ロクでなし魔術講師と無限の剣製 (雪希絵)
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番外編
二人が風邪を引いたので


改めてまして、たくさんのお気に入り登録本当にありがとうございます!

こちらは一話読み切りの短編です!

システィとルミアの二人が風邪を引いたので、ルイスが看病にいくのですが、そこで色々なハプニングが起こります!

作者の欲望とサービスカット全開ですので、そういったものが苦手な方はご注意ください

それでは、ごゆっくりどうぞ!


ある日のフェジテ、その街中にて。

 

ルイスは急ぎ足で、とある場所に向かっていた。

 

思い出すのは、先程家にやって来たシスティーナの両親との会話。

 

『システィとルミアが風邪をひいてしまって……』

『私たちはこれから大事な仕事で出かけなくてはいけないんです。どうか、二人の看病をお願いできませんか?』

 

それを聞き、ルイスは大急ぎで荷物をまとめ、知らせてくれたシスティーナの両親にお礼を言って、家を飛び出した。

 

競歩のような速度で歩き続け、やがて大きな屋敷の前に辿り着く。

 

システィーナの両親から受け取った鍵を使い、玄関の扉を勢いよく開く。

 

焦ってはいるが、施錠は忘れない。

 

屋敷の中は、見た目に違わず広い。

 

慣れない者が入れば簡単に迷ってしまいそうだが、ルイスは迷う事なく歩みを進める。

 

階段を上がり、二階のシスティーナの部屋へ。

 

コンコン、と木造の扉をノックすると、

 

「はーい……」

 

と若干鼻声で返事が聞こえる。

 

「システィ、入るぞ」

「えっ?」

 

驚くような声がしたが気にせず中に入る。

 

「わっ、ちょ、る、ルイス!?」

 

明らかに焦っているシスティーナ。

 

理由が分からず首を傾げ、少ししてから気がついた。

 

システィーナはもちろん今寝巻きなわけだが、暑かったのか盛大に胸元が空いている。

 

ボタンは全て開き、その上でその間は大きく開かれていた。

 

寝起きだから、下着は身につけていない。

 

そうなれば当然、システィーナの控えめながらも白磁のような胸元が惜しげも無く晒されるわけで。

 

ルイスは急激に顔が熱くなるのを感じる。

 

(って、やべぇ!)

 

少々距離が空いているにも関わらず、思わず注視しそうになってしまい、秒速で目をそらす。

 

「ご、ごめん、システィ!」

「う、ううん。こっちこそ、油断しててごめんなさい……」

 

お互い耳まで真っ赤になり、しどろもどろに謝る。

 

妙な空気が流れる中、システィーナが遠慮がちに話しかける。

 

「って、っていうか、なんでルイスがここに?」

「お、おばさんとおじさんに二人が風邪引いたって聞いたから……看病しに。鍵は借りた」

「そ、そっか……。ありがと」

「お、おう……」

 

再び沈黙。

 

いくら幼なじみとはいえど、お互い年頃の少年少女だ。

 

いきなり開きまくった胸元を見た側も見られた側も、固まってしまうのは当然だった。

 

そのまま沈黙すること数分。

 

「そ、そういえば、ルミアは!?へ、部屋で寝てるのか!?」

「う、うん、そうね!?たぶんそうだと思うわ!?」

 

空気を変えるために不自然極まりない口調でやり取りする。

 

それで冷静になったのか、ルイスは口調を直す。

 

「悪いけどルミアをここに連れてきてもいいか?二人が一緒の部屋にいてくれた方が看病しやすいし」

「……それも、そうね。大丈夫よ。ベッドのスペースにはまだ余裕あるし」

「そっか。じゃあ、連れてくるよ」

 

そう言ってルイスは部屋を出て、その向かいの扉をノックする。

 

「おーい、ルミアー!」

 

先程のひと騒動で学習したのか、やや大きな声で呼びかけ、しばらく待ってみる。

 

しかし、ちっとも返事が返ってこない。

 

「寝てるのか……?」

 

仕方なく、ルイスは慎重に扉を開く。

 

「ルミアー。起きろー」

 

言いながら部屋に入り、ベッドの方に向かう。

 

そこには、熱のせいか少々苦しそうなルミアが寝ていた。

 

「ルミア、ルミア。大丈夫か?」

「うっ……んんっ……!」

 

軽く肩を揺すると、ルミアは僅かに身じろぎして目を開く。

 

「あれ……ルイスくん……?」

「おはよう、ルミア。風邪引いたって聞いたから、来たよ」

「あ……そうなんだ……」

「んで、早速で悪いんだけど、システィの部屋に移って欲しいんだ。二人一緒の方が看病しやすいから」

「うん……わかった」

「悪いな」

 

謝るルイスに首を横に振り、ルミアはベッドから身体を起こし、立とうとする。

 

しかし、

 

「あっ……!」

 

足元がふらつき、体勢を崩す。

 

「おっと!」

 

しかし、ルイスの反応は早かった。

 

素早く踏み込み、ルミアが転ぶ前に抱きとめた。

 

「あ……」

「やっぱり危ないか。歩くのは無理そうだな。ちょっとじっとしててくれよ?」

 

さらに、

 

「きゃっ……!」

 

追い打ちをかけるように、ルミアの背中と膝の裏に手を回して抱き上げる。

 

俗に言う、お姫様抱っこというやつである。

 

「る、ルイスくん……さ、さすがにちょっと恥ずかしい……」

 

これにはさすがにルミアも、熱以外の理由で顔を赤くする。

 

「ん……?」

 

言われ、気がついたようにルイスは考える。

 

そして、恥ずかしさで死にそうになった。

 

(よくよく考えたら、俺めちゃくちゃキザなことしてるじゃん……!)

 

しかし、今更引き返すわけにはいかない。

 

ここで慌てる方がかっこ悪い。

 

「う、動けないんだから、仕方ないだろ?ちょっとの間だから我慢してくれ」

「……うん」

 

どうにか表情を取り繕いながらそう言うと、ルミアは小さな声で答えて、ルイスの首に手をかけた。

 

近づくルミアの身体。

 

少女特有の甘い匂いが漂ってきて、ルイスはいよいよ取り繕いようがなくなる。

 

(落ち着け俺よ……!)

 

そう念じながら、ルイスは足早に部屋を出て向かいのシスティーナの部屋に戻った。

 

─────────────────────

 

「システィが38.5度。ルミアが38.8度か。二人とも結構な高熱だな」

 

若干むくれているシスティーナの視線に晒されながらルミアを寝かせたルイスは、ひとまず二人の熱を測った。

 

「とりあえず、今日は栄養とって薬のんで安静にした方がいいな」

「そうね……ちょうど休日で良かったわ」

「しっかり治して、明日からまた頑張らないとね」

「そうと決まれば、ひとまず食事だな。二人とも、食欲は?」

 

ルイスがそう言うと、二人は顔を見合わせる。

 

「そういえば、朝から何も食べてなかったね」

「普通のご飯は喉通らなかったし……」

「ん、そうか。じゃ、なんか作ってくるよ。システィ、調理場借りるぞ」

「それはもちろんいいけど」

「ありがとう、ルイスくん」

「気にしないでいいさ」

 

ルイスは一階に降り、調理場で自分の持ってきた食材を広げる。

 

「食べやすい柔らかいやつがいいな……。その上で栄養が取れるものって言ったら、やっぱりあれしかないな」

 

そうしてルイスはまず、鍋に水を張って米を入れ、火にかけた。

 

沸騰するのを待つ間に、卵を二つ割って器に入れ、かき混ぜる。

 

卵にさっと塩をふって味付け。

 

時折、鍋の中身をかき混ぜ、待つこと数十分。

 

米が柔らかくなったのを確認し、こちらにも塩を振りかけ、卵を入れる。

 

ささっとかき混ぜ、ひと煮立ち。

 

仕上げに葱をちらす。

 

「よし、完成」

 

この通り、ルイスは料理が得意である。

 

両親は仕事が忙しい上に、母親は薬学に、父親は鍛冶に熱を入れているため、家事があまりできない。

 

そこで、昔から家事全般はルイスの担当だった。

 

今では料理の腕前もかなり上がり、レパートリーもかなり多いのだ。

 

軽く味見をしてその出来に頷くと、鍋ごと持って二階のシスティーナの部屋へ。

 

「できたぞー」

 

ベッド脇のテーブルに鍋敷きを敷いて鍋を置き、蓋を開く。

 

身体を起こし、ベッドから鍋の中を覗きこむ。

 

そこには、黄色と白色が見事な模様を描く、卵粥が入っていた。

 

「わあ、美味しそう!」

「特製卵粥だ。昔ある人に教わったんだ。美味いから食べてみなよ」

 

言いながら皿に卵粥を盛り付け、二人に手渡す。

 

嬉しそうに二人は卵粥を受け取り、早速スプーンで口に運ぼうとする。

 

しかし、やはり熱のせいか、二人とも上手く食べられない。

 

「わっ!あ、危ない……こぼれるところだった……」

「あー、やっぱり大変か……」

 

無論、解決法はある。

 

だが、それはやる方もやられる方もかなり恥ずかしい。

 

(けど、お粥無駄にするのもなぁ……)

 

ため息をつき、

 

「二人とも、ちょっと貸してくれ」

 

器を受け取る。

 

そうしてスプーンで一口分卵粥をすくい、

 

「ほら、あーん」

 

言いながらルミアの口の前に差し出す。

 

「えっ……?」

「なっ───!?」

 

驚く二人。

 

「いやだって、仕方ないだろ?食べにくそうだったし……」

「う、うん……そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて」

 

ルミアは気恥しそうに笑いながら、卵粥を頬張る。

 

「……うん。相変わらずルイスくんの料理は美味しいね」

「そ、そっか」

 

ポリポリと頬をかき、ルイスはもう一つの器を手に取る。

 

また一口分すくい、今度はシスティーナの口の前に差し出す。

 

「ほら、システィも。あーん」

「ううっ……!」

 

しばらく唸りながら迷っていたが、

 

「わ、わかったわよ……食べるわよ……」

 

と言い、遠慮がちに卵粥を口に含んだ。

 

「どうだ?」

「……美味しい」

「そっか」

 

そうして、ルイスは交互に卵粥を二人に食べさせたのだった。

 

─────────────────────

 

「ごちそうさま、ルイスくん。美味しかったよ」

「本当。ちょっと元気になった気がする」

「お粗末様でした」

 

見事に鍋の中が空っぽになるまで食べきり、ルイスは満足そうに頷く。

 

「ま、これで栄養は大丈夫だろう。後は薬だな」

 

洗い物を終え、部屋に戻って来たルイスは、荷物の中から紙包を取り出す。

 

「はい、これ飲んで」

「うっ、苦そう」

「でも、その方が効きそうだよね」

 

中の白い薬剤をルミアはあっさりと、システィーナは苦々しい顔をしながら飲みきる。

 

「あとはしっかり休む。これで治るはずだ」

「うん……ありがと。ルイス」

「いいってことよ」

「おやすみ、ルイスくん」

「おやすみ」

 

卵粥で満腹になったのも手伝ったのか、二人はすぐに眠りに落ちた。

 

「……ふぅ」

 

ひと安心とばかりに、ルイスは息を吐く。

 

「それにしても、なんで二人一緒に風邪なんか引いたのかね……。仲がいいにも程があるだろ……」

 

後日聞いた話だが、どうやら二人して風呂上がりにバスタオル一枚で会話に夢中になっていたらしい。

 

それを想像してしまったルイスが再び真っ赤になったのは余談である。

 

「しっかし……」

 

ルイスはベッド脇の椅子に座り、部屋を見回す。

 

そうして視線をベッドの二人に戻し、一言。

 

「暇だな」

 

看病に来るのに夢中で、こういった時間に何しようとかは全く決めていなかった。

 

荷物もほとんどが薬と看病用の道具で、残念ながら暇を潰せるものなどない。

 

かといって、外に出るなど論外である。

 

こんな状態の女の子二人を放置して出かけるなど、ただのクソ野郎である。

 

「……そういえば」

 

そんな時、ふと思い出した。

 

システィーナは熱心な『メルガリウスの天空城』のファン、通称メルガリアンと呼ばれるほどのマニアである。

 

ならば、この部屋には当然とある本がある。

 

「あったあった。やっぱりここか」

 

部屋の片隅にある本棚に、件の本はあった。

 

タイトルは『メルガリウスの魔法使い』。

 

正義の魔法使いが魔王を倒す、典型的な童話である。

 

「久しぶりに読むか」

 

無事に二人を看病しながら時間を潰す手段を見つけ、ルイスはしばし本を読みふけっていた。

 

どれくらい時間が経っただろうか。

 

不意に、ルミアが苦しそうな声を上げた。

 

「はあっ……はぁっ……!」

「ルミア?」

 

ただ事ではないと察し、ルイスはルミアの顔を覗きこむ。

 

「さむ……い……!寒い……!」

「……そうか。汗が冷えて……」

 

おそらく、ルミアの熱が上がったのだろう。

 

そのせいで汗をかき、それが冷えて身体を冷やしてしまっているのだ。

 

このまま放置しては、確実に風邪が悪化する。

 

「ルミア。おい、ルミア!」

「……はぁっ……はっ……ルイス……くん……?」

 

肩を揺すり、ルミアを起こす。

 

開いているものの、その目の焦点はあっておらず、身体中に汗をかいている。

 

(……ごめん、ルミア)

 

「ルミア、このままじゃ身体が冷える。ひとまず、汗を拭こう」

「……うん」

「で、だ。ルミアは動くのもしんどいだろうから、その……俺が拭いても大丈夫か?」

「………うん。お願いね」

 

ゆっくりと、しかし確かに頷くルミア。

 

顔は、お互い真っ赤である。

 

正常な判断を失っている可能性はあるが、無断で服を脱がせるよりはマシだろう。

 

「……それで、あの……服脱ぐから……」

「あ、ああ、ごめん。あっち向いてる」

 

大慌てでルイスは後ろを向く。

 

やたらと早鐘をうつ心臓。

 

すぐ後ろで聞こえる、衣擦れの音。

 

(やばいやばいやばいやばい)

 

まるで上官に会う兵士のごとく身体を真っ直ぐにしながら、長い時間を耐え続ける。

 

「い、いいよ、ルイスくん」

 

やがてルミアの許可が出た。

 

恐る恐る後ろを振り向き、また速攻で目を逸らす。

 

(無理無理無理無理無理無理!直視できるかっ!?)

 

振り返った先には、胸元を右腕で隠し、背中を向けるルミア。

 

システィーナ程ではないが充分に綺麗な肌と、じっとり汗ばんだ身体。

 

それによって張り付いた金髪が、ルミアを普段とはまるで違う雰囲気にさせる。

 

しかし、長い間脱いだままでは、余計体調を崩してしまう。

 

「……よし」

 

覚悟を決め、ルイスはタオルを手に取る。

 

極力見ないようにしながら、ルミアの背中に恐る恐る触れる。

 

「んっ……!」

 

くすぐったかったのか、ルミアが短く声を上げる。

 

(頼むから耐えてくれよ俺の理性───!)

 

タオルを滑らせ、手早く動かす。

 

「る、ルイスくん……ちょっと痛い……」

「あ、ああ、ごめん……」

 

知らず知らずに力が入っていたらしく、ルイスはゆっくりとタオルを動かす。

 

しかし、そうなれば当然、時間がかかるわけで。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

近距離から聞こえるルミアの息遣い。

 

タオルごしでもわかる、肌の柔らかさ。

 

そして何より、思春期男子には目の毒極まりない光景。

 

ルイスの精神力の限界が試されていた。

 

ほんの数分のことだが、永久のように果てしなかった時間が終わり、ルイスはタオルを畳む。

 

「よ、よし……終わった……」

「あ、ありがとう。ルイスくん」

「お、おおお、おう」

 

全力で声を震わせ、ルイスは足早に部屋を出ていった。

 

─────────────────────

 

しかし、事件はそれでは終わらない。

 

ルミアの着替えも終わり、ルイスが再び椅子に座ってしばらくした頃。

 

今度はシスティーナが動き出した。

 

「ん……」

「どうしたんだ?システィ」

 

先程のルミア同様、システィーナの顔を覗きこむ。

 

見たところ、異常はない。

 

多少顔は赤いが、それでも朝よりは大分良くなってきている。

 

だが、ルイスは判断を誤った。

 

いきなり、システィーナがルイスの首に腕を回し、自分に引き寄せたのだ。

 

「ぐおっ!?」

 

突然の事態にさすがに対処できず、ルイスはシスティーナとルミアの間に収まる形で、ベッドに寝転がってしまった。

 

(な、なにごと!?)

 

状況が飲み込めないルイスはひたすら困惑する。

 

そこへ追い打ちをかけるかのごとく、

 

「うーん……」

 

寝ぼけたシスティーナがルイスをきつく抱き寄せる。

 

(待て待て待て待て待て待て!!!)

 

しかも、場所が悪いことにそこはシスティーナの胸の中央である。

 

漂ってくる甘酸っぱい香り。

 

触れただけで壊れそうな柔らかい肌が押し付けられ、ルイスは意識を消失しかける。

 

だが、ここで意識を失ったら、起きた時にはあらゆるものを失うことになる。

 

(とりあえず脱出するしかない!)

 

身体を小さく縮め、どうにか腕から抜け出そうとしていると……。

 

「ん、んんっ……?」

 

システィーナが、ぱっちりと目を開いた。

 

「あっ……」

 

(終わった)

 

悟り、殴られてもいいように歯を食いしばっていると、

 

「あら、ルイス。あはは、どうしたのぉ?」

 

やけに柔らかい表情でそう言った。

 

その表情には、見覚えがあった。

 

あれは数年前、システィーナが誤って父親のワインを飲んでしまった時のこと。

 

それなり高いワインだっらしく、たった一杯でも結構な度数だ。

 

結果システィーナはベロベロに酔い、ところ構わずあらゆる人に抱きつくわ、頬ずりするわで収集のつかない事態になっていた。

 

その時の表情に、今のシスティーナはよく似ていた。

 

(つまり、熱にやられて酔った時の状態になったってわけか……?)

 

そう推測を立て、ルイスはこの後起こることを考える。

 

そして、ダラダラと冷や汗を流した。

 

「ねぇぇ、ルイスぅ……。うふふふ……」

 

とろん、とした表情のシスティーナ。

 

酔った時の症状、抱きつき魔、甘え魔。

 

加えて、ここはベッドの上である。

 

(……頼むからもう少しだけ、もう少しだけ頑張ってくれよ。俺の理性……)

 

半ば諦めたような気持ちで、さらに強くなるシスティーナの抱擁に備えるのだった。

 

─────────────────────

 

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……!」

 

どうにかシスティーナの抱きつき甘え地獄(割と天国でもある)を乗り切り、ようやく眠ったので脱出したルイスは、荒く息を吐く。

 

「つ、疲れた……なんで……看病でここまで疲れないといけないんだ……」

 

もはや本を読む気になどならず、背もたれに勢いよくもたれる。

 

「……くそ。明日どんな顔して二人に会えばいいんだ……?」

 

二人が覚えているかはわからないが、どちらにせよルイスが顔を合わせるたびに意識してしまいそうである。

 

しばらく窓の外を眺め、気持ちを落ち着かせる。

 

いつの間にか日は暮れて、空には月が出かかっていた。

 

「……いい月だ」

 

ルイスは月が好きだ。

 

というか、夜空と月の組み合わせが落ち着く。

 

昔はよく、システィーナの部屋のバルコニーで星を見ていた。

 

幾許か落ち着き、再びベッドの上の二人を見る。

 

もうすっかり表情は落ち着き、熱も下がったようだ。

 

ハルズベルト家特製風邪薬の威力は伊達ではない。

 

「……本当にどうしよ。ぶっちゃけ今でも顔合わせ辛い……」

 

そしてまた同じことで悩んでいた。

 

そんな時、二人が、

 

「う……ん……」

「んっ……」

 

同時に身じろぎした。

 

思わず身構えるルイスだが、とくになにも起こらない。

 

代わりにポソリと、

 

「ルイス……」

「ルイスくん……」

 

名前を呟き、

 

「「ありがとう……」」

 

といって頬を綻ばせる。

 

ルイスは面食らったような顔をして、その後微笑みながら、

 

「どういたしまして」

 

と言った。

 

(まあ、どうにかなるか)

 

そんなことを、考えながら。

 

ちなみに後日、ルイスも盛大に風邪を引き、二人に平謝りされながら看病されたというが。

 

それはまた、別のお話。




如何でしたでしょうか?

実は他にも色々とアイディアはあるので、また書けたらいいなと思っています

少しでもお楽しみ頂けましたら、幸いです


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君と出会った日(システィーナ編)

改めてまして、たくさんのお気に入り登録&UAありがとうございます!

こちらは、テーマを皆様に募集した短編小説になります!

幼なじみ三人の馴れ初めになります!

お楽しみ頂ければ幸いです

よろしくお願い致します!


「その時ルイスってば、泣きながらそこら中を走り回ってね!」

「あはは、昔はそんなに酷かったんだ」

「もうやめてくれ、マジで」

 

部屋の中に、二人分の少女の笑い声と、一人分のため息がこだまする。

 

現在、ルイスはフィーベル家に泊まりに来ていた。

 

元々そんなつもりはなかったが、帰ろうとした矢先に唐突な土砂降り。

 

止むまで待ってはみたものの、残念ながら止む気配はない。

 

むしろ強まっているようだ。

 

時間がもったいないからと夕食をいただき、お風呂まで入らせてもらい、今に至る。

 

結局雨は止まず、このまま泊まることになったのだった。

 

夜も更け、寝る前に少し話をしようということになり、システィーナの部屋に集まった。

 

「っていうか、なんでこんな昔の黒歴史掘り下げられなきゃいけないんだよ……」

 

そこで、何故かルイスの思い出したくもない過去を明かされることになった。

 

「ルイスの話が一番面白いからじゃない?」

「それ絶対褒めてはいないだろ」

「ふ……うふふ……!」

「ルミアもそんな笑わないでくれ……」

 

先程と同じく、笑い声とため息が響く。

 

それでも、二人が笑っているならいいかな、と思っているのがルイスの本音である。

 

そんなこんなで話は続き、話題は別のことに(ようやく)なった。

 

「そういえば、システィとルイス君って、何年くらい前から仲がいいの?」

 

ルイスが紅茶を入れて部屋に戻り、一息ついた時にルミアがそう言う。

 

すると、システィーナとルミアは顔を見合わせ、

 

「「……………?」」

 

不思議そうに首を傾げる。

 

「あ、あれ?」

 

予想外の反応に、ルミアは拍子抜けする。

 

てっきり、はっきり覚えているものだと思ったのだ。

 

「……いつからだっけな?」

「結構前だったはずだけど……」

「「わからない……」」

 

二人して腕を組み、まったくわからないと言わんばかりに考え込む。

 

「けど、会った時のことは覚えてるよ。しっかりと」

「それは私も覚えてるわ」

 

そう言い、二人で微笑み合う。

 

それを聞き、ルミアが身を乗り出す。

 

「その話、聞きたいな。二人で話してくれないかな?」

「んー、まあ、それくらいならいいわよ」

「特に隠す事じゃないしな」

「やった!ありがとう」

 

ルミアとシスティーナはベッドに座り、ルイスは椅子に座った。

 

「あれはたしか……俺の実家が初めて配達に来た時だったな」

 

─────────────────────

 

「これで全部ですね。ご購入ありがとうございました」

「いえいえ、そんな。質のいい物ばかりですし、こうして配達までしてくれたんですから」

 

フィーベル家、その門前にて。

 

細身だが筋肉質な男性と、人の良さそうな男性が話している。

 

筋肉質な方がルイスの父親、もう片方はフィーベル家の主である男性だ。

 

「よろしかったら、お茶でもいかがですか?天気もいいですし、妻も呼びますから」

「いえ、そんな……。お気持ちだけで」

「遠慮しないでください。ちょうど美味しい茶葉が手に入ったんです」

「では、お邪魔させていただきます」

「お邪魔致します」

 

もう一人、気の強そうな美人の女性、ルイスの母親も行儀よく礼をし、敷地内に入る。

 

「おじゃまします」

 

ルイスもそう言い、中庭と思われる場所に入る。

 

両親は一緒に屋敷の中に入ってしまったので、ルイスは中庭を歩き回った。

 

「……広いなー」

 

適当な感想を呟きながら、さらに歩き進めると、ルイスの鋭敏な耳が何かを捉えた。

 

ルイスは生まれつき、五感が鋭い。

 

そのせいで、今母親と一緒に行っている『毒物に慣れる訓練』になかなか苦痛を伴っているため、ルイスはあまり好きな体質ではないが。

 

辺りを見回し、音の方向に歩みを進める。

 

近づくにつれ、それが人の啜り泣く声であることに気がついた。

 

やや急ぎ足になり、しまいには走り出してルイスは声の主の元へ辿り着いた。

 

やや大きめ木が影を作る、のどかな風景。

 

そこには、一人の少女が座り込んでいた。

 

後ろ姿だけだが、その美しい銀髪は、離れた位置からでも目を引いた。

 

「……どうした?どっか痛いのか?」

 

そんな少女の元へ近づき、ルイスは話しかける。

 

すると、少女はびくっと肩を震わせて、

 

「……誰?」

 

恐る恐る、といった様子で尋ねてくる。

 

「オレはルイスっていうんだ。えっと、ここに配達に来たんだよ」

「……ああ。お父様が言ってた……」

「そうなの?」

 

こくり、と頷く少女に、ルイスは頭を搔く。

 

何があったのかはわからないが、どうやらかなり落ち込んでいるらしい。

 

「どうしたんだ?」

「……これ」

 

少女の差し出したものを見てみると、それは一冊の本だった。

 

分厚く、表紙や紙の状態から、相当に古い本であることがわかる。

 

しかし、その本の開かれたページは、茶色の液体でびしょびしょだった。

 

「お爺様の大事な本に……紅茶をこぼしちゃって……」

「それで落ち込んでたのか」

「……うん」

 

小さく頷きながらそう言い、少女はまた落ち込み始めた。

 

「どうしよう……お爺様に怒られる……」

 

そうして、また肩を震わせて泣き始めた。

 

すすり泣く声の正体は、自分がやったことの罪の意識耐えきれず、泣いている声だったのだ。

 

(どうしよ……)

 

なんとかしたい、とは思うが手が思いつかない。

 

ルイスに思いつくのは、せいぜい一緒に謝りに行くことくらいだ。

 

すすり泣く少女を前に、あわあわと慌てるルイス。

 

頭から湯気が出るほど考え込み、ルイスは奇跡的に手を思いついた。

 

「ちょ、ちょっと待ってて!」

 

少女にそう言い、ルイスは庭を駆け抜けて屋敷に飛び込む。

 

「母さん!薬袋見せて!」

「え?まあ、いいけれど……」

 

そう母親が答えるや否や、薬袋の中をゴソゴソと探り、必要なものを引っ張り出す。

 

「これもらうよ!」

 

そして、ろくに薬を見せすらしないで、ルイスは走り去った。

 

中庭に戻り、相変わらず座り込んでいる少女の元へ走り寄る。

 

いくつかの試験管を広げ、使う順番を思案する。

 

実は、ルイスはそれなりに薬の種類と効果を記憶しているのだ。

 

伊達に道具屋の看板息子はやっていない。

 

「……よし。それ、貸してくれ」

「うん……」

 

半信半疑……というか、八割疑っているような感じで、少女は本を手渡す。

 

ルイスはそれを受け取ると、栓を抜いて中の黄色の液体を躊躇いなくぶっかけた。

 

「ちょ、なにを……!」

「大丈夫、見てて」

 

止めようとする少女をなだめ、ルイスは本を指さす。

 

首を傾げながら本を見ると、そこには驚くべき光景があった。

 

紅茶の色が段々と抜けていき、薬と一緒に地面にこぼれていくのだ。

 

この薬は、元々衣服の染色する際に、元の色を脱色するためのものだ。

 

それを水で薄め、紅茶の色を抜いたのだ。

 

「あとは、これで……」

 

別の薬をかけ、本のページを引っ張る。

 

すると、みるみるうちに本から水気がなくなっていく。

 

これは、水を吸収する性質のある薬の効果だ。

 

本当は別の用途があるが、今回は水気を失くすために使用した。

 

「ん、ちょっとしわしわだけど、結構マシじゃないか?」

「本当だ……。すごい、魔術師みたい!」

 

本を手渡すと、少女は飛び跳ねて喜んだ。

 

今度は嬉し涙すら浮かべるほどだ。

 

「ありがとう!ルイス!」

 

満面の笑みでそう言い、手を握る少女に、ルイスは思わず目を逸らしながら答える。

 

「お、お、おう……」

 

よくよく見てみれば相当な美少女だったため、手を握られるだけで緊張するのだ。

 

「で、でも、オレは魔術師じゃないから……」

「わかってる。でも、すごいわ!」

「あ、ありがと……」

 

ぶんぶん、と手を上下に振り、再びお礼を言う。

 

しかし、その笑顔は徐々に曇り、やがて元の沈んだ表情になってしまった。

 

「ど、どうした?」

「わたしも……こんなすごいことが出来たらなぁ……」

 

ため息をつき、少女は続ける。

 

「わたしもいつか、立派な魔術師になって、あの空に浮かぶ城……『メルガリウスの天空城』の謎を解き明かすの。それは、ぜったいに叶えたい」

「うん……」

「だけど、わたしの周りの人が言うの。そんなの叶わない、お爺様でもできなかったことを、わたしができるわけないって。だから……」

 

再び瞳が涙に濡れ、少女はそれを必死で拭う。

 

「もう、だめなのかな……」

 

空を見上げ、そこに浮かぶ巨大な城を眺めながら、少女はそう言う。

 

隣に座るルイスも、それにならう。

 

風が吹き、天空城の周りの雲が流れていく。

 

しばらく、空を見上げ続けていたが、

 

「……だめじゃないよ」

 

ルイスが、ふとそう言った。

 

「え……?」

「だめじゃないよ。きっとできる」

 

念を押すように、繰り返す。

 

「その……うまく言えないけど、お爺さんはすごいんだろ?」

「それはもちろん!お爺様は偉大な魔術師よ!」

「じゃあ、大丈夫だって」

「……?」

 

意図がわからず、不思議そうな顔をする。

 

「お爺さんがすごいなら、孫だってすごいはずだ。きっとそうだよ」

 

少年らしい、理屈も何もない理論。

 

大雑把で、適当この上ない励ましだ。

 

しかし、どうしてか、心は軽くなる。

 

「……そうね。わたしのお爺様がすごいなら、わたしにもできるわよね!」

「そうそう、その意気だ」

 

少女は立ち上がり、ガッツポーズをして気合いを入れる。

 

どうやら、すっかり立ち直ったようだ。

 

「ありがとう、ルイス。ちょっと元気になれたわ」

「いいよ、気にしないで。えーっと……」

 

そういえば名前を聞いていないことに気がつき、ルイスは言葉に詰まる。

 

「あ、ごめんなさい。私はシスティーナ。仲がいい人は、みんな『システィ』って呼ぶわ」

 

ぺこり、と一礼してそう言うシスティーナ。

 

ルイスは慌てて一礼を返し、

 

「わかった。よろしくな、システィ」

 

と、笑顔で手を差し出した。

 

システィーナは、しばらくパチパチと瞬きをしながら手を眺めていたが、

 

「うん。よろしく、ルイス」

 

そう言い、彼女も笑顔で手を握った。




かなり長くなってしまったので、2話構成に分けたいと思います

来週、この続きのルミア編を投稿しますので、よろしかったら見てください!

……決して、ネタが尽きたとかではないですよ?

それでは、また来週お会いしましょう!


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君と出会った日(ルミア編)

よ、ようやく書き上がりました……!

待ってくださった方、お待たせして申し訳ありません!

気合い入れて書きましたので、お楽しみいただければ幸いです!

それでは、ごゆっくりどうぞ!


「そっかー……。ルイス君は昔から変わらないんだね」

「そうね。相変わらず優しいわ」

「なんだ、今度は褒め殺しか」

 

にこやかに笑う二人に対し、ルイスはどこか不審そうな顔をしている。

 

「それに、二人らしい話だね。なんかすごく納得できるよ」

「それって、私がドジってこと?」

「あー、そういうところはあるよな」

「そういうところはあるよね」

「二人とも失礼じゃない……?」

 

今度はシスティーナがむくれる番だ。

 

「まあまあ、そう怒るな。ほら、クッキー持ってきたから」

 

言いながら、鞄からクッキーを取り出す。

 

もちろん手作りである。

 

「……まあ、そこまで言うなら」

 

システィーナはクッキーを見ると、いそいそとそれを手に取った。

 

「良かった」

「そうだな」

 

そんなシスティーナの様子に、ルミアとルイスは顔を見合わせて微笑む。

 

しばらくの間、ルイス作のクッキーを食べながら雑談していると、

 

「昔の話といえば、ルイスとルミアって、仲良くなるの早かったわね」

 

クッキーを咥えながら、システィーナが思い出したように言う。

 

「……そういえば、そうだな」

「システィよりは早かったかも」

「『かも』じゃなくて早かったわよ」

 

唇を尖らせるシスティーナ。

 

しかし、すぐに顔を直し、

 

「ルミアがうちに来て、そう時間は経ってなかったはずよね?何かあったの?」

 

身を乗り出しながら二人に尋ねる。

 

「うーん……そうだね。あったといえば、あったかな」

 

そう答え、ルミアが微笑む。

 

「へー!聞きたい!」

「どうする?ルイス君」

「俺はルミアがいいなら構わないよ」

 

ルイスが許可し、紅茶を啜りながら話始めた。

 

「ルミアと最初に会ったのは、ルミアがシスティの家に来てから五日目くらい……だったかな?」

 

─────────────────────

 

「あーもー!なんでそんな言い方しか出来ないのよ!?いい加減にしてよ!?」

「だって本当のことだもん!私のことは放っておいてって言ってるでしょ!?」

 

少々久しぶりにフィーベル邸へとやって来たルイスは、そんな少女二人の怒号によって、熱烈な歓迎を受けた。

 

「ごめんね、ルイス君。ちょっと今、騒がしくて」

「ああ、いえ。お気になさらず。うちよりはまだ静かな方ですよ」

「あら、そうなの?」

「はい。うちの両親がうるさいもので」

 

すっかり慣れた敬語でシスティーナの母親をフォローすると、ルイスは屋敷に上がる。

 

件の怒声は、屋敷のリビングから聞こえるようだ。

 

「おーい……システィ?」

 

扉からひょっこり顔を出し、部屋の中を覗き込む。

 

「うわ……」

 

そして、思わず眉をひそめた。

 

部屋の中は凄惨な状態だった。

 

少女二人がどんな暴れ方をしたらこうなるのか、まるで泥棒にでも入られたかのようだ。

 

カーテンは破れ、机や椅子は傷だらけ。

 

ソファからは綿が飛び出し、絨毯の上には紅茶などが大量にぶちまけられている。

 

窓ガラスも、どうやら一、二枚は割れているようだ。

 

「な、何があったんだ……?」

 

恐る恐る中に入り、システィーナではない別の少女の方を見る。

 

先程の怒号のうち、聞き覚えのない方だろう。

 

部屋の中央に座り込み、瞳一杯に涙を蓄えている金髪の少女。

 

遠目からでもわかるその美貌は、怒りとも悲しみともつかない表情をしていて、目は虚ろになっていた。

 

その少し離れた位置で座り込むシスティーナのところへ、ルイスは歩み寄る。

 

「な、なぁ、システィ」

「あ……ルイス……おはよ」

「お、おう……おはよう」

 

曖昧に挨拶を返し、システィーナの顔を見る。

 

「って、システィ!切れてる、ほっぺた切れてるって!」

「えっ……?」

 

焦るルイスの言葉に、システィーナは頬に手を当てる。

 

指にぬるりとした感触。

 

頬から感じる、刺すような痛み。

 

その手のひらを見てみると、赤い血がベッタリというほどではないが付着していた。

 

「───本当だ。いつの間に」

「落ち着いてる場合かよ!結構傷大きいじゃねぇか……!」

 

ルイスがそう言うと、金髪の少女がビクリと肩を震わせる。

 

「………?」

 

多少気にはなったが、今は無視。

 

ひとまずシスティーナを治療するための道具を取り出し、薬を傷口に塗る。

 

「痛っ───!」

「我慢してくれ。深くはないけど、傷が残ったら嫌だろ?」

「うん……」

 

納得したシスティーナは、歯を食いしばって痛みに耐える。

 

やたらとしみるが、効果は折り紙つきだ。

 

その薬を適度に塗り、仕上げに絆創膏を貼る。

 

「よし、これで大丈夫だ」

「ありがと、ルイス」

「いいってことよ。で……何があったんだよ、これ」

 

立ち上がり、周りを見回すと、相変わらず酷い有様だ。

 

「……なんでもないわ。その子と、ちょっと言い合いになっただけよ」

「お前らの声には攻撃力があるのかよ」

「うっ……。と、とにかく、その子と喧嘩になったの!それだけ!」

「ふーん……」

 

とくに驚いた様子もなく、ルイスはそう言う。

 

システィーナが誰かと喧嘩になるなど、もはや慣れたことだ。

 

そんなことを気にしていたら、システィーナという少女とは付き合えない。

 

「というかそもそも、あの子のこと知らないんだけど……」

「ああ、そっか。ルイスは会うの初めてだったわね」

 

まるで睨むように少女の方を見ると、システィーナは続ける。

 

「あの子は最近うちで引き取ることになった、『ルミア=ティンジェル』って子なのよ。ここに来る前に色々あったらしいんだけど、どうにも関わり辛くて」

「なるほどね。で、喧嘩になったと」

「べ、別に私が悪いわけじゃないわよ!あの子の言い方が────!」

「だから、気に入らなければ関わらないでよ!」

 

システィーナの言葉を遮り、金髪の少女、ルミアが怒鳴る。

 

そうして、部屋を飛び出して外に走り去ってしまった。

 

「────っ」

システィーナは、一瞬だけ何か言いたそうにするが、すぐに口を閉じる。

 

(わっかりやすいなぁ……)

 

その行動の理由など、ルイスにはお見通しだった。

 

ようは、システィーナもルミアが心配で仕方ないのだ。

 

だから話しかけて、それを拒否されて、つい苛立つ。

 

(素直じゃないよな、まったく)

 

肩を竦め、ルイスは胸中でそう呟く。

 

口に出したら何をされるかわからない。

 

「仕方ないな。ちょっと待ってろよ、システィ」

「え?」

「部屋をめちゃくちゃにしたんだから、二人揃ってご両親に謝れよな。ちょっと行ってくる」

 

そして、システィーナの返事も聞かず、ルイスは屋敷を飛び出した。

 

門を走り抜け、しばらく歩き続ける。

 

すぐに追いつけると判断していたが、意外に足が速かったようだ。

 

「っていうか、たしか裸足だったよな……」

 

裸足で走る体力も凄いが、それで街中に出る度胸もすごい。

 

やがて街に出たルイスは、その場にいた人たちに聞きこみすることにした。

 

中には道具屋の看板息子であるルイスを知っている人もいて、丁寧に答えてくれた。

 

そうして辿り着いた結論は、

 

「街の方には来てないな……?」

 

というものだった。

 

多少目撃情報はあったが、街の少し奥の方に行くとそれがパッタリとなくなる。

 

ということは、街中には入っていないということだ。

 

「ってことは、あそこか?」

 

呟き、ルイスは街外れのある場所を見上げる。

 

視線の先には、ルイスのお気に入りの場所である、小高い丘があった。

 

慣れたこと道をささっと上り、ルイスは丘の上に着いた。

 

案の定、ルミアはそこにいた。

 

膝を抱えて座り込み、また瞳一杯に涙を溜めていた。

 

「……見つけた」

「!?」

 

ルミアの傍に行き、声をかけると、まるで怯えているかのように肩を震わせた。

 

「……な………に……?」

 

その尋常ではない怯えっぷりに、流石のルイスも焦る。

 

「あー、いや、驚かせようとした訳じゃないんだ。ごめん。そんなに怯えないでくれ」

「や……来ないで……」

「え、えぇ……?」

 

ただ事ではないのはわかるが、そうはっきり拒絶されると傷つくものだ。

 

仕方ないので、近づくのは諦める。

 

代わりに、ちょっと離れた位置に立ち、肘を置いて身体を預ける。

 

ひたすら気まずい沈黙。

 

普段は心地よく感じる風も、気まずさを助長させるようにしか感じられない。

 

ある程度高かったはずの日も落ち始め、辺りを茜色に染め上げる。

 

その頃になってようやく、

 

(そろそろ話しかけないとまずい)

 

と決心を固めた。

 

「………あー、えっと」

「!?」

「えぇ……?」

 

最初に話しかけた時と同じ反応をされ、傷つくルイス。

 

長丁場になることを覚悟し、ルイスは再び話しかける。

 

「えっと……何か……あったのか?」

「あなたには、関係ない……から」

 

(取り付く島もねぇ……)

 

あまりにも突っぱねられた言い方に、若干泣きそうになる。

 

(あー、もう、いいや)

 

嫌気が差したのか、ルイスが態度をガラリと変える。

 

「そうだよ、関係なんざねぇよ」

「………え?」

 

口調は若干荒々しく、雰囲気も少々変わった。

 

「あのな、今日会ったばかりのやつに何を期待してるんだよ?同情か?慰めか?出来るわけねぇよ」

「そ、そんなこと……!」

 

ルミアは咄嗟に言い返そうとするが、言葉が続かない。

 

自分の中にそういう気持ちがなかったとは、言いきれないからだ。

 

「会ったばかりで何も知らないやつに、言えることなんてある訳ないだろ。出来るのはせいぜい────」

 

そこで一旦言葉を切り、つかつかとルミアに近寄る。

 

距離は、数十センチ程だろうか。

 

「こうして歩み寄ることくらいだろうが」

 

そんな近距離で、真っ直ぐルミアを見つめ、そう言う。

 

「けどな、歩み寄ったところで、お前が逃げてどうするんだよ、ルミア」

「…………」

 

的を射た発言なのか、ルミアはひたすら沈黙する。

 

「近寄っても逃げられたら、距離なんか変わらない。ルミアも歩み寄るか、せめて動くな。そうしたら、いくらでも近づいて行ってやる」

「────!」

 

ルミアが息を呑む。

 

同情はされてきた。

 

不自然な程優しい言葉も、不遇な境遇を慰める声も嫌になるほど聞いた。

 

「いくらでも近づいて、絶対そこから動かない。それともなんだ、それすら嫌か?」

 

けれど、ここまで強い言葉は初めて聞いた。

 

優しくもなければ、こちらを気遣うわけでもない。

 

考え方によっては、自分勝手にも思える程だ。

 

だが、偶然か、それともそれが欲しい言葉だったのか。

 

「───うっ……っ……!」

「なっ、お、おい……!そんな嫌か……?」

「ち、違うの……これは、あの……」

 

赤く腫れた目を擦り、ルミアが続ける。

 

「そんなこと、言われたことなくて……。フィーベルの人たちも、システィーナも、ずっと私のこと可哀想って言うから……」

「…………」

 

それは、もちろん当然だ。

 

むしろ、ルイスのようなことを言う方が変わっている。

 

「……けど、お前の人生だろ」

「え……?」

 

困惑するルミアに、ルイスは続ける。

 

「色々あって、いっぱい傷ついたんだろう。嫌なことがたくさんあって、なんでこんな目にって思ったんだろ?」

「う、うん……」

「けど、それでもルミアの人生だろ?嫌なことも全部、ルミアの人生なんだ。自分で否定してどうすんだよ」

「……あ」

 

気がついたように、ルミアが呟いた。

 

「自分の人生否定したら、今までも、これからも否定することになる。後悔しても、嫌になっても、否定するのだけはやめろ」

「………うん」

「そうするなら、俺もルミアのことを否定なんてしないから」

 

そうして、初めてニッコリと笑い、

 

「約束するよ。絶対俺は、ルミアの傍にいるよ。意地でも離れてやるもんか」

 

堂々と、そう言った。

 

「………う…ん……ありが、とう」

 

さっきまでと同じように、さっきとは全く逆の表情で、お礼を言うルミア。

 

出会ったころの死んだような瞳では、もうなかった。

 

─────────────────────

 

「……なんか、劇的ね」

「そうか?」

「そうかな?」

 

話を聞き終わり、システィーナが呟くと、ルイスとルミアが首を傾げる。

 

「いや、途中から物語を読んでる気分だったわ」

「やめてくれ、結構恥ずかしいこと言ってた自覚はあるんだ」

「素敵だったよ?ルイス君」

「普段なら褒め言葉だけど、今ばかりは別の意味に聞こえる」

 

話が終わった直後から弄られる現状に、ルイスは嘆息した。

 

「まあ、でも、確かに納得だわ。それだけのことがあったなら、私よりも先には仲良くなったりするわよ」

「うん。あの時のことは本当に感謝してる。改めて、ありがとう。ルイス君」

「ん……おうよ」

 

屈託のない笑顔を向けられ、ルイスは恥ずかしそうに頭を搔く。

 

「んで、そういう二人はどうなったんだよ。きっかけは知ってるけど、仲良くなった理由詳しく知らないんだけど」

「そうね。何話したっけ?」

「色々話したねー。例えば……」

 

こうして、幼なじみ三人の話は朝日が登るまで続いた。

 

翌日に授業があるというのに、大丈夫なのだろうか、この三人は。




二部構成に切ったにも関わらず、5000文字オーバーとは……

自分でびっくりです

如何でしたでしょうか?

少しでも楽しんでいただければ、私はとても嬉しいです

また、つい最近UAが10万を突破しました!

これを記念して、また短編小説を書きたいと思っています

いつになるかはわかりませんが、そちらもよろしくお願い致します!

それでは、また来週お会いしましょう!


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赤い弓兵

書くのが絶望的に遅い!

ネタが固まってたのにこの遅さとは何事ですかね、本当に!?

というわけで、ようやく完成致しました!

改めまして、閲覧件数10万突破ありがとうございます!

こちら、読み切りの短編になります!

今回は真面目に書きましたので、楽しんでいただければ幸いです!

ごゆっくりどうぞ!


「ん?」

 

ルイスにはお気に入りの場所がある。

 

街を一望出来る小高い丘で、そこから夕陽を見ると、思わず見惚れる程に綺麗なのだ。

 

ルミアと仲良くなるきっかけにもなった、思い出深い場所でもある。

 

しかし、普段は人がいることなどほとんどないのに、今日は先客がいたようだ。

 

「誰だあれ」

 

傍目から見ても、奇妙な人物だった。

 

年の頃は青年と言える見た目。

 

肌は浅黒く、白髪は逆だっており、黒い服に赤い色の外套を羽織っている。

 

そして、その目はただ一点、燃えるような赤色を放つ夕陽を眺めていた。

 

まるで何かを懐かしむように、取り憑かれたように眺め続けている。

 

「……なんか気になるな」

 

無視するというのも引っかかりを感じ、ルイスは青年に近寄った。

 

「……あまり見ない顔だな。こんな所でどうしたんだ?」

 

そして、割と踏み込んだ質問をした。

 

「何でもないよ。ただ、昔を思い出していたんだ」

 

皮肉めいた笑みを浮かべながら、そう言って青年はルイスの方を向く。

 

その瞬間、青年は大きく目を見開いた。

 

なぜ、どうして、という感情が透けて見えるような表情をし、少しの間思わず硬直してしまう。

 

しかし、すぐに取り繕うように、表情を元に戻した。

 

「ふーん……そっか」

「……自分で聞いた割には興味なさげだな」

 

そのせいか、ルイスは青年の変化に気がつかなったようだ。

 

「まあ、ちょっと気になっただけだし。ほら、この辺り出身の見た目じゃなかったから」

 

すると、青年は納得したような顔をする。

 

「そういえば、名前は何ていうんだ?」

「随分と踏み込んでくるな、君は」

「理由はさっきと同じく」

「……まあ、いいだろう」

 

何故か胸を張っているルイスに、青年は苦笑いで答える。

 

「そうだな。今は『無銘』と名乗っておこう」

「『ムメイ』……?」

 

聞き覚えのない響きに、ルイスは首を傾げる。

 

「私も名乗ったんだ。君も名乗るのが礼儀ではないかな」

「あー、たしかにそうだな……。俺はルイス=ハルズベルト。ルイスでいいよ」

「ルイス……か。では、ルイス。会っていきなりだが、君に提案がある」

 

会っていきなり何を言うんだ、こいつ?

 

といった顔をするルイス。

 

それが盛大なブーメランであることに、残念ながら気がついていない。

 

「提案か……なんだ?」

「君は魔術師だろう?だったら、私に魔術を教わるつもりはないか?」

 

突然のことに目が点になる。

 

まさか、一目で魔術師(見習い)であることを見抜かれ、しかも魔術を教えると言われたのだ。

 

そうなるのも無理はない。

 

だが、同時にルイスは、何故かそれを承諾する気になっていた。

 

ただの直感だが、ルイスはこの話に乗るべきだと思ったのだ。

 

商売上手の両親譲りの直感は伊達ではない。

 

しかし、それでも、聞くべきことはある。

 

まず第一に、

 

「なんでだ?」

 

理由を尋ねる。

 

「……なに。少し、この世界に形を残したくなっただけだよ」

「なるほど。わからん」

「君は素直だな」

「子どもってそんなものだろ?」

「それは子ども本人が言うべきセリフではないな」

 

もはや呆れ顔をする無銘。

 

そんな無銘の内心も梅雨知らず、ルイスは少しだけ考える仕草をした後、

 

「分かった。その代わり、行く宛がないならうちに来いよ。よろしくな!」

 

と言って、右手を差し出した。

 

「いや、そこまで世話になるわけには……」

 

咄嗟に無銘は断るが、ルイスは頑として譲らない。

 

こういうのは等価交換が原則なんだと。

 

「……分かった。では、お言葉に甘えるとしよう」

 

諦めたようにため息をつきながら、ルイスの手を握った。

 

こうして、ルイスと無銘の師弟関係が始まった。

 

───────────────────────

 

家に急に謎の青年を連れてきたことを、アミリアとレオンは『まあいいんじゃない』とだけ言って了承。

 

二人は基本的に、自分の仕事と家族、そして数少ない友人以外に興味が無い。

 

無銘がその友人枠に収まるか、何かやらかしでもしない限り、とくに反対する必要はなかった。

 

その夜、ルイスと一緒に無銘は夕食を作ったのだが、あまりの美味さに全員驚愕していた。

 

二人が出会った翌日、早速魔術の鍛錬が始まった。

 

「それでは始めよう」

「よろしくお願いします!で、どんな魔術を練習するんだ?」

 

深々と礼をし、勢い良く頭を上げてそう言う。

 

「そういえば、説明していなかったな。君には、私の魔術を習得して貰う。私にしか使えない魔術だ」

「……まさか、固有魔術(オリジナル)ってことか?」

「私にしか使えないということなら、そういうことになるな」

「いや、無理だろ……」

 

固有魔術は、作った術者しか使えない、作った術者だけの魔術だ。

 

製作者よりどれだけ高い魔力があっても、どれだけ圧倒的な才能があっても、術者出ない限りは使えない。

 

それを習得しろなど、無茶にも程がある。

 

「安心したまえ。君なら出来る」

「何その自信……」

 

ため息をつくルイスを無視し、無銘はルイスから少し離れる。

 

「百聞は一見にしかずだ。ひとまずは見本を見せよう」

 

そう言い、無銘は右手を突き出す。

 

ぐっ、と手を握り、再び開いたかと思うと、

 

「……え」

 

何も無いはずの手の中に、白い幅広の剣が現れていた。

 

「……え?え?」

「これが私の魔術【無限の剣製】。君にはこれを習得してもらう」

「……いい」

「ん?」

 

よく聞こえなかった無銘が聞き返す。

 

「かっこいい。めっちゃかっこいい!絶対習得する!頑張るよ、俺!」

「そ、そうか……なんにせよ、やる気が出てくれたのは良かった。では、まず原理等を説明することにしよう」

 

そうして、無銘はその手の剣を放り投げる。

 

「おっとと」

 

辛うじてキャッチしたルイスは、その剣を見聞する。

 

これでも鍛冶師の息子だ。

 

剣の善し悪しくらいは分かる。

 

「……名剣だな。けど、何かおかしい……」

「鋭いな。その剣は私が魔力で編み上げた代物だ。当然、本来の剣とは様々な点が異なる」

 

無銘はもう一本同じ剣を呼び出すと、それを構えた。

 

「ルイス。その剣で全力で打ち込んで来い」

「……?わ、分かった」

 

ルイスも構え、無銘の握る剣に狙いを据えて、一歩踏み込む。

 

「!」

 

見事な動きに、感嘆する無銘。

 

まだまだ未熟だが、年齢にしては良い動きだった。

 

横薙ぎに振るわれた剣は、エミヤの握る剣と衝突し、

 

バキンッ!

 

と音を鳴らしてその剣を通り抜けた。

 

「うおっ!?」

 

予想外の脆さに、ルイスはバランスを崩した。

 

「おっと」

 

その手を掴み、無銘はルイスを支える。

 

「あ、ありがとう」

「なに。それはさておき、これで分かっただろう?」

「……?」

「すまない、端折り過ぎたな」

 

こほん、と咳払いして続ける。

 

「今見た通り、同じ剣を作ったにも関わらず、後から作った方は極端に脆かった。何故か分かるか?」

「うーん……。魔力が足りなかったからとか?」

「それも一因としては有り得るが、今回は違う」

 

悩むルイスに、無銘は答えを告げる。

 

「剣のイメージが固まっていないからだ。基本骨子の想定、その剣がどんな効果を持つか。そのイメージが不足すると、作り出した剣はただの鈍になる」

「なるほど……。自分が作るものをはっきりイメージしないといけないのか……」

 

ふむふむ、と頷き、またペタペタと剣を触り始める。

 

「そうだ。【無限の剣製】は何よりイメージ力を要求する。まずは、起動の為の詠唱作りと、私の作った剣を覚えることから始めよう。次に進むのはそれからだ」

「よろしくお願いします!」

 

もう一度そう言い、夜遅くまで魔術の訓練は続いた。

 

───────────────────────

 

「『投影開始(トレースオン)』!!」

 

七日目。

 

何度目になるか分からないルイスの声が響き渡る。

 

時刻も既に夕刻。

 

練習に使っている広場も、茜色に染まり始めている。

 

今のところ、ルイスはただの一度も投影に成功してはいない。

 

四日目辺りに、木刀のように歪な剣のなり損ないは出来たが、それでは完成とは言えない。

 

それでも、無銘は根気よくルイスを指導する。

 

さらに時間が過ぎ、すっかり夜も更けて来たころ。

 

「『投影(トレース)』………!」

 

全力の魔力と気合いを込め、ルイスは叫ぶ。

 

「『開始(オン)』……!!!」

 

直後、ルイスの左手が光り輝く。

 

今までとは明らかに違う閃光に、二人の期待が高まる。

 

それは、無銘が見本として用意した剣の形を取る。

 

「やった……!」

 

成功を確信し、目を輝かせる。

 

だが、

 

パキャ────ッ!

 

と、小さな音を鳴らしてヒビが入り、直後に爆ぜた。

 

閃光に目を細め─────、

 

「え」

 

その視界が真っ赤に染まった。

 

「いっ………があぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

目を中心に激痛が走る。

 

まるで毒が広がるように、それは全身に蔓延する。

 

「ルイス!大丈夫か、ルイス!」

「うぐっ………はっ、はっ、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……!?」

 

どうやら欠片が完全に目に刺さったらしく、ルイスの目からとめどなく血が流れる。

 

無銘は応急処置をするべく、アミリア特製の薬をかける。

 

「……私ではどうにもならないな」

 

そう言い、無銘はルイスを抱えて夜の街を滑走した。

 

───────────────────────

 

「……まあ、これでひとまず大丈夫だろ」

「……申し訳ない。私がついていながら……」

「あんたが気にする事じゃないさ。不幸な事故だよ、事故」

 

アミリアは処置を終えて、手にこびりついた血を拭う。

 

ベッドでは、安らかにルイスが眠っている。

 

「……ルイスはどういう状態だ?」

「間違いなく、この先視力が回復することはないな。下手すりゃ脳に達してる傷だ。生きてるだけ儲けものだな」

「そうか……」

 

アミリアは薬学を学ぶ中で、医学もそれなりに習得している。

 

実際に手術などは出来ないが、怪我や病気の診察することくらいは出来る。

 

そのアミリアが言うのだ。

 

ほぼ間違いなく、回復は望めないだろう。

 

「すまない、私が無理をさせたせいで、ルイスがこんなことに……」

「さっきから言ってんだろ?気にすんなって。ルイスもあんたを恨んでなんかいないし、あたしも旦那も何も言うつもりなんざない。目が覚めたら、また魔術の手ほどきでもしてやってくれ」

 

そう言い、アミリアはヒラヒラと手を振りながら、部屋を出ていった。

 

「……そうは言っても、私には責任がある」

 

無銘は一人呟き、ルイスの顔を覗き込む。

 

刃の欠片が突き刺さった両目には、包帯がぐるぐると巻かれていた。

 

「……背負った力の重さに、また君を苦しめることになるかも知れない。それでも、君なら乗り越えられるだろう、ルイス」

 

目に手を当て、無銘は躊躇なく力を込めた。

 

───────────────────────

 

深夜、無銘は丘にいた。

 

闇のように暗い空には、大きな月と小さな星ぼしが輝いている。

 

そこへ、ふわりと風が靡く音がして、誰かが降り立った。

 

比喩でも何でもなく、その場に着地したのだ。

 

「……お前か。うちの愛弟子に魔術を教えてるってやつは」

「……そう言う君は、ルイスの本物の師匠というわけか」

 

豪奢な金髪に、黒いドレス。

 

月明かりに映えるその姿は、まるで女神のような美貌を誇っていた。

 

「───まあ、そういうわけだ。セリカ=アルフォネアという。よろしく頼もうか」

「生憎、私はルイスの師匠の資格を、先程失ったところでね」

「冗談きついぞ。せいぜい、師匠同士語り合うとしようじゃないか」

 

無銘の罪の告白を一笑に付し、セリカはエミヤの隣へ。

 

手すりに座り、セリカは足を組む。

 

その姿は、まるで絵画のように絵になる。

 

「よっと」

「……全て知っている、といった様子だな」

「まあな。一応、見てたし」

「……そうか」

 

無銘は納得したように頷き、再び月に向き直った。

 

しばらく黙り続ける二人。

 

その沈黙を破ったの無銘だった。

 

「セリカ。君は、どこまで知っているんだ?」

「お前がこの世界のものじゃないってところと、純粋な人間じゃないってとこくらいか」

 

だいたい理解しているじゃないか……という内心はさておき、無銘は口を開く。

 

「どうやって知ったんだ?」

「こっちは名高き第七位階(セプテンデ)だぞ?いくら戦争特化とはいえ、それくらい分かる」

「……さすが、世界最強の魔術師だな」

「あ?なんだ知ってたのか」

「ルイスから散々聞かされているからな。自慢と一緒に」

 

苦笑いしながら、無銘はそう言う。

 

「これなら話は早いな」

「ってことは、話してくれるんだな?お前自身のこと」

「……少なくとも、君には話すべきだと思う」

 

若干言いにくそうに、無銘は答える。

 

「じゃあ、聞いてもいいか?その方が話しやすいだろ?」

「よろしく頼もう」

「じゃあ、とりあえず……。お前がどういう存在なのか聞かせてもらおうか」

「了解した」

 

エミヤは一泊置いて、説明し始めた。

 

ここではない別世界で行われている、7人の魔術師と7人のサーヴァントによる殺し合い、『聖杯戦争』のこと。

 

そもそも聖杯とはなんなのか。

 

無銘の世界における、魔術の原理まで説明した。

 

「……なるほどな。こいつは歴史的一大発見になり得るな。誰にも言うつもりなんざないが」

「そうして貰えると助かる」

「はいはい。……で、だ」

 

ひと通り話を聞き終わり、セリカが質問を返す。

 

「聖杯がないはずのここで、何故お前が召喚された?」

「……それについては、私も考えていたよ」

 

長くため息をつき、無銘は答える。

 

「おそらく……この世界の誰かが聖杯を降臨させようとしている」

「……はぁ?」

 

あまりにも突拍子のない結論に、セリカは変な顔をして固まる。

 

「おい待て。この世界は、お前の元いた世界とは全く違うんだぞ?魔術の基本も、世界の法則も違う。それどころか、お前の言う『魔術回路』ってやつすらない。それなのに、どうやって……」

「それは、ルイスを見ていたら解決したよ」

「はっ?」

 

予想だにしない回答。

 

セリカはもはや驚くばかりだ。

 

「ルイスを一目見た時驚いたよ。魔術回路も無ければ、私の世界の魔術の常識すら通用しないというのに……。彼の魔術的要素は、私に非常に良く似ていた」

「……つまり?」

「同じ『魔力』という概念であれば、双方の世界の魔術の再現は不可能ではない……ということだよ。現に、ルイスは私の魔術を完成しつつある」

「そういう……ことか」

 

天を仰ぎながら、セリカは深いため息と一緒に嫌気を吐き出す。

 

『別世界の願望器を呼び出す』というろくでもないことを考える奴らなど、一つしか思いつかない。

 

「……天の知恵研究会。おそらくあいつらが原因だろうな」

「心当たりがあるんだな?」

「ああ。頭がおかしい癖に、才能のある外道魔術師ばかり集まる……そんな集団だ」

「どこの世界でも、そういう人間はいるものだな」

「そんなもんさ。それが人間だからな」

 

人を超越した魔術師と、人を辞めた英霊が揃って苦笑いする。

 

「……君には、もう一つ話した方がいいだろうな」

「ん?なんだ?」

 

真剣な顔つきの無銘に、セリカが目だけ振り向く。

 

「これはあくまでも予想だが、今後私以外にもサーヴァントが現れる可能性がある。その時は……」

「場合によっては排除してくれ、か?」

「……ああ。世界最強の魔術師なら、サーヴァントにも対抗できるだろう?」

「さーな。だが、やれるだけの事はやろう」

「よろしく頼む」

 

セリカは戦闘魔術に関しては、間違いなく世界最強だ。

 

邪神の眷属を真正面から迎え撃ち、そして勝利する魔術師など、世界に何人いるか分からない。

 

「では、そろそろ失礼するよ。少なくとも、ルイスの世話くらいはしなくては」

「ああ、待ってくれ。最後に一つだけいいか?」

 

踵を返し、立ち去ろうとする無銘を、セリカが呼び止める。

 

「その目、どうした?」

「…………」

「だんまりか。なら訊き方を変えよう。その目、まさか……ルイスに移植(・・・・・・)したのか?」

 

振り返った無銘の両目は、固く閉ざされている。

 

不自然に血が流れる後が付着し、無銘の目に何が起こったのかを鮮烈に語っている。

 

「……君も見ていたんだろう?なら、私の責任の取り方は一つだけだ」

「……ざっけんなよ」

 

呟き、セリカは急速に無銘に詰め寄る。

 

歴戦の英雄すら驚く、見事な踏み込みだった。

 

「お前、魔力の塊みたいなサーヴァントの身体の一部を、生きてる人間に移植しただと!?何が起こるか、私に分からないとでも思うか!?」

 

胸ぐらを掴みかねない勢いでまくし立てるセリカ。

 

しかし、無銘は冷静に告げる。

 

「ならば君は、彼に、自分の愛する者すら一生目にすることが出来ない生活をしろと言うのか?」

「………っ!」

 

息を呑むセリカに、無銘は続ける。

 

「たしかに、この先に何があるかは分からない。いや、何が起こってもおかしくはない。だが、君の弟子は、そんなことすら乗り越えられない者か?」

「……そんなわけあるか。あいつなら、私たちが手だしなんかしなくても、乗り越えるはずだ」

「なら、それでいいだろう。それに、どうせ君も手助けするんだろう?」

「当たり前だ。可愛い弟子のためなら、なんだってやる」

「ふっ、頼もしいな」

 

両の目を閉じたまま、無銘は微かに笑う。

 

そうして、今度こそ踵を返して、ルイス宅へと帰って行った。

 

「……ルイス。この先何があっても、私とグレンがお前を助けるからな」

 

一人丘に残ったセリカは、月夜にそう誓った。

 

───────────────────────

 

翌日、ルイスは問題なく目覚めた。

 

事情を知る両親と無銘から『奇跡的に視力が回復した』という説明を受け、納得。

 

無銘の目が閉じたままなのは、『新たな鍛錬』だということで納得した。

 

そうして、日々は足早に過ぎ去っていく。

 

無銘がやって来てから二週間。

 

どうにかルイスは【無限の剣製】と双剣術の基礎をギリギリ身につけた。

 

「……あとは、日々の鍛錬がものを言う。励むといい」

「……ああ。ありがとう、無銘」

 

別れの時がやってきた。

 

場所は、無銘とルイスが出会った丘だ。

 

固く握手を交わし、二人は微笑む。

 

「最後に見せて貰った武器、どうにか記憶には焼き付いたよ。いつか、投影できるようにしてみせる」

「ああ。楽しみにしているよ」

 

そして、無銘はくるりと反転する。

 

「……これで最後になるな。では、師匠らしいことを言わせてもらおう」

「ん?なんだ?」

 

背中を向けたまま、無銘は告げる。

 

「その力、誰かを傷つけるのではなく、誰かを守るために使って欲しい。……私には叶わなかったことだ。どうか覚えておいてくれ」

「……何言ってんだよ、当たり前だろ?」

「ふっ……そうだな。いらぬ心配だった」

 

微かに微笑み、無銘は一歩、また一歩と歩みを進める。

 

「では、お別れだ、ルイス。またいつか、会えることを祈ろう」

「おう。またいつでも来いよな!」

 

晴れやかな笑顔で手を振るルイスから、無銘は黙って歩き去った。

 

しばし歩き、着いたのは人気の全くない、林の中。

 

「……もう、さすがに限界か」

 

指先から消えていく感覚に、無銘は自分の終わりを悟る。

 

「クラススキル様々だな。最初に受け取った魔力だけで、ここまで持つとは」

 

だが、それも限界だった。

 

もうじきに、無銘はこの世界に居られなくなる。

 

「『また会おう』……などと、柄にもないことを言うべきではなかったな」

 

徐々に光の粒子となっていき、無銘の姿がどんどん薄くなる。

 

「だが、本当に叶うのなら……いつかまた、この世界に来たいものだな……」

 

最後に、二週間だけ教え続けた弟子のことを考えながら、無銘は完全に消え去った。

 

あとには、葉を撫でる風の音だけが、寂しげに囁いていた。

 

───────────────────────

 

「……サーヴァントの消滅を確認しました。これで何体目でしょうか……」

 

暗い、暗い部屋の中。

 

メイド服に身を包んだ女が、報告するようにそう言った。

 

「……ええ。その通りですわ。どうやら、今回の召喚は失敗のようです。まさか、サーヴァントがこんな時間差で現れる等とは……」

 

痛ましそうに、女は頷きながら呟く。

 

「ですが、ご安心くださいませ。既に手は打っておりますゆえ……。そもそも、我々の悲願のために、万能の願望器を呼び出すなど……少々おかしな話でしたね」

 

ふふふ……と、上品に、されど妖しく笑う。

 

そして、両手でスカートを摘み、絵に書いたような礼儀正しい礼をして、

 

「全ては、『禁忌教典(アカシックレコード)』のために……」

 

と、妖艶に微笑み続けた。

 




文字数8000オーバーとは……時間かかるはずです(^_^;

さて、いかがでしたか?今回の短編『赤い弓兵』

今まで下手くそな伏線で謎にして来たことは、出来るだけ明かしたつもりです

質問等などありましたら、どうぞ遠慮なく!

