星いざないの詩 (麻戸産チェーザレぬこ)
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本編をお読みになる前に!!
本編前の簡単な紹介とお願い その1


 さきにお願いというか注意があります。ごめんなさい。

 この拙作の地の文で『碓氷(うすい)ホロケウ(ほろけう)』『ホロケウ』と表記されている時は、結構真面目な話になっていたり、他者と対比させるための場面で書かいているつもりです。そして、あだ名である『ホロホロ(ほろほろ)』と記されている時は前文とは違う雰囲気の時に書くようにしています。

 

 

 

 

 

 簡単な紹介

 

 

 

碓氷(うすい)ホロケウ(ほろけう) 愛称ホロホロ(ほろほろ)

アイヌ民族のシャーマン。

シャーマンとしての精神の強さは〝アイヌの教えからなる弱肉強食と感謝の気持ち〟。

熱血漢で感情的な性格の少年だが…………。

『広大なフキ畑をつくる!』というでっけぇ夢を叶える為、五百年に一度行われる世界中のシャーマン達が競う大会シャーマンファイトに参加。

彼は精霊を持ち霊とし、水・氷雪系の技を得意とする。

趣味はスノボ。好物はジンギスカン。

「イヤッホロウ」「なるホロ」といった言葉を使う。

カリムに対してブサイクと言うが、カリムに感謝している。

 

独自設定?

原作の彼は手先が器用であることから、原作以外のアイヌ用具も常に所持している。

ラマッタクイカヨプ((魂を呼ぶ宝矢筒))

祭祀・儀礼用具

病人の枕の下に入れて病気の治癒祈願をしたり、子供の魂をさずかれるよう祈願する為のもの。

ホロホロは次に説明する精霊をオーバーソウルして治癒能力を高める。

 

 

 

S(スピリット)O(オブ)R(レイン)

ホロホロの世界に存在する部族が持つ、水の力そのものが具現化した具現化した精霊。

有する能力は水流の制御、浸透、融解現象、冷却、熱交換、雨・津波・渦潮・洪水の発生など、ありとあらゆる水の力。

 

独自設定?

ありとあらゆる水の力を有するので、勝手に以下のものを付け足した。

水は穢れなどを祓うから、この精霊に心身を癒すヒーラー役にもなってもらう。

 

 

 

シャーマンキング

グレートスピリッツを持ち霊とし、この世の森羅万象を司る地球の王。

 

 

 

ハオ

現・シャーマンキング。若しくは神様。

原作において、ハオはアホ呼ばわりされている。又、ホロホロに『AHO』呼ばわりされた。

碓氷ホロケウを送り出した。

 

 

 

グレートスピリッツ

シャーマンキングのみが持つことができる全知全能の霊。いわゆる神様。

グレートスピリッツの内部はいわゆる『あの世』となっていて『成仏』した霊もグレートスピリッツに還る。『コミューン』と呼ばれる、似通った魂が集まる小規模な集合体が無数に存在し、天使や悪魔といった高位の霊が住まう世界や、『王』と呼ばれる神クラスの霊が君臨するコミューンも存在する。

地獄のコミューンもある。

 

 

 

カリム

碓氷ホロケウ/ホロホロの善き理解者の一人。男。

 

 

オーバーソウル

霊が物体に憑依した際に溢れ出る、具現化した霊のこと。シャーマンによって本来物体に憑くことの出来ない霊を無理矢理憑依させ、巫力によって霊を具現化させる技術とも言える。

 

 

 

三ノ輪家

 

三ノ輪(みのわ)(ぎん) 

三ノ輪の長女で一番目。鷲尾(わしお)須美(すみ)乃木(のぎ)園子(そのこ)という二人のともだちがいる。家族大好き。ちなみに勇者をやっている。

 

三ノ輪(みのわ)鉄男(てつお) 

銀の弟。長男。二番目。銀は善きねえちゃん。

 

三ノ輪(みのわ)金太郎(きんたろう) 

銀の弟。次男。末っ子。銀にべったり。

 

三ノ輪(みのわ)麻八(まや) 

三ノ輪家の家長。幹道の妻であり、銀・鉄男・金太郎の母親。下の名前は独自です。

 

三ノ輪(みのわ)幹道(みきみち) 

麻八の夫であり、銀・鉄男・金太郎の父親。下の名前は独自です。

 

 

 

ともだち

 

鷲尾(わしお)須美(すみ) 

乃木園子、三ノ輪銀のともだち。勇者その2。

 

乃木(のぎ)園子(そのこ) 

鷲尾須美、三ノ輪銀のともだち。リーダーだが勇者その3。

 

 

 

 

神樹様 

神様。命ある者の最後の光。

 

 

大赦 

神樹様を祀る国の最高機関。大赦の人間は仮面をつけている。一枚岩らしい。

 

 

 

 四国以外が命ある者が住めない処となったため、人類の生存は四国に限定された。

 また、西暦は滅び代わりに神世紀と暦が代わる。本編は神世紀二九八年から。



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ももよぐさ
一、 祈ぎごと 


〝マラッタㇰイカヨㇷ゚〟ではなく〝ラマッタㇰイカヨㇷ゚ 〟でした!
誤ってしまい申しわけございません



ねぎごと――神仏に祈願する事柄。願い事。


 

 

「やぁ、碓氷(うすい)ホロケウ(ほろけう)

「んの名前で呼ぶんじゃねーつうの」

「だがお前の氷は解けたんだろ? カリムから聞いたぞ」

「あのブサイク野郎ォ……で、わざわざこのような人間をシャーマンキング様のコミューンに連れてきて何させるつもりだよ」

「僕のためのお使い」

「言っとくが開発事業やらを全て壊せって話しはなしな」

「っふ。僕は地球にはびこる人間(癌細胞)を襲うゴミ(奴ら)のような病魔(人間)じゃあないよ。ちょっと僕の代わりに別の世界に行ってきてくれ「AHOッッ! 誰もかまってくれなねえからってボケかますな!?」……よ。勿論その世界のお金も報酬もちゃんとやるさ、ホロホロ。速いな」

 

 ホロホロはぎりぎり歯を鳴らし目の前の、さらさらした漆黒な長髪で女顔な美形少年を睨む。

 一人と一柱が相対する場所は辺りいちめん真っ白な世界であり静寂に包まれているが、ホロホロが召還されてから少し賑やかになる。

 

「何で俺なんだよ」

「キミが一番暇してるだろ?」

「お前は俺より暇だけどな」

 

 言うや否やホロホロの顎に隕石が衝突ッ、今の彼でなければ簡単に避けられるのだが。

 

「ハオぉぉお、これ人にもの頼む態度かよ……!」

「これから僕が言うことをよく聞け。お使いといったがそこには人間たちが云う、いわゆる化け物が存在し、…………まぁ、迷惑をかけているんだ」

他人(ひと)を助けようなんざ成長したな」

 

 褒めるなよ、照れるじゃないかとハオは微笑み、ハオが左手の人差し指だけをたたしホロホロの額にあてて小さくつぶやき始める。かろうじて聞き取れるけれども聞いたことが無い言葉たちだった。

 ホロホロは腕を自身の胸の前にはこび組み始める。

 時は移ろい続ける。耳に聞こえてくるのはやはり、ハオの何かしらのささやくような詠唱。

 突如として、ホロホロにビジョンが浮かんだ。一人の少女がバカデカい生物、否、怪獣と双斧で戦っていた。普段は活気あっただろう可愛げな顔は睨みを利かせ、頬は空気に触れ、少し黒っぽく変色した切り傷に水ぶくれ。勝負服はところどころ破かれ、血は流れてゆきゆっくりと、時間をかけてゆっくりと、赤く、染めゆく。細いがしっかりとした瑞々しい小麦肌なる脚にはアオイ痣ができ、土埃を体に被り、ちいさなちいさなコンクリートの破片がいたる傷グチから中身に触れてい、肩で呼吸するだけでいたいけな少女の肉へ侵入。怪物から遠ざかろうと足は震えて下がりそうになるが、なんとかして後だけには下がるまいっ! 純白な歯を思う存分にかっ、と見せつける少女を、碓氷ホロケウは視ていた。

 ハオが確認を取りホロホロは、ああと一言発して消えた。

 

「ホロホロ 碓氷ホロケウよ

 

  星祭りのゆめ紡ぐ 

 

  朝が歌は肴 水面月(みなもつき)をうつは舞い

 

  小金の大地を結ばん ()えたる遣い

 

  汝 (きざ)す雨也

 

 

 

  ……さて、お前らのほうは枯れるを恐れず咲くだけか……………」

 

 コミューンには誰もいない。

 

 

 

 

 

 樹海化は、少し解けていた。

 

「っくっそーこれじゃカッコつかん」

 

 目の前で蔑んでくる一体のバーッテクッスを相手に三ノ輪銀はぼやく。バーテックスのペースに呑まれないために場違いなことを言ってみた。

 雑音が消えて視野は広くなった。やっぱやってみるもんだなと新たな発見をする。

 敵は他に二体いるが暫らくは下でお昼寝中である。一体だけでいい、今は一体だけでも撃退出来れば善い。斧を中段に構える。呼吸を落ち着かせ、全身の力を抜き、糞野郎の糞呼吸を見極め、合わせ、挫く。己は殺す斧だ考えるな感じるな、すると何かがきらめく。銀の持つ斧が熱を帯びて蒸気を噴き出し白銀に輝きだす、銀のまわりの空気が熱くなり、蝕んでいた破片どもが上空へと打ち放たれ、……斧には罅がはいっていく。風を切る韋駄天が怪物の首を狩りに飛びかかりバーテックスは一瞬にして消えた小娘を追い、見つけたかと思えば目前で頭を刎ねる構えが完遂されてい、バーテックスは今までナメ腐っていた(われ)捨てて生意気を叩き潰す為、唸って爆風を発し銀に浴びさせた。緩んだ瞬間にこれもまた殺す準備が整った。

 銀は叫んだ。満身創痍それがどうした怪物野郎、緩んだだって? これは死に逝く者(星野郎)に対するただのメイドの土産だ――。 

 

「お前に……!! あたしはっ!! にんげんさまのおお――気合いって、ヤツをさああっっッ――――」

 

 衝撃波がこの瞬間生まれる。

 上が騒がしいと思うも目の前の敵に全神経をもって集中する銀と、何故か泣きべそかきながら落下するホロホロが衝突したモノだ。

 

 ――にゃっぎっ!?

 ――イッ!?

 

 三ノ輪銀とホロホロの意識が少し飛び、反動でバーテックスの視界から消える。死に直結する攻撃を二人は回避した。意識不明の機会を見逃してやるほどの寛容さをバーテックスは持ち合わせておらず、そして、二体のバーテックスが起き上がる。

 三つの影が子ども二人を囲んでゆき三体は両手(?)を天へと挙げてためをつくる。先ほどまで紅く明るかった大空がだんだん闇を吸収していく。空に止まる白い鳥たちが黒いソレに吸い寄せられ縮まるにつれ細くなり、羽を空に舞いらせることなく散らす。

 三ノ輪銀が起き上がり、白目をむき阿呆面した見知らぬホロホロを抱きかかえ十二分に逃げる。

 視野に奴らがきっちり入るけれども身体は震え、置いてった斧を取りに往ゆけない。

 

 ――……バケモノはあそこにいるのにィィッ、ナニやられたんだ!!?

