博麗少年、魔法科高校に落つ (エキシャ)
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入学編
第1話 アタラクシア


全体的につたないですがお付き合いいただけたら幸いです。


 才能の上にあぐらをかいている。

 

 それが対外的に見たその少年、ひいてはその一族に対する評価だ。そしてそれは間違いではない。

 

 彼らは余りある才能によって数多のことに成功を収めてきた。

 

 特に秀でていると言われているのが幸運と直感。二択問題に対しては絶対に外すことがないため、それ以上の選択肢があろうと結局は二択問題を連続して解けばいい話だから、選択肢がある問題は決して間違えない。そして無意識領域における危機察知能力が非常に高いため、不慮の事故で外傷を負うことはない。

 そして素で高い身体能力を所持しているため、下手な格闘家よりも高い戦闘能力を有する。さらにその一族は例外なく外見が整っていることより、異性を求める闘争(?)において数々の勝利を収めている。

 

 ゆえに天然における最優の遺伝子。

 

 しかし、その遺伝子は濃く受け継ぐべきものではなかった。特に現代社会、というより産業社会において決定的な欠点があった。

 

 端的に言えば、その一族は商才が絶望的になかった。

 

 彼らは慢性的な金欠状態にあり、そのため現代的な暮らしにおいて必要な、現代における三種の神器と呼ばれるようなものを買うほどの金銭がなかった。ゆえに彼らは現代から見て二世代も三世代も前の暮らしをしている。

 彼らはいつからか時代に取り残されたというのも不思議な話ではない。

 そしていつからか──かなり昔からだが──人々からその名前を忘れ去られていた。

 

 その一族こそ博麗。

 四十年前に家業である神社運営に綻びが生じ、神社の維持ができなくなり、それを解消するために刹那的な発想による商売を始めて、結局神社を潰してしまった残念な一族だ。

 

 これはそんな一族に生まれた男子による高校生活の話である。

 

 

     ×××

 

 

 博麗夢路は自分が思うがままに生きていくことに潜在的な恐怖を抱いている。

 

 博麗の血を継ぐ者は本質的にあらゆる重圧を意に介さない。物理的な重圧ならば重力から解き放たれ、精神的な重圧ならば威圧に屈することはない。つまり人間が縛られるべき、あるいは縛られるような法則やしがらみを無視して生きているということだ。

 それが意味するところは世界からの遊離に他ならない。

 そして現実にそうなってはいない。

 

 博麗の血縁はそれを制御する術がある。

 他の人間と同じように物理法則に縛られ、世間体を気にして生きている。それは本質を制御して得られた結果である。しかし、それは意識しているからこそ()()であるため、もしそれをやめてしまえば、たちまちとはいかないまでも、ゆるやかに世界から浮いてしまうだろう。

 そして実際にそうなった博麗の者はいた。

 ここ最近でそうなったのは夢路の祖父だ。

 

 夢路はもう祖父の記憶を呼び起こすことができない。それは忘れてしまったわけではなく、あらゆるしがらみから解放された祖父につられて、記憶の中にいる祖父も夢路の頭からふわふわと浮いていってしまった結果だ。

 そしてそれは記憶に限らない。

 夢路の手元には祖父と撮った写真はあるが、祖父がうつった写真は一枚もない。端的に述べれば、記録からも祖父は浮いてしまった。

 夢路にわかるのは、祖父が存在したという客観的事実のみだ。

 

 ゆえに夢路は恐れている。

 重圧に屈したような真面目な振る舞いをしているのは、そうやって自分を保つためのことだ。

 

 だからこそ、夢路は本来なら意識の片隅に置かなかったであろうこのしがらみに自分から縛られにいった。

 

 

 そこは第一高校の入学式が行われる講堂の中だった。

 昔(?)、神職をしていたせいか、入学式のような通過儀礼的な儀式はさほど意識しなくとも無視してしまう、なんてことはないが、目の前のしがらみは危うく無視してしまうところだった。

 夢路が元来の無神経さを発揮して危うく気づかないところだったしがらみとは、新入生の座席のことだ。

 

 第一高校には入試の成績により、合格者二百名を一科生と二科生にわけている。もちろん、成績順の上位百名が一科生、下位百名が二科生だ。一科生と二科生をわけるわかりやすい象徴として、制服に八枚花弁のエンブレムがあるかどうか見ればよい。当然だが、ある方が一科生だ。

 

 そして講堂の座席配置。前半分には制服にエンブレムを持つ一科生が、後半分には持たない二科生が。

 

 実を言うと、夢路は一科・二科制度を知らなかったりする。というか、入学自体が他者による強制的なものだったので──実は入学試験のとき、初めてCADを触ったことは余談だ──第一高校としてはある意味で常識な一科生と二科生の間に差別があることも知らない。

 だから夢路はそのしがらみは差別によるものではなく、単に区別によるものだと考えていた。あるいは一科生と二科生の顔に浮かぶ表情を見比べ、その差の意味を読み取れれば気づいたかもしれないが、夢路にとってそれこそ努力しなければ意識を向けようとも思わないことだ。

 

 夢路は面倒だなと思いながらも、座ろうと思っていた入り口から近い席を諦め、()()()の席へと座った。

 彼はぼうっとしながら、入学式が始まるのを待った。

 

 

 そして初めての高校の入学式に対する感想は()()()()()()

 

 

     ×××

 

 

 入学式が終われば、IDカードの交付とともに所属するクラスがわかる。

 夢路のクラスはA組。それについて特に思うことはない。強いていうなら、小学校も中学校もA組だったなぁ程度のものだ。

 

 この後はホームルームがあるのだが、出欠は自由だったりする。このことを知った夢路はもちろん欠席しようと思った。

 しかし、と。そう思いとどまれたのは日頃の成果だった。

 

 ホームルームとは友達を作る場所らしい。そういう情報を偶然にも耳にした。

 正直、中学までの夢路なら友達などどうでもよかったというのが本音だ。しかし、最近物理的な意味で透明になってきている、友達がいないらしい叔母を見ると、友達というしがらみは自分を世界に繫ぎ止めるために必要なのではないかと思うようになってきていた。

 友達がなんなのかもわからない、そもそも他人を特別に思える精神性をしてない夢路だが、友達(しがらみ)作りに積極的になってみることにした。

 

 講堂の入り口付近にいた集団には目もくれず、夢路は一人、一年A組の教室へと向かった。

 

 

 そして案の定というべきか、抜けているというべきか、世事に疎いというべきか。

 教室には夢路を除いて誰一人としていなかった。

 

「……何故?」

 

 一人疑問をつぶやくがそれも虚しく響くのみ。

 彼に必要なのはもっと周りを見ることと、知ろうと努力することだ。そうすれば、多くの新入生がとある女子生徒に気を向けているのがわかっただろうに。

 

 夢路は自分の席を机に刻印された番号で確認し、とりあえず座る。

 

 

 そこからはぼちぼちと来始めた同級生と友達になるべく、夢路はとりあえず来た者には全員に自己紹介をした。

 

 

     ×××

 

 

 そして来たるは高校二日目。

 開門と同時に学校に入った。なお、そのとき教職員がCADの所持を確認してきた。夢路は『持っていない』と告げたが、教職員は『持ってきていない』と解釈した様子だった。もちろん、夢路の気にすることではない。

 

 そして一年A組の教室。

 当たり前のようだが、開門と同時などという早い時間に他の生徒が登校しているはずもないため、教室には夢路一人だった。

 

 誰かが来るまでぼうっと待っていたのがいけなかったのか。それとも慣れない早起きをしたのがいけなかったのか。いつの間にか夢路は机の上にうつ伏せになり、夢の世界へと旅立っていた。

 

 

 

 

 周囲が騒がしくなったことでようやく夢路は目がさめる。ぽやぽやとした頭では友達作りなんて考えに及ぶはずはなく、無関心な瞳で特定の何かに焦点を合わせることなく、ただ漠然と同級生を眺めていた。

 

 そしてある程度時間が経過したところで、そういえばと思い出す。

 

(ボクは友達を作ろうとしてたんだっけ……?)

 

 今更ながらに気づいた夢路は意識して他人へと関心を向け始める。そして近くにいた男子に声をかけようとして──

 

 予鈴にその動きを妨げられた。

 

 予鈴が鳴った程度で夢路が自分の行動をやめる理由はないが、その他の者達はそうもいかない。夢路が行動をやめたのは声をかけようとしていた男子が自分の座席に戻ってしまったためだ。

 さらに畳み掛けるように夢路の机の端末が勝手(じどうてき)に立ち上がる。その直後に教室全面のスクリーンにメッセージが映し出される。

 

『──五分後にオリエンテーションを始めますので、自席で待機してください。IDカードを端末にセットしていない生徒は、速やかにセットしてください──』

 

 そんなメッセージから五分後。

 本鈴と同時に、教師と思しき男性が教室に入ってきた。彼は教卓の前に立つと、口を開いた。

 

「皆さん、入学おめでとう。一年A組の指導教官の百舌谷(もずや)です」

 

 指導教官。同級生ひいては同じ一年生と友達になろうとしている夢路は、指導教官と聞いて瞳の中の関心が消えた。そのあとはほぼ聞き流すように、百舌谷指導教官の話を処理していた。

 

 途中、選択科目の履修登録があったが、夢路は自身の直感に従っててきとーに選んだ。

 そして選んでから思い出した。

 

(ああ、そういえば昨日、誰かと選択科目について話したような……。彼は何を選ぶって言ってたっけ。確か魔法言語学だっけ)

 

 そこで思い出していながら、その男子と同じ選択科目を履修して仲良くなろうという考えに至らないのは、夢路の友達作りの経験の少なさが垣間見える。

 

 オリエンテーションのあとは専門課程の見学だ。午前中は基礎魔法学と応用魔法学。夢路は他に興味のある授業もなかったし、そもそも見学とかどうでもいいと思っていたが、多くの同級生が先生に引率してもらうようなので、その流れに乗っかることにした。

 

 

 そして夢路の主観としては放課後まで特に()()()()()()()()()

 

 

     ×××

 

 

 そして来たるは放課後。

 

「いい加減に諦めたらどうなんですか? 深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挿むことじゃないでしょう」

 

 名前の知らない女子のそんな言葉が耳に入ってきた。

 何も考えずに集団の後ろを歩いていた夢路はその声にぼうっとしていた意識を現実に戻し、意識して周囲を見てみる。

 すると最近、よく見た光景があった。最近というか昼食時と午後の見学のときの話だが。

 

 目の前に繰り広げられているのは、夢路の同級生と、違うクラスの一年生が言い争っている光景だ。客観的に見れば、どちらかというと同級生の方がヒートアップしている。

 

(えーと、何が起こってるんだ?)

