生まれ変わって星の中 (琉球ガラス)
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生まれ変わって……

初投稿です。

一話から四話までの・・・を……に変えました。


「楽しそうだなあ……」

 ディスプレイの中で魔法を使っている少年を見て、私は呟いた。

 

 私の名前は河森(かわもり)朝日(あさひ)という。大学受験を控えた高校3年生だ。

 そんな私は今、自室にあるノートパソコンで映画を見ている。画面の中ではたくさんの少年少女が魔法を使っており、未知があふれる世界を楽しんでいるようだ。

 

 ……映画だから演技なのだろうが。

 

 私は魔法が好きだ。幼稚園児の頃からいつか魔法を使いたいと星に願っていた。ていうか今も願っている。私が憧れているのは、窯をかき混ぜながら「イーッヒッヒッヒ……」と笑うような魔法使いではない。いや、そっちもある意味楽しそうだけど。私がなりたいのは、膨大な蔵書に囲まれ、訪れる人に知識を授ける・・・そんなミステリアスな雰囲気の魔法使いだ。

 しかし、戦う魔法使いを否定するわけではない。アニメや映画に出てくるような世界規模の魔法なんかすごい興奮するし。

 

「はぁ……」

 

 私はため息をつくと、パソコンの電源を落として部屋の電気を消し、ささっとベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 私の両親は私に関心がない。二人ともあまり家に帰ってこないし、いても金を置いたらすぐにどこかへ行ってしまう。二人の不仲は私が生まれた頃からで、ちょくちょく口論になっていたらしい。私が幼稚園に行くようになる頃には父親はほとんど家に帰ってこなくなっていた。私はいつも『両親が仲直りしますように』と願っていた。その願いはいつしか『両親を仲直りさせられますように』となり、最終的に『両親を仲直りさせる魔法を使いたい』となった。

 

 ……私が魔法使いに憧れるようになった原点である。

 

 ちなみに、何故そんな両親なのに高校に進学できたりできたのかというと、母方の祖父母のおかげだ。二人はよく私に世話を焼いてくれて、保護者の承認が必要となる様々な手続きを済ましてくれたのだ。私が不良少女にならずにいれたのも二人のおかげである。

 机の上に置いてある写真を見て、そんなことを考えていた。写真には祖父母と私の三人が写っている。私がもっている唯一の写真だ。

 

「……おはよう」

 

 私以外誰もいない家でそう呟き、朝食を作るため部屋を出た。

 毎朝しているラジオ体操の後、制服を着て朝食をぱぱっと食べ、歯磨きをしてからイヤホンをつけて家を出る。高校へは歩いて行ける距離なので、毎日音楽を聴きながら徒歩で登校している。足を動かすとなんとなく頭がスッキリするのだ。

 

 いつも通りの日。今日も何事もなく過ごす。私のそんな漠然とした考えは、あっさりと覆された。

 

 家を出てから約10分……私は残り少ない高校生活をどう過ごそうか。そんなことを考えながら歩道を歩いていた。そんな時、なにやら周りが騒がしいことに気づいた。音楽の音量はそれほど大きくしてないので、周りがうるさければすぐにわかる。何かあったのだろうかとイヤホンを外して後ろを振り返る。

 

 

 

 

 

 ――――私の目には、猛スピードでこちらに迫ってくる一台の車が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

『えー、続いてのニュースです。今朝、〇〇市で歩行者と車による事故があり、男性2人と女性1名が重傷・意識不明の重体で病院に搬送され、まもなく女性の死亡が確認されました。男性2名の命に別状はなく――』

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――私はどうなったんだろう

 

 意識はある。記憶もある。しかし、状況がわからない。真っ暗闇の中をふわふわと浮いているかのような……そんな感じだ。宙に浮いているような感覚を楽しんでいると、だんだん眠くなってきたので、その欲求のままに眠りにつくことにした。起きた時、状況が変わっていることを願って……。

 

 

――――――

――――

――

 

 

 目を覚ましても相変わらず暗闇の中だった。周りを探ってみると、結構近くに壁があった。どうやら小さい部屋のような場所にいるらしい。病室ではないようだ。

 がっかりしてると、お腹が空いてきた。しかし、お腹が空いても周りには暗闇しか見えず、もし食料があったとしても気づけない。そんなことを考えてるとますます空腹が増してきた。

 

「何でもいいから空腹を満たしてくださーーーい!!」

 

 そう叫ぶと、少しだが飢餓感が薄れた。おや?と思い意識を集中させてみると、なにやら私の周りにはエネルギーのようなものがあり、それを取り込んだようだ。何故わかるかというと、なんとなくとしか言いようがない。もしかしたらこのエネルギーには名称があるのかもしれないが、そんなこと今はどうでもいい。

 何で口も使わず体に取り込めるのとか、一体ここはどこなんだとか、色々疑問はあるけれど……お腹が満たされるし、なんか体も温まってきた。得体のしれない何かだけど、今できることは他にない。とりあえず、あるだけもらっちゃえ!

 

 そこまで考えて、私は取り込みを再開した。しかし、吸っても吸ってもエネルギーに尽きはこないし、満腹にもならない。とうとう満たされることはなく、眠気がきたのでお休みした。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 あれから暗闇の中で目が覚めては全力で吸収して、眠気がきて眠るというサイクルで生きている。30回ほど繰り返して、そんな生活にも飽きてきた頃、エネルギーの底が見えてきた。

 

「ん?なんか……エネルギーが薄くなった? ……これは!ついに尽きてきたか!」

 

 そろそろ光が見たい。暗闇の中で妄想に思いを馳せるのもいいが、いい加減に外に出たい!

 全力でエネルギーを吸収すると、意外と早く尽きた。その瞬間、周りの空間が広がったのを感じ取る。

 

「エネルギーがなくなったら壁もなくなる仕組みだったのかな?」

 

 そんなことを考えていると、閉じっぱなしの瞼に光を感じた。何十日ぶりの光だ。眼が潰れてしまわないだろうかと恐る恐る目を開く。

 

 

 

 

 

 ――――そこには、宇宙が広がっていた。

 

 

 

 

 

「うわぁ……綺麗……」

 

 前後左右上下全てに広がる宇宙を見て、感動に心を震わせる。じっとその光景を眺めていたが、しばらくしてようやく現在の状況に気付く。

 

「え……宇宙? 私は今…………え?」

 

 どうして私は宇宙にいるのか、ここは宇宙のどこなのか、ていうか何で喋れるのか、何で生きていられるのか、あの部屋とエネルギーはなんだったのか、これは全て夢なのではないか。

 疑問は尽きないが答えは出ない。思考を一度リセットして、ただ一つのことだけを考える。

 

「地球へ帰るには……どうしたらいい……?」

 

 頭に思い浮かべた瞬間、右後ろに意識を引かれる。振り向いても暗闇と星以外何もないが、何となく理解した。

 

「こっちの方向にあるのかな?」

 

 何もわかってない今の状態だから、ごちゃごちゃ考えても仕方がない。この直感のようなものに従ってみよう。不思議と、宇宙空間での進み方は感覚でわかった。直感が導く方へ体を向ける。

 

「一人ぼっちの宇宙旅行の始まりだ」

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 宇宙旅行をスタートしてから数日(感覚的に)経ったが、私は既に飽きていた。周りは確かに綺麗だけど、それでもずっと見続けてたらさすがに飽きる。今はエネルギーについて考えていた。小さい部屋に満たされていたアレである。

 

 しばらく宇宙を進んでいると、ほぼ無意識にでも直感の示す方向へ進むことができるようになった。つまり、考える時間ができたのだ。暇つぶしに何かできないかなーと瞑想もどきのことをしてみると、体の周りに薄い膜のようなものがあるのに気が付いた。さらに意識を向けてみれば、その膜はあのエネルギーと同じようなものであり、何と私が無意識のうちに展開していたものだとわかった。これはどういうことだと体の中に意識を向けてみると、体の中にはあの吸収したエネルギーが莫大に溜め込まれているのが感じ取れた。なるほど、どうりでお腹が空かないわけだ。どうやら私の活動はこのエネルギーによって成り立っているようである。

 私は、このエネルギーで何ができるのか実験をしてみた。

 

 以下は、その実験の結果である。

 

 

・形を自由に変えられる

 試しに日本刀や拳銃の形にした。思い描いたものならどうにでも形を変えられるようだ。テレビの中でしか見たことないものを作れて面白かった。

 

・硬さや大きさは込める量で変わる

 エネルギーを込めれば固くなるし、抜けば脆くなる。形作るものが大きければエネルギーを多く使うし、小さければそこまで使わない。

 

・飛ばせる

 自由自在に操れる。エネルギーで作った日本刀を手を使わずに振れたりする。人形のようなものを作って操作してみたが、かなり細かい動きでも問題なくできた。手品とかに使えそう。

 

・再吸収できる

 操っていた刀や人形は体から切り離していたので吸収できなかったが、体に直接触れたり、体から出しているエネルギーに触れれば吸収することができた。なんともエコである。

 

・色は変えられない

 エネルギーは透明か白のどちらかにしか色を変えられない。中間くらいの色にしてみたら、曇りガラスみたいになった。赤とかにできたらラスボスみたいなオーラにできたのに。

 

・宇宙で活動できる

 今まで発した声が聞こえていたのは、空気の代わりにエネルギーを震わせて耳まで届けていたからのようだ。空気がないのに生きているのは確実にエネルギーのおかげだろうし、宇宙で進むのにもエネルギーを消費している。私無意識にエネルギー使い過ぎじゃね?試しにエネルギーを2倍にして進んでみるとかなりスピードが増した。これなら地球にも早く着きそうだ。

 

 

 私は地球に着くまでエネルギーで遊ぶことにした。まるで魔法のようなこのエネルギーをもっと使いたいと思ったからだ。幸いにもエネルギーと時間は十分過ぎるほどにある。できることを試してみようと思った矢先、ようやく私は睡眠をとらなくていいようになっていることに気が付いた。今更感が半端なかった。

 

 

――――――

――――

――

 

 

 時が経った。100万年か200万年か、もしくはそれよりも長い時が。私はその間ずっとエネルギーをいじっていたので、扱いは大分上達した。今なら反射的にでもエネルギーを展開することができるだろう。

 前世のことは未だに覚えている。というか全然忘れない。退屈を紛らわすため、何回か思い出しているうちにすっかり頭に定着してしまった。ほとんどはアニメやゲームだったり、歌やドラマ等のことなのだが。この体はずいぶんと物覚えがいいようだ。

 

 そんな私の目に映っているのは故郷である青い星、すなわち地球である。私はとうとう辿り着いたのだ。しかし、泣くのはまだ早い。安心するのは地に足をつけてからだ。

 

 先ほど言ったように、ずいぶんと長い時が経っている。正確な年月はわからないが、1000年や2000年程度ではないのは確かだ。おそらく、知っている人は確実に亡くなっていることだろう。医療の超発達が起こっていなければ。

 覚悟はとっくにできている。そのための時間は十分あったのだ。世界はどれほど変わっているのだろう。楽しみな気持ちと不安な気持ちがごちゃ混ぜになって、ワクワクとドキドキが止まらない。

 

 

 

 

 

 ――――新世界への希望と共に、私は大気圏に飛び込んだ。

 

 

 

 

 




誤字・脱字報告、感想等よろしくお願いします。


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八意永琳

話が進みません


 私は今、大地の上に立っている。念願の大地である。しかし、私にその感触を懐かしむ余裕はない。なぜかというと、地上に降りるときに見た光景のことを考えているからだ。

 私は宇宙を移動できるんだから地球でもできるのでは?という考えで大気圏に突入したのだ。もしできなくても、体の周囲にエネルギーを展開してクッションにするつもりだった。その結果、普通に飛べた。私は景色を見ながらゆっくりと降りてきたのだが……。

 

「緑……だったなあ……」

 

 私が見た景色のほとんどが緑。つまり植物で覆われていたのである。

 

「文明はなくなっちゃったのかな? ……いや、まだ諦めるのは早いよね。街みたいなのもあったし……」

 

 私が降りるときに見た、唯一の街。もしかしたらそこ以外にもあったのかもしれないが、他に目立つようなものは特に感じなかった。とりあえず、その街まで歩いていくことにする。空を飛んでもいいのだが、他に街がないのかもしれないと考えると飛ぶのが怖い。

 

「久しぶりの地面なんだから……歩くのもいいよね」

 

 自分に言い聞かせるようにひとり言を呟き、街の方向へ歩き出す。その道中、気付いたことがある。

 

「このエネルギー……星の力なんだ……」

 

 地球にはエネルギーが溢れていた。雲に近づいたころにエネルギーに気が付いたのだが、地面に近づくにつれてどんどん濃くなっていったのだ。今私が歩いている地面からもエネルギーが湧いてきている。このことから、私が目覚めた小さい部屋は何らかの星に繋がる空間で、私はその星のエネルギーを吸収していたということがわかった。

 全てのエネルギーを吸収した時、どうして部屋の壁まで消えたのかはわからない。私は仮説として、星に内在するエネルギーを吸収した後に、外部に物質として存在するものをエネルギーに変換して吸収してしまったという説を提唱する。他に説を出す人はいないけど。

 

「その星のエネルギーを全部吸収したってことは……私は今星一つ分のエネルギーを体に宿していることになるんだよね……」

 

 暇つぶしにいくら使ってもほとんど減らない理由がようやくわかった。おまけに、今現在地球上にはエネルギーが溢れている。生きている星なので当然だ。何が言いたいのかというと……エネルギーが食べ放題なのだ。もちろん、生まれの星のように吸い尽くすつもりはない。道中にあるエネルギーだけを取り込むのだ。無理やり吸い取るわけではないので、多少もらっても問題はないだろう。どうせすぐに地面から湧き出てくるのだから。

 

「おぉ……見えてきた……」

 

 エネルギーについての脳内学会を終えると、街が結構近づいていた。宇宙での経験からか、行動しながら別のことを考えることが自然とできるようになっている。それに、時間の感覚も曖昧だ。歩き始めてからもう三日ほど経っている。エネルギーのおかげで不眠不休で動けるのだが、たまには休んだ方がいいだろう。宇宙にいた時は一度たりとも寝ていないので意味はないだろうけども。

 

 街の周りには壁があるようだ。上から見たときは気が付かなかった。街の中には入れるのかなと思い近づいてみると、ヒュッという音とともに矢が飛んできた。矢は足のつま先の数センチ前という絶妙なポジションに射られている。慌てて周りを見ると、私の右側の少し遠くに五人の人間がいた。四人の男性と一人の女性だ。女性だけが弓を持っているので、彼女が矢を放ったのだろう。しかし、何故?

 疑問に思っていると、その人たちが近づいてきた。よく見れば、男たちは銃のような物を持っていて、私に銃口を向けていた。怒りよりも先に混乱がくる。私は何かいけないことをしたのだろうか。

 

「ねえ、そこの貴女」

 

 固まっていると、いつの間にか弓に矢をつがえた女性が私に声をかけてきた。返事をしなければまた矢を飛ばしてくるかもしれないと思い、慌てて声を出す。

 

「は、はい!」

 

「貴女は、何をしにここに近づいてきたの?」

 

 何をしに?もしかしてここは、何か特殊な施設なのだろうか。上空から見た限りでは普通の街のように感じたのだが……。ドッキリって雰囲気でもないので、真面目に答える。

 

「街に入るためです」

 

「街に……そう。もう一つ聞きたいのだけれど……貴女は人間よね?」

 

 この女性は何を聞いているのか。まさか世界は今ゾンビが溢れ返ったりしているのだろうか。だとすればこの対応も納得である。

 

「当然じゃないですか。……もしかして、私、人間以外の何かに見えてるんですか?」

 

 不安に思い、聞いてみる。星のエネルギーにそんな効果があるとは思えないが。

 

「いいえ、大丈夫よ。貴女は人間に見えるわ。……貴女、どこからきたの?」

 

「この森の向こうです」

 

「他に人は?」

 

「いません」

 

「今までどうやって暮らしていたの?」

 

「一人で山にいました」

 

 それまで嘘にならない範囲で答えていたのだが、この質問に答えると、女性の周りにいた男たちがざわめきだした。……何か失敗してしまったか。

 

「貴女……妖怪って、聞いたことある?」

 

 いきなり女性が素っ頓狂なことを聞いてきた。

 

「はい。聞いたことはありますが」

 

「見たことは?」

 

「ありません」

 

 答えた瞬間、男たちが何事かを騒ぎ始めた。やれ「嘘に違いない」だの「信じられない」だの勝手なことを口走っている。……まさか、妖怪、いるの?

 

「貴女、本当に見たことがないのね?」

 

「え、えぇ……」

 

 真剣な表情で問いかけてくるので、ついどもってしまった。

 

「妖力も全く感じないし、嘘をついている感じでもないわ……」

 

 妖力?妖力ってなんだ?まさか妖怪のもつ力的なそれですか?

 

「ねえ、貴女、街に入りたいのよね?」

 

「は、はい」

 

「いいわ、入れてあげる」

 

 女性がそう言うと周りの男が騒ぎ始めたが、女性が「静かに」と言うとすぐに黙った。……犬みたいだ。

 

「ただし、条件があるわ」

 

「その条件っていうのは?」

 

「街の中では私と行動を共にすることよ」

 

 え……。一瞬呆けてしまった。監視をつけるとか、手錠をつけるとか、そんな感じかと思った。いや、監視なのだろうが、一人でいいのだろうか。

 

「えぇ、いいですよ」

 

「そう、じゃあいいわ」

 

 そう言うと、女性は弓を下げて近づいてくる。私は、その女性の服装を見て固まってしまった。彼女は白衣のようなのを着ていたため、その下の装いまではわからなかったのだ。それが、距離が近づいた今はわかる。上の服は右が赤で左が青、スカートは上の服の左右逆の配色をしている。こんな特徴的な服装の人、私は一人しかしらない。いや、正確には一人すらいないはずだ。コスプレイヤー以外では。しかし、彼女は確かに私の目の前にいる。三つ編みにした綺麗な銀髪をなびかせて。

 

「じゃあ、自己紹介をしましょう。」

 

 もし、彼女がその人なら、私はとんでもない勘違いをしていたことになる。だんだん心臓の鼓動が早くなってくる。

 

「まずは私からね……」

 

 この地球は、河森朝日がいた世界の未来の地球ではない。私が今いる、この世界は――――

 

「私の名前は、八意××。貴女には発音しづらいでしょうから、永琳でいいわ。八意永琳(やごころえいりん)。それが私の名前よ。」

 

 そこまで聞いて、私は意識を失った。

 

 

 

 

 

―― 永琳side ――

 

 私がその知らせを受けたのは、月への移住計画を進める書類にサインをした時だった。

 

『人間の姿形をしており、ゆっくりとした足取りだが、確実にこちらに近づいてきている』

 

 妖怪の襲撃がなりを潜めてそれなりの月日が経つ。もしかしたら人間の姿で警戒を解かせ、襲うような妖怪かもしれない。今までそういった種類の妖怪は街にこっそりと入り込み、夜の闇に紛れて人を襲うようなやつしかいなかったが、血に飢えて正面から来たのかも……。

 

 ――――私がいこう。

 

 私なら、たとえ予想外の事態が起きたとしてもある程度は対応できる。自惚れではなく、実力を考慮しての考えだ。念のため、四人の男を連れて、周辺にも索敵の人員を置く。

 

「わざわざ正面から近づいてきたのは、馬鹿な妖怪か……もしくは、本当に人間か」

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 ――――無害。

 

 それが、彼女の顔を見て抱いた第一印象だった。

 目には妖怪のような独特の鋭さがない。私はこの時点で彼女は妖怪ではないと内心で決定づけていた。しかし、男たちはまだ警戒心を剥き出しにしている。……まあ、油断をしないのはいいことだわ。

 

 実力試しに矢を放ってみる。……気づかない。足のほんの少し先に刺さってようやく気が付いたようだ。これで妖怪ですって?

 こちらを見つけたようなので、少し近づいて声をかけてみる。

 

「ねえ、そこの貴女」

 

「は、はい!」

 

 緊張しているのがわかる。まあ、横の男たちはまだ警戒しているので仕方がないだろう。

 いくつかの質問に答えてもらうと、衝撃的なことがわかった。なんと彼女は妖怪のことを知っていても見たことはなく、一人で生きていたと言う。この妖怪が跋扈する世界でそんなことが可能なのだろうか。私と行動することを街に入る条件にしたのだが、すぐに承諾された。……警戒心が薄すぎる。いつ命を失ってもおかしくない世界でこの呑気さは……もしかしたら本当に妖怪を見たことがないのだろうか。

 

 とりあえず、彼女に近づいて自己紹介でもしよう。無害なのはほぼ確信してるし、一人で生きていたという彼女自身にも興味がある。歩いて近づいていくと、だんだん彼女の目が見開かれていく。どうやら私の髪と服を見ているようだが……そんなに驚くことがあるだろうか?

 もう彼女との距離は互いに手を伸ばせば届く程度だ。近づきすぎても警戒させてしまうので、これくらいがいいだろう。彼女は今も私の服を凝視している。軽く声をかけたが返事はこない。

 

「私の名前は、八意××。貴女には発音しづらいでしょうから、永琳でいいわ。八意永琳(やごころえいりん)。それが私の名前よ。」

 

 私が名を名乗った瞬間、彼女は糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 

 

 

 

 




頭にストーリーはあるのにそこまでもっていくのが大変です。速筆の方の頭脳はいったいどういう構造になっているのか。

誤字・脱字報告、感想等よろしくお願いします。


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程度の能力と自分の今

ギリギリ書き上がりました。


 目を覚ますと、白い天井が見えた。

 

「……知らない天井だ」

 

 まさかこのセリフを言えるシチュエーションになるとは。

 

「大丈夫かしら?」

 

 驚いて体が少し跳ねてしまった。今の呟きは聞かれただろうか。聞かれていないと信じたい。

 顔だけを動かして左を見ると、特徴的な服の上に白衣を着た銀髪の美女がいた。

 

「八意永琳さん……でしたよね」

 

「あら、ちゃんと聞こえていたのね。いきなり気を失ったから驚いたわよ?」

 

「すみません。その……」

 

「ああ、いいわ。事情は聞かないから。それより今は、ゆっくり休みなさい」

 

 そう言うと、「ご飯を持ってくるわね」と言い残して部屋を出て行ってしまった。時間ができたので、今のうちに現在の状況について考えをまとめなければ……。

 

 八意永琳。彼女がいるということは……ここは『東方project』の、もしくはそれに類似した世界なのだろう。空から降りた時に大きい建造物が目につかなかったのは、前世で生きていた時代、いわゆる現代よりも遥か昔の時代だからだろう。たしか永琳が月に行ったのは神話とかそこら辺の時代のはずだ。

 まあ、転生した場所が別の惑星の時点で何があってもおかしくはないのだし……。時間とか世界とか飛び越えてることは色々あるが、今更気にしたところでどうにもならないだろう。

 

 考えに集中していると、あれ?と気がついたことがある。ここが東方と同じような世界であるならば、私にも『程度の能力』があるのではないか。早速やってみようと、眼を閉じて集中する。私の体の中に、エネルギーとは別の何かを感じ取れるように。

 

 ……見つけた!