 

 嘲うかのようなバーテックスの頭上にはでかく闇を凝縮した弾がイカヅチを帯びてい、銀の体が完全に停止した、しかし、睨んでいる。睨み続けることしかできなくて、ボロボロな己を叩くこともできなく、憎むべきものがあり過ぎて。――つ、――つ。緑におおわれた灰色のアスファルトが少しづつ濡れていく。

 闇が静に迫ってくる。一つも残さず触れたものを歪ませ呑みこんでゆく。

 闇に喰われる時が近づくにつれ、銀に弟の泣き声が届いた。己が体を戦わせてくれと願うが、指一本も動く気配がない。

 死が頭によぎった瞬間――――ッ、こちらへ放たれた忌々しき砲弾が氷漬けになり、砕け散った。

 

ウォセ((遠吠え))…………」

 

 雪花弁は舞う。

 銀の瞳に映るホロホロ、少年の右の手に身体が青く頭が縦に長い小人(?)を乗せているホロホロを疑った。

 

「ワルイが、とっととひかねえと凍傷するぜ?」

 

 三体の図体がビクッと震えたのち後退していきカベを壊していった。一体ずつ消えていく。

 

「おまえ、一体」

「ホロホロ、通りすがりのアイヌなシャーマンさっ」

 

 バーテックスが壁を壊して撤退するなか、手すりを杖と見なし地に足をつけていた銀がくずれたが、ホロホロが翔んできたので事なきをえる。銀を、ホロホロは肩を貸してやり、戦斧を拾いにゆこうとすると短い悲鳴が聞こえる。足を止め歩道の手すりへとすぐさま切り替えす。たぱん、たぱん、背中を叩くも向きを変えない。整われた小さな口がおもむろに開いたり閉じたりし、力強い痛ましげな(ひとみ)が咎めの視線を投げる。

 唸りながら瓜ざね顔をぐっと近づけると、銀は、どこかひんやりする心地よさを感じた。

 眠ってはいけないのに、ホロホロに体を預けるのを許してしまう。

 

「病院のとこさ行くから、休めよ」

 

 ――しょうがないなぁ、そうさとしているかの微笑みを向けられてしまえば痛みを忘るるために意識を手放してもよいかも、と暗い水面下から浮かびあがる。銀は従う。

 橋の柵まで来た。

 銀の負担にならないように抱き方を変えホロホロは空を飛翔した。久々に高く飛んだ彼は目を輝かせたまま、かるく息をつく。

 

「ころっ……ゥ゛、オーバーソウルS(スピリット)O(オブ)R(レイン)

 

 西の空は茜の色。

 

IN(イン)スノボ、決めるぜ空中滑降」

 

 スノーボードから雪を放出して滑り降りる。雪の抵抗が落下速度を減速する役割をはたしていた。ホロホロに抱かれている銀は汗ばんだ髪を大きく揺らしながらぐっすり眠っている。

 波うつ海にぱしゃんと音はたたなかった。海に着いたのは青い巨人だったからだ。

 

 「オーバーソウルS・O・R」

 

 SORは掌に二人を乗せ浜まで泳ぐ。ホロホロは自身を盾にし銀を風からかばう。

 しかし銀の友達であり同じ勇者の鷲尾須美と乃木園子とすれ違いになってしまう。

 しばらく砂浜に立っていたホロホロは道路に出る。横を見やるとあの橋に多くの警察やら消防団やらが集まっていく。それとは対照的にこの場所は閑である。

 車道に向かって親指をたてると運よく一台の車が走ってくるも通りすぎる。次にまた現れるが通りすぎる。そして次は高級車が通りすぎていったホロホロが肩越しにチラと見やれば、ギンッといきなり止まった。車は一生懸命走りだそうとするけれどもこの主人はドアに凹みができていることを知らない。車の前にホロホロがヘアバンドを深くしながらおどりでる。

 主人は少年とにらめっこを強いられてしまう。ごくり唾飲む時間も無いままに少女と少年を乗せる。

 

「お前、いいモン持ってるのに運転下手だな」

「うっ、うっさいよ君ぃい!」

 

 静かにしなと少ししめっている銀を看ながら言いやった。銀の前に青い小人が浮かんでいる。

 存外、病院はすぐに診てくれた。しばらくいろいろすべきことがあり時間がかかるらしいから一人で病院や周辺を巡り始める。あの青い小人を連れずに銀の側にいるよう頼んでいる。S・O・Rは名の通りありとあらゆる水の力を持つ精霊であり応用することで、日本神話にみられるイザナギの禊のように穢れを祓え、かつ怪我を治せるようになる。ホロホロはさらに治癒力を高めるためお手製の儀礼用具にS・O・Rをオーバーソウル――霊を物体に憑依そして霊の力をこの世に具現化――したのだった。

 包帯に巻かれた頭をぽりぽりかく。

 

「あいつ頭かてぇんだよ」

 

 ホロホロも石頭に自信があるのだけれども前の世ではあんなに危険な頭の持ち主はいなかったはず。だが、あぶねぇー頭のヤツはたくさんいた。この世界でも命がすり減る経験はしたくないと思ったからなのか歩くのをやめて、緑の背もたれ椅子に深々だらんともたれかかる。

 周りを見渡すも何も視得無い。

 なにも手を施していない病院にはさまざまな死者の霊や生き霊が躍り遊んでいたり誰か呪っている。お祓いされている病院であれば少なくとも残りかすが漂い、浮遊霊も寄ってこない。ここはさきの二つに当てはまらず、浜にあがったときもカムイたちの霊力を借り銀の痛みをやわらげようと試みるもカムイたちは顕れなかった。ただ、あのバーテックスに驚き逃げたのだろう思っていたものの、全く逢わないとは不可解。

 

 未来王との初対面より肝冷えるっつうの

 

 ここまで気味が悪いと感じるのはシャーマンをやっている彼でもそうそう無かったことである。

 

 にしても病院のいたる部屋に、神棚が在るんだな。んまぁ、通院したことなんて指五本で足りるしな。

 

 そろそろ戻るか、と言って探索をやめた。

 

 

 

 視界に入ってくるものがぼやけている。三度ほどまばたきをしてみればよく見える。白い天井、硝子の花瓶、季節外れでおかしな紋様のスノーボード、筒を両手に嵌める青い小人、腕のかさぶた、風にたなびく日光に、耳をすませば波の音とそよ風が銀の側にいる。

 深く蒲団をかぶり意識を手ばなしていく、というも土台無理な話であり無視することなぞ誰も出来ないだろう。目と目が合う。

 がらりとドアが開かれた。

 

「お? 気分どうだよ」

「あのときの……、アレ? 痛み、ない。お前ら何した」

「治療を手伝わしてもらった」

「ふぅうん、その青いの何?」

「ちっちぇえのはS(スピリット)O(オブ)R(レイン)って名の精霊、そいつの手にあるのはラマッタㇰイカヨㇷ゚((魂をよぶ宝矢筒))。お前の心体(・・)が早く治りますように、とこめられたお祈り用具。視えんだ」

「今日が初めて、スピリットなんちゃらとラマがみててくれたんだ……ありがと」

 銀が青い精霊をなぜる。

 撫でるのをやめ口を覆う。

 

「まだ病み上がり、子供の薬は睡眠だぞ」

 

 微笑みながら目をこすりもぞもぞうなずいた、心地よい寝いきがつたわってくる。

 精霊が視えるのにこういう体験ははじめてとはますます頭がねじれてきた。たしかに、霊能力がある者でも神仏や霊との波長が合わなければ一生出逢えない(ためし)もある。ホロホロはこの世界の住人でないから視えず聴こえず触れずと云った事でも無いよう、銀の事例は謎を解く一つの鍵であって欲しい。S・O・Rが空で胡座をかきながらホロホロに顔を向ける。

 

 なんも異常は無し。俺のハラは異常あり

「まず食わねばなんとかなるもんもなんともならねっ。っし! 香川県ってなにうめぇんかなっ」

 

 音符である。

 遅すぎる昼食を食べることはなかった。財布にはいっていたのは千円と『千年魔京、千年の都、僕がシャーマンキングになるまで千年。』と書かれたかみきれのみで、これらを見てホロホロは食べる気が失せたのだった。銀行のカードはというと彼が住む予定の家にあるらしいが病院からは遠すぎる。

 

「千がどうしたんだよ……!! あいつ前よりましてめんどくさい」

 

 銀の側で愚痴る。

 すると銀が目覚める。

 

「んま? ずっと居てくれたの?」

「起こしたか。すまん」

「どれくらい寝てた」

「まだ今日の夜だ。あとよかったな、病院に空き部屋あってよ」

「………………よくない! あいつらが、まだあそこに。まってっる……!!! いかなきゃ」

「って、ヴぉい゛ィ」

 

 ホロホロが押さえつけようとするも力任せに銀は抜け出そうとした。ベッドは軋み揺れ動く。

 しばし、格闘が続く。

 

「は な し て !」

「ッうおっ」

 

 目の前の邪魔な阿呆ヅラを押し返し病室から走り出した。ホロホロがころげるもすぐさま後を追う。

 二人は夜の、病院の外に出る。逃げる銀であったが車止めブロックに足をもっていかれてしまった。ホロホロが跳び出し、銀の前まで腕を伸ばしてクッションになるよう一緒に倒れる。ごつっとヤな音が、腕の中でもがき息を切らした銀の耳を刺激す。

 

「おま――」

「ったく。慌てんなよ。逃げなくても一緒に行くつもりだったんだぞ、今から」

「マジ……。ごめん、て、おい! 頭から血が」

「気にすんな。時期になおる。ま、まずは病院に謝りに行くか。それからだ」

 

 こっぴどくしかられた後、夜中に二人はこっそり脱け出しコンビニで腹のたしなるものを探っていた。

 ――あのさ、と銀が碓氷ホロケウに質問を投げた。

 

「ホロケウ、は勇者なのか。バーテックスを下がらせたし、氷がばぁアんって出て、精霊つかって治すし」

「勇者ねぇ。ふむ」

 

 ホロホロが銀から飲み物と軽食を受けとりレジに出した。千円が減って還ってくる。

 

「……答えるが、こっちからもいいか」

「ん」

「その勇者ってのは幽霊や精霊、神を使役しばーてっくす(?)と面と向かうのか? 銀ちゃんの斧にばかでかい力を感じたんだけど」

「神様の力はつかってる。神樹様っていう神さま。わたしら勇者は神樹様をまもるために勇者になって、神樹様から力をもらって、いろいろしてる」

「ならオーバーソウルと同じシステムっぽい、か。……なぁあと一つ、さっきの斧だせる?」

「ちょっと待って。……………………アレ? ごめん、無理っぽい」

「ありがと。じゃ次俺が答える番。俺はシャーマンで、まぁ分かるだろ?」

「神さまをとらんす(?)して占うってゆうー」

「んだ。まとめりゃぁ俺たち呼び名が違うだけで中身はおんなじか」

 

 話しはそれで終わった。銀はホロホロがどうやって勇者しか動けず、勇者しかいないあの場に入ってきたのか、なぜ動けたのかを訊くより、それより遙かに確かめたいことがあった。

 黙り歩いているうちに着いた。三ノ輪家である。

 銀はふりかえる。

 

「ありがと、ホロケウ」

「ホロホロだ。んじゃまた明日」

 

 手を振る。

――ただいまあ。

 無用心にも鍵がかかっていなかった。それはそうだ愛娘が行方知らずとなっているのだ、ドア開ければ入ってこれるようにし大人は大事な子どもを探しにいっている。

 叱られるだろう思いながらも銀の足は軽かった。

 涙は零れないけれどもどんな顔していればよいかがわからない。

 もう一度、大きな声で

 

「ただいまーー、? おーい、なんでチェーンかけてんのさぁ」

 

 すると家の奥からとたとた走る音が聞こえてくる。とたん、音は止まる。

 

「このよふけに誰ですか」

「いや。そういうきみこそ誰」

「三ノ輪の子どもですけど」

 

 あのさーと眉をひそめる。

 

「三ノ輪家の長女やってきたけどキミみたいな妹見たことないんだけど。これはあれかい、新手のお仕置きみたいなもん? だったらすごうくタチ悪いんだけど」

「どっちが」

 

 夜中の、親がまだ帰ってきていない家の目の前で、〈三ノ輪家の長女〉を名のる女の子は意味不明なことをしゃべる。

 居間から悲鳴が聴こえる。衛星放送のとある検証番組のゲストであろう。下の子が今それを観ているうちに追い出さねば、三ノ輪の女の子はせっぱ詰まる。

 二人が少し黙った。とおく(・・・)でサイレンが鳴るのが聴こえる。

 

「ねぇ!! はやくかえってよ!! いつまでいるの!?」

「し、閉めるなっ」

 

 押され、引かれ、押され、引かれ、ドアは鳴る。ぎりぎり、ぎりぎり。

 

「だいたい、そっちこそ誰よ! あたしはぎん、銀杏の銀だっ名乗った!?」

「いやっ!」

 

 また新たな人の気配が近づく。

 

「ねーさん、何してるん」

「きちゃダメっ! きたら呪われる」

「さっきから黙ってりゃ! お化けか! あんた、いい加減にさあッッ」

「ッヒ……」

 

 幼児の女の子は泣いた。そして部屋に戻る。

 

「なんなのさぁああっ」

「ちょっ! あぶなっ!!」

 

 三ノ輪の少女は下駄箱の棚の上に置いてあったナタを掴み、振り下ろす!