 

 夢路は状況を把握してみようとする。

 

 構図として夢路が理解できないほど難しいものではない。同級生の司波深雪が自身の兄とその友人と一緒に下校しようとしたら、司波深雪以外の同級生がそれを妨げようとしている、といったものだ。

 

 ここまでくれば、いくら空気が読めない夢路でも薄々と理解し始めることがある。

 一科生と二科生の間には差別がある。そしてブルームとは一科生のことで、ウィードとは二科生のことであることも理解した。

 たかが入試の成績の順位だと夢路は思っているが、どうやら彼らはそれが大事なことらしい。特にその価値観に思うところは何もないが、それが不和の元になるのはいただけない。

 夢路としては一科生とか二科生とか関係なく、同じ一年生とは友達となっておきたい。彼らが言うような、一科生(ブルーム)二科生(ウィード)と仲良くすることは推奨されない、という縛りは友達作りの弊害となる。

 

(不文律を守ることと友達作り、どちらを優先すべきか)

 

 今、世界から消えかかっている夢路の叔母は規則を守る方だったはずだ。そして人間関係のしがらみが無いも同然だったと聞いている。夢路としては人間関係のしがらみの方が自分を世界につなぐ力は強いと考えている。

 

 もう一度、周囲の様子を眺める。

 

「うるさい! ウィードなんかがブルームの俺らに口を出すな!」

「そうよ、そうよ! ウィードのくせに生意気よ!」

 

 そんな光景を瞳におさめて、

 

 夢路の瞳から一瞬で関心が消え去った。

 この高校にある不文律を守ることと、友達作りを優先すること。そんなことに悩む自分がとても面倒に見えた。

 

「……どうでもいいか」

 

 誰にも聞こえない声量でそう呟く。

 

 夢路は近くにいた男子生徒──確か名前を森崎駿と言ったか──に声をかける。

 

「じゃあボクは帰るから。また明日ね」

「──あ、ああ、うん、わかった……?」

 

 唐突なことに戸惑っていた様子だが、すぐにそんな場合ではないと思ったのか、二科生への口撃(?)を再開していた。

 そして夢路はそんな様子に目もくれなかった。同級生にも目もくれず、二科生にも目もくれず、司波深雪にも目もくれず、その全ての横を通って校門から学校に出た。

 その際、多くの人が夢路に目を向けたが、夢路の意識に残ったのは一つの()()()()()()()だけだった。その視線に一瞬だけ()()()()()()夢路だったが、それ以上は何もすることはなく帰宅へと足を進めた。

 

 

     ×××

 

 

 司波達也は驚愕により()()()()で今しがた通り過ぎた男子生徒の背中を見た。

 

(今のは何だ? 見返されたのか? いや、それよりアレはなんだ? エイドス・スキンのように自然に展開されていたが、あんなモノを常駐で纏っているのか)

 

 達也はにわかに信じられないと、思考の海にとらわれかけたが、

 

「お兄様?」

「……いや、なんでもない」

 

 妹の声に引き戻される。

 考えるにしてもそれは今考えるべきことではなかった。

 目の前の騒動が一つの変異を向けようとしていることを達也は敏感に感じ取った。

 

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというんですかっ?」

 

 発端、と言っては可哀想だが、事態の変異の始まりは達也の同級生の言葉だった。

 彼は意図的に先程感じた諸々を思考の外に押しやり、さてどう事態に収拾をつけるべきかを考え始めた。

 

 




中途半端ですが第1話は終わり
主人公が本格的に活動するのは多分九校戦から


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第2話 運命の出会い

「現代の魔法は科学ってことになっているけど、その魔法を使うための魔法演算領域がブラックボックスのままじゃあ、まだまだ技術として未熟よねぇ。まあ、人間が魔法の『隠された原理(クオリタス・オックルタ)』に気づくのもきっと時間の問題でしょうけど。でも、それに気づいたとき、人間はどうなっちゃうのかしら。歓喜? 狂乱? 絶望? 楽しみね」

 

「……………………………………」

 

 この人(?)はいきなり人の家に来て何を言っているのだろうか。というか彼女は本当に同じ日本語を話しているのだろうか。唯一わかったのは、博麗夢路には到底理解できない話である、ということだ。

 

「────(ゆかり)

 

 このままではラチがあかないと、夢路は女性の話を遮る。

 

「今日はどういった用件で来たんだ? 用がないなら帰って欲しいんだけど」

 

 単刀直入に、自分の意思を伝える。

 

 この女性、八雲紫について夢路は不審を抱いている。()()()()()ことは薄々わかっている。しかし、それだけだ。彼女がどこから来て、何をやっているかは全く知らない。

 夢路が八歳のときに、ストーカー行為されてから交流が一方的に始まったわけだが、そのときだって何故自分にストーカー行為していたのかも結局ずっとはぐらかされ続けている。

 

 夢路は紫を見つめる。

 綺麗な金髪を持つ彼女が作る笑みは蠱惑的で妖しい色を秘めているが、夢路はそれを意に介さない。

 

「やあねぇ。第一高校に入学できたでしょ。入学祝いよ、入学祝い」

 

 そもそも紫が願書を勝手に出さなければ、夢路が第一高校を受験することはなかったが。

 紫は改まって姿勢を整える。

 

「ご入学おめでとうございます。これ、入学祝い」

 

 そう言って差し出したのは綺麗に包装された箱だ。大きくもなく小さくもない箱は両手に乗る程度だ。

 夢路はそれを軽く受け取る。

 

「なにこれ、食べるもの?」

 

 受け取った直後のこの感想に、紫は呆れたようにため息をついた。バカにされたことを察知した夢路はむっと怒りを表す。

 

「貴方たち博麗は全くこれだから」

 

 これ見よがしに再びついたため息に、さすがの夢路も喧嘩腰だ。

 

「文句があるならはっきり言えばいい。喧嘩がしたいなら受けて立とうじゃないか」

 

 そう言った夢路の左手には、短冊のようなものが先端に連なって付いた棒状のものが握られている。博麗の主武装、『お祓い棒』だ。正しい使い方は知らないが、色々と役に立つ武器だ。

 

 今にも立ち上がりそうな夢路に紫は大人(?)の余裕で応じる。

 

「はいはい、そういきり立たないの。──それで貴方が気になるプレゼントの中身だけど、残念ながら食べ物ではないわ。魔法科高校に入るなら持っていて損はしないものよ」

「で、結局なんなの」

「──術式補助演算機。Casting Assistant Device、つまりCADよ」

 

 そう言われてすぐには何なのか夢路にはわからなかった。それでも思い出せたのは、コレでも魔法科高校生ということか。

 

「ああ、あれね。あの腕に巻いたりしてるやつでしょ? 知ってるよ、うん」

 

 いや、それほどよくわかっていないようだ。

 紫は今にも飛び出しそうなため息を我慢する。

 

「ちゃんと勉強しておきなさい。CADは現代の魔法師にとって必須のアイテムよ。それに今回プレゼントしたのはブレスレット形態ものじゃなくて携帯端末形態のものよ」

 

 納得を示す頷きを繰り返しながら、夢路は包装を解いて中身を拝見する。

 そこには紫が言ったように、薄い携帯端末形態のCADが入ってあった。

 

「ふーん、これがCADね。なるほどなるほど……それでどうやって使うの?」

 

 今度はため息を我慢しなかった。

 

「それくらいは自分で調べなさい」

 

 そう言われてしまっては、夢路としてはもう何も言えない。しかし、紫もある意味では甘かった。

 

「そのCADはFLT、フォア・リーブス・テクノロジー製のものよ。だからFLTの公式サイトに使用ガイドが掲載されているはずだから、それ見れば使い方がわかると思うわよ。……もちろん、FLTは知っているわよね?」

「いや……知ってるよ?」

「本当かしら。まあ、今の時代、検索すればだいたいわかるわよ。真偽を問わなければ、だけど。……あとこれは余談だけど、FLTの開発本部長の息子が第一高校に通っているそうよ。その子と友達になって教えてもらえば?」

「へぇ、そうなんだ」

 

 聞く人が聞けば、ある意味爆弾発言なわけだが、夢路はさらっと軽く流した。

 

「貴方ねぇ、友達作りを頑張るんじゃなかったの? それなのにそんな体たらくでいいの?」

「大丈夫だよ。もう同級生全員の名前は覚えたからね」

 

 その発言の何が大丈夫なのかはわからないが、紫はそれ以上追及しなかった。今ここで助言しようが助言しまいがなるようにしかならない。それに紫は夢路の友達作りなどどうでもいいと思っている、ということもある。

 

「ああ、そういえば」

 

 紫は今思い出しかのように、唐突に話題を変えた。

 

「入道さんが貴方の入学に対して苦言を呈していたわよ。なんでも貴方は精神性が未熟な若人にとって毒、なんですって」

 

 いや、入道さんって誰だよという話以前に何の話だろうか。夢路は内容を理解しきれていない。そして紫は別に理解させる気はないのだろう。

 

「でも、大丈夫。毒でも薬になるって反論しておいてあげたから」

「……え? もしかしてボクは今、感謝することを求められてるの?」

 

 夢路の言葉に対して紫はにこりと微笑むだけだった。

 

 

 それからたわいもない会話をし続けたあとに紫はこう言った。

 

「じゃあ、私はこれでお暇しますわ。高校でのご活躍、楽しみにしてますね」

 

 浮かべる笑顔に邪気は見えなかったが、何らかの企みがあることは覚った。しかし、夢路は今ここでそれを確かめることはなく、紫が空間に隙間を作り出す様を見ていた。

 今、魔法と呼ばれる技術が全世界で知られるようになったが、おそらくこの領域を具現することはできないと、魔法について底の浅い知識しか持たない夢路でも理解していた。

 では、そんな魔法にとって理外の力を行使する目の前の存在は何と呼ばれるべきであろうか。

 

 神か仏か。

 八雲紫が超常的な存在であることは紛れもない事実だが、そんな高尚な存在にはどうしても思えなかった。だから夢路は、紫はもっと低俗で、それでも神にも劣らぬ力を有する存在だと推理している。

 例えば、そんな存在に名前をつけるなら、

 

 ──妖怪変化。

 

 妖しく、怪しい彼女にはぴったりの名前だ。

 

 

 そしてこれはある意味、意趣返しだった。

 紫がスキマからいずこかへ去ろうとした瞬間、その間隙を狙って夢路は言葉を放った。

 

「──紫、祝いをありがとう」

 

 身体の半分をスキマに沈めていた紫はその言葉に振り返り、くすりと笑みを浮かべた直後に姿を完全に消した。

 

 夢路は紫が消えた部屋の中で、紫から貰ったCADを掌で弄んだ。

 

 

     ×××

 

 

 入学三日目も特筆すべきことはなかった。強いてあげるなら、事務室にプレゼントされたばかりのCADを預けたのにそれを忘れて学校に置いて帰ったことくらいだろうか。

 

(ああ、そういえば仲良くなった()がいたっけ。そういえば彼女は同学年だけど同級生じゃなかったな)

 

 確か名前は明智(えい)()だったか。

 彼女とはまだ人もまばらな早朝の廊下で出会った。出会い方は、廊下の曲がり角で飛び出してきた彼女を夢路が華麗に回避。そのまま歩き去ろうとしたところを転んだ彼女に声をかけられた、というものだった。

 

(あの場合、ボクは受け止めるべきだったようだけど。おかしいな。別に()()()()()()()()()んだけどな)

 

 そんな明るい性格の、明るい髪色の少女との出会いがあったのが入学三日目だ。

 

 

 ──そして入学四日目。

 今日から一週間は新入部員勧誘週間というらしい。らしいというのはこの情報は明智英美──愛称をエイミィ──から聞いた話だからだ。

 

(エイミィは確か、狩猟部だったっけ?)

