Jack the Ripper ~解体聖母~ (-Msk-)
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GGO:01
改名したけど活動します。
「吾輩は使徒である」も執筆中ですが、こっちのアイデアがあふれ出しすぎて執筆どころではなかったのでかき上げちゃいました。
よろしくお願いします。
そしてなにより3月9日はミクの日。
この素晴らしい日に投稿せずにはいられない。
ガンゲイル・オンライン――通称GGO。
それは血と硝煙の香りが世界に漂う銃の世界。プレイヤーは銃を装備して互いに殺しあうPK推奨の戦争ゲームだ。
そのGGOに一人、奇妙なプレイヤーが存在する。
プレイヤーネーム――〈Jack〉。
その身に端々が雑に破かれた黒いマントを纏い、腰には六本のナイフを装備し、太股につけられたポーチには黒い医療用ナイフなどが収納されている。しかし、一つも銃を装備していない。
この銃を冠する世界で銃を装備していないプレイヤーは今のところ〈Jack〉ただ一人しかない。
ハンドガン二丁をメインに使用し、二丁拳銃をするプレイヤーはごく稀に存在する。だがそれもいずれは限界を悟り、メインにアサルトライフルやスナイパーライフルなどの大きい銃を使うようになる。
しかし〈Jack〉は違う。
GGOをプレイし始めたその日からナイフ一筋で、今の戦闘スタイルを着々と築き上げていったのだ。
装備がナイフだけだと侮るなかれ、この〈Jack〉は大会に出たことがないが、野良では一切死亡の記録がないのだ。それどころか、銃弾がその身にかすりもしたことがないのだ。
どれだけ離れた
そんな〈Jack〉と相対した者は、例外なくナイフによる心臓一刺しか、頭と胴体の泣き別れで死んでしまっている。
いつしか〈Jack〉は、GGOでこう呼ばれるようになった。
Jack the Ripper――切り裂きジャックと。
✝ ✝ ✝
山岳ステージは、その名の通り木と岩で形成された一切人の手が入っていない、自然のステージだ。木は不規則に生えているし、地面に転がる岩々の大きさ、形は何一つ同じものはない。
そんな山岳ステージを、縦横無尽に動き回る影がある。
ソレは端が雑に破かれた黒いマントを纏っていた。
ソレは左右の手に一本ずつ黒いナイフを持っていた。
かろうじて確認できたのはその二つのみ。あとは移動速度が速すぎて視認することができないのだ。
そんな黒い影を狙い撃つ者が五人――いや、六人いた。構えている銃は全員が違い、さらに1km離れた場所にはスナイパーが待機している。いつでも、どんな奴でも殺せるだけの条件は揃っていた。
それなのに、ソレを捉えることができないのだ。
前に出ている五人がフレンドリーファイアを厭わずに銃弾をばら撒き続けても、ソレに銃弾が一向にかする気配はない。挙句の果てには隙を見つけてスナイパーが放った
有り得ない――。
六人全員がそう叫びたくなるのを必死に堪えて一心不乱に引き金を引き続ける。引き続けるのだが……現実は非情だ。
ソレが銃弾の雨をナイフで捌きだしたのだ。
「「「嘘だッ――!!!」」」
今度は叫んでしまった。
毎秒数十発吐き出される銃弾を、それも五方向から向かってくる銃弾をたったの一つも漏らさずナイフで切り落としているのだ。挙句の果てにはスナイパーの狙撃ですら一切視線を向けることなく切り落とした。
銃声が止み、リロードによって地面に空のマガジンが落ちる数秒間――ソレを囲んでいた五人の頭と胴体が泣き別れをした。
そして。
ソレは死んだ者には一切目もくれず、背後に控えていたスナイパーを目指して音もなく走り出した。勿論、スナイパーも自分に向かって来ているのは分かり切っているのだから、どうにかしてソレを仕留めようと愛銃の引き金を何度も引き絞る。
――弾切れが起こる。
マガジンを変えようと、ほんの一瞬スコープから目を離し、再びスコープを覗いた時には既にソレの姿はスコープからでは確認ができない。
次の瞬間には首と胴体が泣き別れをしていた。
全員仕留めたのを確認したソレは、手早くウィンドウを操作して、運営からのDMを確認し始めた。
「またBOB参加への招待メールか。運営も二回とも同じ展開だったから飽きたのか?」
ソレはクスクスと笑う。
「まぁ毎回毎回同じ顔触れじゃあつまらないよな」
ナイフをくるくると回してもてあそぶ。そして空へ高く放り投げ、落ちてきたナイフを腰についているケースに入れる。
その動作は、もはや芸術と言っても過言ではない程美しく洗練されたものに見える。
「――狙うか。BoB優勝を」
ソレは音を一切立てずに走り出した。
欲しい称号は「最強」ではない。既に浸透してきている自らの名を冠する二つ名。それを我が物にするが為にソレは表舞台へとその身を晒し出す決意をした。
――■■■■■■■■のお披露目だ。
✝ ✝ ✝
GGOでは珍しい女性プレイヤーの一人、青い髪が特徴的なシノンはある人物から送られてきたDMに驚愕した。
送り主はシノンとの交流が深い人物で、リアルでも交流があり、普段から一緒にいることの多い――つまりは知人関係にある。……もっと深い関係かもしれないが。
彼女がその人と一緒にGGOをプレイすることは滅多にない。勿論、シノンが誘えば一緒に戦ってくれるし、呼び出せば五分以内に来てくれる。でも滅多に誘わないし、呼び出しもしないのだ。
それには理由がある。
基本的に、GGO内でのプレイヤーネームは重複しないように運営側でプレイヤーネームを決める際に、重複しているか重複していないかを通知され、重複していればもう一度入力をさせ直すのだ。故にGGO内に同一ネームのプレイヤーは存在していないわけで。
簡単に言えば、そいつはGGO内であまりにも有名なのだ。
他のプレイヤーには一切真似のできないプレイスタイル。そのプレイスタイルにこれでもかと言うぐらいにしっくり来てしまうプレイヤーネーム。
シノン自身もGGO内では結構有名であることもあり、そんな二人がパーティーを組もうものなら、他プレイヤーがレイドを組んでも殺しにかかってきてしまう。そうなれば、親友の噂も事実にできないわけで。シノンは親友との共闘はなかなかできないわけだ。
そして本題に戻る。
親友から送られてきたDMの内容は、第三回BoBに出場するというもの。やっとか、という反面、いよいよ厳しい戦いになると焦る。
「――まぁしょうがないか」
「何がしょうがないんです?」
「えっ!? あー……まぁそのうちわかるわよ」
思わず漏らしてしまった呟きを拾われてしまった。
拾った主は、長い黒髪が特徴的な
キリトのせいで第三回BoBの参加申し込み締め切りに間に合わなくなりそうになり、キリトのお陰でギリギリ第三回BoBの参加申し込み締め切りに間に合った。と、まぁ感謝すればいいのか怒ればいいのか、よく分からない状況だった。
そんな彼女と共に、BoB参加者の控え室に向かい、そこで普段着から戦闘着に着替えたのだが……。
「あんた男だったの!?」
なんとキリトは女ではなく男だったのだ。これにはさすがのシノンも怒った。
なんせ彼女は、普段着から戦闘着に着替えるために、普段着をストレージに収納してインナーウェア――つまりは下着姿になっていたのだ。
誰だって意中の相手以外の異性に下着姿を見られれば怒るだろう。
故にシノンも、
「フンっ!!」
「ぶふっ!?」
熱烈なビンタで盛大に歓迎した。
更衣エリアから待機エリアに移動したシノンは、下着姿を見られた怒りを忘れるほど驚いた。つい先程、DMを送ってきた親友が控え室のベンチに堂々と座っていたのだ。
「やぁ、久しぶり」
そんな軽い調子で挨拶をされた。
「うん、久しぶり」
だからシノンも軽い調子で返した。
ゆっくりと歩みより、親友の隣に座る。
「そこの黒髪は?」
「武器屋であった
「珍しいな、シノンが面倒見るなんて」
「……女の子だと思ったのよ」
「あー……」
なるほど、といった様子でうなずく親友に、シノンは苦笑いを返す。
親友と合流に成功したシノンは、久しぶりに会った親友と会話に花を咲かせているが、取り残された一人――キリトは何とも気まずそうにベンチの端に座っていた。
それを察したのか、シノンの親友はキリトに声をかけた。
「ねぇ、キミ。キミの名は?」
「えーっと、俺はキリト。こんな見た目でも男だ。よろしく?」
「よろしくキリト。俺の名前は――ジャック。気軽にジャックと呼んでくれ」
「あぁ、わかったよジャック」
何気ないやり取りだが、シノンはキリトの対応に少し驚いていた。
ジャックと言えば、GGOでは誰もが知る都市伝説じみたプレイヤーだ。いくら今日コンバート仕立ての
流石に
「――じゃあシノン。俺の出番みたいだから」
「えぇ、油断しないように――と、あなたにはそんな忠告いらないわよね」
「どうだろうな。初めての大会だから緊張して被弾するかも」
「馬鹿言ってないでさっさと勝って私の応援しなさい」
「はいはい」
バイバーイ、と手を振りながら親友は待機エリアから出て行った。
相変わらず軽い奴だ、と思いつつ、だからこそのあのプレイスタイルか、と苦笑いする。キリトはジャックが居なくなったことで少しいやすくなったのか、一息ついてシノンの隣に腰を下ろした。
「シノン、失礼かもしれないけどあの子は強いのかい?」
「……勘違いしてるかもしれないから初めに言っておくけどあいつは男よ。強さに関してはまぁ――」
キリトに向いていた顔を上に備え付けられたモニターに移す。
「――アレを見れば嫌でもわかるわよ」
✝ ✝ ✝
ジャックが転送されたフィールドは、廃墟エリアだ。
崩壊した石造りの街並みの回りを木々が囲む、とてもシンプルなバトルフィールド。だがシンプル故にプレイヤーの実力が浮き彫りになりやすい場所でもある。
ジャックの対戦相手の名は〈cyclops〉。メインに『P90』、サブに『Five-seveN』を装備し、防具も最低限しか装着していないAGI重視のプレイヤーだ。銃に使用する弾丸を揃えることで、無駄に弾丸を持ち運ぶ必要も無くしているところから、細かいところまで無駄を省いていることがわかる。
対するジャックの装備は腰にナイフを六本、右太もものホルスターに医療用の黒いメスが少々。それらと身を隠すボロボロのマント。
今か今かと闘志を全面に出すジャックにその時が――
まずはマップを見てどこから奇襲をかけるのがいいか、戦いの数手先まで見通して動くのがセオリーだが、ジャックはそんなセオリーを無視して音も無く走り出した。
対するサイクロプスは、セオリー通りにマップを確認し、ジャックを仕留めるための戦略を数秒で組み立てる。
――その数秒が命取りだった。
ジャックは既に相手を補足し、今にも崩れそうな建物の上から首を狩り取る機会を覗っていた。
なぜこんなにも早くジャックが相手を補足できたのかと問われれば、偶然としか言いようがない。転送された場所が偶然対戦相手の近くだったのだ。
戦闘エリアへの転送がランダム故に起きてしまった偶然。開始数秒で両者が相見えてしまうという偶然。そんな偶然が重なって今に至る。
まぁ、言ってしまえば。サイクロプスはものすごく運に恵まれなかったというわけだ。
音も無く廃屋から飛び降りて着地したジャックは、着地時に衝撃を和らげる為に曲げた膝をバネのようにして勢いよく敵へ跳躍する。
サイクロプスの首にナイフが当たるまで残り3mと少し。早くもこの戦いに終止符が打たれ――
「――クソがッ!!」
――なかった。
首とナイフの距離が残り1mのところで、僅かに聞こえた砂を潰す音に気づき、背後から接近してきたジャックに向かってP90のトリガーを引き絞ったのだ。
銃口から吐き出される5.7×28mm弾をジャックはナイフで丁寧に捌いていく。まるで忍者のように身体を縦横無尽に捻り回しながらも狙いは敵の首に定める。
――銃声が止む。
それは弾切れの合図。P90の最大装弾数である50発を打ち切った瞬間、ジャックはその場から弾き飛ばされるように敵へ走り出す。
リロードする時間すら勿体ないと感じたのか、サイクロプスはサブウェポンであるFive-seveNを取り出し、真正面から迫るジャックに向けてトリガーを引き絞りながら、タクティカルベストからナイフを抜いて接近戦に備えた。
――再び銃声が止む。
ここからは刃物同士の接近戦、ジャックの十八番だ。
「クソがクソがクソがァ!!」
そう悪態を吐きながらも、サイクロプスはジャックの急所を的確にナイフで狙うが、全てナイフで弾かれる。
「―――っ!」
サイクロプスはジャックが無邪気に笑うのを確かに見た次の瞬間、サイクロプスの目の前から姿を消したジャックは背後からサイクロプスの首を狩り取った。
『勝者 Jack』
その文字はジャックの力の一端を見せつけるかのように画面に映し出された。
✝ ✝ ✝
「どう? 彼、凄く強いでしょ?」
「あ、あぁ……。正直、俺以外に刃物をメインにして戦うヤツがいるとは思わなかったよ」
待機エリアにてジャックの初戦を観戦していたシノンは隣にいるキリトの様子に違和感を覚えた。
会話のキャッチボールは成立しているのだが、返されたボールが少し軽いような。他のことを考えながら返事をしたように感じた。
「何を考えてるのか知らないけど、考え事をするなら相手に悟られないようにしなさいよ」
「う……。やっぱりバレてたか」
「バレバレとまではいかないけどね」
「気をつけないとなぁ……」
ポリポリと頬を人差し指でかいて苦笑いを漏らすキリト。どうやら過去に同じようなことがあったようだ。
「……もしかして前にアイツと戦ったことがあるかもな」
「どういうこと?」
「あ、い、いやぁ……。はぁ……」
漏れてしまったその一言を聞き逃すシノンではなかった。
観念したキリトは、シノンの目を見て口を開いた。
「あの戦闘スタイル、GGOにコンバートする二つ前のゲームで見たことがあるような気がする」
「二つ前のって……何やってたの?」
「あー……っと、こればかりは教えられないかな。でもGGO以上に精神磨り減らすゲームかな」
「ここ以上にって……。あなた、結構ゲテモノ好きなのかしら?」
「あ、あはは……」
またも苦笑いを返すキリト。だがシノンはこれ以上突っ込もうとはしなかった。なぜなら丁度つい先ほど一回戦を勝ち抜いたジャックが待機エリアに戻ってきたからだ。
戻ってきたジャックの表情――というよりも身に纏っている雰囲気は、どこか荒々しかった。殺気立っていると言ってもいいぐらいにだ。
「ヤバい。ヤバいなシノン」
「ど、どうしたの?」
「この大会楽しすぎる。だって一回戦であれほどの相手だぜ? これから先にどんな馬鹿野郎共がいるか楽しみで愉しみで仕方がない。考えても見ろ? 俺のスニーキングがバレたんだぞ?
「「……………」」
シノンもキリトもジャックの様子に固まる。
ジャックのことを他のプレイヤーよりもよく知っているシノンでさえ固まっているのだ。今日初めて知ったキリトが固まらないわけがない。だが逆にシノンはジャックのことを良く知っているからこそ固まっていた。
普段は物静か――とまではいかないが、落ち着いていて、とても大人っぽい。だがそれがどうだ?
――まるで無邪気な少年のようにはしゃいでいるではないか。
まぁシノンからしてみればそんな些細な事はどうでもいいと、すぐに硬直が解ける。
「そう。よかったじゃない、ジャック。普段はできない戦いができて」
「あぁ!」
くるりとその場で一周回ったジャックは、パン!! と、柏手を一つ打つ。
「というわけで、決勝ではよろしく頼む。シノン、キリト」
「まだ決まったわけじゃないけどね……。まぁ負ける気もないし」
「よ、よろしく……」
シノンはくすっと笑い、キリトは苦笑いを返した。
✝ ✝ ✝
一回戦から無事に勝利して待機エリアに戻ってきたジャックとシノン、キリトの三人の会話を三人から見えない場所から監視している者がいた。
「クソッ!! なんなんだあのジャックって奴は!! キリトって奴は!!」
顔を歪めて吐き出されるのは憎悪だ。その歪んだ表情も相まって、誰もそのプレイヤーには近づこうともしない。
「シノンを理解できるのは僕ただ一人なのに。誰だよジャックって。そこらへんの雑魚が騒いでる都市伝説のプレイヤーか? マテ、そんなはずはない。そんな奴いてたまるか。百歩譲っていたとしても何でシノンとあんなに仲がいい? シノンと交友があるのは
彼はシノンというプレイヤーに酔ってしまっていた。
彼女を神格化し、彼女を至上とし、彼女を手に入れたいという欲望で頭が満たされていた。
「それになんだあの長髪のキリトとかいう奴は。さっき
顔を右手で覆い、右手ゆっくりと顔の皮膚を下に引っ張りながら降ろしていく。
「――まぁいいや。彼女を芯まで理解できるのはこの世界で僕だけだ。どうせアレを聞けばあの二人だって離れていく」
歪んでいた顔は無に変わり、感情的だった声音も平坦なものへと戻る。
「最後に彼女が寄り添うのはこの僕だ」
彼は待機エリアを一瞥して離れていった。
劇場版SAO皆さんは見ましたか?
自分は3周終了して、土曜日に4週目を見に行きます。
前売り特典はコンプしましたが、入場者特典のコンプは4周目にして不可能になりそうです。
ランダム4種色紙はずっちーよ。
どうせ2日目には特典なくなるんだからコンプはオク待ちになるじゃん。
あと前売り券がWeb予約で使えないのはマジで困る。
どうあがいてもWeb予約より一日遅れるし、劇場窓口まで行かないといけないとか……。
3回見に行ってるけどまだ一回も真正面から見てないからね。
見に行っていない人がいたらぜひ見にいくことをお勧めします。
最後は「おぉ!」という感嘆符が出ると思いますよ。
前書きでも触れましたが、本日3月9日はミクの日。
ミクはバーチャルアイドルとしての側面があると個人的には思ってます。
バーチャルアイドル……劇場版SAOにもいますよね?
ユナ……ミク……おっ?
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GGO:02
結局、ジャック、シノン、キリトの三人は無事に本戦へ駒を進めた。
キリトの予選の戦いっぷりを見たジャックの感想は、「相変わらずだな」といった簡素なもの。
彼の戦い方は基本的にはフォトンソードを使った白兵戦。GGOの世界ではまず見ないプレイスタイルだが、ほかのVRMMOではそう珍しいものではない。
いい例がALOだろう。あの世界は近接武器が主流の妖精の世界だ。……だからと言って、別にジャックがALOをプレイしていたわけでもないのだが。
ならなぜジャックはキリトのプレイを「相変わらず」と思ったのか?
それはもちろん――。
✝ ✝ ✝
本戦について呆れながらもしっかりとキリトに説明したシノンは、立ち上がって席を離れようとした。だが、慌てたキリトに引き留められてしまう。
キリトはテーブルに置いたジュースを零したのもお構いなく声をかけてくるが、正直うっとおしくなってきたシノンは手首についている腕時計を一瞥した。
「まだ何かあるの?」
「――っ!」
キリトはうんうん、と懸命に首を縦に振る。
「ここからが本番なんだよ」
「はぁ……」
本戦が始まる前に一度、ジャックに会っておきたかったシノンだが、仕方ないと諦めて再び席に座る。そして「うん」と頷きキリトに先を促す。
「えっと、変なこと聞くようだけど――」
そう言って見せられたモニタには、第三回BoB本戦参加者全員の名前が映し出されていた。
「BoB初参加の連中に、シノンが知らない名前はいくつある?」
「はぁ? 何それ」
「頼む、教えてくれ……。重要なことなんだ」
「まぁ名前だけなら別にいいけど……」
キリトがあまりにも真剣な表情をしているので、流石のシノンも即座に「嫌だ」とは答えられなかった。
「初めてなのは……。どっかのムカつく光剣使いを除くと――四人だけ」
モニタのスクロールを止めたシノンがキリトと目を合わせる。
「四人!? 何て名前だ?」
ずずい、と近づいてくるキリトに若干苦い顔をしながらも、シノンは直ぐに言葉を返した。
「まず初めに私の知り合いの〈Jack〉。あとは〈銃士X〉と〈Pale Rider〉。これは……〈
名前を聞いたキリトはシノンをほったらかしにして一人で考え込んでしまった。そんな様子にむっとしたシノンは、少し怒り気味に尋ねる。
「一体何なのよ、いきなり説明もなしで」
「あ……うぅん……」
弱弱しく吐き出されたその言葉にまたイラついたシノンは、左手で頬杖を突き、右手の人差し指でトントンとテーブルをリズムよく叩き、「如何にもイラついてます」という雰囲気を醸し出した。
「そろそろ本気で怒るわよ」
「いやっ……そのぉ……」
ジト目で睨まれたキリトは一瞬怯む。そんなキリトにさらにイラついたシノンは、ドンとテーブルを左手で叩いて声を荒げた。
「何!? 私をイラつかせて、本戦でミスさせようって作戦なの?」
「違う……違うんだ! ……そうじゃなくて」
ぐっ、と左右両方の手をそれぞれ握りこんだキリトにシノンは声を静かにして声をかける。
「昨日の予選で、あんたの様子が急におかしくなったことと、何か関係あるの?」
「えっ……?」
じーっとシノンに見つめられ、耐えきれなくなったキリトは視線をずらして語り始めた。
どうやらキリトは昨日の予選でGGOの前にプレイしていたVRMMOの知り合いに出会ってしまったらしい。「出会った」のではなく、「出会ってしまった」。
できれば会いたくないその相手は、かつて本気で殺しあった相手。それなのにキリトは相手の当時の名前すら思い出すことができない。
ここまで聞いたシノンは、ある一つの可能性を導き出す。
――もしかして、キリトはSAOをプレイしていたんじゃないか。
だがそれを口に出すということはしなかった。キリトの話をしている姿を見れば苦悩しているのが見て取れたし、それを踏まえてしっかりと前に進もうとしているのも見て取れた。
その姿はかつての自分のようで――。
「そろそろ待機ドームに移動しないと。装備の点検や精神集中の時間がなくなっちゃう」
これ以上は踏み込むべきじゃないと判断したシノンは、席を立ち上がった。
✝ ✝ ✝
本戦のフィールドは直径10kmの広大なフィールドで行われる。
これがGGOではなく、
本戦は各予選ブロックから勝ち残った計三〇人で行われる遭遇戦。予選の時とは違い、ランダムに転送されたプレイヤーは必ず1000m以上離れて開始される。故に予選の時のような「開始数秒背後から奇襲」なんてことも不可能に近い。
直径10kmの円形から成るフィールドは『都市廃墟』を中心とし、北を『砂漠』とすると、東に『田園』、南東に『森林』があり、そこから『山岳』へ向かうための『鉄橋』がある。そして南に『山岳』、西に『草原』がある。
複合ステージ、時間帯は午後の設定にすることによって、装備やステータスタイプでの一方的な有利不利は無くなっている。
フィールドが直径10kmもあると、他プレイヤーと遭遇するので一苦労――かと思いきやそうでもない。
本戦参加者には『サテライト・スキャン端末』というものが支給される。この端末は十五分に一度、上空をスパイ衛星が通過し、全プレイヤーに互いの位置情報を端末に表示するのだ。しかも光点に触れればそのプレイヤーが誰なのかわかるという仕様である。
ただし、表示されるのはスパイ衛星がいるのはたったの十五分間だけ。十五分経てば消えてしまうため、奇襲をかけるのならばこの十五分間がチャンスとなる。
「――まぁボクには関係ないけど」
そう、ジャックにはどれもこれも関係のないことだった。
プレイヤー同士の距離が1000m以上離れてのスタート? 様々な複合ステージ? 十五分に一度のサテライト・スキャンで自分の位置を他プレイヤーに知られる?
