無銘の往く、バイオハザード (冷やかし中華)
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001:Necropolis
――パンッパンッ カラン……カラン……
「しんどい……」
自ら吐いた溜息と薬莢が地を転がる音に聞き入りながら、俺は仕留めたゾンビ化した元人間を一瞥して呟いた。俺の名前は『無銘』。単純に安ホテルの一室で目が醒めてから今に至るまで自分のことが解らないという混沌、故の『名無し』だった。
ただ、自分以外の状況がどうなっているかというのは分かる。それは
「しかし、なんでホテルの一室にハンドガンと弾薬が備え付けられてたんだ?」
ボソッと呟きながら、またぞろ目の前に現れたゾンビに照準を合わせて引き金を引く。「パンッ」という火薬の弾ける音とともに標的に一直線に向かっていく弾薬は、俺の狙い通りに獲物の額を撃ちぬき、今度こそ本当に安楽の道へと誘ったのだった。
――残りの残弾数は僅か十数発。
とてもではないが、この状況下では心許ない数字だった。なにせ――
(敵が適当にしててもあしらえるゾンビだけとは限らないものなあ……)
なんて考えたのが俺の運の尽きだったのか、今度はゾンビなんかとは比較にならない
「S.T.A.R.S.……」
「会話が通じる様には見えないけどな。やっはろー? どうだい調子は……って、ダメかあ!!(知ってた!!)」
ゾンビの様な呻き声ではなく、何か、明確な意志のようなものを感じさせる呟きに反応してダメ元で実にフレンドリーにアホの子全開、無害を全面に押し出して挨拶してみたものの、目の前に降り立った化物から返されたのは丸太の様な太い腕を一閃した挨拶だった。
――ズンッ
(あっぶねえ! そして、重ぇ!!)
振われた剛腕一閃を仰け反って躱す。だが、腕を雑に振ったことで敵の重心が大きく前のめりにズレたことで、持っている彼我の体格差により奴が何もせずとも俺は完全に下敷きに押し潰されるような格好となったところで、遠慮なく、その
「重い」というのは、その時の感想であるが俺の放った蹴りは同時に敵を1mちかく打ち上げる形になって化物を地に転がした。
「常人なら今での完全にノックアウト、下手すれば臓器破裂で死亡確認なんだろうけどね。一体、どうなってんだか……」
そう、俺には訳の分からない膂力も備わっていた。自分の名前は分からなくとも、この膂力が何処から来ているのかは己自身に問い掛けることで理解した。それは――
ミオスタチン(筋肉の成長抑制因子)遺伝子の突然変異と高密度に圧縮された生来の筋骨により異常なまでの力と頑強な肉体を持つ。
――ということらしい。
当てるのではなく、既に当たっている。ならば初めから当てる必要はない。ただ当たると確信した瞬間に引鉄を引けばいい。俺が行っているのは作業に過ぎない。
「S.T.A.R.S.……」
だが先の呟きが真実であるということを証明するかのように、片膝を突いて立ち上がろうとする化物にタイミングを合わせて、その
「今度こそ、死んだ?」
注意深く目を向けると、まだピクピクと指先が震えており息があることが解る。俺は、また「はあ……」と溜息を吐いて近くのアパートメントの配管に目をつけ、それを自らの膂力を活かして強引に毟り取る。そして「はよ、死ねや!!」と何度も何度も化物の頭部を、身体を殴打した。手にもった
「もう、次から次へとキリがねえな!」
人間の脳や筋肉を剥き出しにしたような口から涎を零して四つ這いで低い姿勢で構えるモノ。その異形な姿を一目見て眼球がないことから音に反応して行動するタイプの生物だと中りを付ける。
「わざわざ、殺されにご苦労さん。続きは、あの世で楽しんでくれ」
そうボソッと零した呟きに化物は反応し、肥大化し剥き出しになった
――グシャッ
言いようのない不快な肉を磨り潰すような感覚が手に持った鉄パイプ越しに伝わり気分が若干、気分が悪くなるが、それでも今、手を休めるわけには行かない。そして、また先程から袋叩きにしていたグロテスクな形相を持つ化物の方へ向き直ろうとしたところで、それは新たな伏兵に阻止される結末となった。
――パパパパパパパ
「は?」
鳴り響くマシンガンの銃声に目を向けると、十数メートル離れたところにいる謎の覆面集団によって俺は狙い撃ちにされていた。そりゃあ、同じ人間に言葉の1つも交わす前から銃を乱射されたら堪らない。なんで、こんなことになっているのか全く納得が行かないと思いつつ、ちょうど路地の入口部分に隣接していたことも幸いして、俺はそこへ逃げ込んだ。
(この仕留め損ないが後になって尾を引かないことを祈るのみだよ……
ったく、突然現れたと思ったら、こっちの邪魔しやがって……いったい、何者だよアイツ等。次に逢ったらタダじゃおかねえ。これだから銃社会って奴は好きになれねえんだよ。フ●ック!)
