【完結】藤丸立香のクラスメイトになった (遅い実験)
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藤丸立香のクラスメイトになった

 

 「今日からよろしくね」

 

 隣の席でにこりと笑う、日本人には珍しい綺麗な青い瞳をした少年を呆然と見つめながら、こういうパターンもあるのかと私は妙な感慨を抱いていた。

 

 その日、私は藤丸立香(主人公)と出会った。

 

 

 ◆

 

 

 私はまあ、簡単に言えば転生者である。もちろん宗教的な話ではなく、よくある創作で出張っている方の、である。

 死んだ理由とか前世での人生とかどうでもいいので割愛するが、私は物心ついた時から私としての自我があった。教えてもいない知識を持ち、妙に落ち着いた言動をする私はそれはそれは気持ち悪い子供であったのだろうと思うが、図太いのか懐が深いのか、両親は然程気にすることもなく受け入れてくれていた。

 

 まああくまで両親は、だが。人間とは元来自分とは違う存在を迫害するものであって、小学校の時分には友達が一人もいなかった。いじめられていたというわけではなく、怖がられていたというのが正しいだろう。私としても今更子供らしく振る舞うなどごめんだったので丁度良かったとは言えるかもしれないが。

 

 そんなわけで一人でいることが多く、また小学校の授業など簡単過ぎて、物思いに耽っている時間が多くあった。

 そこでふと思い立ったのである。私はどうして記憶をもったまま生まれ変わっているのだろう、と。今更とか言わないで欲しい。私だって今までと何もかも違う生活が大変だったのだ。

 

 前世で『物語』を大いに嗜んでいた私はすぐにこれが転生というヤツではないかと思い当たったが、白い空間で神様とは遭遇していないし、もちろんチート能力など片鱗も感じない。私を転生させたものはいささか不親切に過ぎると憤慨しながら、生き残るための調査を開始することにしたのである。

 

 生き残るとは大袈裟でもなんでもない。私が転生したこの世界が創作でもなんでもないなら最上で、ラブコメなら勝手にやっていればいいが、殺伐とした人の命がたんぽぽより安い世界だった場合は対策を立てねば不幸一直線。…対策してもどうにもならないことはあるが。

 

 両親がいない隙にパソコンを奪取し、ネットを駆使して情報を収集する。

 ふむふむ、私の前世より過去だということは分かっていたが、…株取引とかで一儲けできないだろうか?おっと思考が逸れた、命あっての物種だぞ。

 

 よく二次創作で使われる地名などを検索していると、首尾よく発見することができたわけだ。

 

 

────冬木市、という名を

 

 

 私はショックで漏らしそうになったが、なんとか持ちこたえた。まだ慌てるような時間じゃないぜ。

 

 TYPE-MOON世界か。一瞬死を覚悟したが、冷静に考えてみれば当たりかもしれない。

 そも魔術は秘匿されるもので一般人たる私には関係のない話であり、冬木とここは大分離れている。

 念のために帰って来た両親に、魔術との関わりや引っ越しの予定があるかなど探りを入れてみたがどちらもなさそうであった。

 

 一安心した私は小躍りしつつ、生暖かい目でそれを見守る両親を無視して自室でゆっくり睡眠をとったのだ。

 まあ、巻き込まれる時は巻き込まれるものだろうが、そんなのは事故のようなものであり、心配しても無駄にしかならないと割り切る。魔術と関係ない一族だから対策の立てようがないしね。

 

 

 

 そんなこんなで、成績優秀者として表彰されたりしながら私は中学生になった。

 

 新入生代表の挨拶とかかったるい入学式を終わらせて、指定されたクラスへと向かう。

 

 特に周りの同級生たち(モブキャラ)に興味もなかった私は、自分の名前があった席に座ると、分厚い本を取り出して読書を始めた。

 知人には美人が無表情だと威圧感があると忠告されたが、そんなのは知ったことじゃない。むしろ小学生相手に美人とか言っちゃう彼の方が気を付けるべきだろう。逮捕とか。

 

 周囲を威圧しているらしい私には遠巻きに眺める人はいても話し掛ける奇特な人はいなかった。

 

 

────彼が来るまでは

 

 

 ◆

 

 

 回想終わり。いつまでもそうしているわけにもいかない。挨拶されて無視するようでは私の世間体に関わる。

 

 「…よ、よろしくお願いしましゅ」

 

 噛んでない。噛んでないから。別に緊張したわけじゃないし。最近人と話してないから口が回らなかっただけだし。…やっぱり緊張してたことにしよう。

 

 彼は目をぱちくりさせると、

 

 「そういえば、入学式で代表挨拶してた人だよね?」

 

 聞かなかったことにしつつ人を安心させるような笑みを浮かべながら話題を作ってくれた。ありがたい。流石主人公。

 

 私はさっきの醜態はなかったことにして、そうだよと肯定すると自己紹介をした。

 

 彼はそれに目を見開き、失敗したというように頭をかいた。

 

 「そうだった。まずは自己紹介だよね。オレの名前は藤丸立香。…改めて今日からよろしく」

 

 数多の英雄を虜にできたのも納得できるような朗らかな笑顔で、彼は自らの名前を告げた。

 

 

 

 

────それが、私と彼の始まりだった

 

 

 



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中学一年生の悩み

 

 

 Fate/Grand Order

 ────それは、未来を取り戻す物語。

 

 主人公である藤丸立香は人類最後のマスターとして人理焼却に立ち向かうことになる。

 

 

 ◆

 

 

 藤丸立香とクラスメイトになって幾日か経った。偶然にも、なにがしかの見えざる手が働いたのかもしれないが、隣の席というポジショニングを得た私は彼とよく話すようになっていた。

 

 人付き合いが苦手な、いや、あまり得意ではない、慣れていない、…どれが一番マシだろう、まあいいや、人付き合いが苦手な私でも彼とは話せるようなのだ。

 それはきっと彼が私を拒絶しないと分かっていたからだ。…あの異質な存在を恐れるような、そんなよく見る顔を彼はしなかった。そうだろうとも。彼はゲーム本編でも出来る限り相手を尊重して、理解しようとしていた。

 

 Fate/Grand Order。

 私も前世でプレイしていた大人気ソーシャルゲームだ。え?うん、大人気だよ?

 それは、未来を取り戻す物語。プレイヤーは人理焼却によって消失した人類の()()をなかったことにしないために、綺羅星の如き英霊たちと共に戦い、あるいは敵対しながら、人理焼却の首謀者に立ち向かっていくのだ。 

 そこそこ課金もしたものだ。私がプレイできたのは1.5部の新宿までだったが、それでもたくさんの英霊を手に入れ、育成してきた。

 ただし、星5(SSR)は除く。

 

 当然、主人公たる藤丸立香もシナリオの中で多くの英霊との出会いと別れを繰り返した。

 そこには本来人間に仇なす存在である反英雄も含まれるが、イベントなどを見るに彼らとも仲良くやっていけていたのだろう。反英雄より恐ろしいかもしれない女性(ヤンデレ)たちとも。

 

  まあ、ジル・ド・レェや清姫と付き合える超絶コミュ力なんだから私なんぞ屁でもないよね!

 

 

 

 「…悠月(ゆづき)?次当てられる番だよ?」

 

 退屈で思考が飛んでしまっていたが、現在授業中である。(しょ)っぱなから名前呼びとか半端ねえなと戦慄したのも今は昔。マシュも最初から呼び捨てだったしなぁ。すごい。

 

 「おーい」

 

 また思考が飛んでいた。小声で注意を呼び掛けてくれた、り、立香、さん、にお礼をすると黒板に向き直る。…私には名前呼びは無理そうだ。

 

 

 

 余裕綽々で先生からの質問に優雅に答え、またもや思考の海にのまれていると授業終了のチャイムが聞こえてきたので意識を浮上させる。

 ガヤガヤと騒がしくなる教室。もう昼休みか。私は隣でお弁当を取り出す藤丸さんに声を、声をかけるのだ。がんばる。

 

 「……あ、あの」

 「うん?どうかした?」

 「…さっきは、ありがとう」

 

 藤丸さんは疑問符を浮かべた顔をすると、しばらくしてから思い当たったようで。

 

 「どういたしまして。でも、別にあれくらいならいいのに」

 

 にこりと微笑んでから、こちらをじっと見つめてくる。なんだろう。寝癖?寝癖ついてる?

 

 「悠月は昼食どうしてるの?」

 「…えと、購買でいつもパン買ってる、よ?」

 

 そして一人寂しく食べてるよ。

 

 「そっか。じゃあ今日は一緒に食べない?」

 

 …え?

 

 

 ◆

 

 

 「ようこそ我が王国へ。そなたを歓迎しよう、盛大にな!」

 

 誰だお前。

 

 「やめなさい。すごく戸惑っているでしょう」

 「えー、いいじゃん。最初のインパクトは大事だよー?」

 

 じゃれあう女子二人に、なにこれ?という疑問を込めた目線で藤丸さんを見やると、困ったように眉を下げて苦笑している。

 

 「あー、いや、やっぱり女子もいた方が気が楽かなと思ったんだけど」

 

 確かにこの場にいるのは男女混合、いつの間に仲良くなったのか、というか中学で男女一緒に飯を食うとか空想の中の話だけだと思ってた。…ここ空想の中だったよ。

 

 さて、挨拶をされたならば、挨拶を返さなければならない。常識だ。

 

 

 「…えっと、よろしくお願いします」

 

 

 そうして私は初めてクラスメイトと食事を共にして、それからは少しずつだけどクラスの皆とも馴染んでいった。

 

 皆とは、

 「初めは近よりづらかったけどね」

 「俗世に興味がないみたいな人だと思ってたけど、単に人見知りなだけだったんだね!」

 「大丈夫だよー、怖くないよー」

 

 うん、仲良く、…仲良く?やれているはずだ。あと人見知りじゃないから。人と接するのが得意じゃないだけだから。

 

 

 

 …重要なのはそこじゃない。目を逸らし続けたところで現実は変わらない。

 

 私の初めての友達、藤丸立香。

 

 クラスメイトとの仲を取り持ってくれた人。

 

 お人好しの善良な一般人。

 

────そして、いずれ世界を救う者。

 

 

 私は、彼と、どう付き合っていくべきなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、彼と一緒にいても、許されるのだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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藤丸立香の決意





 

 

 七つの聖杯、七つの特異点を巡る旅。

 

 それはいつだって薄氷の上を歩くような勝利だった。誰かが一歩でも道を踏み外せば終わりを迎えてしまっていたかもしれない旅路。

 

 だからこそ、異物(わたし)はできるだけ排除されるべきだと分かっているのに、私なんかが何かを変えられるわけがないと楽観視してしまっている。

 