 

『ありとあらゆるものを癒す程度の能力』

 

 少し集中するとすぐに感じることができた。これが私の能力だ。感じ取ってわかったのだが、私は今までもこの能力を意識せず使っていたようだ。

 私は永い時を宇宙で過ごしていた。気が遠くなるような永い永い間だ。その間、というより今も、体と心を能力でもって癒しているのだ。よくよく考えてみればわかることだった。宇宙にいた間肉体が全く老いないなどありえない。妖怪でも多少は変化するだろう。

 ましてや、そんな永い間を闇に囲まれていていながら常に平静を保てていたのもおかしいのだ。普通だったら孤独に対する不安や恐怖で発狂していてもおかしくはない。この世界に転生するまで、私はただの女子高生だったのだから。

 

「もしもこの能力がなかったら、私はどうなってたんだろう……」

 

 おそらく、心は壊れてしまっていただろう。一度自覚してしまうと、だんだん怖くなってきた。今のところ宇宙遊泳をする予定はないが、たとえ宇宙に行くことになっても一人では行かないと心に決めた。

 

「持ってきたわよ」

 

 しばらくぼんやりしていたら、永琳が料理の乗ったトレイをベッドテーブルに置いた。いつの間に部屋に入ってきたんだろう。

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言って、スプーンを手に取る。これはシチューだろうか。倒れた私のために、食べやすいものをチョイスしてくれたのかもしれない。永琳の気遣いに感謝して、料理を口に運ぶ。

 そういえば、これがこの世界に生まれて初めての食事だ。味わって食べることにしよう。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 数百万年ぶりの食事は涙が出そうなほど美味しかった。エネルギーのおかげで飲まず食わずで生きていける体ではあるが、やはり食事は大切だ。美味しいものを食べると心が満たされるような気がする。私の『癒し』の能力では得られない『満足感』を感じられるのだ。

 

 食事を終えた私は、念のためにと一度診察を受けさせられた。結果は問題なし。傷なんて一つも負ってないので当然である。

 精神状態にも問題はない。一度は気絶するほどの衝撃を受けたが、私はすでに一度死んでいるのだ。今では「この世界を存分に楽しんでやろう」という心構えである。

 

 前世へのしがらみはほとんどないが、唯一気になるのが私を気にかけてくれていた祖父母のことだ。優しい二人のことだから、私が若くして死んでしまったことを嘆いて悲しむだろう。住んでいる場所が遠く、たまに会いに来る程度だったので、親よりも親らしい大人くらいの印象だったのだが。こうして気にするということは、私もそれなりにあの二人のことが好きだったんだろう。

 前世での私には、友人と呼べる人はいなかった。部活や生徒会等に所属せず、放課後になったすぐ家に帰ってアニメを観たりゲームをしたりしていた。クラスメイトも挨拶をする程度で、一緒に遊んだりする人はいなかったのだ。これには前世の私の容姿も関係している気がする。

 

 前世の私は目つきが悪かった。言われずとも自覚してしまうほど眼光が鋭く、初対面の人には睨んでるようにも思えただろう。無駄に顔立ちが整っていたせいで、学校では「目を隠せば美人」と陰湿な女子に皮肉られたものだ。他にも、背が160後半と高く、おまけに胸がなかった。上から鋭い目つきで睨まれれば普通の女子は怯えもするだろう。モデル体型と言えば聞こえはいいが、この身長の高さと胸、そして目の三つが前世の私のコンプレックスだった。

 ところが、今の私は真逆の容姿をしている。セミロングの黒髪はそのままに、身長は150程度にまで縮んでいた。宇宙にいた時間が長く、地面に立った時の視点の高さの変化に気づかなかったのだ。胸は膨らんでおり、Dはありそうだ。前世の私はA、大目に見てB程度だったのだが、これは宇宙を移動していた時に気づいていたので感動は薄い。

 

 ……そして、私にとって一番重要な目だが、私は鏡を見た瞬間に愕然とした。なんと眼光の鋭さが完全になくなっていたのである。前世では相手を怯えさせ、威嚇するだけだった笑顔も、今の私の笑みは相手に安らぎを与える天使の微笑みだ。パッチリとした少したれ気味の大きい目は、相手に優しい印象を与えてくれるだろう。この体は、前世でのコンプレックスを全て解消してくれたのだ。

 鏡の前に立った途端に泣き出した私を、永琳はとても心配してくれていた。

 

 ちなみに、今の私はひざ下を半分ほど隠す白いワンピースを着ている。袖は肘まであり、ウエストを紐で調整できるタイプだ。星の中から宇宙に出た時から着ていたもので、白いのに全然汚れがつかないし、傷がついてもエネルギーを流し込むと勝手に修復された。サラサラしてて肌触りもいい。生まれ星からのプレゼントだと思って大切にしている。

 

「ふわああぁ……ぁふ」

 

 そんな私は今、永琳が書類を捌いているのをぼんやりと眺めている。永琳と共にいるというのが街に入る条件だったので、永琳の仕事中に勝手に出歩いてはいけない。なにやら近いうちに実行に移される大規模な計画があり、その処理に追われているらしい。今も書類の山と激しい戦いを繰り広げている。

 ひと段落すれば詳しく説明するとのことだが、今の様子では数日はかかりそうだ。看病などをしてもらった手前、文句が言えるわけもない。計画の方は大体見当がついているが、部外者の私が知っているはずがないので口には出せない。

 

 永琳とは、病院からの移動中にも積極的に話しかけ、互いに名前呼びするくらいには仲良くなっている。今の私には小動物のような愛らしさがあるからな。作戦名「ガンガンいこうぜ」は見事に成功した。一緒に街を見て回る約束もしたし、行く時がいまから楽しみだ。

 

 退屈を持て余していた私は、いつの間にかソファーの上で寝入っていた。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 ――――い、――ひ

 

 ……なんだ?だれかのこえがきこえる。

 

 ―――さい、――ひ」

 

 えいりんのこえ?あれ?わたしはなにをしてたんだっけ?

 

「――なさい、あさひ」

 

 ああ、そうだ。わたし、たいくつで眠っちゃったんだ。はやく起きないと、めいわくをかけちゃう。

 

「起きなさい、朝日」

 

「ん、んぅ……ぉはょぅ、えぃりん……」

 

「待たせて悪かったわね。ほら、水よ」

 

「ぁりがとう……んくっ……ふう、スッキリしたぁ。」

 

「眠気は覚めた?できれば、さっき言った計画のことを説明したいのだけれど」

 

 その言葉を聞いて、永琳が仕事をしていた机を見る。すると、そこにはさっぱりと片付いた空間があった。……数日はかかると思ったんだけど、まさか、私が寝ている間に全部終わらせたの?

 

「ふふっ……朝日が寝ているのに気づいたから、少し早めに切り上げちゃった」

 

 そういって、永琳は悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべる。大人な雰囲気をもつ永琳の少女のような笑みは、私の顔を赤くさせるには十分過ぎる威力をもっていた。

 

「照れちゃって。顔が真っ赤よ?」

 

「う、うう、うるさいよ!いいから早く説明をしてよ!」

 

「わかったわかった。すぐにするから慌てないで?」

 

 うぐぐっ、完全に手玉に取られている。悔しいが、こういうことで永琳に勝てる気がしないのは何故だろうか。

 永琳は机から何枚かの書類を持ってきて、私に手渡した。私のための、計画の概要を簡単にまとめたものらしい。……これも寝ている間に用意したのかな?

 

「それじゃあ、説明していくわよ。まずは、計画の名前からね。といっても、それを読めばやろうとしてることは大体わかるでしょうけどね」

 

 言われて、一枚目の書類を読む。そこには、私が予想していたものと全く同じ計画名が記されていた。

 

「その計画の名は――――」

 

 

 

 

 

 ――――『月面移住計画』

 

 

 

 

 




永琳と仲良くなる描写はカットしました。そこだけで2話くらい使いそうでしたから。

まだ輝夜とか綿月姉妹とは出会ってません。会わせようかどうか迷ってます。

とりあえず、次話は計画の説明です。他は未定です。

誤字。脱字報告、感想等よろしくお願いします。


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月面移住計画

どんどん文字数が減少していく・・・!


「この計画はその名の通り、月面に移り住む計画よ」

 

 永琳は私にもわかりやすく説明をしてくれる。永琳の説明を聞きながら書類を読む。私には、東方projectについての知識がある。永琳のことや、この計画についても。しかし、もしかしたら私の知識と差異があるかもしれない。真剣に聞いてるのがわかったのか、永琳の説明にも熱が入ってきた。説明の中に少しづつ専門用語的なのが混じってくる。

 1時間ほどで永琳の説明は終了した。専門用語のことは抜きで、自分にわかる範囲で計画のことをまとめてみた。

 

 

・・・

 

『月面移住計画』

 

 これは数十年前から計画されているもので、その名の通り今住んでいる地を捨てて月に移り住むという大掛かりな計画だ。

 ここ地上では、数十年前から妖怪の活発化が続き、穢れによる寿命が発生している。そして、十数年前から穢れがより濃くなってきた事により、これ以上地上に住むのは危険だろうという事で発案されたらしい。

 

 現在、この街の科学者を総動員して進められているのは、月までの足となるロケットの製作だ。勿論その中には永琳もいる。

 

・・・

 

 

「どう?あってるかな?」

 

「大丈夫よ。この計画は、すでに最終段階に入ってる。あと2年、早ければ来年にでも実行に移されるわ」

 

「結構早いなあ……。でも、なんか問題もあるんでしょ?」

 

「ええ、問題というほどでもないんだけどね。最近、妖怪による街の被害が極端に減少しているの。私は、街を襲うために力を蓄えていると考えてるわ」

 

「私が襲われなかったのもそのおかげかな?」

 

「ここら辺の妖怪は私たちの襲撃を恐れて、拠点の場所をよく変えているわ。もしかしたら、朝日が歩いてきた道が拠点から遠かったのかも」

 

 私は運が良かったのか……。いきなり襲われてたら、防御もできずに殺されてたかもしれない。エネルギーは堅くして盾にすることもできるけど、あくまでも操るのは私なのだ。

 エネルギーの操作自体は、宇宙で常に行っていたので、反射で展開できるくらい自信がある。しかし、私に認知できない速度で攻撃されてしまったらどうしようもない。今の時代、街の外を歩くときは常に警戒態勢でいるくらいが丁度いいらしい。

 

「今でも、小物の妖怪はちょくちょく現れるわ。でも、強い妖怪の姿を見なくなったの。」

 

「計画が進むにつれて、街の警戒も高めたんでしょ?それで様子を見ようとしてるとか?」

 

「そうかもしれないわ。でも、妖怪の中には賢いやつもいるわ。」

 

 永琳が言うには、一部の賢い妖怪が街の警戒を高めるような何かしらの計画が進んでいることに気づき、実行の際の隙を狙ってくるかもしれないとのこと。

 この街では、戦う人とそれ以外の人とで分かれているらしい。月に移住するのは街の住民全員なので、その際の誘導や警備にも人員を使う。人数には限りがあるので、外の警備も多少薄くなってしまうらしい。

 

 永琳は以前からそのことについて頭を悩ませていたようだ。

 

「もしもその時に襲ってくるようなことがあったら、私がこの街を守るよ」

 

「守るって言ったって・・・そんなことができるの?」

 

「少し準備が必要だけど、私の力は応用が利くからね。非常事態のときの時間稼ぎは任せてよ」

 

 永琳には、私がもつ力のことを話してある。と言っても、ちゃんと話したのは『ありとあらゆるものを癒す程度の能力』のことだけで、エネルギーについては生まれつき持つ不思議な力と言ってある。実際、嘘ではない。

 ちなみに、永琳の能力は『あらゆる薬を作る程度の能力』だ。戦闘には使えないが、十分チートな能力である。

 

「この街はかなり広いけど、街一つを丸ごと守るなんてことできるの?」

 

「今やれって言われたら無理だけど、そのための準備だよ」

 

「んー……まあ、そうなんだけどね……」

 

 かなり迷っているようだ。永琳は頭がいい分、一人で大体の物事を解決できる。そのため、自分でどうにかできないかと考え込んでしまうんだろう。こんな時は、一度休むのが一番だ!

 

「永琳、今日はもう遅いから寝ちゃおう。難しいことを考えすぎても仕方がないよ」

 

「でも、街一つを朝日一人に任せるというのは……」

 

「別に今すぐ決めなきゃいけないことでもないし、考えるのは明日でもできるでしょ。今日はもう寝て、頭をスッキリさせてからまた考えるといいよ」

 

「……そうね。それじゃあ、今日はもう寝るとしましょうか」

 

 私と永琳は執務室を出て、寝室のある場所へ向かう。私は外から来たばかりだというのに、一人用の寝室が与えられたらしい。永琳の寝室の隣の部屋だ。

 

「お休み、永琳」

 

「ええ、お休みなさい」

 

 私に与えられた寝室に入ると、すぐにベッドに横になる。意外と疲れていたのか、すぐに眠ることができた。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 次の日、私と永琳は街の外に出ていた。ここで何をしているのかと言うと、私がどうやって街を守るのかを永琳に教えているのだ。

 

「これがあなたの盾なのね……。確かに堅いわ。……でも、これを街を囲むように出せるの?」

 

「うん。そのための準備として、街の外をぐるりと回りたいんだよ」

 

 私の考えは、まず、街の周りのエネルギーに触れて私と繋げる。そして、周辺のエネルギーが枯渇しないように、少しずつ街の周辺に集める。妖怪の襲撃があれば、私の操作で街の外に壁を作るというもの。襲撃がなければ、そのまま霧散させればいいだけだ。

 

「壁として出せるのはどの程度の堅さなの?」

 

「さっき出した盾と同じくらいにもできるし、強い妖怪の襲撃も想定するのなら、それよりもさらに堅くすることもできるよ」

 

「維持はどのくらい?」

 

「一日くらいなら余裕だね」

 

 もし攻撃で破られそうになっても、その時は私自身がエネルギーを供給してやればいい。

 

「……凄いわね。防御に関して、朝日の右に出る者はいないんじゃないかしら」

 

「私自身が消耗するわけじゃないからね。あくまでも大地から力を借りて維持するだけだから」

 

「それでも十分凄いわよ。……朝日、貴女に、非常事態の時の防御を任せていいかしら?」

 

「もちろんだよ。でも、他の人はよそ者の私が守りますなんて言って、納得するかな?」

 

 これが一番の不安材料だ。まだ街に来て日が浅い私に、街の防御なんて重要なことを任せてくれるとは思えない。すると、永琳がとんでもないことを言い出した。

 

「そんなの、言わないで秘密にしておけばいいじゃない」

 

「な、なに言ってるの?永琳……」

 

「だから、言わないでやればいいのよ。私なら誤魔化しはどうにでもなるわ。秘密裏に開発した防御システムとか、どうにでも言えばいいのよ」

 

「……永琳って、変なところで大胆だね」

 

「ふふっ、誉め言葉として受け取っておくわ。……それじゃあ、回りましょうか。馬は使う?」

 

「そうだね。乗り方はわからないから、永琳の後ろに乗ってもいいかな?」

 

「ええ。それじゃあ、行きましょうか」

 

 その日、私と永琳は一頭の馬と一緒に街の外を一日かけて回った。

 

 ……次の日、腰を痛めた私は能力で自分を癒すことになった。初心者が一日中馬に乗っているのはまずかったようだ。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 ……それから、一年が経った。

 

 私は今も永琳のそばにいることが多い。行動制限はとっくに解かれているのだが、なんとなく居心地がいいのだ。

 

 この一年、たくさんの事があった。永琳と一緒に街を探索したり、仕事を手伝ったり。

 たくさんの人と話したが、残念ながら輝夜に会うことはできなかった。しかし、永琳の弟子であるという綿月姉妹には会うことができた。永琳の世話になっていると言うと、すぐに打ち解けることができた。二人には、時々戦闘の訓練をつけてもらっている。姉の綿月豊姫(わたつきのとよひめ)には相手との位置の取り方を、妹の綿月依姫(わたつきのよりひめ)には本格的な戦い方を主に教えてもらっている。

 

 ……でも、もうすぐそんな生活も終わりを告げる。

 

 月面移住計画の実行日が迫ってきている。それに加えて、妖怪の出現も増えているらしい。

 結局、私の防御壁のことは永琳以外には知らされていない。使うことがなければそれが一番いいけど、そうはならないと私の直感が告げている。おそらく、妖怪は来るんだろう。……でも、私のやることは変わらない。

 

 私は、永琳たちが月へ飛び立つまで街を守るだけだ。

 

 

 

 

 




永琳たちの話は多分次回までです。

誤字・脱字報告、感想等よろしくお願いします。


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立つ鳥跡を濁す

 計画実行が目前に迫ったある日の夜、永琳が私の寝室に入ってきた。読んでいた本を閉じて目を合わせると、永琳が言った。

 

「ねえ、朝日も私たちと一緒に月へ行かない?」

「……私には行けないよ。街の守りのこともあるし」

 

 永琳の問いに私が少し間をあけて答えると、永琳がため息を一つついた。

 実は、この誘いはこれで二度目だ。一度目は、防御壁の準備のために永琳と二人で馬に乗った時。休憩してる時に「考えておいて」と言われていたのだ。

 

「……やっぱりそうよね。はあ……依姫たちが悲しむわ」

「悲しんでくれるかな?まだ会って一年くらいしか経ってないけど……」

「依姫、朝日との特訓を結構楽しんでたのよ。もちろん、豊姫もね。」

 

 二人とも、私との付き合いを楽しんでくれてたのか。嬉しいけど、別れることを考えると複雑だ。

 

「それに、二人とも朝日がこのまま一緒に月に来ると思ってるわ」

「……永琳から言ってないの?」

「言えるわけないでしょ。最近はただでさえ会えないんだから」

「ですよね。……明日言ってくるよ」

 

 

――――――

――――

――

 

 

 というわけで翌日、特訓ついでに月へ行かないことを話したのだが、案の定理由を尋ねられた。私は地上が好きだからという理由で納得はしてくれたのだが、二人にとっては一緒に月へ行けない悲しみよりも、私が一人で生きていけるかどうかの心配の方が大きいようだ。

 

 これでも、神の力を使役することができる依姫と、瞬間移動できる豊姫の二人とで一年間特訓してきたのだ。それなり、いや、結構きつい特訓ではあったが、身に付くことも多かった。エネルギーも上手く攻防転用できるようになったし、大抵の妖怪には負けるどころか傷一つ負うこともないだろう。

 

 今の私は、学んだことはなかなか忘れない。一度体に覚えさせれば、そのまま技術として扱うことができるのだ。そのことを言うと、二人にため息をはかれた。

 

「いえ、確かに飲み込みは早かったですが……。一人で残るというのは流石に心配です。もっと教えたい技があったのですけど」

 

 と言うのは妹の依姫。赤い瞳をした少女で、薄紫色の長い髪を、黄色のリボンでポニーテールにして纏めている。彼女は訓練に熱が入りやすく、よく模擬戦になってはボコボコにされたものだ。おかげで戦闘技術は上昇したけども。

 

「まあまあ、依姫。確かに朝日は十分強いし、もう会えないというわけではないんだから……ねえ?」

 

 こっちは姉の豊姫。金色の瞳の少女で、腰ほどもある長さの金髪に白い帽子を着用している。彼女との訓練は依姫ほど厳しくはなかったけれど、瞬間移動で逃げられて攻撃が当たらず苦戦した。彼女との訓練のおかげで編み出せた技もあるので、その点は感謝しているけども。

 

「私たちの寿命はないに等しいから、またいつか会えるよ」

「……そうですね。名残惜しいですが、しばらくはお別れですか」

「また会う時までさよならねえ」

 

 依姫は私という鍛錬相手(サンドバッグ)がいなくなるので少し引き止めたがっていたけど、最後には笑顔で笑いかけてくれた。

 

「それじゃあ、またね!」

 

 私の言葉を最後に二人と別れる。ちなみに、最後の模擬戦では依姫に勝つことができた。能力なしの体術戦だったけど。

 

 

――――――

――――

――

 

 

 とうとう、計画を実行する日。私と永琳の二人は今、街を囲む壁の上に立っている。

 

「……いよいよ、だね。計画は予定通りに進んでるの?」

「完璧よ。そして……こっちも、ある意味予定通りね」

 

 永琳の言葉で、前を向く。遠くの森に目を向けると、森全体に大小様々な影が見えた。

 危惧していたことが現実になってしまった。妖怪の大群が街の襲撃に乗り出したのだ。

 

「準備が無駄にならなくてよかったよ。他の人はもう乗り込んでるんだよね?」

「ええ。後は私だけ」

「もう行ってきなよ。見たところ、強い力を感じるのはあんまりいないから、役目は十分果たせそうだよ」

「……そう」

 

 それっきり、永琳は黙り込んでしまった。どうしたのかと永琳の方を見ると、目が合った。

 永琳と私の視線が交わる。二人とも無言で、だんだん風の音も聞こえなくなる。そのまましばらく見つめあっていると、永琳の方から口を開いた。

 

「……それじゃあ、行くわ。またいつか会いましょう、朝日」

 

「……うん、またね、永琳」

 

 最期の挨拶を交わして、永琳はロケットのある方へ歩いていく。妖怪の方を見ると、距離が結構縮まっていた。そんなに長いこと見つめあってたのかと考えると、少し恥ずかしくなってくる。

 ぱしっ!と両手で顔をたたいて気合を入れなおす。

 

「さて、始めますかあ!」

 

 その一言と同時に、私は街と妖怪を隔てる巨大な白い壁を展開した。

 

 

――――――

――――

――

 

 

 永琳が行ってから20分ほど経過した、のだが……。

 

「やることがないよ……」

 

 とても暇だった。私は壁を維持するだけでいいので、やることがないのは当然だ。

 妖怪たちはすでに街の外周へ到達し、今は私の壁を突破しようとしている。だが、壁のエネルギーを一気に削り取るほどの威力をもつ攻撃を繰り出せる妖怪はいないようだ。それでもかなりの大群なので、攻撃され続けると流石に壁のエネルギーも減少してくる。

 

「ロケットはもうすぐかなあ」

 

 永琳は街の中にも念のためのトラップを仕掛けておくと言っていたが、この調子だとトラップが発動されることはなさそうだ。

 そろそろエネルギーを供給したほうがいいかな、なんてことを考えていると、後ろから轟音が聞こえてきた。振り返ると、ロケットが空へ飛び立っていくのが見える。

 

「……ああ、これでしばらくはさよならだね。……ッ!?」

 

 感慨にふけっていると、とてつもない悪寒を感じた。今までに感じたことのない、明確な「死」を。瞬時に壁に使っていたエネルギーを全て私の周りに集める。私の体を包むように集められたエネルギーを全力で堅くする。

 

「一体、何が……!?」

 

 

 

 

 

 ――――瞬間、街の全てを白い光が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 ――――何があったのか、わからない。

 

 私の周りの壁はまだ保っているが、私を包み込んだ瞬間にかなり削られてしまった。エネルギーが削られるということは、何らかの攻撃が加えられたということだ。

 

 だが、もう悪寒はしない。私にとっての危機は去ったということだろうか。

 卵のように私を包むエネルギーを透明にして周りをみると、私の視界には信じられない光景が映った。

 

「何も……ない……?」

 

 森も、妖怪も、街も。何もかもが消滅し、焼け野原のようになっていた。

 

「どういう、こと?」

 

 フリーズしていた私の頭が、ようやく動き出す。周りを調べると、すぐに異常に気がついた。

 

「エネルギーが、なくなってる……」

 

 そう。常に地面から湧き出ていたエネルギーが、ここら一帯から消失していたのだ。このことから、私はすぐに一つの結論にたどり着いた。

 

「爆弾かなにか……それも、とてつもない威力の」

 

 この現状を作り出したのは妖怪ではない。彼らも自らを巻き込んでまで街を破壊しようなんてことは考えないだろう。私ではないし、永琳が街を消そうとするとは思えない。するにしても、警告はしてくれるはずだ。たった一年ではあったけど、私たちの距離は確かに縮まっていたのだ。

 

 おそらく、街の人間の誰かが、自分の残した文明を穢れの存在である妖怪たちごと無くすべく、ロケットで飛び立った後に爆弾を落としたのだ。その威力は、確かに妖怪を消すには十分だったろう。

 

 エネルギーが消滅して、植物が育たなくなった不毛の地。永琳たちと暮らした場所がそんな風になってしまったのは、とても残念だ。

 森の向こう側まで土が剥き出しになっているから、私の能力を使っても、回復させるには長い時間がかかるだろう。

 

「時間はたくさんあるんだし……、私にしかできないことだよね。」

 

 決めた。ここに住もう。どれだけ時間がかかっても、この場所に自然が戻るときまで。

 次に永琳に会ったときに文句を言ってやろう。

 

 そうと決まれば、気が楽になってくる。

 

「よし!生活するには、家からだ!」

 

 荒れ果てた大地を再生させるべく、私のサバイバル生活(飲食不要)が今、始まる!