その銃社会によって先程まで助けられていた(何故か安アパートの一室にあったハンドガンと弾薬)ことの一切合切を棚に上げて悪態をつき、俺は回り込まれるのも厄介だと壁伝いにアパートメントを駆けあがり、今度は屋上へ出たのだった。
* * *
「先の、アレは何者だ? とても民間人には見えない出で立ちだったが……」
「わかりません。ただ解せないのは、こちらが銃口を向けて引き金を引いた
「そこまで完成度の高いB.O.W.の存在は本社からも聞かされていないけどな。深追いは禁物だ。油断せずに行くぞ」
「「了解」」
そんな会話を聞いて俺は、もう何度目になるかもわからない溜息を吐くのだった。
「俺は人間だよ。ただ、少しばかり超人離れした超人とでも言えば良いのか。だが、困ったな。これだと万が一、無事に脱出できたとしても良くてモルモットじゃねえか……ないわー。それはないわー」
そんな呟きを漏らしながら、とりあえず死都と化した街並みに目を向けると1人の少女が化物の目を掻い潜りながら移動しているのが見えた。
「助けないわけには、行かないよな……」
そう呟いて俺は隣接するアパートとアパートを次々に跳んで移動し、やがて逃げ場を失い窮地に落ちいった少女の元へ降り立ったのだった。
「やっはろー。ご機嫌いかが、お嬢ちゃん?」
そんな酷く間の抜けた挨拶と次々と仕留められるゾンビとのギャップに少女は腰を抜かしたように尻餅を着いていた。それが名無しの俺と、物語のカギとなるシェリー・バーキンとの初めての出会いだった。
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002:Fate Foretold
少女を怯えさせないように声を掛けた後、迫るゾンビやゾンビ犬を一通り屠ってから少女の居た方へ振り向くと、そこには――
「……逃げ足早いなあ」
要するに迫る化物たちの処理を全部押し付けられ(勝手に親切の押し売りをしただけだが)、助けようとした少女には先に
「ま、仕方がないか。のんびり行こう」
どう考えても、この街の惨状でのんびりとなどしていられない状況ではあるが、先ほどトドメを刺し損ねた化物のようなものでないかぎり、俺にとっては気持ちが萎える程度の差でしかない。しかたないので、あの謎の化物の生命でも今後の保身を考えて毟りに行くかと思ったところで――
「次から次へと……ホント、嫌になるな!」
今度はダンプに突っ込まれることになった。なんだ、幸運『E』か! そうなのか!?
