バグ・クラネルの英雄譚 (楯樰)
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ベル・クラネルがバグるまで

タグに地雷要素を沢山付けてハードルを下げることで、高評価が貰いやすいと言う話を何所かで聞いた。
これで完璧。


 ―――ベル・クラネルの祖父が亡くなった。

 

 その悲報はベルの元に届き、唯一の家族を失う悲しみをもたらした。

 

 谷の奥深いところへ落ちていったとの話だった。

 

 物心つく前から両親の顔を知らないベルにとって、彼は祖父であり父でもあり、そして何よりも目標であり英雄だった。

 

 ベルに漢というモノを教えてくれた人だった。見せてくれた人だった。聞かせてくれた人だった。その背中に憧れを抱いた。悲しんだし、涙も止まらなかった。

 

 でも悲しいからと言ってウジウジとしては居られない。こんな姿は見せられない。

 

 ―――そうだ、オラリオに行こう。

 

 そう決意したベルが、昔祖父が書いて読み聞かせてくれた英雄譚を引っ張り出して、持っていこうと思ったのは普通のことだ。

 

 例え網膜に、脳裏に焼き付いている物語でも、祖父の遺品だ。その一頁一頁にいろいろな思い出が詰まっている。持っていかないわけが無い。

 

 家にあったそれらをかき集めつつ、中身を確認する作業を並行してやっていく。何冊か足りないことに気がつき、家中ひっくり返して探して残りを見つけた。食器棚の上に箱に詰めて入れてある。

 

 

 

 少し手が届かない位置にあるそれを、椅子を近くまで持ってきて踏み台にして手を伸ばす。

 

 

 

 ―――寿命だったのだろう。

 

 

 

 椅子の足が折れ、箱を手にしたベルの体は気持ちの悪い一瞬の浮遊感を感じて崩れ落ちる。

 

 手に持った箱はそれなりに重く。

 

 顔面へ落ちてきたそれと、床との間に挟まれてベルは頭を打って気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

「―――思い出した」

 

 気絶から目覚めたベルが感じたそれは、まさしく思い出したという感覚。忘れていた大事なことを思い出したときのリセットされた感覚。

 

 何か忘れているという強迫観念のようなもどかしさを、物心ついたときから感じていた。それがすっきり、さっぱり解決していた。

 

 そして思い出した知識はまるで知らないはずのモノばかり。ありとあらゆる概念が、間欠泉のように湧いて出る。

 

『ビル』という建造物。それが乱立する『都会』。一瞬で町と町をつなぐ『電車』。『自動車』という人が動かす乗り物。まるで魔法のような、でも魔法を使わない『電化製品』。

 

 それはまるで異世界の景色。

 

 絵本ではなく紙芝居でもない『漫画』という読み物。まるで生きているかのように絵が動く『アニメ』。まるで自分が物語の主人公のようになれる『ゲーム』。

 

 そして何よりも、様々な媒体で描かれる「物語」は、今まで読んで聞かされた物語よりも鮮烈にベルの心臓に抑揚を呼び起こさせる。

 

「―――かっっっこいい!!」

 

 語彙の少なさをベルはもどかしく思う。

 

 数多の名言を生み出していく主人公達。主人公に負けない濃いキャラクター達。こんな物語は知らなかった。こんなヒーロー達を―――英雄達を知らなかった。

 

 少しでも彼らに近づきたい。少しでも彼らを追いかけたい。

 

 思い出した記憶とも言うべき知識で、この感情、この想いが中二病という一過性の病気なのだと理解した。

 

 だがそれでも構わない。こんな鮮烈な物語にあこがれない奴は男ですらないとまで今、思っている。

 

「常にイメージするのは最強の自分、か―――くぅぅぅ………!!」

 

 ある物語の英雄に至った未来の主人公が、凡人でしかなかった過去の自分に語った、己の強さの秘訣。

 

 純粋なまま汚れを知らないベル・クラネルにとって、この言葉は劇薬だった。原初の英雄願望は容易く塗り替えられる。

 

「まずは身体を鍛えなきゃ、だよね。オラリオに行くよりも」

 

 

 

 オラリオに行くのはもう少し先延ばしにしようと、あっさりと決意を翻した。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

 ベルが異世界の知識というべきものを手に入れて、初めの一ヶ月。身体を鍛えようと志してまず、腕立て伏せ、上体起こし、スクワットという三つの筋肉トレーニングを100回ずつした後、10(キルロ)くらいを走り込む。これを毎日欠かさずすることにした。勿論、毎日三食きちんと食べることは忘れない。

 

 これをした趣味:ヒーローの主人公(ヒーロー)は英雄と言って遜色ない力を手に入れている。

 

 その鍛錬にエアコンを使わない、というのもあるようだが、そもそも無いので問題はない。

 

 禿げないことを祈るばかりだが、圧倒的な強さが手に入るなら、髪の毛ぐらいどうってことは無い。というか、全て(髪の毛)を救ってこそ真の英雄だ。………常にイメージするのは最強の自分であり、その最強の自分に髪の毛はある。

 

 そのトレーニングは苦行といえた。

 

 一日目はなんとかできた。二日目も苦しかったが何とかできた。三日目も頑張った。四日目で一食抜きそうになった。五日目で止めそうになったが、やりきった。六日目、全身をひどい筋肉痛が襲ったがやりきる。七日目で血反吐が出そうだった。八日目に嘔吐した。九日目、ひどい便秘に襲われた………。

 

 そうして一ヶ月続けて習慣化した。心なしか筋肉が付いたように感じる。地面に軽くパンチすれば、大きな音を立てて凹んだ。

 

「………ベルよ、君のお爺様のことは残念じゃった。だが、そろそろ―――」

 

「はぁ、なるほど」

 

 どうやら村に収める税金を、今まで祖父が自分の分まで払ってくれていたようだ。取り立てに村長がやってきたことで判明した。「オラリオに行きたいんじゃなかったか?」と払わなくても良いという選択肢を用意してくれたが、それは不義理だ。

 

 あの英雄なら何というだろうか。

 

 そう考えてどうにかしてお金を稼ぎ、村長に払うと決めた。

 

 村の外はモンスターが居る。偶に農作物を荒したり、村の人が襲われている。困っている人がいる。

 

 ―――なら、予行演習だ。オラリオに行けばダンジョンに潜ることになる。ダンジョンには、村の付近で見かけるゴブリン以外にも、もっと沢山のモンスターが居ることだろう。

 

「気にしなくてもいいんだがなぁ………。本当に、オラリオ、行っても良いんじゃよ?」

 

「お願いします、自警団に入れてください!」

 

「いや、ホント。マジで行ってもいいんじゃって」

 

「お願いします、自警団に!」

 

 かつて死の恐怖を与えられたというのに今はその恐怖を感じない。

 

 より具体的には、

 

 ゴブリンは皆殺しだヒャッハー!

 

 と、そんな具合に昂っていた。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

「ふぅ。こんなものかな」

 

 いつも通り、筋トレついでに小鬼を殴る蹴る。血飛沫とクレーターが出来た。時折、拾った木の棒を加工した木刀で首を、四肢を切り裂く。一振りで三度斬るという燕返し。絶対に防げないという三段突き。知識にある技をゴブリン相手に繰り出していく。

 

 大体知識にある通り行えたのに満足したが、木刀が三段突きに耐え切れず木端微塵に破砕する。初めの内こそ返り血を浴びていたが、今ではもう返り血一滴浴びていない。

 

 既にあの時見た祖父の背中は超えた。今日あたりでこの近辺にいたゴブリンはあらかた皆殺しにした。

 

 無理矢理にでも自警団に入り、農作業の時期には手伝いもしつつ。「ゴブリン殺すべし、慈悲はない」といった具合で村の安全に貢献してきた。

 

 お給金も貰い、なんとかその月々の支払いは滞りなく行えている。

 

 

 

 既に祖父が亡くなって季節は廻り、十ヶ月が経とうとしていた。

 

 この十ヶ月のうちに魔法が出ないか試してみたりしたが、残念ながら使えなかった。鍛錬が足りないのかと思い、より一層トレーニングに力をいれるも、ベルの思う魔法というべきものはやはり使えない。

 

 モンスター相手に傷一つ負わない体になって、拳一つで小山が消し飛ぶくらいにはなったが、彼のヒーローが言っていたように、これではつまらない。例え英雄譚に出てくる魔法のような一撃であっても、所詮パンチはパンチだ。

 

 魔法を諦めることなんてできなかった。剣術の先にあった三段突き、燕返しという事象飽和、多次元屈折現象が魔法の一端だと知り、出来るようにはなったがやはり違う。求めているものはこれではない。

 

 魔法とは何か。どこかの誰かは語った。

 

 曰く、万能。曰く、奇跡。曰く、ビーム。

 

 理屈はわからないが斬撃は飛ぶし、多次元屈折現象、事象飽和を同時に引き起こせるようになった。拳にのせることも出来る。だが、万能ではない。これで誰かは救えない。非殺傷設定なんてできやしない。

 

 魔法は魔法であるべきだと、神でも首を傾げるようなことを考えている。

 

 迷走しながらも村には貢献してきたつもりだ。しかし村の人間からは、兎みたいな外見をしていることや、モンスターたちを容赦なく首切りをする様子から『首切りバニー』だとか、『マーダーラビット』なんて呼ばれて畏怖されてしまっている。

 

「………うーん。もう、狩りつくしちゃったかな」

 

 仲の良いお兄さんが、夜更かしする自分への脅し文句である怖い兎だと言う事を村の子ども達はまだ知らない。

 

 しかし英雄とは得てしてそんなものだとベルは達観している。時に好かれ、時に嫌われるモノ。だから、これでいいのだ。

 

「ベルよ。ちょっといいか」

 

「あ、村長」

 

 話があると村長は言った。

 

 

 

 話というのは祖父が死ぬ前に自分に託した言葉があるという話だった。曰く、『―――もし儂が死んだらお前はオラリオに行け』とのこと。

 

「実はな、元々税何ぞ貰っていなかった。お前をオラリオに送るための方便だったんじゃ。もしも何かあればと、お前のお爺様からの遺言でな。………流石に、いい加減出ていってもらわねば困る。大恩のある、お前のお爺様に申し訳がない」

 

「はあ」

 

「これは今までお前から貰っていたお金、その全てじゃ」

 

「………毎月5万ヴァリスは流石におかしいなと思ってました」

 

「すまん。じゃがお前から貰っていたモノに手は付けていない。きっちり、ここに50万ヴァリスある。―――頑張って来い。お前の家はちゃんと見ておいてやるから」

 

「そうですか。そこまでしていただいたなら、行かないわけにはいきませんよ。―――行ってきます、村長」

 

 元々、オラリオには行くつもりだった。しかし生まれ育ったこの村で己を鍛える、というのは思いのほか快適で、中々出立しようと思えなかったのだ。

 

 毎日10Kのランニングをしても元気だなと思われるだけで済むのだから。

 

 丁度いいタイミングだった、と村長に感謝しつつ、家に戻る。必要最低限の荷物と、村長に貰った50万ヴァリスと貯金していた約30万ヴァリスを持って、村から出る。振り返って万感の思いを込めてお辞儀した。

 

 

 

「オラリオまで何日かかるかなー」

 

 オラリオへの道は叩き込んである。暢気にそんなことを言いながら走り出す。途中食事をとるために村に寄りつつ、音を置き去りにして、オラリオには一週間ほどでついた。

 

 

 

 ベルはオラリオの門をくぐる。

 

 この夢と欲望の街、オラリオで目指すのは英雄。物語で語られる英雄たちへの仲間入り。あと可愛い女の子たちと仲良くなること。

 

 ―――お祖父ちゃん。約束は守るよ。

 

 ―――ハーレム、作るよ。

 

 真面目な顔をしてベルは、誰もが聞けばバカにするだろう理想を一途に描いていた。

 

 




新作を投稿はしても一個も完結させないというクズっぷり。久々すぎて感覚忘れてます。
許してヒヤシンス。


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ベル・クラネルは怒らない

 オラリオに来て見たのは、大通りを行きかう賑わい。異世界の知識には、人の波と言えるような景色があったが、それでも感嘆の声をあげて一時、その場に立ち止まる。

 

 町の中心に見えるバベルは、知識に見た『都市』にある建物の何よりも高く、何よりも大きい。異世界に『神』の姿をみることは無かったが、確かにこの世界には神様がいるのだと実感した。

 

 人とぶつかって正気に戻る。咄嗟のこととはいえ、鍛えられた動体視力でぶつかった相手はわかる。すみませんと会釈するが、「気を付けろ!」と吐き捨てられ、ヒューマンの男は一瞥もせず去って行った。

 

「ん? ………あれ、ない」

 

 流石に、80万ヴァリスもの大金を一纏めにして持ち歩けない。小袋にわけて持っていたが、腰につけていたその一つがなくなっていた。一つあたり、大体8万ヴァリス。小銭とはいえない金額だ。呆ける前は、確かに腰に重みを感じていたのだ。―――思い当たる節は一つ。

 

 一瞬だったが顔はわかる。男が去って行った方向に向けて、駆けだした。

 

 

 

「わ、悪かったよ! だから―――ひぃっ!?!?」

 

 男はすぐに捕まえた。それなりの抵抗はされたが鍛えている自分に死角は無い。胸倉をつかみ、項垂れる身体を持ち上げてボコボコになった顔に話しかける。

 

「貴方の見立て通りお上りだから、貴方の知るオラリオの情報全て吐けば許してあげるよ」

 

「わ、わかったよぉおおお!」

 

 想像通り、お上りさんだと思ってスリを働いたのだとか。魔が差したとはいえこの男、モルド・ラトローにとっては不幸だったかもしれないが、自分にとっては運が良かった。Lv.2というそれなりの冒険者。この程度であれば【ファミリア】に入らずともダンジョンに潜ってみてもいいということが判ったのだから。

 

 モルドの実力以外にも、基本的なオラリオとダンジョンの知識におすすめの宿場。食事と酒のおいしい店からおすすめの食べ物まで。モルドが知りうる限りのことではあるが、色々と聞き出せた。思いがけない収穫だ。情報料として8万ヴァリスはあげても良かったが、先に盗っていったのはモルドなので返してもらう。

 

「ありがとう、モルドさん! また会いましょうね!」

 

「………(ぶるぶる)」

 

 路地裏で笑う兎にモルドは恐怖した。

 

 

 

 色々と情報をくれたモルドを路地裏に残して、モルドが勧めてきた宿ではない、綺麗に掃除された宿をとった。流石にスリをするような人間の勧めてくれた宿に泊まる愚行をするつもりはない。手広く商売をしているらしい【ヘルメス・ファミリア】が経営している宿だ。何でも旅人の神でもあるとかで信用できる。

 

 全個室制で『Lv.3冒険者でも壊せない』という触れ込みの鍵が付いている。その分、他の宿屋とくらべ割高だったが安全のためには背に腹を変えられない。貴重品を部屋に仕舞って、手持ちに20万ヴァリスだけ持って宿を出る。

 

