英雄伝説 魂の軌跡 (天狼レイン)
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序章
歯車は回り出す


私は帰ってきたァァァーーッ!

という台詞を無事吐き終えまして、初めての方は初めまして、初めてではない方は、お久しぶりです。
懲りずに帰ってきました、天狼レインです。
以前は“蒼き西風の妖精”という名前で、英雄伝説シリーズに作品を投稿し削除しを繰り返していた無責任者です。
削除する大まかな理由は、文字を打ってもスイッチが入らず諦めた、或いは作品の質が悪い、の二つでした。

そこで、一年ぐらい間を空けて戻ってきた訳であります。決して、他の作品を書こうとしてスイッチがなかなか入らなかったとかではありません。
あと活動報告の方でお知らせした通り、戻ってくる予定はありましたので、そちらがメインの理由でございます。

さて、ここで長ったらしく書き綴るのは流石にモタモタし過ぎなので、ここで締めさせて頂きます。
それでは、小説の方をどうぞ。


七耀歴1203年 12月 某日

 

 

 

 顔をあげると、真っ赤に燃え盛るような夕焼けが見えた。

単純にそれは綺麗と表現できるものだった。

沈む直前の太陽は、まるで最後の最後まで足掻くように眩い光を放っていた。

 

 そう、今し方息の根が止まった猟兵団の団長のように。

 

 倒壊した酒場の一角、中途半端に崩れた壁に靠れかかるようにその男は死んだ。手に握られているのは一丁の拳銃。銃口からは硝煙の臭いが漏れていた。

 放たれた銃弾は、団長に致命傷を与えた少年の頰を僅かに掠めて明後日へと飛んでいった。掠めた頰からは赤い一線が刻まれ、そこから血が垂れた。

 男が最期に浮かべたのは何だっただろう。一矢報いたという満足感だったか。それとも仲間諸共皆殺しにされたことへの憎悪だったか。

 どちらにせよ、死んでしまった者に訊ねても帰ってくるのは沈黙だけだ。答えなど知れる筈もない。確認する気も失せて、黒髪の少年は掠めた銃弾に切られた頰を指でなぞり、指に付いた血を辺りに転がる死体の衣服で拭き取った。

 

 十数分前、ここは多くの客で賑わう酒場だった。とはいえ、客は皆猟兵団の一員で、一般人は誰一人も立ち寄らない場所だった。ここに転がっているのは、利用していた猟兵団、その構成員全員()()()ものだ。

客も店長も店員も。皆総てが猟兵団の構成員。情報を集め、動く側である猟兵団に伝える酒場。それがこの酒場の本来の姿。

 

 だが、それだけで皆殺しにする理由にはならない。猟兵団を生業とする者はまだこのゼムリア大陸にはごまんといる。何故他の猟兵団が皆殺しにされないのに、この猟兵団が皆殺しにされたかは別の理由だ。

 それはとても単純なこと。

 

 エレボニア帝国、宰相()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 しかし、それは確定ではないという場合も含めていた。あくまで狙ったという情報が入っただけである。確実に狙うという確定情報であるかどうかはまだ不明であった。つまるところ、狙おうか狙わないかを思案中だったかもしれないのだ。

 けれど、それが皆殺しにしない理由にはならない。狙われたのが国家の存亡に関わる可能性の高い者達なら、口々にこう口にするだろう。

 

 疑わしきは罰せよ、と。

 

 何かが起きてからでは遅い。起きる前に摘み取るべきなのだ。そうやって何十年も無実の者達を処刑し続けた君主も居なくはない。現に今だってそうだった。

 本来なら《かかし男(スケアクロウ)》が潜入してから裏を取るのが筋だっただろうが、どうにも本人はここ数日は別の任務であり、時期が悪かった。そのため、裏を取ることなく皆殺しにしたのであった。

 

「ご馳走様……つっても不味いな。数より質とはよく言うが、これは別の意味で酷い。質が悪すぎる。交流一つ無いだけでこの程度なんだなと再認識できた」

 

 肉でもなく血でもなく、何も口にしていないはずなのに少年は口元を手で乱雑に拭った。

 

「敵としては……まぁ楽しめたか。そこの死体(団長)は相手してて退屈じゃなかった。他は……数人がかりでやっとか」

 

 辺りを一瞥し、積み上げた死体の山の上で、得物である太刀についた血を払い、鞘へと納める。返り血塗れの服装は血と鉄の臭いばかりを放つ。とてもじゃないが、慣れていない者以外は近寄りたくは無いだろう。

例え慣れていても全身返り血の奴に近づきたいとは思わないと思うが。

 

「ざっと五十人か。とはいえ、最初に改造した爆弾で二十人は死んだし、実際戦ったのは三十人程度か。少し物足りねぇな」

 

 肩を回し、手首を回し、首を回しながら残念そうに告げる。一週間と少し前よりは人数が少なかった。あれぐらいがやはり丁度いい数なのだろうと一考する。

 

「ま、数多くても飽きる時は飽きるからなぁ。殺り合うなら数より質だよな。じゃないとホントの意味では満ち足りねぇ。そんな奴と殺り合えたのはいつだったか……」

 

 多くの戦闘経験の中から、記憶に強く残っている最近の出来事がいつだったかを思い出そうと思考を巡らす。一週間前、一ヶ月前、と遡る。

 漸く、それらしきものに触れたのはだいたい三ヶ月ほど前だった。

 

「……あー、()()か。仕事先で噛み付かれた(奇襲しかけられた)ヤツか。出来れば、もう二度と顔合わせしたくねぇなぁー。親なら子供の素行を管理しとけっての」

 

 脳裏に浮かんだのは獲物を見つけ、嬉々として襲いかかってきた狂気塗れの戦鬼の娘。紅い髪を靡かせる、名のある殺戮者。『赤い星座』という猟兵団の構成員のことである。

名前を出すとまた出会いそうだから出したくないと思いながらも、その名を呟かざるを得なかった。

 

「《血染めのシャーリィ(ブラッディ・シャーリィ)》」

 

 本名、シャーリィ・オルランドという、小柄ながらもチェンソー付きの大型ライフルを軽々と振るう、親であるシグムント・オルランドの娘にて、親譲りの戦闘狂。危険極まりないことから、見つかった場合は生存重視で援軍を待つか、追撃を振り切るしかないとされるが、後者は大概殺されることが多い。

 当然、少年もまた、そんな奴の率いる部隊に襲撃されたのだが———

 

「……まぁ運が良いのか悪いのか」

 

 ———数人を殺害し、この通り生き残っていた。

 とはいえ、その場に自分一人であったのなら、無傷では済まなかっただろう。その時は相棒が側に控えていたし、本来の戦闘スタイルを貫き通せたから、無傷で生き残れたのだ。

 

「全く、アルティナ様々か。俺一人じゃ手練れを確実に殺せないなんてな」

 

 未だ一定の高みにすら届かない自らの未熟さを自虐する。そこに達するためには自らが鍛え上げたものだけでは届かず、生まれ備わった才覚を動員せねばならないという恥まで晒しているのだと自分に強く言い聞かせる。

 

 

 

「感謝の必要はありません。私は貴方の力を最大限に発揮させるだけの〝道具〟ですから」

 

 

 

 途端、背後から声がかけられたが、少年に警戒の色は無かった。

 ゆっくりと振り返ると、そこに()()()()()のは、一言で言い表しにくい服装の少女と無機質な駆動兵器。

 少女の方は猫耳付きのフードを被り、綺麗な銀髪を丸い髪飾りのようなもので止めているが、目につくのはそちらではなく、感情のなさそうな表情、まるで人形のようだと誰もが感じるだろう。一方の駆動兵器の方はと言えば、今も製造ラインで転がってる機械人形を思わせるソレと酷似しているが、性能は格段に違うものであり、他には存在しないというオリジナルカラーリングとして大体が黒で統一された特別製だった。

 《クラウ=ソラス》。 その名は『長腕の輝剣』を意味していた。

 

「……はぁー。その言い方はやめろと言ったはずだ、アルティナ。俺はお前を一度たりとも〝道具〟だと言ったか?」

 

「いえ。———しかし、私はそのための〝道具〟です。貴方はそれを理解しているはずですが……」

 

「そういうお前も理解しているはずだぞ、アルティナ。俺はホントに〝道具〟だと思ってるなら、もっと粗雑に扱う。それこそ、相手の攻撃防ぐためだけの盾にだってする。が、俺がそんなことを一度でもしたか? むしろお前は俺の本質(中身)にすら触れている。〝道具〟にそこまでさせる奴がいるかと思ってるなら、お前は()()()()()()()んだよ」

 

「…………」

 

「次、また自分のことを〝道具〟って言ってみろ。暫くの間、感情が何たるか、を理解しやすいように俺の本質(中身)に沈めておいてやる。途中でギブアップしても出さねぇからな」

 

「分かりました。……ですが、先程の話、知らない方が聞けば即座に監禁趣味のロリコンだと思われますが」

 

「よしお前今からでも沈めてやろうか?」

 

「一応中で反抗が取れるとこの前理解したので、中から攻撃されても文句はありませんよね———ソラさん」

 

 中からは痛すぎるだろうと溜息混じりに呟く少年———ソラは、弱点を看破されたことよりも攻撃するぞと威嚇してきたアルティナを半眼で睨みながら、頭をボリボリと掻く。

 

「んで、そっちはどうだったんだ?」

 

「依頼者の方は追跡できませんでした。代理人を寄越したりしていたようで、直接的に足を運んだことは一度もないとのことです」

 

「つまり、あの猟兵団は()()()ってことか。こっちがどんな反応取ってくるか、それを確かめるための、ってことだろうな」

 

「そのようです。一応、撒き餌はしておきましたが、恐らく食いつくことは無いかと」

 

「変なところで遠慮しやがってメンドクセェ。とっとと撒き餌にかかって刺身になれってのに」

 

「まるで相手が魚だと言ってませんか?」

 

「ぶっちゃけた話、釣り人と魚の接戦と何ら変わらねぇよ。つつける餌撒いて食いついたら釣り上げ、煮るなり焼くなり好きにする。そんなもんと変わらねぇよ。まぁ、今回のはただの魚じゃないみたいだが」

 

「そうですね。ところで、一言よろしいですか?」

 

 突然、何か許可を求めるようにアルティナが視線をこちらに向けた。たまに見せる行動だが、一体どうしたのだろうかとばかりにソラは返答する。

 

「ん? どうした? 言いたいことがあるなら言ってもいいぞ」

 

「では———血生臭いです、近づかないでもらえますか?」

 

「やっぱお前沈めてやろうか!? 出会った頃は〝服とかどうでもいいだの〟〝感情とかどうでもいいだの〟〝環境とかどうでもいいだの〟と三拍子だったクセして、今では「全部重要です、当たり前ではないですか」だもんな、なァッ!?」

 

「そうなる要因全ては貴方が私に与えたものです。今更文句を言おうと返せるものでもありません。それを理解した上だったのでは?」

 

「え、いや全然?」

 

「……馬鹿ですか、貴方は」

 

「うっわぁー、なんか腹立つけど文句一つも言えねぇー」

 

「そもそもソラさんは口論で私に勝てたことなんて先程の話に関連すること以外にありましたか?」

 

「お願いだからマジレスだけはホントやめてぇ!? もうアルティナいないとダメなのは出会った頃から変わってねぇけど、今はもっと酷くなってるからな!?」

 

「そう言えば先程も「アルティナ様々か」などと言ってましたね。そこまで必要として貰えるのは少し嬉しいことですが、いい加減に私無しでもどうにかなりませんか?」

 

「取り敢えず胃腸薬くれ。急にキリキリしてきた」

 

 ギブアップを宣言する言葉を耳にし、何処からともなく取り出したポーチの中から胃腸薬と水筒を取り出すと、それをソラに向けて放り投げる。危なげなくそれを受け取りつつ、薬を何錠か取り出して水とともに飲み干した。

 視界の端で、先程の仕返しができたとばかりに、小さくガッツポーズを取ったアルティナが見えたような気がしたが、気のせいだと考え直す。

 

「……ふぅ。この胃腸薬と水筒は俺が持っとけってことだな?」

 

「ええ、そうですね。流石に返り血塗れの人から物を受け取れる気はしていないので」

 

「つまり、さっさと身体洗って服着替えろ、と?」

 

「言わずもがなです」

 

「今度、レクターに愚痴ろうかな……」

 

「数分後に鬱憤ばらしに賭け事をする流れと思われますが?」

 

「デスヨネェー。運要素のスロットなら負けねぇけど、実力必至な心理戦とか絶対無理だわ。アイツに勝てる要素ないわ」

 

 すると、《クラウ=ソラス》に腰掛け、運んでもらっていたアルティナは何かを思いついたかのようにポンっと手を叩いた。

 

「どちらかと言えば、ソラさんは脳死突撃派(バカ)でしたね」

 

「おいコラちょっと待て。今聞き捨てならねぇこと聞こえたんだが?」

 

「繰り返しましょうか?」

 

「うんごめん何でもないわ。声から察するに容赦とか考えてねぇだろお前」

 

「ある人からいざという時は容赦ない方が後で困らないと聞きましたので」

 

「おのれクレア、あとで覚えてろ……」

 

 今も帝国の何処かで職務に励んでいるだろう仲間の名を忌々しそうに呟きながら、一頻り溜息を吐き続け、アルティナへと振り返る。

 

「そういや、何か連絡来てないか? 例えば、ギリアスの奴から」

 

「来ていますよ。どうやら、貴方に関することのようです」

 

「俺に? 俺なんかにか? なんか胡散臭ぇな」

 

「帰還してからで構わないとのことです」

 

「……絶対碌でもねぇことだと思うんだが、アルティナはどう思う?」

 

「碌でもないのは基本的に貴方も然程変わらないと思われますが」

 

「……アルティナ、わざとか? さっきから」

 

「気のせいです」

 

 アルティナからの辛口な返答を何度も受け、何度吐いたか分からないほどの溜息を繰り返す。

 他に達成し損ねたことがないか、何度も確認して、返り血塗れのソラはアルティナと共に漸く帝都ヘイムダルへと帰還することにした。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

数ヶ月後

七耀歴1204年 3月31日 未明

帝都ヘイムダル ヘイムダル駅

 

 未だ日が昇らぬ時刻。静まり返った帝都ヘイムダルの駅構内。まだ消灯されているはずの時刻に、駅構内に光が満ちていた。

 とはいえ、最低限の光しか灯っておらず、薄暗いと表現するのが適切だった。それでも何一つ見えないのと違い、まだ互いを認識できることが可能なほどであった。

 

 駅には僅かな人影があり、両手の指よりも少なかった。理由は至極簡単だ。そこにいるのが、帝国宰相たるギリアス・オズボーンの息がかかった者だけだったからだ。

 

「どうぞ、お通りください。特別便の用意は出来ております」

 

「ああ、こんな夜明けすら迎えてない時間に悪いな」

 

「いえ、お構いなく。お二人も、お元気で」

 

 彼の息がかかった駅員が、駅を訪れた二人に一礼し、その場を去る。

 駅を訪れていたのは、ソラとアルティナの二人だ。顔を判別できるほどの光しかないが、二人は普段なら決して着ることのない、〝真紅の学生服〟を身に纏っており、それぞれ自分のカバンを片手に持っていた。

 このような時間に手配してくれたことを考えると有難い限りではあるが、やはりそれもあの男の力が強いのも同時に感じられた。

 だが、それよりも強く別のものが口から出た。

 

「別にこの時間じゃなくて良いだろ、ギリアス。俺は数時間前に漸く仕事片付いて就寝(オチる)間際だったんだっての」

 

「私は夜更かし程度に遅れは取らないつもりなので、別にこの程度は何の苦でも……ふぁ〜……」

 

「おい欠伸出てるぞアルティナ。それ軽くネタだろ」

 

「生理現象を止めることは無理なようですね。そもそもこの程度に慣れていないのは貴方のせいでは?」

 

「ほとんど睡眠を度外視したスケジュール立てたりするからだ馬鹿。機械でも無いのに俺がそんなもん許すとでも思ってるのか」

 

「変に()()()ですね、ソラさんは」

 

 途端、空気が張り詰めた。

 流そうとしたが、どうしてもその言葉だけは聞き流せなかった。

 

「優しいって言葉だけはマジでやめてくれ。俺はそんな言葉を受けることすら烏滸(おこ)がましい存在だ」

 

「……本当に、()()なのですか?」

 

「ああ、()()じゃないと意味がないんだ」

 

「……分かりました。ですが、一言」

 

 微かな怒気混じりの言葉を受け、アルティナは反論をすることなく引き下がる。だが、ただ引き下がるつもりはなかったのか、告げる許可を求める。

 それを無言で返すと、彼女は真っ直ぐこちらを向いて口にした。

 

「貴方は自らを卑下し過ぎていると私は判断します。私のことや今までしてきたこと、その全てが首を絞めているのは、私にも伝わります。いえ、むしろ、貴方の本質に触れている私がそれに気がつかない訳はありません」

 

「…………」

 

「それに、貴方は———」

 

「———もう、いい。言わなくていい。分かってるんだ、()()()()()

 

 何かを言いかけたアルティナの言葉を、ソラは無理矢理切った。

 僅かに震える語尾。微かにその身から溢れる殺気。それはまるで、触れられたくないものに触れられてしまったようだった。

 未だ感情を全てを()()()()()()()()()アルティナと言えど、多少なりとも後退ってしまう。

 

「……悪い、少し八つ当たり気味だったな」

 

「いえ、私が少し迫りすぎました。以後気をつけます」

 

 謝罪と共にアルティナは一礼する。

 一方で、ソラには後悔の念が再び積もる。アルティナと出会ってから———いや、出会うこととなってからずっと抱えてきた何かがまた膨らむ。それはいつ吐き出されても可笑しくないほどではあったが、それでも尚、彼は耐え続ける。

 今も昔もそれは一度も分からない————

 

「ところで、お腹空きました」

 

 ————はずなのだが、アルティナがたまに挟んでくる空気を読まない台詞を受け、張り詰めていた空気は一気に瓦解した。

 少しばかり気分を落ち込ませていたソラは、その言葉に思わずすっ転びそうになるほど驚いて、それから自然と笑いを込み上げさせた。

 

「はは。ったく、しょうがねぇな。ほら、一応ここに来る前に作ってきておいた」

 

 アタッシュケースを思わせるカバンを下ろし、その中から布に包んだ弁当箱を二つ取り出す。そのうち片方をアルティナへと差し出す。

 

「……変なもの入ってませんよね? 例えば睡眠導入剤とか」

 

「ンなもん入れるかッ!! 食材を冒涜する気なんざねぇっての! ……ったく、ごちゃごちゃ言う前に食っとけ。お腹空いたって言ったのお前だろうが」

 

「そうですね。貴方に限ってそんなことは無いと信じてますので」

 

「なんかグサグサと痛いのがやけに刺さるな今日は」

 

「気のせいです。兎も角、それを頂く前に乗車しておきましょう。折角特別便を用意してもらった側である私たちがずっと乗らないのも無礼ですから」

 

 そう言われてソラは一度弁当箱を布で包み直してからカバンに戻す。

 

「そうだな。乗車してから食べるか———いや本来はマナーとして大丈夫か疑いたくなるが」

 

「特別便だから気にしなくても大丈夫でしょう。恐らくそれぐらいは許されるのでは無いのでしょうか?」

 

「昔のお前なら絶対そんなこと言わねぇよなぁ。いやまぁ俺としてはこっちの方がまだ楽だが」

 

「お互い様です。私も昔の貴方は少し苦手でしたから」

 

「はは、違いねぇ。ところで、今は?」

 

「以前よりマシと判断してますが?」

 

「うっわ辛辣。文句もマトモに返せないとか、もはや完全に尻に敷かれている件について」

 

「そもそも主従の関係は無いと告げたのは貴方ですから」

 

「まぁ、そうだな。そういや、《クラウ=ソラス》の調子は大丈夫か? ここ最近、調整とかしてないが」

 

「現時点ではそれらしい修正点はないので必要はありません」

 

「なら良かった」

 

 安心したようにソラは頷く。

 

「さて、それじゃ乗るか」

 

「そうしましょう」

 

 用意されていた特別便———普段からも帝都市民や使用されている通常車両に遠慮なく乗り込む。特別、変わったことはないが、それでも誰もいない列車の中というのは少しばかり新鮮に感じた。いつ発車してもいいように、適当な座席に座ると、カバンを他の隣の座席に置いた。

 普段なら手で持っているのが当たり前だろうが、こうも伽藍としていれば、別に文句は言われまい。そもそも二人っきりなのだから。

 

特別車両(アイゼングラーフ)じゃないのは当然か。一度は乗ってみたいんだがなぁ、あれ」

 

「その気持ちは分からなくはありません。アップルパイもさぞや美味なのでしょう……」

 

「ヨダレ出てるぞ、拭いとけ」

 

「……指摘は感謝しますが、少しは伝え方を考慮してはくれませんか?」

 

「?」

 

「いえ、気にしないでください。貴方には恐らく無理だと判断したので」

 

「なんか馬鹿にされた気がするんだが、その辺りどう思ってるんですかねぇ、アルティナさん……?」

 

「気のせいです。それよりも早く弁当箱を渡してください。お腹が空きました」

 

「あーはいはい、弁当箱な」

 

 先程カバンに戻した布で包んだ弁当箱を、再度布を取ってからアルティナに差し出す。それを彼女は何も言わず自然と受け取った。

 

「…………」

 

「へぇ」

 

「一人で納得しないで貰えますか、気持ち悪いです」

 

「お前からは暴言しか返ってこねぇのか!? いや、ちょっとな。普段は何か考えてるか分からないような雰囲気なんだが、こうやってご飯食べる時は無表情なお前が少し嬉しそうだなって」

 

「うるさいです。嬉しそうになんてしてません」

 

「嘘つけ、嬉しそうな顔が全く隠せてねぇぞ」

 

「…………」

 

「まぁそれで良いんだよ、お前は。俺としては少しずつ()()()()()方が良い。実際そうやって少しでも嬉しそうにしてくれると変化はあったんだなって思えるし、それ自体は俺も嬉しい」

 

「嬉しい……ですか?」

 

「ああ。俺はお前と長年一緒にいるから無表情でも違和感なんてものは無いが、他からすれば、やっぱお前は元が良いんだから笑える方がいいだろ? クレアだってそっちの方が嬉しいだろうし、さっきも言ったが俺だってそうだ」

 

「しかし、それはわたしが元々……」

 

()()()()()()()()()()、か?」

 

「はい」

 

「そもそもだ。俺がそうしろって命じたことあったか?」

 

「……無いですね」

 

「それで良い。実際、無表情のままでいると困ったことなかったか? 例えば……身分証明書とか」

 

「撮り直しすることになったことはあります。流石に何度もすると向こうが諦めてしまいましたが」

 

「いやまぁ当然だろ。時間は無限じゃねぇし」

 

「そうですね。それと何か関係が?」

 

 どういう関連性があるか分からず、アルティナは困惑していた。

 それに対し、ソラは説明を付け加える。

 

「直接的なもので言えば、意思疎通が取りづらいってこと。他は———まぁ、俺がお前にはそうしてほしいってだけだな」

 

「そうなのですか?」

 

 アルティナがキョトンと首を傾げて、こちらを不思議そうに見た。

 

「あとはお前がどういうものが好きとか嫌いとか分かりやすいしな。前、手料理食べさせたことあっただろ? ほら、書類仕事終わった後で」

 

「ありましたね」

 

「その時に、妙に食べるのが遅かった時があってな。体調悪い訳でもなければ、食欲がない訳でもなさそうだったから、大方苦手な食べ物だったりしたんだろうなぁーと」

 

「気がつきませんでした」

 

「まぁそういう所も含めてだな。兎も角、いろんな面でもお前にはそうなってほしいってことだ」

 

「……分かりました。まだ理解し切れてはおりませんが、少しは変化を受け入れることにします」

 

 未だ困惑してはいたが、アルティナは小さく頷いた。それを受け、ソラは少しばかり嬉しそうにした後、こうも付け加えた。

 

「あと、お腹空いた時とかすぐにご飯に出来るようにしておきたいしな。ほら、だってお前腹ペコキャラ————

 

「———《クラウ=ソラス》」

 

「ごめん俺が悪かった謝るからそれだけはやめてくれ」

 

 突如として何もない空間から黒塗りの自動人形(オートマタ)、正確には戦術殻である《クラウ=ソラス》が出現し、ライトアームをこちらへと向けたのと同時に、ソラは大慌てで謝罪する。

 

「以前から言っているはずです。私は貴方が言う腹ペコキャラではない、と。そもそも私は貴方のサポートとして、ほとんどの場合に行動を共にしています。そのはずの私が腹ペコキャラなどという存在であっていいはずが————」

 

「———弁当箱の唐揚げ、少しやろうか?」

 

「是非お願いしま———、あ……」

 

 瞬間、会話で賑わっていた空間が沈黙した。

 車両内は物音一つ立たないほど静かになり、次に、ソラかアルティナが口火を切るか、という状態に陥った。

 果たしてどちらが口火を切るか、そして————

 

 

 

「———やっぱ腹ペコキャラだよな、お前。可愛い奴め」

 

 

 

「《クラウ=ソラス》、この男を真っ二つにしなさい」

 

 

 

「ちょまッ!? いやマジで悪かったごめんもう言わないから!」

 

『Ë・Vжёйа……?』

 

「特に問題はありません。車両一つが血の海になるだけです」

 

「それ大問題だろうが! え、ちょ———いやマジで待てって!? ライトアームを垂直に構えるなって!? 絶対に振るんじゃねぇぞ、《クラウ=ソラス》。振りとかじゃねぇからな!? 三回も同じ台詞なんざ吐かねぇからな!?」

 

「心配ありませんよ。———問答無用で()()()()()()()から」

 

「落ち着け! マジで落ち着け!」

 

「私は()()()()()()()()()?」

 

「お前絶対嘘下手だろ!? 誰が聞いてもさっきの嘘だと見抜けるぞ!?」

 

「兎に角、そこに直ってください。動くと痛いだけですから」

 

「ぶった斬る気だよなお前! 誰がそんなの『はいそうですか』で従うと思ってんだ!? 全力で逃げ回ってやるに決まってるだろ!?」

 

「そうですか。なら全力で貴方を斬るまで————!」

 

「本気過ぎだろお前ッ!? いやマジで落ち着け、な!?」

 

「問答無用————!」

 

 

 

 

 

 その後、特別便の列車が発車し、帝都近郊都市トリスタに着くまで、列車内が騒がしかったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 




今回登場したキャラの名前一覧(名前のみも含め)
下段は基本は愛称など、文章での名前

今回の登場キャラ
ソラスハルト・アナテマコード
→ソラ

アルティナ・オライオン
→アルティナ

今回名前だけの登場キャラ
レクター・アランドール
→レクター

クレア・リーヴェルト
→クレア

ギリアス・オズボーン
→ギリアス etcetc……

シャーリィ・オルランド
→シャーリィ etcetc……

シグムント・オルランド
→シグムント etcetc……


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激動の時代、その幕開け

前回から一ヶ月ほど。お待たせいたしました。

今回は繋ぎですのでそこまでのものではないことをご理解を。
ラストを除いて茶番じみてるのはお許しください。
ソラとアルティナを書いてて楽しかったんです。
ちゃんとリィン達にも視点を向けるつもりなので感想と共にアドバイスあればドシドシお願いします。

ちなみに本作でのアルティナの学生服は基本的に『lll』の分校服装に似ています。帽子とかほぼそれのイメージなのでご了承を。


七耀歴1204年 3月31日 エレボニア帝国帝都近郊都市トリスタ

 

 

 

 あらゆる生物達が待ち焦がれていた、春という季節。

 冬の寒く、厳しい環境で、様々な方法を以て、それを凌ぎ続けた者達。それらを祝福するような歓喜の季節にして、命脈滾る生物賛歌。多くの生物が再び地上に姿を見せ、生き生きとした姿を見せつける。

 

 その前触れたる春の薫風には、多少の冷たさはあれど、訪れを予感させるには丁度良いものであった。

 外を出歩く者達の頰を撫でていき、同時に、街中に美しく咲き乱れたライノの花の優しき香りをも運ぶ。

 繰り返されている出来事とはいえ、それでも感慨深いものは極々普通の者達どころか、()()()()の裏世界に在る者達の心にも届いていた。

 

 そんな時期、ライノの花咲き乱れる、このトリスタには住民以外の多くの者達の姿があった。

 人生の新たな門出、それを迎えた若々しい少年少女達だ。彼らは真新しい学生服を身に纏い、見慣れない街並みへ、一様に目を輝かせていた。

 街の一般区画から坂を上った位置。石畳で覆われた道の先には、何処か荘厳さを醸し出す建物が建ち、緑、はたまた白を基調とした学生服に身を包む彼らが、一人の例外なく、その建物の門を潜る。

 

 

 

エレボニア帝国屈指の名門校にして、様々な可能性創造の場。

『トールズ士官学院』。

 

 

 七耀歴950年、エレボニア帝国史上最大にして最悪の内戦とされた《獅子戦役》。その内戦にて見事勝利を掴み取り帝国を平定した大帝ドライケルス・ライゼ・アルノールが設立した由緒正しき士官学院であり、その歴史は帝都ヘイムダルに存在する名門女子校、『聖アストライア女学院』と並んで長い。

 身分制度の最上位である帝国四大貴族の嫡子から末端は平民の生徒まで、その在校生の内訳は様々であり、卒業先の進路もかつては軍属が大半を占めていたが、今では士官学院で学んだ知恵と技術、十分なほどの経験が生かされ、各々が望んだ道に進むことを後押しした。

 これが、元々士官学院であった『トールズ』の名を低迷させた訳ではなく、むしろ多種多様な価値観が学内に生まれたこともさることながら、あらゆる分野においても『トールズ』の名が出ることにもなり、生徒間に頭の硬い思考をする者が減り柔軟性が生まれたと専らの噂でもあった。

 

 若い身である少年少女、その一人である自身が、在校する二年間の間で何を学び、何を見つけ、何を得るのか。

 何処か簡単そうに見えて何処か難しい、そんな答えを求めて、今年も生き生きとした新入生達が、抱いた希望と一抹の不安、或いは覚悟を胸に、このトリスタの街を訪れていた。

 

 

 

「……やっと朝だな、アルティナ」

 

「そうですね、ソラさん」

 

 帝都ヘイムダルへと続く西トリスタ街道。二人の新入生はそこから帝都近郊都市トリスタを()()訪れた。

 まるで散々だったとばかりに隣に立つ少女———アルティナへ声をかけたのは、黒髪の少年———ソラ。

 背にギョッとするほど大きな黒塗りのケースが背負われており、齢16歳の少年には不相応に思わせていた。

 だが、その大きな背荷物に振り回されることなど一度もなく、彼はポリポリと頭を掻き、酷く退屈だったかのように大きく溜息を吐いた。

 

「トリスタについてから早数時間。いざ着いてみれば、まだまだ夜更けで、何処もかしこも開いていない。流石に時間早すぎだろアレ。ギリアスの野郎、巫山戯んなよマジで」

 

「今回ばかりは同意見です。流石に時間を早くにさせすぎだと判断します。ですが、少しばかり聞き捨てならないものが聞こえましたが?」

 

「仕方ねぇだろ、実際そうなんだから。お陰様で、日も昇らぬ真夜中に外で魔獣狩りヒャッハァーする羽目になったんじゃねぇか」

 

「かなり冷えていましたからね。とはいえ、私は焚き火の周りでコートを着ていたのでそこまででしたが。

 それに対して、ソラさんは絨毯爆撃も斯くやという程に大暴れしていましたね。『虐殺だ殺戮だ蹂躙だァー! オラとっとと粉微塵になれやァッ! あ、でも、やっぱすぐに倒れてんじゃねぇぞ立ち上がって一矢報いてみろやゴラァッ!』でしたか。もはや組織一つを束ねている悪党じゃないですか」

 

「数日間はずっと書類仕事で缶詰だったからな。身体動かせる時に動かしておきたかったんだよ。あと一言一句完コピしないでください恥ずかしくて悶えそうです」

 

「レクターさん曰く、『男の羞恥心による悶えに価値なんざねぇだろ、キモいだけだし』とのことですが、軽蔑して宜しいでしょうか?」

 

「普段から毒舌吐きまくってる奴の台詞じゃねぇよな、おい。あとレクターは後でぶっ殺す」

 

 今頃仕事先のカジノでカモ捕まえてフィーバーしているだろう同僚の顔を浮かべ、急激に殺意が湧いてくるも、ここでは晴らすことができないのを理解しているため、今は頭の片隅に捨て置くことにする。

 

「先程缶詰と言いましたね。時間がある時に私と何度か手合わせはしたはずですが、物足りませんでしたか?」

 

「ん? いや、そういう訳じゃない。ただこう……なんていえばいいんだろうな。多数の敵を一人で蹂躙し尽くしたい、って感じか」

 

「要するに大軍に突っ込んで搔き乱したかった、とのことで宜しいですか?」

 

「そうだな、ストレス発散にそれぐらいしたいぐらいだ。———何処かの人に『メーザーアーム』と『ブリューナグ』のオンパレードされたからな。お陰で制服の左肩が煤けたんだが?」

 

「朝から揶揄った貴方が悪いのでは?」

 

「腹ペコ属性は腹ペコ属性だろ」

 

「街中で無ければ、即座に《クラウ=ソラス》に命令してました」

 

「んじゃ好きなだけ煽って———」

 

 カチャン。

 金属質な音と共に首筋に突き付けられた冷たい何か。

 戦場慣れしているソラはすぐさま両手をあげる。

 

「オーケーオーケー落ち着けアルティナ。取り敢えず、第二の得物(サイドアーム)の二丁拳銃を下ろしてくれ、な?」

 

「次、私をそう表現した場合は構えずに撃ちますので、ご理解を」

 

「アッハイ」

 

 黒塗りの二丁の拳銃を後頭部に突きつけられ、多少慌てながら謝罪するソラに、アルティナはいつもの通りだと判断して、二丁の拳銃を腰に巻いているベルト、そこに引っ掛けたホルダーにそれぞれ戻す。

 

「しかし、変ですね」

 

「ん? 変って?」

 

「あそこです」

 

 指差したのはトリスタ駅から姿を見せる新入生達。何処も可笑しくはなく、ソラやアルティナのように特殊な世界にいる者のような気配は少したりとも感じられない。

 

「どう見てもただの平和ボ……新入生だろ」

 

「口が悪いですね」

 

「お前が言うな。で? 何が変なんだ?」

 

「学生服の色です」

 