――ズドォォォォォン
俺に向かって(狙っていたわけではなさそうだが)突っ込んできたトラックは街の一角に衝突して爆発炎上。爆炎と轟音を響かせて暗くなりつつある街中を煌々と照らしていた。
そして、あたりかしこから市中に響き渡る悲鳴。阿鼻叫喚の最中にあって俺は、酷く落ち着いていた。
「とりあえず、この場に留まるのはナンセンスだな」
そう呟いて俺はこの場を後にした。
――9月28日 朝
適当に押し入った家(既に無人であったことを確認)にて、ゾンビなどが侵入してこないように出来る限りの処置をしてから仮眠を取り、気づけば時計の短い針は「6」を、長い針は「10」を、秒針は「50」をそれぞれ指して止まっているのが目に入った。それを見て、どこかで「隠し扉が開いて回転のこぎりとか落ちてないかな?」などと場違いなことを一瞬考えたが、残念ながらそんなものは見つからなかった。代わりに家庭内に放置されていたハンドガン(2挺目)と幾らかの弾薬を見つける。この火事場泥棒丸出しの内容に自分自身でもドン引きするが、しかし、この有事だ。これは必要悪で仕方がないことなんだと自分で自分に言訳をして僅かに懐いた罪悪感にも似た何かは思考の隅へ追いやった。
(怪物化してしまっているとはいえ、元人間などを散々に屠っておいて今更言えたことじゃねえやな……)
そんな無体な思考のまま、まだ生きていたテレビの電源を入れると正確な時刻を確認する。時刻は既に11時を回っていた。
「なんだ、もう昼だったのか……そういえば、なんかやたらと腹が減ったな」
それが己の肉体を維持するための必要なことなんだろうと意識して、ハンドガンを見つけた時と同様に家内にあるジャンクフードやチョコレートなどを胃の中へ放り込む。冷蔵庫も生きていてくれてよかったと安堵しながら中にあったミルクを飲んで喉を潤し、腹を満たした。
「よし行くか。っと、その前にトイレ……」
当てもない旅路になりそうだったが、此処で入っておかないと後々、大変困りそうな予感がしたので用を済ませてから気を取り直して市中を探索することにした。あの謎の集団や化物にさえ遭遇しなければ、俺自身この街から脱出すること自体は訳無さそうだ。だが、昨日見かけて1人先に行かれてしまった少女の事が如何しても脳裏から消すことができず、その身を案じている自分がいたことに驚きを隠せなかった。
「……自分の事を最優先に考えるなら放っておくべきなんだが。はぁ、どうしたものやら……」
そう呟きながらも、それでもやることは決まっていると覚悟を決めて2挺になったハンドガンの弾倉を確認する。残弾はフルにチャージされていることを改めて認識して、俺は自分で設えたバリケードを破って再び地獄の中へ身を投じたのだった。
* * *
薄暗い路地を走り抜け、警察署を目指す影が1つあった。息を切らせながらナニカから逃げるようにして走っているのは、黄色い防弾ベストのようなものを着た色白の優男。すでに街を徘徊する化物たちと戦闘でもしたのか、身体のところどころから血を流している。
(クソッ! 一体何なんだ、アイツは!!)
そう悪態を吐きながら、それでも走ることを止めない彼の名前は、ブラッド・ヴィッカーズ(35)と言った。彼は、その巧みなヘリの操縦技術などが買われて、この街のシティポリス内に設けられた特殊作戦部隊
「だった」というのは、その特殊作戦部隊は既に解散しており、市中も地獄の様な様相では既に機能していないと言って過言ではないからだ。そんな彼は今から1時間ほど前に必然とも言える出会いを果たしてしまった化物から逃げ惑っていた。
「クソッ、一体、何なんだアイツは! 何故、俺を此処まで執拗に追いかけてくる!?
何が目的なんだよ、ちくしょう!! こんなことになるなら、S.T.A.R.S.なんかに入るんじゃなかったぜ!!」
どうして自分が、こんな目に? それについて思い当る節があるとすれば2ヵ月前に起きたあの洋館での出来事だろう。
そう己の中で言い訳をしながら、それでも罪悪感に駆られて一昼夜、燃料の切れるギリギリまで上空にヘリを退避させ仲間たちの生還を待った。そして、最後の最後でも訳の分からない化物を相手に奮闘する仲間に向かって(何故か積んであった)
「ジル!!」
「ブラッド!?」
勤め先だったラクーン市警の正面玄関を目前にして、俺は遂に
――ドンッ
「S.T.A.R.S.………」
「う、うわあああ!!」
初めて、そいつを見た時に比べて幾分どころか、かなりボロカスにされた形跡があったが、それでも化物が俺を殺すには十分な力を持っていることには変わりない。俺は、その異形を前にして思わず叫んだ仲間の方へ駆け寄るという選択を取ることが出来ず、たたらを踏んで後ずさりし、逃げ場のない壁を背にしてしまったことに気付いた。
「く、来るな! こっちへ寄るな化物!!」
――パンッ! パンッ!!
と手に持った同僚だったバリーという男の伝手を経て、ラクーンシティにある鉄砲店の店主に特注の改造を施してもらった
――ガシッ!!
