少女と錬金術と異世界と (蜂蜜れもん)
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一話 錬金術失敗⁉︎

前回書いていた作品がちょっと問題があったので削除して別の作品を書きました。
前作は一話しか投稿してないし一時間しか掲載してないから、今作を処女作とします。
…良いよね?
「フィリスのアトリエ」と「このすば」のクロスオーバーをお楽しみください^_^

*一話は最後の方しかこのすば要素が出ません。あしからずご注意をm(__)m


ここは、岩に囲まれた街、エルトナ。

ライゼンベルグで錬金術公認試験に合格したフィリスは、現在は故郷であるエルトナに戻り、日夜錬金術を行なっていた。

 

「これとこれを混ぜてー、そしてここにこの素材を入れてーっと♪」

 

上機嫌で釜をぐるぐる回すフィリス。

彼女は現在、彼女の先生である錬金術士のソフィーが作ったテントの再現に尽力していた。

 

そのテントの名は『アトリエテント』。

 

持ち運び簡単で、組み立て簡単なもので、一見可愛らしい普通のテントなのだが、非常に凄いアイテムなのだ。

見た目は人一人が入る程度の大きさなのだが、中に入ると、外見には見合わない広さの部屋が三部屋ほどあるのだ。

そこには錬金釜もあり、いつでもどこでもアトリエとして利用する事が可能だ。

 

現在もフィリスはエルトナにこのテントを張り、今はその中で錬金術を行なっている最中だ。

細かい事はハッキリと分かっていないが、空間を捻じ曲げるなんて、そんな芸当が出来るとしたら、ソフィーから教えてもらった錬金術でのみ。

そう思いフィリスはなんどもテントの作成に挑戦しているのだが。

 

「え?何この色?というか何この匂い⁉︎あぁぁぁぁどうしよう⁉︎もしかして、また失敗⁉︎」

 

フィリスが気を取り乱した次の瞬間、釜から爆煙が発生した。

 

「ケホッケホッ…、うぅぅぅまたやっちゃったぁ。リア姉に叱られるかなぁ…」

 

そう言って落ち込むフィリス。

リア姉というのはフィリスの姉で、フィリスがエルトナを出て旅をしていた一年間を共に過ごしてきた心強い味方、リアーネの事である。

今でもフィリスがエルトナの外に出て採取に出かける時も、一緒に行って魔物などからフィリスを守っている。

容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群と三泊揃った美人な姉であるが、実はリアーネはフィリスの実の姉ではない。

彼女は幼い頃に故郷を魔物に襲われ、彼女の両親も行方不明となった。

そんな中フィリスの両親であるミストルート夫妻がリアーネを引き取ったのである。

しかしフィリスとリアーネは実の姉妹のように仲が良く、特にリアーネなんて、

 

「フィリスちゃん大丈夫⁉︎凄い音が聞こえたけどどこか怪我とかしてない⁉︎すぐに病院に連れて行くから待ってて‼︎お姉ちゃん、フィリスちゃんを担いで行くから‼︎あ、担架の方が良いかしら?」

 

重度のシスコンであり、フィリスにゾッコンである。

 

「り、リア姉⁉︎だだ、大丈夫だよ。ちょっと失敗しちゃっただけだから」

 

突然の姉の登場に動揺を隠せないフィリス。

何を隠そうフィリスが錬金術を失敗して僅か五秒後の出来事である。

 

「本当に大丈夫なの?もしフィリスちゃんの身に何かあったら、私…うっ…うっ…」

 

「ちょ、リア姉、泣かないでよぉ…。私は全然元気だからさ。ね?」

 

必死に姉をなだめる妹。

これではどっちが姉だかわからなくなってしまう。

 

「そう?なら良いけど…。それにしてもまたこんなに部屋を散らかしちゃって。今片付けるわね」

 

「い、いいよそんな。さすがに悪いって」

 

「だぁめ。ほっといたらフィリスちゃん、絶対掃除しないでまた錬金術始めちゃうじゃない」

 

「さすがに今回こそは自分で片付けるよ…」

 

そう、フィリスはここ最近テントの作成に『何度』も挑み『また』今日も失敗して、今まさに最近と同じやりとりを『再び』リアーネと繰り広げていたのである。

しかしさすがに今回も掃除をリアーネに頼むのは気がひけるのか、フィリスは自分で掃除することを申し出た。

しかしそうは言ってもリアーネがフィリスを手伝わないなんて事はなく、やはり今回もリアーネに掃除をさせる結果となってしまった。

二人して部屋の掃除を始めること十五分、フィリスはふとあるものを見つけた。

 

「これ、ソフィー先生の手帳?」

 

錬金術で使用する材料の下にその手帳は埋まっていた。

 

「フィリスちゃん、どうかしたの?」

 

「あ、うん。ソフィー先生の手帳?らしきものを見つけたんだけど。こんなの前からあったかなぁ?」

 

初めて見るものに興味津々なフィリスにリアーネは答えた。

 

「ソフィーさんからこのテントをもらった時からあったわよ」

 

「え⁉︎そうなの⁉︎全然気付かなかった…」

 

_______もっと早く気づいてたら良かったなぁ。

 

フィリスは密かにそう思った。

と言うのもこの手帳には錬金術の基礎から応用まで事細かに書かれており、またフィリスの知っているアイテムのレシピから、フィリスの知らないアイテムのレシピまで書き込まれていた。

 

「凄いこれ…ソフィー先生ってこんな物まで作ってたんだ。ん?これって…」

 

「どうしたの?フィリスちゃん。何かあったの?」

 

「凄いよリア姉!この手帳にこのアトリエテントの作り方まで載ってるんだよ!」

 

これまでフィリスが幾度となく挑戦しては失敗してきたアトリエテントの作り方までその手帳には載っていた。

 

「いいの?フィリスちゃん。勝手にソフィー先生の手帳を見ても」

 

「大丈夫だよきっと。見られたくないものなら、この手帳を残して私にテントをくれたりしないだろうしね」

 

ようするに、ソフィーがフィリスにアトリエテントを渡した時点で、その中の物までフィリスにあげた事になるわけで。

そこに残された手帳は既にフィリスに所有権があり。

何よりもその手帳の余白にはこう記述されていた。

 

『フィリスちゃんへ。これを読んで公認試験に合格できるよう頑張ってね』_______と。

 

つまりこれは、エルトナから旅立つ事を許された時のフィリスに対して贈った、ソフィーからのプレゼントでもあるのだ。

むしろ今までそれをガン無視してきたことの方が失礼というものだろう。

手帳に記載されているソフィーからフィリスへのエールを読むとともに、我が妹の注意力散漫を嘆き膝からくずおれるリアーネ。

そんなリアーネをよそにフィリスは、部屋の片付けもままならないまま、再び錬金術を始めようと準備し始める。

 

「えーと、材料はコレとコレと…それからコレもだね!あとは…あれ、素材が足りないや」

 

手帳を見ながら手際よく材料を運ぶフィリスであったが、残念なことに素材が一つ足りなかった。

足りない素材というのは日食の日にしか咲かないとも、暗いところでしか育たないとも言われる、様々な噂が絶えないなんとも不思議な花、『ドンケルハイト』の事である。

 

「ドンケルハイトかぁ…。まだ見た事すらないんだよねぇ」

 

ドンケルハイトは非常に希少な材料であり、通常は中々お目にかかれない代物である。

だが現在フィリスが作ろうとしているテントの為には必要なわけで。

 

「よし、ドンケルハイトを探しに旅に出よう!」

 

その結論に至るのにほとんど時間は要しなかった。

 

「え?今から行くの?」

 

「当然だよリア姉。思い立ったが…えぇと、何だったけ?ま、まぁとにかく私はドンケルハイトを探しに行くから!リア姉も一緒に来る?」

 

今から行くと言い放ったフィリスに少し困惑したリアーネはだが、いつどんな時だろうとフィリスと共にいる事を望むリアーネにとって、一緒に来るかという質問は愚問でしかなかった。

 

「えぇ、当然フィリスちゃんについて行くわ。またお姉ちゃんが守ってあげるわね」

 

そう言うやリアーネはすぐに旅支度を始める。

フィリスはその様子を嬉しそうに眺め、すぐに自分も旅支度を始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

フィリスとリアーネがドンケルハイトを求めて旅に出てからはや一ヶ月。

フルスハイムの見聞院で情報収集を試みるも何ら収穫がなかった彼女たちは、今まで行ったことのない採取地に足を運びまくっていた。

しかしその全てが徒労に終わっている。

ドンケルハイトは未だに見つかっていないのだ。

 

「はぁ…、全然見つからないね、ドンケルハイト」

 

気づけばフィリスの口癖になったその文言は、フィリスの心に重くのしかかっていた。

 

「元気出して、フィリスちゃん。今日はここで情報収集をしましょう?」

 

彼女たちは現在、ライゼンベルグの宿屋にいた。

ライゼンベルグには錬金術公認試験を受けに来て以来、初めての訪問となる。

公認試験を受けに来ていた時は、居ても立ってもいられない程緊張してあまり浮かない顔をしていたフィリスだったが、今回の訪問でも別の意味で浮かない顔をしていた。

 

「うーん…、そうだね。とりあえず見聞院に行こうか」

 

しかしいつまでも頭を抱えていても何も始まらないので、リアーネと共にフィリスは見聞院に行くことに。

宿屋を出て歩くこと約十分。

見聞院に到着したフィリスを待っていたのはアンネリースだった。

 

「あら?いらっしゃい、フィリスさん。どうされたのですか?もしかして新しい情報を提供しに来てくださったのですか?」

 

そう言って優雅に一礼するアンネリース。

アンネリースとは見聞院の筆頭司書を務める女性である。

非常に高い地位の人物であり、本人も真面目な性格をしている。

が、とてつもないドジっ子であり、とんでもないトラブルを起こすこともしばしば。

そんな彼女が務める見聞院は、多くの本が収集されており誰でも様々な情報を得ることができる。

それだけでなく冒険者からマップ情報やモンスター情報などの提供も募っており、たくさんの情報を提供してくれた者には報酬を出している為、ほぼ全ての情報が見聞院に集まるようになっている。

 

「アンネさん、お久しぶりです!アンネさんこそライゼンベルグにいらしてたんですね」

 

アンネリースは筆頭司書という立場上、各地に点在している見聞院を行ったり来たりしている。

因みにフィリスが見聞院で初めてアンネリースに出会った場所はフルスハイムの見聞院である。

 

「えぇ、そうなんですよ。以前まではヴァイスラークの見聞院に居たのですが、最近こちらに来たんです」

 

ヴァイスラークとは見聞院の総本山と言われる場所である。

当初の予定ではヴァイスラークの見聞院で調べる予定だったのだが、様々な採取地を巡りながら進んでいるうちに、ヴァイスラークへ行く道を素通りしてしまったため、ライゼンベルグへ寄ることになったのだ。

 

「それで、今日はどんなご用件なんですか?」

 

「あぁ…えっと、私たち、今ドンケルハイトを探しているんですけど。何か情報が入って居ないかなって思って」

 

「ドンケルハイトですか…、残念ながら特に情報は入ってきていないですね」

 

「そうですか…」

 

アンネリースの言葉に肩を落とすフィリス。

ヴァイスラークにはその情報量で負けるとはいえ、見聞院には『ほぼ全ての情報が集まる』ようになっている。

そこに情報が入っていないとなると、それはドンケルハイトを諦めるに足る事実なのである。

 

「お力になれなくてすいません」

 

「あ、いえいえ!アンネさんが気に病むことじゃありませんよ」

 

共に肩をすくめるアンネリースに対し若干の罪悪感を感じるフィリス。

軽い会釈を交わして見聞院を後にするフィリスとリアーネ。

フィリスが気を落としながら宿までの道を歩いていると。

 

「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい‼︎世にも奇妙な幻の花、ドンケルハイトが手に入ったよぉ‼︎」

 

それはどこからか聞こえた客寄せの声。

 

「え、ドンケルハイト⁉︎どこ⁉︎どこからこの声が聞こえてるの⁉︎」

 

「フィリスちゃん、あそこよ!」

 

振り返るとリアーネが指差した方向に、行商人が一人いた。

 

「幻のドンケルハイトだよ!さぁさぁ見てってくれ‼︎」

 

行商人の男は手を叩き集客をしていた。

彼の言葉に興味を持った街の人々が段々と集まってくる。

 

「買います買います‼︎私買います‼︎」

 

「あ、ちょっと!フィリスちゃん⁉︎」

 

せっかくのチャンスを奪われまいと叫びながら行商人の元に駆けつけるフィリス。

人混みを掻き分け行商人の目の前へとたどり着く。

 

「おや、いらっしゃいお嬢さん。もしかしてドンケルハイトを買うのかい?」

 

「は、はい!是非ください!」

 

「在庫は5個あるけど一体いくつ買うんだい?」

 

「全部ください‼︎」

 

「ちょ、フィリスちゃん⁉︎」

 

妹の後先考えない行動に驚愕するリアーネ。

 

_______せめて値段くらい聞いてから考えて欲しい、と。

 

しかしそんな姉の想い虚しく、フィリスは在庫全てを買おうとする。

 

「じゃあ一個2500コールの、五個12500コールね」

 

「はい!…ってえぇ⁉︎高すぎますよ⁉︎」

 

言わんこっちゃないと、こめかみを抑えるリアーネ。

フィリスも予想外の値段に慌てていた。

 

「そりゃそうさ。なんてったって幻の花だからね。早々手に入らないよ。」

 

「うぅ…ですよね。じゃあ一個だけでお願いします…」

 

本当は今後のことも考えて五個位は欲しいところだったのだが、今は妥協するしかない。

そう考えたフィリスに、「だが」と新たなる選択肢を行商人は与えてきた。

 

「だがまぁお嬢さん結構可愛いし、五個買うってんなら半額にまけてもいいぜ」

 

五個中二個は無料でも構わないと、さらにもう一つ半額で売ってやると。

神のように慈悲深いその言葉にフィリスはひどく感銘を受けた。

 

「五個ください!」

 

「フィリスちゃん!考え直して!」

 

姉の嘆きを完全スルーしてお金を取り出すフィリス。

半額とはいえアレだけの金を支払うとなると今日は宿を取ることが出来なくなってしまう。

しかしこうなったフィリスは止められないことをリアーネは既に知っていた。

 

「はい、毎度!」

 

行商人のその一言で周囲の野次馬から拍手が送られた。

嬉しそうにドンケルハイトを眺めるフィリス。

満足そうにその場を後にする行商人。

面白そうにフィリスを眺める野次馬。

そんな中リアーネだけが悲しみに暮れていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

宿が取れなくなったため仕方なく街中の空きスペースにアトリエテントをたてたフィリスは、早速錬金術に取り掛かろうとしていた。

 

「ドンケルハイトも揃ったことだし、これでようやくアトリエテントも作れるね。それじゃあ早速始めようっと♪」

 

上機嫌で釜に材料を入れていくフィリス。

そんなフィリスをリアーネはじっと見つめる。

いくらドンケルハイトが必要だったからとはいえ、流石にあの買い物はお金の無駄遣いというもの。

その事を咎めようと少しは考えたリアーネだったが。

 

「フィリスちゃん、ずっと頑張っていたものね…」

 

リアーネは今までフィリスが熱心に努力していた事を知っていた。

その努力はなにもドンケルハイトを探す旅だけの事ではない。

エルトナでアトリエテントを作るためにずっと試行錯誤を続けていたことも含めての努力、いや、アトリエテントに限らずフィリスが初めて錬金術に触れたその日から、フィリスはずっと努力し続けていた。

ただ何故か一介の行商人が手にしていたドンケルハイトを、ここ最近の努力を水の泡にするかの如くお金の力で解決しただけのこと。

そう、たったそれだけのことである。

 

「やっぱり後でお説教ね…」

 

自慢の妹が錬金を成功させた暁にはいっぱい褒めて、しっかり叱ろうと。

リアーネがそう決意した時のことである。

 

「え?何この色?こんな色初めて…」

 

それはフィリスが発した一言。

その一言を合図に段々と釜の中の色が変色していき。

 

「もしかしてこれ、失敗?それとも成功なの?…って何か変な匂いしてきた⁉︎」

 

その釜のなかの反応は、今までフィリスが失敗してきた時のような反応であった。

突然中身が煮えたぎるかのようにグツグツとしだし、よく分からない色へと変色し、鼻をつくような匂いを放つそれは、だが。

 

「今までの時と違う…」

 

今まで錬金術を何度か失敗してきたフィリスだったが、今回の反応は起きている現象こそ同じだが、今まで見たことの無い色や匂いを放っていた。

 

_______何か嫌な予感がする。

 

フィリスもリアーネも直感的にそう思った。

錬金術が失敗する時は大抵最後には爆発するものだ。

となると今までの反応と違う今回は、もしかすると爆発の威力が高いのかもしれない。

そう考えたリアーネは咄嗟に動き出した。

 

「フィリスちゃん逃げて‼︎」

 

未だ釜の中の反応を呆然と眺めるフィリスを避難させるべく、リアーネはフィリスの側へと近づく。

リアーネがフィリスへと手を伸ばした次の瞬間。

 

ボォォォォォォォォォォン‼︎

 

フィリスとリアーネは爆煙に包まれてしまった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

プラフタと共にライゼンベルグの街中を歩いていたソフィーは、ふと見知ったものを見つけた。

 

「あ!ねぇねぇ見てよプラフタ!これ、フィリスちゃんのアトリエテントだよね?」

 

「おや、そのようですね。フィリスもまたライゼンベルグに来ていたのですか」

 

フィリスが来ている事を知り、共に喜ぶ二人。

ソフィーはアトリエテントの扉をノックした。

 

「フィ〜リスちゃ〜ん!遊びに来たよ〜!」

 

中へと呼びかけるソフィー。

しかしその声に対する返事は一向にかえって来なかった。

 

「もしかして留守なのかな?」

 

首をかしげるソフィー。

そんな中ふとプラフタがある事に気付く。

 

「見てくださいソフィー!扉の隙間から煙が出ています!」

 

「っ⁉︎フィリスちゃん⁉︎」

 

異変に気付いた二人はすぐに扉を開けて中に入った。

中は異臭を放つ煙に覆われ、床には錬金術で使用する道具や材料などが散乱しており。

 

「誰も…いない?」

 

誰一人としてそこにはいなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

気がつくと、そこは緑広がる草原の中だった。

 

「ここは…?っ⁉︎フィリスちゃん‼︎大丈夫⁉︎」

 

目が覚めたリアーネはすぐ側で倒れ伏しているフィリスを見るや否や、血相を変え呼びかけた。

 

「……んん、あれ、リア姉?ていうかココどこ?」

 

頭を抑えながらゆっくりと体を起こすフィリス。

それを見てリアーネは、安堵の表情を浮かべた。

 

「良かった、目が覚めて…。怪我とかは無い?痛い所は?」

 

「うーん、私は多分大丈夫。リア姉は?」

 

「私も特に異常はないわ」

 

とりあえず二人とも無事なようだ。

 

「それにしても、ここは一体どこなのかしら?私たち、さっきまでテントの中に居たわよね?」

 

「えっと…確かアトリエテントを作ろうとして、でもそれが失敗して、爆発して、知らない土地にいて…。リア姉これどういうこと?」

 

「私がフィリスちゃんにそれ聞いたんだけどね…」

 

肩をすくめるリアーネは、ふと付近にあるものに気付いた。

「これは…ドンケルハイト?………っ⁉︎何これ⁉︎」

 

リアーネが見たのはドンケルハイト、いやドンケルハイトが『砕けた』ものだった。

 

「あぁ⁉︎それドンケルハイト⁉︎ボロボロに砕けてる‼︎…ん?砕ける?」

 

通常、花が砕けるなんてことはないが、それは誰がどう見ても砕けたものであった。

そう、ドンケルハイトの外装の下には木片が見えていた。

 

「これ、もしかして偽物?私たち、木彫りのドンケルハイトを買わされたの⁉︎」

 

ドンケルハイトと思っていたそれは、木を彫って塗装しただけの木造であった。

リアーネは悔しそうな表情を浮かべる。

 

「……そういう事だったのね」

 

フィリスの嘆きを聞いて全てが腑に落ちたリアーネ。

誰も目撃などしておらず、見聞院にすら情報が全く届いていなかったドンケルハイト。

そんな幻の花を一介の行商人が手にしている事自体異常な事であったのだ。

またそれ程希少なものであるにも関わらず、行商人の男はアッサリと半額にすると言った。

それは何もサービスなどではなく、それだけで充分過ぎるくらい稼げるからであり。

むしろ最初に高い値で商品をちらつかせ、相手が高いからと諦めた所で半額と言う、それだけでつい買いたくなるように仕向けていたのだ。

また、フィリスがドンケルハイトを買った後、野次馬が沢山いて儲けるチャンスだったにも関わらず、行商人がすぐにその場を立ち去ったのは、フィリス達から逃げるためだったのだろう。

 

「まんまと嵌められたわね…。いくらドンケルハイトを探していたとはいえ、もっと慎重になるべきだったわ…」

 

苛立ちを隠せないリアーネ。

そんなリアーネを申し訳なさそうにフィリスは見つめていた。

 

「リア姉…ごめんなさい‼︎私が不用心だったせいで…」

 

今にも泣きそうな顔で頭を下げるフィリス。

だがリアーネはそんなフィリスの頭を優しく撫でる。

 

「たしかにもっと慎重になるべきだったけれども、止められなかった私にも責任はあるわ。それに、一番悪いのはあの行商人よ…」

 

リアーネがそう言ってフィリスをなだめていたその時。

 

ドンッ!

