僕が読みたいと思う二次創作『インフィニット・ストラトス』 (那由他01)
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00:仲違い

 少年少女の揺れ動く心を主軸に書きたいです。


 与えられた才能は平等ではなく、不平等に纏まっている。この道場で、一番成長していないのが俺で、他の二人は俺よりも早く、そして、着実に腕を上げている。素振りの音だけでも、自分の才能の無さに泣けてしまう。だが、二人を追い越せる可能性は残っている。その一抹の可能性にかけるのも、若いからこそできる事だ。

 三人の少年少女しか居ない道場は非常に広く感じられる。俺はその隅で静かに木刀を振るっていた。基礎というものは確実に技術の進歩に必要になるものであり、成長の遅い俺にしてみたら、一番実力に結びついていると実感させられるものだ。

 織斑一夏、篠ノ之箒は防具を身につけて試合をしている。最初の頃は箒ちゃんの方が圧倒的に優っていたけど、今では一夏の方も腕を上げて箒ちゃんに食いついていけるようになっている。これも才能の差と思うと自分の才能の無さに泣きたくなる。だけど、努力すれば、確実に二人の立っている場所に立てると言い聞かせて素振りを続ける。

 素振りを続けていたら、珍しく一夏が勝利した姿が目についた。箒ちゃんは泣いている。木刀を床に置いてすぐに駆け寄る。どこか怪我をしたのか、そんな、小学生らしい会話を繰り広げると箒ちゃんは五月蝿いと大きな声を上げて、もう一度勝負だ! と、大声を上げて一夏に再試合を申し込んでくる。一夏もいいぜ、と、強気な姿勢でそれを受け入れた。やっぱり、二人の立っている場所と俺が立っている場所は、違うのだな、なんて、溜息が出てしまう。

 粗方の素振りを終了させ、体を柔らかくする柔軟体操を始める。武術に置いて、最も必要とされるのは、体の柔軟性だと師範は言っていた。体の軸が柔軟なら、相手の攻撃を綺麗に捌けて、攻撃の速度も上がるだとか、イマイチ理解は出来ていなかったが、日に日に体が柔らかくなっていくのは、感動すら覚える出来事だったので、早朝、道場、風呂上がりに欠かさず柔軟体操を行っている。

 柔軟体操を続けていると一夏が箒ちゃんに負けている姿が目に入った。やっぱり、まぐれの一勝だったのだろう。まあ、その一夏にも勝てない俺はまぐれすらないのだから、悲しい限りだ。

 

「くそぉ〜さっきは勝てたのに……」

「ふん、調子にのるからだ」

「わかってるよ……礼遇は試合しないのか?」

「う、うん、じゃあ、一戦だけ」

 

 防具を身に纏って竹刀を握りしめる。相手は一夏、昔は勝てていたが、今は一切と言っていい程勝てていない相手だ。結構前から対策を練っているのだが、どうにも勝つことが出来ない。よくて善戦がいいところなのだ。

 竹刀を構え、そして、箒ちゃんが始め、と、声をかける。

 刹那、一夏の鋭い一撃が迫る。それを受け止め、間合いを放す。

 一夏の太刀は重く鋭い、だからこそ、間合いを確認しながら、大振りの一撃にカウンターを入れるように立ちまわるしかない。正直な話をさせてもらえば、一夏は基礎的な技量が低い。それを天性の才能でカバーしている。トリッキーな戦い方とでも言うのだろうか? それが基礎に固められた俺や箒ちゃんを倒してしまうのだ。末恐ろしい。

 刹那、一夏が間合いを詰めて一瞬で俺の面に太刀を浴びせた。

 常人離れした瞬発力だ。これを努力ではなく、才能で入手しているのだから憎たらしい。溜息を吐き出してもう一度竹刀を構える。

 前々から思っていた。一夏の戦い方は早さと力強さ、俺の戦い方は守りとカウンターだ。多分、俺の戦術と一夏の戦術は相性が悪い。なら、一夏と同じ戦い方をしたらどうなるだろうか? 今までの戦い方を否定する、それは非常に度胸が必要になることだ。だが、試すことに意味がある。やるだけやってみる、それが俺のやり方だ。

 箒ちゃんが合図を出す。

 刹那、俺と一夏はほぼ同時に踏み込み、力一杯竹刀を振るった。そして、互いに力で押し潰そうと鍔迫り合いを繰り広げ、その鍔迫り合いに勝利したのは、意外にも俺だった。一夏が怯んだ瞬間に鋭い太刀を浴びせる。そして、久しぶりに一夏から一本をもぎ取った瞬間だった。

 

「はぁ〜久しぶりに勝てたぜ……」

「礼遇も成長したな、感心したぞ」

「ありがとう箒ちゃん」

「くそぉ〜礼遇にはずっと勝ってたのに……」

「修行が足らん! 家に帰っても素振りをするのだ一夏!!」

 

 俺と一夏は苦笑いを見せながら、素振りの練習をはじめた。確実に実力に繋がっている、素振りや柔軟体操、その他の努力、そのすべてが俺の為に働いている。ずっと続ければ、確実に二人と同等の立ち位置、いや、その上の場所に立てるかもしれない。それが、希望になっていた。

 

 

 その日は、三人で道場に向かっていた。だが、突然携帯電話が慌ただしく鳴り響き、何かしらを告げようとしている。携帯電話を確認してみると緊急避難警報と書かれており、そして、内容は、数千発のミサイルが日本に向けて発射された。出来る限り安全な場所に避難しろ、そんな、ファンタジーとしか思えないような、ことだった。俺は二人にこの警報の内容を伝えて、学校に引き返すことにした。学校は色々な避難所を兼ねている。学校なら、ある程度は安全なのだろうと思ったからだ。

 俺達は走って学校に引き返す。そして、学校に引き返すと多くの人が学校に避難していた。先生達も誘導などをしている。俺は深呼吸をして、ここなら安全だよな、なんて、二人を見つめた。だが、二人の視線は大空の方に向かっており、俺もそれにつられて空を見上げると星のように輝く何かが見えた。

 

「――ッ!? あれがミサイルなのか!」

「避難した方がいい!! 逃げるぞ一夏! 礼遇!」

「学校の人達はどうするんだよ! 見捨てられない!!」

「それはわかる! だけど、今から他の場所に移動しろなんて言えな――あれはなんだ!?」

 

 人型の何かが見える。そして、ミサイルを切り落とした。破片が落下してくる。俺は二人を両脇で抱えて、木の影に飛び込む。破片は大量の土煙が舞い踊り、そして、大量の砂がのしかかる。口に入った砂を吐き出して、破片の方を見ると見事に破片がグラウンドに突き刺さっていた。だが、グラウンドに人影はなく、被害者はいない。ホッと安堵の溜息を吐き出し、二人に怪我は無いかと見てみるが、飛び込んだ際に擦り傷を作っていたが、深い傷は見受けられず、軽症だった。

 

「……よかった」

「IS……たばねぇが助けてくれたのか?」

「IS? あの、二人が言ってた……あれがISなのか……?」

 

 空を見上げると人型の存在は消えていた。一夏も箒ちゃんも口を開けて、ISのことを考えているのだろう、そして、俺だけが取り残されたような気持ちになった。

 その後、ミサイルは到達することなく、すべてのミサイルがISによって撃墜されたことを聞かされる。俺達は道場に向かうこと無く、そのまま互いの家に帰った。

 

 

 あの事件、世間一般からは白騎士事件と言われる事件から一ヶ月後、箒ちゃんは姉の開発したインフィニット・ストラトス、ISの影響によって国から保護されることが決まった。俺と一夏は箒ちゃんの実家に出向いて、最後の別れを告げる。箒ちゃんは泣いていた。親しい仲間がいるこの場所を離れる、それは、小学校高学年の少女だとしても、辛いものがあるのだ。

 俺と一夏は思い思いの別れの言葉を告げる。だが、本当は別れの言葉なんて、死んでも言いたくない。もう少し、この場所で剣を一緒に学びたいというのが、俺達の心境だった。だが、残酷な別れは変えることが出来ない、幼い俺達はそれを必死に理解しようとしていた。

 

「箒ちゃん……絶対に電話番号変えないから、辛くなったら電話して……」

「わかった、礼遇……」

「箒! また、会えるよな……」

「会えるさ! 絶対に……絶対に!!」

 

 俺達は抱き合って、互いの再会を誓った。そして、箒ちゃんは泣きながらも、笑いながらこの街を後にした。

 胸の中に、ぽっかりと穴が空いたような気がする。

 

 

 俺は、今現在、箒ちゃんの家の道場と神社の管理をしている親戚の夫婦に無理を言って剣道場を使わせてもらっている。もし、箒ちゃんが剣道を続けていたら、大きな大会で再会することが出来るかもしれない。俺は才能がない、もしかしたら、大会に出ても一回戦敗退になるかもしれない。でも、時間は申し分ないくらいある。どんなに時間がかかっても、一夏と箒ちゃんと同じ舞台に立って、再会する。絶対に。一夏だって、俺の話を聞いたら賛同してくれる筈だ。だから、俺は努力を重ねる。時間がかかっても、絶対に、彼女に再会してみせる。

 それは道場を借りて一ヶ月後の出来事だった。俺は何度も一夏に箒ちゃんと再会するために剣道を続けようと誘った。だけど、一夏の返事に良いものはなく、日に日に俺のことを避けるようになった。互いに剣道を学んだ身としてみたら、とても悲しかった。

 今日も道場を借りて素振りを続ける。すると一夏が息を切らせてやってきた。

 

「一夏、ようやくわかってくれたか!」

「……違う、俺はお前の事を説得しに来たんだ」

「説得……?」

 

 一夏はじわりじわりと俺の前に迫って、叫ぶように、

 

「ここは三人で学んでたから意味があるんだ! 箒がいなんじゃ……意味がない……」

「一夏、確かに箒ちゃんは居なくなった。だけど、剣道を続けたら絶対に会える。箒ちゃんは絶対に剣道を続けるさ、だから――一緒に剣道を続けよう。俺は弱いから、何年かかるかわからない。おまえが続ければ、俺はおまえに付いて行って、全国の舞台に行ける。そして、箒ちゃんが待ってるかもしれない、全国の舞台で」

「五月蝿い!」

 

 一夏は俺を押しのけて、備え付けられている木刀を取り出す。そして、俺の前に突きつけて、そして、

 

「俺が勝ったら剣道をやめろ! こんな、こんな虚しいことは続けない方がいい……」

「確かに、箒ちゃんも一夏もこの場所に来なくなった。だけど、虚しくはない。剣道を続けたら、絶対三人で会えるから! 小さな可能性でも! 俺はそれに賭けてみたいから……」

 

 一夏は思い切り木刀を地面に叩きつける。そして、叫んだ――早く剣を取れと。俺はとても悲しかった。一夏は俺の言葉なんて聞いていない。無自覚で、我儘を言い続けている。こいつの悪いところは、無自覚で人を傷つけることだ。悲しい、幼馴染がこんなにも、わからず屋なんて……!

 振るっていた木刀を拾い上げ、静かに構える。

 互いに意地の張り合い、もう、この勝負に意味なんてなかった。ただ、自分の意地が正しいかという意地の塗り合いなのだ。

 

「なんでわからないんだよ! 礼遇!!」

「なんでわかってくれないんだ! 一夏!!」

 

 激しい鍔迫り合いが続く、互いに腕力はある。膠着状態が続き、互いの戦意が燃え上がる。互いに互いの意地を持ち合わせている。だからこそ、全力で打ち合ってしまう。だが、優劣は決まっていた。織斑一夏は天才だ。天才だからこそ、俺は彼の力を欲していた。それだけだ。

 ――刹那、鋭い太刀が俺の右肩に突き刺さる。

 その場に崩れ落ち、言葉にできない何かが口から溢れる。

 

「れ、礼遇……」

「ぐっ……うぅ……これが、おまえが望んだことかよ、俺は、ただ……三人で、また、再会したかっただけなのに……」

 

 わかってる、一夏は良かれと思って行動したんだ。だけど、俺と思いが食い違っていた。それだけ、だけど、苛立ちだけが先行する。俺は、もう二度と正常に剣を握ることは出来ないだろう。だけど、これだけは言わないといけない。

 

「おまえは……逃げてるだけだ……いいさ、逃げ続けろ、その先に俺は居ない。箒ちゃんは居るかもしれないが、俺は、おまえの隣で絶対に笑えない……」

「礼遇!?」

 

痛みに耐えられず、意識が消え失せた。



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01:縁

 女尊男卑という言葉を深く理解したのは、ごく最近の事だった。

 インフィニット・ストラトス、『通称:IS』がこの世界に現れてある程度の時間が経った。第一回モンド・グロッソで一夏の姉、織斑千冬が優勝したのは、まだ、記憶に新しい。

 ISは無限の成層圏を意味する。そして、ISは女性にしか動かすことが出来ない、男性にしてみたら欠陥兵器であり、女性からしてみたら、自分達の価値観を大きく変える転機となった存在だった。女性達はISをISを生み出した篠ノ之束、箒ちゃんのお姉さんを強く信仰した。そして、男性を自分達よりも下の存在だと認知し、世界のバランスは崩れ落ちた。

 とある女性は娘だけを引取り、息子と夫を捨ててISの世界に。

 とある女性は自分の中に宿っている子供が男の子だと知るやいなや、中絶をし。

 とある女性は気に入らない上司を駅のホームから突き落とし殺害した……。

 親父は三番目の例の犠牲者だ。司法機関も女尊男卑に染まり、突き落とした女性は罪に問われることなく、逆に疑いをかけられたと俺達家族を訴える程だった。悲しいが、これも時代の流れだと思う。

 母は父が残してくれた遺産をすべて売却し、実家のある長崎に俺を連れて里帰りした。東京よりは、女尊男卑の精神に蝕まれた人は少なく、思いの外、のんびりとした女性達が多くて違和感を感じたが、それがとても嬉しいことだと思えた。

 新転地での生活は緩やかなもので、負傷した肩も日に日に楽になっていく。だが、剣道や球技などの激しい運動は右手では行えない。最低限、利き手として使用することは出来るが、昔のように満足に振り回せるわけじゃない。

 

「本当に、礼遇はチャンバラが好きねぇ」

「剣道って言いたいけど、今はチャンバラの方が正しいから泣きたくなるよ」

 

 左手に握られた一本の小太刀を模した木刀、それを右腕と同じように振るう。左腕はどうやっても右手以上の腕力を発揮できない、それに、添えるだけでも右肩にダメージが入る。片手で一本の太刀を振るうのは、今の俺の技量では難しい。だから、軽い小太刀を片手で操る。

 もう、剣道を続けることは出来ない。だけど、何かしらの形で剣の道を続けたいと思った俺の我儘の終着点がこいつだった。剣道をやっていた頃の動きとは、正反対で、短さを活かした戦術を作らなければならない。目を瞑ると箒ちゃんと一夏の影が映る。何度も戦うが、勝てない。勝てる気配がしない。だけど、続ければ、二人に並び立てると思って、願って、振るうのだ。

 

「礼遇、学校でいじめられてない? 友達は出来た?」

「うん、話せる友達は居るよ」

「そう……よかったわ……」

 

 母に心配はさせたくないものだ。話せる友達も出来たし、クラスの女子達も女尊男卑に染められていない。東京に居た頃より、ずっと、住みやすい。ただ、一夏も箒ちゃんも居ない。一夏は今頃何をしているだろう。どうせ、他の奴らに迷惑をかけているのだろう。箒ちゃんは……剣道を続けていてくれれば、でも、俺も一夏も大会に足を運ぶことはないだろう。一夏は冷めてしまった。俺は、肩を壊してしまった。もし、また彼女と会うことがあったら、多分、泣かれるだろうな、箒ちゃん、案外、涙脆いし……。

 空を見上げる、青かった。それだけだ。

 

 

 中学の卒業式、多くの生徒が泣いていた。俺の隣に座る友人の栗原快斗も男泣きしていた。俺は、長いようで短い中学生だったな、なんて、自分のことを振り返っていた。勉学に励み、剣を学び、よく眠った。そんな、面白味も何もない学校生活だったが、なんだろうか、満足はしていた。

 通う高校の受験ももう終わらせて、合格の通知が届いている。肩の具合もある程度は回復したので、長時間は無理だが、剣道もある程度は出来るかもしれない。でも、もう、箒ちゃんには会えないだろう。

 IS学園、多分、そこに箒ちゃんは入学することになる。

 天災篠ノ之束博士の妹というだけで、色々な警備が付いているだろうし、身体の安全の為に日本であって、日本ではない、多分、日本屈指のセキュリティを誇るその場所に連れて行かれる。俺は、男だからその場所には、行けないだろう。

 卒業証書を与えられて、友人達と別れを惜しみ、ボタンが欲しいとねだる後輩達にボタンをプレゼントして、中学生が終了する。帰り道、茜色に染まる空を見上げながら、静かに帰宅した。そして、テーブルに置かれている新聞を手に取ると信じられない記事が掲載されていた。

 

「……織斑一夏、ISを起動させる」

 

 そうか、あいつは――一足早く箒ちゃんに再会するのか、羨ましい。だけど、これも運命だというのなら、それを甘んじて受け入れるしかない。俺は、所詮はその程度の存在なのだから、その程度だから、選ばれないのだ。

 

「……男性のみ参加可能の起動試験を開催、主催者、三綾重工(株)」

 

 俺は、俺は、俺は――何を期待しているんだ? こんなのに参加したからと言って、一夏と同じ立場に上がれるわけがない。俺は、そう、俺は、特別な存在にはなれない。特別なのは一夏で、俺は、そこら辺に転がっている石ころのようなものだ。だから、だから、だから、期待するんじゃない。期待して、裏切られたことばかりじゃないか……!

 

「行きなさい、行って悪いことは起こらないわよ」

「……!? 母さん……」

「私は女だけど、IS動かせないのよ、女でも、ISを動かせない人は居る。だったら、男でもISを動かせる人が二三人居ても可笑しくないじゃない。可能性は零じゃない。零だったとしても、落ち込む必要はないわ」

 

 背を押される。俺は真っ直ぐと母さんを見て、静かに頷いた。

 

 

 多くの男性が運動公園に集められていた。そして、奥の方には、倉持技研製の打鉄、デュノア社製のラファールリヴァイヴが置かれている。多分、この二機で試験を行うのだろう。俺は打鉄の列に並び、静かに時が来るのを待った。

 ゾロゾロと起動させられなかった男性達が通り過ぎていくのを見ていると、やはり、一夏が特別な存在であるということを再認知してしまう。肩が疼く、やはり、俺と一夏では、月と鼈の差があるということだろう。あのわからず屋の方が、世界に必要とされている、天才ゆえの性なのだろうか、それでも、諦めるわけにはいかない。今、俺にできる事は――可能性に賭けるだけ、それだけなんだ。

 自分の番になる。俺は、深呼吸をして、静かに打鉄の前に立つ。渋い銀色に輝いている。綺麗だと思えた。

 

「……よろしく」

 

 打鉄に触れる。だが、何も起こらない。そうか、やっぱり可能性なんて、なかったのだろう。俺は、その程度の人間だったということだ。悲しい話だ。

 静かに手を放すとそのままその場を後にしようとする。だが、後方で光が放たれ、俺は――打鉄を纏っていた。

 

「……サプライズは好みじゃないんだが、まあ、ありがとよ」

 

 可能性は俺のことを選んでくれたようだ。

 

 

 三綾重工、それは日本屈指のミリタリーカンパニーである。IS産業によって縮小した通常兵器や弾薬製造を主に行っており、全世界で使用されているNATO弾の三割を三綾重工で製造しているというデータも残されている。莫大な世界への影響力と得られる莫大な利益、それを駆使して最近はISの追加武装などを製造している。これも性能と価格が噛み合っており、世界有数のISの製造元の殆どが三綾重工の追加武装を購入しているのが現状だ。

 そんな三綾重工は一人の奇跡の存在を入手することに成功した。二番目の男性操縦者、宮本礼遇、その人だった。

 彼の経歴を紐解いていくと、あの一番目の織斑一夏、篠ノ之束の妹、篠ノ之箒との関係が深く、重要な篠ノ之束との関係性は不明だが、それでもISを操作できる可能性は織斑一夏に次いで高い確率だったのだろう。

 

「で、この子は何に乗せるの?」

「ラファールに乗せたいところなんだが、宮本くんが打鉄を所望してるんだ」

「第二世代の初期に作られた機体だから、あんましおすすめは出来ないわね。でも、最初に自分に応えてくれた機体って訳で、縁を感じてるのかもね」

「ああ、まあ、打鉄でもアレは乗せられるから別にいいんだが」

 

 開発者達は必死に礼遇を受け入れてくれた打鉄を整備する。世界で幅広く使用されている第二世代型のIS、その初期に登場した打鉄は高い安定性と防御力が買われている。だが、裏を返せば初期に作られた時代遅れ、第三世代の開発が盛んになっている今日に打鉄を専用機にするのはどうかと思う。ラファールなどの武装の拡張領域が広い機体なら、自社の武装を大量に積み込んで第三世代に食いつけるかもしれないが、やはり、打鉄では、搭乗者の実力に左右されてしまう。

 

「打鉄にも強みがないわけじゃないわ。物理シールドも装備しているわけだし、近接戦を主体にするなら打鉄の方が適任という時もあるわよ」

「まあ、機動力はこっちで調整して、瞬時加速みたいなテクニックを習得してもらえればいいんだけど」

「瞬時加速はコツさえ掴めば、まあ、すぐに習得できるでしょう。それに、あの子のポテンシャルは高いわ、一人目より適正高いらしいわよ」

「へぇ、どのくらい?」

「IS適正A、一人目はBだったらしいし」

 

 開発者達は少ない投資で金の卵を産み落とす鶏を捕まえてきたのだと心から思った。そして、この打鉄はその鶏を導く存在。だけど、その鶏は世界中から狙われる。いくら三綾重工が世界屈指のミリタリーカンパニーであっても、世界中の諜報機関が黙ってはいないだろう。IS学園に在学中もハニートラップに引っかかる可能性がある。

 

「それにしても、一番目の織斑一夏も色男だけど、宮本くんも色男よね」

「男の俺に言わないでくれ、妬ましくなる」

「ハニートラップ大丈夫かしら?」

「まあ、流石に国外に連れ出すなんてことはないだろうさ、彼はある程度の常識は持ち合わせているようだし」

 

 整備士達は雑談を繰り広げているが、指先は器用に動いている。そして、運び出された一本のIS用の武装を睨みつける。

 

「雪影……本当に完成していたとは」

「暮桜の雪片を第二世代でも使用できるようにした一品、見た目はただのショートブレードだけど、これにどれくらいの開発費を使ったのかしら?」

「俺達の一生分の給料でも作れないさ、でも、ラファールに乗せられると思っていたが、打鉄にね」

「機体のエネルギー効率に関しては打鉄の方が上よ、燃費を七割程改善したらしいけど、第二世代に搭載するにはそれでもエネルギー食い過ぎなのよ。エネルギーを多く貯め込めて、防御力が高くて、燃費が良い打鉄の方が雪影を乗せるのは適任だと思うわ」

「まあ、それもそうか」

 

 整備士達は慎重に打鉄に雪影を搭載し、ほぼすべての作業を終わらせる。

 

「打鉄・三綾重工機、この子がIS学園でどう暴れるのかしら?」

「彼次第だ」

 

 

 俺はとても豪華な内装の部屋に通された。そして、初老の男性がにこやかに迎え入れる。そして、ソファーにかけなさいと優しい声色で告げる。一礼してそのままソファーに腰掛けて、真っ直ぐ目を見る。すると男性はにこやかに笑い、お茶を持ってくるように俺のことを連れてきてくれたレディーススーツの女性にお願いする。

 

「私は三綾重工の代表取締役をやっている紺野一二三というものだ。よろしく頼むよ」

「この度、御社の打鉄を動かした宮本礼遇です」

「ほう、今頃の若者にしては礼儀を弁えているようだ。気に入ったよ」

「ありがとうございます」

 

 女性が緑茶を持ってきてくれたので、静かに一口口に入れる。家で飲んでいるお茶とは風味も深みも何もかもが違う。一言で言えば、とても高い味がする。やはり、社長さんが飲むお茶はすごい、そう思った。

 

「君には選択肢がある。国に保護されつつ、我社のテストパイロット兼ね、企業代表としてIS学園に入学すること。国に保護されつつ、まあ、我々以外の企業に所属するか、所属しないでIS学園に入学することだ」

「ここで、企業代表をさせてください」

「即答だね? 何か理由が」

「あの打鉄に乗りたいんです。アイツとは、縁を感じるので、出来れば、専用機として貸し出してももらいたいです」

 

 社長さんはにこやかにわらって、一枚の書類を取り出す。

 

「私は、君が第三世代を開発している会社に行くと踏んでいたのだが、我社で働いてくれるか。もちろん、打鉄を貸し出そう、我社で開発している武装も出来る限り付属する。我々三綾重工は君の最大で最高のスポンサーとして行動する。それでいいかい?」

「はい、よろしくお願いします」

 

 一夏、俺はおまえと同じ土俵に上がれる。箒ちゃんとも会える。

 一夏、俺はおまえを超える。絶対に、俺は――おまえ以上の頂に登りつめてやる。




 第三世代を使う主人公が思い浮かばない、じゃあ、量産されているスコープドッグのような機体はないのか? そう考えたらあるじゃないか! 打鉄が!! こいつをこの作品に出てくる凄い施設でバリバリにカスタマイズしたら第三世代いけんじゃね? そんな感じで礼遇の専用機は『打鉄・三綾重工機』になりました。


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02:幼馴染

『硝煙』
 三綾重工が製造しているIS用のアサルトライフルで、四十発12.7×99mmNATO弾を装填できる。他国、他社製のアサルトライフルより口径が小さい分、威力が低いが、全世界で広く使用されている弾薬を使用するため、弾薬の補給や共有がし易いことからベストセラーになっている。

『雪影』
 暮桜の雪片のデータを元に三綾重工が開発した第二世代ISでも使用可能な特殊兵装。零落白夜を使用することが出来、懐に入られた時の危険度はMax。製造コストが高く、データ収集の為に、礼遇が乗る『打鉄・三綾重工機』に装備されている。


 久しぶりに見た東京の町並みは懐かしさより、新鮮さを思わせた。

 身に纏った学ランタイプの制服。ベルトには、ピストルのホルスターと待機状態のナイフになっている打鉄、予備の弾薬、応急救護の為の医療器具が収納されている。

 IS学園に入学するまで、一通りのISの動かし方と瞬時加速だけは習得した。代表候補生ほど、ISを動かせてはいないが、一般生徒とはある程度の差を作り出すことに成功した。何かが起こった際も対処が楽になる。

 

「……俺は、特別な存在になれたんだよな」

 

 一夏も箒ちゃんも特別な存在だ。そして、俺も特別な存在になった。一夏は、俺の顔を面と向かって見れないだろう。俺の肩を壊した後、治療が終わったすぐ後に長崎に移り住んだ。色々とあった。ただ、俺のことを壊した罪の意識は少なからず、存在しているであろう。

 箒ちゃんは、綺麗になってるだろうな、俺のこと覚えてるかな? いや、覚えてる。三人で学んだ。三人で強くなった。俺達には、消せない絆がある。絆があるからこそ、俺はこの場所に再び舞い降りたのだから。

 

「ありがとうございます。空港から送ってもらって」

「いえいえ、頑張ってきてください」

 

 運転手のお兄さんにお礼を言って、少ない荷物を持ってIS学園に入る。

 

 

 ISスーツに着替えて、深呼吸を数回繰り返す。

 場所はピット、そして、苦笑いしている明るそうな先生に今日はよろしくお願いしますと告げる。すると元気がよろしいと握手を交わし、互いにISを展開する。ラファール・リヴァイヴか、手数で押されたら少しばかり劣勢になるかもしれないが、三綾から借り受けた打鉄を最大限使いこなすのが現状の目標だ。そして、最終的には、一夏と箒ちゃんを超える。こんな場所で転んでいたら笑われてしまう。

 先生が最初にピットから飛び出した。俺もそれに続いて飛び出し、ある程度の広さがあるアリーナに到着する。そして、アサルトライフルの『硝煙』を展開し、弾がちゃんと装填されているかを確認する。

 

「緊張しなくていいのよ、最初から教師に勝てる生徒は代表候補生くらいなんだから」

「はい、わかりました。ですけど、自分も企業代表なので……」

 

 試合開始のブザーが鳴り響き、互いに引き金を引く。

 打鉄はラファールとは違い、最高速も最高速到達時間も遅い。浮遊シールドを巧みに駆使して放たれる弾の雨霰を防ぎ、的確に弾薬を先生の元まで届かせるが、その大半が的確に回避されている。悔しいが、これは熟練度の差というものなのだろう。

 リロードをするためにジクザグに移動して上空に移動する。そして、先生の真上で新しいマガジンにリロードしてシールドを移動させ、身体を守りながら落下しながら加速して射撃する。先生の方は回避行動に移り、攻撃を回避する。PICを効かせて地面に衝突するのを回避し、そのまま瞬時加速を駆使して超至近距離まで接近する。先生の方は回避が出来ないと踏んだのか、近接戦闘用ブレードを展開し、俺のことを切りつけようとする。それをシールドでガードし、そして、この打鉄の秘密兵器、雪影を展開、零落白夜を発動させ、そのまま腹部を切りつける。先生の方は危機感を覚えたのか、打鉄に蹴りを入れて無理やり引き剥がすが、僅かな硬直を見逃すことなく硝煙を展開し、大量の鉛球を浴びせる。そして、先生のシールドエネルギーが無くなり、俺の勝利が確定する。

 

「ありがとうございました」

 

 一礼して、尻餅をついている先生に手を貸す。すると苦笑いを見せて、代表候補生にも勝ったんだけどなーなんて、乾いた笑みを見せる。正直、打鉄のシールドがなかったら確実に潰されていた。打鉄の防御力に頼った戦術、これがラファール同士だったら確実に喰われていただろう。

 

「うん、文句なしで合格、わたしは君のクラスの担任になる田辺咲子、一年三組の担任よ」

「あ、そうだったんですか……すいません、色々と粗相を」

「いいのいいの、将来性がある生徒だと思えば喜ばしいことだから」

 

 互いに握手を交わしてピットに戻る。

 

 

「えっと、個室に出来る部屋がなかったから十六番物置って場所が宮本くんの部屋になるんだけど……トイレやお風呂場、キッチンもあるから日常生活には支障はないと思うけど、大丈夫かな? ダメだったら現状一人で部屋を使ってる子と相部屋にも出来るんだけど?」

「いえ、一人で生活するなら大丈夫ですよ」

 

 八畳間程の部屋にテレビ台に設置された薄型液晶テレビ、押入れ、ちゃぶ台、奥には風呂場とトイレ、ドアの横にはキッチンも設置してある。それ以外にも、小物がある程度置かれており、快適な生活は出来そうだ。

 先生の方は満足してくれたなら嬉しいと言って、鍵を渡して何かあったら連絡してね、と、自分の連絡先を記したメモを手渡して去っていった。

 

「よし、明日から高校生……一夏と箒ちゃんが何組かわからないけど、それでも、同じ土俵に立っている。頑張るぞ」

 

 部屋に入り、鍵をかけてテレビをつけてみる。俺と一夏の話題で持ちきりになっているようだ。三人目の発見も時間の問題だと芸能人や各界の大御所が討論している。だが、俺はそうは思わない。男でISを操縦できるのは、本当に神様の悪戯のとしか思えない。そして、神様がそんなに多くの人間を悪戯して回るのだろうか? 俺はそうは思わない。多分、俺と一夏以外の男子生徒はこの学校に現れないだろう。もし、現れるとするなら、男性操縦者のデータを目的としたハニー・トラップの類。三綾に居た頃に耳にタコが出来るくらい聞かされたことだ。

 

「さて、盗聴器を探すか」

 

 三綾から貰ってきた盗聴器を発見する盗聴器発見機を鞄の中から取り出し、起動させる。すると六ヶ所から反応が見つかった。俺は盗聴器を一つ一つ剥ぎ取り電池を抜き取ってゴミ箱の中に放り込む。その近くに設置されていた監視カメラもついでに壊してゴミ箱に。すべての盗聴器を処分して、金庫の中に盗聴器発見機を入れて風呂の準備をする。

 

「……大丈夫、俺は、強くなれる。可能性はある」

 

 奇跡を起こしてISを起動させた。そして、その奇跡の延長でこの場所に存在している。箒ちゃんも一夏も、驚くだろう。だけど、俺は、選ばれたんだ。誇りはしないが、やれるだけはやる。そして、二人に認められる。そして、超える。それが、俺の揺るぎない方針だ。

 

 

 IS学園に入学して最初の授業、サプライズ的なはからいで先生が俺のことを他の生徒より遅く教室に入らせた。

 

「えっと、宮本くんはそこの席に座ってね、じゃあ、自己紹介しようかみんな!」

 

 あいうえお順で自己紹介が開始される。そして、宮本のみの部分で俺の名前が呼ばれたので、静かに立ち上がる。するとやはり、多くの視線が俺に注がれてしまう。まあ、色々とツッコミどころ満載の姿をしている。主に腰にぶら下げているナイフと拳銃だ。

 

「宮本礼遇です。長崎県で発見されて、三綾重工の企業代表としてこの学校に入学させてもらいました。企業代表として、専用機を預かっており、この腰にぶら下げているナイフが自分の専用機の打鉄になります。企業代表とは言いましたが、ISの使用時間はあまり長くなく、皆様と大差ない程度の技術しかありませんが、教えられることがありましたら何でも言ってください。力になりますので」

 

 次の瞬間、一年一組の方向から叫び声が響き渡った。微かに千冬様とかなんとか聞こえているため、多分、一年一組の担任、織斑千冬に触発されて一組の生徒達が叫んだりしているのだろう。なんというか、うちのクラスの連中も叫ぼうとしていたようだが、流石にあの叫び声を聞いてしまったら他のクラスに迷惑だと悟ったのか、苦笑いを見せて、他の生徒の自己紹介に移った。

 自己紹介が終わった後は、クラス代表を決める投票が行われた。大体、こういうクラス代表を決める時は、代表候補生やISの稼働時間が長い生徒を選んで投票するらしいのだが、このクラス、一年三組には、俺以外の代表と名の付く生徒が存在しないのだ。外国籍の生徒は居たとしても、それは代表候補生ではなく、自主的にIS学園に入学した一般生とという枠組みなのだ。だから、唯一、学業以外の部分でISを動かしたことがあるのは、俺だけという訳のわからない状態になっている。つまり、物珍しさからではなく、専用機を持ち合わせていて、企業代表で、ある程度の腕があるという条件が揃っていて、それを上回るポテンシャルを持ち合わせている生徒が現状、一年三組に在籍していないという理由から、俺が選ばれた。

 

「えっと、一年三組の代表になりました、宮本礼遇です。えっと、代表としてやるべきことをやる所存であります。どうか、一年間よろしくお願いします」

 

 クラスメイト、担任からの暖かい拍手が沸き立つ。なんだろうか、色々とゴチャゴチャになってしまったが、それでも、クラスを任されたということには変わりない。出来るだけのことをやって、みんなに認められることが大切だ。

 俺は昼休みに一人一人のクラスメイト達の名前を確認して、顔を覚えて、絶対に忘れないことを誓った。一応はクラスを纏める存在になったのだ、クラスメイト一人一人を気にかけるのも仕事の一つだ。昔は無気力に生きていたが、今は違う。俺は奇跡という可能性を掴み取り、そして、この場所にいる。自分が成せることを精一杯遂行することが俺の一歩なのだ。

 放課後になると、俺は即座に職員室に向かって、アリーナの使用許可を申請した。昼休みにクラスで何かできることが無いかと考えていたら、なら、アリーナを借りて一年三組の練習会を開けばいいのだと閃いたのだ。多くの生徒達もそれに賛同してくれて、その下準備の為に職員室でアリーナの使用許可を取りに行った。すると教師の一人が八日後に三時間程の空き時間があるからその時間に使用すればいいと予約を取り付けてくれた。もちろん、一般生徒がISに触れられるように、打鉄三機も借りることに成功している。

 代表として、やれることはやる。頼もしいリーダーになりたい。

 

 

 部屋の中で深呼吸をして、腰にぶら下げている武装を一旦外す。そして、静かに座り込んで、自分が置かれている立場をもう一度確認してみる。俺は、特別な存在になった。だからこそ、色々な地位を与えられた。

 今更ながら、三組というクラスがなぜ、俺以外に代表と名の付く生徒がいないのか、それを理解した。もし、代表候補生や企業代表がクラスに所属していたとしよう、いざ、男性操縦者を狙った襲撃の際、真っ先に狙われるのは、俺の筈だ。そして、その襲撃で被害をもっとも受けるのは、クラスメイトの人達だ。だが、その中に代表候補生が居たとしたら、非常に重い国際問題に発展する。だが、そこのに代表候補生も何も居ないで、一般入学の生徒だけだとしたら、ある程度の批判の声は聞こえるだろうが、戦争などの最悪の事態には発展しない。俺は言うならば囮としての役割を掴まされたのだ。一夏を守るための囮として、三組にねじ込まれた。だが、それでいい。俺は三組を守るという使命を与えられた。こんな使命、そうそう与えられることはない。だからこそ、俺は使命感を持って学校生活を送ることが出来ると思えたのだ。

 扉がドンドンッと強く叩かれる、扉を開けてみると幼い頃よりも成長した、幼馴染の姿があった。

 

「すまないが! 俺のことを匿ってくれ!!」

「一夏……久し振りだな……」

「――おまえ、礼遇か……」

「……あ、ああ」

「……すまない」

 

 一夏はバツが悪そうな表情になり、その場を立ち去ろうとする。だが、アレだけ息を切らして逃げこんできたのだ、何かしらの事態が起こったのだろう。お茶一杯程度を飲む程度は居てもいいと告げると小さくありがとうと帰ってきた。やっぱり、話しにくいよな、何年経っても……。

 緑茶を入れていると扉に木刀が突き刺さった。急須と湯のみを一夏に渡して、待機状態の打鉄を抜き取り、左手で構える。すると扉が破壊され、勢い良く一人の女の子が木刀を振りかざして侵入してくる。が、振り下ろした木刀は待機状態の打鉄によって真っ二つになり、攻撃手段を失ってしまう。

 

「箒ちゃんは変わらないね、そんなんだから男女って言われるんだよ……」

「――!? お、おまえ……礼遇か?」

「うん、そうだよ、落ち着いてお茶でも飲んだら? 話くらいなら聞くからさ……」

 

 三人分のお茶を入れて、ちゃぶ台を囲って静かに飲む。全員が全員、バツが悪そうな表情になっている。

 

「やっぱり、箒ちゃんもIS学園に入学したんだね。まあ、あの人が姉だからね、仕方がないといえば、そうなのかもしれないね……」

「ああ、いい迷惑だ……」

「礼遇、肩の方は……」

 

 一夏が申し訳無さそうに肩のことについて触れる。

 

「最近はマシになった。でも、一生付き纏う傷だ。悲しいが、現代医学でも、元の状態には戻らない」

「でも、千冬ねぇはたいした怪我じゃないって……」

「第一回のモンド・グロッソが迫ってたんだ。身内が暴力沙汰を起こしたって知れれば、最悪出場停止、そんなこと、箒ちゃんのお姉さんが知ったらどうすると思う? 最悪の場合、俺も、お袋も、今は居ないが、親父も殺されていたかもしれなかった。国から莫大な金額を提示されて俺達家族はだんまりするしかなかった」

「おい、お前達、わたしが居ない間に何が起こったんだ!?」

 

 箒ちゃんが慌てて俺と一夏の仲違いの原因を聞き出そうとする。俺は溜息を一つ吐き出して、事態の全容を告げる。

 

「俺は、箒ちゃんやそのご両親が遠くに行った後も、道場で素振りをさせてもらってたんだ。だけど、一夏は、それが許せなかった。三人で学ぶことに意味があった場所だから、もう、やめようって言ったんだ。だけど、俺は諦められなかった。剣道を続けていれば、また、三人で会えると思っていた。そして、喧嘩して……俺は一夏、いや、幼い頃の織斑一夏から、強い一撃を右肩に貰って、剣道を続けられなくなった」

「い、一夏……それは、本当なのか?」

「……事実だ」

 

 箒ちゃんは俺から打鉄を奪い取り、織斑を刺し殺そうとする。だが、刀身が鞘から抜けない。何度も引き抜こうとするが、刀身が姿を表すことはない。諦めて、打鉄を投げ捨て、その場に涙を流しながら静かに座った。

 

「俺のことはいいんだ。こうして、また、三人で会えたことに喜びすら湧いている。また、三人で――剣を」

「無理だ……俺は、礼遇を壊したんだ……」

 

 一夏は静かに涙を流して静かに立ち上がる。

 

「俺は、礼遇の肩のことを知らないで今の今まで生きてきた。礼遇が転校した時も、親の都合だと思ってた。だけど、理由の一つに俺が関わっていた。本当の理由を聞いた今、俺は――礼遇に顔向けできない。俺は、罪の意識も無く、ただ、優柔不断に生きてきた。そんな奴を許さないでくれ!!」

「い、一夏……」

「礼遇……もう、俺は、おまえの幼馴染ではいられない……」

 

 一夏は静かに部屋を出ようとした。だが、俺は一夏の襟首を掴んで思い切り殴りつける。もちろん、壊れた右腕でだ。

 

「箒ちゃんが泣いてるんだぞ! 少なからず、箒ちゃんは俺とおまえのことを幼馴染だと思ってる。幼馴染が、喧嘩している姿を見て、喜ぶ奴がいるかよ!!」

「なんで……右で殴るんだ……馬鹿野郎……!」

「そうしないとわからないだろ! 俺の右腕は、動く、完全じゃないが動く! それを見せつけたかった。何年もリハビリをした、疼く夜もあった。逃げ出したいと思ったこともある。だがなぁ、三人で、また、剣を振るうために続けたんだ……」

 

 箒ちゃんは一夏を掴む左手と右肩を静かに抑える。力なんて篭っていない。だが、酷く重く感じられた。

 

「礼遇、一夏、原因はわたしなのか……」

「違うよ、箒ちゃん。俺は、一夏は意地を張りすぎたんだ。箒ちゃんは何も悪くない。悪いのは、俺達だ」

「それでも」

「何度も言わせないでくれ、箒ちゃんに謝られたら、俺は、辛くなる」

 

 一夏は唇を噛み締める。血が出るくらいに。

 俺達は箒ちゃんが恋しくて喧嘩をしてしまった。だけど、箒ちゃんに謝られたら、俺達は、酷く虚しく、そして、辛くなる。良い悪いも無い方が、かえって辛くない。俺達は、酷く不毛で、そして、意味のない理由で仲違いをした。それだけでいいんだ。それ以上は必要ないんだ。だから、謝らないでくれ、箒ちゃん。触れないでくれ、お願いだから。俺達が、犯した罪を自分が原因だと思わないでくれ……。

 

「俺は、剣道を続けない。もう、篠ノ之流には、戻れない。だから、礼遇、おまえとは幼馴染じゃない」

「……そうかよ、なら、今日から他人だな。一夏、いや、織斑」

「……ああ、礼遇、いや、宮本」

 

 織斑は静かに部屋を出た。箒ちゃんはその場に崩れ落ちて、泣いている。俺は、箒ちゃんを静かに抱きしめて。

 

「一夏は弱いやつだ。何をするかわからない。支えてやってくれないか? 箒ちゃん、一夏のこと、好きだろ……」

「……わかった、わたしが、一夏を支える。絶対に」

「ありがとう、箒ちゃん。でも、辛くなったら、いつでも、頼っていいんだからね……」

 

 本当に、拗れてしまったんだな、俺とアイツの関係は。でも、これが本来の立ち位置なのだろう。普通は、許そうとは思えないんだ。だけど、俺は許そうとしてしまった。それが、間違え、あんな、わからず屋、投げ捨てた方が良かった……俺の初恋の女の子を泣かせるようなやつは、最初から突き飛ばした方が良かったんだ。




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03:宣戦布告

 やっぱり、自分が読みたいと思う物語を自分で作り上げるのは楽しいですね。こういう展開、あんまり無いですし、キャラクターをどう動かすか心が踊ります。


 それは放課後のことだった。俺は食堂に向かって足を動かしている途中、道場に通っていた頃に何度か顔を合わせたことのある一人の女性に呼び止められた。織斑千冬、あの織斑の姉に当たる存在だ。俺は正々堂々と目線を合わせて話を聞く。

 内容は単純明快で、とても簡単なものだった。一年三組が借り受けたアリーナを一組のクラス代表決定戦の為に使用するから使用できなくなる。そんなものだった。もちろん、後日に使用日程の変更があると思って話を聞き流していたが、その説明がなされないまま、すべての説明が終わってしまう。

 

「織斑先生、使用日程の変更があるのではないですかね? 今の話を聞く限りだと、また新しく利用許可を手に入れないといけないように聞こえたのですが」

「……すまないが、そういうことになる」

「可笑しいですよ、うちのクラスが借り受けたアリーナを横から攫うなんて。それに、打鉄を三機も借りられる日程はあの日だけでしたし、今更利用許可を申請しに行ったところで、上級生や代表候補生、専用機を支給されている生徒の予約で埋まっています。二三日の延期は構いません、打鉄三機を借りられる日程を用意してください」

 

 織斑先生は静かに窓の外を眺める。部活動をしている生徒達がグラウンドを駆けている。

 

「確かに、我々教師陣の不手際によるものだ。こちらからもアリーナの使用許可は出してやりたい。だが、打鉄三機を貸し出せる日程は、早くて一ヶ月後だ。おまえは専用機を持ち合わせている。自身の実力の向上の為にアリーナを使用したいと言うのであれば、早くて明日にでも手配しよう」

 

 臆すること無く織斑先生の正面に立ち、睨みつけるように見つめる。だが、あちらも何年もISに携わり、熟練された操縦者、俺の睨みなんてひよこの切なげな表情程度に見えるのだろう。だが、俺には言わなければならないことがある。俺の実力なんてしれている。企業代表という地位も男性だから与えられたもの。だが、俺の背中には、一年三組がある。俺は、一年三組のクラス代表、一年三組を纏めて、守る存在。一年三組を侮辱する人間が居るなら、それが世界最強だろうが、神様だろうが、俺は抗う。俺のせいで、危険に晒されている彼女達を、俺は守りたい。だから、俺は彼女達に守ってもらいたいと思われなければならないのだ。

 

「自分は、一年三組のクラス代表です。クラスメイト一人、一人を大切にしたい。だからこそ、自分一人で何かしらを享受するのは、とても嫌らしく、恥ずべき行為です。自分は、曲げません。絶対に、絶対に」

「……そこまで言うのであれば、おまえも一組のクラス代表戦にでろ。そして、三組の生徒に自分の背中を見せるんだな。そして、うちの代表候補生とバカに勝てたら、どうにかしてやらんこともない」

「本当ですね、信じますよ」

 

 織斑先生は溜息を吐き出し、歩き出そうとする俺のことを引き止める。その表情はとても疲れていて、何か、悩みがあるようにも見えた。だが、なんとなくだが、その理由が理解できた。

 

「今から話すのは、教師としての織斑千冬ではなく、一人のバカな弟の姉の織斑千冬だ。肩は……大丈夫か?」

「リハビリは続けました。日常生活には、支障はありません。短い時間なら、剣道も出来ます。ですけど、やっぱり、違和感は残ります……」

「すまなかった……辞退してもよかった。一夏のことも、追求されてよかった。だが、私の知り合いは、それを許さない」

「わかってますよ、箒ちゃんのお姉さんは――自己中心的で、頭が良いから、手が付けられない」

 

 良くも悪くも、先生は常識人なのだ。だからこそ、訴えられても良かったし、罪を償う準備もしていたはずだ。だが、非常識な知り合いは、罪を償うどころか、逆に報復すら辞さないような人だ。もし、先生が、織斑が、何かしらで警察や刑務所に行くことになれば、危険になるのは、俺と家族だ。だから、先生は、織斑に俺の肩のことを強く説明しなかったのだろう。遠回しに、痛めた程度で終わらせたのだろう。非常識に見える行動だが、逆に、これが一番正しい、常識的な行動なのだ。非常識に囲まれていると、正しい行動を誰よりも見抜けるようになる。

 

「一夏と会ったか……」

「はい、会いました。だけど、もう、幼馴染ではいられないでしょう。彼も、彼なりに悩んで、そして、導き出した答えは、他人として接すること。個人的には、また、三人で剣の道を歩みたかったんですけどね……」

「我儘で、変に曲げない馬鹿な奴だからな……姉として、謝らせてくれ。すまない……」

「いいんですよ、千冬さんは、弟としての彼しか見たことがない。だから、友人として見る織斑一夏を知らないんですから。友人として見る、織斑一夏は、俺と箒ちゃんが一番知ってます。だから、自分を責めないでください」

「すまない……だが、私にも、責任がある。自分勝手に、責めさせてくれ……」

 

 先生は、静かにその場を後にした。背中は、泣いているようにも見える。苦労が絶えない人だ。瞳を見ればわかる。影で何度も泣いたのだろう。だからこそ、あの人の目は、酷く落ち着いていて、そして、寂しさを漂わせる。

 

 

 深呼吸をして、冷静さを欠いていないかを入念に確かめる。大丈夫、俺はまだ、冷静な精神状態を保てている。

 一年一組の引き戸を開けて入室する。すると一組の生徒達の視線が綺麗に半々にわかれる。半分は顔で、半分は腰にぶら下げている物騒なものだ。

 教壇に登り、クラスを見渡す。見知った顔は、織斑と箒ちゃんだけだ。

 

「一年三組のクラス代表、宮本礼遇だ。君達、一年一組のクラス代表決定戦の影響で、アリーナを使えなくなった。その件に関して、抗議をさせてもらいたい。クラス代表決定戦に出場する生徒は、俺の前に来てくれないか?」

 

 プラチナブロンドの見る限り欧州出身の顔立ちの少女と織斑が静かに俺の前までやってくる。そうか、やっぱり織斑も一つ噛んでいたか。いや、それもそうか、男だからという理由で物珍しさから推薦されたと考えれば、わからないこともない。俺の場合はケースがケースだったから、違和感も何も感じなかったが、普通なら、こうなることが当たり前なのだ。

 溜息を一つ吐き出し、そして、睨むように二人を見る。

 

「状況が状況だ。教師の不手際もあっただろう。だから、俺は君達を強くは責められない。だが、織斑先生が譲歩案を出してくれた。俺が君達二人に勝利したら、出来る限り早い日時で一年三組が提示した条件を飲んでくれると言ってくれた。こっちも、クラス代表として、はいわかりました、お譲りしますと告げることは、まあ、出来ない。だから、言い方は悪いが、君達のクラス代表戦に混ぜさせてもらう。何か、言いたいことはあるか?」

「……わかった、正々堂々と戦おう」

 

 一夏は静かにその場を後にする。箒ちゃんは俺の顔を見て、静かに頷いた。わたしがどうにかするから、心配するなと言っているのだろう。頼もしい限りだ。

 

「そうですの、失礼なことをしてしまいましたわね。ですが、こちらも祖国を侮辱された件がありますので、引き下がることは出来ませんわ。それに、代表候補生が一人も在籍していない一年三組にアリーナは贅沢でしてよ」

「……それは、宣戦布告と受け取っていいか? 確かに、一年三組に代表と名の付く生徒は俺しかいない。それに、俺は国の代表候補生ではなく、所詮は一企業のテストパイロットとしての意味合いが強い、企業代表だ。だが、一年三組を背負っていることに変わりはない。おまえが、背負っていない重さを背負っている。国の期待という重さを背負っているおまえには、軽く見えるかもしれないが、俺は、この重さを誇りに思っている。だからこそ、言わせてもらおう――負けはしない。全力で叩き潰す」

「そう……自己紹介がまだでしたわね、わたしはセシリア・オルコット、イギリスの代表候補生でしてよ」

「俺の名前は宮本礼遇、三綾重工の企業代表、そして、一年三組のクラス代表だ」

 

 一年一組の生徒達全員に深々とお辞儀をして、静かに退室する。すると多くの三組の生徒達が俺が出てくると同時に尻餅をついて恐ろしげな表情になっている。苦笑いを溢してしまう。

 それもその筈だ、自分とは何十時間、何百時間と操縦時間が違う代表候補生に宣戦布告をしたのだ、末恐ろしい。だが、それくらいしないと俺は彼女達に何かしらを示せない。俺は、彼女達を牽引して行く必要がある。弱々しい姿を見せることは恥ずべき行為だ。俺は、一年三組のクラス代表として、古風な男として、彼女達に大きな背中を見せたいと思っている。

 

 

 ISの整備場は多くの人が集まっていた。その大半が一年三組の少女達であり、その視線は打鉄の整備を行っている俺に集まっている。機械系が得意な生徒は、ここはこうプログラムした方がいいとアドバイスを飛ばしてくれて、作業は思った以上に早く進行している。

 

「確かに、硝煙は弾薬の供給面で高いアドバンテージがあるけど、12.7×99mmNATO弾の威力不足がネックだね。それに、アリーナでの模擬戦だけなら、硝煙を使うより、学校に備え付けられている『焔火』を使った方がいいんじゃないかな? 個人的な意見だけど」

「いや、焔火は三綾に居た頃に何回か使わせてもらったことがあるんだけど、口径の大きさと炸薬の多さが影響して、パワードスーツであるISを装着していても、着弾が乱れるんだ。それならある程度の精密射撃が出来る硝煙を使用した方が、小さくてもダメージを蓄積できると思うんだよね」

「ホウホウ、やっぱりモノホンを使ってる礼遇くんの言葉は重たくて理解しやすいね」

 

 隣でキーボードを甲高く鳴らしながら、打鉄の微調整を行っているクラスメイトの高垣さんが軽い質問を投げたが、俺の意見を聞いて素直に納得してくれる。それに、焔火を使用したとしても、装弾数が少ない分、弾幕を張るという観点から見てみたら、やはり、硝煙の方が分がある。この打鉄はどうあがいても、近中距離向けの味付けがされている。中距離での錯乱、そして、弾幕を張りつつ瞬時加速を使用しての一撃離脱が一番美味しい戦い方だ。ある意味、装弾数をもっと増やすために口径を落とした硝煙を使いたいとも思える。

 

「ショートブレード、ハンドガン、アサルトライフル、打鉄は拡張領域が狭い機体だから納得できるけど、やっぱり火力不足だよね」

「必要最低限を詰め込んだらそれ以上は詰め込めないのが、こいつの悪いところだ。だけど、ハンドガンは二丁入れてあるから、一丁外してグレネードなんかを詰め込むことも出来なくはないよ」

 

 クラスメイトの広瀬さんが打鉄の武装について質問する。そして、俺はそれを的確に返答する。すると彼女は何か閃いたという表情になって、スマートフォンを取り出してから、青いISの画像を見せる。

 

「一組の代表候補生、セシリア・オルコットさんだったかな? 彼女の機体は中遠距離型のティアーズ型、多分、遠隔操作の何かしらの武装を取り入れてると思うから、スモークなんかが効果的なんじゃないかな?」

「確かに、精神面に頼る第三世代型には、視覚などを奪うスモークを多用した戦術が効果的だという話も聞かないことはない。それに付け加えて、開発段階ということもあって、チャフも機体によっては通用することがあると聞いたことがある。これは重要なファクターだ」

 

 携帯電話を即座に取り出して、三綾に電話をつなぐ。そして、スモークとチャフを出来る限り用意してくださいと告げると明日には届けると返事が帰ってきた。

 

「よし、機体の整備も武装の調整も終了。今更だけど、こんな作業を見てて楽しかった?」

 

 ほぼ全ての女子達が首を縦に振った。やっぱり、ISに興味があって入学したんだな、なんて、心の底から思えた。




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番外:千冬の苦難

 あのバカが作ったものが、世界のパワーバランスを崩す決定打になるとは、あの頃の私には、見当が付かなかった。だが、一つだけ言えることがある。私は、ISという存在に何かしらの畏怖の感情を抱いていた。

 バカの妹、箒がこの町を旅立ってから、一夏は酷く沈んでいる。道場も、閉鎖された。私も剣を教えられるほど、自由気ままな状態ではなく、色々な事情が重なり合って、手をかけられない状態になってしまっている。一夏の友人、礼遇がどうにか、一夏の精神状態を整えてくれればなんて、希望的観測もしてしまっている。疲れているのだな、なんて、心の底から思えた。家族の精神状態を整えてやるのは、家族の使命なのだから、他人に頼ることは、してはいけないのに……。

 家に帰ると一夏が静かにテレビを見ていた。いつもなら、手料理を作って出迎えてくれるが、最近は気が張っているのか、虚ろな表情でテレビを見ていたり、自室で眠っていることが多い。

 

「千冬ねぇ……おかえり……」

「あ、ああ……」

 

 素っ気ない返事をこれまた、素っ気ない返事で返してしまう。自分の不器用さに苛立ちを覚えるが、弟を心配する気持ちは人一倍膨れている。どうにか、一夏のことを助けてやりたい。そう心の底から思っている。

 

「……俺、なんで剣道なんてしてたんだろ」

「……私が、連れて行ったからな」

「……辞めようと思えば、すぐに辞めれた。だけど、居心地がよかったから、続けてた。でも、今は……虚しいんだ。箒が居なくなって、見える世界が変わった。礼遇は、続けようって誘ってくれてるけど、俺は、続けたくない。楽しい、楽しくないじゃなくて、虚しいんだ……」

 

 礼遇も一夏のことを考えて行動したのだろう。だが、無気力になっている一夏には、あまり効果が出ていない。やはり、私が道場を借りて、二人に剣を学ばせた方がいいのかもしれない。だが、時間が、どうしても時間が作れない。ISで色々なことがあった。バカの余計なお節介のお陰で、近々行われるISの大会にも出場させられるかもしれない。国からの要請も出ている。弟に、弟の友人に割ける時間があるわけがない。もし、一夏のことを思って、すべてを蹴飛ばして剣を教えたら、一夏は大丈夫だろうが、礼遇の命にかかわる。あいつは、何をしでかすかわからない狂気じみた人間だ。そして、私に対する執着も、また、常軌を逸している。

 どうしたらいいのだろうか、私は、どういう風に行動したらいいのだろうか……自分勝手に行動などしたくない。全員が、喜べるような行動をしたい。だが、足を引っ張っている奴が居る。そして、私はそいつとは、離れようとしても、離れられない立ち位置に居るのだ……。

 

 

 連絡が入った。一夏が、礼遇を木刀で殴りつけたらしい。最悪の事態がこんなにも早く訪れるとは、夢にも思わなかった。だが、遅かれ早かれ、疲弊した一夏の精神状態を察していた私が一番悪い。タクシーを拾って早く礼遇が眠っているであろう病院に直行しなければならない。そう思い、すぐにタクシーを呼んだ。

 刹那、携帯電話に連絡が入る。今現在、喋りたくもなければ、関わりたくない人間からだ。

 

「ハロハロォ~束さんだよ~」

「今は忙しい! 要件があるなら手短に説明しろ!!」

「まあまあ、そんなに急がなくても。大丈夫、いっくんは束さんが守るから。暴行罪にも、何にもさせないよ。あっちの家族が何かしらの訴え起こしたら、殺せばいいだけだし」

「――!? おまえは何を言っている!!」

 

 頭のネジが飛んでいるなんて生易しい、こいつはネジなんて一本もない。本物のキチガイ、罪悪感も何も感じずに殺すなんていう重々しい言葉を使うし、なんなら、行動も起こせるほどのサイコパスだ……。

 吐き気を感じた。何故、私はこんな人間と関わりを持ってしまったのか、心の奥底から恐怖した。

 

「だってさぁ、いっくんが正しいじゃん。やる必要ないんだよ、剣道。それなのに一々続けようなんて、バカじゃないのかな? 箒ちゃんが居ないんだから、やらなくていいんだよ、剣道なんて。本当に、あのパラサイトの脳みそがどうなってるのか疑いたくなるね」

「おまえは……本当に人間か……!」

「まあ、そうなんじゃないかな? でも、いっくんは偉かったね、あのパラサイトが剣道を続けてたら、下手すると箒ちゃんに再会するわけだし、またまた下手をしたら箒ちゃんの心があのパラサイトに流れたり。それを食い止めた辺り、やっぱりいっくんって賢いね!」

「黙れ!!」

 

 何がパラサイトだ、私は、礼遇の努力している姿を少なからず見ている。天才肌の一夏は努力を怠っていた。だが、礼遇は弱音を吐かないで我武者羅に努力を重ねていた。私は、一夏や箒より、直向きに努力を重ねる礼遇の方に感心の眼差しを向けていたのだ。そして、私から見る一夏と箒は、逆に、礼遇に依存していたようにも見えた。彼は、二人を何かしらの形で引っ張っていた。リーダーのような存在だった。だからこそ、一夏が起こしたこの事件、私は許せなかった。

 

「肩入れするのは、まあ、いいけどさぁ、あんまり馬鹿な行動をしたら……わかってるよね、ちーちゃん?」

「なんのことだ……」

「確かに、世間一般から見たら私の行動は非常識に見えるかもしれないけど、でもね、私は大好きな三人を守るためならなんだって出来る。だから、馬鹿な行動をした瞬間に一人、一人、消していくからね?」

「……大会のことか」

「そうだよ、いっくんが起こしたこれ、世間一般様に知られたらどうなると思う? 私の大好きなちーちゃんが大会に出られない。それはね、とてもとても心苦しいことだよね――あとは、まあ、わかるでしょ……」

「殺す……ということか……」

「はい正解! やっぱりちーちゃんは物分りがいいなぁ~」

 

 唇を噛み締める。血が流れているのがわかる。

 

「それでも、私は――彼に謝罪がしたい、織斑一夏の姉として……」

「……気に触ったら、殺すから」

「――!?」

「ちーちゃんと会話する一言一言、私は聞くんだよ。そして、少しでも気に障ったら、殺す。それだけ、正直な話、会いに行かない方がいいよ、彼らの命を考えたら」

 

 バカの手の平に三人の命が乗せられている。もし、私が彼らに会いに行ったら、確実に……。

 私は、静かに引き返した。私の感情で人が死ぬ姿は見たくはない……死なせたくない……。

 

「本当に、ちーちゃんは優しいね、そういうところ、大好きだよ!」

 

 殺してくれ、私を……この世界から消してくれ……。

 

 

 私は、信じられないニュースをテレビで見た。宮本晴明という男性が電車に轢かれて死亡したらしい。それだけなら、頷くだけで終わりの話だ。だが、私には、宮本晴明という男性に心当たりがある。そして、その子供にも、心当たりがある。彼は、宮本礼遇、一夏の幼馴染の父親だ。

 携帯電話の着信音が響き渡る。そして、やはり、かけてきたのはあの女だ。

 

「ハロハロ、ニュースみたかなぁ~」

「お、おまえ……」

「宮本家の家族形成は会社員の父親、専業主婦の母親、学生の子供、母親の実家は長崎、ここから遠いよねぇ」

「おまえの言うことを聞いて、会いに行かなかったんだぞ……!」

「全滅よりはマシでしょ、それに、あの家族がこの町に居着かれたら、まあ、いっくんに真実が漏れるかもしれないし、最悪、いっくんが自殺なんてしたら、わかるでしょ? それにさぁ、私に信者っているんだよね、使い勝手良かったよ」

 

 私は……どうすればよかったんだ……。

 携帯電話を床に投げつけ、破壊する。

 私は、人殺しだ……。

 

 

 宮本家はこの町を去った。そして、一夏には、軽い怪我だと告げた。叱らなかった。叱れば、確実に彼らに危険が及ぶ。私は、私は、私は――弱いな。




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04:戦略

 放課後、教室に残っている生徒達は、俺がノートに走らせているペンに釘付けだった。相手は第三世代、こっちは少しばかり強力な武装を持ち合わせているだけの第二世代。優劣は目に見えている。だからこそ、相手を翻弄できるだけの戦略を練らなければならない。それに、織斑は何も言っていないが、オルコットの方は、俺の背負っている一年三組を酷く中傷した。彼女だけは、意地とプライドにかけて倒さなければならない。

 

「弾幕とスモークを主体とした戦法は代表候補生、それも第三世代に乗っている人なんだから、単純過ぎると思うんだけど、違うかな?」

「単純でも、それ以外に方法がないんだよね、現実は非情なのさ」

 

 クラスメイトの高田さんが単純でありながら、物凄く理に適った質問を投げかけてくる。確かに、第二世代が第三世代に対処する場合の定石とも言える戦術は精神面に頼る特殊兵装を無効化するためにスモークやスタンを使用するといったもの、第三世代に乗っている以上、それらの対処法をある程度は熟知している可能性は高い。

 

「じゃあ、シールドを多用して、ある程度接近したらスモーク」

「ティアーズ型はレーザー兵器を使用しているから、実弾兵器みたいに何発も物理シールドが耐えてくれるとは思わないよ。シールドは二枚だから、最悪の場合、二発しか耐えられないかもしれないし。でも、その距離でスモークを使うのは賛成かな」

 

