誰かが何かをするだけの話 (なぁのいも)
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艦隊これくしょん
海風に膝枕を頼まれるだけの話


 初投稿です。お手柔らかに。


「ふわぁ~」

 

 ある日の昼下がりの執務室、秘書艦として提督の補佐をしている海風は可愛らしいあくびをつい出してしまった。海風の気の抜けた声に提督は反射的に海風を見てしまうと、海風は自分が何をしてしまったのか気付き、彼女の口癖の「あ、」を零して反応して気恥ずかしそうに口許を押さえる。

 

「し、失礼しましたっ!!」

 

 提督の事を海風の妹である江風と勘違いした時の様に慌てて謝罪し、宙に浮きかけてた意識を机上の書類に向け、ペンを走らす。

 

「いや、そんな事気にしないから大丈夫」

 

 対する提督は海風の事を微笑ましそうに見つめると、海風に習って書類作りを再開する。が、程なくして海風の方からペンを動かす音が途絶えてしまう。再び提督が海風に目を向けると、海風がうとうとと小さく首を動かして意識を手放しかけている。

 

 普段は真面目で執務中に居眠り何てしない海風の船を漕ぐ姿が珍しく、提督はじっと海風の事を見つめる。提督からの視線に気が付いたのか海風は再びハッとして俯き加減であった顔をあげた。

 

「ふむ…」

 

 その可愛らしい様子を見れた事に何だか感心した提督は小さく声を漏らした。

 

「あ、ご、ごめんなさい提督」

 

 再び仕事に戻ろうと海風がペンを握り直したが、彼女の小さな手を提督は優しく手で包む。

 

「いいよ。無理に仕事しなくて、今は少し休もう」

 

「で、でも…」

 

 艦娘の中でも真面目な性格である海風は提督からの魅力的な提案を素直に受け入れる事が出来ないでいる。他の白露型の子なら割と素直に受け入れてくれるんだけどなと心の片隅で思ったのだが、海風は改白露型だからとすぐさま自己完結してしまい、その思いを頭の彼方へと放り投げた。

 

 変な事を考えている場合では無い。このままの状態だと、仕事が進まないのは目に見えてるし、部下の体調管理だって立派な上司の役割だ。海風の為と僅かばかり自分も仕事を休む為に海風を説得させる言葉を考える。

 

「このままの海風の状態だと仕事が進まないしミスだって出るかも知れない。だから、今は大人しく休憩を取ろう」

 

「でも、今やらないと…明日に…」

 

 江風、山風のお世話をしているだけあって、海風は責任感が強く手ごわい。まだ、言葉を捻り出さなければなるまい。

 

「休んだ分後で頑張ればいい。それに、海風は午前と午後の演習どっちも出ていたんだし、疲れてても仕方ない。今日は昼休憩だって上手く取れなかったし」

 

「提督だってずっとお仕事してたじゃないですか」

 

「書類仕事と戦闘じゃ体力の消耗の差が違う。今は疲れた体に鞭をうって無理に動かすという場面でも無い」

 

「それでも…」

 

 海風の心が揺らいできてる。ここは無理矢理にでも決めるしかない。

 

「それに、上司の機嫌を取るのだって部下の仕事の一つだ。機嫌が良い時は遠慮しないで受け入れろって」

 

「………では、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 提督の最後の一押しに海風は僅かばかり考えた後、大人しく提督からの提案を受け入れる事にした。海風は申し訳なさそうに小さく頭をさげると、提督は海風の頭に優しく手を乗せて「気にしないでいいって」と優しく伝える。

 

「んじゃ、適当にお菓子とお茶でも持ってくるから」

 

「あ、それは海風が――」

 

「疲れてる部下に無理矢理仕事押し付けるほど、俺は鬼畜じゃないよ。ほら、ソファに座って休んでてくれって」

 

 提督は伸びをしながら立ち上がると、執務室から出て給湯室へと向かう。先手を打たれ、行動を封じられてしまった海風は、大人しく来客用の大きな二人掛けのソファへと移動して提督を待つことにした。

 

 

 

 

 

 数刻を置いて、提督が菓子と温かいお茶をお盆に乗せて戻ると案の上と言うべきか、海風が可愛らしく首をこくりと動かしてうとうととしていた。

 

 自分が居ては海風は寝る事が出来ないだろうと考えて部屋を出て行った事が功を制した様で、提督はほっと安堵の息をつく。

 

 海風を起こさないようにお盆をソファの近くに置いたところ、艦娘の研ぎ澄まされた勘と言うべきか薄らと瞼をあげ始めた。

 

「も、申し訳ないです!」

 

 提督が戻ってくる間、頑張って起きていようとした様で海風は目を擦りながら、気恥ずかしそうに謝る。

 

「いや、元々俺が出て行ったのは海風を自然と寝かせるためだったし。その目論見も失敗したが…」

 

「そんなに気を使って貰って…」

 

 ここまでして起きてしまうともう海風は寝ようとしないだろう。提督は思いつく限りの最終手段に出る事にした。

 

「仕方がない…。海風、命令だ、寝ろ!」

 

「は、はいいい!?」

 

「このまま寝ないと多分海風ずっとうとうとしたままだぞ。その状態だと、仕事も進まないし結果的に俺も困る。だから…寝ろ!!」

 

「わ、わかりました!海風、頑張って寝させて貰います!!」

 

 命令とわざわざ言った事と提督の勢いで海風は完全に断る事が出来なくなり、海風は敬礼して提督からの命令、寝るを受諾することにした。

 

 寝る事を受け入れてくれてほっとした提督は海風の快眠の為に執務室から退室しようとする。どうも海風は自分が居ると寝ようとしない。だったら、いっその事自分は別の所に居るべきだろう。そう判断し、「時間になったら起こすから」と言って退室しようとしたのだが、海風に腕を握られ引き止められる。僅かばかし驚きの色が隠せない表情で海風を伺うと、海風は僅かに顔を紅潮させている。

 

 歩みを止めて、海風に向き直ると、海風は握っていた提督の腕を離した。

 

「その…一つお願いしていいですか?」

 

「んー?俺に出来る事なら言ってみ?」

 

「提督のその…お膝を貸して欲しいなぁ…て…」

 

 恥ずかしそうに蚊の鳴くような声で海風はお願いしてきた。瞳を潤ませ、いつも大人しく妹達の姉であろうと努める心配性の海風らしくないその容貌に暫く目を奪われた後、提督は穏やかな笑みを浮かべて了承し、海風の隣に座った。

 

「では、失礼して…」

 

 自分で提案しておきながら遠慮がちに海風は提督の腿に頭を乗っけると、後頭部に伝わる体温と男性特有の筋肉質な硬さを楽しむように目を瞑る。普段は見せない海風の愛くるしい姿に提督は彼女の頭に手を置いて、優しく頭を撫ぜる。

 

「あっ…ふふっ」

 

 彼女の口癖と言うよりは驚きと言う意味で漏れた声はすぐに喜色に溢れた声に変わる。頭にある感触を堪能している海風はついつい顔を緩めてしまう。

 

「提督の手、温かくて大きいです」

 

「そっか…。自分からやっといて何だが気安く髪に触るなって言われるかと思った」

 

 海風の髪は艦娘の中では最上位に組み込まれるレベルの長さを誇っている。だから、髪には一番気を使っている筈だし、じっくりと触ってしまう撫でるという行為はやった後に拒否されるかと思っていたのだが、彼の杞憂になった。

 

「そんな事言う筈がありませんよ。だって、」

 

 ―――あなたの手なんですから

 

 温かな手によって満たされた海風は、自然と心まで満たされ、普段は出さないような言葉すら出てしまう。

 

 思わぬ不意打ちと海風のふにゃりと気の抜けた笑顔を受けた提督の心臓が強く高鳴る。遅れて導火線に火をつけられたが如く、心臓から体の隅々まで熱が回り、それを示すように顔も赤くなる。気恥ずかしくなって上を向き、海風にばれないように顔の熱を逃がす。

 

 ――全く、特別な言葉でもあるまいに

 

 少しばかり浮ついてしまった自分に頭の中でそう言って戒める。

 

「それにしても、男の膝枕なんて珍しい好きな事を頼むな。俺の膝枕なんか高反発枕に頭を乗っけるような物だろうに」

 

「一度、されてみたかったんです。江風や山風とかにはよくしてあげてるんですけど海風はあまりされた事が無かったから。提督の膝枕はちょっと硬めですけど、温かくて気持ちいいです…」

 

「…そうかい。ほら、早く寝てしまえって。時間は有限だからな」

 

「…はい。ありがとうございます」

 

 ――あなた

 

 海風から小さく聞こえた最後の言葉は、彼女の意識の殆どが眠りの世界にあるせいの寝言であると、提督は自分に言い聞かせる。

 

 そうでないと彼女の赤くなった耳と頬に目がいって変に意識してしまいそうになるから。

 

 ――全くズルいなぁ海風は

 

 普段はそういう風な素振りは見せないクセに変な所で隙を見せるしドジをするし――自分の隙をついてくる。

 

 だから、そんな、彼女だから―――何時の間にか意識してしまったのだ。

 

 こうやって寝かせようとしたのだって、最近秘書艦を望み自分の元で働き続ける海風が倒れないか心配したからなのだ。

 

「全く…」

 

 だから、提督も偶には大きく隙を作る事にした。普段はやる側だが偶にやられ返してそのままは気に入らないのだ。

 

 ――お休み大切な海風

 

 眠りゆく海風に聞こえたかはわからない。だけど、言葉に出せたおかげか提督の心は穏やかになった。

 

 自分の火照りを誤魔化すように、体温が上昇した海風の頭を優しく、眠りの世界へと導くように愛おしく、彼女の綺麗な髪を撫で続けた。




 


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海風に膝枕をされるだけのお話

 今度はされる側で


 大規模な作戦がつい先日に一旦落ち着き、消費した資材も少しずつ取り戻してきたある日の事。

 

 秘書艦である海風が報告を忘れた涼風の元に赴き、直接報告を受け執務室に戻ろうとした所である。

 

「失礼します提督。涼風から遠征の報告を受けてきました。あの子ったら、すぐに報告しに来てと言ってるのに――」

 

 ここに居ない涼風を咎めるように、だけど、嫌味と言うよりは心配し提督に涼風の事を許してあげて欲しいと言う口調で入室した時の事だった。

 

 いつもなら苦笑を浮かべるなどの何かしらのリアクションをとってくれる提督が何も反応が無い。まさか、入れ違いになったのかと思ったが机の方をみると、反応が無いのも納得した。

 

「あっ…提督…」

 

 提督は自分の腕を枕の代わりにして寝ていた。

 

 提督の事を起こさないように恐る恐る近づいてみると、口許と目元を腕で覆っているが手にはペンが握られている状態だ。提督の姿勢から察するに、海風が居ない間に書類をこなしている内に自然と眠ってしまったのだろう。腕枕をしているのは寝ていても書類守る為の姿勢を体が自然ととったおかげだと思われる。

 

 昔、提督は秘書艦が居ない間に寝てしまい秘書艦が戻った頃には書類が涎だらけで大変な事になったと海風は聞いた事がある。それ以来、提督は寝ている時に自然と腕で顔を覆って寝るように訓練したと、苦笑交じりに話してくれた事を覚えている。

 

 その時の提督の表情は一度やってしまった事を反省する子供みたいな表情で少し可愛らしく思えた。その時の事を思い出して、海風はくすりと緩やかな笑みを浮かべる。何だか目の前にいる提督が授業中に寝ている子供の様で何だか庇護欲の様な物が湧いてきてしまいその欲に従うように提督の頭に手を置く。

 

「お疲れ様です、提督」

 

 優しく、自分にしか聞こえないような声量で提督を労いながら彼の硬い質感の髪を撫で上げる。

 

 自分達の妹のを撫でるのとは違う要領で提督の頭を撫でている事に海風は気づいていない。妹達にも優しく撫でてはいるが、提督を撫でる仕種は何処か愛おしさを感じさせる。

 

 暫くは提督の頭を撫でていたのだが、提督の指がペンを落としてしまい、彼の耳元で音が鳴ってしまった。

 

 ペンの落ちる音に反応し、提督は腕の中でゆっくりと瞼を持ち上げ、折り曲がったからだを真っ直ぐに伸ばしていく。

 

「あっ…」

 

 先ほどまで提督の頭を撫でていた手が自然と離れてしまい、海風は名残惜しそうな声を思わず上げる。

 

 対する提督は海風が先ほどまで頭を撫でていたことなどつゆ知らず、大きく欠伸をしながら目を擦る。目を擦りながら海風の事を認識し、自分が何をしてしまったのか理解した。

 

「悪い…、寝てたのか俺」

 

「あ、いえ。大丈夫です。今来たところですから」

 

 海風は笑みを浮かべて何とか取り繕う。何時までも彼の頭の名残惜しさを感じていては駄目だ。ここは提督に心配をかけさせないようにしなくては。

 

「あぁ、ホント悪いすぐに仕事を終わらせる。報告は書類に纏めてくれれば後で目を通しておくよ。ちょっと今の俺じゃ口頭だけだとキツイ」

 

 提督は苦笑いを浮かべながら、仕事を再開しようとペンを握ろうとするが、すぐに手から零れ落ちてしまう。

 

「あれ?ははっ、悪い。すぐにやるから」

 

 目のくま、弱々しい手、少しばかりすぐれない顔色。彼の様相から海風は理解した。

 

「提督…」

 

 彼の体調が限界に近いのだという事を。

 

 つい先日まで大規模な作戦があり、提督は昼も夜も無く作戦を立て、艦隊からの報告を受けての軌道修正をし続けていた。作戦の中も書類の量は減らない。寧ろ増える。その間も提督は書類の処理を休める事は無い。

 

 艦娘達ですらある程度の休憩を取る事が出来たのに、彼だけはずっと休む事無く働き続けていた。秘書艦である海風が戦闘での疲れが残る体で仕事をしようとすると提督は休憩をするように何度も促し、結局言葉に甘えてしまった。

 

 海風は深く、深く反省する。これでは秘書艦失格であると。部下の体調を管理するのも上司の仕事だと言うが、上司が仕事をしやすい環境を整えるのは部下の秘書艦の仕事だったのに。これでは、この人にずっと仕事を押し付けているだけである。

 

 作戦時の秘書艦だからと甘え続けた事の責任がやって来たのだ。その反省の想いを込めて、海風は机に手をついて提督を見つめる。

 

「提督」

 

「んっ、何だ?」

 

 ペンと格闘していた提督が顔をあげると海風と目が合う。『俺の事は心配すんな』と咄嗟に言おうとしたが、海風の悲しげに潤んだ空色の瞳が自分だけを捉えている事に気づきその言葉を飲み込む。

 

「作戦の大目標は達成しました。だから、お願いします。お願いですから…今は…ご自愛ください…」

 

 海風はペンに向かって伸ばそうとする提督の手の上に自分の手を重ねる。海風の丁寧な、だけど、それ以上に弱々しく寂しい声に提督は息を呑む。

 

『このままの状態だと仕事が進まないし、ミスだって出るかも知れない』『休んだだけ、後で頑張ればいい』

 

 いつか海風を休ませる為に言った口実が、今は自分に適用される番なのだろう。その時の記憶を鮮明に思い出し、提督は穏やかな表情を浮かべる。

 

「このままじゃ仕事が進まない。休んだだけ、後で頑張ればいい。と言った事かな」

 

「提督は頑張りすぎたほど今は頑張ってくれました。だから、今度は提督が沢山休んでください」

 

 このまま海風の言葉に甘えたい気持ちではあるのだが、上司としての責任感からか踏ん切りがつかない。だから、自分で妥協点を探し、海風に提示する。

 

「それは、部下としてのお願いか?」

 

「はい…。提督の秘書艦として、あなたの秘書艦としてのお願いです。どうか休んでください…」

 

 あなたと言う時は海風の素が出ている時だ。彼女の言葉と視線をそらさない事から海風が本気で自分の事を想ってくれてると思うと心の中が満たされる。その想いだけでまた仕事が出来ると言ったら、今度は本気で泣いてしまうだろう。それだけは嫌だ。

 

 だから、妥協するのではなく、彼女の願いを聞き届ける形で自分を納得させた。

 

「わかった…。今は休ませて貰うよ…」

 

 彼が休むと聞き届けた海風はさっきまでの悲しい表情を安堵の表情に変化させた。

 

「はい、よかったです」

 

 彼女の顔が安堵に変わった事に提督も内心安堵した。

 

 

 

 

「あの…海風の膝枕はどう、ですか?」

 

 突然何が起こるかわからないと言う事で執務室から離れなかった提督はソファで仮眠を取ろうとしたのだが、海風に膝枕を提案されたのだ。何でもこの前に提督が膝枕をやったお返しにという事らしい。最初は遠慮しようとしたのだが、江風達が太鼓判を押すんですよと、無邪気に言われてしまえば抗える筈も無く、条件反射的に是非ともお願いしますと返答した。

 

 その結果が海風の膝枕である。後頭部に当たるのは、ソックスに包まれてもわかる柔らかく包み込むような弾力のある海風の腿と炬燵のように頭をぽかぽかとさせる体温。洗剤に使われてる匂いかそれとも彼女の匂いなのか、甘い匂いが鼻腔を擽る。彼女の顔の間に立派に育ちつつある山が邪魔をして顔がすこしばかり見えないのが残念だがそれもある種の趣と言えるだろう。

 

「あぁ……最高だな。柔らかくて…温かい…。こんな最高の枕で寝た事一度も無い」

 

「はい!ありがとうございます!!」

 

 提督からの最高峰の褒め言葉に海風はとびきりの笑顔を浮かべて彼の頭を撫でる。海風の頭を撫でる手はとても優しく、提督の髪を梳くように撫でる。その優しさに海風の膝枕と言う心の中の興奮で冷めかけてた眠気が再び強く襲ってきた。

 

「提督の髪はちょっと硬いですね」

 

「余り長くないし、シャンプーとかも安物で気にしてないしな」

 

 自分の知る髪では味わえない感触なのか、海風は優しさの中に興味を交えて撫ぜ上げる。

 

 余り見る事が出来ない、海風の子供らしい仕種に提督は彼女に愛おしさを覚える。

 

「海風…」

 

 提督は腕を伸ばして彼女の頬に手を添える。彼女の頬は提督が触った事のある物の中で上位に入りこむ位に柔らかく、そして安心できる温かさ。

 

「な、何ですか?」

 

 突然、頬に手を添えられたことに一瞬で体温が上昇したのが提督の手に伝わる。その事実が恥ずかしくて彼女の体温はますます上昇する。

 

「心配してくれてありがとう」

 

「当たり前です。海風の提督はあなただけなんですから」

 

 頬に当てられた手に自分の手を重ねると、海風は笑顔で返答する。

 

 彼女の『あなただけ』と言うのは特別な言葉じゃない。そう言って、誤魔化すのは今は止めよう。あの時はまだ上司と部下としての建前だったからああ言い聞かせてたのだ。

 

 でも、今は彼女の『お願い』によってこの状況になっている。だから、自分としてこの言葉を彼女に捧げよう。すぐそこまで来ている眠気の世界からの闇に闇に飲まれないように意識を保ち彼女へその言葉を捧げる。

 

「海風――」

 

――俺は海風の事が大好きだから

 

 それだけ言うと頬に添えてた手をおろし、胸の前で腕を組んで眠りの世界へと提督は飲まれてしまった。

 

 彼の表情はとても穏やかですっきりとしたもので先ほどまで体調が限界を迎えかけてたとは思えないほど綺麗な顔色になっていた。

 

「あっ…てい…とく…」

 

 海風は穏やかな顔で眠る提督を見つめると、また優しく彼女の頭を撫でる事を再開した。

 

――海風もあなたの事をお慕いしていますから

 

 穏やかで慈愛に溢れた笑みで眠りの世界へと旅立つ提督の頭を撫で続けた。

 

 余談だが、眠りゆく提督の告白を受けたとき、今にも飛び上がりそうになり頭の中では

 

(あ、えっ!?ててててててて、提督が海風の事が大好きだって?!う、海風の事を慕ってるって!!???膝枕をしてくれたときに言ってくれたのは聞き間違いじゃ無かったのかな?!え、ええええぇぇぇ!!!!!かかかか、江風!ややややや、山風!!お姉さんどうしよう!!!!!えええええぇぇぇぇぇ!!!)

 

 と、本当は狂乱状態だったのだが、何とか落ち着けたのは提督の穏やかな寝顔のおかげだと言う。



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海風が寝ている提督の手に触れるだけの話

甘さは多分控えめ



 大規模な作戦も終了し、穏やかさを取り戻した鎮守府の昼時。海風は妹達にせがまれ、本日は提督とでは無く、白露型の皆で昼食をとっていた。最近の海風は秘書艦の仕事に専念している為、姉妹達と昼食をとれる機会は少ない。提督も気を使い海風に姉妹で昼食をとらせていたのだ。

 

「海風、ただ今戻りました!!」

 

 そんなわけで彼女の姉妹で昼食をとり終え、海風は執務室に戻ったのだが提督からの返事が無い。いつもなら提督と共に戻るから何だか新鮮な気分で執務室にやって来たのだが、返事が無いと少々不安にもなる。

 

 おろおろと提督を探すように視線を振ると、ソファで提督が座ったままの姿勢で眠っていた。

 

「あっ…」

 

 提督を見つける事が出来た事に思わず声を大きく出してしまいそうになるが、提督の寝姿を見る事で声を抑える事に成功した。

 

 作戦は終了したとはいえ、今度は後始末が残っている。提督がゆっくり休める時間はまだまだ確保されていない。昼食時間は昼食を取った後に残った時間はある程度自由にすることが出来る。だから提督は睡眠を取る事を選んだのだろう。

 

 眠る提督の邪魔をしないように音を殺して提督の隣に座る。テーブルにある食後の為に入れたであろう緑茶から湯気が出ている事から寝入ったのはついさきほどの事なのだろう。

 

 海風は息を殺して眠る提督の顔を見つめる。作戦と言う緊張状態が終わったせいか、彼の寝顔はとても安らかな物に思える。

 

 眠る彼の表情を見て、海風は今回も無事に作戦を終える事が出来た事に安堵する。大きな失敗が出てしまったら、彼のこの安らかな顔は歪んでしまうだろう。そうなってしまったら、海風の胸は張り裂けそうになってしまう。だから、今回も皆無事で安堵している。自分の為もあるが何よりも好きな人が悲しまないように。その想いが海風の中を占めていたからだ。

 

 暫くはまじまじと提督の寝顔を眺めていたが、ふと視線を下に向ける。そこには、腿の上に組むように置かれた日焼けした彼の両手があった。

 

 彼の手を見つめて海風は思い出してしまう。彼に膝枕を頼み、剰え頭も撫でて貰った時の記憶を。その時の感触を思い出すかのように、自分の頭に手を置いてみるが、自分の手と提督の手は圧倒的に違い感触を思い出すことが出来ない。

 

 だが、それだけでは記憶を掘り起こす作業は終わらない。海風はもう一つの思い出を、頬に手を添えられた事を思い出した。その時の頬から感じた感触、それと彼からの言葉を思い出した。

 

 ―――俺は海風の事が大好きだから

 

 提督がはっきりと海風に贈った思慕の囁き。その時の事を思い出し、自分の中で嬉しさと恥ずかしさの感情が入り混じる。

 

「な、何だか恥ずかしい…」

 

 その時の感情まで思い出してしまい海風は熱くなった顔を冷やすように、自分の両手を頬に当ててクールダウンを図る。あの後、海風が改めて想いを伝え、二人は恋仲になる事になったのだが、今の仕事が忙しすぎて結局はいつもの二人のままである。

 

 ――本当はもっと一緒に居て欲しい、もっと好きだと言って欲しい。あなたの事が好きだと言いたい。

 

 でも、その想いは今は胸に秘めて置く。今は提督の静穏な一時を邪魔したくないと言う思いが強いから。

 

 という事を考えている間も海風の視線は提督の手から離れていない。理性は提督の邪魔をしたくないと思っているのだが、本能は提督の温もりを求めている。

 

 ほんの短い時間理性と本能がせめぎ合い、瞬時に理性が白旗をあげた。提督の温もりの前に理性など塵屑同然なのだ。

 

 本能に従う事に決めた海風は、生唾を飲み込み、提督の手に自分の手を重ね、提督の手を握って軽く持ち上げる。

 

提督の表情を伺いながら起きないように慎重に。あくまで提督の眠りの邪魔はしたくは無いのだ。ただ、その中でちょっと自分の欲求も満たしたいだけである。

 

 提督が起きる気配は無い。依然として小さく寝息をしているだけである。

 

 その様子から大丈夫だと判断した海風は提督の持ち上げた手の手の平にも手を差し入れ、提督の手を包むように持ち上げる。下に置いた手から感じる陽だまりのように穏やかな温かさ。あの時感じた提督の温もりそのもの。

 

 海風はその温もりを感じたくて、提督の手を自分の腿の上に置いてグローブを取り去って、また提督の手をとる。

 

 今度は提督の体温と感触をもっと感じる事が出来た。海風の知る手の中で一番筋肉質で固めな手だが、その手の感触が海風は一番好きなのだ。

 

 提督のてを自分の胸元まで持っていき、興味深そうにまじまじと見つめ、彼の手をぷにぷにと両手の親指で触る。書類仕事で凝っているのか、触る場所によって提督が小さく声を上げる。その声が可愛らしくてもっとやってしまいそうになるが、提督が起きてしまっては元も子も無いので早々に控える事にした。

 

 次に海風が目を向けたのが提督の手相。海風も年頃の少女であり、占いにも多少関心がある。

 

 だから、提督の手相を見てみた。生命線に、感情線に頭脳線。それと―――恋愛線と結婚線。二つの線が真っ直ぐに伸びていて決して悪くない訳では無い事しか海風にはわからないが、それだけでも海風の心を穏やかにするのには十分だ。

 

 簡単に手相を見て満足した海風が次に行ったのは、提督と掌を合わせて、その手を握る事。

 

 今までした事無かった、手を握る行為。提督の手を握るだけで、海風の身体は手から提督と一体化したような錯覚と幸福感を得ることが出来た。

 

 食後で代謝がよくなっているせいか、素手で感じる提督の手はとても温かくて心地よく、海風はその温もりを離さないように手を握り続ける。

 

 暫くは、その幸福感に浸りながら手を握って居たが、突如提督が握り返してくれた。

 

 驚いた海風は提督の事を伺うが、提督は相変わらず心地よさそうに寝息を立てて眠っているが、海風にはどことなく嬉しそうな顔にも思えた。

 

「はい。海風はここに」

 

 提督が握り返したと言う行為が海風がここに居ると認識してくれたようで恥ずかしいながらも嬉しい。

 

 ―――もしかして提督は夢でも海風と居てくれてるのでしょうか?