近くで地鳴りがした。

その音を聞いて振り向いた二人の前にいたのは。

 

「カエル?え、なんか大きいような…?こここ、コッチ来てる⁉︎リ、リア姉!なんか近づいて来てるんだけど⁉︎」

 

それは見た目はカエルそのものだが、その大きさはゆうに三メートルを超えていた。

 

「に、逃げるわよ!フィリスちゃん‼︎」

 

心地よい風が吹く草原に、二人の少女の悲鳴がこだました。

 

 

この見知らぬ土地で、彼女達の不思議な旅は再び幕をあげるのだった。




フィリス…フィリスのアトリエの主人公。かわいい錬金術士

リアーネ…フィリスの義姉。美人でシスコンな狩人

ソフィー…ソフィーのアトリエの主人公で、フィリスの錬金術の先生。ソフィーのアトリエはフィリスのアトリエの前作

プラフタ…ソフィーの友達であり錬金術の師匠でもある。こいつに関しては掘り返すと長くなるので詳細略で

ミストルート夫妻…フィリスの両親

エルトナ…岩石をくり抜いて地中に作られた街。フィリスの故郷

フルスハイム…港町てきなとこ。綺麗な街

ライゼンベルグ…錬金術公認試験の開催場所。壁に囲まれている

ヴァイスラーク…山にある町。見聞院の総本山

見聞院…図書館みたいな施設。大体の情報はここに集まる

練金釜…錬金術の際に用いる釜。中に材料を入れてグルグルーっとやるとバァァンとアイテムが出来る(何言ってんだ俺)

ドンケルハイト…幻の花。ゲームでは特定の場所で普通に入手可。値は張るが実際に店でも売ってたりする

アトリエテント…フィリスがソフィーから貰ったテント。錬金術で空間を捻じ曲げることにより、外見以上の広さを誇る。もう訳わからん。ゲームでは作成不可

その他わからない語句があれば感想欄に書いてください。
後書きに追記します


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二話 見知らぬ土地と救世主

昨日投稿したばかりなのに翌日に次話投稿とは…。
しかもちゃっかり前話よりボリューム(文字数)アップしてるなんて。
ぶっちゃけ俺が一番ビックリしています。
何してんだろう俺…




「キャァァァァ‼︎気持ち悪いぃぃぃ‼︎」

 

巨大なカエルに追いかけられ、草原を爆走するフィリスとリアーネ。

気がつくと見知らぬ土地にいた彼女達はただ、土地勘も何もない状態で走り続けていた。

 

「はぁ…はぁ…、それにしてもホントにどこなのここ?」

 

走りながらリアーネは様々な事を思案する。

ここはどこか、なぜこんな所で気を失っていたのか、あの巨大なカエルはなんなのかなどなど。

しかし、疑問は尽きることはなけれど、それらに対する答えは一向にでない。

これ以上考えても無駄だと思ったリアーネはカエルから逃げることに集中する。

 

「り、リア姉!はぁ…弓とかで、はぁ…あのカエル倒せないの⁉︎」

 

「残念だけど弓なんて持ってないわよ!アトリエテントに置いてあるはずだけど…」

 

アトリエテントはライゼンベルグにあるはずだが、どことも知らぬ場所にいる今ではどうしようもない事だ。

 

「私は錬金釜を混ぜるのに杖を使ってるからか一応杖は持ってるけど…はぁ、打撃が効くかな?」

 

「はぁ…多分、無理っ!」

 

フィリスの問いに走りながら答えるリアーネ。

 

「じゃあどうしよう…。はぁ…はぁ………っコレだ‼︎」

 

そう言ってバッと振り返るフィリス。

 

「っ⁉︎フィリスちゃん⁉︎」

 

フィリスの突然の行動にリアーネも立ち止まり驚きの声をあげた。

フィリスはポケットの中に入れっぱなしだった『それ』を取り出し。

 

「そぉれぇ‼︎」

 

カエルに向かって投げつけた。

刹那、一筋の閃光が走り、カエルは地に倒れ伏した。

 

「フィリスちゃん、今のってもしかして『ドナーストーン』?」

 

「うん、ポケットの中に入れっぱなしだったみたい」

 

『ドナーストーン』とは錬金術によって作られる爆弾の一種である。

これを標的に投げつけると強力な電撃が走り、相手にダメージを与えるのだ。

 

「ポケットの中に物を入れっぱなしにするフィリスちゃんの杜撰さに救われたわね」

 

「何故だろう、褒められてない気がする…」

 

危機を脱したというのに素直に喜べないフィリス。

だがリアーネは既に別のことを考えていた。

 

「ポケットの中の『ドナーストーン』、フィリスちゃんの手にずっとあった杖、木彫りのドンケルハイト。もしかしたら錬金術に失敗した事で、ここに飛ばされたのかしら?空間を捻じ曲げることすら出来る錬金術なら、それもありえない話ではないのかもね…」

 

フィリスが作ろうとしていたアトリエテントは、要は錬金術で空間を捻じ曲げて作られているのだ。

そんな芸当が出来るくらいなら、見知らぬ空間に飛ばされる事もあり得るのではないだろうか。

突飛な話ではあるが、フィリスの持ち物などから推測してそう考えたリアーネは、それを一つの仮説として思考を続ける。

 

「あの時、錬金術に失敗して爆発した時にその付近の物がここに飛ばされたのだとしたら…。フィリスちゃん、元いた場所に戻ってみましょう?もしかしたら何か手がかりがあるかもしれないわ」

 

リアーネのその言葉にフィリスも頷いた。

 

「うん、そうだね。もしかしたら他にも使えるものがあるかもしれない」

 

そうして走ってきた道を戻ろうとするフィリス。

だがそれはすぐに行き詰まってしまう。

 

「リア姉、私たちどこから走ってきたっけ?」

 

フィリスのそんな方向音痴丸出しな発言に、だがリアーネも共に頭を悩ませた。

 

「そういえばここ、知らない土地だったわね…」

 

土地勘もないままカエルから逃げるため必死に右往左往して走りまわっていたのだ。

元の場所に戻ることはとてもじゃないが非常に難しいことだろう。

 

「と、とりあえず手持ちの確認をしましょう?」

 

リアーネは気を取り直してそう言う。

 

*****

 

かくして、フィリスとリアーネは手持ちの確認を始めた。

結果としてはフィリスは杖、『ドナーストーン』二個、『医者いらず』五個。

リアーネは『医者いらず』三個と、なけなしのお金が少々といったところだ。

『医者いらず』とは薬の名前で、二人とも救急用としていつも持ち歩いていたのだ。

その効果は本来なら僅かなものであるが、錬金術の腕を上げたフィリスにかかればその効果もより高いものがつくれるのだ。

簡単に作れるうえ服用もすぐにでき、その効果もそれなりのものであるため、『医者いらず』は二人の旅の必需品となっていた。

 

「武器は『ドナーストーン』とフィリスちゃんの杖だけね。弓じゃなくてもせめて剣があれば私も戦えるんだけど…」

 

「大丈夫だよリア姉。ここでは私がリア姉を守ってあげるから」

 

「フィリスちゃん…」

 

大好きな妹の言葉に目を潤ませるリアーネ。

そんなリアーネに困ったような笑みを浮かべるフィリスはふと視界の先にあるものに目がいった。

 

「リア姉、あれって街じゃない?」

 

視線の先には壁に囲まれた街が映っていた。

 

「…っホントだわ!でかしたわフィリスちゃん。早速街へと向かいましょう!」

 

街に行けばここがどこだか分かるだろう。

現在地がわかればテントのあるライゼンベルグまでの道のりも分かるかもしれない。

微かな希望を得た二人は街に向かって歩き出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そこは一言で言えば活気にあふれた街だった。

ひっきりなしに行き交う馬車、多くの店が立ち並ぶ商店街には子供からお年寄りまで実に多くの人々が美しい街並みを彩っている。

頑丈な鎧で身を固める人や、短剣を腰に刺し動きやすい軽装になっている人など、明らかに戦闘用の服装をしている人も多かった。

 

「すごい…、ライゼンベルグよりも広いかも…」

 

フィリスはその見慣れない光景に呆気にとられていた。

通常、街中で武装している人などほとんどいない。

それこそ、旅人や傭兵といった人達だけだ。

それなのにこの街では武装が当たり前と言わんばかりに、あちこちで様々な金属光沢が放たれていた。

当然それだけではなく、店で売られている物も半数以上が見たことの無いものであった。

おそらくこの地方では当たり前の商品なのだろうが、それでも錬金術士であり様々な植物や鉱石などの材料となるものに精通するフィリスでさえ知らないものがこれ程あるのだ。

それはまさに見慣れない光景であり、異様であった。

 

「フィリスちゃん。気持ちは分かるけど、まずは色々聞き込みをしないと」

 

フィリスの思惑を察したリアーネはそうフィリスに諭した。

 

「あ、うん。そうだね。あのー、すいませーん」

 

我にかえったフィリスは早速近くを通りかかった女性に話しかけに行った。

その様子を優しく見守るリアーネは、ホッと息をついた。

 

「不安なのは今でも変わらないけど、フィリスちゃんと一緒ならなんだって乗り越えられそう…」

 

女性と喋るフィリスを見てリアーネは気づかないうちにそう零していた。

リアーネが感慨に浸っていると、女性と話し終えたのか、フィリスがトテトテと戻ってくる。

 

「り、リア姉どうしよう⁉︎やっぱりここがどこだか分かんないよ⁉︎」

 

……………前言撤回、不安しかありません_______と。

 

リアーネは密かにそう思ってしまった。

 

「どこだか分からないって…どういうこと?」

 

とりあえずは事情を聞くリアーネ。

 

「えっと、この街はアクセルっていうらしいんだけど、アクセルなんて街聞いたことないでしよ?それで次に、ライゼンベルグとかエルトナとか、私たちの知ってる街がどこにあるかも聞いたんだ。でも、どこも知らないって言われて…」

 

「私達はこの街を知らなくて、向こうも私達の街を知らない…。確かにこれじゃどこにいるか分からないわね。とりあえず、ここの見聞院に行ってみましょう。あるか分からないけれど」

 

そう言って街を練り歩く二人の少女。

見知らぬ土地でも二人の少女の華が衰えることはなく、すれ違う人々の何人かは振り返り彼女達を眺めていた。

が、そんな視線には全く気付かないフィリスとリアーネは街中をどんどん進んで行く。

と、その時。

 

ドン!

 

道を曲がった所で人にぶつかってしまった。

 

「す、すいません!えと、大丈夫ですか?」

 

咄嗟に謝り相手の安否を確認するフィリス。

 

「ごめんなさい。少し急いでいたもので…」

 

リアーネも共に頭を下げる。

二人にぶつかった少女は手を振り「いいよ」と答える

 

「いやぁー、こっちこそごめんね?少しよそ見をしててさ。私は大丈夫だけど、そっちも怪我はない?」

 

そう優しく言ってきたのは銀髪の少女だった。

短くカットされたその髪は光を反射して美しく輝いており、中性的なその小さな顔には右頬に一筋の傷がついていた。

服装は非常にラフな格好をしており、露出されているその肌は、シルクのように美しい。

 

「はい、私達も大丈夫です。あの、お名前を伺っても宜しいですか?あ、私はリアーネと言います。こっちの可愛い子は私の妹のフィリスちゃんです」

 

「ちょっ、ちょっとリア姉…」

 

フィリスは可愛いと言われて照れているようだった。

 

「あはは、二人とも仲が良いんだね。私はクリス。冒険者をやっていて職業は盗賊だよ」

 

「「盗賊⁉︎」」

 

銀髪の少女、クリスの職業を聞いて驚愕する二人。

しかし当の本人はあっけらかんとしている。

それだけではなく、街の人たちも何も気にする事なく素通りして行っている。

 

「あ、あの、盗賊ってどういう事ですか?」

 

「いやそんなヒソヒソ声で話さなくても…」

 

街の人たちに聞かれないようにするためか、急に声を小さくしたフィリスにクリスは苦笑を浮かべる。

 

「盗賊っていうのは職業の一つなんだよ。冒険者となった人は自分の好きな職業を選択できるんだけど、私はその中でも盗賊を選んだんだよ。あ、もしかして冒険者について何も知らない?」

 

コクコクと、クリスの問いかけに頷くフィリス達。

 

「そっか、それじゃあ少し説明するね。まず、冒険者っていうのは一つの仕事みたいなものなんだ。最初に冒険者ギルドに行って登録すればだれでも冒険者になれるよ」

 

クリスの話を熱心に聞くフィリス達。

いかんせんこの地域について何も知らないため、どんな情報だろうと今の彼女達には必要なのだ。

 

「さっきも行ったけど、冒険者には職業があるんだ。前衛職の戦士や後衛職の魔法使い、サポート役としてはプリーストとかね。ちなみに冒険者はギルドが斡旋するクエストから自分に見合ったものを受けて、その報酬で生計を立ててるんだ」

 

「それで、その職業のうちの一つが盗賊ってわけね」

 

「うん、そうそう」

 

クリスはリアーネの言葉に頷いた。

 

「でも、冒険者っていうのが仕事だなんて、そんなの初めて聞いたよ」

 

フィリスの知っている冒険者に近い職業と言えば、傭兵といった所だろう。

しかし傭兵は雇われて初めてその仕事が成り立つ。

逆に言えば、『誰か』に雇われない限り彼らは食べて行くことができないのだ。

冒険者のように『自分』でクエストを選ぶことができない所を考えると、やはり傭兵と冒険者は違う職なのだろう。

そんな事を考えていると、ふとクリスはフィリスとリアーネの顔を覗き込み。

 

「ねぇ…、二人とも冒険者になってみない?」

 

そんな事を言ってきたのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「すごい…大きな建物だぁ…」

 

クリスに連れられ冒険者ギルドの前までやってきたフィリスは、その規模の大きさに圧倒されていた。

太陽は傾き空が赤く染まってきているが、まだ酒を飲むには早い時間だろう。

にも関わらず漂ってくるは酒の香り。

外にいてなお鼻腔をくすぐる香辛料の香りは、中に足を踏み込んだ瞬間さらに強くなり、食欲を湧き立たせた。

ギルドの中ではそれはもう多種多様な人たちが酒だ飯だと楽しそうにガヤガヤ騒いでいた。

 

「そう言えばアングリフさんもたまに酒場でこんな風に騒いでいたっけなぁ」

 

アングリフとはフィリスの知り合いの傭兵の事である。

フルスハイムの酒場で最初にアングリフ会った時、彼は五千コールで雇ってくれないかと言ってきたのだ。

 

「アングリフさんとは最初、よく喧嘩したっけ」

 

リアーネは懐かしむようにそう言う。

リアーネは最初、アングリフがフィリスに何かしたり悪影響を及ぼすのではないかと危険視しており、アングリフが何かやらかす度に突っかかっていたのだ。

が、共に旅を続けるうちにリアーネもアングリフが思ってた人と違うと次第に認め、最後にアングリフと別れた時にはそれなりに仲が良くなっていた。

 

「二人とも、どうしたの?受付はこっちだよー」

 

アングリフの事を思い出し懐かしんでいる二人にクリスは呼びかける。

その声を聞いて入り口で立ち尽くしていた二人は再び歩き出す。

受付カウンターの前まで来るとそこには、一言で言えば金髪巨乳のお姉さんが出迎えてくれた。

 

「ようこそ、冒険者ギルドへ。私はこのギルドの職員のルナと申します。今日はいかがなされましたか?」

 

そう言って柔らかな笑みを浮かべるルナ。

彼女は非常に胸元の空いた服装をしており、そこから見える谷間は同性であるフィリスもついつい視線が言ってしまう程だった。

 

「この二人の冒険者カードを発行して欲しいんだけど」

 

冒険者カードとは冒険者にとっての身分証のようなもので、このカードを発行する事で晴れて冒険者となれるのだ。

 

「分かりました。それでは登録料をお願いします」

 

「え?登録料?」

 

フィリスは困ったように聞き返す。

お金はドンケルハイト(木彫り)を買うのにほとんど使ってしまい、残ったお金をこれ以上無駄遣いしないようにとリアーネに言われ、全てリアーネに預けてある。

しかしその額もライゼンベルグで宿を取れない程少ない。

 

「あの、これで足りますか?」

 

リアーネはとりあえず手持ちのお金を全て出す。

そのお金をルナは、奇妙なものを見るような目で見つめる。

 

「これは…なんですか?」

 

ルナのその言葉に嘆息をつくリアーネ。

しかし次にルナが発した言葉はフィリスとリアーネを驚愕させた。

 

「見たことのない硬貨ですね…。これはダンジョンで見つけてきたのですか?」

 

「「っ⁉︎」」

 

こんなお金は見たことがない_______と。

 

確かにルナはそう言ったが、じゃあ登録料とは一体何を指しているのだろうか。

使われる通貨が違うとは、一体どれほど遠い地なのだろうか。

そもそもリアーネの知識では『コール』が世界共通の通貨であり、それ以外のお金なんて聞いた事がなかった。

ルナの発言を訝しむ二人に対して、クリスは困ったような表情である事を告げた。

 

「えっとね、その硬貨みたいなのが何なのか分からないけど、この世界の共通通貨は『エリス』っていうお金なんだ」

 

右頬を掻きながら少し照れたようにそう言うクリスは、ふとポケットから硬貨を数枚取りだした。

それは、今度はフィリス達が知らない硬貨だった。

 

「これがエリスという単位のお金だよ。 因みにこの手にある分で、ちょうど二人分の登録料だよ」

 

そう言ってクリスはその硬貨をそっとカウンターに置く。

 

「これで二人の冒険者カードを発行してください」

 

「えぇ⁉︎そんな悪いですよ!私たちの登録料は私たちで何とかしますから!」

 

リアーネのその言葉に、クリスは首を横に振る。

 

「冒険者にならないかって誘ったのは私だしね。それに自分達でどうにかするって言ってもどうやって工面するつもりなのさ?」

 

「そ、それは…」

 

クリスに遠慮してあんな事を言ったリアーネだったが、どうするかまでは考えてはいなかったのか、何も答えられなかった。

 

「リア姉、ここはお言葉に甘えようよ」

 

フィリスはクリスの提案を享受することにしたようだ。

確かに現状としては分からない事だらけであり、おまけに統一されて万国共通の通貨となっているはずの『コール』が使えないときた。

これは明らかな異常事態であり、そもそも共通通貨が二つあるというのはとんだ矛盾である。

こんな状況ではもはや遠慮などしている場合ではなく、誰かに縋り付くほか道はなかった。

 

「そうね…そうしましょうか」

 

_______フィリスちゃんの方が私よりしっかりしているのかもね。

 

リアーネはそんな事を思っていた

彼女はしっかり者ではあるのだが、それ故にクリスの厚意を無為にする所だった。

きっとここでクリスの申し出を断っていたら、それこそ八方塞がりとなり酷い事になるだろう。

フィリスが居てくれてよかったという思いはより一層強くなった。

………まぁフィリスが錬金術を失敗しなければこんな事にはならなかったのだろうけれど。

 

「それではこちらの装置にお一人ずつ手を添えて下さい」

 

いつの間にどこからか謎の装置を取り出していたルナに促されるがまま、フィリスは装置に手を添えた。

するとその装置は幻想的な淡い光を放ちながら、カードに文字を刻んでいく。

その後リアーネも装置に手を添える。

やはり装置は美しい光を放ちながらカードに文字を刻む。

 

「はい、ありがとうございます。えぇと、フィリス・ミストルートさんに、リアーネ・ミストルートさん…ですね。お二人の能力は……すごい…。お二人とも中々のステータスですよ!」

 

カードにはその人の名前や職業だけでなく、その人の能力値まで記載されるのだ。

 

「え?私たち、そんなに凄いんですか?」

 

フィリスは目を輝かせながら問う。

 

「はい!フィリスさんは知力、魔力、器用さのステータスが非常に高いです。リアーネさんは全体的にステータスが平均値を超えており、その中でも敏捷と運は抜きん出ています!」

 

ルナは興奮気味にそう言う。

きっとここまでの高ステータスは中々居ないため、珍しくて上気しているだけだろう。

 

尚、のちに彼女がある一人の女のステータスを見て更に驚愕する事になるのは、また別の話である。

 

ルナは未だ興奮冷めやらぬといった感じで、だが落ち着いた声音でフィリスとリアーネに職業はどうするのかと聞いた。

 

「職業かぁ…。そう言えば何にも考えていなかったなぁ。そもそもどんな職業があるか分かんないし」

 

そう言ってフィリスが頭を悩ませていると、ふとリアーネはクリスに職業について聞いていた。

 

「あの、クリスさん。私、弓をよく使うんですけどいい職業とかないですか?」

 

どうやらリアーネは、自分の得意とする事に最も近い職業に就こうとしているようだ。

 

「弓だったらアーチャーっていう職業があるよ」

 

「じゃあそれでお願いできますか?」

 

リアーネはそう言ってルナに頼む。

 

「アーチャーですね。分かりました。それではこれより貴方は冒険者です。今後の活躍に期待しています」

 

ニッコリと微笑みリアーネに冒険者カードを渡すルナ。

その様子を見ていたフィリスも自分にあった職業に気付いた。

 

「クリスさん、確かプリーストって味方のサポートが出来るんでしたよね?」

 

「うん、そうだよ。味方の傷を癒したり状態異常を回復させたり出来るんだ。因みに上級職のアークプリーストになれば、前衛に出ても戦えたりするんだよ」

 

「じゃあ私、アークプリーストになります‼︎」

 

そう意気込むフィリスだったが、クリスとルナは困った表情を浮かべる。

 

「アークプリーストになるには、筋力などのステータスが少々足りませんね…。あぁでも、レベルを上げて強くなればすぐにアークプリーストにもなれますよ」

 

そう言ってルナが渡してきたカードには、職業欄のところにプリーストと文字が刻まれていた。

 

「そうですか…。でもレベルを上げるってどうやるんですか?」

 

ふとフィリスは疑問に思ったことを聞いた。

 

「その辺のことも含めて、今から少し説明しますね。まず、冒険者というのは我々ギルドが斡旋するクエストを受け、その報酬で生計を立てていきます」

 

ルナは冒険者についての説明をしだした。

尚、ここまではクリスから聞いた内容と同じである。

 

「冒険者は魔物を倒すか、食材を食べる事によりレベルを上げることが可能です。レベルが上がるとステータスが上昇します」

 

つまりレベルを上げれば上げるほど強くなれるというわけだ。

 

「それからその冒険者カードについてですが、そこには倒した魔物の記録が自動的に記載されていきます。また、スキルの習得もそのカードで行うことができます」

 

「スキルの習得?」

 

ルナの発言に首をかしげるフィリス。

そんなフィリスの疑問にルナはすぐに答えてくれた。

 

「はい。それぞれの職業には、その職業に見合ったスキルが存在します。そのスキルを習得する際に用いるのがそのカードです。スキル習得にはスキルポイントというものが必要になってきます。なお、レベルを上げる事によりスキルポイントを得ることができます」

 

ルナの言う事に成る程とフィリスとリアーネは頷いた。

 

「以上が冒険者についての大まかな説明です。それではこれより、あなた方が人々の為に良き冒険者となることを職員一同願っております」

 

そう言って優雅に一礼するルナ。

こうしてフィリスとリアーネは冒険者となり、クリスと共にギルドを後にした。

ギルドの外に出ると、それは空が赤から黒へと移り変わろうとしている頃であった。

上を見上げると既に無数の星が見えており、いずれもが美しい光を放っていた。

 

「二人とも、ついてきてくれる?」

 

クリスはそう言うと二人が付いてきているかも確認しないで人混みをかき分け、スイスイと歩いていく。

 

「…?どうしたのかな?」

 

「分からない…けど一応警戒はしときましょう」

 

そう言ってフィリスとリアーネもクリスの後を追う。

短い間ではあったが、クリスが悪い人間ではないと言うことは既に分かってはいる。

だが会ったばかりの人をそう簡単に信用できるわけでもない。

そう思い警戒を続けるリアーネだったが、それもすぐに杞憂に終わる事となった。

 

「ここは…宿?」

 

クリスに案内された場所は宿であった。

 

「ここの宿は安いし料理も美味しいから私のお気に入りなんだよね」

 

