱くなる千冬さんを十蔵さんがやんわりとたしなめた。千冬さんも熱くなりすぎたと反省したのか、ひとつ咳払いして落ち着いていった。

 

「……通常ならともかく、タッグトーナメントの日はお前は万全のコンディションで臨まなければならない。でも今の現状ではそれは難しい。それはわかるな」

 

「はい」

 

「そのための措置としてたが、タッグトーナメントが終わるまでは一夏の部屋に住むのはお前でなく簪が住むこととなった」

 

「はい?」

 え、ちょっと待ってください? なんでそうなるんです?

 

「昨日簪から要請があってな。このままでは一夏とコンビネーション取れないから一緒に生活することで互いを知るとかなんとか。当日は62秒でけりをつけれるようにしますとぬかしていた」

 え、今回の話が無くても簪はガチでやる気だったってこと? いつも飄々としているというか、自分が気になる結果以外は無頓着だったのに。以外に燃えている簪に驚きながら、私は一夏と同室しようとする簪をどう思っているのか会長に尋ねることにした。だって言っては何だが、私にあれだけやらしい視線送ってた一夏と同室なんて、妹大好きな会長が許しているのだろうか?

「うん、私は一夏君のこと信じているからね。簪ちゃんに変なことをしない紳士だって。だから大会に向かって本気な簪ちゃんの応援をしたいと思ってるわよ」

 

 笑顔で一夏を信じていると言っている会長だが……目は全く笑ってなく、何で部分展開して震えながら蒼流旋握りしめてるんです。しかも「……何で簪ちゃん、私も一緒じゃ駄目なの?」と嘆いてますが。

 

「……そういうわけで、期間限定だがお前は簪が住んでいた部屋に移動してもらう」

 会長の様子に呆れている千冬さんだが、続いて言われた台詞に私は困惑した。

 

「って! ちょっと待ってください! 簪の部屋ってことは」

 

「布仏と同室になるな」

 

「え、それは……あの、すみませんが」

 

「駄目だ。部屋の空きがない」

 一夏の部屋を追い出されるなら、どうか個室をお願いしようとしたが千冬さんから却下された。

う、う~~~~~~そりゃあ今は私完全に女なんだから、一夏でなく女子と部屋が一緒の方が自然なのはわかるんですけど女子は、その……。

 

「葵、いづれは避けては通れない道だ。そろそろ女子と一緒の生活に慣れろ。一夏なんて男なのに今まで箒にデュノアと一緒に生活していたんだぞ」

 

「……ま~そうなんですけど。……同室になるのは布仏さんなんですよね?」

 

「そうだ。あいつは……なんというか天然すぎるが、お前が慣れる相手としては良い相手だろう。それにもうお前はあいつがどんな人物なのかクラスを通じてわかっているし、臨海学校では一緒の部屋で寝たんだろ?」

 

「……あの時は箒も一緒でしたから」

 箒か、もしくは鈴が一緒ならともかくまだ私は……。

 

「……本当に無理になったなら私に言え。その時はまた考える。お前がそれでコンディション崩すのなら本末転倒だからな。ただな葵、今回の事を良い機会だと思い少しづつでいいから試していこう」

 悩む私に、千冬さんは優しい顔を浮かべながら私の頭に手を置いて撫でた。その感触はむず痒いながらも、私の心はそれで落ち着いていった。

 しばらく穏やかな空気が流れて行ったのだが、

 

「で、葵。一夏がお前の事を好きだがおまえどうする?」

 

 ……千冬さんの言葉によってそれは粉々に吹き飛んでしまった。

 

「ちょっと千冬さん! その話まだやるんですか!?」

 

「当然だろう。このタッグトーナメントが終わったらまたお前は再び一夏と同室になるんだぞ。この辺の関係をしっかり考えないと最悪な事態に発展する可能性がある。10代で入れ歯の弟とか私は見たくはない」

 

「いえ、それは一夏が私を襲うという最悪な事態の場合ですよ。さすがに一夏がそんなことするわけが」

 

「無いとお前言い切れるのか?」

 

「……はい」

 

 う~ん……無いよね? 一夏の寝言のあれ、夢だけで終わらすよね?

 

「大丈夫と言ってるけど葵君、一時はそれで本気で悩んでたわけだし学園側としてはその辺懸念するのは当然だよ。唯一の男性操縦者の一夏君がある日顔に重傷負ってその理由が女子暴行とか世界的にシャレにならないし」

 

「会長の言うことはもっともなんですけど、そんなこと言った所で私にはどうしようもないんですが? 一夏の気持ち知ってるからどうしろと言うのです。まさか私から言うんですか『一夏、私は貴方の事をそういう対象として見れません。ごめんなさい』って。告白もされてないのに?」

 告白されてもないのに、一夏に振れと? 何その自意識過剰女?

 

「いや、そうまでは言わないんだがな」

 

「織斑先生、これってどう反応したらいいんでしょうか?」

 

 私の言葉に千冬さんと会長は困ったような戸惑っているような、とにかく何か納得できないな顔をしてぼやいている。十蔵さんだけは私の話を聞いても相変わらず笑顔を浮かべている。

 

「う~ん、話聞く限り葵君は一夏君に対しはっきり恋愛感情はないんだね?」

 どこか納得できない様子の二人をよそに、十蔵さんは笑顔を浮かべながら私に尋ねた。

 

「はい、ありません」

 

「その野暮とは思うのだけど、理由を聞いてもいいかな。葵君と一夏君の学園内での様子見るとおそらく多くの人が一夏君と葵君は脈ありと思うんだよね」

 

「理由と言いましてもそりゃあ一夏はずっと一緒にいた幼馴染だし、一番気やすい関係でいられるし、誰かと一緒にいるのを選べと言われたら迷わず一夏を選びますけど……私の中での一夏に対する感情は昔からなんも変わっていないんですよ。好きか嫌いか聞かれたらはっきり好きと言いますが、恋愛的な意味での好きでは無いです」        

 

「ね、ねえそれなら昔から一夏君のことを好きでそれに気づいてないとかは」

 

「ありません。簪みたく腐った考えしないでください」 

 会長の意見を私はばっさり切り捨てた。昔ならなおさら恋愛感情なんてあろうわけない。

 

「ふむ、そうですか。今の貴方に一夏君に対し恋愛感情が無いのは私にとっては嬉しいですね。襲うは問題外にしても、両者合意の不純異性交遊なんてのもこちらは許容出来ませんので。特に一夏君の場合世界的に衝撃与えて学園の存在そのものが問われるうえに、今の女尊男卑世界での男性の地位が最悪なものになってしまう」

 ……そりゃ唯一の男性操縦者の一夏がそんな理由で退学しちゃったらね。あいつは今や全世界の男性にとって希望なんだから襲って退学、合意でもやらかして退学はどちらにせよ今の世界の男性の地位を最底辺まで叩き落す。

 

「……う~ん、ごめん葵君。君はそういうんだけど、君が全く一夏君に恋愛的な意味無しは信じられないんだよねえ」

 十蔵さんは納得してくれたというのに、会長はなおも納得できないようだ、多分千冬さんも同じだろう。会長と同じ表情しながら私を見ているし。

 仕方ない。ここは理論的に二人を納得させよう。

 

「会長、千冬さん。お二人ともどうも納得出来ないようですが簡単なロジックでそれは納得できますよ」

 

「簡単なロジック?」

 

「葵、何を言っているのだ?」

 

「いえ単純な話です。会長に聞きますが会長は簪が大好きですか?」

 

「勿論! 議論の余地無し!」

 私の質問に、会長は素晴らしい程のシスコン溢れた回答をしてくれた。

 

「じゃあ千冬さんに聞きますけど、一夏は大切ですよね?」

 

「……まあただ一人の肉親として大切でない事もないな」

 千冬さんはどこかぶっきらぼうに答えるが、一夏は大切のようである。うん、素直ではないね。相変わらずのツンデレです。

 

「では例え話ですけど、ある日世界が突然変わってしまいました。その世界では簪は男となり、しかも結婚も可能となりました。一夏も姉弟だからと言って結婚出来る世界となったのです。その場合会長は簪に、千冬さんは一夏に結婚申し込みます?」

 

「ちょ、ちょっと待って葵君。それは極端すぎる例えでしょ!」 

 うん、我ながら無茶苦茶だとは思う。でもこれを踏まえて私に一夏に対し恋愛感情があるか言ってほしいのだ。

 

「どうなんです会長、千冬さん。大好きな相手が兄弟だからとか、同性だからという縛りが無くなり結婚出来るんですよ。しない理由が無いじゃないですか」

 私の言葉に会長と千冬さんは絶句している。いえ、わかりますよ自分でも暴論言ってますの。これでラッキー! 結婚できる素敵な世界なんて二人が言うわけないのは。

 

「わかるでしょう? 私が一夏に対し恋愛感情とか無いの。私にとって一夏はどこまで行っても男の親友なんです。女になったからと言って、それが変わることはありません」

 女になったからと言って、皆何で私がすぐに一夏を恋愛対象として見ると思うのだろうか? 今まで同性として見てた存在を、何故簡単に異性として認識出来ると思うのか。

 私の理路整然としたロジックに納得したのだろう、二人とも言葉を無くして私を……あれ、どうしてだろうか二人は私の言葉に納得した風ではなく、

 

「……織斑先生、どうしてこの子ここまでなってるんです?」

 

「楯無、それは私が知りたい」

 会長と千冬さん、何故か私をとても残念な人を見る目で眺めている。おかしい、私の持論に何か問題があったのだろうか? 十蔵さんの方を向くと十蔵さんは相変わらず笑顔を……でなく、何故か苦笑いを浮かべながら私を眺めていた。

 その後、私は山田先生から放送で呼ばれ部屋を退出したが、最後まで3人とも生暖かい目をして私を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうします織斑先生?」

 

「どうもこうも……まさか一夏に対し頑なにそう思っているとは」

 

「でもそれですと一夏君がもし葵君に告白しても……」

 

「……振られる未来しか無いな。葵の言葉が本当なら」

 

「あれは葵君の本心でしょうね。一夏君が葵君に告白したところで現状じゃ100%振られますね。ただ……いえなんでもありません」

 

「ちょっと十蔵さん、気になるところで切らないでくださいよ」

 

「いえいえ、あくまでちょっとした意見ですよ。先程の葵君の一夏君に対し惚れない理由ですがようは男の時に作られたアイデンティティが一夏君をそう見れないと言ってるわけですね」

 

「そうです。まあわからないこともないのですが」

 

「なら何の問題もないですね。むしろ葵君がそう固執してるなら一夏君にとって大きなプラスです。ようは一夏君次第でどうにかできますよ」

 

「ええ! 何で?」

 

「どうしてそうなるのです?」

 

「さあ、どうしてでしょうね」



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専用機タッグマッチトーナメント プライド

「葵さん! これはいったいどういう事ですの!」

 時刻は昼休み、昼食を食べようと多くの学生が賑わうIS学園の食堂でセシリアがマジで怒りながら俺を睨みつけ詰問している。周りを見ればセシリアだけでなく鈴にシャルロット、ラウラも同様に俺を睨んでいる。唯一箒だけが複雑な顔して俺を……でなく別の方を見ている。

 

「ええっと……一体何をそんなに怒っているの?」

 まあ皆が怒っている理由はわかってはいる。しかしどうやって説明すれば皆穏便に納得してくれるんだろうか? ……いや、どう取り繕うとも穏便には出来ないんだろうけどさ。

 

「葵、あんた私達が何でこんなに怒っているかわからないの?」

 

「ははは……なんのことかなあ」

 

「惚けるのやめなさい! あんた、どうしてああなってるのか知っているでしょ!」

 

 おれが惚けると鈴が左手で俺の胸倉を掴み、右手で食堂のある一点を指さした。それは先ほどから箒が眺めている場所でもある。俺は溜息をつきながら覚悟を決め鈴が指さす方向に視線を動かすことにした。そして移動した視線の先には、

 

「さあ一夏、私の手作りの昼食よ。た~んと召し上がりなさい」

 

「…………」

 

 簪と一夏が二人で仲良く一緒に昼食を食べている光景があった。

 

 

 

 

 

「健全な精神は健全な肉体に宿る! 昔のどこかの偉い人はそう言いました」

 

「……」

 

「タッグトーナメントで優勝するために厳しい特訓をするのは当たり前。でもただ闇雲に体を鍛えるだけでは駄目! 健全で強靭な肉体を作る為には日々の食生活はとても大事な事よ」

 

「……」

 

「そのため、一夏が残り短い期間で体を強く健康でいられるよう、私がスペシャルランチを作ってあげたわよ! さあ一夏! ガツガツ食べなさい! お代わりしたいならすぐ用意してあげるわよ」

 テーブルの向かいに座っている簪が最高に良い笑顔をしている。その笑顔を見た後、俺は前に置かれているトレーを見た。簪が俺の為に作ったという最高の昼食を。

 

 そこには色鮮やかなレインボーの色をしたパンにオレンジ色をしたジャムが添えられていた。パンの横には紙パックのジュースが置かれている。『どろり濃厚ピーチ味』と書かれているが全く聞いたことの無いジュースだ。

 簪曰くレインボー色をしたパンは『早苗レインボーパン』、オレンジ色をしたジャムは『甘くない謎ジャム』、ジュースはパッケージに書かれている通り『どろり濃厚ピーチ味』という名前らしい。早苗って誰だよとかジャムなのに甘くないのかよそもそも謎ってなんだよとかどろりって何だよとツッコミが多すぎるだろこんちくしょう!

 

「……なあ簪」

 

「何?」

 

「なんなんだ、これ? さっきから見るだけで俺の全身が強張るんだが?」

 見たこと無いのに、俺の体が、ゴーストが叫んでいる。食べるなって。

 

「だから私が一夏のために作った、タッグトーナメント優勝に向け作った一夏スペシャルメニューだけど?」

 

「ああ、お前が昨日からタッグトーナメントまで日があまりないから、限られた時間で俺の体を食事の面からも改善して強い肉体にするとか言って昨日の夕食から今日の朝食もお前の言うスペシャルメニューを食べているが……これ本当にそうなのか?」

 昨日、俺と簪はIS学園の屋上で本当の意味でお互いを信じあうタッグパートナーとなった。簪は大会当日まで俺を全面的にバックアップすると言い出し、俺はそれを受け入れた。日本代表候補性の簪なら、きっと俺の知らない改善方法があるんだと信じて。

 

「……昨日の夜はイノシシの燻製と大鍋いっぱいの内臓塩漬けをひたすら食わされ、今日の朝は朝でおじやにバナナ数本に梅干しと炭酸が抜かれたコーラ1.5ℓだったんだが」

 しかもこのコーラ、糖尿病は怖いからでカロリーゼロのやつ飲まされた。ちなみに俺がこれらを食べている時の簪はとても楽しそうであった。

 

「一夏……タッグパートナーの事信じられないの」

 俺が簪に疑惑の視線を向けると、簪は真面目な顔で見つめ返した。

 ……そうだよ、何を疑っているんだ俺は。昨日俺は簪の過去を聞き、簪の強さの芯を知ったじゃないか。あんなに情けなく喚いた俺を、簪は受け入れてくれたじゃないか。なら次は俺が簪を信じないでどうする!

 俺は意を決し眼前のパンに食らいついた! 一気に半分は頬張り、ジュースを一気に飲み……って!

 

「~~~!!!」

 ストローから溢れるゲル状の何かが俺の口を満たしていく。謎のパンとジャムをジュースで一気に流し込もうと思ってたのに、それが出来ずパンとジャムとジュース?が俺の口の中をいっぱいにし、そして遅れてそれらの味が俺の舌に広がると

 

 俺の……意識が……急速に…………無くなって…いった。

 

「あ、ちょっと一夏! ヤバ、流石に悪ノリしすぎちゃったかな?」

 

 意識が無くなる瞬間、簪が何か言ってたがようだが俺はそれを聞くことが出来なかった。

 

 

 

 

「どういう事ですの葵さん。あの一夏さんと更識さんの親密な関係! いつの間にお二人はあそこまで進まれましたの!」

 

「……いやあセシリア、私にはどうみても簪に一夏が遊ばれてるとしか見えないんだけど?」

 先ほどの一夏達の風景をどう見たらそう思えるんだ? 