 流石に無手で挑むのは無謀というもので、ちゃんとした武器を買うつもりをしていた。【ヘファイストス・ファミリア】製が良いらしいが、バベルに出ている店舗以外にも掘り出し物があるかもしれないとのことで、【ヘファイストス・ファミリア】の駆けだしたちの作品が置いてある8階に行くことを決めた。

 

「ジャガ丸くん、塩味を一つ」

 

「はーい。………お待たせしましたー、ジャガ丸くん塩味一つ」

 

 途中、教えられた『ジャガ丸くん』を昼食代わりにツインテールの可愛い売り子さんから買って、バベルに足を向ける。これははまりそうだ、と揚げたてのソレを四口ほどで腹に収める。帰りに買う事を決意して、無事に帰ってくると意気込んだ。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

 掘り出し物の中から、極東の方で主に使われているという刀を購入。鑑識眼は養われていないが手に良く馴染み、重心も程よい。何よりも『知識』にあった『日本刀』それそのもので興味が惹かれた。燕返しを行えば、木刀で行うよりもスムーズにできる。流石に耐久力がわからないので、三段突きは控えるが、良い刀だと感じる。鍛えた人の名も、銘も打ってなかったが、その値段は7万とんで100ヴァリス。即金で支払い腰に差した。

 

 他にも運命的なとも言える出会いをして、軽くて丈夫なフルセットのライトアーマーを見つけた。『兎鎧(ピョンキチ)』という名付けのセンスを疑うような銘が付いていたが、12000ヴァリスというお手頃価格で購入。

 

 そのほかにも潜入予定である18階層の安全地帯までに出てくる、『ヘルハウンド』という敵への対策のため『火精霊の護布(サラマンダー・ウール)』という耐火性の着流しを別テナントで購入。

 

 装備していた胸鎧を外し、着流しに袖を通す。その上に胸当てを装備しなおす。少々不格好だが冒険者らしくていいんじゃないかと胸がおどる。

 

 その他、持っていた水筒に綺麗な水を継ぎ足したり、保険の為にポーションを一本購入。

 

 これで残金はゼロに。帰りのジャガ丸くんは魔石を売った金で買うことにする。

 

 昇降機に乗ってバベルの1階へ。こうしてダンジョンへ初めの第一歩を踏み出した。

 

 

 

 ―――出会い頭、見慣れたその顔を頭ごと身体から切り離す。首だけになったゴブリンは何が起きたか分からずに、自分の背中を見てそのまま息絶える。体から魔石を取り出され、切り離された頭と一緒に身体は灰塵に変わった。

 

 一連の動作が慣れた頃、手に持った刀を見やる。買ったばかりだと言うのに、やはり刀は手に良く馴染んだ。しかし重さの違いがあるので、万全とは言い難い。三段突きも控えた方が良いだろう。

 

 現在4階層。ゴブリンや、オラリオに来る道すがら蹴り殺したコボルトなどがいた階層だ。次の階層からモンスターの排出頻度が増え、キラーアント、ウォーシャドウといった厭らしい敵が増えるらしい。

 

 ゴブリンやコボルト相手に緩んだ気を引き締める。

 

 ―――降りた直後にウォーシャドウという毛色の違う魔物に出会って、驚いた。アサシンのように洞窟の陰から飛び出してきて、刃物のような腕を振り下ろそうとしていた。咄嗟に胸のあたりを一突きで三回突いて切り抜くと魔石を残して霧になって消える。咄嗟にやってしまったが、一応三段突きが出来る耐久力はあるようだ。それでもかなり摩耗することには変わりない。極力控えるべきだろう。

 

「モルドさん曰く、気を付けなきゃいけないのはキラーアント、だったかな」

 

 まだ会ってないそのモンスターは瀕死になると仲間を呼び寄せるらしい。Lv.2の冒険者でも、集られたら危ういとのこと。20万ヴァリスが入っていた袋に回収した魔石を詰め込んでいるが、そろそろ一杯になりそうだった。このまま18階層まで降りても、倒した敵の魔石が回収できない。

 

 今までの傾向から、強い敵からはより大きい魔石が出てきているようで、同じモンスターでも階層ごとに手に入る魔石の大きさも異なっている。今持っている魔石がどれくらいで売れるのかは査定に出さないと分からない。だが、それなりの額にはなるだろう。

 

 一人前に働けていた証拠でもあったが、月々5万ヴァリスの請求を受けていた所為で、貧乏性という自覚がある。結構お高い値段がした『火精霊の護布(サラマンダー・ウール)』も本来しちゃいけない事だろうが、値切って買っている。

 

「あーあ、残念。………今日はこの辺にして帰ろう」

 

 18階層まで行きたかったなぁ、と呟いて、初めて見たキラーアントを一匹瀕死にする。そうしてやってきたキラーアントたちを皆殺しにしたのを最後に来た道を引き返した。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

 夕方。オラリオが赤く染まった頃合いになって、無事ダンジョンから地上へ帰還。

 

 しかし【ファミリア】に所属していない自分が、ギルドの換金所を使うのはまずい。現在バベルの前で唸っていた。

 

 自分は『神の恩恵』無しにダンジョンに潜っていた古代の勇者でもなければ、自殺志願者でもない。もし所属【ファミリア】を聞かれればアウトだ。自殺未遂とかなんとか罪状を叩きつけられて牢屋に閉じ込められるかもしれない。

 

「どうしよー。誰かに代わりにやってもらうわけには―――やってもらう、か」

 

 身長より大きいリュックを背負って、誰かを待っている様子の自分よりも小さい女の子を見て思い出す。サポーターという役割でダンジョンに潜る人の事。もう既に潜った後だが、そのサポーターを雇って換金を頼めばいいんだと。

 

 善は急げ。丁度目の前にはサポーターらしき人がいる。声を掛けてみよう。

 

「そこのサポーターさん、ちょっといいですか?」

 

「………はい?」

 

 ちらっと見えたフードに隠された顔が可愛らしかったから声を掛けたとか、そういう下心はない。ないったらない。

 

 

 

 リリルカ、と名乗ったサポーターにお願いしたところ、換金した額の一割を条件に引き受けてくれた。別に誰かを待っていたというわけではないらしく、自身の売り込みをしていて、今から帰ろうとしていたらしい。

 

 流石に怪しまれたが、事情を説明するわけにもいかず黙っていると、訳アリなのだと察してくれた。10歳くらいの女の子にしては勘が良い。

 

 ギルドの正面で待っているとお金が入っているだろう大きな袋と魔石の入っていた袋を持って出てくる。

 

「換金してきました、冒険者様。それで―――」

 

「じゃあ、これ換金してくれたお礼」

 

 2万ヴァリスの内、2000ヴァリスを手渡す。

 

「っ―――。あの、冒険者様? ………リリは換金してきただけですよ?」

 

「いや、だってそういう約束だったでしょ?」

 

「で、ですが………!」

 

 渋る彼女に持っていたお金全てを渡す。

 

「じゃあ明日から一週間サポーターをお願いしても良い? 2000ヴァリスじゃ少ないだろうから、合せて2万ヴァリスを契約金として受け取るってのはどうかな?」

 

 我ながら名案だ、と思って反応を待つ。

 

「………。いいでしょう。そのお金はありがたく頂きます」

 

 少し考えたそぶりを見せて、リリルカはお金を受け取った。

 

「じゃ、明日。時間は明朝。集合場所はバベル前のあの噴水で………いいかな?」

 

「わかりました。冒険者様改めましてベル様。今日から一週間、よろしくお願いします」

 

「うん。よろしく、リリルカさん」

 

 去って行く彼女の後姿を見る。可愛いサポーターを雇えたという喜びを隠せそうにない。今日の稼ぎを全て彼女に渡した訳だが、しかし口約束だけだ。だけど明日彼女が来ないことは無いだろう。

 

 サポーターは信頼ありき。大事なものを預ける訳だから、悪評がたてば仕事がなくなる。モルドもそう言ってた。彼女の気配を覚えて帰路につく。

 

 夕食代わりにジャガ丸くんを買おうと並んでいると、一文無しだと言う事に気が付いて慌てて宿へお金を取りに帰る。しかし、戻ってくるころには屋台は終っていた。

 

 気落ちしながらも三食はきちんと食べると決めているので、別段安くもなく高くもなく、看板娘も居ない。そんな極々普通の食事処を見つけて、その日の夕食を済ました。

 

 




17/3/15 サブタイトル変更
17/3/15 全地の文を一人称に変更
    追記修正
17/4/9 「兎鎧Mk-2」から「兎鎧」に修正


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バグ・クラネルは打ち明けたい

 まだ夜半というべき時間に目が覚めた。借りている部屋を施錠して宿を出る。

 

 流石にこの時間帯、このあたりには明かり一つ灯っておらず、月明かりだけが闇を照らしている。南東の歓楽街は昼夜逆転しているというモルドの話を思い出すが今から行こうとは思わない。

 

 これからトレーニングをするのだ。一つ一つを全力(・・)でやったクールタイムも計算に入れると、これで大体約束の明朝ぐらいになる。村に居た頃はトレーニングする時間を特に決めていなかったが、ダンジョンに潜って生計を立てる事を考えるとこのぐらいの時間に起きなければならない。

 

 軽くストレッチをして腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回を一つ一つ丁寧にやっていく。常にイメージするのは最強の自分。一つ、また一つと最強の自分に近づいては離れていく。筋線維が強く、もう一つ強くなるのを感じていく。今の自分の身体のことで分からないことは一つもない。

 

 ここまでで二時間。そこからオラリオの中を探検がてら走り始める。半分走ったと思ったところで来た道を引き返して宿に戻る。傷んだ体を癒すためのストレッチを終える頃には空がほんのり白んでいた。

 

「朝ごはん食べなきゃ。お、そうだ。―――いいこと思いついた」

 

 名案を思いついて、それをどう実行に移すかを順序立てて考える。ある程度計画を練り終えて装備を身に着ける。1万ヴァリス程を持って宿を後にした。

 

 

 

「や、リリルカさん。おはよう」

 

 ちゃんと来てくれていたようで内心ほっとした。

 

「ベル様、おはようございます。今日を入れたあと六日、よろしくお願いしますね」

 

「うん。こちらこそよろしく。―――じゃ、まずは朝ごはん食べに行こうか」

 

「はい、ダンジョンに―――え?」

 

 驚く顔を他所に、口早に続ける。

 

「だから、ご飯食べに行こう。朝ごはん抜いてきたんじゃないの?」

 

「それは、まあ。………サポーターは冒険者様抜きでは生活できませんから、節約しないと………」

 

「じゃ、今日から一週間、一緒に朝ごはん食べようか。僕の奢りでいいからさ」

 

「………うーん。そういうことなら、ご一緒しましょうか」

 

 この時間から出てくる冒険者もそれなりにいるようで、宿屋の主人は食事代を二人分払ってくれるならという常識的な条件で、こうしている間にも作ってくれている。

 

 出る前に美味しそうな匂いがしていたのを思い出していると腹の虫が鳴って、リリルカが小さく笑う。

 

 

 

 宿屋で出てきたのは具材がゴロゴロと転がっていて味を出して、うま味を吸っている、見るからに美味しそうなスープと硬めのパン。スープに付けて食べるようで腹持ちがよさそうだ。運んできてくれた主人に追加でお昼ご飯を頼んでおく。

 

「へぇ、リリが入ってるのは【ソーマ・ファミリア】なんだ。でもなんで一緒に行かないの?」

 

「はい。ホームの中はちょっと居心地悪くて。………その、リリは【ファミリア】から許されて一人でやってます。ところで、なんでそんな事が気になられたので?」

 

「んー? まぁ、ちょっとね」

 

 食事で気が緩んだのだろう。リリと呼んでも良いくらいには打ち解けた。

 

 しかし彼女が入っている【ファミリア】のことを聞いてみると、どうやら地雷だったようだと内心ため息を吐く。昨日は感じなかった仄暗い何かは、どうやら【ファミリア】がらみの事らしい。彼女の【ファミリア】に入るのもいいかもと思ったが、止めておいた方がよさそうだ。

 

「不思議な人ですね、ベル様は。………他の冒険者様のことを悪く言うわけではないのですが、ちゃんと約束を守って、こうしてサポーターに食事を奢る人なんて聞いたこともありません」

 

「そういうものかな? 大事な物を預かってくれたり、命懸けで戦う自分をサポートしてくれる人の事を大切にするのは当たり前だと思うけど」

 

 可愛い女の子なら尚のこと、という台詞は飲み込む。

 

「―――ッ! いえっ………なんでもないです。本当にベル様はお優しいですね」

 

「そうかなぁ………?」

 

「―――………いつか足元掬われますよ」

 

 聞こえないように言ったつもりだろうが、しっかり耳に届いていた。聞いてないフリをしながら飲みかけのミルクを飲み干して立ち上がる。

 

 支払いは食べる前に済ましている。出来上がった二人分の弁当を受け取り、リリに持たせる。

 

「じゃ、君と僕のお弁当しっかり持っててね」

 

「………さっき食べたばかりじゃないですか」

 

「僕の分食べたら怒るから」

 

「ベル様と一緒にしないでください! もう!」

 

 食事の時に被っていたフードとったので気づいたが、獣人だ。耳が頭の上から生えている。そしてピコピコと動いていて可愛い。

 

 一物抱えているようだが、彼女を雇って良かったと素直に思った。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

「す、凄い」

 

「それほどでもないよ。今まで行った事あるのは5階層までだし」

 

 普通にゴブリンの四肢を切断して頭を斬り飛ばしただけだ。しかし、リリには一瞬の出来事。刹那にして、ゴブリンはバラバラに解体されたよう見えた。

 

「なるほど。………お察しします。リリが行った事があるのは11階層までですが、そこまででよろしかったらご案内します」

 

「うん………。ありがとう」

 

 都合よく解釈してくれた。血に濡れた刀をゴブリンの腰衣で拭いとって、鞘に戻す。リリはそれをみて魔石を取り出す作業を始めた。

 

「―――業物の刀に、『火精霊の護布(サラマンダー・ウール)』の着流し。やはり、ベル様は凄腕の冒険者………!」

 

「いやー違うんだけどなー」

 

「いやいや、そんなご謙遜を。5階層までに炎を使う敵は居ません。本当に5階層までしか行った事のない冒険者なら必要ないはずです。………あまり詮索するつもりはないのですが、昨日のことといい、ベル様はかつてオラリオに居た上級冒険者なのでは? 訳あって目立ないようにされてるようですし」

 

 期待半分、もう半分がヴァリスで輝くリリの目が眩しくて本当の事が言えてない。ダンジョンに潜るのには『神の恩恵』が必須だというのに、それがまだないことを。

 

「………ま、18階層目指してがんばろっか」

 

「じゅうはち!? やはり、ベル様は―――………良い金ヅルですね」

 

 10階層辺りまで進んだら言おうかと緩く決めて、リリがこちらに聞こえないよう、ぼそりと呟いた言葉を拾ったがスルーした。

 

 ―――僕のサポーターが真っ黒だけど、可愛ければ問題ないよね!