それでは、また来週水曜日にお会いしましょう!


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第一巻
ダメ講師就任


祝!ログでなし魔術講師と禁忌教典アニメ化!

というわけで、新作出しました

いやー、割と始まりの方から応援してた身としては嬉しい限りです

タイトルからわかる通り、主人公は固有魔術として無限の剣製持ってます

本来より色々やれるようにしていこうと思っていますが、基本は同じです

皆様に楽しんで頂ければ至上の喜びにございます

では、はじめていきたいと思います

よろしくお願い致します!


「おーい、ルイス」

「んあ?」

 

アルザーノ帝国魔術学院、魔術学士二年次生二組の教室。

 

その最前列に座っていた少年『ルイス=ハルズベルト』は、馴染みの声に名前を呼ばれ、本から顔を上げる。

 

声のした方を向くと、そこには二人の少女が立っていた。

 

一人は、長い銀髪にまるで猫耳のようなリボンを結びつけた少女『システィーナ=フィーベル』。

 

もう一人は、セミロングの金髪にこちらはウサ耳のようなリボンを結びつけた少女『ルミア=ティンジェル』。

 

ルイスにとっては学院に入る前からの顔馴染みだ。

 

「おはよう。ルイス」

「おはよう。ルイス君」

「おはよう。システィ、ルミア」

 

軽く手を振りながら挨拶をする二人に、片手を上げながら答える。

 

そのままルミアはルイスの隣に座り、システィーナはその反対側に立つ。

 

「聞いてよ、ルイス。今日なんか凄いむかつく男に会ったのよ」

「むかつく男?」

「そう!私にぶつかりそうになったから『ゲイルブロウ』で弾き飛ばしたんだけど」

「いや、それはいかんだろう……」

 

アルザーノ帝国魔術学院では、名前の通り魔術師を育成している。

 

魔術師とは、簡単にいえば『イメージの力で世界の一部を改変する力を持った者』だ。

 

それだけに、力の使い方を誤れば、簡単に人を傷つけてしまう。

 

「うっ……。それはたしかに私が悪かったけど……。でもね!そいつってばいきなりルミアの身体中をまさぐりだしたのよ!?信じられなくない!?」

「それは断じて許されないな!」

「でしょう!?」

「ふ、二人とも、なんか様子がおかしいよ……?」

 

ちなみにこの二人、ルミアには甘い。

 

ルミアが絡むと、システィーナは時折、ルイスは大概冷静さを失うのだ。

 

「ルミアは腹が立たないの?あんなことされて!」

「うーん……実際少し触られたくらいで、大したことないし……。私は平気だよ?」

「ルミアがそう言うなら……まあいいか」

「そうね……」

 

そして、それを収めるのもルミアである。

 

「そういえば、ルイス君。何見てるの?」

 

半ば話題を逸らすために、ルミアがルイスの手元の本をのぞき込む。

 

「ああ、これか?うちの新商品のカタログだよ」

「えっ!?見せて見せて!」

「私もいいかな?」

「もちろん」

 

言いながら、二人が見やすいようにカタログを手に持って立てる。

 

ルイスの家は、帝国でも非常に有名な道具屋だ。

 

元々は一軒家サイズだった店舗は、今では三軒分以上になり、その品揃えは薬品や道具、アクセサリーどころか、武具にまで及ぶ。

 

そして、フィーベル家は、まだ店が小さかったころからの常連客なのだ。

 

配達にもよく行ったため、ルイスと二人はそこで知り合ったのだ。

 

「あ、この薬草入荷するんだ。結構希少だったはずだよね?」

「あー、それか。最近生産に成功したらしくて、父さんが早速仕入れてた」

「相変わらず仕事熱心ね……」

「まあ、仕事大好き人間だからなぁ……」

「でも、忙しそうだけど楽しそうだよね」

「そうね。あ、これ……」

 

そんな風にカタログを見ていると、突然ガラリッ!と勢い良く教室の扉が開いた。

 

驚いたクラスの全員がそちらを見ると、そこには、

 

「やあ、生徒諸君。元気かなー?」

 

とにこやかに笑う一人の絶世の美女が立っていた。

 

豪奢な金髪に、黒色のドレス。

 

完成されたプロポーションと圧倒的な美貌を持つ美女の名は『セリカ=アルフォネア』。

 

この大陸どころか、世界でも三本の指には入るであろう魔術師であり、生ける伝説である。

 

呆気に取られる生徒を他所に、セリカはヅカヅカと教壇まで歩き、立ち止まって教室全体を見渡す。

 

そして、おもむろに口を開く。

 

「今日はこのクラスに、ヒューイ先生の後任を務める非常勤講師がやってくる。では、ホームルームを……」

 

役目は果たしたとばかりに、ホームルームをいきなり始めようとする。

 

そこに、

 

「あの……」

 

遠慮がちに、しかしはっきりと綺麗な声が響く。

 

セリカが振り向いた先にいたのは、ルミアである。

 

「どうした?何か質問か?」

「はい。あの、その先生がどんな先生なのか教えていただけませんか?」

 

生ける伝説、七つまである魔術師のランクのうちの最高位『第七階梯(セプテンデ)』に至った魔術師に対して、はっきりと質問。

 

(やっぱりルミアって精神力あるよな……)

 

昔からわかっていたことだが、やはり凄まじい。

 

「あー、まあ、そうだな……」

 

顎に手を添え、考え込むセリカ。

 

何気ない仕草でも、セリカほどの美女がやると画になる。

 

「まあ、なかなかに優秀なやつだよ」

 

そう言い、笑みを浮かべる。

 

にわかにざわつきだす教室。

 

セリカほどの魔術師が『なかなかに優秀』というのだ。

 

生徒たちの期待も、相応に高まる。

 

「では、今度こそホームルームを始めよう」

 

そんな状況に目もくれず、セリカはホームルームを始める。

 

手早く要件を済ませ、教室を出ようと扉に向かう。

 

そして部屋を出る直前、不意にルイスの方を向き、

 

パチンッ

 

とウィンクしてから出ていった。

 

呆気に取られるルイスを差し置き、そうさせた張本人はさっさと教室を出た。

 

─────────────────────

 

「……遅い!」

 

システィーナが苛立ちを隠すことなく吐き捨てた。

 

「どういうことなのよ!もうとっくに授業開始時間過ぎてるじゃない!?」

「確かにちょっと変だよね……」

「……まあ、だろうな」

 

ルイス、ルミア、システィーナの順番に座り、待つこと早一時間。

 

生徒たちの『なかなかに優秀なやつ』イメージは早々に崩れ去りそうだった。

 

「あのアルフォネア教授が推す人だから少しは期待してみれば……これはダメそうね」

「そ、そんな、評価するのはまだ早いんじゃないかな?何か理由があって遅れているだけなのかもしれないし……」

「……ルミアは優しいな」

 

だが、システィーナはそんなルミアに振り向き、猛然と抗議する。

 

「甘いわよ、ルミア。いい?どんな理由があったって、遅刻するのは本人の意識の低い証拠よ。本当に優秀な人物なら遅刻なんか絶対ありえないんだから」

「そうなのかな……?」

「まったく、この学院の講師として就任初日から大遅刻なんて良い度胸だわ。これは生徒を代表して一言言ってあげないといけないわね……」

 

と、その時だ。

 

「あー、悪ぃ悪ぃ、遅れたわ!」

 

がちゃ、と教室前方の扉がまったく悪びれる様子のない声とともに開く。

 

すでに授業時間の半ばを過ぎた、前代未聞の大遅刻である。

 

「やっと来たわね!ちょっと貴方、一体どういうことなの!?貴方はこの学院の講師としての自覚は──」

 

宣言通り一言言ってやろうとシスティーナが男を振り返って、硬直した。

 

「あ、あ、あああ───貴方は───ッ!?」

 

ずぶ濡れのままの着崩した服、蹴り倒された時にできた擦り傷、痣、汚れ。

 

ホームルーム前、システィーナがルイスに話し、すっかり忘れていた通学途中で会った変態が、そこにはいた。

 

「…………………違います。人違いです」

 

自分に指をさしてそう言うシスティーナの姿を認めると、抜け抜けとそんなことを言った。

 

「人違いなわけないでしょ!?貴方みたいな男がそういてたまるものですかっ!」

「こらこら、お嬢さん。人に指をさしちゃいけませんってご両親に習わなかったかい?」

 

表情だけは引き締め、男はシスティーナに応じる。

 

「ていうか、貴方、なんでこんな派手に遅刻してるの!?あの状況からどうやったら遅刻できるって言うの!?」

「そんなの……遅刻だと思って切羽詰まってた矢先、時間にはまだ余裕があることがわかってほっとして、ちょっと公園で休んでたら本格的な居眠りになったからに決まっているだろう?」

「なんか想像以上に、ダメな理由だった!?」

「やめとけ、システィ。まともに対応するだけ無駄だ」

「だけど……!」

 

そう小声で言うルイスに、システィが大声で反論する。

 

当然その声も聞こえ、男がルイスの方を見ると……。

 

「げっ!?な、なんでお前がここにいるんだよ!?ルイス!!」

 

突然システィを優に超える大声をあげた。

 

(あの馬鹿!そんな大声で……!)

 

ため息をつき、心底仕方なくという表情で、ルイスが片手を上げる。

 

「……よう、グレン。昨日ぶり」

 

そう、何を隠そうこの二人。

 

同じ師から魔術を教わった、言わば兄弟弟子なのである。




この辺は、まあ原作通りですね

一応、原作に沿った形で進めていきたいと思っております

ちなみに、fateキャラはほとんど関係ありません

……ひょっとしたらクロスもあるかもですが


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セリカとルイス

3166のUA&111件のお気に入り件数!!!

ありがとうございます!

また、高評価&コメント付き評価を下さった皆様、感想を下さった皆様、本当にありがとうございます!

嬉しすぎて、何度も読み返してしまいました

これからも頑張っていきますので、ご意見や感想などをくださると、とても嬉しいです!

よろしくお願い致します!


(ったく……講師としてグレンが来るのは知ってたけど、さすがに驚くぜセリカ姉……)

 

数年前、道具屋を訪れたセリカは、ルイスの才能を見つけ出し、自分の弟子にすることを勧めた。

 

ちょうど、グレンの相手になる人物を探していたそうだ。

 

その際、ルイスはセリカの見た目から彼女のことを『セリカ姉』と呼ぶことにした。

 

後々、授業中にセリカがそんな年齢に収まらないことを知ったが、結局そのまま呼んでいる。

 

その呼び方が気に入っているのか、ルイスが呼ぶと彼女は笑顔で答えてくれるのだ。

 

しかし……。

 

「今ばかりはその笑顔に腹が立つぜ、セリカ姉……!」

「どうどう。そんな怖い顔をするな、ルイス」

 

場所は学院内に設置された、教授室という名のセリカの私室。

 

愛弟子に『セリカ姉』とお気に入りの愛称で呼ばれ、にこにことしているセリカに対し、ルイスの方は既にキレ気味だった。

 

「なんでっ!あんな状態のやつ!講師に仕立て上げたんだよ!?」

 

理由はもちろん、あまりにも酷いグレンの態度である。

 

まず、授業の内容が壊滅的だ。

 

そもそも最初は『眠いから』などという理由で自習にしようとしていた。

 

システィーナが殴り、ルイスが得意の投擲で教科書を顔面にめり込ませたことでどうにか授業を始めたが、これが酷いものだ。

 

だらだらと教科書の内容を読み上げ、だらだらと黒板に理解不能な文字を書き、まただらだらと教科書を読む。

 

おまけに、生徒の質問にも『わからない』で一蹴。

 

さらに、システィーナとルミアによれば、女子更衣室にまで入って来たという。

 

これをダメ講師と言わずして、何をダメ講師というのか。

 

(後者はおそらくわざとじゃないんだろうが……前者は問題だろ!明らかに!)

 

というか、ルイス個人的には後者の理由でぶん殴りたい。

 

だが、ここはそれを堪え、明らかに問題のある授業中の行動を咎めているのだ。

 

グレンを溺愛しているセリカは、自分の目の前で自分に向かってグレンの悪口を言われると、それはもう恐ろしいほどに怒る。

 

しかし、ルイスもセリカ同様、グレンのことはよく理解している。

 

彼がここまでひねくれた理由も、彼が魔術が嫌いになった理由も。

 

「……たしかにな、あいつにまともに魔術講師をやれなんて無茶だろう」

「教員免許ないしな」

「それ、昨日グレンに私が言ったセリフなんだがな……。まぁいい」

 

そこで立ち上がり、窓を開ける。

 

心地よい風が室内に舞い込み、セリカの金髪が風に揺れる。

 

「私はな、あいつには前を向いて欲しいと思っているんだ。グレンがあんなことになったのは、私のせいみたいなものだからな……」

「その責任を取って、あいつを立ち直らせようってことか?」

 

そう言い、ルイスはセリカの隣に立つ。

 

その空色の瞳で、セリカの真紅の瞳を見つめると、セリカは少し寂しそうに笑う。

 

「まあ、そういうことだ。老婆心ってやつだよ」

「……はあ」

 

ルイスはため息をつきながら、黒髪を掻く。

 

困った時の彼の癖だ。

 

「……安心しろよ、セリカ姉。これくらいのことで離れていくようなやつじゃないさ。もちろん、俺もな」

 

目をそらし、少し照れくさそうにそう言うルイスに、セリカは面食らったような顔をする。

 

そして、今度は心から嬉しそうに笑った。

 

「そうだな。ありがとな、ルイス」

「……おう。じゃ、じゃあ、腹減ったから行くよ。また後でな、セリカ姉」

「ああ、また後でな」

 

頷き、ルイスはそそくさと部屋から出る。

 

そんなルイスの様子を、セリカは微笑ましそうに見ているのだった。

 

─────────────────────

 

食堂にたどり着き、ルイスは注文をとる。

 

「ベーコンのクリームパスタと、オニオングラタンスープ。それと、日替わりサラダと地鶏の香草焼き、揚げ芋添え。デザートに苺タルト。全部大盛りで」

 

ルイスはかなりの大食いだ。

 

グレンも痩せの大食いと呼ばれるほどに食べるが、ルイスはそれ以上に食べる。

 

しかも、近頃はよく身体を動かすため、拍車がかかっているのだ。

 

しばらく後、木製のお盆に載せられた料理を受け取り、キョロキョロと辺りを見回す。

 

「ルイス!こっちよー!」

 

すると、システィーナが窓際の席で手を振っているのが見えた。

 

頷き、ルイスはそこまで歩く。

 

「ごめんな、遅くなって」

「いいわよ、気にしなくて。教授のところに行ってたんだから」

「アルフォネア教授はなんて言ってたの?」

「……まあ、少なくとも辞めさせる気はないだろうな」

 

昼休み前、セリカに話を聞きにいく際、

 

「グレンをどうにか出来ないか、セリカ姉に頼んで来る」

 

と、2人に言っていたのだ。

 

ちなみに、ルイスはセリカの弟子であることを、システィーナとルミアだけは知っている。

 

そのため、二人の前では『セリカ姉』、それ以外の前では『アルフォネア教授』と呼んでいる。

 

「まあ、辞めさせることはないでしょうけど、あの態度だけは問題よね!」

 

そう熱弁しながら、机を叩いて立ち上がる。

 

あまり大きな音ではないが、付近の生徒は何事かと振り向いている。

 

「ま、まあなぁ……」

「落ち着いて、システィ。ご飯中なんだから、あんまり騒ぐと美味しくなくなっちゃうよ?」

「そ、そうね……。今は考えないようにするわ」

 

そんなシスティをルミアがどうにかなだめ、三人は食事を始める。

 

ルイスは早速サラダに手をつける。

 

チーズの入ったドレッシングのかかったレタスを頬張り、シャキシャキとした食感を楽しむ。

 

すかさずナイフで切った鶏肉を口に含み、弾力のある肉に歯を立てる。

 

焼いたことによる香ばしい油が口の中に広がり、思わず頬がほころぶ。

 

「うん、やっぱり美味いな」

「ここの食堂のご飯、美味しいよね」

「本当。量も多くて助かる」

「それをさらに大盛りにしてるのによく言うわ……」

「そう言うシスティが食べなさ過ぎなんだよ」

 

言いながらシスティーナの前の皿を見る。

 

そこにあるのは、薄くジャムを塗っただけのスコーンが二つだけ。

 

ルミアはシチューにサラダ、パンと比較的しっかりと食べているのに対し、これは少なすぎるだろう。

 

「いいのよ。私は……」

 

その時、

 

「失礼」

 

一応の断りを入れて、ルイスの隣にグレンが座る。

 

「あ、貴方は───!」

「違います、人違いです」

 

更衣室での騒ぎはどこへやら。

 

ぬけぬけとそんなことを言いながら、グレンは鶏肉を薄くスライスし、揚げ芋とサラダと一緒にパンに挟み、頬張る。

 

「うめぇ……。なんつーか、この大雑把さが実に帝国式だよな……」

 

ポタージュを啜り、しみじみとそう言う。

 

そんな様子に、システィーナは負のオーラを生産し、ルミアは苦笑い、ルイスに至っては『後で殴ろう』と逆に無表情である。

 

沈黙の続く気まずい食事風景……になるかと思われたが、そうはならなかった。

 

「あの、先生って、たくさん食べるんですね。ルイス君もたくさん食べますけど。食べるのお好きなんですか?」

 

ルミアが、グレンに積極的に話しかけたからである。

 

「おお、食べることは俺の数少ない娯楽の一つだからな」

「おかげでセリカ姉にはかなり嫌味を言われてたけどな」

 

もちろん、グレンと元から知り合いであるルイスも参加する。

 

「アルフォネア教授と先生はお知り合いなんですか?」

「知り合いも何も、セリカ姉はグレンの保護者だよ」

「えっ?そうなんですか?」

「まあ、そんなとこだ」

「だから、俺とグレンは知り合いだったんだよ」

「もう六年くらい経つか」

「そうだなぁ……」

 

言いながら、ルイスはグレンの皿を見る。

 

「ん?グレンなんだその豆」

「私も気になってました。凄く美味しそう」

「お、わかるか?この時期学園にキルア豆の新豆が届くんだよ。食べるなら今が旬ってわけ」

「そうなんですか?それじゃあ、今度食べてみますね」

「おう、マジおすすめ。なんなら、今一口食ってみるか?」

「えっ……?」

 

そう言うグレンに驚いたのは、ルミアではなくルイスの方だ。

 

「いいんですか?私と関節キスになっちゃいますよ?」

「ふん……ガキじゃあるまいし」

 

グレンは皿をルミアの方に差し出す。

 

ルミアはそこにスプーンを入れ、嬉しそうに豆を頬張る。

 

そんなルミアの様子に口元に笑みを浮かべるグレン。

 

ルミアの人当たりの良さと柔和な態度は、グレンのひねくれた心をも溶かしたようだ。

 

「しかし、お前は食べなさ過ぎだろ」

 

すると、不意にグレンがシスティーナの皿を見て、そう言った。

 

先程のルイスと同じだ。

 

「余計なお世話です。私はあんまり食べると眠たくなるので、お昼は軽く済ませているんです。……もっとも、この後先生の授業だったら、もう少し食べてもいいと思いますけど」

「……回りくどいな。言いたい事があるならはっきり言ったらどうだ」

 

グレンの声が少し低くなる。

 

それを感じ取り、システィーナは少し怖気付いたが、それでも毅然として言い放つ。

 

「分かりました。この際はっきり言わせて貰いますけど……!」

「あー、もういい。皆まで言うな」

 

システィーナの言葉を途中で遮り、グレンがおもむろにキルア豆の皿にスプーンを入れる。

 

そして、何を勘違いしたのか、システィーナのスコーンの皿に、ちょこんと一粒の豆を置いた。

 

「お前も食べたかったんだろ?まったく、嫌しんぼめ」

「ち、違います!私は……!」

「代わりに、そっちも一口寄越せ」

 

思わぬ勘違いに顔を赤くして否定するとシスティーナ。

 

しかし、そんなものは華麗に無視し、グレンはスコーンにフォークを刺すと、そのまま一口で丸々食べてしまった。

 

「あ!ちょっと何してるんですか!?」

「何って……まあ、等価交換?」

「ど・こ・が等価なんですか!」

「うわあああ!暴力反対!?」

 

そのまま二人はフォークとナイフで、テーブル越しにチャンバラを始める。

 

周りの生徒の何事かという痛い視線の中、ルミアはただ苦笑いだった。

 

ちなみに、ルイスはルミアの関節キスの話の辺りから、完全にフリーズしていた。

 

余談だが、後々グレンはルイスに、明らかに当初以外の感情が込められた、かなりシャレにならない威力で殴られたという。




セリカが可愛い……!

アニメの喜多村英梨さんの声がハマり役過ぎて、耳が幸せです

私にとってはセリカが女神で、ルミアが天使です


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決闘とその後

どうも皆様

絶賛風邪引き中の雪希絵です

おかげ様で時間が出来て更新できますけども

突然ですが、この作品の更新日についてお知らせがございます

やっぱり期間を決めた方がいいだろうと思いまして、この作品の場合は『毎週水曜日』に更新することにしたいと思います

作者の都合でズレることもあるかと思いますが、極力そういうことはないように気をつけます

よろしくお願い致します


翌日も、グレンは態度を改めなかった。

 

だんだんと自習の文字すら書かなくなり、授業中は常に寝ている。

 

生徒もそれが分かっているため、仕方なくそれぞれ自習をする。

 

寝ているグレンをルイスが叩き起したりもしたが、それでも寝る。

 

そして、そんなグレンに、とうとうシスティーナの堪忍袋の緒が切れた。

 

「シ、システィ!だめ!早く先生に謝って、手袋を拾って!」

 

ルミアの切羽詰まった声で、ルイスの意識の集中は途切れた。

 

普通のクラスメイトなら舌打ちしたくなるが、ルミアなので許すこととし、そちらを見る。

 

ルミアの隣に立つシスティーナの前に、グレンが立っている。

 

その足元には、システィーナの身につけていた手袋が転がっていた。

 

(……やばいな。やらかした)

 

正直、ルイスはいつこうなるかと警戒していたのだ。

 

しかし、ルイスが別のことに集中しているうちに、システィーナは行動を起こしてしまった。

 

(いざとなったら止めに入ろうと思ってたのに……)

 

こうなっては恐らく止まらない。

 

魔術師が左手につけた手袋を相手に投げつけるのは、宣戦布告の証。

 

魔術師とは世界の法則を究めた強大な力を持つ者達だ。

 

学園の生徒ならまだマシだが、それこそ帝国最強の魔術師集団『帝国宮廷魔導師団』クラスになると、ただの私闘で国が滅ぶ。

 

そのため、魔術師が互いの軋轢を解決するために、争い方に一つの規律を敷いた。

 

心臓に近く、魔術を扱うことに適した左手につけた手袋を投げつけ、相手がそれを拾えば決闘成立。

 

拾わない場合は決闘は成立しない。

 

決闘のルールは受けた側が決め、勝った方が相手に自分の要求を通す。

 

こうすることで、天と地ほどの差がない限りは誰もが決闘を申し込むことをためらうようになった。

 

だが、これはあくまでも古来よりの話で、法整備が行われた現代では形骸化されている。

 

わざわざ決闘なんて申し込むくらいなら、弁護士を雇って法廷で戦った方がいい。

 

しかし、それでも古き伝統を愛し守る生粋の魔術師達の間では、未だに決闘は行われ続けている。

 

例えば────魔術の名門フィーベル家の令嬢、システィーナのように。

 

ルミアの必死の叫びもあっけなく無視され、システィーナは烈火のような視線でグレンを見続ける。

 

「……お前、何が望みだ?」

 

その視線を受け、グレンが静かに問う。

 

「その野放図な態度を改め、真面目に授業を行ってください」

「……辞表を書け、じゃないのか?」

「もし、貴方が本当に講師を辞めたいなら、そんな要求に意味はありません」

「あっそ、そりゃ残念。だが、お前が俺に要求する以上、俺だってお前になんでも要求していいってこと、失念してねーか?」

「承知の上です」

 

途端に、グレンが苦虫を噛み潰したような、呆れたような表情になる。

 

「……お前、馬鹿だろ。嫁入り前の生娘が何言ってんだ?親御さんが泣くぞ?」

「それでも、私は魔術の名門フィーベル家の次期当主として、貴方のような魔術おとしめる輩を看過することはできません!」

「あ、熱い……熱過ぎるよ、お前……だめだ……溶ける」

 

グレンはうんざりしたように頭を押さえてよろめいた。

 

そして、手袋を一瞥し、

 

「やーれやれ。こんなカビの生えた古臭い儀礼を吹っかけてくる骨董品がいまだに生き残ってるなんてな……いいぜ?」

 

言いながら手袋を拾い上げ、それを頭上へと放り投げる。

 

「その決闘、受けてやるよ」

 

そして、眼前に落ちてくる手袋を恰好良くつかみ取ろうとして─────失敗。

 

というか、ルイスが投擲で思いっきり軌道を逸らした。

 

「オイィィ!!ルイス、てめぇ!」

「すまん、つい魔が差した」

「それで許されると思ってんの!?ふざけんなクッソ……」

 

グレンは舌打ちし、気まずそうに手袋を拾い直した。

 

「ただし、流石にお前みたいなガキに怪我させんのは気が引けるんでね。この決闘は【ショック・ボルト】の呪文のみで決着をつけるものとする。それ以外の手段は全面禁止だ。いいな?」

「決闘のルールを決めるのは、受理側に優先権があります。是非もありません」

「で、だ。俺がお前に勝ったら……そうだな?」

 

グレンはシスティーナを頭の天辺からつま先まで、舐め回すように見つめる。

 

そして、顔を近づけ、にやりと口の端を釣り上げて粗野な笑みを見せた。

 

「よく見たら、お前、かなりの上玉だな、よーし、俺が勝ったらお前、俺の女になれ」

「───っ!」

 

その一瞬。

 

ほんの一瞬だけ、システィーナが慄いた。

 

直後、

 

「ぶっ───!?」

 

グレンの顔に教科書が直撃した。

 

生徒はやれやれという呆れ顔で、グレンは痛みによる涙目で犯人の方を見……戦慄した。

 

「────オイコラ、グレン。冗談でも言っていいことと悪いことがあるよなぁ……?」

 

そこに居たのは、一人の修羅。

 

顔こそ普段と変化はないが、纏っているオーラがあまりにも違う。

 

それこそ、気が弱い者なら見ただけで気絶しそうな恐ろしい形相だった。

 

「ひ、ひぃ!?す、すんませんした!!撤回します、撤回!!」

 

年下の少年に平謝りするという情けない様を披露したところで、ルイスの機嫌が治り、全員がほっと息をつく。

 

仕切り直すように咳払いをし、グレンがシスティーナに向き直る。

 

「ガキにゃ興味ねーよ。だから俺の要求は、俺に対する説教禁止、だ。安心したろ?」

「ば……馬鹿にして!?」

 

一方、からかわれたシスティーナの方は穏やかな心情ではいられない。

 

「ほら、さっさと中庭に行くぞ?」

 

しかし、グレンは適当にいなし、教室を出ていく。

 

「ま、待ちなさいよッ!もう貴方だけは絶対許さないんだから!」

 

 

─────────────────────

 

結果から述べるとしよう。

 

グレンの惨敗である。

 

それもそのはず、グレンには『一節詠唱』ができない。

 

『雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ』。

 

ショック・ボルトの呪文だが、略式詠唱のセンスに長けた者なら、『雷精の紫電よ』の一節で使うことができる。

 

だが、一般的に男性は略式詠唱に、女性は魔力容量(キャパシティ)に優れるというが、グレンにはそれが致命的にない。

 

よって、彼には三節詠唱しか出来ないが、システィーナには一節詠唱ができる。

 

この段階で、勝負の結果は明確だ。

 

そして、決闘の後。

 

「はーい、授業始めまーす」

 

いつも通り、大幅に遅刻してきたグレン。

 

いつも通り、死んだ魚のような目で授業をするグレン。

 

ようは、何も変わらなかった。

 

だが、それで終わるだけならまだ良かった。

 

「魔術って……そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 

グレンのその一言から、システィーナとグレンは大喧嘩。

 

システィーナはグレンの頬をビンタして、教室を出ていってしまった。

 

呆然とそれを見つめるグレンと生徒たち。

 

そんな中、まるで独り言のような大きさで、グレンがつぶやく。

 

「なぁ……ルイス」

「あ?」

「俺、ガキみたいだったか?」

「ああ、クソダサかったぞ。ガキみたいにな」

「だよな……。あー、だるいから今日は自習にするわ」

 

そう言い、グレンは教室を出た。

 

それ以降、グレンが授業に姿を表すことはなかった。

 

やがて、授業終了の時間になると、ルイスは席を立ち、ルミアの元へ。

 

「ルミア、ちょっと行ってくる」

「うん、いってらっしゃい」

 

全部分かってるよ、とでも言いたげに、ルミアは微笑む。

 

そんなルミアに頷くことで返し、ルイスは教室を出た。

 

学院内を走り、あたりを見回す。

 

数分後、目的の人物を見つけ、声をかける。

 

「システィ」

「!? ルイス……?」

「おう。探しに来たぜ」

 

空き教室の中、システィーナが体操座りで俯いていた。

 

「……で、平気か?」

「な、何よ、急に……」

「何よも何もねーよ」

 

髪をかきながら、ルイスがさも当然のように言う。

 

「よく知ってんだよ。なんならルミア以上にな。お前が魔術をどれだけ大事に思ってるか。おじいさんとの約束をどれだけ大事に思ってるか」

 

ルイスはルミアよりも、システィーナとの付き合いが長い。

 

もちろん、生きていた頃のシスティーナの祖父と会ったこともある。

 

「…………」

 

システィーナは黙って、ルイスを見つめる。

 

その空色の目は、システィーナの泣き顔を皮肉なほど綺麗に写していた。

 

「でも、わかった上であえて言うよ。俺が言うのもなんだが……あいつを許してやってくれ」

「えっ……?」

「あいつは別に、システィの夢や、システィのじいさんを貶めたかったわけじゃない。あいつは単純に、魔術の闇を見過ぎただけだ」

「えっ……?そ、それってどういう……」

 

苦々しそうな顔でそう言うルイスに、システィーナは問う。

 

「……今のは気にしなくていい。けど、グレンがシスティの夢のことまで馬鹿にしたわけじゃないのは、本当だ。だから、許してやってほしい」

 

そう言って、ルイスは頭を下げる。

 

当たりはキツイし、すぐに殴るが、ルイスは兄弟弟子であるグレンを誇りに思っているし、大切にも思っている。

 

だからこそ、こうしてシスティーナの元に来たのだ。

 

「……わかったわ。ルイスがそこまで言うなら、信じる」

「……システィ。ありがとな」

「べ、別にあいつを信じるって言ったんじゃなくて、あくまでもルイスの言う事を信じるってだけだからね!」

「はいはい」

 

顔を赤くして否定するシスティーナに、思わず頬を綻ばせるルイス。

 

「それじゃ、教室に戻ろう。ちょうど教えてほしいところがあるんだよ」

「はぁ、仕方ないわね。どこ?」

 

たわいもない話をしながら、二人は空き教室を出た。




アニメのOP、ようやく見れましたね

しかし、まさかあいつがいるとは……

ということは、アニメは5巻くらいまでやるんでしょうか

一クールじゃ絶対収まらないと思いますけどね……


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グレン覚醒

にゃー!結構ギリギリ!

すみません!今日一日でかけてたんですぅぅぅぅ!

まあ、でかけてようがでかけてなかろうが、基本的に投稿は夜になるんですけども……

だいたい夜の21時以降が常ですかね?

今までのものを見る限りは

それでは、どうぞ!


「おい、白猫」

 

次の日の予鈴前。

 

窓の外を眺めていたシスティーナは、頭上から降ってきたぶっきらぼうな言葉に、現実に引き戻された。

 

隣では、ルミアがルイスに質問しながら、熱心に予習をしていた。

 

いつの間にか自分のかたわらに立っていたのは、昨日盛大に喧嘩したグレンだ。

 

「おい、聞いてんのか、白猫。返事しろ」

「し、白猫?白猫って私のこと……?な、何よ、それ!?」

 

がたん、とシスティーナは肩を怒らせて席を立ち、グレンをにらみつけた。

 

「人を動物扱いしないでください!?私にはシスティーナっていう名前が────」

「うるさい、話を聞け。昨日のことでお前に一言、言いたいことがある」

「な、何よ!?昨日の続き!?」

 

システィーナは身構え、敵意に満ちた視線をグレンに送った。

 

「そこまでして私を論破したいの!?魔術が下らないものだって決めつけたいの!?だったら私は───」

 

弁舌はグレンの方が上手だ。

 

口論になればシスティーナはおろか、長年付き合ったルイスでも勝てない。

 

だが、それでもシスティーナは引けなかった。

 

自分は祖父の夢を背負っているのだ。

 

昨日ルイスが言ったように、この男が祖父のことを馬鹿にしているわけではないとしても、魔術を馬鹿にすることは、システィーナにとってはそれと同義である。

 

無様をさらすことになろうとも、徹底抗戦の決意を固めて────

 

「……昨日は、すまんかった」

「え?」

 

そして、最も予想だにしてなかった言葉に、システィーナは硬直した。

 

「まぁ、その、なんだ……大事な物は人それぞれ……だよな?俺は魔術が大嫌いだが……その、お前のことをどうこう言うのは、筋が違うっつーか、やり過ぎっつーか、大人げねぇっつーか、その……まぁ、ええと、結局、なんだ、あれだ。……悪かった」

 

グレンは気まずそうなしかめっ面で、目をそらしながら、しどろもどろと謝罪のような言葉をつぶやき、ほんのわずかな角度だけ、頭を下げた。

 

にわかには信じ難いが、これがひねくれまくったグレンの精一杯の謝罪だった。

 

「…………………はぁ?」

 

真意を測りかねたシスティーナは、ルイスの方を見る。

 

すると、ルイスは肩を竦め、口パクで

 

『許してやれ』

 

と言って、髪を掻いた。

 

一方、グレンは戸惑うシスティーナを差し置き、話はこれで終わりだと言わんばかりに踵を返し、教壇に向かう。

 

そもそも、グレンは何しにここにやってきたのだろうか。

 

まだ授業開始時間前だ。

 

グレンが遅刻せずに教室にやってくるなんて……何かおかしい。

 

「なんだよ……?何が起きてるんだよ……?」

「なぁ、カイ?ありゃ一体、どういう風の吹き回しなんだ?」

「お、俺が知るかよ……」

 

それはクラスの生徒達も同様で、あのグレンが授業開始前に教室に姿を現したことに困惑を隠せないようだった。

 

腕を組み、視線に完全無視を決め込むグレン。

 

そんなグレンを眺め、ルイスは一人納得したように顎に手を当てる。

 

(なるほど。これはグレンにも、昨日なんかあったな)

 

これから面白くなる、と一人だけ楽しそうに笑った。

 

やがて予鈴がなる。

 

どうせ時間通りに来ても寝てるんだろうという大方の予想を裏切り、グレンは目を開いて信じられないことを言った。

 

「じゃ、授業を始める」

 

どよめきが起こる。

 

目の前にいる男は本当にグレンなのかと言わんばかりに、顔を見合わせる。

 

「さて……と。これが呪文学の教科書……だったっけ?」

 

ぱらぱらとページをめくり、そのたびにグレンの顔が苦いものになる。

 

やがて、ため息をつきながら教科書を閉じ、

 

「そぉい!」

 

窓の外へ投げ捨てた。

 

ああ、やっぱりいつものグレンだ。

 

もはや見慣れた奇行に、生徒達は各々自習の準備を始めた。

 

だが。

 

「さて、授業を始める前にお前らに一言言っておくことがある」

 

そこでグレンは一呼吸置き───

 

「お前らって本当に馬鹿だよな」

 

なんかとんでもない暴言を吐いた。

 

「昨日までの十一日間、お前らの授業態度見てて分かったよ。お前らって魔術のこと、なぁ〜んにもわかっちゃねーんだな。わかってなら呪文の共通語訳を教えろなんて間抜けな質問出てくるわけないし、魔術の勉強と称して魔術式の書き取りやるなんていうアホな真似するわけないもんな」

 

今、まさに羽ペンを手に教科書を開き、書き取りをしようとした生徒達が硬直する。

 

「【ショック・ボルト】程度の一節詠唱もできない三流魔術師に言われたくないね」

 

誰が言ったか。

 

しん、と教室が静まり返る。

 

そして、あちこちからクスクスと押し殺すような侮蔑の笑いが上がった。

 

「たしかに、正直それを言われると耳が痛い」

 

しかし、当の本人はふて腐れたようにそっぽを向きながら、小指で耳をほじる。

 

「残念ながら、俺は男に生まれたわりには、魔力操作の感覚と、あと、略式詠唱のセンスが致命的なまでになくてね。学生時代は大分苦労したぜ。だがな……誰か知らんが今、【ショック・ボルト】『程度』とか言った奴。残念ながらお前やっぱ馬鹿だわ。ははっ、自分で証明してやんの」

 

教室中に、あっという間に苛立ちが蔓延していく。

 

「まぁ、いい。じゃ、今日はその件の【ショック・ボルト】について話そうか。お前のレベルなら、これでちょうどいいだろ」

「今さら、【ショック・ボルト】なんて初等呪文を説明されても……」

「やれやれ、僕達は【ショック・ボルト】なんてとっくの昔に究めているんですが?」

「はいはーい、これが、黒魔【ショック・ボルト】の呪文書でーす。ご覧下さい、なんか思春期の恥ずかしい詩みたいな文章や、数式や幾何学図形がルーン語でみっしり書いてありますねー、これ魔術式って言います」

 

生徒達の不平不満を完全無視し、グレンは本を掲げて話し始めた。

 

「お前ら、コイツの一節詠唱ができるくらいだから、基礎的な魔力操作や発生術、呼吸法、マナ・バイオリズム調節に精神防御、記憶術……魔術の基本技能は一通りできると前提するぞ?魔力容量(キャパシティ)意識容量(メモリ)も魔術師として問題ない水準にあると仮定する。てなわけで、この術式を完璧に暗記して、そして設定された呪文を唱えれば、あら不思議。魔術が発動しちゃいまーす。これが、あれです。俗に言う『呪文を覚えた』っていう奴でーす」

 

そして、グレンは壁を向いて左手を突き出し、呪文を唱える。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

左手から紫電が迸り、壁を叩いた。

 

その後、グレンは黒板に自分が唱えた呪文をルーン語で黒板に書いていく。

 

「さて、これが【ショック・ボルト】の基本的な詠唱呪文だ。魔力を操るセンスに長けた奴なら、《雷精の紫電よ》の一節でも詠唱可能なのは……まぁ、ご存知の通り。じゃ、問題な」

 

グレンはチョークで、黒板の呪文の説を切った。

 

《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》

 

「さて、これを唱えると何が起こる?」

 

沈黙。

 

結果など分かりきっているのに、なぜそんなことを聞くのかという沈黙だ。

 

「詠唱条件は……そうだな。速度二十四、音程三階半、テンション五十、初期マナ・バイオリズムはニュートラル状態……まぁ、最も基本的な唱え方で勘弁してやるか。さ、誰かわかるやつは?」

 

今だ、沈黙。

 

優等生で知られるシスティーナも、額に脂汗を浮かべて悔しそうに押し黙る。

 

「これは酷い。まさか全滅か?」

「そんなこと言ったって、そんな所で節を区切った呪文なんかあるはずありませんわ!」

 

クラスの一人、茶髪にツインテールの少女───ウェンディがたまらず声を張り上げ、机を叩きながら立ち上がる。

 

「ぎゃーはははははッ!?ちょ、お前マジで言ってんのかはははははっ!」

「その呪文はマトモに起動しませんよ。必ず、なんらかの形で失敗しますね」

 

嘲笑が腹立たしかったのか、システィーナに次ぐ優等生であるギイブルが、眼鏡を押し上げながら負けじと応戦する。

 

「必ずなんらかの形で失敗します、だってよ!?ぷぎゃーははははははっ!」

「な─────」

「あのなぁ、あえて完成された呪文を違えてんだから失敗するのは当たり前だろ!?俺が聞いてんのは、その失敗がどういう形で現れるのかって話だよ?」

「何が起きるかなんてわかるわけありませんわ!結果はランダムです!」

 

ウェンディがギイブルに続き、吠え立てるが────

 

「ラ ン ダ ム!?お、お前、このクソ簡単な術式捕まえて、ここまで詳細な条件を与えられておいて、ランダム!?お前ら、この術究めたんじゃないの!?俺の腹の皮をよじり殺す気かぎゃはははははははははっ!やめて苦しい助けてママ!」

 

ひたすら笑い続けるグレンに、クラスの苛立ちは最高潮。

 

「もういい。答えは右に曲がる、だ」

 

ひとしきり笑い倒したグレンは、ふと冷静な顔になり、呪文を詠唱する。

 

「《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

グレンの宣言通り、狙った場所に直進するはずの雷は、大きく弧を描くように曲がり、壁に直撃した。

 

「さらにだな……」

 

《雷・精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》

 

さらにチョークで節を切り、グレンは生徒達の、正しくは最前列のルイスの方を見る。

 

そして、

 

「ルイス、答えてみろ」

 

急にそんなことを言った。

 

驚く生徒達。

 

近くの席のシスティーナとルミアは、これでもかとばかりに目を開き、ルイスを見る。

 

「射程が三分の一くらいになる」

 

しかし、生徒達の予想に反し、ルイスはさも当然のように答える。

 

そして、結果は正解。

 

本来の射程の、三分の一ほどの距離しか飛ばなかった。

 

「で、こんなことをすると……」

 

《雷精よ・紫電 以て・撃ち倒せ》

 

今度は節を戻し、呪文の一部を消す。

 

「ルイス」

「出力がかなり落ちる」

 

グレンはいきなり生徒に向けて呪文を撃った。

 

だが、撃たれた生徒は、目を白黒させるだけだ。

 

「さすがだな、ルイス。ま、究めたっつーなら、これくらいはできねーとな?」

 

指先でチョークをくるくる回転させ、見事なまでのドヤ顔のグレンと、いきなり話振りやがってと不満気なルイス。

 

グレンは腹立たしいことこの上ないが、誰も何も言えない。

 

このグレンという三流魔術師と、同年齢のクラスメイトであるはずのルイスには、術式や呪文について、自分達には見えていない何が見えているからだ。

 

「そもそもさ。お前ら、なんでこんな意味不明な本を覚えて、変な言葉を口にしただけで不思議な現象が起こるかわかってんの?だって、常識で考えておかしいだろ?」

「そ、それは、術式が世界の法則に干渉して────」

 

ほぼ脊髄反射で出たギイブルの発言を、グレンは即座に拾う。

 

「とか言うんだろ?わかってる。じゃ、魔術式ってなんだ?式ってのら人が理解できる、人が作った言葉や数式の羅列なんだぜ?魔術式が仮に世界の法則に干渉するとして、なんでそんなもの、が世界の法則に干渉できるんだ?おまけになんでそれを覚えなきゃいけないんだ?で、魔術式みたいな一見なんの関係もない呪文を唱えただけで魔術が起動するのはなんでだ?おかしいと思ったことはねーのか?ま、ねーんだろうな。それがこの世界の当たり前だからな」

 

まさに、グレンの指摘通り。

 

魔術式を覚えれば、魔術が発動する。

 

これがこの世界の当たり前であり、その理屈については誰も考えたことなどなかった。

 

だからこそ、生徒達は今まで魔術式を覚えるのに必死で、根本的な部分については二の次だったのだ。

 

「つーわけで、今日、俺はお前らに、【ショック・ボルト】の呪文を教材にした術式構造と呪文のド基礎を教えてやるよ。ま、興味ないやつは寝てな」

 

しかし、まだ見ぬ知識を目の前に、欠片でも眠気を抱く者は、一人もいなかった。




うー、疲れました……

今回は専門用語が多かったので、打つの大変でした

あともう一話くらいで戦闘シーンに入れるので、自分でも楽しみです

やっぱり、日常会話を書くのも好きですけど、戦闘シーンはそれとは違う面白さがありますからね

では、次回もよろしくお願い致します!


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事件勃発

投稿中に充電切れるとか嫌がらせ!?

すみません、またもやギリギリです!

本当はもっと前だったのに……!

申し訳ありません、ごゆっくりどうぞ!


グレンはまず、魔術の大原則『等価対応の法則』の復習を始めた。

 

大宇宙すなわち世界は、小宇宙すなわち人と等価に対応しているというもので、お互いに影響しあっているということだ。

 

つまり、魔術式とは世界に影響を与えるものではない。

 

人に影響を与えるものだ。

 

人の深層意識を変え、世界の法則を変える。

 

「要するに魔術式ってのは超高度な自己暗示っつーことだ。だから、お前らが魔術は世界の真理を求めて〜なんてカッコイイことよく言うけど、そりゃ間違いだ。魔術は人の心を突き詰めるもんなんだよ」

 

つまり、ルーン語とは、自身の深層意識を効率よく改変するための言語なわけだ。

 

「何?たかが言葉ごときに人の深層意識を変えるほどの力があるのが信じられないだって?ったく、あー言えばこう言う奴らだな……おい、そこの白猫」

「だから私は猫じゃありません!私にはシスティーナって名前が────」

「……愛している。実は一目見た時から俺はお前に惚れていた」

「は?……な、……な、なななな、貴方、何を言って────ッ!?」

「はい、注目ー。白猫の顔が真っ赤になりましたねー?見事に言葉ごときが意識になんらかの影響を与えましたねー?比較的理性による制御のたやすい表層意識ですらこの有様なわけだから理性のきかない深層意識なんて───ぐわぁっ!?ちょ、この馬鹿!教科書投げんなッ!?ごふぁ!!?」

「馬鹿はアンタよッ!この馬鹿馬鹿馬鹿───ッ!」

「てか、ルイス!お前の投擲の威力はシャレにならんからやめろぉぉ!」

「黙れ馬鹿グレン。お前の頭蓋を砕くまで投げるのをやめない」

「怖っ!?」

 

ひと騒動あり、顔を腫らした上におでこにアザを作ったグレンがまとめる。

 

「要するに、呪文と術式に関する魔術則……文法の理解と公式の算出方法こそが魔術師にとって重要なわけだ」

 

さすがにやりすぎたと反省し、ルイスは実家特製の治療薬を渡す。

 

それを塗って楽になったグレンは、話を続ける。

 

「で、その問題の魔術文法と魔術公式なんだが……実は全部理解しようとしたら、寿命が足らん……いや、怒るな。こればっかりはマジだ。いや、本当に」

 

ここまで持ち上げておいてなんだと、非難の視線が集まる。

 

「だーかーら、ド基礎を教えるんだよ。これを知らなきゃ上位の文法公式は理解不可能、なんていう骨子みたいなもんがやっぱあるんだよ。ま、これから俺が説明することが理解できれば……んーと」

 

そう言って少しの間考え込み、

 

「《まあ・とにかく・痺れろ》」

 

変な呪文を唱えた。

 

すると、そんな適当な呪文にも関わらず【ショック・ボルト】の魔術が起動した。

 

「あら?威力が思ったより弱いな……。ほれ、ルイスもやってみろ」

 

そして、ついさっき飛んできたルイスの教科書を放り投げる。

 

「あ?ちょっと待て、いきなり過ぎるだろ!」

 

綺麗な放物線を描く教科書を生徒全員が見つめる中、ルイスは頭を回転させる。

 

「えーっと……《とりあえず・向こうまで・吹っ飛べ》!」

 

思いついたグレンと同じような呪文を唱え、左手を突き出す。

 

直後、【ゲイル・ブロウ】の魔術が発動し、教科書を向こう側の壁まで吹き飛ばす。

 

「うーん、範囲がちょっと狭いか?まぁいい、こんな風に即興でこの程度の呪文なら改変することくらいはできるようになるか?大抵精度落ちるからお勧めしないが」

 

ここに来て、生徒達のグレンとルイスを見る目が変わる。

 

「じゃ、これからいよいよ基礎的な文法と公式を解説すんぞ。それと、ルイス。こっち来い」

「んあ?」

 

【ゲイル・ブロウ】の改変について考えていたルイスに、グレンが手招きする。

 

返事をして教壇まで歩くと、グレンがルイスの肩を叩きながら、

 

「こいつはすでに、俺レベルでこの分野を理解してる。というわけで、俺のこの授業の間はルイスも教師役だ。遠慮なく質問してやれ」

「はぁ!?待てよおい!」

「いいだろ?別に」

「……はあ。わかったよ」

 

急な話に反発するルイスだが、仕方なく了承する。

 

「さて、んじゃあ、始めるか。ま、興味ないやつは寝てな。正直マジで退屈な話だから」

 

しかし、この状況で寝ていられる生徒など、やはり誰一人としていなかった。

 

─────────────────────

 

やる気になったグレンの授業は、他の講師とは次元が違った。

 

真の意味でその分野を理解し、その知識をわかりやすく解説する力があるこその実りのある授業。

 

そして、それはルイスも同様だった。

 

グレンが黒板に向かい、生徒全体に解説しているのに対し、ルイスは少しでも遅れている人が居ればすぐに駆けつける。

 

質問されればそれに回答し、解説を求められれば簡潔にわかりやすく解説する。

 

そうして、いとも簡単に追いつかせてしまう。

 

まるで二人の優秀な講師が揃ったかのような授業内容に、生徒達は全員聴き入っていた。

 

この報せは学院中に即座に知れ渡った。

 

今では、立ち見でも授業を受けに来る生徒もいるくらいだ。

 

おかげでルイスは大忙し。

 

あっちへこっちへと走り回り、解説をしていく。

 

断ればそれまでなのだが、ルイスも大概お人好しである。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

結果はこの通り、授業時間の終わりくらいになると、ヘトヘトである。

 

わかりやすく解説こそしているが、理解力は個人で違うし、質問の場所が違うこともある。

 

それら全てに対応するのは、普段とは違う体力を使うのだった。

 

「ルイス君、お疲れ様」

「お疲れ様」

「おう……」

 

授業が終わり、システィーナとルミアがルイスの元に来た。

 

「いつも大変だね。ほかのクラスの人にまで質問されて……」

「出来るなら手伝いたいけど、むしろ私がルイスの解説が必要なくらいだし……。ごめんなさい」

「いいよ、二人が気にすることじゃない」

 

心配する二人に力なく笑いかけ、ルイスは立ち上がる。

 

「おーい、グレン。荷物運ぶの手伝うよ」

「あ、私も手伝います!」

 

そして、十冊ほどの分厚い本を持ったグレンにそう言う。

 

ルミアもまるで子犬のようにグレンに駆け寄る。

 

「ん?ルミアとルイスか。手伝ってくれるなら助かるが、重いぞ?大丈夫か?」

「はい。平気です」

「身体の方はなんともないよ。精神的には疲れたけどな」

「そうか。なら、少しだけ頼むわ」

 

グレンはルミアに本を二冊、ルイスに三冊取って手渡す。

 

普段とは違う穏やか表情に、ルイスとルミアが微笑む。

 

その様子を少し離れたところから見ていたシスティーナはなんだか面白くない。

 

「ま、待ちなさいよ!わ、私も手伝うわよ……二人だけに手伝わせるわけにもいかないでしょうが……」

「……ほう?じゃ、これ持て」

 

ニヤリと笑い、グレンは放り投げるように残りの本全てをシスティーナに押し付ける。

 

「きゃあっ!?ちょ、重い!?」

「いやぁ、あはは、手ぶらは楽だわー」

 

よろけるシスティーナをよそに、グレンは意気揚々と歩き始める。

 

「な、何よコレ!?アンタ、二人と私でどうしてこんなに扱い違うの!?」

「ルミアは可愛い。ルイスは大事な弟弟子。お前は生意気。以上」

「この馬鹿講師……覚えてなさいよ───ッ!?」

 

─────────────────────

 

生徒がすっかり帰宅した放課後、グレンは屋上の鉄柵に寄りかかり、風景を眺めていた。

 

その隣には、同じく風景を眺めるルイス。

 

「なぁ、ルイス」

 

不意に話しかけるグレン。

 

「ん?」

「まぁ、なんつーか。相変わらず魔術は嫌いだけどよ。反吐が出るけどよ。こういう風に講師をやるのは……」

「悪くない、か?」

「うっ……まあ、そうだ」

 

言わんとしたことを拾われ、グレンがバツが悪そうに頬を掻く。

 

そんなグレンを見て、ルイスはクスクスと笑う。

 

「おー、おー、夕日に向かって黄昏ちゃってまぁ、青春しているね」

 

突然背後から冷やかすような声がし、二人は振り返る。

 

「……お、セリカ姉」

「いつからいたんだよ?セリカ」

 

夕日に輝く金髪が照らされ、それが風に靡いて幻想的な光景を生む。

 

「何しに来たんだよ?お前、明日からの学会の準備で忙しいんだろ?」

「おいおい、可愛い弟子と息子に会いに来ちゃダメか?」

「何が息子だ。俺とお前は元々赤の他人だっつーの」

「私はお前がまだこんな、ちっちゃな頃からお前の面倒を見てるいるんだ。母親を名乗る権利はあるはずだぞ?」

「俺はセリカ姉に会えて嬉しいぞ?」

「ほら見ろ、ルイスはこんなに素直で可愛いのに、グレンはこんなにスレた男になって……時の流れは残酷だな」

「ほっとけ」

 

ふてくされるグレンに、セリカはつぶやく。

 

「元気が出たようで……よかった」

「はぁ?」

「ふふっ……」

 

間抜けな声を出すグレンと、わかっているからか一人笑うルイス。

 

「お前、気づいてないのか?最近のお前、結構生き生きしてるぞ?まるで死んで一日経った魚のような目をしている」

「……おい」

「あっははは!」

「お前も笑うな!」

 

ルイスの頭を引っぱたき、

 

「……心配かけたな。悪かったよ」

 

グレンはため息をつき、頭を掻く。

 

「いや、いい。私のせいだからな。その証拠に、お前は魔術を、まだ嫌悪してる」

「……なるほどな。で、魔術の楽しさを思い出して欲しくて、魔術講師か?ったく、俺とお前を結びつけてるのは、魔術だけじゃねーだろ。たしかに魔術は嫌いだが、お前まで嫌いなることはありえねーよ」

「……ほらな、セリカ姉。俺の言った通りだろ?」

「そうか。うん、そうだよな。よかった」

 

グレンとルイスの言葉を聞き、セリカは穏やかに笑う。

 

そこへ、

 

「あ、やっぱりここにいた!先生!」

 

屋上の出入口が開かれ、システィーナとルミアが対照的な表情で現れる。

 

「あれ?アルフォネア教授。ひょっとして、お邪魔でしたか?」

「いいや。気にしなくていい。どうした?グレンに用事か?」

「はい」

 

花のように笑うルミアはグレンに歩みよる。

 

「私たち、図書館で今日の復習をしてたんですけど、どうしても先生に聞きたいことがあるって……システィが」

「ちょ、それは言わない約束でしょ!?」

「ほぅ、このグレン大先生様に聞きたいことがあると?」

「こうなるからこいつにだけは聞きたくなかったのよ……!」

「すみません、このあとお時間ありますか?」

「ああ、悪いな、ルミア。今日の説明は俺も言葉足らずだったから、多分そこだろう」

「なんなら、俺が先に行って教えとくよ」

「悪いな、疲れてるのに」

「だから、私と二人の扱いの差はなんなの……!」

「ルミアは可愛い。ルイスは大事な弟弟子。お前は生意気。以上」

「む、ムキィィィィ!!」

 

そんなふうに慌ただしく騒ぐ四人を、セリカは微笑ましそうに見ていた。

 

そして翌朝。

 

影は、すぐそこまで迫っていた。

 

「ふー……授業時間中にトイレとか勘弁してくれ……」

 

一人呟きながら廊下を歩くルイス。

 

しかし、ここで異変に気づく。

 

教室が静か過ぎる。

 

普通なら、自分のクラスの声がもっとクリアに聞こえるはずだ。

 

感覚を研ぎ澄まし、意識を少し先の教室に集中。

 

「《ズドンッ》!」

 

そんな声とともに、弾ける雷撃の音。

 

「!?」

 

(今のは、【ライトニング・ピアス】!?)

 

聞き慣れた軍用魔術の音。

 

幸か不幸か、彼は巻き込まれずに、この異常事態に気がついた。




次回、戦闘開始です!

お待たせ致しました!

ルイスの活躍の場ですよ!

……次回はギリギリにならないようにします!

次回こそは!


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無限の剣製

どうも皆様

最近健康のために朝走ろうと思い至り、走った翌日に全身筋肉痛で結局動けなくなった雪希絵です

さて、やって来ました更新日!

今回はいつもより時間ありますよ!

本当はもう少し早くしたいんですけども

では、ごゆっくりどうぞ!


話は少し前に遡る。

 

「遅い!」

 

いつも通りの配置で席に座り、授業開始を待っていると、システィーナがそう叫んだ。

 

「あいつったら……最近は凄く良い授業してるから、少しは見直してやったのに、これなんだから、もう!」

「でも、珍しいよね?最近グレン先生、ずっと遅刻しないで頑張っていたのに」

 

そんなやり取りを聞いていたルイスが、不意に思い立ったように、

 

「あれだな。グレン曰く『人型全自動目覚まし時計』ことセリカ姉がいないからだ」

 

と、言った。

 

それに納得したように頷く二人。

 

「ま、わざとじゃないんだし、とりあえずお説教程度で済ませてやろう」

「そうね……今日こそは一言言ってやらないと……って、どこ行くのよルイス」

「トイレ。あいつのことだから、どうせしばらく来ないだろ」

「そうね……でも、早めに戻って来なさいよ?ルイスの解説だって大事なんだから」

「昨日の範囲で教えて欲しいところもあるから、お願いできるかな?」

「任せとけ」

 

そうして、ルイスは教室を出た。

 

用を足し、鏡で少し髪を整えて(結構大人数に見られるので気にしている)から便所を出る。

 

時間を食ったと思い、少し急いで教室に戻る。

 

しかし、その教室の手前、ルイスは気がついた。

 

今、この学院にはルイスのクラスの生徒しかいない。

 

だというのに、あまりにも静か過ぎる。

 

普通なら、開始前の雑談か、グレンが来たなら授業の声が聞こえるはずだ。

 

(それに、あくまでも勘だが、嫌な予感がする……)

 

自分の勘はよく当たる。

 

そこで、

 

「《定めよ・見渡せ・万象を見据えよ》」

 

静かに詠唱。

 

目を閉じ、先の教室に意識を集中。

 

白魔【オーバー・センス】。

 

選択した五感のうちの一つを拡張する魔術だ。

 

ルイスが選んだのは耳。

 

そうした研ぎ澄ました耳に聞こえたのは、

 

「《ズドンッ!》」

 

知らない男の一言。

 

直後、鳴り響く雷激の音と、長い悲鳴、三人分の別の声。

 

その音には聞き覚えがあった。

 

最も頻繁に使われる軍用魔術の一つ、【ライトニング・ピアス】。

 

汎用魔術【ショック・ボルト】と似たような見た目だが、その威力は比較にならない。

 

真正面から受ければ、簡単に身体を貫通する。

 

(まさか、今のが詠唱だったのか……?)

 

だとしたら常識外れの神業だ。

 

こんな超高速一節詠唱ができるやつなど、まともな魔術師じゃない。

 

それこそ、ルイスはセリカしか知らなかったくらいだ。

 

「くそっ、まさか誰かに当たったか!?」

 

思わず壁を殴りそうになるが、必死で堪える。

 

殴って音を立てたら、絶対にバレる。

 

(相手は少なくとも三人。いや、この学院に入ったってことは、結界を破ったってことだ。ってことは結界魔術の専門家が間違いなく追加で一人いる。下手したらもっと……)

 

ルイスは思考を加速させる。

 

今この瞬間にも、クラスメイトが、システィーナが、ルミアが、どんな目にあうかわからない。

 

だが、

 

「くそっ……!」

 

自分では、勝てない。

 

汎用魔術が使えたところで意味は無い。

 

相手の手段は【ライトニング・ピアス】以外にもあるだろうし、そもそも自分よりシスティーナの方がよほど優秀だ。

 

白魔も使えるが、そんなものを使ってどうするのか。

 

ルイスに残された手段は、時間がかかる。

 

考えに考え、彼は苦渋の決断を下す。

 

(……一旦、身を隠す)

 

やつらは自分たち生徒を舐めきっている。

 

だとしたら、ここに来た目的を達成するために、手分けをし始めるはずだ。

 

(相手の数が多いなら、各個撃破で潰す)

 

そう考え、ルイスは教室を離れる。

 

とっくに【オーバー・センス】は解除していた。

 

だからこそ、彼は気づかなかった。

 

ダークコートの男に連れて行かれる、ルミアに。

 

─────────────────────

 

ルイスが潜伏場所に選んだのは、校舎の端。

 

警戒するのが一方向だけでいいという利点があるからだ。

 

そこで、ルイスは全力で深層意識を改変していた。

 

「これは違う……これでもない。くそっ、なんで上手くいかない───!?」

 

悩んで悩んで、それでも何も思いつかない。

 

「くそっ……くそっ……!」

 

床を叩き、壁を殴り、周りに当たり散らす。

 

しかし、焦りが募る度に自分の中のイメージが霧散していく。

 

「どうすればいい……!」

 

そんな時だった。

 

「きゃあぁぁぁぁ!!」

 

悲鳴が響いて来た。

 

「っ───!? ウェンディ!?」

 

声に聞き覚えがあった。

 

ウェンディは特別仲がいいわけではない。

 

ただ単に、多少趣味が合い、多少他の生徒より顔を合わせる機会が多いだけ。

 

しかし、そんなものは関係ない。

 

目の前が一気に赤くなる。

 

燃え上がる赤熱した感情と、その奥のどす黒い感情の渦。

 

ルイスはこの感情を知っている。

 

怒りと殺意だ。

 

「《定めよ・見渡せ・万象を見据えよ》」

 

【オーバー・センス】を発動。

 

飛び込んで来たのは、ちょうど真上からの声。

 

「クククク……いーい悲鳴ですねぇー……?あなたのような高飛車な少女を切り刻むのが、一番楽しみなんですよねぇー……?」

 

聞くだけで吐き気がするような、薄気味悪い男の声。

 

「いや……いやぁ……!」

 

そして、だんだん弱くなるウェンディの声。

 

ギリッ────!!

 

歯が砕けるほどに噛み締める。

 

ようやく頭が冴えた。

 

なんとも簡単な事だったのだ。

 

こんなところで立ち止まっている暇などない。

 

ウェンディを助け、クラスメイトを助ける。

 

もう、迷わない。

 

本当に求めていた言葉は、無意識に口から出た。

 

「──────《体は剣で出来ている・」

 

ゆっくりと、殊更にゆっくりと、詠唱する。

 

「《血潮は鉄で心は硝子・───」

 

足を踏み込み、駆け出す。

 

階段を駆け上がり、さらに続ける。

 

「《幾たびの戦場を越えて不敗・───」

 

両手に意識を集中する。

 

「《ただの一度も敗走はなく・ただの一度も理解されない・」

 

(間に合え……!間に合え……!!)

 

ひたすら願いながら、走り続ける。

 

「《彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う・」

 

教室の前に辿り着く。

 

扉に向かって、脚を振り上げる。

 

「《故に生涯に意味はなく・」

 

全力で、扉を蹴り壊す。

 

「な!?」

「…………え…?」

 

突然扉が弾け飛び、驚く二人。

 

茶髪のツインテールの美少女と、まるでピエロのような顔の巨大な鋏を持った男。

 

敵を見据え、最後を紡ぐ。

 

「《その体はきっと剣で出来ていた》────!!!」

 

現れる青色の煙のようなもの。

 

魔力を全力で注ぎ込み、自分の中の幻想を具現化する。

 

(頼む────来い!来い……!)

 

成功したことなどほとんどない。

 

自分にあるのはただの種だ。

 

ひたすら育てて来たそれを、ここで目覚めさせられる保証などない。

 

だが……、

 

「ここでやらなきゃどこでやる!」

 

全てを賭け、最後の文言を叫ぶ。

 

「─────投影(トレース)

 

両手を振り上げ、

 

開始(オン)!!」

 

勢いよく振り下ろす。

 

煙が輝き、青白い光を放つ。

 

それはまるで、空間から今引き抜かれたように。

 

何もなかったはずのルイスの両手に、たしかな硬さと重さ。

 

そこにあったのは、右手に白色、左手に黒色の幅広の剣。

 

まるで最初からそこにあったかのように、当然のように、それは収まっていた。

 

「おぉぉぉぉぉぉ!!」

 

成功の喜びも捨て置き、ルイスは男に斬り掛かる。

 

「ぐぅ……!?」

 

突然現れ、見たこともない魔術を見せられたためか。

 

男はつい、魔術を使わずに鋏を振り下ろした。

 

迫る凶器。

 

しかし、ルイスは欠片も動揺しない。

 

「ふっ───」

 

短い気合いとともに、右手の白い剣を叩きつける。

 

キンッ───!