 

「あのね葵、あんたがあれがどう見えるかはどうでもいいのよ。問題はあの簪って女が一夏に対し遠慮無く接してることが問題なのよ!」

 

「いやいやいや、これからお互い協力して戦おうって二人が遠慮しあう仲って方がおかしくない?」

 

「それはそうだけど……一夏の様子を見てたら不安になるんだよ。一夏の対応が僕達と簪って子と比べると何か違うというか」

 

「そうだな、どちらかというと葵に近い。どういうわけか嫁はあの簪に気を許しているようだ。つい最近知り合ったというのに嫁とあそこまで親しくなるあの女、只者ではない」

 自分達の時とは違う一夏の様子が不安なんだろう、ラウラとシャルロットの二人の声がどこか力が無い。さっきから声を張り上げてるセシリアと鈴も内心はこの二人と同じなんだろう。

 箒だけはさっきから複雑な顔をしながら一夏を、そして俺を交互に見ているが箒は昨日の出来事見てたからか。あの後どうやって簪が一夏をどうにかしたのかわからないけど。あの後部屋で一夏待ってたけど、戻ってきた一夏が凄く吹っ切れた顔してたし、簪と何の話してたのやら。

 しかし……どうしよっかな。皆不安になっている所でこの話をするの火に油注ぐようなもんなんだけど、どうせすぐわかることだし。先に皆にはこれ言っておくか。

 

「ま~簪がどうやって一夏とあそこまで仲良くなったというか信用されてるのか私も不思議なんだけど、この程度で動揺してたら身が持たないわよ」

 

「この程度ですって!」

 

「何よ、やっぱり葵何か知ってるのね!」

 

「いや私もあの二人に何があったのか知らないけど。私が知っているのは一つだけ。

 

 

今日からあの二人大会が終わるまでは一緒の部屋で住むって事だけ」

 

 私が一夏と簪が同室になる事を言うと一瞬にして鈴達が、いや食堂全体が静まり返っていった。どうやら俺達の会話を皆聞き耳立ててたようだ。おそらく鈴達にとっては衝撃な事実を聞かされ、固まった鈴達だったが次第に体が震えだし、

 

「それどういうこと(だ! ですの!)」

 

 鈴達の叫びが食堂に響き渡った。 

 

「簪の提案らしいわよ。一夏とタッグ組んだけどこのままじゃ優勝は難しいから当日まで一夏をとことん鍛え、お互いの息を合わせることにするって。ちなみにこれ学園側も知っているし織斑先生も許可出してるわよ」

 

「な! 教官が許可しているだと……」

 

「いやいや織斑先生、何でそんなに女子と同室するの簡単に許可してるの? 姉としてそれどうなんだろう」

 

「一夏さんとタッグを組めばそのような事が出来たなんて……」

 いやセシリア、多分ここにいるメンバーは一夏とタッグ組めたとしてもその許可は下りないと思うぞ。あれは提案したのは簪だからだ。簪以外だと会長しか千冬さんも許さないだろうな。

 

「ちょっと待って! 一夏とあの子が一緒に住むのなら、あんたはどうなるの?」

 

「一時的に簪の部屋に住むわよ。布仏さんがルームメイトだから気が楽と言えば楽かな」

 昨日の時点で布仏さんにはこの件について話たけど、やたら嬉しそうに「アオアオと一緒だ~」と言われちょっとほっとした。

 この学園の皆は、特にクラスメイト達はあんな連中とは絶対に違うとわかってはいるけど、それでも少し不安だったんだよな。

 

 俺が―――私が元男だから。もしかしたら昔男だった事が一緒に住むとなると抵抗あるのかもしれないって。

 

 でも布仏さんは……やっぱり私をちゃんと女の子として扱ってくれてる。一緒の布団で寝ようね~とか言われたのは困ったけど。

 

 だから後は……問題は私自身だけ、か。

 

 リハビリとは違うけど、私も今後の事を考えると乗り越えなくちゃね。

 

「ま、そーいうわけだから」

 

「何がそーいうわけですの!?」

 

「葵、結局僕達の質問に答えてないけど……」

 

「だって答えるも何も私が知っているのは本当にこれだけよ。それに皆ちょっと落ち着きなさい。皆少し一夏達の事気にしすぎてるわよ」

 

「ではそう言うが葵、お前は嫁と更識の仲が気にならないというのか? それに更識のせいで部屋から追い出されるのに? そのことで不満とかないのか?」

 

「え? 全然気にならないけど。不満なんて無いし」

 

「何故だ?」

 何故って? そんなの決まってるじゃない。一夏と簪が仲良くなっているのも、部屋を一緒にするのもみんなみんな―――

 

「あの二人は本気で来月の大会を優勝する気だからよ。私を、そして皆を本気で倒そうとしているのよ。残り時間全てを大会で勝つために費やそうとしている。そこまで私を脅威だって思ってくれてるなんて嬉しい限りじゃない」

 そう、二人は来月の大会を本気で勝ちに来ようとしている。来月の大会、私は是が非でも優勝しなければいけない。でもあの二人はどうやらその私の目標を全力で阻止しようとしている。無論私だけでなく、強敵は会長に先輩コンビもいる。

 でもそれらを下し優勝しようと頑張っている二人に、同じ優勝を目指している私が何を不満に持つとでも。

 私の返事を聞き、セシリアにシャルロット、ラウラは絶句しているが、鈴は苦笑しながら「あ~そうだった。こいつはそういう奴だった」とぼやいている。箒も似たような顔で私を眺めているが……そういやさっきから箒ずっと黙っているわね? まあ箒は多少事情を知っているからもあるにしても、どうしたんだろ?

 

「あ~そうそう、これももう先に言っちゃうけど……私箒とのコンビ解消しちゃったから」

 

「はあああ!? ちょっと何よそれ! 箒、それ本当なの?」

 

「あ、ああ。葵とでなく、来月私は会長と一緒に出場する」

 箒の発言で、また周囲が騒然となっているが、それは鈴達も同じだった。全員驚愕しながら私を、そして箒を交互に眺める。

 

「ちょ、ちょっと待って! え、どうしてそうなるのよ!?」

 

「色々あってね」

 

「答えになってないわよ!」

 

「ま、詳しいことはまた後で。あまりこの件は大っぴらに言うわけにはいかないの」

 なんせ私が日本代表になるアピールの為に一人で出場するなんて、完全にこれ私の我儘なんだし。

 

「……わかりましたわ、ここで言えないのでしたら言わなくて構いません。ではわたくしは一つだけ確認させてもらいますわ」

 

「え、何?」

 もっと質問攻めされると思ってたのに、あっさり納得したセシリアに私は少し拍子抜けした。しかし納得したセシリアだが、何故かさっきまでよりも威圧感が数段増している。いやそれはセシリアだけでなく、ラウラもシャルロットも同様に私を厳しい顔で睨みつけていた。

 

「来月の大会葵さんは一人で出場するわけですね?」

 

「そうよ」

 

「タッグトーナメントですがわざわざ箒さんとのコンビを解消されてまで出場されるわけですね?」

 

「ええ、そうよ」

 セシリア、確認が一つでなく二つになってるわよ。

 

「そして葵さんはお一人で出場されて―――――優勝を目指しますの?」

 

「当然じゃない」

 

「ふざけてますの?」

 優勝目指すのかと聞かれ、当然優勝すると答えたらセシリアからとても冷たい声で返事が返ってきた。

 

「え、いやふざけてなんか」

 

「ふざけてますわ!」

 あまりにも冷たいセシリアの言葉に私は一瞬動揺したけど、決してふざけた理由で一人で出場するわけではないと言おうとしたら、セシリアの激昂がそれを遮らせた。

 

「葵さん、貴方の実力はここにいる全員が知っています。この数ヵ月で貴方の活躍をわたくしは近くで見てきました。悔しいですが……貴方の実力はわたくしよりも上なのは認めます。しかし、だからといって

 

一人で! わたくし達が二人がかりでも倒せると思われているのは許せません!」

 

「……」

 全身から怒りを滾らせながら叫んだセシリアの言葉に、私は何も言い返せなかった。そんなこと思ってなんかないと言いたいが、口からその言葉を出すことが出来ない。だって一人で出場し優勝するとさっき私は言った。つまりそれは『タッグで出場するセシリア達を二人纏めて相手にしても私は勝てる』と言っているも同じだからだ。

 セシリアだけでない。何も言ってないがシャルロットにラウラもセシリア同様敵意を発しながら私を睨んでいる。セシリア達の様子に箒は動揺しているが、鈴は私とセシリア達を見比べ、溜息をついた後肩をすくめた。

 私が何も言えず黙っていたら、何も言わずセシリアは私から離れ食堂から出て行った。そのセシリアに続くようにシャルロット、ラウラも私から離れ食堂から出ていく。

 

「この馬鹿」

 その三人を見送った後、鈴はわたしに近づき、溜息をついた後私の頭を殴った。

 

「……痛い」

 軽く殴られただけなのに、頭が凄く凄く……痛い。

 

「そう、痛いのなら結構。葵、あんたにも事情があるってのはわかるけど……ちょっとは周りを考えなさい。あんたにも理由があるんだろうとかはわかるし、さっきのセシリアの……あんたが決してあたし達を軽視しているなんてないはあたしにはわかっている。あんたが何で一人で出ようとするのかも、昨日の日本代表が突然代表の座を降りた件とか考えたら多少の予想はつくわよ。でもね葵、その方法しかないかもしれないけどあんた少し焦りすぎてない?」

 

「……それは自覚している」

 

「ふーん、そうかしらね。あんたの気持ちわからなくもないわよ、あたしも目指してる目標はあんたと同じなんだから。でもね葵、今回はその方法が最短かもしれないけどそれを選んだのならマジで覚悟してなさい。一人でもあたし達に勝てるから一人で出たのなら、あんたには負けることが決して許されないから。セシリア達ほどでなくても、あたしもちょっと不愉快なんだから。あたし達に許されたいと思うのなら―――絶対に優勝しなさい」

 そう言い残して鈴も食堂から出て行った。箒はずっと何かを言いたそうに私を見ていたが、結局何も言わず立ち去った。周囲が戸惑い気味に私を眺めている中、私は大きなため息をついた後天を見上げた。

 

「あ~覚悟してはいたけど、きついなあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    おまけ

 

「一夏、体を鍛えるだけではトーナメントを勝ち抜けないわ! タッグ戦に重要なことをこれから講義します。では一夏、タッグ戦で重要なのは何だと思う?」

 

「ああ、タッグに必要なのは互いを信頼し、呼吸を合わせることだろ」

 

「はい一夏、それだけでは50点」

 

「はあ? これ以上に大切なことがあるのか?」

 

「ええ、タッグ戦で大切なもの! それはツープラトン!」

 

「ツープラトン?」

 

「ええ、お互いの持つ必殺技を二人同時に行い、それを融合させることでそれぞれの必殺技を何倍もの威力を出して相手を倒す! タッグ戦の常識なのに知らないとは嘆かわしい」

 

「……常識のはずなのにそんなの授業でも聞いたこと無いんだが?」

 

「いい一夏、これが至高のツープラトンとまで言われたマッスルドッキング。そしてこれが古参肉ファンでは人気のあるロングホーントレインよ」

 

「簪、お前が解説している図なんだがどこにもIS要素がないんだが」

 

「二つとも素晴らしいツープラトンだけど、参考になるだけで私達には出来ないわ」

 

「すまん、何をどう参考にしたのか詳しく」

 

「そして無数にあるあるツープラトンの中に、私達でも出来そうなのがあったわ!」

 

「あんのかよ! え、マジで?」

 

「ええ、トリニティーズという噛ませ犬が使っていた技なんだけどそれを参考に考え、私と一夏のフェイバリットツープラトンを作ったわ!」

 

「一応聞く。どんな技なんだよ」

 

「まず私の切り札について教える必要があるわね。私の切り札である『山嵐』なんだけど、これは単純に48発の誘導ミサイルをぶっ放す技とでも思ってくれていいわ。で、私が考えたツープラトンだけどますこの山嵐を放ち、それを一夏にぶつける」

 

「はあ! 俺にかよ!」

 

「そしてミサイルの爆風と衝撃を推進力にした一夏が零落白夜を発動しながら超スピードで相手に向かい特攻。相手が反応する前に一夏の零落白夜が相手を貫き倒す。名付けてエンド・オブ・零落白夜! うん、これで決まりね」

 

「決まりじゃねー! それ絶対やった後俺戦闘不能になるだろ!」

 

「一夏、貴方の犠牲は無駄にはしないわ。力尽きた相棒の分まで、私は勝つために戦い続ける!」

 

「……あ~落ち着け、落ち着け。簪は意味の無いことを言わないはず。一見これも馬鹿話にしか思えないが、俺がわからないだけで簪なりの意味があるはず。そう意味があるはず」

 

「そもそもツープラトンの由来は古代ギリシャの偉大なる哲学者プラトンが優れたレスラーであり、二人がかりでないと倒せないことから」

 

「……意味、あるよな?」

 



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専用機タッグマッチトーナメント 覚醒

「いや、本当に驚いたわ」

 

「あ、何がだ!?」

 

「確かに私はちょっと前一夏に貴方はヒーローになれると言ったけどまさかもうそれを現実味させるなんて。わずかの間でここまで強くなってきてるなんて、ね!」

 簪の薙刀から繰り出される猛攻を防いでいたら、簪からどうも本音らしい賛辞をくれた。

 

特訓当初は簪の薙刀に手も足も出ず俺は負け続けていたが、最近ではようやく簪の攻撃に慣れてきたのか、最初ほど一方的に負けるようなことは無くなってきた。最近自分でもわかる。俺は強く、いやそうじゃないか。葵や簪の言っていた、ISを手足の延長として考える。それが少しわかってきた。

 

――一夏、イメージして。イメージするのは、常に最強の自分。ISに必要なのは、そのイメージだから――

 

 俺が簪から受けた最初のアドバイス。昔の俺だったら全く意味がわからなかっただろう。でも、今ならわかる。簪から言われてから毎日、俺は自分の動きを細部まで、俺が唯一得意としている剣道と剣術の動きをIS装着した状態でイメージし続けた。

 かつて俺は篠ノ之流剣術を葵や箒と共に叩き込まれ何度も反復し体に刻みこんでいた。箒がいなくなり、IS学園に入学するまでさぼっていた為、技術は頭では覚えていても体が付いてこれなくなった。千冬姉に再教育をお願いしたが、いまだ今の体にかつての動きと感覚は完全に身についてはいない。でも、それでも少しずつではあるが千冬姉のおかげで頭で考える動きと実際に俺が行う動作の祖語は消えていった。

 そしてそれはISにも通ずるものだったんだ。千冬姉により俺が必死で取り戻していった感覚。それを明確にイメージし、ISを第二の肉体として動かす。今までずっと俺が動かしていた白式を装備という概念でなく肉体の延長として振る舞い、俺の理想と近づけさせる。

 最初はただ漠然としたものなだけだったのが、最近ではそれが形となり、頭と体に刻み込まれていくようになった。そしてそれは簪との特訓で成果を出してきている。一方的に打ち負かされていたのが、徐々に一撃を防げるようになっていく

 そして今日は訓練開始して10分経ったが、未だに俺は簪から一撃を貰わず凌いでいるのだ! ……もっとも、俺は未だに簪に有効打を浴びせたことはないけどな。

 

「毎日毎日唯一の近接戦闘で負かされたんだ、そろそろ簪の攻撃にも慣れてきたからな。それに俺だって何時までも負けっぱなしとか嫌だから必死で考えあがいてんだよ!」

 

「その心意気良し! でも一夏、防御は良くなったようだけど攻撃できなければ勝てないよ」

 

「わかってるよ! 今日、お前をぶっ飛ばしてやる!」

 

「ならば来い!」

 簪はやけに嬉しそうに笑うと、さっきまでもさらに苛烈に俺を攻撃してきた。

 俺が簪に勝つ為にはまず簪の薙刀、俺が持っている雪片弐型よりもリーチが長いこの武器を攻略しないことには話にならない。いくら簪の攻撃を防げるようになったといっても、簪は決して俺を雪片二型が届く距離まで近づけさせてくれない。

 

 

 今まで通りに戦っていては簪には届かない。

 

 なら、今までとは違うようにすればいいだけだ!

 

 簪の薙刀を打ち払い、スラスターを噴射させ簪に近づく。当然簪も後方にスラスターを噴射させ後退しながら俺が手の届く範囲まで近づけないように牽制の一撃を放つ。

 

 俺はその一撃を―――打ち払うその一瞬に零落白夜を発動し薙刀のエネルギー刃を消失させた。

 簪が言っていたイメージの大切さ。それはISの動きだけではなく、ワンオフアブリティの発動にも同様だった。今まで発動まで遅い零落白夜だったが、なんのことはない俺が零落白夜の発動をちゃんと形にしてイメージしてきてないだけだ。

 でもISをどうすれば動かしてよいのかわかってきた今の俺は、零落白夜の発動も俺の確固たるイメージがあれば驚くほど速く展開できるようになった。

 簪にはこれを秘密にしていたので、簪は俺の攻撃で薙刀を破壊されたことに目を大きく開いて驚いている。俺はようやく掴んだこのチャンスを生かし、俺の攻撃が届く範囲まで簪に近づく事に成功した。簪は俺の接近から逃げようとするが、もう遅い。簪が逃げる前に俺は再度零落白夜を発動し、簪にその刃を振り――

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ようやく目を覚ましたわね」

 俺が目を開けると、打鉄二式をつけた簪が微笑みながら俺を見下ろしていた。辺りを見渡すといつも俺達が練習で使っているアリーナで、俺はその地面に倒れていた。

 ……あれ? ちょっと待て、俺さっきようやく簪を追い詰めてたよな? なのに何で俺気絶して倒れてるんだよ? え、まさかさっきまでの流れは俺の願望が生んだ夢?

 

「一夏、夢じゃないわよ」

 混乱する俺の心を読んだのか、簪は嬉しそうに俺を見下ろしている。

 

「私の攻撃を防ぐだけでなく、まさかあれほどまで精密に零落白夜を発動し私の薙刀を破壊するなんて。しかも最後の一撃も零落白夜を発動してたし。あれが決まってたら私は負けていたかもね。一夏、あなた本当に前よりも強くなってるじゃない」

 そう言って簪は俺の横に座り、「やるじゃん男の子」と微笑みながら俺の頭を撫でた。

 頭を簪に撫でられながら、俺の頬は緩んでしまった。簪の言葉、態度は俺を心から称賛してくれている。大会までの特訓では簪と俺は師匠と弟子の関係に近いが、タッグトーナメントでは対等のパートナーとして出ないといけない。俺はようやく、簪と肩を並べて戦える資格を得られた気がした。

 満たされた気持ちになりながら俺は横になっていたが、

 

「いやちょっと待て。なら何で俺気絶してんだよ」

 そうそこまで俺は簪を追い詰めたはずなのに、結果は俺が気絶していて簪は無傷なままだ。0%も簪のシールドエネルギーは減っていない。

 俺は簪に問い詰めようと起き上がると、

 

「なんだよ、これ……」

 起き上がった先に、空中で浮かんでいるそれを見ると俺は思わず呻いてしまった。

 

 いつの間にか現れたのか、俺のすぐ目の間に空中に浮かんでいる……対IS専用のライフル銃を俺は茫然としながら眺めた。

 まさか、俺が気絶したのって。

 

「一夏、貴方の想像通りよ。そしてこれこそ私が本気になった時使う技」

 何もない空間に浮かんでいる銃に驚いたが、簪の方を向くと俺はさらに驚き絶句する。

 立っている簪の周囲を覆うように、薙刀が、先ほど見たライフル銃が空中に浮いている。そしてそれ以外にも大型拳銃に散弾銃、グレネードランチャーまであり、そしてそれら全てが――俺に照準を向けていた。

 

「か、簪……これって」

 

「見ての通り、理屈は単純なものよ。自分が保有している武器を展開させ、それをPICを応用させて空中に固定させてるだけ。さっきの一夏の一撃もとっさに一夏の横にライフル展開させて自動射撃で一夏の頭を吹き飛ばしただけ。まあ当たり所悪くて気絶させてしまったんだけど」

 簪はそれだけの事と言っているが……わかる、今ならわかる! 簪のやっていることがどれほど途方もないのか!