 

 あり得ないと思えるかも知れないが、提督の緩んだ寝顔を見るとそう思えるから不思議なものである。

 

「ふわぁ~」

 

 海風も食後という事と提督が寝ている事もあり、眠気が襲ってきてしまった。

 

 海風は睡眠欲に敢えて抗う事をせず、その眠気にその身を委ね瞳を閉じる。

 

 そして、ゆっくりと力を抜き、自分より少々高い位置にある提督の肩に寄りかかるようにして、眠りにつく。

 

 昼休憩の時間はまだある、終わる頃合いに起きれば大丈夫。

 

 そう、自分に言い聞かせて、今は提督と共に睡眠を取る事にした。

 

「おやすみなさい提督…」

 

―――あなたと一緒にいる夢が見れますように。

 

 小さな願いを込めて、海風は提督に体を預けた。

 



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海風と添い寝するだけの話

 ゴーンゴーンゴーンゴーンテテテテーンテテテテテーンテテテテーンテテテテーントンテーントンテーントンテーンテテテテーントンテーンテテテテーントンテーントンテトンテトンテーンテテテテーントンテーンテテテテーントンテーンテテテテーントンテーンテテテテーンテテテテテテーンゴーンゴーンゴーンテテテテーントンテーンテテテテーントンテーンテテテテーントントンテーンテテテテーンテテテテーンテテテテテテーントンテーンテテテテーンテテテテテテテーントンテーンテテテテーンテテテテーンテテテテテテテーン(力尽きたので以下省略)

 この作品を書いてるときの作業用BGMです。わからない人は東京タワーが赤い理由で調べて、どうぞ。

 海風最後の作品は甘さ控えめです。

 はーい、用意スタート


 あっさりとした報告になるが、海風は提督とケッコンカッコカリを行った。姉妹や他の艦娘が改二に増えていて、海風は戦闘能力は改二の艦娘より劣っている事は海風自身が自覚していた為、本当に海風で良いのかと何度も提督に言ったのだが、他の皆の後押しと、何より提督自身が海風とケッコンをしたいと言う誠意を見せた為、海風は喜色の涙ながらにケッコンを受け入れたのだ。

 

 鎮守府の皆から祝福され、海風は仮ながらも提督と夫婦の関係となった。

 

 そんなわけで、夫婦となった記念に提督から何か海風の為にしてあげたいと言ったのだ。大本営から送られた物でなくて、ちゃんと提督から海風への記念の贈り物を贈りたいと。

 

 その言葉を受けて、海風は何がいいかと自室で丸一日考えていた。新婚旅行のような物にも行きたいが提督は忙しい身で簡単に長期の休みはとることが出来ない。だったら、物はどうだろう?でも、貰ってずっと手放せなくてどこかで無くなったら…。

 

 心配性で思いやりの強い海風は同時にマイナス方面な事に考えてしまい中々決めることが出来ない。

 

 あれでも無い…これでも無い…。

 

 散々悩み抜いた結果、海風はとある事を思い浮んだ。そう。これからもずっとやって欲しい事が。

 

 さて、して欲しい事は決まった。後は、お願いを聞いてくれる提督の元に向かうのみ。

 

 足取りは軽やかに海風は提督のいる執務室に向かう。執務室の扉をコンコンと軽くノックすると中から提督の返事がくる。その返事を受けて海風はドアノブを回して入室する。

 

「失礼します!」

 

 いつもより何段階も大きくはつらつとした声で入室する。海風らしからぬ元気の良すぎる返事に提督は面食らったような表情を一瞬だけ浮かべるが、にこにこと笑みを隠しきれない海風を見て、海風が元気な理由を察した。

 

「何を贈って欲しいのか決まったのか?」

 

 机に頬杖を突きながら、気楽な雰囲気で海風に問う。海風がよけいに緊張して、言い辛くならないようにと言うちょっとした提督なりの気遣いの表れだ。

 

「はい!決まりました!!」

 

「んっ。じゃあ、言ってみてくれ」

 

 海風は一呼吸おいて気持ちを整える。提督も海風の緊張感に飲まれるように密かに息を呑む。

 

 呼吸を整えた海風は一息に自分の願いを伝える。

 

「はい。海風のお願いは――――」

 

 

 

 

 

 その日の夜、提督と海風は寝間着姿で提督の私室に居た。

 

「なぁ海風?」

 

「何ですか?」

 

「本当に良かったのか?」

 

 海風の提督の私室に居るのは彼女の願いに寄るもの。いや、居ると言う言い方では少し違う。海風は提督の私室に住まう事にしたのだ。

 

 彼女の願いとは『提督の傍にもっと、ずっと、居る事』だった。

 

 業務の中と夜のちょっとした自由時間を一緒にするだけでなくて、提督の傍にずっと居て、更に出来うる限り同じ空間で同じ時間を過ごす事。

 

 それが彼女の出した提督への願いだった。

 

「良いんです。寧ろ、それでいいんです。それが海風の願いですから」

 

 空色のパジャマを着た海風は可憐に微笑む。それが、本当に彼女の願いであると示すように。

 

 彼女の願いに提督は思わず吹き出す様に笑ってしまう。

 

「な、何で笑うんですか?!」

 

 突如提督に笑われた事に海風は頬を膨らませて抗議する。

 

 不服の表情になった海風を見て、笑いが収まった提督は気恥ずかしそうに頬を掻きながら素直に自分の胸の内を語る。

 

「いいや、その事ならお願いされなくても俺からしてたなーって事」

 

「ふぇ?!じゃ、じゃあ提督も同じ気持ちだったという事ですか?」

 

「まぁ、そんなトコ。もっと、仕事が落ち着いて来た頃に提案しようと思ってた」

 

 同じことを考えていたとわかり海風の表情はマイナスから一気にプラスの方向に変わり、また笑みを浮かべる。

 

 先ほどまで気恥ずかしそうにしていた提督だが、海風の喜びを分かち合うように海風に微笑みかける。

 

 同じことを考えていた喜びが二人の胸に満ちる。これからは、二人は同じ屋根の下、同じ景色を見て、時に感情を共有する、二人で一人の毎日を送る。

 

 その事が嬉しくない筈がない。二人は互いを認め、想い合うパートナーで伴侶だ。ここからは二人で共に歩みだすだろう。

 

 とは言え、今の時間は夜。大抵のすべきことは朝に終わらしてるし、仮状態ではあるが新婚でも軍人なので明日も仕事だ。

 

 二人の時間を増やすことも重要だが、公私を混同しすぎるのも余りよくは思っていないので今は明日の為にも寝るべきだ。

 

「まぁ、今日の所は特にやる事無いし大人しく寝ようか」

 

 僅かな時間何も言わず見つめ合ってた二人だが、提督が苦笑をうかべながら提案した。

 

「はい、そうですね。明日もお仕事がありますから、本日はもうおやすみしましょう」

 

 小さく笑みを浮かべながら海風も同意する。

 

 歯も磨いた。戸締りもOK。お布団も敷いてある。

 

 寝る準備は整っている。

 

 二人は自然に手を繋いで寝室へと向かう。

 

 ある日の出来事から海風が手を繋いでくるようになったため、いつの間にか習慣化してしまった行為だ。

 

 最初こそ海風がしておきながら恥ずかしがっていたりもしたが、今は堂々と手を繋ごうとするぐらいだ。

 

 寝室についた提督は、寝室のドアを閉めて手を離し部屋に一度明かりを灯すと、一番小さい電球になるように操作して寝室を薄暗くし、布団に入る。

 

 寝室に敷いてある布団は一組。これは海風が望んだ事。一緒の布団で提督と身を寄せ合って寝るのも海風の望みの一つ。

 

「おいで海風」

 

 提督は布団をめくり上げて、海風を誘う。

 

 海風は一度息を呑むと、失礼しますと緊張を隠せない声で言って、提督の隣に入る。布団は大きくないので、二人が横向きで寝て丁度入るくらいだ。

 

「そう緊張するなって、これからはずっと二人でこうやって寝るんだからさ」

 

「ずっと、じゃないかも知れませんよもしかしたら海風と提督の子供も一緒―――」

 

 からかうように言った提督に天然気味に返した海風ではあったが、自分の言いたい事の本質に気づき、暗くてもはっきりわかるくらいに顔を真っ赤にする。

 

 対する提督も海風の言葉の意味に気づき何だか気恥ずかしい気持ちになって苦笑しながら額を掻く。

 

 海風は真っ赤になった顔を今は見られたくなくて提督の胸元に飛び込むように抱き付く。

 

「うおっ?!」

 

 提督は驚いた声を上げながらも海風の頭を抱き留め、ポンポンと落ち着くように叩く。

 

 恥ずかしさを誤魔化したくて抱き付いてる海風だが、ふとした瞬間強い鼓動に気が付いた。

 

――この音は…提督の?

 

 心強く、耳に染み渡るような提督の心音。初めて聞く提督の生きている証明の音。とても――とても心地の良い音だった。

 

 提督の心音を聞いて落ち着いて海風は、自然と笑みを浮かべながら顔をあげる。

 

「提督も緊張しているのですね」

 

「まぁな。海風とこうやって寝るの初めてだし…。変な事言うし」

 

「へ、変な事って何ですか?!海風は提督と将来の事をちゃんと考えて――」

 

「ん、わかってる。俺も海風との子供いつかは欲しいと思ってる」

 

 提督に頭を撫でられ海風の言いたい事は止められてしまう。

 

「あっ…」

 

――もう、ズルいんですから。

 

 内心では不服そうな声を上げながらも、実際は表情が緩みきって笑みを浮かべている。

 

 海風は提督に頭を撫でられるのが大好きだった。撫でられると言うより、提督とのスキンシップが好きなのだ。

 

 嫌いになる要素など何一つも無い。慕う人と時間を共有できている証拠なのだから。

 

「でも、今は大変な時期だから、せめて海風がもうちょっと成長して、環境も落ち着いたら…かな」

 

「もう…今の海風じゃ魅力が無いという事ですか?」

 

「正直、今も魅力的過ぎる位だよ。海風が成長期だから益々綺麗になると困る。辛抱堪らなくなるかも」

 

「ふふっ。そうですか。あなたからそう言って貰えると嬉しいです」

 

 海風は提督の肩に腕を回す様にして抱き付く。提督は海風の晴天の空の様な澄んだ瞳と見つめあう。

 

「取りあえず、明日の朝食は海風が腕によりをかけて作らせて頂きます」

 

「うん。楽しみにしてる」

 

「お昼は忙しいと思うので食堂になりますが、夕餉はあなたが作ってくれますか?」

 

「料理なんて久方ぶりだからなぁ…。海風の期待に添えるどうか…」

 

「この前、お料理してたじゃないですか。お返しのクッキーとっても美味しかったです」

 

「そりゃ、海風のは特に特別だ。なんたって海風への愛情を沢山こめたからな」

 

「うふふ。では海風はこれからもあなたから受けた愛情よりも沢山愛情を込めた料理をお作りしますね」

 

「んじゃ、俺も海風の込めた愛情以上の料理を作らないとな」

 

 二人は互いに見つめ合うと、自然と顔を近づけ、だんだんと瞳を閉じて、唇を重ねる。

 

 二人の気持ちは一つとなり、膨大な量の幸福を互いに共有する。

 

――好き。大好き。愛してます。これからもずっと 

 

 その想いを乗せて、海風は提督と口づけを交わす。

 

 互いに腕を回し、離れないようにして幸福を共有していたが、段々と息苦しくなりどちらともなく名残惜しそうに離れる。

 

「ずっと、あなたをお慕いします」

 

「ずっと、君だけを深く愛するよ海風」

 

 もう一度だけ短い口づけを交わすと、海風は彼の胸の中に再び納まる。

 

 海風が大好きな彼の鼓動と温かさを感じながら、海風は目を閉じる。

 

 提督は海風の綺麗な白波色の髪に手櫛をかけるように撫でながら、海風の後を追うように瞳を閉じる。

 

「おやすみなさい、あなた…」

 

「おやすみ、海風」

 

―――明日からは更にいい日になりますように。

 

 二人の新たな明日を祝福するかのように、窓から刺す月明かりが二人の事を照らしていた。




 海風のSSがもっと増えますように。と言うか増えて(切実)


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舞風と口づけをしあうだけの話

 覚えて帰る事はただ一つ。『舞風は天使』のみでございます。後は、呼んだあとに語尾が舞風は天使になっていればKA☆N☆PE☆KI☆デスね




 一日の業務も終わり、夜の帳が下りた鎮守府。

 

 残った明かりは寮で生活する艦娘の部屋、明日の仕込みをする食堂、遅くまで作業する開発部門の部屋、提督の私室だけだ。

 

 その中で明かりがついた部屋の一つ提督の私室には、部屋の主である鎮守府の提督と提督の良きパートナーであり、ケッコンカッコカリを済ませた伴侶である舞風が寝間着姿で共に過ごしていた。

 

 提督はテーブルに小説を置いて読みふけっており、舞風は提督の左側に陣取って小説を読んでいる提督の顔を頬杖をついてじっと見つめている。

 

 いつもは明るく騒がしい様にも思われがちな舞風ではあるが、しっかりとした艦娘が多い陽炎型の姉妹艦であるおかげかきちんと場は弁えているので提督の趣味を中断させてまで自分の趣味を優先するような真似はしない。

 

 提督は艦娘達と違い休暇も休憩時間も少ない。戦闘や遠征やメンテナンスを除けば、特訓と秘書艦だった物は秘書艦の仕事をしたりするのが主なため、仕事が無い時は本格的に時間をもてあます事が艦娘は多いが、提督は管理と業務の為基本的には休みが殆どない無い。

 

 彼の固定の秘書艦である舞風ではあるが、彼女にも趣味と…提督にだけ打ち明けた別の意味もある踊りの為に割ける時間を提督は隙を見て彼女に与えている。

 

 陽炎型の中でも子供らしい面が強いと思われがちだが、どこか大人びた面もある彼女は、提督とも踊りたい思いを抑え、今は提督の趣味である読書の時間を邪魔しないようにしているのだ。

 

 彼の読書の時間中、舞風は手持ち無沙汰かと言われればそうでもない。何故なら、提督の顔を眺める事は舞風にとって好きな事だからだ。

 

 否、舞風は提督が大好きで、共に居るだけでも幸せなのだ。提督の横顔を眺めるだけで、自然と鼻歌を口ずさんでしまう程に。

 

「~♪~~~♪」

 

 提督も舞風の鼻歌の口ずさむ可愛らしい鼻歌が好きで、それをBGMにして小説を読み進めていく。静かな空間に舞風の奏でるBGMとページを捲る音だけが響く。それだけで、提督の心に安らぎを与え、昼の忙しさもその疲れも癒されていく。

 

 舞風の鼻歌が提督を癒すのも彼女の事が大好きだからこその効果。他の人物の鼻歌では、仕事の疲れを癒すほどのリラクゼーション効果はもたらされる事は無いだろう。

 

 小説の内容に表情を僅かに変化させる提督と、提督の変わる表情をみて楽しみ、笑みを浮かべながらBGMを提供する。

 

 そんな二人だけの幸福な一時がこの夜の時間だった。

 

[newpage]

 

 

 

 そんな風に二人だけの静かな一時も大好きな舞風ではあるが、舞風は提督と二人っきりの時にもっと好きな一時がある。

 

 読んでいた本が一段落ついた様で、栞を挟みふぅと一息ついてから本を閉じる。この一連の動作を取るとその夜はもう本を読むことは無い。

 

 舞風は座ったままの姿勢で提督の隣に移動する。

 

「提督っ!!」

 

 舞風の呼びかけに応え提督は舞風の方に体を向ける。舞風は満面の笑みを浮かべて、提督の膝の上に座り、少し力を込めて握ったら折れてしまうような細い腕を提督の首に絡ませる。

 

「なんだ?」

 

 対する提督は、微笑を浮べながら小首をかしげるようにして、舞風の返答を待つ。

 

 舞風は目を瞑って体を持ち上げて提督の顔に端正な彼女の顔を近づけると、そのまま彼と唇を重ねた。

 

 軽く触れただけですぐに離れてしまった彼女は相変わらず満面の笑みを浮かべて提督と向かいあう。

 

「大好きっ!!」

 

 そして舞風はまた提督と口づけを交わす。

 

 そう、舞風の好きな事とは提督との口づけである。

 

 唇を重ねる。それだけで得られ共有できる莫大な幸福感が彼女は大好きであり、病みつきである。

 

 それはもう、執務中にも互いに少しでも余裕が出来ればするほどに。

 

 二人としては、ある程度は自重しているつもりなのだが、割とあちこちで二人だけの空間を作り上げている為、二人の空間の被害者は多い。

 

 特に夜は二人っきり、提督の私室と言う名の二人だけの空間では止める物は居ない。

 

 提督の趣味が終わったら二人の趣味の時間だと言わんばかりに舞風のリミッターは外れ、一気に甘えたなキス魔の舞風となる。

 

 二人の趣味と言った通り、提督も舞風との口づけは大好きである。

 

「俺も大好きだよ」

 

 舞風が交わしてくれたように今度は提督から口づけを交わす。

 

 簡単に、だが、多大な気持ちの共有は二人にとって大切な事であり、愛おしい一時。

 

 自分の秘密を全て明かし心から信頼している相手同士だからこそ得られる膨大な幸せな気持ち。

 

 だから、舞風は提督との口づけが大好きなのだ。

 

 互いに何度も口づけを交わすと、舞風は提督を座椅子にするように向き直って提督の膝の上に座る。

 

「提督に頭撫でて欲しいなーって」

 

「はいよ。お安い御用だお姫様」

 

「えへへ。ありがとう」

 

 提督には見えないように恥ずかしい位に緩み切った表情を浮かべながら提督に頭を撫でて貰う。

 

 提督の撫でる動作は髪に上質なブラシをかけるように心地よく、ブラシには無い温かさを持っている。

 

 頭を撫でる側である提督も舞風の髪の上質な髪の手触りを存分に楽しむ。

 

「今度はぎゅ~て舞風の事を抱きしめ欲しいかも~」

 

「了解。こうか?」

 

 舞風の新たな要求に応え、右手を舞風の肩の上から、左手を舞風のお腹から抱きしめる。

 

「うんうんっ!そのままずぅぅぅぅぅっとお願い!!」

 

 舞風は提督の右腕を掴んで背中から伝わる提督の体温と包まれるような温もりを享受する。

 

 時折、提督の腕にもキスを落としながら彼からの温もりを堪能する。キスをされる度に提督は擽ったそうな声を上げるのも舞風がついついやってしまう理由だ。

 

 そのまま暫くして、ある程度満足したのか、提督に抱きしめるのを止めて貰い、また彼と向きあう形になって口づけを交わし合う。

 

「提督っ!これからも舞風にこうやってしてくれますか?」

 

 口づけを止めると、不安そうな顔になって舞風は提督に訊ねる。

 

 それに対する提督の答えは決まっている。提督は一度舞風と口づけすると満面の笑みで答える。

 

「勿論、これからもやるよ。キスも一緒に踊るのもずっと、ずっと。舞風の事が大好きだから」

 

「えへへ、ありがとう!!舞風も提督の事が大好き!!」

 

 踊りと同じかそれ以上に幸福な事を見つけた舞風は、今日も提督と唇を重ねて夜の時間を楽しんだ。




舞風はてんしなのです舞風は天使


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陽炎と朝雲が修羅場るだけの話

 久しぶりに書いたラブコメです。

 陽炎と朝雲と風雲って幼馴染属性に近い物を持っている逸材なのに話題になって無さ過ぎて私は悲しい(ポロロン)

 書き置きはこれで全部ですかね。以降は忙しいので気が向いたらまったりと投稿していきます。


一日の業務も殆ど終わりへと向かう事が出来、夕食時に近づきつつある時刻に、執務室内でとある問題が発生した。それは――

 

「だーかーらー!夕ご飯はあたしがやったげるって言ってるでしょ!!」

 

「今日の夕ご飯は私がやる!!朝雲は秘書艦じゃないんだから、余計な事はしないでいいって言ってるの!!」

 

 二人の艦娘が口論をしているのだ。それも一時間も。

 

 口論をしているのは本日の秘書艦である陽炎と朝雲。本日の夕ご飯は陽炎が作ろうと考えていたようだが、突如朝雲が執務室にやって来て「今日はあたしがやったげる!」と言って来たのだ。

 

 最初こそは、私が、あたしが、と口論とは言わないレベルの譲らなさだったのだが、段々と激しくなり、口喧嘩に発展してしまったのである。

 

 提督も最初は二人に割って入って何とか仲裁しようとしたのだが、二人から「ちょっと黙ってて!!」と強く言われてしまった為、どうする事も出来ない立場になってしまった。

 

 この二人は特別仲が悪いとかそう言う訳では決してない。朝雲は陽炎型全員にちょっとだけ対抗意識があるくらいで、それが人間関係に亀裂を生む位確執がある訳では無い。

 

 では、何が原因かと言うと考えられる原因はそれなりにある。

 

 一つは、二人とも世話焼きな所。かの雷と言う艦娘程では無いが、陽炎は一番艦という事があってか、朝雲はしっかりしたイメージが強い一番艦のいる朝潮型の一人という事であるのか、二人はよく提督の世話を焼きたがる。

 

 そして、二人が口論する原因の大きな一つと言えるのは―――提督が二人とケッコンカッコカリの契りを交わしている事にあるだろう。

 

 詳しい事情は今は省くが、提督は陽炎と朝雲とケッコンをしている。

 

 だからこそ、自分の何かをアピールできる場面ではアピールしたがる。

 

 朝雲は陽炎に対抗意識がある為、尚更だ。

 

「なーに?料理をする順番はちゃんと決めたじゃない?この前の料理失敗したの?」

 

「そ、そんな訳ないじゃない?!何となくよ何となく!!とにかく今日はあたしに任せてってば!」

 

 料理を作る順番はケッコンする前から決めてあるので、余程の事情が無い限り代わる事が無いし、代わりたがらないのが二人である。

 

 因みに調理の腕前は陽炎の方が上だ。姉妹達に振る舞っているだけはある。

 

 この場面だけをみると、二人の仲が余りよくないように見えるが、普段は仲が良いのだ。任務中もかなり相性がばっちりだ。遠征でどっちが多く資材を確保できたとかは競い合ったりしているが。

 

 余談だが、二人はちょっとだけ性格と言うか、キャラが被っているのを気にしているらしい。風雲からの情報だ。

 

 どうやって収拾をつけようかと、提督は額に手を置いて頭を悩ませる。

 

 二人の性格はよくわかっているとの自負はある。何せ、陽炎は初期艦で、朝雲は提督としての日が浅い時に着任してきたので付き合いは長い。付き合いが長いからそう言う関係になれたのだとも思っている。

 

 だから、よくわかっているのだ。朝雲が突然言い出すときにはホントは何か理由がある事に。

 

 朝雲は煙に巻くというわけじゃないが、ぼんやりとした理由で世話を焼こうとするように思われるが、彼女なりに世話を焼くときは理由があるのだ。

 

「二人とも取りあえず落ち着いてくれ」

 

「司令っ――」

 

「今は――」

 

「もう黙らんよ。陽炎と朝雲の事は良くわかってるつもりだ。陽炎、取りあえず朝雲の言い分をちゃんと聞いてみよう。それに朝雲いい加減本当の理由を話たらどうだ?」

 

 提督の仲裁の言葉が聞いたのか、二人の興奮状態が収まった様で、二人は少し距離を取った。

 

 あの状態を放置していたら危なかったと提督は悟る。酷い時は口論から喧嘩になり、執務室が爆発して提督の髪がまりもの様になった事がある。

 

 ある程度落ち着いて来た朝雲はスカートを握りしめて俯き加減にぽつぽつと語る。

 

「だって…今日の陽炎、調子が悪そうだったし…」

 

「えっ…うそ…?」

 

 朝雲からの答えが意外だったようで、陽炎は面食らった表情を浮かべる。

 

 提督も陽炎の調子が悪いのはわかっていたので何回か陽炎に休んでも良いと言ったのだが、はぐらかされた為諦めていたのだ。

 

 提督が陽炎と付き合いが長い様に朝雲もまた付き合いが長い。本当は朝雲は陽炎の事を心配していたのだ。

 

「今日の演習も普段は被弾しない場面で被弾してたし、朝からちょっと無理してる感じがあったし…」

 

「え、えぇっ!?そんな風にしてた?」

 

「してたわよ!誤魔化したつもりなのかも知れないけど」

 

 陽炎的には提督以外には誤魔化せたように思っていたようだが、朝雲にはとっくにばれていたらしい。

 

 これ以上は誤魔化すことが出来ないと判断した陽炎はバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「ねぇ…どうしたの?らしく無いじゃない…?」

 

「えっと…その…」

 

「もういいだろ陽炎。無理に誤魔化すのは無理だし言ってくれ」

 

 二人の会話を聞くだけに留まろうとしていた提督だが、これ以上黙秘するのは良くないと判断し、大人しく陽炎に理由を言うように勧める。

 

 陽炎の不調の理由は提督にもある。どちらかと言うと提督は被害者なのだが、一因がある以上自分もすっきりとする意味で、陽炎にはっきりと言って欲しかったのだ。

 

陽炎は決まりが悪そうに目を泳がせて言葉を選んでいる。

 

「えっ…と…お…」

 

「何?何が原因なの?相談ならののったげるわよ?」

 

「その…ナニが原因と言うっていうか…」

 

「何なの?はっきり言って!!」

 

 朝雲の鬼気迫る表情に耐え切れなくなった陽炎は、諦めたように笑いながら不調の原因を暴露した。

 

「司令に昨晩夜這いをかけまして…夜戦をしてしまいました…ごめんね朝雲!!」

 

 どうにでもなれとばかりに無駄に良い笑顔を浮かべる陽炎。その笑顔は朝日のように眩しい。

 

 対する朝雲は一瞬理解が出来ないかったようで呆けた表情を浮かべたが、夕暮れ時の様に安心したような明るさと勝手な事をされたと言う暗さが入り交じった表情で陽炎の胸倉に掴みかかった。

 

「ちょっ?!どういうことよ!!何かってに夜戦してんのよ!!アンタこの前夜戦してたでしょ!!」

 

「し、仕方ないじゃない!!ちょっと前まで長期間の遠征でシレイニウムが足りなかったのよ!!」

 

「司令との夜戦は司令と寝てる時って決めてたでしょ!!それに陽炎は今日夜戦で来たではずじゃない!!」

 

「そっちは私が居ない間にも出来たんだからいいじゃないの!!」

 

「それはそうだけど…でもそれとこれとは話が別!!予め言ってくれれば―――」

 

 ケッコンカッコカリした仲ではあるが、提督と一緒に寝れる日は週に限られている。と言うのも、彼女達の姉妹艦が淋しがるからである。なので、姉妹達の時間を大切にして貰うためにもそういう決まり事を提督から使ったのだ。

 

 それで、提督と寝ている時に夜戦をするのだが、昨日は陽炎の姉妹との時間を過ごす為の日だったのに、長期遠征の寂しさが爆発してこっそりと提督の部屋に行き夜戦をしてしまったというわけだ。

 

 陽炎の不調も夜戦による疲れというわけだ。

 

「結局こうなるのか…」

 

 何となく予想していたが、口論はますます激化してしまった。

 

 昨夜提督が強い意志で陽炎を諭せばよかったのだが、捨てられた子犬の様な表情をされては根負けするに決まっている。陽炎は一番付き合いが長いのでそれがわかっている分、尚たちが悪い。

 

 どうしたものかと再び頭を抱えていると、扉のノックの音が目に入った。

 

「入ってどうぞー」

 

 入って来たのは三人目のケッコンした仲である風雲である。彼女もまた古参の艦娘である。

 

「失礼しまーす。提督、陽炎がご飯作る様子が無いから食堂で間宮さんに作って貰おうと思うんだけど――――なにかしらこれ?」

 

 二人の取っ組み合いの口論を眼にし頭に疑問符を浮かべている。

 

 提督は面倒くさそうに事情を説明すると、風雲は小さく頬を膨らませる。

 

「ふぅーん」

 

「な、なんだその表情?」

 

「べっつにぃー。何でも無いわーと」

 

「はぁ…これ、俺が悪いのか?」

 

 風雲からの抗議の態度に耐え切れなくなった提督は小さくこぼしながらもため息をついた。

 

「仕方ない、今日こそ決着をつけたげる!!!」

 

「ふん!!後で泣いて謝っても知らないんだから!!」

 

 風雲に事情を説明している間に二人はどんどんヒートアップしていったらしい。もはや、誰にも止められる勢いでは無い。

 

 二人は舌戦を繰り広げながら、執務室から出て行く。

 

 残されたのは、風雲と提督のみ。

 

 静まり返った執務室で、提督から空腹を思い出したかのように音が出る。

 

「腹…減ったな…」

 

「あっ、御飯どうする?」

 

「うん。食堂で作って貰うか…」

 

 どうせ二人の決闘が終わる頃合いにご飯が出来るだろう。取りあえず、注文して二人の事を待つことにしよう。そのころには二人も流石に落ち着くだろう。

 

 そう思い立った提督は、陽炎の夜這いからの夜戦問題の解決策を思い浮かべる事を放棄して、風雲と食堂に向かった。

 

 その後、決闘は相打ちで終わり、その日の夜に提督は三連戦をする事になるのだが、思考を投げ出した今の提督には予想できない事だろう。

 




 いや、ホントにこの三人の作品増えないですかねぇ…


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江風に可愛いと連呼するだけの話

出来ました。タイトルは半分詐欺なので気にせずに。pixivの方で貰ったリクエストの作品です。


 最近の江風は提督によく冗談を言う。

 

 例えば、入渠するときに一緒に入るかと言ったり、提督が江風にうっかり触れてしまった時にも「ンー?江風のバランスいい体に興味あンの?」と言って江風から触らせようとして来たり、クリスマスの時には「プレゼントは江風だよ!」と言って提督に抱き付いたりと、ちょっと度が過ぎているようなからかい方もするが、最近の江風は提督をからかうのが好きだ。

 

 本日も食堂で昼食を取っていた提督の隣に座ったかと思えば、突如提督のほっぺに触れたかと思えばついてたご飯粒を取って「飯は行儀よく食えよなぁー」と冗談めかして言いながら、提督に見せつけるように食べた。

 

 提督としては、江風の行動に何も感じて無いと言えばウソになるし、まぁ年頃の女の子にそういう事をされれば少しばかり胸が苦しくもなったりするわけで。

 

 では、何が問題なのかと言うと、江風が何でここまで提督をからかおうとしているのかと言うのが疑問だ。

 

 うぬぼれかもしれないが、江風は提督に悪いイメージを抱いているようには感じないし、寧ろ好意を抱いて貰っているようにも思っている。

 

 提督側としても、江風の好意は無下にしたくないし、江風の好感度は提督の中で高めである。

 

 それに江風の戦闘能力は高く、大規模な作戦では主役とは言えないが重宝させて貰ってる。

 

 だから、問題と言うか気になるのだ。どうして、提督ばかりからかおうとするのか。

 

 からかいがいや悪戯のし甲斐がありそうな人物は姉妹の中にもそれなりに居そうなものなのに。例えば、五月雨とか、山風とか…。と言っても、前者は悪戯しないでも勝手にドジを踏むし、後者は皆が放っておく訳ないか…。