 

 

 

 

 




誤字・脱字報告、感想等よろしくお願いします。


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旅行と花畑

 ――――あれから、数千年の時が流れた。

 

 私は何百万、何千万年もの間宇宙を彷徨っていたので、このくらいの時間では何も感じなくなっていた。私に人間としての感覚は残っているのだろうか。もう妖怪になっていると言われてもあまり驚かないと思う。

 

 私は焼けた土地の真ん中に家を建てた。初代の家はボロボロの掘立小屋だったが、何百年と改良を繰り返してきた私の家はもはや立派なログハウスになっている。ちなみに二階建てだ。

 

 私が残ったこの地は、ほぼ再生が終っている。焼け野原になった土地に住み、消失したエネルギーが再び大地から湧き出るように癒し続けたのだ。しかし今では、特に意味はなかったんじゃないかと思っている。なぜなら今、外は氷に覆われているからだ。

 

 

――――――

――――

――

 

 

 永琳たちがいなくなった後、世界が氷に覆われたり、巨大な隕石の衝撃が地表を駆け巡ったり、恐竜が生まれたりしていた。正直、いつに何があったとかは詳しく覚えていない。

 その間、エネルギーで保護したログハウスにこもって、自己鍛錬をしたりしながら、新たな人類が出現するのを待っていたのだ。私の能力で家を癒し続けているので劣化もしない。体の不老、植物や大地の活性、家の維持と、意外と使い勝手の良い能力だ。

 

 人類が出現するまで暇かと思っていたけど、意外とそうでもなかった。前世で読んだ本などを思い返したりするのが意外と楽しく、もうとっくに忘れてるだろと思っていたものでも思い出せたのだ。

 

 東方projectやその他のアニメなどの知識は宇宙時代に覚えなおしたが、まさか大昔の前世の記憶を未だに思い出せるとは思わなかった。

 つくづく高スペックな体である。

 

 恐竜がいた時代には、狩りをした。

 罠を仕掛け、木で槍を作って本格的な狩りごっこにいそしんだ。家の地下には犠牲となった恐竜の骨が標本となって全て飾られており、エネルギーで保護してある。これは私の宝物にするのだ。

 

 そうして、世界をエンジョイしていた私に、とうとう待ち望んでいた時が来た。

 

 

 

 

 

 ――――人類が出現したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 この頃になると、私は遠出をしていた。行く先々で動物を従え、背中に乗せてもらって各地を転々としていたのだ。その時に、人類の集落を見つけた。

 

 ――――人類は、すでに地上にいたんだ!

 

 私は歓喜したが、今はまだまだ発展途上。他の場所にもいるかもしれないと、さらに色々な土地を巡ることにした。

 

 私は世界を巡った。その道中で人を癒し、動物を癒し、自然を癒し、時には神話の戦いで傷ついた神を癒したりした。そんなことをしてたら、いつの間にか崇め奉られ、神様の仲間入りを果たしていた。

 

 ……いや、なんでさ。

 

 確かに、助けるたびに信仰はされたし、時が経つに連れて謎の力が高まっていくのも感じていた。しかし、まさかそれで神様になるとは思わなかったのだ。

 

 

 

 

 

 ――――曰く、度重なる生存競争に疲れ果てた人類に癒しをもたらした女神。

 

 ――――曰く、不治の病に罹り、死ぬしかなかった家畜に生の癒しを与えた女神。

 

 ――――曰く、神の怒り(噴火)によって焼けた山を癒し、自然を取り戻した女神。

 

 ――――曰く、神と神との闘いに颯爽と現れ、傷ついた神を癒し、どこかへ去っていった女神。

 

 

 

 

 

 人類が進化していく世界を練り歩いて能力を使用していくうちに、私は『癒しの女神』となり、信仰を集め、神と成ったらしい。

 

・・・

 

 遠い未来、様々な神話に登場する同名の癒しの女神、ラサフィ(朝日)が同一神であるかどうかで議論が持ち上がることなど、朝日は知る由もない。

 

・・・

 

 おまけに、神と成った時、程度の能力とは別の、信仰によって得られる力を手に入れた。私自身の神としての力ということだ。

 生き物の傷を多く癒してきたおかげか、神の力の効果は『再生』だった。癒しとはまた違った効果を持つ能力で、私の力の利便性がさらに高まった。

 

 もはや私に敵はいない。星のエネルギーの盾で身を守り、たとえ傷を負っても癒して治し、腕や足を失ってもピ〇コロさんが如く再生して生やすことすらできるのだ。……しかし、私は油断しなかった。

 

 かつて、共に鍛錬した綿月姉妹。いつか彼女らを越えるため、私は今でも自己鍛錬を行っているのだ。世界を巡るついでに、たくさんの武術を観て、実践し、技術を盗むということを繰り返していた。物覚えがいい今の体だからこそできる荒業だ。

 

 東方の世界でも上位の強さを持つ依姫にはまだまだ届かないだろうが、今よりもっと技術を磨き、完成させればどうだろうか。

 目にも止まらぬ速さで繰り出される、不可避の速攻!神と成った今では不可能ではないと思う。目標は高い方が目指す方も気合いが入るしね。

 

 殺伐とした妖怪の世界では力が必要だ。

 この世界を生きるため、私は今日も腕を磨く!

 

 

――――――

――――

――

 

 

 と、少年漫画の修行編のように決意を新たにしたところで、私は家に戻ってきていた。家と言うのはもちろん、ログハウスである。なぜ戻ってきたのかと言うと、やり残したことを思い出したからだ。

 

 かつて雑草すら生えてなかった大地はとっくの昔に復活し、今は立派な草原となっている。私がこの土地に住み着いたのは、荒れ果てた土地を再生させようと思ったからだった。そして、同時に思ったことがある。

 

 ここ一面を花畑にしたら、めちゃくちゃ綺麗なのでは――――と。

 

 もちろん、一気にやるつもりではない。ただでさえ広いこの場所を花で埋めようというのだ。途方もない年月がかかるだろう。しかし、朝日は実行する。まだ見ぬ花畑に思いを馳せながら。

 

 雑草を抜き、種を植える。世界巡りをしていた時、ついでに持ってきた花の種だ。いずれこの場所は、世界中の花が咲き乱れる世にも珍しい土地になるだろう。そうなるのが今から楽しみだと、うきうきした気持ちでひたすら種を植えていった。

 

 ちなみに、この土地に人間はいない。なぜなら、朝日がエネルギーで壁を作っていたからだ。まだ人々が神がいると信じているこの時代。何をしても壊れない透明な壁を見た人類は、この先には神様がいるとして、無理に入ろうとすることを禁じていたのだ。

 人間は壁の近くに小さい祠のようなものを作り、食物を捧げた。それがまた朝日神に対する信仰となって神の力を高めているのだが、そんなこと露とも知らない朝日は笑顔で花の種を植えていた。

 

 

 

 

 

 ――――そして、時は流れる。

 

 

 

 

 

 結果的に言えば、花畑は完成した。コツコツと種を植え続けた朝日の努力は実り、色とりどりの花が咲き誇る楽園となった。特に美しいのが向日葵(ひまわり)だ。

 太陽の光を浴びて、黄金色に輝く花弁。気がつくと、朝日の花畑で一番多い花は向日葵になっていた。

 

 朝日は懸命に花を世話した。前世で植物を育てたのなど、小学校でのアサガオが最後だ。それでも、花を育てるのを止めはしなかった。暇つぶしに始めた園芸もどきを、いつしか心の底から楽しんでいたのだ。

 

 そんな朝日の想いを汲み取ったのか、種は枯れることなくすくすく育って花を咲かせてくれた。中には冬の間も咲き続ける花まであった。明らかに何らかの影響を受けているが、別に毒を撒いたりしているわけではないので、放っておいた。

 逆に、いつでも綺麗な花を見れると喜んだくらいである。

 

 次の年から、ほとんどの花が一年中咲くようになった。

 

 

――――――

――――

――

 

 

 広大な土地一面に広がる花畑。理想を実現させた朝日は満足し、花畑が荒らされないようエネルギーの壁で囲って、再び旅に出た。

 

 朝日がいなくても、花は咲き続ける。

 春夏秋冬関係なく、一年中花が咲き乱れるその場所は、誰にも触れられることなく存在し続けていた。

 

 朝日が花畑を出ていくとき、一つだけ願い事をした。

 

 

 

 

 

 どうか、この場所が荒らされることがありませんように――――と。

 

 

 

 

 

 その願いは、確かに叶えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――とある花妖怪が、その場所に住み着いたことによって。

 

 

 

 

 




主人公が神になりました。

再生の力を手に入れたことで不死じみてきましたが、頭を潰されたりしたら死ぬので、一応不死身ではありません。めちゃくちゃ死ににくいだけで。



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二柱の神

 花畑から旅立って数週間。

 飛べばどこへでも行けるのだが、それではつまらないので歩いて移動している。森を越えて山を越えて、それなりに遠くまで来た。

 

 それにしても、この世界では動物にめちゃくちゃ好かれる。

 すれ違う動物がみんな私に寄って来るのだ。初めはハイテンションになったのだが、30日も経てばさすがに慣れるし、野生の動物にたかられると流石に獣臭い。

 もしかすると私の能力の影響なのかもしれないと思い、普段は周囲に垂れ流しにしている癒しの能力を抑えてみた。すると、動物たちはするするっとどこかへ行ってしまった。これはこれで少し悲しいものがある。

 

 そのままゆるゆると歩いていると、木にお札のようなものが貼られていた。不思議に思って指で触れてみると、バチィッ!と大きい音を出して消えてしまった。

 

「も、もしかして……何かの封印とかじゃ『ねえ』……え?」

 

 急にどこからか聞こえた声に驚いて周りを見ると、視界がくるんと回る。ハッとしたときには私は体中を蛇に拘束されていた。

 とっさに体にエネルギーを纏ったので怪我はない。蛇もその気になれば簡単に振りほどけそうだが、なんとなくされるがままになってみる。

 

 蛇に身を預けてじっとしていると、どこからか声が聞こえてきた。

 

『ねえ……あんた、どこから来たのさ』

 

 幼い少女のような、高い声が森に響く。

 

「……私は、森の向こうから来ました」

『へえ……何をしに来たの?』

「ちょっと、旅をしてる途中です」

『ふうん……ま、大丈夫そうかな』

 

 声がそう言うと、私を拘束していた蛇がするすると離れていった。体には特に異常もないので、すっと起き上がれた。

 

「こんなこと聞くのもあれですけど……いいんですか?あのお札のこととか」

「いいんだよ、別に」

 

 後ろから声が聞こえたので振り向くと、そこには一人の少女がいた。金髪のショートボブに、青と白を基調とした服。白のニーソックスを履き、二つの目玉がついた市女笠をかぶっている。

 この時点で少女の正体には見当がついているが、黙っておくことにした。

 

「いやあ、いきなり蛇をけしかけて悪かったね。結界が壊されたから敵だと思ってさあ」

「あのお札、結界だったんですか!すみません!壊しちゃって……」

「いや、さっきも言ったけど別にいいよ。いつでも作り直せるし。それよりもさあ……」

 

 急に少女の雰囲気が変わる。

 

「あなた……どこの神?」

 

 さっきにまでのにこやかな雰囲気は消し飛び、重苦しい空気になる。嘘をついたら恐ろしいことになる気がする。つくつもりはないけど。

 

「私は、向こうの方にある花畑からきた神ですよ。……あの、やっぱり何かしでかしてましたか?」

「いや、そうじゃない。結界に反応があったから来たんだけど、あれは神とか妖怪とかをはじくものなんだよ。それなりに強力なやつを設置しあったんだけど……一瞬で消し飛んだようでね」

 

 ああ、確かに私が触ると音をたてて消えたな。私が頷くのを見ると、少女が説明を続ける。

 

「あれは相手の強さ……妖怪だったら妖力、神だったら神力とかね。そういうのに反応するのさ。さっき言った通り、結界はそれなりに強力だったから、それが消し飛ばしたやつはかなりの力を持っていることになる。だから警戒してたんだ」

「な、なるほど……私って、そんなに神力ってやつがあるんですか?」

「なんだい、自覚してないの?」

「いえ、力があるのはわかるんですが……。比較する相手がいなかったもので、自分自身の力がどれほど強いのかはわからないんです」

 

 そういうと、少女はあきれたようにため息をはき、「なんだそりゃ……」と呟いた。

 結界を壊したり、あきれさせたり、迷惑をかけてばかりで申し訳なくなる。しかも、相手の見た目は幼い少女である。情けなさ過ぎて涙目だ。

 

「あのー……すみません、私、またなにか……」

「いや、別に……、なんで泣いてるのさ!?」

「いえ、その、久しぶりに他人と会ったのに、なんだか迷惑をかけてばかりで申し訳なくて……」

「ああ、もう。気にしなくていいって言ったのに……」

 

 ぐすぐすしてると、少女が袖で涙を拭ってくれた。

 

「あー……とりあえず、うちに来なよ。ここら辺の説明もするからさ。泣いてるのを放置しちゃうと、私の寝覚めが悪いからね」

「あ、ありがとうございますぅ……」

 

 私は泣きべそをかいたまま、少女の家にお邪魔することになった。

 

 

――――――

――――

――

 

 

「でっかい……」

「ふふん、すごいでしょう!」

 

 確かにすごい。少女の家は階段を上がった先にある神社なのだが、想像していたよりもかなり大きかった。

 

「ちょっと待っててね。もう一人いるから、今呼んでくるね」

「え、いえ、いいですよ!お邪魔しているのに」

「いいからいいから。久しぶりのお客だからねえ。きっと喜ぶさ」

 

 そういって少女はどこかへ行き、広い和室にポツンと残されてしまった。手持ち無沙汰になり、エネルギーで球を作ってお手玉をしてると、足音が聞こえてきたので慌てて球を消す。

 襖が開くと、少女と一緒に女性が入ってきた。二人が向かいに座ったので、頭を下げる。

 

「初めまして。河森朝日と言います」

「あー、いいよ、堅苦しいのは」

 

 真面目に挨拶をすると、少女に止められてしまった。

 

「そういえば、まだ名前言ってなかった。私は洩矢諏訪子(もりやすわこ)って言うんだ。土着神だよ。よろしくね、朝日」

「私の名前は八坂神奈子(やさかかなこ)。諏訪子と同じ神だよ」

 

 少女の名前が洩矢諏訪子で、女性の名前が八坂神奈子。私が思っていた通りだった。

 

 神奈子の髪は紫がかった青のセミロングで、サイドが左右に広がっている。瞳は茶色に近い赤眼。冠のようにした注連縄を頭に付けていて、右側には、赤い楓と銀杏の葉の飾りが付いている。特に目立つのが、背中に装着している複数の紙垂を取り付けた大きな注連縄を輪にしたもの。一度見れば忘れられない格好だ。

 

 諏訪子も神奈子も東方に出てくるキャラクターで、確か大昔に戦争をしたんだっけ?今一緒にいるということは、既に戦争をして、決着がついた後なのかもしれない。

 

「んで?諏訪子、どうして朝日を連れてきたのさ」

「いやーその、朝日は自分の神力を計れないらしくてさ、どれくらいなのか教えてあげてほしいんだ。私よりも神奈子の方がわかるでしょ?」

「そういうことか……。朝日、手を出して」

「は、はい」

 

 手を出すと、神奈子が私の手を握って目をつむる。そのまま数分すると目を開いたが、少し汗をかいている。そんなに大変なことなのだろうか。

 

「驚いた……。朝日、あんた、随分と信仰があるみたいよ」

「え、そうなの!?でも、朝日なんて名前の神は聞いたことがないよ」

 

 私もそう言われるほどに信仰されているとは予想外だ。世界巡りの良い副産物だな。

 

「あの、私が活動していたのは海を越えた所にある国なので、多分そこでの信仰だと思います」

「海の向こうかい!そんなに信仰されるなんて、活躍したんだねえ」

「私の能力で傷を治したりしてたんですよ。それでいろんな場所を巡っていたらいつの間にか信仰されてました」

「へえ~、楽しそうなことしてんだねえ。……ねえ、朝日。今日は泊まってきなよ!海の向こうの話を聞かせて!」

「え、いや、でも……」

 

 急な誘いに戸惑っていると、諏訪子が神奈子に詰め寄り

 

「神奈子もいいでしょ?ね?ね?」

「私は別にいいわよ。反対する理由もないし」

 

 と、許可を出されてしまった。いや、嬉しいんだけど!会って間もない人のことに泊まるのは緊張しちゃうよ!二人とも美人だし!

 

「朝日も、いいでしょ……?」

 

 上目遣いで聞いてくる諏訪子。少女の容姿をフル活用している。計算してやっているのだろうが、それでも私には大ダメージだ。

 

「わ、わかりました……。よろしくお願いします……」

「やった!今日は夜通し話そうねえ!」

「ほどほどにしときなよ、諏訪子。困ってるじゃないか」

 

 神奈子が助けを出してくれるが、ハイテンションになっている諏訪子は止まらない。本当に眠れなさそうだとガックリする反面、久しぶりの他人との交流で嬉しくなる自分もいた。

 

 

 

 

 

―――― 神奈子side ――――

 

 杯を傾けながら、目の前で眠っている少女神に目を向ける。透けるような白い肌に、サラサラの黒髪。軽く撫でてみると、くすぐったそうに身じろぎする。

 

「そんなに朝日が気に入ったのかい?」

 

 隣に座っている諏訪子が聞いてくる。

 

「ふふっ、私との飲み比べにここまで付き合ったやつは初めてよ」

「まったく、神奈子は単純なんだから……。もしかしたら、能力で酔いを癒してたのかもねえ。それでも追いつかなかったみたいだけど」

 

 ケラケラ笑いながら諏訪子が言う。からかうような口ぶりだが、諏訪子もそれなりに朝日を気に入ってるのはわかっている。でなければここまで連れてこようなんて思わないだろう。

 

「癒す能力なんて、随分と優しい力じゃないか。この子には合ってるのかもしれないよ」

 

 夕食を食べた後、三人で話している時に聞いた朝日の能力。ふわふわとした雰囲気の朝日には、癒す程度の能力は丁度いいんじゃないかと思った。戦うための能力を持ってても、朝日には宝の持ち腐れだろう。お世辞にも前衛に立って戦うようなタイプには見えない。

 

「話が本当なら私たちよりも長く生きてるらしいけど……。この寝顔じゃそうは見えないねえ」

 

 暇つぶしなのか、朝日の頬をつつきながら諏訪子が言う。ふるふるしてて柔らかそうだ。

 

「そうだね。あれは、ただの少女の表情だった」

 

 話をしている時の朝日を思い出す。海の向こうを旅した時の楽しそうな笑顔に、旅立つ前に管理していた花畑のことを話すときの心配そうな顔。表情が豊かで、見てて飽きなかった。あれはまるで、自分が母親になったかのような感覚だった。

 

「意識しないと癒しが垂れ流しになってしまうらしい。この子のふわふわとした、害意の欠片もない雰囲気は能力の影響か、もしくは生まれつきか……」

「生まれつきなら恐ろしいねえ。将来はすごい人たらしになってしまうかもしれないよ」

「朝日の優しさに惹かれるようなやつなら、問題はないわね」

 

 朝日の雰囲気は人に安らぎを与え、空のように青く澄んだ瞳は人を惹きつける。

 純粋だが、しっかりとした警戒心もある。ほぼ初対面の私たちの前で無防備でいられるのも、私たちに悪意や害意がないことを感じ取ったのだろう。

 

「しばらく泊めてやろうかねえ。まだまだ聞きたいこともあるんだし」

「ふふっ、それもいいかもね」

 

 諏訪子の言葉に冗談交じりに賛成する。諏訪子の行動に振り回される朝日の姿が目に浮かんで、つい笑ってしまった。

 

 

 

 

 

―――― 朝日side ――――

 

 神奈子と酒の飲み比べをさせられて、酔って寝落ちしてしまった。翌朝、片付けもせず眠ってしまったことを謝ったら笑って許してくれた。

 会って一日だけども、だいぶ気楽に話せるようになってよかった。これが酒の力か……!東方で異変後に宴会を開くのもわかる気がした。

 

 一人で納得していると、諏訪子から連泊のお誘いがあった。即答でオーケーした。

 旅を続けるのもいいけれど、諏訪子たちと一緒に話したり食べたりするのも楽しい。そう言うと、諏訪子は少し頬を赤くして照れていた。可愛い。

 

 その日も二人と酒を飲んだ。昨日は吞み潰してしまったから、今日はゆっくり飲もうという神奈子の提案だ。

 二日酔いになっていたら反対してたけど、私に酔いは残っていない。朝起きた時に少し頭痛がしたが、能力で癒すとすぐに消えた。体調不良にはもってこいの能力である。

 

 朝に神奈子と料理をして、昼に諏訪子と遊んで、夜に二人と酒を飲む。

 そんな生活をしていると、いつの間にか十年が経った。

 

 二人には色々教えてもらうことがあった。神力の使い方とか、戦い方とか。依姫とは近接戦闘が多かったけど、二人と戦う時は遠距離でするのが多く、学ぶことも多々あった。

 

 十年も経てばさすがに旅を再開させねばと思い、二人に話した。そんなわけで、今は二人との最後の酒宴中だ。

 

「朝日が行っちゃうのは残念だねえ。遊び相手がいなくなっちゃうよ」

「寂しいって言えばいいのよ、素直じゃないんだから」

「面と向かって言えるわけないだろお!恥ずかしいじゃないか!」

 

 私の目の前で諏訪子が叫ぶ。だいぶ酔いが回って、私がいることにもお構いがない。聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるが、神奈子はそんな私に気づいていながらも諏訪子に話しかける。

 

「あんたもわかってたでしょ?いつか朝日が出ていくって」

「そうだけどさあ……。やっぱり寂しいよお~……」

「くくくっ、もう言っちゃってるじゃないか」

「か、神奈子さん……、もうその辺で……」

 

 諏訪子をからかう神奈子を止めようとすると、二人の矛先がこちらに向いた。

 