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 夢路はその日の放課後、校舎の外にいた。もちろん、どんなクラブ活動があるのかを見物するためだ。……というのは半ば口実だが。

 

 校庭一杯に敷き詰められたテント群は夢路に在りし日の縁日を思い出させる。

 

(ま、縁日なんて行ったことないんだけど)

 

 物珍しげにキョロキョロと視線をあちこちに向ければ見覚えのある男子生徒を見つけた。険しい顔であちこちに視線を飛ばしていて、どこか近寄りがたい雰囲気をまとっているが、そんなこと夢路には関係なかった。

 夢路はその風紀委員の腕章をつけた男子生徒へと近づき、声をかける。

 

「──駿」

「ん、ああ博麗か」

 

 同じ一年A組の同級生、森崎駿。夢路が見た限り、よく二科生の生徒と衝突しているイメージがある男子生徒だ。逆にいえば、夢路にとってそれ以上の感想がない、夢路目線でこれといって特徴がない男子生徒だ。

 夢路ははっきりと作っているとわかる笑みを浮かべて、口を開く。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……駿はどの部活に入ったんだ?」

「コンバット・シューティング部だ」

「…………」

 

 会話が終わってしまった。

 面倒ではあるが、これも友達作りの一環。夢路は苦心のすえ、会話のキャッチボールを始める。

 

「へぇ、コンバット・シューティングって何をやる部活なんだ?」

「なんだ博麗、興味があるのか?」

 

 森崎は若干、険がとれた表情で説明を始めた。

 

「まあ、簡単にいえばサバイバルゲームみたいなものだな」

「……………」

 

 おい、それだけか。

 夢路はウンザリした表情を見せないようにニッコリと笑って理解を表すために、へえそうなんだと頷く。

 そしてもう部活関係では話が発展できそうにないと諦めた夢路はまた別の話題に移る。

 

「そういえば駿は今、何をしているんだ?」

「ああ、風紀委員の活動だよ。この一週間は新入生の部活勧誘が認められてるから、毎年色々と騒動が起きるらしい。それを抑えるために風紀委員が駆り出されているんだ」

「そうなんだ」

「ああ。この期間はCADの使用がデモ用に認められてるんだ。そのせいで過激な騒動に発展することもよくあるらしい。だからそれを抑えられる俺たちが出動しているんだが……補欠の分際で、どうせ役に立たないってのに」

 

 何やら不穏なつぶやきのあと、森崎ははっと何かに気づいたように顔に焦りを浮かべた。

 

「っと、こんな場合じゃなかった。俺はもう行くから、博麗も過激な勧誘には気をつけろよ」

「……ああ、うん」

 

 それだけ言って森崎は走って行ってしまった。

 夢路は遠ざかるその背中を見ながら、思った。

 

(これが友達の会話……なのかなぁ)

 

 まあ、自分にしては十分だろうと納得して、夢路も歩き出した。

 

 

 歩き出してすぐに声をかけられた。

 

「君、博麗夢路くんだよね」

「そうだけど……?」

 

 声をかけて来たのは何かのユニフォームを着た女子生徒だ。鈍感な夢路にはわからなかったことだが、上級生、一科生の三年生である。

 

「ねえねえ、操射部っていうか操弾射撃部に興味ない! 操弾射撃っていうのはね──」

「コンバット・シューティング部はどうだ。他の部にはない爽快感があるぞ」

 

 女子生徒を遮ったのは拳銃形態のCADを胸元で構えてみせる男子生徒だ。

 会話を妨げられた女子生徒は男子生徒を睨むが、その間にまた別の上級生に夢路は声をかけられる。

 

「クロス・フィールド部はどうかな? クロス・フィールドってのは魔法を使ったサバイバルゲームって感じなんだけどさ」

 

 サバイバルゲームみたいなのはコンバット・シューティングじゃなかったのか。そういうツッコミを心の中で森崎に送り、夢路はガラス玉のような瞳で目の前の勧誘の嵐をまるで他人事のように見ていた。

 そして白熱する上級生たちはそんな夢路には気づかない。

 

 そしていつの間にか、夢路は多数の上級生に囲まれていた。

 そしてそれも仕方がないことだった。

 密かに出回っている入試の成績リスト。夢路はその上位者に入っていた。初めてCADを用いて魔法を使ったのにもかかわらず、魔法理論なんて知らないに等しいのにもかかわらず。

 その身に秘めた才能と幸運と直感。それだけで難関といわれる第一高校の、それも一科生に入った実力。もちろん、そんなことを彼らは知るはずはないが、夢路が天才といわれるそれであることは確かだった。

 そんな彼をぜひ我が部に、というのは当たり前の帰結だ。

 

 そしてあるいはこちらが本命かもしれない理由がある。

 

 博麗夢路の容姿は整っている。野性味にあふれた男らしさ、なんてものはないが、男も女も共通して魅惑する中性的な顔立ちをしている。これは遺伝子によるものが大きいが、博麗の血筋には人間も()()()()も惹きつけるなんらかの魅力がある。

 そして夢路は自分の『特性』を抑えようとしているが、それが中途半端に作用して、いわゆる集団から浮いた、目立つ存在になっている。つまり、博麗夢路は背景になれない。小さなスポットライトが当たっているような状態だ。

 そんな意図せず目立っている夢路は今や誘蛾灯のようなものだった。

 

「スピード・シューティング部に!」

「クラウド・ボール部に入って九校戦で活躍しよう!」

「ぜひ、我が部に!」

「私達の部活に!」

 

 音の洪水に呑まれる夢路だが、それは無視できるものだった。しかし、そんな夢路でも無視することができない音の響きがあった。

 

 ──弦を弾く音が響いた。

 

 ──魂を震わす幻想の音色は瞬く間に広がった。

 

 人々は次の響きを待つ。欲望よりなお純粋な気持ちでそのときを待っていた。

 そしてその状態の彼らは次の声に無意識に従ってしまう。

 

「新入生から離れてくださーい!」

 

 自然に、その行動に反抗を覚えることなく、夢路から離れていく上級生たち。その隙間から手が伸びて夢路の手を掴んだ。

 

(……小さい手)

 

 無意識にそんな感想が浮かんだ。

 

 人の囲いを抜けた先で夢路が見た、小さい手の主は小柄な一人の少女だった。



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第3話 こっちとあっち

独自解釈あり


「ここまで来れば大丈夫でしょう」

 

 勧誘集団から離れた場所で握られていた手が離される。

 

 そこである程度正気に戻った夢路はつい先ほどまでの自分自身に驚愕する。完全に自分の意思とは無関係に()()()()()()。手を引かれるままにここまで歩いてきたわけだが、そこに一切の自分の意識が介在していなかった。

 

 おそらくその原因であろう少女を()()

 見た目の評価は『小さい』のみ。どうしてもこの小さい少女に夢路の、ひいては博麗の特質を御する力があるようには見えない。

 濁流であっても流されることなく直立できる夢路を流すことができる少女。少し心を惹かれる。

 

「……あの、大丈夫ですか?」

 

 黙っていたせいか心配をされた。

 

「あ、あの……おーい」

 

 反応のない夢路にどこか焦りの表情を浮かべて、夢路の顔の前で手を振る少女。

 夢路は目の前で振られる手をガシッと掴む。いきなり動き出した夢路に驚きを浮かべる少女だが、それを無視して口を開く。

 

「──名前は?」

 

 単刀直入とはこのことで、夢路は今一番知りたいことを聞いた。

 今にも鼻先が触れ合いそうな距離に迫られた少女は顔を赤くしてパニックを起こしているが、質問にはきっちりと答えた。

 

「に、二年A組、せ、生徒会書記の中条あずさでしゅ⁉︎」

 

 あぅ、と噛んだことを恥ずかしがっているらしいが夢路は別のことにほんの少し驚いた。

 

(年上だったのか……)

 

 本来の夢路にとっては気にする程度のことではないが、特質に対するしがらみ制御のために、年上には敬語を使うように意識している。特に敬意を持っていない相手に対する敬語に意味があるどうかは知らないが、いや特に意味がないからこそ夢路を人間社会に縛る効果が発揮できるのか。

 

 そして年上と聞いてしまっては面倒だが敬語を使わないわけにはいかない。

 夢路はひとまず自己紹介から始める。

 

「どうも、ボクは博麗夢路、です」

 

 そこから会話を発展させようとして、今更ながらに気づく。彼女はもしかして集団に囲まれていた自分を助けてくれたのではないか、と。別に助けは必要ではなかったが、結果として助けられたのは事実だ。

 ならばと、夢路は感謝を示す。

 

「先ほどは助けてくれ──くださってありがとうございます」

「い、いえ、お仕事ですので」

 

 色々と怪しい敬語で感謝を述べれば、あずさは可愛らしいと呼べる笑みで応える。

 なるほど、こういうのが小動物系というのかと夢路はひとり納得しながら、さて何を話そうかと思案して、まるで話題が思い浮かばないことに焦る。

 焦って焦って焦った。どのくらい焦ったかというと、とんでもないことを口走る程度に。

 

「ボクはあなたに興味を持った。あなたのことをよく知りたい。だから一緒に来て欲しい」

 

 ナンパ、とも取れる発言をしながら、夢路は再びあずさに顔を近づける。夢路の顔は悪くないどころか、整っているせいもあって、あずさの顔は羞恥にどんどん赤くなっていく。それはもう熟れたトマトのように。

 吐息が触れるほどに近い距離に、当たり前のようにあずさは耐えられない。

 

「あうあうあうあうぅぅぅうううううううううっ──!」

 

 耐えられないから逃避を選んだ。

 あずさは夢路に背を向けて駆けていった。

 

「ご、ごめんなひゃーい!」

 

 その背中を追いかけることもできたが、

 

「まあ、いっか」

 

 あっさりと、一切の執着を見せずに夢路は踵を返した。

 それは別にあずさへの興味がなくなったから、ではない。もしこの出会いに運命と呼ばれるものがあるなら、必然的にまた会える。夢路はそう信じているし、自身の直感でも再会は間違いないと示している。わざわざ今にこだわる理由は、なかった。

 

 

     ×××

 

 

 ふらふらと歩き回る夢路は勧誘の手を()()()()かわしながら、各部活動のデモンストレーションを見て回っていた。そのとき、同級生の北山雫と光井ほのかがスケートボードを走らせる女生徒(?)に抱えられていたが、特に意識を向けることはなかった。

 そして夢路が意識を向けたのは第二小体育館。より詳しく述べるなら、そこから発せられたサイオン波。

 

 夢路の足は自然とそちらへと向かっていた。

 

 

 夢路がまだたどり着く前、第二小体育館では騒動が起きていた。

 内容は一人の一年生に対して、剣術部の部員が明らかな害意をもって襲いかかるというものだ。数の差は歴然であったが、優勢であったのは一年生の方だった。

 

 そしてその一瞬は奇跡的な偶然によって作られた。

 

 一年生、司波達也が一人の剣術部員をいなし、転ばせる。その際に他の剣術部員はその剣術部員との接触を避けるために一度立ち止まった。達也もそもそも追撃する気はないため、その場で自然体で立っていた。

 

「……──」

「……──」

「……──」

 

 一瞬の停滞。そのとき達也も剣術部員も観衆も、まるで合わせたように同時に口を閉じていた。

 つまりは奇跡的に作られた一瞬の沈黙。

 次の一瞬後には皆が再び口を開くはずだった。

 しかし、閉じた口は開かれなかった。

 

 沈黙と喧騒、その間隙(スキマ)を狙ったかのように、

 

 ──第二小体育館の扉が開いた。

 

 本来、扉が開く音など、他の雑音に消される程度のものだった。しかし、今、この全ての音が絶えた沈黙の中では、それでも十分に人の意識を引きつけるにたる音量を持っていた。

 沈黙から抜け出すタイミングを見失った彼らは、続く足音にその主へと自然と目を向けた。

 

 そこにいたのは端正な顔立ちの中性的な男子だった。

 

 悠然と歩く様に人々は目を奪われた。

 

 観衆も、剣術部員も、あるいは司波達也でさえも。

 

 その男子生徒、博麗夢路は集団から完全に()()()()()

 浮いていてなおそれを気にしない夢路は、皆が自分を見つめる状況に理解が及ばず首をかしげた。その上でどうでもいいかと判断した。

 

 そして一番早くに再始動したのは司波達也だった。

 始動したといっても意識して呼吸を整えただけだ。

 

 そしてある程度練度があった剣術部員も達也の微細な変化に無意識下で気づき、再始動した。

 再び達也に襲いかかる剣術部員たちだが、その動きには先ほどまでの闘争心はなかった。しかし、それとは違う自棄に近いものはあった。

 夢路に一瞬のうちに奪われた意識を完全に取り戻せていない彼らは、当然のように達也の敵ではなかった。

 

 そして観衆が意識を取り直したのは、達也が最後の一人となった剣術部員の魔法を妨害するため、キャスト・ジャミングもどきのサイオン波を放ったときだった。それによる乗り物酔いに似た吐き気を催す揺れによって、観衆は夢路からようやく意識を外すことができた。

 

 直後には剣術部員の鎮圧は完了していた。

 

 そして勘違いにも、達也の立ち回りをなんらかの部活動のデモンストレーションだと思った夢路は、場違いにもこのどうしようもない空間で拍手をしていた。

 誰もがそうじゃないという空気を発していたが、夢路はそこまで空気を読む能力はない。そして悪乗りして夢路の拍手に続いた明るい髪色の女子生徒のせいで、なんとも微妙な空気になった。

 そのとき、達也にしては珍しく少し狼狽えた表情をしていたそうな。

 

 

     ×××

 

 

 とある神社の鳥居の前で、奇妙な身なりの巫女は苛立ちを覚えていた。

 

「もう! 本当に嫌になるわ!」

 