――それがどうしたというのだ。
彼はジャック。切り裂きジャックと同じ名を冠するプレイヤー。相手を殺すのに場所も時間も距離も選ばなない。
本戦開始まで残り五秒。
閉じていた目をゆっくりと開き、深紅の瞳の瞳孔が細長く引き締まる。
「さぁ――殺るか」
✝ ✝ ✝
本戦が始まるのと同時に、ジャックは腰からナイフを二本抜いて左右それぞれの手で逆手に握り締めた。そしてAGI極振りのステータスにものを言わせた超高速移動を開始した。
もちろん、AGIが最大値まで振られているだけではこの動きができるわけではない。アクロバットスキルを最大まで上げた上に、このゲームがVRという特殊な空間だからこそできる超高速移動だ。
シノンに誘われてGGOを始めたばかりの頃、ジャックはリアルとの微妙な差異に
全ては「0」と「1」で構築されている仮想の電子世界なのにも関わらず、五感を刺激してくるこのありとあらゆるものは現実と遜色のないレベルに達していた。だがそれでもリアルとは微かに違うナニカに本来の力が出せなかった。
しかし。
シノンにレクチャーを受けている時に、それを気づいてしまった。
――現実でできることを、この世界でも頑張ればできる。
簡単なようで難しいそれに気づいたジャックは、現実世界でのノウハウをGGOで応用して戦闘に役立てた。
その一つがジャック最大の武器である超高速移動だ。
音を立てず、空気をゆがませず、気配の一切を消して近づき首を狩り取る。このスタイルを完成させたのだ。
さて。
そんなジャックは今、二人目の首を狩り取ることに成功していた。
彼が転送されたのは山岳だった。そこからは森林の様子をよく見ることができたのだ。
森林で撃ち合いを岩山を駆け下りながら確認したジャックは、鉄橋の下を流れる川を走り渡り、そのまま森林へ突っ込んでいった。
あとは互いに夢中になっているプレイヤーを背後から殺す簡単な仕事だ。
無事に二人の首を狩り終えたジャックは、すぐさま森林から離脱しようと走り出す。敵がいないのにいつまでもいるわけにはいかなし、何より一つの場所にいつまでもとどまることに抵抗を覚えた。
木々の隙間を縫うように駆けるその姿は誰の目にも映ることはない。辛うじてドローンが彼の通った後のわずかに跳ね上がる砂を捉えるだけ。
一人、木の上からこちらを狙う者を見つける。
ジャックはそれをいち早く察知し、対処方法をコンマ数秒で導き出す。
無視――リスク高。
真っ向勝負――リスク中。
いつも通り――リスク小、これだ。
木の上にいる敵の獲物はスナイパーライフル。こちらが気づいたことに気づいている様子はない。ニヤリと口角を上げているのがいい証拠だ。
跳躍し、木の上に飛び乗ったジャックは跳躍を繰り返して敵へ接近する。
徐々に近づくジャックに焦りを見せた敵は、一心不乱に引き金を引き絞る。
一発、二発、三発、四発、そして五発。
弾が空になったのだろう、リロードの作業に入った。
そしてその隙を逃すジャックではない。
やられた本人からすれば何が起きたかわからないだろう。リロードの作業に入って、いつの間にか頭と胴体が泣き別れしているのだから。
ジャックが行ったことは、傍から見れば普通に近づいて首を狩り取ったように見えるだろう。だがその技術――タイミングが絶妙に良い。
彼が首を狩り取りに敵に一気に近づいたのは、敵がリロードに入って弾を再装填したときに瞬きをしたほんの一瞬だ。
所説あるが、人間の瞬きの速度は100ミリ秒から150ミリ秒だとされている。即ち一〇〇〇分の一秒から一五〇〇分の一秒。そのわずかな時間で敵に近づき首を狩り取ったのだ。
これはもはや人間の技ではない。
いくらゲームの中だからとはいえ、こんなことを淡々とこなす化物がいるのだろうか。
――いるじゃないか、今、目の前に。
あたかもそう言うかのようにジャックは大胆不敵に、堂々とその身をGGOという世界に見せつけていた。
✝ ✝ ✝
ジャックが着々とプレイヤーを殺して回る一方で、シノンはマイペースに敵を狙撃していた。
狙撃してはその場を離れ、狙撃してはその場を離れる。実にシンプルだが、これ以上にないぐらい確かな作戦だ。
スナイパーであるシノンがソロで生き残るにはこれが一番最適な作戦だと本人は導き出したのだ。
そんな彼女のもとに、一つ人影が存在している。キリトである。
二人は岩の後ろから橋の様子をうかがっていた。
地面に倒れ伏せているペイルライダー。そしてそれを狙うガスマスクをつけ、スナイパーライフルを肩に下げる男。
その男は、身動きの取れないペイルライダーを殺すためにわざわざ威力の弱いハンドガンに持ち替えた。そして銃を持っていない左手で顔の前でまるで祈る様に十字を切った。
「シノン……撃て……」
「どっちを?」
「あのボロマントだ! 頼む、撃ってくれ! 早く! あいつが撃つ前に!」
キリトの尋常じゃない様子にシノンも事の重大さを僅かながら察する。
数秒で狙いをつけ――引き金を引き絞る。
銃声とともに銃口から吐き出される銃弾。
――当たる!
二人はそう確信した。だが現実はそれを否定した。
スッと軽くボロマントは身を半歩引いた。たったそれだけだが、銃弾を躱すのには十分すぎる距離だった。
地面に着弾し、爆音と砂煙が巻きあがる。
「な――っ!?」
思わず声を漏らしてスコープから目を離すが、直ぐに目をスコープに近づける。
視界を砂煙が覆いつくす中、シノンはどうにかボロマントの影を捉える。
「は――っ!?」
目が、赤く不気味に輝く機械的な目と目が合った。
ゆえに理解する。あいつは――
「あいつ、私に気づいてた」
そう言いながらも、シノンは手早くリロードをして薬莢を吐き出させる。再びスコープを覗き、ボロマントの影を追う。
「えっ……? まさか……」
「どこかで私を目視して、システムに認識されてたのよ」
ボロマントを補足したときには既に遅かった。
目に映るのはハンドガンから吐き出された弾丸に胸を貫かれたペイルライダー。HPはゼロになってはいない。
もうダメかと思ったその矢先にペイルライダーが突如起き上がる。そして愛用のライフルをボロマントに突き付け――膝から崩れ落ちた。
苦しそうに胸の辺りを握り締め、天に向かって腕を伸ばしたところでポリゴンとなって消えていった。
「なに……? 今の……」
シノンはキリトに問うが彼からの反応は一切ない。
わかるのはペイルライダーが存在していた空間に表示されているウィンドウの文字――「DISCONNECTION」の文字のみ。つまりは「切断」、ペイルライダーがGGOから落ちたのだ。
「間違いない……。あいつが、
ようやく再起動したキリトがそう呟いた。
「
「そうだ。あいつは何等かの方法でプレイヤーを本当に殺せるんだ」
「まさか――」
「すでに現実世界では二人死んでいる」
「え……」
呆然とキリトの言葉を受け入れる。
彼の普通ではない、少し説破の詰まった感じを見ればそんなことはすぐにわかった。
シノンは橋の柱の影に隠れた
「出てこないな……」
キリトがそうつぶやいた直後、キンキンキンキンキンと電子音が鳴る。
スコープから目を離し、ヘカートⅡを岩に立てかける。
「キリト、あなたは橋を監視してて。私はこれであいつの名前を確認する」
「わかった」
キリトから少し離れたところでサテライト・スキャン端末を起動させ、プレイヤーの位置と名前を確認する。
橋の近くにある二つのマークをタップし、キリトとシノンの文字が出る。そして橋の柱の近くのマークをタップするのだが――
「え……? ない……?」
こんな短時間で移動するはずがない、そう結論付けたシノンはキリトの下へ戻る。
「チャンスだわ」
「チャンス?」
「あのボロマントは端末に映ってない。あんたみたいに川に潜ってるのよ。だとすれば、今は武装を全解除しているはず」
「拳銃一丁くらいは装備したままでも水中を移動できるんじゃないか?」
「例えそうでも、ハンドガン一つくらい楽々押しき――」
「駄目だ!」
シノンの言葉を遮って、キリトは声を荒げる。ついでに彼女の腕をつかんだ。
「キミも見ただろ? あいつの黒い拳銃がペイルライダーを殺したのを。一発でも撃たれたら、それで本当に死ぬかもしれないんだぞ!」
「……私は、認めたくない。PKじゃなくて、本当に人を殺しているプレイヤーがいるなんて……」
「それでもいるんだ。あのボロマント、
キリトのあまりにも切羽詰まった言葉にシノンは考え直す。
「ホントに……そんな奴が……GGOに……」
シノンの脳裏に思い浮かぶ。あの忌々しい過去が。「彼」のおかげで乗り越えられた過去が。
拳銃を握り締め、そして男に向け――。
「シノン……シノン!」
「は――っ!?」
キリトの呼びかけによって意識を引き戻したシノンは自分の肩に置かれた彼の腕をひきはがしながら言う。
「大丈夫、ちょっと驚いただけ」
ふぅ、と一息。呼吸を整える。
「正直、あんたの話をすぐには信じられないけど……。でも、全部が嘘や作り話だとは思わない」
「ありがとう……。それで充分だ」
「とりあえず、私たちもすぐにここから動かないと」
そういいながらシノンはサテライト・スキャン端末が展開したマップを閉じた。
「あんたと私が戦闘中だと思ったプレイヤーが漁夫の利を狙って近づいてくる」
「そうだな。じゃあここで別れよう」
あっさりとそう言い放ち、離脱しようとするキリトにシノンは少し戸惑う。そして思わず声をかけてしまった。
「あんたはどうするのよ」
「俺は
「でも……」
「約束は守る。次に会ったときは全力でキミと戦う。さっきは俺を撃たず話を聞いてくれてありがとう」
それを最後にキリトはぴょんぴょん跳躍を繰り返して崖を下って行った。だがシノンはそれをよしとしなかった。
すぐさまキリトを追いかけ、追いつく。
「待ちなさいよ!」
「ん……?」
シノンに声を掛けられたキリトは走るのをやめて立ち止まった。
「私も行くわ」
「え?」
「
「それは……」
「あんまり気が乗らないけど、一時共闘して、先にあいつを本戦からたたき出した方が確実だわ」
シノンからしてみれば
何よりも、キリトが
「いや、あいつは本当に危険なんだ」
「
一瞬あっけにとられるキリトだが、すぐに顔つきを変えて頷いた。
それを確認したシノンも、ほんの少しだが表情が緩んだ。
――そんな緩んだ空気もすぐにぶち壊れる。
キリトが突如フォトンソードの刃を展開して振り返ったのだ。
直後に現れる無数の
「はぁぁぁぁっ!!」
気合と共にキリトは中央無尽にフォトンソードを振り回して放たれた銃弾を次々に切り裂いていく。
敵がリロードに入ったのか、銃弾の雨が止む。
「まずは俺が突っ込むから、バックアップよろしく」
ニヒルと言われたその言葉に反応したシノンは、直ぐに膝から崩れ落ちて倒れ伏す。
愛用のヘカートⅡを構え、スコープを覗き込んで射撃体勢を取った。
「――了解」
放った言葉と同時に、再び銃弾の雨が降り注ぐ。だがその銃弾は全てキリトによって切り捨てられていく。
上下左右、キリトを、シノンを、バラバラに狙った銃弾を一つも逃さずに切り捨てる。これにはさすがのシノンもあっけにとられる。
――ジャック以外にもこんなことできる奴がいるんだ。
そんなことを考えてしまっていた。
「今だ! シノン!」
「――ッ!」
キリトの声で意識をスコープに戻し――引き金を引き絞る。
ドン、と言う腹の底に響く低音と共に放たれた銃弾は真っすぐ敵に向かっていき、敵を貫く。
赤いポップに「DEAD」の文字が浮かんだのを確認して、シノンは立ち上がった。
「はぁ……」
一安心したシノンは溜息を一つ。そしてフォトンソードをしまうキリトに視線を固定した。
――こいつ、本当に何者かしら……。
シノンはそう思わずにはいられなかった。
ちなみにこの作品、本編は現在絶賛公開中のオーディナルスケールです。
話の流れは、GGO→SAO→ALOEE→OS→UWかな。
SAOは話の構成上、なかなか執筆が進まないので後回しにして先にALOEE→OS→UWを上げるかも。
あとFGOやってます。
ツイッターを見てくれればサポートも覗けると思うので、まぁFGO関係でも気軽に絡んでくれると嬉しいです。
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GGO:03
GGOは全5話なのでそろそろ怪しい。
本戦もいよいよ大詰め、残るプレイヤーは一桁となった。
十数人もいたプレイヤーがこんなにも早く減っていった原因はジャックにある。
キリトとシノンが
あるプレイヤーは一騎打ちをしている際に後ろから首を狩り取られ。
あるプレイヤーは遠くのプレイヤーを狙撃しようとしていたところを背後から音も無く忍び寄られて首を狩り取られ。
あるプレイヤーは気づいたら首を狩り取られていた。
都市伝説扱いされてしまうようなことをジャックは平然とやってのけた。
トッププレイヤーなら可能だろうと思う者もいるかもしれないが、そうともいかない。
彼の装備はナイフと医療用メス、そして隠し持っていた二種類の鎖のみ。一切の重火器を持つことなくそれをやってのけた。
――もはや人間業ではない。
モニター越しに、観客の心は一つになっていた。
✝ ✝ ✝
橋を越え、廃墟都市に入る少し手前。
結局シノンとキリトは
シノンは追い抜いた可能性も考えたのだが、キリトがそれを否定する。何でも走りながらずっと水中を確認していたとか。
「そうしたら次のスキャンで
「それはいいけど、一つ問題があるよ」
人差し指をピンと立ててシノンは言った。
「
「あ、あぁ……そっか……」
気まずそうに視線をずらしたキリトが続ける。
「確か初出場の中でシノンが知らないやつは三人だったよな? そのうちペイルライダーは
「もし両方街にいたら迷ってる余裕はないわよ」
ゆっくりと進めていた歩みを止めた。
「あのさ、ふと思ったんだけど……。『銃士』をひっくり返して『士銃』――
「うーん……いや、まぁキャラネームなんてみんな安易だと思うけどなぁ……」
顎に手を当てて首をひねるキリト。
「俺は本名のモジリだし、キミは?」
「……私も」
二人とも見合ってしまう。
互いに苦笑いをして、空気が少しだけ和む。
「よし、両方いた場合は銃士Xの方に行こう」
キリトが廃墟都市へ歩みを進めながら言う。
「もし俺が、ペイルライダーと同じようにマヒしても慌てず狙撃体勢に入ってくれ」
「え?」
「
「……狙うのはあんたかもしれないよ?」
「キミはそんなふうに俺を撃たないことぐらい、もうわかってるさ。……さ、時間だ。頼むよ、相棒」
ポンと肩を叩かれたシノンは何とも言えない表情で先へ進むキリトの背を見る。
「協力するのは今だけだからね!」
そう叫んでキリトの後を追いかけた。
✝ ✝ ✝
ジャックが本戦で戦うのをちょっぴり楽しみにしているプレイヤーは三人いた。
シノン。
キリト。
そして
シノンはGGOで一番交流のあるプレイヤー。
キリトはフォトンソードをメインに使う変わったプレイヤー。
ステルベンはプレイヤーネームが強気だと思った。
そんな単純な理由だが、彼にとってはそれだけで充分だった。
ジャックからしてみれば今までの戦いは全て前菜の前の軽いお話。これから料理が運ばれてくる。つまりはこれからが本番というわけだ。
シノンはメインディッシュ。
キリトはスープ。
ステルベンはオードブルだ。
よって、彼の中で相手にする順番はすでに決まっていた。
まずはステルベン。
次にキリト。
最後にシノン。
この順番で相手の首を狩り取っていくと決めていた。
そんなジャックだが、現在は廃墟都市のビルの屋上に立っていた。
あたりを一望するには最も適した場所であり、獲物を見つけるための行動だ。
しかし。
彼の瞳にはシノンが狙撃され、倒れていく姿が映った。
ジャックは目を見開いた。
それはシノンが狙撃され、スタンして倒れ伏したからではない。
突然景色が歪み、そこからボロマントが――ステルベンが現れたからだ。
「だからサテライト・スキャンしてもわからなかったのか……。クソが――ッ!」
思わず漏れたその言葉。
そう、ステルベンが装備しているのは『
噂には聞いていたが、まさか所持しているプレイヤーがいるとも思わなかったジャックは、プレイヤーが本戦で使うという可能性をゼロとしてしまっていた。
その愚かさから自らを叱咤する。
だがすぐにそんなことはどうでもいいと思考を切り替える。
獲物が自ら姿を現し、他の獲物を狩ろうとしている。こんな絶好のチャンスはないのだから。
ジャックからシノンとステルベンまでの距離はおよそ1km――全力を出せば数十秒でたどり着く。
そう頭ではじき出したジャックは、自分のいるビルの隣のビルに目がけて鎖を放り投げた。
分銅がビルに引っかかり、鎖が巻き付く。
鎖の端を持ったジャックは、ビルから飛び降りた。
振り子のように隣のビルへと吸い込まれていく間、彼は腕に鎖を巻き付けるこによって高度を保つ。そして上手くビルの屋上に着地した。
目標の地点までの距離は、残り800mを切っていた。
✝ ✝ ✝
マップを確認し、銃士Xの下へと向かったキリトと別れたシノンは、ほんのわずかだがキリトのことを考えていた。
――
そんな余計なことを考えていたからだろうか。
あっさりと狙撃されて地面に倒れ伏してしまった。
視界が一瞬闇に呑まれ、再び開けた時にはもう地面に倒れ伏していた。
右端のステータスバーにはご丁寧にスタンを表す黄色い稲妻のマークがある。
――なに……?
あまりにも突然のことで思考が止まりかけるが、バチバチと音を鳴らす物体が自分の右肩に突き刺さっているのをどうにか目で捉えることで現在の状況が頭にぶち込まれる。
――誰?
確かに銃士Xはスタジアムにいた。では一体誰が……。
その答えは直ぐに現れた。
風景が人の形に歪んだその数秒後、あのボロマントの姿が現れたのだ。
ボロマントは恐怖を煽る様にゆっくりとシノンに近づいていく。チラリとマントが翻ったその下から見えた左手には、スナイパーライフルが握られていた。
目の前で立ち止まったボロマントが言う。
「キリト、お前が、本物か、偽物か、これではっきりする。あの時、猛り狂ったお前の姿を、覚えているぞ。この女を、仲間を殺されて、同じように狂えば、お前は本物だ」
殺す。
単純明快で恐ろしい言葉がシノンの頭に反響する。
「キリト、さぁ、見せてみろ。お前の怒りを。殺意を。狂気の剣を」
シノンは必死に腰のホルダーに収まるハンドガンに手を伸ばすが、スタンしているせいでほんの僅かしか腕が動かない。
「もう一度、見せてみろ」
ボロマントが十字を切るその左上に「REC」のポップが出ていることにシノンは気づいた。だが録画されているということよりも、この状況を脱したいという思いが強く現れる。
ようやく、ハンドガンに手がかかった。
だがボロマントの右手に収まるハンドガンのグリップを見て動きを止めてしまう。
――
この銃は、この拳銃は。シノンが幼少の頃に初めて使った――いや、使ってしまった。
なんで今ここに。なぜ今ここに。どうして今ここに!