「朝日も、いい加減に呼び捨てで呼びなよ」

「そうだよぉ~、もう十年も一緒なんだから、最後くらいはねえ~」

「うっ……、も、もう慣れてしまって……」

「そんな言い訳、聞かないよぉ!」

 

 そういうと、諏訪子が腰に抱き着いてきた。勢いのまま倒れこんで寝転がる。そんな私たちを見て爆笑する神奈子。

 その後も飲まされたり脱がされたり、逆に脱がしたりと色々あったけど、最後には三人で一緒に眠ることになった。

 

 

――――――

――――

――

 

 

「それじゃあ、行くね!」

「また遊びに来てよ、朝日!絶対にねえ!」

「いつでも帰ってきなよ。ここはもう朝日の家でもあるからね」

 

 二人の声を背にして歩き出す。相変わらず目的地はないけど、私の直感が指し示す方へと。

 

 歩く先には、巨大な山があった。

 

 

 

 

 




出会いは書きますが、そこからはカットします。

書きたいことかくと話が全く進まないうえにガールズラブタグが過労死してしまうから、しょうがないね。

誤字・脱字報告、感想等よろしくお願いします。


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妖怪の山

 私が歩く先に見えているでかい山。道中に寄った村の人によれば、妖怪の山と呼ばれているらしい。

 鬼や天狗を筆頭に、強い妖怪が群れをなしている恐ろしい山で、入り込んで生きて帰ってきたやつはいないらしい。というか基本喰われるので帰ってくること自体ないという。

 

 私はその話を聞いて、すぐに山に向かうことを決め、村を出た。村人を癒して信仰を集めることを忘れずに。

 山に近づくにつれて、感じる妖力も多く、そして強くなっていく。

 

 ちなみに、力の感知の仕方は諏訪子に教えてもらった。私はエネルギーを広げてその範囲内を把握するという、某狩人漫画の「円」のような技能(私自身も円と名付けた)を身に付けていたのだが、諏訪子に教わった感知と組み合わせることで、円の範囲にいる対象の妖力や神力をも把握することができるようになった。

 技術に磨きがかかったお礼に、癒しの能力を使ったマッサージで諏訪子がふにゃふにゃになるまで揉んであげたのは思い出の一つとなっている。

 

 私のエネルギー(星の力)は妖力や神力とは違い、私以外に使えるものがいない。そもそも感じ取ることができないので、円の範囲にいても気づかれない。

 神奈子と諏訪子も、私が固めて具現化させたり、白くしたりすると認識できるのだが、地面から湧き出ているエネルギーはさっぱりわからないと言っていた。自然に感じ取れる私が異常なのだろう。そもそも地球生まれではないので、そういったところで違いがあるのかもしれない。

 

 私自身のエネルギー総量は星一個分という、ほぼ無限と同じ状態だ。ということは円の範囲も無制限になるのだが、私の頭が把握しきれないので普段は半径10mまでにしている。

 

 山にたどり着いて円の範囲を広げると、私を待ち構えるようにしている妖怪がいる。入ってしばらく歩いていると、五人の男の妖怪が私を囲むような陣形で降り立った。白い犬耳に尻尾がある妖怪。これはもしや白狼天狗だろうか。

 じっと観察していると、目の前の一人が口を開いた。

 

「この山に、何か御用でしょうか」

「いえ、近くを通ったものですから、山の頭領に挨拶でもしておこうかと思いまして」

「……そうですか。では、少々お待ちいただきたい」

 

 すると、後ろにいた一人が素早く走り去って行った。

 このとき、私は意外に思った。天狗はプライドが高いと思っていたので、断られるかと考えていたのだ。

 少し待つと、今度は背中に黒い羽のある女性の天狗が来た。こっちは烏天狗だろう。

 

「お待たせいたしました。私について来てください」

 

 飛び出した彼女に遅れないようついていく。頂上付近まで飛ぶと、立派な屋敷が見えてきた。門の前に降り、歩き出した彼女に続く。門はすでに開かれていた。

 屋敷は広く、部屋も多い。どんどん奥へ進む彼女についていくと、一際大きい襖が見えた。襖を開いた彼女に続いて部屋に入ると、時代劇のような光景が広がっていた。

 

 奥に広がっている部屋の右と左の壁際には座布団に座る十数人ほどの烏天狗がいて、一番奥、私から見て真正面の一段高い所にには髭を生やした老人の烏天狗がいる。横にいるのが幹部など、ある程度の力を持つ天狗で、正面にいるのが天魔だろう。妖力の強さも老人が一番だ。

 屋敷を円で囲むと、部屋の周りに多数の天狗がいた。私が暴れでもしたら抑えるような役割なんだろうな。

 

 案内してくれた彼女に部屋の中央に置かれた座布団に座るよう促され、彼女は横に並べてある座布団に座った。彼女も幹部の一人だったようだ。

 私が座ると、さっそく正面の老人天狗が喋りかけてきた。

 

「ここまでご足労いただき感謝する。儂はこの山にいる天狗を取りまとめる者、名を天魔という。早速要件を聞くが、お主は一体どうしてこの山に来たのかのう」

「この山にいるという、鬼に会うためです」

 

 周りにいる天狗が狼狽え、老人天狗の目が鋭くなる。

 

「儂は、この山の頭領に会いに来たと聞いておるが?」

「ええ、ですから、鬼に会いに来たのです」

「……なぜ、鬼が頭領だと?」

「そりゃあ、鬼が強いからですよ。妖怪は力を重視するものだと認識していますから。天魔さんの後ろで聞いている方が、その頭領なのでは?」

「「「ッ!?」」」

 

 周りの天狗や天魔の目が見開かれる。円で感じ取り、天魔の後ろにある扉の向こうに鬼がいることはわかっていた。次の瞬間、扉が粉々に砕かれ、とてつもない勢いで鬼が私に迫ってくる。

 エネルギーを体に纏い、向かってきた拳を片手で受け止める。その止め方に、天狗たちはもちろん、向かってきた鬼も驚いているようだった。

 

「へえ……。私の拳を受けて微動だにしないなんて、やるねえ、あんた」

「どうも、ありがとうございます」

 

 私の返事に、女の鬼が笑みを浮かべ、赤い目を細める。ロングの金髪に、頭には黄色い星のマークが入った赤い角が一本生えている。体操服のような上着にロングスカートをはいた大柄の少女だ。

 鬼の妖力が膨れ上がり、今すぐ戦いたいですという気持ちがビシビシ伝わってくる。

 

「ああ、あんたが山に入る条件が一つある。今考えたんだけどね。私と勝負しなよ、それが条件だ」

「……わかりました。どうせ、戦うまで離さないんでしょう?」

「わかってるじゃないか!だったらほら、さっさと行くよ!」

 

 鬼に担ぎ上げられ、強制的に運ばれる。荷物のように運ばれた先には、広場のように開けた空間があった。着くとすぐに下ろされ、鬼が私と向かい合うように立ち、体をほぐすように準備運動を始めた。どこから聞きつけたのか、いつの間にか烏天狗や白狼天狗、他の鬼も集まってきている。

 準備運動を終えた鬼が私に話しかけてくる。

 

「闘う前に、名乗っておくよ。私の名は星熊勇儀(ほしぐまゆうぎ)、この山の四天王の一人さ!」

「私の名は河森朝日といいます。花畑からきた神です」

「花畑から?武神とかじゃあないのかい。……それで私の一撃を受け止めるなんて、ますます血が滾ってくるよ!」

 

 今にも襲い掛かってきそうな勇儀に慌てて声をかける。

 

「待ってください勇儀さん。一つ頼みがあるんですが」

「頼み……?なにさ、言ってみな」

「私がこの勝負で死ななかったら、一つだけお願いを聞いてほしいんです」

「お願い?……いいよ。死ななければ、どんな願いでも一つだけ聞いてやるさ」

「約束ですよ?」

「ああ、約束だ」

 

 我慢の限界らしく、勇儀の体から妖気が溢れる。私は足に少し力を入れ、勇儀の目を見据える。どれほどの速さでも対処ができるように。

 私が勇儀へ向けて神気を開放した瞬間、ドンッッ!!!という音と同時に勇儀が私へ向けて突き進んでくる。

 

 それなりにあった距離は一瞬で縮まり、勇儀の拳が私の腹に迫る。

 まともに受けてしまえば肉がはじけ飛んでしまうであろう一撃を高速で横に移動することで軽く躱し、腕を掴み取って勢いそのままに後ろへ投げ飛ばす。

 

 空中で体勢を立て直す勇儀に高速で迫り、足を掴んで地面へ叩きつける。

 鈍い音が響いて地面が崩れる。だが、勇儀にダメージはほとんどなさそうで、すぐに起き上がってきた。鬼の体は頑丈過ぎて、ダメージを与えるより先に地面が砕けてしまうのだ。

 

「結構本気で迫ったのに、あんなに簡単に反応されるとはね!やるじゃないか!」

 

 私の素のステータスでは、勇儀の速さに対応することはできない。反撃を可能にしているのは、エネルギーを体に巡らして活性させることによる身体強化だ。これにより、目で勇儀を捉え、足で勇儀に追いつき、腕で勇儀を殴り飛ばすことができるようになっている。

 おまけに、永琳たちがいた時代から鍛錬を続け、途方もなく長い間積み重ねてきた技術がある。一直線に迫ってくる鬼をいなすことなど軽くできるまでに昇華させた技は、たとえ勇儀であろうとも対応は難しい。

 

「次、行くよッ!!」

 

 再び地を蹴る勇儀に私も構える。激突は幾度となく繰り返された。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 迫る勇儀に、カウンターを打ち込む朝日。二人の攻防を周りの妖怪は息を呑んで見つめていた。

 今まで、山の妖怪たちにとっての最強は鬼だった。速さも、堅さも、強さも、自分たちがどれだけ優れていてもそれを凌駕する圧倒的な力を鬼は持っていた。プライドの高い天狗が頭を下げる。並みの神ではダメージすら与えられない存在。それが鬼なのだ。

 

 今回の勝負だって、自らの力を過信した馬鹿が無惨に殺されるものだと思っていた。

 他の追随を許さない力で勝利する。今までがそうだったし、これからもそうなのだと。

 

 しかし、現実は違う。

 

 小柄な少女が鬼の速度に追いつき、鬼の拳を受け止め、蹴りを跳ね返し、隙を見つけては反撃を繰り出す。

 いかに頑丈な鬼の体でも、攻撃を受け続ければダメージは通る。少しずつ勇儀の体に傷が増えていくが、対する少女は無傷。妖怪たちにとってはありえない光景だった。

 

 今まで山に挑んできた者の中には、少女と同じ神も含まれている。強いと名高い鬼を打ち倒し名をあげたい者や、鬼を従えて他の神に戦争を仕掛けようとするものなど様々だ。

 だが、それでも勝てるものは誰一人としていなかった。みな等しく殺されたのだ。

 

 勇儀も全力ではない。今までそれで勝てたのだし、本気でやってしまうと山がなくなるから。

 しかし、闘いが長引くにつれて勇儀はさらに強く、速くなっていく。

 

 勇儀のリミッターが外れるのは、時間の問題だった。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 深く深く息を吐く。汗が頬を伝って体へ流れ落ちるが、服が肌に張り付く不快感はない。宇宙産の服は吸湿性がとても優れているらしい。

 顔を上げると、愉快そうな顔をした勇儀が立っていた。

 

「ここまで苦戦したのは初めてだよ。私の攻撃を封じきるなんてねえ」

「全力ではないのでしょう?本気を出されたら、どうなるかはわかりませんよ」

「言うじゃないか。その余裕、崩してやるよ!!」

 

 勇儀が迫る。さっきよりも速い。だが、私の盾は勇儀の力を通さない。

 

「……ッ!! これでもまだ……!」

「はっ!」

 

 一瞬動きを止めた勇儀の頭をつま先で叩く。吹き飛ぶ勇儀の上に移動し、思い切り踏みつぶした。地面が凹み、土埃が舞う。

 それでも油断はしない。すぐにその場を離脱すると私のいた所を勇儀の腕が貫いた。外したとわかると、すっと起き上がってくる。

 

 勇儀の速さは、勝負を始めた当初とは比べ物にならない速度になっている。足を出したと思えばすぐそばにいて、不意の一撃を繰り出してくるのだ。強化している目ではまだまだ捉えられる速さなので対応しているが、弱い妖怪では私たちの動きを捉えることすらできないだろう。

 

 私も勇儀に攻められるだけではない。目にも止まらぬ速さで勇儀の背後に回り込んで右ストレート。しかし、勇儀の後ろ回し蹴りに防がれる。

 勇儀は私の動きが見えているわけではないが、直感と経験で対処してくる。体の強さに加えて、これも鬼の強さの一つだろう。こと戦闘に関しては妖怪の中でもセンスが抜群なのだろうな。

 

 そんな鬼の攻撃でも未だに私に傷はつかないわけだが。

 

「……あんたの防御、予想以上に堅いね。手加減してちゃあ、破れない」

「当然です。私の体は脆いので、簡単には破らせません」

 

 エネルギーを体に纏い、硬化する。それが私の唯一にして最大の防御だ。エネルギーを消費すれば勇儀の全力でも破れないようにできるが、そんな卑怯なことはしない。私が山に来た目的は勝利による支配や畏れではなく、勇儀に私を山の一員として認めさせ、友達になることなのだ。そのため、纏う盾は一定の堅さにまで制限してある。今のままの勇儀では破れないが、全力を出せばすぐに突破されるだろう。

 

「……そうかい。じゃあ、やらせてもらおうかね。……私は本気を出す!死にたくない奴は離れろッ!!」

 

 勇儀が叫ぶや否や、観戦していた妖怪たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。……一人を除いて。

 

「……いくぞ。これが私のッ!全力だッッ!!」

 

 勇儀の妖力が高まる。今まで感じた中でも一番強く、濃密な妖気。これは負けるとわかっていながらも、勇儀の全力を受け止めるために正面を見据える。

 

「四天王、奥義――――」

 

 

 

 

 

 ――――三歩必殺。

 

 

 

 

 

 瞬間、山に轟音が響く。

 朝日に攻撃が当たった音ではない。勇儀の踏み込みが生んだ音だ。

 防御はできなかった。エネルギーで強化した眼だけが、何が起きたかを認識していた。

 

 一歩目で、衝撃によって周囲の木が全てなぎ倒された。

 二歩目で、地面が消え失せたかのように陥没し、宙に身を放り出された。

 三歩目で、音を越えて私に迫ってきた。

 

 次の瞬間には、私は背後にあった岩すら突き抜けて、山の端まで吹き飛ばされてた。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 私の体は広場を遠く離れ、山の木をなぎ倒し、地面に大部分が埋まった状態で動きを止めた。

 地面に埋まったまま胸を見ると、大きな穴が空いている。鬼の奥義は私の盾を砕き、体まで突き破ったのだ。

 

「かふっ……、ひゅー……」

 

 肺も潰され、呼吸ができない。神となった今ではこの程度の傷で死ぬことはない。だが、苦しいものは苦しいので神力を集中して体を再生させる。

 生まれて初めて負った大怪我を治すのに少し手間取るが、確実に怪我は回復していってる。

 

 勇儀の攻撃が盾を砕いて私の体に当たる寸前、私は反射的にエネルギーを胸に集中させていた。それでも大穴が空くのだから、何もしていなかったら上半身が霧散していたかもしれない。鬼は素の力でここまでやれるのかと、驚きを通り越してあきれることしかできない。

 

 数分もすると怪我は消え去り、元の体に戻っていた。エネルギーを纏って、胸が露出している服も修復させる。

 すると、そこに二人分の足音が聞こえてきた。

 

「驚いた……。死んでないとは思ったけど、流石にこの短時間で回復するとは思わなかったよ」

「勇儀の攻撃を捌いていただけのことはあるね。服も汚れ一つないし、どんな手品を使ったのかな?」

 

 一人はさっきまで闘っていた勇儀。

もう一人は、頭の左右から身長と不釣り合いに長くねじれた角が二本生えている鬼の少女。いや、幼女?

 

 少女の瞳は勇儀と同じく赤く輝き、薄い茶色のロングヘアーを先っぽのほうで一つにまとめている。頭に赤い大きなリボンをつけ、左の角にも青のリボンを巻いている。服装は白のノースリーブに紫のロングスカートで、紫の瓢箪を持ち、三角錐、球、立方体の分銅を腰と腕から鎖で吊るしている。勇儀を美女と形容するなら、こちらは美幼女だ。

 

「私の名前は伊吹萃香(いぶきすいか)。勇儀と同じく、この山の四天王の一人さ」

「萃香さんですか。初めましてですね」

「さんなんてつけるなよ、よそよそしいじゃないか。……それにしても、さっきの闘いは燃えたよ。勇儀が三歩必殺を出したのなんて私以外には初めてじゃないかい?」

「そうなんですか?勇儀さん」

「私にもさん付けはいいよ。……まあ、そうだね。大体の奴はすぐにくたばっちまうしさ」

 

 私だってくたばりかけましたよ。その言葉を飲み込んで、勇儀に話しかける。

 

「じゃあ、勇儀。約束、守ってもらいますよ」

「ん?……ああ、約束か。いいよ、ドンと来い!」

 

 大きな胸を張って私の言葉を待つ勇儀。女なのに男前だ。私も意を決して願いを言う。

 

「それじゃあ、その、わ、私と友達になってください!」

「…………え?」

 

 勇儀が驚いた顔をして、萃香が目を見開く。

 

「ううぅ……、ダメですか……?」

「え?い、いや!いいよ!……意外だね。てっきり手下になれとか、そんなのだと思ったのに」

「手下なんていりませんよ。私は友人が欲しいんです」

 

 私の言葉に、勇儀と萃香の二人が笑みを浮かべる。……な、なにさ?

 

「くくくっ、神様のくせに、まるで子どもみたいだね」

「な、なにを!萃香の方が子どもじゃないですか!」

「そ、それは体型だけだろ!」

「歳もですよ!」

「あー、はいはい二人とも、喧嘩すんなって」

 

 勇儀に窘められて、しぶしぶ引き下がる。はっと思い付き、私は萃香にもお願いしてみることにした。

 

「あのー、萃香…。その、す、萃香も、私と、友達になりませんか?」

「お?おお……。……いいよ。今日から、私ら二人は朝日の友人だ!」

「や、やった!ありがとうございます!」

「ふふふっ、改めて言われると照れるね。……そうだ。なあ朝日、これから酒宴があるんだけど、朝日も参加していかないかい?」

 

 思わぬ誘いに笑顔で飛びつく。

 

「勇儀!いいの?」

「もちろんいいとも。なんたって、四天王二人の友人なんだからね。天魔だろうが文句は言えないよ」

「そういうことさ。来るかい?」

「行くよ!行く行く!」

「くくくっ、やっぱり子どもだね」

「何を言うかこのお子様は!」

 

 萃香と言い合いながら山を登っていく。宴会場に着くと、そこにいた妖怪にとても驚かれた。どうやら私は死んだと思われていたらしい。私も一瞬死ぬと思ったし、しょうがないね。

 まだ昼を少し過ぎたくらいだったけど、それに構わず宴会は始まった。たくさんの鬼に囲まれて生きていたことを褒められたり、二人と友人になったことを言って驚かれたり。天魔に会って、突然の訪問を謝罪して笑って許されたりもした。多くの妖怪は遠くから私を見ていたりする。私は鬼の四天王と互角に闘える強者だと認識されたようだ。

 

 その日、山には多くの妖怪の笑い声が響き渡り、宴会の騒ぎ声は三日三晩途切れることはなかったという。

 

 

 

 

 




チートエネルギー君にはまだまだ活躍してもらいます


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スキマの友達と月の姫様

 妖怪の山を出て、一人道を歩く。

 山にも十数年留まり、鬼や天狗たちと交流をもった。

 

 萃香や勇儀とのコミュニケーションは大体殴り合いか酒だった。能力を使って酔いを軽くしているだけだと言っているのに、毎日どちらかから飲み比べを持ち掛けられた。おかげで私の体からはしばらく酒の匂いが取れなかったほどだ。

 

 山を出るときはたくさんの妖怪が送迎会として宴会を開いてくれた。勇儀、萃香はもちろんのこと、たくさんの妖怪や鬼に天狗、果ては天魔まで参加する大宴会となった。

 山での思い出は闘ったり酒を飲んだりしたようなのしかないが、思い出すだけでも楽しい気分になれるので善しとすることにした。

 

 山から出て数日。とことこ歩いていると、円が変な反応を感じ取った。

 

(これは……、空間の歪み?円が揺らいだ所に急に現れた。いや、それにしては違和感が……)

 

 ぶつぶつ考えていると、その反応があった空間が裂けた。裂け目の両端にはリボンがついていて、中からは多数の目玉が覗いている。

 

(ま、まさかこれは……!)