 もし魔術王がカルデアに来訪する以前の立香の記憶を『視』てしまったら、そこにいる私の記憶を読んでしまったら。そんなことが可能なのかは分からない。しかし。

 彼の『計画』は失敗する、他ならぬ藤丸立香その人によって。

 私はそれを知識として知ってしまっている。もしこの記憶を知られてしまったならば、魔術王はその全能をもって私の初めての友達を叩き潰すだろう。

 

 ありえない可能性だとは分かっている。仮定に仮定を重ねた悲観論だとも分かっている。

 

 いや、こんな考えこそが、彼と共にいたいと願う私が生み出した幻想ではないのか。

 

 悲観論?世界の存亡が、彼の生命が懸かった戦いだ。ならば仮定に仮定を重ねた結論だったとしても、藤丸立香が終わる可能性が欠片でもあるならば、できるだけ私は彼から離れるべきだ。

 

 なのに。

 

 

 ◆

 

 

 「そうだ。海に行こう」

 「まだ6月だけど…」

 

 ここでの生活にも随分と慣れた中学生二度目の初夏。突拍子もない提案に定評のある藤丸さんは唐突にそんなことを呟いた。彼と隣の席になることが多いのは幸運なのか不運なのか。

 

 ちなみに現在歴史の授業中である。

 

 「…藤丸くん、廊下に立っていますか?」

 「いや、違うんです」

 

 穏やかそうな笑顔を伴った中年の男性教諭の言葉に、彼は慌てて首を振る。

 先生の目は笑っていない。怖い。

 

 藤丸さんは歴史が苦手みたいだった。英語に関しては私よりも喋れるのに。頭の回転は早いのに単純な暗記は不得手だ。これは多分勉強どうこうではなく性質の問題だろう。藤丸立香考察ファイルより抜粋────

 

 「…最上(もがみ)さん?仲良く廊下で並びますか?」

 「いや、違うんです」

 

 藤丸さんのせいで私まで怒られた。そしてクラスの皆に笑われた。くそぅ、真面目キャラで通しているのに。

 ジト目で睨む。両手を合わせて拝んでくる彼からぷいと目を背けた。

 

 

 

 授業が終わり休み時間。結局何が言いたかったのだろうと彼を眺める。

 

 「放課後にさ、一緒に海を見に行かない?」

 「え」

 

 この学校から海に向かうには電車でだいたい一時間はかかるし、そもそも海水浴シーズンにはまだ早い。なにがしたいのだろう?

 

 「いや、ただ海を見ようと思って」

 

 私はまだ何も言っていないのだが、そんなに分かりやすいのだろうか。近所では無表情少女として名高いのだが。

 

 「うん、けっこう」

 「え」

 

 まあそれはいい。横に置いておく。

 

 海、海か。

 FGOで海を見に行くと言えばロリっ娘トリオが思い浮かぶが、はて。

 そういえば、私が私として生まれてから海に行ったことはなかったかもしれない。

 初めての友達と、初めての海。

 

 ────夢の終わりには、なかなかに魅力的だ

 

 「…いいよ」

 「うん?」

 「海、一緒に行こう」

 

 

 ◆

 

 

 ガタガタ、ガタガタと電車に揺られて幾世霜(いくせいそう)。暗色に変わっていく空を眺めながら彼と何気ない話をして過ごす。

 そろそろ目的地に到着する。こんな時間さえ名残惜しく感じてしまう。

 

 「じゃあ、行こうか」

 「…うん」

 

 てくてくと彼と並んで歩いていく。短い影が伸びて道を黒く覆っている。

 

 

 きっとこれで終わりにするべきなのだ。

 

 彼と一緒にいる時間は。

 

 楽しかったこの時間は。

 

 

 

 真に藤丸立香を想うのならば、

 

 

 

 

 

 

 ────風が吹いた。

 

 

 

 「ほら、着いたよ」

 

 

 その言葉に初めて、私を下を向いて歩いていたことに気付いた。

 そっと顔を上げる。

 

 

 「────わぁ…!」

 

 

 海だ。

 

 橙色の海がそこには広がっていた。

 

 夕焼けの濃いオレンジ色と、海に反射した淡いオレンジ色が綺麗なコントラストを描き出している。それは写真で、テレビでよく知った景色の筈だった。

 

 でも違う。違うんだ。

 

 震える手を抑えながら、私はただ黙って海を眺め続けた。

 

 

 

 

 「…どう、綺麗でしょ?」

 

 隣に立つ彼が何故か誇らしげに尋ねてくる。事実には違いないので頷いてふと思い立ったことが口からこぼれた。

 

 「どうして私を連れて来ようと思ったの?」

 

 彼は恥ずかしげに目を逸らすと、決心したようにその宝石のような瞳で私を射ぬく。

 

 

 

 

 「…最近、何かに悩んでたよね?」

 「──────」

 

 「オレじゃ頼りないかな」

 「……」

 

 「私は…」

 

 「うん」

 

 「…あなたは、もしも私がこれからもあなたと一緒に遊んだり、一緒に勉強したりしていたら、世界が滅ぶかもしれないとしたらどうする?」

 

 「…おおう、随分とスケールが大きい…。でも、そうだな。悠月はどうしたいの?」

 

 「────私は、…私は、分からない」

 

 「そうか。オレは一緒がいいな。だってオレは親友だと思ってる。ならそれを失いたくないと思うのは当然だろ?」

 

 「──────」

 

 「これからも一緒に遊びたいし、今度はちゃんと海水浴に行くのもいいな。勉強だって悠月がいないと困るな。教え方が上手だから────」

 

 「それは世界が滅んだとしても?」

 

 「…なら約束するよ。君が何を知っているのかは分からないけど、オレは君と居続けるし、世界だって滅ぼさせない。無責任に聞こえるかもしれない。でも信じて欲しい。きっと嘘にはしないから。…これが今のオレの答えだ」

 

 

 

 

 

 ああ、なんて────

 

 無責任な言葉だろう

 /無責任な私だろう

 

 世界だって救って見せると

 /世界なんてどうでもいいと

 

 現実感も無いのに

 /未来(げんじつ)を知っているのに

 

 想い(こころ)を込めて

 /私のこころが

 

 約束してくれたのだ

 /想ってしまったのだ

 

 (あなた)の為に

 /(あなた)の為なら

 

 

 

 

 私は、 

 

 

 「そっか…、り…」

 

 

 息をのむ。深呼吸をする。

 

 

 「…り、立香、これからもよろしく」

 

 「…おう!」

 

 輝くような笑顔で彼は応えた。

 

 

 

 これからは私と立香の平穏で楽しい日常編が始まる…といいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家まで送ってもらって、ふと気付く。

 私すごい恥ずかしいことしてない?

 現在中学二年生。

 

 完全に中二病だこれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、それにしても、前世で私が見た海はあんなに綺麗だっただろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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私の選択

 おかしい。もともとはぐだおとは付かず離れずの傍観者系ほのぼのコメディにしようと思ってたのにどうしてこうなったのでしょう。
 




 

 いや違うんですよ。あれはそうなんていうか。若気の至りと言いますか。ノってしまったと言いますか。ね?分かるでしょ?いわゆる深夜テンションみたいなものでね?

 

 黒歴史を生産してしまった日から一年が経ち、私たちは中学三年生になった。

 

 そう、高校受験の年である。

 

 

 ◆

 

 

 「いやだー!もうお家帰る!」

 「図書室で騒ぐのは良くないよ立香」

 

 あれから、普通の友人として立香とは接している。彼は仲の良い友達が多いからずっと一緒という訳ではなく、私も私で中学校に友達が増えているので、まあ、よく遊ぶけっこう仲の良い友達同士と言ったところだろうか。

 

 「そろそろ休憩にしようそうしよう」

 「まだ始めて二時間だよ?」

 「十分長い!」

 

 今はクラスの有志たちによる勉強会を行っているところだ。私は立香の勉強を見ている訳だが彼はめきめきと能力を伸ばしていくため、ついつい熱が入ってしまったようだ。めんご。

 

 「そうだね、というかそろそろ帰る時間かもしれない、委員長?」

 「そうね、そうしましょうか」

 

 委員長が解散の号令を告げると、所々でうめき声が漏れだす。

 

 「おー、疲れた…」

 「お疲れ様」

 

 つぶれた饅頭みたいになってしまった立香に、少々やりすぎてしまったかと反省する。

 

 「…うん。今日はありがとう悠月。やっぱり教え方が分かりやすいから助かるよ」

 「…どういたしまして」

 

 ふふり。そうか、あれぐらいならまだ大丈夫なのか。

 

 「でも、休憩はさせて…」

 「ごめん」

 

 帰り支度をしながら遠い未来に思いを馳せる。

 

 私たちももう中学三年生。朧気ながらでも将来のことを考え始める時期だ。そういえば立香って学歴はどうなるのだろう?中卒?高校中退?その辺はダ・ヴィンチ(万能の天才)ちゃんがなんとかするのだろうか?

 

 本編開始は2015年の夏。計算すると立香は高校二年生。そこからは怒涛のような人生が待っているわけだ。

 

 その時が来たら私にできることはもうなにもない。魔術を使えない、武術を習っている訳でもない。そもそもカルデアに入ることもできないだろうし。

 

 だから、今のうちに一杯助けてあげよう。

 やりたいことをやらせてあげよう。

 やりたくないこともやらせてあげよう。

 

 その時までに、一杯思い出を作ってあげよう。

 

 彼の旅路に祝福があるように。

 この世界でもっと生きていたいと思えるように。

 

 

 一度きりの青春に、心残りができないように。

 

 

 「帰ろう、立香」

 「うぃっす」

 

 

 

 

 

 

 

 例え世界と共に燃え尽きたとしても、

 私はあなたの幸福を願い続けよう。

 

 

 

 

 

 

 



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クリスマスの前と後

型月のスラッシュ文法難しい楽しい。





 

 

 高校受験も無事終わり、日々穏やかに過ごしております。

 

 人理焼却まで、後一年。

 

 

 ◆

 

 

 クリスマス。

 正確にはクリスマス二日前。

 

 私は立香と共に食材の買い出しに来ていた。当日やイヴは家族や友人達とのパーティーを行うので、その為にたくさん食材やお菓子とかを買っておくのだ。ちょっとギリギリなスケジュールな気もするが、鮮度とか保管場所の関係もあるので、しょうがないことかもしれない。

 

 明後日に迫った聖夜に向けて街はクリスマスムード一色だ。イルミネーションが巻き付けられた大きな樹木がピカピカと瞬き、至るところでクリスマスソングが流れている。

 

 私は買い出しのついでに美味しそうなケーキ屋さんにあたりをつけて、クリスマス後に安くなったケーキを買うためにメモをとっていた。

 

 「…何してるの?」

 「メモだよ?」

 「なんの?」

 「ケーキ」

 「…んん?」

 