そう言って宿の中に入り、カウンターで何やら話し込むクリス。

そして話が終わったのか、再びこっちに戻ってくる。

 

「とりあえず君たちの三日分の宿代を出しといたよ。あとこれは今日の晩の食費ね」

 

そう言って部屋の鍵と未だ見慣れない硬貨を渡してくるクリス。

彼女は登録料だけでなく、宿まで代わりにとってくれたようだ。

 

「あの、ご厚意は有り難いのですが、何故そこまでしてくれるんですか?」

 

「さぁ、なんでだろうね。何というか君たちのことは放っておけないんだよね。それだけの理由じゃダメかな?」

 

リアーネの警戒する声に困ったように対応するクリス。

クリスの返事を聞くと同時、警戒を徐々に緩めてリアーネは謝罪と感謝を伝えた。

 

「疑ってしまって悪かったわ。ごめんなさい。そして、ありがとうございます、クリスさん」

 

その言葉を受けてクリスは照れた笑いを浮かべながら反応する。

 

「き、気にしなくていいよ。それより今日はもう遅いし休んだほうがいいよ。あ、あと明日は朝起きたら冒険者ギルドに来てくれないかな。また君たちと会いたいんだ」

 

そこまで言うとクリスは「またね」と言ってどこかへ去ってしまった。

それを見送ったあとフィリス達はクリスがとってくれた部屋まで向かった。

 

 

 

 

「それにしてもクリスさん。良い人だったね!」

 

部屋の中へと入り、腰を落ち着けたフィリスは今日の出来事を思い返しながら言った。

ドンケルハイトの偽物を使ってしまったことで錬金術に失敗し、気がついたら全く知らない土地で目が覚めて。

手がかりも何もないまま近くの街まで来てみたもののどうすれば良いのか分からなかった。

そんな中出会ったクリスは、フィリスとリアーネにとても親切にしてくれた。

冒険者カードを発行してこの土地でもクエストを受けて生活できるようにしてくれて、登録料も払ってくれて、宿までとってくれて。

まるでフィリス達が困っていることを既に知っていたかのように現れた彼女は、フィリス達のために一生懸命であった。

 

「クリスさんがいてくれなかったら私達、今頃この街の隅っこでうずくまっていたかも知れないわね」

 

それほど二人にとって、クリスの存在は大きいものだった。

 

「ねぇ、リア姉。ここがどこだかよく分からないし、手がかりも何もないしさ、明日またクリスさんに会いにいかない?」

 

「ふふっ、そうね」

 

その後フィリスとリアーネは宿の一階にある食堂へ降りて食事を済ませたあと、再び部屋へ戻った。

部屋の電気を消し、ベッドの中へ入ったところで突然、コンコンと窓を叩く音が聞こえた。

 

その時ふとリアーネはとある異変に気付いた。

 

二人が泊まっているこの宿は二階建てとなっており、一階は受付や食堂、休憩室などがあるが、宿泊部屋に関しては二階にあるのだ。

 

聞こえて来たのは『二階』の窓を叩く音。

 

ベランダ等の足場があるという訳ではない。

普通の事ではないのは確かだった。

フィリスもその事実に気付きはしていないものの、音自体には気付いたのかベッドからゆったりと体を起こした。

 

「どうしたんだろう?誰か用かな?」

 

そう言って不用心に窓へと近づくフィリス。

 

「…っ⁉︎フィリスちゃん駄目っ‼︎」

 

それは盗人か、はたまたいたずらか。

様々な推測がリアーネの中でなされたが、そのいずれもがロクでもないものでしかなかった。

だがリアーネの危惧している事にも気づかず窓を開け放つフィリス。

その瞬間風が部屋の中へと入り込み。

 

「こんばんわ、フィリスさん。リアーネさん。少しお時間よろしいですか?」

 

振り返るとそこには、同性であるフィリスとリアーネでさて見惚れてしまうほど美しい、女神のような女性が柔和な笑みを浮かべいた。




アングリフ…ゲームで五千コール支払えば仲間になってくれる老戦士。強い

ドナーストーン…錬金術でつくれる爆弾の一種。雷の爆弾とか聞いた事ないんだが


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三話 深夜のガールズトーク

*5/4日
サブタイ変えました。
とは言え内容は変わってないですけどね。
今回は説明回ですので、今までの謎がそれなりに明らかになると思います。

ちなみに今回の話を執筆中に爆焔3巻を読み、その時系列をまとめてました。
取り敢えず原作の出来事と照らし合わせながら大きなズレがないようにやっていきます。
…………大変そうだなぁ


目の前に突如として現れた女神のように美しい女性は、近くの椅子にゆったりと腰かけた。

 

「あなた、誰ですか?もしかしてあなたが窓を叩いたのですか?一体どうやってこの部屋へ入ったんですか?」

 

突然の来客に敵意全開で応じるリアーネ。

そんなリアーネをなだめるように女性は落ち着いた口調で喋り出した。

 

「一度に聞かれても困りますけど、そうですね今の質問には全てお答えいたしましょうか」

 

女性はそう言うと咳払いをして再び話し始める。

 

「私は女神のエリスと申します。この国のエリス教徒が崇める御神体というものですね」

 

「その御神体とやらが一体何の用で?」

 

相変わらず敵意剥き出しのリアーネだが、自分を女神と称するこの女の登場の仕方を考えると、それも当然だろう。

いかんせんその正体も、どうやって侵入したかも、本当に何も分からないのだ。

更にはエリスとは初めて会ったというのに、彼女はフィリスとリアーネの名前を知っていたのだ。

誰だって怪しいと思うだろう。

だがそんなリアーネとは対照的にフィリスはフレンドリーにエリスと接していた。

 

「エリスさんって女神様なんだ⁉︎どうりで綺麗な人だと思ったよ…」

 

「あ、え、その、ありがとうございます。えと、フィリスさんもとっても可愛いですよ?」

 

_______ん?

先程まで余裕然とした態度を取っていたエリスだが、急に照れたように右頬を掻いてフィリスに応じた。

そのギャップに違和感を覚えるリアーネ。

 

「そう言えば、ここの通貨も『エリス』っていう単位でしたよね。もしかして…」

 

「そそ、そうなんです。エリス教はこの国の国教となっていて、それが通貨にまでなって…。本当にありがたいことですよ」

 

エリスはやはり最初に登場した時のような知的なキャラではなく、頬を赤らめ素直に喜んでいた。

 

_______もしかしてあれが彼女の素なの?

 

自然とリアーネのエリスに対する警戒心が薄れていった。

なおも続くフィリスとエリスの他愛もない話。

 

「あの!早く本題に入ってくれませんか!」

 

ついに痺れを切らしたリアーネは怒鳴ってしまった。

 

「ちょ、大声を出されたら困りますよ⁉︎ここにはお忍びで来ているんですし、他の方に見られるわけにはいかないので‼︎」

 

「そうだよリア姉、近所迷惑だよ」

 

エリスは抑えめの声でそんな事を言い、フィリスもそれに乗っかる。

フィリスから注意を受け少しショボくれたリアーネだったが、すぐに毅然とした態度を取り戻した。

 

「だったら早く本題に入ってください。あなたが何者かは分かりました。信じてはいませんけどね。そう言うわけなので他の質問にも答えてください」

 

「ひ、昼の時と態度が違いすぎる…」

 

「昼の時?」

 

「あぁいえいえ!こっちの話です!」

 

エリスは慌てたように手を振った。

 

「オホン…、さてそれでは本題に入るとします。まず、私はあなた達二人に話があって来ました。ちなみに窓を叩いたのも私です」

 

エリスもようやく本題に入り、事の経緯を話し出した。

 

「それで、どうやって二階の窓を叩き、そこからどうやってここに侵入したんですか?」

 

「それは女神パワーでチャチャっと侵入しました」

 

「………は?」

 

「はわぁぁ…女神パワーって凄いんですね!」

 

想定外の回答に呆気にとられるリアーネと素直に褒めるフィリス。

なお、それを言った本人も少し苦笑を浮かべていた。

 

「はぁ……、じゃあそういう事にしておきましょう。でもなんで窓なんて叩く必要があったんですか?」

 

「それはー、そのー……二人が起きている事の確認と、えと、ぽいかなって思って…」

 

「ぽいかなって……何がですか?」

 

「なんかその、せっかくだし少しカッコよくて良い感じの登場をしようと思って。『窓を叩く音が聞こえて、窓を開けたら強い風が吹き込んで気付けばそこに誰かいる』っていうの、なんか良くないですか?」

 

「そんな事のために、色んな可能性を考えて危機感を持っていた私の立場はどうなるんですか……」

 

もはやリアーネは呆れるしかなかった。

未だエリスを完全には信用していないリアーネだったが、少なくとも危険視はしなくなった。

というより、するだけ無駄だと判断した。

 

「も、申し訳ありませんリアーネさん。でも普段この姿で地上に降りる事はまずないし、せっかくだから登場もカッコよく決めたいなって思っちゃったんです!」

 

そう言って深々と頭を下げるエリス。

仮に女神なのだとして、そんな風にただの人間に頭を下げていて良いものなのだろうか。

そんな事を考えるリアーネ。

しかしそんなリアーネの様子に気づく事なく、エリスは話を続ける。

 

「えぇと、それではあなた方への用件について話しましょうか」

 

「……………そうですね。一応話は聞いてあげるわ。あ、フィリスちゃん、いつでも使えるように『ドナーストーン』の用意をお願いね」

 

「え?ドナーストーンって…お二人が草原で使っていたあの雷の⁉︎」

 

「り、リア姉…。さすがに警戒しすぎなんじゃ…」

 

身の危険を感じるエリスと姉の危険性を感じるフィリス。

だが、当のリアーネは全く別の事を考えていた。

 

_______草原での出来事すら知っているの⁉︎

 

周囲に誰も居なかった筈の草原での出来事をエリスは知っていたのだ。

それだけではない、冷静に考えてみれば普通はできない事をエリスはやっており、普通は知り得ない事をエリスは知っている。

 

いずれも現実的ではない話だが、それも『女神』という存在を持ってくれば説明はつく。

 

当然見知らぬ土地にいる彼女達は、だからこそ慎重に行動すべきであり何でも鵜呑みにしてはいけない。

が、それと同時により多くの情報も必要である訳で。

 

_______このエリスという人なら、何か知っているのかも。

 

「……分かりました。貴方が女神だという事はとりあえず信じましょう。話も聞きますし、貴方が下手な事をしてこない限り、こちらも何もしません」

 

ずっと警戒しており、いつでも動けるように立っていたリアーネは、だがそう言ってベッドに腰掛けた。

その様子にエリスは嬉しそうに頷いた。

 

「ありがとうございます、リアーネさん‼︎コホン…えー、それでは単刀直入に言いますので落ち着いて聞いてくださいね?」

 

エリスはそう言うと急に真剣な表情となった。

その雰囲気を感じ取り、リアーネは一語一句聞き漏らすまいと神経を集中させ、先程までエリスとの雑談に華を咲かせていたフィリスもまた背筋を伸ばす。

 

「あなた方は錬金術を失敗し、その反動で別世界へと飛ばされてしまったのです。つまり、あなた方の世界にアクセルという街はなく、逆にこの世界にもエルトナやライゼンベルグなんて街は存在しません」

 

…………………………。

 

長い沈黙が場を支配した。

月明かりが差し込むことにより、何とか視界が開けるその部屋で二人が呆然とする中、エリスはジッとフィリス達が言葉の意味を理解するのを待つ。

ふと静寂を破ったのはリアーネだった。

 

「私達は…ライゼンベルグから遠く離れた地に居るという訳では無いのですか?」

 

しかしそんなリアーネの声音は非常にか細かった。

正直な所、リアーネも薄々そうでは無いのかと感じていた。

ただ遠く離れた地に飛ばされたというだけなら、まだ元の場所へと戻る事も可能であっただろう。

しかし別世界、全くの『異世界』へと飛ばされたというのであれば、それは元に戻る事は限りなく不可能であるという事になる。

そんなはずは無いと、今までずっと頭の中で否定してきた事実を今尚否定し、希望的観測に縋り付くリアーネ。

だがそんなリアーネの思い虚しく、エリスは非情にも否を突きつけた。

 

「冷静に考えてみて下さい。昼間、とある銀髪の少女がこう言ったはずです。世界の共通通貨は『エリス』だ、と。しかしあなた方にとっての共通通貨と言えば『コール』というお金ではないですか?」

 

その言葉に何も反論する事が出来ないリアーネ。

フィリスの表情もジワジワと不安な表情へと変化していく。

それでも尚、エリスは口を止めなかった。

 

「『世界』の共通通貨が違うという事は、即ちそれは『世界』そのものが違うと、そうは考えられませんか?」

 

「あ⁉︎コレもしかして⁉︎」

 

エリスがそこまで言ったところで、フィリスはふとある事に気付いたかのように突然大きな声を出した。

 

「フィリスちゃん、どうしたの?」

 

「リア姉、これ見てよ!冒険者カードに書かれてる文字、見た事ない文字だよ!」

 

「……え?」

 

リアーネが昼間発行したばかりの冒険者カードを取り出す。

 

月明かりに照らされたそのカードには『リアーネ・ミストルート』と大きく名前が刻まれており、職業やステータスなどが事細かに記載されていた………見知らぬ文字で。

 

「嘘……、何が書かれてるかは分かるけど、確かに知らない文字だわ…」

 

再び謎に直面した二人だったが、その答えは案外早く返ってくる。

 

「お二人がこの世界に飛ばされ、草原で気を失っていた時間はおよそ五分。その五分の間に私が女神の力で、この世界の言語にも対応出来るようにしておきました」

 

「……女神の力って便利なんですね。他にも何か出来るんじゃないんですか?」

 

リアーネはエリスの言葉に精一杯の皮肉で応じる。

 

言語なんてどうでも良いから、早く元の世界に戻してくれ_______と。

 

しかしエリスは申し訳なさそうに口を開く。

 

「確かに今、とある事情で死んだ人間をこの世界へと転生させる事が特別に認められています。しかしそれ以外の世界への転生は認められておらず、転生できるのも死んだ人間に限ります。生きている人をこの世界以外の所へと送る事はもってのほか…というのが現状なんです」

 

「そんな…」

 

嘘だと信じたいが、エリスはとてもじゃないが嘘を言っているようには見えなかった。

 

「あの、でも私達は元の世界に戻れるんですよね?」

 

リアーネが絶望に打ちひしがれる中、ふいに言を発したのは、それまであまり喋らなかったフィリスだった。

 

「えぇ、元に戻る方法は二つあります」

 

「あぁ、良かった…。やっぱりそうなん…え、今なんて?」

 

「元に戻る方法は二つあります。」

 

「二つもあるんだ…。やったよリア姉!私達元の世界に戻れる可能性がまだまだあるよ!」

 

喜ぶフィリスを目の前に、リアーネは目を見開いていた。

 

「ちょっと待ってフィリスちゃん。やっぱりって言ってたけど、戻る方法に心当たりがあるの?」

 

そんなリアーネの疑問に、だがフィリスはさも当然のようにサラッと答えた。

 

「え?だって錬金術でこっちの世界に来ちゃったんでしょ?だったらまた錬金術を行えば元に戻れるんじゃない?」

 

あ……とリアーネは己の未熟さを嘆いた。

 

エリスが言うには、フィリス達は錬金術を失敗した反動でこっちの世界に飛ばされたのだとか。

ならばそれと同じ事をし、同じ反応を起こせば元に戻る事は可能ではあるだろう。

むしろ何故そのことにすぐに気づかなかったのか。

フィリスがさっきまでエリスとリアーネの会話に入らず何も話さなかったのは、話についていけていなかったからでも入る余地もなかった訳でもなく、その事にすでに気づいていたからだろう。

そう思うと、慎重かつ冷静に話を聞き状況を整理しようとしていたリアーネは、自分が情けなく感じた。

なんてことはない一つのシンプルな回答に辿り着けなかった自分は、無意識の内に冷静でなかったのだろうか。

自嘲気味にそう思うリアーネは、改めてフィリスが居てくれて助かったと思った。

 

「フィリスさんの言う通り、あなた方が錬金術を失敗した際、不幸な事に材料の組み合わせが非常に悪く、アトリエテント…でしたか?それを作る際に空間を捻じ曲げるはずが、別世界と空間が繋がり、それに飲み込まれたのです」

 

エリスはこの世界へ飛ばされる事となった経緯を説明しだす。

 

「しかしそれは錬金術はそういったことも可能という証拠に他なりません。フィリスさん、あなたがこの世界で錬金術を行い同じ反応が起こせれば、或いは元の世界に戻ることも十分に出来ます」

 

「そうですよね。はぁ……良かったぁ…」

 

安堵の表情を浮かべるフィリスであったが。

 

「しかしそれは非常に困難な道のりです」

 

それもすぐに打ち消されてしまう。

 

「ど、どうしてですか⁉︎だって材料は分かっている訳ですし、それを集め…れ……ば………」

 

そこまで言ってからどうやらフィリスもようやく気づいたようだ。

 

「フィリスちゃん、あんまり言いたくないんだけど……。フィリスちゃんはこの世界で、向こうで使った材料とよく似たものを揃えられるの?」

 

リアーネはそう言いつつ今日見た街の光景を思い出す。

フィリスと共に旅を続けていた事で、錬金術士ではないリアーネも錬金術で使う材料はある程度知識がついていた。

 

しかし今日街で見たものは見知らぬものばかり。

 

錬金術に使えないと言うことはないだろうが、どの様な成分が含まれており、それがどう錬金術に作用するかは一切分からない。

そうなると比較的錬金術で作るのが簡単な医者いらずなどですら、材料を一つ一つ調べ上げ、更には選ばなければいけないだろう。

さらには今回の目的は別世界へと行くこと。

材料の知識が無の状態からでは、全くではなくともあまり錬金術も出来ないだろう。

これではとてもじゃないが帰ることは難しそうだ。

 

「落ち着いてください。言ったはずですよ、方法は二つあると」

 

溜息をつき肩を落とすフィリスにエリスは助け舟を出す。

 

「この世界は今、魔王軍の手によって人類の平穏が脅かされています」

 

しかしその助け舟は非常に突飛な話だった。

 

「今、天界では魔王を倒した者にはなんでも一つ願いを叶えようと取り決められています」

 

そこまで言ったところでリアーネはその真意に気づく。

 

「もし私達がその魔王を倒した暁には、元の世界に戻してくれる、ということかしら?」

 

「えぇ、その通りです」

 

ならば元の世界で旅をしている内に戦い慣れた二人なら、魔王を倒しに行った方が早いのだろうか。

そう考えるリアーネの思惑に気づいたのだろう、エリスはまたもや渋い返事を返す。

 

「魔王を倒すには魔王城の結界を破らなければいけません。その為には結界の維持を行なっている幹部を倒す必要がありますが、魔王軍幹部は相当な強者です。半端な力ではあっという間に殺されてしまいますよ」

 

どうやら魔王討伐も一筋縄ではいかないらしい。

しかし何れにせよ、元に戻るには錬金術か魔王討伐しか道はないのだ。

 

「リア姉、戦うとなるとどっちにしろ私は錬金術で作った道具が必要だしさ」

 

フィリスは明るい声でそんな事を言う。

どうやら覚悟は決まったらしい。

 

「そうね、フィリスちゃんがその気になったのに、私がいつまでも迷ってなんていられないわよね」

 

リアーネも一切の迷いを断ち切ってそう言う。

 

「私達は錬金術で戻る方法を探します」

 

「それと同時に魔王を倒す為に研鑽も積んでいくわ」

 

二人はエリスにそう高らかに宣言した。

今まで様々な道具をつかって戦ってきたフィリスにとって、強敵相手にはもはや道具は必須なものであった。

それらの道具を作るにはやはり錬金術が必要となる。

となるともしかしたら錬金術によって帰れるようになるかもしれない、 例えそれがどんなに時間がかかろうとも。

また、錬金術で道具さえ作ればどんな強敵相手でも戦っていくことは可能になってくるだろう。

そうなれば魔王だっていつの日か倒せるかもしれない訳で。

 

「フフ……そうですか。私はこの世界へと迷い込んだあなた達を元の世界へ戻れるよう導く為に来たのですが…。思ったより決心が早かったですね」

 

エリスは笑顔でそう答える。

その顔は、まさしく迷える子羊を導く女神様のように美しかった。

 

「最後に少しだけよろしいですか?」

 

エリスは目の前の二人に問う。

最初に会った時は不安げな表情ばかり浮かべていた彼女らは、だが覚悟が決まったからかスッキリしたような顔で力強く頷いた。

 

「今日、あなた方が出会った銀髪の少女ですが、彼女はきっとこれからもあなた方の力となるでしょう」

 

そう言われてフィリスとリアーネはふとクリスの顔を思い浮かべる。

思えば、クリスはこの世界において唯一頼れる人物だ。

彼女は明日も冒険者ギルドで会おうと言っていた。

必ずまた会って、色々頼ることもあるだろうが、いつか恩返しをしたいなと、二人は密かに思った。

 

「それからもう一つ、今後も何度かこの姿でお二人の前に現れると思いますが、その時は今日のように警戒しないで下さいね」

 

エリスはイタズラっぽく片目を瞑り、口元に人差し指を当てて笑い掛けてきた。

 

「そうですね。今日は本当にすみませんでした。以後気をつけますね」

 

「良いんですよ、リアーネさん。突然の事態に直面しっぱなしだったのですから、仕方ありません。むしろパニックに陥らずあの対応が出来るなんて褒められるべきですよ」

 

「まぁ今でも完全には信用してないんですけどね」

 

「えぇ⁉︎そんな…」

 

エリスの反応を見てクスクスと笑うリアーネ。

 

「冗談ですよ。ちゃんと信じましたから、多分」

 

リアーネは確かに最初こそ疑ってかかったが、別に人を見る目がないわけではない。

エリスが嘘を言ってないことは重々承知していたが、フィリスの姉として、妹に万が一危険が及ばない為にも敢えてそのような態度をとっているのだ。

 

「じょ、冗談ですか…。良かった、ちゃんと信じ……今多分って言いました?」

 

エリスのその突っ込みはだが無情にも華麗にスルーされる。

 

「リア姉リア姉、そろそろ眠くなってきたし明日もギルドに行かなきゃだからもう寝ようか」

 

「そうね、フィリスちゃん。それじゃあお休みなさい」

 

「うん、お休み、リア姉」

 

そう言ってそそくさとベッドの中へと潜り込む二人。

 

「え?あれ?もしかして私放置されてますか?一応これでも女神なのに…?」

 

そんな悲しい嘆きの中、寝息が聞こえてくる。

二人はとっくに夢の中へと入ってしまったようだ。

 

「寝るの早くないですか⁉︎……とは言っても、突然過酷な環境に身を置かれたわけですしね。疲れも溜まっているでしょうしね」

 

エリスは二人の側へと近づき、覗き込む。

可愛らしい寝顔をしている二人に、これからも苦難が降り注ぐ事を想像すると、少し気の毒に思えてくる。

 

「これからも全力で支えていきますからね。だから、今はゆっくり休んで下さいね」

 

そう言って二人の頭を優しく撫でるエリスは、まるで穏やかな母親のような包容力があり、だが必ず元の世界へ戻してあげる事を誓ったその瞳は力強かった。

 

「さて、それでは私もそろそろ戻りましょうか。明日も早いですしね」

 

その言葉を発した直後、フッと部屋にいたはずの人影が忽然とその姿を消した。

 

「突然姿を消すなんてね。そんな事が出来るとしたら、やっぱり彼女は女神様なのかしらね」

 

エリスが姿を消すまで『寝たフリ』をしていたリアーネは、静かになった部屋の中で誰にともなくポツリと呟いた。




謎が明らかになったとはいえ、ぶっちゃけ皆さんの予想通りだと思います、はい。
少々退屈だったかもしれないですね(^^;)
そこは作者の技量不足です、申し訳ない……

今回は特に語句説明はなし、だと思う。
さてさて次回からはまた冒険させていきますよー。多分


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四話 でっかいカエルと変態クルセイダー

今回は冒険回です。
相手はお馴染みのアレですけど。
てかタイトルで丸わかりだよね?