「あ? ンなモン変も何もないだろ。どう見たって“緑”か“白”の二色ばか———ああ、そういうことか」

 

「漸く気がつきましたか。だから単細胞などと言われるんですよ、貴方は」

 

「お前ホント折檻するぞゴラァッ!」

 

「その場合、確実に冷たい目で見られる日々に直行ですね」

 

「うっわぁ殴りてぇ。フルスイングで殴りたいと思ったの久しぶりだわチクショウ」

 

「その怒りはまた魔獣にぶつけてください。

さて、話を戻しますが、私達の学生服の色は“真紅”、控えめに言っても“赤”です。ですが、他の新入生達は“緑”、或いは“白”。恐らくは特別な理由があると考えられますが」

 

「ま、それが妥当だな。こんなことが出来るのつったら、理事長や学院長クラスだろうな。今まで政府に介入されたことのない『トールズ』なら、その二つ以外に有り得ない。学院長はあの爺さんだろ? なら、変に弄ったりはしない。そうなれば、大体しでかすとしたら、な?」

 

「理事長にあたる者、ということですか。それらしい人物に心当たりは?」

 

「あるっちゃあるが、名前呼んだら出てくる訳じゃねぇしな。どうせ職場にいるだろ。なら、そこに突撃した方が早い」

 

「はぁ……治らないようですね、その発想」

 

 呆れた様子でこちらを睨むアルティナに、原因だろう事柄をソラは躊躇うことなく口にする。

 

「力技で解決しようとする輩が多すぎたのが悪い。策を立てようと基本あてにしてないから「バレても関係ねぇ! 勝てばよかろうなのだァッ!」って思考してる奴ばかりだからな、あそこ。何なのホント泣くぞチクショウ。師匠もそうだが、その友人とか軍勢率いて突っ込むからなぁ……あー胃がキリキリしてきやがった」

 

「思い出すだけで胃の調子を悪くする癖、治すべきでは?」

 

「じゃあ、あの人外達どうにかしてくれよ。毎度毎度、「興が乗った!」つったら被害ばかり拡大させて謝罪する気ほぼねぇし」

 

 脳裏に浮かび上がる“達人級”の人外達。高笑いが似合う姿、絨毯爆撃も斯くやという破壊力、それらを見る度に胃に穴が空きそうになるかならないかの瀬戸際を繰り返した日々が思い出される。

 

「あの者達に関してはノーコメントで構いませんか? 関わると碌な目に遭わないと判断しますが」

 

「そうしよう。どうしようも無さすぎる。どうせ今も迷惑かけてんじゃねぇか? 例えば……」

 

「そこまでにしておきましょう。いざ例えると現実の話になりかねませんから」

 

「ああそうしよう。言霊は舐めちゃダメだわホント。俺がそれを言える立場じゃねぇのは重々承知の上で」

 

「ええそうしてもらえますか。私もそれの被害者ですので。可能ならば必要以上に黙ってもらえると————」

 

「お前ホント折檻するぞ」

 

 いつからこんな毒舌腹ペコキャラになったのやらと心の中で愚痴りながら、ソラは溜息を吐く。

 対して、アルティナは分かっていながらも分かってないという(テイ)を装って、首を微かに傾げてみる。

 溜息をいくらか吐いた所で、首を傾げていた彼女に目線が向く。

 いつもの製作者の趣味か何かがこれでもかと溢れている戦闘衣(かっこう)と打って変わったせいか、彼女の雰囲気は違っていた。

 

 〝真紅〟の学生服に身を包んだ姿は、まず格好からして清楚と言える。本来の年相応に見合った服装とは若干違っていながら、それでも未成熟で子供らしい、こうであるのが普通だと思わさせた。

 本人は「そんなはずがありません」などと否定するだろうが、大人しげな雰囲気であるアルティナは思ったよりも学生服が似合ってもいた。当然、他にも似合うものは数多くあるだろう。

 加えて、いつものフードとは違って黒い帽子を被り、控えめにリボンで前に流した髪を整えた姿は長年の付き合いとも言えるソラと言えど、見惚れるものがあった。

 

「どうかしましたか?」

 

「ん? いや、なんつーか。お前綺麗だよな。元が良いってのもあるけど、いつもの格好よりそっちの方が似合ってる。うん、可愛いな」

 

「…………」

 

 心よりの賛辞。珍しく自分らしくない臭い台詞を口にしたせいか、アルティナが目に見えるほどに驚き、唖然としていた。

 そんなに変なことを言ったつもりはないんだが、と内心思いながらも大事はないと分かっていながら訊ねた。

 

「? どうかしたのか」

 

 すると、漸く現実に帰ってきたのか、或いは思考が回復したのか。恐らく後者であるだろうとは思うが、そこからは地獄だった。

 

「……正気ですか?」

 

「へ?」

 

戦闘狂(バトルジャンキー)で朴念仁で単細胞(バカ)で節操なしで賛辞からは程遠い世界にいるはずの貴方からそんな言葉が出るとは驚きました」

 

「…………」

 

()()()貴方からそんな言葉が聞けるとは思ってもみませんでした。流石の私でも想定外です。()()()貴方の口からそんな言葉が飛び出すとは思ってもみませんでした。明日は天候が荒れても仕方ありませんね」

 

「…………」

 

「念のために訊ねておきますが、熱はありませんよね? 病気ではありませんよね? 偽者だったりしま———」

 

「ヤメロォッ!?」

 

「そもそも偽者でも貴方のことは真似たくありませんね。これは失礼しました。真似されないことがずば抜けているソラさんにそんな心配は一切無用でしたね」

 

「……泣いていい?」

 

「これはあの《怪盗紳士(ヘンタイ)》すら裸足で逃げ出しますね、良かったですねソラさん。存在を誰かに奪われたりはしないなんて良いことじゃないですか」

 

「……泣くよ?」

 

「熱や病気でもなければ、偽者ですらない。そうなるとソラさん、何処かで頭を打ちましたか? 恐らく脳の何処かに損傷があるのでしょう、急いで診てもらいましょう」

 

「……泣いちゃうよ? ホントに泣いちゃうよ?」

 

「とはいえ、それらも確実とは言えませんし、1%にすら満たしませんが、学習したというパターンもなくはありませんね。それでは評価を改めなければなりませんね。————猪突猛進から変人に」

 

「うんごめん悪かった! 調子に乗りましたごめんなさい! 揶揄ったつもりはないんです本当にすみませんでした許してください! 反省していますからその汚物を見るような目はやめてくださいお願いします!」

 

 プライドなど全てを投げ捨て、この瞬間のために空中で何度か回転してから地面に頭を擦り付けるダイナミック土下座開始。

 思いつく限りの謝罪を重ね重ね繰り返し、せめてその見る目だけはどうにかしてくださいと懇願する。

 そもそもアルティナは推定十二歳ほどの少女に他ならない。そんな少女が軽蔑するような目で見る相手がいるとすれば、ソイツの評価は滝壺へと飛び込むかの如く急降下だろう。

 どれだけの善行を働こうと噂や一度ついた評価は改めにくいものだ。だからこそ、せめて社会的に死ぬことだけは回避したかったのだろう。例え情けない姿を晒そうとも。

 

「これからは猪突猛進の単細胞ではなく、ただの変人としてみますが構いませんか?」

 

「見る目だけどうにかしてくれれば、もう何でもいいです……」

 

「分かりました。いい加減にこのくだりも飽きてきました。前にもこんなことがあった気がします」

 

「多分気のせいじゃないと思うんだが……」

 

「それでは二度目ということで———」

 

「ごめんなさい許してください」

 

 土下座が再び行われる。その間、僅か三秒という結構な速さなのだが、それを気にすることなく見慣れた光景としてアルティナは流す。

 

「さて、そろそろ学院の方へ急ぎましょう」

 

「土下座に関して最早ノーコメントですかそうですか」

 

「一々感想述べるほど暇ではありませんから」

 

 土下座を止め、立ち上がりパンパンと膝や頭などを手で砂を軽く払う。何度も態勢を変えたことで少しずれた背中の荷物を元の位置へと戻すと、そこから歩き出す。

 真っ直ぐ進み、ラジオや民家を通り過ぎると、ライノの花が咲き乱れる公園へと着く。

 

「…………」

 

「綺麗だな、あの花」

 

「そうですね。()()()()なら理解できないことでした」

 

「俺頑張ったんだぞ?」

 

「普段助けているのでお相子です。むしろ私の方が貸している方ではありませんか?」

 

「アッハイ、お相子でいいですアルティナさん……」

 

 ものの見事に返され、何も言えないままソラは大人しくする。

 この関係は基本変わらないだろうなと内心愚痴るように、同時に変わらない方が楽しいままでいられるだろうなとこの一瞬も大切に噛み締めるように、そっとソラは思うことにする。

 花が雅に散る中で帽子についた花びらが気になったのか、それとも気分的に帽子を今だけ外したかったのか、アルティナは黒い帽子を取り、手にしたままライノの花を眺める。

彼女が物を綺麗だと思えるようになったのは一年ほど前だ。二人で同じ所を進むせいか、滅多に綺麗な物がある場所に行けなかったというのもあったし、それ以前の問題でもあったのも言うまでもなかった。

 だからこそ、こうやって彼女が純粋に物を綺麗だと感じられる光景が眩しいようで———

 

「…………何故私の頭を撫でているのですか?」

 

 無意識に、ソラはアルティナの頭を撫でていた。

 撫でる度に綺麗な銀髪は光を受けて輝き、シャンプーに気を使っているのか、散っている花の匂いとは別で良い匂いが微かに香っていた。

 微かに香らせる所が、あまり自己主張の少ないアルティナらしくて似合っていた。

 

「へ? あっ、悪い。今すぐ手を退け———」

 

「別に構いません。不快ではありませんし、撫でたいのであればお好きにどうぞ。今は日頃の恨みを返し切ってスッキリしているので」

 

「うぐっ……。なら、あんまり撫でさせてもらえない頭をこの際撫でておくよ。一応言っておくが後で文句言うなよ」

 

「ソラさんと同じにしないでもらえますか? 食費に関しては成長期だからとあれほど」

 

「いやあれは成長期云々関係が———」

 

「何 か 言 い ま し た か ?」

 

「いえ何でもありません……」

 

 相変わらず威圧されると萎縮し、言い返すことができない自分を恥ずかしいと思いながら、ソラはアルティナの頭を優しく撫でる。

 先程は良い匂いの方に気が向いていたが、撫でている途中で彼女の髪がサラサラしていることに気がつく。

 

「なぁ、アルティナ」

 

「なんですか?」

 

「シャンプーに気を使ってるのか?」

 

「ええ。()()()気にしなかったのですが、一年ほど前、職務を終えたクレア大尉に捕ま……失礼、一緒にお風呂に入ることになりまして」

 

「おいさっき捕まったって聞こえたんだが? クレア何してんの? 職務終わった後の疲れでハメ外れてたの? お前確かミリアムいたよな?」

 

 世間的には完璧なイメージが強いクレアだが、毎年毎年不眠不休の時期がある。軍人であるかゆえの宿命ではあるが、その度に終えた直後は萎れている姿を見かけていたが、今回は無かったので変だと思っていたソラだったが、真実を知った直後、嫌な予感ばかりが脳裏を掠める。

 

「その時、少しだけクレア大尉の目が何故か血走っていたのを覚えています。恐らく一週間以上の不眠不休だったのでしょう。抱き締める手がかなり痛かったです」

 

「よし今度ミリアム生贄に捧げよう。アイツなら大丈夫だ、うんきっと大丈夫……多分」

 

 確証のない結論を一人で叩き出す。元気一杯な分、きっと耐久力はピカイチだろう。そう願いたい。

 だが、この後、生贄となったミリアムがその翌日だけは元気の頭文字一つすら無かったのだが、この時のソラが知る由も無い。

 

「……話を続けますね。その際に気をつけるように指摘され、断ることもできずに続けているうちに気をつけるようになっていました」

 

「成程な。シャンプーに気を使うことになって理由に不安を覚えるが」

 

 思ったよりもマトモに過ごしていることを知り、以前よりも変わったことを理解して安堵する。ソラが良かったと安堵する姿を見て不満を感じたのか、アルティナは彼に問う。

 

「以前から思っていたのですが、ソラさんは私の保護者ですか?」

 

「保護者 兼 相棒だが?」

 

「貴方が保護者を名乗れるとは、世も末ですね」

 

「ホント俺そろそろ泣くぞ……?」

 

「見た目に釣り合わない精神年齢ですね」

 

「ブーメランって知ってるか?」

 

「《クラウ=ソラス》にブーメランになってもらいましょう。的はソラさんで代用できますね」

 

「ごめんなさい」

 

 結論、彼女に口論では勝てない。

 

「この流れも前にしましたね。学習能力が乏しいと窺えますが」

 

「言うな。不可抗力だ」

 

「丁度良いですね。学生生活を送るということはテストがあるはずです。この際、しっかりと勉強しましょう」

 

「日の出を見れたらいいな……」

 

「お墓ぐらいは建ててあげますよ?」

 

「入学前に不吉なこと言うんじゃねぇ!」

 

 悲痛な叫びが周りに響く。

 ぎゃあぎゃあと喚くソラを溜息と共にアルティナは拳銃のグリップで強めに殴りつけ黙らせる。

 本来なら通報不可避な光景ではあったが、周りに人はほとんどおらず、殴られたソラが頭を押さえて少しばかり痛そうにしたせいで、大事はないと判断されていた。

 

 

「あの二人はいったい……」

 

 

 そんな不思議な光景を一人の青年が首を傾げながら見ていた。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

(ぶっちゃけ眠いからオチて———うぎっ!?)

 

(真面目にしてくれますか)

 

(いきなり左足を踏むんじゃねぇ! 遠慮なさ過ぎんだろ!?)

 

 あれから数十分後、講堂入り口付近の席にて、他に迷惑をかけない程度にソラとアルティナの二人は壇上の演説を耳にしていた。

 何故一番後ろの席だったのかということを、まず一番最初に話さねばなるまい。本来なら指定された席を座る、というのが定番であり、最早使い古された常套句ではあったが、何故か手配された紙には二人だけが一番後方の予備席のような位置を示されていたのだ。

 ミスか何かかと思ったのだが、アルティナが瞬時に判断したのは、如何にもありがちな考えだった。

 トールズ士官学院とはそもそも軍人の育成校である。同時に貴族の嫡子が学問を修めるという点でもそうなのだ。

 

 そして現在、帝国は《革新派》と《貴族派》の二分された状況とも言え、ソラとアルティナはその《革新派》の一員である。

 なるべく世間に名前が出ないように測っては貰っているが、流石に四大貴族がそれを知らない訳がない。

 そこから他の貴族達へと洩れる可能性がないなど確信できはしない。そのために視界に入らないように仕組まれたものなのだろうと判断した。

 そこでそれに倣うように後方の席へと座ったのだが

 

(次、そのような行為に走った場合、あとで社会的に抹殺しますがよろしいですか?)

 

(軽くオチるだけで社会的抹殺!? 代価が釣り合ってねぇ!?)

 

(返事は?)

 

(わ、分かった分かった、落ち着けアルティナ。ちなみに聞くが、どうやって殺す気だお前……?)

 

(そこは演技と世間的な常識を駆使してです)

 

(容赦ねぇ!? 容赦なさすぎて即刻刑務所(ブタ箱)かよ!?)

 

 ホント容赦ねぇ……と連呼しながら、諦めてソラは壇上を見上げる。視線の先には一人の老君の姿があった。

 目測2アージュ程、筋骨隆々という極々一般的な老君の姿とはかけ離れた体躯を持ち、数多の戦場を潜り抜けてきたであろう強者の風格。

 戦場慣れしたソラと言えど、視線の先の老君が全盛期より老いているとはいえ一筋縄ではいかないと判断する。

 

トールズ士官学院学院長、ヴァンダイク。

 現在は学院長を務める、エレボニア帝国正規軍名誉元帥の肩書を持つ。今では前述の通り、全盛期より老いたことで鳴りを潜めてはいるが、その身からは未だに闘志が冷め切っていない。

 現役時代にはその怒声が大気を震わせ、遥か彼方に響き渡ったなどという伝説は、聞いた当時は比喩のようなものだと感じていたが、少し甘く見ていたことを反省する。

 

(なぁ、アルティナ)

 

(なんですか?)

 

(得物は何か推測できるか?)

 

(あの体躯なら様々なものが扱えます。なので、確信を持って言えませんが———)

 

 僅かな思考。しかし、答えはすぐに出ていた。

 

(馬上槍(ランス)、斬馬刀、ブレードライフル辺りかと)

 

(そうか、わかった。いつも感謝してる)

 

(襲撃しようだなんて考えないでください)

 

(分かってるよ。流石に殺り合える程の実力なんて持ってねぇ。他ならぬ俺自身が正攻法じゃ弱いのはよく噛み締めてる)

 

(安心しました。貴方は猪突猛進の単細胞ですから止めても吶喊するかと思いました)

 

(ねぇ俺ってそんな風に見えるの? ずっとバカにされてね?)

 

(見えますね。知り合いがいれば満場一致で)

 

(泣き喚くぞチクショウ!)

 

(子供ですか貴方は……)

 

 講堂後方でヒソヒソ声だからギリギリ許される(?)ものだが、気になり始めた新入生達の視線が集まり始める。

 視線が向けられ始めている、ということが悪目立ちに繋がると感じたソラはいくらか言った後に口を閉じた。

 望んだものではないとは言え、入学するならそれ相応に慎ましくいるべきだろう。面倒だと心底うんざりしながらも再び壇上へと目線を向けた。

 それは丁度締めに入っていたところ。

 

「最後に諸君には、かの大帝が遺したある言葉を伝えたいと思う」

 

 《獅子心皇帝》ドライケルス・ライゼ・アルノール。

 獅子戦役終結の功労者。ノルドという辺境の地からの進軍。《槍の聖女》リアンヌ・サンドロットと共に駆け抜けた皇子。現在に至るまでの帝国皇帝の祖。トールズ士官学院創設者。

 

 そして———歴史に名を轟かせる()()

 

(英雄……なぁ。————心底下らねぇ。英雄なんざ、ただの虐殺者だろうが)

 

 嫉妬ではない。

 純粋に、彼は英雄など認めない。

 英雄。子供ならば目を輝かせてカッコいいと感じる単語。誰だってそういうものになれたらいいなと思うことだろう。

 だが———そんなものは総じて虐殺者に過ぎない。

 一人を殺せば人殺し、百万人殺せば英雄? そんな訳はないだろう。

 

 誰かに求められるままに殺し続ける姿が、

 

 自らの守りたいもののために他人の大切なものを奪い続ける姿が、

 

 一人を殺せば大勢を救えるからと後悔しながら殺し続ける姿が、

 

 それが総じて英雄(ヒーロー)だと?

 

 

 そんなものは

 

 

(———総じて塵芥(ゴミ)だ。畜生の糞尿より薄汚ねぇ汚物にすぎねぇ。絶対に認めてなるものか、()()()!)

 

 無意識に手の甲に爪を立てる。皮膚が破れ血が滲み痛みが脳へと走る。けれど、それすら気がつかず、歯を噛み締め殺気は洩れ出し憤怒が血を滾らせ駆け巡る。

 

「『若者よ、世の礎たれ』———〝世〟という言葉が何を示すのか。何を以て“礎”とするのか。その意味を、考えて欲しい」

 

 最後を締めるに相応しいその言葉を以て、拍手喝采のうちに入学式は終了する。

 だが、その中で二人。異質な反応を悟られぬように返したのだ。

 

 一人は殺気と共に断固としての否定を、

 

 もう一人は静かに彼と同じく否定した。

 

 

 『若者よ、世の礎たれ』。

 その言葉は、彼らにとって———いや、彼にとって禁句(タブー)に大きく触れるものであったことを、誰も知る由はない。

 

 

 

 そうして———今ここに、激動の時代が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 




前回に引き続き

今回の登場キャラ
リィン・シュバルツァー
→リィン

ヴァンダイク学院長
→ヴァンダイク

今回名前だけの登場キャラ
(原作で未だに登場しないキャラも)
ドライケルス・ライゼ・アルノール
→ドライケルス

リアンヌ・サンドロット
→リアンヌ


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場違いな二人

前回投稿からはや4ヶ月。お待たせしました皆さん。
生存報告すらしない阿呆で申し訳ありません。いや色々あったんですはい。
別に『軌跡シリーズ』全部やり直してた、とか。『PSO2』してた、とか。『ノゲノラ ゼロ』見に行ってた、とか。そういうのじゃありませんーーそういうのじゃないからね!?(確信犯)
と、そんな他愛もない話は置いといて。
ついに九月下旬に出ますね『閃の軌跡III』! いや待ち遠しいですよ。アルティナが可愛すぎて吐血しそう。フィーはすごく成長しましたね。いや、他にも言いたいことはたくさんありますが、それは後書きの方へ。

それでは、久方ぶりではありますが、どうぞ。


 

 

 

 

 

 

「なあ、アルティナ。俺もう帰って良いか?」

 

 嘆くように呻いたのはどうしてだっただろうか。

非常に面倒臭い任務を遂行しなくてはならなかったからだったか。それとも《遊撃士》よろしく雑務をやれと命令された時だったか。いや、それも大概嫌だが、今回はそうではないとソラは目の前の現状に目をやった。

 金髪の男子生徒と緑髪の男子生徒。その二人による口論———であってるのだろうか。あまりその手のことに興味を抱かなかったことや、血生臭い任務に当たりすぎてたせいか。

 兎も角、面倒なことであるには相違ない。大きく、しかし、口論している二人には届かない程度で溜息を吐いた後、帰宅許可願いに呼んだ相棒の方を向く。

 

「帰るなら手を貸しますよ? 後始末も任せてください」

 

「おう分かったあとは宜し———おいコラちょっと待て。それなんか俺死んでね? なんかコッソリ殺害されてね? 後始末ってまさかお前———」

 

「ソラさん」

 

「ん? なんだよ、肩に手なんて置いて。そもそもお前、俺の肩に手を置け———」

 

「知らない方が幸せなことはたくさんありますよ」

 

「ホント待ってくれ。お前何言ってんの? あのアルティナさん?」

 

 一番マトモなはずのアルティナがどうにも機嫌が悪いことに今更ながら気がつく。何が原因かは何点か思い当たるが、今そこで起こってる口論に時間を取られたくない、であっているのかわからない。

 

「遺書の方は書きましたか?」

 

「質問に質問で返さないでくれ! いやホント冗談だからな? なっ?」

 

「………………」

 

「いや……その……、「私に冗談通じませんよ?」的な目でこっち見ないで? あと気配で分かってるがさりげなく《クラウ=ソラス》近づけんな! 他に見えてねぇからってダメだからな!?」

 

「……仕方ありません、また今度にしましょう」

 

「いやまた今度もダメだからな!? なんでお前に殺されるのが決まってんだ!?」

 

「日頃の揶揄いへの恨み」

 

「ワースッゴクワカルナァー」

 

 訂正。原因は結局自分だった。そんなに揶揄ってたかなぁと自重しようかと考え始めるソラに対し、アルティナは無表情で目の前の現状を見て、呆れ果てたように溜息をついた。

 

「無駄な口論ですね。例えクラスが変更されたとして、互いに望まない境遇を知るのは間違いないと思うのですが」

 

「たんにプライドだろ。どっちもどっちで引きたくない譲りたくない負けを認めたくない頑固者ってことだ。俺達も似たところはいくつかありそうだが」

 

「そうですね。似ていても途中で折れるのは口より先に手が出るソラさんですね。引いてくれるのがすごくありがたいです」

 

「まぁ俺は引き際よく分かって———いや待てさっき馬鹿にしなかったか?」

 

「気のせいですよ。馬鹿に馬鹿なんて失礼ですから」

 

「ソッカァーナルホドォー。お前ホントに一度反省させてやろうか!?」

 

「実力差はあまりないのに、ですか? それに私がいないと全力の「ぜ」の字すらないって言われてませんでしたか」

 

「一戦交える前から削りに来るのやめね? それ卑怯だろアルティナ」

 

「〝勝てば官軍負ければ賊軍〟と教えたのは誰でしたか? 戦いは始まる前から勝者が決まってると教えたのは誰でしたか?」

 

「取り敢えず胃腸薬貰えるか? 今日はいつもより腹の調子悪いみたいだ」

 

 白旗あげて五体投地の降伏。もはや見慣れた光景、もとい手慣れた手段で勝利したアルティナはポケットの中から胃腸薬を、何処からともなく水筒を取り出しソラへと手渡す。何錠か取り出し水筒の中身とともに流し込むと半眼でアルティナを睨む。

 

「お前さ、たまにはこっちの舞台に登ってくれ。なんでお前の舞台に登らされてんだ」

 

「相手を自分に有利な舞台に登らせるのは戦いの基本、そう教えたのも貴方ですよソラさん」

 

「あ、もうダメだわおしまいだ勝てる気がしねぇ」

 

 自分の言葉を使った揚げ足取りの嫌がらせに、思わず過去の己の単純さに右ストレートを叩き込んでやりたいと身に染みた一方、ちゃんと自分の教えたことを覚えてくれていた嬉しさで頰が緩む。

 ソラの様子に気がついたのか、アルティナがわざとらしく目を逸らした。何故逸らしたかなんてそういうものに疎い彼には分かるまい。

 

「なんだ、ちゃんと俺の教えたこと覚えてんのか。なら勝てなくても問題ねぇか」

 

「……珍しいですね。貴方が勝つことを欲しがらないなんて。明日は槍でも降るんじゃないですか?」

 

「褒めてんのに皮肉で返すなよ。槍じゃなくても銃弾とかは慣れっこだ今更だろ」

 

「……まるでもっとタチが悪いのを望んでいるような口振りですね」

 

「タチが悪いのならあの人達が運んで来るからな。もう防ぐのは諦めてる。飛んでくるなら飛んでこいってな」

 

「……馬鹿ですね」

 

「馬鹿で結構。馬鹿に馬鹿は失礼つったのも誰だっけな?」

 

「………………」

 

 意趣返しを受け被った帽子を手に持ち黙り込むアルティナ。その姿に勝った喜びを忘れ、ソラは子供をあやすように彼女の頭に手を置き撫でる。依然として前では激しい口論が起きている中、最後尾では内容は物騒ながら惚気話のような二人の様子に挟まれた他の生徒達は堪らずに口を開いた。

 

「本当に恋人じゃないのか? あの二人」

 

「さ、さあ……? でも僕達より年下に見えるし……」

 

「どっちかと言えば、仲の良い兄妹……であってるのかしら?」

 

「そ、そう……なんでしょうか?」

 

「仲が良いのは微笑ましいことなのだが……」

 

「正直、砂糖吐きそう」

 

「ふむ。俺のいた場所ではそのようなことはなかったが、こちらではそうなのか?」

 

『絶対にこっちも違うから』

 

「おいコラ聞こえてんぞ、下手人共」

 

 黒髪の男子生徒を筆頭に始まった愚痴は異邦の男子生徒の天然を全員で否定するも、小さな声を聞くことすら慣れていたソラの耳にはこれでもかと届き、下手人達を半眼で睨みつけた。

 

「ったく、誰が兄妹だ。そもそも髪や目の色が違ぇだろ。あと俺の妹はもっと素直()()()っての」

 

「そうですね。私もこんな兄妹は御免被ります」

 

「おいコラ」

 

「事実は事実でしょう? それを口にしてはいけませんか?」

 

「正論すぎて何も言えねぇよチクショウ」

 

「ソラさんには正論は早いですから、常識と気遣いから教えましょうか?」

 

「ちょっと俺、近くの街道の魔獣を血祭りにあげてくるわ。なぁに、生態系が変わっちゃうくらいの気晴らしだよアハハ」

 

 目のハイライトが消えた瞳で空笑いと共に、ソラは旧校舎の外へと出ようとする。本来ならば誰も止めようなどとは思わないのだろうが、しかし、彼が口にした言葉をいち早く呑み込んだ黒髪の男子生徒がその意味を理解して駆け出した。

 

「ま、待ってくれ! 名前まだ知らないけど、それだけはどう考えてもやりすぎだから!」

 

「離せェッ! ちょっとだけだから、ちょっと掻き乱して来るだけだから!」

 

「それでも掻き乱しているじゃないか! だ、誰でもいいから手を貸してくれ! 俺一人じゃ止められる気がしない!」

 

「助太刀しよう。何処を押さえればいい?」

 

「と、取り敢えず左肩の方を頼む……!」

 

「いやホントちょっと待って! ホントちょっとだけだから! 気晴らしくらいさせてくれェッ!」

 

「気晴らしで生態系壊される相手のことを考えてくれ!」

 

「ま、魔獣だけだから! 魔獣だけ蹂り……狩ってくるだけだから!」

 

「さっき蹂躙って言いかけなかったか!?」

 

「気のせいだから! 気のせいだから離せェッ!」

 

「何やっているんですか貴方は……」

 

 ぎゃあぎゃあと喚く餓鬼を取り押さえる二人の警備員のような光景に、思わずアルティナは今まで以上に憐れむ。

 以前も見た光景だが、より餓鬼っぽさが滲み出ている辺り、彼もまた、本来は年相応なのだろう。

 

 とはいえ、今日会ったばかりの者ばかりの場で恥しか晒さない姿はなんとも見苦しい。呆れ憐れんだ後、少し黙らせるために軽く後ろに下がって、助走開始。取り押さえた二人には当たらないように位置を調整し、直後、ドロップキックがソラの鳩尾に突き刺さった。

 

「とうっ」

 

「グボァッ!?」

 

 想定外の衝撃波に、胃の中が圧縮され反動で口から食べた物がせり上がって来そうな悲鳴をあげながら、ソラは吹っ飛び、冷たい床を何度か転がり、壁へと激突。それから少しの間、全くと言っていいほど動かなくなる。

 対して、ドロップキックを見舞ったアルティナは溜息を()きながら、取り押さえていた二人や他の生徒の方を向いた。

 

「これで静かになりましたね」

 

『今の何!?』

 

「対ソラさん用鎮圧手段の一つです。煩い時や子供のように駄々をこねた際に使うと効果的なので」

 

「効果的っていうか———全く動かなくなってるぞ!?」

 

「いつものことです」

 

『え、いつものことなの……?』

 

 困惑する一同に対し、アルティナは気にせず今も行われている目の前の二人による口論に目をやる。どうやら先程の騒ぎでも気がつかないほどに興奮しているらしい。

 さて、どうしたものかと考えようとした所で、漸く事態は動く。

 

「あー、はいはいそこまで。互いに言いたいこともあるだろうけど、取り敢えず、“特別オリエンテーリング”を始めるわよー」

 

 今の今まで傍観するだけだった女教官———サラ・バレスタインが、言動からも理解できるように面倒臭そうに話を無理矢理切り上げ、次へと移す。無理矢理であったためか、或いは踏ん切りがつきにくいのか、未だに二人は睨み合ってはいたが、漸く矛先を納める。

 一方で、漸く事態が動いたことで流石に起こしておこうとアルティナは伸びているソラの肩を掴み、手加減なしで前後に揺らした。

 

「起きてください、ソラさん。まだ気絶しているんですか?」

 

「………………」

 

「……仕方ありません。起きないなら強引に起こしましょう。《クラウ=ソラ———」

 

「起きた! 今起きた! 起きたから! マジでそれだけはヤメロォッ!?」

 

「起きてましたか。残念です」

 

「残念!? 今お前残念つった!? いやそれ以前にドロップキックとか殺す気かテメェ! 食ったもん全部吐くかと思ったわ!」

 

「貴方ならそんなことはしないと判断して行動しました。後悔も反省もしてません」

 

「んだとゴラァッ! 元々はお前がど直球にディスったからだろうが!」

 

「ええ、確かに事の発端は私ですが、間違った事は言ってません。言われたくないのであれば、先に言っておくのが定石です。しかし、ソラさんは言ってませんよね? 」

 

「………………」

 

「それに他の方々もいる所で知人が恥を晒しているのを、私個人としては見ている訳にはいきません。では、どうすれば鎮圧……失礼、静かにできるかと考えれば、実力行使が一番手っ取り早かった。ただそれだけのことですが、言いたいことはありますか?」

 

「おいちょっと待て、鎮圧って聞こえたぞおい! 俺は暴徒か? 暴徒なのか!? てか俺最近こんな目にしか遭ってな———」

 

「他 に 言 い た い こ と は あ り ま す か ?」

 

「あ、うん、その……俺が悪かった反省してます許してください」

 

『し、尻に敷かれてる……』

 

 本日二度目となる光景だというのに、ソラとアルティナとの関係が大体察せる程になりつつある生徒達とは裏腹に、サラは呆れた顔をしながら、手を叩いてこちらに意識を向けさせた。

 

「そこの二人、いつまで痴話喧嘩している気なのかは知らないけど、さっさと始めないと私も困るのよ」

 

「アルティナ、あいつ痴話喧嘩とか言ったんだが?」

 

「拗れる前に幕を引きましょう———ソラさんを殺って」

 

「ウッワァー矛先コッチ向イタゾォー。———《あとで覚えてろ、バレスタインめ……》」

 

 遠い目をしながら移動し、他の生徒達の()()に並ぶ二人。サラが少しずつ移動する最中で、何回か足で床を押さえた後、互いにしか分からない程の僅かなハンドサインで次に取る行動を統一する。

 そして———

 

「それじゃ、行ってらっしゃい♪」

 

 言うが早いか、旧校舎一階の舞台壁一角の一つに設置されていた、如何にも怪しい赤いスイッチを、何も躊躇いもなく押した。

 直後、ガコンという重々しい音が響くと共に、立っていた位置すら仕組まれていたかのように生徒一同の足元の床が大きく下方向へと傾き始めた。

 

「うわぁっ!」

 

「な、何だ!?」

 

 完全なる不意打ち。加えてかなり速いスピードで直角へと傾く床に、()()()()()()に慣れていない殆どの生徒は抵抗虚しく、階下へと引き摺り込まれていく。

 そんな中で、そういうものに慣れていた銀髪の少女はあらかじめ右腕の袖に仕込んでおいたワイヤーを伸ばし、それを天井に括り付けることで空中に逃げて落下を阻止した———はずだった。

 

「———ッ!?」

 

 カンッ!という金属同士がぶつかる音と共に、真っ直ぐ伸ばしたはずのワイヤーは弾かれ、あらぬ方向へと飛んでいく。加え、そのワイヤーの先は何も括り付けることすら出来ず、阻止できたはずの落下を受ける羽目となった。

 階下へと落ちゆく僅かな間、見上げる形で落下阻止を邪魔した不届き者の顔を睨みつけながら少女は予想外の事態を味わい落ちていく。

 