 

と、やけに小さな音が鳴り、鋏が簡単に砕ける。

 

「はいぃぃぃ!?」

 

男は二つのことに驚かされた。

 

一つ、男の鋏は、特注品の巨大な鋏に付呪(エンチャント)を施した特別製。

 

今までいとも簡単に人体を切り裂いてきた、無敵の刃のはずだった。

 

それが、たった一合で破壊されたこと。

 

二つ、扉の前から部屋中央付近にいた男に、一瞬で詰め寄ったルイスの歩法。

 

そして、鋏の弱点である留め金を攻撃する技量。

 

ルイス自身の剣術に、舌を巻いていた。

 

さらにルイスの攻撃は続く。

 

左の剣を右脇に差し込むような体勢から、全力の横薙ぎ。

 

咄嗟に飛び下がる男だが、胸元に浅くはない傷を負う。

 

思わずよろける男に、ルイスは両手の剣を振り下ろす。

 

しかし、

 

「《大いなる風よ》!」

 

【ゲイル・ブロウ】で男は距離を開けた。

 

その間にルイスは男とウェンディの間に滑り込む。

 

「ウェンディ!無事かっ!?」

 

背後を振り返り、ウェンディを見る。

 

「ルイ……ス……?ですの……?」

「ああ、助けに来た。大丈夫……か……」

 

ルイスの語尾が掠れる。

 

ウェンディは酷い状態だった。

 

全身に複数の切り傷を負い、そこから出血している。

 

恐怖による涙の後がくっきりと残り、身体中を震わせている。

 

加えて、彼女の制服の上半身は、上から下まで真っ二つになっていた。

 

再び湧き上がる黒い感情。

 

「……おい。クソ野郎」

「なんですか急に。人のこといきなり斬りつけて今度はクソ呼ばわりですかぁ?異常ですねぇ、あなたぁ。まあ、惨殺愛好家の私も異常ですけどねぇ、ククククククッ」

 

妙に甲高い、耳障りな声。

 

もはや一挙手一投足に嫌悪感しか湧かない。

 

そんな男に右手の剣を向け、

 

「……グレンやセリカ姉が相手をするまでもない。俺が、この場でお前を切り刻む」

 

殺意のこもった眼差しで、そう言った。

 

「ほぉぉぉ?あなたがぁ?私をぉ?切り刻むとぉ?」

 

つくづく腹が立つ喋り方でそう言う。

 

「甘いですねぇ、私の本気が鋏だけだと?」

 

言いながら、男は纏っていたコートを跳ね上げる。

 

「私は『フィレスト』!付呪(エンチャント)の専門家ですよぉぉぉぉぉ!?」

 

叫び、大量のナイフを引っ張り出す。

 

付呪されているのは、刺さった瞬間に全身が麻痺する魔術。

 

加えて、繋げられた糸によって操ることもできる。

 

それが、総計30本以上。

 

そのうち一本でも当たれば、指先を動かすことすらできなくなる。

 

しかし、ルイスにとってはそんなもの、ピンチでもなんでもない。

 

投影開始(トレースオン)

 

冷静に、極めて冷静にルイスがつぶやくと、彼の周りに青い煙が大量に現れる。

 

それは、次々と形を表し、無数の剣となった。

 

「はあ!?」

 

思わず叫ぶフィレスト。

 

大量の剣はそのままひとりでに動き出し、ナイフを次々と叩き落とす。

 

「せいぜい呪え。俺とお前の相性の悪さをな」

 

大量の剣を自らの魔力で練り上げ、投影する。

 

自分の記憶の中の剣を、現実に呼び出す魔術。

 

固有魔術【無限の剣製】。

 

ルイスの唯一の対抗手段にして、究極の複製魔術。

 

投影された武器は、天才鍛冶屋であるルイスの父親が、人生にほんの何度か作り上げたか程度の業物。

 

それに、【ウェポン・エンチャント】を付与した一級品。

 

付呪されてようがなんだろうが、魔術師が投げた程度のナイフが、敵う代物ではない。

 

おまけに、出そうと思えばいくらでも出てくるのだ。

 

どこに勝てる要素があろうか。

 

ナイフを叩き落としきり、剣はフィレストを狙いに定める。

 

「ガホォ、グ、ガァァァ!」

 

体に剣が突き刺さる度、唸り声を上げる。

 

最終的に身体中に剣が刺さった状態で、フィレストは倒れる。

 

「じゃあな」

 

薄れゆく意識の中でフィレストは、氷のように冷たいルイスの瞳とその一言を最後に聞いた。




本当はシスティを助けに行きたかったんですけど、やっぱりそこはグレンに助けて欲しいのでこうなりました

というか、絶対フラグ立ちましたよね、これ

次回、引き続きバトルです!

では、また来週!


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第二の敵は

どうも皆様

最近膝を脱臼して悲しみにくれる雪希絵です

ほとんど出かけられないので、外で遊びたくて仕方ない今日この頃です

まあ、そんなどうでもいいことは置いておきまして

さて、やって来ました更新日

前回はタイトル通り無限の剣製使いましたが、如何でしたでしょうか?

たくさんの方に感想を頂けて、本当に嬉しかったです

では、ごゆっくりどうぞ!


「ウェンディ!」

 

倒れるフィレストを尻目に、ルイスはウェンディの元へ駆け寄る。

 

「大丈夫か!?」

 

呆然としているウェンディに、ルイスは唇を噛み締める。

 

「おい、ウェンディ!」

「あ……」

 

か細く声を出し、パクパクと何度か開け閉めした後、微かに口を開く。

 

「大丈夫……ですわ。これ……」

 

くらい、という声はほとんど聞こえなかった。

 

必死の強がりとして、なんとかこぼさないようにするが、その目からは決壊寸前の涙が溜まっていた。

 

「こんな……これくらい───」

 

とうとう涙が溢れ、それを拭おうと拘束されて腕を懸命に動かす。

 

しかし、拘束された上に恐怖で固まった身体は、そう簡単に言う事を聞いてはくれない。

 

ウェンディは有力貴族の娘だ。

 

そんな彼女は、何よりも認められなかったのだ。

 

貴族である自分が、悪に屈しそうになったことが。

 

だから、なんでもなかったかのように振る舞う。

 

今更何をというのも、自分で理解している。

 

それでも、これはウェンディの意地だった。

 

「…………ウェンディ」

 

そんな彼女の頬に、ルイスは優しく手を添える。

 

指で涙を拭い、また流れる涙を拭う。

 

「大丈夫。ここでウェンディが何言おうが、どんなことをしようが、今までウェンディが積み上げて来たものが、全部崩れたりするわけじゃない。いや、例え全部崩れたって、ウェンディはウェンディだ。今まで通り俺にとって大事な友達で、クラスのみんなにとって、大事なクラスメイトだ。だから、我慢しなくていい」

 

先程の怒声など影も形もない、どこまでも優しい声。

 

そうして、ルイスはウェンディの頭をほんの少し、抱き寄せた。

 

「こんな時くらい、誰かに頼ってもいいもんだろ?」

「───うっ」

 

ウェンディの中の、何かが弾けた。

 

「言いたい事があるなら言えよ。全部聞くからさ」

「うぅ……ぐす……!」

 

ルイスが縄を解除し、自由になった両手でウェンディは両目の涙を拭う。

 

そして、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

 

「こ、怖かったです……!すごく……!」

「うん」

「じっと、わたくしのことを見ていたかと思ったら、いきなりこんなところに連れて来られて……!」

「うん」

「そして、わ、わたくしのことを……笑いながら切りつけてきて……!」

「うん」

「ルイスが来るまで…どうなるか不安で…怖くて……怖くて……!」

「うん、うん。ごめんな、遅くなって。本当にごめん」

 

優しく頭を撫でながら、ルイスはウェンディの話を、ずっと聞き続けていた。

 

─────────────────────

 

「ぐすっ……。お見苦しいところを、お見せしましたわ」

 

しばらくして、ウェンディは泣き止み、幾許か落ち着いた。

 

「いいよ、気にしないで。あんなことになったら、その反応が普通さ」

 

言いながらルイスはフィレストを全裸にして、黒魔【マジック・ロープ】で亀甲縛りにし、ギリギリ死なない程度に傷を治療し、【スペルシール】と【スリープ・サウンド】を重ねがけして無力化。

 

そして、全身に見るも無残な落書きを施し、最後に股間に『人類史上最小』と書かれた紙を貼った。

 

「な、何をしているんですの……?」

 

あまりに手際が良すぎて忘れていたウェンディが、両手で視界を塞ぎながらそう言う。

 

「グレンに教わった敵魔術師の無力化方法」

「それ絶対間違ってますわよ……」

 

ため息をつくウェンディに、ルイスは首を傾げる。

 

「まあ、そんなことはどうでもいい。ウェンディ、これ羽織っといて」

「えっ……?」

 

ウェンディの発言についてはグレンに言及することにし、ルイスは彼女の肩に制服のマントをかける。

 

「なんというか……その、目のやり場に困る」

「………!?そ、そそそそ、そうですわね!有難くお借りしますわ!」

 

ウェンディの制服は、マントはすでにボロボロ。

 

制服の上半身部分は、真っ二つに切り裂かれている。

 

そうなれば当然、中の下着は丸見えなわけで。

 

ルイスはその事に今更気が付き、そしてウェンディも今更気が付いたらしく、急いでルイスのマントを羽織る。

 

ルイスは体格がいい訳ではないが、それなり背は高いので、前を閉めれば充分に衣服として機能した。

 

「それと、早いところ治療をしよう。本当はもっと早く治療したかったんだけど、あいつがその間に復活したら困るから、そっちを優先したんだ」

「いえ、お気になさらず……」

 

まだ若干頬の赤いウェンディがそう言う。

 

「跡になったら困るだろうから、治療薬も併用しよう《慈愛の天使よ・彼の者に安らぎを・救いの御手を》」

 

ルイスは白魔【ライフ・アップ】を発動しながら、治療薬を塗る。

 

淡い光と治療薬の効果で、ウェンディの傷が癒えていく。

 

半ばほど治療が終わったころ。

 

「……あの、ルイス」

「ん?」

 

不意に、ウェンディが口を開く。

 

そして、ルイスも予想していて質問をされた。

 

「ルイスが使ったあの剣……まるで呼び出したようでしたけれど、一体あれはなんですの?」

「俺の固有魔術だよ。『無限の剣製』っていうな」

「固有魔術……」

「ああ。俺はあの魔術を使えば、刀剣類なら見ただけで複製できる。両手に持ってた剣も、そこの人類史上最小にぶつけたのも、そうして魔力で投影した剣だ」

「七節もあったようですけど、魔力は大丈夫なんですの?」

「平気平気。魔力容量(キャパシティ)には自信あるから。っていうか」

 

治療が終わり、ルイスは道具を片付けながら続ける。

 

「俺が固有魔術を持ってることには驚かないのか?」

「……たしかに多少は驚きましたが、想像はできますわ。グレン先生と一緒に、授業をしているくらいなんですから」

「さすがクラス三位。頭の回転が早いな」

「ほ、褒めても何も出ませんわよ!」

 

ルイスが素直に褒めると、立ち上がってまた頬を赤くしながら、そっぽを向いてしまった。

 

そんなウェンディに少しだけ微笑み、すぐに表情を引き締める。

 

「さて……移動するか。あいつらの目的を探らないとな」

「そ、そうですわ!ルイス!ルミアが!」

「!? ルミアがどうしたんだ!?」

 

目的というところで思い出し、ウェンディは敵が来てからの一部始終、そしてルミアがその中の一人に連れていかれたことを話した。

 

「くそっ……!遅かったか……!」

「も、申し訳ありませんわ……。わたくしがもっと早く、ルイスに知らせていれば……」

「いや、ウェンディのせいじゃない……。俺が、もっと早く固有魔術を形にしてれば……」

 

言いながら、ルイスは拳を握りしめる。

 

多少大人びていて、多少他の生徒よりも荒事に慣れているだけで、彼はあくまでもまだ学生だ。

 

自分だけならともかく、クラスメイトや友人が騒ぎに巻き込まれれば、冷静ではいられない。

 

さっきは、使命感が乱れる心を強引に平静にしただけだ。

 

「ともかく、ルミアを連れていったなら、何か目的があるはずだ。場所を探りながら目的を……」

 

嫌な想像が頭を過ぎるが、無理やり払拭してこれからのことを考えていると、ルイスの首にかかったペンダントから、金属を打ち鳴らしたような音が鳴る。

 

ウェンディが驚いて肩を震わせる中、ルイスは迷いなくそれを掴み、顔付近に持ってくる。

 

「グレン!?セリカ姉!?」

「ルイス!無事だったか!」

「良かった、お前たち二人とも無事なんだな」

 

そこに収まった宝石から、離れた場所にいるはずのグレンとセリカの声がする。

 

「グレン、学院内に入ったのか?」

「おう。結界の設定が書き換えられていたから、札を使って入った。今白猫と一緒だ」

「俺はウェンディと一緒だ」

「ウェンディ?なんでだ」

「敵の一人に襲われてた。敵は無力化してある」

「そうか。こっちも一人無力化した。敵は後何人いると思う?」

「最低二人だな。敵の正体に心当たりは?」

「それはさっきグレンと話してたところだ。どうやら相手は、『天の知恵研究会』らしい」

「……あのイカれた集団か」

「間違いない」

「相手があれなら、何をしてくるか分からない。ひとまず合流したらどうだ?」

「わかった。グレン、合流しよう」

「ああ。とりあえず、一旦切るぞ」

「なぁ……ルイス、グレン。……死ぬなよ?」

「「こんなところで死んでたまるか」」

 

最後は二人揃ってそう言い、通信を切った。

 

「ルイス……今のは……」

「通信の魔道具だ。セリ……アルフォネア教授に貰った」

「助けは……来そうにありませんわね」

「だろうな。帝国宮廷魔導師団が来るとして、恐らく相当あとだな」

 

落ち込むウェンディ。

 

そんな彼女の肩に、ルイスは手を置き、

 

「大丈夫。ルミアもクラスのみんなも、俺とグレンが必ず助ける。ウェンディのことは俺が必ず守る。信じてくれ」

 

真っ直ぐに目を見て、そう言った。

 

「───はい」

 

覚悟を決めた顔で、ウェンディも頷く。

 

そこへ。

 

魔力の共鳴音とともに、空間が歪んだ。

 

「!?」

「な、なんですの!?」

 

身構える二人の前、現れる魔法陣。

 

そして、ゾロゾロと何かが出てきた。

 

二本の脚で立ち、剣や盾で武装した、十数体の骸骨。

 

「ボーンゴーレムか!?しかも、こいつら普通の骨じゃないな……!」

 

召喚【コール・ファミリア】。

 

本来は小動物のような使い魔を呼び出す魔術だが、この術者は大量のゴーレムを使い魔にして遠隔連続召喚(リモート・シリアル・サモン)するという、次元の違うことをやっている。

 

「くそ、ウェンディ!逃げるぞ!」

「は、はい!」

 

ガシャガシャと音を鳴らし、迫ってくるボーンゴーレム。

 

(対抗手段は、こいつしかない!)

 

走りながら、ルイスは必死に口を回す。

 

「《体は剣で出来ている・───」

 

ウェンディの手を引き、空いている左手に意識を集中する。

 

「《血潮は鉄で心は硝子・幾たびの戦場を越えて不敗・ただの一度も敗走はなく・ただの一度も理解されない・───……」

 

曲がり角を急速に曲がり、とにかく広い場所を目指す。

 

「《彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う・故に生涯に意味はなく・」

 

やがて、普通よりも広い廊下に出た。

 

ウェンディを背後に庇うように立ち、ルイスはボーンゴーレムと対峙する。

 

「《その体はきっと剣で出来ていた》!!」

 

詠唱完了。

 

投影開始(トレースオン)!!」

 

ルイスが叫ぶと、左右の手に青い煙が再び現れる。

 

左手のそれは上下に長く伸び、右手のものは細く伸びる。

 

数秒後、ルイスの左手には黒い弓が、右手には同色の矢が握られていた。

 

迫り続けるボーンゴーレム。

 

その一番前にいるゴーレムを見据え、矢を弓に番える。

 

弓と弦が軋み、目一杯まで弦を絞る。

 

「ふっ─────!」

 

発射。

 

おおよそ弓によるものとは思えないほどの轟音。

 

放たれた矢はまるで吸い込まれるように正面の骸骨に当たり、

 

ガシャァァァァァン!!

 

その後ろにいたボーンゴーレムも巻き込み、砕けていく。

 

「やってやるよ……!こうなりゃヤケだ!」

 

未だ多くいるボーンゴーレムを睨みながら、矢を追加で呼び出す。

 

同時、周囲に父親の最高傑作の剣を複数投影。

 

一対十数の、総力戦が始まった。




最近アニメで喋るウェンディを見て思いました

すごい可愛い!!!

……失礼致しました

元々小説でも可愛かったですけど、喋るところを見るとやはり印象が変わってきますね

ロクアカって本当に魅力的なキャラが多いですよね

お読みいただきありがとうございました!


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全力戦闘

どうも皆様

最近OPにルイスがいたらどうなるかなとか妄想してたらニヤニヤしてたらしく、家族にドン引きされた雪希絵です

ここで皆様にお礼の言葉を述べさせてください

祝・お気に入り件数597件&UA36000突破!!!!

ありがとうございます!!!

こんなに沢山の方に呼んで頂けて、本当に嬉しいです!

というわけで、感謝の気持ちを込めて、一話読み切りの短編などを思案中です

番外編の章を作り、そこに上げていきますので、完成しましたらご覧になっていただけると幸いです

もちろん本編の投稿はいつも通り行いますので、そちらもよろしくお願い致します!

では、今回もごゆっくりどうぞ!


「くそっ、キリないな!」

 

休みなく矢を放ち、投影した剣を叩きつけるが、敵の数が多すぎる。

 

じりじりと距離が詰まり、とうとうボーンゴーレムの間合いになってしまう。

 

「ちっ……!投影開始(トレースオン)!」

 

仕方なくルイスは弓を消し、白と黒の双剣を呼び出す。

 

正面のボーンゴーレムが斬りかかってくる。

 

ルイスはそれを右手の剣で受け、左手の剣で払い上げる。

 

大きく空いたその胴体に、ルイスは引き戻した右手の剣を突き込む。

 

【ウェポン・エンチャント】の付与された双剣は、ボーンゴーレムの肋骨を盛大に抉り、伝播した威力で全身を砕く。

 

相変わらずの威力に感嘆しつつ、その場で一回転。

 

両手に握った剣が閃き、ゴーレムを斬り裂いていく。

 

投影開始(トレースオン)!」

 

同時、周囲に複数の剣を投影。

 

自分の前半分を囲うように呼び出したそれを、一斉に射出。

 

次々に砕けるボーンゴーレム。

 

だが、それでも数が減らない。

 

(どうする……!?)

 

なおも果敢に挑みながら、ルイスは考える。

 

確実に仕留めてはいるが、それでも全体の進行が止まるわけではない。

 

じりじりと、ウェンディの方に向かいつつある。

 

さらに言えば、

 

「いっ……!?」

 

ルイスは、少しずつダメージを受けていた。

 

相手の数が多すぎるため、どうしても避けきれない攻撃があるのだ。

 

飛び散る赤い血と、深くはないが数を増やし続ける傷。

 

これでは、ボーンゴーレムを全滅させる前にルイスが倒れる。

 

「……やるしかないな」

 

それでも、手はある。

 

とっくに思いついていたが、生憎痛いのは御免なのでやらなかった手だ。

 

「ウェンディ!」

「は、はい!」

 

背後のウェンディに、肩越しに振り返りながら叫ぶ。

 

その間も、腕は双剣を振るい続けている。

 

「……なんでもいいから、爆風を吹き飛ばせる魔術を使ってくれ。いいな?」

「え……?」

 

戸惑うウェンディ。

 

そんなウェンディの返事も聞かず、ルイスは双剣を解除して、

 

投影開始(トレースオン)

 

再び呪文をつぶやく。

 

近づくボーンゴーレムの攻撃をギリギリで回避し、グレンに教わった得意ではない格闘術も利用しつつ、左手に意識を集中する。

 

やがて、少しずつ青い光が強くなっていく。

 

そして、一際強く輝いた瞬間。

 

「…………ぐっ……!」

 

少なくない魔力が持っていかれる感覚。

 

(やっぱ……武器以外の投影はキツイか……)

 

だが、成功はした。

 

その手に握られていたのは、大量の宝石。

 

まるで燃えているかのように赤く輝くその宝石は、『爆晶石』という。

 

爆発を封じる『封爆のルーン』でも刻まない限り、いとも簡単に爆発する。

 

それを、

 

「しっ……!」

 

目の前のボーンゴーレムに、思い切り投げつける。

 

カツンッ、と小さな音が鳴り衝突。

 

重力に乗って宝石が落下する、その途中。

 

赤い閃光を放ちながら、

 

ドガァァァァァァンッッッ!!

 

大爆発。

 

「なっ───!?お、【大いなる風よ】!」

 

爆晶石が赤い閃光を放った瞬間、ウェンディは半ば本能的に【ゲイル・ブロウ】を発動。

 

向かってくる爆風をどうにか相殺し、熱が過ぎ去るまで顔を手で覆う。

 

数秒後、ようやく視界が晴れる。

 

熱の余韻を感じながら、ウェンディはその爆心地へと駆ける。

 

そこには、

 

「ルイス!?ルイス、しっかりしてくださいませ!」

 

制服の至るところが焼け焦げた、ルイスが倒れていた。

 

「ルイス……ルイス!」

 

肩を掴み、必死で揺する。

 

その目には、再び涙が浮かんでいる。

 

腕に力を込め、ルイスを仰向けにして呼びかけ続ける。

 

すると、ほんの少し身じろぎしながら、ルイスが目を開けた。

 

「いっててて……。あー、どうにか生きてるか……」

「ルイス……!」

 

ほっと胸をなでおろし、ウェンディは大慌てで【ライフ・アップ】の呪文を唱える。

 

淡い光が両手から放たれ、ルイスの傷を癒していく。

 

「ウェンディ……気持ちは嬉しいが、やってる場合じゃない」

「えっ……?」

 

ウェンディの腕を掴み、半ば無理やり魔術を中断させる。

 

「傷なら平気だ。どうにか魔術で爆風の直撃は免れたし、制服には耐爆の魔術が付呪(エンチャント)してある。薬でも飲んでおけば、どうにかなるさ」

「で、ですが……!」

「平気だって。それより、早いとこグレンとシスティと合流しよう」

 

ふらつく足を踏み込み、ルイスはどうにか立ち上がる。

 

(魔力は……まだあるな。余ってるわけじゃないが、無駄遣いしなければどうにかなるだろう)

 

自分の身体の状態を確認し、制服の胸ポケットから治療薬を取り出し、飲み干す。

 

(にっが……)

 

いつも通りものすごく苦いが、その効き目は折り紙つきだ。

 

「さて、行こうか」

 

言いながらルイスが振り返ると、ウェンディがわなわなと肩を震わせていた。

 

「ど、どうした?」

 

首を傾げて尋ねる。

 

そんな彼をウェンディは睨みつけ、

 

「ああ、もう!わかりましたわ!くれぐれも、無理はしないでくださいませ!」

 

半分怒鳴るかのようにそう言って、つかつかと先に歩いていく。

 

「ああ、わかったよ」

 

なんだかんだ心配してくれていることを嬉しく思い、微笑みながら頷く。

 

「だけどウェンディ、そっち行き止まりだぞ」

「……!?わ、わかってますわ!」

 

顔を真っ赤にして踵を返す。

 

そんなウェンディに思わず微笑んでいた時だった。

 

突如、轟音とともに眩い閃光が窓から入り込んできた。

 

「きゃっ!?」

「…………」

 

驚くウェンディと黙ってそれを見つめるルイス。

 

ほんの一瞬で光は収まったが、それが終わってからも目がチカチカとする。

 

「い、今のは一体……?」

「【イクスティンクション・レイ】だ。グレンのな」

 

独り言のように呟いたウェンディに、ルイスが答える。

 

「【イクスティンクション・レイ】……!?ですが、あれはアルフォネア教授が作り出した限りなく固有魔術に近い魔術では……?」

「ああ。けど、グレンは使える。さんざん長ったらしい呪文を移動することすら出来ずに唱えて、特別な魔力触媒を使わないといけないが、グレンにはあれが使えるんだ」

 

言いながらルイスは駆け出す。

 

「ちょ、ルイス!いきなりどうしたんですの!?」

 

慌てて、ウェンディも着いていく。

 

「【イクスティンクション・レイ】は、その威力と引き換えに並みの魔術師なら即座に枯渇するレベルの魔力を消費する。それをやったグレンは今頃……」

「マナ欠乏症、というわけですの?」

「そうだ。二人が危ない。急ごう!」

 

─────────────────────

 

グレンは追い詰められていた。

 

ボーンゴーレムを一掃するのに、裏技で無理やり魔力を絞り出して【イクスティンクション・レイ】などという大魔術を使い、魔力は空っぽ。

 

そこに、その大量のボーンゴーレムの主が現れた。

 

名を『レイク』というらしいその魔術師は、五本の浮遊剣を用意してグレンの前に立ちふさがったのだ。

 

「あー、もう、浮いてる剣ってだけで嫌な予感するよなぁ……あれって絶対、術者の意思で自由に動かせるとか、手練の剣士の技を記憶していて自動で動くとか、そういうやつだよ……」

「せ、先生……」

 

うんざりとするグレンの隣で、システィーナが不安そうにグレンを見上げる。

 

「グレン=レーダス。前調査では第三階梯(トレデ)にしか過ぎない三流魔術師と聞いていたが……誤算だな」

「ざけんな。一人を完全に殺したのはお前だろうが。人のせいにすんな」

「命令違反だ。任務を放棄し、勝手なことをした報いだ。聞き分けのない犬に慈悲を掛けてやるほど、私は聖人じゃない」

「ああ、そうかい。そりゃ厳しいことで。で、なんだ?その露骨な剣の魔導器は俺対策か?

「知れたこと。貴様は魔術の起動を封殺できる────そんな術があるのだろう?」

「あら……やっぱりバレてます?」

「魔術の起動のみを封じるのであれば、最初から術を起動しておけば問題はない……行くぞ」

 

そうしてレイクが指を鳴らすと、剣の魔導器は一斉にグレンに襲いかかった。

 

「ですよね───!?」

 

左から、右から、正面から迫る刃。

 

「はぁ───ッ!」

 

グレンはそれを左拳で受け流し、右拳で撃ち落とし、体捌きでかわす。

 

五本のうち三本の剣は明らかに達人の動きで、されど自動化された機械のような動きでグレンに襲いかかる。

 

残る二本は、まるでその先を埋めるように首や心臓など、グレンの急所を狙っている。

 

「厄介な……てめぇ、まさか、両方か」

 

そう、レイクの魔導器は達人の記憶を持つ剣三本と、術者が操作する剣二本の合わせ技。

 

グレンはその先の読めない攻撃に、ひたすら受けに徹するしかなかった。

 

「だが、その満身創痍の身体でよく受ける。このまま消耗戦でもいいが、時間の無駄になるのも面倒だ」

 

言いながらレイクは右手を振るう。

 

途端、二本の手動剣のうちの一本がグレンへの攻撃を中断。

 

そして、

 

「えっ……?」

 

システィーナの方へ向かった。

 

「!?てめぇ!まさか……!」

 

グレンがレイクの思惑に気がつき、叫ぶ。

 

ここでシスティーナを攻撃し、グレンがそれを庇えば計画通り。

 

その隙に全ての剣戟を叩き込めば終わりだ。

 

例えシスティーナを助けなかったとしても、ショックから一時的に動きが鈍る。

 

そんな状態で防ぎきれるほど、レイクの攻撃は甘くない。

 

「さあ、どうする魔術講師!」

 

空を切る音とともに、どんどんシスティーナに迫る剣。

 

向かってくる凶器に、システィーナは指先を動かすこともできない。

 

一秒もすれば、その剣は自分を貫き、死にいたらしめるだろう。

 

そんな嫌な想像が、いま形になろうとしている。

 

走馬灯のようにゆっくりと見える視界。

 

叫ぶグレン。

 

勝利を確信した、レイクの表情。

 

目と鼻の先に迫った剣。

 

それら全てがを認識した、直後。

 

「やらせるわけ……!」

 

ダンッ!と強烈な踏み込み音。

 

そして聞こえる、誰よりも聞き慣れた声。

 

「ないだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

システィーナの横から飛び込む、人影。

 

白と黒の双剣を握り、低姿勢による最短距離の移動。

 

レイクの手動剣がシスティーナの顔に触れる寸前。

 

「おおおおおおおおお!!」

 

咆哮を上げながら、すくい上げるような斬撃。

 

右手の白い剣がレイクの剣と衝突し、天井にはね上げた。

 

速さを取り戻すシスティーナの視界。

 

目の前に立っているるのは、

 

「良かった……!間に合った……!」

 

自らの幼なじみ、ルイスだった。

 

─────────────────────

 

「あ……ルイ……ス」

「システィ、無事か?」

「え、ええ……」

「良かった……」

 

生返事をするシスティーナに、ルイスは安堵の息をつく。

 

そして、唖然とするレイクの方に歩き出し、グレンの隣に並ぶ。

 

「……よう、ルイス。えらくボロボロじゃねえか。制服に切れ目なんか入れちゃって。ワイルド系にイメチェンか?」

「こっちのセリフだ、グレン。お前こそ肌の色が死人みたいだぞ。とうとう目だけじゃなくて、肌まで死なせたか?」

 

皮肉に皮肉で返すやり取り。

 

いつものやり取りにどちらとも無く鼻で笑い、

 

「うるせえ。黙って俺の背中でも守ってろ」

「お前が黙れよ。首を落とされないようにせいぜい見といてやる」

 

グレンとルイスは並び立つ。

 

セリカの一番弟子と二番弟子。

 

兄弟弟子同士の共同戦線の開始だった。




お気づきの方もいるかも知れませんが、タグにヒロインの名前を追加致しました

ただ、私のヒロインの定義としては『主人公に通常以上の好意を抱いている』というだけですので、最終的に交際することが確定しているわけではないので、ご了承くださいませ

タグ以外のヒロインについては、随時検討していきます

では、今回もお読みいただきありがとうございました!


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兄弟弟子

どうも皆様

楽しみにしていた漫画のネタバレをされて、壁を殴って凹ませたことのある雪希絵です

未だに家の壁のそこの部分は凹んでいます

さて、やって来ました更新日!

セリカの弟子コンビの共同戦線ですね

それでは、ごゆっくりどうぞ!


「……なるほど。フィレストが姿を見せないと思っていたが、お前がやつを仕留めたのか」

 

グレンと並び立つルイスを見て、レイクは納得したように呟く。

 

「だったらなんだ」

「なんでもない。ただ俺はお前達を殺すだけだ」

 

そう言い、レイクは指を鳴らす。

 

相手は二人に増えた。

 

だから今度は欠片も油断せず、全力の剣戟をぶつけに来た。

 

「ふっ───!」

「しっ───!」

 

しかし、二人は動じない。

 

相談しなくても、アイコンタクトすらなくとも、お互いにやることはわかっている。

 

短い気合いとともに、駆け出す。

 

グレンは手動剣を【ウェポン・エンチャント】が付与された拳で叩き落とし。

 

ルイスは自動剣を両手の双剣で弾き飛ばす。

 

すぐに仕留められるはずだった。

 

片方は無数の切り傷にマナ欠乏症。

 

片方は無数の切り傷に火傷。

 

満身創痍の敵が一人から二人になったところで、全力で戦えば自分の勝利は揺るがないと。

 

そうレイクは考えていた。

 

だが、そんなにこの二人は甘くない。

 

響く剣と剣の衝突音。

 

何度目になるかわからない、剣が空を切る音。

 

受け、回避し、弾き、流す。

 

二人はボロボロのはずの身体で、レイクの猛攻をしのぎ続けていた。

 

「……一体どうなっている……?」

 

レイクは困惑する。

 

グレンとルイスは、セリカを通じて長年付き合った仲だ。

 

もちろん、魔術の訓練も武道の訓練も一緒に行って来た。

 

だからこそ、お互いの適した戦い方がわかる。

 

反射神経に優れたグレンが、咄嗟の判断力が必要な手動剣を担当。

 

双剣術に卓越したルイスが、達人の剣技に着いていく必要がある自動剣を担当。

 

レイクが隙のない布陣を組むなら、ルイスとグレンもそうするまで。

 

その中でもレイクは、ルイスの剣技に驚かされていた。

 

ルイスと切り結ぶ三本の剣は腐っても達人の剣術だ。

 

それを、当たり前のように受けていく。

 

三本のうち一本が大上段の切り下ろしを放つ。

 

ルイスはそれを身体を半身にして紙一重で回避。

 

半秒遅れて左右から襲いかかる剣を回転斬りによって弾く。

 

床から引き抜かれた剣が突きを放つ。

 

双剣をクロスして防ぎ、思い切り振り抜くことでその隙をついてきた剣に衝突させる。

 

残る一本が背後に回る。

 

しかし、まるで後ろに目がついているかのように的確にしゃがんで回避する。

 

直後、衝突した二本が戻って来て、二本同時に右手の剣に迫る。

 

さすがに回避出来ず、右手から剣がこぼれ落ち、地面に落ちる前に消える。

 

だが、

 

投影開始(トレースオン)!」

 

その一言で剣は即座に現れた。

 

右手に現れた剣を握り、再び三本の剣と切り結ぶルイス。

 

一体どれだけの間、そんなことを繰り返していたのか。

 

「ちっ……」

 

不意に舌打ちし、レイクは攻撃を一旦中止して、五本の剣を自分の元へ引き寄せる。

 

その間にルイスとグレンは、飛び下がって後退し、距離を開ける。

 

お互い牽制し合いながら向き合っていると、レイクが唐突に口を開く。

 

「十本以上は弾いたが、まだあるとはな。いや、召喚ではなく作り出しているのか?」

「お前に言う義理はないね」

「ふん、つまらん」

 

そう言い、本当につまらなさそうに鼻を鳴らす。

 

外道に堕ちようとも、根は魔術師。

 

まだ見ぬ知識には興味があるのだろう。

 

「……おい、ルイス」

「ん?」

 

再び場に沈黙が降りた時、グレンが隣のルイスにしか聞こえない声で話しかける。

 

「このままじゃジリ貧だ。ルイスが来てくれたおかげでどうにかなってるが、決定打に欠ける。早いとこケリをつけるぞ」

「っていっても、どうするんだよ」

「ふっ、任せろ。策は考えた」

 

キメ顔で言い、口を抑えながらグレンは唐突に駆け出す。

 

「お、おい!グレン!」

「《────・」

 

咄嗟に引き留めようとするが、すでに遅い。

 

服に触れることすら出来ず、グレンはレイクと距離を詰めていた。

 

「血迷ったか魔術講師!」

 

勝利を確信したレイクが、グレンに刃を向ける。

 

「この馬鹿グレン……!」

 

そんな中、わずかに聞こえた呪文から狙いを察したルイスも遅れて駆け出す。

 

「────死ねッ!」

 

四方八方からグレンに襲いかかる刃。

 

ドスッ────!

 

と、鈍い音が鳴る。

 

続いて、二度三度、音が響く。

 

背後でシスティーナとウェンディが短く悲鳴を上げた。

 

そこには、四本の剣が刺さったグレンと、腹部に深々と剣の刺さったルイスがいた。

 

グレンは体捌きで急所を外し、ルイスはどうにか臓器だけを避けたが出血量が多い。

 

あとは、レイクが手動剣を引き抜いて二人の首を刎ねれば終わりだ。

 

しかし、

 

「均衡保ちて・零に帰せ》!」

 

グレンが呪文を最後まで完成させた。

 

「何!?【ディスペル・フォース】だと!?」

 

【ディスペル・フォース】。

 

対象物の魔力を打ち消し、無効化させる魔術。

 

魔導器であるレイクの剣に使えば、たしかにただの剣に成り下がる。

 

だが、【ディスペル・フォース】で消費する魔力は対象の内包する魔力に比例する。

 

魔導器というものは、基本的に半自律行動のために魔力増幅回路が組み込まれているため、かなりの魔力を持っている。

 

【イクスティンクション・レイ】で魔力を使い切ったグレンにそんな魔力はない。

 

案の定、グレンの【ディスペル・フォース】では魔導器を無効化出来ていない。

 

せいぜい、魔力を多少削いだ程度だ。

 

剣を動かすのに大した影響はない。

 

だが、それで充分。

 

一瞬だけ止まってくれるなら、それでいい。

 

「今だっ!白猫、ルイス!」

「《力よ無に帰せ》!」

「何っ!?」

 

驚いたレイクが声の方を見ると、システィーナが左手を突き出していた。

 

ありったけの魔力を乗せ、【ディスペル・フォース】を放ったのだ。

 

これで、レイクの剣はこの瞬間、ただの剣になる。

 

しかし、レイクも馬鹿ではない。

 

ここで魔術でも起動しようものなら、即座に【愚者の世界】が飛んでくるのはよく分かっている。

 

だから、

 

「ふん────!」

 

隠し持っていたフィレスト特製のナイフを投げる。

 

「がぁ!?」

 

右手にナイフがかすり、付呪(エンチャント)された麻痺魔術が回る。

 

これでは愚者のアルカナを抜き取れない。

 

勝利を確信し、

 

「《目覚めよ刃・─────」

 

再び魔導器を起動させようとするレイク。

 

しかし、それすら計算のうち。

 

グレンは、口を釣り上げる。

 

鶴翼(しんぎ)欠落ヲ不ラズ(むけつにしてばんじゃく)

 

ルイスが口の端から血を流しながら、一歩踏み込む。

 

心技(ちから)泰山ニ至り(やまをぬき)

 

輝く左右の腕。

 

投影の合図の、蒼白い光。

 

心技(つるぎ)黄河ヲ渡ル(みずをわかつ)

 

一際強く輝き、全容が現れる。

 

唯名(せいめい)別天ニ納メ(りきゅうにとどき)

 

右手に三本の白い剣、左に三本の黒い剣。

 

両雄(われら)共ニ命ヲ別ツ(ともにてんをいだかず)

 

さらに距離を詰め、その手に握った剣全てをレイクに投げる。

 

ブーメランのように回転しながら、レイクに迫る剣。

 

「《鶴翼三連》!!」

 

呪文のような詠唱とともに、双剣を手元に投影。

 

「ちっ───《炎獅子」

 

猛スピードで飛んでくるルイスに、レイクは呪文を切り替える。

 

だが、

 

「遅せぇッ!」

 

それを予想していたグレンが、フラフラの左手で愚者のアルカナを抜き放つ。

 

グレンの固有魔術《愚者の世界》が起動。

 

レイクの【ブレイズ・バースト】は当然のごとく解除。

 

そこへ、

 

「おぉぉぉぉぉ!!」

 

ルイスの剣戟全てが叩き込まれる。

 

投げられた三本の刃。

 

ルイス自身の切り込み。

 

フィレストによる付呪もいとも簡単に破り、レイクの身体に次々と刃が突き刺さる。

 

「うぉおおおおおお──────ッ!」

 

さらに、グレンはアルカナを投げ捨て、自身に刺さる剣を抜き、ルイスが外したレイクの心臓に剣を突き立てた。

 

「ふん、見事だ」

 

レイクは微動だにしない。

 

直立不動でグレンとルイスに賞賛を送り、床に落ちた愚者のアルカナを見やる。

 

一対二が卑怯だとか、そんなことは言わない。

 

魔術師においては、どんな手を使おうが、常に勝った方が正義だ。

 

「そうか……愚者、か。なるほどな。つい最近まで帝国宮廷魔導師団に一人、凄腕の魔術師殺しがいたそうだ。いかなる術理を用いたのか預かり知らぬが、魔術を封殺する魔術を持って、反社会的な外道魔術師達を一方的に殺して廻った帝国子飼いの暗殺者」

「……」

「活動期間はおよそ三年。その間に始末した達人級の外道魔術師の数は明らかになっているだけでも二十四人。その誰もが敗れる姿など想像もつかなかった凄腕ばかり。裏の魔術師達の誰もが恐れた魔術師殺し、コードネームは─────『愚者』」

「何が……言いたい?」

「……遺言はそれだけか?」

 

暗く冷たい目をするグレンと、そんな二人を腹部を抑えながら見つめるルイス。

 

「さぁな?」

 

凄惨に笑って言い残し、レイクは崩れ落ちた。

 

もう、息はしていない。

 

「さ……て……」

「ぐっ……っ……」

 

レイクの死を確認し、グレンとルイスはふらりと倒れる。

 

「俺も……ここまでか……。なんて……つまんねぇ……人生……」

「ごめん……システィ……ルミア……」

 

そうして、二人の意識は暗闇に沈んだ。




短編の方はもう少しお待ちください……!

ネタはもうまとまってるので、来週には書き上がるようにします!

それでは、また来週お会いしましょう!


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ルイス=ハルズベルト

どうも皆様

早く花粉の脅威がさらないかと切実に願う雪希絵です

さて、やって参りました更新日!

前回の後書きにも書きました通り、短編も投稿します!

……もう少し後ですが!


ルイス=ハルズベルトという少年について話しておこう。

 

今から六年前、グレンがアルザーノ帝国魔術学院に入学したころ。

 

セリカは二人目の弟子を探していた。

 

グレンの教育も一段落し、さらに実践的な鍛錬を積む必要があると判断して、弟子同士で競わせることを思いついたのだ。

 

しかし、なかなか適した人物も見つからず、時折街に出ては肩を落として屋敷に帰る。

 

そんな日々を過ごしていた。

 

弟子を探し始めて五日目。

 

いつも通り街の中を歩き回っていると、大きな道具屋が目に入った。

 

元々は自分も通っていた店だが、店の規模がどんどん大きくなり、それに応じて客も増えた。

 

そんな中に入っては悪目立ちしてしまうので、いつの間にか行かなくなっていたのだ。

 

店内を覗くと、偶然にも人はいない。

 

久しぶりに店主の顔を見てみようと思い、気まぐれで店に入った。

 

僅かに軋む音とともに扉が開く。

 

その音に気がついたのか、奥から足音がする。

 

店主かと思いながらそちらを見ると、そこにいたのは十歳前後の少年、まだ幼いルイスだった。

 

ルイスを一目見た瞬間、セリカは理解した。

 

逸材だ、と。

 

今まで目をつけた魔術師は何人もいたが、彼ら彼女らとは何かが決定的に違う。

 

長い時を生きたセリカにもはっきりとはわからなかったが、それでも理由は充分。

 

そこからのセリカの行動は早かった。

 

ルイスに話しかけ、魔術師にならないかという問いに即決したことに戸惑いながらも頷く。

 

そしてルイスの両親の元へ行き、事情を説明。

 

両親も即座に頷き、またまた面食らう。

 

かくして、ルイスはセリカの弟子となった。

 

グレンとも顔合わせし、初めて出来た兄弟弟子に恥ずかしそうにしながらも、仲は良好。

 

武道や魔術の筋もよく、セリカは満足そうにしていた。

 

しかし、反面わからないことが浮上する。

 

初めて会った時に感じた『何か』が埋まらない。

 

武道も、頭脳も、魔術師としての能力も、高くはあるが他を圧倒するほどではない。

 

そのうちわかるだろうと、セリカは考え、ルイスの教育に一層の熱を注いだ。

 

だがその『何か』は、セリカの知らないところで解決されることになる。

 

セリカに魔術を習い始めて二年。

 

ルイスが十二歳になった時のこと。

 

おつかいを頼まれた帰り、ルイスはお気に入りの場所に向かった。

 

街が一望できる小高い丘だ。

 

今日はそこで何をしようかと一人で丘に向かったルイスは、黄昏の中である人物に出会った。

 

その人物は、ただただまっすぐに、夕日を見つめる。

 

まるで何かを懐かしむかのように。

 

近づいたルイスは、その人物の風貌に珍しさを感じた。

 

逆だった白い髪、浅黒い肌、赤と黒を基調とした衣服を着た青年。

 

どこか浮世離れした姿だった。

 

ほんの好奇心で、ルイスは彼に話しかけた。

 

見慣れないな顔だな。名前はなんだ、と横に並び立って尋ねた。

 

青年は驚いたような顔をしたあと、ただ一言『無銘』と名乗った。

 

そうして、無銘はルイスの全身を流しみる。

 

何かに気がついたように目を見開き、そうしてまた一言。

 

私に魔術を教わる気はないか、と。

 

果たして偶然か、はたまた定められた運命か。

 

この出会いが、ルイスの人生を変えることになる。

 

─────────────────────

 

「うっ……つっ……」

 

腹部に激痛が走り、ルイスは重い瞼を開く。

 

徐々に戻っていく感覚。

 

鼻をつく消毒液の匂い、白い天井、背中に感じる柔らかい感触。

 

「医務室……?」

 

思い至り、呟く。

 

それで気がついたのか、

 

「ルイス……?意識が戻りましたの?」

 

ウェンディが顔を覗かせる。

 

「ルイスも目が覚めたの……?よ、良かった……もう、二人ともダメかと……」

 

じわり、とシスティーナの目に涙が浮かぶ。

 

「馬鹿……もう……本当に馬鹿なんだから……二人してあんな無茶するなんて……」

「まったくですわ……。さんざん心配したこっちの身にもなってくださいませ」

どうやら二人は、グレンとルイスにそれぞれ【ライフ・アップ】をかけてくれていたようだ。

 

ルイスが自分の身体とグレンを見ると、ルイスは腹部に、グレンは身体中に包帯が巻かれていた。

 

一方、システィーナとウェンディも酷い状態だった。

 

大量出血していた二人を運んだせいか、制服どころか顔や髪にもべったりと血がついている。

 

システィーナに至っては、マナ欠乏症の前兆が現れている。

 

「やめろ……もう、いい……大丈夫……だ……」

「行かないと……ルミアが……」

 

途切れ途切れに言いながら、グレンとルイスは身体を起こそうとするが、二人が慌てて押し止める。

 

「だ、大丈夫なわけないじゃない!?出血はなんとか止まったけど、まだ全然、傷が塞がってないのよ!?」

「そうですわ、先生、ルイス!先生は全身に傷を負っていますし、ルイスに至っては背中まで貫通していたんですから、大人しくしていてください!」

「ただでさえ【ディスペル・フォース】で白猫には魔力を使わせたんだ……。ウェンディだって、治癒魔術が得意なわけじゃねーんだから、相当無理してんだろ……。これ以上やったら死ぬぞ……」

「その前にあなた達が死んじゃうわよ!魔力なら大丈夫よ。普段から少しずつ、ペンダントの魔晶石に予備魔力を蓄えてあったから」

「そう……か……。悪い……回復頼むわ……すまん……」

「はぁ……普段もこのくらい殊勝だといいんだけど。ね、ウェンディ」

「まったくですわね」

 

そんな三人の会話を、ルイスは未だにモヤがかかったような意識の中で聞いていた。

 

どうやら、自分の症状は思ったよりもかなり重いらしい。

 

「ルイス、平気ですの?起きているのか辛いなら、寝ていても構いませんわよ?」

「ああ……そうするよ……」

 

そうして、ルイスは目を閉じる。

 

それに安心したように息を吐き、ウェンディは【ライフ・アップ】の施術を続ける。

 

しばらくして、不意にルイスが口を開いた。

 

「……良かった……今度は……まも……れた……」

「えっ?」

 

か細く、小さな呟きは、誰に聞かれることもなく消えていった。

 

─────────────────────

 

「……おい、ルイス。大丈夫か」

「……? グレン?」

 

さらに時が経ち、時刻はすでに夕刻。

 

ルイスはグレンに起こされた。

 

部屋を見渡すと、システィーナとウェンディが疲れ果てて眠っていた。

 

「グレン、傷はもう平気なのか?」

「これが大丈夫なわけねーだろ……。まあ、でも、どうにか動ける」

「そうか……」

 

言いながらルイスも身体を起こす。

 

「ぐぁっ……!」

 

直後、腹部と背中から引き攣るような痛み。

 

悶絶しそうになるが、生憎ルイスには便利なものがある。

 

懐に手を伸ばし、中から治療薬の入った試験管を取り出す。

 

「良かった……こいつだけは無事か」

 

しかし、他は全て戦闘中に割れてしまったらしい。

 

試験管の強度を上げるのが今後の課題だな……などと場違いなことを考えながら、ルイスは中身を半分煽る。

 

そして、残り半分をグレンに差し出した。

 

「飲めよ。多少マシになる」

「普段なら全部飲めって言ってるところだが、ここは有難くもらっとく」

 

グレンが中身を飲み干し、試験管を近くのテーブルに置く。

 

「さて、行くか」

「おう」

 

途中、グレンはシスティーナに近づき、

 

「ありがとうな、システィーナ。お前がいてくれて本当に良かった」

 

そう言って、ごしゃごしゃと頭を撫でた。

 

ルイスも部屋を出る直前に、

 

「ありがとな。システィ、ウェンディ」

 

と言って扉を閉めた。

 

「場所の見当はついてるのか?」

「ああ。転送方陣だ」

「転送方陣?なんでだ?」

「走りながら説明する。俺の推測が正しければ、もう時間がない───!」

「わかった」

 

そうして、二人は駆け出した。

 

最後の決着をつけるために。




うわぁ、時間ギリギリ!

本当はもっと前に書けてたんですけど、短編に掛り切りでした!

では、また来週お会いしましょう!


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最終決戦

どうも皆様

迫る提出物から絶賛逃げ出し中の雪希絵です

更新日過ぎて本当に申し訳ありませんでした!

更新日の間に投稿したかったのですが、溜まった疲れに押し勝てず……寝落ちしてしまいました

本当にすみませんでした

それでは、ごゆっくりどうぞ!


「─────というわけだ」

「OK、理解した。まとめると、敵の狙いはルミアで、その敵をぶっ殺せってわけだな」

「脳筋かっ!?」

 

グレンの話を要約すると、敵はまず何らかの方法で学院に潜入。

 

そして、学院の結界を弄り、『札が無ければ侵入不可能、中から外には出られない』という設定に書き換える。

 

さらに、学校の転送方陣の設定も変え、転送方陣を壊すことなく無力化した上で、脱出手段として利用する。

 

グレンとセリカの見立てでは、もうすぐその方陣の書き換えが終わり、敵は逃げ出すらしい。

 

そしてそれを、ルイスは極限まで簡略化して解釈したらしい。

 

「いい加減イライラしてるんだよ。勝手に学院に侵入して、クラスメイトと幼なじみに手出されたんだ。少なくとも一発殴らないと気がすまない」

「……そうか。なら、一発殴りにいかないとな」

「ああ」

 

そうして二人は並んで走り続ける。

 

転送方陣があるのは、学院内にある塔の内部。

 

そのため、二人は校舎を出て外に向かう。

 

ようやく、その白亜の塔が見えてきたころ、グレンの予想は確信へと変わった。

 

塔を守るように、無数の石で出来たゴーレムが徘徊していたのだ。

 

普段はバラバラの石片として、学院内の風景の一部になっているが、有事の際は積み重なってゴーレムとなり、ガーディアンになる。

 

そういう単純な命令しか与えられていないゴーレムが、塔を守るように配置されているということは。

 

「よっしゃ、ビンゴ!けど、最後の最後できっついなぁ……」

「勘弁してくれよ……」

 

泣きそうな顔になるグレンと、ため息をつきながら額に手を当てるルイス。

 

その後、軽く目配せし、

 

「「《紅蓮の獅子よ・憤怒のままに・吠え狂え》────!」」

 

同時に詠唱。

 

黒魔【ブレイズ・バースト】。

 

グレンとルイスの左手に、赤い火球が現れ、周囲に熱をばら撒く。

 

それをゴーレム達の中心に、全力で投げ込む。

 

高速で弧を描き、着弾。

 

爆音と共に爆裂し、強烈な炎と熱、光が辺りを包み込む。

 

直撃を受けたゴーレムは爆散するが……。

 

「だあぁぁぁぁ!こいつら硬ぇ!重ぇ!面倒臭せぇぇぇぇぇ!!」

 

その周囲のゴーレムは爆破を受けても体勢を乱すことすらない。

 

「おいおい、どうすんだよ!?なぁ、どうすんだよ、グレン!?そ、そうだ、【ブレイズ・バースト】がダメなら【ライトニング・ピアス】でまとめて貫通……って、あんな小さい穴開けてどうすんだよ、俺の馬鹿ぁぁぁ!こうなったら、俺の必殺【イクスティンクション・レイ】で……って、もう触媒がありましぇーん!魔力もありましぇーん!もう、どうせいちゅーんじゃー!」

 

グレンが一人絶望し、叫んでいるときだった。

 

ルイスがその肩を叩き、庇うように前に出たのだ。

 

「おいおい、ルイス?」

「ここは俺が食い止める。俺の代わりに、敵の顔面一発殴ってこい」

 

実に合理的な判断だった。

 

まず、二人の魔力には大きな差がある。

 

グレンは【イクスティンクション・レイ】と【ディスペル・フォース】という消費魔力の大きな魔術を二連続で行ったのだ。

 

ルイスも余っているわけではないが、それでもグレンよりは多い。

 

そして、ここにいるゴーレムの数は目に映るだけでも相当数に到達する。

 

ここでグレンの取れる手段は限られる。

 

【ブレイズ・バースト】を使えば破壊できることは確認したが、そんな消費魔力の大きな魔術を何度も撃ったら、間違いなく早々に枯渇する。

 

一方、ルイスなら多少は手段に幅がある。

 

また、これから先は敵の最終目標地だ。

 

何かしらの仕掛けをしていないはずがない。

 

「相手が何かしらの特殊な術式を使ってきた場合、俺にそれは破れない。どうしても、知識と経験はグレンに敵わないからな」

「だから、俺に先に行かせるってわけか?」

「ああ。【ブレイズ・バースト】で道を開くから、その間を駆け抜けるぞ」

「……わかった。すまん」

「いいってことよ」

 

謝るグレンに、ルイスは不敵に笑いながら答え、左手を突き出す。

 

「《紅蓮の獅子よ・憤怒のままに・吠え狂え》!!」

 

現れた火球を走りながら投げ込み、

 

「《大いなる風よ》!」

 

爆風を【ゲイル・ブロウ】で相殺。

 

「おぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

その隙に、グレンは僅かに空いた隙間を駆け抜け、次々と繰り出されるゴーレムの拳を回避。

 

激しい動きによって二人の傷口が開き、包帯が赤く染まっていくが、全て無視する。

 

目の前だというのに、絶望的に遠い塔の入り口。

 

ルイスが三回目の【ブレイズ・バースト】を唱えたころ、ようやくグレンが入り口近くに辿り着いた。

 

「グレン!!」

 

ゴーレムの拳をギリギリ回避し、入り口に飛び込んだグレンに、ルイスは叫ぶ。

 

「ルミアを、頼む!」

「任せろ!」

 

そうして、二人はそれぞれの戦場へと向かった。

 

─────────────────────

 

「……さて」

 

グレンの背中が消えたのを確認すると、ルイスは目の前に視線を戻す。

 

数えるのも馬鹿らしくなるほどの数のゴーレムが、ルイスの方に向かって来ている。

 

何体かは、グレンを追いかけようとしているのかもしれない。

 

「だとしたら、余計にここは通せないけどな」

 

改めて決心するように呟き、自分の魔力を確認する。

 

(───もう、多くはないな。父さんの剣を投影してぶつけるしかないかと思ってたが、それすらどこまで出来るか……)

 

そんなことを考えている間にも、ゴーレムは鼻先まで迫り、拳を振りかぶる。

 

我に返ったルイスは横っ飛びでそれを回避し、頭を回す。

 

「考えろ……何かあるはずだ。ここを切り抜ける何かが。俺の記憶の中に、何か─────!」

 

懐からたった一つだけとっておいた爆晶石を取り出し、近くにいたゴーレムに投げつける。

 

頭部を破砕し、そのゴーレムだけは崩れるが、周りのゴーレムは無傷。

 

舌打ちし、さらに考える。

 

正しくは、さらに深くまで潜る。

 

自分の中へ、深層意識へ。

 

セリカとの修行の日々、両親の売っていた武器や道具、グレンが持っていた武器。

 

「─────そうだ。これがあった!」

 

そして、ようやく思いついた。

 

両拳を叩きつけるように振りかぶったゴーレムの一撃をギリギリで避け、ルイスは詠唱する。

 

「《体は剣で出来ている・血潮は鉄で心は硝子・」

 

(思い出せ、思い出せ……!)

 

見たことがあるのは、グレンが手入れをしている時と、そのチェックの時だけ。

 

「《幾たびの戦場を越え不敗・ただ一度も敗走はなく・ただ一度も理解されない・」

 

その僅かな記憶から、全てを再現する。

 

「《彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う・」

 

我ながら無茶だが、それでもやるしかない。

 

「《故にその生涯に意味はなく・」

 

現状を打破するには。

 

「《その体はきっと剣で出来ていた》!!」

 

全てを撃ち抜く、あの武器がいる。

 

投影開始(トレースオン)!!」

 

詠唱完了、結果はすぐにわかった。

 

ルイス自身が魔術に慣れたのか、右手は即座に光り出す。

 

半秒でそれは形を成し、半秒でそれは具現化する。

 

無骨な金属光沢を持つ、パーカッション式リボルバー。

 

銃身には、ルーン文字が刻まれている。

 

固有名称『ペネトレイター』。

 

グレンが帝国宮廷魔導師団時代に愛用していた、拳銃だ。

 

「頼むから、効いてくれよ────!」

 

銃の腕など齧った程度。

 

グレンに多少習い、実際に撃ったことなど数えるくらいしかない。

 

それでも、頼れるのはこれだけだった。

 

「行けぇぇぇぇ────!!」

 

願うように叫びながら、ゴーレムに銃口を向け、引き金を引く。

 

爆ぜる銃声、肩が外れそうになる反動、光る銃口。

 

しかし、かろうじて真っ直ぐに飛んだ弾丸は、ゴーレムの胸部に直撃し、

 

バゴンッッッ!

 

明らかに銃弾で鳴るような音でない音を響かせ、盛大にその体を抉りとって貫通。

 

いとも簡単に崩れ落ちた。

 

「……うわ」

 

予想以上の威力に、ルイスは唖然とする。

 

ペネトレイターは、刻まれたルーン文字と使われる推薬『イヴ・カイズルの玉薬』の効果で、『魔銃』と呼ばれるほどの力を持った特別な銃だ。

 

相手が魔導生物だろうがなんだろうが、その全てを貫く力を持った銃。

 

魔導師殺しの伝説の一端を担った、ルイスの知る中でも指折りに強力な武器だった。

 

呆然としていると、ゴーレムが拳を振りかぶる。

 

その拳が当たる寸前、ルイスはゴーレム本体に銃口を向け、引き金を引く。

 

相変わらず慣れない反動。

 

腹部からへし折れ、崩れるゴーレム。

 

それを尻目に、右側を向く。

 

何体かのゴーレムが集合したそこに向かって、ルイスは引き金を引く。

 

一発、二発、三発。

 

繰り返す反動に思わず身を縮め、一発は地面に食いこむ。

 

だが、残りは複数のゴーレムをまとめて貫く。

 

しかし、ここで弾切れ。

 

何度引き金を引いても、弾丸は出ない。

 

ならば、やることは一つ。

 

投影開始(トレースオン)

 

ペネトレイターを放り捨て、代わりに二丁目を投影。

 

「まだまだ行くぞ!かかって来いよ、石ころ!!」

 

ゴーレムを睨み、ルイスは再び引き金を引いた。




お読みいただきありがとうございました!

私の寝落ち率は本当にどうにかしないといけませんね……

何か良い方法を思いついた方がいらっしゃれば、ぜひ教えてください


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その感情は飲み込んで

どうも皆様

普段話す時とメールやLINEではキャラが違うねとよく言われる雪希絵です

おそらく顔文字を乱用しながら、アニメキャラのような口調になるからだと思います

ここで、突然ですがお知らせです

閲覧件数58000突破&お気に入り件数711件!

ありがとうございますーーー!

というわけで、またやりたいと思います読み切り短編!

今度はどんな内容がいいのか、皆様にお聞きしたいと思います

詳細はあとがきに書きますので、ぜひ目を通していただけると幸いです

では、ごゆっくりどうぞ!



「はぁ……はぁ……!投影開始(トレースオン)───!」

 

肩で息をしながら、ルイスは銃を呼び出す。

 

すでに、これで五回目の投影。

 

かなりの数のゴーレムを倒し、周囲にはその残骸である岩が多数転がっている。

 

そのほとんどが、ルイスがペネトレイターで撃ち抜いたものだ。

 

ゴーレムの数もかなり減り、永久に続くかと思った攻撃にも勢いが減った。

 

「それでも多いけどよっ!?」

 

右から迫るゴーレムに弾丸を叩き込み、バラバラにする。

 

しかし、倒したことによる達成感など感じる暇もなく、猛烈な勢いで体当たりを繰り出してくるゴーレム。

 

サイドステップで回避しつつ、両手で握り込んだ拳銃の引き金を引く。

 

爆音と共に、放出される弾丸。

 

上半身部分丸々を吹き飛ばしながら、ゴーレムを叩き壊す。

 

「くっそ……!」

 

そこで、ルイスは舌打ちしながら膝をつく。

 

その顔色は悪く、青白くなってきている。

 

身体は倦怠感で動かし辛く、立ち上がろうとしてもどうにも力が入らない。

 

「マナ欠乏症か……」

 

これ以上戦闘を続けるのは、あまりにも危険過ぎる。

 

下手をすれば、戦闘中に魔力が尽きて動けなくなる。

 

その先に待っているのは、100%の死だ。

 

「……潮時か」

 

残る三発を周囲にばら撒く。

 

大量に土埃が舞い、ゴーレムの視界を遮る。

 

(今だっ、全力で逃げろ脱兎の如く……!)

 

その間に塔の中に飛び込み、入り口から高速で離れる。

 

風が土埃を払ったころには、もうルイスの影も形もない。

 

ターゲットを失い、ゴーレム達は再び塔の周りを見回り始めた。

 

─────────────────────

 

「げほっ……げほっ……おぇ……!」

 

吐きそうな程むせ返りながら、ルイスは塔の階段を登る。

 

マナ欠乏症のせいで、身体はいくら力を入れても自由に動かない。

 

切れそうになる意識をギリギリで繋ぎ、フラフラになりながら階段を登り続ける。

 

グレンを信用していないわけではないが、ひょっとすれば上にはまだ敵がいるかもしれない。

 

マナ欠乏症手前のルイスが行ったところで状況は変わらないかもしれないが、それでも行かないという選択肢はない。

 

最上階が近づくにつれ、話し声が大きくなっていく。

 

ようやく階段を登りきり、大広間の前までたどり着く。

 

よろよろとその入り口に立つと、中の様子が見えた。

 

グレンと、あと一人誰かが立って話している。

 

奥には、ルミアが拘束された状態で座っていた。

 

それ以外に、人影はない。

 

(ってことは、あいつが黒幕……)

 

暗闇に目が慣れ、ルイスはグレンと話している男の方を見る。

 

二十代前半くらいの、柔らかい金髪に深い青色に目をした美青年。

 

目を凝らし、そしてルイスは目を疑った。

 

(ヒューイ……先生……!?)

 

一身上の都合により退職したと聞いていた、元この学院の講師だった人物だったからだ。

 

(いや、落ち着いて考えれば、怪しかったのはたしかか……)

 

実際、学院内の裏切り者を疑ったグレンは、セリカに頼んで講師や関係者の中で、不自然に姿を消した者がいないか探った。

 

その時、とっくに学院からいなくなっていたヒューイの事を、二人は疑わなかったのだ。

 

(けど、解決したっぽいな)

 

そう判断し、安堵の息をつく。

 

「そうかい。歯ぁ食いしばれ」

 

直後、グレンは言いながら腕をしなるように振るわせて、ヒューイの顔を殴った。

 

その威力で吹き飛んだヒューイが、床を派手に転がり、昏倒する。

 

「やれやれ、だ」

 

そして、グレンもまた、もう限界だと言わんばかりに倒れた。

 

「……ったく」

 

仕方なく、ルイスも部屋に入ろうとするが。

 

「あなたの夢は無意味じゃありませんよ」

 

ルミアがグレンに近づいて口を開いた。

 

何となく、本当に何となくだが。

 

ルイスは、ここで部屋に入ってはいけない気がした。

 

扉の真横の壁に背を預け、動きを止める。

 

ルミアが語ったのは、グレンに対する胸の内だった。

 

「確かに……かつてあなたが恋焦がれるようには思い描いていた夢の形とは違ったかもしれません。でも、あなたの夢は確かに多くの人を救ったんです」

 

(うん……知ってる)

 

「私はかつてあなたが救った大勢の内の一人。とても寂しいことですが……あなたが私のことを覚えていないのも無理はありません」

 

(ああ、だろうな)

 

「でも、私は……三年前、あなたに救われたあの時から……あなたのことをお慕い申し上げていました」

「……うん。知ってる。……知ってたよ」

 

部屋の中は見ていない。

 

だが、何が起きたかは、何故かわかった。

 

「先生……ありがとう」

 

そこでルイスは、その場を去った。

 

不自然に、胸が傷んだ。

 

怪我のせいでも、戦闘のせいでもないのは分かっていた。

 

ルイスはその正体を知らない。

 

気がついていない、ことにした。

 

─────────────────────

 

アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件。

 

一人の非常勤講師と、一人の男子生徒の活躍により、最悪な結末の憂き目を逃れたこの事件は、関わった組織『天の知恵研究会』のこともあり、社会的不安に対する影響を考慮されて内密に処理された。

 

徹底した情報統制の効果で、今回の真相を知るのは、一部講師と教授と生徒だけだ。

 

それでも、妙な噂が立ったりもしたが、一ヶ月も経てば誰も話題にしなくなった。

 

事件に巻き込まれた生徒の一人、ルミア=ティンジェルがなぜかしばらくの間、休学していたが、やがて普通に復学した。

 

朝早くに起きれば、今日も銀髪の少女と黒髪の少年と一緒に元気に学院に通うルミアの姿が見られるだろう。

 

学院には、以前となんら変わらない、平和で退屈な日常が戻って来たのだ。

 

「しかし、まぁ、ルミアが三年前病死したはずの、あのエルミアナ王女とはね……」

「生憎俺は知ってたがな」

「本当なんで知ってたんだよ……」

「セリカ姉の話を盗み聞きした」

「マジかよおい……」

 

ある晴れた日の午後、正式な魔術講師となったグレンは、ルイスと一緒に廊下を歩きながら、事件のことを振り返っていた。

 

あの事件のあと、グレンとシスティーナとルイスの三人は、事件の功労者として帝国政府に呼び出され、ルミアの素性を聞かされた。

 

異能者だったルミアが様々な事情によって王室から追い出されたこと。

 

帝国の未来のために、ルミアの素性は隠し通さなければならないということ。

 

そして、三人には事情を知る側として、ルミアの秘密を守るために協力することを要請された。

 

「まったく……まーた、面倒事を押し付けられたもんだ」

「まあ、そう言うなよ」

「そうだな」

 

なんとかなるだろうと、二人して楽観的に考えていると、

 

「しかし、意外だな。先の一件でお前が魔術に関わることはこれから先、もう二度とないと思ったんだがな」

 

どこか機嫌よさそうなセリカがそう言った。

 

そんなセリカに不貞腐れたように頭をかきながら、

 

「うるせえよ」

 

と言い、嬉しそうに駆け寄ってくる、いつもの二人の女子生徒を流し見ながら、続ける。

 

「……見てみたくなったんだよ。あいつらが、ルイスが将来、何をやってくれるのかをな。講師続けるにゃ充分な理由さ。暇つぶしにはちょうどいいだろ?」

 

それを聞いて、セリカは微笑を浮かべ、

 

「そうか、頑張れよ?」

 

と短く言った。

 

「おう」

 

グレンも短く答え、二人の方に歩み寄る。

 

少しすれば、いつも通りシスティーナとグレンがぎゃあぎゃあと騒ぎ出し、ルミアはそれを苦笑いで見つめる。

 

「お前は行かないのか?ルイス」

「大方、さっきの金がどうのこうの授業で説教食らってるんだろ。自業自得だ」

「ははっ。それは間違いない」

 

ルイスの予想が的中し、グレンが年下の少女に平謝りを始める。

 

そんな光景に、二人はついつい吹き出してしまった。

 

「……そうか。これが、あのルミア=ティンジェルの真実を聞いても、お前が必死に守ろうとしたものか」

「ああ。システィとルミア、今はグレンも合わせて、ここにいる。クラスのみんながいる。それを守るためなら、俺は何だってする」

「そうか、頑張れよ?」

「おう」

 

グレンと同じように答え、ルイスは収集がつかなくなった二人の喧嘩に割って入った。




これにて、一巻編終了となります!