※追記
感想にてご指摘を頂いたので加筆修正を加えました。
話の展開には何ら影響はありません。
今後このような事がないよう精進いたしますゆえ、何卒よろしくお願いしますm(__)m


「フィリスちゃん起きて、もう朝よ」

 

陽の光が差し込み明るくなった部屋の中、リアーネはフィリスを起こしていた。

 

「…ん……んん、ふぁぁ……リア姉おはよぉ……」

 

フィリスは寝ぼけ眼を擦りながらのそのそと起き上がる。

段々と意識が覚醒し、しだいに視界が明瞭となってきたフィリスの眼に映ったのは、見知らぬ天井であった。

そこはフルスハイムやライゼンベルグの宿ではなく、駆け出し冒険者の街、『アクセル』の一角にある宿であった。

 

「そっか…、そういえば私達、異世界に飛ばされちゃったんだっけ」

 

ふと昨夜の出来事を思い出すフィリス。

突如として女神エリスが目の前に現れ、告げられた事実を再び噛みしめる。

 

この世界から抜け出す方法はただ二つ。

 

魔王を倒すか、錬金術で元の世界へと戻るか。

どちらも一筋縄ではいかない事を承知した上で、二人はどちら共の方法で元の世界へ戻る事を目指していくことにしたのだ。

 

「フィリスちゃん、今日は朝からクリスさんと会うんでしょ?」

 

「あ、そうだった!」

 

リアーネの一言を受けすぐに身支度を始めるフィリス。

服を着替え、髪を整え、荷物を持つとすぐにリアーネと共に部屋を出る。

なお、朝食は食べたい所だったが、生憎二人にはそんな金はないため、そのまま宿を出てきた。

外は美しい外装をした家屋が建ち並び、道は次第に人が多く通るようになり、活気が段々と湧いてきた。

宿を出てからおよそ十分、二人はようやく冒険者ギルドの前へと辿り着いた。

 

「クリスさん、居るかな?」

 

「さぁ?でもあの人は私達の力になってくれるって昨日エリス様が言ってたし、多分居るんじゃないかしら?」

 

フィリスの問いかけにそう答えるリアーネ。

二人はそのまま冒険者ギルドの中へと入っていく。

中に入って辺りを見渡すが、クリスの姿はまだない。

 

「取り敢えず、どこか空いてる席に座って待ちましょうか」

 

そう言って奥の席へと座るフィリスとリアーネ。

二人がそのまま待つ事およそ五分、ふいに後ろから声を掛けられた。

 

「お待たせ二人とも。もしかして結構待った?」

 

「あ、クリスさん!いえ、私達も今来たとこなので。……あれ、その人は?」

 

フィリスとリアーネの視線の先にはクリスの他にもう一人、金髪碧眼の美少女が立っていた。

 

「貴方達がクリスの言っていた知り合いか。私はダクネス、クルセイダーを生業としているものだ」

 

そう言ってダクネスは優雅に一礼する。

その仕草は高貴な貴族を思わせるかのようで、フィリスとリアーネもまた、ダクネスのそんな雰囲気に圧倒されていた。

 

「凄い美人……、あぁえっと、初めまして。フィリスと言います。職業はプリーストです」

 

「初めまして、私はリアーネです。フィリスちゃんの姉で、職業はアーチャーです」

 

ダクネスの異様なオーラに圧倒されながらも二人はダクネスに自己紹介をする。

ダクネスはそんな二人に対し穏やかな微笑を浮かべ、向かいの席へと座る。

一つ一つの動作が洗練されたように美しく、その凜とした姿はまさしく力強く咲く一輪の花のようだった。

金色に輝く髪は後ろで一つにまとめられており、鎧の上からでも分かる抜群のスタイルは、大人の色気を醸し出していた。

ダクネスの事を既に只者ではないと感じ取ったフィリス達はだが、すぐにその幻想をぶち壊された。

 

「それで、二人は本当に私を満足させれる程の辱めをうけさせる鬼畜なのか?」

 

 

……………これは確かにタダモノではないようだ。

 

 

「ちょ、いきなり何言ってんの⁉︎そんな紹介した覚えないけど⁉︎……ねぇ待って、二人共そんな目で見ないでよ!」

 

フィリスとリアーネは知らず知らずの内にクリスに向けて冷ややかな目を向けていたようだ。

 

「ん、んんっ……!はぁ、はぁ、そそそ、その侮蔑に満ち溢れたゴミを見るような目を私にも向けてはくれないだろうか!いや是非とも向けてくれ!」

 

「あ、私達帰りますね。行きましょ、フィリスちゃん」

 

体をブルっと震わせながら荒い息を吐くダクネスに即答するリアーネ。

だがその素っ気ない態度すらもご褒美と受け取るダクネス。

 

「な……放置プレイだと⁉︎クリス!このリアーネという人は中々のヤリ手だぞ‼︎」

 

「あぁもう‼︎ややこしくなるからダクネスは少し黙ってて‼︎」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……………………」

 

取り敢えずクリスの話を聞くことにしたフィリスとリアーネ。

その前には苦笑を浮かべるクリスと、全身を縛られ口を塞がれているダクネスがいた。

ちなみに何故かダクネスの頬は上気しており、先程から荒い呼吸をしている。

 

「えっと……二人共朝ご飯はまだだよね?」

 

「あ、はい。朝起きてすぐにギルドに来ました」

 

「そっか、じゃあ何か頼もうか」

 

フィリスの返答を聞いたクリスは、近くのウェイトレスを捕まえて注文をし始める。

 

「かしこまりました。それでは少々お待ちください」

 

注文を受けたウェイトレスはそう言ってその場を後にした。

 

「あの、もしかして私達のぶんも頼みましたか?」

 

リアーネは申し訳なさそうな表情でクリスに尋ねた。

確かに昨日エリスは、クリスが二人の力になってくれると言っていた。

しかしただでさえクリスには散々世話になっているのだ。

ここで朝食まで奢ってもらう訳にはいかないだろう。

 

「うん、頼んだよ。て、もしかして今注文した量を私一人で食べると思ってたの⁉︎私そんなに大食いに見える⁉︎」

 

「いえ、そういう訳ではないんですけど。流石に奢って貰うのはちょっと…」

 

あらぬ誤解をしたクリスに咄嗟にフォローをいれるリアーネ。

その言葉を聞きクリスは安堵の表情を浮かべた。

 

「いやいや、気にしないでよ。もとより私は奢るつもりだったんだ。君たちがお金を持ってないのは昨日の時点で知ってたからね」

 

「ですが……」

 

「それはもういいからさ。ところで、この手帳に見覚えはないかな?」

 

突然にクリスはリアーネの言葉を遮り、ある一冊の手帳を取り出した。

 

「もういいと言われましても、ずっとお世話になりっぱなしっていうのも…悪い……ってその手帳⁉︎」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

 

ふとリアーネは目の前に取り出された手帳に目を見開き、フィリスも立ち上がって大きな声を出していた。

周囲の注目がこちらに集まってくる、にも関わらず二人はクリスの持つそれに目が釘付けとなっていた。

 

「そ、そ、それソフィー先生の手帳⁉︎なんでクリスさんが持ってるんですか⁉︎」

 

「ちょ、落ち着いてよフィリス。みんな見てるから!」

 

クリスの言葉にハッと我に返ったフィリスは顔を赤らめながら再び席に着く。

リアーネも咳払いをし、改めてクリスに向き直る。

 

「それで、その手帳はどこで手に入れたんですか?」

 

「これは街の近くの草原に落ちてたんだよ。中を見てみたら、『フィリスちゃんへ』って書いてあったし、もしかしたら誰かがキミにあげたものじゃないかなって思ってさ。」

 

そう言ってクリスは手帳をフィリスに手渡す。

フィリスは受け取った手帳を嬉しそうに眺める。

 

「そっか…、この手帳もこっちの世界に飛ばされてたんだ」

 

「ん?こっちの世界?」

 

「あぁ、いえいえ!何でもないです!」

 

慌てて首を振り誤魔化すフィリス。

異世界から来た…なんて言っても信じてもらえるとは思えないし、とりあえずは隠しておこうというのは、ギルドに向かう道すがらリアーネと決めたことだった。

クリスが何やら不思議そうな表情を見せる中。

 

「お待たせしました。カエルもも肉の唐揚げ三人分です」

 

ウェイトレスさんが料理を運んできた。

手際よく並べられたその料理は、綺麗な狐色をしており、漂う香りもなんとも食欲をそそるものだった。

 

「それではごゆっくりどうぞ」

 

そうしてその場を後にしたウェイトレスさんは、程なくして別の冒険者に捕まり、再び注文を取り始めていた。

 

「それにしてもこの唐揚げ美味しそうだね。確か、カエルもも肉って…言って……た………カエルっ⁉︎」

 

素っ頓狂な声をあげたフィリスに再び周囲の注目が集まる。

 

「おお落ち着いてフィリスちゃん。みみみ皆見てるから」

 

リアーネは落ち着いた声音で、明らかに落ち着いてないような口調でフィリスに注意をするという、なんとも器用なことをしだした。

 

「あれ?二人ともカエルは苦手?」

 

「いや、本当は苦手じゃないんですけど…その、昨日会ったカエルは大きすぎて気持ち悪かったし…。そもそもカエルって食べたことないんですよ」

 

ぎこちなく答えるフィリスに、クリスは唐揚げを食べながら「美味しいよ」と言ってくる。

 

「この街ではジャイアントトードがよく食べられるんだよ。狩りやすいし数も多いし、何よりスゴく美味しいんだよ?」

 

そんな事を言って再び唐揚げに齧り付くクリス。

それを見たフィリスとリアーネは、意を決して唐揚げに齧り付いた。

 

「……ん!んん〜〜〜‼︎……すっごい美味しい‼︎ね!リア姉!」

 

「これは……、確かに凄く美味しいわね。正直ここまでとは思ってなかったわ……」

 

その肉は多少硬いものの、噛みしめるたびに肉汁が溢れてくるそれは、だがそれでいて非常に淡白な味でとても食べやすいものであった。

 

「気に入ってくれて良かったよ。所で一つ君たちに頼みがあるんだけど…良いかな?」

 

「んぐんぐ……わらひらひでよけれはおへふはいひまふよ?」

 

「フィリスちゃん……何言ってるかさっぱりよ」

 

「……っん、私達で良ければお手伝いしますよ?」

 

リアーネに指摘されて口の中の物を飲み込んだフィリスは、再び繰り返す。

 

「ホント?ありがとう二人とも!」

 

「何でもって訳には行きませんけどね。でも私たちに出来ることなら是非手伝わせてください」

 

リアーネは今こそクリスに恩を返す時だと思った。

クリスとは短い間しか関わっていないが、それでも彼女から受けた恩恵はフィリスとリアーネにとってはとても大きなものだった。

当然今回クリスの頼みを聞いた所でその恩はまだまだ返したりないのだろうが、それでもクリスの力になれるのならと二人は息巻いていた。

 

「実は今日は一緒にクエストに行きたいなって思ってるんだよね」

 

「クエスト?確か冒険者が引き受けて、その報酬で生計を立ててるんでしたよね。…はっ⁉︎もしかしてクリスさん、私たちにあれこれしたおかげで、お金がないんですか⁉︎」

 

エリスの言葉に申し訳なさそうに応じるフィリス。

隣ではリアーネも不安そうな顔をしていた。

 

「いやいや、そんなんじゃないよ。それとはまた別に目的があるんだけど、それはクエストから戻ってから話そうか」

 

「それでどんなクエストなんですか?」

 

「それはね、ジャ」

 

とそこまで言った時だった。

 

 

「はっ⁉︎はああああっ⁉︎何です、この数値⁉︎知力が平均より低いのと、幸運が最低レベルな事以外は、残りの全てのステータスが大幅に平均値を超えていますよ⁉︎特に魔力が尋常じゃないんですが、あなた何者なんですか……っ⁉︎」

 

 

それは突然、受付カウンターの方から聞こえてきた。

叫んだのは昨日お世話になったルナだろうか。

何やら一人の女性を前に冒険者カードを眺めるその顔は、信じられないものを見たかのような表情をしていた。

 

「ブフッ……⁉︎せ、先輩⁉︎」

 

「うわ⁉︎ど、どうしたんですか?」

 

ふと目の前でも突然クリスが盛大に吹き出し、フィリスが心配そうに覗き込む。

 

「い、いや…流石にないか…。それにしても凄い先輩に似てるなぁ……」

 

「クリスさん?」

 

リアーネも不思議そうに尋ねる。

と、そこでようやくクリスはふと我に返った。

 

「あぁ、ごめんごめん。ちょっと知り合いに似ていたもんだから驚いちゃっただけだよ」

 

コホンと咳払いを一つし、クリスは改めて本題に入る。

 

「それでなんだけどね、今回のクエストはジャイアントトード五匹の討伐なんだ。一緒に引き受けてくれるかな?」

 

「えっと、そんなに強くない相手ですか?」

 

「うん、君たちでも十分に勝てるはずの相手だよ」

 

その言葉でフィリスとリアーネは互いに顔を向けあい、頷いた。

 

「分かりました。私達で良ければお手伝いします」

 

リアーネは笑顔で言った。

それを聞き、クリスも微笑を浮かべた。

 

「それじゃあ早速クエストに行こうか」

 

クリスがジョッキの中の水を飲み干して立ち上がると同時。

 

 

「んんん!んん!んんんんん!」

 

 

「「「あ……………」」」

 

先程からすっかり存在を忘れ去られていたダクネスが体をガタガタと動かした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

町の外に出ると、程なくして巨大なカエルがちらほらと見えた。

 

「ジャイアントトードって、昨日のカエルのことだったんだね…」

 

そう言って昨日の逃走劇を思い出したのか、フィリスは身震いをした。

 

「安心しろ。クルセイダーは上級職の前衛職だ。いざとなったら私が三人の盾となろう」

 

体の自由を取り戻したダクネスは、そんな頼りになることを言ってきた。

 

 

………息を荒げながら、だが。

 

 

「まさか、この人も一緒に同行するとはね」

 

リアーネはそう言って嘆息をつく。

フィリスとクリスも苦笑いを浮かべていた。

 

「ごめんね、この子結構頼りになる時もあるんだけど、普段はいつもこんなのなんだ。ただダクネスの硬さはそんじょそこらの前衛職とは比べ物にならないから安心して。普段はこんなのだけど」

 

クリスはダクネスにフォローを入れているのかいないのか、そんな良く分からない事を言った。

 

「それじゃあ軽く作戦会議をしようか。ジャイアントトードには打撃は効かないからそれ以外で攻撃すること。ダクネスはひたすら守りに徹して。以上!」

 

「それ作戦会議って言えるんですか…」

 

フィリスがそんな突っ込みを入れるなか、ふとリアーネは重大な事に気付いた。

 

「どうしよう、私弓ないんだけど………」

 

 

……………………。

 

 

長い沈黙が続き、リアーネはバツが悪そうにする。

 

「そういえばリア姉、持ち物が医者いらずと五十コールだけだったね……」

 

そう、二人がこの世界に飛ばされた時、弓は一緒には持ち込まれていなかったのだ。

今まで色々な出来事があったため忘れていたが、これではジャイアントトードを狩ることができない。

 

「あー、そういえば何も持ってないね……。ねぇリアーネ、剣は使えるかな?」

 

「え?はい、一応使えますけど」

 

クリスはそれを聞くとダクネスの持つ両手剣を指差した。

 

「だったらアレを使うといいよ。少し重いかもだけど、ダクネスよりかは上手く使いこなすでしょ」

 

「ちょ…クリスっ⁉︎それは一体どういう意味だ⁉︎」

 

ダクネスはクリスの唐突な言葉にショックを受ける。

が、そのダクネスの疑問にはリアーネも同様の想いだった。

 

「でもあの両手剣は、ダクネスさんが使った方がやっぱり良いんじゃないですか?それにあんな重そうな剣は私にも上手く扱えるかどうか…」

 

「なら少し見ててよ。ダクネス、ちょっと行ってきて」

 

「私の扱い雑すぎないか⁉︎だが行ってくりゅ‼︎」

 

そうしてダクネスは一人、カエルに立ち向かって行った。

 

「だ、大丈夫なんですか?一人で行っても……」

 

「うん、ダクネスなら大丈夫だよ。それより見て…あの攻撃を……」

 

クリスの視線の先には、カエルに動じることなく戦うダクネスの姿があった。

カエルに対して力一杯振り下ろされたダクネスの獲物である両手剣は、だが次の瞬間。

 

 

_______スカッ、と。

 

 

なんとも間抜けな風切り音を響かせた。

 

「「………え?」」

 

初撃を外したダクネスの猛攻は尚も続く。

両手剣を振り下ろした後、手首を返して切り上げ、続いて手を横に引きそのまま薙ぎ払い。

一閃、二閃、三閃と。

矢継ぎ早に繰り出される剣撃はしかし、ついぞジャイアントトードに当たることなかった。

 

「くっ………、ここまでの物とは。このジャイアントトード、中々の強者と見た」

 

「いや、さっきから全然動いてなかったけど…」

 

遠くから聞こえるダクネスの声に突っ込みを入れるリアーネ。

当のダクネスはと言うと、遠目からでもはっきり分かるくらい顔を赤らめていた。

しかしそれは先程までの変態的表情ではなく…。

 

「あ、アハハ……、恥ずかしい……のかな?」

 

どうやら本当に恥ずかしいのか、ダクネスは巨大ガエルを前に俯いて固まってしまった。

 

「ご覧の通り、ダクネスはとんでもなく不器用で、武器の扱いには不慣れなんだ」

 

「不器用ってレベルじゃありませんでしたよ⁉︎」

 

「う、うるひゃい‼︎」

 

リアーネの叫びに、必死に対抗する不器用ちゃん。

その時、そんな不器用ちゃんに対して不用意にもカエルの口が近づき。

 

「ひゃいっ⁉︎」

 

「「な………っ⁉︎」」

 

ダクネスの上半身は無情にもカエルの口の中へと吸い込まれていった。

 

「という訳だから、少なくともアレよりかは、リアーネの方が上手く武器を使えるんじゃないかと思うんだよね」

 

「ちょ……そんなこと言ってる場合ではないですよ⁉︎」

 

*****

 

「あぁ……なんて事だ…。エリス様に仕えるクルセイダーともあろう私が、こんな辱めを受けるなんて………。最高だ………」

 

ダクネスを呑み込むことに夢中になっていたカエルを倒し、救出したダクネスは異臭を身に纏いながら、なんとも残念な事を言い放った。

 

「そういやダクネスさ、いつも身につけてる鎧はどうしたの?ジャイアントトードは金属を嫌うから鎧さえつけてれば食べられないよ?」

 

「……?何を言ってるのだ?だからこそ着なかったんだろ」

 

「さも当然のように言わないでよ‼︎バカなの⁉︎バカネスなの⁉︎」

 

クリスとダクネスが何やらおかしなやり取りをしている中、フィリスは呼吸を整えていた。

 

「はぁ…はぁ…結局クリスさんが全部やったね」

 

息を荒げながらフィリスはポツリとこぼした。

カエルはずっと無防備な姿を晒しているだけであり、攻撃チャンスなんていくらでもあったのだが、フィリスには生憎『ドナーストーン』以外に有効な攻撃手段はない。

その『ドナーストーン』もあのままではダクネスに直撃するからといる理由で使えず、気休め程度に杖で殴る程度しか出来なかった。

リアーネに関してはフィリスよりも攻撃手段がなく、クリスに使う事を勧められた両手剣も、ダクネスと共にカエルの口の中にあったため、本格的に何も出来ず、ただカエルの周囲をウロウロしているだけだった。

 

「えっと、それじゃあリアーネにはこの両手剣を使って貰いたいんだけど……、ヌルヌルだね」

 

「ヌルヌル……ですね」

 

カエルの口の中にあったそれは、ダクネスと共に粘液まみれで外へと出てきていた。

リアーネはそんな剣に手を伸ばすが直ぐに手を引き、かと思うとまた手を伸ばした。

 

_______確かにこの剣はヌルヌルだけど、ここでコレを手に取らなければクリスさんの為に恩返しが出来なくなってしまう……

 

クリスへの感謝をとるか、生理的拒絶に身を委ねるか、どちらに転んでも後悔しかない選択肢の狭間で葛藤するリアーネ。

だが、リアーネは自身の大切にしたい想いには逆らえず。

 

「仕方ないですね……、コレばっかりは我慢します」

 

そう言ってダクネスの両手剣を手に取った。

 

「カッコいいよ、リア姉。リア姉は私の自慢の姉だよ!」

 

「フィリスちゃん……、グスン……ありがとね。この勝負……負けられないわ‼︎」

 

「カッコよくキメてる所悪いんだけど、ただ臭い剣手に取っただけだからね?」

 

「臭いだのヌルヌルだの、お前ら人の剣をなんだと思ってるんだ⁉︎」

 

そこまで言うと、ふと周りはジャイアントトードに囲まれていた。

その数は四匹、全て倒せばちょうどクエストクリアとなる数だった。

 

「一人一匹相手にすれば何とかなるかな?二人とも一人で戦える?」

 

クリスの言葉にコクコクと頷く。

フィリスには『ドナーストーン』があるし、リアーネもあまり使い慣れていない武器とはいえ、実戦経験ならそこそこ積んであるし、この程度の相手では負ける気はしなかった。

 

「じゃあ先に倒した人からダクネスのサポートね。それじゃあ散開!」

 

「あ!ちょっと待て!」

 

クリスの合図に一斉に動き出す三人と、一人取り残されるダクネス。

 

「打撃は効かないから、もうこれしかないよね!」

 