 頭の上に大きな疑問符を浮かべた立香は、そのメモの内容を覗き込んできた。

 

 「…買うの?」

 「まだ買わない」

 「…んんん?」

 

 立ち止まって悩み始めてしまった立香に種明かしをする。安くなるのを待つんだよ。主婦のお得テクニック的な?…主婦ではないな。むしろ独り者のテクニックだった。

 

 「へー」

 

 じっと店名を見つめた後に、納得したように離れていった。

 

 「ごめんね、待たせて」

 「うん、もういいの?…じゃあ行こうか」

 

 ゆっくりと、寄り道をしながら、私たちは買い出しを終えていったのだった。

 

 

 ◆

 

 

 12月26日。クリスマスパーティーの余韻が抜けきらない朝のこと。

 

 布団の誘惑から逃れられずにぬくぬくと怠惰を貪りながら、腕の中のぬいぐるみをぎゅうと抱き締める。

 

 先日のクリスマスパーティーで立香から貰った山羊のぬいぐるみは、寒い冬の朝にはぴったりだと思う。抱き締めていると温かくなってくるし、肌触りももこもこと心地よいから。…冬とか関係なく一緒に寝てるかもしれないけれど。

 

 「…ふふ」

 

 暖かな微睡みに身を委ねる。このまま二度寝に移行するのも魅力的かもしれない。

 

 私がそんな悪魔の誘惑に屈しようとしていた時に、スマホがピコンと音をたてた。

 誰だ。私の至高の眠りを邪魔するヤツは。

 

 『今大丈夫?』

 

 立香からの連絡で、意識が一気に覚醒する。今何時だろう。時計を慌てて掴み、時間を確認すると、…。え?

 

 「もうじゅういちじだ…」

 

 立香に今起きたと返信し、大慌てで身支度を開始する。もうこんな時間とは。

 

 もう一度鳴ったスマホを確認して、顔色が三段階ほど変化した。

 

 『そっか。起こしてごめん。今からそっちに行こうとしてたんだけど、止めたほうがいい?』

 

 どうしよう。どうしようか。立香の家からここまで何分だっけか。ええい、ままよ!

 

 『大丈夫』

 

 さあ、タイムリミットはあとどれだけか。自分を追い込み私史上最速で身支度を整えた。

 

 

 

 「ふう」

 

 そこまで慌てることもなかったかもしれない。しばらく経つが立香はまだ到着していない。

 もうそろそろ昼食時だし一応二人分用意しておこうかな。いらないなら夕食にすればいいだけだしね。

 

 昼食の準備も半ばを過ぎた頃に家のチャイムが鳴った。玄関を開けると寒そうにしている立香が立っていた。

 

 「おお、エプロン装備だ」

 「…いらっしゃい」

 「お邪魔します」

 

 勝手知ったる私の家とばかりに荷物をゆっくりと床の上に置くと、洗面所に手を洗いに向かって行った。清潔なのはいいことだ。ナイチンゲールさんもお喜びだ!

 キングゥごっこを脳内で行っていると、立香が持ってきた荷物、買い物袋に記載された店名が目に入る。

 あれ?これって…。

 

 「私がメモをとっておいたケーキ屋さんの…」

 

 自分の頬がゆるんでいくのが分かる。そうかそうか、メモをじっと見ていたのはそういうことだったのか。

 こうなれば立香には、私特製の昼食をいただいてもらうしかないな。

 

 私は気合いを入れて台所に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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賽は投げられた






 

 

 コロコロ。

 

 「3だ。このマスは、えっと、学生時代の知人に儲け話を持ちかけられる。30万融資した…」

 「あっ、これはダメなパターンですね」

 

 私は有り金から30万支払い、『友人の儲け話』カードを受け取る。

 

 「…ちっ」

 「怖い!?」

 

 露骨に舌打ちしつつ、サイコロを立香へと投げつける。人生ゲームをパクったようなすごろくをプレイ中なのだが、どうにも上手くいかないものだ。ゲームの中でくらい幸せにしてくれたっていいじゃない。

 

 「まあまあ、…お、6だ。なになに?」

 

 ニヤニヤしながら人の不幸を喜んでいやがる立香に蹴りでもいれてやろうかと悩んでいるとすっと手を差し出された。

 

 「…なに?」

 「結婚した。ご祝儀ちょうだい。5万ね」

 

 …爆発しろ。

 

 少ない手持ちから叩きつける。慎んでお(のろ)い申し上げます。

 

 

 なかなかに順風満帆な人生を歩んでいる彼に比べて、私はご覧の有り様だ。なにこれ、人生の縮図なの?未来を暗示してるの?

 

 それからも彼は子供が生まれたり、マイホームを購入したりと、理想のサラリーマン生活を送っていき、私は独り者のまま借金地獄にまみれていった。…まだだ。まだ終わっていない!

 

 こういうゲームは大抵終盤に波乱万丈が待ち受けているものだ。つまりまだ挽回は可能!

 

 全霊を込めた一投。そぉい!

 

 「1…」

 

 だ、ダイス目はこういうゲームではほとんど関係ないし。

 

 「うわっ、今度はカジノだよ。大丈夫?自己破産する?」

 「ふっ」

 「この期に及んで自信満々だあ!」

 

 このゲームに自己破産なんてシステムはありませぬ。そして私の悪運をなめないことだ。

 

 「狂気の沙汰ほど面白い…!」

 「ざわ…ざわ……」

 

 ファンに怒られそうな適当過ぎるモノマネを繰り広げつつ、カジノの説明欄を読む。

 

 サイコロを二つ振りその出目によって天国か地獄か決まる。一か八かの大勝負。やってやる。

 

 「てい」

 

 出た目は…!

 

 

 「3と4…」

 「おお…可もなく不可もなく…」

 「面白みが無くてごめんなさい…」

 「いや、悠月らしい結果じゃない?」

 「え?それ褒めてるの?貶してるの?」

 「もちろん褒めてるよ?」

 

 立香の私評に釈然としないものを感じつつ、カジノの結果を受け取る。

 3000万。あれ?結構な大金だ。借金を返し終えることができる。

 

 「よかったねえ、おじいちゃん安心したよ」

 「孫までできてる、だと…!?」

 

 そろそろゴール間近。立香との差はまだまだ遠い。いけるか?いや、いけないよ…。

 

 「お、ゴールした」

 

 立香は特に大損したりすることもなく、普通にゴールした。

 その後、私も大儲けすることとかなく、普通にゴールした。

 

 「あれ?まだ持ってるカードはここで使用するんだって」

 「…友人の儲け話カード」

 

 これは…、このカードは使用する場合、サイコロを二つを振る。その出た目によって結果が変わるものだった。カジノと同じだ。

 

 これ大逆転パターンくる?

 

 祈りを籠める。助けてタイガー(幸運EX)

 

 「てい」

 

 出た目は…!

 

 

 「1と、1(ファンブル)…」

 「あははははははははははは!」

 

 ええ、なに?なんなの?ここにきて借金地獄再来とかないよね?

 

 「いや、待った」

 

 これはTRPGではなくすごろくだ。1二つ(ピンぞろ)はもしかしたら当たりかもしれない。

 

 どれどれ。

 

 「きた…!友人の事業が成功して、金額が倍になって返ってくる!」 

 「おー、おめでとう」

 

 「ふっ、やはり持つべきものは友達…」

 「えぇ、さっき思い切り舌打ちしてたような気が…」

 

 逆転勝利!

 

 「まあ、60万ゲットでもオレに追い付いてないんだけどね」

 

 してなかった。

 

 

 ◆

 

 

 まあそろそろいいかな。

 

 「…それで、今日はどうしたの?」

 

 「…あー」

 

 立香が何か悩んでいる時の表情をしていたので聞いてみる。予想はつかないでもないけど。

 

 「両親と、ちょっとね…」

 

 「喧嘩でもした?」

 

 「いや、バイトをしようと思ってるんだけどさ」

 

 「うん」

 

 「…場所が、海外でさ」

 

 知っている。知っていた。

 

 「そっか。…全部この親友(わたし)に話すといいよ。相談ならいくらでものってあげよう」

 

 「…ありがとう。この前、駅前でね────」

 

 それはいずれ来ると分かっていた始まり(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

────2015年、夏。

       その時が、やって来る。

 

 

 



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彼と私の友情の話

  

 藤丸立香は多くの友人たちに見送られ、カルデアへと旅立っていった。

 

 そして、彼はその先で────

 

 

 ◆

 

 

 自室のベッドで寝転がりながら、天井をぼんやりと見つめる。

 

 「あー」

 

 ごろんと寝返りをうつ。

 

 「うー」

 

 心配だ。いや、心配はいらないはずだ。

 

 うん。立香ならきっと大丈夫だ。

 

 …大きな怪我とかしないだろうか。

 

 いや、悩んだところでどうしようもない。

 

 帰ってきたら、目一杯甘やかしてあげよう。私にできるのはそれぐらいだ。

 

 

 帰ってきたら…、帰ってきたら?

 

 うん、まあ、帰ってはくるはずだ。彼には両親がいるのだから、ずっとカルデアに居続けるわけにはいかないだろうし。これからもカルデアに所属するのなら、その説明だって必要だ。

 

 でも、それが済んだら?