 

「ぎん! 銀色の銀だよぉお もうくるなああああ!!!!」

 

 三ノ輪家の家のドアが閉じられた。

 体がだらりとなった。二歩下がり段差であったことを忘れていて尻もちをつく。尻もちをついている少女の瞳孔は一点をみつめない、時を置かずに体を起こすものの首から上は起き上がれていない。起こすなんて、本当は面倒くさいのだけれども邪魔になってしまうし自分はまだ病み上がりなのであり聞き間違いなんだろう、全くここまでしなくても反省(?)しているのに、なんて思いながらか細い笑いが口からもれる。

 三ノ輪家の門をたたいていた、髪をおろしていた少女がインターホンを鳴らす。先ほどの少女銀がこれに応じる。

 

「……親は、弟二人いるだろ」

『そこらへんにみんなの名前の表札があるよ』

「…………、うち(・・)にはないよ」

『あるの。あなたの家と勘違いしないで、うちはうち、あなたはあなた』

 

 銀は、家の外で佇む自分と同じなを名乗る少女にしびれをきらしたのだろう助け船の様なものを渡す。

 

『そろそろママが来る時間だから聞けば?』

 

 スクリーンに映る少女がぴくっと揺れる。そのまま顔をこちらに向けるようなそぶりを見せたので、銀がインターホンの電源を切った。

 おい、お~い~~。どーしたー。家を跨げなかった少女はインターホンに向かった。切られたことに気付いていないのだ。――否、である。青い息がたくさん出てしまう。

 ぴかっ――後が光るも背中には当たらない。振り向けば女性がこっちに向かい歩いてきた。

 

「きみ、どこからきたの?」

 

 きみはくびをふる。ふって家をゆびさす。

 女性がその先を追えば表札だった。

 

「だれに用事があるの? 銀? プリントかなんか届けにきてくれたのならありがとう。ご両親、見えなかったけど……、もしかして一人で来たの? だーめっ。ちゃんと言わなきゃ! んイヤまて」

 

――一人でよこすなんてどうかしてる、つぶやきがきみにはしっかり刻み込まれた。銀の母らしき人は車に戻った。

 

「お家どこ? 連れてってあげるよ」

 

 きみはひょうさつをみてしまったないないないしっているおもいびとのなまえがみつからないまってまってっしっているなまえがあったぎんだぎんだぜぎんなんだよだぎんだけだったほおをつたういわかんをかんじてしまうにみだがきみからながれてゆくちがうそれじゃないんだっっさけ

 べなかった

 なぜかをあたまをかかえむしるようにかみをにぎりおえつをはきつづけながらかんがえるきみはしらないぎんもそこにかかれているひとたちも

 ばんっとびらがひらかれたぎんとぎんのいもうとさんだふたりはぐずりながらかあさんのなまえをいうきみがしらないははのなを

 きみはいもうとさんとるなさんとぎんをみつめ

 きみがはしりだす

 

 

 

 

 銀と別れたあとホロケウは周辺をうろうろするハメになってしまった。銀を送るときは電車が動いていたのだが時間がたち終電を逃してしまう結果となる。

 ハラの虫が煩い。

 肩で洗濯物のようになっている精霊に助けを乞うもなんの対応も反応すらもしない。

 ため息をつきうな()れながら彷徨っていれば、聞き覚えのある声、泣き叫ぶ声が聞こえる。

 

「叫び声つっても魂の叫び声だけどな」

 

 冷や汗をたらしその主のもとへ駆けだす。

 なりふり構わず走るきみを碓氷ホロケウは発見した。さらに走力を上げてゆき、走る少女の腕をしっかり掴んだ。

 振りほどこうとしていたが、――銀と呼ばれたために掴まれたまま案山子のごとく止まる。

 そして、碓氷ホロケウに双眸(そうぼう)をむける。

 

「んな面して!」

「お前なにしたんだよッ――――ホロケウぅうう!」

 

 襟を人を殺すが如くに掴み、叫ぶ。顔が近いのでホロケウに唾がかかる。

 なにかわたしはわるいことしたの。

 叩き込まれた。碓氷ホロケウに拳が。

 

 

 

 

 



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二、 枯れた花こそきよらなり

きよら――形容動詞ナリの名、『ら』は接尾語。『きよら』は『きよげ』とともに清浄な美しさの意があるが、さらにその美しさに光り輝く気品を加え最高の美しさを表す。『きよら』は本体そのものがにおい立つ美しさを表す。又、選ばれた者にだけ用いられる『きよら』。




三ノ輪銀
「ただいま」「おかえり」の言葉は心とともに在り、魂と重なっているのだとわたしは思う


 

 

 

 一発目は何が起こっているのかわからないため受けてしまう。傷口が、開く。二発目を、意外と最初のパンチが効いていたためかわすことが出来なかった。

 

 おいおい、銀ちゃんこんなに元気なやつだったのかよ。バーテックス、助けに入らなくてよかったんじゃね?

 

 それでも痛いのは最初の方まででありそれからは碓氷ホロケウの胸に顔を埋め、泣き声を噛み殺す。男のほうは流れる血を拭きとりあえず身体だけでも冷えないよう上着を被せたけれども、ほろわれてしまう。

 わななく少女を見つめる。

 

「ごめん、っ。ほっ……、ぃッく、けう…………ごめんね」

 

 考えるまでも無い。

 行くぞ、銀ちゃんよ――返答を聞かずにこの男は人形のような少女の手を握った。ともに一歩を踏み出したしかし、少女は俯いたまま。

 ホロケウは背中に彼女をおんぶしながら、彼の家がある市までやって来た。又、ホロケウは青い精霊をラマッタクイカヨプにオーバーソウルさせていた。

 歩いている途中に欠伸をすれば空を見上げるようなかたちになったので、頭とおでこがこつんとなった。

 

「あ~、なぁ、月おおきいぞ」

 

 ホロホロの背中の上で黙りこくっている銀と云う少女に語りかけるも一向にヘンジをしない。ずっとこの調子である。

 やれ困ったなとホロホロは内心つぶやく。

 そしてもう一度なにか言ってみることにした。

 

「もう少しで着く」

 

 背中のお姫様は家の塀に視線を凍結させているようでどこ吹く風。

 やっと、しばらく歩いてやっと、少女が口開(くちひら)く。

 

「つかれた」

 

 口にし、絡めている腕の力を失くした。

 逆にホロホロは腕の位置を改める。背中におぶさる女の子が固いアスファルトへ(したた)かに打ちつけずに済み、さるはおんぶされたままであることに疑問をもつ。

 ――ん……? と聞こえたのだろうかホロホロが銀をみやり、そして、正面に向きなおる。

 するとホロホロが何かを発見。

 

「自販機ハッケンっ! なんでもいいぞ」

「水ならなんでも」

「そーかい」

「……ホロケウ、怒ってない?」

 

 その次にマヌケたような言葉が発せられる。釣られてしまい少女の口が半開きになった。

 再度、ホロケウが話す。

 

「ほい、水。アレは気にしちゃない。…………、むしろ俺にあたってくれて善かった。明日もってかもう今日の朝だけど、銀ちゃんに付き合う。ってゆうよりさせてくれ」

「――じゃぁさ。ホロケウじゃないんだよね。あたしの………………、あた、し、あた――」

「よせよ、泣くなら。とりあえず今、休むのがだるくなるまで休め。ぶれた心のままじゃイイもん食っても、気持ち悪い」

 

 ホロケウみてる。目、放してくれない。……私とちがって、すがすがしいよ

 

 …………。

 耳がちょっとあかくなり、ぷいっと少女が目をそらす。

 

 

 

 

「ッフ、着いた」

 

 ホロホロの足はガタガタだった。

 ドアノブを回してみたが

 

「開かない、ふ、フザケんなよ」

「鍵かけてたことも忘れてた? あほくさ」

「……――ッフ」

 

 彼は白くなった。

 すると誰も手をかけていないはずなのに勝手に動く。二人がごくりと唾をのんで、ホロホロにまわしている腕が絞まってゆく。シワが現れた。

 ドアが開かれた。

 ホロホロは驚き、抱かさっている方は感心しため息をつく。

 

 ホロケウの妹、さん? 全然似てないっ

 

 ホロホロが震えながら指さした、その対象者は白銀の長い髪に躑躅の瞳、日焼けを知らぬ顔で十にも満たないだろう幼い女の子がにこり、ほほえむ。

 柔和な幼女は腰巻きの一部分をグリーンを基調とし、幻想動物を模すメリーゴーランドがあしらわれたゴシックロリィタのジャンパースカート、隠せない肌を白の袖長のワンピースで覆う。そして、可愛いらしいうさぎさんスリッパを履く。

 白銀の少女がゆっくりと前へ出た。

 

「酷い」

 

 眉間にうっすらシワを寄せ、聞く者には泣いていると思わせる声。

 ぺたぺた、おぶさる彼女の頬をさわる。

 

「お風呂沸いていますので浸かりませんか? 熱いですよ」

「言ってるぞお」

「いいのホロケウ、……じゃあいただく」

 

 ホロホロは降ろし目の前の子に預ける。

 そして少女二人はお風呂場へ向かっていく。途中、白銀の少女がホロホロを向いたのだがホロホロは居間に向かっていたので気づかない。

 小さく頭を横に振って、ホロホロが連れてきた彼女についていく。

 

 

 ホロホロはソファにどかっと座った。しかし、顔は青ざめている。

 頭が蝕まれてゆくような痛みに襲われているのだ。銀とぶつかり、自身も腹が減っているが銀に食べ物を与え、銀に殴られ、痛みと空腹に襲われていても銀をここまでおんぶして……

 〝三ノ輪銀が死んでいる〟

 

「ハオの野郎の使命より、こっちをなんとかしねぇとな」

 

 口にした途端、脳裏に浮かんだ。あの〝ユルく〟〝なんとかなる〟が擬人化したあの人間を。

 

「オレよりアイツがいいだろうに」

 

 次いで気だるげに、彼お手製の儀礼用具――銀に使った――を取り出しすぐそこに置かれた机にそれを置く。

 青い精霊がでこにのってくつろぎ始める。

 横になっていればうとうとと僅かながらも気持ちよく成ってくる。船をこぐなか時計が目に入ってきた。

 そのためさらに、頭を悩まさせてしまった。顔がげっそり痩せる。

 この、多種多様なる観葉植物に見守られ、棚もテーブルも木製で、木々特有のやわらかさに包まれた安らぎの居間に、鍵穴の無い服装の側に、感情を読み取ることが不可能極まりない『鉄の処女』が鎮座する。

 乙女が、看病をしている。

 

 ――…………っォ……。

 

 

 

 

 

 この家の風呂場は結構な広さである。そもそも、この家自体がおおきく周りに何もない場所に建っていた。

 人二人が住むには無駄でありかつ多少の不気味さを呼び起こすだろう家ではあるのだが、実際に敷居をまたげば無駄や不気味さは感ぜられず、この家と云う空間にどうしてだろうか、寛大さを、覚えてしまう。受動ではなく能動であり。

 不思議と感ぜられるのだ。

 なにもかもうけとめてくれるようなそんな感覚が。

 

 家族(みんな)いなくなった、からか……。

 

 確かに思い出があった。そう確かに一緒に過ごしたのだった、いや違う。今もわたしの近くにいるんだ。これからもずうっと一緒にい、笑いあっていく。

 そして少女は言い聞かせた。こんなのは孤独でもないし、もし孤独であったとしても誰がこのグチャグチャをなんとかしてくれるのだろうか。

 俯く少女を幼い子供は憐れんでいるかの如くじっと隣にいた。

 白銀の女の子が自分より年上の女子を引いてドアを静かに開く。湯気が出迎えると後ろの子が目を大きく見開き、前に立つ子は見やりまたやわらかに微笑む。

 湯気をまんべんなく浴びた理由からかシルバーグレイの髪をした少女のしんたいが火照った。

 躑躅色な瞳の子が彼女の左手を祈るようににぎり一緒に入りましょうと声をかける。

 

「あのぉ、髪洗ってもいいですか」

「ん? あたしの?」

 

 満面な笑みでうなずいた。

 弟も大きくなったら、この白銀の少女のように可愛らしく笑うのだろう。一番目はあまり見込みがなさそうだが、まぁ、そうゆうのはいいことだな、と彼女はにこりとなった。

 

「いい、一人でするから」

 

 ぺいッ、と白銀の少女は外に追い出されてしまった。

 

「なにやってるんだろ」

 

 浴室の、鏡に映る自分を見る。崩れた自分、そして独り。家族は消え、〝三ノ輪銀〟も既にいなくなってしまった。《三ノ輪銀》は存在するらしいが。

 傷ついてしまった唯一無二の友達を、かけがえの無い弟たちを家族を、そして神樹館のみんなに神樹様を護るためにバーテックスを追い返そうと立ち向かった時は、恐怖なぞ覚えなかった。

 でも〝今のわたし〟は違う。〝家族〟も〝わたし〟も消滅しこれから〝   〟は誰に悩みを打ち明ければよいのかわからなくなった。

 孤独が〝わたし〟を引きずり込もうとし〝   〟は怯え、〝   〟すらも消えてゆくのではないかと。

 ねぇ誰かそばにいてっ――!!