 

 自分の中でその疑問は解決したが大元の疑問は解決して無い。さて、どうしたものか…。

 

 執務の合間に考えて、考えて、考えたが結局自分では答えが出なかったので、仕方が無いので夜中に来てもらう事にして、その日の仕事を進めた。

 

 

 

 色々と考えていたが、一日も仕事も無事終わり、秘書艦を一足先に上がらせ、江風が来るのを待つ。程なくして、扉がコンコンと軽く叩かれた。

 

「失礼するよー」

 

 気楽な挨拶を述べながら入って来たのは、勿論呼び出した相手である江風である。

 

「んーどうした提督?こんな夜中に呼び出して?江風に興味がンの?いいぜなンでも言ってみ?」

 

 いつもの活発でやんちゃな江風ながらも声色はどこか色っぽさを感じる。

 

 提督は昔の江風を思い出してみる。ちょっと前までは、フランクでガキ大将気質な江風だったのだが、最近は何かと女性っぽさを意識させるような仕種が多くなった気がする。

 

 何というか半年くらい前から急に変わったような気がするのだ。何となく前よりも一回り可愛らしくなったような―――。

 

 そこまで思い至って、とりあえず思考を止めた。その事を考えるの後でもいいはずだと。

 

「何か、最近俺の事をよくからかってくるような気がするんだが」

 

「ンー、気のせいって奴だよ。いっつもこんな風だったろ?」

 

「えぇー?ほんとにござるかぁ?」

 

 江風は腕を組んで、思わせぶりな視線を提督に投げかけながらも提督のいう事を否定する。

 

 このまま話してても話は中々進んで行かないだろう。何か方法が無いだろうか。

 

 瞬時に頭をフル回転させて、先ほどまで思い至った事を引っ張り出してみる。

 

 そうだ。江風はカッコいい言うと跳ねるように喜ぶのだが、ある事を言うと途端に顔を恥ずかしがる。

 

 それは――

 

「何かと言うかなぁ…。最近、江風がかなり可愛くなった気がしてな」

 

「っ!?ど、どうしたんだよ急に!」

 

 ああ、やっぱり。江風は可愛いと言われる事に弱いのだ。

 

 その証拠に江風の頬が薄らと赤みを増している。

 

 彼女もある程度自覚はあるみたいなのだが、性格がガキ大将で男勝りな面が強いおかげか可愛いや女性にする褒め方をされると耐性が低い。そして、その耐性の低さは今も変わらないようだ。

 

「何というかさ。江風が俺の事をからかってくるようになってからと言うか、妙に江風が女の子だなぁと思えてしまってな」

 

「か、江風も女だぜ、そういう事言われると傷つ―――」

 

 その先の言葉を言わせると最近のからかいモードの江風にペースを握られるのは明らかだ。だから、提督はこのまま押し続ける 。

 

「悪いな。最近江風が積極的なせいか、魅力的に思えてな。その綺麗な、目や。よく手入れされている髪や。何より江風の言う通りバランスの良い体とか…な」

 

 言っておいて何なのだが、セクハラまがいな事を言っている自覚はある。

 

 が、突然の褒めちぎりに江風は処理が追いついていない様で、必死に否定しようとしてくる。

 

「目の色はその…海風の姉貴の方が綺麗だと思うし、村雨の姉貴の方が体つきは…」

 

 自分でバランスの良い体と言っておきながら、自分でも少しは気にしていたらしい。江風はそっぽを向いて指をもじもじと動かして否定する。

 

 そんな事いつもの江風ならしないから新鮮でまた言葉が出てしまう。

 

「やっぱり可愛いな江風は」

 

「そ、そんなに言わないでくれって。その…照れるじゃンかぁ…」

 

「そうやって照れるリアクションも可愛い」

 

 ここまでくれば、後もうひと押しだろう。正直に言うと過剰になるような気もするが、彼女の口から理由を聞くために必要な事だから仕方ない。

 

 提督は江風がもじもじと動かす手を掴んで、彼女の顔を覗きこむ。

 

「江風」

 

「な、なンだよもぅ…」

 

 提督の褒め言葉の雨あられに負けて、熟れたトマトのように真っ赤な顔をしている。

 

 そんな江風に提督は駄目押しに言葉を紡ぐ。江風の瞳を覗きこみながら。

 

「綺麗になったな」

 

「っン!!!!?!?!?」

 

 声にならない声をあげて江風の体が硬直する。

 

 彼女の身体の全身が赤く染まり、全身から加湿器の様に蒸気が出てきそうな勢いだ。

 

 暫くは真っ赤な顔でパクパクと口を動かしして何かを言おうとしていたが、提督の口が動いた事に反応し、我に返った。

 

「わー!!わかった!!わかった!理由を言うからもういいだろ!?なっ?!」

 

 裏返った声で悲鳴をあげるように良い、提督の次の言葉を言うのを防いだ。

 

「うむ、宜しい」

 

 提督の顔は僅かに赤くなっていたのだが、余裕の無い江風にはその事をからかう事も出来なかった。

 

 

 

 

 理由を聞いたところ、色んな艦娘がどんどん増えてしまい、中々江風に構って貰えなかったからだとの事。からかって構って貰おうとしていたのは、どうすれば提督により江風を見てくれるか試行錯誤した結果だと。

 

「全く、可愛らしい奴め」

 

「それはもういいだろ…」

 

 赤みが引いて来た顔がまた赤くなってしまい顔を背けてジト目で見つめる。その姿も可愛らしく、言葉に出てしまった為、江風は結局視線を逸らした。

 

 忘れてはいけないが、江風は子供っぽい面も割と強い。秘書艦の時も退屈になると何かしら構って貰おうとしていた。

 

「江風だって気にしてたンだぜ。何と言うか、その…江風は他の姉貴や涼風と比べると可愛くないし…」

 

「こんなに可愛らしいのに?」

 

「ああ、もう!!かわいいって言うの禁止な!!」

 

「はいはい」

 

 江風の可愛らしい抗議に提督も思わずにっこりと微笑んでしまう。その笑みにつられて気が緩んだのか、江風も提督に笑みを返す。先ほどまで恥ずかしがっていたい少女の姿はそこに無く、あるのはいつもの人懐っこい笑みを浮かべる江風だ。

 

「にしても、何でそこまで俺に構って貰おうとしてたんだ?」

 

「それはえっと…内緒ってことで…なっ?」

 

「どうした?何故か顔が赤くなってるぞ?」

 

「う、うるせえやい!何か今日の提督は意地悪だなぁ…」

 

「そっちが意地悪するからだろう?」

 

 そう返されては何も言えないとばかりに、江風は提督を睨む。だが、その顔は赤くなっており、迫力が無く、小型犬に見つめられているような気分だ。

 

 小さな抵抗の効果が無い事が無い事を悟ったのか、江風は諦めて別の話題を振る。

 

「提督はさ…誰にでも簡単に言うのか?」

 

「何をだ?」

 

「その…か、可愛いとか、綺麗だとか、さ」

 

「簡単には言わないさ。それにだれにでもという訳でもない。江風だから言った」

 

「ンン?!それってどういう――」

 

「さぁ、それは内緒って事でな?」

 

「そ、そっか…。へへ、そっかぁ…」

 

 緩み切った笑みを隠そうとせず可愛らしく指をもじもじとさせている。

 

 直接言わなくても意味は伝わったという事だろう。提督も小さく笑みを浮かべる。

 

 暫くは緩み切った和やかな空間となっていたのだが、執務室に置いてある時計が鳴った事でその空間は壊される。

 

「あっ…こンな時間か。提督、江風もう帰ってもいいかな?あんまり遅いと海風の姉貴が心配するし」

 

「んっ。そうだな。明日の出撃に江風は入ってるからな。休息はしっかりとな」

 

「へへっ。張り切ってやるから見ててくれよな」

 

「それと、構って欲しかったら普通に誘ってくれて構わないからな」

 

「んっ。わかった」

 

 何気ない言葉を交わすと、江風は朗らかな笑顔を浮かべて扉の前まで行ったが、扉の前で止まり、踵を返して提督の元にまた戻る。

 

「どうし――」

 

 提督が言葉を言い切る前に江風の手によって、提督の目元が塞がれ――そのまま柔らかい感触の物が提督の顔に触れた。

 

「きひひー!おやすみ提督!!」

 

 そう言って江風は一目散に執務室から退室した。

 

 突然の事に固まっていた提督は、バタンと大きな音を立てて扉が閉まるのを見届けると、彼女の触れた個所をなぞるように指で触れる。

 

「やれやれ」

 

――彼女にからかわれる日々はまだ続くのかもな

 

 次はどうやって江風に返そうかと考えながら、提督は執務室の戸締りの確認に移った。




江風は改二より改までの方が個人的には好きです。


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古鷹がほんのり酔って甘えるだけの話

 渋の方のリクエストです。さーて、書きたい事が無くなったぞぅ☆


 

 提督は珍しく古鷹に一緒に飲みませんか?とのお誘いを受けた。

 

 別に提督はお酒を飲むことを禁止していないし、翌日の業務に支障が出ない限りで飲むことは別に悪い事とは思っていないし、その自分もそうやって偶に飲んでいる。

 

 となれば、珍しいという事の理由は自ずと見えてくる。古鷹に飲みに行こうと誘われたのが珍しいのだ。

 

 妹である加古の方は度々軽空母や飲兵衛たちの集いに参加し、面倒くさそうに後始末をしているのは知っている。

 

 だけど、その姉である古鷹の方は飲酒するイメージは余り持ち合わせていない。と言うか、下手にへんなイメージを着けると他所の鎮守府の提督達が『マイエンゼルフルタカエルにそんなイメージを付けるんじゃない!!』と怒られたりもする位、の古鷹だ。

 

 古鷹は心優しい優等生タイプの女性で、自分の仕事が無くなり暇を持て余していると、何かしなければ!!と慌ててしまう位素直な人だ。

 

 彼女の瞳に最初は違和感を覚えるかも知れないが、それを打ち消すくらいに誠実な女性で――と彼女の良い所をあげようとすればキリがない。

 

 兎に角、彼女がこうやって誘ってくるのは珍しい事だあり、提督にとって初めてのケースである。

 

 提督は珍しいと思いながらも古鷹の誘いに乗る事にし、夜に古鷹と飲むことになったのだ。

 

 

 

 

 そんなこんなで仕事を終えて夜になり、提督は動き易い服装にに着替えて、間宮の所で適当に酒を見繕って袋にさげて待ち合わせ場所に向かう。

 

 その待ち合わせ場所とは、敷地内に咲く一本の桜の木の下である。満開の時期は去り、風で花も散りつつあるが、夜桜として楽しむには十分だと思う。

 

 一番の見せ処である満開は過ぎたので、最近は花見に来る艦娘も殆どおらず、本日は古鷹と提督の貸し切りの状態である。

 

 待ち合わせの時刻よりはやや早い時刻につきそうな状況なのだが、もう古鷹はビニールシートを敷いて、提督がいつ来るのかと傍目から見てもそわそわとしていた。

 

 女性が待ち合わせ場所についているのがわかっているのに悠長に待たせるわけにも行かないだろう。提督は袋を肩に担いで、小走りで古鷹の元に駆けつける。

 

 提督の足音に気付いた様で古鷹が軽く手を振って、ここに居るとアピールしている。

 

「すまない。待たせたか?」

 

「待ってませんよ。寧ろ、古鷹が遅く来るべきでしたか?」

 

 提督のが小走りでやって来たことを気にしたのか、笑顔を浮かべながらも少しだけ影がある。

 

「そんな事は無い。早く集まる事が出来ればその分少しだけ長く楽しめると言うものだろ?それに、男にとって待ち合わせに早く来てくれるのは嬉しい事さ。何せ、俺の知り合いの殆どは遅刻するからな」

 

「ふふっ。そうですか。でしたらご期待に添えれて嬉しいです」

 

 提督は古鷹の不安を打ち消す為に即座にフォローを入れると、古鷹ははにかむ。彼女の可愛らしい表情を拝むことが出来ると、他の提督が古鷹は天使だと語る理由もわかる気がする。

 

「あっ、ごめんなさい。立たせたままでしたね。提督こちらへどうぞ」

 

 今の提督の状態を改めて意識した古鷹はその隣に提督が座れるスペースを作り、座るように促す。

 

 ビニールシートは余り大きくなく、料理を置くことも考えると、隣同士で座るのが丁度良いだろう。

 

 特に疑問を持つことなく、古鷹の隣に座り、持っていた袋を優しく着地させる。

 

 提督が座った事を確認すると、古鷹は手を打つと、注目を集めるように大きな物が入った風呂敷を掲げる。

 

「これが古鷹の作って来たお弁当です!」

 

 風呂敷を解いて、中身が露わになると現れたのは三段の漆塗りの重箱。

 

 その一つ一つを、ビニールシートの上に置いていく。一段目は肉を使った料理、唐揚げや揚げ物などの定番物が中心。二段目は野菜を使った料理や卵を使った料理、簡易的なサラダに煮物が中心。最後の三段目は稲荷寿司と炊き込みご飯。全ての段にぎっしりと料理が詰まっているが彩り豊かで見栄えが良く、どれもすきっ腹には堪らない。重箱は中々の大きさなので、提督と古鷹でも食べきれずに少し余る知れない量かもしれない。

 

「凄いな。これ、全部作ったのか?」

 

「はい。提督の為に真心こめて作らせて頂きました」

 

 どれもこれも全部は自分の為に作ってくれたと言う。その言葉が嬉しくないと言う男は居る筈がない。

 

「ありがとう古鷹」

 

 提督は古鷹に感謝の気持ちを込めて、笑顔で礼を述べる。

 

「喜んで頂けて嬉しいです」

 

 提督の感謝の言葉に、同じように感謝の言葉を笑顔に乗せて古鷹は伝える。

 

 提督が陶器のカップを古鷹に渡してに日本酒を注ぎ、古鷹もそれに倣うように提督のカップに日本酒を注ぐ。

 

 どちらともなくカップを掲げ、少しだけ勢いを付けてカップ同士をぶつける。

 

「一日お疲れさま、乾杯」

 

「本日もご苦労様です、乾杯!!」

 

 チンっと、子気味良い音が今宵の細やかな宴の始まりを告げた。

 

 

 互いに思い思いに料理に舌鼓を打ち、会話に花を咲かし、酒を注ぎあう。

 

 そんな穏やかで心温まる時間を過ごしていたのだが、二人が飲んでいるのはアルコール。提督は上官との付き合いがあるのである程度のアルコールの強さの自負ある。

 

 だが、今宵の付き人である古鷹もアルコールに強いのかと言うと決してそうでは無かったらしく、顔は朱に染まり、少しばかり言動も覚束ない。

 

 それになにより、先ほどからいつもの古鷹より、甘えたな雰囲気となっている。

 

「提督…、古鷹の頭を撫でてくれません…か…?」

 

 蚊の泣くような声で、提督の肩に頭を預けながらねだる。

 

「その位お安い御用だ」

 

 古鷹の望む通り、彼女の短い髪を優しく撫でる。古鷹はその感触を味わうように目を瞑って堪能する。

 

 一通り撫で終わった後、古鷹は続けて提督にお願いする。

 

「ごめんなさい。その…古鷹の手を握ってくれませんか?」

 

「ああ、望む通りに」

 

 古鷹の膝の上に置いてあった手にそっと手を重ね、古鷹の手を包むように握り。

 

「あっ…」

 

 自分でお願いしておきながら驚いた様で、提督は吹き出す様に笑ってしまう。

 

 古鷹は提督の反応を気にせず、重なった手を見つめている。

 

「提督の手って大きいんですね」

 

「まぁ、男の手だしな」

 

「ちょっと憧れてたんです…。駆逐艦の子達が提督に頭を撫でて貰うのがちょっと羨ましかったので…」

 

「言ってくれれば、いつでもやるぞ?」

 

「無理ですよ…。こんな時でも無ければ素直には言い辛いです…」

 

 古鷹は提督が包んだ手に空いていた手を重ねると、より提督の肩に体重を預ける。まるで、何かを行動で伝えるように。

 

 だが、その意図がわからない提督には古鷹を待つことしか出来ない。

 

 だから、古鷹は言葉にして伝える。視線だけを体重を預けた提督に向けて。

 

「提督…」

 

――月が綺麗ですね

 

「っ!?」

 

 この何処か甘い雰囲気と、古鷹の言葉の真意がわからないほど提督は鈍い人間じゃない。確かに月が出ている。今宵は雲一つなく、星々と三日月が古鷹と提督のいる桜を照らしている。

 

 だが、古鷹の言った言葉の真意はこの状況、シチュエーションの事を言っているわけでは無い。 

 

 月が綺麗ですねと言う言葉は、遠回しな告白の意味もある。

 

 突然の告白に提督の身体が僅かに跳ねる。

 

 その身体の反応は寄り添う古鷹にばれてしまったらしく、古鷹は何処かおかしそうに笑う。

 

「びっくりしました?その…意味をわかってくれたのですよね」

 

「…ああ」

 

「ごめんなさい突然こんな事言われて迷惑ですよね?」

 

「それは…困惑するが…」

 

「ごめんなさい。私には勇気が無かったんです。だから、お酒の力を借りて勇気を振り絞ろうと思ったんです」

 

「古鷹…」

 

「ですが、私なんかに言われて迷惑ですよね?突然ごめんな――」

 

「古鷹っ!!!」

 

 提督が何も返事もリアクションも返せない状況を全てマイナスに捕えようとする古鷹を止める為に、古鷹の肩を掴んで向き合う形になる。

 

 突然提督と向き合う事になり、先ほどまでの暗い表情が一気に吹き飛び、羞恥が籠った赤い色へと顔が一気に染まり始める。

 

「迷惑だなんて思ってないし、謝る必要は無い!!それに俺としては凄く嬉しかったさ」

 

「あっ…」

 

「でもな、俺は今は返事を返せない。何でかと言うとな、俺は古鷹の本心からの言葉を聞きたい。お酒に頼らない、君の心からの言葉を俺は聞きたい」 

 

「提督…」

 

「だから、そんなに泣きそうになるな。その…酒から始まる関係は、何と言うか…嫌だろ。だから、また、改めて俺に言ってくれないか?今度は酒に頼らないで古鷹の心からの言葉で。俺はその…今の言葉嬉しかったから…さ」

 

「提督…よかった…よかったです。古鷹の事嫌いになってないんですよね…?」

 

「人を嫌いになるわけないだろう、こんな程度の事で」

 

「よかった。良かったです…」

 

 落ち着きを取り戻した古鷹は再び提督の肩に頭を預け、提督と共に月と散りゆく桜の景色を何も語ることなく眺めた。

 

 今は、提督に寄り添う事がとても幸福な時間だから。後の勇気はもう十分得ることが出来たから。

 

 眺め続けているいるうちにアルコールに負けたのか、提督に寄り添う古鷹から小さく呼吸音が聞こえる。

 

「古鷹?」

 

 彼女の名前を呼んでみるが返事は無い。どうやら、眠ってしまったらしい。

 

――今日はお開きか…

 

 眠る古鷹の邪魔をしないように片づけをある程度済まし、一先ず古鷹を彼女の部屋に送り届けるようにする。

 

 彼女の眠りを遮らないように、彼女を横抱きで抱える。古鷹には内緒だが、運動不足もたたって少しばかり腕が辛い。

 

 でも、そんな辛さも忘れる事が出来る光景が提督の傍に広がっている。

 

 だって、頭の上に桜が乗った古鷹の寝顔は、桜に負けないくらい可憐な物だったから。

 

 古鷹の寝顔を糧に提督は寮に向かって歩みだす。

 

 桜の花を攫って行く風の音が今宵の宴の終わりを告げた。

 

 

 後日、昨晩の記憶がばっちり残っていたらしく、布団の中で丸まって悶々としている姿を加古が目撃したらしい。

 




 次、誰を書きましょうかね?
 
 アンドロイドと機械生命体がドッジボールするだけの話でも書きましょうかね?

 どっちらのほうでもリクエストが無ければそれで行かせて貰いますね。


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酔った陽炎がキスするの話

 陽炎は可愛いそれだけで十分です。(訳:陽炎の作品もっと増えろ)


 夜も更けて来た鎮守府の敷地内にある提督の私室。

 

 淡々と一人で残った書類をひっそりとこなしていた所に部屋の扉が叩かれた。

 

 提督は扉を叩いた主にちょっと待つようにお願いし、出来るだけ物音を立てずに書類を箪笥の中のスペースに隠してから扉を開ける。

 

「どうし…どういう状況だ?」

 

 疑問に疑問を重ねそうになった提督。そんな風に言いかけた理由は、頭を垂れた陽炎が不知火と黒潮に肩を貸されている形でドアの前に立っていたからだ。

 

「どんな状況かと言いますと…」

 

「えっと、そのなぁ…」

 

 不知火が決まりが悪そうに眉を潜め、黒潮が誤魔化す様に苦笑いを浮かべていると、項垂れていた陽炎がゆっくりと顔をあげる。

 

「司令…?」

 

 提督が目の前に居る事を認識したようで、迷子が親を発見したようなか細い声を上げる。

 

「あぁ、俺だぞ陽炎」

 

 提督は若干困惑したような様子ながらも陽炎の疑問に答える。そこで陽炎の顔を見た提督は、陽炎の異変に気が付いた。そう、陽炎の顔が異様に赤く染まっているのだ。それも何だか熱があるような。

 

「どうした?陽炎は具合が悪いのか?」

 

 普段とは違う位赤い顔に不安を覚えた提督は、二人に問う。

 

「その…」

 

「まぁ、ある種のびょーきかもしれへんけど…」

 

 二人の表情と答えは相変わらず要領を得ない。二人のはっきりしない態度に若干苛立ちそうになった提督は二人に強く問い詰めようとするが、その言葉と行動は遮られる。何故なら、

 

「しーれー!!!」

 

 先ほどまで項垂れていた陽炎が満面の笑みで、司令に飛びついて来たからだった。

 

「にょわっ!」

 

 男らしくない悲鳴をあげながら、陽炎を守るように抱きしめながら倒れ込む。腰は強打したが、異常な痛みは感じない。陽炎はきっちり自分がクッションになったから大丈夫。よって、二人とも無傷。

 

「大丈夫か陽炎?!」

 

 突如、陽炎が飛びついてきた事よりも、彼女の心配する気持ちが上回っていた提督は陽炎に無事かを確認する。

 

「しれー、しれーだー♪うふふ♪」

 

 対する陽炎は提督から離れまいと自分から抱きしめ、彼の胸元に頬ずりしている。

 

 ここで、提督は陽炎の異変の正体を理解する。彼女の吐息に混じって、感じる異臭がその原因だ。

 

「…まさか、酒でも飲んだのか?」

 

「そのまさかです」

 

「何というか…司令はんも罪な男やね」

 

「どういうことだってばよ…」

 

「それは直接本人に聞いてください」

 

「ほな、うちらは役目果たしたし、お暇させて貰うんよ」

 

 不知火は一礼をして、黒潮は苦笑を浮べながら手を振って、扉を閉める。

 

「待ってくれ!せめてもうちょっと詳細に――」

 

 二人を引き止める為に手を伸ばそうとするが、提督の注意が完全に二人に言った事に気に入らなかったのか、陽炎が頬を小さく膨らませると、提督の肩に手をついて提督と唇を重ねる。

 

 提督は驚いて目を開けたまま唇を重ねているが、陽炎は彼の唇を味わうように優しく目を瞑って堪能する。

 

 扉が音を立ててしまった頃合いに陽炎は唇を離す

 

「よそ見しちゃ、やーよ♪」

 

 唇に指を当てながら可愛らしく彼女は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 離れようとしない陽炎の靴を何とか脱がし、陽炎を抱っこで居間まで運んでテーブルの側に降ろす。

 

 そのままテーブルを挟んで、陽炎の対面に座ろうとしたが、陽炎が傍までやって来て提督の膝の上に座ったので、彼女のされるがままにする事に決めた。

 

 陽炎とはケッコンカッコカリした関係であり、公認の男女の関係である。

 

 そのパートナーが好きに飲酒することは構わないが、ここまで酔っぱらっていて尚且つここに連れてこられても困る。

 

 いや、別に陽炎が今ここに居る事に困っているのとか、飲酒してて面倒くさそうな状況だから一緒に居る事が嫌とかそういう訳では無くて――

 

 と、心の中でよくわからない言い訳がましい事を考えていたのだが、陽炎が何時の間にか、自分と向き合う形に座っている。それに陽炎の表情は何処か不服そうだ。

 

「どうした陽炎?」

 

 心の中の不安定な気持ちがばれないように落ち着いて陽炎の様子を伺うが、陽炎は何も言わず、提督の頬を彼女のか細い両手でロックする。

 

「うみゅ」

 

 提督の頬が押しつぶされた事で、顔が不細工に歪むが、

 

「可愛い…」

 

 そんな事、今の陽炎は全く思って無い様で、また提督と唇を重ねる。

 

 こんな強引な口付けでも提督は不思議と安堵と幸福感を得るが、それだけでは終わらない。何と陽炎は提督の上唇をついばんで吸ってきた。

 

「ん、んっ!?」

 

 突然の吸い付きに提督は驚きを隠せないが、提督の気持ちなどお構いなしに、陽炎は提督の上唇を甘噛みしたり、舌で舐めて味わう。

 

 提督はされるがままになりながらも、何度か陽炎の背を叩いて止めるように促すが、陽炎にはそんな意図は伝わらない。

 

 提督が抵抗を諦めた頃合いに陽炎は提督の上唇を解放する。

 

 陽炎と提督の間にかかる二人の関係の結晶である透明な橋が小さくかかるがすぐに落ちてしまう。

 

「しれーのくちびるざらざらしてる」

 

 あぁ、そう言えば全くリップクリームをやって無かったかと、放棄しかけた思考の片隅で陽炎の答えを受け止めた提督。

 

「でも、おいしい…」

 

 でも、それでも満足した様に微笑む彼女の姿に、提督の心臓が一度強く跳ねるとともに胸の内が満たされる。

 

 彼女をもっと喜ばせたいと心から思い、それを実行に移すべく、提督は陽炎の解かれた燈色の髪に大きな手を添えて、ゆっくりと撫で上げる。

 

「あたま、あったかい」

 

 提督の思惑通り、陽炎が喜んだようで、提督の鎖骨の当たりに頭を埋める。

 

 いっそこのまま寝かせてしまい、明日の朝に不知火達に陽炎を連れてきた理由を問おう。

 

 軽く算段を立てた提督は、そのまま陽炎が眠るように優しく頭を撫で続けたが甘かった。

 

 陽炎は提督の鎖骨あたりを子犬の様に舐めると、その舐めた箇所に続けて吸い付く。

 

「陽炎?!」

 

 予想外の行動に驚きつつも陽炎を引きはがそうとするが、陽炎は上手く提督に絡みつき、腕を動かせないようにロックする。

 

「まって!待ってくれ!!」

 

「ひゃりゃ」

 

 アルコールを飲んだ事による呂律の回らなさと、吸い付いて上手く発音できないながらも短く提督の懇願を否定する。

 

 やがて、提督の首筋にちくりとした痛みが走る。

 

 ――ああ、止められなかった。

 

 陽炎が首筋から離れて、満足そうに頷いている所を見ると、首筋に赤い花が咲いたという事だろう。

 

 アルコールが入って自由になった陽炎でも少し疲れたのか、提督の膝の上にごろんと頭を乗っける。

 

 提督は陽炎につけられたキスマークにをどう隠そうか考えて居た。彼は普段薄着な為、突然厚着になったら何かと疑われるからだ。

 

「どうしてくれるんだ陽炎…」

 

 隠す手段が思い浮かばず、こうなったら開き直って厚着するしかないと項垂れながら陽炎を見つめると、陽炎はニコニコと答える。

 

「みんなに見せつければいいじゃない。しれいは、わたしのものだって」

 

「それはなぁ…」

 

「なーに?陽炎のものだってことがやーなの?」

 

 陽炎の声が不安げに沈む。

 

 そんな彼女の不安を打ち消す様に提督は自分の本心を彼女にぶつける。

 

「そんな事だけは絶対にない。俺はお前だけの物で、お前は俺の物だ。一から十まで、つま先から髪の先まで全部、全部」

 

 自分の想いを全部言い切った提督は気恥ずかしくなり、そっぽを向いてしまう。対する陽炎は一瞬だけ、きょとんとした顔になった後、彼の言った言葉の意味がわかった様で、アルコールの赤さとは別の赤さを顔に纏わせる。

 

「うれしい…うれしいよ…しれー」

 

 すこしばかり上擦った声で言う陽炎に不安感を覚え彼女に視線を戻すと、彼女が涙を流していた。

 

「かげ…ろう…?」

 

「しれい…」

 

 陽炎は涙に彩られた貌で自分の想いを告げる。

 

 数か月前から新人が沢山配属され、新人に仕事を教えるため提督が指導をしていた事で、提督の時間が少なくなり寂しかった事。

 