化物の腕に俺は顔を捕まれ、万力のような握力で頭ごと押し潰されそうになる。手に持っていた虎の子のサムライエッジも手放し両腕で化物の腕を必死に引き離そうとするが、それも無駄だった。
「うわぁぁぁぁ!! ジ、ジル!! 助けてくれ!! 助け――!!」
――グシャッ
そんな音を脳裏に聞きながら、俺の視界は真っ暗になった。
* * *
街のあちこちで銃撃の音が、市民の叫び声が絶えない。まだ抵抗を試みて自身が助かる未来を必死に描こうとするものたちがいるらしい。既に手遅れになった者たちを次から次へと屠りながら、俺は昨日見かけた少女を探して街の中を彷徨い、ついでに訳の分からない唐突に敵対行動を取ってきた傭兵然とした男を見かけたので家屋へ連れ込み拷問しながら情報を引き出していた。
「なるほど。製薬企業アンブレラ……
男から蒐集した情報を元に「へえ。そうか、そうか。そういう情報も、もしかしたら
「あ……まあ、仕方ないか」
そこに何の感慨も覚えず、マトモ(と言っていいのかは不明だが)、1人の人間を殺めた罪悪感は無かった。でも、それでも「慣れたくは、ないな」とだけ呟き、傭兵の持っていた装備を剥いで、必要なものを身に付け、あるいは
そして俺は新たに手に入れたデザート・イーグル一挺を腰に、アサルトライフル一挺を付属品のベルトを通じて肩から掛ける、いずれも弾薬数に限りがあるので使い切った後は、新たに弾薬の入手が覚束ないなら鈍器としての価値くらいしかないものだが、弾倉に残弾が確保されている内は心強い味方になるだろう。さて、次は家屋内のメモなどを元に警察署にでも向かってみるかと、傭兵を連れ込んで拷問していた家屋を後にした。
もちろん、このままシェリー・ルートなんてことはなかった。だって、クレア相手にさえ初対面で逃げるような子だよ?
窮地を助けられたからと言って、いきなりオリ主に懐くようなことはない!
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003:Certain Death
――叫び声が聞こえた。
俺が警察署を見下ろせる場所まで辿り着くと、昨日、相対した化物(少しだけ見た目が変わった?)が黄色い防弾ベストのようなものを身に付けていた男を抹殺し、放り投げたところだった。
「ブラッド!!」
「S.T.A.R.S.………」
やけに露出の多い恰好をした女性が今しがた化物によって殺されたばかりの男の名を叫び、同時に件の化物は昨日も聞いた意味深な台詞を吐いて次の標的を女性の方へ定めたようだった。そして、新たな標的と定めた者へ向かって猛然とダッシュしたところを素早い身のこなしで回避行動を取り、勢い余ってあらぬ方向へ突っ込んだ怪物を尻目に警察署内へ逃げ込んでいった。その化物の茶目っ気あふれる自己抑制というものが全く利かない凄まじい行動力に「あらやだ、かわいい」などという感想を漏らしかけたが、そんなことを呟いている場合ではない。(なんたって化物は女性の逃げ込んだ警察署内の正面玄関を今なお叩き続けているのだから……。)
「なるほど、あれが
B.O.W.……B.O.W.……ね。この倫理観など欠片も無い生命を弄ぶ所業、万死に値する。この感情が一体何処から来るのか分からないが、とても見過ごせん。故に貴様は此処で殺す! 必ず殺す!!」
そう呟いて俺は遠く離れた位置にいる
――ドォン
拝借したハンドガンなど比較にならない火力が化物の頭部を襲い、化物に
「タフなやつ……とは思っていたけど、ホント、なんなの?」
標的となっている化物には遮蔽物に隠れるという知能が無いのか、そこら中にあるものを盾にして俺の銃撃から身を隠すということは考えないらしい。故に格好の的にしかなっていないわけだが、俺にとっては残念なことに、化物にとっては幸運なことに、俺の持っていたデザート・イーグルの残弾の方が先に尽きた。
――カシャン
残り残弾が無くなったことを報せる音を聞いて、仕留めきれなかったことに悪態と共に溜息を吐く。同時に狙い撃ちにされていた化物は、これ幸いと警察署から去って行った。
「お互い、運が無かったな。だが……次は殺す! 必ず殺す!!」
