モモンガさんが冒険者にならないお話 (きりP)
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プロローグ

このお話は、モモンガさんにご飯を食べさせたいという『妄想ネタ』を文章にするために無理やりでっち上げたプロローグなので、正直内容はお察しですw それでもよろしければ物書き初心者のお話にお付き合い下さい。




―――なんなのよ、この料理は!―――

 

 

 そう癇癪に顔を歪めてヒステリックに叫ぶはずであった。

 

 エ・ランテルでも有数の宿『黄金の輝き亭』での最初の一手は、宿の客であろう特権階級、またはそれ相応の有識者・有力な商人といった者の耳時を集めることにあった。

 要は、自分が悪目立ちして従者を持ち上げ、上手くこちらに興味を持ってくれれば、知己を交わせれば万々歳といった、なにこの三文芝居的な作戦である。

 予定されていた、表向きな迷惑料としての、居合わせた客への料理代を持つといった行為も、有数な資産家と思わせる、どこかで聞いたことがあるようなありふれた作戦であった。

 

 だが、最初の一歩で躓いてしまった。

 

 

 

「なんだこれ……美味しい……」

 

 

 

 小さな口をモグモグしながら、涙をはらはらと流す。ただでさえ目立つ三人組の中でもひと際目を引くその容姿。薄桃色のドレスを着た銀髪の十代後半ほどの年齢の少女は、かの『黄金の王女』に勝るとも劣らない美貌であった。

 

「アイ……っ!? お嬢様、お身体は大丈夫でございますか?」

 

 これに焦ったのは従者であるセバス・チャンである。

 セバスは素面には出さないが燃えに燃えていた。自身が御方をお守りするのであると。至高の41人をお守りするのだといっても、かの御方達は自身を軽く凌駕する強さである。あの1500人の大侵攻でも、第9階層まで辿り着かず、結局は守るべき至高の御方達に守られた身。それほどまでに隔絶した強さを持つ方達の頂点であるアインズ様は、いかほどの頂におあすのであろうか。

 

 しかし今のアインズ様はどうであろう。ナザリックで語られたアイテムの効果により、脆弱な人間種への変貌、Lvの大幅な低下。容易く手折られてしまいそうな華奢な女性へと変貌されていらっしゃる。

 

 従者はセバスとプレアデスからエントマ・ヴァシリッサ・ゼータを指名。宿の周囲にエイトエッジ・アサシンを敷いているとはいえ、御方を最前線でお守りできるのは自分一人である。

 

 だが、燃えに燃えていた感情も、はらりはらりと涙する至高の御方を前にして、完全に思考が停止してしまっていた。

 

 

 

「アイ……っ!? おっ、お姉さま! なにかご不便がございましたか?」

 

 エントマは普段の口調も忘れ混乱していた。ただでさえ萌えに萌えて……いや、燃えに燃えていたのだ。プレアデスと言えど一介のメイドごときが、至高の御方のお傍付きに命じられたのだから。

 

『エントマ、お前は私の妹という設定だ。なあに不安になることはない、普段通りに……いや普段の私に対するメイドとしての立場では困るな……そうだ、普段お前が姉たちと接するときのように振る舞え。よし、これは命令だぞ』

 

 エントマの頭に優しく手を置きポンポンと軽くたたく。あれはすばらしかったなぁ……って違う違う、思い出に浸っている場合ではない!

 

「エントマ! ほらほら食べてごらん! お肉がこんなにも柔らかくて美味しいだなんて……」

 

 そういってニッコリ笑ってお肉を刺したフォークを私の仮面蟲の前に……って!? 幻術! げんじゅちゅを維持しなくっちゃぁ!

 

 そう、エントマはパッと見ではわからないがアラクノイド。その顔も髪も身体も蟲の集合体だ。だが人間種の街で生活をするにあたってアインズから、

 

『エントマはそのままでも可愛いのだが、対面すると人間ではないのがわかってしまうかもしれん。お前の幻術でどうにかすることは可能か?』

 

 と聞かれ『可愛い』の声が頭をめぐりつつも、ばっちし御方の期待に応え、髪はきちんと髪に見え、口も動いているように見えている。

 ですがそこはお口ではないのですぅとも言えず、でもこれは「あーん」ってやつで、頬の赤みが幻術として適用されちゃったりして、でもこれは不敬であるのではないかとアワアワしてしまう。

 

「あっ、そうだったな、ここらへんかな?」

 

 至高の御方が顎下にフォークを持ってくるのだから、これはもう覚悟を決めて食べるしかない。

 それでも周りからは口元にフォークを運ばれているようにしか見えないのだから幻術万能である。

 イイネ。

 

 それは得も言われぬ至高の味であった。もちろんエントマにとってはフォークの先にゴミやら鉄くずやらが付いていたとしても至高の味には変わりはないのだが……

 

 

 

 

「おっ! 美味しいですぅお姉さまぁ!」

 

 エントマ会心の叫びを聞いてセバス・チャンが覚醒する。私は何を惚けているのだと。エントマが御方のご期待に応えた。ならば私がこの場ですることはなんだ!

 

 これは御方が我々をお試しになられているのだと。 

 

 最初に作戦をお伺いしたときには眉を顰めた。それは御方にヘイトを集める行為に対してだ。ならばこの状況からの会心の手はなんだ!

 

「支配人、よろしければ料理長を呼んでいただけますかな」

 

 現在アインズ様はもちろんのこと、朗らかにほほ笑む期待に応えたエントマは、このホールの注目を集めに集めている。

 

「はいぃぃ! 直ちに!」

 

 これはアインズ様が示された道。ならばこの先にあるのは確定された未来だ。

 しばらくして支配人に連れられた料理長と思われる、意外なほど若い、だが頬が若干扱け幸が薄そうな男がアインズ達の前に通された。

 

「りょ、料理長を務めさせていただいております! ジョール・ネイサーです!」

 

 貴族も斯くやといった麗しき美姫達に、品の良い佇まいの老執事。誰が見ても上客だとわかる者たちの前に連れ出された料理長は、これまた誰が見てもわかるほどに狼狽していた。

 

「申し訳ございませんが、あなたの料理を我が主がいたく称揚いたしましてお呼びだてした次第でございます。できれば我が主に料理の説明などをお願いできないでしょうか」

 

 おそらく何も告げられずに急いで連れてこられたのであろう。微かに安堵の息を吐いて、それでも顔に歓喜の笑みを浮かべて。

 

「ありがとうございます! 先代から継いで、わずか一月目であります新参者でございますが、今夜初めてお出し致しました新作料理の説明をさせていただきます!」

 

 これには他の常連客も驚きを隠せない。エ・ランテル随一といった料理が食べられるこの『黄金の輝き亭』の料理長が変わっていたなんて。

 

「これは実はエイノック羊です」

「はぁっ?」

 

 そしてこれには居合わせた冒険者達であろうか? おそらく何かの祝いにちょっと背伸びをしてこの高級宿に料理を食べに訪れていたのであろう。

 帝国などでは焼き串などで、庶民に愛されているのだから、どこかの露店で食べたこともあったのかもしれない。

 だがあの羊独特の臭みなど一切感じさせなかったのだから、丁度同じものを食べていた金髪の少し軽薄そうな彼が驚くのも当然だ。

 

「これは蒸すという水蒸気による熱で調理する方法に、香草巻きという手法を重ねて、エイノック羊のロースと言われる部位、その旨味をそのままに、独特の臭みと多すぎる油分を取り除いたものです。もちろんソースには先代伝来の深い味わいのソースを使用しているので、完全な新商品とは言えないのですが……」

 

 控えめに、だが堂々と、先ほどまでとは打って変わった料理長の声は、後半尻すぼみにもなりながらも自信にあふれるものだった。

 

 

 セバスにとっては驚きだった。御方はここまで何も自身の行動を決定づける言葉を発してはいないというのに、これから自身が取るべき道筋がはっきり見えるのだ。じわりと手のひらに汗を感じ、歓喜に震える。

 御方にお仕えできる喜びを胸に秘め、さぁ予定通りの、そして場内にとっては予想外の言葉を発しようではないか。

 

「料理長ネイサー殿、この料理、我が主人がいたくお気に召したご様子。見事でございます」

 

 そして、御方に目を向け一礼。そして御方もにっこりと慈愛の微笑みを浮かべて頷く。 

 

「支配人。お嬢様が大変気にいられたこの料理。是非とも今ここにいる皆様に振る舞っていただきたい。もちろんお代はこちらで支払わせていただきます」

 

 おお! と、場内から声が上がる。そして一拍置いてあたりを見回し、

 

「そうですね……食事中の方もおられます。先ほどの言を訂正させていただき、本日の料理代は全てこちら持ちでと言うことで」

 

 

 降ってわいたような幸運に場内が沸き立つ。エ・ランテル最高峰の宿屋の料理の値段は破格である。 だがそんなことは関係ない。

 先ほどのやり取りを見ていた者たちにとって、懐に足る金銭があったのなら、ほぼ全員がおなじ料理を注文しようとしていたのだ。

 今回タイミング悪く料理を注文し終わっていた者たちにとっても、嬉しいことには変わりはない。次回はあの料理を食べにこようなどと、談笑が始まっている。

 そして口々にアインズ達が座るテーブル席に向かって感謝の声を上げていくのだった。

 

「アイちゃん最高!」

 

 などと先ほどの冒険者からも声が聞こえた。もちろん従業員たちの感慨も一入だ。

 

「父さん……やれるよ……見ていてくれ……」と涙ながらにつぶやく料理人。

「最高の……最高の宣伝になります……」と涙ながらにつぶやく支配人。

 

 ……なんだかよくわからないドラマがあったのかもしれない。

 

 

 

 そして

 

「さすがは……さすがは至高の御方アイ……お嬢様でございます」

 

 小さな声でウンウンと頷きながらすでにカンストしている忠誠心をグングン上げていくセバス。

 

「美味しいですぅ! お姉さまぁ!」

 

 彼女の空腹は許さんとばかりに、延々と嬉しそうに餌付けされているエントマ。

 

「偽名はモモって決めたよな……」

 

 フォークをエントマに差し出し小首をかしげながら呟く至高の御方。

 

 

 

 ありとあらゆる思惑を含みながらも、ナザリック最高責任者、仮称アイちゃん一行のエランテルでの初日が過ぎようとしていた。

 

 




次話から原作一巻直後Ifのお話になります。


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第一話

頭の中の妄想を文書化するのがこんなに大変だったとは。
通勤のお世話になっている、他作者さんには頭が下がる思いです。

 私のSS一駅持たんねw



 

 カルネ村の騒動を終え、ナザリックに帰還し、(しもべ)たちを集めて行動方針を示した翌日。守護者たちを集めた会議の場で、

 

「冒険者になってみようと思う」

 

 などと某海賊王ばりな勢いで言ってみたものの、守護者全員からのダメだしを食らってしまった。いくら必要なことであると説いてみても、アルベドからは鬼気迫る勢いで考えを改めてくださいと懇願されてしまう。

 

 

―――ここで沈黙、思考にふける―――

 

 

 逆にもしアルベドが「私、海賊王になります!」などと言ったらどうするか……

 いや、まて、落ち着け。止めるけどそうじゃない。

 どんな脅威があるかもわからない場所に放り出し、その最前線の冒険者になろうだなどと言うことに、了承できるだろうか。

 ある意味大事な娘が「私、東京でアイドルになる!」と本気で家を出ていこうとしているのだ。

 

……アルベドがアイドルになるのはアリなんじゃないか……

 

 いや、違う、そうじゃない。

 なにはともあれ、守護者達が本気で心配してくれて、必死に説得してくれようとしているのだ。これはすごく嬉しいものだなあ、なんて思いつつも、やはり精神の安定というか休暇は欲しい……ん?

 

 残り強固なまでに、冒険者になることを否定する……というか、自身の同行を懇願するアルベドを説得すれば、なんとか旅立てると思った矢先、頭に浮かんだのは自分の本当にやりたいことであった。

 

 この新たな世界で冒険がしてみたい! 

 

 ああ、確かに自分はそう考えてはいたが、今考えているのは違うのではないだろうかと。ナザリックでの支配者ロールがきつくて、ちょっと息抜きがしたいだけじゃないだろうかと。息抜きだけなら未知の世界での、冒険者という戦闘をもってしての見聞じゃなくてもいいんじゃないか?

 目の端に涙を溜めてまで自身の身を案じる守護者統括を見る。

 

 あぁ……これは私が間違っていたな……

 

 ぼそぼそとデミウルゴスがアルベドに耳打ちしているのを見ながら(たぶん何か私に対してのフォローをしてくれているんだろうか)先にこちらから皆の心配を払拭すべきだろうと声を出した。

 

「すまなかった」

 

 ちょっと声が大きくなってしまっただろうか。

 

「皆の気持ちはよくわかった。此度の件は一旦保留とする。皆は通常の任務に戻るように、では解散だ」

 

 少し恥ずかしさというか照れくささもあり、そそくさと転移で自室に戻るアインズであった。

 

 

 

 

 

 

『モモンガ様! ご依頼のアイテムですが数種類ほど発見いたしましたっ!』

 

 自室に転移した直後、耳に届いたのはパンドラズ・アクターからの<伝言(メッセージ)>だった。

 

 冒険者になって情報収集をしようと思い立ったは良いが、アインズにはある懸念があった。

 自身に人間種に見える幻術をかけ、この場合はマジックキャスターとして冒険者になる。あるいは以前のように≪上位道具生成≫で作り出したフルプレートと剣を装備して、戦士として冒険者になるか。

 

 もしこの世界に、幻術を看破するスキルや魔道具があったとしたら。ヘルムや仮面をつけていても、正体を見破られてしまう感知能力、もしくは透視スキルなんてものがあったりしたら。

 考え出したらきりがないが、実際ユグドラシルではそのようなスキルや魔道具があったのだから、懸念材料にもなろう。

 

 情報収集の観点から考えてみても、いささか問題がある。それは飲食が出来ないといった点だ。

 

 カルネ村の村長宅で、白湯を差し出され早々に断ってしまった件も尾を引いているが、実際問題コミュニケーションを構築する上で、共に飲食が出来ないというのは大きなデメリットだ。

 リアルでだって「ちょっとコーヒーでも飲んで休憩しようぜ」なんてよくある誘いを毎回断っていたらどうなることだろう。まあ誘われたことはないんだが……

 それにカルネ村の状況を鑑みれば、魔法はあるが中世によく似たこの世界。大衆の娯楽なんて飲んで食べてぐらいしか無いのではなかろうか。

 

 それら懸念材料に対処すべく、人間種もしくはそれに近い見た目になり、なおかつ飲食が可能になるアイテムを自室で探してみたものの、この素敵骸骨の見た目にまったく不自由していないどころか、恰好良いとさえ思っている自分がそんなものを持っているはずがなく、嫌々ながらもパンドラに連絡を取り宝物殿内でのアイテム捜索を依頼していたのだ。

 

 冒険者になることは保留にしたものの、実際にあれば役に立つことは間違いないのだから、その報告に嬉々として宝物殿に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移した宝物殿ではタブラさんに変身していたパンドラに驚くも、会話から納得し、敬礼やドイツ語に精神をゴリゴリ削られながらもようやく本題に入る。

 

「まーずはっ! こちらのふたつのアイテムでございます!」

 

 まるでTVショッピングの掛け声のようだと思いつつも、パンドラが差し出してきたものを手に取る。

 

「あー……なるほど、だがこれは使えないな……」

 

 『昇天の羽』と『堕落の種子』、それぞれ天使と小悪魔に種族変更できるアイテムではあるのだが

 

「元に戻れないんじゃ意味がないな」

「確かに。一応ご依頼の件に当てはまるアイテムであったのでお持ちしましたが、モモンガ様に使っていただく訳にはまいりませんね」

 

 確か使用するのに前提条件があったはずだが、自分は満たしていただろうか。

 初期で選べない種族であり、愛らしい見た目になれることから、ユグドラシルではかなり高額で取引されるアイテムである。

 まあ外装がいじれるユグドラシルにおいてはあまり関係ないのだが、その種族レベルにこそ真価があるのだろう。

 

 それはともかく現時点ではまったく使えない物であることは当然だ。

 考えてみたらパンドラにナザリックが転移したこと、そしてアインズ・ウール・ゴウンと名を改めたことなどを全く説明せずに依頼を出してしまったのだから、こんなアイテムが出てくるのもまた当然か。

 アインズは改めてこれまでの事の経緯を伝えるのだった。

 

 

「それで三つ目のアイテムは?」

「はっ! こちらでございます!」

 

 それは銀の飾りに緑色の宝石がはまったイヤリングであった。

 

「……まあ現時点で耳がないってことは置いておくとして、アイテムの効果はなんなのだ?」

 

 耳ってアクセサリー効果対象枠だったか? 顔面か頭装備枠になるのかな? まあこの世界ではどう転ぶかわからないのだからパンドラに先を促す。

 

「これは『森妖精のイヤリング』という名のエルフに偽装できるアイテムのようなのです」

「……まあ、お前も耳がないからな」

 

 

…………

 

……

 

 

 

「さぁて! 気を取り直しましてっ! こちらでーございますっ!」

「うるさい!!」

 

 そして出てきたのは赤い宝石が嵌った首飾りだった。

 

「それは『炭鉱夫の首飾り』という名のドワーフに偽装できるアイテムです。どうやら先ほどのアイテムを含めて、鑑定結果から同一種類の偽装系アイテムのようです」

「ふむ……では実験してみるか」

 

 一応鑑定魔法ををかけて効果の齟齬がないかを確認してから装備してみると……

 

「おぉ!」

 

 どこに出しても恥ずかしくない立派な髭もじゃのドワーフが佇んでいた。

パンドラに用意してもらった姿見を見ながら「これはこれで面白いものだな」などとつぶやいてみたが、まずは実験である。

 懐から無限の水差しとコップを用意して、飲んでみるがやはり……

 

「だめか……」

 

 顎付近から水がだだ漏れして床を濡らす。

 

「まぁ偽装って言葉がどのアイテムにもついてる時点で無理だなとは感じたが、幻術系のお遊びアイテムだったのかな」

 

 現在のナザリックでさえ、幻術系を修めているのは自分とナーベラル・ガンマ、そしてエントマ・ヴァシリッサ・ゼータの三名しかいない。

 ユグドラシルでも同じような割合であったようにも思うし、それなりのお遊びとしての需要はあったのだろう。

 そのほかの人種・亜人種になれるアイテムも同様の結果であった。

 

 その後、パンドラの謝罪からの全てを許そうコンボにつながり、なぜか主を絶賛する歌を唄いだす埴輪に無い胃をキリキリされながら続きを促す。

 

「さて、最後になるのか?」

「はいっ! ですがこれは私がお開けしてよいもではありまーせんので、んーアインズ様っ! こちらをっ」

 

 そして手渡されたのは、身に覚えがある淡い白色の指輪ケースだった。

 

「なっ!? 何故お前がこれを知っている!!」

 

 思わず激高し、精神安定化がはたらくも何度も身体が光り続ける。

 

「!? そっ、それは至高の御方々がこの場で制作していたのを見ていましたもので……」

「へっ?」

「なんでも『ここまでやればモモンガさんも気に入ってくれるだろう』という話でしたが……」

「……」

 

 さっぱり意味が分からないが……どうやら外見は同じだが自分が思っていた物ではないのか?

 

 パンドラに渡された指輪を嵌め、取扱説明書らしき冊子を見て、アインズが膝から崩れ落ちるのはそれから数分後の事であった。

 

 




次話ユグドラシル時代の話になります。


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第二話

このお話は、99%の妄想と1%の可能性からできております。
こんなこともあったかもしれないねと思っていただければ……無理かなw




 さて、この指輪がなんなのかと言うと、一応『婚約指輪』になる。

 

 

 

 あれはギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の絶頂期に実装された、超大型アップデート『ヴァルキュリアの失墜』でのこと。

 

 新たに追加されたワールド・エネミーが2体に、新超位魔法・ <指輪の戦乙女たち(二ーベルング・Ⅰ)>、 新職種・自動人形(オートマトン)、シズの職業であるガンナーも、このアップデートで追加されたものだ。

 そしてもう一つ、運営が満を持して投入してきたのが結婚システムであった。

 

 大体どんなMMOでも実装されている、どこの運営でもやることがなくなってきたときに追加するのか? と言うくらいのありきたりなイベントではあったが、大聖堂がある街を新たに作ったり、左手薬指にのみ、課金設定をしなくても効果が発揮される『婚約(仮)指輪』と言う名のアイテムをプレイヤーすべてに配ってイベントを大いに盛り上げようとしていた。

 

 だが異形種プレイヤーは人間種の街には入れないというゲーム開始当初からの制約もあり、異形種プレイヤーにとってはこれはどうでもいいイベントではあった。

 

 『婚約(仮)指輪』はその大聖堂で婚姻イベントをこなすことで、晴れて『結婚指輪』に変化し、アイテムボックスの共有や婚姻対象者への転移魔法などの『結婚スキル』が実装されたのだが、「そんなことはどうでもいいから結婚させろ」と運営に超位魔法をぶつけてきた異形種プレイヤー達がいた。

 

 

 なりきりギルド『吸血鬼の夜明け』のギルドマスターそしてサブマスターのかなり有名なバカップルである。

 

 

 過去100年前から……いやもっと前から吸血鬼を題材にした漫画・アニメ・小説・ゲームなどは非常に多い。題材ではなくとも異形の者として出てくる吸血鬼の数は膨大だ。

 そしてユグドラシルにも吸血鬼という種族はあるのだが、ここの運営は彼らを殺しにかかってくるような外見の吸血鬼しか実装せず、より上位の種族になるほどひどくなる外装に、彼らの血涙は止まらなかった。

 だが……我がギルドにもいたが、そんな吸血鬼(吸血姫)っ子大好きな者達の熱き魂は、それをとんでもない額の課金と徹底した外装の作りこみにより克服してきたのだ。

 

 そんなギルドのギルドマスターは萌えを愛する人かと思えば古典を愛する人だったらしく、正統派の吸血鬼。所謂ところの『ドラキュラ伯爵』であり、サブマスターの名前も『カーミラ』という聞いたことがある古典作品の吸血鬼であった。

 

 リアルの内情は知る由もないが、ゲーム内で彼らは付き合い始め「いつか結婚システムが実装されたらいいね」と(オープンチャットで)連夜のごとく語り合っていた(乳繰り合っていた)矢先にこの仕打ちであった。

 

 さすがにこればかりは自身の力ではどうしようもないのは明白であったが、温かいギルドメンバー達はある作戦を提案した。

 

 超位魔法の、<星に願いを> (ウィッシュ・アポン・ア・スター) に賭けたのだ。

 

 この魔法はなんでも願いをかなえてくれるというわけではなく、経験値を10%なら1つ、50%なら5つと、200を超えるお願いの選択肢からランダムで選ばれたものを一つだけ選択できるといったものだ。

 

 その中にある『神への直言』つまり運営への直訴権であるが、どこまでの効果であるかは不明瞭だったものの、100人近いギルドメンバーの内の22人の100Lv魔法詠唱者により、まさに血の特攻。一人500%の経験値を投入しての超位魔法を発動する。 

 そしてわずか2名の『神への直言』を発動し、運営へのシステム改善を要求したのであった。

 

 

 この騒動はギルドランキング100位以内に食い込んでいた『吸血鬼の夜明け』が一夜明けて300位台まで下がっていたことを受け、一気に表面化し、某掲示板では、

 

「運営何とかしてやれよwww」

「ちょっと俺も一発超位魔法打ってくる」

 

 などなど、異形種ながらも好意的に受け止められたが、「あの糞運営がそんなことするわけないだろ」と言うのが一般的な見解であった。

 

 

 関係ないが、我らがバードマンが懇意にしていたギルドでもあり、同調して超位魔法を追加したかと言えば「リア充死ね」以外のコメントはなかった事を追記しておく。

 

 

 そしてある意味運営にスルーされるかと思われたこの騒動は、『婚約(仮)指輪』を『婚約(仮)指輪(異形種)』と名を変えられ、異形種を選んだプレイヤーにのみ当たったこのパッチは、完全に人間種になれる効果を追加されていた。

 

 

 これはどうやら、副アカウント不可、プレイヤーキャラクターはあくまでも一人一キャラというユグドラシル運営に対して「新しいキャラクターを作ってみたい」という声があまりにも多く、先ほどの超位魔法にも後押しされ、運営が重い腰を上げ、テストケースながら『結婚指輪』と『婚約(仮)指輪(異形種)』にその効果を追加したという理由がのちに発覚している。

 

 

 もちろんそこは我らが糞運営。バカップルには素晴らしいプレゼントだったものの

人間種プレイヤーからは、

 

「ありのまま今起こった事を話すぜ。結婚指輪をはめたら異形種になれる効果が追加されていた。何を言っているのかわからねーと思うがry」

「誰得wwwwwww」

 

異形種プレイヤーからは、

 

「なんかものっすごいLv下がってるんですけど……」

「外装ランダムにしてもこれはねえええよwwww」

 

 などなどある意味期待通りの効果だったらしい。

 

 

 なお今述べられた事以上にペナルティが多く、新しく外装を作り直そうなどと言う輩もいなくなり、ギルド『2ch連合』の呼びかけによる、1000人規模の新超位魔法発動祭り。

 通称<運営の天使はなんでいつも可愛くないの祭り>により、ユグドラシル初、そして今世紀初の「鯖落ち」と言うビッグイベントが重なり、本格的に忘れられていくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 残業のため、指輪の効果が実装された日のかなり遅くにログインしたモモンガが見たのは、円卓で話す二人の人間種だった。

 

「えっ? えええ!? どなたですか!?」

 

 ここはナザリック地下大墳墓円卓の間。人間種プレイヤーがいること自体おかしいのだが、筋骨隆々の禿げ頭の大男に、どこかのガキ大将のお母さんのような恰幅の良い女性には、別の意味で(よくこんな外装にしたものだなあ)とおかしくなってくるのだった。

 

「モモンガさんばんわーです」

 

 としゃべりかけてきた大男は、なんとも可愛らしい声で……

 

「えっ!? 茶釜さん!?」

 

 そしてもう一人

 

「俺が望んでたのはこんな女性じゃなくて、もっとロリで!幼女な!」

 

 と泣き叫んでいる声はまさしくペロロンチーノさんの声であった……

 

「ばんわーです。二人ともなにやってる……ってかどうなってるんですか?」

 

 

 尋ねてみたところあらましはこうだ。例の指輪の効果が実装されたのだが、指輪をはめると最初に選択肢で性別が選べるらしいのだ。

 まあ『女性プレイヤーの8割が男性です』がお約束なMMOの世界で、ネカマがいないなんて思ってもいないのだが、異形種のプレイヤーを作るときには、その選択肢すらなかったことを思い出す。

 

 そしてこの指輪で人間種になったとしても、結局はその街自体に行けないのだから意味がない。異形種が入れないのはもちろんなのだが、ペナルティとしてPKプレイヤーも、当然のことながら特定の街には入ることができないのだから。

 つまり『アインズ・ウール・ゴウン』メンバーにとってはゴミアイテムであったのだ。

 

 それならばと、この姉弟が選んだのは男女逆の選択肢。

 

 結果はギルメンの大爆笑となり、ギルド長にも見せようとみんなで待っていてくれたらしい。

 他のみんなも指輪をはめて見せてくれて「運営は俺らをどうしたいんだよ」と言わんばかりな人間種の外装に、残業の疲れも忘れて笑わせてもらった。

 

 そして最後に放たれたロリコンバードマンからの一言は、

 

「モモンガさん頼む! 女性を選んで僕のロリ幼女になってよ!」

「あほ弟は放っといて、それはそれで見てみたいわね」

「それはものすごいギャップ萌えかもしれんな」

 

 などなど、せっかく残ってくれたみんなが楽しい気持ちを与えてくれたのもあり、「じゃぁ、やっちゃいますか」と面白半分で女性を選択したのだった。

 

 

 それはなんとなく暗い雰囲気を感じさせる表情の、線の細い中年女性の姿だった。

 

 

「これロリは出ないんじゃないか?」

「俺ショタだぞ?」

「でもモモンガさん当たりの部類じゃね? 結構美人かもしれないよ」

 

 などなど、と笑いを取ってはいたが、姿見を見たモモンガの胸中は複雑なものだった。

 

 

 どこが似ているって訳ではないのだが、その表情が亡くなった母を思い出させることで……

 

 

「すみません。こんなに遅くまで残って頂いたのに……ちょっと気分がすぐれないので落ちますね」

 

 指輪を外して元に戻り、簡単な一言を追加してログアウトした。

 

 モモンガは別に郷愁に浸っていたわけでも、母が亡くなった時のことを思い出していたわけでもなく、ただ単純に恥ずかしかったのだ。

 つまり30近いおっさんが、お母さんとゲーム(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)をやっている気分になったのだ。ものすごい羞恥プレイである。

 

 ベットの上を転がりまくり「うわあああ、あれはダメだわぁああああ」と叫びまくり、隣の部屋からの壁ドンで冷静になってから、「さっきの態度はまずかったなあ、なんか勘違いされたかもしれんし、明日みんなに謝らなくっちゃ」と連日の残業の疲れも相まって、その日は眠ってしまったのだった。

 

 

 そして残された40人近いメンバーはと言うと……

 

「あれもしかしてやばくね?」

「なんかトラウマ的な人に似てたとか?」

 

 ある意味当りと言えば当たりなのだが、当然のように盛大な勘違いをし、明け方近くまで協議を重ねた結果、

 

「外装無理やり変えちゃえばよくね」

 

 と言い出した某ゴーレムクラフターの意見を採用するに至ったのだった。

 

 

 そんな事になっているとは露知らず、翌日にモモンガは昨日のことを謝り、これは宝物殿にしまっておきますと、言ったところでインターセプト。

 

「じゃあ僕もちょっと用事があるからついでに持っていくね」

 

 と、まるで示し合わせたような、それでいて棒読みで指輪を奪取していくギルドメンバー。

 

 

 

 

 それ以降のモモンガは、思い出したくないとばかりに左手薬指に指輪をはめることはなかったのだが、このたび数年ぶりにその指輪に邂逅するはめになったのはなんの因果であろうか。

 

 もちろんその指輪をはめた外装が、40人の、血と汗と涙と萌とギャップ萌などをふんだんにつめこんだものになっていることなど、モモンガは知る由もないのだが。

 

 




モモンガさんがずーっとしていない左手薬指の指輪の理由を考えていて、斜め上の妄想を書いていたらこんな話が出来上がりました。つまりこのお話が最初に出来てしまったので、あとのプロローグとかは後付けなんです。全体として旨い事文章として見れてれば良いのですがどうかなw



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第三話

 

前回のお話を投稿したことで、やりきった感が……w
今回のお話は、書きながら「あ、私あたまおかしいんだな」と再確認できました。




 アインズは悩む。『おかあさんといっしょ』は勘弁願いたいのだが、仲間が制作してくれたという意味合いが何なのか。だがさすがに装備をしなければ話が進まないわけで、おそるおそる仕方なしにとばかりに指輪を嵌める。

 途端まばゆい光に包まれて、現れたのは淡いピンクのドレスを着た黒目銀髪の少女だった。

 

「これはまた……うわあ……」

 

 なんと言っていいか言葉が出ない。美少女だ。間違いなく美少女ではあるのだが、鏡に映る驚いている表情を見て、完全にこれは自分であると認識できてしまう自分にまた驚愕してしまい言葉が出ない。

 1分、2分と経った頃にそれに気づく。アンデットの≪精神安定化≫の効果が効いていないのだ。

 

「よっ、よし! ふぅ……色々と考えるのは実験が終わってからだ」

 

 この声茶釜さんの声だよなあと思いつつも、とにかく飲食が出来るかの確認だ。それが出来ないようなら、このアイテムは不必要であるのだから。

 アインズは先ほどまでと同じように無限の水差しで注いだ冷たい水に口をつけた。

 

「んくっ、ぷはぁ。冷たくて……すごくおいしいな……」

 

 水ってこんなにおいしかったっけ? と、実験も忘れて感動してしまったが、そういえばアウラやマーレもそれは美味しそうに飲んでいたことを思いだした。これは結構特別な水であるのだろうか。

 実際のところリアルで鈴木悟が飲んでいたのは、汚染された水を限界まで濾過し、薬液で殺菌した水。ほぼ工業用水と変わらぬH2Oに味などあるはずもないのだが、今の彼には知る由もなかった。

 

「おめでとうございます! んー、アインズ様! 実験は成功でございますねっ」

 

 完全にパンドラがいたことを忘れていたために、その声に驚く。この高い声では無駄であるかもしれないが、威厳ある態度を示さなくては。

 

「!? そっ、そうだな。これならば実用に足るかもしれん。それでパンドラズ・アクターよ。思い違いでなければこの指輪は、私が宝物殿に……違うな、確か……やまいこさんに宝物殿にしまっておいてもらった指輪であると思うのだが」

「何分そこまではわかりませんが、至高の方たちが書き残したメモが付属しておりましたので、こちらに書かれているのではと愚考いたします」

 

 渡されたメッセージカードには表書きに『モモンガさんへ』と書かれてあった。早速開いて読んでみる。

 なるほど、あのときの光景を思い出してきた。あの後そんなことがあったのかと、悪いことをしたなと思う反面、それはそれで自分が仲間はずれみたいな、でも自分の為にやってくれたことに感謝もあるしと、唸ってしまう。

 メモにはそのほか、たぶん私が指輪の仕様を知らないだろうと、簡単な説明が書かれていた。

 

 

 要約すると、まずLvの大幅な低下。これは人間種になることで種族Lvがなくなるため起こることのようだ。つまり私なら今Lv60ってことだな。

 正直これについては疑問があるのだが……まあ後にしておこう。

 

 二つ目は装備品について。装備はすべて外されアイテムボックスの中に移動してしまう。手を伸ばしてアイテムボックスの中を確認してみると、なるほど確かにある。通称『モモンガ玉』までもが移動しているようだ。

 追記で、指輪はまた課金しないと他の指には装備できないみたいですよって……どうやって課金しろと……

 

 最後に効果範囲について。

 

「え?」

 

 つまるところ、この指輪は人間種の街や村、および自身の拠点から1Kmほど離れると効果が切れるそうだ。

 

「あー……レベリングが難しいってこういうことか……」

 

 当時の噂話を思い出す。複垢(アカウント)的な効果なのか、この外装、レベルが上げられるのだ。だが上げ切ったという話は聞いたことが無かった。

 拠点付近までMobを引っ張ってきてから倒すなんて手段もあるにはあるが、そもそも拠点や街でしか使えないのにLvを上げる意味が薄すぎるからなのか。

 考えれば効果的な使用方法はあるかもしれないが、それはユグドラシルでならと前置きが付く。

 

 それはともかく最後に書かれてある「やりすぎちゃってごめんね♪」に頬がひきつるのはなんでだろう。かなり恐ろしい。

 

 

 再び姿見をのぞき込む。やはり美少女だ。だがアルベドやシャルティア、アウラやマーレ(?)、プレアデスや一般メイドを見慣れてしまうと、それほど違和感は無いかもしれない。ないよな?