 

 正式にカルデアに所属することになって、そうしたらきっと、こっちには滅多に帰ってこれなくなるだろう。

 

 私が彼と会える機会は、とても少なくなるのだろう。

 

 「………」

 

 分かっていたことだ。

 

 分かっていたことだった。

 

 

 

 彼には多くの出会いが待っている。

 

 数多の英霊たちと、

 

 カルデアに所属するスタッフたちと、

 

 どこか頼りないが本当は優秀な上司と、

 

 そして、

 

 愛すべき後輩と。

 

 

 

 彼の居場所。

 

 彼の帰る場所。

 

 それはきっと、『そこ』なのだ。

 

 

 

 

 

 「─────────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけどまあ彼のことだ。世界を救ったってその本質はなにも変わらないだろう。彼は彼のままで歩み続け、だからこそ偉業を為しえたのだから。

 

 それで私への態度が変わることもないだろうしなー。

 

 うんうん。

 

 まあ、ちょっと会える機会が減るだけだ。

 

 寂しいけど、人生にはこんなことはたくさんあるんだし。

 

 だから問題ない。

 

 だから大丈夫だ。

 

 

 

 

 遠くに飾られた写真(思い出)を眺める。手を伸ばしてみるが、ここからでは届かなかった。

 

 そこには友人たちと楽しそうに笑い合う立香が写っている。控えめながら私もその近くで薄く笑っている。

 

 彼ならどこでだってやっていけるだろうし、私ももはや一人ぼっちではないのだ。友達だってたくさんできたし、これからも上手くやっていけるはずだ。

 

 少し疎遠になるだけで、彼ともずっと友達でいられるだろうし。

 

 だから大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 無理やりに笑顔を作る。

 

 近くに転がっていたぬいぐるみを抱き締める。

 

 

 沸き上がる⬛⬛に(ふた)をする。

 

 

 そう、

 

 だから、これは、

 

 いずれこうなることが決定していた、

 

 

 

 

────彼と私の友情の話、だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、いつの間にか、私の意識はブレーカーを落とすように唐突に断ち消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
次からようやく、ぐだ以外のFGOキャラが登場させられる…。流石にぐだのみは辛かった…。と言ってもそんなに出番はないでしょうが。
 
次回投稿は明日の予定です。
 
 
 
 


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話をしよう

 

 2017年。

 

 世界は空白の一年間に阿鼻叫喚、てんやわんやだ。学校も現在休校中だし、というか本当にどうするんだろう。人理焼却は夏に始まって冬に終わったわけだから、その間の分の勉強ができていないのだ。…もしかして留年、とか?いやだー。

 

 …まあ、それはどうでもいいか。

 

 彼は成し遂げたのだ。

 世界を取り戻したのだ。

 

 新しい年を迎えられたことへの感謝と祝福を込めて。

 

 おめでとう、立香。

 

 

 ◆

 

 

 ああ、それにしても暇だ。

 

 学校は休みだし、かといって外出するような気分でもなし。

 

 立香とはいまだに連絡が取れないし。

 

 一人でボードゲームでもしようかな…。

 

 

 

 

 

 ピンポーン………───────。

 

 

 

 

 

 

 チャイムだ。玄関のチャイムが鳴った。

 

 え?誰だろ?

 

 一応スマホを確認するが、誰かから家に来るような旨を伝える連絡はなし。

 

 連絡なしで、家に来るような人間は…。

 

 ………。

 

 走る。

 

 勢いよく玄関の扉を開ける。

 

 この時に、私は郵便物の可能性を完全に失念していたことを後悔したが、そんな感情は目の前に立つ男に対する驚愕ですぐに塗り潰された。

 

 

 

 鷹のような鋭い眼光。

 

 逆立つような白髪。

 

 褐色の肢体は素人でもよく鍛え抜かれていると分かる代物だ。筋肉すごい。

 

 アーチャーだ。

 

 アーチャーのエミヤが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 やばい写メ撮っとこ。

 

 

 

 

 

 「…待ってくれ。私のような男が玄関先にいて驚くのは分かるが、即座に通報しようとするのは早計に過ぎるのではないかね?」

 

 …通報?ああ、スマホか。

 これは失礼しました。

 

 「…えっと、すみません。それで、どちら様でしょうか…?」

 

 「カルデアという名は知っているかな」

 

 「…立香の、バイト先ですよね」

 

 「そうだ。私はそこに所属しているものでね。女史、所長代理からの依頼を受けて君と話をしに来たわけだが…」

 

 所長代理、ダ・ヴィンチちゃんか。彼、いや彼女が私に話?

 なんだろう?私何かやらかしたか?いやまあ結構やらかしていたとは思うけどさ!

 

 名刺のようなものを渡された。おや、ありがとうございます。なんかデザインが格好いい。

 

 「信用できないのは分かる。…私としてもこんな礼を失する来訪は避けたかったのだがな。そうも言っていられないようなのでね。こんな証拠(土産)で満足してもらえればいいんだが…」

 

 そう言って彼が取り出したのは、立香だった。違う。立香の写真だった。エミヤさんと写っているものもある。あ、やっぱり成長しているな。体格も良くなってるし、背も伸びている。

 

 「信用できないというのであれば出直そう」

 

 「どうぞ」

 

 彼を出迎えつつ、写真を次々眺めていく。ほうほう、おやおや。

 

 「…」

 

 「…どうかしました?」

 

 何とも言えない微妙な表情をしたエミヤさんは、一つため息を吐くと、私に淑女のなんたるかを説教しだしたのだった。

 

 ええ、私なんで叱られてるの…?

 

 

 ◆

 

 

 話をした。

 

 簡潔にまとめるならば、こうだ。

 

 立香はカルデアで偉業を成し遂げた。だがそれが原因で今の彼は微妙な立ち位置におり、彼を利用しようとする人間もいるらしい。

 そんな人間が目をつけたのが私だった。親族は対処がなされている可能性が高いので、それ以外で一番使()()()()()私を人質にしようとした人がいたらしい。

 

 なるほどー。

 

 一般人向けにぼかしてはいるが、事情はだいたい飲み込めた。

 

 しかし、魔術師にしては短絡的過ぎる行動だよなー。

 

 いや、外部からの攻撃に対するカルデアの対処が知りたかったのか。

 

 つまり、捨て駒か。

 

 「………」

 

 まあ、それはどうでもいい。立香を害そうとする存在なんて皆⬛ねばいいし。…思考が物騒な方向に逸れちゃったな。うーん、やっぱりなにか気分転換は必要かもしれない。まあ、それは後で考えるとして。

 

 「それで、私にどうして欲しいんですか?」

 

 鋭い瞳で私を見据える彼に問いかける。護衛としてしばらく誰かがつくとかかな?

 

 「君にはカルデアに来てもらいたい」

 

 

 

 

 

 …………は?

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 「カルデアへようこそ!歓迎しよう!」

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデア。その場所での三日間ほどの一時的な保護の提案に二つ返事で了承した私は、長い移動の後に到着した施設の一室で絶世の美女に歓待を受けていた。

 

 「…すごい。モナ・リザだ…」

 

 「素直な反応ありがとう!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの変態的な整形技術に感動していると、彼、あるいは彼女はさっそくとばかりにこの施設の説明と、そしてカルデアの今までの活動を私に語り始めた。

 

 人理焼却と、それに立ち向かった人々の話を。分かりやすく私に話したのだ。しかもゲーティアやソロモンのことまで含めて。

 

 …えっと、私ってただの一般人なのですが。

 

 どういうつもりだ?反応でも見てるのか?

 

 「うんうん。困惑するのは分かるさ」

 

 「…私にしていい話ではないですよね?」

 

 「その通り!だからこのことは秘密にしてもらえると助かるなあ。…それにしても、簡単に信じるんだね?こんな荒唐無稽な話をさ」

 

 にこやかに笑う彼女の顔をじっと観察する。もちろん何かを読み取れたりはしなかった。

 

 「私に分かることではないので、それは横に置いているだけです。…私がこの話を誰かに漏らす可能性は考えないのですか?」

 

 「それは大丈夫だろうさ。キミは彼がとっても信頼している友人みたいだしね。

 

 …まさか立香(かれ)を裏切ったりはしないだろう?」

 

 

 

 ──────────────。

 

 

 

 ふう。

 

 

 

 「それもそうですね。それではこの話を私にした理由はなんでしょう?」

 

 「…ああ、それならもうすぐ────」

 

 

 扉が開く。

 

 

 「おまたせ、オレに用事って、な…に……?」

 

 立香だった。うん。どうしよう心の準備がまだできていない落ち着け落ち着くのだえーとどういう態度でいればいいんだこれ髪乱れてないかなそうじゃないなんか、なにかしなければ!

 

 とりあえず手を振ってみる。

 

 「え、ええええええええええええええええええええ!?なんで!?なんでいるの?!」

 

 「さあ、二人とも。積もる話もあるだろう。今日は朝まで語り明かすがいい!」

 

 「いや、そうじゃなくて!」

 

 「ほらほら、行った行った」

 

 「ちょ、待っ…!」

 

 混乱する立香と私を力尽くで連れ出した後、私の肩に手を置くと、彼女は私にしか聞こえない声で、

 

 「任せたよ」

 

 と言った。

 

 

 

 

────あー、うん。じゃあ行こうか立香。どこって、どこだろ?部屋?案内されてないけど。うん、とりあえず立香の部屋行こうか。

 

 色々と、こう、あるみたいだしね。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 「大丈夫なのだろうな?」

 

 「もちろん」

 

 「魔術と関わりのない一般人という話だったが、それも疑わしくなってきているぞ」

 

 「少しズレているだけで、彼女は立派な一般人だよ。それに、重要なのはそこじゃない」

 

 「マスターか」

 

 「君も見ただろう?」

 

 「…そうだな。彼女は絶対にマスターを裏切らないだろう。それは確かだ」

 

 「うん、だから彼女に任せることにしたんだ。まったく、本来こういう役割(しごと)は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














────男の話をしよう

    ロクデナシの夢追い人の話を


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夢追い人に捧ぐ

マシュが一緒に居なかったのは、立香のみダ・ヴィンチちゃんに呼び出されたからです。マシュは残ってくれたサーヴァントたちに様子がおかしい先輩のことを相談して回っています。







 

 男の話をしよう

 

 ロマニ・アーキマンという人間の話を

 

 

 ◆

 

 ふう、久々だからかな。一杯話しちゃったなあ。

 

 それにしても、ダ・ヴィンチちゃんは一体何を考えているんだか…。

 

 ああ、そろそろ…。

 

 

 え?…ロマンの話?

 

 …うん。

 

 

 そうだなあ、最初に会ったときはさ、なんか頼りなさそうな人だなぁって思ったもんだよ。

 

 実際、その第一印象は間違っていなかったとも言えるし、でも正しくなかったとも言えるかな。

 

 まあ、驚いたよ。マシュに案内されたオレの自室のはずの場所でさ、ここはボクのさぼり場だぞーなんて言ってさ…。

 

 ッ…!

 

 …ああ、ちょうどそのあたりだったかな。今でも鮮明に思い出せるよ。まったく、人の部屋でリラックスしてくれちゃってさ。

 

 そのすぐ後だったな、オレが人理焼却なんて大事に関わることになったのは。

 

 

 …、

 

 最初のうちは大変だったよ。いやまあ、最後の方も大変だったけど。

 

 当たり前だけど戦いなんて今までしたことなかったし。突然世界が燃え尽きたとか、オレにしかできないだとか。

 

 必死だった。

 

 ああ、辛かったし、苦しかった。

 

 …やめたいと思ったことも、もしかしたら、あったかもしれない。

 

 それでも頑張ってこれたのは、皆がいてくれたからだ。

 

 マシュが隣にいてくれたから。

 

 サーヴァントの皆がいてくれたから。

 

 スタッフの皆がいてくれたから。

 

 君がくれたものがあったから。

 

 …ロマンが、いてくれたから。

 

 

 

 ロマンはさ、

 

 いつも一生懸命で、

 

 だけどそれをなんでもないことのように誇りもしないで、

 

 肝心なところでいつも役に立たなくて、

 

 それはどうしようもないことだったのに気に病んでいて、…

 

 

 

 

 

 

 

 

────それは彼との思い出。

    日常だったものの残滓(ざんし)

 

    この話には明確な終わりがある。 

 

    なぜなら、 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …オレたちのことをいつも考えてくれていて、

 

 オレたちの前ではいつも笑っていて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最期は…、

 

 

 最、期はッ…、笑って、オレの、背中を、

 

 

 押して…、ッ…、…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 う、あああぁぁぁぁぁぁぁぁあ………!