 端正な相貌を怒りに歪め、ぴりぴりとした空気を周囲に放っている。近くにいた()()はその尋常でない雰囲気に空を飛んで逃げ出す始末だ。巫女と親しい人間でも声をかけることを戸惑うレベルだ。

 そしてそんな巫女に声をかける存在はやはり普通ではない存在だった。

 

「あらあら、荒れているわね──霊夢」

 

 空間の裂け目から上半身だけを出したそいつの姿に巫女は驚くことなく、怒りのままに言葉をぶつけた。

 

「ちょっと紫、どうなってるのよ!」

「落ち着きなさい。何がどうなってるっていうのよ?」

「結界よ、結界! 博麗大結界がここ最近全く安定しないんだけど!」

 

 大声を出した巫女はぜぇぜぇと荒く息を吐く。

 それを見ながら、紫はあからさまに驚いた様子で、

 

「まあ、また何かやらかしたの?」

「なんでそうなるのよ!」

 

 巫女は一度息を整えて、どうせ目の前の妖怪は何もかも知っているんだろうなと思いながらも説明を始める。

 

「結界が安定しないのは昔からだったけど、ここ最近は特にひどいわ。直しても一週間くらいあとにはもう不安定になってる。これは異常よ」

 

 怒りを抑えて話す巫女の顔には真剣さがあった。

 そして紫はそれに取り合わなかった。

 

「さあ、あの迷惑天人が神社を壊したから結界が不安定になったんじゃない?」

「そんなわけないでしょ」

 

 紫の()()を巫女は一蹴した。

 

「そもそもあの時、神社は壊れても結界に問題はなかった。それに()()()()()()()()()()()()()()社じ()()()()()()()()()()()()()()()()。神社が壊れただけじゃ結界は揺らがないわ」

「あらよく知ってるわね」

「あんたが私に教えたようなものじゃない」

 

 巫女は一度まぶたを閉じて、開く。

 その瞳で紫を射抜く。

 

「結界が不安定な原因は? もちろん知ってるんでしょ」

 

 冗談を許さない声音だった。

 そして紫は冗談は言わなかった。

 

「結界の境界は貴方が言う通り神社の周りの大木です。でも、それだけじゃないのよ。博麗霊夢、つまり博麗の巫女である貴方も結界には必要な存在なのよ」

 

 そう言われて、最初に巫女が感じたのは困惑だった。

 

「待って。それって私に問題があるってこと?」

「いいえ、違います。貴方には問題はありません」

「じゃあどういうことよ」

 

 少し不貞腐れた態度で巫女は聞く。

 紫はその様子にくすりと笑みを浮かべて、口を開く。

 

「貴方が前に言っていたように、この博麗神社は幻想郷と外の世界、どちらにも属しています。というよりは幻想郷の神社と外の世界の神社、二つで一つとなっているといった方が適当かもしれないわね。……でも、そうね、今から四十年くらい前に外の世界の博麗神社は崩れました」

「…………」

「貴方のいうように、神社は重要ではありません。でも、ここと重なり合うように存在していた神社が消えたことで、外と内でズレが生じたことは否定できません」

 

 巫女は回り道をしているように聞こえる紫の説明に、結論を急がずに答えを待つ。

 

「そして神社が消えたことによって、そこにいたある存在も離れてしまいました。その存在とは博麗神社を管理していた博麗の血族です」

「それって……博麗の巫女のこと?」

 

 口を挟んだ巫女の質問に紫は首を横に振った。

 

「私は便宜上、博麗の審神者(さにわ)と呼んでいましたね。通例的に巫女が女なら審神者は男ですから、性別の段階で違うわね」

「はあ……審神者なんて聞いたことないわね」

「まあ、巫女が主観で神を語るのに対して審神者は客観で神を語る存在というところかしら。巫女がまつられる者の側なら、審神者はまつる者の側。神がかりする女人と、これを判定する男性って認識で十分よ」

 

 そこで一拍、置いたのち、

 

「もうわかったと思うけど、結界の境界は神社の周りにある大木でも、その核は博麗の血族なのよ。昔は博麗の巫女と博麗の審神者で、内と外で釣り合いを持たせることによって結界を強固なものにしていたのだけど……」

「四十年前から()()()の博麗がいないから不安定になってきてる……」

 

 巫女はため息をついた。これではこちから側からは何もできないと言われたようなものだ。そして何が嫌だといえば、結界が不安定ならそれを修繕し続けなければならないことだ。

 

「問題が『あっち』にあるっていうのに、そのしわ寄せが『こっち』に来るっていうのは納得いかない。結局、苦労するのは私じゃない!」

 

 またふつふつと怒りが湧いてきた巫女は声に隠しきれない怒気が含まれていた。

 そんな様子の巫女に紫はくすくすと笑みを浮かべる。

 

「大丈夫よ、霊夢。今、あっちの博麗の末裔に神社を再建するように働きかけてるから。まあ、目的はまだ伝えてないんだけどね」

「他人事であって他人事じゃないけど、あっちのヤツにはご愁傷様ね、こんな胡散臭いヤツに付きまとわれるなんて」

「あら、ひどいわ」

 

 ひとまず、結界が不安定になる理由がわかった巫女は幾分か気分が落ち着いた様子だ。

 

「でも、苦戦しそうなのよねぇ」

 

 しかし、続いた紫の言葉にまた嫌な予感を察知した。

 

「何よ、あっちに何か問題があるの?」

「まあ、問題といえば問題よねぇ。あっちの子は霊夢よりも周りのことに無関心だから、まずは神社に関心を持たせることから始めないといけないから。そういう気持ちを。()()()()()()()()()()、簡単に無視されそうで厄介よねぇ」

「本当に……大丈夫なの? 嫌よ、毎日毎日、結界の修繕をしなきゃいけない生活なんて。それに私より周りに無関心ってどういうことなの? そいつは大丈夫なの?」

 

 巫女の質問に紫はどこか的外れな答えを返した。

 

「そうね。力比べなら神降ろしができる霊夢に分があるわ。でも、直感っていうか第六感なら視野が広い彼の方が優秀かもしれないわね」

「ふーん、正直どうでもいいことね」

「あら、興味ないの、霊夢」

 

 そう聞く紫に巫女はそっぽを向いて答える。

 

「……別に」

 

 どこか微笑ましいものを見るような目で巫女を見る紫は勝手に話し始める。

 

「そうねぇ……顔はほとんど瓜二つね。まるで霊夢をそのまま男にしたような子よ。霊夢の生き写しって感じかしら。……まあ、釣り合いを取るために()()()()ようになっているんだけどね」

 

 最後の部分は聞こえなかったが、巫女は呆れ顔だ。

 

「別に私は容姿を説明して欲しいなんて言ってないんだけど」

「別に私は霊夢に説明しているなんて言ってませんけど?」

 

 ふふふと紫はそんなやり取りに笑う。

 そして一呼吸を入れたのちに、口を開いた。

 

「それじゃあ説明することも説明したので、私はお暇しますわね」

「はいはい。……ああ、そうだ。あっちのヤツに早く神社をどうにかしろって伝えといて」

「承りました。霊夢がそう言っていたと伝えますね。──それと、次の機会には、特別に貴方にもあちらの子の様子を伝えてあげるわ」

「はいはい、期待しないでおくわ」

 

「──それでは」

 

 そう言って、紫の姿は空間の裂け目の中に消え去った。

 残された巫女は空を見上げる。そこに神社に近づく空飛ぶ黒い人影を見つけた巫女はため息をつく。

 

「今日も来客が多いことで」

 

 面倒そうな、どこか諦めがある顔をしながらも、そこに嫌悪の色はなかった。そして追い返す予定ではなく迎え入れる予定を無意識に立てていることに巫女本人はきっと気づいていない。

 

 そしてそれは──外の博麗には()()()()()()()()()()()()()()()




「審神者、いうこころは神明託宣を審察するの語なり」


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第4話 毒で薬

今回の話は『魔法科高校の優等生』を読んでないと分かりづらいところがあるかも。
以下ネタバレになるけど


簡単に説明すると、ほのか雫エイミィは勧誘期間中の達也への嫌がらせに憤り、その犯人として剣道部主将を突き止め、色々あって放課後、その主将を追跡して──罠にかかった感じ。


 そして一週間、新入部員勧誘週間は特に何事もなく終わった。

 多くの部活動から勧誘を受けた夢路は特にどこかの部活に入部したという自覚はないが、誘いを受けたとき特に断らなかったので、もしかしたらどこかに入部している、なんてことになっているかもしれない。しかし、夢路はそのときはそのときと、そのことを深くは考えていない。

 

 そして新入部員勧誘週間が終わったということは、魔法実習がいよいよ本格化してきたことを意味している。それを言い換えるなら、博麗夢路の異常性が周囲に認知され始めていると言える。

 普通なら、実習で優秀な成績を残したとしても、それはただ優秀な生徒という認識がされるだけだ。しかし、それが()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになると話は別になる。別にそれが魔法力の内のどれかが司波深雪より優秀なら、そこまで異常だとは思われなかったかもしれない。だが、現実は処理能力・キャパシティ・干渉力の全てにおいて夢路は深雪のそれより勝っていた。

 司波深雪は天才的な才能を有していたが、図らずもそれを踏み台にして実力を示してしまったために、博麗夢路は周囲から異常だと認識されてしまった。あるいは博麗夢路のレベルを基準に設定してしまった者は不幸になるだろう。努力では追いつけない才能の壁を直に見て、おそらく脱落してしまうだろう。

 

 一年A組に存在する一人の毒。それも極めて毒性の強い、精神に害を及ぼす毒だ。

 毒の種類は『天才』、名前は『博麗夢路』。

 解毒できない者から殺していく。

 そして第一の犠牲者は実習でペアを組んだ男子生徒。彼は夏を迎えることなく自主退学することになる。

 

 忘れてはならないのは──毒はまだ姿を見せたばかり、ということだ。

 

 

     ×××

 

 

(自分の中では)どの部活にも所属していないことになっている夢路は、当然のようにその日の授業を全て終えたら下校する。しかし、今日は自宅にまっすぐということはしなかった。

 

 それを目にしたのは偶然、とは言い難いが偶然に近いものだった。

 

 親しくなった女子生徒である明智英美が、夢路の同級生である光井ほのかと北山雫とともに、緊張した雰囲気を放っていた。彼女たちも下校途中であることはわかるが、そこに緊張を伴う理由が夢路にはわからなかった。

 本来なら無視しただろう。しかし、夢路の直感は目を離さない方がいいと訴えていた。

 

「……人間観察も大切か」

 

 呟いた言葉は自分の行動に対する口実ではなく本音だった。

 基本的には自身の直感に従う夢路は一定の距離を保ちながら彼女たちのあとをつけることにした。

 

 

 ──そしてその事件に遭遇した。

 

 

 一定の距離といっても、百メートル以上も離れていた夢路は当たり前のように彼女たちの姿を見失った。どうやら角をいくつか曲がったようだ。これでは彼女たちがどちらに行ったかはわからない。しかし、夢路の歩みに迷いはなかった。

 そしてある曲がり角を曲がったところでその光景を目にした。

 

 まず最初に目に付いたのはヘルメットとライダースーツを身につけた四人の人影。そしてそれと同時に視界に入ったのは倒れ伏した三人の女子生徒、エイミィとほのかと雫だ。

 

 夢路の姿に最初に気づいたのはライダースーツの一人だった。

 

「第一高校の制服! お前もネズミの仲間かッ!」

 

 そう叫んで左手をこちらに向けてくるライダースーツの一人。声から男性であろうと推測できるが、夢路はその男の行動は理解できなかった。

 夢路の知識にないのは当たり前だが、男が左手につけているのはアンティナイトの指輪で、男がしているのは魔法の発動を阻害するキャスト・ジャミングだ。指輪からサイオンのノイズが放たれているが、夢路には何の効果もなかった。

 それは夢路の無意識下の内に纏っている数々の発動直前の防御術式の一つがこれまた無意識に発動した結果だ。そしてこれこそが入学二日目に司波達也が驚愕した理由だ。

 

 司波達也は夢路のそれをこう評した。

 未発動のあらゆる防御術式がマーブル模様のように博麗夢路の全身に張り付いている。それは質量体の運動ベクトルを逸らすものであり、電磁波や音波を屈折させるものであり、想子の侵入を阻止するものであり、あらゆる害を防ぐものだった。それらは夢路が無意識に察知した害に対して、無意識に発動して夢路を守る。

 博麗夢路に害を与えるなら、博麗夢路以上の『幸運』が必要になるだろうと、達也は呆れたように妹に語って聞かせたそうな。

 

 そして夢路は無意識に発動した自らの『幸運』には気づくことはなく、そのまま歩みを進めた。

 するとその姿を認めたエイミィが驚愕に声を発した。

 

「博麗くん⁉︎」

「えっ」

 

 それに声を出して驚いたほのかに、声を出さずに驚いた雫が続いて夢路に気づく。

 そして夢路はその切迫した声音に事態が緊張を要するものであると気づいた。夢路が緊張するかどうかは別の問題だが。

 

 夢路の登場に驚いたエイミィは希望を見つけたかのように、ライダースーツの男たちを指差し叫んだ。

 

「博麗くん、あいつらなんとかできる⁉︎」

「なんとかって?」

「なんとかはなんとかよ! 『魔法で』やっつけちゃって!」

 

 その言葉に了承の頷きを返してから、制服のポケットから携帯端末形態のCADを取り出す。(今日は忘れてない!)