 他者視点で考えると自分のこの外装を含めて、全員の中で誰が一番美人か美少女かと言われたら甲乙つけられないって感じだな。

 

「これの原画……いや、外装(見た目)はク・ドゥ・グラースさん? それともホワイトブリムさんが?」

「はっ! ホワイトブリム様が至高の御方々の意見をまとめて設計したようでございます」

 

 どちらかというと一般メイド寄りかなと思い、パンドラに尋ねてみるとなるほど、全員の意見が反映されているわけか。

 

「それにしては、ホワイトブリムさんならメイド服だと思ったんだがな」

 

 『メイド服は俺の全て!(ジャスティス)』の彼を思い出す。

 

「それはアインズ様、いえモモンガ様が御可哀そうであるからとのことで、4パターンの外装(衣装)の一つのそれは、シンプルなものを制作したとのことです」

 

 なんだそれ……えっ、4パターンてなんだ? むちゃくちゃ怖くなってきたんだが。

 

「……もったいぶった話はやめよう。パンドラズ・アクターよ。このメモにはあまり詳しいことが書かれていないようなのだ。どうやらお前は制作過程を覚えているようであるし、当時のことを踏まえて教えてくれないか」

「おお! 我が創造主様の為ならどんなことでも! 私奴が覚えている限りすべてーをお話しさせていただきますっ!」

 

 ぐるぐると回転しながら、スケートのイナバウワー的なポーズを取る。助けて! ≪精神安定化≫効果さん!

 

 

「ではまず簡単な身体構成から。身長は158cm、体重は「秘密だよ♪」とのことでございます」

「……」

「身長については40名の意見の平均値を取ったとの事ですが、ペロロンチーノ様が120cmとおっしゃった事でずいぶん小さ「ペロロンチーノおおおお!」」

 

 思わず咆哮する。そうだね、≪精神安定化≫が無いものね。うん、ロリコンだものね。知ってた。

 

「髪色については、これはかなり意見が分かれたようなのですが、ペロロンチーノ様、ウルベルト・アレイン・オードル様、タブラ・スマラグディナ様などの意見が僅差で通り、次点の黒髪と2票差で銀髪が採用されました。その際には黒髪を推していた、たっち・みー様が膝をついて悔しがり「たっちさーん!?」」

 

 どうやら中二病の勝利だったようだ。

 

「外見年齢については18歳前後を想定しているようです。これもまた至高の御方々が考えた年齢の平均値だそうで、最低年齢をペロロンチーノ様が『永遠の12歳』と。最高年齢を死獣天朱雀様が『34歳熟れ頃妻』とおっしゃったことで「おいぃ!教授何言ってんの!」」

 

 女性陣はドン引きだったようだ。

 

 その後も、出るわ出るわの性癖の暴露大会の様相を呈してきたが、なるほど、この目、口、鼻に至るまで、手足に首、胸、腰に至るまで、徹底して『思考した至高の嗜好』なのだろう……うん、上手いな。

 

「って上手くねーよ! てかみんな楽しそうだな!?」

 

 もう「なんなのなの?」と膝を突いてぐったりしてしまう。そして目から涙がぽろぽろと……あれ? これ涙じゃなくて『エフェクト』か?

 

「おお! ついに出ましたねっ! ヘロヘロ様他AI担当の猛者たちが『仕事の合間に血尿を垂らしながら仕込んだ』とおっしゃられていた『涙エフェクト』がっ!」

「あの人たちなにやってんだよぉおお!!」

 

 アインズは叫ぶ。それはまさに魂の咆哮であった。

 

「そして最後にそのドレスについてですが、ぶくぶく茶釜様、やまいこ様、餡ころもっちもち様による理想のウェディングドレスになります。ですが三人の意見は統一されず、他の至高の方々を一人づつ壁際に寄せて御三方で囲むようにして説得し、外装元を希少金属製の糸で作り替え『形態変化のクリスタル』をなんと3つも仕込み、現在のドレスをホワイトブリム様が。そして形態変化で外装効果をそのままに、3つのウエディングドレスに変更できるという、まさに! 神器級のドレスとなっております!」

 

「……」

 

 アインズは倒れ伏しながら姿見をちらりと見る。なんか両目の色が赤と金に変わってるなーなんて思いながら、思考を放棄した。真っ白に燃え尽きて倒れ伏したそれは、まさに昔見た某アニメ、竜玉のヤ〇ムチャのようであった。

 

 




ちなみに外装効果は『色彩・色調変更』『温度調整』など戦闘には全く関係ないものばかりです。


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第四話

 いやー買っちゃいましたPS4。 それでゲームをやりながら
『ナザリック~オーバーロードVSトゥームレイダー』とか妄想しておりますw




 死力を尽くして指輪を外す。他の者にはわからないであろうが、今アインズは蛍も斯くやとばかりに光り輝いている。がんばれ!がんばれ≪精神安定化≫効果さん!

 

 やがてゆっくりと、生まれたての子山羊のように立ち上がり、そして笑い出す。

 

「くっ、はははは……って、この効果は……実際ありがたい効果なんだけどなあ」

 

 再度身体が光り輝き精神が安定する。

 

「とんでもない指輪だけどありがたいよ。正直これ以上何が詰め込まれてるかは確認したくは無いが……」

 

 確認してはいないが、実は男の娘だったとかなっていても……大丈夫だよな!? あれ? でも男である方がいいのか?

 いや! もう考えるな『人間種になれて飲食が出来る』効果さえあればいいのだ。だが、待ってましたとばかりにパンドラは言葉を続ける。

 

「それを作り終えた至高の御方々はそれはそれはやりきった、全てを出し切った晴れやかなお顔をされておられました。そしておもむろにタブラ様が設定書なるものに「やめてっ!!」」

 

 

 

『ちなみにビッチである。』

 

 

 

 考えるな! 考えるな! 考えるな!

 

「よし! よおし! もういいぞパンドラズ・アクターよ。それら以外の事は必要になってから聞くとしよう。それと今話していたことは他の者には内緒だ、我ら二人だけの秘密としておいてくれ。もちろん他の者たちにもあの姿は見せるが、細かいところは話さないように。人間種になれる指輪って事だけ伝えればよい」

 

 やはりアルベドの設定を変えたのは失敗だったなあ。『モモンガを愛している。』なんて設定を歪めておいて、婚約指輪を持っていたなんて知られたら、二股クズ野郎なんて(しもべ)たちに思われてしまう。

 

 なんてことを考えてはいたが、アインズは知らない。忠誠の儀の後にアルベドとシャルティア、そしてアウラの第一妃を決める闘い(話し合い)など。

 プレアデス、いやプレイアデスや一般メイド、他の女性型NPCが向ける忠誠心が、いや親愛が、アインズの言葉や態度で容易く情愛に変わってしまえるという事実を。

 この世界に転移してまだ一週間も経っていない。

 二股どころか容易くハーレムになりうる環境に、『クズ野郎』などとそんな考えを至高の御方に向ける者など誰一人いないという事実に、アインズはまだ気づいていないのだ。

 

 アインズにとって真に必要な情報収集はナザリック内にあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイテムの方はこれでいいとして、情報収集か……そういえばナザリックの資産状況はどうなっている?」

 

 ギルドで一人になってからもずっと、ログインしては狩場へ直行してナザリックの維持資金を集めていたのだ。維持資金といっても金銭狩場で(こっそりと)大魔法を放てば、一日分を小一時間で回収できる。

 しかし今は異世界だ。今ある資産で、いや、今あるユグドラシル金貨で、いつまでナザリックを維持していられるんだ?

 

「アインズ様のお話を聞いて納得しましたが、ここ数日金貨の減り方が普段のおおよそ倍ほどになっております。これはナザリックの警戒レベルを引き上げたことにより増えた、多数のギミックの運用資金だと思われます。資産状況と言われるとお答えに窮するのですが、御方の不安を解消するために言わせてもらうのならば、仮にこの倍ほどの減り方が続くとあっても、資金が底を着くのに千年はかかると思われます。もちろんこれはアインズ様の個人資産のみでの話でございます」

 

 そう、この異世界に飛ばされる前からトラップギミックなどは常時作動させていたのだ。メンバーが揃っていたころは貧乏性ゆえか、自分たちで対処しにすっとんでいったものだが、人数が減ってからは拠点を制圧されないがために必要だったからこそ維持費がかかっていたわけだ。

 

 取り合えず一安心だな……だがユグドラシル金貨の使い道は多々ある。

 

「パンドラズ・アクターよ、お前にも働いてもらう必要がある。まずは守護者達に面通ししてもらおうか」

 

 正直『動き回る黒歴史』に会いたくなかったのは本当なのだが、なんだかんだ言ってパンドラはやはり自身が創った可愛い子供だ。それにまじめな話の時は普通に話せるじゃないか……いつもそうしてくれればいいのに……

 そして現状仲間たちはいないが、仲間の子供達が意志を持って動いている。みんなにも働いてもらうしかないだろう。

 さてもう一つさっき気づいたことの検証に玉座まで戻るとしよう。あの姿の時の本当のLvを。

 

 こんな時コンソールが開けないのは本当に不便だなあと思いながら、アインズはパンドラを伴って転移するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻はアインズが自室へと転移した時まで戻る。

 

 玉座の間の程近くにある会議室兼控えの間は、先ほどまでの喧騒が嘘のように、まさに水を打ったような静けさだった。そしてこの場にいる階層守護者全員と、その周りを囲むように配置されていたセバスとプレアデスは、転移した主の方向へ向けて礼をしたまま誰も動けない。

 

 全員顔面蒼白だ。

 

 これは御方の不興を買ってしまったのではないのか。まさかアインズ様までもお隠れになってしまわれるのではないだろうか。

 

 そしてこれは最後まで粘ってアインズ様のお考えを正していただこうとした……いや、途中から「自分が付いて行けないのは嫌っ!」って話になっていたような気がしないでもないが、アルベドのせいではないことも皆が十分わかっていた。

 ……いや1割ほど、いや3割ほどアルベドのせいかもしれないが、至高の御方を守るべく生まれた者たちには、御方のあの提案は到底受け入れられないものであったからだ。

 

 そしてその後、アルベドの「……私の首をアインズ様にお届けして謝罪してください」から始まるすったもんだがあったが、丁度そこへパンドラを伴ったアインズが転移してきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんでまだこいつらここにいるんだと思いながらも、憔悴しきったアルベドを見たアインズが理由を聞き、チョップとなでなでと抱擁をぶちかまし、再度守護者達を前にして懇切丁寧に心情を吐露しはじめる。

 ちなみにこの時、アルベドの顔は蒼から朱に変わり、腰から生えた翼がピーンと張りながらも痙攣していたことには、アインズはまったく気づいていない。

 

「愛するお前たちが意見してくれることは嬉しいことだ。照れくささゆえにあの場を去ってしまった私が悪いのではあるが、今後このような思考の行き違いがあることも予想されるだろう。だが決して私の居ない所でお前たちの命を散らすことなど許容できない。今一度厳命する。報告・連絡・相談。どんなささいな情報でも報告しろ。知らない者がいるなら連絡し共有しろ。わからないことがあったら相談しろ。今後この『ほうれんそう』を遵守すること。愛する娘や息子たちが知らないうちに自害していたかもしれないなんて冗談じゃないぞ……お前たちが一人でもいなくなったら……」

 

 ギュッと胸元に抱かれたままだったアルベドを、再度強く抱きしめる。そして40人の仲間たちを次々に送り出していった場面を思い出す。

 聞こえるか聞こえないかの言葉は、無論高Lvの守護者達が聞き逃すはずがないわけで。

 

「もう耐えられないよ……」

 

 その切ない声は決して崇高な上位者が吐くべき言葉ではなかった。つまりはあの指輪で人間種に戻ったことにより、少しだけ復活した人間種としての残滓、つまるところの鈴木悟の心の叫びであった。

 

 だが守護者達は思う。このナザリックに最後までお残り頂けた御方はどこまで慈悲深い方であるのだろうと。その心からの声を聴いてなんと御優しい御方なのだろうかと。どれだけ私たちのことを大切に思っていてくれていたんだろうと。

 

 それまでアルベドを羨ましげに見つめていたシャルティア、アウラ、そしてマーレは、そのお話と最後に漏れた言葉を聞いて声を上げて泣き出す。至高の御方が私たちが思うよりも深く、私たちを愛してくれていると知って。

 コキュートスは咆哮する。我が身を、我が剣をささげた御方はかくも素晴らしい御方であると。

 セバスは泣いてはいけない。ナザリック最高責任者アインズ様の執事が涙を見せてはいけないのだ。だがここにいる涙を隠せないプレアデスは許していただきたいと、握りしめた拳から血を滴らせながら主を見守る。

 

 そしてデミウルゴスは宝石の目の淵に涙を浮かべながら思考する。ああ……そういうことなのですねと。やはり他の40名の至高の御方々はもうお帰りにはなられないのですねと……

 『この土地に転移しているかもしれない仲間を見つけるためにアインズ・ウール・ゴウンを名乗る』とおっしゃった。その名を轟かせると……

 すべては私たちを慰めるために。ふがいない脆弱な私たちを鼓舞するために。こんな私たちを愛しているとおっしゃってくれるアインズ様には命をもってしても……

 いやそれこそが不敬なのだ……御方が望むのは……

 

「お前たちは主従の関係を望むのかもしれないが……私は仲間であると……家族でありたいと思っている」

 

 あ、だめ、これ、泣く、とデミウルゴスは陥落した。

 

 ちなみにこの時のアルベドの羽は、くたぁっとしては時折ピクンピクンしていたのだが、これもアインズは全く気付いていなかった。

 

 




続きはちょっと間が空くと思います。すまんねw


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第五話

今回のお話の中で、アイちゃん(仮)のステータスが出てくるのですが、スマホで確認してみるとその部分が結構崩れてしまいました。どうしようもないので通勤通学中の方はお家のPCで読んでくださいw




 さて、どうするか。みんなも揃っていることだしこのままお披露目と行くべきかな。頭の中でどう説明したもんかと考えながら、皆を伴い会議室からぞろぞろと玉座の間に移動する。

 

 まずはそうだな、こいつを紹介しなくてはと座した玉座から目線を下げると、斜に構え、左手を腰に、そして右手で顔を隠すように立っているパンドラが見える……

 他の守護者達の冷たい視線を浴びてはいるが、まあ何も言うまい。

 

「さて話の前に彼奴の紹介だな。名前ぐらいは知っている者もいるだろうが、宝物殿領域守護者パンドラズ・アクターだ。ではパンドラよ」

「はっ!」

 

 カツンカツンと踵を鳴らしながら、玉座の下まで歩み来るパンドラ。そしてくるっと半回転して指を鳴らす。すると何故か辺りが薄暗くなりスポットライトが彼を照らす。

 

「只今ご紹介に上がりました! んー、パンド「いやまてまてまて!」」

 

 なんでスポットライトがあたってるんだよ! え、やだ、もうこの子怖い。

 

 なんやかんやでパンドラの自己紹介も終わり、おもむろに左腕の時計を見ると、時刻は朝の5時。そしてここでまた気づく。一日は24時間であるのかと。一年は365日であるのかと。

 本当にこんな初歩的なことすら解っていなかったんだなあと、心底自分に呆れてしまうのであった。

 

「まずはここへ来た目的なのだが……すまんが少し時間をくれないか」

 

 守護者達の返事を聞く前におもむろに中空から取り出した指輪をはめる。そして例のごとく旧世代の魔法少女の変身シーンのように光り輝き、可憐な少女が現れた。

 

「!?」

 

 驚愕する面々ではあるが、あの御姿の少女がアインズ様であることはわかる。目の前で何かしらのアイテムを使ったことによる理解と、それとは別にナザリックの者たちが持つ独特の気というかオーラというものが少女から発せられているのがわかるのだ。

 そしてそれとは別に何故か懐かしいと言うのだろうか、少女の容姿、雰囲気から追慕されるこの感情はなんなのだろうか。

 守護者達は跪いたまま面を上げ言葉を発することができないでいる。

 

「玉座がちょっと大きいかな……まあいいか、マスターソース・オープン」

「え!?」

 

 その声を聴き、声を漏らしてしまった彼女を誰も咎められないであろう。誰もが驚愕していたのはもちろんだが、その声の持ち主である創造主から作られた双子を咎めるというのは酷と言うものである。

 もちろん彼女の片割れも口をパクパクと、こちらは声も出なかったという事であったようだ。

 そしてそれとは別に一人のオート・マトンがある共通項を見つけてしまい、高速思考によるオーバーヒート寸前だったのは誰にも気づかれてはいなかった。

 

「レベル15か……思っていたよりも低かったが……わからん……」

 

 旧世代の魔法少女は、旧世代の鈍感系主人公であった。守護者達そっちのけで思考の海に沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

 マスターソースコンソール内のPC(プレイヤー・キャラクター)タグ内から見た自身の設定はこうである。

 

 

属性―――― 中立~善 ―――[カルマ値+100] 

種族レベル― 人間種のため、種族レベル無し。

職業(クラス)レベル― ウィザード ―――――――lv15

 

                 4,906,942

 

 

 名前の欄の『モモンガ』が『†ももんが†』になっているのは無視して、思考に集中する。 

 なんだこれは……まず属性(アライメント)、これはわかる。人間種初期状態の『中立にして善』てやつだろう。種族レベルの説明もギルメンからのメモ書きで把握済みだ。

 だが職業(クラス)レベルがなんでウィザードなのかがまったくわからない。

 

 アインズが宝物殿で感じた違和感の正体。それはレベルが下がったとしたら職業(クラス)レベル『エクリプス』が取れていないだろうという考えから派生している。

 死霊系統魔法職に特化しすぎたものだけが総合計Lv95に到達した時習得できるその職業(クラス)は偶然の産物だった。

 そして『チョーセン・オブ・アンデッド』などの職業(クラス)レベルが無いのもわかる。だってなあ……選ばれた不死者とか、そんなの持ってたら人間じゃないものなあと。

 そうして考えていたら、人間種でも取れる職業(クラス)を残すと大体Lv30くらいかなと予想していたのだが、それがまさかの取ってもいないウィザードLv15。

 

 実際にはアインズが糞運営ってことを思い出せば大体理解できるのだが、正解はプレイヤーステータスから前衛傾向ならファイターLv15、後衛傾向ならウィザードLv15と、たった二種類の職業(クラス)にしか分けられていない事には、さすがのアインズも気づけなかった。

 プリーストやレンジャー、ほか多くの職業(クラス)が涙目である。

 

 そしてもう一つの違和感は通常時のように頭の中に魔法が浮かんでこないのだ。いや頭の中に低位階の無数の魔法が浮かんではいるのだが、なにか靄がかかったような感じがしているのである。

 

「……でもあのメモには確かに種族レベルがなくなることによりレベルが下がるって書いてあったよな」

 

 それならあんな書き方するだろうか? これならウィザードLv15になりますよって書くんじゃないだろうか?

 

「すると答えはこの数字になるわけで……ああ、そういうことか」

 

 ここで一つユグドラシルにおけるレベルが上がるという現象について説明する。

通常のMMORPGや家庭用ゲームにおけるレベルは、敵を倒して経験値が入り、自動的にレベルが上がって強くなるといった寸法だ。中にはレベルが上がってステータスを自由に振り分けて強くなるなんてゲームもあるだろう。

 だがユグドラシルでは経験値を種族レベルや職業(クラス)レベルに振り分けることによって初めてレベルが上がり、ステータスがその種族職業(クラス)にあわせた上がり方をするのである。

 

「つまりこの数字は……多分レベル60までの振り分けていない経験値ってことか?」

 

 多分Lv100までではないと思う。こんなに少なくはないはずだ。これならメモ書きの説明も納得できる。ユグドラシルでは多分このあとLv60までの職業(クラス)を自由にビルドできたのではないかと。

 

「……現状それでどうやってレベルを割り振れと」

 

 いくらマスターソースでもここからプレイヤーキャラクターのレベルを上げることは当然できない。そして自身のコンソールも開けない。完全に詰みである。

 

「覚悟はできていたんだが……うん、そうだなポジティブにいくか」

 

 とある設定書の影響が蝕んでいるのかいないのか、意外にもすっぱりと割り切ったアインズは次なる実験へと挑む。

 

「第三位階までだなこれは……いけるか? <飛行(フライ)>」

 

 頭の中にある無数の低位階魔法の内、この場で試せる魔法をと、第三位階から<飛行(フライ)>の魔法を選択する。

 頭の中でカチリと音が鳴り、靄が晴れてその魔法が浮かび上がってきたのが分かった。

 

 玉座からふわりと中空に舞い上がり、惜しげもなくピンクのパンツとガーターベルトを守護者達に見せつけながら、これまたふわりと、そしてなぜかキラキラと舞い散る光のエフェクトを伴って守護者達の前に着地する。

 

 ちなみにこの時、アウラとマーレの顔は真っ赤に染まり、シャルティアはこの映像を脳裏に焼き付けようと、血走った目がどこかのバードマンにそっくりだったのは、どうでもいいことなので割愛する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ! ビンゴ! 多分だが第二位階までを……42種類と第三位階を3種類まで使えるんじゃない……あぁあ!?」

 それに気づいて頭を抱える。<飛行(フライ)>ならアイテムがあるじゃないかと。そして一筋の涙がスーッと零れ落ちる……

 

「んーでもまあいいか、それほど悪い選択肢でもないし……では待たせたな、守護者達よ」

 

 完全にこれはアインズらしい思考ではないのだが、それに気づくのは次に指輪を外した時であった。そして目の前の守護者達をあらためて正面に見つめ、

 

「ひぃ!?」

 

 と、かわいらしい悲鳴を上げてしまうのも、仕方がないと言えば仕方がなかった。

 

「ど、どうした!? お前たちなんか怖いぞ!?」

「ア、アインズ様……でよろしいのですよね?」

 

 我先にと全員が前傾姿勢になりながら、見つめてくるが、まずどう声をかけていいのかわからないでいるが故の形相だった。

 そして意を決して最初にかけられた声は守護者統括アルベドだった。金色の瞳に困惑の表情を浮かべて、おそるおそる尋ねてくる。

 

「うむ! ああそうだとも、アインズで間違いないぞ」

 

 先ほどの涙はなんだったのかと(注、エフェクトです)思うような晴れ晴れとした笑顔でにこにこと微笑む。

 

「うっ!? つ、つまりはその指輪がそのお姿になるマジックアイテムであるという理解でよろしいでしょうか」

 

 あまりにも無邪気な表情と普段とのギャップで何故か頬を染めるアルベド。憎んではみたものの創造主の業からは逃れられないといったところか。

 

「そうだな、他の40人の仲間からのプレゼントになるんだが、今の今までその存在を知らなくてだな……変装アイテムを探していたところ、パンドラが見つけてきてくれたんだ」

 

 目尻に涙をためながら(注、エフェクトです)それでもにこにこと、まるで何かを耐えるような表情をしながら微笑むアインズ。まあそう見えるだけなのだが、本人としては普通の笑顔のつもりのようだ。

 

「あああ!? そんなお顔を見せないでくださいませ!」

 

 庇護欲と言うのであろうか、もしくは情欲であったのかもしれない。そんな表情を見せられたアルベドは、アインズを抱きしめようとしたところで、空から三体のエイトエッジ・アサシンが着地し二人の間をふさぐ。そしてパンドラはアインズを抱えて三歩ほど後ずさる。

 アルベドの足には鞭のようなものが巻き付き、シャルティア、コキュートス、マーレが身体を抑える。そして一番近くにいたデミウルゴスとセバスの渾身のパンチがアルベドの腹筋に突き刺さりようやく動きを止めた。

 

「な!? なにをするの!?」

 

 効いちゃいねぇ、こいつなんて腹筋してるんだと思いもしたが、デミウルゴスは額の汗をぬぐい説明する。

 

「まあ気持ちがわからないわけではないのですが……あなたはアインズ様を殺す気ですか!」

 

 アインズが隠していたわけではないものの、あの玉座での独り言は当然守護者達にも、頭上で待機していたエイトエッジ・アサシンにも聞こえていたわけで、現在15Lvのアインズ様が圧殺(・・)の憂き目に会いそうな場面を防ごうとしない者はいないわけである。

 

 そんな目の前の風のような、実際には嵐のような展開に全く付いて行けないアインズ。動体視力や他の運動能力もそのレベルまで下がっている今のアインズには、いつのまにか目の前で絡み合っている守護者達の行動に付いて行けない。

 その大きな目を見開き、まるで小動物のようにくりくりと頭を動かすその姿は、某オート・マトンをついにはオーバーヒートに追い込み、ますます玉座の間は混乱していく。

 

 そう、まだ会議は始まってもいないのである。

 

 

 




そう、全然お話が進まなくて終われないのである;;
次回は多分来週になるかも。どんどん伸びる投稿間隔。すまんねw



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第六話

このお話の中で守護者達が少しひどい扱いになってはおりますが、決して彼らを貶めたいと思っているわけではないことは、ご了承ください。
あと投稿間隔はもう気にしないでくださいw 気まぐれ投稿ですw




「……とにかく皆が無事でよかった。すまんな、皆に醜態を晒してしまった。まずは座ってくれ」

 

 

 

 あの後はてんやわんやだった。すぐさまシズに駆け寄るプレアデスの面々とアインズ。

 

「シズぅ!? あっ、熱っ!? 冷やさなきゃ! コキュートス! コキュートススキル!」

 

 敬愛する御方の声に歓喜し「スキル発動!≪冷気のブ」まで言ったところでデミウルゴスに後頭部をはたかれ、シャルティアとアルベドの本気の蹴りを受けて吹き飛ぶコキュートス。

 

「そうだ! 無限の水差しがあったんだ! これで冷やせば……なんか布! シャルティア! 布!」

 

 敬愛する御方の声に歓喜し、おもむろに下着を脱ぎだし、パンツがくるぶし当たりまで下りる間に、アウラとマーレの本気のスキルに吹き飛ぶシャルティア。

 

「セバス……頼む……シズを助けてくれ……」

 

 敬愛する御方のマジ泣きに驚愕するも「ハッ!」と声を上げ風のように走り出すセバス。玉座の出入り口に盛大にぶちあたるも、るし★ふぁー謹製の扉に跳ね返されこれまた盛大に吹き飛ぶセバス。

 

 なおこの時すでに、プレアデス長姉ユリ・アルファによる指示で、ナーベラル・ガンマからペストーニャへ玉座の間へ来てくれるようにと、連絡済みであったりする。

 

 

 ここで一つユグドラシルの魔法≪伝言(メッセージ)≫について言及しておこう。 ユグドラシルの元となったテーブルトークRPGでは、なかなかにロールプレイとして面白い使い方が出来たのだが、これがDMMOとなるとただの音声チャットにすぎなくなる。ただでさえギルドチャットやPTチャットが普通に機能しているのだから。

 ただ名前の通りの伝言機能や特殊状況での唯一の連絡手段になったりと、なかなかに使い勝手は良く、アインズなど取得している人は少なくはない。

 ただこれをNPCに取らせるというプレイヤーはいるのだろうか? 貴重なNPCに使えない魔法を与えたりするだろうか? そう、いるのである。ロールプレイなのか溺愛なのか、ナザリックでこの魔法が使えるのはシャルティアとマーレとニグレド、そしてナーベラルが使えることを付け加えておく。

 

 

 ペストーニャの魔法により回復したシズは、現在安静を取って玉座の間の端に寝かせられている。アインズが自室に戻るようにと語り掛けても、「……アインズ様のお傍に」と御方から離れたくないらしいのでしょうがない。

 なおこの時他のプレアデスは、近くにいらっしゃる至高の御方に興味津々であったが、失礼にならないようにと観察していた結果、シズのオーバーヒートの原因に気がついた。

 アインズ様の靴。分類としてはハイヒールだろうか。その踵の上の部分から足首を巻くように紐が回されているのだが、その留め金の部分。鈍色に輝くそれは、なぜかシズがお気に入りの物に貼る一円シールにそっくりであった。

 

「もう、ふふっ、目がいいってもんじゃないわね」

「さすがシズちゃんスナイパーっす」

「え? 何の話?」

「でも納得ですわね」

「これわぁ、シズのぉ頭の中がこんがらがっちゃたのかなぁ」

 

……一人わかっていない者もいたようだが、「なんでそれがそこにあるのか、でもアインズ様は可愛いし、でもなんで」とシズの思考が透けて見えるようで、その熱暴走にも納得である。

 とある博士の、『可愛いもの認定』を受けていたことを、プレアデスの説明から推察し、再びがっくりと膝をつくアインズであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして冒頭部分に戻るのだが、会議室ではみんなが座れないし円卓の間に移動するかとアインズは提案したのだが、守護者達に「さすがにそれは」と固辞され、仕方なくパンドラにみんなが座れる円卓を魔法で作ってもらい、頑なに座ろうとしないセバス他プレアデスを無理やり(泣き落としで)座らせることに成功し、現在に至る。