 その一方、少女の落下阻止を妨害した不届き者は、堂々と睨みつけていた少女が階下に消えるまで睨み返していた。

 

「詰めが甘ぇよ。どうせ落下阻止成功したら俺に食ってかかるのが見えてたからな」

 

「彼女とまた出会うことになるとは予想してませんでしたよ。改めて世間は狭いと認識できました」

 

「みてぇだな。なぁ、そうだろう? 《紫電》のバレスタイン」

 

 直後、面倒臭そうな顔をしたソラの首元に赤紫に輝くブレードが突きつけられた。薄皮一枚斬り裂けそうなぐらいの距離間にある金属が背中に冷たいものを通すが、それを心地良い感覚として嬉しげに笑う。

 

「そうね。またアンタらと出会うことになるとは思っていなかったわよ。《鉄血の子供達(アイアンブリード)》の《復讐鬼(モンテ・クリスト)》と《黒兎(ブラックラビット)》」

 

 忌々しそうにその異名を告げ、サラはブレードを現状生徒として預かったソラに向ける。

 

「ん? やっぱそっちで呼んだか、《紫電》。まぁ十中八九って感じだったから問題ねぇか。んで教官様よ、生徒にンな危ないもん向けちゃダメだろ」

 

「アンタらがそれ言えるかしら……?」

 

「バレた? 流石は〝準達人級〟、お見事」

 

 そう、刃物を向けているのはサラだけではない。ソラの両手にもまた、先程ワイヤーにめがけて投げたものと同じダガーが握られていた。右手に握られたダガーは勿論のこと、首元へ。左手に握られたダガーは————

 

「———心臓、ね。アンタ、本当に容赦ないわね」

 

「当然だろ。殺しに来られてこっちが殺さないとか侮辱でしかねぇだろ。尤も、任務の都合上こっちが先手必勝で殺戮する方が多いがな」

 

 この時点でサラの敗北は喫していた。そもそもブレードとダガーでは長さが違う。それが堂々と心臓付近、詰まる所、懐へと向けられているこの時点で戦場ならば、距離詰めで敗れている。

 加えて、ソラの得物はこんなダガーなどという暗器ではない。その時点で長さという有利すら取れなかったサラに敗北はほぼ確実となっていた。

 そして、もう一つ。忘れてはならないものがある。

 

「アルティナ」

 

「ええ、手筈通りですよ」

 

 サラの背後から、先程ソラの側にいたはずのアルティナが、無骨ながらも洗練された、漆黒の戦術殻《クラウ=ソラス》と共に出現する。背後を取られたことも重大な問題ではあるが、それ以上に問題なのは自動人形が取っていた行動にある。

いつから向けられていたかはさておき、その右腕は躊躇うことなく、サラの後頭部に突きつけられている。

 つまり————

 

「『詰み(チェック)』だ、《紫電》。お前の敗けだ」

 

 死神が嘲笑うように、ソラは敗北を突き付けた。先手を取ったはずが既に取られていた現状に、憎々しそうにサラは得物を下ろした。

 それに対して、ソラもハンドサインでアルティナに《クラウ=ソラス》を下がらせるように伝え、自身もダガーをベルトに引っ掛ける。

 

「———それで、《復讐鬼(モンテ・クリスト)》がアタシに何か用?」

 

「皮肉しか言えねぇのかよテメェ。まぁいいか。こっちも要件らしい要件なんざねぇよ」

 

「へぇ。《鉄血宰相》から直々に何か命令受けたから手を出すな、とでも言われると思ったんだけど?」

 

「ンなわけねぇだろ。むしろこっちからすれば、喧嘩売ってこいって話だ。端的に言って暇なんだよ。雑魚ばっか相手して、マトモな相手がアルティナとあいつらだけってのは」

 

 別にあの時の猟兵団も弱いと言ってる訳ではない。ただ消化不良が過ぎるのだ。最近そればっかなんだよと目で訴えるソラに、サラは面倒なことになるなと察して今年の教官生活は大変だと溜息を吐く。

 

「それで? アンタ達、本当は何しに来たのかしら?」

 

「ん? 特にないぞ、ここだけの話」

 

「ええ、本当ですよ。宰相閣下からの命令以外には何も」

 

「……しらばっくれてる訳じゃなさそうね」

 

「当然だろ。他に何かあるなら、なんで今頃生徒なんざ堅苦しいことやらなきゃいけねぇんだよ。それ単体しかねぇからこの有様なんだよ」

 

 「ギリアスの野郎、なんでンな命令したんだか……」と愚痴る一方で、大方の理由を察したソラとアルティナは、それを口に出さず飲み込んだ。あの男のことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 数年の付き合いから———いや、その前から分かっていたあの男の辣腕からも、それが滲み出ているのを二人はそう理解していた。

 

「ソラさん、そろそろ時間です。これ以上、引き伸ばすと進行に影響が出ます」

 

「俺としてはこのままバックれたいんだが……」

 

「社会的に死にたければどうぞご自由に」

 

「よーし! 俺張り切っちゃおうかなぁー! いや楽しみだなぁー特別オリエンテーリングッ!」

 

「張り切ってもらえたなら幸いです。それでは行きましょうか」

 

「……俺どうしたらアルティナに勝てるんだろうなぁー」

 

 そそくさと先に階下へと身を投じたアルティナに、一部を除いて勝ち目がない自分の現状を呆れながら嘆くと、ソラもまたその後を追う。

 台風一過の如く、場を荒らすだけ荒らして行った二人が漸く階下へと降りて行ったのを確認して、サラはどうか今年が厄年ではないようにと祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

「なあ、アルティナ。俺、思ったんだが……他人の不幸ってメシウマなんじゃねぇかって」

 

「そうですか。なら、他の方々のメシウマのためにソラさんを犠牲にするのはどうでしょうか?」

 

「あ、やっぱごめんなんでもねぇわ。人の不幸は悲しいよねウンソウダヨネ」

 

 アルティナからの愚直なまでに真っ直ぐな脅迫を受け、空笑いを溢しながらソラは片言に意見を変更する。変更したというのに、まだ遠慮なく体重をかけて右足を強く踏んでいる辺り、元からそういう属性が合っているんだなぁと染み染み思う一方、後で腫れた足をどうしようか真剣に考える。

 

「えっと、アルティナさん? いい加減足退けてくれません? スッゲェ痛いんですがあの……」

 

「このまま潰してしまうのもアリだと思いますが、どう思いますかソラさん?」

 

「アッウンソウダネー、って返事すると思ってんの? そこまで馬鹿じゃねぇだろお前」

 

「ええ、分かってて聞きましたよ。 それがなにか?」

 

「もうヤダこの子。スッゲェ怖い。誰がこんな風にしたんだろうなぁー」

 

「主に数人ほど検討つきますね。そのうち一人が近くにいますが」

 

「もうそこストレートにお前のせいだって言わね? オブラートに包んでるつもりだろうが、全然意味ねぇよ? 聞いてますアルティナさん?」

 

 ギリギリとわざと足を捻りながら、人の足の甲を踏み砕かんとばかりに力を込め続けるアルティナに、身内に碌なのがいないと溜息を溢すソラ。それを遠目にそれを見ている落とされた連合軍は、何とも言えない顔をしていた。

 

「なぁ、みんな。アレを見てどう思う?」

 

「足を踏み砕こうとしてるあの子も大概だが、それを痛がる様子も見られないんだが……。いやそもそも、普通に話をしてるように見えるのは俺の気のせいか……?」

 

『いや、その目は間違ってない。可笑しいのはきっと向こうだ(よ)』

 

「聞こえてんぞ『まんまと落とされた連合軍』。あとそこ。さっき落としたのは悪かった、謝るから殺意向けないで貰えます?」

 

「ん、それは無理な相談。あとで覚えといて」

 

「アルティナ。俺って何か因縁つけられるの多くね? 気のせい?」

 

「トラブルメイカーが何を今更言っているんですか?」

 

「うっわドストレート。もうお前、言葉のキレで物ぶった斬れそうなんだけど」

 

「何なら今、ぶった斬りましょうか?」

 

「全力で遠慮します。あと然りげ無く《クラウ=ソラス》こっちに向けんな。分かってんだぞ気配で」

 

「わざと向けてるんですよ分からないのですか?」

 

「もう泣いていい? 相棒もマトモな神経してないんだが」

 

「私よりマトモな神経してない人に言われたくありませんね」

 

 もうダメだおしまいだとばかりに悲嘆に暮れるソラに対し、ずっと溜息しか吐いていないアルティナは、このあと何があろうともアップルパイを作らせて精算させてやろうと、そこまで持っていく手順を頭の中でシュミレートする。未だに足の甲を踏み砕かんとする動きは一切止めずに。

 と、ここで突然制服のポケットの中から電子音が鳴り響いた。音の発信源である、入学証明書と共に届いた導力器(オーブメント)を恐る恐る開く一同に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『全員、無事みたいね』

 

「むしろ怪我人出たら首飛ぶに一票。んで、さっさとしろよ教官。こっちは時間の都合も考えてやったんだぞ」

 

「考えたのは私でバックレようとしたのは貴方なのに何抜かし……失礼、何言ってるんですか」

 

「アッウンソウダネー、っておいコラちょっと待て。さっき抜かすって言わなかった!? お前何か言葉遣いも悪くねぇか!?」

 

「信頼してあげてるんですよ感謝してください」

 

「ウッワァーオレスッゴクウレシイナァー」

 

『何故だが知らないけど泣けてきた……』

 

『アンタ達、早速影響出てるわよ……』

 

「知らんな、ンなこと」

 

「影響出るのは不可抗力です。文句があるならこの人にどうぞ」

 

「お前も道連れだ馬鹿野郎」

 

 通信越しに聞こえるわざとらしい溜息を流して、二人はすでに他の者達が気がついていた、まるで円を描くかのように設置された十の台座に目をやった。その上にあったのは各々が校門前で預けたはずの荷物と、片手に乗るサイズの宝箱が置かれていた。人から物を貰うことが少ないせいか、ソラは勿論、アルティナを含めた全員もまた首を傾げ、或いは怪しみながらその側に近寄った。

どういう訳か、ソラかアルティナの台座がなく、二人纏めて置かれている辺り、気が利いているのか、或いは嫌がらせなのか。疑問を浮かべ、まぁいいかと無視しようと腹を決める。

 

『あ、そうそう。アンタ達は一緒の台座にしておいたわよ』

 

「テメェの仕業かよクソ教官ッ!」

 

「………………」

 

「えっとアルティナ……さん? あのそのドス黒いオーラ、みたいなの引っ込めて貰えません? 俺怖すぎて得物取れないんですが……」

 

「サラ教官……後日時間を頂いてもいいですか?」

 

『……えーっと、時間取れたら、ね?』

 

「………………」

 

 教官の粋な計らい(?)のせいで周囲が凍りついた一方、サラはおふざけ無しに、渡されていた導力器(オーブメント)の説明が行う。

 

 かのエプスタイン財団とラインフォルト社が共同で研究・開発して制作した第五世代型戦術オーブメント『ARCUS(アークス)』。

そもそも“戦術オーブメント”とは、一般的に“魔法”と称される導力魔法(オーバルアーツ)の使用や所持者の身体能力の向上などの機能が備わった、その名の通りの戦闘用の導力器(オーブメント)の総称。現時点で大陸各国の軍隊や警察、遊撃士協会などにも普及している代物である。

現状、最も戦術用オーブメントとして知られているのは『ENIGMA』と呼ばれるエプスタイン財団が中心となって開発された機器であったが、どうやら軍事大国であるエレボニアは、それだけでは満足いかなかったらしい。その結果がこれだと言えるのだが、元よりそれに頼らない戦い方をしていたソラには無用の長物と言えた。

 これを踏まえて戦術オーブメントに興味が無かったソラだったが、それを使用しているアルティナのお陰か、完全に疎くはならなかったためにある程度は分かるがすでに欠伸が出始める。

すると、先程の非ではない程に力を込められたアルティナの足により、足の甲が悲鳴をあげる。

 

「ンギィッ!? 痛い痛い痛いッ! マジで痛ぇわアルティナ! いい加減に足退けろッ!?」

 

「じゃあ寝ないと誓ってください。———金輪際」

 

「わ、分かった分かったから! 寝ないって誓———ちょっと待てお前今なんつった?」

 

「金輪際ですが、何か可笑しいでしょうか?」

 

「いやすでに可笑しいのだろテメェ! 俺はまだ人間だぞ!? あの人災共じゃねぇんだからな!? 一緒くたに扱わないでくれ!」

 

「じゃあ少しはそれらしくして貰えますか? 今の貴方の行動がそれとかけ離れているのですが」

 

「お前のその行動が同年代の女の子らしくねぇんだよ理解しろよ馬鹿野郎!」

 

 大切な説明の最中に喧嘩を再び始める二人に、サラはついに二人との通信を躊躇いなく切る。加えて、あの二人のことを気にしなくていいと補足し、説明を続行。ある程度噛み砕いた上で説明し切ると、二人を除いた全員に小さな宝箱を開けるように告げた。

 一方のソラやアルティナも、通信は切られたものの他の者達の行動からやるべきことを判断し、宝箱を開けた。

 

 そこに入っていたのは、小さい球状のクオーツ。それもただのクオーツではなく———

 

「マスタークオーツ、ですか」

 

 〝進化するクオーツ〟と称される、次世代型『ENIGMA II』より実践された代物であることをアルティナは看破する。すでにその次世代型を使用していた、ということもあるのだが、それよりも何かが違っていると判断したのか、興味を示した。

 それに対しての説明をするためか、アルティナとの通信を再開し、詳しい詳細を語るサラだが———

 

「なんで俺との通信切ったままなんだろうなぁー」

 

 唯一人、蚊帳の外に放置された哀れな男が空笑いを溢して、隣で話をしっかり聞いているアルティナへと視線を注ぐ。

 すると、それに気がついていたのか、いや気がついていたアルティナは瞳を伏せ、ハンドサインを出す。反応してくれたことに若干嬉しそうにしながら、ハンドサインの意味を理解して———ソラは座り込んで遠くを見つめることにした。

 

 彼女が出していたハンドサインの意味は『五月蝿いので黙って大人しくしていてください』である。相手をするのすら疲れた、という時に使われるそれをここで使われたせいか、ソラが目に見えて大人しくなる。それが視界に入っていたのか、一部他の者達が何とも言えない顔で視線を向けた後、気にしないように話へと集中することにした。

 

 いくらか時間を要した後、説明を終えた所で一同がマスタークオーツを各々の『ARCUS』に填める中、肩をトントンと叩かれ、ソラは漸くそちらを向く。

 

「ソラさんのです。早く填めてください」

 

「……たまに思うんだが、ツンデレも悪くないよな」

 

「サラ教官、ソラさんはいらないそうなので返却して宜しいでしょうか?」

 

『いいわよ。どうせ使わないでしょうし』

 

「おいコラちょっと待てやテメェら。ちょっと思ったこと口にしただけだろうが」

 

「そのちょっとが原因なのを理解していないのですか?」

 

「………………」

 

 相変わらず勝ち目なし。そう判断するとアルティナからそれを受け取り、自らの『ARCUS』の中心に填めた。

 マスタークオーツの名は『ニヒト』。その意味は————

 

「虚無、か。ある意味、俺には()()()()だな」

 

「……私のも大概だと思われますが?」

 

 半ば呆れたように、アルティナは与えられたマスタークオーツをソラへと見せる。自分のものを見て大概だと言う彼女の発言からした碌でもないネーミングなんだろうなと思いながら、その名を知る。

 

「存在———『ザイン』か。これちょっと皮肉効きすぎちゃいねぇかなぁ! エプスタイン財団とラインフォルト社襲撃してやろうか担当者誰だゴルァッ!って」

 

「傍迷惑だから本当にやめてくれ!」

 

 金髪の女子生徒に顔を張られたらしい黒髪の男子生徒からまたも、先程同様に悲鳴に等しい嘆きが聞こえた。流石に金融機関を麻痺させるのは後が面倒なので絶対にしないが、冗談に聞こえなかったのだろう。彼には後でキチンと謝ることにしたソラだが、確かにこれは()()()()

 誰だこんなことしやがったのは、と今にでもサラを問い詰めてやりたいが、どうせ時間の無駄だろう。仕方ないと胸の奥に怒りを鎮め、二人はお互いの得物を手に取ることにした。アルティナが第二の武器である二丁拳銃を手に取り、スカートの横に引っ掛けたホルスターに戻す一方で、ソラは校門前で預けた不相応な大きさのケースから、〝それ〟を取り出した。

 

 取り出したそれは常識的に考えれば———いや、一般的に考えれば目にすることもないはずの得物。しかし、裏の界隈に身を置く者ならば、目にすることがあり、使いこなす者はかなりの手練れであることが必至である代物。正式な型番が存在しない予想外のそれはこの場の全員を唖然とさせた。

 

「アイツ、在学中は何でも良いって言ってたよな、アルティナ」

 

「ええ、そうですね。しかし、何故それを?」

 

「『鞘』としては上出来だろ?」

 

「成程。()()()()ことですか」

 

「ああ、()()()()ことだ」

 

 ニシシと笑い、ソラはその得物を見せつけるように振るい、床へと突き刺した。齢16の少年が持つには相応しくない———『ブレードライフル』という得物を。

 

 

 

 

 

「やりすぎないようにしてください。後が面倒です」

 

「わーってるよ。んじゃあ———軽く遊ばせてもらうか」

 

 

 

 

 

トールズ士官学院の歴史史上初めての、最も場違いな二人が、ここに特別オリエンテーリングを開始した。

 

 

 

 

 

 




以前、こちらの方では呼び名云々のことを書いていたのですが、毎度書いてるとネタが尽きそうなので割愛することにしました。

ぶっちゃけますと作者の興味ある話題、次回がどんな感じかになりそうです。興味ないって方は小説の次回をお楽しみくださいな。

ところで、腕が飛んで行きそうな名前の兄貴とそっくりな人や、お前死んだはずじゃね?状態のルドガーパパと出会ったフィーの顔がどうなるかが楽しみですね。
きっと多分結社が碌なことしてないんだと思われますが。

さて、次回ですが、特別オリエンテーリング・階下での戦いになります、お楽しみに。
次回に関しては熱が入り始めたので早いと思います。進捗をちょこちょこtwitterの方に載せるつもりです。忘れてたらごめんなさい。


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飛び立てぬ翼

どうも、皆様。《閃の軌跡III》発売日にこんばんは。
アルティナが可愛すぎて吐血しそうな天狼レインです。
いやホント、ミリアムよくやった。お前のお陰でアルティナの可愛い衣装を拝めた。
などとこれ以上語るとアルティナのことしか言えなくなりそうなので、ここで切るとしまして。
さて、まだ今さらな感じはしますが、特別オリエンテーリング編です。恐らく次回ぐらいでオリエンテーリングが終わると思います。
早く主人公の過去や大事なエピソード触りたい。

それでは、本編をどうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、行くか。アルティナ」

 

「はい。正直な話、朝が早かったので早く済ませましょう」

 

「そうだな。マジで眠い。あと、さっきお前を含む三人に止められたんで、軽く暴れたかった所なんだよ」

 

「丁度良かったですね。ついでに私を背負って貰ってもいいですか?」

 

「婉曲にオチる気だなテメェ。オチさせねぇぞ!? お前も自分の足で歩け」

  

「……チッ」

 

「おいコラしっかり舌打ち聞こえたぞ。テメェどうせ後でアップルパイ作らせる腹積もりだろうが。どうせなら腹減らしてから食った方が美味ぇだろ」

 

「仕方ありませんね。ソラさんだけに任せると後で目覚めが悪くなりますから」

 

「備品とか何もぶっ壊さねぇから安心しろ。あの人災共じゃねぇんだし」

 

 片手で支える所か、16歳の体躯では持つことすら難しいだろうブレードライフル。それを何も苦もなく、軽く数回振り回し、風を切る感覚を何度か確かめた後、ソラは問題なさそうに担ぐ。

 一方、その隣に立つアルティナもまた、二丁拳銃のマガジンを確認。同時に射撃機構に問題ないかをしっかり確認し、それをホルスターへとしまう。

 

 この一連の動作は会話中に為されていたことだが、隣に立っているアルティナの位置は当然ブレードライフルが振り回されていた辺りにあった。

 つまり、彼女はソラと会話しながら得物を確認し躱していたことに他ならない。

 加えて、ソラもまた遠慮なく振り回していた為に、かなりの速度であったのは間違いないはずなのに、二人してさも当然かのようだった。

 

 その光景にあんぐりと口を開けていた一同と、すでに知っていた者が一人。

しかし、二人が迷宮へと足を運び始めたことで、唖然としていた一同のうち一人が慌てて二人に声をかけた。

 

「ま、待ってくれ! まさか二人で行くつもりなのか!?」

 

「ん? そのつもりだが、どうかしたか?」

 

「この奥には魔獣がいると教官が言っていただろう。君や彼女の腕前なら苦でもないのかもしれないが、〝一応〟は考えないのか?」

 

「〝一応〟ですか? ……ソラさん、判断は任せますよ」

 

「お前絶対面倒臭くなっただろ。ったく仕方ねぇな……」

 

 緑髪の男子生徒———何処かで見覚えのあるような気がするが、それは一先ず置いておこう。決して、口論に至るまでの経緯もどうでもいいから完全に無視していた訳ではない。

 話を戻そう。彼が言っているのはつまるところ、『二人では心配だからみんなで行かないか?』と言うことだ。勝手な解釈かもしれないし、本当にそうなのかもしれない。

 

 ただ、どちらにせよ、ソラからすれば、心底どうでも良い。ならば、返すべき答えはこれ以外に考えられなかった。

 

「悪いが、その〝一応〟を考えて、これが()()()と判断した。だからその誘いは他の奴に向けてやれ」

 

 成る可く面倒事を起こさず、且つ確実性があるだろう一答。これを以て、ソラは彼らと別行動を取ろうと動く。

 

「———待て」

 

 ————はずだったのだ。

 

「……何かまだ言いたいことがあるのか?」

 

 面倒臭そうに視線を向けた先にいたのは、金髪の男子生徒。旧校舎一階で、先程善意の誘いをしてくれたであろう緑髪の男子生徒と何らかの口論をしていた片割れだということはソラにでも理解できた。

 だが、問題はそこではなく、彼が声をかけたタイミング。気がつかれたか、とソラは内心で少し適当だったかと反省し、言いたいことは何かと訊ねた。

 

「貴様、先程こう言ったな。これが最適解だと判断したと。二人で行動することが、か?」

 

「ああ、それがどうかしたか?」

 

「フン、では聞こう。そこの男が少数だと心許ないと誘ったとはいえ、そこの男も加えた三人以上と二人の行動では最適解が後者だと?」

 

 そう、思わぬ伏兵と言うべきか。ソラはのちによく知ることとなるユーシス・アルバレアの慧眼を少し舐めていた。

 この言葉が、少しずつ気がついていなかった者達にある確信を抱かせ、まさかと思考に浮かんだ、たった一つの答えを抱かせた。

 

「貴様ーーよもや俺達()()()()()()と考えている訳ではないな?」

 

『なッ———!?』

 

 決定的な一言に、ユーシスと三人を除いた一同の驚愕の声が重なった。

確かに俺達は一生徒でしかないだろう。

 だが、特別オリエンテーリングという企画内で用意された魔獣如きに遅れを取るはずがない。そうだというのにそれすら足手纏いと判断したであろう一言を洩らしたソラは何を考えているのか。

 一方、おおよそ考えも読めていたユーシスは、先程の一言でソラを囲み切ったと確信した。

あとは如何なる返答だろうと、隠せない一面が僅かでも見えてしまうだろう。

 

「……悪い、アルティナ。ドジった」

 

「ええ、見てましたよ。しっかりと。見事に足元掬われましたね。あとであの人に伝えておきます」

 

「おい馬鹿やめろ。あいつがそれ知ったらナチュラルに煽ってくるだろうが。おうお前何してんの? お前足元掬われやすいなプギャーって」

 

「助け舟出しませんよ?」

 

「アップルパイもう一個追加「報告しないであげます」よぉしッ!」

 

 詰めに行ったユーシスを待っていたのは、ほのぼのとした交渉。恐らく自分達の知らない人物のことで話し合っているのだろうが、それに報告するかしないかをアップルパイで決めている光景には、流石のユーシスとはいえ、唖然としていた。

 一方、交渉成立した二人は満足げに追い詰められた現実へと帰還。どうすっかなぁーと考えあぐねているソラに対して、アルティナはサービスですよと小さく呟き、状況をひっくり返すべく口火を切った。

 

「先程の問いを答える前に一言質問宜しいですか?」

 

「なんだ」

 

「先程二人で行くことが最適解と判断したこちらですが、貴方自身は一体()()で向かわれる予定でしたか?」

 

「フン、そんなことか。愚問だな」

 

「ええ、そうですね。何故なら貴方は———()()()()()で向かうつもりだったのですから」

 

「——————」

 

 《心》の底まで読まれた不快感が全身を貫き、微かながらもユーシスは反応した。眉が少し動く程の反応ではあったため、本来なら気付きにくいはずだろう。

 だが、それはアルティナ・オライオンには通じない。いくら僅かとは言え、反応したことが彼女にとっては状況を覆す手段と変わる。

 

「今少し眉が動きましたね? 私自身あまりこのような腹の探り合いは不得意なのですが、先程のような遊戯(あそび)であれば、問題ありません。下手に手を抜く必要もありませんよ」

 

 手加減無用。だから全力で腹の底探ってこい。

口には出ない威圧感が少女から伝わり、余裕外の対応に少しばかり滅入ったものを覚えたユーシスは、このまま言葉を交えるという手段を一時的に放棄する。

 

「……成程。その男の代理という訳か」

 

「はい、そうなりますね。質問の方はどうされますか?」

 

「また後で聞かせてもらおう。今は優先して片付けなければならない用事が互いにある」

 

「分かりました。私達は自分達なりの手段で踏破させて頂きます」

 

「ああ。俺も俺なりの手段を取らせてもらおう」

 

 いくらか満足したのか、手に握っていた騎士剣を腰に下げると、既に迷宮前に立っていた二人の横を通り過ぎる。

 

「———貴様のこともいずれ話してもらうぞ」

 

 ソラの横を通り過ぎる数瞬。ユーシスは互いにのみ、聞こえる程度の声で確かにその言葉を口にした。

 後々面倒な事になりそうだと溜息を吐きながらも、面白くなってきたと頰は緩んでいて

 

「———ああ。でも、口じゃなくて腕で吐かせてみろ。期待してやる」

 

 凶悪な笑みを浮かべ、挑戦してこいと挑発し返した。彼がその場から立ち去ったのを見送った後、アルティナは他の者達の方へと向き直ると————

 

「私達は以前からツーマンセルでの行動をし続けていたので、人数を増やす訳にはいきません。決して、足手纏いだから……といった理由ではありませんよ」

 

 それだけ補足すると一礼し、ソラの方へと向いた。

 

「さて。それじゃ、今度こそ行くとするか」

 

「はい。正直、そろそろ仮眠を取りたいのですが仕方ありません」

 

「おうそうだなオチるんじゃねぇぞ。お前オチられたら主に俺が大変でな。前にそれで後悔したの分かってんだろ」

 

「ソラさん」

 

「ん? どした?」

 

「後頭部に気をつけてくださいね」

 

「おいコラちょっと待て! お前何言ってんの? オチたい時にオチれないからって流石に腹癒せにしては酷すぎねぇか!?」

 

「腹いせではありませんよ。日頃の恨みです」

 

「ウッワァースッゴクウラマレテルゥー」

 

 本日二度目だろう片言を口にして、ブレードライフルを担ぎ直す。先程は足を止めざるを得なかったが、流石にもう止める者はいない。漸く、自由に動けると安心したのも束の間、背後を振り返り、自分達を除いたメンバーの人数を数え直す。

 

「……アルティナ、警戒態勢」

 

「分かりました。迎撃は?」

 

「俺がする。手を出すなよ」

 

 小さく頷き意思を読み取ったアルティナは、取り出しかけた二丁拳銃をホルスターへとしまい、ソラの隣を立つ。

 

「それじゃ、お前らも適当に頑張れよ」

 

「ああ、そっちも怪我だけは気をつけてくれ」

 

 黒髪の男子生徒の忠告を一応聞き届け、二人は迷宮へと足を運んだ。

最初の曲がり角を曲がり、後方に彼らが見当たらなくなったのを感じ取ると、二人はまず予想外の動きを取る。

 

「行くぞ、アルティナ」

 

「はい」

 

 助走もなく、いきなり壁へと二人は駆け出す。

本来ならば、回り込む必要があった場所を壁を駆けることで省き、次々に要所要所を踏破する。途中ユーシスらしき人物が見えたが、彼はこの異常な光景に気がつくことなく、自らの歩みを進めているのだろう。

 そんなことを微かに考えながら、二人は漸く足を止めた。

 

「中々広い場所があったもんだ。ここなら問題ねぇな」

 

「完全に用意されたルートからは離れたのは言うまでもありませんね」

 

「破天荒だからな」

 

「馬鹿なだけですね」

 

「相棒が辛辣すぎて涙が出そうなんだが」

 

「ハンカチも貸しませんよ?」

 

「〝も〟って言ってる辺り、ホント容赦ねぇ。何も貸さねぇつってるのと変わんねぇって分かって言ってるよなお前」

 

「これでも手加減していますよ」

 

「いやホントもうどうしてこうなった」

 

「原因を列挙できますが、最初から挙げていきましょうか?」

 

「どうせ大半が俺なんだろ分かってますよーだ」

 

 そんなに俺が原因なことあったっけなぁーと思考を巡らせる。該当項目が少ない訳ではない。むしろ多いと自分でも思うのだが、内容がそこまで大したことではない為に、もっと洒落にならないことをしでかしたあの人災共の方が傍迷惑なのではないかと責任転嫁する。

 もっともそれが身内である為に関係ないとは言い切れないのが玉に瑕であり、ここ数年では何故あれと身内のような関係なのかを考える度に溜息しか出なくなってきた。今にでも胃腸薬を飲みたい。

 

「……アルティナ、()()()

 

「分かっています」

 

 直後、周囲一帯を眩い閃光が蹂躙する。

各国軍隊及び猟兵団が基本として扱う、時に制圧用、時に逆転の切り札となる代物———〝閃光手榴弾〟。俗にフラッシュグレネードなどと呼ばれるそれが突然炸裂した。

 本来ならばこの時点で目を派手に焼かれ、暫く地面に蹲り悶絶でもしていただろう。魔獣ですら時に気絶しかねない程の閃光など、何処までフォローしようが有害でしかない。

 

 閃光が炸裂し誤差数秒、その辺りで襲撃者は二人を———いや、ソラだけに襲いかかっていた。あくまで狙いはお前だとばかりに真っ直ぐな動き。本来ならば見切れるであろう一撃も、閃光で目を焼かれていれば確かに見切れまい。第六感とかいう反則級の感覚があれば、当然ながら話は別だ。ソラにそれがあるか無いかは兎も角として。

 しかし、悲しいかな。それはあくまで目にしてしまった場合に限る話でしかないのだ。

 

「甘ぇよ。その程度で俺を仕留められるとでも思ってんのか?」

 

「———カハッ!?」

 

 呆れたような声とは別に、声にもならない短い悲鳴が、弱まったとはいえ周囲一帯を明るくしていた閃光の中から響いた。

 恐らくボールのように転がっているだろう襲撃者を蹴り飛ばした感覚はキチンと足にあった。あの様子からだとあそこまでの反撃を返されることを予想していなかったなと相手の未熟さを覚え、ソラは背中に背負ったブレードライフルを構えた。

 

「さあ、かかってこい《西風の妖精(シルフィード)》。俺の首級(くび)取りてぇなら地べた這い回り泥水啜ってでも全力で殺しに来やがれ」

 

「……言われ、なくてもッ!」

 

 短く、しっかりとした殺意の返答。瞬いた閃光は既に弱り切り、周囲一帯に色が戻る。薄暗く地下に相応しい景色が戻りつつある中、襲撃者の姿は認識が及ぶ程にハッキリした。

 特別髪に気を使った訳ではないだろうが、それでも猟兵にしては丁寧な銀色の短髪。今は殺気に満ち溢れ、眠気(まなこ)は坐っているが、いつもならば、今にも惰眠を貪りそうな雰囲気を漂わせているだろう少女の姿。つい先程も見かけたから邪魔したが、ああやっぱりまたお前なのかとソラは呆れずにはいられない。

 

「世間ってのは狭ぇな。どうしてこうも見慣れた顔が多いのやら……」

 

「……お陰で今度こそ殺しに行けることには感謝してる」

 

「ハッ! 腹抱えて笑ってもいいか? そのジョーク」

 

「冗談のつもりは……ないッ!」

 

「いいや、冗談だ。テメェじゃまだ俺の首級(くび)は取れねぇ!」

 

 迫り来るのは致命傷狙いの斬撃。耐えず隙を伺って振るわれる双銃剣(ダブルガンソード)は、少女の小柄かつ細身な体躯も相まって、懐に入り込まれれば、それはもう腹を掻っ捌かれること間違いないだろう。当然本人が殺す気で来ているのだから助かる訳がない。

 

 だが、その斬撃は未だに一つ足りとも届いていなかった。

 

「攻めが単調だ。気をつけてるつもりだろうがパターン化してきている。ンなもんで殺せると思ってんのか? 笑わせんな!」

 

「ッ!? ———ぐぅっ!?」

 

 銀髪の少女が繰り出していた致命傷狙いの斬撃。それらは本来なら懐に入り込まれやすい筈の大振りの得物であるブレードライフルによって、苦もなく受け止めいなされ弾かれていた。

 何処までも防がれた斬撃は当然隙を生み続け、それを見逃すソラではなく、反撃とばかりに鳩尾を含めた数カ所をその度に蹴り飛ばされる。

 

「馬鹿かテメェ。致命傷与えればそれで私の勝ちとでも思ってんのか? 阿呆が。最初の閃光しくじった時点でその手が効かねぇと何故理解できねぇ」

 

「……うる、さいッ……!」

 

 痛みを無理矢理無視して、少女は強く得物を握り締めた。殺意は鋭く研ぎ澄まされ、殺したいという気持ちはよく伝わってくる。

 

 だが、殺意だけで相手を殺せる訳ではない。むしろ殺意は例外を除いて隠した方が確実性が高いのだ。殺されると思っていない時ほど、殺害対象は隙だらけなのだから。

 

 そんな思惑とは裏腹に、悲しいかな。

 当の少女は懲りずに真っ直ぐ突っ込んできていた。あれでは躱してくれ、受け止めてくれと言わんばかりに隙が多すぎる。致命傷狙いの一撃を弾き返せば、隙だらけの懐をこれでもかと叩き斬れるだろう。