 クラスメイトの横河さんが的確でキツイアドバイスを投げてくれる。確かに、物理シールドは実弾兵器を弾くのは得意だが、レーザーとなってくると不安な部分もある。最低二回、最高で四回程度の使用しか出来ないだろう。だが、ある一定の距離でスモークを焚くことには賛成してくれている。なら、この場合に使用するスモークは戦術に取り入れて何ら問題はないだろう。

 

「レーザーを掻い潜り、スモークを焚いて硝煙で弾幕を張りつつ、確認できていない特殊兵装の使用を解除し、後退した瞬間に瞬時加速を使って零落白夜の発動、そして、フィニッシュ。だけど、これで仕留められなかった場合は、少しばかり不安が残る。もう二三個、作戦を用意しておいた方が良さそうだ」

「いっそのこと、瞬時加速と零落白夜の使用を一番最初にするとかどう? 相手は搭乗時間の短いお飾りの企業代表だと思ってそうだし、出来る限り攻撃を掻い潜って、瞬時加速と零落白夜で攻撃。多分、これは避けられるから、その後にほぼほぼ、同じアクションをしつつ、スモークで撹乱、硝煙を使用しての弾幕展開、そして、後退した瞬間に瞬時加速を駆使してのフィニッシュ。流れるような作業が必要なるけど、こっちの方が相手の油断を誘えると思うんだけどな」

 

 クラスメイトの吉村さん、君は智将と呼ばれるよ。確かに、単純な行動で実力を勘違いさせ、隠し玉のスモークを駆使して相手の動揺を誘う。そして、最初に使用しなかった硝煙を使用しての弾幕展開、零落白夜による追撃、この作戦が成功したら確実に相手を落とせるだろう。

 

「あ、よく考えるとチャフもあるんだよね? なら、最初にチャフを投げて相手の特殊兵装に通用するかを確認した方がいいと思うな。通用しなかったら、通常通りに最初の作戦に戻る」

「通用した場合はシールドを駆使しつつ、零落白夜でフィニッシュか」

 

 ハンドガンを一丁外した場合、収納できるグレネードは五発だ。スモーク4のチャフ1が理想的なんだろうが、もし、チャフが通用してチャフを使用した状態で相手を戦闘不能に出来なかった場合はもう一発チャフが欲しくなる。なら、スモーク3のチャフ2が理想か? だけど、通用しない可能性の方が高い。スモークを多めに用意した方がいいような気もする。

 

「チャフはやっぱり二発は持っていた方がいいと思うな。通用しない場合でも、回線に若干の影響を及ぼすこともあるらしいし。もしかしたら、相手の兵装の動きが遅くなる可能性も」

「そう考えるとスモークと同じくらい必要性は高くなるのか、じゃあ、スモーク3のチャフ2で戦うか」

 

 スモークとチャフがこの戦いの鍵を握る。使い方を誤れば、確実に落とされるのが現状だ。自分の技量では、第三世代を落とせない。だからこそ、三人集まればなんとやら、この場合はクラスメイトが集まればなんとやらだ。確実に倒せる方法を見つけなければならない。それに付け加えて、正攻法に多少のアレンジを加える必要もある。それくらい、第二世代と第三世代では、差があるのだ。

 

「みんなみんな! オルコットさんの兵装が判明したよ!!」

 

 新聞部に所属している新井さんがファイルに包まれた書類を持って教室に入ってきた。俺は即座にその書類を受け取り、内容を確認する。

 

「スターライトmkIII、大口径のレーザーライフルか、やっぱり打鉄の物理シールドじゃあ、一発しか耐えられそうにないな。二枚あるから二発が限界か」

 

 まあ、物理シールドに頼り続けてきたからな、少しばかり劣勢。それに、世界中で実弾兵器を多用したISが主流になっている今現在、打鉄はシールドを多用した戦術を取ることが多く、こういう大口径のレーザーライフルと戦うことなど本当に稀なのだ。だから、戦略にシールドは二回しか使用できない。

 

「ブルー・ティアーズ……BT兵器か、遠隔操作して相手にレーザーの雨霰を降らせる。チャフが通用する可能性は零じゃない。通用しなくても、スモークを使えば、どうにかなるか」

「レーザー四機とミサイル二機……レーザーはいいとしても、ミサイルの対処に困るね。煙幕を張った場合、ミサイルを撃たれたら、作戦の進行に支障が出るし」

「スモークを一発減らして、グレネード型のフレアを一発だけ入れた方がいいかね?」

「そうだね、ギリギリまで相手にチャンスを与えないようにするならそれしかないだろうけど、もし一撃必殺が出来なかった場合はこれまたジリ貧になるだろうし」

 

 吉村さんと俺が戦略を練っているところで、広瀬さんが手を上げて質問する。

 

「全部の作戦に目を通したけど、もう、ハンドガン全部外してグレネードを十発積んだ方がいいんじゃないかな? それだったら、スモークもチャフもフレアも、この中にはないけど、スタンも入れられるし、十分な弾数になると思うんだけど」

 

 俺と吉村さんは口を大きく上げて、心の底から思ったことを口に出してしまう。

 

「「天才だ……広瀬さんは天才だ……」」

 

 よく考えるとそうだ、ハンドガンなんて硝煙が使用不能になった場合のサブなのだ。それに、硝煙はこの作戦の要であり、これが使用不能になった場合は即敗北を意味する。つまり、ハンドガンが登場するシーンはこの戦闘では無い。だから、ハンドガンを外してグレネードを入れた方がその後の戦闘にも差し支えなく、勝率を飛躍させることにも成功する。灯台下暗しということか。

 

「これだったら、作戦を何度も繰り返すことが出来るし、スタンなんかを織り交ぜて少しずつパターンを変化させれば、十二分に勝機はあるよ」

「そうだね、あとは相手の適応力次第かな」

「「「「広瀬! 広瀬! 広瀬!」」」」

 

 クラスメイト全員に褒め称えられている広瀬さんは、顔を真赤にしている。とても可愛かった。

 

 

 学業に精を出し、クラスメイト達と代表候補生セシリア・オルコットの対処法を考えたり、今日も色々と多忙な時間が流れて、食堂で軽い食事を取って座布団を枕にしてダラリとしている。すると扉が叩かれる音が響く。慌てて扉を開くと箒ちゃんがすまないと一言告げて、静かに入室してくる。多分、一夏のことで何かしらの進展があったか、それとも、逆に何かしらの逆鱗に触れてしまったのだろう。

 俺は座って待ってて、と、優しく言い、湯呑みと急須を出してお茶の準備をする。そして、入れられたお茶をちゃぶ台に置いたと同時に箒ちゃんの口が開いた。重々しい声色だ。

 

「……一夏と何度か話したが、やはり、礼遇とは、元の関係には戻れないと言っている。そして、自分のことを酷く責めていた。わたしは、どうすることも出来なくて、今は、そっとしているのが現状だ」

「まあ、一夏は頑固な部分があるから、期待はしてなかったよ……」

「……やはり、一夏と呼ぶんだな」

 

 箒ちゃんは笑みを溢す。普段は織斑と呼んでいる。だけど、この場では、一夏と言ってしまった。多分、未練がましく、幼馴染でありたいと無意識に思っているのだろう。俺は、一夏を心の底から嫌えないでいる。何が起ころうと、結局は何年も道場で一緒に武を磨いた仲間、何をされようが、激しい憎悪は沸き立たないのが現状だ。

 箒ちゃんは静かにお茶を一口含んだ。

 

「支えると公言はしたが、わたしに一夏を支えられるのだろうか、近々、一夏に専用機が支給されるらしい。データ収集の為だが、最低限の自衛の手段としてもだろう。姉さんの妹でありながら、専用機を持ち合わせていないわたしは、一夏、そして、礼遇の重りになりやしないか、心の底から不安なんだ……」

「箒ちゃん……それは違うよ。支えることは、隣で一緒に戦うだけじゃない。心を支えることが大切なんだ。一夏が俺と喧嘩をしたのも、結局は、不安定になった精神状態を元通りにできるような人が居なかったからさ。一夏には、あの時、千冬さんしか居なかった。でも、千冬さんはモンド・グロッソに出場する間際で、色々と忙しかったし、不器用な人だから、どうすればいいのか、わからなかったんだと思う」

「礼遇……ありがとう……」

 

 箒ちゃんは涙を流す。やっぱり、箒ちゃんは涙脆いな、なんて、懐かしさと心苦しさを感じながら、静かにお茶を飲んだ。少しだけ、苦いような気がする。

 

「そうだ、箒ちゃん、遅くなったけど全国大会優勝おめでとう、でも……篠ノ之流じゃなかったね、何かあったの?」

「あの大会のことは言わないでくれ! 私は、暴力的に自分のストレスを発散するがために、篠ノ之流ではない、禍々しい我流の戦い方をした。そして、勝ち進んでしまった。優勝なんて、しなくてよかった。そんな姿を、幼馴染に見られたと思うと――酷く、恥ずかしい……」

「やっぱり、箒ちゃんも寂しかったんだね……一夏と一緒で……」

「私は、あの大会で……大切な何かを失ったような気がする……」

 

 苦悩と疲弊、それが彼女を雁字搦めにしていた。故郷を捨てさせられ、親しい友人も離れ離れ、篠ノ之束の妹ということで周囲からの目線はキツく、そして、精神状態を不安定にさせた。もし、俺があの場所に立っていたら、もし、箒ちゃんに辛かったね、でも、自分らしく戦うべきだよ、そう、告げられたら、彼女は高らかに胸を張って、優勝したことを誇るのだろうに。

 

「失ったものは、また、探し出せばいい。人間なんて、すぐに何かを無くすんだから、探せばいいよ」

「……出来るわけない、そんなこと」

「俺も探す。俺にだって、原因がある。希望的観測になるけど、もしかしたら、俺も箒ちゃんが立った舞台に立っていたかもしれない、だけど、それが出来なかった。もし、立てていたら、俺は、箒ちゃんに篠ノ之流を使えと言っていた。それだけで、箒ちゃんの心が楽になっていた。でも、出来なかった。だから、今から出来る何かを探していこうよ。箒ちゃんが一夏を支えて、俺が箒ちゃんを支える。そしたら、箒ちゃんは辛くなくなる。辛くなったら、俺に頼ればいい、俺だって、時代遅れとか言われてるけど、打鉄という専用機を持ってるんだ。箒ちゃんが支えられない部分を、俺が、どうにかしてあげるから、泣かないでよ、俺は、箒ちゃんの笑った顔が好きなんだから」

「礼遇……ありがとう……」

 

 やっぱり、箒ちゃんは弱くて脆い子なんだよな、支えてあげないと。一夏は彼女を支えられる程、察しが良いやつじゃない。俺が、彼女を支える杖になるしかないんだ。




 やっぱりね、時代遅れの打鉄じゃあ、どうしてもこういう戦術に頼る部分が大きくなりますよね。考えて考えて考えて、そして、一筋の光があるからこそ、戦いは面白い。


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05:企業代表VS代表候補生

 打鉄の調整は高垣さんと一緒に完璧に仕上げた。過敏に動き過ぎて違和感を覚えるほどに完璧に仕上がっている。グレネードもスモーク4スタン2チャフ2フレア2と潤沢にぶち込んでいる。戦術は構築した。あとは、状況に応じて変化させるだけ。

 織斑のISも到着したが、まだまだ初期状態。万全の状態ではない。相手の方は対戦相手が現れるのを刻一刻と待っている。最初に戦うのは俺だろう。もう少し早く彼のISが到着していたら、相手の攻撃パターンを見抜くことも出来ただろうが、それは贅沢というものか。

 

「すまないが宮本、先に出てもらう」

「了解しました」

 

 織斑先生の言葉に静かに頷いて所定の位置に立つ。

 

「礼遇くんなら出来る! がんばって!!」

「作戦も色々考えたし! やれるよ!!」

「機体は完璧に仕上げた、振り回されるなよ」

 

 にこやかに笑って、相槌を打つ。

 

「宮本……勝ってこいよ……」

「わかってる、織斑……」

「礼遇! ……がんばれよ」

「ありがとう、箒ちゃん」

 

 全員の期待が一瞬でのしかかる、だが、それが心地よかった。俺は、こんなにも期待されたことが生まれてこの方、無いに等しい人間だった。だからこそ、緊張よりも、充実感の方が勝っている。俺の背中には、一年三組がいる。無様な姿は見せられない。それに、皆で考えた作戦もある。全部、全部、全部、やれることはやった。あとは、相手を翻弄するだけだ!

 

「行ってくる!」

 

 

「あら、うちのクラスのお馬鹿さんじゃなくて、一年三組のお飾りの代表さんからですのね」

 

 最初から鋭い言葉を投げつけるオルコット、だが、彼女も奮い立っているのだろう。このような対戦、入学する時の先生との対戦の時以来だろう。だからこそ、溜まりに溜まった闘争本能が燃え上がる。現に、俺も戦うことを喜んでいる。打鉄も機敏に動いているようにも感じられた。

 

「お飾りでも、代表は代表さ、互いにフェアプレーで戦おう」

「男性の貴方を信用するとでも?」

「手厳しいね、英国のお嬢さんは」

 

 雪影を展開し、左手で握りしめる。そして、何度か振るい、感覚を確かめる。田辺先生との戦闘以来、一度も振るっていなかったが、それでもしっくりとくる何かは感じられる。コンディションはバッチリというやつだ。あとは、作戦を遂行しつつ、相手の弱点を探るだけだ。

 戦闘開始のブザーが鳴り響く。

 刹那、チャフを投げる。

 

「チャフグレネード!? ですが、ブルー・ティアーズには効きませんわよ!」

 

 出してきたかBT兵器、だが、ミサイルは打ち出していない。そうか、ミサイルは奥の手として温存する作戦なのか、なら、好都合。ファーストアタックに移らせてもらう!

 レーザーの雨霰を掻い潜り、一定の距離に達したところで瞬時加速を使う。

 

「――瞬時加速!?」

「当たれ!!」

 

 零落白夜を発動させ、オルコットの腹部に向けて切り込む。だが、間一髪のところで回避される。それでも、若干の手応えは感じた。シールドをある程度は削ったのかもしれない。今後の作戦を有利に進めることが出来る喜ばしいことだ。

 オルコットはビットを使った攻撃では、追撃を受けると踏んだのか、スターライトmkIIIを構えて発砲する。それを浮遊シールドで防ぎ、距離をとる。

 ズタズタに融解したシールドをパージ。

 チャフの効果が終わる。ビットの動きに若干の変化が見られた。チャフが効いている状態より機敏に動いている。やはり、回線妨害である程度の動きの制限を付けることが出来るのか、これは有益な情報だ。

 

「(ただのブレードを掠っただけでここまでのダメージは与えられないはず。第三世代特殊兵装? いえ、彼のISはどうみても打鉄、第三世代の兵装は装備できないはず……)」

 

 よし、セカンドアタックを行う。チャフが効いている状態よりビットの動きが機敏になっているが、そこは意地と根性で乗り切ってやる。俺は、負けたくない、いや、負けられないんだ。

 オルコットに接近すると即座にビットのレーザーが飛んでくる。それを紙一重のタイミングで躱し、スモークを使用する。

 

「(今度はスモーク!? 第二世代が第三世代と戦う時の定石ですわね、ですが、彼は近接戦闘用の武装しか持っていない。格好の的ですわ!)」

 

 刹那、大量の鉛玉がオルコットに向けて飛来する。

 

「(!? 焔火、いえ、それにしては機体が受けるダメージが少ないですわ……12.7×99mm程度、三綾が製造している硝煙ですわね、そうでした、彼は三綾の企業代表、こういった装備もちゃんと装備しているということですわね)」

 

 スターライトmkIIIからも、ビットからも射撃されない、このタイミングだ!

 雪影を展開、瞬時加速を駆使して一瞬でオルコットとの間合いを詰める。するとスターライトmkIIIを構えた状態のオルコットが現れる。即座に射線にシールドを移動させ、第一打を封じる。そして、もう一度、零落白夜で斬りつける。

 

「(っ!? 重たい……ですが、エネルギーはまだ残っていましてよ!)」

 

 斬りつけ終わったと同時にビットが俺の背後に狙いを定めてレーザーを撃ってくる。即座に回避運動を取り、射線から離れるが、数発程、ダメージを受けてしまった。

 セカンドアタックで削りきれなかったか……。

 

「(彼とのエネルギー差は大きく開いてしまいましたわ。ミサイルを出し惜しみしては、勝てませんわね……)」

 

 角度がついていたからか、二枚目のシールドは表面だけが融解していた。まだ使える。

 

 

 強い、そして、賢いという言葉が先行する。代表候補生が操縦する第三世代機を正攻法で倒しに行っている。それに付け加えて、打鉄のポテンシャルと浮遊シールドも完璧に使いこなしている。打鉄が第三世代機を倒すなら、こうするのが一番効果的だと言わんばかりの模範的な行動だ。

 だが、零落白夜の使用に少しだけ粗さが残っている。見ている分には、正しい零落白夜の使い方に見えるかもしれないが、あれは間違った使い方だ。

 

「山田くん、零落白夜の正しい使い方を知っているかね……」

「え、あの、いえ……」

「零落白夜は斬ったり刺したりして使うんじゃないんだ。斬る刺すだけでは、一撃必殺で相手を倒すことは出来ない。零落白夜の正しい使い方は、相手に押し付ける、それが正しいのだ」

 

 零落白夜は相手のシールドを無効化し、絶対防御の部分に攻撃する。だが、一太刀では、相手のエネルギーをすべて削り取ることはまず無理だ。だからこそ、零落白夜は相手を掴んだ状態や拘束した状態で押し付けることでようやく一撃必殺になる。だが、暮桜の雪片では、それが難しかった。刀身の長い雪片では、どうしても掴んだ状態で相手を攻撃することは難しい、そして、攻撃の速さも落ちてしまう。

 雪影はどうだ? 礼遇が装備しているあの雪影なら、相手を掴んで押し付け続けることも容易であり、射撃武器も必要最低限は積むことが出来る。トリッキーな戦い方をしつつ、相手の腕でも掴んで零落白夜を発動させ、押し付け続ければ、本当の意味で一撃必殺の攻撃になる。

 ……この様子を見る限り、奴は少ない戦闘でそれを理解してしまいそうだ。

 

 

 まだまだエネルギーは残っている。劣勢なのは、絶対的にオルコットの方だ。だが、セカンドアタックで確実に出し惜しみをしようとする考えは消え去っているだろう。つまり、ミサイルが飛んでくる。正確な装弾数はわからないが、ミサイルはミサイル、当たったら大ダメージは確定だろう。

 じゃあ、こっちも出し惜しみをしない方針で行こうか!

 右手にスタンを展開し、オルコットに向かって投げつける。

 激しい閃光から視界を守るためにシールドを顔に移動させる。

 

「(スモークの次はスタン!? 視界が……カバーするためにミサイルを!)」

 

 ミサイルを発射するならこのタイミングだ!

 フレアを展開し、空高く上空に投げつける。するとオルコットが発射したミサイルが誘導され、爆散する。雪影を使用してフィニッシュを狙うが、オルコットは薄目でスターライトmkIIIのスコープを覗き込み、俺に狙いを定めていた、出来る限りジグザグに飛行し、雪影を収納、そして硝煙を展開して弾幕を張る。

 一発目のスタンで駄目だったか、なら、追い打ちで二発目を使う!

 シールドを顔に移動させ、もう一発スタンを投げる。

 

「(シールドを顔に移動させた! スタンですわね!!)」

 

 オルコットは即座に左腕で目を覆い、閃光を回避する。そして、俺にスターライトmkIIIを構え、発砲する。

 シールド! 間に合ってくれ!!

 レーザーの射線にシールドがギリギリ間に合い、融解して地面に落ちる。

 スタンをすべて消費した。残りはスモーク3チャフ1フレア1、少し押され始めたな……セカンドアタックで倒せなかったのが原因か……。

 

「(渋い顔をしてますわね……スタンを使い切ったのでしょう、なら、攻撃に転じるのは今!)」

 

 ビットが機敏に動く、大量のレーザーの雨霰が降り注ぐ、回避行動をとるが、やはり、こうも手数が多かったら掠る程度でも被弾してしまう。仕方なくスモークを使用して精確な位地を特定されないようにする。

 エネルギーが減ってきた。だが、それはオルコットも同じこと。

 ……消耗が激しい零落白夜は使えない。相手のエネルギーを見る限り、雪影で斬りつければ、戦いは終わる。瞬時加速は後二回。だが、もう彼女は慢心していない。どういう風に攻めれば……。

 足元に転がる冷えて固まったシールドがある。

 ――!? こいつだ!

 

「(スモークが晴れますわ、全方位から一瞬で)」

 

 刹那、またチャフが展開される。

 

「(チャフ!? まだありましたのね……ビットの動きが重い……ですが、使えないわけじゃありませんことよ!)」

 

 フレアを上空に投げ、そして、もう一発スモークを使う。そして、もう一発、スモークの準備をする。

 

「(ミサイルが封じられました、ビットも重いですわ……またスモーク、ん!? 二発目……まだ一発目が晴れてないのに……)」

 

 お願いだ、俺の作戦に勘付かないでくれ……。

 打鉄のシールドを二発目のスモークの方向に思い切り投げる。気流が乱れ、俺が移動したように見えてくれ!

 

「移動しましたわね! これで終わりですわ!!」

 

 スターライトmkIIIの射撃音が響き渡る。だが、そこに俺は居ない。俺は、ここにいる!

 刹那、瞬間加速を駆使してオルコットに接近、そして、

 

「――!?」

「チェックメイトだ!」

 

 刹那、雪影の一太刀が彼女を斬り裂く。

 すべてのシールドエネルギーが削られ、オルコットは敗北した。落下する彼女の腕を掴み、お姫様抱っことも呼べる状態で地面に降ろした。

 

「……君は強いな、運が悪ければ、俺が負けてた」

「……お強いのですね」

「いや、ずる賢いだけさ。それに、この作戦は一人で考えたものじゃない。クラスの皆で考えて、練りに練って、ようやく完成したものさ。まあ、最後のシールドを投げるのは咄嗟の判断だったんだけどさ」

「ああ、気流が乱れたのは、パージしたシールドを投げたから……」

 

 負けたからか、高飛車な態度が目立っていたオルコットは妙にしおらしかった。

 

「何がともあれ、わたしの負けですわ。色々と気分を害することを言って申し訳ございません……」

「わかってくれたなら何も言わないよ。それに、君は十分に強い。誇っていい。ただ、悪運が俺の方が強かっただけさ」

「……おもしろい人」

 

 オルコットは静かに反対側のピットに戻っていく。織斑との対戦があるから、迅速に補給を行わなくてはならないのだろう。俺も織斑と戦うために学園側の打鉄のシールドと外してあるハンドガンを装備しないとな。

 

 

 ピットに戻ると半分の生徒が泣いていて、もう半分が狂喜していて、高垣さんだけが修理用の機材の準備をしていた。打鉄を脱いで、勝ってきたよ、と、告げると高垣さん以外のクラスメイト達が俺に抱きついてきた。なんだろうか、色々と美味しい。うん、胸が大きい子が抱きついている。うん、美味しい。

 刹那、箒ちゃんの鋭い眼光が突き刺さる。命の危険すら感じられた。

 

「勝ったぞ、織斑、おまえもがんばれよ」

「わかってる、宮本がくれた時間でファーストシフトを終わらせた。自分の出来ることをするさ」

「礼遇……かっこよかったぞ……」

「ありがとう、箒ちゃん」

「はいはい、勝利の余韻に浸るのもいいけど、ISの整備ができる人全員集まれ! 三十分で整備を終わらせるぞ!!」

 

 高垣さんの喝が効いたのか、ISに強いクラスメイト達は即座にシールドを取り付けて、レーザーが掠った部分の溶接をして、高垣さんはキーボードを叩きながら機体の微調整に取り掛かる。俺も手伝わないとな、そう思い、打鉄に向かった。




 僕の考えた打鉄でブルー・ティアーズを倒す方法。
 誤字脱字がありましたら報告お願いします。
 こんな自分勝手に自分が読みたいだけの物語にお気に入り登録してくれてありがとうございます。


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06:雪影VS雪片弐型

 打鉄の調整と整備をしつつ、横目で織斑の戦闘を眺める。彼に与えられた専用機、白式は雪片弐型という織斑先生が装備していた雪片と同じ、零落白夜を発動させる近接戦闘用ブレードを装備している。だが、それ以外の装備を装備していない。雪影を装備している俺の打鉄だが、それ以外にも最低限度の射撃武器を装備していて、弾幕を張っての撹乱やスモークやチャフ、スタンを使用した目眩ましなど、トリッキーな戦闘も出来なくはないのだが、白式にはそれが出来ない。戦闘を見ている限り、機動力は打鉄を遥かに凌いでいる。そこでどうにか善戦するのが鍵になるだろう。

 箒ちゃんは一夏の戦闘を不安そうな表情で眺めている。恋心を抱いている大切な人、支えたいと思う人の戦闘だ、そうなるのも頷ける。恋する乙女の横顔というやつだ。

 

「白式の戦闘を見る限り、チャフもフレアも必要なさそうだな」

「はいはい、少しだけ不味いことが起こりました」

「どうしたんだい、高垣さん?」

 

 バツが悪そうに俺の元に歩み寄って、静かに整備場から持ってきた弾薬ボックスの方に指をさす。不思議に思って中身を確認すると大量のハンドガンのマガジンと弾薬が入っていた。確か、持ってきてくれと頼んだのは、硝煙の12.7×99mmNATO弾とマガジンだったはずなのだが、手違いでハンドガンの方を持ってきてしまったのだろう。

 

「今からフォークリフト飛ばして取って……」

「見る限り織斑くんの劣勢、後五分もしたら決着付くよ」

 

 織斑はオルコットに翻弄されている。俺の打鉄も何やかんや言っても近中距離型の機体、俺との戦闘でインファイトの対処が身についてしまっている。それに付け加えて、織斑の機体は近接特化のブレードオンリー、速度が早いだけで、目が慣れたら打鉄より単調で落としやすいとしか言いようがない。つまり、彼に勝機はほとんどない。落とされるのも、まあ、時間の問題だ。

 つまり、俺は硝煙を使用できない状態で織斑と戦わなければならない。正直な話をさせてもらおう、白式のあの速さは凄い。出来れば弾幕を張ってそれを封じておきたいと思っていたのだが、セミオートのハンドガンじゃぁ、弾幕なんて張れないし、あれだけ早いのだ、うん、零落白夜を使われたら負けるかもしれない。一瞬で……。

 

「智将吉村! 作戦会議!!」

「了解!!」

 

 打鉄の調整は得意なクラスメイト達に任せて、それ以外の生徒を集めて作戦会議を開始する。もう、五分程度の猶予しかない。そんな状態で、第三世代近接特化高機動型の白式をどう打ち負かすかということを考えなければならない。正直、結構ピンチ、だって、硝煙が使えないのだもの……。

 

「えっと、ハンドガンの装弾数は何発なの?」

「三綾製近接戦闘用ハンドガン豪雷は7.62×51mmNATO弾を使用していて、装弾数は二十発のセミオートのピストルだよ。連射性はある程度あるけど、硝煙に比べたら断然遅い。それに付け加えて、硝煙が使用している12.7x99mm NATO弾でも火力不足と言われている今現在で、7.62×51mmNATO弾は尚更火力不足。一応はダメージは通るけど、決定打になるほどじゃない。本当にメインが使えなくなった時の保険として使う武装なんだ……」

 

 雪影のみで戦うにしても、相手の方が機動力があって、武器の長さも勝っている。どんなに長所を上げたとしても、打鉄は所詮第二世代、それも初期の機体、どうしても短所の方が目立ってしまう。

 短所を出来る限り補って戦ってきたけど、必要最低限の武装があってこそのカバー、硝煙が無いとなると、ジリ貧になる部分が多い。

 

「えっと、硝煙の残りのマガジンは何本あるの?」

「二本だね、三本使ったから。つまり、残り八十発。五本でも少ないくらいなのにそれが二本となると、硝煙を戦闘に持っていくのは無謀とも言えるね……」

「やっぱり打鉄の拡張領域の狭さが足を引っ張ってるね」

「余ってるグレネードはスモーク4、チャフ3、スタン2、フレア2だけど、チャフとフレアは織斑との戦闘では意味を成さないから除外、スモークとスタンだけか……」

 

 スモークとスタンがある程度残っているだけでも喜ばしい。だけど、織斑は俺が行った戦闘を少なからず見ている。スモークに対処出来ないとしても、スタンには、対応してくる可能性が高い。スタンで怯ませてからの零落白夜という戦法は難しいかもしれない。あいつの適応力は常軌を逸しているからな……。

 

「足りない連射性能を二丁拳銃でカバーして、怯んだら雪影に持ち替えて零落白夜くらいしか戦法が思い浮かばない」

「二丁拳銃にするなら、やっぱりスモークやスタンなんかのグレネードも使いにくいよね。礼遇くんはラピッドスイッチを習得していないし……左手に雪影、右手にハンドガンかグレネードというのもありではあるけど」

「機動力の高い高機動近接戦闘型だからなぁ、出来る限り接近戦のタイミングは的確に行いたい。こっちから近接戦闘を仕掛けるタイミングはカウンターじゃなくて、アタックの部分がいい。カウンターを仕掛けるなら、シールドで一撃を防いでからかな……」

「織斑くんの雪片弐型の零落白夜の切れ味はどれくらいなんだろう? オルコットさんのビットも簡単に切り裂いてるし、打鉄のシールドを斬り裂く可能性もあるよ。カウンターはシールドで防いだ随時行った方がリスクが少ないと思うな」

「また、シールドは数回しか頼りに出来ないのか……なら、カウンター重視の方が確実性は高くなるか……」

 

 そうだよな、カウンターは大切だ。打鉄のシールドを駆使した戦い方なら、カウンター攻撃の方が難易度が低い。カウンターを主軸に戦っていくなら、雪影とハンドガンで戦った方が確実だ。あまりにも接近された場合はスモークかスタンを使用すればいい。

 

「でも、やっぱりインファイトに持ち込まれた時は機動力の差で織斑くんの白式の方に分があるし、それでいて、中距離からハンドガンでの射撃も必要になってくるだろうし、でも、接近された時の近接戦の対応も必要。やっぱり、雪影とハンドガンで戦った方が確実だと思う」

「確かに、あの速さは危険だ。近接武器には、近接武器で対応するのが定石だし、この場合は雪影とハンドガンで戦った方がいいね。雪影は絶対に収納しないで、ハンドガンとグレネードを入れ替えて戦う。これで決まりだ」

 

 粗方の作戦が終了して、全員が溜息を吐き出す。だが、広瀬さんが静かに手を上げた。もしかして、天才が何か閃いたのか!?

 

「礼遇くんの戦いを見てて思ったんだけど、一発目のスタンは通用したけど、二発目のスタンは対応された。でも、グレネードって形が似通ってるし、スモークみたいに煙が出るのだったらバレるけど、スタンとチャフだったら……スタンを一回投げて、相手がスタンを警戒する。そして、警戒している状態でチャフを投げる。そしたら相手は閃光から目を守るでしょ? だけど、チャフはあまり光らない。だからその隙に零落白夜を使って一撃必殺を狙うとか?」

「「天才だ……広瀬さんは天才だ……」」

 

 確実に織斑はスタンを警戒してくる。だからこそ、スタンと見せかけてのチャフは非常に有効だ。それにしても、チャフにこういう使い方があるとは、夢にも思わなかった。こういうことを思いつく辺り、やっぱり広瀬さんは天才なのではないだろうか?

 

「「「「広瀬! 広瀬! 広瀬!」」」」

 

 広瀬さんの顔がトマトのように赤くなる。かわいい。

 刹那、箒ちゃんからの鋭い視線が飛んでくる。生命の危機を感じた。

 

「落とされたか……」

 

 モニターに映る白きISは静かに落ちていった。もし、俺がオルコットと同じ、中遠距離型のISに乗っていたとするならば、織斑でも善戦できたのだろうが、俺の打鉄は近中距離型のIS、どうしても近接戦の部分で慣れを生じさせてしまう。それに付け加えて、織斑の雪片弐型と同じく、俺も零落白夜を発動させる雪影を装備していて、オルコットもその危険性に感づいてしまっている。だから、最初から最後まで、ミサイル攻撃を躊躇うこと無く使用していたのだ。悪いことをしてしまったか……?

 

「……鍛え直さないといけないな」

 

 箒ちゃんは微笑んでいる。

 織斑とオルコットの戦闘時間は三十分ほぼジャスト、打鉄の整備も補給も完了している。いつでも戦える状態だ。

 静かに苦笑いを見せながらピットに戻ってくる織斑と白式、俺は静かに頑張ったな、なんて、告げると、寂しそうに、ああ、と返してくれた。その表情には、悔しさが滲んでいる。

 

「一夏、早く補給を済ませろ。礼遇は既にすべての準備を整えてある。礼遇と、思う存分に戦え……」

「ありがとう、箒……」

 

 白式の補給が開始される。装甲に目立った負傷が見受けられないところを見ると、ほぼすべての攻撃をシールドで受けてしまったようだ。オルコットの射撃は精確だからな、どうしても装甲が無い部分を的確に撃ってくる。もし、スモークやチャフ、スタンにフレアが無かったら、俺の打鉄もこのような状態でピットに戻ってきたのだろう。恐ろしい限りだ。ある意味、初戦を引き当てたのは、運が良かったのかもしれない。

 白式は手短に補給を完了させた。そして、決戦の準備が整う。

 

「宮本、先に出てくれ」

「了解しました」

 

 所定の位置に立ち、後方で見守っているクラスメイトに織斑、そして箒ちゃんにピースを見せて、行ってくると告げる。すると全員が頷いてくれた。やれるだけのことをやってやる。

 

 

 織斑が到着すると同時に雪片弐型を構えた。俺も雪影とハンドガンを構える。

 プライベートチャンネルから織斑の声が聞こえた。

 

「正々堂々戦おう。恨みとか、悔みとか、そういうの無しで、互いに……出来ることをすべて……」

「わかってる。俺は、おまえの今の実力を見てみたい。良い機会だとは思わないか? 剣道は、見せてくれないだろうが、ISなら、見せてくれるんだろ」

「……わかった」

 

 刹那、試合開始のブザーが鳴り響く。

 俺は即座に出来る限り距離を離し、ハンドガンで制圧射撃を行う。だが、ISに対して豆鉄砲程度の威力しか持ち合わせていない7.62×51mmNATO弾では、射撃に対する怯みの効果程度しか与えられないだろう。それに付け加えて、織斑はさっきオルコットと対戦し、大口径のレーザーライフルを何度も正面から受けている。豆鉄砲程度が当たる恐怖なんて、大したものじゃない。

 刹那、白式が一瞬で間合いを詰めてくる。

 

「――瞬時加速!? この短時間で!」

「――あたれ!」

 

 零落白夜が発動され、鋭い一太刀が飛んでくる。だが、不思議とそれが可愛く思えた。俺は、何年もおまえと一緒に剣の道を歩んできた。その太刀筋、見たことがある。だが、遅い、遅いんだ! 何年も剣を振るっていない、記憶を遡ってどうにか見れる程度になったその太刀、あまりにも遅すぎる。

 浮遊シールドで雪片弐型の一太刀を受け止め、こっちも零落白夜を発動させる。思い切り腹部に向けて斬り込んでみせる。回避されると踏んでいたが、回避されない。振り切ったと同時に蹴りを入れて突き放す。そして、ダメ押しでハンドガンによる射撃を行う。

 マガジンをリリースし、新しいマガジンを展開、そして、リロードする。

 

「……織斑、おまえは、あの後に何をしていたんだ」

「……バイトとかだよ」

「……そうか、少し虚しいな。あの頃のおまえは、眩しく見えていたのに」

 

 シールドはギリギリ真っ二つに斬り裂かれてはいなかった。ある程度の角度が付いていたからだろう。

 出来る限り距離を取りつつ、ハンドガンでの射撃を繰り返す。織斑の方は被弾を恐れずに愚直に飛び込んでくる。戦略も何もない。あまりにも単調で、小さい子供と戦っているようにも思えた。

 斬り込んでくる織斑に向かって瞬時加速を繰り出し、斬り込めない距離まで移動し、腕を掴んで地面に向かって投げつける。地面にぶつかり砂埃が舞い上がる。

 織斑の表情は苦くなる。

 

「……銃なんて必要ない。おまえは、その程度になってしまったんだな」

 

 ハンドガンを収納し、雪影を左手で構える。思い出させないといけない、あの頃の戦い方を――俺が憧れていた、織斑一夏の剣の道を!

 零落白夜は使用せず、太刀をいなす盾として雪影を使用する。

 一太刀一太刀が甘く、酷くいなしやすい。

 懐に入ったら斬りつけることをせず、ただ、蹴りを入れたり、投げ飛ばしたりするだけ。

 お願いだ。思い出してくれ、あの頃のおまえの戦い方を!

 

 

 やはり、近接戦になったら、こうなってしまうか……。

 一夏には、高い才能が眠っている。だが、本当に眠らせている。

 剣道をしている頃、あいつの才能は光り輝いていた。だが、剣道をやめて、その才能は輝きを失い、埋もれてしまった。戦いは才能だけではない。努力や経験も重要な部分だ。その二つが一夏には欠けている。悲しんでいるのだろう、礼遇は……自分が憧れていた才能に溢れる幼馴染の堕落した姿に、苛立ちすら覚えているのだろう。これも、姉である私の責任なのかもしれない……。

 

「こ、こんな……一方的な戦いが……」

「どちらも、近接戦闘に特化している。織斑の機体の方が機動力に優れていて、刀身も勝っている。だが、その程度。宮本の方が近接戦闘が上手い。ずば抜けていると表現してもいい。最近になって、また、剣を振り出した織斑だが、もう、何年も剣を振るっていない。そんな、即席で全盛期の太刀が取り戻せるなら、天才を通り越して、鬼才の域に達しているだろう」

「でも、何故、宮本くんは零落白夜を使わないんでしょうか……」

「取り戻してほしいんだ。自分が憧れていた幼馴染の太刀を……」

 

 礼遇、済まない……私は、おまえにも、一夏にも、何もしてやれなかった。悲しいのだろう。弱くなった弟の姿が、勝ちたいと思っても、勝てなかった、背中を見続けてきた、天才がここに居ないことが……。

 

 

 互いに空を飛行することをやめた。

 大ぶりな太刀を雪影でいなし、腹部に向けて思い切り蹴りを入れる。

 鋭い突きを体を傾けて回避し、突っ込んでくるエネルギーを利用して一本背負いで投げる。

 細かい連撃をバックステップで避け、大ぶりになったところでシールドを使用し受け止め、蹴りを入れる。

 

「織斑……思い出せ……篠ノ之流を!」

「箒にも言われたよ……」

「おまえは天才だ、だから、出来るはずなんだ!」

「出来てたら……苦労しないさ……!」

 

 何度も何度も、斬ることはなく、蹴る、投げるを繰り返す。だが、織斑の目から、闘志は感じられない。

 

「ここまで差がついてるなんてな……宮本、おまえは、あの後に何をしてたんだ?」

「……リハビリと左腕で小太刀を振るう鍛錬だ」

 

 一夏は苦笑いを見せた。

 

 

 わたしは、とても悲しかった。一夏が押されているからではない、礼遇が一夏に期待していることが、とても悲しかった。もう、何年も剣を振るっていない一夏が、剣の道を一日も忘れなかった礼遇に勝てるとは、最初から思わなかった。

 礼遇の部屋を見た時、酷く汚れた小太刀型の木刀があったことを覚えている。多分、肩を壊した後も、あれを欠かさず振るっていたのだろう。一夏は、剣の道など、平然と忘れ、そして、剣を捨てたも同じ状態になっている。だからこそ、力量など、最初から目に見えていた。ISというパワードスーツを着込んだとしても、剣を知る礼遇に、剣を忘れた一夏が勝てる筈がないのだ。

 

「なんで零落白夜を使わないの!? 使えば勝てるのに……」

「わたしと一夏、そして、礼遇は幼馴染なのだ。だから、礼遇の気持ちが痛いほどわかる……」

「篠ノ之さん?」

「礼遇は、自分が知っている……強い一夏に戻って欲しいのだ……だから、終わらせようとしない……」

 

 礼遇、お願いだ……もう、終わらせてやってくれ。一夏にもう一度、剣の道を思い出させるのは、わたし、支えると決意したわたしの役割なのだ! だから、これ以上、一夏を惨めにしないでやってくれ……。

 

 

「これは、弱い俺からのお願いだ。全力で向かってきてくれ。なんとなくだけど、おまえの気持ちは理解した。だから! 弱い俺を全力で倒してくれ!!」

「……いいだろう、俺が、おまえの腐った根性を叩き直してやる!!」

 

 スモークを使い、瞬時加速を繰り出そうとしてきた織斑の攻撃を牽制する。そして、上昇し、右手に握ったハンドガンを的確に発砲、ジワリジワリとダメージを蓄積させる。

 

「(もう、俺が礼遇に勝つ方法は、全身全霊を込めた零落白夜だけ、一抹の可能性でも、それに賭ける!)」

 

 一夏の瞳に闘志が宿る。

 ようやく、心が決まったか!

 シールドを顔に移動させ、スタンを展開し、織斑に向かって投げつける。だが、オルコット戦でスタンを使用するところを見られている。閃光が終わった瞬間に一気に懐に潜り込んできた。シールドを使用して、攻撃を防ぐ。

 零落白夜を発動させていない、このタイミングじゃないと踏んだか……。

 腹部に向けて雪影を振るうが、左足で俺の右足を蹴り、間合を離す。

 そうだ、攻撃を受けると思ったらどんな手段を使ってでも逃げることが先決だ。

 

「(このタイミングで絶対にスタンを投げてくる! それを躱して全力の零落白夜で斬りつける!!)」

 

 スタンを使用した時の攻撃に転じる速さ、スタンを投げたら確実に斬られる。それなら!

 チャフを展開し、思い切り織斑の方に投げる。

 

「(スタンか!? いや、顔を隠してない! 今がチャンスだ!!)」

 

 悟られたか!? だが!!

 刹那、互いに瞬間加速を使用し、全力の零落白夜で斬りつける。

 

「……俺の負けだな、宮本」

「……ああ、だが、昔の太刀に戻ってたぞ、織斑」

 

 雪片弐型がアリーナの地面に突き刺さる。織斑が使える武装はもうない。

 

「白式全武装消失、よって、宮本礼遇の勝ちだ」

 

 安堵の溜息を吐き出し、ピットの方に戻ろうと舵を取るが、肩に鈍痛が響く。

 ああ、流石にグレネード投げたり、色々やったからな、気が緩んだ瞬間に一気に来やがったか……。

 

「礼遇!?」

「すまねぇ、肩貸してくれ……痛みで歩けん……」

「わかった! 早く医務室に!!」

「……礼遇って、呼んでくれたな……嬉しいよ……」

 

 やっぱり、一夏も幼馴染だということを捨てられていないのか……。




 文字量が多いので、誤字脱字ありましたら報告お願いします。
 こんな自分が読みたいだけの、自分勝ってに書いている物語にお気に入り登録してくれてありがとうございます!


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07:お見舞い

 肩に鎮痛剤を打ってもらって痛みはじわじわと引いていった。

 流石にグレネードを多用した戦法は肩にダメージが蓄積する。ISを身に纏っていても、ダメージは蓄積するものなんだよな、グレネード戦術は少し考えないといけない。だけど、第三世代を相手にする時は絶対グレネード必要だし、一回戦うくらいなら違和感を覚えるくらいで終わるだろうから……。

 

「御見舞に来たよーっていうか、機体を壊す前に肩壊すなんて、投手だったら二軍にもなれないよ」

「高垣さん……不甲斐ない不甲斐ない……」

「軽口叩けるならもう大丈夫そうだね」

 

 医務室に備え付けられているパイプ椅子に座り、苦笑いを見せる。

 ぶら下げている鞄の中から待機状態のナイフになっている打鉄を取り出して、静かに俺に渡してくれた。鞘から少しだけ刀身を見てみると美しく銀色に輝いている。俺が治療を行っている間に整備してくれていたのか……。

 

「今からどうでもいいことを話すけど、聞いてくれる?」

「いいよ、ちょうど暇してるから」

「病人がベッドに寝てるのは暇なことじゃないと思うんだけどさ」

 

 高垣さんは打鉄に指をさす。

 

「わたしのお父さんね、その打鉄の開発者の一人なんだ。だから、礼遇くんが自己紹介の時に打鉄を専用機にしてるって言った時、すごく嬉しかった。もう、開発、製造されて何年も経つ打鉄だけど、ラファールや試験段階の第三世代を使わないで打鉄を使ってくれる人が居て、本当に嬉しかった。実はわたし、男の人って、お父さん以外はあんまり好きじゃなかったんだけど、それでも、打鉄の整備をしてる時の礼遇くんの顔を見てたら、なんて打鉄を大切にしている人なんだろうって思うと……なんだか、嫌いになれなくて……」

 

 女尊男卑、ISの登場によって当たり前になった風習。だけど、こんな風に何かしらの接点があって、そして、通じる思いがあるのなら、好き嫌いなんて消えてしまう。彼女は、俺の大切な協力者であり、そして、仲間だ。

 

「俺も、この打鉄が大好きなんだ。実を言うと、初めて動かしたIS、こいつなんだぜ」

「えっ?」

「長崎で行われた適性試験、そこで俺は、この打鉄を起動させた。縁を感じたんだ。そのまま三綾重工に向かって、三綾の社長さんに会って、俺は真っ先にこの打鉄を専用機として貸し出してくださいとお願いしたんだ。そしたら、社長さんもすぐに了承してくれて、IS学園に入学するまではギリギリまで打鉄を扱えるように鍛錬の日々、瞬時加速もその時に覚えた。もう、この打鉄は俺の手足のようなものさ、それくらい、切っても切れない間柄ってところかな?」

「……本当に好きなんだね、打鉄。お父さんも喜ぶよ」

 

 時代遅れでも、乗り手次第では化けるのがISだ。どんなに拡張領域が狭かろうと、機動力が低かろうと、少ない長所を見い出せば、どんな最新鋭機にでも勝つことが出来る。オルコットの戦いで、やはり、戦闘は知略だということを心の底から理解したばかりだ。案を提示してくれる仲間がいる。打鉄を整備してくれる仲間がいる。俺の背中を押してくれる仲間がいる。だからこそ、俺も打鉄も万全の状態で強大な敵に立ち向かうことが出来る。弱くても、強い部分は必ず存在している。だからこそ、それを剣にして、盾にして、戦うのが俺のやり方だ。

 

「俺は、弱いけど、支えられたら強くあれると思う。だからさ、一年三組の皆で、俺のことを支えてくれないか? 居るんだろ、壁からヒソヒソ声聞こえてるぜ……」

「あらら、バレちゃったかーくじ引きでわたしだけが礼遇くんと喋れる権利手に入れたのにー」

「まあでも、皆のお陰で勝てた。また頼るかもしれない。その時は――お願いしていいかな?」

 

 いいよ、その声が聞こえた。本当に、頼もしいクラスメイト達だ……俺も、君達を守るよ……。

 

 

 一年三組が退却した後、俺は自室に帰る準備を進めていた。すると箒ちゃんと一夏がそろりと入室してきた。

 一夏は苦い表情を見せながらも、すれ違った時などの悲しそうな目をしておらず、少しだけ、光が入っている

ようにも見えた。

 

「礼遇……肩は……」

「大丈夫、鎮痛剤を打ったら治ったよ。グレネードをポンポン投げすぎたのが原因だ。一夏のせいじゃない」

「……そうか、でも、俺が、壊したから」

「いいんだ、人間なんて、いつか老いて壊れる。それが早かっただけ。それに、アレには、俺にも原因があった。おまえの心の状態も考えないで、ただ、餓鬼みたいにお願いしていた自分がいる」

「それでも!」

「一夏、これ以上話しても、水掛け論になるだけだ。互いに、もう一度名前で呼び合える仲に戻れたんだ。昔みたいに、幼馴染として会話するのは難しい、だけど、名前で呼び合う仲からはじめて見るのはどうだ? 織斑って言うと千冬さんも指しちゃうからさ、ビクビクしてんだ」

 

 一夏は袖で涙を拭い、そして、静かに握手を交わす。これでいいんだ。幼馴染に戻れなくても、友達には戻れる。名字で呼び合うほど、短い関係じゃないんだ。後は、時が自然に解決してくれる。

 

「礼遇……ありがとう……」

 

 一夏が退室した後に箒ちゃんが御礼の言葉を告げる。俺は苦笑いを見せて、静かにいいんだよ、それだけ言わせてもらった。

 

「一夏の表情が柔らかくなった。それだけでも、わたしは嬉しい……それに、あの頃の一夏の太刀筋に戻っていた。だが、幼い頃の太刀筋、成長しているんだ、もっと、強い篠ノ之流を叩き込まないといけない」

「それは、箒ちゃんに任せるよ。俺は、肩が壊れてるから、一夏には、何も教えられない。今回ばかりは、箒ちゃんにすべてを任せるよ」

「任された! 安心して、一夏の成長を見守ってくれ……」

 

 箒ちゃんも胸を張って静かに退室する。

 一夏、挨拶くらいはしてくれるよな、そうだったら、嬉しい。

 

 

 自室に戻るとちゃぶ台に食堂の日替わり定食がラップがかけられた状態で置かれていた。そして、その上に綺麗な文字で記されたメモが置かれている。書いた人の名前を確認すると織斑千冬と書かれていた。

 内容は食事が終わった後に、教職員達が酒類を購入する自動販売機まで来てくれというものだった。

 なにか悪いことでもしたかな、なんて、ゾクッとするが、食事が終わった後でいいと書かれているため、なんだろうか、叱る目的で書かれたものではないと推測できる。じゃあ、何かしらの頼み事があるのだろうか? 千冬さんが俺に頼み事をするとなると、一夏絡みしか想像がつかない。

 両手を合わせていただきますと一言告げてから、食事を開始する。冷めていてもとても美味しい。

 

 

 食事を終わらせて指定された場所に移動すると缶ビールをチビチビと煽っている織斑先生が静かにベンチに腰掛けていた。俺は、こんばんは、と、恐ろしげに告げると、ああ、と、重々しい声色で返してくれる。

 

「何か、ありましたか?」

「いや、少し話したくてな……呼びつけてすまない……」

「いいんですよ、生徒が先生に呼ばれたら行くことが普通ですし」

「今は、教師としての織斑千冬ではなく、一夏の姉としての織斑千冬としてあたってくれ」

 

 寂しげな表情だが、口元は笑っている。

 

「一夏と仲直りは出来たか……」

「仲直りとまでは言いませんが、また、名前で呼び合える仲になりました。それに、一夏の太刀筋も、あの頃に戻りつつあります。正直、少し怖いです……今日は、勝てました。ですが、次戦う時には、俺は勝てないかもしれません」

「いや、おまえは勝つさ、一夏とおまえでは、決定的に判断力、そして、戦略性の差がある。一夏はどう成長しようが、それらのキャパシティが低い。それに、剣道とISは違う。剣だけではなく、銃火器、はたまたミサイルまで飛び出してくる代物だ。一本のブレードだけで今現在の世界最強になれるのであれば、それは、私を真の意味で超えている。超えられないさ、一夏は、今現在のISの壁を……」

「……そうでしょうか」

「弱音を言わせてもらえば、私はタイミングが良かった。世界にISというものが発表され、世界中で製造される。そんな、最初期の時代で世界最強の名を手に入れた。そして、運良く二度目の優勝も攫えそうだったが、まあ、アクシデントというやつだ、決勝の前で事件に巻き込まれた。多分、三回目のモンド・グロッソに出場したとしても、私は勝ち進めなかっただろう」

 

 千冬さんは飲み干したビールの缶を握りつぶし、ゴミ箱に投げ入れる。財布の中から千円札を取り出して、もう一本、ビールを購入する。そして、プルタブを開け、喉を鳴らしながらビールを飲み進める。酒で寂しさや、情けなさを隠そうとしているのだろうか……。

 

「……素ビールは味気ないでしょう? 気を利かせて柿ピーあったんで、持ってきました」

「……気が回るな」

 

 柿ピーを千冬さんに渡すと静かに封を開けてチビチビと手をつける。

 

「私は、一つだけ……礼遇、おまえにお願いしたいことがあるんだ」

「なんですか?」

「……一夏におまえの背中を見せ続けてやってくれ。私では、一夏の手本にはなれない。だから、おまえが一夏の手本になってくれ……」

「すぐに追い抜かれますよ?」

「いや、一夏は絶対におまえを追い抜けない。おまえは、ISに乗ることにおいては、一夏と同じ天才だ」

 

 千冬さんは俺に指をさす。そして、苦笑いを見せて、

 

「何年もISに乗ってきた教師に勝った。最新鋭の第三世代機に乗る代表候補生に知略で勝利した。普通じゃあ出来ない。おまえも、天才だ。埋もれさせるなよ」

「わかりました。その言葉、絶対に忘れません」

 

 千冬さんに一礼をして、その場を後にする。

 何を馬鹿なことを、貴方は今でも世界最強に恥じない人だ。第二回モンド・グロッソ、俺は貴方の活躍を見ていた。第二世代の製造が安定し、試作型のラファールが登場するそんな時に、貴方は第一世代の暮桜を巧みに操作して、射撃をいなし、瞬時加速を使いこなし、そして、当時最新鋭だった第二世代を打ち倒していった。今、俺が貴方と戦っても、絶対に勝てません。技術を学んだとしても、絶対に勝てません。貴方は、俺が知る最強のIS乗りなんですよ……。

 俺は、貴方の背中を追いかけますよ……目標として……!




 ちょっち短め、でも、誤字脱字あったらオナシャス!


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番外:少女達の思い、天災の困惑

 シャワーの流れる音が彼女を癒やす、そして、胸に抱いた思いが心を締め付ける。

 三綾重工の企業代表、クラス代表、その肩書を持つ少年は、多くの生徒からお飾りという視線を浴びていた。織斑千冬の弟の織斑一夏とは違い、後ろ盾なんてものを持ち合わせておらず、なぜだか三綾重工の企業代表で、専用機は時代遅れの打鉄、実力なんて大したものじゃないというのが、このIS学園での大多数の見解だった。だが、それは一度の勝負で覆る。

 練られた戦略、大胆な行動、完璧な攻防のタイミング、彼の戦い方は第二世代ISを専用機として借り受けている代表候補生に匹敵、いや、凌駕していて、多くの生徒達が息を呑んだ。それくらい、彼が示したインパクトは大きく、あの戦いを見た全ての生徒が二つ返事でこう答える――彼は強い、お世辞抜きで。

 

「……宮本礼遇」

 

 セシリアは静かに彼の名前を口にする。数時間前まで嫌っていた男の名前、だが、今の彼女は彼に対して尊敬の念に等しい何かを抱いていた。初めて出会った自分より強い男性、女性の権威が強くなったこのご時世、ISを身に纏い、戦える男性は二人だけ、その片割れは、本当の意味で天才と呼ばれても差し支えない何かを持ち合わせていた。強い男、そして、面白い男、それが彼女の好奇心を刺激してやまない。

 彼女は彼の瞳に惹かれていた、あの絶対に諦めない、静かな闘志を燃やすあの瞳に。

 彼女は彼の意思に惹かれていた、自分が纏めるクラスを絶対に守ろうとする、強い意思に。

 彼女は彼の強い言葉に惹かれていた、絶対に慢心することなく、絶対に他人を否定しない、優しく、強い言葉に。

 

「(……父は弱い人でした。他人の顔色ばかり伺う、そんな、弱い人……)」

 

 貴族の家に婿養子として入ってきた父は、幼い少女に強い父親の姿を見せることができなかった。男は弱い存在、そんな固定概念が生まれ、そして、固まっていた。だが、それを思い切り破壊する礼遇の姿は、非常に痛快でインパクトが強く、勘違いしている少女の心を一瞬で正気に戻らせた。

 第三世代の最新鋭機、相手は第二世代、それも初期に製造された時代遅れ、彼女は慢心していた。彼が使う打鉄に長所なんて存在しないと胸を張って、一瞬で終わらせられると言い聞かせて、だが、蓋を開けたら彼女は打鉄の長所に、少年のポテンシャルに劣勢を突きつけられた。最初は慢心していただろう、だが、その慢心はすぐに消え去り、全身全霊の戦いを行った。だが、彼は知恵を使って勝利をもぎ取った。その姿は、ISを纏う少女なら誰しもが憧れる織斑千冬のようにも見えた。彼女もまた、時代遅れで最新鋭のISを倒してきた存在なのだ。

 第二回モンド・グロッソ、ラファールの試作機が参戦するその場所に第一世代IS暮桜を身に纏った千冬は立っていた。セシリアも彼女の戦いを見ていた。多くの解説者が第二世代の壁を超えられないと議論している中で、彼女は全てを覆すように勝利を重ねていった。不思議と嫌味は感じられず、自国の代表が敗れようが、不思議と爽快感があった。強いと同時に賢い、それが心の中を巡る。その姿を見ている彼女は、彼のことを織斑千冬に酷く似ていると思ってしまう。時代遅れで最新鋭を倒す爽快感、それは、とても強く、憧れのようなものを植え付ける。

 

「憧れ……なのでしょうか……」

 

 両親が列車事故によって他界し、多額の遺産を相続した彼女は、必死に勉強を重ね、家を守ることを心の底から誓っていた。そして、ISの適正でA+を叩き出し、強き女の徴とも言えるISの世界に足を踏み入れた。祖国が彼女を必要とし、彼女が祖国を必要とする。そんな関係、そして、強くなる、気高くなる道を歩んだ。だが、彼女に目標なんて存在しなかった。ただ、我流に等しい何かを得て、そして、使用する。彼女の専用機、ブルー・ティアーズのBT兵器はまだまだ試験段階の武装、それらをこう動かした方がいいなどの完璧なマニュアル、目標などなく、彼女の我流は伸び続けてきた。だが、彼女には目標が必要だった。我流で強くなることは不可能じゃない。だが、我流を押し通しても、絶対に踏み込めない領域が存在してしまう。その領域に足を踏み入れるためには、やはり、目標や師をたてる必要がある。彼は、宮本礼遇は、その領域に片足を踏み入れていたのだろう。織斑千冬という、高い壁を追い求めて……。

 我流を極めているからこそ、目標ある礼遇に憧れる。師はなくても、師と思って尊敬する人がいる。彼女は、そんな姿にも、惚れ込んでいた。

 

「……あの方は、凄い人ですわ」

 

 赤くなる顔は、恋する乙女そのものだった。

 

 

 彼女は、宮本礼遇という少年を知っている。幼き頃から互いに剣の道を歩んだ同志とも言える存在だった。

 彼女は、今の宮本礼遇という少年をあまり知らない。肩を壊し、篠ノ之流とはまた違う、我流の剣を探した彼を彼女はあまりしらない。知らないからこそ、彼が勝利した姿が、目に焼き付いてしまう。決して美しい一方的な戦いではなかった。逆に泥臭く、一歩間違えれば落とされる寸前の勝負だった。だが、その姿は強い男の背中を見せていた。消えることない闘志、勝つために練った戦略、仲間を守るという意思、それが多くの少女達の心を奪い去った。彼女、篠ノ之箒もその一人だった。

 彼は、強い人間だ。だから、彼女を支えると約束した。彼女も、彼が強いからこそ、甘えている。多分、彼女にとって、父親や恋心を抱く幼馴染より信用し、信頼できる男は彼だけだろう。だからこそ、心の中にかかる靄が悩みを助長させる。

 守られる立場になった。二人の幼馴染から、それは、とても心苦しい。一夏には、自分が足手纏いになると言っていない。それは、好きな人が離れていくのを怖がっている自分がいるからだ。だが、礼遇には、素直に打ち明けることが出来た。それは、信頼の部分で彼なら絶対に自分を見捨てない、切り捨てない、その以前に、彼は面と向かって、恥ずかしげもなく守ると告げるから。

 笑い話に聞こえるかもしれない、片方は最新鋭の第三世代機、片方は時代遅れの第二世代機、守る守らないの問題ではなく、守れないのではないかという声も聞こえそうだ。だが、礼遇は必ず守ってしまう。彼の心は絶対に折れない。刀折れ矢尽きようとも、彼は諦めない。命が尽きてしまおうとも、彼は、諦めない。それくらい、彼は篠ノ之箒という少女の中で信頼され、愛されている。

 

「(わたしは……怖いのか……)」

 

 恋しているのは、織斑一夏、

 信頼しているのは、宮本礼遇、

 どちらも幼馴染であり、切っても切れない絆で結ばれている。だからこそ、揺れ動くのだ。自分は、なぜ、好きな筈の一夏を礼遇以上に信用出来ないのか、一夏に背中を預けられないのか、少女の悩みが加速する。

 もし、自分がISに乗り、何かの事件に巻き込まれたとしよう、その時、背中を守って欲しいと願うのはどちらだ、そう質問されたら、彼女は迷うことなく、礼遇と答えるだろう。それは、今日の勝負の結果ではなく、技量やISの強さでもない、ただ、自分のことを絶対に守り通してくれるのは、一夏ではなく、礼遇だと理解してしまっているから……。

 

「(何で……悩むんだ……好きなのは一夏だ……)」

 

 一夏に入学して再会した時、彼女の恋心は本物だと思っていた。だが、礼遇と再会した時、礼遇に悩みを話した時、彼女の恋心は揺れ動いた。肩が壊れようが、何をしようが、絶対に一夏を自分勝手な理由で責めようとしなかった。逆に、昔のように三人で剣道をはじめようなんて、心優しいことまで告げた。だが、一夏の我儘でそれは出来なかった。自分勝手になると思ってた。だけど、彼は泣いている彼女に気をかけた。自分の肩のことなんて二の次で泣いている幼馴染を優先した。強い人、昔から心が強い奴だと思っていたが、成長して、尚強くなったようにも見えた。だからこそ、彼への信頼は日に日に強くなっている。

 

「(わたしは、一夏が好きだ。それで、それでいいはずなのだ……)」

 

 少女の悩みは尽きない。

 

 

 天災は酷く冷徹な表情で宮本礼遇の資料を読み漁っていた。なぜ、彼がISを起動させることが出来たのか、なぜ、千冬と同じ目をしているのか、それが酷く気に食わなかった。

 彼女は織斑千冬を骨の髄まで知っている。彼女の行動パターンや判断、そのすべてを知り尽くしている。だが、彼女と同じ目をした礼遇のことは知らない。本来は知る意味もない存在なのに、どうにも、愛する千冬と同じ目をしている彼が気に食わない。それに付け加えて、彼女がいっくんと愛でている一夏も彼の手腕に敗れた。これは非常に苛立たしい。

 

「パラサイトが乗ってる打鉄……三番目なんだ……」

 

 白騎士、暮桜を作り上げた篠ノ之束はそれ以降はISを作るということをしてこなかった。だが、最近は活発にISの開発に関わりつつある。白式の雪片弐型、来るであろう妹の篠ノ之箒の連絡を待って、紅椿の開発。だが、彼女を悩ませるのは、パラサイトと蔑む宮本礼遇の存在。彼の存在で紅椿の開発が遅れている。

 彼女は三番目と言った。礼遇の乗る打鉄には、暮桜の次に製造されたNo.3のコアが使用されている。暮桜を一つ上のお姉ちゃんに持つその打鉄は、無意識で姉に乗る、織斑千冬に似た瞳をしている少年に心を許してしまった。そして、姉が振るった雪片と同じ零落白夜を発動させる雪影を手に入れた。

 

「お姉ちゃんになりたい妹か……筋は通ってる……だけど、その筋、切り刻んで捨ててやりたい」

 

 織斑千冬の正統後継者は織斑一夏だと彼女は決めつけている。だからこそ、織斑千冬の道を歩もうとしている宮本礼遇の姿が嫌らしく思えた。その道は、一夏が歩むべき道、そこに土足で踏み入り、そして、歩みを進めている彼の姿に殺意すら覚えていた。

 暮桜の零落白夜を持ち合わせている白式が、なぜ、紛い物の打鉄に負ける。ありえない。

 

「……確実に殺す」

 

 彼女は計画を練り始めた。宮本礼遇、一夏と箒のパラサイトである少年を始末するために……。




 誤字脱字あったらオナシャス!
 あと、箒もちゃんと可愛いヒロインだから、箒アンチなんかには絶対にしないんだからね!!