応援して下さった皆様のおかけで、ここまで続けてこれました!

本当にありがとうございます!

以下、お知らせになります!

前書きにも書きました通り、読み切りについてのアンケートを行いたいと思います

題材に関しては活動報告に書きますので、そちらで投票をお願い致します!

締切は二週間後の水曜日23時59分とさせていただきます

あなたの一票をお待ちしております!

それでは、また来週お会いしましょう!


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第二巻
魔術競技祭


どうも皆様

一昨日、この作品が削除される夢を見て戦慄していた雪希絵です

エアコンついてたはずなのに、冷や汗ダラダラでした

それはそれとしまして

今回から、お話は第二巻の魔術競技祭編に入ります

これからもよろしくお願い致します!

また、活動報告でのアンケートもまだまだ募集中ですので、ぜひ投票お願いします!

それでは、今回もごゆっくりどうぞ!



「はーい、『飛行競走』の種目に出たい人、いませんかー?」

 

壇上から教室全体に向けて、システィーナが呼びかける。

 

だが、まるで葬式のように静まった生徒達は、誰一人として反応しない。

 

「……じゃあ、『変身』の種目に出たい人ー?」

 

質問を変えるが、やはり無反応。

 

システィーナはため息をついた。

 

かれこれ、こんな状態が数十分は続いている。

 

今行われているのは、アルザーノ帝国魔術学院で年に三度に分けて行われている、学院生同士による魔術の技の競い合いだ。

 

それぞれ学年ごとに、各クラスの代表生徒が様々な魔術競技で技を比べ、最も優秀なクラスを選出する。

 

なお、総合優勝したクラスの担当講師には、特別賞与が出るとか出ないとか。

 

そして、いよいよ近づいた競技祭のため、その参加種目を決めている訳だが、これが一向に決まらない。

 

今まで数々の競技の名前を挙げたが、誰一人手を挙げない。

 

それどころか、一言発する者さえいない状態だった。

 

「それじゃあ、『読み取り』の競技に出たい人ー?」

 

半ば諦めたようにそう言って、システィーナはクラスを見回す。

 

すると、

 

「ん」

 

一人の生徒が手を上げる。

 

それはもう残像しか見えないのではないかと思うほどの高速でシスティーナがそちらを見ると、そこに座っているのは黒髪青眼の少年。

 

システィーナとも長い付き合いである幼馴染み、ルイスだった。

 

「る、ルイス、いいの!?この競技、難しいって色んな人から言われてるのに……」

 

慌てるシスティーナ。

 

しかし、ルイスは表情一つ変えずに答える。

 

「おう。大丈夫だって、任せとけよ」

「た、頼もしい……!」

「かっこいいですわ……!」

「僕もあんなふうにハッキリ言えたらなぁ……」

 

堂々とした態度のルイスに、教室の様々な場所から関心の声が上がる。

 

約一名ほど黄色い声も上がっているが。

 

「……ごめん。ありがとう、ルイス」

「なんで謝るんだよ」

 

厄介なものを押し付けてしまったと申し訳無さそうなシスティーナに、ルイスは苦笑いで返す。

 

「それより、ルミア。一人じゃ書くの大変だろ?手伝うよ」

 

言いながら席を立ち、チョークを持ってルミアの近くに寄る。

 

「ううん、平気だよ。でも、ありがとう、ルイス君」

「いいってことよ」

 

そんなやり取りに幾らか空気は軽くなるが、依然として沈黙は続く。

 

「はぁ、困ったなぁ……来週には競技祭だっていうのに全然決まらないなぁ……」

 

システィーナは頭を掻きながら、書記を務めるルイスとルミアに目配せする。

 

二人は頷き、最初にルミアが穏やかながらもよく通る声で呼びかけた。

 

「ねぇ、皆。せっかくグレン先生が今回の競技祭は『お前達の好きにしろ』って言ってくれたんだし、思い切って皆で頑張ってみない?ほら、去年、競技祭に参加できなかった人には絶好の機会だよ?」

 

次にルイスが肩を竦めながら、それに同意する。

 

「あのグレンのことだ。どうせいつも通りやる気がないだけだと思うけど、逆に言えばグレンに文句言われることはないわけだ。だったら、祭りらしく騒ごうぜ?」

 

それでも、誰も反応しない。

 

ルイスの身も蓋もない言い方に、若干苦笑する者はいても、ほとんどの生徒が視線すら合わせようとしない。

 

「……無駄だよ、三人とも」

 

その時、膠着状態にうんざりしたのか、眼鏡を押し上げながらギイブルが立ち上がる。

 

「皆、気後れしてるんだよ。そりゃそうさ。他のクラスは例年通り、クラスの成績上位陣だけが出場してくるに決まってるんだ。最初から負けるとわかっている戦いは誰だってしたくない……そうだろ?」

「……でも、せっかくの機会なんだし」

 

むっとしながら反論しようとするシスティーナを無視し、ギイブルが続ける。

 

「おまけに今回、僕達二年次生の魔術競技祭には、あの女王陛下が賓客として御尊来なさるんだ。皆、陛下の前で無様を晒したくないのさ」

 

嫌味な言い方だが、実に的を射ている。

 

魔術競技祭は、かつてはクラス全体で盛り上がる、まさしく祭りのような催しだった。

 

しかし、近年ではそんな楽しい競技祭は廃れてしまった。

 

今では、クラス上位の生徒を使いまわして競技をこなし、平凡な生徒は観戦しか出来ないような退屈なものになってしまった。

 

学年でも五本の指に入る優等生であるシスティーナや、クラスで数えればそこそこに優秀なルイスもそんな決まりに従い、去年の一年次の魔術競技祭に参加した。

 

その時のことを振り返り、二人は口を揃えてこう言う。

 

『欠片も面白くなかった』と。

 

だからこそ、今年はそんなことにならないようにと考えていたのだが、ギイブルはさっさと上位者で固めろと言っているわけだ。

 

反論を続けるシスティーナに、自分勝手な持論を展開し続けるギイブル。

 

二人とも互いの考えを一歩も譲らないため、雰囲気はどんどん劣悪になっていく。

 

クラスの生徒達も、気まずそうに萎縮するばかりだ。

 

さらに言い争いは続き、とうとう我慢の限界に達したシスティーナが怒声を上げようとしたその時、

 

「待て」

 

ルイスが片手を上げて静止する。

 

驚いてルイスを見ると、その口は楽しそうに端が上がっていた。

 

「ルイス?なに笑って……?」

「いいから落ち着けよ。これから面白くなる」

 

何のことがわからないシスティーナが首を捻った……その時だった。

 

ドタタタ────と廊下を勢いよく走る音がしたかと思うと、一人の青年が教室に飛び込んで来た。

 

「話は聞いたッ!ここは俺に任せろ、このグレン=レーダス大先生様にな─────ッ!」

 

開け放たれた扉には、意味不明な決めポーズで現れたグレンが立っていた。

 

「……ややこしいのが来た」

 

システィーナが頭を抱えてため息をつくが、ルイスは声を押し殺すように笑っている。

 

呆然として静まり返るクラス一同を前に、グレンは教壇に胸を張って立った。

 

「喧嘩はやめるんだ、お前達。争いは何も生まない……何よりも───」

 

グレンはきらきらと輝くような、爽やかな笑みを満面に浮かべて続ける。

 

「俺達は、優勝という一つの目標を目指して共に戦う仲間じゃないか」

 

(──────キモい)

 

その瞬間、クラス全員の心の声な完璧に一致した。

 

ただ一人、堪えきれなくなったルイスが肩を震わせて笑っているが。

 

しかし、そんな空気に気がついていないのか、はたまた気にしないだけなのか。

 

「まぁ、なんだお前ら。競技決めに苦戦してるようだな」

 

頭を掻きながらグレンがそう言う。

 

「ったく、何やってんだ、やる気あんのか?他のクラスの連中はとっくに種目決めて、来週の競技祭に向けて特訓してんだぞ?やれやれ、意識の差が知れるぜ」

「いや、やる気なかったのはお前の方だろ、グレン」

「そうですよ!ルイスの言う通りです!だいたい先生、私とルイスが魔術競技祭はどうするのか尋ねたら、『お前達の好きにしろ』って言ったじゃないですか!なんで今更になってそんなこと言うんですか!?」

 

あんまりな言い方をするグレンに冷静にルイスがツッコミ、システィーナがそれに同意してまくし立てる。

 

すると、グレンはいかにも心外そうな顔をして、

 

「えっ?そうなの?いや、全く記憶にないんだけど……」

 

と言う。

 

「やっぱり面倒くさくて人の話聞いてないんですね……!」

 

怒りでわなわなと肩を震わせるシスティーナ。

 

そんなシスティーナを、ルイスとルミアの二人で宥める。

 

隣の騒ぎを無視しつつ、グレンは教室の生徒達に向き直る。

 

「まぁ、んなことはどうでもいいとして、だ。お前らに任せても決まらない以上、ここはこのクラスを率いる総監督たるこの俺が、超カリスマ魔術講師的英断力を駆使し、お前らが出場する競技を決めてやろう。言っとくが────」

 

野心と熱情に燃えた瞳が、生徒達をまっすぐに捉える。

 

「俺が総監督するからには、全力で勝ちに行くぞ。全力でな。俺がお前らを優勝させてやる。だからそう言う編成をさせてもらう。遊びはナシだ。覚悟しろ」

 

そうして、システィーナから競技種目のリストを受け取り、にらめっこを始める。

 

そんなグレンの様子を眺め、ルイスは楽しそうに笑う。

 

「やる気出して来たな……。足音からしてもしやとは思ってたけど。ここからどうなる事やら」

 

これから先に起こることに胸を踊らせ、ルイスは黒板を書くルミアを手伝い始めた。




お読みいただきありがとうございました!

最近急に暑くなりましたね

こうなってくると、私はすぐに体調を崩してしまうので、ちょっと心配です

皆様も、体調にお気をつけて過ごしてください

それでは、また来週お会いしましょう!


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グレン絶体絶命

どうも皆様

最近ハウルの動く城が見たい雪希絵です

時間がないので見れませんけれども

それでは、ごゆっくりどうぞ!

※投稿方法を間違えてしまい、番外編に投稿されていました。早い時間から見てくださった方々にご迷惑をおかけしてしまいました。大変申し訳ございません


「────よし、大体わかった」

 

グレンが顔を上げる。

 

競技祭の参加メンバーを決定したようだ。

 

「心して聞けよ、お前ら。まず一番配点が高い『決闘戦』───これは白猫、ギイブル、そして……カッシュ、お前ら三人が出ろ」

 

クラスの全員が首を傾げる。

 

魔術競技祭の『決闘戦』は、あらゆる競技の中でも花形といえる、最も注目を集める競技だ。

 

ならば、クラスの中でも最高戦力である、成績最上位の三人を出場させるのが普通だ。

 

となれば、成績順で選ぶなら、システィーナ、ギイブルの次に来るのは、三位のウェンディだ。

 

しかし、実際に選ばれたのは、成績の劣るカッシュだ。

 

指名されたカッシュ自身も困惑している。

 

グレンはそんなクラス中に渦巻く困惑を完全にスルーし、さらに続ける。

 

「えーと、次……『暗号早解き』。これはウェンディ一択だな。『飛行競走』……ロッドとカイが適任だろ。『精神防御』……ああ、こりゃルミア以外にありえんわ。っと、なんだ、『読み取り』はルイスに決まってんのか。じゃあ、余裕だな。えーと、それから『探知&解錠競走』は……」

 

次々と発表されるメンバー。

 

それは、生徒達の持っていた競技祭の常識を根本から変えるものだった。

 

全ての競技種目において、使い回されている生徒が一人もいないのだ。

 

配点の高い種目だろうが、成績上位の生徒を差し置いて、成績の高くない生徒を当てている。

 

つまり、グレンはクラス全員を何らかの種目に参加させようとしているのだ。

 

全力で勝ちに行くのではなかったのか?

 

遊びはなしじゃなかったのか?

 

グレンの意図が読めず、クラス一同困惑していると。

 

「───で、最後、『変身』はリンに頼むか。よし、これで出場枠が全部埋まったな。何か質問は?」

 

メンバー発表が終了した。

 

早速質問を受け付けると、ウェンディが言葉荒々しく立ち上がる。

 

(わたくし)は納得いたしませんわっ!どうして私が『決闘戦』の選別から漏れているんですの!?私の方がカッシュさんより成績がよろしくってよ!?」

「あー、それなんだがな……」

 

すると、グレンは少し言い辛そうにこめかみを掻く。

 

「お前、確かに呪文の数も魔術知識も魔力容量(キャパシティ)もスゲェけど、ちょっとどん臭ェところあるからなー。突発的な事故に弱ぇし、たまに呪文噛むし」

「な────ッ!?」

「だから、使える呪文は少ねーが、運動能力と状況判断のいいカッシュの方が、『決闘戦』に適任だと判断した。気を悪くしたんなら謝る。その代わり『暗号早解き』、これはお前の独壇場だろ?お前の【リード・ランゲージ】の腕前は、このクラスの中じゃ文句なしのピカイチだしな。ここは任せた。ぜひ点数稼いでくれ」

「ま、まぁ……そういうことでしたら……言い方が癪に障りますけど……」

 

微妙な表情をしながらも、一応納得は出来たのか、すごすごと席に座る。

 

他にも、自分がどうしてその種目に選ばれたのかわからない生徒が、次々に手を上げる。

 

グレンはその全てに、的確な答えを出す。

 

それは、普段から生徒のことをよく見て、尚且つ一人一人について詳しく理解しているからこそ出来ることだった。

 

適当に過ごしているように見えて、実はちゃんと生徒達のことを見ていたのだ。

 

システィーナは黒板のことを眺め、ルミアとルイスが書いた名前の羅列を見て、それを感じ取った。

 

(先生って、本っ当にダメ人間だけど……たまに、こういうとこあるからなぁ……)

 

生徒の疑問に次々と答えていくグレンの姿を、システィーナは微笑ましく見つめていた。

 

しばらくして、全ての質問の答えたグレンは、

 

「───さて、他に質問は?」

 

クラス全体を見回して言う。

 

もはや、誰もグレンの編成にケチをつけるものはいない。

 

「じゃ、これで決まりってことでいいか?」

 

(うーわ……あれ絶対なんか企んでる顔だわ)

 

長年の付き合いであるルイスにはわかる。

 

見た目上は普段通り気だるげな顔をしているが、あれは何か裏がある顔だと。

 

「……ま、大方特別賞与狙いってとこか。そういや、最近金ないとか言ってたし」

 

つい最近、セリカの屋敷に行った時のこと。

 

リビングに入った瞬間、セリカに対して土下座しているグレンがいた。

 

安過ぎるグレンの土下座に呆れながら話を聞いていると、どうやらギャンブルでスったらしい。

 

そのせいで、食費が払えなくなった。

 

というわけで、セリカが食事を用意してくれなくなり、常に空腹状態だと。

 

「アホすぎる」

 

そんなことを呟いていると、一人の生徒が席を立った。

 

「やれやれ……先生、いい加減にしてくれませんかね?」

 

もちろん、こんなことを言うやつは一人しかいない。

 

ギイブルである。

 

「何が全力で勝ちに行く、ですか。そんな編成で勝てるわけないじゃないですか」

「む……?」

 

これ以上に勝てる編成等、グレンには思いつかない。

 

そんなものがあるなら、即座にそちらに変える。

 

グレンにとっては、餓死の瀬戸際なのだから。

 

「ほう?ギイブル。ということはお前、俺が考えた以上に勝てる編成ができるのか?よし、言ってみてくれ」

「……あの、先生、本気でそれ言ってるんですか?」

 

吐き捨てるようにそう言い、ギイブルは続ける。

 

「そんなの決まってるじゃないですか!成績上位者だけで全種目を固めるんですよ!それが毎年の恒例で、他の全クラスがやっていることじゃないですか!」

「…………………………え?」

 

グレンの動きが止まる。

 

(ギイブルのやつ……余計なことを……)

 

せっかくこれから面白くなりそうだったのに、とルイスは不貞腐れる。

 

こうなったら、グレンは間違いなく編成を変える。

 

システィーナやギイブル、ウェンディ等はもちろん、ルイスも容赦なく使い回されるだろう。

 

「うむ……そうだな、そういうことなら……」

 

案の定、グレンがそれを肯定しようとした時。

 

「何を言ってるの、ギイブル!せっかく先生が考えてくれた編成にケチつける気!?」

 

ギイブルに、システィーナが真っ向から反抗した。

 

(ちょ───おま、何、ギイブル君に反論しちゃってるの────ッ!?)

 

それに対して、グレンは焦りに焦る。

 

そんなグレンの心情など露ほども知らず、システィーナはクラスメイトに向き直る。

 

「皆、見て!先生の考えてくれたこの編成を!皆の得て不得手をきちんと考えて、皆が活躍できるようにしてくれているのよ!?」

 

(ちょ……お前ら……説得されんな……頼むから……)

 

「先生がここまで考えてくれたのに、皆、まだ尻込みするの!?女王陛下の前で無様を晒したくないとか、そんな情けない理由で参加しないの!?それこそ無様じゃない!陛下に顔向け出来ないじゃない!」

 

(無様でも顔向け出来なくてもいいから、余計なこと言わんといて頼むから……)

 

「大体成績上位者だけに競わせての勝利なんて、なんの意味があるの?先生は全力で勝ちに行く、俺がこのクラスを優勝に導いてやるって言ってくれたわ!それは、皆でやるからこそ意味があるのよ!」

 

そして、システィーナはグレンに振り返って言った。

 

「ですよね!?先生!」

「お、おう……」

 

初めて向けられた険しさの取れた、可愛らしい笑顔に、グレンは指立てて肯定する。

 

ここで否定したら、ただの極悪人である。

 

熱く呼びかけるシスティーナに、クラス全員が頷きながら賛成する。

 

後に引けなくなったグレンは、ギイブルに最後の望みを託すが、あえなく撃沈。

 

かくして、傍から見れば勝ちの目の薄い編成に、全て決定したのであった。




今回は説明が多いですね

次からは見どころを作っていきたいと思います


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まさかの役得

どうも皆様

最近『終末何してますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?』を一気見して号泣した雪希絵です

あれはもう……泣きます、号泣です

まだ見ていない方がいらっしゃったら、是非見てみてくださいね

さて、やって参りました更新日

特別動きがあるわけではありませんが、楽しんでいただけると幸いです

ごゆっくりどうぞ!


後日、グレン率いる二組の生徒達は、早速魔術競技祭の練習を始めた。

 

アルザーノ帝国魔術学院では、競技祭の一週間前から練習期間が設けられている。

 

細かく言えば、全ての授業が一日三コマになり、本来なら四時間目になる時間を、担任の講師の監督の下で練習に当てるというものだ。

 

放課後の中庭では、たくさんの生徒が様々な魔術の練習をしていた。

 

呪文を唱え、空を飛ぼうとする生徒。

 

攻性呪文(アサルトスペル)を唱え、的を撃ち抜く生徒。

 

念動系の魔術で、遠くの物を動かそうとしている生徒。

 

ルイスは、そんなクラスメイト達の様子を、木に背中を預けて座り込みながら眺めていた。

 

「……やる事ないなぁ」

 

軽く息を吐きながら、誰に言うとでもなく呟く。

 

ルイスの参加する競技『読み取り』は、当日までほとんどやる事がない。

 

競技内容は、特殊な宝箱に手を触れ、黒魔【ファンクション・アナライズ】、魔術機能の解析の魔術で読み取る。

 

魔術によって複雑に隠蔽された宝箱の解錠方法を見つけ出し、その通りの行動を取って開く。

 

宝箱は一つ一つ開け方が違うため、他の選手の真似をしても意味は無い。

 

毎年、多くの参加者が挫折するほどの難易度の競技だ。

 

しかし、宝箱は学院が厳重に管理し、少しでも怪しい行動を取れば当日は失格。

 

それどころか減点までされるため、期間中は保管庫に近づく者すらいない。

 

そのため、現物を用意することは不可能に近く、練習のしようがない。

 

「まあ……そもそも練習する必要があるかと言われれば黙るしかないわけだが」

 

言いながら、ルイスは苦笑いする。

 

所以は、ルイスの固有魔術(オリジナル)にある。

 

固有魔術【無限の剣製】の真髄は、対象となる武器を解析、理解することにある。

 

そうすることで、その武器の全てを記憶し、魔術で投影することができるようになる。

 

となれば、解析の魔術が得意なのは必然だった。

 

武器ではないものとなると、多少の精度と速度の低下はあるが、それでもその実力は群を抜いて高い。

 

だからこそ、ルイスはこの競技を希望したのだ。

 

「暇だ」

 

とはいえ、暇なのはどうしようもない。

 

去年は多くの競技で使い回されていたため、目も回るような忙しさだったが、今年はグレンのおかけでそれもない。

 

しかし、それは裏を返せば暇を持て余すということだ。

 

「……寝るか」

 

欠伸をし、薬の調合であまり寝ていないことを思い出す。

 

幸い天気はよく、絶好の昼寝日和だ。

 

そうして、木の表面を探りながら、楽な場所を探している時だった。

 

「ルイス君」

 

頭上から心地よい声で名前を呼ばれた。

 

見上げると、そこに居たのは金髪の美少女。

 

静かな風に揺れる髪を抑えながらルイスを見下ろしている、ルミアだった。

 

「ん、ルミアか。どうした?」

「暇になっちゃったから、少し座ってようと思って。隣、いいかな?」

「おう、もちろん」

 

こくこく、と頷きながら答えると、ルミアは微笑みながらルイスの隣に腰掛ける。

 

「さっきまでシスティと一緒に、魔術式の調整してたよな。もう終わったのか?」

「うーん。正しくは、私の手の出しようのないところまで来たっていう感じかな」

「なるほどね。ま、システィに任せておけば大丈夫だろ。人任せこの上ないけど」

「ふふ、そうだね」

 

口元に手を添えて、笑いながらそう言うルミア。

 

何気ない仕草でも、ルミアには品がある。

 

(やっぱり……王家の血筋だもんな……)

 

つい最近に起きた、学院テロ事件。

 

表沙汰にはなっていないが、あの事件の首謀者の狙いは、ルミアだった。

 

グレンとシスティーナはその時初めて知った事だが、ルミアは現在のアルザーノ帝国女王の娘であり、正真正銘の王女なのだ。

 

しかし、三年前にルミアが『感応増幅能力者』であることが判明。

 

アルザーノ帝国において、王家は絶対的な信仰の対象である。

 

その王家から、『悪魔の生まれ変わり』とすら言われる異能者が生まれたという事実が公になれば、どうなるかは火を見るより明らかだ。

 

という事実を、ルイスは随分前にセリカから聞いていた。

 

(あれはセリカ姉が悪いけどな)

 

ある日のこと、ルイスはいつも通りセリカの教授室に行こうとした。

 

部屋の前につくと、普段は締め切られている筈の扉が、微妙に開いているのに気がついた。

 

セリカは重要な話をする時は、大抵『範囲結界』を使って周囲に聞こえないようにする。

 

だが、部屋の中を範囲結界で指定する時に扉を締めていないと、扉の周囲は結界が影響しなくなる。

 

よって、そこに立てば会話は丸聞こえである。

 

その後は、学院長とセリカに掴みかからんばかりの勢いでまくし立て、ルミアの真実を聞き出したのだ。

 

(まあ、なんにも変わらなかったけどな)

 

元の出生が何であろうとも、異能者であうとも、ルイスにとってルミアは大事な幼なじみである。

 

わざわざ距離を取ったり、気を使ったりする必要などないし、他の誰にも代えられない大事な人だ。

 

「みんな頑張ってるね。私も頑張らないと」

「……そうだな。俺同様、練習のしようなんかないけど」

「あはは、たしかにそうだね」

 

穏やかな会話をしながら、ルイスは改めて目の前の少女を絶対に守り抜くことを誓った。

 

─────────────────────

 

「ふわぁ……」

 

しばらくルミアと話し続けていると、ルイスが不意に大きな欠伸をした。

 

「ルイス君、眠いの?」

「んー、まあな。最近寝不足だったからな」

「無理は禁物だよ?本当は良くないけど、今のうちに少し眠ったらどうかな?」

「そうだなぁ。そうするか」

 

そうと決まればとばかりに、再び木の表面を探っていると、ルミアがもそもそと動き出した。

 

座り方を横座りに変え、太ももをポンポンと叩く。

 

「あの……良かったら、どうぞ」

「……………………………………ん?」

 

完全に停止するルイス。

 

意味が理解出来ず、パチパチとひたすら瞬きを繰り返す。

 

「……………………………………ん?」

「えっと……木にもたれたままだと、首痛めたりしちゃうからと思って……どうかな?」

 

ほんのり頬を染め、ルミアは恥ずかしそうに微笑む。

 

一方、ルイスの内心では凄まじい論争が起こっていた。

 

(いや待て、落ち着け。落ち着つくんだ俺よ。そして落ち着くんだ俺。わかる、ルミアが言いたいことはわかる。ルミアが俗に言う膝枕というやつにあまり抵抗がないのも知っている。だが待て、いいのか本当に。ここは学院のど真ん中だぞ?いいのか、本当にいいのか?いや、ここはルミアのためにも慎重に……)

 

「あ……ひょっとして、迷惑だった、かな?」

「いやそんなことありません失礼します」

 

悲しそうにそう言うルミアに、先程の葛藤など忘却の彼方に送り、ルイスは早口で答える。

 

覚悟を決め、おずおずと芝生の上に寝そべり、慎重にルミアの太ももの上に頭を乗せる。

 

「ど、どうかな?」

「……びっくりするくらい快適。もう死んでもいい」

「お、大袈裟だなぁ……」

 

お互い顔を赤くしながら、至近距離で見つめ合う。

 

膝枕をしているのだから当然だが、どうやら二人ともそれを失念していたらしい。

 

「じゃ、じゃあ……気が済むまで眠ってていいからね」

「お、お、おう……ありがと」

 

しかし、落ち着くわけが無いのも事実だ。

 

健康的で均整のとれたプロポーション故か、ルミアの太ももは程よい弾力に富んでいる。

 

それが後頭部全体を包むように当たっている上に、上を見ればルミアの端正な顔が目の前にある。

 

これで落ち着いていられる方がおかしい。

 

(やばい、眠気吹っ飛びそう……)

 

だが、せっかく膝枕までしてもらっておいて、ずっと目を開けているわけにもいかない。

 

形だけでも寝ていようと、ルイスは瞼を閉じる。

 

(ぬあぁぁぁ……!感触がより鮮明にぃぃぃぃ……!)

 

そんな苦悩と幸せの狭間に揺られ、ルイスは結局ほとんど眠ることなど出来ないのだった。




お読みいただきありがとうございました!

いいですよね、膝枕

私はいつも何故かする側なので、こういうのは結構憧れます

それでは、また来週お会いしましょう!


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圧勝

どうも皆様

Gを撃退する時は、父親と一緒にエアガンで戦う雪希絵です

大抵は父のガスガンで木っ端微塵になります

さて、やって来ました更新日!

競技祭本編、ルイスの活躍の場ですね!

短編の方は、もう少しお待ちください……

テストが近くて、なかなか時間ができなくて……申し訳ありません

それでは、ごゆっくりどうぞ!


一週間の練習期間はあっという間に過ぎていった。

 

初日に一組と何やら騒動はあったらしいが、ルミアの膝枕のせいでルイスは認識していない。

 

その後の練習では、最初こそ戸惑っていた生徒達も、段々とコツを掴み、好成績を出せるようにもなっていた。

 

そして迎えた競技祭当日。

 

「……すげぇな、おい」

 

クラスメイト達の活躍を見ながら、ルイスはそう呟いた。

 

「おおーっと、ここで二組が大逆転!今年の魔術競技祭、誰がこの展開を予想出来たでしょうか!!グレン先生率いる、二組の快進撃が止まらないーーー!!」

 

実況担当の生徒の声が、魔術によって闘技場中に響き渡る。

 

今行われているのは、『飛行競走』。

 

ルイス達二組では、ロッドとカイが出場している競技だ。

 

今年の飛行競走は、例年より距離が長い。

 

それに対し、二人はグレンの指示通り、速度よりもペースに重きを置いてレースに挑んだ。

 

結果、速度に固執する他クラスの生徒より終盤を一気に駆け抜けることが出来た。

 

この他の競技でも、必ずといっていいほど二位か三位、少なくとも四位には食いこむなど、好成績を収めている。

 

それもそのはず、二組には使い回されている生徒が一人もいない。

 

そのため、全員が自分の競技に全力で打ち込めるのだ。

 

しかし、一位の数はそう多くなく、どうしてもトップの一組には追いつけていない。

 

そんな中、

 

「頼むぞ!ルイスー!」

「ルイス君、頑張って!」

「ルイスならいけるはずよ!」

「頑張れよ!」

 

クラスメイトの声を受け、ルイスの出番がやって来た。

 

闘技場に入場する際も、背中には多くの声がかけられる。

 

その中には、何故か他クラスの声も含まれている。

 

おそらく、グレンの授業を受けた生徒達だ。

 

出れもしない自分のクラスよりも、色々と教えてもらったルイスを応援しているのだろうか。

 

それに対しルイスは、

 

「……任せな。負ける気なんざしねえよ」

 

と言って、不敵に笑う。

 

ルイスが入場し、出場選手が出揃った。

 

「さぁ!各クラス選手が揃いました!やはり注目は、ダークホースグレン先生率いる二組のルイス・ハルズベルト選手と、現在トップの一組のハワード・フレイド選手でしょうか!」

 

実況がそんな風に、会場を盛り上げていく。

 

「毎年数多くの生徒が、クリアすら出来ずに絶望する難攻不落の競技『読み取り』!いよいよスタートです!!!」

 

開始の合図が鳴り響き、生徒達は円形に配置された宝箱に飛びつく。

 

片手を当て、黒魔【ファンクション・アナライズ】の呪文を唱え、宝箱の解析にかかる。

 

まずはその機能を理解し、それを実行する。

 

時に焦りの表情を浮かべ、時に疑問に首を捻り、時に苛立ちに眉を顰めながら、選手達は解析に没頭する。

 

一組でも優秀な生徒である、ハワードも焦りに脂汗をかいている。

 

「やはりこの競技は難しいのか!?なかなか解析が進まないようだ!」

 

静止画のように変化しない会場に、生徒達の応援の声も大きくなっていく。

 

その声援すら焦りに感じるのか、応援席を睨む生徒すらいる程だ。

 

だが、

 

「……ああ、なるほどね。これはめんどくさいわ」

 

一人、冷静にルイスが呟いた。

 

そして手を離し、宝箱のあちこちを触り始める。

 

「おおーっと!ルイス選手、他のクラスの生徒を差し置いて、早くも動き出した!まさかまさか、もうわかってしまったのかーーー!!」

 

一際大きな実況と応援席の声が、闘技場全体を揺らす。

 

そんな声も聞こえないかのように、ルイスは目の前の宝箱に集中する。

 

(まずは宝箱の両端の曲線に魔力を流す。そうすると、宝箱の両側が開く)

 

指でなぞりながら魔力を流すと、両側が引き出しのように開いて中から何か出てきた。

 

それは、厚めの小さな円盤と、細長い棒だった。

 

(これを右に捻りながら押し込んで、左側には引っ張りながら捻る。あとは、【ショック・ボルト】を流すと……)

 

手順通り組み合わせ、微弱に【ショック・ボルト】を使う。

 

すると、棒の先が鍵のような形に固まった。

 

「よし」

 

普通ならここで終了しそうなものだが、そこまで甘くはない。

 

(目の前にある南京錠は無視。ここに鍵を差したら壊れるようになってる)

 

ルイスは宝箱の底に手を伸ばすと、真ん中の辺りを押し込む。

 

現れた鍵穴に鍵を差し、回す。

 

南京錠が崩れ落ち、その下から数字の描かれたプレートが出てくる。

 

0、0、0、0の四つの0が並ぶそれは、魔力を流せば操作できるようになっている。

 

(1、4、6、5。次に出てくるプレートは、4、4、3、9)

 

二つのプレートに、解析の中でさり気なく織り交ぜてあったナンバーを当てはめると、宝箱が勢い良く開いた。

 

膨大な光が溢れ、会場中の観客が目を細める中、

 

「よし、これで終わりっと」

 

軽く手を払いながら、ルイスは立ち上がった。

 

一瞬の静寂。

 

そして、

 

「な、な、な、なんとぉぉぉぉぉ!なんという早業!ルイス・ハルズベルト選手!!ぶっちぎりの一位だぁぁぁぁぁぁ!!」

「「「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

大歓声。

 

ルイスはそんな歓声に、恥ずかしそうに髪をポリポリと掻きながら、宝箱の中身を流し見た。

 

「てっきり何も入ってないと思ってたんだがな……」

 

そこにあったのは、一振りの剣。

 

ルイスには、一目見ただけで業物だとわかった。

 

おそらく、空の宝箱を開けるのも面白くないと判断し、入っているものだろう。

 

(それでも、こいつは凄いな。下手をすれば、国が管理しててもおかしくない品だ)

 

青色の柄に、黄金に輝く刀身。

 

パッと見ただけでも、それが神話クラスの業物であることがわかる。

 

実はこの剣は、学院が編成した遺跡調査隊が発見して以降、研究のために厳重に保管されていたものだ。

 

とはいえ、結局ほとんど何も分からず、倉庫の中で眠っていたのが、今回久しぶり引き出されたのだ。

 

「どんなものかはわからないが、いただいていくぜ?」

 

ルイスはそれを可能な限り凝視し、自身の記憶の中に焼き付ける。

 

「さて、一位が決定しましたので、競技はこれで終了となります!それでは皆さん、改めて、勝利したルイス選手に盛大な拍手を!」

 

ルイスが他のことに没頭している間に、競技は進行していく。

 

大きな拍手と大歓声。

 

ハワードなど他クラスの生徒は、悔しそうにルイスを睨みつけている。

 

「貴様……一体どんな不正を使った!」

 

胸元に掴みかかろうとしながら、ハワードはそう言った。

 

それをひらりと回避し、ルイスは一言。

 

「不正なんざ働いてないさ。ただ単に、俺が得意な競技だったってだけだ。自分が負けたからって、何でもかんでも不正扱いするなよ。かっこ悪い」

「なっ………!」

 

プライドが傷ついたのか、ハワードはわなわなと肩を震わせている。

 

「……これで終わると思うな、ルイス・ハルズベルト!」

 

捨て台詞を吐き、さっさと会場を出ていった。

 

それを尻目に、ルイスは宝箱の中身をもう一度見ながら、名残惜しそうに会場を出た。




お読みいただきありがとうございました!

いかがでしたでしょう、ルイスの活躍ぶりは

【ファンクション・アナライズ】でそこまで分かるの?とかは少し寛容に考えていただけると助かります……

それでは、また来週お会いしましょう!


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お昼時

どうも皆様

ふと思い至ってゴッドイーターバーストをやり始めた雪希絵です

テスト前なのに何やってるんでしょうね

さて、やって来ました更新日

そろそろ事態が動き出す……かもです!


魔術競技祭、午前の部が終了した。

 

ルイスの後、ウェンディが『暗号早解き』、そしてルミアが『精神防御』で一位を獲得。

 

これにより、二組は三位から二位に浮上することが出来た。

 

その他の競技でも二組は好成績を残し、競技祭は午前だけでもかなりの盛り上がりを見せた。

 

余談だが、精神防御で自分の性癖を暴露した『ツェスト=ル=ノワール』教授は、どこかから飛来してきた白い湾曲した剣にぶち当たり、気絶して医務室に運ばれて行ったらしい。

 

不思議なことに、まるで消えたかのように、その場に白い剣は残っていなかったそうだ。

 

そして、小一時間の昼休み。

 

生徒達はそれぞれ分かれ、食堂や学院外の飲食店、または敷地内で弁当を広げる等して、思い思いに食事をとり始めた。

 

「ルイスー!」

「ん、システィか。どこで食べる?」

「そうね。天気もいいし、外で食べない?」

「いいな。そうするか」

 

ルイスもシスティーナと合流し、昼食をとるために中庭に出た。

 

「そういえばシスティ。今日は何作って来たんだ?」

「サンドイッチよ。ルイスの好きな卵のサンドイッチもあるわよ?」

「お、それは楽しみだな。俺も一応、色々作って来たよ」

「本当に?楽しみにしてるわ」

 

競技祭前、弁当を持って来て食べることにしたルイス達は、システィーナが主食担当、ルイスがおかず担当と役割分担したのだ。

 

ちなみに、ルミアは意外に不器用なので、料理は出来ない。

 

「それはそうと、ルミアどこ行ったのかしら?さっきから探してるのに……」

「そうだなぁ。元から予定してた事なんだし、どっか行ったってことも考えてにくいしなー」

「それにあいつもいないし……」

 

最後の部分だけボソボソと言うが、ルイスにはしっかりと聞こえている。

 

システィーナが昼食にグレンを誘うつもりなのも、そのためにサンドイッチを多く用意して来たことも知っている。

 

だからこそ、ルイスもかなり多めにおかずを作って来たのだ。

 

(まったく、普通に言えばいいものを……。どうせ誘う時も『作り過ぎちゃって、余るの勿体無いから……食べれば?』とか言うんだろうな)

 

目に浮かぶようなその光景に、ルイスはついつい苦笑いした。

 

その後しばらく周囲を見渡すと、遠くの方にルミアの姿が見えた。

 

どうやら、誰かと話しているようだ。

 

「おい、システィ。あれルミアじゃないか?」

「ん?……あ、本当だ。行きましょう!」

「おうよ」

 

やや急ぎ足でルミアの方まで歩いて行く時、ルイスは違和感に気がついた。

 

(あれ本当にルミアか?)

 

遠目からでは分からなかったが、ルミアの雰囲気がいつもと違う気がするのだ。

 

しかも、その雰囲気が、ルイスのよく知っている誰かさんに似ている。

 

「ルミアったら、こんな所にいたんだ。探したわよ?」

「あ、システィ。どうしたの?」

 

いつの間にか近くに来ていたシスティーナに、ルミアと話していた少女……リンが尋ねた。

 

「あはは、私、ちょっとルミアに用があってさ」

「あ、いや、俺は……」

 

(ああこれやっぱグレンだわ)

 

一言で即座に気がついた。

 

リンは運動とエネルギーを操る黒魔【セルフ・イリュージョン】で『変身』の競技に出る。

 

その相談をしている中でルミアに変身し、そこへシスティーナがやって来た……という予想を立てたのだ。

 

「おい、システィ……」

 

ルイスがシスティーナを止めようとするが、それより早くシスティーナは、ルミアの姿をしたグレンに笑いかける。

 

「早くお弁当食べよう?ルミア。言ったでしょ?今日のお昼はルミアの分まで私とルイスが作って来たって。ルミアの好きなトマトのサンドイッチもあるわよ?」

「え……?弁当……?」

 

(あ、これ掠め取る気だな)

 

本当に取ろうとしたら鉄拳制裁……と考えていると、背後に近づいて来る気配。

 

少し遠くを見ると、ルミアが歩いて来るのが分かった。

 

「……なるほど。黙ってた方が面白そうだな」

 

そう呟き、ルイスは黒い笑みを浮かべる。

 

前では、困惑するシスティーナの前で、事情を把握しているリンとグレンがゴニョゴニョと話している。

 

そこへ、ルミア到着。

 

「待たせちゃって、ごめんね。私、ちょっと用事があって……あれ?」

 

ルミアは自分の前にいる同じ姿の人物に気がつくと、小首をかしげる。

 

圧倒的に気まずい雰囲気。

 

「な、なんてことなの……俺……あ、私が二人!?ま、まさかどっちかがニセモノ……困ったわ!ここまでそっくりじゃ、どっちが本物かなんてわから……」

「《力よ無に帰せ》」

 

悪あがきの弁解をしようとしたグレンに、システィーナが【ディスペル・フォース】を使う。

 

あっさりと変身魔術が解除され、化けの皮が剥がれた。

 

「……まあ、そういうわけで」

 

ふっ、と。

 

正体を暴かれたグレンが不敵に笑い、髪をかきあげ、くるりと踵を返す。

 

「グレン先生はクールに去るぜ」

 

そのまま何事もなく、歩き去って行こうとする背中に……、

 

「ルイス」

「へいへい。滅せい────!」

 

えげつない音を鳴らして、【フィジカル・ブースト】付きのルイスの蹴りが炸裂する。

 

「ぎゃあああああああああああ────!?」

 

情けない悲鳴を上げ、ゴロゴロとグレンは吹き飛んでいった。

 

「信じられない!最低!教師が生徒のお弁当を掠め取ろうとするとか、ありえないでしょ!?せっかく私が朝早く起きて……ふんっ!もう、知らない!」

 

顔を真っ赤にして、喚き立てるシスティーナ。

 

ため息をつくリン。

 

笑いを堪えきれず、肩を震わせるルイス。

 

そんな状況を上手く飲み込めず、ルミアは目をパチパチとさせていた。

 

─────────────────────

 

三人での昼食が終わり、ルミアとルイスは中庭に留まっていた。

 

「ま、ルミアならそうすると思ったよ」

「だって、先生もわざとじゃないんだし……。それに、せっかくシスティが作ったお弁当が勿体無いよ」

「そうだな」

 

もちろん、グレンに弁当を渡すためだ。

 

捨てられそうになっていた弁当をルミアが貰い、実は別に用意してあったルイスのおかずと一緒に渡そうと考えたのだ。

 

「お、グレンいたぞ」

 

目的のグレンは、ベンチで枝を咥えながらぐったりしていた。

 

(シロッテの木か……どんだけ金ないんだよ)

 

そんなグレンの元へトコトコ近づき、

 

「先生〜」

 

と話しかける。

 

「……ルミアか。どうした?」

「あの……先生に差し入れ持ってきました」

「差し入れ?」

 

怪訝そうな顔をするグレンに、ルミアが布包みを差し出す。

 

「これ、サンドイッチの包みです。先生、最近、ずっとお腹が空いてるみたいだったから、もし良かったらと思────」

「ありがとうございます天使様!喜んで謹んで頂戴致しますぅー!」

 

狂喜と共にグレンはそれをひったくり、サンドイッチに噛み付いた。

 

その様子から、この数日間の強制ダイエットの辛さが分かる。

 

「ほら、もっと落ち着いて食え、グレン。誰も取らねぇよ。あと、俺からも」

「!? マジでか!ルイス様!マジ神!」

「おうよ。セリカ姉には禁止されてるが、まあ、今日はいいだろう」

「ありがとうございますぅぅぅ!」

 

グレンはルイスの作ったおかずもひったくり、夢中で食べ進める。

 

しばらく、それを苦笑いで見つめていると、二つの包みはすっかり空になった。

 

「ふー、食った食った。さて、そろそろ競技場に戻るか……」

「ふふ……お粗末様です。って、私が言うべき言葉じゃないですけど」

「これに懲りたら、しばらくギャンブルは控えるんだな」

 

とグレン達が立ち上がると、横から声がかかった。

 

「そこの貴方はグレン、ですよね?あの……少し、よろしいですか?」

 

グレンは、それに面倒くさそうに振り返る。

 

「はいはい、全然よろしくありませーん、俺達、今すっごく忙し──────」

「!? おい、バカグレン!?何言ってやがる!?」

 

大慌てなルイスの言葉に、声の主を見ると、そこに居たのは一人の女性。

 

「って、ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?じょ、じょ、女王陛下!?」

 

そこには、アルザーノ帝国女王、アリシア七世がいた。




全然動かなかった……

次から動き出すはずです!

お読みいただき、ありがとうございました!


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女王との対面

どうも皆様

ボスの贅沢微糖にハマった雪希絵です

コーヒーって結構美味しいんですね……

さて、やって参りました更新日

今回もあんまり動きないです……

それでは、ごゆっくりどうぞ!


「ど、ど、どうしてアナタのような高貴なお方が、下々の者のたむろするこのような場所に、護衛もなしで────ッ!?あ、いえ、その、さっきは無礼なことを言って申し訳ございませんでした───ッ!」

「本当にこの馬鹿が申し訳ありません、女王陛下。私の方からよく言っておきますので、どうかご容赦を」

 

そこにいるのが女王陛下だと分かると、グレンはひたすら恐縮しながら謝罪し、片膝をつく。

 

ルイスもそれに習って、その場に平伏する。

 

「そんな、お顔を上げてくださいな、二人とも。今日の私は帝国王女アリシア七世ではありません。帝国の一市民、アリシアなんですから。さぁ、ほら、立って」

「いや、そうは言ってもその……し、失礼します……」

「……し、失礼致します」

 

グレンとルイスは恐る恐る立ち上がり、恐縮する。

 

アリシアはグレンの方に向き直り、その整った形の唇を開く。

 

「ふふっ。一年ぶりですね、グレン。お元気でしたか?」

「あ、はい、そりゃもう。へ、陛下はお変わりないようで……」

「……貴方にはずっと謝りたいと思っていました」

 

ふと、アリシアは目を伏せる。

 

細められたその目は、申し訳なさに満ちていた。

 

「あ、謝る……って、そんな……」

「貴方は私のために、そして、この国のために必死に尽くしてくださったのに……あのような不名誉な形で宮廷魔導師団を除隊させることになってしまって……本当に我が身の不甲斐なさと申し訳なさには言葉もありません……」

「いえいえ、全然気にしてませんって!いや、ホントです!ていうか、俺ってぶっちゃけ仕事が嫌になったから辞めただけの単なるヘタレですから!マジで!」

 

ぶんぶんと頭と手のひらを左右に振りながら、グレンは必死に否定する。

 

「そうですね……私は貴方に頼るばかりで、貴方の辛さや苦しさを分かってあげられなかった……女王失格ですね。思えば三年前のあの時も……」

「いやいやいやいや!?俺みたいな社会不適合者に女王たるあなたが頭下げちゃダメですって!?誰かに見られたらどうするんですか!?」

 

幸い、周囲に人はいないが、ここは特別人通りが少ないというわけではない。

 

グレンは気が気でなかった。

 

「る、ルイス!お前からも陛下に何か……」

「ルイス……?ひょっとして、貴方がルイス=ハルズベルトですか?」

 

ルイスの方を困り果てた顔で振り返って言ったグレンの言葉を遮り、アリシアが呟いた。

 

「はい。私がルイス=ハルズベルトです」

 

それに対し、ルイスは礼儀正しく答える。

 

家業の道具屋の規模が大きいため、ルイスと両親はしばしば貴族などに食事に誘われる。

 

そのため、ルイスは言葉遣いや態度等のマナーは、一通り心得ている。

 

面倒くさいので、普段は欠片も出さないが。

 

「そうでしたか。貴方の話も聞いていますよ。何でも、先日学院で起きた事件の際に、身を呈して戦ったそうですね」

「いえ。私は当然のことをしただけです。学院の生徒として、この国の一市民として、私は戦う義務がありました」

「立派な心がけですね。帝国を代表して、お礼を言わせて貰います。ありがとうございました」

「勿体ないお言葉です」

 

頭を下げ、微笑むアリシアに、ルイスは一礼する。

 

「貴方も固有魔術(オリジナル)を持っているそうですね。まだ年若いというのに、優秀なのですね」

「過分な評価、痛み入ります。私だけの努力で出来たわけではありませんが」

「それでも、素晴らしいですよ」

「ありがとうございます。それより陛下、本日はどういった御用向きで?」

 

女王陛下直々に話しかけられ、実は内心緊張しまくりのルイスが、話題を逸らした。

 

アリシアはふと考える仕草をすると、口元に手を当てて微笑む。

 

「ふふ、そうですね。今日は……」

 

アリシアは視線を横にずらす。

 

その視線の先には、呆然と立ち尽くすルミアがいた。

 

「……お久しぶりですね、エルミアナ」

 

そんなルミアに、アリシアは優しく語りかける。

 

「………………」

 

ルミアは無言で、アリシアの首元を見る。

 

そこに翠緑の宝石のネックレスがかけられているのを確認すると、なぜかルミアは目を伏せた。

 

「元気でしたか?あらあら、久方見ないうちに、ずいぶんと背が伸びましたね。ふふ、それに凄く綺麗になったわ。まるで若い頃の私みたい、なぁんて♪」

「……ぁ……ぅ」

「フィーベル家の皆様との生活はどうですか?何か不自由はありませんか?食事はちゃんと食べていますか?育ち盛りなんだから、無理な減量とかしちゃだめですよ?それと、いくら忙しくても、お風呂にはきちんと毎日入らないとだめよ?」

「…………ぁ……そ、その……」

 

硬直するルミアをよそに、アリシアは本当に嬉しそうに言葉を重ねていく。

 

「あぁ、夢みたい。またこうして貴女と言葉を交わすことが出来るなんて……」

 

感極まったアリシアは、ルミアに触れようと手を伸ばす。

 

「エルミアナ……」

 

その顔は、幸せに満ちていた。

 

帝国を背負う女王としではなく、一人の母親としての表情で、愛娘を見つめる。

 

しかし、

 

「……お言葉ですが、陛下」

 

ルミアはアリシアの手から逃げるように、片膝をついて平伏した。

 

それは、ルミアの明確な拒絶の現れだった。




テスト前なので、ちょっとキリがよくないですがここで切ります!

来週辺りには、戦闘シーンに入れると思います

また、短編の方も仕上げてしまおうと考えているので、そちらもよろしくお願い致します

それでは、また来週お会いしましょう!


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手を出すんじゃねぇよ

どうも皆様

ここで、皆様にお詫びがございます

短編を書き上げるつもりでしたが、時間がなくて書けませんでした

自分のスケジュールを考えない軽率な発言を、どうかお許しください

誠に申し訳ありませんでした


「陛下は……その、失礼ですが人違いをされておられます」

 

その言葉に、アリシアの顔が凍りつく。

 

「私はルミア。ルミア=ティンジェルと申します。恐れ多くも陛下は私を、三年前に御崩御なされたエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ王女殿下と混同されておられます。日頃の政務でお疲れかと存じます。どうかご自愛なされますよう……」

「………そう、ですね」

 

淡々とそう言うルミアに、アリシアは気まずそうに目を伏せた。

 

「あの子は……エルミアナは三年前、流行病にかかって亡くなったのでしたね……あらあら、私ったらどうしてこんな勘違いをしてしまったのでしょう?ふふ、歳は取りたくないものですね……」

 

そんなアリシアの哀愁漂う言葉に、グレンは複雑な表情で頭を掻き、ルイスはルミアの側で心配そうな顔をしている。

 

「勘違いとはいえ、このような卑賤な赤い血民草に過ぎぬ我が身に、ご気さくにお声をかけていただき、陛下の広く慈愛あふれる御心には感謝の言葉もありません……」

「いえいえ、こちらこそ。不愉快な思いをさせてしまって申し訳ありません」

 

しばらくの間、沈黙が続く。

 

ルミアは何も言わない。

 

アリシアも、何か言おうと口を開くが、それが声になることはなかった。

 

やがて、

 

「そろそろ……時間ですね」

 

アリシアが、名残惜しそうに呟いた。

 

「グレン。それと、ルイス君。エル──……ルミアを、よろしくお願いしますね?」

「……わかりました、陛下」

「この身に代えても、守り抜きます」

 

悲しげな目で言うアリシアに、二人は頷いて答える。

 

アリシアが中庭からいなくなるまで、ルミアは一度も顔を上げなかった。

 

─────────────────────

 

魔術競技祭、午後の部が始まった。

 

アリシアとの密会の後、消沈するルミアを連れて競技場に戻って来た。

 

しばらくは競技場で競技を眺めていたが、ルイスはあることに気がついた。

 

「あれ。ルミアどこ行った?」

 

先程まで近くにいたはずなのだが、ルミアが辺りに見当たらない。

 

「……あんなことあったしな……。探しに行くか」

 

心配になったルイスは、ルミアを探しに行くことにした。

 

最初に中庭に向かったが、そこにはいなかった。

 

(まあ、そう簡単には見つからないか)

 

めげずに学院の様々な場所に向かう。

 

恐らく、人気を避けた場所に行くだろうと考え、人のいない方角に歩く。

 

やがて辿り着いたのは、学院敷地の南西端、学院を囲む鉄柵のかたわら、等間隔に配置された木々の木陰に、ルミアの姿を見つけた。

 

「ルミア」

「……ルイス君」

 

声をかけると、ルミアは手元を覗き込んでいた顔を上げた。

 

「何してんだ?こんなところで」

「……何でもないよ」

「そうか。じゃあ、質問を変えよう」

 

言いながら、ルイスはルミアの握っているロケットを指さす。

 

「なんで、空っぽのロケットなんか見てるんだ?」

「─────ルイス君、相変わらず目がいいね」

「別に覗くつもりはなかったんだ。見られたくなかったなら、ごめん」

「ううん。気にしないで」

 

首を振るルミアに、ほっと息をついた。

 

そして、二人は近くにあったベンチに座り、話を続ける。

 

「……このロケットね、昔は、誰か大切な人の肖像が入ってたような気がするんだけど……いつの間にかなくなっちゃって」

「…………」

 

沈黙するルイスに、ルミアは寂しげに笑い、ロケットを首にかけた。

 

「これ自体、特に価値がある訳じゃないのに……変だよね。こんなものを今でも大事に肌身離さず持ってるなんて」

「変じゃないよ」

 

どこまでも悲しげなルミアの目を、まっすぐに見つめ、ルイスはそう言う。

 

「何も入ってないからって、大事にしない理由になるわけじゃないだろ?何を大事に思うかは、人それぞれだしな」

「……ルイス君は、知ってるんだよね?私と女王陛下のこと」

「おう。結構前からな」

「それでも、ずっと変わらないでいてくれたんだね」

 

そう言い、ルミアは少しだけ微笑んで、俯いた。

 

そんなルミアに対し、ルイスは頭を掻きながら、少しだけ恥ずかしそうに呟く。

 

「───当たり前だろ」

「え………?」

 

ルイスは立ち上がり、ルミアの正面に立った。

 

「確かに、ルミアの過去には色々あったんだと思う。残念だけど、俺はそんなルミアの気持ちを分かってやることはできないし、無責任に安っぽい言葉をかけるなんてこともできない」

 

優しくルミアの頭に手を乗せ、ポンポンと撫でる。

 

「けど、こうしてそばにいることくらいは出来るよ」

「…………!」

 

はっ、と顔を上げる。

 

ルイスは、恥ずかしそうに頬を染めながら、微笑んでいた。

 

「嫌なことがあったら、一晩中でも愚痴を聞いてやる。泣きそうになったなら、胸くらい貸す。……寂しくて仕方なくなったら、ずっとそばにいてやる」

「……うん」

 

頷き、声を絞り出す。

 

ルミアの声は、少しだけ枯れていた。

 

「何が寂しいんだよ。ルミアには、騒がしすぎる両親と、幼馴染みが二人もいるんだぜ?」

「……うん……うん……!」

 

頷き続けるルミアの頬を、一筋だけ雫が横切る。

 

「だから、会いに行ってこい。本当の母親に」

「……でも、私……」

「言ったろ?寂しい、なんてことないし、そんな思い絶対させない」

 

ルミアの言葉を遮り、ルイスは続ける。

 

「実の母親と仲違いしたって、絶対にルミアを一人になんてしない。だから、今行きたいところに、行ってこい」

 

しばらく、ルミアは唇を引き結んだまま、無言だった。

 

やがて、

 

「私……怖いんだ」

 

ぼつり、とルミアが消え入りそうな声で呟いた。

 

「私を追放した前日まで、あの人はとても優しかった。でも、私が追放されたあの日、あの人に呼び出されたら、国の偉い人達が険しい顔で沢山集まっていて……あの人は、凄く冷たい目で私を見つめていて……まるで別人のように豹変していて……」

「……………」

「さっきのあの人はとても優しかったけど、いつ私に対して、突然、あの冷たい目を向けてくるかと思うと……怖くて……だから……あの……」

 

意を決したように、ルミアはルイスを真っ直ぐに見つめる。

 

「ルイス君、一緒についてきてくれないかな?」

「……ああ、もちろん。ルミアの頼みなら」

 

ルイスは嬉しそうに微笑みながら、腕を組んで胸を貼る。

 

「いいよ、付き合ってやる」

「本当に?」

「ここで嘘だって言ったら、ただの極悪人だろ」

「もう、ルイス君ったら」

 

お互い微笑み、並んで歩み始める。

 

二人の間に流れる、穏やかな空気。

 

だが、ルイスは妙なことに気がついた。

 

見慣れない集団が、自分達の行く手に立ちはだかっているのだ。

 

全員、身体中を甲冑で包み、緋色の陣羽織を纏い、腰には細剣をさしている。

 

(……たしか、王室親衛隊……だったか?)

 

服装から、女王陛下直属の騎士団であることを思い出す。

 

その全員が、等しく精鋭中の精鋭。

 

「なんでだ?女王陛下の護衛についてるはずだよな……?」

 

疑問に首を傾げていると、王室親衛隊の面々はルイス達の前で足を止める。

 

そして、音もなく二人を取り囲んだ。

 

「ルミア=ティンジェル……だな?」

 

二人の正面に立った、その一隊の隊長らしき騎士が言う。

 

「ルミア=ティンジェルに間違いないな?」

「え?は、はい……そ、そうですけど……」

 

肯定した瞬間、騎士達が一斉に抜剣し、ルミアに剣先を突きつける。

 

「────っ!?」

 

自分に向けられた抜き身の剣に、思わず硬直するルミア。

 

「……恐れながらお聞きします、親衛隊殿。これは一体どういうおつもりで?」

 

そして、ルイスは咄嗟にルミアを背後に庇い、そう言う。

 

もちろん、切っ先はルイスに向けられることになるが、全く恐れてはいない。

 

「傾聴せよ。我らは女王の意思の代行者である」

 

隊長と思しき人物は、そんなルイスを忌々しそうに一瞥し、朗々と宣言した。

 

「ルミア=ティンジェル。恐れ多くもアリシア七世女王陛下を密かに亡き者にせんと画策し、国家転覆を企てたその罪、もはや弁明の余地なし!よって、貴殿を不敬罪および国家反逆罪によって発見次第、その場で即、手打ちとせよ。これは、女王陛下の勅命である」

 

あまりに現実離れした言葉に、ルイスとルミアは凍りつく。

 

しかし、ルイスはすぐに我に返った。

 

「ルミア……彼女が国家転覆罪?どういうことでしょうか?」

「部外者に開示する必要はない。だが、証拠は上がっているぞ、大罪人。我らとて、貴殿に悪戯に苦痛を与えるつもりはない。大人しく己が罪を認め、我が剣の梅雨となってもらおう」

 

ギリ……、とルイスが歯ぎしりする。

 

しかし、ここで感情を暴れさせるわけにはいかない。

 

「……では、その証拠を開示していただきたい。そもそも、平時ならば、裁判所からの正規の手続きを踏んだ上で、刑罰が発令されるはずでは?」

「それこそ、部外者に開示する必要はない。帝国憲章を見返すがいい。女王陛下の最高国家元首。その言葉はあらゆる法規を超え、全てに優先する」

 

(頭湧いてんのかこいつ……!)

 

「そもそも、女王陛下の忠実なる家臣たる我らに逆らうとは、立派な不敬罪が成立するが?」

「………やれるものなら、どうぞ」

 

収集がつかなくなり、ルイスが左手を構えた瞬間、

 

「待って、ルイス君!」

 

ルミアが意を決したように叫ぶ。

 

「……おおせの通りに致します。恐れ多くも女王陛下に仇為そうとしたこと、今思えば、そのあまりもの不遜さには恥じ入るばかりです。故に、我が命をもって償いといたします。だから、どうか、お慈悲を。ルイス君は……何も関係ないんです!」

「お、おい、ルミア……!」

「少し、静かにしてもらおう」

 

叫ぶルイスに、騎士の一人が拘束して口を塞ぐ。

 

その手は、何かの液体に濡れていた。

 

「……か……はっ……」

 

直後、ルイスが糸が切れたように崩れ落ちる。

 

「ルイス君!」

「安心しろ、ただの麻痺毒だ。いつ動くようになるかはわからんがな」

「そんな…………!」

 

相当な濃度であることを察し、ルミアが絶句する。

 

しかし、剣を突きつけられ、硬直する。

 

剣を突きつけた張本人、隊長らしき騎士が、ルミアに詰め寄って口を開く。

 

「体の力を抜いて、動かぬことだ。急所を外せば長く苦しむことになる────」

「………はい」

 

覚悟を決めたのか、ルミアはゆっくりと、瞼を閉じる。

 

「──────ざけんじゃねぇよ」

「がっ……!」

 

だが、唐突に鈍い音が響き渡る。

 

「ふざけんじゃねぇぞ、てめぇら」

 

ルイスはポキポキと拳を鳴らし、立ち上がる。

 

「馬鹿な、あの濃度の麻痺毒を受けて……」

「生憎だがな、俺は大体の毒には耐性がある自信がある。こんな麻痺毒取るに足らない」

 

そして、ルイスは詠唱する。

 

「《体は剣で出来ている・ただの一度の敗走も勝利もない・その体はきっと剣で出来ていた》」

 

短縮した、三節詠唱。

 

両手のひらが光り輝き、白と黒の双剣が現れる。

 

「俺の大事な人に、手を出してんじゃねえよ。まとめてかかってこい!」




お読みいただきありがとうございました!

来週、出来れば短編を書き上げて投稿したいと思います

よろしけれれば、それまでお待ちくださると、助かります


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神にだって剣を向ける

どうも皆様

最近、唐揚げがやたらと美味しい雪希絵です

ごめんなさい、やはり短編を書き上げることはできませんでした

ただ、今週いっぱいで忙しい期間が終わるので、そこで時間を見つけていきたいと思います

楽しみにしてくださった方には大変申し訳ありませんが、もうしばらくお待ちください

それでは、ごゆっくりどうぞ


「我々に歯向かうのか?先程も言った通り、立派な反逆罪が成立するぞ」

「構うかよ。ルミアに危害を加えるなら、お前ら親衛隊が相手だろうが、神が相手だろうが剣を握る。それが俺の信念だ」

 

左右の双剣を構え、ルイスはそう言う。

 

「─────やれ」

 

隊長格の騎士が、短く命令する。

 

直後、騎士全員が一斉に動き出す。

 

気味が悪いほど揃ったコンビネーションで、レイピアが振り下ろされる。

 

「しっ────」

 

だが、ルイスにそんなものは通用しない。

 

右脚を軸に一回転し、左右の剣を振るう。

 

三本のレイピアを的確に弾き飛ばす。

 

「なに!?」

「こいつ……!」

 

魔術師で、しかも学生でしかないはずのルイスに攻撃を弾かれ、騎士達に動揺が広がる。

 

その隙をわざわざ見逃すルイスではない。

 

比較的立ち直りの早い騎士を一瞬で見分け、そちらの方に飛び込む。

 

右手の剣を捻りを加えながら突きこみ、レイピアに直接叩きつける。

 

回転まで加わった高威力の一撃に、思わずレイピアを落としそうになる。

 

握力の弱まったそのタイミングに、ルイスはもう片腕の剣を、跳ねあげるようにぶつける。

 

上空高くに舞い上がり、くるくると回って落下するレイピア。

 

それを尻目に、ルイスは残る二人に向き直る。

 

片方はすでに体勢を整え、攻撃を仕掛けて来た。

 

目にも留まらぬ速さで繰り出される、連続突き攻撃。

 

ルイスは右へ左へと体を逸らし、攻撃を回避。

 

最後の一撃のタイミングでその腕に膝蹴りを放ち、鈍い音を鳴らして膝が直撃。

 

不意をつかれ、騎士の動きが止まる。

 

(いってぇ……)

 

予想外の鎧の強度に顔をしかめるが、体は動かし続ける。

 

剣の峰部分で顔を殴打し、騎士の意識を刈り取る。

 

直後、背後に気配を感じる。

 

咄嗟の判断で、振り返りもせずに剣を背後に回す。

 

かろうじて剣を弾くが、起動が逸れただけのため、ルイスの身体を少しだけ掠めていく。

 

「────っ」

 

しかし、体勢は多少乱しても、すぐに立て直す。

 

大上段の切り下ろしに対して、ルイスは双剣をクロスさせて受ける。

 

僅かな時間の鍔迫り合い。

 

だが、レイピアは特性上、両手で持つことが出来ない。

 

双剣のルイスの方が有利なのは、当然だった。

 

「ふっ……!」

 

鋭く息を吐き、ルイスは双剣に力を込める。

 

騎士のレイピアが大きく弾かれ、胴体に隙が出来る。

 

右手の双剣を腰を捻りながら投げ飛ばし、その胴体に直撃させる。

 

ついでにルミアを抱えあげ、一目散に逃げ出した。

 

「きゃあっ!」

「させるかっ!」

 

すかさず隊長騎士が剣を抜き、素早い踏み込みで一気に距離を詰める。

 

やはり隊長を任されるだけあり、技量は相当高い。

 

その上、ルイスはルミアを抱えているのだ。

 

遅くなるのも無理はない。

 

「ばーか」

 

しかし、ルイスは一言そう言うと、残った右手で何かを放った。

 

それは、いくつかの赤い宝石。

 

「……?」

 

怪訝そうな顔をする騎士達。

 

その表情が変わったのは、宝石が発光し始めてからだった。

 

「爆晶石──────!?」

 

その声は、爆音と閃光に遮られた。

 

「行くぞルミア!」

「で、でも、私を庇ったりなんかしたら、ルイス君が……」

「そんなもの関係あるか!」

 

ルミアをお姫様抱っこし、黒魔【フィジカル・ブースト】を発動しながら、ルイスは叫ぶ。

 

「さっき言っただろ!俺はルミアを守るためなら、神にだって剣を向ける!こんな騎士団に追われるくらいなんでもねぇよ!」

 

そして、ルイスは続ける。

 

「わかったら、早く逃げるぞ!そのためにまず、俺のネックレスを取り出してくれ」

「う、うん……」

 

ルイスに抱えられながら、ルミアはルイスの胸元を探る。

 

「見つけたら、俺の耳に当ててくれ」

 

赤い宝石を見つけ出し、ルミアは言われた通りにする。

 

しばらく、甲高い音がペンダントから鳴り響き、

 

「なんだ?どうかしたのか?ルイス」

 

唐突にグレンの声が聞こえてきた。

 

「えっ、せ、先生!?」

「って、ルミア?なんだよ、ルイスと一緒にいたのか。ったく、白猫に言われて探してたってのに……」

「そんことはいい!一大事だ、グレン!」

 

グレンの言葉を途中で切り、ルイスは通信の魔道具に向かってまくし立てる。

 

「落ち着いて聞け、グレン。王室親衛隊がルミアの捜索を始めた」

「ルミアを?なんで急に」

「反逆罪で処刑だとよ。冗談じゃないぜ……!」

「はあっ!?どういうことだ!?」

「ルミアが女王陛下に反旗を翻そうとした。だから、その罪で見つけ次第処刑する。向こうはそう言うつもりらしい」

「裁判所は?証拠もあるのか?」

「あがっている……とは言っていたが、十中八九嘘だろう。恐らく、後から偽装でもする気だ」

「……すぐに行く。今どこだ?」

「学校の端だ。校内にいるのは危険だから、このまま街に出る!」

「わかった。そのまま噴水のある広場まで迎え。その途中で合流する」

「おう」

 

会話が終わると、ルミアがペンダントをルイスの制服の中に戻した。

 

「もう大丈夫だ。グレンと俺が居れば、大体のことはどうにかなる。セリカ姉にも連絡取れるしな」

「…………うん」

 

状況はマシにはなったが、先は見えない。

 

沈む気分を何とか奮い立たせ、ルイスは足を動かし続けた。




お読みいただきありがとうございました

今回短めですみません

ちょっと疲れが溜まってまして……

それでは、また来週お会いしましょう!