そう言ってフィリスが取り出したのは『ドナーストーン』。

先日カエルに襲われた時に使った魔法の爆弾である。

手持ちは残り二つあるが、ここで二つ共消費するのは非常にもったいない為、何としても確実に命中させたいところだった。

カエルはふと口を開けると、中から物凄い勢いで長い舌をフィリスに向かって出してきた。

 

「うわっ⁉︎危なかった……」

 

距離がまだ遠かった事もあり、何とか避けれたフィリスだったが、迂闊に近づいて同じ攻撃をされると、正直避けれる自信がなかった。

どうしようかと攻めあぐねていると、ふと攻略法を閃いた。

 

「よーし、私だって戦えるんだって所を見せてあげる‼︎」

 

そう息巻いたフィリスは、ジャイアントトードとの距離を保ったまま、囲うように走り出す。

その視線は常にジャイアントトードに向けられたままだった。

ジャイアントトードは再び同じ攻撃をしようと口を開いたその瞬間。

 

「来たっ‼︎」

 

フィリスもまた急に立ち止まり、ジャイアントトードの動きを注視する。

そしてその長い舌がフィリスを捕まえようと伸びて来た時。

 

「それぇ‼︎」

 

素早く横へ逸れ攻撃を回避、そのまま右手に持っていた『ドナーストーン』を舌の上へと叩きつける。

すると『ドナーストーン』は起爆し、流れた電流は舌を伝ってジャイアントトードへと流れ込む。

ビクンと、ジャイアントトードは一瞬その巨躯全体が跳ね上がり、そのまま舌をだらしなく外へ出しながら二度と起き上がってくる事はなかった。

 

「やったぁ‼︎私、勝ったよ‼︎」

 

そう喜ぶのも束の間、すぐに周囲を見渡す。

他の三人は未だカエルと応戦中だった。

というかとある人物に関しては既に手遅れの状態だった。

 

「イイ、イイぞこれ‼︎新感覚だ‼︎どうやら私は新しい境地に達したようだ‼︎はぁぁ〜、何というご褒美だ‼︎今度使用人にカエルの粘液を調達してもらうとしよう‼︎」

 

ヤバイ目を輝かせながら顔だけ外に出した状態のダクネスは、何やら訳のわからない事を話していた。

 

「あれじゃ私には何も出来ないよね。『ドナーストーン』も使うわけにはいかないし。いやでも、使った方が喜んでくれるのかな?あ、クリスさんが倒し終えてそっちに向かってるや」

 

クリスの指示では、すぐにダクネスのサポートをするように言われていたが、そっちよりもリアーネの援護が優先と判断したフィリスは、リアーネの元へと向かった。

 

………あんな酷い発言を聞き流せるようになったのも、長い旅を通して逞しく成長したからだろうか。

 

そんな事を考え成長とはなんだろうと、答えのない疑問を頭に浮かべながら、フィリスはリアーネの所へとたどり着いた。

 

「リア姉頑張って!えいっ‼︎【強化の術法】‼︎」

 

【強化の術法】とは、対象の攻撃力、防御力、素早さを一時的に強化する、フィリスの持つ『不死鳥の杖』の固有スキルである。

 

「………っ⁉︎ありがとう、フィリスちゃん‼︎」

 

フィリスのサポートのおかげで、先程まで重かった両手剣が、片手剣のように軽々と振るえる。

とはいえ、本当に片手だけで持つと、まだ少し重いのだが、それでも扱い易くなったその剣で、リアーネは素早い攻撃を繰り出す。

一撃、二撃、三撃と。

繰り出させるごとに精度が増していくその刃は、少し前のダクネスのそれとは明らかに違っていた。

そして。

 

ドサッ!

 

カエルは動く力を完全に失い、バタリと地に倒れ伏した。

「やったわね、フィリスちゃん!」

 

仲よさそうにハイタッチをする二人に遠くの方から声がかけられる。

 

「こっちも終わったよ〜!」

 

遠くではクリスがこちらに向かって手を振っていた。

かくして初めてのクエストは見事成功に収まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「「「「カンパーイ‼︎」」」」

 

クエストから戻って来たフィリス達は、その後大衆浴場で体を流し、ギルドで貰った報酬で祝福をしていた。

 

「いやー、それにしても二人とも中々やるね!駆け出し冒険者とは思えない手際の良さだったよ!」

 

クリスはご機嫌になって言った。

 

「いやいや、クリスさんこそ一人で三匹も倒してたじゃないですか!」

 

「その内二匹はダクネスが嬉々として足止めしてくれてたからね。凄く倒しやすかったよ」

 

「なんだかそんな風に褒められると、照れ臭いな」

 

「「「いや褒めてないから」」」

 

期せずしてダクネスを除く三人の声が揃った。

その三人の即答にダクネスが興奮した事は、最早言うまでもない。

 

「さて、それじゃあ祝賀ムードも最高潮に達して来たことだし、一つ君たちに相談があるんだ」

 

そう言ってクリスはどこからかとある紙を取り出した。

 

「何ですか?これ」

 

フィリスとリアーネが身を乗り出して覗き込んだその紙には、こう書かれていた。

 

 

『パーティメンバー募集中。当方、クルセイダーと盗賊の二人組。募集要員は、鬼畜な性癖を持つダメ人間。募集要員は前衛職一名、後衛職二名。』

 

 

………………。

 

 

最高潮に達していたらしい祝賀ムードは、一気に冷め始める。

 

「ちょっと待ってて少しダクネスと話をしてくるから」

 

クリスは口早にそう言うと、ダクネスの首根っこを掴み少し離れた所で何やら話し始めた。

 

「あの紙何?」

 

「…?パーティメンバー募集の紙だが?」

 

「どこがさ⁉︎あんなの読んでも普通人集まらないよ⁉︎むしろ通報されるレベルだよ⁉︎」

 

「クリス、これは真面目な話なんだが、今時そういう人材も必要だとは思わないか?」

 

「そこまでこの世界も落ちぶれてないよ‼︎というか真面目な話って言ったよね今⁉︎なら真面目に話してよ‼︎」

 

「私はいつだって真面目だぞ?」

 

「消して‼︎今すぐあの文言を消して‼︎」

 

そんなクリスとダクネスのやり取りを、フィリスとリアーネは温かい目……いや、冷めきった目で見つめていた。

そして再び席へと戻ってくるクリスとダクネス。

ダクネスは案の定体を縛られ、口を塞がれ、頬を上気させていた。

 

「このバカの事は今は放っておいて……」

 

「あ、はい」

 

リアーネはそう答えるしかなかった。

 

「ゴメンね。それで二人への相談なんだけどさ、今度私達パーティメンバーを募集しようと思ってるんだよね。だからさ私達と一緒にパーティを組む気はないかな?」

 

「「え⁉︎」」

 

突然の申し出に困惑するフィリスとリアーネ。

 

「ほら、募集要員に後衛職二名ってあるし。ダメ……かな?」

 

不安そうな顔を浮かべるクリスに、フィリスは首を横に振る。

 

「ダメだなんて、そんな事ないよ!ね、リア姉!」

 

「えぇ、そうね。私達としては、凄く嬉しい申し出なのだけれど。クリスさんはそれで良いんですか?」

 

リアーネの問いかけにクリスはもちろんと頷いた。

 

「今日のクエストを通して思ったんだけど、二人って思ったより実践慣れしてるよね。腕前も申し分ないし、私達とも上手く連携を取れそうだし、私としては是非とも一緒にパーティを組みたいと思ってるよ」

 

クリスは笑って答える。

思えばクリスとは今後も一緒にいたいと、フィリスとリアーネも密かに思っていた。

八方塞がりだったフィリス達に手を差し伸べてくれた、明るくて優しいクリス。

クリスとなら今後も上手くやっていけると思うし、その中で恩返しをする機会があるなら、喜んでクリスの力になりたいと願っている。

もはやフィリスとリアーネに迷いはなかった。

 

 

「ふつつか者ですが、今後もよろしくお願いしますね、クリスさん!」

 

 

フィリスは満面の笑みでクリスと固い握手を交わした。




強化の術法…杖の固有スキル。対象の攻撃、防御、素早さを強化する

固有スキル…ある武器を装備する事で使えるスキル。武器によって固有スキルが変わってくる

不死鳥の杖…この話でのフィリスの持つ杖。ゲームでは錬金術によって入手可


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五話 ガールズショッピング

今回はそんなに話は進みません。
ちなみにダクネスは今回も暴走しているかもしれませんね。


クリスと変態の二人と別れたあと、フィリスとリアーネは宿へと戻ってきていた。

今回のクエストで手に入れた報酬は、ジャイアントトードの討伐による報酬と、クエスト自体の報酬を合わせて十二万五千エリスであった。

その内二万五千エリスはクエスト達成の、ひいてはパーティ結成の祝杯に注ぎ込まれた。

残った十万エリスはその六割程がフィリスとリアーネの取り分となった。

リアーネは、せめて均等に分けようと提案したのだが、お金を全く持っていないフィリス達がより多く貰った方が良いということで、六万エリスで妥協となった。

尚、その六万エリスは全てリアーネの管理下にある。

ドンケルハイトの一件があったため、フィリスがそうする様にリアーネに頼んだのだった。

 

「それじゃあおやすみなさい、フィリスちゃん」

 

「うん、おやすみ、リア姉」

 

部屋の灯を消し、二人が寝床に着こうという所で、それは突然に現れた。

 

「こんばんわ、フィリスさん、リアーネさん。また来ちゃいました」

 

どこから侵入したのやら、テヘペロと言わんばかりに舌を出して片目を瞑り、茶目っ気たっぷりな挨拶をぶちかましてくる女神エリスがそこにはいた。

 

「また来たんですか、エリス様。女神というのも案外暇なんですね。それじゃおやすみなさい」

 

「えっ…あれっ?なんか冷たくないですか⁉︎」

 

「エリス様、もうそろそろ寝ないとお肌に悪いですよ?」

 

早口でまくし立て寝ようとするリアーネと、涙目で抗議するエリス。

フィリスは全く見当違いな事を言いだし、もはやカオスである。

 

「ちょ、少しは話を聞いてくださいよ!」

 

「はいはい、冗談ですよ。ちゃんと話聞きますから」

 

エリスがとうとう泣きそうな顔で懇願して来たので、フィリスとリアーネもそれに応じる。

 

「アハハ、ごめんなさい。ちょっと悪ふざけが過ぎましたね」

 

とりあえずフィリスはエリスに対し謝罪を述べる。

 

「もう、おふざけはこれきりにして下さいね。私だって暇じゃないんですし、お二人の為に色々してるんですからね?」

 

エリスは拗ねた子供のように頬を膨らませて言う。

その可愛らしい姿は多くの男性を一発でオトせそうだ。

 

「分かりましたよ。それで、今日は一体どうしたんですか?」

 

リアーネはさっきまでとは打って変わり、エリスの話を聞く態勢に入る。

その様子を見たフィリスも、それに倣ってエリスに向き直る。

 

「そんなに畏まらなくても良いですよ。ところで今日、とある例の銀髪の少女と、あとは金髪の子ともパーティを組みましたよね?」

 

流石は女神といったところだろうか、この世界でのフィリス達の様子は筒抜けのようだ。

 

「はい、確かにパーティを組みましたけど…何か問題があったんですか?」

 

首をかしげるフィリスに、エリスは手を横に振って答える。

 

「いえいえ!問題があるという訳ではないんですけど、その、パーティとなったお二人に事情を説明してみてはどうですか?」

 

「事情を…ですか?」

 

エリスの言葉に今度はリアーネが首をかしげた。

フィリスとリアーネが異世界から飛ばされて来たという事は、とりあえず隠しておこうというのが二人の意見であった。

そのため、クリスにもダクネスにもこの事は伝えていない。

この事を知っている者といえば、当事者であるフィリス達と、この世界の女神であるエリスだけである。

 

「あの二人なら、きっと貴方達の言う事も信じてくれますよ。それに、事情を知れば色々と協力してくれるかも知れませんしね」

 

「うーん、でも本当に信じてもらえるのかな?」

 

「えぇ、きっと」

 

エリスは笑顔で答える。

どうやらエリスは、クリス達の事を信じているようだった。

 

「そうですね……、確かに私達の状況を知ってもらえたら、色々と力にはなってくれるかもしれないわね」

 

リアーネはふとクリスの事を思い出した。

クリスは元からそういう性分なのか、困っている人は放っておけないらしい。

その事は困っていた人の一人であるリアーネが、身を以てよく分かっていた。

これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思いながらも、折角パーティになったというのに隠し事をしているのも良くないのではないかとも思う。

 

「リア姉、思い切って話してみない?」

 

フィリスはクリスとダクネスを信じ、事情を話したいと思っているらしい。

フィリスがそう決めたのならと、リアーネもその意見に賛同する事にした。

 

「そうね、明日ギルドで会った時、二人に説明しましょうか」

 

フィリス達がエリスの提案を受け入れた所で、エリスは再び口を開いた。

 

「どうやら事情をあの二人に明かしてくれそうですね。それは良いのですが、その際私の存在はくれぐれも出さないでくださいね」

 

エリスは二人に対して釘をさしてきた。

「え?なんでですか?」

 

「あの二人は、どちらとも敬虔なエリス教徒です。自分で言うのも恥ずかしいのですが、もしそのようなエリス教徒が自分たちの崇める御神体が現世に現れたとなれば、あまり落ち着いては居られなくなるでしょう。不用意な混乱を避けるためにも、どうかご協力ください」

 

フィリスの疑問に淡々と答えるエリス。

 

「うん…確かにそうね。分かったわ。エリス様が降臨なさったと言う事は、言わないでおきますね?」

 

リアーネはエリスの言う事に従う事にした。

それにしてもクリスとダクネスがまさかエリス教徒だとは、やはりお金の単位にまでなっているだけの事はある。

 

「今日ここに来たのはその為だけです。それではゆっくり休んでくださいね」

 

「わっ⁉︎消えちゃった……。やっぱりエリス様って凄いんだね……」

 

目の前で忽然と姿を消したエリスに対し驚くフィリス。

そうしてその日もまた終わりを迎えたのである。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日。

 

「_______という事がありまして、私達は全く違う世界から飛ばされてしまったんです」

 

「ふむ、そんな性癖は聞いた事ないな」

 

「性癖じゃありませんよ真面目な話ですよ」

 

ギルドでクリスとダクネスの二人と待ち合わせた後、昨夜エリスに言われた通り事情を説明したら、ダクネスがあらぬ誤解をしてしまった。

というかどう解釈すればそんな風に誤解できるのだろうか。

 

「ちょっとダクネス、二人とも真面目に話してるんだからふざけないでよ」

 

フィリス達がダクネスに若干引いていると、クリスが二人のフォローをしてくれた。

 

「あれ?クリスさん、信じてくれてるんですか?」

 

「うーん、正直まだ少し疑ったりもしてるんだけど、二人が嘘を吐いているようにも見えないんだよね。だから、とりあえずは信じようかなって思ってるんだ」

 

フィリスの問いかけにクリスはそう答える。

どうやらエリスの言う通りにして良かったと、フィリスとリアーネはホッと息をついた。

 

「しかし錬金術なんて急に言われても、そんなものは聞いたこともないからな」

 

ダクネスも真面目な顔でそう言う。

彼女も真剣に聞く気になってくれたようだ。

 

「ちなみに錬金術とやらは話に聞く限り、様々な物を生み出せるらしいが」

 

「はい、そうですけど」

 

「イヤらしい所を的確に弄ってくるヌルヌルの触手とか生み出せないのか?」

 

「無理ですね。出来たとしても作りません」

 

どうやら気のせいだったようだ。

むしろ別方向で真剣に聞いているようだった。

 

「ちょっと待っててね二人とも。今この変態ドMクルセイダーを黙らせるから」

 

「「お願いします」」

 

待つこと数分。

 

全身を縛られ頬を上気させたいつものダクネスが完成した。

 

「これで良しっと。ところでその錬金術というのは、こっちの世界でも出来るのかな?」

 

「こっちの世界で……ですか?」

 

クリスは手をはたきながら突然質問を投げかけてくる。

確かに言われてみれば、こっちの世界に来てからというもの、一度も錬金術を行なっていなかった。

もちろんエリスは錬金術で元の世界に戻れると言っていたので、こっちの世界でも錬金術は行使する事が出来るのだろうが。

 

「えっと、錬金術を行うにはいくつか道具がいるんですけど、それらが全然揃ってないんですよね…」

 

そも錬金術を行うにあたって、いくつか道具が必要になるのだ。

が、こちらの世界に飛ばされた時に、特典としてそんなものまで一緒に付いてくるはずもなく。

お金も殆どない為道具を買い揃えることもままならないのだ。

今こうして改めてその問題に直面すると、そこには頭を抱えたくなってくるような現実が待っていた。

 

「あー…そっか、まぁそうだよね。二人ともお金あんまりないし、こればっかりは少しずつお金を貯めていかなきゃ厳しいかな。と言っても実際どのくらいの金額があれば道具が揃うのかは知らないけどね」

 

クリスは右頬の傷を掻きながら苦笑を浮かべた。

 

「そもそも、錬金術に使える道具ってどこで売ってるのかしら?」

 

リアーネのそんな素朴な疑問に、クリスはポンっと手を打って答える。

 

「そうだっ!別の世界から来たって事は、こっちの世界にはまだ慣れてないんだよね。だったらさ、今日は道具探しも兼ねて街中を散策しない?私、案内するからさ」

 

そんなクリスの提案をフィリスとリアーネが断るはずもなく。

 

「え?良いんですか⁉︎じゃあ是非ともお願いします!」

 

「そうですね、私からもお願いします」

 

「よし、決まりだね。それじゃあ早速出発しようか」

 

そうして三人は冒険者ギルドを出て、街へと繰り出した。

そして。

 

「ん〜〜⁉︎んん〜〜⁉︎ん〜〜〜〜〜⁉︎」

 

取り残されたダクネスは、ギルド中から憐れみの視線を浴びる事となった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ギルドを出たフィリス達が最初に向かったのは武具屋だった。

錬金術に使う道具も確かに必要ではあるのだが、それより最初にリアーネの武器を確保しなければいけないという事になったのだ。

 

「どう?良さそうな弓はある?」

 

「はい、あるにはあるんですけど…」

 

クリスの問いかけに渋い顔で応じるリアーネ。

そんな彼女の目の前には確かに素人目で見ても良さげな弓が壁面に掛けられてはいたのだが。

 

「これはちょっと手を出せないですね…」

 

そこに表記されている値段は五十万エリス。

所持金六万エリスの彼女には全く手の届かない代物であった。

 

「やっぱり買うとしたらこれかしらね」

 

そう言ってリアーネが手に取ったのは二万四千エリスの安物の弓であった。

 

「それで良いの?リア姉」

 

フィリスが目を向けた先にはもう少し高いが、その分性能が良いであろう弓が立て掛けてあった。

 

「良いのよフィリスちゃん。むしろ、これでも結構わがまま言ってる方なんだから」

 

リアーネは手に取った弓の弦を軽く指で弾いた。

心地よい弦音が店内に響く。

 

「じゃあリア姉がそう言うなら」

 

確かに今後錬金術に使う道具を買い揃えていく事を考えると、二万四千エリスというのは決して安い買い物ではないのかもしれない。

それを考えると、店内にある八千エリスと書かれた最も安い弓を買う事もリアーネは検討したのだろう。

だがそれらの安物は全て木材で出来ており、衝撃には弱そうだった。

下手に安物を買ってすぐに壊れてしまうのなら、もう少し耐久性や性能を考慮しても良いのかもしれない。

そんなリアーネの意図に気がついたフィリスは、その意図を汲むことにした。

 

「ありがとう、フィリスちゃん」

 

リアーネはフィリスに笑顔を浮かべた後、手に取った弓の代金を支払いに行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

武具屋にて二万四千エリスの弓と、五十本で三千エリスの安物の矢を買った事により、現在の所持金は三万三千エリスとなった。

 

「三万三千エリスかぁ。これで錬金術に使う道具がどこまで買えるかな?」

 

フィリスは元いた世界で使っていた数々の道具を思い出していた。

 

錬金釜、フラスコ、試験管、天秤………。

 

考えると、現在の資金ではどうやっても買い揃えることは出来ないだろう。

最低限として錬金釜があれば様々な物を作ることが出来るのだろうが、より高性能な道具を作るとなると、材料の質は良いことが前提だが、その他にも道具を使ってより精密な作業をする必要があるのだ。

だがこの残金で錬金釜を買えるとは思えないし、元々の所持金の六万エリスでも、買えるだなんて思ってもいなかった。

少なくとも他の道具はいくつか買えるだろうが、そもそも錬金釜が無いのでは意味を為さない。

そしてそれ以前にとある問題が一つ。

 

「そもそも錬金釜ってどこにあるの?」

 

そう、もとよりこの世界には錬金術というものが存在していなかった。

その為、錬金術に必要な錬金釜という物もこの世界には必要ないものであり。

 

「フィリスちゃん、そっちにあった?」

 

「ううん、なかった。リア姉の方は?」

 

「それらしいものは見当たらなかったわね…。あ、クリスさん、ありましたか?」

 

「普通の釜ならあったんだけど、錬金術…だっけ?それに使えそうな大きな釜は見つからなかったよ」

 

「そうですか、ここもハズレね。フィリスちゃん、次の店に行きましょ?」

 

「うん…そうだね、リア姉」

 

本日八軒目となる店にも錬金釜は見つからず、フィリス達は店をあとにする。

先程から日用品が豊富に置いてありそうな店をクリスが提案し、それらを中心に回ってはいるものの、やはり錬金釜として使えそうな物はどこにも置いていなかった。

 

「うーん、でももう何処を探しても錬金釜なんて置いてなさそうだよね…」

 

ふと上を見上げると、日はとっくに傾き、空は紅色に染め上げられていた。

既に街中の案内は一通り終わり、今はただただ錬金釜が置いてそうな店を探して回っているだけであった。

 

「うーん、正直言ってここまで見つからないとは思ってもいなかったよ。まぁ考えれば当然の事ではあるのかもしれないけどね」

 

クリスは苦笑を浮かべながらそんな事を言った。

 

「それじゃあ、今日の所はとりあえずもう解散としましょうか。街中を散策するのに夢中になり過ぎてご飯も食べていなかったし」

 

お腹をさすりながらリアーネは今日の事を振り返った。

思えばギルドで朝食をとろうと思っていたのだが、それ以前に事情を説明する事に気をとられ、ふと気がつくと朝食を食べないまま街へと繰り出していたのだ。

また、昼食も錬金釜を探すあまり、完全に食事のタイミングを逃していた。

そんな事を思い出すと、急に空腹がフィリスとリアーネを襲った。

 

「アハハ、そう言えばあたしも昼に何も食べてないかな。それじゃあこの後ギルドに行って一緒にご飯食べない?」

 