 新人も陽炎より魅力がある女性ばかりで、その人たちに提督の笑顔が向けられるたびにやきもちをやいていた事。

 

 夜中に会いに行こうともしたが、提督が疲れているからと遠慮していた事と、こっそり終わらなかった仕事をやっていた事を知っていた事。

 

 そして、提督の事に関して不知火と黒潮にお酒を飲みながら相談していた事。

 

「…そういう事か」

 

 やっと、あの二人が言っていたことがわかった。確かに自分は罪な男なのかも知れない。だって、こんなにも自分の事を思ってくれる素敵な少女が居るのだから。

 

「陽炎、俺は他の人が傍に居てもお前の事をずっと思ってた。うん。本当は俺も寂しかったよ」

 

「司令…」

 

 涙を流した事で落ち着きを取り戻し、ある程度酔いも醒めたのか、彼女の滑舌は元に戻りつつあった。

 

 陽炎に起きるように促し、彼女の肩に手を置いて唇を重ねる。彼女の唇は少しだけしょっぱかったが関係ない。だって、その気持ちよりはるかに温かさと幸福感が勝っているのだから。

 

 口づけを止めると、陽炎は提督の肩に腕を回して抱き付く。まるで、もう離さないと言うように。

 

「明日から、新人の教育の時は陽炎を補佐につけるよ」

 

「ありがとう司令…。それと、忘れないでね。私って結構嫉妬深いから…これからちょっとでも、私の事忘れたら凄く怒るから…ね…?」

 

「ああ、覚えた。でも大丈夫だ、安心してくれ。陽炎の事を忘れた事なんて一度も無いんだから」

 

「ばーか…。でも、ありがと。好き、大好き、本当に大好きで愛してる。ごめんね。重くて面倒くさい女で」

 

「お前こそバカだよ。そんな事、承知で…とっくにわかっててお前の事、好きになって、好きなままなんだから」

 

「ばーか」

 

「バーカ」

 

 お互いを罵る言葉を浮べながらも、二人から笑みが絶えることは決して無い。

 

 二人はもう一度唇を重ねる。

 

 久しぶりの二人っきりの夜はまだ始まったばかり。




 次は何も書く話が無かったらリクの消化です。今書きたいの本当に無いので、リク無いとモチベ無くなって休止する可能性高いです。採用されるかわかりませんが、よかったら提案してくださると嬉しいです。

 


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心の在り処

 今週は無いと言ったな。アレは嘘だ。
 こっちのシリーズしか無い時に頂いたリクエストなのでこっちに書きました。
 因みに、作業用BGMは『美シキ歌』です。あの歌姫を想像しながら書きました。
 
 ほぼ、リク通りですが、ちょっと変えてるとこもあります。私は冬木の聖杯みたいな物ですから、まぁ、多少はね?

 else ifは別エンドです。せめてもの救いです。


 

 彼女は気づくのが遅かったのだ。

 

 あぁ、もっと早く気付いていれば。もっと早く彼と向き合っていれば――

 

 そうすれば、こんなにも―――

 

 こんなにも自分の負の感情が抑えられない自分が嫌いにならずに済んだのに。

 

 こんなにも心が引き裂かれる想いを味わなくて済んだのに。

 

 何よりも――

 

 あんなにも提督に想いを寄せて貰っていたのに―――

 

「あっ、ああ…」

 

 少し照れたようにはにかむ提督と、彼からの贈り物を受け取った瑞鳳を、執務室の扉をわずかに開けて見ていた初霜が今にも泣き出しそうなくらいにか弱い声をあげてみることしか出来ないでいる。

 

 ――本当は提督の事が好きだったのに。

 

 二人の照れくさくも恋人同士の様なやり取りに、彼女の感情を堰き止めていた彼女の理性の壁が決壊し、二人のやり取りに割って入るように執務室に乱入した。

 

 

 

 

 

 

 初霜と提督の関係はこの鎮守府の初期頃まで遡る。

 

 戦力が整わず、戦艦はおろか重巡すらいない頃からの仲である。

 

 まだまだ運営は安定せず資材の運用も自転車操業もいいところ。兵器の開発すらままならない。

 

 繁多の時期にやってきた初霜は彼女らしい冷静な判断能力で提督をサポートし、運営の安定化に乗り出させたのだ。

 

 その功績が皆や提督からも認められ 初霜は提督の秘書艦と言う重大な役目を任されるようになった。

 

 秘書艦として認められたことは初霜にとって喜びと言える。

 

 なぜなら秘書艦になるということは、ほかの皆をより護れる立場になれることに等しかったからである。

 

 護るというのは初霜が口癖のようにいう言葉であり、彼女が人一倍誇りをもって行っている仕事だ。

 

「護衛任務なら任せてくださいね」

 

 普段は丁寧で物腰も柔らかい彼女が、胸を張って護衛任務につく姿が提督にとっても誇らしかったのだ。

 

 日々仲間を増やしつつ、平穏な海を取り戻す為にしのぎを削る毎日。それでも、皆を守れている実感があった初霜にとっては誇りある毎日である。

 

 

 

 

 ある時、鎮守府の皆が口を揃えて言うようになった。提督がどこか柔らかく明るい人になった。

 

 普段から提督のそばにいる初霜にとってはそんな事、わかりきっていたことだし当たり前のように感じていたので、その事をほかの艦娘に振られてもあたりさわりの無いような返事をして返した。

 

 最初の頃はなれない業務のストレスで部下に強くあたりそうになったり、少しばかり自分の意見を通す為に意固地だった面はあったりもしたが、その後に彼が自己嫌悪に陥っていたことは知っているし、そういう面も鎮守府が安定したおかげかでなくなり、本来の提督らしさと言えるものがかなり全面に出ていることは初霜にはわかっていた。

 

 だからこそ、初霜は今更な事を皆が言ってることに不思議に感じていた。

 

「そんなに明るくなりましたかね?」

 

 書類仕事をこなしながら、件の話を何気なく初霜は話すと、提督は不思議そうに首をひねる。

 

「でも、もしそうだとしたらそれは初霜のおかげかもしれませんね」

 

「はい、ありがとうございます…?」

 

 どこか冗談めかして言った提督のその言葉は、初霜は「なぜ私のおかげなのかしら?」と思いながらも素直に賛辞として受け止める。

 

 この言葉は初霜の頭の片隅から忘れられることない言葉になることは初霜はまだ知らない――

 

 

 

 

 

 初霜が改二になれるようになり、更に頼りになれる存在となった時期の事。

 

 改装を終えた初霜は一番に提督に改装した姿を見せに行った。

 

「これで、もっと皆を守れます!」

 

 彼女としては珍しい自信にあふれる笑顔を添えて。

 

「はい。これからも頼りにします。改めて宜しくお願いします初霜」

 

 彼女の笑顔に報いるように提督も笑顔を浮かべて彼女の頭を優しく撫でる。

 

 この頃から提督は艦娘との距離感がわかって来たおかげか、よく笑うようなって来ている。

 

 それに、他の艦娘にはさんと言う敬称を用いるのだが、初霜には使わなくなった。

 

 敬称を使わなくなったのは初霜に対する深い信頼があるからだ。

 

 その信頼に報いるように頭を撫であげる提督を見上げ、改めて礼を述べる。

 

「はい!これからも私を宜しくお願いします!!」

 

 彼の手の感触は今思い出しても温かくて心地良い――

 

 

 

 

 練度が最高値に達した頃、初霜は提督から指輪を贈られた。

 

「これからも僕と共に歩んでくれませんか?」

 

 窓から差し込む夕日に照らされて彼は影になっていたが、顔が赤くなっていた事は初霜にバレバレだった。

 

 だから、彼がどういう意図でその指輪を自分に贈ってくれようとしたのか初霜は理解した。

 

 ケッコンカッコカリの指輪。それは、艦娘の練度が最高値に達した時に提督から艦娘に贈られるとされる、練度の上限突破装置であり、深い絆の証。

 

 今の提督の意図を汲むとするならば、これは初霜を兵器として見ているのではなく、初霜と言う存在の為に贈られようとしているという事だろう。

 

 提督を慕っていた艦娘ならば、感極まって涙を流して指輪を受け取るだろう。

 

 しかし、初霜は提督を尊敬しては居たが、恋と言う目線では見ておらず、何よりも――

 

「ごめんなさい。今の私は、恋愛に興味が無いの」

 

 嘘が苦手な初霜は率直に頭を下げながら提督に伝える。

 

 こんな恋愛事に興味が無い少女と居ても、提督は満足できないだろう。初霜なりの気遣いと優しさから出た言葉だった。

 

 初霜が顔をあげると提督は一瞬だけ泣きそうに瞳を潤ませるが、一瞬だけ瞼を閉じて表情を改める。

 

――そんなに悲しまないで

 

 初霜が声をかけようとするが、それは逆効果になると瞬時に判断してゆっくりと提督から視線を離す。

 

「そう…ですか。でしたら、この指輪は貴女の強化に役立ててくれませんか?」

 

 無理矢理作った笑みを浮かべて、初霜に罪悪感が湧かないように提案する。

 

 せめて、これが貴方の力になれるように。

 

 これ以上提督の好意を無下にするわけにはいかず初霜は提督の提案を受け入れる。

 

 提督から指輪を嵌めれられ、初霜は自分の身体に変調が無いかを確かめる。

 

 何も変化を感じない事を不思議そうに思いながら、自分の身体を見回す初霜に提督は静かに微笑む。

 

「君にこの贈り物を受け取って貰えてよかった」

 

 自分一人しか聞こえないような声量で言う提督の表情は、陰りながらも自分の失恋の痛みを湛えていた事に初霜は気づかなかった。

 

 

 

 

 提督に指輪を贈られてからも変わらぬ日々をそのまま二人は送る。それは互いに気のおけない信頼できる相棒としての距離で。

 

 失恋のせいか提督が何処か暗くなったり、の作業ペースが落ちたり、時折ぼうっとするようにもなったが、優秀な秘書艦である初霜のおかげで事なきを得ている。

 

 軋んだ歯車の上の日々。だけど、その日々は決して初霜にとって悪くは無い日々だった。それは深海棲艦との戦争のさなかずっと続いて行く―――ようにも思えた。

 

 だが、彼の運命は新たなる出会いを手繰り寄せた。

 

「瑞鳳です。軽空母ですが、錬度があがれば、正規空母並の活躍をおみせできます」

 

 新たに着任した新人、瑞鳳だ。

 

 当初の瑞鳳は戦力が整ったこの鎮守府では明らかに力不足だった。

 

 しかし、提督の皆がいつ出撃してもいい様に備えると言う方針の下、彼女は教官役の正規空母の先輩方にきっちりと育てられ、彼女の努力の成果もあって十分に活躍できる存在にすぐに戦力に数えられる位に強くなった。

 

 彼女の生真面目な性格故か、提督に何度も自分の教育に関しても相談していた。

 

「もっと役に立てるように、先輩方や提督が楽を出来るように頑張りたいです。皆が今まで頑張ったんだから、今度は私が一杯頑張らないとね!」

 

 明るく朗らかな雰囲気と、その努力家気質に胸を打たれた提督は、次第に彼女に親身になる。

 

 彼女もまた提督の期待に添えられるように努力を続ける。

 

 そんな瑞鳳と提督を間近で見て、初霜はかつての自分達を見ている様で微笑ましかった。

 

 かつては、自分と提督もそんな風だったと、思い出話をするように瑞鳳に話した事もある。

 

 ある日、瑞鳳は談話室に初霜を呼び出した。何でもこの鎮守府で最高練度の初霜に実戦と自分の練度向上についての相談を二人っきりでしたいと言われた。

 

 最高の練度である事を誇りに思っていた初霜は瑞鳳の相談の依頼を受け入れ、談話室にて瑞鳳の相談を請け負う。

 

「でね、その時は――」

 

「なるほど…」

 

「そう言えば――」

 

「へぇー」

 

 彼女なりの戦闘に対しての考えと、時折昔話を交えながら瑞鳳に講釈をする。瑞鳳は昔話も戦闘の話も興味深そうに頷きながら、時折メモも取りながら話しに熱中する。

 

 初霜にとっても瑞鳳に中々に楽しい時間だったが、楽しい時間と言うのはあっと言う間に過ぎ去ってしまう。

 

――そろそろ戻らないと提督が心配だわ

 

 執務室に戻ろうと初霜が話を切り上げようとした所で、その雰囲気を察した瑞鳳が待ったをかける。

 

「待って!最後に聞いておきたい事があるの!」

 

「なんでしょうか?」

 

 この時の瑞鳳は記憶に焼き付いて離れなくなる。

 

 瑞鳳はメモで口許を隠しながら、恥ずかしさを隠す様に俯いて初霜に上目遣いで聞いて来たのだ。

 

「その…提督の好きな食べ物って初霜ちゃんわかる…かな?」

 

 段々としりすぼみする言葉と、仄かに桜色に染まった頬はまさに恋する乙女の表情と言うのだろう。恋愛に興味が無いと言った少女でも、今目の前に居る少女がどんな状態にあるのか理解できた。

 

 目の前の彼女こそが、恋する乙女と言う事なのだろう。

 

「ええ、わかりますよ。提督とは長い付き合いですから」

 

 初霜は恋する乙女の背中を押す為に助言を贈る。

 

 彼女は気づいていなかったが、この時から瑞鳳に自分と提督の仲を牽制するように『長い付き合い』と言う言葉をよく用いていた事に。

 

 そして、初霜も気づかない心の奥底で本当はこう思っていたのだ。

 

 なんで教えてしまったのだろう、と。

 

 この翌日から、瑞鳳は料理が出来る艦娘から料理を教わり、その数日後に瑞鳳が手作りの弁当をもって執務室に訪れ彼女の手作りの弁当を提督によく差し入れするようになる。

 

 この頃から初霜は不快感のようなもやもやとした不思議な感覚を覚える様になる。同時に瑞鳳に対する一種の恐怖も感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、お昼になりましたので、瑞鳳の元に行ってきますね」

 

「はい。それではごゆっくり」

 

 小さく手を振って提督を送り出す。提督と瑞鳳の昼食は何時の間にか彼らの二人っきりで食べるのが習慣化してしまい、初霜は昼食を一人で食べる機会が多くなってしまった。

 

 つい最近まで、提督と一緒に食べていたのに。そう思っている自分もいるが、瑞鳳さんが提督と上手くやっていると考えると嬉しい自分も居た。

 

 最近の瑞鳳の料理は手が凝っている様で、この前の彼女の創作料理が美味しかったと提督が初霜に語って来た。

 

 何度か初霜も瑞鳳の手料理をごちそうになっているが、初霜にはやる気が湧きづらい程の下準備と調理過程を伴って出来ている料理だった。

 

 一回だけ瑞鳳に、手間がかかりすぎて面倒では?と言ってしまった事があるが、それでも提督が美味しく食べてくれるなら満足と笑顔で語る彼女に深い尊敬の念を抱いた。

 

――同時に、何故か負けたような気持ちにも

 

 あぁまただ。何故か胸が痛い。あの二人の事を考えると、否あの二人が一緒にいる事を考えると、だ。

 

 胸の痛みを何とか堪えながら、食堂で昼食をとっているとカレーの入ったお皿をお盆に載せて隣に若葉がやって来た。

 

「隣に座ってもいいか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 隣の椅子を引いて若葉を誘導する。若葉は助かると短く礼を言うと、スプーンでカレーを掬って口に含む。

 

「ふむ、悪くない」

 

 短く感想を述べると、また掬って口に入れる。

 

 初霜は定食のご飯を小さく口に含んで、心ここに非ずと言った状態で食事を進める。

 

「また、提督が明るくなってきた」

 

 カレーを食べ進みながら急激に話を振る。

 

 つい最近までの提督は皆からも見ても暗くて皆から心配されていたのだ。

 

「ええ、そうね」

 

 相変わらず心ここに非ずな状態で初霜は食事をしている。

 

 提督が暗くなった原因も明るくなった理由もわかっている。

 

 だから――だから――

 

「でも、おまえは暗くなっている」

 

 だから、複雑なのだ。原因は初霜で、理由は瑞鳳がもたらしたのだから。

 

 自分は一種の加害者で、その上今まで何もしなかったのに対し、瑞鳳が全てを解決させる様になっているから。

 

 誰も悪く無かった筈。だから、こそこんなにも複雑で胸が痛いのか。

 

「どうしたんだ?最近調子が悪いぞ?」

 

 若葉は相変わらず不愛想だが、声色は自分の姉を心配するものだ。

 

「なんでも無いわ。ちょっと寝不足なのかしら?」

 

 少しおちゃらけて、ごまかす様に若葉に笑顔を向ける。

 

 若葉を一度目を細めて初霜を見つめる。その目が心の中まで見透かしている様で初霜は居心地の悪さを感じさせる。

 

「…そうか。おまえがそれでいいなら、良いのかも知れないな」

 

 残った一口分のカレーを全てスプーンに乗せて食べ終える。

 

「何かあるなら若葉に相談してくれ。初春でも、子日…では無い方がいいか。ともかく、相談は大事だ」

 

 含みを持たせた言葉を残して、早くも昼食を平らげた若葉は返却口へと向かって行く。

 

 そんな彼女の姿を追う事も出来ず、初霜は湯飲みに映る自分を見つめる。

 

「私は…」

 

――何を…したい…?

 

 若葉に言われた言葉が頭の中で反響する。

 

 あの二人の事を考えると何だか複雑で、逃げ出してしまいたいような罪悪感に似た感覚を覚える。

 

 それと同時に、まだ自分が提督の元に居れていると言う安心感も。

 

 ゆらゆらとゆれるお茶を見つめている内に予鈴が鎮守府に響き渡る。もうすぐ、午後の業務が始まってしまう。

 

「あっ…」

 

 初霜の頼んだ定食は、頼む前と全く変わっていなかった。

 

 

 

 

 

 瑞鳳がついに最高練度一歩手前まで達した。

 

 瑞鳳は意気揚々とその事を執務室で仕事中の提督に報告しに来たのだ。

 

「提督、提督!!ついにここまで来たよ!!」

 

 妖精さんから出された練度の測定結果を提督に向かって大きく掲げる。

 

「よく頑張りましたね瑞鳳!」

 

 瑞鳳は短期間でここまでの練度に来たのだ。

 

 その事を労う様に提督は瑞鳳の頭を優しく撫でる。

 

 瑞鳳はくすぐったそうにしながらも提督の手を振り払う真似はしない。

 

 純粋に嬉しいのだろうと、察することが出来る。

 

 そう言えば、ずっと提督に撫でて貰ってない。前はよくやってくれたのに。

 

 初霜に対して頭を撫でてくれたことは最近まで無い。それどころか最近は二人っきりでいる時間も無い。

 

 最近は瑞鳳がよく執務室に居て、仕事の手伝いやお茶くみ等も行ってくれている。書類仕事の処理と作戦の立案はまだ初霜が一番効率的に行えているが、それも時間の問題になりそうな気が初霜自身がしている。

 

「それでね提督…」

 

 甘え上手な瑞鳳は上目遣いで提督の事を見つめる。

 

「私が最高練度になったら指輪を贈ってくれる?」

 

 指輪、その単語に強く反応したのは提督では無く、初霜だった。

 

「ダメです!!」

 

 机を力強く叩き、瑞鳳を睨むように立ち上がる。

 

 予想外の反応に瑞鳳と提督は驚愕の表情で、初霜を見つめる。

 

「ご、ごめんなさい…。少し、外に出ますね」

 

 少し間を置いて、自分のしてしまった事を理解した初霜は、瞬時に頭を下げて大人しく執務室から出て行く。

 

 なんで、何でこんな事をしてしまったのだろう。

 

 廊下をとぼとぼとゾンビの様に俯きながら歩きながら考える。

 

 瑞鳳が提督に甘えるのが嫌だった?

 

 瑞鳳が提督に料理を振る舞っているのが嫌だった?

 

 提督が最近私と話してくれない事が嫌だった?

 

 あの二人が一緒にいる事が嫌だった?

 

 いや、どれも合っている様で少しずれている。

 

 考えに考えた初霜の答えは

 

 提督の傍にある存在で本当はありたかった。

 

 提督に頼られる存在でありたかった。

 

 瑞鳳がやっている事を本当は私が提督にやってあげたかった。

 

 提督と一緒に居たかった。

 

 他にも様々な考えと思いが渦を巻き、一つの結論を導き出す。

 

「あぁ…」

 

――私は本当は提督の事が好きだったんだ

 

 恋愛に興味が無いと言ったのは、そっち方面に対しての自信を持てなかったから。

 

 瑞鳳に提督の事を教えたくない思いが僅かにあったのは、本当は自分だけが知っている事を他人に知られたくないからだった。

 

 だから、だから、本当は自分は恋愛には興味が無いと言い聞かせて、恋愛に興味が無い振りをして、戦う前から、提督との関係に向き合う前から諦めていたんだ。

 

 そんな中で彼と安定した関係を築こうとしたけど、瑞鳳がやって来てその立場も脅かされて。ここまで来てやっと、やっと、本当の想いに気付いて――

 

「あっ、ああああ!!!!!」

 

 自分の中で渦を巻いて居た気持ちが一つの答えに収束していく。

 

――私、私…最低です…

 

 戦う前から諦めたくせに、今戦っている瑞鳳さんに勝手に嫉妬して、関係が長い事をちらつかせて、諦めさせようとして。今まで呼び捨ては私の特権だったのに、瑞鳳さんに向けられている笑顔も私だけのものだったのに。私だけの特権が沢山あったのに、それが瑞鳳さんに取られると勝手に感じて――

 

 提督に関する恋愛感情を爆発させる前に、罪悪感が彼女の胸を占め、思わず泣きだしてしまう。

 

 今の自分の姿がとても醜く感じてしまい、今の姿を誰にも見られない様に空き部屋に籠って一人すすり泣く。

 

「なんて…なんて…」

 

 空き部屋の角で身を守るように体を丸め、自分の罪状を自分で読み上げる様に、提督と瑞鳳の居る記憶をなぞり続ける。

 

 負の感情の渦に飲まれた彼女のは泣き疲れて寝ている所を提督と瑞鳳に発見するまで一人ぼっちで罪悪感に苛まれ続けた。

 

 

 

 

 

 初霜が涙に暮れてから十数日後の事。瑞鳳が最高練度に到達したとの報告が上がった。

 

 提督に対する恋慕を自覚したまま複雑な思いを胸に日々を送っていた初霜にとって胸が痛い報告だった。

 

 もはや、提督は手を伸ばしても届かない所に居る。届く位置に居るのは瑞鳳さんだけ。半ばあきらめたような精神状態だった初霜は仕事のミスを連発してしまい、皆から心配されていた。

 

 今日は初霜が遠征に出掛ける日。出立寸前まで資料をぼうっと眺めていたが、すんでの所でミスを発見した。

 

 遠征に必要な条件を満たしていない編成だったのだ。

 

 そのミスを見て、昔を思い出してしまい、くすりと笑みが零れる。

 

――仕方のない人ですね

 

 そう思いながらも、遠征の構成員を引き止め、ミスを修正する為に提督の元に向かう。

 

 が、それが彼女にとっての一番の災難となる。

 

 執務室の前につき扉をノックしようとしたすんでの所で。

 

「貴女に贈る物があります」

 

 提督の真剣な言葉が彼女の耳に入った。

 

 その言葉は覚えがある。

 

 だって、この言葉は初霜の指に嵌められた贈り物をくれる時に彼が言った言葉。

 

 初霜は息を殺して、扉の前に耳を当てる。

 

「提督、それって」

 

「瑞鳳、貴女に贈る指輪です」

 

 瑞鳳の期待に満ちた声と、変わらず真剣な提督の声。

 

 初霜は扉を僅かに開けて中を覗きこむ。二人がこちらを見ないように小さく祈りながら。

 

 幸か不幸かドアの隙間から今の二人の様子がよくわかった。

 

 提督は瑞鳳の左手を手に取り、薬指にケッコンカッコカリの指輪を嵌める。

 

 それは、私だけが―――

 

 あの時の様に出そうになって声を右手で口を覆う事で防ぐ。

 

 あの指輪が嵌ったと言う事は、彼女の特権が全て失われるという事。

 

 瑞鳳の想いがついに報われる時が来たという事。

 

 夢見心地で嵌められた指輪を見つめる瑞鳳と、彼女を祝福するように微笑む提督の姿がそこにあった。

 

 あの時、私が彼の想いを受け止める事が出来たのならば。 

 

 そう思ってももう遅い。

 

 彼女は気づくのが遅かったのだ。

 

 あぁ、もっと早く気付いていれば。もっと早く彼と向き合っていれば――

 

 そうすれば、こんなにも―――

 

 こんなにも自分の負の感情が抑えられない自分が嫌いにならずに済んだのに。

 

 こんなにも心が引き裂かれる想いを味わなくて済んだのに。

 

 何よりも――

 

 あんなにも提督に想いを寄せて貰っていたのに―――

 

「あっ、ああ…」

 

 二人の幸せな姿が初霜の心をかき乱して涙腺を刺激する。

 

 少し照れたようにはにかむ提督と、彼からの贈り物を受け取り左手を胸に抱く瑞鳳瑞鳳を、執務室の扉をわずかに開けて見ていた初霜が今にも泣き出しそうなくらいにか弱い声をあげてみることしか出来ないでいる。

 

 ――本当は提督の事が好きだったのに。

 

 二人の照れくさくも恋人同士の様なやり取りに、彼女の感情を堰き止めていた彼女の理性の壁が決壊し、二人のやり取りに割って入るように執務室に乱入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督!!提督っ!!」

 

 こらえきれなく無くなった涙を流しながら、大きな音を立ててドアを開けた初霜は一目散に提督に向かって駆ける。

 

「初霜?!」

 

「初霜ちゃん!?」

 

 突如乱入した初霜に二人は驚愕の声を上げるが、それでは初霜は止まらない。初霜は走った勢いのまま提督に抱き付く。

 

 提督は少しばかりよろけながらも初霜の事を受け止める。

 

 二人の雰囲気を全て壊す最低な事をしている実感はあるが、もはやなりふり構っていられない。初霜は提督の身体を締め付ける様に抱きしめて思いのたけをぶつける。

 

「好きなんです!好きだったんです!本当は好きだったんです提督の事!!だから、だから、もう一度私を好きになって!!!」

 

 提督の腹部から顔を上げて、縋りつくように叫ぶ。

 

 提督はそんな初霜の事を困惑の表情を浮かべながらも、すぐに表情を引き締める。まるで、あの時、恋愛に興味が無いと逃げた自分の時の様に、すぐに表情を引き締めた。

 

「初霜、貴女が好きだと言ってくれて嬉しかったです」

 

 かった。その過去形の言葉は初霜の心に絶望の影を落とす。

 

「でも、今は好きな人は他に居ます」

 

「嫌です!!お願いですから!!私を――」

 

「ごめんなさい。今は瑞鳳の事が好きなんです。だから、貴女は選べません」

 

 提督は心苦しそうに絞り出すように初霜に語り掛ける。

 

 瑞鳳も提督に好きだと言われて嬉しくなるはずなのに、とても辛そうな表情を浮かべている。

 

――あぁ、私は何て最低なんでしょうか

 

「うっううひっぐ…」

 

 自責と後悔の念が初霜の心を押しつぶす。

 

 提督は初霜を慰めるように頭に手を置いて撫でる。

 

 初霜を抱きしめる事は決してない。彼女の想いを受け止める事は今の提督には出来ないのだから。

 

 瑞鳳も初霜を慰める様に抱きしめる。彼女の心を悲しみから守るように。

 

 二人の思いやりと体温が今の初霜には残酷な位に温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 else if

 

 

 

「提督!!提督っ!!」

 

 こらえきれなく無くなった涙を流しながら、大きな音を立ててドアを開けた初霜は一目散に提督に向かって駆ける。

 

「初霜?!」

 

「初霜ちゃん!?」

 

 突如乱入した初霜に二人は驚愕の声を上げるが、それでは初霜は止まらない。初霜は走った勢いのまま提督に抱き付く。

 

 提督は少しばかりよろけながらも初霜の事を受け止める。

 

 二人の雰囲気を全て壊す最低な事をしている実感はあるが、もはやなりふり構っていられない。初霜は提督の身体を締め付ける様に抱きしめて思いのたけをぶつける。

 

「好きなんです!好きだったんです!本当は好きだったんです提督の事!!だから、だから、もう一度私を好きになって!!!」

 

 提督の腹部から顔を上げて、縋りつくように叫ぶ。

 

 提督に告白出来て自分の中にあった重しが取り除けた気持ちになれた気分だったが、自分がやってしまった事を本当に理解して、今度は恐怖が心を支配する。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!!」

 

 許されないとわかりながらも謝らずにはいられない。だって、二人の幸せな空間を壊してしまったのだから。

 

「お願いします!嫌いにならないで!!お願い…だから…」

 

 弱々しく体を縮めながら謝る初霜に居てもたってもいられず、提督は初霜の小さな体を抱きしめた。

 

「てい…とく…?」

 