疑問ばかり抱いてしまうシノンの思考は、荒れに荒れていた。
そうそれは――やっとの思いで掴んだハンドガンを取りこぼしてしまうほどに。
ボロマントが
ボロマントの赤い機械的な目に、あの男の顔が映った。
銃声と共に意識が停止、恐怖が体を支配する。
ボロマントの指が引き金にかかり、その引き金を今、引かれ――。
恐怖から目を瞑り、視界が闇に染まる。何もできない自分は死を待つのみ。
――だけど、まだ、死にたくない。
シノンがそう思った時だった。
バン、という
右下のステータスバーを確認しても、HPがゼロになっていない。それどころか一ミリも減っていない。
恐る恐る視界に光を入れると、そこには一本の鎖が宙から伸びていた。
シノンとボロマントは鎖を辿って空を見上げる。
視線の先には。
偶に出会う、それでもよく見知ったとても頼りになるプレイヤーがいた
――ジャックが地面に向かって落下していた。
✝ ✝ ✝
ジャックからシノンとステルベンまでの距離は残り200m。ちょうどビルの屋上から地上までの距離だ。
ここで普通のプレイヤーならビルの中に入り、階段を使用してビルを下るのだが……生憎とジャックは普通ではない。
彼はビルの側面を駆け下りて行った。
一切音を立てずにビルの壁を駆け下りるさまは、まるで忍者のようだ。
そしてシノンたちまでの距離が残り50mでちょっとした問題が起きた。
さすがのジャックもこれには一瞬血が沸騰しそうになるが、すぐに冷静になってシノンを生かすための行動に出た。
シノンたちまで残り30mのところでステルベンの引き金にかける指の力が強くなったのを察知して、鎖をシノンとステルベンの間に投げたのだ。
ジャックの腕力と重力に従って落下する鎖はもの凄い速度で突き進む。
そして。
見事にシノンを襲おうとした凶弾を弾くことに成功したのだ。
ステルベンが落下するジャックに顔を向けた。それを確認したジャックは、それはもう盛大に嗤っていた。
一瞬、ステルベンの体が硬直する。
それを見逃すジャックではない。
地面への着地と同時にスモークグレネードを地面に叩きつけ、スタンしていたシノンとヘカートⅡを抱きかかえた。そしていつも通りの変態機動を駆使してその場から離脱するべく走り出す。
だが一つ、いつも通りではないものがある。
それはシノンと馬鹿でかいヘカートⅡを抱きかかえているということだ。
いつもならできる高速機動も、シノンがいれば別だ。彼女が重りとなり、体の軸がブレにブレてなかなか速度が上がらない。
ふと、ジャックは背後からの殺気を感じ取る。
腰のホルダーからナイフの抜き、そのまま殺気をなぞる様にナイフを振るう。
キンキンキン、と金属同士がぶつかり合う音がする。ちらりとそちらに視線をやれば、真っ二つになった銃弾が三つ宙を舞っていた。
どうやらこのチャンスをみすみす逃してくれるほど甘い相手でもないらしい。そう考えたジャックは獰猛な笑みを浮かべる。
「ね、えぇ……。私の、ことは、いいか、ら。置い、て、いって」
冷や汗をかいているシノンが苦しそうに漏らす。
だがそうともいかないとジャックは冷静に思考を動かす。
何か決め手になるものが、逃走を成功させるためにはどうしたらいい。
考えに考えて出た結果が――
「ハァァァ!」
本戦前にシノンと一緒にいて本戦中も一緒に行動しているところを見た黒い長髪のフォトンソード使い――キリトにシノンを預けることにした。
突如現れたキリトは、ジャックたちの背後から迫る銃弾を彼の代わりにフォトンソードでさばいていた。その姿はジャックでも思わずひゅぅ、と漏らしてしまうほどアクロバティックなものだった。
「キリト、こいつを頼む」
「ちょっ、ま、おい!」
シノンとヘカートⅡをキリトに放り投げたジャックは、左腕に巻いていた鎖を開放して円を描くように振り回した。
その鎖の軌道に合わせるように銃弾がさらに飛んでくる。
全ての銃弾を弾いたジャックは、短くキリトに言う。
「行け」
「――っ! すまない!」
一瞬、目があっただけだが、キリトもそれで全てを理解したのだろう、すぐにシノンとヘカートⅡを抱きかかえて走り出した。
それを見送ったジャックは、キリトたちに背を向けるようにして立ち、向かってくる銃弾を鎖とナイフで処理をした。
ある時は鎖を振り回して。
ある時はナイフを縦横無尽に振り回して。
おおよそキリトたちへ向かうであろう銃弾の全てを処理した。
――そろそろか。
ジャックがそう思った瞬間、バギーのエンジン音が耳に届く。
これで一安心――ともいかない。
「よぅ、ステルベン。
「誰だ、貴様は」
追いついてきたボロマント――ステルベンがジャックから10mのところで立ち止まる。
「やはり覚えてないか。……まぁいいさ、プレイヤー同士が出会ったらやることは一つだろう?」
「ほざけ。貴様は、邪魔だ。ここで、殺す」
「――やってみろオードブル」
合図はなかった。
ジャックは医療用メスを投擲し、ステルベンはスナイパーライフル――L115A3を構えて間髪入れずに引き金を引いた。
チュイン、と高音があたりに響く。医療用メスとL115A3の銃弾がぶつかり合った音だ。これによって医療用メスは砕け散ってしまうが、そんなことをお構いなしにジャックはステルベンへ向かって走り出す。
ステルベンは逆にジャックから距離を取るべく、スモークグレネードを地面へ転がす。それを見逃さなかったジャックは、前傾姿勢を無理やり解除して後方へ飛び跳ねた。
なかなか晴れない煙の向こう側から、銃弾が数発飛んでくるが、ジャックは手に握るナイフで全て捌いていく。
――煙が晴れる。
互いの姿をさらし出した二人の手には、重火器は一切握られていない。
ジャックの手にはナイフが。
ステルベンの手にはエストックが。
そう、銃を冠するこの世界で二人が手にしている武器は刃物なのだ。
「貴様、その身の、こなし。――同士か」
「おいおい……。冗談でもお前たちと一緒にしないでくれ。お前たちは自らの快楽の為、俺は――仕事だ」
「ほざけ。どんな、建前を、吐こうが、本質は、変わらない」
「まぁ、お前たちのリアルがどうだか知らないが、俺は仕事だ。そういう境界線はきっちり引いてる」
やれやれといた様子でジャックは首を振る。
「まぁそんなことはどうでもいいじゃないか。さぁ、殺ろうぜ。お前もそれを望んでるだろ?」
「当たり、前だ。貴様を、倒して、俺の、強さを、証明する」
合図はない。
それでも同時に二人は走り出す。
ナイフを逆手に構えたジャックは、ステルベンが繰り出す刺突を丁寧に一つ一つ捌いていく。
刺突は全て人体の急所を狙われたものであり、その事実に少しだけ感嘆するのだがすぐにそんな思考は振りきる。
再び交錯。
まるで舞を躍るかのように可憐に、芸術的な動きでジャックは攻撃をする。その攻撃をエストックの腹で捌いていくステルベンの体が一瞬硬直する。
その一瞬を見逃すジャックではない。
ナイフで連撃を繰り出し、ナイフに意識が集中したのを見計らって回し蹴りを放った。その蹴りは綺麗にステルベンの腹に突き刺さる。
ポーン、地面と水平にぶっ飛ぶステルベンを追いかけるようにジャックは走り出した。
しかし。
ステルベンは数メートル飛ばされたところで体を捻って地面にエストックを突き刺すことで停止したのだ。
完全に虚を突いたと思ったのだろう。ステルベンの赤い機械的な目が怪しく輝いた。
前傾姿勢で体重が乗りに乗っているジャックは足を止めることはできない。加えて回避の動作を取ることもほぼ不可能。
その状態の彼にステルベンは容赦なくエストックを差し向けてくる。
「――甘いぜ」
ジャックはニヤリと嗤って、顔面に向かってくるエストックに思いっきり右手で持つナイフをぶつける。その反動でジャックの体が右に錐揉み回転して地面に着地する。
着地と同時に飛び跳ねたジャックはステルベンの首を狩り取るべく腕を伸ばす。――が、すぐに腕を引っ込めてナイフを地面に突き刺して無理やり自分の体を引き留める。
――右足のかかとをエストックの刺突が掠める。
あのまま腕を伸ばしていればエストックが突き刺さり、一時的に使えなくなっていただろう。
地面に着地したジャックはステルベンの評価を少し上方修正する。
このまま戦っても無駄に時間を使うだけ。もしかしたら何等かの影響で自分が殺られるかもしれない。そう判断したジャックは切り札を一つ切るべく、今まで使用していたものとは違う鎖を取り出した。
いつも使用している鎖は先端に分銅がついている。だが今回取り出した鎖の先端は、壁などに突き刺さる様にクナイになっている。
これがどういう意味なのか、察しのいい者なら気づいただろう。
――ジャックは鎖を左右にあるビルの壁に向かって投げた。
やっぱり三人称は難しい。
今まで一人称しか書いてこなかった自分にはこの程度が限界。
あとこれからSAOをMX4Dで見てきます。
アスナ……。
もしかしたら明日か、来週末にFGOの新作上げるかも。
こっちは週一更新の一人称。
正直こっちのほうが面白いかもしれない。
読み手は選ぶだろうけど。
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GGO:04
BoBはこれで終わります。
次話でストックが切れるので、更新頻度が少し少なく――ならないように気合を入れます。
それではどうぞ。
ジャックの投げた鎖の端と端――クナイになっている部分がそれぞれ左右のビルに突き刺さる。
まるで防犯用のレーザーのように張り巡られた鎖は、見方を変えればステルベンを決して逃さない檻のようにも見える。
「舞台は整った」
ジャックによって静かに放たれたその言葉は、驚くほど綺麗に響く。
「――お前を殺す」
そう言った次の瞬間、ジャックはステルベンの目の前に現れた。
✝ ✝ ✝
シノンはキリトと砂漠にある洞窟の中で一悶着した後、ジャックがあの場に残ったことを聞いてすぐに戻ることを提案した。
理由としてはジャックを心配してというのが大半だが、ジャックがあのステルベンとどのように戦うのかが気になったのだ。
ジャックと
シノンはあまり気にしている様子はないのだが、キリトが何かを考え込んでいるような仕草をするせいで、シノンが話しかけることをためらっている状態だ。
「なぁシノン。一つ聞きたいことがあるんだ」
「なにかしら?」
ようやく沈黙を破ったキリトに、シノンは少しだけ顔を緩ませる。
「あのジャックってプレイヤーはいったい何者なんだ?」
「……というと?」
シノンは少しどもってしまう。それはキリトの固い表情を見てしまったからだ。
「前にあいつとは二つ前にやっていたゲームで見たような気がするって言っただろ?」
「あ――」
シノンは気づいてしまった。
キリトが二つ前にやっていたゲーム、それは洞窟内で聞いたことが真実だとすればSAOだ。
ゲーム内でHPがゼロになれば、現実世界で実際に死んでしまうデスゲーム。その中にジャックがいたという事実を、改めて突き付けられてしまった。
「ジャックがSAOにいたとする。あれほど腕があるプレイヤーなら、最前線――攻略組にいてもおかしくない。そして俺は攻略組にいるやつの顔、名前、プレイスタイルは全て覚えてる。それでもあいつの顔と名前が出てこないんだ……」
つまりは。
ジャックは攻略組で戦っていなかったのにあの力量ということ。そして人を殺すのに長けたプレイスタイル。
もしかすると――
「もしかして、あいつはSAOでレッドギルドにいたんじゃないか……?」
「――っ!!」
わかってはいた。
ジャックが初めてGGOに来たときから、やけにPKが上手いと感じていた。
でも、だけど。
それがSAOでのレッドギルド――つまりは人殺しからくるものだとは思いたくなかった。
どんなに否定しようが、キリトの言った言葉はほんの数パーセントの可能性を導きだしている。
彼を人殺しだとは思いたくない。だから、そのためにも。
「……まず、彼がSAO
「そう、か」
「でも」
「でも?」
「わからないなら直接本人に聞けばいいでしょ?」
シノンの言葉にキリトの表情が固まる。
「なに驚いてんのよ。あいつとは仲いいし、別にこそこそ調べなくても大丈夫よ」
「でもなぁ……」
「心配ないわよ。きっと」
「そうか……」
よし、と気合を入れて廃墟都市に立ち並ぶビルを見据えて立ち止まる。
「さぁ、行きましょう」
「あぁ!」
二人は廃墟都市へと舞い戻った。
そこで二人が目にしたのは――
「うそ……でしょ……」
「おいおい……」
――鎖を足場にして中央無尽に駆けまわり、一方的に
✝ ✝ ✝
狩場を作り上げたジャックの雰囲気が変わる。
今までも容赦はなかった。それこそ、ステルベンと同等かそれ以上に。
どこかに慈悲というか人間らしさが見え隠れしていた。だからその隙をついて殺してやろうとステルベンは思っていた。
だが今はどうだろうか。
その人間らしさは一切姿を見せず、まるで
立ち姿、雰囲気、武器の構え方。その全てが人を殺すのに最適化されたものだ。
「――此よりは地獄」
コツコツとブーツの踵で地面を鳴らす。
「――俺たちは炎、雨、力」
ジャキリとナイフ同士が擦れ合う音が響く。
「――殺戮をここに……!」
瞬間、ジャックの姿が視界から消える。
彼を探そうとステルベンは辺りを見回すが、姿を捉えることができない。それでも彼を探す手がかりは残っている。
チャリチャリと僅かに成る鎖だ。
空中に張り巡られた鎖をジャックが足場にした時に僅かに軋む。その音が唯一の手がかり。
だがその軋む音があまりにも連続で響くものだからそう簡単には探し出せない。
――もうその時点で勝敗は決していた。
「ぐ、あ――」
上下左右、ありとあらゆる方向からステルベンは切りつけられる。
まるで
だが、それは、あまりにも無意味だった。
刺突され、向かってくるエストックを指で挟んで手首を捻りほんの少し行先を変えるという作業で避けて見せた。
「この、化物、が――!」
それはステルベンの予想を超えたジャックからの攻撃に対する悪態。
だがジャックの表情は一切変わらない。
ただ目の前にいる敵を殺すという目的を達するために体の動きを最適化してそれ通りに動かしていく。
鎖から鎖へ跳躍を繰り返すことによって成立する市街地での立体高速戦闘。
ここまで有利に戦えるのならなぜ誰もやらないのかと思う者もるだろう。
簡単な話だ。――誰もできないのだ。
もともとこの戦闘スタイルには必要な要素が最低でも三つある。
一つ、
二つ、人類最高峰の空間把握能力。
三つ、自分の体の最大行動範囲の完全掌握。
この三つを用意できれば、一応は再現することができる。
AGI極振りの
これができればほぼ完成。あとは訓練あるのみ。ここから先は根気と努力がものを言う世界だ。
ジャックには根気も努力もあった。――いや、
彼が生き残るにはこれを覚えなければいけなかった。覚えなければ――死んでいた。
生存本能から生み出されたこの立体高速戦闘は、ジャックの唯一無二のもの。それを真似るのは結局のところ、不可能に近いということだ。
その立体高速戦闘を持ち出されてしまえば、ステルベンに成す術はなかった。
✝ ✝ ✝
シノンは目の前で繰り広げられる一方的な殺戮ショーを呆然と眺めていた。
まだまだ他にプレイヤーがいるにもかかわらず、棒立ちして眺めていた。
まず、自分を狙い撃ちしたあの
次に、先ほどまではなかった鎖で形成されたジャングル。
最後に、鎖を足場に目に映らない速度で
これだけのことをされたら棒立ちするに決まっている。
現に隣にいるキリトだって呆然と眺めている。
「し、シノン……」
「な、なによ。どうかした?」
恐る恐ると言った様子で声をかけてきたキリトにシノンはどもってしまう。
「あいつは……あいつは
「え――?」
キリトから放たれた言葉の意味が一瞬、わからなくなる。
SAOで最前線を張っていたキリトが攻略組でもレッドでもないと言った。
それなのにあの戦闘能力。シノンは、ますますジャックのことがわからなくなってしまった。
「――でも」
「でも……?」
「あいつの戦闘スタイルは一度だけ見たことがある」
「――っ!?」
それは何よりも吉報だった。
たった一度、されど一度。
一度だけ、それも見ただけ。共闘はしていないが、見たことがあると言った。
シノンは問いただしたい気持ちを必死に抑えて、キリトの言葉に耳を傾けた。
「あれは確か……そうだ。第1層の地下迷宮。その最深にあるコンソールを守る番人――ザ・フェイタルサイズと戦っていた」
「第1層ってことはゲームが始まったばかり頃なの?」
「違う。俺が第1層地下迷宮に行ったのは最前線が第70層を超えた辺りだ。だからMobが第60層並みなのに少し驚いていた。でもザ・フェイタルサイズはそんなもんじゃなかった」
ごくりと生唾を飲み込むような感覚が襲う。
「ザ・フェイタルサイズは第90層クラスのモンスターだった」
「90層!? それって絶対に勝てないじゃない!?」
「そうだよ……。だからこそ俺は驚いたんだ」
「……どういうこと?」
「あいつは――たった一人でザ・フェイタルサイズと渡り合って、最後には勝って見せたんだ」
「――っ!?」
驚くほかなかった。
自分の知らないジャックがまさかそんなに化物じみていたなんて。
でもこれで説明がつくこともある。
彼がまだGGOに来てばかりの頃の異常な強さ。
百戦錬磨の戦士のような戦いっぷり。
銃を使わずナイフのみで戦う戦闘スタイル。
ジャックのよく分からない強さの根元がほんの少しだけだけどわかったような気がする。
今はそれがわかっただけでもいい。
少しでも知れたので良しとしよう。
まぁ、まだ同一人物と決まったわけではないのだけれども。
だからこそシノンには引っかかることが一つあった。
「仮にジャックとその人が同一人物だとして、どうして彼はSAOで攻略組にいなかったのかしら」
「……確かにそう言われてみればそうだ。死ぬのが怖いからってこともないだろうし、あれだけの戦闘力もある」
死ぬのが怖ければ圏内から出ることなくガタガタ震えてるだけの木偶になる。
そいつにはソロでやっていくには充分過ぎる戦闘力もある。
それなのに攻略組では見かけない。
可能性を複数考えた挙句、シノンは一つの結論に至る。
「あ……。もしかしてキリトが気づいていなかっただけとかない? ほら、ジャックって基本的に顔を隠してるじゃない?」
「俺もその線は考えたさ。でも戦闘スタイルが特殊過ぎるからわかるはずなんだよなぁ」
「なるほど……」
ナイフの二刀流で戦う特殊な戦闘スタイルだからこそ見間違うはずがない。
再び悩み込んでしまう二人だったが、シノンがハッとして言う。
「ナイフを、使ってなかった……?」
「どういうことだ、シノン」
あまりにも突拍子のない考えにキリトが詰め寄る様に問う。
「いえ、その、単純な考えなんだけど。――ジャックはSAOでナイフ以外の武器を使っていたんじゃないかなって」
「……そうか。そういうことか!」
「何か心当たりでもあるのかしら?」
「――ある。メインに死神が持っているような大鎌を装備して、サブにナイフを使っていたプレイヤーがたった一人だけいた」
ごくりと二人は生唾を飲み込む。
「そいつは俺たち攻略組が第73層のボスを攻略をしようと部屋に入ったときに先にたった一人で入っていた。そしてたった一人でボスを倒して、大鎌を肩に担いで嗤っていた」
「そ、そのプレイヤーの名前は……?」
恐る恐るキリトに尋ねるシノン。
開かれたキリトの口は、錆びたブリキの玩具のようにぎこちなく動いた。
「――ジャック・ザ・リッパー」
✝ ✝ ✝
ジャックは既に飽きていた。
ステルベンがやけに強そうな雰囲気を出していたから本気を出したら一方的な虐殺ショーになってしまったし、もしかしたら火事場の馬鹿力が発動するかもしれないという淡い期待をしたのだがそれも綺麗に外れてしまった。
故に彼はあっけなく、まるで呼吸をするかのようにステルベンの首を狩り取った。
それはもう鮮やかだった。
今まで通りに、すれ違いざまに軽く挙動を変えて、軽く首を狩り取って見せた。
あまりにも呆気ない決着に元凶であるジャック自身も少し戸惑ってしまうが、ここは戦場だということを思い出して直ぐに思考を入れ替えた。
なぜならまだ気配が二つほど近くにあるから。
腕を振ってビルの壁に突き刺さるクナイを無理やり引き抜いて鎖を回収したジャックは、すぐに気配がある反対の方向へ走り出そうと一歩を踏み出した。
だがその瞬間、
「待って!」
聞き覚えのある少女の声が耳に届く。
次に出そうとしていた二歩目を無理やり止めて振り向いたその先には、やはり見知った相手である少女がいた。
水色の髪にところどころ露出した肌が妙に艶めかしい戦闘服に身を包んだ少女――シノンだ。
「あぁ、キミか。どうした? ここは戦場だぞ。出会ったら最後、誰が相手だろうが死ぬまで容赦はしない。だがまぁ、キミと俺の仲だ。その『待って』に免じて待ってあげよう」
両手でナイフを弄びながらそう答えると、シノンは半歩後ずさった。それでもシノンとジャックの距離はほんの数m。ジャックの射程圏内だ。
恐らく恐怖からとったその行動だが、彼は別に気にしてはない。
ショックだとか、残念だとか、そういう類の感情は抱かなかった。
なぜならここは戦場。ふとしたことが原因で身近な人物が恐ろしくなることはいくらでもあるのだ。
「……もう私たち三人しか参加者は残ってないの。それで提案があるのだけれど……いいかしら?」
「いいよ」
「じゃあ――こういうことで」
ジャックとキリトはシノンからプレゼントをもらった。
それはキィキィと音を発する球体――言ってしまえばグレネードだ。
キリトは受け取ったグレネードをまじまじと見て固まってしまったが、ジャックは違った。
グレネードを受け取った瞬間、爆発間近だということに気づき、すぐにシノンに向かって投げ返した。そして自分は鎖を近くの街頭に向かって放り投げて退避行動を取った。
だが――それも虚しく、追加で放り投げられたグレネードの爆発に巻き込まれて呆気なく死んだ。
その瞬間、第三回バレット・オブ・バレッツの優勝者が決まった。
『第三回バレット・オブ・バレッツ WINNER Jack Sinon Kirito』
✝ ✝ ✝
GGOにあるバーのカウンター席に座る一人の男は顔を歪ませてグラスを握りつぶしていた。
「クソッたれ……! あの意味のわからないジャックとかいうヤツまで生き残って挙句の果てには優勝しやがって……!」
憎らし気にテーブルに拳を打ち付け、両手で顔を覆う。
「こうなったら直接彼女の家まで行こう。それで直接優勝おめでとうって言って、直接想いを伝えよう。うん、うん、うん。それがいい、そうしよう」
バーから出て行った男は、ログアウトをするためにウィンドウを操作する。
「待ってて朝田さん。今、迎えに行くから」
男はねっとりとした声音でそう言い残してこの世界から消えていった。
次話でGGO編終了です。
他の話もこんな感じのテンポで行こうと思ってます。
劇場版SAO四周目を無事にMX4Dで見てきました。
まぁ、あれです。
終わった後に座席を見たら見事にポップコーンがね。
友達はのどにストローを突き刺してました。
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GGO:05
シノンこと朝田詩乃はGGOからリアルに戻って一息ついていた。
これから彼女には、ジャックに対して様々な質問をぶつけるという重大な任務が待ち構えている。彼を前にしてあたふたしないためにも、ベッドで横になって頭を整理していた。
詩乃がジャックに聞きたいことはそれなりにあった。
SAOをプレイしていたのか。
SAOをプレイしていたとしたらどんな生活をしていたのか。
どうしてGGOをプレイしようと思ったのか。
どうしてGGOで一番初めに自分に声をかけてきたのか。
そして一番聞きたいのは――。
どうして、自分なんかと恋人の関係になったのか。
人として最大の禁忌とも言える■■■をしてしまった自分と、どうして綺麗なあなたが……。
ぐるぐるぐるぐると色々な感情が渦巻くが、それを無理やり振り払ってベッドから立ち上がる。そして部屋の明かりをつけた。
簡易クローゼット、ベッドの下、バスルーム。その三つを確認して思わずしゃがみこんでしまう。
キリトが言っていた
――ピンポーン。ピンポン、ピンポーン。
「――っ!?」
シノンはドアチャイムの音に過剰に反応した。
それもそのはず。
よく彼女の家に来るジャックはドアチャイムを使わずにドアをノックするのだ。それもドアをノックする前にちゃんとメールやら電話やらで連絡もしてくれる。
それがないということはジャック以外の人物がドアを挟んだ向こう側にいるということ。
宅配便は頼んでない――よって排除。
キリトが来た――可能性はゼロではない。
ジャックが来た――どんな状況でも冷静な彼が連絡をしないはずがない排除。
どれも可能性が低くてあてにならない予想ばかりだ。
しかしこうも連続でドアチャイムが鳴らされてはたまったものではない。
シノンはどうするか悩んだ末に一つの結論を導き出した。
――ドアチェーンを掛けて応答しよう。
単純なものだがこの状況を打破するには最適な答えだ。
ドアチェーンがしっかりとかかったのを確認した詩乃は、玄関ドアの鍵を開錠する。
瞬間、勢いよくドアが引っ張られ、チェーンが伸びきってドアが完全に開かれるのを阻止した。
「ひ――っ」
短く悲鳴を上げて尻もちをつくシノン。
恐怖からガタガタ震える体を両腕で抱き、どうにかして落ち着こうとする。
――そう、そうだ。ジャックに来てもらおう。
そう考えたシノンは、ポケットに入っていたスマートフォンを取り出して、一心不乱に電話帳をスクロールする。
ジャックの連絡先を探しているこの間にも、ドアは開けたり閉めたりされており、一層彼女の恐怖心を煽った。
どんな人が外にいるのか気になったシノンは、顔を一瞬上げてしまった。
「――やぁ、朝田さん」
そこにいたのは、同じ学校に通っている少年。よく見知った少年だった。
GGOでもよく会話を交わし、フレンド登録までしている。
彼の名は――
「シュピーゲル……。い、え……新川、くん……!?」
名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、ドアを挟んだ向こうにいる少年――新川恭二はニコリと笑った。
「優勝おめでとう。お祝い持ってきたんだ。ここ、開けてくれないかな?」
ニコニコと笑った顔と有名ケーキ店の小箱が詩乃の目に映し出されるが、彼女は一切動けないでいた。
まさか友達がこんなに怖く感じるなんて思っていなかった。
初めての経験に詩乃の体がなかなか動かない。
――誰か……助けて……!