 

 驚いていると、裂けた空間から一人の妖怪が出てきた。金髪ロングの髪に、毛先をいくつか束にしてリボンで結んでいる。白と紫で彩られたドレスが特徴的な美少女。

 私の前に降り立ち、扇で口元を隠す。お芝居ような仕草だ。

 

「初めまして、河森朝日さん。私の名は八雲紫(やくもゆかり)と申します」

「あ、あ……」

「ふふふっ、どうしました? あの鬼と殴り合った貴女が、まさか怯えているわけではないでしょう?」

 

 口を開いて固まっている私に作り笑いで挑発(?)する紫。だが、その言葉は私の頭に届いていなかった。唐突な遭遇でパニックに陥っていた私は、反射的に言葉を発していた。

 

「あの、その……」

「?」

「わ、私と、友達になりませんか!」

「!?」

 

 予想外だったのか、私の言葉に目を見開く紫。

 これが、私と妖怪の賢者とのファーストコンタクトだった。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 八雲紫とは、東方の中でも私が特に好きなキャラクターの一人である。謎が多くミステリアスで、胡散臭い雰囲気を纏う。幻想郷を創った張本人で、境界を操るという能力を持ち、おまけに滅茶苦茶強いというパーフェクト妖怪。まさかここで会えるとは思わなかった。

 

「……それで、私に式になってほしいと……」

 

 強力な式神となれるものを探す。それが、紫が私に接触してきた理由だった。探している途中、山の鬼と互角に闘える私を見つけ、紫の式神に勧誘しに来たということだった。

 

「ええ、そういうことよ。鬼と正面から互角に渡り合うのは並の神や妖怪では到底無理なこと。それをあなたは余力を残してやりとげた。鬼の奥義をその身に受けてすぐ復活するなんて、瀕死の状態じゃ無理ですもの」

「私は回復には自信があるんです。再生の力も持ってますし。神としての素の回復力にそんな力までありますから、私を殺すのは難しいと思いますよ」

「回復だけではないわ。互いに本気ではないとはいえ、圧倒的な力を持つ鬼の攻撃を貴女は無傷でやり過ごし続け、あまつさえ反撃までして見せた。それは、反撃をできるだけの余裕があるということに他ならないわ」

 

 ……すっごい褒めてくる。嬉しい。嬉しいけど、そこまで真面目に褒められると流石に照れる。

 

「あらあら、顔を真っ赤にしちゃって。そんなに嬉しかったかしら?」

「え、いや、その……。……はい、嬉しかったです」

「! ……正直者ねえ、貴女」

「あ、ありがとうございます?」

 

 思ったままに答えると、親が子ども見るような、そんな温かい目で見られてしまった。嘘をついてもすぐに見破られそうだから、とは口に出せない雰囲気だ。

 

「それで、式の件だけれど……」

「……申し訳ないですけど、お断わりします」

「はあ……やっぱりねえ。一応、理由を聞いても?」

「さっきも言いましたけど、私は紫と友達になりたいんです。だから、主従関係にはなりたくない。それが理由です」

 

 紫は扇で口を隠すのも忘れて驚いている。勇儀たちも固まっていたけど、友達になってほしいと言うのはそこまで驚くようなことなのだろうか。私はこれ以外の友人の作り方を知らないのだけれど。

 

「……出会い頭に言ってきたのは、冗談ではなかったのね……」

「驚きすぎて、欲望がつい口に出てしまったんです」

「ふふっ、なによそれ……」

 

 見惚れるような笑みを浮かべる紫。これは作り笑いではない、心からの笑みだと直感した。

 

「それで、どうです?式神のことは断っちゃいましたけど……」

「ダメ元で聞いてみただけだから、気にしなくていいわよ。……友人の件は、ぜひお願いするわ」

「! ……ありがとう!」

「何度か話すうちに自然と友人になるものはいたけど、初対面で友人になったのは初めてだわ。……普段であれば警戒するのだけれど、貴女には不思議とそういう気がしないのよ」

 

 多分だけど、癒しの力で警戒心を解いてしまったのかもしれない。……言ったら話が拗れそうな気がするから、黙っておこう。

 

「私はすることがあるから、もう行くわ。……それじゃあね、私の可愛い友達さん?」

「! ……うん、わかった。次に会うときは、名前で呼んでよ? 私の友達の紫ちゃん!」

「!?」

 

 紫の軽口に反撃すると、見事に成功した。「ちゃんは止めなさい!ちゃんは!」と言いながらスキマに潜っていく紫に笑う。

 

 

 

 

 

―――― 紫side ――――

 

 ……不思議な()だった。

 初対面では人間、妖怪、神と関係なく私を警戒するというのに、友達になってほしいとは……。

 

 先ほどまでのやり取りを思い出し、思わず笑顔になる。

 思えば、あそこまで気楽に他人と話したのはいつ以来だったか。

 

「彼女となら、心を許せる友人となれるかもしれないわね」

 

 きっとなれる。心の奥で確信しながらも、口には出さずにスキマを開く。

 スキマから出るその時まで、口元から笑みは消えなかった。

 

 

 

 

 

―――― 朝日side ――――

 

 紫とのファーストコンタクトから既に数年。私たちは並んで川に足をつけて涼んでいた。

 

 紫は普段どこにいるかわからないので、私は紫の方から来るのを待つしかない。長い時を生きる妖怪だから一年に一度くらいは会えるかなと思っていると、意外にも月に一度は私に会いに来てくれた。嬉しく思いながら紫と会話をしているうちに、私は紫の愚痴を聞く仲になっていた。

 そんな仲になったきっかけは私の能力である。

 

 とある日に紫と話していると、少し疲れたような雰囲気を感じた。いつもなら微笑みながら遠回しな発言でからかってくる紫の初めて見るそんな雰囲気に、お疲れならば少し癒してあげようと能力を使うと、いきなり紫に抱き着かれたのだ。

 

 後で聞いたところによると、心が弱っている時に私の能力を使われると心地いい癒しに身を任せてしまい、心の壁が取り払われやすくなってしまうのだとか。

 初めて会った時にすぐ打ち解けられたのは能力のおかげだと思っていたが、そんな効果まであったとは知らなかったので急に抱き着かれた時は驚きすぎて声も出なかった。

 

 他の妖怪から軽く見られないよう、普段から笑みを浮かべている紫は胡散臭く、油断できない奴と思われやすい(実際それも狙っている)。そんな中で、私のように友好関係を結ぼうとするのは珍しいという。

 初めは何かを企んでいるのではと警戒してたとか色々懺悔のようなことを言われたが、今では私を数少ない友として大切に思っていると言われたことで全て吹っ飛んでしまった。

 

 そんな今何をしているのかと言うと、定期的に開かれる紫のお悩み相談会である。

 

「それでねー……、私は、妖怪と人間との共存を目指しているのよ……。」

「大きい夢だねえ」

「ええ。でも、思った以上に難しくてね……」

「うんうん」

「話を持ち掛けても胡散臭いとか言われるし、心が折れそうで……」

「紫は頑張ってるよ。私が知ってるからねー」

「朝日ぃ……」

 

 見よ。今私の腰に腕を回して泣きついているのが天下のスキマ妖怪である。

 何を考えているかわからず、胡散臭い雰囲気を纏う紫(仕事モード)もいかにも大妖怪っぽくて好きなのだが、愚痴をもらして甘えてくる紫(息抜きモード)も大好きだ。何というか、私だけが見れる紫という特別感がある。

 

 愚痴を吐き出す紫を慰めながら、能力を使って心と体を癒す。しばらくそうしていると、心労持ちのお疲れ妖怪からやる気漲る大妖怪へ復活するのだ。

 まだまだ理想の実現は遠いようだが、いずれ幻想郷を創ってくれると私は信じている。私自身は手伝えることがないので、こうして慰めることしかできないのだ。

 

「ふー……、スッキリしたわ。いつもありがとう、朝日」

「いいよいいよ。友達なんだから、遠慮しないで」

「ええ、私はいい友人をもったわ……。いつか、朝日にも私が創る世界を見せてあげるわ」

「うん。楽しみにして待ってるよ」

 

 スキマの中に消える紫を見送った後、目的地を目指して歩き出す。

 

 山を出た私は、村から村へと渡り歩いて人を癒すという野良医者のようなことをしている。妖怪との戦闘で負った大怪我から転んでできた擦り傷まで何でもござれだ。

 私の癒しと再生を併用すれば、失った腕の再生や動かなくなった足の復活に病の治療など、どんな重症でも治すことができる。そうした行為を繰り返し、私の名が広まり、私に信仰が集まって力が増すというマッチポンプである。

 

 最近では、いずれ癒しと再生の神として私を祀る神社でもできないかなーと思っている。老人や怪我人の参拝が途絶えないだろう。そうすれば何もしなくても信仰が集まる。

 文明が発達していない今は普通の怪我でも死に繋がる厳しい時代だ。だからこうして怪我を治し、少しでも人が多くなるように願いながら活動している。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 人を癒し続けて早数百年。

 

 最近では人の発展も著しく、村が増え、人口が増え、都という現代で言う首都のような場所もできたらしい。

 人が多い場所には妖怪がいる。であれば都には何かしらの妖怪がいるのではないか。私は一応神であるわけだし、追い出されることはないだろうと目指すことにしたのだ。

 

 その道中で一つ、決意したことがある。

 

 私は、命蓮寺(みょうれんじ)などの人たちとは交流をもたないことにした。

 命蓮寺とは東方に出てくる舞台の一つで、妖怪と人との共生を望んだものたちが人間によって封印されてしまい、幻想郷にて復活した時に建てられた寺の名前だ。

 

 もし、地上にいるその人たちと仲良くなってしまったら、封印されないようにと絶対助けたくなる。

 私は知識で知っている幻想郷を見たい。私の我が儘かもしれないが、誰かが来ないことで思いもよらない危機が迫るかもしれない。そういったことを回避するためなのだ。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 心を決めてやってきました、都です。到着して早々に、私はキャラに関係してる可能性大の噂を耳にした。曰く、絶世の美女がこの都に現れ、高い地位にいる者がこぞって求婚しているのだとか。これは竹取物語として有名なかぐや姫ではないか。

 と、いうわけで私はこの女性に接触することにした。東方にはかぐや姫をモデルとした人物がいる。私は彼女のこと知っているので、もし東方の人物であるのなら少し手助けしたい。命蓮寺のように、助けることで歴史が歪むようには思えないのだ。それだけならば幻想郷に入らないということもないだろう。

 

 都に着いたその日の夜、私は早速屋敷に忍び込んだ。庭から侵入して屋敷を探索していると、縁側に座っているかぐや姫と思しき少女を発見した。少女は何やら憂いを帯びた表情で月をじっと眺めている。

 見たところ十二、三くらいのように見えるのだが、この時代ではこのくらいで結婚するのが普通なのだろうか。確かに美少女ではある。後数年もしたら絶世の美女となるだろう。

 

 私は気配を消して近寄り、少女の横から目の前へ躍り出た。少女は突然現れた私に驚いている様子だ。しかし、少しも声も出さないとは、結構肝が据わっているのかもしれない。

 

「……あなた、だあれ?」

 

 ようやく動き出した少女が、そんなことを口にした。どうやら叫び出したりする様子はないので、少女の隣に腰かけて自己紹介をすることにした。

 

「私の名前は河森朝日。神様だよ」

「……神様?」

「そう、神様」

 

 訝しげに私を見つめる少女に微笑む。すると、少女は顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。こんな屋敷にいるのだから、あまり人と関わりをもっていないのかもしれない。

 

「あなたの名前も、教えて?」

「……蓬莱山輝夜(ほうらいさんかぐや)

「輝夜か、いい名前だね。私のことは朝日って呼んで」

「わかった。……朝日、どこかで聞いた名前だわ」

「そう?こっちではあまり活動していないのだけれど」

「……そう」

 

 その言葉を最後に会話は途切れ、少し気まずく感じた私はじっと月を見つめていた。ちらっと横を見ると、輝夜も同じように月を見ていた。

 一時間ほどが経ち、夜も深くなってきたので屋敷を出ることにした。

 

「それじゃあ、私、帰るね」

 

 すると、輝夜が私の目を見つめてくる。……帰ってほしくないのだろうか。恥ずかしがっているのかもと思い、私の方から口に出してみる。

 

「次の週も、ここに来ていい?」

「……! ……うん、来て」

「わかった。それじゃあ、またね」

「うん、さよなら」

 

 屋敷を出て、どこか野宿できそうな所を探す。今日はあまり話せなかったので、明日からは団子でも持っていこうかと思った。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 輝夜との初対面から数年。輝夜はすくすくと成長し、ついには帝までもが求婚にやってきたらしい。

 あれから週に一度は夜に輝夜の屋敷を訪れており、今では互いに親友と呼べるまでになっている。世俗からほぼ隔離状態になっている彼女にとって私の話は貴重な楽しみらしく、会うたびに何か話してとせがまれた。

 

 そんな彼女は最近、少しずつ憂鬱な表情を見せるようになった。おそらく、月の使者が来る日が近づいているんだろう。

 輝夜は、未だ私に月の姫だということを打ち明けていない。普通だったら信じられないので、話そうかどうか迷っているのだと思う。何度か話そうとする素振りは見せているし。

 

 今日も輝夜と会う日だが、日に日に輝夜の雰囲気が暗くなっていて、私も話しかけ辛い。

 月の使者がやってくる前には打ち明けてほしいと思いながら、私は輝夜の屋敷に忍び込んだ。

 

 

 

 

 

―――― 輝夜side ――――

 

 やっとこの日が来た。この一週間、ずっと待ち望んでいた日が。

 今日は、私の親友に会える日。縁側で座りながら彼女を待つ。彼女と始めて出逢った、この場所で――――

 

 

 

 彼女との出会いは突然だった。

 

 私は月でとある重大な罪を犯し、罰として穢れた地上へと堕とされたという経緯をもつ。私はそれを罪だとは思わないし、後悔もしていない。それどころか、今では地上へ堕としてくれたことに感謝すらしている。なにせ彼女と出会うきっかけとなったのだから。

 

 私は月の住人の中でも突出した美貌を持っている。それは地上でも同じらしく、どこで話を聞きつけたのか、まだ幼い私に結婚を申し込む輩が出てきた。

 毎日のように送られてくる貢物に、結婚を申し込んでくる使者。うんざりする私とは反対に、私を拾ってくれた老夫婦は日に日に増える財に目が眩み、ついには私を屋敷の奥へ閉じ込めるようになった。

 

 本当は違うのだが、荒んでいた私にはこんな捉え方しかできなくなっていた。

 

 一日の間に会うのは食事を運んだり私の世話をする女中だけで、老夫婦にはたまにしか会えない。そんな日々を過ごしていくうち、一度も会話をしない日も増えてきていた。

 会話がなく、日が過ぎるにつれて閉じていく私の心。世間ではそんな私を、言葉の少ない恥ずかしがり屋と噂していた。

 

 変化のない退屈な日常。そんなある日、彼女が現れた。

 私の灰色の世界に色をつけてくれた、私の親友が。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 ある日の夜、縁側に一人座っていた私は、月を見ながらこれからのことを考えていた。

 このままでは、いずれ誰かしらと婚約させられてしまうだろう。誰かに人生の相手を決められるなど、私はそんなのごめんだ。老夫婦への恩はもう十分に返せたと思うし、もう出ていこうかと本気で考えていた、その時。

 

 

 

 

 

 ――――私の横から、一人の少女が飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 驚きすぎて、声もでなかった。周りに誰もいないはずの今、夜の静寂の中を足音もなく私の眼前に現れた人物。

 

 

 背中にかかるように伸ばされた黒髪は月の光を反射し、黒い宝石のように輝いている。

 

 空のように青い瞳は私をじっと見つめ、まるで魅了されたかのように動けなくなる。

 

 雪のように白い肌は闇の中で照らされているかのように光を放っている。

 

 

 私の前にいる、目を惹きつけて離さない少女は、一体誰?

 そのことだけを知りたくて、喉を震わせて声を絞り出す。

 

「……あなた、だあれ?」

 

 必死に発した声はとても小さかったが、彼女には届いたようだった。

 すると、彼女が突然私のすぐ隣に腰かけてきた。

 

 初対面のはずなのに、まるで恋人であるかのような距離。心臓が高鳴り、意味もなく目が泳ぐ。緊張しているはずなのに不思議と心が落ち着き、心なしか甘い匂いもするような気がする。

 どこか安心する雰囲気を持つ彼女のそばにいると、冷えていた心が温まるような感じがする。

 

 私が奇妙な感覚に酔いしれていると、彼女が口を開いた。

 

「私の名前は河森朝日。神様だよ」

 

 少女らしい、少し高めの声がするりと耳に入ってくる。

 しかし今、彼女はとんでもないことを言わなかったか?

 

「……神様?」

「そう、神様」

 

 念のために聞き返してみると肯定された。いや、今まで地上で見た人の中でも特に綺麗な朝日であれば神様であってもおかしくはないのではないか。神は美形が多いと聞いている。

 私が彼女をじっと見つめながら考えていたことに気づいたのか、私に向かって微笑んできた。

 

 その時から後は、何を話したのかわからない。

 おぼろげな記憶の中で、なんとか自分の名を名乗れたことはわかるが、その後はほぼ黙っていたような気がする。

 

 すると、朝日が立ち上がって「それじゃあ、私、帰るね」と言った。その瞬間、熱くなっていた頭が急速に冷えていった。

 

 待ってほしい。帰らないでほしい。もっと私のそばにいてほしい。

 そんな気もちで朝日を見つめるが、なぜか声がでてこない。彼女に迷惑かもしれないという考えが、私の発言を許さないのだ。

 

 すると、私の想いを察したのか、朝日の方からまた来たいと言ってくれた。

 朝日が去って行った後、縁側で彼女のことを考える。

 

(……なぜ、私はここまで彼女のことが気になるのだろう)

 

 まさか恋ではあるまいし。しかし、彼女と話している時は心と体のどちらも安らぐような、そんな気分になった。

 心が浮つくような、不思議な感覚のまま寝床に着く。

 

(また会えば、何かわかるかもしれない)

 

 そのまま微睡に身を任せ、いつしか思考は途切れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、朝日本人から能力のことを聞き、その能力のせいで危うく魅了されかけたと暴露することで朝日を盛大に驚かせることに成功した。

 

 

 

 

 




朝日の癒しの能力の副産物のようなものがわかりました。
他人の警戒心を解きやすくなったり、仲良くなりやすくなったりですね。

しかし、心が弱っている人が影響を受けるとそのまま依存してしまうかもしれない、麻薬のような力もあります。輝夜危機一髪でした。

ガールズラブタグが発揮されることは今のところないと思います。今のところ。


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不動産紹介 in 竹林

前話から間が空いてしまいました。

これからはさらに不定期になるかもしれません。

※同じ話を投稿してしまいました。次話はまだ時間がかかると思います。申し訳ありません。


 いつもと同じ様に輝夜の屋敷に忍び込み、縁側にいる彼女のすぐ隣に腰かける。

 初めて会った時はただの綺麗な娘という印象だったのに、今では誰もが見惚れる絶世の美少女だ。

 

 少女特有の幼さと大人特有の色気の二つを重ねもつ彼女はこれまで見たどんな妖怪や神よりも美しく、じっと見つめていると恋に落ちてしまいそうな、そんな危うい、しかし魅力的な雰囲気を身に纏っている。

 

 そんな人の隣にいると嫉妬の感情の一つくらいは抱きそうなものだが、私にそういった感情が浮かぶことはなかった。

 容姿に関しては前世で求めていた全てを手に入れているため、羨みはすれども嫉妬はしない。輝夜はレベルが違うだけで、私は私で十分過ぎるほどに整った顔とスタイルを手に入れているのだ。

 

 月を見上げながら、今日は何を話そうかと考える。いつもなら私が体験談を話し、輝夜が感想を言って、そこから会話が発展してい「ねえ」くのだが……うん?

 

 横を見ると、輝夜と目が合った。この至近距離で見つめ合うのは流石に恥ずかしい。すぐ隣に座っているのだから、顔の位置も必然的に近くなるのだ。

 脳内で一人恥ずかしがっていると、私の話を聞いてほしいと言われた。輝夜も頬を染めていることから、距離に気づいて彼女も恥ずかしくなってきたのだろう。

 

 しかし、輝夜の方から話とは珍しい。決意したかのような顔からすると、もしかしたら月のことかもしれない。

 そう考えながら話を聞くと、やっぱり月のことだった。

 

 もうすぐやってくる満月の日に月から使者が来て、連れ帰らされてしまうとのこと。

 逃げたいけど、成功するかはわからないと。

 

「それじゃあ、私も手伝おうか?」

「だから、その日は危ないから……え?」

「これでも私、結構強いよ?」

「まあ、神様だものね……。じゃなくって! い、いいの!?」

「もちろんいいよ。それに、味方もいるんでしょ?」

「う、うん、一人だけ。永琳っていう心強い従者がね。それでも、万が一があるかもしれないから」

 

 私がこの世界で初めて友達になった人、八意永琳。月に行った後、やっぱり輝夜に仕えていたのか。永琳は滅茶苦茶強い。それは私が実際に見て知っているから、月の使者くらいなら一人で片づけてしまうかもしれない。

 

「永琳がいるなら確かに心強いね。一応私も手伝うけど」

「朝日、永琳を知っているの!?」

「うん。永琳が地上にいたころに友達になったんだよ。一緒にいたのは一年くらいだったけどね」

「地上にいたときって……。私が生まれるよりもずっと昔の話じゃないの! そんな時代から生きていたなんて……」

「えへへ、生きた年月はこの世界でも頂点に近いんじゃないかな!」

「そうね。あなたみたいなのがたくさんいたら恐ろしいわ」

 

 クスクスと面白そうに笑う輝夜。出会った当初はずっと無表情だったのに、今では喜怒哀楽をさらけ出している。他の人にはあまり見せない純粋な笑顔。これを見れるだけでも、仲良くなって本当に良かったと思える。

 

「それにしても、逃げるのはいいけど、逃亡先に当てはあるの?」

「そ、それは……、……無い……けど……」

 

 輝夜は私から目を逸らしてしまった。逃げるとこまではいいけど、その後の具体的な作戦とかはないようだ。

 

「だったら、私が用意してあげるよ!」

「え? ……まさか、逃げる所を?」

「うん! 当てはあるから、私に任せて!」

「……頼ってばかりで申し訳ないけど、頼めるかしら?」

「もちろんだよ!」

 

 それからも会話は続く。互いに知っている永琳のことだったり、月での生活を聞いたり、時間の許す限り私たちは話し続けた。

 

「……それじゃあ、別にお爺さんたちを嫌いになったんじゃあないんだ?」

「ええ。屋敷の奥に隠すのは私を大事にしているから。いつ攫われてもおかしくないから、会う人も最小限にしているの。あまり会えないのも、私のためにたくさんの人の相手をしてくれているから。心のどこかではわかっていたはずなのに、私は歪んだ捉え方で一方的に嫌っていたわ」

「今は、もう違う?」

「朝日と会えたことで心に余裕ができたわ。しっかりと周りを見ることができるようになった。私はこれでもお爺さんたちよりも長く生きているのに、少し情けないわ」

「仕方ないよ。話す相手もいなかったんでしょ?長い退屈は心をすり減らしちゃうもん。私は癒しの能力で心を保てるけど、輝夜はそうじゃないんだから」

「ふふっ、そう言ってもらえると救われるわ」

 

 紫といい輝夜といい、私はなにかと悩みを聞くことが多い。癒しを与えるのには苦悩を取り除くことも手段の一つだけど、私が普段出してる癒しのオーラにあてられると吐き出したくなるのかもしれない。

 話した後は大抵スッキリした顔してるから、別にいいんだけどね。笑顔でいるのが一番だし。

 

「それじゃあ、今日はね」

「また次の日に。輝夜が隠れられる場所を探しておくから」

「お世話になってばかりで悪いわね。……ありがとう。」

「別にいいよ。親友なんだから」

 

 縁側から飛び立って屋敷から離れる。

 

 実のところ、隠れる場所の見当は既についている。都に来る道すがら、広大な竹林を見つけていたのだ。

 東方での輝夜たちは竹林に住んでいたから、私が見つけた所に移り住めばいい。都からは結構離れてるし、隠れるのにも丁度いいだろう。

 

 持ち主のいない捨てられた屋敷を、土台ごとエネルギーで包んで持ち上げる。エネルギーの遠隔操作は重いものでも手を使わず持ち運べるから便利だ。

 持ち上げた屋敷をそのまま竹林の奥に移す。捨てられていただけあってボロボロなので、水回りを整えたり、古びて傷んでいる所を癒しと再生の力で修繕する。

 

 一週間もあればまともに住める環境にできる。場所さえどうにかすれば、後は永琳が結界か何かで見つからないように細工するだろう。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

「そういうわけだから、逃亡先の確保はできたよ!」

「……当てはあると言っていたけど、まさか一週間で見つけるとはね……」

「私もここまで迅速に事が運んで驚いてるよ。……まあ、結果が全てだから!」

 

 輝夜と顔を合わせて笑いあう。もうすぐ迎えがやってくるのに不安はないのかと言ってみれば、「朝日がいるもの」と返事が来た。思わず赤面して笑われたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 週に一度だけ夜中に忍び込んで、輝夜と話して帰る。そんなことを何回か続けた頃、とうとう迎えの日がやってきた。

 

 屋敷の周りには人がたくさんいる。輝夜がお婆さんを通して「月から迎えが来る」と話したため、帝をはじめとした諸勢力がこぞって兵を率いてきたのだ。ほとんどは輝夜に活躍を聞かせて結婚したいがためなのだろうけど。

 この時ばかりは輝夜も緊張しているのか、顔が強張っている。緊張をほぐすために手を握ってあげると、少し強い力でギュッと握り返してきた。

 

 ちなみに、お爺さんとお婆さんも同じ部屋にいる。私がいることに驚かれたが、輝夜が親友だと言うとすぐに相好を崩して輝夜をよろしくと言ってきた。輝夜の今までの暮らしの賜物なのか、一言だけで信用するとはすごい信頼度である。