 その様子に、夢路にキャスト・ジャミングが効いてないまでも、効果が薄いと覚ったライダースーツの男が刃渡りが長いナイフを取り出し、切り掛かる。

 

「危ない──ッ!」

 

 誰かがそう叫んだが、ナイフは夢路に当たることなく、その横に逸れた。

 無意識に発動した夢路の防御術式だ。そして無意識に発動しているために夢路には男が自分でナイフを逸らしたようにしか見えなかった。

 その様子に何がやりたいんだ? と疑問を覚えながらもCADを起動させて──動きが止まった。

 

(あれ? CADってどうやって使うんだっけ……?)

 

 そういえばまだ自分のCADをまともに使ったことはなかったと思い出す。学校のCADは使ったことあるが、あれはそもそも手を置いてサイオンを流すだけで作動するので参考にはならない。というか日常生活でCADを使う機会なんて普通はない。

 どうしようと、CADの画面の上で指をさまよわせながら、そこで、ああそういえばと夢路は思い出す。

 

(説明書をプリントアウトしたんだっけ)

 

 その紙が確かこのポケットに……と、夢路はポケットから折り畳まれた紙を取り出し、それを広げて使い方を確認する。

 その間もライダースーツの男がナイフを振り回していたが、その全ては空振っていた。

 

「くそッ、どうなってやがる!」

 

 そんな悪態も聞き流しながら、夢路は説明書に目を通す。

 そんな様子にしびれを切らした男の仲間が、ナイフを振るう男に向けて叫んだ。

 

「下がれ! コイツでしとめてやる!」

 

 そう言って取り出したのは拳銃だ。オモチャではない。ホンモノだ。

 それに高い声の悲鳴があったが、夢路は意に介さなかった。

 

「ちょっと博────」

 

 エイミィが言葉を終える前に、小さな破裂音が響いた。音に遅れて弾丸が銃口から放たれた。

 夢路の脳天をめがけて射出された弾丸は──しかし、夢路の頭上に逸れた。

 

「…………は?」

 

 間抜けな声があったが、そこは夢路がちょうどCADの使い方の八割を理解したところだった。

 

「ば、化け物め!」

 

 男は狂ったように引鉄を何度も引いた。しかし、そのどれもが夢路には当たらない。男は全弾を吐き出し切ったにもかかわらず、引鉄を引き続けた。

 そして夢路には弾は当たらなかったが、エイミィたちの近くには弾が来たようだ。

 

「ちょっと博麗くん! ちょっと! おいっ! おい聞いてんのかッ⁉︎」

 

 色々と口調が怪しくなっているエイミィが声を荒げる。

 ライダースーツの男たちの声とか銃声は無視できるが、親しい人間の声はさすがに無視するのはいけないと思ったのか、夢路は反応した。

 ……反応したが、あと少しで説明書が読み終わるところなので、もう少し待っていて欲しいというのが本音だった。ゆえに、夢路はエイミィが叫んでいる原因を潰すことにした。

 原因はわかっている。あのライダースーツの男たちだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは想子(サイオン)、特に想子体を通過させない四角形の箱だ。物理的な壁ではないため強引に通過しようとすれば可能だが、その際には肉体と想子体のズレが現実の身体に影響を及ぼし、激痛となって自身に返ってくるであろう。

 魔法師なら無傷とはいかないまでも五体満足での通過が可能だろうが、ライダースーツの男たちは非魔法師だ。もし彼らが想子体をコントロールする訓練を受けていたら結果は変わっていたかもしれないが、彼らはそんなもの受けてはいない。

 

 男たちはまるでパントマイムのように見えない壁に阻まれている。また、夢路の結界は想子を通過させない想子の結界なので、アンティナイトから発せられたキャスト・ジャミングの想子波も結界に阻まれている。

 

「あれ? ノイズが消えた……?」

 

 サイオンのノイズが消えたことによってエイミィたちも頭を押さえながらも立ち上がる。そしてそれを起こしたであろう夢路の方へ目を向ければ、CADをああでもないこうでもないと弄っている姿があった。その姿に誰からともなくため息が出た。

 

 そしてそこへ新しい登場人物が現れた。

 

「これはいったいどういうことなの……?」

 

 夢路が来た曲がり角と同じ場所から現れたのは第一高校の制服を来た女子生徒だった。

 

「──深雪!」

 

 ほのかが女子生徒の名前を喜びを顔に浮かべながら呼ぶ。

 

「ほのか。いったいどういう状況なの?」

 

 ほのか、雫、エイミィと女子生徒三人を見て、次に想子の箱に隔離されたライダースーツの男たちを見て、その次に何やら紙を広げてCADを弄っている夢路を見て、再びほのかに視線をやってもう一度聞く。

 

「どういうことなの?」

 

 聞かれたほのかは雫やエイミィと顔を見合わせて、

 

「えーと、どういうことだろう……?」

 

 困ったように首をかしげた。

 そこに割と冷静だった雫が深雪に説明する。

 

「まず、私たち三人はあの四人に襲われた。次に博麗君が来て……来て……何かをして、最後に深雪が来た」

「えーと、雫? 博麗君は具体的に何をしたの?」

「それはわからない。博麗君が想子の箱を作るまでキャスト・ジャミングを受けてたから、そのとき何をしてたかまでは」

 

 そう言って雫は首を横に振った。

 

「そう。──とりあえず、あそこにいる人達は危険人物ということでいいのね?」

「うん」

 

 深雪は聞くまでもないことだったが一応の確認をしたあと、ちらっと夢路の方を見たのち、携帯端末形態のCADを取り出し、淀みなく操作した。それだけで四人いた男たちの意識は完全に落ちた。

 そして全てが終わったときになってから、夢路はCADの操作方法を理解した。

 

「よし、だいたいわかった。──ってあれ? もう終わってる」

 

 その様子に彼女たちは苦笑し、深雪が代表して話しかける。

 

「出番を奪ってしまったようだけど、あの人達はわたしが気絶させておきました。ごめんなさいね」

「そう? まあ、いいか」

 

 特に深雪は申し訳なく思っていたわけではないが、あまりにもあっさりとした夢路の態度に驚いていた。

 そこにエイミィたち三人が歩み寄る。

 

「えっと、博麗くん、一応助けもらったわけだから……ありがとうね」

 

 エイミィが微妙な顔で感謝を述べれば、ほのかと雫もそれに続く。そしてエイミィは深雪の方にも視線を向け、

 

「司波深雪さん……だよね? さっきは助けてくれてありがとう」

「ええ、どういたしまして」

 

 人を魅了する笑顔で深雪はそう応える。

 そして倒れ伏した四人の男たちを見てから彼女たちと目を合わせる。

 

「この人達のことなんだけど……」

「やっぱり通報した方がいいかな?」

「いえ、ちょっと大事にしたくない事情があるのだけど……でも被害者であるみんなが訴えたいなら止めはしないわ」

 

 どこか深刻そうな顔でそう言う深雪に反対意見を言うものはいなかった。

 

「ありがとう、みんな。──博麗君もって、あら?」

 

 そして次に夢路にも意見を聞こうとした深雪だが、そこに夢路の姿はなかった。

 

「博麗君はどこに行ったのかしら……?」

「本当だ、いつの間に」

 

 誰も夢路が去る姿を見ていなかった。それは本当に見ていなかったのか、あるいは見えていなかったのか。

 

 

 そして夢路はとっとと帰路についていた。

 

「結局CADは使わなかったな」

 

 そう言ってCADをポケットにしまう。

 これは余談だが、夢路はCADにFLTの公式サイトから練習用の起動式をダウンロードしていた。しかし、それはあくまで練習用なので、起動式の段階で発動する魔法は人に危害を加えないレベルに制限されている。ゆえに、あのとき夢路がCADを使って魔法を発動できていたとしても、あの四人を倒せたかというと疑問が残る。まあ、結局魔法で倒せなくとも、夢路は彼らを昏倒させることはできただろうが。

 

結果として、夢路は女子四人に間抜けな姿を見せただけだった。しかし、それはもしかしたら幸運なことだったかもしれない。

博麗夢路にも欠点がある。それを見せられただけでも、良かったことなのかもしれない。




薬要素は(あんまり)なかったかな


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第5話 弾幕

なんか短くまとまってしまった
もっと長くても良かったかもしれない


 何の変哲もない日常が幾日か過ぎ去った日の放課後。いつものようにさっさと帰ろうと教室から廊下へと足を踏み出したところだった。

 

『全校生徒の皆さん!』

 

 スピーカーから大音量が響いた。教室や廊下にいた生徒たちは何事か慌てふためく。

 それから音量を調節した声が同じように繰り返し、勢いの良い声が続く。

 

『僕たちは、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』

 

 その言葉につい先ほど出たばかりの一年A組の教室からざわめきが起きた。いや、それは何も一年A組に限ったことではない。隣の教室でも、その隣の教室でも。

 

『魔法教育は実力主義、それを否定するつもりは僕たちにもありません』

 

 初耳の情報だ。

 

『しかし、校内の差別は魔法実習以外にも及んでいます。例えば、魔法競技系のクラブに割り当てられる予算はそうでないクラブよりはるかに優遇されています』

 

 これも初耳。

 

『僕たちは魔法師を目指して魔法を学ぶものです。──しかし同時に僕たちは高校生です。魔法だけが僕たちの全てではありません!』

 

 しかし、関心は覚えない。

 

『僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』

 

 結局、その言葉に夢路の心はさざなみ一つ起きなかった。

 

 そしてそんな言葉を聞きながら、夢路は第一高校の校門を出た。

 

 

     ×××

 

 

 翌日、夢路の周りでは件の有志同盟の話をしている生徒を多く見かけた。話のネタとして聞いてみれば、明日の放課後に有志同盟と生徒会が公開討論会をするらしいという情報を手に入れた。

 夢路はその流れで、話し相手の男子生徒に質問をする。

 

「駿はその討論会に行くの?」

「ああ。行くと言っても風紀委員として、だけどな」

「風紀委員? 何かあるの?」

「万が一があるからな。連中は放送室を無断占拠するような奴らだからな、暴動が起きないとも限らない」

「へぇ、そうなんだ」

 

 こういう話を聞くと、勧誘週間のときといい、この高校は物騒に過ぎるのではないだろうかと思う。夢路は危機感を覚えるよりも心配してしまう。

 

 その後も同級生全員に明日の討論会をどうするかと聞いた夢路。総合するとおよそクラスの三分の一が討論会に行くようだ。そのほとんどが好奇心に似たものだったが、中には真面目に関心を寄せている生徒もいた。そのことを意外だと感じることもなく夢路はありのままを受け入れていた。

 

 

 ──そして公開討論会当日。

 