 浴室の中は暖かいというのにシルバーグレイな少女は震える体を抱え、しゃがむ。

 動悸ははやくなるいっぽう、在りし日を思うには着衣したまま溺れもがき、沈むより重く、辛うじ繋がっていたお土産のやくそく、ただいまのやくそくは今にもドブに棄てられる。

 ぐらり、ぐらり、足と腰掛けは意味をなさ無くなった。汲まれたお湯は少女の踵にしっかり蹴られた。太腿の裏の傷グチは開かれ時をかけ、広がる。

 両腿、両膝かぶは伸びてい、左脚のふくらはぎからつま先まではタイルの壁に備え付けられた棚にのかっていた。女の子は上を向かないままりょうてを伸ばした。無機質な、シャワー栓だった。そして、たくさんの水が流れ出す。

 

「『家に帰るまでが遠足なのよ、銀』……ァは、んぐ ――ッ」

 

 少女の周りの静寂を掻き消す。

 

「家にかえるまでってもう――無いのさぁああ――、ずっと迷子だよ! 独りぼっちで、かえれないなんて、いやだよぉ」

 

 長く、長く、流れ、零れ、こびりつく…………。

 

 

 

 だれが、いったんだっけ…………

 

 

 

「須美だ」

 

 唯一無二の友達の須美が『家に帰るまでが遠足なのよ、銀』と言ったのだ。

 

「園子ぉ!」

 

 唯一無二の友達の園子は『今はひと味違うよ~甘口じゃなくて、ビターな私だよ~』と男な発言をしたのだった。

 

 園子があたしと須美に遅れて、最後にゴールした園子をおもいっきり抱きしめてなでて、そしたら須美もはいってきて、そしてともだちをいっぱい受けとめて……

「ごめんね、わたし、おまえらまで消してた――、みんなも――――あ、いたいよ…………!!!」

 

 ごめんを繰り返す。

 それからは、心を落ち着かせるのに時間がかかった。

 曲げ物でお風呂を汲み、顔に元気よく浴びせた。

 

「すぐにおかえりなさいを、言わす」

 

 薄まった赤色は微塵も残らなかった。

 

 

 髪を乾かし、脱衣場から出ると可愛い幼子が立っていた。

 

「ごめんさっきの。風呂入りたかったよね」

 

 幼子は首を振る。

 

「湯殿、――あ」

「『ゆどの、――あ』?」

「お風呂は先に済ませたので大丈夫ですよ」

「そ、そう」

「名前、まだでしたね。私の名はジャンヌと申します」

「わたしは――……」

「三ノ輪銀さん、ですよね」

 

 ジャンヌはそっと彼女に手を差しだした。

 

「寝室はこちらですよ」

 

 ジャンヌは居間を通り過ぎようとしたが立ち止まった。

 

「眠ってしまいましたか。それにしてもやはり、王はスピリット・オブ・レインを遣わしましたね」

「? どうしたジャンヌ、立ち止まって」

「失礼しました。ホロケウさんがぐっすりとお休みなさっていたので、ほっとしていました。見ていられないほどお身体が酷かったから。ですが――――」

「っ!?」

「私が一緒にいたいと想うのはあなたです」

 

 ジャンヌが抱きついた。

 

「仲良くしあってもいいですか」

「な、仲良してって」

 

 ふわり、いい香りがするジャンヌの抱擁。

 

「ずっと、こうしていても、よろしいですか…………」

「うん」

 

 これ以上、何かを失ってたまるかと決意したようにジャンヌを抱きしめた。

 少女二人は眠りについた。同じベッドで。

 むくり。白銀の、躑躅な瞳の少女が無防備な姿の少女をみつめる、頬には涙の軌跡。眠る子は何かを言っているよう口をうごかしていた。

 ――私はとても悲しい、と頭をやさしくなでながら子守唄を唄う。柔和な、聖母のような、しかし影があるほほえみで祈った。

 

 

 

 

 

 空は東雲。

 

「だあ゛あ~いでぇーー」

 

 ホロホロは二日酔いに似通った気持ち悪さを抱え込んでいた。そんな経験はない。そうなのだ、二日酔いはしなかった。

 

「だったようなっと」

 

 窓を開け、天に届くくらいの大きな伸びをする。

 ホロホロは目を閉じる。すると階段の方から音が聞こえてきた。

 

 バーテックスは人に迷惑をかけるとハオは言った。そして、送り込んだ。丸くなりすぎだろ。

 

 ホロホロを〝この世界〟に飛ばした元は人間だった神様のことである。人間でありながらも人間を忌み嫌い、神に成った暁にはほとんどの人類を滅ぼし、シャーマン達だけの世界を築き上げようと企てて、確かに神に成り人類を滅ぼそうとした。

 またハオが神に成ってから時はあまり経っていない。

 そんなハオが〝この世界〟の人間たちを助けることについて、考える。

 

「ホントーにこれだけか。ハオ」

「碓氷くん、昨日はごめっ――」

「夜から謝ってばっかじゃないかよ銀ちゃん。つらくなれば人当たりがきつくなんのはしょうがねえし、オリャー((オレは))体は車にはねられても吐血するテードだから、心配すんな。あと碓氷なんて他人行儀だろい」

「そっか、そうだよな。ホロケウ」

「それに、立ちなおるってのが結構大切なもんだもんな」

 

 ホロケウはにこやか顔になった。

 少女は目をそらしてしまった。

 

「にしても、早えな。善いことだ」

「トラブル体質の持ち主でさ、よく学校とか特訓とかに遅れるからね」

「そ。んじゃあ飯つくるからぼけっとしといていいぞ」

「それは悪いって、手伝うよ」

「そか、ありがとうなっ」

 

 久々にホロホロは気持ちよくご飯づくりを行えた。包丁がいつもより軽く感じたり、ぐつぐつ煮えたり炒められたりしている食材たちは歌っているようにも思えた。

 ホロホロを手伝うと進んだ子はテーブルを拭き、盛りやすいように食器を並び終え、らんらんとする彼の背中を見ている。

 ホロホロは意識だけを向ける。

 

「腹減ったか銀ちゃん、なら味見してくれ」

 

 湯気がのぼるニンジンを菜箸で運ぶ。

 いただきますと少女は手に取り咀嚼する。飲みこむ。

 

「そっちこそよそよそしい、ええっと――――その、銀、でいい」

「りょーかい銀!!」

 

 今度は目をそらさない。

 

「じゃあ銀『ホロケウ』なんて呼びづれぇだろ、あだ名でいい」

 

 ホロホロは少し明るい表情のまま持ち場に直る。

 調理する音だけが聞こえてくる。

 相変わらずホロホロは楽しそうに料理をしていて面白い男の子だなーと思う。彼女はホロケウに助けられたけれどもあの登場の仕方思いだすと、アホな登場だった。助けに来てくれたのかと安堵したが勇者状態の自身の頭と衝突し、血を流し気を失っていた。頭にきたというよりは園子をみているのと同じように気が抜けてしまった。

 病院の時、満身創痍とは雖も自分に着いてきた。

 ここに来るまでも、自分を背負い気遣ってくれた。

 

 あほくさって愚痴っても降り落とすことなんてしなかったし小言すら言わなかった……。サイテーだな

 

「んでどーよっ」

「まって」

 

 ボロボロのまま私を助け続けてくれた男の子、か――…………

 

 そして今はピンピンしながら朝ごはんをつくっている。

 

「――ははっ!」

 

 ホロホロはアホな顔しつつ首を傾げる。

 

「っっく、ぷ! はっはっははは――ご、ちょごめん、おっほっ、ごほっ――――あだなさあ」

 

 ホロ坊とか、どうよっ!!

 

 笑顔で、気持ちよく言う。

 

「『ホロ坊とか、どうよっ!!』」

 

 ホロ坊は銀の発言を復唱する。

 二人は合わせた。

 

 ――ホロ坊とか、どうよっ!!――

 

「ああ! そりゃあ確かに笑えるわっ――ホロ坊かーうん、ちと幼いがホロ坊かあ、おっけーおっけ」

「まじ、か……よ!?」

 

 ――ん? と屈託のない目で彼女に問いかけてくる。

 

 あーうん、こりゃホロ坊だわ~

 

 少し罪悪感を感じてしまう。

 

「なぁ~ぎん、味見まだったよな?」

「いい味だがしょっぱみが足らんな、うん」

 

 棒読みで返そうと思ったが、可愛そうになりやめたのである。

 三人は朝食を食べ、身支度を終えて家を出た。早々にもジャンヌが二人と別れたが彼女には彼女なりの用事があるらしい。

 

「あっちーなあおい」

「そりゃー、毎日うどん食べないからだぁ、あとうどん食べなかったら死ぬから」

「――はっ、なんだそりゃ。バカじゃね?」

「ホロ坊! 言ってもいいことと悪いことがあるぞ!!」

「なっなんだよ! 俺バカにしてねえよ!? お前がアホなこと言――」

「そ こ に な お れ! お し お き だっ!!」

「ツバっ――! そして急っ!?」

「そうだよ君っ! うどんは美味しいんだよっ」

 

 漫才をする両者の間に紅い髪の少女が割り込んだ。

 

「新しく引っ越して来た人におすそ分けしようと思ったのにっ!!」

 

 またう、どんかよ……

 

 ホロホロはまた肩を落とす。この()以外にもホロホロに対してうどんを持ってきた近隣の方たちがいたのだった。

 心の中で首を横に振る。

 

「好きだぜ、うどん!」

「本当に!」

「――、ほ、本当だとも、ハハハ」

 

 むぅっ!! と紅い少女はホロホロを睨む。どちらかが背中を軽く押されたらそのまま口吸いするだろう間隔。春の香りがホロケウを包み込む。

 ひとり頷き、近所のお子さんは顔を緩めて引き下がる。

 

「はい、傷まないうちに食べてね。こほん、私、結城友奈! 貴方たちのお名前は」

「私は、その、みのわぁ……ぎん、三ノ輪銀だ。引っ越して来たのは私じゃないけど」

「碓氷ホロケウ」

「ほろ、けう? くん」

「呼びづれ―だろ。あだ――」

「呼びづらくないよ。むしろかっこいいなぁ、まるで孤高の狼みたい。だからこれからは〝ほろけうくん〟でいい?」

「ああ」

 

 銀と名乗った少女はホロホロの歯切れの悪さを見逃さない。

 

「三ノ輪さんはどこの人」

「イネスんとこ」

「へ~いいな~毎日イネスに行けるよね? わたしもイネスの近くに生まれたかった」

「ぬ! お互い時間あったらイネスで遊ばない? 結城さん」

「うん、じゃあこれ家の電話番号」

 

 友奈は腕時計を見た。

 

「稽古の時間だっ! また今度ゆっくり!」

 

 友奈は去ってゆく。

 

 

 電車を使い、二人は〝銀〟の故郷に着いた。

 駅のホームから出た。出てきたのはホロホロだけ。振り返れば、たたずむ少女。

 ホロケウは目をつむる。あのような顔を見たくない。濁った薄氷の(おもて)はどしゃ降りの跡。

 ホロケウはガラス越しに空を見上げ、そこから視線を下げ辺りを見渡す。遠くの山に霧のカーテンが垂れ下がっている。駅内に明日の天気が伝えられた。猛烈な雨らしい。

 ――ひっで、こりゃあと漏らす。咳払いをし、少女の瞳をまっすぐ見つめた。

 