 

 

 

「ベル、さま! はやい、です………!」

 

「んん? そうかな? ならもうちょっと進行速度緩めよっか」

 

「はぁ。はぁ………。はぁ」

 

 リリの息遣いにドキドキしてちょっと歩く速さを早くしていたと言ったら怒られそうだ。

 

 現在8階層。未到達の階層だが、此処までに出くわした敵は軽々と捌けた。途中フロッグシューターという蛙を大きくして目を一つにしたモンスターには一度刀が滑って焦ったが、突き刺せばあっさり殺せた。

 

 歩く速さを遅くして通路からルームに入り、3秒とかからずにそこに居たモンスターを一掃する。

 

「そろそろ、昼頃だと思う。ちょっと休憩してご飯にしよっか。リリも疲れてるみたいだし。落ち着いたら僕の分ちょうだい」

 

 壁を刀で傷つけながらリリが落ち着くのを待つ。

 

 斬撃を飛ばせるが、それをリリの前で見せる訳にはいかない。すれ違う冒険者の戦いを見る限り、そんなことが出来る人間はいなさそうだ。

 

 モルドから聞いた話だと、モンスターを生み出すことよりダンジョンは壁の修復に力を回すらしく、「直るまでの間はそのルームでモンスターは発生しない」とのこと。しかし情報のソースが問題だ。実際に試してみる良い機会だった。

 

「はひ。ふぅ―――落ち着きました。………はい、ベル様。あの、本当にリリも貰ってもいいのでしょうか?」

 

「いいよいいよ。自分だけ食べて、リリが食べてないのは申し訳ないからね」

 

「では有難く頂きます。………ロールパンサンドですか。………、うん。あのご主人腕がいいんですね。まだ葉っぱがシャキシャキしてます。口の中が乾きそうだと思いましたが、余計な心配でした」

 

「………ホントだ。凄いな、あの人。………今度調理法教わるかな」

 

 ベーシックにトマト、ベーコン、レタスにチーズが入っているだけだが、数種類の香辛料が使われていると思われるソースがピリリと舌を刺激して、嗅覚もツンとした刺激が来る。味覚も嗅覚も飽きさせない。実に美味だったが、ボリュームもあって満足感も大きい。ダンジョンに潜るのであれば最適な一品だった。

 

 少し食後の休みを取ってからルームを後にする。モルドの言葉は正しく、壁が直るまで、ダンジョンはモンスターを産み落とそうとはしなかった。

 

 

 

 13階層。冒険者の資質が問われる『最初の死線(ファーストライン)』。

 

 リリの案内が終わったが、問題はない。

 

「―――凄すぎ。これじゃ普通にサポーターしててもやれそうですよ。別に―――」

 

「………あの」

 

「あ、はい! なんですかベル様!」

 

「うん、なんでもないよ」

 

 どこの【ファミリア】にも所属していないこと、【ステイタス】も持っていないことを打ち明ける機会を逃したことを除けば概ね順調だった。




17/3/14 表記揺れの他、おかしな点を修正。


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ベル・クラネルは助けたい

日刊(加点)、ルーキー共にランキングに載りました!
ありがとうございます!


「ひゃっ―――!!」

 

「ほいっと」

 

 ヘルハウンド、と名前の通り地獄にいそうな火を吹く犬型のモンスターは炎を吐き出してきた。『火精霊の護布(サラマンダー・ウール)』の耐火性を確かめても良かったが、リリが居るので控える。無力というわけではないようだが、Lv.1らしいので何があって死ぬかわからない。身のこなし等から察するに、彼女は0.1モルド程度の実力しかないだろう。

 

 迎え撃つように腰だめから袈裟掛けに一閃。一振りで飛んで行った不可視の刃は炎を霧散させ、奥にいたヘルハウンドを斬り刻んだ。

 

「す、すみません。リリの為に貴重な魔剣を………」

 

「魔剣じゃないから安心して。僕の持ってる技術? みたいなものだから」

 

「え、は、はぁ? あ、なるほど、そのようなスキルがあるのですね」

 

「そうそう。そうなんだよ―――………はぁ」

 

 都合よく解釈してくれるからいいものの、騙していると思うと良心が痛む。早々に打ち明けたいが、モルドから聞いた話だと自分はやはり異常だ。【ステイタス】を持っていない人間がLv.2の冒険者に勝てるわけがないと、親切な彼は涙を流しながら教えてくれた。

 

 丁度壁から生まれて来たアルミラージ達を一閃。三匹いた彼らを残らず両断する。

 

 すごいすごいと言って、おだててくれるリリに苦笑いしか浮かばない。その目は確かに、刀のことを獲物と見ていたのだから。こんな彼女に誰がした、と冗談めかしてこの世の無情を嘆く。

 

 

 

 バットバットの大軍が落石と共に降り注いでくるという危険に(主にリリが)見舞われたが、斬撃を飛ばして落石ごとモンスターの大軍を切り裂いて難をしのぎ、15階層。

 

「せいっ!」

 

 ―――閃く銀閃が牛頭人体のモンスター、ミノタウロスの部位を切断。断末魔もあげさせることなくミノタウロスを処理する。

 

 四肢と頭を失くした身体から血が噴き出て、血だまりをつくる。魔石を肉骨ごと切り出すと、魔石についていた血肉は消え、とんでいった頭から角をドロップして灰に変わる。

 

 傷をつけずに魔石を回収するのも中々骨が折れる。この点だけで言えば、魔石が大した金額にならないため、気にすることがない地上のモンスターの方が楽だ。

 

 刀に付着した血を素振りして払い落とし、鞘に仕舞う。

 

 落ちた魔石とドロップアイテムをリリが拾う。やはりというか振るった瞬間の刀はリリには見えなかった。

 

「んー手ごたえがない」

 

「流石ですベル様。それだけ強ければ18階層より下でもどうってことないのでしょうね」

 

「僕って強いのかな? ………まだまだだと思うんだけど」

 

 比較対象が少ないのと、比較する彼ら(英雄)が遠いところにいるせいか、未熟さを感じずにはいられない。

 

 確かに村にいた自警団の他の人達は、パンチで小山は吹き飛ばせなかったし、剣を振るうのも遅くて見ていられない、とは思ったが、それは自分のようにトレーニングをしていなかったからで仕方がないこと。

 

 少なくとも多次元屈折現象を引き起こすような業の持ち主はいなかった。

 

「少なくともリリが今まで出会ってきた冒険者様たちの中ではかなりお強いですよ」

 

「ありがとう。………まぁ、こう易々とできるのはスキルのお蔭でもあるんだけどね」

 

「それでも、ベル様の実力です!」

 

「あはは、………うん、そうだね」

 

 こう、慕ってくれるのは嬉しい限りだが嘘をついていることが心苦しい。スキルはおろか【ステイタス】すら持っていないのだから。

 

「リリ、18階層についたら話があるんだけど、いいかな?」

 

「? ええ、リリは構いません。ですが、ベル様? 今日は18階層まで行くとのことでしたが、17階層の【迷宮の孤王(モンスターレックス)】のゴライアスはどうされるおつもりで? 流石のベル様でもソロでとなると………」

 

「まあダメそうだったら逃げるから大丈夫。その時は引き返すとしよう」

 

「はあ、わかりました」

 

 

 

 僕、18階層についたら自分の秘密を打ち明けるんだ、と胸の内で呟き、もう一つ決意を固める。

 

 同情か憐憫か。一日にも満たない付き合いで踏み込むのは悪手だと思っていた。だが【ファミリア】がらみで、しかもお金に関することで困っているとなると、失礼になるかもしれないが、リリ一人にどうにかできるようには思えない。

 

 ―――英雄になりたい。ハーレムとまでは言わずとも、女の子と仲良くしたい。

 

 そんな子ども染みていると言われるだろう理想を持って、このオラリオに来たというのに、女の子が一人困っているのを黙って見ているのか。それを見過ごせるか。仮にも英雄を目指すのだ。自分の正義を貫こうというのに―――当然、見過ごせる筈がない。

 

 ミノタウロスを斬り刻む。牛頭人体の怪物(モンスター)に一瞥くれて、残った塵の中から魔石を拾い上げてリリに渡す。

 

「それじゃ、あと3階層。頑張って行こう!」

 

「はい! ベル様!」

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

 階層が変わるごとにダンジョンの様相が一転二転して18階層の手前。17階層最後の大広間。その広いルームで階層主のゴライアスがあてもなくウロウロしているのを岩陰から覗く。見て取れるだけだが、推定100モルドはありそうだ。

 

「んーどうだろ。いけるかな」

 

「えええ―――………【迷宮の孤王(モンスターレックス)】ですよ。階層主ですよ。ソロでだなんて………」

 

「まぁ、安心して待ってて。死ぬ気でやらなくても行けそうだから」

 

 100モルドといえど、たかがモルドが100人束になったくらいの実力しかない。死ぬ気どころか本気も出さなくて良さそうだ。

 

「え、なに―――」

 

「じゃ、行ってくるよ」

 

 そう言ってから岩陰から飛び出る。

 

 ゴライアスは赤い自分の姿を補足して咆哮するが、怯むことなく足元まで移動する。

 

「せい!」

 

 跳び上がり左足の関節に向けて一閃。刃に沿って飛び出した斬撃は切れ込みを半ば程までいれたが、切断はしなかった。

 

 ダンジョンのモンスターとは言え生きている。苦悶の咆哮をあげるが、意に介する気は無い。剣を仕舞う。

 

「普通のパンチ」

 

 次に大空間に鳴り響いたのは肉を叩く生々しい音。一瞬で背後に回っての膝裏への一撃。

 

 二つに割れていた膝の皿が衝撃で吹き飛び、半ばほどで繋がっていた左足は断裂し落とされた。

 

 バランスを崩したゴライアスは後ろ向きに倒れる。

 

 その間に素早く移動しゴライアスの頭上へ。腕を振りかぶる。

 

「ちょっと強殴り」

 

 下方向に向かっての一撃。ゴライアスは頭を消し飛ばされその巨体は床に叩きつけられた。

 

 衝撃波が生まれてリリのいるところまで風が吹き抜ける。18階層にとどまらずダンジョンが震えた。

 

 ちょっとやり過ぎたかもしれないと反省しつつ、魔石のある場所を割り出して、極力傷つけないようにパンチで周りの肉を抉る。そしてドロップアイテムと傷一つない魔石だけが大広間に残った。

 

「リリー終わったよー」

 

 

 

「………(ポカーン)」

 

 一瞬の出来事だった。強い強いと思ってはいたが、こればかりは咄嗟にどう反応すればいいかわからない。

 

 気がついたらゴライアスが死んでいた。何を言っているかわからないと思うが、自分でも何を言っているのかわからなかった。

 

 頭がどうにかなりそうでしたよと、帰ってきたベルに笑う。

 

 驚きを胸に秘めたまま、既にゴライアスの報酬が気になっていた。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

「………やるんじゃなかった」

 

「………そう、ですね」

 

 夕暮れ時。地上に上がってきて肩を落として大広間に残してきたアレらを名残惜しく思う。

 

 幾ら巨大な魔石だ、ドロップアイテムだと言ってもそれの落とし主が問題だ。都合上、周知されるのがまずい自分にとって、ゴライアスの単独討伐を知られるのは良いとは言えない。

 

「じゃあリリは換金してきますね。ベル様、今日は私の力不足で最大の報酬を逃してしまい、申し訳ありませんでした………」

 

 階層主ともなれば、魔石の大きさもミノタウロスのものよりも遥かに大きい。落したアイテムも問題で、『ゴライアスの大腿骨』丸々一本という洒落にならないサイズだった。取り回しがきかないこともあって、リリが自発的に持ち帰りが出来ないと申し出てくれたことで、怪しまれずに済んだと内心ほっとする。

 

「………いや、うん。僕も目立つのは避けたかったからいいよ。寧ろ持って帰ろうと言われてたら困ってた。………ま、それにそれだけでも50万くらいはしそうだしいいかな」

 

「………そうなんですが、やはり勿体ない事をした気がしてならなくて」

 

「………うん、わかる」

 

 そろって落胆し、どんよりとした空気をまき散らしている。街行く人も気が付いて近寄らないようにするくらいだ。

 

 リリと同じタイミングでため息を吐いた。

 

 

 

「凄いです、凄いです! 70万ヴァリスですよ、ベル様!」

 

「!? 中々の稼ぎだね」

 

 傷の少ない魔石、道中拾ってきたドロップアイテム含めて、自分の見たてよりも多くその額なんと70万ヴァリス。努めて平静を装うが、村に居た頃の月収を遥かに上回る一度の収入に内心驚愕していた。もし全額手にすることが出来るなら、現在の所持金が一気に倍になる額だ。

 

「あの、ベル様。それで、報酬の方は―――」

 

「はい。半分」

 

 

 

「………ほへ?」

 

 リリは何を言っているんだという顔をする。

 

 契約金として2万ヴァリスもらったが、ダンジョンの稼ぎの報酬を決めていなかったリリは、他の冒険者と同じように報酬を自分にはくれないモノだと思っていた。

 

 額にして35万ヴァリス。そんな額をくれる冒険者に今まで一度もあったことは無く、ポンと差し出された大金に狼狽える。

 

「ん? あぁ、そうだ。言ってなかったよね。報酬は山分け。5:5の半分ずつでこれから一週間やってくからね」

 

「いや、待ってください! リリはアイテムを運んでただけですよ!?」

 

 実際、いままで真面目にサポーターをやってきて経験した事だ。冒険者は卑怯で信用ならない。だからリリは悪事に手を染めるようになった。だが、今回の仕事では本当に『拾う、運ぶ』という事しかしていない。

 

 寧ろ守って貰いやすいよう動き、思惑通り守ってもらった節さえある。

 

 今まで自分がしてきたことは何だったのかと唖然とする。

 

「だってそれがサポーターじゃない。え、違うの?」

 

「え、いや、でも………! 確かにそうですがっ………!」

 

「文句があるならあげないけど………」

 

「いえ、いただきます!!」

 

 とはいえ、もらえるモノなら貰っておく。くれると言うのだから、多いと言って受け取らないなど考えられない。

 

 初めて会ったタイプの冒険者であるベルの底が知れず、困惑する。自分から見て器のでか過ぎる彼に、今まで冒険者に抱いていた憎悪は霧散しかけていた。違うのだ。ベルが特別なのだと自分に言い聞かせ、忘れそうになっていた自分を戒める。

 

 そう。どうせ、ベルも最後には―――

 

「じゃ、一緒にご飯食べに行こっか。僕の奢りで」

 

「あ、はい、ご一緒します」

 

 暗い思考は何処へやら。底抜けにお人好しなベルに毒気を抜かれてしまい、奢ってくれるのならとついて行った。




よければ感想&評価お願いします。
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バグ・クラネルは試したい

「いらっしゃいませ!」「「いらっしゃいませー!」」

 

 外から見ただけでも繁盛しているようだと思ったが、中に入るとなお、その盛況ぶりが熱気となって伝わってきた。

 

 リリと訪れたのはモルドに勧められた店だ。スリをしてきた人間に教えられたにしては、良い店であることが伺える。冒険者のような無頼漢たちが集まるというのに、店員が綺麗な女性だけで、彼女たちが活き活きと働いているのがよい証拠だ。