 結局、夢路は討論会には行かなかった。というよりは行けなかったといった方が正しい。その理由は部活動だ。どうやら夢路は部活に入っていたようだ。

 

(入部届けを書いた覚えはないんだけどな……)

 

 そのことに頭をひねりながらも、同じ部活の男子生徒に引っ張られて校舎裏の演習林という場所へ連れて行かれた。ちなみに夢路を引っ張っていたのは同じ一年生だが、クラスは違う。名前は確か五十嵐(よう)(すけ)だったか。

 

「部長、連れてきました」

「よし、来たか」

 

 鷹輔が声をかけたのはユニフォームを着た男子生徒だ。そして彼の手には小銃が抱えられている。もちろん、本物の小銃ではなく競技用のCADだ。そして彼の足元にはスケートボードがあった。

 彼は鷹輔が所属する部活の男子部長だ。部活の名前は(男子)SSボード・バイアスロン部。夢路がいつの間にか入っていた部活だ。

 

 男子部長は簡単な自己紹介のあと、自分が来ているものと同じユニフォームを夢路に差し出した。

 

「来て早々で悪いが、これに着替えてくれ。サイズはあってるはずだ」

 

 どうやってサイズを知ったのか。そんな疑問は覚えなかった夢路だが、ユニフォームを見てどこか不審に首をかしげる。全体的にサイズが少しきつ過ぎるような。特にお尻あたりが少し……。

 夢路がもう一つサイズが大きいのはないのかと聞けば、男子部長は目を泳がせた。

 

「い、いや、すまないがこれ以上のサイズはないんだ」

 

 夢路はそんなものかと受け入れ、案内された準備室でさっさと着替えて、再び演習林に舞い戻る。

 

「よし、来たか」

 

 ついさっき聞いたようなセリフで男子部長は夢路を迎え入れた。しかし、夢路を真剣そうな顔で見つめる目にはどこか邪なものが宿っているように感じられる。

 

「……あの」

 

 いつまでも見つめられては話が進まないので、夢路は声をかける。すると、ハッと我に返ったような仕草をした男子部長は夢路に小銃形態のCADを渡す。

 

「これがこの競技で使用するCADだ」

 

 渡されたCADをしげしげと眺めながら、男子部長の話に耳を傾ける。

 

「この競技は大雑把に言えば、林間コースをこのボードに乗りながら、設置された的を魔法で撃ち抜く競技だ。──そして今日は貴重な演習林を使える日だからな、普段は休んでいる君にも練習に参加してもらおうと思ったわけだ」

 

 練習に参加させようと思った理由に具体性がいささか欠けているようだが、夢路は頷き納得を示した。

 

「よし、まずはボードに乗りながらじゃなくて、あの静止している的を撃ち抜く練習を少ししようか」

 

 男子部長が指差す方向には規則性なく立てられた的がある。

 

「最初は競技用CADに慣れるところからだ。そのCADには圧縮空気弾を作って撃ち出すエア・ブリッドの起動式が格納してある。まずはそれを使ってくれ」

 

 言われた通りに夢路は小銃形態のCADを構え、引鉄を指をかける。

 サイオンを注入し、引鉄を引けば、起動式が展開され、起動式を設計図に魔法式が魔法演算領域で組み立てられる。そしてゲートから投射された魔法式が事象を改変する。

 

 圧縮空気弾が形成され、撃ち出される。

 弾丸は違わずに的を撃ち抜いた。

 

「おお、凄い処理能力だな」

 

 夢路の見せた魔法式を構築する速度を賞賛する男子部長。実際、彼に処理能力を正確に評価する能力はないが、ただ速いか遅いかの二択なら間違いなく速かったゆえの特に考えのない賞賛だ。もし彼が特別な『目』を持っていたら、夢路を見る目が変わっていたかもしれないが。

 

「よしよし、射撃の方は特に問題ないな。じゃあ、次はボードに乗って移動する練習をしようか」

 

 そう言ってボードを操作する方法を簡単に説明した男子部長は実際に乗って移動するところを披露する。

 

「まあ、こんな感じにやれば大丈夫だ」

 

 次は夢路の番と、男子部長はボードを渡す。

 夢路は特に頭の中でシミュレーションすることなく、やればわかるだろうと自分の感覚を頼りにやろうとしていた。そして彼は実際にそれでできてしまうから天才なのだ。

 

 夢路がボードに片足を乗せる──その直後だった。

 

 

 ──突如響いた轟音が大地を震わせた。

 

 

「なんだっ⁉︎」

 

 男子部長は呆然とした表情で周囲を見回す。

 

「あそこは……実技棟か!」

 

 男子部長が見つめる先には煙を上げている実技棟があった。そして次に事態がわからず慌てている部員たちを視界にとらえ、すぐに集合をかけた。半ばパニックだった部員たちはいつもの癖のような感覚で男子部長の指示に従った。

 

「……な、何が起きたんだ……?」

 

 夢路の隣に来た鷹輔は戸惑った声で誰に聞かせるでもなくつぶやいた。それを聞いたわけでもないだろうが、男子部長が携帯端末に落としていた目を上げ、部員たちに落ち着かせるようにゆっくりと説明を始めた。

 

「どうやら我が校はテロリストに襲われているようだ」

 

 誰かが息をのんだ。隣にいた鷹輔か、それとも別の誰かか。あるいは夢路を除いた全員か。

 

「護身のために競技用CADの使用が許可された。落ち着いて冷静に対処しろ」

 

 その言葉に放心状態だった部員は顔を引き締める。危機感を自覚し、集中力を高める。それは長期になれば悪手となることだったかもしれないが、第一高校には優秀な魔法師が多く存在している。彼らの集中力が切れるほど長期になることはまずない。

 しかし、その集中を崩すようなことは起きた。

 

 ──甲高い悲鳴が響いた。

 

 女の悲鳴。部員たちは声のした方に目を向ければ、女子バイアスロン部の部員が武装したテロリストに襲われるところだった。しかし、それは近くにいた他の女子部員によって退けられ、また他の女子部員によって無力化された。

 

「よかった……」

 

 ふっと安堵の声をもらしたのは鷹輔だ。

 先ほどテロリストを無力化した女子部員は彼の姉だった。それを自慢でもしようとしたのか、隣を向いた彼はそこで気づいた。

 

「あれ? 博麗は……?」

 

 先ほどまで隣にいた博麗夢路。彼の姿はそこにはなく、そしてこの周囲のどこにもなかった。

 

 

     ×××

 

 

 博麗夢路は憤りを感じていた。

 

 ──大切にしていたものが壊されようとしている。

 

 ここは夢路が普段はやらないような努力をして、多くの親しい人間を作った場所だ。ここは夢路にとってこの世界で一番多くのしがらみがある場所だと言っても間違いではない。

 そこが壊されようとしている。

 もしも、ここが壊されたのなら、夢路は今度こそ『この世界』を見限って、『この世界』から消えてしまうだろう。

 夢路はそれを許そうとは思わない。

 

 ここは価値のある場所だ。それを失ってはいけない。

 

 テロリストの事情は知らないし、夢路はそれ知ったところで同情も共感も、あるいは怒りすらもしないだろう。

 今この瞬間において『この場所』以外のものに価値はない。それはテロリストの事情も同じだ。ならば、そんな無価値なものに価値あるものが壊されることは無視できることではない。

 

 ──()()()()()()()()()宿()()

 

 そして直感に従って歩いた夢路は当然のようにそこにたどり着いた。

 図書館前。あるいは今テロリストが最も集中している場所。

 そこでは生徒がテロリストに応戦していた。しかし、テロリストも数が多い。魔法力で上回っている生徒側だが、テロリストは時間稼ぎのつもりか守りを固めているせいで押しきれていない。

 そしてそれこそ夢路にとってはどうでもいいことだ。

 

 ──CADは使わない。現代で魔法と呼ばれる技術は使わない。

 

 テロリストが新しい敵性として夢路を認めたのか、こちらに対して氷塊を放つが、それは無意識に発動した防御術式にそらされ、夢路の背後に流れる。

 その光景に目を見張るテロリストだが、その直後にさらに驚きに目を見開くこととなる。

 

 瞬きの時間も必要とはしなかった。

 

 

 ──夢路の背後に無数の光弾が現れた。

 

 ──赤と白の人の頭ほどの光弾は壁のようにびっしりと空中に待機していた。

 

 

 その光弾に当たったならば、肉体に重なる想子体に想子の衝撃波が加わり、その部位を打たれたと幻覚を作り出す。そのような魔法を現代魔法では無系統魔法幻衝(ファントム・ブロウ)という。そして夢路のそれは()()()()()()()()()()()()

 

 光弾が宿す赤と白の煌めき。見る人が見れば感じることができたかもしれない。これこそが霊子(プシオン)の煌めき。夢路が生み出し、夢路が操る、幻の力。

 

 天まで覆い尽くす光弾。

 その光景にテロリストたちは、いや戦闘中の生徒も目を奪われた。誰もがその煌めきに心を奪われる。心で美しいと感じ、心で恐怖を感じる。

 圧倒的な物量でもって心をへし折る。

 

 そして夢路が手を突き出すと同時に光弾は放たれた。

 

 これは名も無き弾幕。ただ排除の意をもって作り出された光の嵐だ。

 

 放たれた光弾は迷いなくテロリストに向かった。生徒の方には一つも向かわなかった。

 

 誰かがそれを撃ち墜とそうとでも思ったのか石飛礫を放つがそれは光弾をすり抜けた。あるいはそのせいで光弾に物理的な力はないとでも錯覚したのか、まず石飛礫を放ったテロリストが宙を舞った。

 そしてそれはたった一つの光弾が起こしたことだ。忘れてはいけない。光弾はまだ無数にある。

 宙を舞うテロリストに光弾は進行方向を変え、正確に標的へと突き進む。次々と光弾に衝突し、宙で踊るテロリストの精神はもう崩壊している。

 

 光弾のホーミング。それは全ての敵性分子(テロリスト)に適用された。

 避けるテロリストも、逃げるテロリストも、その全てを追い、叩きのめす。アイツも、コイツも、ソイツも。

 

 慈悲はなく、容赦はしない。

 紅白の洪水が標的を定めて襲いかかる。

 

 夢路の顔には怒りも嘆きも悲しみも哀れみもなかった。ただ無表情に敵を殲滅する姿しかなかった。

 

 

 そして紅白の光弾が消えたとき、動いているテロリストはいなかった。死んでいるわけではない。いや、心は死んでいるかもしれない。それでも死屍累々とした状態を作り上げた夢路を見る生徒の目には多分の恐怖が存在した。

 そしてそれを夢路は意に介さない。だからこそ、夢路はひどく()()()()()

 

 

 いつの間にか夢路の瞳は元の色に戻っていた。

 そしてそんな夢路の元に、(あるいはコイツも集団から浮いていた)男子生徒が近づいた。夢路が視線を向ければ、彼はにかっとした笑みを浮かべた。

 

「お前、すげぇじゃねえか!」

「ん、まあ……ね」

 

 夢路と、彫りの深い顔をした彼は、まるで先ほどまでの戦闘なんてなかったかのように会話をした。そのおかげかどこか緊張感に満ちていた空気も霧散し、ある生徒は気絶したテロリストを拘束しに動き、ある生徒は戦闘の緊張を解くように地面に寝そべった。誰もが思い思いの行動をした結果、つい先ほど感じた恐怖を引きずっている生徒はもうあまりいなかった。

 

 

 そして夢路にとっての『ブランシュ事件』はここで幕を閉じた。




これにて入学編は終了、廃工場には行きません!
幕間を2話くらいしたあとで九校戦編に入ります

原作キャラとの絡みが思ったよりも少ない
九校戦編の目標は原作キャラとの積極的な絡みにします


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幕間1 博麗とは何也

今回の話は書いていて自分でも混乱したせいか
いつもより文がぐだぐだです

達也と師匠の会話です
ちょっと達也の眼を強くしすぎた感


 『ブランシュ事件』から遡ること数十日。第一高校の入学式からまだいくばくも経たない日のことだ。

 登校前の早朝、司波達也は九重寺の九重八雲の元にて稽古に励んでいた。意外かもしれないが、妹の深雪は一緒ではない。別に四六時中一緒というわけではないのだ。四六時中繋がっているとは言えるかもしれないが。