 

 刻一刻と致命傷狙いの刃が迫る。殺意塗れにしては、武器の構え方から振るい方まで真っ直ぐで、とてもそうには見えない。全くもって惜しいと思う。殺意を隠す技能さえあれば、更に磨きがかかることだろう。とはいえ、そうなってくると暗殺者の領域がすぐそこまで来ているのだが、その辺りは本職に任せるしかない。

 とはいえ、今するべきことは———

 

「なあ、それさ———わざとだろ?」

 

「———ッ!?」

 

 直後、僅かに少女の意識が反れた。鋭く尖っていた殺気が僅かに霞み、それに比例するように致命傷狙いの一撃が僅かに揺らいだ。コンマ数秒の誤差でしか無かった回避のタイミングが、先程の行為により一秒より多くは長くなった。

 つまり、それは当然ながら回避が容易くなったことを表していて————

 

「———青いな。だからお前は俺にも勝てない」

 

 僅かに下がり、ブレードライフルを大振りに振っても直撃する位置へ。決して双銃剣(ダブルガンソード)では届かない距離から、圧倒的優勢に重く確かな一撃が見舞われた。

 

()()()()

 

 ブレードライフルの側面部。叩き斬る訳ではなく防御する際に使う側が不意に不思議な光を纏って、少女に直撃した。巨大な得物に叩きつけられれば、当然、吹き飛ばされる。それは間違ってもいないし、変わっていない。

 ただ、変わっているのは————

 

「ガッ———ごふッ!?」

 

 直撃の直後、吹き飛ばされた少女は先程までいた所から、全力で投げられたボールのように吹き飛び、かなり後ろにあったはずの壁に衝突。衝突した壁は円形に凹み、その衝撃を背中から全身に伝え、血を吐いて冷たい地面に沈んだ。

 

「……ったく。あんまり使いたくねぇんだよ加減できねぇから」

 

 嘆息。そして呆れたようにソラは倒れた少女を見た。

 確かに執念や殺気は凄いものだ。今後も狙われる可能性も高い。しかし、取り敢えず今だけはこれ以上余計なことはしないだろう。流石に壁に思いっきり衝突して血を吐いたのに立ち上がって殺しに来られたら手加減もクソもない。

 今起きているかさえ確認するのが億劫なのか、最後の抵抗で斬られたくないのか。兎も角、ソラは少女に繰り返し告げた。

 

「重ねて言うぞ。お前じゃ俺にすら勝てない。一人で飛び立てない雛の分際で弁えろ。その翼じゃ何処にも行けねぇよ」

 

 残酷に、底冷えするような声音で現実を突きつける。あくまで自分は登竜門の一角でしかない。だから俺すら超えられないお前では、これから先を勝てはしないと。

 それを聞いているか聞いていないかはさておくとして、ソラは毒を吐いた後、ブレードライフルを背負った。

 それからアルティナの側にまで足を運ぶーー最中、少し気絶した少女を一瞥し、少し気を散らしていた。

 

「……さて、行くかアルティナ」

 

「ええ。ですが、一言忠告です」

 

「ん?」

 

「先程の一撃で背中を強く打ち付けてます。打撲はしていると見てもよろしいのでは?」

 

「………………マジで? いやまぁそんな気はしてたんだが……マジで?」

 

「今嘘つく必要ありますか?」

 

「………………アルティナさん、手当てお願いします」

 

「……貴方は本当に馬鹿ですね」

 

「そんな目で見ないで貰えませんかねぇ……」

 

「ん」

 

「へ? 指一本立ててどうした? 《クラウ=ソラス》みたくビームでも出るようにな———ぎィやァァァァァァ目がァァァァァァ!!!」

 

「アップルパイ一個追加と言っているんです」

 

「いやそれで通じる訳ねぇだろ! 普通金品請求かビーム準備にしか思えねぇよ! あと目潰しはヤメロォッ!? マジで失明するわ!」

 

「普通はビーム準備なんて考えませんよ馬鹿ですか。金品請求ではなくアップルパイ一個追加で済ませる時点で手加減しているとは思わないんですか?」

 

「テメェあれどれだけ苦労して作ってんのか知ってんのかアァン!?」

 

「それで済むなら安上がりでしょう。何ならあと一個さらに追加しましょうか?」

 

「すみませんマジすみません許してつかあさい」

 

 無慈悲にもアップルパイ一個追加で合計二個。本来ならそれで済むなら安上がりだろうと思うだろうが、アルティナが好物のそれは当然腕に縒りをかけて作った逸品であるため、一個作るだけで結構な時間をかけたりしているため、二個ともなれば、同時進行でもかなりの時間が予想された。ハッキリ言ってかなり大変である。

 気絶しているだろう少女の手当てをするため、彼女の制服を緩めていくアルティナに、ソラは背を向けながら懇願する。

 

「なぁ……一個減らして———「却下」デスヨネェー」

 

「そもそもソラさんがあそこで()()を使わなければこんな事態にはならなかったと思います。何故使ったんですか?」

 

「ほら、起きてたら何度も襲撃してくるだろ? どう考えても邪魔だと思うんだが……」

 

「それで何度も怪我させていたらキリがないでしょう。特に今回みたいに背中を強く強打していれば、最悪脊髄に影響を及ぼす可能性がないとは言えません。自重してください」

 

「アッハイ」

 

「今は『ARUCS』に対応するクォーツがないんです。『ティア』すら使えないことを理解してください」

 

「……分かった。それで、そいつの怪我はどの程度だ?」

 

「本人も途中で軽減しようと動いたのか軽い打撲で済んでいます。とはいえ、万全の状態ではないので目が覚めたら余計に恨まれると思いますよ。本来の機動力を損なっていますから」

 

「なぁ……学院生活してる最中に襲撃とかされねぇよな?」

 

「表向きは殺気を向けられる程度で済むと思います。当然、人目がつかなくなれば……」

 

「そりゃ襲ってくるに決まってるな。俺ならもう少し気を使ったりして油断させるが」

 

「貴方のは、あの人仕込みの容赦のない暗殺技術なので比べないであげますか?」

 

「分かってて言った。反省もしないし後悔もしない」

 

「アップルパイさらに一個追加」

 

「テメェここぞとばかりに増やすんじゃねぇ! 糖分取りすぎだ太るぞ!」

 

「普段貴方の代わりに頭を動かしたり、事後処理を担当してストレス溜まってるんですから少しぐらい融通利かせて悪いですか?」

 

「だぁー! 分かった分かった! 三個ぐらい作ってやらァッ! でも日は分けろ! 一日に三個は流石に糖分取りすぎだ! それだけは断じて認めねぇからな!」

 

半ばヤケクソ気味にやる気を出したソラに、手当てをしながらアルティナは無意識のうちに小さく口角があがった。

 

「……ソラさんが本当は優しい人なのは分かってますよ」

 

 小さく彼には聞こえないようにそっと呟く。

 アップルパイを三個作ってくれることではない。それを日に分けて食べろと言ったことはただ甘いだけ。

 彼が優しいというのは、手当てをしてやってほしいと心の底から言えたことだ。半ば誘導した形ではあったにせよ、それでも本来なら自分の命を狙う敵の手当てなど望むはずもない。

 いくらそこに実力差があり、相手が万全でも勝てると言えども、不安要素は取り除くに限るはずだ。

 けれど、彼は放置するどころか手当てをすることを許した。彼は自分は優しいという言葉から縁遠く、烏滸がましい人間だと告げた。

私はそうは思わないとアルティナは心の中で思う。今ここに私がいることも、全て彼の優しさが招いた結果なのも分かっているから———

 

「手当て終わりましたよ、ソラさん」

 

「そうか。それじゃ今度こそ行くか。出口から結構遠い場所まで来ちまったからなぁー」

 

「考えなしですか貴方は」

 

「考えなしじゃねぇよ! お陰で乱入してくる奴いなかっただろうが!」

 

「じゃあ、あれは何ですか?」

 

「ん? あれってどれのこ……と?」

 

 チラリとそちらに視線を向ける。

 そこにいたのは、これでもかと所狭しと集った魔獣の群れ。コインビートルだのドローメだの、何やらたくさんいるのが目に見えた。

 あまり洩らしていたつもりはなかったのだが、闘気や殺気に当てられて集まってきたのだろうか。前者は兎も角、後者は俺の責任ではないとソラは責任転嫁する。

 

「なぁ、もしかしてアイツら襲いかかる気満々じゃねぇよな?」

 

「むしろそれ以外に何かあると思いますか?」

 

「……魔獣達の集い?」

 

「魔獣達もパーティーすると思っているんですか?」

 

「ちょっと思いかけてる」

 

「馬鹿ですか」

 

「デスヨネェー。うわーメンドクセェ」

 

 小うるさい程に囀るコインビートル。

 周囲一帯に自らの体液や仲間を集わせ距離を詰めるドローメ。

 ふわふわと浮きつつも攻撃する意思が垣間見える飛び猫。

 エトセエトセと他にも何種かいるが、詰まる所、烏合の衆が徒党を組んでかかってきそうだということに他ならない。別にこれらを撃退、或いは殺戮し尽くすのにソラ一人で事足りるには相違ない。とはいえ、一応はとアルティナに向き直る。

 

「援護とかしてくれたりは———」

 

「全くしませんよ。大軍相手に無双したかったんですよね? 丁度良いじゃないですか。今がその時ですよ、ソラさん」

 

「………………アルティナが冷たい」

 

「そう思うなら少しは言動を改めてください。今もそうです。私は冷たくありません。貴方の言動を尊重しているだけです」

 

「じゃあ援護してくださいって頼んだらしてくれたりするのか?」

 

「言葉より行動ですね。アップルパイを一個でも食べた訳ではありませんから」

 

「結局援護すらしてくれない訳ね。分かった分かった……取り敢えず———()()()()()()()()()()()話だ」

 

 獰猛なまでに飢餓感に蝕まれた“何か”が鎌首を擡げた。周囲一帯を凍りつかせるような殺気が一瞬放たれ、僅かな時間、有象無象を縫い付けた。ほんの僅かな時間だ。

 

 だが、それは魔獣達の運命を決めた。

 

 

 

「——————()()()()()

 

 

 

 底冷えするような低い声音と共に魔獣達の大半が宙を舞う。舞ったそれらは頭部、胴体、脚部エトセエトセとバラバラに千切れ跳び、吹き出した体液が周囲を汚す。これで大半。残り大半は即死を免れた。

 そう、即死を免れただけだ。小さく切り傷がついていたらしき魔獣は遅れて体液を全身から噴き出しながら絶命する。

 次々と断末魔をあげ絶命していく同類、或いは徒党を組んだ同胞。それらを見て魔獣が逃げ出さずにいられるだろうか? 突然の絶命が連鎖すれば、人間ですら流石に正気を保てはしない。

 結果、それらは次々と逃亡を開始して———

 

「———何処へ行く?」

 

 気がつけば回り込んでいた死神の声に全身を硬直させ、その隙が仇となり、首が飛んだ。

 そして、残り大半であったその数も、最早残り数匹というところまで減り続け———束ねた糸がプチンと切れたように全滅した。

 大きく一振りしたブレードライフルを地面に突き立て、静かに殺気と闘気を解く。

 

「……ふぅ。そこそこ楽しめたかな。とはいえ、こうも大したことがない奴ばかりと腕が鈍りそうだな。アルティナ、あとで軽く試合って貰えるか?」

 

「分かりました。東トリスタ街道でどうでしょうか?」

 

「ああ、助かる。ところで、そいつはそこに寝かせておくのか?」

 

「その予定でしたが、先程のを見る限り、そうする訳にもいきませんね。ソラさん、背負ってあげてください」

 

「……は? 俺が? いやいやなんで俺なんだよ。俺さっきも命狙われてんのに背中晒すとか馬鹿のすることだろうが!」

 

「手加減できない貴方も大概馬鹿ですよ」

 

「は、反論できねぇ……」

 

「ほら、早く背負って……いや抱えてあげてください。流石にブレードライフルを背負った背中は寝心地が悪いでしょう」

 

「分かったよ。意識戻ったらすぐに教えろよ。狸寝入りされて急所なんざ刺されたくねぇからな」

 

「ええ、流石に教えますよ。アップルパイの約束ありますからね」

 

「俺の価値はアップルパイと同等ですかそうですか」

 

 わざとらしく大きめに溜息を吐き、ソラは襲撃者の少女を抱きかかえた。殺意や憎悪に歪んだ顔ではなく、年相応の少女の顔に勿体無いと思いながら。

 

「それじゃ、今度こそ行くぞ。早く外出て試合たいからな」

 

「そうですね。私もアップルパイ食べる前に運動しておきたいので」

 

 

 

 スタートの落下地点から正規ルートを離れた現在地。開始数十分ほどの遅れを以て、漸く二人の特別オリエンテーリングが開始した。

 

 

 

 

 




さて、存分に語るとしますね。
アルティナ可愛いです(直球)。声優が種田さんでなくなったので違和感を感じていますが。
とはいえ、前書きで語ったようにゲオ特典のアレの破壊力は凄まじいです。
リモートvita機能のお陰で自室でやれてますが、流石に親や友人の前ではキツいですね。まぁ開き直るのも悪くはないですが。
兎も角、この作品はアルティナ可愛いよ人という同士を募ってしまう感じですが、これからもよろしくお願いします。それでは、次回。


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特科クラスVII組、結成

さて、皆さまお待たせしました。魂の軌跡 第五話となります。
ここ数日、この話の調整とPSO2しつつ閃の軌跡3二週目ハードでやってます。
ナイトメアはまだ無理だわうん。一章のクモ地獄やカエルの鬼畜はめ殺し受けた後だと下手にナイトメアなんかすれば詰みゲーになるのが察しつけた。アサルトアタック重要だと本気で思った瞬間が多々ある作品と判断しましたよ、ええ。

さて、この作品はその閃の軌跡3の舞台どころか閃の軌跡最初に当たるところですが、投稿ペース上がりそうです。ぶっちゃけモチベがすごいある。ゲーマー夫婦はTwitterに書いたのが主な理由で心の余裕持ちたいので遅れそうです。失踪はしませんし放棄もしません。時間はかかりますが悪しからず。

それでは、時間かけましたが、本文をどうぞ。ぶっちゃけ俺の技量じゃこの程度なので指摘などよろしくです。感想とか評価ください。
多分Twitterで叫ぶか吠えるかしてしまうだろうけど。多分アルティナに関して色々と忙しく考えてますがね。


 

 

 

 

 

 

 

「えっと……その……アルティナさん? なんで機嫌が悪いんですかねぇー。俺、全く心当たりがないんだけど」

 

「……自分で考えてください」

 

 突然だが、現在進行形でアルティナが機嫌悪い。本当に突然すぎるが、俺もどうしてこうなったのか分からない。

 急に機嫌を悪くしたアルティナに、ソラはいつも以上に困惑しながら首を傾げていた。

 果たして、俺は何かアルティナの機嫌を悪くさせるような行動を取っただろうか?と。

 

「いやホント自分で考えて分からないんだが……いやほら? 自分で自虐するのもなんだが、俺って馬鹿だろ? 他ならぬお前が言っただろ? だから理由教えてくれないとどうしようもないんだが……」

 

「………………」

 

「ねぇアルティナさん? 黙り込むのやめてくれませんかね? 俺、無視されると結構精神的にツライんだけど? お前以外にホント頼れる奴いないからお前に見放されると詰むんだけど? おーい、アルティナさん? そろそろ泣くよ? 泣いちゃうよ?」

 

「……貴方は子供ですか」

 

「あーまぁーそうだな、まだ齢16とかいう餓鬼だよチクショウ。ホントどうなってんだ間違ってるぞ世界」

 

「間違ってるのは貴方の考え方です。戦闘以外は能無しですか」

 

「ウワーイ、モウナンカ罵倒サレルノニ慣レテル自分ガイルゾォー?」

 

「……アップルパイ一個追k———」

 

「————すみませんでしたッ!」

 

 お願いしますこれ以上疲労の元を作らせないでくださいとばかりに懇願し土下座するソラに、アルティナは溜息を吐きながら、今の間だけ床に寝かせられている少女に目を向けた。

 

 フィー・クラウゼル。大陸最強の猟兵団の一角《西風の旅団》に()()()()()()少女で、《西風の妖精(シルフィード)》の異名を持つ若き元猟兵。

 七耀歴1203年、今より一年前。《赤い星座》団長バルドル・オルランドとの一騎討ちにより、団長ルドガー・クラウゼル死亡。それにより《西風の旅団》は活動休止、行方を眩ませた。

 恐らく、彼女はその際に置いていかれた、或いははぐれた元猟兵。

 

 しかし、それはソラを狙う口実にはならない。活動休止とソラには関係はない。とはいえ、無関係という訳ではないのも事実。

 そこにアルティナも関わっていたからこそ、フィー・クラウゼル———彼女の殺意は理解できるが、それが原因なのかは分からない。少なくとも、ソラには自分に非がないはずだった。

 

「全く、ソラさんは敵ばかり作りますね……」

 

「そいつに関しては作る気は無かったっての。偶然()()()()()、ただそれだけだ。置いていったことを恨まれてんなら仕方ねぇさ」

 

 素っ気なく、しかし、何処か後悔があるような声音でソラは切り捨てた。

 

「そうですね。貴方は本当に“運”がありませんから」

 

「マジでそう思うわ。ホント神様ファッキュー。殺せるなら腹掻っ捌いて殺してやりてぇよ」

 

「それ以上はやめておきましょう。《星杯騎士団》直々に殺しに来られても困りますから」

 

 小さな休憩代わりの会話をここで切ると、ソラはもう一度フィーを両手に抱える。すると、漸く機嫌を直してくれたはずのアルティナが、また複雑そうな顔をした後、そそくさと先へ進み始めた。

 どうしてそんなに機嫌悪いんですかねぇーと内心どう対応しようか考えあぐねていた。

 

「……なぁ、アルティナ」

 

「……なんですか?」

 

「お前、ひょっとしてさ……」

 

 ふと、その時とある考えが過った。

 流石にアルティナはそんなはずないだろうと思いつつも、内心ではそのまさかを望みながら、ソラはそれを躊躇うことなく口にした。

 

「……焼き餅を焼いてる訳じゃないよな?」

 

「………………」

 

 思えば、ここでこの言葉を言わなければよかったと思うのは後の話。

 現在進行形でアルティナの顔に不快感が現れると、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

「ソラさん、彼女を一度下ろして貰えますか?」

 

「は? あー、うん?」

 

 困惑しかないソラは、念のためフィーを遠くに下ろして床に寝かせると、アルティナに向き直る。

 

「それでどうかし———ッ!?」

 

 言い切る前に、反射的に身体が少し動く。直後には弾丸が頬を掠って迷宮の壁に弾痕を残した。一瞬の殺気。ああ、正しくこれがフィー・クラウゼルに足りないもの。常に殺気立つ彼女に一番必要なもの。

 とはいえ、突然殺すつもりに近い一撃をしてきたら、流石のソラでも唖然とする。

 

「えっと……アルティナ、さん? 俺、何か余計なこと言ったっけ?」

 

「ええ、言いましたね。堂々と。盛大に。私が焼き餅を焼いている、ですか。面白いことを言いますね?」

 

「いや……それは……うん、なんつーか、その……すみませんでした」

 

「あとで餅を焼きましょうか? ソラさんはお腹が空いているようですし」

 

「お腹一杯ですホントすみませんでした許してくださいお願いします」

 

 いつ、側に控えさせている《クラウ=ソラス》からブリューナグ(ビーム)されるかと考えた結果、ソラは即座に折れることを選ぶ。よくよく思えば、こういう時に悪いのは自分なんだよなぁーという思考も片隅から顔を覗かせており、存外スッと謝罪が口から出た。勿論誠心誠意、心は込めていると断言する。

 

「……はぁ。もう分かりました。反省してくれているのなら問題ありません。ですが、次はないですからね?」

 

「心得ておきます……」

 

「それでは、早く行きましょう。これ以上何度も足を止める訳にも行きませんから。恐らく他の方々は終点に近いと思われます」

 

「おう、そうだな。ところで、実はこいつ起きてたりしないよな? 俺そろそろ心配になって来たんだが……」

 

 一度視線を抱えているフィーに向けた後、アルティナに本当に大丈夫か?と目配せする。対して、彼女は大きく溜息を吐く。

 

「そういう呼吸や気配察知に特化しているのは貴方でしょう。確かに私もある程度分かりますが、《クラウ=ソラス》も今は感知していません」

 

「うーん、《クラウ=ソラス》が感知してないなら大丈夫……なのか? やっぱ気絶してる奴と因縁あると全く安心できねぇなぁー。なぁ、アルティナ。お前の予想通りなら暫くあいつらと会わねぇんだろ? 少し変わってくれねぇか?」

 

「……仕方ありませんね。今だけは《クラウ=ソラス》に運んでもらいましょう。代わりに私を運んでもらっても———」

 

「————だが、断る。お前は自分で歩け。あとでアップルパイ食べるなら余計にだ」

 

「ソラさんのケチ」

 

「おー言い方変えても無駄だぞー、俺は()()()()で対応するからなぁー」

 

「成程、()()()()()ですか。それは大層な精神ですね」

 

「おいコラちょっと待て。今さっき思いっきり食い違ったぞ。つーか食い違わせたの分かってるぞアルティナテメェ」

 

「冗談ですよ」

 

「全く以て冗談に聞こえねぇんだよなぁー」

 

 アルティナとの付き合いの経験上、ああいう時の考えが手に取るように分かる。あれは絶対俺を上手く言い包める時の構えだ。

 などと考えるソラに対し、アルティナは更にその上をいって、単純だが効果的な行動を示す。

 

「ソラさん」

 

「ん? 言っとくが、俺は鋼の精神だからな? 絶対背負ったりしねぇからな。絶対だぞ! 絶対! ネタじゃねぇからな!」

 

「ええ、分かってますよ。もう運んでもらうつもりはありません」

 

「へ? そうなの?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「んじゃ、何を?」

 

「手を繋いで貰ってもいいですか?」

 

「ん? 手? そんなもんでいいのか? てっきり俺は運んでもらうのがベストなんだと思ってたんだが」

 

「確かにベストですが、断られたのならこちらがベストです。ソラさんは手を繋ぐことすら拒むんですか? まさか潔癖症————」

 

「絶対違ぇから。潔癖症なら返り血纏うような戦い方しねぇよ。ほら、手を繋ぐんだろ?」

 

 そっと差し伸べられるソラの左手。堂々としている所はいつもと変わらないが、少しだけ気恥ずかしそうにしているのがよく分かった。

 その姿に少し可笑しそうにクスリと小さく笑って、アルティナはその左手を自分の右手でそっと握る。少し身長差はあるが、誤差だろうと考えつつも今は無粋として忘れることにして。

 

「ソラさんは暖かいですね」

 

「ま、そいつ(フィー)や魔獣の群れと殺りあった後だからな」

 

「わざと誤魔化してますね」

 

「さて、どうだろうな? まだ身体が暖まって動きやすいってのも無い訳じゃねぇからな。そういうお前も十分暖かいぞ」

 

「そうですね。《心》からそう思います」

 

 他愛もない会話を互いに交わす。

 特別久しぶりにその手の会話をした訳ではない。それでも、他愛もない会話をしてみたかった自分達がいるのは確かだと二人はそれぞれ断言できる。

 アルティナの背後で《クラウ=ソラス》が何度か訊ねるように機械音をあげる度、ほんの少し頰が緩む彼女を見るとソラも嬉しそうに笑う。

 とても暖かく微笑ましい、けれど、何処か酷く切ない。不思議とそう思わせる光景は、誰にも知られることなく過ぎていった。

 

「もう大丈夫ですよ。手を繋いでくれてありがとうございます」

 

「ん、そうか? 大したことじゃねぇよ。繋ぎたかったら言ってくれ。別に減るもんでもねぇんだし」

 

「そうですね。また甘えさせて貰います」

 

「んにゃ、俺も信頼できる誰かと手を繋ぐのも悪く……ん? 甘える? お前今さっき———」

 

「————はい、そこまでです。それ以上は先程と同じ対応させて貰いますが、よろしいですか?」

 

「うっわぁー、貴重なツンデレを無駄にしちまったァッ!」

 

「ツンデレではありません。ちょっとした気紛れです」

 

「さっき写真撮ればよかったなぁー。そしたら七徹明けのクレアにこっちの言い値で売れたのになぁー」

 

「クレアさんがたまに写真を眺めているのはそのせいですか……! ……ソラさんにはあとで少しお灸を据えないといけませんね?」

 

「ハッハッハ、俺は全力で逃げ「《クラウ=ソラス》!」———グボァッ!?」

 

 先回りしていた《クラウ=ソラス》のアームによる強烈な一撃を鳩尾に受け、ソラは迷宮の床を芋虫の如くのたうち回る。

 のたうち回る最中、よくよく見れば、いつの間にかアルティナがフィーを何とか背負っていることに気がつき、仕組まれていたことを理解。上手く逃げられないか模索する。

 

詰み(チェック)ですよ、ソラさん」

 

「かもなぁ……———いや、もう問答無用(バーリ・トゥード・ルール)だな」

 

「————そうですね」

 

 直後、アルティナを蹴り飛ばさんばかりの勢いで気絶していたはずのフィーが素早く蹴りを放つ。それを(すんで)の所で躱し、彼女の両足を容赦なく掴み、アルティナはソラですら呆れる行動へと移る。

 

「蹴ろうとした罰です」

 

「ッ!? う、わぁ!?」

 

 相手の両足首を掴んだまま、自分を起点にブンブンと振り回す技———ジャイアントスイングを容赦なくフィーへと与えた。

 平衡感覚を失わせてダメージを与える技であるこれを今ここで選んだ真意はよくわからないが、それでもソラには何となくわかったような気がしていた。

 

「……ちょっとキレてるなアレ」

 

 遠目から見てもアルティナが怒っているのが分かったソラは、現在進行系でジャイアントスイングを受けているフィーに少しの憐れみと呆れを向けていた。

 それから気持ち長めに振り回した後、ゆっくりと速度を落とし、フィーを床に寝かせた。腕を組み、少々機嫌を悪そうにして———

 

「何か言いたいことはありますか?」

 

「…………ない」

 

「反省してますか?」

 

「………………」

 

「私をソラさん同様に敵と判断するのは構いません。———ですが、蹴るならソラさんだけにしてください」

 

「おいコラちょっと待て! 何かおかしいだろ!」

 

「ん、分かった「分かってんじゃねぇ!」うるさい」

 

「一応補足しますが、ソラさんを殺すことには反対です。あんなのでも私にとっては大切な人です。とはいえ、悪戯程度なら黙認もしますし、私にできるところまで手伝いますよ」

 

「あのーアルティナさん? せっかく俺ジーンと涙腺にきてたのに、すぐに落とすの何なんですかねぇー? 俺なんか悪いことしましたっけ? 流石に今のだけはかなり頂けない答えだと思うんだけどなぁー?」

 

「元はと言えば、ソラさんが加減せずに吹っ飛ばしたことが原因です。それが遠因で私が蹴られかけたのなら少しは恨みますよ」

 

「ウッワァー、俺ノ味方ハ何処ニモイネェー」

 

「いつものことです」

 

「ん、いつものこと」

 

「おうアルティナ、テメェマジで折檻してやろうかッ!? つーかテメェはそっち関係ねぇだろうが!」

 

 一応こっち側のアルティナも恐らくフィーに恨まれているはずだが、今の様子からして、どうやらそこまで憎んでいないのだろう。逆に何故俺だけがここまで恨まれてるのやらとソラは溜息を吐きたかった。

 とはいえ、このタイミングでそのような行動へと移るとまた殺しにかかってきそうだとも思い、溜息は吐かないことにする。

 

「———それで、また殺しに来るのか?」

 

「そのつもり「即答かよ」でも、今は無理そう。()()()()()()()()()

 

「……アルティナ? お前まさか剥いだ?」

 

「ええ、念のために。貴女の武装ならこちらです」

 

 指をパチンと鳴らすと、いつの間にかまた姿を眩ましていた《クラウ=ソラス》がその両腕に抱え込んだ物騒なものを見せた。得物である双銃剣(ダブルガンソード)を筆頭に催涙手榴弾や閃光手榴弾、爆薬、投げナイフ、毒が入ってる小さな小瓶などエトセエトセ。本気で殺しに来ていたことがよく分かる品揃えにソラはホッと胸を撫で下ろす。

 

「……だから今は殺しにいきたくてもいけない。そもそも背中痛い」

 

「あーうん、そのー……悪い」

 

「謝罪の気持ちあるなら自害して」

 

「見返りが直球過ぎるじゃねぇか! こっちだって今死のうものなら確実にアルティナに墓荒らされてアップルパイ大量生産コースだチクショウ!」

 

「約束の不履行ほどクソ野郎———失礼、酷いものはありませんからね」

 

「もうホントアルティナの口が悪くなってきて泣ける」

 

「一応原因を列挙しましょうか?」

 

「いいえ結構です」

 

 反論できない時点で基本的に俺の勝利は有り得ない。今日も今日とて、ソラはアルティナにまた黒星を飾らされることになった。

勝ったと少し嬉しそうにしているようなしてないような様子を見せるアルティナや弱点を探そうとしているフィーとは裏腹に、ソラは日課の如く、いつになったら口喧嘩で勝てるようになるのだろうかと真剣に考える。

 

 暫くして考えるのを諦める。

それと同じタイミングで更に奥の方———恐らく終着地点の方向から盛大に鳴り響いた破壊音が三人の耳に届いた。

 

「へぇ、あいつら何か始めやがったな?」

 

「そのようですね。貴女はどうしますか? フィー・クラウゼル」

 

「ん、行かなきゃあとでサラに怒られるから行く。めんどいけど」

 

「そうかいそうかい。途中で背中狙ってきたら今度はあの程度じゃ済ませねぇからな」

 

 武装を全部返してやれ、それを表すサインをアルティナにだけ分かるように送り、《クラウ=ソラス》は彼女の命に従い、没収したそれらをフィーに返す。三人の準備が完了するまで僅か十数秒。

完了と同時に三人は、迷宮を思い切り駆け抜けた。壁を走り、床を蹴り、出来る限りショートカット可能な地点は全て流れ作業の如く踏破する。その道筋を阻む魔獣の群れを、容赦なくバラバラに解体し葬り去る。

 

 

 

 そして————

 

 

 

 

 

「おーおー、楽しそうなことやってんじゃねぇか。俺達も混ぜてくれよ?」

 

 

 

 

 

 新たな獲物を貪り喰らう為に、貪欲な獣が不敵に笑う。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

「おーおー、楽しそうなことやってんじゃねぇか。俺達も混ぜてくれよ?」

 

「君達は……」

 

「救援に来ました」

 

「た、助かったぁ……」

 

「ん、意外と元気そう?」

 

「あー元気なのか、じゃあ帰るかメンドクセェ」

 

「ま、待ちなさい!? 何処が元気なのよ、この状態で!」

 

 元気そうだから帰ろうとしたソラに対し、金髪の女子生徒の悲痛な声をあげる。今把握できる状況を確認する為に、周囲を軽く見渡し、冷静に判断。すぐさま指示を出す。

 

「アルティナ、支援と牽制を頼む。テメェはアレ(ガーゴイル)を少し怒らせてこい。ヘイト向いたら俺が引き受ける。他の奴らは回復するなり、態勢整えるなりしていろ!」

 

「了解しました」

 

「ん、問題ない」

 

『りょ、了解!』

 

 ホルスターから二丁拳銃をドロウ・トリガー。引き金を連続で引き続け、放たれた無数の弾丸は容赦なく『石の守護者(ガーゴイル)』に着弾する。向こうからすれば、豆鉄砲が当たったようなものかもしれないが、鬱陶しいことには鬱陶しい。だからすぐさまヘイトはアルティナへ向く。

 

 だが、そうはさせない為に身軽かつ俊敏なフィーが意識から外れた直後に、使い慣れた得物を以て奇襲する。細かく、しかし、的確に既に()()()()()()()()()左脚を斬り、退避と同時に銃弾を叩き込んだ。

 

 咆哮。激昂する様子を側から見ても分かるほどに怒り心頭を伝える『石の守護者(ガーゴイル)』はフィーを今すぐ狙うべき敵と定め、妨害されにくいように一度高く飛び立つ。

確かに高く飛べば、こちらに向かってくる敵や攻撃を捌きやすくなるだろう。

 しかし、それは唯一翼を持つ『石の守護者(ガーゴイル)』だけに言えることでは決してない。

 

 

 

 

「———おいテメェ。先に()()()だろうがッ!」

 

 

 

 

 

 怒号にも似た喝破が誰よりも高い位置から響き、直後、仄かに輝くブレードライフルが幹竹割りの要領で飛び立ったはずの『石の守護者(ガーゴイル)』を容赦なく叩き落とした。

衝撃的なまでの光景に、先程までソラがいたはずの位置を確認する。

 

「いったいどうなっている……」

 

 金髪の男子生徒が有り得んと驚愕するのにも理由がある。

 

 先程までソラ達がいたのは大広間の入り口。叩き落とされた『石の守護者』の位置は大広間の中央で、その周囲を三人を除く全員が囲って戦っていたのだ。そこまでの距離を誰も姿を見ていないはずがない。

あまりにも速すぎたのか、或いは本当に見えていなかったのか……。

 

 加えて、あの高さまで跳んだとは考えられにくい。考えられるとすれば、出口である階段から中央まで跳んだぐらいだろうか?