 

「これは……なんかいいな……」

 

 空席無く円卓に座る、こちらを見つめてくる守護者達。ただ一人隅の方で転がっている者もいるが、視線はこちらをとらえて離さない。もう一人椅子に縛り付けられている守護者統括もいるが、それもまた一興か。

 

「ああ、そうだな、こんな光景を望んでいたのかもしれないな」

 

 じんわりと目尻に涙が溜まっていく。はたしてこれはエフェクトであったのかどうかは定かではない。

 

 アインズはおもむろに中空から複数のコップを出すと「隣へ回してくれ」と両隣を陣取るアウラとマーレに渡し、すっと立ち上がると無限の水差しで水を注ぎながら、円卓を踊るように回っていく。

 さすがにそれはさせられぬと立ち上がりかけたセバスとプレアデスであったが「良いのだ、私がやりたいのだ」と、涙ながらに微笑まれる御方に時を止められる。

 

 ポンポンと頭に触れられ「ふわぁ……」と声を上げて座っていくプレアデスたち。ただセバスの「ふわぁ……」は聞こえなかったことにした。

 

「これはな、ちょっと美味しい水なのだぞ、お前たちも……飲めるかな? すまんなそんなことも分からなくて」

 

 円卓とは違う別席を与えられたエイトエッジ・アサシン三体は、手ずから与えられた至高の褒美とお言葉に歓喜に震える。もちろんシズにも傍のペスにもストローを刺して渡しておいた。ぐるりと円卓を一周して再び自分の席にたどり着くアインズ。

 

「聞きたいことも多々あるであろうが、少し喉を潤そうじゃないか、それでは乾杯だ」

 

 一気にあおる者、ちびちびと舐めとるように飲む者。その飲み方は様々であれど、皆笑顔で嬉しそうに水を、そう、ただの水を飲んでいく。アインズも再び飲んだこの水に歓喜するも、ふとしたことが気になった。

 美味しいと言っても水は水であるし、他の者たちはもっと美味しい飲み物を知っているのかもしれないなと。だから得意げに「ふふん」と振る舞っていたことに恥ずかしくなってこう続けてしまう。

 

「……水を飲んだのは初めてであったのだ。こんなものですまないが皆と感覚を共有できるのは嬉しいものだな」

 

 少し照れくさそうに微笑むアインズ。鈴木悟としては噓にはなるが、モモンガとしては間違ってはいない。いや鈴木悟としても間違ってはいないかもしれない。

 リアルの世界で食を追求できるのはごく一部の限られた者たちのみであったのだから。

 

 そのお言葉に震える守護者達。特にシャルティアとユリは号泣だ。アインズと同じ不死者であるものの、なぜか二人は食事もできるし味もわかる。

 自身の至高の創造主にそうあれと創られたのかはわからないが、アインズの気持ちを斜め上に察してしまい、涙が止まらない。

 

「これは至高の水でございます! 誰が何と言おうとも私はこんなに素晴らしい水を飲んだことはありません!」

 

 立ち上がり涙ながらに力説するデミウルゴス。そして周りにいるすべての者たちがウンウンと頷きながら「私も!」と声を上げていく。

 

 さすがに「うん、ああ、そうね」とも言えず、そんなつもりで言ったんじゃないんだがなあと、困惑するアインズであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではまず聞きたい事があるであろうが説明するぞ」

 

 アインズが語ったのはこの指輪が人間種になれるアイテムであること。容姿については他の40人の仲間の好む容姿に創られたこと。この場でならマスターソースが起動することが分かっていたので、試しにと呼び出し動かしてみたら円卓の上部まで動かせたので、それを見せながら現在レベルが15であることなどを語っていく。

 

「つまりは皆の弟……いやこの身体であるなら妹か、作られた時期的に考えるとシズとエントマの姉でもあるな」

 

 と、付け加えていく。

 

「お声は! お声はぶくぶく茶釜様のものですよね!」

 

 嬉しそうに、そして創造主様ではないことに少し残念そうに。アウラは御方にしがみつきながら訪ねる。

 アインズは慈愛の微笑みを浮かべながらアウラとマーレの頭に手を置き、パンドラズ・アクターに目を向ける。

 

「そうだな、そこのところはどうだったのだ? パンドラよ」

「はっ! 正直あれほど真剣なぶくぶく茶釜様は初めて拝見させていただきました。 あふれこという作業だったようなのですが、他の至高の御方々も息を吞む光景であったと記憶しています」

 

 さすがはプロの売れっ子声優。どうしてこんなとこで本気出しちゃうかなあと思いもしたが、実際その光景は見てみたかったなあと感慨にふける。

 続くアフレコの様子を語るパンドラに目を向け、聞き逃さないようにと、それでいて羨ましそうな顔をするアウラとマーレ。

 

「そういえばぶくぶく茶釜様から、『りある』では『せいゆう』という声を吹き込み魂を与える仕事についていると聞いておりんした。つまるところ生命創造系のそのお力をお使いになったのでありんすね」

 

 続くシャルティアの言葉に「おお!」「なるほど!」「そんなお力が!」と感嘆の声が上がる。アウラとマーレも知っていたのか、自身の創造主のすごさを皆に知ってもらえて嬉しそうだ。

 ただアインズだけが、うん……そうね、間違っては……いないよねと複雑な顔になってはいたが。

 

 そしてここでアインズの脳裏に天啓が閃く。これはもしかしてチャンスなんじゃないかと。

 

 先ほどからしゃべるたびについ「すまんが」と謝ってしまう。これはよくある日本人的思考であって、アインズが悪いわけではない。普段の営業で身に染み付いた「すいませんが」と言う名の接頭語だ。

 つまり今現在絶対者としてのロールプレイが出来ていないことを示している。そしてこれはここ数日何とか頑張って抑えていたものの、いつかは破綻することが目に見えている。

 ならばこれを指輪のせいにしてしまえばいいんじゃないか? 設定の話もあるがあながち間違ってはいない。『そうあれ』と創られたこの身体は自身の枷を外せるのではないかと。皆の熱い暑苦しい、そして申し訳ないと思ってしまう程の敬愛を幾分か柔らめることが出来るのではないかと。

 ならば乗るしかないこのビッグウェーブに! 心の平穏を保つために! そしてアインズは語り始める。

 

「そうだな、つまりはそういう事であるのだろう。この身体になって普段より感情がよく表面に現れているように思う。つまりは『そうあれ』と、そうあって欲しいと望む40人の仲間たちの思いの現れなのだろうな」

 

 この髪色は、この身長はと、至高の名を連ねて語っていくアインズ。名前を挙げられた至高の御方を創造主にもつ守護者達は、いや、すべての名が挙がっているのだから全員が、目を潤ませアインズを見つめる。

 

「そうだったのですね……私はとんだ思い違いを……」

 

 と、独り言ちるアルベド。彼女の中で何かが少し変わった瞬間だった。そして、

 

「まるでアインズ様は至高の御方々のお姫様みたいですね」

 

 と、はにかみながら放れたアルベドの言葉にアインズは考える。

 うん、まるで『オタサーの姫』に作り替えられているような感じがしないでもないなと。

 他の守護者達も「女王様ですね」「いや王女様でしょう」などと微笑みながら言葉を発する。そしてその時アインズの身体が白く一瞬発光する。

 

「えっ!?」

 

 頭の中で今までとは違うカチッとした音が鳴った。

 

「あっ!?」

 

 と、声を上げる守護者は誰だったであろうか。

 その視線につられるように、おもむろに円卓上空にあるマスターソースコンソールに目をやるアインズ。

 

 

 

 

 

職業(クラス)レベル― ウィザード ―――――――lv15

       プリンセス ―――――――lv1

 

                   4,905,904

 

 

 

 

 異世界は不思議がいっぱいである。

 

 

 

 

 

 




シモベが使えるかもしれないメッセージの話。実はあそこが今回のメインなのですが、もしかしたら特典小説などで理由が語られているかもしれないと、その部分を消してもいいように作っております。オーバーロードは疑問や考察好きにはたまらない魅力がありますねw



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第七話

ああ「カルネ村が遠い」ってのはこのことだったんですねと、先達のss製作者さんたちの前書きに共感しはじめて来た今日この頃ですw




 アインズを含めた全員が、中空のコンソールを見つめたまま、まるでUFOを見つけた子供のように口を開けて固まる。これは一体どういう事だと。そして守護者他全員の視線がアインズに集まってくる。

 助けてほしい。教えてほしいのはこっちの方だと頭を抱える。

 

 頭の中のペロロンチーノさんが「やったねモモンガさん! 『マジカルプリンセス☆らぶりーモモンガ』爆誕じゃないですか! あー……でも姉貴が声やってるから凌辱もの確定ですね」と言ったことで茶釜さんにマウントポジションで延々と殴られている光景が浮かんだが、それどころではない。

 

 考えられるのは何かがその職業(クラス)選択のボタンを押したのであろう。それがアルベドの言葉だったのか、他の皆の言葉だったのか、それとも自身の(オタサーの)姫としての自覚だったのかはわからない。

 もう一つ『プリンセス』ってなんだ? 『なんとかプリンセス』とか『プリンセスなんちゃら』なんて職業(クラス)や種族があったような気がしないでもないが、いや……無かったか。多分今までやってきたゲームか小説なんかの設定が混ざってしまっているのだろう。ただ確実に『プリンセス』なんて職業(クラス)はユグドラシルでは聞いたことが無かったはずだ。

 そう考えると……いや『エクリプス』の例もあるから断定はできないが、この世界特有の職業(クラス)なのかもしれない。それはさておき、さてなんと説明するか。

 

「……うむ……どうやら想定していたとおりだな」

 

 なにが? と、自分に問いたい。ただの時間稼ぎである。

 

「やはり、さすがアインズ様でございますね」

「ふふっ、そういうことね、さすがにもうお()めすることはできませんね」

 

 だがデミウルゴスとアルベドはそれを許してはくれない。

 まって、何この流れ。いやいいんだけど、心の平穏計画に支障が出そうで困る。もっと普通にわからないと言うべきだったか? あーもう、まあいいか、乗っておこう。

 アインズらしくもありそれでいてアインズらしくないその考えはなかなかに軽い。

 

「うん? なにを()めるのだ? ふふっ、私にも教えてくれ」

 

 そうアインズは朗らかに微笑む。そうあくまでも朗らかにだ。決して意味ありげな笑みは浮かべてはいけない。

 かなりの賭けでもあったがここは「そうであろう、わからない者もいるようだから説明してあげなさい」などとは言ってはいけないのだ。

 

「ふふっ、はい、それでは皆にも……いえデミウルゴス、お願いするわ」

「そうですね、アルベドはその件で……まあ、それはもういいでしょう」

 

 全然通じてなかった。御方への信頼は微塵も揺るがない。

 

 デミウルゴスが語ったのは、アインズがこの姿でこの世界に自ら出向くのだろうということ。うん、そうだな、急展開が多すぎてすっかり忘れていたが、確かに目的としてはそうだ。

 そしてデミウルゴスは続ける。今この場でアインズ様のレベルが上がったのは見ての通り。つまりこの世界でレベル上げをすると同時に新たな職業(クラス)を手にすると。そうね、それはコレクターとしては疼くものがあるね。

 

 しかしこの世界の人間はどうやってレベルを上げているんだろう。この世界の王女はみな職業(クラス)『プリンセス』を持っているのだろうか? 結婚するとなくなるのか? そもそもが王女とは関係のない職業(クラス)なんだろうか。

 例えばこの世界で会った人間で言えば王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。確か王宮の武術大会だっけか? その天下一武道会の優勝者だとかなんとか。なら『ワールド・チャンピオン』……いやそれはなくとも『チャンピオン』の職業(クラス)を持っていたりするのだろうか? もしかして自身で武術大会を開いて優勝したら職業(クラス)を手に入れたりできるのか?

 いやその前に経験値だ。経験値はどこから出てくる? 日々の鍛錬か? それとも戦争や今回のような討伐でか? すると王女がモンスターを倒す世界なのか? それとはまた違うイベント経験値みたいなものがあるんじゃないか? 

 尽きることのない疑問の数々。

 

「・・・・・・・・・・・・征服に繋がっていくわけです。もちろんこれは私ごときが気づいたこと。アインズ様におかれましては、我々には到底たどり着けない策がこの先に何十にも張り巡らされていることでしょう」

 

 完全に思考に集中しすぎて後半聞いてなかったが……まあいいか。

 お前本当にそれで大丈夫なのかと言わんばかりの思考だが、アインズはデミウルゴスの視線に微笑みをもって頷く。

 

「デミウルゴスは本当にすごいな。さすがナザリックの知将であるな、ウルベルトさんはもちろんのことぷにっと萌えさんも大喜びであると思うぞ」

「お、おぉ……そんな、私など……いえ!? ありがとうございます!」

 

 デミウルゴスの心臓が早鐘を打つ。今までの少しわかりづらかった御顔ではない。表情でわかる。目を潤ませキラキラとした瞳で私を見つめてくる。

 そう、アインズ様は本気でそうおっしゃってくれているのだと。

 

 実際アインズは本気でそう思っているのだが、このまま終わらすわけにはいかない。彼にも彼なりのビッグウェーブ心の平穏計画があるのだから。

 策……策と言ってたか……

 

「ただな……私は()きすぎていたと思うのだ。それを昨日お前たちに教えられた……昨日はすまなかったな」

 

 守護者達の「そんな! 御方が謝る必要など!」といった言葉を手で制して話を続ける。

 

「私の予定であれば、昨日の時点でセバスとソリュシャンに情報収集のため商人として、エ・ランテルへ出立させていた。そして後続としてシャルティア……これも情報収集だが威力偵察だな。野盗などの犯罪者で武技を使えるものを捕まえさせようと思ったわけだ。そして私がエ・ランテルで冒険者として強者の情報を集めるといった考えだったのだが……全て破棄する」

 

「アインズ様ぁ……」

 

 アルベドが椅子をガタガタしながら、御方の献策を邪魔したことへの後悔と、少しばかりの安堵でアインズの名前を口にする。うん、もうそれ(ほど)いてあげて。

 

 アインズは再び立ち上がりゆっくりと歩き出す。上を向いたり下を向いたり。ただ下を向いたときに朝露のように雫がぽろっとこぼれたりしていたが。そう長考中である。何のことはない行き当たりばったりだ。

 時折守護者やプレアデスの頭や肩に手を置いたりと、円卓の周りを回っていく。

 

 ただでさえ守護者達との同席に緊張を強いられ、ほぼ無言を貫いていたプレアデスたちは、御方に触れられた手の温かみと、今までとはまた違った優しくそれでいて高貴なオーラに触れて緊張を溶いていく。彼女たちの顔も蕩けんばかりだ。

 

「……私は先ほどこの円卓に座って、皆と水を飲んで、ああ楽しいなぁと思ってしまったのだ。正直私はお前たちのことをないがしろにしていたせいで、お前たちの性格や好みなどをあまり知らない」

 

 ここに来る直前にはセバスの名前も思い出せなかったくらいだ。

 

「そしてお前たちもこの姿の私を見て当惑しているであろうが、これもまた私なのだ。ふふっ、驚いたか? いつもお前たちが見ていた骸骨の顔の向こうでこんな表情をしていたのかと」

 

 いつも……涙を流しておられたのですね……と、目尻に涙を溜めた切なそうな表情を見て、当然のように斜め上に理解していく守護者達。

 

「だからな……そのな……この姿の時は……呼び方もモモンガでもよい。もう少し砕けた感じで接してほしい。その……皆と……みんなと仲良くなりたいのだ」

 

 破壊力は抜群だった。特にアインズに特別な思いを寄せていた二人は、いや女性三人の顔は朱に染まる。元の名前に思い入れのあった二人には尚更であろう。

 

「言葉使いや、振る舞いも『そうあれ』と創られたからなのか、普段の私と少し違うことになっているとも思う。それも理解してくれると嬉しい」

 

 行き当たりばったりどころではなかった。思ってたことをストレートにぶっちゃけただけ。このお姫様はあまり思考には向いていないのかもしれないが、守護者達の心にダイレクトに響く。

 

「ああ、少し脱線してしまったな。つまり策であるが『この世界に打って出ない』ことに決めた」

「!?」

「いや、もちろん情報収集もするし、誰かに冒険者になってもらって強者の情報を集めてもらうこともするが、積極的にこの世界への干渉は控えるといったところだ。()きすぎていた。地盤造りが足りなかった。正直私のこの身体の事も、新しく習得した職業(クラス)のこともあまりわかっていない」

 

 あまりどころではない、まったくわかっていないのだ。

 

「それを踏まえて完璧な地盤を造り、情報収集を行いそのうえでこの世界に打って出ようと思う。アインズ・ウール・ゴウンの名をこの世界に知らしめるために。なあに時間はたっぷりあるんだ。焦らずのんびり行こうじゃないか。……お前たちとの友好を深めながらな」

 

 そう最後に言葉を添えて恥ずかしそうに頬を染めるアインズ。 

 

 その直後「ぶふっ!」と吐血するシャルティアとアルベド。よっしゃ! バッチコイ! である。そう私たちがアインズ様の、いえモモンガ様の姉になるのだとおっしゃられた。こんなにうれしいことは無い。

 血沸き肉躍る友好(?)の数々が彼女たちの脳内を駆け巡る。

 

 心の安寧を求めたアインズの純潔は守られるのか否か。やっちゃった感満載の新たな指針ではあるが、シャルティアとアルベドをおろおろしながらも精一杯介護しようとしている、今のアインズには知る由もなかった。

 

 




頭の中の妄想がどんどん分岐して膨らんでくる。心を鬼にして戒める。ブティックでの買い物、温泉回などを書いている暇はないのだとw



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第八話

大丈夫だよね? エ・ランテル着いたら完結だってわかってるよね?w
あまりにも意外すぎる評価の高さに胃が痛くて死にそうですw




「つまりアインズ・ウール・ゴウン様……いえカルネ村に現れた仮面の魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンは一時封印されるのですね?」

 

 まるで出来る美人社長秘書のようにキリッとした表情で、アインズに問いかけるアルベド。再度椅子に縛り付けられていなければ完璧である。

 

 アインズ以外の胸中は「お前すごいな!?」といったところであろうか。先ほどまでの醜態はなんだったのかと思わせるような、それでいて切羽詰まっていて、出来るお姉さんであろうとする必死さに、皆が苦笑を浮かべそうになる。

 理由はわかるのだが、先ほどまで憤慨していたアウラやデミウルゴス、同じ当事者でもあり同時に椅子に縛られているシャルティアでさえあっけにとられる豹変ぶりだ。

 

「そうだな……あの時はあれが正解でもあったが、あの者は一時隠遁してもらう方が無難か……」

 

 少し蕩けたような……いやトロンとした表情で語るアインズ。中空を見つめながらまたしても長考中である。

 

「だがそうなると、やはりカルネ村には誰かに常駐……いや一日一度程度でもよいか……」

 

 ぶつぶつと思考を巡らせる御方の瞳を、ここにいるすべての(しもべ)たちが見つめる。

 

 なんで金色(・・)なんだと。

 

 ただ一人パンドラだけが御方を心配そうに見つめているが、創造主に「皆には内緒にするように」ということを言われていたために、指摘することは無い。

 

 アルベドとシャルティアを介抱していた時から徐々に金色になってはいたのだが、現在はアルベドにそっくりな金眼になっている。

 彼女は三姉妹の次女ではあるが、姉と違って妹とは会う機会が少ないためか、その属性は無かったのだが、この時、介抱されながらその瞳の色に気づいたとき、初めて新たな属性が身についたのである。そう、妹萌えと言う名の『姉属性』がだ。

 

「アウラ、マーレよ」

「はっ!? はい!」

「!? はいっ!」

 

 完全に思考が別次元に飛んでいたアウラとマーレは、急にかけられた御方の声にびくっと体を震わせる。

 

「? アウラには森方面への探索を命じていたが、ある程度の探索がすんだら第二ナザリックの建築にあたってもらいたい。マーレもナザリックの隠蔽作業に不備が無いか確認したのちアウラを手伝ってやってくれ。そこをアインズ・ウール・ゴウンの……いや旅の魔法詠唱者の(ねぐら)兼我々の偽装拠点とする」

 

 この声にはアウラもマーレもまだ慣れないのかなと、若干不安になりながらも、早く会議を終わらせたいと指示を飛ばしていく。

 

 アインズがここに至るまで何故指輪を外さないでいるかというと二つの理由があった。一つは先ほど叶ったが、皆に水を振る舞って一緒に飲みたかったからだ。そしてもう一つの理由が「これ、眠れるんじゃないか?」という人間の三大欲求に意識を持っていかれたためだ。

 

 パンドラが語らなかった瞳の色。通常時状態では黒なのだが、バフ効果がかかるとサファイア色になるらしい。そして状態異常時の『注意』状態で金色。デバフ他状態異常時にはシャルティアの瞳にそっくりな赤色になる。要は信号機である。

 「アルベドとシャルティアの瞳の色でオッドアイを」などと言っていた某声優の案だったのだが、なにか役に立つ機能をと考えた結果、使用者本人がまったく気づけないという本末転倒状態に陥っている。

 

 アインズは『睡眠』の状態異常注意。つまり眠いのだった。

 

 だが一週間近く緊張を強いられ、それをパッシブスキルや種族特性などで無効化されつつ、それでも無い胃を痛める数日間。寝れない時間を思考に費やし、絶対者としてのロールプレイを維持しようと必死に過ごしてきたのだ。

 さすがにこれには、近しい仲間がこの場にいたとすれば同情の念を禁じ得ないであろう。

 

 通常時であれば『石橋を叩いて他人に渡らせる』アインズではあったが、眠気と呪いともいえる某錬金術師の設定に、考え中の案も含めてサクサクと放出していく。

 

 

 

 

「お前たちはこれがなにかわかるか?」

 

 アインズが中空から取り出したのは『ユグドラシル金貨』であった。

 

「ユグドラシル金貨……新硬貨の方でございますね」

 

 すぐさま答える出来る秘書。アルベドはアルベドで必死である。醜態を晒しすぎたことによる姉としてのプライドの復権か。いや出来る姉として、そして出来る妻と思ってもらいたくて。

 『姉妹愛と夫婦愛の親子丼』と言う新たな造語が、彼女の内面に芽吹き始めている。

 

 アインズはまず守護者達に指示を飛ばす前に彼らの知識を確認しようとした。アインズの懸念もさもありなん。守護者達はユグドラシル時代は一歩もナザリックから出たことが無いのだ。パンドラを例外としてどこまでユグドラシルの知識があるのかわからなかったのだ。

 だが守護者やプレアデスはわかるのだが、エイトエッジ・アサシンまでもがユグドラシル金貨を知っていることは意外であった。

 

 NPCとプレイヤーの知識の差をいろいろな質問で埋めていくアインズ。どうやら言葉がしゃべれるある程度の知能を持ったNPCであれば、最低限のユグドラシルの知識が通じるとわかったのは僥倖だった。

 

「先ほど話したお前たちをないがしろにしていた理由の一つなのだがな、私は毎日この金貨を集めに、ナザリック外に出ていたのだ。それもこの異世界転移により出来なくなってしまった」

「くっ……」

 

 ユグドラシル時代のアインズの行動に気づいていたデミウルゴスは下唇を嚙み声を漏らす。アルベドももちろん知っていた。御方がナザリックを維持するために必死になっていたことを。

 

「だが安心してくれ。ナザリックは現状永遠ではないが、パンドラの試算によれば1000年は問題ないとのことだ」

「!?」

 

 この言葉に守護者達は、いやこの場にいるアインズとパンドラ以外の全てのものが目を見開き顔を蒼褪めさせる。いま至高の御方はなんとおっしゃられた? あの切なげな表情でなんとおっしゃられたのだ?

 この難攻不落のナザリック地下大墳墓は永遠に永久に不滅ではないのかと。

 

「……そうだなトラップギミックの資金は少しわかりにくいか。皆が分かるところで言えば食料かな。かつての仲間たちと集めた大量の食材もあるが、あれも一方的に減っていく。ダグザの大釜は飲み物は別として、基本あれは金貨を消費して食材を出すアイテムだ。確か食堂キッチンに併設されているあれは宝物殿と連動させていたかと思う」

「ひぃ!?」

 

 思わず声を漏らしてしまったのは常ならばここにいることは無かった存在。アインズから無限の水差しを預かり、給仕を買って出ていたペストーニャ・S・ワンコである。

 気が付いてしまったのだ。 自身が取りまとめる41人の一般メイドのペナルティについて。Lv1のホムンクルスである一般メイドたちは、そのレベルゆえのペナルティにより、そりゃあよく食べるのである。

 そのペスの漏らした声に他の守護者、プレアデスたちも現状の危機に気が付いていく。御方が必死なまでに行動に出ようとしていたその真意がまた一つ理解できてしまったからだ。

 

 必死に息抜きをしようとしていただけなのだが……実際はアインズが先ほど語った通り1000年は余裕であるし、最終的には個人資産以外にも手を付ける状況にならざるを得なくなれば、アインズだって子供達のためにそれを使うであろう。つまり「万年」てやつだ。 

 

 だが眠さ限界バリバリ、だんだんと糸目になってきたアインズには、このお通夜のような惨状に気づけない。眠ってしまわないように必死になりながら、言葉を続ける。

 

「カルネ村の村長に聞いたところによると、この国の金貨はユグドラシル金貨の半分の価値だそうだ。 だがな、だからと言ってこの国の金貨2枚はユグドラシル金貨1枚にはならないことを知ってほしい」

 

 DUPE対策、いや贋金対策か。基本ユグドラシル金貨は一枚一枚に目に見えない刻印がされている。多少傷がついたり、曲がってしまっても問題ないが、鋳つぶしてそっくりな金貨に作り直しても、それはただの金でありユグドラシル金貨にはなりえないのである。

 この世界を征服しかねない配下たちにまず釘を刺す。もちろん御方の思いを斜め上に理解して世界征服に邁進しようとしていた配下の気持ちは、全く知らないところではあったが。

 

「ただな、シュレッダー……エクスチェンジボックスというものがある。あれでユグドラシル金貨を作ることが出来る」

 

 資源をユグドラシル金貨に変換するもので、パンドラに音改さんに変身してもらえば、商人系のスキルにより高額査定されることを説明していくアインズ。

 思わずシュレッダーなどと言ってしまったが要はゴミ箱。いや、MMO経験者なら拠点に置いておけるNPC商人みたいな箱と思ってくれれば理解は早いかもしれない。

 

「つまり……何を話していたんだかな……地盤固めの話だな……ナザリック防衛警戒レベルの引き下げによる再度の見直し。シャルティア……ナザリック最強のお前は出来ればフリーにしたい。それも踏まえて配下のみでの防衛網の再構築をアルベドとデミウルゴスと相談して築いてくれ」

「ハッ! 勅命拝命いたしました!」

 

 いい声と素晴らしい姿勢で答えるシャルティア。これがどれだけ大事な使命であるかも理解しているし、自身を信頼してくれての勅命に薄い胸が熱くなる。

 ただ椅子に縛られてさえいなければ格好がついたのだが。

 

「コキュートス。 つまりナザリック防衛の要はお前だ。……みんなを頼むぞ」

 

 頭をこっくりこっくりさせながらコキュートスに語り掛けるアインズ。

 

「オッ、オオ!、コノ剣ヲ盾ニ変エ必ズヤ御方ノ期待ニ応エテ見セマス!」

 

 ヴァーミン・ロードが咆哮する。

 

「アルベド、デミウルゴス……先ほどの話の通りだ……パンドラと協力して金貨の消費と生産が折り合うような……あとはカルネ村の者たちにも協力してもらえれば農業も……」

 

 完全に限界に来ていた。この眠気はいつから来ていたのだろうか。そういえばあの日、有休をとって朝からログインしていたっけ。その状態がこの身体になってからも引き継がれているのかなあ。なんて考えが浮かんでから目の前がブラックアウトする。

 

 

 

 ガターン! と椅子を倒して玉座の間の冷たい床に倒れ伏す至高の御方。

 

 

 

 守護者達を安心させようと、しぼりにしぼりだしたその案は、なぜか世知辛いナザリック像を作り出してしまい、アインズが倒れた後のてんやわんや、守護者達の悲壮感は言わずもがなであった。

 

 だが翌朝目を覚ましたアインズが、派手なピンクのベビードールをまとっている事に気づいた絶望感とどっこいどっこいであった事で、お相子である。

 

 




次回はあれがやりたい。あの忠誠の儀の守護者ターンみたいなやつw



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第九話

いやぁなんの気無しにどんな感じかなぁとgoogle画像検索したんですよ。
「ピンク ベビードール」

脳内ヒロイン像が無いもので、骨がこれ着た画像しか浮かばなくて困ったw




「ふぅ……とにかく……皆、一度落ち着きましょう」

 

 半狂乱で一番取り乱していたお前(アルベド)が言うなとは誰しもが思ったが、階層守護者六名は各々の椅子に座りだす。

 

 あの後アインズが倒れ、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されそうになったが、ペストーニャの「わん!!!」と言う名の一喝で冷静になり、適切に対処し始める面々。

 ナザリック最萌え筆頭は、さすがに格が違った。

 

 現在アインズはセバスによる人生初の『お姫様抱っこ(される側)』により自室へと運ばれている。護衛はプレアデスにエイトエッジ・アサシン、お世話係としてペストーニャという完璧な布陣だ。

 「アインズ様の為にお寝間着を取ってくるでありんす!」と言って一度席を外していたシャルティアも、「現在女性の身体であるアインズ様のお世話にセバス様は……わん」と言われ締め出されたセバスも、先ほどの玉座の間に戻ってきている。

 

 パンドラはアインズに頼まれていたもう一つの命令。カルネ村で捕らえた者たちの装備品や携帯品の鑑定仕分け作業があるらしく、「皆さまと語り合いたい事は星の数ほどありますが……ああ! ですが私への命令は急を要する作業であるやもしれません。きっとこの世界の金銭を穏便に取得するために最初に必要になるものでしょう」などとさすがに創造主の息子であるのか、なにげにちゃんとアインズの気持ちを理解していたパンドラはこの場を去っている。

 去り際に「皆様へのアインズ様からの命は一朝一夕で出来るものでは御座いません。この円卓はあと数時間は持ちますので、皆様の御語らいの場にご使用くださいませ」と、舞台挨拶をする主演俳優のような大仰な礼をして去っていくパンドラ。……いろいろとあれなのだがやはり出来る子なのである。

 

 セバスは給仕を引き継ぎ立ってはいるが、アルベド、デミウルゴス、コキュートス、アウラ、マーレ、シャルティアの六名は、パンドラによって少し小さくされた円卓に、やっとこ腰を下ろしたところだ。

 

「シャルティア、あんたなんかおかしくない? 頬もなんか赤くなってるし」

「な!? なんでもないでありんすよ!? いつも通りでありんす!」

「な~んかおかしいんだよなぁ」

 

 シャルティアに問いかけるアウラ。いつもの飄々とした雰囲気を感じさせぬ、先ほどの出来るお姉さん状態のアルベドに幾分か似た雰囲気に(いぶか)しげな声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどシャルティアが取りに行っていた寝間着と言うのはもちろん『ピンクのベビードール』の事だ。彼女がたまに着る紫のと色違いで、こちらの方にはまだ袖を通したことが無い。

 アインズの部屋を出たセバスを見越して、それを取り出すシャルティア。それを見て頬を染め制止しようとしたプレアデスたちだったが、押し切れるわけもなく、たやすくひん剥かれる御方の肢体(からだ)を「うわっ……」「すごい……」「綺麗ですわ……」と思わず嘗め回すように観察する彼女たち。もちろんシャルティアの瞳は情欲に濡れそぼり、それでも律儀にベビードールを着付けていく。

 だが、「ぐっ!?」「これは!?」「こちらの方が……」そう、とんでもなくエロかったのだ。

 

 流れる銀髪、薄くかいた汗、薄桃色の煽情的な衣装をまとった陶器のような白い肌。据え膳食わねばなんとやら、「すぅ… すぅ…」と聞こえる呼吸音と、ほのかに香る甘い汗のにおいがシャルティアの脳髄を焦がしていく。

 だがこれは危険だとペストーニャが声を上げようとした瞬間、御方の眼が開いたのであった。

 

「……シャルティア?  ……がんばるのだぞ」 

 

 うっすらと開いた赤い瞳(・・・)の端に涙を浮かべてそう言葉をかける至高の御方。片手をシャルティアの頭へ持っていき軽く一撫ですると、また「すぅ… すぅ…」と小さな呼吸音を出しながら、はかなく微笑みの表情を浮かべて再度眠りにつく。

 

 

 

 ドガンッッ!!