瞑った目の端から涙が滴り落ちる。
「お、お前――!!」
バッと顔を上げて目を開く。
焦ったような恭二の声とは別に、今もっとも聞きたかった声が聞こえてくる。
「――おい。人の女をそんなに怖がらせるなよ」
それは紛れもなくジャック本人の声だった。
✝ ✝ ✝
ジャックこと
別にメールや電話で聞いても良かったのだが、なんとなく実際に顔を顔を合わせて話をしたかったのだ。
それが功を奏した。
アパートに着き、意気揚々と詩乃をどういじってやろうか考えていた彼の目に映ったのは恭二が詩乃の部屋のドアを何度も開けたり閉めたりしている姿だった。
尋常ではないその行動に、思考を入れ替えた士郎はすぐに警戒対象へ近づいていった。
「――おい。人の女をそんなに怖がらせるなよ」
「あ……? お、お前が……お前か――ァ!」
そう叫びながら右手にどこからか取り出した注射器を構えて突進してきた恭二に、士郎は溜息を一つ吐いた。
恐らく戦闘処女なのだろう、あまりにも拙い突進に士郎はつまらなさそうに対応する。
「クソクソクソクソクソクソが――ァ!!」
叫びながら突き出される注射器の針を全て躱し、
「――そら」
そんな掛け声と共に注射器が握られている手に手刀を落とした。
手刀を落とされた腕の持ち主である恭二は、腕を抑えてうずくまる。その腕にはうっすらと紫色の痣が浮かび上がっていた。
地面に転がっている注射器を拾い上げた士郎は、中に込められている透明な液体を眺める。
透明な液体という情報だけでは液体の名称を特定することはできないが、ただの水が入っていないことだけはわかった。
さて、恭二を縛り上げて尋問でもするかと振り返ったその時だった。
「ざまぁみろ!」「士郎!」
士郎の腹に注射器を刺した恭二と、それを見て彼の名前を呼んだ詩乃の叫び声が重なって聞こえた。
まじまじと腹部に突き刺さる注射器を見た士郎は、次いで注射器のガスケットが目一杯まで押し込められているのを確認した。
「こ、これでお前も終わりだ! やっと僕はシノンと一つに――ぐほぉぁ!?」
歓喜に震えて言葉を紡いでいた恭二の顔を、士郎は容赦なく殴りつけた。
錐揉みして吹き飛んでいった恭二を一瞥し、下に落ちた注射器を拾い上げた士郎は、注射器に血が付着していないのを確認して一息ついた。
「シノン、部屋に入って警察を呼んでくれ。鍵はしっかりとかけろよ。俺はこいつを縛り上げるから」
「わ、わかった! そ、その……お腹、大丈夫なの?」
「ん? あぁ、問題ない。ライダースーツの下にプロテクターを着こんでたからな。それが注射器の針を抑えてくれたらしい」
「そう……よかった。気をつけてね」
「あぁ、任せろ」
詩乃が部屋に入り、しっかりと鍵を施錠する音が聞こえたことを確認した士郎は警戒しながら恭二へ近づいていった。
だが恭二が気を失っていることを確認し、すぐに過剰な警戒をやめる。
腰のポーチからバイクを施錠するためのチェーンを取り出し、恭二の両手首と両足首を纏めて巻き付け鍵をかけた。
それから数分後、警察の到着を知らせるパトカーのサイレンの音が士郎の耳に届いた。
✝ ✝ ✝
詩乃の家へ恭二が襲撃をしてから数日が経ち、各々が日常を取り戻し始めていたある日。詩乃はキリトからダイシー・カフェへ来てほしいと連絡を受けていた。
もちろん、簡単に了承できるものではなかった。
正直、面倒だったのだ。
指定された日は平日。学校帰りに行くには割と距離がある場所に態々行くのは気が進まなかった。
何より詩乃には放課後は士郎とデートをするという新しい日課ができていたのだ。
そこで詩乃はキリトに妥協点を出した。
――ジャックも連れて行っていいなら行くわ。
士郎を足として使うついでにキリトたちにジャックの正体を教えてやろうと思ったのだ。
もちろんこれをキリトは了承し、詩乃は士郎を連れてダイシー・カフェに行くことになった。
そのダイシー・カフェに行く日が今日だ。
詩乃とは違う学校に通っている士郎が詩乃の学校の校門前まで迎えにくる手筈になっている。
なっているのだが……。
「あ、朝田さん! どういう知り合い?」
「もしかして彼氏?」
「「ふぁぁ……!」」
クラスメイトの女子二人にそう囁かれた詩乃は、余計なことを考えないように校門前で停めたバイクにもたれかかって空を見上げている士郎の元へ歩いていった。
「ちょっと! 確かにここを指定したのは私だけど何でこんな……もうっ!」
「悪い、車にすればよかったか?」
「そういう問題じゃない!」
士郎からヘルメットをひったくるように奪った詩乃はさっさと被ってバイクの座席に跨った。
それを苦笑いして見ていた士郎も手早くヘルメットを被ってバイクに跨った。
詩乃が腰に手を回したのを確認した士郎は、慣れた様子でスロットルを開けてバイクを発進させた。
✝ ✝ ✝
ダイシー・カフェで詩乃と士郎を待っていたのはキリトとその彼女であるアスナ、リズ。そして店主であるエギルがいた。
軽く互いに自己紹介をした後、キリトは――キリトたちは本題を切り出した。
まず口を開いたのはアスナだ。
「あのね、朝田さん……詩乃さん。この店に来てもらったのには理由があるの」
「理由?」
続いてキリトが言う。
「シノン。まず、キミに謝らなきゃならない。俺、キミの昔の事件のこと、アスナとリズに話した」
「え……?」
「どうしても、彼女たちの協力が必要だったんだ」
「え……?」
詩乃は自分のあまりにも黒すぎる過去を知られたことに戸惑いが隠せない。
だがそんな彼女を無視してアスナが言う。
「詩乃さん、実は私たち、以前あなたが住んでいた街に行ってきたんです」
「なん、で……。そんな、こと……」
音を立ててイスから立ち上がり、逃げようとした詩乃の制服の袖をすかさずキリトが掴んだ。
「それはシノン、キミが会うべき人に会っていない、聞くべき言葉を聞いていないと思ったからだ。キミを傷つけるかもしれない。でも俺は、どうしてもそのままにしておけなかった」
「会うべき……人……? 聞くべき、言葉……?」
そんなことどうでもいいとんばかりに詩乃は士郎に向かって助けて欲しいと目で訴える。
助けを求められた当の本人は、目を瞑って沈黙を守っていた。どうやらここから詩乃を連れ出すつもりはないらしい。
でも、だからこそ詩乃は少し冷静になれた。
いつでも自分のことを一番に考えてくれる優しい彼。そんな彼が自分を連れ出そうとしないということは、私にとってこれから合う人はそれほどまでに重要な人なのだろうと。
店の奥から、人が二人現れた。
女性と少女だ。
イスに再び座った詩乃は、少しだけ冷静になって二人を見つめた。
女性が頭を下げると、少女もそれを見習って頭を下げた。
「あの……あなたは……?」
詩乃の消えてしまいそうな声で放たれた問いに女性がしっかりと答える。
「初めまして。朝田、詩乃さん……ですね? 私は大沢幸恵と申します。この子は瑞枝、四歳です」
四歳、という歳に何かが引っかかる。
「この子が生まれる前は、郵便局で働いてました」
「あ――」
詩乃の脳裏に、当時の記憶が蘇る。
あれはそう――カウンター越しで強盗に銃を向けられていた女性。
髪は少し伸びているが、目の前にいるのは確かにあの女性だった。
「ごめんなさい……。ごめんなさいね……詩乃さん。私、もっと早くあなたにお会いしなきゃいけなかったのに……。謝罪も、お礼すら言わずに……」
女性の目から涙が零れ落ちる。
目じりを指で押さえ、涙の後を消した女性は少女の頭に手をのせた。
「あの事件の時、私、お腹にこの子がいたんです。だから詩乃さん、あなたは私だけでなく、この子の命も救ってくれたの。本当に、本当にありがとう」
再び女性が頭を下げる。それに倣って少女も頭を下げた。
「命を……救った……」
呆然とする詩乃に、キリトが言う。
「シノン、キミはずっと自分を責め続けてきた。自分を罰しようとしてきた。それが間違いだとは言わない。でも、キミには同時に、自分を救った人のことを考える権利があるんだ。そう考えて、自分自身を許す権利があるんだ。俺は、それをキミに……キミ……」
キリトの拳が震える。
でも詩乃にはそれ以上にこちらへ来た少女が気になった。
少女は肩にかけていたバッグからクレヨンで絵が描かれた紙を差し出した。
その紙には、「しのおねえさんへ」の文字がしっかりと刻まれている。
詩乃は少女から差し出された絵を受け取った。
「詩乃お姉さん、ママと瑞枝を、助けてくれて、ありがとう」
手紙を持つ手に力がこもる。
目から熱い何かが滴り落ちる。
ありがとう――。
簡単な言葉だ。
誰でも言える感謝の言葉だ。
それでも。
今の詩乃には響いた。
少女が詩乃の右手に触れる。
「あ――」
詩乃は驚きから体を跳ねさせる。
「ふふっ」
だが、少女の笑顔を見て、詩乃も同じく笑顔を零した。
✝ ✝ ✝
詩乃が救った二人がダイシー・カフェからいなくなった瞬間、詩乃は思わず士郎に抱き着いてしまった。
それを士郎は受け入れ、優しく頭を撫でた。
しばらくして、詩乃は満足したのか士郎から離れて行った。その顔は少しだけ赤くなっていた。
さて、と息を吐いた士郎は、キリト、アスナ、リズ、エギルの方を見た。
「俺がここに来る許可が出たってことは俺にも言いたいことがあるんじゃないか?」
その言葉にキリトは意を決したように言う。
「お前は……SAOにいたのか……?」
「あぁ、いたよ」
続いてアスナが言う。
「あなたは第1層の地下迷宮で私とキリトくんに会ったよね?」
「あぁ、そんなこともあったな」
リズが言う。
「あんた、私の店でオーダーメイド品を頼んだわよね?」
「あぁ、確かに頼んだ」
エギルが言う。
「お前さん、馬鹿みたいにレアなアイテムをウチの店に売りに来たよな?」
「あぁ、行ったな」
それがどうしたと言わんばかりに士郎は淡々と答えていく。
そんな士郎を不安そうに詩乃は見つめる。
視線に気づいた士郎は詩乃の頭を一撫でした。
「――結局、何が聞きたいんだ?」
面倒だと言わんばかりに本題を切り出せとの要求にキリトが答える。
「ジャック……お前はレッドだったのか……?」
不安そうに、だが確かな声音で問われたそれは。
士郎の――ジャックの秘密に迫るものだった。
「レッドになった覚えはない。……あぁ、なるほどな。GGOで見せた俺の戦闘方法の秘密が気になるのか」
はっはっは、と士郎は笑う。
「そうだよな……。SAOを
「「「「――っ!?」」」」
士郎の言葉に四人が息を飲んだ。
そしてすぐにキリトが口を開いてまくし立てた。
「ま、待てよ……。SAOは第75層でヒースクリフを倒してクリアになったはずだろ!? ALOに強制的にコンバートされたプレイヤーもいたけど、確かに全員――まさか……」
キリトは気づいたようだ。
ジャックの、士郎の身に起きたことを。
「お前たちがSAOから脱出、もしくはALOに強制的にコンバートされた後も
✝ ✝ ✝
沈黙が場を支配した。
そんな可能性、誰が考えただろうか。
SAOがクリアされ、未だに目が覚めないプレイヤーがいたのはもちろん知っていた。何せ、キリトの最愛の少女であるアスナがそうだったのだから。
詩乃はあまりその辺は詳しくないのだが、大切な人が体験したことを知りたいという気持ちが大きくなった。
「ね、ねぇ士郎……。その時の話、聞いてみたいんだけど……。だめ?」
詩乃は伝家の宝刀である上目遣いで士郎におねだりをした。
「……まぁいいか。知られて困るようなこともないし――お前たちも興味あるみたいだしな」
SAO
「そうだな、じゃあ第75層が突破されてからの話をしようか――」
それから士郎は語った。
そして詩乃たちは聞いてしまった。
士郎が、たった一人残された鋼鉄の城でどんなことをしていたのか。
――その地獄の日々を。
タグにシノンを入れていたので察していた人は察していたでしょう。
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幕間:SAO
これ以上待たせるとまずいと思い、ダイジェストでお送りします。
解明しきれていない部分や、納得できないところも増えてしまうかもしれません。
安心してください、もう一度「幕間」はあります。
今度はリアルでの話になりそうです。
今回は基本的にジャックの一人称で物語が進んでいきます。
「」を使用しているところは三人称です。
それではどうぞ。
ジャックは呆然と立ち尽くす面々を見据える。
「とりあえず座りなよ。それなりに長い話になる」
はっ、とした様子でジャックの言う通りにイスに座る面々を見ながら、ジャックはシノンのアイスティーを半分ほど飲む。
シノンが少し不満そうな顔をするが、そんなこと関係ないとばかりに視線をずらす。
「さて、それじゃあ――取り残された俺の話をしよう」
✝ ✝ ✝
――ゲームがクリアされました。
そうアナウンスされた時、どれだけ救われたと思っただろうか。
やっとこの生活が終わる。
やっとこのルーティンを終わらせることができる。
やっと現実に帰れる。
周囲の人間が次々にログアウトをしていく姿を見ながら俺はそう思った。
一人、また一人と笑顔で消えていく。
そして――誰もいなくなった。
俺以外のプレイヤーは全員アインクラッドから姿を消した。だが俺は未だにアインクラッドにいる。
もしかしたら何等かの手違いでまだ残っているだけなのかもしれない。そう思って一日だけ始まりの街でぼーっとしていた。
夜が明けた。
俺は未だにアインクラッドにいた。
たった一人で、鋼鉄の城に取り残された。
アインクラッドに取り残された俺は、さらにもう一日だけ始まりの街にいた。やはりバグか何かで一時的に取り残されているだけかもしれないと思ったからだ。まぁそんなことはなくて、何日経ってもログアウトできる気配はなかったのだが。
ログアウトできないとわかった俺は、ログアウトするにはどうしたらいいのか考えた。
このまま外からの救出を待つ。
ログアウトボタンを連打して奇跡を願う。
第100層までクリアしてみる。
この三つから俺は「第100層までクリアしてみる」という選択肢を選んだ。
何でかって? そんなの決まってる。じっとしているのは性に合わないし、ログアウトボタンの連打なんて気が狂ったようなことできるわけないだろう?
そういうわけで第76層へ足を踏み入れた俺は、早速フィールドに出た。
本当は街を見て回ったりする方がいいのかもしれないが、俺はさっさとボスを倒して次の階層へ向かうつもりだった。
この時の俺のレベルは確か……115だな。マージンも取れてるから大丈夫だろうと思ったし、何より地下迷宮のボスが第90層クラスの奴らばかりだったから余裕すら感じていた。
しかしこれが間違いだった。
フィールドにでてMobを狩ってる最中にちょっとした違和感が生まれた。第75層以下の階層でMobを相手にしたときよりも手間取ったのだ。
このことを気のせいだと思って忘れるなんて愚かなことはしなかった。だが、階層が一つ上がったのだからこの程度は当たり前だと思ってしまった。
それが間違いだった。
第76層のボスにはナイフで挑んだ。
一番使い慣れている装備で、最高の状態で確実にボスを殺しにかかった。
そして驚いたよ。いくらナイフで攻撃してもダメージが1以上入らないのだから。流石にボスのHPゲージ五本分をダメージ固定では倒すのが辛いと思ったからすぐに対策を考えた。
弱点を見つけてそこを重点的に攻撃する。
これはアリだと思ったけど、もっと単純なことに取り掛かった。
そう、武器を変えることだ。
第1層の地下迷宮にいるボスからドロップした大鎌の武器――デスサイズに変えた。
身の丈を超える大鎌だが、重さはほとんど感じない。筋力値が高いわけではない。デスサイズがそういう仕様だっただけだ。
デスサイズに変えてからの初撃。しっかりとダメージを与えることができた。ナイフでの攻撃はほぼ通らないのにデスサイズは今まで通りのダメージを与えることができたのだ。
この二つの武器の差は何だと考えた。出てきた答えはプレイヤーメイドかドロップかの違いだ。
ここから俺が導き出した答えは、相応の階層の武器を使わないとダメージを与えられないということ。
ナイフの素材は75層以下でモンスターからドロップしたものを使っているが、デスサイズは推定90層以上のボスモンスターからのドロップしたものだ。差は一目瞭然だろう?