当然それもまた常人には有り得ないということも然り。

 

 だが、今しがたアレを叩き落としたのは彼に他ならない。どうやったのかは分からない。

 ————しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

「行くぞ! 全員攻撃態勢!」

 

「各々自分に出来る最大限の行動してください!」

 

 ソラとアルティナ、二人の合図を切っ掛けとして攻防は好転した。『石の守護者(ガーゴイル)』は未だに地を這っている。決着をつけるなら今この時か最善だろう。

回復を優先していた者達も万全の状態となり、皆それぞれが攻撃へと転身。一度距離を取ったソラの隙を埋めようと黒髪の男子生徒が位置を入れ替わった所で、何かが始まっていた。

 

 まるで以心伝心とすら言い表すに相応しい軍人涙目の完璧な連携。隙を互いに埋め合い、弱点を誰ともぶつかることなく確実に習い続ける狩りの如く。まるで統率された存在のようなそれに、ソラとアルティナは舌を巻いた。

恐らく初めて顔を合わせたはずの者達がここまでの連携を可能としたのは、全員に配給された『ARUCS』の真価なのだろう。エプスタイン財団もラインフォルト社も大した技術力だと惜しみなく称賛できる。

 

 しかし、その称賛はソラにもその影響が出た瞬間、即座に唾棄すべきものへと変わってしまう。

何がどう不満なのかを一言で語るとするならば、それはソラが最もよく知る感覚であり、しかし、それは同時にソラが例外を除いて最も嫌う感覚であったことだ。それぐらい我慢できる気が少しはしていたのだが、誰かの声が聞こえ、その奥の考えも分かり、そして———

 

 

「————()()()()()ッ!」

 

 

 半ば反射的に放った一言が、最適化していたそれを拒絶・破砕し、その衝撃は既に()()()()()()他の者達のそれすら纏めて破砕し尽くした。

 

「うぇえぇぇぇ!?」

 

 最早言語にすらなっていないような橙髪の男子生徒の驚愕が大広間に響くと同時に、他の者達もまた驚愕に彩られた。

二転三転もする現状は慣れているはずもない彼らには油断も隙も晒してはならないなどと言える訳もなければ、これに関してはソラの責任であることは彼自身やアルティナが最も理解していた。

 

 同時にそれは当然撃墜され袋叩きされていた『石の守護者(ガーゴイル)』からすれば、絶好の反撃タイミング。逆襲しないはずがなかった。

 

 トドメを刺そうとしていた青髪の女子生徒の一撃を自らの尻尾で受け、そちらを断ち切らせた。首を断つために注がれる威力を削いだことで、首を断とうとした一撃は本願を叶えることが叶わず、亀裂を入れた程度で止まってしまい、『石の守護者(ガーゴイル)』は青髪の女子生徒を右前脚で吹き飛ばす。

 

「なんだと……!? ぐぅっ!?」

 

 前線を張っていた青髪の女子生徒が吹き飛ばされたことは、当然包囲網に穴が生じることに繋がっていた。前線の層が厚いとなれば、それを崩すには支援を担当する後方に限る。

ラウラが抜けた穴から飛び出した『石の守護者(ガーゴイル)』は、近くにいた橙髪の男子生徒を標的に定め———この状況をひっくり返そうと動き出す。

 

「う、うわあああああああっ!?」

 

 絶体絶命の瞬間。吹き飛ばされた青髪の男子生徒は勿論、距離の関係も含めて殆どの者は阻止どころか救援すら叶わない。フィーも急ぎつつヘイトをこちらに向けさせようとするが、銃弾程度では気にすることもなく、狙いはそのまま変わらない。

 

 

 

 あわや必殺———

 

 

 

「チッ、あーあー俺のせいだし仕方ねぇか。アルティナ」

 

「ええ、貴方のせいですね。あとで謝罪しておいてください」

 

「ああ、そうだな。じゃあ本人にも無傷でいてもらわねぇとなァ!」

 

『《憑纏(まとい)》———無冠天墜・双黒』

 

 

 

 ———皆の視線から消えた一瞬。

 

 起こしておきながら事をそこまで重大と見てないらしい二人は他愛もなく会話し、ソラは凶悪なまでの笑みを浮かべて、ブレードライフルを本来の用途とは違う構え方へと変更。

 少しもズレることなく、何かの合図のように同じ言葉を告げた。

 

 そして———

 

 

 

 

 

 盛大な破壊音と共に、黒銀の極光が彼らよりも先に『石の守護者(ガーゴイル)』の進撃を押し留めた。

 

 

 

「……え?」

 

 黒髪の男子生徒は気配を察知するのに長けていたのか、今しがた起きた現象に誰よりも信じられないという顔をしていた。

先程ソラが『石の守護者(ガーゴイル)』を叩き落とした光景も相当なものだったが、今回ばかりは流石に驚きを通り越していた。

大広間の対角線上に位置していたソラと橙髪の男子生徒。その距離は一直線であるとはいえ、かなりの距離だ。とてもとある流派をそこそこ修めている黒髪の男子生徒でも、その距離はどうしても埋めようがなかった。

 

 だが、今のはなんだ?

半ば一瞬のうちに距離は詰まり、彼は今間違いなくそこにいる。

どうなっているという言葉が声にすら出ない中で、誰もがその光景を眺めるしかできなかった。

 

 

 一方で、()()は大胆不敵に笑っていた。

 

「おーおー、どいつもこいつもポカーンと口開けやがって、そんなに珍しいか?」

 

『私が言うのも難ですが、こんなものは知っている必要ありませんよ。むしろ知っている人がここにいることが珍しいと言うべきです』

 

「だろうな。それじゃあ———こいつ喰い殺そうか、アルティナ」

 

『ええ、喰い殺しましょう』

 

 獰猛なまでの笑みを浮かべたのは、一人の少年。二人の声が聞こえていたはずなのに、そこに立っているのはただ一人。その少年もまた、本当にソラなのかを疑問視させる容貌をしていた。

 

 まず初めに目が向いたのは彼の髪だ。

長い黒の長髪を後ろに流して紐か何かで適当に縛っていた彼の髪は、アルティナのような銀色の長髪へと変わり、紐で縛られた長髪は解かれていた。僅かな風などで煽られた長髪は舞い上がり、何処か中性的にも思わせる。

 

 次に変化を見受けられたのは、彼の瞳だ。

元々備わっていた紅い瞳は、これもアルティナのような黄緑色の瞳へと変わっていた。

 

 他にもいくつか微細な変化があったが、髪と瞳は著しく変化している。それはまるで、ソラがアルティナになったような……或いは、アルティナがソラになったような……。推測も説明も、マトモに出来ようもないが、一つだけ確定している事実はあった。

 

「彼女は何処へ……」

 

 驚愕の色は未だ残ってはいたが、緑髪の男子生徒は冷静に姿を消したアルティナを探そうとするが、何処にも見当たらない。先程聞こえた彼女の声はいったい何処から……

 

 果たして、考えを巡らせる一同の集中を搔き乱したのは、『石の守護者(ガーゴイル)』の悲痛な絶叫だった。

大きな両翼の片割れは千切れ、飛び立とうとも虚しく残った片翼では僅かに浮くことすら叶わない。全身は既に亀裂が広がり血煙を噴き、青髪の女子生徒を払い除けた右前脚は斬り落とされている。

次々と襲い掛かる激痛を何とか堪え、『石の守護者(ガーゴイル)』は残っている右前脚を大振りに振るう。

 

 だが、それは容易く受け流され、逆に斬り落とされた。

今も駆け回り躱し噛み千切らんと牙を持ち襲い掛かる一匹の獣は獰猛な笑みを崩さず、次は何処を狙おうかと虎視眈々と隙を伺い続ける。

銀色の長髪は激しく動き回る彼に追随するように大きく靡き、黄緑色の眼光が薄暗い大広間で残光を残す。

 

 その姿に誰もが目を奪われた。

感じたのは畏怖。獰猛な獣への純粋な恐怖に他ならない。

 

 しかし、その反面、彼らはその姿に何か別のものを感じていた。

とはいえ、今の彼らにそれが理解できるはずもなく、ただひたすらその光景を見つめるだけしか出来なかった。

 

「さて、と。流石は『石の守護者(ガーゴイル)』だ。生命力に満ち溢れてやがる。かなり上物なんだろうが、いかんせんしぶとすぎるな」

 

『それなら必死に守っている首級(くび)を取りましょう。流石にそこを断たれれば終わるかと』

 

「ああ、そうだな。そうするか」

 

終いだと宣告し、彼はブレードライフルを上段に構えた。

 

「あれは————」

 

 その構えに黒髪の男子生徒が何かに気がついた。

 だが、その答えを出すより速く、彼は駆けた。重い得物であるブレードライフルを片手で持ち、フィーを上回る程の速度で駆ける。

その姿はやはり獰猛な獣なのだろう。彼自身もよく理解しているし、彼女自身もよく理解していた。

 

 だからこそだろうか、その姿は獰猛な獣であって———そうではない。

 

「死ぬ気でついてこいよ、ボロ雑巾。死にたくねぇならなァッ!」

 

 殺意。フィーのものとは比較にならない濃密で凍えるようなそれは瞬時に放たれ、周囲一帯の気温を一瞬で下げたかのように感じさせた。誰もがその場に縫い付けられ、ただ恐怖が呼吸を忘れさせた。

 本能が叫ぶ。ここにいるのは危険だ。そこに立っている奴は本当にただの人間ではないと告げている。アレが人外というわけではない。

 

 

 

 

 だが———本当に、あそこにいるのは齢通りの人間なのか?

 

 

 

 

 

「おいおい足が止まってるぜ? その程度で墜ちるか? なら———精々ド派手に死に晒せぇぇぇえええッ!」

 

 狂気狂乱。歓喜の咆哮をあげる獰猛な獣。それは縦横無尽に大広間を駆け回り、僅かな隙を着実に狙う暗殺者のようでもあった。

僅かに遅れた『石の守護者(エモノ)』の死角から攻め上がり、防御せんと動いた部位を噛み千切るが如く斬り落とし、次々と防御手段を減らし弱らせていく。

 

 僅かな交錯。片手で数えられる程度のうちに『石の守護者(ガーゴイル)』は両翼を失い、全ての脚を失い、地を這うだけの芋虫と化していた。

 

「暇潰しにはよかったぜ? ただこの程度じゃ足りねぇな。邂逅()があるなら期待してやる」

 

 告げるや否やブレードライフルは躊躇いもなく、地に伏したそれの首を斬り落とした。ゴロリと落ちた首は少しの間そこにあったが、その後すぐに、残った身体と共に爆散し消え去った。

 

 沈黙が広がる。それは驚愕からくるものか恐怖からくるものか。とはいえ、相手の心境を理解してしまえる訳ではない。本当の答えは分からないだろうがしかし。確実に言えることは接し方が最初とは違うことになるだろう。

 ———ああ、それを俺達は待っていた。残るはあと一石を投じるだけ。それで今後は楽に進めることが出来るに違いないのだから。

 

 

「———はいそこまで。各々課題はあるでしょうが、お疲れ様。特別オリエンテーリングはこれにて終了よ」

 

 

 そう、最後の一石は自分達の思惑とは違う場所から投じられてしまった。夢を見ているような心地でいた一同は、この一言で現実へと帰還する。いや、元から現実ではあった。ただ常識なんのそのという光景を見ていたことで現実なのかを認識しにくくなっていただけなのだ。

 だからこそ、この瞬間を好機と捉えていたソラ達からすれば、今の行動は布石を全て踏み躙られたに等しくあった。

 

「サラ・バレスタイン、テメェ……」

 

「何よ。生徒達に終了を知らせちゃダメな理由なんてないでしょう。文句あるなら請け負うわよ?」

 

「———いや、もういい。まだ手はある」

 

 ここで突っかかるほど愚かじゃないとソラは大人しく引き下がる。向こうがこちらの思惑を知っているかはさておくとして、邪魔の一つはしておきたかったのかもしれない。

 わざとらしく溜息を大きく吐くと、そっと瞳を伏せ、小さく呟く。

 

「アルティナ、もう大丈夫だ。出てくれても構わない」

 

『そのようですね』

 

 姿見えぬアルティナからの返答が大広間にいる全員へと伝わり、唯一事情を知るソラ以外にまた疑問符を浮かばせた。

 しかし、その疑問はすぐに確かな答えへと変わる。ソラの背中辺りだろうか? その辺りから亡霊のような何かが姿を見せ、少しずつ形作っている。完成した形は———人間そのもの。そこから半透明なそれに色と質感が戻り、漸くそこでそれがアルティナ・オライオンだと気がついた。実体を取り戻したように見える彼女が、ソラの背中から切り離されたように近くの地面に着地し、伏せた瞳を開く。

 

「お騒がせしました、皆さん」

 

『今のなに!?』

 

 何がどうしてそうなったのか分からないと本心から疑問に思う一同に、ソラ達二人はその対応こそが分からないと首を傾げる。二人との認識の違いに戸惑いつつも、何とか教えてもらえないだろうかと考えていた数名に対し、それを先読みしたのか、或いは忠告するつもりなのかは不明だがソラは告げた。

 

「さっきのヤツについては教えねぇぞ。漏れる口は少ない方がいいしな。正直な話すれば、テメェら纏めて信用ならねぇんだよ」

 

『なっ……!?』

 

 驚愕、そして怒りが湧き上がる数名。

 だが、告げた本人は何の後悔も謝罪もなく、遠慮なく続けた。

 

「俺達は遊びに来た訳でもお友達ごっこしに来た訳じゃねぇんでな。用事でもなけりゃあこんな所に日向ぼっこしに来る訳ねぇよ」

 

「あ、貴方ね……!」

 

「あーはいはい。そういうのはあとにしなさい。こっちにもやらなきゃいけないことあるんだから」

 

 金髪の女子生徒がソラの挑発に受けて立とうとした所で、サラがその場を一度諌めた。一度引き下がった様子からして、教官である彼女の前で荒事を立てるのは控えたいのだと分かると、ここからすぐに退散する算段だけは整えることにした。

 

「んじゃ、さっさとこのクラス分けの説明とかしろよ教官。こっちはもう眠いんだよ。一眠りする前にアルティナと試合っておきたいんだが」

 

「言われなくてもやるわよ。

 ……まず途中まで効力を発揮していたあの感覚———それが『ARUCS』の真価、〝戦術リンク〟よ。尤も、今回は何らかの()()()()で途中までになってしまったみたいだけど」

 

 原因をわかっていて敢えて言及しない。

 だが、次同じことはしないようにと釘を刺していることは明白だ。事故を引き起こす前まで来てしまったのは自分のせいであることぐらい、ソラ自身が分かっていた。二度とする訳ねぇだろ、とサラにだけ分かるように軽くハンドサインで示し、向こうが理解したのか、話は次に進む。

 

「そこの馬鹿の都合も考えて「おいコラちょっと待てや。アル中に言われたくねぇよ」うっさいわね、それぐらい無視しなさい! ……コホン、本来長めに取るはずだった話を巻くけど、このクラスは強制ではないわ。勿論、本来入るはずだったクラスに編入もできる。今からなら問題なく馴染めるはずよ。

 その上で———この場で答えを聞かせて欲しいの。この《特科クラスVII組》でやっていくのか、元々振り分けられるはずだったクラスにいくのか。選択権は君達にある」

 

 投げかけられた問いに半ば呆れつつも、ソラとアルティナは先陣を切る。元々ここに入ることがアイツからの———《鉄血宰相(ギリアス・オズボーン)》からの要請(オーダー)なのだから。

 

 

 

「ソラスハルト・アナテマコード。一身上の都合で参加する」

 

「同じく、アルティナ・オライオン。参加を表明します」

 

 

 

 二人の参加表明に周囲に困惑の波紋が広がった。先程日向ぼっこしに来た訳ではないと告げたばかりではないかと。

 しかし、それに対し、ソラはいつのまにか会得していた技量で一同に一言添えた。

 

「お? まさか俺達と一緒のクラスだと嫌だとか醜態晒すの隠せないとかそんなこと考えてたりしてたのか? おいおい冗談だろ。どうせどいつもこいつも得物持てばそれなりの面構えしてんのに、まさかこの程度でビビってたりしねぇよなぁ? ……おっとすまない失言だった」

 

『こいつ、かなり嫌なヤツだァァァァァ!』

 

 何の躊躇いもなく煽られた一同がソラに向けて堂々と叫ぶ中、当の本人はケラケラと笑いながら各々の反応を楽しもうと続けて煽ろうと口を開く。

 

「そんなことにすら気付け———」

 

「———ソラさん」

 

「ごめんなさい許してください」

 

 その最中、ピシャリとアルティナはソラの言葉を切る。普段よりも低音で微かに洩らしたアルティナの殺気に、覚えがあるソラは反射的に土下座へ移行する。

 その光景に煽られた一同はキョトンとし、喉元まで来ていた罵倒の一つや二つが霧散した。

 

「サラ教官、続きを。私達は話があるのでここで失礼します」

 

「本来なら認めないんだけど……いいわ。()()()()()()()()

 

「ええ、()()()()()()()()()()()()

 

 お互いに何処か引っかかりのある言い方を残し、サラがその場に残り続けているのを確認したのち、アルティナはソラの手を握り強引に引き摺っていく。少しわざとなのか力が強い気がしたが、変に口を挟むとロクなことがないと分かっているソラはなされるがままにしていた。

 

 それから少し経ち、旧校舎を出たところで漸くアルティナは手を離し、ソラの方へと向き直る。

 

「ソラさん。私が何を言いたいか、分かりますか?」

 

「無駄に喧嘩売るな、だろ?」

 

「それも言いたいことの一つです。ですが、それ以上に言いたいことが二つほどあります」

 

「……ああ、何となくだが察しはついてる。言わなくてもいい。俺自身が分かっていて避けようとしているのは」

 

 いつも元気そうな表情にいつか見た仄暗いまでの影が差す。その顔を見る度にアルティナもまた《心》の何処かで痛みを抱える。

 馬鹿な話だ。彼にそういう顔をさせてしまうのは常に誰のせいなのか。いつもこうやってその手の話を振ってしまい、彼の触れられたなくない一端に触れてしまうのは誰か。彼の気持ちを他ならぬアルティナ・オライオンが最も知っているはずなのに、と。

 いつもそうして失言し、今もこうして気不味くしてしまう。今日も朝早くからそうしてしまったのを忘れたのかと自身に刻み付けるように繰り返す。

 

「……すみません。度重なる失言をしてしまいました」

 

「……いや、お前は悪くない。悪いのは常に俺だ。だから謝らなくていい。正直な話、朝もお前に謝らせてしまったのは俺のせいだ。気にしないでくれ」

 

「……分かりました。では、もう一つの方———本題の話をさせてください」

 

 先程までの話を終了し、アルティナはもう一つの話———曰く本題について語ろうとする。対してソラはまた同じような話をされるのではないかと内心何処かで声にならない痛みを覚えていた。

 

「……おいおいまさかまたそういう話するんじゃねぇよなお前。流石にそれされると精神的に「アップルパイの方、キチンと守ってください」は? ああ成程———そっちかよテメェ! 突然の爆弾投下はあの人だけで十分だいい加減にしろ!」

 

 結論、アルティナはやはりアルティナだった。

 精神的に疲れる話は何度もしないと笑い話の一つを投げ込んでくる辺りは流石なのだろうが、こちらは肉体的に疲れる話であることには違いない。ジャブがどちらから放たれるかの違いでしかない。

 とはいえ———

 

「アップルパイ三個ですよ。忘れないでください」

 

「あーそー俺の話は無視って訳だな分かったよチクショウ! いつものことだな了解した! あーもう暗い顔してても楽しくねぇよな全くだ! アップルパイ三個、日を分けてキチンと作ってやるから安心しろ」

 

 半ばヤケクソ気味に吠えるソラに、アルティナは少し可笑しそうに頬を少し緩めて小さく微笑む。校内を歩くのには流石に物騒すぎるか、アルティナの軽口と毒舌に付き合いつつも、ソラは得物を黒塗りの大きなケースにしまい込んだ。

 

「それじゃ、取り敢えず先に学生寮帰っておくか。アルティナ、針金持ってるか?」

 

「はい、これですね」

 

「準備万端だな。んじゃまぁ、勝手に踏み込んでアップルパイ作るか。怒られたらお前も道連れなアルティナ」

 

「アップルパイ四個にしましょうか?」

 

「いやホントマジで勘弁してください少し冗談言いたかっただけなんですが。あのアルティナさん? マジで追加しないよね? ね?」

 

「手を抜いたら追加ですからね」

 

「よぉし! ソラさん死ぬ気で頑張っちゃうぞー!」

 

 

 

 

 

 こうして、漸く二人の学生生活は幕を開けた。

 しかし、それは同時に新たな時代の幕開けであることを、彼らは知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 




前書きでかなり語り尽くしたのでこちらで書くことは少ないですが、一言だけ述べておきましょう。
現在プロットは閃の軌跡II前まで完成してます。これはIIIが出る前に基盤できてます。なので後出しとか辻褄合わせとか言われるのだけは我慢ならないので悪しからず。ぶっちゃけた話、二次創作って基本辻褄合わせよくあることだと思います。それを限界までそう思わせないのが技量なのですが、私はこの程度の素人なのでご助力賜りたいです助けてください


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第一章
小さな平穏


皆様、お久しぶりです。サボリ魔です。
ずっとPSO2と閃の軌跡IIIしてましたごめんなさい許してください。
何度か火をつけては消えの繰り返しで漸く完成しました。
うん、やっぱり戦闘シーン早く書きたい。なら急げ馬鹿野郎ですねわかります。
さて、そういう訳で、久しぶりの本編です。どうぞ。


 

 

 

 

 

 

 誰かが叫んでいる。

 

 誰かが泣いている。

 

 誰かが祈っている。

 

 果たして、それは誰なのだろう。その時はずっと考えていた。

 

 暫くして、あまりにも喉が痛むものだから気がついた。叫んでいるのも、泣いているのも、祈っているのも———全て自分だった。

 

 叩きつけるような雨の中。身体が少しずつ冷たくなっていくのを他人事のように感じながら、別の何かがその小さな掌を暖めていた。

 

 まるで遠い日の温もりのように〝暖かい〟と感じた。何年も感じることのなかった暖かさだった。

 

 けれど、それは暖かいと感じる一方で誰よりも冷たく感じた。雨が降って冷えてしまった身体ではなく、弱々しくなっていく身体の冷たさが、少年の閉ざしていた《心》を動かした。

 

 今となっては昔のことのようにも感じてしまう、あの愚かな日々。憧れ、描いて、絶望した。ハッキリ言って糞食らえな人生の汚点。最初から抱かなければ良かったとすら思う程に、そして同時に創造主とやらがいるのなら問う。

 

 なんで人間()に《心》なんてくれたんだ!? こんなにも苦しくて痛くて辛い———そんな欲しくもないモノを一体なんで!

 

 苦しい。痛い。辛い。

 誰よりも機敏となった《心》が、あの日から凍り付いていた少年の〝感情〟も溶かして———発露した〝本音〟は止まることを知らない。

 

 誰よりも冷酷でありたいと願った。

 

 誰よりも卑劣でありたいと願った。

 

 誰よりも〝英雄(ひかり)〟を憎悪したいと願った。

 

 けれど、この《心》は泣いている。叫んでいる。まだ諦め切れないからではなく、今の自分を憐れんでいるからでもない。

 決してそうではないのは誰よりも分かっていて、だからこそ、この《心》が何を伝えたいかも分かっている。

 

 今、この瞬間にも零れてしまいそうなコイツの命を守りたい。

 たったそれだけの為に、凍りついた《心》はまた動き出した。

 

「……なぁ、お前馬鹿だろ……?」

 

 呆れるように、しかし、そう言う少年の顔は涙に濡れていて。

 

「俺が死ねばお前は自由だった! いつか……いつか使い潰されるかもしれない! そんな存在なんかじゃねぇ、もっと別の生き方が……それで選べたはずだろうが!」

 

 他ならぬ少年がそれを実感したからこそ、〝分からない〟。〝何故だ〟と問う《心》が、強く〝感情〟を露出させた。

 〝英雄〟なんて望まなければ、こんな思いはしなかった! 別の生き方だって出来たはずなのにと後悔し続ける少年の〝贖罪(つみ)〟が、この時だけは忘れられた。

 今はただ齢相応とは言えないが、〝らしく〟泣き叫んでいた。

 

「なのに……なんで———なんで俺なんかを庇ったッ!?」

 

 あの日からずっと凍りつかせてきた足手纏いの《心》は、最早何処にもない。死んでいた〝感情〟も、儚い〝理想〟も、本当なら二度と触れることもなければ、思い出すことも無かったはずだった。

 

 それを見事に変えたのは、全てコイツのせいだ。

 だから、今こうしている間にも彼女の身体は更に冷たくなっていく。このまま見殺しにすれば、きっとまた《心》は凍りつくはずだ。これまで以上にもっと冷酷に卑劣に、誰よりも〝英雄()〟から遠ざかるに決まっていると分かっているのにーー

 

「————死なせ……ねぇ! 死なせるものか!」

 

 その《心》が泣いている。

 

 そうある為の《心》が叫んでいる。

 

 そうあるべき《心》が求めている。

 

 喪ってたまるかと初めて、《心》の底から誓っている。

 

「お前のせいで……こうなったんだ。責任取りやがれ……無責任のまま逝かせねぇ! こんな俺を庇ったんだろ!? 見捨てれば自由だったのに守ったんだろ!? じゃあ俺もお前を二度と離さねぇ! ……死ぬな! 勝手に死ぬなァッ!」

 

 零れ落ちる〝感情(おもい)〟が。

 

 溢れ出す〝本音(こころ)〟が。

 

 忘れていた〝原風景(ゆめ)〟が。

 

 かつて(初め)の少年にあって、かつて(この日まで)の少年に欠けていた全てが元に戻っていく。

 あの日の憎悪は止まらない。それは決して変わりはしない。

 それでも、今ここにいる少年は誰よりも泣き虫で弱虫で。〝英雄()〟になりたいと願ったあの頃よりも弱く小さくちっぽけでも、一番〝らしく〟在ったのだろうと皮肉にも感じていた。

 

 本人は気がついていないだろう。その時の自分が、理想(ゆめ)を抱いて墜ち行くあの頃と変わっていないことを。今だけは誰よりも誰かを思える優しい少年であったことを。小さな『英雄(ひかり)』のようであったことも。

 

「……お前は馬鹿だ。人のこと散々馬鹿だ馬鹿だと貶しておいてお前が一番馬鹿だ……!」

 

 弱くなっていく呼吸を聞き逃さず、適切に傷口に布切れを押さえつけて止血する。着ていたコートを着させて身体を温めさせて、近くに雨風を凌げる所がないか必死で探す。

 見つけてすぐに少女を運び、仲間に救援を要請して。少年は必死にその命を繋ぐ為、自分に出来る全てを尽くす。

 

 

「……だけど————お前は俺の『英雄(ひかり)』だ……」

 

 

 憎悪する『英雄』というレンズを外して、純粋に《心》からの賛辞をこの馬鹿(少女)に贈る。

 助けてくれただけではない。一度捨てた愚かな自分も、〝感情〟も、そして、この《心》も。忘れていた全てを開いて取り戻させてくれたのはコイツのお陰なのだと分かっているから。

 

 

 だから、死なせない。あとで目を覚ましたら普段とは逆に文句を言ってやる。そして———ありがとうって伝えてやる。

 

 

 

 お前のお陰で、絶望(暗闇)だらけの人生()に、漸く希望()を見つけたから。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

「…………夢か」

 

 愚痴るように、しかし、懐かしむように黒髪の少年———ソラは、昼寝から目を覚ました。首を左右に曲げてコキコキと鳴らす。軽く伸びをしてから周囲を見渡す。

 特に変わったことはない。すぐ近くに聳え立つ廃校もどきの旧校舎と木々がある、たったそれだけに尽きる。特別何か変なものがあるとかないとか考える必要もなさそうだ。

 

「…………今何時だ?」

 

 少しばかり嫌な予感を覚えながら『ARUCS』を開き、時刻を確認。その後、項垂れるように溜息を吐いた。

 

「講義始まってんじゃねぇか……。まーたアルティナにキレられるな。さて、どう言い逃れようか……下手すると《クラウ=ソラス》使って挟み撃ちにしてくるからなぁー」

 

 かつて体験した地獄絵図のかなり軽い内容の一つを思い返し、大きく溜息を吐き直す。まだマシだとは思う一方で、謝罪の気持ちとしてアップルパイ請求されるのは困るなぁとも思う。何度もアルティナに言っているが、あれはあれでかなり手間暇かけているんだぞ。材料だってこっちだと仕入れるのがかなり面倒なんだからな!と。

 しかし、現状そう言っても無駄な気もするのは、経験上諦めがつきやすいからなのかもしれない。

 

「……さて、どうすっかなぁー。このまま講義終わるまで寝直すのも悪くねぇし、適当に近くの街道の魔獣共斬り殺すのも手か。あとは————」

 

 次々といくつかやりたいこと候補があがる中、どれも今ひとつ気が進まない。特別やりたいことがない中ではやはりこんなものだろうか。少し前にアルティナと手合わせしたのが一番高揚したかもしれないと思い返した後、溜息を大きく吐いてから小さく愚痴る。

 

「全く……ギリアスの野郎、俺をこんな場所に放り込んで何のつもりだ? どうせ教育方針とか云々の報告させるんだろうが、正直テメェなら先に調べてさせてるだろ。———いや、まさか自重しろって無言の威圧じゃねぇだろうな……?」

 

 戦闘や腹の探り合い以外に働かないソラの頭が、出番とばかりに高速回転・思考し、次々と予想を立て数を減らし、最も納得しやすい考えのみを残そうと働く。

 あと数個。それで漸く答えが絞り切れる、そう考えた直後———

 

「———おいまさかッ!?」

 

 ———すぐさま昼寝の場所として使っていた木々を蹴り飛ばし、緊急回避を取る。空中に躍り出たと同時に袖の中に隠しておいたワイヤーを伸ばし、少し遠い木々へと飛び移った。

 ———その瞬間、先程までいた木々の内部が大きく膨らみ爆発した。

 

「………………」

 

 あまりのことに唖然とし、ゆっくりと思考も呼吸も整える。ワイヤーを袖の中に戻し、手首足首を回して身体を曲げ伸ばす。地面に置いておいた黒塗りのケースから得物であるブレードライフルを取り出し、それから一言だけ言葉にする。

 

「———あのクソガキ、ぶっ殺す」

 

 おーおーよくも時限式の爆弾なんか仕掛けてくれやがったなアァン!?とばかりに額に青筋を走らせ、恐らく情報をリークした狼藉者の姿を絞りつつも、取り敢えず仕掛けたであろう少女に殺意が芽生えた。悪戯や嫌がらせに関しては軽く愚痴る程度で済ませるつもりだが、流石に時限式の爆弾は限度というものがあるだろう。

 

「首洗って待っていやがれェェェッ!」

 

 ブレードライフルを片手で数回ほど振るい肩を均す。整えた呼吸を戦闘用の呼吸法へと変え、瞳を少しだけ伏せ開く。

 準備はできたとばかりに叫ぶや否や、学院の敷地内であることを忘れ、堂々と旧校舎前からVII組の教室の方へと得物を握って駆け出した。

 

 

 

 

 

 そして、当然ながら————

 

 

 

 

 

「貴方は自分も利用する教室に向けて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ほど馬鹿ですか!?」

 

「返す言葉がありません……」

 

 過程はさておき、結論を言おう。怒られてます。

いやまぁ当然だよなぁー怒られるよなぁーアルティナ怖いわぁーなどと内心考えつつも、その内心を見透かすように睨みつける彼女の視線に怯える小動物の如く萎縮する。

 被害額はざっと数十万ミラ。具体的な数を言われた訳ではないが、アルティナの怒り具合からして結構な額なのだろう。当然だろう。ここはかの有名なトールズ士官学院なのだから。一教室の窓枠ごと吹き飛ばせばそうなるに違いない。むしろ飛び散ったガラスの破片で怪我人が出ていないことにびっくりしている。

 とはいえ、怪我人ゼロという奇跡的な結果にソラは大体予想できていた。

 

「えーっとアルティナさん? 直前で『アダマスガード』貼ってくれたんですよね? いやホントお手数おかけしてごめんなさい許してください」

 

「……流石にこちらも予想外でした。貴方が分かりやすく殺気を洩らしていたので間に合いましたが、もし殺気を洩らさずに突っ込んできていれば、私も対応できませんでした。あとで皆さんに謝罪してください」

 

「はい……本当に申し訳ございませんでした」

 

 先程から実行中の土下座は崩さず、ただひたすらに反省する。ついこの前、実行犯のフィーを追い詰める為に校内を暴れ回ったばかりなのに、日を開かずの愚行。果たして学院に在籍できるのだろうかなどと、真剣に考えているのだが、どうせアイツが続行させそうだなとも思ってしまう。

 

「……全く。彼女が時限式の爆弾を仕掛けたことに関しては現在サラ教官が叱責中です」

 

「そうか。なぁ、アルティナ」

 

「なんですか?」

 

「俺の昼寝定位置教えたのお前だよな?」

 

「私は教えてませんよ」

 

「……マジで?」

 

「ええ。私は教えていません。恐らく彼女自身が見つけたのか……或いは———」

 

 もう一つの考えられうる可能性を示唆しようとした時、それは偶然にもサラとフィーが同時に帰ってきたのと重なった。言い切る前に溜息を吐き、ゆっくりと視線をサラへと向ける彼女に漸くソラも察しがついて、納めていたブレードライフルをもう一度握り直した。

 

「なぁ、バレスタイン」

 

「なによ、藪から棒に」

 

「フィーに俺の昼寝の定位置バラしたよな? “はい”か“イエス”で答えろ」

 

「……それ選択肢無いわよね?」

 

「むしろあるとでも? 俺は昼寝後に爆殺されるところだったんだ。あと数分遅かったらお陀仏だよチクショウ。ーーで、答えろ。狼藉者はテメェか、アァン!?」

 

「……フィー、あと頼んでいいかしら?」

 

「……サラ、人に罪を擦りつけるのやめて」

 

「……いや、あたしまだ仕事あるから」

 

「問答無用だテメェら。揃って地獄へ片道直通させてやらァッ!」

 

 

 

 

 

 ———などと放課後、すぐさま二度目の大騒ぎを起こし、更に一躍有名になったソラだったが、やはりアイツの手が回っているのか、訓戒程度で済んでしまっていた。勿論、賠償金はソラが払うことになる。

 とはいえ、よく退学を受けなかったものだ。そう思いながら校内を呑気にアルティナと共に回っていた。

 

 

 

「ソラさん、部活動の方はどうするんですか?」

 

「ん? あー、あれか。うーん、どうすっかなぁー」

 

「ちなみに無所属は生徒会の手伝い及びサラ教官に馬車馬の如く扱われるみたいです」

 

「ああそれだけは死んでも御免だむしろアイツが死ね。つーか、そういうお前は決まったのか?」

 

 お前が率先して選ぶとは思わねぇんだけど?とソラがアルティナに聞き返す。記憶にある限り、こいつが得意としている分野の部活なんて一つもなかったはずなんだが……。そんなソラの不安そうな内心を理解しているのか、アルティナは問題なさそうに告げた。

 

「なにも部活は得意なことだけをするものではありませんから。具体的には身体能力向上を目指せる部活に入ろうかと」

 

「つまり水泳部とかラクロス部とかその辺りか?」

 

「そんなところです。《クラウ=ソラス》に頼りすぎないように私自身も二丁拳銃やアーツの高速詠唱などは会得済みですが、やはり体力はあって損はありませんから」

 