 

「二名様ですね。カウンター席でもよろしいですか?」

 

「はい」

 

「では案内しますね!」

 

 ………案内をしてくれる、笑顔の可愛い髪の毛を後ろでお団子にしてちょこんと少し垂らしている彼女など、幾人かを除けば、実力者の方が多い。厨房で料理の腕を振るっている女主人は軒並みいる実力者の中でも飛びぬけて強い。腕っぷしが強いお蔭で女性が安心して働けているのかもしれない。

 

 ―――ワンパンで勝てる自信はある。だが舐めてかかると危ないかもしれない。

 

 と、戦力の分析をしに来たんじゃないと気が付いて戦闘狂な自分を抑えた。

 

「………ベルさま、ベルさま」

 

「なに、リリ」

 

「ここ、『豊饒の女主人』ってお店じゃ………」

 

「そうだよ。最近、親切な人に教えてもらってさ。一度来てみようと思ってたんだ」

 

「………お高いそうですよ? 従業員も一人一人が強いという噂ですし」

 

「食い逃げしなきゃいいだけじゃないの? 大丈夫大丈夫。流石に今日一日の収入が無くなる程じゃないだろうから」

 

「それはそうなんですが………」

 

 リリと小声で会話しつつ、案内をしてくれている女の子の頭の後ろで揺れる髪の毛に目が惹きつけられそうなるも周囲に目を凝らす。案内をしてくれている女の子も含めてだが、話の通り本当に綺麗どころが多い。

 

 等間隔に置かれている多人数掛けの机からは、酒と食事に酔う冒険者たちの声が飛んでいた。若草色を基調とした揃いの服に白のエプロン、フリルのついた白いカチューシャを身につけた給仕の女の子たちはその間を縫って、注文や食事、酒を持って動いている。店員の一人がエルフだが………。

 

 エルフは人との接触を嫌うと聞いていたが、此処はオラリオ。色んな人が集まってくる、と納得した。

 

 カウンターの席までたどりつき、荷物を床に下ろして席に着く。

 

「ご注文があれば承ります。当店、本日のオススメはパスタですが、どうなさいますか?」

 

「うーん。じゃあ、それで。リリは?」

 

「あ、リリも一緒でいいです」

 

「かしこまりました。―――ご注文はいりました! 本日オススメ二つです!」

 

「あいよー!」

 

「それでは出来上がりましたらお持ちしますね。ごゆっくりどうぞ」

 

 丁寧なお辞儀をした店員を見送って、料理を待つ。

 

 隣で手持無沙汰なリリがメニューを見て渋い顔をするのを見て、ちゃんと奢りだからと安心するように言う。メニューにあるどの料理も高いが、払えないことはない。

 

 カウンター席だけあって、少し椅子に高さがあるためリリの足は宙に浮いている。足を揺らしているのをベルが見ていると、見られていることに気が付いたのか、そっぽを向いた。素っ気ないフリをしているが、一瞬だが顔を赤くしていたのをちゃんと目撃している。

 

「はい、おまち。女主人特製スパ、二人前だよ」

 

 ずい、とカウンターの奥から出されたのは山盛りのスパゲティで、ミートソースの間から肉団子が自己主張している。女主人にフォークを手渡される。

 

「んー匂いだけでもお腹いっぱいになりそうです」

 

「本当。とってもおいしそうだ」

 

「そりゃそうだ。アタシが作ったんだからね! さ、冷える前に食べちまいな!」

 

 女主人にも催促され、パスタに三又の穂先を突き込んだ。スパゲティでソースを絡め、口に運ぶ。

 

 それは肉汁のうま味が口の中で爆発したようであった。

 

「………美味い」

 

 噛み締めるように一言呟く。語彙力の乏しいことがなんとも口惜しい。美味しいとだけしか言えない自分が情けない。冒険者向けと銘打っているだけのことはある。昨日訪れた店よりかは幾分か値は張るが、品が残る程度にボリュームがある。

 

 果たして、ソースとスパゲティだけでこれほどだ。肉団子はどれほどのものかと口に運ぶ。

 

「―――!!」

 

 嗚呼、先ほどのが爆弾ならばなんになる。先のあれは導火線だった。これこそが真の爆発物だ。なんということだ。肉汁が。うま味が。口内で自らを主張し、暴れている。この調理における真のメインはパスタなどではない。我々だと。肉であるのだと。我々こそ主役なのだと。

 

 いつの間にか注がれていたエールを呷る。ベルは喉を鳴らして流し込み、酒気を帯びた息を吐き出した。エールが肉の存在を胃の中へ送り出し、口の中はすっきりとしている。

 

 一息つけた、と横を見るとリリも出された量の半分くらいは食べてしまっていた。………何処にあの量が入ったのか不思議だ。

 

「ところで、冒険者にしてはえらく可愛げがあるね。新米かい?」

 

「まぁ、そんなところです」

 

 実際そのようなもなものだ。冒険者としての基本的なことが抜けていたりする自分に、リリは度々指摘してくれる。

 

「ベル様が新米でしたら他の冒険者様の殆どが新米になっちゃいますっ!」

 

「あはははー」

 

 リリにしてみれば、強さに反してどうしてこんな事も知らないのか、と疑問を抱くに値する知識だ。だがそれが案外助かっているのだが、リリには伝わっていないようだと話に合わせて愛想笑いをした。

 

「結構結構。無用な争いを避けるのも冒険者として必要なスキルだよ。私はここの女主人のミア・グランド。………あんた、名前は?」

 

「ベル・クラネルです。こっちはリリ………というのは愛称で、リリルカ・アーデ。右も左もわからない僕には勿体ないぐらい頼もしいサポーターです」

 

 リリはというと突然の褒め言葉にフォークを止めて、しばし唖然とした口を晒していた。いい顔が拝めたと思っていると、誤魔化すように食事を続ける。

 

「へぇ、そうかい。実力自体はありそうだけどねぇ?」

 

「………ええ、まぁ」

 

 意味ありげに笑みを交わし、止めていた食事を再開する。

 

「そういえば。リリはお酒出してもらってないけど、いいの? リリは見た目通りの年齢じゃないと思うんだけど」

 

「はい。えっと、15歳ですね。お酒はちょっと苦手で………ん、ベル様?」

 

「なんでもないよ。リリのこと10歳くらいだと思ってたとかないから」

 

「べーるーさーまー!?」

 

 袖を掴まれて揺さぶられる。

 

「あはははは!」

 

 まさか年上だとは思っていなかった、とは思ったが別段気にする事でもなかった。リリが可愛いのには変わりない。

 

 

 

「いやー今日は驚いたぜ! 18階層まで行くつもりしてたんだが、ほら、手前のゴライアス! 【ロキ・ファミリア】の遠征から大分経つ。居ると思ったんだがなぁ、これがなんとあったのはドロップアイテムと無傷の魔石でよ!! いやー持って帰るのは苦だったが、儲けた儲けた!!」

 

 臨時収入があったモルドは『豊穣の女主人』の一角で意気揚々として飲み仲間に今日あった出来事を聞かせる。

 

 ―――カウンターに居た白いヒューマンと栗毛のパルゥムはぎくりとした。

 

 

 

 火照った頬に冷や汗を流しつつリリの分合わせて1500ヴァリスを支払って、伴だって店を出た。そんな『豊饒の女主人』からの帰り道。近くのテーブルから聞こえた話に、既にほろ酔い気分は吹き飛んでしまっている。

 

 それでもアルコールによって体は熱く、夜風が火照った体を冷まして行き、心地よい。

 

 リリの年齢以上に気になったことを話題に取り上げる。

 

「さっきリリが小人(パルゥム)だって言ってたけど」

 

「ええ、それがどうかしましたか?」

 

「………リリって犬人(シアンスロープ)の獣人じゃなかったけ?」

 

「っ!? あ、………えっとですね。私の()()()なんです。ちょっとだけ見た目を弄れるんですよ。顔を変えたり、体格を変えたりとかはできないんですけどね」

 

「へぇ、そうなんだ………」

 

 リリが呪文を唱え、犬耳を見せる。じっとそれを見つめた。

 

「………忠告しておきますが、犬人は特に親しい人や敬愛する人ぐらいでないと触れさせませんよ? 凄く怒られますから、やめておいた方が良いです」

 

「へぇそう。でも、リリは違うもんね?」

 

「………。………ちょっとだけですよ?」

 

 頭を撫でる程度にとどめておく。少しだけ、本能のままに愛でたくなりそうだった。

 

 しかし、先ほどから気になっていたことが解決して、絶対に【ファミリア】に入ることを決意する。

 

 憧れの魔法みたいなものが使える、というなら是非もない。ファミリアに入ればギルドにも堂々と行ける。―――この二日ダンジョンに潜ってやっていけたが、話を聞いて『神の恩恵(ファルナ)』は必要ないという考えを改めた。

 

 呪文が必要なスキルというのも興味深いが、もう一つ気になることがある。

 

「リリ、魔法は持ってるの?」

 

「………持ってません。ですが、あと一つ【縁下力持(アーテル・アシスト)】というスキルがあります。まぁ、これは装備品の重量に比例して補正がかかるだけですけど。ただ、これのお蔭で非力なリリでもサポーターとしてやっていけてます」

 

「へぇ………。そのスキル便利なのに勿体無い使い方してるんだね」

 

 その【縁下力持】というスキルの効果を聞いて、使い道が色々ありそうだとベルには感じた。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

「―――どういうことですか………? リリの、この、サポーターにしか役に立たなそうなスキルに、何か出来るのですか?」

 

「あ、う、うん………」

 

「………失礼しました。取り乱してしまって。………出来たら、教えてくれますか」

 

 何も知らないくせに、という意思を表に出しそうになってリリは荒だった心を静める。サポーターとしての機能しかしそうにないスキルが本当に役に立つのであれば聞いておきたい。今後の為にも。

 

「そのスキルって、重ければ重いほど軽くなる、っていうスキルであってるよね?」

 

「………まぁ、そうですね」

 

「じゃ、リリは装備していると思えば大概の物は持てるわけだ」

 

「よく考えたことはなかったですけど、そうなのかもしれません」

 

「これは勿論のことだと思うけど、重装備をしても支障はないんじゃないかな。それこそ全身鎧を付けても普段通り動けたり。他には武器として重さを必要とする戦闘槌(ウォーハンマー)でも軽々と扱えそうだよね。ま、本当のところはリリが実際に試してみないとわからないけど」

 

「それはっ!? その、少し試しても良いですかっ!」

 

「う、うん………はい、僕の刀」

 

 武器を持っていると認識するのではなく装備していると考える。受け取った刀を『装備している』と意識する。つい先ほど感じていた重さより―――軽くなった。

 

 これなら力の少ない自分でも難なく振り回せる。

 

「すごい………」

 

「うん。それじゃ、僕を武器だと思って持ち上げてみて。全身に力入れて持ちやすくするから」

 

「は? 何言ってるんですか?」

 

 本当に何を言っているのか分からない。とち狂ったのかとすら思う。ベルは続けた。

 

「自分を騙すんだ。人間は何でも武器にできる。手に持つ、という動作を装備したという認識に置き換える。そうすればそのバックパックや武器や防具といった身に着けるもの以外のモノでもスキルの補助が働くはずだ」

 

 半信半疑のまま、ピンと背筋を伸ばすベルの腕を掴む。持ち上げようとしてもびくともしない。しかし、言われた通り思い込む。―――今握っているのは武器だ。ベル・クラネルという鈍器。それを自分は今『装備』している。

 

 ベルが浮いた。

 

「あ、あれ? え!?」

 

 人を持ち上げていると認識してしまった所為か、持ち上げていたベルが急に重くなり持っていられなくなる。だがしかし、一瞬だったが確かに持ち上げていた。

 

「凄いよリリ! まさか僕も出来るとは思わなかったけど!」

 

「え、ええ。リリも信じられません………!」

 

 冒険者ではなくサポーターとしてやっていくことを決めるしかなかったスキルに、こんなことが出来たとは。色々と後悔が浮かぶが、自分の可能性が広がったと思うと心が熱を帯びる。

 

「じゃ、明日もダンジョンに潜るけど、その前にリリの武器とか防具とか揃えよう。雇っておいておかしな話だけど、明日のサポーターはお休みしてもらって………。ちょっとリリが何処まで出来るのか僕が気になるんだ」

 

 明日も同じ時間にバベル前でと言って走り去るベルの後姿を見送る。

 

「………」

 

 自分にのしかかっていた【縁下力持(アーテル・アシスト)】では軽くできない重みを少し軽くできた気がした。




そろそろ書き直し済みのストックが切れそうです。
後6話ぐらい話のストックはあるけど、手直ししているうちにちょっと筋書きがずれてきてます。
微調整しつつ頑張りたい。

17/3/19 リリがお酒を頼むところを消去、加筆修正。神酒が原因で酒が嫌いでした(原作4巻79頁参照)


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ベル・クラネルは許したい

 オラリオに来て三日目の朝。

 

「はー疲れたー」

 

 まだ習慣になってない、オラリオでのトレーニングも終わり、人目がないのをいいことに上着を脱いで石畳の路上に横になる。体に溜まった熱が冷やされて心地よい。流れ出た汗が、顔の横で石畳の溝に沿って小さな川を作っている。

 

 傷ついた筋線維が修復されていき、自分がまた一つ最強の自分へと近づいたのを感じた。しかし、同時に最強の自分は遠ざかっていく。このままでは終わらない。まだゆける。自分の―――ベル・クラネルの至るべき場所は此処ではないのだから。

 

「よし、それじゃ―――」

 

「ベル様!? なんて格好してらっしゃるんですか!!」

 

 聞き覚えのある声がしたと思うと視界が遮られる。退かそうと剥ぐと視界を遮った物の正体は毛布だった。

 

「ちょ、え、リリ!? なんでここに!?」

 

 赤い顔を隠そうと手で顔を覆っているが、指の間からくりりとした目がこちらを除いている。たまらず、受け取った毛布でもう一度体を隠した。

 

 

 

 匙を持った手をリリは机に叩きつける。

 

「もう! 有り得ません!! 公衆の面前で、あんな、破廉恥な!!」

 

 何事かと、新聞を読んでいた主人がこちらを覗くがそれだけだ。

 

「そうはいっても、リリだけだったじゃない」

 

「それはそうですが!!」

 

「………しっかり見てたし」

 

「うっ………!」

 

「えっちだなぁ、リリー」

 

「ううっ………!!」

 

 リリに否定することは出来ない。じっくりと見られたのは事実。心当たりがあるのか、リリは赤面して黙りこんでしまう。

 

 可愛いのだが泣かして、嫌われてしまったら元も子もないのでこれ以上はやめておく。

 

「ごめんごめん。気を利かせて来てくれたんだよね。僕も帰ってから気が付いたけど、一々待ってもらって、迎えに行って戻ってとなると二度手間だったよ」

 

「い、いえ………本来はあの広場で待ち合わせるという約束でしたので。その。………見てしまってごめんなさい」

 