 

 

 

 アインズの私室に豪快な音が響く。

 

「……シャルティア……さま?」

「大丈夫。ペス、すまなかったわね。もう一度アインズ様の服を脱がして、お身体を拭いてから着せてあげられるかしら?」

「……はい! おまかせください」

 

 渾身の力で自分の頬をぶん殴ったシャルティアに戸惑いもしたペストーニャであったが、『間違った廓言葉』すら忘れ、頬を腫らし唇から血を流しつつも、透き通った瞳のシャルティアに笑顔になる。

 

 はたしてこれが美談だったのかなんなのか、プレアデスそしてペストーニャの忠誠心を無意識に眠ったまま爆上げしていく至高の御方。もちろんシャルティアが出て行った後の、至高の御方のお身体を拭く係を決める、無言で行われた壮絶なじゃんけん大会優勝者の花が咲くような笑顔は、御方の知る由もないことだが。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……言えるわけないでありんす!!

 

 シャルティアの頭の中は何気にぐっちゃぐちゃである。魅了の吸血鬼がLv16の人間種に魅了されたのだ。だがそれを嬉しくも思い、さすがアインズ様とも喜んでいる自分がいる。

 いや違うそんな話ではない、期待を込めて勅命を与えてくれた至高の御方に対して自分はなにをしようとしていた? 莫迦かっ!! 阿呆かっ!! 

 

 御方に撫でていただいた髪を手櫛で整える……いや同じ場所を触っていたかったのだ。

 

 アインズ様の瞳……血のように赤かった……先ほどはアルベドに少しの嫉妬があったのかもしれない。だが今ならわかる、ああ、お姉ちゃんだものなと。

 

 何故か二人目の姉への目覚め。妹萌えと言う名の『姉属性』がシャルティアに目覚めた瞬間であった。

 

 

 

「しかし、少し意外でしたよ。シャルティアもですがアルベドも。元のままが良いと言う言葉が出てもおかしくはない二人でしたが、好意的にすら感じる。何か思うところがあったのかね?」

 

 一応のセバスからの御方の経過報告が終わったあと。現状『睡眠』『疲労』のバッドステータス以外見られないというペストーニャの診察に安堵して、一息ついた後、最初に言葉を発したのはデミウルゴスのちょっとした疑問だった。

 

「それは! それは……そうでありんすねぇ……美の結晶、白き(かんばせ)確かにオーバーロードのアインズ様を好いているのは紛れもない事実でありんすえ。でも……あの……こうお呼びしても失礼ではありんせんかえ? 姫様(・・)に抱いている感情は……似たものもありんすが……ちょっと違うのでありんす……ねぇアルベド?」

 

 唐突にシャルティアから出てきたアインズの敬称ではあったが、何故かストンと守護者達の心に落ち、それに対しては誰も何もいう事は無かった。

 

「ええ……これに関しては皆もなにか感じるところがあったのではない? 声と言う明確なものがあるアウラとマーレは別にしても、うーん……なんと言ったらよいのかしらね。心を刺激されるのよ……そうね、至高の40人が創った御身体。 姫様に母性を感じているのかもしれないわね」

 

 人知れず本人の居ない所で母親認定される至高の御方。肩書がすごいことになりそうである。

 

「ああ! そういうことでしたか! 確かに私も先ほどアインズ様に……いえ姫様に褒められたとき、むず痒いような……たまらなく嬉しくて……ええ! 言葉になりませんでした」

 

 人知れず本人の居ない所で『姫様』が確定していく不思議。御方の『プリンセス』レベルが上がりそうである。

 

「なるほどねぇ。ねぇマーレ! マーレはどう思った? なんか今日はいつも以上におとなしかったじゃない」

 

 姉は弟を逐次観察している。出来る姉は少しの変化も見過ごしてはくれない。

 

「ぼっ、ボクは! 僕は不敬なことを考えてしまって……モモ……アインズ様に申し訳なくて……異世界に転移して良かったって……だってそうじゃなかったらアインズ様とお話をすることもなかったって思って」

 

 マーレから放たれた言葉に途端電流に貫かれた気持を味わう守護者達。そうだ、この異世界転移が無ければ、アインズ様はまた連日のごとく、りあるからナザリック外へ。私たちとなんの言葉も交わすことなく延々と死に物狂いでナザリックの維持資金を集めに奔走していたはずだ。そう、御方が今ここにいることこそが奇跡なのである。

 

「ソレハ……不敬……イヤ、ドウナノダ? デミウルゴス」

 

 忠義の武人コキュートスもマーレの気持ちが良くわかり、答えを返すことが出来ない。

 

「不敬ではあるのでしょう。ですが私はマーレを責めたりはしませんよ? この異世界転移はアインズ様の想定外の事であり、防ぎようがなかった事です。ですがその話は置いておいて、御方は現状を鑑みて私たちを頼って下さろうとしている。今まで御方に何もお返しすることができなかったんです! こんなに嬉しいことは無いじゃないですか!」

 

 身体を震わせて全身で喜びを表現するデミウルゴス。そう全員がマーレの言葉を否定できない。だから過去を、異世界転移を喜ぶのではなく、今を喜びましょうとマーレに、そして自分に言い聞かせるデミウルゴスであった。

 

 

 

「それはそうと、マーレはどっちのアインズ様がいいの? やっぱり姫様? それともオーバーロードのアインズ様?」

 

 出来る姉は弟の恋の応援すらする。そう弟はいぢるものなのである。

 

「お、お姉ちゃん、そういうのは……うーん……どっちのアインズ様も……うん……」

 

 もじもじと頬を染めて考え込むマーレ。

 

「もーはっきりしないなー。じゃぁアインズ様に抱きしめられるのと、姫様を抱きしめるのとどっちがいい?」

 

 出来る姉は弟の優柔不断を許さないのだ。そう弟は楽しむものなのである。

 

 

「…………アインズ様に …………抱かれたいかな」

 

 

 何故かハイライトに光が見えない弟の淫靡な微笑みに恐怖して、思わず一発殴るアウラ。

 

「い、いたいよ。お姉ちゃん、痛いよぉ」

 

 そうこれは教育なのである。出来る姉は弟を導かねばならないのである。

 

 

 

 何故か話が明後日(あさって)の方向に飛んでいく守護者クオリティ。だが『骨』だろうが『姫』だろうが、愛されている事には変わりはない。この守護者会議を聴いて、アインズが安堵するのかそれとも驚愕するのか。それは誰も知らないお話である。

 

 




次回はリアル事情でちょっと間が空きます。すまんのw



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第十話

今更ですがこのお話は「盛大に何も始まらない」お話ですw
ゆるーく頭空っぽにして読んでいただけるとありがたいです。




「・・・・・・それが、ハラムラなる者が定説したiPS細胞というものでありんすよ」

「興味深いわね……オトメボウ……調べてみる価値はあるわね」

 

 開幕アウト。アインズがいたら某バードマンの名前を叫び、光り輝く展開である。

 

 

 

「さて、そろそろ本題に入らないかね? 御方の使命もそうだが、それ以上に皆が周知しておくべき話もあるでしょう」

 

 パンパンと手を叩いて自分に注視させるデミウルゴス。 時間は有限である。 もちろんそれを理解しているだろうアルベドに視線を送り、守護者統括に司会を譲る。

 

「そうね、皆はアインズ様を……いえ姫様を見てどう思った?」

「食べたいでありんす」

「きれい! かわいい!」

 

 アルベドからの質問に即座に応える女子二人。一部不穏ではあるが、好意的な笑顔だ。

 

「……正直、拙イノデハナイカトオモウ」

 

 自身でこれは不敬であるとは感じているのだろう。だが臣下として言わねばならぬと、思い悩みながらも発した言葉。コキュートスが感じたのは、あのアインズ様は弱すぎるのではないかという不安だ。

 

「そうね、コキュートスの言う通りだわ。いくら私たちを信頼してくれていると言っても無防備すぎる。レベル16というと……ナザリック・オールド・ガーダー1体より遥かに弱いわよね? 力や魔力だけの話ではないのよ。シャルティアの魅了の魔眼、デミウルゴスの言霊、アウラの吐息。それどころか現地民の<人間種魅了(チャームパーソン)>の魔法でさえ効きかねない。拙い……どころではないわね」

「!?」

 

 弱いというのはわかっていたが、ナザリックにいる最下級の警備兵3000体のうちの1体より遥かに弱いと言われ、戦慄する。そう、この場では空気を読んで誰も言わないがアルベドに圧殺もされかけたのである。

 

 アルベドはアルベドで実際に現地で陽光聖典の部隊が<人間種魅了(チャームパーソン)>の魔法をアインズに放ったのを見ているのだ。頭の中から嫌な想像が抜けてくれない。

 

「……アインズ様は目覚めればすぐに、御自身で情報収集の為の行動にあたられるでしょう。そしてそれをもう、私たちは止めるすべを持たないわ」

 

 一度味わった恐怖、自身の首を落としてくれと懇願すらもした。自身の死の恐怖など微塵もないが、アインズ様が御隠れになってしまうかと思われたあの恐怖は二度と味わいたくない。

 

「そうだね。今話し合いたいのはアインズ様をお止めする話ではなく、どうアインズ様を守るかという話になるね」

 

 自身の身体を両腕で抱きしめ震えを抑えるアルベドに、デミウルゴスはそう言葉を引き継ぐ。

 

「先ほど私は皆に説明したね、『今この場でアインズ様のレベルが上がったのは見ての通り』と、つまり戦闘を伴わずともレベルが上げられると言うことだ。この辺は……わかっていなかったみたいだね」

 

 視線を逸らすシャルティア、アウラ、コキュートス。守護者達の周知は必須。もう少し嚙み砕いて説明するべきだったかと頭を巡らすデミウルゴス。

 

「確かあの時アインズ様は玉座に座りこうおっしゃっていたはずです。『つまりこの数字は……多分レベル60までの振り分けていない経験値ってことか?』と。我々にはどういう理由かまではわかりませんが、もしかしたらレベル60まで。戦闘を伴わずともレベルを上げられるのではないでしょうか」

「おお!」

 

 誰からともなくデミウルゴスの説明に感嘆の声が上がる。レベル60。守護者達からしてみればそれでも頼りなくはあるが、現状より遥かにましである。

 

「そしてアインズ様は『プリンセス』の職業(クラス)を取得なされたとき『想定通り』とおっしゃられた。顧みればつまりなにかの切っ掛けさえあればアインズ様のレベルを上げることは出来るのだと思うのです」

 

 全員がデミウルゴスが言いたい事がわかってきた。

 

「つ、つまりアインズ様のレベルを上げてもらおう……ってことですか?」

「そうだね。ただアインズ様自身、職業(クラス)を取得なされたことは『想定通り』であったけど、『プリンセス』の職業(クラス)を取得なされたことは『想定外』だったのだろうね、『新しく習得した職業(クラス)のこともあまりわかっていない』とおっしゃっていたのだから」

「つまりなにが言いたいの?」

 

 マーレの回答に曖昧に答えるデミウルゴス。レベルを上げて少しでも安心したいという話であると思われたが、その答えに訝しげな声を上げてしまうアウラ。

 

「アインズ様がおっしゃられたじゃないか『新しく習得した職業(クラス)』と。きっと『プリンセス』はこの世界特有の職業(クラス)なのでしょう。つまりアインズ様はユグドラシルに無い新たな職業(クラス)を取得していくことを考えておいでのはず。そしてそれは60レベルまでと決められている。そこへ私たちが、申し訳ありませんがレベル60まで上げてから出立していただけますか? なんてそんな要求を呑んでいただけると思うかい?」

「なっ!? それじゃ結局なにもできんせんじゃないの!」

 

 シャルティアの憤慨も当然のこと。結局この提案は話すだけ無駄なんじゃないかと睨みつける。

 

「ただね、少しでもレベルを上げてもらおうという提案は悪くはないと思わないかい? アルベド。アインズ様への懸念はわかる。ただそこでアインズ様が敵に襲われたとして身を守る方法はなんだと思う?」

「……確かにあの神器級とも言えるドレス。きっと至高の40名の方々による、私たちでは考えられないような防衛ギミック、精神耐性もほどこされているはずよね……」

 

 少しだけ回復した至高の方々への信頼にうっとりと中空を見つめ、今はいない御方々へ思いをはせるアルベド。だがその中空の至高の方々は一斉に目を逸らしている。

 

「ならば護衛が力を発揮できるわずかな時間があれば……できればアインズ様に近接攻撃に対するちょっとした耐性でもあれば……あ! 違うわ!」

「アルベドは気づいたようだね、そう根本が違うんだ」

「ちょっとぉ! 二人だけで納得してないでよっ!」

「ぼっ、僕たちにも教えてください!」

 

 無論シャルティアもわかっていないが、「結構あっさり脱がせられたでありんすよね? あのドレス」と別なことを考えていたため乗り遅れている。 

 

「護衛の為の一瞬の時間をアインズ様に稼いでもらう? 近接耐性は確かに大事だけど考え方が逆だよ。つまり一瞬の時間を護衛が稼げればいいんだよ。アインズ様が指輪をはずす一瞬の時間をね」

「あ…… ああ!」

 

 守護者達に理解の輪が広がっていく。こんな単純なことに気づくのが遅れるなんてよっぽど動揺していたのかしらと頭を抱えるアルベド。だがそうなると護衛の選別も変わってくる。単純に強いものを護衛にするのはもちろんだが、感知能力に長けた者を広域に侍らす方が良策かもしれないと。

 

「この事をアインズ様は……当然よねクフッ」

 

 愛する御方の思慮に少し昂ぶりはじめるアルベド。

 

「ええ。ですが『ほうれんそう』ですよアルベド。私たちの考えから私たちの思いもよらないような御方の考えが引き出せたら素晴らしいじゃないですか。この会議は書類にして後ほどアインズ様にお届けしてくれるかな」

「ええ! もちろんだわぁ! クフフッ」

 

 出来る男デミウルゴス。のちにアインズが『ほうれん草大好き!』と言う伏線になるかもしれない。アルベドはアルベドでアインズに会う口実が増えて嬉しいだけである。

 

「……ダガ、ダガソレデモ拙イ……アインズ様ハ魔術師……ウウム」

「それでだ、コキュートス。ここはひとつアインズ様にお願いしてみないかい?」

 

 お願い?と、いまだに不安を隠せないコキュートスはデミウルゴスの提案に目線を向ける。

 

「アインズ様は……いえ姫様は現在ウィザードであらせられるけど、言葉節からどうにも不本意であったようだ。ならばこのまま魔術系を伸ばして位階を上げていこうとは考えていないかもしれない」

 

 無論どこをどうすれば何が取れるかすらも解ってもいないため、一応アインズがガチ構成のスキルツリーを考えていないのは確かだ。

 

「そこでだ、君にアインズ様の剣術指南役になってもらうというのはどうだろう。吸血鬼、ビーストテイマー、ドルイド。正直私がその職業(クラス)を取ろうと考えても何から始めればいいのかさっぱりわからない」

 

 シャルティア、アウラ、マーレと見つめて、最後にコキュートスに視線を戻す。

 

「確かナーベラル・ガンマが、ファイターの職業(クラス)を持っていると……あれはコキュートスから聴いたんだったかな。我々としてもアインズ様に少しでもレベルを上げてもらうことは本懐であるし、至高の方達からしてもその選択はアリなんじゃないかと思うんだよ。近接耐性を上げるという側面もあるしね」

 

 コキュートスの創造主である『武人建御雷』とナーベラルの創造主『弐式炎雷』は仲が良い。そのせいかそんな情報も確かにコキュートスは知っており、その話をデミウルゴスにしたこともあったのかもしれない。

 だが今のコキュートスにはめくるめく妄想再び。あの光景が現実のものになるのかと言う期待感でいっぱいになっている。

 

「爺ガ……姫ノ?」

 

 いや、爺かどうかは知らないがと若干友人に困惑気味に言葉を続ける。

 

「う、うん、そうだね。みんなも『ファイター』の職業(クラス)なら、なんとなくだけど習得に時間が必要でない気はしないかね? もちろんこれは君や戦士職を馬鹿にしているわけではないよ? まず剣を持つことから始めるんだろうという単純な正道がわかりやすいからね。他の職業(クラス)だとまず取っ掛かりが難しいと思うんだ」

 

 デミウルゴスらしからぬ曖昧な言いようだが、確かに理にはかなっているし、なるほどその通りだなと納得する他の守護者達。シャルティアなどは眷属にするぐらいしか思いつかない為、「自分が」と出張ることも出来ずに口をつぐむ。他の守護者も同様だ。

 

 

 

「……ソウデス……ソウデスゾ姫……サア爺ニ続イテ……アア素晴ラシイ! マサニ姫戦士……イエ、姫騎士デゴザイマス!」

 

 完全にあっちの世界に旅立っているコキュートス。

 

 何故か『姫騎士』と聞いて興奮し始めるシャルティア。

 

 

 『バカ殿』なのか『あんみつ』なのか、いつも通りの守護者クオリティ。だが思いはひとつ、アインズ様の安全のため。

 

 妄想から呼び戻すためだったのか、コキュートスが別の意味で虫の息(・・・)にはなってもいたが、ひとまずの方針が決定し、御方の命への対応協議の方は、何気にスムーズに進行していくのであった。 

 

 




会話文は苦手かもしれないw
次はプレアデス編に行けるかな?



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第十一話

このまま行くとンフィー君死んじゃうよなぁ、なんて妄想しながら
ナザリックのほんわかコメディーを書いていきたい自分がいるw




「……皆を先に行かせて良かったのかい? それとも皆には聞かせられない話でも?」

 

 現在玉座の間の小さな円卓には二人しかいない。他の守護者達はやる気を漲らせ、一旦各階層に戻っている。

 中でもセバスは、アルベドとデミウルゴスから御方が破棄された施策のソリュシャンの枠にアインズ様が入るだろうとの予想を聞かされ、デミウルゴスが引くほどの満面の笑みで護衛に戻っている。

 

「いえ、そういう話ではないわ。ただ……なんと言っていいか考えが纏まらないのよ。できればパンドラも交えて三人で考えてから皆に周知したかったのだけどね」

 

「……確かに。御方の献策に疑問を持つこと自体不敬なのでしょうが、根底の部分ですよね? アルベドが考えているのは」

 

 金銭難・食糧難、それに対する施策は当然わかる。だがそういう話ではないのだ。疑問点がただ一つ『何故人間種ごときに便宜を図ろうとする?』ただその一点だけが疑問なのだ。不満ではない疑問であるのだ。

 

「そうね、アインズ様が人間種におなりになられたから……というのでは理解に乏しいわね。『カルネ村と協力』して云々などの施策は、多分だけど人間種にならなくても行っていたと思うの」

「先んじて仕事に戻って行ったパンドラズ・アクターも言っていましたものね。『穏便にこの国の金銭を』と」

 

 そうなのだ、ある程度の現地民の強さは分かっている。この国最強と言われている戦士でも、デスナイト程度で十分対応が出来てしまえるのだ。(しもべ)に命じてどこぞの都市をちょっと占領してくれば、外貨獲得など容易ではないかと。無論これはアインズ様も理解しているはずだと。

 

「パンドラはちょっと(ずる)いわ……悔しいけどやはりアインズ様の創造物であるのだもの。あ! でも逆に考えるとちょっと可哀そうかもしれないわね」

「ん? なにがですか?」

 

 暗い顔をしていたアルベドが一転何かに気づいたようでクスッと微笑む。

 

「パンドラは逆に姫様とは繋がっていないじゃない? 至高の40人謹製の姫様ですもの」

「ああ! あはは、確かに。我々の姫様に対するこの感情は、彼には感じることが出来ないものかもしれませんね」

 

 実際どっちが羨ましいのか比べる話でもないが、暗くなっていた感情が少しは和らいだ感じだ。まるで恋人のように微笑みあう二人。勿論二人にそんな感情は一切これっぽっちも無い上に、両人が御免被る話ではあるが。

 

「話を戻すとして考えられるのは……例えば人間種を減らしたくないとか」

職業(クラス)の話ね。確かに調べてもいないうちに有用な職業(クラス)持ちの人間種を殺してしまうのも問題よね」

 

 現時点ではまだ彼らは知らない。そこに<タレント>という要素が加わっていくことに。

 

「それでも一都市を丸々占領すればいいだけの話よね。 アインズ様が最後におっしゃっていた農業の話も、あれは私たちが農業を知らないから……いえたぶん出来ないから協力してもらえってことよね? それもただ占領してやらせればいいだけの話に思えるのだけど……」

「そうなんですよね……何故そんな回りくどいことをするのでしょうか……」

 

 属性(アライメント)極悪の二人には理解できない。利用できる羽虫、食べられる家畜に対する無駄とも思える優しさが理解できないでいる。

 

「アルベド……私は少し不敬なことを言いますが……ご理解いただけますね?」

「ええ、勿論その為もあって今二人でいるのだから」

 

 そう、本題はここではない。アルベドがデミウルゴスにしたい話。それにデミウルゴスはすでに気づいている。

 

「アインズ様は……くっ! この世界のなにかを恐れている節がある。そうなのでしょう?」

 

 こんなことは言いたくもない、考えたくもないと苦々し気な顔を作りデミウルゴスは言葉を吐き出す。

 

「ええ、それが一番御方の施策に納得できる答え……になるのかしらね」

 

 アルベドの表情も陰鬱なものになる。考えてはいけない不敬な考えではないのだ。あの強さを誇るアインズ様にそんな考えを持つ(しもべ)はいない。だから考えに浮かばないのだ。だからこそ思考の迷路に囚われてしまう。

 

「ですがそれはなんなのですか。アルベドは会ったのでしょう? この国最高の戦士とやらに、法国とかいう国の戦力に」

「ええ、だからこそなのよ……アインズ様はいったい何におびえているというの……」

「それもわかっていて言っているんですよね? アルベド」

「そうね……もしかしてだけど……この世界に来ているかもしれないプレイヤーにって考えが自然かしらね」

 

 もしかしたら来ているかもしれない至高の方々を探す。それは同時にこの世界に他のプレイヤーも来ているかもしれないということと同義だ。現にユグドラシルと同じモンスター、そして同じ魔法を確認している。来ていないと考える方がおかしい。

 

「でもそれでもなのよ……高々プレイヤー如きにナザリックが容易く落ちるなど想像もつかないもの……いくら至高の40人がいないとはいえ、私たちが……いえアインズ様がいるのよ? ……デミウルゴス?」

 

 俯いていた顔を上げデミウルゴスに視線を向けるアルベド。何故か中空を見つめぶつぶつと呟き続けている。

 

「ワールドアイテム……いえ!? なら姫様の状態で行くはずが……!?」

 

 デミウルゴスのワールドアイテムというキーワードに同時に思考の海へと沈んでいくアルベド。確かにそれならアインズ様が恐れることも……いや逆だ。ユグドラシル最高数のワールドアイテム保持ギルドは『アインズ・ウール・ゴウン』だ。確かに警戒は必要だがアインズ様はつねに腹部に……

 

 姫様のどこにそんなものがあった?

 

 このままでは姫様が狙われ……いやそれも違う。逆に弱すぎるが故に狙われない可能性の方が高い。護衛をセバスと仮定するとそちらに使われる事の方が……いやそれでも五分五分か……つまり……

 

「囮……ということ? アインズ様自身が……姫様自身が囮になるってことなの? なんで……あ……」

 

 ぽろぽろと宝石の瞳から涙を流すデミウルゴスを見て気づいてしまった。恐怖の対象にだ。アインズ様はワールドアイテムを恐れているわけではないのだ。

 そう、ワールドアイテムを使われてしまう可能性がある、対象である私たちの喪失を恐れているのだと。

 仲間である、家族であると。愛しい娘であり息子であるともおっしゃってくれた。

 

 また一つアインズ様の優しさに、深すぎる愛情に触れてアルベドも涙が止まらない。

 

「あ…… あぁああああああ!?」

 

 そしてまた一つ何かに気づいてしまったアルベド。絶叫を上げ震える右手にその装備を呼び出す。世界級アイテム・ギンヌンガガプ。創造主タブラ・スマラグディナがリアルへ旅立つ前に最後に預けたギルドの至宝だ。

 

「た、タブラ・スマラグディナ様……いえ……お父様はこれを見越して?」

 

 デミウルゴスを見ればウンウンと頷きながら大粒の涙を流している。当然でしょうアルベドと。至高の41人ですよと。それに頷き返しアルベドも真珠の涙をぽろぽろとこぼす。 お父様ごめんなさいと。私を守ろうと……いえ、いつでも私を見守って下さっているのですねと。

 中空に目を向け、今はいない至高の創造主に己の抱いていた勘違いを懺悔する。

 

 無論その中空のギャップ萌えおやじは目線を逸らして逃げ出そうとしているのだが。

 

 全ての謎が繋がり今一本の線になった。まず平和的にこの世界を探求していこうとする御方の施策。その根底にある確かな愛に。

 

「恥ずかしいことですが……『ほうれんそう』ですよ。アルベド」

「ええ……ええ……皆にも……アインズ様にも……では私は先にレポートの作成に入るわね」

「私はシャルティアとコキュートスと合流して防衛会議ですね。なんだか力が漲ってきましたよ! 今なら蹂躙も忘れてこの国を灰にしてしまいそうです!」

 

 涙をこぼしながらも(ほが)らかに笑いあう。その後守護者達に伝えられた二人の考察は、新たな涙と更なる忠誠心を促したのだが、レポートを受け取った際のアインズが「指輪を付けていたら発狂していたな」と零すほどの自身の思慮の足りなさに光り輝くのは、語られないお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 明けて翌日。といっても日が変わったばかりの深夜12時。アインズの私室では奇妙な唸り声が響いていた。

 

「ん~~! ん~~っ! これ本当に飲み物か!? 全然口まで上がってこないんだが!?」

「……味はストロベリィ……アインズ様の色」

「いや、まあ、うん。桃色ね……いや!? そうじゃなくてだなシズよ……ん~~~っ!」

 

 

 

 

 寝起きに自身の服装に驚き、絶望感を味わいながらも「そういえば揉んでなかったな」と、自身の胸をこねくり回そうとして顔を上げた御方。その際、6人のメイドの存在に気づき、顔を真っ赤にして両手で抑え、天蓋付きのベッドに女の子座りをしていた至高の御方。アインズはいまだ人間体のままでいる。

 

 一度指輪を外して冷静になったものの、着替えておかないと大変なことになると気づき、再度指輪を嵌め、満面の笑みの戦闘メイドプラスαに着替えを手伝ってもらった際「くぅ」と鳴ってしまったお腹の音に原因があった。

 

「すぐに食事の支度を!」と、勢い勇んで部屋を出ていこうとするメイド長を優しい口調で引き留めるアインズ。

 

「ナザリックの食事は……その……美味であるのだろう? ならその最初の食事は皆で食べてみたいのだ……それに異世界に見聞にも赴く。そのせいで外の食事を不味く感じてしまったらつまらないじゃないか?」

 

 恥ずかしそうに微笑むアインズの考えは、昔よく読んでいた異世界転生系のラノベの話の、自身の考察にも似ている。面白い話も多々あったのだがどうにも一点共感できないことがあったのだ。「米の飯が食べたい!」などの食べ物の話である。

 アインズは、いや鈴木悟は食に対する飢餓感というのだろうか、そういったものがまったく無かった。無論、栄養摂取と言う観点からの食事しかしてこなかったのだから当然でもある。だからどうせ食事をするなら、あのオフ会みたいにみんなで食事会をしたいなあと考えて、食欲よりも楽しみを優先させた考えになっても仕方のないところではあった。 

 

 ならば栄養のある飲み物でもと、メイド長が口を開いた瞬間風のようにいなくなり、瞬く間に戻ってきたシズが持ってきた飲み物は、グラスに注がれストローを刺されたピンクの液体だった。

 

 

 

 

「んん~~~っ! っぷあ! 液体、なんだよな? どんな粘度なんだこれ!?」

「確か成人男性が一日働く分に必要なカロリーに相当するとか。確かにそれなりの粘度があるかもしれません」

 

 ナーベラルの答えに目を見開き驚愕してしまう。

 

「すまんがシズ。これ飲んでみてくれるか? 本当に飲めるのか見てみたいぞ」

「!?」

 

 何故か一斉に厳しい嫉妬の視線がシズ・デルタに向かう。若干おろおろと、姉妹が見ればバレバレの緊張感で、受け取ったグラスに刺さったストローに口を付ける。

 

 

「……色はストロベリィ色。……アインズ様の味」

 

 

 お前は何を言っているんだと口をあんぐりと開けて頬を真っ赤に染めるアインズ。

 

「うわぁ! シズちゃんズルいっすよ!」

「シズぅ、私にも飲ませてぇ」

 

 

 てんやわんやの一日が終わりやっと二日目。寝起きの一発目はそんな騒がしいメイドたちの声からスタートして行く。

 

 




よくよく考えてみたら、玉座の間からスタートして半日経っていない不思議。
11話もなにやってるんだかw



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第十二話

このお話では<伝言(メッセージ)>の魔法は第一位階とします。
ご了承ください。




 

「うむ、では皆にもそう伝えてくれるか。ああ、そうだアルベド一つ用を頼まれてくれるか」

『はい、お身体を洗う際にはすぐさま駆けつけます、ええ、ええ!』

「……いやそうではなくてだな・・・・・・・では頼んだぞ」

『はっ! お任せください』

 

 

 

 

 

 プレアデス長姉ユリ・アルファから、あの玉座の間での顛末を説明されたアインズは、プレアデスとペストーニャに感謝の意を伝えた。そして守護者達にも無事なことを伝えておかないと、この部屋に詰めかけてきそうで申し訳なく思い、後に必要になるだろうと、この姿での二個目の魔法に<伝言(メッセージ)>を選択し使用したのだった。

 

 現在アインズとプレアデスは長机を前に腰を下ろしている。自室は広く、大きなテーブルはあったのだが椅子が足りなかったので、ペストーニャと一般メイドにより食堂から椅子が持ち込まれている。

 当然のようにアインズを見て固まる一般メイドであったが、説明を受けペスと一緒に給仕を受け持っている。忙しい身のメイド長であるが、現状アインズの傍を離れる選択肢はない。

 

「少し話が長くなってしまったな、すまない」

 

 もはやお約束と化した「アインズ様が謝られる事など!」といったやり取りを経て、お誕生日席から長机を前に座ったプレアデスを見やる。美少女メイドがいっぱいだ。

 これがゲームだったらなんとも思わないのだが、感情を持って動いている美少女たちがキラキラした瞳で見つめてくるのだ。

 

 だがそれに対して冷静でいられる自分がいる。これは例のあれなのだろうか。『身体が女の子になっちゃったから心まで女の子に!?』で有名な異世界TS転生的なアレなのだろうか。

 アンデッドになった際、人間が虫レベルの存在に見えたのは確かだからその線もあるが、パンドラと宝物殿で指輪を検証してから現在まで。思い返してみるとありえない行動をしている。

 

 スキンシップがあまりにも多すぎるのだ。

 