 予想だにしていない提督の行動に初霜の涙が止まる。

 

「初霜…瑞鳳…ごめんなさい。僕は二人とも好きなんです」

 

 懺悔するように提督は言葉を絞り出す。

 

「二人とも…好き…?」

 

 更に予想していなかった展開に、初霜の頭はさらに混乱する。

 

「酷い断り方をした私の事を、まだ好きなのですか?」

 

「…ええ、結局貴女への想いを捨てられないまま瑞鳳の事も好きになってしまいました。僕は…最低の男です…」

 

 初霜を抱きしめるのを止めると、提督は二人に自嘲するように語る。

 

 初霜から好きとも嫌いとも、自分の欠点が理由で付き合いを断られ心の中でもやもやとした感覚が残っていた事。

 

 そのもやもやと傷心が合わさり、親身になってくれた瑞鳳の事も好きになってしまった事。

 

 瑞鳳との行動が多かったのは、初霜と距離を置いて、自分の気持ちを確認したかった事。

 

「私は…それでも提督が好きで居てくれるならって、同意したの。私も初霜ちゃんの事好きだから」

 

 瑞鳳は二人を慰めるように微笑む。その笑みからは影は覗かず、彼女の本心である事は、今の初霜にもよくわかる。

 

「ごめんなさい。初霜、こんな最低の男で良ければ、好きであってくれませんか?」

 

「本当に…おバカ…ですね…」

 

 初霜は涙で歪む顔を何とか笑顔に変える。

 

「私はそんな風に残酷な位に優しい提督が好きなんですから」

 

「提督は優しいわよね。本当に残酷な位」

 

「…耳が痛いです」

 

 二人からの厳しい褒め言葉に提督は苦笑を浮べて受け止める。

 

 想いを受け入れてくれた安心感からか、初霜は改めて提督の右半身に抱き付く。今度は優しく強すぎないように。

 

 提督は初霜の頭の後ろに手を置いて、落ち着かせるように撫で続ける。

 

「むぅ…二人ともズルい!!」

 

 初霜に対抗して、瑞鳳も提督の左半身に抱き付くと提督に習うように初霜の頭を撫でる。

 

 心が落ち着きつつある初霜には二人の温もりは眠気を呼び寄せる位優しく温かい物だった。




 こんな感じですが頑張って書きました。いやー疲れましたー。次は甘いの書きたいですかねー。


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翔鶴と夜の砂浜で過ごすだけの話

 ロマンチックに仕上げようとして失敗した感が凄いです。それと、そんなに甘々じゃないです。

 最近はキスとか好きとかの言葉を余り言わせずに甘くさせる事に挑戦中です。


 一日が終わり、もう翌日になると言う頃合い。

 

 鎮守府に居る殆どの艦娘、職員、士官は眠りについている時間帯。

 

 その時間帯の個室で一人で布団の上でゴロゴロと限りある時間を贅沢に使っている人物が一人いる。

 

「…寝れねぇ」

 

 その人物とは鎮守府に居る艦娘を纏める人物である将官である提督と言う立場の人間である。

 

 一日の仕事を問題なくこなし、僅かな自由時間を堪能し、いざ眠ろうとしていたのだが、結果はご覧の有様。寝相を変えたり、枕の高さを調節したり、部屋の空気を換えてみたりと試したが全滅。

 

 結果、二時間近くこの眠るに眠れない拷問の様な時間を過ごし現在に至る。

 

「どうやって寝るんだっけ…」

 

 自分の身体は眠りを忘れたように休息につこうとしない。

 

 普段している寝方に習うように瞳を閉じて無心になったり、よくある入眠方法を試したり、最終手段として携帯端末で動画を見て目を疲れさせる等も試したが効果を発揮しない。

 

 寧ろ、最後の手段に関しては逆に目を冴えさせてしまった。

 

「………」

 

 何となく横たわったまま手を伸ばす。伸ばした先には何もないのだが、気まぐれに手を伸ばす。

 

 あるのは少しだけ小麦色の自分の肌と少し伸びた爪がある指。

 

 他には何もないので、すぐに手を引っ込めようともしたが、今度は仰向けになって自分の片手を天井に向かって伸ばす。今度は薄暗い電灯が彼の手と重なる。

 

 何も面白みを感じられない、何の意味も持たない行為。だけど、彼は某と無意識に自分の手と伝統を見つめ続ける。

 

「爪、切んないといけないか」

 

 誰かに触れたときに傷をつけて文句を言われても困る。が、今は真夜中。この時間帯に爪を切るのは縁起でも無いので切るのは止す。そう言った都市伝説的な教えを本気で信じている訳でないが、今自分達が身を置いているのは多少のゲン担ぎも必要だからだ。

 

 結局何もする事が無くなり、腕を引っ込めようとした所で自分の腕の一部が白い事に気が付く。その理由は光が腕の一部を照らしていたからだ。

 

 寝っ転がっていて重く感じる上半身を持ち上げると、窓からの光が薄暗い部屋の片隅を照らしている事に気が付いた。

 

――カーテン閉め忘れたっけな?

 

 普段はカーテンを閉めて外からの光をさえぎって寝ているのだが、本日は蒸し暑く、窓を開けて寝ていた事を思い出す。

 

 二時間の内に緩く閉めていたカーテンが風で少しずつ動いてたのだろう。

 

 カーテンを閉め忘れた事が原因かもしれないと考え、カーテンを閉める為に起き上がりカーテンに手を掛ける。

 

 四つん這い窓まで向かいカーテンに手を掛けた所で彼は手を止めてしまう。

 

 それは、窓に映る景色に目を奪われてしまったからだ。

 

 真っ暗な空に浮かぶ妖しさを感じる三日月と、朝の明るめな青からは想像できないくらいの蒼い海。そして、太陽を反射する白波の白さを吸収しつくしたような月の光を吸いとる訓練と夏季の遊戯に使われる砂浜。

 

 朝の明るさからは想像できない暗い雰囲気を纏うが提督の目を奪って返さない。

 

――夜の砂浜も面白い魅力があるんだな

 

 ほんの数秒か、それとも何分か、提督はその景色に見惚れ、眠る事をいつの間にか忘れていた。

 

「…ちょっと散歩するか」

 

 眠れないし丁度いい気分転換になる。

 

 自分に言い聞かせるように理由付けをし、妖しい美しさを持つ雰囲気をより間近で堪能する為に、提督は寝間着姿で私室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 暗く何処か神秘的な風景に誘われて提督が向かうのは月に照らされた真っ白な砂浜。

 

 外の空気を吸って気分を変える散歩がてら先ほどから気になっていたその場所へと足を運ぼうとしていたのだった。

 

 ――うん。やっぱりいい気分転換になるな。

 

 最近は温かくなりつつあるが、夜になると流石に気温も下がって肌寒さを感じる。

 

 眠れなかった提督にとってその刺激は新鮮で、少しばかり目が冴えてしまうのも仕方がないだろう。

 

 眠れなくて刺激を求めた自分。昼間の砂浜とは違う白さを持つ砂浜を歩く。闇を物質化したような海を眺める。そして、それらを平等に照らす三日月。いや、月は三日月では無い。よく見ると雲に隠れているだけであり、本当は満月に近い月なのだと砂浜に向かう途中で気づいた。

 

 ともかく、誰もが寝静まっている時間帯に一人で出歩く背徳感を子供の様に心まで味わう為、月を眺めるに丁度いい場所を探して砂浜を歩く。

 

 が、その一人の背徳感は残念ながら無くなってしまう。

 

 その理由は提督が見つめる先に先客が居たからだ。

 

 夜の帳が下りた世界。その世界にある砂浜にポツンと一つの座り込んでいるようなシルエットがあった。

 

 そのシルエットの正体を確かめるため、提督はそのシルエットの元に歩み寄る。

 

 近づくたびにそのシルエットのヒントが浮かび上がる。

 

 赤く短めのスカートに白い服、よく見ると道着か。それと、スカートの下から覗くのは黒いニーハイソックス。これだけの情報だとまだまだ人物の候補がありそうだが、すぐに答えが出てしまう特徴は一瞬で理解していた。それは、海風にたなびく銀色の長い髪。

 

 この服装と特徴的な髪を合わせて考えるにそこから出る答えは決まってくるだろう。

 

 件の人物とは後五メートルも無い地点で、その人物が提督の方に振り向くと、少しばかり困ったような笑顔を浮かべて挨拶を述べる。

 

「その…こんばんは提督」

 

「…こんばんは翔鶴」

 

 先客こと、翔鶴に提督も何処か気まずそうな表情で挨拶を返す。

 

 普段なら二人とも寝静まっているような時間帯に提督と翔鶴は出会った。

 

 

 

 あの後、提督は翔鶴の隣に腰を下ろして月を眺めていたが、互いに何も語ることなく翔鶴も月を眺める事に専念したいた。

 

「なぁ、少し歩かないか?」

 

 このまま穏やかな沈黙の空間を保っていてもよかったのだが、何となく提督は翔鶴と砂浜の散歩をしたくなった。

 

「ええ、私でよければ構いませんよ」

 

「私でよければも何もここには俺達しかいないだろうに」

 

「ふふ、それもそうでした」

 

 何てことの無い会話でも翔鶴は可笑しそうに微笑んでくれる。提督も翔鶴に釣られて小さく微笑む。

 

 提督から先にたちあがり、翔鶴に手を差し出して促す。提督の意図を察した翔鶴は提督の手をとって立ち上がる事を手伝って貰う。

 

 手を掴まれた提督はと言うと、翔鶴を立ち上がらせる為の力を込めすぎてしまい翔鶴が若干飛び上がるように立ち上がる。

 

「きゃっ?!」

 

 砂浜に足を飲まれた翔鶴は軽くバランスを崩して前のめりに倒れそうになるが、提督が肩を支える事で事なきを得る。

 

「あ、すいません提督」

 

「悪いな、軽い眠気で力加減が…な」

 

「そんな事言って、わざとやったんじゃ無いですか?」

 

「上官を疑うのは感心せんな」

 

「もう…意地悪な人」

 

 軽い抗議の声を上げる翔鶴を無視して提督は、一足先に歩き出す。

 

 翔鶴は少しばかり不満そうな顔を浮かべるが、すぐに表情を戻して海側の方の提督の傍らを歩く。波うち際を歩いている提督が濡れてしまわないようにと言う彼女なりの配慮だ。

 

 翔鶴が傍に来たことを確認すると、何気なく提督は話題を振る。

 

「どうしてここに来たんだ」

 

「何だか眠れなかったんです。それで何気なく窓を見たら、綺麗な景色が見えたので」

 

「そうか、俺も同じような理由でここに来た」

 

「あら、奇遇ですね」

 

 ここから先ほどまで黙って月を眺めていた事が嘘のように、二人から代わる代わる話題が出る。

 

 互いの仕事の事、最近の楽しかった事、鎮守府での思い出、最近の気になる事。

 

 何故互いに黙ってたのか、互いにわからないくらいに会話に花が咲く。

 

 くだらない話で笑い、難しい話には互いに頭を悩ませ、悩みには真摯に向き合い。

 

 会話が楽しくなると互いに歩みは遅くなり、立ち止まる。

 

 最初に立ち止まったのは提督だ。

 

「どうかしましたか?」

 

 突如立ち止まった提督に翔鶴は不思議そうな表情を浮かべる。

 

 翔鶴は気づいて無いが提督が立ち止まったのは、翔鶴が丁度月と同じ軸に居るような位置。もっと言えば、翔鶴の真後ろに月がある位置だ。

 

 ふと翔鶴の方を見た提督は翔鶴と月が織りなす光景に立ち止まってしまったのだ。

 

「提督?」

 

 反応が無い提督に困ったような表情を浮かべるが、相変わらず提督からの反応は無い。

 

 月に照らされた翔鶴は何とも神秘的で、彼女の双眸は月が宿ったかのように神々しく、その銀髪は月の光を編んだ芸術品の様。大げさかもしれないが、さながら月の女神がこの場に舞い降りたような神秘さの絶景。

 

 だが、その神秘さは彼の心に不安の影を落とさせ、狂わせる。彼は何故かこう思ってしまったのだ。翔鶴が月に攫われてしまうのではないかと。

 

 翔鶴は昔、仲間を庇う事が多かった。庇う度に、「私は運が悪いですから」、「私より作戦続行に大切な人が居ますから」と自分が犠牲になる事が当たり前のように言っていた。

 

 だから、その度に彼は翔鶴に言い聞かせた。「欠かせないから翔鶴を入れたのだ」、「運が悪いのは仕方ないが、運が悪い振りをして庇いに行くんじゃない」、「お前が大切じゃないと思っていても俺にとってお前は大切だ。皆だってそうだ」と何度も何度も言い聞かせた。

 

 提督や皆の説得もあり、翔鶴は自己犠牲に走るどころか、率先して指揮を執るようになり改善し、大切だという事は翔鶴をいち早く改二にし、最高練度にさせると言う結果を示し翔鶴に完全に解らせた。

 

 それでも不安になってしまう時があるのだ。翔鶴がどこか遠くに行ってしまうのではないかと。

 

 普段はそれを隠しているのだが、夜の暗さと月の光が彼の闇を浮かび上がらせ、行動に移させる。

 

「きゃあ!」

 

 提督は飛びつくように翔鶴に飛びつく。翔鶴は突然の衝撃に準備が出来ず、そのまま砂浜の上に倒れ上半身は波に軽く浸る。提督の寝間着も波がはねたせいで水っ気を帯びる。

 

「どうしたんですか提督?!」

 

 抗議の声より、提督を心配する言葉が先に出る当たり翔鶴らしいと心の片隅で思いつつも、彼は月に暴かれた闇を吐露する。

 

「さぁ、どうしたんだろうな…翔鶴が月に攫われるとか馬鹿な事考えてさ」

 

「えっ…?」

 

 余りにも突拍子もない言葉に翔鶴は目を丸くする。提督は自嘲気味な笑みを浮かべると、名残惜しそうに翔鶴から離れ、項垂れながら座り込む。

 

 翔鶴も困惑した表情を隠すことなく、起き上がり提督の行動を伺う。

 

 顔を僅かに上げて、水も滴るいい女とは彼女の事を言うのだろうなと、海水で濡れた髪の水滴を滴らせる彼女を見て見惚れていたが、彼女が次の自分の行動を待っている事がわかり言葉を紡ぐ。

 

「昔から翔鶴は色々と危なっかしい所があったからな。いつも何処か遠くに行ってしまうんじゃないかって心配だったんだ。そんな思いが何故か今爆発した」

 

「提督…」

 

「だから、何故か思ってしまったんだよ。翔鶴が月に攫われて何処か遠くに行くんじゃないかって。俺が後悔しても取り戻せない位遠い場所へ。だから、今日は寝れなくてここに来たのかもな。翔鶴がどっか行きそうに思えたから」

 

 可笑しいと思うだろ、と何処か寂しそうに提督は笑いながら語るが、対する翔鶴はどこまでも真剣に聞いていた。

 

「何だよ…。馬鹿な事言ってるなとせめて笑ってくれよ」

 

「いいえ。思いません。寧ろ、嬉しいんです」

 

「何でだ」

 

「だって、提督がそれほどまでに私に気にかけてくれているって、大切にしてくれていると改めてわかったからです」

 

 おかしいと笑われるかもしれないと思っていた提督とは裏腹に、翔鶴は何処までも嬉しそうに提督に笑みを浮かべていた。

 

 翔鶴は提督の頬に左手を当てる。その手には翔鶴の体温だけでは無く、一か所だけ冷たい金属の感触がある。それは彼女との絆の結晶。提督が贈った大切だという証。

 

「確かに昔の私は危なっかしかったです。ですが、今は皆さんのおかげでそれは治ったと思います」

 

「……」

 

「ですが、提督はまだ心配してくださったんですね。ありがとうございます心配してくださって。でも、もう大丈夫です。貴方が大切にしてくれていると言う証がある限り、私は貴方の傍に居ますから」

 

 翔鶴は提督に向かって微笑む。その笑みはさながら、月の女神の様に美しい。

 

 女神の祝福によって提督にかかっていた疑念と言う狂気は解かれ、脱力してしまう。

 

「ははっ、そっか。その指輪が無くなれば翔鶴は離れていくのか。悲しいなぁ…」

 

「そ、そんわけないです!もう、真剣な場面なのにどうしてそう意地悪なんですか!!」

 

 先ほどまでの不安に駆られた表情は消え失せ、わざとらしくがっかりとした表情で提督が項垂れると、翔鶴は少しばかり涙目で抗議する。

 

 先ほどまでの女神の如き神性はどこへやら、今は頬を膨らませて抗議する年頃の一人の少女の表情だ。

 

「指輪が無くても私は貴方の傍に居ます。提督が大切にしてくださるように、私も提督が大切ですから」

 

「ん、ありがとう翔鶴」

 

 不安が晴れた提督の表情は明るく、艦娘達を指揮する者らしく太陽の様な心強い笑みを浮かべる。

 

 その笑みを直視した翔鶴は、暗闇の世界でもわかるほど顔を朱に染めながらも穏やかな笑みを返す。

 

 このまま至福の時間を過ごしていたい気持ちはあるが、時計はこの場に無く、現在の時刻がわからない上に月の位置から予測する限りもうそろそろ寝ないと本格的に明日の業務に支障をきたすだろう。 

 

 何より、自分のせいで濡れてしまった翔鶴もどうにかせねばならまい。

 

 二人は手をとりあって立ち上がる。

 

「いい加減、そろそろ寝るか。と言っても、濡れてるから俺の部屋でシャワーでも浴びてくれ」

 

「そうですね。この時間はお風呂もやってないですし」

 

「んじゃ、決まりか。風邪ひかないうちに行くか」

 

「ふふっ。よかったら提督も一緒に入ります?」

 

「…冗談だろ?」

 

「冗談じゃないです。最近忙しいですから一緒の部屋で過ごせてませんし、それに……そう言う時間も大切…ですから…」

 

 提督の寝間着の袖を小さく握り、翔鶴はまた顔を赤くしながらも消え入る様な声で確かに提案する。恋人同士の甘い蜜の様な時間をおくる事を。

 

「そうだな。うん。確かに必要だ。うん」

 

 翔鶴からのまさかの提案にそっぽを向きながらも提督は翔鶴の提案に同意する。

 

「ありがとうございます。では、行きましょうか」

 

 提督に腕を絡ませて提督の私室へと向かう二人を照らす月にはもはや狂気を暴く神秘性は無く、二人を見守るように穏やかに輝いている。

 

 余談だが翌日二人して風邪を引く事になるのだが、その理由は二人だけの秘密である。



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矢矧に迫られるだけの話

 矢矧はギャップをつけるといいんじゃよとばっちゃが言ってたので初投稿です。


 この鎮守府の秘書艦は凛として真面目な正確である。

 

 膝まで届く位に長く、ボリュームのある漆黒の髪を一つにまとめ、スタイルだって抜群にボリュウミィでまさに容姿端麗。

 

 戦闘の成績は優秀と、文句なしに有能な秘書艦である。

 

 その秘書艦の名は矢矧。最新鋭を謳う阿賀野型の三女。

 

 優秀な秘書艦である矢矧は今日も提督の傍で支えるのだ。

 

 支えてるのだが…

 

「あら?提督どうしたのかしら?心ここに非ずとでも言いたげね?」

 

 最近は色々と距離が近い。物理的にも、精神的にも矢矧は距離を詰めようとして来ているのだ。

 

 今だって、矢矧との距離は近い。今は執務中で提督の執務机と秘書艦用の机の距離は元々近いのに、ぼうとしていた提督に息がかかるんじゃないかと言う位の距離にわざわざ迫って顔を覗いてくる。

 

「…いや、何でも」

 

 この異常なまでに近い距離にも慣れてきているが、矢矧は飛び切りの美少女なので、急に迫られると驚きと緊張で心臓は強く跳ねてしまう。

 

 目の前に迫れば迫る程、くっきりとわかる矢矧の整った顔立ち。長くカールのかかった睫毛に、紅潮した瞳、それと目を引く血色のいい唇。

 

 慣れた筈の距離感。でも、それを慣れさせない位に魅力的なパーツで構成された矢矧の顔立ち。少女と女性で言えば、明らかに女性の割合が近い矢矧。その比率は彼女のスタイルの良さに現れていると言えるだろう。

 

 だから、提督は何も無いように装うとも無駄である。何故なら、彼の頬にほんのりとした赤みとして出てしまい、目の前にいる彼女にはばれてしまうのだから。

 

「ふふっ、どうしたの?少し顔が赤いわよ?」

 

 からかうような矢矧の表情。少女には出来ない、意地悪ながらも引き付ける魅力を持った表情。

 

 彼女はその表情のままさりげなく提督の頬に手を添えてみると、彼の赤みは波に浸食された砂浜の如く広がっていく。

 

「あら、どうしたの?急に真っ赤になって」

 

 心配するような言葉とは裏腹に、矢矧の表情は意地悪さを増す。

 

 その表情がますます魅力的で仕方がないのだが、提督は矢矧の追撃から逃れるように視線を書類に戻す。

 

「何でも無い。ただ、最近気温が高くてぼうっとしてただけだ」

 

 汗を腕で拭う様な暑がる動作をして、矢矧の追求から逃れる。

 

 提督の顔を動かす勢いで手を弾かれ離れてしまった事と、視線を外された事に少しばかり面白くなさそうな表情を矢矧は浮かべているが、提督は気づいていない。

 

 仕事モードに再び入ってしまっては、仕事を邪魔するような事は憚られる。

 

 内心まだ不満が残っているが、矢矧は提督の秘書艦である。提督の補佐を務めなければならない。

 

「そうね、冷たい飲み物でも持ってこようかしら。提督は何がいいかしら?」

 

「そうだな…緑茶を頼む」

 

「わかったわ。少し待っててちょうだい」

 

 提督が熱いと言うのなら体を冷やす事の出来る物を持参する。仕事中の体調管理も秘書艦の仕事だと経験で判断し、冷たい飲み物を調達する為、矢矧は執務室から一旦退室する。

 

「ふぅ…まったく…」

 

 矢矧は提督がぼうっとしていた真の理由に気が付いてない。

 

 それは、矢矧が暑がって自分のセーラー服の胸元をパタパタと動かして風を送っている姿を見てしまい、それによって湧きかけた邪念を密かに振り払おうとしていたからだという事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 執務が一旦落ち着き、お昼御飯を取ろうと二人は食堂に向かいそれぞれ注文し、互いに隣り合うように席に座る。

 

 提督が頼んだのは唐揚げ定食、矢矧が頼んだのは焼きサバ定食。

 

 二人で頂きますと食材に感謝を述べてから箸を進める。

 

 唐揚げはあげたてでサクサクと食感の楽しさと、よく味付けされた胸肉の調和がとれていて美味しい。流石の間宮クォリティ、文句などつけようも無し。

 

「うん。今日のサバは脂がのってて美味しいわ」

 

 矢矧の頼んでいた定食も彼女の品評を聞く限り好評。間宮達は食材を見る目も一流であるという事だろう。

 

「ほら、提督もどうかしら?」

 

 矢矧は自分の食べた物のおいしさを分かち合おうと、サバを一切れ箸で摘み手で受け皿を作って提督に差し出す。

 

 時間はお昼時のピークから外れたとはいえここは食堂。お昼時に食べ損ねた者や、敢えて昼時を外してやって来た艦娘達はそれなりに居るので、衆目は気になるところ。

 

 なのだが、提督はこの何故か殺気に似たようなものすら感じる空気の中、矢矧のお裾分けを食べる事に対する羞恥心はもうない。

 

 最初の頃こそは断ろうとしたのだが、断られる事を察した矢矧がしゅんとした表情で「その…迷惑なら…」と言うもんだから、その時は矢矧の腕を掴んでおかずを摘んだ箸を自分の口に含んだ。その後も「良かったらどうかしら?」と進める物だから、矢矧のしゅんたした表情を思い出してしまうと断れなくなってしまいこうやって大人しく食べさせて貰うようになった。

 

「旨いな」

 

 矢矧から食べさせてもらった焼きサバは確かに脂がのっていて美味しかった。

 

 提督が同じ感想を言ってくれたことが嬉しかったのか、矢矧は小さく笑みを漏らす。

 

「提督の唐揚げ、一つくれないかしら?」

 

 提督が授かったのだから、今度は施す番だ。

 

 目を瞑って口を開く矢矧の口に、唐揚げを一つ含ませる。

 

 矢矧は頬に手を添えて、しっかりと咀嚼しながら味わうと、「うん。唐揚げも美味しいわね」と口許を緩ませる。

 

 最近のちょっと意地悪な感じの矢矧も良いと思っているが、こんな風に自然な表情の矢矧も良いと提督はいつも思っている。

 

 

 

 

 

 

 二人の関係は上司と部下。ケッコンしている仲は愚か、恋人同士ですらない。信頼できる相棒、と言える仲と言うのが提督の判断だ。

 

 だから、そんな二人が、提督の腕に矢矧が抱き付きながら歩いている光景と言うのは、提督の言葉を疑わざるを得ないだろう。

 

 本日の書類仕事がいつもより遅くなってしまった為、提督が矢矧を部屋まで送っていくと言い、「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰おうかしら?」と提督に送って貰う事に了承した結果がこれである。

 

 彼の腕に伝わる、彼女の胸部装甲を守る布とセーラー服越しに感じる柔らかさは今まで味わった事の無い感触。

 

 豊満な胸部装甲を押し付けられれば、一部の紳士な提督諸兄は送り狼になる事間違いなしかもしれないが、ここの鎮守府の提督は真の紳士なので、ドギマギはしながらも狼になる事は決してない。

 

 そんな状態で軽く雑談をしながら歩いていると、矢矧たちに宛がわれた部屋の前についてしまった。

 

「ほら、ついたぞ」

 

「そう…ついてしまったのね」

 

 本日最後の共に出来る時間の終わりが告げられたことと、提督から離れてしまう事を惜しむように提督の腕から矢矧は離れていく。

 

「ありがとう提督」

 

 礼を言う言葉には感謝の念が込められてはいるが、表情は何処となく名残惜しさを湛えている。

 

「今日もありがとう。後はゆっくりと休んでくれ。また、明日も頼むよ矢矧」

 

「ええ、提督もご苦労様でした」

 

 軽く手を振りながら離れていく提督に、姿勢を正して敬礼をして、矢矧は提督の背中を複雑そうな表情で見送った。

 

 

 

 

 その日の晩の事である。

 

 矢矧は自分の為に用意されたベッドに枕を顔を埋めている。

 

「その感じだと今日も踏み出せなかったの?」

 

 彼女の姉である能代が少しばかり呆れたような声色で枕に顔を埋める妹に声をかける。

 

「………ええ」

 

 何テンポか遅れて、矢矧から蚊の鳴くような声で返事が返る。

 

 実は矢矧、行動こそは積極的なのだが最後の一歩が中々踏み出せないヘタレである。

 

 提督の事は、皆の評価が良い事から気に入っていたし、提督の事をよく知りたいと思い秘書艦に志願して秘書艦を務め、秘書艦を務めている内に提督の魅力を直に感じてほれ込んだのだ。

 

 提督の傍にそれなりの期間居たので、提督に意中の相手が居ない事は把握済みで自分こそが意中の相手になろうと提督をめぐる争いの中で優位に立ち続ける為に努力している。

 

 その為の行動が、女性誌や小説、漫画にドラマと様々な情報媒体から男性の好む仕種や気遣いや行動などを学び、実践していたのだ。

 

 その事が功を制したのか、はたまた矢矧の魅力に惹かれたのか(彼の心情を見る限り後者に近いだろうが)、彼女は提督の意中の相手になりつつある。

 

 後は、駄目押しとばかりに想いを告げれば勝利が確定するような詰将棋と言えるような状態なのだが、提督の鋼の精神力と思ったより反応が鈍い事にちょっとショックを受けていて最後の一歩が中々踏み出せない。

 

 提督が自分の事を好きになりつつあってくれている(実際は好きなのだが)自信事態はあるのだが、反応の薄さを見てしまうと本当に好きでいてくれているのかどうか自信を喪失してしまうのだ。

 

「あぁ!!どうして私はこうなのよぉー!!」

 

 今日も最後の一歩を踏み出すチャンスは何回もあった。そのまま押し切れるチャンスは何度もあった。でも、出来なった。何故なら最後にヘタレてしまうから。

 

 ベッドの上で悶々と震えながらバタバタと足を大きく動かすヘタレな妹に、姉は結局今日もか言いたげに溜め息を吐いた。



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加古と休日をのんびり過ごすだけの話

 月月火水木金金と言う言葉がある。今では土日を返上して働く事の意味合いであるが、元々は海軍で使われた勤勉に働くための標語である。

 

 現代の海軍の所属である提督もこの標語に当てはまる無茶な働きをしているのかと言えばそうでは無く、きちんと休日をとっている。と言うのも、働きすぎて体を壊されたら溜まったものではないし、上が不意に倒れて指揮系統が一時的に混乱する事を避けるための理由と、単純にそこまで人材を使い潰すのは効率が悪いからである。