デスサイズとユニークスキルでどうにか戦えるようになった。ダメージはしっかりと入るし、ボスのHPも目に見えて減るようになった。
パターン化した攻撃を完全に読み切った俺は、デスサイズとユニークスキルのおかげで第76層を一日でクリアすることができた。
その日のうちに第77層に移動した俺は、まず始めに武器屋に行った。
主装備であるナイフが使えないのがとてつもなく痛い。よって、さっさと階層に適応できるであろう武器屋の商品を買うことにした。
納得できるレベルの品はなかったが、癖が少なくて扱いやすそうなものを六本ほど買った。どれも特別なスキルなんてついていないものだ。
カタログスペックなら今まで使っていたナイフの方が圧倒的にいい。だが結果として第76層で役に立たなかったのだから諦めて買ったものを使うことにした。
その日は一先ず迷宮には行かずに宿で一泊することにした。
今までの俺からしてみれば、この選択はありえないことだ。
昼夜を問わずにレベリングをして、地下迷宮に潜り込んでボスを倒していく。これをルーティンとしていたからゆっくり休むなんてことはしなかった。せいぜい安全地帯で小休憩を取るぐらいだ。
だがここからはそうとは行かった。
第76層のボスで今まで使っていたナイフが使えないという事態が起きた。不測の事態だ。
これから先、何があるかわからない。情報屋はいない、武器屋もいない、アイテム屋もいない。特に情報がないっていうのが一番辛かった。
今まで金を払えば手に入っていた当たり前の
フィールドモンスターの性質、ボス部屋までのマッピング、ボスの容姿に行動パターン。これがわからないのがどれほど大変なのかはお前たちでもわかるはずだ。
武器を買い替えた翌日、フィールドに出て早速試し切りをした。
違いを一目瞭然だった。第76層で感じた違和感は完全に無くなっていたし、ダメージもしっかりと入っていた。
そのまま調子に乗って第77層のボスを倒しに行ったんだが……まぁ余裕だった。
恐らくだが、宿に一泊したのが良かったんだろう。張りつめていた気持ちが少し緩んで余裕が生まれたおかげで動きに違いが出た。当時の俺もそう思い、それから毎晩宿でしっかりと睡眠をとることにしたし。
そこから第79層まではトントン拍子に上っていった。レベリングもボスを倒した経験値だけで事足りていたし、武器もとくに強化することなく進めた。
第76層でのピンチが嘘のように上手くいっていたよ。そしてこのままとんとん拍子で第80層もクリアできると思っていた。
✝ ✝ ✝
ふぅ、と一息吐いて、ジャックは首を回してこりをほぐした。
「ここまでで質問は?」
シノンたちを見て、面倒くさそうに言う。
「えっと、じゃあいいかな?」
キリトが恐る恐る手を上げ、ジャックが先を促す。
「第75層はクォーターポイントだった。だから武器の使用が制限されたってことか?」
「恐らくそういうシステムだったんだろうな」
「……なるほど、そういうことか」
キリトは自己解決することができたのだが、他の人が理解できていない。
それを察したのか、ジャックは説明するように言う。
「恐らく茅場は第75層という最後のクォーターポイントをクリアしたプレイヤーたちに軽い絶望を与える気だったんだろう。最後のクォーターポイントを突破し、少し浮かれたところに釘を刺す。クォーターポイント以上の絶望がお前たちを待っているぞ、とでも言いたかったんだろうな」
キリト以外もなるほど、と言った様子で納得した。
他には、とジャックが促すと、シノンが手を上げた。
「第76層で初めて宿を取ったってことはそれまで一切宿には泊まらなかったってことよね?」
「そうなるな」
「昼夜問わずにレベリングしてったって……本当なの?」
「そうなる。まともな睡眠は一切取らず、昼でも夜でも関係なく最も効率のいい狩場に行って根こそぎMobを倒していた」
「よく死ななかったわね……。いくらゲームの中とはいえ、長時間頭を働かせ続けていたら些細なミスだって出るはずだし……」
「俺も色々と必死だったからな。この体にも関係することだ」
「……そう」
ジャックが体のことを言った途端、シノンの声のトーンが少し下がる。
彼に気を使ってなのだろうが、彼の体のことを全く知らないキリトたちは何が何だかわからない様子だ。しかしそれを自分たちから尋ねるのは流石にデリカシーがないと判断したのか、深く突っ込むことはしなかった。
「さて、もういいか?」
ジャックの問いに、全員がうなづく。
「それじゃあ続きを話そう。と言っても第98層まで特に何もなかったから飛ばすけどな」
✝ ✝ ✝
第98層まで来た。
正直もう無理だった。
第89層までは良かった。ほぼ一日に一層ペースでクリアしていき、そのおかげで心も壊れずにゲームクリアという目標を達成できると信じ切っていた。
第90層からだ。本当の地獄だったのは。
まずMobの強さが異常に上がった。例えるなら第75層のフィールドボス程度まで引きあがっていて、今まで通り速攻で片づけることが不可能になっていた。
Mobでこの強さだ。ぞろぞろ湧いて出てくるMobでこの強さだ。
しんどいなんてもんじゃなかった。
頭から戦いが離れないんだ。
警戒が解けないんだ。
緊張が解けないんだ。
心が休まらないんだ。
食事をしているときも、アイテムを買っているときも、荷物を確認しているときも。
いつでもどこでもすぐそこにモンスターがいるんじゃないかと頭にチラついて警戒が解けなくなった。
宿で寝ているのにもかかわらず、夜は十数回目を覚ます。
街中で変な視線を感じたと錯覚して体が勝手に動く。
安全地帯にいても常に武器を持っていた。
そんな状態でも俺はフィールドに出てMobを倒してレベルを上げ、ボスへ挑んだ。
この時のレベルは180を超えていたはずだ。
今までの安全マージン何て役に立たないと思ったから、ここまで狂気的にレベルを上げたんだと思う。
そして挑んだ第98層。
まずギミックがとんでもなく面倒だった。迷宮区にいくつか隠されたスイッチを一つずつ起動しないと先に進めないんだ。
それが俺をさらに苛立たせた。
ボス部屋にたどり着いた俺はもう我慢の限界だった。
今までのストレスを全て吐き出すかのようにデスサイズを構えてボスに突進していた。
あの時はかけらも冷静ではなかった。とにかくストレスを発散したくてがむしゃらに突っ込んでいった。野生の獣みたいだったと思う。
ボスはドラゴンだった。
二種類のブレスを攻撃で使ってきたのだが、どちらも麻痺や出血などの状態異常効果が付与されていた。
そのブレスを辛うじて残っていた理性の一部で、武器防御のバトルスキルを使って防いでいた。
ブレスも頻繁に撃ってくるので、リズムよくスキルコネクトを使って連続攻撃を放つことはできなかった。
それも相まって俺のストレスはさらに加速して――気づいたら倒れ伏していた。
正直、死んだと思った。
恐らくブレスが掠ったんだと思う。麻痺と出血を貰って、体は動かないし出血のせいでHPはどんどん減っていく。バトルヒーリングスキルがあっても減っていくほどの出血だった
その場には俺以外のプレイヤーもNPCもいない。麻痺と出血を解除してくれる仲間はいない。
流石にもう無理かと思ったんだが……その時一人の少女が現れたんだ。
何の前触れもなく、突然に現れた。
綺麗な白髪に、赤い瞳。前髪を結っていて、それぞれの耳の後ろから三つ編みにされた髪が垂れていて、でもそんな綺麗な素材もフードを被っていて完全には見えなかった。
白いフードのあるケープを着ていた彼女は、今にも殺されそうだった俺の前に飛び出してボスの攻撃から俺を守ってくれた。
白銀の盾を両手で支えて、ボスの一撃から俺を守ってくれた。
少女は俺の方に視線を向けて何かを話したが、俺には聞き取れなかった。
だが次の瞬間、俺に掛けられてた状態異常が全て解除された。
俺が彼女に礼を言うと、彼女は後ろに下がって歌を歌い始めた。
すると俺に攻撃力強化のバフがかかった。
視線を向けると、少女は目で「行け」と促してきたのを今でも覚えている。
そこからは一方的にボスを叩いた。
攻撃パターンも読み切ったし、何より冷静になることができた。
そして一番の原因は突然現れた少女との会話だろう。
一方的に話しかけ合う、話のつながりがない、とても会話と呼べるものではないのはわかっている。それでも一人取り残されてから初めて街にいるNPC以外と会話することができた。
それが何よりも俺に活力をくれたんだと思う。
いつも決まった通りに返してこないNPCとは違う会話の仕方に何よりも救われた。
一人は辛いっていうのを俺は嫌ってほどSAOで学んだよ。
無事にボスを倒した俺は、少女にもう一度お礼をしようと思ったんだが、もう少女の姿はどこにもなかった。
その代わりに、録音クリスタルが一つ落ちていた。
それを拾って再生させると、ボスと戦っているときに少女が歌っていた歌が入っていた。
もちろんそのまま持って帰った。
そして何度も聞いた。
彼女の歌は俺の支えの一つになってくれた。
✝ ✝ ✝
話を切ったジャックは、エギルに頼んだコーヒーを一口飲み、質問を促した。
誰よりも先に手を上げたのはシノンだった。ジャックはそれを予測していたのか、少し口元を緩ませながら先を促す。
「その少女はプレイヤーだったの?」
「そんなわけないだろ。プレイヤーが突然現れて突然消えるなんてことはないだろうし」
「うぐっ……。あと、その……」
少し気まずそうにどもるシノン。
「その先は言わなくてもわかるからこう答えよう。別に好きでもないし、惚れたとかではない。言うなら、たった一人になって壊れていった精神を見事に救ってくれた
「なるほどね……」
「そう深く考えるな。きっと茅場が隠していたAIか何かだろう。サーバーが残っていれば手がかりの一つや二つ、簡単に見つかるさ」
「それを聞くと今すぐサーバーを壊してほしいと思ってしまう私がいるのだけれど」
「気にするな。俺からはそうとしか言えない」
コーヒーを飲みほしたジャックは、エギルにジンジャエールを頼む。
エギルは険しかった表情を緩めて、あいよと一言。テーブルの上にはグラスに入ったジンジャエールが置かれた。
ジャックが質問を促すが、誰も手を上げない。
ジンジャエールを一口飲んだ彼は続ける。
「それじゃあ続きを話すとしよう」
✝ ✝ ✝
第99層は通路を通って迷宮区に入ったらいきなりボス戦だった。
これにはさすがに驚きを通り越して呆れた。
そして同時に不信感を抱いた。
ボスとして部屋にいたのは第87層にいたボスだった。
もちろん問題なく倒した。一度戦っているだけあり、相手の攻撃パターンも完全にわかっていたし、なにより第87層で戦った時よりも弱かった。
ここで終われば簡単だったな、ラッキー。で済んだ。
俺はすっかり忘れていたよ。茅場の性格の悪さを。
二体目のボスが出てきたんだ。
今度出てきたボスは第94層で戦ったボス。
こいつも、もちろん倒した。弱体化していたし、攻撃パターンも知っていたから問題はない。
ただ第94層のボスということもあって、一体目よりも手間取ってしまった。
流石にもうないだろう、と思ったのだが……もう一体ボスが出てきた。
これもどうにか倒した。
三体目のボスは第97層のボス。流石に余裕なんてものはなくて、回復結晶を使う羽目になった。
ボスの三連戦で流石に疲れた俺は、もう出てこないことを祈った。だが現実は無常だ。
茅場は容赦なく四体目のボスを用意してくれた。
出てきたボスは第92層のボス。
三連続90層クラスのボスが出てきたのには流石に恨みたくなった。それと同時に、もしかしたらそろそろこの連戦が終わるんじゃないかという淡い期待も抱いた。
そしてそれは、期待から現実に代わった。
四体目のボスを倒した俺は、少し思考回路がイッたのか新しいボスが現れるのが待ち遠しくなっていた。
早くボスをよこせ!
さっさと獲物を用意しろ!
闘争を!
戦争を!
命のやり取りを!
なんて馬鹿なことを考えていた。
五体目として出てきたボスは初めて見るものだった。
思考回路がイッていた俺は、多分普通の人間が傍から見たら「馬鹿じゃないの!?」と叫ぶような攻撃方法をとっていた。
鎖を部屋に張り巡らせて、その上を跳躍して立体機動をしていた。GGOでステルベンと戦っているときに見せたアレだ。
鎖から鎖へ跳躍を繰り返して、すれ違い様にデスサイズで攻撃をする。今考えてみると、よくデスサイズが鎖に引っかからなかったなと思う。
その後に確か一度、ボスの広範囲かつ全方位技を喰らって麻痺と暗闇の状態異常を貰った。
麻痺はどうにかできたんだが、暗闇が厄介だった。
目を閉じても開いても真っ暗で視界はゼロ。それでもボスは構わず攻撃をしてくる。
音と風圧で攻撃を予測してパリィを成功させることもできたが、ほとんどの攻撃を掠ったり喰らったりした。
暗闇が解けるころにはもう回復結晶は無くなっていた。それでもHPのゲージはオレンジに入っていた。
この最高に高まっている集中力が切れたら死ぬ。
そう思った俺は死が近くに迫っていることに焦りながらもボス攻略を進めていった。
ボスはHPが残り僅かになった時にスキルを連発してきた。
おかげで組み立てた鎖の足場は全壊。フィールドもクレーターだらけで自慢の高速機動が使いにくくなった。
だがそこは集中力が最高に高まった状態の俺だ。攻撃をしっかりと見切って、ソードスキルを確実に当てにいってどうにか倒した。
ボスを倒したあとの俺のHPは残り数ドット。町娘にパンチを貰っても死ぬ程度しか残っていなかった。
✝ ✝ ✝
ジンジャエールを飲み切ったジャックは、エギルにコーラを頼む。
エギルは、先ほどと同じようにコーラの入ったグラスをテーブルに置いた。
「さて、質問は?」
ジャックの問いに誰一人手を上げる者はいない。
話を聞いている者たちの心は一つになっていた。
「了解した。それじゃあ最後の階層だ」
コーラを一口飲んで、彼は続けた。
✝ ✝ ✝
やっとの思いで第100層にたどり着いた俺は、準備をしっかりとしてボス戦に挑んだ。
紅い花を模した宮殿――紅玉宮。そこがボスがいるであろう場所。
その紅玉宮に続く道はとても綺麗で神秘的だった。
花があり、小川があり、橋があり。
楽園と言っても過言ではない光景がそこにはあった。
少しばかりその景色を楽しんだ俺は、小川に掛かる橋の上で録音クリスタルを取り出して少女の歌を聞いた。
最後のボスに挑む決心がつき、紅玉宮の扉を開け放った。
俺を待っていたのは今まで一番大きい人型のボスだ。
両手に剣を持ち、額に閉じた目のようなものがあった。
今までのモンスターといった感じではなく、神聖なもの――神のような見た目だった。神を見たことがないからあくまでも想像だが。
このボスは本当にひどかった。
何が酷いってダメージが一切与えられないんだ。
ボスの手前で不可視のバリアに阻まれてボスにまで刃が届かない。
何度も何度も攻撃してもバリアが破れる気配はない。
ナイフを使った――だけど駄目だった。
デスサイズを使った――だけど駄目だった。
ソードスキルを、ユニークスキルを、ありとあらゆる手段を。
俺の使える全ての力を出し切ったが――ダメージが入ることはなかった。
その代わりに俺は地面から生えた樹木に捕らわれて、ボスの額にある目から放たれるレーザーの餌食になった。
死んだと思ったよ。
あの攻撃は即死級だって直感で分かった上に、身動きも一切取れなかった。
何より目を瞑ってしまった。
だが気づいた。
いつまでたっても意識があることに。
目を開いて確認すると、録音クリスタルが宙に浮かび、不可視のバリアを俺の回りに張ってくれていた。
そのおかげか、俺を捉えていた樹木は粉々になって地面にばら撒かれていた。
俺を包み込むように球状に張られたバリアは、俺を乗せてゆっくりと地面に落ちた。そして俺が地面に足をつけると、バリアは霧散してバリアを張っていた録音クリスタルは砕け散った。
それと同時に、『Warning』の文字が目の前に浮かんだ。
続いてこういう文字が浮かんだ。
『強制ログアウトを行います。セーブされていない情報は失われてしまいます。あらかじめご了承ください。』
それは待ちに待った、俺が最も見たかった文字列だった。
✝ ✝ ✝
コーラを飲みほしたジャックは、目じりを親指で弾くと口元を緩ませた。
「まぁこんな感じで何故かログアウトできたわけだ。きっとどこかの剣士が姫様を助けたからだろう。礼は言っておく、サンキュー」
ジャックからの突然の礼に戸惑うキリトだが、すぐに状況を理解したのか苦笑いを返した。
「素直にその礼は受け取っておくよ」
「あぁ、そうしろ。貸し一つだ。俺の貸しは貴重だからな、本当に必要な時に返せって言った方がいい」
「そうするよ」
使うことあるのかなー、なんて思っているのが顔に出ているキリトをよそに、ジャックはシノンへ視線を向けた。
「俺がSAOで過ごした日々はこんな感じだ。何の面白みもなかっただろう?」
「うん……」
「そんなに素直に言われるとちょっとな」
「でも……」
「でも?」
「ますますあなたのことが好きになったわ」
「……それは良かった」
ジャックの目の前まで来たシノンは、そのまま彼に飛びついた。そしてその胸元に顔を押し付け、耳元へ移動する。
「あなたが生きていてくれて本当によかった……。これからもよろしくね」
「……あぁ。俺もお前と出会えてよかったよ」
静かに紡がれた二人の言葉は、二人以外に聞こえることはなかった。
ちなみに今話で私が伝えたかったのは、
1.ジャックの精神はSAOを一人で生きぬいたから強い。
2.ジャックの戦闘方法はSAOで研ぎ澄まされた。
3.ジャックの体には秘密がある。
ってことです。
未だにジャックの容姿が出ていないのですが、作者の中では決めました。
このままいけばジャックくんになると思います。
これからALO編に入ります。
ユウキとの絡みもあります。
キャリバーは正直どう絡ませようか悩んでいます。
最後になります。
OS編、書きますよ。
セリフも大体覚えることができたので問題はあまりなさそうです。
こんな感じですが、これからも妄想120%で頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!