 武器の展開。これはISに収納されている武器をイメージすることで顕現される。これを形にするまで1週間はかかったが、今では俺も瞬間的に取り出すことが出来る。無論それは鈴達も同様で自身の得意とする武器を一瞬にして展開可能だ。シャルに至ってはラピッド・スイッチで戦闘中だろうと瞬時に武装を展開して多彩な攻めを仕掛けてくる。

 しかしそれでも同時に展開できる武器は2個までだ。両手で持てる武器がそれまでもあるし、それ以上出しても扱えないから意味が無い。そもそも一個展開するだけでも明確なイメージが必要なんだ。それを簪は10数個も一瞬にして展開させている。しかもただ展開してるわけではなく、銃口の全てを俺に正確に狙えるように、さらにそれら一つ一つをどうやってやっているのかわからないがPICを使って空中に固定させているのだ。しかもさっき簪は戦闘中にそれをやってのけている。動き回りながら瞬時に自分から離れた空中に座標を固定し、同じく動き回る俺に正確に当てる。もはや何をどうすればここまで頭で組み立て想像できるのか全く分からない。俺がイメージできる事と簪が出来るイメージは完全に次元が違った。

 

「一夏、大したことじゃないから。根性あればできる」

 

「出来るか!」

 茫然としている俺に簪は簡単に言うので全力でツッコんだ。

 

「いや本当に根性あれば出来るから。IS程根性と精神論がものを言う兵器ってないと思う。イメージし、それを明確にすればするほど強くなれる。それは一夏もわかっているでしょ?」

 

「……それは身にしめてわかってきたが、お前のそれは俺らの常識とは全く違うと思うぞ」

 

「そう。でも一夏、それを理解できないようじゃ葵には永遠に勝てないわよ。方向性が違えども、葵の空手の一撃は私が今やっているのと同じなんだから」

 

「う……」

 

「私でも葵の空手みたいな攻撃は出来ない。いや葵以外じゃ織斑先生しか出来ないかもしれない。でも一夏、貴方ならその二人の領域に届くかもしれないのよ」

 

「俺なら? 他の皆は」

 

「さあ? 世界は広いから他にいるかもしれないけど貴方の周りにいる専用機乗り達は無理だと思う……いえ一人は可能性あるかな?」

 

「誰だそれ」

 

「教えてあげない。大体私より貴方の方が彼女達詳しいでしょ」

 く、それを言われたら反論できない。でも誰だ? この簪が可能性ありと認める奴って。

 

「さあ一夏、そろそろ休憩を終わらせて練習再開するわよ」

 いつの間にか簪の周りにあった武装を全て収納させていた。

 

「今からは薙刀だけでなく、私は本気で持てる武装全てを使って戦うわよ。一夏、私に山嵐を使わせるまで追い込みなさい!」

 簪は薙刀を展開せず、大型拳銃を二丁構えている。

 

「……ようやく薙刀攻略したと思ったのに、これからはそれに加え銃まで、しかもどこから撃ってくるかわからないようなの相手に戦うのか」

 あ~薙刀だけ攻略すればと思っていた頃が懐かしい。

 

「私の本気を引き出したのは一夏でしょーが。日本代表候補生の強さ、それを一夏に教えてあげる」

 お前はもう候補生でなく代表だけどなとつっこみたかったが、簪の両手に構えている拳銃が俺を襲ってきたので言葉に出すことは叶わなかった。

 

 

 そして本気で俺に襲い掛かってくる簪に瞬殺された俺はしみじみ思った。世界一となった千冬姉に現代表にされた簪に代表候補生の葵。日本の代表と候補生はおかしいって。

 再びグラウンドで横になっている俺がそんなぼやきをしたら

 

「例え同じ肩書きだろうと他国の代表候補生と違い、我ら日本代表候補生は

 

鍛え方が違う! 精根が違う! 理想が違う! 決意が違う!」

 簪が握り拳作りながら俺に力説したが、もはやそれにつっこむ気力が俺には無かった。

 

 

 

「あおあお~一緒に寝ようよ~」

 

「……本音、さすがにそれは勘弁して」

 悪気無い100%純粋な笑顔で私のベットに迫ってくる本音を、私は全力で押し返しながらため息をついた。ここ最近本音は毎夜一緒に寝ようと言って私のベットに入ろうとし、それを私が拒む日々が続いている。簪に一夏の部屋を追い出された為、私は簪がいた部屋に転がり込むこととなった。簪の同居人は本音であったことを私は少し安堵した。クラスでも一夏や箒達を除いたらクラスメイトの中で仲が良いし、本音の性格は私が苦手としている……あの連中とは全く違う。あんな絶対一緒の部屋で生活したくない連中と違い、本音は一緒にいるとなんというか癒される。

 今まで私の周りにいなかったタイプなせいか、本音は食べるのが好きでならばと思いお菓子を作ってあげたり朝が弱い本音を起こしてあげたり服装が乱れてたら直してあげたり髪とかしてセットしてあげたりしていたら……なんかすっごく懐かれてしまった。

 よく親愛の意味で抱き着かれたりするけど……だぼだぼな制服を着ているから普段は意識してないけど本音って凄く着痩せするタイプだとわかる。抱き着かれた時押し付けられる胸の感触が、そのつい気持ち良いと思ってしまうのは私が前男として生きてきたから?抱きついた本音が私の胸に顔を埋めながら「あおあお良い匂い~」と甘えた声を出してくると、私もつい抱き返してしまったりする。

 

……なんかヤバい精神状態になってきてる気がするけど、まだ大丈夫だよね? 

 

 

 

「本音、いい加減一緒に寝ようとするのはやめて」

 

「う~かんちゃんは一緒に寝てくれるのに~」

 私が本気でお願いすると、本音は頬を膨らませて抗議してくる。着ぐるみみたいなパジャマを着て抗議する姿は可愛らしく、一瞬まあ一回くらいはなんて考えが頭を過ったけどすぐにその考えを頭から追い出した。しかし簪は本音と一緒に寝てるんだ……なんか凄く以外かも。

 

「あおあお~明日は土曜日で学園休みだよね~。明日はあおあおも私達と一緒に毎に遊びにいこうよ~」

 本音の言う私達とは清香や癒子達の事だ。最近……セシリア達と少し距離を取るようになり、一夏も箒も簪や会長と一緒に行動することが多くなった為、ちょっとぼっちとなった私は本音や清香達と一緒に過ごすようになった。

 この休日の誘いもタッグトーナメントに向けてる私に対する気晴らしと、純粋にもっと仲良くなろうよという善意なんだろう。本来なら二つ返事でOKと言いたい。でも、

 

「……ごめん本音。せっかくの誘いだけど明日は用事があるの。そして明日から私1週間ほど学園離れるの」

 涙を呑んで遊びの誘いを断ることにした。……箒除いたら初めてクラスメイトから誘われたのに。何で私毎回こういう誘いのタイミング悪いんだろう。

 

「え~! 明日だけでなく1週間学園休んじゃうの~! あおあお~、その間一人で部屋で寝るのさみしいよ~……」

 本気で寂しそうに呟く本音の姿に、「行くの止めようかな」と一瞬思ってしまったけど頭を振りそれを押し出す。いや、駄目でしょう。行かなきゃ何の為あそこまで一夏に、簪に会長にセシリア達に啖呵切ったのやら。

 

「本音ごめんね、お土産買ってくるからさ」

 

「う~わかったよ~。それであおあおは学園休んでまでどこに行くの~?」

 

「ああ、それは……秘密です」

 行き先を知りたがる本音に、私は人差し指を立てそれを唇に当てると意地悪く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「さて一夏、今日も死ぬほど体を酷使したけど寝る前のIS講座を始めるわよ」

 

「……よろしくお願いします」

 簪と同室になってから、俺は寝る前に簪のIS講座を受けている。内容はタッグトーナメントに関する事が多いが、それ以外でも俺が見落としがちなISの基本動作や授業で習う内容をさらに踏み込んで教えたりと多岐に渡る。

 最初は疲れのせいでつい居眠りしたりしたが、その度に容赦のないほど頭を殴る簪の目覚ましのおかげで最近では全く居眠りなどしない。

 今日もタッグ戦以外でも俺の知らないIS戦の理論を聞き、俺はそれを忘れないように必死でノートに要点を纏めながら書いていった。簪の教える内容は普段の授業でも習う範囲も多いので、真面目にやれば成績も上がるからやりがいがある。1学期の期末では赤点取ってしまったが、2学期は大丈夫そうだな。

 

 およそ1時間程が過ぎて簪の講座は終了した。

「はい今日の授業はお終い。明日も早いから早く寝るわよ」

 そう言うと簪はテキパキと片づけをし寝支度に入った。

……普通なら年頃の異性と一緒の部屋で寝るなんて思春期の少年としては大変心の衛生上よくないはずなのだが、IS学園に入学してから箒にシャルに葵と続けて生活していたからか、なんか慣れた。それに……万が一簪になにかしようもんなら簪に絶対殺されるイメージしか浮かばない。運良く生き延びたとしても、確実に楯無さんに殺される。このため俺は簪を襲うという死の選択を最初から除外し、おとなしく寝るようにしている。

 何時もなら簪が寝ようとしたら俺もその後に続くのだが……今日の戦いで見せた本気の簪の代表候補生としての実力。それを思い返していたら以前簪があることでぼやいていた事を思い出した。

 

「なあ簪、寝る前に教えてほしいことがあるんだけどいいか?」

 

「なあに一夏、今日の講座でわからないことがあったの? それならその時間の時質問してよ」

 

「いやそうじゃなくてさ、以前お前が言っていた日本代表になりたくないってやつ。それが何でかと思ってさ」

 あの時の簪は突然日本代表から次の代表を名指しで指名されたことに怒り、日本代表になるのを嫌がっていた。国の代表に選ばれることはIS乗りにとって最高の名誉のはずなのに。

 

「あ~それのこと。……う~んまあ秘密にすることでもないからいいけど」

 

「じゃあ教えてくれ。どうして簪は日本代表を嫌がったんだ? 俺は前の日本代表がどんな人か知らないが、その人から名指しで指名されるほどお前認められてたんだろう?」

 

「……あ~一夏、代表をいやがる理由を言う前に先に何で元代表が私を指名したか教えてあげる。あれね、あいつが私が葵より強いから指名したとか、そういうのじゃないのよ。あいつは私と葵、両方嫌いだからあんな会見開いて私を指名したのよ。あいつは葵が代表になりたがってるのも、私が代表に興味無い事を知っていたから」

 

「……なんだそりゃ?ああ、そういえばあの時もお前これは元代表の嫌がらせとか言ってたな。お前と葵って元代表から嫌われていたのか?」

 

「嫌われていたでしょうね。私の場合は模擬戦で私が勝ったからだろうけど。葵の場合は……外見で」

 

「なんだそりゃ?」

 外見が理由って何だよ。いやそれよりも葵、お前簪以外の日本のIS乗り全員から嫌われてたのか……。

 

「元代表の画像だけど、見たらわかるわよ」

 簪はそう言って打鉄弐式から画像を浮かび上がらせ俺に見せてきた。映像の元代表、まあ顔は結構美人な方だろう。身長も高く、髪も黒で腰まであるほど長い。美人の系統としては千冬姉や葵に似ている。うん、似ている……ある部分を除いて。ある一部だけ、鈴やラウラ寄りの部分がある。

 

「……なあこの元代表、もしかして」

 

「ええ、織斑先生も嫌っていたわよ」

 俺の疑問に簪は察してくれた。……ああまあ、鈴とか思うとこんなことでとかは言えないか。

 

「ようはお前に対しては実力が負けていたから、葵に対してはそういうことで嫌ってたのか。ああうん、なんというか」

 

「葵の場合それだけってわけでもないけどね。ほら私と葵以外にも昔もう一人代表候補生いたでしょ。そいつと元代表は仲が良かったみたいだから。何で良かったかは私も知らないけどね」

 そう言って笑う簪を見て、以前葵から聞いた屑と元代表の共通点がなんとなくわかった。

 

「あいつは今後本格的に始まる葵との代表争奪戦で惨めに負けるのが嫌だから逃げたのか、本当に赤ちゃん出来ちゃったから引退したのかわからないけど、そんな理由があって辞めたんでしょうね」

 

「そうか、なんか脱力するほどしょうもない理由がわかったが、では肝心のお前が代表を嫌がったのは何でだよ?」

 

「ヒーローになりたいからよ」

 

「は?」

 今簪は何て言った? ヒーローになりたいから? 意味が分からん?

 

「一夏、理解力が足りないわよ。国のお飾りとしてでなく、私はヒーローとしてこの国を守りたいのよ」

 

「……国を守りたいなら日本代表でも良いんじゃないのか? ある意味国家代表ってヒーローだろ。国民から絶大な人気誇るんだし」

 

「国家代表はわかりやすいヒーロー像だけど、それじゃ駄目なのよ。本当に守りたい時に動ける存在になりたいのよ。例え誰からも見られず、知られなくとも私は陰で守ることをいとわない」

 そう呟く簪の目はとても真剣で、普段の緩い視線とは全く違っていた。

 

 

 

「これは私の中二病な考えとでも思ってくれていいわよ」

 そう言うと簪は眼鏡を外しベットに横たわり寝始めた。

 

 

 

 

 

 そして月日が流れ、

 

「一夏、覚悟はいい?」

 

「無論だ」

 

「よし、じゃあ目指すは」

 

「優勝!」

 

 様々な思惑が流れるタッグマッチトーナメントが始まった。

 

 

 

 

 

   おまけ

 

「ねえあおあお~何読んでるの~?」

 

「いやベットの下にルーズリーフの束が落ちてたからなんだろと思って」

 

「あ~それかんちゃんが作ってる漫画や小説のネタ帳だ~。前没だから捨てるとか言ってたよ~」

 

「あ~没ネタね。納得。どんなストーリー考えてたか知らないけど……この妹が絶望してシーツで自殺しようとするのなんて話重すぎでしょ」

 

「あれ~? それはかんちゃん『ヤバ、これ予想以上にウケが良かったわ~没にしなくてもよかったかな~』とか言ってたような?」

 



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専用機タッグマッチトーナメント 開催

とうとうこの日がやってきた。

 専用機専用タッグマッチトーナメント。

 名前の通りIS学園に在籍している専用機持ちのみが出場し戦う大会。

 普通専用機は各国のIS乗りの中でトップレベルにしか与えられない為、専用機をもっている者はIS学園の一般生徒と比べるとその操縦技術の差は歴然である。そんな専用機持ちがタッグを組んで争うこのトーナメントは、専用機持ちにとっては自分の技術を限界まで引き出し戦える場として、一般学生にとっては授業では見られない高レベルの操縦技術を学べる場としてお互いにメリットがある。大会開始までまだ時間があるのに、ほぼ全ての生徒が観客席に座って待っている。皆この大会に凄く関心を持っていることがわかる光景だ。

 

「ねえねえ! どのチームが優勝すると思う? 大本命はやっぱり現役のロシア国家代表の会長と第四世代のISを持つ篠ノ之さんのチームよね! 一番人気だから倍率低いわ~」

「次点で人気なのは3年のダリル先輩と2年のフォルテ先輩のコンビね。この二人去年もタッグ組んで出場してたからどのチームより安定してるもの」

「それよりも織斑君! ほとんど接点なかった更識簪さんと謎のタッグ結成したけど、織斑君と更識さんのチームはどうなの?」

「織斑君は専用機持っているといってもIS学園に入ってからだし、織斑君の専用機って偏った性能だから……。更識さんは2学期初めに行われたクラス対抗戦で3組と戦い勝ってるけど3組代表は専用機持ちではないし、それ以前の学園行事は無人機襲撃とかIS暴走とかあって流れてるから実力がよくわからないのよね。だから人気もボーデヴィッヒ、デュノアペアとオルコット、凰ペアより低くなってるわよ」

「でも更識さんは一応今は日本代表なんでしょ? それなのに低いの?」

「そこなんだけどなんか代表に選ばれた理由ってよくわからないし、IS学園ではさっき言ったみたいに実力見せてもらえてないもの」

「大穴は……青崎さんの単勝だね。これ賭けてる人いるの?」

「数人万馬券狙いでいるみたいよ」

 

 会場に向かう途中こんな会話があちこちから聞こえてきた。……ああ、うん別の意味でも皆この大会に凄く関心持っているんだな。

 

「……」

 先ほどの賭け話を聞いてから簪は不機嫌そうに俺の横を歩いている。自分たちが出場する大会で賭けが行われていることに怒っているのか?

 

「葵のせいで万馬券があっちになっているなんて。本来なら私達が万馬券扱いされるも優勝し、がっぽり儲けるつもりだったのに」

 ……そうだった、こいつはこういうやつだった。

 

 

 

 

「ついに始まりました専用機専門タッグトーナメント! 例年でしたら全学年合わせても数名しか専用機持ちはいないから実質トーナメントと名ばかりの決闘でしたが、今年はなんと! 専用機持ちが合計11名! IS学園始まって以来の最多出場数! 過去にないほどの激戦が繰り広げられるのは間違いありません!」

 

 告白大会同様、何故か新聞部部長を務めている黛先輩が司会を行っている。黛先輩の隣には前回同様に解説者として千冬姉が座っている。ってあれ? 千冬姉の横にもう一人分空席があるな。

 開会式が始まり、学園長の挨拶から楯無さんの生徒会長としての選手宣誓が行われていったが、このへんはどこの学校の体育会と変わらないなあとか思いながら半分以上聞き流していた。おそらく多くの生徒も似たようなものだろう。だって俺も含め多くの生徒が気になっていることと言ったら、

 

「それでは! 皆がとても気になっていた対戦表を発表します!」

 そう、朝起きてからずっと気になっていたこの大会の対戦表だ。初戦はどこと当たるのだろうか? まさかいきなり葵と当たるのか? 