 

 本日が休日で自室でゆっくりと過ごして疲れを癒そうとしていたのだが、客人が来てしまった。

 

 その客人とは、

 

「ふわぁ~寝っむ…」

 

 万年眠気と共にある艦娘事、加古である。

 

 加古はもう数年前に改二の改装を終え、幼さの残る少女の姿から、ボーイッシュなスタイルの良い女性的の容姿となった。

 

 外見こそ見違える程に変わった加古ではあるが、中身は全くと言っていいほど変わらない。寧ろ、改二になり資材の消費が増えた由縁か余計に怠そうにしている面が目立つようになったような。

 

 そんな眠り姫事加古は、朝早くに欠伸をしながら提督の私室を合鍵で開けると、寝ている提督のいる寝室に侵入。眠りこけている提督の布団に侵略し寝たのだ。

 

 提督が目が覚めると、目の前に昨日の夜に一緒に布団に入った覚えのない人物が居たものだから、朝起きて驚嘆するのも無理が無いだろう。提督と加古の関係は健全なお付き合いをしているケッコン相手ではあるが、こんな事をされたら驚くのも無理はない。

 

 だから、二度寝してた加古は提督に起こされ、来てくれるのはありがたいが、それなら俺を起こしてくれと注意される羽目になった。

 

 加古は内心、提督が寝てるなら問題ないと思ったけどやっぱ提督より早く起きないと駄目かーと思っていて、余り反省して無いのは内緒である。

 

 提督を抱き枕にして寝るのは寝心地が良いから仕方ない。本人にお願いしても絶対に全力で断られるのもわかっているから仕方ない。悪いのは変に羞恥心を持っている提督の方である。

 

「いつも隙あらば寝てるのにまだ寝るか…」

 

 現在の時刻は昼前。昼寝をするのにもまだ早い。提督が起きた時間は早くは無く、朝ご飯もかなり軽く済ませた為、満腹感による眠気も提督には来ていない。加古も同じ朝食を食べたから満腹では無いのに。

 

 因みに、加古に疲れが溜まっているのかと言うと、最近は午前の演習しか出番がない上に、午後は殆ど寝てたり軽く体を動かすくらいで夜の睡眠もたっぷりとっている。寝不足と言う単語は加古の辞書には存在しない位には満足に寝ている筈なのだ。

 

「んー、ある種のアタシの才能かもしれないねぇ」

 

 自分で言っておきながら、何処かおかしそうに加古はからからと笑う。

 

 戦闘中にはその才能が発揮しないからまだいいが、書類仕事にはその才能が発揮してしまうから困りものである。

 

 そんな眠気を堪えている加古の現在の状態は、居間にあるテレビを提督の枕に頭を預けながら見ている状態だ。

 

 提督の使用している枕は、知り合いに勧められて作ったオーダーメイドの物でふかふかで低反発。眠気を誘われるのもわからなくはない。

 

「はぁ…、寝るのは構わんが、その枕を使うのは止めてくれ」

 

「えー何でさ?」

 

「洗濯も日干しも暫くしてないんだ。臭うと思うから余り使われたくない」

 

「んー、別に臭わないけどなぁ。アタシ、提督の枕の匂い好きだし」

 

「だーもー!!恥ずかしいからそういう事言うなって」

 

「えー、良いと思うけどなぁ…」

 

 加古は顔を枕に埋める様にして匂いをスンスンと鼻を鳴らして嗅いでみる。

 

 提督の使っているであろう安物のシャンプーの匂いに混じって、僅かにツンとくる臭いもある。恐らく提督の汗の臭い。最近は夜中も暑かったりするので、やはり汗を掻いてしまうのだろう。その汗の臭いは別に強く無いので、加古にとっては今の枕は良い頃合いの匂いの枕だった。

 

 その匂いをずっと嗅いでいると、提督に寄り添われているようで、安心感と心地よさを得てしまい途端に強い眠気が―――

 

 眠気が瞼を降ろさせようとしたところで枕は提督に募集されてしまう。

 

「全く、恥ずかしいから止めロッテ」

 

「…ちぇー」

 

 割と本気で悔しがってる過去を尻目に、提督は枕を持って寝室に向かう。クローゼットを漁っている様子から顧みるに、消臭剤でも探しているのだろう。

 

「あー…消臭剤かけるなら殺菌効果があるだけの奴にして欲しい」

 

「それは消臭剤じゃないだろ」

 

 加古の懇願も無意味に終わり、消臭と殺菌効果のある消臭剤を見つけた提督は、枕にシュッと適当に振りかけて匂いを確認する。一回振りかけるごとに加古が恨めしそうにうーうー言って威嚇するが勿論無視だ。先ほどまでの自分の臭いがしない位には抑えられて満足したらしく、居間にいる加古に投げ渡す。

 

 加古は提督に恨めしそうな視線を送りつつ、枕に顔を埋めて臭いを確認する。枕にあった提督の残り香は完全に消え失せ、残ったのは消臭剤の甘い香りのみ。

 

「うへぇ…完全に消えてるよ…」

 

 残念さを隠そうとせず、目に見えて加古は落ち込む。

 

「全く…俺の臭いのどこがいいんだか」

 

「んー、凄く安心する臭いというのかねぇ」

 

「…そうか」

 

 悪くは無い返答に提督はどう反応したらいいかわからなかったが、自然と小さく口許には笑みが浮かんでいた。

 

 でもやっぱり恥ずかしいから、加古には悪いが臭いは消そうと決心した提督なのであった。

 

 対する加古は、提督にばれないように枕カバーを新品と入れ変えてみようかと考えたが、今は眠いので考えてたことを八光年ほど彼方に放り投げて、枕を再び後頭部に置いて眠りにつくことにする。

 

「はぁ…お休み加古。昼飯は適当に用意して置くから、それまで寝ててくれ」

 

「はぁい…。じゃあ、お願いするよ提督…」

 

 提督は余りにもマイペースな加古に呆れながらも、自由人な恋人が喜んでくれるように、昼食作りに取り掛かった。

 

[newpage]

 

 

 

 

 

 二人で昼食を食べ終え、昼食後の一時をゆっくりと過ごしていた二人。

 

 加古は相変わらず提督の枕でテレビ番組を、提督は加古のみていたテレビ番組に偶に目を向けながらも小説を読んでいた。

 

 が、二人は朝食が少なめだったのに対して、昼食はがっつりと食べた。ならばこの後に来る物はわかっている。眠気だ。

 

 提督としては加古が来ているのだし、無暗に寝るてしまうのもと思っている節がある。が、今までの仕事の疲れを癒す為の休日、体中で疲れを癒せと叫びたてている。

 

 その証拠に、口からは欠伸がつい漏れてしまった。

 

 気の抜けた声を聞いた加古は、そっと起き上がると、提督の背後で身を屈めて、提督に体重を預ける様に後ろから抱きしめる。

 

 一度気を抜くように息を吐くと、提督の耳元で一言囁く。

 

「一緒に昼寝しよっか」

 

「……ああ。良いかもな」

 

 提督は加古に身を任せる様に瞳を閉じて同意した。

 

 [newpage]

 

 

 

 

 提督は一人で休息をとっても上手く疲れを癒せない。

 

 それは、彼がこの鎮守府を任された責任者であると言う理由の他ならない。

 

 彼が一日休んでも、他の者がかわりに運営する。その間に想定外の出来事が起きてしまったらどうしようか?皆が対応しきれるだろうか?

 

 皆の事は信頼しているが、それでも責任者としてその不安は拭えない。この思いがあるせいで、提督は休日が与えられたときは自分の思いで自室でゆっくりしているのではなく、自室から出られないのだ。いざと言う時の対応がすぐに出来るように。

 

 それゆえ、休日でもあまり疲れが取れているとは言いずらい。休日でも緊張状態にあるから。

 

 だから、加古は提督の休日に自分の休日を合わせて、彼の私室に出向いている。

 

 力の抜き方なら、人一倍わかっているし、最高位の練度の艦娘として教導にもついている為、人の上に立つ大変さもわかっている。

 

 それに、提督のパートナーとして、提督の傍に居たいのは確かだし、何よりも日頃の疲れはちゃんと癒して貰いたい。

 

 提督が倒れるような事態になったら、絶対に泣いてしまう自負があるから。

 

 だから、加古は提督の身体の限界には敏感だ。無理を押し通してしまわないように。彼の身体が限界を超えないように。普段から彼の身体の事に関しては彼以上に敏感かもしれない。

 

 それは、提督と彼と過ごす静穏な一時が好きだからに他ならない。

 

 二人は寝室で一つの布団の中に身を寄せ合うようにして入っている。

 

「加古」

 

「ん?どうしたのさ?」

 

「いつも、俺の身体を気遣ってくれてありがとう」

 

「別にいいって。提督は力抜くの下手なんだし」

 

 加古はカラカラと軽く笑う。提督は加古の軽く笑う顔が好きである。その笑みは自然と体に入っている緊張をほぐしてくれる。生真面目すぎる自分には程よく力を抜くきっかけが必要だから。

 

 加古は提督を抱き枕にするように腕を回す。加古の柔らかい腕と、間近に感じる彼女の匂いで満たされ提督に重たい眠気がやってくる。

 

 いつも、この感覚をもっと味わいたいと思うのだが、雪崩の様にやってくる眠気に耐え切れずすぐに寝てしまうから。

 

 加古が自分の臭いが好きだと言うのもわかる気がする。やっぱり、匂いを消臭剤で消すのはようそうか。せめて、洗濯して日干しして抑える事にしよう。

 

 その考えも、頭の片隅に殆ど追いやられてしまっている。眠気が瞼を重くさせるまで、もう時間が無い。だから、

 

「おやすみ」

 

「おやすみ提督。夕食は加古スペシャルの予定だから、楽しみにしてくれよな」

 

 なんだ、加古スペシャルって。そう突っ込む間もなく提督は眠気にその身を完全に委ねる。

 

 提督が寝息を立てて寝始めた事を確認した加古は、提督の額に唇を落としてから、提督に習うように瞼を閉じる。

 

「いつもお疲れさま提督」

 

 力を抜く達人は、一番力を抜ける状況で眠りに落ちて行った。




 取りあえず、リクエストを募集してます。艦娘とシチュエーションを書いてメッセージまで。細かくシチュエーションを書いてくれると採用率が上がります。


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時雨と一つの傘で帰るだけの話

 梅雨の季節。言わずと知れた日本の雨の季節。

 

 傘を手放す事が自殺行為に等しいこの時期に、傘を持ち忘れて出掛けた男が一人。突然の雨に降られてしまい、着ていた白いオックスフォードシャツは水で薄っらと透けて、下に履いていたジーンズも色濃く染まっている。

 

「クッソ、降水確率30%じゃなかったのか?!」

 

 バスの停留所に避難し、持っていた物で唯一撥水性が高く無事であった鞄からフェイスタオルを取り出し、髪に付着した水滴を拭うのは艦娘達を指揮する提督。

 

 本日は鎮守府の管理する海域で漁を行っている漁業組合による懇親会に呼ばれたため、懇親会が行われる鎮守府から懇親会の会場へと出向いたのだ。地元の住民や漁師からの感謝と振る舞われた料理の数々を堪能し、上々な気分で帰っていた中で突然の雨に降られたのである。降水確率も30%と言われていたので傘も携帯していない油断っぷり。

 

 普段は運動しないからとウォーキング気分で鎮守府から離れた街まで行ったので、車と言った文明の利器は無い。帰りの手段は徒歩のみ。今いるのは鎮守府と街の中間地点と言った所で、街に引き返そうにも鎮守府に行こうにも時間がかかる。今は偶々バスの停留所にいるが、普段からバスを利用しないので鎮守府からの最寄りのバス停がわからない。しかも時刻表を見ると、バスは既に来た後であり、次に来るのは三十分後だ。

 

「どうしたものかなぁ…」

 

 このまま帰ろうにも雨の勢いが強い。街に戻って傘を買おうにも、走って鎮守府に戻ろうにも距離がある。

 

 衣服はまだ完全にはびしょ濡れにはなっていない。何とか降り始めの時に雨宿り出来るスポットに入る事に成功したが、この後が無い。

 

 ――誰かに迎えに来てもらうか?

 

 鎮守府に居る艦娘に迎えに来て貰おうにも鎮守府には車が無いので徒歩で迎えに来て貰う事になる。雨脚は提督が停留所に入る前より強くなってきている。即ち、迎えに来て貰う艦娘には濡れてもらう覚悟で迎えに来て貰う事になる。

 

 流石にそれは申し訳ないと思い、浮かんだ案を却下する。

 

 ――どうしたものか

 

 良い案が思い浮かばず溜め息を吐き出しながら、備え付けのベンチに座り空を見上げる。

 

 空は相変わらず鉛色で、雲が途切れる気配もない。

 

 仕事は秘書艦に任せてはいるので滞りはないだろうが、責任者としては出来るだけ早く鎮守府に戻りたい心情だ。

 

「………行くか」

 

 雨の中を突き進む決意を固めたその時、

 

「あれ?提督?」

 

 見知った声が耳に届くと、空を見上げていた視界に雲で閉じられた空以外の物が映る。

 

 水色の傘をさした、横はねのついた特徴的な黒髪と、今は見えない空と同じ色の瞳。

 

 提督に声をかけたのは私服姿の白露型二番艦の時雨だった。

 

「時雨か。街に出掛けてたのか」

 

「うん。ちょっとお買い物にね。提督は?」 

 

「俺か?俺は懇親会に行ってたんだよ。その帰りに雨に降られてな」

 

「天気予報はちゃんと見ないと駄目だよ提督」

 

「30%だぞ?降ると思うか?」

 

「僕は降ると思ったから傘を持ってきたけどね」

 

 時雨は自分の判断を誇るように小さく鼻を鳴らす。

 

 30%と言う確率は人によって判断がわかれる確率だったらしい。と言うよりは、今年度の梅雨は雨が全然降らなかったので、油断していたのもあるのだが。

 

 そうだ。全部雨の季節と言いながらも全然降らない今年の梅雨が悪い。

 

 と言っても、責任を天候に転嫁したところで、どうやって帰るかの問題は解決しない。

 

 時雨が傘を持っているから、その傘を借りて帰る事も考えたが却下。それでは時雨をここに置いて行ってしまう結果になる。緊急時という訳では無いので、そこまでして帰るのも気が引ける。

 

 時雨と出会ったからと言って事態は全く解決していない。

 

 ――大人しく雨が止むまで待つか

 

 時雨と出会ってしまった以上、雨の中を走って帰る手段も無くなった。彼女に余計な責任を感じて欲しくないから。

 

 せめて雨脚が弱まるまで雨宿りをしようと決めた提督だが、葛藤する表情を浮かべている提督から、時雨も提督の悩みを察する。

 

「その…提督、もし提督が良ければだけど……」

 

「………?」

 

 時雨は気恥ずかしそうに目を伏せて、「あの…」とか「その…」とか要領を得ない事を口にしている。

 

 提督は普段は見れない時雨の気恥ずかしそうな動作に疑問と可愛らしさを覚えながらも、時雨から視線を離さない。

 

 いつまでもモジモジとしている訳には行かない。時雨は二人で帰る為の提案を口に出す。

 

「僕と一緒に帰らない?その…一緒に…」

 

 言った。言い切れた。

 

 言えたのはいいが、恥ずかしさが限界近くに達して顔に出てしまいそうだ。それを誤魔化す為に、時雨は傘を持ってない左手で顔を覆う。

 

「その…いいのか?」

 

 提督もその案は思い浮かんだが、時雨も思春期の女子だからと自然とその案を却下したのだ。

 

 自分の中で却下した案を提案されたせいか、提督も遠慮がちに聞き返す。

 

「うん、いいよ。その…僕からすれば寧ろお願いしますと言うか…」

 

 後半の時雨の言葉は段々と小さくなっていたので、提督には聞こえていない。

 

 それでも、提督側としては諦めていた提案をされ、許しを得られたのだ。

 

「ありがとう時雨!!」

 

 提督は喜びの余りについ笑顔を浮かべる。普段見ているような時雨達の事を微笑ましく見ている時とは違う笑顔。向けられた相手を歓喜で満たす笑顔。その笑顔に時雨の鼓動は一際強くなる。

 

「うん、どういたしまして」

 

 彼の笑顔につられて、時雨も報いる様に笑顔を返した。

 

 

 

 

 時雨にとって提督の提督は太陽の様な人と言ったイメージ。

 

 大げさかも知れないが、いつも明るく、自分達を励ましてくれて、笑顔をよく浮かべていて、何よりも皆に平等で。

 

 だから、皆で憧れてしまう。その太陽に皆で手を伸ばしてしまう。

 

 その中の一部は更に焦がれてしまう。自分でも止めることが出来ない情の熱に。

 

 かく言う時雨もその一人なのだが、彼女は提督と多くの接点を持たない。

 

 旗艦こそよくは任されてはいるのだが、時雨は秘書艦になれる優秀さは持ってないし、戦闘だって時雨より上の実力がある人は沢山いると、中々に謙虚な自己分析をしている。

 

 だから、その謙虚さが彼女にこう思わせてしまっていたのだろう。自分は彼の傍にいる事が出来ないと、心の何処かで諦めていた。

 

 でも今は、その憧れていた存在がすぐ傍にいる。一つの傘の下で一つの傘を二人で持つ位の距離に、憧れていた太陽がある。

 

 提督は道路側を歩いている。もし車が来ても、時雨に飛沫がかからないようにする為の配慮だろう。

 

 ――提督は優しいね

 

 彼の細かな配慮を察して口にしたが、提督は当たり前だと当然の様に返す。

 

「それでなー」

 

 彼は時雨を退屈させないように懇親会であった出来事を話す。

 

 その時の事を思い出しながら話す彼の表情から時雨は目を離せない。

 

 ――だって、とても楽しそうに話すんだもの。目を離す事なんて出来る筈がないじゃないか

 

 話しながらも、提督は少しずつ傘を時雨に寄らせて、時雨を濡らさない様に配慮する。

 

 時雨は提督の肩が少しずつまた濡れてきて、染みが広がっている事に気が付く。

 

 ――提督は優しいんだね

 

 また、その事を口にしそうになったが、今度は抑える。時雨に配慮している事を遠まわしに行っても、提督は時雨の方に傘を寄せるのを止めないだろう。

 

 皆が憧れる太陽の様な人。その太陽の優しさが、今は自分だけに注がれている。

 

 雨で閉ざされた世界には時雨と提督だけ、その優しさも笑顔も、全部時雨だけに今は注がれている。

 

 ――そこまで優しくする提督が悪いんだよ?

 

 ――そんなに接近されたら、諦めかけていた物も諦めたく無くなるじゃないか。

 

 時雨は提督の腰に腕を絡めて抱き付く。

 

「時雨?」

 

 突如抱き付いた時雨に提督は訝しげな表情を浮かべる。

 

「こうすれば、提督も濡れなくて済むよね?少しずつ、僕に傘を寄せてくれるのは嬉しいけど、提督が濡れるのは僕としても本位じゃないからね」

 

「……バレてたか」

 

「うん。バレバレだよ。どうすれば提督も濡れないか考えたらどうしたらいいかなって思ってね。だったらこうすればいいって」

 

 濡れて欲しくないのは本心の半分。もう半分は提督ともっと近づきたいから。

 

 提督の身体は雨に濡れたせいか、平均体温より高く感じる。

 

 目を瞑って自分に抱き付く時雨に、困ったように笑みを浮べながらも彼女の頭に一撫でする。

 

「ありがとう時雨。こうすれば俺も濡れずに済むな」

 

「うん。どういたしまして」

 

 ――優しいなぁホントに

 

 彼は時雨を咎めるどころか、感謝の言葉をかけてくれる。

 

 その優しさは時として残酷な物ともなるだろう。

 

 でも、今の時雨は、憧れていた太陽の熱を感じ取る事が出来て至極ご満悦なので関係ない。

 

「提督、雨は好きかい?」

 

「雨か…うーむ。いかんとも言い難い」

 

「ふふっ。僕は好きだよ。雨の音は心を沈めてくれるし、雨の後の虹は綺麗だし、何よりも太陽の大切さを僕に教えてくれるから」

 

「ははっ!そっか。太陽が無いと洗濯物も乾かないもんな」

 

 時雨の言葉の真意を提督は気づいていない。

 

 でも、今はそれでもいい。

 

 これから、この言葉の真意に気付いて貰える様に頑張っていけば。

 

 ライバルは多い。スタートは出遅れている。でも、今からでも負けるつもりは無い。どんなに悪天候でも雨はいつか止むのだから。

 

 時雨は一際強く提督の身体を抱きしめる。

 

 傍に居る太陽がいつかは自分だけを照らしてくれるように願いを込めて。



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山風を構わないだけの話

タイトルは嘘です。鬱要素は無いです。


「提督、本日もご苦労様でした」

 

「ああ、大淀もお疲れさま」

 

 窓から刺す太陽の光も完全に消え去り、窓には暗闇しか映らなくなった頃合い。一日の業務が終わり、秘書艦を務めた大淀が記入の終わった資料を手にし提督の前に立つ。提督は自分の書類仕事の分担を請け負ってくれた大淀に労うと、大淀は一礼してから執務室を去る。

 

 長かった執務室での缶詰は終わり。いつも率先して追加の書類を持ってくる秘書艦達とは違い、提督は食堂に行く等をしない限りはずっと執務室の中にいる。執務室の中で受けれる刺激と言えば、作戦の報告に来た艦娘からの言葉、遠征の結果を伝えに来た艦娘の言葉、間宮に誘われる事もあるが忙しいから一緒に行けることは余り無いし、真面目な秘書艦だと自分が強く断れない事をわかっているのでやんわり断りを入れてくれる。

 

 とにもかくにも、執務室にいると刺激は少ない。残念な事に、ここの提督は煙草を吸う人では無いので、喫煙を理由に執務室から退室する事は出来ない。

 

 報告に来る艦娘の中には元気が良い子もいて、その子達がご褒美をねだってくる時があるので、その時に刺激を得ていると言えば得てると言えるだろうが、退屈な時間がその時に得た刺激を発散させてしまう。

 

 無駄にアンティークで最初は座る事を憚られた椅子に座りつつ提督は両手を天井に向かって伸ばす。ずっと座っていた由縁か、彼の身体の腰、肩、腕の関節部からはパキパキと小気味いい音が鳴る。ずっと同じ姿勢で居る事は中々に退屈で、書類仕事も提督となってからはかなりの数をこなしている為、工場の機械の様に無意識に無感動にこなせるようになってしまった。

 

 机の上を片しながら溜め息を吐く。別に、今の仕事に不満がある訳では無い。ただ、刺激も慣れてくると何も感じなくなる。この国を人類を守る、その最前線に立っていると言うのは誇りがある事だ。だけど、彼は機械の様に仕事をこなせるようになったとはいえただの人間。慣れも過ぎれば刺激と同じように退屈へと変わってしまう。好奇心は猫を殺すと言う言葉があるが、この提督の事を表す様に言いかえれば、退屈は人間を殺すと言った所だろう。

 

 筆を所定の場所に仕舞い、必要の無くなった資料を棚に戻す。他の事は大淀が殆ど片してしまったので、簡単なこと以外はやる事無し。

 

 机を片したら後は戸締りをするだけだ。椅子から立ち上がり、窓に鍵がかかっているか確認する。窓に映る月の光を取り込んだ海景色は穏やかな波を港に寄せているだけ。何か変わったものがあるかと言えれば、誰もが何もないと言えるだろう。

 

 窓の景色に飽きた提督は、ふとドアの方に目をやる。

 

――今日は来ないのか

 

 最近のある種の楽しみの一つ、その楽しみを与えてくれる人物が来てくれることを期待したが、今の所くる様子は無い。

 

 少しばかり心の中で来てくれる事を期待していたので、体に重りをつけられたように気分も落ちる。

 

――後は、食堂で夕食をとってゆっくりするか。

 

 部屋を一回りして改めて戸締りを確認した頃合いで、コツコツと控えめに執務室の扉をノックする音が聞こえた。

 

「入って、どうぞ」

 

 提督の許可を皮切りに一人の艦娘がこそこそとしながらも素早く執務室に入る。誰にもばれない様に必死になっている彼女に提督は微笑ましさを感じる。この時間帯に出歩いてる艦娘は多くない。いるとしたら例の軽巡くらいの物なので心配する必要は無いのに。

 

 提督は疲れを隠す様に小さく笑みを浮かべて客人を迎え入れる。

 

「いらっしゃい」

 

 執務室に若干緊張した面持ちで入室したのは白露型八番艦の山風だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 山風を迎え入れた提督は来客用のソファに先に座る。山風も提督に習う様にソファに座る――事は無く、提督の膝の上に座る。

 

 提督は別に驚きはしない。なにを隠そういつもの事だから。

 

 提督の上に座った山風は何かを言おうとするが、口をまた閉じてしまう。提督は何も言わない。下手な手助けは、山風が欲しい物を掴む邪魔だてになるから。だから、彼女の言葉を待つ。少しずつ勇気を出すことが彼女には必要だから。

 

 何度も小さく口を開いては閉じを繰り返しながらも、段々と開ける口を大きくし、そして――

 

「か………『構わないで』」

 

 彼女の言葉を始まりの合図に彼にとって今もっとも欲しい刺激を獲れる時間が始まりを告げる。

 

 

 

 『構わないで』。それは山風が素直になる為の捻くれた呪文。

 

「頭を……撫でないで」

 

「わかった」

 

 提督は山風の頭に手を置いて、わしゃわしゃと撫でる。山風の要望とは真逆の行動。だけどそれは、山風が望んだ事。

 

「頭をポンって……しないで」

 

「ああ、いいさ」

 

 何処か気持ちよさそうに目を細める山風から出た次の拒絶の言葉は、頭を優しくポンと叩いて欲しくないと言うもの。提督は肯定とも否定とも受け取れる曖昧な言葉を紡ぎつつ、撫でる動作を止めて頭をポンポンと優しく叩く。

 

「んっ…」

 

 山風は目を瞑って、提督からの柔らかい刺激を堪能する。

 

 もう何となくお察しであるとは思うが、『構わないで』と言うのは真逆の意味だ。言い直すなら『構って欲しい』という事。

 

 基本的に暗くダウナー気質な山風は着任当初から素直に甘えると言う事が出来なかった。

 

 それ故、着任したての頃は、他の駆逐艦娘程には人気の頭を撫でると言う行為を素直に受け入れてくれなかった。

 

 それから、距離感を掴みそこなり、山風とどうにか親睦を深められないか思い悩んでいた提督だが、ある日の仕事終わりに山風が執務室にやってきて言ったのだ。『素直に甘える事が出来ない』と。

 

 山風は自己評価が低い。彼女の『放っておいて』と言う発言の源はそこから来ているのだろう。

 

 でも、そんな彼女が言って来た言葉の真意を汲むとしたらこの意味になるだろう。『素直に甘えてみたい』という事に。

 

 だから、彼は提案してみたのだ。少しずつ彼女が素直に言葉を紡ぐために『嘘をつくことを』。

 

 誰も見て居なければ彼女も素直に甘えることが出来るだろう。それで素直に甘えられないのなら、本心とは逆の事を言って少しずつ慣らすと言う算段だ。

 

 最初こそ、嘘とは言え本心とは逆の事を言うのには気恥ずかしさと抵抗があったようだが、今では嘘とは言え本心をいう事が可能になって来た。

 

 今は二人っきりの時の山風の言う『構わないで』は、嘘をつくための時間の合図になっている。

 

「ぎゅって……抱きしめないで」

 

 次の要望が来た。山風の要望を叶える為に背後から山風の小さな体を抱きしめる。白露型の中でも幼い体系故か体温はちょっと高めで、抱きしめていて心地良い。

 

 山風は提督の腕を掴む。山風がここに居るともっと意識して貰える様に。

 

 これは刺激と言うよりは、癒しである事はわかっている。山風は猫の様なウサギの様な性格なので、彼女の事を少しずつ知ると愛らしさを覚える。

 

 それに、

 

「提督………」

 

「んー?」

 

「………好き。その………嘘じゃないから………無い……から…!」

 

「んっ。俺も山風の事、好きだよ」

 

「ふふっ……」

 

 山風の声は喜色に弾んでいる。こうやって少しずつ本心を出してくれているのだから、提督としても嬉しい限りである。

 

 刺激も関心も失っていた提督を救ったのは間違いなく山風だ。だから、本日も提督は山風を『構わない』のだ。

 

 そのまま一時間、提督は山風との『嘘つきの時間』を堪能した。



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私が知らない姉妹の姿

過去作の江風が過去作の海風に会ってしまったお話(?)