「成程、よく考えてるんだな。「ソラさんと違って頭を使うので」オイコラちょっと待てどういうことだ」

 

 やいのやいのと言い合う二人。それから少し軽口と辛口が交互に投げられ、またもソラが降参したところでもう一度話を戻す。

 

「さて、俺の方はどうすっかなぁー。体力増強狙いで水泳部も悪くねぇんだが、他に何か良いのあるもんかねぇ。絶対無所属にはならねぇぞ。あのクソ教官に馬車馬の如く扱き使われたくねぇ……」

 

「そうですね。取り敢えず一通り回ってみるのも悪くないと思います。私も最終決定の判断材料が必要と考えていますから」

 

「それじゃ行くか。適当にぶらつくのも悪くねぇしな」

 

 面倒臭がっているようには見える一方で、ある程度は楽しんでいるような様子が伺えたのか、彼の隣を歩くアルティナは何処か嬉しそうに頬を緩める。そんな貴重なシーンが隣で起きているのにも関わらず、全く気がつけない阿呆は呑気にも『ARUCS』に届いていた着信履歴などを確認していた。

 

(帝国政府からの要請は……無し。関係者からの連絡も……なし。まぁ当然と言えば当然なんだ———ん? 変な着信履歴があるな。あとで確認するか)

 

「何か気になることでも?」

 

「あるにはあるが、急ぎじゃねぇだろうからあとで確認だな。変な着信履歴だから嫌な予感しかしてねぇんだよ」

 

「ソラさん、そういうのは蛇足です。言わない方がいいと思われます。特に貴方はそういうものに関係してますから」

 

「あー、そうだな。気をつけねぇと。ところでアルティナ」

 

「なんですか?」

 

「何処から回るんだ? 正直効率的に回らねぇと時間ねぇだろ」

 

「そうですね。では———」

 

 頭の中に叩き込んでおいた学院内の地図を展開・演算し、最も効率がいいコースを構築。何度か再試行し、問題なしと判断して、それをソラに伝える。

 

「現在地から一番近いのは学生会館ですね。そこからギムナジウムなどの位置へ、でしょうか」

 

「いつになく地形把握が早くて助かるな」

 

「まぁ数少ない特技の一つですから。ソラさんのお陰で身についたものです」

 

「へぇ、俺のお陰なのk「具体的にはソラさんがいつまで経っても覚えないからですが」おいコラテメェ」

 

「覚えないのが悪いんです。私に非はありませんよ。ところで、ソラさん」

 

「ん? どうかしたか?」

 

 首を傾げるソラに、アルティナは持っていた時計を差し出す。そこの針はあと数十分で夕刻を示しており———

 

「そろそろ夕刻が近づいています。早く行かないと二人揃って無所属ですよ」

 

「うぉっ!? マジか急ぐぞアルティナ!」

 

「全く……ソラさんは色んなところで疎いですね」

 

「ん? なんか言ったか?」

 

「何でもありません」

 

 

 

 あの教官に馬車馬の如く扱き使われたくないと何回も口にしながらソラとアルティナは部活決定を急ぎ、結果、ソラとアルティナは共に水泳部へと所属することになった。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

 その夜。

 ソラは退屈そうにベッドに寝転んで自室の天井を眺めていた。

 

「あー暇だー心底暇だー」

 

 一端の学生ならこういう時こそ勉学に励んだりするのだろう。そう思いながらも、ソラは見習うことなくただ暇だと連呼するばかり。普段なら書類の山片付けてるんだなぁーとも呟いた後、暫く考えてから自分の『ARUCS』に嵌めたマスタークオーツ『ニヒト』を手に取る。

 

「『ニヒト』———虚無か。成程お似合いなのはあの時に分かってたが、色合いまでらしくて泣けるな。時属性とは皮肉なもんだ」

 

 全くエプスタイン財団もラインフォルト社も底意地が悪い。酷く的を射たマスタークオーツの属性に、ソラは呆れたように呟いた。

 そういえば、確かアルティナのマスタークオーツ『ザイン』も時属性だったか……などと考えた後、空笑いも溢れた。

 

「相反する意味が同じ属性とは本格的に底意地が悪いな。つーか、どうせ何処かの誰さんが仕掛けてやがることなんだろうが」

 

 元々特科クラスVII組なんて新しいものを創り出せる者など数が知れている。大凡かなり著名人に違いない。この国で行動に移せる人物など、それこそ皇族と宰相などその辺りだ。

 

「ま、直に本人から動くだろうし、気にしなくていいか。そもそもそいつが目的果たすのに俺達の存在が吉と出るはずがねぇしな」

 

 卑屈に、そう言い切ると丁度何故か窓をコンコンと叩く音に気がつく。はてさて、こんな時間に何の用だと溜息を吐きながら、窓を開けたところで、あれ?と疑問に思った。

 

 どうして窓をコンコンと叩く音が聞こえるんだ?と。

 

 直後、容赦なく蹴りが顔に入り、目覚えのある少女が部屋へと侵入した。

 

「一つ確認し忘れたことがあったので失礼します。ソラさん、例の連絡は———ああ、寝てたんですか」

 

「ああそうだな思いっきり蹴り飛ばされてひっくり返ってたよチクショウ! 窓から入ってくる時点でなんだか想像ついてた俺も大概だがテメェもマジでいい加減にしろよ馬鹿か馬鹿なのか!? あとスカート履いてるの忘れてんじゃねえ!」

 

「わざわざ確認し忘れたことの為に階段を降りる必要ありますか? 私の部屋も貴方の部屋も一番階段から遠い位置にあります。しかし、部屋が下なら窓からお邪魔した方が効率的ではありませんか? スカートに関しては忘れてました。全部忘れてください今すぐに」

 

「いやあんなもん見せられたら忘れる訳———分かった分かりましたお願いですから二丁拳銃を顳顬(こめかみ)に突きつけないでください死んでしまいます」

 

 無言で二丁拳銃を突きつけたアルティナの対応に、嫌な冷や汗を浮かべながらソラは本題に移るべく、自らの『ARUCS』のメール履歴を見せた。

 

「このメールなんだが———ほら、このザマだ。思いっきり文字が化けてるだろ? わざと化かしてるんだろうが、かなり複雑にしてある。どう考えても他人には分からないように仕組んである」

 

「そのようですね。私が解くことを前提としている時点で、秘匿情報なのでしょう。———《クラウ=ソラス》」

 

 この街に来てから、未だに一度も呼び出していなかった漆黒の戦術殻《クラウ=ソラス》がアルティナの背後から出現。すぐさま、ソラの持つ『ARUCS』の暗号メールの解析を開始し、高速演算が行われる。アルティナもまた、そのサポートを行い、待つこと数分。

‪ 解析完了を知らせる合図を受けたアルティナが、少し疲れたような顔を見せた後、《クラウ=ソラス》が解析した暗号メールをソラの『ARUCS』に再送信した。

 

「いつもながら見事な腕前で助かる。念のため聞いておくんだが、大丈夫か?」

 

「ええ、少し疲れただけです。しかし、今回の暗号メール。かなり複雑で難解でした。私自身どのような内容かも分かりかねますが、確認してみましょう」

 

 アルティナに促され、解析された暗号メールを開く。こんなことまでして内容を秘匿しているようなメールだ。きっとそれなりの要件なのだろう。何処か期待しているような心境でメールを開封して———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拝啓 我が弟子ソラスハルト、並びにその相棒アルティナへ

 

 

 

 ゴルドサモーナとやらを釣り上げてみた。此奴、中々粘っておったからつい興が乗ってしまった。一部地域のゴルドサモーナが壊滅してしまったが、まあ許せ。他にも何箇所かでも同じようなことをしてしまったことも謝罪しよう。

 そういう訳だ。お前の方から話を通し———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———秘匿情報とかじゃねぇのかよ!? つーか何またやらかしてんだあの馬鹿師匠!! ゴルドサモーナ釣り上げすぎて壊滅!? いやマジで今回規模がショボいだけで、いつもやってること変わんねぇじゃねぇか! そもそもなんで側にいる訳でもねぇのに尻拭かされんだ可笑しいだろうが! ……ん? ちょっと待てよ。お前の方から話を通せ? 誰にだ?」

 

「恐らく、宰相閣下だと思いますよ」

 

「ギリアスに話通せってことかハッハッハ————死ね。つーか、待てよ? わざわざアイツに話を通すことになるってことは———あの馬鹿師匠、帝国内にいるじゃねぇか!? ハァァァァ!? いい加減自重しろよ! なんでいつも俺の行く先々で迷惑事作ってんだ!? 事後処理する側にもなってみろよ!? そもそも———」

 

「ソラさん、流石に五月蝿いので黙ってもらえますか?」

 

「アッハイ」

 

 アルティナの怒気を孕んだ一言を受け、萎縮し黙り込むソラに対し、何か違和感を感じたのか、彼女は再度解析データを確認し始める。それに気がつき、彼もまた、聞き耳を立てている奴がいないか、確認する為に周囲に殺気を放ち、気配を確認する。恐らく、サラやフィーは確実に反応するだろう。それでも一応確認しておかなければいけないと判断したのだ。結果は空振り。誰も聞き耳を立てていない。

 しかし、先程の行為で近いうちに二人がここに駆けつける可能性が出てきている。ならば、やるべきこそは早く済ませるべきだった。

 

「アルティナ。この件はお前に任せる。解析が完了次第、俺に報告してくれ」

 

「分かりました。では解析に一週間の猶予を貰います。恐らく報告は特別カリキュラム中になるかもしれません」

 

「ああ、全く問題ねぇ。期待させてくれ」

 

 お互い長い付き合いだからこその信頼関係に、二人は言葉を交わした後、仕事柄としての表情を一度捨てて———

 

「ところでお前、今からアイツら来るかもしれねぇのに、どうやって自室に帰るんだ? 下手したら鉢合わせになるよな? そこのところ考えてるんだよな?」

 

「ええ、ちゃんと考えてますよ」

 

「へぇ、じゃあ教えてもらっていいか?」

 

「ドアから帰りますよ?」

 

「は? いやお前そこは窓から帰るだろ? そもそも行きは窓から来てるのに帰りは普通に帰るとか意味がわからねぇよ!」

 

「ドアから帰るのは常識だと思いますよ?」

 

「だったら行きもドアから来いよ! なんでそこだけ常識外れてんだ! 俺ちゃんとお前に常識を教えたりしたよな!?」

 

「それでは一つ聞きます。立て篭もった敵がいて人質を盾にしています。さて、どうし———」

 

「———奇襲し混乱させて武力制圧」

 

「………………」

 

「ん? 何か間違ってたか?」

 

「いえ、一応答えとしては間違ってませんよ。人質の安全性がどれだけ保証させるかはさておきますが」

 

 大きく溜息を吐くアルティナに対し、ソラは何かおかしなことでも言ったのかと自分の言葉を反芻しながら首を傾げる。

 その後、結局おかしな所に気がつかなかった為、無しと考えて、話を元に戻す。

 

「あーもうなんでもいいかメンドクセェ。ドアから帰るも窓から帰るも好きにしろー。俺はもう寝るぞ。さっきのメールのせいで胃に穴開きそうなんだよチクショウ」

 

「分かりました。それではおやすみなさい、ソラさん」

 

 ドアの前で一礼し、ドアノブに手を掛け回す。ゆっくりとドアが開いていき、廊下の方へアルティナが歩き出した。

 

「そういえば」

 

 何か思い出したように、アルティナはドアを閉める前に一つだけ気掛かりだったことをソラに訊ねた。

 

「明日は二科目ほど小テストですが、わからない所などありませんか?」

 

「…………は? 小テスト? 二科目? 明日? ……ハッハッハ、ナニヲイッテルンダダイジョウブニキマッテルダロ?」

 

「………………」

 

 バタン。

部屋にもう一度入り、出口を塞ぐようにドアを堂々と閉じる。それから室内だから見られないだろうと《クラウ=ソラス》を出現させ、窓の前に配備。ソラの机の上に置いてあった参考書を選別する。明日の小テストの二科目を探し終え、それを片手に持ってアルティナは無表情で宣言する。

 

「ソラさん———少し勉強しましょうか」

 

「い、いや、俺これから寝るんだが———」

 

「———普段から講義中に惰眠を貪ってる分際でよくそんな甘えたことが言えますね」

 

「いやそれはその……成長———」

 

「成長期が何ですか? 普段私に成長期で言い訳するなと言ってるのに自分の時は関係ないと。そんな都合の良い話がありますか?」

 

「いやそれはその確かに都合良すぎるよな! うんそうだよな! 俺が間違ってた! でも待てお前そろそろ就寝時刻迫ってるから自室に戻らないとマズイだr———」

 

「一向に構いません。例え変な噂が立ったとしても、気にする必要なんてありません。そもそも寝食共にするくらい以前はよくしていたじゃないですか。学院だからといって気にするなんてこと今更ですよね?」

 

「いや俺が困るんだが!? いくら知人とはいえ一晩一緒の部屋にいたとか、ンな噂立てば俺の平穏何処にも無くなるだろうが!?」

 

「私からすれば、ソラさんがただの問題児でしかないという認識をされることが一番困るんです! 今日みたいなことが続けば、流石に何度も特例で許される訳ではないんです。最低限問題児ではないことだけはしっかりと見せてなければいけません。平穏はそこからでも保てます———何か反論は?」

 

「いやでもお前———」

 

「何 か 反 論 は あ り ま す か ?」

 

「イエ、マッタクナイデス」

 

「では、早速始めましょう。まずこちらの基礎から———」

 

 

 

 

 

 アルティナには勝てない。

いつも以上に強く確信し、ソラはこれから先の学院生活が幾分かマシであってほしいと一生懸命願いながら、アルティナ先生の講座を夜通し受けることとなった。

 

 

 

 

 

 




次回は多分実技テストになるかなぁ……なるといいなぁ……(白目)


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蠢く因縁

皆様お久しぶりです? といっても今回は少し早かったりする気がします。えーっと以前はいつだったかな……だいたい二週間三週間ですねアッハイ。
さて、そういう下らないことはさておき、最近閃の軌跡lll5周目を果たしナイトメアも無事クリアした作者です。現在メンタル死にかけてます。いやホント周回させる気ねぇな最新作。
ナイトメアがこれまで以上に全体的にナイトメアし始めてる上にメンタルまで攻めてきますかナルホドナルホド。
ーーとりあえず強く生きろリィン。

そんな雑談はさておき。
今回の話の軽い説明を。
ぶっちゃけると自由行動日です。いやホント忘れてた自由行動日。
とはいえ、前半ギャグ路線、後半シリアス路線です。特に後半苦手な人はキツイかも。想像力高いとかなり精神的に来るはず。あ、グロくないよ? それはまたのちのちだから安心を(安心できねぇよ馬鹿野郎)

さて、それでは本編をどうぞ。




 

 

 

 

 

 

 4月18日。

 

 この日はソラとアルティナにとって、初めての自由行動日だった。昨日の小テスト祭りに存分に苦しめられたソラは勿論、その彼に付き合って勉強を教えていたアルティナにもある程度の疲労があった。だから、この日は普段から活発的な分、珍しくのんびりしようと意見を一致させた———はずだったのだ。

 

 

 

 帝都ヘイムダル、ヴァンクール大通り。

 

 

 

 二人の姿は()()()そこにあった。

 

 かつての仕事着でもあり、私服でもあったコートを羽織った、あくまでも動きやすい服装のソラと、あまり着慣れていないはずの白を基調したワンピースに身を包んだアルティナ。何処かチグハグなようで、何処か近いものを感じさせる二人に、通り過ぎる人は不思議と視線を向け———目を逸らしていた。原因は二人が浮かべていた形相にある。

 

「あーチクショウクソッタレ。何が悲しくてこんな連勤明けのボロ雑巾みてぇな(なり)の時にンなとこ来ねぇといけねぇんだ覚えてろよレクター」

 

 ズゾゾ……と先程売店で買った手頃なドリンクをストローで吸い上げながら、誰もが見て分かる程にソラは不機嫌な顔をしていたのだ。額に青筋を浮き上がらせ、今にも激昂しそうな雰囲気からは、誰にも近づくなという意思表示にさえ思える。誰も近づこうとしない所か、彼の座っているベンチから一定の範囲を意図的に避けているのが、その照明だろう。

 

「ええ、全くです。誰かさんのお陰で私も少々疲れを残しているのですが、まさかこのタイミングで招集とは……正直呆れてますよ」

 

 対し、その彼の座るベンチの隣で同じくドリンクを飲んでいるのは、彼の相棒であるアルティナだ。不機嫌な彼に同調するかのように———いや、この場合は更に不機嫌なだけなのだろうが、彼女もまた、不機嫌そうにしていた。こんな二人がベンチに座っているものだから、近くの空いているベンチには誰も座ろうともしない。

そのことに気がついていないまま、二人はいつものように会話を続ける。

 

「なぁ、然りげ無く俺のこと(なじ)ってねぇか? いや確かにお前の疲れの元凶は俺だよ? いやでもこんなことになったのは俺のせいじゃねぇんだが……」

 

「そう思うのでしたら今すぐレクターさんをどうぞバラして来ればいいじゃないですか。その後、ソラさんがどれ程牢獄暮らしするのかは知りませんが」

 

「あのさ、アルティナさん? 俺泣くよ? 泣いちゃうよ? すごく不機嫌なの分かってんだけど、その前にお前さっきスゲェ物騒なこと言わなかった? 今のお前の思考回路一番ぶっ飛んでると思うんだが……」

 

 テロリスト真っ青だよ?とでも言いたげなソラの言動に、アルティナは少し考えた後で溜息を吐くと、自分らしくないと判断したのか、静かにドリンクを飲んで、少ししてからまた口を開いた。

 

「ところで、ソラさん。レクターさんはいつ来られると?」

 

「連絡通りなら、あと一時間弱か。待ち合わせはヘイムダル中央駅の鉄道憲兵隊の詰所らしいから、少しぐらい観光していいってよ。つっても元々先月まであそこで仕事してたんだから観光もクソもねぇと思うんだが……」

 

 背後に広がる光景———皇城バルフレイム宮を一瞥する。あそこは皇族の住む皇宮の他に帝国政府そのものが内包されている。先月までその一角で仕事をしていたなど普通には考えられないことだろう。

 尤も、その〝普通〟とやらではないからあんな所にいたのだろうと苦笑する。

 

「さて、と。それじゃあ何処に行こうか。特別回りたい所無いしな。アルティナ、行きたい所あるなら言ってくれ。付き合うぞ」

 

「そうですね。では、ブックストア《オルタナ》に行きましょう」

 

「おう。……あ、でも先にドリンク飲み干してからだな。この通りにあるんだ。少し周りを見つつ雑談でもしていくか」

 

 ベンチから立ち上がり、軽く伸びをしてからドリンク片手に歩き出す。果たして飲み歩きはしていいのか、そして本当に行きたいところがなかったのかとアルティナが何やら考え込んでいたが、ソラとの距離が離れ始めたことに気がつき、考えるのを止めて飲み歩くことにする。

 

「それにしてもアレだな。仕事に缶詰にされた挙句、寝床も基本あそこだったせいか、こうやって街に出歩くのも久しぶりな気がするな」

 

「そうですね。外出は任務の際、或いはソラさんのストレス発散に出掛ける程度でしたから、こうして街に出歩くのも新鮮に感じます。悪くない経験です」

 

「むしろ悪い経験とかあんのか?」

 

「———損害賠償の書類の山」

 

「よーし分かった聞いた俺が悪かった全力で謝るからその話はもう止めようか!」

 

 一瞬、その瞳から光が失われようとしていたことに気がつき、即座に謝罪するソラに対し、アルティナは一度思考を切り替えて本来出された意図の質問として返す。

 

「……ええ、そうですね。例外を除けば、悪い経験はありませんね。実際色々な経験は役に立っています。経験は活かすもの、そう言いますから」

 

「アルティナがそういうと一番しっくり来る。———いや別に馬鹿にしてる訳じゃねぇぞ? 経験を活かすって言葉が一番似合ってるっていう褒め言葉だからな? 実際お前がそうやってくれてるお陰で俺は助かってるから」

 

「それなら良かったです。そういうソラさんこそ、いつまで経っても世話が焼かせますね「おいコラちょっと待てお前それどういうことだ」言葉の通りですよ。ソラさんは相変わらずです」

 

 クスリと微笑むアルティナ。安心したような彼女に、ソラは溜息を吐きながら愚痴るように呟く。

 

「俺も努力してるんだけどなぁ……。そんなに変化無いのか?」

 

「変化があっても微弱で分かりにくいだけかもしれませんね。

 ……そういえば、この間は導力狙撃銃(スナイパーライフル)の鍛錬していましたね。ある程度は使えるようになったようですが、進捗の方は?」

 

「ん? そうだな。及第点は行ったな。あとはある程度モノにしておきたいとは思ってるぞ。つっても俺は近距離戦闘の方がしっくり来てるんだがな「猪突猛進の脳筋だからですよ」おいコラ」

 

「それにしても様々な得物に手を出していますが、それは()()()の指示ですか?」

 

「いや、俺の意思でだな。敵の使う得物の特徴を知る、っていう理由もあるんだが、一応第二第三の得物———ってのも考えてるんだよ。まぁアイツらからすれば、器用貧乏になるから一つに絞って極めやがれ!って言われるんだろうがな」

 

 どうせ近いうちに顔合わせそうな気がするけどなと笑いつつ、ソラは言葉を続ける。

 

「まぁ、それを言えば、今俺が使ってるブレードライフルも似たようなもんだろ? アレだって本来俺が使ってる得物じゃねぇからな」

 

「そういいつつ、あの時ブレードライフルで変な握り方をしていたのは見てましたよ。アレは間違いなく、ソラさん本来の得物の握り方です。一人ほど、そのことに気がついていましたよ」

 

「うっわぁーマジか。ちなみに誰だ? その気がついてた奴」

 

「リィン・シュバルツァー、ですね。あの構えから察するに剣術は《八葉一刀流》。ユン・カーフェイ老師の弟子の一人と言ったところでしょうか」

 

「カーフェイの爺さんか。成程な。確かにそいつは慧眼だな。叩き上げれば、逸材になるのは間違いねぇな。———手伝う気は全くねぇけど」

 

 ところで、と何か気になったのか、ソラがアルティナに訊ねる。

 

「リィン・シュバルツァーって誰のことだ? そもそも自己紹介した覚えが全くと言ってねぇんだが……」

 

「その時ソラさんは寝てましたからね。そっとしておきました」

 

「え″」

 

「お疲れのようでしたので、流石に起こすのは気が引けました」

 

「普段容赦なく叩き起こすクセして、今更親切そうにしないでくれね? つーか、そういう時はキチンと起こしてくれよ。俺だけまだ自己紹介もしてねぇんじゃねぇのか?」

 

「ええ、そうなりますね。代わりにしておくべきでしたか?」

 

「いやむしろそれで助かった。お前に頼んで後悔したことが以前あったんでな。自己紹介って普通悪いこととか言わねぇだろ? なんだよロリコンって。断じて俺はロリコンじゃねぇからな!?」

 

「冗談ですよ。とはいえ、私は兎も角、ミリアムさんや彼女(フィー)にまで懐かれていたのを知らないとでも? やけに小さい女性の方と親密になりますよね、ソラさんは」

 

「お前マジで折檻してやろうか!? ミリアムに関してはいつものことだろうが! つーかアイツ(フィー)に関しては昔の話だろ。今の様子見て、ンなこと言ってみろ。即座にアイツから襲撃かけに来るぞマジで。———どうしてああなったのかは皆目見当ついてねぇんだが」

 

 いざ襲撃されても知らねぇぞ、と警告しつつ目的の本屋———ブックストア《オルタナ》に着くと、ちょうど飲み終えたドリンクをゴミ箱に捨て、店内へと足を踏み入れた。

 

「そういえば、本屋に何か用事でもあったのか?」

 

「以前気になっていた小説がこちらにならあると思いまして、無ければそれで構いませんが、あるのであれば買っておこうかと」

 

「意外だな。お前は小説よりも文献を漁る側だと思ってたんだが」

 

「確かに文献はよく読みます。ですが、たまには息抜き程度に小説を読むのも悪くないかと。時間は無い訳ではありませんが、探すのを手伝ってもらえますか?」

 

「任せろ。ンで、その小説の題名は?」

 

「フェッロブスト著、『アルマ=フォルマ』です。著者の名前も小説の題名も独特なので、探しやすいとは思います。調べたところによると小説にしては一巻だけしかなく、かなり分厚いそうです」

 

「それ本当に小説か? いや場合によったらそうなんだろうが……。ちなみに発行年は?」

 

()()()のようです。それ以降は一度も続刊は出ていません」

 

()()()……か。懐かしいな」

 

「ええ、そうですね」

 

 懐かしみながらも探す手は止まらず、確認を繰り返す。当然ながら店員に訊ねれば早いのではないかとも思ったが、わざわざ手伝ってほしいと告げたアルティナに何か理由があるのかと思い、話題をいくつか振りつつ探し続ける。

 

 それからある程度探したところで、不躾だと思いながらもソラは気になることをアルティナに訊ねた。

 

「ところでなんだが、その小説をなんで探そうと思ったんだ? その聞いた時に気になったからか?」

 

 オススメされた程度ではアルティナは探す前に聞くことが多いし、先に調べることをソラは知っている。しかし、今回は中身がよくわからないのも相まっているのか、アルティナ自身が現物を探そうとしている。中身がわからないものだから一から調べようと思ったのだろうか? その疑問が一番大きく膨らんでいた。

 

「不思議な話ですが、ふとその題名が浮かんでいました。知らないはずなのに、()()()題名を()()()()()、読んでみたいと思ったんです。本来こういう時は題名が偶然合うことは少ないでしょう。ですが、題名が合っていた直後に著者名も()()()()()()ような気がしていました。私自身、調べるかを少し悩んだのですが……」

 

「結局調べてみようと思った、って訳だな?」

 

「はい。ソラさんはこういう経験をしたことがありますか?」

 

「今のところは無いな。まぁでもお前がそう言う時は何かあるってわかってるからな。存分に手を貸すぞーぶっちゃけ暇すぎる」

 

「暇なら私から課題を出しましょうか? ソラさんは些か勉強が足りないようですから」

 

「手伝うことができる程度の暇な? それ以上でもそれ以下でも無いからな? つーか隙あらば勉強させようとしないでくれますかねーアルティナさん? 前の夜通しテスト勉強で肉体的精神的にも大ダメージ食らってんだからな? アレのせいで危うくバレスタインが吹聴して回るところだったの忘れたか」

 

「確かにアレは面倒でした。被害が予想を上回る可能性が出ましたからね」

 

「予想内なら問題無しとか考えてるお前の方が問題だよ馬鹿野郎」

 

 いつものように毒舌を互いに吐き合いながら確認作業を進めていく二人。小説のコーナーの端から真ん中へと探していく方針だったが、ついに二人が真ん中に辿り着き同じところを探すこととなった。

 そして、結局その小説は見つからず、本屋から出た。

 

「見当たらなかったな。つーかその本、発刊してから6年だろ? 図書館行った方が良くねぇか? あそこなら保蔵してるかもしれねぇし」

 

「ええ、そうですね。やはりそうするべきでした。お時間取らせてしまいましたね」

 

「別に問題ないぞ。どうせ俺の方は暇してたんだしな」

 

 本当は暇だったわけではないことをアルティナは知っている。机の上に置いてあった書類の中には帝都に出掛けなければならないものがあるのはテスト勉強の時に確認済みだった。それでも優先してくれたのをわかっているから、そっと彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 

「今度来た際はソラさんのやりたいこと手伝わせてくださいね」

 

「……気づいてたのか」

 

「———相棒(パートナー)ですから」

 

「そうだな。つっても、終いには行動全て監視されてそうでゾッとするけどな」

 

 軽口を言いながらソラは背を向ける。アルティナに見えないように逸らした顔には嬉しそうに口角が上がっていた。とはいえ、どうせ見透かされてるんだろうなとソラはいつものとは違った敗北感を感じていたが。

 

「ところでソラさん、レクターさんとの合流時間まであとどれくらいですか?」

 

「ん? えーっとな……うぉマジかあと十五分も無いじゃねぇか! 急がねぇと不味い! アイツにだけは煽られたくねぇ!」

 

「私としては煽られて斬りかかりそうになるソラさんを止めるのが面倒なので控えていただきたいですね。遅れるソラさんが悪いとは思いますが」

 

「だったら手を貸せよ!? 俺はスケジュール管理とか苦手中の苦手だっての!」

 

「……情けないですね」

 

「容赦なくディスってくるお前には、ある意味尊敬するぞ馬鹿野郎」

 

 遅れてなるものかと全力で中央駅までの直線を駆け抜けるソラとアルティナ。お互い走りながら軽口を返し合う辺り、余裕はあるのだろう。そんな彼らを見かけたすれ違う人々は不思議な二人組だと思いながら、この帝都を行き交っていた。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

 帝都ヘイムダル、ヘイムダル中央駅、鉄道憲兵隊詰所

 

 

 

 俗に言うブリーフィングルームと呼ばれる一室には、ソラとアルティナ、その二人の他にもう一人の姿があった。

 何処と無く軽い飄々とした態度にしては、分かる者には瞬時に侮れないと判断することができる他、警戒心の隙間に潜り込んでくるような、不思議と不快感を与えない紅い髪の青年。

 

 ———《帝国軍情報局》特務大尉にして、《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン直轄《鉄血の子供たち(アイアンブリード)》の一人、《かかし男(スケアクロウ)》レクター・アランドール。

 

 非公式に行われた会談及び交渉を100%という常軌を逸した確率で成功させてきた若き逸材。その青年が二人の前にいた。

 

「久しぶりだな、二人とも。ソラの方はいつもの仕事着擬きだが、チビッコ(アルティナ)の方は珍しいな。オシャレもできたのか、感心したぜ」

 

「一応褒め言葉として受け取っておきます。そういうレクターさんはその服装はどうしたんですか?」

 

「ん? これか?」

 

 軽く煽られた返しにアルティナが指摘したのはレクターの服装。軍服を殆ど着ないのは予想通り、というより常だが、普段の礼服ですらなく、アロハシャツのような陽気な服装で今から遊びに行くような先入観を持たせていた。

 

「実はこれからクロスベルに行かなきゃならなくてだなァ。礼服とか着てたらバレるだろ? つまりそういうことだ」

 

「その服装の方が逆に目をつけられるに決まってんだろうが馬鹿かテメェ。未だに春真っ盛りの時期にアロハシャツとか頭沸いてんじゃねぇだろうなレクター」

 

「ンなわけねぇだろ。むしろ日頃からブッ飛んだ思考回路してやがるのはお前だろうが。年がら年中、殲滅殲滅ってお前こそ頭沸いてんじゃねぇかァ?」

 

「ンだとゴラァッ! テメェ今すぐ表出ろその(つら)叩き斬ってやらァッ!」

 

「上等だ全力で相手してやるから覚悟しやがれソラ」

 

 対面して十分も経たずにこうして殺意増し増しでお互いの得物を抜き出そうとする二人。蹴飛ばされた椅子。飲みかけの紅茶は倒れ、床に水溜りを作る。ブリーフィングルームの外では今にも鉄道憲兵隊の隊員達が大事な会議室を破壊されないかとヒヤヒヤする一方で、いつ突撃して制圧するかを冷静に判断しているのが目に見える。

 

 今にも斬り合いそうな殺伐とした雰囲気の中、今にも突撃しそうな鉄道憲兵隊という空気が張り詰めた———その臨界点。

 

 

 

 バン!と乾いた音と共に二人の頰を掠めるように二筋の銃弾がブリーフィングルームの壁に着弾し弾痕を残した。突然のことではあったが、二人して壊れたブリキの玩具の如く、ゆっくりと銃弾を放った者へと首ごと視線を向ける。

 

「どうかしましたか? 喧嘩するのであればどうぞご自由に。私も特別止めるつもりはありませんし、後々クレアさんに説教を受ける際に一応仲裁はしてあげます。とはいえ、当然斬り合っているのですから何が飛んできても気にしませんよね?