 

 しばらく手を握り合っていると、屋敷に巡らせている円の上部に反応があった。

 次の瞬間、屋敷の天井が爆発によって全て吹き飛ばされる。屋根だけでなく、周りにいた兵士たちもかなり巻き込まれている。部屋の中は咄嗟に守ったので無傷だが、放っておいたらお爺さんたちもただでは済まなかっただろう。まさかこんなに荒っぽくやってくるとは思わなかった。

 

 ぽっかりと空いた上を見上げると、満月を背景に大きい馬車のようなものが浮いている。

 残った兵士たちが矢を放ったりして攻撃しているが、馬車から波のようなものが発せられると、その近くにいた人たちがバタバタと倒れていく。何人かは抵抗しているようだが、月の不思議パワーには勝てず、一人、また一人と倒れていく。

 

 馬車の中から何人も人が出てきて、輝夜の前に舞い降りる。その中に一人、赤と青の特徴的な服を着た見覚えのある人物がいた。私と目が合うと一瞬目を見開いたが、私と輝夜が繋いでいる手を見ると納得したような表情を浮かべた。

 ……どうして私がここにいるのかをそれだけで把握できる頭の良さに脱帽である。

 

「輝夜、お迎えに参りました。月へ帰りますよ」

 

 降り立った男の一人が口を開く。隣にいる私やお爺さん、お婆さんは眼中にないようだ。

 

「(輝夜の協力者は永琳だけなんだよね?)」

「(ええ、そうよ)」

「(じゃあ、他は黙らせようか)」

 

 小声で話し合う私たちをよそに、男は輝夜の手を取ろうとする。だが、手を伸ばした体勢のまま男は動かなくなってしまった。私がエネルギーを男の体に纏わせて固めたのだ。

 

「なっ……! う、動けん!」

「逃げるよ!輝夜!」

 

 男が驚いているのを尻目に、言うと同時に輝夜を横抱きにして一気に屋敷を飛び出す。

 後ろにはしっかり永琳もいる。突然の行動にもついてこれるあたりが流石だ。

 

 逃げるからには当然追っても来るのだが、近づく隙を与えずに永琳が弓で射貫いていく。永琳は屋敷を出るときにも何人か討ったらしく、追ってはすぐに撒くことができた。

 竹林はまだまだ離れているので、途中の山にある小屋の中で一度休むことにした。

 

 そういうわけで三人で小屋にいるのだが、なんとなく空気が重い。誰も口を開かず、じっとしている。

 

 私は永琳と話したかったのだけれど、いざ話そうとしたら久々にあった緊張で内容が飛んでしまった。永琳はなぜか俯いていて顔が見えないし、輝夜もどことなく居心地が悪そうだ。

 ここはどうにかせねばと思った時、俯いていた永琳が口を開いた。

 

「……私、朝日が生きているとは思わなかったわ」

「……へ?」

 

 唐突に不穏なことを言われ、つい間抜けな声を出してしまった。横を見ると、輝夜も首を傾げている。

 

「生きてるとはって……、私死んでると思われてたの!?」

「……私たちが月へ行った時の爆発で、死んでしまったと思っていたの。……あの時は、ごめんなさい……。私、地上を一掃する計画なんて知らなくて……」

「いや、永琳が悪いわけじゃないし、私も生きてるから!ね!」

「いえ、それでも、私が計画の細部までを把握していれば……」

 

 なぜか永琳は爆発についての責任を感じているようだ。私が知っている永琳はいつも毅然とした態度でいたので、なんとなくやりにくい。

 

「永琳が謝る必要なんてないよ! 私はちゃんと生きてるから、ね?」

「……ありがとう……。そう言ってもらえると、気が楽になるわ」

 

 俯いていた永琳が顔を上げる。そこには、私が大昔に見たまんまの綺麗な笑顔があった。

 

「それよりも、ずっと昔に一年だけ一緒にいた私のことを覚えてるのが驚きだよ!」

「馬鹿ね。街を守ってくれて、あまつさえ見殺しにしてしまったと思ってた人の顔を忘れるわけがないでしょ?」

「あれから随分経つから、忘れててもおかしくないと思うけどね」

「それを言うなら、朝日だって私のことすぐに気づいていたじゃない」

「そんな服着てるの永琳くらいだからだよ!」

 

「……む~。なんだか二人だけ分かり合ってる感じでずるい!」

 

 輝夜が頬を膨らませて言うが、まったく怖くない。子どもが拗ねてるみたいで、つい頭を撫でてしまった。

 

「そんなことないよ? 永琳は輝夜を想っているからこそ、月を敵に回してまで輝夜を逃がしたんだから。もちろん、私だって輝夜の味方だしね!」

「え? そ、そう?」

「そうよ。輝夜に罪を背負わせた自責の念もあるけれど、それがなくたって、私にとっては輝夜は大切な人だから……」

 

 永琳の言葉で笑顔になる輝夜。それを見て永琳も安心したようだ。そんな二人を見て、私は思い出したことがあった。

 

「ねえ、輝夜。輝夜から、お爺さんたちに渡しておきたい物とかある? 輝夜たちを送った後に私が渡してきてあげるけど」

「え? ……そうだ永琳、アレ持ってきてくれた?」

「蓬莱の薬ね。持ってきてるわよ」

 

 蓬莱の薬とは、輝夜が飲んだ不老不死になれる薬のことで、これを飲んだ罪で輝夜は地上に来ることになったのだ。

 ちなみに、作った本人である永琳が罰せられていないのは、作ること自体は罪となっていないからである。この薬を飲んだ者のことを「蓬莱人」という。

 

「お爺さんとお婆さん、それと帝にも、これを届けてほしいの。……私を守ろうとしてくれたことと、今までお世話になったことへのお礼、勝手に出てきたことへの謝罪をね」

「うん、わかった」

「それじゃあ……あら? 永琳、これは三人には少し多いわよ」

「ああ、それは私用よ」

 

 え?と輝夜が恍けているうちに、永琳はさっと薬を手に取り口に流し込んだ。私は知識から永琳が蓬莱人になるのは知っていたので驚かなかったが、輝夜にとってはかなり衝撃的な出来事だったようだ。

 

「え、永琳!? 何をしているの!?」

「輝夜は大切だって言ったでしょう? これで、輝夜を一人にすることはないわ」

「……馬鹿よ、永琳……」

 

 永琳の胸に輝夜が飛び込んで抱きしめる。永琳はそんな輝夜を受け止め、微笑みながら抱きしめ返した。

 私はそんな二人を見て温かい気持ちになりながら、お爺さんたちへこの薬のことをどう説明しようかと考えていた。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 小屋を出て数時間。普通の人だったらかなりかかる距離でも、私のエネルギー超特急で時間を短縮して移動すればすぐだ。

 

「さあ、ここが永琳たちの隠れ家だよ!」

「……これ、朝日が一人で……?」

「うん! 時間かけてピカピカにしたから傷んでるところとかもないし、安心していいよ!」

「ピカピカってこれ……、まるで新築じゃないの……」

 

 胸を張る私に目もくれずに二人は屋敷を凝視していた。

 ちょっと頑張りすぎたかと後ろを見ると、そこにはボロボロの廃屋から劇的ビフォーアフターを果たした新築同然の屋敷があった。

 

「私の能力の有効活用だね」

「……朝日の能力は癒しだけじゃ?」

「永琳が月に行った後に、再生の力も得たんだよ!」

「癒しやら再生やら…… 朝日の力は利便性が高いわねえ……」

「あらゆる薬を作れる永琳がそれ言う?」

 

「ここが…… 私たちの新しい家なのね……」

「そのために用意したからね。今日からはここが輝夜たちの帰る場所だよ!」

「何から何まで…… ありがとう、朝日。貴女には感謝してもし足りないわね」

「いいんだよ。輝夜たちの為にやったことなんだから」

 

 戸を開けて二人を呼ぶ。この屋敷には家財道具も一通り揃えてあるので、問題なく暮らしていけるだろうと思う。

 

「それじゃあまずは、寝室から案内するよ!」

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 永琳たちに屋敷の案内を終えた後、お爺さんたちの所へとんぼ返りする。月の使者はすでにどこかへ消え失せ、兵士もいなくなっている。後に残されたのは屋根の無くなった(元)屋敷だけだ。

 お爺さんたちには正直に輝夜は遠くへ逃げて元気に暮らしていると伝えたが、他の人には月へ帰ったということにしてもらった。二人は首を傾げていたが、もし地上にいることが知られると帝たちが死に物狂いで探し出そうとするかもしれないと言うと納得したようだった。

 

 輝夜を抱えて飛び出したあの時、お爺さんとお婆さん以外に意識のある人間はいなかった。二人に口止めをしておけば輝夜が逃げたことは誰にも知られることはない。輝夜のことを大切に思っている二人だからこそ、そのことを漏らすことはないだろう。

 

 二人に渡した蓬莱の薬は結局使われることはなった。屋敷も元々は輝夜の警護のために建てたものらしく、屋敷を売り払った二人はその後小さい村へ移り住んだ。

 帝への蓬莱の薬は二人から「輝夜からの贈り物」として帝に渡してもらったが、帝もその薬を服用することはなかった。月に帰った(と思っている)輝夜に少しでも返せるようにと、月に最も近く高い山で蓬莱の薬を焼き捨てるよう命令したらしい。

 

 私の知識では、山へ持っていかれた蓬莱の薬を奪って蓬莱人となる少女がいるのだが……。

 知る通りになるのかはわからないが、一応筋書き通りに進んでいる今のままなら大丈夫だろうと思う。

 

 

 

 

 

 永琳たちと別れて薬も届けた今、やることがなくなった。

 

 輝夜と永琳には一緒に住まないかと誘われたが、外の世界を見たいということと、時間はたくさんあるから、またいつか会えると言うと納得してくれた。輝夜は渋々だったけど。

 あの屋敷にも月の目から逃れるための結界を永琳が張っているだろうし、いずれは幻想郷に移ることになるんだろう。

 

 そこまで考えて、花畑はどうなっただろうと思った。

 花畑を囲むエネルギーはちょっとやそっとじゃ壊れないし、傷ついても地面から湧き出るエネルギーで勝手に修復されるだろう。

 だが、花はどうだろうか。私が出ていった時は一年中咲き誇るという逞しい花になっていたが、あれからかなりの年月が経つ。

 

 ……よし、一度見に行こう!

 

 花が枯れてなくなってしまっていたらまた時間をかけて一から植えなおそうと考え、善は急げと花畑へ向かい歩き始めた。

 

 

 

 

 



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花畑の主

 村から村へ渡り歩き、たまに遠い村へ寄ったりしながら道中で人々を癒すことを忘れずに花畑を目指す。

 こうした地道な努力が私への信仰へと繋がるのだ。

 

 私の『朝日』という名のおかげか、最近では「救いのない人々に手を差し伸べ、明日の朝日を拝ませてくれる神様」というように言い伝えられ、癒しと再生を象徴する『地照大神(くにてらすおおみかみ)』とか言われてたりする。

 人々を癒すことで(くに)を再生させるという、意外とまともな理由からつけられた名だ。

 

 朝日という名の神であることから太陽の化身だと推測され、そこからさらに太陽神である天照大神に近しい者とされたことから似たような名をつけられた……らしい。

 

 ……確かに私の名前は朝日だけど、まさか名前からそんな壮大な由来を想像されるとは思わなかった。

 

 このまま私の由来(偽)が広がってくれれば、いずれは太陽の神として崇められている天照大神への信仰が私に流れてくるかもしれない。太陽に祈ればそれが天照大神への信仰となり、それがまた私への信仰となるのだ。

 すでに掌に炎や光を灯せる程度の力を行使することはできるようになっているので、いずれは太陽の神としての力を使えるようになるかもしれない。

 

 諏訪子や神奈子たちとの訓練、勇儀との実戦から学んだことはたくさんあり、エネルギーの新しい使い方だって見つけられた。

 さらに力がつけば、そうそう死ぬようなことはなくなるだろう。

 

 高揚する気持ちを抑え、朝日か地照大神かどちらの名を名乗ろうかと悩みながら次の村へ足を運んだ。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 私は今、長い時をかけてやっと辿り着いた花畑にいる。

 なぜ時間がかかったのかというと、私の名を広めるために日本全国の村へ寄り道していたからだ。

 

 私は地照大神と名乗って村を巡ることにし、全土に私の名を広めて信仰を得ようとしたのだ。

 結果は大成功し、私への信仰は大幅に増えた。私は天照大神の縁者か、はたまた化身かなどと質問してくる人もいたが、そういったものは全てはぐらかした。実際縁者でも化身でもないしね。

 

 おかげでまた新たな能力を得ることもでき、意気揚々と花畑に帰って来たのだが……。

 

 

 

 

 

 私は今、眼前の景色に驚きを隠せないでいた。

 

 黄色、黄色、黄色。花畑が一面向日葵で埋め尽くされている。

 

 私は向日葵が好きだったから、花畑を作るときに他の花よりも多い数を植えた。

 しかし、向日葵だけがここまで大繁殖するものだろうか。

 

 心なしか、私が育てていた時よりも元気なような気がする。私は枯れないよう管理していただけで、どれくらい元気に育つかなどは自然任せだった。

 そんな花たちが以前より元気になっているということは、誰かの手が加えられているのだろうか。

 

 花畑の周囲にはエネルギーで壁を作ったけど、帰ってきた時に一部が薄くなっているのがわかった。壁はもし傷ついても地面から湧き出るエネルギーで自動修復されるようにしてある。それが薄くなっているということは、最近侵入しようとした者がいるか、もしくは私がいない間に侵入されたかのどちらかである。

 私の壁はそれなりに堅く厚くしておいたので、もし後者であればかなりの強さを持っているということになる。

 

 キラキラ輝く向日葵を眺めながら、ゆっくりと家のある方へ向かっていく。

 

 以前よりも元気に、そして綺麗になった花を見ると、もしかしたら侵入者も花が好きなのかもしれない。

 もしそうなら仲良くなれるかもしれないと思いながら歩き続けると、見覚えのあるログハウスが見えてきた。

 

 家に近づき、戻って来たことを実感しながらドアノブに手を伸ばす。

 ドアを開こうとしたその瞬間、私の後頭部に硬い何かが押し付けられた。

 

(――喜び過ぎて円するの忘れてた!)

 

 誰かが後ろにいることに驚いて身を硬直させている私に、冷ややかな声が投げかけられた。

 

「――――あなた、ここが誰の場所かわかっているの?」

 

 今にも殺すと言われそうな殺気をぶつけられながらの言葉。声からして女性のようだが、普通の人間であったら失神するほどの圧力を感じる。

 それにしても、誰の場所かとはどういう意味なんだろう。ここは彼女の縄張りであるということなのだろうか。花を育ててくれたのには感謝するけど、勝手に誰かの縄張りにされては困る。

 

「……ここは、私の家ですが」

 

 そう答えると、後ろからの殺気がさらに増す。もう人間だったら心臓発作を起こすかもしれないレベルだ。

 

「もう一度聞くわ。……あなたは、ここが誰の場所か知っていながら入ってきたというの?」

「当然です。ここの花畑は私が作ったのですから」

 

 後ろからの殺気が少し緩み、困惑したような雰囲気が伝わってくる。

 

「もう一度言いますが、ここの花畑は私が作った場所です。……そこに無断で手を加えているあなたは、一体どちら様でしょうか」

 

 言うと同時に後ろを振り返る。そこには、私が見上げる身長の美少女がいた。

 

 癖のあるショートボブの緑の髪に、真紅の瞳。白のカッターシャツとチェックが入った赤のロングスカートを着ていて、その上から同じくチェック柄のベストを羽織っている。東方にも似たような容姿のキャラがいるが、目の前にいる彼女がそうなら何故ここに?

 考えながら彼女と少しの間睨みあっていると、彼女の方から口を開いた。

 

「……聞きたいことがあるわ。続きは中で話しましょう」

「わかりました」

 

 彼女が私を通り越してドアを開く。私に攻撃されるなどの考えはないのか、もしくは攻撃されても平気だと思っているのか。

 彼女に続いて家に入ると、懐かしいものが目に入る。私が作ったテーブルにイスやタンス。彼女はこの家に残していったものを使っているようだ。

 

 彼女に薦められるままイスに座っていると、お茶を私の前に置いてくれた。一応客人としては見られているようだ。

 

「私の名前は風見幽香(かざみゆうか)よ。随分前からここに住んでるわ」

「私は河森朝日と言います。よろしくお願いします、風見さん」

 

「それで、貴女がこの花畑を作ったと言っていたけど……。それは、私がここへ来る前のことね?」

「そうですね。しばらく旅に出ていたものですから」

「数十年以上も旅……ねえ」

「捨てたわけではないのですよ? 荒らされないようにちゃんと壁を作っておきましたから。……まあ、風見さんには壊されてしまいましたけど」

 

「……その風見さんっていうの……やめてくれない? なんか違和感があるわ」

「そうですか? ……では、何と呼べば?」

「なんでもいいわよ…… ふざけた呼び方でなければ」

「では、幽香さんと呼びますね」

 

 そういうと、幽香は微妙な表情になった。自分で言い出した手前、却下しにくいのかもしれない。せっかく名前で呼べるのだから、私から変えるつもりはないけど。

 

「……貴女、図々しいというかふてぶてしいというか……」

「幽香さんも私のこと名前で呼んでくれていいんですよ?」

「……はあ…… わかったわよ、朝日」

「はい!」

 

 微笑んで返事をするとため息をつかれた。少しふざけてみたのだが怒る気配はない。突然殺気をぶつけてくるくらいだから警戒していたけど、挑発さえしなければ普通に会話できる人みたいだ。

 

「今までにいないタイプだわ…… やりにくい」

「あのー…… それで、花畑のことなんですけど……」

 

 本題に入ると、幽香の纏う雰囲気が一変した。どんな攻撃をされても傷つくことはない(と思う)けど、真剣な雰囲気は面接を思い出してしまってどうも苦手だ。

 

「あの、ここの花畑を私が作ったというのは事実なんですよ。でもですね、私はもうここは幽香さんの場所だと思ってます」

「…………は?」

 

 口を開けて固まる幽香。私がここを乗っ取ろうとするとでも思ってたんだろうか。

 

「いえ、あの、ここに戻って来た時から私はもう花畑は私の場所だと認識してなかったんですよ。私がいた頃よりも花たちは元気になってましたし、ちゃんと世話をしてくれる人がいるのだとわかりましたから」

「……じゃあ、なぜ最初に挑発するようなことを言ったの?」

「そ、それはその……」

 

 言い淀んでいると、幽香の威圧感がどんどん増してくる。

 

「……言いなさい」

「い、いきなり殺気を向けられて、イラついたからですう!!」

 

 言ってしまった。なんてプレッシャーに弱いんだ私は。ていうか、我ながら正直にぶっちゃけすぎでは?イラついたってなんだイラついたって。

 恐る恐る幽香に目を向けると、苦笑している顔が見えた。

 

「あー…… まあ、いいわ。確かに、いきなりでアレは悪かったわね。でも、朝日だって自分の家に侵入しようとしてる不審者だったら警戒くらいするでしょ?」

「……そうですね、私も悪かったです。ごめんなさい」

「いや、いいわよ今更…… それに、初めから消すつもりなんてなかったし」

「? ……どうしてですか?」

「……花たちが言ってたのよ」

 

 外を見ながら呟く幽香。つられて窓を見ると、外には向日葵がたくさん咲いていた。

 

「貴女が花畑に入った時から『私たちを育ててくれた人が帰って来た』って私に言ってきたの。半信半疑だったけどね」

「花の言葉がわかるんですか!?」

「感覚よ、感覚。はっきり声として聞こえるわけじゃないわ」

「へえ~……」

 

 もし花と会話できたら退屈はしなさそうだ。なにせこの花畑にある花は一万や二万なんて軽く超える数なのだから。

 

「そういえば、あの向日葵がいっぱい咲いている所にもともとあった花はどうしたんですか?」

「ああ、それなら別の所に移動させてあるわ。……悪かったかしら?」

「いえいえ。今の主は幽香さんですから、好きにアレンジしてください」

 

 幽香は私の言葉に頷くと、ふっと優しい微笑みでこちらを見てくる。

 

「実のところね、私貴女に会ってみたかったのよ」

「どうしてですか?」

「私が初めてここに来た時、心底驚いたのよ。花妖怪である私が見たことのない花がそこかしこに咲いていて、それが何処までも続いている。ここみたいに広く、多種多様な花が咲いている花畑を見たのは初めてだったし、花たちに聞いたら一つ一つを手作業で植えたなんて言うんだもの」

 

 幽香が見たことないというのは、世界を巡った時に手に入れて持ってきた花のことだろう。

 

「頑張りましたからねえ」

「一人でやるような広さじゃないわよ…… 私だってこの広さに手作業でやろうなんて思わないわ」

 

 私の言葉に苦笑する幽香。まあ、幽香の言葉が普通だろう。私だって癒しの能力で心を癒してないとこんな途方もない作業をやり遂げることなんてできない。

 それでも花を植え、育てたのは楽しかった。これは嘘偽りのない気持ちだ。

 

「ふふふっ 貴女が帰って来た時の花のざわめきはすごかったわ。花に愛情を注いでいた証拠よ?」

「そ、そうなんですか?」

「ええ、貴女が長年かけて育て、作り上げ、世話をした手間と愛情は確かに花に伝わっている。私はそれを感じ取ることができるからこそ、その人に会い、話したかった。私と同じように花を愛でる者としてね」

 

 今目の前にいる幽香は、私に子どもを見つめる母親のような優しい眼差しを向けている。とてつもない殺気をぶつけてきた鬼のような迫力は一切なく、二重人格ではないかと疑ってしまいそうなギャップを感じた。

 

「そうだ! 幽香さん、私に花の育て方教えてください!」

「え? ええ、いいけど。いきなりどうしたの?」

「私、花の育て方がわからなくて、変にやって失敗するのも怖くて、水をやるくらいしかしなかったんです」

「ああ、だからいい育て方を知りたいと」

「はい!」

「…………」

 

 幽香は思わず身を乗り出して答えた私を無言で見つめてくる。でも、その目にはうっとおしいといった感情はなく、どこか愛おしいものを見るような目をしていた。

 

「……朝日のように、純粋に自然を想う心を持つ者は少ないわ」

「そうですか? 私のように花を育てる人はたくさんいると思いますけど……」

「人が花を育てる目的は、飾るためであったり利益のためであったりと様々だわ」

 

 微笑みから一転、幽香が真剣な雰囲気を帯びる。

 

「でも、貴女はただ自然の美しさを、花に輝きを与えたいがために助言を求めた。誰に誇るでもなく、ただ綺麗な花を咲かせたいという一途な想い。……その想いを忘れないで。努力やなによりも、その想いこそが美しい花を咲かせるのに必要不可欠なものよ」

「……はい」

 

 私が頷くと、嬉しそうにふわりと笑う。少女が欲しかったプレゼントをもらったかのようなその笑みに、私も自然と口角が上がった。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 その後もしばらく話をし、外が暗くなってきた頃。

 

「あら、もうこんな時間。今日は泊まっていきなさい。ここは朝日の家でもあるんでしょう?」

「はい。お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 私は幽香に気に入られたらしく、花の育て方をたくさん教えてくれた。私は太陽が沈む時間まで話されるとは思わなかったが、花の育成に関する知識を知ることができたし、夢中で話す幽香の花への愛が感じられたので、有意義ではあった。