 

「じゃーん! このような対戦表となっています!」

 黛先輩の後ろに大型空中投影ディスプレイが表示された。そのトーナメント表に観客席から多くのどよめきが起こり、俺もトーナメント表を見て、

 

 

 

Aリーグ

 

第一試合  

青崎葵 VS ラウラ・ボーデヴィッヒ&シャルロット・デュノア

 

第二試合  

ダリル・ケイシー&フォルテ・サファイア VSセシリア・オルコット&凰 鈴音

 

Bリーグ

 

更識 楯無&篠ノ之 箒 VS 織斑 一夏&更識 簪

 

 

 初戦から、俺達は最強の一角との対戦が決まっていた。

「うわあ、最初っからクライマックス」

 隣にいる簪は何故か楽しそうな顔をしてトーナメント表を眺めている。

 

「おい簪、いきなり楯無さんと箒と戦うってのにえらく余裕あるな」

 

「いやどうせ勝ち上がって行けばいずれお姉ちゃんとは戦う事になるのは決まってるもの。なら体力万端な初戦から戦える方が助かるわよ」

 ……まあ簪の言うことは一理あるがトーナメントなんだから勝ち進めばどこかで戦うのはわかるけど優勝候補といきなりというのもプレッシャーデカいぞ。

 視線を葵達に向けると、葵や鈴達も発表されたトーナメント表を食い入るように見つめていた。

 葵はいきなり第一試合でラウラとシャル相手に戦い、鈴とセシリアは先輩コンビとの闘いか。

 

「……葵と戦うのは決勝か」

 

「葵が勝ち残ればね。そもそもそれが出来なければ一人で出場した葵がただのピエロになる。言っとくけど一夏、仮に決勝で葵と戦うことになっても葵に下手な遠慮とか」

 

「心配するな。戦うことになったら……全力を持って葵を倒す。そもそも今日まで必死で強くなったのも、葵を倒したいからってのが大きい」

 葵は日本代表になる為、その実力を示す為にタッグトーナメントに一人で出場し優勝を狙っているが……倒す! 絶対に勝って見せる!

 

「にしてもこのトーナメント表Aリーグに偏りすぎじゃないか? いやもともと人数少ないけどAリーグは2勝して決勝だけどBリーグは一勝でもう決勝にいけるし」

 

「実力考慮したんでしょうね。だってお姉ちゃんが本気出したら一人でもAリーグの先輩コンビはともかく他は勝てるもの。そしてそれは私も同じ。私達と戦うならあの4組の中で一番強いチームでないと私達と戦う資格無しってこと」

 とことん上から目線な簪の言葉だが、それが自信過剰というだけではないことはわかる。簪の本気を知っている俺は、簪の実力が楯無さんや葵とも引けを取らないのをここ最近戦い続けて身に染みている。

 

「Aリーグから試合始まるみたいだから一夏、私達はひとまず観客席で観戦するわよ。初っ端から葵が戦うようだし、葵がこのトーナメントでいきなり消えるか勝ち残って私達の前に立ちふさがるのか、見届けましょう」

 

「ああ」

 少し経てば最初の試合が始まる。あの日葵が一人でも戦い優勝するといった決意、それを見せてもらおうか。

 

 

 

 

 

 

 

 大きく息を吸い、ゆっくり息を吐きながら気持ちを落ち着かせる。時計を見ると後10分もすれば試合が始まる。かつてないほどの緊張が俺を襲っている。今まで空手や剣道の大会に出場したりしたが、今日の大会は今までの比ではない。何せ今までの大会と比べ、挑むべき理由と背負う覚悟が全く違う。

 

「勝てば官軍、負ければ賊軍。今日、優勝できなければ……第三回モンド・グロッソ出場は叶わない」

 先月の突然の代表辞任、そして簪の代表指名。

 正直あの辞任がある前は第三回のモンド・グロッソ出場を何がなんでも出場してやるという気はなかった。今年専用機を手に入れたけどスサノオにはまだ八咫の鏡が無いし、あの代表は千冬さんの影に埋もれてたけど実力はあった。山田先生を押しのけて代表になっただけあるし、実績も積み重ねてるからどうあがこうとも代表争いしても勝ち目がない。

 そのため今回は無理に争うより次回万全の状態で挑む事にした。それに――一夏達と過ごすIS学園の生活が楽しかったのも大きい。

 ただ、そんな風に思ってたのに先月あの代表辞任しちゃったから、代表の席が空いてしまった。一応簪が指名されてるけど……まだ、間に合う。実績という点では簪に大きく後れを取っているけど、まだ何か大きな功績を残せば可能性がある。

 簪自体は代表に執着していないけど、代表を決めるのは簪でなく日本のIS委員会だ。この大会でタッグ組んで出場してる簪に勝てれば、代表に選ぶ大きな材料になるはずだ。

 

 

 

―――地上最強の男―――

 

 男なら誰もが憧れる、地上最強の男。俺もそれに憧れた一人だった。ガキの頃に抱いた夢だった。

 父さんが俺が生まれる前にその称号を手にし、父さんの子供である俺もそれに続こうと幼い頃から強くなろうと頑張った。頑張って修行し、努力を重ねて俺は世界一強い男を目指していた。

 だが……中学二年の春、その夢は永遠に叶わなくなった。俺の本当の性別は男ではなく――私の本当の性別は女だった。

 医者から告げられた時、頭が放心状態になり、理解したときは足元から自分の今までが崩壊していくのを感じたが……その事実を私はぼんやりと納得出来た。

 中学になり一夏がどんどん男らしい体格になっているのに、私だけどんなに体を鍛えても体格が貧弱。入部当初は私よりも全然力で敵わなかった同級生が、1年の終わり頃には飛躍的に向上してたのに私はそこまで増えなかった。地上最強の男となった父さんの精強な肉体と、私の肉体は根本的から作りが違っていた。

 容姿も父さんというより完全に母さん似だったから、中学に上がり二次性徴もしない私はますます女の子に間違われ、着替えなどは男子からの視線も酷く居心地が悪かった。そんな私の気持ちを察したんだろう一夏と弾が、私を囲むように着替えてくれていた。嬉しかったけど、そう思っては無かっただろう2人にまで私を女の子扱いしていると感じてしまい少し落ち込んだりした。ただ、そういうのがあったからあの頃私の中にこういう気持ちがあった。

 

 本当に自分は地上最強の男になれるのだろうか?

 

 そしてこの疑問は、中学二年の春に医者から告げられて解決した。

 

 女であることに納得はした。医者から明確なデータと自分の体がどういうものかと説明を受けたのもあるし、中学に入ってからますます増えた自分の性に対する違和感の理由が解消したからだ。

 ただ、その事実を認めるという事は――私が目指していた夢が絶対に叶わないという事を意味していた。

 

 所詮幼い頃父さんの偉業と、その背中を見て抱いた夢。

 

 でも……それを本気で追いかけていたのにこの結末は私を絶望させた。

 

 女でも地上最強を目指せると言う人もいるかもしれない。実際千冬さんや束さんは強い。恐ろしく強い。女でも強くなれるのはわかる。

 でも、それでも私は父さんを見て、地上最強の存在というのは男しかなれないと思う。理屈ではなく、おそらく本能的にそう思えるのかもしれない。

 それは手術後、完全に女になった私を鏡で見て確信に変わった。

 

 ああ、もう私は父さんがいた場所には届かない。

 

 そうして、私の幼い頃からの夢は完全に潰えてしまった。

 

 

 

 

 しかし数ヵ月後、私は新しい夢を抱くこととなった。

 束さんが開発した、世界最強の兵器IS。

 それを触る機会が与えられた私は、自分でも驚くほどISの操縦が出来て、初めての実戦で父さんに教えられた正拳突きによる腕から伝わる手応え。それに私の体は震えた。

 女しか扱えないIS。そのISは今まで培ってきた戦闘経験によって性能が変わってくる。

 そして世界最強の兵器であるISの世界一という事は、事実上あらゆる意味でこの世で一番強い存在になれるという事でもある。

 

 それに気付いた私は、歓喜して体を震わせた。新しい目標が出来たからだ。地上最強の男にはなれなかった。でも女なら、最強の兵器ISを扱えるのならなって見せようじゃないか。

 

 本当の意味での、地上最強の存在に。

 

 それが私が日本代表を目指し、モンド・グロッソ優勝を目指す理由。

 

 そしてその夢は、もう私だけの目標ではなくなっている。

 島根で私の専用機を開発してくれた出雲技研の皆。あの日私の為に命懸けで守ってくれて、私の為に専用機の開発や武器を作ってくれた。

 私の夢を笑わず、お前ならなれると励ましてくれた裕也達。

 

 皆の期待に、私は応えたい。

 それ以上に、単純に私は彼等の前で良い恰好がしたいのかもしれない。

 

 でも、それが今回無理してでも第三回モンド・グロッソに出場したいという動機のひとつでもある。

 

 だからラウラに、シャルロット。貴方達も代表候補生としてプライドがあり、私が単独で出場し貴方達に勝てると思われてるのが気に食わないのなら、私以上の覚悟を持って挑んで欲しい。

 

 私は、貴方達二人のその思いを喰らい、打ち負かすから。

 

 そうしてスサノオを展開した私はアリーナに向かった。

 



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青崎葵 VS ラウラ・ボーデヴィッヒ&シャルロット・デュノア

待っていらした方、大変遅くなって申し訳ありません。


 アリーナの中央、地上から十数メートル上空でラウラとシャルロット、そして葵が無言で対峙している。

 

「……」

 

「……」

 3人の間に流れる雰囲気は固く、普段の友達同士が出すような気安い空気は全く無かった。アリーナに登場してからは3人とも一言も喋らず、ただ睨み合いを続けている。その3人が出す空気に当てられたのか、3人が登場するまで騒がしかった観客も次第に声が小さくなり、今では黙って三人を見つめている。

 

「直接現場を見てないから詳しくは知らないが、食堂の件から以降あいつら険悪になったな……」

 

「何を他人ごとみたいに。食堂には一夏もいたよ」

 

「あんときゃ俺は簪の謎の飯食ってぶっ倒れてただろが!……しかしラウラ達が、あそこまで葵と対立するとは思わなかった」

 

「一夏が今葵に対し思う所があるように、あの二人も葵に対しあるんでしょ」

 一夏が葵達の様子を見ながら唸り、簪もポップコーンを摘まみコーラを飲みながら呟いた。

 

「さ~あと少しで第一試合が始まります! すでにボーデヴィッヒ選手&デュノア選手ペアと青崎選手が空中で激しい火花を散らせておりますが、解説の織斑先生はこの試合どうみますか? 私としましては3人の練習風景見たこともありますが、一対一なら青崎選手の勝率は高いでしょうが、流石に二対一はかなり厳しいと思うのですが?」

 もうすぐ試合が始まるというのに会場の空気が下がっているので、盛り上げようと思った司会の黛がテンション高く千冬に試合の予想を尋ねた。

 

「難しいだろうな。実力以前に二対一というのは単純に相手より2倍強ければいいというわけではない。全く違う距離、角度からの二つの攻撃に対しどう処理し、どう反撃するかを一瞬にして判断しなければ何も出来ず敗北してしまうだろう」

 

「あ~やはり織斑先生も私同様青崎選手が勝つのは厳しいと思われますかあ」

 

「普通に考えたらそうなる。だが」

 

「何言ってんのちーちゃん! この試合あーちゃんが勝つに決まってるよ!」

 

 黛の質問に答えていた千冬だが、その言葉は最後まで言い終わる前に――千冬の隣、空席となっていた場所に突如として現れた束の叫びにより遮られた。

「……束、最後まで言わせろ」

 

「え、えええ!! 何、何で突然人が現れて!? って、ちょ! まさかこの人」

 

「全くとんでもなく失礼だね君は。まさかあーちゃんが負けると言ってるのかな? だとしたら君はあーちゃんを馬鹿にしてるのかな?」

 

「ひっ!」

 突如として現れた束に驚愕する黛だが、束は口は笑っているが視線だけで人が殺せそうなほど鋭い目をしており、そんな束にドスのついた声で睨まれた黛は恐怖ですくみ上がった。

 

「やめろ束。うちの生徒を怖がらせるな」

 

「だけどちーちゃん、この愚民あそこの雑魚二人にあーちゃんが負けると言いたげだったんだよ」

 

「客観的な意見を言っていただけだ」

 

「だからちーちゃん、それが大間違いじゃん」

 頬を膨らませながら抗議する束。そんな束に千冬は溜息をついた。

 

「雑魚だと……」

 

「ラウラ、抑えて抑えて」

 

 束から雑魚呼ばわりされ顔を引きつらせるラウラに、宥めようとするシャルロットだがそのシャルロットも顔に表情が無かった。

 

「お前や私基準で話をするな。黛の予想はごく一般的なものだ」

「ふーん、愚民はこれだから駄目だね」

 

「それと束、ひとつ言っておく」

 

「何かなちーちゃん?」

 

「愚民だの雑魚だの、この学園の生徒をそんな風に呼ぶな。この学園にいる以上、全員私の教え子だ」

 先ほどの束に勝るとも劣らない程鋭い眼光で、千冬は束を睨みつけながら告げた。

 

「はいはーい、わかりましたー」

 しかしそんな千冬の言葉と視線に全く堪えず、束はなんとも軽い返事で返した。

 この一連のやり取りはマイクを通して会場中に聞こえており、突然の束出現にアリーナにいる全員が驚愕し、その後すぐ流れた束のドス効いた声に震えあがったりしたが、その後に続く黛を庇う千冬の台詞に多くの生徒が「お姉さま……」と千冬に熱い視線を注いだりした。

 

「初めてこうして篠ノ之博士を生で見たけど、清々しいほどに選民思考してるわね」

 

「……ああもう、少しはマシになったかと思ったのに」

 簪の呟きに束と千冬のやり取りを見ていた一夏は大きくため息をついた。

 

「……あ、あの~織斑先生少しよろしいでしょうか」

 

「なんだ黛?」

 

「え~と、突然すぎて反応が追い付かないのですがどうしてここに篠ノ之束博士がおられるのですか?」

 

「なんだい君? 私がここにいたら悪いって? 私にそんなこというなんて命知らず」

 

「だから無駄に生徒を脅かすんじゃない」

 黛に迫る束を、千冬はアイアンクローをして黙らせた。

 

「それよりも束、お前どうするつもりだ? お前が篠ノ之に織斑、青崎の試合を生で見たいと駄々こねるから監視の意味も込めて私の隣に姿消して座らせていたのに、姿を現すとは」

 

「あ~大丈夫だよちーちゃん! よく考えたら私がこそこそ隠れてるなんて馬鹿らしいから、ちょっくら全世界に警告流したから! この私の観戦を邪魔したり、トーナメントの進行を邪魔するような真似をしたらその国の保有しているISの自壊プログラム流すよってね! それでも不貞をしようとする馬鹿がいたらこの束さんが直々に成敗してあげる!」

 

「そうか、なら問題ないな」

 

『いやいや!問題無いわけないでしょ!』

 千冬の言葉に、会場にいる全員が心の中でつっこみを入れた。

 

「いえいえいえ織斑先生! 何言ってんですか!」

 束の説明にあっさり納得した千冬に、会場にいる皆の代わりに黛は盛大につっこみを入れた。

 

「黛、束の件はもうつっこむな。こいつが大丈夫と言えば大丈夫だ。逆を言えば何かあればこいつが責任もってなんとかしてくれる」

 

「そーいうこと。だから君は私を気にせず実況を続けたまえ」

 

「……はい、なんかもうお二方がそう仰るならもうそれでいいです」

 黛の中で常識というものが盛大に崩壊していったが、二人に自分が何を言っても無駄だと判断し黛は実況者として徹するようにした。

 

「では織斑先生、先ほど言いかけておりました続きをお願いします。だが、と仰いましたが青崎選手は2対1の状況をどうにかできる秘策があるということですか?」

 

 黛の質問に観客が、そしてラウラとシャルロットの視線が千冬に注がれた。ラウラとシャルロットの二人も自分達の絶対的優位を確信している。それゆえに先ほどの千冬の発言の続きが気になっていた。

 皆の視線が注がれる中、千冬は葵に視線を向けると軽く笑みを浮かべた。

「秘策?  そんなものは私は知らんな。私はたんにタッグトーナメントに一人で出場する馬鹿の覚悟。それを試合で見てみたいというだけだ」

 

「……教官!」。

ラウラは千冬を、そして葵を交互に見比べる。軽く笑みを向ける千冬に、千冬の言葉を聞いて苦笑いで返す葵。そこに不利な状況に対する悲壮感などは微塵も見れなかった。

 

(教官のあの顔……葵をただの馬鹿だと微塵も思ってなどいない。教官の中では私とシャルロット二人同時に戦っても、葵は勝てる可能性があると思っている。つまり教官の中で私は……!)

 そこまで考えたラウラは、悔しさのあまり大きく歯ぎしりをした。千冬のあの態度が、自分とシャルロットに暗に言っている気がしてならなかったからだ。

 

 お前たちでは勝てないよ、と。

 

「シャルロット」

 

「何、ラウラ?」

 

「絶対に勝つぞ、この試合」

 

「当然だね」

 ラウラの言葉に、シャルロットは力強く頷いた。

 

 

 

「さあそれでは時間になりました。両選手、決められた開始場所まで移動お願いします」

 黛の支持のもと、葵にラウラ、シャルロットは事前に決められた場所に移動する。全員が開始場所に到着すると、

 

「ではこれにてIS学園専用機タッグマッチトーナメント第一試合目を行います! ISファイト! レディ~ゴー!」

 大観衆が見守る中、黛は試合開始の合図を行った。

 

 そして開始直後に、

 

「ええ!!」

 会場にいる全員が驚愕の声が響いた。

 

 

 

 

 

 実況の開始の合図と同時に、葵はラウラに向かって瞬時加速を使い一瞬にして距離を詰めていった。開始と同時に葵はラウラに襲い掛かるも、

 

「っち!」

 ラウラの胸のすぐ手前で、葵は左拳を突き出した状態でAICにより拘束された。瞬時加速と同時に葵は左手に八尺瓊勾玉を展開させており、眼前のラウラを青く照らしている。

 

(は、早い! この瞳を解放しているのにここまで距離を詰められただと!)