 

 朝の稽古を終え、いつもならそのまま帰宅となるところだが、今日は少し違った。達也が八雲に世間話程度の気軽さで話を持ちかけた。

 

「師匠、博麗夢路という生徒のことはご存知ですよね」

 

 疑問形は使わなかった。八雲がアレについて何も調べていないという方があり得ない話だった。

 そして達也の予想は半分だけ正確だ。

 

「知っているか知っていないの二択なら、まあ知っているよ」

 

 その曖昧な反応に達也は少し驚いた。この曖昧な返答が達也を煙に巻くためのものではなく、八雲自身がどう答えるべきか迷っているためのものだと達也にはわかったからだ。

 

「珍しいですね。師匠でも調べきれなかったのですか?」

「いやあ、それは持ち上げすぎだよ。僕だって何もかもを知っているわけじゃないんだ。それに『彼』は本当の本当に無名だから、記録自体がないせいで調べようがないからね」

「無名……?」

 

その事実に少し意外感を達也は覚える。

 

「そう、無名。魔法系、非魔法系問わず、なんらかの成績を残したわけでもなく、メディアからも注目を集めたこともない。──入学試験で上位者に入る実力の持ち主なんだけどねぇ」

 

 特に気にした様子もなく、あっけらかんと話す姿に、達也は八雲が詳細を調べられなかったという話を信じた。

 少し当てが外れたといった様子の達也に八雲は薄っすらと笑みを浮かべた。

 

「でも、珍しいね。達也くんが深雪くんに害をなす者以外に興味を持つなんて。何か気になることでもあったのかな」

「別に彼が深雪に害をなさないと決まったわけではありませんが……個人的に興味を覚えたのは否定しません」

「へぇ」

 

 興味深めに達也を見る八雲は、誘うようにこう話を切り出した。

 

「『博麗夢路』という人間についてはあまり知らないけど、『博麗』についてなら少しは知っているよ」

 

 その言葉を聞いて、念のためもう一度自身の記憶から『博麗』という名字を探してみるが、名家のほぼ全てを記憶している達也でもやはり聞いたことはなかった。

 そして達也はそれを聞かないせいで一生の恥にするつもりはなかった。

 

「師匠、『博麗』について教えてください」

「うん、いいよ。じゃあ、縁側で話そうか」

 

 頭を下げる達也に八雲は気軽に応える。

 

 八雲は達也を連れ立って歩き、そして縁側に腰掛ける。達也にも横に座るよう促し、何かを思い出すように、空を見上げながら、口を開いた。

 

「紙の文献に載っていたことだけど、博麗はある神社を管理していたらしい。名前は博麗神社、有名な神社ではないね」

「神社……師匠は博麗が古式魔法の家系だと言いたいのですか?」

「まあ、魔法師としてとても優れた才能があったのは確かなようだよ。その文献にも博麗のことは『才能の上にあぐらをかいている一族』と評していたらね」

 

 そのなんとも言えない評価コメントに達也はどう反応すればよいのか迷う。褒めているのか、貶しているのか。前後の文脈がわからなければどちらかなのか達也でも推測できない。

 達也が微妙な顔をしていることに気づいた八雲は笑って応える。

 

「褒めているようだよ。でもその文献の著者は博麗を好いてはいなかったようだ。その著者は努力家の天敵やら努力を否定する悪魔やらとも書いていたからね」

「博麗の血にそれほどの才能があるのですか?」

 

 言外に信じられないというニュアンスを含ませて言う達也に八雲は笑った。

 

「疑う気持ちもわかるよ。僕もそうだった」

 

 ──だが事実だ。

 八雲はそう断定した。達也は八雲がそこまで言う根拠がわからない。ゆえに聞いた。

 

「そうだね。今ではそういう風潮はないようだけど、昔だと『博麗の遺伝子こそ最優』なんて風潮があったらしい。表ではなく裏でね」

「それは……!」

 

 その言葉に、即座にある可能性を達也は見出した。

 

「そう。そういう遺伝子があるならぜひ取り入れたいと思ったはずだよ。当時の()()()()()()は」

 

 達也は一拍置いたのち、口を開いた。

 

「師匠は……ルーツが博麗にあると考えているのですか?」

「そうだね。全部とはいかないまでも……十師族、いや二十八家のいくつかに博麗の遺伝子は入っているだろうね」

 

 達也は絶句に近い状態だった。

 そして八雲は達也に気を使う気はなかった。

 

 

「特に──『四葉』には間違いなく入っているだろうねぇ」

 

 

 八雲が示唆した可能性、いやそれはおそらく真実だろう。達也はそう確信していた。第一高校の生徒の中で一番最初に博麗夢路の異常性に気づいた達也だからこそ納得できた。

 

(アレは努力でどうにかできるものじゃなかった。あそこまで『突き抜けてユニークな魔法』は努力でどうにかできるものなんかじゃない。アレは生まれつきのものだ)

 

 そしてそれは四葉の────。

 

 だからこそ、そこまで考えた達也はある疑問にたどり着く。

 

(何故、『博麗』はここまで無名なんだ? 二十八家のいくつかには入っていると思われる血。いくら情報統制しようと、そこまで有名だったなら、表はともかく裏で何らかの情報は漏れていたはず。いや、そもそもその『博麗』が第一高校に入学しているのに、表にしても裏にしても()()()()()

 

 どこか薄ら寒いものを感じながらも、ある疑問を抱いた達也は八雲が口の端をつり上げてこちらを見ていることに気づいた。

 

「達也くんの疑問はもっともだと思うよ」

 

 口にしていないのに心を読まれた。いや、八雲もかつて通った道ということか。

 

「『博麗』は無名にすぎる。そもそも僕が『博麗』を知ったのだって古い紙の文献だ。……いや、違うな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「それは……どういうことですか」

 

 達也の疑問に八雲は真面目な顔をして応える。

 

「そもそも僕が『博麗』について調べ始めたのは博麗夢路が第一高校に入学したから……ではないんだよ」

 

 その言葉に達也は純粋に驚いた。八雲が最初に言った通り『博麗』とは無名だ。『博麗』というものを調べるきっかけがなければまず知らないであろうほどに。そのきっかけを達也は『博麗夢路の入学』だと思っていたが、どうやら違うらしい。

 ならば、その八雲のきっかけは何なのか。

 八雲は口を開いた。

 

「僕が『博麗』について調べたのは約二十年前だ」

「師匠、それは」

「そう。博麗夢路はまだ生まれていない。つまり僕が『博麗』を調べるに至った経緯に博麗夢路は全くの無関係なんだ」

 

 二十年前。そのときに何があったのか。

 達也は次の言葉を待った。

 

「二十年前、僕はある人から妖怪の討伐の命令を受けた」

 

 一言一句聞き逃さないように集中していた達也は早速疑問が生じた。そしてそれをたずねようとした達也を八雲は制した。

 

「今、『ある人』や『妖怪』についての質問は受け付けていないよ。話が長くなるからね。君は今日も学校があるだろう?」

 

 聞いておきたかったが、おそらく聞いても八雲は話さないだろう。ゆえに早々に諦めて話の続きを促した。

 

「そして僕に命令した人物と同じ人物から、『誰か』を妖怪退治の専門家として紹介された」

「『誰か』を……?」

「そう、『誰か』を。たった二十年前の話なのに僕はそれが誰だったかを覚えていない。もちろん、任務の記録を紙にも電子にも残したよ。でも、そのどちらにもその記録はぽっかりと消えていたんだ」

「それは誰かが消したということですか?」

「いや」

 

 八雲は一度そこで区切り、そして再び口を開いた。

 

「僕は毎年そういう記録は全て整理している。そして五年前までは確かに記録はあったという記憶がある。でもその次の年に確認してみれば、記録からも記憶からも、消えてしまっていた」

「不思議な話ですね」

「奇天烈な話だよ」

 

 八雲の話をまとめるとこうなる。

 まず、二十年前に八雲は仮にAと呼ばれる人物と任務を共にした。そのときのことは正確に記録していた。

 そして毎年の整理と確認のとき、五年前まではその記録に問題はなかった。けれど次の年に確認をすれば、二十年前の任務における協力者Aの記録が抜け落ちていることに気づく。それを補填するために思い出そうとするが、記憶からもすっぽりと協力者Aの情報が抜け落ちていた。

 五年前までの記録に協力者Aの情報が『あった』という記憶はあるが、その協力者Aのことがわからない。まるで協力者Aという情報が記録と記憶から飛んで行ってしまったように。

 

「そして僕は二十年前のことについて思い出そうとした。すると、ある人から命令を受けた直後に『博麗』について調べている自分がいるわけだよ」

「なるほど。つまり師匠はその協力者が『博麗』の何某さんだと考えているわけですね」

「そういうことさ」

 

 肯定する八雲。しかし、そうするとまた新しい疑問が浮かぶ。

 

「何故、協力者の情報が消えたのか……」

「厳密には協力者の情報『だけ』が消えた、だよ」

 

 客観的に、その協力者が『博麗』の何某だということは明らかだ。しかし、八雲から消えたのはそれだけで、『博麗』について八雲が調べた記憶も記録も残っている。

 

「『博麗』の何某さんについて隠そうとしているにしては不自然か。それなら師匠の周囲にある『博麗』に関する情報も消さなければ完璧とはいえない」

「そしてその逆、『博麗』について隠そうとしているにしても、『博麗』の何某さんの情報だけを消すのは不自然だ」

 

 達也と八雲は揃って黙る。これまでの情報を精査して思考する達也だが、いかんせん思考材料が足りない。

 沈黙が二人の間に流れる。

 そして最初に口を開いたのは八雲だった。

 

「僕が協力者を『博麗』の何某さんだと判断したのは、実はさっきのことだけというわけじゃないんだよ」

 

 そう言って、身に纏う衣から一枚の札を取り出す。

 

「それは?」

 

 赤く縁取られたお札には漢字が二文字、墨で書かれている。達也はそれを見ながら、八雲に問う。

 

「これは僕が『誰か』から貰ったものだよ。二十年前、その任務のときにね」

「つまり、それは──」

「十中八九、『博麗』の何某さんから貰ったものだね」

 

 八雲がそのお札を裏返して達也に見せれば、そこには達筆な文字で『()()ノ加護』とあった。そしてもう一度裏返し、漢字二文字が書かれている方を見せる。

 

「──『法城』ですか」

「法城……『水を去って土と成る』。河水氾溢、地鎮を意味する言葉だね。実は二十年前に討伐した妖怪というのは水妖の類だったんだよ」

 

 八雲は再び衣に仕舞う。よほど大事にしたいものなのか、それとも人目にあまり触れさせたくないのか。

 しかし、達也は遠慮なく()て、一瞬固まった。

 そして八雲はそれを見逃すほど甘くはない。

 

「どうやら視たようだね。いや、別に咎めているわけじゃないよ。……それで何が視えたのか、教えてもらえるかな?」

 

 達也は正直に、嘘偽りなく白状した。

 

()()()()()()()()()()

 

 何も? と八雲が聞けば、達也は首を横に降る。

 

「いえ、何もというのは正確ではありませんでした。そのお札がもう効果がないことと、いつ師匠の元に渡ったかはわかりました」

 

 達也が有する特別な眼、『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』。万象を因果律に基づいて意識的に取捨選択することができれば目的とする情報にたどり着ける力がある。

 達也がその眼をもって求めた情報。それは、

 

()()師匠に渡したかが、わかりませんでした」

 

 八雲がそれを手渡されたこともわかる。八雲に渡された月日もわかる。八雲にそれを渡した理由もわかる。しかし、『誰が』渡したかがわからない。

 それが意味するところは、その情報がイデアに存在しないということ。あるいは、その情報が情報の次元において達也にたどり着けないほど遠くの座標に位置しているか。

 

「やはりそうか……」

 

 初めから期待していなかったのだろう。八雲に落胆の色は見られなかった。

 