 ある日の正午過ぎ。提督の誕生日プレゼント買うために街に出掛けた江風ではあるが、上手くプレゼントが決まらない。

 

「ンー……どうしよっかなぁ…」

 

 姉である村雨の様にセンスの良い物を選ぶことなんて無理だし、海風の様に気の利いたものを選ぶことは出来ない自覚はある。白露型の中でも一番の男勝りで、あまり少女らしくないと言う自覚もありはする。

 

 それでも、姉や妹達からは江風が一生懸命選んだものが一番喜んでくれると背中を押され、その言葉で少し調子に乗って一人で街に繰り出した江風であるが、候補すら探すことが出来ずに既に一時間が経過してしまっている。

 

 自分が街へと出かける時に鎮守府で見送ってくれた心配そうな表情をした姉の海風の事が頭を過る。こんなにも決まらないのなら、海風について来て貰った方が良かったのかもしれない。

 

「でもそれだと、結局全部姉貴頼りになりそうだったし…」

 

 四ヶ月前まで、もっと言うと提督との関係が特別なものになるまでは、殆どが海風頼りの生活を送っていた事は間違いない。海風が心配して色々とお世話を焼いてくれたので、それに酷く甘えていた。

 

 当時は何も感じて無かったが、今は提督の役に立つために色々と修行している最中なので、当時の海風への甘えっぷりの酷さを思い返すと苦笑が漏れる。

 

 ここで海風に頼ってしまうと、プレゼントも海風が決めてしまい江風もそれに流される結果となるだろう。流されたとはいえ、決めたのは江風。そうなってしまったら、江風が選んだことに等しくなる。

 

 そうならない様に今回は一人で行くことにしたのだが、余りにも決める事が出来ない為に海風にもついて来て貰った方が良かったのでは?と言う後悔も出てくる。

 

「ンー…サクッと決めれると思ったんだけどなぁー」

 

 顎に手を置いて次に行くお店を吟味していると、人込みの中に見覚えのある人物が目に止まる。薄い水色のワンピースに膝近くまである長い銀髪を三つ編みにした清楚な少女。あの特徴的な髪の色と長さで江風はすぐにピンと来た。江風の姉である海風だ。

 

 もしかしたら、江風の事を心配してこっそりついて来たのかもしれない。それならば好都合だ。今の江風では提督に贈るプレゼントを選ぶことは無理難題に等しい。自分の力で選びたいのが本心だが助言を貰う位は許させるだろう。

 

 普通に声をかけるのもつまらない。江風はこっそりと海風の背後にまで忍び寄り、力一杯に彼女の肩を叩く。

 

「ひゃああああ!!??」

 

 肩を大きく跳ねさせて、仰天の声をあげながら背後に振り返る。海風の背後には悪戯が成功しニヤリと笑う江風が立っていた。

 

「よぉう!海風の姉貴!なぁんだ江風の事が心配でついて来たのかい?ンっ?」

 

 にひひと声を出して笑う江風とは対照的に、海風は驚愕の表情で固まっている。

 

「ふぇっ?江風?えっ?」

 

 彼女の表情とリアクションに江風も違和感を覚える。

 

「か、江風?今日は出撃の筈じゃ…」

 

「んっ?今日は休暇だよ。鎮守府から出る時だって、見送ってくれたじゃンか?」

 

 江風の言葉で海風は何かに気付いたように一度息を飲むと、自分の思った事を言葉にする。

 

「えっと…江風の所属は?」

 

「んー○○だけど?…あれ、もしかして」

 

「やっぱり、私は○○鎮守府の海風です」

 

 二人は所属する鎮守府が違う海風と江風であり、姉妹の関係でありながらもここでは初対面となる。言わば、そっくりさんと間違えてしまったのが今の江風の状況だ。そっくりさんどころか全く同じ存在ではあるのだが。

 

 自分の鎮守府の江風がサボっていないと言う事実に海風は安堵したような表情となり、江風は何処か気まずそうな表情となる。

 

「ふふっ。おっちょこちょいね江風は」

 

 自分の所属する鎮守府で江風が気まずそうにする表情は中々見ないので、海風はついつい笑みを漏らしてしまう。

 

「わ、笑うなよぉ」

 

 自分が起こした失態で目の前に居るのはそっくりさんであり自分の知る海風とは別人のような関係なのだが、どうしても自分の知る姉様に思ってしまう。だから、ついいつもの姉の前でやるように顔を背けて機嫌が悪くなった事をアピールする。

 

「ふふっ、ごめんね江風」

 

「ンーいいけどさぁ…。江風が考えなしに行動したからだし…」

 

「ううん。良いんです。私も遠出してこの街にあるお菓子を買いに来たから起きた間違いなわけですし」

 

 お菓子?そう言われて江風が手に持っていた物に注目してみる。海風も江風の視線に気づいた様で、にこりと微笑みながら左手に持っていた袋を掲げる。袋の中にある箱の印刷には見覚えがある。この街で有名なお菓子屋さんのマークだ。

 

「はーン。成程、確かにそこのお菓子美味しいもんなぁ」

 

「今日は遠出して初めて買ってみたの。その…忙しい提督と一緒に食べれたらなぁって」

 

 ほんのり顔を赤くして照れる海風。袋を掲げる左手をよく見てみると、薬指には銀色に光る金属類が。

 

 酷く陳腐な物言いをすると、今ここでこの海風に出会えたのは運命的な物だったのかもしれない。この姉なら、自分に適切なアドバイスをくれるかもしれない。

 

 江風の雰囲気から海風も何かを察し彼女もふんわりと微笑む。

 

「何か私に聞きたい事でもあるようね。よかったら、近くの喫茶店に案内してくれないかしら。そこでお話を聞きますよ」

 

「ホントに?!いやぁ助かるよ!勿論、姉貴のおごりで!」

 

「もう、調子が良いんですから」

 

 初対面の筈の二人。でも、そのつながりは違う二人でも本物のようでいつの間にか砕けた会話が出来ている。

 

 自分の鎮守府にいる江風の事を思い出し、また微笑ましく思った海風はお茶代位は出してもいいかなと思いながら、先を歩く江風に続く。

 

 

 

 

 

 

 喫茶店でそれぞれ飲み物と江風は追加デザートを注文し、雑談をしながら注文の品を味わい、海風は江風の相談に乗る。

 

「成程、提督に贈る誕生日プレゼントが決まらないわけですね」

 

「そうなンだよ…。やっぱり、江風じゃイイのが思い浮かばなくってさ」

 

「それで、私の事を見つけて相談しようとしたわけね」

 

「うンうン。そういう事。姉貴、昔から過保護だったから、もしかしたらこっそりついて来たンじゃないかなーって思って」

 

「そうしたら、『別の海風』だったって言う事ですね」

 

「うン。その通り」

 

 注文したデザートを美味しそうに頬張りながら、子犬の様に首を上下に振る。

 

 過保護と言う言葉を受け、海風は自分に苦笑いを浮べる。

 

 江風の鎮守府に居る海風とは別人とは言えるが、今思うと妹達に対してかなり過保護に世話を焼いていたかもしれない。今は提督のお手伝いに勤しんでいるので、余り妹達のお世話をしてないが、妹達にとって姉離れに、海風にとっても妹離れしていくいい機会となったのだと今は思う。そのお世話欲は今は海風の提督に完全に向いているのだが、彼女の提督自身は自分の事は自分で出来る人の上に、家事の分担は完全に出来ているので海風が提督に過保護に世話を焼く心配も無い。

 

 話を聞く限り、江風の所の海風はまだ妹離れをする事が出来なさそうだ。でも、近い内には自然と妹を見守る立場になれるだろうという予感はする。妹の成長を見守るのは姉の役割だから。

 

 目の前に居るのは海風であるのは間違いない。だけど、江風の知る海風とは違う印象を受ける。

 

 江風の知る海風は、どこまでも姉妹、特に妹思いだけど過保護な面が強くて心配性だけど、頼れる存在でつい頼ってしまう。

 

 でも、目の前の海風はどこまでも落ち着き払っていて、妹をお世話する対象の様に見て無くて、まるで優しく見守るようでいて、それでいて、服装のおかげか儚さと綺麗さを合わせ持っている素敵な女性だった。

 

「どうしたの?私に何かついてますか?」

 

 いつも知っている海風とは違いすぎて、思わず見惚れてしまった。彼女の頼んだ紅茶を飲む動作もとても優雅で可憐で。

 

 だから、江風は改めて感謝する。この海風とめぐり合わせてくれた運命に。

 

「いや、なンでも」

 

「そう?なら良いのですけど」

 

 彼女がティーカップを置いた事を確認して、江風は本題を進める。

 

「そンで、プレゼントは何が良いと思う?」

 

「その前に一ついいかしら?江風は提督の事好き」

 

「それはその…好きだよ…。好きだから、出来るだけ江風で選んで渡したいってワケだからさ」

 

 気恥ずかしさに顔を赤く染めながらもなんとか自分の想いを言葉にする。

 

 提督の事は大好きだ。だから、あんな作戦(過去作参照)に出てまで提督の気を引こうとしたのだ。結果としては、盛大にからかわれる事になったが。

 

「うん。その気持ちは大事よ。好きだからこそ、本気で選んでるんだもんね」

 

「うン…」

 

 落ち着き払っているからか、江風は素直に心の内を語ってしまう。別に言う義務も義理だって、目の前の彼女にはありもしないのだが、世話焼きとしての頼れる面とは完全の別の妹を諭す姉としての面。その面に絆されついつい心からの言葉が出てしまう。

 

 ――ああ、凄いなぁ。

 

 何となくではあるが、心で悟る。これが真に姉としての海風の姿なのかもしれない。世話を焼く面を控え、妹を見守り導く優しく寛大な姉。

 

 海風の中に秘めていた真の姉としての海風。

 

 ――江風もこんな風になりたいかなぁ

 

 自分とは真逆で、落ち着き払っていて心の広さがありありと伝わる。だからこそ、憧れそうになる。目の前の『自分も知らない姉』に。

 

「どんなものを贈りたいとか、そう言う要望はある?」

 

「ンー。あんまり思い浮かばないな。でも、食べ物とかは嫌かな」

 

「折角の提督の誕生日だもんね。どうせなら無くなる物よりは使ってくれる物とかの方が良いよね」

 

「その通りかなぁ。うん。やっぱり、無くならないもの方が良いな」

 

「どんなのがいいのかな?例えば、万年筆とか、ご本とか」

 

「んーそれよりは身に着けてくれる物の方が良いかな?」

 

「それは、何でですか?」

 

「その…江風は出撃で提督と一緒に居られない時が出てくるから、だからふとした時に身に着けた物を見て江風の事、思って欲しいなー何て…」

 

 少し照れながらも江風は自分の想いと考えを口にする。

 

「ふふっ。答え、出たわね」

 

 海風は花が開くような可憐な笑みを浮かべる。

 

「あっ…」

 

 確かに答えは出た。それも自分の想いと言葉だけで。

 

 海風の言葉は決して押し付ける物じゃない。誘導的ではあったが、海風が言ったのは質問と例の提示だけ。そこから出たのは、江風の考えと本心があってこその答え。

 

 自分の力だけではこんなに早く答えを得る事は出来なかっただろう。江風の所の海風では別の答えが出た可能性がある。

 

 ――ああ、良かった。相談できて良かった。

 

「これで大分プレゼントを絞れたんじゃないかしら。これ以上は、私は何も言いません。だから、後は江風が考えて」

 

「うン!うン!!ありがとう姉貴!!!」

 

 考えが纏ったのなら善は急げ。そう言わんばかりに江風は飲み物とケーキを一気に食べ終え、海風に礼を述べながら喫茶店から風の様に去ってしまった。

 

「あっ…。もう、自分に素直なんだから」

 

 そうは言いながらも、海風の頬は緩んでいる。

 

 江風が自分も知らない海風を知れたのなら、その逆も叱り。恋する乙女な江風を想像することが出来なかったが、さっきまで目の前に居た江風は恋する乙女そのものだった。

 

 好きな人が喜んでくれるプレゼントは何か、最終的には自分が贈りたいプレゼントは何かにはなっていたが、その方が江風らしい。時に悪戯に、時に素直にが一番彼女らしい。だから、彼女が素直に彼に贈りたいと思った物なら、江風を好きな提督は喜んでくれるだろうと考えたのだ。

 

 雑談の最中も向こうの提督は江風に意地悪だと言いながらも、その顔はどこまでも喜色に満ちていた。それと同時に、一緒に居れない時は淋しいとも。本当は彼女なりの答えは出ていたのだろう。後は、それを彼女に気付かせればいい。

 

 ――私は彼女のお節介な姉ではないですから

 

 そういう少し突き放すような考えがあったからこそ導くようにしたのだが、そうでなくとも今の彼女なら妹達を導くようにするだろう。彼女は『妹達だけの海風』ではなく、『提督の海風』なのだから。

 

 また太陽の様な眩しい笑顔を浮かべて去っていった江風の事を思い出すと静かに笑みを零す。

 

 ――私の妹達もあんな素敵な笑顔を浮かべる様になるのかしら?

 

 先ほどまで居た元気で素直な少女に自分達の妹を重ねながら、また優雅に紅茶に口をつけた。

 

 

 

 

 数日後になり提督の誕生日当日。

 

「これ、プレゼント!」

 

 江風は提督にラッピングした小さな箱を手渡した。

 

「んっ?これは?」

 

「まぁまぁ、あけてみてくれって」

 

 江風に促されるままにラッピングを解いて箱を開ける。

 

 中に納まっていたのは、金色の月の様なワッペンの入ったワインレッドのリストバンド。活発な彼女らしいプレゼント。

 

 そのリストバンドを手に持って出て来た提督の感想は

 

「あぁ、まるで江風みたいだ」

 

 と言うもの。彼女の髪の色と瞳の色。彼女の特徴的な部分がこのリストバンドに集約されている。

 

「そうだよ。その…、江風はよく出撃とかで、ここを空けるから、ここに居なくても江風の事、感じて欲しいって思ってさ。だから、おそろいの買ってみたんだ」

 

 そう言いながら、提督に贈った物と同じリストバンドをポケットから取り出して腕につける。

 

 リストバンドなら袖で隠せるし、着けれない時はポケットに入れる事が出来る。これが彼女なりに考えた好きな人に素直な気持ちを添えて贈るプレゼント。

 

 江風らしくない理由に面食らいながらも、その言葉の意味を理解していく内に、彼女に対する愛おしさが溢れ出てくる。だって、江風が自分と一緒に居ない時は淋しいと言ってくれだのだから。

 

 提督は江風の背に腕を回して抱きしめる。

 

「可愛らしい理由だな。江風らしくない」

 

「な、可愛いも、江風らしくないも余計だって!!」

 

「なんてな、ありがとう江風。凄く嬉しい。ずっと大事にさせて貰う」

 

「きひひー!良かったよ。ずっと大事にしてくれよな」

 

 江風も提督の背に腕を回し、嬉しさと気恥ずかしさで火照った顔を彼の胸に埋めた。



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狭霧と夜の港で待っているだけの話

 太陽も水平線の向こうに完全に隠れ、蒼色の暗闇と静寂が支配する夜の鎮守府。時刻は21時を回った頃合い。この時間になると殆どの作業は終了し、殆どの艦娘はその日最後の食事を摂ったり、思い思いに体を休めたりするのが主である。

 

 が、本日は残っている作業が一つだけある。それは、夜に帰投する本日最後の遠征部隊の出迎えだ。

 

 遠征部隊の出迎えも基本的にしなくてもいいし、本来なら執務室で報告を待つだけでいいのだが、ここを任された提督は夜に帰投する遠征部隊にはそう言う対応をしない。帰投の時刻が近くなると執務室から出て、港で遠征部隊の帰りを待つようにしているのだ。皆が理由を聞いても提督自身は、やる事も無いし暇だからと、濁した答えを返すが、本当は夜と言う敵からすれば奇襲をかけるのに最適で危険な境遇の中遠征に出させているので、皆が帰った事をいち早く知りたいから、と言うなんとも親ばかのような理由である。

 

 本人は本当の理由を誰にも語ったことは無いが、皆は何となくで察している。

 

 それは、提督と共に港で遠征部隊の帰還を待つ秘書艦、狭霧も周知の事である。

 

 港に腰かけ、子供がブランコで遊ぶかの様にブラブラと海に向かって足を投げ出す提督。灯り一つなく穏やかな海は何処までも黒く吸い込まれるようだ。

 

 登りゆく最中の月が照らす場所を眺めていたが、チラチラと提督の背後に控える狭霧の方にも目を向ける。

 

「提督、どうかしましたか?」

 

 時折、自分の方を見つめる提督の事が気になりついつい聞いてしまう。

 

 提督は躊躇う様に頬を掻く。

 

「その…大丈夫か?」

 

 狭霧は献身的な頑張り屋だ。人の役に立つことが好きなようで、進んで皆の役に立つことをやろうとする。秘書艦に置いている間は、それが尚更顕著で提督にとても献身的に尽くそうとしてくれる。

 

 だからこそ、彼は思ってしまう。狭霧は提督の役に立とうとして無理にここまでついて来てくれているのでは無いかと。

 

 狭霧は自分で夜は苦手だと言った。夜になるとお腹が痛くなると彼女は言った。それは『狭霧』としての記憶の残滓の影響なのか、個人的なトラウマがあるのか、理由は提督もしらない。

 

 川内の夜戦の誘いを丁寧にはっきりと断るくらいに苦手なのに、彼女は献身さと責任感からわざわざついて来てるのではないかと。

 

「心配はご無用です。その…まだ少しお腹に痛みは感じますが…」

 

 お腹が痛くなるくらい身体は夜を拒んでいるのに、決して夜は怖いとは言ったことは無い。その芯の強さと頑固さに提督は苦笑を浮べる。

 

 ――まだ、怖いなら無理する事も無いだろうに。

 

 そんな思いを抱きながらも決して言葉にはしない。言葉にしたら彼女の献身さと芯の強さを侮辱する事になるから。

 

 足を遊ばせる事を止めコンクリートで舗装された地面に足をつけて提督は立ち上がると、狭霧の背後に回って着ていた白い軍服を肩にかける。

 

「それで少しはマシになるか?」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 少しでも夜風を遮る事で狭霧の痛みが治まればと言う提督の言葉足らずな気遣い。服をかけてあげる事に本当に意味があるかはわからない。でも、ここまでついてくると言う意志を固めている狭霧の気持ちを無碍にしたくは無い。

 

 何をされたのか最初はわからなかった狭霧だが、提督が黒いシャツだけになっている事で自分に軍服をかけてくれた事がわかった。

 

 予想して無かった提督の行動に口は流暢に礼を言ってくれなかったが提督には伝わったらしい。狭霧の礼の言葉を受け取ると提督はまた港に腰かけてしまった。

 

 狭霧はその場に座り込んで、肩にかかった提督の軍服を両手で強く掴む。

 

 ――温かい。

 

 それは先程まで提督が着ていたからでは無い。それは冷たい夜の波風を防ぐ物が増えたからでは無い。

 

 提督からの心遣いが温かい。

 

 提督は多くの事は語らない。何かをしても理由を言ってはくれない。

 

 でも、自分達の事をしっかりと思っていて、行動してくれる。

 

 港で待つのだって、提督は何度も狭霧を止めた。それは彼女が夜を苦手としている事をよくわかっているから。

 

 でも、最近は少しばかり夜を克服してきている。お腹だってここに来たばかりの頃よりかは痛まなくなった。

 

 だって、夜の時間は―――

 

 狭霧は港に腰かける提督と同じ座高になるように座ると、彼の肩に腕を回す。提督を背後から抱きしめるように

 

 提督は突然の狭霧の行動にピクリと体を震わす。その反応が普段は余り表情を変えない提督らしく無くて可愛らしい。

 

「提督、狭霧は夜を克服しつつありますよ。お腹も前みたいに強く痛まなくなってるんです」

 

「世事は、嘘は言わなくていい」

 

「お世辞でも嘘でもありません。だって、夜の時間は――」

 

 ――提督と二人きりになれるじゃないですか

 

 提督の首に絡む狭霧の腕の体温が上がったのを感じる。狭霧の言葉で提督の身体は内側から蒸されるように熱くなる。

 

 自分を背後から抱きしめる狭霧の事が気になり背後を振り返ろうとすると。

 

「あっ!!提督、見てください!!帰ってきましたよ!!!」

 

 狭霧が抱きしめる腕の一つを解いて遠くを指差す。最初は何も見えなかったが、水平線に月明かりとは別の灯りが海面に反射している。灯りがこちらに近づくにつれ遠征部隊達の制服も視認できるようになる。確かに狭霧が言った通り、遠征に出て行った艦娘達が帰って来たようだ。

 

 狭霧が立ち上がったのを感じ取り、提督も続いて立ち上げる。

 

「提督、良かったですね!!」

 

「だな」

 

 遠征部隊の旗艦に満面の笑みを浮かべる狭霧と優しい声で短く返事をする提督の両者の顔は、夜の闇の中でもわかる位に紅色に染まっていた。



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朝雲が忍び寄るだけの話

こっちは久しぶりの更新ですな。


 地上が黒い層に覆われ、空に浮かぶ天体が存在感を押し出そうとする時間帯。作戦による喧騒も失せ、静寂が支配する鎮守府で窓から明かりが漏れている部屋が一つ。

 

 その部屋にいるのはこの鎮守府を預かる最高責任者である提督。現在中規模な作戦を実施しているため、一部の仕事は終わり切らず自室に持ち帰ってこっそりと作業をしているのだが、人間である限り体力の限界というものはある。

 

 そんなわけで、連日の莫大な仕事で体力を失って限界を迎えた提督はソファをマットレス代わりにして仮眠をとっていたのだ。

 

 本当は布団で寝たいのだが、やらなくてはならない仕事は残っている為完全に眠るわけにはいかない。だから、すぐに起きれるようにソファで寝ていたわけなのだが、浅い眠りの世界に浸っている提督に忍び寄る影が一つ。

 腰まで届く栗色の長髪、空色の水玉模様の寝巻に包まれた幼い肢体の少女。少女の名は朝雲、この鎮守府に三人いるケッコン艦の一人。

 

 朝雲は身を低くし這うようにして音を立てないように提督の眠るソファに接近し、下から顔を出して提督の寝顔を拝む。連日の疲れが癒えてきている証拠なのか、寝息はとても規則的で穏やかである。朝雲は胸を撫で下ろすと、朝雲は提督の頬を小さな手で優しく触れる。提督が冷えてないか確認するように。

 

 ここに来たのは目的があってのこと。それは業務的な目的ではなく自分勝手な理由。だから、申し訳なさと胸の痛みを覚える。しかし、それでも朝雲はその目的を達成したい。しないといけない。だから――

 

 朝雲は提督の頬を撫でるのをやめると静かに立ち上がり、提督のお腹に乗っかる形で馬乗りの状態になる。

 

「ふぁ…?」

 

 お腹に乗られた圧迫感のせいか提督は間抜けな声をあげて緩慢に瞼を持ち上げる。ぼんやりとした瞳に映ったのはつけっぱなしの電灯と瞳の下のほうにちょっぴりと覗く栗色。提督が目を覚ましたことを認めて、朝雲は声をかける。

 

「おはよう司令」

 

「朝雲…おはよう…?」

 

 寝起きで状況が整理できてない提督は、声がする方に首を持ち上げ朝雲の姿を確認すると、のんびりとした声で返事をする。そのまま体も起き上がらせようとするが、朝雲が馬乗りになっている為、動かすことが出来ない。自由を奪われていることに気が付いた提督の意識は微睡から一気に引きずりあげられ鮮明になる。

 

「…なんでこうなっているんだ?」

 

「突然だけど司令」

 

朝雲は提督の疑問に答えず畳み掛ける。

 

「なんだ?」

 

「今から司令のこと、マジで襲うからね!」

 

 襲う?それはいったいどう言う――

 

 その意味は朝雲の行動によってすぐさま解へとたどり着けた。朝雲が少し体を持ち上げて提督の太もも辺りに移動すると、提督のズボンを脱がしにかかったのだ。

 

「なっ!なにをするだァーッ!」

 

「言ったでしょ!襲うって!」

 

 朝雲の襲うという意味は、性的な方の意味合いなのだ。

 

理由もなく襲われる側としてはたまったものではない。提督はズボンを持ち上げて抵抗する。わけもわからずに素面で行為に及ぶほど簡単な人ではない。

 

「なんでっ!急に!」

 

「別にっ!いいでしょ!」

 

 朝雲はこういう行為を理由もなくやろうとはしない人物であることは提督はよくわかってる。だから、理由を聞こうとしたが朝雲は取り合おうとしない。

 

 そのまま一進一退の攻防を繰り広げていたが、ふと提督は朝雲の表情を伺う。朝雲は提督も今まで見たことがないくらいの焦燥に歪んでいたのだ。

 

 普段は慌てることがない朝雲が焦燥の色を浮かべているのは彼女なりに譲れない理由があるからなのだろう。

 

 彼女のおかげで冷静になれた。今自分がやることはズボンをあげることでも、朝雲に問いただすことでもない。

 

 提督はズボンから手を放すとソファに手をついて勢いよく体を持ち上げ、朝雲の小さな体を抱きしめた。

 

 やるべきことというのは、朝雲のことを何も言わずに受け入れることだから。

 

「えっ?!ちょっ…」

 

「どうした?珍しくそんなに焦って…?そんな顔、朝雲らしくないんだが」

 

 困惑している朝雲を抱きしめ背中をさする。焦燥している彼女を宥めるように穏やかに。

 

 朝雲は小さく身をもぞもぞと動かして、手を少し自由にすると彼の胴にあるパジャマの裾を掴み、顔を提督の胸元に押し付ける。震えている体を彼の身体を借りて押さえつけようとするかのように。

 

「不安なの…それで、本当は怖いの…明日の作戦…」

 

 明日は最終海域に挑む日。失敗が許されない為に万全の状態で挑むために鎮守府に居る艦娘の作業は二日ほど無理矢理休止させた。一番の理由はスリガオ海峡に挑む西村艦隊を為す七人の心の準備が仕切れていない事を提督が感じ取ったからである。七人に何があったのかは提督はさほど詳しくない。だが、彼女達七人の存在の奥深くに刻まれその影が今もなお彼女達を蝕むような『悲劇』があった事は何となく察している。

 

 だからこその休暇。息を整え気を整え、『悪夢』へと挑む心を作る為の限られた時間。

 

 就寝前に七人のもとを伺った時はそれぞれ気持ちの整理が出来ている様に思えた――それは朝雲も含まれる。

 

 でも、本当は不安で不安で仕方なかったのだろう。皆の不安は取り除け切れてないのかもしれない。――特に朝雲は。

 

 朝雲は普段は勝ち気で、少しプライドが高くて、陽炎とは喧嘩ばかりしながらもいいパートナーで、世話焼きだ。

 

 そんな彼女は、人に弱みを見せる事はまずない。甘えてくることはあっても、こうやって弱みを出すことは提督や山雲の前ですら滅多に無い。

 

「寝る前までは平気だったのよ。うん…それはマジ…。でも、寝付けなくて、時計を見る度に、明日に近づいていくたびに不安になって、もし私が居なくなったらどうしよう…、居なくなって司令に忘れられる事になっちゃったらどうしよう…。そんな事、ずっと考えちゃって…」

 

「…ああ」

 

 余計な事は言わず、最小限の返事だけを挟む。彼女の本心を曇らせないように。

 

「だから、もし最後になってもいい様に、私の事を深く刻んで貰おうと思って、それで――」

 

 それ以上の言葉は出なかった。もぞもぞと動く彼女が何をしたいか察した提督は、抱きしめる力を幾らか緩める。すると、彼女は大きく腕を広げ彼の背中に回した。

 

 彼女は追いつめられると後先考えなくなる。だから、襲おうとしてきたのだろう。

 

 彼女が弱みを見せてくれた。それは提督を頼りにしている事の何よりの証拠だろう。その事は提督にとって嬉しい事だ。だが、それと同時に――

 

「なんだ、その…、俺が信用できないのか?」

 

「それはない!それだけ絶対にない…!でも…」

 

 不安になりすぎて提督まで信用されてないのかと思ったがそれは杞憂に終る。

 

「まぁ、そうだよな。因縁に決着をつけるなんて不安で仕方ないよな」

 

「…うん」

 

「俺が出来る事と言えば作戦立てたりとか、簡単に指示する事しか出来ない」

 

 彼女達が背負う物に対して、提督が出来る事はあまりにも少ない。

 

「だけどな、これだけは言えるし、約束する」

 

 でも、責任者として、彼女達を従える者として。否、彼女達を守りたいから。

 

「俺はお前達を誰一人失うつもりは無い。だから、ヤバいと思ったら無理に戦わずに逃げてくれ。皆が、お前達が生きて帰ってくれる事が、お前達が傍にいてくれる事が一番うれしい」

 

 兵士としては余りにも情けない言葉。それに対して朝雲の震えは思わず止まり小さく吹き出してしまう。

 

「ふふっ、何それ。『その重さも責任も俺が一緒に背負ってやる!』とか言えないの?」

 

「責任は勿論背負うものだろ?上への土下座やらシゴキ位いつでも受けてやる。慣れてるしな」

 

「もー…情けないんだから。だから、大佐止まりなのよ……」

 