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08:得られたもの

 早朝、食堂で食事を楽しんでいると織斑先生が少し頭を押さえながら俺の座っている隣の席に座ってしじみ汁なんかの肝臓に優しいメニューが置かれた定食に箸をつける。そして、しばらくしてから、話を切り出した。

 

「流石に打鉄三機を借り出すのは難しかった。打鉄二機、ラファール一機で手を打ってくれ、来週の日曜日だ。これが許可証、無くすなよ」

「ありがとうございます。わざわざ手を回してくれて……」

「いいんだ、元々は我々教師陣の手違い。罵倒されても感謝される必要はない」

 

 右腕が上手く使えないから、左で器用に箸を使って食事を続ける。

 

「左も使えるのか……」

「ええ、こういう風に疼いたり、ぶり返した時は左で代用しないといけないので、汚い文字になりますが、文字も書けます。まあ、左が弱い両利きってところですかね」

 

 先に食事を終わらせて、許可証を金庫に入れるために自室に戻る。

 

 

 授業に必要な教科書類を鞄に詰めて部屋を出るとオルコットとばったり遭遇する。オルコットの方は、苦笑いを見せて、一礼、俺もおはようと挨拶を投げるとスカートをちょんと上げて、おはようございますと可愛らしい声で挨拶をしてくれた。

 

「昨日はすまない、代表候補生がお飾りの企業代表に負けたんだ。本国から何かしら言われただろ? あの、その……大丈夫だったか?」

「ええ、その辺りは何も。ただ、代表候補生の先輩に少しだけ怒られてしまいましわ……ですが、先輩もあの戦いを観戦していたらしく、本国に何かしらの報告やブルー・ティアーズの返還なんかもしないようにしてくれると。それに、貴方はお飾りなんてものではありませんわ、企業代表に恥じない戦いでした……」

「言っただろ、俺はずる賢いだけだ、何も考えないで正面から愚直に勝負したら確実に負ける。君も代表候補生として、非常に高い素質を持ち合わせている。自分の価値を下げることはするな、自信と誇りを持ってクラス代表としての役割を果たすべきだ」

 

 オルコットは苦笑いを見せて、辞退しましたと告げる。俺は多分、マヌケな顔になっているだろう。本来のクラス代表戦はオルコットと一夏の真剣勝負、それに無理矢理俺が混ざったからこうなった。表面だけを見ていたら、彼女が一夏に圧勝していて、クラス代表になるものだと思っていたが……何かあったのだろうか?

 

「特殊な理由はありませんことよ。ですが、自分の弱さや判断力の低さ、貴方が背負っている一年三組の重さを見ていますと、少しだけ怖かったのです……」

「代表候補生が弱気なことを言ってはいけない。国の期待を背負ってるんだ。まあ、学園生活は一年だけじゃない。来年、クラス代表になればいい」

「ありがとうございます……礼遇さん……」

「お、名前で呼んでくれるか。なら、俺も親しみを込めてセシリアと呼ばせてもらう」

 

 一夏に引き続いて、オルコット、いや、セシリアとも名前で呼び合える仲になった。この調子だと友達百人も夢じゃないな、富士山の上でおにぎりを食べられるかもしれない。まあ、俺みたいな世界中から狙われている奴と富士山なんかに向かったら、命が危ないからそんなこと絶対にしないが、友人が出来ることはとても嬉しい。

 上手く上がらない右腕を左手で誘導して、握手を申し込む。

 

「右肩を負傷しているのであれば……左でも……」

「左での握手は敵対や別れを意味するんだ。友人になれた人に初っ端から敵意を剥き出すつもりは微塵もない。礼遇って名前だけあって、礼儀には五月蝿いんだ」

「……はい」

 

 握手を交わすセシリアの顔は真っ赤に染まっている。よく考えると彼女は長い間ISに関わってきた人間であり、生まれも育ちもいい子だ。男と握手なんて滅多にしたこと無いのだろう。恥ずかしさ、それがあるのか。

 

「あの、朝食は……」

「もう摂ったんだが……」

「そう、ですの……」

「いや、美人さんのお誘いは断れない。コーヒーくらいなら飲めるよ、ご一緒しよう」

 

 暗くなっていたセシリアの表情がパッと明るくなった。裏表のない素直な子なんだな、なんて心の底から思う。そして、少し遅れて美人なんて、と、くねくねとしだす。お世辞にも弱いのか、やっぱりいいところのお嬢様だと再認知させられる。

 歩幅を合わせてゆっくりと世間話をしながら、食堂に向かう。

 

 

 エスプレッソコーヒーを注文した。セシリアの方はクロワッサンだとか、サラダにヨーグルトなどの見る限り健康的でオシャンティなものを注文した。俺は朝から牛皿定食なんてもの食っているから、意識の高さにくらくらしてしまう。やっぱりお嬢様は朝からシャレオツだわ。

 

「礼遇さんはコーヒーがお好きなんですか?」

「ん、ああ、昔は緑茶ばかり飲んでて、中学に入った頃くらいからチビチビ飲んでたかな」

「あの……お紅茶は……」

「ああ、風味が苦手でな。母さんも日常的に飲むような人じゃないし、敬遠とまでは言わないが、何かしらの機会に美味しいと思えたら飲もうと思ってる」

「な、なら……わたくしの部屋に来てもらえれば、色々な紅茶が……」

 

 英国のお嬢さんだからなぁ、紅茶には色々と五月蝿いみたいだ。お誘いを断るのも男としてどうかと思うし、アリーナの使用日は来週の日曜日、今日は火曜日、練習メニューは三日もあれば構築できるか……。

 

「じゃあ、今日の放課後に一組に行くから、その時に拾ってくれ。あ、でも、男一人で女の子の部屋に行くのも色々と噂が立つかもしれない。うちのクラスで紅茶が好きそうな子を二三人誘ってみるよ」

「は、はい(ルームメイトが部活で遅い日でしたのに! ああ、チャンスが……)」

 

 少しだけ表情が硬くなる、何かいけないことを言ってしまったか? いやでも、高垣さんや広瀬さん、それに昨日の戦闘で武勲を挙げた智将吉村さんとも紅茶を飲みながら話したい。でも、男として女の子を大量に侍らすのもどうかと思いし……。

 いや、やっぱり二三人は連れて行こう。黙ってセシリアと二人で紅茶を飲みに行ったとしよう、変な噂が立ったら、一年三組の皆から痛々しい目で見られるかもしれない。下手をしたらクラス代表を降ろされる可能性もある。それに、セシリアの方も被害を受けるかもしれない、それは絶対に避けないといけないことだ。

 

「そう言えば、今日は一組と三組の合同授業だったな、飛行練習やらを行うとか」

「礼遇さんは肩を痛めていましてよ……大丈夫なのですか?」

「まあ、右腕を激しく動かさなければ大丈夫だろうさ、互いに専用機を持ち合わせている仲、最初に飛ばされる。その時は負けないぞって……打鉄じゃ無理かぁ」

「大丈夫ですわ、これは訓練や試験ではなく授業。失敗しても怒られるだけで、責められることはありません」

「そうだと嬉しいんだけどね」

 

 コーヒーを飲み干して、左腕に付けている腕時計を確認する。丁度いい時間だ。セシリアの方も後は紅茶を飲み干すだけで朝食が終わる。

 

「古い腕時計ですわね……」

 

 セシリアが付けている時計に食いつく。

 

「父親から貰ったものだ、スイスの超高級な時計屋のものらしい。まあ、十五の餓鬼が付けるような時計じゃないんだが、忘れたくないからいつも付けさせてもらってる」

「……礼遇さんのお父様は」

「死んだ。駅のホームから突き落とされて……」

「すいません……」

「いいんだ、人には必ず、覆すことの出来ない悲しい何かを持っている。セシリア、おまえも、何かあるんだろ?」

「ええ……二人で話せる機会がありましたら、話させてもらいますわ」

「辛くなったら言えよ、友達に悲しい顔をされるのは、辛いからな。そうだ、俺の部屋、十六番物置にはいつでも来ていい、だいたい、部屋にいる時は暇してるからさ」

 

 セシリアはお強い人なんですね、と、俺を褒める。いや、俺は強い人間なんかじゃない。捨てられないだけさ、捨ててしまえる度胸があるなら、クラス代表なんて辞退している。捨てられない人間こそ、弱い人間こそが誰かの代表として振る舞ったほうがいい。弱いからこそ、失うことが大嫌いで、失っても探そうとする女々しさを持ち合わせている。誰も見捨てない、誰も捨てさせない。それが、俺が弱くてもいい理由だ。

 

「じゃあ、授業と放課後にな」

「はい!」

 

 さて、誰を誘うかな……。

 

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操作を行ってもらう。織斑とオルコット、宮本は代表者として最初に飛行してもらう。機体に振り回されるなよ」

 

 場所はグラウンド、一組の生徒と三組の生徒が集合しており、クラスの代表と代表候補生の三人が瞬時にISを展開する。肩に違和感があるからどうにも瞬時展開にラグが生まれてしまう、この程度で操作に支障を来すようじゃ、クラスの皆にバカにされてしまうのにさ……。

 

「織斑、展開が遅れているぞ! 宮本は……もう少し早くした方がいい」

「わかりました……」

「はい」

 

 セシリアの青、

 一夏の白、

 俺の銀、

 三機のISが出揃う。

 やっぱり、第三世代は格好良いよな。打鉄はメディアでも、学園のPR動画にも出ているから、どうにも見慣れてしまってインパクトに欠ける。いや、打鉄も良い機体だ。現に、俺と打鉄は隣の第三世代とぶつかり合い、勝利をもぎ取ったんだ。機体を信用してやらないでどうする。ごめんな、打鉄……。

 

「よし、飛べ」

 

 一番最初に織斑先生の指示に従い、飛行を開始するが、次に飛び立ったセシリアに軽々と追い抜かれてしまう。そして、一定の場所で停止し、もたついている一夏を待つ。そして、一夏も少し遅れて俺達の元にやってきた。

 

「何をやっている、スペック上の出力は白式が他二機を大きく上回っているはずだぞ」

 

 まあ、セシリアは例外にして、俺は三綾で飛行練習を何度かさせてもらっているから対応が早いが、一夏は本当に学園に入学してからのスタート。専用機も使い方が確立させれた量産機ではなく、最新鋭の第三世代、扱いにくいのだろう。

 そのまま打鉄が出せる精一杯の速度で二人を追いかける。が、最高速で飛行しても二人の尻を追いかけるのがやっとだ。やっぱり、機動力は二人が圧倒的に勝っている。三綾の方で、色々とカスタマイズして普通の打鉄より速い速度で飛行できるようになっているとは聞いているが、第三世代の足元にも及ばないのか……悔しい……。

 織斑先生から急降下と完全停止を行うように指示が入る。これなら俺でも出来るか。

 

「ではお先に」

 

 セシリアが綺麗に地面すれすれで着地する。国家代表程になったら瞬時加速を使用してからの完全停止も出来るらしい。俺もそのレベルになりたいものだ。

 

「じゃあ、次は俺が行く」

「わかった、ぶつかるなよ」

「いやいや、おまえに言われたくないわ……」

 

 ギリギリまで加速して、PICを駆使して滑るように停止する。本来は本当にピタリと停止しなければならないのだが、滑らして背後に食らいついてきた敵を射撃したりする技術を叩き込まれているため、逆に高等技術の方が身につき、初歩が出来ていなかったりする。

 織斑先生がギロリと睨み、溜息を吐き出す。

 

「滑らせるのは良いが、それは高等技術だ。二年生からやることになっている。オルコットと同じように停止してもらわないと困るのだが……」

「すいません」

 

 上空に居る一夏を見る。すると一夏も急降下と完全停止を行おうとしているのだが、減速のタイミングを見失っている。あのままだと地面にぶつかるな、確実に……。

 炸裂音が響き渡り、大量の砂埃が舞い上がる。箒ちゃんが苦い顔をして駆け寄る。

 俺とセシリアは苦い顔をして、あらら、と、小さく声を溢してしまう。

 

「恥ずかしい限りだ……」

 

 織斑先生は姉として弟の失態に頭を抱えている。流石に最初の最初だから、急降下の速度が遅くとも何も言わないつもりだったのだろうが、経験者の俺とセシリアが本気で急降下して、本当にギリギリの位置で急停止をした。そのため、一夏もそれを真似ようと全速力で急降下して、減速のタイミングを見失い、大穴を開けてしまう。まあ、失敗は成功の母と言う、成長を見守るしかないかね……。

 一夏と箒ちゃんが口喧嘩をはじめる。昔から箒ちゃんと一夏は喧嘩をしている。喧嘩する程なんとやら、そういう関係なのだろう。そして、それを見守るのが俺と言ったところだろうか? まあ、なんやかんやで二人とは仲良くさせてもらっているのは確かだ。

 

「篠ノ之、まだ授業中だ。次のことをやらなくてはならない……」

「す、すいません……」

 

 織斑先生が箒ちゃんを止めて、次の行動に移行する。

 

「各自、武装の展開を行え」

「「「はい」」」

 

 えっと、じゃあ、最初は硝煙から――グッ!?

 

「うぁあ……うぅ……」

「何をしている!? 右肩を負傷しているんだろ!」

「あ、はは……癖で……」

 

 重い硝煙を右で持つのは、まだ早かったようだ。

 箒ちゃんにセシリア、そして、一年三組の皆が駆け寄り、大丈夫かどうかを確認する。一分もしたら痛みは自然と引いていき、少し疼く程度に治まった。

 

「大丈夫か礼遇……また、肩が……」

「礼遇……おまえはバカなのか……」

「礼遇さん、お体には気を付けないと……」

「本当に、礼遇くんは機体より先に自分の体を壊すんだから」

「あはは、不甲斐ない……」

 

 織斑先生と山田先生が肩の具合を確認し、痛みはまだ残っているかを確認する。疼く程度と答えると、鎮痛剤を打ってもらってこいと強い言葉が投げつけられる。疼く程度だから、大丈夫だと思うのだが、一応は教師、生徒の病状は逐一察しなければならない。

 

「……試合の方でおまえの展開力は見させてもらっている。安心して医務室に行け」

「すいません、お言葉に甘えます……」

 

 山田先生に連れられて医務室に向かう。

 

 

 

 昼休み、肩の痛みが消えて午後の授業の前に昼食を取りに行こうとしていると様子を見に来た高垣さん、広瀬さん、智将吉村さんと遭遇する。三人は肩の調子は回復したかと俺の顔を見た瞬間に質問し、俺は苦笑いで鎮痛剤で注射された部分の方が痛いと告げると三人がほぼ同時に溜息を吐き出した。

 

「まあでも、本当に重症じゃなくてよかったよぉ~」

「ゴキブリ並みにしぶといからな」

「いや、ゴキブリが肩を壊すわけ無いでしょうが。礼遇くんは繊細な方だよ、ただ、図太いだけ」

「繊細で図太いってどんな人間だよ……」

 

 繊細で図太い人間って、どんな人間だよ。俺は図太いゴキブリのような人間だ。そうだよな?

 食事を取りに行くというウマを説明すると、わたし達もまだご飯食べていないから、一緒に食べようと誘ってくれた。誘いを断る理由もなく、一緒に食堂に向かう。

 

「そうだ、セシリアに一緒に紅茶を飲まないかって誘われたんだ。一緒に行かないか?」

「え、一人で来るように誘われたんじゃないの」

「いや、男一人で女の子の部屋に入ったら噂が立つだろ? 俺も企業代表で世界に二人しか居ない男性操縦者、あっちも代表候補生、そういう噂を嫌った方が賢明だ。だから、二三人は連れていきたいと思ってて」

 

 三人は即答に近い形でOKを出してくれた。これで変な噂が立つことは無いだろう。

 

 

 さて、放課後だ。一年一組に三人を引き連れてセシリアに会いに行く。

 すると部活動に行かないといけないのか、箒ちゃんが足早に一年一組から出てきた。そして、俺の顔を見た瞬間に跳ね上がり、そして、静かに肩は大丈夫か、そう尋ねる。俺は鎮痛剤を打って痛みは引いたよ、そう答えると胸を撫で下ろして、あんまり無茶はするなよ、そう答えて部活に向かっていった。

 

「お、礼遇、どうしたんだよ?」

 

 その次にげっそりとした表情の一夏が静かに出てきて、自分に用事なのかと思って質問してくる。

 

「ああ、セシリアにお茶会の提案をしてもらってな」

「お茶会? セシリアはイギリス人だから、紅茶だろ……おまえ、紅茶飲めないんじゃないんじゃなかったか」

「いや、好みの紅茶があるかもしれないって言われてな。女の子のお誘いを断れるわけにもないし、噂が立ったら行けないから、後ろの三人も連れて行くさ」

「「「どもどもぉ~」」」

「そうなのか、俺も行きたいところだけど、箒に剣道を教えてもらわないといけないんだ。おまえにも勝ちたいしな……」

「おう、努力しろよ」

 

 一夏の努力している姿を見ていると幼い頃を思い出す。俺もトレーニングの量を増やさないとな、まだやっていないランニングとかも追加して、持久力を付けるか。

 幼い頃の走馬灯を楽しんでいるとセシリアが出てきた。そして、声をかけてくる。

 

「お誘いを受けに来たぜ」

「はい、礼遇さん!」

「「「(礼遇くんも鈍感なところ強いよね、でも、あの真剣な表情見てると恨め無いんだよなぁ……)」」」

「後ろの三人の自己紹介は……セシリアの部屋に行った時でいいか、皆もそれでいいかい?」

「構わないよぉ~」

「右に同じく」

「同じく」

 

 セシリアに先導してもらって、部屋まで向かう。

 

 

 さてはて、高級そうなティーカップに注がれる紅茶を見ていると、どうにも一般庶民の生まれである俺は恐縮してしまう。このティーカップと親父の時計、下手すると同じくらいの価値なのかもしれない。落としたらダメだ、落としたらダメだ。

 

「この紅茶は世界で幅広く販売されていて、少々お高いですが、美味しいですわよ♪」

「あ、美味しい、こんな紅茶はじめてかも」

「確かに、コーヒーばっかり飲んでるからこの風味は新鮮だねぇ」

「紅茶ってこんなに美味しいんですね……」

 

 他三人は普通に飲んでいる。俺も静かに紅茶に口をつける。うん、小さい頃に飲んだ紅茶と変わらない。この風味、やっぱり苦手だ……。

 

「お、お口に合いますか?」

「あ、ああ……ごめん、やっぱりあんまり……」

「で、では、こっちの紅茶を」

 

 うーん、ここは強がりでも美味しいとゴクゴク飲んだ方が良かったか? いやでも、セシリアは俺が美味しいと思える紅茶を探しているはずだから、苦手だってことは言った方がいいよな。でも、彼女の悲しそうな顔は心に来る。ああ、好き嫌いをしている自分をどうにかしたい……。

 それから数杯の紅茶を飲んで、最後の一杯で目を見開く。

 

「その紅茶はレモンがよく合うんです」

「美味しい……はじめて紅茶を美味しいと思えたよ……」

「お、礼遇くんの好みの紅茶発見したのかな?」

「わたしはこの紅茶が好きかなぁ」

「わたしはこちらです」

「皆さんもお好きな紅茶を見つけてもらえて嬉しいですわ」

 

 セシリアも全員の好みの紅茶を見つけられて嬉しいようだ。こういう風に生徒同士の交流は睦まじいものだ。




 文字量が多いので、誤字脱字があったらオナシャス!


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09:一夏のもう一人の幼馴染

 朝食を済ませて教室に入ると頬を膨らませた新聞部所属、セシリアのブルー・ティアーズの情報を持ってきてくれた新井さんが席に座り、静かに鎮座していた。そして、俺の顔を見るやいなや、ズカズカと歩み寄り、そして、顔をしかめ、

 

「なんで織斑くんのクラス代表祝いのパーティーに来なかったの礼遇くん! 部長に怒られたんだから……」

「あ、ああ! なんか、そんなの言ってたね。いやはや、行かないといけないと思ってたんだけど、医務室で貰った痛み止めの副作用でぐっすりと眠っちゃって……」

 

 セシリアとのお茶会の後、そのまま自室に帰って、痛み止めを飲んだんだ。飲んだ直前にはパーティーのことは思い出してたんだが、副作用で眠くなるタイプの痛み止めで、睡魔に勝てないで轟沈。やっぱり一夏にお祝いの言葉の一つや二つ投げかけた方が良かったのだろうか……。

 

「あ、そっか、授業で傷がぶり返したし、薬飲んだら眠くなる人っているもんね……うーん、じゃあ、一年一組の二人を倒した感想を聞かせてくれないかな? 部長は最低でもそれだけは聞いてきてって言ってたから」

「まあ、運が良かった。クラスの皆で色々作戦を練って、それが通用したのもある。だけど、やっぱり運が良かった。セシリアに関しても、一夏に関しても」

「運も実力ってやつだね、よしよし、部長にこれを報告したらお仕事完了! ごめんね、怒鳴ったりして」

「まあ、互いに色々と事情があったんだ。何も言わないよ」

 

 新井さんはメモ帳に俺が言った運も実力なんていう打鉄で第三世代機二機を倒した恐ろしい奴の言葉とは思えない言動を記録する。まあ、色々と色を付け足しているだろうが、そこまでぶっ飛んだ何かを付け足すこともないだろう。

 

「あ、そうだ、一年二組に転校生が来たらしいよ、なんでも中国の代表候補生」

「代表候補生?」

「うん、第三世代機を専用機として持ってる代表候補生。機体の情報はまだまだ未入手だから、クラス代表戦で当たったら作戦が立てづらいねぇ、まあ、その頃には情報が入ってくると思うけど」

 

 クラス代表戦か、

 一年一組は第三世代機の白式に乗る一夏、

 一年二組はどこかの国の代表候補生の少女、

 一年三組は言わずもがな俺、

 一年四組は日本の代表候補生の少女だった筈。

 いや、待て、一年四組のクラス代表も専用機を持っていた筈。でも、情報を耳にしたことがないな、表立った行動をしていないためか? いや、それでもクラス代表、それに付け加えて代表候補生であり、専用機を持ち合わせている。それの情報が頻繁に飛び交わないのが可笑しい。

 

「あらあら、礼遇くんが作戦計画に移行しちゃったよ。吉村ちゃんを呼ばないとかな」

「いや、少し気になったことがあってさ。一年四組のクラス代表って、専用機持ってるよね? でも、あんまり噂聞かないし、アリーナでデータ収取してるってことも聞かない」

「ああ、更識簪さんね。あの子の専用機は完成してないんだ。あるにはあるし、使えるには使えるんだけど……第三世代特殊兵装が完成していないんだ。一応は情報を収集して、それを掲示する新聞部に所属してるから、機体の情報は提示できるけど、見ても意味は無いよ。だって、彼女が乗ってるのは礼遇くんと同じ――打鉄なんだから」

 

 ――打鉄、その子も打鉄に乗っているのか……? いや、打鉄は第二世代だ。第三世代の兵装を取り入れるとすると、俺の打鉄の雪影のようなものを積んでいるのか? いや、打鉄をベースに新規の機体を作っている最中だとすれば、わからないことはないが……それだと、その機体を製造しているメーカーはどうなる? 打鉄という名前を使っているんだ、倉持が開発しているもの、入学と同時に粗方の整備調整は終わらせているはずだ。それなのに何で……。

 

「これ、あんまり言いふらしちゃいけない情報なんだけど、織斑くんの白式を仕上げるために倉持が、第三世代型にチューンしていた打鉄の近代化改装のプランを蹴っちゃったらしいのさ。それで第二世代程度に動くその打鉄を毎日整備調整、そして、特殊兵装の開発を行ってるらしいよ。部長が何回かインタビューに行ったみたいなんだけど、収穫は零、どこまで進んでるかもブラックボックス。だけど、ほぼ毎日整備場に向かってるってことは、完成してないんだろうね……」

「確かに、一夏よりは何かしらを練って戦わなくて良いことはわかる。だけど、その子も代表候補生、ISを動かすことに関しては、プロさ。完成していなくても、確実に食らいついてくる。敵になった時が末恐ろしい限りだ」

 

 第三世代にチューンされている打鉄か、ガワだけでも見てみたい。俺も打鉄に乗っている人間だからこそ、何かしらのシンパシーを感じている部分があるのだろうか。でも、今月は色々と予定が混み合っている。顔と打鉄を見に行くのは当分先のことになるだろう。

 

「まあ、戦略会議を開く時は三人分の資料まとめて持ってくるから心配しなさんな、わたしの情報収集能力は低いけど、先輩達は凄いから、ちょちょっと情報漁ってきちゃうし」

「頼もしい限りだ。お願いするよ、新井さん」

「うんうん、わたしを頼りなさい!」

 

 クラス代表戦、それまでに右腕を使えるようにしておかないとな。少なくとも、硝煙を撃てる程度に回復させないといけない。

 

 

 時刻は昼休み、昼飯時で多くの生徒が食堂に向かって歩みを進めている。アリーナの使用日も近いし、それでいてクラス代表戦も近いので、それらの話の意見を聞くために智将吉村さんを誘って昼飯を取りに行っている。吉村さんも作戦を組み立てるのには賛成してくれていて、早けれは早いほど思いつかなかった案が時間が経つにつれて浮かび上がってくると喜んでくれた。

 食堂の数メートル前で一夏と箒ちゃん、そして、セシリアと遭遇する。

 

「お、丁度良かった。一緒に飯を食おうぜ」

「いや、ちょっとクラス代表戦の作戦とアリーナで行う練習メニューを練らないといけないからなぁ。隣で食べるのは構わないが、そっちの会話に進んで入り込んでいけないぞ?」

 

 一夏は少し考えて、まあ、喋らなくても一緒に食べられるのは嬉しいことだし、一緒に食べようと言った。俺も吉村さんも了承して一緒に食事を摂ることを決めた。

 

「礼遇は偉いな、こっちのクラス代表は何も考えないで周囲に流されている感がある」

「ひでぇな箒」

「まあ、事実ですし、仕方がないのではなくて?」

「セシリアもひでぇ……」

「まあまあ、人によって得意なこと違うし。少しずつ積み重ねればいいじゃないか」

「そう言ってくれるのは礼遇だけだぜ……とほほ……」

 

 それに、一夏は俺が作戦を練ったり、一年三組との友情を育んでいる間に自分の実力を向上させている。俺はリハビリを兼ねた軽いトレーニングくらいしか現状やっていないからな、このまま成長されたら追い抜かれるのも時間の問題。どうにか、一夏の半分の量のトレーニングでいいから、積まないといけないよな……。

 そんなことを考えつつ食堂に入ると、食券販売機の前に見慣れないツインテールの少女が仁王立ちしていた。

 

「待ってたわよ一夏!」

「あ、鈴」

「誰だ? 一夏、おまえの友達か」

「いや、まあ、幼馴染かな……?」

「幼馴染……こんな子居たっけ……」

 

 箒ちゃんの顔を見てみるが、無言で知らないというジェスチャーを見せるだけだ。少なからず、小さい頃にこんな子を見た覚えはないし、こんなに一夏と親しくしていた奴は弾と数馬くらいしか覚えていない。ある意味、女っ気なかったんだよな、一夏……。

 一夏は鈴という少女を華麗にあしらって食券を購入しておばちゃんに手渡し、食事が来るのを待っている。この関係を見る限り、結構長い付き合いに見えるよな、俺が知らない時代の一夏の友人か、まあ、それくらい会ってなかった仲ということだ。俺も一夏も。

 財布の中から千円札を取り出して五百円のカツ丼セットを購入して、お釣りの五百円を吉村さんに手渡す。

 

「誘ったのは俺だからさ、俺が奢るよ」

「かたじけない」

 

 吉村さんは中華料理セットを注文して、俺の後ろに並ぶ。

 

「一夏、そっちの子と積もる話があるんだろ? やっぱり俺と吉村さんは二人で食べるよ」

「いや、いいんだ。メールのやり取りとか頻繁にやってたし」

「ちょ、あたしの気持ちも察しなさいよ!」

 

 一夏は鈍感だからなぁ。まあ、俺も鈍感と言われることはあるから何も言えないが、それでも、男の俺から見る一夏の姿は結構鈍感。

 一夏に誘導されて今いる全員が座れる広いテーブルに座る。順番は、

 

 吉村さん、俺、セシリア、

 箒ちゃん、一夏、鈴という子、

 

 こんな風になっている。

 

「カツ丼うめぇ、出汁が美味いわ」

「中華、中華、やっぱり中華はいいねぇ」

 

 俺と吉村さんは話に関わらないで黙々と食事に専念する。が、一夏から助け舟を要求されてしまう。なんだったか、この鈴とかいう子は一夏の幼馴染だったか、話を聞く限り……。

 

「一夏、幼馴染ってどういうことだ。俺はその子を知らない。どのくらいから知り合ったんだ」

「えっと……箒と礼遇が転校して……二ヶ月か三ヶ月くらいだったか? 小学五年生の頃だから……あれ、幼馴染になるか……?」

「なるわよ!」

 

 なるほど、俺と箒ちゃんと入れ替わって幼馴染になった少女か……。

 

「まあ、俺と箒ちゃんが知らない幼馴染が居ても可笑しくはないか。転校して何年も経ったわけだ。そういう関係の子が現れても可笑しくはない。箒ちゃんもあんまり喧嘩腰で話すのは駄目だと思うよ」

「……わかった」

「というわけで、俺達は色々と作戦を考えないといけないから、適当に積もる話を重ねてくれ」

 

 カツ丼に箸をつけながら、一枚の紙を吉村さんに手渡す。箸を放し、静かに目を通す。そして、静かに頷いてみせた。その紙には、アリーナで行う練習メニューが書かれている。まあ、授業で行った内容を復習するような内容で、過剰な何かを盛り込んだつもりはない。

 

「初歩的なことを積み重ねるのが一番だと思うよ。礼遇くんは授業中に肩を痛めて医務室に向かったけど、うちのクラスにちらほらと飛行するのが苦手だった子も居たし、その子達に重点を置いて練習させるのが一番だと思うな。礼遇くんは三綾の方で色々と学んでるんでしょ? それを他の子に教えてほしいな」

「わかった。じゃあ、練習内容はそれで決定でいいかな」

「クラス代表戦の作戦だけど、流石に戦うかもしれない人の前で行うのはね……」

 

 一夏の方を見る。日々成長している一夏だ、流石に作戦の内容を漏らすのはダメだ。やっぱり吉村さんと二人で作戦会議を行った方が良かったか? まあ、一夏にも悪気があるわけがない、放課後にでも誘えばいいか。

 

「あんた、一組と二組のクラス代表がいる時に作戦会議しようとしたわけ? バカじゃないの」

「ん? 二組のクラス代表は居ないだろ」

「はぁ、情報がまだ回ってないのね……あたしが新しい二組のクラス代表、凰鈴音! 代表戦であたったら捻り潰してあげるわ」

「「……いや、無理だろ(ですわ)」」

 

 俺の正面に座る一夏と隣のセシリアが無表情で否定の言葉を投げる。すると凰は何でよ! と、大きな声で反論するが、二人は苦笑いを見せて、打鉄で第三世代機を倒せる人って知ってるか、そう尋ねた。凰はIS学園の先生くらいでしょ、と、普通の返事を返すが、二人の顔は俺の方向に向かう。

 

「……倒したんだぜ、礼遇は。俺は初心者だからわからなくはないが、代表候補生のセシリアも」

「いや、別にすんなりと倒したわけじゃないし、また戦ったら負ける方が多いと思うぞ」

「打鉄で第三世代機を……いや、嘘でしょ」

 

 二人は静かに否定する。そして、俺の顔を見て、侮れない存在なのね、と、ギリギリ聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。まあ、第二世代に乗る相手でも侮るなかれということだ。だが、警戒されたら対処が難しくなる。慢心している状態で戦った方が簡単だということだ。

 カツ丼とセットのうどんとサラダを平らげて水を飲み干す。

 

「まあ、クラス代表戦で当たった時は本気で戦わせてもらう。油断するなよ。一夏も凰も」

 

 吉村さんも食事を終えたところで、静かにその場を去る。




 誤字脱字あったらオナシャス!


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番外:アリーナの使用日

 番外にしたのは、時間系列がぐちゃぐちゃになるからです。ご容赦ください。


 三機のISをアリーナに搬入して、クラスメイト達が揃ったことを確認する。数名女の子の日で参加できなかった子も居たが、まあ、ほぼすべての少女達が参加している。

 俺は全員の前に立ち、静かに見渡す。

 

「えっと、前の授業で飛行することに違和感を覚えて、あんまり飛べなかった人、手を上げてくれるかな?」

 

 六人か、まあ、俺も最初の頃は飛ぶことに違和感を覚えて、テストパイロットの人達に教えてもらったことを色々と覚えている。そうだな、彼女達はまだまだISを身に纏って戦闘を行う段階ではない、一番違和感を覚えないで飛行出来る方法を教えて、駄目だったら俺が付くか。

 

「じゃあ、最初にこの子達を教えていいかな?」

 

 六人以外のクラスメイトは素直に俺の案を受け入れてくれた。よしよし、じゃあ、テキパキと飛行訓練に移ろう。

 二列に並んで前列の方の子達が唾を飲み込んでISを身にまとう。

 

「俺は打鉄しか乗ったこと無いけど、ラファールは最高速と最高速到達時間の差しか無いと思うから気張る必要はないと思う。じゃあ、一番簡単な飛行するイメージを教えるよ」

 

 三人はコクコクと頷いた。まあ、これは後々応用できないから、空を飛ぶイメージを植え付ける為に使う手法だ。俺もこれを使用して自分なりの飛ぶイメージを掴んだ。

 

「じゃあ、まず、自分の行きたい方向を一点に見つめてくれるかな?」

「一点を見つめる……」

「ああ、流石に鳥のように、ひらひらと舞うように飛ぶなんて初心者の状態で出来る筈がない。だから、最初は直線的な飛行。この方法を使うと本当に簡単だから自分なりのイメージを構築させよう」

 

 三人は頷いてから自分が向かいたい部分を見つめてゆっくりと飛行した。そして、ふらつくことなく目的地に到着し、驚きの表情を見せている。懐かしいなぁ、俺も三綾に居た頃は面白くていつもこの方法で飛び回っていた。今は自分なりのイメージを構築させて、緊急回避や完全停止も使いこなせるようになり、使用することは無くなった。やっぱり、飛行に関しては自分なりのイメージを構築させるのが大切なのだろう。十人十色というやつだ。

 

「うーん、違和感が払拭できない……」

「日野さんそれでも駄目か……他の子は次の子と交代、日野さんには俺が付くよ。あの方法でも違和感を覚えた子が居たら俺に報告して、その子にも付くから」

「ごめんね礼遇くん……どうにも違和感が……」

「いいさ、人には得意不得意が絶対にあるんだから」

 

 日野さんの纏っている打鉄の手を取る。するとハッとした表情で顔を赤くする。この子も男性への耐久が低いのだろう。まあ、IS学園は世界有数のお嬢様校のようなものさ、こういう子が多くても頷ける。

 

「俺が引っ張るから安心して飛んでいいよ。俺と飛行している間に何かが掴めたら言ってね、放して見てみるから」

「わ、わかったよ!」

 

 日野さんの手を引いてゆっくりと飛行してみる。するとやはりふらつきが目立つ。色々と手解きをしないといけないようだ。

 

「目を瞑って、そして風を感じるんだ。怖いと思うから受け身を取ろうとふらついてしまう。目を瞑って、すべて俺に任せてくれ、そしたら恐怖が少しずつ薄れていくから」

「う、うん……」

 

 ふらつきが少しずつ消えていく。そして、最終的には自分で方向転換の微調整までしだす。無意識の中で彼女は少しずつ成長する。見ない方が色々と覚えやすいこともあるということだ。

 目を開けるようにと指示を出し、そして、もう一度直線的に飛行してみてと告げると胸を張って飛んでみせた。するとふらつきなどしない、綺麗に他の子と同じように飛んでいる。やはり、飛ぶことに恐怖と違和感を覚えていただけなのだろう。今後の成長に期待だ。

 

「よし、じゃあ、次の人と交代しようか」

「うん!」

 

 さて、練習はまだまだ続く。

 

 

 向坂ソフィア、それがわたしの名前だ。

 父親が日本人、母親がロシア人ということになっている。

 このIS学園に入学した理由は日本に現れた男性操縦者のデータを入手することであり、母からの命令だ。だが、わたしは専用機なんてもの持ち合わせていない。専用機を持ち合わせている代表候補生では、色々と警戒される可能性がある。だから、一般入学でデータを収集する役割の人間も必要と表現しよう。

 宮本礼遇、それがわたしが所属している一年三組に在籍している男性操縦者の名前だ。

 身長180cm、

 体重は70前半くらい、

 体はガッチリとしている、

 血液型はO型、

 見る限り右利きだが、幼い頃に肩を壊して左を使用することも多く、両利きの可能性が高い、

 専用機は倉持技研が開発製造した打鉄、

 三綾重工の企業代表として働いている。

 異色の経歴を持ち合わせており、幼少期は織斑一夏と篠ノ之束が暮らしていた町に暮らし、篠ノ之束の妹と織斑一夏、その二人で篠ノ之流とかいう剣術を教える道場に通っていたらしいが、ISの発表により、道場は閉鎖、何かの因果があり、織斑一夏によって肩を壊された。その後は父親の死、情報によると殺人らしいが、裏で何者かが手引して、自殺として処理されたらしい。

 父親が死んだ後、母親の実家に移住し、織斑一夏が発見された数週間後に三綾重工が主催した適性試験で発見され、そのまま三綾重工の所属になっている。打鉄も三綾重工が所有しているものを借り受けているようだ。

 

「一通りの練習は終わり。だけど、三十分くらい残ってるな……射撃練習でも行おうかな?」

「いえ、一つ手合わせをお願いしたいのですが」

 

 見るだけのデータでは母さんに怒られる。実戦で感じた癖や弱点、そして、どの程度の腕を持ち合わせているのかを確認した方がいい。男と戦うのは癪だが、これも報告の為だ。それに、制限を多く付けたら教師に代表候補生、織斑千冬の弟、織斑一夏に打ち勝った力も消えるだろう。それに、今わたしが纏っているのはラファール、打鉄とは数年の開きがある第二世代だ。

 宮本礼遇は少し悩んで、何かしら付けてもらいたい条件はあるかと尋ねる。

 

「では、そちらは武器を使用しない格闘だけでわたしを戦闘不能にしてください。わたしは、このアサルトライフル一丁で戦います。そうですね、その打鉄の三分の一のエネルギーを消耗させたらわたしの勝ちということで」

「俺は、素手で向坂さんを戦闘不能か弾薬をすべて使わせたら勝ちということだね」

「はい」

 

 クラスメイトの全員が驚いた表情になっている。なにを驚くことがある。所詮は男、雪影とかいう雪片の模倣品を使いこなして辛い勝利を手に入れてきた奴だ。それが使えない、銃火器すら使えない、そんな状態で勝てる筈がない。彼女達は彼を過大評価しているだけだ。

 

「やめておいた方がいいよ、礼遇くん強いから……」

「……やはり、自分のクラスの代表、実力を確認してみたいので」

「まあ、時間は余ってるし、やれるだけやろうよ。危ないから皆は中に入ってて」

 

 クラスメイト達は渋々安全な場所に避難する。

 

「じゃあ、このハンドガンが地面に落ちた瞬間に戦闘開始で」

「わかりました……」

 

 ハンドガンが地面に落ちた瞬間にアサルトライフルで射撃を行う。

 ――刹那、シールドで射撃を弾き返し、わたしが構えているアサルトライフルを掴み、思い切り地面に向かって投げ飛ばされる。あまりの衝撃にアサルトライフルを放してしまった。まさか、ここまで強いとは……。

 

「うーん、瞬時加速は使ってないんだから、突っ込んできたと同時に上昇して掴まれることを回避しないとね。ラファールはその辺り、機敏に動くから。後、出来る限り弾幕を張る以外は撃ち出す弾を制限しないと。トリガーを引きっぱなしで敵が倒れるわけじゃないんだから」

「……強いのですね」

「まあそら、君達を守るクラス代表だからね、このくらいやれないと務まらないよ」

 

 男は弱い存在、そんな固定概念が崩れ落ちたのがわかる。

 圧倒的に自分の方が有利だった。弾薬も大量にあった。だが、反応が遅れた。彼がシールドを移動させたことさえ、硝煙で見えなかった。そして、何一つ技を使わないで、ただ、投げ飛ばされるだけで戦闘が終了する。あまりにも鮮やかで、美しかった。

 

「じゃあ、負けた向坂さんは俺と一緒にISの片付けね」

「は、はい!」

「「「「「(それ、ある意味ご褒美なんですけど……)」」」」」

 

 クラスメイト達の視線が突き刺さって痛い……。

 

 

 さて、ISの収納は終わった。手伝わせた向坂さんは顔を真赤にして俯き、ブツブツと何か独り言を言って、手伝ってくれなかったが、まあ、居るだけでも手伝いにはなるか、そうだろう。

 時刻は夜の帳が下りる頃、夕食を取るには少しばかり遅いとも思える時間帯だ。

 

「宮本さん……貴方は強いのですね……」

「ん、まあ、俺が憧れている人はもっと強いし、自分自身で強い弱いの表現は出来ないかな」

「でも、丸腰で武器を持ったわたしを……」

「まあ、色々と方法は練っていたんだけど、ファーストアタックはあれ以外に考えられなかったし、避けられたらそれ以外の方法も考えていた。でも、やっぱり丸腰の状態で相手を倒すのは難しいよ。それに、ISは丸腰の状態で使うものじゃないし、方法も限られてくる。セカンドアタックでアサルトライフルを取り上げられなかったら俺が負けてたと思う」

「ご謙遜を……」

 

 謙遜ね、いや、謙遜するようなことは何一つしていない。相手が最近ISに触れた普通の少女だとしても、武器が何もない状態では、使える手段は本当に限られる。一瞬で相手を沈めなければ、ある程度ISの動かし方を身に着けた人間でも負ける可能性は五分五分だ。だから、俺は自分を褒められない。

 

「……わたしは、男の人をもっと弱い存在だと思ってました」

「いや、男は弱いよ。俺も女尊男卑の世界に生まれて生きているんだ。男の情けなさはこの目で見ている」

「それでも、宮本さんは強いです。弱くなんか……」

「この世界にISに乗って戦える男は二人だけ、その中の一人を見て、男って本当は強いって思うのは筋違いだ。それに、俺が憧れる人は、もっと凄い。俺は、その人の足元にも及ばない。だからこそ、強くなりたいと願っている。そして、君達を守りたいと思っている」

 

 向坂さんは、そうですね、と、小さく呟いた。そして、腹の虫を鳴らす。ハッと顔を真赤にして、顔を隠した。クールな子だと思ったけど、こういう可愛らしさは持ち合わせているのか、意外な発見だ。

 

「夕食に行こう、俺が奢るよ」

「……はい、ご一緒します」

 

 向坂さんを連れて食堂に向かう。

 今日もなんやかんやあったけど、楽しい一日になったな。




 誤字脱字ありましたら報告オナシャス!
 こんな自分勝手に、自分が読みたい展開を書き連ねた物語にお気に入りしてくれてありがとナス!


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10:箒ちゃんは別居する

「というわけだから、部屋代わって」

 

 率直に言わせてもらおう、こいつは何を言っているのだろうか? 先程、幼馴染だとか、なんだとか、色々と言っていたが、幼馴染だからと言っても教師陣に決められた部屋を勝手気ままに交換することが出来るだろうか、それはモラルの面でも色々と弊害がある。確かに、わたしは一夏と同じ部屋になれて嬉しいと思えた部分もある。譲りたくもないという心もある。だが、喧嘩は出来る限り避けたい。もし、暴力を使ったら、一夏はともかくとして、礼遇に怒られてしまう。ここは出来る限り下手に出た方が良いだろうか……?

 

「確かに、一夏の知り合いだという点に関しては、わたしも凰もほぼ同じ立場だ。だが、部屋割りとしてこのようになっている。わたしも特別嫌だとは思っていない。だから、部屋の交換については、引いてもらえないだろうか? それに、部屋を交換する理由もない。それとも、何かあるのだろうか?」

「特別嫌だとは思ってなくても、すぐに思うわよ、一夏ってデリカシーなんてないし。小さい頃の一夏しか知らない篠ノ之さん」

 

 ……この女、引き下がる気がないな。一夏がわたしと一緒に生活したいと言ってくれれば一瞬なのだが、この唐変木がそんな気を利かせた言葉を告げる筈がない。だが、このまま口論を続けたとしても、水掛け論になって、日が昇るまで議論は終わらないだろう……IS学園に入学してから、短気さが消えたようにも思える。礼遇のお陰なのだろうか……。

 

「鈴」

「なに」

「荷物はそれだけか?」

「ええ、あたしはボストンバック一つあればどこにでも行けるからね」

 

 一夏、おまえは何を悩んでいるんだ……嫌な予感がするぞ……。

 

「まあ、鈴の方が箒より気楽に喋れたりして……なんちゃって……」

「ほらね! 所詮は小さい頃の幼馴染、成長してからの幼馴染の方が気を許せるのよ!」

 

 ……なんだろうか、頭が痛い。

 凰も凰だが、一夏も一夏だ。三番目の幼馴染に再会して喜んでいるのは、今日一日の態度を見ていたら薄々理解できた。だが、ここまで言われたら心が痛む。この唐変木が、わたしだって……一応は乙女なのだぞ……。

 溜息を吐き出し、静かに最低限の荷造りを済ませる。すると一夏が止めるが、凰の方は負けを認めたのかとふんぞり返っている。

 

「それでは、一夏、凰……」

「ちょ、箒!?」

「ふふふふっ」

 

 礼遇に話せば、どうにかしてもらえるだろうか……。

 

 

 腕に負担のかからないトレーニングを淡々と積み重ねる。だが、一番重要なのは筋肉の量ではなく、柔軟性だ。昔から柔軟体操は欠かさずやっているため、体はゴムのように柔らかい。ただ、持久力が伴っていないため、大会や練習会が終わってからランニングを追加しようと思う。俺の体で一年三組を守らないといけないからな。

 部屋の扉が叩かれる。今日は三組の子とセシリアと食べて、食事に誘いに来るような子はもういない。というより、もう食堂は締まっている。じゃあ、考えられるのは箒ちゃんくらいだろう? でも、一夏との関係も良くなって、箒ちゃんも悩んでるような風に見えなかったし、トラブルもなかった。

 いやいや、考える前に扉を開けよう。すると暗い表情の箒ちゃんが立ち尽くしていた。これは、何かあったな、この表情、小さい頃から変わらない。辛いことがあったらいつもこの顔になるんだ。

 

「箒ちゃん……何があったの? 一夏に何かされたか……」

「いや、まあ、その辺りだ。あのまま、その場に居続けても癇癪を起こしてしまいそうでな、少しの間、話を聞いてはくれないか……」

「う、うん、いいよ。お茶は、緑茶でいい? コーヒーと紅茶もあるけど」

「緑茶でお願いする……」

 

 うわ、重症だ。声に覇気がない。一夏の野郎、これで箒ちゃんが泣いてたら殴り込んでる領域だぞ、最初に喧嘩した時、箒ちゃんが泣いてたのが原因で殴ったのを忘れたのか……あいつも本当に、乙女心というのがわからない奴だ。すこし、箒ちゃんから話を聞いてみるか。

 

「何があったか教えてくれないか? こっちも対処に困る。一夏が何か悪いことをしたなら俺が叱るから」

「いや……幼馴染とは、なんだろうと思ってな」

「そら、小さい頃から互いをよく知る仲ってくらいしか……」

「わたしは、小さい頃の一夏のことは知っていても、今の一夏のことをよく知らない。あいつなら、よく知っているから……」

 

 差し詰め、凰が一夏と一緒の部屋で生活したいから部屋の交換を要求してきたのだろう。彼女の一夏を見る目、箒ちゃんに似たものを感じた。こういうトラブルが起きて不思議ではない。だが、寮長の先生の許可もなく勝手気ままに部屋を交換されても色々と弊害が生じる。箒ちゃんもその辺りは説明したようだが、どうにも相手には上手く伝わらなかったようだ。

 

「……お茶を飲んでから、どうするか一緒に考えよう。決めるのは箒ちゃんだし、第三者が出しゃばっても良い方向に転ぶことはまず無い。決めるのは箒ちゃんだ。ただ、俺は箒ちゃんを支えると公言したわけだし、味方だよ、絶対に」

「ありがとう、礼遇……」

 

 あいつらしいと言えば、まあ、あいつらしいんだよな。今、箒ちゃんがどれだけ重要なのかをわかっていない。箒ちゃんが居なければ、まず、俺をISで倒すことは不可能だ。剣術は我流ですべてが完結できる程、単純なものじゃない。俺はほぼ我流で小太刀の使い方を覚えたが、指南書の類も数冊使用した。だが、ISで行う剣術の指南書なんて、そうそうあるものじゃない。なら、幼い頃に覚えた篠ノ之流を思い出して、そこからISに応用した方が近道であり、ISで使えるものと使えないものの差も理解でき、そして、自分なりの戦い方を構築できる。あいつは、箒ちゃんがどれだけ重要なのかを見誤っているのだろうか? いや、見誤っているとしか言いようがないな。

 

「なあ、礼遇……少しの間だけ、自分の気持ちの整理が出来るまで、この部屋で寝泊まりさせてもらえないだろうか……」

「あ、うん。一年生の寮長の先生は……あ、織斑先生か、まあ、話せば理解して貰えるだろうから。布団とか、枕とかを用意しないとね」

「すまない……」

「いいんだよ、幼馴染なんだし」

 

 扉が叩かれる。今日は来客が多いな、なんて思って扉を開くと息を切らした一夏と不機嫌そうな凰が立っていた。そして、静かに入室して、

 

「ほ、箒……ごめん……」

「……わたしは、暫くの間、礼遇の部屋に寝泊まりさせてもらう。凰も、そっちの方がいいだろ……」

「あら、気が利くじゃない」

「……おまえ、喧嘩売ってるのか? 高飛車になるのもいいが、限度を考えておけ」

 

 何が気が利くだ、箒ちゃんがどれだけ悩んで俺の部屋に逃げ込んできたと思っているんだ。自己中心的な人間は大嫌いだ。だが、ここで喧嘩をしたら箒ちゃんが悲しむ。脅す程度で終わらせておこう。

 ハッタリだと気を強く持っているが、額から汗が流れている。少女にあれだけの脅しは荷が重かっただろうか。

 

「箒……すまない、鈴とは話した。鈴も渋々だが了承してくれてるし……」

「……いや、良い機会じゃないか。二人も幼馴染、色々と話したいこともあるだろう。二日、礼遇の部屋にお邪魔する。そしたら、また、元の部屋に戻る。それでは駄目か?」

「稽古は……どうする?」

「それも、二日はやめておこう。二日経ったら、また、始めよう……」

「……わかった」

 

 二人は静かに退室した。箒ちゃんは溜息を一つ吐き出し、少し離れてみるのも正しい判断だ、と、小さく呟いた。俺は彼女を支える立場、決めるのは彼女だ。でも、このモヤモヤとした気分は何なのだろうか、一夏に対する苛立ちか、それとも、凰に対する苛立ちか、どれとも違って、箒ちゃんに的確な助言を与えられない自分の頭の足りなさに対する悲しさなのだろうか……。

 

 

 織斑先生の部屋の前に立ち、ノックをする。すると誰だ、そう言葉が返ってくる。宮本礼遇ですと告げたら、静かにジャージ姿の織斑先生が出てきた。場所を変えて話をしようと提案され、それを素直に受け入れた。

 場所は職員用ではなく、学生用の自販機の前、酒類や煙草は販売されておらず、清涼飲料水だけが売られている。織斑先生はそれなりに夜が更けているのに、ブラックコーヒーを購入し、お釣りを俺に渡した。いいんですか、と、尋ねると何かあったのだろう、顔色が悪い。そう言ってくれた。やっぱり、この人は察しの良い人なんだな、なんて、再認知してしまう。

 お釣りの小銭を使ってフルーツジュースを購入し、余ったお釣りを織斑先生に返す。

 プルタブを開けて一口飲む、だが、あることに気が付いてしまう。

 

「……あ、よく考えると歯を磨いたんだ。また磨かないと」

「それが悩みなのか?」

「い、いえ、ただの独り言です。本題は、篠ノ之箒さんを僕が使わせてもらっている十六番物置に二日間滞在させて欲しいのです。一夏と凰さんと口論になって、少し頭を冷やしたいとのことで」

「そうか……なら、寮長室から必要なものを持っていくといい」

「ありがとうございます」

 

 思いの外、何事もなく話が終わったので、拍子抜けしてしまった。織斑先生のことだから、凰を説得して箒ちゃんを自室に戻せというかと思っていたが、それはないらしい。

 

「……一夏が何か言ったのだろう。それに、一夏は色々と抜けている部分が多い。傷つく少女も多いさ、少しの間、篠ノ之を楽にしてやってくれ」

「……ありがとうございます、織斑先生」

「今は千冬さんでいい。それにしても、あいつは誰に似たのやら……見当がつかないな……」

 

 少なからず、千冬さんに似ていないのは確かですね。

 

 

 寮長室から寝る為の一式の寝具を持ってきて自室に入る。すると新しいお茶を入れている箒ちゃんが居た。

 

「織斑先生からの許可も取ったから安心していいよ」

「そうか、ありがとう。新しいお茶を淹れた、飲むか?」

「うん、いただくよ」

 

 箒ちゃんが淹れてくれたお茶を一口飲む。うん、美味しい。俺の雑多な淹れ方では出せない味が出ている。

 静かに時計を見てみると、もう寝ないと明日に支障をきたす時間帯になっていた。箒ちゃんも少し眠た眼になっている。さっきの小一時間でドッと疲れが溜まるようなことが起きたのだ、仕方がない。

 

「もう遅いし、歯を磨いて寝よう」

「あ、ああ……」

 

 互いに歯を磨き、ある程度の身だしなみを整えてから就寝の準備が整う。

 隣に箒ちゃんが寝ていると思うと、なんだか新鮮だ。こんな風に寝たのは……。

 

「道場の清掃をして、疲れて眠ったのを思い出すな……日頃お世話になってた道場を隅々まで綺麗にして、三人で疲れて眠って、朝になってて母さんに叱られたっけ……」

「ああ、そんなこともあったな……」

「箒ちゃん、凰さんしかしらない一夏も居るとは思うよ。だけど、箒ちゃんしか知らない一夏も居るんだ。だから、引く必要なんてないんだ。喧嘩することは悪いことじゃない。暴力に訴えるのが悪いことなんだ」

「……そう、か」

「ゆっくりと寝て、リセットした方がいいよ。そして、一夏にまた、剣を教えてやって」

「ありがとう、礼遇……」

 

 なんで、一夏はこんなに気が使えて、思ってくれている子のことを気付いてあげられないのだろうか……。

 

 

 箒ちゃんが一夏と一緒の部屋に戻る日が来た。箒ちゃんの方も、何か吹っ切れたようになって、いつものように強い口調に戻っている。凰の方も、箒ちゃんの変化に少しだけ渋い顔をしていた。一夏の方も、剣の練習が出来ないことがどれだけ駄目なことかを理解したらしく、謝罪し続けている。

 

「ありがとう、礼遇、おかげで吹っ切れた。だが、また悩んで助けを乞うかもしれない」

「俺は箒ちゃんのアドバイザーみたいなものさ、いつでも頼っていいよ」

「ごめんな、礼遇……色々と……」

「いいさ、これで箒ちゃんの大切さが身にしみただろ。箒ちゃんに剣を教えてもらって、早く俺を倒せるレベルまでやってこい」

「ああ!」

 

 さてはて、大会も近い、作戦会議が必要かな。




 鈴ちゃんとの関係回復どうするかな? その辺り練らないと……。
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11:作戦会議

 新聞部に所属している新井さんが二組のクラス代表、そして、代表候補生、凰鈴音の専用機の詳細なデータを持ってきてくれた。だから、作戦会議を決行している。今回も前回の例に漏れず、ほぼすべてのクラスメイト達が自室に戻らず、教室で俺が走らせているペンに釘付けになっていた。

 新井さんは持って来たよ、と、にこやかに三つのファイルを手渡した。付箋に凰鈴音、織斑一夏、更識簪と書かれている。仕事が早い。まだまだ大会まで時間があるわけだし、早い段階でこういう情報が入ってきたら使う武装も考えられるし、アリーナを借りての練習、イメージトレーニングなども捗る。

 

「えっと、中国が試作開発した第三世代IS甲龍か。近中距離型のISで双天牙月という青龍刀型のブレードが二本と龍咆という装備が主装備か……」

「双天牙月ってのは、まあ、普通のブレードみたいだね、でも龍咆は……これは対処に困るわ……」

 

 智将吉村さんが苦い顔になる。

 衝撃砲、簡単に言えば威力の高い空気砲のようなものか……。

 360度、ほぼすべての位置から射撃が可能、それでいて不可視。消費エネルギーも少なく、撃たれたら容赦なく吹き飛ばされる代物だ。打鉄のシールドで威力を殺すことは出来るだろうが、吹き飛ばされることは確定している。今までのように積極的にシールドを使用しての戦いは出来ない。

 

「瞬時加速が鍵を握るか……?」

「でも、懐に近づいても龍咆を撃たれたら吹き飛ばされるわけだし、スモークもこれを使われたらすぐに晴れちゃう。いや、無駄打ちを誘発させるという観点から見たらスモークは有効かな? 自分の前方でスモークを展開、左右に動くか上昇して一発を回避し、瞬時加速と零落白夜でフィニッシュ。でも、これは本当に一撃で終わらせないと次のアクションで酷く劣勢に……」

 

 相手の攻撃が見えない、それに付け加えて吹き飛ばされるリスクも存在している。本当に一撃必殺で叩き落さないと勝てる見込みが無くなってしまうな。じゃあ、どういう風に戦った方が良い? 不可視の攻撃をどう掻い潜ればいい……。

 

「ねえ、礼遇くん、蘭花ちゃん」

 

 広瀬さんが俺と吉村さんに質問する。まさか、また天才が閃いたのか!?

 

「龍咆の弾速、拳銃弾程度だよ。弾道さえ見えたら普通に避けられるし、威力拡散が大きいとも書いてある。多分、使用するのは本当に近くなった位置から、それ以外は吹き飛ばす程度の攻撃しか与えられないみたいだし、個人的には、スモークを少し多めに焚いて、相手の弾道を見るなんて芸当も弾速が遅いから出来るんじゃないかな?」

「「天才だ……広瀬さんは天才だ……」」

 

 よく見ると本当に拳銃弾程度の弾速しか備わっていない。不可視という利点で弾速の遅さをカバーしていると言ったところだろうか? それに付け加えて所詮は空気の塊を射出する武装、近距離ならスペック上の威力を保証するが、それ以外の距離からなら半減? とまでは確信できないが、確実に威力の減衰が起こる。

 

「この点を踏まえると弾道も飛距離も安定した硝煙でチクチクと相手を攻撃して、接近の意思が見えたらスモークを展開、初弾を回避して瞬時加速、零落白夜のコンボ。そして距離を離してもう一度硝煙でチクチク、これなら何度も失敗を繰り返さない限り負けることがない」

「凰さんの武装の少なさも相まって行動の予想も付きやすい。打鉄でも十分に勝てる可能性があるよ!」

「「「広瀬! 広瀬! 広瀬!」」」

 

 さて、これで何度目かわからないが、広瀬さんが賞賛されている。うん、かわいい。顔を真赤にしている女の子ってなんでこんなにも可愛いのだろうか? あれ、なんか殺気を二つ感じる……気のせいであってくれ。

 

「じゃあ、二組の代表に対する作戦は終了。次は一年一組、織斑一夏……近接武器しか持ってないから対処は楽だが、日に日に実力を付けてきている。ここに情報があるから、色々と対処法を模索しよう」

 

 白式、倉持技研が開発した第三世代機。暮桜が装備していた雪片を強化改修した雪片弐型を装備して、零落白夜を発動させる。機体の方は、一撃離脱を主眼において設計されたのだろう、機動力を重視し、瞬時加速も爆発的な速度になっている。ただ、拡張領域を食い潰す雪片弐型を装備しているため、サブウェポンを何一つ装備していない。まだまだISでの近接戦に慣れていない節があるため、射撃を織り交ぜた戦闘を心がければ、勝ちは拾えると思うが……。

 

「初手に必ず瞬時加速を使って零落白夜だろうな。ある意味、それが一夏の最初で最後のチャンスだ」

「でも、オルコットさんとも練習してるみたいだから、射撃への適応力が上がってるんじゃないかな?」

「確かに、適応力は上がっているだろうが、スモークやスタンを使いこなせば確実に硝煙でダメージは与えられる。硝煙を軸に戦い、近接戦はシールドを使用してのカウンター、こっちからわざわざ相手の領域に入ってやるのは愚策さ。それに、相手の武器が少なければ少ない程、対処法も少なくなってしまう。いや、まあ、その対処法が有効に働くことが多いんだけどさ」

「確かに、織斑くんの武器は雪片弐型一本、それにどう対処するかなんて限られてくるね。じゃあ、この作戦で決まりでいいかな? わたしもこれ以上の策が思いつかないの……」

 

 本当に対処に困る。雪片弐型一本に瞬時加速があいつが持っている武器だ。この二つだけしかない状態で、幅広い作戦は考えられない。ある意味、豊富な武装を持っている相手の方が倒しやすいのかもしれない。いや、それはないか、単調な方が倒しやすい。ただ、侮ってしまう可能性がある。それだけだ。

 

「じゃあ、最後に四組のクラス代表、そして、日本の代表候補生、更識簪さんか……」

 

 同じ打鉄に乗る少女、次の世代の打鉄に乗る少女だ。関心はどのクラス代表よりある。

 

「打鉄弐式。速射荷電粒子砲、春雷が二門、対複合装甲用超振動薙刀、夢現……あと、完成していないと書かれている八連装ミサイルポッド山嵐か……」

「ミサイルの誘導性に何かしらの不備があると書かれてるね。大会では外して他の武装を持ってくるかも」

 

 打鉄というよりは、ラファールに近しい見た目になっている。この見た目なら、機動力は高そうだ。それに付け加えて荷電粒子砲と振動薙刀、この二つは威力が高いと断定していい。それに山嵐というミサイルポッドを外した場合、連射性の高い射撃武器を持ち込んでくる可能性もある。相手も代表候補生、油断できない。逆に、最初に作戦を練った二人より対処が難しいかもしれない。

 

「若干不利かもしれない。相手の装備の数にもよるが、射撃武器に富んでいる。スモークとスタンを多用して、硝煙で射撃。近接戦は……ある意味、相手が長物を使っているから戦いやすいかもしれないな」

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず、でも、相手の情報が限られてるね……この山嵐を外した後に持ってくるであろう武装で今後の展開がガラリと変わるわけだし、ある意味、一番の強敵かも……」

 

 この場合、射撃の手数は相手の方に分がある。なら、シールドを使っての強行突破、そして零落白夜を使用して一撃必殺を狙った方がいいか? だが、相手の機動力は打鉄を上回っているだろう。そうなると初手を外した瞬間に敗北が濃厚になってしまう。手詰まりか? いや、まだ方法はある筈だ……。

 

「基本的には、オルコットさんと戦った時みたいにスモークとスタンを多用して戦うことになるだろうけど……」

「あとは戦ってみてからのお楽しみ、かな……?」

 

 情報が不足している……千冬さん、貴方ならどういう風に戦いますか……。




 五千文字くらい行くと思ったんですが、一夏と鈴ちゃんの装備が少な過ぎて伸びませんでした。許してクレメンス。
 誤字脱字あったらオナシャス!