 

 

 どうしてッ!どうしてだよ…!

 

 どうして何も言ってくれなかったんだ!

 

 

 

 どうして…、

 

 

 

 

 勝手に、いなくなっちゃうんだよぉ…!

 

 

 

 

 

 

 笑って迎えて欲しかったんだ…!

 

 やったねって、おめでとうって、

 

 そうやって笑い合いたかったのに…。

 

 

 

 

 もう一度、会いたいよ…。

 

 会って、話がしたいよ…。

 

 くそっ、く、そ、………。

 

 

 

 

 う、っ…く、ああああああああああああああ

 

 ああああああああああああああああああああ

 

 ああああああああああああああああああああ

 

 あああああああああああああああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、どこにでもいる少年の、

 

 ごく当たり前の慟哭だった。

 

  

 自室でさえ泣くことを許さなかった少年の、

 

 抱え続けた後悔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 う、…っ…。

 

 

  

 分かってるんだ…。

 

 それが必要なことだったってことは…。

 

 それ以外の方法が、なかったってことも…。

 

 

 それでも、やっぱり…、

 

 納得なんて、できるはずなくて…ッ!

 

 

 

 

 …。そうだよ…、

 

 

 絶対許さないから…。

 

 もし謝ってきても許してなんかやらない。

 

 

 でも、……、

 

 

 

 

 

 …………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、

 

 …それは、……。

 

 

 …うん。

 

 

 

 もしも…。

 

 

 もしもいつか、天国で会えたなら、

 

 

 まずは思いっきり右ストレートをぶちこんでやるんだ。

 

 もちろん、顔面に。

 

 その後で、マウントをとって、

 

 …え?そのへんで?

 

 しょうがない、物理攻撃はここまでにしてやるとしよう。

 

 

 

 そうしたら、その後は、目一杯自慢してやるんだ。オレのそれまでの人生を。

 

 オレはこんなにも、幸せな人生を送ったぞ!

 

 ってね。

 

 ロマンが歯を食いしばって悔しがって、羨ましがるような自慢話を一杯聞かせてやるんだ。

 

 

 

 それで、でも、そうしたらさ…、

 

 

 

 

 きっと、ロマンはさ、あの力が抜けるようなへにゃっとした笑顔でさ、嬉しそうに、聞いてくれるんだろうなぁ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …そうだね。

 

 だから、前を向いて生きないと。

 

 それで、目一杯、幸せになってやるんだ。

 

 

 

 

  

 いつか、そんなあり得ない邂逅があった時に、

 

 ロマンにたくさんのお土産話ができるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …もうこんな時間か。

 

 ごめんね。夜遅くまで。

 

 うん。

 

 

 

 

 

 

 ありがとう、おやすみ、オレの大切な友達

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────おやすみなさい、ドクター・ロマン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

────いい夢を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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彼/彼女の想いと、私の始まり



本日…、本日?二話目の投稿です。






 

 深夜。

 

 廊下を歩く。

 

 カツカツと、固い床の音が辺りに静かに反響している。

 

 「やあ」

 

 「…ダ・ヴィンチちゃんさん」

 

 「お話、しよっか」

 

 

 ◆

 

 

 今は使われていない部屋、かつて誰かが使っていたかもしれない部屋に案内される。

 

 「今日から三日間、ここがキミの部屋になる」

 

 「案内、ありがとうございます」

 

 「いやいや、礼を言うのは私のほうだ」

 

 「…はい」

 

 とすっ、とベッドに腰掛けたダ・ヴィンチちゃんはぽんぽんと隣を叩く。

 

 「君をここに呼んだ本当の理由はね、アルバムを見たからなんだ」

 

 少し離れた所に座った私は、彼女が簡潔に述べた言葉を咀嚼(そしゃく)する。

 

 アルバム。

 

 私がクリスマスに彼にプレゼントした贈り物。たくさんの思い出が詰まったデータ。

 彼がそれを見て、この世界で生きていたいと思えるように、少しでも彼を支えられればいいと私が作った思い出のカタチ。

 

 「…それが?」

 

 「嬉しそうに、楽しそうに話すんだ。アルバムに写る友人達の話をさ、一人一人。その中でも、キミの話をする時は、何て言うか、年相応の少年のような顔付きでね。…だから、キミしかいないと思ったんだ」

 

 何かを思うように、誰かを想うように、彼女は虚空に視線を漂わせている。

 

 「彼は弱音を吐かなかった。辛くても、前を向き続けた。辛いのは、悲しいのは自分だけじゃないからと。大切な誰かを亡くした時にだって、涙を溢さないように必死に堪え続けた。…でも、彼は普通の少年だ。今まではまだ大丈夫だった。でも、その心はいつか耐えられなくなるだろう。壊れてしまうだろう。だから、どこかで誰かが吐き出させなければならなかったんだ」

 

 ゆるゆると視線を私に向ける彼女は、しかし私ではない誰かを見ているようだった。

 

 「でもね、その役割を担える人間がここにはいなかった。…いなくなってしまった。…そういうの、ロマニの役割だったんだけどねぇ…、肝心な時にいないんだから、まったく」

 

 ああでも、と彼女は付け加える。

 

 「キミをロマニの代わりと見なしているわけでは勿論ないよ。というか、ロマニでもあそこまでのことができたかは分からないしね」

 

 まさか、あんなに泣くとはねー、と彼女はとんでもないことを暴露した。

 

 見てたんですか…?

 

 「ごめんごめん。でも必要な措置だったんだよ。キミのことは信用してても、暗示をかけられている可能性も極小とはいえあったから。うちは心配性な保護者が多くてねえ…。ああ、勿論映像諸々は削除したし、彼にこの事がバレるようなヘマもしないさ。この万能の名に誓ってね!」

 

 その後、ダ・ヴィンチちゃんはどこか神妙な顔になると、私に頭を下げてきた。

 

 ……え?

 

 「だ、大丈夫ですから!頭を上げてください!いえ、ちょっと怒りましたけど、次からはやらないと約束してくれるなら…」

 

 「そっちじゃなくて、いや、そっちもそうなんだけど、…キミを巻き込んでしまったことだ」

 

 巻き込む…。

 

 「必要な措置だった、でもこちらの世界に関係がなかったキミを巻き込んだことも事実だ。…私も年甲斐もなく焦っていたのかもしれないね。彼には後でたっぷり怒られるだろうなあ…」

 

 心配性な保護者。それは彼女も含まれていたのかもしれない。

 

 「…では、立香にたくさん叱られてください。立香が許したら私も許します」

 

 「うわあ、一生許されない可能性も出てきたぞぅ!」

 

 どこか晴れやかな顔になった彼女は立ち上がると、私と目線をしっかりと合わせた。

 

 

────藤丸立香は、大好きな後輩の前では頼れる先輩として意地を張り続けた。数多の英霊たちの前では、人類最後のマスターとして前を向き続けた。だけど、

 

 

 

 「────だから、普通の少年としていられるキミの前では、彼を泣かせてあげて欲しい」

 

 

 その言葉は────、

 

 

 「言われるまでもありません」

 

 

 私は彼の、親友なのだから。

 

 

 「まあその通りだね。…そーれーにー、このお願いも今は、という注釈の付く話だし?マシュとなら、いずれ全てをさらけ出した裸の付き合いもすぐにできるようになるだろうし?」

 

 「…はあ、そうですか」

 

 「反応がうっすーい!まあ、キミ達はそれでいいのかもしれないね」

 

 はふーと息を吐く。

 

 「さすがに話し込み過ぎたね。ここらへんで私は退室するとしよう。では、いい夢を」

 

 「はい、おやすみなさい。ダ・ヴィンチちゃんさん」

 

 彼女はバチコーンとウィンクをすると颯爽と去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はこの世界に生まれ落ちてきてから、ずっと独りぼっちだった。

 

 いつしかそれが当たり前になって、そうであるのが自然なことなんだと自分を納得させていた。

 

 ここは私の世界、私の居場所ではないから。だから親しい人間ができないのは当然のこと。

 

 そうやって理屈を付けて、ずっと言い訳を続けてきた。

 

 他人に興味がないふりをして、強がって、あまつさえ自分は特別(異物)だからと思い込もうとさえしていた。

 

 でも違った。

 

 私に友達ができなかった理由なんて単純だ。

 

 私は、自分から動こうとしていなかった。

 

 たった数回の失敗で絶望して、行動することを怖がって、自身の内側にこもり続けた。

 

 

 でも、その間違いを私に気付かせてくれた人がいた。

 

 大切なのは、自分がどうしたいのかで。

 

 そのしたいことの為に勇気を振り絞って行動することだった。

 

 

 たくさんの友達ができた。

 

 たくさんの思い出ができた。

 

 この世界で生きるということを知った。

 

 

 

 

 

 

 そして今、私は、どうしたいのか。

 

 そんなのは今更考えるまでもないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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私の願い



誤字報告ありがとうございます。





 

  

 

 

 

 朝。

 

 知らない天井だ。

 

 …苦節十何年、初めてそれらしい台詞を言えた気がする。少しは強くなれたのかな。

 

 というかもう起きよう。

 

 

 ◆

 

 

 「ふわ…」

 

 カルデアで迎える初めての朝。

 

 ぱっぱっと朝の支度を終わらせて、…嘘です結構時間かけました。ベッドに座って考える。

 

 朝食はどうするんだろう。

 

 …まさか、エミヤ飯を食べられるのか?あの、例の、噂の、エミヤ飯を!?

 

 とりあえず昨日説明された食堂に行ってみようかな。…うん。なんだ、どう操作するんだっけこのハイテク機械。こう?こうかな?

 

 あ、扉が開いた。では、出発!

 

 

 

 朝の廊下を歩いていると、軽やかな足音と穏やかな話し声が聞こえてきた。こっちに近づいてくるそれは、聞き慣れたものと、可愛らしい少女のもの。

 

 そちらを向けば、楽しそうに語らう少年と少女が見える。隣り合って歩く彼らは本当に幸せそうで。ただ眺めているだけでこっちまで暖かな気持ちになってしまう雰囲気すらあった。

 

 うん。なんか、…いいなあ、ああいうの。

 

 遠くから二人を眺めていると、立香がこちらに気付いたようだった。

 

 「あれ、おはよう。…迎えに行こうと思ってたんだけど、遅かったかな」

 

 「…あ、おはようございます!初めまして、マシュ・キリエライトです!」

 

 立香の隣に立つ可愛らしい少女、何時だって立香を支えてきたデミ・サーヴァント、マシュ・キリエライト。愛すべき後輩である彼女も、ビシッと姿勢を正して元気な挨拶をしてきた。なんかちょっと緊張してる?