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ALO_MR:01
キリトに誘われたからという単純な理由でALOを始めた士郎と詩乃。
士郎は闇妖精族――インプ。
詩乃は猫妖精族――ケットシー。
このように二人が別々の種族を選んだのだが、これには理由がある。
二人は基本的にキリトたちのパーティに参加して特殊クエストなどに付いていく。よって、均等に種族がわかれるようにというパーティーメンバーから無言の圧力があったのだ。
それで選ばされたとしても士郎は自分のプレイスタイルに合致する種族であり、詩乃も自分からケットシーを選んだので誰も損をしない平和な世界が完成した。
士郎のプレイヤーネームは〈Jack〉。
詩乃のプレイヤーネームは〈Sinon〉。
二人ともGGOと同じプレイヤーネームを使用している。
勿論、変えても良かったのだが変える理由がないということでそのまま流用している。
士郎――ジャックはALOの世界でも今まで通り――いや、今まで以上に変態機動をするようになったのだが、詩乃――シノンはそう上手くいかなかった。
GGOでシノンが使用していたメインウェポンはヘカートⅡ――スナイパーライフルだ。しかし、ALOにはスナイパーライフルはおろか、銃器の類は一切存在しない。同じ遠距離武器は弓ぐらいだ。
仕方がなしに弓を選択したのだが……その弓を作るのにものすごく時間がかかった。
やれ飛距離を伸ばせ、やれ弦の張りが弱い、やれ図体がでかい。
そんな文句をキリトのパーティメンバーで鍛冶師のリズに言いまくって、怒らせまくって、ようやくひと段落ついて、今使っている弓が完成した。それでもまだ飛距離が足りないなどと可笑しなことを言っているのだが。
三桁m級の狙撃を武器でやろうとする変態はALO中を探してもシノンただ一人だろう。
シノンがリズにダメ出しをしまくっている間、ジャックは自分の武器の調達するために一人でクエストに挑んでいた。
彼が欲した装備は、
北欧神話ではフェンリルを捕縛するためにドワーフたちが作った魔法の紐、もしくは足枷と登場する。
ALOでは先端にナイフの付いた鎖として用意されており、あるクエストをクリアした報酬として手に入れることができる。
そのクエストは、洞窟型ダンジョンの最奥にいる狼型のボス――フェンリルをボス部屋までの道のりにある宝箱からドロップした鎖で縛り上げることでクリアすることができる。
このクエストの面倒なところは、宝箱のダミーが多すぎることだ。
宝箱自体は簡単に見つけることができる。だがミミックだったり、スカだったりと、地味な嫌がらせが多いのだ。
その地味な嫌がらせに耐え抜き、フェンリルを縛り上げることに成功したジャックは見事に魔鎖グレイプニルをゲットした。
魔鎖グレイプニル。その『エクストラ効果』は『不壊』である。
文字通り何が起きても壊れることがなく、対象を縛り続ける。それ故に『不壊』。
北欧神話に登場するグレイプニルがフェンリルを縛って逃さなかったという伝承を元に付与されたものだろうが、この能力は持つものが持てば凄まじい効果を生み出す。
ジャックもその一人だということを忘れてはならない。
さらに彼のメインウェポンであるナイフ。これもただのナイフではない。
霧の濃い日限定のクエストをクリアして手に入れた『ザ・リッパー』という六本で一つのナイフ。
このクエストは霧の濃い街のエリアで幼い少女の霊を見つけ、仲良くすることでクリアすることができる。
一見簡単そうなクエストだが、幼い少女の霊と仲良くするのが大変なのだ。
ファーストコンタクトではクエストフラグが経ったと思ったらすぐに呪系の魔法を繰り出してプレイヤーを呪い殺そうとする。
それでもめげずにコミュニケーションを取ろうとすると、少女の霊が心を開いて仲良くしてくれる。最終的には「お母さん」と呼ばれればクリアだ。……ちなみに男でも「お母さん」と呼ばれる。他意はない。
クリア報酬はナイフ、『ザ・リッパー』とザ・リッパー専用のオリジナルソードスキル――OSS。どちらも極端な性能である。
ザ・リッパー専用のOSSを発動するには三つの条件をそろえる必要がある。
時間帯が夜。
対象が女性。
霧が出ている。
この三つの条件を揃えた上でザ・リッパーを装備しなければならない。制約は地味に面倒なものだが、その分その効果も凄い。
本人はあまりその辺りを気にしている様子はない。なぜなら、あまりにも強すぎて使ったらつまらなくなるから。
ジャックとシノンは、共にそれぞれが自分に合う武器を手に入れた。そして飲み込みの早い二人は、随意飛行も短時間でマスターしてしまった。
近接のジャックに超遠距離のシノン。二人は紛れもなく、ALO最強のタッグである。
✝ ✝ ✝
新生アインクラッド第24層主街区の少し北。そこにある大きな木の生えた小島。その木の根元に毎日午後三時になると現れ、立ち合い希望プレイヤーと一人ずつデュエルをする『絶剣』というプレイヤーの噂がシノンによってジャックの耳に届いた。
デュエルの勝者には報酬として十一連撃のOSSをプレゼントするという何とも太っ腹なものだ。
「で? その情報を俺に伝えてどうさせるつもり? まさか絶剣と戦えとでも?」
「別にそんなんじゃないわよ。まぁあなたと噂の絶剣のどっちが強いのかはちょっぴり興味あるけど……」
「はぁ……」
シノンの膝を枕にしてソファに横になって目を閉じていたジャックは、目を開いてシノンと視線を合わせる。
「そんなの俺に決まってるだろ」
当たり前のように紡がれたその言葉に、シノンも一瞬だけ固まってしまう。
「対人戦において俺に勝てる可能性があるのは今のところ
「……それってキリトのこと?」
「そんなわけあるか。あれはただのゲーム馬鹿だよ。どれだけやっても負けないね」
何を馬鹿なことを言っているんだとばかりに、呆れ気味にジャックは言った。
そもそも、ジャックとキリトたちでは戦闘スタイルがあまりにも違い過ぎる。
キリトたち――元SAO攻略組は、ソードスキルの使用を前提として戦闘を組み立てている。
確かにキリトも対人戦の打ち合いでソードスキルを使うことは少なくなったが、決め手としてソードスキルを使うことには変わりない。
対してジャックはと言うと、対人戦に限っては一切ソードスキルを使わない。
フィールドなどに出現するMobに対してはソードスキルをどんどん使う。その理由も、それがMobを倒すのに一番効率がいいからというだけのこと。
対人戦でソードスキルは必要がない。なぜなら人を殺すには首を落とすか心臓を刺せばいいから。そんな単純なことに隙ができるソードスキルを使う必要がない、というのがジャックの持論だ。
「その人ってALOをやってるの?」
「やってたらあいつに報告しないといけないからなぁ……。いないことを願ってる。今は確認できてないよ」
「そう……」
一瞬シノンの表情が陰るが、ジャックはあえて見えなかったフリをする。こういう時のシノンは自分のことを心配しているときだと知っているからだ。
「まぁ気にするな。九割以上の確率でそいつはALOは愚か日本にもいないよ」
「……ますます気になるのだけれど」
「気にするなって」
よっ、と言ってジャックが起き上がる。
「それじゃあ行ってみるか」
「え……?」
ポカンとしたシノンを見て、ジャックはニヤリと笑って言う。
「噂の絶剣のところだよ」
✝ ✝ ✝
噂の絶剣と戦おうという者はジャックだけではなかった。彼の他にもう一人名乗りを上げたのだが……それがアスナだった。
どちらが先に戦うかということでじゃんけんをしたのだが、ジャックはあっさりと負けた。その様子を見ていたシノンが猫耳をピクピクさせたのだが、ジャックは口に人差し指を当てて内緒にするように合図をした。
そして。
アスナと絶剣のデュエルが終わったのだが……。
「ALOであいつに勝つのは苦労しそうだな」
「どういうこと?」
ジャックが漏らした言葉に、シノンは緊張しながら尋ねた。
対人戦ではSAOで茅場を倒して英雄とまで呼ばれたキリトにでさえ楽勝と謳っている彼が、「苦労しそう」と言ったのだ。聞き返さないはずがない。
「あいつの十一連撃のOSSは正直欠片も脅威じゃない。あれだったらお前の狙撃のがよっぽど怖い」
「そうなの?」
「所詮人体の稼働区域内での動きだから読めないこともないし、何よりたった今、生で見せてもらったからな」
当たり前のように言ってのけるジャックに、苦笑いをするシノン。
「多分単純な速度ならあいつの方が俺よりも速い……ことはないな」
「どっちなのよ……」
「わからないか? 俺が『俺よりも速いことはない』とすぐに判断できない速さなんだぞ?」
「――っ。そういうことね」
少し考えてみればわかることだ。
ジャックはGGOでもALOでも最速プレイヤーとして名が通っている。
曰く、瞬きをしたら殺される。
曰く、100m程度なら一瞬で近づかれて背後を取られて殺される。
曰く、残像が見えるほどの速度で移動する。
そんな噂が流れるほどのスピード重視の――最速プレイヤーが「自分の方が速い」とすぐに判断できないということは、それだけで驚くべきことなのだ。
「それで? あなたならあの子に勝てるの?」
「――翼の使用を禁止にして完全に陸戦限定にして、本気を出せば五分。アレを使ったら一、二分かな。翼の使用を有りにしてもそこまで変わらないかな。一〇分以内には勝てる」
「大きく出たわね」
「対人戦にそんなに時間はかからないって知ってるだろ? 現にアスナだって五分ぐらいしか経ってないし」
確かに、と納得してしまうシノン。
思い出してみれば、ジャックがデュエルをするときはいつも制限時間を一分に設定し、タイムアップする前に相手を倒していた。
「アスナもキリトも確かに強いよ。絶剣も強い。だがどうあがいても俺に勝てないものが一つだけある」
「いったい何……?」
「経験だ」
「経験……? それならキリトたちも充分あると思うけど……」
キリトもアスナもSAO
約二年間という長い間SAOに捕らわれ、剣を振るいモンスターを倒して生き残った紛れもない強者。
だからこそシノンにはジャックの言っている「経験の差」というものがわからなかった。
「ゲーム内でしか剣を握っていない奴だぞ、キリトは」
「あ……」
気づいてしまった。
思い出してしまった。
過去にジャックがどんなことをしていたのかを。
ジャックの体が、なぜ自分よりも小さくて可愛いのかを。
その体で今までどんなことをしてきたのかを。
そのおかげで自分と出会えたことを。
「そのことは俺とお前だけの秘密だ。他言無用で頼む」
「もちろんよ。私とあなただけの秘密をそう簡単にバラすわけないでしょ」
女の子は秘密に弱いのだ。
ましてや、それが自分の好きな人との秘密ならなおさらだ。
それに彼との出会いを他人にベラベラと喋るシノンではない。
「それで? あなたは彼女に挑むの?」
「絶剣がアスナを連れて行ったからな……」
「でもやりたいんでしょ?」
「あぁ。あのOSSと実際にやりあってみたい。見るのと実施に受けるのとでは違いがあるから」
「なるほど……。そしてあなたがいま躍起になってるOSS作りに役立てるってわけね」
「……」
図星を突かれたのか、ジャックが気まずそうに視線をずらした。
その様子をシノンはニヤニヤしながら見る。
「図星なのね」
「……どうあがいても五連から先に行けないんだよ」
観念したのか、彼はしっかりとシノンの目を見て断言した。
その返答にシノンは少し驚いた。
現在ジャックの使うことのできるOSSは五連撃である。五連撃OSSという土台があるのだから、もう一撃加えるぐらい彼なら余裕。その先も同じ調子でトントン拍子に事が進むと思っていたからだ。
しかし、どうやら事はそこまで簡単なものではないらしい。
「正直なところ、対人戦でそんな連続攻撃をすることがなかったから連続で攻撃を当てるイメージが湧かない」
「あぁ、なるほどね。GGOではほぼ一撃で仕留めてたものね」
ジャックのGGOでのプレイスタイルは相手に認識されることなく首を狩り取るというものだ。故に追撃は必要なく、一撃必殺を体現していた。
一撃で仕留めるのならソードスキルを使う必要がないという超理論を持つ彼にとって、OSSは連続攻撃でなければならないのだろう。
彼が手に入れた例のOSSは単発から五連撃のランダム。せっかく作るのに同じ攻撃回数ではつまらない、とか思っているのだろう。
「だからと言っていきなりアレを超えるのは無理じゃない?」
「でもやる。そのための絶剣とのデュエルだ。それ以外にデュエルする価値はないし」
「……それを本人が聞いたら真っ先にデュエルをしてくれるかもね」
「誤解を与えないように言い換えるのなら、別にやりたくもないデュエルをする必要もない」
「同じよ」
シノンからの一撃にジャックは黙り込んでしまった。
戦いならほとんど負け知らずのジャックだが、言い合いだとシノンにはほとんど勝てない。だから彼は偶に可愛いいじわるをするのだ。
この前カフェへの送り迎えにバイクで行ったのがいい例だろう。
「拗ねないの」
「別に拗ねてない」
「拗ねてるじゃない」
「拗ねてない」
「もぅっ! よしよし」
「あ、頭撫でるな!」
よしよし、とジャックの頭を撫でるシノン。その姿は、彼女たちを知らない者たちが見たら仲の良い姉妹か女友達に見えただろう。
しかし、残念ながらジャックは男だ。
どんなに可愛らしくても、どんなにキュートでも。
彼が男という事実は決して覆らない。使用しているキャラの性別もしっかりと男になっている。
いやいや、と首を振るジャックに満足したシノンは、ようやく彼の頭から自分の手をどける。
「はぁ……。子ども扱いするな。あんな容姿だけどお前と同年齢だぞ」
「残念なことにね。そして性別も男。まぁそのおかげであなたと恋仲になれたんだから文句はないわ」
「……あまりリアルのことはここで言ってほしくはないな」
「あら? 私じゃご不満かしら?」
「不満なんてあるわけがないだろ」
ジャックにじっと、ふざけるなと目で訴えられた、シノンは自分の頬が少し熱っぽくなるのを感じてそっぽを向く。
「ばか……」
シノンの呟きと主に、二人の間に甘ったるい空気が流れた。
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ALO_MR:02
ジャックと絶剣のデュエルは、意外な形で実現された。
どうやらアスナが絶剣に自ら進言したらしい。「私よりも強い人がいるんだけど戦ってみない?」と、軽い調子で。
最初はうんうんと唸っていた絶剣だが、アスナが言うならということでデュエルをすることになったのだが……いつも通りの定刻に開始するデュエルではない。ギャラリーが身内のみのお忍びデュエルなのだ。
絶剣の方はギャラリーに関して特に何も言わなかった。いてもいなくても結果は変わらないからと。
ジャックがギャラリーを嫌がったのだ。
勝つにしろ、負けるにしろ、たくさんのギャラリーがいればその分だけ早くALO中に知れ渡る。そしてその反応として自分にデュエルを申し込まれるのが嫌らしい。
しかし、本当のところはそうではない。
ただ単に見世物になるのが嫌なだけなのだ。
そして。
ジャックと絶剣のお忍びデュエルがこれから始まろうとしていた。
「それ、使うんだ」
シノンはジャックの腰に収まる六本のナイフに一瞬視線を向け、すぐにジャックに戻した。
「まぁな。――あの状態を見たら嫌でも手が抜けない」
そう言ったジャックの視線の先には、闘気を幻視させそうなほどに気合を入れて集中している絶剣――ユウキがいた。
「OSSは最後の手段だ。使うまでもなく俺が勝つ。だが勝負は何があるかわからない」
ジャックがギュッと拳を握り込む。
「最初から最後まで本気で行かせてもらう。慢心、油断は一切無しだ」
「……それでも全力を出さないのね」
「俺が全力を出す時は命がかかった時とお前に危害が加わりそうな時だけだ。――そう決めた」
「そう……。なら言うことは一つだけね」
シノンはジャックの顔を両手で包み込んで、しっかりと目を見つめて言う。
「――いってらっしゃい」
「あぁ、行ってくる」
よし、と言ってシノンはジャックの顔から手を放すと、背中をポンと叩いて送り出す。
その顔は少し嬉しそうに笑っていた。
✝ ✝ ✝
ジャックの前に立った絶剣ことユウキは、彼が今まで戦った誰よりも強いことを本能的に感じ取っていた。
この時ユウキは初めてジャックのことをしっかりと視界に入れた。そして彼の異様な雰囲気を肌で感じ取った。
今まで何度も強いプレイヤーとデュエルしてきたユウキだが、その中でもずば抜けて強い。そう確信できるナニカがあった。
本人自身、そもそもこのデュエルには乗り気ではなかった。
少し前にアスナという、自分もパーティーメンバーも納得することのできるプレイヤーが、自分たちのパーティーにボス討伐の間だけ加入することが決まったのだ。
正直言えば、それでもう満足だし、これ以上望むことはない。早くボスを討伐する為の準備をしたいところなのだが……。
あのキリトにぞっこんなアスナが、キリトよりも強いと断言した相手が気にならないはずがなかった。
恐らくだが、アスナはキリトの
それでもよかった。
自分が戦ってきた強者たちが、こぞって「彼は強い」と言うのだ。
戦ってみたいに決まっている。
「初めまして、ジャック。ボクはユウキ。
「ジャックだ。よろしく」
「うん、よろしくね」
こうして会話をすることで、ユウキはジャックが本当に男なのか疑いたくなった。
肩まで届くか届かないかぐらいまで伸ばされた銀髪に、大きな碧色の瞳。肩から膝までを隠すように羽織ったボロ布から覗く手足にはびっしりと包帯が巻かれているが、それでもわかるほど華奢な手足。
どっからどうみても女の子だ。少女なのだ。
「ルールはライフを全て削り切った方が勝ち――でいいかな?」
「かまわない」
あまりにもそっけない返しに少しだけ戸惑うユウキ。
見た目の可愛さと口から吐き出される言葉が合わなさ過ぎて違和感がもの凄いのだ。
「それじゃあ――始めよう!」
ユウキの宣言と共に、デュエル開始までのカウントダウンが始まる。
10――両者が武器を鞘から取り出し、ユウキは細剣を、ジャックはナイフを両手に構える。
9――ユウキの表情が楽しそうに晴れる。
8――ジャックの口元がほんの少しつり上がる。
7――ユウキの体から無駄な力が抜ける。
6――ジャックが目を瞑る。
5――互いに体が一時停止する。
4――ユウキが瞬きをする。
3――ジャックの両腕がだらりと垂れ下がる。
2――細剣を握るユウキの手に力が入る。
1――ジャックの目が開く。
0――二人がその場から弾かれるように走り出した。
先手を取ったのはジャックだった。
常人では捉えられない速度でユウキに向かっていき、寸前でしゃがんで一気に伸びあがって首を狩りに来た。
だがそれを易々とやらせるユウキではない。
真正面から迫りくるナイフを細剣でパリィしようと腕を動かさ――なかった。
ユウキは今までの行動を全て無理やり止めてその場にしゃがみこんだ。
次の瞬間、彼女の首があったであろう空間に
「いい判断能力だ」
まるで褒めるかのようにジャックから放たれた言葉に少しだけ腹が立った。
しかしそんなこともすぐに忘れさせられるほど素早い追撃が放たれた。
ユウキはジャックから放たれた追撃を細剣でパリィし、彼から距離を取るべくソードスキルのモーションに入りながら思いっきりバックステップをした。
「――っ!!」
ユウキの顔が驚愕に染まる。
不意を突いたはずのジャックは退避についてきたのだ。
一、二、三、四、五――。二桁に届くか届かないかの剣同士がぶつかる金属音聞こえたあたりで、一際大きい金属音が響く。それと同時に二人は弾かれるように離れた。
ここでユウキはあることに気づく。
自分は結構いっぱいいっぱいで戦っているせいか、息が乱れてきている。しかし、ジャックは一切息が乱れた様子がない。
そして何より、
「どうして隙があったのにソードスキルを使わなかったの?」
絶好のチャンスにソードスキルをぶち込まれなかったのが気になっていた。
勿論、自分が意図して作った隙ではなく、アスナから聞いてイメージしていたジャックの動きとのズレが原因で偶然できてしまったコンマ五秒ほどの隙。
彼ほどのプレイヤーならその時間でソードスキルを使って仕留めに来てもおかしくはないはずだ。
そして。
そのソードスキルに対応して、自分が勝つはずだった。
「俺が対人戦でソードスキルを使う確率は1%以下だ」
「……どうして?」
「溜めが長いし、行動が読まれやすいから」
なるほど、と思ったのと同時に、先ほど自分がやろうとしていたこともわかっていたのか、とユウキが苦笑いをする。
「うん。強いね、キミ。ボクの想像以上だよ」
「それはよかったな。だが俺は――期待外れだった」
「む……」
期待外れという一言。
たった一言でユウキは全力を出すことを決意した。
「じゃあ見せてあげるよ。――ボクのOSSを」
「見せてくれ、お前のOSSを」
「うん!」
ユウキの構えた細剣に紫色のエフェクトがかかる。
ジャックはそれを見て口の端を少しだけ釣り上げた。
「はぁぁぁぁぁ!」
気合と共にユウキが駆けだす。
そんな彼女にジャックは真正面からぶつかっていく。
紫色のエフェクトを纏った細剣がジャックに向かって突き出される。
その速度はトッププレイヤーでも視認が困難なほど速い。現にアスナもこのOSSの餌食になっている。
故に今回もこれで決着――しなかった。
ライフを削り切る気で絶好のタイミングとスピードで放ったユウキの十一連撃のOSSは、全て躱されてしまった。
「うっそぉぉぉ……」
これにはユウキもぽかんと口を開けてしまった。
頭、胴体、腕、脚、フェイント――と、ジャックの動きを誘導するように放ち、最後の一撃で心臓を一突きしてライフを全損させる予定だった。
頭を狙えば、ほんの数センチ首を曲げて紙一重で躱され。
胴体を狙えば、ナイフの腹で受け流され。
腕を狙えば、体を回転させて躱され。
脚を狙えば、バク転で躱され。
フェイントを入れても視線はズレない。
ユウキにとって、ジャックは間違いなく今まで戦った誰よりも強く、誰よりも規格外だ。
だからこそ。
「まだまだ行くよ!」
心の底から楽しくて仕方がなかった。
まだ互いにライフは半分以上ある。
これならまだまだ彼を戦える。
そう思ったユウキの表情はとても晴れやかなものだった。
対するジャックの表情は――少しだけ柔らかかった。
「そうか、お前……