「待合室のほうクーラー利いてるだろうからそっちに行こっか」

 

 少女の握られたコブシをホロケウは包みこみともに歩む。彼の手に血が着くけれど、拭うなんてことは後にも先にもしなかった。

 

 まだ早い、のか

 

 三十分くらい座っていただろうか。腰が疲れたホロホロが席を立とうとしたら左腕の裾を掴まれる。どことなく少女の呼吸は整っていない。

 彼は赤の他人(たにん)。親切で見知らぬ他人(ひと)に過ぎないから言葉で伝える選択肢がはじめから無く、遠回しな行為すらも出来無い。

 それでも、だ。

 堕ちゆく少女はそれでも、なんとか行動を起こしている。ここに来たことがその証明。

 ならば少女()の使い捨ての杖となるしかない。ホロケウと云う杖は少女をたぶらかせてはならず、少女を導くのは二人の友達。

 待合室にご婦人方が入ってきた。

 

「大岡さんの(みつる)くん昨日の遠足熱で行けなかったらしいねー」

「かわいそうに」

「あと絵画の題材が遠足のーー、なんだっけ」

「本人はともだちを描きたかったらしいよ」

 

 もし少女がそこまでの、ただの勇者でただの人間の女の子だったならここに来ることも、()(とき)、立ち上がるなぞ出来無かっただろう。否、無い。

 ホロケウは視界の端で、少女の頭が横へと動いた、ようにみえた。ゆっくりではあるけれどもしかっりとした強さが確かにあった。

 まだ、終わっていない。なぜなら、――――ひとりぼっちだけれども歩ける足があり、掴み、放り出さない手があり、闇をも見渡せる瞳があり、微笑ましい表情、声があり、ごめんなさいを言えるおもいびとが誰一人消えたというわけでは無く、ただいまを待ちつづける人がいる。そして確かに、わたしは、三ノ輪銀は生きているのだ。又、帰る処は一つじゃないんだ。

 銀の、絹を思わす髪が揺れた。

 母親達の会話を聞いていたホロホロが銀に漏らす。

 

「遠足に、修学旅行とか行ったことねーな。やっぱ面白いか?」

「――うん。うん! すきだ、いこう…………っ! だっておみやげを、おみやげを持って帰ってくるって、えんそくしんぶん書くって――――――やくそくしたんだ」

 

 銀がホロホロを外へ連れ出した。

 

「くよくよはあたしにゃぁ似合わん! わんぱくな夏のぎんぎら太陽がわたしなんだッ! 知らなかったっしょっ」

 

 にっしっし、笑う。

 改めて二人が歩きだした途端!

 

 

 

 

   わたしたちのともだちをかぁああえせえッッっ!!!!!

 

 

 

 

「ボロっ――ボロッッ!?」

 

 ホロホロの喉元に痛烈なラリアット! 下腹部で玉砕する音が二回!!

 

「――……すみっ! そのこ……!」

 

 ぎみのんさんーーーーーー!!!

 

 園子、須美、銀は抱き合った。

 

「なんで、……どうしてっ勝手にいなくなるの~~!!」

「ぎんっ!! わたしたちをたよってよ!?」

「ごめん、……ごっめ、ん。ちがうんだあ! に、とおッさんも、かあさんしん、じゃたからッッ、そのこに、すみも消えちゃったって――! っ、そうかって、にねっ――いないって、おもて――――、ねぇ……わたしだよね!? わたし、三ノ輪銀っていう…………ともだち!!!! だよねっっ!?」

「ぎんは三ノ輪銀よ!」

「そうだよっ、みのさんは三ノ輪銀」

 

 わたしたちの、だいすきなぁっ! ――ともだち!!

 

「わたし、もっ――だ、いす…………き! だっ!!!」

 

 須美、園子、銀は泣きつづけた。三人は三人を抱きよせた。もう二度と誰も失わないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいのですか? 最期まで見守らなくて」

「善いにきまてっる……っ銀に必要なのはあの子らだ。それ、にノドもたまもヤベェっ。あと、どこ行ってた」

「大赦」

「たいしゃ? それってなんだよ」

「あの子たち勇者を生み出し、この世界の守り神『神樹』を祀る者たち。そしてこの国の最高機関」

「そこに行けば、銀の家族を助け出せるのか?」

「少なくとも手掛かりはつかめるかと」

「なんも無いよりはマシっては、やっぱぁー、うん、ナラン。大赦がダメなら神樹はどうだ? その神サマは大赦のどこにいる?」

「大赦本部に乗り込まないと分かりません」

 

 白銀の少女は俯いた。

 

「すみません。神樹が一体どこにいるのかも分かりません」

 

 鼻で笑い、ホロホロは白銀の少女に案内してもらいながら目指した。

 着いた時にはもう、日は西の山に隠れつつあった。東の空はうっすら藍色となり星が幾つか煌いている。

 今いる処は大赦の抜け口と云う、大赦の人間しか知らない処にいる。一般家庭サイズで大きくはない、とうてい門とは思えない門の前。

 ホロホロは深く息をつく。

 

「でーだ、おまえ誰だよ?」

 

 そこにいるのはホロホロとジャンヌだけ。

 静寂ののち静かに開かれる。暗闇に浮かぶ、仮面。

 

 

 

 

 



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三、 雨降って

 銀ちゃん生きてるけど、銀ちゃんを幸せにするんだゾ!部の部員の皆さまごめんなさい
 その他の部の皆さまにも謝ります
 

雨――空から落ちてくる水滴、又、それの降る日。涙など、しきりに落ちるもののたとえ。

降る――自ラ四。(雨や雪などが)降る。(比喩的に)涙が流れ落ちる。


 

 

 震えた声だ。

 

「よくわかったね。私を見破るなんてキミなんかの神様かい」

 

 仮面をつける男の声。

 少年はポリポリと頭を掻きだした。

 

「いや……その、すまん。ぇーとだれ? イイ感じの雰囲気を壊してワルイガ、さ」

「ゑ? ……私以外にだれか?」

「俺が言ったの、このメイデンちゃんのかっこうしたヤツなんだけど」

 

 ホロホロは――何だコイツ、と思いながら当たり前のように答えてやった。

 

「あーその子。よくできてるでしょ、キミの記憶を元にしたお人形だよ。そして彼女たちを駅まで連れてきた。勿論キミたちに気づかないように。ねぇきみー、私今すっごく恥ずかしいんだけど如何すべき」

「知るかよ、てか勝手に俺の記憶読むんじゃねえ」

「そうつれないこと言わないで欲しいよ、――――消滅したはずのアイヌのキミ」

 

 ホロホロが構えると同時に白銀の少女は数多の木の葉となり、突如発生した風に吹かれ、風は仮面へ向かう。

 

「本当はキミをこの敷地内で捕らえたかったんだけど、まぁいい。さっそくだけど約束してくれる? 私たちの邪魔をしないってことを」

「無理だね」

 

 ホロホロは左掌に右手でつくった拳を打ち付け鳴らした。さて、と彼は男にどう攻めるか思考を巡らす。先ほど男は記憶を読んで偽物ジャンヌを作り出したと言った。記憶を読むともなれば消すことや改変することも可能なのではと至って、迂闊には近づけない。又、男はいつ彼の記憶を読んだのか。

 

「なら、キミに制約をかけましょうね」

「やれるもんなら、な!」

 

 何事もまず先手必勝、これがホロホロの信条だ。いくら考えても答えが出なかったからではない。

 ホロホロは男に向かって飛翔し、拳を思いっきり男の仮面にぶちかます。

 と見せかけ、男の目の前で急降下! 男は自分を殴るのだろうとしっかりした守りに入っていたためホロホロが股下をくぐらせることを許してしまう。

 しまったと云う驚き、してやったりの顔が交錯す。

 いざ! 男を出し抜き門から大赦に侵入して駆けだした。その一歩目は外の道路のアスファルトを踏んでいた。ここで彼は驚くがこの隙を狙い仮面は足を引っ掛け、ホロホロを横転させた。鼻からアスファルトに隕石のごとく衝突。

 

「スキあったッ」

「――ハっ?」

「ひかかったっ、ひかかった、――はははははーあーあ。 次はどうでる? なんなら、その青い小人を――――違うね。その青い精霊を本来の姿に戻し私にかかかってきてもいいんだよ」

 

 男は日を背にし腕をだらりとしている。

 しかしなぜかホロホロだけでなくS(スピリット)O(オブ)R(レイン)も動かない。

 

 

「ん? ああ今はもうそういう、仕方ないか。っふ――――さぁ誰そ彼時だ、子供はお家に帰りましょう」

 

 碓氷ホロケウとS・O・Rに男の手がかざされる。すると視界がぼやけて考える頭もねじれていき、待つことを億劫と感じることもそう思うことさえものぐさとなった。

 彼の意識が遠のくなか、仮面は言った。カンカンと鳴るサイレンよりその声が彼を掴んだ。

 

――今のキミに刻まれるかどうか分からないけど、あっちの三ノ輪は、元は勇者とか、あとなんからしい。

 おっと言い忘れるとこだった。鍵穴が無かったから偽物だとばれてしまったんだね。鍵穴は要なんだね、これからは気をつける。

「また…………逢おう――――」

 

 ――楽しかった、と。

 

 

 ホロホロと青く小さな精霊はとぼとぼ引き返していった。背筋が丸まっていた。

 仮面の男は腰の骨を鳴らし、次は肩を同じようにした。

 

「よかった~あの精霊がこっちの精霊じゃなくて。それに弱っていたな」

「おい、そんなところでなに油を売ってい、る――あの少年はなんだ」

「迷い子みたいです。道を教えてやりました」

「そうか。大赦の人間たるものまごころは持たねばならぬのは無論、人々の模範であることだからな。精進は怠るなよ?」

「諾。先輩」

 

 先輩と呼ばれた大赦の者はもう一度迷い子の少年に意識を向ける。

 

「あの紋様は――――」

「気になりますよね? アイヌも、知っている人間も由来する土地の名も文献も何一つ残さず消滅したというのに」

 

 先輩は尻尾を握られた猫のように食い付く。

 

「なんだ! そのアイヌとやらは。神樹様に害なすならばただではおかんな」

 

 やれやれと首を振るう。

 

「そうなりますよね。神世紀になったと同時に、ですから。普通は知らない――――と云うことなので知らなくていいですよ先輩」

 

 例の少年と反対に位置し、彼らがいる廊下の窓からかろうじて見える池で、鯉が跳ねた。跳ねた、というよりは跳ねた音がここまで耳にやって来た。

 その池に意識をやり、後輩らしき男は可愛いものを見たように先輩を笑う。

 

「なに笑っている? まぁいいがこれからすぐ〝(はかり)〟だぞ」

「忘れてないですよ」

 

 〝議〟が、神樹様の御前で執られることはなくかえって失礼であり、俗世と断絶した木洩れ日の中で酒をちびりちびり呑みながら進めるわけでもなく、或るお社の中数本の蝋燭をたよりにすることもせず、高級なホテル、ビップな場所で行われている。

 乃木家、鷲尾家、三ノ輪家、の者はここにはいない。他の名家もいない。本来ならば位が高い者を中心とし開かれるが、ここは違った。

 〝議〟に集まる者たちは占いにより決まる。したがい、位ある者だけが集うこともあれば下級の家が占める時もある。また、そのような〝議〟で可決されたことに異を唱える者はいない。ちなみに大昔は腐るほどいたらしい。

 

「急な議にお集まりの皆さま、先日、バーッテクスとの戦いで尊い命と、勇者の力と引き換えに散った〝三ノ輪家〟の方々へ、礼」

 

 幾人かの仮面の下には、思い出が、灯籠のように、流れていた。

 

麻八(まや)さま、テツちゃん、タロちゃん、幹道(みきみち)はバーッテクスを追い出す為に将来を捧げてくだすった。麻八さまが麻八ぴっぴの絶妙な塩加減が引き出すあの甘さは思いやりのある温かな味だった。幹道は最期まで神樹様と共にあった。テツちゃんは新しい発見をいつも見せてくれた。タロちゃんはひたすらに可愛かった。御四方がいなければ勇者三人が命を落とすことはおろか、神樹様が犯されていただろう」