「こちらこそ、見苦しいもの見せてごめんね」

 

「いえ、別に………」

 

 少し気まずい空気の中、ここの主人は帳簿をつけ始めたのか、羽ペンが文字を綴る音が響く。それがさっさと喰え、といわれているようだった。

 

「冷めないうちに食べよっか」

 

「………はい」

 

 昨日と同じメニューだったが、相変わらず美味しかった。

 

 

 

 そしてリリと訪れた【ゴブニュ・ファミリア】。【ヘファイストス・ファミリア】と比べると、マイナーではあるが、知る人ぞ知る、という一つ一つの品の質は負けず劣らない一品物だ。受注制ではあるが、幾つか店頭販売用も置いていた。運がいいことにその中から望みに適う鎧と戦闘槌を見つけることが出来る。

 

「ちょっと、ベル様! ベル様!? 何買おうとしてらっしゃるんですか!?」

 

「いいから、いいから。僕からのプレゼントだから気にしないで」

 

「いや、でも値段が! 桁が!」

 

 コンセプトとしては厚く、重い鎧。所謂盾役が着けるような重鎧だ。第一級冒険者も御用達の店とだけあって、使う人間があまり動かないとしても、鎧の可動域は動きを邪魔しないよう作られている。

 

 戦闘槌も重量で敵を押しつぶすもので、リリの目指すスタイルにぴったりのものだった。

 

 これらを即金で90万ヴァリス。素寒貧になってしまったが後悔はしてない。

 

 元々が成人男性のヒューマンを基準に作られているので、どうしても使えない部分は仕立て直してくれるらしい。

 

「お連れ様でよろしかったですか?」

 

「はい、構いません。【ステイタス】のお蔭でちゃんと装備できるので」

 

「わかりました。では、サイズを合わせますからお客様、どうぞこちらへ」

 

「ちょっと、待っ! ベル様ぁ―――!?」

 

 手を振って、見習いと思われる小人(パルゥム)の店員に連行されるリリを見送る。異世界の知識にあった、子牛が出荷される歌を心の中で歌った。

 

 

 

 結局すぐにでも使える部分は無く、武器だけの受け取りとなった。昼頃に訪ねればできているそうなので、リリを連れてオラリオの市壁の上にあがる。朝の一件から誰かに見られないような場所となると此処だろうか。と思いついた場所だ。

 

 荷物を隅に下ろして、リリに戦闘槌を持たせる。持ち難そうではあるが、重さ自体は感じていないようである。

 

「それじゃ、ちょっと素振りをしてみて」

 

「はい」

 

 一番の気掛かりは遠心力や慣性にも適用されるのかという事だったが、重いと感じることがスキルの発動のトリガーのようだ。遠心力も言ってしまえば装備に掛かる過重である。そこへ装備しているか否かで効果が適用されるか否かが変わってくるのだろう。

 

 重さを一切感じないかのようにリリは身の丈以上の重さのあるウォーハンマーを振り回している。

 

「どう?」

 

「………不思議な気分です。まるでリリの身体じゃないようです」

 

「そう。………それじゃ」

 

 振り回している最中の戦闘槌を掴む。流石ともいうべき重量に速度が合わさり、中々の衝撃だったが鍛えている身としては、そう大したものではなかった。

 

「え?」

 

「実践した方が早いと思って。捕まえられたらこうなる」

 

「ぬ、抜けない!?」

 

 引っぱっても押しても動かないその戦闘槌に困惑する。

 

「わかったかな? リリ自身の力はまだ弱いからね。これを防ぐためには捉えられないような素早い一撃。そのあとすぐに後退すればいいと思うよ」

 

「なるほど。理解しました」

 

「うんうん。それじゃ、もうちょっと訓練しよっか?」

 

「はい。………ですが、ベル様。どうしてリリにここまで親切にしてくれるのですか?」

 

 勢いよく落とさないように、ウォーハンマーをおろしてリリが訊ねてくる。

 

「んーサポーターって、何らかの理由で冒険者が出来なかった人がなるんだよね?」

 

「ええ、はい。一般的にはそうですね」

 

「それはリリも一緒?」

 

「………まぁ、そうです。リリには冒険者としての才能は無かったんです」

 

 才能の有る無しであれば、あるんじゃないかと思うが今は棚に上げておく。

 

「じゃ、冒険者ができるのなら冒険者をやってもいいんじゃないの? ………と、僕は思ったわけ。リリはスキルがたいして使えないと言ってたけど、僕から見て、そんなことはないよって教えたかったんだ」

 

「………そんなことで」

 

「納得できない?」

 

 黙りこくってしまって、どうしたものかと頭を悩ます。下心があるのは間違いない。でも、助けたい。力になりたいというのは純粋な気持ちからだ。心の底からリリの事を助けたいと思ったからだ。

 

「どうしてなんですか」

 

「うん?」

 

 

 

 もう我慢がならなかった。

 

「ベル様は、どうして―――どうしてそうなのですかっ!! このハンマーだって決して安くはないです!! それを何でもないかのように私に買ってしまってッ!! ええ、ええ! ベル様は確かにお金持ちでしょうから、そんなことだ出来るんでしょうね! ―――お金が必要なリリの事をあざ笑ってッ!!」

 

「いち、にー………3万ヴァリスと少しかな」

 

「何がですかッ!?」

 

「僕の残りの全財産」

 

「―――え!? あ、う………」

 

「あ、でもちょっと違うかな。冒険者は体も装備も資本だし。でも、本当に3万ヴァリスぐらいしか持ってないよ」

 

「ど、どうかしてるんじゃないですか! リリなんかの為に、全財産使うような真似してっ!!」

 

 嘘をついている、とは思えなかった。嘘をつくことを知らないように見えたのが、自身の気のせいでなければ怪しくもベルは誠実な人だ。今までの行動がそれを示してきている。約束事にはきっちりとしている人だ。

 

 一つ約束を守っていないと言えば、ダンジョンで18階層についたら話がある、ということぐらいだが、あれは18階層にたどり着いていないので無効だろう。

 

 倒してから気がつくという何とも間抜けな出来事だったが、ソロで討伐したことはどうしても目立つからと、18階層へ着く前に引き返したのだった。

 

 本当に、そのことを除けば心配になるほどの誠実で、お人好しだ。

 

 しかしお人好しではあるが、自身と同じくお金にはがめついところがある。だからこそ、なんでそんな大きな買い物を、人の為に出来るのかが分からない。

 

 それこそ、コソ泥のような生活をしてきた自分の為―――リリルカ・アーデの為だなんて到底信じられない。

 

「リリなんか、じゃない。リリの為だからしたんだ」

 

「―――え」

 

 ………そんなことはない、ありえないという自分の思いに反して、膝を折り、目線を合わせて―――少し照れくさそうにしながら目を逸らすことなくベルは言った。

 

 嗚呼、もう本当にお人好し。ベルはそういう人だということをついさっき再確認していたじゃないか。

 

 ―――不意をつかれた理由はわかっている。

 

 こんな卑しい自分の為に、何かをしてくれるだなんて、自分が思いたくなかったのだ。ベルにも何か企みがあるんじゃないかと思いたかったのだ。でも違う。本当にベルは自分のためにしてくれたのだ。無償の思いでやってくれたのだ。

 

「うぅぅ! ………ばかぁ! ベル様のあほ! なんで、そんなっ………!」

 

「あ、ははは。そう思うよねぇ………」

 

 本当に今、後悔しかない。疑ってばかりいた自分が情けない。

 

 ………ダンジョンの報酬をちょろまかしていた過去の自分が恨めしい。

 

 こんなにいい人からどうして、横からくすねるような真似をしたのか。半分抜き取ったうえで換金の報告をして、ベルに残った額の半分まで貰っていた。結局ベルが手にした報酬は本来の額の4分の1しかない。それでも30万を超える額を手にしていたのには驚いた。………だがそれ以上に昨日、自分が手にした額は100万を超えている。1万ヴァリス硬貨なんてダンジョンの報酬で初めて見た。

 

「ごめんなさいっベルさまっ!! リリは、リリは………!」

 

「え、うわっ! リリ!? なんで泣いてるの!?」

 

 追及されないからと甘えてしまっては、本当に堕ちるとこまで堕ちてしまう。己の罪は告白しなければいけない。

 

 許してくれるのだろうか。それともベルでも怒りを顕わにするのか。そんなことが怖くて怖くて仕方がない自分がいる。

 

 でも。それでも。

 

「ひっぐ、べるざま。じつは―――」

 

 

 

 罪を打ち明け。そして許され。どうしてそんなに優しいのかと文句を言って。泣いて謝って。

 

 そして泣き止むまで慰められた。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

「………ううう!」

 

 急に泣きだして、泣き止んだと思ったらこちらをにらみつけてきたリリ。気軽に女の子にする事ではなかった、という自覚はあるが、どうすれば良かったのだと心の中で頭を抱える。

 

 気が付いたらお昼を告げる鐘の音がオラリオの何処かから響いていたということもあり、【ゴブニュ・ファミリア】へ鎧を取りに行くこととなったのだが、先ほどからリリはこの調子である。

 

「ねぇ、どうしてそんなに睨んでるのかなぁ………?」

 

「ベルさまのすけこまし。お人好し。………女の敵!」

 

「ええ、………えええー」

 

 まるでハーレムを築く英雄が女の子に言われる台詞じゃないか、とショックを受ける。確かにそれらしいやり取りではあったが、あれだけでそんな風に言われるのは良い意味でも悪い意味でもショックだった。

 

 ハーレムとは覇道である、というのは誰の言葉だっただろうか。………嗚呼、祖父だった。

 

「………!(ぷいっ)」

 

 今度は目を合わせてくれなくなってしまったと天を仰ぐ。

 

 お祖父ちゃんヘルプミー、と祖父の旅立った空へと心の中で慟哭した。

 

 

 

「有難う御座いました。またのご利用お待ちしてます」

 

 受け取った鎧と戦闘槌を、落ち着いた様子のリリのバックパックに括り付け、実戦のため北のメインストリートに出て、バベルへと足を運ぶ。戦闘槌だけでも重量はリリの20倍はある筈だが、それを軽々と持ち運べていることに末恐ろしさを感じる。やはり見立て通り【縁下力持(アーテル・アシスト)】の補正は計り知れない。

 

「ちょっと復習だけど、リリの目指す戦闘スタイルは一撃入れて、捉えられないように後退、もしくは次の攻撃へ繋げること」

 

「………はい」

 

「でも、攻撃を入れ続けるのは戦闘経験の浅いリリには難しいだろうから、今日は当てたらさがる、が出来るようになろうか」

 

 相槌を打つリリ。戦っている自分の姿でも想像しているのだろうか。神妙な顔つきで考え込んでいる。そんなリリを連れて、ジャガ丸くんとツインテールの可愛い売り子が恋しくなって初日に訪れた屋台に赴いた。

 

「ジャガ丸くん4つ、塩味で」

 

「はーい。あ、揚がるまでちょっと待っていてくれるかい? ………お、君は確か一昨日来た子だね。初めて見る顔だったから記憶に残ってたよ」

 

「僕も売り子さんが可愛かったので此処にきました」

 

「もー! 嬉しい事言ってくれるじゃないかっ! でも、神様をそんな風に口説いては駄目だぜ?」

 

 斜め後ろで神妙な顔をしていたリリからジトっとした視線を浴びる。

 

「ははは、気を付けます。彼女が怒りそうですから」

 

「な!? 付き合ってないです!! う、ベル様が何しようとリリには関係ありません!!」

 

「うむうむ。仲が良くて良いね。………はい、揚がったよ。ジャガ丸くん塩味4つ。熱いから気を付けてね!」

 

 120ヴァリスを払って紙袋を受け取る。背中にぽこすかと痛みも感じない抗議してくるが、ただ可愛らしいだけなのであの神様には仲が良いだけに見えただろう。

 

 先の件を掘り返すわけではなかったのだが、リリの分を渡すと大人しくなったので良しとする。きっとまたお金を使わせてしまった、とか考えているだろうリリを連れて、少し遅めの昼食にジャガ丸くんを()みながら今度こそバベルへと向かった。

 

 




日間一位有難う御座います!!
皆様のお蔭です! 本当にありがとう!


………怖いなー自分が驕りそうで怖いなー
日間で1万ユニークとか初めて見たもの。
いつぞやのように道を踏み外しそうで怖い。


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バグ・クラネルは理解したい

「そう拗ねないでよ。冗談が過ぎたって。ごめん」

 

 霧深いダンジョン10階層を進む、視界が取れずヘルムを外したリリに続いていく。今はリリが前に立ち、バックパックを自分が背負っていた。すっかりサポーターと冒険者の立ち位置が入れ替わっているが、リリの戦闘は中々どうして様になっていて見ごたえがあった。元々種族的にも足の速いリリが重量を伴って武器を振るう様はさながら台風である。

 

 自分にできなかったことが出来るようになって少し気分が高揚しているようだが、ジャガ丸くんの一件からリリからの当たりは強い。

 

「ベル様のことなんて知りません! あんな風にリリを苛めて楽しいですか! もうちょっと自分のお金を大切にしてください! リリなんかに使わずに!!」

 

「ごめんごめん。ほら、許して。ね? 怒るとお腹が減るよ?」

 

「もー! ベル様と一緒にしないでください!」

 

「えー!」

 

 所持金が心許ないといっても奢れないわけではないのだから、別にいいじゃないかと思ってしまうのは悪くない。と、そんなことを言ってしまえばまたもや、天然ジゴロだとか言われてしまいそうなので言わないでおく。

 

 ―――リリ自身は戦闘の才能がないと嘆いていたが、そんなことはない。モンスターを鎧袖一触で中の魔石ごと粉砕している。一式そろえるための金額もあって、重装備をするという発想が無かったのだろう。出会う前のリリの生活を聞く限り、手に入れることが困難だったはずだ。守銭奴な性格も災いしているのだろう。

 

 自分からの収入で今は懐が温まっているだろうが、そのお金も【ファミリア】退団の資金に加えるそうだ。どれだけあればいいのかわからない、もっと必要なはずと言っていたのが印象に残っている。

 

 危険だと思った。このままだとリリは搾取されるだけ搾取されてしまうだろう。―――助けたいと思うのは、駄目なことだろうか。

 

 緩慢なオークが鋭く振るわれた巨槌に吹き飛ばされるのを見た。薄暗くてよくはわからないが、リリの耳が少し赤くなっているように見える。

 

「もう、良いですっ! 天然ジゴロのベル様なんて知りませんっ! そうやって魔石拾いしてればいいんです!」

 

「天然ジゴロって、そりゃないよ………。それに本来ならサポーターはリリだし」

 

「………ベル様が今日は代わると言ったからですよ」

 

「うん。………そうだね」

 

 異世界にある物語の英雄たちが幾らそうでも、そういうところは見習いたくはないところだ。羨ましいなぁと思うが、自分は一人一人と真摯に向き合いたいのだ。率先して真似をしようとは思えない。だから少し複雑だった。

 