「……やはり、この世界にはいないのか」

 

 そして小さく呟いたその言葉を達也は聞き取れなかった。しかし、八雲の顔に小さく影が落ちていることは覚った。だからあえて聞こうとは思わなかった。

 

 思考を切り替える。

 達也はいまだに知ることができなかった情報について頭を悩ませる。

 

(そう簡単にたどり着けるとは思わなかったが、ここまでとは。あるいは全力を出せば……いや、この情報にそこまでする価値はないな。そもそも、知ろうと思ったのはただの好奇心だ。そこまで執着する理由もない)

 

 つい先ほどまで確かに悩んでいた達也だが、一秒もかけないで未練を断ち切った。いや、未練と呼ぶほどの想いはなかったが。

 

 達也は腰掛けていた縁側から立ち上がる。

 

「──では、そろそろ時間も時間なので」

「うん、そうだね」

 

 八雲に挨拶をしてから、達也は妹が待つ自宅に帰る。

 

(それに何も収穫がなかったわけじゃない。あの一族のルーツが『博麗』にある。それだけでも収穫だ。もしかしたら、そこに叔母上(よつば)を確実に倒すヒントがあるかもしれない)

 

 達也は帰路につきながら考える。

 

(それと博麗夢路。おそらく『今の』深雪では絶対にかなわないであろう才能の塊。二科生が一科生に感じるものと同じ劣等感が、一科生にも芽生えるかもしれないな。──それに博麗夢路が目立ってくれれば、深雪に向くかもしれなかった嫉妬や羨望を代わりに受けてもらえるだろう)

 

 いや、代わりに、という表現は相応しくないなと達也は苦笑する。

 

(昔から『博麗』という一族は嫉妬や羨望を受けていたようだから、これは必然か。……まあ、どちらにしても深雪に向く害意が分散されれば十分だ)

 

 そんな悪いことを考える。

 

(それに博麗夢路の『アレ』は厄介だが、『アレ』は結局守りの魔法だ。『()()()()なら突破は可能だし、殺すことも不可能ではない)

 

 あるいはそんな物騒なことも頭の片隅で考える。

 そんなことを冷静な精神で冷静に思考できる高校生、司波達也。今日も彼の人生は妹を中心に回っていた。




小ネタ
あちこちの街路樹として植えられているイチョウは、世界で一種類だけ中国に残っていたものを持ってきたものだそうで、日本列島では100万年前に絶滅したそうな。
幻想郷には日本原産のイチョウがあるのだろうか?いやないか?


「法成寺が、五条橋の東北の中島にある。安倍晴明が河水の氾溢を祈った。水はたちまち流れ去った。そこで、川べりに寺を建立して、法城寺と名づけ、地鎮とした。(法城とは)水を去って土と成るの意味である」
『雍州府志』より


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幕間2 少女アメリアの乱心

昨日まで覚えていたタイトルを忘れてしまった
上のタイトルは仮題です

誤字脱字はどうしてもなくならないなぁ


 これは高校生活三日目の話だ。

 

 夢路は昨日と同じく開門と同時に学校へと入っていた。しかし、昨日と同じなのはここまでで、ここからは少し異なる。

 

 夢路はポケットから新品ぴかぴかの携帯端末形態のCADを取り出す。これは昨日、八雲紫という不審人物(?)から入学祝いとして贈られたものだ。そして新品ぴかぴかというのはそのままの意味で、中身はまだ空っぽ。起動式は一つとして入っていない。

 そんなCADとして機能するはずがないものを、夢路は()()()()()()、というよりは校則に()()()()ために事務室に預けようとしていた。

 

(確か事務室は……)

 

 記憶と直感を頼りに足を動かせば、最短距離でもって事務室にたどり着いた。そして夢路はそこで簡単な手続きをして、預ける必要性を感じないCADを預けた。下校時に返却されることになっているが、それをすっかり忘れていたのは余談だ。

 

 そのあとの夢路は校内をうろうろと歩き回っていた。教室に直行しなかったのは、昨日のうちに、この時間帯に一年生は基本的に登校しないという情報を得ていたからだ。別に夢路は学習しないというわけではない。

 

 校舎の窓から校庭を眺めれば、朝練だろうか、動きやすい格好をした生徒が走ったり、準備運動をする姿が見える。

 

(アレは上級生……かな?)

 

 確証はないがそう思った。別に何かを推理してその結論に至ったわけではないが、感覚的にそう思っただけだ。

 そして彼らが上級生だと仮定した夢路は興味をなくしたようにまた歩みを進めた。

 

 階段をいくつか上り下りし、様々な場所をめぐるが一年生には依然として出会うことはない。出会うのは教職員や何かしらの用事がある上級生だけだ。夢路が求める同学年の生徒は見当たらない。

 ……実際、夢路はあまり真面目に探す気はない。今も景色のどこにも焦点を定めない瞳で、ただ歩き回っていただけだった。

 どうせあと少し時間が経てば、夢路が求める人たちは教室に集まる。つまり、夢路が早起きする必要も開門前に学校に到着する必要もそれほどない。それでもそんな行動をしているのは、家の中だと本当に何もやることがなくて消えてしまいそうだったからだ。

 

 そして周囲に注意を払っていない夢路は同じ一年生とすれ違いながらも、当然のように何もアクションは起こさなかった。

 そして早起きの弊害か、頭の片隅にあった眠気がぼうっとしていたせいで大きくなっていた。ここまでくると、ここで同じ一年生を見つけたとしても、友達になるために話しかける、なんて行動は面倒くさくなって起こさなかっただろう。

 

 だから、声をかけてきたのは向こうからだった。

 

 夢路がある曲がり角を曲がろうとしたところで、進行方向から何かが飛び出してきた。赤い影が突っ込んでくる。それを無意識下で気づいていた夢路だったが、それに対して行動を起こすことはなかった。それは反射的な行動も例外ではない。

 この程度の害は、夢路の意識領域に達する前に、()()()()()()()()

 

 夢路は目の前に障害物が発生したのにもかかわらず、そのまま歩き続けた。

 

 そして曲がり角から飛び出した赤い影は──夢路に触れることなく横にそれた。

 そいつは強制的にそらされた進行方向に身体がついていかず、足をもつれさせて転んだ。

 

「〜〜ッたーい!」

 

 声をあげて痛みをこらえるのは鮮やかな赤い髪をした少女だ。夢路が求めていた同じ一年生だ。

 しかし、思考を眠気に明け渡した夢路がそれに気づくことはなかった。いや、無意識のうちには気づいているかもしれないが、実際にアクションに移すことはなかった。

 

 そのまま歩き去る夢路。

 そして少女はそれを許さなかった。

 

「待て、待て、待てーい!」

 

 立ち上がり、大きな声で制止を促す少女。しかし、夢路はそれを無視した。

 そしてそれを納得しない少女は夢路の進行方向に回り込んだ。

 

「待っちなさい!」

 

 その言葉に夢路はようやく目の前の少女に焦点を合わせた。少女は腰に手を当て、頬を膨らませている。いかにも私怒ってますなポーズだが、そこまでの怒気は見られない。

 

「あなたには言いたいことがあります!」

 

 ビシッと夢路を人差し指で指差す少女。その様子に首を傾げる。

 そして彼女が何を言いたいのだろうかと考える前に、彼女が誰なのかを考えていた。

 

(同じ一年生……だよね。でも、ボクのクラスに彼女のような人はいなかったから、他のクラスだろうか)

 

 そんなことを思いながら、同じ一年生なら友達にならなきゃいけないなぁと呑気な結論に行き着いた。

 そして夢路は少女の名前を聞こうとして、その前に少女が口を開いた。

 

「あそこは優しく受け止めるところでしょうが!」

 

 出鼻をくじかれた夢路だが、さて彼女はいったい何を言っているのか、そんな疑問が浮かんだ。彼女が何についてのことを言っているのか、いつのことについて言っているのか、それが夢路にはわからなかった。

 そしてそれはある意味では仕方がないことだった。先ほどの一連のことは夢路の無意識で全て処理されたことなので、夢路の意識に上ってきていないのだ。

 しかし、それは確かに『見た』ことではあるのだ。記憶は確実に存在する。ただその記憶は一切の感情が伴わない、無機質な記憶だが。

 

 そして夢路は感情という色のない先ほどの光景を()()()()()──それでも彼女が言っていることが理解できない。

 そもそも夢路の主観では『彼女の方が夢路をかわした』ことになっている。だから言いがかりにしか聞こえないわけだが、別に夢路は気にしなかった。ゆえに反論もしない。

 というか、受け止める云々は彼女の願望だろうが。

 そんなことを知るよしもない夢路は軽い口を開いた。

 

「次からそうするよ」

 

 まあ、次も同じようになるだろうが。

 

 

 夢路の言葉を聞いた少女は満足したのか、にこっとした笑みを浮かべた。

 

「私は明智英美。エイミィって呼んでね。そっちは?」

 

 少女改めエイミィからの言葉に夢路はどういう流れでそうなったかはわからなかったが、図らずも自己紹介の機会が訪れた。

 夢路はこのチャンスを逃さなかった。

 

「ボクは博麗夢路。どうぞよろしく、エイミィ」

「うん! 博麗くんね。こっちこそよろしく!」

 

 元気に返答してくれたエイミィは夢路に手を差し伸べた。さすがの夢路でもこれが握手を求めているものだと理解した。

 夢路は笑顔を作って、エイミィと握手をした。

 

(おや? これはもしかして友達になった、ということなのかな?)

 

 そこは夢路がどのラインを友達とするかに影響するが、見ず知らずの他人よりは親しくなったのは確かだろう。しかし、まだ友達特有のしがらみを感じていないのも確かだ。まだ夢路はこの関係を壊したくないとは思っていない。

 

 握手を解いた夢路とエイミィ。先に口を開いたのはエイミィだった。

 

「そうだ博麗くん。明日から新入部員勧誘週間でしょ。もう入る部活とか決まってるの?」

「新入部員勧誘週間……?」

 

 夢路はエイミィの問いには答えず、知らない単語に反応した。エイミィはそれに嫌な顔はせずに、快く説明する。

 

「新入部員勧誘週間っていうのは、上級生が私たち新入生に部活動を紹介して勧誘する一週間のことだよ」

「へぇ、そんなものがあるんだ」

「そうそう! それで博麗くんは入りたい部活とかあるの? 私は狩猟部に入るつもり」

 

 部活動……と、そう聞かれて夢路は考える。

 

(中学のときは部活入らなかったんだっけ)

 

 あの時期というか、入学以前の夢路は他者と積極的に関わってこなかった。正確には関わる必要性を感じていなかった。だから、部活動なんて、頭の中に面倒だなという気持ちがよぎった時点で関わるのをやめていた。

 そして高校に入学した今。消えた祖父と消えかけている叔母を見て、潜在的な恐怖が生まれた夢路は積極的(?)に他人と関わろうとしている。

 なら、今は部活に入るべきなのか。

 

 そうして夢路の口からこぼれた言葉はひどく曖昧なものだった。

 

「わからない」

 

 本当にわからなかったゆえの言葉。エイミィに所属したい部活を誤魔化すために放った言葉ではなく、隠そうとする意図をもって放った言葉でもない。ただ純粋に曖昧な自分の気持ちを吐露した言葉だ。

 それに気づいたからこそ、エイミィは茶化すような真似はしなかった。

 

「そっかぁ。じゃあ狩猟部はどう? 私もいるし!」

 

 エイミィがいることが何を意味するんだ? そんな疑問が浮かんだが、それは口から出ることはなかった。

 

「そうだね。その勧誘週間のときに見て決めることにするよ」

「うーん、そう? でも、だったら狩猟部にも来てよね!」

 

 明るい笑顔に、夢路は軽く頷いた。

 

 その日の邂逅はたわいもない会話のあと、授業前のチャイムにより終わりを告げた。

 

 

 今回はただ出会っただけ。

 まだまだ友達というには薄い関係。

 これがどう変わるかは、これからの出来事による。




九校戦の点数調整とスケジュール調整に手間取る
原作読み返しながら書いているので遅くなるかも?


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