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路地裏の再会

どうも皆様

魔法少女リリカルなのはの映画を見たあと、なのはvividの漫画を一気買いした雪希絵です

元々少しずつ集めてはいましたが、思わず一気に買ってしまいました

時間が出来たら、リリカルなのはの作品も作ってみたいです

さて、やってきました更新日

どうにか短編も出来上がりそうなので、後ほど投稿したいと思います

それでは、ごゆっくりどうぞ!


しばらく走り続け、ルイスとルミアは噴水広場の近く、そこへと通じる路地裏にやって来た。

 

「ぜえ、ぜえ、はぁ……!」

「ルイス君……!」

 

荒い息をつき、ルイスはルミアを下ろす。

 

崩れるようにその場に座り込み、肩で息を繰り返す。

 

学院のあるフェジテ北地区から、一般住宅街のある西地区まで、ノンストップで走り続けたのだ。

 

いくら【フィジカル・ブースト】があっても、体力を消耗するのは当然だった。

 

「ルイス君、ルイス君!大丈夫……?」

「大丈夫、問題ないよ。安心しろって、ルミア」

「でも────」

「お前ら!無事か!?」

 

ルミアの言葉を途中で切り、グレンが走り寄って来た。

 

「遅かったな、グレン」

「うるせーよ。これでも【グラビティ・コントロール】でかっ飛ばして来たんだ」

「そうかよ。まあ、ともかく、ありがとう。巻き込んで悪かった」

「今更何言ってんだ、水くせぇ。そもそも、学院に闘技場周辺についてた親衛隊の監視を吹っ切るために、一発ぶん殴って来たんだ。もう行くとこまで行くしかねぇよ。ま、面倒なことにはなったな……」

「それこそ、考えても仕方ない。今どうするかが問題だ」

 

頷き合い、ルイスとグレンは腕を組んで考え込む。

 

「ルイス君……先生……どうして……?」

 

そんな二人に、ルミアが苦渋の表情で問いかける。

 

「わかってるんですか?このままじゃ、ルイス君も先生も……」

「いや、だって、お前見捨てたら白猫に叱られちゃうだろ?あいつの説教は耳にキンキンうるさいから嫌なんだよ」

「それはお前が説教されすぎなだけだ。地の声は、ずっと聞いていたいくらい綺麗なものだぜ?」

「ふざけてる場合じゃありません!……二人とも、一つだけ答えてください」

 

茶化すような二人の態度に、さすがのルミアも声を荒らげる。

 

「なぜ、私を助けたんですか?今、先生も、ルイス君も、本当に危うい立場なんですよ?いつ殺されてもおかしくないんです。どうして二人とも、私のために、こんな無茶を……!」

 

グレンもルイスも、沈黙する。

 

やがて、二人同時に呟く。

 

「「……約束、だからな」」

 

二人とも、約束をした相手も、その細かい内容も違う。

 

しかし、結局ルイスとグレンは、ルミアを守ることがその約束になるのだった。

 

「約束?」

 

意味不明な二人の発言に、ルミアが聞き返す。

 

「……絶対そばにいるって、言っただろ」

 

誰にも聞こえない声量でそう言うルイスの声は、

 

「いや、なんでもねーや」

 

グレンの一言にかき消された。

 

「まあ、心配すんなって。まったくなんのアテもなく、こんな無謀な真似したわけでも、させたわけでもないさ。……アテがなくても、俺たちならやっただろうが」

「間違いないな」

「二人とも……」

「大丈夫だ。女王陛下……お前のお袋さんは、お前を裁判もなしに処分するなんて、絶対できやしない。この突然の抹殺命令には……必ず裏がある。俺たちを信じろ」

「そもそも、あそこで証拠を開示しなかった段階で怪しい。なんらかの言えない理由があるんだろう。証拠についても、ルミアを処刑するわけについても」

 

二人がそこまで断言出来る理由がわからないルミアは、困惑するばかりだ。

 

「勝利条件は結構単純だ。親衛隊の目をすり抜け、女王陛下に会うことが出来れば、俺たちの勝ちだ。陛下に会いさえすれば、誤解も解けるはずだ」

「問題はどうやって女王陛下に会うか……だよな。俺もグレンもそんな権限ないしな……」

 

二人は考える。

 

しかし、女王陛下の周りには、常に王国親衛隊が護衛しているはずだ。

 

逃げ回るだけならまだしも、その監視の目を回避し、女王陛下に謁見するなど不可能に近い。

 

「……あれ、詰んでね?」

「言うな」

 

考えれば考える程、どうにもならない気がしてくる。

 

「って、俺たちが直接言う必要ないな。グレン、魔導器だせ」

「天才」

「やかましい」

 

茶番を繰り広げ、グレンはポケットから、ルイスは首のネックレスについた赤い宝石を取り出す。

 

「それは……さっきの」

「そ。遠隔通信の魔導器だ。割った宝石を加工して、魔術的処置をしたものでな。これを使えば、離れた位置にいるセリカとルイスと音声でやり取りできる」

「同時に使えば、三人で会話も出来るってわけだ」

 

もちろん、セリカ作である。

 

グレンの腕前ではこんなものは作れないし、ルイスでは投影すら不可能だ。

 

ちなみに、グレンは宝石そのままで持ち運んでいるが、ルイスはわざわざ別の宝石と組み合わせて、ただのペンダントに偽装しながら持ち運んでいる。

 

「セリカ姉は今、女王陛下と一緒に闘技場の貴賓席にいるはずだ。セリカを通じて女王陛下に話をつけて、王室親衛隊の暴走を止めてもらえるように進言すればいい」

 

金属の共鳴音のような音が、耳に当てられた宝石から鳴り響く。

 

『……グレンとルイスか』

 

少しして、宝石ごしにセリカが応じた。

 

「お、セリカ!よーしよし、今回は一発で応じてくれたな!こないだみたいに通信に応じなかったらどうしようかと思ったぜ」

「本当だよ……。聞いてくれ、セリカ姉。今、ちょっと大変なことになってて……」

『私は何もできない』

 

しかし、返ってきたのは感情の読めない突き放すような一言だった。

 

「おい、待て。まだ俺たちは何も───」

『すまない。私は何も言えない。二人とも』

「はぁ?ふざけ─────」

「……何かあるんだな?セリカ姉」

 

明らかにおかしい様子のセリカに、グレンを(物理的に)遮って問う。

 

『もう一度言うぞ。いいか?私は何もできないし、何も言えないんだ』

「───ッ!?」

 

ここでようやく、グレンはセリカの様子がおかしいことに気がついた。

 

どうもこの事態は、二人の想定を大きく超えていたらしい。

 

「……なぁ、セリカ。答えられることだけ答えてくれ。お前は俺達が置かれている状況を知っているのか?」

『……大体知っている』

「知ってて何もできない、と?」

『ああ』

「今、セリカ姉は女王陛下と一緒なんだよな?」

『……ああ』

「何が起きたんだ?どうして親衛隊の騎士達が暴走してるんだ?」

『…………』

 

無言だった。

 

「なぜ、女王陛下は表向きルミアを討つ勅命を下したことになっている?」

『…………』

 

これも無言。

 

どうやら、それらは『言えない』らしい。

 

(ってことは、なんらかの方法で制約がかけられてるわけか……。けど、セリカ姉は名高き第七階梯(セプテンデ)だ。そんじゃそこらの呪いも制約も通用しない。ってことは、セリカ姉以外に何か魔術がかけられてる……?それか、人質か……?)

 

『一つだけ、言っておく。グレン、お前だけだ』

「なんだと?」

 

ルイスは思考を中断し、二人の会話を聞く。

 

『ルイスでも、私でもない。お前だけが、この状況を打破できる……そう、お前だけがな』

「それは一体どういう……」

『グレン、この言葉の意味、よく考えろ。そして、なんとかして女王陛下の前に来い。そうしたら、取り巻きの親衛隊くらいはどうにかしてやる……これ以上は危険だな。切るぞ』

「あ、おい!」

「ちょ───セリカ姉!」

 

一方的に、通信は切れた。

 

「くそっ……何がどうなってやがる……!」

「嘆いても仕方ない。とりあえず、これからどう動くかを……」

 

その時、二人は同時に顔を上げる。

 

「「───殺気!?」」

 

グレンはかつて慣れ親しんだ、ルイスは最近直に浴びせられた感覚に、脊髄反射でその方向を見る。

 

その身に纏う特徴的に衣服と、背格好には見覚えがあった。

 

「リィエル!?」

「それに、アルベルトさんまで!?」

 

グレンとルイスが二人の魔導師を認識した瞬間、青髪で小柄な美少女『リィエル=レイフォード』が弾かれたように飛び出す。

 

途中、何かを詠唱し始めた。

 

魔力が紫電の如く爆ぜ、大地に拳が叩きつけられる。

 

数秒後、地面がぽっかりと大剣型に抉れ、リィエルの手には巨大な剣が握られていた。

 

そして、その切っ先をグレンとルイスに向け、まるで猛獣の如く突進して来た。




お読みいただきありがとうございました!

短編の方はもうしばらくかかると思うので、少々お待ちください

それでは、また来週お会いしましょう!


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猪突猛進

どうも皆様

単位を落として補習に引っかかった雪希絵です

今から何が行われるのかビクビクしています

さて、やって来ました更新日

先週に続いて短編も投稿しようと思っていますが、例によってもう少し時間がかかってしまいそうです……申し訳ありません

それでは、ごゆっくりどうぞ!


「ちぃ!?錬金術───【形質変化法】と【元素配列変換】を応用した、お得意の高速武器錬成かよ!?しかも早ぇ!」

 

相変わらずのその早業に、グレンが舌打ちする。

 

もはや疑う余地などない。

 

帝国宮廷魔導師団、執行者ナンバー17『星』の『アルベルト=フレイザー』。

 

帝国宮廷魔導師団、執行者ナンバー7『戦車』の『リィエル=レイフォード』。

 

この二人は、かつてのグレンの戦友は────今や敵だ。

 

王室親衛隊と同様に、自分達を狩りに来たのだ。

 

投影開始(トレースオン)!」

 

だからこそ、ルイスは迷うことをやめた。

 

ルイスにとって、今守るベきはルミアとグレンだと、即座に判断したのだ。

 

投影した双剣を握り、リィエルを迎え撃つ。

 

「グレン、ルミア、下がってろ!」

 

大上段に振り下ろされたリィエルの大剣を、ルイスは双剣をクロスさせて防ぐ。

 

「ルイス!邪魔、しないで!」

「そういうわけにはいかないんだよ!」

 

言いながら、必死で腕に力を込める。

 

リィエルは普通の魔術師とは戦法が大きく違う。

 

白魔【フィジカル・ブースト】で身体能力を上げ、錬金術で作った大剣を振り回す。

 

ただそれだけ。

 

馬鹿げた戦法だが、実際にこれで敵の外道魔術師をなぎ倒して来たのが恐ろしい。

 

そんなリィエルの腕力は、小さな背丈には有り得ないレベルだ。

 

日頃鍛えているルイスでも、力負けする程に。

 

「ぐっ─────!」

 

耐えきれなくなり、綱渡りのような力加減で大剣をいなす。

 

地面に大剣が当たった瞬間、爆発したかのように地面が弾ける。

 

舌打ちしながら、片手の剣をリィエルに向かって振る。

 

それをリィエルはなんと、

 

「邪魔!」

 

片手で殴って逸らす。

 

「嘘だろ!?」

 

思わぬ事態に、ルイスは体勢を大きく乱す。

 

「いやあぁぁぁぁぁぁ!」

 

その間に、リィエルは大きく大剣を振りかぶる。

 

当たれば間違いなく、身体を真っ二つにされる。

 

(こいつ……殺す気かよ!?)

 

迫る刃を睨みながら、ルイスはブリッジをするかのように身体を逸らしでギリギリで回避する。

 

大急ぎで身体を起こして飛び下がり、ルイスは双剣を消す。

 

「投影開始!」

 

再び詠唱し、ルイスは右手を突き出す。

 

長く、長く伸びるそれは、ルイスの背丈程になってから形を成す。

 

現れたのは、全面赤塗りの槍。

 

刃が持ち手と同じくらい細く、一見すると赤い棒のようにも見える。

 

「────ルイス、生半可な槍で、私には勝てない」

「お前の馬鹿力に対抗するには、こっちの方が都合がいいんだよ」

 

脂汗を流しながら、ルイスは不敵に笑う。

 

「そう…………。いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

小さく呟き、目を見開いてから、リィエルはジャンプしてルイスに斬り掛かる。

 

しかし、その瞬間、ルイスは目にした。

 

リィエルの背後に控えるアルベルトの左手が、光り輝いていることを。

 

(やばい────!)

 

アルベルトはリィエルと真逆に、誰よりも魔術師らしい。

 

帝国最強の狙撃手とも呼ばれる技量を持ち、どんな乱戦でも味方に最適な援護をする。

 

裏を返せばそれは、どんな状況でも敵を撃ち抜くということだ。

 

アルベルトなら当てる。

 

例え、この距離でも。

 

グレンが気が付き、疾風の如き速度で駆けつけようとするが、それも間に合わない。

 

左手の輝きが強くなり、黒魔【ライトニング・ピアス】が発動する。

 

それは真っ直ぐとルイスの方に向かい……、

 

「きゃん!?」

 

リィエルの後頭部に直撃した。

 

途端にリィエルはどさりと倒れ伏し、地面でぴくぴくと痙攣し始める。

 

「……え?」

「……おお?」

 

先程までの爆音などなかったかのように、辺りを静寂が包む。

 

どうやら大丈夫そうなので、ルイスは槍を消去した。

 

「久しぶりだな、ルイス。それと……グレン」

「あ、あぁ……」

 

どこか咎めるように冷たい声色で挨拶してくる元同僚に、グレンは戸惑う。

 

「腕を上げたな、ルイス。魔術の方はどうだ」

「あ、ありがとう、アルベルトさん。一応、アルベルトさんに教わった軍用魔術は、普通に使えるようになったよ」

「そうか。引き続き励むといい」

「は、はい」

 

一転、ルイスの方を見たアルベルトは、表情は無表情のままでも、どこか声色が優しい。

 

「っていうか、リィエル大丈夫なの?」

「威力は抑えた。このくらいじゃ死なん」

 

さらっととんでもないことを言うアルベルト。

 

自分が気絶させたリィエルを引きずりながら、アルベルトはグレンとルイスの方を振り返る。

 

「場所を変える。俺についてこい」

 

そういって、アルベルトはつかつかと歩いて行く。

 

「───どうするグレン」

「行くしかないだろ」

「まあ、だよな……。アルベルトさんに逆らうとか怖いし」

 

昔、ルイスはアルベルトに軍用魔術を習ったことがある。

 

まだ学院に入学する前のことだったため、習ったのは【ブレイズ・バースト】と【ライトニング・ピアス】と【アイス・ブリザード】の三つだけだが。

 

これの訓練の際、ルイスはアルベルトに相当しごかれた。

 

以来、アルベルトのことを尊敬はしているが、どうも恐怖感情が抜けないのだった。

 

「しゃーねぇ。行くか」

 

ため息をつき、グレンはアルベルトについていく。

 

「ルミア、行こう」

「う、うん」

 

そんなグレンに、ルイスとルミアも急いでついていった。




お読みいただきありがとうございました!

ヒロインのはずのルミアが全然喋ってない……

まあ、戦闘シーンなので仕方ないのですけど……

それでは、また来週お会いしましょう!


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シャッフル

どうも皆様

エアコンをつけていると、末端冷え性が辛い雪希絵です

養命酒でも飲みましょうかね……

さて、やって来ました更新日

第2巻編も、あと数話で終わりですね

それでは、ごゆっくりどうぞ!


「このお馬鹿!お前、一体、何考えてるんだ!?」

 

フェジテの路地裏、その更に奥まった場所。

 

リィエルの襲撃の理由が『現役時代の時にお預けになった勝負の決着をつけたかった』だったと聞き、グレンが叫んだ。

 

「むぅ……」

 

怒られたリィエルが、感情の起伏に乏しい顔をしょぼんとさせる。

 

「せ、先生……その方達は……」

 

ルミアは少し離れた場所で、不安と戸惑いの表情を向けている。

 

よほど不安なのか、ルイスの袖をちょこんと握っている。

 

「あー、こいつら俺の帝国軍時代の同僚だ。信頼できる連中だから安心……できるはずねーよな、さっきの光景見た跡じゃな……」

「俺は大したことないから大丈夫だって」

「そうね、街中でいきなり軍用の攻性呪文(アサルト・スペル)を撃つなんて。うかつよ、アルベルト。どうやらあなた、その子に怖がられ───」

「「オ、マ、エだよ!お前ッ!」」

 

グレンはリィエルの頭を両手の拳で挟み込み、グリグリと動かす。

 

ルイスは盛大にため息をついた。

 

「痛い、痛い」

「……ったく、お前はちっとも変わらんな……はあ……」

「……話の続き、いいか?状況はとても深刻なんだがな」

 

アルベルトのどこか冷ややかな態度に緊張しながら、ルイスとグレンは頷いた。

 

話をまとめると、ルミアを狙う理由は不明、貴賓席のセリカが動かない理由も不明。

 

加えて、女王陛下に接触しようにも、王室親衛隊が女王陛下の周りをぐるっと囲んでいるらしい。

 

どうしたものかと、ルイスとグレンとアルベルトが考え込んでいると。

 

「もういい。考えても仕方ないことがある」

 

リィエルが唐突にそう言った。

 

「……いや、お前はもう少し考えような?」

「だから、わたしは状況を打破する作戦を考えた。グレンとルイスがいるなら、もう少し高度な作戦が可能」

「ほう?言ってみろ」

 

グレンが促すと、リィエルがドヤ顔で作戦を話し始める。

 

「まず、わたしが敵に正面から突っ込む。次にグレンが敵に正面から突っ込む。次にルイスが敵に正面から突っ込む。最後にアルベルトが敵に正面から突っ込めばいい。……どう?」

「お前はいい加減、その脳筋思考をどうにかしろっての!?」

「痛い」

 

再び頭をグリグリされ、リィエルが無表情にそう言う。

 

「お前がいなくなった後の俺の苦労、少しは理解したか?お前が何も言わずに俺達の元から去った理由、今は聞かん。帰って来い、とも言わん。だが……いつか話せ。それがお前の通すべき筋だ」

「……ああ」

「そして、いつかわたしとの決着をつけること。それがあなたの通すべき筋」

「嫌だよ!?」

 

アルベルトの方には神妙に頷いたが、リィエルの方は全力で否定する。

 

「っていうか、リィエル。なんでそんなにグレンと決闘したがるんだ?」

「魔術師同士の決闘では、勝った方が要求を一つ通せると聞いた」

「それで?」

「グレンに戻って来て、欲しかった……」

 

最後は消え入りそうな呟き、リィエルの瞳に憂いの感情が浮かぶ。

 

「ちっ……それで俺が死んだら元も子もないだろうが」

「グレンがあれくらいの攻撃で死ぬわけない」

「お前なぁ……」

 

そんなグレンとリィエルの様子を見守っていたルミアが、くすりと笑った。

 

「アルベルトさんに、リィエルさん……でしたっけ?ふふ、良い方達なんですね?」

「はぁ?良い奴?こいつらが?ルイスなら認めるが。冗談……」

 

もはや、グレンはため息しかでない。

 

「まあ、いい。とにかく女王陛下に直接面会すれば、この状況を打破できる」

「その根拠はなんだ?グレン」

「さあな?セリカがそうしろって言ったんだ。知ってるだろ?元帝国宮廷魔導師団、執行者ナンバー21『世界』のセリカ・アルフォネアは、ケチで意地悪だが、意味のないことを言うやつじゃない。どの道このままじゃ物量差でジリ貧、それに賭ける」

「信じていいのか?」

「少なくとも、俺とグレンは信じているよ」

「わかった。お前達がそう言うなら、俺も信じよう」

 

アルベルトが静かに目を閉じて頷いた。

 

「お前達三人を女王陛下の前に立たせるときて……俺達はどう動けばいい?」

「そうだな───」

 

グレンが少し考え込んで、アルベルトとリィエルにとある提案をした。

 

─────────────────────

 

「遅いなぁ」

 

歓声渦巻く闘技場。

 

その控え席にて、システィーナは不安そうに呟いた。

 

グレンがルミアを探しに出てから、かなり時間が経っている。

 

ルイスの姿も見えず、システィーナは心配していた。

 

先程から貴賓席の方も騒がしいし、グレンのいなくなってしまった二組の士気も落ちている。

 

やっぱり駄目か、いや俺達にしてはよくやった、そんな弛緩した空気になっているのだ。

 

「本当にどこに行ったのかしら、あの三人……まさか、ルミアに邪なことをしてるんじゃないでしょうね……。いや、ルイスに限ってそれはなさそうだけど……」

 

システィーナが理由のわからない焦燥に駆られていると、背後に覚えのある気配を感じた。

 

「やっと帰って来たの!?遅いわよ、先生……あ、あれ?」

 

つい、グレンとルミアかと思ったが、そこにいたのは見知らぬ男女だった。

 

長髪の、鋭い目つきをした青年。

 

帝国では珍しい青髪、感情の抜け落ちたような物静かな少女。

 

「お前達が二組の連中だな?」

「そ、そうですけど……あなた達は一体?」

「俺はグレン=レーダスの昔の友人、アルベルト。同じくこの女はリィエルだ」

「…………」

 

システィーナの問いに、青年の方が答え、少女が軽く頭を下げる。

 

挨拶のつもりらしい。

 

「今日は旧交を温めようとグレンの奴に学院に招致されてな。この通り、学院の正式な許可証もある」

 

そう言い、アルベルトが懐から魔術符を取り出した。

 

「だが、奴は今、突然の用事に少々取り込んでいるそうだ」

 

突然の来訪者に、ざわざわと騒ぎ出す生徒達。

 

「……で、だ。唐突なことで戸惑うと思うが、あの男は今しばらく手が離せないらしい。ゆえに俺はこのクラスのことをグレンに頼まれた。今から俺が奴の代わりにこのクラスの指揮を執る。そして───」

 

そんな面々の様子を、黒髪で空色の瞳をした美少女が、腕を組みながら微笑し、離れた位置から眺めていた。




お読みいただきありがとうございました!

次の短編は、『赤い弓兵』にしようと考えています

書き上がり次第投稿しますので、今度見かけましたら、読んでくださると嬉しいです

それでは、また来週お会いしましょう!


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少女の正体は

どうも皆様

自分の書くペースの遅さに絶望中の雪希絵です

時間過ぎて本当に申し訳ありません

色々とこだわっていたら、こんな時間になってしまいました

また、後書きにお知らせがありますので、目を通していただければ幸いです

それでは、ごゆっくりどうぞ!


「監督を代わるって……そして、優勝してくれって……なんで?」

 

システィーナが戸惑いながら問い返す。

 

周りのクラスメイト達も、動揺を隠せない。

 

そもそも、どこの誰かもわからない人をいきなり信じるのは無理だ。

 

どうしたものかと考えていると、そのアルベルトの隣にいた、リィエルという少女がシスティーナに歩み寄る。

 

そして、その手を握った。

 

「……お願い。信じて」

 

お互いの吐息が感じられる程の近くで、リィエルがそう言う。

 

「───貴女達は……」

 

システィーナはしばらく黙り、そして頷いた。

 

「……わかったわ。うちのクラスの指揮監督をお願いするわ、アルベルトさん」

 

そんなシスティーナに、困惑の視線が集まる。

 

「大丈夫よ。この人達はきっと信頼できる。それに誰が指揮を取ろうと、私達のやることは変わらない。皆で優勝するんでしょ?」

 

しかし、生徒達は不安そうな表情をする。

 

だが、

 

「あのさ……先生がいない時に私達が勝手に負けたらアイツ、『ぎゃははは!お前らって俺がついてないと全っ然ダメなんだなぁ!』あっ、ごめんねぇ、キミ達ぃ、途中でボク抜けちゃって〜、てへぺろっ!』って言うわよ、絶対」

 

というシスティーナの一言に全員が想像する。

 

いつもの通り憎たらしい表情で、いつものように皮肉たっぷりの口調で、システィーナの言った通りのセリフを言うグレンを。

 

むかっ!いらっ!かちん!

 

あまりにも有り得るその状況に、二組の生徒達は全員がむかっとした表情をする。

 

その様子に、黒髪の少女がついつい吹き出す。

 

小さな声でようやく気がついたシスティーナが、

 

(……あんな子、居たかしら)

 

そう思いながら首を傾げる。

 

だが、沈みかけていた生徒達の心に、もう一度火がついたようだ。

 

「う、うざいですわ……それは、とてつもなくうざいですわ……」

「あの馬鹿講師にそんなこと言われたら、我慢ならないな……」

「ああ、もう、くそ!考えただけで腹立つ!わかったよ、やってやるよ!」

 

冷えかけていた熱気が戻ってきた。

 

「……こんなものかしらね」

 

生徒達を焚きつけることに成功し、システィーナがうんうんと頷く。

 

「さて、お手並み拝見させて貰うわ。ア・ル・ベ・ル・トさん?」

 

挑発するようなシスティーナの口調に、アルベルトはしかめっ面をしながら髪をかいた。

 

─────────────────────

 

その後、『変身』『使い魔操作』『探査&解除』『グランツィア』でもそれぞれ結果を残した二組。

 

特に、『変身』と『グランツィア』では一位を獲得し、優勝はすぐ間近まで迫っていた。

 

そうして迎えた運命の最終戦。

 

種目は、競技祭の目玉競技『決闘戦』。

 

これに勝利すれば、優勝だ。

 

───。

 

──────。

 

決闘戦、第五回戦。

 

カードは、二組対四組。

 

「《大いなる風よ》───ッ!」

 

システィーナの黒魔【ゲイル・ブロウ】が炸裂する。

 

相手が唱えようとした対抗呪文(カウンター・スペル)よりも早く、猛烈な突風が叩きつけられる。

 

「う、うわぁああああ───!」

 

ただの魔術師の筋力では当然耐えきれず、相手の選手は場外に吹き飛ばされた。

 

『ああっと!?リドリー選手、【エア・スクリーン】の呪文、間に合わなかったぁあああ───ッ!場外負け!二組、三タテ勝利で四組を下したぁ───ッ!強い!先鋒のカッシュ君がややネックかと思われたが、普通に強いぞこのチーム!』

 

上がる歓声の中、システィーナとカッシュがハイタッチする。

 

「さすがシスティーナ、圧勝だな!泥仕合でなんとか勝たせてもらった俺とは違うや」

「何言ってるの、カッシュ。勝ちは勝ち。貴方も見事なものだったわ」

 

笑いながら健闘を讃え合うシスティーナとカッシュ。

 

「ふん。まぁまぁだね、システィーナ。だが、ぬるいんじゃない?相手の怪我とか気にしなければ、君ならもっと楽に勝てたんじゃないか?」

「アンタは本当にブレないわね、ギイブル……」

「お喋りしている暇はないぞ。次の決闘戦が始まる」

 

浮き足だった生徒達に、アルベルトが鋭く水を差す。

 

そうして、次々に三人に指示をする。

 

それは恐ろしい程に正確で、三人の実力も伴い、二組は素晴らしい戦果を上げていった。

 

順調に勝ち進み、迎えた決闘戦、決勝。

 

一組対二組。

 

それは、決勝にふさわしい戦いだった。

 

先鋒戦、互いの死力を尽くした戦いの後、カッシュが敗北。

 

中堅戦、長期戦の後、地力の差でギイブルが勝利。

 

最後、大将戦は───。

 

「《大いなる風よ》───!」

「くっ!《天秤は右舷に傾く》!」

 

お互いの全力を賭けた、魔術の応酬。

 

一進一退の攻防を、観客は固唾を飲んで見守っていた。

 

長引く戦い。

 

ギリギリの攻防を続ける精神力の摩耗。

 

それによる、魔力の消耗。

 

もはや、二人とも魔力はギリギリだ。

 

しかし、お互い学院の一生徒として変わらないはずの二人には、決定的な差があった。

 

先の事件で、魔術戦を目にしたシスティーナに、少しばかり一日の長があった。

 

「《拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを》!」

「な、なんだこの呪文は……!」

 

見たこともない呪文に対処法が分からず、相手の選手は動きを止める。

 

「そこっ!《大いなる風よ》!」

「うわぁぁああ!」

 

そこへ【ゲイル・ブロウ】が炸裂し、相手の選手は場外にはね飛ばされた。

 

一瞬の静寂。

 

『き、決まった───!場外だぁああああああああああああ──ッ!なんと、なんとぉ!二組が、あの二組が優勝だぁああああああああ!!』

 

次の瞬間、会場はスタンディング・オベーションで湧きに湧いた。

 

もはや、敵も味方も、学年もクラスも関係ない。

 

ただただ、素晴らしい戦いをした二人に対する、賛美の拍手だった。

 

「か、勝った───!」

「やったぁああああああああ!」

「よっしゃぁああああああああ!」

 

二組の生徒は喜びのあまり、観客席から飛び出した。

 

「え、その、きゃあ!?」

 

わけもわからないまま、胴上げされるシスティーナ。

 

空中で目を白黒させるシスティーナを、アルベルトは頷きながら、

 

「よくやった」

 

そう言いながら見つめていた。

 

─────────────────────

 

競技祭終了式。

 

粛々と進んだその式の最後、女王陛下から直接賞を頂くという栄誉には、各クラスの担任と代表の生徒一名が選ばれる。

 

その表彰台に立ったのは、

 

「あら……貴方達は……」

 

アルベルトとリィエルの二人だった。

 

「アルベルト……リィエル……?」

「……来たか」

 

首を傾げるアリシアを他所に、セリカは一人呟く。

 

「陛下、こやつが担任のグレン=レーダスというやつなのですか?」

「いえ、違います……けど……」

「なぁ、そこのおっさん」

 

不信に思い、耳打ちするゼーロスに、明らかにアルベルトではない声で話しかける。

 

「いい加減、バカ騒ぎも終わりにしようぜ」

 

その瞬間、アルベルトとリィエルの焦点がぐにゃりと歪み、そこに全く別の人物が現れる。

 

黒髪の青年と、金髪の少女。

 

「き、貴様らは───!」

 

突然現れたグレンとルミアに、ゼーロスは戸惑う。

 

「馬鹿な!?ルミア、貴女は今、魔術師達と共に街中にいるはず───!」

「入れ替わったんだよ、【セルフ・イリュージョン】でな」

 

黒魔【セルフ・イリュージョン】。

 

光を操り、視覚を変化させることで、相手に事実と全く違うものを見せる魔術。

 

「くっ!親衛隊、賊を捕まえろ!」

「セリカ、頼む!」

「……邪魔だ」

 

グレンが叫んだ瞬間、セリカの一言と共に、無数の光の線が地面を走る。

 

それは表彰台を中心に、アリシア、セリカ、グレン、ルミア、ゼーロスの五人を囲み、結界となる。

 

断絶結界。

 

音すらも遮断する、強固な結界だ。

 

中の様子は、全く持って見えない。

 

「───くそ!なんて強度だ!」

 

親衛隊の一人が剣を叩きつけるが、結界はびくともしない。

 

「誰か、札を持ってこい!」

 

だが、手はある。

 

国の正式部隊の中でも、極限られた部隊にしか配布されない、結界殺しの割符。

 

それを使えば、いかにセリカの結界といえど破壊されてしまうかもしれない。

 

「こちらに!」

 

親衛隊の一人が、割符を手渡す。

 

すでに準備していたらしい。

 

「よし、これなら───」

 

その割符を結界に押し当て───ようとした時。

 

「───無粋な真似はしないで貰える?」

 

横から何かが突撃し、その腕を弾き飛ばした。

 

「!?」

 

親衛隊十数人が注目する先にいたのは、一人の女子生徒。

 

肩までの黒髪、空色の瞳。

 

長めの睫毛が特徴的な、ハッとする程の美少女。

 

そして両手には、白と黒の双剣。

 

「この中では、()の大事な人達が、ルミアの人生のために頑張っているのよ。その邪魔だけはさせないわ」

 

双剣を構え、親衛隊を睨む。

 

「私の大事な人に、手を出してんじゃないわよ。まとめてかかって来なさい!」




お読みいただき、ありがとうございました!

それでは、前書きに書いたお知らせです

突然ですが、この作品にFateキャラクターを追加したいと思います

いよいよ第二巻編も終了ということで、リィエルの転入に合わせて新キャラを加えていく予定です

そこで、ぜひ皆様にその追加キャラクターを投票して頂きたいのです

男性キャラクター、女性キャラクター、マスター、サーヴァントは問いません

男性キャラクターだとルイスの親友ポジション、女性キャラクターだとヒロインの一人ということになるかと思います

活動報告を作りますので、そちらで投票をお願いします

長文になりましたが、皆様の一票をお待ちしております

それでは、また来週お会いしましょう!


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事の裏側

どうも皆様

夏休み癖がまだ抜けない雪希絵です

朝起きるのが結構辛いです(^_^;

現在活動報告で行っている投票もまだまだ募集中です!

ぜひ、投票お願い致します!

それでは、ごゆっくりどうぞ!


遡ること数時間前。

 

路地裏での相談後、考え出された作戦は『グレンとルミア、アルベルトとリィエルをそれぞれ【セルフ・イリュージョン】で入れ替える』だった。

 

そこで、早速グレンがアルベルトに、ルミアがリィエルにそれぞれ姿を変えた。

 

だが、ここで問題が生じた。

 

騒ぎを起こした大きな原因でもあるルイスは、どうすればいいのかと。

 

グレンの代わりにアルベルトに変化する手もあるが、それでは監督が務まらない。

 

終わるまで隠れている手もあるが、親衛隊もそれは承知の上だろう。

 

どこまでも探して回ることは間違いない。

 

かといって、学院の誰かに変装するのも得策ではない。

 

悩むグレンに対し、ルイスは何も言わずに【セルフ・イリュージョン】の呪文を唱える。

 

ぐにゃりとルイスの姿が歪み、そこに現れたのは一人の少女。

 

セミロングの黒髪、空色の瞳。

 

どこかルイスの面影は残しているものの、完全に元は男とは思えない完全な美少女だ。

 

ルイスの固有魔術【無限の剣製】は、解析とイメージ(・・・・)の魔術。

 

そして、【セルフ・イリュージョン】もまた、自身のイメージを光を操作することによって作る魔術だ。

 

ならば当然、現実には全く存在しない誰か(・・・・・・・・・・・・・)をイメージで作ることも可能だ。

 

それによって変装し、極力目立たないように闘技場の端の方で様子を見守っていたのだ。

 

(まあ、何人かに口説かれたけどな……)

 

ため息をつきながら、口説かれては丁重にお断りしてきた男子生徒のことを思い出した。

 

何より驚いたのは、その中にはルイスが『読み取り』の競技で勝負したハワードが含まれていたことだ。

 

(ああ、やめやめ)

 

考えると嫌気がさすので、目の前の親衛隊に集中することにする。

 

「────貴様、何者だ」

 

親衛隊の一人、結界殺しの割符を握った騎士がそう言う。

 

「そうねぇ……。わかりやすく言うなら、グレンとルミアの味方で、貴方達の敵……と言ったところかしら?」

 

微笑を浮かべ、ルイスはそう言う。

 

変声のやり方はグレンから教わっているため、綺麗な女性の声で答えられた。

 

だが、なんだかんだ内心はドキドキである。

 

相手は親衛隊、その全員が国の精鋭達である。

 

鎧には、魔術の基本三属性を無効にする術式が付与されており、下手な攻性呪文(アサルトスペル)は通用しない。

 

おまけに人数差もある。

 

勝ちの目はないに等しい。

 

「我々に刃向かうということは、国家反逆罪に問われることになるが?」

「覚悟の上よ。そんなことは」

 

啖呵を切る目の前の少女に、騎士達は険しい顔つきになる。

 

たった今、少女は彼らの敵に決まった。

 

「彼女も反逆者だ!捕らえろ!」

 

部下の騎士達に命令し、剣を構える。

 

命令に合わせ、周りの騎士達が一斉に動き出す。

 

「……やるしかないか」

 

短く息を吐き、目を見開く。

 

一挙に迫る騎士達。

 

「ふっ────」

「はっ!」

「────しっ!」

 

気合いと共に放たれる剣閃。

 

「────このくらいなら、まだいける」

 

呟き、両手の双剣を閃かせる。

 

目にも留まらぬ速度の斬撃。

 

それを上回る速度振るわれたルイスの剣は、次々と騎士達の剣を薙ぎ払う。

 

「なに……!?」

 

もちろん、手加減をした訳ではなかった。

 

だが、相手は学院の生徒、しかも魔術師のだ。

 

まさか、三人同時の攻撃を弾くことが可能だとは思わなかったのだ。

 

「確かに、攻撃も速度も連携も大したものだわ。けど、だからこそ予想しやすい」

 

セリカにも、グレンにも、ある人にも剣で扱かれ続けた。

 

卓越した武術を持つ三人の攻撃を受け続けたルイスなら、例え見えなくても剣を受けられる。

 

達人であればあるほど、動きから無駄が消える。

 

「無駄がないなら、身体の動きを見れば何となく分かるのよ。あとは、私がその動きついていければいいだけ」

 

黒魔【フィジカル・ブースト】を使い、身体能力を強化。

 

「貴方達に恨みはないけど、ごめんなさいね」

 

速攻で武器を振り、峰打ちで首を次々殴打する。

 

「とりあえず、眠っててちょうだい」

 

何故か板についている女性口調で、静かにそう言った。




今回短くてすみません!

次回には第2巻編も終わると思うので、それまでが投票期間となります!

それでは、また来週お会いしましょう!


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夜道を君と

どうも皆様

スマホの画面が割れて泣きそうな雪希絵です

接触悪くて書きにくいです

時間過ぎて申し訳ありません、上記の事情があるとご理解ください

さて、現在行っている投票ですが、いよいよラスト一週間となりました

来週水曜日、19時に締切にしようと思っているので、その間でしたらドンドン投票してくださいね

それでは、ごゆっくりどうぞ!


「あら……?」

 

三人を薙ぎ払った後は、極力攻撃を避けながら親衛隊の邪魔をし続けたルイス。

 

王室親衛隊相手に大立ち回りを披露する見知らぬ少女に、会場の全員は目が点になる。

 

唯一、無限の剣製を見た事のある、システィーナとウェンディは気づいているが。

 

そんな調子で、親衛隊の妨害を続けること十数分。

 

ようやく結界が解除された。

 

「ふぅ……やっと終わった……」

 

息をつき、緊張を解く。

 

途端に疲労が押し寄せ、その場にへなへなと座り込んでしまう。

 

その途中、

 

「お疲れ様、ルイス」

 

システィーナがルイスを支えた。

 

「……ありがと、システィ」

「全く、私にくらい言いなさいよ。黙って女の子になってるなんて、分かるはずないわよ」

「危ない……ことに……巻き込みたく……なかったから……」

 

肩で息をしながら、息も絶え絶えでそう言う。

 

相手は親衛隊、おまけに多対一である。

 

体力も精神力もギリギリ、むしろよくもったものである。

 

「ルイスは何年経っても、ルイスのままね」

 

ふふ、とシスティーナは笑いながら、ルイスはバツが悪そうな顔をしながら壇上を見る。

 

そこには、嬉しそうな表情を浮かべる、一組の親子がいた。

 

先程のまでの沈んだ顔でも、全てを諦めた顔でも、会いたい誰かに焦がれる顔でもない。

 

心からの、笑顔だった。

 

身体の至る所が痛み、肺も心臓も破裂しそうになるほど拍動しているが。

 

(それでも……頑張って良かった……)

 

そう思いながら、ルイスは口元に笑みを浮かべた。

 

─────────────────────

 

魔術競技祭は大きな混乱もなく終了した。

 

結界が解け、動揺渦巻く会場の全員に対し、女王アリシアは事情を説明した。

 

帝国政府に敵対するテロ組織の卑劣な罠にかかったこと。

 

そして、それを勇敢な魔術講師と学院生徒の活躍で無事解決したこと。

 

国難に関わることは濁し、目立つ部分を美化する。

 

一国を背負い、世界を相手にする女王の話術が、その場にいる全員を納得させた。

 

ゼーロスの投降によって、王室親衛隊の暴走も沈静化。

 

責任者であるゼーロスは何らかの罰を受ける必要があるらしいが、情状酌量の余地は充分にあるとされている。

 

グレンは功績を讃えられ、『銀鷹剣付三等勲章』が与えられた。

 

結界を守り、暴走していた親衛隊を足止めした少女も捜索されているが、結局闘技場からそんな人物は見つからなかった。

 

そして───

 

「それでは、魔術競技祭優勝を祝って!」

 

クラスを代表してシスティーナが乾杯の音頭をとる。

 

「「「「カンパーイ!!!」」」」

 

二組の生徒全員がグラスを掲げ、そう言う。

 

ちなみに、これで四回目の乾杯である。

 

「……何やってんだこいつら」

 

一人だけ素面のルイスは、机の上の酒を忌々しそうに見つめる。

 

リュ=サフィーレ。

 

サフィーレ地方の厳選された特級葡萄棚からとれる高級ワイン。

 

その味は上品で濃厚、かつ芳醇。

 

お高くとまった貴族達も絶賛するほどの最高峰の一品だ。

 

ようするに、高い。

 

滅法高い。

 

おそらく、誰かが葡萄ジュースと間違えて注文したその酒を、誰かが飲んだのだろう。

 

おまけにそれを頼み続けるという暴挙に出た。

 

ルイスの予想はそんなところだ。

 

どうせ酒の味なんかわからないだろう、と何本目かくらいに本物の葡萄ジュースとすり替えておいたが、結局雰囲気酔いしている。

 

「何この面倒な状況……」

 

生徒全員が妙にテンションが高い上に、いつもより砕けた態度になっている。

 

もはや、素の状態を保てているのはルイスただ一人になってしまった。

 

酒に弱いシスティーナも、既にベロベロである。

 

「はぁ……」

 

盛大にため息をつき、誰かが余らせたリュ=サフィーレを煽る。

 

ルイスは割と酒には強いのだ。

 

「……美味いな。頼む気にはならないが」

 

呟き、どんちゃん騒ぎのクラスメイト達を見て、再びため息をつく。

 

そんなことをしていると、店の扉がガチャりと開く。

 

そこにいたのは、色々な理由で遅れてやってきたグレンだった。

 

「あ!先生!」

「先に始めてまーす!」

 

生徒達が反応し、次々と労いの言葉をかけていく。

 

いつもと違うその様子を不振に思い、グレンが机の上を見て……戦慄する。

 

無数に転がる酒瓶が、あの馬鹿高いワインだと気がついたのだろう。

 

「ねえ、帰っていい?僕もう帰っていいかな?」

 

どうやら瓶全てがリュ=サフィーレだと思っているらしい。

 

誤解を解こうとルイスが立ち上がると、そのすぐ横を誰かが通り過ぎる。

 

驚いて立ち止まったルイスが見たのは、グレンに飛びかかるシスティーナ。

 

「先生〜ッ!」

「うおっ!?」

 

突然脇腹を襲った衝撃に、グレンは息を吐き出す。

 

「あははッ!やぁっと来たぁ……先生ぇ……うふふふふ……」

 

システィーナはこの中で一番酒気が入っている。

 

上目遣いの潤んだ瞳でグレンを見上げ、足腰にも力が入っていないのか、完全にグレンに体重を預けている。

 

「わらしぃ……今日ぉ……先生ぇのことぉ……見直しちゃいましたぁ……」

「……はぁ?」

「先生ぇってぇ……思った以上にぃ……わらし達のことぉよく見れれくれてぇ……なんかぁ……よくわかんないけどぉ……まぁたルミアのことをぉ……助けれくれらみたいでぇ……ほらぁ……先生ぇ……変身してたでしょぉ……?わたしぃ……、最初からぁ、わかっちゃってたんですよぉ……でもぉ……空気読んでぇ……気づかないふりしてぇ……偉い?」

「はーいはい、偉い偉い」

 

とりあえず適当に合わせてグレンがそう言う。

 

「うふ、うふふふふ!先生えらい!私かぁ、ルミアをぉ、娶る権利を上げるわぁ……」

「……はぁ?」

「ぶっ!!?」

 

システィーナの衝撃発言に、ルイスが口の中の飲み物を盛大に吹き出す。

 

「なるべくならぁ……そのぉ……私を選んれぇ……欲しいな……って、何言わせるのよぉ、もう!ばか!あははははははは!」

「心底うぜぇ……」

 

床に転がりながらも笑い続けるシスティーナ。

 

そして、グレンの服を掴んでよじ登り、強烈に抱きついた。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!折れる!折れる!」

「うりうりうりー!」

「何やってんだ!俺も俺も!」

「僕もー!」

 

何故か周りの生徒達も急に参戦し、グレンが埋もれていく。

 

「た、た、た、助けてくれ!ルイスぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「……もうやだ、このクラス」

「あはは……」

 

半分本音でそう言いながら、ルイスはクラスメイト達を引き剥がしにかかった。

 

─────────────────────

 

飲み会がようやく終わり、ルイスはグレンにリュ=サフィーレのことを報告。

 

なんとか食費くらいは残ったことで平伏され、やけ酒をするグレンと別れる。

 

毛布を引き剥がし、ルイスはシスティーナを背負う。

 

「じゃあな、グレン」

「おう。夜道に気をつけろよ」

 

頷き、ルイスは店を出た。

 

心地よい夜風が吹き、淡く輝く月光が街を照らす。

 

背中に酔っ払いを抱えていなければ、お気に入りの場所で月でも眺めていたところだろう。

 

「ったく、変わらないのはシスティーナの方じゃねぇかよ……」

 

苦笑いしながら呟き、ルイスは夜道を歩き進める。

 

システィーナの家まで半ばまで来た時だ。

 

「う………ん……」

「起きたか、システィ」

 

僅かに身じろぎし、システィーナが目を覚ました。

 

「んぅ……?あはは、ルイスだぁ……」

「まだ酔ってるのかよ……」

 

流石のルイスもげんなりとする。

 

システィーナに酒を飲ませるのは、今後一切阻止しようと心に誓った。

 

しかし、予想に反してシスティーナは何もしてこない。

 

ただひたすら、弱々しい力でルイスの肩に手を添えているだけだ。

 

「どうした?システィ」

「……んーん」

 

ふふ、と笑いながら、システィーナはルイスに後ろから頬ずりする。

 

「や、やめろ、恥ずかしい」

「ねぇ……ルイスぅ……」

 

先程と似たような、やけに甘ったるい声で、

 

「私とぉ……ルミアのぉ……どっちが好きぃ……?」

 

システィーナはそう言った。

 

「…………」

 

沈黙を保っていると、システィーナはまた規則正しい寝息を立て始めた。

 

「………さあな?俺にもわかんないよ」

 

誰にも聞こえることの無い声は、月明かりに溶けて消えていった。




お読みいただきありがとうございました!

これにて第二巻編終了です

次回からはいよいよ第三巻編、そして新キャラクター登場となります

次回からも、よろしくお願い致します

それでは、また来週お会いしましょう!


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第三巻
波乱の編入生


どうも皆様

ようやく少しだけ立ち直れた雪希絵です

気合と根性でメモを復旧していきたいと思います

さて、今回からいよいよ第三巻編です!

皆様に投票して頂いた新キャラクターも登場するので、ぜひご覧になってください!

ごゆっくりどうぞ!


朝、ルイスは朝食を作っていた。

 

システィーナとグレンとの鍛錬が終わり、軽くシャワーを浴びて早速調理に取り掛かったのだ。

 

(……それにしても、あんな徹底的にやらなくてもなぁ……)

 

グレンはシスティーナに拳闘を教える時、基本的に容赦がない。

 

結果、システィーナはヘロヘロになる訳だが。

 

汗だくの美少女幼馴染みを毎日見るというのは、思春期男子的にかなりくるものがある。

 

「いや、忘れよう。うん」

 

頭を振ってそう呟き、ルイスは調理を再開する。

 

今朝のメニューはフレンチトーストだ。

 

卵液にパンを浸し終わり、フライパンにバターを敷いて焼き始める。

 

(どうせ母さん徹夜だろうし、味薄めにしてシロップで調整するか)

 

最近、ルイスの母親は新薬の調合に掛り切りだ。

 

そうなると当たり前のように徹夜をするので、味の濃さを抑えて油も少なめにする。

 

パチパチと油の弾ける音と、ふんわりと甘い香りが周囲に満ちる。

 

その音に釣られたのか、ガチャリと扉が開く。

 

「おはよう、ルイス」

 

出てきたのは、細身だが筋肉質の男性。

 

頭にはタオルを巻き、上はTシャツ一枚というラフな格好。

 

どう見ても厳つそうだが、垂れ気味な目には微笑みが浮かんでいる。

 

いかにも人が良さそうだ。

 

彼こそがルイスの父親『レオン=ハルズベルト』。

 

国に認められた一級鍛冶師である。

 

「今日はフレンチトーストか。美味しそうだなぁ」

「おはよう、父さん。ったく……また鍛冶場で寝てたのか?とりあえず、風呂入ってこいよ」

「はいはい、いってくるよ」

「タオルと着替えは置いてあるから」

「はーい。ありがとう」

 

一言お礼を言い、レオンは風呂場に入っていった。

 

「……よし、そろそろかな」

 

フレンチトーストをくるりとひっくり返し、またしばらく焼く。

 

すると、レオンが入って来た扉とは、反対側の扉が開いた。

 

「………はよ」

 

不機嫌そうな顔で、目の下に隈を作り、おまけに髪もボサボサの女性が入ってきた。

 

しかし、それだけ乱雑な状態でも、その女性はかなりの美人なことが分かる。

 

気の強そうな目鼻立ちで、薄目の唇。

 

背中を丸めてはいるが、スタイルも相当だ。

 

彼女こそ、ルイスの母親『アミリア=ハルズベルト』。

 

帝国内随一と言われる薬師だ。

 

「おはよう、母さん。また徹夜?」

「まあな……。ルイス、コーヒーくれ」

「はいはい」

 

慣れた手つきでコーヒーを入れ、軽くミルクだけ注いで、しんどそうに椅子にもたれるアミリアに差し出す。

 

黙ってそれを受け取り、一口啜る。

 

「……なんだ?豆変えたのか?」

「システィに貰ったんだよ。おすそ分けだってさ」

「ああ、あのフィーベルの娘か……。お前がご執心の」

「……ほっとけ」

 

バツが悪そうに呟き、ルイスはフレンチトーストを仕上げる。

 

「母さん、シロップいる?」

「いや、いらん」

「やっぱりな」

 

予想通りの一言に苦笑いし、自分とレオンの分にだけシロップをかける。

 

「ふー、さっぱり。あ、おはよう、ママ」

「未だにそう呼ぶのやめろって言ってるだろうが」

 

そこへちょうどレオンが戻り、アミリアが不機嫌そうに返す。

 

「あはは、いいじゃない、別に」

「よくない」

「喧嘩すんなよ、朝っぱらから……」

 

相変わらず騒がしく、相変わらず賑やかな朝食で、ルイスの一日は始まるのだった。

 

───────────────────────

 

辺りもすっかり明るくなり、ルイスは家を飛び出す。

 

「待てこらルイス!せっかく新薬が出来たのに飲まないとは何事だ!」

「実験台になれの間違いだろうが!いくら毒に慣れてるって言っても、しんどいものはしんどいんだよ!」

 

朝から薬の実験台にされそうになったので、ダッシュで走り去る。

 

「我が母親ながら、めちゃくちゃ過ぎる……」

 

ブツブツと言いながら、歩くこと十分ほど。

 

「あ、ルイス!おはよう!」

「おはよう、ルイス君」

 

フィーベル家の屋敷に辿り着いた。

 

毎朝フィーベル家の前に行き、そこから通学するのがルイスの日課だ。

 

微妙に逆方向なのは完全に無視である。

 

「おはよう、二人とも」

 

挨拶を済ませ、揃って歩き出す。

 

システィーナとルミアが他愛ない話をし、ルイスがそれに時々コメントをしながらしばらく歩くと。

 

先の十字路から、

 

「おはようさん、お三方」

 

いかにも『僕眠たいです』と言いたげなグレンが、挨拶を投げかけてきた。

 

「あはは、もう、先生ったら……私のことなんか気にしないで、朝はもっとゆっくりしていいんですよ?」

「……別に。俺、朝の散歩が好きなだけだし。たまたま、お前らと通学に使う道が一緒な上に、偶然、お前らの通学時間帯と被るだけだし」

「お前の場合、ゆっくりしたら遅刻するしな」

「うるせー、黙ってろい」

 

ルイスは元からだったが、最近ではグレンもこの通学メンバーに加わった。

 

口では色々と言うが、グレンもルミアのことを気にしているのだ。

 

しかし、事情を知らない生徒からは、二人のストーカーだの、生徒に手を出すクズ教師などと言われているが。

 

とくに、ルミアは美少女な上に性格よし、器量よし、誰にでも分け隔てなく接するため、美人だが性格のきついシスティーナよりも人気がある。

 

そのため、グレンは意図せずに学院の多くの男子生徒を敵に回してしまっているのだ。

 

それはルイスも例外ではない。

 

本人の性格もよく、授業中に様々な解説で生徒を助け、おまけに見た目もいいルイスだが、それと女性関係の話はまた違う。

 

むしろ美少女二人と幼馴染みであるため、一部の男子生徒からはかなり僻まれている。

 

だが、グレンもルイスも全く気にしない。

 

グレンはその担力で、ルイスは二人さえ無事ならいいと、そんな小さなことは捨て置いているのだ。

 

ルミアは、自分のせいで二人が非難されるのは心苦しいが、やめてくれとは言えない。

 

それは、二人の信念を冒涜する行為だ。

 

「じゃあ、今日もよろしくお願いしますね。いつもありがとうございます、先生」

 

だから、ルミアはいつも通り、きちんと感謝を表明するだけだ。

 

「あっはっは。なーんのことだか、俺にはサッパリ」

 

おどけて応じるグレンもいつも通り。

 

「ルイス君も、ありがとう」

「気にすんなよ。ルミアのためなら当然だ」

 

素直に答えるルイスも、いつも通りだ。

 

そして、やはりいつも通り、四人揃って学院に向かう。

 

そんな日常の光景に、異物が紛れ込んでいた。

 

「……あれ?」

 

ふと、システィーナが見た方向には、一人の少女がいた。

 

帝国では珍しい、鮮やかな薄青色の髪が特徴的な小柄な少女が、アルザーノ帝国魔術学院の制服を纏っている。

 

「ねぇ、ルイス……」

「ん?」

 

ちょうど隣にいたルイスに話しかけた直後、システィーナの背筋が凍りつく。

 

おもむろに、少女が地面に拳を叩きつけたかと思うと、引き上げた手に大剣を握っていたのだ。

 

地を蹴り、猛烈な速度で駆け出す。

 

(ま、まさか、あの子は……!)

 

白昼堂々襲いかかってくる連中の心当たりは、システィーナには一つしかない。

 

謎の魔術結社、天の知恵研究会。

 

(いけない……ルミアを……ルミアを守らないと……!)

 

「……何やってんだ、あいつ?」

 

ルイスが何事か呟くが、システィーナには聞こえない。

 

身体は、まるで時間が止まったかのように動かない。

 

突然やってきた敵に、その少女が振りかざす大剣の凶悪な輝きに。

 

システィーナは一歩たりとも動けない。

 

「システィ!」

 

動けないシスティーナを庇うようにルミアが一歩前に出て、ルイスが片手を二人の前に翳しながら少女を睨む……その直後。

 

少女は一際高く飛び上がり、三人の背後へ。

 

「どぉおおおあああああああ────!」

 

自分に襲いかかる大剣を、どうに白羽取りしたグレン。

 

「……会いたかった、グレン」

 

そんなグレンに、感情の起伏に乏しい声で挨拶するのは、帝国宮廷魔導師団特務分室所属『戦車』の『リィエル=レイフォード』だった。

 

─────────────────────

 

「というわけで、編入生のリィエルだ。仲良くしてやってくれ」

 

場所は変わって、学院の教室内。

 

壇上に立ったリィエルを、グレンが紹介する。

 

「おぉ……」

「……可憐だ」

「綺麗な髪……」

「お人形さんみたいな子ですわね……」

 

クラスメイト達が様々な感想を言うのを、ルイスは一人頬杖をついて聞いていた。

 

(まさか、噂の編入生がリィエルだったとはな……)

 

表向きは編入生として、特務分室の誰かがやってくる。

 

それはセリカから事前に聞いていたが、それが誰かは全く知らされていなかった。

 

(っていうか、護衛の任務できるのか?)

 

グレンから聞いたリィエルの仕事中の内容は、ハッキリ言って破綻の一言だ。

 

そんなリィエルに、日常生活に溶け込んでルミアを守る、という任務が務まるのか疑問だった。

 

(まあ、なんかあったらフォローするか)

 

そう考え、ルイスは意識をリィエルに戻す。

 

「一つだけ、よろしいでしょうか?」

 

どうやら質問タイムらしい。

 

ツインテールのお嬢様、最近ルイスと何かと仲の良いウェンディが手を挙げた。

 

(わたくし)、リィエルさんについて一つ疑問が御座いまして。よろしいですか?」

「あー、ここに来る長旅でリィエルも疲れているはずだ。そういう質問はまた後で……」

「ん。なんでも聞いて」

「お前はね!ちょっとは空気読んで!?それとも何!?俺に恨みでもあんの!?」

 

話を切り上げようとしていたグレンが怒鳴るが、質問は進む。

 

「差し障りなければ教えて頂きたいのですけど。貴女、イテリア地方から来たって仰りましたが、貴女の御家族はどうされているんですの?」

「!」

「……家族?」

 

その質問に、グレンが微かに目を見開き、リィエルが言葉に詰まる。

 

「……家族。家族……は……兄が一人、いたけど……」

「ふふっ、お兄様ですか?なんという御方なんでしょう?何をしていらっしゃるのですか?」

 

ウェンディの質問は、別に不自然ではない。

 

だが、リィエルは言葉に詰まる。

 

「兄の……名前……名前は……」

「すまん、こいつに今身寄りはいない。それで察してやってくれないか?」

 

珍しく神妙な顔をしたグレンが、割って入る。

 

「えっ!?そんな……でも、たしか『いた』と……。申し訳ありません!私、そんなつもりは……!」

「ん……問題ない。気にしてない」

 

しかし、教室の空気が多少重くなってしまう。

 

「じゃ、じゃあさ!リィエルちゃんとグレン先生ってどんな関係なの?」

 

そこへ、クラスの兄貴分カッシュが明るい質問をする。

 

クラスメイト達も興味津々だ。

 

「グレンと私の関係……?」

「あー……それはだな……」

 

どう誤魔化そうかとグレンが考えていると、

 

「グレンは私の全て。私はグレンのために生きると決めた」

 

一撃で致命傷を与えられた。

 

「ちょ……お前っ……!」

 

危機を感じたグレンが反論するより早く、

 

「きゃぁあああああ────ッ!大胆〜!情熱的〜!」

「ぐわぁああああ!出会って一目で恋に落ちて、もう失恋だぁああああああ!」

「禁断の恋愛!先生と生徒の禁断の関係よ〜ッ!」

「……先生と生徒が出来てるのは関心しないな」

「ちくしょー!先生のこと最近は尊敬して来たってのによぉ……久しぶりに完全にキレちまったよ、表出ろやコラァァァ!」

「夜道背中に気をつけろやぁあああああ───ッ!」

 

一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図である。

 

「……うるせぇ」

 

耳を塞ぎ、ルイスは一人冷静にコメントする。

 

「あぁぁぁ──もぉぉぉぉ────!うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

しばらく大騒ぎした後、グレンの大音響によって教室がようやく静まる。

 

それでも、ざわざわとはしているが。

 

「ぜぇ……ぜぇ……。今日はもう一人編入生がいるんだ。いいから静かにしてろ、お前ら」

 

肩で息をし、グレンは教室の扉を開く。

 

流れるような動作で、教室に入ってくる人影。

 

静寂に包まれる教室内。

 

一歩、また一歩と歩みを進める一人の少女。

 

そこにいるだけで、存在感を放つ。

 

ある種の神々しさでさえ感じる、優雅な足取りで、少女は壇上に立った。

 

腰まである長い金髪。

 

直視することさえ憚るような美貌。

 

露出の多い制服越しに分かる、見事なプロポーション。

 

「!?」

 

一目見た瞬間、ルイスは椅子を鳴らして立ち上がった。

 

音に驚いたクラスメイト達が注目するが、そんなものは全く気にしない。

 

それに気づいたのか、少女はルイスの方を振り返り、微笑みを浮かべる。

 

まるで、何かを懐かしむように。

 

「……お久しぶりですね。ルイスさん」

「………………ジャンヌ?」

 

ルイスは掠れる声を、辛うじて絞り出した。




というわけで、投票の結果、新キャラクターは『ジャンヌ・ダルク』に決定しました!

皆様、たくさんの投票ありがとうございました!

それにしても、色んな情報を詰め込み過ぎてすごい文字数になってしまいました(^_^;

来週からは、もっと整理して書きますね

それでは、また来週お会いしましょう!


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あんまりじゃないですか

どうも皆様

ようやくスマホの修理が終わって喜びに浸っている雪希絵です

引き継ぎ作業などは面倒ですが、これくらい何ともありません

それはさておき、今回のお話ですが

今回は伏線回です

一応、個人的には重要な情報も散りばめてるつもりですが、友人から前に『伏線の作り方が下手』とも言われたことがあるので、分かりにくいところもあると思います

それでもよろしければ、ごゆっくりどうぞ!


「ジャンヌ……お前、なんで……?」

 

周りの視線にも気づかず、ルイスは一人そう呟く。

 

その顔は、今まで見たことのないほど驚愕に染まっていた。

 

「なんだ?お前ら知り合いかよ。んじゃあ、席はルイスの隣にするとして、自己紹介頼むわ」

「はい。先生」

 

そんなルイスを一旦置いておき、ジャンヌはグレンの指示に従う。

 

「皆さん、はじめまして。『ジャンヌ・ダルク』と申します。至らないところは多々あると思いますが、よろしくお願いします」

 

ぺこり、と頭を下げる。

 

それを見てようやく、生徒達は我に帰った。

 

パチパチパチとまばらに拍手をし、編入生を歓迎する。

 

「先生、質問いいですか!」

「あー……ジャンヌ、どうだ?」

「もちろん、構いませんよ」

 

勢いよく手を挙げたカッシュに対し、ジャンヌは快く了承する。

 

「ジャンヌちゃんさ、どこ出身なの?」

 

先程のウェンディと似たような質問だ。

 

「辺境の村です。名前を言っても、恐らく知らないような場所ですね」

「じゃあ、結構遠いんだ」

「そうですね。馬車で数日かかりました」

 

ほー、と全員が声を上げる。

 

遠くから来たことに関しては、誰も不思議に思ったりはしない。

 

アルザーノ帝国魔術学院には、遠方から通いにくる価値がある。

 

「次、質問してもいいかな?」

 

今度はまるで少女のような外見をした男子生徒、セシルが手を挙げた。

 

「ジャンヌさんの家族とかはどうしてるの?」

 

先程のウェンディと同じような質問だ。

 

それを聞くと、ルイスはビクっと肩を震わせ、ジャンヌは少し悲しそうな表情をする。

 

そして、やや躊躇いがちに口を開いた。

 

「……幼い頃に、両親ともに亡くしました。小さな教会で、孤児として育てられたんです」

「……えっ?あ、ごめん……なさい……」

「いえ。大丈夫です。ほとんど顔も覚えていませんし、教会のシスター達は、みんな優しかったので」

 

慌てて謝るセシルに、優しく微笑むジャンヌ。

 

その笑顔だけで、教室の空気が変わってしまうほどだった。

 

その後、いくつか当たり障りのない質問を受け、ジャンヌの顔合わせは終わった。

 

「さて、そろそろいいか?時間若干過ぎてるし、さっさと授業始めんぞ。ジャンヌ、ルイスの隣に座ってくれ。リィエルもどっか適当に座れ」

「はい」

「うん」

 

ジャンヌは一礼し、リィエルはこくりと頷いてからそれぞれ席につく。

 

「……よろしくお願いしますね?ルイスさん」

「………ああ」

 

腑に落ちない顔で頷き、ジャンヌに黙って教本を見せる。

 

「……後で板書も見せる」

「……はい!ありがとうございます」

 

ぶっきらぼうながらもそう言うルイスに、ジャンヌは満面の笑みでお礼を言った。

 

もちろん、その後の授業の内容は、頭に入ってなど来なかった。

 

(なんで……どうしてここにいるんだ……?)

 

ただそれだけが、ルイスの頭の中を支配していた。

 

─────────────────────

 

二限目の授業が終わり、昼休みの時間。

 

いつもならシスティーナとルミアと共に食事に行く所だが、ルイスは席に座ったままだった。

 

そんなルイスの正面に、ウェンディが髪をくるくると弄りながら立つ。

 

「る、ルイス。その、よろしかったらで構いませんが……今日は私も食堂で食事を取る予定でして……あの……一緒に、いかがですか?」

 

微かに頬を染め、そっぽを向きながらそう言う。

 

しかし、ルイスは渋い顔をしながら、

 

「……悪い。少し用があるんだ。後で、食堂には行くよ」

 

と言って、立ち上がった。

 

そして、そのまま歩き去ってしまった。

 

「あ……ちょ、ルイス!……もう!リン!行きますわよ!」

「え!?あ、う、うん……」

 

突然の剣幕に驚きながら、リンはウェンディに着いて行った。

 

ルイスが向かった先は、ジャンヌの元。

 

教室を出る直前に、その手を掴んだ。

 

「え?あ、ルイスさん……」

「話がある。ちょっと来い」

 

手を引きながら、半ば強引に連れ出す。

 

廊下を行き交う生徒達が振り返るが、ルイスはそんなものお構いなしだ。

 

迷うことなく歩を進め、辿り着いたのは人気のない廊下の角。

 

元々人が来るような場所ではない上に、今は昼休み中。

 

生徒も教員も、校外の高級料亭か食堂、もしくは中庭辺りで食事中である。

 

そんな誰もいない廊下で、ルイスは不意に手を離した。

 

「あの、ルイスさん?急にどうしたんですか?」

 

わけがわからず困惑するジャンヌに対し、ルイスおもむろに顔を向け。

 

ドンッ!