 

 でも、うん、可愛い。すごく、可愛い。

 

 …ではなくて、挨拶だ。挨拶大事。

 

 「おはようございます、最上悠月です。初めまして、マシュさん。あ、立香もおはよう」

 

 私ってこんな名前だったなあと思い返しながら答える。

 

 そんなおまけみたいに…、とぶーたれる立香に笑っていると、マシュさんがてて、と私の耳許に近づいてきた。

 

 「あの、ありがとうございます」

 

 うん?

 

 「…え、何が、ですか?」

 

 「今朝の先輩が、その、いつもの先輩でしたので」

 

 ああ、どうやら立香はこの可愛らしい後輩ちゃんにも心配をかけていたらしい。…私、可愛いって何回言ったかな。だって可愛いんだもん。

 

 「どういたしまして。…マシュさんも、ずっと隣で立香を守っていてくれてありがとう」

 

 「いえ、そんな、私なんて…」

 

 おどおどと否定する彼女に、いやいやとそれを否定する私。

 

 「…なんか恥ずかしいから止めて!保護者面談されてるみたいに感じるから!」

 

 「…ふふ」

 

 「ふふふ」

 

 立香は赤い顔で叫んでから、こほんと咳払いして雰囲気をあらためた。

 

 「…それと、そんなこと言わないで欲しい。オレはいつだってマシュが隣にいてくれたから頑張れたんだから」

 

 マシュさんはその言葉に本当に嬉しそうに笑って、立香はそんなマシュさんの様子に笑顔を浮かべている。

 

 穏やかな朝の風景。幸せな日常。

 

 

 

 そこに、闖入者一名。

 

 「おっはよーう!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんのお通りだ!

 

 私はぺこりとお辞儀をする。

 

 「おはようございます、ダ・ヴィンチちゃん」

 

 「…ダ・ヴィンチちゃん」

 

 立香はおこだった。…もう死語かな?

 

 「どうしたんだい?そんな(かわい)い顔してさ」

 

 「…たっぷり言い訳を聞かせてもらおうか」

 

 「まあまあ、待ちたまえよ。せっかくキミの六年来の友人を招待したんだ!昔話としゃれこもうじゃないか。マシュだって先輩の色々(いろん)な嬉し恥ずかし話を聞きたいだろう?」

 

 「…先輩の…、はい!聞きたいです!」

 

 「マシュ!?」

 

 「旦那様(マスター)のお話ですか?」

 

 「何処から出てきたの!?」

 

 「あらあらまあまあ」

 

 「ちょ…!」

 

 「じゃあまずは、恥ずかしい話からいってみようか!」

 

 「…立香の恥ずかしい話ですか?…じゃあ、学校中を巻き込んだUFO事件、またの名をフライング・パン────」

 

 「それはやめて!マジでやめて!!」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 「…疲れた」

 

 食堂でサーヴァントたちにもみくちゃにされた立香は、ぐったりとベッドに倒れこんだ。

 

 ダ・ヴィンチちゃんさんはマシュさんを連れて歓迎会の準備に向かってしまった。いや、歓迎会って私の?

 …もしかしたら、沈んでいた彼の為にもともとそれっぽいパーティーを企画していたのかもしれない。名目を変更したただけで。ダ・ヴィンチちゃんさんもマシュさんも、立香のことを心配していたから。

 

 …朝食の席のことを思い返す。

 

 藤丸立香と、マシュ・キリエライト。

 お互いを本当に大切に想い合う二人。

 

 昨日の立香からの話でもマシュさんのことは聞いていたが、実際に二人でいるところを見ていると、それがよく分かった。

 

────彼の居場所。暖かな在処。

 

 

 私はふう、と深呼吸をする。

 

 

 

 「…どうかした?」

 

 「……立香はさ、」

 

 意を決して問いかける。

 

 「…どうするの?」

 

 言葉足らずな私のそれを、十全に理解したらしい立香は、苦笑のようなものを浮かべると起き上がった。

 

 「あー…」

 

 「…」

 

 私は彼の隣に座ると返事を待つ。

 

 「オレはこれからもカルデアで働いていくことになると思う。しがらみとかもあるけれど、オレがそうしたいと思うから」

 

 「…うん」

 

 俯きそうになる顔を堪える。そうじゃないだろう、私。

 

 「…あの時の答え」

 

 「え?」

 

 「立香はちゃんと言葉にして言ってくれたから、私もちゃんと言葉にしたい」

 

 初めて出会ったあの時と変わらない綺麗な青い瞳を見つめて、私にできる精一杯の笑顔を浮かべて、私の想いを告げる。

 

 

 

 

 

 「私は、あなたと、一緒にいたい」

 

 

 

 

 

 「…────────」

 

 立香は百面相みたいに表情を変えながら、言葉に詰まっている。

 

 

 「うん、分かってるよ。それがとても難しいことだってことは」

 

 だけど、そうじゃなくてね。

 

 ずっと隣にいることはできないけれど、離れていても、一緒にいると思えるような、思ってもらえるような、そんな関係になりたいんだ。

 

 辛い時、悲しい時、苦しい時、私は隣にいて、あなたを支えてあげることはできない。

 

 だから、その時の痛み、悲しみ、憎しみ、そういう全部を私に伝えて欲しい、ぶつけて欲しい、背負わせて欲しい。

 

  あなたがその(やさし)さを持ったままでいられるように。

 

 あなたがあなたでいられるように。

 

 いつだって頼って欲しい。私にできることなんて高が知れているかもしれないけれど、私の胸くらいならいつでも貸してあげるから。

 

 私もあなたの帰る場所(いばしょ)でありたいのだ。

 

 「だからいつでも会いにきてね。立香がいないのは寂しいから」

 

 

 「……そ、れが…」

 

 「我が儘でごめんね。でも、これが今の私の答えだから」

 

 彼は天井を見上げてから、何かを想うようにゆっくりとこちらを向いて答えた。

 

 

 「────ああ、約束だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────これは、

    臆病な少女が、一歩前へと踏み出した

 

    ただそれだけの物語。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

  

 「あ、そうだ。マシュさんとの結婚式には絶対に呼んでね」

 

 「はい!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
これにて本作は完結です。

必要な説明を省いたり、物語開始前の主人公の内面の話を最後まで後回しにしたりと、色々と不親切な書き方だったと思います。ごめんね。それでも最後までお付き合いしてくださった方々に感謝を。本当にありがとうございます。


続編や番外編などは、何かしら思いつけばあるかも?




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身も蓋もない番外編



たくさんの感想ありがとうございます。いつも参考にさせていただいております。
 
という訳で、身も蓋もない番外編です。色々とひどいです。あといつもより長いです。









 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハーレムで良いのでは?」

 

 

 そんな誰かの一言で、女子会は一時静寂に包まれた。そして私の脳は目の前の光景に機能停止に陥る寸前であった。

 

 

 

 どうしてこうなったんだっけ…?

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 歓迎会を経て翌日、カルデアの人々ともそれなりに打ち解けられた私は、今日はどうしようかなーと客室でぼんやりとくつろいでいた。とりあえず散策でもしてみようかと思い立ち、ドアを開け外に出ると────

 

 

 

 「────おはようございます」

 

 

 

 うわぁ!びっくりしたぁ!

 

 にっこりと微笑みながら挨拶をしてきたのは、うそつきやきころすがーること、清姫さん。

 まあ、可愛らしい笑顔!目が笑っていないという点を除けばね!

 

 

 「おはようございます。…あの、普通に入ってくるという選択肢はなかったのでしょうか?」

 

 「ふふ、何事もインパクトが大切だと言うでしょう?」

 

 「…まあ、いいですけど」

 

 

 清姫さんかー。カルデアでも危険度上位に君臨するであろうサーヴァント。英雄王あたりの方がヤバいのかもしれないけれど、彼が私なんぞに興味を抱くとは思えないからね。…いや、清姫さんも嘘をつかなければいいだけか。

 そこに目をつむれば良妻賢母だって言われてるし。

 

 

 「確か、貴女は旦那様(マスター)のご友人だということでしたよね?」

 

 「え?…はい、そうですね」

 

 

 それがどうかしたのかな?まだ立香の過去話が聞き足りないとか?

 

 

 「…そうですか、なるほど。…わたくし、今日は貴女を招待しに来たのです」

 

 「招待?」

 

 

 なにに?

 

 

 「カルデア女子サーヴァント達によって開催される、カルデア女子会・超級に、です!」

 

 

 未だに状況はよく理解できていないけれど、何事かに巻き込まれたってことは分かったよ…。

 

 

 ◆

 

 

 道行くスタッフさん達にとても可哀想なものを見る目をされながら、清姫さんに連れられ辿り着いた一室。

 

 

 「お待たせしました、皆さん」

 

 

 扉を開くとそこにいたのは数多く、いやそこまで多くはないけど女性サーヴァント達。これだけの英霊が揃うと壮観である。美女と美少女しかいないし。酔いそう。

 

 

 「楽しいお茶会の始まりね!」

 

 

 くるくる回る少女が笑う。

 さあ、パーティーの始まりだ。

 

 

 

 

 「では、こちらへどうぞ」

 

 

 案内されたのは部屋の中心。…あ、マシュさんだ!マシュさんがいる!癒し!

 

 

 「…あの、これってどんな状況です?」

 

 「私も先程連れてこられたばかりで…」

 

 

 お役に立てず申し訳ありません、としょんぼりするマシュさんをよしよししつつ、周りを見回していると、突然に照明が落ちて辺りが暗闇に包まれる。

 

 

 

 そして響き渡るドラムロール。

 

 スポットライトが照射され、不規則な動きで辺りを照らした後、一点に集まる。

 

 そこに居たのは…、

 

 

 

 「みんなー!今日はアタシのライブを観に来てくれてありがとー!たっくさん歌っちゃうから楽しんでいってよね!」

 

 

 わーい!エリザベートの生ライブ!

 

 死んだかなこれは。エリちゃんのライブとかマジですか。今日が命日だったの…。

 

 

 そして吹き飛ぶエリザベート。

 

 

 隣にいた清姫さんはおこだった。口から火を吹いている。なんという出オチ芸。

 

 

 「…な、なにするのよぉー!?」

 

 

 若干焦げ目がついた(ドラゴンステーキな)エリちゃんが、涙目で叫びながら清姫さんに飛びかかる。

 

 竜vs竜。ふぁいとっ!