 リリに変わってサポーター役に徹している。魔石を拾うだけなのだが、ひどく参った。意外と大変なのだな、とサポーターの役割の重要性を再確認する。

 

「………分かってたつもりだけど、サポーターって惨めな気持ちになってくるんだね」

 

「っ!」

 

「リリは凄いな………こんな大変な仕事、僕には続けられそうにないよ」

 

 インプがリリに殴られてバラバラになる。モンスターの血が付着したハンマーを持つリリの姿は猟奇的ですらあったが、この薄暗い中でもわかる程度に赤い顔を見れば、自分の迂闊さに気が付いた。

 

「………その、ありがとうございます」

 

「うぐっ………」

 

 また怒られると思ったがそんなことはなかった。効果は抜群だった。

 

 

 

 11階層までならリリに案内はいらないはずだが、時折リリは立ち止まる。

 

 嬉々として振るっていた槌を降ろして俯く。

 

「リリ?」

 

「………なんでもありません。行きますよ!」

 

 何か思うところがあるというのは見て取れた。

 

 控えめな彼女は何処に行ったのだろうかと、少し寂しくもあった。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

 本日の稼ぎ、約7万とんで600ヴァリス。12階層までだったが、昨日、ベルが稼いだ額と比べれば天と地の差だ。

 

「では、ベル様。約束通りの半分です。………本当に、本当にリリはお返ししなくていいんでしょうか」

 

 上級冒険者と自身の差でもある。本当に罪深いことをしてしまったのだと実感してしまう。

 

「いいよいいよ。リリが盗ったっていうお金はリリが持ってて。というかあげたんだし。お金を使うことはあんまり無いから、僕のことは気にしなくていいよ」

 

「ですがっ! リリは!」

 

「もう、しつこいなぁ」

 

 しかし、この人はそんな意も解さない。なんなのだ、と問うても恥ずかしくなるような事しか言わない。許しはしてくれた。しかし、むくむくと成長してきた良心が自分自身を赦さないのだ。

 

 ―――どうすればリリはリリを赦せるのでしょうか。

 

「なんでも、なんでもします! リリにできる事で償いが―――」

 

「ストップ。それ以上はダメだよ? ………僕が、もしリリのことが欲しいって言ったらくれるの?」

 

「っぐ………! そ、それは………」

 

「無理でしょう? 僕が許すって言ったんだから。それに、リリはもうしないって言ったじゃないか」

 

「………そうなのですが、でもっ!」

 

「でもはなし。僕の自己満足かもしれないけど、ちょっとでもリリの事を助けたいんだ。お願い」

 

「………ベル様」

 

 そんな言い方をされてしまっては、何も言えないではないか。本当にずるい。

 

 自分自身の力で稼いで手に入れたお金。でも、それはベルの支援があってのことだ。

 

 昨日、すでに宝石に換えてしまい貸金庫へ入れたお金よりも遥かに少ない。

 

 だが、今日稼いだこのお金は昨日の大金の重みよりもずっと重い。それは金額が半分以下になってもだ。

 

 なんでだろう、と手に握りしめた袋を見ていたら視界が霞んできた。

 

「あの、リリ?」

 

「ううっ………! ベル様なんて知りません!!」

 

「えぇ!? 今日の夕食は―――!?」

 

「お一人で! 今日リリは用事がありますので!!」

 

 堪らなくなって顔を背けて逃げ出してしまう。「明日は朝ごはん一緒に食べよーねー」と大声で恥ずかしげもなく自分の背中に告げたベルを横目で見て、下宿先に戻った。

 

 

 

 手に握ったままだった3万5300ヴァリスが入った袋を備え付けの小棚の上に置く。今日プレゼントされたハンマーと鎧が括り付けてあるバックパックを床におろすと、床板が嫌な音を立てた。

 

 また泣き出しそうになっていたのを誤魔化すためとはいえ、用事があると言って夕食の誘いを断ったのは良くなかったかもしれない。きゅうーと情けない腹の虫が鳴る。

 

「はぁ………」

 

 なんて人に出会ってしまったのだろうか。今まで会ってきたどんな人よりもお人好しで、優しい人だ。あの老夫婦の一件から、誰にも頼らず甘えずに生きていこうと決めたはずなのに、つい心が絆されてしまう。

 

 ―――頼ってもいいですか、と。甘えてもいいですか、と。

 

 そんなことをつい考えてしまう。

 

 自分は既に天涯孤独の身だ。顔も忘れてしまった両親は幼い自分を残して死に、自分に血の繋がった人は居ない。だから、兄という言葉には無縁だが、………もし居たらあんな感じなのだろうか。

 

 随分と恥ずかしいことを考えていることに気が付いて、羞恥心を誤魔化すためベッドに前のめりに倒れる。埃が舞って少し咳き込んだ。

 

「はぁ………リリは」

 

 今日、自分は嫌っていた筈の冒険者になっていた。今では冒険者にも色々いるのだと認識している。ことごとく理不尽に遭っていたのは巡り合わせが悪かっただけなのだと、あのお人好しに教えてもらった。―――しかし、自分はサポーターとして雇われたのだ。依頼主の要望に応えるという理由だけで、役割を交換したのはおかしなことだった。

 

 やはり今日の自分はおかしい。あんな二日ほど一緒に居た程度でしかない人の前で泣き出すなんて今までなかった。

 

 罪の意識を感じて、弱音を吐いて。言われるがまま、自分の可能性に気が付いた。………きっと自分がおかしいのは、全てベルが優しすぎるからだと言い訳する。

 

 だが、楽しくなかったわけではない。むしろダンジョンに潜ってきて一番楽しかった。心が、体が。冒険を。未知を求めていた。お金に変わる魔石を持った、モンスターを倒さんと欲していた。

 

 寝返りをうって天井を仰ぐ。

 

「冒険者は嫌いです。………でも、」

 

 ―――ベルの事は嫌いじゃない。嫌いなのは卑しい奴らだけだ。………そして、それには自分も含まれている。

 

『冒険者なんてっ大ッ嫌いです!! あんな奴らに寄生しなきゃ生きていけない、リリはッもっと嫌いです゛っ!』

 

 そう言って彼の腕の中で泣いて。ベルは抱きしめてくれた。

 

『大丈夫。大丈夫』

 

 そういって頭を撫でてくれた。

 

 今思えばあんな恥ずかしことがなんで出来たのかわからないが、やはり彼が優しかったからだろう。人目が無かったことも一因のはずだ。

 

 つい、天然ジゴロと罵ってしまったのが悔やまれる。

 

 ―――ベル様はただ優しいだけなのに。

 

 今日一日だけでもそれは顕著だ。………少しだけ、本当にそうなんじゃないかなと、ジャガ丸くんの屋台での一件を思い出したが世辞だろう。全員が全員整った顔立ちをしている神々に麗句を送ったとしても、神々にとっては当然の事でしかない。

 

 初めて受けた他者からの善意は本当に心地よいと、今日一日を振り返って、朝方に見た鍛え上げられた身体を思い出してしまう。

 

「―――凄かったです」

 

 思わず指の間からガン見したほどだ。ベルは着痩せするのだろう。言ったら触らせてもらえないだろうか、と思いついてしまって、はしたない自分に悶えた。

 

 

 

 それは兄に抱くべき思いとは別ものだ。リリは初めての感情に戸惑い、悶々とする。だがその間にも夜の帳は下りていき、何時しか訪れた眠気に彼女は身を任せた。

 

 




元々前話と合わせて1話だったので少し短めです。
明日の投稿は今日の出来具合次第で。


感想&評価励みになってます。
一日で2万UAなんて初めて見たぞぅ。
慢心するなよ自分。


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ベル・クラネルは背伸びしたい

 オラリオに来て四日目の早朝。市壁の上に場所を移して鍛錬を終えた後、宿の入り口にてリリを待つ。しかし気分はあまりよくない。

 

 昨日、リリとの別れ際に子どものように大声で朝食に誘った(流石に後で恥ずかしくなった)のだが、リリの返事がなかったので不安なのだ。

 

 それ以前にお節介が過ぎたかもしれない。迷惑だったかもしれないと、昨日自分のやったことを考えて少し不安だった。

 

 ―――でも、杞憂に終わりそうで良かった。

 

 視界の遠くにクリーム色のフードを被った小さい姿が見える。一つ胸を撫で下ろし、中で彼女を待つことにした。

 

 

 

 昨日と同じく、リリは宿まで赴いてきて中に入ってきた。鎧と戦闘槌は持っていない。来て早々、リリはフードを外して頭を下げる。

 

「昨日はすみませんでした。リリの用事で夕食が一緒に出来ず………。それと、調子に乗って随分と酷いことを言ってしまいました。それも合わせて」

 

 ずい、とバックパックの中から取り出した袋を座っていた机に置いた。

 

「これは?」

 

「ノームの宝石です。丁度、ベル様から盗んでしまった額と同じくらいあります。リリからのお礼と謝罪です」

 

「あの、リリ。………あのお金は、僕はあげるって言ったよね」

 

「言いました。ですから、リリも無駄遣いしてしまったベル様に差し上げます」

 

「なんだか、その言い方だとダメ男みたいなんだけど………」

 

 これは一本取られたと思った。同じように総額90万ヴァリスのプレゼントをしたのは何処の誰だったか。しかし、押し返せない。リリから不動の思いを感じてしまった。これは受け取らざるを得ないと、渋々受け取ってリリを椅子に座らせる。

 

「ごめんなさい。リリはベル様にまた酷いことを言いましたか?」

 

「いや、それはいいんだけどね。………でも、本当に良いの? お金、要るんでしょ?」

 

「それはそうなんですが。………リリの気が収まらないというか。ベル様に与えられてばかりで、情けなくなってくるというか。なんというか、その。サポーター、みたいで………」

 

「あー、そうかー」

 

 なんとなくリリの言わんとすることを理解する。昨日実際にサポーターをしてみて分かったことだが、幾ら冒険者である自分にその意識がないと言っても、サポーターをやっている者は惨めな気持ちになる。

 

 もしかすると他の所では昨日や一昨日のように取り分をサポーターと冒険者で半々に山分け、ということはないのかもしれない。ソロでやっている人は少ないだろうから、もっと取り分を決める際は難しいのだろう。サポーターは楽をしている、と見られてもおかしくない。リリはそのサポーターの負の面を自分自身に重ねたのだ。

 

 しかし、リリからこうして()()()ことで一つ思いついた。じっとリリを見る。

 

「あの、リリの顔に何かついてますか?」

 

「いや、別に?」

 

「???」

 

 なに、リリを助ける口実を思いついただけだ。

 

 変なベル様、とリリが笑う。少しだけその屈託のない笑顔に、自分は間違ってなかったと実感した。

 

 

 

 今日の朝食はコーンポタージュスープだ。コーンがトロリとしたスープはコクがあり、美味しいの一言。主食にあたるパンもガーリックバターで味付けされているため、スープと合わせて食べるとお腹にガツンとくる。腹持ちも良さそうだ。

 

 昨日の振る舞いに少し卑屈になっている様子だったのでフォローする。

 

「いや、昨日のリリはすごかったよ。思わず見惚れちゃった」

 

「もう、そんな風にリリを揶揄わないでください!」

 

「ホントホント。なんていうか、こう、攻撃の嵐みたいな感じで!」

 

 世辞ではなく、正直な気持ちである。しかし、当人には伝わっていないのが残念で仕方ない。

 

 小柄な彼女が己の体重以上もある巨槌を果敢に操る様は見惚れた。まるで異世界の知識に見た『ゲームのキャラクター』のようで格好いいと思ったのだ。

 

 世辞のように受け取られているが、本人も満更ではなさそうで、髪の毛から覗いている耳の先が赤くなっている。

 

「………でも、そうだとしたら全部ベル様のお蔭です。本当に、ありがとうございます」

 

「う、うん………」

 

 そんなことはないと言いたかったが、言えなかった。リリが嬉しそうに微笑む。リリが年上だと一方的に知っているからだろうか。少しだけ大人っぽい仕草に目が行ってしまい、ドギマギとしてしまう。

 

「さ、冷めちゃわないうちに食べよっか! ね!」

 

「え、えぇ………。なんだか、今日のベル様は一段と変ですよ?」

 

「………気にしないで」

 

 少しだけ驚かせてしまったが、その原因を作った本人はきっと無自覚だ。年下の身としては困ったものである。

 

 調子を取り戻して、談笑しつつ手を口を動かしていく。

 

 少しだけ残したパンで、残ったスープを拭い、皿の内側には一滴も残さない。少しだけ粗野な感じだが、リリも同じようで、綺麗に食べられている。それだけ美味しかった。

 

「じゃ、今日も一日よろしくね」

 

「はい、ベル様!」

 

 初日とは幾分か違う声色に、思い付きを実行するための気合が入った。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

 ダンジョン17階層。

 

「じゃ、今日はこの辺にしようか」

 

「え、でも、これだけしか………」

 

 バックパックの中身を見せる。まったくと言って良いほど、今日は魔石やドロップアイテムを集めれていない。自分が稼いだくらいしかないのだ。この人であればもっと稼げるはずなのに。

 

 ベルは来た道を戻る。少し不思議に思いながらも、そのあとをついていった。

 

 

 

 案の定だ。合計7万5200ヴァリス。魔物を倒す速さは自分と比べてもおそろしく速かったが、稼ぐ額自体に変わりない。

 

「それじゃ、リリ。また明日」

 

「え、あの。ベル様、夕食は?」

 

「あ、一人で食べて。ちょっと用事があるんだ」

 

「………そう、ですか」

 

 寂しいとつい思ってしまったのは、ぬるま湯に浸かってしまった証拠だ。ダメだダメだ。慣れてしまっては駄目なのだと自分を戒める。あと三日もすれば別れてしまう人なのだから。

 

「………もしかして一人で食べるのが寂しかったりする?」

 

「そんなことは、………ありません」

 

「ホントごめん! どうしても今日は駄目なんだよ………。リリが悲しいのはわかるけど」

 

「リリは悲しくなんてありませんっ!! ベル様のばか!」

 

「あははは。冗談だよ、冗談。でも、ホントにごめん。今日は一緒にできないや。必ず埋め合わせするから」

 

「は、はい………」

 

 ―――真剣な表情にドキッとしたのは、気のせいです。ええ、気のせい。

 

 背中を向けてベルは離れていく。つい追いかけたくなってしまって、手が伸びた。まるで子どものようだ、と情けなくなる。

 

「あぁ、リリ。もし、もしだけど。【ファミリア】から抜けれたらどうしたい?」

 

「え、あの、それはどういった意図で?」

 

 急に振り向かれ、伸ばしていた手を慌てて膝におく。はぐらかすには少し失敗したかもしれない。

 

「いや、どうしたいのかなって。もしなかったら、考えておくといいよ? 一生懸命だった時ほど、人は燃え尽き症候群ってのになりやすいらしいから」

 

「は、はぁ………」

 

 なんだかよくわからないことを言って今度こそ、ベルはこの場から去って行った。

 

 

 

 一人寂しく食事をした翌日。ベルの宿まで向かう。

 

「え………ベル様帰って来られてないんですか?」

 