 アルベドへのなでなでハグから始まり、ポンポンと頭や体に触れた回数は数知れず。先ほど一瞬指輪を外した際に気づいたのだが自分はこんなことが出来る人間ではないと。

 ああ、これはあの長文で限界いっぱいまで書かれているであろう呪われた設定の中にあるんだろうなあと頭を抱える。

 

 ただ着替える際に自身の裸を見て赤面してしまったり、世話をしてくれた彼女たちにドキドキしてしまったりと、別に男を捨てたわけではないようにも思う。考えることは多々あったが、またここで長考して彼女たちを心配させてもあれなので、考察は一人になった時にしようと話を進めることにするアインズであった。

 

 

…………

 

……

 

 

 

「現状の安寧を維持するために、情報収集は急務である。ナザリックにおいてお前たちの容姿は特異だ。戦闘面も含めてお前たちほど現地での情報収集に適しているものはいない。あ、これも美味しい……」

「んっ……んんっ……くぅん……」

 

 ペストーニャに変わり二杯目の紅茶を入れてくれたユリと、先ほどの飲み物を持ってきてくれたシズにそう言ってうっとりとした表情になるアインズ。

 シズがせっかく持ってきてくれたのにもったいないと、試しにスプーンですくって舐めてみたところ、これが甘くてとてもおいしかった。

 確かどこかで見たなと紅茶に落としてみたところ、これがなかなかに絶品であったのだ。

 

「ロシアンティーですね。紅茶に落とさずとも、ジャムを食べながらというのが様式だったと思いますが」

「そうなのか? でも美味しいぞ、ほらお前たちもどうだ?」

 

 ユリのロシア紅茶解説を聞いてニンマリとした笑顔でジャム(?)を勧めるアインズ。無論、先を争うように紅茶に投入していくプレアデスたち。

 

「あら、これは意外なマリアージュですわね」

「ソリュシャンの言う通りね。さすがアインズ様です、今度のお茶会にも採用しましょうか」

「くぅん……んっ……んっ……」

 

 ソリュシャンとナーベラルからなかなかの高評価の声が漏れる。

 

「命名はアイアイアインズティーっすね!」

「違うでしょ! 愛愛アインズ様ティーでしょう、不敬ですよ」

「なんかユリ姉様ぁ、どさくさに紛れてぇ、ずるいですぅ」

「なっ!? ボクはっ!? ちがっ!?」

 

 なんかコントが始まっているが、一人一般メイドだけがわたわたとしている。そうだったな、彼女にもペスにも試してもらおうか。寝れずにいた時間を利用した全NPCの名前の丸暗記。間違ってないと良いが。

 

「……リュミエールよ。お前もどうだ? ああペスにも……あっ! すまん、ずっと撫でっぱなしだったな」

 

 一杯目の紅茶に感激したアインズがあまりの嬉しさのため「ありがとう、ペス」と、思わず撫でてしまったのだが、その髪の感触があまりに気持ちよく延々と撫で続けてしまった。

 だんだんと跪き、ついには『伏せ』の状態でアインズの足元に待機してしまうペストーニャ。まあ別にいいかと撫で続けながら会話を続行することにしたアインズ。この状況に固まるリュミエール。これまでの粗筋はこんなところだ。

 

「くぅ~ん……はっ!? こっ、これは失礼しましたアインズ様」

 

 危なかった……もう数十秒遅れていたらスカートをまくり上げお腹を晒していたところだと、アインズ様のゴッドハンドに震えあがる。そこに多少歓喜の震えも混じっていたが。なおリュミエールも名前を覚えてもらっていた嬉しさに半泣きになっていた。

 

 ペストーニャとリュミエールに別席を与えながら考える。これは雑談方向へシフトしてプレアデスたちの思考を知る良い機会ではないかと。

 アインズ以外には砕けた口調にもなっている彼女らの性格を知るチャンスかもしれないと。いきなり本題に入ったのはあれだったかと、その後しばらくは和やかなお茶会が続いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・なのでぇ、お腹がいっぱいなら問題ないですぅ」

「なるほどな」

 

 その後数時間にかけて行われたお茶会は、アインズにとって、いや彼女たちにとっても有意義な時間であった。

 人間種に対するヘイト。食人嗜好。嗜虐嗜好。『そうあれ』と創られたのであるから当然でもあるのだが、難しい問題だ。

 

 そういえば今の自分はどう思われているのだろう。彼女たちの様子からそう悪い感情は見えないのだが、これも一応大事なことなので聞いておくことにする。

 

「おまえたちは……その……私を食べたいか?」

「!?」

 

 これはどういう意味で聞いているのだろうか。性的に食べたいかってことなら「その通りですわ」と答えた方が良いのだろうかと一瞬答えに詰まるソリュシャン・イプシロン。

 

「そんなことはありませんわぁ。アインズ様に今言われるまでぇ、そんな感情もありませんでしたしぃ」

「そっ、そうでございます。私の場合は溶かすということになるのですが、正直冗談ではありませんわ」

 

 一緒に蕩けたいとは思うが御方を死に至らしめるなど冗談ではない。エントマの言葉に我に返り、はっきりと告げる。

 

「ふむ、ありがとう。では……その……お前たちは私をいじめたいか?」

「!?」

 

 これはどういう意味で聞いているのだろうか。性的にいぢめたいかってことなら「その通りっす!」と答えた方が良いのだろうかと一瞬答えに詰まるルプスレギナ・ベータ。

 

「もう、ご勘弁をアインズ様。御方に対して嗜虐心など持ち合わせていませんわ」

「そっ、そうっす! あ、そうです。アインズ様は別腹です!」

 

 自分でも何を言ってるかわからなくなっているルプスレギナだったが、わけわからないなりにも、ありえませんと断言する。

 

「そっ、そうか。そうか? まあいい、ありがとうな」

 

 さてあとは人間種に対するヘイトかと考え、ナーベラル・ガンマに目を向ける。

 

「ナーベラルよ。お前が私にヘイト思考を向けていないのは分かる。だからな落ち着け」

「は、はい! 同じような質問をされるのかと少し心配でございましたので……あの……」

 

 アインズに目を向けられた際、少し落ち着きがなくなっていたナーベラルであったが、さすがのアインズもそんな酷な質問はしない。

 

「だが他の人間種にはそうではないのであろう? だがな、それでは少し困るのだ。アルベドにも現地で伝えたが、演技は大事だぞ? これから情報収集に赴いてもらうのだから」

「アインズ様……」

 

 これは怒られているのではない。慈愛のこもった目で諭すようにナーベラルに語り掛けるアインズに緊張を溶いていくナーベラル。

 

「こう考えてはくれないか。お前たちがヘイトを向けていた相手はユグドラシルの人間種であって、この世界の人間種ではないと。無論無理難題を言っているのは分かっているが、例えばこの国の人間種なら、人間種ではなく『リ・エスティーゼ国人』であると認識してみてくれ。難しいかもしれないがお前ならやれるはずだ、ナーベラル・ガンマよ」

「はっ! アインズ様の御ためならば!」

「うっ……うむ」

 

 ……あまり分かってはいなさそうだが、少しは枷になってくれるかもしれない。ここら辺が限界だろう。

 さてそろそろ本題に入るかと、彼女たちに目を向ける。今までの会話のおかげで多少人選が変わってしまったが、彼女たちに指示を与えていかなければ。

 

「さて、ここからが本題だ。お前たちには冒険者になってもらう」

「!?」

 

 プレアデスたちに衝撃が走る。アルベドやデミウルゴスにこうなる予想は聞いていたものの、いざ御方から命令されるとなると感激に心が震えてしまう。やっと御方のお役に立てると。

 

「ユリ・アルファ、ルプスレギナ・ベータ、ナーベラル・ガンマ、ソリュシャン・イプシロン、お前たちに任す」

「!? か、畏まりました、アインズ様」

 

 まさか4人も選ばれるとは思いもしなかったのか、一瞬驚愕するも、皆を代表して答えるユリ。アルベド達に「一人か二人」と聞いていただけに意外ではあったのだ。

 

「現地の情報収集と同時に強者の情報を集めてもらうわけだが、無理はするなよ。お前たちに何かあったら……いやなんでもない。楽しむ気持ちで行ってくれればよい」

 

 言葉の途中はらりと流れる涙が一滴。これには、気合が入っていた4人は心を戒める。これ以上アインズ様を泣かせるわけにはいかないと。

 

「私はセバスを連れて商人としてエ・ランテルに向かう。供はお前だ、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータよ」

「!? はゎ! はいぃ」

 

 これもまた意外な選抜。「セバスと、もしくはシャルティアも」という守護者たちの予想を聞かされていただけに、エントマの驚きようは仮面蟲がちょっとずれているところからもわかる。

 

「シズ……お前はナザリックのギミックをすべて把握しているという点で危険なことはさせられない、わかるな」

「……はい、アインズ様」

 

 まったく無表情で答えるシズであったが、姉妹たちには彼女の落ち込みようが手に取るようにわかる。

 自身が選ばれた喜びより、シズだけが選ばれなかった点に心が沈むも、これは御方の命であると戒めるプレアデスたち。

 

「なのでお前にはカルネ村に赴いてもらう。旅の魔法詠唱者『アインズ・ウール・ゴウン』の娘ということでな。ここからカルネ村まで10キロ。そしてその先の大森林にはアウラによる仮拠点。法国への懸念はあるが、まず一番安全な現地人との折衝だ。もしかしたらお前が一番忙しいかもしれんが頼むぞ、シズ・デルタ」

 

 シズの頭をポンポンと叩き、微笑みながら命令を下す。

 

「……はい、アインズ様」

 

 先ほどと全く同じ返答ではあるが、微妙に身体が左右に振れている。尻尾でもあったらよく振れているだろうと思われるシズの表情は、アインズやプレアデス姉妹が見てもわかるぐらい嬉しそうに見えたのであった。

 

 




あまりにも綺麗に終わってしまい思わずオチを探す作者であった。
書くたびに文字数が増える。すまんのw



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第十三話

投稿一か月。いやーこんなにかかるとは思ってもみませんでしたw
どうやったら予想5話くらいが、こんな話数になってるんですかねw



 

「女の子の身体って……柔らかいんだな……って!? 違う違う。そろそろ時間か」

 

 現在アインズは私室にて一人。深夜の12時前に起きたはずが、すでに日が高く昇っている頃合いだ。

 プレアデスたちとの現地での彼女たちの装備の相談から始まり、別件でパンドラと合流して第七階層『溶岩』に赴き、デミウルゴスと鍛冶長と4人で売り払う装備や商品の相談。

 その他もろもろの雑事を済ませ、最後にスパリゾートナザリックをいろんな意味(・・・・・・)で堪能していたらこんな時間になってしまった。

 

 オーバーロードの姿に戻っている現在、考えることは多々あったが何気にうまく回っているんじゃないかと思考する。

 最初は皆が呼ぶ『姫』状態の自分の考えなしな発言を思い出し光り輝きもしたが、それほど自身の考えと剥離してはいない。

 ただ慎重さが足りていないようではあったが、逆に良い方向に回りもしている。

 

 アルベドから渡されたレポートを握りしめる。世界級アイテムの存在。こんなことにも気づかなかった自身に呆れもするが、対策は取った。

 『ほうれんそう』がここまで役に立つとは思ってもみなかったが、やはり自分は皆を導いていかねばならない。だが皆にも導いてもらおう。『環境が人を創る』とは良く言ったものだ。

 

 指輪を再度はめて変身し、感情制御を取り払う。ああ、もう彼ら彼女らの忠誠心に疑いは無い。これはあれだな、おそろいのユニフォームとか作ってしまおうか。楽しい気持ちが抑制されず、どんどん気分が良くなってくる。

 

「いかんいかん、皆を待たせてしまう」

 

 アイテムボックスから『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を取り出し右手の薬指にはめる。装備実験も済ませているので問題ないが、両の手を目の前に(かざ)して思考する。

 左右の手の薬指にそれぞれの指輪がはまっているが、『結婚(仮)指輪(異形種)』の指輪は課金設定をしなくても効果が発揮する指輪だ。ならば左手にはもう一個、通常アクセサリー枠として指輪が装備できるはずだ。

 エ・ランテルに出立の際には自身の装備についてももう少し考えないといけないなと思いながら、指輪による転移を実行するアインズであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 たどり着いたのはナザリックの玄関口。跪き待っていたのは守護者統括アルベドとプレアデスのシズ・デルタだ。

 

「待たせたなお前たち……ん? アレは用意できたのではなかったか?」

「申し訳ございませんアインズ様。御者の選考作業を現在第六階層で行っているのですがもう少々時間がかかるようでございます。何分戦闘能力があり、ある程度の人間体を保て、御者が出来るうえ、他の任務に携わってない者となりますと……」

「ああ、よい。別にアレが今必要であったわけではないのだ。カルネ村までは徒歩の予定であったしな。では三人で散歩としゃれこむか」

「はい、アインズ様、うふふ」

「……はい、アインズ様」

 

 シズがちょっと邪魔ね、と思いつつも御方とのお出かけに心が弾むアルベド。装備はいつもの白いドレスである。シズはいつもの戦闘メイド服だが、武装が違う。短剣らしきものを両の腰にぶらさげ、表情は相変わらずだが、とても嬉しそうにしている。

 

「しかしアインズ様、よろしかったのですか? シズはともかく私はこれでは人間種ではないと……」

「そうか? まあ現状私とお前は名前まで向こうに告げている。私が顔見せ出来ない分お前にはと思ったのだ。何か言われでもしたら、『それがどうかしましたか?』とでも私が言ってやろう」

「……つまり、村人の私への態度である程度の指針をと言うことでしょうか」

「そうだな……コキュートス以外見た目でどう判断されるのかも知りたいところだ。私にはアルベドが魅力的な女性にしか見えないのだが……おっと、そろそろかな?」

 

 アルベドが「魅力的……私を……アインズ様が……」とトリップしていたが、まず最初の目的地。ナザリックからカルネ村方面に向かって約1km程の地点に到達する。

 

「では二人は私から少し離れて、どんなふうに元に戻るか観察しながらついてきてくれ」

 

 アインズを挟んで前方に後ろ向きに歩くアルベド。後方にシズ。間に5m程空けながら歩き出す三人。

 数十歩歩いたところで、例の魔法少女の変身シーンのように光り輝きながら、美少女が……骨になる。

 

「クフゥー! アインズ様かっけー!」

「……アインズ様眩しかった」

 

 何故か二人ともキラキラとした瞳で見つめてくる。いや、自分もこの身体を恰好良いと思ってるから嬉しい事は嬉しいんだが、お前らの美的感覚ってどうなんだと……いや違う、そんな話ではなくて。

 

「これは、結構光ってなかったか? 指輪の着脱時と同じような感じか……うむ……」

「そうですね、私たちから見てもそのように感じました」

 

 これは影武者も用意しておく必要があるかなと考えるアインズ。当初は幻術で『姫』になり、エ・ランテルそして王都へと移動しようとしていたのだが、ここまで目立つとなると言い訳が出来ない。

 そう、考えていた冒険者を護衛に雇っての移動が困難になるのだ。なら常時幻術で対応して飲食時だけ指輪をとも考えたが、両者の体格差が邪魔をする。

 自身に似た者を影武者にとすると、一般メイドを除けば一人しかいない。

 

「シャルティアか……うーん……」

 

 体格、身長、髪色と言うことは無いのだが、何故かとんでもハプニングの予感が拭えず頭を悩ますアインズであった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後雑談や思案をしながら、カルネ村1km手前での実験により、この世界の村でも指輪の効果があることを確認する。無論ここまでの道程はエイトエッジ・アサシン他、多数の(しもべ)、アインズの攻性防壁魔法を防げるニグレドの監視など、アルベドの指示のもと安全と機密が保たれている。

 

「さて、それでは行くぞ」

 

 指輪を外し元に戻った後、おもむろに仮面をつけるアインズ。この村にこの格好で来ることはしばらくないだろうなと考えながら、二人を引き連れて歩いていく。どうやら村に隣接している田畑も『村』と認識されているらしく多少歩くことにはなったが、第一村人発見である。

 

「あっ! アインズさまだぁ!」

 

 どうやら向こうもこちらに気づいたようで、姉妹の内の小さいほうがアインズ達に向かって走ってきた。さっとアインズの前に飛び出し腰の短剣に手をかけるシズであったが、ポンと肩に手を置かれて振り向く。

 

「大丈夫だシズ。だが良い動きであったぞ、アルベドもありがとうな」

 

 内心ではドキドキものであったが、二人の警戒心を解いていく。要件を理解している二人であってもアインズを守るという譲れない感情が働いてしまうのだろう。

 その気持ちが嬉しくもあり、勘弁してくれよとも若干思ったが、少女の前に出て腰を落とす。

 

「確か……ネムだったか? 二日ぶりだな。元気なようでなによりだ」

「うん! 今がんばらないとってお姉ちゃんが」

「はぁはぁ、もう! ネムったら。アインズ様、ようこそカルネ村へ」

 

 ネムの目線に合わせるように跪いていたアインズであったが、そこへ少女の姉が遅れて現れたことにより立ち上がる。

 

「エンリ……だったな。二人とも農作業か?」

 

 あたり一面に目を向ける。ところどころ荒れているどころか、馬の蹄の跡のようなものも見受けられる。法国の偽装兵の侵入経路にもなったのだろう。

 二人から現在のカルネ村の状況と、姉妹の状況を聞き取り、別の意味で愕然とするアインズ。

 

 なにも、いや多少可哀そう程度の感情しか湧かないのだ。

 

 もしちょっと前まで指輪を付けていなかったら、その多少可哀そうという感情さえ湧かなかったかもしれない。人間種の残滓とはよく言ったものだ。あの指輪は本当の意味で大事な物になるかもしれないと、心に深く刻むアインズであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在アインズ一行はエンリとネムの案内により村長宅へ通されている。途中二人の美しい女性が気になって「アインズ様のお嫁さん綺麗だね」「こらネム! でも本当にそうね」などの姉妹の会話がアルベドの耳に届き、アルベドの彼女たちへの株が上がっている。

 関係ないがその声を聴いてシズの気分も高揚している。どうやら自分も嫁枠に入っていると思っているらしい。

 

 他の村民にも何名かすれ違ったが、村の英雄に感謝の言葉を告げるだけで、アルベドが懸念していたことは起きなかった。

 無論村人たちも角や羽に気づいてはいたが、英雄と二人の美しさの前には些細な問題であったようだ。

 

「これはアインズ様。一昨日は大変お世話になりました。改めてお礼を申し上げます」

 

 村長と夫人の挨拶を受け、促された席に座るアインズ。アルベドとシズは両脇に立ったまま控えている。

 

「もしや……あの時の黒い鎧の?」

 

 尋ねる村長が見ていたのはアルベドの顔。いや角であろうか。あの時のアルベドが装備していたヘルメス・トリスメギストスにも角が付いていたのを覚えていたのだろう。

 

「ああ、紹介が遅れましたね。私の妻のアルベドと娘のシズになります」

 

 あれ、そういえばアルベドに伝えたっけかと思いもしたが、さらっと特大級の爆弾を落とすアインズ。

 

「おお! それは! 奥方にも大変お世話になりました。これほど美しい方だったのですね!」

 

 若干村長も興奮気味ではあったが、興奮の度合いはアルベドの比ではない。

 

「妻の……クフフ、妻のアルベドでございます! わが生涯に一片の悔いもありません!!」

 

 右拳を高々と上げ、昇天でもしそうなオーラを放ちながら満面の笑みを浮かべるアルベド。何故か若干ふてくされて見えるシズ。

 アルベドを落ち着かせるために、少なくない時間を要したが、なんとか本題に入っていくアインズであった。  

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

「しかしよろしいのですか? こちらとしては大変うれしいことなのですが……」

 

 アインズが語ったのはカルネ村に実験農場を作りたいと言う申し出だ。大森林に大規模な農場を作る前にいろいろと確認をしてみたかったのもある。例えばジャガイモや他の穀物。ダグザの大釜から出したそれらは、DUPE対策により増やすことが出来ないのはユグドラシルで確認されている。

 だがユグドラシルの街の商店で買った食物や、自生していた果物などは育てることが出来たのである。もしこれをこの世界で育てることが出来たのなら、食料対策。もしかするとユグドラシル金貨対策にもなりえる。

 

「こちらからお願いしたいことです、村長。まずは多少知己のあるエモット姉妹の後見人になるということで、彼女たちの農作業の手伝いから始めたいのですが」

「アインズ様……あなたはなんてお人だ……どうか、どうかよろしくお願いします!」

 

 涙ながらに笑顔で言葉を発する村長と、エプロンで涙をぬぐう村長婦人。 強さだけでなく優しさも英雄級ではないかと。

 村長としては両親を亡くした姉妹を最悪外に出す、もっと悪く言えば売り払うなどの選択をしなければならない時が来るかもしれないと感じていただけに、アインズの言葉に涙が止まらない。

 

 だが後日シズとともに訪れたゴーレム部隊と、エンリが呼び出したゴブリン部隊。絶大なバックアップにより瞬く間に整備されていく村と実験農園に、顎が外れるほど驚愕する村長。

 

 出来上がった農産物を食べた村長や村人が、その美味しさに感動し涙するのは、もう少し先のお話である。 

 

 




次回で完結予定です。作っておいたエピローグがネタを詰めすぎたせいで機能しなくなっておりますw 再度一から書き直してGWは仕事で無理なので来週には投稿しようと思います。投げっぱなしエンドだけど予定通りだから怒らないでねw



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プロローグ~エピローグ

なんか普段の三倍くらい長くなってしまったw すまんのw
Web版のキャラやD&Dの魔法が出てきます。ご了承ください。




「やっと一息つけるな……どうだったセバス、エントマよ。私の口調は変では無かったか?」

「いや、いささか驚きました……さすがアイ……モモ様でございます」

「アイ……お姉さまが貴族の令嬢であると既に噂になっているみたいですぅ」

 

 あれから数日後。再度全(しもべ)を集めての方針変更及び『姫』のお披露目や、コキュートスによる特訓などなど、出立への準備を滞りなくすませ、エ・ランテル入りしたアインズ達は、最高級宿『黄金の輝き亭』にやっとこたどり着いたところだ。

 

 なお、その諸々の準備のおかげでアインズのレベルが若干上がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

職業(クラス)レベル― ウィザード ―――――――lv15

       プリンセス ―――――――lv2

       カリスマ  ―――――――lv1

                   4,891,862

 

 

 訓練中、「サア、爺ニ続イテ、コウデゴザイマス」などと自身の呼称がおかしくなっているコキュートスに、これは「爺」と呼んであげた方が良いのだろうかと斜め上の気遣いを発揮してしまい、「わかったわ! 爺、こうね!」と女性口調を練習中のアインズの剣の一振りで、プリンセスのレベルが一つ上がっている。

 

 無論コキュートスの感激度合いはすさまじいもので、歓喜の咆哮は「ありがとう、爺」と言うアインズの抱擁も合わさり大変なことになっていた。

 

 このレベルアップは『剣装備可』などのパッシブスキルがそのプリンセスLv2にあったのではないかとアインズは睨んではいたが、何故かその後の訓練では『ファイター』のクラスを取ることは出来なかった。

 

 なお女性口調については、プレアデスに指示を飛ばした際、最後にユリとソリュシャンを残し「お前たちに……その……女性を教えてほしいんだ」と目を潤ませ頬を染めて恥ずかしそうにのたまったことにより、何故か三人でお風呂に入るというおかしな展開にもなったが、なんとか物には出来ているようだ。

 

 

 そして『カリスマ』の職業(クラス)は、全(しもべ)を集めたお披露目時の、割れんばかりの姫様コールにより取得し、これはまずいと指輪を即時はずしたアインズによりLv1に留まっている。何故かカンストしてしまいそうな予感がしたのだ。

 

 カリスマ=魅力、ではないかとアインズは推察するが、「魅力だったらチャームだよな」と頭を悩ます。よくあるステータス表示方法の三文字の英単語。『str』『agi』『vit』などが良く知られているが、『cha』がカリスマなのかチャームなのかと過去のゲームの記憶を思い出しながら、「あれ? 両方あったな?」とドツボにはまってしまい、考えを保留にすることにした。

 なおユグドラシルのステータスに魅力の値は無いが、元となったテーブルトークRPGにはあった値なので、それもアインズが頭を悩ます原因になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅くなり申し訳ございません、姫……お嬢様」

 

 ノックの音がする前に移動したセバスにより、声と気配を確認後に扉が開けられ、入ってきたのは御者姿の黒髪の美女であった。

 

「ああ、ご苦労であったな。どうだ? 暑くはないか? 無理をしていないと良いのだがユキちゃんはアウラのお墨付きだからな。 つらいようなら次の出立までナザリックに戻っていてもよいのだぞ?」

「ああ……やはりお嬢様は御優しい……ですが私共は熱に弱いのは確かですが、この程度の気温では何も問題ありません。どうかお気になさらず」

 

 第六階層で行われたアウラ主催による『第一回アインズ様の御者選抜大会』の優勝者。コキュートス配下の雪女郎(フロストヴァージン)のユキちゃんである。

 

 名前についてはお察しの通り、アインズの命名であったが、本人は大層喜んでいたので良しとする。なおユキちゃん及び最終候補にまで残っていたヴァンパイア・ブライドも御者などしたことがなく、アウラの指導の下練習を重ねたのだが、どうにもアンデッドは馬に嫌われてしまうらしく、ユキちゃんが最終的に勝利を収めたようだ。

 あまりに色白すぎたため、化粧を施してもらったのだが、エ・ランテルの門兵が別の意味で凍り付く程のものすごい美人さんになっている。ちなみにレベルは82だ。

 

「そうか。だが何か不都合があったら即時言うように。これは命令だ。では4人でこれからの行動の再確認といくか」

 

 確認作業はまず名前から。モモンガ及びアインズ・ウール・ゴウンの名前を出すことは憚られたため、自身だけ『モモ』と偽名を使うことにする。

 セバスとエントマに関してはユグドラシルで知られているわけでもなく、別に悪いことをしようとしているわけではないので、そのままの名前で。

 

 出自については、南方から来た商人であるとする。これは先行して資金調達に来た、フルプレート状態のアインズに変身したパンドラが得た情報で、「未確定情報ですが南方にも人間種の国家があるようです」との話から決定している。

 

 後の行動については以前話した通り。できれば商人と知己を交わし、この国で店を開く方法などを知りたいところである。

 飛び込みでの営業には自信があったものの、商いとなると何から手を付けていいかさっぱりであったからだ。

 

 そしてそれが終わったら冒険者を雇って王都まで行く。無論これは冒険者から情報を得る行為であり、護衛として雇うと言うのは仮の理由だ。

 なるべくなら武技が使える者が望ましいと考えている。

 

「こんなところか? なにか質問などはあるか?」

 

 傍から見れば穴だらけな案にも思えるが、自信満々に笑顔で問いかける至高の御方へ疑問など湧くはずもない。

 

「お嬢様、一点だけ。モモお嬢様のファミリーネームと言うのでしょうか。そちらはどうなされますか?」

 

 先ほどからのお嬢様呼びなどは、早めに慣れておこうという馬車内での話し合いにより採用されている。セバスが感じたのはさすがに単一の名前だけでは不味かろうといった事だ。

 

「ああ、そうだな……」

 

 ここでアインズは思案しながらエントマを見やる。 『モモ・ヴァシリッサ』 うん、いいんじゃない……だめだだめだだめだ。確かエントマを作った源次郎さんが『エントマ・ヴァシリッサ』というのは『蟲の女王』って意味だって言っていたな。『エントマ』が女王で『ヴァシリッサ』が蟲なのか? それとも逆か?