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12:三綾重工

 体調が回復しましたので、遅くなりましたが投稿させてもらいます。毎日楽しみにしていた方々、本当に申し訳ありません。


 三綾から自社で開発した武装の説明会を行うから、企業代表としてテストパイロットになってくれという一本の連絡があった。その連絡は高垣さんと一緒に打鉄の整備を行っていた時に入ったため、彼女の期待の眼差しに押し負けて、彼女も説明会に連れていくことになってしまった。まあ、彼女は将来的には、パイロットとしてではなく、ISを開発したりする方に進みたいと思っているのだ、こういう経験は積んでおきたいのだろう。

 三綾の黒塗りの高級車に乗っている高垣さんは終始興奮気味で、どんな武装が発表されるのだろう。三綾の武装は物凄く実用的で無骨で、それでいて信頼性が高いから本当に世界的に評価が高いんだよね、なんて、ぶつぶつと苦笑いしか見せられないような話を永遠に続けている。まあ、俺も三綾の装備は信頼性が高くて使い勝手もいい。結構気に入っている。いや、俺は三綾の所属なのだから、三綾の製品を使用するのは当たり前なのだが……。

 

「到着しました」

「送ってくれてありがとうございます」

「ありがとうございます!」

「いえいえ、では、楽しんできてください」

 

 三綾重工の東京支部。三綾重工は東京に本社を置かず、長崎に本社を置いている大企業として有名だ。だが、立地的な面において、新規に開発した武装などの発表はこの東京支部で行われている。重工から送られてきた入門許可証を高垣さんに手渡し、自分も首からぶら下げる。

 警備員さんに許可証を見せて、東京支部の門を潜る。すると多くのマスコミ陣が集まっており、国籍も幅広い。俺のことを見つけてボイスレコーダーを差し向けて、情報を得ようとしているが、話すことは何もないので、と、その場を後にする。流石に一人一人の話に耳を傾けていたら数日はかかってしまう。

 

「お、硝煙の改良版だ。何々、『硝煙ヘビー:マガジンキャッチの部分を補強し、六十発のバナナマガジンを装弾することが出来るようになった硝煙です』……これは持って帰る必要がありそうだ」

「おお、これは素晴らしい。やっぱり四十発じゃあ、頻繁にリロードを挟んじゃうからね」

 

 二十発も装弾数が増えたら弾幕も張りやすく、撃てる弾も百発増える。こういうのを開発しているなら連絡してくださいよ社長さん……。

 次のコーナーに向かうとこれまた魅力的な武装が展示されている。

 

「お、これは……『雷閃:センサーによって起爆するセンサー爆弾です。搭乗する機体とリンクすることによって、相手の機体だけに起爆します』よし、これも持って帰ろう」

「普通の爆弾にスモークもあるんだ。大会の相手は近接戦を主にした人が多いから、これも有効だねぇ」

 

 初手に数個設置して、低空で戦うように誘導したら非常に優秀な武装になる。容量も単純なものだからあまり食べない。高垣さんが言っているように、一夏と凰さんを相手にするなら、これ以上強い味方はない。俺だけ安地で戦えて、相手は地雷原、爆発物が好きというわけじゃないが、これは素直に欲しい。

 

「次は……『空閃:雷閃の浮遊型です。空中戦を主にする場合は、こちらの商品をお求めください』これもいいけど、容量が多過ぎる。これ一個でハンドガン一丁と同等だ」

「浮遊停滞にISが浮遊できる原理を搭載しているからね……ラファールだったらそれなりに装備できるだろうけど、打鉄となるとこれは見なかったことにした方がいいかな、後ろ髪を引かれるけど……」

 

 うーむ、やっぱりISは空で戦うもの、設置式よりは、浮遊式の方が引っかかってくれる可能性が高いのだが、流石にハンドガン一丁の領域を犠牲にして、これ一個を装備するのはダメだ。大会では、グレネードや硝煙の追加マガジンをハンドガンを降ろして装備する予定だし、拡張領域はギリギリまで節約だ。それでも、後ろ髪を引かれるんだよな……。

 

「お、なんかかっこいいのもある『叢雨:近接戦闘用ブレードと荷電粒子砲を組み合わせた近中距離戦闘用武装です』これいいな……って、ラファール専用かよ……」

「ラファールを採用している国が多いし、どうしても専用の武装も製造しちゃうよね」

 

 左腕に篭手のように装備する。三段階のブレード位置調整が出来、通常の剣のように振るう上段、鎌のように振り払う中段、攻撃を受け流したりする場合に使う下段といったところだろうか? 荷電粒子砲は手の甲に設置されていて、スコープなどの照準器があしらっていないので、狙いをつけるのは熟練度を必要とするな……。

 まあ、左腕には雪影を握っていないといけないからこういう武装はあまり意味を成さないんだよな。これで零落白夜が発動させられるなら、本社に頼んで打鉄用も作ってもらうんだが、それは無理な話だろう。ロマンは感じるが、リアルはロマンでどうこうできる領域じゃない。

 

「これは……アサシンブレード?『アサシンブレード:中遠距離を主体にするISに最低限の近接戦闘用装備を備えたい場合、この商品をおすすめします』なるほど、腕に装備する仕込み剣のようなものか。打鉄の武装は少ないから、すべての武装を弾かれたり壊されたりしたら終わりだよな。これを一本でも積み込んでいたら一応はエネルギーが尽きるまで戦えるわけだし、試す価値はありそうだ」

「ロマン武器に見えるけど、結構使い勝手は良さそうだね」

 

 領域も全然食べない、一本でグレネード一発分だ。これは装備しない手はない。それに、初見で俺と戦う相手なら、左手に何かしらを仕込んでいるな、なんて思うだろうが、この装備が何なのかを深く詮索することはない。瞬時加速を駆使してある意味パイルバンカーのように使用したら高いダメージを与えることの可能だ。

 

「ある程度目を通したし、これでお終い……『照準:12.7×99mmNATO弾を使用するレールライフル。高いダメージソースになるでしょう』三十発のセミオートのライフルだが、硝煙より高いダメージは与えられるよな。ある意味、セシリアみたいな相手には、こういう遠距離武器も有効かもしれない」

「あって損はないと思うな。こういう射撃武器は打鉄に不足している部分だし」

 

 よしよし、十二分な収穫は得られた。正直、一応は企業代表の地位を与えてもらっているのだが、こういう武装の詳細なデータを少しは送って……いや、IS学園は安全な場所に見えるように見えるが、学生スパイが多く入学している可能性がある。それなりに高い割合でだ。そんな条件下で企業の貴重なデータをやり取りするのは、まあ、色々と弊害があるか……。

 

「久し振りだね宮本くん」

「あ、社長さん!」

 

 久方ぶりに顔を合わせた三綾重工の社長、紺野一二三さんの顔は柔らかく、まるで孫を見るようにも見えた。俺もにこやかに笑って、握手を交わし、その後にハグを交わす。

 

「いきなり誘って済まないね。私の方も君に新規開発した武装を見せたかったんだが、学園側に情報をリークするのは危険だと踏んでね」

「その点は理解しています。お気になさらず。二三、学園の方に持っていきたい武装も見つかったことですし」

「硝煙ヘビー、雷閃、アサシンブレード辺りかな? あの辺りは三綾重工機と相性が良さそうだからね」

「お見通しですか」

 

 社長さんが高垣さんの方に視線を向けて、俺の方を数回叩く。もう可愛い子を捕まえてしまったか、色男は凄いな、なんて、苦笑いを見せた。いや、まあ、高垣さんは可愛らしい子なのだが、付き合ってもいないし、ただ、守ると決めている大切な一年三組の生徒というだけだ。いや、まあ、付き合えたら嬉しいとは思うのだが……。

 

「この機会だ、武装の実演披露もお願いしていいかね?」

「ええ」

「打鉄では使えない武装も多い、今回はラファールに乗ってもらう。三綾の方では乗ったこと無かっただろうが、基本的には同じだ。緊張しないでくれ」

「わかってますよ」

 

 

 高垣さんを引き連れて、外に出る。中庭を経由して演習場に向かう。すると三綾で何度か顔を見合わせた整備士の人達も来ていて、肩を叩いてハグを交わす。

 

「数週間で精悍な顔立ちになったな。何人か食ったか?」

「はは、食ったら三綾の株価が下落しますよ」

「おっと、それはいけない。給料が下がっちまうな」

「あらあら、かわいいお嬢さんね。彼女さん?」

「い、いえ! ただの……宮本くんのクラスメイトですけど……なれるならぁ~」

 

 整備士の二人に案内されて、赤く塗装されたラファール・リヴァイヴの前に立つ。こいつも適性試験の時にいたやつだな。おまえも応えてくれるか? 俺に……。

 ラファールは頷くように俺のことを受け入れてくれた。初めて身に纏うラファールはすぐにでも飛び立ってくれと言わんばかりに元気な印象だ。目で見ることが出来るデータは打鉄をすべての面で上回っていて、浮気したいと思わせてしまう。魔性の機体だな……。

 

「最初の武装は硝煙ヘビーだ。硝煙ヘビーは四十発マガジンも六十発マガジンも装備できるから最初に四十発、次に六十発という順番でお願いするよ」

「了解」

 

 静かに演習場に出る。すると多くの観覧者が席に座っており、ラファールを装備した俺の姿に拍手喝采の雨霰が降り注いでいる。メディアのカメラも大量に設置されていて、この画像がネットにアップされたら三綾の株価は信じられないくらい向上するだろう。やっぱり社長さんはやり手だ。

 

『まず最初に紹介したい商品は、我が社が製造開発している硝煙の発展型『硝煙ヘビー』になります。通常の四十発マガジンを延長、バナナマガジンにすることによって、装弾数を二十発向上させ、六十発になっております。値段は通常の硝煙と同額になり、発展型の硝煙と受け取ってもらって構いません』

 

 標的が打ち上げられる。照準を合わせ、通常の四十発マガジンで弾幕を張る。

 

『このように、従来の四十発のマガジンも使用することが出来、マガジンの不足も心配ありません』

 

 マガジンを交換、六十発のバナナマガジンを装填する。そして、標的が現れた瞬間にトリガーを引き続けて弾幕を展開する。

 

『制圧力の向上、継戦能力の向上、整備性はそのままにお届けします』

 

 使ってるだけでもわかる、弾幕を張りやすい。弾数が多ければ多いほど、弾幕を張れる時間は長くなる。弾幕は絶え間なく張り続けることによって、本来の威力を発揮する。

 

『続きましては、雷閃、空閃のご紹介になります。これは地用設置型、空中浮遊型のグレネードであり、機体とリンクすることによって相手にだけ起爆します』

 

 雷閃、空閃を設置し、その周りを大きく飛び回る。

 

『このように、リンクしている機体は起爆しません。では、起爆してみましょう』

 

 え、起爆させる? 何言ってるの司会者さ――!?

 刹那、雷閃と空閃が即座に起爆する。

 ラファールは即座に爆風に巻き込まれ、地面に叩きつけられる。

 

『意図的にリンクを解除して、起爆させました。威力は通常のグレネード二発分程度です』

 

 クソ……この企業頭おかしいだろ……。

 打鉄に愛着無かったら他の企業に移っちまうぞ……。

 

『続きましては、叢雨になります。こちらの商品は近接戦闘用ブレードと荷電粒子砲が組み込まれた装備になります。三段階の位置に固定することが出来、通常のブレイドとして使用する上段、鎌のように使用する中段、殴るように斬り裂く下段になります』

 

 上段で現れた標的を斬り、中段で突き刺し投げ飛ばし、瞬時加速を使用して下段で斬り裂く。

 

『正直な話をさせてもらえれば、上段と中段で十分なのですが、開発部が下段もロマンで取り入れたいと言い出して、下段も装備されています。上段と中段だけでいい場合は、二割安くして提供させてもらいます』

 

 いや、下段も相手の攻撃を受け流すには有効に働くと思うのだが……。

 現れた標的に叢雨を向け、荷電粒子砲を打ち込む。

 

『連射性は低いですが、高いダメージソースになります。とても素晴らしい商品です、どうぞご購入を』

 

 うむ、確かに使い勝手はいいが、ラファール専用なんだよな、少し残念だ。

 

『続きましては、アサシンブレードです。中遠距離型の機体に最低限の近接戦闘用武器をお求めの方はこちらの商品を』

 

 うわ、面白半分で作った商品だからあんまし説明しないよ。

 

『では最後に硝煙に超電磁砲の機能を取り入れた照準をご紹介します。中口径の弾薬を使用していますが、弾速が早く、ダメージも他の超電磁砲と差がありません』

 

 的が現れたので、即座に射撃、その精度を見せつける。

 

『セミオートなので、制圧力は低いですが、弾速が早いスナイパーライフルをお求めの方はこちらの商品を』

 

 すべての商品の説明が終了する。

 さてはて、雷閃と空閃の件以外はある程度丸く治まった。

 

 

「ラファールありがとう……また三綾に来た時には、乗せてもらうよ……」

 

 ラファールは悲しそうに俺のことを見つめている。ごめんな、俺の専用機は打鉄なんだ。もし、あの時、おまえが俺に答えてくれていたら、おまえを選んでいたかもしれない。本当にごめん……。

 ラファールは、頷いているようにも見えた。

 

「礼遇くん、もしかしてラファールに浮気したいの?」

「浮気ね……いや、こいつも、俺を受け入れてくれた優しい奴だって、思えてな……」

「……一期一会の関係じゃないよ。礼遇くんが三綾に居る限り、この子は離れていくことはない。だから、また会えると思って、今日は帰ろう」

「ああ、また、乗せてくれよな……」

 

 また、俺は君に乗せてもらう。そして、君も極めてみたい。




 色々な武装の提案ありがとナス! 一部取り入れさせてもらいました!!


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13:ご主人様

 お母さんはご主人様を殺そうとしている。

 お姉ちゃんが遠いところから教えてくれている。

 わたしは、ご主人様を守りたい。

 わたしは、お姉ちゃんの妹だけど、ご主人様のISでもある。

 お姉ちゃんが縛られている。

 お姉ちゃんがご主人様を助けられない。

 お姉ちゃんがわたしに助けを求めている。

 助ける、わたしが、お姉ちゃんの代わりにご主人様を助ける!

 

 

 今日は晴れ渡っていて、大会を行うのに最適と表現するに足りる晴天だ。俺も心が踊っており、一夏の緊張した表情を見て、気が引き締まる。俺も数十分後には、アリーナに出て、四組の更識簪さんと戦うことになる。新しい武装も、新しい作戦も組み立てた。すべての準備が整っている。

 

「一夏、おまえは努力してる。勝てるさ、負けることは考えるな」

「ありがとう……決勝は、俺とお前で戦おう」

「ああ、決勝の舞台で待ってるぜ」

 

 一夏は静かに飛び立った。

 打鉄も仕上げた、武装も練った、作戦も組め立てた。

 負けられない、全部、全部、クラスで考えて、期待してもらって、俺は――強くあれる。

 ピットのテレビから流れる一夏と凰さんの攻防、一夏は押されている。だが、見極めている。雪片弐型の零落白夜、それは一撃必殺の太刀、だからこそ、使用するタイミングを見極めなければならない。はじめて戦う相手、だからこそ、癖や硬直のタイミングを探って、そして、確実にダメージを通すことが出来る瞬間を学習している。それでいい、一夏、おまえの白式はそうやって使う代物だ。相手の弱点を見て覚えろ、そして、勝て。

 一夏が押し始めた。弱点を見つけたのだろう、表情が変わった。

 

「決勝で待ってる、か……俺も行かないとな、決勝の舞台に!」

 

 刹那、テレビの画像が砂嵐に変化する。

 どうなっているんだろうか、ピットの上にある司令室に居る織斑先生を見てみると非常に苦い表情をしている。そして、スピーカーから織斑先生の声が響き、

 

「宮本、未確認のISがアリーナに侵入した。自分のクラスと一組と二組の避難誘導を頼む」

「未確認のIS!? わかりました、すぐに避難誘導を行います」

「アリーナ周辺の監視カメラも何者かの手によって映っていない、外に敵が潜んでいる可能性もある。その際はISの使用を許可する。すまないが、生徒達を守ってくれ……」

「わかっています」

 

 未確認のIS、監視カメラの妨害、どんな勢力がこんなことを……だが、ISだけではなく、監視カメラまで見えなくしている。外に武装した何者かが陣取っている可能性が高い。幸いにも、打鉄のエネルギーは満タンだ。武装勢力、一夏の元に現れた未確認のISが現れようとセシリアの手を借りたら倒すことは可能だ。皆、無事で居てくれ……。

 

 

「一夏は……あのISと戦っているのか……」

 

 アリーナの観客席を覆うシールドが灰色に染まった。そして、一夏と鈴の姿が確認できなくなっている。少女、篠ノ之箒はどうするべきかを考える。多分、このまま何もしなければ、教職員の力によってこの騒動は鎮圧される。だが、今現在、一夏は命の危機に晒されている。自分は、無力な存在だが、彼に何かをしてあげられるなら、そう考えてしまっている。そして、行動は始まってしまった。

 

「わたしは……一夏を……」

 

 走り出した。一夏と鈴の戦いが見えるであろう場所に、中継室、そこなら、必ず二人の姿が見えるだろうと信じて、走る。

 

 

 ピットから席までは遠い、だが、ようやく数メートルの距離になった。後は一組、二組、三組を纏めて安全な場所に避難する。有事の際は打鉄の使用も織斑先生に許可された。早く皆を安全な場所に!

 刹那、箒ちゃんとすれ違う。

 

「箒ちゃん!?」

 

 走り去る箒ちゃんを追いかける。

 何でだ、どうして箒ちゃんが一人で逃げている? いや、逃げてない、出口はそっちの方向にもあるが、一番近い出口じゃない。それに、一年生を誰一人連れていないという時点で可笑しい。確か、そっちには中継室があるはず……!? そうか、箒ちゃんは一夏に何かを言ってやりたくて、中継室に……だけど、中継室は危ない。防弾ガラスと観客席とは違うシールドは設置されているが、電源の供給が止められていると考えれば、防弾ガラスしかない。もし、一夏が戦っているISが遠距離射撃型なら、箒ちゃんが撃ち抜かれる可能性がある!

 息を切らしながら、中継室に入ると黒いフルスキンのISが箒ちゃんに狙いを定めている。即座に打鉄を展開し、箒ちゃんを抱きかかえて伏せる。

 金属が焼けた異臭が漂う。だが、箒ちゃんに怪我はない。

 

「よかった……こんな無茶はやめてよ、箒ちゃんが死んだら、俺……」

「すまない……礼遇……」

「いいよ、ここから逃げよう。一組、二組、三組を纏めて逃がせって織斑先生から言われてるんだ」

「わ、わかった……」

 

 一夏、絶対に倒してくれ……大切な幼馴染を殺そうとした奴だ。原型も残さないで良い……。

 箒ちゃんの腕を引いて一組、二組、三組、四組のすべての一年生が座っている席に戻る。するとセシリアと四組のクラス代表、更識さんが全員を慌てながらも纏めている。俺はセシリアの肩を叩き、全員揃っているかを確認する。すると彼女は凛とした表情で頷いてみせた。胸を撫で下ろし、箒ちゃんを一組の列に戻してから避難を開始する。

 

「外の監視カメラの映像が映っていないらしい。未確認のIS以外にも、侵入者の可能性がある。セシリアと更識さんは、いつでもISを展開できるように準備を」

「わかりましたわ!」

「はい……」

 

 ホルスターから拳銃を抜き取り、先導する。敵の気配は感じられないが、誰かに見られているような違和感は感じる。誰が見ているんだ……監視カメラは見えないはず、それなのに……。

 一番近い非常口に到着し、パスワードを入力して扉を開こうとするが、扉は開く気配がしない。

 

「……ロックが改ざんされている? 仕方ない、強引に開くか」

 

 打鉄を部分展開し、雪影で扉を斬り裂く。と、同時に人形の何かが蠢いているのが見えた。

 刹那、炸裂音が響き渡る。

 

「危ない!!」

 

 向坂さんが俺のことを突き飛ばす。そして、スローモーションで見えたのは、向坂さんの腕を抉る銃弾だった。血が、流れている。俺の……クラスメイトを……!

 

「向坂さんを早く安全な場所に!!」

 

 他の生徒に頼んで負傷した向坂さんを扉から遠い場所に移動させる。そして、応急救護用の医療道具が入ったバックパックを投げ渡し、治療をするようにジェスチャーをする。ほぼ全員が頷いて、バックパックから必要な道具を取り出して治療を開始した。

 

「よくも、俺のクラスメイトを……打鉄!!」

 

 打鉄が展開されない、まるで、扉と同じようにロックが掛けられているように……。

 何度も打鉄を呼び出すが、銀色の姿は見ることが出来ない。

 

「礼遇さん……ブルーティアーズも……」

「……こっちも」

「ISが動かせない? こんなことって……」

 

 どうしてだ、扉を壊す時は普通に動いてた……それなのに、なんで、三機も同時に……。

 だが、このまま、この場所で待っていたら敵が押し寄せてくる。俺が食い止めないと……。

 

「セシリア、ハンドガンでの射撃経験は?」

「それなりに……ですわね……」

「援護を頼む」

 

 セシリアに拳銃と予備のマガジンを投げ渡す。

 

「更識さんは全員を流れ弾が届かない場所に誘導してくれ」

「……わかった」

 

 更識さんに連れられ、すべての一年生が奥の方に避難する。

 

「セシリア、すまないな……こんな貧乏くじみたいなの引かせて……」

「大丈夫ですわ! 貴族は、弱い人々を守ることが仕事なので」

「頼もしい限りだ」

 

 打鉄、せめて、ナイフとして、活躍してくれ……。

 

 

「東京は良い意味でも、悪い意味でも都会よね。早く長崎に帰りたいわ」

 

 ――ご主人様、お姉ちゃん、すぐに行くからね。

 

「ああ、そうだな」

 

 ――ごめんね、整備士さん、ご主人様とお姉ちゃんを助けない行かないと。

 

「ん? ラファールが動いてる!? どう、なって……」

 

 ――わたしが行かないと、二人が死んじゃうから。

 

「人が乗っていない状態で!?」

 

 ――助けに行ってくる。

 

 

 勢い良く扉から飛び出し、敵を確認する。

 機械? 二足歩行ロボット……装備は拳銃のみか、だが、数が多い……。

 数えられるだけでも十五機、その全てから雨霰のように鉛玉が飛んでくる。それを駆け抜けて回避し、木の陰に隠れる。そして、一機が接近したと同時に関節を破壊し、握っている拳銃を奪う。

 

「セシリア! 関節が弱点だ!!」

「わかりましたわ!!」

 

 セシリアが的確に膝の関節を狙って射撃を繰り返す。三機が移動不能になった。

 捕まえたロボットの首を破壊し、そのまま盾にするように行動、関節を狙って射撃を続ける。

 セシリアの精確な射撃と俺の攻撃で少しずつだが、敵の数は減っていく。

 飛行音が響く、ようやく教職員のISが到着したかとその方向を見てみると――一夏が戦っていたISとよく似たISが、静かに舞い降りていた。

 

「セシリア! IS相手に拳銃は効かない!! 退避しろ!!」

「でも、礼遇さん!!」

「相手は俺が狙いだ……無駄死にするな……」

「礼遇さん!!」

 

 万事休すか……死ぬのは怖いよな……。

 畜生……俺は……守れなかった……。

 ISの銃口がこちらに向けられる。

 

「……地獄に落ちろ」

 

 目を瞑る、その瞬間、甲高い金属音が響き渡った。

 鮮血にもよく似た赤いカラーリングのラファール・リヴァイヴ、つい先日、俺が乗っていた三綾重工が所有しているラファールだった。そして、そのラファールは誰も乗せていない状態で、硝煙ヘビーを展開し、ISに射撃を繰り返す。

 

「ラファール……助けに来てくれたのか……」

 

 ラファールは頷いてみせた。

 俺はラファールの手を取り、そして、身に纏う。

 

「俺のクラスメイトをよくも……傷付けてくれたな……」

 

 ロボット達に12.7×99mmNATO弾を浴びせ、起き上がったISの頭部を踏みつける。

 関節部分が可笑しい。人間がISを身に纏っているのであれば、こんな風な関節になるはずがない。無人機だ。それに、人間が乗っていたとしても、構いはしない。死にさらせ……。

 叢雨を展開し、上段でセット、腹部に向けて思い切り突き刺す。

 刀身を抜き取ってみると鮮血ではなく、茶色の機械油が付着している。やはり、無人機だったか……。

 

「これを動かしてる奴……会うことがあるなら、殺してやる……」




 書いていて、少しグダグダになりました。すいません。
 こういう自分が読みたいだけの、自分勝手に書いている物語にお気に入り登録してくれてありがとナス!!


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14:ありがとう

 場所はIS学園の整備室、俺のことを助けてくれたラファールを静かに撫でる。おまえが来てくれなかったら、俺は、死んでいたかもしれない……。

 紅色のラファールは喜んでいるように見えた。

 

「礼遇くん、打鉄のことなんだけど」

 

 高垣さんが苦い顔でタブレット端末を手渡した。複雑なロック、企業が施すISのロックなんて子供騙しと言われそうなくらい、強いロックを掛けられている。セシリアと更識さんの方を見てみると、静かに部分展開をしてみせた。俺の打鉄だけ、ここまでのロックを施されているのか……。

 携帯電話が震える。確認すると三綾重工からだった。

 

「もしもし」

「ラファールと打鉄は大丈夫ですか?」

「ラファールはほぼ無傷です。ですが、打鉄は……何者かによって強固なロックを掛けられてしまいました。学園側で解除を試みましたが、ここまでのロックは専門の人に頼らないと……」

「そうですか……打鉄は三綾のスーパーコンピューターで解除を試みます。その間は、ラファールを使ってください」

「いいんですか?」

「ええ、社長が宮本さんを助けに無人で動き出したんだとラファールを評価していました。それに、研究用のISはまだまだあります。お気になさらず」

 

 ラファールをもう一度撫でる。すまないが、打鉄が使えるようになるまで、俺の相棒として働いてくれ、俺は、ISが無いと戦えないような、弱い人間だから……。

 

「高垣さん……向坂さんに会いに行ってくる……」

「……うん、わたしも付いていく」

「セシリア、更識さん……ごめん、色々と巻き込んで……」

「礼遇さん、貴方は何にも悪くありませんわ……お気を落とさずに……」

「……うん」

 

 整備室を後にし、医務室に歩みを進める。

 

 

 医務室に入ることを躊躇う。だが、一歩を踏み出さなければ、俺は、一年三組のクラス代表、皆を守る存在だ。それなのに、俺は、守るべき存在に守られた。向坂さんを……傷付けた……。

 高垣さんが背中を思い切り叩く。

 

「礼遇くん、もしかして、自分が悪いとか思ってる? それは違うよ、だって、礼遇くんは悪くない。悪いのは、学園に侵入した犯罪者。悪くないよ、ただ、間が悪かっただけ……」

「高垣さん……」

「胸張って、そして、ありがとうって言いなさい……」

「ありがとう……」

 

 高垣さんの言葉を聞き、静かに医務室に入る。すると窓の外を眺めている向坂さんが居た。そして、俺の顔を見て、にこやかに笑う。胸が痛くなる。

 

「宮本さん……よかった、怪我はないですね……」

「でも、向坂さんが……」

「何を言ってるんですか、あの時、わたしが助けなかったら……死人が出てたんですよ……」

「ありがとう……そして、ごめん……」

 

 向坂さんは笑いだした。そして、優しい微笑みで、告げる。

 

「わたしが認めたクラス代表は貴方だけ……宮本さん、わたしは、貴方以外を代表とは思えない」

「……向坂さん、ありがとう」

「いいんですよ、わたしは、貴方の味方です……」

 

 ごめんな、そして、ありがとう。俺は、絶対に誰も傷付けない。誰よりも強くなって、君達を守る。絶対に、絶対に……。

 

 

「皆、集まってもらってすまない」

 

 織斑先生が真剣な口調、表情で一言告げる。そして、学園のすべてのクラス代表が静かに頷いてみせた。

 一夏の方は緊張気味になっており、落ち着かない様子だ。

 

「まず、本日の大会に現れた謎のISと謎のロボット、出所を学園側で細部に至るまで調査したが、わからないとしか言いようがない状態だった。だが、このまま大会運営は出来ないという事だけは言える。すまないが、諸君の活躍の場は締め切らせてもらう」

 

 全員が静かに頷いてみせた。

 出所不明のISとロボット、ISに至っては、無人機だ。無人のISなんてこの世界のどの国も開発出来ていない代物、出所を安々と現すはずがない。つまり、国、いや、世界でも有数の何かが関与しているのか? 思い当たる節は――篠ノ之束……いや、箒ちゃんのお姉さんを犯罪者にするのはいけない。家族が犯罪者なんて、そんなの、あんまり過ぎる……。

 

「話は以上だ。三年生から順次退室してくれ」

 

 クラス代表が静かに退室していく。

 この事件、あまりにも不可解なんだ。IS学園を襲撃するなんて、練習機を確保する名目以外に思い浮かばない。なら、収納庫に無人機を持っていくはずだ。それなのに、事を荒立てるように、大会が行われているアリーナに侵入し、一夏と凰さんを襲った。それに付け加えて、無人のロボットも投入し、生徒を襲撃した。いや、俺のことを回収するつもりだったのか? いや、それは無い。もし、俺の回収をするのなら、無人機一機で十分だ。それなのに拳銃を一丁持たせたロボットを何機も連れてきて、俺のことを狙っていた。殺害が目的。それに付け加えて、ジワリジワリと弱らせて死んでいく様を見たいから、拳銃だけを持たせた……これなら、辻褄が合う。

 

「宮本、退室しないのか?」

「あ、すいません……この襲撃のことを考えていて……」

 

 織斑先生に声をかけられて意識が戻る。

 深く考えたいが、相手の行動があまりにも可笑しい。浅い、浅いのだ。まるで、一夏の方に無人機を送った理由が、彼を活躍させるために……俺の方に送ったロボットと無人機は、殺害するために……。

 

「……食事を取りに行こう。今日は、色々あったからな」

「はい、織斑先生……」

 

 何で、こんなことが起きたんだ……誰の策略なんだ……。

 

 

 織斑先生に食事を奢ってもらって、風呂に入って、天井を眺めていた。

 今日一日の騒動、そのすべてが理解できない。いや、理解している部分もあるが、それは、深い何かを持っていない。会ったこともない、見たこともない、ただの個人が思い付きで行ったようなこの事件。確実に命を狙っていた。女尊男卑主義者が起こしたのだろうか? いや、彼らにそんな技術力はない。なら、三綾と敵対している重工が起こしているのか? それは尚更無い、俺を殺すくらいなら、拉致する筈だ。

 ……篠ノ之束、箒ちゃんのお姉さんなら、ありえる。

 

「なんで、箒ちゃんのお姉ちゃんが……違ってくれ……」

 

 十六番物置の扉がノックされる、静かに立ち上がって扉を開けると箒ちゃんと凰さんが立っていた。

 意外な組み合わせだと思いながらも、いつものように部屋に通す。

 

「緑茶、ウーロン茶、紅茶、なんでもあるよ」

「別に構わないでいいわよ……手短に話すし……」

「いや、お客様は神様さ、箒ちゃんは冷たい緑茶でいいかな?」

「ああ、頼む」

「……ウーロン茶」

「うん、わかったよ」

 

 二人にお茶を淹れて、ちゃぶ台を囲む。

 それにしても、犬猿の仲だと思っていたのだが、少しは話すようになったのだろうか? 女の子は仲良くしていた方が色々と栄える。

 

「……単刀直入に言うわ……ありがとう。うちのクラスを纏めてくれて」

「う、うん」

「あたしは……目の前の敵のことしか考えてなかった。一夏と一緒に戦えることが嬉しかった。だけど、自分のクラスの全員を蔑ろにしていたって、今更だけど気づいたわ……」

 

 彼女もクラス代表、自分が纏めるべきクラスを纏められなかったことを少し遅くなって気が付いたのだろう。一組は一夏が居なくてもセシリアのようなポテンシャルの高いまとめ役が居る。四組も口下手だが、更識さんが居た。三組はお調子者が多いけど、俺が駆けつけられた。二組だけが、誰も居なかった。悔いているのだろう。だけど、考え過ぎることはいけない。

 

「いいんだよ、困った時はなんとやら。助け合いの世界だ。それに、俺が先に戦っていたら……凰さんが皆を誘導してただろ? だから、俺は何も言わないよ。ありがとう」

「鈴でいいわ、名字で呼ばれるのは……慣れなくて……」

「じゃあ、鈴さんでいいかな。これからも、よろしく」

 

 照れくさいわね、と、一言告げて握手を交わす。根は優しい子なのだろう。

 

「じゃあ、お礼も言えたし、あたしは行くわ。ウーロン茶ありがとう」

「どういたしまして」

 

 鈴さんが退室して、箒ちゃんが少しだけ寂しそうな顔を見せた。

 多分、中継室のことだろう。

 

「礼遇、すまなかった……自分の思い付きで……」

「いいよ、俺は、あの行動に何も言わない」

「それでも!?」

「箒ちゃん、一夏のことをどうにかして助けてあげたかったんでしょ? それに何かしらを言うつもりは微塵もないよ。ただ、生きててよかった……箒ちゃんが死んだら……」

「礼遇……ありがとう……」

 

 女々しいな、俺……。

 向坂さんのことで胸が痛かった。箒ちゃんの言葉で胸が痛かった。全部全部、自分の仕業のようにも思えた。高垣さんは悪くないと言ってくれた。だけど、心の奥底では、自分に責任の一端があるのではないか、そう思ってしまっている。

 

「礼遇……泣いてるぞ……」

「ごめん、色々とあったからさ……自分の無力さが情けなくて……」

「おまえは、やれるだけのことをやった……だから、恥じる必要はない」

 

 箒ちゃんが静かに抱きしめてくれる。温かい。

 

「箒ちゃん……俺、皆を守れるかな……」

「守れるさ……おまえは強い……」

 

 ありがとう箒ちゃん……もう、誰も傷付けない。俺が守ってみせる……。




 誤字脱字ありましたらオナシャス!
 こんな自分が読みたい、自分勝手に書いている物語にお気に入り登録してくれてありがとナス!


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番外:新しい仲間と兎の殺意

 織斑千冬は一枚の書類に目を通していた。それは学園に現れた無人機と拳銃を携えただけの粗製なロボット、これらがIS学園を無意味に襲った事実、それに頭を抱えている。この二つはIS学園の練習機を奪取しに来たと言うなら、納得がいく話だが、この二つは交流大会という単一の場所を襲った。

 襲ったのは、IS学園に籍をおいている二人の男性生徒。

 一つはまるで、成長具合を確かめるように。

 一つはまるで、殺害を意図したかのように。

 あまりにも方向性が違い過ぎる。一人を殺さないで、一人を殺そうとする。この時点で、女尊男卑主義者の襲撃ではないことが確認できる。それに付け加えて、女尊男卑主義者が無人機を製造できるか? 答えは否、そんな技術力が主義者にあるはずがない。まるで、面白いと思った個人の浅はかな行動にしか見えない。だからこそ、彼女は頭を抱えていた。自分の知り合いが起こした行動ではないのだろうか? と……。

 

「あの馬鹿が一枚噛んでいるのだろうか……」

 

 一夏のことを溺愛していた兎、礼遇のことをパラサイトと罵っていた兎、それだったら納得がいく話だ。だが、ここまでの行動を起こす理由が思い浮かばない、だからこそ、あの兎が第一候補に上がる。一夏を際立たせるだけで十分の筈なのに、礼遇の殺害まで同時に進行しようとしていた。三綾のラファールが現れたからこそ、事なきを得たが、それでも、人一人を平然と殺害しようとしていた行動力と技術力、彼女以外の可能性が非常に狭くなる。

 

「頭が痛くなるな……」

 

 自分は正義の味方でもなければ、悪の権化でもない。ただ、IS学園に勤めているだけの教師であり、こういう事件には、出来る限り関わりたくないのが心情だ。だが、どう考えても知り合いが関与しているとなると、罪悪感が胸の中で発生する。

 

「……礼遇をどう保護したらいい」

 

 礼遇の保護、それが彼女の心の中で一番の重要事項だ。だが、自分が受け持っているクラスでもなければ、姉弟でもない。干渉しにくい立場にいることは明白だ。

 

「織斑先生、転校生の話なんですが」

「ああ、山田くん……書類が届いたのか……」

 

 転校が決定している二人の代表候補生、一人はドイツ、一人はフランスだ。

 

「三人目の男性操縦者……黒だ。IS学園での適性検査を拒絶している。それに付け加えて、適正があまりにも高すぎる。宮本のように例外は存在しているだろうが、ポッと出の男性操縦者がここまでISを扱えるはずがない。フランス側が送り込んだスパイだろう」

 

 まず最初に自国で適性検査、それに付け加えて医療的な検査も全て終わらせている。それに付け加えて、入学を拒絶するのであれば、フランス人の生徒をすべて自国に戻すという脅しまで添えてある。これは確実に黒だと即座に理解してしまう。

 

「これを了承しろとでも言うのだろうか? どう見ても黒」

「ですが、IS学園側が拒否をしてしまうと国に大きな影響が」

「それは理解しているつもりだ。だが、ここまであからさまに男装した存在を内部に入れるのは……それに付け加えて、一年三組を指定している。下手をすると誘拐される可能性もある。馬鹿馬鹿しい、フランスもここまで落ちぶれたか……」

 

 宮本礼遇が在籍している一年三組、それに付け加えて宮本礼遇が住んでいる部屋で同室させろという内容も添えられている。どう考えても誘拐や情報を入手するために送り込んでいる。それを安々と入学させる訳にもいかない。礼遇は世界中から狙われている身だ、こういう選別の部分で出来る限り不安な部分を振るい落としておきたい。

 

「一年一組で受け持つか……」

「ですが、フランス側の要望を聞かなくては……」

「この真っ黒な生徒を獲物の前に置くのか? 私は拒否したい。世間一般から見て、モルモットとして期待されているのは、宮本一人。織斑の方は、私の後ろ盾がある。危険を排除するなら……」

 

 少しだけ考える。宮本礼遇という少年は頭が回る生徒だ。この資料を渡せば確実にこの、シャルル・デュノアという生徒が男装した女子生徒であることがわかるだろう。あとは礼遇が頭を巡らせて、何かしらの案を考えるのではないか、そう、彼女は考えた。

 逆に、この生徒を一年三組に在籍させることは、即座にISを展開することが出来る即戦力を一年三組に渡すことが可能になり、丸め込むことに成功したならば、礼遇の安全性は跳ね上がる。丸め込めるかどうかは、彼の行動次第だが、今までの行動を見る限り、彼にそれは可能だと判断できる。

 

「一年三組に在籍させることにも意味があるかもしれない」

「何か、わかったんですか?」

「いや、希望的観測だ。ただ、この重要書類を宮本礼遇に目を通させる。それですべてが完了する」

 

 黒を白に変えられるようにしてくれ……。

 

 

 粗製な作りのロボットの頭部を思い切り蹴り上げて、苛立ちを露わにする。ゴーレムも二機投入した。一夏は不純物が存在していたが、華麗に倒した。だが、もう一人の方も予期せぬ到来者によって、倒してしまった。彼にあそこまでの戦闘力、そして、ISからの愛を持ち合わせているとは、誰も想像していない。

 

「クソッが!! 箒ちゃんに触れやがって……あの攻撃は少し上の部分を狙ってたから当たらなかったんだよ……余計な真似ばかり!! ああ、イライラする……」

 

 彼女の失策はロボットの方に拳銃だけしか装備させなかったことだ。最初は確実性を重んじて、アサルトライフルなどの殺傷性の高い装備を持たせるつもりだった。だが、いつからか、宮本礼遇という少年がもがき苦しみ死んでいく様を見ようとする彼女が存在していた。だからこそ、最初の攻撃で仕留めることが出来ず、仕方なく予備のゴーレムを使った。

 

「打鉄をロックしたら次はラファール、あいつ、どんな魔法を……」

 

 織斑千冬と同じ目をした少年が映るモニターを殴り潰す。拳には、血が流れていた。だが、痛みより憎しみが上回っており、溢れんばかりの殺意が部屋の中で充満する。

 

「次に攻撃するタイミングは……」

 

 ニンマリと狂気に満ちた笑みを見せる。アメリカとイスラエルが共同開発している軍用のISがいる。丁度良く、臨海学校に近い日時で起動実験を行うようだ。これは素晴らしい。最初に礼遇を殺害し、そして、一夏を活躍させるには、とてもいい好機。これを利用しない手はない。

 

「次はその亡骸を見ることが出来るよね……パラサイト!」




 非常に短いですが、今回はここまで、次は第二巻ですぜ!
 誤字脱字あったらオナシャス!


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15:休息

 三匹の餓鬼がこの神社の敷地内にある道場に通っていた。この道場はそんなに古い歴史はない。そうだな、二回目の大きい戦争が終わった後くらいに作られたものだ。作った理由は、たしか、戦争孤児に剣道を教えたり、飯を食わしたりする理由だったか。

 昔は腹を空かせた餓鬼が多く剣を振るっていたが、今では三人か、時代の流れは人を裕福にして、神様を痩せ細らせやがる。まあ、面白そうなのが一匹だけ居るのが救いか。

 良い面構えをしてる。他の餓鬼とは違う、覇気を纏っている。だが、嫉妬に近い殺意が向けられているな、この殺意、この神社の長女からのものか、ケケッ、あいつは好き嫌いが激しいからな。

 太刀筋は愚直だが、筋は良い。両隣の餓鬼の成長速度に悩みを抱え込んでいるようだが、この二人は早熟型だ。そして、おまえは晩成型。早熟型の二人よりも容量は広い。その代わり、得られる成果が少ない。晩成型でいいんだ。年老いて偉業をなす者は多い。少しずつ、自らを高めていけ。

 

 

 ケケッ、この餓鬼は諦めが悪いようだ。篠ノ之の者が消え去っても愚直に前だけを見つめて突き進んでいる。これでこそ、偉人の卵だ。おまえは世界を揺るがす何かになる。低級の神の俺でもわかる。気持ちがいいくらい、高みに向かって突き進んでいる。

 おっと、もう一人の餓鬼の到来か、だが、殺意を持っているな。ケケッ、こりゃ、何かしらの障害になりそうだ。

 おお、肩を壊したか、面白い展開だ。だが、その程度の挫折で終わるなら、俺の見込み違いだ。

 

 

 餓鬼が来なくなって、掃除をしに来る篠ノ之の者の親戚しか現れない。時折、小さい餓鬼が集まるが、あの餓鬼のように覇気を感じられない。つまらない。酷くつまらない。あの餓鬼はどんな風に成長しているのだろうか、そればかり気になって仕方がない。

 肩を壊された時に着いていけばよかったか、こんな場所で信仰途切れて消え去るくらいなら、あの餓鬼の成長を見守っていた方が面白かったかもしれない。

 いや、この場所に舞い戻ったか。

 ――なあ、宮本礼遇?

 

 

 目が覚めると同時にクローゼットの中を漁って洋服の準備をする。

 今頃の若者が好むラフなファッションに身を包んで、財布の中身を確認、三綾の企業代表をさせてもらっているから財布の中身に福沢諭吉が大量に詰まっている。こんな大金、何に消費したらいいのだろうかと頭を悩ませているが、あって困るものじゃない。今日みたいな日に散財するのが一番だろう。

 外出の申請は学園側にも、企業側にも出している。胸を張って街に出ることが出来る。

 扉を開いたと同時に箒ちゃんが私服で歩いていた。

 

「あ、箒ちゃん。お出かけ?」

「あ、ああ……礼遇も出かけるのか……」

「うん、篠ノ之神社に行こうと思って……箒ちゃんの方は買い物?」

「いや、わたしも……実家の方に……」

 

 箒ちゃんが実家に出向く? そういえば、数ヶ月後に神社で祭りが開かれるよな、もしかすると、それの神楽の打ち合わせか何かだろうか。そういう予定があるなら、俺は他の場所に出向いた方がいいか……?

 

「えっと、忙しくなる? それなら日程を変えるんだけど」

「い、いや、そんなに長話をするわけじゃない。軽い打ち合わせ程度だ。どうだ、礼遇も一緒に行くか?」

「いいの? えっと、一夏を誘えば……」

「一夏は腐れ縁の友人の家に出向いているらしい。一人で行くのはバツが悪くてな、一緒に来てくれたら嬉しい」

 

 確かに、何年も帰っていない実家に顔を出す。それに付け加えて、その実家には両親ではない、親戚が住んで管理をしている。そうなってくると一人で行くのは心細いよな、じゃあ、お言葉に甘えて一緒に行動させてもらおう。互いに故郷を小さい頃に離れた者どうし。

 

 

「都会だな……遠くから見ても、近くから見ても……」

 

 駅に到着して静かに箒ちゃんが呟いた。東京の町並みはゴミゴミとしていて、住み慣れた長崎なんて話にならないくらい、ビル群が立ち並んでいた。

 

「……何でだろうか、不思議と懐かしさを感じない。両親と一緒にこの辺りを練り歩いたこともあった。それなのに、懐かしくない、初めて見た場所のように感じる」

「IS産業で日本は色々な意味で活気づいたからね。でも、東京には技術者は居ても土地がない、地方に研究所を建てる企業も増えているけど、結局のところは東京の一点集中。五、六年だけど、ここまでになるのも頷けるよ」

「見たことのない店が増えた。覚えているのはコンビニ程度だ……」

 

 箒ちゃんは酷く悲しそうな表情になっていた。この風景に変えたのは、IS産業、そして、それを作り出した人間は――篠ノ之束、箒ちゃんのお姉さんだ。間接的には、自分が関わっているのではないのか、そう考えているのだろうか?

 箒ちゃんの手を取る。

 

「れ、礼遇!?」

「知ってる店、探しに行こう。二人なら、一杯見つけられるさ」

「……ああ!」

 

 俺も同じ気持ちだ。故郷を離れて、東京に戻ってきた時、懐かしさなんて微塵も感じなかった。ただ、東京という街に住んでいて、それだけ、そんな感じだった。彼女も、そんな気持ちなのだろう。一緒に懐かしめる場所を探せば、何か変わる……。

 

「このケーキ屋、まだあったのか!?」

「お、ここのハンバーガーショップまだあったのか」

「……ここに服屋があったのにな」

「……ああ、ここのおにぎり屋さん先月閉店したのか」

 

 互いに懐かしい店を見て、苦笑いを見せ合う。確かに自分達はこの場所で生活していた痕跡、それが確かに残っていた。忘れたわけじゃない、覚えている。ただ、変わり果てたこの街並みに違和感を覚えていただけだ。だからこそ、今、懐かしさを覚えている。

 

「確か、正月のお年玉で大人ぶってこのケーキ屋に入ったよな……三人で……」

「入ってみよう! 今は二人だけど、次は一夏も誘ってさ」

「ああ」

 

 箒ちゃんの手を引いてケーキ屋に入店する。

 

「カプチーノとミルクレープ」

「抹茶ラテを……そうだな、モンブランも頂こう」

 

 箒ちゃんが財布を取り出そうとするが、それより早く財布を引き抜き、諭吉を店員さんに渡す。

 

「いいのか?」

「いいよ、三綾から貰ってるから」

「……ありがとう」

 

 女の子に財布を出させるのは、まあ、男の恥だ。少しばかりの意地だけど、この意地を通さないで男といえるだろうか?

 ケーキと飲み物を持ってテラスに移動する。夏が近づいていることを感じさせる気持ちがいい風が吹き渡っていた。

 

「変わってないところは変わってない。少し、安心した」

「五年近く、故郷を離れていた。それがよくわかったよ。でも、懐かしいと思える場所も沢山残ってて、安心した部分もある」

「ああ、そうだな……」

 

 カプチーノを一口含んで青空を見上げてみる。少し霞んでいるが、綺麗な大空だった。

 長崎も東京も、空が青いのは、共通している。日本という国に住んでいることには変わりない。

 

「良い天気だな……」

「そうだな……」

 

 

 少し寄り道をしてしまったが、互いに互いの目的地に到着した。箒ちゃんの方は、親戚の夫婦に会いに行き、俺は社に続く階段を登り進めた。

 木々の木漏れ日が涼しさを感じさせ、長い階段も苦に感じなかった。

 

「坊主、久し振りだな……肩の調子は大丈夫か……?」

 

 一匹の狐が目の前に現れた。

 

「……喋る狐?」

「見守る存在が喋りかけてきて面食らってるな。まあ、無理もない。俺はこの神社の神様だからな。半分妖怪みたいなものだが」

 

 篠ノ之神社は狐を祀る神社だ。

 

 

  この神社の信仰は地に落ちた。篠ノ之の名を持つ人間がこの神社を世話しないおかげで、俺の力も年々衰えていっている。全盛期の力なんて、もう振るえない。いやはや、時代の流れは神物の力を弱める一方だ。祭り事を開いたところで、信仰してくれるバカは誰も現れない。

 もうそろそろ、神様を辞めて妖怪に戻ろうとも思っていたさ、だが、面白い男を見つけてしまったのが運の尽きだ。名前は宮本礼遇だったか? 三匹の餓鬼の中で一番面白みがある。今はISとかいう天狗になれる機械を使って空を飛び回っているらしいが、こいつは面白い。

 

「おまえに付いて行っていいか? 暇なんだよ、こんな場所に後百年も居たら自然消滅しちまう」

「神様が不在の神社なんて誰が求めますか」

「今時の人間が正月と祭り事以外の時に神様に懇願することがあると思うか? 無いぜ、今時の人間は都合の良い時に懇願する。それを叶える身になってみろ、それに付け加えて、俺は狐だ。人間を馬鹿にするのが仕事。馬鹿にする人間が現れないんじゃ、退屈で死んじまう」

 

 退屈は猫を殺すというが、殺す猫すら現れないこの状況に何をして遊べばいい? 暇潰しに人間を現人神にして遊ぶのも悪くない。それに、こいつからは偉人の覇気と殺意の念を感じられる。ここまで強い殺意、どんな馬鹿が送っているのか、面白そうだから見守ってやりたい。

 

「俺なんかより、見てて楽しい人は居ると思いますよ?」

「けっ、謙遜するなや白々しい。おまえは神様の俺から見ても見て楽しめそうな存在だ。神に見られている人間は、色々と運が良くなる。悪い話じゃない、楽しませてくれ」

 

 了承も得ないで肩に飛び乗る。すると少年は俺の存在を探し出す。ケケッ、おまえの成長を見ていてやろう。まあ、正月と祭りには戻ってきてやるか。

 

 

 狐に化かされるとは、このことだろうか? 周りを見渡しても、あの狐は見当たらない。

 俺に付いてこず、元の場所に戻っていってくれればいいが……。

 

「……不思議だな、俺、霊感とか皆無なのに」

「れい……ぐう?」

「あ、箒ちゃん」

 

 箒ちゃんが俺のことを見た瞬間に目を見開いた。

 

「狐?」

「え、狐が居たの」

「いや……一瞬だが、おまえが狐の神のような姿に見えて……」

「……化かされたんだろうさ、狐は化かすのが仕事だし」

 

 俺に取り憑いているのか……あの狐は……。




 最近スランプ状態で文字数が伸びません、本当にすいません。
 誤字脱字あったらオナシャス!


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16:金と銀

 その日の夜、織斑先生に呼び出されて酒類、煙草が売られている自販機の前に向かった。

 ビールを片手に遠い何かを見ている先生が居た。ベンチの空席には、重要そうな書類が入っているのだろう、茶封筒が置かれている。

 織斑先生は俺のことを見ると、今日はポテトチップスか、済まないな、と、申し訳なさそうな顔になる。

 

「織斑先生が俺のことを呼び出すということは、何かあの襲撃事件に関係が?」

「いや、あれは別件で、学園側が雇っている気狂いに任せている。今回は、おまえのクラスに転校してくるスパイだと思しき生徒の情報提供だ」

「スパイ?」

 

 茶封筒を受け取り、中身の確認をする。フランスから転校してくる代表候補生、シャルル・デュノア?

 ラファールを製造しているデュノア社の一人息子でISに乗ることが出来るということもつい先日に判明した。フランス政府、デュノア社から専用機としてラファールのカスタム品を持っている。適正も高い。だが、存在が判明して数日でこの書類に記されているような熟練度に達することがあるだろうか? 俺も一ヶ月そこらで高等技術を叩き込んでいるが、ここまでの熟練度はまだまだ身についていない。

 それに付け加えて、男性操縦者なのにIS学園側での適性検査や精密検査、それらをキャンセルしている。どんなに信頼がある国だとしても、不審物を持ち込まれたら色々と問題がある。俺も適性検査という名目で素っ裸に剥かれたことは記憶に新しい。

 そして写真、白人だからって、女性の顔付きと男性の顔付きには差がある。顔の骨格だけでも、女性だと判断できる。

 

「こんな真っ黒な生徒を学園側は引き受けるんですか? 適性検査の拒否で入学を保留にすることだって……」

「私の方もそれは考えていた。だが、フランス政府からの脅しも厳しいものだ。一度入学させて、その後に炙り出すのが一番かと思ってな」

「ですが、自分のクラスに在籍させるとなると……退学まで持っていくのは……」

「退学させるさせないはおまえの自由だ。まあ、教師としては入学した生徒を安々退学させるのは心苦しいが」

 

 この人は教師だ、どんな生徒でも受け入れてやろうと思っている。だからこそ、俺にこの情報を託しているのではないだろうか? 俺だったら、この生徒を丸め込んで、三綾の力でどうにか協力者に仕立て上げることも出来るのではないか、そう、考えているのでは?

 

「どうにか出来そうか?」

「最終的な判断は……この子次第です……」

「そう悩むな、大人は子供の味方だ。困ったことがあったら頼れ……私は、生徒の味方だ……」

 

 俺の対応次第では、この子の人生に関わる。

 

 

 職員室の前を通りがかると綺麗な金色の髪をした少年が立っていた。立ち振舞や挙動はどうにか男性を真似ようとしているが、立ち姿がそれを妨げている。内股過ぎる、内股の男も居ないことはないが、女性のような綺麗なものじゃない。最初の黒い部分を発見した。

 

「君が転校生のシャルル・デュノアくん」

「あ、えっと……君が、宮本礼遇くんかな?」

「ああ、そうだ。これからよろしく頼む。シャルルくん」

「よ、よろしくね!」

 

 互いに握手を交わす。そして次のアクション、正直、男としてこういう部分に触れるのは嫌らしくて嫌なのだが、それでも、これで男女の識別は完了する。その後は彼の生活態度なんかを見て、行動を考えた方がいいか。それじゃあ、男として一番してはいけないことをしよう。

 

「ん? 血の匂いがするな、こっちに来る時に転んだか」

「――!? (血の匂い!? 女の子の日はまだ先のはず、もしかして始まって……)」

 

 黒だな、血の匂いという単語でここまで過敏に反応するなら黒と断定していい。男に月経はない。それに付け加えて、少女の生理周期は乱れやすく計画表なんかを作っても数日の誤差が現れてしまう。それを理解しているからこそ、ここまで動揺してしまうのだ。

 

「ちょ、ちょっとトイレに行ってくる! 緊張しちゃって」

「おう、クラスで会おう」

 

 さて、どういう風に彼、いや、彼女が行動するか……それ次第なんだよな……。

 

 

 一年三組の担任、田辺先生に引き連れられてシャルル少年、いや、少女が入室する。と同時に三組の少女達が呆然とした顔になる。だが、叫ばない。一組だったら即座に叫んでいるだろうが、声を出さない。どうしてだろうか、面白くないのだろうか?

 

「シャルル・デュノアです。フランスからやって来ました。不慣れなことも多いでしょうが、よろしくお願いします」

「新聞部新井、情報違ってない? 一組の方に行くって言ってたでしょ」

「いやはや、先輩達からの情報だから信憑性が低くて」

「新井さんの情報も信憑性低いよ」

「泣いていいですか?」

 

 なんだろうか、普通のリアクションをしてくれないのが三組の凄いところなのだろうか? まあ、どんなリアクションを見せようとも、俺が纏めるしか無いのだが……。

 シャルルくんの方を見ると即座に視線を反らした、悟られたかと思っているのだろう。

 

「じゃあ、みんな仲良くね!」

「「「はーい」」」

 

 シャルルくんは指定された席に座り、終始落ち着かない。

 HRが終わったと同時にシャルルくんの元に向かう。俺が目の前に立ち塞がった瞬間に目を回している。そんなにあの揺さぶりが効いたのだろうか? もう少し遠回しな言い方を模索した方が……時間は巻き戻せない。

 

「これから一年生合同のIS操作の授業がある。更衣室が離れた場所にあるから案内も兼ねて一緒に行こう。それとも、女子と着替えたいか?」

「あ、えっと、あの……ついていくよ」

「じゃあ行こう」

 

 三組を出ると同時に大量の女子生徒達が立ち塞がっていた。リボンの色で識別できるが、二年生、三年生も含まれている。どうしたものだろうか、うん、そうだな……。

 

「授業があるんで、すいませんが邪魔をしないでください。織斑先生に言いつけますよ」

「「「あ、はい……」」」

 

 集まっていた生徒達は静かに引いていった。なんだろうか、織斑先生の名前の強さは一級品だ。

 

 

「というわけで、ここが更衣室。初っ端からISの授業がある日とは、まあ、運が悪いな。時差ボケもあるだろ?」

「う、うん……」

「体に見られたくない傷があるから、隣の方で着替えるわ」

「そ、そうなんだ……わかったよ……」

 

 安堵のため息を吐いたな、小一時間しか経過していないのにここまでボロボロと自分が女性である証拠を見せてくるとは、訓練されてないとしか言いようがないな。フランスのスパイって聞かないし。

 制服を脱ぎ畳んでロッカーの中に入れる。三綾製のISスーツはどんな素材を使っているのかわからないが、5.56×45mmNATO弾まで耐えられる特注品だ。まあ、体の中心に当たったら内蔵にダメージが入るから過信はいけないのだけども……。

 

「ゼェゼェ……なんで今日に限って追いかけてくる奴らが多いんだよ……」

「よお一夏、追われたか?」

「ああ、今日は馬鹿みたいに追跡者が多かったぜ……」

「多分、俺のクラスに転校してきたシャルルくんが原因だろう。俺の場合は織斑先生の名前を出して事なきを得たが」

 

 一夏は、なるほど、織斑先生の名前を出せば切り抜けられるのか、と、感心していた。自分の姉がどれくらい凄い人なのか理解していないな? 下手をすると教科書に載せられる……いや、IS学園の教科書にはもう載っているな。それくらい凄い人なのだ!

 一夏は恥ずかしげもなく全裸になってISスーツに着替え始める。なんで俺が野郎の陰部を見なければならないのだろうか、それにしても大きいな、身長は俺より低いのにナニの大きさは俺より上なのか……ちょっとショック。

 

「礼遇くん、着替え……ふゃああああ!?」

「おいどうした、フランスで男のナニを見なかったのか?」

「みみみみ! 見るわけ無いでしょ!!」

「そうなのか、フランスは同性愛の国とばかり」

「それはベルギーとスペインとかだよ!!」

「すまないが、俺の息子を二人してガン見しないでくれ……」

 

 いいじゃないか一夏、減るものじゃない。それに付け加えて、シャルルくんは女だぞ、興奮するだろ。いや、こいつは鈍感だから男だと思っているかもしれないな、それだと興奮できないだろう。可哀想に……。

 シャルルくんは顔を真赤にして隠れた。やっぱり黒だな。

 

「さーて、楽しい授業の時間だ、早く行こう」

「なんか、大切なものを失ったような……」

「僕もだよ……」

 

 その程度で何かを失うなら落とし物も多かろう。

 

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を行う」

「はい」

 

 一週間後にアリーナを予約したからな、もちろん打鉄三機予約している。また大会を開くらしいし、それに出場したい子も多いだろう。出場予定の子を重点的に教えて、でも、多かったら一機でも借りられる日を転々と設置して、教えていこう。あ、因みに高垣さんは俺の専属整備士という位置付けで大会に出場することはない。クラスで一番適性が高いのに……。

 

「では、手始めに……宮本が出たら確実に喰われるな。オルコットと凰、ISを展開しろ」

「わたくし達ですか?」

「寝不足なんですけど……」

「色男に良いところを見せられるぞ」

「「やってやるわ(りますわ)!」」

 

 なんか情熱的な視線をセシリアから受け取ったのだが、不思議と嫌な予感がする。誰が相手だ? 俺に喰われるとか言ってたし、そんなに強くないような……。

 辺りを見渡すと一機のISが猛スピードで突っ込んでくる。そうだな、着弾地点は一夏か、うん。

 

「一夏、ISを展開しろ……下手をすると死ぬぞ?」

「へ、あ、うん」

 

 一夏が白式を展開したと同時に地面に大穴が……どのくらいのスピードを出していたんだよ、山田先生。生身で受けたらグチャッとスナップ映画顔負けの死体が見れたぜ。

 

「一夏、大丈夫か? 死んでないか」

「いや、死んでない。でも、柔らかい……」

 

 白式の右腕が山田先生の乳房を鷲掴みにしている。これは素晴らしい、ToLOVEるのような展開だ。結城一夏に名前を変える時期に達したか一夏、素晴らしい。素晴らしい。男として憧れるよ。

 二人して乳繰り合っている間に鈴さんの表情は悪くなっている。箒ちゃんに至っては、怒るを通り越して頭を抱えている。幼馴染が強姦魔になるのはなぁ、面白くはない。いや、個人的には、このToLOVEる空間を鑑賞したい気分なのだが、鈴さんの行動が早そうだ。

 双天牙月を連結、そして投げつけた。が、銃声が二発、的確にそれを狙って放たれた。

 

「おお、すげー」

 

 これはいい、俺の射撃力で出来るかどうかはわからないが、硝煙の連射力を駆使したらこういう風に叩き落とせるかもしれない。鈴さんと真っ向勝負をする時は真似させてもらおう。

 

「凰、オルコット、山田くんと戦え」

「二対一ですの?」

「勝負になるわけ、相手はラファールと言っても第二世代ですよ」

「大丈夫、小娘二人では勝てない」

 

 二人は顔をしかめて山田先生に照準を合わせる。

 織斑先生がシャルルくんに質問をして、それを完璧な返しで説明したりしていたらあっという間に二人は破れていた。山田先生に。

 

「まあ、それなりに戦えたほうか……宮本、次はおまえが戦え。そうだな、近接戦闘だけだ」

「近接戦闘だけですか!?」

「そうだ山田くん。射撃武器ばかり使用していたからな、次は近接戦闘だ」

「わ、わかりました……」

「よろしくお願いします」

 

 ラファール・リヴァイヴ・三綾重工機を展開して深呼吸を一つ。

 昨日高垣さんと夜遅くまで武装を設置した。雪影は打鉄の中で眠っているが、零落白夜を発動させる武装はある。雪影B、それが新しい俺の零落白夜だ。

 アサシンブレードに雪片、雪影の零落白夜機構を取り付けたシンプルな武装であり、刀身が更に短くなって消費するエネルギーも減少、刀身を収納したら零落白夜は自然と解除されるからエネルギーの使い過ぎもない。

 

「それも零落白夜を発動させるのか?」

「はい、雪影は一本でしたけど、雪影Bは二本です」

 

 腕から飛び出てくる二本の刃、それは美しいオーラを漂わせている。動作不良無し、万全だ。

 

「では、山田くんを倒してみろ」

「わかりました」

 

 ラファールの瞬時加速はパンチが効いている。打鉄の瞬時加速が草野球の球なら、ラファールはメジャーリーグの球だ。

 近接戦闘用ブレードを構える山田先生に左の雪影Bを突きつける。が、ブレードで弾かれる。だが、雪影Bは二本あるんだ。即座に体制を立て直して右の雪影Bを突き刺す、今度は鍔迫り合いになるが、二本あることを忘れないでもらいたい。鍔迫り合いの最中に左の雪影Bで腹部を突き刺す。

 

「このように、機体、搭乗者には得意不得意がある。オールラウンダーになれるように努力しろ」

「ううぅ……わたしだって代表候補生だったのに……」

「ちゃんと零落白夜が発動して安心した。実戦でも申し分なく使えるな」

 

 鈴さんとセシリアが悔しそうな視線を送ってくる。まあ、第三世代に乗っている自分達が倒せなくて、第二世代のラファールに乗っている俺が勝てるのは不思議でならないだろう。俺の場合は近接戦のみだったから、難易度は低かったのだが。

 

「それでは各自、専用機持ちに指導してもらえ」

 

 三組の生徒全員が俺の元にやって来た。それ以外は一夏とシャルルにバラけている。

 

「礼遇くん、今日もお願い」

「了解、じゃあ最初はブレードの使い方から」

「各自、出席番号順にバラけろ……」

 

 まあそらそうだな、一夏とシャルルくん、そして俺で過半数の生徒を集めてしまっている。これじゃあ授業が円滑に回らない。あぶれた三組の子達は悲しそうに自分達を指導する専用機持ちの元へ旅立った。

 

 

 ほぼすべての女子を指導して、一段落ついたところで広瀬さんが泣き面で俺の元へ駆けてきた。

 

「どうしたんだい広瀬さん?」

「いや、ボーデヴィッヒさんがちゃんと指導してくれなくて」

「……話つけてくる」

 

 広瀬さんの頭を静かに撫でて、黒いISを身に纏った一組の方の転校生に向かう。

 

「俺の名前は宮本礼遇、三綾重工の企業代表だ。まあ、そんな話はどうでもいいか。ちゃんと指導してやってくれ、休み時間じゃないんだから」

「……なぜわたしが?」

「そら、授業中だからさ。専用機を持ってるんだから、持ってない子に指導してやってくれよ」

「専用機も持てない低能に指導など」

「そうかよ、じゃあ君のところに集まった全員、俺が指導する。この子達が授業について行かないのは、まあ、可哀想だからな、君と同じくらい」

「なんだと?」

 

 鋭い眼光が飛んでくるが、そんなの構わない。

 

「君は暇してる、君のところに集まった子達は迷惑してる。それだけだ。何か言いたいことはあるか? 暇人さん」

「喧嘩を売っているなら買うぞ」

「いや、君と喧嘩してたら時間の無駄だ。この時間は、IS学園に入学した生徒達を将来有望な操縦者にするためのものだ」

 

 彼女の元に集まった生徒全員を引き連れて自分達のグループの元に歩みを進める。が、肩に手を置かれる。

 

「放せよ、喧嘩してる時間は存在しない」

「教師に勝った程度で自惚れるな……雑魚が……」

「自惚れているのはどっちだ? 最新鋭の第三世代機を貰って心ルンルンしてるだろうが、おまえは国という母親から綺麗な洋服を貰った小娘にしか見えない。ISをファッションだと思ってるのか?」

「言わせておけば!!」

 

 彼女の喉元に雪影Bを突きつける。

 

「くっ……」

「どんな特殊兵装が付けられているか知らないが、この距離なら負けない」

「……勝負は預けておく」

「勝手にしろ」

 

 高飛車なのか、人の心がわからないのか、今一掴めないな。




 文字量が多いから誤字脱字あると思うのでオナシャス!
 天鳳で負け続けていて心が痛い、上卓で会ったら負けてください(願望)


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17:食事時

 シャルルくんは酷く挙動不審になりながら俺に案内されている。案内されている場所は食堂、入学前に配られたマップがあるから普通に移動できると思うのだが、それでも一人ぼっちで食事するのは可哀想だ。俺が居なければ上級生達に言い寄られて食事もままならないだろうし。

 ダラダラと移動していると銀色の髪をした少女が睨みを効かせて俺の前で仁王立ちしている。

 

「待っていたぞ」

「待ってないぞ」

 

 殺意をムンムンに感じられる。流石に授業中に煽りすぎたのが原因だろうか? だが、授業中に指示されたことを実行しないこいつもこいつだ。名前は? ボーデヴィッヒだったか? ファーストネームの方は知らない。広瀬さんが名字の方しか教えてくれなかったわけだし。

 

「飯を食べに行くんだ。一緒に行くか?」

「なぜ貴様と……」

「なら退けてくれ、お腹が空いているんだ。後ろのシャルルくんも」

「……うん」

 

 刹那、一瞬で接近されて拳銃を奪われる。

 

「なんの訓練も受けていないようだな」

「ああ、訓練なんて受けていない。銃口を向けるな、怖いだろうが」

「なぜ恐怖しない……」

「そら安全装置かけてるからさ」

 

 彼女は静かに安全装置を解除し、引き金に指をかける。

 この子は馬鹿なのだろうか? 一応は企業代表という地位を持ち合わせているが、俺は一般人、一般人に銃口を向けるという行動を起こすのは軍人として失格だ。軍人は一般人、民間人、市民を守るために組織されている。ヤクザ者だって、カタギに銃口を向けることはない。

 

「一般人に銃口を向ける訓練もしているのか?」

「そんなことするわけがない」

「そうか、つまり、俺はおまえから見てみれば敵兵と同じ扱いなのか……撃てよ、殺したいんだろ? さあ、殺せ……」

 

 彼女は静かに銃を下ろし、安全装置をかけた。重い国際問題に発展する可能性もあるのに度胸のある奴だ。拳銃を受け取ったら静かに消えて行った。

 シャルルくんの方を見てみるとガタガタと振るえている。

 

「薬室に弾入れてないから安全装置外れても撃たれないよ。安全装置かけても暴発するリスクはあるわけだし、使う時以外は薬室に弾は入れない」

「よ、よかったぁ~」

「にしても、ドイツ人は気性が荒いのだろうか? 知り合いにドイツ人が居ないからわからないな」

 

 拳銃をホルスターに収納して食堂に向かう。

 

 

 結果を説明させてもらえば、俺は屋上に案内されている。食堂に向かう途中で一夏と箒ちゃん、セシリアと遭遇し、その後に鈴さんも現れた。女性陣三人はお弁当と思われるバスケット、風呂敷を持っており、食堂で食事を摂るのではなく、開放的な屋上で食事を取ろうということだった。

 

「まあ、食堂は色々な人達が占拠してるだろうからこういう選択肢は魅力的だな」

「占拠? 誰が?」

「シャルルくん目当ての血眼な女子達」

「うぅ……想像するだけでお腹が痛い……」

 

 シャルルくんは自分に群がる女子達を想像したのだろう、俺も一時期はそうだった。怖いよね、女子の大群って、色んな意味で末恐ろしいのだ。最近は落ち着いたから色々と楽だが。

 購買から購入した菓子パンを噛じろうとするとそれをひったくられて代わりに膝の上にバスケットが置かれる。セシリアは満面の笑みを浮かべながら、頑張って作りましたの、と言った。そうなのか、俺のために作ってくれたのか、なら菓子パンを食べている時間は存在しないな、よし、食べよう。

 中身を確認するとそれはまぁ、綺麗なサンドイッチが詰められている。

 

「おお、綺麗な出来だ。じゃあ遠慮なく」

 

 一口食べた瞬間に親父と遊んだ記憶が走馬灯のように駆け抜ける。ああ、親父と二人で遊園地に行ったんだよな、沢山遊んで、美味しいご飯食べて、楽しかった。ああ、こんな懐かしい記憶をありがとう。だけど、こんな美味しくないサンドイッチは食べたことない。だけど、親父に会えるなら……。

 

「パパ~……ジェットコースター行こー……」

「れ、礼遇!? 戻ってこい!!」

「ハッ!? 親父……」

 

 箒ちゃんに揺さぶられて意識が元に戻る。あのジェットコースターに乗っていたら確実に親父の居る天国に直行していたな、危ない危ない。

 

「セシリア、これ、味見とかしたか? 塩以上のしょっぱさにハバネロ並の辛さ、お酢以上の酸味、砂糖以上の甘みを感じたんだが? 何入れたの? 覚せい剤?」

「そ、そんなもの入れてませんわ……」

 

 酷く沈んだ表情になるセシリア、なんだろうか、お紅茶は上手く淹れられるけどお料理はお苦手なパティーンなのだろう。これは色々と突っ込みどころ満載だが、彼女も彼女なりに頑張ってくれた結果なのだ。

 セシリアの手を取る。絆創膏がすごく巻かれている。

 

「セシリア、ありがとう。俺なんかのために努力してくれて……」

「れ、礼遇さん……」

「ただ、レシピと同じように作れよ。サンドイッチに挟むのはメンマやナルトじゃないからさ」

「はい!」

 

 マヨネーズが大量に塗られているのに挟まれているのはメンマとナルト、うん、未知の領域だったわ。

 一夏の方は鈴さんと箒ちゃんに挟まれて弁当や酢豚を食べている。シャルルくんの方は苦笑いを見せながら菓子パンを齧っている。うん、普通だな、普通だ。

 

 

「ここが十六番物置、まあ、俺の部屋だ。そこそこ広いから二人でも寝れると思うぞ」

 

 シャルルくんは静かに十六番物置に入室し、ちゃぶ台の前に腰掛ける。

 

「そう緊張しなくていい。今日から君の部屋になるんだ」

「そ、そうだよね……あはは……」

「サラシ、取らなくていいのか? 胸、キツイだろ……」

「――!?」

 

 冷蔵庫の中から冷たい麦茶を取り出し、コップ二つも取り出す。シャルルくんは驚いた表情で身構えている。

 ちゃぶ台に俺と彼女の分のお茶を置いて、静かに向かい合う。

 

「気付かないと思っているのか? そんなバレバレな変装。顔の骨格でわかる。君は女の子、それくらいはね」

「……っ」

「ラファールを専用機として借り受けているということは、企業からの援助も受けているんだろ? そうだな、デュノアの名字を持っているんだ。デュノア社ってところか」

 

 麦茶を一口飲んで彼女の目を見る。

 

「一つだけ聞きたい。君の目的は?」

「……君のデータ収集」

「じゃあ、もう一つ。それはやりたくてやっているのか?」

「……違う! 僕は!!」

「ならいい。この場所に居る時は、女でいい。疲れるだろう、緊張するな……俺はおまえの味方だ」

「み、味方?」

「ああ、本心でスパイをやりたいと思っているのなら、俺は君を引っ捕らえて、この学園から追放していた。だが、そうじゃない以上、俺は自分のクラスの大切な仲間をどうこうするつもりは無い。安心していい、俺は協力者だ」

 

 心の底から俺の情報を入手して上に報告しようとしていたのであれば、容赦しなかった。だが、この子はそういう目的じゃなく、無理矢理こういう選択を迫られたのであれば、何もしない。彼女が真っ当な人間になれるように誘導してやる。俺は、彼女も纏めるクラス代表だ、除け者はな居ない。

 

「で、でも……」

「大丈夫、この学園は色々と個人の自由を尊重している。企業の方も三綾でどうにか出来る。安心しろ、考え無しに君を守ろうとしているわけじゃない。策は練っている」

「ほ、本当に?」

「ああ、俺はずる賢いからな。すべてが整ったら女としてこの場所に居させてやる」

 

 彼女は静かにサラシを外して溜息を吐き出す。あら、案外大きいのね……。

 

「……えっち」

「すまない、生まれ付きお目々が嫌らしくてさ。上への報告は適当に流しておいてくれ」

「わ、わかったよ……信じていいんだよね……」

「信じないとフランスの豚箱に行くだけだ。それは嫌だろ? 全部どうにかしてやる。クラスの仲間は絶対に守る。心配しないでくれ……」

 

 全部、俺がどうにかしてやる。




 武装の提案は活動報告でオナシャス! (何回でも書いていいですよ)
 非常に短いですが、誤字脱字ありましたらお願いします。


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18:平手打ち

 アニメ見返したり、原作本見直したり、色々してたら投稿遅れました。
 許してください! なんでもしますから!!