「え……?」
「お前、■■■■■■■■■■■■だろ」
「あの黒い人もそうだけどさ、なんで……わかっちゃうかな……」
ジャックに言われたソレは、自分のリアルを示すもの。
だがそれ以上に気になったのは彼がいった「同類か」という一言。
「もしかしてキミもそうなの?」
「違う。……いや、正確には
「だった……ってことは今は違うの?」
「あぁ。お前とは用途も違う。俺の理由は四肢の動きのデータ取りだ」
「なるほどね……じゃあキミは――」
「それ以上は言うな」
ジャックの顔が強張る。
それ以上、そこから先は言葉にするなと訴えてくる。
「おしゃべりもここまでだ。――行くぞ」
「うん!」
両者は弾かれるようにぶつかり合う。
ユウキが細剣をジャックの心臓目がけて刺突する。
ジャックはその細剣を左手のナイフでパリィし、更に一歩踏み込みユウキに肉薄。右手のナイフを心臓目がけて一突き。
その一突きをユウキは細剣の鞘で叩き落とす。
これは流石のジャックも予想外だったのか、動きが一瞬固まる。
「やぁぁぁぁぁ!」
ここぞとばかりにユウキが固まったジャックを目がけて細剣を振るう。
ジャックがニヤリと笑った――ように見えた。
ユウキはバク転をして後ろにさがった。
なびく髪にジャックのナイフが横薙ぎに振るわれる。
通過位置はやはり首がある辺り。一撃で確実に仕留めに来ていた。
もし、あのまま攻めていたらカウンターをくらってライフがゼロに――死んでいただろう。
だが結果としてユウキは回避に成功していた。
「……厄介だ」
ジャックがぼやくように言った。
「へへーん! ボクだってやるときはやるんだよ!」
ジャックを煽る様にユウキは言った。
それを少し面倒そうに受け流したジャックは続けて言った。
「これだから戦闘中に成長するやつは嫌いだ」
戦闘中に成長とジャックは言った。
「ボク、まだ強くなってるの……?」
「……自覚無しか。あぁなってる。アスナとデュエルした頃のお前だったらさっき死んでた」
「そっか……。へへっ……」
ユウキは嬉しかった。
もう
このままジャックと戦って強くなれば、あの目標も達成できるかもしれないと。
「だがまぁ――終いだ」
「え――」
次の瞬間、ジャックがユウキの目の前に現れた。
まるで転移やワープをしたような速度で現れたジャックに一瞬驚くが、すぐに立て直して細剣で刺突を放つ。
だがジャックを捉えることは敵わない。
右、左、上、下とジャックの行方を探し、見つからないと頭で理解した瞬間前に飛び込んだ。
「――チィ」
ユウキの背後からジャックの舌打ちが聞こえた。
そして比例してユウキの心臓の音が大きくなるように感じた。
「このままじゃあ無駄に伸びるだけだな。――使うか」
「――ッ!?」
ジャックがそういった直後、ユウキは言いようのない悪寒に襲われ、反射的に彼から距離を取った。
「絶剣――いや、ユウキ。喜べ、お前がこのOSSの記念すべき第一被験者だ」
「え……?」
「俺が開発したわけではない。でも俺の――
ジャックの纏う空気が変わった。
「誇っていい。お前は俺に厄介だと思わせた」
「そ、それはどうも……って違うよ!」
別にキミに認められなくても、とユウキは思わず声を荒げた。
文句の一つでも言ってやろうかと口を開こうとするが、ジャックの次の言葉がそれを無理やり止めた。
「そしてこれが最後の攻撃になる」
「――っ!」
ジャックの姿が、体の輪郭が歪む。
いや、正確に言えば体の輪郭が歪んだように見えた。
特に魔法の詠唱をしたわけでもない。それなのに彼の体の輪郭が歪んでみえる。その理由を探ろうとして、すぐに止める。
何故なら今はデュエルの最中。
一瞬でも気を抜けば、目の前の狩人に殺されてしまうのはわかりきっている。
「サヨナラの時間だ」
ジャックの言葉でユウキの体が強張る。
今まで聞いたどの言葉よりも響く「サヨナラ」の四文字。
嫌な考えが頭をチラつくがすぐに振り払って臨戦態勢を取る。
それを見たジャックがおもむろに言葉を紡ぐ。
「――此よりは地獄」
ジャックの言葉に呼応するかのように、辺りにうっすらと灰色の霧が現れた。
それを確認したユウキは魔法だと判断してジャックとの距離を詰める。
自分の知らなない魔法でも一撃必殺のものはなかったと判断したからだ。
「――“わたしたち”は炎、雨、力」
ここでもう一度、一瞬だけユウキは考えた。
――魔法の詠唱は日本語ではできないはず。
ということはアレ自体は魔法ではない、と判断したユウキは、最後に放たれるであろうOSSの対処方法を考え――ずに先に攻撃をして潰すことにした。
「――殺戮を此処に…… 」
ジャックまでの距離は3mちょっと。
時間にして約一秒半。
ユウキは先手を――先に攻撃を当てて勝つためにOSSのモーションへ移る。
そこでふと気づく。
辺りに灰色の霧が満ちていることに。
この超近距離にいるジャック以外のものは全て灰色に染まったことに。
まさか、と思うが――今さら気づいてもすでに遅かった。
「――
最後にユウキが見たのは、ジャックにとてもよく似た少女たちの幻影だった。
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ALO_MR:03
言い訳みたいになりますが、MR編は色々な説明的な要素を含みます。
書いている作者もGGO編の方が好きです。
場を沈黙が支配した。
誰一人、その場から動くことはできず、声を上げることもできない。ただ茫然と宙に浮かぶジャックの勝利を知らしめる文字列と、それを背に悠々と歩く彼を見つめることしかできないのだ。
この場にいる全員の思考は一致している。
――何が起きたのか全くわからない。
ジャックが放ったOSS――『
霧が出始め、彼がぶつぶつと何かを紡ぎ――次の瞬間にはユウキのライフはゼロになり、ジャックの勝利で決着がついていた。
目を逸らしたつもりはない。瞬きすら忘れるほどに観察をしていた。それなのにジャックがどのような動きをしたのかがわからないのだ。
わからない、不明なことが多すぎる。
だからだろうか、誰かが言った。
「まるで切り裂きジャックみたいだ……」
誰かが漏らしたその言葉はやけに響いた。
✝ ✝ ✝
シノンはジャックが実際に例のOSS――『
故に彼がOSSを使うのを楽しみにしていたし、実際にモーションに入った瞬間までは笑顔だった。
しかし。
――何よ、あれ……。
それは声にできないほど理不尽なものだった。
シノンの隣にいるキリトとアスナも呆然と立ち尽くしている。
そう、SAOで最前線を張っていたあのキリトとアスナがだ。
シノンの目から見て理解できた範囲は少なかった。
ジャックがALOの魔法の詠唱とは違う、ただの日本語で言葉を紡ぎ。
すると灰色の霧が立ち込め、彼の姿がぼやけ始めた。
そして気づけてばユウキのライフはゼロになり、デュエルはジャックの勝利で決着がついていた。
あまりにもわからないことが多すぎて、何をどうすればいいのかわからない。
何から聞けばいいのか、何を聞けばいいのか。
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、ユウキに蘇生魔法がかけられ彼女が復活する。そして復活したユウキにジャックは近づき、耳元で二言三言何かを囁いた。
そのやり取りに少しムッとするシノンだが、そこは
ジャックがユウキと別れてこちらへ歩いてくる。
OSSについて問い詰めるついでに少しからかってやろうと、言葉を発しようとするが彼の表情を見てやめる。
他の人にはいつも通りに見えるだろう。しかし長い時間一緒にいたシノンにはわかった。彼が少しだけ、ほんの少しだけ、
「面倒ごとになったのね」
「……あぁ」
悲しそうな顔をしていたことを。
ここでシノンは「何かあったの?」とは聞かない。オブラートに包んで「面倒ごとになったのね」と言う。
よほどのことなら彼は自分から言ってくれるのだ。自分からわざわざ聞く必要もないと判断したのだ。
「うっかりデュエル中に口を滑らせてね。俺がSAOをやった理由を――」
「バカね」
「うっ……。それは俺自身が一番わかってるつもりだ」
ポリポリと頬をかいて気まずそうに視線をずらすジャック。
そんなジャックを見てシノンは微笑を浮かべた。
「というわけで、後日個人的に合って話すことになった」
「どういうわけよ、それ」
「あいつもベクトルは違っても俺と同じってことだ」
「なるほど……」
ジャックの返答に、シノンはあっさりと納得した。
シノンは知っている。
彼がSAOをやっていた理由を。やらなければいけなかった理由を。
それと関連付けて考えればあっさりと答えは導き出された。
「でも実際に合うわけじゃないんでしょ?」
「うん。適当な中立エリアで二人きりで合う」
「わかった。くれぐれも
「わかってるよ……」
「どうかしらね」
あはは、と二人は声をそろえて笑った。
✝ ✝ ✝
アスナは目の前で起きた現象をどうとらえて良いのかわからなかった。
灰色の霧が出てきたと思ったらいつの間にかユウキはジャックに倒されてしまっていた。
いくら考えても、これ以上の結論が出てこない。
キリトなら、ほんの少しでも先ほどの現象が何かわかるのではないか、と淡い期待から問う。
「ねぇキリトくん。さっきジャックくんが何をしたか分かった?」
「……日本語で何かを言ったと思ったらジャックの体の輪郭がぼやけたところまでは理解できた」
「そ、それ以外は……?」
「ナイフもぼやけてたと思う。あとはジャックによく似た何かがたくさん見えたような気がする」
何を言ってるんだこいつは、と言いそうになるのを必死に抑えてアスナは先を促した。
「向こう側が透けて見えてたし、幽霊だったりしてな」
「もうっ! キリトくん!」
「いたた! ごめんごめん」
キリトの言った「幽霊」という言葉にビクリと体がするアスナ。
自分の苦手な話をされた腹いせにキリトの背中をバシバシと叩いた。
「でもそれ以外は本当にわからないんだよ。どうやって動いたのかとか全くわからなかったんだ。アスナはどうだった?」
「私もキリトくんと同じかな。その……ジャックくんに似た何かは見えなかったけど!」
「……本当は見えてたんじゃないのか?」
「み、見えてないから!」
実は見えていたりする。
しかし見間違いだと自身に言い聞かせるアスナであった。
「真相をジャックに聞いてみたいけど……あいつのことだから教えてくれないだろうなぁ」
「そうだよね……。無理には聞いたらマナー違反だしね」
「本当は幽霊の話をされるのが嫌なんだろう?」
「もうっ!」
再びアスナはキリトの背中をバシバシと叩くのだった。
✝ ✝ ✝
デュエルの翌日。
ユウキはジャックと約束通り二人きりで合っていた。
場所はジャックが所有する誰にも知られていない新生アインクラッドのキープハウス。
秘密の話をするにはもってこいの場所だった。
「それでお前は何を知りたい?」
「どうしてボクがアレを使ってるってわかったの?」
ユウキの秘密がバレたのはジャックで
一人目も気になるが、それ以上に二人目が気になってしまった。
何せ、デュエルの最中に
「俺も似たようなものに約二年前に世話になった」
「似たようなもの? 二年前?」
ユウキはアレに似たようなものとは一体何だろうかと考え、二年前という言葉と結び付けてさらに考えるが一向にわからなかった。
故にさっさと答えを教えてもらうことにした。
「それって何?」
「お前の使ってるアレは現実世界と
うん、と頷き先を促す。
「俺が使っていたのは逆だ」
「逆?」
「そうだ。仮想世界での動きをキャプチャして、現実世界で再現するためのデータ回収機とでも言えばいいかな」
はっきり言って、ユウキには何を言っているのかわからなかった。
そもそも「逆」というには少しばかり違うような気がして、それがまたユウキの理解を妨げていた。
うんうん、と唸って思考の渦に飲み込まれているユウキを見て、ジャックは分かりやすく説明をしようとする。
「説明が難しいな……。ソレを使ってSAOに行くことで、歩行、跳躍とかに使う筋肉の動きとか関節の動きとかを数値化して――ってこれもなんか違うな」
「超簡単に言うと?」
「仮想世界の動きを現実世界でやりたいからデータ取ろうぜ。――だな」
「なるほどわかった」
初めからそう言ってくれればいいのに、と思ったユウキだが、目の前でうなだれているジャックを見て口に出すことはやめた。
「でもそれだけじゃ、ボクがアレを使ってることがわかるわけじゃないよね?」
「根拠の一つをつくるには充分だ」
「それって何?」
「キリト――お前の言う一人目がわかった理由と似てるが、あまりにも速すぎたからだ」
「それってボクが?」
「そうだ」
なんでそれだけでわかるんだ、とユウキは思ったが、次の一言でそれはあっさりと解決した。
「お前の反応速度は仮想世界を現実世界のレベルで過ごした者でしか出せないものだ。SAO
「なるほどね……。それでわかったんだ」
「そういうことだ」
日常的にVRマシンを使う。つまり、現実世界で日常を過ごすのではなく、仮想世界で日常を過ごすこと。
仮想世界で生きている今のユウキにこれほどしっくりくる表現はない。
「それで? それだけを聞きたくて二人きりで話したかったわけじゃないだろ?」
「うん。はっきり言うね?」
すぅ、と息を吸い込む。
「ボクと、ボクたちと一緒にボスモンスターを倒してほしいんだ!」
言ったぞ、とユウキは少しだけ気持ちが晴れる。
あとはジャックの返答次第だが……。
「断る」
返答はユウキが望んだものではなかった。
しかし、予想をしていたものではあるのですぐに思考を切り替えることはできた。
「そっか……。まぁ、そうだよね」
「わかっていたなら聞くなよ」
「いや、もしかしたらって思ってさ」
あはは、と苦笑いをするユウキを見て、ジャックは溜息を吐いた。
ユウキ自身、ジャックがボス攻略に強力してくれるとは思っていなかった。
アスナから彼の性格は聞いていたし、彼があまりボス攻略をしたがらないことも聞いていた。
ダメで元々。受けてくれたらラッキー程度に考えていたのだ。
「じゃあもうお開きにしよう。――
「――うん。気が変わったらメッセージ送ってよ。いつでも歓迎するから」
「あぁ」
「じゃあね!」
「
「――っ! うんっ! またね!」
ユウキは笑顔でジャックのセーフハウスから出て行った。
✝ ✝ ✝
「ままならないな……」
ユウキがハウスから消えていったのを確認したジャックは一人ぼやいた。
自分と似たような境遇の人間のせいか、どこか感情的になっている。本人はそれを自覚しているし、自覚しているからこそ、
「――惜しいな。アレは一種の才能なのに」
すんなりとこの言葉が出てきた。
ジャックの頭では、現実世界で動き回るユウキが完璧に想像できていた。
自分と背を合わせて修羅場を潜り抜け、任務を成功させるビジョンが見えていた。
「ダメ元でアイツに聞いてみるか。病状によっては案外すんなりとどうにかなってしまうかもしれないな」
もしくは。
「――もし駄目なら例のプロトを使えるかもしれない」
だがそれは人としての生を終えることになる代物。
あくまでもプロトは最終手段。できることなら、彼女は人のままでと思うジャックだが、
「どうしてもあいつが俺のチームに欲しいなぁ……」
シノンへの感情とは違うが、本当に悔しそうにジャックはぼやいた。
GGOのクランやALOのパーティとは別のチーム。キリトやアスナたちはもちろん、最も親しいシノンですらその存在を知らないジャックの仕事用チーム。
彼はそのチームにユウキが欲しくてたまらないのだ。
「ラースに行こう。まずはそれからだ」
いつになくやる気を見せたジャックは、ログハウスから消えていった。
明日も期待だけはしておいてください(答えるかは不明)。
感想の返信は少しお待ちください。
そうしないと凹んで更新できなくなるかもしれないので。
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ALO_MR:04
MR編の四話です。
今回の話も辛い……。
シノンはここ数日の間、ジャックの様子がどこかおかしいことを気にしていた。
彼がおかしくなったのは絶剣――ユウキと二人きりで会ったときからだ。
――もしかして浮気では。
などと、浅はかな考えをすぐさま振り払う。
彼が浮気なんてしないことは自分が一番理解しているし、何となくそういう系統のものではないと女の勘が告げていた。
ただ、外出することが多くなったのは明らかだった。
昼頃にシノンと一緒に昼食を取ったら別れ、夕方まで何処か知らない場所にいるのだ。
一度スマホのGPSで追跡をしようとしたが、見事に別れた地点から動いていなかった。恐らく電源をすぐに切ったのだろう。
――そこまで警戒して行くほどの場所とは一体どこなのだろうか?
気になってしまう。気になってしまうが、シノンは決して自分から聞こうとはしない。
しかし。
――どうか危険なことはしていませんように。
それだけがシノンの願いだった。
† † †
日本の某所。地下の研究施設にジャックはいた。
その研究施設の一室――モニタールームでジャックはある人物と二人きりで会話をしている。
人物の名は
「菊岡。彼女の状態はどんな感じだ?」
「正直に言うと絶望的の一言に尽きる。あの状況からの復活はほぼ確実に不可能だろう」
「ほぼ、か」
「ほぼ、ね」
ほぼ確実に。
ほぼ、と不確定要素が入っていたことをジャックは見逃さなかった。
99.9%不可能でも、0.1%は助かる可能性があると。
そんなことを考えているのがわかったのか、菊岡は少し頬を緩めて、
「まぁ例のプロトタイプを使えば、
「……問題はそこだな」
「あぁ、そうさ」
二人は表情を引き締めた。
「さすがにキミの感性とは違うだろうから受け入れることはないだろうけどね」
「だろうな」
ジャックは自分の感性がおかしいことをしっかりと理解している。
菊岡もジャックの感性が一般のソレとは異なっていると理解している。
だからこそ。
ジャックは自由に動き回ることは愚か、一般人の運動能力を大幅に超える肉体を手に入れることができた。
「病院に行ったが、彼女とは会うのは愚か壁越しに会話をすることもできなかった」
「まぁ、そうだろうね」
「あとはALOでこの話を持ち掛けるかだが……」
「正直オススメはしないね」
会話の内容が内容だけに、外部に漏れる可能性は最小限にしたい。
これが二人の共通認識だ。
「諦めるか」
「おや、キミがそんなことを言うなんて珍しいね」
クスクスと嘲笑を浮かべる菊岡に、ジャックはいつも通りの調子で返す。
「無理なものは無理だ。無理をすれば痛い目に合うのは自分だ。自分の身を危険にさらしてまでアイツが欲しいとは思わない」
「そのようだね。――彼女の時とは違うようだし」
「まぁな」
ジャック纏う雰囲気が少しピリついた。
「僕も驚いたよ。まさか銃にアレルギー反応を示していた彼女が、あれだけのスナイパーになるんだから」
「偶然、ってのは怖いな」
「それは彼女との出会いのことかい?」
「全てだ。出会いから今に至るまで全て」
偶然、彼女に出会い。
偶然、彼女と仲良くなり。
偶然、彼女に銃のゲームを一緒にやろうと誘われ。
偶然、彼女はその世界でトップを張れるスナイパーになり。
偶然、彼女はジャックの隣にいる人になった。
全ては偶然からなっているが、そこには必然もあったのかもしれない。しかしジャックは彼女との出来事を全て偶然、つまりは運命だと考えているのだ。
「絶剣と出会ったのも偶然だ。そこから発展しないのもまた偶然なのだろう」
「キミがそう思うならそれでいいさ。しかし――」
「「――もったいない」」
無理だとわかっていても、どうしても欲しくなってしまう魅力が絶剣にはあった。
「彼女をAI化するのはどうだろうか?」
菊岡が名案だとばかりにそう言った。
それに対して、ジャックは少しばかり顔を歪めた。
「SAOの俺を元に作った戦闘AIが暴走しただろ」
「その頃とは違うさ。それに今回は少しばかり方式が違う」
「どうだか」
「キミを元にしたAIを作成したときは戦闘以外の余分なものを全て排除してしまった。だから暴走が起きたんだと思う」
戦うこと以外は頭にない、文字通りの戦闘マシーン。
故に細かい判断をすることができなかった。
「だが今回は感情というバグをわざと入れる」
「むしろその方が暴走しやすそうだけどな」
「そこはまぁ……ね。あと前回と大きく違う点がもう一つある」
「何だ?」
ジャックの問いに菊岡は胸を張って答えた。
「今度のAIは成長するんだ」
「成長?」
「そう。最初はある程度の戦闘能力と子供並みの頭脳や感情しか持たない。だがそれを育てていくことで――」
「馬鹿面倒なことしてくれたな」
「――最後まで言わせてもらいたいな。でも想像の通りさ」
ジャックは手を顔にやって天井を仰ぎ見た。
その姿は、どうしてこうなった。と、言っているようだった。
「今回のAIは例のプロジェクトのプロトして制作するつもりだ」
「なるほどな。そのプロトはできが良ければあっちでのサポートとして使ってもいいんだろ?」
「もちろんさ。上手くできたらプロトにはバックアップになってもらうつもりだからね」
「……まぁその辺は上手くやってくれ。俺の仕事じゃあない」
「もちろんさ」
菊岡は今までで一番イイ笑顔をジャックに見せた。
† † †
ジャックとユウキのデュエルから数日後。いよいよユウキはギルド『スリーピング・ナイツ』にアスナを加えたメンバーでのボス攻略に乗り出した。
まず、一度目の挑戦。
これはボスの攻撃パターンなどを確かめるためにほぼ捨てに行った。これで倒せれば倒したいところだったが、健闘虚しく、ボスに勝利することはできなかった。
約束通り、街に集まったメンバー。
ユウキは悔しそうに愚痴るが、そんな彼女の手をアスナは急いで取る。
ユウキ以外のメンバーに声をかけたアスナは、集まるようにせかした。
「のんびりしてる時間はないわよ!」
いつになく切羽詰まった声音から、どれだけ真剣うかがえる。
集まったメンバーに、アスナは説明を始める。
曰く、ボス部屋の前にいた三人は、ボス攻略専門ギルドの斥候隊らしい。
彼らは、同盟ギルド以外のプレイヤーがボス攻略をするのを監視しているのだと。
斥候隊の目的は、ボス攻略をするプレイヤーの邪魔ではなく、ボスの情報収集。
スリーピング・ナイツのような小規模ギルドの挑戦を利用して、ボスの攻撃パターンや、弱点の位置を割り出しているのだ。
では、本人達がボス部屋にいないのに、どうやって情報収集をするのか?