 

と音を立てながら、ジャンヌの背後の壁に手をついた。

 

「えっ?あ、あの?」

 

咄嗟に反対側へ逃げようとするジャンヌ。

 

しかし、その方向にも、ルイスの手が伸びて同じように壁を叩く。

 

「あ…………」

 

身動きが取れず、至近距離で見つめ合う。

 

微かにジャンヌの頬に朱が差すが、ルイスの表情は真剣……というより、見方によっては苦痛に歪んでいるかのようだった。

 

「……ジャンヌ。……お前は、ジャンヌ……なんだよな?」

「……はい。その通りです」

 

普段より少し低くなったルイスの声に、ジャンヌも表情を引き締めて応じる。

 

「……じゃあ、なんでここにいる」

「それは……」

「お前はッ────!」

 

何か言うのを遮り、ルイスは声を荒らげる。

 

思わず、ジャンヌも肩をビクリと震わせてしまった。

 

「お前は……あの時……!あの時に、俺がッ────!」

「やめてください」

 

今度は、ジャンヌがルイスの言葉を遮った。

 

あの時(・・・)の事は、貴方のせいではありません。貴方のせいだと思ったことなんて、一度もないんです」

「けど……」

 

なおも続けようとするルイスの口を、ジャンヌは片手で強引に塞ぐ。

 

「それ以上自分を責めないでください。私も、きっとみんなも、貴方の事を恨んでなんかいないんです。現に、こうして私も生きてるんですから」

 

それに、とジャンヌは手を離して、悲しそうに続ける。

 

「せっかく、また会えたのに……。ルイスさんが自分を責めてばかりなんて、あんまりじゃないですか。───少しは、喜んでくださいよ」

 

そう、懇願するような目をして、微笑む。

 

ルイスは知っている。

 

ジャンヌは悲しさを隠す時、こうやって笑う時があるのだ。

 

「……ごめん、ジャンヌ」

 

壁から手を離し、その両手をジャンヌの肩へ置く。

 

「───生きてて、良かった。また会えて嬉しいよ」

 

うっすら涙を浮かべ、ルイスはそう言った。

 

隠しきれない程に、その声は震えていた。

 

「───私もです。また会えて、本当に嬉しいですよ」

 

ジャンヌも、うっすら涙を浮かべて、震えた声で答えた。




壁ドン役が反転した( ゚д゚)

書いてるうちになんかこんなことになってしまいました

もちろん、今回の逆もやりたいと思っています

どこで、とかは秘密ですが、そんなに遠くはないです!

………たぶん!

それでは、また来週お会いしましょう!


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混沌とする日常

どうも皆様

Shadowverseにハマっている雪希絵です

面白いデッキを作って遊んでいるだけなので、あまり強くはありませんが(^_^;

さて、やって来ました更新日

皆様忘れてしまっているとは思いますが、短編『赤い弓兵』もそろそろ書き上がります

今回は今までの短編のような作者の欲望とリビドーを存分にぶつけた様なものではなく、真面目に書きました(^_^;

来週、遅くとも再来週には投稿出来たらと思います

それでは、ごゆっくりどうぞ!


「なんだこりゃ」

 

話を終え、ウェンディとの約束通り食堂へとやって来ると。

 

「………ん。ルイス」

 

リィエルが大人数に囲まれながら、一心不乱にイチゴタルトを齧っていた。

 

「いつの間にこんなに賑やかになった?」

「あ、ルイス!わ、わたしにもよく分からないんだけど……。とりあえず、ここに座って」

 

そう言い、システィーナが二人分の席を開ける。

 

総勢9名、賑やかな昼食だ。

 

「えーっと、ひとまず。ジャンヌ……でいいかしら?」

「はい。構いませんよ」

「良かった。それじゃあ、ジャンヌ。私はシスティーナ=フィーベルっていうの。何かわからないことがあったら、何でも聞いてね」

「ありがとうございます、システィーナさん」

 

システィーナを皮切りに、ジャンヌに対してその場の全員が自己紹介をする。

 

例によって、リィエルは名前だけだが。

 

その後、カッシュやセシルがジャンヌを質問攻めにしながら、食事は進む。

 

すると、

 

「そういえばルイス君。ジャンヌと何を話してたの?」

 

思い出したように、ルミアがそう言った。

 

「……ちょっとな。昔話を」

「皆さんにお話する程の話ではありませんよ」

 

二人で同時に微笑み、はぐらかそうとする。

 

「えー。何だか気になるなー」

「水臭いなぁ、話してくれよ」

「あー、わかったわかった。今度機会があったらな」

「ちぇ、約束だぜ?」

 

カッシュ達は不満そうにしているが、システィーナとルミアには分かった。

 

人に言えない何かが過去にあって、それを今話すのは嫌だ。

 

何でもない表情に見えるルイスの顔から、そんな感情を読み取った。

 

「……ひとまず、話してくれるまで待とうか。システィ」

「……そうね。私もそう思ってた」

 

カッシュに絡まれて苦笑いしているルイスを見ながら、二人の少女はそう決めた。

 

─────────────────────

 

「あのなぁ、リィエル。着任初日に居眠りしてた俺が言うのもなんだが……ちょっとは生徒らしくしろよ」

「………ん?」

 

隣に座るルイスの膝を借りながら寝ていたリィエルが、眠たげにおめめを擦りながら身体を起こす。

 

「……ルイスの膝。気持ちよかった」

「俺はルイスの膝の寝心地を聞いてるわけじゃないんだが?」

「まあ、ぶっちゃけいつも寝てるしな。寝心地いいのは間違いないんだろう」

「ルイス。自分で言うのかそれ」

 

ルイスにとってリィエルは、手のかかる妹のような存在だ。

 

セリカ邸でよく顔を合わせていたが、眠たくなるとリィエルはルイスの肩や膝を借りる。

 

本人曰く安心するらしい。

 

「やれやれ……」

 

リィエルとジャンヌが来てから一週間。

 

ジャンヌはもう既に人気者となっていた。

 

魔術師としての能力は十分、その神々しい美貌に性格の良さまで重なっては、人気が出ないはずがない。

 

初日こそ全員緊張していたが、今ではクラスメイトのほとんどと打ち解けることが出来ている。

 

一方、グレンが本気で不安に思っていたリィエルだが、こちらも杞憂に終わっている。

 

何しろ、リィエルの今まで猪突猛進ぶりと、それに追随する伝説を上げればキリがない。

 

一、敵が自分より多ければ、気合で全員叩き斬ればいい

二、敵が剣で斬れないほど硬い守りを持つなら、気合でその守りごと叩き斬ればいい

三、敵が自分より早ければ、気合でそれより早く動いて叩き斬ればいい

四、敵が罠を張っているなら、気合でその罠ごと叩き斬ればいい

 

以上、安心と信頼のリィエル戦法の一部である。

 

何より恐ろしいのは、実際にリィエルはこれで敵を打ち倒して来たのだ。

 

【愚者の世界】が通用しない上に、力技のゴリ押しだけで猛烈な威力を発揮するため、グレンもルイスも勝つのは難しい。

 

そんな色んな意味で普通じゃないリィエルだが、どうにか学院生活を安全に過ごすことが出来ている。

 

「リィエル。お昼の時間になったよ。今日も私達と一緒に、学食行こう?」

「……ルミア?システィーナ?……ん。わかった、行く。ルイスも、一緒?」

「ああ。一緒に行くよ」

「ジャンヌも一緒に来るでしょ?」

「はい、是非」

 

ここ一週間の定番メンバーが集まり、全員で学食へ向かう。

 

「でも、リィエル。貴女、まさか今日もイチゴタルトを食べる気?飽きないの?私が言うのもなんだけど、栄誉が偏るわよ?」

「大丈夫、システィーナ。イチゴタルトは……美味しいから」

「理由になってないな。もう少しご飯も食べろよ」

「ルイスさんは少し食べ過ぎです。若いうちはいいですが、後になってから大変なことになりますよ?」

「ジャンヌは俺の母親かよ……。実の母親そんなこと言わないけど」

「最初に勧めてから、すっかりイチゴタルトの虜になっちゃったね」

 

今日も今日とて学食に向かう五人をグレンは見送る。

 

リィエルが問題を起こさなかったのは、間違いなくシスティーナとルミア、それからルイスのおかげだろう。

 

ジャンヌは仕方ない、まだまだ編入したばかりで自分のことに手一杯なのだから。

 

ともかく、三人がリィエルにつきっきりでいてくれたおかげで、世間知らずなリィエルのことを上手くフォローしている。

 

護衛としては失格だが。

 

「ともかく、あのリィエルが普通っぽい学生生活送れるなんてな……」

 

それがグレンにとっては感慨深く、リィエルの過去を知るものとして、やっと肩の荷が降りたような気がした。




お読み頂きありがとうございました!

今回短めですが、次回長くするのでお待ちください!

それでは、また来週お会いしましょう!


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遠征学修へ

どうも皆様

原因不明の肩こりに悶絶中の雪希絵です_:(´ω`」 ∠):_ ...

というより、もはや肩こりに収まるレベルの痛さでは無いですこれ_(:3 」∠)_

さて、やって参りました更新日

先週はおやすみして申し訳ありません

すっかり体調は良くなりましたので、今週から復帰していこうと思います

これからも、よろしくお願いします!


アルザーノ帝国魔術学院には、遠征学修というものがある。

 

その行き先を決めるため、グレンはホームルーム中に教壇に立ったわけだが……。

 

「これから、今度お前らが受講する『遠征学修』についてのガイダンスをするわけだが……ったく、なーにが『遠征学修』だよ?……どう考えてもこれ、クラスの皆で一緒に遊びに行く『お出かけ旅行』だろ……」

「もう、先生ったら!真面目にやってください!」

 

グレンのやる気なさげな態度に、システィーナが立ち上がって喚き立てる。

 

「落ち着け、システィ。グレンがやる気ないのはいつものことだろ。というか、こういうことにやる気満々のグレンとかキモい」

「それはそうだけど、それとこれとは話が別!」

「おいこら、誰がキモいって?」

「だいたい、『遠征学修』は遊びでも旅行でもありません!アルザーノ学院が運営する各地の魔導研究所に赴き、研究所見学と最新の魔術研究に関する講義を受講することを目的とした、れっきとした必修講座の一つなわけで……」

「はいはい、そうでしたそうでした。ご丁寧な解説ありがとうございます。ってか、無視かよ……」

 

さっそく説教モードに入ったシスティーナに、グレンがうんざりしたように頭を掻い項垂れた。

 

システィーナの言うとおり『遠征学修』とはそういう目的で学院が開設している講座あり、システィーナ達二年次生の必修単位の1つとなっている。

 

だが、グレンの言うとおり、講義と研究所見学以外には自由時間も多く、旅行という性質が見え隠れしているのも否定できない。

 

とはいえ普段、学院とフェジテに引きこもりがちな生徒達をフェジテの外へ強制的に出して見聞を深めさせる意味合いもある。

 

ちなみに『遠征学修』講座は、各クラスごとに開設され、その時期も行き先も各クラスごとにバラバラである。

 

これは各クラスごとの授業進行状況や、受け入れ先となる魔導研究所予定、受け入れ先の受け入れなどの調整も考えれば当然の二年次生全員が、一斉に1つの研究所に押しかけるわけにはいかないのである。

 

とはいえ、学院側も生徒達の希望を全て聞いている余裕はない。

 

ある程度の大雑把な希望調査はするが、結局自分達がどこに行くかは運次第だ。

 

今回、二組の生徒達が行くのは、『白金魔導研究所』。

 

しかし、そこに行くことに不満があるものもいる。

 

必然的に、あっちがよかった、こっちがよかったという声があがりはじめたころ。

 

「ふっ……甘いな、そこの男子生徒諸君」

 

行く先に関する不満を耳ざとく聞きつけたグレンが、不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「お前らは運が悪い、とか......別の所の方が良かった、とか……そんなことを思っている......だが、俺に言わせれば、お前らは幸運だ。間違いなく、絶対的に、圧倒的に幸運の女神の寵愛を受けている……ッ!」

「えー……?」

「冷静になってよく考えてみろ、白金魔導研究所が一体、どこにあるのかを……」

 

白金魔導研究所はその名の通り、白金術を研究する施設である。

 

白金術とは、白魔術と錬金術を利用して生命神秘に関する研究を行う複合術のことでその研究実験の展開には、大量の綺麗で上質な水が欠かせない。

 

よって、地脈の関係で上質の水が容易に手に入るサイネリア島にその白金魔導研究所は構えられているのだが……。

 

「……はっ!サイネリア島はリゾートビーチとしても有名な……ッ!」

「ま、まさか……ッ!?」

 

ルイスは『ああ、どうせそんなことだろうと思った……』と大きくため息、セシルは苦笑いをしているが、その他の大部分の男子生徒は色めき立つ。

 

「ふっ……ようやく気づいたか、お前達。そして、この『遠征学修』は自由時間が結構多めに取られており、まだ少々シーズンには早いが、サイネリア島周辺は霊脈の関係で年中通して気温が高く、海水浴は充分可能……さらに、うちのクラスにはやたらレベルの高い美少女が多い……あとはわかるな?」

「「「「せ、先生……ッ!」」」」

「みなまで言うな。黙って俺についてこい」

「「「「はい!」」」」

 

今、グレンと生徒達(一部男子生徒のみ)の間に、奇妙な友情が芽生えていた。

 

「馬鹿の巣か、このクラスは」

「あはは……」

「に、賑やかなクラスですね……?」

「ジャンヌ、はっきり言っていいぞ。馬鹿ばっかだってな」

「…………?」

システィーナとルイスは呆れてため息をつき、ルミアとジャンヌは苦笑い。

 

リィエルは不思議そうに首を傾げていた。

 

─────────────────────

 

そんなこんなで、遠征学修当日。

 

制服に身を包み旅行鞄を背負った生徒達は魔術学院の中庭に集合していた。

 

「いよいよだぜ……なんかテンション上がってきた!ッ!」

「ふん。君は相変わらずだね、カッシュ。僕らは遊びに行くわけじゃないんだけど?」

「ったく、お前も相変わらずつまんねーヤローだな、ギイブル......」「白金魔導研究所って……どんなところ……なのかな?」

「生命関連の魔術研究を行っている、ということくらいはわかりますけど……こればかりは実際に行ってみないことにはなんとも言えませんわね」

「なあ、俺、今回の遠征学修中に憧れのウェンディ様に告白するんだ……」

「止めとけよアルフ。お前にゃ高嶺花過ぎる盛大に爆死する未来しか見えん」

「ルイス君、腰のポーチまであるなんて、随分大荷物だね?」

「母さんに薬持たされたんだよ。『何があるか分からんから持ってけ。というか飲め』って。大方、試験薬だろうな」

「相変わらず個性的なお母様ね……」

 

早朝だというのに、ほとんどの生徒達は熱気と活力に満ち溢れ、浮き足立っている。

 

グレンは生徒達と自分との温度差に眩暈を覚えながら事務的に点呼を取った。

 

「全員いるかー?いるなー?じゃ、出発するぞー?」

 

グレンによる引率の元、生徒達は都市間移動用の大型コーチ馬車数台に、いくつかの班に分かれて乗り、フェジテを出発した。

 

フェジテの西市壁門から出発した馬車は、やがて緩やかな起伏を描きながら広がる牧草地に辿り着いた。

 

午前という時間もあって、気温は低いが空気は澄んでおり、天気も良い。

 

なんとも牧歌的で平和な光景が、そこには広がっていた。

 

「いい景色ですね……」

 

風に揺れる髪を抑え、ジャンヌがそう言う。

 

「そうだな。ジャンヌの出身の村も、こんな感じだったかな?」

「もう少し、田畑が多かったですけれど」

「あー……もっとド田舎って感じだったか」

「ド田舎はちょっと傷つきます……」

「ご、ごめん……」

 

しょんぼりとするジャンヌに、ルイスは必死で謝る。

 

あわあわとらしくもなく慌て、どうしたものかと首を捻っている。

 

しかし、ジャンヌは顔を上げると、

 

「冗談です♪」

 

と言って、軽く舌を出した。

 

それに対し、ルイスは面食らって、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

 

「……心臓に悪いからやめてくれ」

「あはは……ごめんなさい」

「いや、いいよ」

 

心底驚かされたが、ひとまず傷ついた訳ではないようで、ルイスは安堵した。

 

そうして、前々から考えていたことを切り出す。

 

「ジャンヌ」

「はい?」

「大事な話がある。二日目の夜、宿泊所の屋上で待ってる」

「……はい」

 

神妙な顔で頷くジャンヌ。

 

ルイスはとうとう、初日に踏み込んだタブーに、もう一度踏み込む覚悟を決めたのだった。




お読み頂きありがとうございました!

今回あまり進行出来なかったですね(^_^;

もう少しペースを上げられるように頑張ります!

それでは、また来週お会いしましょう!


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海風に吹かれて

どうも皆様

一日で三箇所怪我をしてしまった雪希絵です

切り傷、火傷、痣が出来ました(^_^;

少々時間を過ぎてしまい、申し訳ありません

課題が立て込んでいまして……

短編の方もなんとか近いうちに仕上げますので、その時はよろしくお願い致します


馬車は夜通し走り続けた。

 

すっかり日も落ち、喋り続けたことで疲れたのか、生徒達はすっかり寝てしまった。

 

しかし、

 

「……寝れるか」

 

パチリと目を開き、ルイスは小声で悪態をついた。

 

ふとルイスが左側を見ると、左肩にもたれかかるように眠るジャンヌ。

 

下を見ると、膝を枕にすぴすぴと寝息をたてて眠るリィエル。

 

少女の心地よい体温、そして寝息が身体に当たり、寝ようとしても動悸が収まらない。

 

実際のところ、リィエルは慣れているが。

 

「……寝れるわけがない」

 

もう一度悪態をつき、細くため息を吐く。

 

とはいえ、動くわけにもいかない。

 

二人を起こすのも申し訳ないし、離れたくないという気持ちがあるのもの否定出来ない。

 

「……どうしよ」

 

何となくリィエルの頭を撫でながら、とりあえず眠る手段を考える。

 

「むにゅぅ……」

「……ちょっと楽しいな」

 

撫でると可愛らしい反応をするので、しばし続けることにした。

 

(相変わらず手入れしてないな……。せっかく綺麗な青色なんだから、櫛くらい通せばいいのによ……)

 

「まったく、手のかかるやつだ」

 

システィーナやルミアがやることもあるだろうが、たまには自分がやろうかと考え、微笑む。

 

「みゅぅ……」

「……ふふ」

 

月に照らされ、夜風が吹き抜けるのどかな風景。

 

そんな時、

 

「ルイス……起きてますの?」

 

ふと、近くの席から話しかけられた。

 

「ウェンディか?」

 

そちらの方を向くと、困ったように微笑むウェンディがいた。

 

「私もなかなか眠れなくて……。少々、お話してもよろしくって?」

「ああ、もちろん」

 

快く了承し、気がついた。

 

「……すまん、こっちに来てもらってもいいか?」

「……そ、そうですわね」

 

残念ながら、ルイスはそこから動けないのだ。

 

正面の席にウェンディが座り、こほんと咳払いをする。

 

「なんだか久しぶりですわね。こうしてゆっくり話すのは」

「そういやそうだな。前は色んな本の話をしたからな」

 

ルイスとウェンディの共通の趣味とは、お互い物語が好きなことだ。

 

とはいえ、ルイスは元々システィーナの影響によるところが大きく、ジャンルに偏りがある。

 

そこで、ウェンディに良い本はないか尋ねているうちに、二人で本の話をするようになったのだ。

 

「そういえば、最近ルイスに教えて頂いた物語を読み返しましたの。そこで、新たに主人公について気がついたことがありまして……」

「お、そうなのか?ぜひ聞いてみたいな」

 

二人の趣味トークは、静かに緩やかに、夜遅くまで続いた。

 

───────────────────────

 

「………死にそう」

 

馬車で丸一日以上移動し続け、翌日の午後。

 

ウェンディが眠った後、結局ルイスは眠れなかった。

 

結果、完徹するはめになり、ルイスは具合が悪くて仕方ない。

 

「ルイス君、大丈夫……?」

「……大丈夫だと思いたい」

 

ルイスの母親であるアミリアはよく徹夜をするが、ルイスは寝不足には慣れていても、徹夜にはあまり慣れていない。

 

徹夜特有の気持ち悪さと、頭痛がルイスの精神を磨り減らす。

 

「ルイス、病気?」

「……原因が何を言う」

 

とはいえ、リィエルにもジャンヌにも悪気はない。

 

ここで二人を責めるのは御門違いというやつだろう。

 

「……船乗ったら寝る。頼むから着くまで起こさないでくれ」

「ちょっと勿体ないような気もするけど……わかったわ」

「ルイスさん、飲み物を用意しました。少しでもリラックスしてください」

「ありがとう」

 

カップを受け取り、その中身を煽る。

 

柑橘系の心地よい酸味と、鼻を抜ける果物の香りが、いくらか体調を良くしてくれる。

 

「……試しに母さんの薬でも飲むかなぁ」

「だ、大丈夫なの……?それ飲んでも」

「回復薬だし大丈夫だろ。毒って言わない限り毒は飲ませないしな」

 

アミリアは恐ろしい程に素直だ。

 

作った毒を飲ませる時は、必ず『これは毒だ。せいぜい気をつけろ』と言って飲ませる。

 

逆に言えば、毒だと言わない限りは一応、薬だ。

 

「なら、大丈夫なの……かな?」

「おうよ」

「ひとまず、風にでも当たって来たら?」

「そうする」

 

そう言い、ルイスは港の海近くに歩いていった。

 

今いるのは、フェジテの南西にある港町シーホーク。

 

ここで、食事休憩を兼ねた自由時間をとり、船でサイネリア島に向かうのだ。

 

しばらくルイスが海風に当たり続けていると、いつの間にか集合時間となっていた。

 

のだが、

 

「遅い!!!」

 

例によってグレンが遅刻である。

 

「……わたしが探してくる」

 

探しに行こうとするリィエルをルミアが呼び止めた。

 

「待って、リィエル。あまり大きくない町だけど、人一人探すには広いよ。行き違いになっても困るし、ここでわたし達と一緒に待っていよう?ね?」

「でも……」

 

不満気なリィエル。

 

今にも飛び出しそうな勢いだ。

 

「ああもうっ!大体、十分前行動が社会人の常識でしょ!?今日という今日は一言ガツンと言ってやらないと………ッ!」

 

システィーナがそう声を荒らげていると。

 

「へーい、そこのお嬢さんがたぁ〜?ちょおっといいかなぁ〜?」

 

軽薄そうな声がシスティーナ達の背後から飛びかかってきた。

 

何事かと思えば、シルクハットに小洒落たフロックを着用した青年が声をかけてきたようだ。

 

いかにもボンボンの軟派師といった見た目で、軽薄そうな笑みを浮かべている。

 

「ねぇねぇねぇってば〜?」

 

そんな青年がルミアの肩に手を置いた瞬間、

 

「何か用ですか?」

 

システィーナがその手を素早くはらった。

 

「いやぁ〜、お嬢さん達可愛いねぇ〜?その制服、フェジテの魔術学院の制服でしょ?ね?ね?こんな所で何やってるのぉ〜?」

 

あまりに馴れ馴れしい態度にイラッとしながら、システィーナが怒声を交えて答える。

 

「私達は遠征学修でここまで来ました。今はサイネリア島の定期便を待ってるところです」

「へぇ〜?そうなんだぁ〜?それで船待ってるんだ?ふぅん、これは偶然だねぇ。実は僕もそのサイネリア島に用事があってさぁ〜?あはは、なんだか運命感じちゃうなぁ〜?君もそう思わない?」

「……思いません」

 

周りの生徒達も何人かが気がついているが、止めることはしない。

 

というか、その必要性がない。

 

『全自動軟派ブレイカー』ことルイスが速攻で止める(もしくはぶちのめす)からだ。

 

それが分かりきっているため、心配こそしても止めに行くことはない。

 

しかし、青年が話しかけてから時間が経っても、ルイスは一向に動かない。

 

徹夜で疲れている……というわけではないようだ。

 

ずっと軟派男を見続けてはいるが、何とも言えない微妙過ぎる表情でじっとしている。

 

システィーナはひたすら容赦なく切り捨て続けるが、青年は食い下がる。

 

すると、

 

「はぁ〜い、ストップ」

 

いきなり現れたグレンが、その軟派青年の首根っこを背後から掴んでいた。

 

「げ!?な、なんなんだよ、お前!?じゃ、邪魔するなよ!?これは僕とこのお嬢さん達とのプライベートな……」

「あえ、遅れてすまんな、白猫。説教は後で受けるわ。俺、このお兄さんとちょぉ〜っと『お話』があるからさ。出航時間までには戻ってくるなら、クラスのまとめを頼むわ」

 

淡々とそう言って、グレンは青年を路地裏に引きずっていく。

 

「ぎゃあー!ぼ、暴力反対!?お嬢さん達、助けてぇぇぇぇぇ!!!」

 

情けない悲鳴を上げながら連れ去られる青年。

 

「何だったのかしら、あれ」

 

呆れるやら情けないやらで、システィーナは深いため息をつく。

 

だが、少しきょとんとした様子のルミアに気づき、声をかけた。

 

「……どうしたの?ルミア」

「うーん、なんていうか……あの人、どこかで見たような気が……?」

 

(まあ、アルベルトさんだからな。相変わらず鋭いぜ、ルミアは)

 

トコトコ、とシスティーナ達の方に歩みながら、ルイスはそんなことを考える。

 

「……おう。災難だったな、三人とも」

「あ、ルイス。体調はもういいの?」

「どうにかこうにか。あとは寝ればなんとかなるだろ」

 

海風にしばらく当たって、少しだけ目が覚めたのだろうか。

 

先程よりも、顔色は良く見える。

 

それからしばらくして、戻って来たグレンと共に、生徒達は船に乗り込んだ。

 

いよいよ、サイネリア島での遠征学修の時が間近に迫っていた。




お読みいただきありがとうございました!

アルベルトさんの演技力本当にすごいですよね……

アニメでは軟派師ではなく、店の店員だったので、ちょっと残念です

声付きで見てみたかったです……(´・ω・`)

それでは、また来週お会いしましょう!


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馬鹿騒ぎと本題と

どうも皆様

予防接種のせいかフラフラする雪希絵です

この状態で短編を完成出来るのか……

頑張りますけども!

それでは、ごゆっくりどうぞ!

-追記-

日付が変わり、途端に本格的に体調が悪くなってしまいました

何度も何度も申し訳ありませんが、短編の投稿を遅くさせてください

今日中には投稿します

よろしくお願い致します


航路での移動を終え、生徒達はサイネリア島に到着した。

 

大広間での食事が終わり、入浴を交代で済ませた。

 

その夜、就寝時間。

 

「それでは作戦を開始する」

 

旅籠本館と別館を挟む中庭の茂みの中でカッシュが宜言した。

 

「我々、男子生徒が泊まる別館と女子生徒達が泊まっている本館を直接結ぶ中庭.....これは流石に使えない。誰かに目撃される危険性が高すぎる」

 

カッシュの後ろに控えたロッドやカイなど、計七人の男子生徒がコクコクと頷いた。

 

「よって、我々は裏手の雑木林に回り込み、木をよじ登って窓から部屋内に侵入しなければならない。安心しろ。ルートやどの部屋が誰の部屋なのかは、すでに調査済みだ」

「い、いつの間に……」

「さ、流石、カッシュ……抜かりないぜ」

 

カッシュに感嘆の表情が集まる。

 

「で、でも、グレン先生が巡回している可能性は……」

「それも大丈夫だ。一部、協力的な女子生徒にそれとなく探りを入れてもらった。これから三十分の間、先生が裏手の雑木林を巡回する可能性は限りなくゼロだ」

「スゲェ……か、完璧すぎる……ッ!?」

「あ、兄貴と呼ばせてくれ……」

「ふっ、まだだ。感謝にはまだ早すぎるぜ、皆……」

 

カッシュが不敵に笑う。

 

「全ては女の子達の部屋に忍び込み、夢の一夜を過ごしてからだ……そうだろう?」

「そ、そうだった……俺……リィエルちゃんと徹夜で双六するんだ……」

「な!?ずるいぞ、カイ!俺も混ぜてくれ!」

「シーサー、俺はルミアちゃんとトランプで遊ぶぞっ!」

「ああ、ビックス。僕はこの機会にリンちゃんと、たくさんお話しするんだッ!」

「ウェンディ様に『この無礼者!』って罵倒されたい……王様ゲームで奴隷の如くパシられたい……」

「システィーナは……別にいいや。多分、説教うっさいし」

「「「うんうんうん」」」

「さぁ、いくぞ!心の準備はいいか、皆!?楽園は目の前にあるぞっ!」

「「「おうッ!」」」

 

息巻きながら、カッシュを先頭に男子生徒達は行動を開始するのであった。

 

見事なものだった。

 

カッシュが食事をサボってまで、事前に周辺調査した結果は伊達ではなかった。

 

だが、

 

「ば、馬鹿な………ッ!?」

 

その道程、不意に林の中に現れた、ぽっかりと円形状に開けた空間にて。

 

「な、なぜ、アンタがこんな所に……グレン先生ッ!?」

 

どーん、と。

 

そこには待ってましたと言わんばかりに、グレンが腕組みして仁王立ちしていた。

 

「甘い……甘いぜ?お前ら。チョコレートに生クリームと蜂蜜かけて、砂糖をまぶしたくらいに甘すぎる……お前ら程度の浅知恵なぞ、この俺には最初からお見通しだぜ……なにせ」

 

グレンは不敵な笑みを浮かべ、現れた生徒達を威風堂々と睥睨して、言った。

 

「俺がお前らだったら、絶対このルート、このタイミングで、今晩、女の子達に会いに行くからなぁーッ!」

「ですよねー」

 

何の後ろめたさもないグレンの開き直った宣言に、カッシュはため息をついた。

 

「ま、そういうわけで……だ。部屋に戻れ、お前ら。一応、規則なんでな」

「それは出来ないぜ、先生……。男には引けない時がある……俺達にとっては『今』がそうなんだ……」

 

みるみるうちにグレンの表情が真剣そのものになっていく。

 

「そうか……お前ら、『覚悟』を固めた人間……なんだな?残念だな。ならば、俺は教師としてお前達を実力で排除するしかない……」

「先生────ッ!」

 

拳を握り固めて拳闘の構えを取ったグレンへ、カッシュが必死に呼びかける。

 

「アンタは俺達側の人間だったはずだッ!アンタは俺達が『楽園』を目指す理由を───学院どんな大人達よりも理解してくれているはずだッ!?なのに、なぜ!?止めるんだッ!?なぜ俺達を止めるんだッ!?どうして僕達が戦わなければならないんだ────ッ!?」

「馬鹿野郎ッ!わかってる……そんなことはわかっているッ!そんなうらやまけしからんイベント、むしろ俺が率先して乗り込んでいきたいわ!?だがな────ッ!」

 

ずがん、と。

 

「もう駄目なんだ……もう、俺はお前達側には戻れないんだ……俺は魔術学院という牢獄に縛り付けられた講師という名の奴隷……万が一、お前達が『楽園』を目指してことを見逃したことが、学院に知れ渡ったら……ただでさえカットされまくりな俺の給料はマイナスに落ち込んで、俺が学院に給料払う羽目になる……」

 

涙を拭い、グレンが叫ぶ。

 

「人はパンのみのために生きるに非ず───だがッ!パンなくしても人は生きられないんだッ!」

 

グレンの言葉は、痛烈に生徒達の心を鋭く抉った。

 

「わかるだろう?主の創りたもうた箱庭たるこの世界は……『地獄』なんだよ……」

「『地獄』だからこそ……人は『楽園』を目指さなければならないのに……あなたは悲しい人だ、先生……それでも先生は退けないんですね……?」

「……ああ」

 

しん、と。

 

夜に、静寂が広がる。

 

「わかってきたさ、先生……あんたが俺達が乗り越えていかなければならない壁だってことくらい……」

「もし立場が違えば……生まれてくる時代が違えば……俺も、お前達と肩を並べて『楽園』を目指してたのかもしれないな……今となっては詮無きことだが」

「……………………」

「……………………」

 

場に渦巻く緊張感が高まり続け。

 

爆発した。

 

「行くぜ、皆ッ!俺に続けッ!グレン先生をやっつけろッ!」

「ふっ……かかってこい、お前らぁ!?呪文詠唱技能が魔術戦における絶対的な戦力差でないことを教えてやるぜッ!」

 

男子生徒達は散開し、グレンは呪文の詠唱を始めた。

 

───────────────────────

 

閃光が爆ぜ、爆音が轟き、戦闘は激化した。

 

そして、何人もの犠牲を出しながら、生徒達はグレンという壁を乗り越えた。

 

「よし、行くぞ、みんな……!」

 

ボロボロになりながらもグレンを撃退したカッシュ達は、元の道へと戻って進み始める。

 

そんな生徒達の背中を見つめながら、グレンは口の端を釣り上げた。

 

「ふっ……甘いぜお前達……この先には……俺よりも、厳しいガードが待ってるぜ……がくっ」

 

そうして、グレンは倒れるふりを暫くしていた。

 

カッシュ達が林を抜け、そろそろ本館に着こうかという頃。

 

「みんな!見えてきたぞ!『楽園』だっ!」

「「「うぉおおおおおおおお!!」」」

 

とうとう目に入る位置にやってきた楽園に、男子生徒達は走り始めた。

 

だが、上を見上げたカッシュが気がついた。

 

「…………!? まずい、みんな下がれぇぇええええ!!!これは罠だぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そんな必死の叫びも虚しく、男子生徒達に無常の雨が降り注ぐ。

 

もちろん、水などという生易しいものではない。

 

剣だ。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ごふっ……!?」

「な、なんで………!」

 

それらは次々に男子生徒達に直撃し、次々と倒れさせていく。

 

「くそっ……!なんで、なんでこんなことをしやがる……!」

 

怒りと驚愕に震える拳を握り、カッシュはすぐ近くの高めの木の上に座る、人影を睨みつける。

 

「なぜ、俺達の前にお前が立ちはだかるんだ……ルイス!?」

 

そこに居たのは、片手で白い剣をポンポンと放り投げて手遊びしているルイスだった。

 

「なぜ……か。じゃあ、言おうか」

 

ひょいっ、と木から飛び降り、ルイスは髪をかく。

 

「まあ、お前らの気持ちは分かるよ。気になる子とお近づきになりたい、可愛い女の子と仲良くしたい……そういう気持ちはよく分かる」

「じゃあ、なんで……!お前は俺達の邪魔をする!グレン先生とも違う、俺達と同じ立場のお前が……!」

「決まっているだろ」

 

途端、ルイスは悔しそうに口元を噛み締める。

 

「俺のキャラでそんなことしたら、間違いなく嫌われるだろうがっ!?」

「……ですよねー」

 

男子生徒達が同意する。

 

ルイスは優等生だ。

 

成績も実技もそこそこ点数を取り、グレンの授業も手伝い、性格の良さで知られるルイス。

 

そんなルイスが『女子生徒と遊ぶために本館に入った』等と言われたら、そんな評価は一瞬で霧散する。

 

「生憎率先して嫌われる趣味ないんでな……まあ、だったら見逃すだけで参加しなければ良いんだけどよ……」

 

もう片手にも剣を投影し、ルイスは右手の剣の切っ先を向ける。

 

「グレンに『頼むから止めてくれ』って言われてな」

「くっ……!」

 

男子生徒達に焦りが浮かぶ。

 

ルイスはクラスでは上位成績者。

 

おまけに固有魔術持ちである。

 

分が悪いのは間違いない。

 

「だけど、男には引けない時があるんだ……!グレン先生を乗り越えた俺達は、もう止まれないんだぁぁぁぁ!!!」

「うぉおおおおおおおお!!!」

 

叫び、構え、散開する男子生徒達。

 

「……止まるわけないよな。ああ、知ってるよ。だからこそ……」

 

ルイスは左右の双剣を振るう……振りをして、そのまま消す。

 

「俺は全力で迎え撃つ」

 

パチンッ、と指を鳴らして、周囲に無数の剣を投影。

 

先程の剣の雨程の数。

 

だが、それはルイスを中心に円形に展開する。

 

「なっ……!」

「しまった……!」

 

気づいた時にはもう遅い。

 

「恨むなよ」

 

剣はひとりでに動き出し、次々と男子生徒達に直撃する。

 

肉を叩く鈍い音と、連続した苦悶の声が止むと……。

 

「……ふぅ」

 

そこに立っていたのは、ルイスだけだった。

 

「……さて、どうしよ」

 

気絶させたはいいが、何しろ男子生徒達十数人だ。

 

いくらルイスでも、運ぶには骨が折れる。

 

「……とりあえず縛って、別館の方に放り込もう」

 

黒魔【マジック・ロープ】を使って男子生徒達を軽く縛り、【フィジカル・ブースト】で強化した状態で引き摺りながら運ぶ。

 

別館ロビーに放り込み、ルイスは手をパンパンと鳴らした。

 

「さて、行くか」

 

この後、ルイスには用があるのだ。

 

ある意味、旅行中に最も大事な。

 

別館の階段を登り、ルイスは最上階へ。

 

使われていないのか、屋上への階段は荒れている。

 

それを一段、一段と踏みしめて歩く。

 

やがて、ルイスは屋上に辿り着いた。

 

そこには、

 

「……こんばんは。ルイスさん」

 

寝間着に身を包んだ、ジャンヌがいた。

 

「……ああ。約束通りだな」

「私はしばらく待ってたんですよ?」

「……すまん、グレンに野暮用を頼まれた」

 

ジャンヌに言われ、ルイスは申し訳なさそうにする。

 

とことん、自分はジャンヌに弱いと悟る。

 

「……早速だけど、話いいか?」

「……はい」

 

一歩、また一歩と詰め寄り、ルイスは避け続けていた言葉を、直接口にする。

 

「……ジャンヌ。なんで、お前は生きてる?」

 

夜風が靡く。

 

冷えていく身体とは反面に、鼓動が早くなって熱を持つ。

 

沈黙が、夜闇に溶けていく。

 

しばらくして、ジャンヌが口を開いた。

 

その目は真っ直ぐに、ルイスを見据えている。

 

「……結論から言います。私は、あなたの知っている『ジャンヌ・ダルク』ではありません」

「……なに?」

「ああ、違うんです。記憶もありますし、心はそのままです。でも……」

 

でも……、ともう一度だけ繰り返し、

 

「今の私は、別の世界の、英雄だった『ジャンヌ・ダルク』と混ざり合っている……そういう状態です」

「……はっ?」

 

全く予想もしない解答に、ルイスは硬直した。




お読みいただきありがとうございました!

とてつもなく長くなってしまいました(^_^;

私って結構文字数極端ですよね、すみません

もうしばらくあとですが、短編小説『赤い弓兵』も投稿します!

それでは、また来週お会いしましょう!


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緋色の記憶

どうも皆様

無人島に一つだけ持ってくなら何がいいと聞かれて『スマホ』と答えたら『スマホ中毒がっ!』と罵倒された雪希絵です

スマホの何がいけないんでしょうか

少しだけ時間過ぎてしまいました、申し訳ございません

構成が上手くいかなくて、一度全部書き直してしまいまして……

それでは、ごゆっくりどうぞ


そこは火の海だった。

 

今まで、昨日まで、つい先程まで自分が過ごしていた場所。

 

そんなものはもう、跡形もなかった。

 

灼熱に照らされる中、二人の子供が走り続けていた。

 

身体は全身傷だらけ、服や肌は煤がついてところどころ黒く染まっていた。

 

この辺りでは唯一の同年代。

 

そして、恐らく唯一の生存者。

 

どこへ行くのか、どこへ向かえばいいのか、全く分からない。

 

それでも、走り続けるしかなかった。

 

だが、二人に向けられた牙は、ここで逃がすような甘いものではなかった。

 

火の手が迫る。

 

生けるもの全てを食い尽くさんと、大口を開けて追いかけてくる。

 

何度も何度も、それに飲み込まれる人達を見てきた。

 

どうなるかは知らない。

 

断末魔の叫びと共に、目を逸らしてきたから。

 

とにかく離れた位置へ、安全な場所へ。

 

そうして走る中。

 

片方の子供、少女の足に何かが絡まった。

 

それは、半ば爛れた誰か。

 

顔の判別などつかない、かつて人だったそれ(・・)は、少女の足を焦がしながらしがみつく。

 

苦痛に絶叫する少女。

 

もう片方の子供、少年は必死でそれを蹴り飛ばす。

 

炎の勢いは止まらない。

 

少女の足からそれは離れたが、もはや走ることは叶わない。

 

だからこそ少年は、炎に立ち向かった。

 

両手を広げ、虚勢を張りながら。

 

しかし、運命とはここまで残酷なのか。

 

炎は、少年に興味などないかのように。

 

少年の目の前で、目と鼻の先で。

 

少年をひらりと避けて、少女を飲み込んだ。

 

「ジャンヌ────!!!」

 

炎に照らされ、ほのかに茜色に染め上がる夜闇に、絶叫がコダマした。

 

それは、遠い日の記憶。

 

かつて彼らを絶望へと引きずり込んだ、緋色の記憶だった。

 

───────────────────────

 

「……どういうことだ?」

 

疼く頭を抑えながら、ルイスは尋ねる。

 

ジャンヌは頷き、答える。

 

「言葉通りです。別の世界で、英雄として名を残したジャンヌ・ダルク……その全てが、私の中に宿っているんです」

「……だから、生きてるってことか?」

「はい」

 

ジャンヌが嘘をつくような性格でないことは、ルイスが一番よく知っている。

 

それでも、ルイスには到底信じられなかった。

 

「別世界……?英雄って……」

「……ここで私が何を言っても、おそらく全ては理解出来ないと思います」

 

頭を抱えるルイスに、ジャンヌは目を伏せながらそう言う。

 

「ルイスさん、私の知り得る全てを話します。お願いですから、信じていただけませんか?」

「……わかった」

 

そうしてジャンヌは語り始めた。

 

ここではない異世界には、自分達が扱える者とは違う魔術体系が存在する。

 

その世界で行われている、『聖杯戦争』という儀式。

 

その為だけに呼ばれる、過去の英雄達を使い魔とした『サーヴァント』という存在。

 

「そのサーヴァントのうちの一人。英雄『ジャンヌ・ダルク』が、何らかの原因で呼び出され、死の淵にあった私を、融合するという形で救ってくれたんです」

 

話を聞き終わっても、ルイスは黙ったままだ。

 

ジャンヌがルイスを見つめ続け、ルイスは僅かに天を仰いだまま固まる。

 

そして、

 

「……しばらく、時間をくれ」

 

ルイスは、受け入れるために考えることを決めた。

 

───────────────────────

 

「……え、『楽園』はここにあったのか……!」

「焦らずとも『楽園』はいずれ俺達の前におのずと現れるから今日のところは退け……全て、先生の言う通りでした……」

「ごめんなさい、先生……俺達が間違っていました……ッ!」

「なのに俺達ときたら、先生に散々呪文ぶつけて痛めつけて……ッ!目先のことばかりしか考えられなくて……ッ!」

「ありがとうございます、先生……どうか、あの世で安らかに眠っていてください……俺達のこと、ずっと見守っていてください……」

「いや、生きてるから、俺」

 

青く輝くビーチ、白い砂浜。

 

そして、

 

「きゃっ、ちょっとルミア!冷たい!」

「システィだってさっきやったもん!」

「ちょ、ちょっとテレサ!あまり沖に行くと危険ですわよ!」

「大丈夫ですよ、ウェンディ!ほら、こちらへ!」

 

浜辺ではしゃぐ水着の美少女達。

 

多くの男子生徒達が夢にまで見た『楽園』がそこにはあった。

 

「ったく、お前ら手加減なしてやりやがって……。非殺傷系の呪文なのに死ぬかと思ったぞ?まーだ痺れるような感覚が残ってやがる……」

「あはは……色々とすんません」

 

ぶつぶつと零れるグレンの愚痴に、一同反論の余地はないようだ。

 

ちなみに、ルイスの攻撃は全て刃が潰れた剣を投影していたため、一晩寝たら全員すっかり元気である。

 

「まあいい。今日は予備日、一日自由時間だ。好きなだけ遊んでこい。俺はここで寝てるわ……なんかあったら呼んでくれ」

「わかりました!先生!」

 

そう言い、カッシュを先頭に海へと駆け出す。

 

そんな浜辺で遊ぶクラスメイト達を、ルイスは一人少し離れた位置で眺めていた。

 

水着に着替えてこそいるが、海にも入らずひたすら空を見つめる。

 

ジャンヌはシスティーナ達に手を引かれ、楽しそうに遊んでいる。

 

思わず頬が緩むが、すぐに表情を引き締めた。

 

(……分かってる。あれは紛れもなくジャンヌだ。俺がよく知ってる、ジャンヌ・ダルクその人だ。けど……)

 

その中身が違う人物かもしれない、そんな嫌な考えが浮かんでしまう。

 

そのため、ルイスは景色を楽しむ気にも、クラスメイト達と遊ぶ気分にもなれなかった。

 

(……変わらないな。あのころと)

 

屈託のない笑顔を見せるジャンヌを見ながら、ルイスはそう思った。

 

ジャンヌとルイスは、辺境の村で出会った。

 

珍しい薬草が取れると聞いたアミリアが、そこまで行きたいと言ったので、一週間ほど滞在することになったのだ。

 

なにしろ名前もないような辺境の村である。

 

当然宿屋もないため、ルイス達は教会で宿を借りていた。

 

アミリアとレオンが出かけている間、ルイスはジャンヌと遊んでいたのだ。

 

初めての同年代の友人に、ジャンヌは大喜びだった。

 

しかし、アミリアとレオンが一度近くの街を見に行った時のことだ。

 

洞窟に入ったルイスとジャンヌは、何か奇妙な入れ物を見つけた。

 

興味本位で近づき、ルイスはそれに触れた。

 

その瞬間、それは猛烈な勢いで発光し、飛び上がりながら次々と炎を吐き出した。

 

家が燃え、人が燃え、村全てが炎に包まれる。

 

二人は逃げて、必死に逃げて逃げ続けた。

 

だが、ルイスの目の前でジャンヌは……。

 

「──────っ!」

 

頭を抑え、ルイスは考えるのをやめる。

 

あれから三年。

 

それだけの時間が経っても、記憶は焼き付いて離れなかった。

 

「……どうしろってんだよ」

 

独り言のようにそう呟き、ルイスはどこまでも晴れた空を見上げた。




お読みいただきありがとうございました

お分かりだとは思いますが、補足させていただきます

この小説上のジャンヌは、マシュような擬似サーヴァントと状態となります

しかし、その融合対象は『平行世界の一般人として生きているジャンヌ・ダルク』ですので、性格などはまるっきり同じです

もちろん、キャラクターもそのままです

以上となります

それでは、また来週お会いしましょう!


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後悔したくはないから

どうも皆様

最近ベースを弾いている雪希絵です

とはいっても、三味線のようにペンペンしているだけですが

さて、最近戦闘シーンがありませんね!

第3巻自体に全然ないんですけども!

それでは、ごゆっくりどうぞ!


その日の夜。

 

ルイスは一人で街中を歩いていた。

 

流石に昼間と比べたら人の数は疎らだが、お楽しみはこれからだと息巻く人達で、夜の観光街はお祭りのように賑わっている。

 

本格的なシーズンにはまだ早いこの時期でこの賑わいだ。

 

シーズン中の隆盛ぶりは想像もつかない。

 

表通りにはオープンカフェや酒場が乱立し、客達が店前でたくさんのテーブルを並べて酒や料理を片手に、連れ合いや友人達との会話に花咲かせている。

 

そんな公営店に負けじと、店と店の隙間を埋めるように様々な個人経営の屋台が立ち並んでいる。

 

ジャガ揚げや串焼き、腸詰めの燻製、新鮮な魚介類のスープに、海老のフリッター、ホットワインなど、思わず手を伸ばしたくなるような安料理を、道行く人達へひっきりなしに売り捌いている。

 

そんな活気ある飲食店に立ち寄り、ルイスはいくつかの小料理を購入した。

 

受け取りながら辺りを流し見る。

 

盛り上がっているのは、飲食店だけではない。

 

異国情緒漂う衣類、奇妙なアクセサリーや木彫り細工を商うちょっと怪しげな露天商など。

 

雑貨店も数多く軒先で商品を広げ、威勢よく客引きをしており、足を止めた客達が物珍しい商品を前に大はしゃぎだ。

 

ルイスはそんな町の喧騒に背を向け、町の外へ。

 

石畳で舗装されていた道は砂に代わり、小波と海風がルイスを撫でる。

 

周囲に人気はほとんどない。

 

いや、ただ一人だけ、ルイスの見知った人物がいる。

 

「……よぉ。グレン」

「……なんだ。誰かと思ったらルイスか」

 

近くの木陰に腰掛け、小さなブランデーを煽るグレンがいた。

 

「ってか、結構買ってんな……。全部食うのかよ」

「お前に言われたくないんだよ。……ほれ、食うか?」

「いただきます」

 

肴をゲットすることに成功したグレンが、串焼きを齧りながら酒を煽る。

 

「美味いな、これ」

「そうだな。ぱっと見で買ったが、正解だったよ」

 

そうして、二人は海を眺める。

 

ダークブルーに染まった海と平行線。

 

そして、月光が揺らめく波をキラキラと輝かせ、実に幻想的で美しい光景を作っている。

 

特上の景色と美味しい海鮮を肴に飲み続け(ルイスは飲んでいないが)ている時だった。

 

「……んで?ルイスは何しに来たんだよ」

「………ヤケ食い」

「ふーん」

 

ポツリと答え、再び串焼きに齧り付く。

 

そんなルイスを、グレンは意味有り気な目で見ていた。

 

「じゃ、ヤケ食いさせた原因があるわけだ」

「…………」

 

押し黙るルイスに、グレンは勝ち誇った顔をする。

 

地味に腹が立ったルイスは、

 

「あちぃ!」

 

まだ熱を持った腸詰めの燻製を押し付けた。

 

「やめろやめろやめろまだ熱いまだ熱いやめろやめてくださいお願いします!」

 

焦ったグレンが矢継ぎ早にそう言う。

 

このまま続けると本格的に火傷してしまうので、ルイスは腸詰めを離し、そのまま齧り付いた。

 

「……別に大したことじゃない。というか、人に言うような話じゃないんだ」

 

またポツリと、ルイスはそう言った。

 

「ほーん。そう言われると余計に気になるのが人間ってもんでしてねぇ?」

「もう一回押しつけんぞ?」

「やめてくださいお願いします」

 

途中までニヤニヤしていたグレンが、ルイスに腸詰めを向けられると謝る。

 

割とトラウマなようだ。

 

しかし、どうやらグレンには大体察しがついているらしい。

 

「……ジャンヌか?」

「……はぁ。本っ当に……洞察力と頭の回転だけはすごいよな……」

「おい、他にも褒めるとこあるだろ」

「やかましい。分かってるよ、そんなことは」

 

バレてしまっては仕方ない、とルイスは諦めて話始めた。

 

元より、グレンとセリカには、あまり隠す気はなかったのだ。

 

───────────────────────

 

「なるほどねぇ……。異世界の魔術に、異世界の『ジャンヌ・ダルク』か……」

 

ルイスが話終えると、グレンはブランデーをちびりちびりと舐めながら、考え込む。

 

ルイスは、まさしくヤケ食いという言葉ふさわしい勢いで、手持ちの料理を片付け始めた。

 

「……分かってはいるんだよ。転校してきてからずっと見てたんだからな。俺の記憶にあるジャンヌと、何一つ変わってないって」

 

それでも、頭の片隅で考えてしまう。

 

燻るように、チリチリと。

 

記憶の奥にある炎が、それでいいのかと嘲笑っているのだ。

 

「……なあ、ルイス」

 

グレンがそう言いかけた時、付近に人の気配を感じた。

 

こんな良い景色の場所だ。

 

他に人が来るのも当然だろう。

 

だが、問題は、

 

「ほら、システィ、早く早く」

 

「ねえ、ルミア......その......やっぱりまずいわよ……」

 

遠くから聞こえてくる声に、どこか聞き覚えがあったことだろうか。

 

「すぐに戻れば大丈夫だよ。それよりも早く海、見よう?絶対、物凄く綺麗だよ?」

「海なんて昼間、散々見たでしょう?......あー、もう、貴女って子は!」

 

案の定といえば案の定。

 

やがて砂浜に現れたのは、ルミアとシスティーナ。

 

それに……、

 

「一体、これから何をするの?」

 

二人の後を雛鳥のようについてきたリィエル。

 

そして、

 

「あ、あの……やはりよした方が……」

 

あわあわとしているジャンヌだった。

 

「ふふ、皆で夜の海を見るの。今日は月が明るいから、きっと凄く綺麗だよ?」

「……そう。よくわからないけど」

「どうしましょう……あれよあれよといううちに、着いてしまいました……」

 

四人は離れた木陰に潜むように腰かけるグレンとルイスに気付いていないようだった。

 

そして、四人で月を眺めながら目を輝かせる。

 

「綺麗……ですね……」

「ね?システィ、ジャンヌ。来てよかったでしょ?」

「うっ……。それは確かにそうだけど……」

「今回ばかりは……仕方ありませんね。せっかくの旅行ですし」

「リィエルはどうかな?……やっぱりリィエルには、つまらなかったかな?」

「……よく……わからないけど……。この景色は、飽きない」

 

そうして語らう四人の美少女たち。

 

ひとしきり話したあと、今度は水かけ遊びが始まった。

 

最初にルミアから始まり、システィーナが参戦。

 

「わっ、ちょ、ルミアさん!やめてください!私にもかかってます!」

 

流れ弾が当たり、ジャンヌもそこに加わった。

 

しばらくして、その細腕からは有り得ない膂力で放たれたリィエルの水かけが、システィーナをすっぽりと覆ってずぶ濡れにする。

 

「こんの……三人とも、そこに直りなさーい!!!」

 

システィーナに怒鳴られるが、ルミアとジャンヌは終始笑顔。

 

リィエルもぼーっとしているが、どことなく楽しそうだった。

 

「……いい構図だ」

「……そうだな」

 

そんな少女達の様子を眺めながら、ルイスとグレンは呟いた。

 

ルイスはすっかり料理を食べ終えた。

 

不思議と、食べる前のような嫌な感情はなくなっていた。

 

グレンも、名前を覚える気すらなかった安酒が、極上の美酒のように思えていた。

 

美しい光景というのは、ここまで人の心を溶かすものだ。

 

それが、自分にとって大切なものなら、尚更のこと。

 

「……なぁ、ルイス。せっかく生き返って来たんだ。色々と事情はさておき、とりあえず仲良くしとけよ」

「……グレン?」

「俺はよく知ってるんだよ。あとあとになって、こうしとけば良かった……ああしとけば良かった……そう後悔する気持ちを」

「…………」

 

ルイスにも、それは分かる。

 

なにせ、一度は失った人なのだから。

 

「だからよ、とりあえず関わっておけよ。おんなじ思いなんざ、二度とごめんだろ?」

「……そうだな。たしかにその通りだ」

 

寂しげな笑顔を浮かべるグレンに、ルイスは深く頷いて答える。

 

以降、二人は黙って海を見つめた。

 

濡れ鼠になった少女達が帰るまで、グレンとルイスは、その景色を眺め続けていた。




お読みいただきありがとうございました!

もうそろそろ緊迫したシーンに入ってきますね

頑張って書いていきますので、これからもどうぞお付き合いください!

それでは、また来週お会いしましょう!


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ルイスの苦手なもの

どうも皆様

剥がれかけた爪が痛い雪希絵です……

なのでだいぶ書くペースが遅くなってしまいました……

来週には治っていることを祈ります……

それでは、ごゆっくりどうぞ


次の日から、本格的な遠征学修の本格的な内容がスタートした。

 

午前中に軽めの食事を取ってから、グレンと二組の生徒達は観光街の旅籠を出発。

 

サイネリア島の中心部にある白金魔導研究所を目指し、ぞろぞろと歩き始めた。

 

北東沿岸部の観光街周辺こそそれなりの開発と発展が進んでいるサイネリア島だが、実は島の敷地のほとんどは今もなお、手付かずの樹海であり、未知の領域でもある。

 

その未知の領域の生態系は、未だ完全には摑めておらず、魔術学院や帝国大学の調査隊力が定期調査に入るたびに、新種の動植物や魔獣の発見が報告されるほどだ。

 

確実な安全が確保された島の北東沿岸部周辺と野外散策用のいくつかの例外区域を除き、島の大部分は今もなお、立ち入り禁止とされている。

 

今回の『遠征学修』の目的地である白金魔導研究所は、そんなサイネリア島のほぼ中心部に設置されている。

 

ルイス達は北東沿岸部と中央部を繋ぐ道を、島の中央を目指して延々と歩く。

 

石畳で舗装された、樹海を貫く道の左右には鬱蒼と茂る原生林が踊っており、のびのびと手を伸ばす梢が頭上を覆い隠し、僅かな木漏れ日が道に細やかな光の切れ端を形作っている。

 

舗装された道とはいってもフェジテのような精緻な石畳には程遠い、起伏がわかるほど残っており、石の並びも雑で、歩きにくいことこの上ない。

 

場所によってはまったく舗装されておらず、道なき道になっている領域すらある。

 

軍生活の長かったグレンや、田舎地方出身で学院に通うためにフェジテにやって来た数少ない例外の生徒を除き、基本的に都会っ子な生徒達は早くも音を上げ始めた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ぜぇ……ぜぇ……」

「おいおい、大丈夫か?リン。俺、まだ余裕あるから、荷物持とうか?」

「あ、ありがとう、カッシュくん。さすが、将来冒険者志望だね……」

「ははは、ただ田舎者なだけだよ」

「きぃいいいいいい……どうして……高貴なわたくしが……このような……ッ!馬車を回しなさいな……ッ!馬車を……ッ!」

「ふっ……随分……だらしが……ないね?……ウェンディ、君のような……お嬢様には……荷が重かった……かな?」

「そういう……貴方こそ……皮肉に……いつものキレが……なくってよ……ギイブル!」

 

ルイスはそんなクラスメイト達の様子を、とことこと普通に歩きながら見ていた。

 

ちなみに、ルミアとシスティの荷物はとっくに預かっている。

 

ルイスは疲れている様子どころか、ほとんど汗すらかいていない。

 

日々の訓練の賜物だ。

 

「ウェンディ。しんどいなら荷物持つよ。貸して」

「あ、る、ルイス……。あ、ありがとうございます……」

 

ルイスはすたすたとウェンディに歩み寄り、後ろから荷物を抱えあげる。

 

そんなルイスに、ウェンディは少々頬を赤くしながらお礼を言った。

 

自分を含めて四人分の荷物を持っているわけだが、ルイスは平然と道を進む。

 

「はぁー……はぁー……はぁー……。ルイス君……相変わらず、体力あるね……?」

 

息を切らし、額の汗を拭いながら、それでも懸命に歩くルミア。

 

そんなルミアに、ルイスとシスティーナが声をかけた。

 

「大丈夫か?ルミア。辛くなったら言えよ。肩くらいなら貸すから」

「そうよ。本当に大丈夫?」

「あんまり……大丈夫じゃ……ないかも。……二人は?」

「私も結構、きついけど……まだ、なんとか大丈夫……かな?」

「俺は大丈夫だよ。これくらいなんともないさ」

「さすが……」

 

たしかに、ルイスはともかくシスティーナの立ち振る舞いも、疲弊してこそいるが、息の上がり方は他のクラスメイトと比べるとマシな方だ。

 

毎朝グレンとルイスの訓練を受けているからだろう。

 

「悪いな、二人とも。ちょっと先頭に出て、大きめの石とか草とかどけてくるよ」

「うん、いってらっしゃい」

「相変わらず、ルイスは優しいわね」

「うるさいやい」

 

若干ふてくされながら、ルイスは急ぎ足で先頭に出た。

 

先頭の方には、ペース良く歩き続けるカッシュがいた。

 

「よ、カッシュ」

「おお、ルイス。どうした急いで」

「石とか草の除去にきただけだよ」

「そういうことか。よし、俺も手伝うぜ」

「サンキュー、助かる」

 

そうして、二人で道の整備をする。

 

早速効果は現れ、先程からつまづいていた生徒も、上手く歩けるようになっている。

 

しばらくの間、黙々と作業をする。

 

そんな中、

 

「お?」

 

カッシュが何か発見した。

 

ひょいとつまみ上げ、ルイスの方に見せる。

 

「おーい、ルイス。これ見ろよ」

「んー?」

 

顔を上げたルイスが見たのは、手のひらに乗った虫。

 

長い足が特徴的な、バッタだ。

 

「……………………」

 

ルイスは一瞬沈黙した後、

 

「………ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────────っっっ!!!!」

 

この世の終わりのような悲鳴を上げて、ルイスは全速力で逃げる。

 

目にも留まらぬ速さで、後ろの方へと走り去ってしまった。

 

「……なんだぁ?」

 

一人先頭に残されたカッシュは、わけが分からないという顔をしている。

 

後方まで走り抜けたルイスは、最終的にルミアの後ろに隠れた。

 

若干沈んだ表情をしていたシスティーナとルミアが、今度は驚いた表情をする。

 

「わっ!る、ルイス君……?」

「この反応……。まさか、虫でも近づけられた?」

 

カタカタと震えながら、ルイスは必死に頷く。

 

ルイスは虫がこの世で一番嫌いである。

 

触るどころか近づくことさえ無理、出来るなら視界に入れたくもない。

 

身体にとまられた時など、絶叫の果てに卒倒したくらいだ。

 

過去にシスティーナ宅に虫が出た時は、逃げ回って窓ガラスを3枚割って大泣きした。

 

「やっぱりそうだったのね……」

「本当に虫だけは苦手だよね……ルイス君」

「……あんなもんの何がいいのか俺には分からん」

 

ようやく落ち着き、震えてはいるが、どうにか声は出た。

 

そんなルイスに、二人はついつい吹き出してしまった。

 

リィエルに拒絶され、少し沈んでいた気分が、ちょっとだけ晴れた気がした。

 

事情が分からず、ルイスは頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 

そんなこんなでひと騒ぎふた騒ぎあったものの、一行は目的の白金魔導研究所に到着したのだった。




お読みいただきありがとうございました

さすがに指が限界です、腫れてきました……

とはいえ、右手の親指以外では打てませんし……

とりあえず処置して治します

それでは、また来週お会いしましょう!


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遭遇

どうも皆様

どうにか親指は良くなりました、雪希絵です

時間過ぎて申し訳ありません<(_ _)>

書いてる最中に寝落ちしました……

それでは、ごゆっくりどうぞ!


見学も無事終わり、夜になった。

 

生徒達は思い思いに行動する。

 

宿舎に戻る生徒もいれば、街へとくり出して行く生徒もいる。

 

そんな中、ルイスはシスティーナ達と一緒に街へ食事に向かうところだった。

 

「ねぇ、リィエル。私達、これから町に食事に行こうかと思うんだけど、よかったら一緒に……」

「……やだ」

 

ルミアがリィエルを誘うが、リィエルは露骨に拒絶して、どこかに歩き去ろうとする。

 

「リィエル……」

 

悲しそうに、その背中を見つめるルミア。

 

僅かな苛立ちと共に、その背中を睨みつけるシスティーナ。

 

何を言っていいか分からず、唇を噛み締めて俯くジャンヌ。

 

「リィエル、どうした?何かあったか?」

 

そんなリィエルの腕を、ルイスが掴んだ。

 

一瞬だけハッとした顔をし、立ち止まるが、

 

「……ルイスには、関係ない」

 

そう言って、その手を振り払った。

 

「おい、いい加減にしろよ、リィエル」

 

リィエルにずかずかと歩み寄り、そう言ったのはグレンだ。

 

流石にこれ以上は看過できない。

 

仲違いはともかく、このままでは護衛の任務にまで支障が出る。

 

「いつまで一人で拗ねて……」

「うるさい!」

 

だが、リィエルは逃げるように駆け出して行ってしまった。

 

道行く人をはねのけて、路地裏に姿を消した。

 

「……ちっ。あの馬鹿……」

「追いかけてあげてください、先生」

 

頭を悩ませるグレンに、ルミアが声をかけた。

 

「私達は大丈夫ですから。それよりも、今はリィエルです。私達が追いかけても、多分、逆効果でしょうから……今は、先生がリィエルのそばにいてあげてください」

「……すまんな。ちょっと、リィエルと話をしてくるわ」

 

そう言って、グレンは駆け出した。

 

すっかり姿も見えなくなった頃、少しそわそわとしているルイスに、

 

「ルイス君も、行ってきて」

 

そう、微笑みながらルミアがそう言った。

 

「いや、俺はルミアを守らないと……」

「私は大丈夫だから、ね?」

 

咄嗟に首を横に振って否定するが、遮るようにルミアがそう言う。

 

「……わかった。ごめん、なるべく早く戻るよ」

 

(やっぱり、放っておけねぇよ)

 

内心でそう考えながら、ルイスも路地裏に向かって走り出した。

 

───────────────────────

 

「……見つからん。てかどこよここ」

 

とはいえ、二人の姿はもう欠片も見えなかった。

 

勘であっちへこっちへと歩き回るうちに、いつの間にかどこかの森の中にいた。

 

ここ、サイネリア島は進入禁止の森が多くを占めているわけだが、どうやらルイスはその中に入ってしまったらしい。

 

「帰り道は分かるけど……」

 

そんなルイスがポケットから取り出したのは、セリカ特製の魔道具だ。

 

一見するとただの懐中時計だが、一度行ったことがあるなら、その場所までの道を示してくれる。

 

知り合いに貰ったものを改造して、ルイスに渡してくれたのだ。

 

そうして樹海の中を歩いていると、

 

「てか、ここまで来ないな。普通に考えて」

 

ようやくそれに思い至り、懐中時計を握り締める。

 

「とりあえず、一旦戻ろう……」

 

そうして踵を返しかけた時だった。

 

「!?」

 

ルイスは猛烈な勢いで振り返り、睨みつけた。

 

嫌な気配、という次元ではない。

 

もっと歪で、もっと恐ろしい何かの気配を感じたのだ。

 

「……あらあら。バレてしまいましたか。たかが学生と侮ってはいけませんね」

 

ルイスが睨みつけている方角から、妖艶な女声が聞こえてきた。

 

メイド服に身を包んだ、一人の女。

 

目鼻立ちは整っており、ルイスが見た中でも相当に美人な部類だ。

 

だが、ルイスは警戒心を強める。

 

「《体は剣で出来ている》─────!」

 

そう詠唱し、幅広の双剣を投影する。

 

そして、静かに、無駄のない動きで構えをとる。

 

「あら……もう少し警戒心を解いて頂けると思っていましたが……そんなに魅力がありませんでしたか?」

 

そう言い、女……『エレノア=シャーレット』は、少し残念そうな顔をする。

 

「……黙れよ。ルミアの命を狙ったクソ女の顔なんざ、忘れるわけがねぇだろ」

「……直接の面識はないはずですが?」

「生憎だな。女王主催のパーティーに、俺は何度か出てんだよ」

 

エレノアの率直な疑問に、ルイスは忌々しそうに答える。

 

「なるほど、そういうことでしたか……。納得いたしましたわ」

 

ふふふっ、と笑うエレノア。

 

その姿は何も知らなければ魅力的だろうが、ルイスの目には悪魔の嘲笑にしか見えない。

 

変わらず構えを続けていると、エレノアがルイスの目を見つめた。

 

そして、ハッと驚いた顔をしたかと思うと、

 

「これはこれは……!」

 

と言いながら、怪しく口元を歪める。

 

「ああ……そういうことでしたか……!あなたが、アーチャーを引き継いだ方(・・・・・・・・・・・・)でしたか!」

 

言っている意味が理解出来ず、ルイスは動揺する。

 

そんなことにも構わず、エレノアは続ける。

 

「ちょうど困っていたのです。サーヴァントのうち、アーチャー、ランサー、ライダー、アサシン、そしてルーラーは消失……。残りも、異能力者や魔術師の手で無理やり繋いでいる状態でして……。あなたさえいれば、間違いなく第三団『天位』(ヘヴンズ・オーダー)の皆様もお喜びになりますわ……」

 

夢見がちな瞳でまくし立てる。

 

全てではないが、ルイスは理解した。

 

ジャンヌから聞いた話と、一致する部分がいくつかあったからだ。

 

少しして、エレノアは未だ妖艶な光を宿す瞳のまま、ルイスを見つめる。

 

「ああ、そうでしたわ。たしか……ジャンヌ=ダルクでしたか?彼女はルーラーと融合したそうですね。融合となれば、さらに有用そうですわね」

 

そう、にこにことすまし顔をしながら、呟いた。

 

「………てめぇ、ジャンヌに何するつもりだ」

「我々に協力して頂くだけですわ。もっとも……」

 

裂けそうなほど口元を釣り上げ、一般人が見れば気が狂いそうな笑みを浮かべて。

 

「どういった形で、とは申し上げませんが」

 

ルイスの逆鱗に触れた。

 

「………殺す」

 

ボソリと呟き、ルイスはエレノアに一瞬で距離を詰めた。




お読みいただきありがとうございました!