 自分の顔を覚えていたらしい宿の主人曰く、ベルは昨日から帰ってきていないらしい。それで今日は朝食を作っていないそうだ。ダンジョンで死んだのか、と不謹慎なことを聞かれたが「まず有り得ない事です」と否定して、宿を後にした。

 

 あの人が約束を反故にすることは無いはずだ。そう思ってベルと訪れた場所をそれとなく訪ねてまわる。

 

 バベル前、ギルド前、市壁の上に行ってみて、女神が売り子をしていたジャガ丸くんの屋台にも遠目で見て居ないことを確認する。

 

 何処に行ったのだろうか、と立ち止まると、まるで自分が迷子のようだと気が付いた。甘ったれてしまって、本当に子どものようだ。ベルに10歳くらいのお子様だと言われても否定できない。

 

「はぁ………ダメダメですね。リリは」

 

「何が駄目なの、リリ?」

 

「わっ!? え、ベル様!? なんで!?」

 

 耳触りの良い優しい声だ。ベルの声だ。自分を甘やかして―――………だめだ。これはいけない。

 

 ベルはいつもの格好で、手にはジャガ丸くんの匂いがする袋を持っていた。ベルのことだ。あの屋台で買ったのだろう。丁度すれ違いになっていたのかもしれない。

 

「リリの姿が見えたから。あれ、リリも何か用事があった? 帰ったら宿に居なくて心配したよ?」

 

「い、いえ………。ベル様があの宿に居なかったので………」

 

「あ、もしかして探してくれてたの?」

 

「………はい」

 

 恥ずかしくて、被っていたフードを深く被る。目元しか隠せず、赤くなった顔は見られているだろう。

 

「………そっか。ごめんね、何も言わなくて。実は僕もリリを探してたんだ。昨日の野暮用で帰るのが今日になっちゃって。帰ってみたらリリが居なかったから。でも、ほら。ちゃんと帰ってきたから。安心していいよ」

 

「べ、別にリリはベル様のことなんか心配してないです………」

 

 流石に嘘を吐くのが下手過ぎた。ベルにもわかるような嘘の吐き方をしてしまった。

 

「それはちょっと悲しいかなぁ………僕は心配したんだけど。リリは心配してくれないの?」

 

「………もぅ」

 

 頭を撫でられてしまい、何も言えなくなってしまった。そうやって自分を甘やかして笑うベルが憎い。数日で別れてしまうと知っているから、余計に。

 

 

 

 ―――この感情に名前を付けるなら、なんになるんだろう。

 

 ベルに「はい、朝食と昼食」と言って手渡された袋からジャガ丸くんを一つ取り出して、残りをリリはバックパックに仕舞った。ダンジョンに行くため歩き出したベルにリリは疑問を抱えてついて行く。

 

 早鐘を打つリリの心臓は、リリが知らないときめきにも似た感情を如実に表していた。

 

 

 

 少しだけ、忌まわしいあの酒の匂いがした。

 

 

 



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バグ・クラネルは殴りたい

ガネーシャから諸兄らへお願いだッ!
俺のスタンドの暴走によって消し飛ばされた三日間があるが、ベルがゴライアスを解体した日とあまり変わりないので、どうかッ! 許してほしいッッ!!
リリルカとベルのラブコメは各自脳内補完で頼むッ!

俺が、ガネーシャだッ!!(土下寝)



あと今回、若干一名のキャラが大幅に崩壊しているので注意。
………いやぁ、お酒の力って怖いね。


 オラリオに来て七日目。リリと交わした契約によれば今日でリリと行動を共にするのは最後の日だ。

 

 野暮用で早く切り上げた三日前のあの日からこの日まで、自分だけでもおよそ210万ヴァリスは稼げることができた。丁度半分で山分けをしているので、リリも同じくらいだ。リリが居なければ此処まで稼ぐことは出来なかっただろう。【縁下力持(アーテル・アシスト)】さまさまだ。

 

 ―――七日間。リリと冒険を共にし、食事を共にした。知らない仲とは言えない。誰にも言わせない。彼女の弱音を引き出し、彼女の問題も知った。リリを助ける決意をして、本人の知り得ぬことだがもう()()()()。三日ほど前のことだ。穏便に済んで良かった、と思い出す。

 

 ギルドの前で山分けをして、適当なところで食事をして。その帰り道。

 

 酒場があつまる区画。店から魔石灯の光が漏れる人通りのない街道でリリと対面する。

 

「………本当に、本当に駄目でしょうか?」

 

「ダメ。契約を延長して、リリを雇うつもりはないよ」

 

 『今はまだ』という言葉がつくが、敢えて言わない。

 

 頭を横に振って、リリは嫌だという。

 

「でしたら! 契約金なんて要りませんっ。リリの報酬も無くても良いです! ですから―――」

 

「それは出来ない。リリ、そんな自分を安売りしちゃダメだ」

 

「だってっ………だってッ!」

 

「確かにそこまで言ってもらえて嬉しいけど、………でも、リリにはリリの人生がある。それに、まだリリの問題は解決していないんでしょ?」

 

「それは………!!」

 

 歯を食いしばるように、リリはうつむく。………白々しい、とはこのことだろう。少しだけ悪戯が過ぎている気がしてくるが、だからと言って自分がリリを縛りつけたくはない。

 

 でも、流石に自分も辛くなってきた。

 

「実はあるファミリアの女の子からクエスト? を受けちゃって。そっちを優先しなくちゃいけないんだ」

 

「っ!? だからですかッ! ベル様のすけこましっ………!! やっぱり女の子なんですねッ!?」

 

「ぅぐ………。ま、まぁ、最後まで聞いてよ。もう報酬を受け取ってるんだ。報酬の前金だけでもおよそだけど100万ヴァリスの宝石。だから断ることが出来ないんだ」

 

「………。へぇ、誰なんですか。そんなお金持ちの知り合いが居たとは、リリは驚きです」

 

 言葉尻に棘があった。目尻には涙が溜まっている。………苛めすぎたかもしれないと顔に出ないように反省する。

 

「15歳のパルゥムの女の子でね。随分と悪いことをしてきたみたいで。………でも、人生をやり直したいって。誰にも後ろめたいことがないよう、生きたいって泣きながら言われちゃったら聞くしかないじゃないか。―――『【ファミリア】を退団したい』って、涙ながらに言ってたよ」

 

「―――え」

 

 リリも流石に見当がついたのだろう。

 

「………で、これが三日ほど前に貰った前金の報酬」

 

「そ、それは………」

 

 荷物の中からリリが持ってきたノームの宝石が入った袋を取り出す。リリが態々持ち運びやすいように換えてきたものだ。

 

「だってさ、ノームの宝石だっけ? 持ち運びやすいようにこうして、わざわざ交換してきてくれたんだから。聞かないわけにはいかないよ。リリが何と言っても、僕は彼女を助けるよ」

 

 そう自分が―――ベル・クラネルが決めたのだから。

 

 

 

 堰き止めていた涙は、我慢がしきれず流れ落ちてしまう。

 

「ずるいです、そんな。ベル様はどうして………」

 

「どうしてって言われても。前にも言ったけどリリのこと、僕は本当に助けたいんだ」

 

「だからっ、それがズルいって言ってるんです!!」

 

 ―――ベルのことを探した日。いや、もっと前からその感情は芽生えていた。名前の知らない感情の正体が解って、より一層この日を遠ざけたくあった。………だというのに、この人はそんな自分を知らないかのように振舞って、弄ぶ。悪戯好きな子供のように振る舞いつつ、自分の事を考えてくれている。「助けたい」だなんて一度も言われたことが無かったのに、この人は何度も何度も自分に投げかけてくる。

 

 八つ当たりのように殴っても只々、受け止めてくれる。

 

 ―――………嗚呼、リリはこの人だから―――

 

「それじゃ行こう、リリ。あとは依頼主を主神に会わせて『改宗待ち』にするだけなんだ」

 

 それでも、差し伸べられた手を取ってもいいのか躊躇する。本当に自分なんかが、この手を取っていいものだろうか。

 

 見かねたように、手を取られた。

 

「………っ」

 

「この前、言ったよね。退団出来たらどうしたいかって。もしなかったら考えておいてって。………全部終わったらでいいから、聞かせてね」

 

「………はい。リリは」

 

「それは後で、ね」

 

 本当に、ずるい。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

 手を繋いで恥ずかしがるリリを連れてやってきたのは【ソーマ・ファミリア】の本拠(ホーム)だ。

 

「え、えぇ!? 正面から行くんですか!?」

 

「大丈夫。話は通してるから。お邪魔しまーす」

 

 返事がない、ということは良いと言う事だろう。この時間に訪れることは伝えているので居るに違いない。

 

「あの、ベル様! どうしてこの場所を!」

 

「ん? まぁ、三日前に来てるし。聞き込みしたら親切に教えてくれた人が居たのは助かったよ」

 

「そうではなく! そうではなくっ!! ちょっとベル様、待ってぇ!」

 

 ちなみにモルドさんではない。酒造をしているらしい、というのは街の人からも聞けたので、卸していそうな酒場を訪ねてまわったのだ。一発目に訪ねた豊饒の女主人で教えてもらえたのは僥倖だった。一番高い料理を頼まされはしたが。

 

 そうこうしていると、この【ファミリア】の主神であるソーマの部屋の前まで来れた。

 

「ソーマさん、来ましたよー」

 

「あの、ベル様、ソーマ様は酒造りにしか………」

 

『―――? ベルか。入って来ても良いぞ』

 

「………うそぉ」

 

 リリが唖然とした声を出しているが、理由が不明である。確かに酒造りに狂っていると初対面の時に思ったが、あれは造る以上に無類の酒好きだ。

 

 中へ入ると長い髪を後ろに纏め、顔を出したソーマが一柱(ひとり)、『神酒』を大きな盃に注いで飲んでいる。表情が変わっていないようだが、ほろ酔い気分なのが伺えた。依頼主の横のパルゥムの女の子はさらに困惑している。

 

「いらっしゃい。ほら、まずは駆けつけ一杯」

 

「したいところですが、酔っぱらう前にお願いします。―――リリルカの『改宗』を」

 

「だが断る!」

 

 この野郎、と思わざるをえない。話は既に通したはずなのに、どうしてそうふざけるのか。殴ってやろうか、と柄にもなく思った。

 

「………じゃあ一杯だけ」

 

 受け取った盃を呷って、中身を飲み干す。先ほどからソーマと自分に視線を行ったり来たりさせてたリリの瞳が大きく見開かれる。

 

「よし、許す。………というか、私にはこんな眷族()が居たのか?」

 

「ご馳走様です。ええ、居ました。居たんです。………勝手に失望して、見限って、放り出した貴方の眷族の中に。………先に出ますので、リリの『改宗』はしっかりお願いしますよ」

 

「ああ、わかった。また一緒に飲もう、ベル」

 

「ええ、機会があれば。また何処かで」

 

 唖然としたままのリリの手を離して背中を押す。ソーマが頷いたのを見て、部屋を出た。

 

 

 

 忌々しい『神酒』の芳醇な匂いが漂う中、自分はベルにソーマと二人きりにされた。

 

「………リリルカ、来なさい」

 

「………はい」

 

 誰か事情を説明してくれ、と心の中で懇願する。

 

 何故、ベルがソーマと仲良くなっているのか。そもそも、何故ソーマが人と関りを持ち、会話が出来ているのか。ベルが『神酒』を飲んでも平気なのかは、わからないでもない。あの人は上級冒険者なのだから、当然と言えば当然だ。

 

「不思議そうな顔をしているな」

 

「はい。………どうしてなのですか」

 

「だが、断るとは言えない。流石に、この程度の空気は読める。………さて、何から話したものかな。まずは私が『神酒』を配った経緯を説明しようか」

 

「………」

 

 ソーマは盃を呷る。

 

「初めはそう、普通の【ファミリア】だった。私が【ステイタス】を与え、私のために頑張ってくれる団員(お前)たちがいた。でも私はお前たちに何もしてやれない。何もできない。確かに【ステイタス】を与えてやれはする。だが、それだけだ。私が酒造りに没頭できる時間と費用をくれることへの対価は払ってやれない。だから、私にできることで労おう。そう思った。ただそれだけの思いで『神酒』を与えたのだ。だが、それがいけなかった………」

 

 独白のようにソーマは語る。それは自分との会話ではない。饒舌にしゃべるその雰囲気は酒場に行けばよく見る光景を見ることが出来る。ソーマはもう一度酒を呷る。

 

「酒に弱い、強いは個人差がある。それは酒の神である私が一番知っていたはずだった。今なお、神も嗜む酒だ。(酒の神)が胸を張っていい酒だと言える代物を、大した力もない子供に与えればどうなるか。少し考えればわかっていたはずだった。だというのに、私はお前たちに幻滅し、見限った。酒を造ることで、私の所為ではないと言い訳して眷族たちと向き合う事を止めた」

 

「………後悔なさってるのですか?」

 

 神に後悔しているか、などと問うのは無粋なのことだろう。それは自分でもわかっている。だが、ソーマの独白を聞き、黙ってはいられない。自身の両親が死に、自分が一人で生きてこなければならなかったのは、この神物(じんぶつ)が原因なのだ。

 

「ああ、しているとも。全知零能の身に落し、神の権能によって造る酒を人の身で再現できた。そのことに慢心した。私は神の酒を作れはするが、その能力は人と変わりない。未だ全知全能であると慢心した。全知零能であることを忘れ、人の身に近づきすぎた。酒造りしか能のない神に、人と交流する能力は皆無だった。人に近づいたが故に、人を知ろうとはしなかった。………本当にお前たちには申し訳ないことをした」

 

 ソーマは『神酒』を飲んでいると自分には思えないほど、正気を保った声で言う。しかし、どこか自分を見ていないようでもあった。

 

「………こうして、お前と話せているように見えるが、私には判断がつかないのだ。私は誰に話しているのだろうか。誰に向かっているのか。………いや、確かにお前はリリルカ・アーデなのだろう。だが、それ以上に私には嘗て私の元に居たお前(眷族)たちにも見えるのだ。本当に苦労をかけた。世話をかけた。………迷惑を、かけてしまった。私の浅慮で、命を落としたお前(眷族)達も居る。許せと言っても届かないだろう。だから、リリルカ・アーデ。まずはお前に私の不徳を許してほしい。―――すまなかった。………本当に、すまなかった」

 

 それは男神が女神に対して行っているのを見ることができる、極東における土下座と言われるものだった。ソーマが頭を伏せ、自分にむかって謝罪をしている。もっと早くその言葉が聞きたかったと思う。だが、それは許さない理由にはならない。

 

「正直、リリは困惑してます………どうして、早く気付いてくれなかったのか。どうして、もっとリリたち眷族に向き合ってくれなかったのか。言いたいことは一杯ありますが、今はぐっと飲みこみます。………リリは、主神(かみ)さまを許したいと思います。気づいてくれたなら、これから変えてくれればいいのですから」

 

 頭を上げてソーマが語る。

 