 これで名前を付けた途端『プリンセス』に続いて『クイーン』なんて職業(クラス)を得ちゃったら目も当てられんぞ。ただでさえ有用かどうかもわからないのに、あまり変な職業(クラス)はこれ以上欲しくないな。

 ならセバスの名前を……うーん……でも自分のネーミングセンスは絶望的らしいからな……うーん……よし。

 

「よしモモ・チャンでいこう。セバスはすまんがファミリーネームはこの旅の間中は名乗らないように。父親を召使扱いしているみたいに思われてもなんだしな」

「はっ! 私の名前を使っていただけるなど……感激で胸がいっぱいでございます!」

 

 若干目の端に涙を浮かべながら語るセバスに、ちょっと引きながら確定してしまう一行の名前。

 

 モモ・チャン、エントマ・チャン、セバス・チャン、ユキちゃんの4名は、朗らかに笑いあいながら、これからの展開に思いを馳せるのであった。 

 

 

 

…………

 

……

 

… 

 

 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 食堂から戻ってきた至高の御方と従者たち。なぜか全員無言であるため、室内に待機していたユキちゃんも無言にならざるを得ない。

 ただ御方が難しい顔をして思考中であるのはわかるのだが、残る二人はとてつもなく感激しているようだ。

 

「……結果オーライだ」

「はっ! まさしくその通りでございます、アイお嬢様」

「はい、けぷぅ……しっ!? 失礼いたしました! アイお姉さま」

「!?」

 

 なんで出ていく前と名前が変わっているのか頭を悩ますユキちゃんであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが冒険者組合か……昨夜の者たちがいるとよい……わね」

 

 翌日、なかなかの成果を収めたアイちゃん一行は、エ・ランテルの観光ついでに冒険者組合に行ってみることにした。

 後日到着予定のプレアデスたちの為の下見でもあるし、昨日居合わせた冒険者たちに依頼をしてもよいかなと考えたからだ。

 なかなか気の良い連中であったことが理由でもあるのだが、何故か今朝がたの食事時にグイグイ自分を売り込んでくる赤い鼻の男がうざかったのもある。

 追い払ってくれた商人の方と知己を得られたので結果オーライではあるのだが、またグイグイ来られても困るので、早めに冒険者を抑えておこうとも思ったのだ。

 (しもべ)たちの報告により野盗崩れの男であることは知っていたが、この世界のことはほおって置く方針なので、危害が無いのなら放置の方向である。

 無論いつでも殺せる状態であることは御方の知るところではないが。

 

 

 

 今更ではあるがアインズの外出用の装備を説明しておくと、頭に精神耐性のある『紫水晶が嵌った銀色のサークレット』、服装はいつものドレスに防御耐性を上げるネックレスをしている。

 指輪は三つ。人間種になる『婚約(仮)指輪(異形種)』、組み付き、抑え込みなどに耐性を得る『リング・オブ・フリーダム・オブ・ムーヴメント』、そしてほとんどデメリットなく復活できる課金アイテムの指輪。

 とにかく危険時には指輪をはずせるようにと、パンドラ、デミウルゴス、アルベドと四人で散々悩んだ結果であり、残念ながら、疲労耐性・飲食睡眠不要などの効果がある指輪は装備する余地はなかった。

 

 

 

「では私が」

 

 セバスを先頭にアインズ、エントマと続いていく。ユキちゃんはお留守番だが、冷たい、もしくは冷めた物でもいいので食事をしてみてくれと頼んである。

 ナザリックの物には及ばないであろうが、今回の旅は異世界の食にも重点を置いている。エントマが選ばれたのもそういった理由があったりもする。

 

「うわぁ……なんか強そうな人がいっぱいいるわね! セバス!」

 

 アインズもなかなか口調がうまくなってきた……いや、呪いの設定のせいか、興味津々、WAKUWAKUが止まらない状態っぽい。

 熱っぽい視線で瞳を潤ませながら、筋骨隆々な冒険者たちを見つめている。

 なお変な意味は一切なく、「やっぱり冒険者になりたかったなあ」といった思いからの態度である。

 

 だがアインズ達が入ってきたことで一瞬で静かになる冒険者たち。あまりにも美しい二人の少女と鷹の眼を持つ老執事。

 特に銀髪の少女から感じる高貴すぎるオーラに充てられて、十数人はいる冒険者たちと受付嬢は呼吸も忘れて沈黙してしまった。

 

「もう少し粗野な人たちの集まりかと思ったのだけど、全然違うわね! 恰好良いもの!」

「はっ! 人類の守り手と聞き及んでおります。崇高な理念を持ったものが多いのだと愚考いたします」

「すごいですぅ」

 

 アインズのノリノリな言葉に何故か手櫛で髪形を整え始める冒険者その1その2。 国家の情勢を憂う会話を始める冒険者その3その4。

 なお若干名いた女性冒険者は、その男たちの行動にドン引きであった。

 

 しかしそんな状況もおかまいなく、ふわりふわりと弾むように歩いて行くアインズの目の前にあったのは、依頼が張り付けられていると思わしき掲示板であった。

 

「やっぱり読めないな……眼鏡は一つしかないし……」

 

 『黄金の輝き亭』のチェックイン時は口頭で名乗っただけでなんとかなったのだが、夕食時のメニューが読めなかった。「おすすめの料理を」との注文はミラクルを呼んだが、読み書きができないのは致命的にもなりかねない。

 これをプレアデスたちに渡すとなると自身で<リード・マジック>の魔法を取るべきだろうかと思案する。

 

 アインズが使用できる718個の魔法の中にそれはない。低位階であまり有用でもなく、代替品の眼鏡があったのもその理由だ。

 これは一旦保留にして、申し訳ないが宝物殿にまとめてあるペロロンチーノさんのアイテムからお借りするかな。確か一人一個は持っていたはずだしと考えるアインズ。

 

 余談ではあるが、後日宝物殿での眼鏡探しの途中で『ももんが』と書かれた白のスクール水着を発見した時のアインズの雄たけびは、過去最大級であったと言う。

 

 

 

 

「よし、保留として受付だな」

 

 またもや、ふわりふわりと歩き出し、空いていた受付の前にやってくるアインズ。

 

「こんにちは」

「ひっ!? よっ、ようこそ! 冒険者組合へ!」

 

 ギルドの受付嬢、イシュペン・ロンブルは驚愕していた。入ってきた時点で感じた、どこの御貴族様だろうといった疑問は吹き飛び、現在愁いを帯びた瞳で見つめられただけで100点であった。お嫁さん候補としてである。

 

 いやいや、自分はそんな性癖など持ち合わせていないと頭を振り、ちらっと同僚にも目を向けるがブンブンと首を横に振って「巻き込むな!」と目で訴えている。

 

 なんなんだこの少女は……自分は一度アダマンタイト級冒険者のラキュースさんに会ったことがある。元貴族としての振る舞いに感心した覚えがあるが、彼女はそれとはまた違う雰囲気を醸し出している。

 

 佇まいもそうであるが、華美ではないものの品の良い落ち着いたドレスに、薔薇の(つる)のような意匠の銀の額冠は、それこそ王族を思わせる。

 もしやお忍びでいらしたラナー王女であるとか……いやいやなんで『黄金』と呼ばれているかを考えればそれはない。

 

 だがぐるぐると思考を巡らしている場合ではない。冒険者組合の顔である受付嬢が慌ててはいけないのだ。

 

「そそっ、それではどういった御用でしょうか」

 

 大丈夫。噛んではいない。ちょっと舌が回らなかっただけだ。

 

「依頼をしたいのです。3日後を予定していますが、馬車で王都までの旅路を護衛していただける冒険者を雇用したいのです。できればとある冒険者チームの方々にお願いしたいのですが……」

 

 うわぁ……可愛い声だなぁ……ちがうちがう。なるほど、要は指名依頼をしたいと。

 大丈夫。これなら普通に対応できると、何とか落ち着きを取り戻した彼女は、普段の受付嬢の顔に戻り対応することにする。   

 

「チーム名……もしくはどなたかの名前はわかりますか?」

「いえ、昨日の夜『黄金の輝き亭』で居合わせただけで、言葉を交わすことは無かったのですが……その、気のいい方達だなって、うふふ、そう思ったものですから」

 

 あ、これ、男だったら落ちてた。笑顔が反則的に可愛すぎる。あれ? そういえば昨日チーム『漆黒の剣』が組合に来たあと、結成何周年だなんだと『黄金の輝き亭』に行くとか言っていたな。

 

「少々心当たりがございます。『漆黒の剣』という4人組の銀級冒険者チームなのですが、彼等であろうと思われます」

 

 大丈夫だよな? 情報漏洩の類ではないよなと頭を巡らしながら答えていくイシュペン。

 

「まあ! さすが冒険者組合の方なのですね! なんでもわかってしまうのだから」

 

 うふふ、と微笑むアインズ。何気にノリノリである。

 昔ペロロンチーノさんから「女性は褒めて落とすんだよモモンガさん。とにかく褒めて褒めて、好感度を上げるんだ」と力説された女性との接し方を実践しているのだが、好感触なようで一安心である。

 

「うぴ! いえ!? なんでもございません。そっ、それでは指名依頼ということで、朝方依頼を受けて出立した『漆黒の剣』は、昼過ぎにはこちらへ戻ってくると思われます。 彼らが戻り次第この件を伝え……申し訳ございません、お名前すら伺わずに……お名前と滞在拠点をお教え願えますか?」

 

 顔を真っ赤に染めつつも、なんとか受付嬢の矜持(きょうじ)を保とうとしている。これにはセバスもエントマも感心せざるを得ない。元々落ちている(・・・・・)ナザリックの者たちと比べてもなんだが、直近での『姫様スマイル』を耐える彼女のプロフェッショナル精神に感心していた。

 

「アイ……アイ・チャンです。『黄金の輝き亭』に滞在しております」

 

 若干躊躇しつつ恥ずかしそうに照れながら答えるアインズ。日本でならちょっとおかしな名前になってしまうが、この世界は翻訳こんにゃくを食べている。

 口の動きで感じた違和感のアインズが考えた答えがそれなのだが、『チャン』をこの世界の人はどうとらえるのだろう。

 

「アイちゃん……かわいい……」

 

 日本とあまりかわらなかった。

 

 

 

…………

 

……

 

… 

 

 

 

 後ほど宿の方に連絡を入れることを約束し、帰られたご令嬢たちを思いイシュペンは考える。

 これはライバルになるのではないかと。もちろん自分の事ではない。我が国の王女『黄金のラナー』ことラナー・ティエール……うんたらかんたらさんの事だ。そうだ、二つ名が欲しい。銀色……いや……

 

「『黄金のラナー』対『白金のアイ』……これだわ……きっと愛する男を巡って愛憎の……」

 

 妄想の世界に飛び立つイシュペンであったが、実際にそのせいで『黄金の頭脳が馬鹿になる』展開が待ち受けていたりなかったり。それは語られないお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者組合を出た後、現地の武器やポーション販売のお店を見学に行こうかとも思ったのだが、件の冒険者たちとすれ違いになっても何なので、『黄金の輝き亭』に戻ることにした。

 少々落ち込んでいたというのもある。自分が思っていた冒険者像と、受付嬢がノンストップで語ってくれた冒険者講習のさわりのような話で「結構夢のない職業なんだな」と感じてしまったからだ。

 

 ちょっと時間が空いてしまったので荷物の整理をすることにする。パンドラと鍛冶長による販売商品は、後日王都に届けられることになっているので手元にはないが、自身とエントマが着る服や下着などが大量にあったのだ。

 洗濯いらずのドレスであったが、現実世界はアニメやゲームとは違うのである。毎日同じものを着ているわけには『有数な資産家』を自称している故に出来ないのであった。

 無論件の『ウェディングドレス形態』を試してもみたのだが……気合の度合いがすごすぎて、それこそ王宮の舞踏会にでも呼ばれなければ使うことはないと思っている。

 

「防御力もあるし、これでいいかな」

 

 女性ものの装備はすべてブティックにあったものだ。誰が着るというわけではないが、アイテムコンプはゲーマーの(さが)とも言えるもので、服なども自作できるユグドラシルにおいては全てとはいかないものの、アニゲーコラボ商品の類は大概揃っていた。

 アインズが選んだのは男物の学生服のような軍服のような、それでいてスカートも付いているもの。下はスパッツだ。

 

「なかなか良いじゃないか。エントマ、ちょっと来てくれるか」

 

 姿見を見ながら満足そうなアインズ。確かこうだったなと、左腕でエントマを抱き胸元に右手を当てて、アイテムボックスを起動する。

 

「ふわっ!?」

「世界を、革命する力を!」

 

 エントマの胸部分から手持ちのブルークリスタルメタルで出来た短剣を取り出し満足そうに微笑むアインズ。なんかよくわからないけど抱きしめられてご満悦なエントマ。 御方のその言葉に何故か気合を入れなおすユキちゃん。なおセバスは廊下で待機中であったが、この言葉を守護者達にも伝えねばと、いらぬ案件が持ち上がってしまったのは余談である。

 

 

 

 

…………

 

……

 

… 

 

 

 

 

 昼過ぎに、『漆黒の剣』本人たちが訪ねてきてくれたことにより、無事に契約は成った。一人ルクルット・ボルブと名乗る軽薄そうな青年がユキちゃんに絡んだりもしていたが、これがアインズに向いていた場合を考えてぞっとする。精神的な問題もあるが、この青年を中心にエ・ランテルが吹き飛ぶ嫌な想像が抜けてくれず、思わず冷や汗を流すアインズ。そう、遠方からの監視体制も継続中であるのだ。

 

 以前と服装が違い、帯剣していたせいか、「剣士だったのですか?」などの質問があったりもしたが、「ただの旅装束ですよ。剣は爺に習ったのですが、あまり上手くはできなくて」と彼らの想像力を掻き立ててしまい、「爺って……セバスさんじゃないよね?」「高貴な方だと思っていたが貴族なのか?」などなど、『黄金の輝き亭』を後にした『漆黒の剣』の議論は、これは大仕事になるかもしれないと、最年少の少年(・・)を置いて熱を帯びていくのだった。  

 

 

 夜になり『黄金の輝き亭』の食堂は、いつも以上の賑わいとなっている。今回は朝方知己を得られた商人のバルド・ロフーレさんと会食だ。

 エ・ランテルの食料取引のかなりの部分を掌握しているという力のある人物であるが、顔を売っておいて損のない相手と見られているのであろう。確かな(したた)かさも感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨夜に続いて二度目の涙を流しながら、もぐもぐと食事をとる令嬢と、再び支払いをすべて持つと言う老執事から、いらぬ妄想がわいてくる。

 

 昨夜と違った装いだが、その衣装は素晴らしいと言わざるを得ない。特に太ももが……おっと、短剣の意匠も素晴らしいなと目を奪われ、「良いご縁を得られたのです。 気に入っていただけたならお譲りいたしましょうか?」などと問われ、恩を売るつもりが多大な借りが出来てしまうと、丁重にお断りさせてもいただいた。

 確実に資産家であるのは間違いない。だがたとえ美食であったとしても、あれほどにまで感激するだろうか。これは節制を是とした厳粛な家庭。もしくは修道院育ちなのかとも想像してしまう。

 そして妹と紹介されたもう一人の少女。髪色がまるで違うことからも本当の妹ではないのだろう。妾の子供か、振る舞いからメイドなどの可能性もあると踏んでいる。決定的であったのが昨日はいなかったもう一人の黒髪の美しい従者の発した言葉。

 

「姫……いえお嬢様。私もご一緒でよろしいのでしょうか」

 

 確定である。南方の王族。それに類することは間違いないと考えるバルドであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 和やかな会食を終え、実に有意義であったと満足するアインズ。コキュートス配下のユキちゃんの『姫様』呼びには困ったものだが、まあ別に問題は無いだろうと思案する。

 

 バルドさんには王都の商人組合への紹介状も書いていただけるそうで、大変喜んだアインズが、『AOG特製食器セット』を贈っている。

 とても凝った造りのそれらは、鉄がスパスパ切れるようなナイフなどではないが、オリハルコン製であると気づいたバルドは後日大変驚いたという。

 

 無論現地で売る物、渡したりする物には制限を付けている。現地で手に入るであろう鉱物から作られた物、魔法の効果が薄いもの、あとはアインズ自身が不要だと思う手持ち装備に限っている。

 食器セットは以前ナザリックの食堂で使うものを大量に誤発注をしてしまったもので、言うなれば処分品であったが、意匠に力を入れているのは間違いない。

 

 さて明日、明後日はどうするか。適当に三日後とか言ってしまったが、とんとん拍子に目的が達成されてしまった。

 一応夕食時のアレは続けるとして、昼間考えていた、武器屋・ポーション屋を訪ねてみるのも良い。バルドさんの紹介状も受け取りに行かなくては。そうだ冒険者組合にも手続きをしに行かねばならないんだったな。お世話になった受付嬢にも、食器セットを贈るのも良いかもしれないなあと考えながら、眠りにつくアインズであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして三日後。現在アインズは、『黄金の輝き亭』の前に停められた箱馬車の上部で不可視化状態を維持しつつあぐらをかいている。他の四人(・・)は『漆黒の剣』のメンバーと挨拶を交わし馬車に乗り込もうとしているところだ。

 

 そう、影武者シャルティアの登場である。

 

 エントマの幻術で見た目はどうにかできたが、結局声をどうすることも出来なかった。黙ってニコニコしていてくれればいいのだが、「シャルティアにそれは無理でございます」「まったく同意します」と言うアルベドとデミウルゴスの意見により、沈黙の魔法をあまんじてかけられている。

 さすがに「そんなことないでありんす!」と言えるほど自分を知らないわけではないし、アインズの前でとんでもない失態をしてしまうよりはまし、という判断に従ったとも言える。

 

 セバスから「お嬢様は本日喉の調子がよくありませんので」という理由も告げ、馬車に乗り込もうとしていた4人に『漆黒の剣』リーダー、ペテル・モークから待ったがかかる。

 

「あっ、あのセバスさん。足は用意してあるという話でしたが……」

 

 そう、ここにはこの馬車一台しかない。二頭立ての立派な馬車ではあるが、御者席にもう一人乗れたとしても、箱部分はどう見ても対面座席の四人乗り。乗車部分には我々が乗るスペースが無いように思う。

 いやギュウギュウ詰めにすればなんとか……いや6人は無理があるだろう。

 

「どうぞお乗りになって下さい。それとレンジャーのルクルットさんは申し訳ありませんが、眼として御者席の方へ。ユキ、頼みましたよ」

「はい! セバス様」

 

 さらっと流されるペテルの言葉。嬉々として「ユキちゃんよろしく! 俺に任せてもらえれば索敵なんて問題なっしんぐ」とノリノリで御者席に飛び込むルクルット。

 覚悟を決めて覗き込んだ扉の先には別世界が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルから王都までは街道を使ってもおよそ280km。馬車であれば早くて10日、遅くても15日くらいかかる距離だ。

 商隊の護衛任務など、何度かこなした道のりだが、大体往復一か月程度の護衛依頼。金銭的な割もそれほど多いとは言えず、拘束時間も長いが、冒険者として名前を売るには一番都合がいい依頼でもあり、昇格試験としても使われることがある。

 

 それは危険が少ない依頼ともいえるのだが。

 

「みなさん静かですねぇ。なにかぁ不都合がございましたかぁ?」

 

 可憐な装いの、とんでもない美少女からの困惑気な問いにあたふたしてしまう。

 

 これ護衛依頼だよな? なんで俺らは馬車に……これ馬車なのか? なんで俺らはこんな家みたいな馬車の中で座ってるんだ……

 

 馬車の中は驚くほどの広さであった。大きなテーブルとそれを挟むように4人が楽に座れそうなソファーが二つ。壁際には戸棚もあり、食器類が納められているのも見える。 セバスさんから「この馬車は魔法的処置を施してあります」とも説明されたが限度ってものがあるだろう。

 

 実際にはこれは別次元空間であり、第二位階魔法<ロープ・トリック>と似たようなものである。 ただクリスタルによる常時展開型魔法であるため、かなりレア度が高かったりもする。

 

「いっ!? いえ! 不都合なんてなにも!」

 

 ペテルは考える。どうしてこうなったんだ?

 現在彼らは、エ・ランテルの黄金の輝き亭で知己を交わしたチャンさん一行の依頼を受け、王都までの護衛任務に就いている。

 そもそも彼らがあんな高級宿なんて泊まれる身分でもないわけだが、その日思いのほか多く入った討伐報酬と、チーム結成の周年記念日も重なり「たまにはちょっと旨い飯でも食いに行こうぜ!」と言い出したルクルットの意見を採用して、黄金の輝き亭に食事だけ(・・)しに行こうって事になったのが始まりだった。

 

 その後日、冒険者組合に現れたチャンさん達に指名依頼を受け、とんとん拍子に今回の小遠征となったわけだが。

 

「さすがにこんな立派な馬車に乗れるなんて思ってもいなかったのである」

 

 ダインが言う通りだ……スレイプニルなんて初めて見たぞ?

 

「みなさんはもしかして……貴族なんですか?」

 

 ニニャの疑問ももっともだけど、頼むから険悪な空気にしないでくれよ? こいつの貴族嫌いも相変わらずだからなあと頭を悩ますペテルであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペテルがそんなことを考えている間、エントマは頭を左右にちょこちょこと振りながら思案する。そう、エントマは現在一人で大役を背負っているのである。だがまさかこの馬車にこれほど委縮するとは思ってもいなかったのだ。

 

 アインズが用意したこのスレイプニル二頭立ての馬車は、馬自体はそれほど価値のあるものではなかったのだが、これを利用せざるを得なかった。

 まず第一にこの世界で馬車を買う資金が無い。レンタルという手段もあったのだが、もれなく御者も着いてくると言うことで論外。

 それでは自前で用意するかと考えたが、アンデッドの首無し馬車はダメだよなあと思い直す。

 少し思案した後、あのプレアデスへの指示前に、アルベドへ連絡を取り、ニグレドにこの周囲の人間諸国における乗用馬車を調べてもらい、ナザリックにもありこの世界にもあるものとして選ばれたのがスレイプニルだったのだ。

 

 つまり「お金が無いのでスレイプニルで来ました」というこの世界の人に聞いたら「お前は何を言ってるんだ」状態である。

 

 だが委縮してしまいたいのは『漆黒の剣』だけではない。エントマも緊張でどうにかなってしまいそうであった。

 セバスに、隣に座っているシャルティア。それを抑えて仮の立場上エントマがこの場で発言していかなければならないのだ。

 アインズからの<伝言(メッセージ)>が無ければ我を忘れて目の前のお肉をペロリと平らげていたかもしれない。いやお腹いっぱいだし無理か。

 

「貴族というのわぁ、わかりかねますがぁ、私たちはお店を開くために王都に行くのですぅ」

 

 つまりは平民ですねと、にこやかに告げるエントマ。ちらりとお姉さま(シャルティア)を見やるが、人間種を前にしているというのにニコニコとしている。これにはエントマはもちろんセバスもびっくりである。

 

 何のことはない、お借りしているドレスのぬくもりに興奮しているだけであった。 変態ここに極まれりである。

 

 アインズからの指示を受けて、次々と質問を投げかけるエントマ。新たにタレントと言う生まれながらの能力の話を聴けたのは僥倖だったが、先日会ったンフィーレアと言う少年が持っていたタレントの話に事が及び、会話を盗聴していたアインズは屋根の上で大層驚くことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日。初日に野盗に襲われかけたが、気にせず馬車で突っ切っていく。相手がただの馬であれば、弓の一撃で止まりもしようが相手はスレイプニルである。そしてその矢も飛んでは来ない。無論排除済みである。

 あえて残された数人の剣を持った集団に怯みもせず突っ切っていく美人御者の様は、ルクルットを驚愕させたが、氷の微笑に「惚れました!」と、いまだ突っ込んでいくルクルットもまた勇者であった。

 

『漆黒の剣』との語らいは宿泊地でも及んだ。なるべく街道沿いの村や町1km以内で野営をしてくれるようにと、エントマ(アインズ)がお願いしたことにより達成されている。

 

 

 

 

 

 <警報(アラーム)>の魔法をかけていくニニャの後ろを興味津々でついていくアインズ。シャルティアとは入れ替わり済みだ。

 

「そっ、そんなに珍しいですか?」

「ええ、見たこともない魔法だったもので」

 

 魔力系魔法だよな? ユグドラシルには無い魔法だけどもしかして……あるな。 頭の中に浮かび上がってきた<警報(アラーム)>の魔法はもちろん選択しない。

 この身体は職業(クラス)だけでなくこの世界特有の魔法も習得できるのか……やはり現地に赴いてみるものだなと、知らずに笑顔になる。

 

 その後ニニャの話の中で、相手の使用できる位階がわかるタレントがあると聞かされて、再度指輪に感謝するアインズであった。

 

 

 そして当初貴族であると勝手に推測してぎこちなかったニニャであったが、ダインと一緒に薪を取りに行ったり、ルクルットの釜作りを興味津々に眺め、手伝わせてもらったりしている少女を見て考えを改める。

 世間知らずなお嬢様丸出しの行為は『漆黒の剣』のメンバーを驚かせもしたが、手を土で真っ黒にして笑う少女に、作り笑いをやめ優しい気持ちになっていくのであった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

… 

 

 

 

 

 食事は当初分かれて取るものとアインズ以外は思っていたのだが、アインズが無理を言って『漆黒の剣』のメンバーに全員の給仕を頼んでいる。

 無論手持ちの食材を提供しているが、この日はペテルにお願いして普段の野営料理を振る舞ってもらうことになっていた。

 

 塩漬けの燻製肉で味付けしたシチューが、木の椀の中に注がれる。それに固焼きパンにクルミだろうか。全員に食事を配りながら、ペテルが申し訳なさそうな声を漏らす。

 

「その……本当に良いんですか? お口には合わないと思うんですが……」

 

 ナザリックからの食材の持ち込みは、今回の旅の目的に反するため、アインズ達の食材はバルドさんに用意していただいたものだ。

 そしてそれは遠征にしては高級食材であったようで、『漆黒の剣』のメンバーを喜ばせたが、冒険者の普通を経験してみたいアインズにとってはいささか問題があったのだ。

 

「私は……その……」

 

 一旦躊躇しかけたアインズであったが、そこはアレ。思っていたままをさらけ出す。

 

「私は冒険者になってみたかったのです。ですが私の大事な人たちを悲しませるわけにはいかなかったのです。勿論今の私のありように微塵の後悔もありませんが、その……少しでもいいのです。私にいろいろ体験させていただけませんか?」

 

 瞳を潤ませながらペテルを見つめてしまう。

 

「っ!? なっ、何を言っているんですか。立派な馬車であろうとも町から街へ。南方からいらっしゃったのですよね。 それならもうすでに大冒険じゃないですか! よしルクルット! お前の自慢の料理、頼んだぞ!」

「なーに言ってんだよー。もうよそって配り終わってるってーの」

「このクルミは私が取ってきたのである」

「ふふっ、固焼きパンは私の担当です。どうぞご存分に召し上がって下さい」

 

 顔を真っ赤に染めながら、答えるペテルに、合いの手を入れつつ答えていく『漆黒の剣』のメンバー。少しあっけにとられてしまったが、匙を渡されシチューに口を付ける。

 

「うふふ、少し……しょっぱいですね。でもすごく美味しいです」

 

 ぽろっと流れた涙は本物の涙。ああ、これは冒険者にならないお話ではなかったんだな、と思考するアインズ。

 

 この指輪を見つけた時から冒険が始まっていたんだ。

 

 ナザリックでのあれやこれや。エ・ランテルにたどり着いてからのあれやこれや。

 

 まるで遠足の前の日のようなわくわく感。新しいものを見つけた時の『アインズ様』……

 

 耳に届いたのはナーベラル・ガンマからの<伝言(メッセージ)>であった。

 

「……」

 

 今ちょっといい話だったのに……まあそんな事、小説のようにはいかないか。

 

「こほん。とっても美味しくて、ちょっとびっくりしてしまいました」

 

 無論この場では返せないので、これで悟ってくれればいいのだが。

 

『……ユリ姉さん、とっても美味しいって。……あっ、なるほど。アインズ様失礼いたしました。どうやらお返し頂けないけない状況であるようなので、現状を報告させていただきます」

 

 良かった……チームで行かせて本当に良かった……

 

『本日、アインズ様に命ぜられたチーム連携の確認を終え、エ・ランテルに出立した私たちなのですが……』

 

 そうだったな。バランス的には問題なさそうだったけど不安だったので、コキュートス相手に実践訓練をしてもらっていたんだったな。

 

『エ・ランテルは現在炎上しております』

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

『城門前には多数の蟻……失礼しました。 多数の人間たちがあふれ出ており、私たちが中に忍び込むのは簡単なのですが、アインズ様から正規の手段で入場するように命令されていたため、現在足止めをされています』

 

「……」

 

『チッ! 私たちがそんなに珍しいか……「青い」だの「薔薇のようだ」だの……あっ!? 申し訳ございませんアインズ様。それで……どういたしましょうか。 私共はしばらく成り行きを見守っておりますので、アインズ様のご都合のよろしい頃合いに<伝言(メッセージ)>を頂ければ幸いです。それでは失礼いたします』

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 そう、冒険なんてどこにでも転がっているものなのだ。異世界は分からないことだらけ。ついでにイベント盛りだくさんでもあるようで。これからいったい何が起こるのか。

 モモンガさんが冒険者にならないお話ではあったけど、すでにこれらは冒険でしたと言う物語。

 

 

 この先については今は誰も知らないお話である。

 

 

 

 




 これにて完結でございます。多少は通勤通学の暇つぶしになってくれたかな? そして少しでもクスリとさせることが出来たなら幸いですw
 結構間を置かせていただきますが、番外編もやろうかなと考えています。

 それではまたいつか。視聴してくれた皆さん、誤字報告をしてくれたたくさんの方、ありがとうございました。



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番外編
第12.5話


プレアデスに指示を飛ばした後のお話で、話数にすると第十二話の直後になります。
若干の百合と言うかガールズラブっぽい描写があるので、タグを追加させていただきます。





「う、うん。なるほどな……それがお前たちの武装か」

 

 プレアデスたちに指示を出した後、アインズは彼女たちの武装を確かめようと、戦闘メイド状態にさせていた。一人ナーベラル・ガンマには、破棄した案ではあるが用意しておいた冒険者の装束に着替えてもらいに行っている。

 

 中央のユリは両の拳を胸の前に合わせるようにして仁王立ち、左隣のルプスレギナは大聖杖を上段に構える。右隣のシズは腰に銃器を構え不遜な表情。両脇を固めるソリュシャンとエントマは、それぞれ『ナイフ』と『式符』を両手に持ち、腕を交差させて妖艶に微笑む。

 

 なんだろうその戦隊物みたいなポーズは……練習でもしたんだろうか……

 

「お待たせいたしました、アインズ様……はっ!?」

 

 戻ってきたナーベラルも姉妹たちのポーズに気づき列に加わる。あぁ、6人バージョンもあるのね……右手のひらを前方に突き出し魔法詠唱の構えを取る彼女を見ながら、なんちゃら特戦隊みたいだなと思いつつも本題に入っていく。

 

「ナーベラルに渡したのはマント以外は普通のノービス(初心者)装備なんだが、どうだ? きつかったりはしないか?」

 

 ユグドラシルで人間種を選んだ場合、最初に着ている革靴・ズボン・長袖のシャツといった装備がそれなのだが、アインズもコレクションとして一式持っていた物だ。

 これは男女兼用装備であり、微々たる防御性能しか無いものの、魔法の効果によりどんな体形の人物でも着れるようにはなっている。

 

「きつい……などといった事はないのですが……やはり少々頼りなくはあります」

「防御力は無いも同然だからな。装備と言うよりは服と言った方が正しかったかな」

 

 厳密な素材がなんであるかはわからないが『布』と『皮』の装備が頼りないのはしかたがない。マントは早着替えを可能にする物で、ナーベラルに戦闘メイド服と装備を仕込んでもらっている。一度マントを取り外してもらい早着替えも確認したが問題ないだろう。

 

「別任務のシズとエントマは良いとして、冒険者になってもらうお前たちがメイド服のままではまずい。無論それがお前たちが一番戦いやすい恰好だとはわかってはいるが、変な意味で目立つのは避けたいのだ」

 

 この世界にメイド服なんてものがあるのかもわかっていない。出来るだけ一般的なものが望ましいのだが、王国戦士団がどう見ても皮鎧か鉄鎧にチェインシャツといったところでは、冒険者がどれだけ装備に恵まれていないかも推察できる。それ故のノービス(初心者)装備なのだ。 

 

「一応先ほどナーベが着ていたものを下地に鍛冶長と相談してみるつもりだ。明け方になったら遠隔視の鏡で冒険者組合の入り口を張ってもみよう。元装備には劣るであろうが、いざとなったらマントを使用するように」

 

 無論裸のような装備で送り出すことはしない。なんだかんだ言って親バカなアインズは、皮鎧他胸当てなどの内側に貴重鉱石での板金、そして復活アイテムを仕込もうと考えていたが、デミウルゴスとパンドラに「やりすぎです」と(いさ)められ、アダマンタイトで妥協することになったのは余談である。

 

 

 さて、ここまではいいとして、問題は武器なんだよなあと、今一度四人を……いや五人を見つめる。まずはユリからかな。

 

「ユリのトゲ付きのガントレットは……うーん……もう少し目立たない物に変えるか。これはどうだ?」

 

 アイテムボックスから『イルアン・グライベル』という鉄製の籠手を取り出してユリに渡す。筋力を増大させるだけの物だが『ボスなんざ素手で! 殴り倒すZE遠足』の時にやまいこさんに貰ったものだ。

 あの時殴りながら「PTA! PTA!! PTA!!!」と連呼していた彼女に全員がドン引きだったが、今となっては良い思い出だ。

 

「少々無骨だが、昔やまいこさんが作ってくれたものだ。それならあまり目立たないであろう?」

「やまいこ様が!?」

 

 ああ、そういえばユリはやまいこさんを創造主に持つんだったな。感激に涙を流し、籠手を抱きしめるユリを見て、お遊びで作ってくれたものとは言いだせなかったが、本人が喜んで装備してくれるなら良しとしよう。

 

 

 次はルプスレギナかと思ったが、先ほど「ナーベ」と略して呼んでから顔を真っ赤にしてぶつぶつ呟やき続けている彼女をどうにかするべきだろう。

 

「ナーベ、ナーベラル・ガンマよ」

「!? ひゃい!」

 

 だんだん真面目なのかポンコツなのか判断に苦しくなってきたが、ここはスルーしておくことにする。

 

「ナーベはファイターのクラスを持っていたな。長剣の方が良いのだろうか……この部屋には私が使えるものとして短剣しかないが、好きなものを選ぶと良い。もし長剣の方が良いというのであれば鍛冶長に作らせよう」

 

 そう言ってアインズは部屋の隅から『短剣』と書かれた箱を「うんしょ、うんしょ」と可愛らしい掛け声を上げながら引きずってくる。中には『無限の背負い袋』が複数入っており、その袋の中には三桁に近い『短剣』が入っていた。

 

「そっ、そんな! これ以上アインズ様の私物をお借りするなど!」

「別にこれらは至宝というわけではないのだ。趣味に近いかな? それに貸すというより餞別だと思ってくれ。大したものではないが好きなものを選んでくれると私も嬉しい」

 

 そう言ってニコニコと微笑むアインズ。自分の惰性で集めたコレクションが、娘たちの役に立つのなら、これほど嬉しいことはない。

 

「あ、アインズさまぁ……」

 

 ほろりと流れるナーベラルの涙を見ながら、守護者達もそうだがプレアデスも涙腺緩いよなあ、と思考するアインズであったが、現在も目尻に絶賛放出中の『涙エフェクト』には気づいていない。

 

 

「さて、ルプーのそれはどうするか……」

 

 アインズ様がルプーって呼んでくれたっす! と感激しているルプスレギナは微笑ましいが、その2mはありそうな大聖杖は頂けない。

 

 短剣と同様にロッドやスタッフも大量にあったが、自身のメインウェポンなだけに特殊性が高いものが多く、与えるものとして妥当かどうか悩んでしまう。無限の背負い袋をごそごそしながらある装備に触れ、硬さだけなら折り紙付きかと、神々しいまでに純白な一本のスタッフを取り出しルプスレギナに渡す。