 

 〝三ノ輪家〟のお役目は簡単。樹海や神樹様が傷ついた時の代わり身や星返し――命と引き換えにバーッテクスを壁の外へ追い返す最後の一手――でありバーテックス一体につき一人の魂魄が必要となる()()()()()()()。バーテックスを追い返したのは当主の麻八、長男の鉄男、次男の金太郎であった。

 幹道は違った。公務員や民間企業を兼任しつつ農業を営んでいた家の生まれで大赦とは少しも繋がりが無い。三ノ輪家のお役目を持たない彼が戦って命を落としたと大赦が口々に言う背後には幹道の自殺と云う変死。神樹様、大赦、神世紀において、自殺は神樹様への冒涜なため自殺とは認められ無い。

 不可解なことがあった。幹道は妻とは別の処で息をひきとってい、鉄男と金太郎の遺体が草の根を分けて探しても見つから無い。

 それでもなお奇奇怪怪な出来事があろうが明日の葬式に四人は送り出されるのだった。しなければならなかった。

 

「今回はバーッテクスが三体だった。三体を撃退したのは三ノ輪家の方たち」

「…………もう一度、お花見をしたかったです」

 

 一人の言葉に続いて、思いにふける声が上がり始まる。

 

「――では、明日素朴に送りましょう」

 

 今回の進行役は咳払いをし、議題に移る。

 

「勇者である三ノ輪銀くんが何の知らせもなく神樹様の、勇者の御力を失った。今月末に銀くんを検査します。もし、銀くんが再度神樹様の御力を纏うことが出来ないと判ぜられたら園子さまと須美さんだけ。皆さん既に目をお通しなさったでしょう、勇者の選別を今月から始めます」

「その事ですがいささか、早すぎるのでは」

「私もだ。大赦(我々)から選んだばかりではないかね。それに『勇者システム』(?)なるものがもうすぐ完成されるのだろう?」

 

 一斉にざわめきだした。そのなか、ホロホロに術をかけた仮面も続く。

 

「いっそのこと星共を招き入れるのはどうです。私たちが神樹様を護るために迎撃するのではなく、神樹様が戦うのです。土着の集合体ならば武神の一柱(ひとり)はおられるはず」

「まぁ、皆さま落ち着いて。我々から選んだといっても猫の額ほどではありませんか。あと格式あるところしか選んでいない。この度は、大赦、民草関係無く撰びましょうということであります。ここは一回、銀くんは勇者になれないとしまして次いでバージョンアップした御二人でいけるとも思えない、としましょう」

「む、確かに勇者一人欠ければ荷は重いな。それと三ノ輪銀が勇者へ復せるとしても最後の柱、前線には出したくない。しかしだ、いつそれを実行するのか教えていただきたい。日や場所によって動けん局もある」

「大丈夫です。今月の二十七日から八月の三日までの期間を目安にし――」

「それはあんまりだ! そして矛盾。『神樹様と死ぬ気で遊BOH(ボー)! わんぱくワラシの会』と被っている、ということはそれも計画に加えると見ましたっ。せっかくスケジュールの最終確認までこぎつけたというのにっ別の日にし――」

「神樹様はその時が善いと」

「――ならば人を寄越してくれるんですよね! 残業代は!!」

 

 仮面から落ち着いてはいるが人間味ある声が発せられた。

 

「ええ、各局暇してる方たちと()()()()()()が手伝います。……お金はー、その、担当がいるでしょに」

(くら)(かた)はっ」

「申し訳ございませんが、今回の議に倉方の方は出席なされてないようです」

 

 と、男の向かいに座る女性。

 とは云ってもこの一連の流れにより厳格な空気がゆるんでしまい、こそこそしてきた。

 他人事として男は見ていたがここで止めるべきだと思い今にも燃え狂いそうな炎に水をかける。

 いつもこの議は途中から脱線し、自分の子供自慢を語りだして喧嘩に発展したり、恐竜の真の形態と絶滅のナゾについて迫るのが大事な事や、ビックバンに宇宙の真理とミステリーサークルについて等の議論に花を咲かす。早く終わるはずの議が夜遅くに終わったというのはザラで、男はそれに付き合うのが楽しいのだけれども今日の一件があった故、軌道を修正した始末であった。

 又、最高局であるはずの樹祭官(いつきまつりのつかさ)のあわれな姿が見ていられない感情も少し含まれている。

 

「有難うございます。まず適正値を見出すことから始まりますが今回は男子も対象とします。ええ、勇者に選ばれるのは少女ではありますけれども、少年たちには勇者とは違ったお役目を与えたいと考えております。神樹様の御賛同はいただきました」

「そのお役目とは何だ? 時折適性が高い子はいるといっても女子の最低値並みだぞ」

「昔の偉人はよく言いましたね、塵も積もれば山となる。彼らのそれを頂戴し、選ばれし女子たちへ与えるのですよ。栄養ドリンクみたいなものですね」

「……すばらしい…………!」

 

 全ての仮面が男に注視した。

 

「あなた、やけに生真面目ですね。明日は雨ですか、雪ですか。それに初めて意見があいましたね、大赦の問題児」

「私のことは気にせず早く進みましょう、……そこまでだったとは、シンガイですヨ」

 

 久しぶりに議は定時通りに終わり、中には大赦の仕事に戻る者や自宅に帰る者に飲みに行く者などの集団に分かれ、男は三番目の輪に入って朝まで呑むのだがこれもしないで大人しく、誰よりも早く家路についた。

 ――では! 男はのらりくらり抜け出していった。

 完全に日は消え世は夜である。

 街の明かりがあるせいなのか星の煌めきが、瞬きが見えずにいて、ホロホロたちに術をかけた男は老婆の荷物を持っていた。その老婆と男は顔なじみで、時々町内の寄席や集まりっこに男は出席し彼女以外の人たちと談笑に花を咲かすのであった。

 

「いつもいつも悪いねぇ」

「いえいえ、人助けは呼吸するようなもんですから。っとぉごみごみ」

 

 彼女は言った。

 

「あんた、家に来ないかい? 夕飯ごちそうするよ」

「すみません、今日わたしやることがあるので」

「そーお、あんまし夜更かししちゃダメよう。あんた若い娘さんのようにべっぴんさんなんだから」

美海(みう)さんこそちゃーみんぐですよ」

「チャーミングなっ」

 

 ははははと二人は笑いあって、別れた。

 

「あーあ~明日葬儀か、やだな~行きたくないな~。だって面倒じゃないですか。たかが発言力がある家ってだけですよ。いや、驚くべきお役目も担ってますが、ん?」

 

 男が足を止めたのは猫の声が聞こえたからであり、猫は茂みから軽やかにこちらへと跳んできた。

 

――!? ねこめ~ッ~~

 

 間抜けな声をあげて猫に顔を踏まれる。

 

「ぬっむ~まったくいけない猫です…………、一体、どこに送るんでしょうね。英雄として夜空に掲げるのかな? それならそれで、夜空は映える。次はそんな夜に、ホロケウくんともう一度会いたいな。でも、今度は月末か、来月の初めか。碓氷ホロケウくん、キミを、私は…………」

 

 この男を初めて見る人ならば彼を切なげな大和撫子として認識するだろう。

 そして男は、手を空へ伸ばし、幼い子の頭をなでるようなぞる。

 

 

 

 

 

 

 

 銀が親友の二人と再会したがその後のことを、彼は知らない。

 

「オマエ、魂食って成長するんだよな? んなら魂を知覚するの長けてるのか」

 

 S・O・Rは気取った格好をする。

 

「なんだその態度。銀の家族は――って、お前でも無理か、そう。こいつァ自分の目ん玉で確かめる必要がある、よしっ、夕ご飯食べたらもっかい往く!」

 

 ホロホロはフライパンと菜箸を手に取った。

 食べ終えたホロホロは食器や調理用具をしっかり洗い、夜の香川に飛び出した。

 全速力で彼は銀の家だった処へ向かう。往こうにも、夜の九時に小学生くらいの子どもが一人で電車に乗るとなると補導されてしまう。走る方も補導員に見つかりはするものの電車より逃げ道がある。

 間もなく降るであろう雨の匂いを、休むどころかますます風切る音を鋭くさせ走るホロホロは感じた。ほんのすこし、冷たい草のにおいがまじる。

 

「ここが、銀の家」

――だったとこ

 

 ホロホロは塀を飛び越え庭に侵入した。

 

「あんがい、フツーな家。……、おろ?」

 

 植木鉢に手紙が埋もれていた。

 すぐ手紙を取ることがはばかられた。手紙は熱を帯びていたためホロケウは慎重に読んだ。

 

「『ごめんなさい、謝ればいいという訳ではないのでありますが謝らなければなりません。私はあなたに背を向けました。ですが、子どもたちの為にしなければならなかった。このまま死ぬことをお許しください。』……◯幹」

 

 丸の中に幹の漢字があった。読んで気持ちを悪くしない者はいないだろう。

 ひっくり返してみると地図が書かれていた。

 

「……山」

 

『だれかいる!』

 

 家の中から幼い声が大きな声を発し、こちらへバタバタと足音が迫ってきて手紙を丁寧にしまいホロホロは裏に記された山へ駆けた。

 山に着いた時には顔が汗だくなのはそうなのだが、雨に打たれて全身が重い。腕で顔の汗や雨を拭うもすこぶる降る雨がホロケウを濡らす。

 

「どうだ見つかったか」

「まったく。幹道さんはこの山に向かったと目撃されてるんですけどねぇ」

 

 男二人は山へ入っていく。

 

「なるホロ。どうりで山へ行く車がいっぱいあったもんだ」

 

 茂みの中からホロホロが出てきた。

 山はパトカーのライトや彼らのような者達が捜索していたので明るい。特に明るくテントが張られた場所へ目をやれば仮面をつけている大人たちもいた。

 

「香川県って仮面着けながら捜索するのか。へぇー変わってる」

 

 精霊はツッコミをいれない。しかし

 

「だからこそ、何かやべぇし近づかない方が吉」

 

 精霊は首を横に振らなかった。

 子ども一人は優に隠す茂みのなかで、捜索隊の目を掻い潜るために地面すれすれまで体勢を低くしている。服は泥だらけで、雨が降っているが余計に彼をみすぼらしくさせていた。木々の影で休息して、息をひそめる。

 転生した彼はしょせん小学生の体であった。前の世界で、小学生の頃から自分のでっかい夢の為に、立派なシャーマンになる為に修行はしていたけれども生理的面だけは成長するしかほかならなく、歯がゆい思いをした。

 

「転生特典ってのがあるんじゃねーのかよ」

 

 ため息をつき頭に巻かれ、バンダナ代わりの草や泥がこびりついている白かったタオルを外す。

 びだん、と地面を鳴らす。

 

「早く見つけろ! 鉄男くんに、金太郎くん、二人の体力が無くなるぞ!」

「一旦引き上げません! なんかしらみ潰しっていうか雑になってきてる」

「それにしても、……あがんない。最近日照り続きだったけど、これはちょっとな」

「なーに無駄口叩いてんの」

 

 最後に言った捜索員が肘鉄を放つ。

 会話が耳に入ってきた。休み過ぎたと舌打ちをし後で帰ったらハオに一発根性決めてやると誓い、捜すと同時に彼らから離れようとする。

 ぱきり。

 枝を踏んでしまった。

 

「いるのかい? 大丈夫だよ、さ――」

「ホ、ホロー! ホローッ、ホロー………っ!?」

「なんだ狸か」

「人の声ッ――んなわけあるか! ってホントだ」

 

 彼らの目の前に狸が一匹現れた。

 これに一番驚いたのは誰かなのかと言うまでもないだろう。ホロホロは絶好の機会を無駄にしなかった。

 捜索隊が情報の共有に整理するためテントへ下山するなか、反対に奥へと進んでいく。

 

 ん? 変にここだけ冷たい空気

 

 岩が崩れ、洞窟を塞いでいた。大人が通るにはきつく、かといって子供が入れる隙間すら無い。

 ホロホロは睨み、S・O・Rを自分の体におろした。精霊を憑依させることで人間が出せる以上の力を得られるからだった。又、憑依させなくとも今の彼でもどかすことは造作もないが安全性を一番に考えての行為である。