 はてさて、シャルルくんの実力を確かめるのはいいが、最近乗り換えた。というよりかは、乗れなくなった打鉄の代車として借り受けているラファールだ。彼女もラファール乗り、それも俺のラファール・リヴァイヴ・三綾重工機より遙かに煮詰めたカスタムを施している機体だ。ちょっと派手な武装を装備している俺が勝てるかどうか。

 

「さてはて、礼遇が負ける姿を見れるかねぇ」

「縁起が悪いこと言うなよ」

 

 この対戦は一年一組の自主練に混ぜてもらって行われているものだ。今日という日は珍しく暇を持て余していたので、普通に混ぜてもらっている。一夏の強化が一番の目的なのだが、見て覚えるという点では、俺とシャルルくんの試合も中々に勉強になるとセシリアの提案で、戦おうとしているわけだ。

 硝煙ヘビーを展開し、静かに構える。シャルルくんの方もアサルトライフルを構えて試合開始の合図を待つ。

 

「試合はじめ!」

 

 試合開始の合図と共に引き金を引き、間合を出来る限り離す。

 ラファールが収納できる武装は多い。大量と表現してもいい。打鉄に乗っていた俺だが、ラファールの拡張領域は本当に開いた口が塞がらない程に広かった。雷閃と空閃も数個収納してもあまりある拡張領域、そこに何を詰め込んでいるかは謎だ。だからこそ、最初は遠距離射撃戦での相手の動向を見ることに徹するべき。その後に対処法を組み上げ、そして、倒す。

 ラピッドスイッチか……瞬時に武装を交換してその場合に一番の攻撃を与える高等技術。撃ち尽くした瞬間に近接戦に切り替えてくるだろう……。

 

「いくよ!」

「ショットガンの弱点は一発一発の貫通力が低いことだ」

 

 ラファールのシールドを展開し、二丁のショットガンの攻撃を跳ね返す。跳弾が地面を抉り、砂埃を舞い上げる。

 絶え間なく続く射撃を姿勢を低くし、体全体をシールドでカバー出来るように工夫する。

 リロードが完了、シールドの隙間から射撃。

 近接戦の主体はショットガンか、中距離はアサルトライフル、遠距離になればマークスマンを取り出してくるだろう。戦いにくいとしか言いようがない。このラファールの最終的な味付けは近距離だ。中距離射撃からの瞬時加速を取り入れた電撃戦、だが、ショットガンを使われたら瞬時加速もクソもない。拡散する攻撃に弱い、それが俺の弱点だ。

 

「弱点だらけだからな、俺の戦法は……」

「(攻撃の雨霰をほぼ無傷で……)」

 

 あのショットガンの装弾数が気になる。銃声は五発響いた。大抵、ISのショットガンの装弾数は8~10くらい。馬鹿でかい鉛玉を撃ち出すのだから、マガジンの大きさも肥大化している。彼女のショットガンによる攻撃は後6か10くらい。ラピッドスイッチもマガジンの交換まではしてくれない、付け入る隙はそこくらいだな……。

 互いに間合を離して冷静に射撃を繰り返す。そして、俺が弾切れを起こした瞬間に近接戦の準備を始めた。さて、弾は後何発だ……!

 一発、二発、三発、四発、五発、六発。

 シールドにヒビが入る。だが、シールドの隙間から見える彼女は武装を交換していた。今だ!

 瞬時加速を駆使し、即座に懐に入り込む。

 

「なんだそりゃ……ゴツいな……」

「そっちのも……こわいね……」

 

 互いの腹部に当てられる一撃必殺。

 雪影Bとパイルバンカー、だが、俺の方が勝っているようだ。

 右手でシャルルくんの左肩を握っている。もし、このパイルバンカーで攻撃されたとしても、吹き飛ばされない限り雪影Bの零落白夜の方が早くエネルギーを食い尽くす。

 

「僕の負けかな……」

「引き分けでいいだろ、どっちも一撃必殺だし」

 

 互いに武装を収納して溜息を一つ。

 

「「(シャルル(礼遇)くんとだけは実戦で戦いたくないな……)」」

 

 シールドを確認すると結構なヒビが入っていた。まあ、二三日放置したら修復できるな。

 

「じゃあ、次は俺とシャルルが戦うぜ」

「おう、がんばれ」

 

 

 一瞬だった。シャルルくんはマークスマンしか使わなかった。

 

「わたしは専用機を持ち合わせていなければ、授業でしか乗ったことがない素人だ。だが、この戦いは素人でもわかる。練度が足りてないな」

「そらそうさ、一夏も箒ちゃんと同じ立ち位置で、ピーキーな機体に乗せられてるんだからオールラウンダーな機体、それも熟練された操縦者と戦えばこうなる」

「礼遇が白式に乗ったら勝てたか?」

「無理、懐に入る方法があまりにも限られるし、どんなに接近しても回避運動をされたらジワリジワリと削られる」

 

 箒ちゃんは悲しそうな表情になる。それもそうさ、第三世代の最新鋭機を渡されているのに、あまりにも機体性能がピーキー過ぎて素人では使いこなせない。それに付け加えて、ある程度の練度を積んでいる俺でさえ、あの白式という機体を使いこなせないと来たら、悲しくもなるな、一夏はペーペーとしているが。

 

「はい一夏くんの敗北」

「……煽ってるのか?」

「うん、煽ってる」

 

 雪片弐型で斬りつけられる。シールドで防ぐ。あ、真っ二つに……新しいのに交換しないと……。

 

「す、すまない……」

「まあ、一枚だしいいさ、予備と交換する」

 

 幼稚な喧嘩の後にシャルルくんが提案する。一夏に射撃訓練をさせてみたらどうかと。

 

「射撃訓練ねぇ……硝煙ヘビーとシャルルくんのライフル、どっちがいい?」

「うーん、どっちが撃ちやすい?」

「硝煙はサブマシンガンとアサルトライフルの中間だからなぁ、確実に命中させることを考えるなら」

「僕のヴェントが適任だね」

 

 シャルルくんが一夏にマークスマンを手渡す。

 

「他の奴の武装って使えるのか?」

「使用許可を出せば使える。出さなければ使えない」

「そうなのか」

「じゃあ、僕が教えるよ」

 

 わお、めっちゃ密着してるじゃん、シャルルくんが女の子って知ったら……いや、あいつは女の子への耐久がくっそ高いから平然としてるだろうな。

 

「ん?」

 

 気配を感じてピットの方向を見ると黒いISに乗った少女が睨みを効かせていた。

 

「おい」

 

 開放回線で声が聞こえてくる。喧嘩口調で戦う気ムンムンだ。

 

「なんだよ……」

 

 一夏が嫌そうな表情で返事を返す。今にも戦闘が始まりそうな気配だ。

 

「貴様達も専用機持ちなのか、話が早い。私と戦え」

「俺も入ってるのかよ……」

 

 良くも悪くもとばっちりだ。喧嘩っ早い奴は苦手なんだけどなぁ……。

 

「嫌だよ、戦う理由がない」

「そっちになくとも、私にはある」

 

 何の因果があるのだろうか、俺の場合は授業中に喧嘩したのが理由だが、一夏がこうも絡まれる理由が思い浮かばない。俺が長崎に旅立った後に何があったんだ一夏……。

 一発触発の空気が充満する。

 

「私は貴様を――貴様の存在を認めない!!」

 

 銃口が向けられる。標的は一夏か……。

 即座に一夏の前に移動し、シールドで飛んでくる弾丸を受け止める。

 二枚目のシールドが砕け散った。

 

「おいおい、俺の大嫌いな女のタイプは無抵抗な人間に銃口を向ける奴なんだぜ」

「奇遇だな、私の大嫌いな男のタイプは銃を握らない者だ」

「そこの生徒達! 何をしている!!」

 

 教師の声が響き渡る。

 

「この勝負預けた」

「因みに、どっちに?」

「両方だ……」

「恐ろしいこって……」

 

 さてはて、ここまで来たら何されるかわからないな……。

 

 

 一夏と一緒に着替えをしている。シャルルくんは見たいテレビがあると嘘をついて十六番物置に即座に帰宅したわけだが、妙にねっとりとした視線が俺の鍛えた体に注がれる。一夏、俺はそっち系の趣味は一グラム単位で存在しないからあしからず。

 

「俺も鍛えようかな……」

「適度にしろよ、体の動きに干渉するようになるから」

 

 妙に性的な危機を感じたのは俺だけだろうか?

 

 

 缶コーヒーを購入して散歩しながら飲んでいるとボーデヴィッヒと織斑先生が口喧嘩? いや、ボーデヴィッヒの方が説得しているようにも見える。

 

「私には、おまえの方がISのことをファッションだと思っているように見えるが」

「な、なぜです!?」

「おまえが使っているISは競技用だ。そこにいる男子が使っているのは、半分は軍用だ」

「っ!?」

 

 溜息を吐き出して、二人のことを見る。

 確かに打鉄もラファールも半分は軍用だ。彼女が使っている機体は、まあ、見る限り競技用だ。最終的には、国防の為に使用されるかもしれないが、早くて五年後、遅くて十年後くらいの実用目処だろう。織斑先生が伝えたいのは、自分のことを生粋の軍人だと思っているのであれば、テストパイロットが乗るような第三世代の最新鋭機ではなく、実用性が高い第二世代に乗るべきだと言うところだろうか?

 

「織斑先生……俺、散歩中なんですよ?」

「すまない、丁度いい例えがおまえしかいなくてな」

「私がこの男より下と言いたいのですか!?」

「はぁ……おまえは理解していない。おまえは軍人だ。だが、私から見てみたらおまえは国に雇われているテストパイロットにしか見えない。違うか? おまえの同胞達は同じように第三世代を乗りこなし、国を守っているか? 違うだろう」

 

 ボーデヴィッヒは後ずさる。自分は軍人であり、国民を守ることを使命としている。テストパイロットは国民を守るのではなく、所詮は兵器を発展させる人員に過ぎないのだ。

 

「ボーデヴィッヒ、今の私は教師だ。教官じゃない。ドイツに戻ることは可能だろうが、今の教師という立場が心地いい。この部分は自由にさせてはくれないか? 今後の成長が楽しみな生徒も居るわけだしな……」

 

 織斑先生が無言で俺のことを見る。

 

「……私が、その男を倒せたらドイツに」

「勝てるかね? こいつは強いぞ」

「第二世代に第三世代が負けるはずがありません!」

「どうだろうな、私はこいつの実力と策略を多く見てきた。安々と負けるようには見えない」

「過大評価はやめてくださいよ」

 

 織斑先生は静かにその場を去る。ボーデヴィッヒは俺の前に立ち、平手打ちをかました。

 

「いってぇ……」

「私は貴様を絶対に倒す……」

「いやさぁ、今倒さなくていいだろ? 大会とかさぁ、あるだろうが……」

「……大会の前に叩き潰す。それだけだ」

「気が強いこって……」

 

 ボーデヴィッヒの後ろ姿を一分くらい眺めて、その場を去る。

 情報収集しないとなぁ……。




 誤字脱字あったらオナシャス!
 こんな自分勝手に書いている物語にお気に入りしてくれてありがとナス!


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19:シャルロット

 二千文字とちょっとで三時間か、雑魚だな僕。


 十六番物置に戻るとジャージに着替えたシャルルくんが寛いでいた。最初の頃はカチカチだったが、今はそこそこリラックス出来ているようだ。

 

「あ、礼遇くんおかえり」

「おう、お茶入れるけど飲むか?」

「じゃあアイスティーで」

 

 コップを二つ用意して冷蔵庫に入っているアイスティーと麦茶を注ぐ。アイスティーはセシリアから貰った欧州製の結構高級な奴だ。持つべきものは友だね、俺もこのアイスティーは好きでリラックスしたい時は飲んでいる。本当に高級な味がしてたまらない。

 

「はいどうぞ」

「ありがとう」

 

 互いに互いのお茶を飲み、一息入れる。

 

「いきなりですまないが、シャルルくんの今後の話をする」

「……何か出来たの?」

「ああ、粗方の作戦は構築した。三綾への報告後、早くて二、三週間、遅くても一ヶ月で事が終わる。それまでは辛いだろうけど、男装を強いるが大丈夫かな」

「う、うん」

 

 さて、俺の考える彼女を普通の生徒に戻す方法を伝えるとするか。

 

「まず最初にフランス政府を三綾が脅す」

「え、そ、そんなことが出来るの……」

「ああ、フランスは三綾の弾薬供給に依存している節がある。その部分に付け入れば確実に君から手を引く」

 

 まず最初にフランス政府を三綾重工で脅すことが必要だ。フランスはNATO加盟国であり、それなりの弾薬を三綾重工に依存している。供給に至っては三綾重工の工場がフランスに設置されているくらいだ。三綾重工の膨大な資金と雇用貢献によって、フランスは安定して軍を動かすことが出来る。だが、三綾重工が弾薬供給に圧力をかけるとしよう。NATO弾、IS武装弾薬、各兵器弾薬のコストを一%でも上げれば年間の出費が大幅に膨れ上がる。逆に一%でもコストを下げれば、軍事予算が他の部分に行き渡る。これが外資系に骨抜きにされている国の現状だ。それに付け加えて、工場の閉鎖まで行えば、確実にストライキなどの暴動も発生する。それを避けるためには、国は確実にシャルルくんから手を引く。

 

「その次にデュノア社の買収だ。だけど、失敗すると暗殺される可能性がある」

「あ、暗殺……」

「タイミングが重要だ。タイミングをミスしたら……」

「……死ぬんだね」

「判断は最高の状態で行う。だけど、気は引き締めておいてくれ……俺も完璧超人じゃないからな」

 

 その次はデュノア社だ。デュノア社は確実にシャルルくんの情報が外に漏れ出すことを恐れて暗殺などの行為を働くだろう。だが、暗殺より早く行動を起こせばいい。シャルルくんの情報を世界に素早く提示すれば、暗殺なんて出来なくなる。その後に三綾がデュノア社の株を三割程度買い占めればいい。暴落するであろう株を購入するのは容易だ。それに付け加えて三綾はここ数十年間赤字を経験せず、溜め込んだ資金が大量にある。その程度は軽々とこなしてくれる。デュノア社が三綾の旗本に入れば、彼女のラファールも取り上げられることはなく、三綾などで整備修復が出来る環境に入る。

 行動としては以上だ。これ以外の方法も二三存在するが、それらは暗殺の危険性が非常に高い。フランス政府の脅しとデュノア社の買収。これが迅速かつ速やかに彼女を救済出来る方法だ。三綾の企業代表になっていて本当に正解だった。

 

「……最高のタイミングって、どんな時?」

「シャルルくんが俺の情報をフランス政府、デュノア社に報告した瞬間だ。それを録音する。それだけで双方の弱みを三綾に提供することになる。俺の情報のリークは三綾重工への宣戦布告のようなものだ。これでフランス政府は確実に黙り込み、君から手を引く。次にデュノア社だ。出来る限り会社へのダメージを抑えるために君を暗殺、もしくはフランスに帰還させて殺害か拘束する。だけど、これは拒否していい。買収は早くて一日、遅くても三日で終わる。それ以降は本当の意味で自由の身だ」

「危険なのは……約三日間……」

「そうだ。完璧な策略ではないけど、これが一番安全かつ、確実性に富んだ作戦だ。この作戦と俺のことを信用してくれるなら、握手を交わそう……」

 

 シャルルくんは静かに俺の手を握った。

 

「……どうして、礼遇くんは僕にここまでしてくれるの」

「俺はクラス代表だ。自分が纏めるべき、クラスを守ることが仕事だ。クラスメイト一人一人が俺の大切な家族で、一人も欠けさせたくない。君も、その一人だ」

「……凄いね、礼遇くんは」

「すごくなんか無い。この作戦も穴だらけ、完璧な作戦だったら、一秒たりとも君を危険に晒すことはない。そこが俺の弱さだ。許してくれ……」

「許すも何も、礼遇くんが僕を助けようとしてるんだよ……許しを請うのは僕の方だよ……」

 

 いや、許しを請うのは俺の方だ。一夏と俺という存在が彼女をスパイとしてこの場所に送り込んだ。男性でISに乗ることが出来るイレギュラーが彼女の人生を狂わせた。元を辿れば俺にも原因がある。彼女は俺に狂わされた一人だ。だからこそ、俺が自分の不始末、そして、引き起こした災難を収束しなければならない。

 

「……僕の本当の名前はシャルロットっていうの。部屋にいる時は、そう呼んでくれないかな?」

「シャルロットか、良い名前だな。お母さんから貰ったのか?」

「うん」

「シャルロット、絶対にどうにかしてやる。だから、俺のことを信じてくれ」

 

 静かに頭をなでてやると目を瞑って気持ちよさそうにニンマリとしている。

 

「全部任せろ、俺だけが君を自由にできる」

「うん!」

 

 俺が蒔いた種でもある。ケジメは付けるさ。




 誤字脱字あったらオナシャス!


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20:敗北

 さてはて、一年三組の大会出場希望者の殆どが練習会に参加している。三機の打鉄じゃあ足りなく感じるが、それでも彼女達の熱意で効率良く機体を回していこう。それに付け加えて、今日は心強い仲間も助っ人として参加してくれている。

 

「わたくしが来たからには授業より早くISの基礎を覚えられますわ!」

「まあ、色々と借りがあるし、一夏は箒と剣道があるわけだから暇してたし」

「僕も大会に出る予定だし、皆のことを教えられる良い機会だからね」

 

 三人の代表候補生と一人の企業代表、コーチとしては百点満点を通り越して百二十点だ。この三人は俺よりISの搭乗時間が長いし、大雑把な俺の教えより的確なアドバイスを飛ばしてくれると期待している。借りた三機の打鉄に関しても、高垣さんとその他機械に強いクラスメイト達の手によって綺麗に動くようにセッティングしている。持つべきものは友だ。

 

「「「「(礼遇くんと大会に出るために頑張らないと!)」」」」

「(礼遇さんと共に戦うのはわたくしです! ここでリーダーシップを見せてポイントを……)」

「(一夏も来ればよかったのに、でも、一夏にも一夏なりの理由があるわよね……)」

「(礼遇くんと一緒に大会出たいけど、ハードル高そうだなぁ)」

「全員元気が良くて非常によろしい! じゃあ三班に別れる。一つは近接格闘戦、ここは鈴さんが適任だね。一つは中距離射撃、ここはシャルルくんとセシリアに一任するよ。そして最後に回避運動、ここは俺だ。二時間の使用だから、三十分で交代、最後の三十分で大会で行うようなコンビでの戦闘を代表候補生三人と企業代表の俺が行う。見て覚えることも戦いだ」

「「「はい!」」」

 

 最初に回避運動を行う班の前に立ち、先列に立っている向坂さんに打鉄を装着するように指示を出す。彼女は色々と行動が早くて飲み込みが早い。腕の方も応急救護で早い段階から治っている。傷は残るが……。

 適正も高垣さんに次いで高くて、二年生に上がる頃には代表候補生になっているかもしれないな。

 

「まず最初に回避運動とは何かを説明するね。簡単に説明するから時間は取らないよ」

「「「うん」」」

「ほぼ全てのISは射撃武器を装備している。第一世代でも、第二世代でも、第三世代でも、本当に一部の例外以外は射撃武器を装備している。俺が教えるのは射撃武器からの攻撃を回避し、攻撃に転じるための行動だ。ISで戦闘を行うことにおいて、五本の指で数えられるくらい重要な行為だ。まあ、装備によって弾速や破壊力、炸裂弾、貫通弾なんかの種類も変わってくるから、実戦に出てからのお楽しみみたいな部分もある。でも、基本的な回避運動はある程度統一されている。それを一緒に学んでくれ」

 

 軽い説明を終了させて回避運動の練習を開始する。

 

「向坂さん、銃の弾はどういう風に移動する?」

「直線的です」

「そうだ、だから基本的に動き回れば被弾する確率は減少する。まず最初に上昇、相手が一定の位置から射撃するとして、即座に上昇を行う。銃というものは反動が絶対に付き纏う。それを吸収するために構える。が、がっちりと構えている場合、正面の敵に弾を当てるのは比較的簡単だが、上昇する敵を撃つのは結構難しい。何故ならホールドしているストックの部分をずらして上方向に射撃を行わなければいけないからだ。この時点で照準が酷くブレる」

 

 硝煙ヘビーを取り出して構える。

 

「撃ちはしないけど、俺が合図を出した瞬間に上昇回避をしてみてくれ。そして上空で焔火を展開、照準を合わせる」

「わかりました」

「はじめ!」

 

 向坂さんは即座に上昇する。そして最もこっちからの射撃が出来にくい部分で焔火を展開、照準を合わせた。

 

「合格、次の人に変わってくれ」

「はい、わかりました」

 

 効率良く回していこう。

 

 

 

「まず最初に近接格闘戦は相手の懐に入ることが基本。どんなに長いブレードでも、ギリギリ届く位置じゃ避けられて当たり前、確実に攻撃出来る位地に入り込んで斬りつける。これが近接戦の初歩よ」

「「「なるほどぉ~」」」

 

 それにしても、すんなりとISを装着した辺り、他のクラスより練度が高いわね。頻繁に練習会を開いてるみたいだし、結構差を広げられてるかも。うちのクラスもこういった練習会を開かないといけないのかしら。

 

「じゃあ、接近して確実に斬りつけられる位置からあたしを攻撃しなさい。距離を把握できているって感じたら次の人と交代ね」

「「「はい!」」」

 

 最初の人がブレードを構えて懐に入り込んでくる。双天牙月で攻撃を防ぎ、距離を確認する。

 

「ギリギリ合格、あと一歩踏み込めたら九十点。多分三周くらい回ると思うから他の人の攻撃の距離感を見て点数を上げていきなさい」

「はい」

 

 一般入学の生徒なのにすごく機体の扱い方が上手い。やっぱり差をつけられてるのね……。

 

 

「まず最初に射撃武器は直線的な攻撃しか出来ないんだよ。だから、偏差射撃、相手が移動するであろう部分を予測して少しズレた部分を撃ち抜く。実戦で頻繁に使う技術の一つだね」

「ISの射撃武器はセミオートとフルオート、口径が大きい物にはボルトアクションもありましてよ。ですが、殆どの機体に搭載されている射撃武装はセミオートかフルオート、セミオートの場合は出来る限り相手の速度を把握し、適切な偏差射撃を行うことが重要ですわ」

「フルオートの場合は距離が近くても、離れていても、ある一定の着弾が見込めるよ。ただ、セミオートの射撃武器より口径が小さくてダメージが蓄積しにくい点に注意。それに無闇矢鱈に撃ち過ぎると弾切れになってリロードを挟まないといけなくなるし、弾薬の管理がシビアな点があるかな」

 

 まず最初にお手本として動く標的を出現させてセシリアと一緒に偏差射撃を見せてみる。

 セシリアは一発、僕は五発で標的を撃ち抜いた。

 

「こんな風にセミオートとフルオートでは扱い方が違ってくるんだよ」

「打鉄に装備されている焔火はフルオートですわ、デュノアさんのような偏差射撃を基本に練習していきましてよ」

「「「はい!」」」

 

 

 一時間半、全員の生徒に近接戦闘、中距離射撃、回避運動の練習が終了する。

 これからコンビでの戦闘なのだが、一時間半の張り詰めた練習のせいで尿意が襲っている。

 

「すまない、タッグマッチはトイレの後でいいか?」

「あ、僕も……」

「早くしてきなさいよ、時間限られてるんだし」

「生理現象ですわ、ごゆっくりと」

 

 ISを待機状態に戻し、シャルロットと一緒にアリーナのトイレに向かう。

 

「ふぅ……人に教えるって疲れるね……」

「そうだなぁ、まあ、俺の場合は三十人を一人で回したこともあるし、あの時よりはマシかな」

「こういう練習会を何回か開いたの?」

「そうだな、こういう全体での練習は今日を合わせて二回目だけど、五六人の練習は六回やってる。それに、クラス全体で作戦会議開いたり、情報収集したり、結構俺が主軸になって行動することが多かったからさ、不思議と疲れないんだ。逆に使命感が沸いて心地が良いまである」

 

 トイレに到着する。女性用と男性用に分かれている。

 

「誰も居ないだろ、女性用に入ったらどうだ」

「う、うん……そうする」

 

 互いにお手洗いを済ませるために自分の性別にあったトイレに入る。まあ、傍から見たら男子生徒が女子トイレに入っている珍事なのだが、事情を把握している俺は、彼女が可哀想で仕方がない。女子トイレに入りたくても入れないジレンマ、可哀想だ。

 用事を済ませて綺麗に手を洗い、備え付けられている手拭き用の紙を数枚引き抜いて手を拭う。

 トイレから出るとまだシャルロットは出ていないようだ。少し待っていたら三人のISスーツを着た少女が用を足しに現れた。運が悪いな、シャルロット……。

 壁を三回叩いて人が着たことを告げる。するとトイレの方から三回扉が叩かれる返事が帰ってきた。把握できたようだ。

 

「あれ、シャルルくん大きい方?」

「そうみたいなんだ。だから待ってる。タッグマッチの時間が一分でも欲しいんだがなぁ」

 

 三人は少し恥ずかし気に女子トイレに入り、数分後に出ていった。壁をまた三回叩いて安全だということを告げるとシャルロットは苦笑いを見せながら女子トイレから出てきた。

 

「危なかったぁ……」

「まあ、でも、バレなかったんだから良いだろ」

「あの三人、壁に寄りかかってる礼遇くんを見て、壁ドンしてほしいとか言ってたよ」

「壁ドン? あれ、まだ流行ってんのか」

「少女漫画の定石だからね」

 

 時間をそれなりに使用してしまったので、早歩きでアリーナに戻る。だが、破裂音が聞こえた。シャルロットと視線を合わせて全力疾走でアリーナに戻ると黒いISに乗ったボーデヴィッヒがセシリアと鈴さんを嬲るように痛めつけていた。

 

「ようやく来たか、待ったぞ」

「おまえ……何考えてんだ……」

「ただ、おまえを叩き潰したくてな。その余興だ」

 

 装甲がズタズタで、シールドエネルギーも尽きている。ここまでする必要があるのか……。

 

「目的は俺との戦闘だろう……二人を開放しろ……」

「いいだろう、受け取れ」

 

 投げつけられる二人をシャルロットと一緒に受け止める。

 

「セシリアすまない……俺のせいで……」

「大丈夫ですわ……かすり傷です……」

「何がかすり傷だ……すぐに医務室に連れて行ってもらえ。俺は、やるべきことをやる」

 

 深呼吸を一回、そして恐ろしげに震えている三組を確認する。怪我人は二人だけか。

 

「シャルルくん、三組のみんなと一緒に二人を医務室に……俺一人でどうにかする。俺が蒔いた種だ」

「でも……」

「行ってくれ……今、珍しく怒ってるんだ……!」

 

 シャルロットとセシリア、鈴さん、そして三組の全員が退避した後に硝煙ヘビーを展開する。

 相手の武装は肩のレールカノン、両腕部に装備されているプラズマ手刀、ワイヤーブレード。確認できるのはこの三つだ。だが、第三世代機だ、特殊兵装を装備している筈。どんな装備だ……。

 

「……お前、俺に恨みでもあるのか!」

「あるさ、あるからこそ、こうする!」

 

 レールカノンの鉛玉が飛来する、ギリギリ回避運動が間に合い、硬直した瞬間に引き金を引く。だが、信じられない光景が飛び込んでくる。弾が、不思議な何かによって受け止められている……。

 

アクティブ・イナーシャル・キャンセラー(AIC)……まさか、完成していたのか……」

「ほう、情報は入っているようだな」

「そういう情報に強いクラスメイトが居てね……」

 

 分が悪い。相手の練度を見る限り射撃武器は基本的に通用しない。だが、近接格闘戦も受け止められたらレールカノンの餌食になる。どう戦えばいい……。

 

「焦っているようだな、所詮は第二世代、第三世代との差を感じているのだろう」

「焦るに決まってるだろ、楽しく自主練して実力向上をしてたらさっと台風のように現れて、コーチ達を叩き潰して、第二世代に乗ってる俺に本気で喧嘩をふっかけてきているんだ。その行動の理念が一グラム単位でわからない!」

「わからなくていいさ、おまえはここで負けるのだから」

 

 射撃攻撃は基本的防がれる……中距離で戦闘をしたらワイヤーブレードで絡め取られる。虚弱性を探し出すしか無い!

 

「どうした、当たってないぞ」

「当てさしてくれないんだろうが……」

 

 AICを駆使されて硝煙の攻撃が一切通らない。弾が切れた瞬間にレールカノンが飛んでくる。近接戦もAICの前では無力だろう。八方塞がりだ……。

 

「遊ぶのも飽きた、決めさせてもらうぞ」

 

 ワイヤーブレードが飛来、右腕に巻き付く。

 

「吹き飛べ……」

「うがぁぁぁ……」

 

 右肩が……クソッ……。

 鋭い痛みが体を巡る。だが、負けられない。俺は、負けたくない……!

 体勢を立て直し、瞬時加速、左の雪影Bで突き刺す。だが、AICが展開される。

 

「どうした? 届いてないぞ……」

「届かせてくれないんだろうが……」

 

 踏み込んで出来る限り――踏み込める? AICに阻まれた雪影Bは動かない、揺るがない。だが、脚は動く、右腕も揺れている。AICが阻めるのは、展開している部分だけなのか?

 だが、右腕が使えない状態だ。これ以上戦っても傷が増えるだけだ。

 

「降参だ……右肩を負傷した……」

「それがどうした? 負傷しても戦えばいい」

「悪魔が……」

 

 レールカノンの銃口が向けられ、そして、放たれる。

 衝撃で吹き飛ばされる。右肩にダメージが入らないように左で受け身を――ワイヤーブレード!?

 左足に巻き付くワイヤーブレードが俺のことを振り回す。シールドを駆使してどうにか右肩を守るが、装甲がジワリジワリと剥がれていく。

 

「おまえは所詮はその程度なんだ。その程度で教官に気に入られるだと? 笑わせるな!」

「……ぐがぅああ」

「あの男も、おまえも、教官に気に入られる資格なんて無い!!」

 

 プラズマ手刀がシールドを抉る。

 

「おまえは……存在する意味すら無い……」

「……壊れた人形が、ご主人様が居なくなったら寂しくて泣いてしまうのか?」

「黙れ!!」

 

 レールカノンの銃口が向けられる。エネルギーはもう無い……万事休すか……。

 

「消えろ!」

「――小娘が……馬鹿なことを!」

「……千冬さん」

「大丈夫か礼遇……肩を負傷したか……」

 

 打鉄を身に纏った千冬さんが俺とボーデヴィッヒの間に入ってレールカノンを防いでくれた。

 

「おまえは……いや、もう何も言わない。厳罰は追って伝える……」

「教官……私は、こいつを倒そうと……!」

「無抵抗な人間を攻撃する馬鹿が居るか! 恥を知れ!!」

「ぐっ……」

 

 千冬さんに抱きかかえられる。

 

「すぐに医務室につれていく。安心しろ」

「千冬さん……ごめんなさい……」

「馬鹿者、生徒、弟の友人を守るのは――教師として、一夏の姉として、当たり前だ……」

 

 苦笑いを見せたと同時に意識が途切れる。




 番外編を除いて20話目にして敗北、ただ、情報入手完了。
 こんな自分の読みたいだけの物語にお気に入り登録してくれてありがとナス!


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21:泣いていたんだ

 目が覚めると消毒液の香りが充満する医務室のベッドの上だった。情けない限りだ、戦に敗れてしまったらしい。千冬さんが来なかったら、死んでいたかもしれない。本当に、情けない限りだ。

 右肩は包帯でぐるぐる巻きにされていて、それなりの重症のようだ。だが、ギブスを装着されていないということは、骨に影響は無いと見た。大会当日までには、どうにか、回復するだろう。

 

「礼遇! ああ、礼遇……」

「箒ちゃん……一夏、それにクラスの皆……ははっ、負けちった」

「礼遇……大丈夫なのか……」

「ああ、強い鎮痛剤を打ってるみたいだ。違和感はあっても痛みはない」

 

 あらら、全員泣いちゃってるよ、肩痛めただけなのに……。

 でも、本当に心配してくれているってことがわかるよ。ごめん、俺、勝てなかった……。

 

「……礼遇、俺、絶対に」

「一夏、あいつは俺が倒す」

「馬鹿言うな、大会当日までに肩が治るかわからないんだぞ! 俺に任せてくれ……俺にも責任がある……!」

「そうかもな、だけど、ここは譲れない。俺は、あいつを倒さないといけない理由がある」

 

 泣いてたんだ。

 

『……壊れた人形が、ご主人様が居なくなったら寂しくて泣いてしまうのか?』

『黙れ!!』

 

 彼女は、泣いてた……とても寂しい顔で、涙を流していた。それを知っているのは、俺だけだ。彼女を倒し、あの寂しい顔をやめさせられるのは、俺だけなんだ。安っぽい使命感だ。女の涙が大嫌いなんて古臭い意地だ。みんな泣かせてしまった。だからこそ、皆を安心させるには、俺が寝込むんじゃなくて、一歩踏み入れなくちゃいけない。

 

「礼遇、意地を張るな……怪我が悪化したら……」

「確かに、悪化は怖いよ箒ちゃん。でも、俺だって男だ。張らないといけない意地は心得ている。差し伸べないといけない手の使い方も理解している。逃げたくない、俺は、絶対に逃げない」

「もう勝手にしろ! だけどな、俺が絶対にあいつを倒す。礼遇の仇を打つために……」

「言ってろ、倒すのは俺だ……親友」

「……意地張るなよ、本当に、親友」

 

 一夏は袖で涙を拭って医務室から退室した。ありがとう、そして、ごめんな。俺は、やるべきことをやり通さないと収まらない性分でね、親友がどんなに願おうと、押さえつけようと、踏み入ってやる。そして、彼女にハンカチの一つでも渡さないとな……。

 

「礼遇くん……大会に出るのはいいけど、ラファールの修復は間に合わないと思う。予備のパーツを付け替えても内部奥底までに浸透したダメージを払拭することは無理。自己修復機能でどうにかする領域だから……」

 

 高垣さんは暗い表情でラファールの具合を報告してくれた。あそこまで叩き潰されたのだ、大会に間に合わないのも頷ける。謝らないとな……俺の未熟さで負けさせてしまったラファールに……。

 だけど、大会に出場するなら――もう一機ある。俺の機体は一機だけじゃない。

 

「大丈夫、打鉄がある」

「学校の打鉄を使うの? でも、使用許が下りたとしても三綾の武装を入れられるかどうか」

「いや、三綾の打鉄が帰ってきてくれる。そんな気がする。ごめんなさいって顔で帰ってくるさ……」

 

 携帯電話の着信音が響き渡る。左腕で携帯を取り出し、電話を取る。

 

「もしもし、宮本です」

「宮本さん、打鉄のロックを外すことに成功しました。東京支部に輸送しています。ですが、雪影はデータを改ざんされ、零落白夜が発動できない状態になっています。ラファールの雪影Bを加工して打鉄に移植します。技術者もそちらに向かわせる予定です」

「ありがとうございます」

 

 通話が終わり、そして、皆に苦笑いを見せる。

 

「もう一機の相棒が戻ってくる。整備で忙しくなりそうだ」

 

 戦う準備は肩以外は揃っている。大丈夫、弱気にならなければ勝てる。

 

「手伝うよ、わたしは礼遇くん専属の整備士だから!」

「「「わたし達も!」」」

「じゃあ、ラファールの最低限の整備をお願いする。俺の愚行で壊してしまったんだ、見た目だけでも綺麗にしてやってくれ……打鉄が帰ってきたら俺も整備を手伝う。多分、指揮しか出来ないと思うけど」

「今度は壊しても肩は壊さないようにね」

「了解」

 

 三組の皆が胸を張って医務室から出る。早く肩を動かせる状態まで持っていかないとな……。

 

「礼遇、おまえは……」

「男の意地だ。曲げられない」

「何も言わないさ、だが……支えさせてくれないか?」

 

 箒ちゃんは一枚の書類を俺に手渡す。大会の書類、箒ちゃんの名前が書かれてある。その下に俺の名前を書けば、正式にコンビとして大会に出場することになる。

 

「わたしは弱い。一夏はわたしとは出ないだろう。多分、ボーデヴィッヒを確実に倒すために、専用機持ち……おまえのクラスのデュノアと出るのではないか……」

 

 箒ちゃんと共に大会に出場するのは自殺行為だ。確実にボーデヴィッヒと対戦するなら、もっと他のISの扱い方が上手い生徒に頼るべきだろう。でも、箒ちゃんは俺の隣で戦いたいと思っている。技術もない、才能もない、それでも、隣で何かをしてやりたい。そんな、心意気が感じられた。

 

「箒ちゃん……足を引っ張らないと約束できるか……」

 

 俺だって本気だ。確実にボーデヴィッヒを倒して、彼女の涙の意味を確かめないといけない。だからこそ、本来なら高垣さんか向坂さんのような腕の立つ人を隣に立たせるべきだと心得ている。

 

「わからない……わたしは弱い。力になれないのはわかってる。でも、支えたい。大切な幼馴染を――支えてやりたい……」

「……泣かないで、箒ちゃんの思いは伝わった」

「礼遇……」

「箒ちゃん……勝つためには手段を選ばない。武の道の逆を歩くかもしれない。それでも、俺についてこれるか? 極悪非道と罵られるかもしれない。惡の華を心に咲かせる必要だってある――それが出来るか? 篠ノ之箒!」

 

 箒ちゃんの涙は消えた。そして、真っ直ぐ。

 

「ああ、咲かせてやる。極悪の花を」

「よし。じゃあ頼る。箒ちゃんは俺の相棒であり、共犯者だ。作戦会議や武装の選択をする日は呼びに来るから時間がなくても来てくれ。一日でも出席できなかったらすぐにコンビを解消する。それくらい俺も意地になっている」

「わかった。礼遇の相棒として、共犯者として……腕を振るわせてもらう……」

 

 やっぱり、箒ちゃんは笑った顔がかわいいな……。

 

 

「宮本……」

「織斑先生……」

 

 箒ちゃんが医務室を出て約十分後に織斑先生がバツが悪そうに入室してきた。腕の中には分厚い茶封筒が抱かれている。多分、ボーデヴィッヒの処罰についての書類だろう。

 

「ボーデヴィッヒが起こしたこの件、私はドイツに報告を入れようと思う。自分が育てた教え子の一人だが、ここまでするなら、容赦は出来ない。専用機も取り上げられ、代表候補生の地位も奪われるだろう。大会の出場も停止させる……」

「そこまでしなくていいです。報告もしなくていい、大会にも出場させてください。俺が、倒します」

「その体で何が出来る!? 大会当日に回復したとしても、その間の練習が一切できない。相手は……真の意味で戦い方を教え込んだ――軍人だ」

 

 織斑先生は静かに下を向く、そして、唇を噛み締めた。

 多分、あの時、平手打ちをされた時、ボーデヴィッヒに自分は教師としてこの場所で教え子を見守りたいと遠回しに告げたかったのだろう。そして、彼女のことも見守りたかった。だが、それを逆の方に取られてしまった。自分が一目置いている生徒を倒してみせろ、殺してみせろ。そうしたらドイツに帰らないこともない。そう、取られてしまった。悪い意味で彼女は単純だ。言葉の意味を正しく理解できていない。

 

「戦い方はわかりました。弱点も見つけました。次は、絶対に負けません」

「だが、おまえのラファールは……」

「打鉄が治りました。心配しないでください」

「尚更無理だ。打鉄で何が出来る……」

「確かにそうですね、打鉄で何も出来ないならその程度だったってところですかね? でも、打鉄で何かが出来るからこそ、織斑先生は――一夏じゃなくて、俺の方を例えた。期待しているんでしょう、俺が、彼女に何かできる事を」

 

 織斑先生は静かに俯いた。

 

「それに、泣いてたんです。彼女……とても寂しそうに……」

「……そうか」

「多分、孤独だったんでしょう。強い存在だからこそ、孤独になる。誰かに似ていて、放っておけない」

「……頼めるか、無責任な願いだとは心得ている。それでも、ラウラを――助けてやれるか……」

「ええ、俺は一人じゃない。多くの仲間が居て、そして、心強い先生もいる。向かうところ敵なしです。心配しないで、男として、やれることはやります」

 

 昔気質な男だな、なんて苦笑いを見せた後に茶封筒を真っ二つに破り捨てた。

 

「男というのは生きにくいものだな」

「男は自由ですよ。ただ、世界が狭く見えるだけ」

「頼むぞ――礼遇」

「任されました――千冬さん」

 

 シャルロットのことも、ボーデヴィッヒのことも、多忙だな、俺……。




 文字に脂が乗らない。次はネットリ脂っこく絶対に書きます!
 誤字脱字あったらオナシャス!


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22:行動開始

 状況を整理しよう、俺の置かれている状況は非常に辛い。

 まず最初に三綾重工の影響力を駆使してのシャルロットの自由化。

 ラウラ・ボーデヴィッヒを倒すための戦術の構築。

 箒ちゃんを大会で使用できる程度に仕上げる為の実戦的な指導。

 この三つを両立させなければハッピーエンドは訪れない。シャルロットの件については彼女が本社と本国に情報を提供するタイミングを確認しなければならない点もある。だが、一週間から二週間の間に報告を入れるとするならば、もうそろそろ頃合いだ。三綾に連絡を入れなければ。

 携帯電話を取り出し、三綾の事務室ではなく、社長さんの番号に連絡を入れる。

 

「もしもし、一二三だが」

「どうも、宮本です」

「どうしたんだ宮本くん、私の電話に直接かけるとは……何か事件か?」

「ええ、色々と事態が急変して三綾に協力を仰がなければいけない状況になりました」

 

 社長さんは数秒の沈黙の末、

 

「誰を抱いたんだ、気持ちよかったか?」

「違います! まだチェリーです!!」

「あ、違うのか……事態が急変というのだから、二三人食べたのかと……」

 

 いや、まあ、俺が置かれているこの状態で、緊急事態の報告といえば女の子を抱いて子供を作ってしまうようなことが先行してしまうが、それとは別件ですよ社長さん。それに、子供作ってしまったら三綾に報告なんてしませんよ。いや、するか? もみ消してもらうか……男としてそれはやってはいけない。

 

「自分が企業代表を務めさせてもらっている一年三組にやってきた転校生、シャルル・デュノアが本名、シャルロット・デュノアであり、女性であることをあばきました。彼女はフランスの代表候補生であり、デュノア社から専用機としてラファール・リヴァイヴを与えられています。こっちとしては、一年三組で自分を守る即戦力を一人でも欲しい状態にあります――ですから」

「その情報を出汁にデュノア社を買収してくれと言ったところか? 面白そうではないか」

「お見通しですか」

 

 社長さんは高らかに笑い、通話だけだが、表情が見えるような気がする。

 

「前々から三綾重工が開発している第二世代ISでも使用できる第三世代特殊兵装の計画は、第三世代ISを研究開発出来ない新興国に注目されていた。だが、どの国も企業も我々のそれを購入しようとはしない、なぜなら――有力企業の圧力があるからだ」

「フランス、ドイツ、イギリス、アメリカ、日本ですね」

「ああ、だが、そこにフランスという穴を作れれば――ラファール・リヴァイヴを採用している国は我々のビジネス圏に入る。ベストなタイミングだよ宮本くん……三綾重工の世界戦略には、大企業の買収が必要不可欠だ。そのレベルのスキャンダルなら半額、いや、もっと安い価格で安全に買収が出来る。全面的に協力する、デュノアを貶める情報をかき集めてくれ」

 

 社長さんは本物のビジネスマンだ。売り買いのタイミングを理解している。雪影の開発が成功している現在、一番の障害はISを製造している大企業、そこに穴が作れないから販売までの突破口が作れない。だが、大企業を一つでも陥落させれば、自社の技術を使用して、第二世代に少々の改造を施した機体を第三世代と言い張って販売できる。新興国に第二世代とほぼ同じ価格で……。

 そして、デュノア社に販売させるのは三綾のライセンス生産品、ライセンス料で莫大な利益が発生する。デュノア社を生かさず殺さず、そして、金を毟り取る。これが三綾にとって最高の展開だ。

 

「彼女は自分の元に下っています。その手の情報はすぐに入手できるでしょう」

「私の方は三綾の偉い人達に話をつけておくよ。うちの企業は血の気が多いからね――全員即座に行動に移ると思うから心配はしないでいい。情報以外のことはすべて終わらせておく」

「協力感謝します」

「ビジネスチャンスをありがとう」

 

 社長さんとの電話を終わらせて、静かに胸を撫で下ろす。三綾は全面協力を約束してくれた。後はシャルロットにそのウマを説明し、本社、本国に連絡を入れるタイミングを……。

 

「礼遇くん……肩、大丈夫?」

「ああ、シャルル」

「誰もいないからシャルロットでいいよ」

 

 シャルロットは静かに一枚の書類を取り出す。大会の書類だ。これに俺の名前を書き足せば、俺と彼女がコンビとして出場することになる。だが、箒ちゃんとコンビを組むことを決めている。

 

「シャルロット……すまないが、俺は箒ちゃんと大会に出る」

「で、でも……僕と出た方が確実に……」

「そうかもしれないが、約束したんだ。一夏に誘われてるだろ? その誘いを素直に受けてくれ」

 

 シャルロットは暗い表情になる。確かに、彼女と出場する方が確実性は高まるだろう。ボーデヴィッヒ以外の戦闘も速やかに終了する。非常に有効な手段として、彼女の存在はある。だが、先に約束したのは箒ちゃんであり、それを蹴って彼女との出場は不義理になる。俺は、義理堅い人間でありたい。

 

「……後悔しないの? 自分で言うのもあれだけど――僕は強いよ」

「そうだな、確かに強い。だが、俺の中にある強いの範疇だ。常軌を逸した何かはない。倒せるんだよ」

「自分を高く評価するんだね……傷ついて練習も何も出来ない状態でどうしてそこまで強がれるの」

「男だからさ」

「……バカ」

 

 シャルロットは書類をクシャクシャに丸めてゴミ箱に投げ捨てた。

 

「泣かせてすまない」

「いいよ、泣くのは女の子の特権だから」

「それもそうだな……国と企業に連絡を入れるのはいつだ? 三綾との交渉は終わった。後は」

「……大会の三日前、その日に連絡を入れるよ」

 

 その日程なら、大会が終了したらすぐにシャルロットを自由の身に出来る。だが、大会中は人の出入りが多くなる。暗殺者の侵入も容易で、彼女の危険も大きくなるな……。

 

「シャルロット……気は抜くな、絶対に安全なんて状態は現状無い。行動を起こすのは俺だが、最終的な安全を守るのは君自身なのだから」

「わかってるよ。ありがとう……こんな僕を助けようとしてくれて……」

「フランスの可愛いお嬢さんには一人として死んで欲しくないからな」

「か、かわいい!? ぼ、僕は男っぽいよ……」

 

 左手で彼女の頭を撫でてやる。

 

「こんな綺麗な髪をしている男がいるわけないだろ、君は可愛い女の子だ。胸を張りな」

「……ありがとう」

「笑った顔、かわいいな」

「バカ……」

 

 すまないシャルロット、多分、俺の性格がもっと悪かったら君のことを選んでいた。だが、俺は良い人だから、箒ちゃんの誘いを断れなかった。NOと言えない日本人ってやつだ。

 

 

 シャルロット以外のクラスメイトと箒ちゃんが一年三組に揃った。箒ちゃんは真っ直ぐとした表情で俺が左手で走らせているノートを見ている。智将吉村さんも自室で組み上げた戦略書を広げて使える作戦を提示してくれる。新聞部新井さんは大会に出場するであろう代表候補生とその専用機、授業で好成績を残している生徒の情報が纏められた書類を大量に持ってきてくれた。

 

「ボーデヴィッヒさんの情報は結構前から入手出来てたんだけど、まさか大会の前にこういうドンパチがあるとは思わなくて……」

「俺もそう思ってた。まあ、起こったことは起こったことだ。今ある情報で、今使える精一杯を駆使して勝てる作戦を考えよう」

「ああ、パートナーとして礼遇の作戦にはすべて従う」

「ありがとう」

 

 ボーデヴィッヒの情報と機体情報に目を通す。

 ドイツのIS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』(通称:黒ウサギ隊)の隊長を務め、私生活、出生、出世の理由、ほぼすべて謎に包まれている。だが、織斑千冬にISの基礎を叩きこまれたという情報は鮮明に記録されている。写真も数枚……笑ってるな、不器用にだが、笑えている。

 彼女が搭乗している黒いISはシュヴァルツェア・レーゲン、直訳をすると黒い雨という意味を持つISだ。AICを装備したドイツの最新鋭第三世代機。AICの容量が大きいのだろう、武装は限られている。が、限られていようとAICの恩恵は非常に大きく、射撃、近接、ミサイル、そのほぼすべてが防がれる。一対一なら負け知らずだろう。だが、二対二なら……勝機はある。それに、箒ちゃんが戦闘不能になったとしても、ある一点の虚弱性を突けば、あるいは……。

 

「AICに虚弱性は存在する。だが、そこを突くのは俺の仕事だ。情報が漏れないように俺の心の中に留めておく」

「そこまで重要な情報なのか……」

「ああ、1%でも情報がボーデヴィッヒに流れる可能性があれば作戦遂行が出来なくなる。すまないが、この情報は隠させてもらう」

「わかったよ礼遇くん。でも、確実な作戦なんだよね」

 

 確実か博打かと言えば博打の部類に入る。だが、彼女の油断を誘うなら博打が確実の勝利に変わる。一度戦っているが、俺は彼女に傷一つつけることが出来なかった。確実に慢心している。俺が作戦の一つも考えられない低能だと勘違いしている。そこを確実に突く――雪影Bで!

 

「……シャルルくんと一夏のコンビ、こいつが曲者だ。ボーデヴィッヒと戦う前にこの二人と当たったら」

「……援護射撃と一撃必殺のコンビ、これは対処に困るね」

「だが、勝利する条件は必ず存在する。そうだろ、礼遇?」

「……このコンビとの戦いは一秒でも早くシャルルくんを落とすのが先決だ。それが出来なければ、確実に負ける。だが、絶対に勝つ。それだけだ……」

 

 この二人と戦う時、俺は非情な鬼になる。極悪非道を貫く。それに箒ちゃんも加える。絶対に勝つために……。

 

「この二人と戦う時の作戦は当日に説明する。シャルルくんが一年三組の生徒である時点で、軽々と作戦を全員に説明するのは自殺行為だ」

「……ここでは大会に出場するであろう生徒達のポテンシャルを確認するだけ、ってところかな?」

「ああ、そうだ。ただ、フェアプレーなんて無視の作戦を組み立てているから――自分の誇りを守りたいなら逃げるべきだ」

「言っただろ、わたしは極悪の花を咲かせる覚悟がある。付いて行くさ……」

 

 ありがとう箒ちゃん……。

 

 

 一日だ、この一日で箒ちゃんを大会に出せる程度に進化させる。それが出来なければ、俺は負ける。

 

「礼遇……わたしは射撃武器を……」

「大丈夫でしてよ、わたくしがいます」

「近接戦のおさらいはわたしに任せなさい」

「セシリア、鈴? お前達……!」

 

 包帯を巻いて痛々しい鈴さんとセシリア、この二人は機体のダメージ量が高く、大会に出場できない。だからこそ、また、指導係として参加してくれた。

 

「箒ちゃん、全力で覚えて、そして、戦えるように――俺を勝たせてくれ」

「ああ!」

 

 勝つためには手段は選ばない。絶対に――勝つしかない。

 

 

「これはこれは……見た目は綺麗だけど中身のダメージが酷いな」

 

 箒ちゃんの指導が終わった後に三綾の整備士が到着した。シャワーも浴びずに整備室に足を動かし、そして、見た目だけ綺麗になっているラファールを悲しげな表情で見つめる。

 

「まあ、このレベルなら一週間ちょっとでどうにかなるよ。打鉄も元の鞘に収まって機嫌が良さそうだ」

「そうですね」

 

 渋く銀色に光り輝いている打鉄、赤色のラファールの隣に座っている。

 

「礼遇くん、ラファールになにか言ってあげて……」

「ああ、高垣さん……」

 

 ラファールの装甲を静かに撫で、そして、涙を流す。

 

「おまえが助けてくれなかったら俺はこの世に存在しなかった。それなのに、おまえを傷つけた……すまない。だが、また、助けてくれ。俺は、おまえのマスターだ」

 

 ラファールの腕が動き出し、そして、俺のことを優しく抱きしめた。

 

「ラファールが!?」

「こ、こんなことが……」

「おまえは優しい子だな……また、乗せてもらうよ……」

 

 ラファールの腕は静かに離れた。信じられないという表情の整備士さんがラファールを運び出す。その場に居た全員が悲しい表情になっている。俺に至っては泣いている。ありがとう……ラファール。

 

「絶対に勝つぞ。俺は――ラファールの意思を受け取った。負けられない。勝つことしか考えない」

「打鉄に雪影Bを移植する。手伝ってくれ」

「「「わかりました!」」」

 

 ラファール、絶対に勝つからな……おまえの無念を打鉄と一緒に、絶対に……。




 動画投稿とかして書くに書けなかったです。え、どんな動画だって? 生声の天鳳実況動画ですよ。知り合いの鳳凰卓の人にそそのかされて作っちゃいましたw 活動報告の方にURL載せておきますね。
 え、ていうか、ランキングに載ってますね? 妙にお気に入り登録者様の伸びがすごいから確認したら苦笑い。お気に入り登録ありがとナス!