ボス部屋の扉はすぐにしまってしまうのだから、大した情報を得ることは出来ない。
――闇魔法が一つ、ピーピング。
他のプレイヤーに使い魔をつけて、その視界を盗む呪文である。この魔法を使うことによって、ボス部屋の中で起こっていることを全て見ていたのだ。
そして、同時に25層と26層でスリーピングナイツが全滅したあとにすぐに攻略された原因でもある。
「また、まんまと噛ませ犬を演じさせられたの……?」
ユウキが不安そうに、悔しそうに言う。
「いいえ、まだそうと決まったわけじゃないわ」
「え……?」
俯いていたユウキは、アスナの言葉に顔を上げる。
「現実世界の時刻は十四時半。いくら大規模ギルドでも、こんな時間に大人数をすぐにあるめることは難しいはずだわ。そうね……少なく見積もっても一時間はかかると思う。その間隙をつくのよ!」
ユウキの顔が明るくなる。
「あと五分でミーティングを終えて、三〇分でさっきのボス部屋まで戻る。いい?」
ユウキの顔が、笑顔になる。
パーティーメンバーのやる気が満ちる。
「うん!」
ユウキは満面の笑みで返事をした。
✝ ✝ ✝
宣言通り五分でミーティングを終えたメンバーは、再びボス部屋に向かった。
そして――
「な、なにこれ……」
ボス部屋の前に群がるプレイヤーたちを視界に入れて、その足を止めた。
「大丈夫、まだ二〇人ぐらいしかいない」
不安そうなユウキにアスナは言う。
「一回は、先に挑戦できる余裕はありそうよ?」
「ホント!」
うれしそうに言うユウキ。
アスナはそんな彼女を横目に、集まっているプレイヤーの一人に声をかける。
「私達、ボスに挑戦したいの、そこを通してくれる?」
「悪いな、ここは今、通行止めなんだ」
「えぇ⁉ 通行止めってどういうこと⁉」
あまりの事態にアスナの声が裏返る。
「これからウチのギルドがボスに挑戦するんでねぇ……。今、その準備中なんだ。しばらくそこで待っててくれ」
「しばらくって、どのくらいよ」
「まぁ……一時間ぐらいってとこかな?」
プレイヤーが平然とふざけた時間を言い放った。
「そんなに待っている暇はないわ! そっちがすぐに挑戦するっていうのなら別だけど、それができないのなら先にやらせてよ!」
「そう言われても、俺にはどうにもできないんだよ。上からの命令なんでね。文句があるのならギルド本部にいって交渉してくれよ。イグシティにあるからさ」
「そんなところまで行ってたら、それこそ一時間経っちゃうわよ」
あまりにもふざけた問答に、アスナの感情はどんどん高ぶっていく。
さらに文句を言ってやろうとしたところに、ユウキがポンと肩を叩いて落ち着かせた。
「ねぇ、キミ」
「ん?」
アスナと変わってユウキが話を続ける。
「つまり、ボクたちがこれ以上どうお願いしても、そこをどいてくれる気はないってことなんだよね?」
「まぁ、ぶっちゃければそういうことだな」
「そっかぁ……じゃあ仕方がないね」
やっと、納得してくれたか。相手の顔にはそう書いてあった。
しかし、ユウキが次に放った言葉で、表情が一変する。
「戦おっか」
「はぁ?」
相手は間抜けた声を漏らす。
アスナも驚いたのか息を漏らし、それに合わせるかのように辺りに空気が乱れる。
「ゆ、ユウキ……。それは……」
ユウキをたしなめるように言葉を発するアスナ。
しかし。
「アスナ……。ぶつからなきゃ伝わらない事だって、あるよ。例えば――」
ユウキがアスナの方を向く。
「自分がどれくらい真剣なのか――とかね」
その表情は、とても楽しそうに笑っていた。
ユウキの意見に賛成なのか、スリーピング・ナイツのメンバーも揃って前に出てくる。
「封鎖している彼らだって、覚悟はしているはずだよ。最後の一人になっても、この場所を守り続けるってね」
呼吸をするが如く、当たり前のように。
「ね、そうだよね? キミ」
ユウキは腰に下げていた細剣を抜いた。
そして、駄々をこねる子供をあやすかのような声音で言う。
「さぁ、剣を取って」
その圧に屈したのか、相手は剣の柄に手を添え、鞘から引き抜こうとする。
瞬間、ユウキがその剣を弾く。
衝撃に耐えられなかった相手は大きくのけぞり、返しの刃で胸元に一撃をもらう。
戦が――幕を開けた。
多対少。
数の差は歴然。加えて少数のユウキたちは前と後ろを囲まれて逃げ出すことが出来ない状態にある。
「ごめんね、アスナ。ボクの短気に巻き込んじゃって。でも、ボク、後悔はしてないよ。だって、さっきのアスナ、出会ってから今までで一番いい顔で笑ったもん!」
「私こそ、役に立たなくてごめん!」
ユウキとアスナは笑い、表情を引き締めた。
「この層は無理かもしれないけど……次のボスは、絶対にみんなで倒そう!」
そう意気込んだユウキたちの背後に向かっていくプレイヤーたちの最後尾から一人、壁を走って前に飛び出してきた黒づくめのプレイヤーがいた。
「悪いな――」
聞き覚えのある言葉に、アスナが振り返る。
「――ここは、通行止めだ」
そこには、アスナの想い人――キリトが威風堂々と立っていた。
✝ ✝ ✝
キリトが格好良くアスナの前に飛び出し、相手プレイヤーたちから放たれた魔法をソードスキルを駆使して斬っている頃。
ジャックは自分と容姿がよく似ている少女と手を繋いでプレイヤーたちから数メートルの場所で立ち止まっていた。
「ねぇねぇ、おかあさん。あの人たちは解体していいの?」
「あぁ、いいよ。間違えずにたくさん解体できたらご褒美をあげよう」
「ほんと!? わたしたちがんばるね!」
解体、という物騒な言葉が少女の口から洩れるが、ジャックは気にせず自然に会話をする。
両手にナイフを持つジャックが、開戦を宣言する。
「さぁ行くぞお前たち。――
灰色の霧があたりを埋め尽くし、プレイヤーたちを混乱させる。
その混乱に乗じて、
ジャックの姿と瓜二つの少女たちは、地を這うように視認不可能な速度で走り出す。
亡霊の少女たちはジャックからのご褒美の為にプレイヤーを狩る。
「あ――?」
ある者は気づく暇も与えられずに首を斬られ。
「え――?」
ある者は突如感じた悪寒と共に体を十六等分にされた。
十人十色。少女たちは各々お好みのやり方でプレイヤーたちを解体していく。
その手際はもはや芸術と言っても過言ではない。
一切の無駄を排除し、人体を最も効率の良い方法で解体する。
負けじとジャック自身もナイフとは別に大鎌を装備し、そのソードスキルで数人ずつ纏めて倒していく。
そして。
「そして誰もいなくなる――と」
「ん? どうしたの、おかあさん」
「いや、何でもないよ」
「そっか。それでね、おかあさん……」
モジモジと恥ずかしそうに少女は続ける。
「あぁ、ご褒美か。もちろんあげるよ」
「ホント!? ありがとう! おかあさん!」
ひしっとジャックに抱き着く少女。ジャックはそんな少女の頭を撫でる。
傍から見れば、似たような姿をしたプレイヤーが一方のプレイヤーに抱き着き、もう片方の少女の頭を優しくなでるという微笑ましい様子がそこにはあった。
しかし――それは
✝ ✝ ✝
「ジャックは一人で何をしてるんだ……?」
ジャックの戦闘に巻き込まれないように華麗に二刀流を披露していたキリトは、彼を見てそうつぶやいた。
キリトの目には、ジャックが何もない空間を撫でているようにしか映っていなかったのだ。
次話の投稿は明日の夜に間に合うか微妙です。
間に合えば同じ時間の前後にアップします。
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ALO_MR:05
スリーピング・ナイツにアスナを加えたメンバーは、無事にボスを倒すことに成功した。――という情報を耳に入れたジャックは、いよいよ迫ったその時に備えていた。
月日は流れ、現在は三月。桜がちらほらと咲き始めた今日この頃。
スリーピング・ナイツにアスナを加えたメンバーがボスの攻略に成功してからというもの、アスナはユウキの身体の状態を知って今まで以上に彼女と一緒にいることが多くなった。
そのおかげで、ジャックはユウキに例の話をすることができずにいた。しかし、それをネガティブに受け入れることなく、次なる一手を考え、静かに行動に移している。
彼女と接触ができない間は、シノンと一緒にGGOを楽しんでいた。
久しぶりの血と硝煙が香る世界はいつも以上にジャックの心を引きつけ、彼らしくない行動をさせてしまったのはまた別の話だ。
そして現在。
ジャックとシノンは再びALOに戻ってきていた。
場所は二人のプライベートハウス。キリトたちも知らない秘密の隠れ家。
二人がALOに戻ってきた理由は、ユウキが一時的に復活したのに加えて統一デュエルトーナメントの開催があるからだ。
統一デュエルトーナメント。
種族を問わずに誰もが参加することが可能。一対一のデュエルのみで行われるトーナメントであり、ALO最強を決める戦いである。
今回で四回目の開催となる統一デュエルトーナメントに、キリトやユウキが参加するのだ。
これを聞いたジャックは、ユウキと接触するラストチャンスだと思いALOへの復帰を決意。ジャックがALOに戻るならと、シノンも戻ってきたのだ。
ジャックは特に統一デュエルトーナメントに出ようとはしていない。
もともと彼の戦闘スタイルは暗殺であり、わざわざ人前で力を振るう必要もない。
何より、彼がALOをやる一番の目的は、戦闘モーションのデータのバリエーションを増やすこと。SAOで不可能だったことができるALOで、さらなる進化に繋げるための素材を集めるため。
よって、ジャックが統一デュエルトーナメントに出場しない。そして彼が参加しないのであればシノンも参加しない。
彼女に関しては、主装備が弓というのがネックだ。
超遠距離から身を隠しての一撃には長けているが、互いの姿を確認できている状況での一対一であるデュエルではそれも影に潜めてしまう。旨味を生かせない戦いを態々するほど彼女も馬鹿ではなかった。
「ジャックは誰が優勝すると思う?」
ソファに座り、リラックスした体勢のシノンは紅茶の入ったカップを口につけた。
「何もなければユウキが勝つんじゃないか?」
「キリトが二刀流を使っても?」
「うん」
「……言い切ったわね」
シノンの苦笑いをして、ベッドで横になっているジャックをチラりと見た。
「キリトは確かに強いけど成長しない。でもユウキは凄い勢いで成長する」
「キリトも出会ったときに比べれば強くなったと思うけど?」
「初めて会った時からどれだけの時間が経ったよ。時給で計算すると圧倒的にユウキが勝つし」
取り付く島もないとは正にこのことだろう。
残念ながらジャックは事実を素直に言っているだけなので、そこまで深く考えて言っているわけではない。
「キリトはゲーマーなんだよ」
「……どういう意味?」
シノンは怪訝そうにジャックの言葉に眉をひそめた。
「キリトはALOというゲームを遊んでいる。でもユウキはALOで生きている」
「……つまりどういうこと?」
「あはは……。少しは自分で考えなよ」
「考えても何を言っているかわからないから聞いてるのよ」
いつの間にかソファからベッドの横まで移動していたシノンは、ジャックの両頬をむっちりと挟み込んで自分のほうへ無理やり向けた。
そしてもにゅもにゅといじり倒した。
「や、やめ、やめろぉ!」
「いいから言いなさい!」
「わ、わかったから頬をこねくり回すのをやめろぉ!」
ふふん、と満足げな表情のシノンは両手をジャックの頬から話、脇の下に手を入れて持ち上げる。そしてくるりと体を回転させて、ジャックを後ろから抱え込むような体勢に移る。
満足気なシノンとは裏腹に、ジャックはあきれたようにため息を吐いた。
「ユウキのプライバシー的な問題もあるから全部を説明することはできないけど、ユウキはリアルにいる時間よりもALOにいる時間のほうが長い。ユウキは仮想現実の世界で生きていると言ってもいいぐらいの長い間、ALOだけじゃないかもしれないけど、仮想現実にいる」
「あなたと似たような理由で?」
じっ、とシノンはジャックを見つめる。
「まぁそんな感じ。ALOの世界をゲームの世界と思っているか、それとも本当の世界――僕たちで言うリアル、現実世界だと思って過ごすか。これは大きな違いだと思うよ」
「そうなの?」
「やっぱり現実世界とこの世界では少しずつ何かが違うんだよ。あくまでもこの世界は現実世界を数値化して似せているだけ。近似値にはなれても、全く同じにはなれない」
ジャックの頭にシノンの頬が触れる。
「何より真剣さが違う」
シノンが頬ずりを止める。
「――と、僕はそう思うよ」
ジャックがシノンに体重をかける。それをシノンも黙って支え、抱きしめる力を少し強くした。
ドクドクと、彼女の心音が聞こえる。
生きている証が耳に、体に響く。
とても安心する音だ。
「本当に勿体無い……」
蚊の鳴くような声で発せられた言葉は、しっかりとシノンに聞こえていた。
◆ ◆ ◆
統一デュエルトーナメントはジャックの予想通りユウキの優勝で幕を下ろした。
決勝はユウキ対キリト。
キリトは二刀流を使わないまま戦いに挑み、ユウキの作り上げた彼女の魂とも呼べるソードスキル――マザーズ・ロザリオによって倒された。
統一デュエルトーナメントを優勝したことによって、ユウキはALOで最強の二文字を手に入れた。
しかし、それはもうすぐそこまで迫ってきている。
彼女の体は限界寸前だ。
いつ旅立ってしまってもおかしくないような綱渡りの状態だ。
それでも彼女は生きている。
あと
「よし! これでオッケー!」
だからユウキは彼にメッセージを送る。
「受けてくれるといいなー!」
――最後のお願い。
件名にそう添えて。
◆ ◆ ◆
ジャックの前方、約10m地点。そこにユウキは立っていた。
右手にあるのは、ここまで苦楽を共にした相棒。
彼女は、唯一負けた相手との最後の戦いに臨んでいた。
辺りにはアスナとその仲間たち。そして自身が所属していたギルドである、『スリーピング・ナイツ』のメンバーたちが二人を囲むように立っている。
それが自分が一人ではないということを教えてくれる。
「デュエルを受けてくれてありがとう!」
精一杯の笑顔で。
精一杯の大声で。
今の自分の素直な気持ちを彼に届ける。
これが最後のわがままだから。
それに答えてくれた彼に感謝を込めて。
「――さいっしょから全力で行くよ!」
己の持つ全てを使って彼に、ジャックに勝ちたい。その思いが言葉の端々から感じられる。
クルクルと右手で愛剣を持て遊び、構える。
それを見たジャックも、身に纏う空気を変化させた。
「アレは使わない。でも、僕が今まで積み重ねてきた全てを出し切るつもりだ」
ジャックの返答を聞いたユウキは軽く身震いをする。
それはほんの少しの恐怖と、これから始まる戦いへの期待からくるものだった。
恐らく――いや、確実に人生最後の戦いになるこの一戦。自らの持つ全てを使ってでも勝ちたいという気持ちにつられ、彼女の表情がほんの僅かだが好戦的なものへと変わる。
「それじゃあ――始めよっか!」
ユウキの宣言と共に、カウントが始まる。
10――両者が武器を鞘から取り出し、ユウキは片手剣を、ジャックはナイフを両手に構える。
9――ユウキの表情が楽しそうに晴れる。
8――ジャックの口元がほんの少しつり上がる。
7――ユウキの体から無駄な力が抜ける。
6――ジャックが目を瞑る。
5――互いに体が一時停止する。
4――ユウキが瞬きをする。
3――ジャックの両腕がだらりと垂れ下がる。
2――片手剣を握るユウキの手に力が入る。
1――ジャックの目が開く。
0――二人がその場から弾かれるように走り出した。
先手を取ったのはユウキだった。
地面を這うようにジャックへ近づき、体の後ろに隠すように構えられた片手剣が彼女の頭のすぐ左側から飛び出す。
片手剣のありえない登場の仕方に一瞬だがジャックの動きが止まる。しかし、そこは彼の変態的な第六感によって紙一重でよける。
――ピシッ
赤いポリゴンエフェクトがジャックの左頬から飛び散る。それを見たジャックは、わずかに目を見開く。
当たった。
いや、掠った。
ワンテンポ遅れたとはいえ、紙一重で避けられたと思った攻撃が掠ったのだ。
ユウキの気分が高揚する。
自分が強くなった、速くなったと確信する。
ジャックの意表を付けたと小さな喜びが生まれる。しかし、すぐにその喜びを押し込めて戦いに集中する。
ソードスキルを使うことは許されない。
使えば彼のカウンターの餌食になってしまうから。
この戦いで頼りになるのは今まで自分が積み重ねてきた技のみ。
だからこそ、ユウキは楽しくて仕方がなかった。
彼女にはこの戦いにおいて、一つだけ秘策があった。
今まで一度も使ってこなかった奥の手のようなもの。
子供だましと言われればそれまでだが、それでも何もやらないよりはマシだと、奥の手を使うタイミングを計る。
「せいっ!」
気合を入れて片手剣を振ってみたり。
「やぁっ!」
ジャックのカウンター攻撃をさらにカウンターで返したり。
初めて戦った時とは違うやり取り。
彼が攻撃を避けるだけではなく、攻撃をしてきている。
「へへっ!」
思わず笑みがこぼれる。
ジャックが自分を敵として認識しているのが嬉しいのだ。
ユウキの笑みを見た彼の動きがワンテンポ速くなる。
それに負けじとユウキの動きも速くなる。
決着の時は刻一刻と迫っていた。
◆ ◆ ◆
ジャックはユウキの動きが格段に良くなっていることに気づいた。
初めてデュエルをしたその日から、一回りどころか二回りほど戦闘センスに磨きがかかっていたのだ。
デュエル開始直後の一撃。それをよけきることができず、頬にかすってしまった。
それだけでも驚愕もので、ジャックのギアを一段階上げるには充分すぎた。
ユウキの成長具合を確かめることから、早期決着へとシフトさせる。
攻撃には全てカウンターを返し、自分からも隙を見て攻撃する。しかしそれはユウキのカウンターによって決定打にはならない。
化物、というのがジャックの率直な感想だった。
こんな短期間でここまで戦えるようになるものかと驚き、さらに戦いに集中する。
ユウキが負けられない戦いというのと同じように、ジャックも負けるわけにはいかないのだ。
ギアを一段上げる。
右手に持っていたナイフをユウキの頭部に向かって投げる。ユウキはそれを難なく弾き、背後から迫ったジャックを片手剣で薙ぎ払うように攻撃する。
眼前に迫る片手剣を上半身を無理やり反らすことによって避けたジャックは、そのまま膝から崩れ落ちしゃがみ込んで屈伸運動を移用して弾かれるようにユウキへ迫る。
一直線に伸ばされたナイフの目標はユウキの首――ではなく右腕。
「――ッ!?」
予想外だったのか、ユウキの表情が驚きに染まり、すぐにニヤリと笑った。
笑った意味をすぐに察知したジャックは、伸ばした腕を巻き込むように体を捻り、腕をクロスさせる。
次の瞬間、ユウキの蹴りが腕とぶつかる。
競り負けたのはジャックだ。
クロスした腕が解かれ、背中から無防備に地面に倒れていく。
地面へ落ちていく彼を目掛けてユウキの片手剣が振るわれる。
重力に従って落ちてくれば、そのまま片手剣の餌食になる。
片手剣との距離僅か数センチ。
そこでジャックはピタリと落下を止めた。
予想外の出来事に体勢が崩れるユウキ。彼女を目掛けて掌底が撃ち込まれる。
掌底をまともにくらったユウキは一瞬動きが止まる。
そのチャンスを逃すジャックではない。動きが止まったタイミングに合わせてナイフで首を狩りに行く。
硬直から溶けた彼女は、首に迫るナイフを紙一重で避ける。そしてナイフの握られている手を片手剣の柄頭で叩く。
ジャックの手からナイフが零れ落ちるが、地面に落ちていくナイフの柄頭をユウキに向かって蹴り飛ばした。
回転せず一直線に飛んできたナイフを片手剣で払い飛ばしたユウキは、体を回転させながらジャックに向かって片手剣を突き出す。
その片手剣を白刃取りの要領で指で挟もうとするが異変に気付く。次の瞬間、片手剣が赤色のエフェクトを放つ。
「――ッ!」
珍しくジャックが驚く。
予備動作が全くない、今までとは違うソードスキルの発動方法に戸惑ったのだ。
しかしそこで動きを止める彼ではない。
片手剣の動きを受け流すように、剣の軌道に合わせてナイフを滑らせる。
追撃が来ると思いきや、エフェクトを纏った攻撃は一度だけ。
単発のソードスキルと判断したジャックは、ユウキの懐の潜り込む。そして視界の端にわずかに映った紫色のエフェクトを見て動きを加速させた。
「――いくよ」
短く、冷静に。
ユウキは宣言した。
11連撃のOSS――『マザーズ・ロザリオ』が発動された。
◆ ◆ ◆
都内某喫茶店、ボックス席。そこに菊岡と透夜は向かい合うように座っていた。
「……残念だったね」
菊岡は本当に残念そうにつぶやいた。
「うん……」
心なしか寂しそうな声音で透夜は返し、続けた。
「ユウキが参加してくれればすごい結果が残ったと思うよ」
しかし、ユウキには二度と会うことができない。
「まさかキミに勝つとは思わなかったよ」
「僕は最強でも無敵でもない。ちょっと特殊な環境に身を置いただけの一般人だからね。負けるときは負けるさ」
透夜の返しに菊岡は苦笑いを返す。
コーヒーを一口飲むと、顔を引き締めた。
「透夜くん、次の舞台が決まったよ」
「……」
菊岡の言葉に透夜は反応しない。
右手でつまんだカップを口元に運び、程よい温度まで冷めたダージリンを飲む。
ソーサ―にゆっくりとカップが置かれ、カチリと音が鳴る。
「オーディナル・スケール、というゲームが近々発表される」
「……」
「オーグマーというウェアラブル端末を使用して、AR空間上の敵を現実世界で倒すゲームだ」
にやり、と菊岡が笑う。
「いよいよだね」
「……」
「どうしたんだい? そんな不機嫌そうな顔をして」
意地悪く菊岡が笑う。
「もっと嬉しそうにしていいじゃないか」
「……何だか面倒なことが起きそうでさ」
「あはは、そんなことはないさ。――きっと」
バツが悪そうに菊岡が笑う。
「それじゃあ行こうか」
「……了解」
席から立ちあがった透夜は、どこか寂しげに体を揺れていた。
夏コミ受かりました。
一日目(金)東N47aのTYPE-MOONエリアです。
サークルカットは自分が描いたので低クオリティですが、頒布予定の小説のイラストはプロに頼む予定なので天と地ほどの差が現れます。
ツイッターにて頒布物のアンケートを取っていますので、よろしければお答えお願いします。↓からアンケートへ飛べます。
https://twitter.com/kmkkm_novel/status/1005108211215577090
半年以上更新しなかった言い訳は、明日中に活動報告にあげると思います。
気になる人だけ見に行ってください。
そしていよいよ次章から本編であるオーディナル・スケール編開始します。
夏コミの原稿と並行して書くので更新速度はあまり期待しないでください。
でも頑張ります。
モチベマックスなので。
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