「―――嗚呼、本当に二日酔いから醒めたような気分だ。それもこれもベルのお蔭か。あの男は凄いな。酒の神(わたし)が覚えていなければならなかったことを、思い出させてくれたよ。飲まれない酒は、水と変わりないことに」

 

 

 ―――酒は飲んでも、呑ませるな。

 

 ―――酒は飲んでも、呑まれるな。

 

 ―――お酒はやっぱり皆で飲んで楽しくないと。

 

 ―――こんなに美味しいお酒が勿体ない。

 

 

 ダンジョン探索を早々に切り上げ、ベルが行方をくらましたあの日。この本拠(ホーム)に居た団長を含む構成員を次々と気絶させ、ベルはソーマと酒宴を開いたらしい。『神酒』を一瓶開けてソーマにそんなことを言ったそうだ。

 

「だから、あの時―――」

 

 ベルと再会した時、気のせいだとは思ったが、少しだけ『神酒(ソーマ)』の香りがした理由に納得がいった。

 

「さぁ、あまりベルを待たせてはいけない。臆することなく【ステイタス】の無い、ただの人の身でありながら神に刃を向けることのできる男だからな。………おお、こわいこわい」

 

「………あの、今何とおっしゃいました?」

 

「うん? おお、こわいこわい、と言ったのだが。………ああ、酒が足りずまた不器用になっていたか。やはりダメだな、私は。こうして酒の力に頼らねば、人と満足に話すことも出来ない」

 

 そう言ってまた呷る。違う、そうじゃない。

 

「あの、そうではなく。その、ベル様に【ステイタス】が無い、とかなんとか。ちょっと信じられない話なんですが………」

 

 まさか、そんなバカなことがある筈がない。だったらあのゴライアスを一瞬で解体したのは何だったのだ。ソーマも他の神々と同じように、酒が入るとこんな冗談を言うのかと呆れる。

 

 

 

「ん? 確かにそう言ったぞ。………ああ、これは秘密だったか。まあ、いい。酒の席でベルが愚痴をこぼしていてな。三本目くらいだったかを空けた頃だ。お前に【ファミリア】に入ってないということが今更言えないとな。………どうした?」

 

 呆れたかった。

 

「早く『改宗』を、ソーマ様」

 

「あ、もう良いのか? 『神酒』は飲むか?」

 

「飲みません!! 神酒を使って機嫌を取るのは懲りたんじゃないんですかっ!!」

 

「ぐっ………そうだった。すまな」

 

「いえ、いいですから。早くリリの『改宗』を」

 

「あ、ああ………」

 

 おお、こわいこわい。ソーマは冗談抜きにそう思った。

 

 

 

 




喋り上戸ということで、一つ。
こわいなー! お酒こえーなぁ!



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ベル・クラネルは笑いたい

 本拠(ホーム)の外で待っていると、中から小さな足音が近づいてくる。

 

「ベル様!」

 

「リリー!」

 

「わっ―――!」

 

 出てきたリリを抱き上げてくるくるとその場で回る。良かった。あとはリリ次第だ。嗚呼、これでリリは救われる。例え一人でも、リリの生きたいように生きられる。自分の事のように嬉しい。

 

 ―――しかし、当の本人は困惑を浮かべたまま、喜んでいる様子は見受けられない。いや、喜ぼうとしているのを抑えている、と言った方が正しいか。

 

 抱えていたリリを下ろす。

 

「ごめん。嬉しくなっちゃって。浮かない顔してるけど何かあった?」

 

「ベル様。リリはいつになく饒舌なソーマ様から聞いてしまいました。………ベル様の【ファミリア】の主神は誰なのですか」

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

 これはバレてしまってると見ていいだろう。

 

 秘密だと念を押したが、ソーマが自分の【ステイタス】について話してしまうかもしれない、とは思っていた。

 

 だがまさかその通りになるとは思っていなかったのだ。愚痴として話さなければよかったと後悔する。ほろ酔いのようでいて、存外あのソーマも酔っていたのだろう。酒の力は怖いことを、身をもって知った。

 

 観念して本当のことを話そう。リリに話しながら帰ろうと言って、歩き出す。リリが後をついてきているのを確認して口を開く。

 

「ねぇ、リリ。もし、僕に主神が居ない。―――つまり、【ステイタス】を持っていないとすると、僕は生身で17階層まで踏破して、ゴライアスまで討ち取ったってことになる。リリはそんな僕が怖くないって言える?」

 

「それはっ………!」

 

「答えなくてもいいよ。僕が質問されているんだから。………それを踏まえて、聞いてほしいんだ」

 

「………はい」

 

 少し意地悪な質問をした。怖いのは当たり前だ。怖くて当然だ。本人を前にして、怖いと正直には言えない。

 

 ………今から見せるのは情けない姿だろう。英雄のようになれたかどうかは自分ではわからない。

 

 何事も型から入った。異世界の物語に出てくる二人の剣客。その魔法の域に至ったという剣技を習得した時もそうだった。動きから真似て、自分のものにした。

 

 だから、同じようにまずは英雄らしくあろうと思った。

 

 だが、これから曝す姿はらしくない。………自分の知る限り情ない姿を周囲に見せる英雄は少ない。

 

「僕は【ファミリア】に入ってない。初めはね、入らなくてもいいやと思ったからなんだ。オラリオに来て初日にスリに遭っちゃって。で、追いかけて取っちめた相手はなんと自分はLv.2の冒険者だという。大したことは無いと思ったんだよ。それで実際に入ってみて、大したことは無かったんだ。………それで5階層まで行って、持っていた袋に魔石を一杯つめて帰った。その時、【ファミリア】に入ってないからギルドの換金所を使うのは不味いと思った。だから―――」

 

「リリに、頼んだのですね………」

 

 そこからはリリも知っている事だ。

 

「そう。丁度リリの姿が見えたから頼んで換金してきて貰おうかなって。で、あとはリリも知ってる通り一週間の契約でリリの事を雇った。………ついでだから正直に言うと、リリを雇ったのはリリのことを可愛いなって思ったからなんだ。下心しかないでしょ? 『女の敵だー!』とか『すけこましだー!』とか言われても否定できないから、あの時は結構傷ついたよ。だって本当のことだから」

 

 時に嘘よりも、真実のほうが人を傷つけることがある。それも身をもって知った。

 

「それは………でも、仕方ないんじゃないですか。ベル様も男ですから………」

 

「そう言ってくれるのは、なんだか複雑なんだけど。………ありがとう。リリの気持ちは嬉しいよ。だけど、本当なんだ。僕はリリが助けたいだけなんて格好つけたけど………もっともっと下心満載な気持ちで、助けようと思った。あわよくば、これから先も契約なんか抜きでリリとパーティを組めたらなって。リリと色んな所に行って、色んなものを食べて。色んな事を体験したかった。僕って結構田舎者だったから、初めて見るものばかりなんだ。村には魔石灯なんてホント無かったし。………話を戻すけど、リリのことを助けられたら、それを切っ掛けに仲良くできるかなって思ってた。勿論、リリを助けたいって心の底から思ったのには違いないよ? でも、それがリリを助けようと思った動機なんだ」

 

「………わかりました。凄く、よくわかりました。それで、なんでそのことがベル様が【ファミリア】に入ってない理由になるんですか」

 

 大通りに出ると辺りはすっかり夜の帳が下りてしまっていた。道沿いの店は何処も終業準備をしているところが多い。

 

 仄暗く、魔石灯と月明かりだけが自分とリリを照らしている。半歩の距離を保って歩いている自分たち以外にはカップルが一組だけ。仲睦まじく肩を抱き寄せあっているぐらいだ。

 

 きっと自分には想像もつかないようなことをしようと宿に行くのだろう。まぁ、自分には関係ない事だと思って視線を外した。

 

「本当に、ここから情けない話になる。………本当だよ? 幻滅しない?」

 

「………それは聞いてからでないとわからないです」

 

 先程から後ろを歩くリリの顔を見れない。見るのが怖いからだ。これから話すことで、彼女にどう思われるか。それが少しだけ怖い。

 

 本当に自分勝手な理由なのだ。本当に情けなくなる。

 

 顔が見れないので、リリの相槌は怒っているようにも聞こえてしまう。

 

「そうだよね。まあ、時間が無くて入れなかったというのもあるけど。………リリは【ソーマ・ファミリア】だ。僕がもし、【ファミリア】に所属していたら―――リリのことを助けられない。リリを助けるために、ちょっと荒っぽい事もするつもりだったから。もし僕が無所属(フリー)じゃなかったら、所属した【ファミリア】に迷惑が掛かる。でも僕が無所属(フリー)なら?」

 

「【ソーマ・ファミリア】は犯人の追及を出来ない………」

 

「そう。ソーマ様がアレでも【ファミリア】としての体裁があるからね。【ステイタス】を持っていないただのヒューマンに、団員も団長も手も足も出ないどころか、誰一人気が付かないうちに気絶させられた。………と、実際にちょっと荒っぽい事をしたんだけどね。でもそんなこと言っても誰も信じないし、誰も信じられない。その証人としてソーマ様に、僕がただのヒューマンだと愚痴をこぼしたフリをして教えたんだ」

 

 自分なりに考えて結論を出して、行動した結果だ。初めこそ言うか、言うまいかで悩んでいたが、リリを助けるなら黙っておいたほうが都合が良い事に気が付いた。

 

「それじゃあ………ベル様はリリの為に?」

 

「その通り! ………って言えたらいいけど、突き詰めていったら僕自身のためなんだ。リリを助けたいっていうだけの都合。リリの笑顔が見たいってだけの理由。………実はソーマ様の説得が出来て、目を覚ましてくれたから【ステイタス】を持ってない事を言ってもあんまり意味なかったし。次の日にでも何処かの【ファミリア】に入れば良かったけど………。どうせならリリと一緒に同じ【ファミリア】に入りたかったから、っていうのもあるんだ。で、今日にいたるというわけ」

 

 ………怒られる覚悟はできた。立ち止まって、リリの居る方へと振り返る。

 

 月明かりが流れる雲で陰る。

 

 ―――魔石灯の淡い光だけが、リリの被ったクリーム色のフードを照らしていた。

 

 

 

 なんだ、それは。

 

「………全部、リリの為だって言うんですか」

 

「さっきも言ったけど僕のためなんだって。周りに迷惑かけたくないっていう僕の都合。リリの為なんかじゃない。………ああ、そっか。恩着せがましく聞こえたかもしれないから言っとくよ。―――断じてリリの所為じゃないからね」

 

 本気も本気だ。本当にそう思っている。なんで、そうやって自分が負い目を感じないようにさせてくれるのか。

 

 でも結局は全部。全部が自分の為だった。ああは言ったが、何もかも自分の所為だ。そう思うなというのが無理だ。

 

 何故【ステイタス】を持っていないのに、あんな偉業が出来たのかを問いただすつもりでいた。強さの理由を知りたかった。でも、そんなことはもう()()()()()()

 

「ベル様のお蔭でっ! リリは、リリはッ―――」

 

 ボロボロと、歯止めが利かないほどに流れ出している。悲しいんじゃない。嬉しくて、嬉しくて仕方がないのだ。自分でも、おかしいんじゃないかと思うほどの涙が滂沱と流れ出ている。いつもは自分を困らせるベルの困った顔が見たくて。でも見れないから拭う。拭って、拭って。

 

 それでも好きだという感情と共に溢れて止まらない。

 

「あの、リリ? 泣かないで、ね?」

 

「泣くなというのが無理ですッ! ベル様が悪いんです!! ………ベル様が、リリを嬉しくさせるからっ!!」

 

「………リリ」

 

 ベルに出会って本当に泣き虫になってしまった。自分はもっと我慢強かった筈なのに。

 

 笑ってくれという。ベルの言うように笑顔を見せたい。でも、止められないのだ。ずっと一人で生きてきた自分が―――泥水を啜るように生きてきたリリルカでは無くなっていく。

 

「それだけのことをっ、ベル様はリリにしてくれたのですよ!? ―――ずっと、ずっと辛かったんですっ!」

 

 ………顔も思い出せない両親が自分にも居た。だが、二人は『神酒』に囚われ、ダンジョンで命を落とした。

 

 最後は両親と同じようにダンジョンで命を落とすのかもしれない。そんな覚悟もして、サポーターになった。

 

 そして、盗人になる。サポーターとして搾取されるのは限界が来た。でも自分の最期は、もしかすると冒険者が逃げるための囮になるのではないか。非力なサポーターとして、最期を遂げてしまうのではないかと覚悟もして生きて来た。

 

 生きながらモンスターに食べられる自分を夢に見てしまって、飛び起きた事もある。

 

「誰にも相手にされなくて! 誰にも、縋ることが出来なくてッ! これから先もリリは一人で生きていくんだと思ってたのに………!!」

 

 一人でも生きたいと。生きていたいと。切に願って退団のためのヴァリスを貯めていた。

 

 勿論、冒険者からしか盗っていない。でも、そんなのは言い訳だ。盗まれる前に盗んだ。盗みをするために、冒険者に自分を売り込んでいった。

 

 バレない筈だが、自分も人だ。幸いにして今までバレたことは無かったが、あのままやっていれば何時かは下手をうつことがあったかもしれない。

 

 自分はベルに出会うまで、そうやって生きて来たのだ。

 

「リリは灰をっ。灰を被るように、本当の姿を隠してっ………」

 

 嗚咽が漏れて、みっともないと自分でも思う。恥ずかしくて顔が見れない。

 

 何が情けない、だ。ベルが情けなかったら、自分はなんになるんだ。恥の多い人生を送ってきた。情けないのは自分のほうだ。

 

 それでも、もう―――今までのように自分まで偽って生きなくても良い。

 

 きっと困っているだろう、ベルの顔をもっと見ようと頭を上げるとフードがずり落ちて光を浴びた。

 

 月を覆い隠していた雲は流れて、夜空の闇に消えていた。

 

「もう、いいんですか………? リリはもう、真っ当に生きてもいいのですか………?」

 

 月に照らされた顔がしっかりと見える。ベルは自分に苦笑していた。

 

「―――言ったじゃないか。全部終わったら、リリはどうしたいって。好きなように生きてくれればいい。僕はそれだけで満足だから………って言えたらいいんだけど。ごめん、やっぱり嘘は吐けないよ」

 

 ―――僕はもっとリリと冒険したい。

 

「もしも、リリがしたいことが見つかってなかったらだけど。どうかな?」

 

 したいことはある。両手にあまるほど沢山ある。でも、それは一人では叶わない。幸せを、知ってしまったから。

 

「リリに沢山の初めてを教えてくれたベル様っ。もう、リリは一人では生きていけそうにありませんっ! 好きです、ベル様! リリは貴方と一緒に居たいッ」

 

 自分は。リリルカ・アーデはこの人について行きたい。

 

 

 

「―――貴方の隣に居させてくださいっ! ベル様!!」

 

 

 

 月の綺麗な夜。一人のパルゥムの少女は自由を得た。

 

 月の狂気を取り払い、『神酒』を湛えた盃を飲み干したヒューマンの少年は少女を抱き止める。

 

 ややあって、少しの涙を浮かべた少女は笑う。それにつられて少年も笑った。

 

 

 

 



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