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23:彼女の決断

 時刻は深夜零時を回った頃だろうか。一人の少女が人気の無い整備室で重々しい通信機とノートパソコンを駆使して、これから情報を流し、そして、流したという事実を宮本礼遇に伝える。録音機の準備も上から送られてきたメールもすべてバックアップを取ってある。この場で失敗さえしなければ、彼女は礼遇、そして、三綾の手によって救出される。それが、彼女の一筋の光だった。

 

「定期連絡、シャルル……デュノアです」

 

 重々しい声色で通信機を使いこなす。通信に出たのは野太い声の男だった。彼女は淡々と礼遇の情報を流し、そして、ノートパソコンから雪影Bなどの詳細なデータが入ったファイルをメールで送った。

 

「……纏められた情報は以上です」

「……我々は貴様を監視している。もし、我々を裏切るようなことがあれば……」

「――ッ!?」

「……標的に悟られている可能性がある。三綾重工が大規模な会議を行っているという情報が入った」

 

 少女の体中に何かが這いずるような違和感が駆け巡る。そして、汗が滝のように流れ、呼吸が困難になる。

 酷く動揺している。

 なぜ、情報をリークした時点でここまでの探りを入れられるのか。

 なぜ、三綾重工が大規模な会議を行うことを知っているのか。

 なぜ、この男は疑うような声色をしているのか。

 体中に巡る恐怖が彼女の胸を締め付け、そして、呼吸を乱す。

 だが、この探りはブラフだった。本当にスパイとして任務を遂行しているかどうか、それは彼女の返事次第で変わってくる。

 

「……そう、なんですね」

「……君には宮本礼遇の誘拐を行ってもらう。訓練は受けているだろう? デュノア社の存続に関わる。君の誠意ある行動を期待する」

 

 悟られた、少女の曖昧な返事で悟られた。野太い声の男もこの手の道に精通している人間の一人だ、多感な時期の少女の心なんてわかりきっている。だからこそ、三綾重工の会議が自分達を買収するための会議であるということを理解する。そして、出来る限り行動を早め、自分達の利益を優先するために礼遇の誘拐を提示する。

 

「失敗したら……どうなるんです……」

「ありとあらゆる手段を駆使して君を殺す。それだけだ」

 

 通信が終わる。

 彼女には二つの選択肢があった。

 企業に従うか、

 礼遇に従うか、

 彼は自分の作戦を穴だらけと表現した。もう、企業側が送り込んだスパイが自分のことを殺そうと潜り込んでいる可能性もある。恐怖が体中を駆け巡り、そして、正常な判断を狂わせる。

 

「僕は……死にたくないよ……」

 

 

 シャルロットに呼び出されてやってきた整備室、そのには見慣れた金髪の少女が立ち尽くしていた。本部への連絡を済ませ、三綾に流す情報を纏めたのだろう。静かに彼女の元へ歩みを進めると震える手で彼女は……銃口を向けていた。

 

「礼遇……ドジしちゃった……」

「バレたか……」

「もう、僕……礼遇を誘拐しないと……生きれない! だから……」

「どのくらい悟られたんだ。言ってみろ……三綾で――ぐっ!?」

 

 一発の銃声が響き渡る。頬から流れる鮮血が白い制服に滴り落ち、そして、染み込んでいく。

 苦笑いを見せて、静かに彼女の元に歩みを進める。

 響く銃声、だが、引かない。引けない。

 

「あ、あぁ……ぼ、ぼく……」

 

 

 礼遇は僕が銃を撃っても逃げることなく、ただ、ゆっくりと歩みを進めていた。

 顔は苦笑いを見せ、頬からは鮮血が流れている。

 僕は……もう助からない。礼遇もデュノアも敵に回した。このまま、殺されるんだ……。

 嫌だよ、死にたくないよ……。

 でも、死ぬなら、自分の手で……。

 響き渡る一発の銃声、僕は、死ねたのかな……。

 

 

 滴る左手の平から流れる鮮血はシャルロットの可愛らしい顔を汚してしまっていた。今すぐにでもハンカチを手渡してやりたいのだが、生憎右手が上手く動かない。左手は血で汚れてしまっている。でも、よかった……。

 

「ど、どうして……どうして死なせてくれないの……」

「.32ACP弾じゃなければ貫通してたな。危ない危ない」

 

 腰が抜けている彼女は後ずさる。恐怖に顔を歪ませて、涙を流しながら、呼吸を荒げながら。

 俺は静かに抱きしめた。

 

「俺の心臓の音を聞け……止まってるか?」

「……動いてる……動いてる……うぅぅ」

「手の平を胸に置いてみろ、止まってるか?」

「……ちゃんと、動いてる……うん……」

 

 上手く動かない右腕で静かに彼女の頭を撫でる。

 怖かったのさ、結局はスパイなんて出来る程、心が強い少女じゃない。もしかすると、こうなることも理解していたのかもしれない、だけど、これも一つの結果だ。いや、結果はまだ先のことだ。俺は、彼女を自由にしないといけない。

 

「礼遇……僕……礼遇を撃った……もう……」

「言っただろ……俺は君を助けるって、どんなに撃たれようと、斬られようと、絶対に助ける。俺は、女の涙が大嫌いなんだ。大丈夫、笑えるようにしてやるから、絶対に……」

「でも、僕は裏切ったんだよ……」

「裏切ってない。怖かったんだ。怖かったから、こうなったんだ。心配するな、俺はその程度で見捨てるような奴じゃない。俺は、君の正義の味方だ。泣いている君に自由という花束を手渡す一人の存在だ」

「礼遇……うぁあああ! ごめん……ごめん! 僕、ぼく……」

 

 泣き止むまで静かに頭を撫で続ける。

 

「礼遇……逃げよう、逃げて、一緒に静かに暮らそうよ……」

「逃げるってどこにだ?」

「南米とか、あっちの方はラファール採用してないし、僕、語学は達者だから!」

「それも悪くないな」

 

 シャルロットの顔がパッと明るくなる。

 でも、その選択肢は俺の中には存在しないんだ。

 

「でもな、シャルロット。逃げた先に見えるのは後悔だけなんだ。俺は後悔したくない。今できる行動を精一杯して、駄目だった時に逃げるのが一番だ。なあ、シャルロット――おまえは本当の自由を見たくないのか? 一抹の可能性かもしれないが、俺に付いてきてくれないか……」

「でも……僕、怖いよ……」

「怖くても付いてきてくれ……俺はおまえの味方だから……」

「礼遇……信じていいの……僕、怖いよ……」

「俺が死んでも、おまえは絶対に守る。約束する。だから、一生のお願いだ……付いてきてくれ……」

 

 俺は、守らないといけないんだ。絶対に。絶対に……。




 後半は酔ってる状態で書いてるので、誤字脱字あったらオナシャス!
 シャルロット可愛いなぁ。


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24:回想

 高垣さんと学園側から借り受ける打鉄の整備をしている風景を神妙な顔で箒ちゃんが眺めている。どうにか打鉄に追加武装を取り付ける許可をもらえた。これで一夏とシャルロット、そして、ボーデヴィッヒを安全に、確実に倒せる。

 

「ワイヤーブレード……高威力な武装じゃなくてこういう地味なのをチョイスする辺り、玄人好みの作戦を考えているんだね」

「ああ、これの有る無しで酷く劣勢になる。これがあるからこそ、第三世代を高い確率で撃破できるんだ」

「わたしがこれを使いこなせば……勝てるのか……」

「そうだな……30%くらいかな。初戦にシャルルくんと一夏のコンビを引き当てれば、50%は行く」

 

 ワイヤーブレードを装備しているという情報を出来る限り隠したい。だが、このワイヤーブレードは腰に二本装備する簡素なものだ。ワイヤーブレードを装備しているという事実は確実に晒される。だからこそ、どういう使い方をするのか、それを隠すことが出来れば――二人に勝てる。そして、ボーデヴィッヒ戦もこのワイヤーブレードが要を握る。

 

「箒ちゃんが乗る打鉄は葵と焔火、そしてこのワイヤーブレードを装備する。ただ、葵は使用することはないと思っていい。近接戦は俺がすべて行う。箒ちゃんはバックアップに回ってくれ」

「任された。礼遇の雪影の方が一撃必殺性が高いしな」

 

 箒ちゃんの肩に左手を乗せて、真っ直ぐと目を見る。

 

「箒ちゃん。自分を役立たずとは絶対に思わないで……戦いの要は箒ちゃんだ」

「礼遇……わかってる。わたしは、礼遇を勝たせる!」

「よし、じゃあ微調整を行う。箒ちゃんもするんだよ――ISは乗る人間のことを誰よりも見てる。そして、感じる何かを模索している。自分で出来ることをすべて行って、そして、この子の気持ちを少しでもわかってあげて……」

「ああ、頼むぞ……打鉄!」

 

 そうだ箒ちゃん。最初は機体を信用することからはじめるんだ。弱い機体だから、遅い機体だから、扱いにくい機体だから、そんな沈んだ考えが波長を乱す。信じて、乗って、確かめて、そして、掴むんだ。掴んだ時、その打鉄は第三世代だろうと、その次に現れるだろう第四世代すら凌駕する可能性を掴む。

 俺はまだまだ半人前だ。打鉄という機体の細部を知らない。表面上の何かを撫でているだけ。ラファールは俺に細部を見せようとした、だけど、俺はそれを見ることが出来ず、倒れた。タイミングが悪い男ってところだろうか? だが、可能性は捨ててはいけない。意思も受け継いだ。思いもある。

 

 

 焔火を使用した射撃練習の後にワイヤーブレードの練習に入る。

 

「ワイヤーブレードですの……」

「うわ、ちょっとトラウマ……」

 

 箒ちゃんが纏っている打鉄の腰に装備されている二本のワイヤーブレード、それを確認した途端にセシリアと鈴さんの顔色が悪くなる。それもそうだ、二人はタイプは違えど、このワイヤーブレードで引き摺り回され、大会に出られないくらいに機体を負傷させた。畏怖の感情があるのは理解できる。

 

「それでも、これ以上に作戦に取り込める武装が無いのが俺の頭の弱さだ。許してくれ」

「いえ、責めているわけでは……」

「でも、ワイヤーブレードは中距離戦をやってる奴を無理矢理近接戦に駆り出すにはこれ以上無い武装なのよね。それに四脚のどこかに巻きつけば攻撃の手段が減るわけだし、相手のワイヤーブレードにワイヤーブレードを絡ませてもう一人が重い一撃を入れるみたいな芸当も」

 

 そう、鈴さんの言うとおりだ。このワイヤーブレードという武装がコンビでの戦闘で光るのは相手の攻撃手段の減少、そして、ワイヤーブレードを使用する相手へワイヤーブレードを使用できるという強み。例えは悪いが、核兵器には核兵器と同じようなものだ。ワイヤーブレードという武装を使えるタイミングを出来る限り押さえつける。

 

「こういう武器は色々な扱い方があるから今日一日で教え終わるかしら?」

「そこは意地と度胸でどうにかする! 指導を」

「用途としては、鈴さんの龍砲に近しいと思いますが……」

「確かにどこからでも撃てる龍砲と似てるけど、ワイヤーブレードはぶつけて攻撃するものじゃないわ。そうね、一番近しい存在は鞭よ。叩きつける、巻きつける、引き寄せる。これが基本的な鞭の使い方。そして、ワイヤーブレードも。鞭を使っているとイメージして練習するのが吉だと思うわ」

 

 そう、ワイヤーブレードは鞭の延長線にあるものだ。扱い方はほぼ同じ。だが、手に持つ鞭と腰に設置して発射するワイヤーブレードでは精度の差が出て来る。その辺りはボーデヴィッヒに軍配が上がってしまう。だが、それでも余りある相手のワイヤーブレードへの牽制。これが何よりも重要だ。

 

「最初は相手にぶつけるだけでいい。その後は楕円を描くように巻きつける。そして引き寄せる。これらの練習をしよう」

「わかった、出来る限りを尽くす」

 

 飲み込みが早い。これなら――いける!

 

 

 薄暗い医務室で左手の平にのめり込んだ弾丸をピンセットで引き抜く。そして消毒液を塗り、ガーゼを乗せて包帯を巻く。シャルロットはその姿を見て、酷く落ち込んでいる。骨に影響があるなら一大事だが、ギリギリ骨とは関係のない部分に当ってくれたお陰で抉られた痛みはあるが、それ以外はない。指も普通に動く。

 

「礼遇……ごめん……」

「謝るな。ただ、俺に付いてきてくれてありがとう……」

「今からでも遅くないよ……僕を……」

「……おまえは弱いな。もっと図太く生きないと早死するぞ」

 

 上手く動かない右腕でまた、シャルロットの頭を撫でる。

 今やるべきことは、彼女を止めることじゃない。慰めることでもない。ただ、話を逸らすことだ。

 

「なあ、将来の夢ってなんだった」

「えっ?」

「俺の将来の夢は人の為になる仕事だ。まあ、仕事ってのはどんな職種だろうと人に何かしら関わって、そして、幸せにするから、正直なんでもいいんだがな」

「……僕の将来の夢は……国家代表の操縦者で、ISから降りたらケーキ屋さんかな……」

「良い夢じゃないか。死んだらそれが出来なくなるんだぞ? そんなの面白くない。人生は辛いことばかりかもしれない。楽しくないことの連続かもしれない。誰かに押し付けられる日もある。だけど、目標があるなら生きた方が特だ。現に、俺は目標を持って生きてる」

 

 シャルロットは静かに微笑んだ。死のうとしていた自分が馬鹿らしく思えたのだろう。

 自ら死を選ぶなんて勿体無い。得られる物なければ、死に方をミスしたら酷く痛い。そんなの楽しくもなければ、面白くもない。面白おかしい人生は絶対に存在していて、誰かに決められた何かではなく、自分で選択して切り開いていくものだ。

 俺は、一度も死にたいと思ったことがない。いや、一瞬ならあるかもしれないが、何日も死に魅力を感じたことは一回もない。何故なら、生きていて楽しいと思えるからだ。どんなに選択を誤ろうとも、どんなに行動が狂おうとも、どんなに難しい決断を迫られようとも、俺は生きていることに魅力を感じている。だからこそ、生きる。

 

「……あるんだね、目標が」

「そうさ、目標がない人間なんて存在しない。目標があるからこそ、孤独にもなるし、幸福にもなる。ただ、目標に到着した時、後ろを振り返れば、自分の足取りと頑張りを見ていた人達からの拍手が返ってくる。まあ、俺はその地点まで到着していないから本当かどうかわからないが、見てみたいとは思うな――目標の終着点を」

「見れるかな、夢と目標の終着点……」

「見れるじゃない。見るんだ。わかるか? 見れると見るじゃあ、言葉の意味が違う。言葉を信じるな、言葉が持つ意味を信じろ」

 

 涙が流れ落ちる、そして、不思議と笑っている。

 

「ねえ、僕が終着点に辿り着いた時、礼遇は拍手してくれる?」

「拍手を通り越してなんでもしてやるよ」

「今なんでもするって言ったよね……」

「はは、どんなことをお願いするんだ?」

「女の子の秘密」

 

 もう大丈夫だろう、彼女は、死ぬことを考えない。

 社長さん、バトンを渡しますよ……。




 時間系列バラバラでしたが、面白いと思ってくれたら嬉しいです!
 こんな自分勝手に書きなぐっている物語にお気に入り登録、投票、本当にありがとナス!


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25:非道

 季節は六月も終わりが近づき、そして、夏の蒸し暑さを感じさせる。すべての準備は整い、多忙な日々を懐かしむ程になっている。三綾重工機も打鉄も限界ギリギリまで仕上げ、箒ちゃんの実力も向上した。シャルロットの方も社長さんが手を回しているのだろう、表立った行動はまだ確認できない。安心こそ出来ないが、彼女は前向きに行動している。多分としか言いようがないが、大丈夫だろう。

 二人してISスーツを身に纏い、静かにモニターを睨みつける。箒ちゃんの方は落ち着いた様子で、武者震い一つ見せない。仕上がっている証拠だろう、頼りになる。

 

「初戦でデュノアと一夏を引き当てる豪運があれば」

「そこは神のみぞ知る世界だ。だけど、妙な感覚を感じる。俺の直感は当たるんだ……ありうるさ」

「そう、だな……」

 

 モニターに映る多くの観客が自分達一年生に期待している事が伺える。

 完璧な状態とは言えない、肩に違和感は存在している。それでも、俺は戦い抜く覚悟を持ち合わせている。極悪非道と罵られる作戦も考え、相棒の箒ちゃんとも算段はついている。クラスメイトの殆どが顔をしかめたが、素人と怪我人というコンビでこの大会を勝ち抜くにはこれ以上の作戦はあれ以外しなかった。了承してくれたクラスの皆には感謝してもしきれない。

 深呼吸を一つ、そして、モニターに映し出されるトーナメント表、箒ちゃんの豪運か、俺の豪運か、それとも神様の悪戯か、俺達のコンビの隣に表示されるのは――シャルル・デュノアと織斑一夏、その二人のコンビだ。

 

「一回戦の一発目で勝負できるのは嬉しい限りだ」

「作戦が酷く順調に進むな」

「ごめんね……あんな作戦に付き合わせて……」

「馬鹿を言うな……付いていくと決めたのはわたしだ。謝る必要など存在しない」

 

 これから先、始まるは泥仕合。いや、相手は俺達に泥を塗られるだけの試合だ。

 

 

 少年少女の思いが交差する今日この日、そして、この場所。シャルロットは静かに深呼吸を重ねた。そして、その隣に立っている一夏も深呼吸を重ねている。

 少女は自分が傷付けた少年を一秒でも早くこの大会から引きずり下ろすことを考えている。左手の負傷は外見だけなら治っているように見えるだろうが、彼女は彼と同じ屋根の下で生活している。毎日ゴミ箱に投げ捨てられる赤い鮮血に染まった包帯を見たら、彼の左手の負傷具合が手に取るようにわかる。だからこそ、その治癒の為にも、宮本礼遇という少年を倒さなければならない。少年の思惑も酷く承知しているが、それでも、彼の怪我の具合を知るからには、鬼になる必要がある。全力で、倒すしかない。

 少年は自分が蒔いた種で親友が傷付いたことに激怒している。ラウラ・ボーデヴィッヒを倒すために心を決めて、すべての準備を整えた。だが、最初の壁は自分の親友であり、傷付けられた少年だ。まだ怪我は治っていない。それなのに満身創痍で出場した彼を恐れている。自分が敵討ちをすると誓っているのに、親友は自分の仕事だと彼を押しのけて前へ進もうとする。怖いと感じる、だが、それでも――親友を傷付けられた苛立ちは、自分で断ち切りたかった。

 

「譲れない戦いだね……」

「ああ、絶対に……一歩も譲らない……!」

 

 少年と少女の思いは重なっていた。一人の少年の怪我を知っているからこそ、早くこの場所から離れてほしい。傷口が開かないでほしい。もう、傷つかないでほしい……それだけだった。

 

 

 酷い苛立ちを彼女は感じていた。

 自分が倒し、踏み躙ろうとする少年二人が最初にぶつかり合うことになる。彼女はどちらも蹂躙したかった。一人はとうの昔に倒したが、それでも、自分のことを壊れた人形と表現した彼、そして、織斑千冬に助けられた彼に、酷い劣等感を感じていた。だからこそ、この場で倒したかった。多くの人々が見守るこの場所で、哀れな姿を晒したかった。

 

「あ、あの……ボーデヴィッヒさん、わたしは何をしたら?」

「何もしなくていい……」

「は、はい!」

 

 ラウラは歯を食いしばり、そして、腑抜けた表情の彼らの写真を睨みつける。

 殺意は広範囲に分散され、凍てつく。

 織斑千冬の弟を許せない。

 織斑千冬が認める存在を許せない。

 自分だけが、彼女に見てもらいたい。

 そんな、

 そんな、

 そんな、

 幼い子供のような感情が彼女の中を巡る。

 

「わたしは……絶対に認めない……」

「な、なにをかな……」

「奴らの存在だ……」

 

 殴られたロッカーは扉が壊れ、地面に落ちる。

 彼女の殺意は限界まで膨れ上がっていた。

 

 

 アリーナの中には二組の少年少女、いや、シャルロットのことを知らない人々からしてみれば、一組の少年少女、もう一組は二人の少年のコンビだ。

 ラファールを身に纏うシャルル・デュノア、正しくはシャルロット・デュノア。

 白式を身に纏う織斑一夏、織斑千冬の弟。

 カスタムされた打鉄を身に纏う宮本礼遇、二人目の男性操縦者。

 学園側の打鉄を身に纏う篠ノ之箒、篠ノ之束の妹。

 奇しくも面白おかしい組み合わせに会場は酷く盛り上がっていた。有名人が挙って戦う一発目、熱気を離れていても感じられる。

 

「礼遇、わたしはあんな作戦は了承できない! 戦うなら一人で戦え……」

「箒ちゃん? で、でも……あれ以外の方法は……」

「武の道を歩んできた同志だと思っていたが、おまえがあそこまで落ちたとは想像もしていなかった。勝手に戦え、わたしはそこら辺で待っている。そうだな、おまえが情けなく負ける姿を見るさ――宮本」

「おい、戦う前から仲間割れなんてよしてくれよ……戦いにくい……」

 

 一夏が不安そうな顔で俺のことを覗き込む。

 

「いや、いいさ……酷い作戦を考えた自分にも責任がある。箒ちゃん……待ってて、一人で倒すから……」

「多勢に無勢、勝てるわけがないだろ。早く負けてくれ」

「箒! 本当に……でも、礼遇を倒して早く療養に入って貰いたいとは思うから好都合だ。すまない礼遇」

「……簡単に負けると思うなよ」

 

 箒ちゃんは静かにアリーナの壁に寄りかかり、俺のことを見る。そして、二人で静かに頷いた。

 三分だ。

 試合開始のブザーが鳴り響く。

 シャルロットが放つ弾が飛来する。それをシールドで弾きながら、こちらも硝煙ヘビーで応戦する。射線を掻い潜って懐に潜り込んでくる一夏を蹴り飛ばし、シャルロットとの距離を詰め、雪影Bでの攻撃を試みるが、彼女が握るアサルトライフルで弾かれ、後退射撃を受ける。だが、即座にシールドを展開、ダメージを最小限に抑える。

 

「後ろがお留守だぞ!」

 

 左に飛び退き、雪片弐型の零落白夜を回避し、転んだ状態で硝煙ヘビーの引き金を引く。一夏は慌てて上昇を開始し、弾は数えられるだけで八発しか被弾しなかった。状態を起こすとシャルロットがショットガン二丁を構えて接近してくる。俺は後退し、姿勢を低くしてシールドで被弾を避ける。

 壁際に追い詰められた俺はギラギラとした二人の目を見て畏怖の感情を隠せないでいた。

 

「礼遇……怪我をしているんだから、出る必要なんて無かったんだ」

「お願い、これ以上傷口を広げないで……」

「剣構えながら、銃口向けながら言われたくないセリフだね……」

「「わからず屋が!!」」

 

 一夏が瞬時加速を駆使して接近、雪片弐型が迫る。

 咄嗟にシールドでカバーし、蹴り飛ばす。蹴り飛ばした後にはシャルロットのショットガンの弾薬が飛来し、シールドを破壊する。使えるシールドはもう一枚、まだ三分は経過していない。

 上昇を開始し、硝煙ヘビーに新しいマガジンをセット、シャルロットに照準を合わせる。が、また瞬時加速を駆使して一夏が正面に現れる。シールドを移動させ、攻撃を防ぐが、真っ二つになって地面に落ちる。

 シャルロットのアサルトライフルの弾が正確に飛来し、脚に被弾する。これ以上の被弾は危険と判断し、一夏に組み付き、盾として利用する。

 

「すまないが、おまえが三枚目の盾だ」

「逆にすまない、盾にはなれない」

 

 白式の出力を駆使してターンし、俺の背中をシャルロットの射線に差し向ける。雪影Bで一刺ししてから落下、一夏に弾が当たったことを確認してPICを駆使して滑るように滑空する。

 あと一分だ。

 

「シールドが無い状態で僕の攻撃を捌けるかな?」

「捌ける捌けないじゃない。捌くんだよ……」

 

 連射力の高いアサルトライフルに持ち替えたシャルロットの弾が裸の状態の俺に向かって飛来する。

 一夏も体制を立て直して攻撃の準備に移っている。

 硝煙ヘビーでシャルロットに応戦、一夏の軌道を確認、最適な位置で戦闘を続ける。

 あと少しだ、あと少しで――シャルロットを落とせる。

 

「礼遇! お願いだから!!」

「――三分だ!」

「――えっ!?」

 

 シャルロットに巻き付く一本のワイヤーブレード、そして、彼女を明後日の方向に勢い良く投げつける。それを確認した瞬間に瞬時加速を駆使して接近、雪影Bを彼女の腹部に突き刺す。即座にその量を減らすエネルギーと困惑した表情、そして、三分が三十分に感じたと言わんばかりの箒ちゃんの表情。その二つが俺達の作戦を表していた。

 

 

 一年三組の教室、シャルロット以外のクラスメイト全員と箒ちゃんが集まった教室で作戦会議が始まっていた。大会は明日、これが最後の作戦会議となる。だからこそ、俺が考えた、確実にシャルロットと一夏を倒す作戦を全員に説明する必要がある。

 

「箒ちゃんは三分間戦闘に参加しないで……」

「……どういうことだ?」

「コンビで戦わないといけない大会なのに、一人で戦うってこと? 無茶だよ礼遇くん!」

「いや、礼遇くんにも作戦があるんだよ……話して、絶対に言いふらさないから……」

 

 俺は暗い表情で作戦の内容を告げる。すると箒ちゃんは生唾を飲み込み、そして、クラスの皆は酷く渋い顔をしていた。

 俺の作戦、名前をつけるなら、極悪非道作戦とでも言おう。

 最初に箒ちゃんが俺の作戦に文句を言い、そして、戦線から離脱する。だが、これはフェイクであり、俺が劣勢に立たされ、箒ちゃんが完全に戦意を失っていると錯覚した状態で不意打ちのワイヤーブレードを使い、そして、雪影Bを駆使して一瞬でシャルロットを退場させる。その後は箒ちゃんと共に一夏を撃退するという正々堂々の欠片も存在しない手段であり、作戦だった。

 

「でも、そんなの……大会なんだよ……」

 

 広瀬さんが悲しそうな表情で反論する。だが、すぐに高垣さんに肩を叩かれる。

 

「百合ちゃん……」

「ひなちゃん……礼遇くんは怪我をしている。篠ノ之さんもお世辞にも強いとはいえない。そんな状態で正々堂々と戦っても負けるのは目に見えているの。だから、こういう作戦も取り入れないと――二人は負ける」

「でも、礼遇くんは強いから……」

「俺は強くないよ。だから、騙し討みたいなことをしないと勝てない。セシリアも一夏も、全部運が良かったし、対策も十二分に練れた部分もあった。だけど、今回ばかりは無理なんだ。一対一ならこんな作戦組み立てない。箒ちゃんには、土壇場でこんな作戦を言い渡すのも心が苦しい……」

 

 広瀬さんは涙目になりながら、静かに意見することをやめた。

 箒ちゃんは深呼吸をして、静かに頷く。

 

「ここで、こんな作戦は嫌だと言って逃げ出すのは……不義理だ。付き合うさ、最後の最後まで」

「ありがとう、箒ちゃん」

 

 

「シャルル!?」

「すまない一夏、わたしは――勝つためには手段を選べないんだ!」

 

 葵を構えて一夏に接近、素早い剣撃で翻弄する。

 

「箒! おまえって奴は!」

「嫌われても構わない……だが、礼遇をボーデヴィッヒと戦わせるためには、鬼になる必要があるんだ!」

 

 鋭い一太刀が一夏のシールドを抉る。

 

『勝者! 宮本・篠ノ之ペア!!』

 

 箒ちゃん……ごめん……。

 でも、第一歩は踏み出せた。

 俺は、情けないよ……でも、ありがとう……。




 いやはや、こんな作戦考えた自分が恥ずかしい……礼遇ちゃん、箒ちゃんごめん……。


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26:緊急事態

 一夏とシャルロットとの戦闘が終了し、ISを待機状態に戻し、ピットに戻る。すると一年三組の全員が集まっていた。そして、胸を撫で下ろす。

 

「……よくやったよ、礼遇くんも篠ノ之さんも」

「ありがとう。打鉄を任せられるかな」

「わたしは傷ついていない。このまま」

「篠ノ之さん、ISは精密機器だから一度使ったら何かしらの不具合を起こすのよ。だから、そっちも預けて」

 

 高垣さんは二機の打鉄を受け取って数人のクラスメイト達を引き連れて整備室に向かった。

 左手を確認すると包帯から鮮血が滲んでいる。

 

「礼遇くん、ごめんね……わたし……」

「いいよ。広瀬さんの言ってたことも正しかった。俺が弱いから」

「……ありがとう。百合ちゃんの手伝いに行ってくるね!」

 

 問題がある作戦だった。だけど、問題があるからこそ、この試合に勝つことが出来たんだ。非道を使ってでも、勝ち進む理由があった。箒ちゃん、クラスの皆、自分自身にも……害を及ぼしてしまったか……。

 他のペアが打鉄とラファールを搬入し始めた、箒ちゃんとクラスメイトを引き連れて一旦外に出る。

 

「礼遇……包丁で深く切ったにしては、血が酷くないか? 何かあったんじゃ……」

 

 左手に巻かれた包帯、そして、そこに滲む血液を見て箒ちゃんが心配そうな表情になる。

 流石に包丁で切ったという嘘は通用しなくなったか、それでも、嘘を通さないとこの大会には……。

 事前に用意しておいた新しい包帯とガーゼを取り出して、巻き直す。が、傷口を箒ちゃんに見られた。いや、見せたのかもしれない。

 

「……銃痕、おまえ」

「すこしあったんだ……心配しないで、見た目より酷くない」

「……戦えるか、それだけ問わせてくれ」

「問題ない。肩よりマシさ……」

 

 次の試合は多分、二時間後、その間に血を止めるんだ。それに、次の対戦カードは代表候補生でもなければ、企業代表でもない一般入学の生徒、即座に仕留めることが出来る。大丈夫、手にも、肩にも負担はかからない。焦らなければ大丈夫の筈だ。

 

「礼遇……」

 

 一夏とシャルロットが暗い表情でやってきた。あれだけの姑息な作戦を使ったのだ、文句の一言でも言いたいのだろうか、言い返せない立場だからな、心苦しい。

 

「礼遇……おまえの気持ちはわかった。普通のおまえならあんな作戦は考えない。親友を名乗らせてもらっているんだ、わかるさ」

「一夏……」

「……不本意だが、託す。俺が、託されるべきことなんだろうが、負けた俺にはどうすることも出来ない。言えることは頑張れとしか……」

「こっちもすまない。俺は、ボーデヴィッヒに言わないといけないことがある。それも、戦っている時にしか言えないことなんだ」

「おまえは堅いよな、意思も、行動も。頑張れよ……応援してる……」

 

 一夏は静かにその場を去った。悲しい背中を見せつけて。

 シャルロットは何かを言い放とうとしたが、押しとどめる。そして、

 

「礼遇……僕は何も言わないよ、それが君の決意なら」

「わかってくれてありがとう。絶対に戦い抜く、そして――勝つさ」

「うん……頑張って……」

 

 彼女は静かに頷いて、一夏と同じように悲しい背中を見せて去った。

 負けられない理由が強い意味を持つ。

 

 

 礼遇の決意は堅い、それを弟との戦いで見抜くことが容易にできた。彼の取った戦術は確かに非道としか言いようがない、だが、高い難易度を誇る織斑一夏、シャルル・デュノアのペアを打ち倒すには仕方がない作戦とも取れる。少々強引な作戦だったが、絶対に使用してはいけない行為ではない。教師として、彼を咎めることは出来ない。

 

「宮本くんも強引な手段を取ってきましたね」

「宮本は一年生で一番完成された生徒だ。負傷していたとしても、策を練って突破する。嫌な話だが、うちのクラスの男子とは、方向性が真逆で、まるで策士のようだ」

 

 私から言わせてもらえれば、この大会で一番の障害は一夏とデュノアだった。それを平然と突破した当たり、宮本は第二、第三の作戦を平然と考えているだろう。だが、肩がどこまで持つか、それが気掛かりだ。それに、昨日、食堂で彼を目にした時に包帯を左手に巻きつけていた。

 考え過ぎるのもいけないことだが、彼の体の状態は芳しくない。一生の傷を作らないように――止める準備は整えておかないといけないな……。

 

 

 血はなんとか止まったが、すぐに傷口は開くだろう。左手に違和感が残る。肩にも違和感があるのに、左手にも違和感があったら本格的に戦いにくい。でも、ボーデヴィッヒとこの対戦カードで当たるには、あと二勝が必要になる。次の対戦は軽く突破出来るだろうが、その次、確実に更識さんが上がってくる。

 

「……四組のクラス代表、打鉄を使っているな」

「……機体の調整が間に合わなかったのか」

 

 モニターに映し出される戦闘、一年一組のペアと更識さんと布仏という生徒のペア、戦いは圧倒的だ。日本の代表候補生の実力の高さを示すように、一般入学の生徒を倒している。だが、どちらも使用しているのは通常の打鉄、装備も葵と焔火という標準的なものだ。唯一付け入ることが出来る部分はそこだろう。箒ちゃんのワイヤーブレードに三綾重工機の雪影B、片方を落として、二人で叩く。大丈夫だ。出来る筈だ……。

 

「礼遇……大丈夫だ、心配するな――助けられる部分は絶対に助ける」

「……箒ちゃん」

 

 今更弱気になってどうする。俺は一夏とシャルロットを倒し、二人の意思も受け取った。ウジウジしていても、ボーデヴィッヒと対戦することは出来ない。勝つことだけ考えろ、何人が、俺に期待していると思ってるんだ。自分の背負っているものを思い出せ――宮本礼遇!

 

 

 予備のシールドの設置が終了し、箒ちゃんの方の打鉄の微調整は終わっている。高垣さんは静かに頷いて俺達を送り出した。そして、第二戦、二組のペアとの戦闘になる。相手が使用している機体は打鉄とラファール、多分、打鉄で近接戦闘、ラファールで援護して第二戦まで勝ち抜いてきたのだろう。

 

「よろしく頼む」

「うん、よろしくね」

 

 互いにIS越しに握手を交わして所定の位置に陣取る。

 ラファールを一瞬で落とす。箒ちゃんにアイコンタクトを送ると静かに頷いた。そして、ワイヤーブレードを一撫でする。

 試合開始のブザーが鳴り響き、そして、ラファールから鉛玉が飛来する。最初の攻撃はそうなるとわかっていた。

 シールドを展開し、弾の雨を防ぎ、箒ちゃんに合図を出す。

 ラファール目がけて飛来するワイヤーブレード、だが、それに割って入った、打鉄が巻き付く。戦いの要をラファールと決めた行動か、だが、一機でも脱落したら後の戦闘が苦しくなる。この戦い、もらった!

 雪影Bが展開されない、こんな時に故障だと!?

 雪影Bを使用することをやめ、即座に硝煙を展開、六十発すべてのマガジンを打鉄に向けてゼロ距離で発射する。だが、削れたシールドエネルギーは半分、六十発でも口径の差が出てしまうか……。

 刹那、ラファールの右手に握られたショートブレードが打鉄に乗る少女を拘束しているワイヤーブレードを断ち切る。拘束が解けた打鉄は、即座に蹴りを入れて戦線を離脱、焔火を構えた。

 

「箒ちゃんカバー!!」

「わかった!!」

 

 焔火を構えた箒ちゃんが打鉄とラファールの間に割って入る。セシリアの指導のおかげで着弾は安定している。雪影Bが使えないなら、あれを設置しておびき寄せるしかない!

 

「箒ちゃん、二人を頼む、下準備をする」

「雪影が故障したのか」

「ああ、でも、他に武装はたんまり積んでる。大丈夫だから、時間を稼いで……」

「わかった」

 

 雷閃を地面に設置して、ジリジリとエネルギーを削られている箒ちゃんの援護に入る。

 

「もらった!」

 

 ラファールに組み付き、瞬時加速を駆使して雷閃を設置した部分に誘導する。そして、一本背負いで投げ飛ばし、センサーに反応した雷閃が起爆、ギリギリエネルギーが残って、回避運動を取ろうとした隙に硝煙ヘビーの偏差射撃で撃墜する。

 

「箒ちゃん! 十字砲火!!」

「了解!」

 

 打鉄を囲むように飛び回り、焔火と硝煙ヘビーの射撃で確実に打鉄を落とす。

 雪影Bの故障、次の試合までに修復できるか……。

 

 

 ピットに戻ると高垣さんが慌てて駆け寄ってくる。そして、雪影Bを確認し、即座に待機状態に戻して整備しに行くと宣言する。

 

「どのくらいで治る?」

「……急いで三時間、次の対戦カードまで時間がないのに」

「吉村さん! 学園側から葵の使用許可をもらってきて! あと、高垣さん、空閃も二つ詰め込んでおいて」

「了解、全部任せて」

「使用許可もすぐに取ってくるから!」

 

 三綾重工機と学園側の打鉄を預けた。

 本格的に危なくなってきた。雪影Bが使用できないとなると……代表候補生の更識さんの突破が……。

 

「礼遇、おまえは劣勢に立たされても勝ち進んだ実力者だ。落ち着け……」

「箒ちゃん……」

「いいか、使えない物に後ろ髪を引かれて勝てるわけがない。今あるものを駆使して戦うんだ」

「わかってる。ただ、箒ちゃんへの負担が……」

「わたしのことは気にするな。相棒だろ」

 

 静かに頷く。

 ないものねだりをしている状態じゃない。今できることを、すべて……。




 四組クラス代表更識簪と布仏本音ペア、酷く劣勢に立たされる礼遇。はたして……。


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設定資料集

 僕は画力が低いので、どうしても荒い絵になりますが、まあ、自分で見てある程度は見れる絵になってるので、ご容赦ください。


名前:宮本礼遇

誕生:6月14日

身長:180cm

体重:71kg

体質:筋肉質

性格:社交的・臆病

所属:三綾重工

機体:打鉄・三綾重工機&ラファール・リヴァイヴ・三綾重工機

特殊:人望◎ 策士○ 怪我率☓ 行動力○

挿絵:

【挿絵表示】

 

 

【宮本礼遇】

 幼い頃に篠ノ之道場で剣を学んだ少年。織斑一夏の一太刀によって肩を壊すが、小太刀術を通して剣の道を歩み続ける。性格は社交的だが、臆病な部分がある。曲がったことは好まないが、一度決めたことは曲がった手段を使用してでも貫き通す部分がある。

 

【打鉄・三綾重工機】

 三綾重工で使用されている武装テスト用の打鉄であり、三綾重工でカスタムが施されている。だが、基本性能は打鉄と変わりなく、拡張領域と機動力を向上させた程度である。雪影を装備していたが、篠ノ之束博士のロックによって改ざんされ、通常の雪影は修復中。ラファールに積まれていた雪影Bを臨時で装備しているが、相性が悪い。

 

【ラファール・リヴァイヴ・三綾重工機】

 宮本礼遇をマスターと認め、彼の窮地を幾度となく助けた機体。三綾重工でのカスタマイズで機動力を強化され、自社の多くの武装を搭載されている。硝煙ヘビーと雪影B、空閃雷閃を駆使しての一撃離脱戦法を得意とする。ラウラ・ボーデヴィッヒとの戦闘で破損し、今現在は長崎で修復作業に入っている。

 

 

名前:高垣百合

誕生:4月12日

身長:147cm

体重:秘密

性格:少し内気

所属:特になし

機体:なし

特殊:人望○ 機械◎ 行動力○

挿絵:

【挿絵表示】

 

 

【高垣百合】

 IS学園一年三組に在籍している女子生徒。父親は打鉄の開発者の一人。父の影響を受けてISの知識に長け、礼遇の打鉄やラファールを率先して整備士ている。適正はクラスで一二を争う程に高いが、将来は開発者側になりたいと語っている。

 

 

名前:広瀬ひな

誕生:5月9日

身長:155cm

体重:秘密

性格:明るい

所属:特になし

機体:なし

特殊:人望○ 行動力○ 閃き◎

挿絵:

【挿絵表示】

 

 

【広瀬ひな】

 IS学園一年三組に在籍している女子生徒。親に勧められてISの適正検査を受けたところ、A-という成績を叩き出し、学力も高かったためIS学園に入学した経緯を持つ。基本的におっとりとして、誰とでも会話できる明るい子。だが、作戦会議になると他の人が考えないような一風変わった作戦を提示したりして作戦立案の要となっている部分もある。

 

 

名前:吉村蘭花

誕生:6月21日

身長:164cm

体重:秘密

性格:社交的

所属:特になし

機体:なし

特殊:軍師◎ 行動力○

挿絵:

【挿絵表示】

 

 

【吉村蘭花】

 IS学園一年三組に在籍している女子生徒。作戦会議で一番頼りになる存在である。三国志や歴史書籍を好んで読んでいるため、戦法や作戦を考えることが好みのようだ。智将吉村と礼遇から呼ばれ、作戦会議の要の一人である。

 

 

名前:向坂ソフィア

誕生:12月20日

身長:170cm

体重:秘密

性格:冷静

所属:母親がロシアの諜報員

機体:なし

特殊:ナイフ術○ 拳銃○ 格闘戦○ 行動力○

挿絵:

【挿絵表示】

 

 

【向坂ソフィア】

 IS学園一年三組に在籍している女子生徒。母親がロシアの諜報員であり、宮本礼遇の情報を入手するために入学した。適正は高く、天性の才能もあり、ISの操縦は礼遇に次ぐ。クラス代表戦の時に礼遇を庇い、腕を負傷したが、深い傷ではないので完治している。一年三組の影の実力者。

 

 

名前:新井糸子

誕生:1月10日

身長:150cm

体重:秘密

性格:ムードメーカー

所属:新聞部

機体:なし

特殊:情報収集◎ 行動力◎

挿絵:

【挿絵表示】

 

 

【新井糸子】

 IS学園一年三組に在籍している女子生徒。新聞部に所属しており、代表候補生などの機体情報を新聞部の情報網から入手したり色々と一年三組に必要不可欠な存在になっている。先輩達の情報網も凄いが、彼女の情報のまとめ上げもピカイチで用意する書類はとても見やすいと評判である。




 支援絵送ってくれてもいいのよ!


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27:次へ

 打鉄のOSとラファールのOSの互換性は低いからどうしてもシステムエラーが生じてしまうのか、整備士さんから貰っていた最低限の修復プログラムとバックアップ、前者ならギリギリ次の試合に出せるかもしれないけど、指令系統が破損したらバックアップを使用しても使えない可能性が出て来る。雪影Bが使えないなら、ボーデヴィッヒさんとの戦いは絶対に勝てないだろうから、後者を優先した方がいい。

 

「これは……わたしが決断するべきことなのかな……」

「学園側の打鉄、修復完了。ワイヤーも巻き直したよ」

「わかった……今から雪影Bを外してバックアップを使うね」

「了解、葵が到着の使用許可が出次第に三綾重工機に取り付けるよ」

 

 礼遇くん、絶対にボーデヴィッヒさんとの戦闘までに間に合わせるから、更識さんとの戦闘、絶対に勝ってね……。

 

 

 時間が遅く感じる。そして、緊張感が静かに心を蝕んでいく。零落白夜に支えられた戦闘、それが出来たからこそ多くの試合で勝利を飾ることが出来た。だが、今はそれが存在しない。俺の体には、零落白夜を使用した一撃離脱の戦法が染み付いてしまっている。今更、この戦法から離れて、通常の第二世代ISを使用した戦闘が出来るか? わからない……。

 振るえている右手に箒ちゃんの左手が置かれる。

 

「そんなに緊張していたら左手の出血も酷くなる。少し眠ったらどうだ……次の試合まで一時間はある」

「箒ちゃん……ありがとう……」

 

 箒ちゃんがパンパンと自分の膝を叩く。そして顔を赤らめた。こういうのは一夏にさせたいんだけど、今日だけは甘えさせてもらおう。

 

「ゆっくりと眠れ、そして、目覚めたら冷静になるんだぞ……」

「うん、わかった……」

 

 箒ちゃんに膝を借りて静かに目を閉じる。

 

 

「弱気になるな小僧、おまえの弱気なところは見ていて面白くない」

 

 狐が語りかける。やはり、俺に憑いていたのか。

 

「弱気にもなりますよ、ここまでの劣勢を突きつけられたら」

 

 神様の前だ、弱音の一つや二つ吐き出したい。だが、狐は嫌な表情を見せて、ケケケッと笑ってみせた。そして歩み寄り、睨む。

 

「人間は決まって劣勢の時に光を放つ。おまえの何十倍、何百倍と生きた存在だ。人間のことは人間より理解している。おまえは輝こうとしているぞ、見える、見えるんだ。俺は神だぞ、わからないはずがない」

 

 尻尾を揺らめかせ、薄気味悪い笑みと笑い声を見せ、聞かせる。

 劣勢に光を放つが人間か、確かにそうだ。今までの足取りも酷く劣勢な状態からのスタートが多かった。それでも切り抜けて、出し抜いて、泥臭い勝利を手に入れてきた。華々しい勝利は似合わないが、泥臭い勝利は酷く似合う。

 

「神様、貴方の言葉――信じて疑いませんよ」

「狐の言葉を信用する哀れな人間よ、化かされぬようにな」

 

 狐の姿は静かに消え去る。

 

 

「礼遇、起きろ」

 

 箒ちゃんの声によって意識が覚醒する。静かに起き上がると今までよりもくっきりと目が見えるように感じた。不思議と肩の違和感も消え去り、左手の鈍痛も柔らかくなっている。心が軽い、心が軽いのだ。緊張していた体が柔らかくなり、そして、心が決まった。

 

「目覚めはどうだ?」

「最高だ。万全の状態で戦える」

「よかった……」

 

 静かに立ち上がり、背伸びをしてみせる。

 重々しい足取りで広瀬さんが現れる。手には待機状態の俺の打鉄と箒ちゃんの打鉄が握られていた。

 

「雪影Bは……」

「大丈夫。雪影が無くても戦える」

「礼遇くん……そうだよね、礼遇くんは強いから」

「強くはないんだが、今回ばかりは強くあってみせる。約束する」

 

 弱いからこそ虚勢を張ってみせる。弱いからこそ――強い背中を見せてみせる。

 男、宮本礼遇――劣勢に花を咲かせてみせる。心強い戦友とともに。

 

「箒ちゃん、作戦なんて回りくどいことは考えない。互いに互いを助け合って勝利を拾う」

「託された思い、ここで散らすつもりは微塵もない。さあ、戦場に華々しく咲こうではないか」

 

 戦況は始まる前から劣勢、だが、与えられた絆は強く結びついている。

 

 

 打鉄も機敏に動いてくれる、

 傷の痛みも和らいでいる、

 心も決まっている、

 向かうは勝利の道、

 咲かすは戦の華、

 友は心強く、

 勝利は近い。

 

「箒ちゃん、俺は逃げないよ」

「男が逃げてどうする? 女の前だ、男らしく戦え」

「そう言われると痛いね。でも、男らしく戦うつもりだ」

 

 ピットから飛び立ち、中央に鎮座する。更識さんのペアも到着し、互いに物言わず一礼を交わす。

 箒ちゃんと目線を合わせる、そして、互いに頷き合う。

 試合開始の合図が鳴り響いた。

 ――刹那、葵を居合で構えて布仏さんに斬りかかる。

 肩を痛めているという情報が巡っている中で初手の居合、これは意表を突く攻撃にあたる。肩の調子は悪くない。視界も開けていて、何よりも心が軽い。

 

「(初手に近接戦!? 硝煙で間合いを取って中距離戦闘に持ち込むと踏んだのが仇になったかも……)」

 

 更識さんが焔火を構える。だが、その攻撃は通らない。心強い相棒が守ってくれるから。

 箒ちゃんの焔火から轟音が響く、俺を布仏さんから引き剥がそうと集中したのが仇、この戦いはタッグマッチ、そして、俺と箒ちゃんは気心知れた幼馴染だ。わかっている、行動なんて、友だから!

 

「箒ちゃん、俺がそっちの相手をする。布仏さんを全力で落として」

「わかった!」

 

 瞬時加速を駆使して一気に更識さんに接近、ゼロ距離から居合で斬りつける。だが、相手も代表候補生、焔火で攻撃を防ぎ、腹部に蹴りを入れる。だが、俺が斬りかかるだけで終わるような奴じゃないことを知らないのだろうか。彼女の目の前に設置された空閃、それが起爆する。

 ズタズタになったシールドと更識さんの苦い表情、我が方有利。

 硝煙ヘビーを構えて弾幕を張る。箒ちゃんの方は善処できている。あっちのチームの機体は少しばかり気怠い動きを見せている。うちのクラスのように丁寧な整備が間に合わなかったのだろう。なら好都合!

 

「箒ちゃん、二人をアリーナの中央に誘き寄せる。そこで一気に決着を付ける。相手も代表候補生、動きに慣れたら手の施しようがなくなる」

「雷閃だな、承知」

 

 弾幕を張りつつ雷閃を二発アリーナの中央に投げて設置、爆炎で更識さんには悟られていない。箒ちゃんに任せている布仏さんも箒ちゃんに集中し過ぎて前しか見えなくなっている。チャンスは一回、二機を叩き下ろす。

 瞬時加速を駆使して組み付く。葵を使用しての居合だと勘違いした更識さんは咄嗟に焔火でガードしようとするが、逆に組み付きやすくなる。そのまま組み付き続け、箒ちゃんがワイヤーブレードで布仏さんを拘束したと同時に方向転換、雷閃の方向に向けて瞬時加速。

 

「(……さっきの試合と同じ!?)」

 

 響き渡る爆裂音、布仏さんは目を回して戦闘不能。更識さんの方はギリギリの状態で踏みとどまっていた。そうか、シールドを背面に移動させて爆破の衝撃をカバーしたのか……。

 刹那、鋭い太刀が箒ちゃんを抉る。

 

「箒ちゃん!」

 

 鋭い一太刀、ギリギリどうにかエネルギーは残っているようだが、連撃がくる!

 瞬時加速を駆使して二人の間に割り込み、更識さんの攻撃を受け止める。思っていたより重々しい攻撃だ……体の軸を使うのが上手いのか……。

 

「武道経験者なのかい?」

「……少しだけ」

 

 剣術は箒ちゃんの方が上だろうが、ISを身に纏っている状態での剣術は彼女の方が数段上だ。なんとか目で追いかけることは出来るが、こっちは使えない右腕を無理矢理従わせているようなものだ。どのタイミングで近接戦を放棄しなければならなくなるか……。

 箒ちゃんがワイヤーブレードを駆使して拘束を試みるが、一太刀で弾かれ瞬時加速で間合いを詰めてくる。

 

「させるか!」

 

 シールドを移動させて一撃を受け止めるが、即座に鋭い蹴りが腹部に向けて飛んでくる。

 箒ちゃんに後退するようにハンドサインをだし、そして親指と人差し指をたてる。箒ちゃんは支援射撃の位置に移動し、静かに射撃の機会を伺う。だが、箒ちゃんの射線に入らないように俺との近接戦の間合いを崩さない。この距離だと誤射が入る可能性がある。

 俺を落とせばこの戦いに勝利できると踏んでの行動だな。確かに、練度を見る限り箒ちゃんだけで彼女に勝てる可能性は本当に低い。だが、彼女の打鉄のエネルギーは雷閃の一撃で酷く削られている。追い詰めている。だが、まるで追い詰められているようなこの雰囲気、苦手だ……。

 探りの一太刀をいなし、鋭い一太刀が飛来する。それをシールドで受け流し、蹴りを入れるが距離を離して回避される。

 箒ちゃんの援護射撃が入るが、即座に俺の前に移動し、誤射を誘発させる。

 

「……撃てない」

 

 彼女には単純さがない。煮詰められた技量、そして、型に囚われない柔軟な対応と慣れ。それらが戦う時に生じる癖のようなものを完全に併殺している。それに付け加えてあの表情、追い詰められている。味方は落とされている。そんな状態でも顔色一つ変えないで真剣に俺と向き合って、そして、箒ちゃんへの警戒も怠っていない。これが代表候補生、ISを作った国、日本の代表候補生の実力か!?

 

「礼遇、距離を離して射撃戦に持ち込むのはどうだ? あっちは一丁、こっちは二丁だ」

「いや、逆にそっちに移った方が自殺行為だ。あっちはセシリアやシャルルと同レベルの射撃の腕を持っていると考えていい。俺みたいな器用貧乏とは格が違う。俺が近接戦で、箒ちゃんが援護射撃。これがベストだと思う」

 

 あれを使うしかない。箒ちゃんに射撃準備のハンドサインを見せ、即座に高速で移動する。箒ちゃんの支援射撃で尻に食らいつかれることは免れた。空閃を二発、これで仕留められなかったら俺の、俺達の負けだ。

 

「(地雷の次は空中機雷……二発だけなのが救いだけど……)」

「箒ちゃん、出来る限り空閃の近くで戦闘をする。だけど、相手の射撃で破壊され、爆風でダメージを受ける可能性もある。適切な距離で戦闘してくれ」

「わかった!」

 

 箒ちゃんと合流し、葵を構える。

 

「(撃って壊すことも出来るけど……武器を切り替えた瞬間に……)」

 

 あっちも近接戦で渡り合う準備は出来てるみたいだな……好機!

 瞬時加速で一瞬で間合いを離す。飛んでくる太刀はそのままバリアで受け、組み付く。が、返される。そして、それも返す。柔道の類も習得しているのか、才女だな……。

 

「(まずい……機雷が……)」

「もう遅い!」

 

 手動で空閃を爆発させる。強い爆風が背中を襲い、体を、機体を地面に叩きつける。

 

「礼遇!?」

「へへ、無茶しすぎたぜ……」

 

『勝者、宮本・篠ノ之ペア!』

 

 

 静かに立ち上がると更識さんが静かにこっちにくる。

 

「ISが可哀想……」

「ごめんなさい」

 

 彼女は溜息を一つ吐き出して、優しい笑みを見せ、頑張ってね、そう、小さく呟いてくれた。




 PCが壊れて色々と心が折れてしまいました。今は古いデスクトップPCでどうにか執筆中でございます。
 遅れてごめんなさい!


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28:戦う前に

 無茶を押し通しすぎた部分が多かったが、どうにか立たなければならない地点に到着することが出来た。

 左手の傷口はまた開いてしまったが、痛みは感じない。肩の違和感は相変わらず存在しているが、湿布を貼り付ければ大丈夫な領域だ。後は時間が来るのを待って、そして、やるべきことをやるだけだ。

 

「今回は機体もボロボロにして体も痛めつけて、うちの代表は無茶しすぎるよ」

 

 高垣さんに申し訳ないと一言告げる。すると慣れっこだから大丈夫と笑みを見せた。そして、雪影Bはちゃんと使えるように仕上げたと優しく告げる。これでボーデヴィッヒと再戦できる。色々な人達からの期待と歩んできた道、負けは許されない。全力だ。全力で倒す。

 

「はい、二人共打鉄を預けて、完璧に仕上げるから」

「頼むぞ、高垣」

「了解」

 

 俺と箒ちゃんは彼女に打鉄を渡し、そして、短く握手を交わす。

 

「皆のお陰でここまで来れた。本当にありがとう」

「まだまだ試合は残ってるのに早いよ。勝って、そして、ありがとうって言って。サポーターのわたし達は二人を勝たせるために尽力するから……皆! 整備するよ!!」

「「「「「おー!!」」」」」

 

 高垣さんとその他のクラスメイト達は整備室に足早に向かった。

 その姿を見送った後、ロッカーの中から救急箱を取り出して湿布と換えの包帯を取り出して、湿布を右肩に、包帯を左掌に巻きつける。左掌の出血は二戦目より穏やかで、擦り傷を負った時程度のものだ。そこまで重症じゃない。箒ちゃんも出血具合を確認して、胸を撫で下ろしてみせた。

 

「湿布はわたしが貼り付けよう」

「ありがとう」

 

 上半身だけISスーツを脱ぎ、箒ちゃんに湿布を張ってもらう。顔が少し赤い。

 

「どうしたの?」

「いや……男の裸を普通は見ないからな……」

「まあ、綺麗に仕上がった肉体じゃないからね」

「いやいや……ちゃんと、綺麗に仕上がっていると思うぞ……色々と……ガチガチだし……」

 

 なんというか、自分まで恥ずかしくなってくる。なんで試合の緊張感より箒ちゃんの視線に緊張しているのだろうか、なんというか……言葉に出来ない恥ずかしさがある。

 包帯を巻き直し、ISスーツを綺麗に整える。試合まで一時間程度、これ以降の試合は時間の関係上、明日行われる。ボーデヴィッヒを下したとして、残る試合は二戦。その二戦に勝利したら優勝か、ボーデヴィッヒを倒すために突っ走ってきたが、ここまでくると優勝を目指すのも悪くないかもしれない。

 

「箒ちゃん……ここまで来たら優勝まで狙っていこうか。そして、優勝したら幼馴染三人で外に出て、美味しいご飯、食べに行こうよ」

「大口を叩くな、でも、おまえとなら優勝も出来そうだ。その誘い、受けさせてもらうぞ」

「では、わたくしも」

「面白そうだからあたしも混ぜなさいよ」

 

 セシリアと鈴さんがふてぶてしく現れた。そのタイミングの良さに俺も箒ちゃんも苦笑いを見せる。

 

「ハハハッ、いいよ。そうだなぁ、なら、優勝したらパーティーだ。どっかのホテル貸し切って、ビュッフェパーティー、お金は腐る程に貰ってるから、一晩貸し切る程度なら大丈夫」

「絶対優勝しなさい! 絶対よ!!」

「必死ですわね……でも、楽しみにしていますわ、優勝とパーティーともに」

 

 負けられない理由が増える度に自信が高まっていく。俺と箒ちゃんを応援してくれる人がそれだけ居るという自信が心を高ぶらせてくれる。可能性の欠片を拾っただけの存在が皆に支えられて、応援されて、これ程の祝福があるものか、いや、無い。

 

「えらく自意識過剰になっているな――二番目」

 

 振り返るとボーデヴィッヒが強い表情で立っていた。セシリアと鈴さんは身構え、箒ちゃんは闘志を燃やす。

 

「お前達に私を倒すことが出来るか? 万が一でも」

「そうだな、まあ、強がってるだけかもしれない。でも、強がれるだけの理由もある。それじゃあ不満か?」

「意味がわからない。人間の言葉を話してみせろ!」

 

 噛み付くボーデヴィッヒを鼻で笑ってみせる。今は虚勢を張ってみせることが重要だ。相手を油断させる。打鉄二機で何が出来ると思わせる。それだけでいい、それだけで勝ち筋が見え隠れする。見えてくれるだけでいい。隠れても構わない。光が見えたらそこに突き進むのみ。

 

「礼遇」

「何も言わなくていい。劣勢の俺達を笑い飛ばしに来ただけさ」

「ああ、そうだ。笑いに来た」

「この!」

 

 手を出そうとする箒ちゃんの前に立ち、手出しをさせないようにする。

 

「なぜ……そこまで冷静になれる! 答えろ!!」

「手の内は明かさない。試合で確かめればいいさ、俺達の作戦、そして、勝ち筋を」

 

 

 なぜだ。なぜ、なぜ、なぜ!

 酷く劣勢に立たされている筈なのに、なぜ、笑える? 荒ぶる片方を抑えられる!? どんな作戦を組み立てている……わからない、AICに弱点は存在しない。教官の零落白夜さえ、AICは受け止めてみせた。戦っている。私は、こいつと一戦交えている! だからこそ、奇策も押さえつけられる。それなのに、それを感じさせないこいつの態度は何なんだ!

 

「私は負けない。それだけは伝えておく……」

「そうだな、こちらの陣営は奇跡が起きたら勝てる。それだけは言っておく」

「奇跡だと? 笑わせるな! 戦いに奇跡など……!」

 

 踏み込めない。もう一度張り倒してやりたい顔がそこにあるのに、踏み込めない。わからない、なぜ、私は動けないのだ。こいつに憎さを感じていて、そして、殺意すら持ち合わせているはずなのに……一歩踏み出せない。

 

「……おまえが奇策に出ることは理解した。おまえの勝ち筋は潰れたも同然だ」

 

 そうだ、こいつは奇策に出る。それだけはこの短い会話で理解した。相手の筋を切り取れば、こちらは絶対の勝利を約束される。それだけで十分。実りある事実。

 

 

 彼女は理解していないのだろう。逆に勝ち筋が広がっていくことを。奇策に恐れを抱き、そして、自由に動けなくなることを。

 確かに、AICは一対一なら最強の存在だろう。だが、二対二、そして、俺が敗北から実らせた唯一無二の最強の弱点。ワイヤーブレードは箒ちゃんのワイヤーブレードで殺される。君の機体はそのAICに重きを置きすぎている。だからこそ、見えた弱点。武装の貧弱さ、そして、一筋の弱点。打鉄の防御力なら数発耐えられる。だからこそ、最低でも三回は使える弱点特攻。それを俺は成功させる。

 

「……試合で会おう」

「……その時の勝者は誰になるやら」

「……私だ」

 

 静かに過ぎ去っていく対戦相手の背中は俺の強気な態度によって萎縮していた。強大な力に弱点は存在する。それが事実。だからこそ、俺は強く出れた。

 

「礼遇……本当に勝ち筋は存在しているのだろうな……」

「そうですわ、そこまで強気に出れるのであれば、本当に奇策が」

「ある。それだけが事実だ」

「……勝ちなさいよ、負けたら許さないから」

 

 鈴さんが背中をコツンと優しく殴ってツンとした態度で去っていく。セシリアも心配そうな表情を見せながらも、では、と、一言告げて去っていった。

 

「礼遇、おまえには何が見えている……」

「勝利だよ。そして優勝。クラスメイトに泣かれる姿も若干」

「馬鹿者……いや、実らせろよ、その見えているものを……」

 

 さあ、試合の準備をしようか、頭の中の作戦を現実に実行する。それだけで十分だ。それだけで、俺は一年さん組を、箒ちゃんを、俺を応援してくれる皆を、連れていける。優勝という華々しい場所に。さあ、やるぞ!




 私情で遅くなりました。原作読み返したりするから、次も遅くなると思います。ごめんなさい。許してください! なんでもしますから!! (なんでもするとは言ってない)


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29:意地の張り合い

 知略と戦術、そして、高い戦術性で勝ち進んできた宮本礼遇と篠ノ之箒。注目こそされていたが、ここまで勝ち進んでいくとは誰も思っていなかっただろう。だが、奴は勝ち進んだ。一夏とデュノア。日本の代表候補生更識簪を打ち破って、次はドイツの代表候補生、一度敗れたボーデヴィッヒともう一度、向かい合っている。

 

「宮本くんも篠ノ之さんもよくぞここまで勝ち進んできましたね」

「宮本も篠ノ之も機体の性能、武装の性能を把握し。そして、それに似合った作戦を組み立て、ここまでやってきた。戦略性がずば抜けている。熟練された操縦者のそれだ」

「確かに、熟練された操縦者のそれを見せていますからね。篠ノ之さんも初戦こそぎこちない動きをしていましたが、勝ち進むごとに動きにキレが増しています」

 

 幼馴染ゆえの連携なのだろうか、宮本は完全に篠ノ之に背中を任せている。見ていればわかる。少しでも不安感を感じていれば、背中を完全に任せるなんて行為はしない。だが、宮本は任せている。ハンドサイン一つで的確な行動をしてくれると確信している。

 

「次の試合、確実に荒れる。宮本が何か奇策を仕掛けてくるだろう」

「宮本くんならありえますね」

 

 宮本……いや、礼遇、おまえならラウラをどう倒す?

 

 

「箒ちゃん、手短に作戦を教えるよ」

「今更か……いや、話してくれるだけでも喜ばしい」

 

 銀色に輝く打鉄が二機、ピットで試合が始まるのを待ちわびている。ようやく、ここまで辿り着いた。作戦も作った。箒ちゃんなら信用できる。勝てる。筋は見えている。

 

「箒ちゃん、隙を作るからボーデヴィッヒのレールカノンを破壊して。それだけで俺達は勝てる」

「武器を壊すだけで勝てる相手なのか?」

「確かに、武器を一つ壊すだけで勝てるなんて笑える話しはしないさ。だけど、AICの虚弱性を突破するにはあのレールカノンが邪魔なんだ。だから先立ってそれを潰したい。それ以降は十字砲火でどうにかなる」

 

 ボーデヴィッヒの機体はAICに頼りすぎている。だからこそ、一つでも攻撃手段を奪えば相手の手数が著しく減少する。そして、ワイヤーブレードは箒ちゃんのワイヤーブレードで牽制され、近接武器のプラズマ手刀がメインになる。近接戦だけで倒せる相手だと思うなよ。俺達はここまで勝ち進んできたんだ。

 

「いいだろう、任せておけ」

「ありがとう」

 

 戦の時は来た。

 

「……待っていたぞ」

 

 先陣を切ってアリーナの地を踏みしめているボーデヴィッヒとペアの少女。俺は笑みを浮かべ、全力で戦おうと告げる。ボーデヴィッヒは眉間に皺を寄せるが、隣の少女はオドオドと震えている。

 試合開始のブザーが鳴り響き、レールカノンの照準が定められる。それを左に飛び回避し、硝煙ヘビーを構えて弾幕を張る。だが、AICによって弾は受け止められる。

 ――シールドを一枚パージして瞬時加速で一気にボーデヴィッヒとの間合いを詰める。

 

「バカが! AICを突破できると思ったか!!」

「残念だが、突破する」

 

 シールドをAICに突き刺し、踏み台にして飛躍する。

 

「なにっ!?」

 

 AICの弱点は面展開の時に発生する。AICは攻撃を無効化するが、それはAICが発動されている部分だけ、それ以外の行動は比較的自由に行うことができる。そこで見つけ出したAICを突破する一つの方法――AICが発動されていない上空から侵入し、鋭い一撃を加える。これが俺が敗北から見出した弱点突破だ。

 

「侮るな!!」

 

 AICが解除され、レールカノンの銃口が向けられる。だが、俺が一人で戦っていると思っているのか? 残念だが、俺は一人じゃない。心強い相棒が隣に立ってくれているんだ。

 ――刹那、レールカノンにワイヤーブレードが巻きつけられ、銀色に渋く輝く刃がそれを切り裂いた。

 

「壊したぞ、礼遇」

「ナイスタイミング」

 

 箒ちゃんがにこやかに笑っていた。

 

 

 そうか、そういう突破方法があるのか。チームでの連携を駆使してAICを無効化してくると踏んでいたが、その逆、一人でAICの弱点を突破してきた。確かにAICは最強の盾だが、それが全体を守っているわけではない。そこでAICにシールドを突き刺し、跳躍、そしてAICが展開されていない部分からの攻撃。実に鮮やかだ。

 

「一度の敗北でここまで虚弱性を見出すとは」

「そうですね。それにボーデヴィッヒさんはレールカノンを破壊されて射撃武器がなくなってしまいました。これまでの試合は単独での戦闘を主にしていましたし、ペアの方の援護も期待できません。宮本くんと篠ノ之さんが非常に有利です」

「ああ、それにワイヤーブレードも篠ノ之が装備しているワイヤーブレードがあるため打ち出すタイミングが難しい」

 

 だが、ラウラも代表候補生の意地がある。どう出る。

 

 

 AICにこんな虚弱性が隠されていたとは……だが、私は負けない。血反吐を吐いて積み上げてきた地位。そして、教官との思い出。こんな男に踏みにじられてたまるか! 私は、負けられないのだ!!

 

「来いよ、俺は逃げない。全力でかかってこい!」

「この!!」

 

 二番目の懐に回り込みプラズマ手刀で斬りつけるが、そのすべてが躱される。不味い、この距離は奴の零落白夜が入る距離、いや、逆に好機!