 開始と同時に襲い掛かった葵をオーディンの瞳で捉え、AICによって拘束に成功したラウラだが、葵の予想を超えた速度の奇襲に驚いていた。かつて戦った葵とはスピードが大きく違うからだ。

 

(いやあの当時は訓練機で今は専用機なのだから当然か。しかしこれで葵は捉えた! いや以前この状態から葵は爆弾を取り出して自分ごと私を爆発に巻き込ませたことがある。ならば少し離れ)

 AICで葵を捉えたラウラが次にどうすべきか考え行動しようとしたが、その一瞬の間を葵は逃さなかった。

 AIC拘束されている葵だが、ラウラの胸の手前で止まっている葵の左手に装着している八尺瓊勾玉。

 そこから青白い光がレーザーとなって放出され、眼前のラウラを吹き飛ばした。

 真正面からレーザーの一撃を浴びたラウラは後方に吹き飛んでいく。葵の一撃を受け集中力が途切れた為AICを維持できなくなり、拘束から外れた葵は追撃をしようとスラスターを吹かせてラウラの姿を追った。そして先程葵がいた場所を弾丸が空を切った。

 

「ラウラ!」

 葵を待ち構えていたラウラと違い、葵の襲撃を警戒していたシャルロットは開始と同時に瞬時加速で後方に移動していた。しかし葵がラウラに拘束されたのを確認すると両手にガルムを展開。AICによって拘束されている葵に集中砲火を浴びせようとしたが、そこから放たれる弾丸が葵に届く前に、葵はラウラのAICの拘束から逃れ回避した。

 

(以前葵が会長を倒したあの籠手、あんなこと出来たの!? いやそれよりあの籠手を着けた葵をラウラに近づけたら不味い!) 

 以前葵が楯無と戦った時に見せた威力を思い出し、シャルロットはラウラに近づく葵を阻止すべくラピットスイッチで瞬時に武装を変更。威力は高いが単発でしか撃てないガルムでは葵に当てるのは難しいと判断し重機関銃のデザート・フォックスを展開、葵目掛けて弾丸を浴びせた。

 ラウラを追撃していた葵だが、シャルロットの攻撃を無視するわけにもいかず身をよじりながら弾丸を回避。追撃は無理と判断した葵は弾丸の雨から逃れながら右手に天叢雲剣、左手に近接ブレードを展開し投擲。天叢雲剣はラウラに、シャルロットには葵が弾丸の如く勢いで放たれた。

 葵を攻撃していたシャルロットに向かって葵が投擲した剣が迫りくるが、ただ一直線に向かってくる剣など脅威でも無く、シャルロットは葵を攻撃する手を緩めないまま少し体をそらすだけで剣を回避しようとした。

 葵が投擲した剣はシャルロットのすぐ側を通り過ぎようとした瞬間———近接ブレードの柄に着けられていたスタングレネード弾が爆発。閃光と爆音がシャルロットに襲い掛かった。

 

「!!」

 至近距離で閃光と爆音を受けたシャルロットは、一瞬だが感覚がマヒしてしまった。思わず目を抑えて俯き悶絶したシャルロットだが、すぐにISのハイパーセンサーによって感覚は回復された。視覚が回復したシャルロットはすぐに状況を確認しようとし顔を上げたら、

 

 目の前で八尺瓊勾玉を装着した左拳を構え、正拳突きを繰り出そうとしている葵の姿が見えた。

 

(ええ!何でもう葵がここに!?)

 葵は天叢雲剣と近接ブレードを投擲した後、回避行動を取りながら目標をラウラからシャルロットに変更。近接ブレードに取り付けていたスタングレネードが爆発したと同時に二重瞬時加速を行い、シャルロットに一気に近づいた。

 十分に距離を取っていたはずの葵がすぐ目の前まで来ていることにシャルロットは驚愕し、なんとか葵からの攻撃を避けようと体を動かそうとしたが

 

(あ、これ間に合わない……)

 それを許さない葵の正拳突きがシャルロットの顔面に襲い掛かった。青く発光する拳がシャルロットに当たる瞬間、

 

「くっ!?」

 葵の体が急速に後方に引っ張られていった。自分から離れる葵に驚くシャルロットだが、目の前の葵の足を見て自分がどうして助かったか理解した。後方に引っ張られている葵の足、そこにはラウラのワイヤーブレードが巻き付いていた。

 

 

 

 葵が追撃を止め回避に専念している間にラウラは態勢を立て直したが、天叢雲剣がこちらに向かっているのを感知すると無意識でAICを使い止めようとしたが、

(刀身が青く発光している!)

 先ほど自分がどうやって攻撃されたかを思い出したラウラは、スラスターを噴射させ天叢雲剣から可能な限り離れることを選んだ。

 ラウラの勘は当たり、今しがたラウラがいた辺りで天叢雲剣は刀身に纏わせていたエネルギーを解放し、周囲にエネルギー破を拡散させたが、天叢雲剣から遠ざかろうとした為ラウラの被害は軽微で済んだ。

 そして葵がラウラでなくシャルロットに狙いを変更したのを見て、ラウラは葵に向かってワイヤーブレードを放ち寸での所で葵を拘束しシャルロットから引き剥がした。

 

(このまま葵の全身をこれで拘束させる!)

 ラウラは腕と胴体狙いで第二、第三のワイヤーブレードを発射させるが、

 

「っはあ!!」

 葵が気合と共に左手を振りぬくと、足を拘束していたワイヤーブレードが切断された。

 驚くラウラの視線の先に、葵が左手に装着している八尺瓊勾玉のエネルギーを刃のように変形させている姿が見えた。

 拘束から解かれた葵だが、間髪入れずに葵に向かってシャルロットから放たれたガルムの弾が襲い掛かった。避けようと身をよじる葵だが間に合わず数発が着弾し、その衝撃によって葵は吹き飛ばされていった。そしてそんな葵にまたラウラからのワイヤーブレードが急襲。葵はとにかくその場から離れることを目的に瞬時加速を行い逃げることにした。

 そして逃げる葵を、ラウラとシャルロットは苛烈に攻めていった。

 

 

 

 

 

 試合開始から40分が経過した。最初は歓声をあげながら試合を観戦していた生徒達だが、

 

「ねえこれもう勝負ありじゃない?」

「大口叩いて一人で出場するとか言ってたけど、結局一人じゃ話にならないじゃない」

「見苦しいからもう終わらないかな」

 観客の間からそのような声が漏れだすようになった。最初こそ葵はラウラとシャルロットに攻勢を仕掛けていたが、奇襲に失敗した後はずっとラウラとシャルロットからの攻撃を避け続ける展開が続いたためだ。

 アリーナでは逃げ続ける葵と、距離を取りながら主に重機関銃のデザート・フォックスを使用し弾丸の雨を降らすシャルロットと、ワイヤーブレードを放ちながらも機関銃を乱射させ拘束しようとするラウラの姿があった。二人の猛攻を避け続ける葵だが、全てを避けるのは限界があり時折被弾してシールドエネルギーを減らしていっている。時折合間を縫うように天叢雲剣を振るってレーザーの斬撃を飛ばしたりして二人の攻撃を牽制したりするがそれだけである。

 試合開始から40分過ぎた現在、葵の残りエネルギーは3割を切っていた。対するシャルロットとラウラのシールドエネルギーは、ラウラは減っているがシャルロットは無傷に近い。完全に一方が追い詰めている試合となっていた。

 

 

「ボーデヴィッヒ選手&デュノア選手が繰り出す猛攻に青崎選手が追い詰められております! このまま青崎選手は負けてしまうのか!?」

 実況をする黛だが、似たようなセリフを何度言ったかと自問した。展開がずっと代り映えしない為観客も自分も試合に飽きてきていた。

 

「この試合、どう見ますか織斑先生。もう勝負は決まってしまうのでしょうか?」

 

「デュノアとボーデヴィッヒの二人はタッグ戦をよく理解し、また二人の連携も教科書のようによく出来ている。二人にとって理想的なほどの試合展開で青崎を追い詰めている。このままの状態を維持出来れば二人の勝利の可能性は大いにあるだろうな」

 

「あ~やはり織斑先生でもそう思いますか! このままいけばボーデヴィッヒ選手&デュノア選手の勝利は近いわけですね!」

 解説を頼んだ黛だが、千冬の返事を聞き内心では少し驚いていた。千冬の解説は葵が負ける可能性が大いにあると言っている。黛本人も試合を眺めながら千冬と同じような感想を持っていたが、千冬は試合前に葵が勝つ可能性もあるみたいなことを言っていたからだ。その予想は外れて今は失望しているのだろうか?

 黛は千冬の隣にいる束に視線を向けた。束は試合前、葵は二人に勝つと断言していた。しかしもはや負けそうな今の状況を博士はどう思っているのだろう?そう思いながら黛は束の顔を眺めた。

 黛の視線の先で葵の試合を観戦している束は――試合前から変わらない笑顔を浮かべていた。

 

 

「あ~これもう葵の負けじゃない?残念ね一夏、私達と戦う前に葵はリタイアするみたいよ。このままの状態が続くなら葵の負けは決まりね」

 

「……」

 ポップコーンを食べ尽くし、追加を買おうか悩みながら簪は一夏に話しかけるが、一夏は食い入るように試合を観戦している。誰が見てもシャルロットとラウラの二人が葵を追い詰めている状況にしか見えないが、試合を眺める一夏にはある違和感を感じていた。

 

(おかしい、確かにシャルとラウラの猛攻は葵と言えど全てを防ぐことは出来ないのはわかる。だが……なんだろうこの違和感は)

 二人の猛攻を避け続ける葵の姿が見て、一夏はある光景を思い出した。

 

(そうだ! このひたすら攻撃を避け続ける葵の姿! あの時と同じなんだ、あの福音事件の時、福音の攻撃をずっと避け続けていた葵と!)

 一夏の記憶の中にある福音と戦う葵の姿。それが今の状況と似ていると一夏は気が付いた。

(あの時箒はここにいる観客と同じように葵は福音に押されていると勘違いした。実際は福音の攻撃パターンと癖を観察し、必勝の目処がつくまで反撃の機会を葵はずっと伺っていた! 今追い詰められているこの状況も、もしかしたら葵の想定内のことなのかもしれない。序盤の攻防以降葵は二人にずっと追い詰められて……ん?)

 一夏は試合を振り返ることによって、あることに気が付いた。

 

「どうやら一夏も気が付いたようね」

 一夏は隣に座る簪に視線を向けると、簪は楽しそうな笑みを浮かべながらアリーナに視線を向けていた。。

 

 

 

「そうそう、織斑先生が言う通りこのまま行けば二人の勝ちでしょうね。このまま続けれるなら、ね」

 

 

 

(勝てる! 葵に勝てる!)

 シャルロットは攻撃をしながらそう確信した。戦いが始まってすでに45分が経過し、葵の顔には大粒の汗と荒い息をしている様子が見え、かなり疲労していることが伺えた。いや30分を超えた辺りから葵の顔に疲労感が見え、若干だが動きが鈍ってきて被弾する回数が増えていった。無論シャルロット自身も疲労はあるが、このまま苛烈に攻撃を続ければ削り倒せるかもしれないと思ったシャルロットは疲労を忘れ攻撃を続けていく。

 両手に構えるデザート・フォックスの弾を撃ち尽くすと、弾を補充しようとし、そこでシャルロットは気付いた。

 

(……?ってええ! 弾切れ!? そんな、こんなに撃ち続けていたの!?)

 桁違いの機動性で弾丸を回避する葵に当てる為、連射が効く重機関銃を使用していたがこの45分の間に撃ち尽くしてしまっていた。普段は20以上の武装を誇るラファールだが、葵と戦う場合この銃が良いと思い他の武装を削り弾数を増やして搭載していたのだが、戦いに夢中になりすぎて残弾数を把握していなかったのだ。シャルロットは慌てて他の武装――ガルムを取り出した。

 

 葵はシャルロットが取り出した武装を見て――口元に笑みを浮かべる。

 

 葵は右手の天叢雲剣を振るいレーザーの斬撃でシャルロットを攻撃、同時に左手に装着している八尺瓊勾玉からレーザー弾をラウラに向けて発射した。

 シャルロットは弾切れで動揺したと同時に葵から久しぶりに反撃をされ一瞬焦ったが、それでも難なく葵の攻撃を避けた。避けると同時にガルムで反撃しようと考えた瞬間、

 

 シャルロットの体は衝撃と爆音に吹き飛ばされた。

(!!!???)

 突然自分を襲った衝撃にシャルロットはわけがわからず混乱した。しかし葵に何か攻撃をされたとすぐに理解し、機体を制御してすぐに状況確認を行った。葵の姿をハイパーセンサーで探すとすぐに見つかり、そこに視線を向けると

 

「う、嘘……」

 シャルロットの視線の先で見た光景。そこには葵の回し蹴りによって地面に叩きつけられたラウラの姿があった。

 

 

 

 シャルロットと離れた場所で葵を攻撃していたラウラは、序盤以降二人の攻撃から逃げ続けた葵が再び行った攻撃を余裕で回避していた。葵の攻撃パターンは遠距離だと近接ブレードを投げるか天叢雲剣を振るうかとかその程度。今日初めて八尺瓊勾玉からもレーザー弾を出せることを知ったが、それだけだ。一人を相手にするなら葵はそれでも十分なのだろうが、二人を相手にするには手数が少なすぎる。次は近接ブレードでも投げるのかとラウラは予想した。

 

 そしてその予想は大きく外れることとなった。

 葵の両手が一瞬ぶれたかと思ったら、ラウラの視界の中にある黒点が映った。ラウラはそれが一瞬何なのか理解出来なかったが、ラウラの左目にあるオーディンの瞳がその正体を捉えていた。その正体はラウラが知っている物だったのだが……ラウラはそれが何故あるのか理解出来なかった。

 それは他の者との勝負ならともかく、葵との戦いでは考えられなかったからだ。

 しかしその一瞬の疑問を抱いているうちに、視界に迫りくる黒点はラウラのすぐ近くまで接近し、黒点――スタングレネード弾が炸裂した。

 

「ックア!!」

至近距離から閃光と爆音がラウラを襲うが、それでもラウラはかつて葵にされた時のようにハイパーセンサーを調節し被害を最小限に防いだ。

 しかしそれを行っている間に葵はラウラに接近。葵の接近にラウラは気付くも行動を起こす前に葵はラウラに天叢雲剣に残る全てのエネルギーを叩きつけた。AICでは防げないレーザー攻撃がラウラを吹き飛ばし、葵はさらに瞬時加速を行いラウラに追いつくと回し蹴りをしてラウラを地面に叩きつけた。

 突然の葵の猛攻を喰らい地面に叩きつけられ混乱するラウラだが、悪寒を感じスラスターを急噴射して前方に移動。その一瞬後に葵がラウラがいた箇所に葵が落下した。落下と同時に左手に装着されている八尺瓊勾玉を地面に叩きつけており、轟音と共に地面に亀裂が走る。あのままいたら……とラウラはぞっとしたが、安堵する暇なく葵は逃げたラウラに向かって襲い掛かった。

 機動性は葵の方が何枚も上であり、逃げてもすぐに追いつかれる。シャルロットは今どうなっているのかはわからない為、あてにするのも危険かもしれない。

 悩んだ挙句ラウラは――向こうから迫るなら迎え撃つことを選んだ。

 下手に逃げてる所を攻撃されるより、葵の姿を注視しながら対処しAICで拘束する。天叢雲剣か八尺瓊勾玉を使って遠距離からレーザー攻撃するかもしれないが、自分の眼ならその発動を見逃さない。大地に足を付け身構えながら、ラウラは迫りくる葵の姿を捉えた。

 オーディンの瞳によってこちらに迫りくる葵に、タイミングを合わせてAICで拘束しようと凝視するラウラだが……何故か言いしれない悪寒が走る。先ほども感じた悪寒が何故葵を目の前にして感じるのかと思った瞬間、

 

「は?」

 葵がラウラの目の前に――まるで瞬間移動したかのように葵はラウラとの距離を詰めていた。その疑問をラウラが抱く前に、

 

「ッハア!!」

 葵の気迫のこもった声と同時に――青白い光を纏った葵の八尺瓊勾玉の左拳がラウラに襲い掛かった。途轍もない衝撃がラウラの腹部を襲い、ラウラの体は後方に吹き飛ばされる。

 しかしその吹き飛ばされる瞬間、振りぬいた左拳を引き戻し、葵の右の拳が吹き飛ぶ寸前のラウラの胸に襲い掛かった

 

 それがこの試合最後に見たラウラの光景となった。

 

 

 

 葵の攻撃によってアリーナの端まで吹き飛ばされ壁に叩きつけられたラウラを、俺は……いや観客のほぼ全てが茫然と眺めている。解説席の方を向くと黛先輩も口を開けて驚いている。千冬姉は腕を組みながら満足気に笑みを浮かべながら葵を見つめ、束さんは「やったぜあーちゃん! 容赦ない連撃! いえ~い!」と嬉しそうに笑いながら葵に歓声を送っていた

 アリーナの掲示板を見るとラウラのシールドエネルギーは0となっていた。

 さっきまで葵がラウラとシャルに追い詰められていたと思ったら、ほんの一瞬で逆転してしまった。

 ラウラがあっという間に倒されてしまったが、その事実よりも葵が試合中に見せた攻撃に衝撃を受けていた。

 いや俺よりも、戦っていたシャルにラウラの方が遥かに衝撃的だったのだろう。何せ……葵が試合中に両手に構えたグレネードランチャー。そこから放たれた砲撃を二人は回避もせず直撃したのだから。

 

「……まさかここで葵が銃を使用するとはなあ。いや、葵は俺みたいに銃以外の武装が出来ないわけじゃないが」

 葵はIS学園に入学してから、IS戦で銃を使ったことが一切無い。理由は知らないが銃を使うのは嫌とか言っていた。事実あれだけラウラに負け続けようが葵は試合で銃を使わなかった。

 

「デュノアさんには炸裂弾、ボーデヴィッヒさんにはスタングレネード弾を選ぶ辺り葵もわかってるわね。ボーデヴィッヒさんに通用するのは最初の一発だけ、葵が銃を使わないという意識に囚われてる間だけだもの」

 そうだ、以前も葵はラウラ相手にスタングレネードを使用していたが悉く防がれていた。今回ラウラに効いたのはまさにそれだけ予想外の攻撃だったからだ。

 

「今までは葵は使いたくても使えなかったんだけど……あの様子じゃもう大丈夫そうね」

 

「え、なんか言ったか?」

 簪が何か呟いていたが、よく聞こえなかった。

 

「何でもないわよ。それよりも一夏、葵の銃使用もそうだけどもう一つ葵が撒いた罠があったけど気が付いてるわよね?」

 

「ああ、今のシャルを見たらわかるよ」

 ラウラが倒されたがこれはタッグ戦。まだシャルが残っている為試合は続いている。しかしアリーナで戦っているシャルは明らかに葵に追い詰められている。普段の戦闘でもシャルはここまで葵に追い詰められたりはしない。そうなっている原因は……シャルの武装のせいだろう。

 シャルは葵から距離を取ろうと必死に逃げながら葵に牽制の為発砲しているが……先ほどまで景気よくばら撒いていた機関銃の攻撃では無い。。連射に乏しい銃での攻撃は、機動性に特化している葵に全く当たっていない。

 

「葵からしたらボーデヴィッヒさんでもデュノアさんでもどっちでも良かったんだろうけど、先にデュノアさんが尽きたのも運が良かったわね。グレネードによる奇襲から連撃して攻撃に移れたもの」

 

「どちらか一方を攻撃しようにも、そうしたらもう一方から援護射撃が来る。その時機関銃のように弾幕をはれるような攻撃じゃ回避しながら攻撃は難しい。でもガルムのような単発で撃つ銃なら避けるのは葵にとって容易ってわけか」

 

「そういうこと。まあわかってたけど、それでもボーデヴィッヒさんにやった最後の追撃には私も驚いたわ。いくらハイパーセンサーのおかげで視界が360°見えると言っても、デュノアさんが葵に向かってガルム撃ってたけどそれを背中向けながら最小限の動きで避けてるとは」

 

「しかも葵、あの時会長と戦った時も使っていた篠ノ之流裏奥義……零拍子も使っていた」

 確かにあの技ならラウラの眼も掻い潜り、気が付かない内に攻撃することは出来る。でも、だからといってあの状況で、シャルの援護射撃を避けながら同時にやるなんて!