原作だとエレノアに遭遇するのはアルベルトさんですが、まずはルイスが遭遇しましたね

もちろん、アルベルトさんも出てきますので、この先をお待ちいただければ幸いです

それでは、また来週お会いしましょう!


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ルイス&アルベルト

どうも皆様

たった今起きました雪希絵です

遅くまで予定があったとはいえ……申し訳ございません

しばらく休みですので、しっかり休んでおきたいと思います

それでは、ごゆっくりどうぞ


「あらあら、急いてはいけませんわ。女性はもっと優しく、絹に触れるように扱わなくては」

 

ふふふ、と微笑みながら、エレノアは内心ほくそ笑む。

 

相手は英霊の力を得ているとはいえ、ただの学生だ。

 

帝国宮廷魔導師団じゃあるまいし、苦戦するなどありえない。

 

だが、ルイスにそんな常識は通用しない。

 

そんじょそこらの学生と一緒にしてもらっては困るのだ。

 

「うふふ、うふふふふっ」

 

妖艶に、不気味に笑いながら、エレノアは次々と死体を呼び出す。

 

それは呻き声を上げながら、ルイスを囲んで四方八方から襲いかかる。

 

諸手を伸ばし、こちら側に引きずり込もうとするかのように爪を立てる。

 

「触んじゃねぇよ!」

 

それに対し、ルイスは左右の剣を縦横無尽に振るう。

 

目にも留まらぬ剣閃が次々と死体達を捉える。

 

「……なんてこと」

 

それだけでは止まらない。

 

少々離れた位置にばら撒かれたのは、大量の爆晶石。

 

爆音と閃光。

 

遅れて衝撃波が辺りに轟く。

 

手脚が吹き飛び、頭をさらわれる死体達。

 

「『投影開始(トレースオン)』!」

 

さらに、頭上に大量に現れる剣。

 

ルイスの父、レオンの手によって作られた剣だ。

 

それが、まさしく雨の如く降り注ぐ。

 

今度は刃無しなどという生易しいものでは決してない。

 

刺し、抉り、切り裂き、蹂躙する。

 

エレノア愛しの死体達は、たかが学生でしかないはずのルイスの手によって、ただの肉塊へと変わっていく。

 

「……ここは、私も動くしかなさそうですわね」

 

しかし、その顔は未だ愉悦に染まっている。

 

死体達をけしかけるだけで終わりではなく、自分も動くことが出来るのだ。

 

エレノアはまだまだ、戦いを楽しむつもりでいた。

 

そうして、エレノアは呪文をくくる。

 

彼女の周りを暴風が吹き荒れ、冷たい風が吹きすさぶ。

 

黒魔【アイス・ブリザード】。

 

触れるだけで対象を凍りつかせるような風が、ルイスに向かって放たれる。

 

「《吠えよ炎獅子》!」

 

ルイスはそれに対し、練習した結果一節で詠唱可能になった【ブレイズ・バースト】を発動。

 

吹雪を無効化するだけでなく、付近の死体達にまで炎が伝播していく。

 

「軍用魔術まで……大したものですわ」

 

それは、なにゆえなのか。

 

喜びと興奮が混ざったような、場に不釣り合いな表情。

 

「……あんまり、俺を舐めるなよ」

「舐めてなどいませんわ……。むしろ、賞賛しておりますのよ?」

 

ふふふ、とまた笑う。

 

ルイスはそれがカンに触って仕方ない。

 

「……黙れよ」

 

ルイスの剣速が増す。

 

右手の剣で死体の胸を裂き、左手をつき込んでトドメ。

 

両側から迫る死体にそれぞれ剣を突き刺す。

 

鼻から後頭部へと剣が抜ける。

 

引き抜く時間も惜しいので、ルイスはその剣を放置して、

 

「『投影開始(トレースオン)』」

 

一言呟く。

 

現れたのは身の丈程の朱色の槍。

 

刃は細く、鋭い。

 

「しっ────!」

 

一回転しながら、槍を大振りにぶん回す。

 

弧を描く軌道に合わせて、死体達に傷が穿たれる。

 

「……その槍は……ランサーの……」

 

ボソリと呟いたエレノアの声は、ルイスには届かない。

 

突く、突く、突く突く突く。

 

点と点を重ね続け、面にしていくかのように、ルイスの槍が死体を穿つ。

 

しかし、それが間違っていた。

 

死体に対しては問題ない。

 

だが、エレノアに対しての警戒が、ほんの少し薄れてしまった。

 

(隙、ですわ────!)

 

「《出でよ赤き獣の王》────ッ!」

 

巨大な火球が、ルイスに迫る。

 

(しまっ────!?)

 

気づいた時には既に遅い。

 

ルイスのことを飲み込み、焼き尽くさんとばかりに迫る。

 

「《光の障壁よ》」

 

そこへ、涼やかな声が響く。

 

極めて冷静に、淡々とした詠唱。

 

ルイスの前に三角形の障壁が現れ、炎を遮る。

 

もちろん、ルイスによるものでは無い。

 

「無事か。ルイス」

 

長い黒髪、鷹のような鋭い瞳。

 

漆黒の軍服に身を包んだその人物は、

 

「あ、アルベルトさん!」

 

帝国宮廷魔導師団、執行者ナンバー17『星』のアルベルト=フレイザーだった。

 

「一人で天の知恵研究会の者と戦うとはな。それは勇気とは言わん。ただの無謀だ」

「す、すみません……」

 

咎めるような口調のアルベルトに、ルイスは思わず謝る。

 

「だが、その心意気は買おう。援護はしてやる。好きにやれ」

「……はい!」

 

師の言葉に、ルイスは力強く頷く。

 

「二人がかりですか?嫌いではありませんが……手厳しい殿方ですわね」

 

余裕そうな顔をしているが、内心は穏やかではない。

 

ルイスだけなら、強いのは間違いないが自分一人では倒せなくはないだろう。

 

だが、アルベルトも加わるとなれば話は百八十度変わる。

 

もはや、自分に不利なのは間違いない。

 

「行くぞエレノア!」

 

双剣を構え直し、ルイスはエレノアに突撃する。

 

「《吠えよ炎獅子》」

 

淡々とした詠唱と、それに似合わない激しい炎。

 

しかも、ルイスに全く掠りもしない。

 

抜群の魔力コントロールによって、ルイスに当たらないようにしているのだ。

 

「『投影開始(トレースオン)』」

 

さらにルイスは双剣を増設。

 

左右合計で六本。

 

鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ、むけつにしてばんじゃく)

 

心技、泰山ニ至リ(ちから、やまをぬき)

 

心技、黄河ヲ渡ル(つるぎ、みずをわかつ)

 

唯名、別天ニ納メ(せいめい、りきゅうにとどき)

 

両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら、ともにてんをいだかず)

 

ルーン語とよく似た、されど違う詠唱。

 

「《鶴翼三連》!!!」

 

合計六本の双剣が、猛る炎の獅子が、ルイスの握る双剣が、エレノアに襲いかかる。

 

「くっ────!?」

 

エレノアの顔に初めて焦りが浮かぶ。

 

しかし、双剣は見事全て撃ち落とされ、【ブレイズ・バースト】は反抗呪文(カウンター・スペル)で相殺。

 

近づくルイスの一撃を、掠めながらもギリギリ回避した。

 

だが、そこをアルベルトが逃すはずはない。

 

アルベルトの右手が、光り輝く。

 

指先から雷光が走り、エレノアに直撃。

 

腹部中心に炭化していく。

 

だが、それは黒い霧に包まれて次々と修復されていく。

 

「ふふふっ、当てられてしまいましたか……」

 

かすり傷も含めて、全ての傷が塞がっていく。

 

「面妖な……」

「本当に人間か……?」

 

顔をしかめる二人に、エレノアは告げる。

 

「さぁ……おもてなしを続けましょう」




お読みいただきありがとうございました!

どうも最近忙しくて更新日守れてませんね……

気をつけます

それでは、また来週お会いしましょう!


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お前には渡さない

ちょっと遅くなってしまいましたが

あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願い致します!

雪希絵です!

いやー、2018年始まりましたね

本年も、気を引きしめて頑張っていきます

どうぞこれからもお付き合いください!

それでは、ごゆっくりどうぞ!


「『投影開始《トレースオン》』!」

 

ルイスがそう詠唱すると、赤塗りの槍が二本現れる。

 

それを両手に握り、縦横無尽に振り回す。

 

突くという動作には、どうしても両手を使わなければならないが、切り払うならなんとでもなる。

 

剣より圧倒的に広いリーチで、次々と死体たちを斬り裂いていく。

 

一方、アルベルトも凄まじい。

 

達人から見ると少々隙のある動きをするルイスの隙を埋めながら、さらに自分の周りの死体達も薙ぎ払う。

 

加えて、エレノアと魔術戦も繰り広げている。

 

「本当に……本当にお強いお方……!」

 

そんなアルベルトに隙など欠片もない。

 

アルベルトは、一般の魔術師……例えばグレンのような、魔道具の類は一切使わない。

 

ただただ、たしかな鍛錬に裏打ちされた魔力操作と魔術戦の技術、それで戦っているのみだ。

 

加えて、アルベルトはルイスと相性がいい。

 

ルイスは遠距離、中距離、近距離、全てに対応出来るが、やはり近距離寄りだ。

 

アルベルトも同様だが、どちらかと言えば遠距離からの援護に向いている。

 

この二人が合わされば、全ての距離感に対応した無敵のコンビになる。

 

やがて、ほとんどの死体が焼け焦げ、凍りつき、切り裂かれたころ。

 

「……本当にお強いですね」

 

悪夢でも見ているかのような気分で、エレノアは周囲の死体達を眺める。

 

驚くべきは、アルベルトどころかルイスまでエレノアに攻撃してきたことだ。

 

数はそう多くないが、ルイスにもそれが出来るだけの実力がある。

 

(この二人……本当に厄介ですわね……)

 

そう判断したエレノアが真っ先に取ったのは、相手の戦力を削ること。

 

「ですが、こんなことをなさっていてよろしいのですか?」

 

エレノアは上品に笑いながら、ルイスの方を見てそう言う。

 

「……どういう意味だ?」

 

構えは崩さず、ルイスがそう聞き返す。

 

「ええ、では、端的に申し上げましょう」

 

妖しく、艶やかに、いやらしく身体をくねらせながら、

 

「王女がどうなっていようと……構わないと?ということですわ」

 

ズバリ、そう言い放った。

 

ルイスは一瞬だけその真意を考え……直後に駆け出した。

 

「お前、ルミアに何かあったら、死んでも許さないからな……ッ!」

 

親の敵を見るような目でそう言い、ルイスは懐中時計を起動し、黒魔【フィジカル・ブースト】を使用して駆ける。

 

枝葉に頬や脚が切り裂かれるのも厭わずに、最短距離を駆け抜ける。

 

それを、エレノアは無表情に微笑みながら見送る。

 

「……ふん。戦力を削るために、エルミアナ王女のことを持ち出したのか」

「……半分、正解ですわ」

「なに?」

 

不審に思ったアルベルトは、片目で遠見の魔術を使用する。

 

「……ちっ」

「ようやくお気づきですか?」

 

アルベルトが見たのは、リィエルに剣で貫かれるグレンの姿。

 

そして、リィエルは何のためらいもなくグレンを海に放り捨てた。

 

リィエルの近くには、同じ青髪の青年が立っていた。

 

「《爆》!」

 

アルベルトの意識がそちらに逸れた瞬間、エレノアは最速最短を誇る呪文を詠唱し、即座にその場を離れた。

 

「……ちっ」

 

再び舌打ちし、アルベルトはグレンが落下した海の方へ駆け出していった。

 

───────────────────────

 

ルイスが宿に辿り着いた時には、すでに道は血に濡れていた。

 

それが誰によるものなのか、そもそも誰の血なのか。

 

嫌な想像ばかりが頭を駆け巡る。

 

「……クソッタレ!」

 

悪態をつきながら、ルイスは宿までの道を走る速度を上げる。

 

すでに肺と心臓は痛いほどに脈打っているが、そんなことを気にする余裕などなかった。

 

わざわざ中から入るのも馬鹿馬鹿しいと、ルイスはルミアの泊まる部屋の窓側を目指す。

 

どうか間に合ってくれ。

 

どうか自分の考えすぎであってくれ。

 

そんな願いも届かず。

 

「……チクショウ!!!」

 

部屋の窓は、木っ端微塵に叩き壊されていた。

 

その部屋の中から、二人分の話声が聞こえる。

 

「……まだ誰かいる」

 

ルイスは息を殺し、最大の注意を払って壁を駆け上がる。

 

ベランダから中を覗き込んだ瞬間、

 

「………!」

 

ルイスの目の前が真っ赤に染まった。

 

中にいたのは、血に濡れたリィエル。

 

腹部が血に染まり、倒れるルミア。

 

恐怖に顔を染め、ガタガタと震えるシスティーナ。

 

どんな状況なのか、目に見えて明らかだった。

 

「……リィエル……!てめぇぇぇ─────!」

 

双剣を呼び出し、リィエルに飛びかかる。

 

その声か、はたまたルイスが斬りかかってきたという事実自体か。

 

一瞬だけ驚いた顔をしたあと、リィエルはそのルイスの双剣を大剣で受けた。

 

「……なんで、なんでだ!どうしてルミアに手を出した!どうしてシスティに剣を向けてる……!それは、ルミアと誰の血だ!!!」

 

今までリィエルの見たことがないほど、怒りで染めあがった表情。

 

「……違う。私は、ルミアはまだ斬ってない。斬ったのは、グレンだけ」

「……だけ?……だけって、なんだ?」

 

ルイスの声が一トーン低くなる。

 

「……人を斬るのに、一人だけなんて言葉、使ってんじゃねえよ!」

 

リィエルの腹部に全力で蹴りを叩き込み、ルイスは飛び下がる。

 

投影開始(トレースオン)

 

ひび割れてしまった双剣を消し、もう一度呼び出す。

 

「……渡さない。今のお前だけは、許しておけない。この場で俺が、お前を止める────!」

「……やれるものなら、やってみろ!」

 

俊足で踏み込んでくるリィエルに、ルイスは全力で斬りかかった。




お読みいただきありがとうございました!

ちょっとだけ時間過ぎちゃいましたね(^_^;

申し訳ありません

さて、今回で第3巻編終了となります

話的には若干4巻入っちゃってますけどね(;゚∇゚)

次回からは、正式に第4巻編です

それでは、また来週お会いしましょう!


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第四巻
VSリィエル


どうも皆様

正月ボケが抜けていない雪希絵です

昼夜逆転生活の癖が抜けていません

そんなおとぼけ状態で書いたものでよろしければ、ごゆっくりどうぞ


「────クソッタレ……!」

 

またひび割れた双剣を放り捨て、再び投影しながら舌打ちする。

 

絶大な身体能力を誇るリィエルの一太刀は、人体くらいなら容易く両断する。

 

加えて、操る大剣は錬金術によって作られる最高峰の金属『ウーツ鋼』製。

 

一太刀で命が危ういその一撃を、ルイスは双剣で受け流し、防御する。

 

その度に、双剣はダメージを受けてひび割れていく。

 

(どんな威力だよ、ちくしょう……!)

 

ルイスの持つ双剣は、『無銘』から送られた『五つの武具』のうちの一つだ。

 

いくらルイスがまだ発展途上とはいえ、その能力は折り紙つきのはずだ。

 

それが、次から次へとひび割れ壊されていく。

 

舌打ちし、双剣を握り込む。

 

何よりも悔しいのは、自分の実力不足のせいで、無銘から託された武器が負けていること。

 

(けど、今は置いておく。今目の前にいるのは、あの帝国宮廷魔導師団。それも特務分室のメンバーだ。死ぬ気でやらなきゃ、即座に殺される……!)

 

「おぉぉぉぉぉぉ────!!」

 

雄叫びを上げながら、双剣を手にリィエルに飛びかかる。

 

リィエルはその場で仁王立ちしながら、表情の見えない顔でルイスを見つめる。

 

「しっ────」

 

短く気合いを吐き出し、ルイスは右手の剣を突き出す。

 

「いやぁぁぁぁぁぁ────ッッッ!」

 

リィエルは気合いとともに、それを受けようともせず横薙ぎに一閃。

 

(くそっ!完璧に読まれてやがる……!)

 

残る左手の剣では防ぎ切れない。

 

リィエルはそれを分かっているのか、何のためらいもなく全力で大剣を振るう。

 

ルイスは即座に右手を引き、双剣を噛み合わせて防ぐ。

 

「ぐぅ───!」

 

呻き声を上げながら、腕に力を込める。

 

先程から、ルイスは防戦一方だ。

 

高い双剣術を持っていても、能力の高い装備を持っていても、埋まらない差。

 

「くそっ……!くそっ…!」

 

悪態をつきながら、ルイスは迫るリィエルの大剣を目で追う。

 

片手の剣でギリギリ受け流し、もう片方、左手の剣をリィエルの腹部を狙って振るう。

 

「……邪魔!」

 

リィエルは受け流された大剣を一回転することで強引に引き戻し、ルイスの剣に叩きつける。

 

ルイスはそれを予期し、途中でその剣から手を離す。

 

その効果でダメージは受けずに済み、ルイスは即座に攻撃に転じる。

 

再び左手の剣を呼び出し、腰の捻りを加えて勢いよく振るう。

 

大剣は叩きつけられたばかりで、いくらなんでも引き戻せない。

 

だからリィエルは、

 

「……いやぁぁぁぁぁぁ────!」

 

アッパーの如く拳を振り上げ、双剣を叩きそらす。

 

「そう来ると思ったぜ!!」

 

言いながら、再び双剣を消して、次の武器を呼び出す。

 

現れたのは、エレノア戦でも使っていた赤塗りの槍。

 

俗に『剣が槍に勝つには、槍の使い手の3倍の技量がいる』と言われている。

 

それほどまで、剣との戦いでは槍が有利になる。

 

「せやぁ!」

 

突然の間合いの変化に対応しきれず、リィエルは大剣を盾がわりに構えて防御する。

 

特大の火花が飛び散り、リィエルをベランダ側に押し込む。

 

「システィ!下がってろ!」

 

背後のシスティーナにそう言うが、システィーナは硬直するばかりでなかなか動き出せない。

 

無理もない、彼女は戦いに慣れていない。

 

幼い頃から鍛錬を積み、家の仕入れの帰りに野党に襲われたことさえあるルイスとは違い、システィーナは恐怖に身体が震えてしまうのだ。

 

「……くっ…!」

 

そんなシスティーナに声をかけようとするも、体勢を立て直したリィエルが斬りかかってくる。

 

ルイスは両手で槍を握り、渾身の突きを繰り出す。

 

様々な武器を投影する【無限の剣製】の性質上、ルイスは一通りの武器を扱うことが出来る。

 

無銘から教わった双剣術と弓術はもちろん、セリカから剣術や槍術なども教わった。

 

それでも達人に通じるかは分からないが、リィエルの場合ならこれでも充分。

 

彼女の力任せの剣術相手なら、槍の性能さえ良ければ対応出来る。

 

(……本当に、すごいな。この槍は。無銘はどこでこんな槍を見たんだ……)

 

心の中で感嘆しながら、ルイスは大上段に振り下ろされた大剣を、柄から刃にかけてを大きく使い、受け流す。

 

くるりと一回転してそれを横腹に構え、腰を捻りながら打ち込む。

 

リィエルはそれをジャンプして回避。

 

さらに縦に一回転するような勢いで大剣を叩きつける。

 

正面から受けたらただでは済まない。

 

ルイスは再び受け流すことを選択。

 

衝撃に一瞬動けなくなるが、それは着地したばかりのリィエルも同義。

 

一瞬の静止。

 

そして、同時に攻撃を繰り出す。

 

下から上に切り払うような斬撃。

 

ルイスは真逆の方向から叩きつけることを選択。

 

尋常ではない量の火花。

 

お互いの武器が壊れないのが不思議で仕方ないレベルの衝撃。

 

リィエルはそれを必死で押し殺す。

 

だが、武技に利があるルイスは、それを利用する。

 

衝撃で跳ね上がった槍を片手で掴み、

 

「うらぁ!」

 

上からリィエルに向かって突き込む。

 

衝撃に引っ張られ、リィエルは避けられない状況。

 

だが、

 

「…………ぐっ……!」

 

その槍は、リィエルの目の前で止まった。

 

「……どうしたの?」

 

リィエルは、いつも通り無表情で、いつもと違う目で、ルイスを見つめていた。

 

決定的なダメージを与える最大のチャンス。

 

それを、敵の目の前でみすみす逃す。

 

「……どうしたの?刺してよ。出来るなら」

 

カタカタと、槍の先が震える。

 

「………くそっ!」

 

ルイスは槍を突き込む。

 

だが、そんな見え見えの攻撃に当たるリィエルではない。

 

すくい上げるように槍を跳ね飛ばし、

 

「……さよなら。ルイスの傍は、好きだった」

 

躊躇うことなく、大剣でルイスを切りつけた。

 

ゾリ────ッ

 

およそ人体から鳴るとは思えない音が、ルイスの体内で反響する。

 

「ルイス──────!!!」

 

システィーナの悲痛な叫びが、口の端から血を流すルイスの耳に届いた。

 

勢いは止まらず、ルイスはシスティーナの近くのベッド脇まで飛び、床に叩きつけられた。

 

床が猛烈な勢いで真紅に染まる。

 

「いや……いやよ……ルイスまで……!そんなぁ……!」

 

現実を直視できず、システィーナが口元を抑える。

 

リィエルはそんなシスティーナを最後に一瞥すると、ルミアを抱えてベランダから飛び降りた。

 

風になびく青い髪を視界に捉えたのを最後に、ルイスの意識は闇へと沈んだ。




お読み頂きありがとうございました!

って、また時間過ぎてる!?

バトルシーンは書いててたのしいので、ついつい熱中しすぎてしまいました……申し訳ございません

それでは、また来週お会いしましょう


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反撃開始

どうも皆様

最近オロナミンCとエナジードリンクを併用し始めた雪希絵です

この組み合わせだと、なかなか長時間起きていられるんですよね

私だけかも知れませんけど(^_^;

それでは、ごゆっくりどうぞ


「だって仕方ないじゃない……。あの位置じゃ、ルミアにも当たっちゃうかも知れないし……。そ、それに、下手な援護したら……ルイスの邪魔になっちゃうかもしれないし……」

 

部屋で一人になったシスティーナが、ぽつぽつと呟く。

 

「へ、下手したら……リィエルだって、死んじゃうかも……しれないし……その……流石に死なせちゃうのは……ね……?そう、仕方ない……仕方ないのよ……うん……あは、はは」

 

小さな声でそう呟き続けて、乾いた笑いを浮かべる。

 

「うぅ……ひっく……!」

 

そして、堪え切れなくなった涙が溢れ出した。

 

「嘘つき……私の嘘つき……!私は、ただ怖かっただけじゃない……!」

 

もしも呪文を唱えたら。

 

もしも呪文一発でリィエルを倒すことができなかったら。

 

あの鈍く輝く分厚い剣が、自分に向かって振り下ろされるのではないか。

 

その恐怖で、システィーナは動くことができなかった。

 

「……う……ぁ……!」

 

自己嫌悪に囚われながら、システィーナは膝を折って座り込んだ。

 

両目からとめどなく涙が流れる。

 

結局自分は、自分可愛さに何も出来なかった臆病者だ。

 

グレンがこんな自分を見たら、どう思うだろうか。

 

ルイスはきっと、何度も何度も自分を慰めようとするだろう。

 

けど、その二人はもう……。

 

「あぁぁ……うぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 

システィーナが頭を抱えて泣き叫んだその時。

 

バァァン────!

 

「ひぃ……!」

 

猛烈な音を鳴らして、扉が開いた。

 

まさかリィエルが戻って来たのかと思ったシスティーナが悲鳴をあげる。

 

「邪魔をするぞ」

 

扉の向こうには、黒い外套を羽織って誰かを抱えあげるアルベルトと、

 

「システィーナさん!ご無事ですか!?」

 

心配そうな顔で飛び込んで来た、ジャンヌだった。

 

「じ……ジャンヌ……」

「システィーナさん、お怪我は?」

「……ぇ……ぁ……」

「話はだいたい聞いています。ひとまず落ち着いてください」

 

システィーナに駆け寄り、ジャンヌはその両肩に手を乗せる。

 

「……システィーナ=フィーベルだな?俺は帝国宮廷魔導師団特務分室所属アルベルト=フレイザーだ。会うのは初めてだが、俺の顔くらいは知っているはずだ」

 

狼狽えるシスティーナをよそに、アルベルトは淡々と続ける。

 

「帝国軍法第六章、緊急特例四号条項、第三十二条に従い十騎士長権限を発動、お前に協力を要請する」

 

過去の記憶を照合する時間もなく、システィーナは突然の闖入者に狼狽えるばかりだった。

 

「なに……?なんなの……?なんなのよさっきから!」

 

すると、ライトに照らされてアルベルトに背負われた人物が誰か明らかになる。

 

「きゃあああああ────!?先生!?」

 

血の抜けた顔で、大量の血を流したグレンだった。

 

「血を止める処置はした。だが、焼け石に水だ。対象者の回復力を増幅する白魔【ライフ・アップ】ではもう救えん。俗に、死神の手に掴まれた、というやつだ。このままでは、この男は間違いなく死ぬ。……ルイスはどうだ。ジャンヌ=ダルク」

「……出血量は多いですが、内臓には到達していません。こちらは私がなんとかします」

「わかった。任せるぞ」

 

そうして、アルベルトはシスティーナの説得にかかる。

 

ジャンヌはひとまずルイスの服を脱がし、傷口の詳細を確認する。

 

しかし、システィーナは暴れ狂う。

 

パニックに陥り、ヤケになった思考回路は、アルベルトの言葉を飲み込もうとすらしない。

 

その時だった。

 

パァン─────ッ!

 

システィーナの頬から、乾いた音が聞こえてきた。

 

「……泣き叫ぶことが、貴女の今することですか?」

 

ルイスの血に濡れた手で、ジャンヌがシスティーナの頬を叩いたのだ。

 

「そ………それは……」

「……此処で思考を放棄すれば、恐らくお前は一生後悔することになる。それでもこの男を殺したいのなら幾らでも泣き叫べ。俺はそれでも一向に構わん。後は葬儀屋の仕事だ」

「…………」

 

ジャンヌの言葉の後を継いだアルベルトの顔を見ながら、システィーナは押し黙る。

 

そうだ、今自分がすべきことは子供のように泣き叫ぶことではない。

 

「恥じる必要などない、フィーベル。温室育ちのお嬢としては、お前のその無様な狼狽ぶりは至極真っ当。……残念だな、この男が居れば王女の救出が少しは捗ると踏んだのだが……当てが外れたようだ。まぁ、いい。あとはルイスを頼ることにする。葬儀屋の手配はお前に任せた」

「……ま、待ってください……!」

 

システィーナは涙を拭い、真っ赤になった、されども意志のこもった瞳でアルベルトを見つめる。

 

「……わ、私は……何をすれば……いいんですか?」

 

そんなシスティーナの様子を見て、ジャンヌはもう大丈夫だろうて判断する。

 

(あとで、叩いたことを謝らなくていけませんね……)

 

ついカッとなってしまったことを、今になってジャンヌは反省する。

 

「いえ、それよりも……」

 

ジャンヌはルイスに向き直る。

 

先程も見た通り、傷口は大きいがそう深くない。

 

それに、どうやら意識を失う前に手持ちの薬を飲んだらしい。

 

今では血は止まり、薄くはあるが呼吸もしている。

 

(本当に……すごい精神力ですね)

 

それでも失血量が多い。

 

薬が効くまでに流れ出したのだろう。

 

「……諦めませんよ。ルイスさん。あなたを失うくらいなら、私は……!」

 

ジャンヌはルイスの傷口に手を当て、白魔【ライフ・アップ】を発動する。

 

さらに、自分用にと渡されていた薬も全て傷口にかける。

 

ジャンヌの決死の治療は、アルベルトとシスティーナによる【リヴァイヴァー】が終わるまで続いた。

 

───────────────────────

 

「……っ」

 

小さな呻き声をあげ、ルイスは目を覚ました。

 

「目が覚めたか、ルイス」

「……アルベルトさん」

 

視線を向けると、そこには腕を組んでこちらを見下ろすアルベルトがいた。

 

すぐ隣のベッドには、血だらけで寝息を立てているグレンがいた。

 

「……!?アルベルトさん!ルミアは!?」

 

はね起き、痛みに顔をしかめるが、ルイスはそう叫ぶ。

 

「王女は攫われた。リィエルの手によってな」

「……っ!クソッタレ!」

 

ベッドを拳で殴りながら、ルイスは悪態をつく。

 

「傷はどうだ、ルイス」

「……あ、ああ……。ぐっ……あっ……!」

 

ぐるぐると包帯が巻かれた部分に手を当てると、猛烈な激痛が全身を駆け巡る。

 

「……薬は……もうないか」

「治療に全て使った」

「な、なるほど……」

 

痛む傷口を抑えながら、ルイスは辛うじて頷いた。

 

「……グレンは?」

「背中から腹を貫かれた。だが、今は【リヴァイヴァー】で息を吹き返してはいる」

「【リヴァイヴァー】!?あんな大掛かりな魔術、どうやって……!」

 

驚くルイスに、アルベルトは淡々と答える。

 

「そこで眠っている、フィーベルの魔力を使った。この娘、まだまだ未熟だが、潜在的な魔力容量(キャパシティ)は俺やルイス、お前をも超えるだろう」

「ま、マジかよ……」

 

驚いたルイスが感嘆の声をあげていると、

 

「……つっ…うぅ……!」

 

グレンが目を覚ました。

 

「……ふん。息を吹き返したか」

 

そんなグレンに、いかにも苛立ち混じりのアルベルトの声が投げつけられる。

 

「相変わらず憎々しいほどにしぶといやつだ。お前は」

「……なんだそりゃ。暗に死ねとでも言いたげだな」

「その方がせいせいするんだがな。俺としては」

 

アルベルトのいつもの如くつれない一言に、グレンは懐かしさを覚えた。

 

その後、現在の状況をまとめはじめた。

 

リィエルの『兄』を名乗る人物が現れたこと。

 

それにより、リィエルが天の知恵研究会に寝返ったこと。

 

リィエルの手によって、ルミアが連れ去られたこと。

 

今から、二人でルミアの奪還に向かうこと。

 

盛大にグレンが殴られたりはしたが、ルイスには昔の二人に戻ったように感じられた。

 

(いや、殴ったからこそか)

 

軽く微笑みながら、ルイスはゆっくりと立ち上がる。

 

「俺も行く」

「ルイス、お前は……」

「いいだろう」

 

グレンは咄嗟に止めようとするが、アルベルトが即座に許可を出した。

 

「お、おい、アルベルト!」

「少なくとも、お前よりは使える。どちらも手負いだがな」

「うぐっ……」

 

言い返さずに押し黙り、グレンはため息をついた。

 

「仕方ない……。行くか」

「最初からそう言えよな」

痛む体を引きずり、若干息を荒くしながらも立ち上がった。

 

そうして部屋を出る直前、

 

「また、お前に助けられちまったか……ありがとうな、システィーナ」

 

くしゃりと頭を撫で、グレンは優しい目でそう言った。

 

すると、

 

「せん……せい……ルイ……ス……。ル……ミアを……助けて……お願……ぃ……」

 

システィーナは、かすかに身じろぎをして、そんな寝言を呟いた。

 

「……任せろ」

「当然だ。いってくるよ」

 

ただ一言、二人はそう言い残して、部屋を出た。

 

先行するアルベルトとグレンの背中を見ながら、ルイスは廊下を歩き進める。

 

体は痛むが、動けないほどではない。

 

(どこまで動けるかな……)

 

そんなことを考えながら歩いている時だった。

 

ぐいっ──────!

 

思い切り右手を引っ張られた。

 

何が起きているかも分からず、ルイスはされるがままに引きずられる。

 

誰かを確認する間もなく、壁に背中を押し付けられる。

 

そして、自分の顔の両側に、ドンッと両手が叩きつけられた。

 

 

音は大きくないが、ルイスは両目をパチクリとさせる。

 

「……じゃ、ジャンヌ?」

 

目の前にいたのは、険しい顔をしたジャンヌだった。

 

「どうしたんだ急に……」

「どうしたんだじゃありません」

 

至近距離から睨みつけられ、ルイスは押し黙る。

 

「……そんな怪我でどこに行くつもりですか。まさか、敵地に乗り込むなんて言わないでしょうね?」

「…………」

 

依然沈黙するルイスに、ジャンヌは続ける。

 

「何を考えているんですか!あなたは今、どれだけの大怪我をしてるのか分かっているんですか?」

「……それでも、俺は行くよ。誰がなんと言おうと」

 

ジャンヌに負けない真剣な眼差しで、ルイスはそう言う。

 

「……例え、それが理由で死んでも、惜しくはない」

「……はぁ。……頑固者」

 

ため息をついて、ジャンヌは半ば呆れたように言って、壁から手を離した。

 

「わかりました。ですが、あなただけには行かせません。私も行きます」

「い、いや、それは……!」

「私は行きます。誰がなんと言おうと」

「ぐぬ……」

 

先程自分が言ったことを返され、ルイスは反対できなくなった。

 

「わかった。力を貸してくれ、ジャンヌ」

「はい。……あなたは、私が守ります。あの日あの時、あなたがそうしてくれたように」

「……ありがとう」

 

お礼を言い、二人は並んで歩き始めた。




お読みいただきありがとうございました!

とうとう来ましたよ、ジャンヌの壁ドン!

やっと書けて嬉しい限りです

それでは、また来週お会いしましょう


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待っていて欲しい

どうも皆様

一番好きな炭酸ジュースはジンジャーエールの雪希絵です

辛口でも結構美味しく飲めます

それでは、ごゆっくりどうぞ!


旅籠を出ると、生徒達が何人か集まって、不安気な表情でこちらを見ていた。

 

グレンとアルベルトは、どうやら先に行ったらしい。

 

「……ルイス。それに、ジャンヌも」

 

ウェンディが一歩前に出て、二人の名前を呼んだ。

 

彼女は、ルイスの全身にぐるぐると巻かれた包帯を見て、さらに不安気な表情をする。

 

「なぁ……ルイス。お前、どうしたんだその怪我」

 

カッシュが、硬い声で続ける。

 

「先生もさっきまで死にかけてたし、長髪の怖ぇ(こえぇ)人も、先生も説明してくんないし……。もう、わけがわかんねぇよ」

 

額に手を当て、大きく息を吐く。

 

他の生徒達も、似たような表情だ。

 

「……すまん、今は言えない」

 

ぽそりと、ルイスは呟くように答える。

 

「色んな……本当に色んな理由で、今は話せない。ただ、ルミアやリィエルが危ない……それしか言えない」

 

拳を強く、強く握り締め、ルイスは唇を噛み締めながらそう言う。

 

ジャンヌは、そんなルイスの拳に手を添える。

 

ルイスがジャンヌの顔を見ると、決意に満ちた表情をしていた。

 

『覚悟は出来ています』という声が、聞こえてきそうだった。

 

「……だから、行ってくる」

 

胸に手を当て、制服と包帯ごと強く握る。

 

「俺は……また守れなかった。俺が躊躇ったせいで……俺が……!」

「ルイスさん」

 

ジャンヌの手に力がこもる。

 

我に返り、ルイスは大きく息を吐いた。

 

「今度こそ、俺が……俺達がなんとかする。だから、待ってて欲しい。あいつらが帰ってきたら、いつも通りに迎えられるように」

 

沈黙。

 

「……じゃあな。いってくる」

「お願い致します」

 

ルイスは痛む身体を引きずりながら、ジャンヌはぺこりと一礼しながら、少し先にいるグレンとアルベルトの元へ急いだ。

 

「ルイス!」

 

不意に、背後から名前を呼ばれ、ルイスが振り返る。

 

「……ウェンディ?」

 

首を傾げるルイスに、ウェンディが続ける。

 

「……どうか、ご無事で」

「……おう、当たり前だ」

 

ニヤリと笑い、ルイスは再び踵を返して歩き始めた。

 

その姿は、先程のグレンによく似ていた。

 

「……用は済んだか」

「うん。待たせてごめん」

「ふん、構わん」

 

四人並んで、歩き始める。

 

「ジャンヌ、本当に来るつもりか?言っとくが、この先はとんでもなく危ないぞ?」

「もちろんです、先生。私だって……ルミアさんとリィエルさんが心配なんです」

「……本音は?」

「私がいないと絶対ルイスさんは無茶するので私も行きます」

「なぁ!?」

「ふっ……はっはっはっはっ!」

 

身も蓋もないジャンヌの言いように、グレンは大笑いする。

 

ルイスはといえば、思わぬジャンヌの本音に大きく肩を落としていた。

 

「だって実際そうじゃないですか。ルイスさんってば、あの時もこの時も……」

「わぁーわぁー!悪かった、悪かったから!俺が悪かったからやめてくれ!」

 

平謝りするルイスを見て、ジャンヌも少しだけ微笑んだ。

 

アルベルトも相変わらず無表情ではあるが、その横顔はほんの少しだけ、今の状況を……悪くないと思っているように見える。

 

「なんだよ、みんなして……ったく」

 

不満そうに、ルイスはブツブツと文句を言う。

 

「……まあ、それはそれとして……お前とこうして組むのは久しぶりだよな?アルベルト」

「ふん。俺はお前と組むなぞ、もう願い下げだったのだがな。お前と組むと常に厄介事ばかりで嫌になる」

 

遠慮のない口を叩きあう二人。

 

ルイスは懐かしそうに苦笑いし、ジャンヌは若干オロオロとしている。

 

やがて、四人は街の外れに辿り着いていた。

 

目の前には鬱蒼としげる、観光用に整備されている場所とは全く違う、人跡未踏の領域だ。

 

「……行こうか。頼りにしてるぜ、相棒」

「抜かせ、誰が相棒だ。寝言は寝て言え」

「ジャンヌ、頼りにしてるぜ」

「ええ、任せてください」

 

グレンとアルベルトが、二人は風のように駆け出す。

 

ルイスとジャンヌも、慌ててその後を追った。

 

アルベルトに道案内を任せ、サイネリア島中央部に向けて、樹海の中を疾走する。

 

「どうした?息が上がっているぞ、グレン」

「うっせぇ!こちとら病み上がりじゃボケ!」

 

グレンがほんの少しだけ遅れてはいるが、二人は惚れ惚れするような体捌きで、激しく起伏する樹海の木々の隙間を、ひらりひらりと身軽に走破していく。

 

「ルイスさん、大丈夫ですか?だいぶ、息を切らしているようですが……」

「……っ。ああ、なんとか。ちょっと傷口が痛むけどな……」

 

一方、ジャンヌとルイスも大したものだ。

 

現役と元軍所属の正式魔導師であるグレンとアルベルトに、少し距離は引き離されてはいるが、それでもよくついて行っている。

 

大きな木の根を飛び越え、枝をしゃがんで回避し、絡まる草を薙ぎ払う。

 

ジャンヌは山奥の村の中で暮らしていた為。

 

ルイスは日頃の訓練によって、この機動力を確保している。

 

「ぐっ……っ……」

 

痛む傷口に顔をしかめながら、そんなルイスをやはり不安気に見ながら、ルイスとジャンヌは二人の後を負い続けた。

 

───────────────────────

 

「はぁ……はぁ……」

「ふぅ……ふぅ……」

 

やや息を切らしながら、二人はようやくグレンとアルベルトに追いついた。

 

「よぉ、二人とも。大丈夫か?」

 

自分も死にかけた後だというのに、グレンは振り返ってそう言った。

 

アルベルトもそれに習って二人を一瞥すると、

 

「この湖の南西方面に、バークスの秘密研究所に繋がる地下水路の入り口がある筈だ。不自然な水の流れを辿れば容易見つかるだろう」

「へいへい、じゃ、野郎だけの……じゃなかったな。ジャンヌいるし。まあ、とりあえず海水浴と洒落こもうか」

「湖だがな」

 

そして、四人は黒魔【エア・スクリーン】の呪文を唱え、湖の中に潜って行った。

 

空気の膜によって呼吸が可能になり、水中でも問題なく行動出来る。

 

無事に用水路に辿り着き、四人は周囲を見渡す。

 

まるで迷路のように入り組んだその通路には、無数のヒカリゴケが群生していた。

 

「……ビンゴだな」

「ああ」

「白金魔導研究所とそっくりだしな」

 

さて、どうするのか。

 

それを相談しようとした矢先、

 

「……来る」

 

アルベルトがそう呟く。

 

直後、目の前の用水路から大量の水が吹き上げ、巨大な水柱を形成した。

 

「どぉわぁああああ────ッ!?な、なんだぁあああああ─────!?」

 

グレンは慌てて身構え、アルベルトは軽い身のこなしで後ろに飛び下がった。

 

現れたのは、巨大な蟹。

 

人の倍以上の背丈を持つ、左右で三対ものハサミを持つ、モンスター蟹だった。

 

「何この生物の進化過程構造をガン無視しちゃった、クリーチャー!?」

 

そんなクリーチャーを見据え、ルイスは、

 

「《体は剣で出来ている》─────ッ!」

 

【無限の剣製】を発動させ、愛用の双剣を呼び出した。

 

「………我が旗よ」

 

そして、ジャンヌの方はボソリとそう呟いた。

 

両手に光が現れ、それは棒型を形成したかと思うと……即座に固まる。

 

先端に刃のついた、一見すると槍のように見える長物。

 

(……旗、か?)

 

ジャンヌはそれをくるりと一回転させると、それこそ槍のように構えた。

 

いつの間にか、その腰には細身の剣まで収まっている。

 

しかし、それらにルイスが疑問を持つよりも早く、

 

「来るぞ!構えろ……!」

 

グレンによる、開戦の合図が響いた。




お読み頂きありがとうございました!

今回から戦闘ラッシュ!という事で、私も書くのが楽しみです

日常とはまた違った楽しさがありますからね!

それでは、また来週お会いしましょう!


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VS合成獣

どうも皆様

迫り来るテストから全力で逃走中の雪希絵です

しかし、やはりやらない訳にはいかず……時間を超過してしまいました

申し訳ございません

それでは、ごゆっくりどうぞ


「食らえ!」

 

ハサミを側転、跳躍などで回避しながら、グレンは腰に収められた銃を抜き放つ。

 

速攻のクイックドロー、回転する銃口。

 

躊躇うことなく引き金を引く。

 

爆ぜるマズルフラッシュ。

 

真っ直ぐに弾丸は合成獣(キメラ)に飛来し、

 

カンッ

 

間抜けな音を立てて弾かれた。

 

「ですよねー。これ、普通の弾だし」

「アホグレン!なに馬鹿やってんだ!こいつ使え!」

 

そう言いながら、ルイスは数発の弾丸が入った銃を放り投げる。

 

「おっと。マジか、ペネトレイターまで投影出来んのかよ……」

「話はあとだ、前だけ見ろ!」

 

風を切るような速度で滑走し、ルイスは両手の双剣を振るう。

 

ハサミのうち一本に切りかかり、殻を破って破壊する。

 

流れるように、片側のハサミを全て切り落とす。

 

もう片側では、ジャンヌが手に握った旗を長物のように振るう。

 

鋭い切れ味でハサミを次々穿ち、切り裂く。

 

「下がれ、二人とも!」

「はいよ!」

「承知しました!」

 

アルベルトの一声に、二人はバックステップ。

 

「《吼えよ炎獅子》!」

 

黒魔【ブレイズ・バースト】を一節で詠唱し、炎球が合成獣に向かって飛来する。

 

巨大な火柱が上がり、水路の天井まで焦がしていく。

 

数秒後には、巨大なカニの丸焼きが出来上がっていた。

 

「おー。この距離でジャンヌもルイスも巻き込まずか。さすがの魔術制御だな」

「ふん、お前こそ、銃の腕は錆びていないようで何よりだ」

 

そんなことを言い合う二人をよそに、ルイスは巨大カニを剣でツンツンとつつく。

 

「……食えんのかな、これ」

「やめましょう、ルイスさん。絶対お腹壊しますよ」

「いやまあ、たしかに不味そうだけど」

「そういう問題じゃないんですけど……」

 

苦笑いをするジャンヌ。

 

だが、内心は少し安心していた。

 

昔は、よく似たようなやり取りをしていたからだ。

 

もっとも、その時は汚れた川で見つけた蛙だったが。

 

今や、それが巨大なカニ型合成獣となっているわけだ。

 

(これが成長というものでしょうか)

 

残念ながらそれも違うが、とにかく四人は先に進むことにした。

 

カツカツと一定の靴音が響く。

 

しばらく進んだ時だった。

 

水路のあちこちで水柱が上がる。

 

カニだけでなく、ゼリー状の不定形生物や、半魚人のようなものまで、多種多様な合成獣が行く手を阻む。

 

「各個撃破だ。俺とアルベルトで右の二体。ルイスとジャンヌは左を頼む」

「……ふん」

「了解!」

「お任せを!」

 

グレンとアルベルトが開いた道に、姿勢を低くして滑走しながら通り抜ける。

 

「ジャンヌ、前頼む!」

「はいっ!」

 

言いながら、ルイスはブレーキをかけて両手に意識を集中する。

 

「『投影開始(トレースオン)』!」

 

現れたのは黒い鉄弓と、棒と見紛う程に細いレイピア。

 

「矢じゃ威力が足んないからな……!」

 

千切れそうな程に弦を引き、伸びてきたゼリー状合成獣の触手を回避しながら放つ。

 

矢を有に上回る轟音を鳴らし、レイピアがカニ型合成獣の目玉に突き刺さる。

 

「まだまだ!」

 

さらにレイピアを番えながら、ルイスは詠唱を開始する。

 

「《吼えよ炎獅子》!」

 

矢を放った直後、ルイスは黒弓を放り投げる。

 

左手に現れた炎の球を投げ込むと、カニ型合成獣はまたも丸焼きになる。

 

「《守り人の加護あれ》────!」

 

ジャンヌはそう呪文をくくると、【トライ・レジスト】を発動。

 

【ブレイズ・バースト】を無効化し、炎の中を表情一つ変えずにくぐり抜ける。

 

「はぁぁぁっ!」

 

跳躍し、ゼリー状合成獣に旗を突き刺す。

 

ぶよぶよとした手応えのない感覚が伝わってくるが、そんなものは無視する。

 

二回、三回、四回…………十回、二十回。

 

幾度も切り捨て、突き刺し続け、ゼリー状合成獣は程なくして消え去った。

 

「ゴリ押しだな……」

「物理攻撃が効きにくかったので……」

「まあ、たしかに。行こう、グレンとアルベルトさんが待ってる」

「はい!」

 

そうして、四人はペースを落とすことなく、奥へ奥へと進行していった。

 

───────────────────────

 

やがて、四人は開けた大部屋に出た。

 

そこに鎮座していたのは……。

 

「こ、こいつはちょっとヘヴィーかな?」

 

大部分が透明な鉱石で構成された、巨大な亀型合成獣だった。

 

「宝石獣か。過去、帝国の合成獣実験の最高傑作として、設計だけはされていたと聞いたが……」

「使われてるのは魔鉱石か。店で見たことがある。ってことは、だいたいの攻性呪文(アサルトスペル)は通用しないな」

「ああ。おまけに恐ろしく硬い」

「……厄介極まりないですね」

 

と、その時。

 

「ゥォォオオオオオオオ────ンッ!」

 

大亀が後ろ足で立ち上がり、倒れ込むように拳を打ち付けてくる。

 

四人はその場で散開。

 

アルベルトとグレンはバックステップし、ルイスとジャンヌが左右を囲む。

 

「やぁ────!」

「しっ────」

 

気合い一閃、互いの得物で渾身の一撃を叩き込む。

 

ビシッ────

 

僅かに、本当に僅かに、武器が突き刺さった。

 

「おおっ!すげぇ!」

「しかし、ほとんどダメージが通っていませんね……」

「一万回くらい打ち込めば、案外片足くらいなら……」

「それは途方もなさすぎます、ルイスさん!」

「だよな……」

 

距離を取りながら、ルイスはため息をついた。

 

「時間が有り余っているならそれでも構わんが、そうもいかん。グレン、やれ」

 

背後のグレンにそう言うアルベルト。

 

「いや、分かっちゃいるが、アレやると後が続かねぇ……」

「問題ない。やれ」

「……りょーかい」

 

ニヤリと不敵に笑い、グレンはポケットから宝石を取り出す。

 

「《我は神を斬獲せし者・────》」

 

左手で握りこんだそれに、右手のひらを叩きつけて音を鳴らす。

 

「《我は始原の祖と終を知る者・───》」

 

その間も、宝石獣は攻撃を続ける。

 

図体に似合わない俊敏さで、グレンに向かって突進する。

 

「《其は摂理の円環へと帰還せよ・────》」

「させるかよ────!」

 

ルイスは自分の周囲に無数の剣を投影し、宝石獣の背中に次々と着弾させる。

 

突き刺さりこそしないが、衝撃は相当。

 

目に見えて速度が減少する。

 

「《五素より成りしものは五素に・像と理を紡ぐ縁は乖離すべし・────》」

「────行きます!」

 

ジャンヌも負けてはいない。

 

若干ながらダメージが入るのは分かっているため、脚に狙いを絞って攻撃を繰り返す。

 

「《いざ森羅の万象は須らくここに散滅せよ・────》」

「《鋭く・吼えよ炎獅子》《吼えよ》《吼えよ》────!」

 

さらに、アルベルトが即興改変しながら魔術を繰り出す。

 

爆風と衝撃に、宝石獣は足を止めざるを得ない。

 

「寄るな、化け物。貴様はそこで大人しく、聖句でも唱えていろ」

 

ルイスとジャンヌがグレンの後ろに回り込んだ。

 

その直後、グレンの呪文が完成する。

 

「《────・遥かなる虚無の果てに》」

 

突き出されたグレンの左手を中心に、三つの円環が形を成す。

 

「……ふん」

 

アルベルトは軽く鼻を鳴らしながら、グレンの後ろに回り込んだ。

 

「ぶっ飛べ。有象無象」

 

そして、三つの円環の中央を貫くように、光の衝撃波が放たれる。

 

黒魔改【イクスティンクション・レイ】。

 

この世の森羅万象全てを、問答無用で塵と化す、究極の破壊魔術。

 

それは容易く宝石獣を飲み込み、その全てを砕いて見せた。




お読みいただきありがとうございました!

本当はやりたいことがあったので、もっと先まで書こうと思ったのですが……ちょっと文字数が多くなりそうなので切りました

原作四巻は色んな視点から書いている回なので、一つの視点に絞ると、結構短くなってしまうんですよね……

なので、一話に盛り込み過ぎると、この四巻の章だけ短くなってしまうという……

そこら辺に注意しながら、書き進めて行きたいと思います

それでは、また来週お会いしましょう!


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代償

どうも皆様

もうそろそろテストが終わる開放感に満ちている雪希絵です

時間を超過してしまい、申し訳ございません

調べたり、練り直したり、書き直したり……色々と手を加えていたら、時間がかかってしまいました

それでは、ごゆっくりどうぞ


「はぁ……はぁ……」

 

呪文を唱えた直後、酷い脱力感と疲労感がグレンを襲う。

 

手先が震え、全身が凍えるように冷えていく。

 

俗に言う魔力切れ、マナ欠乏症の症状だ。

 

【イクスティンクション・レイ】は、ほぼセリカの固有魔術(オリジナル)だ。

 

グレンはセリカに習った裏技で、その力の片鱗をほんの少しだけ再現しているだけに過ぎない。

 

分不相応な魔術を使えば、当然魔力は枯渇する。

 

「御苦労だった、グレン」

「これは……?」

 

アルベルトに投げ寄越されたものを見ると、それはキラキラと光を乱反射していた。

 

魔晶石、予備魔力を溜め込む宝石だ。

 

「使え。俺とお前の魔力の相性は良くないが、少し休めばマシになる」

 

戦闘に生きる魔導師にとって、自らの魔力の詰まった魔晶石は命綱だ。

 

それをあっさり投げよこすアルベルトに、グレンは驚きと懐かしさを感じた。

 

「グレン、俺のも使え」

 

そんなグレンに、ルイスは自分の魔晶石も投げ渡す。

 

「いや、ルイスの分まで貰うわけには……」

「俺はアルベルトさんと違って、頻繁に魔力使うわけじゃないからな。その分、魔晶石の数はゆとりがあるんだ」

「そ、そうか……」

 

グッと魔晶石を握ると、流れ込んで来た魔力がマナ欠乏症の症状を和らげる。

 

「分かった、ありがたく使わせて貰うぜ」

「「使ってから言うな」」

 

揃ってそう言うルイスとアルベルトに、ジャンヌが吹き出す。

 

グレンも苦笑いしながら、ヨロヨロと立ち上がる。

 

「はぁ……はぁ……とりあえず、お敵さん、これで品切れか?」

「そのようだな」

「一応、軽く周囲を見回り済みです。敵はいませんでした」

「そうか。……急ぐぞ」

「ああ」

 

四人は扉を開き、奥へと進んでいく。

 

しばらく歩くと、不意に開けた空間に出た。

 

「ここは……?」

 

何かの保管室のようだ。

 

大広間のような室内薄暗い。

 

床や壁、高い天井の所々に設置された結晶型の光源……魔術の照明装置の光はかなり絞られており、足元がよく見えない。

 

そして、辺りには謎の液体で満たされたガラスの円筒が、無数に、延々と規則正しく立ち並んでいた。

 

「……なんだこりゃ」

「なんかの装置か……?」

 

疑問に思ったルイスとグレンが円筒の中身を覗き込む。

 

そして瞬時に、辞めておけばよかったと後悔した。

 

思わず込み上げた吐き気を抑えるため、必死で口元を抑える。

 

「どうされたんです……か………」

 

ジャンヌも近くに寄るが、口元を抑えて絶句する。

 

背筋に悪寒がはしる。

 

気持ちの悪い汗が全身から吹き出す。

 

「……ッ!」

 

アルベルトも、その表情をいつも以上に硬く険しくする。

 

ガラスの円筒の謎の液体の中に浮いていたのは……人間の脳髄だったのだ。

 

「な、な、なんなんだ、これは!?」

「うっ……っ……!」

「ジャンヌ!」

 

吐きかけるジャンヌに、ルイスは駆け寄る。

 

まるで標本のように並んだ脳髄には、脇に何か書かれていた。

 

「……『感応増幅者』……『生体発電能力者』……『発火能力者』……」

 

アルベルトはそれを、淡々と読み上げていく。

 

「……全ての円筒に能力名がラベルされているな。あとは被験体ナンバーと各種基礎能力値データが少々……つまり、これは『異能力者』達の成れの果てか。どうやら此処では想像以上におぞましい実験が繰り返されているようだ」

「なんてことを───!バークスの野郎、真っ黒くろじゃねぇか……!同じ人間にすることじゃねぇだろ……!」

 

腸が煮えくり返りそうになり、グレンはギリギリと拳を握り締める。

 

ルイスも、ジャンヌの背中を擦りながら、歯が砕けそうな程に食いしばっている。

 

「恐らく、やつは異能力者を人間だと思っていないんだろう。調査によれば、バークス・ブラウモンは『異能嫌い』……典型的な異能差別主義者だったはずだ」

「ふざけんな……!異能力も魔術も似たようなもんだろうが!」

 

『異能力』。

 

ごく稀に、人が持って生まれる異能の力。

 

魔力で現象を引き起こす魔術と違い、異能力はなんの対価もなしに大きな効果を巻き起こす。

 

故に、人々はその力を畏怖し、嫌悪することがある。

 

特に、アルザーノ帝国ではその傾向が強い。

 

女王の意識改革で若者はその傾向は薄れつつあるが、帝国民にとっては一般的な共通認識なのだ。

 

「……? な、なぁ、グレン。あれ……」

 

ルイスに指摘され、グレンは顔を上げて指さされた方を見る。

 

『それ』は、脳髄だらけのこの部屋の中で、唯一人の形を保っていた。

 

「お、おい!みんな!あいつまだ生きてるぞ、早く助け……」

 

反射的に『それ』に駆け寄るが、途中で速度を落としてしまった。

 

『それ』はグレンのクラスの生徒達、つまりルイスと同じくらいの年頃の少女だった。

 

『それ』はたしかに人の形を保っている。

 

だが、手足を切り落とされ、様々なチューブに繋がれ、無理やり魔術的に生かされている状態だった。

 

ガラスの円筒の外に出れば、恐らく数分で死亡する。

 

生命活動は続いていても、その少女はとっくの昔に『終わって』いた。

 

(ひでぇ……こんなことって……!)

 

生徒達と、ルイスとの日々で忘れていた。

 

魔術とは、時に血みどろで、残虐で、残酷なものでもあるのだ。

 

だからこそ、グレンは魔術に失望したのだった。

 

「……………」

 

こんな状態でも、少女には意識があるらしい。

 

少女の虚ろな瞳と、グレンの目が合う。

 

そして少女は、僅かに、ほんの僅かに唇を動かした。

 

コ、ロ、シ、テ。

 

読唇術に自信がないグレンでも、そう言っているのは分かった。

 

その時だ。

 

「"牢記されよ、我は大いなる主の意を代弁する者なり"」

 

アルベルトの朗々とした声が、静寂を破る。

 

「"汝は我が言の葉を借りし主の意を酌み、その御霊を主に委ねよ。さすれば汝、悠久の安らぎを得ん……"」

 

ゆっくりと歩み寄るアルベルトが、空中で聖印を切り、聖句を唱える。

 

「お、おい……アルベルト……?」

「"死を恐るるなかれ。死は終焉に非ず、初頭の生誕を告げる産声となるもの。現世は円環にたゆたう一時の夢なりて、只、主の御名を三度唱えよ。さすれば汝、重き荷の頸木から解き放たれ、その生が積んだ罪は主の御名の元に赦され、濯がれん──"」

 

ジャンヌはそんなアルベルトの聖句に合わせ、両手の指を組んで合わせ、祈りを捧げている。

 

「"いざ、其の御霊は自由の翼を得て輪廻の旅路につき、永遠の安寧へと続く扉は其の心の前に等しくその門扉を開かん───汝の魂に祝福あらんことを"」

 

アルベルトは魔導師でありながら、司祭の資格も持っている。

 

何をしようとしているかは明らかだ。

 

しかし、グレンにもジャンヌにも、止めることは出来なかった。

 

止めたところで、何か出来るわけがない。

 

どんなに努力しても、どんなに魔術を極めても、救えない命は手からこぼれていく。

 

どうしようもない、どうしようもないことなのだ。

 

だが、

 

「"真に、かくあ───"」

「待ってくれ」

 

少女に向けられたアルベルトの左手を、横から握る手があった。

 

「ルイス……?」

 

困惑した顔のグレン。

 

アルベルトは、黙ってルイスを見つめる。

 

「……どうするつもりだ」

「……俺が助ける」

「なんだと?」

「だから」

 

左手を握る手に力を込める。

 

「だから、俺が、この子を助ける」

 

アルベルトがルイスの目を見ると、その目は決意と覚悟に満ちていた。

 

「……好きにしろ」

 

鼻を鳴らしながら、左手を下ろす。

 

ルイスは少女に向き直り、右手と左手を両方前に突き出す。

 

「《体は剣で出来ている・血潮は鉄で心は硝子・幾たびの戦場を越えて不敗・ただの一度も敗走はなく・ただの一度も理解されない・彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う・故にその生涯に意味はなく・その体はきっと剣で出来ていた》──────!!!」

 

叫ぶように、まくし立てて詠唱する。

 

投影の証の光が、左右の手の平に現れる。

 

直後、両目に痛みが走る。

 

歯を噛み締めて耐えながら、ルイスは記憶の奥底からイメージを引きずり出す。

 

「────『投影(トレース)……!」

 

一際光が強くなり、

 

開始(オン)』────!!!」

 

収束する。

 

「ぐっ……ぅ……っ……!」

 

少なくない魔力の減少と共に、それぞれの手に現れたのは、歪な形の短剣。

 

「……ジャンヌ。この円筒、壊してくれ」

「……いいんですね?」

「頼む」

 

ジャンヌは力強く頷き、手に持った旗を、

 

「ふっ────!」

 

躊躇なく円筒に突き込んだ。

 

ガシャンッ────!

 

と派手な音を鳴らしながら、ガラスの円筒は木っ端微塵になる。

 

「お、おい!ルイス!」

 

当然のように、少女は苦しそうに、か細く息を繰り返す。

 

チューブもほとんどが外れていた。

 

ほんの瞬き程の間に、少女は虫の息になっていく。

 

(おいおいおいおいっ……!何する気だよ、ルイス……!)

 

グレンは不安気な表情で、ルイスと少女を交互に見る。

 

アルベルトも黙ってルイスを見守る。

 

虫の息の少女に向かって、ルイスは、

 

「……ごめん。少しだけ、我慢してくれ」

 

その右手に握った歪な短剣を、突き刺した。

 

飛び散る血しぶき。

 

反射的に、少女の身体がビクビクと震える。

 

驚愕するグレン達の顔が、やけにゆっくりに視界に映る。

 

(ごめん…ごめん…痛いよな。でも大丈夫)

 

間髪入れずに、

 

「───────頼む、効いてくれ……!」

 

左手の短剣も突き刺す。

 

紫色の光と、水色やピンクに輝く光が、少女の体から溢れ出す。

 

その眩しさに、ルイスですら目を閉じる。

 

しばらく止まなかった光は、唐突に途切れる。

 

ゆっくりと目を開くと、

 

「……や、やった……!」

 

両手も両足も、チューブに繋がれていた痕も全て綺麗に修復された少女が、ルイスに抱かれていた。

 

「なっ……!?んな馬鹿な!?」

「どけ、グレン」

 

驚愕に硬直するグレンを押し退け、アルベルトがしゃがんで少女の首筋や手首に触れ、顔の前に手をかざす。

 

ジャンヌも慌てて駆け寄り、少女の体温などを確認する。

 

「……脈も呼吸も問題ない。意識はないが、間違いなく治っている」

「……おいおい、ふざけるのも大概にしろよ」

「ならば自分で確かめるがいい」

 

そう言われ、グレンはアルベルトと同じ手順で生命活動を確認する。

 

何度も、何度も繰り返す。

 

そして、

 

「……信じられねぇ」

 

完全に治っているという現実を、どうにか理解した。

 

「ルイス、お前、一体どうやって……?」

「……わからない」

「はっ?いや、今目の前で……」

「まあ、そうなんだけど……」

 

(『助けたい』って思った時には、もう動いてた……。一体、なんだったんだ……?)