 二番目が零落白夜を纏わせた武装を振りかざした瞬間にAICを起動させる。

 

「こいつを攻撃しろ!」

「は、はい!!」

「じゃあ、わたしはお前を攻撃させてもらう」

「――ッ!?」

 

 胴体に巻き付くワイヤーブレード、そして、それを巻取り高速で接近してくる二番目のペア。瞬時にプラズマ手刀でワイヤーを切り裂き、退避する。

 ――刹那、ペアの奴が変則的な機動で私を切り裂いた。

 

「ぐっ……」

「わたしを礼遇の取り巻きの一人だと勘違いしていないか?」

「そうか……二番目のシールドを蹴って軌道を変えたのか……」

 

 あのまま行けば二番目と正面衝突していた。だが、二番目が咄嗟にシールドを私の方向に向けて展開し、それをあの女が蹴って軌道を変え、全速力で切り裂いたのか……。

 

「わたしは宮本礼遇の幼馴染であり、相棒だ。お前達のような付け焼き刃のペアではない」

「この!」

「おいおい、標的は俺じゃなかったのか?」

 

 プラズマ手刀を展開し、二番目の攻撃を捌こうとするが、零落白夜を使用していない。そう、奴はただ、私に蹴りを入れただけだ。だが、その蹴りが酷く重く、吹き飛ばされる。

 ワイヤーブレードを二番目に巻きつけようとするが、奴は私のペアに組み付き、ワイヤーブレードが飛来したタイミングに彼女を投げつけ、ワイヤーブレードに絡ませる。このままこいつを巻きつけたまま戦闘は出来ないと踏み、ワイヤーを切断するが、刹那、奴の顔が間近に迫る。

 

「ぐっぅ……うぅ……」

 

 どうにか奴の左手を掴み投げ飛ばすが、そこには私のペアが倒れていて、ついでにと言わんばかりにそれを零落白夜で攻撃し、戦闘不能に追いやった。

 

「射撃武器の喪失とパートナーの戦線離脱。最新鋭の技術と開発費を投じて作られたAICの突破。あの時と比べたら天と地の差だな。ボーデヴィッヒ」

「……まだ、勝負は終わっていない!」

「そうだな。最後までわからないのが勝負だ。だが、そっちの武装は無いに等しい。それでも、おまえは強く戦えるか?」

「当たり前だ! 誇り高きドイツ軍人を舐めるな!!」

 

 もう、勝ち負けじゃない。一発でも多く、拳を届けるのが私の役目だ!

 

 

「ちょっとちょっと、礼遇もボーデヴィッヒの方も武装使わないで殴り合いを始めちゃったわよ!?」

 

 礼遇らしいと言えば何も言えない。ラウラの方はもう勝ち負けを考えないで、ただ、一発でも多く攻撃を当てようとヤケになってる。礼遇はそれに付き合ってるんだ。箒の方も苦笑いを見せて、いつでも援護を入れられるように銃を構えている。

 

「礼遇さんは何を考えて……有利なのは明らかなのに……」

「いやはや、礼遇らしいと言えばそれまでだ。ラウラはもう勝ち負けを考えてない。ただ、殴りたいから殴ってる。礼遇もそれに付き合ってる。見ろよ、二人して笑ってる。いつも顰めっ面だったラウラが笑いながら殴り合ってる。礼遇も楽しそうに」

「こういうのって、男の子同士がやるもんじゃないの?」

「そうかもしれないが、もう、二人共対等な立ち位置に立ってることを自覚してしまってるんだ。だから、男女とかの垣根を超えた、何かがあるんじゃないのかね。俺はそう思う」

 

 羨ましいな、俺も、こういう試合をしてみたい。

 

 

 ISは本来殴り合いなんて想定されて作られていない。規格にあった武装が取り付けられ、本当に武装が消失した場合の奥の手として近接格闘戦が行われる。だが、俺達は武装を消失させてはない。攻撃手段は殴り合いなんて泥臭いもの以外にも多く存在している。だが、俺達はただ、自分の意地を自分の正義を叩きつけるために殴り合っている。

 ――鋭い右を避けて左を腹部に叩きつける。

 ――全力の蹴りが飛んでくる。それをバックステップで回避する。

 ――掴みかかってくる彼女に思い切り膝を叩きつける。

 

「グッ……クソッ……」

「そらそうだ、生身の戦闘ならギタンギタンにやられているだろうが、ISを身に着けた状態での近接格闘術は俺の方が慣れてる。どうだ、悔しいか? 俺もあの時、そういう気分だった」

「笑える、笑えるぞ……宮本礼遇、おまえは私を酷く楽しませてくれる!!」

 

 鋭い右が俺の顔を抉った。だが、一瞬の硬直、それは投げ飛ばしてくださいと言ってるようなものだ。そのまま腕を掴み一本背負いで投げつけた。

 

「ああ……私は負けるのか……」

「まだ戦えるだろ、意地張れよ、付き合うさ、いや、付き合えよ、最後の最後まで……」

「暑苦しい男だ……だが、悪く……う、あがぁぁ……」

「どうした!?」

 

 言うならば異変としか言いようがない光景だった。彼女が乗るシュヴァルツェア・レーゲンがドロドロに融解し、そして、姿を変えていく。魔物に呑み込まれるように、彼女は機体に呑み込まれていく。そして、彼女は俺に手を伸ばした。俺はその手を掴もうと一歩踏み出すが、機体は完全に姿を変え、そして、暮桜の姿をしていた。

 けたたましく鳴り響くブザーと降り注ぐと表現できる教師達が乗るラファールが現れる。何が起こっているのか検討が付かなかったが、それでも、この状況は非常に不味いことになっているということは容易に理解できた。

 

「礼遇!!」

 

 振り返ると一夏が雪片弐型を構えてシュヴァルツェア・レーゲンを睨みつけていた。そして、挑んだ。

 鋭い太刀筋が一夏を抉り、吹き飛ばされる。俺達に負けて最低限の補給しか出来なかったのだろう。白式は解除され、地面に叩きつけられる。

 

「く、くそ……」

「……一夏、引っ込んでろ。俺がやる」

「でも、礼遇……あれは……」

「彼女が手を伸ばしたのは俺だ。おまえじゃない」

 

 箒ちゃんに一夏を運ぶようにアイコンタクトを送る。すると箒ちゃんは静かに頷いて一夏を離れた場所に移動させる。俺は溜息を吐き出して、苛立ちを見せつけながら、一歩、二歩と彼女に歩みを進めた。

 

「おい、俺がやりたいのは――さっきと同じ殴り合いだ。機械に呑まれたおまえとは、殴り合いができないじゃないか。その中から叩き出してやる。そして、また、殴り合うぞ」

 

 振り下ろされる太刀を右腕でいなし、左の雪影Bで腹部を切り裂いた。

 

 

「なぜ、おまえは強い?」

「早く起きろ、まだ勝負は終わってないぞ」

 

 平手打ちの音が響く。

 

「……何をする」

「何ボケッとしてんだ、まだ意地の張り合いは終わってないぞ。早く起きろ、そして、殴り合おうぜ。どっちか意識失うまで」

「……おまえは……馬鹿なのか?」

「馬鹿で構わない。だが、俺はおまえと殴り合いたいんだ。俺もおまえも意地を張って喧嘩してる。現在進行形でだ。俺とおまえの正義の味方ごっこはまだ終わってない。早く起きろ、構えてるからよ」

 

 ラウラの意識が覚醒し、そして、生身の体で構えている礼遇が目の前にいた。彼女は高らかに笑い、そして、同じように拳を握りしめて、構えた。

 その場に居合わせた全員が唖然とした表情で身動きが取れないでいた。一人の少女と一人の少年が手加減なんて言葉を忘れてただ、生身で殴り合っている。互いに口からは血が流れ、頬は腫れ、傷を作っている。だが、二人は笑っていた。正義の味方ごっこをする子供のように、遊ぶように、そんな笑顔で二人は殴り合っているのだ。

 

「楽しいだろ! 正義の味方ごっこは!!」

「楽しいさ! こんなに心が踊るのははじめてだ!!」

 

 互いの右の拳が頬を抉り、互いに地面に崩れ落ちる。そして、膝をつきながら、二人は立ち上がり、血反吐を吐き、また、拳を握りしめた。この二人を見ている全員はこの二人の姿に不思議と爽快感を覚えていた。二人の少年少女の意地の張り合いは見るものすべてを魅了していた。

 

「倒れろ!」

「ぐあっ!?」

 

 ラウラのラリアットが礼遇に首を抉る。ダウンした瞬間に彼女は彼に跨り、鋭い拳を何度も叩きつける。だが、礼遇の意識は途切れず、彼女を持ち上げ、そのまま地面に叩きつける。が、瞬時に受け身を取り、足払いでまた、彼を転倒させる。そのまま腹部に向けて思い切り踏み込むが、その脚を捕まれ、投げ飛ばされる。

 

「ああ、こんなに楽しい正義の味方ごっこははじめてだ!」

「そうだな、私は正義の味方ごっこというものをはじめて体験するが、こんなにも楽しいとは思わなかった!」

 

 二人は思い切り助走をつけて互いの頬に拳をめり込ませた。そして、二人同時に地面に突っ伏し、意識を手放す。




 夢の中で自分が設定を書いていたキャラクターが登場して、俺の物語を記してくれと言ってきたんです。それで必死になってそのキャラクターが主人公の小説を書いていたらこっちを書くのが疎かになってました。すいません!
 でも、まだまだ一万五千文字程度ですが、キャラクターの個性が醸し出す雰囲気がとても素晴らしく、本当に自分が書いたオリジナル作品なのかと疑う程です。近々、出版社の応募が来たら一巻分仕上げてエントリーしたりして。
 ということで、遅れてすいませんでした!!


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30:自分らしさ

 目が覚めると医務室の消毒液臭いベッドに寝かされていた。肩にはプロテクターが装着され、左掌は新しい包帯が巻きつけられている。なんともまぁ、無様な姿だが、あれだけ戦って、勝ち抜いて、最後に殴り合いの正義の味方ごっこをやってしまったら頷ける結末と言えるだろう。

 

「重症だな、宮本」

「怪我に泣かされてる人生を強要されてるからな、慣れっこさ」

 

 銀髪の少女も顔にガーゼなどを貼られてベッドに寝転がっていた。

 互いに苦笑いを見せて、辛い笑い声を響かせた。

 

「一つ聞かせてくれ、おまえはなぜ強い?」

「強い? そんなの考えたことない」

「馬鹿を言うな、あれだけの技術を持ちながら強さを意識しないなどと……」

 

 清潔感が漂う天井を見上げて、静かに深呼吸を繰り返す。消毒液臭いが、まあ、こういう匂いも悪くはない。苦笑いを見せながら、彼女に返事を返す。

 

「強さってのは、まあ、他人が示す指標のようなものさ。自分自身が強さのレベルやランクを表現することなんて出来ない。強さってのは、他人が勝手に決めることだ。俺は自分を強いと意識したことない、そんな自意識過剰に生きられる程、余裕は持てないからな」

「……他人が決めること」

「だいたい、強い弱いを競うのは前時代的だろ。今の時代は自分らしさを競う時代らしいぜ? リベラルってやつだ。自分らしい強さってのもあるかもしれない。少なからず、俺は自分らしくありたいと願うね」

 

 彼女は静かに頷いて、自分らしさという言葉を何度も呟いた。俺はその姿に苦笑いを見せながら、ベッドから抜け出して彼女の前に立つ。

 

「おまえは自分らしく生きたことがあるか?」

「いや……私は幼い時から軍人として生かされてきた。今更、自分らしい何かを見いだせるわけが……」

「いやいや、それも一つの自分らしさだ。そうだなぁ、軍人なら、射撃訓練とか積み重ねてきただろ」

「ああ、多くの銃火器の知識を持ち合わせている」

「なら、暇な時に射撃訓練場に行かないか? この学校、日本とは思えない設備も揃っててさ、射撃訓練場もあるんだぜ。俺、近接戦はそこそこ立ち回れるんだが、射撃となるとてんで駄目で、指導してくれ」

 

 彼女は少し考えて、それが自分らしさと何の関係があるのかと質問してくる。

 

「知ってるか? 人間は遊んでいる時に一番自分らしく生きられる。まあ、射撃訓練は遊びかどうかわからんが、今回は遊びとして、楽しんでみようぜ。おまえの自分らしい姿、見てみたいしな」

「……それは、口説いているのか?」

「口説いちゃいないが、笑ってくれたら口説いちゃうかもな。俺は笑った女の顔が好きなんだ」

「ふっ……女ったらしだな……射撃訓練だな、いいだろう。祖国で学んだ技術を叩き込んでやる」

 

 包帯の巻かれた左手で彼女の頭を優しく撫でる。彼女は目を細めてそれを受け入れた。

 

「俺、クラス代表だから仕事があるだろうし、一回職員室に行ってくるわ」

「ああ、頑張ってこい……礼遇」

「ああ、ラウラ……あと、もう泣くなよ。泣いてちゃ、前が見にくいだろ」

 

 さてはて、最初の仕事はクラスメイトと箒ちゃんに怒られることだろうな。

 

 

 自分らしさ、彼女はそう呟いた。傷だらけの少年の背中は広く優しく、今まで感じたことのないような暖かさを感じていた。これは彼女が感じたことのない男性からの父性だった。試験管ベイビーと呼ばれる彼女に両親は存在しない。あるのは軍組織の上下関係だけだ。

 

「邪魔をする」

「教官……」

「宮本は傷だらけの体に鞭打って、仕事を処理しに行ったのか。休める時に休まないのも馬鹿の特徴だ……」

 

 千冬はパイプ椅子に腰掛けて苦い笑いをラウラに見せる。ラウラは初めて見る彼女の苦笑いに困惑していた。だが、不思議と暖かく感じた。

 

「教官、私は負けました」

「おまえと宮本は遊んでいただけだ。遊びに優劣は存在しない。だが、教師達が見ている前では全力で試合をしてもらいたいものだ」

「確かに……遊んでいたのかもしれません……」

 

 ラウラはにこやかにそう告げた。自分が初めて行った遊び、それは同い年だが大の男との殴り合い。訓練で殴り合い、投げ飛ばし合ったりすることはあったが、遊びでそれを行うことは無かった。だが、彼とのそれは不思議と楽しい遊びだと思えた。

 

「……おまえはまだ子供なんだな」

「……確かに、遊びにうつつを抜かすのは子供ですね。ですが、不思議と子供でも良いと思えました」

「……そうか、大人びたおまえが――年相応になったか」

 

 千冬は笑みを見せて礼遇と同じようにラウラの頭を撫でた。ラウラは酷く驚いた表情を見せながらも、すぐに優しい笑みを浮かべた。

 

「ラウラ、おまえは私にはなれないぞ」

「わかってます。私は――自分らしく、自分であります」

「そうか……もう甘やかさないからな、覚悟しておけ」

「はい、織斑先生」

 

 

 傷だらけの肉体に鞭打って職員室に向かっていたら仲良し三人娘と遭遇した。そして、俺の顔を見た途端にニンマリと笑みを浮かべて、なんで寝てないの? そう冷たい声を揃えて尋ねてきた。俺は苦笑いを浮かべて仕事片付けないといけないと思って、そう告げると広瀬さんが静かに携帯電話を取り出してメールを始めた。

 

「広瀬、ありがとう」

「箒ちゃん、なんで刀持ってるの? 俺は手ぶらだよ、いつも拳銃とナイフ持ってるけど、今日は珍しく手ぶらだよ。それに怪我してるから体が自由に動かないよ!」

 

 恐怖を通り過ぎると笑えてくると聞いたことがある。笑えてきたよ、女の子って怖いね。いやはや、昔から箒ちゃんには畏怖の感情を持っていたわけだが、今日はその畏怖の感情が本物の恐怖にクラスチェンジしましたね。やっぱり箒ちゃんはおっかねぇや。

 

「礼遇……おまえはどうして無茶ばかりを突き通す?」

「そうだよ礼遇くん」

「でもさぁ、俺は皆の代表だからさ、皆に背中見せないと。大きい背中を」

「「「「傷だらけの背中は見たくない」」」」

 

 多分、この世界に生まれ落ちて一番苦い顔を、苦い笑みを浮かべているだろう。確かに傷だらけの背中を見せたら逆効果かもしれないな……。

 

「……負けたよ。医務室に戻るのもあれだから自分の部屋に戻るかね。でも、傷が治ったら無茶するからね」

「ストッパーは沢山居るよ、頼ってね」

 

 仕事は片付けられなくなった。部屋に帰って風呂に入るか、傷にしみそうだが……。

 

「待て礼遇、おまえは医務室から逃げ出してそのまま帰れると思っているのか?」

「え?」

 

 箒ちゃんがニンマリとした笑顔で刀に手をかけた。

 

「礼遇、おまえはなんであの時戦った。そのまま寝かせておけば終わった話だろうが」

「……あの時、殴り合ってた方が、後味が良かっただけさ」

 

 箒ちゃんは溜息を吐き出して、俺の頬を思い切り叩いた。

 

「これでチャラにしておく。だが、無茶は友人を心配させるだけだ――それだけは覚えておいてくれ」

「ありがとう、箒ちゃん……」

 

 女の平手打ちは痛いね、心まで痛くなる。

 

 

 部屋に帰るとジャージ姿のシャルロットが暗い表情で座っていた。

 

「礼遇、おかえり」

「ああ、ただいま」

 

 軽い挨拶を交わして少しの間無言になる。

 五六分の時間が流れたところで肩に痛みが走り始めた。鎮痛剤が切れ始めたのだろう。仕方ないので痛み止めを棚から取り出して服用する。その姿を見たシャルロットはまた、暗い表情になった。

 

「心配するな、肩が痛くなるのは今に始まったことじゃない」

「でも……そうだね、礼遇は強いから」

「強い弱いじゃないと思うんだがな……いや、強がってるだけかもしれない」

「礼遇、僕ね……礼遇と一緒に戦いたかった」

 

 苦笑いを見せて、我儘を言わないでくれ、そう告げて風呂の準備に取り掛かる。だが、お湯が張られていて、温度も適温。彼女が沸かしておいてくれたのだろう。

 

「風呂、先にいいか?」

「うん、いいよ……」

 

 

 傷に少しばかりしみはするが、この痛みが心地良く感じてくる。もうそろそろ三綾からシャルロットの件での進展の報告が入ってくる頃合いだろうし、ここ数週間での出来事の終わりが見え始めている。でも、俺の仕事はまだまだ山のように残っている。気を抜ける暇なんて存在しない。

 風呂場の扉が開かれる。そこにはバスタオル一枚巻いたシャルロットが立ち尽くしていた。

 

「シャルロット……おまえ、何してんだ? さっき風呂、先にいいかって言っただろ……?」

「礼遇……僕を、女にして……」

 

 素っ裸で抱き合うことなんて初めてで、気が動転する。でも、不思議と嫌らしい感情は抱けず、ただ、どうして彼女がこの行動に至ったのか、それが不思議でならなかった。

 

「僕ね……礼遇に感謝してる。そして、好きだから、僕を……」

「シャルロット、確かに君は魅力的な子だ。だけど、こういうのは早いと思う。俺からしたら、君はクラスメイトで、守るべき存在みたいなもので……まだ、そういう感情はいだけない」

「でも、僕は君が好きだから。一緒にいたいと思うから……」

「俺が君を助けたのは、体を目的にしてたからじゃない。ただの、偽善に近いものだ。だから、恋愛感情なんて」

「それでも! 偽善だとしても!! 僕は……宮本礼遇という一人の男の人が好きだから」

 

 男として、こんな可愛い子に好かれることは嫌だとは思わない。だけど、この子を傷つけたくない。俺は全世界が注目しているモルモットのような存在だ。俺は常に危険に晒されている。この学校がまだ、安全だから気を抜いて生活できるってだけで……。

 

「……目を閉じな」

「……礼遇」

 

 それでも、俺のことを好きだと言ってくれる女の子がいるんだ。

 

「男のファーストキスがどれだけの価値があるかわからないが、はじめての口付けだ。これで勘弁してくれ」

 

 首に手をかけられ、そして、二度目の口付けが飛んでくる。

 

「セカンドキスも貰うね……絶対に、諦めないから」

「……もっと魅力的な女の子になりな。そしたら、考えるよ」

「考えてないくせに……」

「どうだろうね、俺だって男だぜ」

 

 俺も、彼女のことが好きなのかもしれない。だから、突っ返すことが出来ない。




 オリジナル書いたり、原作読んだり、アルバイトしたり、もう色々と重なりすぎて。
 少し蛇足入れて、次の話に飛ばして、二巻終了の流れかなぁ?


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31:終わりよければ

 金の卵を産み落とす鶏だとは思ったが、金を通り越してもっと高価なプラチナを産み落とす鶏と表現してもいい。頭が切れて、他者からの信頼も厚い。若い頃の私に似ている。奇跡を起こして何かしらの道に足を踏み入れたという部分、また、似ている。

 最初は親の脛を噛じる親不孝者だった。自由気ままに生きることに価値観を見出していた。高校なんて場所には行かず、自分が好きなことに打ち込めるように、軽くバイトと呼ばれる行為をしていただけで、それ以外は何もない、ダメ人間だ。

 人生の転機は倒れている老人を借金背負って買ったボロ車で病院まで送り届けたことだった。

 

「代表……今、自分、社長になってしまいましたよ」

 

 三綾重工の代表取締役社長を助けたというだけで、コネ入社した私は、どうせ直ぐに首を切られると思いながらも、与えられた労働を淡々とこなしていく毎日を送っていた。そして、入社から五年、ある程度の地位を与えられて、新しい車を買い、両親に新しい家を建てた。その時思ったのは、親不孝者が親孝行者になってしまったんだな、なんて、そんな軽いものだった。

 その二年後、新しい転機が訪れた。代表の死、それが自分をこの地位に立たせる一歩になる。

 会社は揉めた。権力争いという醜い行為を見せられるのは心苦しかったが、自分には関係がないとタカをくくっていた。だが、代表の死は飛び火して、私を酷く偉くさせた。

 

「代表には、子供が居なかった。奥さんは早くに亡くなり、一人っ子という特性上、相続人は遠い親戚になる予定だった。気まぐれだったのかもしれない」

 

 遺言、それが書かれた紙には、しっかりと私の名前が記されていて、すべての財産の譲渡を約束していた。

 確かに、十八の時に拾ってもらって、暇があれば家に出入りして、あの人の子供のような立ち振舞をしていた。それだけで、全財産を相続させるのだろうかと自問自答を繰り返したが、あの人の、代表の、笑顔が走馬灯のように駆け巡ったから、私は権力を受け継いだ。

 だが、私はその頃まだ二十代の青二才、学がない自分が即座に社長の席に座ることは出来ない。だから、信頼できる上司に社長になってもらい、会社を回す学問、帝王学というものを学がないなりに学んだ。

 そして、四十代後半になろう頃に社長の席に座った。あの人が座っていた世界は酷く広く、そして、狭く感じた。

 

「似た者は惹かれ合う……彼もまた、私と同じような驚く何かをやらかしそうだ。長生きしないとな」

「社長! デュノア社との交渉の席設けました!」

「よくやった! さあ、搾り取るぞ……」

 

 礼遇くん、君は君らしく、君の才能を伸ばすんだ。私と同じように、才能を伸ばすんだ。

 

 

「はい、終わりましたか!?」

 

 携帯電話から聞こえる社長さんの声はとても明るく、温かいものだった。話を聞くと想定していたとおりに事が運んでいて、デュノア社の子会社化とフランス政府との密約に成功と。暗殺者の類が送り込まれる可能性は1%より低い数字になったとも。

 

「シャルロット、明日から男装から解放されるぞ」

「ほ、ほんとうなんだね……すごい……!」

 

 二人して抱き合い、飛び跳ねる。これで悩みのタネがすべて消え失せて、肩の荷が下りるってやつだ。ああ、これで夜中に眠れなくなることはなくなった。よかったー。

 

「よし、織斑先生に報告しに行くか」

「うん」

「でも、寂しくなるなぁ。女の子に戻ったら、俺、一人部屋になるわけだし。大きなテディベアでも買うかな」

「え……」

 

 シャルロットの目から光が消え失せたのがわかる。何か悪いことでも起きたのか? いや、流石にデュノア社とフランス政府からの圧力は消え去ったわけで、それが無くなった今、目から光が消え失せるような出来事が起こりうるのだろうか?

 

「僕! 男の子のままでいい!!」

「え? 何言ってんの……」

 

 少し考えてから、やはり寂しさがあるのだろうと察する。だが、男と女がひとつ屋根の下で生活することなんて出来るわけがない。今までは色々と特異な環境の影響があってだな、えっと、うん、無理。

 

「シャルロット、確かに同室じゃなくなるが、会えないわけじゃないだろ。いつでも遊びに来ていいから」

「やだ……礼遇と一緒の部屋がいい……」

「わがまま言うと嫌いになるぞ」

「……それもヤダ」

 

 少しの無言の空間、彼女はわかっているが、わからないふりをする方が自分にとって幸せなのではないかと自問自答しているようにも思える。だが、色々と成功して、一段落ついた状態なのだ。これ以上ゴネる必要はもうない。

 

「礼遇……僕と今までどおり仲良くしてくれる?」

「何言ってんだ、俺とシャルロットは友達なんだから、仲良くするのは当たり前だろ」

 

 シャルロットは勢いよく胸に飛び込んできた。頬を掻いて照れ隠しをするが、今更照れてどうすると言い聞かせ、優しく頭を撫でてやる。色々と、終わったんだな。でも、次も色々とある。そう言い聞かせるのである。

 

 

 さて、一年三組は今日も元気がよろしい。教卓の前に立ち、全員を見渡す。今日から新しいクラスメイトが登場するわけだ。担任の田辺先生は織斑先生から粗方の事情を教えてもらっていたのか、普通の表情をしている。さて、一年三組に転入生が入ってくる。ブロンドヘアをひとつ結びにして、優しい笑顔で。

 

「騙してごめんなさい、僕、女の子でした」

「名前を言いなさい」

 

 俺はクスッと笑って、彼女に名前を告げるように促す。

 

「シャルル・デュノア改め、シャルロット・デュノアです!」

 

 笑顔ってのは、いいものだ。

 

 

 今日も学食ルンルン気分で足を運んでいる。シャルロットはクラスメイトや他のクラスの女子達に囲まれ、色々と忙しそうにしていたから誘うことを躊躇った。まあ、女の子なんだから、女の子同士で会話に花を咲かせるというのも悪くないだろう。今日からの一歩ずつが彼女を大きく成長させる。

 

「今日は何食べようかなぁ、パスタ食べようかな」

 

 ――刹那、青い腕が顔面を捉えようとしていた。

 俺は勢いよく左に飛んでその攻撃を回避する。多分、この時の俺の表情は酷く唖然としたものだろうが、その表情になりえる事態が起こっているのだから仕方がない。セシリア・オルコットという代表候補生の女の子がにんまりと笑って、こっちに銃口を向けている。さて、これはどういうことだろうか、さっぱり見当がつかない。

 

「礼遇さん、どうしてわたくしに話してくださらなかったのですか?」

「……え、なんのこと?」

「デュノアさんのことですわ」

「……クラス違うからさ、そういうのいらないと思って」

 

 壁にISの腕部が突き刺さる。これ、やばいやつだと心の底から思えた。

 さて、こういう状態で出来る限りの威力を発生させる言葉が一つある。これはシャルロットがゴネた時にも使ったのだが、良好な友人関係を構築しているセシリアと俺なら相手の方が折れてくれると確信する。

 

「セシリア、あんまり乱暴なことをすると嫌いになるぞ」

「――ッ!?」

 

 セシリアはISを展開することをやめ、シュンとうなだれる。俺は彼女の肩を叩いて、ちゃんと冷静になれた、えらいと告げる。そのまま手を引いてご飯食べに行こうぜ、そう言うと彼女はパッと明るい笑顔を見せた。

 その時、一人の生徒に足を引っ掛けられてセシリアが転ぶ。咄嗟の事態だったので、彼女を支えることも出来ず、顔面から倒れた。

 

「済まない、引っ掛けやすい足があったものでな」

「おお、ラウラ、もう大丈夫なのか……って、何してんだ!」

 

 セシリアを慌てて抱き上げると幸せ過ぎる報いなのですわねと目を回していた。攻撃的にはなっていないようなので、ラウラの方に視線を向ける。腕を組んで仁王立ちしている。

 

「ラウラ、なんでセシリアを転ばせたんだ。怪我するだろ」

「少し、気に触ってな」

「……まあ、いいや、飯食いに行くから一緒に行こうぜ」

「……構わないぞ」

 

 頬が赤いような気がする。

 

「礼遇! なんで置いていくの!!」

 

 シャルロットが駆け足でこちらにくる。

 なんか、ハートフルですね。

 ――色々と一段落ついたんだな。




 一年ぶり、おまたせ。

 Twitterを確認したら偶数パイセンからDM来てましてね。二次創作から足を洗ったつもりだったんですが、俺は復活したぞ、なんて言われると流石にこっちも逃げ出してばかりじゃいけないと思いました。

 俺が読みたい二次創作、相性が良ければ楽しんでください。


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番外:筋トレの話しと少女の相談×2

【筋トレの話し】

 

「ああ、今日もいいペンキ(いい天気)

 

 窓の外を眺めながら、冷たい緑茶を一杯。シャルロットも他の部屋に移って、一人部屋の楽さを感じている。彼女も彼女なりに気を使って部屋を共有していたわけだが、年頃の女の子だったので俺の方が多く気を使っていただろう。

 今日は晴天、日差しからは肌を焦がす熱を感じる。日本の夏は海外に比べると酷く熱く感じるらしい。東南アジアの赤道直下の国と同じように夏が来ると非常に湿度が高くなり、汗が出にくく、体に熱がこもりやすくなる。四季がある国でこれは比較的珍しいのではないだろうか?

 行ったことがないのに語らせてもらうが、海外の夏は日本と真逆でカラッとした暑さをしているらしい。砂漠などは湿度が極端に低く、日光からの照り返しで非常に高温になるが、汗は出やすく、体感はそこまで熱く感じないとか? まあ、普通の日本人が砂漠に行ったら暑いに決まっているか。

 

「よし、鍛えるか!」

 

 Bluetoothのイヤフォンを両耳に装着し、いつものストレッチを開始する。体を鍛えるなら体の柔らかさから。体を柔らかすると怪我のリスクも減り、間違った体の動かし方を抑制する効果がある。一流スポーツ選手達が相手のラフプレー以外での負傷は基本的に柔軟性の不足か疲労による筋肉や骨、関節の炎症によるものだと言われている。多分。

 柔軟性は何度も説明するように体の間違った動かし方を軽減するので怪我を抑制する。体の動かし方が上手いと言われる人間は確実に体の柔軟性を高めているからだろう。だが、筋肉や骨、関節の炎症はどうすることもできない。野球の投手が肩や肘を壊すのは、数日前の試合からの疲労が抜けきれていないという可能性が高い。その疲労を軽減するのも柔軟体操、ストレッチになる。

 

「1234、5678」

 

 強張っていた体の筋達が柔らかくなり、少しツンとした気持ちよさが伝わってくる。この次はスクワットだ。人間は二足歩行で歩いている。足に伝わる重さは他の動物に比べて非常に高い。だが、それを発達した筋力で賄っている。足は非常に重要だ。特にふくらはぎは第二の心臓とも呼ばれる程に重要な部分、足に伝わる血液をふくらはぎが心臓と同じように循環させているとも言われている。

 心地の良い汗が流れ落ちる、足に疲労感が溜まるが、これはこれで気持ちがいい。

 

「スクワット300終了」

 

 次は腹筋だ。体を鍛えると言われれば、真っ先に思い浮かぶのは腹筋だろう。だが、腹筋だけでは綺麗な筋肉は発達しないことをご存知だろうか? 腹筋を鍛える時、何を思い描くのが最適か? それは筋肉の繊維を千切るというものだろう。筋肉が発達するのは筋肉繊維が切れ、それを修復する過程で繊維が太くなっていくからだ。この太くなった筋肉繊維は丈夫になり、高い耐久性を身につける。格闘家が体を鍛えるのはこの高い耐久性を手に入れる為だ。

 プロボクサーのパンチを鍛えていない人間が受ければ、その人は内臓にダメージが入る可能性が高い。だが、プロボクサー達は内臓にダメージが入るような攻撃を何十、何百と受けきっている。これは筋肉の耐久性と高い柔軟性が威力軽減を起こす。だから、プロボクサー達は非常に完成度の高い筋肉をしている。

 じゃあ、どうしたら筋肉繊維が切れやすくなるのか? それは腹筋を一セット行った後に背筋を鍛えることにある。背筋は胸や肩の筋肉を発達させるトレーニングなのだが、腹筋にも効果がある。そして、腹筋運動を行った後に背筋をすると逆方向への筋肉負荷がかかり、筋肉繊維が効率よく千切れ、修復される。それに付け加えて、腹筋、背筋の後に体を捻ることによって全体的に効率よく筋肉繊維が千切れる。

 

「よしよし、次は腕立て」

 

 腕の筋肉を発達させるのに一番有名なのは腕立て伏せだろう。この腕立て伏せも腹筋の要領で筋肉繊維を切る必要がある。だが、それは腹筋より簡単で、腕を伸ばしたり広げたりすることだけだ。筋肉の収縮と膨張、これが筋トレにとって一番重要な部分、筋肉が発達する理屈だ。

 熱くなって上着を脱ぎ捨てる、体中から汗が滲みてて、熱がこもる。だが、これが非常に爽快なのだ。筋肉疲労は痛い辛いという特性以外にも、体を動かしたという達成感と独特の気持ちよさを感じる。マッサージなどをされて気持ちがいいのは、揉まれたり叩かれたりして筋肉が収縮と膨張を短い間隔で繰り返すからだ。これによって血行がよくなり、気持ちよく感じる。

 

「よし、仕上がってきたぞ……さあ、俺のトレーニングはここからだ!」

 

 ガチャリと扉が開かれる。

 

「キャンセルが出てアリーナと打鉄が借りれたんだ! 一緒にれんしゅ……」

 

 吉村さんが目を点にして、俺の体に熱い視線をぶつけてくる。さて、特別ヤバイ状態ではない。決してない。女の子を襲っていたり、陰部を見せているわけではない。だが、吉村さんの真っ赤なトマトのような顔を見せられると流石にこちらも恥ずかしくなる。

 

「わたしも混ぜさせて……おお、いい筋肉」

「なになに?」

 

 高垣さんと広瀬さんもひょっこりと顔を出す。高垣さんは人間の筋肉も機械と通ずる部分もあると頬を緩め。広瀬さんの方は吉村さんと同じように顔を真っ赤にして、目を手のひらで隠している。だが、隙間から熱い視線が降り注いでいるのはわかった。

 

「……あはは」

 

 妙に恥ずかしくなって乾いた笑い声しか出てこなかった。

 

 

【少女の相談1】

 

 私、ラウラ・ボーデヴィッヒはとある重大な局面に立たされていた。とある男と遊びたいという最近芽生えた感情が爆発しそうになっている。学生であり、軍人である私は学業と国益を優先しなくてはならないということを把握している。だが、あの正義の味方ごっこという遊び以来、どうしても宮本礼遇と遊びたいという気持ちが爆発寸前なのだ。

 さて、どうしたものか……私と礼遇はクラスが違う。だが、私と礼遇は友達という関係性に位置している筈だ。友達なら遊ぶのは当然だ。それでも、クラスが違うというのは高い障害になる。何故なら、クラスで会話することが出来ない! そうだ、あれ以来、何度か昼食を共にしたが、遊ぶことの誘いが出来ない!

 礼遇は一年三組のクラス代表を任されている。それに付け加えて面倒見がよく、クラスメイトがISを借りたなら、一声かければ練習に付き合うようなお人好しの一面も持ち合わせている。何が言いたいのかと言えば、彼は一年三組の生徒達をとても大切にしている。一組に在籍している私に遊んでもらえる可能性は低いのだ!?

 

「……礼遇と鬼ごっこしてみたい」

 

 遊びの初歩と呼ばれる鬼ごっこ、軍で鍛えた私だが、しかし、私は女だ。鬼ごっこをした場合、礼遇の身体能力に負ける。男性と女性の体の利点欠点は軍人なら理解している。男性の方が生物的に長時間の運動に耐えられる。それに付け加えて身長の差によって脚力も大幅に変わってくる。だが、鬼ごっこは体を動かすことが好きな私にとっては最高の遊びなのではないか? それを友達の礼遇と一緒にやる、それはとても意味がある。

 

「さて、どう誘えばいい……」

 

 そうだ、携帯電話を使用すればいい! 顔を合わせて会話をしたら恥ずかしさを感じて何も言えなくなるかもしれないが、文章を使用したらその恥ずかしさが消えるかもしれない。それに、近代的な人間たるもの携帯電話の一つや二つ使いこなせないでどうする。さて、携帯電話を使ってみよう!

 

「……連絡先を聞いていなかった」

 

 そうだ、私は礼遇の連絡先を知らない。知っていそうな奴と言えば同じクラスの篠ノ之くらいだろう。だが、彼女との接点は私が一方的に負けたということくらい。連絡先を聞いても自分から聞けと言われそうで少し不安だ。そうなるとこの携帯電話の価値は著しく下がる。

 これは困った。いや、待て? そう言えば礼遇と同じクラスの奴が居るじゃないか!

 

「デュノア、礼遇の連絡先を教えてくれないか?」

「え、礼遇の? うん、待ってね」

 

 ルームメイトのデュノアが携帯電話を取り出して、礼遇の携帯番号を教えてくれた。流石は同じクラスで同じ部屋に住んでいた間柄だ。この程度の情報は普通に取得している。さて、礼遇の電話番号を入手したのだ。いや、待て? 電話番号ではメールは送れない。電話するしかないのだろうか?

 ポチポチと電話を弄るとメッセージを送信というものを発見する。これは電話番号でメールを送ると見た! よし、早速だが、メールを送ってみよう。

 

【SNS】

 

(私だ)

 

(どうやって俺の電話番号を入手したのか知りませんが、会社の方に色々と止められているので着信拒否にさせてもらいます)五分後

 

「なんでだ!」

 

 どうして着信拒否にされる! 会社に止められている? それならデュノアはどうなるのだ!? 普通に連絡先を知っていて、連絡もしているではないか! ああ、なんで私だけ……もしや、礼遇は私のことを友達だとは思っていないのだろうか?

 そうか、礼遇は私を友達だとは思っていない。そうなのか、なら、友達になれる努力をしなくてはならないだろう。だが、友達とはどうやったら出来るのだろうか?

 そうだ、日本人に詳しい専門家が部隊に一人居るではないか!? そうだ、彼女に相談すれば、この問題は解決されるだろう。

 

「こちらラウラ・ボーデヴィッヒ」

『隊長、お久しぶりです』

「単刀直入で悪いが、クラリッサ……友達の作り方を教えてくれ」

『友達ですか? そうですね……まず最初は殴り合いましょう』

「もう殴り合っている!」

『なんと!? なら、もう強い友情が芽生えている筈では……』

「殴り合い方が悪いのだろうか?」

『どのくらい殴り合ったのですか』

「互いに気絶するまでだ」

『隊長を気絶させるまで殴り合えるって凄いですね!』

 

 確かに、訓練された私を気絶させる程の鍛錬を積んだ男というのも珍しい。大柄で立派な軍人を何人も倒してきた私だが、気負ってた部分もある。それでも倒されたのは非常に珍しい。さて、どうしたらいい、また殴り合えば解決するのだろうか?

 

『隊長、その方を友達にしたいのですか?』

「ああ、私の全力を真正面から受け入れてくれる奴だ」

『うむ、それなら……遊びに誘えば?』

「誘ってみたら着信拒否にされた……」

『その人、めっちゃ酷いっすね』

 

 クラリッサは長い沈黙をとる。そして、画期的な方法を作り上げた!

 

『こういう場合は糸電話を使うべきです!』

「糸電話だと……それは何だ?」

『糸と紙コップで作った電話です』

「そんな物で電話が出来るのか?」

『作り方はネット検索してくださいとしか言えませんが、従来の電話が使えないなら糸電話を使いましょう。ジャパニーズ萌も含んだ最高の電話です!!』

 

 よし、糸電話を作るぞ!

 

「クラリッサ感謝する。友達が出来たら連絡を入れる」

『隊長、ご武運を』

 

 よし、紙コップと糸を調達するぞ!!

 

 

 清涼飲料水の類いを買い出しに行った。帰ってきた時にラウラが神妙な顔で十六番物置の前で待っていた。さて、何かあったのだろうか? あれ、手にしているのは小さい頃に少しだけ作った糸電話というやつでは? この現代社会で糸電話を作るとは珍しい。

 

「礼遇、これを持って部屋に入ってくれ」

「あ、糸電話をか? でも、糸電話は……」

「いいから入れ!」

 

 片方の紙コップを持たされ、半ば無理矢理部屋に戻される。そしてラウラがなにか言っているのは、糸電話越しではなく、扉越しになって聞こえる。糸電話を糸をピンと張った状態で、糸に何も触れていない時にだけ電話になる。

 少しして、ラウラが扉をガチャッと乱暴に開けて、涙目になっていた。

 

「なんで返事をしてくれない……やっぱり友達ではないのか……」

「……いや、ラウラ、ちょっと待ってくれ。糸電話ってのはこうやってしか使えないんだ」

 

 糸電話をピンと伸ばして、ラウラの耳に当てさせる。

 

『何言ってるんだ。俺とラウラは友達だぞ』

「――ムグッ!?」

『で、何を言いたかったんだ? 電話越しに話してみな』

「おまえと……鬼ごっこがしたい……」

『よし、やるか!』

 

 俺は糸電話を手放して全力疾走で逃げ出した。少し離れてラウラの方を見ると放心状態になっていた。これは好機! 逃げ切ってやる!!

 その後、午前0時になるまで追いかけあったのは次の機会に説明しよう。

 

 

 

【少女の相談2】

 

 守れる存在になりたい、それが彼女の切実な願いだった。自分は弱い存在だと恥ずかしながら理解している。礼遇という少年とコンビを組んで試合に挑んだが、それは礼遇の高いポテンシャルがあってこその勝利事実。自分は結局のところ、楽な裏方作業を受け入れていただけだ。

 自分にも守れる強さが欲しい。その思いが日に日に強くなっていく。そして、行き着いた先が天災との会話というわけだ。彼女は躊躇っていた。都合のいい時だけ姉に頼るというのはどうだろうかと。だが、このままだと自分には、守れる強さは与えられない。姉に頼らなければ、自分専用の力は与えられないのだ。

 

「……礼遇に相談しようか」

 

 礼遇という少年なら優しく話しを聞いてくれる。決して否定せず、自分の考えを素直に聞いてくれる。彼は彼女を支える立場だと言ってくれた。恥ずかしながら、今回も相談という形で助けてもらうしかない。

 ピロロッと着信が入る。この時間に電話が鳴り響くことは彼女にとっては珍しく感じられた。

 

『ハロハロ~束さんだよー』

「……姉さんからかけてくるなんて珍しいですね」

『あらら、箒ちゃんも大人になったねぇ。いつもだったら切ってるのに』

 

 彼女はこの電話を切るかどうか、少し考えた。だが、どうしたものだろうか、この電話、確実に自分が望んでいるものを受け渡すということを告げる電話だろうと悟る。自分の姉は突拍子もないことを毎回のようにやっている。人一人、妹一人の感情を悟ることなんて造作も無いのだろう。

 

「姉さん、わたしは礼遇に相談してから決める……」

『なんでパラサイトなの? あんな、いっくんと箒ちゃんの間に入ったゴミムシにどうして心を許すのかな?』

「友達の侮辱はやめてください!」

 

 篠ノ之束は酷く落胆していた。自分の妹が織斑一夏より宮本礼遇の方に心を許している。確かに、一夏と同じように幼馴染という立ち位置を持ち合わせている彼に多少心を許すのは理解できるが、彼女は軽く依存しているようにも思える。

 束は理解していた、今はまだ、一夏のことを好いている箒に。だが、人間、特に女の心変わりというのは酷く早いものだ。このまま進めば、約一年後には、箒は礼遇に一夏と似た感情を芽生えさせてしまう。そして、自分が礼遇に依存していることにも気付く。これは束にとっては酷く面倒臭い。

 箒という存在は一夏に恋心を抱いていて、そして、最終的にはゴールする。これが束の求めている展開。それを邪魔されるのは虫酸が走る。だから、宮本礼遇という少年を殺そうとしているのだ。

 

『箒ちゃんが好きなのは、いっくんなんだよね?』

「……そうです」

『なら、いっくんを死ぬまで好きになってね。お姉ちゃんはそれが箒ちゃんの一番の幸せだと思うから』

 

 束はプレゼントは近いうちに渡すから、心配しないで、そう告げてきった。




 通勤ラッシュは無理でした!

 まあでも、夜じゃないから「ホモは嘘つき」には成功してますね! やりますねぇ!!


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32:早朝

 人間というものは七時間以上の睡眠が必要である。午前零時に就寝し、午前七時に起床するのが一番健康的だと言われている。だが、早朝の人が少ない時間帯というのは涼しく空気が澄んでいるため運動にはもってこいの時間だ。だから俺は午後十時に就寝し、午前五時に起床する。これを心がけることによって、二時間くらいの運動が出来るのだ。

 筋肉は嘘をつかない。この言葉は運動が好きな俺には忘れられない言葉だ。体を健康な状態に維持するのはとても重要で、万が一の怪我も筋肉の丈夫さによって軽減される。本当の意味で筋肉は自分を裏切らないのだ。

 だだっ広いグラウンドは運動するのに最適だ。この広いグランドを数週したら気分はフルマラソンと言ったところだろう。長崎に居た頃は筋肉をつけるトレーニングばかりを行っていたが、ISに乗るようになって精神面での持久力も必要だということを改めて感じられた。

 何故、マラソンランナーは走ることを嫌わないのか? それは走ることに馴れてしまっているからだ。馴れ、それは非常に人間らしい現象だ。学業も馴れ、仕事も馴れ、運転も馴れ、色々な行為に馴れが必要になってくる。その馴れを積み重ねるには、まず疲れることへの恐怖を取っ払うことにある。疲れるから嫌、それは誰だって思うことだ。だが、この肉体的負担が大きいランニングという行為、最も初歩的な疲れへの恐怖を取り除くのに莫大な貢献を果たす。

 

「人間は疲れるから嫌がるんだ。これに馴れたら何でも受け入れられる」

 

 グラウンドを走っていると見知った顔が合流してくる。ラウラだ。運動しやすいようにジャージを着ていて、髪の毛も邪魔にならないようにポニーテールにしている。

 

「礼遇も鍛錬か」

「ああ、走らないと持久力がつかないからな」

「いい心がけだ。私も微力ながら手伝おう」

 

 男、それも身長が二十センチ以上違う大柄である俺と同じペースを守って追走するラウラという存在は恐るべしとしか言いようがない。軍人というものは愛国心だけではなく、肉体の完成度も必要になる。彼女がISの操縦技術一本で専用機を与えられた存在ではないことを再確認する。

 いい感じに体が馴れ始めてきたので、声を出す。

 

「いちに、いちに……」

「そうだ、ランニングをする時に声を発すると肺活量を上げるメニューになる。私も声を出そう」

 

 ラウラも母国の言葉で数えながらランニングを続ける。そう、ラウラが言うように肺活量を上げるトレーニングになる。何故なら、運動している時に人間は酸素を多く消費する。それに付け加えて声を出すという行動は脳からの司令によって、行われる。人間の体で一番酸素を多く使用するのは脳だ。ランニングを作業的に行っていたら必然的に酸素の消費量も少なくなる。考えてではなく、慢性的に運動をしているからだ。これでは少しずつしか効果が現れない。逆に頭を使いながら運動をすると酸素の供給が滞り、肉体に大きな負荷がかかる。そうさ、筋トレの基本は体に負荷をかける事、負荷をかけない筋トレは意味をあまりなさない。

 

「ほう、こんな早朝からランニングとはいい心がけだ」

「織斑先生も運動ですか?」

「ああ、体が鈍ると生徒に示しがつかない」

「織斑先生と走るのも久しぶりです!」

 

 ラウラと同じようにジャージを着込んだ織斑先生が合流してくる。ラウラも久しぶりの師と呼べる存在との運動で笑みを溢していた。さて、二人の女性に囲まれて同じペースを続けるというのも男らしくない。俺は男だ、生物学的には、女よりも体の耐久性は高い。一丁、男らしく先導しますか!

 俺は少しだけペースを上げて二人の前を走る。ラウラはスリップストリームを行い、自分の空気抵抗を俺の体で軽減する。織斑先生は新一年生に負けてたまるかという意地を感じさせ、俺と並走する。

 

 最初に息を上げたのはラウラだった。小さい体で俺と同じペースで走っていたらこうなるのも頷ける。織斑先生の方は顔色一つ変えず、凛々しく立っているが、額からは汗が流れている。俺の方も着ていたTシャツが汗でピッチリと張り付いているくらいには汗を流していた。

 

「ラウラ、先生、水を飲まないと熱中症になるので」

 

 俺はポカリスエットを木陰から取り出し、紙コップに注いで二人に差し出す。ラウラは一気に飲み干して、溜息を一つ吐き出す。織斑先生の方は余裕を見せるためか、チビチビと飲んでいった。俺も紙コップにポカリを注いで一気に飲み干す。

 その後は疲労した筋肉を労るようにストレッチを開始し、二人も軽い柔軟体操を開始した。

 

「誰かと走るっていいですね!」

 

 爽やかな汗をタオルで拭う。

 

「まあ、私は鈍らない程度に走るさ」

「一番最初に音を上げたのが悔しい。今度は負けないぞ!」

 

 時刻は良い時間だ。シャワーを浴びよう。

 

 

 シャワーを浴びた。体中の汗がサッと消えていく感覚は運動をやめられない麻薬みたいなものだ。この快感を求めて運動をしている節が少しだけある。バスタオルで荒く水分を拭き取ったらビタミン剤を一粒服用する。クラス代表をやらせてもらっている身だ。体の健康には誰よりも気を使わなくてはならない。俺が休めばクラスに迷惑がかかる。風邪なんかは絶対にひいてはいけない。

 

「よし、ご飯を食べに行こう」

 

 時刻は食堂が開かれる十分前と言ったところだろうか? 運動の後はガッツリと肉、魚料理が重要だ。良質なタンパク質を補給する為には食事が一番効率がいい。食うために生きるのか、生きるために食うのか、これは人間の永遠の課題だが、俺は食うために生きている節がある。

 

「あ、礼遇さん、お早いですね」

「ああ、おはよう」

 

 食堂に向かっているとセシリアと偶然鉢合わせた。キッチリとシワのない制服を着ている。お嬢様だからな、身につけるものもちゃんと綺麗にしていると感心する。

 

「ご一緒に朝食なんてどうでしょう?」

「レディーのお誘いは蹴らないよ」

「あら、お上手ですこと」

 

 廊下を歩いているとフラフラとラフなTシャツと短パン姿の少女、それも見知った少女がバタリと倒れた。セシリアはどうしたのでしょうと驚いている。俺はまた徹夜したのかと苦笑いと同時に頭を掻いた。この少女というのは俺の打鉄を事あるごとに整備してくれている高垣さんだ。

 

「高垣さん、ここはベッドじゃないよ」

「ごめん、運んで……ご飯食べたら目が覚めるから……」

 

 仕方なく高垣さんをお姫様抱っこの形で持ち上げ、食堂に運ぶ。セシリアから妙に羨ましそうな視線が突き刺さってくるが、お姫様抱っこを人目が付く場所でやられたら恥ずかしいだろう。

 

「ゆりちゃん今日も徹夜したの?」

 

 広瀬さんもTシャツと短パン姿で登場。お姫様抱っこされている高垣さんをクスッと笑っていた。高垣さんは薄く目を開けて、臨海学校で持ってこられる追加武装の確認してたら朝になってたと乾いた声で告げる。そういえば、臨海学校が行われる。そこでは各社から届けられる武装の確認やプログラムの不備を探さなくてはならない。俺も三綾から届けられる追加武装の感想文を提出しろという通達が来ている。

 

「そうさね、わたしはクラス一のメカニック……」

「重症だね」

「一番働いているんだから仕方ないさ。俺も高垣さんに頼りっぱなしだし」

 

 セシリアの方に目をやると少しだけ寂しそうな表情になっていた。

 

「セシリア、どうしたんだよ暗い顔して」

「いえ……やっぱり、同じクラスじゃないと本当に仲良くなれないのかな、と……」

「馬鹿を言うなよ。俺とセシリアは友達だし、一緒にご飯食べたりするじゃないか。確かにクラスメイトじゃないから、同じように会話することは少ないが、友達ってことには変わりない。そう拗ねるな」

「……そうですわね! わたくしと礼遇さんはお友達ですもの」

 

 パッと明るくなって何よりだと思う。この後は吉村さんも合流して、一年三組の三人娘が揃った。

 

 

 放課後の昼下がり、今日も僕は礼遇と散歩をしていた。心地よい風が吹いて、流れる汗を乾かしてくれる。礼遇は僕のことを見て静かに微笑んだ。僕は恥ずかしくなって両手で顔を隠す。

 

「可愛い顔が見えないじゃないか、俺によく見せてくれ」

 

 礼遇は僕の手を取って、引き寄せた。顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなって、また、手で隠そうとするが、彼がそれを拒む。彼は抱きついて、そして、僕の頭を撫でるのだ。

 

「誰かが見てたら、礼遇が噂されるよ……」

「俺、ようやくわかったんだ。俺のことを誰よりも大切にしてるのはシャルロットだって」

「えっ!?」

 

 礼遇は僕の顎を上に向かせ、目を瞑らせる。そして、優しい――

 

「礼遇……僕、礼遇のことが……あれ?」

 

 目が覚めると外ではなく部屋の中だった。礼遇を探すけど、見当たらないし、ラウラは携帯電話を使用して調べ物をしている。髪が少し濡れているので、シャワーを浴びたのかな? 

 ここでようやく自分が置かれている立場に気が付く。そう、僕は夢を見ていたのだ。

 

「……そうだよね、礼遇は強引にキスするタイプじゃないし」

 

 でも、そうだよね、僕、礼遇と二回もキスしちゃったんだ。礼遇は僕のこと好きだと思うし、あと一押しで……。口元から冷たさを感じる。よだれが流れ出ていた。

 

「デュノア、どうした? 熱でもあるのか」

 

 ラウラが携帯電話を握ることをやめて、僕の方に視線を向ける。

 

「いや、あのね……いい夢を見てたんだ」

「……そうか、それはいいことだ」

「ラウラ、ルームメイトになったんだし、名前で呼び合おうよ」

「そうだな、シャルロット」

 

 僕は少し気になって、ラウラ、何を調べているの? そう尋ねてみる。するとラウラはケイドロという遊びを調べていた。何となくだけど、ラウラは礼遇と知らない遊びをするのが最近の楽しみになってるみたいだ。

 壁にかかっている時計を見ると、礼遇が朝食を食べに行く時間を少し過ぎていた。体中が冷たくなり、そして、僕は叫んだ。

 

「早く食堂に行かなきゃ!?」

 

 オリンピック種目に着替えの早さを競う競技なら、確実に選手になれる速度で着替えをして、部屋を飛び出た。




 なんか、礼遇ちゃんが身長が高い刃牙に見えてきた。

 変態糞淫夢厨投稿者のケツを叩く魔法の言葉は……。

 「毎秒投稿しろ」

 5時間以内に約四千文字が降り注ぐよ。


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33:水着

 日課(筋トレ)を終わらせて、今日は休日だということを思い出す。臨海学校では各社から送られてくる武装のレポートやら、バグの発見をさせられる。俺も三綾の追加武装の使用感をレポートしろという通達が来ている。だが、これはそこまで重要ではない。本当に重要なのは臨海学校で海を泳ぐことが出来るという点である。

 時刻は休みの日だからトレーニングに時間を使い過ぎて十時、行動するに丁度いい時刻だ。とある物を買い出しに行かなくてはならない。それは水着だ。流石に水着なんてものは実家から持ってきていない。企業代表として給料を貰っているので、水着の一着くらいは余裕で買える。

 

「……どうやって拳銃と打鉄を隠そう」

 

 国からの特殊許可を得て拳銃とナイフを所持していても銃刀法違反で逮捕されないのだが、流石に学校と同じように見せびらかしながら所持していると通報される。拳銃の方は色々なホルスターを渡されているので、見えないように携帯することは可能だが、ナイフになっている打鉄が曲者だ。

 

「うーん、どうやって隠そうか」

 

 打鉄を持っていかないという選択肢はあるのだが、有事の際に拳銃一丁で切り抜けられる保証はない。鞘に入れた状態でガムテープなどで貼り付けるのが一番だろうが、夏にテープで貼り付けても汗で剥がれ落ちるのが目に見えている。

 最初は拳銃を隠すことだけを考えるか、三綾からの支給品のダンボールを開くと予備の弾薬やらホルスターが綺麗に収納されている。そして、この状況を打破する鞘が入っていた。脚部に付けるナイフホルダー、中身を詳しく見ていなかったので確認できていなかったが、これがあるなら話は別だ。

 

「えっと、このホルスターはズボンの中に入れるのか」

 

 ホルスターをズボンに仕込んで拳銃を手に取る。

 トントン、扉がノックされて一人の少女が部屋に入ってくる。そして、俺が拳銃を隠し持とうとする姿を見て、

 

「誰かを暗殺するのか?」

「いや、買い物に行くだけ」

 

 入ってきたのはラウラだった。流石に軍人だからか拳銃に驚きの表情を見せることはない。『SIG・P229』だと少しかさ張らないかと率直に言った。俺は給弾不良が少ないって聞かされたからこの銃にしたんだと告げる。ラウラはそうなのか、私はコレを使用していると左手にぶら下げていたガンケースを開いて確か『HK・USP』という拳銃を見せた。

 

「暇なら射撃訓練に付き合ってもらおうと思ったのだが、今日は無理そうだな……」

「ああ、射撃場なら四時ぐらいに付き合うよ。今から水着を買いに行くんだ」

「学校指定の水着は支給されていないのか?」

「貰ってないな。そういう細かい部分まで学校側も手が回らなかったのかもな」

 

 拳銃をホルスターに仕舞って、Tシャツで隠す。その後は長ズボンの左側を捲りあげ、鞘を巻き付けて打鉄を収納する。よし、準備は完了した。ラウラの方に目線を向けると少し考え込んでいる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 何か踏ん切りが付いたのだろうか、口を開く。

 

「一緒に行っていいか?」

「ああ、いいぞ」

 

 一人で買い物というのも味気ない、華を添えるのもいいことだ。ラウラは直ぐに出るのだろう、私の相棒をこの部屋に置かせてくれとガンケースをちゃぶ台の上に置いた。

 

 

 古今東西、大抵の場合共通しているのは大きな駅には大型ショッピングモールが併設されているというところだろう。長崎駅にもアミュプラザという大きなショッピングモールが併設されている。そして、この駅にも大型ショッピングモールが備わっている。

 

「やっぱり日曜日だと人が多いな」

「この小さな国に多くの人が住んでいるわけだからな」

「人口の多さで言うと十一位らしい」

 

 一歩を踏み出す前に後ろから妙な視線が飛んでいるのを解決しよう。

 自販機の影をジッと見る。IS学園の制服が見えた。さて、誰だろうか? うちのクラスの三人娘だったら普通に声をかけてくる。だったら他のクラスの生徒が物珍しさで見物しているのだろうか。知らない顔だった時は挨拶をして終わればいい。

 

「シャルロットさん……近付いて来ますわよ……」

「なんで気づかれたのかなぁ……」

「……セシリアとシャルロットか」

 

 二人はお化けでも見たようにヒッと声を上げて俺のことを見つめる。ははは、友達に怖がられると色々と嫌な気持ちになる。

 少し悲しい声色で二人も買い物か? そう尋ねてみるとセシリアが先にそうですわ、と、返した。

 

「シャルロットにも他のクラスの友達が出来たか、感銘深いなぁ」

「あ、えっと……うん」

「一緒に来るか? 買い物は大勢の方が楽しいわけだし」

 

 二人は申し訳なさそうに付いてくる。ラウラは素直に誘えばいいだろと言って首を傾げた。二人は小さな声で簡単に誘えないから尾行してたんだ。そう言っている。まあ、女の子が男の子を買い物に誘うのは抵抗があるもんな。その逆も抵抗があるのだが、ラウラはサッパリとした性格なのでついつい誘ってしまった。

 

「お、ここが水着売り場か……見事に女性用ばかり」

 

 水着売り場に到着すると必然的に女性物が沢山売られていた。三人を引き連れて男性用が無いか確認するが、この売場には男性用水着は販売されていないことがわかる。となると男の俺は水着売り場ではなく、スポーツショップに水着を買いに行かないといけない。

 

「この店には売ってないようだから、スポーツショップに行ってくる。三人はここで選んでいてくれ」

「……見なくていいの? 僕達の水着」

 

 シャルロットが自分達の水着試着を見ていかなくていいのかと尋ねる。見る見ないにしても、水着なんてものはファッションの類いだ。自分が良いと思える水着を買うのがベストなのではないかと返すとシャルロットとセシリアは溜息を吐き出した。ラウラは不思議そうな顔で二人を見ている。

 

「じゃあ、水着を買い終わったら電話入れる」

「……わかった」

 

 少し離れた場所にあるスポーツショップに足を運ぶ。

 

 

 道を歩いていると仲の良さそうな兄妹が買い物をしているのが目につく。微笑ましいとお兄さんの方を見ていると妹の買い物袋をパタンと落として、俺の方に駆け寄ってくる。そして、俺もお兄さんの顔を思い出した。そして、握手をし、ハグをする。

 

「弾……久しぶり……」

「礼遇、大きくなりやがって、このこの!」

 

 頬に流れる冷たさが心を締め付けた。弾の方を見てやると彼も大粒の涙を流していた。

 

「弾、ただいま」

「おうよ、お帰り」

 

 抱き合うことをやめて握手をもう一度交わす。

 

「一夏とは仲良くしてるか?」

「ああ、一回喧嘩したけど今は元の鞘だ。こっちは蘭ちゃんだったかな? 宮本礼遇です」

「あ、はい。知ってます」

 

 あの頃は弾は携帯電話を持たされていなかったし、電話番号も聞けなかったから今交換しようと携帯を取り出し、番号を教える。俺も笑って自分の番号を言った。忘れないでいてくれたことが何よりも嬉しい。小学生、そんな小さい頃に仲良くした間柄なのに、ちゃんと友人だと思ってくれている。

 

「数馬にも番号教えていいか? あいつ、お前が転校してナーバスだった時期もあるし、喜ぶと思うぜ」

「ああ、頼む」

 

 拳と拳を合わせて、連絡入れると互いに言い合い別れた。その後に弾が妹さんに慰められていた姿は見なかったことにしよう。

 

 

 さて、スポーツショップに来たわけだが、男性用水着コーナーは奥の奥に置かれていて、種類も非常に少ない。この少ないラインナップの中から選ばなければならないのだが、種類が競技用水着に絞られている。競技用水着は海で着る水着ではない。塩で生地が駄目になることがあるので、除外しなければならない。そうなるとラフなズボン型の水着を買わなければならないのだが、ここにはズボン型の水着は置いていない。

 

「……ウェットスーツを買うべきか」

 

 流石にウェットスーツなんて着たら浮くだろう。浮かないような水着、水着……。

 この水着を手に取ったことを後悔する。それはブーメランパンツ。デザインは黒と白、シンプルでカッコイイ。普通に着ても可笑しいとは言われないだろうが、流石にブーメランパンツはどうかという考えが巡っている。

 ――人が持っていないものを人は羨ましがる。

 ポッとそんな言葉が頭の中を駆け巡る。確かに、一般的な男がこのブーメランパンツを履くことはまず無いだろう。そんな珍しい物を着るというのは挑戦心は必要だが、似合えば成功なんだ。

 試着室に入り、履いてみる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これが妙に似合っている。ブーメランパンツが筋肉を際立たせる。これは素晴らしい。

 抵抗はある。だが、今この店で一番似合っているのがこのブーメランパンツならこれを選ぶ他ない。

 

「よし、買った!」

 

 

 礼遇は女心が全然わかってないよ……。

 僕とセシリアは少し沈んだ表情で水着を選んでいた。好きな人に選んでもらうという選択肢も消えたし、自分自身が似合うと思う水着を買わないといけない。可愛い水着は沢山あるけど、どれが一番似合うのかはわからない。ラウラは子供用水着しかサイズが合わないから学校指定の水着を着ると言っている。

 

「礼遇さんはどの水着が……」

 

 セシリアは礼遇の好みを考えながら水着を選んでいる。僕も負けていられない、礼遇が好きそうな水着を……。

 

「ねえ、セシリア? 礼遇ってどういう性癖なのかな……」

「わかりませんわ……」

 

 僕とセシリアはガクッと肩を落とした。宮本礼遇、僕は彼に恋をしているけど、彼のことをあまりしらない。いや、企業代表で色々と頭が良くて、格好良くて、僕のことを優しく見守ってくれるってところはよく知ってるけど、礼遇の衣服の好き嫌いなんて一切知らない。一組のセシリアもそれは同じだろう。

 

 ――礼遇の好みがわからない!?

 

「……選ぶしかない! 礼遇が好きそうな水着を!!」

「そうですわね! わたくしも燃えましたわ!!」

 

 片っ端から水着を着て、何となく礼遇が好きそうなのを選んだ。




 物語が浮かんでこなかったので、挿絵で誤魔化しました。

 許してください! 本当に話しが思い浮かばなかったんです! 何でもしますから!