 

「こっ、これは!? アインズ様!?」

 

 ルプスレギナは感激も吹き飛び挙動不審になっている。どう見ても高価な品であることは間違いないし、手にとってわかるのだが自身の武装より強力な力を感じてしまい、お返しするべきかどうか、でもそれは失礼になってしまうのではないかとあたふたしてしまう。

 

「今では何の効果もないただのクオータースタッフなんだがな、昔それでたっちさんに競り勝ったこともあるんだ」

 

 朗らかに笑う御方からのとんでもない発言に、ルプスレギナは顔を蒼褪めさせる。

 

 

 

 

 ワールドチャンピオンのスキルに<次元断切(ワールドブレイク)>という超弩級攻撃スキルがあるのだが、初めて見せてもらったアインズはそれを大層気に入ってしまった。

 自室で「ワールドブレイク!!」と言いながら杖を振り回すほどにだ。「右手でアバンストラッシュ! 左手でワールドブレイク!!」とか言い出すほどにだ。 

 その後、下位互換になるのか<現断(リアリティ・スラッシュ)>という第十位階魔法が実装され、アインズのお気に入り魔法になったのだが、実装当時運営の手違いにより垢BANされかけるという理由を作った杖が、ルプスレギナに渡した杖になる。

 

 通常『杖』には魔法の効果を上げるクリスタルなどを組み込むのが普通なのだが、アインズは何を思ったのか、より効果の高い個別%up系、つまり『斬撃%up』系のクリスタルを限界まで高額な『杖』に組み込んだのだ。

 そしてあろうことか『たっち・みー』との実験PvPで打ち合い、競り勝ってしまうというミラクルを果たしたのだが、その直後に視界が暗転、運営にキャラクターを凍結されるという事態が起こった。

 その後運営に『<現断(リアリティ・スラッシュ)>に斬撃%up効果は乗りません』という告知とともに解放されている。

 無論そこは糞運営。『杖』から『クリスタル』を取り出してくれるなどのサービスすらなく、お詫びは『500円ガチャ一回無料券』だけだった。

 

 その後の抗議も含めてある意味武勇伝だったなと思い出しながら、朗らかに笑うアインズであったが、そんなことなど知らないルプスレギナは涙目である。

 

 杖を見て、アインズを見て、杖を見て、ユリを見て……

 

「くぅーん……くぅーん……」

 

 マジ泣きである。当然と言えば当然だが世界級アイテムと同等、いや、御方の言いようからそれ以上の至宝ともいえる杖を賜ったのだ。

 いつもの飄々とした言葉も態度も出てこず、完全にパニックに陥っている。

 

「えええ!? ほっ、ほらもう大丈夫だからなー、よーしよしよし」

 

 泣き出すルプスレギナに慌てて駆け寄り、抱きしめて背中を撫でてやる。それを羨ましそうに見つめる、プレアデスたち。

 ただ一人ソリュシャンだけが、『あの姉のあんな痴態を見られるなんて』と、それはそれは嬉しそうに口角を上げ恍惚としていた。

 

 

 

 

「よっ、よし。もう大丈夫だな。次はソリュシャンだな」

 

 頬を真っ赤に染めて、杖とアインズを交互に見つめながら「えへへ」と微笑むルプスレギナに、『なでぽにこぽを超越したオカン属性』がとんでもないフラグを構築しているのだが、「意外に感激屋さんなんだな」と明後日の方向に納得し、話を進めることにするアインズ。

 なお杖の名前を聞かれたアインズが『垢BANの杖……かな?』と答えたところ『アカヴァンの杖……』と呟くルプスレギナになんとなくイントネーションが違うなあと感じたのは余談である。

 

「ソリュシャンはナイフ……いや短剣だったな。 あとでナーベラルと一緒に見繕ってくれ。それとお前は……スクロールが使えるのであったな?」

「ありがとうございます、アインズ様。スクロールの件については制限はありますが第六位階までなら使えますわ。ですが姉妹が揃っているのでしたら出番はないかと」

 

 魔法を納めた『スクロール』という巻物がある。ユグドラシルにおいてはこれは誰もが使えるものではない。

 例えば信仰系魔法第六位階に<大治癒(ヒール)>という魔法がある。これのスクロールは魔力系魔法第八位階まで使えるナーベラルでも使うことが出来ない。<火球(ファイアーボール)>という第三位階魔法をナーベラルは取っていないが、スクロールでなら使うことが出来る。

 つまりスクロールに納められた魔法を取捨選択出来る系統の魔法職でないと使用できないのだ。だがソリュシャンは自身の持つ職業(クラス)スキルによりスクロールを騙して(・・・)使用することが出来るのだった。

 

「そんなことはないぞ? 正直お前の立ち位置は重要だ。前衛後衛索敵がこなせる上、スクロールでの後衛攻撃バックアップも可能。カードで言えばワイルドだな。冷静な判断力も持ち合わせているし……あはは、言うことなしだな」

 

 べた褒めである。続けていかにソリュシャンが大事であるかと語り続けるアインズ。「お前が大事だ」「お前が必要だ」と真剣な表情で見つめられ説明される。我慢していないと身体の原型を留めておけなくなりそうなほど蕩けそうになっていくソリュシャン。

 そんな彼女を我に返ったルプスレギナは、まるで新しいおもちゃを見つけたかのようにニンマリと口をゆがめて見つめている。何気に似たもの姉妹であった。

 

「現状スクロール素材への懸念はあるのだが、守護者プレアデスなどの主要メンバーで一番必要なのが<伝言(メッセージ)>になるとはな。これについてはアルベド、デミウルゴス等と協議しておく。 スクロールはこちらで吟味しておくので躊躇せずに使うようにな」

 

 後にナザリックを離れられない(・・・・・・・・・・・・)デミウルゴスから、以前捕らえた人間の皮で第三位階までのスクロールを作ることが出来たと報告されたアインズだが、現状必要なスクロールが第一位階の<伝言(メッセージ)>だけなので、食用もかねて普通の羊牧場を作ることになる。

「なるほど…… まずはテストということですか」と納得していたデミウルゴスであるが、アインズ的には頼むから第三位階のスクロールが必要な状況になりませんようにと祈るほかない。まあ姫の感情を持つアインズがさせることはないであろうが。

 

「そして最後にシズになるのだが…… その……」

 

 この世界では限りなく銃器の使用がなされていないだろうから、その装備を換装するのはわかるのだが、何故かアインズは躊躇する。

 幾分か考えた後、頬を赤らめながら取り出したのは、少々奇妙な形の二対の短剣だった。

 

「私が考案、ウルベルトさん監修で作ったんだが……使えるものがいなくてな……ユグドラシルでは数少ないであろう装備……ガンブレードだ」

 

 厨二of厨二の代名詞とも言える武器。ガンナー実装時、銃剣をベースにクリエイトツールで作り上げたそれは、使える人がいないこともあり、お蔵入りしていたものだが、先ほどウルベルトの私室より一丁。モモンガの私室から一丁。壁に丁寧に飾られていたものを取り出してきたものだ。

 

「…………うわぁ」

 

 どっちだ!? これはどっちの「うわぁ」なんだと真剣にシズの表情を観察する。瞳がいつもより若干大きくキラキラと光っている。そして身体が少し左右に揺すられている。これはもしかして?

 

「気に入って……くれるか?」

「…………すごいです」

「よしっ!!」

 

 思わず小さなこぶしを握り締めガッツポーズを取るアインズ。

 当時完成品をシズに装備させようとウルベルトと一緒に博士のもとに持って行ったのだが、「もう武器作っちゃったんで」とお断りされ、ついでにミリタリーオタクだったらしい彼の「ガンブレードってやつはですね」から始まるダメだしと蘊蓄を散々聞かされ封印されていたのだが、ようやく日の目を見ることが出来たのだ。

 普段だったら仲間の部屋から装備を取ってくるなどしないであろうアインズであったが、「こっそり装備させちまうか」とぼやいていたウルベルトを思い出し、実行したわけである。

 

「ウルベルトさんも喜んでくれるだろう。そうだ、これも渡しておくかな」

 

 アインズが渡したのは、以前使用した<フライ>が使えるネックレスだ。この身体でも覚えてしまった魔法でもあるし、手持ちにも複数あったのでシズに使ってもらいたかったのだ。

 そう、立体起動で敵を切り裂き銃を放つ。頭の中で縦横無尽に駆け巡るシズを幻視し「ふふっ」と笑みが漏れる。

 

「…………アインズ様、ありがとうございます」

「ああ、活躍を期待しているぞ」

 

 後にとあるトロールが練習実験の為に毎日のように切り刻まれ銃弾を撃ち込まれ、涙ながらにカルネ村に庇護を求めに来るのはもう少し先のお話である。

 

 

 さて、最後にとエントマを呼び寄せ設定のすり合わせを行う。彼女を自分の妹とし、少々問題のある容姿への懸念を払拭するため幻術を披露してもらうことになった。

 うんうんとそれに満足しエントマの頭をポンポンと触りながら、他に不備はないかと考える。

 外に出る全員の見た目は問題ないとして……あれ、自分は大丈夫なのだろうか。勿論見た目は問題ないであろうが、しゃべり口調がまずいのではないだろうかと。これ傍から見たら『ロリババア』とまでは言わないまでも『のじゃロリ』に近いものがあるんじゃないだろうかと頭を抱える。

 魔王ロールは長いことやっていたおかげで慣れてはいるが、ネカマプレイは経験が無い。「ふむ、セバスよ」とかのたまう『資産家のお嬢様』はさすがに不味いだろう。

 しかたないが教えを乞うしかないかと考え、プレアデス6名に目を向ける。丁度ナーベラルとソリュシャンも武器を決めたようだな。

 

「この後私はパンドラやデミウルゴスたちと相談があるのでな、追って通達があるまでは通常の任務に戻るように。ではこれにて解散だが……ユリとソリュシャンはちょっと残ってくれ」 

 

 順当に考えたらこの二人だろう。ソリュシャンなどは特にお嬢様って感じだしな。 二人を除いたプレアデスたちは礼をして退出する。

 一般メイドのリュミエールは、仮ではあるがアインズ部屋付きメイドに。ペストーニャもしばらくは完全なアインズ付きだ。「お前も仕事に戻ってよいのだぞ」と言ったのだが「なりません、倒れられたばかりなのですから」と強い口調で言われては引き下がるしかない。

 人数が多いとちょっと恥ずかしいのだがなあと思いつつ、天井のエイトエッジ・アサシンを見やるが、まあしょうがない。そして頬を染め恥ずかしそうに二人に告げるのだった。

 

「お前たちに……その……女性を教えてほしいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後すぐパンドラズ・アクターから連絡が入ったアインズは、オーバーロードの身体に戻り指輪の転移で第七階層へ移動している。

 ペストーニャに四六時中ついてもらうのは申し訳ないと思った配慮からなのだが、「あのまま転移されていたら焼け焦げてしまいますものね」とペスに言われ、出ない冷や汗を流しながら「う、うむ、そうだな」と返している。

 実際は環境耐性のあるドレスによりそんなことにはならないのだが、あの身体の時は慎重さが足りなすぎると判断し、より一層注意することにするアインズであった。

 

 ペストーニャは「がんばって!」とだけ告げ一旦仕事に戻り、リュミエールを部屋に残して退出したユリとソリュシャンはアインズの私室の外で惚けている。

 とんでもないことになってしまったと。

 

「どっ、どうしようソリュシャン……嬉しいけどボク初めてだし教えるなんて……」

「まっ、待ってユリ姉さん。確かに蕩けるほど嬉しいことだけどちょっとおかしいわ」

 

 オーバーロードのアインズ様と蕩けるような逢瀬の妄想を終え一息ついたソリュシャンは、ガックンガックンと自分の肩を揺らしに来る、狼狽する姉の問いかけに一つの疑問を返す。

 

「アインズ様が女性を知らないなんてありえるのかしら?」

「あっ!?」

 

 そんなはずはない。至高の御方達のまとめ役であり、智謀の御方。私たちを最後までお残りになり守ろうとしてくださった慈しみ深い御方であり、先ほどの話からギルド最強と謳われていたたっち・みー様をも凌駕した御方。世の女性が放って置くはずなどないではないかと。

 

 まあ使わずになくなってしまったので永遠の童貞であるのだが。

 

「アインズ様ならきっと私たちの足腰が立たなくなるまで……ふふっ……嬲られ蹂躙され……それでも優しく包み込んでくれると思うのですけれど」

「ああっ!?」

 

 アインズは一度この子達やアルベド、シャルティアを集めて、骨の身体でどうしたらそういう発想が出てくるのかと問い詰めた方が良い。

 

「つまりアインズ様がおっしゃったことはそのままの意味だと思います」

「ああ、姫様の身体のことを教えてくれってことね?」 

 

 頬を真っ赤に染めながら落ち着きを取り戻すユリ。

 

「そうですわね。女性としての快楽をお教え差し上げればよいのですよ」

「あああっ!?」

 

 二人のコントのような真剣な相談は、アインズが戻るまで続けられることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインズ様……かゆいところはございませんか?」

「あっ、ああ。すごく気持ちがいい……です? ですわ?」

 

 ここはスパリゾートナザリック。甲斐甲斐しく御方の頭髪を優しく洗っているユリ・アルファは、恍惚とした表情を浮かべている。

 アインズの方はというと……もういっぱいいっぱいである。察してあげてほしい。ハリウッド女優も裸足で逃げ出す美女が、タオルを身体に巻いているとはいえ、半裸で自身の頭髪を洗っているのだ。

 ギルメンが聞けば「もっと楽しめよ!」「羨ましい! 代われ!」と言われるかもしれないが、生憎アインズはそんな性格ではないのだ。眼に泡が入らないようにという口実のもと、固く瞳を閉ざしている。

 そしてソリュシャンはアインズの隣の風呂椅子に座り、何やら真剣にボディーソープの説明書きを読んでいる。

 

「弱酸性……これが再現可能なら……」

 

 いえ取り込むだけじゃダメなのよ、洗わなければとぶつぶつ呟きながらボディーソープの蓋を開けて一気飲みし始めている。アインズが目をつぶっていなければ仰天の光景だったに違いない。

 

 

 

 

 なんでこんなことになったのか。アインズが転移で自室に戻ってくると、リュミエールが「おかえりなさいませ」と礼をする。その直後ドアがノックされ、「ユリ様とソリュシャン様が……教えにいらしたようです」と頬を真っ赤に染めた彼女に説明される。 なんで頬が赤いのかは疑問だったが、この姿でネカマの練習とか羞恥プレイでしかないので、すぐさま指輪をはめて人間種になり入室を促す。

 そこからあれよあれよという間に目の血走ったユリと、妖艶な微笑みを絶やさないソリュシャンに連れてこられたのは同じ第九階層にあるスパリゾートナザリックだった。

 

「じょ、女性を教えるにはまず裸の付き合いからでしょうから」

 

 ガチガチになっているユリから発せられた言葉に目が点になり、「あっ!」と自身の頼み方に間違いがあったのに気づいたのだがあとの祭り。

 散々謝り倒して「女性の言葉や仕草を学びたかったのだ」と説明するも、硬直したユリは「そっ、そうでございましたか……」と呟き、涙をはらはらと流すばかり。

 いるはずのない中空の女性ギルメンたちが「女性に恥をかかすとか……」「モモンガさん最低……」「ほろびれろ!」とか言っているのを幻視し、どうしたもんかと慌てふためいていると、ソリュシャンが助け舟を出してくれる。

 

「とりあえず三人でお風呂に入るのはいかがでしょうか。アインズ様も寝起きでそのままですし……それに、外へお出になられるのでしたら公衆浴場などに入る機会もあるのではないでしょうか。その予行演習ということで」

 

 その言葉に確かに宿の風呂がどういったものであるかなど確認していないし、あり得る話だなと納得してしまい、ついぽろっと「確かにそうだな」と言葉を発したところユリがピタッと泣き止む。これはもう覚悟を決めるしかないかと現在に至るのだった。

 

 

 

 

「アインズ様……別に無理をして語尾を変える必要はないと思いますが……」

「うむ……アルベドやナーベラルに『演技は大事だ』と言っておきながらこれでは示しがつかんな」

 

 頭を洗われながらボンヤリと考える。何気に落ち着いてきたなと。先ほどまでは姉妹最大と呼ばれている山脈とそれに勝るとも劣らない極大果実のツートップに時を止められ、バルンバルン揺れるものに心を持っていかれていたら、いつの間にか服を脱がされ、大きな姿見のある浴室洗面台の前に座らされていたのだ。

 

 顔と身体を真っ赤にして恥ずかしがっている自身の姿に、再度赤面してしまいもしたが、頭髪を洗われて目を閉じると……なんというか気持ちが良いのだ。

 浴室に反響する水の音と、ユリの柔らかな声音。隣ではソリュシャンが身体を洗っているのかな? 自身に使われているシャンプーとは違った香りが隣から漂ってくる。

 

「丁寧な言葉使いであれば、それで問題はないかと……ってソリュシャン?」

「ユリ姉さん、ちょっとユリ姉さんの背中を洗わせてくださいね」

 

 隣から気配が消えたかと思うと、ソリュシャンはユリの背中に回り込んだようだ。 あはは、姉妹仲が良くて結構なことだなと、笑顔になってしまう。「まずは実験ですわね」という不穏な言葉さえ無ければだが。

 

「ちょっとなにを……あぁなるほど。でもこれは洗うと言うのとは違うのではないかしら」

 

 アインズには見えないがソリュシャンは背中からユリを抱きしめ、身体に半分ほど飲み込んでいる。ゆるゆりを通り越したガチユリな構図だが二人の表情は変わらない。

 

「ここからが本番ですわ。いきますよ!」

「あっ!? これは結構……いえ、かなり気持ちが良いわね……あっ……ん……」

 

 やめてほしい。双丘を背中に押し当てながら、耳元で艶めかしい声を上げないでほしい。いったいなにをやっているのか。

 

「ふっ……ふぅ……思った以上に疲れますわね、体内の酸を回転させるのは」

「すごいわねソリュシャン。感覚としてはジェットバスのような感じだったかしらね。アインズ様、そろそろお湯をおかけしますね」

「あっ、ああ。よろしくたの……頼みます」

 

 ちがう、これは女性らしさを学ぶために行っているのだと、我に返り言葉使いを正していく。本来の性格からなのか、女性としての感情も働いてしまっているのか。ラッキースケベを楽しむ余裕は無いようだ。

 

「アインズ様。次は私の身体でアインズ様のお身体を洗わせてもらえないでしょうか。ユリ姉さんにも好評でございましたし」

「かっ!? 身体で!?」

 

 さすがにそんなことはさせられないと、拒否しようとしたアインズであったが、次にソリュシャンが発した言葉に俄然興味がわいてくる。

 

「私の身体の中はからっぽで……実際はあまりよくわかっていないのですが、身体の中で酸を分泌することが可能です。それをごく少量にとどめ、このボディソープと一緒に粘体で満たしています」

「あぁ! あまりに美しすぎて忘れていたが、スライムなのだったな」

「はうっ!? そっ、そして内部を回転させることにより洗うのですが、これなら……例えばオーバーロードのアインズ様であっても一瞬で綺麗に出来るのではないかと」

「!?」

 

 この世界に転移して一週間。アインズも何度か私室のバスルームに入って身体を洗っている。

 お風呂自体リアルではスチームバスのみであったし、この世界では一人で落ち着ける場所でもあったため好きなのだが、いかんとも身体が洗いにくくて辟易していたのだ。

 時に棘というか、とがった部分にタオルが引っ掛かり破いてしまったこともあるくらいだ。

 

「それは……興味があるな……」

「それではさっそく」

 

 いや、待てと、慌てて振り向き言おうとするが、自身に迫る柔らかそうな物を凝視してしまい、あっという間に抱きしめられる。

 

「あっ!? うわ……やわらかい……」

「ああ……夢が叶いました……」

 

 まずい、これは気持ちが良くて(あらが)えない。抱きしめられじわじわと飲み込まれ、首まで浸かってしまう。何分振り向いたままだったので、ソリュシャンの胸から頭だけ飛び出し顔を見上げるような状況。顔と顔の距離が近すぎて、さらに赤面してしまう。

 

「それでは始めますね」

「あっ、ああ。うわぁ……こっ、これは、水流が……んっ、んんっ……ふわぁ……」

 

 お前も人のこと言えないだろうというような吐息を上げながら、アインズは蕩けて上気した表情をソリュシャンに晒す。「うっ!?」とその表情に無い腰骨が砕けそうになるが、喜びのあまり分泌しそうな酸を気合で抑え、アインズを……いや姫様を優しく洗っていく。

 

「ふぅ……ふぅ……どうで、ございますか、アインズ様……はぁ、ふぅ……」

「うん、ぁっ……ぁん……すごい、気持ちがいぃ、の」

 

 見た目の状態はちょっと間抜けなのだが、声だけ聴いていれば完全にアレである。観察していたユリも、耳まで赤くなっている。おおよそ一分といった頃だろうか。 蕩けきって目尻に涙が混じりながらも微笑む姫様に、吐息を吹きかけられながら、これ以上は自分の理性が持たないと判断し、ゆっくりと身体から姫様を排出していくソリュシャン。それを阿吽の呼吸でさっと受け止めるユリ。ゆっくりと先ほどまで座っていた椅子に座らせる。

 

「あはは、つやつやだな。それにいい匂いもする。これではソリュシャンから離れられなくなってしまうな……」

「最高の、最高の誉め言葉でございます……」

 

 ユリにシャワーで泡を落とされながら、そんな言葉を漏らすアインズ。鏡越しに見える御方の嬉しそうな表情に、ソリュシャンは息も絶え絶えになりながら喜びの涙を見せるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ~気持ちいいなあ……人間体で入る湯舟は普段と全然違うぞ……」

「左様でございますか。ボクも……いえ、私もアインズ様とお風呂に入れて嬉しいです」

 

 身体の汚れも落とし終わったアインズたちは、ゆっくりと湯船に浸かり始める。 ソリュシャンは「少々回復するお時間を……」とグッタリとしている。相当神経の居る疲れる作業だったのだろう。

 

「それにいい匂いがする……わね。これが柚子の香りなのかしら」

「アインズ様ったら、ふふっ。それにしてもどうして柚子湯温泉に? 確か御方達がイチ押ししていたのはジャングル風呂や露天風呂だったと記憶しているのですが」

 

 アインズのしゃべり口調になんだか微笑ましいものを感じて、思わず笑いが漏れてしまうユリ。ついでにとちょっとした疑問を御方に投げかける。アインズ様は会話の練習こそを望んでいるのだと、察しのいい彼女は見当をつけていた。

 

「まあ……唯一の濁り湯だってこともある……のですが、一番はこの香りでしょうか。うふふ、これは食べられるのかなあ?」

 

 ユグドラシルでは五感のうち味覚や嗅覚は完全にシャットアウトされている。 なのでこの柚子湯温泉は全面ヒノキ造りの簡素なものであったため、見た目的にはあまり人気が無かったのだ。

 アインズは逆に趣があって素敵だなあ、などとも思っていたのだが、骨の身体よりさらに増した嗅覚によりこの温泉を選んだ次第である。

 湯船に浮かぶ柚子に頬ずりしながら、丁寧な言葉使いを実践する笑顔のアインズに、なんだか熱いものがこみあげてくる二人の美女。

 

「かっ、可愛い……」

「あぁ、お可愛らしいですわ……」

 

 今日は本当に素晴らしい日だと、しみじみと思うユリ。御方の役に立てると心躍る任務に、やまいこ様謹製の装備を譲り受け、最後にはこうして姉妹とアインズ様と一緒に温泉に浸かっている。

 柚子と戯れる楽しそうなアインズ様など見られるものじゃない。勿論ソリュシャンも温泉の効果により回復し、御方の表情をうっとりとした瞳で見つめている。

 

「また、今度はみんなで……来てみたいものだな」

「はい」

「ええ」

 

 瞳を閉じてぼーっとしながら、散々恥ずかしがっていたくせに、そんなことをのたまうアインズ。銭湯で某ライオン・ゴーレムを相手に戦闘が巻き起こる未来が確定した瞬間だった。

 

 三人で言葉遣いの練習という名のおしゃべりを交えながら、三人だけの温泉回はアインズがのぼせる寸前まで続けられるのであった。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、そこはナザリック鉄の掟『ほうれんそう』

 

 プレアデス、ペストーニャ、リュミエールの体験した話は光の速さでナザリック内に広がっていく。

「アインズ様に名前を憶えていてもらえたの!」などは可愛いもので、

 

「ゴッドハンドが……」

「ルプーが泣かされるなんて思いもしなかったわ」

「ユリ姉もナーちゃんも泣いてたっす!」

「私の中でアインズ様が震えているのが分かって……」

「気持ちいいっておっしゃっていたわね」

「でもぉ結局みんな泣かされていたものねぇ、シズもぶるぶるふるえちゃってぇ」

「…………アインズ様。好き」

 

 などなど……などなど。決して違うとも言い切れないこの話を、カルネ村視察から帰ってきて数時間後に涙目のアルベドとシャルティアに問い詰められたアインズは、彼女たちとも温泉に行くことを約束させられて、なんとか収拾を付けるのであった。

 

 




プレアデス回でしたw いざ書き始めると口調や性格が難しくて難しくて……それなりに納得できていただければよいのですが、どうかなw ルプーが可愛すぎたかなw


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エ・ランテルの蒼い薔薇

今までのあらすじ。
冒険者になるためにエ・ランテルへやってきた四人姉妹は、街が燃えてて困った。



 

 

 

「ちょっと! 『あーん』ってなんなの? こらっエントマ返事なさい! ……もう」

「あれ? ナーちゃん<伝言(メッセージ)>って姫様からじゃなかったんすか?」

 

 ここはエ・ランテル城門の喧騒から数百メートルほど離れた草原。城門前の人だかりなどどこ吹く風で、丸テーブルを囲む四姉妹は、傍から見れば貴族のお嬢様がお茶会を楽しんでいるかのように見える。

 しかしながら街から上がる黒煙や、時折聞こえる断末魔のような悲鳴。民衆の怒号や、すすり泣く声がそれを否定する。

 

 一人眼鏡の女性だけがチラチラと城門を見ては愁いを帯びた表情を見せてはいるが、他の二人は眩しい程の笑顔だ。

 そして最後の一人は、少し複雑な顔をしながら<伝言(メッセージ)>を終え、用意されていた紅茶に口を付ける。

 

「姫様は少し手が離せないそうで、エントマからだったんだけど……『安全を優先して、あとはお前たちに任す』との言伝だったわ」

「ならこの甘美な音色を楽しんで……ってわけにもいかないのね?」

 

 口角を歪みに上げ、ちらりと城門に視線を送ったソリュシャンであったが、眉根を寄せるナーベラルに疑問を返す。

 何気にこの『姫様』呼びなどものっぴきならない理由があるのだが、ぶっちゃけて言えば咄嗟に出てしまう御方の名前を隠す意味でもある。

 

「エントマがね、聞いちゃったんだって……独り言なんだろうけど姫様の言葉を。『いつかみんなであそこに料理を食べに行きたかったなぁ』って……目尻に涙まで浮かんでいたそうよ」

「くぅっ!?」

「それは……のんびりしているわけにはいかないわね!」

「でもなんでナーちゃんはそんな顔してるっすか?」

 

 驚愕に目を見開くソリュシャン。両手の手甲を「ガインッ!」と胸元で合わせるユリ。数瞬前にあったテーブルや椅子にティーセットなどはすでに無く、ナーベラルの手元に残るカップが先ほどまでの光景を思い起こさせるだけ。

 

「いえ、ただエントマが「わたしもぉ、また『あーん』てしてもらいたいからぁ、よろしくねぇ」って言ってたんだけど『あーん』ってなにかしらって思って」

「ナーちゃんの超絶似てないエンちゃんのモノマネは置いといて、マジっすか!?」

「くぅっ!? エントマも大変なのはわかるのだけど、羨ましいですわ」

「ふふっ、そうね。でもあの子もうまくやっているようで安心したわ」

 

 モノマネってわけじゃないんだけど……と、若干頬を染めながら立ち上がるナーベラル。手元のカップも座っていた椅子もいつの間にか消えている。

 

「でも本当に姫様の言った通りね。何が起こるかわからないって。ユリ姉さんの機転で連れてきたはいいけど、こんな状況は想定していなかったわ」

 

 まるで虫けらでも見るかのように切れ長の瞳を細めて一人の男を見つめるナーベラル。だが頭の中では(え、結局『あーん』ってなんなの?)とか考えていたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルが燃えている。

 

 正直そんなことはどうでもいいのだが、予想もしていなかった光景を見せられて、簀巻きにされた男。ブレイン・アングラウスは逆に冷静さを取り戻していた。

 

 どこからともなく現れた四人組の美しい女性。『死を撒く剣団』の塒を強襲した彼女たちは、冒険者ですらないという。漏れ聞こえる会話からどこかの姫に仕える近衛と言う線が濃厚だが、どうあがいても自身の死は確定している。野盗は即縛り首であり……俺はこいつらに負けたのだから。

 

 だが一対一であればどうであったか。最終的に眼鏡のモンクに敗れたとはいえ、同時に相対していたこの剣士(・・)は多少の物覚えがあるのだろう。だが自分に言わせてもらえばまだまだであったと感じた。

 後衛の赤髪は、自分を癒したことから確実に神官かなにかの癒し手であり論外。完全に想定外だったが、裏の抜け道から入ってきたであろう最後の一人はレンジャーかなにかなのだろう。腰に下げた短剣は飾りではないとでも言わんばかりなナイフさばきは、一流であるとは感じたが、対峙していたなら負けない自信はあった。

 

 ……いや、馬鹿を言え。どう強がろうとも彼女たちのチームワークに敗れたのだ。個としての強さも自身を上回っていたとしてもおかしくはない。それほどの強者たちだったのだ。

 ああそうだ、慢心してしまったのだと。

 

 揃いの装備と言うのだろうか。まるで下ろしたての装備は新人の冒険者のようであった。蒼を基調とした布製であると思われる衣服に皮のズボンにマント。鉄製の胸当てや、神官が装備している前垂れが付いた皮のスカートなどの違いはあるが、傷一つ、綻び一つ無いそれらの装備を見て鼻で笑ってしまった。

 逆にありえないがドレスなどを着ていたのなら、警戒心が跳ね上がったかもしれないが、『貴族の子女が冒険者の装いをしてみました』と言わんばかりの出で立ちに、一瞬警戒が緩んでしまったのは事実だ。

 

 はっきり言おう、武技すら使わせてもらえずボッコボコであった。

 

 強者としての驕りが一切ない、油断のない三人の同時攻撃。もちろん神官の支援も的確だったのだろう。事前の魔法で視覚を遮られることは無かったが、暗闇化などのサポートも抜かりが無かった。

 最初に後方から飛んできたと思われるなにかを抜刀していなした時点で詰み。初速以上の速さは出せず、かろうじて剣士の突きは見えたが、モンクの拳は腹部に突き刺さるまで反応することも出来なかった。

 

 そして彼女たちの目的は冒険者になることのようであり、つまり自分が治療されたのは冒険者組合への手土産のつもりなのだろう。後方からの一人がいた時点で察したが、自分が最後の一人であったのだ。

 

 ここまで綺麗に負けてしまえば後はどうとでもなれと思っていたが、こいつらは何を言い合っているのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対イヤよ! 私はクラスチェンジしたの! 姫様のお風呂になったんだから!」

「すっごい方向に性癖が歪んだっすね……面白いからいいっすけど!」

「とりあえず一日動けなくなるぐらい殴り倒すっていうのはどうかしら?」

「ユリ姉さん……自分で目立たないようにって言ってたじゃない……うーん、そうねぇ」

 

 現状邪魔になってしまった人間をどうするか。門前で槍を街方向に突き出している衛兵に引き渡しても、彼らはそれどころではないだろう。逆に今の状況で何を言ってるんだと思われかねない。

 逃がしても構わないのだが、事前情報で冒険者にランクと言うものがあり、一足飛びにランクを上げられるかもしれないこの人間の処遇を考えあぐねているのだ。

 

「えっと……ブライアン。お前この街は詳しいの?」

「……昆虫シリーズは終いか? 今までで一番惜しいが俺の名はブレインだ。まあ隅々までってわけじゃないが、それなりにはな」

 

 交易の要ともいわれている城塞都市エ・ランテル。ブレインとしても自身を高めるための装備を探したり、消耗品の買い足しなどで訪れたことはある。

 

「なら連れていきましょう。ここでやる(?)のが拙いんであって、中なら問題ないでしょう? なんて宿でしたっけユリ姉さん」

「黄金の輝き亭ね。ブレインさんわかる?」

 

 お前さっき殴り倒すだのなんだの言ってた割には『ブレインさん』とくるとは驚きだったが、不承不承ながら答えていく。

 

「有名な宿だからな。そりゃぁ知っているが……この状況で宿に行こうっていうのか?」

 

 墓地からアンデッドが大量発生している。民衆の声からエ・ランテル市街の状況も察せられるが、こいつらは一体何がしたいんだと呆気にとられるブレイン。

 

「もうチャッチャと行くっすよ! また担いで行くのめんどくさいから自分で歩く!」

「ほら早くなさい。これあなたの武器ね。でもアンデッド相手だと私もだけど対処が面倒よねぇ。今回も遊撃かしら?」

 

 自身を縛っていた縄を外され、愛刀を手渡される。どうやったら胸元から刀が出てくるんだよとか、なんでお前らサッサと先に行ってるんだとか、呆れを通り越して口をポカンと開けたまま棒立ちになってしまった。

 

 なんだこれは……馬鹿にでもされているのか? 逃げ出すとは思わないのか?