 ……そうですね、例えば———()()でしょうか」

 

 張り詰めた空気は突然凍てつくような空気へと変わる。気温が急激に下がったと錯覚させられるのにも関わらず、二人は大人しく得物を鞘に納めながら冷や汗を滝のように流している心持ちで、そっと言葉を交わした。

 

「なあソラ」

 

「どうしたんだレクター?」

 

「お前普段から()()()()()なのか?」

 

「たまにはあるな、うん。普段は俺が言葉のサンドバッグ」

 

「オーケー。取り敢えずチビッコ怒らせるのは無しな? 命の危険しか感じねぇわ」

 

「今度マジで時間外手当寄越せ」

 

「前向きに考えてやるよ。つっても担当俺じゃねぇけど」

 

 アルティナ怒らせるなコワイ命アブナイ。そんな片言混じりの教訓を再確認及び認識した二人は大人しく当初の目的へと入るべく、床に零れた紅茶を室内に入ってきた鉄道憲兵隊の隊員たちから雑巾などを受け取りつつ掃除し、漸く最初と同じにした後、全員が座り直してから再開した。

 

「さてと、そんじゃ今回お前らを呼び出した理由から説明するわ」

 

「おうマジでそうしてくれ」

 

「まあ色々な思惑あるんだが、確実に言えることから言うとすればーー《貴族派》に何やら動きがあった」

 

「まーたアルバレアの無能公爵とカイエンの阿呆か? アイツらマジで懲りねぇなオイ」

 

「今回もその例に漏れずって所なんだが、実は問題があってな」

 

「何か干渉しにくい問題でも?」

 

「その通りだチビッコ。ここ最近だが、ヤケにアイツらが軍備増強に力を入れ始めてる。正当な理由を上手いこと持ち出しながらな?」

 

「主にどの貴族ですか?」

 

「———アルバレアとカイエン。特にその二つの軍備増強が著しいな。お互いプライドが高い当主だからってのもあるが、それにしてはやり過ぎてると俺は思う。実際ラインフォルト社製の戦車をかなり配備してやがる」

 

「《18(アハツェン)》ですか」

 

 帝国最大の重工業メイカーであるラインフォルト社の最新戦車。旧式戦車やある時使用された蒸気戦車を圧倒するその性能は、恐らく使い手次第で一騎当千とも言えるだろう。領邦軍にそれ程の使い手がいるかは兎も角、かなりの性能であることは確実に性能差を生み出すこととなる。旧式が未だに数合わせに採用されている正規軍がその性能差に押し負けないとは限らない。

 

 

 そして、レクターの目はそれだけでは終わらないと物語っていた。

 

 

「ここからはお前らに最も関わることだ」

 

 いつになく真剣な面持ちで、彼は二人にとって最も重要な事柄を口にした。彼らにとって悲願とも言える情報を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———《無間奈落》が動き出した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たったそれだけの一言に、最も反応したのはソラだった。手に持っていた紅茶のティーカップを素手で握り潰し、破砕した破片が手に突き刺さるのも構わず、彼は殺意と共に吼えた。

 

 

 

「漸く動きやがったな———あの『英雄(クソ野郎)』!」

 

 

 

 隠すつもりのない殺意がブリーフィングルームどころか鉄道憲兵隊詰所一帯を覆う程に放たれる。握り締めた拳から血が流れ、さらに深く破片が食い込むが、ソラはそんな些末事を一切気にせず、レクターに問う。

 

「アイツは今何処にいやがる! 教えろレクター!」

 

「東ゼムリア大陸の辺境。この情報を掴んだ部下はその後殺された。この情報は事切れる前に何とか伝えたものだ。再度別の部下に確認させたが、今の所在は不明。次はいつ見つけられるか不明だろうよ」

 

 再び行方を眩ませた。その事実を知り、ソラは一度落ち着くことを無意識下に行った。深呼吸をし、呼吸を整え、荒立つ殺意を抑え込み、嚇怒も憎悪も一度忘れて、ただ一言だけ、そうかと呟いた。頭を掻き毟り、苛立つ自分を何とか抑えるが、やはり久しく聞いていなかったせいか、落ち着くことがなかなかできそうになかった。

 

「………………」

 

「他に……情報はありますか?」

 

「ああ、あと一つだけな。これは特にチビッコ、お前やガキンチョに関わることだ」

 

 もう一つの情報。当然これもまたソラも関係あるが、やはり先程伝えた情報の方に意識を取られ集中することすら叶わない。だからこそ、今この場で()()()落ち着いているアルティナが代わりにその情報を求めた。

 

 

 

「———《異端食い(ハンプニーハンバート)》も動き出した。今度はカルバード共和国の辺境だ。特殊な信仰があった村が丸々一つ壊滅したと報告が来た」

 

 

 

 予想はしていた。そろそろ動き始めるだろう。悪い予想が当たってしまったとアルティナは心の何処かで思った。確かにこれは私やミリアムさんに最も関わる重要事項だ。落ち着いたらソラさんにも聞いてもらい、お互い気をつけるべきだとすぐさま決める。

 

「やはりですか。今何処に向かっているか分かりますか?」

 

「検討は幾つかな。恐らく次はクロスベル周辺だ。近づくことはあまりねぇとは思ってるが、気をつけろ。特にお前とミリアムはな」

 

「ええ、分かっています」

 

「俺から言わせて貰えば、今年は二年前の《リベールの異変》以上に厄年だ。ここでお前らを喪うわけにもいかないのは勿論のこと、掻き回されるわけにもいかねぇんだ。だから間違っても死ぬなよ」

 

 それだけをしっかりと念押しし伝え切るとレクターは、次の仕事があるから急がせてもらうとだけ告げ、ブリーフィングルームを後にした。そうして、二人きりとなったその空間は、暫くの間、沈黙に包まれていた。

 

 

 

 

 

 それから数時間後。

 帝都ヘイムダルでのアルティナの要件を終え、()()()()()()()()を済ませた二人は近郊都市トリスタへと帰って来ていた。すっかりと日が暮れた景色を一度として眺めることはないまま、アルティナはあれから一度も口を利かないソラを心配していた。

 

(無理も……ありませんね)

 

 アルティナは知っている。———ソラの身に起こった悲劇を。

 彼の《心》を通じて知った全てに偽りは当然ありえない。同時にそれは彼女自身が彼の記憶を追体験したことにも他ならない。

 だから彼女は最もソラの心境を理解している。それ故に、彼にかける言葉が見当たらない。下手に声をかけて刺激すればどうなるかなど、アルティナは経験してしまっている。深く傷つけ過ぎる訳には当然いかないのだ。

 

(私は———私達は()()ですね)

 

 それは実力だけではない。精神的にも未だに至らず。未熟なのは誰よりも分かっている。きっとそれはソラも分かっている。だから今こうして自分の意思で一区切りをつける場所を探している。今焦っても意味がないことを一番身に染みているのは彼だと断言できるから。

 そして、それ以上にアルティナは彼に影響され過ぎたことを分かっている。彼と最初に出会った頃の自分と今の自分が似ても似つかないことなど比較するまでもないと自己分析はできていた。

 

「———アルティナ」

 

「はい」

 

 そうして、束の間だろうか、或いは少し時間がかかった頃。あの話を聞いてから口を利かなかったソラの沈黙が破られた。

 ただ一言、アルティナを呼び、確かな声音で答えを出していた。

 

「今はただ待つぞ。待って、待って待って、待って待って待って———そして、確実に殺す。あの目障りで鬱陶しい『英雄(ひかり)』を葬り去ってやる」

 

「分かってます」

 

 その瞳には明らかな殺意と憎悪、赫怒が揺らめいていた。深く、深く。濃く、濃く。闇そのものに近いとすら思える程に昏い。間違いなくこうなった原因は一つだ。

 しかし、こうなるまで放置したのは一つではない。その一つに確実に自分もそうなのだろうとアルティナは分かっている。

 そして、ソラは確かに告げる。

 

 

 

「俺はきっと地獄の底まで堕ちる。それが何処までかは分かったもんじゃねぇ。

 ———それでもお前は付いてくるか? アルティナ」

 

 

 

 分かっていた。きっとそう言うのだろうと分かっていた。彼はこのまま破滅するだろう。奇跡のような救いさえなければ、きっと戻ることはできない。その救いを齎すのは、決して自分ではないのだとアルティナは何処か寂しく思いながら———確かな声音で答えを返す。

 

 

 

「———はい。何処までも一緒に堕ちますよ、ソラさん」

 

 

 

 ———私はなんて弱いのだろう。

 導くことも出来ず、支えることも出来ず、共に堕ちることしかできないのだから。

 幾つもの後悔を胸に、アルティナはソラと共に()()深く闇へと沈んでいく。

 

 

 

 

 

 




今回の要点
・とある謎の小説探し。

・ソラとアルティナの因縁の相手 《無間奈落》行動再開。

・アルティナとミリアムの天敵 《異端食い》行動開始。

・ソラはさらにシリアス路線へ。アルティナもシリアス路線へ。


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黒塗りの答え

はい、皆さまお待たせしました、阿呆です。
漸く投稿ですよ漸く。ホント申し訳ない。ぶっちゃけ忙しいのもあるんですが、色々とやりたいこと多くてツライ。

そんなくだらん話はさておき、小説の方をどうぞ。最初の方は読んでても疑問に思うところやつまらないかもしれませんが。




 

 

 

 

 

 

 

「こんな早くから鍛錬か? 精が出るな。えーっと———誰だっけ?」

 

 早朝、東トリスタ街道。第三学生寮からすぐの街道であるそこは、位置的にも鍛錬の場所に悪くなく、当然ながら河川もあるため、釣りを楽しむ者もいる。日も当たりやすく日光浴するのも、自然に触れるのも悪くはない。

 とはいえ、時間の問題さえどうにかすれば、全てトールズ士官学院内のギムナジウムがあるため、わざわざ街道に出てやる理由は実戦の他にはあまりない。そう、時間の問題さえなければ、だ。

 

「俺の名前ってそんなに忘れられやすい名前なのか……」

 

「いや、そういう訳じゃねぇんだが、俺が単純に馬鹿なんだよ。覚えるのに時間かかってな。この辺りはいつもアルティナに怒られる」

 

 苦笑いする彼と周囲を一度見渡すソラ。別にアルティナに聞かれたくないという訳ではないのだろうが、念のためというやつなのかもしれない。そうして一安心してから彼は———リィン・シュバルツァーは名乗り直した。その名を聞き、思い出したソラは軽く謝罪を述べてから眠たげに欠伸を噛み殺す。

 

「シュバルツァー……シュバルツァーか。温泉郷ユミルの領主、テオ・シュバルツァーの御子息か何かか?」

 

「……驚いたな。俺の姓から察するなんて……知っていたのか?」

 

「いや、貴族の名前はいくらか覚えてるだけだ。大体子爵までなら覚えてる。シュバルツァーの姓を覚えてたのは温泉郷ユミルが帝国内で有名かつ暇さえあれば足を運ぶ予定だったのが理由だ」

 

 実際血生臭い仕事も多いから心身共に癒しておきたかった。危うく喉元まで出掛かっていたその言葉を飲み込み、未だ普段よりも思考が止まっている頭を早く起こそうと努力する。見て分かるほどに眠たげなソラを見て、リィンはまた苦笑いを零しながら彼が腰に差している鞘を見た。

 

「それは騎士剣なんだよな? でも確か———」

 

 君の得物は()()()()()()()()ではなかったのか。そう訊ねる前に、ソラが面倒臭そうに溜息を(おもむろ)に吐いた後、先程から隠していた右手を見せた。

 

「理由はこれだ。ティーカップなんざ握り潰すモンじゃねぇなチクショウ。破片が深々と刺さりやがったせいであんなモン握りにくくて仕方がなくてな。質は悪いが間に合わせで買ってきた」

 

「怪我は大丈夫なのか?」

 

「大したことはねぇよ。すぐに治る」

 

「君は———「ソラだ。ソラスハルト・アナテマコード」ソラは騎士剣も使えるのか?」

 

「ああ、突出してる訳じゃねぇが、得物は大体()()()使()()()。太刀も法剣(テンプルソード)狙撃銃(スナイパーライフル)も二丁拳銃も———」

 

「そんなにたくさん扱えたのか……。一つだけ聞いていいか?」

 

「ん?」

 

()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…………………」

 

 ああ、そういや、コイツは()()()()()

 今の質問で思考がいつも通りにまで覚醒したソラは、帝都でレクターを待つ間にアルティナから言われたことを思い出していた。俺の握り方で本来の得物が本当にブレードライフルなのかを怪しんでいた奴がいたことを。そういや、コイツが怪しんでいた奴だったなと確信しながら。

 

「直感は良いな。磨けば光る。素質としては悪くないどころか上物か……」

 

「?」

 

「気にするな、こっちの話だ。質問に答えてやるよ。一番の得物は———太刀だ。ブレードライフルはその次に使いやすいから今回持ち込んだだけに過ぎねぇよ」

 

「なんで太刀を持ち込まなかったんだ? 普通なら一番使い慣れた得物の腕を磨くはずじゃないのか?」

 

「まあ、それが普通だな。正直な話をすれば、()()()だ。つっても驕り高ぶってる訳じゃねぇぞ」

 

 これ以上は語らないからなと念押しし、ソラはそこで区切る。驕り高ぶっている訳ではないのに使わない理由。それをリィンは今少しだけ考えてみることにしたのか、思考の海に身を沈め始めた。いくつもの仮説が浮き上がっていく———

 

「おい。鍛錬の続きはしないのか?」

 

「あ……忘れるところだった」

 

 長く意識を傾けそうになったところでソラに声をかけられたことが幸いし、リィンの意識は現実へと目を向けた。日課の鍛錬を忘れる訳にはいかないはずなのにどうして考え込んでいたのかは分からないが、兎に角、鍛錬を再開しなければと思った矢先、ちょっとした考えが過った。

 

「ソラ、これから朝食までどうするんだ?」

 

「取り敢えず、アルティナが起きるのを待つつもりだ。昨日は少し遅かったのかもしれねぇから、よく寝かせてやりたくてな。まあ、起きないのならそれはそれで()()のやり返しができるから楽しみなんだが」

 

「あ、ああ……」

 

 ()()のやり返し。その言葉を聞いて、心当たりがありすぎるリィンは、何とも言えない顔をした。

 はや三週間となる入学してからの学院生活で最後の目覚ましとも言えるのが、ソラの言う()()である。

 

 曰く目覚めが悪いらしいソラを起こすのはいつもアルティナなのだが、その起こし方が斬新かつ問題しかなく、その方法というのが室内であるというのに、風属性の初級アーツである『エアストライク』を直接ソラにぶつけるというものだ。当然ソラは吹っ飛ぶ上に室内で起きた衝撃が学生寮内で伝わり、寝坊助がいれば確実に飛び起きる羽目になるという寸法である。実際これを受けて二度寝をしかけた数名が飛び起きる羽目にもなったのは記憶に新しい。

 

 これのやり返しというのだから、やることは恐らくアルティナに『エアストライク』を直接ぶつけるつもりなのだろう。———恐らく結果は見えているが。

 

「まあ……その……なんというか」

 

「お前の言いたいことは大体分かるぞ……ぶっちゃけ俺の成功する気が全くしねぇ。むしろ成功した後が怖いんだが」

 

「それならやらなければいいんじゃ……」

 

「でもやられっぱなしってのが気に食わねぇんだよなぁ……」

 

 うーん、と真剣に悩むソラに、何処かリィンは悪戯小僧のような年相応の様子を見る。正直な話をすれば、彼には不思議だった。あの時———特別オリエンテーリングの最後、たった一人なのかは分からないが、『石の守護者(ガーゴイル)』を圧倒していた姿は驚きの連続だった。カーフェイ老師やテオ・シュバルツァーの姿を見てきたリィンではあるが、自分よりも若い誰かがあんなにも強いのは見たことがなかった。だから特に興味があった。

 こうやって朝から話し合える機会があったのはとても良かったと思う一方で、不思議と好奇心は更なる情報を求めていた。

 

「一つお願いしてもいいか?」

 

「ん? どうした、リィン・シュバルツァー」

 

「リィンでいいよ」

 

「ンじゃ、リィン。どうかしたのか?」

 

「良ければ、今から少しだけ手合わせしてもらえないか? ソラが太刀やブレードライフル以外の得物でどれだけ強いのか知りたいんだ」

 

 その瞬間、ソラが獰猛な笑みを浮かべたことにリィンは気がつかない。純粋な好奇心から生まれた勇気がソラから見ればどういうものであったかなど知るはずもない。

 だが、例えそうであってもソラが侮辱することはない。何処と無く師匠であるあの男に影響されたのか、ソラもまた勇気を持って挑み続ける者には敬意と洗礼を返したいと思う性質(タチ)なのだから。

 

「成程な。まあ、暇だったから別にいいぞ。少し気になることがあったから試すのも悪くねぇだろうしな」

 

「ああ、ありがとう。取り敢えず向こうd———」

 

「———場所なんか気にしてる暇は無いから安心しろ。死ぬ気で来いよ、リィン」

 

 直後、騎士剣から放たれたとは思えないほどに豪快かつ鮮烈な一撃がリィンを襲った。彼がそれを躱せたのは本能が危険を察知したからなのか、素早く太刀を抜きながらも、受けることはせずに地面に転がっていた。何とも情けない姿だったの間違いない。

 

 しかし、ここが命のやり取りをする場所であれば、彼は間違いない今ここで一度助かったのだ。

 

 何とか躱したリィンは急ぎソラから距離を取り、太刀をしっかりと握って動揺を露わにソラに問う。

 

「な、何をするんだ、ソラ! いきなり危ないじゃないか!」

 

「———お前は殺し合いの場でそんな腑抜けたこと抜かすのか? ンなこと抜かした奴ほど寿命は短いモンだ。先手必勝、奇襲や騙し討ちなんて当然だろう? 騎士道精神? 悪いが心底くだらない冗談は宣ってくれるなよ?」

 

 先程まで年相応の少年らしい声音だったソラのソレは、『石の守護者(ガーゴイル)』を圧倒していた時のように冷たく鋭い刃のようなものに感じた。間違いなくそれは戦う者のあるべき姿なのだろう。

 かつて一度だけ目にした()()姿()によく似ていた。

 

「ほら、来いよ。守りに徹してて勝てる戦いなんざ両手で数え切れる程度だ。この世界は平和ボケするには些か不穏すぎる。つーわけだ。お前も俺を殺す気で来い。俺もお前を殺す気で手合わせしてやる」

 

「そんなこと出来るはずが———」

 

「———甘ったれんなよ、ド三流。剣士ならそれぐらいの切り替え一つしてみせろよ」

 

 再び強烈な一撃がリィンを襲う。今度は躱すことが出来ず、マトモに太刀で防御する。防いだというよりは防がされたという行動だ。

 当然、衝撃を受け止め切れず吹き飛ばされ、無様に地面を転がされた。急ぎ立ち上がろうとするが、衝撃で両腕が痺れて重く感じた。

 

「ぐゥっ———」

 

「それ見たことか。切り替えが出来ねぇからンな醜態を晒す。お前は咄嗟の判断力と本能的な瞬間の対応は悪くない。だからこうやって()()生き残った。だが、忘れるなよ。今の一撃も最初の一撃も本気で()る一撃には遠く及ばねぇ。続けて二撃三撃と続かない訳がないのは明らかだ。分かったら立て。手合わせしてほしいんだろ?」

 

「……ぐっ」

 

 しかし、リィンの両腕は痺れて満足に動かない。太刀がそこにあるのに握ることが叶わないのは初めての経験だろう。それを見て呆れた口調でソラは告げる。

 

「衝撃を往なすことなく受けるからそうなる。お前は太刀を両手剣のようなつもりで使ってるのか? その武器にはその武器の持ち味がある。それを活かせない時点で三流だ。お前は甘いんだよ。甘くあれってのがテメェの師匠の教えか?」

 

「そんなはず———ないだろッ!」

 

 無理矢理にでも立ち上がろうと力を振り絞る。その想いの根源は偉大なる師への感謝と尊敬か。軽く煽るだけでこれだけ頑張ろうとする。自分は馬鹿にされてもいいが、師を馬鹿にさせはしないと息巻いているようにすら思える。ああ、素晴らしいとも。

 だが、それだけが全てではない。

 

 事実、師の教えが絶対だと信じた馬鹿は死ぬ。本来教えを乞うことは、自らがその後どうするかの前段階に過ぎない。例え師がとある流派の者でも、自分がその流派を修めた後、師の席を継ぐだけとは絶対に限らない。

 

 何故なら、戦場は刻一刻と変化していく。順応することなく、その場を制することなど有りはしない。砂漠や凍土、厳しい環境の中で体力を大きく消耗すれば致命的な隙となる。

 

 なら、どうするか?

 簡単だ。そこに環境に合った最善を以て、今以上のものを創り出す。最もその環境で戦い抜くに相応しいものを編み出すしかない。

 

 そういう意味ではリィンはまだまだ三流でしかない。斯く言う自分はどうなのだろうか。思考に過ぎりかけた雑念を即座に払って挑発を繰り返す。

 

「師を馬鹿にされて漸く本腰入れたか? 馬鹿かテメェ。本気になるのが遅いんだよ。ほら、さっさとかかってきやがれ」

 

 さて、続けるぞと声をかけ、ソラは騎士剣を握り直した。リィンもまた、両腕の痺れが取れてきたのか、太刀を握り直す。直後、当然ながら先手必勝とばかりに振るわれる一撃から身を守ろうと反射的に太刀で防御させられてしまう。また両腕が動かなくなる。

 

「またか。さっきも言ったが、防御するな往なせ。太刀はその形状的にも往なしやすいだろうが」

 

「……ぐっ……言われ、なくてもッ!」

 

 痺れが取れるまであとどれくらいだろうか。十秒? 二十秒? いや何秒でも何十秒でも変わらない。殺し合いでは一秒も隙があれば、それは死を表す。背中に追い縋る死神が嘲笑し、あっという間に命は失われる。

 

「テメェのためを思って言わせてもらうが、今の時点でテメェは数え切れないぐらい死んだ。何処に死に捕まったか。テメェにも分かるはずだ。まずは受けることではなく、往なすことによる衝撃の緩和、及び相手の態勢を崩して反撃する。テメェが最初にするべきことはそれだ」

 

 手合わせ開始から二十分ほど。リィンの腕が痺れる度に動きを止めて待つせいか、時間は思ったよりも過ぎていた。

 しかし、それだけの時間で、リィンに足りないものをソラは示す。見えてなかったものが見え始める彼に対して、ソラは内心では呆れていた。どうやら自分も色々と甘い。必要以上に人と関わることを避けてきた癖して気になれば手を伸ばす。気になったら手を伸ばすなど師匠に影響された以外に思いつかない。

 一方、その一言で何か誤解をしていたのを改めたのか、リィンが驚いたような顔をした後、強く太刀を握り締めた。

 

「さて———痺れは取れたか? 悪いが、次で終わりだ。俺もそろそろアルティナ起こしに行かなきゃならないんでな」

 

「……ああ、分かった。それなら最後に一撃入れてみせる。言われっぱなしじゃいられない」

 

「へぇ? 入れてみせるときたか。オモシレェ、やってみろよド三流。一撃入れたらこれからも手ェ貸してやるよ」

 

 散々やられっぱなしだったリィンの瞳には確かな闘気が宿っていた。いわゆる対抗心、というものとは違うのだろうが、それでも良い目をしているとは素直に思えた。かつての自分はこれほど純粋な目をすることができていただろうか。———いや、そんな訳はないか。

 

「八葉一刀流・弐の型———」

 

 リィンが選択したのはあの絶技———その一端。刀身が頭の上に来るように太刀を構え、腰を低く落とした。見覚えがある、どころでは済まない。よくもまあ、あんな絶技を思いつき、継承させられるモンだと苦笑する。どうやら師匠というのは大概バケモノらしい。———なら、それを継ぐ者もまた、バケモノの卵というべきか。

 

「———『疾風(はやて)』!」

 

 名高き《八葉一刀流》の型の中でも特に速さに特化した絶技。ソラがどれだけ速いのかは不明だが、これなら防御も回避もさせずに一撃を与えられると踏んだのだ。

 渾身の気合を込めて振り抜かれた一撃。その刀身は速度を誇るかのように瞬く間にソラの身体めがけて迫る。その一方でソラの様子からは避けようというつもりが全く感じられない。手を抜かれたのか、或いは先程まで見せていた動きと違うのが幸いしたのか。分からないが、しかし、意識無意識関係なく、リィンはこの瞬間「取った!」と確信する。

 

 そして、胸元寸前まで踏み込んで抜刀された一撃は躱すことさえ許さずに直撃した———はずだった。

 

「なっ……!?」

 

 その瞬間、目を疑う光景が浮かんでいた。その光景にリィンが驚愕するのも無理はない。———いや、彼でなくとも恐らく殆どの者達が驚愕しただろう。

 確実に直撃したはずの一撃。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ———より正確に言うとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それはまるで———

 

「———『鏡花水月』ってな。俺の十八番だ」

 

 がら空きだった後頭部にピタリと騎士剣の切っ先を向けて、リィンの背後にソラは立っていた。いつの間に背後を取られていたのか、という疑問は今は浮かばない。むしろ浮かんでいたのは先程の奇妙な現象だ。どういう訳であんなことが可能なのだろうかと。

 それを訊ねようと口を開いた瞬間、ソラが先に言葉を挟む。

 

「ちなみに種明かしはやらねぇぞ。言ったろ? 俺の十八番だって。十八番を真似されたら洒落にならねぇし、看破されても大問題だからな」

 

 ケラケラと笑いながら説明しない訳を答えて詮索するなと忠告した。直接口にした訳ではないが、察しの良いリィンならば分かるだろうと期待して。それに答えるように得物を鞘に納めながら、彼は降参の意思を見せた。続いてソラも騎士剣を納め———気付く。

 

「ん? ……あっ」

 

「どうかしたのか、ソラ?」

 

「いや、なんつーかなぁ……」

 

 やってしまったとばかりに顔を(しか)めるソラ。その理由は先程まで使っていた騎士剣にある。ティーカップを握り潰し怪我をしたという何とも情けない醜態を晒し、迫る〝実技テスト〟を、仕方なく買ってきたばかりの騎士剣でどうにか凌ごうと考えていた矢先、その騎士剣には亀裂が入っていた。

 どうやら何度も思いっきり振るっていたせいで寿命を異常な速度で擦り減らしていたらしい。折れるまで使うと考えて、普通に使って五回、全力で一回あるかないかだろうか。

 

「まぁなんとかなるか。流石にいきなりとんでもねぇモン仕掛けてくる訳……ありそうだなチクショウ。あーやっちまった」

 

「なんだか申し訳ないな……」

 

「別にお前のせいじゃねぇから気にするな。どうせアルティナと手合わせしたら、すぐに折れてただろうしな。やっぱりそこらで買える得物には期待できそうにないか」

 

「そんなに簡単に折れるものなのか……?」

 

 困惑するリィンはさておき、ソラはどうしようか考えようとするが、すぐさま考えるのをやめた。元々考えるのはアルティナの領分で、自分はただ戦うことが領分だからと自分自身に言い訳して。

 

「さて、そろそろ戻るか。お前も早いうちに戻ってこいよ。登校遅れねぇとは思うが、遅れたら遅れたであの教官煽ってくるからな?」

 

「そ、そうなのか?」

 

 また後でなーと手をひらひらと振って、ソラはその場を後にする。亀裂の入った騎士剣のことをアルティナにどうやって誤魔化すかと考えながら、先程から感じ始めていた胸の奥の痛みに手を置いて———()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

「さーて、それじゃあ第一回の〝実技テスト〟を始めるわよー」

 

 第一回に相応しい、雲一つない晴天の下。サラの軽快な声から〝実技テスト〟の開始が宣言される。士官学院のグラウンドに集められた総勢十一名のVII組メンバーは、大半が各々で気を引き締めた。

気を引き締めた様子が感じられないとすれば、一般人とは思えない動きを見せるフィー、ソラ、アルティナの三名。間違いなく彼らだけは〝実技テスト〟のことをそれほど本気には思ってはいない。今にも帰りたそうな顔をしていたその一名はそばにいるもう一名にまた足を踏まれていた。かなり痛いのか必死に抵抗しているが、全く意味を成していない光景に、一同は苦笑いを零す。

 

 さて、現在こうしてグラウンドに集まったのは前述の如く、特科クラスとしてのカリキュラムの一環である〝実技テスト〟によるものだ。特科クラスという新制度を創設したお偉いさんのことは置いておくとして、その新制度はある二点を除けば、他のクラスと何ら変わりはない。

 

 その一つが、〝実技テスト〟。こうしてグラウンドを舞台に、このクラスでしか果たせないテスト内容———恐らく、『ARUCS』を通して個としてではなく郡としての戦闘のテストを行うというものだろう。ただ単純に戦闘訓練をするならば、他のクラスでも可能だ。ギムナジウムもあるのだから腕は好きに磨ける。しかし、そうではないからこそ、特別カリキュラムに組み込まれているとしか考えにくい。

 

 そして、もう一つ。これにはソラは(おろ)か、アルティナも興味を示していた。もう一つの特別カリキュラムは〝特別演習〟。各々の班がトリスタを出て、この広大な帝都各地に赴き、現地にて出された課題に取り組むというものだ。想像できなくはないが、こういうものは百聞は一見に如かずというように体験することの方が理解しやすいだろう。そのため、全く気にしなくなったソラだが、アルティナに先日のメール内容を指摘された途端、気にするしかなくなった。赴いた矢先でバッタリ師匠に遭うことなどあってはならない。———主に胃に穴が空くからでしかないが。

 

 兎も角、以上二点が特科クラスVII組に課された特別カリキュラムというものだった。各々の難易度はどうであれ、ソラやアルティナにも他人事ではないのは確かだ。当然、今行われている〝実技テスト〟に関しては、テスト中に相棒が変更される場合もある。他人に合わせることなどあまりできないソラには大打撃だろう。普段の行いもアルティナに指摘されると痛いものだと実感しているがゆえに。

 

「はいはい、そこの二人は相変わらずね。そんじゃ、始めるわね〜♪」

 

 何とも言えない間の抜けた様子で開始を告げながら、サラは何かの合図に指を鳴らす。グラウンドに響く指鳴り。それに連動するように、突如として虚空からは浮遊する謎の物体が出現した。

 

『えっ!?』

 

『………………』

 

 目の前で起きた非現実的な現象に思わず驚愕の声を漏らす至って正常な反応の一同と、溜息を吐きたそうな様子で呆れた顔をする異常な二人。対象的な反応を示した二組に、サラもまた呆れた顔で二人を見ていた。

 

 そんなことを露知らず、ソラは突如として出現した謎の物体を見て、ある程度同情する。これは〝普通に〟生きていれば、ほぼ確実と言ってもいい程に知ることも出会うこともない代物だ。こんな摩訶不思議な謎の物体など、普通は関わりたいものではない。寧ろこれを知ると言うことは、大方巻き込まれていると言っても過言ではない。そういう意味では、この瞬間から彼らは晴れて巻き込まれた側になる。さぞ嬉しくない経験だが仕方ないだろう。

 

 それはさておき、この摩訶不思議な物体は一言で表すことはきっとできない。機械と呼ぶにはあまりにも滑らかに動く常識外れであり、かと言って生物と称するにはあまりにも無茶すら感じる定義外れ。ハッキリ言って異常の極みに違いない。長身の男子生徒———確かガイウスだったか———がポツリと呟いた「生命の息吹を感じない」という言葉はある種の的を射ていた。それには知っている側であるソラどころかアルティナも興味を持ったのか、あとで調べる対象にピックアップしていた。

 

 それからもう一度、浮遊する摩訶不思議な物体に目を向ける。カラーリングは紫、特筆する特徴はない姿形。ボディの横腹には、『Type-α』と刻まれている所を見ると型式番号だろうか。どうやら《クラウ=ソラス》のような専用戦術殻とは違った量産型なのかもしれない。本来なら、こういう目新しいものにはある程度興味が湧くはずだったが、ソラには些か不愉快そうに眺めていた。それに気がついたアルティナは念のために注意する。

 

(ソラさん、言いたいことは分かります。ですが、抑えてください。彼らは()()()()()です)

 

(……ああ、そうだな)

 

 脳裏に浮かぶのは、今に至るためには不可欠の過去。アレが無ければ、決して今には至らなかった。それは誰よりも分かっている。

 だが、それでも許せない。()()()()も、()()()()も。

 一頻りソレを睨みつけた後、思考を切り替えるために頭を横に振る。浮かんだ過去の光景も、抱いた殺意も一度()()()()

 少しずつ溢れようとしていた何か。その整理を終え、平常を装うまでに僅か数秒。視覚・聴覚から入る情報全てを無視している間に、話は次へと進んでいた。

 

 それは言わば、この〝実技テスト〟のルールのようなもの。教官であるサラが指名した複数人で小隊を組み、摩訶不思議な物体———〝戦術殻〟と戦闘する。ただそれだけ。

 だが、当然これだけのはずがない。複数人で小隊を組むということは、チームプレイこそ好まれる。一個人の戦闘能力など評価する訳がない。何しろ、ここは今でも士官学院だ。軍人ならば、団体行動を取って然るべきだ。

 つまり、『ARUCS』が齎す戦術リンク。これを駆使できるVII組の面々らしく敢然と戦い勝利せよ、ということだろう。士官学院“らしい”要望だが、それにソラは非常に面倒臭そうな顔をする。

 もしここで、アルティナ以外の誰かと組まされれば、恐らく———

 

(……また()()だろうな、確実に)

 

 〝特別オリエンテーリング〟での一件以来、アルティナ以外と戦術リンクを結ぶことは一つもなかった。

 ———いや、違う。本来、アルティナとなら戦術リンクすら()()()()()()()。そんなものに頼らなくても、全てを預けられると断言できるほどに。

 それほどまでの強固な信頼関係。互いにそう思っているかもしれないし、そう思っていないかもしれない。だが、疑うことこそ以ての外だから。

 

 その一方で、アルティナ以外と戦術リンクが結ばれかけたあの時。ソラは僅かに繋がった段階から拒絶した。繋がった最初は無意識に拒絶し、切れた直後に何かを閉ざした。

 戦術リンクは誰かと《心》を通わせ、繋ぐもの。手や声、目すら必要のない完璧な連携。当然、それは繋ぐことができてこその前提条件に成り立つが、比較的とても簡単なもの。

 しかし、それは()()()()()()()()()ソラにだけは———

 

 祈るような心境だったソラとは裏腹に、サラは無難にも最初に指名したのは、リィン、ガイウス、エリオットの三人だった。第一陣が呼ばれ終わった後に何処かホッとしつつも、次呼ばれないか警戒しながら、彼らの戦闘に目を向ける。

 《八葉一刀流》を朝の手合わせよりも使いこなしスピード重視、且つ往なしにも気を使い始めたリィンと、長槍をその体格を以て巧みに扱い、攻守ともに堅固な動きを見せるガイウス。他から見れば、目に行くのはその二人だろうが、後衛にて二人の援護をするエリオットもまた、アーツの発動タイミングには磨けば光るものがあった。確かにこのクラスは『ARUCS』との親和性が高い者から選ばれてはいるが、思わぬ副産物であったことは確かだろう。

 結果、危なげなく勝利を掴んだ彼らの戦闘は、お手本通りというべき良いスタートを切れたものだった。

 

 (さて、次はどうなるか。ここで呼び出されようものなら全く以て悲惨でしかねぇが)

 

 残るメンバーは、アリサ、ラウラ、ユーシス、マキアス、エマ、フィー、ソラ、アルティナの八名。予想できる分け方は半々といったところか。しかし、そうはならないだろう。何故なら———

 

(爆弾抱えてやがるからなぁ……あーメンドクセェ。俺が言えた義理じゃねぇが全く以てタチが悪い)

 

 ユーシスとマキアス。片や大貴族の次男、片や帝国知事の息子。立場が真逆で、水面下の争いでもしてそうな———実際争っている《貴族派》と《革新派》の構図を縮小したような関係だ。ソラとアルティナは後者に所属している身ではあるが、結果がどうなろうと心底どうでも良いのも確かだった。

 

 とはいえ、彼らと小隊を組むことになるのだけは避けておきたい。その願いが叶ったのか、或いは元から分けてあったのか、サラはソラとアルティナを除いて問答無用の全投入を指示する。その指示にホッとするソラとは裏腹に、マキアスは些か人数の分け方に不自然さを感じ疑問を述べたが、サラは素っ気なくそうした方がいいと返す。疑問を述べた本人も分かっていることだろうが、足手纏いになっているのはユーシスとマキアスの二人だ。ここで六人がかりでやらなければ、戦闘にすらならない可能性があったからだろう。

 

 実際、その戦闘はお世辞にも優秀と言えず、先程の三人に比べるにも値しない酷いものだった。予想通り、ユーシスとマキアスが足を引っ張り、連携が安定せず、その影響でエマはアーツの詠唱全てが支援に徹するしかなく、ラウラの放つ重い一撃が隙を作っても畳み掛けることが出来ずにいた。アリサの支援もあり、崩されないギリギリの均衡を保っていたが、動きを邪魔されすぎたことで苛立ったフィーが連携を自ら崩して、たった一人で片付けてしまうという結果に終わった。苛立つ理由は分かるし、そこにいたのが俺なら確実に無言で片付けてるだろうなとソラは微かに同情した。