 

困ったように、ルイスは髪をかく。

 

冷静さを欠いていたグレンとジャンヌは、当の本人であるルイスは、気がつかなかった。

 

唯一分かっていたのは、アルベルトだけ。

 

掻いているルイスの髪のほんの一部が、不自然に、急激に。

 

白く、染まっていることに。




お読み頂きありがとうございました

お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、ルイスが使ったのは『破戒すべき全ての符』と『修補すべき全ての疵』です

破戒すべき全ての符で魔術的拘束をリセットし、修補すべき全ての疵で傷を治す……設定としてはそんな感じです

女の子の傷が魔術だけによって付けられたものとは限りませんし、そもそも修補すべき全ての疵の元が短剣じゃないことも理解しております

それでも、私はどうしても彼女を助けたかったんです

それでは、また来週お会いしましょう


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決戦へと

どうも皆様

案の定テストで大失敗した雪希絵です

もう……本当に数学苦手です……

私のような文系脳には理数系は厳しいです

またもや時間過ぎて申し訳ありません

今回は単純に取り掛かるのが遅すぎました……

それでは、ごゆっくりどうぞ


「ふぅ……ふぅ……」

 

肩で息をしながらルイスは立ち上がる。

 

少女を抱きかかえる腕が震える。

 

「お、おい、ルイス。大丈夫か?」

「……大丈夫だ、問題ない」

 

しかし、その足元は覚束無い。

 

魔力を使いすぎたのだろう。

 

顔色も悪くなりつつあり、若干ではあるがマナ欠乏症の兆候が出ている。

 

「ルイスさん」

 

そんなルイスを、ジャンヌが支えた。

 

「……ありがとう、ジャンヌ」

「いえ、気にしないでください」

 

魔晶石を握りながらそう言うルイスに、ジャンヌは微笑みかける。

 

「はん、相変わらず仲のよろしいことで」

「そうだよ。悪いか?」

 

当たり前のように返すルイスに、ジャンヌがほんのり頬を染める。

 

「別に仲が良いことは構わねーよ。それはそうと、本当に大丈夫か?なんならその子、俺が抱えるぜ?」

「いや、魔晶石でだいぶ楽になった。グレンは俺より重傷なんだから、大人しくしてろ」

 

アルベルトが手渡した布を少女に巻きつける。

 

これで体温が急激に下がることはないだろう。

 

「ルイスさんも重傷だったじゃないですか。私が背負います」

「え、でも……」

「………………」

「……はい、お願いします」

 

無言の抗議に負け、ルイスは頷くしかなかった。

 

その時だった。

 

「貴様らァ!?私の貴重な実験材料になんてことをしてくれた!?」

 

場違いで筋違いな怒声が響く。

 

「バークス=ブラウモン……!」

「……てめぇだけは生かしておかねぇ」

 

円筒の群れの奥に姿を現したバークスを、ルイスとグレンは睨みつける。

 

「おのれぇ!やっとの思いで確保したサンプルを解放しおって……!いかに魔術的な価値があるのか分かっているのか!?この愚鈍な駄犬どもッ!許してはおかんぞッ!」

「なぁ、あんた……聞くだけ無駄だろうが……お前が切り刻んで標本にした人達のこと……どう思ってるんだ?少しは罪の意識とかねーのかよ?」

「はぁ?罪だと?何を戯けたことを」

 

完全に馬鹿を見るような目で、バークスがグレンを見やる。

 

「偉大なる魔術師たる私のために身を捧げることが出来たのだぞ?寧ろありがたく思って欲しいくらいだ。大体、どいつもこいつもまったく役に立たん……だが!」

 

バークスはふざけたことを、全て自分が正しいとばかりに語る。

 

「たまたま、少しは役に立ちそうな実験材料が見つかったと思えば……貴様らが今台無しにしてくれた!魔術の崇高さを欠片も理解できぬ愚者共が……!恥を知れ!」

 

そう言い、ルイスを睨みつける。

 

「とくに、直接手を加えた貴様は許してはおかん……!」

 

顔を伏せ、ルイスはそれを黙って聞く。

 

「たかが鼻たれた餓鬼の分際で、よくもやってくれたなッ……!しかも、武器を制作して切りかかる固有魔術(オリジナル)だと?野蛮人がっ!貴様など、魔術師の風上にもおけん!」

「……貴方が、貴方がそれを言いますか!」

 

何も言わないルイスの代わりに、ジャンヌが叫ぶ。

 

「人の身でありながら、同じ人間を道具のように扱うなど……!主に対する冒涜です!いえ、そうでなくも、人として許されるものではありません!」

「何を言うかと思えば……そんなことか。相手は異能力者だぞ?何を遠慮するというのだ?」

「……異能力があるから、人間ではないんですか……?」

「そうだとも。何がおかしい?」

 

全く悪びれることのないバークスは、ぬけぬけとそう言う。

 

「あー、うん、もうね。わかった。あんた本物だよ。……本物の、クズだ……!」

 

グレンは冷静に怒り狂っていた。

 

ジャンヌは、唇を出血する程に噛み締める。

 

そんなジャンヌの隣で、

 

「きゃっ……!?」

 

一陣の風が巻き起こる。

 

理由は明白、ルイスが双剣を握り締めて突撃したからだ。

 

「……殺す」

 

その速度に、バークスは全く反応出来ない。

 

首筋と心臓に深々と剣が突き刺さる。

 

間違いなく即死。

 

だが、

 

「……ふんっ!」

 

バークスが気合いとともに力を込めると、双剣は抜けてしまった。

 

「…………」

 

ルイスは腹立たしそうな顔をして、黙って剣を引いて後退する。

 

バークスの手には、いつの間にか金属製の注射器が握られていた。

 

「本当はもう少し後に使うつもりだったが……仕方ない。これはな、魔術を破壊にしか利用できぬ、下らない犬でしかない貴様らの分際では理解できん、神秘の産物よ」

 

直後、異変は起こる。

 

初老にしては体格のよかったバークスの体が、メキメキと音を立てながら膨れ上がっていく。

 

同時に、傷も急速に塞がる。

 

「……再生した?」

 

ルイスが怪訝そうな顔でバークスを睨みつけ、他の面々は驚きを表情に表す。

 

「……お前達、先に行け」

 

そして、アルベルトがそう言った。

 

「珍しいな。お前らしくもない。魔術戦において、一対一は極力避けろ、敵より上の頭数であたれ……お前の言だぜ?」

「その通りだ。だが、状況が変わった」

 

アルベルトの声色はいつも通り、淡々としたものだった。

 

「敵側にエレノア=シャーレットがいる以上、グレンの固有魔術もルイスの固有魔術も割れている。それがわかっていてこうして姿を表す以上、勝算があるのだろう。加えて、あの薬品……何か異質だ。やつとの戦いが長引くのは必至だろう」

「だったら尚更……」

「今は時間が惜しい。こうしている間にも、王女があのような姿にされている可能性は捨てきれない」

「……っ!?」

「「…………」」

 

グレンは息を飲み、ルイスとジャンヌは黙ってバークスを睨む。

 

もしそんなことになっていたら、二人は……とくにルイスは、どんな手を使ってもバークスを命を奪いにかかるだろう。

 

「俺たちの命より、王女の命が最優先だ。恐らく、グレンとルイスならエレノア相手に有利に戦える。ジャンヌ=ダルクにより援護もある。ここにリィエルが姿を見せていない以上、この布陣が鉄壁だ。異論は認めん」

「援護任せた」

「了解した」

「承知しました」

 

アルベルトの言葉に応じ、三人が駆け出す。

 

「馬鹿がっ!良い的だ……!」

「《気高く・吼えよ炎獅子》!」

 

バークスが何かしようとした瞬間、アルベルトが黒魔【ブレイズ・バースト】を放つ。

 

「馬鹿な、この距離で【ブレイズ・バースト】だと!?貴様、味方を巻き込むつもりか!?」

 

しかし、三人は足を止めない。

 

速度を緩めもしない。

 

ジャンヌは少女を背負ったままだというのに、大した速度だ。

 

放たれた炎弾が地面に着弾し、巨大な爆発を引き起こす。

 

それは一瞬で燃え広がり、バークスと四人を飲み込む。

 

否、飲み込まれたのはバークスだけだ。

 

アルベルトによる呪文の即興改変で、バークスだけを攻撃するように操作されたのだった。

 

その後も速度を緩めず、三人は走り続ける。

 

「ジャンヌ、大丈夫か?疲れてないか?」

「これくらい問題ありません。それに、本当に、可哀想なくらい、軽いんです……この子」

「……目が覚めたら、たっぷり飯食わせてやらないとな」

「……はい」

 

ジャンヌは頷き、再び前を向く。

 

駆ける。

 

駆ける。

 

ひたすら駆ける。

 

長く長く、永遠に続くかのように思えた薄暗い道も、やがて終わりが近づいてきた。

 

「だらっしゃぁぁぁぁーーー!!!」

 

最後の扉を勢いよく、強引に蹴り開ける。

 

「……グレン?」

「先生……!」

「……なにッ!?」

 

その部屋の中にいた全員が、現れた青年に注目する。

 

「ルミア!無事かっ!?ルミア!」

「ルミアさん……!」

「ルイス君……!ジャンヌ……!」

 

さらに後ろから大事な友人達の姿が現れたのを見て、ルミアが感動の涙を流す。

 

「さぁ……バカ騒ぎも終いにしようぜ」

「返してもらうぞ。俺の大事な幼馴染をな……!」

 

ルイスとグレンはそれぞれの得物を用意し、部屋の中央にいる一人の青年を睨みつけた。




お読み頂きありがとうございます!

なんか、『睨む』多かったですね(^_^;

それでは、また来週お会いしましょう!


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VSリィエル、再び

どうも皆様

先週はおやすみして申し訳ございませんでした、雪希絵です

また、時間も過ぎてしまい申し訳ありません

つい先程まで眠っておりました

それでは、ごゆっくりどうぞ


「ジャンヌ、その子を頼む」

「私も一緒に……」

「ダメだ」

 

ジャンヌの言を遮り、ルイスはそう言う。

 

「天の知恵研究会は、目的のためなら手段は選ばない。その子を人質に取るくらい平気でやる。だから、守ってやって欲しい」

「……わかりました。お気をつけて」

「ああ、もちろん」

「あ、グレン先生も」

「そんな取って付けたように言われると、先生傷ついちゃうんだけどなぁ……」

 

頷くルイスと項垂れるグレン。

 

しかし、ルミアに再び向き直った瞬間、ルイスは速攻で目を逸らした。

 

ルミアの制服は、中央部分が破り取られていた。

 

そのため、ルミアの純白の下着や豊かな肢体が惜しげも無く晒されている。

 

(なんて格好してやがる……!まさか、あの野郎が……)

 

そう考えた瞬間、ルイスの中に怒りと憎しみがフツフツと湧き上がる。

 

ギギッ……ギギギッ……!

 

もはや人体から鳴るものではない音を響かせながら、ルイスはシオンを見据える。

 

(KI☆RI☆KI☆ZA☆MU☆)

 

何故だろう、言ってもいない殺意が猛烈な勢いで叩きつけられている気がする。

 

「……させない。兄さんは私が守る」

 

痛烈な殺気に反応したのか、リィエルが割って入って来た。

 

「そうかよ」

 

ルイスはそう答えながら、双剣を構える。

 

「……槍は?」

「ここなら遠慮はいらないからな。こっちでやる」

「……そう」

 

リィエルは呪文を唱えると、拳を地面に叩きつける。

 

次の瞬間、リィエルの手には大剣が握られていた。

 

「リィエル!例の素体の調整にはもう少し時間がかかる!それまで奴らを抑えるんだ!」

「……わかった」

 

自称『兄』は、慌てて奥の魔法陣に駆け寄り、再び作業を開始した。

 

「グレン。リィエルは俺が抑える。お前はあの自称兄貴の横っ面ぶん殴って来い」

「任された」

 

グレンが拳をポキポキと鳴らしながら、さらに奥へと駆け込んで行く。

 

「行かせない……!」

 

リィエルがグレンに飛びかかる。

 

「こっちのセリフだ……!」

 

そこへルイスが割って入り、振り下ろされた大剣を十字に重ねて防ぐ。

 

「ルイス……っ!どいてっ!」

「誰がどくか……ボケェ……っ!」

 

リィエルの膂力に耐えるため、全力で力を込める。

 

「邪魔っ!」

 

リィエルが大きく大剣を振って、ルイスを押し退ける。

 

「『投影開始(トレースオン)』!!!」

 

逆にルイスはその勢いを利用しながら距離を取り、自分の周囲に無数の剣を投影。

 

リィエルに向かって、次々に飛んで行く。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

それに対し、猛烈な勢いで大剣を振り回すリィエル。

 

軌道はめちゃくちゃ、力任せの太刀筋。

 

しかし、威力は折り紙付き。

 

ルイスの父親の最高傑作達を、次から次へと叩き壊していく。

 

「まだまだ……!」

 

今度は大量の槍を呼び出す。

 

「しっ────!」

 

左右の剣をリィエルに向かって放り投げる。

 

回転しながら、ブーメランのように水平の弧を描いて飛来する。

 

「このっ……!」

 

リィエルは大剣を横に構えることでそれを防ぐ。

 

だが、その顔面に向かって赤塗りの槍が猛スピードで迫る。

 

「!?」

 

首を僅かに捻り、リィエルは槍を紙一重で回避する。

 

「今の避けるか……。なら」

 

ルイスは再び、自分が作り出した槍を握る。

 

「倍ならどうだ……っ!」

 

宣言通り、二本の槍を腰の捻りを駆使しながら投げた。

 

リィエルは片方を飛び下がって回避し、続く2本目は正面から迎え撃つ。

 

派手な金属音と火花が散る。

 

残る槍は、さきほどの剣も同様に飛んで行く。

 

リィエルがそれらを迎え撃つあいだに、ルイスは今度は弓を握る。

 

三本の矢を投影し、一度に番え……放つ。

 

まるで目でもあるかのように、矢は確実にリィエルを捉えていた。

 

「い、やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

気合と共に、リィエルはすくい上げるように大剣を振るう。

 

それは見事に矢の芯を捉え、切り裂いた。

 

「どうしたリィエル。まだまだこれからだぜ?」

「……こっちの、セリフ」

 

大剣を構え直したリィエルに対し、ルイスは再び双剣を握りこんだ。




今回ちょっと短くなっています

今日はちょっと時間と体力がなったので……どこかで調整します

それでは、また来週お会いしましょう


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作られた命だとしても

どうも皆様

本当にお久しぶりでございます、雪希絵です

諸事情で2週間も投稿しないで……申し訳ありません

これから投稿再開していきますので、よろしくお願い致します


「しっ────!」

 

気合一閃、ルイスは右手の剣を突き込む。

 

リィエルは腰を捻りながら大剣を真横に振り、横から叩きつけるようにルイスの剣を弾く。

 

「まだまだ!」

 

ルイスはその勢いを利用して一回転し、左手の剣を切り払う。

 

「やぁっ!」

 

しかし、リィエルは持ち前の身体能力を活かして強引に振り抜いた大剣を引き戻し、盾のように構えて斬撃を防御する。

 

飛び散る猛烈な火花が、互いの力の強さを物語る。

 

お互い反発する磁石のように飛び下がり、距離をとる。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「……もう、終わり?」

 

肩で息をするルイスに対し、全く息が乱れていないリィエルが、挑発するようにそう言った。

 

「へっ。そんなわけないだろ。……まあ、全身痛てぇがな。どっかの誰かさんのせいで」

「……兄さんの計画の邪魔をしたから。それだけ」

「ああ……そうかよっ!」

 

舌打ちをしながら、ルイスは双剣をギリギリと握る。

 

ボロボロの身体はそれだけで悲鳴をあげるが、ルイスは毛ほども気にしていない。

 

「『投影開始(トレースオン)』」

 

ボソリと呟き、両手に三本ずつの双剣を投影する。

 

ルイスの必殺技の一つ、『鶴翼三連』の準備だ。

 

鶴翼(しんぎ)欠落ヲ不ラ(むけつにしてばんじゃ)────」

 

ルイスが詠唱の如くそう言った直後、

 

「クソッタレ……!」

 

ルイスのものではない悪態が聞こえ、すぐそばにグレンが飛び込んできた。

 

「グレン!?どうした!?」

「すまん、ルイス。間に合わなかった……」

 

首を傾げるルイスを他所に、リィエルは戦闘を続行しようと斬りかかってくる。

 

「話はあとだ。とりあえずリィエルを抑える!」

「分かった。ルイスはスキを作ってくれ。あとはなんとかする」

「任せろ」

 

言いながら、ルイスは両手の双剣のうち左手の剣だけ1本にし、右手の残る剣を投げつける。

 

白い剣は、投げナイフの要領で一直線に飛んでいく。

 

(……? サイズが小さくなってる……?)

 

リィエルは飛来する剣に違和感を覚えながらも、対処を開始する。

 

とはいえ、いつもの如く猪突猛進し、

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

その最中で水平に回って剣を薙ぎ払うだけだが。

 

速度を全く緩めることなく、突撃して来るリィエル。

 

それを、ルイスは実に冷静に眺めていた。

 

ぐっ、と両手に力を込めて塚を握り込むと、両手の剣に変化が現れる。

 

長く、太く、大きく伸びていく。

 

予想外の変化にリィエルも目を見張るが、怯まずに特攻する。

 

横抱きにした大剣を、下から上へすくい上げるように切り払う。

 

ルイスは巨大化した双剣を勢いよく振るい、左手の剣を大上段に叩きつける。

 

「ぐっ……!?」

 

重量が増え、その威力は先程までと桁違いだった。

 

リィエルの一撃が押し返され、態勢を乱す。

 

間髪入れずに横薙ぎに飛来する右手の剣。

 

大きさ故か、遠心力の加わったその攻撃は比べ物にならない迫力を持っていた。

 

「ぬぐっ……やぁぁぁぁぁぁっ!」

 

半ばヤケ糞に大剣を持ち上げ、盾にする。

 

どうにかこうにか防ぎはするが、衝撃に耐えきれず吹き飛ぶ。

 

膂力と機動力は高いが、リィエルは小さな体格の故に体重が軽い。

 

もちろん、長い距離ではないためすぐに着地するが、

 

「───・理の天秤は右舷に傾くべし》」

 

致命的な隙に突き刺さる、黒魔【グラビティ・コントロール】。

 

「うっ……ぐっ……!」

 

その小さな肢体を押し潰さんとせんばかりに、重力が襲いかかる。

 

単純な力には押し負けてないだろうが、重力には流石のリィエルも対処のしようがない。

 

そうしてようやく、リィエルは止まった。

 

「ったく、本当にお前は大したやつだよ。ここまでしないと、止まんないんだもんな……」

「ああ、本当にな」

 

しかし、グレンとルイスは警戒を解かない。

 

「……グレン。何があった?」

「ああ。それはだな……」

 

直後、二人の直感が危機を感知した。

 

同時に飛び下がると、そこへ飛び込んでくる一つの影。

 

「……!? り……リィエル……?」

 

その人物は、リィエルと瓜二つだった。

 

それだけではない。

 

研究所内の氷石柱が壊れたかと思うと、さらに現れる二人のリィエル。

 

合計三人のリィエルが、そこにいた。

 

「は……?な、なん……だよ……これ……?」

「馬鹿なっ!?」

 

混乱するルイスの傍らで、グレンが驚愕に目を見開いて叫ぶ。

 

「『Project:Revive Life』が成功しているだと!?」

「『Project:Revive Life』……?い、一体何を言って……」

 

いや、頭では分かっているのだ。

 

リィエルは、かの研究で作られた人工生命体だと。

 

しかし、心が理解を選ばない。

 

今までのリィエルとのことが、頭を駆け巡る。

 

ルイスの膝で呆けた顔で眠るリィエル、タルトを頬張って幸せそうにしているリィエル、荒々しい表情でこちらを睨むリィエル。

 

今の、泣きそうな顔になっているリィエル。

 

(こいつが……人間じゃないと?)

 

「ルイス!」

 

グレンの一喝で我に返る。

 

「ルイス、今まで黙ってて悪かった。……お前の察している通りだ」

 

けど、と躊躇いがちにグレンは続ける。

 

「頼むから、あいつの事を人間じゃないなんて思わないでやってくれ……!」

 

その一言で、腹は決まった。

 

何を迷っていたのか。

 

今しがた、思い出していたではないか。

 

あれが、ただの人形の姿だと?

 

「……冗談じゃねぇ」

 

言いながら、ルイスはもう一度双剣を握りしめる。

 

元のサイズに戻ったそれを、くるくると回転させて構える。

 

「ああ、分かってるよグレン。あいつは、リィエルは、ルミアとシスティの友達で、クラスメイトで、俺の大事な妹分だ。作られた命だろうが、人形だろうが、そこだけは変わらない。変えさせない───!」

「……よく言った、ルイス。背中頼むぞ」

「任せろ!」

 

覚悟を決めた二人の、最後の戦いが始まろうとしていた。




3時間半超過って……何をやっているんでしょうね

やっぱりしばらく書いていないせいか、思ったように書けなくて……大変に時間がかかってしまいました

早く、元のペースに戻せるように頑張ります

それでは、また来週お会いしましょう


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どうして

どうも皆様

最近筆が(正しくは指が)上手くのらなくて迷走中、雪希絵です

率直に言って速度が落ちました……

もうストック作っとくことにします( ˙꒳˙ )

それでは、ごゆっくりどうぞ!


「くっくっくっ……どうだ、見たか!グレン=レーダス!そして、ルイス=ハルズベルト!これが俺の力だ!俺はこの力で組織をのし上がる!このルミアとかいう部品があれば、俺はリィエルをいくらでも作れる!一匹作るのに結構な数の人間の魂が必要になるが、そんなの関係ない!作れば作るほど、俺は強くなる!無限に強くなれる!これを最強と言わずしてなんと言う!?なぁ、教えてくれよ、お前ら!あはっ、はははははははははは──────ッ!」

「う、ぁああ……ああ……。ぁあああああああああああ────ッ!」

 

勝ち誇ったように笑い転げる、自称リィエルの兄……ライネルと、目の前の現実を受け入れられず、泣き叫ぶリィエル。

 

グレンとルイスは確信した。

 

ライネルは、生かしてはいけない人種だ。

 

自分の欲望のためなら人を人とも思わない、真の邪悪。

 

放置すれば、加速度的に犠牲者は増加していくだろう。

 

ルイスはギリギリと双剣の柄を握る。

 

高笑いするライネルの首を、叩き斬ってやりたくて仕方ない。

 

だが、そのライネルを守るリィエル・レプリカの三人は、どうやら本当にリィエルと同等の力を持っているようだ。

 

こちらはグレンとの二人がかりであるにも関わらず、全く付け入る隙が見当たらない。

 

「はっ……こちとらリィエル一人でも手一杯だっつーのに、三人同じだぁ?無理ゲーってレベルじゃねぇぞ……ッ!」

「全くだよな……。だが……このままじゃ腹の虫が収まらねぇ……!」

 

激しい憤怒と同時に、誤魔化しきれない焦燥が二人の背中を凍てつかせる。

 

そして────

 

「やれ、僕の木偶人形ども!そいつらを始末しろ────!」

 

主たるライネルの命令を受け、三体のリィエル・レプリカが俊敏な獣のような動作でグレンとルイス、そしてリィエルに襲いかかる。

 

瞬時にリィエルへと肉迫した一体のリィエル・レプリカは、稲妻のごとき斬撃を振り下ろした。

 

「あ────」

 

対するリィエルは、ただ呆然と、自分を左右に割るであろう剣を見つめ続け────

 

「リィエル────ッ!」

 

そこへ飛び込んで来るルイス。

 

双剣で大剣を受け止め、腰の捻りなどの体術を駆使して弾き飛ばす。

 

「ふ────ッ!」

 

間髪入れずに、床を蹴ってグレンが踏み込む。

 

得意の古式拳闘の構えから、神速のワン・ツー。

 

さらに旋風のような回し蹴り。

 

リィエル・レプリカはそのことごとくを見事に回避し、距離を離すためにバックステップした。

 

「グレン!」

「あいよ、サポート任せろ!」

 

そして、ルイスはリィエルの膝の裏と背中に手を回し、目に止まらぬ動きで抱きかかえる。

 

「……えっ?」

 

そのまま駆け抜けて部屋の隅に辿り着くと、素早くされど優しくリィエルをその場に下ろした。

 

「悪いな、リィエル。せめて攻撃される方向を一方向にしないと、戦いにならねーんでな」

 

グレンはそう言うと、ルイスと並んでリィエル・レプリカ達の前に立ち塞がる。

 

部屋の隅という場所は、敵の攻撃範囲が自分の視野だけに限られる。

 

加えて、主武器である大剣は、狭い空間では振り回し辛く、太刀筋も読みやすくなる。

 

退路を絶たれるという致命的なデメリットこそあるが、そもそも二人の選択肢に逃走はない。

 

だが、何よりリィエルが不可解に感じたのは……何故二人が自分を部屋の隅に連れてきたのか。

 

これではまるで、自分を守っているようではないか。

 

「アホ。守ってるみたいーじゃなくて、実際に守ってんだよ」

「そういうこった。お前はそこで大人しくしてろ」

 

おどける二人は、冷静に戦況を見極める。

 

(あー……ダメだ。詰んでる)

(詰みだな……こりゃ)

 

どんな戦術を取ろうが、どんな作戦を練ろうが、戦端が開かれた瞬間に二分持てばいい方だろう。

 

そもそも、ルイスの限界が近い。

 

魔晶石で予備魔力の補給は出来ても、重傷に加えて少女を救った際の投影。

 

それに加えて、リィエルとの戦闘だ。

 

積み重なった疲労とダメージが、ルイスを確実に蝕んでいた。

 

それでも、ルイスは己の得物を構えた。

 

「……どうして?」

 

リィエルが呟くのと。

 

リィエル・レプリカ達が餓狼のごとき瞬動で、グレンとルイスに殺到するのは同時だった。

 

加えて、

 

「くっ……!まさか、こっちにも!」

 

四体目のリィエル・レプリカが現れ、ジャンヌの方に飛びかかっていった。

 

「ジャンヌ!」

「こっちは大丈夫です!ルイスさんは、とにかくリィエルさんを!」

 

ジャンヌは旗を構え、リィエル・レプリカを迎え撃つ。

 

それを見て、ルイスも視線を戻した。

 

迫り来る剛刃を片手の剣でいなし、間髪入れずにもう片方の剣を切り込む。

 

対するリィエル・レプリカは、背中を大きく仰け反らせて回避。

 

ふわりと舞った綺麗な青色の前髪が、剣風で吹き流されていく。

 

ふと、視界の端に同じ青色の髪を捉えた。

 

先程ルイスの斬撃を回避したリィエル・レプリカも、すぐに体勢を立て直す。

 

二人同時に、それぞれ胸と膝を狙った斬撃を放つ。

 

膂力のあるリィエル・レプリカの攻撃を受けるには、地に足をつけて構えなくては受けられない。

 

だが、それをして胸に向けた斬撃を受ければ脚を切り裂かれる。

 

ジャンプして脚の斬撃を避ければ、今度は胴体が真っ二つ。

 

その大きさ故に、バックステップではかわしきれない。

 

かといって、片手で受けられる程の力も余裕もない。

 

そこで、ルイスが取った手段は、

 

「『投影開始』────」

 

瞬きも経たずに、双剣を解除・償還し、

 

ギャリィィィィ────ッ!

 

赤塗りの槍を呼び出した。

 

リィエルの剣速よりも早く、槍を呼び出したその技量。

 

無限の剣製をまともに扱えるようになったのがつい最近だというのに、とてつもない成長速度だ。

 

防御が終わると、槍を瞬時に消して、双剣構える、

 

グレンがもう一人を相手にしている間、ルイスは一人の相手に徹する。

 

「……なんで……どうして……?」

 

虚しく響くリィエルの呟きが溶ける空間に、ルイスとグレンの終わりのない戦いは続く……。




時間内!ですね!

やりましたよ!

だいぶ久しぶりですね、お恥ずかしいことに……

それでは、また来週お会いしましょう!


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お前は人間だ

どうも皆様

突然ですが、皆様にお知らせがございます

わたくし雪希絵、この度Twitterアカウントを制作致しました

@yukie_yaesaka

↑上記がアカウント名になりますので、よろしければフォローお願い致します

それでは、今回もごゆっくりどうぞ


「だぁぁぁらぁぁぁぁぁぁぁ!」

「おぉっ!」

 

グレンとルイスは共同でリィエル・レプリカの猛攻を捌き続ける。

 

互いの死角をカバーしながら、二人はひたすら耐えしのいでいた。

 

「どうして……私なんか守るの?」

「どうしてだぁ────!?どやっかましいわ!今、お前に構ってる暇はないんじゃ、見りゃ分かるだろボケェェェェ────!」

 

前方左右の三方向から突進してくるリィエル・レプリカ。

 

グレンは咄嗟の判断で右側へと踏み込み、ルイスは正面に走る。

 

突き蹴りで引き離したあと、グレンは回転して左側から迫るリィエル・レプリカを後ろ回し蹴りで突き放す。

 

ルイスは正面のリィエル・レプリカの切り払いを、左右の双剣を絶妙な加減で操って受け流す。

 

間髪入れずにその腹部に蹴りを入れて引き離す。

 

「お前、んなコトより、刺し違えてでもこいつら一匹ずつやるから、今すぐルミア連れて逃げろ!アルベルトのとこいけ!いいか、返事は『はい』以外受け付けねぇぞ────!?」

 

グレンがそうして叫んでいる間にも、二人は動きを止めない。

 

左から旋風の如き薙ぎ、右から首を狙った一閃。

 

グレンは飛び上がって空中で身を捻り、その剣戟の間をすり抜けていく。

 

ルイスはもう一人のリィエル・レプリカと激しく剣を叩きつけ合う。

 

歯を食いしばり、迫り来る大剣を受けて、受けて、流す。

 

痛み体にムチを打っているためか、荒い呼吸と気合いしか口から出てこなかった。

 

「わたしには……何もないのに……。記憶も、思い出も、何も……」

「うっせぇ、バーカ!だったら思い出せ!お前の本当の記憶をな────!」

 

そうして、グレンはルイスに目配せする。

 

ルイスの右手が光り輝き、投影されたのは爆晶石。

 

カツンッ、と音が鳴って落下した赤い宝石は、閃光を放ちながら爆発する。

 

どうせリィエル・レプリカには当たらないだろうが、少々の目くらましと足止めにはなる。

 

轟音の中、グレンの声がリィエルの耳に、心に届いた。

 

「『シオン』だ」

「えっ……?」

 

爆風を薙ぎ払いながら、リィエル・レプリカが突っ込んでくる。

 

「させるか────!」

 

赤塗りの槍を呼び出し、薙ぎ払うように振り回す。

 

左右から迫るリィエル・レプリカはどうにか弾いたが、中央のリィエル・レプリカはしゃがんで回避されてしまった。

 

横っ腹を盛大に殴られるが、どうにか踏みとどまる。

 

ルイスがそうして押さえ込んでいる間に、グレンが続ける。

 

「『シオン』だ。お前の兄貴の名前は、『シオン』だ────!二年前、天の知恵研究会に囲われている妹を逃がそうと帝国宮廷魔導師団に亡命を打診して、結局、組織に裏切り者として粛清された──稀代の天才錬金術師だ」

「………『シオン』……?」

 

リィエルはハッとした顔になると、頭を抑えながらうずくまった。

 

蘇ったリィエルの記憶の中で、彼女は『イルシア』と呼ばれていた。

 

実の兄、シオンは『ライネル』と呼ばれている共同研究者に亡命の話をし、そして────イルシアの目の前で殺された。

 

そして、イルシアもまた、ライネルの手によって切り捨てられたのだった。

 

「……今……のは……?」

 

蘇った記憶を受け入れられず、ガタガタと震え出す。

 

「さあな?お前がどんな記憶を思い出したか、俺には分からん」

「そんな……あの青い髪の子……なんで、私の記憶の中に……私が……?」

 

驚愕するリィエルに対し、グレンはぽつぽつと語り出す。

 

二年前、ある研究所を強襲した時に、ガラスの円筒に収まった少女を秘密裏に確保したこと。

 

その少女は『Project:Revive Life』の開発者シオンの妹、イルシアの『ジーン・コード』と『アストラル・コード』を受け継いでいた。

 

名前は、『Project:Revive Life』の略称から……『リィエル』。

 

「分かるか?お前は『Project:Revive Life』の世界唯一の成功例。シオンの妹、イルシアの姿と中身を継いだ魔造人間だ。お前に本当の意味での兄貴なんて、いないんだよ」

「……あ……あ……。ぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁ!」

 

グレンの物言いに、リィエルが泣き叫ぶ。

 

「……うるせぇ!!!」

 

そんなリィエルを、ルイスが一喝する。

 

見れば、たった一人でリィエル・レプリカを相手にした為か、ボロボロだ。

 

それでも、その瞳だけは強い光が宿っていた。

 

ルイスは驚いて肩を震わせるリィエルの胸倉を、思いっきり掴んだ。

 

「話全部聞いてたがな!さっきからなんだ、『あ』だの何だの叫んでばっかりか!」

「だって……でも……わたし……」

「いいか、よく聞け!」

 

何か言おうとしたリィエルを遮り、ルイスはまくし立てる。

 

「お前は!バカで!猪突猛進で!何も考えない脳なしで!毎回突っ込んでは騒ぎ立てる大馬鹿者だろうがっ!」

 

突然の罵倒に、リィエルは目を見開く。

 

「なのに、なのに……!」

 

話の途中で迫ってきたリィエル・レプリカの攻撃を受ける。

 

傷口が開いたのか、胸や腕から出血していく。

 

「こんな時に、ごちゃごちゃ考えてどうする!お前は、そんなごちゃごちゃ考える人間(・・)じゃねぇだろうが!!!」

 

血反吐を吐き、リィエルをはね飛ばしてそう叫ぶ。

 

「お前のやりたいことは何だ!お前の望みはなんだ!お前は人形じゃない、作られた命とか関係ない!自分の望みを言え、それが人間だろうがっ!!!」

 

両側から迫るリィエル・レプリカの剣を受け、回転することで受け流す。

 

剣の軌道に沿って、またパタパタと血が滴った。

 

「そういうこった!いいか、よく聞け!?自分が大切だと思う何かの為に生きろ、リィエル!お前は人形なんかじゃねぇ!人形何かのために、俺が、俺たちが、ここまでするか、いい加減わかれよ、この馬鹿ヤロォォォォォォォォォ!!!」

 

グレンは叫びながらリィエル・レプリカと相対する。

 

刻まれ続けたその身体の傷は、もはや全身に及んでいた。

 

されど、グレンとルイスの叫びは届く。

 

たかが空気の振動であって、ただの音であるはずなのに、それはどうしようないほどにリィエルの魂を揺さぶった。

 

熱が、凍てついたリィエルの心を溶かす。

 

「うっ……ぁ……あぁぁ……」

「ぐっ!?」

 

ルイスの脚を、大剣が撫でる。

 

傷が刻まれ、赤い血潮が床に流れる。

 

グレンも、もはや限界だ。

 

右脚と右腕は、妙な方向に歪んでいた。

 

間違いなく骨が折れている。

 

限界をとっくに超越した二人は、自分達に斬りかかってくる三つの影を、ただ見ていることしか出来なかった。




お読み頂きありがとうございました

早くに取り掛かったはずなのですが……なかなかどうして時間を超過してしまいました

それでは、また来週お会いしましょう


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おやすみなさい

どうも皆様

いつの間にか眠っておりました、雪希絵です……

新学期が始まったからでしょうか、なんだか疲れやすくて……

それでは、ごゆっくりどうぞ


呆然とするリィエルの中で、何かが巡る。

 

「わ、わたしは……」

 

自分は、何のために生きるのだろうか。

 

兄を失い、自分を失い、心の拠り所を失い、虚空に立たされるような感覚。

 

体が竦む、何も分からない。

 

自分は何のために生きるのか。

 

心の奥底を、さらう。

 

ルイスの言う通り、自分の願いを見つめ直す。

 

願うなら、叶うなら。

 

ルミアと、システィーナと、また一緒に居たい。

 

またクラスのみんなと、一緒に、遊びたい。

 

「あ…………」

 

今、はっきりと分かった。

 

リィエルの心の底にあったのは、穏やかで、くすぐったくて、暖かくて、楽しかった魔術学院での日々。

 

「ぁ……ぁ……あ……っ……!」

 

涙が、溢れ出る。

 

取り返しのつかないことをしてしまった。

 

もう、自分はルミアとシスティーナのそばにはいられないけれど。

 

グレンが、ルイスが、いなくなったら。

 

二人はきっと悲しむ。

 

もう、クラスのみんなと笑い合うことは出来ないけれど。

 

グレンとルイスがいなくなったら、あのクラスから笑顔がなくなってしまう。

 

嫌だ、嫌だ、それは……すごく、嫌だ。

 

「……ぅ……」

 

リィエルの冷えきって鉛のように重くなっていた体が……動く。

 

ふつふつと湧き上がる激情が、体の奥底から燃え上がる熱情が、徐々にリィエルの四肢に力を与え、魂に火を灯す。

 

「───うわぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ───ッ!」

 

それは、一陣の暴風だった。

 

死に体だったリィエルは、咆哮と共に駆け出す。

 

残像すらも置き去りにする速度で、躍動した。

 

動けなくなったルイスとグレンを台風の目に、旋回。

 

刹那に翻る斬閃、三閃。

 

それだけで、たったそれだけで。

 

グレンとルイスを相手に圧倒していたリィエル・レプリカは、盛大な血花を咲かせ、その儚い命を散らした。

 

「……ごめん。私の妹たち。勝手だけど……あなた達の分まで生きるから……。……さようなら」

 

ポソリと、リィエルはそう呟いた。

 

その頬を、再び涙が伝った。

 

「ば、ば、馬鹿なぁぁぁぁぁぁ────!?」

 

リィエル・レプリカがいとも簡単に倒され、床を転がる。

 

そんな光景に、ライネルは頭を抱えて叫ぶ。

 

「有り得ない!何故だ!?なぜ、レプリカ達が簡単に倒される!?こいつらは、リィエルと全く同じ性能を持つ人形なんだぞ!?」

「十分有り得る話だよ」

 

若干よろけながらも、グレンが立ち上がってライネルに歩み寄る。

 

ルイスは身体も魔力も使い切り、もはや立ち上がれる状態ではなかった。

 

一応、立ち上がろうとはするが、フラフラと倒れそうになる。

 

「……全く、無茶しすぎです。ルイスさん」

「……ジャンヌ」

 

そんなルイスを、ジャンヌが正面から抱きとめた。

 

柔らかな感触が顔全体に当たる。

 

それも当然、場所はジャンヌの胸中央である。

 

状況的にそんな場合ではないが、思春期男子的にはドキドキせざるを得ない。

 

「無理をさせないために付いてきたのに……結局こうなっちゃうんですね」

「……お、おう」

 

体が動かないのもあるが、離れたくないのも本音である。

 

そんなルイスの心情は梅雨知らず、ジャンヌは体勢を変えて肩を組み、ルイスを支えた。

 

「おい、ルイス。お前はどうする」

 

グレンの元へと近寄ると、くるりと振り返りながらグレンがそう言う。

 

見れば、ガタガタと震えるライネルに対して、グレンが銃口を向けていた。

 

「先生、ダメ────!ルイス君!お願い、先生を止めて────!」

「……いいぜ。やれよ、グレン」

「ルイス君……!」

 

ルミアが呼びかけるが、ルイスはその場から動かない。

 

ジャンヌはそんなルイスを複雑な表情で見つめるが、何も言わない。

 

「悪いなルミア。目ぇつぶってろ───」

「ひぃいいいい!?」

 

恐怖のあまり、悲鳴をあげるライネル。

 

「黙れ!てめぇはレプリカ一体作るために何人の魂を犠牲にしやがった!自我すら奪われて無理矢理生み出されたレプリカ達に、心があったら何を思ったか分かるか!?なんの関係もない命をてめぇのくだらねぇ都合でオモチャにしやがって……!自分のことばっかりも大概にしやがれクソがァ────!」

 

グレンの恫喝に、ライネルがガタガタと心の底から震える。

 

「じゃあな……久遠の悪魔によろしく伝えてくれや……」

「ひ、ひぃぃぃぃ────ッ!」

 

昔の、宮廷魔導師団にいた頃の、冷たい瞳でグレンはそう言い……引き金を引いた。

 

ライネルが一際大きく叫びながら、体がを縮こませる。

 

カチン────ッ

 

そう甲高い音が鳴り……何も起きなかった。

 

グレンの銃の引き金は、たしかに引かれている。

 

「あれぇ?おっかしいなぁ。弾切れかなぁ?あ、そっかー!僕ってば途中でカニの化け物に撃ってたんだぁ!いやー、うっかりうっかり」

 

困惑するライネルを他所に、グレンはぐっと拳を握る。

 

「めんどくせぇことにね、俺は今教師なわけ。すなわち暴力反対、ラブアンドピース!ってことで────」

 

グレンの腕が大きくしなり、ライネルを思い切り殴りつけた。

 

直後、そのライネルの体がくの字に折れる。

 

ルイスが全力で投擲した剣が、腹部に突き刺さったのだ。

 

「……魔力が足んねぇのかな。刃、ついてなかったぜ……チクショウ……」

 

チカチカと明滅する意識を必至に繋ぐが、やがてルイスは静かに目を閉じた。

 

体が休息を求めているのだろう。

 

「……お疲れ様でした、ルイスさん。まだまだ一悶着ありそうですけど……今は休んでください」

 

ジャンヌはそう呟き、ルイスの額に優しくキスを落とした。




お読みいただきありがとうございました

長かった3巻、4巻編も次回でいよいよ最終回となります

それでは、また来週お会いしましょう!


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悔いのないように

どうも皆様

大変……大変申し訳ございませんでした……画面の前で土下座させて頂きます雪希絵です

寝落ちして朝を迎え……更新しようにも学校があり……結局こんな時間になってしまいました

あ、今回は体調不良というわけではないので平気です……

本当にすみませんでした

Twitterで連絡出来れば良いかなとも思っておりますので……よろしければフォローお願いします

100パーセントフォロバさせて頂きますので、そちらでも気軽に絡んで頂けたら幸いです

それでは、今回もごゆっくりどうぞ


東の空も白む頃。

 

「……うっ。……っ」

 

ルイスはゆっくりと目を開き、光に目を細める。

 

「おお、起きたかルイス」

「グレン……。お前、重傷の癖に無茶すんなよ……」

「背負って貰ってそれはねぇだろ」

 

言いながら、ルイスはグレンの背中からいそいそと降りる。

 

若干ふらっとしたが、ある程度はマシになったようだ。

 

「ルイス君」

「……ルイス」

 

前方では、ルミアとリィエルが振り返ってこちらを見ていた。

 

二人に頷きかけ、並んでシスティーナの方に向かう。

 

「……悪いな、お前ら。取り敢えず、あの四人きりにしてくれや」

 

グレンに促され、渋々システィーナと距離を空けるクラスメイト一同。

 

旅籠の前庭の隅で、クラスメイト一同が見守る中、ルミアに手を引かれていたリィエルが一歩前に出る。

 

「……あ、の……その」

 

しどろもどろにボソボソと呟くリィエル。

 

そんなリィエルの背中をルイスがバシンッ、と叩く。

 

「……言いたいことは素直に言え。何を言うべきか分からないじゃない。何を伝えたいか、だ」

 

しばしの沈黙。

 

やがて、何度も躊躇いがちに開閉されるリィエルの口から、とうとう声が絞り出される。

 

「……あの、システィ……ご、ごめん、なさい。それで、その」

 

恐る恐る、言葉を紡ぐ。

 

「あ、あの……よ、良かったら、また……お昼ご飯、い、一緒に……」

 

直後。

 

パァンッ!

 

と、甲高い音が静かな朝に響く。

 

思わず、身を震わせるクラスメイト一同。

 

しかし、次の瞬間、システィーナはリィエルの小柄な体を抱き締めた。

 

「バカ……バカバカバカッ!貴女がルミアを連れて行った時、私がどれだけ不安だったか分かる!?どれだけ、どれだけ怖かったか……!」

 

でも、と掠れた声で続ける。

 

システィーナの瞳は、大粒の涙で濡れていた。

 

「全部、全部許すから……!また、一緒にご飯食べましょう?また……海を見に、行きましょうよ」

「……うん。……うん……うんっ……!」

 

抱き締められるままだったリィエルは、何度も頷きながら、ポロポロと涙を流す。

 

ルミアとルイスは、そんな二人の様子を、微笑みながら見守っている。

 

ルミアの瞳には、やはり大粒の涙が溜まっていて。

 

ルイスはリィエルの頭を、後ろからくしゃくしゃと荒々しく撫でる。

 

「ほらな?伝えたいこと伝えて、良かっただろ?」

 

そうして、ルイスはにっこりと微笑んだ。

 

いつの間にか、クラスメイト達はその場にいなかった。

 

気になることも、不満に思うことも、聞きたいことも山ほどある。

 

だがそれでも、クラスメイト達は、この四人を無条件で肯定することを、選んでくれたのだ。

 

「……ったく。お前ら……」

 

そんな生徒達の様子、グレンは思わず微笑みがこぼれた。

 

───────────────────────

 

「盛り上がってるなぁ……」

 

翌日、一同は海にいた。

 

結局、遠征学修は中止せざるを得なかった。

 

所長パークス・ブラウモンの謎の失踪。

 

島にいる観光客は全員退去が命じられ、研究所はしばらくの運営停止を勧告された。

 

だが、流石に多数の観光客が全員一斉に帰ることは出来ない。

 

ひっきりなしに船が往復してはいるが、それでも順番待ちが発生している。

 

生徒達は、それによって丸一日の自由時間を得たのだ。

 

となれば早速、彼らは海で遊び始めた。

 

今はビーチバレーで、リィエル、システィーナ、ルミアのチームに対して、クラスの男子生徒達が代わる代わる相手をしているところだ。

 

何よりもリィエルが強すぎるため、先程から勝負になっていないゲームもある。

 

そんなクラスメイト達の様子を、ルイスは仰向けに寝そべりながら眺めていた。

 

胸から腹部にかけての切り傷に、大小様々な裂傷。

 

殴られた時に生じた肋骨の骨折。

 

とてもではないが、動けるような状態ではなかった。

 

そんなルイスをここまで運び、今現在も膝枕でそばにいるのが、

 

「参加したいですか?ルイスさん」

 

ほかのクラスメイト達と同じく、水着姿のジャンヌだ。

 

「……うん、まあ」

 

生脚での膝枕に加え、今のジャンヌはビキニである。

 

ジャンヌの優しさがルイスには少々毒となってしまっているのだろう。

 

目のやり場に困ってしどろもどろになっている。

 

「そういや、あいつら何話してるんだろうな」

 

言いながら、ルイスは少し離れた位置にいるグレンとアルベルトを流し見る。

 

「皮肉でも言い合っていそうです」

「あー……想像出来るわ」

 

実際その予想は当たってはいる。

 

だが、ルイスには別の答えが見えていた。

 

「……まあ、今回の件で天の知恵研究会の尻尾を掴めるか……とかだろうな」

「なるほど。で、実際に掴めそうなんでしょうか」

「無理だな」

「ですよね……」

 

即答するルイスに、ジャンヌはため息をつく。

 

所詮、ライネルは末端構成員でしかなく、バークスなど入会してすらいない。

 

組織の深奥に迫る情報など、見つかるわけがないだろう。

 

「でも、みんな無事だったからそれでいい」

 

ぽそりと、ルイスが呟いた。

 

結局、ルイスにとって大事なのはそこなのだ。

 

ルミアとリィエルを取り返した。

 

システィーナに怪我はなかった。

 

ジャンヌがそばにいて、力を貸してくれた。

 

あの女の子も救い出せた。

 

ルイスはそれだけで、満足だった。

 

「そういえば、あの子はどうなさるおつもりですか?」

 

思い出したように、ジャンヌが尋ねる。

 

研究所でルイスが救った少女は、今はルイスの部屋のベッドで休んでいる。

 

未だに目は覚まさないが、顔色も良好で体調も良さそうだ。

 

間違いなく、もう心配はいらないだろう。

 

「あー……俺が引き取るよ。で、親とか身寄りがいるなら探して、送り出すことが出来たらって思ってる」

「……そうですね。私も協力します。なんでも言ってくださいね」

「ああ、ありがとう」

 

にっこりと微笑むジャンヌ。

 

海風が吹き、二人の間を流れていく。

 

そんな二人に、聞き慣れた声が届く。

 

「おーい!ジャンヌ、ルイス君!」

「スイカ割り……しよう」

 

体を起こしてそちらを見ると、ルミアとリィエルが手を振って二人を呼んでいた。

 

「……行きますか、ルイスさん。でも、無理は禁物ですよ?」

「スイカ割りで無理なんかしないよ。目つぶってても割れるぜ」

「スイカ割りは普通目を塞ぐものでは……」

 

苦笑いするジャンヌは、先を行くルイスの背中を見つめる。

 

(今こうして、ルイスさんの近くにいられるのも……あの時助けて貰ったおかげですね。ありがとうございます、別の世界の私。あなたの分も……私は、彼を助けて、共に……悔いのないように、生きます)

 

「ジャンヌ、早く行こうぜ。誘導任せた」

「……はい。任せてください」

 

そうして、ジャンヌはルイスの、友人達の元へ駆けていった。




というわけで、第三巻&第四巻編完結です!

お読みいただきありがとうございました!

次回からは第五巻編、アニメでは最終章だった辺りですね

それでは、また来週お会いしましょう!


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第五巻
システィーナの婚約者


どうも皆様

またやらかしました、本当にごめんなさい雪希絵です

いくら構成に時間がかかったとはいえ……このままでは心優しい読者の皆様でも、愛想が尽き果ててしまうかもしれないと心の底から焦っておりました

ようやく仕上がりましたので、よろしければごゆっくりどうぞ

※こういった事態が連続していることが、授業日程に関係性があると考えたので、更新日を毎週木曜日に変更させていただきます。ご理解のほどよろしくお願い致します


「……はぁ」

 

ある日。

 

傷もすっかり完治したルイスは、盛大にため息をついていた。

 

というのも、ルイスは最近あることに悩まされているのだ。

 

「ルイス君」

「ああ、ルミア……」

 

力なく微笑むルイスに、ルミアが首を傾げる。

 

「どうしたの?元気ないみたいだけど……」

「例のあれだよ。今はそれ待ちでもあるしな」

「あぁ……そっか。今日からなんだっけ?」

 

思い出したようにそう言うルミアに、力なく頷いて答える。

 

場所は理事長室の前。

 

ルイスは窓に持たれかかっている状態だ。

 

「……ったく、あの時の選択は間違えていないが、まさかこうなるとはな」

「あはは……。でも、ちゃんと面倒見てるんだもん。偉いよ、ルイス君は」

「そうですよ、ルイスさん」

 

不意に、横から声がかかる。

 

「おう、ジャンヌか。おはよう」

「おはよう。ジャンヌ」

「おはようございます、お二人とも」

 

脇に本を抱えたジャンヌが、軽く礼をして挨拶をする。

 

「別に偉くなんかないよ。助けたらそのまま放置……って訳にもいかないだけさ」

「そんなこと言って。眠ってる間心配そうにオロオロしてたの、知ってるんですよ?」

「そうなの?」

「ばっ……!ジャンヌ!それは言わないでくれ……!」

 

痛い事実を突かれ、ルイスが静止する。

 

「そっかー。相変わらずルイス君は優しいね。ジャンヌ、良かったら今度詳しく教えてね?」

「ええ、もちろんです。仰っていたことを一言一句、行動の一つまで」

「おまえらなぁ……!」

 

頭を抱えるルイスに、二人が微笑む。

 

もちろん冗談なのだが、どうやら分かっていないようだ。

 

それからしばらくして、理事長室の扉が開く。

 

小柄な人影が一礼しながら出てきたかと思うと、くるりと勢い良く振り返った。

 

そして、ルイスを見るや否や────

 

「お、に、い、ちゃーーーーーーーーーーん!!!」

「どわぁぁぁぁぁ!?」

 

そう叫びながら飛びついた。

 

「えへへー!お兄ちゃーん!」

「分かった分かった!分かったから離れろ!」

 

引き剥がそうとするが、その細腕のどこにそんな力があるのか、なかなか剥がれない。

 

「あはは、相変わらず仲良しだね……」

「割と一方的な気もしますけどね……」

 

そんな二人を、苦笑いで見つめるルミアとジャンヌ。

 

「もう、お兄ちゃんってばつれないなぁ」

 

ようやく離れながらそう言い、少女はその整った唇を尖らせる。

 

細く滑らかな白髪が、風に揺れてサラサラと流れていく。

 

身につけた黒色のカチューシャは、ルイスが買ってあげたものだ。

 

パチリと丸い大きな銀の瞳が、ルイスをじーっと眺めている。

 

ルイスが見つめ返すと、少女はニッコリと微笑んだ。

 

「……あのなぁ、ソフィア。いくらなんでも所構わず抱きつくのはやめてくれ」

 

『ソフィア』と呼ばれた少女は、僅かに首を傾げる。

 

少女の名前は、『ソフィア・アンフィエラ』。

 

ルイスが研究所で助け出した、異能力者の少女である。

 

「それはあれだね、お兄ちゃん。場所を選ぶなら抱きついてもいいんだよねっ!」

「違う。せめてそうしてくれと言ってるんだ。どうせ抱きつくことに関してはやめる気ないんだろうが」

「おおっ、流石はお兄ちゃん!私のことよく分かってるね。愛の力だね!」

「何が愛だ、何が!」

 

そして言うまでもなく、ルイスの最近の悩みとは、ソフィアの過剰なスキンシップのことである。

 

「なんででしょう。会ってまだそんなに経ってないですし、似てるわけでもないんですが……なんだか本当に兄妹のようです」

「そうだね。一緒に住んでるからなのかな?お互い遠慮してない感じがして、いい関係だね」

 

ぎゃあぎゃあと言い合うルイスとソフィアを、微笑ましそうに見つめる二人。

 

ソフィアは現在、ルイスの家で暮らしている。

 

彼女両親は、既に他界している。

 

バークスに捕えられたその時、彼女を庇って死んだらしい。

 

身寄りのない彼女を、『分け合って別居していたルイスの妹』ということで周りに説明し、アルベルトの計らいで書類上でも『ソフィア・ハルズベルト』と名乗っている。

 

異能力が魔術によく似ているというのもあって、魔術学院にも編入。

 

つい先程、その最終手続きを終わらせたところだ。

 

ちなみに、お兄ちゃん呼びは完全に本人の趣味である。

 

「えーっと、ルイス君?そろそろ、システィ達のところに……」

「あー、そうか。ソフィア、とりあえず話は終わりだ。行くぞ」

「はーいっ!」

「のわっ!?おい、だからやめろって……」

 

元気よく返事をしながら、ソフィアがルイスの腕に飛びつく。

 

「あ、あはは……」

「……むぅ」

 

そんな様子に苦笑いを浮かべるルミアと、若干不服そうな表情をするジャンヌ。

 

歩きながら、僅かだが頬を膨らませている。

 

すると、不意に二人の前を歩いてたソフィアが立ち止まる。

 

腕を組んでいたルイスが、突然止まったせいでつんのめる。

 

「……大丈夫だよ、二人とも」

 

ソフィアはくるりと顔だけ振り返り、満面の笑みで、

 

「私はお兄ちゃんの妹でいたいだけだから、二人のどっちがお義姉ちゃんになっても、私は全然大丈夫!むしろ応援するよ!」

 

特大の爆弾を投下した。

 

「なっ……ばっ、ソフィアお前!急に何を……!」

「え?だって、お兄ちゃんのお嫁さんなら私のお義姉ちゃんってこ」

「だぁぁぁぁ黙れ黙れ!ちょっと黙ってろ!」

 

大慌てでソフィアの口を抑えるルイス。

 

ルミアとジャンヌはといえば、揃って頬を僅かに赤く染めている。

 

気まずい雰囲気が流れる。

 

そんな空気にした張本人は、ニコニコと微笑んでいるのみだ。

 

(勘弁してくれ……)

 

助けたことを後悔などするわけがないが、せめてもう少し大人しくして欲しいと思うルイスであった。

 

───────────────────────

 

「……どうしても、お前の力が必要なんだ」

 

アルザーノ帝国魔術学院前庭の隅の方に、グレンの苦渋に満ちた声が響き渡った。

 

「許されないことだとはわかっている……お前を巻き込んでしまうということもわかっている。だが、人の命がかかっているんだ……ッ!」

 

前庭の中央を行き交う生徒達の喧噪は、遠い。

 

そのせいか、グレンの淡々とした声は、妙に力が込もっているように聞こえた。

 

「頼む、リィエル。俺に力を……お前の力を貸してくれ!」

 

殊勝にグレンが頭を下げる先には、リィエルがいた。

 

いつも通りの眠たげな無表情のまま、じっとグレンを見つめて……やがて、リイエルはこくりと頷いた。

 

「大丈夫。わたしはグレンの剣。グレンのために、この力を使う」

 

そう言い、リィエルは手に握った小石に意識を集中する。

 

小さな手の中のそれは、だんだんと黄金色の光を放ち始める。

 

だが、

 

「『何やってるのよ・この・お馬鹿ぁぁぁぁ』!」

 

それを見守っていたグレンが、横から吹き込んできた突風に紙くずのように飛ばされた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

女性のような悲鳴をあげ、水しぶきをあげながら噴水に落下していった。

 

「がぼっ……やるな、白猫。最近のお前の呪文改変能力はすげぇよ……」

「えっ?そ、そう……?せ、先生の教え方がいいから……じゃなくて!」

 

一瞬逸らされそうになったが、システィは即座に話を戻す。

 

「リィエルに金を錬成させてどうするつもりだったんですか!」

「売るんだよ!」

 

悪びれる様子もなくグレンが答える。

 

「リィエルが暴走するせいで俺の給料はカットされまくり!背に腹はかえられないじゃあぁぁぁぁ────!」

「犯罪ですよ!っていうかそれは先生の日頃の魔術講師にあるまじき態度が……!」

 

(まーたやってるよ……)

 

相変わらず口喧嘩ばかりの二人に、遅れてきたルイス達が苦笑いする。

 

「あ、ルイスとルミアにジャンヌも」

「おはよう、リィエル。相変わらずだね、二人とも……」

 

なぜ喧嘩しているのか分からないリィエルは、首を傾げながらルミアを見る。

 

「やっほー、リィエル。元気してた?」

「ソフィア。うん、元気」

 

リィエルとソフィアの仲は、それなりに良好だ。

 

というか、既に顔を合わせたクラスメイト達全員から好印象を受けている。

 

愛らしい容姿に明るい性格、加えて『お兄ちゃん』呼びが微笑ましくてたまらないとはカッシュ談である。

 

「はぁーはっはっはっ!当たらなければどうということはない!」

「この……!待ちなさい!」

 

システィーナの放った魔術を避け、逃走するグレン。

 

(しゃーない、捕まえとくか……)

 

仕方ないので、地面を蹴ってルイスも追いかけ始める。

 

背後から迫るシスティーナの魔術を避けるグレン。

 

そちらに集中しすぎていたのか、目の前の馬車に顔面から衝突しそうになっていたところを、ギリギリのところで止まった。

 

「どぉわぁあぁぁぁぁ!?馬ぁぁぁぁ!?」

「何やってるのよ先生!おかげで人様に迷惑をかけるところだったじゃない!」

「前方不注意は危ないぜ、グレン。気をつけろよ」

 

駆けつけたシスティーナとルイスが、揃って御者に向かって頭を下げる。

 

「すみません!この人には後できつく言っておきますので……」

「申し訳ありませんでした」

「………」

 

しかし、御者は全くの無言。

 

「え、ええと……その……」

 

流石に気まずくなったシスティーナが更なる謝罪の言葉をかけようとした時。

 

「ははは……この学院について早々、真っ先に君達に会えるなんてね……。これには流石に、私も運命というものを信じてしまうかもしれない」

 

客室から、一人の青年が出てきた。

 

柔らかな金髪、スラリとした長身。

 

気品に溢れたその整った顔立ちは、年頃の娘ならば面と向かいあっただけで胸の高鳴りを抑えることは出来ないだろう。

 

事実、周りの女子生徒達は浮き足立っている。

 

「久しぶりですね、システィーナ。それに、ルイスも。君たちは相変わらず元気がいい。システィーナ、貴女にとっては……それが貴女という女性の魅力の一つなのですがね」

「あ、貴方は────」

 

そうして、システィーナと青年は見つめ合う。

 

まるで、空いた時間を埋めるように。

 

ルイスは、懐かしそうな顔で……されど、少し複雑そうな表情で、青年を眺めていた。

 

そんなルイスの右手に、柔らかい感触。

 

言うまでもなく、ソフィアが腕を組んでいるのだ。

 

「お兄ちゃん、知り合い?」

「……一応」

 

怒りもせず、口をへの字にしてルイスは肯定した。

 

目の前のピンク色の空気に対して、ルイスの雰囲気は少々黒い。

 

「……えっ。何この雰囲気」

 

完全に場違いなグレンが、三人を順番に見ながらそう言う。

 

「っていうか、そもそもあんた誰」

「私ですか?私は……」

 

青年は微笑み、恭しく礼をする。

 

「私は『レオス=クライトス』。そこにいる……システィーナの婚約者(フィアンセ)ですよ」

 

突然の婚約者宣言に、一同沈黙の後……実に多種多様な驚きの声をあげた。




というわけで、あの助けた女の子は、これから『ソフィア』としてルイスの妹になって貰いました

もちろん、見た目なども完全にただの妄想です

アニメで出てきたら公式設定になったんですが……グロすぎたのかカットされてましたから……

というか個人的にアルベルトさんのナイフオンリーでバークスを倒したシーンがカットされてたのもショックです

アルベルトさんの重要なシーン二つともカットするって制作会社はアルベルトさんに何か恨みでもあるんですかね

……話が逸れてしまい申し訳ありません

ソフィアの異能力なども考えてありますし、これからの活躍に期待して頂ければ幸いです

それでは、また来週お会いしましょう


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レオス=クライトス

どうも皆様

更新日ズラした癖に何をやっているんだと絶望中の雪希絵です

一応ほとんど書けてはいましたが……ボタンを押さずに寝落ちするとは(^_^;

申し訳ありません

ただ、活動報告にも書きました通り、これからしばらくは毎週木曜日でやっていきたいと思います

ご理解のほどよろしくお願い致します

それでは、今回もごゆっくりどうぞ


「ちょ、ちょっとレオス!貴方、何言ってるの!?」

 

レオスの爆弾発言に、システィーナが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

ルイスも顔を顰め、レオスを睨むと言っても過言ではない程の目で見る。

 

力がこもっていることが分かるのか、ソフィアは手を握る力を強めた。

 

「……ありがとう、ソフィア。大丈夫だよ」

「……うん」

 

それでも離れはしないが、手の力を緩めた。

 

言い争う二人を見ながら、ソフィアはルイスを見上げる。

 

「あの、レオスって人……だぁれ?」

 

ほんの少し、遠慮したような声で、そう問う。

 

「……『レオス=クライトス』ってのは、このアルザーノ帝国の王家に古くから忠誠を誓ってる、有力領地貴族の出身なんだ」

 

追いついて来たルミアとリィエルにも説明するように、ルイスは続ける。

 

「過去に一度領土を手放すような事態に陥ったこともあったが……魔術学院を設立することで、その事態を回避した。今じゃ、その魔術学院もアルザーノ帝国魔術学院に次ぐ有名学院だ」

 

そして、とため息混じりに呟く。

 

心なしか、猛烈に嫌そうだ。

 

「レオスさん自身、凄まじく優秀な人でもある。軍用魔術に関しては、あの人は間違いなく最先端を走ってる。俺たちとは、魔術師としてのレベルが違う。おまけに人格も申し分無し。レオスさんは、許嫁としちゃ最高の人物だよ」

 

はははっ、と乾いた笑みを浮かべて、

 

「はぁー………」

 

直後に盛大に肩を落とした。

 

「お兄ちゃん……。システィーナのことも好きなんて、流石に節操がないと思うよ?」

「そ、そそそそ、そういうのじゃねぇよ!」

「小声で叫ぶとは器用だね、お兄ちゃん」

「俺は単純にシスティーナが好きでもないやつと結婚するはめになるのが気に食わないだけで……」

「この流れでそのセリフはまずいと思います、ルイスさん」

「大丈夫!私は例えお兄ちゃんが節操なしのクソ野郎でもずっとそばにいるよ!」

「いや、違うんだジャンヌ。これはそういう意味合いじゃ……っていうかお前はうるさいよソフィア!」

 

向こうでは口喧嘩、こちらではぎゃあぎゃあと大騒ぎ。

 

周りの生徒達まで注目しだし、規模も大きくなってきていた。

 

「あはは……」

「………?」

 

困り果てたルミアは終始苦笑い、何が起こっているかわからないリィエルはずっと首を傾げていた。

 

───────────────────────

 

どういうわけかグレンが吹き飛ばされた後、レオスが思い出したようにルイスの方を向いた。

 

空気を読んでジャンヌとルミア、二人に引っ張られたリィエルは下がったが、ソフィアは張り付いたままだ。

 

「お久しぶりですね、ルイス」

「……ご無沙汰してます、レオスさん」

 

懐かしむような柔らかい表情でそう言うレオスに、ルイスは曖昧な表情で答える。

 

「貴方の話も聞いています。何でも、固有魔術(オリジナル)を作ったとか」

「人から習ったものが元なんで、厳密には白魔改ですけどね」

「そう卑屈にならないで下さい。貴方しか使えない、貴方だけの魔術ならば、それは間違いなく固有魔術です。私もまだまだ、研究が足りませんね」

「……ありがとう、ございます」

 

ルイスは昔からレオスが苦手だ。

 

システィーナについて行って何度も会ったことはあるが、その度にシスティーナは自分の婚約者だという話をしたり、かと思ったら明るく朗らかな笑顔で話しかけてきたり。

 

自分がシスティーナのことを気にしていることを知っててやっているのか、いやそんなわけはない、いやしかしと妙な勘ぐりを入れてしまう。

 

そんなことを幼少期から繰り返したせいなのか、ある程度の年齢になって理性的になってからも、どうにも苦手意識が抜けないのだ。

 

もっとも、さらに大きな理由がもう一つあるのだが。

 

「そうです。今度お茶でも飲みながら、固有魔術のことを聞かせてください。システィーナも招待しましょう。ね?システィーナ」

「え?あ、あぁ……そうね」

 

思わずぼーっとしていたのか、システィーナが慌てて肯定する。

 

「……まあ、いいですよ。今度時間空けておきます」

「ありがとうございます。それでは、またお会いしましょう」

 

紳士的に一礼しながら、レオスは馬車と一緒に学院校舎の方に向かっていった。

 

「……お兄ちゃん」

「ん?」

「私、あの人嫌いかも」

「そうか……奇遇だな。俺も苦手だ」

 

これから先一体どうなってしまうのか、先行きが不安で仕方ないルイスだった。

 

───────────────────────

 

だが、それでも。

 

(……すげぇ)

 

すこぶる優秀な魔術講師であるは間違いない。

 

その腕前は、軍の正式な魔術師でも、どれくらい理解しているか分からない軍用魔術の理論の一つ『物理作用力(マテリアル・フォース)理論』を、ペーペーの生徒達に教え込むほどだ。

 

しばらく生徒達と話し込んだ後、やがてレオスは穏やかな表情でルイス達の元へやってきた。

 

「やぁ、システィーナ」

「あっ……レオス……」

「私の講義はどうでしたか?貴女の忌憚ない意見が聞きたいですね」

「え?その……とても素晴らしい講義だったわ。正直、文句のつけどころがない……」

「そうですか。それは良かった。まずは第一関門突破……といったところでしょうか?将来の伴侶すら納得させられない授業しかできないものなど、貴女の夫に相応しくないでしょうしね」

「だっ、だから!そういうことを人前で言うのは……ああ、もう!どうして貴方はそう昔から……」

 

いたずらっぽく笑うレオスの表情に、システィーナが顔を赤らめる。

 

レオスは見ただけで惚れ惚れするような美貌の持ち主だ。

 

そんな人に好意を向けられて、まだ恋愛の『れ』の字も知らないような少女が浮つかないわけがない。

 

システィーナが尻軽とかではなく、初心な少女なら誰だってこうなるのだ。

 

「システィーナ、一緒に外を歩きませんか?少し、貴方と話がしたいのです」

「うぅ……それは、今でないとダメなの?」

「別に今でなくても構いません。ただ、いずれは話さなくてはならないことです」

「……分かったわ。ルミア、ルイス……。ちょっと行ってくる」

「う、うん」

「………ああ」

 

システィーナはレオスに連れられ、ルイス達の元から去っていった。

 

教室から出た二人を見届けた後、ルイスとルミアは顔を見合わせる。

 

「ねぇ、ルイス君。たぶん、同じこと考えてると思うけど……」

「ああ、行こうか」

「んあ?どうしたお前ら」

 

何もわからない周りの面々をよそに、ルイスとルミアは力強く頷きあった。




お読みいただきありがとうございました

今回はあまり動きがなかったですね

原作に則って進めるとこういう回は出てくるものですが……

もう少し展開のペースを上げても良いかなと思っています

それでは、また来週お会いしましょう!


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