それが俺の決定だ……などと呟きながら、俺はラクーン市警前の正面玄関に向けて飛び降りた。本当なら宣言通りに、この場所で完全決着を試みても良かったのだが、この先、どんな罠があるかもわからない以上、一度逃した勝機を引き摺って見失った敵影を追いかけるのは返って自らを窮地に落とし込むと判断した。まぁ、あの化物に罠を仕掛ける脳は……たぶんないだろうが、そうでなくとも、この街にはアンブレラによって放たれたU.S.S.だの、U.B.C.S.だのと言った
「ま、確実に殺れるなら別だけどな。どちらにしても今の装備じゃ少し心許ない」
そう言訳染みた呟きを風に乗せて俺は化物によって殺された黄色いつなぎを着たイイ男の死体に目を向ける。あ、つなぎじゃなくてベストか。それに……うーん、殺された男は月並み程度には鍛えてはいたようだが、それでも何とも言えない残念な空気が死後も彼を包んで離さないなと憐みを浮かべて一瞥した後、手を合わせた。
そして、先ほど見かけた女性の後を追って、どう署内に踏み入れようかと思案していた所で、それは来た。
「ア゛ア゛ー」
「マジかよ……」
決して屠るのに苦労するような相手ではないという理解をしつつも、今しがた手を合わせた相手が
「ちっ……早いな……」
他のゾンビと比べて素体となった男が市民のそれよりは優秀だったことを示すのか、やたらと素早い動きで俺との距離を詰め、俺に銃を抜かせない。
「ふむ。格闘経験もある、のか? そしてゾンビ化した後も、それが引き継がれるパターンがあると?」
とはいえ、「如何に素早い動きをする」と言っても、所詮はゾンビ。
――グシャリ。
迫ってきた無防備な体勢に足を引っ掛けて地に転がし、素早く立ち上がろうとしたところに蹴りを一閃。完全に頭を潰して決着を着けた。
「すまんな」
そう呟くと崩れ落ちた彼のベストから何か零れ落ちてくるのが見えた。
「ん?
それと身分証か……あぁ、そういえば『ブラッド』って呼ばれてたっけ。うん、申し訳ないが俺も立ち止まる訳には行かないからね。許せ、とは言わないさ」
そう呟き、俺は彼の仲間だったと思われる彼女へ拝借した鍵と身分証を届けるかどうか悩み、こういうのは大事だよなと零して胸ポケットにしまった。
「………ッッッ!!?」
――ぐにゃり、と唐突に視界が歪んだ。
身体からチカラが抜け、立っていられないほどではないが、たたらを踏んで地下道の壁際に凭れ掛かる。「一体、何が??」などと思う暇もない。このままではマズい。それだけは解る。俺が生きるための本能が発する警鐘、そこに――
「S.T.A.R.S.………」
2度の遭遇で決着を見なかった化物の姿が、そこにあった。
「あーぁ、俺も此処までかね?」
そんな呟きを発しながら俺は振るわれた剛腕を地を転がり、這うようにして躱し、中腰になってなると同時に背負っていたアサルトライフルを構える。
「さて。一体どこまで、保つか、ね?」
決して取り乱したりせず、むしろ逆に窮地に陥っていることで酷く冷静な部分が俺自身を支配し、化物に向けて引き金を引く。
――パパパパパパパ
当初こそ、アサルトライフルの持つ連射に化物は動きを止めたが、それでも今が勝機と感じているのか、単に
「当たるかよ、ばーか」
今できる精一杯の悪態を吐いて、紙一重で振るわれた死神の鎌を避ける。だが、続けざまに振われる剛腕を転がりながら避けている内に、ついに躱せなくなった一撃をアサルトライフルで受けてしまったのが運の尽きだった。まだ残弾は残っているというのに、その銃身部分がひしゃげて使い物にならなくなったからだ。
「はあ、しんど………」
どんどん視界がぼやけていく。最早、感覚だけで怪物の猛攻を避け、凌いでいると言っても良い。薄汚くとも、みっともなくとも、ただ『生きる』という本能が、そうさせているのか。すれ違い様に拳を振い、足を掛けるなど仕掛けるが、そんなものは焼け石に水。そうして、どれくらいの時が経ったのか、やがて先に俺の方に限界が来た。
「かは………」
化物の拳が遂に俺の身体を捉えたのだ。吹き飛ばされ、転がされたのが逆に幸いし、化物から追撃の機を奪った。
「S.T.A.R.S.………」
――ヒュッ、ヒュウ、ヒュウ
先の一撃を触診にてダメージの程を伺う。幸いなことに骨は逝ってないようだったが、如何せん呼吸が苦しい。息ができない。掠れた声で目の前に迫る化物に悪態を吐いた。「さっきからスタァズ、スタァズ、うるせえよ」と。
――ドガン!