 暗黙の前提条件である〝戦術リンクの活用〟というテーマで見れば、これは落第必至の赤点でしかない。その原因など明白だ。当人達も理解はしているが、自らに原因があるとは断固として認めず、責任の押し付け合いから一悶着が起きかけたところで、サラが言葉を挟んだ。

 

「はいはいそこ喧嘩しないの。取り敢えず君たちはこの結果を受け止めて深く反省するように。あとフィー、アンタ面倒になって一人で片付けたわね。戦術リンクをしっかり使いなさい」

 

「うっ……」

 

「フン」

 

「……めんどい」

 

 流石に教官に諌められたことで一度矛を収めた二人は大人しく列に戻る。ついでに注意されたフィーも反省の色はないのか、いつも通りの様子で他の女子勢と共に列に戻った。酷く疲弊しているのが窺え、ソラは同情しながらも自分とアルティナがそちら側では無かったことを素直に喜んでおく。

 

 さて。これで殆どのメンバーが〝実技テスト〟を終えた。残るは二人。ソラとアルティナだけだ。流石に戦術リンクの都合上、これ以上分けるはずがない。すでに戦闘を終えた者に鞭打つようなことはしないだろう。

 

「さてこれで最後ね。ソラ、アルティナ。アンタたちの出番よ」

 

「あーはいはいメンドクセェ」

 

「了解しました。ソラさん、分かっているとは思いますが、“戦術リンク”はちゃんと使ってください」

 

「分かってるっての。あとでお前に怒られるくらいならキチンとやってやるよ」

 

「普段の小テストもそうしてもらえ「メンドクセェ」あとでお話があります「ごめんなさい許してください」許しません」

 

「夫婦喧嘩はあとにしてくれない?」

 

『夫婦じゃねぇ(ではありません)』

 

 サラの軽口に少し過剰に反応しつつも、ソラとアルティナは互いに得物を構えて戦術殻の前に立つと、サラは何かをし忘れていたのか、すぐさま指を鳴らして合図する。すると、二人の前にもう一つ同じ形の戦術殻が姿を現した。言わずとも理由は分かるが、嫌がらせにしか感じない。それに関してはアルティナも同じ意見なのか、ホルダーから抜いた二丁拳銃を握り締める手にいつも以上の力が籠っている。どうやら腹が立っているらしい。本人はとことん否定するだろうが。

 

「アルティナ、援護頼む。アレ、()()()()から」

 

「分かりました。それでは、一つ忠告よろしいですか?」

 

「ん? どうした?」

 

「後頭部には気をつけてください」

 

「お前あとで覚えてろよ……」

 

 左手に騎士剣を握るソラと、二丁拳銃を構えるアルティナ。〝特別オリエンテーリング〟で想像以上の動きを見せた二人。その二人の連携が間近で見られることに興味を示す一同。あの時と違い、ソラはブレードライフルではなく騎士剣だが、それでもその実力に差はない。それを先んじて知ったリィンは特に興味を示していた。

 

「お手本にはできないけど、アンタたちもよーく見ておきなさい」

 

 お手本にはできない、その言葉に違和感を感じる一同。その一方で、サラは合図となる一言を述べた。

 

「これから見られる戦いが〝戦術リンク〟———その真髄よ」

 

 その一言と同時に、二体の戦術殻は行動を開始する。あちらも連携しているのか不明だが、動きに無駄がない。恐らく、最初の三人だったとしても二体同時を相手取るには些か分が悪いとすら思えるほどに。

 だが———

 

「ガラクタにしてやるよ、木偶人形」

 

「戦闘を開始します」

 

 呼吸を瞬時に整え、意識を完全に戦闘へと向け、何もかも全て互いに委ねて———二人は動き出した。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

 

 まず最初に起きたのは誰もが予想しないものだった。

 いきなりソラは騎士剣を強く握り、本来の用途では有り得ない構えをした後、正面に大きく薙ぎ払った。

 

 直後、引き起こされたのは周囲一帯を包み込む砂煙。本来出るはずのない衝撃波によってグラウンドの砂が巻き上げられ、視界が全て奪われる。あまりにも突然のことで、観戦していたリィン達どころかサラまでもが砂塵の中に巻き込まれ、二人の姿を目視できなくなった。

 

 目に砂が入ったり、呼吸しにくくなったりなどの影響を受け、混乱する中で砂塵の奥からは銃声と僅かに明るく光るマズルフラッシュ、続けて何かを斬り裂く刃物が薙ぐ音が聞こえ、それっきり何も聞こえなくなった。何が起こったのか全く理解できない。

 

 それから少しして漸く舞い上がった砂塵が止み、周りを見渡せるようになった頃には———

 

「ま、こんなもんか。視界に頼るから負けんだよ木偶人形」

 

「それに関しては同意見ですが、流石に砂塵を舞い上がらせるのは論外です。この後シャワーは確定ですね。アップルパイお願いします」

 

「え、いやいやいやいやちょっと待て。なんてすぐそうなるんだよおかしいだろ!? 前に言ったよな? 簡単に作れるもんじゃねぇって。お前は俺を過労死させたいのかッ!?」

 

「それ以上に砂塵を舞い上がらせる必要は無いと思いますが」

 

「……いや、それはまぁ……なんつーか」

 

「特に理由なく実行したみたいですね。一つお話が増えましたね、ソラさん」

 

「いやちょっと待って!? マジで悪かったから説教だけはやめてくれませんかね!? 俺最近ずっと怒られっぱなしなんだけど!」

 

「怒られるようなことをするからです。怒る必要がないのであれば、そんなことは一切しません」

 

「あーもう詰んだわチクショウ……」

 

 溜息を吐くアルティナと怒られているソラ。その側にボロ雑巾のように転がる二体の戦術殻が残っていた。うち一体は何故かボディの一部に深々とダガーが刺さっており、もう一体はボディに細かく弾痕が残っていた。あまりの光景に一同は驚愕する。一体あの一瞬に何があったんだろうと。

 

 すると、そこで第一声をあげたのは彼らではなく———

 

「アンタたちねぇ……見せる戦いにもなってないじゃない。真髄とかいったアタシが恥ずかしい思いしたわよ」

 

 頭を抱えたサラが二人に呆れたように声をかける。

 

「それに、いきなり砂塵舞い上がらせた上に再起不能にまで持っていくんじゃないわよ。修理できるのかアタシは全く知らないんだけど」

 

「別にこんな木偶人形、修理とかどうでも良いだろメンドクセェ。俺はコイツらが嫌いだ。だからぶっ壊した。ただそれだけだ。自分勝手だとは重々承知してる」

 

「私も似たような意見です。それで、テストとしてはどうでしょうか?」

 

「はぁ……アンタたちのテストに関しては無効よ。全く見えなかったから判定のしようがないわよ。あとで話があるから二人とも職員室に来なさい。シャワー浴びるくらいの時間はあげるわ」

 

「……ソラさん、お話また一つ増えましたね」

 

「バレスタイン、助けてくれ。多分俺これ以上は死ぬ」

 

「アンタしぶといんだから死なないわよ」

 

 チクショウと毒を吐きつつ、深々と刺さったダガーを引き抜き、腰のベルトに納める。しかし、その一方であれ程の砂塵を舞い上がらせた原因である騎士剣はと言えば———

 

「ま、よく()ったモンだ。つっても()()だな」

 

 あの衝撃波に耐え切れず、刃は粉々に砕けて鍔より下の握りを残すだけだった。見るも無惨な姿になるというのはある程度予想していたが、いざ目の当たりにすると、通常の武器ではどうにもならないのだと強く再確認する。

 そして、騎士剣が破壊された原因。これにはちゃんとした訳がある。同時にあの時、何が起こったのかにも通じる。実はあの薙ぎ払いのタイミングで、ソラが小さく「()()()()」と告げていたのだ。その言葉に従うように、正確には『言霊』が騎士剣の刃を不思議な光で包み込み、本来出るはずのない衝撃波として砂塵を舞い上がらせていたということになる。当然それに気がついた者はフィーとサラ、アルティナの三人しかいないだろう。もしかすれば、気がついているかもしれないが、それは何れ分かることだとソラは考えないことにした。

 

 

 

 今はただ、アルティナの説教からどうやって逃げ(おお)せるするかだけを考えることにして———

 

 

 

 

 

【4月 特別実習】

 

 

A班:リィン、アリサ、ラウラ、エリオット、ソラ、アルティナ

(実習地 交易地ケルディック)

 

B班:エマ、マキアス、ユーシス、フィー、ガイウス

(実習地 紡績町パルム)

 

 

 

 

 

 




さて、漸く次回から特別実習となります。
ヒャッハァーやっとケルディックだァ!(遅い)
いま、ケータイのキーボードを乱打しながら描いてるんですが、キーボードが追いつかなくなってきました。処理重いんですかね。
ともかく、続きを早く書けたらなぁと思います。あと《ゲーマー夫婦》、マジでそろそろ書かなきゃマズイ。せっかく皆さん楽しんでくれてますからね。やらなきゃマズイ(2回目)
あ、投稿遅れてたらtwitterの方に催促してもいいですよ。反応するかはさておいて。



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特別実習、始動


 皆さま、久しぶりです。
 ええ、ホントどれくらい開けてたんだコンチクショウ(自虐)
 閃の軌跡IIIおよびIVにて、アルティナの尊さ可愛さで熱を取り戻して戻って参りました。つってもあれですよ。ぶっちゃけた話をすりゃあ、リィンアル、或いはアルリィンが尊すぎて作品作り直した方がいいんじゃねぇの?と言われても仕方ねぇんですよね。真面目な話。
 まぁ、それを多少覚悟した上で再開します。
 気軽な感じで書いているので、皆さんも気軽に感想とかどうぞ。




 

 

 

 

 4月24日、〝特別実習〟当日。

 その日はいつも通りに訪れた。

 

 

「ソラさん、起きてください」

 

「……んー? どうしたアルティナ……まだ登校には早いだろ……?」

 

 第三学生寮の二階。ソラの部屋では日課の如く、いつもの攻防が行われていた。当事者は勿論、ソラとアルティナの二人であり、いつも起こしに来て貰っているソラのことだから起きられる訳がないだろうと踏んだアルティナがいつもより早く起こしに来ていた。

 そして、予想通りの展開が繰り広げられていた。

 

「昨日あれだけ注意したはずですが、もう忘れたのですか? 今日は学院ではなく、実習地での活動です。なので早起きするのは当たり前———」

 

「……あー、そうだっけ? まぁ、でもケルディックだろ? ンなもん走れば行ける距離じゃねぇかメンドクセェ……」

 

「馬鹿ですか。走って向かう方が面倒に決まってます。これは貴方が早く起きるだけで済む話ですよ」

 

「ンなこと言われてもなぁ……眠いモンは眠いんだよ。そもそも寝るのが遅くなったのは、お前にやらされた小テストの復習のせいだろうが」

 

 シーツを被りながら、ひたすら言い訳を続けるソラは、あろうことかアルティナに責任転嫁して言い逃れようとする。呆れ半分怒り半分といった複雑な表情———はたから見れば、殆どいつもと変わらない無表情だが、アルティナは即座に『ARUCS』を用意し、風属性アーツの『エアストライク』詠唱準備に入る。

 

「小テストの復習をする羽目になったのはソラさんのせいです。そもそもあんな点数さえ取らなければしませんでしたし。何をどう間違えたら、二割を切るんですか。普通はあんな点数取りませんよ」

 

「え、いやあれ普通じゃねぇの? お前やリィンとか、その他諸々アイツらが可笑しいだけだと思ってたんだが……」

 

「可笑しいのは貴方の方ですよ馬鹿ですか」

 

「お前ホント俺にだけはドストレートだよなチクショウ! マジで沈めてやろうかゴルァッ!」

 

「もう起きているじゃないですか。それなら今すぐ着替えてください」

 

「だが断る!「『エアストライク』」すみませんでした許してください」

 

 ベッドの上で手慣れた土下座を披露するソラ。流石に朝一番から『エアストライク』をぶつけられて目覚める朝を繰り返したくないが故だろう。そこに付け入るようにアルティナはソラが手放していたシーツを奪い取り、部屋の隅に投げる。一瞬で没収された後、シーツ無しに二度寝をするのもできるが、そうなると今度こそ『エアストライク』を容赦なくぶつけるだろう。溜息を吐きながら、仕方なくソラはベッドから離れ、クローゼットの中にしまってある紅い制服を取り出す。

 

「……えーっとアルティナさん? 俺今から着替えるんだけど……」

 

「気にしないでください」

 

「いや気にするだろッ!? いくら相棒でもンなモン学院ではただのクラスメイトだぞ!? また連れ込んでるとか前回の騒動でも後でクソ面倒極まりやがったのに、また繰り返す気か馬鹿野郎! マジでストレスマッハだったぞゴルァッ!」

 

「そう言って過去にソラさんが着替えるフリして脱走したことは忘れてませんよ。そのせいで何もかもが遅れた案件をここでも繰り返すつもりはありません。……まさかとは思いますが、忘れたなんて言いませんよね?」

 

「………………」

 

 ああ、もう詰んだわとソラは半ば賢者のように悟ると、大人しくアルティナの監視下で寝巻から学生服へと着替えることにする。一人の男としてかなり情けない姿であったが、積み上げた前科が物語っている。一つだけ叶うのならば、過去の自分を一発殴ってやりたいと心の底から思いながら———。

 後に、これも何故か学院内で広まり、ソラの精神がゴリゴリと削られ、またもや平穏から遠ざかることになるのだが、それはまた何処かで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ………何とか間に合ったのに代償が重すぎんだろ。いやもうマジで学院行きたくねぇわチクショウ。またバレスタインのせいで広まってそうで平穏見つからねぇんだけど……」

 

「サラ教官に関しては私もお話ししたいことが多いので構いませんが、元はと言えば、貴方が誰から見ても問題しか起こさない人だからというのもあります。ソラさんさえ厄介事を起こさないなら私も監視することもありませんが」

 

「それ俺に死ねって言ってるモンだぞ死合うなら受けて立つが」

 

「解釈が色々とおかしくないか?」

 

「それぐらい直せると思うんだけど……」

 

「右に同じだ」

 

「あはは……」

 

「いやマジで助けてA班一同。俺のプライバシーが息してねぇんだが」

 

 16歳の少年にとって、黒歴史になる一件をさらに一つ積み重ねた後、アルティナに連れられトリスタ駅へと着いたソラは、駆け込み乗車よろしくと言った具合に何とか乗車し、彼らと合流に成功した。あまりにギリギリだった為に笑い事で済まなくなる手前であったが、すでに何かしらの代償を受けた様子を見て誰も責めようとはしなかった。

 しかし、その反面、A班一同から助け舟が出されることなく、乗車早速日課の如くアルティナに言い負かされる。すでに誰しもが見慣れた光景となりつつあるこれは、内情を知らない周囲から見ても仲の良い光景に見えると思う。事実、確かに仲は良好だと言えるだろう。尤も、常に尻に敷かれている状況であることには変わりないが。

 

「ん? そういや、お前ら仲直りしたのか。いやまぁ、長期間に渡ってそのままってのは考えられなかったが、存外時間かかったな。三週間も落ち込んでるリィンの姿は見物(みもの)だったわメシウマ」

 

「どういう意味かは知らないが、傷を抉りながら煽られてることは分かったから一発殴っていいか?」

 

「メシウマですか分かりました。では今度はリィンさんがメシウマと思えるよう、ソラさんがそういう目に遭いまs「いやホントごめんなさい許してくださいマジでこれ以上はやめてください」チョロいですね「ンだとゴルァッ!」乗車されている皆さんに迷惑なので静かにしてもらえますか」

 

 いつも通りの毒舌を吐き、すぐさま怒るソラを鎮圧すると、アルティナはケルディックに着くまでの時間に何をしようかと数秒考えた後、とあるルートから事前に買っておいた『クロスベルタイムズ』を読み始めた。

 

「………………」

 

「読んでるところ悪いんだが、それって……」

 

「ええ、『クロスベルタイムズ』です。向こうの情勢や出来事は知っておきたいので」

 

「そう……なのか? ちなみに何が載っていたんだ?」

 

「自治州創立記念祭に関することが多数と言ったところです。他は治安、経済など、その辺りでしょうか」

 

 一枚ずつ内容をしっかりと確認するように読み進めていくアルティナ。本人は普通に読んでいるつもりなのだろうが、大きな一面に対して読み進める速度が速い。隣で読み進めている者がいたとしても、半分読み終えるまでに次に進んでいる程だ。尤も、隣に座っているソラは鎮圧された影響で放心状態ではあるが。

 

(クロスベルでは何かが動いているとは思いましたが、少しずつ動きが見えてきましたね。先月のマクダエル市長暗殺未遂ではより顕著に動きがありましたし、近々向こうでも何かあると考えても———)

 

「ねえ、アルティナ」

 

「どうかしましたか、アリサさん」

 

「貴女、さっきもそうだけど、何か考え事でもあるの? 例えば、クロスベルに知り合いがいるとか……」

 

「いえ、特に考え事という訳ではありません。知り合いが向こうにいますが、気にしなくて大丈夫でしょう」

 

「貴女がそう言うなら大丈夫そうね……」

 

「〝アレ〟を見せられた後だからね……」

 

「砂煙で何があったか見えていなかったのが惜しいほどだな」

 

 アリサ、エリオット、ラウラがそれぞれ先日の〝実技テスト〟の光景を思い返す。結局サラが言っていた〝戦術リンク〟の真髄とやらはハッキリしなかったが、砂煙の中で僅かに見えたマズルフラッシュ。あの時点で勝負がついていた可能性が高いと考えれば、彼女の実力は彼らには想像し得ない所にあるのかもしれない。当然、彼の実力も———

 

「いつまで放心しているつもりですか」

 

(いだ)ッ!? アルティナ、テメェ何しやがる! 鳩尾入ったろうが馬鹿野郎!」

 

「ケルディックに着くまで放心してしまいそうだから起こしただけですよ。それとも放っておいた方が良かったですか? 以前、予想を超えて放心し続けて終点駅まで運ばれたことは忘れてませんよ」

 

「あー、いや、うん。まぁそこは助かった。他に起こし方あるとは思うがな」

 

 恐らくアルティナに匹敵すると思うのだが、こうも情けない姿を見せられていると本当にそうなのか分からなくなる。とはいえ、刃物を中々通さなかった〝戦術殻〟のボディに小さな刃物であるダガーを深々と突き立てた技量は間違いなく実力から来るものだ。時折見せる超常的な光景もその実力の一つと考えていいだろう。

 しかし当然、気になることは多い。訊ねることはできるだろうが、はぐらかされる可能性が高いのも事実。リィンを筆頭に二人に関する疑問が浮かび上がる中、ソラは欠伸を噛み殺しながらアルティナに訊ねた。

 

「そういや、アルティナ。ケルディックって何処の管轄地域だ?」

 

「クロイツェン領邦軍なので、『翡翠の公都』バリアハート領主 ヘルムート・アルバレア公爵かと」

 

「あーあのジジイか。ぜってぇ何かあるだろメンドクセェ」

 

「ソラさん自重してください。今は学生だと言うことを忘れないで貰えますか」

 

「学生……なぁ…………。はぁ……メンドクセェ」

 

(………………え?)

 

 二人を除くリィン達の顔が拍子抜けたものへと変わり、何回か先程の会話を脳内で繰り返しながら納得させようと努力する。何度も何度も、実は聞き間違えではないのかと考えてしっかりと。

 しかし、残念かな。今聞こえた言葉がどうやら聞き間違いではないと知ると、驚愕の色を見せる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! ソラ、今……!?」

 

「ん? なんか可笑しいこと言ったか?」

 

「あ、貴方、さっき《四大名門》の一人を……」

 

「ジジイって……」

 

「そなた、流石に不敬だろう」

 

「やはり気がつきましたか。ソラさん、向こうではその発言は控えてもらいます」

 

「誰が誰をどう呼ぼうが勝手だr「分 か り ま し た か ?」ハイ、ワカリマシタゴメンナサイユルシテクダサイ」

 

 曲がりなりにも《四大名門》の大貴族を侮辱する発言には、一同が僅かでも過剰反応するに至ったが、この状況に慣れているのだろうアルティナが一喝することでソラは反省の様子を見せる。すでに問題児という面が見え始めている彼がこうも大人しく努めようとしているのは、もしかすると彼女が目を光らせているのではないかとリィン達の思考が巡る。

 一方、もはや恒例なのだろうか、アルティナは小さく溜息を吐きながら『クロスベルタイムズ』を読み進めていく。まるで注意した分の時間を取り戻すかのように一枚二枚を次々と読み進めていく。それから数分も経たずに読み終えた。速読力もかなり長けている様子が拝見できたところから、二人の前歴がいったい何なのかと彼らは疑問を浮かばせるが、当人はそれ以降『クロスベルタイムズ』を軽く折り畳んで仕舞うと、何か考え始めていた。

 

 そんな彼女とは違い、毎度のように叱られたソラは若干不貞腐れ気味で外を眺めるが、自分自身柄にもないことをしていると分かった途端、暫くボーッとしてから腕を組んで目を閉じる。反応らしい反応が無くなったと思っているとスヤスヤと寝息を立てて眠りこけていた。

 

『寝るの早っ!?』

 

 リィン達が声を上げて驚くと、その声が大きかったのかソラは不機嫌そうに唸り声にも似た寝言を立てる。それに気がつき静かにすると、またスヤスヤと寝息を立てた。

 

「なんだか俺達、二人に振り回されてないか……?」

 

「そうね、アルティナは兎も角、ソラには一言言ってやりたいくらいなんだけどね……。でも、なんというか……」

 

「うむ、私も鍛錬に付き合ってほしいと何度か頼んだのだが、のらりくらりと躱されているのだ」

 

「掴み所がない……って訳じゃなさそうだよね。

 もしかしたら、本当によく眠れてないのかな……」

 

『いや、それは無い(な)(わね)』

 

 毎日遅刻ギリギリまで寝て登校する挙句、授業中の八割以上を寝て過ごしているような奴が寝不足な訳がないと彼らは断言する。

 だが、それはあくまで〝授業がある場合は〟であり、今日はその授業も無いにしても、ソラがまたアルティナから夜中に補修を受けていたこともあり、本当のところは睡眠時間がほとんど無かったのだが、それを彼らは知る由もない。

 

「……さて———ケルディックについて説明は必要ですか?」

 

 先程まで一人考え事をしていたアルティナが、話題とは言えないものの話のネタになるものを振る。

 

「アルティナはそういうことに詳しいのか?」

 

「ええ、以前まで活動範囲の一つでしたから。土地勘もあります。———ソラさんが全く覚えないので」

 

「あはは……」

 

 語尾を強めて告げるアルティナに、苦笑するエリオット。今はスヤスヤ寝ることができているソラだが、後々酷い目に遭いそうだなと全員が確信する。

 

「ケルディックは、古来より交易が盛んな地として栄えてきた帝国内でも有名な交易地です。属しているのは帝国東部クロイツェン州———先程も述べましたが、管轄者は《四大名門》の一つであるアルバレア家。ユーシスさんのお家ですね。近郊に広がる肥沃な大地と温暖な気候も相まって農作物が豊かであることから、それらが直接卸される事により商売が盛んとなった歴史もあります。

 とはいえ、現在ではそちらの歴史よりも重要視されているのが、各大都市との中継地点となっていることです。帝都ヘイムダルと東部の大都市バリアハート、国外を含めれば、貿易都市であるクロスベルとの直行便もありますから。この時点でケルディックには産業的価値の高さも窺えますし————」

 

「ごめんちょっと待ってくれアルティナ。饒舌に語ってくれているところ悪いんだけど、もう少し簡潔に教えてくれないか?」

 

「……そうですか。こちらとしてもすみません。皆さんが聞き入ってくれていると思ったので、少し熱が入りました。普段はソラさんとしかこういう会話はしませんし、当の本人は右から左へと聞き流していることが多いですから」

 

『ああ……大変そう』

 

 前歴がなんだったのかは分からないが、それでもアルティナが苦労させられていることだけはハッキリと分かると、皆が一斉に眠っているソラの方へと視線を注ぐ。苦労人の少女には同情を、迷惑をかける人には溜息を。すでに打ち解け始めている一同と、綺麗に放逐された一人の絵面が何とも言えない残念さを引き出していた。

 少しだけでもこっそりとストレスを吐き終えたところで、こほん、と咳払いをし、アルティナは先程とは違って簡略化した説明を口にする。

 

「ケルディックはその土地の都合上、近郊の大都市やクロスベルとの交易もあるため、輸入品などの珍しい品々もよく手に入る場所として知られています。そういう品々は一年中開催されている『大市』にて、店頭に並べられています。……そうですね、あまり帝国では知られていませんが、『みっしぃ』もその例ですね」

 

「『みっしぃ』………?」

 

 聞き慣れない名前に戸惑うアリサに、アルティナは逐一説明を付け加える。

 

「『みっしぃ』というのは、先程述べた貿易都市クロスベル自治州にある保養地ミシュラムのご当地キャラのことです。猫をモチーフとした白と灰色のハチワレ柄のウザ可愛いデザインとして愛されていますね。残念ながら現物は持ち合わせていないので見せることは出来ませんが、恐らく『大市』にあるのではないかと思います」

 

「へぇ。アルティナはそういうのにも詳しいんだな」

 

「クロスベルも以前立ち寄ったことがありますから。いずれまた訪れたいと思っています」

 

 話が逸れてしまいましたね、と即座に軌道修正するや否や、アルティナは残っていた説明をし終えることにする。

 

「ケルディックにおいて、先程説明した『大市』は観光名所の一つでもあることや、まぁ私達には関係ありませんが、地ビールが美味しいという評判もあるそうです」

 

「そうよ〜、あそこはライ麦から造られた地ビールが有名なのよね。ま、アルティナの言う通り、アンタ達は飲んじゃダメよ」

 

 聞き覚えのある声が通路側から聞こえ、今なお眠っているソラ以外の全員がそちらを振り向く。赤紫色(ワインレッド)の髪と、一見呑気そうな為人(ひととなり)。間違いない———サラ・バレスタイン教官だった。

 

「サ、サラ教官!?」

 

「ど、どうしてここにいるんですか!?」

 

 記憶が正しければ彼女は確か同行しないと言っていたはずだが……と思い出す彼らに、アルティナは呆れた様子で核心を突く。

 

「大方最初の実習なので、説明役ということでしょう。流石に初見で説明もなく実践させる訳ではありませんでしたか」

 

「ま、そんなとこよ。宿にチェックインするまでは君達の様子を見てあげるわ」

 

 その言葉から抱えていた不安が少しでも解消されたのは言うまでもないだろう。見知った土地ならまだしも、あまり見知らぬ土地に放り込まれて頑張れなどと言われても何をすればいいのやらといった思いだろう。そもそも、〝特別実習〟の根幹が未だあやふやという者も多いはずだ。当然の措置と考えるべきだろう。

 とはいえ———

 

「あの、俺達よりもB班の方に行った方がいいんじゃ……」

 

 一同を代表するように口を開いたリィンが発したのは、自分達の心配ではなく、向こうの班のこと。未だ入学して一ヶ月も経っていない間柄だが、すでに険悪ムードが立ち込めている者がいることをすぐに思い出していた。実習先で学院内のような喧嘩はないようにするだろうが、それも果たして杞憂に終わってくれるか分かったものではない。最低限の結束力もあったものじゃないと、恐らく今現在においてB班に属することになったメンバーも思っているに違いない。手遅れになる前に教官である彼女が向かうべきなのではないかと示唆するリィンだったが、彼に返された答えは酷くあっさりとしていた。

 

「えー、だってどう考えてもメンドクサそうだしー。あの二人が険悪になりすぎてどうしようもなくなったらフォローには行くつもりだけど♡」

 

『………………』

 

 悪怯れることなく言ってみせた姿は最早清々しいほどだが、彼女の言動からして険悪になると分かっていてあの班分けにしたことが明らかとなっていた。要するに確信犯である。これには、アリサを筆頭に呆れた様子を隠しもしなくなる。特にその様子が顕著だったのは、アルティナだった。溜息をこれ見よがしと吐いた後、躊躇うことなくしれっと言い切る。

 

「ソラさんと同類ですね」

 

「ちょ、なんでアイツと一緒にしてんのよ!?」

 

「いや、今の言動が完全に……」

 

「そうよね……似ているわよね」

 

 メシウマなどと煽られた被害者リィンに続くようにアリサが納得し、エリオットは苦笑いをしながら、ラウラもそれに頷いた。ここ数週間共に過ごしてきただけではあるが、確かに二人は似通った点がいくつかあった。見た目からも全く似ていないはずだが、何かと面倒臭がったり、のらりくらりと躱す辺りは似ていると思えた。

 ふと、彼女が教官になる前歴があったりするのではないかと思考が巡りかける————ところで、眠りこけていたソラが、大きな欠伸を掻きながら目を覚ました。

 

「ふぁ〜………ん? なんでバレスタインがいるんだよ。コイツ確か同行しねぇとか言ってなかったか?」

 

「どうやら説明役として同行したようです」

 

「ふ〜ん? なんだ、うちの師匠よりマトモだったのか」

 

「アンタの師匠のことは詳しく知らないけど、今アタシがおかしな奴みたいなレッテル貼ろうとしてなかった!?」

 

「さらっと教官のことをコイツ呼ばわりしたことはスルーしていいのか……?」

 

 これまでの言動からこの三人が知り合いなのだろうかという推測は立っていたが、例えそれでも教官と生徒の関係柄をぶち壊すようなやり取りにリィンは困惑気味に呟く。どうやらこの気持ちは他の者達も同様らしく、皆揃って何とも言えない顔をしたのち、当人達がスルーを決め込む様子を見て、一度忘れておくことにした。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

 それから導力列車に揺られ続ける間は賑やかなものだった。突然サラが徹夜明けで眠いと告げて別席で居眠りを決め込んだことを除けば、それこそ遠足を楽しみにしている子供のようなはしゃぎっぷりが多少あったことだろう。その理由となったのが、リィンが〝ブレード〟というカードゲームを持ち込んだことにある。いったい何処から手に入れたのかは皆目見当がつかなかったが、一同はそれを使った遊戯へと興じていた。中でも一番勝利を掴んでいたのは———というより、一度として敗北を刻まなかったのはアルティナだ。どうして一人勝ちになってしまったのかと言えば、それは明らかだった。彼女の表情は変化が乏しく、そのせいか顔を見て様子を探ると言った手が使えなかったのだ。それこそ正面切って殴り合えたのはソラくらいのもので、曰く「お前らの思っている以上にアイツは感情豊かだぞ?」とのことだが、それは付き合いの長さから来るものだろう。現時点では、リィン達にはどうすることも出来ないのは言うまでもなく、漸くケルディックに着いた時には、それはそれは見事な敗者の山が積み上がっていたという。

 

「………あークッソ、マジで最後の最後で負けるの何とかならねぇかなぁ。つーか、マジでミラー何枚持ってんだアルティナテメェ」

 

「自然と手札に入ってました。イカサマはしてませんよ」

 

「だよなぁ……ンな訳ねぇよな、レクターじゃあるまいし」

 

 ケルディックに着いた後も、ソラとアルティナの会話は先程のブレードに関するものだった。あまりにも惜しい試合が何度かあったのはリィン達もよく覚えているし、互いにカードの切り方が絶妙だったことや上手いタイミングで切り返されたこともあって、何となく二人が日頃から勝負をしていることがよく分かるものばかりだった。とはいえ、現地に着いてなお、その話を引き摺るのもどうかと思われた。当然サラから注意が入るが、二人はさして気にすることなかった。

 

 そうして、全員の意識が今度こそケルディックに向く。

 

「へぇ、ここがケルディックかぁ」

 

「のんびりした雰囲気だけど、結構人通りが多いんだな」

 

「あちらの方にある大市目当ての客だろう」

 

「外国からの観光客や買い物客が多いのも理由でしょう」

 

「なるほど、帝都とは違った客層が訪れているのね」

 

「ま、あんま変わってねぇ様子で一先ず安心した。これで何か問題起きてやがったら、それこそ間が悪いとしか言いようがねぇしな」

 

 何やら物騒なことを言っているソラはさておき、先頭を突き進んでいたサラがこちらに振り返る。

 

「さてと、それじゃあ早速、今日の宿を案内してあげるわ。

 ———と言ってもすぐそこなんだけど」

 

 説明役らしい姿を見せる彼女の後を、リィンを先頭に一同は付いていく。その前歴を知っている者からすれば、教官という仕事をちゃんとしている姿に感涙を覚える輩もいなくはないだろう。現にソラは、感涙とはいかなくとも不思議なものを見るような目で彼女を見ていた。小さな声で「ちゃんと教官やってんのかアイツ……」と呟いているほどにだ。それをアルティナは咎めることなく、「ソラさんもきちんと生徒らしくしてくれませんか?」と別方面からちくりと刺した。

 

 相変わらず反省する様子も見せないソラだったが、ふと周囲に意識を傾ける。()()()()()()()()———

 

「——————」

 

「ソラさん、()()()()()()()()()()()

 

「……分かってるっての。下手に突くとまたアホほど絡まれるのが想像に難くねぇしな」

 

 酷く覚えのある気配を感じ取ったソラとアルティナが密かに言葉を交わす。それが誰の気配であるか、それを断定した上で交わされた会話は、かつての経験を思い出してすぐさま終息していく。脳裏に浮かんだ男の姿が、別段嫌いではないが面倒臭い分類の人物であるが故の判断だったが、その選択は間違ってなかったのだろう。目的の宿に着く前にその気配は何処かへ消えていた。———が、今度は逆に、今夜泊まる予定の宿の中から、別の気配を感じ取った。これまた覚えがあると互いに顔を見合わせたソラとアルティナは、()()()()()()()()相手がここを訪れていることを確認し、僅かながらも安堵する。

 

 そうして、宿の扉が開かれ———目に飛び込んできた光景を見て、〝ああ、やっぱり貴女か〟と呆れた様子でその名を呼んだ。

 

 

 

 

 

「まーた、在庫潰しやってるんですか、シュヴィさん」

 

 

 

 

 

 






 次回、最後に出てきたシュヴィさんについての言及や軽い導入をする予定です。以前からご愛読してくださっていた方々は、これからも何卒よろしくお願いします。

 ちなみにシュヴィといっても、涙を誘う《機凱種》の彼女ではありません。由来も含めて、後々明かしていこうと思います。



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