 

「……プッ……ククッ……こらっ! お前ら待て、俺が案内役だろうに!」

 

 なんと言うのか、ボタンの掛け違えとでも言うのだろうか。思えばあの婆さんを入れて三度目の敗北だというのに心が折られることも無かったのは一対一ではなかったからだろう。『相手が魔法使いだから負けた』『相手がチームだから負けた』

 

 負けた理由を模索しては『ガゼフ・ストロノーフ』にさえ勝てれば良いなどと甘えていたのだ。

 

 死地に向かおうとする少女たちを追いかける。あいつらにとって既に俺が死人(しびと)だと言うならそれでいい。再び殺そうと思ってくれるなら万々歳だ。今度こそ俺の全てを見せてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時の覚悟をブレイン・アングラウスは心底後悔するのだが、後の祭りである。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「ここは特にモンスターが徘徊しているというわけではないのね」

「煙が上がっているのは西側だな。あっちはほとんどが共同墓地で貧民街がある程度。それでどうするんだ? 黄金の輝き亭は東側の真反対だから無事だとは思うが、アンデッドが大量に湧きだしてあふれかえるまでそこで待つのか?」

 

 検問所を素通りし数百メートルほど走りきって出た大通りは東西南北に道が続くメインストリート。ここから東へまっすぐ進んでいけば目的の宿には着けるが、それがなんになるのか。

 

「集合。作戦会議」

 

 そしてユリの号令で5人は輪になるように集合する。ブレインとしては「俺もなのか?」とぼやく以外ないが、4人の鋭い視線にさらされしぶしぶと寄って行った。

 

「現状宿が安全なら問題ないわね」

「んじゃぁその共同墓地ってのに行ってみるっすか? あれ? この場合は撤退の方がいいんすかね?」

 

 まただ、この不可思議さだ。正直こいつらはそんじょそこらの冒険者とは一線を画した身体能力をしている。そしてある意味不遜すぎるくらいの態度で接してくるくせに嫌に慎重なのだ。

 

 ブレインは知らない。凍河の支配者とも呼ばれるコキュートスによる死んだ方がましレベルの実践訓練を。見学に来た他の階層守護者も加わっての更なるしごきを。

 それだけならまだしもLv16の姫様とデスナイト三体を相手にしたチーム戦の訓練での辛勝(・・)

 圧倒して当たり前。手加減して傷を負わせないようになどの配慮をする必要などなかったと言わんばかりな、戦術や未知のアイテムなどで翻弄され、なんとか姫様以外を倒したものの、負けを宣言される姫様の心配げな涙を、四人は忘れることが出来ない。

 まるで「この子達は大丈夫なんだろうか……」と憐れんでいるようで。

 

 姫様が出立されてからの三日間は更なる地獄の日々であったが、今彼女たちに慢心と言う言葉は無い。

 

「撤退は愚策でしょう。そもそも私たちの目的が……まぁいいかしら。ブレイン・アングラウス、冒険者組合はどちら側にあるのです?」

「あっ、ああ。西側だな」

 

 まぁ別にこいつは死ぬんだからいいかとソリュシャンは、そもそもの目的である『強者の情報を得る』と言う目的を明示する。

 

「なら冒険者はこの状況に対応するために動いているのよね。それならば行くしかないでしょう」

 

 傍から見れば……いや、ブレインから見れば「私たちだって冒険者になるんだから!」なんて格好良いセリフにも聞こえたかもしれないが、この状況を覆す強者を発見するのが目的だったりする。

 

 だが近隣諸国で名の知れた強者をすでに簀巻きにしていた事実には気づいてはいない。単純にこの四人を相手にして、初手でギリギリ死ななかったのがブレインだけだったのだ。

 

「そうね。じゃあまた私が前衛でいいかしらね? 対アンデッドだし」

「今回は自分も前出るっすよー! 前回は我慢したんだからいいっすよね!」

「ふふっ、わかってるってば。姫様ならどうされるかしら……効果時間延長で今からかけておいた方が良いかしらね……でもMPの節約も考えるべきっておっしゃられていたし……」

「ナーちゃんが支援に徹するって面白いわね。私は墓地に先行して……いえ、最悪を想定するのよね。墓地までは索敵とナーちゃんの守りに徹するわ」

 

「……」

 

 ほぉ、と思わず感心してしまう。刺突耐性があるアンデッドに対して剣士を下がらせる。そして神官が前衛に出るというのはよくあることとは聞いているが、太陽のように朗らかに笑うあの少女で大丈夫なのだろうかと、若干不安にもなってしまう。

 

「俺も前に出るぞ。ああ、邪魔をするわけじゃない。壁にでもしてくれて構わないさ、どうせ俺は死んでるんだろ?」

「よーし、ぶんぶんするっすよー。エンちゃんが見てたら「ブンブンするのが大好きなんだぁ」と言わんばかりにぶんぶんするっす! ん? なんか言ったっすか?」

「おい……まぁいいさ……とにかく墓地まで案内すればいいんだな」

 

 何やら今まで持っていなかった真っ白な杖を構えて、よだれを垂らしかねない恍惚な表情を浮かべている赤毛の少女に、ブレインのみならず全員が不穏なものを感じながらも一行は走り始める。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「ぶん!」「ふんっ!」

「……」

 

 前衛にユリとルプスレギナ。それを追いかけるようにブレインが続く。後衛にはナーベラル。その半歩後ろにソリュシャンが追従する。

 立ちふさがるのは動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)ばかりなので脅威ではないのだが、その進行速度に目を剥くブレイン。むしろ前に敵が見えた瞬間競うように速度が上がる二人に呆れるほどだ。

 

「ソリュシャン……この場合の最悪ってなんなのかしら。私にはさっぱりわからないのだけど……」

「そうねぇ、ブレイン・アングラウス。アンデッドが墓地から大量に湧いて出るっていうのはよくある話なのかしら?」

 

 さすがにレベル一桁、それも1とか2とかいうレベルのモンスターを前にして何を警戒したらいいのか不安になるナーベラル。姫様の涙に誓って絶対慢心はしないと強い心持ではあるのだが、どうにも気が緩みそうになってしまいソリュシャンに問いかける。

 そのソリュシャンも少し逡巡してから、まずはとブレインに質問する。

 

「墓地からアンデッドが沸くのはよくあることだ。だが冒険者や衛兵隊が毎夜巡回しているはず。これは弱いアンデッドが強いアンデッドを引き寄せるのを防ぐためで、放置などするはずも無い。だがこの量は……正直あり得ないぞ」

 

 墓地まであと数キロというところまで迫ってきているが、前衛の二人はすでに二桁近いアンデッドを屠っている。この分では100や200体では済まないかもしれない。

 

「ならナーちゃん、これを人為的に起こしている人物がいたらって仮定するのはどう?」

「あぁ、なるほど」

 

 第七位階魔法『死者の軍勢(アンデス・アーミー)』。自身も第八位階まで使えるとはいえ、第七位階を使える人物がそれ以上の位階を使えないなんて保証はどこにもない。つまりは私たちを超えるレベルの人物がいたって不思議ではないのだ。

 

 耳に届くその会話にありえないだろうと眉を顰めるブレインであったが、前から上がる声に意識を戻す。

 

「墓地はこっちみたいだけど……」

「声が聞こえるっすね。結構戻ることになるかもだけど……あっちは?」

「あっ、ああ。中央方向に戻ることになるが冒険者組合がある」

 

 戻るか進むかの思案は吹き飛び、その言葉で全会一致で戻ることに。四人に与えられた使命は『冒険者になって強者の情報を集めてもらう』なのだから。

 

 この状況下でついでだから登録もしておきましょうか、なんてお気楽にのたまう四人の少女を見ながら、声をかけようとするブレインだったが、諦めたようにかぶりを振り、またも走り出す少女たちを追いかけるのだった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「別に苦戦しているわけではない……のよね?」

「どうなんすかねぇ、ふふっ。はぁはぁ言ってるけど、どうなんすかねぇ」

「もうちょっと頑張ってるところが見たいわね。何かこっちに向かって手を振っているみたいだけれど……あ、やられた」

「本当に冒険者なの? 一般人じゃないのかしら?」

 

「……」

 

 数分ほど走って見えたのは、篝火に照らされる冒険者組合とバリケード。そして大量のアンデッドに冒険者達だ。ただバリケードは組合を守っているのではなく逃走方面への街道を守っているようだ。

 つまりはここが最前線なのだろう。

 

 だが確かにこれは少々おかしい。散らばっている骨がまるで絨毯のようになっていることから、壮絶な戦闘があったのだろうとは察せるが、少々アンデッドの数が多く『腐肉漁り(ガスト)』や『膨れた皮(スウェル・スキン)』が混じっているとはいえ、この程度で息も絶え絶えとはアイアン以下の冒険者たちなのだろうか。

 確かエ・ランテルにはミスリル級冒険者が3チームいたはず。第三位階魔法が使える者など有力な者達であるはずなのに、彼らは依頼で街を離れていたりしたのだろうか?

 

 ブレインとしても「え? お前ら助けるとかしないの?」なんて考えもあったのだが、のんびり見学を始める少女たちにどうこう言うことも出来ず留まるのみ。

 

 ただ彼らが手を振っていたのも、遠目から見ていても安堵した空気を醸し出していたのもこいつらのせいだろうとは察せた。いや、もしかした俺も含まれているのか?

 

 あの時……城門を抜けてエ・ランテルに入るときにはものすごい歓声が沸いたものだ。

 

『あぁ……お噂通りの美しさだ……』

『頑張ってください! 応援しとります!!』

『きた! 蒼薔薇が来た! これで勝つる!』

 

 などなど……完全に間違われているが……確か『蒼の薔薇』は五人の絶世の美女とか、いや一人だけ男が混じっているとかの噂は聞いたことがある。あの婆さんが元いたチームだが他のメンバーは見たことは無い。

 

 そんなどうしようもないことを考えていたブレインだったが、アンデッドたちの中央に火球がさく裂し我に返る。

 

「おいぃいい! 蒼薔薇ぁあ! 早く手を貸せー!!」

 

 バリケードを飛び越えて数人の冒険者たちが躍り出てくるが、皆疲弊しているのか肩で息をしているのがここからでもわかる。どうやら火球はその冒険者たちからのようだ。

 

「はいっすー! 新人冒険者の蒼薔薇が行くっすよー!」

「あぁ、そういうことね」

「面白いわねぇ……お近づきになれるかもしれないわね」

「私ってポンコツなのかしら……ソリュシャンあとで教えてね」

 

 どうやらこいつらはなにかに間違えられていることに、いや、有名な冒険者に間違えられていることに気付いたようだ。

 だがなぜそこで否定しない。すぐにばれる嘘をつく理由が分からない。こんなことが蒼の薔薇に知られたら、目を付けられてもおかしくないぞと思案しながら、暴れまわる四人組に交じり戦闘に加わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「でっ、ですから『蒼い薔薇』でもお受けすることは出来ません。現存する冒険者と似たチーム名ですと、依頼者に混乱を与えますし……」

「えぇー……まぁいいっす」

「まぁ分かっていたことだけどね。インパクトはあったんじゃないかしら。それではチーム名は『若草』でお願いします」

 

「つまりは撒き餌ね」

「なるほど……断られることも分かっていたのね。姫様がつけてくれたチーム名を使わないのかと思ったわ」

 

 冒険者組合長プルトン・アインザックは受付で行われている会話を腕を組んで見つめる。なんなんだこの娘たちはと。

 

 墓地からアンデッドが大量発生したという一報に、不穏を感じて集まってくれた冒険者たちを向かわせたが、戻ってこれたのは一人だけだった。

 数千のアンデッドが溢れかえっているという情報から、討伐より住民の避難を優先することを冒険者に指示。三重の城門の内側に逃げることは悪手と判断し、組合前の街道を死守。城外への道を生かす判断をした。

 避難は順調に進んでいたが、住民の足はそれほど速くは無い。徐々に圧を増してくるアンデッドたちに対し、交代でバリケードを死守していく。

 

 数は多かったが一対一ならアイアン級程度でも十分対処が可能だったため、これなら何とかなるかと思った矢先に現れたのは、身の丈4メートルを超える巨人であった。

 『集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)』が二体だ。

 

 幸いなことにミスリル級冒険者『天狼』『虹』『クラルグラ』は疲弊はしているものの健在。それに魔術師組合長テオ・ラケシル。不明な息子を探しに訪れていた薬師リイジー・バレアレ氏も参加し、何とか撃退に成功はしたものの、アンデッドたちは無限に迫ってくる。

 もしかしたらまた、あの巨人級のアンデッドが迫ってくるかもしれないと、先ほどの戦いでボロボロになった上級冒険者達を休ませている間頑張っている、アイアン級以下の冒険者たちを見つめていると、不意に歓声が上がる。

 

 まるで踊るようにアンデッドを屠っていく四人の美姫。篝火に照らされるそれは絵画のようであった。

 

「チッ……さすがアダマンタイト級の動きだぜ。ふん……俺もすぐ追いついてやるがな」

 

 なんて愚痴なのか賞賛なのかわからない『クラルグラ』のリーダー、イグヴァルジの言葉を聞いて合点がいった。確かに『蒼の薔薇』の正確な容姿を知っているのは自分ぐらいなのではないだろうかと。

 

 

 

 

「はい、それではユリ様、ルプー様、ナーベ様、ソリュシャン様、ブレイン・アングラウス様。以上五名チーム『若草』の登録を完了しました。冒険者タグの発行は後日……冒険者組合が残っていたらになります」

 

「あはははは、面白いっすね。了解したっす!」

「おぃいい!? なんで俺が入ってるんだ!?」

 

「なんでなのユリ姉さん?」

「情報は有用だからよ。ここまでの道のりでも役に立っていたし現地協力者としては合格点だと思うの」

「それに思ったよりタフだったし、ホモだとも思うから色々問題ないですわね」

「そっちのお前ら! 俺のあらぬ噂を無垢な娘に信じ込ませるなよ!?」

 

 おっと少々呆けてしてしまったが、その名前を聞いてやはりそうだったかと声をかけることにする。共同墓地方面から迂回してきてくれたおかげで、しばらくは冒険者たちも休める。何故か冒険者登録を始めるとは思わなかったが……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブレイン・アングラウス殿! 私も観戦していたあの試合以来姿を隠していると聴いておりましたが、なるほど、弟子を育てていらしたのですね。この度の御助力、冒険者組合長として感謝いたします!」

「いやっ!? ちが……俺は……」

 

 慌てて否定しようとするものの、自分は野盗の用心棒でなどとのたまうことも出来ず四人に振り向くが、ものすごい良い笑顔で微笑み親指を突き出す美少女たちに、完全にはめられたと悟るブレイン。

 いや実際にははめられてなどいない。証拠などないのだから。だが腐っても武を志していた自分に負けてなどいないとは口が裂けても言えない。こいつらが「野盗を捕まえました」と言えば素直に投降だってするだろう。

 いやそもそもの前提が違う。彼女たちにとって俺などどうでもいいのだ。単なる野盗の生き残りでも、情報提供者という名の仮初のチームの一員でもだ。

 

 言いように使われるのもしゃくだが、こいつらの底も……いや、力の頂も見て見たいのだ。

 

「っ……弟子などではありませんが……ああもういい! お前らもう用事は済んだんだろ? 墓地に行くんじゃないの……か!?」

 

 お偉いさんと話すような言葉は持ち合わせていない。すぐさま振り返って四人を視界に入れるが、少々奇妙な光景に唖然としてしまう。

 ばらばらの位置に立ってはいるが、まっすぐな姿勢で直立し、ある一点に向けて綺麗なお辞儀をする美少女たちの姿をだ。向けられていたのは組合の受付嬢であり、それが登録に対する会釈とは思えないほどの丁寧さを感じる心のこもったお辞儀であったのだ。

 受付嬢の方も「えっ!? な、なんで!? そ、そんな、おやめください」と顔を真っ赤に染めて、小さな声を発しながら慌てふためいている。

 

 無論ブレインにもこの受付嬢、イシュペン・ロンブルにも知りえない事ではあるが、ナザリックの主人が『世話になった人物』の情報は、当然今回の任務に当たっている者たちに知らされているのだ。繋がりを示すことは出来ないとはいえ、彼女たちが出来る精一杯の礼であったのだ。

 下等な人間種に対してという思考は勿論あるが、『絶対の主人』であり『妹』でもある姫様が世話になったと知れば敬意を向けないわけがないのであった。

 

「それじゃいくっすかー!」

 

 まぁ、その敬意も長くは持たないのだが。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれどこへ行こうというんだね!?」

 

 完全に全員に無視されているような状態だったことに我に返り、とにかく現状の最大戦力の動向を聞くことにするアインザック。いくら冒険者組合に所属したとはいえ、ブレイン・アングラウスと言えばかの王国戦士長と同等の強さを誇るのだ。実力だけならアダマンタイト級といっても過言でもない彼に指示を出せるとは思っていない。

 この状況での冒険者登録など何の制約も無いのだからと考える。

 

「この『蒼い薔薇』が墓地まで行ってくるっすよ!」

 

 え、まだ引っ張るの? とか他の仲間に突っ込まれているが、組合で休憩を取っている遠巻きに様子をうかがっていた低級冒険者たちからは盛大な歓声が上がる。

 受付でのやり取りが聞こえていた者たちにとっては思うところもあったが、先ほどの戦闘での強さも垣間見ている。

 一人真っ赤にした顔を手で押さえ、「いや、違うんだ……アダマンタイト級の強さは間違いないんだよ……」とかぶつぶつ言っているイグヴァルジは放って置いてあげようとかいう優しさでもあったりする。

 

 確実に事態の原因の中心は共同墓地であることが分かっていたため、アインザックにも否定は無い。これ以上は何も言うことが無いとばかりに道を開けるのだが、一人の老婆が女性たちの前に飛び出した。

 

「すまぬ! お嬢さんがた! もし……もしでいいんじゃ……孫を……ンフィーレアを見つけたら助けてはくれんだろうか?」

「婆さん……すまないがお前さんの孫なんか知らな」

 

 唐突に出てきた老婆を邪険にするわけにもいかなかったが、さすがにそれはとブレインが断ろうとすると、後ろから小さな声が上がる。

 

「ンフィーレア? あれ? なんだったっすかね?」

「あーあのシズが『……しりとりで使ってもいい?』って言ってたやつね」

「ナーちゃんのものすごく微妙なモノマネは置いといて、そういえば書いてあったわね」

 

 ユリ姉さん私今回すごいダメな役回りかも……と抱き着く(ナーベ)の頭をなでながら、ユリは老婆に慈愛の籠った瞳で答えを返す。

 

「お孫さんの正確なお名前と、できれば容姿なども教えてください。出来るだけ力になりましょう」

「おぉお! こんな無茶なお願いを……感謝いたします……感謝……いたします、ううっ」

 

 嬉しさに泣き崩れる老婆に、一連の会話を聞いていた他の冒険者たちからも賛辞の声が上がる。「もしかしたらこんな時だからなのかな……英雄って奴が現れるのは」なんて詩的な言葉を紡いだのは誰であっただろうか。

 

 もしかしたらエ・ランテルは救われるかもしれない。憔悴しきっていた冒険者たちの目にも力が戻ってくる。ただ、

 

「ものすごいハーレムパーティだな……」

 

 なんて声を漏らした冒険者の言葉は誰も否定できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ……共同墓地の門が吹き飛んだんだが?」

「どうなの? ルプー」

「姫様は力は無いって言ってたっすけど……魔法威力増幅的な意味でも元装備と変わらないぐらいっす……クオーター・スタッフ(いわゆる鈍器)って言ってたんすよ? 正直ゾクゾクするっす!」

「うわぁ! すごいわ!」

「いや……そういう事じゃなくてだな……」

 

 門を覆うアンデッドにぶち込まれた特大の火炎球。「フレイム・ストライク」とか言っていたか……正直そんな魔法名は聞いたことが無かったが、目の前の惨状に呆気にとられるしかない。

 

「<負属性防御(プロテクション・エナジーネガティブ)><集団標的盾壁(マス・ターゲッティング・シールドウォール)>……あとは逐次かしら……それじゃ行くわよ」

「漠然とした方向しかわからないわねぇ……いったん先行するわ。ナーちゃんお願い」

 

 そして目の前で<不可視化(インビジリティ)>の魔法をかけられ消える金髪の少女。

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)……だと!?」

 

 自身にもかかる魔法の効果に愕然とするブレイン。特大の爆炎に驚く暇も与えられず、次々とかけられる支援魔法の数々。「あれは効果時間が……」と、ぶつぶつ呟く少女からまだまだ余力があることも察せられる。

 

 神官であり論外と断じてしまっていた赤毛の少女に。自身より格下だと思っていた剣士が魔法詠唱者(マジック・キャスター)であった事実に……ブレインはもう考えるのをやめた。

 そして達観した瞬間に上空から現れたのは骨の竜。スケリトルドラゴンであった。

 

「あーすまん! ちょっと頭を冷やすためにこいつは俺にくれないか?」

 

 そう言って前方に躍り出るブレイン。

 

「あーズルイっすー……って言いたいところっすが、何か見せてくれるんすか?」

「ほら男の人は溜まりやすいから……察してあげなさい」

「わかったわ、ユリ姉さん」

「もう……ホント……行くぞ! 武技! ≪領域≫!」

 

 本来の自分であれば逃げてもおかしくは無い相手だ。だが……だが! ここまで蚊帳の外に置かれて……そんなつもりはないのだけれどと言わんばかりに心を砕きに来る彼女たちに、見せつけたいと思う心が……身体が、ブレインの細胞を活性化させていく。

 

 本来とは逆向きに鞘を返し、両腕を上げその剣を鞘ごと上段に構える。

 

 自身の持つ刀の名は『神刀』。その名の通り神聖属性があり、アンデッドにも有効な武器である。道中の戦いでは鞘をひもで縛り鈍器として対応していたのだが、その結び目は解かれている。

 

「秘剣虎落笛じゃ……あんな骨に突いてどうなるってんだよな……なら!!」

 

 地面を滑るように飛来するスケリトル・ドラゴンが領域に触れた瞬間にはすでにブレインは中空に飛び上がっていた。

 

「秘剣唐竹割!!」

 

 自身最高速と思われる抜刀を峰でスケリトル・ドラゴンの頭部に叩きつける。

 

 後にはパーンと真っ二つに分かたれた竜が、勢い余って後方へ滑り、崩れていく。

 

「くっ……くくっ……はぁ……どうだお前ら! 武技ってわけじゃな……おい!?」

「終わったっすかー? さくさく行くっすよー!」

 

 また一歩自身の壁を少しだけ崩せた感覚に感動する間も与えられず、遠くの方で戦闘をしながらズンズン進んでいく少女たちを涙目になりながら追いかけるブレインであった。

 

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 

 

「え? この人たちなの?」

「内部は入り口付近に軽装戦士かな? それが一人と地下に老婆が言っていた『目が隠れてて卵の殻を被ったような髪形の少年』が裸にスケスケのワンピースを着て棒立ちしていましたわ」

「うわっ変態っすね!」

 

「ブロ……ブレ……あいつらは冒険者なの?」

「……いや、どう見てもド本命だろう」

 

 小さな霊廟と言うのだろうか、その前でどう見ても怪しい集団がフードを被り、何かを唱えていたのだが、不意に現れた複数の男女を見とめて声を上げる

 

「なんだ……お前らは。どうやってここまで来れた?」

 

「ソリュシャン他はどう?」

「私ではわからないわ……完全不可知かしら。いえ、そうだったとしたらこいつらに私たちの存在を知らされててもおかしくないし……かなり高い確率で最悪の人物はいなさそうね」

 

「待ってまってぇ! カジッちゃん私にやらせてよぉ! うぇひっ、こーんなに可愛らし!? ヒグッ!?」

「どっ、どうしたクレマンティーヌ!?」

 

 自分の大好きなとんでもない美しさの初心者装備をしたカモが現れたのを視認して、我慢ならず霊廟の出口から飛び出してきたクレマンティーヌと呼ばれる軽戦士であったが、自身を襲う懐かしい毒物の感覚に戦慄する。

 

「あ、毒みたい。確率的に毒が多いのかしら? とにかく人間体相手なら私も出るわよ」

「ソーちゃんのそれ姫様に貰ったやつっすよね? 他にどうなるんすか?」

「野盗のところで試した時は、毒・麻痺・即死……はどうなのか分からなかったわね。すぐ死んじゃうから。面白いのは氷柱になったのもあったけど、姫様がおっしゃってたとおり確率はかなり低いわ」

「ほらほらあなたたち、おしゃべりは後でよ。とにかく殴ってみればわかるわ」

 

 まずは軽いジャブだとばかりにフードの男たちを強襲するユリ。軽い六連撃を放つが最後の一発は地下から出てきた骨の腕に止められ……

 

「ハッ!!」

 

 無い。発勁と呼ばれる力の波動がスケリトル・ドラゴンを粉砕し、様子見とばかりに一旦下がる。

 

「もうユリ姉さん! 服が傷ついたらどうするのよ! <鎧強化(リーンフォース・アーマー)>」

「あっ!? ご、ごめんなさい私ったら」

 

 あぁ、謝るところそこなんだ……と、これまでの出来事で達観の極致まで来ていたブレインには、多少目を見開く程度であったが、残された敵の首魁であろう二人にはとてつもない衝撃であった。

 

「まっ、まずいカジッちゃん……あの眼鏡の攻撃はギリギリ見えたけど、自分がなんで毒状態なのか、んぐっ、さっぱりわからないよ……」

「なんだ……こいつらは一体何なんだ……」

 

 治癒のポーションをさっと呷り、マントを外して油断なく周囲を警戒し腰を軽く落とす。完璧な臨戦態勢……わかっている……あの女の手元が伸びたようにも見えたが斬られたんだろうという事は。口角を歪みに上げてニチャっと冷笑しこちらを流し見るあの女に。

 

「うはっ! 雌豹っすね!」

「確かビキニアーマーでしたっけ……ブティックで姫様がじっと見てたのを覚えているわ」

「えぇぇ!? 本当っすかユリ姉さん! ……あ、でも意外とアリかも」

 

「あのお姉さんは私をご指名みたいなんだけど……いいかしら?」

「慎重派のソリュシャンが言うなら構わないと思うけど……一応ルプーもお願いね。私たちはカジッチャンて方にお話を伺ってみるわ」

 

 『人間のドS』対『人外のダブルドS』。ある意味可哀そうになってしまうほどのレベル差のドリームマッチは、とんでもない彫像(・・)が出来上がった事でダブルドSの腹筋が崩壊し、お開きとなるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊廟から少年を担いで現れるブレイン。とにかくこれで解決だろうと全員が集まってくる。

 

「じゃぁ一応……ユリ姉さんはちょっと離れててくれっす。<集団軽傷治療(マス・キュア・ライトウーンズ)>それじゃ帰るっすか?」

 

 HPが1でも減ってたら姫様に泣かれるっすからね、なんて笑うルプスレギナの配慮だったのだが、どさくさに紛れてンフィーレアの目も治っていたりする。

 

 霊廟内で発見されたンフィーレアがこの魔法の発信源であったことは分かったのだが、頭部のアイテムが問題であった。子供を発狂させるのはユリにはどうしても出来ず、やむを得ず『ほうれんそう』を発動。

 姫様に連絡を取ったナーベラルは事の次第を事細かく報告する。なぜか感涙に咽び泣いていた姫様の声にあたふたするも『人命優先でアイテムは破壊』との指示を承り、この騒動に終止符を打つことが出来たのだった。

 ついでに言うとカジッチャンはすでにオトモダチだったりする。

 

「なあ……これはなんだ?」

 

 それは朝日に照らされて光り輝く巨大な氷の彫像だった。

 

「ぷっ、すごいのよこれ。外の世界もまだまだ楽しめそうだわ」

「偶然の二連撃だったんすよ。<巨人化(エンラージ・パースン)>も入ってたんすよね! 爆笑っす!」

 

 ソリュシャンがアインズから頂いた短剣は、低級の状態異常のクリスタルを大量に詰め込んだ所謂お遊び用の武器だったのだが、低確率ではあるものの連撃でそれが発動してしまったのだ。

 

「つまり大きくなって凍ったのね……なにか胸元を抑えて居るみたいだけど」

「魔法の防具じゃ無かったみたいなんすよね、なんか大量のプレートみたいなのを編み込んだ手作り防具だったっぽいっす」

 

 右腕で胸元を抑え左手で股間を抑える艶めかしいポーズをした巨大な氷の彫像は、わずかながら羞恥に顔を赤く染めているようにも見える。

 

「これはいつまでこのままなの?」

「一発殴れば戻るけど、時間経過だと……うーんちょっとわからないですわ」

 

 不憫な……と思うも何気にブレインも男として目を逸らすことが出来ない。

 

「なら放って置きましょ。依頼も片付いたし、目的の人物(強者)もいなかったようだしね」

「『蒼い薔薇』の凱旋っすー!」

 

 すでに歩き出している四人に付いていくオトモダチらしいカジッチャン。その後ろをンフィーレアを担いでついていくブレイン。あぁこいつらは人の心を折る天才なんだなあと考えながら。

 

 

 

 

 後に面会することになる高貴なオーラを発する絶世の美少女に『あの娘たちをよろしくお願いしますね。優しい子たちだから心配で心配で……』とこぼれそうになる涙を見て、

 

「わかりました!! わかりましたから泣くのはおやめください!!」

 

 と絶叫したのは、お前姫様泣かせたらどうなるかわかってるよな? と言わんばかりの四人の初めて見せた本気の圧力に屈してしまったからであったり、ブレインの胃を崩壊させていく冒険譚は、本家『蒼の薔薇』を巻き込んでまだまだ続いていきそうである。

 

 なおクレマンティーヌを追っていた風花聖典の隊員が、泣きながら裸で走り去る巨大な女性を発見していたが、いろんな意味でクレマンティーヌと繋がらず、本人の望まない形で逃走に成功していたりもするのは、また別のお話。

 

 

 

 




一年ぶりにノリと勢いで書いてしまったw ちょっとでも笑ってもらえたら嬉しいですねw



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