 

「待ってな! 今、姉ちゃんの処へ帰ろうっ、そーだな――今までふんばってえらいっ! いいぞおーーオッ!」

 

 笑顔で、努めて明るい声を届ける。

 全て処理し終え洞窟に入るとそこはただ広いだけであったけれども、奥から冷気が漂う。除霊を行い、奥へと進む。

 ホロケウは息をのんだ。子供二人が氷漬けにされ、魂が、其処に、無かった。

 氷はびっしりと磐に張りつき氷だけ取ることは出来そうにない。ホロホロは手を当てる。触診して分かったことと云えば氷を削れば子ども二人の体が傷ついてしまう構造となっていた。

 

 なんもできねえって、俺何しに来たんだよ

 

 そこは、当たってもよい場所ではなかったから自分自身に当たった。

 何か手がかりになりそうなものは見当たらず、引き返そうとしたとき、懐にしまっておいた手紙が燃え上がった。

 

「――――!?、――ッ!」

 

 手紙は肌と直に触れあっていたので声にもならない悲痛な叫び。S・O・Rが炎を鎮静してみんとするも炎は次第に業火へと燃え盛る。

 五大精霊であり、水の精の中で玉座に君臨出来るほどのS・O・Rが業を煮やす事訳は、自殺した幹道と云う男の生前手紙に込められた贖罪が、幹道が死ぬことによりより揺るぎ無く、一線を一歩越えてしまえば怨みへと成り果てる「思い」と成った、霊同士――ここでは神仏に悪魔、龍等も含む――の雌雄を定めるのは技術でも体格でもない「()」で決まるが、時折「思い」の強さが「格」を壊したり越えたりする。

 現に「思い」は尋常ではなく、彼の世界の地球五大精霊を相手としていない。

 

 もしかしなくともこれは『子を思う親の思い』かァ、そうでないと……受け入れなんてデキねえヨッ――

 

 ホロホロはS・O・Rに待ったをかけた。

 

「イイッ、気持ち的にも体的にもマダダガ、あとは俺がなんとかしてウケトメ、る……っつ、モザイクだ、モザイクがみえた……」

 

 拳を血が出るほど握りしめ、口を噛みしめ、膝をつき地面に上半身を伏さないために右腕を大地に乗せ支えてもち堪える。左手は手紙の炎に焼かれ続ける胸を押さえていた。

 炎が消えたのは、手紙が消えるのと同時であった。

 ホロホロの目は血走っていた。呼吸を整えるにも胸を焼かれていたためままならない。

 時を移さず精霊はラマッタㇰイカヨㇷ゚((魂をよぶ宝矢筒))にオーバーソウル。

 ホロホロの呼吸が落ち着いてゆく。

 

「すマネェ、だがわかった。一つには銀がここに来たとしてもなんも解決しないこと。二つ、銀以外の何かが必要ってことなんだよ」

 

 やはりこのようにすらすらとそらんじ伝えているのでは無く、とぎれとぎれになりぜぇぜぇと息を荒くしつつ説明していた。

 歩けるくらいに回復したので精霊に支えてもらいながら立ち上がる。

 

 

「必ず、帰ろうな」

 

 視線はどこを指していたのかは本人のみぞ知る。

 

 

 

 

 岩を元に戻す俺。悪く、思わないでくれ…………それにしても、非現実的な氷の結界があるってのに霊力も巫力も感じない

 

 ホロホロはあの捜索隊に見つからないよう岩で隠していた。

 雨は相変わらず降っているが夜の暗さは消えてゆく。

 

「まーた眠れなかった」

 

 最後の岩を嵌め終え

 

「明日から学校とは意味が解らん。つかハオの奴どうやったんだ。あと家も金も。こんなに出来るならあいつがやれよな」

 

 朝日のまぶしさがホロホロの顔にあった。

 皮膚が切れた薬指で顔を汚している泥を取る。

 

「まずは風呂だなこりゃ」

 

 

 

 




 










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四、 神道わらはべ―碓氷ホロケウは転入生である―

わらはべ――童・童部。子ども、子どもたち。貴人の家や寺に使用されている子どもの召使い。自分の妻を謙遜していう語。

ここでは『子ども、子どもたち』の意であるぞよ。


 

 

 

 日曜、三ノ輪家の葬式に行くことが叶わなかった。家に着いたとたんバタリと寝込んでしまったからである。仮に行けたとしてもこの男が銀になにかをしてあげることも無く終わるだろう。

 廊下で、ホロホロは死んでいるように眠っていた。ホロホロの頭の隣にS・O・Rがあらわれる。片足を上げ、彼の顔に踵を落とす。

 精霊の頭の位置が下がったことにより廊下からみえる居間の、洩れた東の光りがさしこめる、大きな時計が四時を示す。なるほど起きなければならない時刻になったようだ。

 しかし、ヤツはごふっと呻くだけで起きる気配がない。何度も繰り返すうちに足蹴にするようになってしまい、精霊は細い眼を更に細め、だらしがないホロホロに手から念を飛ばした。急にホロホロの規則ただしい呼吸が止まった。

 

「ホがっ!?」

 

 目も意識も覚めるが、指一本動かすことも、呼吸すらもままならない。金縛りに、ホロホロはあったのだ。

 

 

 

 

 夏の日差しのなかを歩いたり駆けたりする児童たちは、一度は後ろを振り向いてみたり、わざと距離を置きながら横に並ぶようにして見慣れぬ少年を見る子たちがいれば、後ろでこそこそとその少年を話題としていた。

 ホロホロは目を一の字にし、精神年齢がこの子らより高いといえども、まさか生まれながらにして二回も小学生をするハメになるとは思いもよらなかった。

 ……つらい。

 校長室に向かっていたホロホロの近くを少年たちは通り過ぎようとしたとき、不意に、彼の腕に傷があるのを目にした。小さな傷が数か所。

 ちょっと少年たちは立ち止まり目を合わせて、うんと頭を縦に振る。

 

 「ランドセル持つよ、テンコーセイ」

 

 そのなかの一人の子はランドセルを校長室に着くまでもっていくと言い、ホロホロはとっさのことだったので考えもせず頷いてしまう。

 うわ、いい子だ。

 それからの今、ホロホロは友奈の通う小学校の校長室にあるソファアの上で校長の冗長な話を聞いてい、月曜の特別児童朝会が始まるまでここでじっとしている。

 緊張しているのか反応がうすいことを校長は心配し、自虐を織り混ぜ彼をゆるませようとするけれどもただ、薄い同情の眼差ししか返ってこず困っていた。

 「五分前ですね」と彼の担任が時計を見、そこにいた四人――副担任もほぐそうと奮闘していた――は体育館に足を進める。この小学校では児童の自立を高めるため、高学年に上がれば担任や副担任が児童と一緒に並ぶことはめっきり無くなる――修学旅行は流石に別であるよう――。

 朝会は特に何も起こらなかった。

 

「はいっ朝会でも自己紹介してもらいましたが、もう一度お願いできるかな」

「うっす」

 

 当たり障りのないよう彼は言う。

 さて、小学生というものは『ホロケウ』等の聞きなれない名前と出会ったときひやかすもので、彼のあだ名である『ホロホロ』などは

 

「どこかのドバカよろしく『なぁーんだ点々つけたらボロボロじゃねーか!』って人様を怒らせるもんなんだよな…………あ~イラッとくる」

 

 ――なんか大きなひとりごと言ってるよ、アブない助けて下さい神樹様――児童たちが冷や汗をかき自分たちの身の安全を神樹様に祈る。

 あーじゃ、質問タイムと行きましょうかと担任が機転を利かす。

 ホロホロが予想していたバカにしたそれらは一切飛んでこなくそれどころか『スポーツ得意そうだね ナニ好き!』『髪ツンツンしてる~っ』『どこ出身』『二日たったけどもう慣れた?』『傷あったよな! バンソウコーあるけど保健室しってる?』などまっとうな質問と思いやりある言葉が聴こえてくる。

 そしてまっすぐで濁りも穢れも知らない純粋な瞳で彼に質問をするのだ。前の世界でこの子たちのようなまごころある子がいなかった訳ではないが、暴力を振るう女将、つねに難癖つけたり暴行をくわえる理不尽トンガリ坊ちゃん、そしてゴーレム操る七歳児は彼の下腹部を死ぬほど執拗に痛めつける、といった支配が強すぎて良い子を思い出しづらい。  

 校庭、校舎を照らす朝陽が目にしみるのだろうか、目頭を押さえる。

 

「ほろけうくん……?」

「いや、おまえら――お前らはそのまんま大きくなれよ! 俺との約束だぞ!!」

――――いきなり泣きながら約束されたよ、この子をお救い下さい神樹様ッ!?――――

「……ずびび、…………おっと気味悪ぃな。――改めて、気兼ねなく『ホロホロ』って呼んでくれ!よろしくッ」

「え~……、ホロケウさんは友奈さんの隣の席に座ってね」

「オッホン」

 

 拍手はまばら。

 そんななか友奈が気持ちよく、眼を閉じながらこちらに来るホロホロを迎える。ホロホロが席に座った後、担任が軽く連絡事項を言う。

 

「まさか同じクラスになるとは~いやーこれは神樹様パワーとご近所パワーのおかげだね」

「面白いパワーだこと」

「ゆーな今日日直でしょ、そろそろだよ」

「いっけないッ、ありがと~のっちゃん」

「――ということなので、くれぐれも花火の取り扱いは注意してください。友奈さんお願いします」

「ハイッ! 起立。礼。神樹様に――――拝」

 

 これがここの教育かとホロホロは考えるがこの世界に来てからは、ことあるごとにあの、盆栽程度の大きさの木が祀られていた。すればこの子たちがしているのは教育よりかは宗教的意味合いが強いだろうと結論づける。又、これは善いモンだ、それほど愛されてんだなと一人うなずく。

 ホロホロは拝む教師、子どもたちをまじまじと見つめる。

 友奈が視野の端で捉えてしまった。拝まないホロホロを。

 

「ほろけうくん、……拝まないの…………」

 

 ――え。奇異の目が、ホロホロに集まった。

 

「ホロホロ、それは失礼ってもんだぞ」

「すまん。けど、よ――知らなかったんだっつても、納得しちゃ――――」

「はぁ!? ホロホロくんそれでも小学六年生なの!? ありえないし、ウチらより……すぐ神樹様に謝って!」

「そうだっ、謝れ! あと二度とこんなことすんなよな! ボクたち神樹様に守られてるんだ!!!」

「……ちゃんと、しっかり……神樹様に手を、合わせよ…………ほろけうくん」

「罰当たりぞっ――神樹様に怒られるぞ?」

「みなさんよしなさいっ。ホロケウさん私について来て下さい」

 

 ホロホロは背をベランダの窓に張り付けていた。ベランダの飛び降り防止柵にてんとう虫が大空へ翔ぼうとしていたが、三羽の鴉が空に輪を描いていた。いっこうに下降する気配がないが、てんとう虫はそれを罠だと気づいていない。

 うす、とあっけにとられたように返せば『うすじゃなくてハイですよ』と叱られる。そのホロホロを見て嗤う者はいなくてむしろそれは子どもたちの心の炎に油を注いでいた。

 担任はホロケウを連れ教室を離れる。

 

「ホロケウさんは――」

「『ホロケウ』って言うの止めてくださいよ」

 

 まだ目的地に到着していないのに、怒髪天を衝き、羅刹と言っても過言無い三白眼でホロケウに迫りくるった担任。

 

「どこまでそんな神樹様も私もバカにした態度をするんです!? なんでそう――」

「俺はあんたたちとは違う人生を生きては色んな価値や背負うモンをしょったヤツらに逢ってきた、あんたたちとは違う神様たちに畏れを抱いてきたさ。嘘だとしても、ここまで言い切るヤツが今から自分が住む地域のこと知らないってのはいけねえ。猶予はたっぷりあったんだぜ、どう見ても俺が悪いよ」

「そういうことじゃ、……。はぁ、ごめんなさい。気がどうかしてた」

「先生、オレみたいな生徒は初めてで?」

 

 まばたきをした。

 ――しまった、これはいけない質問であったと失念。

 

「……どこでオレを叱るんです」

「すぐです。でも説教じゃないからね」

 