 

「…強い」

 

「ええ、本当に」

 いつも飄々とした表情を浮かべている簪だが、そんな簪でも真剣な表情を浮かべながら葵の試合を見つめながら呟いた。

 

 そしてそれからしばらく経ち、葵の攻撃がシャルを撃沈。

 

 葵の勝利が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ……勝てた」

 全身の疲労感が襲い、足は鉛のように重い。更衣室に向かうだけなのにその距離がとてつもなく長く感じる。それでも……ラウラとシャルロットの二人を相手に勝てた喜びが、私をかろうじて支えてくれる。

 ギリギリだった。粘りに粘ってようやくシャルロットの方から弾丸尽きたが、もし後10分あの状態が続いてたら私は完全に二人にすり潰された。何度も体力がある内に捨て身の特攻をして形勢を変えようかと頭をよぎったけど、我慢できた! 偉いぞ私! 

 私は歩きながら両手を見つめた。出雲技研で戦っていた時以来、IS学園に来てから初めて実戦で私は銃器を使用した。先日新しく出来た新出雲技研で試した時は大丈夫だった。実戦だと不安だったけど……もう、私は大丈夫なようだ。

 今まで封印していた攻撃手段をここぞと使い、ラウラとシャルロットの意表をつけたけど、もう次の試合じゃ通用しないわね。

 次の試合勝つのは鈴とセシリアのペアか先輩ズのどっちか知らないけど。私が銃を使うとわかったら、向こうもそのつもりで対処するだろうし。

 ああ、体が重い。全身汗だくで気持ちが悪い。シャワー浴びたい。そして着替えたら次の試合どっちが勝つかみにいかないといけない。ああもう、試合が終わったってのに忙しい!

 足を引き摺りながら廊下の角を曲がりと、

 

「あ……」

 

「……」

 更衣室の前でシャルロットと、シャルロットに肩を支えられて立っているラウラの姿があった。

 あの日、食堂でセシリアとシャルロットとラウラは私が一人で出場し優勝すると聞いて『舐めるな!』と怒っていた。あれ以来私は皆と疎遠になり、寂しかったりしたが……後悔はしていない。

 シャルロットとラウラも代表候補生。それが二人がかりで他国の代表候補生に負けたとなると体裁が悪くなるのはわかっている。でも、それでも、私は目的の為負けるわけにはいかなかったのだから。

 いや、まあそれでも……うん、気まずい。二人共此処にいるってことは私に用があるんでしょうけど、ここで私が何をこの二人に言えるんだろ。ナイスファイト? 良い試合だったわ? いやいや私が言ったらすっごく嫌味に聞こえそう。ああもう、出雲にいた時はあいつらに勝った時は『ねえねえ、二人がかりでも負けて今どんな気持ち?ねえどんな気持ち?wwww』と煽りまくったけど!……まあ今となってはやり過ぎたと反省はしてるけどね。

 私が黙っていると、二人が私に近づいてきた。真顔で近づく二人に、私はどうしようと戸惑っていると、ラウラは支えられてない方の手を上げ

 

「次は負けない」

 そういって握手を求めた。呆ける私に、

 

「悔しいけど……今日は葵に負けたよ。葵のあの時言った覚悟。本物だった」

 苦笑しながらシャルロットは私に言った。手を差し出しているラウラも笑みを浮かべている。

 

「2対1で負けておいてあれだが、あえて言おう。今度戦う時は一人でお前を倒す。絶対においついてやる。だから葵、私の目標となる為に次の試合も絶対に勝て!」

 

「いやごめん葵マジで勝ってね。僕達が負けた以上葵には優勝して貰わないとこっちの体裁も悪いしね」

 本当は悔しいだろうに、勝った私を励ましてくれる二人を前にして……ああ、私は本当に情けない。ああだ、こうだと二人に遠慮しすぎてたけど、二人は私が負い目を感じないようにわざわざ来てくれて、応援してくれている。

 二人にここまで気を使わせてもらっておいて、私が卑屈にし過ぎたら二人に失礼だ。なら、私も二人の思いにこたえないと!

 

「ええ、絶対に次の試合も勝って優勝してみせるから!」

 ラウラの手を力強く握りながら、私は宣言した。

 私の宣言を聞き、二人は満足そうに頷いてくれた。

 

 

 

 この後私は更衣室に入りシャワーを浴び、椅子に座り一息ついたら……気が抜けたせいかそのまま眠ってしまい、起きたら1時間経過していた。

 慌てて着替えてアリーナに向かったが、アリーナに到着した私が見たのは、

 

「私の、勝ちだあ!!!」

 右手を上げ、嬉しそうに勝ち名乗りを上げている鈴の姿だった。

 




Aリーグ試合結果
〇青崎葵 VS ×ラウラ・ボーデヴィッヒ&シャルロット・デュノア

×ダリル・ケイシー&フォルテ・サファイア VS 〇セシリア・オルコット&凰 鈴音


鈴達の試合内容は割愛。というか先輩二人の戦い方がよくわかりませんし。


二年振りに書いたらこの作品の書き方を忘れてしまい、戦闘描写が纏まらず間延びしてしまいました。次からはもう少しマシにして短く決めたいと思います。


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更識 楯無&篠ノ之 箒 VS 織斑 一夏&更識 簪

 専用機専用タッグトーナメントが始まり三戦目、とうとう俺達の出番が来た。一試合目は葵とシャル&ラウラが戦い、中盤まで劣勢だった葵が後半から大逆転による勝利。二戦目は鈴&セシリアと先輩二人との試合、観客の多くが先輩二人のペアが勝利すると思ってたが、まさかの鈴&セシリアが勝つ大金星をあげた。

 観客が予想していた展開が悉く覆され、一応教師陣には秘密に行われている勝敗予想の賭けは大荒れらしい。そしてこれから行われる三戦目、この試合もほとんどの生徒が会長と箒のペアが勝つと予想しているらしい。俺達が勝つと予想している人もいるようだが、勝てばラッキーの万馬券扱いで、本当の意味で俺達が勝つと思ってないようだ。

 葵も試合前はこんな感じで、誰からも期待されて無かっただろう。でもあいつはその予想を見事裏切って見せた。なら……次は俺の番だろ! 葵は勝って次に進んだ。なら、次は俺が勝って、あいつを待ち受けてやらないと!

 

 

 

「まさか一夏君と本気で戦う日が、こんなに早く来るなんて思わなったわ」

 

「俺もですよ楯無さん。今日の俺は楯無さんにISを教わる生徒じゃない。持てる全ての力を使って倒させてもらいます」

 試合開始まであと少し。アリーナ内で合図を待っていたら、楯無さんが話しかけてきた。何時もと同じ余裕ある態度で、そこに緊張している様子は全く見えない。

 

「私がいるのを忘れて貰っては困るぞ、一夏。絶対にお前に勝つ!」

 

「勿論忘れてねーよ。箒、お前にも勝ち、決勝に進むのは俺達だ」

 楯無さんが最大の脅威なのは間違いないが、箒も決して油断していい相手ではない。このタッグトーナメントが決まってからは一緒に練習をしていないが、その前までの模擬戦では俺と箒の勝率はほぼ互角だった。簪と一緒に練習しだし、以前よりも強くなった自覚はある。しかし、それは楯無さんの指導を受けた箒にもありえる。しかもこのタッグ戦だと箒のワンオフアビリティ『絢爛舞踏』は凶悪的なまでの性能を発揮する。楯無さんばかりに気を取られたら確実に負けてしまう。

 

「ふむ、ちゃんと私も忘れてないようで安心した」

 俺の返事を聞き、箒は満足そうに頷いたが、

 

「頑張れー箒ちゃん! フレ、フレ、箒ちゃん! お姉ちゃんは箒ちゃんを全力で応援するからねー!」

 

「~~~あのバカ姉!」

 解説席で大声を上げながら笑顔で応援する束さんの声援を聞き、顔を赤くしながら箒は俯いている。そんな箒をおかまいなく、束さんは楽しそうに応援し、その横で千冬姉は束さんを呆れた顔で見ている。

 

「……え~っと、篠ノ之博士は置いといて織斑先生はこの試合はどう予想されます?大方の予想は会長&篠ノ之ペアが勝つと思われてますが?」

 束さんが堂々と箒の応援をしている為、黛先輩は勝敗予想を千冬姉に尋ねている。

 

「それは」

 

「あ、こら君何馬鹿な事をちーちゃんに尋ねてるんだい!」

 千冬姉が何か言いかけたが、それは何やら怒っている束さんの声で遮られた。

 

「ええ!? 私何か変なこと尋ねました? 織斑先生に試合予想をお願いしただけで」

 

「だからそれが馬鹿な質問だよ! 君ね、これから戦うのは箒ちゃんにいっくんなんだよ! ちーちゃんからすれば可愛い弟のいっくんが勝つと思うなんて聞かなくてもわか」

 

「もういい加減お前黙れ!」

 束さんが言いきる前に、千冬姉がアイアンクローで束さんの口を物理的に黙らせた。

 

「……黛、先ほどの質問だが」

 

「あ、いえいえ織斑先生! やっぱりいいです! そうですねこの試合織斑君が出てますからね、織斑先生は遠慮なく織斑君の応援をしてください!」

 

「……あのな黛、家族関係なく私は教師としてそういう」

 

「いいじゃないかちーちゃん! この子の言う通り応援したい人を応援しよう! ほらほらちーちゃん、いっくんに向かって声援送ろう!」

 黛先輩に千冬姉は何か言いかけたが、それは千冬姉のアイアンクローから逃げた束さんの言葉に再度遮られた。

 

「さあちーちゃん、大きな声で大好きないっくんに頑張れーと言っちゃおう!」

 

「だあー!いい加減にしろ!」

 顔を赤くしながら千冬姉は束さんに掴みかかり、束さんはそれに対抗しながら笑顔で千冬姉や、時折こっちを見ている。

 

「清々しいほど私達姉妹が無視されてるけど、お姉ちゃん! 今日の試合は勝たせてもらうからね!」

 

「ええ簪ちゃん、それはこっちの台詞だからね。そういえば……私達仲良し姉妹が本気で勝負するなんていつ以来かしら?」

そして解説席でじゃれあっている千冬姉と束さんを横目で見ながら、簪と楯無さんが対峙している。

 

「確か……最後に私達が戦ったのは1ヵ月前通販限定のお取り寄せケーキのあまりをどっちが貰うかだった」

 

「あの時はお姉ちゃんが勝ったわね」

 

「あの時のケーキの恨み、ここで返す!」

 

「返品してあげるわ簪ちゃん!」

 互いに負けられないと主張をする楯無さんと簪だが……うん、仲良いよなこの二人。そんなことでIS戦するなよとか思ったりするけど。

 なんかグダグダな雰囲気が流れたが、その後山田先生からアナウンスが流れ俺達は試合開始地点まで誘導された。

 俺達が開始位置につくと、

 

「ではこれより第三試合、更識楯無&篠ノ之箒 VS 織斑一夏&更識簪の試合を行います。始め!」

 山田先生の合図により、試合開始された。

 

 

 

 

 

 

 更識 楯無&篠ノ之 箒 VS 織斑 一夏&更識 簪。

 この試合、開始と同時に一夏は箒に、箒は一夏目掛けて互いに接近し接触。数秒後には一夏の雪片弐型が、箒の雨月と空裂が打ち鳴らす剣劇の音がアリーナに響き渡った。右手に空裂、左手に雨月を持つ二刀流の箒の連撃を、一夏は雪片弐型を両手に持ちながら弾き返していく。

試合開始10分が経過するも、両者未だに有効打を浴びせられないでいた。

 

「いけー箒ちゃん! いっくんを打ち倒すんだ! 頑張れ頑張れ箒ちゃん! うーんいっくんも夏の頃より強くなってるし、ちーちゃんこの試合は永久保存決定だね!」

 

「おおおお!織斑選手に篠ノ之選手! 物凄い剣劇の応酬です! 織斑先生、弟の織斑選手の攻防について何か意見お願いします!」

 

「黛! お前いい加減にしろ!」

 前の試合ではあからさまに眠そうな顔で試合観戦していた束だったが、この試合は開始直後からハイテンションで試合を観戦している。主に箒に対する応援8割、残り二割は一夏と千冬に対する話であり、更識姉妹に関する話題が一切ない。

 

「織斑選手と篠ノ之選手の攻防も凄いですが、更識姉妹による戦いも負けてはいません! いや、というかこっちの方がレベルが違う!」

 束が更識姉妹はガン無視し千冬に絡んだりしてるので、更識姉妹に関する内容は黛が主に放送しているのだが、黛は更識姉妹の戦いを眺めながらただひたすら感心していた。

 黛が言ったレベルが違う。これは黛が本心から思う言葉だった。

 

 楯無がナノマシンによって超高周波振動を起こした水を纏うランス、蒼流旋を簪に振るうが、簪は対複合装甲用超振動薙刀≪夢現≫を両手に持ち応戦。両者の武器が互いに打ち合うと同時に簪は背中に搭載されている連射荷電粒子砲≪春雷≫を二門至近距離から放つ。

 楯無は春雷から放たれる連射をアクアクリスタルを変形させ、水のヴェールを形成し攻撃を無効にし、蒼流旋を繰り出しながらその先端に搭載されているガトリングガンを簪に浴びせる。簪は打鉄に搭載されている防御シールドを展開させ防ぐが、これだけではガードを突破されるのですぐに連射から距離を取って逃げる。楯無はすぐに逃げる簪に蒼流旋を向けるも、

 

「おおっと!」

 突然楯無は簪の追撃を止めその場に大きくしゃがんだ。しゃがんだ楯無の頭上すれすれを、簪が楯無の頭すぐ横に展開させた対IS用ライフルの徹甲弾が通過した。掃射と同時に簪はライフルを収納し、すぐさま簪の周辺に対IS用ライフルが再度展開。他にもショットガン、グレネードランチャーと10数の重火器を展開させ、それらをPICを応用し固定。重火器全ての照準は眼前の楯無に合わせられており、一斉射撃を行った。

 簪が展開した重火器の弾丸の嵐が眼前の楯無の体を貫いていくが、それらの攻撃を受けた瞬間楯無の体は爆発した。

 

「水の分身……いつの間に」

 デコイに全力攻撃してしまったと簪は悔しがり、すぐにハイパーセンサーを巡らせ楯無の居場所を探すも、

 

「甘いね簪ちゃん!」

 楯無は簪が気が付く前に、簪の背後を蒼流旋で強打。衝撃に吹き飛ぶ簪だが、強打されると同時に簪は背中から高性能爆薬弾道ミサイルを8発展開させ発射。至近距離にいた楯無に8発のミサイルをぶつけた。楯無は慌てて後退しながら水のヴェールを纏い、ガトリングガンを撃ち迎撃するも間に合わず、6発は撃墜できたが残り2発は楯無に着弾し大爆発を起こした。

 

 

 

「自分から離れた場所でも武装を明確にイメージし展開させることが出来る簪に、簪相手に気付かれず水の分身を作り出したり、あの至近距離でもミサイルを冷静に迎撃してのけた会長。流石というべきか、今のところほぼ二人は互角ね」

 アリーナの観客席に座りながら、葵は試合を観戦していた。鈴・セシリアペアに勝てた場合、次に戦うのはこの試合の勝者な為、少しでも相手の手口を知ろうとしている。

 

「一夏と箒の方も今のところほぼ互角、といったとこだし……この試合、どっちかが流れを傾けた瞬間に一気に決まりそうね」

 試合を観戦しながら、葵はそう結論づけた。そしてその瞬間はそう遠くないと、葵は一夏と箒の戦いを眺めながら思った。

 

 

(どういうわけだ? ほんの1ヵ月前は私は一夏とほぼ互角だったはずなのに……)

 試合開始から15分経過。箒と一夏、未だに両者有効打を浴びせていないが、剣を打ち合いながら箒はある変化に気が付いた。

 試合開始直後は一夏と箒、互いにIS戦における剣の技量はほぼ互角だった。しかし開始から15分経った現在、箒は―――若干だが一夏に押されだした。

 打ち合う剣の威力、これが時が経てば疲労が増し本来なら鈍っていくはずなのに、一夏は逆に時が経つほどに早く鋭く、そして重くなっていった。

 

(一夏め! 久しぶりに会った時は剣を鈍らせた大馬鹿者だったのに! しかも最近でも剣道では未だ私にまともに一本取れないのに何故IS戦だとここまで打ち合える!?)