 

 やんややんやと盛り上がる会場。

 

 

 「なんなのなの…」

 

 

 飛び交う罵倒、炎、超音波。戦いを止めに入った人や自ら参加しにいく人で大乱闘が始まってしまっている。酒でも入ってんの?

 

 あわあわしているマシュさんを横目に、私が半ば諦めの境地で誰が勝つのか賭けでも始めようかと思っていると、目の前にどんと置かれる数々の料理。

 美味しそうな匂いを漂わせているテーブルに置かれた料理に目を奪われる。

 

 

 「さあ、野生のままに喰らうのだ。我が料理に骨抜きになるがいい、そのままたたきにしてやるのだな!」

 

 

 あはははははは!と笑いながらタマモキャットは更なる料理を作りに行ってしまった。

 

 なんだ…うん、状況には全くついていけてないけれど取り敢えずご飯食べてよう。

 …あ、美味しい。

 

 

 

 

 

 しばらくマシュさんや他の皆さんと談笑しながら食事をしていると、一段落ついたのか所々煤けた清姫さんがのっそりと席についた。

 

 

 「お疲れさまです、大丈夫ですか?」

 

 

 ぽんぽんと埃を払い、顔についた汚れをお手拭きで拭う。綺麗にしましょうねー。

 

 

 「…ええ、ありがとうございます」

 

 

 清姫さんは手近な所にあった紙コップに緑茶を注ぎ、それに口をつけると、ふうと疲れたため息をついた。

 

 

 「…まったくあのドラ娘、わたくしが主催した女子会だというのに。…いつの間にあんな準備をしていたのでしょう」

 

 「清姫さんが主催だったんですか?」

 

 「ええ。ただ開催を決めたのが昨日だったもので、あまり準備もできませんでしたが」

 

 

 だから参加者もそこまで多くないのか。

 

 

 「…またどうして突然?」

 

 「貴女に聞きたいことがあったのです」

 

 

 私をじー、と見つめる清姫さん。

 

 

 「わざわざこんな事しなくても、普通に聞いてくれればよかったのに…」

 

 「何事もインパクトが大切だと言うでしょう?…それに、女子会というものは話をしやすい雰囲気を作れると聞きまして」

 

 「…私のためにありがとうございます。…聞きたいこととは?」

 

 

 「昨日旦那様(マスター)と何をしていたのでしょう?」

 

 

 昨日…、何って…。うん…。

 

 

 「話をしていただけですけど…」

 

 「話、というと?」

 

 「それは、…カルデアの皆さんの話とか。あ、清姫さんの話も聞きました」

 

 「わたくしの…?」

 

 

 清姫さんはこちらに身を乗り出してきた。顔がすごく近い。頬を薄く朱に染めながら上目遣いをしてくる清姫さんは、恋する乙女の見本のようだった。やっぱり美少女だなぁ。

 

 

 「その、ますたぁは、なんと…?」

 

 「うん。清姫さんからの好意は、純粋に嬉しいって」

 

 

 好意はね。やり過ぎには注意しようね。

 

 

 「まあ、まあまあ!これはやはり両想いそして結婚ということですね!あなたの清姫が今参りますよ、ますたぁ!!」

 

 

 駆け出そうとする清姫さんを、叫びに気付いたマシュさんが駆け寄り必死に食い止める。

 

 

 「突然どうしたんですか!?」

 

 「離してください、マシュさん!わたくしのますたぁが待っているのです!」

 

 「わたくしの!?何があったんですか!?いつも通りといえばいつも通りですが!」

 

 

 取り押さえられて少し冷静さを取り戻した清姫さんは、美味しく料理をいただいている私の方を振り向くと説明を始めた。清姫さんの朗々とした演説に注意が集まっている。

 

 

 「…せ、先輩からの評価、ですか」

 「アタシには、憧れのアイドル!ってところかしらね?」

 「おかあさんはいつも優しいよ?」

 「私が最強の(セイバー)であることは確定的に明らかですが」

 

 

 わちゃわちゃしてる。

 

 そしてそれを遠くから眺める静謐のハサン。

 

 

 …、静謐さんだ!?

 え、何してるんだろう…。

 

 

 「あら?静謐さんではないですか。どうしてそんな遠くに?」

 

 「…おかまいなく」

 

 「ああ、静謐さんは、その、毒が…」

 

 

 マシュさんの返答に、清姫さんは納得して衝撃的な事実を溢した。

 

 

 「ああ、そういえばそうでしたね。わたくしは大丈夫ですが」

 

 「ええ!?」

 

 「旦那様(マスター)とお揃い…、ふふ、いい響きだと思いませんか?」

 

 「まさか対毒スキルを!?」

 

 

 愛の力ってすごい。

 

 

 

 

 

 

 

 清姫さんは静謐さんの近くに着席しに行ってしまった。…それにしても。

 

 

 「…立香、愛されてるんだなぁ」

 

 「主殿は素晴らしいお方ですから!」

 

 「そうだねぇ。…でも本当に()()()女の子に好かれているから、いつかひどい目に遭わないか心配なんだよね…」

 

 

 さっきの喧嘩を止めに入った人(ブーディカさん)自ら参加しにいった人(牛若丸さん)が答えた。

 

 ブーディカさんの台詞には、…まあ女神とかバーサーカーとかいるからね。男冥利に尽きるね。…頑張って下さいとしか。

 

 

 「…誰か一人選んだりしたら、色々と大変なことになりそうですね」

 

 そう呟いた瞬間────

 

 

 

 

 

 

 

 「────ハーレムで良いのでは?」

 

 

 

 

 

 「うん?」

 「はい?」

 「え?」

 

 

 そんな辺りが静まり返るような台詞を告げたのは────

 

 

 「ハーレム────それは男の浪漫!」

 

 

────そこにいたのは一人の人間だった。

 

 頭部には花の飾りが添えられ、手首にはダンスの際に躍動感を感じさせる為か、ヒラヒラとした布地を着けている。

 上半身は肌が透けている布地を胸元に巻いているだけで、お腹は丸出し。

 長いスカートは敢えて片側のみ、もう片方のその生足は惜しげもなく晒されており、下着すら垣間見えている。

 

 それは、踊り子のような格好をした────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「デュフフ、拙者こう見えてハーレムには詳しいので。ハーレムヒロインのなんたるかを手取り足取り教授してみせますぞ!まずはラッキースケベから!」

 

 

────黒髭だった。

 

 具体的には、マタ・ハリ衣装の黒髭だった。

 

 う、────

 

 

 

 

 

──────しばらくお待ち下さい──────

 

 

 

 

 

 黒髭ことティーチさんはボロ雑巾のようにされて雪山に捨てられた。女子会に参加(潜入)するために女装とか…、うぐぅ。

 

 

 「…ハーレム、ですか」

 

 

 嵐が通りすぎた会場で、清姫さんがぽつりと呟く。怖い。

 

 

 「わたくしはそれでも構いませんが」

 

 

 …うん?

 

 

 「…清姫さん?」

 

 「わたくしの旦那様(マスター)はそれはそれは魅力的なお方ですから、多くの女性から好意を向けられてしまうのは仕方のないことでしょう」

 

 

 しょうがない方ですね、といった顔だ。

 

 

 「わたくしのことを愛してくださるのであれば、その(ハーレム)くらい男の甲斐性として受け入れてみせましょう」

 

 

 まあ、わたくしをまた置いていくというのであれば…、うふふふふ…。

 

 目が死んだ笑顔で呟かれた最後の言葉には恐怖しかないが、そうか、きよひーはハーレム受容派だったな。自分(きよひー)以外の特定ルートに入ると基本死ぬけど。

 

 

 

 …まあ、立場はなんだっていいんだけど。

 

 

 

 ちょっと疲れてきたなー。ふう、と深いため息を溢す。

 

 ちらと時計を見る。ああ、それにしてもこの女子会、一体いつまで続くのだろうか────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ぐだぐだな番外編でした。キャラをできるだけ沢山出そうとして失敗した感がある。
 
 

 


 
以下、本編に入れるのはあまりにアレだったので変更された、読まない方がいいかもしれない主人公ちゃんの最終回の行動についての補足。
 
 

 
立香と疎遠になるとか想像しただけで死にたくなったので考えた。どうすれば一緒にいられるだろうか。女の子としてはマシュ達に自分が勝てるとは思えない。先制すればどうにかなるかもしれないが、現状で彼と近づき過ぎるのは()()と問題も発生するだろう。本編に影響が出るような賭けには出られない。それで立香に何かあれば死んでも死にきれない。ならば親しい友人として側にいるのが一番だが、それだけではあまり会えない自分ではいずれ疎遠になっていってしまう可能性がある。だから楔を打ち込んだ。自分という存在をいつだって忘れないように。そして約束という名の楔を打ち込んだ上で、立ち位置に細心の注意を払って行動する。感情的に見せかけた計画的な犯行であった。
────全ては自分の願いの為に。
 
まあ、立香の幸せ>>越えられない壁>>自分の願いですが。

 
…はい!友情の話でしたね!
 
 
 
 


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三人で

 

 

 

 

 女子会後半に起きた語るも恐ろしい事件(ギャグイベント)によって、私のカルデアでの滞在日数は伸びることになった。本当に恐ろしい事件だったぜ…。特にどうとは言わないけれど。

 日数が伸びたのは、事件に巻き込まれた際に悪い影響を受けていないか調べるために、精密検査を行うことになったからである。

 検査自体はすぐ終わるようだけど、その準備もあるらしく開始は明日からということになった。

 

 つまり、今日は暇なのだ。

 

 なにしようかな。歩き回るのも良くないだろうし。…よし決めた。立香を襲いに行こう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ダブルクロス────」

「────それは裏切りを意味する言葉」

 

 というわけで、TRPGやります。

 

 

 立香を襲撃して返り討ちにされた私は、持ってきた色々な道具を取り出していた。

 

「TRPG、ですか?」

 

 TRPGとはテーブルトークRPGの略称であり、紙や鉛筆、サイコロなどを使い、決められたルールに従って遊ぶゲームである。

 自分のキャラクターをルールに則り作成し、そのキャラのロールプレイ(演技)をしながらシナリオを進行していく。彼らをプレイヤー・PLと呼び、彼らが演じるキャラクターはプレイヤーキャラクター・PCと呼ぶ。

 PLが遊ぶためのシナリオなどを事前に準備し、NPCを演じるなどしながらルールに則りシナリオを滞りなく進行させるための役割を持つ者を一般的にゲームマスター・GMと呼ぶ。

 キャラクターに沿った会話を行いながら、シナリオで巻き起こる出来事に対して行動する。何かPCが行動を起こすと宣言した場合、サイコロ・ダイスを振って行動が成功か失敗か判定したり、まあ要はそんなアナログゲームである。自由度の高いすごろくみたいな?