クリスも昼食をとっていなかった事を思い出したのか、そんな提案をしてきた。

 

「そうですね、それじゃあそうしましょうか」

 

リアーネもその提案に賛同する。

と、ふとフィリスがある事を思い出した。

 

「はっ⁉︎そう言えばダクネスさん放置したまんまだった…」

 

…………………………。

 

長い沈黙が、他の二人もダクネスの事を忘れていたという事を暗示していた。

 

「ま、まぁでもあのまま放置されててもギルドとしては困るだろうし、きっともう解放されて帰らされたんじゃないかな?」

 

クリスが困ったような顔でそう言った時、ふと遠くから物凄い足音が聞こえてきた。

 

「え?何この音?というか何だか近づいてきてない⁉︎」

 

そう言ってフィリスが振り向いた視線の先。

長い金髪をたなびかせ、物凄い形相でこちらに向かってくるダクネスがそこにはいた。

 

「に、逃げるわよ、フィリスちゃん‼︎」

 

「うん、そうだね……って何で逃げなきゃいけないのリア姉⁉︎」

 

「も、もしかしてダクネス怒ってるのかな?はっ…⁉︎まさかダクネスのアイアンクローが炸裂するんじゃ……逃げなきゃ‼︎」

 

「ちょ、クリスさんまで⁉︎」

 

そうこうしている内に、ダクネスがフィリス達の元へと辿り着いた。

 

「はぁ……はぁ……、やっと見つけた……」

 

荒い息を吐きながら、ダクネスは真剣な顔でフィリスを見つめていた。

 

「あのダクネスさんがこんなに真剣な顔をするなんて……や、やっぱり怒ってるんですか?」

 

「ダクネスさん……ごめんなさい!まさかここまで怒ってるなんて思わなくって……」

 

「私も悪かったよダクネス。だからいつもの常時発情期の様な顔に戻って!」

 

口々に勝手な事を言う三人。

ダクネスはそんな三人を怪訝そうに見つめる。

 

「怒るってなんのことだ?というかクリス、今なんて言ったのだ⁉︎なんだかすごく失礼な事を言わなかったか⁉︎」

 

「え?ダクネスってば、ギルドに一人寂しく置いてかれた事を怒ってるんじゃないの?」

 

クリスはダクネスの突っ込みを華麗にスルーして言った。

が、帰ってきた答えは三人を安堵させた。

 

「置いてかれた事は別に構わん。これが放置プレイと言うやつかと思うと身震いがしたし、そんな私に向けられる周囲の好奇の視線もなかなかのものだったし満足はしたぞ」

 

「良かったいつものダクネスだ」

 

ダクネスが怒っていない事を知り、ホッと息をつくと同時、軽く引くクリス。

だがそんなクリスの態度には御構い無しと言った感じで、ダクネスは改めてフィリスに向き直った。

 

「クリスが何を言っているのかは分からないが、まぁ良い。フィリス、一つ頼みがあるのだが…」

 

「え?私ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

ダクネスは真面目な表情でフィリスの事を見つめる。

ダクネスの内面がどうしようもない変態だと知っているが故に、そんな真面目な表情をされるとフィリスもつい身構えてしまう。

 

一体どんな変態的要求をされるのだろうか。

 

そんな事を考えていたフィリスに放たれた言葉は、だが想定していた事と全く違うものであった。

 

「フィリスは錬金術……というものが出来るのだろう?それを使って、ある道具を作って欲しいのだ」

 

ダクネスのその真剣な瞳には僅かな焦燥も含まれていた。

 

こちらの世界に来てからのフィリスにとっては、それが初めての錬金術の依頼となるのであった。




さてさて、とうとうアトリエらしいイベントが発生しましたね。
次回はフィリスがダクネスの依頼のため奮闘します(多分)。


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六話 異世界初採取、ときどき雑草

今回はいつもより投稿遅れましたね。
と言っても普通これくらいなのかな?

これから徐々に忙しくなるので更に投稿ペースが遅くなることが予測されます。
というかぶっちゃけ受験生です、はい。

それでは今回のお話をどうぞ。


「錬金術で道具を作って欲しいって…」

 

突然のダクネスの依頼に困惑の表情を浮かべるフィリス。

作って欲しいものが何かはまだ知らないが、何にせよ現状では錬金術は出来ないのだ。

急に錬金術の依頼をされてもどうにも出来ないだろう。

 

「ダメ……なのか?」

 

ダクネスは不安そうな表情でフィリスを見つめる。

 

「えー、その…、そもそも錬金術の為の道具が全然揃ってないから出来ないんですよ」

 

フィリスは素直に現状を伝える。

このどうにもならない状況を知れば、ダクネスも諦めてくれるだろう。

僅かに罪悪感に襲われたフィリスだったが、これも仕方のない事である。

と、そんな事を考えていると、ふとダクネスが口を開いた。

 

「なら、道具があれば錬金術が出来るのだな?」

 

「え?あ、はい。多分大丈夫だと思いますけど」

 

「何が必要なんだ?」

 

「えっと、まず錬金釜が必要…」

 

「よし、私が金を出そう。今すぐ買いに行くぞ」

 

そう言ってダクネスはフィリスの腕を掴み足早に歩き出した。

 

「ちょっと待ってください!買うって言ってもそんなっ……⁉︎そもそも錬金釜は色んな所に行って探しましたけど、どこにも見当たりませんでしたよ?」

 

リアーネがダクネスに引っ張られるフィリスに助け舟を出す。

その言葉に振り返ったダクネスの視線の先にいたクリスも、肯定するようにコクコクと頷いていた。

 

「そうか…、なら鍛治スキルを持っている人の所に……。よし、武具屋に行くぞ」

 

「ちょちょちょ、ストーップ⁉︎ダクネスさん落ち着いて‼︎」

 

フィリスの嘆きも虚しく、ダクネスは再び歩き出した。

 

 

そんな彼女に連れられるままやってきた武具屋の中。

そこでダクネスはとんでもない事を言い出した。

 

「突然ですまない、特注で大きな釜を作って欲しいのだが」

 

「「「っ⁉︎」」」

 

ダクネスの突飛な発言にフィリス、リアーネ、クリスの三人は目を丸くした。

 

「釜を?一体どんな釜なんだ?」

 

「フィリス、どういう釜が必要なのか教えてくれ」

 

フィリス達が驚いている事なんて気にも留めないで、ダクネスは武具屋のおじさんと話を進めて行く。

 

「どういう釜が必要って…、えと、人が入る程の大きさで、直径が大体…、あ、そうだ!」

 

ふとフィリスは手元からソフィーの手帳を取り出す。

そこには錬金釜についてイラスト付きで記されていた。

 

「デザインはこんな感じです」

 

そう言って武具屋のおじさんに手帳を手渡すフィリス。

その手帳を見たおじさんは不思議そうな顔をした。

 

「見た事ない文字だな…。だがデザインは分かった。直径とか深さをもう少し教えてくれ」

 

「えっとですね…」

 

そうして錬金釜について話し込むフィリスを満足げに見つめるダクネス。

 

「あの、これって本当に釜を作ってもらうんですか?」

 

「そうみたい…だね。お金はダクネスが出してくれるんじゃないかな?」

 

「本当ですか?大体特注なんて相当お金が必要になると思いますけど」

 

リアーネとクリスはダクネスの方を眺めながらそんな事を話していた。

正直、急展開すぎてついていけていなかった。

 

「あいよ、それじゃあこれだと七十万エリスと言った所か。払えるかい?」

 

「な、七十万エリス⁉︎」

 

あまりの値段の高さに軽く目眩すら覚えるフィリス。

しかしダクネスは平然とした顔で更に驚愕する内容を言い放った。

 

 

「百万エリス支払おう。その代わり明日中に出来ないか?」

 

 

「「「「は⁉︎」」」」

 

期せずしてダクネスを除き、その場にいた全員の声がハモった。

 

「いやいや、無理言うなよ嬢ちゃん!明日までってのは流石に厳しいって!」

 

おじさんは手を横に振ってダクネスの無茶振りを断る。

が、ダクネスは尚も冷静に言い放った。

 

「百五十万エリス」

 

「よし分かったおじさん頑張っちゃうぞい」

 

「頑張っちゃうぞい…じゃないですよ⁉︎本気なんですか⁉︎」

 

フィリスの突っ込みを聞き流し、武具屋のおじさんはダクネスと固い握手を交わした。

普通ならこういう時、リアーネがそこで待ったをかけるのだが、あまりの展開に彼女も呆然と目の前で起きた出来事を眺めているだけであった。

 

「よし、フィリス。次の所へ行くぞ」

 

「え?次⁉︎」

 

「まだ必要なものはあるか?」

 

「あるにはありますけど…」

 

「何だ?言ってみろ」

 

「えっと…フラスコとか試験管とか、他にも……というかそれらがあっても錬金術を出来る部屋がないし…」

 

ダクネスに流されるまま、ついついフィリスはそれに応じてしまった。

 

「よし、片っ端から行くぞ」

 

ダクネスはそうして再びフィリスを連れて店をあとにした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ま、まさかここまでやるとは……」

 

 

フィリスは手元の紙を見ながら呟いた。

結局あの後、ダクネスの怒涛の勢いに抗えず、様々な店を巡った。

かつての世界で、錬金術の際に使用していた道具はほぼ全て買い揃え、リアーネとクリス、それにダクネスまでもがその両手に買い物袋を提げていた。

そしてフィリスも右手には買った道具が入った買い物袋が、左手には土地売買の際の契約書が握られていた。

 

「不動産屋が取り扱ってる賃貸物件を、まさか買うなんてね…」

 

リアーネもフィリス同様、ダクネスの奇行をただただ見つめるしか出来なかった。

 

「ふむ、一通り揃ったようだな。後は明日になって錬金釜が完成すれば錬金術が使えるのだな?」

 

ダクネスはフィリスにそんな確認を取ってきた。

 

「あ、はい……じゃない‼︎どうしてここまでしてくれるんですか⁉︎と言うよりどうしてここまで出来るんですか⁉︎ダクネスさんって何者なんですか⁉︎」

 

フィリスはうっかりまたダクネスに流されそうになるのを必死に堪え、今更ながら当然の疑問をダクネスにぶつける。

リアーネとクリスもジッとダクネスの方を見つめる。

どうやらダクネスの口から答えが出るのを待っているようだ。

 

「どうしてと聞かれても、作って欲しい物があるからだが」

 

「作って欲しい物のためとは言え、普通ここまでしませんよ。それに、あれだけの財力があるなら欲しい物も簡単に手に入るんじゃ……はっ⁉︎ヌルヌルの触手とか作れませんよ!」

 

「ち、違う‼︎それも興味はあるが今はそれ以外に必要な物があるのだ‼︎」

 

やっぱり興味はあるんだと皆が軽くドン引きしている中、ダクネスは御構い無しに続けた。

 

「私には今、とある危機が訪れているのだ。具体的には伝えられないから、これ以上の詮索はしないでくれ」

 

ダクネスの真面目な表情に、流石に真剣な空気を感じたフィリスもまた、真面目な表情で応答する。

 

「……分かりました。それでどんな物を作って欲しいんですか?」

 

その言葉を聞きダクネスはパッと明るい表情を浮かべた。

 

「そうか、引き受けてくれるか!それなら、人を眠らせたりでも気絶させたりでも何でもいい。何回も使えて、あまり人を傷つけずに無力化出来るような道具を作って欲しい。最悪、多少なり手荒な物でも構わない」

 

そんなダクネスの発言を聞き、フィリスだけでなく、その場にいたリアーネとクリスもまた怪訝そうな、それでいて咎めるような視線を送る。

だがダクネスも皆の思っていることを察しているようで。

 

「決して悪意がある訳ではないのだ。言っただろう、あまり人を傷つけずに無力化したい、と。だから、どうか何も聞かずに依頼を受けて欲しい」

 

そう言って頭を下げた。

 

「……分かりました、やってみますね。それで、いつまでに作ればいいんですか?」

 

ダクネスに根負けしたフィリスはとうとう諦め、依頼の話をしだした。

 

「ありがとうフィリス。それで具体的には六日後まで完成させて欲しいのだが」

 

「六日後までですね、分かりました。それじゃあやってみますね」

 

*****

 

それから全員でダクネスに買ってもらった家まで行き、荷物を置いた後、クリスとダクネスとは別れた。

 

リアーネは宿にチェックアウトをしに行き、一人取り残されたフィリスは家の中を軽くウロついた。

その家は豪邸のように大きい訳ではないが、かといって小さい訳でもなく、リアーネと二人で過ごすには充分すぎる位の広さを誇っていた。

最近まで空き家だったようだが、定期的にこの家の元管理人が掃除をしていたらしく、中は思ったよりも綺麗である。

また、最低限必要な家具も揃っており、今日からでも住めそうだった。

ベッドルームにはちょうど二つのベッドがあり、そのシーツは一切のシワなく綺麗に敷かれていた。

台所の方へと行くと、調理がしやすい大きさのシンクがピカピカに磨かれており、その付近には立派な食器棚が置いてあった。

 

その後も家の中を探索したフィリスはだが、未だ釈然としないでいた。

 

「何でダクネスさんはあんなにもお金を持っていたんだろう?」

 

ダクネスに連れられ必要な物をほぼ全て買い揃えた頃には、出費はおよそ一千万エリスを悠に越していた。

まぁその内の殆どがこの家を買うのに使われた訳だが。

しかし、そこまでの大金を持つなんて普通はあり得ない話であり、更にはそれだけの金があるのなら、他人を無力化出来るものなんていくらでも手に入るのではないだろうか。

 

「うー……、やっぱり考えても分かんないや。本人に聞いてみる……のはダメだよね。詮索しないでって言ってたし」

 

これ以上は考えても無駄だと判断したフィリスは、今日買ってもらった物の整理を始めた。

 

「これはここで、これはこっち。それからこの道具はここの棚にっと♪あ、そう言えば依頼されたものの、何を作ればいいのかな?」

 

ふとダクネスからの依頼について思案する。

他者を傷つけずに無力化出来るものなら何でも良いと言われたが、それにしたって色々な方法で無力化する事が出来るだろう。

一体何を作れば良いのかは完全にフィリス任せなのだ。

とりあえず依頼内容に合った道具がないか、ソフィーの手帳をパラパラとめくりながら考える。

 

「うーん、あっちの世界での戦闘で使ってた敵を弱体化させる道具とかで良いのかな?でもでも、大抵が毒とかあるから、毒は発現させないように作んなきゃだよね。あ、『そよ風のアロマ』でも良いのかな?」

 

『そよ風のアロマ』とは、フィリスがかつての世界で使ったりしていた回復アイテムである。

このアイテムが発する安らぎの香りは、興奮状態を落ち着かせる効果がある。

実際にフィリスは、喧嘩しているカップルを見かけた際『そよ風のアロマ』を使い二人を落ち着かせ、仲直りさせた事があるが。

 

「でも敵を落ち着かせたらやっぱりダメだよね」

 

ダクネスは他者を無力化したいと言っていた。

その他者と言うのは、ダクネスにとって恐らく『敵』なのだろう。

どういう訳で無力化させたいのかは知らないし、その敵と戦ったりするのか、或いはその敵から逃走するのか、それはフィリスにとっては知り得ない事だ。

しかし、そのどちらにせよ相手を落ち着かせ冷静にさせるのはマズい事だろう。

オマケに『そよ風のアロマ』はあくまで回復アイテムである。

敵を冷静にさせ、体力まで回復させてやる義理はないだろう。

 

「となると今の所、一番良さそうなのは暗黒水かな?」

 

暗黒水とは、相手に毒を与え、尚且つ眠らせるアイテムである。

また、作り方によれば毒を与えるのではなく、相手を弱体化させる効果に変わる。

今回は敵の無力化が目的のため、毒などを与えて殺すなどという選択肢は一切無い。

そのため毒の効果を敵を弱体化させる能力へと変化させ、尚且つ強烈な眠りを与える効果はそのままという非常に難しい事をしなければならない。

 

「それでもこの世界で初めての依頼だもんね。気合い入れて頑張んなきゃ。よーし、絶対成功させるぞー!」

 

フィリスはやる気に満ち溢れた声で声高に宣言した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それでダクネスさん。私の道具を使うときの状況がどんな風なのか教えてもらえると助かるんですけど。戦ったりするんですか?」

 

翌朝、フィリスは再びダクネスとギルドで合流し、必要な情報を聞き出していた。

リアーネとクリスも同じ席に座っており、朝食を食べていた。

 

「別に戦ったりする訳では無い。ただ逃げるだけだ」

 

「逃げるだけ…ですか」

 

「そうだ、因みに敵は複数。味方は…その時は恐らく私一人だろう。一人で大勢から逃げ回るのだ。極力敵の無力化をして逃走出来るようにしたい」

 

ダクネスは事細かに予測している状況を説明しだした。

何故そんな状況になるのか、どうしてそんな事が分かるのか。

それは依然としてフィリス達には分からない話だが、それについては詮索しない約束だ。

誰も事情を聞こうとはせず、ジッとダクネスの話を聞いていた。

 

「それじゃあ足を止めたり、遅くさせたりでも良いんですか?」

 

「あぁ、それでも充分助かるよ」

 

「そうですか…、それならやっぱり何とかなりそうかな」

 

ダクネスはフィリスの言葉に頷き、フィリスもまた、ダクネスの言葉に頷く。

 

人を傷つけずに無力化するとなると、フィリスには眠らせる位しか思いつかなかったが、今言ったような事でも良いのなら選択肢は相当広がる。

昨日フィリスが思いついた暗黒水は確かに今回の依頼にはうってつけの道具ではあるが、いざ作るとなるとその制作難度は中々高い。

 

オマケにここは異世界。

 

知らない材料ばかりのこの世界で、かつての世界でやってた通りに錬金が出来るとは限らない。

もちろん暗黒水以外の道具も上手く作れる保証はない。

全てが未知数ゆえに、選択肢は多い方が良いのだ。

 

「所で例の錬金釜はいつ頃完成するのかな?」

 

クリスは朝食を食べ終え、水を飲みながらそんな事を聞いてきた。

 

「確か今日中に作るって言っていたわよね」

 

その言葉にリアーネも相槌をうつ。

 

「それに関してだが、ギルドに来る前に様子を見に行ったら既に完成していたぞ」

 

「「「え⁉︎」」」

 

三人は驚きの声をあげた。

 

「もう完成したって早すぎませんか⁉︎」

 

リアーネは当然のツッコミを入れ。

 

「あのおじさん気合い入りすぎでしょ⁉︎どんだけがめついのさ⁉︎」

 

クリスは武具屋のおじさんをディスり。

 

「ホントですか⁉︎すごい…、どんな風になってるんだろう?楽しみだね、リア姉‼︎」

 

フィリスは期待に満ち溢れていた。

 

「それでどうやってその釜を運ぶのか聞いたのだが、どうやらそれは考えてなかったようだった」

 

「「「え⁉︎」」」

 

またもや三人の声がハモる。

しかし今度は全員同じ事を考えていた。

 

おじさんアホだなぁ_______と。

 

「だから運搬料を払うからフィリスの家に届けるよう頼んでおいた。一人当たり五十万エリスで、十人がかりで運ぶそうだ」

 

「運搬料高っ⁉︎制作費を上回ってるじゃないですか…」

 

フィリスが呆れたようにツッコミを入れるなか、今度はダクネスがフィリスに質問を投げかけた。

 

「もうそろそろ家には釜が到着している頃だろう。これで錬金術とやらが出来るようになっているはずだが、材料とかは揃っているのか?」

 

「今はまだ一個も材料はありませんね…。だから、今日採取に行こうかなと思ってたんです」

 

フィリスは昨晩、リアーネと相談して今日材料の採取に行こうと話していたのである。

リアーネもフィリスの言葉にコクコクと頷いていると、ふとクリスがある提案をしてきた。

 

「へー、採取かぁ…、なんか面白そうだね。あたしもついて行って良いかな?」

 

「え?ホントですか!助かります!」

 

フィリスはもちろんクリスの提案を快諾した。

土地勘もあまりなく、この世界の素材についても詳しく知らないフィリスにとって、クリスのように案内人になり得る人材は非常に心強いのだ。

 

「その採取に私も同行させてもらえないだろうか?」

 

ふとダクネスもクリス同様そんな提案をしてきた。

 

「え?ダクネスさんもですか?」

 

「あぁ、元々は私が依頼した事だしな。魔物と遭遇したらその時は私が盾となり皆を守ろう」

 

そう言うダクネスの表情は、いつもの様に魔物にズタボロにされる事を妄想した頭のおかしいドMの表情……ではなく、いたって真面目なものであった。

 

「うーん、うん、分かりました。それじゃあよろしくお願いしますね、ダクネスさん」

 

フィリスは笑顔で承諾した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おーい、こんなのはどうかなー?」

 

遠くでクリスの声が聞こえる。

その手にはカエルの粘液が詰まった瓶が握られていた。

 

 

あの後ギルドを出た四人は、共に街の外へと採取に出掛けていた。

 

 

先程からクリスは様々な材料を持ってきてくれる。

この世界の植物やら動物に詳しいのか、持って来てくれるものは実に多種多様で、それらを迅速にかき集めるその姿は、採取に慣れているフィリスから見ても大したものだった。

 

「ありがとうございます、クリスさん!それも持ち帰りますね」

 

フィリスはクリスの元へ駆けて感謝の言葉を述べる。

と、ふとダクネスもそこへやってきて。

 

「フィリス、こんなのはどうだ?」

 

「それは……雑草ですね。これで六回目です」

 

クリスとは対照的にダクネスは植物に詳しくないのか、先程から雑草しか持ってこない。

最初こそもしかしたら使えるかもと受け取りはしたが、ただの雑草が大量にあっても仕方ないので、今ではダクネスがせっせと摘んできた雑草はそこら辺に棄てている始末である。

 

「そ、そうか…、すまない……」

 

ダクネスは申し訳無さそうな顔で答える。

因みにダクネスは同じ事を繰り返すうちに、次第に目に見えて肩を落とすようになった。

本人としては頑張っているつもりなのだろうが、どうしても空振りに終わってしまうのだ。

だがまだ諦めていないのか、ダクネスは再び材料を探しに行った。

 

「フィリスちゃん、近くの森でこんな物を見つけたわ」

 

背後から近づいてきたリアーネが持ってきたのは、ヘドロの様な液体と、毒々しいキノコや植物だった。

 

「こんなのもあるんだ。このキノコとかは結構使えるかも。リア姉、このキノコを採った付近にもっと生えてると思うし、もしかしたら別の種類もあるかもだからもう一回行って来てもらえる?」

 

「分かったわ、フィリスちゃん」

 

フィリスの指示を受け、リアーネは再び森の中へと向かって行った。

それぞれが様々な場所で採取する中、フィリスはというと鉱石の声を聞こうとしていた。

 

フィリスには生まれつき、鉱石の声を聴ける能力があるのだ。

 