 

「夕食はどうする? といっても、野菜と果物しかないのだけれど」

 

 この家の裏には、私が世界を巡った時に持ってきた野菜や果物が育てられているスペースがある。幽香もそこから食料を調達していたようだ。

 

 この花畑の周りには私が作った壁があるので、よっぽど強力なものでなければ入ってくることはできない。壁を壊すのには大妖怪である幽香ですら苦労したらしく、わざわざ肉を調達するために壊そうとは思わなかったという。

 それでも、私がいれば話は別だ。私は壁を自由に操作できるからいつでも外へ出ることができる。だが、今は出る必要はない。肉なら私が持っている。

 

「肉ならありますよ。どうぞ!」

 

 手を幽香の前に差し出して、獣の肉を手の上に出現させる。突然現れた肉に幽香は驚いている様子だ。

 

「え…… 今のはどうやったの? 朝日の魔法?」

「魔法じゃありませんよ。私がエネルギーを固めたりして壁を作ったのは言いましたよね?」

「ええ。それは聞いたわ」

「これは、そのエネルギーの応用なんです!」

 

 私は花畑を出るまで、エネルギーは堅めて身を守ったり、体を強化させるような用途しかないと思っていた。しかし、諏訪子に神力の扱い方を聞くにつれて、エネルギーにも他の使い方ができるのではないかと思ったのだ。

 億を超える年月の間、ずっとエネルギーを扱ってきた私にとっては新しい使い方を見つけるのは容易だった。というより、どうして今まで気づけなかったのかと少し落ち込んだ。

 

 私が操るエネルギーは硬化させる、移動させることの他に、物質に染み込ませる浸透、浸透させたものをエネルギーに変換する分解、分解したものを元に戻す収縮など、できることに様々なバリエーションがあった。

 

 私は今まで新しく発見したエネルギーの使い方を練習してきた。浸透はすぐにマスターすることができたが、分解と収縮が難しく、まだ扱いきれていると言える状況ではない。それでも小さいものなら瞬時に分解・収縮ができるようになったので、食料などを分解してエネルギーとして取り込んでいる。

 幽香には、その取り込んでいた食料の一つである肉を収縮して出したのを見せたのだ。

 

 これを完璧に扱うことができるようになれば、相手の妖力や神力を私のエネルギーとして吸収することもできるかもしれない。これに加えて、最近では太陽の神としての光と炎の力も増してきている。私自身も自分の足で信仰を集めに歩き回ったおかげでぐんぐん限界値が上昇しているからだ。

 だが、こんなもので成長を止めるつもりはない。まだまだエネルギーにできることがあるかもしれないし、新たな力を身に付けることができるチャンスなら貪欲に求めていくつもりだ。

 

 魑魅魍魎が跋扈しているこの世界ではどんな危険が潜んでいるかわからない。そのためにも私は今よりもっと強くなりたい。エネルギーの分解と収縮をマスターしたら、炎と光の扱いを完璧にするのが目標だ。

 いつかパチュリーやアリスに会ったら魔法を教えてもらうつもりなので、それまでに習得できるものは全て身に付けていくのだ。

 

「エネルギーを使えば、手も使わずに持ち運べるんです。便利でしょう?」

「もっと他の活用の仕方があると思うけれど…… まあ、いいわ。その肉使わせてもらうわね」

 

 

 

 

 

―――― 幽香side ――――

 

「……昨日は久しぶりに、少し疲れたわ」

 

 この花畑に住んでから随分経つが、来客なんて初めてだった。その人物がこの花畑を作った張本人であると知った時は驚いた。

 

 私の向ける殺気に物怖じせず言い返す胆力。強固な壁を広大な花畑周辺に展開することができるほどの力。花や自然を想う純粋な心。

 大妖怪や神のように強い力を持つ、妖精のような少女。それが私が思う朝日の印象だ。

 

 今、朝日は外で花畑を見て回っている。普段であれば、他人が花畑を歩き回るのなんて許可したりしない。だが、朝日だとなぜか許してしまう。

 

「私、こんな甘かったかしら」

 

 朝日には、不思議と警戒心が湧かない。それを朝日は自身の癒しの能力の影響だと言っていたが、私は違うと自覚している。朝日に対して警戒心が湧かない理由。それは朝日自身が私に対して敵対心や警戒心などを全く抱いていないからだ。

 

 この花畑に来る以前、私は私の領域に入る者は例外なく攻撃していた。弱いくせして私に取り入ろうとするものや私の力を利用しようとするものはみな消してやった。

 気に食わないのは、彼ら彼女らがそろいもそろって私を警戒しているからだ。びくびくしながら私の様子を伺う姿や恐れるような視線は不愉快だ。

 

 弱いからこそ、強い私を恐れる。恐怖に駆られた奴らは何をしでかすかわからない。いつ攻撃してくるかもわからないような、そんな奴らが私の領域にいて苛立たないはずがない。

 強い奴らでさえ、私を恐れる。私の怒りが自らに向かないかどうかを常に伺っている。そういった行為が私の苛立ちを加速させていることに気づきすらしない。

 

 そんな環境に辟易し、当てもないまま歩き始めた私はこの花畑へと辿り着いた。花妖怪としての本能から、知らず知らずのうちに引き寄せられていたのかもしれない。

 

 聞けば朝日は大和の神やら土着神やら鬼やらと、力のある奴らと縁があるらしい。幽香もその縁の一つかもと笑っていたが、あながち間違ってもいないのではないかと思う。

 それに、朝日本人が強い力をもっているのだ。それでも慢心したり、自惚れたりしない朝日の人柄を好いているやつもいるのだろう。

 

 私が見て聞いた限りでは、朝日は自身のもつ力がどれだけ強力なものなのか自覚していないのだろうが。

 

 

 

 朝日が持つエネルギーは脅威だ。朝日が食料を持ち歩くのに使っているという『分解』の力。詳しく聞くと、どれだけ巨大なものでも分解するとができると言っていた。それに生き物は含まれるのかと問えば、朝日は肯定した。

 

 生き物すらも分解できるのなら、大妖怪や神などでも相手にならないほどの力だ。妖力や神力、魔力とは全く違うエネルギー。朝日以外には感知すらできず、知らず知らずのうちに体内にエネルギーを浸透させられたらそれで王手。朝日の判断によって一瞬で消滅させられるのだ。

 

 この力を私に向けられれば、なすすべもなく消されてしまうだろう。私は自身が強いことを自覚している。それでも、朝日の力の前では手も足も出ないであろうことは理解していた。

 

「……朝日が優しい子でよかったわ」

 

 エネルギーだけでも十分強力だが、朝日はさらに力を求めているのだという。この世界ではいつ死んでもおかしくないから、死なないためにも力をつけると言っていたが、今の朝日を殺せるような妖怪がそこら辺にいるような世界だったら人間はすでに存在していないだろう。

 

「ただいま帰りましたー!」

「お帰りなさい。お茶はいる?」

「いただきます!」

 

 にこにこ笑いながら席に着く少女を見て、くすりと笑う。

 

 

 

 ……朝日がいるだけで、今までとは空気が違う。

 

 

 

 こんなに自然と笑えたのは、一体いつ以来だったか。朝日の能力はものだけではなく、雰囲気やその空間までも癒してしまう。

 

「なんで笑ったんですか?」

「なんでもないわ。はい、お茶よ」

「ありがとうございます。 ……んっ……ふう……。幽香さんの淹れるお茶は美味しいですねえ」

「そう? ありがとう」

 

 出会ってまだ二日だけれど、互いによそよそしい感じはない。緩やかに過ぎていく時間が心地よく、ついぼんやりとしてしまう。

 

 こうして、二日目の日も暮れていった。

 

 

 

 

 




話を書く時間がありません。

はやく時間が作れるように頑張ります。


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幻想月面戦争(不参加)

 花畑に帰還し、幽香と同棲を始めてから数百年。

 

 私はひたすらに力の扱いを極められるよう特訓した。エネルギーの用途を模索して時々幽香と戦って実践してみたり、どれだけ上達したかを確認することも欠かさなかった。

 特訓をしている時以外では花畑で日に当たりながらゆったりしたり、暇つぶしに新しいことをやってみたり、幽香とお茶を飲みながら話したりした。たまに花畑の外に出て、食料の調達をする。ちょくちょく遠出をして信仰を集めるのも忘れない。

 

 数百年の間にも、紫は当然の如く私のもとに現れた。いきなり出てきた紫に対して殺意100%状態の幽香を説得するのには非常に骨が折れたが、私の友人の一人だということで攻撃を止めさせることができた。

 

 私という共通の友人がいることで時々三人でお茶を飲むのだが、二人はとことん馬が合わないらしく、会ってから別れるまで延々と互いに煽りあって挑発しあうという殺伐としたお茶会になっていた。

 女性二人に挟まれ、腕を引かれながらどちらの味方をするのかと問われる。漫画やドラマ等でありがちなワンシーンだが、私自身が体験するとは露ほどにも思わなかった。

 

「あんな経験、二度としたくない……」

「まあまあいいじゃない。私は面白かったわよ~?」

「……いじめる紫は嫌い」

「ごめんなさいね。謝るから、こっち向いて?」

 

 向いてと言いながら、両手で無理やり私の顔を動かそうとする紫。いたずらをする子どものような行動に怒りが鎮まる。

 

 今、私と紫の二人は甘味処で団子を食べている。幽香は基本的に花畑から出ないので、私が出かけるときはいつも留守番だ。甘いものは好きらしいので、店番のお婆さんに団子をいくつか包んでもらうよう頼んでおく。

 

「もう、朝日ったら花妖怪のことばっかりなんだから」

「おみやげくらい持ってあげてもいいでしょ?」

「いつもみたいに取り込んでいけばいいのに」

「こういうのはおみやげっぽさが大切なんだよ。団子だけ渡しても味気ないでしょう」

「そういうものかしら」

「そういうものなんだよ」

 

 最近(ここ数十年)は紫の誘いで外に出ることが多い。時代が進み、新しい料理や娯楽が増えてきたのだ。私も有り余る時間で絵を描いたり踊りをしたりと、おおよそこの世でやってないことはないのではないかと思うほど色々なことに手を出していた。

 そんな私と紫で団子を食べているのは、ただ単に紫が食べたがっていたからだ。食べたいならスキマを使って取って来るなりすればいいのに、なぜかわざわざ私を誘いに来る。

 

 ただ、今日はいつもと違って話があるようだけど。

 

「それで、紫の話ってなに? いきなりスキマで連れてこられたから驚いたんだよ?」

「ごめんなさいね。時間もないし、花妖怪に聞かせるような話ではないから……」

 

 幽香に聞かせたくない話とはなんだろう。それに、時間もないとは。

 

「朝日が了承するような話ではないとわかっているのだけれど、朝日は私が知る者の中でも圧倒的に強い力を持っているから、念のために聞いておこうかと思ってね」

「紫がそこまで言うって…… どんな話?」

「……近々、戦争を起こすの」

 

 戦争!? 紫が戦争を起こすって……相手はどれだけ強いのさ!?

 

「そ、その相手は?」

「……月よ」

「え?」

「私は、月の民へ戦争を仕掛けるの」

 

 ……まさかの宇宙戦争とは思わなかった。妖怪が存在しているこの世界で、私の想像力はまだまだだったらしい。

 というか、月での戦争? 東方でもあった気がする。

 

「月へ戦争を仕掛けるために、方々へ声をかけているの。朝日は、参加する?」

「……う~ん…… 紫の力にはなりたいけど、私はやめておくよ」

「そう、やっぱりね」

「あれ、理由を聞いたりとかはしないんだね」

「最初に言ったでしょう、朝日が了承するような話ではないとわかっていると」

 

 そういえばそうだった。紫は私が戦いをあまり好いていないことを知っているのだ。萃香とか勇儀とかの力試しとかであればいいのだけれど、本格的な殺し合いは長く生きてきた今でも忌避感がある。

 

 ちなみに、私が月へ行かない一番の理由は綿月姉妹だ。

 彼女らは流れ通りにいけば今ごろ月の都で出世しているだろうし、戦争に参加してしまえば遭遇してしまう可能性もある。二人に永琳たちの居場所を聞かれでもしたら、なんて答えればいいかわからない。地上にいた頃の彼女たちとは仲良くなれたし、あまり嘘をつきたくないのだ。

 

「まあ、朝日に断られるのは予想していたから、あまりガッカリもしてないわ。……戦争に向けての準備もあることだし、私は行くわね」

「待って、紫。……戦争って、いつ起こすの?」

「……そうねえ。遅くてもひと月以内には」

「……そっか」

 

 私は椅子から降りて紫の前に立ち、紫の両手を私の両手で包み込む。私の行動に紫は首を傾げているが、それに構わず私は両手に力を込める。

 

「朝日、一体何を…… ……!?」

 

 私のしたことに目を見開いて驚く紫。それも当然。私は今、紫に大量の妖力を渡したのだから。

 

「これは、私からの餞別だよ」

「こんな、莫大な妖力を…… いえ、それ以前に神である貴女が、どうして……!?」

「細かいことは気にしない、気にしない」

 

 適当に誤魔化す私に、紫は追及しても無駄だということを悟ったようだ。

 

「それにしても、どうしてこんなことを?」

「……紫に、死んでほしくないからだよ」

「…………朝日?」

 

 私が紫に大量の妖力を渡したのは、ただただ紫が心配だからだ。ここは東方projectのような世界であれど、東方projectの世界そのものではない。行動一つで歴史が変わるかもしれない、確かな現実なのだ。

 私が知る東方の月面戦争では、紫が死ぬことはない。だが、この世界ではどうなるか全くわからないのだ。紫は私の大切な友人の一人。だから、万が一にでも死ぬことがないように妖力を渡したのだ。

 

「……紫がいないと、寂しいからね」

 

 まだ握ったままの紫の両手をギュッと抱きしめる。すると、頭の上から優しい声が降ってきた。

 

「大丈夫よ、朝日。私は死なないわ」

「……もし危なくなったら、すぐに逃げてよ?」

「大丈夫よ。私だって幻想郷を作り上げるという目標があるわ。……何よりも、こんなに心配してくれる友人がいるのだから」

 

「……約束してね」

「……ええ、もちろん」

 

 そこまで言って、ようやく紫の両手を解放する。

 

「……それじゃあね」

「次ぎ会うときは、月の酒でももってくるわ」

 

 そう言って、紫は音もなくスキマに消えた。なんとなく上を見ると、まだまだ元気な太陽が燦々としている。残っていた団子を残さず食べると、包んでもらった分の団子の代金を払って花畑への帰路についた。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

「ただいま~ おみやげにお団子持ってきたよ~」

「あら、ありがとう。お茶を淹れましょうか」

「うん。おねがい」

 

 そのまま椅子に座って窓の外を眺めていると、いつの間にかお茶を私の前に置いていた幽香が話しかけてきた。

 

「あなたがそんな顔をするなんて珍しい。なにか悩み事でもあるの?」

「……うん。紫のことでね」

「…………」

 

 紫の名前を出した途端に複雑そうな表情になる幽香。それでも私の悩み事を聞くつもりのようだ。私は心底友達に恵まれていると思う。

 

「……紫がさ、戦争を起こすんだって。それで心配でさ……」

 

 細かいことは何も言わず、一言で悩んでることを言う。すると、幽香は難しい顔で首を傾げた。

 

「……まあ、心配だってことはわかった。……認めるのは癪だけど、あいつは妖怪として相当強い。それは朝日もわかってるでしょう?」

「……うん」

「あいつの能力は攻撃にも、逃走においても強い力よ。それなのになぜ心配をするの?」

 

 意味が分からないといった表情で問いかけてくる。確かに普通の妖怪が相手であれば私もそこまで心配はしない。しかし、今回はその相手が問題なのだ。

 

「……紫が行くのは、月なんだ……」

「月? ……そういえば、貴女が最初に出会った人間たちが月に行ったんだっけ」

「うん。それでね……」

「あー、もういいわ。大体、月に行った奴らの中にスキマを殺せるかもしれないのがいるとか、そんなでしょう」

 

 流石過ぎるほどに察しがいい。私の方が生きてる年月は長いはずだけど、紫や幽香に頭の回転で敵う日はくるのだろうか。

 

「……まあ、はい、その通りです」

「何を企んでるのか知らないけど、あいつが無理をしてまでやり遂げようと思っているとは考えにくいわね。自分の身が危なくなったらすぐに逃げるでしょ」

「そうか…… ……そうだよね。大丈夫だよね」

 

 自分に言い聞かせるように言うと、気持ちが軽くなった。幽香はそんな私を見て小さくため息をついた。

 

「一応、手助けもしたし…… うん、大丈夫大丈夫」

「手助けって、何かしたの?」

「うん。妖力を渡したの」

「……ああ。貴女の力ってほんと便利というか規格外というか……」

 

 私は餞別と言って紫に妖力を渡したが、本来は神である私が妖力を宿すことはない。それを可能にしているのは私がもつお馴染みのエネルギー君である。

 

 私が自由に使うことができるエネルギーは星そのものから吸い上げた純粋なエネルギーだ。人の体や植物も通さず、私が直接吸収したエネルギーはまっさらな状態だ。地面から湧き出ているエネルギーは実は純粋なエネルギーというわけではない。地面や植物から出ているエネルギーは自然のエネルギーと混ざり合い、少し変質している。その変質したエネルギーを吸収したとき、私の体は星のエネルギーと自然のエネルギーを分離し、星のものだけを体内に残しているらしいことに気づいた。

 

 このことに気づいた私は、エネルギーを他の力に変化させられないかと思ったのだ。

 

 星のエネルギーは、言うなればこの星で生まれる全ての物質・生命の素なのだ。流石にエネルギーそのものから鉄や金を創るのはできなかったが、力に変換するのは意外と簡単にできた。できるまでに多少の苦労はしたが、一度コツをつかんでしまえば寝てる時でも変換できるくらい簡単なことだった。

 

 私が紫に渡した妖力は、全て私のエネルギーから変換したものだ。私のエネルギーは実質無限。ということは妖力も無限というわけだ。できればもっと渡してあげてもよかったけど、あまり多く渡してしまうと紫の容量を越してしまうかもしれなかった。手助けしようとして逆に困らせてしまっては余りにも情けないので自重したのだ。

 

「まあそれだけしたのならいいじゃない。そのうち帰ってくるわよ」

「うん…… それじゃあ、気分転換に花畑行ってくるね」

「はいはい。今夜は私が夕食を作るわね」

「わかった! 楽しみにしてる!」

 

 この数百年の間、私と幽香は交代でご飯を作っている。二人とも別に食べなくても平気なので抜くこともあるけど、それでも美味しいものを食べたいという欲求はあるのだ。幽香の作る料理ははシンプルで簡単なものが多いけど、私の料理は手の込んだものや手法を凝らしたものが多い。数百年間積み上げ続けた経験は莫大なもので、前世でのプロの実力なんかはとっくの昔に追い越しているだろう。

 

 花畑の中を歩きながら、今日の夕食に思いを馳せる。時々だけど、紫と幽香の二人と一緒に私の料理の味見をしてもらったときもある。いつもはいがみ合っている二人も、その時は美味しいそうに食べてくれたし、雰囲気も心なしか柔らかかった。何度も顔を合わせるうちに、確かに心の距離は近づいているのだ。

 

 紫が帰ってきたら、また三人で食事をしよう。

 

 心にあった不安はすっかり消えて、表情は自然と笑顔になった。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 幽香にしばらく出かけることを伝え、一人で外出。やることはいつもと変わらず、各地を巡って人や自然を癒して信仰を集める。ついでに幽香や紫へのお土産確保だ。

 

 私の地照大神という名前は既に日本全土に広まっていて、天照大神の名を食うほどの知名度を誇っている。信仰が集まるほどに私の光と火の力も強力になっていくので、今この瞬間にも確実に強くなっている。

 

 私の信仰の集め方も変わっている。今の私は地照大神の使者もしくは信者と名乗って人や自然の治療をしている。「私が神です」と言うよりはこっちの方が信用されやすいと思ったのだ。

 

 私は信仰を集め始めた当初、ただ自分の能力で癒して終わりというやり方でいた。しかし、それでは私の能力を受けてない人の私への信仰は薄いし、なにより時が経てばまた癒して回らなければならない。私は旅を楽しんでいたのでそれでもよかったのだが、いつまでもこの身で集めるというわけにもいかない。というわけで、信仰を確実にするための方法をとった。

 何をしたのかと言うと、癒しや治療が必要な人に「これは地照大神の加護が込められたお札です」と言って、私の能力が込められたお札を渡したのだ。傷や病が治った人は地照大神を信仰するし、傷や病が治るのを見ていた人も信仰する。

 

 この信仰の集め方で大切なのは、お札が使い捨てではないことだ。私の込められた能力が尽きない限り使用できる。お札には赤い色で模様が描かれていて、使うたびにその模様が薄くなり、完全に消えたらもう使えないという合図だ。

 このお札には地照大神と書かれているので、時が経って世代が変わってもお札が効果を発揮し続ける限り信仰を得られる。この時代にはまだまだ文字を読める人はいないが、このお札を渡すたびに読み方を教えているので言い伝えかなにかで名前は残されるだろう。

 

 正直、このお札さえあればある程度の傷や病は完治させることができるが、あくまでもある程度であって、大きい怪我、欠損や重病を治すほどの力は込めていない。やろうと思えばできるけど、そんな万能なお札があったら医療とかの発展の妨げになるかもしれない。というわけで、お札の効果は自然に治る傷や病の治癒程度に抑えてある。

 あまり多く作ってもありがたみがないと思ったので、日本全体に偏りなく百枚ほどばらまいた。再生の力も込めておいたので、癒しの能力が尽きるまでは間違って燃やしたり破いたりしても元通りになる。このお札をばらまいてから、私への信仰が急増している。言い伝えや噂なんかよりも、実際に目に見える物の方が効果的なんだと実感した。

 

 日本とは別に、中国や韓国の方にもお札を流してある。中国と韓国は歴史で知っている限り戦争が多い場所なので、少し効果を強くしたお札にしてある。特に大規模な戦争が多い中国方面には多くだ。これから戦争が起き、怪我人がでるたびにお札が使われ、さらに信仰が増える。中国は人口が多いので、順調に信仰が集まれば途轍もない量になるだろう。

 

 ヨーロッパ方面には特に何をしているというわけではない。なぜなら私は既に『ラサフィ』という名で世界各地の神話に記されているからだ。世界各地の神話や伝承のほとんどに名を遺しているラサフィはそれだけでも話題性があるし、どうやら私を信仰するための神殿すらできているらしい。今の時代はまだまだ軽い怪我や病気が命を左右する時代だから、信心深い人たちが建ててくれたのだろう。

 

 アジア方面での地照大神。ヨーロッパ方面でのラサフィ。強く信仰される神としての名前を二つもつ私の神格は、神成りたての頃よりも桁違いにレベルアップしている。 

 以前に神奈子に私の神力を計ってもったとき、神奈子は私の信仰の多さに驚いていた。今の私を見たら泡を吹いて倒れるのではないか。そう思ってしまうほどに、私の神としての器は成長しているのだ。

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 たくさんのお土産を分解して取り込んだ私は花畑へ帰ることにした。花畑を出てから既にひと月が過ぎている。もしかしたら紫がいるかもしれない。でも、過度な期待はしない。いないときの落胆が酷くなるからだ。

 