 弱々しい返事をホロケウは聴く。

 そこは相談室であった。

 

「まぁ座ってね。……碓氷さんは前の学校で神道の授業しっかり受けてきた?」

「しんとう……、神道って天照を最高位とする、あの神道」

「違うよ。それは西暦までの神道」

「西暦までって、じゃあ今はなんだよ」

「神世紀です。あと言葉遣い」

「へ、へぇ……なら、西暦はいつまで続いたんで?」

「二〇十九年に神世紀へと代わりました」

「今は神世紀何年」

「神世紀二九八年」

「異世界じゃ…………、ああねええよ!? アホやろうッ! まるっきり未来ッタイムワープだろッッ――って未来改変していいのか!!」

「お、おち――落ち着いて碓氷さんッ」

「すまねぇ、ハァ……。いや、ある意味異世界だがよ――ああそうだった。今の神道は」

「〝神道〟の『神』は神樹様の『神』、〝神道〟の『道』は神樹様が拓かれた御道(おおんみち)を歩かせていただけるよう道徳や倫理を積み上げていく。神樹様はどのような神様か、知っていますよね」

 

 聴いたことねえよ、と心の内で舌打ちする。ちらりと校庭に視線を向けると鳥が砂場だった処で泥遊びをしていた。と言ってもただ地面をつついているだけだが。

 

「……ど、…………どちゃッく」

「そうです土着です。……ってその顔はなにかな?」

「なんでもないっス」

「ですねぇ――碓氷さんはなぜ神世紀に成ったかも分からない、いや。覚えていない、でいい?」

「すみません」

「謝ることじゃないですから、私も碓氷さんにキツくあたりすぎました。ごめんなさい」

 

 ホロホロがそんなことないと言おうとした途端

 

「今週中に碓氷さんの家へ家庭訪問をします」

「うぇ?」

「今思えばこれから別の学校に通い始める子と、保護者と面談するのがあたり前なのに、碓氷さんの時だけはなぜかそうしなかった。書類上の手続きしかしてこなかった。これにだれも指摘しなかった。おかしいと思いませんか」

「いや、おかしくないっすよ……!?」

 

 ホロホロは戸惑っている。

 ここに飛ばされる前にあの神様は、異世界の日常生活を保障すると言っていた。いきなり計画が崩れるとは緩すぎる。又、彼の異世界生活を保障できるのなら自分がやればいいのに何故他人に任せるのか、飛ばされた彼は改めて疑問に思う。

 ともかく、部外者にこれ以上つつかれないようなんとかするしかなくなった。

 

 あいつマジモンの阿呆になっていやがった! おい、どうやって切り抜ける俺よ?

 

 悲痛ともいえる面持ちで口を開く。

 

「そこまでなの?」

「今なんて」

「なんでも、ない。碓氷さん、今日にしましょう」

「はッ」

「事態は思っていたよりも深刻でした。大丈夫、先生も一緒についていきますから」

 

 幼いころから徹底的に道徳や〝神道〟を身に付けさせる世界で、彼のような子がいたらただ事ではない。

 社会でハメを外し社会の仲間から外される態度や行動をしたら、その子の家庭はしっかりとした家なのか疑う、これは異世界でも同じであった。むしろこの世界の方が敏感なのかもしれない。

 

「おっとあんまり話していないと思っていたのに、二時間目になりそうですよ」

 

 ホロホロの答えが出ないまま、担任は彼を引っ張った。

 教室に戻り、行間休みとなった。

 ホロホロの周りには誰もいない。そして教室にいる子は少なくて校庭からはワハハとボールを蹴る子どもたちの声が、教室に響きわたる。

 …………。

 ホロホロが青空を見上げる。

 

「飛行機、全然みねーなー」

 

 言うや否やドアの音が耳に入ってきた。

 とうとうひそひそ話が消えては、読書に夢中だったのか息が大きいのも聞こえなくなったのでちらりとすれば、誰もいなくなっていた。

 

「すばらしい〝神道〟……ってね。ある意味シャーマンファイトより厳しいな」

 

 時は流れて昼休みとなった。

 

――ホロホロくんごめんなさい!――

 

 給食が足らず職員室でたかろうか、とドアに手をかけていたホロホロが止まった。クラス全員が頭を下げていた。頭をあげろと言わなければずっとこうしているのだろう。

 

「い、いきなりすぎて、何と返せばいいのやら……」

「このまんまの通りだよ」

「ホロホロくん先生に連れられたあと学級会やったの。あのとき頭がカッとしちゃってホロホロくんのことなんもみていなかったって反省したよ」

「なんもって」

「ホロホロん泣いてたじゃん。うるうるしてたじゃんか」

「あれは泣いてない。びっくりおったまげただけだぞ」

「だってわたしたちみんな怒って、そこまでにしよってだれも止めなかったし……怒りすぎちゃったし、ほろけうくんひとりだったから」

「だから、えっと、…………ホロホロくんごめん!」

「そう。……俺も謝りたいことがある」

「謝りたい、こと?」

 

 碓氷ホロケウが、土下座をした。

 ここに、眉を広げない子どもはいなかった。

 

「すみませんでした。みなの神樹様を糞味噌に冒涜した。これはみんなの心に傷つけるもんだよな。……、俺はもっとこれから神樹様を知りたい、神道も俺の一つにしたい。だから、さ」

 

 床からでこををはなす。

 

「俺も一緒に、おまえらと一緒の道を歩んでいくの、ゆるしてもいいか」

「……――うん! ほろけうくんっ」

 

 

 

 

 

 鉄塔の電線でカラスたちが鳴く放課後にホロホロは図書館へ足を運ぼうとしていたのだが、友奈もついていくと言い出し、他のクラスメイトたち――主に男子、ではなく男子女子半々!?――が乗っかる。

 しぶしぶホロホロは承諾した。

 そこまではいい。

 いくら道徳や倫理観が高いといえどやはり年相応の小学生、図書館に向かうはずがおいしいうどん屋さん巡りに移行していた。アーケード街にある中規模なショッピングセンターにも行こうと口々に言いだすも、友奈が鶴の一声で途方もない回り道をせずに済んだ。

 

「うどん屋巡りが年相応かよ、嘘くせえ」

「何がうそくせえのホロホロ? あ、分かった。昼のサッカーのことまだ根に持ってるんだろ」

「そうそう、まさかホロホロくんがあんなに下手とは」

「別にドリブルはよかっただろ?」

「そう、それなのに下手ってどういうことかこっちがききたいよホロホロ」

 

 サッカーのドリブルができるのにサッカーが下手というホロホロは言い訳を考える。考えながら、子供たちのうどん(並と中――中の方が並より多い)の食べ方に何故か恐ろしさを感じ取る。

 ちなみにホロホロは稲荷ずしを食べている。勿論一般的なおやつ程度に、だ。

 

「それにしてもよ~よーく食べるねぇ。腹いっぱいになんねえの」

「話そらしたって、ホロホロく~んどこ見て言ってんのかな」

「隠してもむだだじぇ、ホロホロも友奈ちゃんに一目ぼれしたろ?」

「あ?」

「友奈ちゃんって運動出来て、運動できるの棚に上げないで活発じゃない友達を支えようとする縁の下の力持ちちゃんだよね~」

「分かるわ~あと友奈ちゃんって他の女子よりで、デカい……よな……!」

「オレ去年の夏休みのプールの時鬼ごっこで鬼やっててな、そのふれたんだよ……」

「や、やっぱし天使のマシュマロか! そうなのかい!?」

「くそ! 羨ましい!」

「知ってるぜそれ。怒られないどころか友奈照れたんだよなその手をよこせ」

 

 両手を合わすホロホロの周りにはいつの間にか男子の群れが出来上がっていて抜け出しそうにもない。

 友奈のなんやらに触れたとか、友奈の香りは桃だとか、おしりもなにやらこうやらで友奈、友奈、友奈であった。

 興奮している群れのなか、ホロホロだけは目を瞑ってじっとしている。

 

 ションベンくせえ小娘(ガキ)に興味はネェ……。

 

「おれもうどん、食べっかな……」

「お! ほろけうくんうどん食べるの? わたしもおかわりしたくてねついでに見たあげる」

「ぇー…………」

「だーめっ友奈これ以上増やすつもり!?」

「増やすって、体重のこと?」

「違うっ」

「教えてのっちゃんっ」

「ダメ! 白百合が黒百合になってカマキリがすくって蜘蛛の巣に利用されちゃうから教えない!!」

「ぇ~…………、じゃ――」

「ウチもいやや!! 友奈()たちといっしょにいこっ」

「友奈ちゃんのうどん私も食べたい!!」

「友奈、アタシがおかわり持ってきてこよっか! 二年の給食の時、私がよそったご飯が一番だって言ったよね!! いつもよそってほしいって言ってたあの御言葉わすれてないからッ!!」

「ならワタクシは友奈さんを」

――――それはダメ!!!――――

「まだ言葉として発声していません!?」

「こころをおちつけ! オメーらッ一心不乱にうどん食べるか友奈ちゃん食べ――」

――友奈ちゃんっ一丁、へいっよこせ!――

「噛んじまった!! そしてゆーなちゃんも朱くなんな! ちくショーツッコミよこせや」

 

 ホロホロの口から小さなホロホロが出てきて目から機関銃を乱射した!

 無論、比喩である。

 

「おい、もう帰りの時間……だ……ぞッ」

「っげ! まじだ」

 

 子どもたちはイスに食器を片付けて、蜘蛛の子散らすように家路についていった。

 一人取り残されたホロホロが店員や店主のところに謝りにいった。

 

「べつにいいさ、今日お客さま来なかったし、お客さまがいらしている時は静かでね。今日だけだよ、あんなに元気なのは。それにあの子たちはこの地域の一種の名物だから。……孤軍奮闘お疲れさま、お冷をもってこよう」

 

 首を振って、店を出て戸を閉めようと回ったときに、見慣れた紅い髪の少女が片手を挙げていた。

 

「たいへんだったね~」

「まったくだ。友奈ちゃんいつもああなのか、疲れねえの」

「まぁ疲れるよ。だっていつも教えてくれないんだぁ……」

「あれのなかだったら気付くだろ」

「そりゃあ大人の人の前で、私だけおおきく名前だされたら恥ずかしいですよ」

「他に思うところは?」

「みんな仲良くしてくれてるんだなぁーって。みんなとおなじ学校でよかったっ」

 

 本心から言っていることが分かるほどすがすがしい。

 

「……ッフ」

「鼻でわらったなぁ~ッ」

「ごめん」

 

 二人は友奈の家に着いて、ホロホロがそそくさと足を動かす。友奈は玄関の扉を開けず西日に光る彼の背中をみつめていた。

 びたんっと頬を叩く。

 

「ほろけうくんッ」

「ホい?」

「私ね――この地区で一緒に遊ぶ子どもがいるの! でも、みんな小学二年生でね、べつにその子たちと遊ぶのが嫌いじゃないし、今年で最後の夏休みだからいっぱい遊ぶんだっておもってる。だから、わたし、――私の年の子どもはわたしだけで、一年の時も、二年の時も、三年四年五年ってひとりだけだったから、はじめてなんだ! 同じ……ともだちは…………。ほろけうくん。また明日っ」

「ああ、こっちこそだ」

 

 友奈がホロケウの方へ駆け寄ってきてつられてホロケウも友奈へ歩を進める。友奈がホロケウの隣で止まれば左手を自分の顔の位置ぐらいまで挙げ、ホロケウにもこうするよう促す。

 

「えいったっち」

「ん!」

 

 和音がしずかな茜く(あお)い空へと伝い、友奈は自分とホロケウの影に視線を落としながら余韻にひたる。腰を折り腰にまわした手の指を組んで、深く深呼吸をいれて、ホロケウに、顔を向ける。

 

「…………よろしく――――ほろけうくん」

 

 

 

 



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お詫びとお知らせ

 拙作をお読みいただきありがとうございます。
 申しわけございませんが、未完とさせて頂きます。
 


 唐突ではありますが、この「星いざない詩」を未完と致します。

 至らぬ点が多かったため一から書き直すことにしました。近日中に序章を投稿します。一章にあたるお話は二期が始まるまでに投稿できたらなぁと思います。

 すみませんでいた。

 後は文字数稼ぎなので。

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ



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