彼女の故郷のエルトナは、岩をくり抜いたような所にあるので、鉱石採取が盛んである。

そのため鉱石の声が聴けて、その鉱石の場所が分かるフィリスは、錬金術に触れるまではよく長老に頼まれて鉱石拾いの仕事をしていたのだ。

その能力をここでも活かそうと試みるフィリスだったが、一つだけ障害があった。

 

「どうしよう…、あんまり声が聴こえない…」

 

ここはフィリス達の世界とは違う世界。

向こうの世界の鉱石の声が聴けても、こちらの世界の鉱石の声は未だ聴こえていなかった。

がしかし。

 

「声は聴こえないけど、それらしい音は薄っすら聴こえる…かな?」

 

先程から鉱石の声を聴こうとしているフィリスには、確かに何かしらの音は届いていたのだ。

その音がする方へ向かって右へ左へと、あちこち歩き回るフィリス。

そうしてフィリスが到着したのは、大きな崖壁の所だった。

そこへ辿り着くと、先程までの音がより一層大きくなった。

 

「色んな所から音がする…。よぉし、まずはここだね!」

 

色々な音が聴こえている中、最も近い所にある音の発信源の前に立つと、おもむろに杖を振った。

本来ならピッケルを使ったりするのだろうが、生憎そんな物は持っていない。

そういう時、フィリスは大抵杖で地道に岩を削っていくのだ。

杖が壊れないように慎重に、それでいて力強く岩を削っていけるのは、そんな作業にも慣れてしまっているからだろう。

汗を流しながらも岩を掘り進めていくと、そこには淡い水色をした鉱石の塊が見えてきた。

 

「はぁ…はぁ…、これは?……わっ⁉︎冷たい!」

 

フィリスがその鉱石に触ると、ヒンヤリとした感触が感じられた。

 

「これ…ハクレイ石みたい…」

 

ハクレイ石とは、フィリスのよく知る鉱石の一つで、ヒンヤリとした冷たい鉱石なのだ。

またハクレイ石は『レヘルン』と呼ばれる氷の爆弾を作る際などに用いることができる鉱石でもある。

 

「レヘルン…レヘルン……、あっ!『レヘルン』で床を凍らせれば足止めになるかな!」

 

そんな事を閃いたフィリスは、周囲の岩を掘って埋まっていたハクレイ石のような鉱石を取り出した。

 

「よぉし、この調子でどんどん掘っちゃおう!」

 

フィリスは杖を片手に採掘作業を再開した。

とその時、ダクネスがこちらに向かって走ってきた。

その手には何か握られているようだった。

 

「フィリス、こんなのを見つけたんだ。これは錬金術に使えないだろうか?」

 

「雑草ですね。使えますけど要りません」

 

*****

 

「リア姉、クリスさん、結果はどうだった?」

 

「あたしはそれなりに採取できたと思うよ。珍しい花に珍しい草。蚕とかもいたし、色んな木の枝とかも拾ったし、カエルの粘液も採ったしね。それから綺麗な湧き水も組んできたよ」

 

「私はフィリスちゃんに頼まれた通り、色んなキノコを集めてきたわ。ちょっと臭いけど、ヘドロみたいな怪しい液体も少し汲んだわね。まぁ使えるかわからないけれど」

 

再び合流したリアーネとクリスに対し、成果を聞くフィリス。

二人ともそれなりに採取出来たようで、フィリスもその報告を聞き満足そうに頷いた。

 

「うん、それだけあればいくつか道具は作れそうだね」

 

「所でフィリスちゃん、そっちはどうだったの?何やら大荷物だけど」

 

リアーネがフィリスに問いかけると、フィリスは「フッフッフッ」などと言いながら、持っていた大きな麻の袋の中身を見せた。

 

「じゃーん!こんなに鉱石が採れちゃいました‼︎」

 

「おぉ!」

 

フィリスがドヤ顔で披露した大量の鉱石に、クリスは感嘆の声を漏らした。

そこには淡い水色の鉱石だけでなく、情熱的な赤色をした鉱石や、夕陽を浴びて輝く黄色の鉱石など、様々な鉱石がゴロゴロと入っていた。

 

「さすがはフィリスちゃんね。姉として誇らしいわ」

 

リアーネはデレた声でフィリスを褒め出す。

久々にリアーネのシスコンが姿を現した瞬間であった。

 

「いや〜、それ程でもあるよ〜」

 

「あるんだ…」

 

満更でもないフィリスにツッコミを入れるクリス。

そんな三人の元に、ダクネスが大量の植物を抱えてやってきた。

 

「はぁ…はぁ…、フィリス。これならどう」

 

「雑草ですね。八回目です」

 

「(´・ω・`)」

 

ダクネスの言葉を遮り断言したフィリス。

ダクネスはその場でうずくまった。

 

「なぜだ…、どうして私は雑草しか持ってこれないんだ…」

 

目に見えて落ち込むダクネスに、クリスが助け舟を出す。

 

「ま、まぁダクネスも頑張ったんだしさ。気を落とさなくていいよ。それに、これだけの材料を運ぶのは骨が折れるしさ、ダクネスも荷物持ち手伝ってよ」

 

「あ、あぁ。そうだな。この際荷物持ちとして役に立つしかないからな…」

 

ショボくれながら荷物をもつクルセイダーと、そんな彼女に苦笑を浮かべる三人。

 

こうしてその日の採取は終わったのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「錬金釜だ‼︎私がよく使ってた錬金釜と同じ釜だ‼︎」

 

家に帰ると、そこには(ダクネスが)依頼しておいた錬金釜が家のど真ん中に鎮座していた。

 

「すごい…、確かにフィリスちゃんが使ってた錬金釜にソックリね」

 

「へぇ、これが錬金釜か。なんかホントにそれっぽい雰囲気が出てるね」

 

リアーネとクリスも鮮やかな金属光沢を放つそれを見て、口々に感想を述べた。

そんな様子を満足げに眺めていたダクネスは。

 

「それではフィリス。私はもうそろそろ帰るから、後は頼んだぞ」

 

そう言って採取してきた材料を床に置き、帰ろうとした。

 

「はい、任せてください!」

 

フィリスはそんなダクネスに向かって頼もしい事を言った。

 

「それじゃあ、あたしももう帰るかな。じゃ、またね」

 

クリスもそう言い残し、材料を置いて家をあとにした。

二人を見送ったあと、フィリスは錬金釜に向き直り、腕を伸ばして気合たっぷりに宣言した。

 

「久々の錬金術だぁ♪よぉし、今から色んな道具作っちゃうぞー!おーーー‼︎」

 

「フィリスちゃんフィリスちゃん。まず大衆浴場に行って、それからご飯を食べに行きましょう」

 

今日一日で汗をかきまくり、土などで身体が汚れた状態で声高に宣言するフィリスに、リアーネは待ったをかけた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ホントに……ウォルバク様は一体どこにいるんだ?」

 

日が暮れて、美しい星空が広がる中。

 

 

『そいつ』はアクセル付近の草原に降り立っていた。

 

 

「うーむ、ここもハズレか?いや、もう少し探してみるか」

 

漆黒の肌に筋骨隆々の大柄な体格、黄色い瞳に禍々しい角と牙に大きな羽。

それはまさしく『悪魔』と呼ぶに値する姿をしていた。

真夜中に佇むその巨体は、見る者全てを震え上がらせるような、凄まじいオーラを放っていた。

 

「森の中とかも探して見るか…。…………ん?何だこれ?」

 

そこには、大量の雑草が不自然に山積みにされていた。

悪魔がそれを不審に思い、その雑草の山を漁ってみると。

 

「これは……変な瓶だな。まぁ一応貰っておこうか」

 

悪魔を模したような瓶が、そこには埋まっていた。




ホントは依頼を成功させる所まで書きたかったんですが、相当長くなったのでここいらで区切ります。
アイテムとか設定とか作り方とか、色々調べてたら結構時間かかっちゃいましたね。

それではいつもの新語解説いってみよー

そよ風のアロマ…回復アイテム。それなりに使えると自負している。

暗黒水…そこそこの強さを誇るアイテム。名前からして強そう。

レヘルン…氷の爆弾(何言ってんだ俺)

ハクレイ石…冷たい石。レヘルンなどの材料になる。

鉱石の声…実際にある設定。フィリスの師匠であるソフィーは、鉱石だけでなく素材全ての声が聴こえる。らしい。我々プレイヤーは、正直具体的なことはあまり分かっていない、と思う。


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七話 ある日の出来事〜フィリスside〜

段々と投稿ペースが遅くなってる。
いやむしろこの位がやはり普通なのだろうか。


フィリス達が採取に出かけた日から三日がたったある日の夜。

フィリスは錬金釜の中をグルグルと掻き混ぜていた。

 

「よいしょ、よいしょっと。よし、完成だー‼︎」

 

釜の中からは悪魔の形を模した瓶が出てきた。

それは、『小悪魔のいたずら』と呼ばれるアイテムであった。

『小悪魔のいたずら』は錬金の難度が低めな、敵にデバフをかける道具である。

ちなみに今回作った『小悪魔のいたずら』には、その効果として『レベルダウン・中』と『スロウを与える・強』が、特性には『使用回数+2』がついてる。

ダクネスからの依頼にはうってつけの道具が完成したわけだが。

 

「でもまだ一個かぁ……。まだまだ頑張んなきゃだね」

 

そう、未だに一個しか依頼用の道具が出来ていなかった。

というか今しがたその一個が完成したのだ。

 

と言うのも、この三日間はずっと試行錯誤を繰り返していたのだ。

 

錬金術のやり方を簡単に説明するならば、フィリス曰く「材料をばっ、って入れてぐるぐるーって混ぜたらどーん!って出来ちゃうんですから! 」とのことだが。

作り方によっては同じ道具でも発現する『効果』が変わったりするのだ。

更に言うなれば、同じ材料でも品質やサイズなどによって、のちに出来上がる道具の性能も変わってくる。

オマケに『特性』という概念もあり、その『特性』によって使用回数の増減や威力の増加なども見込めるのだ。

錬金術はパッと見は地味で、フィリスの説明からしても至極単純な様に思えるが、その実非常に奥が深く、極めるのは困難な事だ。

 

だからフィリスは当初、どの材料がどの様な反応を起こし、どんな錬金成分が含まれているかをずっと確かめていたのだ。

初日はフィリスの予想外の反応が起こることもしばしばあり、その都度爆発などもしたものだが、基本的には元いた世界と同じように錬金術が出来た。

二日目には材料に含まれる錬金成分が大体把握でき。

そして三日目の今日、ようやくフィリスの描いた通りの道具が一つ完成したのだ。

フィリスが満足げに、それでいてやる気に満ちた表情で『小悪魔のいたずら』を眺めていると。

 

「フィリスちゃん、クッキーが焼けたわよ」

 

リアーネがお菓子と紅茶を持って台所から出てきた。

 

「え?ホント?やったー!リア姉のお菓子久々だぁ!それにちょうど道具も完成して落ち着いた所だったしね」

 

フィリスはリアーネの持ってきたお菓子を、目を輝かせながら見つめた。

この世界に来てからと言うもの、慌ただしい毎日だったため、お菓子を作る余裕なんて今の彼女達には全くなかった。

が、こないだのクエストで僅かながらに収入を得たことにより、数日分の食費は手に入ったのだ。

本当はお菓子の為の材料も買う余裕はまだないのだが、フィリスはリアーネの作るお菓子が大好物だった。

その事実は姉冥利に尽きるのか、リアーネは頑張っているフィリスの為に、なけなしのお金をはたいてお菓子を作ることにしたのである。

 

「そう言ってもらえると嬉しいわ。さ、どんどん食べてね」

 

フィリスの言葉に嬉しそうに応えながら、リアーネは机の上にクッキーの乗った皿と紅茶が入ったカップを置いた。

フィリスは錬金術で少し汚れた手を洗った後、椅子に腰掛けて手を合わせた。

 

「いっただっきまーす!」

 

そうして美味しそうにクッキーを頬張った。

 

「ん〜〜!やっぱりリア姉の焼くクッキーは最高だね‼︎」

 

「ありがとう、フィリスちゃん。またお金が入ったら作ってあげるわね」

 

「へー、クッキーですかこれ。美味しそうですね、私も一口頂きますね」

 

幸せそうなフィリスを見て幸せそうな顔を浮かべるリアーネの前に、突然エリスが降臨してきた。

 

「ダメですよエリス様」

 

「いたっ!ちょ、やめて下さいよリアーネさん!」

 

勝手に家の中に侵入し、勝手な事を言って、勝手にクッキーへと手を伸ばすエリスの手をリアーネは叩いた。

 

「それはこっちのセリフです。これはほんの僅かしかないお金をはたいて、フィリスちゃんの為に作った物なんですからね」

 

可愛く頬を膨らませるエリスに、フィリス絡みの事となると女神だろうが悪魔だろうが容赦しないリアーネが食ってかかる。

 

「まぁまぁ、落ち着いてよリア姉。一枚くらいなら良いでしょ?」

 

「むぅ……フィリスちゃんがそう言うなら」

 

「ありがとうございます、フィリスさん。それでも一枚だけなんですね………」

 

フィリスの言葉にリアーネは渋々了承し、エリスは苦笑を浮かべていた。

 

「それで、今日はまたどういったご用件で?」

 

リアーネは紅茶をエリスに出しながら問う。

エリスはその紅茶を素直に受け取った。

 

「あ、これはどうも。………美味しいですねこの紅茶!やっぱりお菓子と紅茶の組み合わせは良いですね」

 

「そうですね。それでどういったご用件で?」

 

エリスの言葉を軽く受け流し、再度問うリアーネ。

エリスは「雑談も出来ないんですか…」と肩を落としながら。

 

「実は、これと言って特に重要な用件はないんですよ」

 

苦笑を浮かべて言い放った。

 

「むぐむぐ……んっ、じゃあ重要じゃない方の要件はなんですか?」

 

フィリスは口の中のクッキーを飲み込んでから、エリスの意図を推し量るように言った。

 

「えぇ、お二人の様子を伺いにきたんですよ。とりあえずは順調そうですね」

 

「まぁ、順調と言えば順調ですかね。金銭面を考慮しなければの話ですけどね」

 

エリスがホッとしたような表情で話す中、リアーネは愚痴を零しながらも相槌を打つ。

 

「それでも今のこの現状は中々のものですよ。まさかダクネスがここまでするとは思ってもいませんでした」

 

「あれ?エリス様、ダクネスさんの事を知ってるんですか?」

 

「えぇ、彼女は敬虔なエリス教徒ですから」

 

エリスはフィリスに対し、ほんのり頬を赤く染めながら応える。

どうやら自分で言ってて少し照れているらしい。

そんなエリスを可愛いく思いながらも、フィリスとリアーネは同じ事を考えていた。

 

ドMが自分の信者ってどんな気持ちなんだろう_______と。

 

「そう言えば、こないだもクリスさんとダクネスさんは自分の信者だって言ってましたよね。同じ宗派なのにどうしてああも違うのかしら?」

 

「やっぱり国教になっている程なんだし、信者だって多種多様な人が居るんだよきっと」

 

「あの…、それってもしかしなくてもダクネスのアレな内面の事を言ってますよね」

 

流石は女神様である。

信者の性癖の事もバッチリ分かっていらっしゃるようだった。

 

「ま…まぁでも無事に錬金術が出来るようになってて良かったです。それにしても錬金術って凄いんですね。ただ…このデザインは何とかならないんですか?」

 

エリスはフィリスが作った『小悪魔のいたずら』を手に取りながらそんな事を言う。

 

「デザイン?デザインに何か問題があるんですか?」

 

「いえ、あの、そう言う訳ではないんですけどね…。その…一応私も女神なので、やっぱり悪魔とかアンデットは敵視してるんですよね。そもそも悪魔というのは………」

 

エリスは右頬を掻きながらどうにもならない事を言ってきたと思ったら、今度は悪魔の悪口をコンコンと説き始めた。

どうやら神と悪魔は水と油の如く相容れぬ関係らしい。

フィリスとリアーネは段々とヒートアップしてくるエリスの話を呆然と聞くしかなかった。

 

「………というわけで、悪魔は最低最悪の悪趣味な種族なんです」

 

「なるほど、そうなんですね。フィリスちゃん、『小悪魔のいたずら』を大量に作ってストックしておきましょう」

 

「私の話聞いてました⁉︎」

 

的確にエリスの嫌がる事を提案するリアーネに、エリスは涙目で訴えた。

 

「リ、リア姉落ち着いて…」

 

「冗談ですよエリス様。と言っても、デザインに文句を言われてもこちらとしては困るんですが」

 

「わわ、分かってますよ。ただ、もしどうにか出来るなら私としてはそのデザインは控えて欲しいのですが」

 

「んー、手間なのでお断りします」

 

「ですよね…」

 

エリスはがっくりとうな垂れた。

 

「まぁ、やはりどうにもならない事を言っててもしょうがないですよね。今日はあなた方の様子を見れただけでも良しとしましょう。それでは、お休みなさい」

 

エリスはそう言うと、フッとその姿を消した。

それを見送ったリアーネは心底疲れたようにため息をついた。

 

「悪魔の話をしてた時のエリス様、すっごい面倒だったわ……」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日。

フィリスは錬金術で『レヘルン』を作っていた。

ダクネスに道具を渡すのは今日の十五時である。

それまでに道具を完成させねばならないのだ。

そのためフィリスは朝早くに起き、錬金術に勤しんでいた。

現時点で完成した道具は、『小悪魔のいたずら』と『不幸の瓶詰め』の二つであった。

どちらも対象の動きを遅くさせる効果を持たせ、更には使用回数を増やす特性を付与させている。

残るは『レヘルン』を作るだけである。

 

「うんうん、何だか順調だね。あとは一昨日作った『中和剤』を……、って、コレ『中和剤』じゃなかった」

 

それが何かもよく確認せずにフィリスが手に取ったのは、リアーネが採取してきたヘドロのような怪しい液体が入った瓶だった。

フィリスが手にした瓶を戻そうとした瞬間。

 

 

ドゴォォォォォォォォォ‼︎

 

 

爆発音のようなそれは突然に街中へと轟き、大地を震わせた。

 

「わぁっ⁉︎ななな、何っ⁉︎何なの⁉︎」

 

その轟音にフィリスは驚き、萎縮した直後。

 

ポチャン

 

「あ…」

 

先程までフィリスが握りしめていた瓶が錬金釜の中へとダイブした。

 

「………あ」

 

フィリスが恐る恐る錬金釜の中を覗くと、既にそれは禍々しい色へと変色しており。

 

「あわわわわ…どどどどうしよう……、爆発する⁉︎」

 

今までの経験からその事を察知したフィリスは、咄嗟に錬金釜から飛び退き、床に伏せて頭を抑えた。

ドゴォォォォォ‼︎

 

直後フィリスの後方から爆音が響く。

 

「ケホケホっ……うぅ、いい感じだったのに……」

 

突然起こったアクシデントにフィリスは悲しみを隠せなかった。

が、すぐにふとある事を思案した。

 

「今の音、多分街の外からだよね。リア姉大丈夫かな?」

 

というのも、リアーネは朝早くに一人でクエストを受けに行ったのだ。

 

なんでも、今日の分の食費がもうないらしい。

 

本当はフィリスもついていきたい所だったのだが、フィリスはダクネスの依頼をこなさなければいけなかった為、仕方なくリアーネ単身でクエストを受けに行ったのである。

なお、クリスは今日は別の用事があるらしく、ダクネスも午前中は用事が、午後はフィリスと落ち合う約束なのでクエストにはいけないとのことだ。

 

そういう訳でリアーネは外へと行っているのだが、そんな中突然あの爆音が鳴り響いたのである。

音と振動からして、相当な大爆発が起こったことが予想される。

もしかしたら巻き込まれてはいないだろうかと、フィリスは不安になった。

 

「うぅ、心配だぁ……。でも、ここでずっと考えてても何も変わらないよね。よし、私は私に出来ることをしなきゃ!」

 

万が一の事態を想定すると、身震いが止まらなくなったが、それを振り切ってフィリスは錬金術を再び再開した。

たった今調合には失敗したものの、幸いまだ時間はある。

フィリスは今度こそ成功させるために、すぐに思考を切り替えて、錬金術に集中した。

 

*****

 

「か、完成だ〜〜〜‼︎」

 

それは、約束の時間の十分前であった。

見事錬金術を成功させ、フィリスは『レヘルン』を完成させていた。

 

「はぁ…良かったぁ。えぇと、時間は…十分前かぁ。間に合って良か……十分前っ⁉︎」

 

ちらりと時計を一瞥したフィリスはそんな驚きの声を上げた。

どうやらずっと時計を見ていなかったらしい。

 

「あわわわわ…急がなきゃ!えっと、『小悪魔のいたずら』は……あった!『不幸の瓶詰め』は……」

 

慌てて作った道具を掻き集めると、フィリスはすぐに家を飛び出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「はぁ…はぁ……、ダクネスさん……これ、はぁ…頼まれてたものです………」

 

「あ、あぁ…、ありがとう……」

 

汗だくで冒険ギルドへと辿り着いたフィリスは、その中にダクネスの姿を確認するや否や、その場へと突進していった。

フィリスの想定外の登場の仕方にダクネスが反応に困っていると、フィリスは徐ろに鞄の中の物を広げた。

 

「はぁ…これは…はぁ、はぁ…小悪魔の…はぁ………」

 

「と、とりあえず落ち着け。そうだ、何か飲み物を頼もう。私の奢りでいいから、な」

 

息も絶え絶えの状態で道具の説明をするフィリスをダクネスは宥めながら、近くの職員を捕まえて注文を取る。

それから数分後、頼んだ飲み物が届くとフィリスはそれを一息で呷った。

 

「んぐ、んぐ……ぷはぁー!」

 

「どうだ、落ち着いたか?」

 

「はい、ありがとうございます、ダクネスさん」

 

落ち着きを取り戻したフィリスは、改めて道具の説明をしだした。

 

「えっとですね、これは『小悪魔のいたずら』と言って、対象の動きを遅くさせる効果があります。使用回数は六回ですね。それからこっちの『不幸の瓶詰め』と呼ばれる道具も同じ効果を持っています。こっちは使用回数は七回です」

 

「なるほど、動きを遅くさせれれば十分ではあるな」

 

道具の解説を聞き頷くダクネス。

どうやら道具の性能にそれなりに満足しているようだ。

 

「それで、こっちの道具は何なのだ?」

 

「あぁ、それは『レヘルン』という爆弾です」

 

「ばく…だん?」

 

ダクネスは怪訝そうな顔を浮かべる。

 

「どうかしたんですか?」

 

「いや、爆弾言われてもな…そこまで人を傷つけるような物は必要ではないんだが」

 

「あぁ、そういう事ですか」

 

ダクネスの懸念を知り安堵するフィリス。

ダクネスはそんなフィリスの反応にさらに怪訝そうにした。

 