両腕を汲むようにして打ち下ろすように振るわれた拳を間一髪、転がるようにして避けて、また距離を置く。だが、これが今の俺に出来る限界だった。
「悪運、尽きたかねえ……」
なんとか呼吸を戻し、呟いた言葉と同時に化物が猛ダッシュで迫られ、そして蹴り上げられた。それを咄嗟に腕を組んでクロスガードを行い致命傷を割けが、その蹴られた勢いで壁に叩きつけられる。壁に叩きつけられたこと自体は、自然と受け身の要領で、むしろ蹴られたダメージごと建物側へ逃がすことが出来たが、如何せん、また呼吸を奪われたことと度重なるダメージの影響か、今度こそ視界がブラックアウトした。
「S.T.A.R.S.………」
最後まで不快な声と、そうではない叫び声、そして銃声という3つの音が俺の脳裏に響いたような気がした。
唐突に窮地に陥った理由は次回以降に説明する予定です。(予定は未定。)
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004:Saving Grasp
若干、コメディ色が強いかも、、、
製薬会社アンブレラ。全ての元凶にして黒幕である彼の組織によって開発、製造され、そしてアンブレラの秘密を知ってしまったS.T.A.R.S.のメンバーを抹殺するためにラクーンシティへと送り込まれた
「S.T.A.R.S.……」
話せる言葉、その単語など抹殺対象として登録された人間達が所属していた部隊名称の『S.T.A.R.S.』くらいのものでしかなく、それ以外は、その身から迸る殺意くらいしか彼に感情表現というものは存在しない。
何度か取り逃がしたものの漸く始末したブラッド・ヴィッカーズを放り投げ、ようやく見つけた
「……………!!」
彼は開発過程において、その思考の全てを奪われていたが、同時に取付された外付けのハードディスクのようなナニカの力を頼ることにより、なんとか命令に忠実に行動しようとし、まさに関係の無い第三者から見れば思わず「あらやだ、かわいい」などと呟いてしまいそうなほど愚直に鍵のかかった丈夫な扉をガシン、ドシンと叩き、親に叱られて家の外へ締め出された子どものような振る舞いで警察署正門の玄関口を蹴破ろうと躍起になっていた。
――ドゥン
だが、そこに思わぬ伏兵が現れ、自分を狙撃した。薄暗い空の下に響いた重い銃声が何なのかを認識することなく、彼は自らの側頭部に強い衝撃を受けることで、その存在をいやがおうにも認識する。
「S.T.A.R.S.……」
――ドゥン、ドゥン
次々に身体の急所、それも平時であれば致命傷どころか絶死は免れない頭部を的確に狙われ、撃ち抜かれる。相手は建物の上に陣取っており、こちらにはそれに対抗する手段が無い。つまり完全に狙い撃ちの体の良いカモにされている状態であった。「そういえば、ロケットランチャーを持ってくるのを忘れていた」と彼にマトモな言葉を発する機能があるなら呟いただろう。だが、彼にとっては幸運なことに、相手にとっては不運なことに、自分を狙う拳銃の残弾が尽きたのか、その銃撃が一先ず止まったことで、彼は、その場から退避行動を取った。
「S.T.A.R.S.……」
……身体の損傷が激しい。だが、それも幾ばくかの我慢だろう。痛みは自然に消えて、むしろ身体は傷が癒される度に強化されている気さえする。そう彼は全く関係ない、それしか呟けない言葉とは違うことを考えている。
「S.T.A.R.S.……」
あの男?は、一体何者なのか、何が目的で自分の邪魔をするのか。それは分からないが、分からないなりに彼は1つの答えを出していた。「
それはともかく。
目の前には2度の邂逅時(どちらも一方的にボコられたので実は苦手意識を持っている。正直、関わり合いになりたくない。)とは打って変わった弱々しい姿を晒し、壁に背凭れる男を見て表情筋がピクリと動いた気がした。頬の肉が削がれ、剥き出しの状態でなければ、もしかしたら口角が上がって見えるような状態だったかもしれない。
「S.T.A.R.S.……」