 剣道での一夏とIS戦での一夏。この違いに普段から箒は不思議だった。昔、一夏は剣道と篠ノ之流剣術を熱心に練習し、その実力は葵や箒よりも上回っていた。箒が転校後は練習をしなくなり、IS学園入学する頃には昔と違い一夏は箒達よりも弱くなった。その後一夏はIS学園の剣道部に入部し、メキメキと腕を上げていったが未だに剣道では箒や葵には勝てていない。しかし、IS戦で勝負すると一夏は箒とも葵とも互角に戦えている。

 何故と思いながらも箒は眼前にいる一夏の顔を見て、箒の顔は若干熱を帯びた

 

(ああ、うん。まあそういうことなんだろうか)

 一夏が浮かべている表情。それはかつて一夏が浮かべていた――誰よりも強くなってやると目的を持った時の顔。そしてそれは……箒が一夏に惚れた顔であった。

 

(今の一夏は剣道でなく、このISで誰にも負けたくない、強くなりたいとしてるのだな……)

 そのことに箒の胸は若干痛んだ。一夏が強くなりたい理由、それは世界で唯一男性でISを操縦出来るから一夏は強くなりたいとかではない。一夏が強くなりたいと思う理由、そして目標にしている相手が誰だかわかるからだ。そしてそれは箒ではないということも。

 

(しかし一夏の目標の相手が私でなくとも、今の一夏が全力を持って挑んでいる相手はこの私だ! なら私もそれに応え、全力で挑むまで!)

 箒は大きく後退すると、右腕を左肩まで持って行った。篠ノ之流剣術流二刀型・盾刃の構えをした箒に、一夏も箒が纏う空気が変わったのを察したが、今押しているのは自分と思った一夏は攻撃の手を緩めない。しかし今まで以上に箒の挙動に意識を集中しだした。

 

(チャンスは一回。今の一夏に有効な戦法。それは――)

 箒の脳裏に、夏休み期間中に起きた葵と楯無の試合の光景が思い浮かんだ。劣勢だった葵が楯無に起死回生した戦法。篠ノ之流剣術の技の一つ、二刀流で行われる相手の武器を手放させる武器払い。IS戦でも篠ノ之流の剣術は通用すると証明した葵の姿を箒は思い出しながら、実行した。

 

 一夏から繰り出される袈裟斬りの一撃。これに箒はタイミングを計り練習通りに実行した。

(よし、この手応え!)

 箒が行った篠ノ之流武器払いの業。これは一夏の雪片弐型に箒の雨月と空裂が接触し、絶妙のタイミングで繰り出されたのだが、

 

「ああああああああ!!」

 武器が払われる一瞬前、箒がやろうとした意図を見抜いた一夏は、裂帛の気合の声と共に雪片弐型に力を入れて箒の業を力づくで打ち破った。武器を打ち払うはずが、逆に一夏の一撃によって箒の武器は両の手から離れてしまった。

 そしてその致命的なチャンスを―――、一夏は見逃さなかった。

 すぐさま一夏は箒にさらに接近し、至近距離で箒の胸に零落白夜を展開させた雪片弐型で斬りつけた。零落白夜の一撃によって箒の紅椿の絶対防御は発動し、箒のシールドエネルギーは急速に失っていく。このまま押し切れば勝てると一夏は確信したが、

 

「まだだ!まだ終わっていない!!」

 そう叫ぶ箒の全身から黄金の粒子が溢れ覆っていく。箒のワンオフアビリティ『絢爛舞踏』が発動し箒のシールドエネルギーの減少は停滞。そして紅椿の展開装甲からレーザー群を発射させて眼前の一夏の機体を吹き飛ばした。

 箒は残りシールドエネルギーを確認。かろうじてまだ残っているがこれではすぐに無くなってしまう。その為箒は絢爛舞踏を発動させながら一夏から距離を取るようにした。当然一夏は箒を追いかけるが、二人の向かった先には激しい攻防を繰り広げてる更識姉妹の姿があった。

 

 

 

「ハイハイハイハイ~!」

 

「無駄無駄無駄無駄~!」

 楯無と簪、互いに持てる武装をフル活用しながら世界最高峰の姉妹喧嘩を継続している。

 試合開始から20分が過ぎ、楯無と簪のシールドエネルギーは半分近く減っていた。その減った量は全く同じであり、両者互角の戦いを繰り広げているがすでに互いに手詰まり感が漂っていた。技量に置いて二人の間に差はなく、この膠着状態をなんとか打破できないか二人は必死で策を巡らしていると、

 

「ん? あれは箒ちゃん?!」

 

「あ、馬鹿一夏! こっち来るな」

 試合開始からずっと離れた場所で戦っていた箒と一夏が、楯無と簪がいる方角に向かっている姿を二人は捉えた。絢爛舞踏を発動しながらこちらに逃げている箒に、その箒を倒すべく追いすがる一夏。簪は二人がこちらに向かって来て焦るのに対し、楯無は向かってくる箒に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 一夏の零落白夜の一撃を受け、態勢を立て直すべく無我夢中で距離を取ろうとした箒だがいつの間にか楯無と簪が戦っている近くまで来ていた。

 

(箒ちゃん! そのままこっち来て簪ちゃんに雨月でも空裂でもいいから攻撃して!)

 箒の頭に楯無からプライベート・チャネルで指示が来て、箒はそれをすぐに実行。雨月を突き出して簪目掛けてレーザー弾を放射。同時に紅椿の展開装甲からレーザー群を撃ち出し簪を攻撃した。

 楯無と交戦中に攻撃された簪は攻撃を逃れようとしたが、無理に避けた為大勢を崩し、その隙を楯無は見逃さず蒼流旋の簪に振り下ろし地面まで叩きつけた。

 

「簪!」

 簪攻撃後、箒はすぐに方向転回し一夏を迎えうつ。また互いの武器が打ち合われるが、勢いに乗る一夏に対し箒は劣勢だった。防戦に追い込まれる箒に一夏はさらに攻撃を繰り出すが、

 

「はい、今度は私の番!」

 一夏の上空に移動した楯無からガトリングガンを掃射され、被弾した一夏は簪の近くまで落下。

 それを見届けた楯無は勝機と思いすぐさまミステリアス・レイディの専用パッケージ

麗しきクリースナーヤを展開し接続。二人が行動を起こす前に自身の最強の必殺技であるワンオフアビリティ“セックヴァベック”を発動させて簪と一夏の動きを拘束した。

 

「勝った」

 切り札であるワンオフアビリティが完全に決まったのを見届けると、楯無は勝利を確信した。

 

 

 

 

「か、体が動かない……」

 箒に零落白夜の一撃を決め、あと一歩で勝てると箒を追っていたら楯無さんからガトリングガンを喰らい撃墜し、すぐに反撃しようと上空に飛ぼうとしてるが……ラウラのAICを受けたかのように全身が拘束されている。

 

(動こうとしても無駄よ、これお姉ちゃんの切り札の沈む床だもの。超広範囲指定型空間拘束結界で、拘束力はボーデヴィッヒさんのAICより強力だよ)

 なんとか体を動かせないかもがいてると、簪からプライベート・チャネルが来た。

 

(これにかかったら抜け出すのは無理。一夏の零落白夜も腕が動かせないと斬れないでしょ。完全に私達捕まったわ)

 視線を向けると簪も空中で楯無さん達がいる上空を睨んだ状態で拘束されていた。

 

(はあ!? おいおいじゃあ俺達……)

 簪の言葉に、俺の全身に絶望が覆っていく。簪の言う通り、何でも切断する俺の零落白夜も腕が動かせないと斬れない。俺と同様に簪も全身を拘束されているから反撃が出来ない。

 

 え、じゃあ……俺達は負け、た?

 

 脳裏に浮かぶ敗北の現実。それは全身動かせないこの状況が無情にも肯定させる。視線を上に向けると、結界の範囲外では楯無さんが蒼流旋に水のナノマシンを纏わりつかせ、高速で振動させている。箒も楯無さんよりさらに上空で肩の展開装甲を展開させ、弓のような武装をこちらに向けている。あれが何かわからないが、直感であれを受けたら不味いのは理解した。

 完全に詰んだ状況を見て、もう勝てないのだとわかった。

 

 ああ、こりゃ負けだ

 

 

 

 ああ、だからしょうが……ないわけあるか!

 

 

 

 

 諦めるな、どんなに劣勢でも、どんなに勝てる見込みがなくとも、諦めるのだけは駄目だ!

 最後の最後まで勝つことを諦めなければ、勝負は最後までわからない! それをあいつが、葵が証明して見せただろ!

 

(いい顔じゃない)

 どうにかこの状況を打破できないか必死で考えていたら、再び簪からプライベート・チャネルが届いた。視線を再び簪の方に向けると、

 

 簪は上空を睨みながら――笑っていた。そこに負けるという絶望は見えず、最後まで足掻こうとする意志が見えた。

 

(勝手に絶望してたらもう負けようと思ったけど、一夏が諦めてないならいけるわ!)

 

(誰が諦めるかよ! でも簪、何か策があるのか!?)

 

(あるけどもう時間がない! 一夏、これが上手くいけばお姉ちゃんの沈む床の拘束は解けるから、後は任せた!)

 上手くいけばって何だよ? と思った瞬間、上空で弓を構えていた箒が行動を起こした。準備が終わったのか、照準を簪の方に向け弓を発射させ――

 

「!!?」

 発射しようとするほんの一瞬前に―――箒の腕のすぐ横に対IS用のライフルが展開され、箒の側面を撃ちぬいた。

 突然出現したライフルの銃撃をまともに受けた箒は体勢を崩しながら弓を発射。発射された矢は軌道をそれ、下にいた楯無さんに向かっていった。

 

「!?」

 箒の攻撃がまさか自分に来るとは思わなかったのだろう、楯無さんは箒の一撃をまともに受けてしまい、衝撃で地面に叩きつけられた。

 楯無さんが地面に叩きつけれたと同時に―――俺達の拘束は解かれた。

 

 俺は拘束が無くなったと同時に地面にいる楯無さんに向かってスラスターを最大噴射で接近した。地面に叩きつけらえた楯無さんは、俺が向かってくるのを気付き、蒼流旋を構えて迎撃態勢を取る。

 

 

  一夏、イメージして。イメージするのは、常に最強の自分。ISに必要なのは、そのイメージだから

 

 かつて簪に言われた言葉が脳裏によぎる。そう、イメージだ。イメージするのは常に最強の姿! かつて俺の目の前で見せてくれた千冬姉と束さんのあの剣術! それを俺が振るうイメージ!

 楯無さんの至近距離まで来た俺に、楯無さんは牽制しようと蒼流旋を繰り出す。俺はその蒼流旋目掛けて剣を振りきった。

 

 楯無さんの蒼流旋に俺の雪片弐型が打ち合った瞬間――楯無さんの蒼流旋は砕けちった。

 

 篠ノ之流奥義の一つ。断刀の太刀。学園祭で裕也との決闘時に使用した、相手の武器破壊を目的とした業。あの後俺は千冬姉に頼み込み、再度この業を練習したんだ。実戦で初めてやったが、今の俺ならISでも再現出来ると信じ、実行しかろうじて成功して見せた。

 蒼流旋の槍先が砕けたことに楯無さんが驚愕しているが、俺は最後のチャンスとばかりに剣を構える。

 イメージするのは居合。千冬姉が世界一を獲った、あの居合の姿。

 蒼流旋が砕かれたショックを受けた楯無さんだが、自分が攻撃されるとわかり水の盾を作り守ろうとしているが、俺はお構いなしに居合を放った。

 剣を振りぬくと同時に俺は零落白夜を発動させ、楯無さんの水の盾を斬り裂き雪片弐型の刃は楯無さんに直撃。絶対防御を発動させ楯無さんのシールドエネルギーは急速に無くなり――0となった。

 

「か、勝てた……」

 俺は茫然としながら、掲示板に移されている楯無さんの数値を眺める。そこに映されている数値は0。俺の攻撃は完全に楯無さんを打倒していた。

 眼前の楯無さんを見ると、楯無さんは信じられないといった顔で自身の数値と俺を交互に見つめていたが、大きくため息をつくと

 

「全く、早すぎる師匠越えでしょ」

 苦笑いを浮かべながら言って、俺の胸を叩いた。

 

「言いたいことはいっぱいあるけど、まだ試合終わってないわよ」

 楯無さんの言葉で、俺は慌ててハイパーセンサーを使い簪と箒の姿を探した。そして二人が戦っている場所を見つけ、この試合を終わらせるべくその場所に向かった。

 

 そして簪相手に箒も奮闘していたが、簪の射撃と薙刀の一撃に翻弄されている間に俺は再度零落白夜を発動させ、その一撃を箒に与えた。

 

 こうして、俺達の勝利は決まった。

 

 

 

 

「残念だったね~箒ちゃん。でもよく頑張ってたよ! 悔しいでしょお姉ちゃんの胸で泣いていいんだよ~!」

 

「ええい、離してください! 誰も泣いていません!」

 試合が終わり俺達はISを解除すると、束さんが一直線に箒に抱き着き傷心?している箒を慰めている。……まあ箒は大声で喚いて否定してるけど。

 

「いやあ~まさかの大逆転! まさかまさかのどんでん返し! 会長の切り札が発動し、勝利が確定したかと思ったらそこから試合をひっくり返すだなんて! この大会最優勝候補の更識 楯無&篠ノ之 箒ペアを下し、織斑 一夏&更識 簪が勝利だあ!」

 解説席で黛さんが大興奮している。いや黛さんだけでなく、会場にいる多くの生徒が大騒ぎだ。優勝候補を俺達が倒したのもあるが、あの絶望的な状況をひっくり返した俺達に皆驚いてるようだ。

 その立役者である簪に視線を向けると、

 

 

 簪は片膝をついて右手で頭を押さえながら地面に蹲っていた。

 

「簪!?」

 俺は慌てて簪に近づき、そこで俺は簪の耳と鼻から血が流れているのを知った。

 

「無茶しすぎよ簪ちゃん……」

 動揺する俺に楯無さんが簪の前に現れ、

 

「簪ちゃん、まずは医務室に行って横になりましょ」

 

「……うん、我ながらあれは無茶しすぎた」

 楯無さんの言葉に簪は素直に頷き、楯無さんは簪をお姫様だっこした。

 

「楯無さん、簪に一体何が……」

 

「簪ちゃん私のワンオフアビリティを受けてた時、あんなに離れた場所にいた箒ちゃんのすぐ横にライフルを展開させ精密射撃したでしょ。あれってはっきり言っていくらハイパーセンサーがあるからと言っても、人間の知覚領域を大幅に超えた無茶なものなのよ。脳の情報処理のキャパを超えた結果こうなってるの」

 

 

「簪……お前なんて無茶して」

 

「でもこうでもしないとお姉ちゃん達には勝てなかったもの」

 

「……あの簪ちゃんがここまで勝利に拘るなんて、一体誰の影響かしらね」

 簪の返事に呆れてる楯無さんだが、目は何故か嬉しそうだった。

 

「あの時、一夏は最後まで諦めていなかった。だからそのパートナーである私も、諦めるわけにはいかないの」

 あの時俺は必死で諦めないでいたが、簪もやれることを必死で考えそれを実行してくれたのか。

 

「無茶しやがって……でも簪、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「そういう気概を簪ちゃんはもっと普段から持ってほしいわあ」

 苦笑しながら、楯無さんは簪を抱きながら医務室に向かった。別れ際簪が右手を俺に向け持ち上げたので、俺は簪の右手に向かって右手を叩いた。

 

「次も勝つわよ」

 

「当然だ」

 




Bリーグ試合結果


×更識 楯無&篠ノ之 箒 VS 〇織斑 一夏&更識 簪


一回勝ったらもう決勝というのもトーナメントしてどうかと思ったりします。


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青崎 葵 VS セシリア・オルコット&凰 鈴音

「ラウラさんとシャルロットさんとの戦いで葵さんはついに重火器を使用しましたわね。鈴さん、間違いなく私達との試合でも使われるでしょう」

 

「今まで何故か頑なに使わなかったのは何だったのよ一体! いや確かに使わない方が異常だったんだけどさ。でもセシリア、これで葵がこの大会ガチの本気だってよくわかったでしょ」

 

「……ええ、あの時はふざけてますの?と怒りましたが、ラウラさんとシャルロットさんとの戦いを見て、その認識はもうやめましたわ」

 

「葵もそれ聞いたらほっとするでしょうね。じゃあセシリア、次の試合だけど葵が銃を解禁してるけど作戦に変更無しで行くわよ!」

 

 

 

 

 

 

「専用機専門タッグトーナメントですが今までで3試合終わり、これで4戦目! 今までの試合が悉く大方の予想を裏切ってきました! 一人で出場し見事勝利した青崎選手に、安定した強さを誇る先輩コンビを倒したセシリア&鈴ペア。この準決勝ではどちらが勝つのか、大変楽しみな試合となっております」

 もうすぐ葵と鈴、セシリアの3人の試合が始まる。アリーナ内ではすでに鈴とセシリアが待機しているが、葵の姿はまだない。

 

「まだアリーナに青崎選手は姿を現していませんが、織斑先生はこの試合どう予想しますか?」

 

「青崎が圧倒的不利だな。今のままでは下手したらボロ負けの可能性もある」

 

「……え?」

 千冬姉の予想に黛さんが驚いている。いや、黛さんだけでなく会場にいる多くの観客も千冬姉の予想に驚いているな。

 

「私もちーちゃんと一緒かな。あーちゃんがあのままだったら負けちゃうかも」

 さらにあれだけ葵を贔屓していた束さんまでも葵が負けると言われ、会場中が騒然となった。

 千冬姉と束さんは葵が負けると予想しているようだ。確かに一回戦で鈴とセシリアが見せたあの戦い。あれはその発言を納得するだけのものはあったけど……二人が言っている“今のまま”、“そのまま”って言葉が妙に気になるな。

 

「教官があそこまではっきり言うとは……」

 

「……僕たちの時と違うよね」

 千冬姉と束さんの言葉の意味を考えてたら、俺の両隣にラウラとシャルが腰かけた。

 

「おめでとう一夏。まさか会長と箒の二人を倒すだなんて」

 

「会長の武器を破壊し、あれだけ一瞬にして発動された零落白夜。まさに教官の戦いを彷彿させていたぞ」

 

「俺だけの力じゃない。簪のおかげでもあるさ」

 

「そういえば嫁よ、その簪は一緒じゃないのか?」

 

「……ああ、今はちょっと休んでるよ」

 さっきの試合で無理をした簪は、試合ギリギリまで休むと言って医務室で寝ている。楯無さんが言うには限界以上に脳を酷使したから、今はとにかく頭を休めて回復を待つのが一番と言ってたけど……。

 

「そうだシャルにラウラ。二人はこの試合をどう読む?」

 

「この試合か。先ほど葵と戦った私としては葵が勝つと断言したいのだが……難しいな。ここに転入したばかり頃聞かれたら迷わず葵と答えるのだが」

 ラウラが転入した頃……そういえばラウラ、鈴とセシリアの二人を相手にして圧倒してたな。

 

「あのダリル先輩とフォルテ先輩のコンビを倒した鈴とセシリアの二人は、かつてと比べ物にならない位強くなってたもんね」

 セシリアとシャルもどっちが勝つか判断が難しいようだ。

 

「ただ葵には勝ってほしい」

 

「僕もね。心情的には葵が勝つのを願うよ」

 

「そっか。二人共葵と戦ったからな。自分が勝った相手を応援したいわけだ」

 

「いや、2対1で負けたからな……」

 

「……こうなったら相手が一人でも優勝するイレギュラー相手にしましたとかでないと、僕達祖国から怒られるし」

 ……ああ、そういう理由もあんのか。

 

「一夏はどうなの? 葵と鈴、セシリア。どっちが勝つと思う?」

 

「俺は」

 シャルとラウラにどっちが勝つかを言おうとしたら、

 

「! 青崎選手ですが今アリーナに現れましたが、おお!?」

 黛さんのアナウンスを聞いて、俺達はアリーナに視線を向けた。そしてアリーナにいる葵の姿を見て、

 

「え?」

 

「どういうことだ?」

 黛さんにシャルにラウラ、そして観客の多くが葵の姿を見て驚いている。いや俺もだけど、あれはどういうわけだ?