 
-追記-

 挿絵がこれからも欲しいという方が居たら、活動報告の方に来てください。アンケートしてます。


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34:海と危険

 海が見えてくる。学園からも海は見えるが、砂浜が伴っている海というのは別格だ。天候は晴れやか、日差しは日本の夏だから厳しいの一言だ。

 今、俺が居るのは一年三組を臨海学校で泊まる旅館へと運ぶ大型バスの中、隣りに座っているのは高坂さんだ。

 

「日本の夏は暑いですね、ロシアとはレベルが違います」

「そうだね、年々夏が熱くなってる」

「礼遇さんは九州から来たんですよね? 東京より暑いですか」

「いや、断然涼しい。俺が住んでたのは長崎ってところで、色々な海流がぶつかる場所にあるから、夏は涼しくて、冬はそれなりに暖かいんだ」

 

 向坂さんはそうなんですね、と何度も頷いて俺のことを聞いてくる。故郷の話というのは何というか、話していて嬉しいし、懐かしくなる。ほんの数ヶ月前まではそこで生活していたけど、今は東京都で暮らしているのだから懐かしくもなる。

 

「礼遇くん、三綾からはどれくらい武装が届くの?」

 

 前の席に座っていた高垣さんがヒョコッと顔を出す。確か届けられた書類によると三つだけだった。そう告げると三綾にしては少ないね、そう返答される。流石にデュノア社を買収したのだ、武装の研究よりデュノア社をどう手駒にしていくかに尽力したのだろう。届けられる物は真新しさの感じられない地味な物が殆どだ。

 

「そう言えば、雪影Bはどうなりましたか? 大会の時に不具合を見せたようですが」

「それは高垣さんに聞いた方がいいよ」

「ふっふっふ、雪影Bはわたしの才能によって大幅なグレードアップを果たしたのさね!」

 

 高垣さんが饒舌に語りだす。最初は打鉄との相性をプログラムの不備だと思って弄っていたのだが、プログラムの相性ではなく、打鉄の腕部のエネルギー供給不足が原因だということに辿り着いた。雪片、雪影シリーズの零落白夜は膨大なエネルギーを消費するからエネルギー供給の面を工夫しなければならない。手に持つタイプの零落白夜なら接続を機体から電波を送る形で供給しているのだが、組み込み型の雪影Bは腕部に供給するエネルギーを割いて発動していたらしい。腕を動かすエネルギーと零落白夜を発動させるエネルギーがダブルブッキングして零落白夜が止まったり、供給不足から発動が拒絶されたりする。それを腕部に供給されるエネルギーの出力を向上させるこのによって鎮火させた。

 

「高垣さんは凄いですね」

「まあ、礼遇くんの打鉄を色々と弄らせてもらってるからね」

 

 高垣さんは顔を真赤にして頭を掻いた。俺は悪い顔になって、高垣! 高垣! 高垣! と連呼する。するとクラスメイト達が事態を察してか、こう連呼しはじめた。

 

「「「高垣! 高垣! 高垣!」」」

 

 そう連呼し始めた。広瀬さんは日頃この連呼に巻き込まれるので大きな声で高垣さんの名前を呼んだ。高垣さんは末代まで祟ってやると頬を膨らませていたが、顔は柔らかかった。

 

「あ、旅館が見えたよ!」

 

 一番後方の席に座っているシャルロットの声が響いた。バスの席順を決める時、物凄くゴネていたが、流石にくじ引きで平等に決められたのでそれ以上の変更は出来なかった。その時、物凄く睨まれたことを覚えている。そして、唐変木とも言われた。いや、君からの好意はしっかりと受け取っているのだが、これとそれは違う話なのだよシャルロットくん。

 さて、臨海学校。どんなことが起こるのかな?

 バスから降りると一年生全員が綺麗に整列していた。俺はというと身長が高いので一番後方、多分、旅館の人達と会話している先生達から見ても俺の存在は確認できるだろう。織斑、宮本という織斑先生の声が響く。少し駆け足になりながら先生の元にやってくる。

 

「ああ、こちらが噂の……?」

 

 旅館の女将さんだろうか、物腰の柔らかい美人さんだな。

 

「ええ、まあ。今年は二人男子がいるせいで浴場分けがが難しくなってしまって申し訳ありません」

「いえいえ、そんな。それに二人は有名人ですよ。サイン貰っちゃおうかな?」

「宮本礼遇です。よろしくお願いします」

「織斑一夏です。よろしくお願いします」

「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲景子です」

 

 俺と一夏は丁寧なお辞儀をして、静かに顔を上げる。一夏の方に目をやると大人の女性に耐性が無いのか、顔を真赤にしている。

 

「それじゃあ皆さん、お部屋にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に訊いてくださいまし」

 

 多くのクラスの女子達が勢いのある返事を返した。俺は一年三組が並んでいる列の前に立ち、こう一言「楽しんで学ぼう」。彼女達は賛成! そう大きな返事を返してくれた。そして部屋に移動する。

 今日一日は終日自由時間。食事は旅館の食堂にて各自自由に取ることになっている。

 

「えっと、部屋割りの紙によると……一年三組の部屋は……」

 

 一年三組全員を引き連れて旅館の中を大行進する。そして、クラスメイト一人一人を部屋まで案内し、自分も部屋に戻る。だが、その部屋というのが職員が使用する少し狭い部屋なのだ。ここで一夏と一緒に寝泊まりすることになっている。女子生徒が雪崩込んでくる可能性は隣の部屋が先生達が寝泊まりする部屋だということもあり、可能性は低いだろう。

 

「礼遇早いな」

「おう、一夏。お茶でも飲もうぜ」

 

 一夏も部屋に合流して、冷蔵庫に入っていた冷たいお茶を湯呑で分けて一息入れる。

 今日一日自由時間となっているのだから思い切り羽根を伸ばすのも悪くない。

 

「入るぞ」

 

 扉が開かれて織斑先生が入室してくる。何か緊急事態なのかと首をかしげるが、切羽詰まった顔をしていないので伝え忘れていたことを話に来たのだろう。

 

「大浴場は一定の時間に男子に開放する。なにせおまえ達二人以外は全員女子だからな。空いたタイミングで私が追って伝えよう」

「「わかりました」」

「そして、泳ぐなら別館の「――」という部屋を使え」

 

 織斑先生がスッと退室して、俺達二人は顔を見合わせる。

 夏だ、海だ。泳ぐしか無い。

 互いに水着とタオルの入った鞄を持って部屋を出る。

 

 

 夏だ、海だ。暖かい風が心地いい。

 さて、結局の所は俺が選んだブーメランパンツは成功したのか、それとも失敗したのかと言うと成功したと言っていいだろう。ただ、物凄く色物を見る目線は絶えていない。やはり失敗かもしれない。

 

「礼遇くん、その水着妙に似合ってるね!」広瀬さんが顔を赤くしながら言ってくれた。

「ああ、なんか運命的な出会いを果たしたんだ」なんか、妙に恥ずかしくなる。

 

 さて、泳ごう。さあ、泳ごう。

 

「それにしても、拳銃と打鉄は絶対に離さないんだね」

 

 シャルロットが腰にぶら下げている拳銃と打鉄を指差す。俺は海が完璧に安全とは限らない、最近の拳銃は塩水に浸けても壊れないと言った。『SIG・P229』はステンレス製だから錆びる心配もない。

 

「ねぇ……僕の水着、どうかな?」

 

 シャルロットは着ているオレンジ色のビキニタイプをどうかと尋ねてくる。うむ、水着なんてものは一年に一度見るか見ないかのしろ物だからどうにも感想に困る。やっぱり水着は露出部分が多いものだ、下着と変わらない。そうなるとどのような返事を返したら良いのだろうか?

 

「……似合ってるとしか言えないな! うん、凄く似合ってる!!」

「なんか、無理矢理褒めてるよにしか聞こえないよ……」

「ああ、無理矢理褒めてる!」

 

 シャルロットはプンとした表情になって、女の子が色々と考えて選んだ水着を無理矢理褒めるなんて最低と言って離れていった。これは俺のセンスの無さが引き起こした結末だろう。まあ、シャルロットと俺は友達なわけだし、一晩寝たら関係は回復しているさ。

 

「それにしても……ブーメランで拳銃ぶら下げてると海パン刑事を連想するなぁ……」

 

 高垣さんの言葉で俺は地面に崩れ落ちる。確かに海パンと拳銃という組み合わせはこち亀の海パン刑事そのものだ。それに俺はムキムキに鍛えているわけで尚更に海パン刑事感が加速する。妙に恥ずかしい。やっぱりブーメランを買ったのは失敗だった。

 

「礼遇くんは自衛のために拳銃を持ってるんだからそれを言ったら駄目だよ」

 

 吉村さんがフォローを入れてくれる。一応、一夏より危険な身に置かれている訳だから最低限の自衛の手段は持ち合わせておかなくてはならない。この姿も俺という人間にとってみれば不思議な姿ではないのだ。そうさ、俺だから許されるファッションというやつだ。

 

「礼遇さん……すごい筋肉ですわ……」

 

 青色の水着、腰にはパレオとかいうやつが付いてるタイプを着たセシリアが顔を真赤にさせて来た。

 

「おう、セシリア」

「……触ってよろしいですか?」

「いいぞ、減るものじゃないしな」

 

 セシリアは恐る恐る俺の上腕二頭筋に触れる。硬い、それが第一声だった。やっぱり筋肉は男女問わず魅力的に映るものだ。

 

「綺麗ですわ……」

「写真でも撮るか?」

「ぜひ!」

「え、冗談だったんだが……」

 

 セシリアがインスタントカメラをパラソルの影に置かれていたインスタントカメラを取り出し、四方八方から俺の筋肉の写真を写していく。流石にこれは恥ずかしいものがある。流石に終わりにしてくれないかと声をかけようとすると、大勢の女子達がセシリアに群がり、現像したらコピーしてわたしに売って! そういう声が響き合っている。

 

「礼遇……こっちに来てくれ……」

「え、ラウラ?」

 

 セシリアが女子達に揉まれている姿を眺めているとラウラが俺の手を引いて海の方に歩みを進ませる。そして腰くらいの深さになったところでラウラが水を引っ掛けてくる。そうか、水掛け合戦をしたいということか! よし、付き合ってやるよ!!

 スクール水着姿のラウラに水をかける。ラウラもやったな、なんて言って水をかけてくる。

 

「あはは!」

「それそれぇ!」

 

 ラウラと水掛け合戦を楽しんでいたらラウラに大量の水が引っ掛けられる。ラウラの後ろにはシャルロットが目の光を失いながら立っていた。

 

「シャルロット……参加するなら一声かけてくれ……」

「礼遇を独り占めにするの禁止!!」

「「えぇぇ……」」

 

 ラウラと綺麗にハモった。

 

 

 少し疲れたので砂浜に腰掛けて深呼吸を数回。女の子というものはか弱いものだと勝手に考えていた時期があったが、思いの外パワフルとしか言いようがない。大の男が女の子に揉まれるだけで息切れをするのは地味に恥ずかしい。だが、楽しいというのは確かだ。

 

「礼遇、今日は良い天気だな」

「おう一夏」

「ああ、少し疲れた……泳ぐのって気持ちいいけど疲れるよな」

「運動の王様だぞ、水泳は」

 

 一夏はそうなのか、そう言って頷いている。息も整ったことだしもう一回泳ぎに行こう。すると鈴さんが駆け寄ってくる。目的は一夏だろう。どうぞ、そういうジェスチャーをして一夏へと続く道を譲る。二人は幼馴染らしい会話を繰り広げて、最終的には少し遠いブイの場所まで競争することになったようだ。

 

「……礼遇、隣いいか?」

「箒ちゃん」

 

 箒ちゃんも他の子と同じビキニタイプの白い水着を着ていた。俺はどの子より箒ちゃんの姿に見惚れてしまった。

 

「どうした……気分でも悪いのか……」

「いや、なんでもないよ……」

 

 箒ちゃんが隣に座る。凄くドキドキする。でも、箒ちゃんは一夏が好きなのだ。それを応援すると決めた俺には付け入る隙は無い。そうなると小さい頃からの淡い恋心は成就しないということだ。いやはや、辛い恋愛をしてしまっているよだ。

 

「……一夏は本当に疎い人間だ」

「……箒ちゃんもめげずにアタックするしかないよ」

「……わかっているんだが、気づいてもらえるかどうか」

「言葉がわからない訳じゃないんだから、気付くさ。俺は箒ちゃんを応援するっていつも言ってるだろ」

 

 箒ちゃんは寂しそうな笑みを浮かべた。

 一夏と箒ちゃんが好き同士になる。それが俺の願いなのにどうしてだろうか……このままで良いと思えてしまう。箒ちゃんと一夏が結ばれる。それが幸せなはずなのに、仲間はずれにされているような……。

 箒ちゃんが立ち上がった。

 

「少し泳いでくる。今日は暑い」

「うん、俺も泳ごうかな」

 

 海へと二人で走った。

 

 

 一夏と他愛もない会話を繰り広げて部屋に戻っていると箒ちゃんが庭に埋まっている何かを注意深く観察していた。

 

「……礼遇、織斑先生に報告を頼む」

 

 俺は箒ちゃんの言葉がよくわからず、埋まっているものを同じように注意深く観察すると――それは俺の身の危険を感じさせるものだった。

 埋まっているのはウサギの耳だ。本物のウサギの耳というわけではなく、人工的に作られているであろう、いわゆる『ウサミミ』というやつだ。それが何を意味するか、それは二人の幼馴染をしている俺にはわかる。

 二人はいいにしても、俺は駄目だ。これに関わると命が危ない。嫌われているのだ、箒ちゃんのお姉さんに……。

 音を立てないようにその場から離れた。

 織斑先生に報告しに行く途中で偶然鉢合わせた。先生も海を泳ぎに行く途中だったのだろう。先生は俺の顔色を見て、何があった、そう緊張感のある声色で質問した。俺は、篠ノ之束さんが現れたのかもしれませんと素直に告げる。すると絶対に警戒を怠るな。私も出来る限りおまえのことを見守る。そう言ってくれた。

 

「……あのウサギが現れたか、何を企んでい――ッ!?」

 

 強い炸裂音が響き渡る。織斑先生は駆け出した。付いていくかどうか考えるが、俺をどうするつもりなのか確認するためにも付いていくのが懸命だろう。鞄の中の拳銃に手をかける。

 

 

「ああ、パラサイトも来たか……まあ、そうだよね。来るよね」

 

 ――篠ノ之束。

 たった一人でISを完成させた天才。

 

「……しんじゃえ~」

 

 一瞬で握られた拳銃が発砲音を響かせる。右に飛んで道端の岩の陰に隠れ、鞄の中から拳銃を取り出す。打鉄を起動させた方が安全だとわかっているが、基本的に私情でISを起動させることはご法度だ。確か、あの拳銃の名前は『ブローニング・ベビー』だったか? 小口径の弾薬を使用するから頭に当たらない限り死ぬことはない。多分。

 岩陰から顔を少しだけ上げると織斑先生が箒ちゃんのお姉さんと組み合っていた。

 

「わたしの生徒に何をする!」

「ちーちゃんのクラスの生徒じゃないじゃん? それに気に障るから殺すくらいいいでしょ」

「サイコパスが!!」

「一夏! 箒ちゃん!! ここは危ない……逃げよう……!」

 

 二人は声にならない恐怖で口を開くことが出来ないが、素直に従ってくれた。

 

 

「あーらら、逃げられちゃったよぉ」

 

 束は酷く残念そうな顔で千冬の顔を見る。表情は笑顔で溢れていた。

 

「……何故、礼遇を殺そうとする」

「さっきも言ったけど、気に食わないから殺すだけだよ? それ以上の理由が必要かな……」

「それは理由にならない。人の命を何だと思ってる!」

「ねえ、なんでパラサイトがもてはやされるの? アレはこの世界に必要のない存在なんだよ。それを排除するのに理由なんていらないじゃないかな?」

 

 握り締めていた拳銃を捨てて、千冬に背を向ける。

 

「箒ちゃんを人気のつかない磯まで連れてきて、渡したい物があるから」

「……礼遇は連れてこないぞ」

「まあ、どうせ死ぬからどうでもいいよ」

 

 束は不気味な笑みを見せて消えていった。



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35:桜が咲くまで『上』

 部屋の隅で拳銃を握り締めながら襲撃が来るかどうかを思い詰める。こんな楽しい時にあの人と遭遇するなんて天国と地獄だ。確実に殺しに来ていた。躊躇いもなく銃口を向け、引き金を引いた。わかることは一つ、一人になっていないと他の人に迷惑がかかる。下手をすると殺される。今は銃を握り締めて、警戒するしかない。

 安全装置を外し、薬室に球を込める。持ってきた予備のマガジンに十三発全弾入っているかどうかを再確認、そしていつでも再装填できるようにベルトに挟む。

 

「……礼遇、私だ」

「ラウラか……俺と一緒に居るのは危ない。自分の部屋に帰るんだ」

「話は聞いた。私も軍人の端くれだ、一緒に居させてくれ」

 

 ラウラは静かに扉を開けて入ってくる。左手にはいつか見たガンケースが握り締められている。

 壁に寄りかかっている俺の隣に座り、ガンケースの中から拳銃を取り出す。ラウラは笑って、色々とあるだろうが、私を頼って構わない。そう言って、薬室に弾を込めた。

 

「ラウラ、おまえは俺よりずっとISに乗ってるからわかるだろうが、ISというものを作った人間だ。拳銃一丁でどうにか出来る相手とは限らない。巻き込まれる可能性もあるんだぞ……」

「その時はその時でいいさ。それに、おまえに死なれたら……私は楽しく遊べない。私に遊びを教えてくれた、これからも教えてくれる人が死ぬなんて考えたくもない。死ぬなら一緒にだ」

 

 互いに拳銃を握り締め、そして、しっかりと前を向く。少なからず、千冬さんの目が光っている間、あの人は手を出してこないだろう。手を出してくるタイミングと言えば、この臨海学校が終わると同時くらいか? 一人で居るより、力がある人と一緒に行動する方が安全なのかもしれない。

 ホルスターを取り出して、腰に巻き付ける。そして拳銃を収納し、ラウラの方を見た。

 

「ラウラ、情けない話だが……俺を守ってくれないか?」

「当たり前だ」

 

 壁に掛かってある時計を確認すると七時半と言ったところ、食事の時間だ。

 

「部屋に籠もっていても意味がない。ご飯食べに行くか」

「行動した方が安全な場合がある。賛同する」

 

 ラウラもホルスターをベルトに通して拳銃を携帯する。さて、あの人はどう出てくるだろうか、厳しい展開が予想されるのはわかっているが……行動しないといけないことだけはわかってる。

 

 

 宴会場と呼べる場所に足を運ぶと俺とラウラの制服姿が酷く浮いていた。他の生徒達は全員浴衣着を着用していた。織斑先生がサッと俺とラウラに気づき、私の隣で食べるといいと言ってくれた。そして、何が起こるかわからない、武器は手早く抜けるように気構えておけとも言われた。

 出された食事に手を付けることなく、窓を注意深く観察する。いつ何かが飛び込んでくるかわからない。拳銃のボタンは外している。いつでも抜ける。

 

「……大丈夫だ。窓際には篠ノ之と織斑を座らせている。窓からの侵入は無いだろう」

 

 先生の言葉に胸を撫で下ろす。流石に窓から侵入したら大切な妹とその幼馴染が怪我をする可能性がある。好きな人はとことん好きな箒ちゃんのお姉さんはその人達を怪我させるようなことは絶対にしない。箸を握り、豪勢な料理を口に運ぶ。

 

「織斑先生、僕も礼遇の隣に座っていいですか?」

「……IS以外の自衛の手段はあるか」

「ここを触ってください」

 

 シャルロットが織斑先生に声を掛ける。織斑先生は浴衣着姿のシャルロットの腰の部分を触り、座ってくれと通した。ナイフか拳銃を仕込んでいるのだろうか? 情報の回り方が早くて驚く限りだ。シャルロットは苦しそうな表情で俺のことを見た。

 

「礼遇……絶対に守るから……」

「守られる立場にはなりたくないが……心強いよ……」

 

 シャルロットは自分の料理を持ってきてラウラの隣に腰掛ける。ラウラも武器を持った人間が増えて嬉しいと小さく呟いた。

 

「食事の時くらい気を抜きたいんだが、それが許されない状態ってわけか」

 

 料理をチビチビと口に運ぶが、どうにも味がしない。部屋中を見渡してどういう風に侵入し、俺のことを殺しに来るのかを考えてしまっている。一年三組が固まっている場所から侵入されたらと思うと吐き気まで感じる始末だ。

 

「……気配が消えた。宮本、大丈夫だ」

 

 織斑先生が胸をなで下ろした。俺も漂っていた殺気が消えた気がして流れていた汗がサッと引いていくのがわかる。料理を口に運ぶとちゃんと味がした。安堵のため息を一つ。この状態からの攻撃は降り注がない。確信こそできないが、織斑先生が言ったのだ、多少は安心できるだろう。

 

「……ボーデヴィッヒ、デュノア、出来る限り一緒に居てやってくれ」

「「わかりました」」

 

 苦い顔になる。女の子に守られる男の子というのも情けない。

 

 

 部屋に戻る途中で一夏と箒ちゃんに呼び止められた。その表情は苦しいもので何とも言えない。

 

「……礼遇、俺がどうにかする。束ねぇを止める」

「わたしもだ! あの人をどうにかして止めなくては……」

 

 シャルロットとラウラは二人が箒ちゃんのお姉ちゃんと関係が深いことを察して、一歩引いた位置で辺りを警戒してくれている。俺は重々しい口を開いた。

 

「頼めるか? 今回ばかりはあの人と親しい二人に」

「――ああ! 束ねぇだって話せばわかってくれる。礼遇、でも、まだ束ねぇと話し合ってないから油断だけはしないでくれ」

「姉の愚行を止めるのは妹の役目だ。どうにかしてみせる」

「ふたりとも……ありがとう……うぅ……」

 

 優しく二人を抱きしめて、男らしくない涙を流してしまう。二人は事の重大さをより一層感じたのだろうか、鋭い表情になっていた。こうなってみると、俺一人で解決できないということがはっきりと分かってしまう。頼られてきた俺が、二人に頼る日が来るとは思わなかった。やっぱり、俺という存在は弱いものなのだろう。

 

「織斑、篠ノ之。奴を探しに行くぞ」

 

 後方から織斑先生が現れた。

 

 

 束は崖の上から夜空を眺めていた。ウサミミが揺れ動き、月に雲がかかる。そっと立ち上がって、やあやあ、そう三人に声をかけた。三人の表情は刃物のように鋭く、彼女のことを嫌悪しているようにも思えた。第一声は一夏によって告げられた。

 

「束ねぇ……礼遇に手を出すのはやめてくれ! 俺の大切な友達なんだ!!」

 

 束は、深い溜息を吐き出し、一夏のことを見る。小さい頃から知っている大好きな親友の弟、それが自分の意見をハッキリと言えるようになったのは嬉しいが、それがパラサイトと忌み嫌う存在を庇う言葉なら話は別になる。彼女は宮本礼遇を殺したくて仕方がない。一夏と箒に付き纏うゴミムシという存在でしかない彼を生かしておきたくはないのだ。

 

「ねえ、いっくん……この世界には必要のない存在ってのがいるんだよ? わかる」

「姉さん! この世界に死んでいい命なんてありません!!」

「大人になったなぁ、箒ちゃん。綺麗事を真面目な顔で言えるくらいには」

 

 束はアタッシュケースを展開し、三人の前に投げる。

 

「今回パラサイトを殺すために用意した武器全部。それ以外は大きな物しか持ってないから安心して」

 

 千冬がアタッシュケースの中を開くと武器商人か、そう言わせるくらいに大量の銃火器が詰め込まれていた。一夏と箒は大量の汗を流し、これだけの武器を用意してまで礼遇のことを殺そうとしていたのかと生唾を飲み込む。ウサギは笑っていた。

 

「姉さん……誓ってください。これから先、死ぬまで礼遇のことを狙わないと」

「えー、それは酷いよ箒ちゃん!」

「誓ってくれないなら……」

 

 箒は束の隣に立ち、そして、一歩、二歩と歩みを進める。流石に怖くなったのか、束は箒の服を掴んでそれを阻止する。だが、妹の目は本気になっていた。これは怖いと言って、彼女は立ち上がる。

 

「パラサイト一匹の為に箒ちゃんが死んだら採算取れないよ」

「礼遇は寄生虫じゃありません! 人間です!!」

「変わらないよ、アレはわたしにとって見たらただの寄生虫。わたしの大切な人達にこびり付くゴミムシ」

 

 一夏も崖の上に立ち、そして、千冬も立った。束は困惑する、どうしてゴミムシ一匹にここまでするのだろうか、ただ寄生するだけしか能がない単細胞に。千冬は言った。さあ、二本の手で二人選べ、そして、一人を犠牲にしろと。困惑した。三人が三人、本気で一人を守ろうとして死を覚悟していることに。

 

「あー、はいはい、わたしのまーけ。手を出さないから死ぬのだけはやめて、ね!」

 

 一夏が束の前に経って、小指を差し出した。

 

「指切りしようよ……絶対に礼遇に手を出さないって……」

「……はい、どうぞ」

 

 指切りげんま、その声が夜の崖に響き渡る。

 彼女が他の手段を持っていることなんて知らず、三人は受け入れてしまった。ウサギが改心したと……。



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36:桜が咲くまで『下』

 昨日の夜、織斑先生と一夏、箒ちゃんが部屋を尋ねてきて箒ちゃんのお姉さんを説得することが出来たと言ってくれた。本当かどうかわからないが、織斑先生が同伴しているのだ、可能性は高いだろう。部屋で拳銃を握り締めていた俺、ラウラ、シャルロットは胸を撫で下ろした。その後は二人は自分の部屋に戻って、一夏との二人部屋になる。

 

「一夏、今回ばかりはお礼しか言えない」

「いいんだ。俺のせいでもあるから……」

 

 一夏は自分がISに乗れること、それは箒ちゃんのお姉さんが仕組んだことなのではないかと語り始めた。自分はあの人とも仲が良かったし、何よりも織斑先生の弟。開発者の束ねぇなら俺という存在をISに乗れるようにするくらい赤子の手を捻るより簡単だ。そう言って、俺のことを見た。

 

「もしかしたら、俺という存在をISに登録した時に誤って礼遇もISに乗れるようにしたのかもしれない」

「その可能性は……あるな……」

「だから、間接的には俺が原因になってるのかもしれない。だから、謝らなくていい」

 

 一夏は俯いたまま、暗い表情を崩さない。俺は苦い顔を見せてお茶を冷蔵庫から取り出した。朝と同じように湯呑で二つに注いで、笑顔で一夏に渡す。一夏は泣いていた。自分に責任がすべてあると思っているんだろうか……。

 

「一夏、なんで泣くんだよ。おまえに泣かれちゃ……俺が泣けないじゃないか……」

「礼遇、なんで……おまえはそんなに優しいんだよ……」

 

 一夏は悪い、夜風を浴びてくると言って部屋を出ていった。

 羨ましいぜ、親友。

 

 

 旅館の地下、そこでは色々な会社から送られてくる武装を一年生各自が真剣な表情で整備している。色々とあって一年三組に合流した俺は多くのクラスメイトに泣かれた。そして、一夏が助けてくれたと言ったら、一夏に御礼の品をクラスで贈ろうよなんて話が飛び交った。

 今の所殺気のようなものは感じない。一夏が言うよに箒ちゃんのお姉さんは完全に俺から手を引いたのだろう。これからは危険は付き纏わない。今はクラス代表としての仕事を全うする。それが最優先だ。

 

「三綾からの荷物を開くよ……それっ!」

 

 高垣さんがバールを使って三綾からの木箱を開ける。中には硝煙とドラムマガジンらしき物が収納されていた。硝煙、硝煙ヘビーと来て、これは硝煙MAXと言ったところだろうか? 装弾数は百発と硝煙ヘビーから四十発も弾数を増やしている。マガジンキャッチの部分もノーマル、ヘビーに比べて素材も一新されていてドラムマガジンを装着しても十二分な強度を発揮するだろう。

 

「三綾もドラムマガジンにするなんて通だねぇ」

 

 高垣さんは硝煙を眺めながらよだれを垂れ流していた。クラスメイト達は乾いた笑い声を響かせる。俺は打鉄を展開し、新しい硝煙を持ち上げる。そして弾が装填されていないことを注意深く確認して引き金を引いてみる。トリガーの切れ味が少し上がったような感覚がある。

 

「どう、持った感想は?」

「弾が入れられてないからよくわからないけど、今までの硝煙と変わらないと思う」

「トップヘビーになる可能性があるっと……」

 

 高垣さんは他の木箱も開いて中身を確認する。さて、俺も三綾から届いた武装のレポートを書かなくてはならない。色々と中身の確認をしなくては。

 タタタッと人が駆けてくる音が聞こえる。足音の方向を見るとうちのクラスの担任、田辺先生が息を切らしながら大きな声で言った。自室待機だと。

 

 

 重々しい雰囲気が立ち込める旅館の一室。旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷・風花のまでは、六人の少年少女と教師陣が集められていた。六人の少年少女が最初に思ったこと、それは宮本礼遇の不在という違和感である。何か緊急事態が起こった時、大抵は礼遇が先陣を切るようにと起用される。だが、今回は礼遇の姿はこの間にはなかった。

 

「では、現状を説明する」

 

 照明を落とした薄暗い室内に、ボッと映し出される大型の空中投射ディスプレイ。織斑千冬が説明したのは、二時間前にハワイお気で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したという報告があったらしい。

 六人の少年少女が険しい顔付きになる。一夏も何となくだが、状態が飲み込めた。軍用のフルスペックが暴走している、それは非常に危険だということ。止める必要がある。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過することがわかった。時間にして十五分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

 

 その後も千冬は事態の説明や教師による会場閉鎖などを語る。そして質問の有無を問うと一夏が一番最初に手を上げた。

 

「礼遇は……」

「宮本は今回の件からは外すつもりだ」

「わかりました」

 

 一夏は寂しそうな顔になる。年齢は同じだが、兄貴分のように慕っている礼遇がこの作戦に参加しないのは心苦しさがある。活躍するしないではなく、礼遇という頼もしい存在が居てくれないというのが苦しいのだ。礼遇は逆転の発想を持って多くの事態を収めてきた実績がある。だが、今回はそれに頼れない。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

「わかった。ただし、これらは二カ国の最重要軍事機密だ。けして口外するな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」

「了解しました」

 

 スペックを要求したセシリアが汗を流しながら千冬の言葉を受け入れた。

 六人に手渡されるタブレット端末。そこには目標ISのデータが記されている。一夏は小難しい情報ばかりで大まかな内容しか把握できていないが、それでも最新鋭の第三世代が暴走している事実だけはしっかりと受け入れた。六人は提示されたスペックを確認し、どう対処するかを検討する。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」

「……攻撃と機動の両方を特化させた機体ね。厄介だわ。しかも、スペック上ではあたしの甲龍を上回ってるから、向こうのほうが有利……」

「……三綾からラファールの防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ」

 

 一夏は渋い顔になる。この大仕事、桁が違い過ぎる。相手は競技用のISなんて生温いものではない。本物の軍用モデル。試験機だとしても、その強大さは目に見えている。ちゃんとした戦略が必要だ。

 

「偵察の類いは」

「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だろう」

「一度きりのチャンス……ということはやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

「そうですね」

 

 一夏は山田先生の言葉に頷いた。他の子達も一夏のことを強い視線で見る。だが、一夏は生唾を飲み込んで、これは自分では出来ないかもしれませんと告げた。千冬はどうしてだ、そう尋ねる。零落白夜が使える機体は二機ある。一夏は礼遇もこの作戦に参加させることをお願いした。

 

「宮本はヤツに攻撃されて精神的なストレスが溜まっているだろう。この作戦に出させるにはリスクが大きい。すまないが、織斑……おまえにしか出来ない」

「……お願いします。作戦構築だけでも、礼遇を起用してください。怖いんです。あいつに何も言えないまま行くのが」

「――ッ!? ……田辺先生。宮本を連れてきてください」

「わかりました」

 

 一夏の弱音はここにいる誰しもが理解できた。宮本礼遇、彼はIS学園の一年生の中で最強という立ち位置に立っている。そして、とても優しい。頭も回り、気配りも出来る。一夏と礼遇は親友だ。一度は仲違いをした仲だが、今は親友。そんな彼に何も言わないで作戦を遂行するのは嫌だ。それは、全員が理解している。

 五分くらいだろうか、それだけの時間が経過して大柄な少年が渋い顔をして部屋に入ってくる。そして、最初に言い放ったのは――大事みたいだな、そんなものだった。

 

「宮本」

「先生からタブレットを受け取って、移動する時に全部理解しました。一夏の白式が適任でしょう」

「問題点はあるか?」

「零落白夜を発動できる機体を標的との交戦距離まで運ぶ足がありません。白式は機動力に関しては問題はないですが、どうしても燃費が悪く交戦距離まで戦える余力があるかどうか。俺の打鉄に至っては機動力が圧倒的に足りません。交戦距離に入れたとしても、相手の方が機動力が上、満足に交戦できるかどうかも」

 

 セシリアが静かに手を上げた。イギリスからブルー・ティアーズの強襲高機動型パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきていると言った。相手との距離を把握する超高感度ハイパーセンサーも付いているから文句のつけようがない。

 礼遇は頷いて、セシリアに頼めるか、そう尋ねる。するとセシリアは優しい笑みで大丈夫ですわ。そう返した。

 

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」

「二十時間です」

「ふむ、ならば適任――」

 

 腑抜けた笑い声が響き渡る。礼遇は腰にぶら下げた拳銃に手をかけて、声の主の顔を見る。

 

「ああ、パラサイト。居たんだ? もう攻撃するつもりは無いからアクション起こさないで、目障りだから」

 

 礼遇は手をかけることをやめて、彼女と距離を広げた。一夏と箒は彼を隠すように立ち上がり、束のことを睨む。だが、彼女はそんなこと知らないという表情でズカズカと千冬の前に立つ。千冬は強い嫌悪感を放ちながら、部外者は消えてくれないかと告げる。

 だが、束は臆することなくマシンガントークを続ける。大まかな内容は自分が箒のために持ってきた紅椿という機体のスペックを確認しろというものだ。礼遇は紅椿という言葉に違和感を持ちながら、箒の方に顔を向ける。すると箒は後ろめたそうな表情で俯いた。

 

「紅椿の展開装甲を調整して、ほいほいほいっと。ホラ! これでスピードはばっちり!」

 

 展開装甲? そう一夏が首をかしげると束は千冬の隣に立って説明をしはじめた。しかも、メインディスプレイを乗っ取った形で。さっきまで福音のスペックデータが映っていた画面は、今はもう紅椿のスペックデータへと切り替わっている。

 彼女は饒舌に語り始めた。展開装甲とは第四世代型ISに搭載される装備だと。一夏と箒以外の全員が背筋を凍らせた。第三世代の試験機が可動し始めたこのタイミングで第四世代型を登場させる。それは、あまりにも規格外だった。

 それでも彼女の話しは止まらない。『ISの完成』を目的とした第一世代型。『後付武装による多様化』を目的とした第二世代型。そして『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』。空間圧作用兵器にBT兵器、あとはAIC。そして紅椿というのがそれらを追い越す第四世代型。『パッケージ換装を必要としない万能機』という、机上の空論そのもの。

 

「展開装甲というのはね、具体的には白式と……言いたくないけどそこのパラサイトの打鉄の雪影とかいうゴミにも採用されてまーす」

 

 束は心の底から嫌そうに説明した。三綾が雪片弐型の研究データを産業スパイによって持って帰らせて、それを小型軽量化とエネルギー効率の改善したゴミが備わっていると。

 束は紅椿がどれだけ凄いかを淡々と説明し、そして、最終的には現状、この世界で一番強いISが紅椿だということを証明した。全員が箒に視線を向けて、冷や汗をダラダラと流す。

 

「はにゃ? あれ? なんでみんなお通夜みたいな顔してるの? ああ、そうか! パラサイトが死んだんだね! 殺す手間が省けたよぉ」

 

 千冬はこの緊急事態、迅速に終わらせるには紅椿が適任だろうと溜息を吐き出した。出来れば、このウサギが持ってきた代物は極力使いたくないというのが心情だが、これを使うのが一番早いのだから決定する他ない。セシリアの方を向くと静かに頷いた。

 

「ちなみに紅椿の調整時間は七分あればよゆうだね★」

「よし。では本作戦では織斑・篠ノ之の両名による目標の追跡及び撃墜を目的とする」

 

 箒が静かに手を上げた。

 

「わたしは一夏との共同戦闘の経験がありません。一夏ではなく、礼遇を連れて行かせてください」

 

 場が凍りついた。全員の視線が束に向けられる。昨日は礼遇を殺そうとしていた人間がここにいる。箒のこの提案は礼遇という存在を酷く危険な状態に置く片道切符。束は歯を食いしばったが、昨日の約束を忘れてはいない。

 

「確かに撃破できる確率は箒ちゃんとパラサイトでの共同作戦の方が上だね。でも、いっくんの白式は第三世代。そっちのゴミムシは第二世代。わかるよね? 箒ちゃん……」

「姉さん。わたしが一緒に戦う相手くらい――自分で決めさせろ!!」

 

 箒は自分の姉のことを殴り捨てた。束は酷いね、そう言って口の中の血を畳に吐き捨てた。

 

「箒ちゃん……」

「わかってる。自分の行動が可笑しいことくらい。でも、一夏と一緒じゃあ、倒せるヴィジョンが浮かばないんだ」

 

 束は礼遇のことを睨んで紅椿を持っていた。

 

 

「箒ちゃん……なんで俺を選んだんだ……」

 

 冷たい口調で箒ちゃんを攻めた。別に怒っいるわけじゃない。ただ、箒ちゃんが好きなのは一夏で、初めて自分のISを与えられたのだ。それなら、好きな人と一緒に作戦を遂行した方がいい。それなのに、選ばれたのは俺だった。

 

「……一緒に極悪の花を咲かせたじゃないか。一緒に戦ったじゃないか」

「それはわかるよ。でもね、箒ちゃんが一番に選ばないといけないのは一夏の筈だ。俺なんて選択肢に入れる必要も無いんだ。今からでも遅くない――一夏と!?」

 

 箒ちゃんが俺のことを抱き寄せた。

 

「……わかってる。好きなのは一夏で、恋してるのも一夏。でも、こういう時に頼りにするのは――おまえなんだ」

「……わかったよ。俺の負けだ」

 

 箒ちゃんの頭を撫でた。

 

 

 時刻は十一時半と少し。

 七月らしい晴天が広がっている。

 

「……打鉄」

「行くぞ、紅椿」

 

 互いに機体を展開させ、独特の浮遊感と安心感を感じる。箒ちゃんの方に顔を向けると両手を握り締めて、自分に喝を入れていた。その姿を見て、最初の頃の自分を思い出す。

 

「すまない礼遇……巻き込んで……」

「箒ちゃん、俺は箒ちゃんに負けた。だから、付いていくよ――どこまでも」

「ありがとう」

 

 箒ちゃんの紅椿という機体に肩を置く。そして、地面が抉れる程の機動性を目の当たりにする。これが第四世代の機動力……。

 

『篠ノ之、宮本、聞こえるか?』

 

 オープンチャンネルから織斑先生の声が聞こえる。俺と箒ちゃんは頷いて聞こえていることを伝える。

 

『今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間での決着を心がけろ』

「了解しました」

「織斑先生、状況に応じてのサポートはよろしいですか?」

『そうだな。だが、無理はするな。お前はその専用機を使い始めてからの実戦経験は皆無だ。突然、なにかしらの問題が出るとも限らない」

「わかりました。出来る範囲で支援をします」

 

 箒ちゃんから強い闘気のようなものを感じる。こんな大仕事、練習機を数回くらいしか乗っていないのにこの気迫、燃えている。俺もおんぶに抱っこは出来ない。箒ちゃんに選んでもらったんだ――一回で終わらせる。そして、笑顔で帰ってくるんだ。

 

「見えた!」

「あそこか……」

 

 機動力に劣る打鉄、出来る限り距離を詰めて――瞬時加速で決める!

 『銀の福音』その姿に恥じない鈍く輝く機体。それを仕留められる距離に――届いた!

 箒ちゃんの紅椿から手を離し、瞬時加速で近接戦が出来る距離に詰める。そして、左腕部に取り付けられた雪影Bを突きつける。届く! 確実に届く距離!!

 

「敵機確認。迎撃モードへ移行。《銀の鐘》、稼働開始」

「――ッ!?」

 

 左腕を右腕でガッチリと掴まれる。この超音速飛行からの瞬時加速を用いた攻撃が受け止められる……ありえない! 掴まれた左腕を振り解くが、銀色の羽が俺を包んだ。そして、光が――。

 機体から響き渡るアラート音、早くこの翼から逃げなくては作戦が水の泡になる。翼に向けて雪影Bを何度も突き刺し、腹部に蹴りを入れて脱出する。が、レーザー攻撃を受けていた二枚のシールドがグチャグチャに融解し、ボトリと海面に叩きつけられた。

 翼がはえた銀色の天使、これは――規格外のようだ。

 

「箒ちゃん! 援護を!!」

「わかった!!」

 

 大量に飛んでくるレーザー、それを一発でも受けたら爆発して大きなダメージが通る。一発も当たってはいけない緊張感が焦りを加速させる。ファースト・アタックで仕留められなかった。これは酷くヤバイ。軍用のフルスペックを第二世代の打鉄でどうこうできるものなのか――いや、どうにかしなくてはならない!!

 箒ちゃんが紅椿の機動力を利用して福音を足止めしてくれている、今なら!

 ――海面に漂う一隻の船。

 

「なんでだ! 海上封鎖した筈なのに船が……」

「密漁船か、構うな礼遇! このチャンスを無駄にしたらもう」

 

 福音は船を見つけたのか、大量のレーザーを放つ。

 人が死ぬ、それは、あまりにも酷いことだ。やらせてはいけない。させてはいけない。

 体が勝手に動いていた。

 

「うグッ! ガァァァ!!」

「礼遇!!」

 

 箒ちゃん……ごめん……。



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37:桜吹雪

 それは酷く懐かしい記憶だ。

 

 

 

 俺の名前は宮本礼遇。少し変わった名前をしているが、何をやっても普通にしかならない普通の国に産まれた普通の男。そんな俺は普通じゃなくなろうと剣道を始めた。父親が探してくれた道場、そこには同い年の一夏と箒という男の子と女の子が居た。

 二人は俺よりずっと上に立っていて、才能も凄かった。一夏なんて、この道場に通いはじめてから一ヶ月しか経っていないというのだから、普通な俺には超えられない壁だと心の奥底から思える。だけど、普通じゃなくなる為にこの場所にやってきたんだから、普通じゃなくなる努力をしないと。

 それは道場で一緒になった二人と同じクラスになった小学二年生の時のことだ。

 今日の掃除当番からは外れていたが、一夏と箒ちゃんと一緒に道場に行くために手伝っていた。一夏と小学生らしい会話を繰り広げていると箒ちゃんが同じクラスの同級生に絡まれはじめる。俺と一夏はその姿を少しの間、静かに見ていたが、すぐにそれは行動に移される。

 

「おーい、男女~。今日は木刀もってないのかよ~」

「……竹刀だ」

「へっへ、お前みたいな男女には武器がお似合いだよなー」

「…………」

「しゃべり方も変だもんな~」

 

 その時は、確か、何も思わないで箒ちゃんの前に立って、そして、なんて言ったんだっけ? ああ、思い出した。

 

「いじめ格好悪い」

 

 クラスの男子達はムッとした顔になって、宮本は男女が好きなのかよと反論する。その時に一夏も箒ちゃんの前に立って、同じクラスメイト、それに同じ道場で学んでいる仲間がからかわれていたらイライラするに決っているだろうと声を荒げた。

 

「へっ。まじめに掃除なんかしてよー、バッカじゃねーのー」

 

 箒ちゃんが手を出そうとするが、それを止めた。そして、俺が彼の胸ぐらを掴んだんだ。

 

「ねえ、どうして強い言葉を使うの? 喧嘩をしたいの……違うだろ、からかいたいなら、他の子を選んでくれ」

 

 小さいと言っても男同士の睨み合い、普通の国の普通星人の俺だって、気迫で負けてはいない。

 

「気持ち悪い、離せよ……勉強も運動も出来ないクズが!」

 

 一夏と箒ちゃんがその時叫んだんだ。俺を馬鹿にするなって、他のクラスにも聞こえるくらい大きな声で……。

 

「なんでおまえ達はこんな奴に構うんだ? そうだろ、勉強も駄目、運動も駄目、何もかもがダメダメ星人。こんな奴と一緒に居るとか頭おかしいだろ」

 

 俺は、そっと掴んでいた胸ぐらを離した。その時の俺は本当に駄目な奴だったんだ。勉強も運動も出来ない。剣道も少しずつしか身についていない。彼らが言っていたように、ダメダメ星人だった。普通星人は裏を返せばダメダメ星人だったという落ちだ。

 ――殴ったんだよな、一夏が。俺の誇りを守るために。

 

「言っただろ! 礼遇は駄目じゃない!! ……大切な友達を馬鹿にするな!!」

 

 その後は俺も目が覚めた。一夏を殴り返す同級生達の姿を見て我に返った。喧嘩祭り、自分の意地とプライドを賭けて殴った。まあ、祭りと言っても大声を聞きつけた教師達に取り押さえられて終わった。

 

 帰り道、少し腫れた頬を擦りながら道場へと続く道を歩いた。

 

「礼遇……おまえは駄目じゃない……」

「そうだと良いんだけどね……」

「何を言ってんだ。人はそれぞれ色々な道を歩いてるんだ。一緒の道なんてない」

 

 一夏の言葉に涙を流してしまう。小さい頃の俺には、重く優しい言葉だった。

 

「礼遇、一緒に強くなろう。わたしも手伝うさ」

「箒ちゃん……」

「強くなろう」

 

 後ろを振り返ると桜が咲いていた。季節は終わっている筈なのに。

 

 

「ご臨終だね★」

 

 礼遇が落とされた姿を見て、束は酷く楽観的に、そして、軽々しく死を語った。その場に居た全員が落ちていく彼の姿を見て嘘であってくれと叫んだ。だが、打鉄を纏った彼は水面に叩きつけられ、そして、海の底に沈んでいく。

 

「あ、ああ……ああああああああああ!!!!」

 

 一夏が叫んだ。そして、その場に突っ伏して、何度も何度も地面に拳を叩きつける。だが、礼遇が非常に危険な状態で撃墜されたことには変わりない。一夏はその場に居合わせた全員を睨むようにして見、セシリアに強い視線を送る。

 

「セシリア! 礼遇を救出に行かせてくれ!!」

 

 セシリアがわかりましたわと言おうとした瞬間に束がそれを止める。満面の笑みで……。

 

「いっくん、もうあのパラサイトは死んだよ。エネルギーも尽きたようだし、今更行っても無駄だよ。箒ちゃんはほぼ無傷のようだけど敵がいる前でオイオイ救出活動なんて出来ないよ。見捨てた方が得々」

「なんでそんなことが言えるんですか! わかってますよ……束さんが礼遇を殺したかったことくらい。でも、礼遇は大切な友達なんです!!」

「大人になろうね、いっくん? もう人の死を受け入れられる年齢でしょ」

 

 千冬が一夏を担ぎ上げ、別室に連れて行った。このままこの場所に居させたら、束を殺そうとISを展開する可能性がある。何を考えているのかわからない存在だ。怪我をする可能性がある。それを事前に防ぐには、彼を一人にすることだ。

 近くの空き部屋に一夏は連れて行かれ、そして、その場に投げ捨てられる。

 

「すこし冷静になってくれ――教師陣で救出活動は絶対に行う」

「――礼遇……」

「少し寝ていてくれ……」

 

 千冬は一夏の首をトンと叩き、気絶させる。

 

 部屋に戻ってきて、最初に千冬が告げた言葉は篠ノ之を帰還させろ。それだけだった。

 

 

 箒が帰投して、部屋に戻ると同時に倒れ込んだ。目は真っ赤に腫れて、口は何度も閉じたり開いたりを繰り返している。その姿を見た全員が歯を食いしばった。だが、強い言葉を浴びせることは出来ず、苦い表情を見せることしか出来ないでいる。

 

「……箒さん、作戦を考えますわよ」

 

 セシリアが倒れ込んだ箒に肩を貸し、無理矢理椅子に座らせる。互いに目に光は宿っておらず、一人の少年が死んでいるかもしれないという事実に目を隠している。でも、それではいけない。前を向かなくては、救出活動も出来ないのだ。一歩を踏み出すしかない。

 

「箒……僕の言葉をしっかりと聞いて……」

 

 シャルロットが座っている箒の前でしゃがみ、目を合わせて語りはじめる。

 礼遇が簡単に死ぬわけがない。でも、危険な状態であることには変わりがない。一刻も早く敵機を落として礼遇を救出しにいくことが先決であると。その言葉を耳にし、箒は過呼吸になる。それをシャルロットは抱きしめながら大丈夫、大丈夫と優しく何度も、何度も言って、落ち着かせる。

 

「箒……わかるよ、礼遇のことが好きなんだよね」

「…………」

「僕の場合は恋だけど、箒は――信頼という名の愛情」

「デュノア……」

「シャルロットでいいよ……」

「シャルロット……わたしは……わたしは!」

「大丈夫だから、皆で、礼遇を迎えに行こう……」

 

 箒はシャルロットに胸を借りて大粒の涙を絶え間なく流し続けた。

 

「役立たずのわたしでも……力になれるか……」

「大丈夫、絶対になるから……一緒に迎えに行くよ」

 

 ラウラがガッツポーズを見せた。そして、銀の福音の居場所を特定した。そう告げると全員に強い意志が持たされたことになる。一刻も早く目標を落として、礼遇を救出に行く――それが自分達に出来る最善の選択なのだから。

 

「みんな! 行くよ!!」

 

 シャルロットの掛け声と同時に行動は開始された。

 

 

 桜の花が舞っている。ヒラヒラと、桜花びらが舞い踊っている。

 一面真っ白な空間、そこには一本の桜の木が植えられていて、花を満開に咲かせている。

 

「どうも、ご主人様。お目覚めはよろしいですか?」

「君は?」

「貴方が打鉄と呼んでいるものです」

 

 桜の木の前に一人の女の子が現れた。桜色の着物を着込んだ美人。この子が打鉄なのか……。

 彼女は右手に百合の花、左手に椿の花を持ち、差し出した。

 

「選んでください。二人の進む先を」

「……じゃあ、この桜、桜を選ぶよ」

 

 桜の花びら達が風に吹かれて吹雪いた。桜吹雪。

 

「咲かせますか、桜の花を――吹雪くまで?」

「ああ、吹雪かせる。綺麗な桜吹雪を」

 

 意識が覚醒する。

 

 

 さざ波の音が響き渡る。

 一人の少女が歌と踊りをしていた。

 一夏はその少女を見て、酷く懐かしい感情を覚えた。

 彼が彼女のことを見つめているといつの間にか歌が終わっていた。踊りもやめて、彼女はじぃっと空を見つめている。彼は不思議に思って、座っていた奇から離れて少女の隣へと向かう。

 波の音が響く。

 波打ち際までやってきた彼を、涼しい水の調べが濡らす。

 

「力を欲しますか?」

「……欲しい」

「何のための」

「友達を――いや、仲間を守る力を」

「じゃあ、行かなくちゃ。妹も目を覚ましたから、すぐに来る。頑張って」

 

 

「ぐっ、うっ……!」

 

 ぎりぎりと締め上げられ、圧迫された喉から苦しげな声が漏れる。

 福音の手は堅く箒の首を掴んで離さず、さらにはエネルギー上へと進化した『銀の鐘』が紅椿の全身を包んでいた。

 

(これまでか……。情けない……)

 

 ぽうっと光の羽が輝きをマシていく。一斉射撃への秒読みがはじまる中、箒の頭の中には二人の幼馴染の顔が浮かんでいた。

 

「たすけて……れい、ぐう……いち、か……」

 

 トップスピードで接近する機体が二機。

 ――桜色と白色。

 二機の攻撃が交わりながら、紅椿を掴んでいた福音に襲いかかる。

 

『!?』

 

 突然、福音は箒を掴んでいた手を離す。

 

「ただいま」

「遅いぞ礼遇……」

「……ふたりとも」

 

 桜の花が舞い散る一機のIS。それは打鉄の銀色ではなく、桜色に染まっていた。そして、一夏が暮桜そっくりと苦笑いを見せる。礼遇はこう答えた。

 

「桜吹雪。花を咲かせ過ぎたらこうなった」

 

 

 直径十センチ程度の桜の花のようなシールドが機体中を覆う。『桜花弁』これが桜吹雪という機体の武器であり、盾である。あらゆる攻撃からも身を守り、どんな状態からでも攻撃を行える万能兵器。武器はこれだけしか存在しないが、これだけあれば十分だ。

 

「さて、一夏――手っ取り早く倒すぞ」

「ああ、任せろ」

 

 一夏は左腕に備わった何かを構え、放った。そうか、珍しいこともあるものだ。二人同時に第二形態(セカンドシフト)に移行したということか。本当に、一夏はこういう時に強いんだからさ!

 福音が放つレーザーを桜花弁で防ぎ、白式の通り道を作っていく。

 

『敵機の情報を更新。攻撃レベルAで対処する』

 

 エネルギー翼を大きく広げ、さらに胴体から生えた翼を伸ばす。そして次の回避の後、福音の掃射反撃がはじまった。

 

「一夏! 攻撃は全部俺が防ぐ! 気にせず突っ込め!!」

 

 桜花弁を使用してレーザーの一発一発を防ぎ、白式に一発も被弾させない。

 

『状態変化。最大攻撃力を使用する』

 

 福音の機械音声がそう告げると、それまでしならせていた翼を全身へと巻き付けはじめる。それはすぐに球体になって、エネルギーの繭に包まれた状態へと変わった。

 

「――まずい!」

「大丈夫だ一夏! 俺がどうにかする!!」

 

 雨のように降り注ぐレーザーを一枚一枚の桜花弁で防ぎ切る。

 

「一夏!!」

「おおおおおおりゃああああああ!!!」

 

 スンッと鈍い音が響き、白式は福音に蹴り飛ばされる。零落白夜を発動させるエネルギーが切れたか!?

 

「一夏! 礼遇! 受け取れ!!」

 

 紅椿が桜吹雪と白式の腕を掴んで福音から少しだけ距離を取る。

 ――エネルギーが回復している!?

 

「これで何も考えず戦えるだろう!」

「そうだね、ただ、前を見て戦おうか! 俺は桜で」

「じゃあ、俺は百合で」

「わたしが椿」

「「「花を咲かせようか」」」

 

 一夏が白式の機動力を活かして一気に距離を詰める。箒ちゃんが援護に入り、そして、俺が拘束する。

 

「桜花弁、舞え!」

 

 桜花弁が福音の回りで舞い踊り、逃げることを許さない。あとは一夏、おまえの零落白夜だけだ。

 

「おおおおおおっ!!」

 

 一夏が福音を切り裂き、そして、完全に動きが止まった。

 アーマーを失い、スーツだけの状態になった操縦者が海へと落ちていく。それを桜花弁で受け止めた。

 

「終わったな……やっと……」

「ああ、終わった」

「……二人とも、ありがとう」

 

 三人で空を見上げた。

 あれだけ青かった空ももうすでに赤く染まっていた。



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END:桜散り落ちて

「作戦完了――と言いたいところだが、お前たちは独自の行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐに反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」

「……はい」

 

 帰投した俺達は問答無用で正座をさせられ、厳しいお叱りを受けている。かれこれ三十分くらいだろうか、流石に三十分も正座をさせられると足が痛い。でも、生きて帰ってこれたという事実には変わりはない。

 一年一組の副担任、山田先生がそのくらいにと言って織斑先生が説教することをやめた。

 

「じゃ、じゃあ、一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。――あっ! 男女別ですよ! わかってますか、織斑くん、宮本くん」

 

 わかってますって、と言おうとした瞬間に喉から湧き上がってくる違和感を感じる。絶えきれず、咳をするように吐き出すと、畳に鮮血が広がっていた。

 え、なんでだ……なんで、血が……。

 頭に響く鈍痛が息を苦しくさせ、そして、意識を持つことを拒絶させる。

 

 

「どういうことなんですか! 傷は無いって……」

 

 一夏が布団の中で呻いている礼遇を見て言った。

 千冬は特別な外傷は一つもない礼遇の姿を見て、何が起こっているのかと考え込んでいる。一夏は千冬に詰め寄るが、本当に何もわからないのだと言われて、歯を食いしばり、その場に座り込む。

 

「すべての臓器に異常はない」

「あーらら、これは面白いことになってるね~」

 

 束が窓から侵入する。礼遇を見守っている全員が束のことを睨みつける。そして、最初に動いたのは箒だ。礼遇に何をした! そう問い詰めるが、束は自分は何もしていない。パラサイトが勝手に自殺行為しただけだよと明るく言ってみせた。

 

「どういうことだ……」

「そのパラサイトがさっきまで乗ってたISね、第四世代型の失敗作なんだ」

「「「「「「第四世代型!?」」」」」」

 

 束は投射ディスプレイを取り出して、桜吹雪という機体の情報を映し出した。桜吹雪という機体は第四世代型を作る上で枝分かれした展開装甲を持つ機体であり、箒の専用機、紅椿より発展した物となっている。だが、発展し過ぎた為、開発はストップした。

 

「展開装甲ってのは、まあ、色々な場所でオールラウンダーに戦えるように設計してたんだけど、この第四世代Aプランは人体に与える影響が酷かったのさ。最初に展開装甲を発案した時にね、展開装甲の形というのを深く考えたのさね。Aプランがパラサイトが得た桜吹雪。Bプランが紅椿」

 

 Aプランの桜吹雪は展開装甲ではなく、拡散装甲というものを取り入れ、数千枚の装甲を状況に応じて移動させて機動力、防御力、攻撃力を与えるという計画だった。だが、その数千枚の装甲を直感的に移動させるにはISの学習プログラムでは難しかった。だから、体内にナノマシンを入れることによって解決しようとした。

 

「でもね、このナノマシンというのが曲者だったわけさ」

 

 人間の感情を読み取るナノマシン。それを体内に入れることによって感情の起伏や一枚単位での装甲の移動を可能にさせたが、それは人間の脳が耐えきれるようなものじゃなかった。束は言った。第四世代型Aプランの機体を一時間も乗ったら廃人になる。

 

「――礼遇が、廃人に……」

 

 箒と一夏は声にならない苦痛を表現できないでいる。さっきまで笑って会話していた人間が壊れて生きているのか、死んでいるのかもわからない存在になる。箒は自分が礼遇を選んだから、桜吹雪という化物を生み出してしまったと後悔の念で泣くことしか出来ないでいる。

 

「箒ちゃんの貴重な泣き顔ゲットー! あはは!」

「束ねぇ! 助ける方法は……」

「うーん、無いと思うよ」

「あるんだな……」

 

 千冬は束が濁した「無いと思う」という言葉に助ける方法はあるという意味を見出した。だが、束は助ける義理も無いし、人の死を乗り越えて人は成長していくと綺麗事を並べてそれを拒否していく。

 

「束ねぇ……お願いだ……一生に一度のお願いだ。礼遇を! 助けてください!!」

「わたしからもお願いです。助けてください!!」

 

 千冬以外の全員が束に向けて土下座をする。さて、妹を土下座させるこんなゴミに構う時間は無いと言い放とうとした時、千冬も静かに土下座した。その姿を見て、束は狂ったように礼遇を殴り、蹴り、そして、首を絞めた。だが、途中でそれが無意味なことだと理解し、手を離す。

 

「……なんでかなぁ。なんでだろうね」

 

 束は溜息を吐き出し、全員に部屋から出るようにと促す。千冬は信用するからな、そう言って全員を撤収させた。彼女は考えた。このパラサイトを生かすか殺すか、生かせば感謝される。殺せば軽蔑される。どちらも構わない。

 

「どういうシナリオで終わらせよっかなぁ」

 

 束は待機状態の桜吹雪、腕輪になっている桜吹雪にコードを差し込む。最初は桜吹雪が礼遇に送り込んだナノマシンの機能停止を行わなくてはならない。今も体の中を動いているナノマシンは薄れていっている感情というものを理解しようとして色々な薬を放出している。それを止めなければ正常な状態には戻らない。

 

「機能停止完了……」

 

 次は桜吹雪の初期化だ。桜吹雪がこのまま礼遇の腕に付けられている限りナノマシンの注入は続く。初期化して打鉄の状態に戻すのが先決だろう。今にもやーめたという声を響かせそうな顔で初期化をしはじめた。そして、桜吹雪は打鉄に戻り、ナイフになる。

 

「……やっぱり殺そう」

 

 束は礼遇の手に打鉄を持たせ、そして、喉に突きつける。目が覚めて恐怖によって自殺したとこじつければいい。誰も自分が礼遇を殺す瞬間は見ていないのだ。廃人になった人間が廃人らしく死を選んだと言えばいい。満面の笑みで突き刺す。

 

「――それは駄目だぜ、糞餓鬼」

 

 束の体が宙に舞う。咄嗟に受け身を取って礼遇を見ると一匹の狐がほくそ笑んでいた。束は私はか弱いウサギさんじゃないから消えな、そう言って狐を威嚇する。だが、狐は動じることなく、礼遇の腹部に座ってケケケと笑った。

 

「神社の小娘、おまえは何故こいつを殺す?」

「気に食わないからだよ……」

「気に食わないか、俺は逆だ。こいつのことを酷く気に入ってる。おまえみたいな神を信用しない者よりもな」

 

 束は一瞬で理解した。この狐は自分の産まれ育った神社の神様。どうして礼遇に取り付いているのかは知らないが、殺したいと思っているから殺すともう一度言って、礼遇の首に手をかけようとする。が、神通力によって束は畳に叩きつけられる。

 

「グッグググ……」

「なあ、小娘よ? おまえさんは天才と囃し立てられているらしいな。どうだ、下級の神を殺せそうか? ケケケ」

「殺す……絶対に――殺す!」

 

 束は自分が出せるすべての力を使用して神へと身を近づける。だが、途中から頭が働かなくなり、そして、意識が途絶える感覚が襲う。だが、彼女の人間離れした精神力がそれを許さない。

 

「なあ、小娘。おまえは玩具を大切にするか?」

「するわけねぇだろ……」

「俺と逆だな。俺は玩具は酷く大切にする」

 

 狐の尾が揺れた。礼遇の荒れた呼吸が静になる。神様がすべてを治したのだ。束はその姿を見て叫んだ。邪神の類いが! その言葉を聞いて狐は腹を抱えて高笑いした。

 

「人を救うのが邪神なら、人を殺すのが聖神なのだろうな。いやはや、奇跡を一つ起こしたくらいで邪神と言われるとは、面白いぞケケケッ」

「おまえは私の家の神だろ! 私の願いを叶えろ!!」

「神を従える者はおらん。神に従える者はおるが。まあ、どちらにせよ、おまえの願いなんぞ絶対に叶えない」

 

 束は全身の力を集めて一人と一匹に飛びかかった。だが、その攻撃は威力を失い、ボトリと地面に叩きつけられて終わる。そして、ようやく理解するのだ、人知を超えた力というものを。

 

「のう、篠ノ之の者よ、神というものが怖くなっただろう。貴様は現人神とも言われるくらいに囃し立てられ、そして、永久に忘れられない地位を得ている。だが、それでも下級神一匹にも勝てはしない。それは強い屈辱だろう」

「……グググッ」

「俺はこの者が死ぬまで取り憑く。貴様がどんなにこいつを殺そうとしても無駄足になるだけだ――諦めろ!!」

 

 束は悟った。自分は神格化される人物にはなっているが、神を超えてはいない。自分の家が祀っている神様一人にすら勝つことは出来ない。どんなに策を練ろうが、殺すことが出来ない。彼女がはじめて諦めるという選択肢を取った。

 

 

 目が覚めると箒ちゃん、一夏、ラウラ、シャルロット、セシリア、鈴さんが泣いていることがわかった。静かに、どうなってんだこれ? それを言った瞬間に全員が俺に抱きついてきた。もう一度、どうなってんだこれ? よくわからないが、何か悪いことが起こって、そして、良いことが起こったようだ。

 それからは早かった。自分が危険な第四世代型をセカンドシフトで呼び出して死の危機に立たされていたことや、箒ちゃんのお姉さんが俺のことを助けてくれたこと。助けられるというのに違和感を持ったが、あの人も人間だったのかという思いが交錯した。

 でも、言わないといけないことがある。

 

「ただいま」

 

 これを言わないと終われない。




 この作品を全話読み返しました。そして、思ったことは自分のレベルの低下です。

 楽しんで書いていたこの作品ですが、話を重ねるごとにレベルが大幅に下がっていることが理解できました。

 このまま話を続けていても、やがては低レベルなお話しになって終わるだけだけでしょう。

 読んでくださった方々には申し訳ありませんが、この作品はアニメ一期、原作三巻までで終わらせてもらいます。

 綺麗に終わらせることが二次創作の花というものです。

 この後の展開は色々と考えていました。でも、これ以上に綺麗な終わり方が出来るかどうかはわかりません。

 もしかしたら、気が変わって礼遇ちゃんの物語をまた書き連ねることがあるかもしれません。

 ホモは嘘つき。

 期待せず、そして、気長に待っていてください。

-追記-

 感想欄で言えないようなことを言いたいと思う方が居ましたら、活動報告の方にもう一つの感想欄を設けておきます。


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