囁き漏れる言葉からは理解できないが、それでもありったけの殺意を込めて彼はズシン、ズシンという重い音を響かせながら男に迫る。同時に男が此方に気付き、舌打ちをした。やがて逃げ切れないと判断したのか、肩に背負うアサルトライフルを構えるのが見えたところで猛然とダッシュして剛腕を一閃させる。幾度かの攻防を経ながら、その最中に数十発、あるいは百発ちかい銃弾を叩きこまれたような気もするが、今の彼にとっては然程ダメージとはならず、そのことに満足して彼は男を追いつめた。男の手に持っていた武器を破壊し、距離を詰めて剛腕を振るい吹き飛ばした。
――ギュルルルルル、ガグゲゴゴゴゴゴ。
<!?>
突如、街全体を覆うように響きわたった余りにも凄まじい大音量に、彼は、否、彼だけでなくラクーンシティで知的な対応を取れる全ての人間は、それも否、凡そ聴覚というものを有する全ての生命は、一瞬、ほんの僅かに世界の動きが止まったような錯覚さえ覚え、動きを止めた。だが、そんな音にさえ「虚」を突かれることなく次々と仲間を狙撃しては報奨金をガメようと画策する傭兵がいたり。それとは逆に気取られてしまったが為にゾンビ犬に食い殺されてしまった哀れなものがいた。または虚を突かれはしたものの、未だ街との距離があったために然程「動揺」という感覚は覚えず、むしろ一刻も早く兄がいるはずのラクーンシティへ辿り着こうと道交法を無視してエンジンを全開にする赤いベストが映える女性がハイウェイを愛用のバイクで疾走する。或いは、とにかく女性運がなく(?)、昨晩も出来たばかりの彼女に振られて酒に溺れ寝坊するという失態をやらかし、ついには「泣けるぜ」が口癖になりつつある新米警官もまたハイウェイを疾走していた。とかく様々な反応があった中で彼が取った行動は――
「S.T.A.R.S.……」
普段と変わらない細やかな呟きを残した。それは先程の何処から届いたのかもわからない謎の大音響に比べて自身の呟き声の何と小さなことかという自信の喪失にも似た響きが含まれている様に見えないことも無い。だが、それでも彼がやることは何1つ変わらない。千載一遇の好機、これを逃せば次は再び自分が追いつめられる側に立つのだと、おそらく本能だけが知っていた。
――パンッ パンッ
鳴り響く銃声と蚊に刺されたような感覚を以て彼は振り向いた。
「S.T.A.R.S.……!!!」
その瞬間、目の前の
* * *
警察署内は既に
同僚のクリスはアンブレラの痕跡を追ってヨーロッパへ旅立ったし、バリーは家族の身の安全を優先して既に街を離れている。レベッカはどうしただろうか? 特に何も聞いていないまま此処まで来てしまったが、けれど
――ギュルルルルル、ガグゲゴゴゴゴゴ。
「い、一体、何!?」
その只ならぬ音を聞いて私は急ぎ足で外へ向かったのだった。
――そして
激しい戦闘音がする方向に向けて歩を進めた先にソレ等はいた。誰かが吹き飛ばされるようにしてアパートメントの壁に叩きつけられ、それで意識を断たれたのか、あるいは間に合わなかったのかは分からないが、相対していたものがトドメを刺そうと近寄っているところをみるに、まだ息はあるのかもしれない。そう思って咄嗟に声を発し、既に愛用となっている
「化物! こっちよ!!」
私は、私の目の前で仲間を殺した異形と相対し、その異形が私へ注意を向けるや否や誘うようにして走る。どういうわけか、異形の怪物は
「コイツもアンブレラの作り出した化物ってわけね……上等よ!」
ある程度の距離を取ってから署内で見つけたマグナムを弾丸をプレゼントしてやる。だが、その銃弾を放った反動で私の動きも止まる。その間に距離も詰められる。しかし、怯まずに引鉄を引き、攻撃を躱して応戦した甲斐もあり、やがて巨漢の異形を持つ化物は膝を突いて倒れたのだった。
「あ、危なかった……まったく、心臓に悪いわね」
そう零して私は、私よりも先に異形と戦闘に入っていた男性?を助けに来た道を戻るのだった。
* * *
先の音が如何に大音量だったとはいえ、この場所に
『シェリー………無事でいて………』
あ、訳わからん音は実は『腹の鳴る音』だったり……?
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