 しかし、彼の言葉は指揮官としてはなんとも人道的で、何より朝雲にとっては酷く嬉しい言葉だった。因縁に決着をつけられなくても、彼は責めることは無い。戦果を挙げるより自分が帰って来てくれる事が何よりも嬉しいといってくれたのだから。

 

 彼を愛している朝雲としては何よりも嬉しくて…甘えの言葉。少しだけ影が小さくなった気がする。その要因は彼の言葉が身に染みたと言うよりは、情けなくて、押しに弱くて、結局は朝雲と陽炎と風雲にされるがままになる――優しいこの人を支えたえたい、と言う想いが世話焼きな彼女の根幹に響いたから。

 

「ありがと、司令」

 

「んっ、不安は晴れたいようだ――なぁ?!」

 

 声に幾らか明るさが戻った事を感じ取り、彼女の闇が払われつつひっそりと口許を緩めていたのだが、いつの間に提督を抱きしめるの止めた手が戻り、提督の胸元を強くおして押し倒すような形にした。お尻もお腹に移動して、両足を使って腕が動かないように押し付ける。

 

「うん。マジで惚れ直した。司令が想ってくれて嬉しい。けど、ちょっと今はそれだけじゃ足りないわ。もっと愛して欲しい。それに、シレイニウムが不足みたい。暫く供給も出来なくなるし。だ・か・ら!シレイニウム、貰っといたげるわ!!」

 

 これは提督から差し出すのでは無く、略奪なのではと思ったが、スイッチが入った嫁達は止まる事が無いのはわかっている。

 

 押しに弱い提督はこうなった嫁達を拒絶する事は無い。

その事は朝雲もよくわかっているので、我儘に付き合ってくれた彼に心の中で謝りながらも感謝をしているのだが、当の朝雲の身体は鼻息を荒くして提督の上着を脱がしている最中なので、そんな事を心の中でされているとは提督は夢にも思ってないだろう。

 

提督は細く溜め息をついて、全てを受け入れる様に目をつむる。

 

「あーそのー…、疲れてるから手柔らかに頼む」

 

「ふっふん♪考えといたげる!」

 

 開戦の合図は朝雲からの啄むような口づけ。ここに、シレイニウムの接種作業が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、早朝の母港。

 

 提督は編成と艤装の装着を終えた第一遊撃部隊第三部隊に激励の言葉を送り、見送りの為に母港に来ていたのだが、朝雲に手招きされ、提督は屈んで目を瞑るように指示する。自分から呼び出したのに覚悟を決めきれたなったのか目を瞑る提督の前でもじもじと気恥ずかしそうに後ろ手を組んでいたが、覚悟を決めるとギャラリーが居る前で提督と唇を重ねた。

 

 朝雲からは珍しい積極的な行動。朝雲は陽炎、風雲の嫁艦三人のうち一番羞恥心が強いのでまず人前でこういう事をしないのだが、この口づけは彼女なりの決意の表れの一つなのだろう。周りから飛ぶ冷やかしと黄色い声を無視して、朝雲はふんわりとした笑顔を浮かべる。

 

「行ってくるわ!たっぷりと戦果を出したげるから覚悟しといてよね!」

 

「ああ、行って来い!!」

 

 提督も口角を持ち上げ、強い語気で出撃していく朝雲たちを送り出す。その様子を見ているのは、朝雲がいる艦隊だけでは無い。朝雲達の支援を担当する艦隊もそこに居る。

 

「あーあー、見せつけてくれちゃって」

 

「全くね。でも、うん、良かった」

 

 提督の嫁艦である、陽炎と風雲は、それぞれ安堵を浮べている。二人も二人なりに朝雲が気落ちしていた事を読み取っていた様だ。

 

「まー今回は朝雲が主役だし」

 

「今回の抜け駆けは許しましょ。何処かの誰かさんとは違うんだし」

 

「うっ……あ、あれは結局あの日三人でしたからノーカンで許されるでしょ!?」

 

「抜け駆けの常習犯の言葉が信用しきれるかしらね?」

 

 二人だけで会話を繰り広げられていたが、二人がそれぞれ旗艦を務める支援艦隊も出るように指示が出る。そこで二人の無駄な会話は終わり、軍人としての引き締まった顔が露わになる。

 

「さーて、行きますか」

 

「ええ、行くとしましょうか」

 

 朝雲達の後を追う様に支援艦隊も出撃する。同じ人を愛した仲間を助ける為に。

 

 朝雲達の因縁への決着は多くの仲間と共につけられようとしていた。誰一人として失わないように。



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村雨と春の夜空を眺めるだけの話

 寄せては消える波の音だけが反響するような暗い闇に覆われた夜の時間帯。

 

 鎮守府から離れた場所にある街灯の元でボストンバックを地面に置き、ケータイと睨めっこする灰色のコーチジャケットと白のインナー、黒いスキニーパンツの私服姿の提督が一人。画面は待ち受け画面から動いておらず、彼のこげ茶色の瞳はディスプレイに写るアナログ時計の針達の動きを追っている。

 

 そんな提督の背後に音を殺して近寄り、彼の眼を両手で塞ぐ者もまた一人。

 

「だーれだ?」

 

 いつもより僅かに高い声。甘えるような特別な彼女の声質。

 

 一瞬だけ、視界から光が奪われた事に驚いた提督であったが、耳に染み入るような彼女の声で平静を取り戻し、口端を持ち上げる。

 

「早いな村雨は」

 

「正解です。もう!提督は早すぎなんですよ!!」

 

 拗ねたように、或いは不満を表すように唸りながら、彼から光を奪った人物は彼の視界を覆っていた手を外す。

 

 光に馴染ませるように、二度、三度と瞬きをした提督は、左足を軸にして背後に向き直る。そこには、小さくを頬を膨らませた彼の逢瀬の相手、村雨が居た。

 

「そうなのか?」

 

「待ち合わせの時間、何時からかわかってます?!」

 

「十時位だったか?」

 

「じゃあ、今の時間は?」

 

「九時半」

 

「だ・か・ら、早すぎるんですって!!!」

 

 村雨は恨めしそうに提督の事を睨みつけるが、感情表現が乏しく、それゆえに感情を読むことを得意としてないクールな提督は首を傾げて頭に疑問符を浮かべる。

 

「大体、提督は何時から待ってたの?」

 

「九時」

 

「は、はやっ?!去年は二十分前って言ってたからこの時間に来たのに……」

 

「……遅れるべきだったか?」

 

「そ、そうじゃないけど……、先について提督を待っていたかったと言うか」

 

「悪かった……。村雨と出掛けると考えたらいてもたってもいられなくなって、時間なんか見ずに鎮守府を出てた」

 

 提督は何処かばつが悪そうに早く来てしまった理由を伝える。

 

 居ても立ってもいられずに、それも村雨と出掛けられるから。

 

 予想だにしてなかった彼からの返しに、村雨の頬は桜の様に色づいていく。

 

「もう!!」

 

 村雨は両手で自分の頬を覆う。熱を持ってしまった頬を冷ます為に。

 

 しかし、村雨の上がっていく体温は彼女の小さな手だけでは冷却が間に合わなかった様だ。

 

 村雨は大きく腕を広げて、提督の胸元に飛び込む。

 

 突然の村雨の行動に驚きつつ、提督は半歩引いて冷静にバランスをとりながらも村雨を受け入れ、彼女のボリュームたっぷりな髪の中に右手を埋めて、撫で上げる。

 

「……悪かった」

 

 感情を読み取るのが苦手な提督とは逆に、感情を読み取るのが苦手で無い村雨は彼の腕の中で首を横に振る。その行動が、小動物が甘えてくるような動作に思えて、提督は心の何処かで愛らしさを覚えてしまう。

 

「謝らないで。本当は、その……凄く嬉しかった……です」

 

 感情表現を読み取るのが苦手な提督の為に、村雨はばらばらに散って本音を掻き集めて言葉にする。

 

 胸に顔を押し付ける村雨の体温は、やっぱり冷却が間に合わないので段々と上がる。

 

「そうか。なら、よかった」

 

 彼女の熱と本音を薄いインナー越しに聞き届けた提督は、村雨が収まっている胸の奥が温まっていくような感覚を覚える。その温かさに身を委ねる様に提督は瞳を閉じて眉尻を下げて、口角をあげる。

 

「うぅ……」

 

 恥ずかしさを感じながらも、提督が村雨の髪を撫でるペースが遅くなっている事から、彼が確かに喜んでいる事を感じ、村雨は胸の中に渦巻く想いに悶えながらも彼に身を委ねる。

 

 確かに、早くついて彼を待っていたかったと言う思いはあったのだ。彼が遅れたかと不安そうに尋ねてくるのを見てみたかったと言う気持ちもあったし、デートの定番的な事をしたかったと言う思いもあった。

 

 しかし、彼が自分と出掛けるのが待ちきれないと言う反応をしてくれて嬉しかったと言う気持ちも本音だ。

 

 言葉は口にしないと正しく伝わらない。それは、彼と付き合ってから嫌と言う程思い知るようになった言葉。

 

 ――ズルい

 

 反射的に言ってしまいそうになったその言葉を飲み込んで、村雨は腕にかける力をより強くし、より深く彼の胸に顔を埋めようとする。今の顔は火照りすぎて、彼に見せられるものでは無いから。

 

 

 

 抱き合ったまま数秒、或いは数分が経った頃。

 

 村雨は腕に掛けた力を緩め、何処か名残惜しそうに俯きながら提督の胸から離れる。

 

「……行くか?」

 

 離れてから数秒。お互いに沈黙を保っていたが、今は僅かな逢瀬の時、その時間を無駄にしない為に提督の方から切り出したのだ。

 

「うん……。行こ」

 

 村雨は僅かに顔をあげると、小さく微笑んで彼の提案に同意する。

 

「そうだ」

 

 提督は地面に置いたボストンバッグを肩にかけ、先導するように歩みだす。村雨もその後に続こうとしたした瞬間、提督が振り向いた。

 

「なあに?」

 

「今日の村雨、大人っぽくて綺麗だ」

 

 提督と同じように今の村雨は私服だ。

 

 白露型の制服を模したような深く鮮やかな紅赤色のニットと白いカーディガン、それと彼女のしなやかな足を浮き彫りにさせる黒いレギンスとタイトスカート。

 

 村雨の足を止めさせるには、少女と女性の境界線に立つ村雨には十分だ。

 

 止まった身体を動かそうと小さく口を開ける真っ赤な村雨に、風にかき消えそうな声量で言葉を乗せる。

 

 かわいいな、と。

 

 綺麗に可愛い。なんとも欲張りな褒め方だろうか。

 

 しかし、今の褒め方でも村雨の感情の器を一杯にさせて溢れさせるには十分だ。彼女の顔を中心として陽炎が発生しそうな位に感情を熱に変化している。

 

 言いたい事をいった提督は、小さく微笑むと再び前を向いて歩みだす。

 

「あっ、待ってってばー!!」

 

 なんとか再起動可能な位には排熱を完了した村雨は、置いて行かれないように梅色に染まった面持ちのまま提督の横に立つために駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人を好きになった時の事を覚えているだろうか?

 

 他人に憧れを抱いたり、その想いが恋慕へと変わった瞬間を覚えているだろうか?

 

 覚えていても、いつ、どこで聞かれても答えれるだろうか?

 

 それも、録画したように正確な答えを返せるだろうか?

 

 残念ながらそれは大多数の人間は無理であろう。人間と言うのは忘れていく生き物。大切な事であっても、詳細まで覚えると言うのは、普通の人間は厳しい。

 

 出会った日にちも、出会いの言葉も、その日の天気も、匂いも、感覚も、何もかも正確に覚えたままでいるのは、普通の人間には厳しいことだろう。

 

 もちろん、それは、芝生の上に座り込み夜空を見上げる提督にも同じことが言える。

 

 二人はあの後、人気の無い小さな公園のベンチに隣り合う様に座りながら、星空を眺めている。

 

 本来なら桜の名所で、昼夜を問わず色んな人達が大騒ぎしているのだが、近年は桜の開花が早まっている事と、度重なる強風で花は無残に散り、残っているのは芝生の上の黒ずんだ桜のみ。

 

 見どころを無くした名所に人が訪れることは無い。よって、この公園は二人の貸し切り状態だ。

 

 二人は何を語ると言う事も無く、風の音を聞き分けながら夜空を眺める。村雨は時折、提督の方を伺いながら。

 

「あっ!!」

 

 時折、村雨が夜空を指差して何かを言うのに、提督が短く相槌を打つような、穏やかな時間の流れ。

 

 桜が散った名所で春の星空を眺める。そんな風情を楽しむようになったのは三年前からである。

 

 

 

 

 

 三年前までは、村雨側から付き合った事を隠したいと言われた。それは年頃の少女としての羞恥心が強かった故だろう。

 

 提督はそれに了承した。それは、当時の村雨が隠したいと言った時の感情がわからなかったから、と言う理由が強かった。わからないなら、余計に刺激する事も無いと彼は思ったからだ。

 

 恋人になったのはいいが、鎮守府は運営が安定しておらず、関係も隠した状態。二人で出掛ける事は愚か、提督は忙殺状態であり、時間を共有することすらままならなかった。

 

 関係が変化しても、近づく事すらままならない。

 

 痺れを切らした村雨は、無理矢理にでも二人の時間をつくり出そうと考えた。

 

 それは、村雨の外出が許可された日時に、提督も出張と偽って外出する策。

 

 何とも拙い策で、この策を実行した翌日は提督は出張の虚偽を問われて大淀から大目玉をくらい、村雨が姉妹達からの誘導尋問に引っかかり、結局は関係をバラシてしまった。

 

 話を戻そう。そうやって外出できたのはいいが、提督は業務を滞らせるわけには行かないので、やっとの思いで外出できたのは夜中の十時と言う微妙な時間帯。

 

 鎮守府外で村雨と提督は合流したのはいいが、時間帯が時間帯の為何をしようか悩んだ結果、提督の提案で星を見ることにした。

 

 提督は星を見るのが好きだったし、咄嗟に思い浮かんだのがそれしか無かった。提督の好きな事を知れた喜びからか、村雨もその提案に乗った結果星を見る様にしたのだ。

 

 その時の事が由来で、毎年桜も散った時期にこうやって二人で星を見に行っているのだ。提督が制服を入れたボストンバッグを背負って待っていたのは、当時の様な逢瀬の感覚を味わいたいと言う村雨の要望に応えての事だ。

 

 

 

「あれはなんの星かな?」 

 

「……さぁ」

 

「うーん、じゃあ!あれは?」

 

「……二等星?」

 

「ふふっ、やっぱり何かわからないんですね」

 

 口許を手で隠すように笑う村雨。

 

「じゃあ、あれは何かわかるのか?」

 

 からかうような反応を見せる村雨に、少しばかり拗ねたような声で星を指し示す。

 

「ざんねーん。村雨もわからないでーす」

 

「…だろうな」

 

 悪びれもせず、ニコニコと笑う村雨に、呆れたようにため息をきながらまた夜空を見上げる。

 

 それもその筈、提督は星を見るのが好きなだけであって星座や星の名前には全く興味は無いのだ。大きさも輝き方も違う星を眺める。ただ、それだけの事が好きだから。

 

 何故自分が村雨の告白を受け入れたのか、提督は夜空に想いを馳せる。

 

 別に村雨には悪印象が無ければ特別良い印象は無かった。だから、覚えてないのだろう。村雨がいつ告白したのかも、彼女がなんて言い寄ったのかも、自分がどんな返事を返したのかも。

 

 提督は感情表現が苦手で、読み取るのも苦手だ。よく言えば天然、悪く言えば無自覚に他人を振り回すほどのマイペース。

 

 そんな彼が、何故村雨の想いを受け止めようと思ったのかを考えてみる。

 

 ――その答えは大して考える事もせずにわかった

 

 ベンチに置いた提督の手を風から守るように包まれていくのが感じる。それは、村雨のスベスベとしてほのかな温かさを持った掌が、提督の手の甲を包んだから。

 

 提督が夜空を見上げるのを止め、隣に視線を戻すと、村雨が小首を傾げる様にしながら微笑んでいた。

 

 微笑みかける村雨を見て、呼び覚まされる。

 

 忘れていても、覚えて無くても、心に刻んだ物と言う物はある。

 

 ――それだけだ

 

 そう。簡単な事だ。村雨が提督の事をよく見ていて、よく知ろうとして来たから。提督でも知らないような提督の事を見つめようとして来たから。

 

 単純な理由。だけど、心に刻んだ想い。

 

 毎年、村雨と二人っきりで星を見に行くのは、彼女を好きになった理由を思い返す為と――

 

 提督は村雨の後頭部に手をかける。

 

「あっ……」

 

 村雨は抵抗することなく、提督から引き寄せうとする力に身を委ねる。

 

 ――彼女へと抱いているこの愛情をぶつけるため

 

 月に照らされた二人のシルエットが合わさった。

 

 時が止まったかのように静まり返った公園に、一陣の風が吹き渡る。それを合図代わりにして、一つは再び二人へ。

 

 名残を惜しむように鬼灯色の村雨は自らの唇をなぞる。普段は大人ぶった態度をとる村雨の少女らしい一面に愛おしさが溢れ出て、緩やかに笑みを浮かべる。

 

 風は段々と強くなっていく。現在は夜。それに村雨は薄着だ。寒さも身を刺すような物へと変貌しつつある。まだ、少女な彼女には身の毒となるだろう。

 

「……行くか」

 

「うん……」

 

 提督は耳が赤い村雨の手をひいて立ち上がる。

 

「そうだ」

 

「なぁに?」

 

 公園にくる前にしたようなやり取りを再び口にする。

 

「どうして俺の事を好きになったんだ?」

 

 そうやって聞くのは覚えていたと言うよりは、一種の慣習的な物と、自分の中にある村雨は自分の何処を好きになってくれたのかと言う不安を取り除くための物。

 

「知りたい?」

 

 相変わらず熟した果物のような赤い顔をあげると、瞼を閉じて笑みを浮かべる。

 

「それはね」

 

 提督は小さく息を呑む。

 

「――――――――――――――――――」

 

 村雨の声は風にかき消されてしまいそうなほどにか細い。

 

 だけど、彼の耳に確かに届いた。彼は穏やかな笑みを浮かべる。

 

 その笑みに抑えていた感情を我慢できなくなった村雨は、彼の方に両手を置いて背伸びをする。街灯が照らす範囲の狭い庇護の中で、二人の影はまた一つとなった。

 

 

 

 

 

 翌日、提督と村雨は二人で鎮守府に帰還した。その日は、外でとっているホテルに泊まるのが二人の習慣だから。

 

 村雨が大自爆してから、二人は鎮守府公認の仲になったので、二人同時に帰ってくる分には問題なし。

 

 問題は無いのだが……。一部の艦娘達には朝帰りと陰で言われてたりする。

 

 残念ながら、二人は泊まったホテルで致してないので、その噂は大外れだ。

 

 大外れだが。

 

「ふふっ、いぇーい」

 

 満面の笑みを浮かべて提督の腕に抱きつく様にして村雨が寄り添っている様はそう思われてもおかしくないだろう。



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マックスが提督にキスしようとするだけの話

 昼の休憩を告げる予鈴が執務室に鳴り響いた直後、執務室のドアを叩き、入室する艦娘が一人。

 

「失礼するわ。提督、午後のお仕事の時間です。業務を再開しましょう?」

 

 感情の起伏を感じさせないような、何処か当たりの強い口調でそう告げたのは、艦娘Z3。通称、マックス・シュルツであった。

 

「フー……クー……」

 

 引き締まった表情で入室したマックスとは対照的に、彼女の上司であり――大切なパートナーの提督は、予鈴など聞こえなかったと言わんばかりに、ソファに窮屈そうに身体を預けて呑気に寝息を掻いている。

 

(寝てる……。エアコンの効きがいいからさぞ寝心地が良いのでしょうね)

 

 執務室は確かにエアコンの効きが良い。この鎮守府の主が大半の時間を過ごす部屋だけあって、快適に過ごせる温度を保ち続けている。

 

 だから、昼食でお腹を満たした幸福感を保ちながら、夢の世界に旅立つにはもってこいの部屋だ。

 

「お昼休みは終わったわよ」

 

 が、夢を見るのはこれで終わり。昼の予鈴はほんの数分前に鎮守府中に渡り、皆に平等に仕事の時間を告げたのだから。

 

 マックスは提督の腕を掴んでゆさゆさと揺らし、提督の目覚めを促す。

 

「スー……スー……」

 

 しかし、提督はマックスが起こした揺れなど感じて無いのか、相変わらず心地よさそうに寝息をかいている。

 

「全く……」

 

 全く起きる気配の無い提督に、マックスは呆れたようにため息をつく。

 

 このまま揺らしていても、提督は目を覚ますことは無いだろう。別の策を講じる必要が出てきた。

 

 その新たな策を考える前に、マックスはある事に気が付いた。それは、提督を起こそうとした関係で、彼との顔の距離が十センチにも満たない距離まで近づいていた事を。 

 

(この人の顔、こんなに近くでじっくり見たの初めてかも……)

 

 口付けは提督とマックスの親密な関係上、両手では数えきれない位にされた事があるのだが、マックスはいざと言う時は緊張が高まりすぎて瞼を貝のように固く閉ざしてしまうから、彼の顔を至近距離で見たことが無かったのだ。

 

 じっくりと好きな人の顔を眺めたいと言う願望。それは提督を起こすと言う部下としての使命よりも、マックスの中での比重が重かった。

 

 マックスは覚悟を決める様に息を呑むと、揉み上げが提督に罹らないように抑えながら更に接近しこげ茶の瞳一杯に彼の顔を映しこむ。

 

(まつ毛、長いけど逆方向に巻かれてる……)

 

 提督が唐突に目を抑えて痛がっている事が何度かあった。もしかしたら、この逆巻きの睫毛が瞬きをしたときに目に刺さるのかも知れない。後で、対策を調べてあげようと、マックスは頭の中に情報をしまう。

 

(髭、生えてきてるわね。ちゃんと剃ってって言ったのに)

 

 提督は自分の格好にずぼらな所がある。暫くは、鎮守府外に出る用事は無いとは言え、鎮守府の責任者にとして、格好を気にして欲しいと口を酸っぱくしてして言ってるのだがご覧の有様だ。

 

(おでこ、ちょっと汗を掻いてる……。寝方が悪いのかしら)

 

 彼の額には薄らと汗が浮かんでいる。室温は快適そのものであるとは言えるのだが、寝相が悪くて熱が籠っているのかもしれない。いや、もしかしたら、体調を崩してこうやって寝込んでいるのかもしれない。

 

 それを確かめるべく、マックスが次に見たのは、

 

(唇……。窓際に飾ってあるようなゼラニウムみたいに綺麗な深紅)

 

 ゼラニウムとはマックスが執務室の窓際に置いている花だ。ゼラニウムの葉は虫の嫌いな臭いを発しており、ヨーロッパでは虫よけ、或いは魔除けとして、窓際に置かれる事が多いのだ。見栄えもよくインテリアとしても馴染まれている。

 

 執務室に置いてあるのは赤のゼラニウム。この花は色によって花言葉も変わるのだが、それは今は置いておこう。

 

 提督の唇は深紅のゼラニウムの様に血色がよく、頬もほんのりと朱が指している。病気になったのかと言う懸念はこれで晴れた。呼吸のリズムも乱れが無いので、今の提督は昼寝しているだけだろう。

 

 マックスは安堵から胸を撫でおろすと、改めて提督の唇に注目する。

 

(今なら、私からキスをしてみてもバレない……?)

 

 先程も言ったようにマックスは緊張が高まりすぎると、瞼を重く閉ざしてしまう。だから、彼女は今まで自分から提督に口づけをした事が無いのだ。

 

「フー……スー……ヤー……」

 

 マックスのお相手である提督は、このように安らかに寝息を立て無防備そのものだ。

 

 だから、

 

(私からするなんて、いつもなら恥ずかしくて普段なら出来ないけど、今なら……!)

 

 今なら、自分の好きなタイミングで提督に口づけをすることが出来る。

 

 小さく息を吸ったり吐いたりして、自分の気持ちをコントロールし覚悟を決めた。

 

 マックスは提督の上にかぶさるようにし、提督の顔の傍らに手をついて、少しずつ提督の唇に接近する。

 

 いつもなら硬く閉ざしたままにする瞼を薄らと開いて維持し、高鳴りすぎて破裂しそうな心臓を心で抑え込みながら。

 

「んっ……んん……」

 

 残り7センチ、6センチ、5センチと少しずつ、しかし確かに距離を縮めていくマックスであったが、

 

(あっ、顔、凄く近っ)

 

 残り3センチとなった所で、抑えつけていた羞恥心が、理性の箱から飛び出してしまい

 

「やっ、やっぱりできなーー 」

 

 あふれ出した恥ずかしさから、提督から飛びのこうとしたその瞬間、

 

「そこは勇気を出してやってみようぜ」

 

 眠っていた筈の提督に後頭部を抑えつけられ、離れていく筈の距離を一息に詰められ。

 

「えっーー」

 

 カツンと、二人の歯が唇越しに当たる様な乱暴な口付けを交わしたのであった。

 

 数秒は何をされたのかわからないと、目を大きく見開いて驚いていたマックスであったが、段々と頬の色を熟れた腿の様に染め上げると、提督から一気に距離を離した。

 

「あああああなたおおおおお起きてたの!?」

 

「まぁ、マックスが部屋に来たときから」

 

 余りの急展開に動揺し震えすぎて言葉が言語となって無いマックスに対して、提督は小さく欠伸をしながらさも当然だと言わんばかりにあっけらかんと言って見せる。

 

「じ、じゃあ、寝た振りなんかしてなくてもよかったじゃない!」

 

「いやぁ、いつもクールなビューティーなマックスが、寝てる俺を見たらどんなことしてくるかな~って様子を伺ってみたくてなー」 

 

「うぅ……」

 

 普段は見せないようなニヤニヤとした意地悪な笑み。そんな底意地の悪い顔を浮かべる彼に対して、マックスは完熟した果物の様に赤い顔で小さく唸りながら睨みつけるしか出来ない。

 

 だが、それは提督に対しては逆効果だ。普段は凛としたパートナーが慌てふためいている姿、それは今の提督にとって小動物の様にしか見えなかったからだ。

 

「そんなに俺とキスしたかったのか?もしかして、欲求不満?」

 

「そんなんじゃないわよ!ただ、私からその……キス……してみたいなって……思った……だけ……」

 

 相も変わらず提督はニヤニヤとねちっこい笑みを浮かべながらからかってくる。

 

 その挑発に乗せられるかのように、マックスは胸に秘めようとしていた小さな願望を提督に吐き出す。今にも爆発してしまいそうな胸元を両手で抑えながら。

 

「ほーう……。じゃあ、してみてくれよ」

 

「えっ?」

 

 提督は半身を起き上がらせて、マックスと向き合う形になる。

 

 その返しが意外だったのか、マックスは両手で胸元を握りしめたまあま固まる。

 

「今度は勇気をもって……ほら……」

 

 優しく諭すような、だけど、マックスからして欲しいという願望を込めた彼の声。

 

「うぅ……、目、閉じて……」

 

 マックスはそっぽを向きながら彼に目を閉じる様に要求する。

 

「はいはい」

 

 提督は軽快な返事を返すと、マックスの要望通りに瞳を閉じ、彼女を待つ。

 

 彼が瞳を閉じて待っている内に、何度か深呼吸をして精神を落ち着かせると、彼の頬に陶磁器の様に真っ白な手を添えて、

 

「っう」

 

 先ほどの様な乱暴な口付けでなく、そっと、羽根が触れ合うような口づけを交わした。

 

 そのまま時間が止まったかのように固まっていた二人であったが、先に離れていったのはマックスであった。

 

「自分からしてみた感想は?」

 

「あ、あなたよくこんな恥ずかしいことを積極的に出来るわね」

 

 からかうような、だけど、マックスの要望を叶えれた喜びを孕んだ声でマックスに伺う。

 

 マックスの顔は真夏の夕日の様に真っ赤っかになっており、緊張で本当に張り裂けたのではな無いかと思う位に激しく心臓が高鳴っている。

 

 でも、この胸の痛みは恥ずかしさから来るものだけじゃない。自分から口付け出来た喜びと、起きてる彼に行動で好意を示すことが出来た幸福感から来ているもの。

 

 だが、今のマックスでは練度が足りないので、もう一度自分からする事になったら、今度こそ心臓が張り裂けてしまうだろう。

 

 だから、マックスはごまかす様に恥ずかしい事と言ったのだ。

 

「そりゃ、俺はいつでもマックスの事を求めてるからな」

 

「バカ……」

 

 さも自信ありげに胸を叩く提督。マックスは自分の中で零れ落ちてく感情が処理しきれなくて、彼にもその責任をとって貰うべく、提督の胸に飛び込んだ。

 

「ははっ、なんだよ」

 

「ばーかっ!」

 

 突然胸に飛び込んできた事に驚く提督。そんな彼を罵倒しながらも、いつでも求めてる、という彼からの確かな愛の言葉を受け取ったマックスは、彼にばれない様に静かに口許を緩めた。



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