 急がず、ゆっくり歩きながら花畑を目指す。周りはすっかり暗くなっていて、ほとんどの人が寝ている時間になっている。

 暗い中をてくてく歩いていると、少し先になにか小さいものがぴょこぴょこ動いているのに気付いた。目を強化して暗闇でも遠くが見える、いわゆる暗視モードにすると、小さいものがくるりとこちらを見た。

 

 白い毛に赤い瞳、頭についている長い耳。間違いなく兎だ。兎はこちらに気づいたのか、ぴょんぴょん跳ねながら私に近づいてくる。

 

(……餌でもあげてみようかな)

 

 手に取り込んでいた人参を出し、そのまま包丁で切ったように分解して細かくバラバラにする。近づいてきた兎の前にバラバラになった人参を置くと、すぐに食べ始めた。

 

 無警戒に人参を食べ続ける兎の背を撫でながら、どうしようかと考える。

 

(このままペットにしようかな……。でも、幽香に見せたら「あら、今夜は兎鍋なのね」とか言いそうだなあ……)

 

 ぼんやり考えていると、兎が私の手を鼻でつついた。どうやら食べ終わったらしい。私が立ち上がると、兎は道をぴょんぴょんと進んでいってしまった。

 

(餌付け損かあ。まあ、撫でられたからいいけど)

 

 私もそろそろ行くかと思って歩こうとすると、道の少し先で兎が立ち止まっていた。顔をこちらに向け、じっと私を見つめている。

 

「……ついてきてってこと?」

 

 兎に向かって言うと、そうだとでも言うように一度だけ跳ねた。

 

「う~ん…… ……まあ、いっか。面白そうだし」

 

 花畑に帰るのにはまだ後でも大丈夫だ。今までだって一年近く帰らなかった時もあるし。でも、私の気持ちはそれだけでなく、いざ帰った時にまだ紫がいなかったら……という思いもある。要するに、帰るまでの時間を稼ぎたいのだ。

 

 兎について歩いていくと、街から遠く離れた森の中に入っていた。妖怪の気配もしないし、人が住んでいる様子もない。そのまま兎は奥へ奥へと進んでいく。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 空が明るくなってきた。この森が広いのか、私たちの足が遅いのか。多分どっちもだろう。まだ兎は元気に飛び跳ねている。まあ、私が疲れを癒しているからだけどね。

 

 そのまま歩いて少しした頃、兎がこちらを見たと思ったらいきなり走り出した。置いていかれないようについていくと、突然広い場所に出た。近くに川が流れているので、ここら辺に兎の住処でもあるのだろうか。そのまま兎を追いかけていると、先にあった洞窟のような場所に入って行った。

 少し不安になったが、兎を信用して中に入る。

 

 

 

 先にあるのは兎の住処か、もしくは罠か、はたまたお宝でもあるのか。

 ワクワクする気持ちを抑えもせず、私は意気揚々と足を運んで行った。

 

 

 

 

 




勉強が忙しく、なかなか進める暇がありません。

来年の4月までは順調でも一か月に一度更新ができればいい方です。
放り出すことはしないので、これからもよろしくお願いします。


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101匹うさちゃん

東方のキャラはそれぞれの口調をどうしたらいいかが非常に悩みます。


 右を見ると、白。

 

 

 

 左を見ると、白。

 

 

 

 上を見ても、白。

 

 

 

 下を見ても、白。

 

 

 

 私は今、全身真っ白に包まれていた。

 

 

 

 

 

――――――

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――

 

 

 

 

 

 私が洞窟に入った時、まず目にしたのは兎の大群だった。

 どれもこれも真っ白な毛をしていて、まるでそこだけ雪が積もっているかのようだ。

 

 白い小動物の楽園を立ったまま眺めていると、足をつんつんとつつかれた。下を見ると、私をここまで連れてきた兎(だと思う)が、何かを私に伝えようと体の全てを使ってジェスチャーをしている。しかし、流石に兎とジェスチャーで意思疎通はできない。

 

 なので、一番手っ取り早い手段を取ることにした。

 

「ちょっと、ごめんね」

 

 言うと同時に、エネルギーを兎に同調させる。これは、私の持つエネルギーを相手の色に染めさせて、その力や考えをコピーするという、とてつもない反則技の一つ、読心だ。

 私のエネルギーはありとあらゆる力に変換できる。その応用で生き物にもできるようにしただけ。言うのは簡単だけど、結構すごいことだ。

 

 人や妖怪に限らず、この世にいるありとあらゆる生き物は『色』を持っている。これは赤や青といった風に視認できるわけではなく、ただそうだと感じ取れるだけだ。この『色』はその生き物の「存在」そのものだと、私は考えている。この「存在」を感じ取れるのはエネルギーによる何かしらの恩恵だと思っているが、真相は定かではない。

 

 私がもつ純粋で透明なエネルギーを、相手の「存在」の色に染め上げる。染まったエネルギーを私が取り込むことで、相手の持つ力、思考、経験や技術、時には記憶でさえも私のものとすることができる。紫のエネルギーを取り込めば私もスキマを使えるようになるし、幽香のエネルギーを取り込めば私も花の意思がわかったりするのだ。

 

 一応言うと、このことは誰にも話していないし、使ってもいない。紫や幽香にもだ。心が読めるとしれたら、嫌われはしないでも警戒はされるかもしれない。誰にだって隠し事はあるものだから。

 だから、相手の思考を読むのだって滅多にしない。普段は動物にすら使ったりしないのだ。頻繁に相手の思考を読んでいると、それが癖になってしまうかもしれないから。今のように兎に使うのはあくまでも例外である。対象が極悪人などである場合はやぶさかでないけども。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 さて、兎はどうやら、私に餌を期待しているようである。ここにいる兎たちに食料を分け与えてほしいと。少し考えたけど、別に私に不利益はない。野菜は癒して回った村の人たちにお礼として渡された品で、ただお土産として持っていきたかっただけ。調達だけなら花畑にある私特性の畑でもできるのだ。

 

 というわけで、私は色々な野菜を分解カットしながら兎たちに提供した。兎の大群全てに餌が行きわたるころには、私の取り込んでいた野菜は底をつきかけていた。元々幽香との二人暮らしなので、そこまで大量に持っているわけでもなかったのだ。

 

 兎たちの腹が膨れた後は遊びタイムだ。といっても、遊ぶのは兎だけで私は洞窟にいたのだけれど。食事が終わるや否や、みんな外に飛び出ていったのだ。これで満足したのだろうと、夜通し歩いて眠くなった私は洞窟で寝ることにした。眠気や疲労も癒せば寝なくていいのだけれど、私が寝るのが好きなのでできるだけ眠くなったら寝るようにしている。固めた白いエネルギーに弾力性をもたせると、それだけで真っ白な即席布団の完成だ。

 

 

 

 

 

 そうして眠り、しばらくして目覚めたら、冒頭の状況だった。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

「あったかい……」

 

 体の周りだけではなく、お腹や胸の上にも兎が乗っている。柔らかいし温かいしでとても快適だ。

 この兎たちは私の癒しに惹かれたのだろう。普段は抑えているけど、寝るときは自然と体の周りに癒しのオーラを纏ってしまうのだ。これのおかげで諏訪子にはよく抱き枕にされていた。

 

「今は、夜か……」

 

 洞窟の中は暗い。ここはそれほど深いわけではないので、太陽が出ていれば自然と中も明るくなるから昼夜がすぐわかる。兎たちに餌をあげた時はまだ朝と言える時間だったから、結構長いこと眠っていたらしい。

 兎たちを起こさないように体の上からゆっくり降ろす。上半身を起こして周りを見ると、どうやら私を中心にして集まっているようだ。

 

 キョロキョロと周りの兎を見渡していると、兎の山の中から飛び出ている、一際大きいうさ耳が目に入った。

 

(明らかに他の兎とは違う…… でも、他の兎はぐっすり眠ってる。もしかして、兎の親玉?)

 

 そろそろと山に近づき、少しずつ兎をどかしていく。

 山を完全に崩すと、中から黒髪の幼女が出てきた。

 

(…………)

 

 とりあえず、起こさないように癒しのオーラを増加する。そろりと体を持ち上げ、苦しくないように抱きしめる。子どもを抱く感覚に酔いしれていると、逆に子どもの方が腕に力を入れてきた。

 

(ああ、気持ちいいなあ……)

 

 キュッと抱きしめ返し、そのまま目を閉じる。

 

(私が母親になったら、こんなこともしたのかな……)

 

 そんなことを考えながら、私は再び目を閉じた。

 

 

 

 

 

 一度熟睡してしまったので、既に眠気はない。なので、腕の中のうさ耳ちゃんの体温を感じながら夜が明けるのを待つことにした。

 

 頭をなでたり、背中をなでたり、頬に触れたり、抱きしめたり。文字にすると変態的な感じがしないでもないが、小さい子とのスキンシップであれば問題はないはずだ。

 ……いや、初めて見た子を抱きしめるのはおかしいか。諏訪子とか萃香とか紫とか、結構スキンシップが多い人たちと過ごしてきたから私の感覚も麻痺してきたのかもしれない。紫は頭を撫でてきたりだとかが多いけど、諏訪子と萃香は普通に抱き着いてきたりするし。

 

 しかし、まあ、この子はうさ耳がついてることからして妖怪だし。常識とかあてはまらないし。だから大丈夫だ。うん、大丈夫。

 

 自分に向かって言い訳をした私は再びうさ耳ちゃんの頭を撫でまわす。ふわふわした髪の毛を手櫛で梳いていると、腕の中でもぞもぞと動き出した。

 周りを見てみると少し明るい。どうやら、太陽が昇っていることにも気づかずに撫でまわしていたらしい。うさ耳ちゃんは安眠できて、私は幸福な時間を過ごすことができた。

 

 まさにWin-Winの関係。どちらにも得のある有意義な時間でした。

 

 というわけで、ついにうさ耳ちゃんとの初(?)対面だ。寝ぼけ眼で私の顔を見つめているうさ耳ちゃんに視線を合わせる。

 

「おはよう。よく眠れた?」

「…………」

 

 まだうさ耳ちゃんは眠気から覚めないようなので、頭を撫で繰り回す。今までに様々な動物と接してきた私には、どこをどうすれば気持ちがいいかなど、エネルギーや能力を使わなくても一目でわかる。癒しの力を使わずとも、小さい妖怪一人を満たすことなど造作もないのだ。

 未だに微睡の中、目を細めて私に身を預けているうさ耳ちゃん。しかし、周りの兎もだんだん目を覚まし始めているので、そろそろ起こしてあげた方がいいだろう。

 

「……それっ」

「…んっ」

 

 わき腹に手を置くと、微かな反応。そのまま軽くお腹周りを指先でいじってみる。

 

「……んうっ…………んあっ…うぅ……」

 

 ひくひくと動く体。くすぐったいけど、まだ寝ていたいのだろう。というか、私が周りに漂わせている癒しのオーラを解除すればすぐ起きそうなのだが。……面白いからこのままにしとこう。

 

 普段は紫にいじられたり、幽香にからかわれたり、紫に悪戯されたり、幽香に抱き枕にされたり、紫に抱き枕にされたりなど、いじられることが多い私。しかし、今は違う。いたいけなうさ耳の少女をどうするもこうするも私次第なのだ。そう思うと少し楽しくなってくる。紫や幽香が私に対して抱いているのも同じような感情なのだろう。

 

 というわけで、いじり再会である。今の体制は、上半身を起こして座る私に体を預けているうさ耳ちゃん。私のお腹にうさ耳ちゃんの背中がくっついている状態だ。くすぐりをするのには最適な体制である。

 

 わき腹からお腹へ、指先でこするようにいじっていく。

 

「……ぁっ、うぁっ……ぁ……」

 

 指先でさわさわとこする感覚がぞわぞわ来ているのだろう。うさ耳ちゃんもビクビクしているが、まだ目は覚まさない。そのまましばらくいじっていると、だんだんうさ耳ちゃんの顔が赤くなってきた。少しくすぐり過ぎたのかもしれない。

 名残惜しいが、本格的に日が昇り、もう他の兎もみんな起きている。とどめに脇へ手をやり、思い切りくすぐってやる。

 

「……っ……ふうっ、んんっ……ぁは、ふ、は、ひはっ」

「……それっ」

「ふ、ふふっ、ふあっ、あ、あははははははははは!」

 

 私の上で足をばたつかせて笑ううさ耳ちゃん。目に涙を浮かべ、必死に私の手を止めようとしている。眠気は完全に覚めたようだ。ミッションコンプリートである。

 

「……ふ、ふふっ……」

 

 くすぐりはやめたが、まだピクピクしている。少しやりすぎたっぽい。顔も体も火照っているのか少し赤い。

 

「っあ、あんた……何、するのさ……」

 

 赤くなった頬に、少し涙目で見上げてくるうさ耳ちゃん。見た目にそぐわない喋り方だけど、私に背中を預けている状態で言われても可愛いだけだ。

 そんな顔に軽い嗜虐心を抱いてしまう。ああ、今なら紫の「可愛いものはいじめたくなるものよ」という言葉も理解できる。

 

「ちょ、ちょっと…… ん、何とかいいなよ……」

 

 おっと、つい黙り込んでしまった。しかし、私の手は無意識のうちにうさ耳ちゃんの頭を撫でていた。というか、私の腕の中に居ながら暴れもしない。まんざらでもないのかな?

 まあ、このままじゃ何も進まないので名前だけでも名乗ろうか。

 

「私の名前は、河森朝日だよ。朝日って呼んでね」

「いや、私が聞きたいのはどうして抱かれているのかなんだけど」

 

 もっともな疑問である。

 

「寝ているのが可愛かったから」

「……そういうのいいから」

「そう? でも、気持ちよかったでしょ?」

「うぐ……」

「私もうさ耳ちゃんのこと撫でられてよかったし、ね?」

「いや、今も撫でてるし……」

 

 腕が止まらないから仕方がない。この子の黒髪はふわふわしていて、触り心地がとてもいいのだ。

 

「……初めまして。昨日は兎たちに食べ物くれて、ありがとね」

「あれ、何で知ってるの?」

「周りの子に聞いただけだよ。あんたに悪意がないのもわかった。……それでも、あれでも警戒心は高い子たちなんだ。食料もらったからって、一緒に寝るほど簡単に懐くような子じゃないんだけどねえ」

 

「でも、君も一緒に寝てたよね?」

「警戒心は高い子だって言ったでしょ? 悪意に敏感なあの子たちが一緒に寝るほど信頼してるようなら、私もそれを信じるさ」

「この子たち、ただの兎にしか見えないんだけどなあ」

「いくらか特別な子がいてね。この山に腹を空かせた獣が入ってきたら、すぐに察知できるくらい鋭い子もいるんだよ。でも、その子も寝ているあんたのそばにいた」

 

 流石、妖怪がいる世界だ。ただの兎だと思っていたけど、生き延びるための技をもっているらしい。

 

「私だって長く生きてるから、悪意やら殺気やらには敏感さ。向けられたら寝てても飛び起きるくらいにはね。でも、あんたには不思議と警戒心が湧かないんだよね」

 

 なるほど。癒しのオーラは、初対面の相手の警戒をも解してくれる。あまり暴れず撫でられていたのもそのおかげか。

 

「私は癒しの力をもっているんだ。傷や病気、心も癒せる力だよ。それで君の警戒心を癒して、解いてしまったんだね」

「へえ、そんな能力を…… 妙にあんたのそばが落ち着くのも、その能力の影響かい?」

「多分、そうだね。野生の本能というか……、動物には効果抜群だよ」

「へえ…… まあ、わかる気がするよ……」

 

 そう言ったきり、目を閉じて私に身を預けるうさ耳ちゃん。うさ耳うさ耳いってるけど、この子の名前はもうわかっている。というか、原作にもいた子だ。

 

 因幡てゐ(いなばてい)。幻想郷には数百年とかを普通に生きているキャラがいるが、その中でも特に長い年月を生きている。億を超える私や永琳には流石に届かないが、それでも数百万年を生きている。

 ここで会うのは意外だったけど、こんなところで一体何をしてるんだろう。

 

「ほれほれ、ここがいいのか~」

「あぁ~気持ちいいねぇ…… 極楽だよぉ~……」

 

 ふにゃふにゃした笑顔で悦楽に浸るてゐ。……イメージと違うな。私はてっきり、長年生きたが故の知恵と経験を活かすトリックスターみたいな感じを想像してたけど……。

 

 

 

 ……まあ、これはこれで可愛いのでよし。

 

「聞きそびれてたんだけど、君の名前はなんていうの?」

「ぅぁ~……ん?名前? ああ、私の名前は因幡てゐっていうんだ。てゐでいいよ。私も朝日って呼ぶからさ」

「そう。よろしくね、てゐ」

 

 私は小さいものが好きだ。動物とかはもちろんだが、特に子どもが好きなのだ。しかし、前世での私は見た目が怖かったので迂闊に小さい子には近づけなかった。もし涙目にでもなられたら私のマインドがクラッシュされてしまうだろうから。

 だが、今の私は違うのだ。私は腕のなかのてゐを撫でながら考えた。

 

(レミリアとかフランとかは、どんな感じなんだろう……)

 

 前世ではできなかったことをしたい。子どもを抱きしめたい。撫でたい。世話をしたい。そんなことを考えていた私は、一つの案を思いついた。

 

(実際に会いに行けばいいんじゃん!)

 

 名案である。この世界に存在し、いずれ幻想郷に来るであろう吸血鬼姉妹。いつか会うのなら、その日が数百年ほど早まったっていいだろう。

 まあ、まだ二人は生まれてないのだけれど。二人が生まれた頃にヨーロッパへ行ってみよう。そして、あわよくば二人の頭を撫で、私のテクニックで快楽堕ちさせてやるのだ。

 

「うん、そうしよう」

「え? 急にどうしたの?」

「独り言だよー」

 

 快楽堕ちは流石に冗談だけど。私の癒しの力があればフランの狂気もキレイキレイできるかもしれない。そのうえで幻想郷に招待すればいい。

 

 

 

 

 

 ――――遠い未来で生まれる吸血鬼姉妹の運命が、勝手に決まった。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

 撫でて揉んで擦って愛でて。てゐの体を余すことなくいじりまわして満足した私は、涎を垂らしながらヒクヒクと震えるてゐを兎たちに任せて洞窟を出た。

 

「日差しが眩しい…… 今日もいい天気だなあ」

 

 幽香にもっていく予定だった食料は全部兎に食べられてしまった。そこら辺の岩を幽香のフィギュアにでもしていこうかな。少し頬を赤くしながらも受け取ってくれるだろう。

 

 てゐはまだ復活しないようなので、外にいた兎たちと戯れる。どの兎も毛がもふもふしていて、外で暮らしているはずなのに汚れがない。これも特別な兎ならではなんだろうか。

 

 そのまま兎と遊ぶこと数十分。ようやくてゐが洞窟から出てきた。まだ膝が震えてるけど。

 

「ようやく出てきたね。この寝坊助さんめ」

「う、うるさい…… 本当に極楽に逝くかと思ったよ……」

「気持ちよかったでしょ?」

「ああ、しばらくは私を撫でないでよ。これ以上されたら朝日から離れられなくなっちゃいそうだからね」

 

 おお……。私のテクニックはついに中毒になってしまうほどに上達したのか。

 

「なにその顔」

「いやあ、私の技も上手くなったもんだと思ってね」

「……普通の動物とかにやるんじゃないわよ? 本当に逝ってしまうからね。冗談じゃなく」

 

 てゐの心配は無用だ。私が今までどれほどの数の動物や人の子を撫でてきたと思っている。加減の調節は完璧だ。

 

「……いや、私の時は?」

「てゐって抱き心地よくて、つい本気でやっちゃった。でも、やりすぎないようにはしてたんだよ?」

「あれでかい……? 末恐ろしいね」

「もうやりすぎることはないから大丈夫。てゐの体は隅から隅まで覚えたからね」

「その言い方はやめて!?」

 

 

 

 それはさておき。

 

 

 

「てゐはこんな所で何をしてるのさ」

「なんだい急に…… まあ、旅の途中って感じかね」

「あんなにたくさんの兎と一緒に?」

「ああ。仲間集めの旅っていうか、一人旅の途中に勝手に集まったんだよね」

 

 親分、ついていきます!って感じかな? 私にはわからないが、同族の兎にはてゐの秘められた力的な何かが分かるのかもしれない。

 

「あんなにたくさんの兎連れて…… てゐの家はどこにあるの?」

「んん? 家っていうか……住処は少し遠いね」

「そうなの?」

「ここから遠く西へ行った所に大きな竹林があるんだけどね。そこに住んでるのさ」

 

 てゐは原作では竹林(にある永遠亭)にいたけど、この世界でも竹林に住んでいるらしい。

 てゐと永琳たちは一体どのくらいの時代に出会ったのかは、私は知らない。もしかすると、この世界では両者は出会わないということもあるかもしれない。

 

「誰も寄り付かないくらい大きくて深い竹林だったんだけどね。だいぶ前にいきなり住み着いた奴がいるのさ。別に独占したいってわけじゃないんだけど、本当にいきなりだったから、あの時は大分驚いたねえ」

 

 前言撤回。既にフラグは建っていた。

 

「なんか結界みたいなのもあったけどね。するっと抜けて挨拶してやったよ。その時の驚いた顔は、見せられるなら見せたいほどに傑作だったね!」

 

 フラグどころか既に対面済みでした。というか、さらっと言ってるけど永琳の結界ってめちゃくちゃ複雑なはずなんだけど。それをするっと抜けたとは流石は神代の兎。ゲラゲラ笑って話してはいるが、あなどれぬ。

 

「その人ってさ、銀髪、もしくは黒髪じゃなかった?」

「……知り合い?」

「うん。知り合いっていうか、その場所に住むようにおすすめしたの私だから」

「なんだ、そうなの? まあ、別にいいけどさ。私にも得はあったし」

「そう? なら良かった」

 

 てゐの言う得というのは、多分兎たちに知恵を与えることだろう。その条件に竹林に人を近づけないようにする……みたいなやつだったと思う。

 

「さて、そろそろ行こうかな」

「出発かい?」

「うん。そろそろ同居人の顔も見たいしね」

「そうか。機会があったらまた会おうかい。私たちには時間はあってないようなものだからね」

「近いうちに、また会えるよ」

 

 本当に、近いうちにね。

 

「それじゃ、ばいばい」

「ああ。またいつか」

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

 

「幽香ー! ただいまー!」

「おかえりなさい」

 

 私の声に笑顔で答えてくれる幽香。かわいい。

 

「紫はきた?」

「いいえ、来てないわ。……多分、来るとしたらここじゃなくて、あなたの所に直接来るわよ」

「そっかー……」

「今ごろ後始末かなにかで忙しいんじゃないかしら? そう考えるといい気味ね」

「相変わらずだなあ」

 

 私が苦笑して、幽香がそれを見てクスクス笑う。いつものことだ。

 

「それじゃあ、今日は久しぶりに私が料理するよ!」

「あらあら、それは楽しみだわ」

 

 台所に向かって、今日は何にしようかと思案する。紫が来たら、また三人で食事をする。ここ一か月は料理なんてほとんどしてなかったので、その時のために勘を取り戻さなければならない。

 

 

 

 ――――うんうん唸る私の背中を、幽香が微笑まし気に見ていることに気づくことはなかった。

 

 

 

 

 




今度も更新に大分間が空くと思います。本当にすみません。


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