 アリーナに現れた葵は、すでに完全戦闘状態と言っても過言ではなかった。右手に天叢雲剣、左手には八尺瓊勾玉を装備しさらに対IS用重機関銃を握りしめている。さらに両腰には大型短銃、背中にはグレネードランチャーを背負い、試合というより戦争装備としか見えない。ラウラとシャルの試合で銃火器を解禁した葵だが、どうしたんだこれ?

 

「……ねえ、これあからさまに怪しくない?」

 

「天叢雲剣に八尺瓊勾玉に機関銃まではまだわかる。ただ腰の銃と背中のグレネードランチャー。あれはわざわざ持ち運ぶ理由が無いだろう。葵なら試合中でも一瞬にして展開可能だろうに」

 

「……ここまであからさまに何かやりますと宣言してるのは馬鹿じゃないか?」

 案の定、会場にいる多くが最初から武装を展開している葵に憶測が飛び交っている。拡張機能が壊れただの、今出してる武装の容量が入れない程新しい武装を積んでるだの。

 

「とりあえず、葵も鈴とセシリアに勝つ為の策を用意してきたようだな」

 露骨に怪しい葵を、鈴とセシリアは怪し気に見つめている。葵の姿を見て二人はどう判断するんだろうか?

 そして葵がアリーナに入り、準備が整ったので

 

「ではこれより専用機専門タッグトーナメント準決勝、青崎葵 VS セシリア・オルコット&凰 鈴音の試合を始めます!」

 黛さんの合図によって、試合が開始された。

 

 

 

 

 

 試合と同時に一直線に鈴が向かってきたので、まずは左手の機関銃を浴びせながら後退。逃げる私に鈴はさらにスピードを上げ近づいて来たので、天叢雲剣のレーザー斬撃も追加して鈴からまず離れる。そしてハイパーセンサーで周囲を確認。セシリアの位置とビットがどこにいるかを調べる。セシリアは開始位置から移動していないが、ビットは私を取り囲むように移動している。

 鈴は私と接近戦を希望しているようだ。先ほどから私が撃つ機関銃に天叢雲剣のレーザー斬撃を多少被弾しながらも私に迫ってくる。予想では後もう少しで

 

「!!」

 撃ち出している機関銃の弾丸が鈴からそれたと同時に、私は横に急移動した。それと同時さっきまでいた場所を衝撃砲が通過した。ああもう、相変わらず射角に砲身が見えないあの兵器は厄介ね!

 ハイパーセンサーで周りを見ると、このまま行けば周りをビットに囲まれそうだ。

先にビットから叩き落そうかと思ってたけど、それを実行する前に鈴に追いつかれそうだし……先に鈴から叩こう。

 私は鈴に向けて撃っていた機関銃をセシリアに向けて掃射。慌ててセシリアは避けているが、セシリアが動いている間はビットは動かせない。私を取り囲む前にビットの動きを止めておこう。

 機関銃が鈴からセシリアに向けられた為、鈴は一気に私に近づいて来た。衝撃砲を何回かこちらに放ち、それを私は勘で避けていたら鈴が瞬時加速を使い一気にこちらと距離を詰めた。

 私は天叢雲剣の刀身にレーザーを纏わせて、近づいて来た鈴に一閃。私の斬撃を鈴は双天牙月で受け止めた。

 ここで鈴と近接戦をダラダラとしていたら、セシリアのビットの集中攻撃を受けてしまう。すぐに鈴を殴るか蹴るか斬るかしてどこか吹き飛ばさないといけない。

 私は天叢雲剣を振るい鈴に連撃を放つが、

 

「ああああああ!!」

 私の連撃を鈴は雄たけびをあげながら双天牙月で全てかろうじて防いでいる。ならばと動きが止まった鈴に、私は至近距離から直蹴りを放つが、

 

「はああ!」

 私の直蹴りを鈴は膝を上げて防御した。しかし衝撃は吸収しきれず、鈴は数メートル後退した。鈴を追撃したいが、さっきの天叢雲剣の連撃を防がれた時点で動きを止め過ぎた。ハイパーセンサーで確認するとビットはまだこちらに射角を向けていない。

 しかしその状態からビットからレーザーが発射され、レーザーは軌道を曲げて私に迫ってきた。

 セシリアのレーザーを勘で避けたと思ったら、私から前方から衝撃を受けて後ろに吹き飛ばされた。鈴が再度私に衝撃砲を放ちながら近接戦しようと近づいてきている。

 吹き飛ばされてる間もどこからか飛んでくるビットのレーザーに私は翻弄された。射角なんてもはや何の意味も無い。セシリアのビットはどの方向向いていようが私に襲い掛かってくる。迫りくる鈴に意識を向けたら、ビットからレーザーが容赦なく襲い掛かい、ビットとセシリアに意識を集中したら鈴の衝撃砲の餌食となる。

 

 ……う~ん、予想していたとはいえやりづらい!

 何か予想以上にセシリアのビットの射程範囲広いし、気が付いたらセシリアも私に向かってスターライトmkⅢを撃ってきている。これのレーザーも曲がるから手に負えない。単純に避けたら逃げた先を予測して私を狙い撃ってるし。

 レーザーに衝撃砲を私でもよくわからない出鱈目な動きをして無我夢中で躱してたけど、鈴が私に追いつき双天牙月を打ち付けてくるから、私はそれを天叢雲剣で受け止めるが、

 

「!!」

 セシリアのレーザーが軌道を曲げて私の背中を連続掃射。衝撃に仰け反る私に鈴が衝撃砲を放つ気配を感じ、急いで離れようとしたけど、

 

「逃がさないわよ!」

 鈴がそう言って放つ衝撃砲に、私は避けきれず吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされながら私は残りエネルギーを確認したら、気が付いたら私のシールドエネルギーは既に半分を切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「青崎選手、セシリア&鈴ペアの猛攻に翻弄されております!青崎選手、このまま負けてしまうのか!?」」

 黛さんの実況通り、この試合葵は完全に追い詰めらえている。というかもう勝負になってない。ラウラとシャルの時も葵は追い詰められてはいたが、ここまでタコ殴りにはされていない。

 

「……うわあ、完全にハメられてるね。鈴の衝撃砲ってただでさえ避けるの難しいのに、セシリアのあの縦横無尽に放たれる偏向射撃。こんなの防ぐなんて無茶だよ」

 

「しかも葵の近接戦を辛うじて防ぐ鈴の格闘技術。一回戦でも見たがあの二人レベルが本当に上がっている」

 

「超攻撃的な二人の猛攻に葵は完全に押されてるな。つーか葵が最初に用意していた武装だが、すでに背中のグレネードランチャーも腰の銃も使う前に破壊されてるんだが。何の為に用意したんだあれ?」

 大仰に武装していたが、装備を露にしていたせいで避けてる時当たって破壊されている。

 そして最初に持っていた機関銃も先程弾切れし放り投げていた。

 

「……結局あいつ何がしたかったんだ?」

 アリーナの葵は必死な形相で逃げ続けてるが、それを追う鈴、離れた場所で偏向射撃で攻撃するセシリアの構図がもう固定化されている。この状況を打開できるとはもはや思えない。

 アリーナにいる葵は瞬時加速で後退しているが、同時に鈴も瞬時加速を使い追っている。セシリアのビットも葵を追うべく移動し、状況が変わるとは思えない。

 

 しかし、

 

「ああああ!」

 次の瞬間に、葵の反撃が始まった。

 

 

 

 

 

(勝った! この試合、完全にあたしたちが掌握している)

 眼前で後方に逃げる葵を見ながら、あたしは確信した。

 近接戦で無類の強さを誇る葵だけど、短時間ならあたしは防ぐことが出来る。伊達に夏休みに葵とひたすら近接戦で戦ったわけではないのよ。無論葵にそれで勝つのは無理だけど、少しの時間葵の足止めは出来る。その短時間だけで充分、その間にどんな角度でも撃てるセシリアのレーザーが葵を貫いてくれるんだから。

 葵はラウラ達に戦いで銃火器を使用し、この試合でも使ったけど……いや使うのは予想してたけど、なんなのあの最初の装備?

 わざわざ武装展開し身に着けてたけど、結局機関銃だけ使用し他はあたしたちの攻撃を受けて壊されたし。その機関銃も弾切れで捨てて、結局今の葵はいつもの装備した姿だし。

 まあいいわ、天叢雲剣や八尺瓊勾玉のレーザー攻撃程度じゃもうあたしは止められないんだし!

 攻撃手段が乏しくなった葵は、後方に瞬時加速をして逃げるようだ。もちろんあたしは逃がさない、あたしも瞬時加速をして追いかける。

 大きく距離が動いたが、あたしが動きを封じている間にビットが射程距離に追いつくでしょ。

 逃げる葵に、瞬時加速したあたしが追い付いた。葵は天叢雲剣のレーザー斬撃を放つが、あたしはそれを少し体を反らすだけで回避。勢いに乗ったまま双天牙月を葵に叩きつけた。葵は天叢雲剣で防ぐも、あたしは双天牙月の連結を解除し二刀流にして葵に攻撃する。無論あたしの剣術では葵に通用しないけど、それでも防ぐために動きを止める。

 その間にセシリアのビットがこっちに来て、射程距離に入った。

 ビットからレーザーが放たれ、それは葵の背後を攻撃し――突如として葵の背後に現れた光輝く“壁”に防がれた。

 

「え?」

 突然葵の背後に現れた“壁”によってレーザーが防がれたことにあたしは一瞬動揺してしまった。そしてそんな隙を――葵が見逃すわけがなかった。

 

「ああああ!」

 葵は雄たけびをあげると同時に、天叢雲剣に最大出力でレーザーを纏わせてあたしの双天牙月を打ち据えた。想像以上の衝撃であたしの手から双天牙月が吹き飛ばされた。

 不味いと思い、至近距離であたしは衝撃砲を放とうとしたが

 

「はあ!」

 それよりも前に葵の右手から放たれた正拳突きがあたしの胸を襲った。

 葵の正拳突きを喰らい、あたしは後方に大きく吹き飛ばされる――と思ったが、

 

「ガハッ!ってええ!」

 衝撃で吹き飛ばされたが、あたしは数メートル飛んだだけであたしの後に出現した光輝く“壁”に阻まれた。いやよく見ると周囲をあたしは“壁”に覆われており、逃げ場が無くなっている。

 そして眼前には,左手に装着した八尺瓊勾玉を光らせ正拳突きの構えをした葵が、

 

「チェックメイト」

 そう呟いた後、拳を振りぬいた。

 

 

 

 

 な、なんですの!?

 追い詰めたと思った葵さんに四基のビットによる集中砲火を行ったと思ったら、葵さんの背後に光り輝く“壁”が現れ、わたくしのレーザーを全てそれで防ぎ、即座に鈴さんに攻撃をしたと思ったらまた壁が現れてそれが消え、

 

「り、鈴さん……」

 壁が消えましたら、鈴さんが気絶して地面に落下してます。掲示板に載っている鈴さんのシールドエネルギーですけど……0になってますわ。

 茫然としてるわたくしを嘲笑うかのように、葵さんは瞬時加速を行い一直線に――わたくしのビットを急襲し一基を破壊したと思ったら、次の瞬間には瞬時加速でまた移動しもう一基を斬り壊していた。さらに瞬時加速でもう一つのビットに向かったので急いで移動させましたが、次の瞬間方向転回した葵さんが瞬時加速で残る一つのビットを破壊。

 一瞬にしてあたしのビットが3基破壊されてしまいました。

 わたくしは一瞬体が震えましたが、それでもまだ勝負は終わっておりません! 鈴さんとここまで追い詰めたのです! 負けるわけにはいきませんわ!

 

 

 

 

 

 

「……勝負あったな」

 まだアリーナで葵とセシリアが戦っているが、もう葵の勝利は揺るがないだろう。まさにほんの一瞬で再度葵は戦況をひっくり返した。鈴を失った今、セシリアだけではもう葵には勝てない。

 

「な、何あの葵の周囲に現れた壁みたいなの!? 葵のスサノオにそんな機能あった!?」

 

「いや私も初めて見た。私達の試合で銃火器を初めてしようしたように、葵はあの壁を最後まで取っておいたようだ……」

 

「……もしかして、あの壁が葵が以前言っていたスサノオの第三世代特殊兵装の八咫鏡じゃないか?」

 以前葵の第三世代特殊兵装は八咫鏡と聞いたことがある。どのような兵器かは聞いたことないが、あの壁はなんとなくそれっぽい。

 

「そういえば以前葵が言ってはいたが、まだ完成するのは当分先とか言ってなかったか?」

 

「でも葵って大会前に一週間ほど学園休んでたよね。理由は不明だったけど、このために休んだとしか思えないよ」

 あの光り輝く壁がなんなのか気になるが、俺はそれよりもセシリアのビットを破壊した時に見せたあの動き。連続して瞬時加速を行いビットを破壊していったあれは!

 

「個別連続瞬時加速……あれがそうなのか」

 簪のIS講座で教えてくれた、ISの超高等技術。スラスターの数だけ順次噴射させ連続で瞬時加速を行う、世界大会でも成功率が低いと言われている。

 あれが出来たら、俺の戦闘の幅がもっと広がるから出来るように練習したが一回も成功できなかった。

 それを本番でやりやがった!

 

「負けられねえ……」

 葵を睨みながら、俺は拳を握りしめながらそう呟いた。

 

 

 その後全てのピットを破壊されたセシリアが葵の攻撃を受けて全てのシールドエネルギーを失い、葵の勝利が決まった。

 

 

 

 

 

「ねえ教えなさい葵、あの壁は何!」

 試合が終わりISを解除した私に、気絶から復活した鈴が私に詰め寄ってきた。

 

「お、落ち着いて鈴! 多分鈴も薄々気付いてるとは思うけど、あれは」

 

「葵さんのスサノオの第三世代兵装八咫鏡ですね?」

 

「あ、そう正解」

 鈴に答えを言おうとしたら、その前にセシリアに答えを言われてしまった。

 

「そう、あれはがこのスサノオの最終奥義八咫鏡!効果は試合で見せたように超高密度の実体シールドとエネルギーシールドを併せ持つ鉄壁の防護壁を任意の空間に貼ることが出来るわ。通種ATフィールド! 核を直撃しても防ぐことが出来るわ」

 

「ふーん、凄いわね。専守防衛に特化した日本の機体らしいといえばらしいけど。……で、欠点は?」

 

「……まあ気付いてると思うけど、それだけ鉄壁を誇る防御装置だからISの領域を全て使われてるわ。ようは一夏が零落白夜しか使えないように、八咫鏡を搭載したらもう何も武装取り出せないわ」

 

 うん、防御としては鬼のように凄いけど、これだとISの強みの武装を取り出すことが出来ないのよねえ。完全に防御特化だから、拠点防衛にはいいけど攻撃には向いてない。でも、それは使いようなわけであって。

 

「……とんだピーキーな兵装ね。あんたが試合前から完全武装で出てきたから何かあるとは思ってたけど」

 

「結局用意してた武装全部二人に壊されたけどね」

 私も二人の猛攻があそこまで激しいとは思わなかった。

 

「葵さん」

 戦いを思い出し、かなりヤバかったことを思いだしていると、セシリアから声をかけられた。……そういやさっきはいつものノリで話したけど、セシリアとはまだあの食堂の一件以来気まずい。

 多少顔を強張らせてセシリアの方を向くと、セシリアも顔を強張らせて私を見ていたが、ふうっとため息をつくと

 

「負けましたわ、葵さん。そしてあの時はすみませんでした。あの時の葵さんは、わたくし達を舐めてなどいなかったと、戦ってよくわかりましたわ」

 そう言って笑みを浮かべてセシリアは右手を差し出した。

 

「わたくし達に勝ったのです。次の相手は一夏さん達ですが、負けるのは許しませんわよ」

 

「……ええ、貴方達に勝った分、私も負けられない。絶対優勝して見せるから!」

 私はセシリアの右手を握り、必ず優勝してみせると宣言した。

 

 

 

 さて、この試合で無理して八咫鏡を使って騙し討ちみたいに鈴達を倒せたけど、もはや銃も使うのがバレ、八咫鏡も存在がバレて、しかも突貫工事で作った未完成品だからもうガタが来ている。次簪と一夏相手にもう手の内全てバレてるからどうやって戦おうか?

 ラウラとシャルロットの時は銃火器の解禁という不意打ちで勝ち、鈴とセシリアには八咫鏡を使って意表をついて勝利。

 決勝戦を前に、私は全ての手の内を使い果たしてしまった……。

 




Aリーグ二回戦

〇青崎 葵VS×セシリア・オルコット&凰 鈴音

次回決勝戦です。

原作をとことん無視して進んでますし、戦闘もこれどうなん?と思う方が沢山おられると思いますが、うちの作品はそういう仕様で最後まで突っ走ります。


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