 

 うん、Wikiを見るのが分かりやすいね。

 

「理解しました」

 

 

 ダブルクロスはそのTRPGの一つなのだ。

 …マタ・ハリさんのスキルではなくて。

 

「簡単に言うと、レネゲイドという人間に超常の力を与えるウイルスが広まってしまった世界で、その力を隠しながら、人々を脅かす存在から自らの日常を守っていくという話かな」

 

 はい、そんな感じです。

 ネットで調べるのが早いね。

 

「さっきから説明を早々に諦めすぎじゃない?」

 

 だって口下手な私の説明より、そっちの方が分かりやすいのは事実だし。

 

「いえ、とても分かりやすい説明でした。きっとバーサーカーの皆さんもサムズアップしてくださると思います」

 

 マジか。バーサーカーでも分かるTRPG解説講座。…この名前は止めておこう。

 

 

 

 というわけで、立香、マシュさんがプレイヤーで、私がゲームマスターとなりTRPG・ダブルクロスを遊ぶことになった。…なったのだ!

 

 私、カルデアに来てから…、い、いや、大丈夫だ。私カルデアの職員とかじゃなくてただの学生だし。今冬休みだし。遊んでたって問題ないはずだし。

 

 …そういえば、私が焼却されていた一年半ほどの期間、立香は生き残っていたわけだから、年上ということに、いや待て、それで言うとマシュさんも私より年上に…?

 

 衝撃事実!後輩は先輩だった!?

 …どういうことなの?

 

 

「おーい、また意識が空を飛んでるぞー」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 昨日と同じ今日、今日と同じ明日。

 世界は繰り返し時を刻み、

 変わらないように見えた。

 ────だが、世界はすでに変貌していた。

 

 

 

────幸せな日常。

 

 朝の暖かな陽射しで目を覚まし、家族と今日の予定を話し合いながら朝食を摂り、通学路で落ち合った親友と馬鹿話をしながら登校する。

 

 

────暖かな毎日。

 

 高校での退屈な授業を終えて、友人達と放課後を遊んで過ごし、日が暮れればまた明日と別れ、家に帰って晩御飯を食べながら家族となんでもないような話をする。

 

 

────有り得ない幸福。

 

 おやすみなさいと布団へ潜り、ふと思う。

 

 自分は朝、あんなに目覚めがよかったか。

 

 自分は家族と喧嘩中ではなかったか。

 

 

 親友は、二ヶ月前に事故に遭って、もう二度と出会うことは叶わないはずではなかったか。

 

 

 …そうだ。これは幸福な夢。

 起きるのが嫌になるくらい幸せな悪夢だった。

 

 

────なら、目覚めなければいい。

 

 

 甘い声が聞こえる。

 

 

────そうすれば、その幸せな日常は永遠となる。いえ、そもそもこの世界こそが現実で、貴方が言うそんな世界こそ悪い夢に過ぎないのです。

 

 

 そうなのか。…ああ、きっとそうに違いない。

 

 ならば自分はこの幸せな日常を、いつまでも享受し続けよう。

 

 

────それは、なんて幸せなんだろう。

 

 

 

 

 そうして世界は変わっていく。

 

 ()()()()()()()

 幸せな日常に堕ちていく。

 

 皆が望む幸せな世界になるまで、

 あと少し────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上の日常をもって彼女のクラスは決定された。

儚げな少女など偽りの器。

其れは人間が待ち望んだ、人類史を最も残酷に否定する大災害。

 

その名をビースト⬛。

七つの人類悪の例外(ひとつ)、『幸福』の理を持つ獣である。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 ではなくて。

 

 なにこのシナリオ。

 

 いや流石にビースト云々はシナリオに記載されていないし、口に出してもいないけれど。

 

 くっそ重い!なんだこれ。なんでこんなシナリオを選んだんだ私。というかダブルクロスだよねこれ?敵の能力(チート)すぎないかな?

 ちらりと立香とマシュさんの方を盗み見る。大丈夫そうだ。負の感情は見えない。

 真剣にダイスを振っているマシュさんに、ダイス目を数えてあげている立香。

 ならば続きだ。クライマックスといこう。

 

 

 

 

 とある少女は世界を自由に改変できる能力を手に入れた。彼女はその力を使って世界中の人々を幸せにしようとした。神様になろうとしたのだ。

 これはただそれだけのシナリオ(はなし)だった。

 

 PC達は少女の正体と目的、そして居場所を突き止める。現場に急行するPC達。

 

「邪魔立てするというのであれば…。そう言うと少女はついと指先を貴方達に向けました。では」

 

 

 

 戦闘開始!

 

 プレイヤー達のダイス目が走る!すごい。十面ダイスに10が一杯だった。攻撃が痛い。リアル幸運値(ラック)高いなあ。

 

 翻ってゲームマスターたる私のダイス目。ひどい。なんだこのダイス目。ボスの威厳とかそういったものがなくなってしまう!

 

「攻撃に力がこもっていないぞ!自分の目的の正しさを信じきれていないんだろ!」

 

「…まだ!」

 

 

 というか、ダイス目が悪いだけです!

 

「相変わらずの幸運E(笑)」

 

 

 ぐぬぬ…。言ってくれるなあ。…。

 

 

「…ふっ。立香と出会ったことで、人生の幸運を使いきってしまったのかもしれない」

 

「…うわぁ。自爆覚悟の直接攻撃とか」

 

 痛み分けだった。

 

 

「…あ、あの!わたしも先輩と出会えたことが、人生で一番の幸運だったと思っています!」

 

 …マシュさんの追撃!

 藤丸立香にクリティカルだ!

 しかし、藤丸立香のカウンター!

 

 

「オレも、そう思ってるよ」

 

 …おお。立香は誇らしげにそう告げた。

 ふむむ。

 

 

 

「…私は?」

 

「…え?…じゃあ三番目の幸運くらいで」

 

「一応、二番目の幸運とやらを聞いてあげよう」

 

「今日の朝の星座占い、一位だったんだよね。ラッキーだったなあって思って」

 

 ははは、こやつめ。

 

「ダメですよ先輩、そんな思ってもないことを言っては。悠月さん、先程の返事はわたしに対してだけでなく────」

 

「マジレスはやめようかマシュ。穴掘って埋まりたくなっちゃうから」

 

「…ありがとうマシュさん。お礼にコレをプレゼントしよう」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 大きなダメージを受けた敵キャラクター。

 

「がくりと膝をつく少女。しかし、その瞳に宿る狂気は衰えるどころか、ますます色濃くなっている。力の出力を上昇させながら彼女は貴方達に問いかけてくる。

 …貴女方は何故私を止めようとするのですか?皆が永遠の幸福を手に入れられるのです。それを否定する理由があると?」

 

「…その目的の果ての世界に、」

 

 マシュさんは息を吸い込む。そして────

 

 

 

 

 

 

「────そこに、貴女の幸せはあるのですか?」

 

「…はい?」

 

 

 そんなのは与えられた偽物の幸せだとか、永遠なんて欲しくないとか、たった一人で運営する幸福な世界なんていずれ破綻するとか、そんなそれらしい理由ではなくて。

 

 ただ単純に、相手を想う言葉だった。

 

 

「貴女の願いをわたしは否定できません。けれど、神様だって一人ぼっちでは寂しいと思うんです。それではきっと…」

 

「…私の、幸せなど…」

 

「うん、そうだねマシュ。だから────」

 

 いやマシュじゃないから。キャラクターの名前を呼ぼう。ロールプレイしよう。

 

 

 

 

 立香とマシュさんはお互いに目配せすると、頷き合って、言った。

 

 

 

「────オレ達と一緒に行こう」

「────わたし達と一緒に行きましょう」

 

 

 

 

 ────────。

 

 

 

「…わ、たしは…、私、は…」

 

 眩い光だった。

 

 差し伸べられた手、彼女はそれを────

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「はい、というわけでシナリオクリアです」

 

 まさかの説得エンドとか。予想外…、というほどでもないのかな。この敵キャラクターは狂気に侵されていたけれども、その行動は誰かを想ってのことだった。…人間に戻れなくなった怪物(ジャーム)のつもりだったけどジャームのみが使える能力(Eロイス)を使ってないからまだジャーム化してなかったってことで問題ないな!

 だとしたら、二人にとって敵と見なすような存在ではなかったのか。まあ、そういう人、結構慣れているのかもしれない。

 

 

 それはさておき、シナリオ終了後の処理をすばやく終わらせながら、さりげなく聞いてみる。

 

「…どうだったかな?」

 

「はい、楽しかったです」

 

「それなら良かった。…色々とこういうの持ってきてるから、倉庫にでも仕舞っておいて、暇な時にでも気が向いたら使ってね」

 

「くれるの?」

 

「貸すだけ」

 

 さて、と。…これなら大丈夫だろう。

 

 ふむ。もうこんな時間か。そろそろ晩御飯だ。ちょっと長引いてしまったかもしれない。片付けが終わったら部屋に戻ろうかな。

 

「…じゃあ、私、部屋に戻るね」

 

「え?」

 

 うん?

 

「これ、とりあえず私の部屋にしまいに行かなきゃいけないし…」

 

「ああ、そうだったね」

 

 そう言うと立香は何か思い付いたようで、悪戯っぽく笑うとマシュさんの方を見やった。マシュさんはすこし首を傾げてから、すぐに立香の意図を理解したようでくすりと微笑んだ。

 

「じゃあ」

「はい」

 

 

 

 二人は息を合わせて────

 

 

「────オレ達と一緒に行こう」

「────わたし達と一緒に行きましょう」

 

 

 ────そう告げた。

 

 

 

「もうこんな時間だから、そのまま一緒に食堂へ向かえばいいし」

 

「そうですね。…あの、荷物持ちます」

 

 

 

 差し伸べられた二人の手。

 

 

 

 

 

 

 「…うん!」

 

 

────私はその手を取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
エイプリルフールに間に合わなかったから無理やり今回の話に突っ込んだ文章があるとかそんなことはありません。ありませんよ?
 
 
 
 
後書きっぽいもの。
 
もともと考えていた終わり方とは大分違うのですが、こんな主人公を応援してくだる方もいらっしゃったので、色々と変更して前回、そして今回のエンドに。
まあ、未来は誰にも分からないエンド、的な?
 
あと今回の話はレプリカのオマージュが露骨過ぎる気がする。以前から色彩とかのオマージュを分かりづらくしていたのですが。今回はほぼそのまま。歌詞そのままではないしぎりぎり大丈夫?
…そもそもオマージュってなんだっけ?
 
つらつらと書き連ねてしまいましたが、つまり今回こそ本編完結のはず。お付き合いいただきありがとうございました。番外編のはずだったけど、今回の話がすごく最終話っぽくなりまして…。
 
 
 
次は1.5部後か、2部後か…。
 
 
 
 


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