「この『レヘルン』とかいう道具が爆発するのであれば、これは受け取ることが出来ない。必要以上に人を傷つけることになるだろう」

 

ダクネスは『レヘルン』を興味ありげに触りつつも、そんな事を言った。

が、フィリスはそんなダクネスの言葉に得意げな顔を浮かべた。

 

「フッフッフッ…実はですね、これ普通の爆弾じゃなくて、氷の爆弾なんです!まぁこの世界にとっての普通の爆弾がどんなのか分からないですけど」

 

ドヤ顔で披露するフィリスに、ダクネスはやはり不思議そうな顔で質問した。

 

「氷の爆弾?どういうことだ?」

 

「えっとですね、これは人に投げるんじゃなくて床に叩きつけて使うんですよ」

 

「床に?」

 

「はい。と言っても本来は敵にぶつかるものなんですけどね。まぁそれはさておき、これを床に叩きつけたら床が凍ります。そしたら、追っ手の足止めになると思いませんか?」

 

「…っそうか!」

 

ダクネスはフィリスの意図がようやく腑に落ちたようで、手をポンと叩いた。

 

「気に入ってくれて良かったです。でも、ホントは『暗黒水』と呼ばれる道具を作りたかったんですけどね」

 

フィリスはダクネスが満足そうにしているのを見て喜びつつも、少し残念そうに言った。

というのも、ダクネスの役に立ちそうな道具はそれなりに作ったフィリスだったが、本来の依頼は敵を傷つけずに無力化する道具の作成である。

今回納品した道具でも満足はしてくれたようだが、それらは全て敵の足止めは出来るが無力化とまではいかない物だ。

その点『暗黒水』なら敵を無力化出来るものの、それは現時点では錬金する事が出来なかったのである。

その事はフィリスにとっても唯一悔やまれる事であった。

だがダクネスは落ち込むフィリスの手を嬉しそうに取った。

 

「その『暗黒水』…とやらが何かは知らないが、とにかく助かった。ありがとう、フィリス」

 

「………っ!はいっ、どういたしまして、ダクネスさん」

 

フィリスはダクネスの感謝を素直に受け止めた。

 

今後もこうして錬金術の依頼をされる事もあるだろう。

その時も今回のように相手の期待に応えようと、ダクネスの表情を見たフィリスはそう思えたのだ。

そして、次こそは自分でも満足のいく結果にしようとフィリスは決意した。

 

そんなフィリスの前に、ふとダクネスはポンと袋を置いた。

 

「ん?何ですか、これ」

 

「今回の依頼の報酬だ」

 

「え?」

 

困惑するフィリスをよそに、ダクネスはさらに続けた。

 

「今回の事は私が依頼した事だ。報酬を出すのは当然だろう」

 

「いや、でも報酬なんてそんな…。第一ダクネスさんには錬金術の為の道具とかも買い揃えてもらったんですから」

 

報酬なんて受け取れません、そうフィリスが言おうとするも、ダクネスはそんなフィリスの様子にはお構いなしに立ち上がった。

 

「それでは、今回は本当に助かった。次に困った事があれば、その時は再び依頼させてもらうとしよう」

 

そう言い残すとダクネスは凛とした態度を崩さぬままギルドを出ようとする。

そんなダクネスをフィリスは呼び止めた。

 

「待って下さい、ダクネスさん!」

 

「いいんだフィリス。その報酬は遠慮せず受け取ってくれ」

 

「いえ、それもあるんですけど…。その前に道具持ってって下さい!」

 

「_______っ⁉︎」

 

少しカッコいい感じの態度と口調をとってその場を立ち去ろうとしていたダクネスは、今度は顔を真っ赤にしながら戻ってくると、道具を持ってそのまま走り去ってしまった。

 

「………ダクネスさんって面白いなぁ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ダクネスから貰った報酬をぶら下げ、フィリスは家への帰路を辿っていった。

 

「でもまさか五十万エリスも置いていくなんて、ホントにダクネスさんって何者なんだろう?」

 

ダクネスが机の上に置いていった袋の中を見て、フィリスがアッと驚いたのは、もはや言うまでもないだろう。

歩くたびにチャラチャラと音がなる袋を見つめながら、フィリスが一歩、また一歩と家へと向かっていると。

 

「ここは…ウィズ魔道具店?」

 

ふとフィリスの視界に入ったのは、小さな魔道具店であった。

 

「魔道具かぁ、もしかしたら錬金術で作ったような道具もあったりするのかな?」

 

時刻は十五時半と言ったところだろうか。

少しくらいなら寄り道してもいいだろうと思ったフィリスは、扉を開け魔道具店の中へと入っていく。

店の中に入ると、中には様々な液体が入った瓶や、綺麗な装飾を施された箱などが整然と棚に並べられていた。

丁寧に掃除されているであろう店内は、フィリスが今まで訪れた店の中でも、一、二を争う程の綺麗さを誇っていた。

美しく照り輝く水晶、可愛らしさが感じられるチョーカー、星型のビーズのような物が入った瓶など、実に多種多様な道具が陳列されており、床には二十歳位の女性が倒れ伏していた。

カウンターの上には埃一つ乗っておらず、この店の者がいかに丁寧な仕事ぶりをしているかを物語って………。

 

「ぁあ……いらっしゃいませぇ………」

 

「うわぁっ⁉︎ビックリした……って、大丈夫ですか⁉︎」

 

床で倒れ伏していた女性はか細い声でフィリスを出迎え、今の今までその存在に気づいていなかったフィリスは驚くのも束の間、弱々しい彼女を心配そうに気遣った。

青白い肌をした死にかけのようなその女性はというと。

 

「だ…大丈夫ですよ……もう一ヶ月もの間マトモな食事をしてないだけですから…………」

 

「重症じゃないですか⁉︎ちょ、ちょっと待っててください‼︎」

 

フィリスは店を飛び出し、露店まで突っ走って行った。

 

*****

 

「お、美味しい‼︎美味しいです‼︎砂糖水以外の食事って久しぶりです‼︎」

 

フィリスが慌てて買ってきたパンを口いっぱいに頬張りながら、女性は悲しい事を言ってくる。

その様子を涙ぐみながらフィリスが眺めていると、パンを食べ終わった女性はフィリスに向き直り、礼を言った。

 

「ありがとうございました。あ、私はこの店の店主のウィズと申します。えと、お名前を伺っても?」

 

「はい、私はフィリスって言います。冒険者をやってて、職業はプリーストです」

 

互いに自己紹介をしあうと、ウィズはある事を提案してきた。

 

「そうだ、パンを奢ってくれたお礼に、この店の品を一つ持って行きませんか?」

 

「え、いいんですか?」

 

フィリスの言葉にコクと頷くウィズ。

それを確認したフィリスは、興味深げに店内を見回した。

そして、ふと視界に入った様々な薬品が置かれている棚の前に立つ。

 

「これは何ですか?」

 

フィリスは近くにあった小さなポーションの瓶を手に取った。

 

「あっ、それは強い衝撃を与えると爆発するポーションなので気を付けて下さいね」

 

「えっ、そうなんですか」

 

フィリスはそっとポーションを棚に戻す。

その後フィリスは隣にあった瓶を手に取り、

 

「それは蓋を開けると爆発するので…」

 

すぐさまその瓶を戻した。

 

「あ、これなんてどうですか?キラキラしててスゴく綺麗ですよ」

 

「えと、温めると爆発が起きます」

 

 

……………。

 

 

長い沈黙が続いた。

フィリスは手にしていたポーションを棚に戻すと、天井を仰いで。

 

「ここって…爆薬専門なんですか?」

 

「ちちち違いますよ!そこの棚は爆発シリーズが並んでいるだけですよ!」

 

どうしてこんな危険なものを普通に陳列しているのだろうか。

フィリスはウィズが飢えていた理由が何となく分かった気がした。

 

「えと……じゃ、じゃあこっちの棚なら何か良い道具があるのかも!」

 

「あの、さっきのポーションも良いものだと思って取り寄せてるんですけど……」

 

何とか気を取り直し再び店内を物色しだしたフィリスだったが、ウィズは少々落ち込んだ様子を見せた。

 

「こ、これはどんな道具なんですか?」

 

「それはライティング魔法のスクロールですね。暗いところで読むと明かりが灯るんですよ」

 

「へぇー、良い道具じゃないですか」

 

どうやらこの商品は中々に素晴らしい物らしい。

今後もしかしたら夜に冒険というのもあるかも知れない。

そうなった時、明かりを確保できるだけで大分心強いものだ。

この道具を貰って帰ろうかとフィリスは考えていた。

 

「これがあれば、暗い夜道でも安心で…暗い夜道?」

 

「フィリスさん?どうかしたんですか?」

 

「暗い所でどうやって読むんですか?」

 

「…………………………あ」

 

その反応にウィズが飢えてた理由をハッキリと確信したフィリス。

 

「あの、ウィズさんって商才ないんじゃないですか?」

 

「えっ⁉︎そうなんですか⁉︎」

 

やはり自覚がなかったのか、悲しみの声を上げるウィズ。

 

「でも確かに、働けば働くほど赤字が積み重なっていっているような……、あ、あの、私って本当に商才ないんでしょうか?」

 

「いや、そんな事聞かれても…」

 

フィリスはウィズの質問には明確には答えず、曖昧な返しをしながら再度物品を見て回る。

度々気になる物を見つけてはウィズに見せてその運用方法を聞くものの、いずれもが例外なくどうしようもない効果を持っており、落胆するという事を繰り返すフィリス。

そんな無駄な事を続けていると、気づけば次第に窓から差し込む光が赤色に染まっていた。

 

「あ、もうこんな時間…、えと、それじゃあウィズさん、私そろそろ帰りますね」

 

「えっ⁉︎まだ何の道具を持っていくか決まってませんよね?」

 

「あの、その、どれも要りません…」

 

「そ、そんな……」

 

フィリスの言葉に酷くショックを受けるウィズ。

しかし彼女の店に置いてある品々は、どれもがどれも下らない性能を誇っているのである。

正直タダだとしても要らない。

それどころか、物によってはその身が危険に晒されることとなるだろう。

ここは断るしかない、いやむしろ断らなければいけないと、フィリスはこの短いやり取りの中で感じ取っていた。

 

「す、すいません。でもタダで貰うわけにもいきませんしね」

 

「じゃあ買ってくれるんですか?」

 

「ごめんなさい」

 

「(´・ω・`)」

 

ウィズの僅かな期待を込めた問いかけに即答で応じるフィリス。

 

「でもパンのお礼は是非ともしたいですし……そうだ!もし何かお困りな事がありましたら、その時は力になります。金銭面以外で、ですけどね」

 

ウィズは良い事を閃いたと言わんばかりに手をポンと叩き、そんな提案をしてきた。

 

「うーん、そうですね。じゃあ、その時はよろしくお願いしますね、ウィズさん」

 

フィリスはその好意を素直に受け止めた。

が、それと同時に一つの懸念事項を思い出した。

 

「あ、でもウィズさん。その……私が助けを求めた時には既に餓死とかしちゃたりしてませんか?」

 

「餓死はしませんけど…確かに食べていけてるかは分からないですね…」

 

_______多分マトモに食べていけないんだろうなぁ。

 

フィリスは密かに、今後もちょくちょく食べ物を恵みに来ようと思った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ウィズの店を出た後、フィリスは再び家へ向かってその帰路を辿っていった。

 

最初、この世界に来た頃は色々とバタバタとしており、分からない事だらけで不安だったが、今こうして落ち着いて見てみると、フィリスは改めてこの街の美しさを感じていた。

太陽が傾き赤みを帯びた空は、フィリスの元いた世界と同じ様に美しく燃え上がっている。

夕陽に照らされた家々は眩く輝き、丁寧に舗装された街路は建物の長い影を写していた。

人気の少ない道を歩くと、その足音が周囲に反響して心地よい響きを奏でる。

正面からさす眩い光に目を細めながらも、フィリスは街の景観を楽しんでいた。

この鮮やかに彩られた光景の中で、フィリスは今日一日の出来事を振り返る。

 

錬金術の成功、ダクネスの依頼の達成、ウィズとの出会い。

 

いずれもがフィリスにとって良い経験であり、素晴らしい思い出となった。

良い一日だったなとフィリスが感慨に浸っていると、気づけばそこは既に家の目の前だった。

 

「リア姉もう帰って来てるかな?ダクネスさんから貰った報酬を見せたらきっと驚くだろうなぁ」

 

 

そんな事を誰にともなく呟きながら、フィリスが扉を開けようとドアノブに手をかけた瞬間。

 

 

「フィ…リス…ちゃん?」

 

突然横から弱々しい声が聞こえて来た。

声のした方に顔を向けるや否や、フィリスは驚愕に目を見開いた。

 

 

チャリーン

 

 

フィリスは手にしていたダクネスからの報酬を落としてしまった。

 

が、そんな事には目もくれずただ目の前に佇む人物を眺める。

 

「リ…リア姉……?」

 

全身から血の気が引くのを感じているフィリスの数メートル先。

 

 

 

頭から流血し、全身傷だらけのリアーネが、そこには居た。




リアーネに一体何があったのやら。
次回はリアーネsideをお届けします(願望)

小悪魔のいたずら…魔法の道具の一種。いかにも悪魔っぽい外見をしている。もはや小悪魔ではない。

不幸の瓶詰め…魔法の道具の一種。その名の通り不幸を瓶に詰めている(物理)。小悪魔のいたずらよりも性能は劣るものの、作りやすい道具である。

中和剤…様々な道具を作る際によく用いられるもの。錬金術で作成し、その種類も多岐に渡る。ゲームでは、よく高品質になるように作り、それを他の道具の材料にする事でその道具の品質を上げたりなどをしている。まぁ、ようは使いこなせば超便利なのである。


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八話 ある日の出来事〜リアーネside〜

約一週間ぶりの投稿。
駄文ですがどうぞお楽しみ下さい。


その日、リアーネは一人でクエストを受けにギルドへと来ていた。

その理由は至極単純、そろそろお金が尽きて来たからである。

ギルドの掲示板に張り出されているクエストの中から、一人でも達成出来そうな依頼を探すリアーネ。

 

本来はフィリスやクリス、それにダクネスの手も借りたいところだが、生憎全員が今日はクエストに行く事が出来ないのだ。

そういう訳で先程から何か良い依頼はないかと掲示板とにらめっこをしているのだが。

 

「ゴブリン討伐のクエストは…流石に危険よね。知らない敵に一人で挑むのはやっぱり無茶だし、やっぱりカエル討伐のクエストにしようかしら」

 

ゴブリン討伐クエストの報酬の高さにつられそうになったものの、リアーネはぐっと堪えて冷静になった。

その後リアーネは受付にてクエスト受注の手続きを済ました。

 

「ありがとうございます。それでは行ってきますね」

 

「あ、ちょっと待って下さい」

 

クエストの受注が終わり、早速外に出ようとするリアーネを受付嬢のルナが引き止めた。

 

「どうかしましたか?」

 

リアーネは足を止めて振り返る。

 

「えっと、今回はジャイアントトードの討伐という事ですからそんなに心配はしてないんですけど、掲示板にも貼ってあるように、最近街の付近の森でゴブリンが確認されましたので」

 

「はい…それがどうしたんですか?」

 

ルナの言葉に首をかしげるリアーネ。

ルナは説明を続けた。

 

「ゴブリンが目撃されたという事は、近くに初心者殺しもうろついている可能性が高いです。と言っても初心者殺しはまだ確認されてませんし、草原では遭遇する事も滅多にないのですが。それでも、一応気をつけて下さいね」

 

「初心者殺し…って危険なモンスターなんですか?」

 

リアーネの問いにルナは当然だと言わんばかりに頷いた。

 

「初心者殺しは、その巨躯を黒い体毛で覆ったモンスターです。更には狡猾で警戒心が強く、厄介なことに駆け出し冒険者が狙うようなゴブリンやコボルトといった雑魚モンスターの群れのそばに潜み、それらを狩りにきた冒険者に襲いかかるんです」

 

「何ですかその嫌らしいモンスター…」

 

ルナの説明を聞き恐怖を抱くリアーネ。

どうやら草原などのひらけた場所では出くわす事は滅多にないらしいが、外の世界では何が起こるのか分からないものだ。

それは、かつての世界でも何度も経験した事のある教訓でもあった。

 

「あと、それからなんですけど」

 

「まだ何かあるんですか?」

 

ルナの二度目の呼びかけに再度話を聞く態勢に入るリアーネ。

そんなリアーネにルナはもう一つの注意事項を話した。

 

「実はこの前、森の中で悪魔型のモンスターの目撃情報がありました。悪魔型のモンスターは、魔法を使ったり知能が高かったりと、強敵である場合が多いです。ですのでそのモンスターにも気をつけてください」

 

「悪魔型のモンスター…ですね。分かりました」

 

リアーネはルナの注意を念頭に置き、改めてギルドをあとにした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「矢筒は持ったし『医者いらず』、『クラフト袋』もあるわね。『小悪魔のいたずら』も一応貰っておいたし、持ち物は大丈夫そうね」

 

リアーネは街の外へと通じる門の前へ辿り着くと、荷物の確認をしだした。

『クラフト袋』というのは、爆弾にカテゴライズされる錬金術で作られた道具である。

敵にぶつけることで内部に仕込まれた鋭いトゲが炸裂し、対象にダメージを与えるというものだ。

フィリスが錬金成分などを確認するために試作していた錬成物の一つであったが、今回リアーネがクエストを受けるということでフィリスから貰ったのだ。

また依頼用の物を作る前に軽く試作した『小悪魔のいたずら』もフィリスから預かってある。

今回の標的、ジャイアントトード相手には使う事はないだろうとリアーネは思っていたが、あればあったで何かに役立つかもしれない。

 

リアーネはポーチの中に『クラフト袋』と『小悪魔のいたずら』を慎重に仕舞うと、いざという時すぐに使えるよう『医者いらず』をポケットに、その後矢筒を腰のあたりにぶら下げ、弓は背中に背負った。

 

「さて、それじゃあ行きましょうかね」

 

リアーネは気合十分に言うと、街の外へと繰り出した。

 

門をくぐり、草原を歩く事およそ十分弱。

見晴らしの良い小さな丘になっているような所へと辿り着くと、周囲をグルリと見渡した。

丘を降りて右手の方にはちらほらと木々が目立ち、その方向に進んでいった所に森が見えていた。

正面から左手にかけては、右方向ほどではないにしろ、細々と木々が生い茂っていた。

そして丘から正面を眺めた所には、大きな体を誇るカエルが地響きを立てながら移動していた。

 

「流石に街に出てすぐの所にはあまりモンスターは近寄ってこないわね」

 

街から離れた遠い所にジャイアントトードの姿を確認すると、リアーネは周囲を警戒しながらもその方向へと歩いていく。

丘になっている所を降り、一直線に歩いて約一分程歩いた時。

 

「『エクスプロージョン』_______ッ!」

と。

街の方からだろうか、大分離れた所にいるにも関わらず、そんな声が聞こえてきた。

 

そして。

 

 

ドゴォォォォォォォォォォォォ‼︎

 

 

どうしたのだろうかと、リアーネが思考に耽るよりも早く、先程までリアーネが立っていた丘が突然爆発した。

 

「_______ッ⁉︎」

 

その突然の爆発に驚き振り返ったのも束の間、爆発地点に近かったリアーネはその強烈な爆風に軽々と吹き飛ばされてしまい。

 

「クッ_______⁉︎」

 

付近に細々と乱立していた木々の内の一本に頭を強打してしまった。

 

_______ダメ……意識が…………

 

頭を強く打ち付けたことにより、意識が朦朧としだすリアーネ。

ポケットの中に入っている『医者いらず』を取り出し応急処置をしようとするも、身体が言う事を聞かなかった。

爆風に巻き込まれ木に頭をぶつけるまでの間、リアーネは地面を激しく転がりまわっていたのだ。

頭を打った事により朦朧とする意識、それを振り切って身体が動かそうにも地面で擦りまくったリアーネの身体は既にボロボロで。

 

「なんだったのかしら……あの爆発は。このまま…助けが来るまで待とうかしら……、その前にモンスターに襲われちゃうわよね」

 

今後どうするかを考えるリアーネの声は今にも消え入りそうで、それを掻き消すかのように吹いた風は生暖かく、傷だらけのリアーネの身体を逆撫でするかのように流れた。

動きたくても動けない、気を抜くとすぐに意識がなくなりそうな中、リアーネは必死にもがいた。

 

_______このまま眠ってしまおうかしら…。運が良ければ目が覚めた頃には助けが来てるのかな。

 

ついそんな事を考えてしまうリアーネであったが、頭ではそう思っていても、身体は未だ抵抗を続けていた。

というか、何かを考えていないと本当に意識が刈り取られそうだったのである。

なんとか意識を保ちながらも少しずつ、指の一本一本、関節の一個一個をゆっくりと、だが確実に動かしポケットの中の物を取り出す。

取り出した『医者いらず』を使い、手際よく応急処置を行なっていく。

痛む傷口を抑えて止血をしていく内、次第に痛みがやわらいできた。

 

「なんとか……動けるかしら……」

 

木を支えにゆっくりと立ち上がるリアーネ。

その足取りは非常に不安定で、今にも倒れてしまいそうだったが、なんとか堪えている。

 

「これは……仕方ないか………クエスト失敗ね……」

 

リアーネは震える足を引きずりながら、街の方へと一直線に向かっていった。

 

その時だった。

 

「グルルゥゥゥ」

 

「ッ⁉︎」

 

身体が底冷えしてしまうような重量感のある低い唸り声。

身の危険を感じたリアーネは痛む全身にムチを打ち、その声の主の方へと振り返った。

 

それは森の方角からやってきた獣だった。

その巨躯は真っ黒な体毛で覆われ、口元からのびる長い二本の牙はあらゆる物を噛み砕きそうだ。

前足からも鋭利な爪がのびており、引っかかれたりでもしたら最後、身体の肉は抉り取られてしまうだろう。

そして、その双眸は真っ直ぐにリアーネを捉えていた。

 

初心者殺し。

 

ルナから聞いていた通りの姿をしているそれに、リアーネは焦らずにはいられなかった。

痛みなんてどこへやら、リアーネは中々言うことを聞かない身体を自分自身で叱責し、無理にでも動かしていた。

でなければ殺されてしまうからである。

素早く弓を構え矢を取り出すリアーネ。

が、その動きを捉えた初心者殺しはすぐにリアーネへと襲いかかった。

 

「くっ…」

 

咄嗟に横っ跳びに転がるリアーネ。

その瞬間身体中が悲鳴を上げたが、それを堪えて初心者殺しの方を向く。

先程までリアーネが立っていた所から一メートル程上を、初心者殺しは水平方向に飛びかかっていた。

もしその場に突っ立っていたら、リアーネはその巨体に巻き込まれ、押し潰されてしまっていただろう。

そう考えると冷や汗が身体中から出たが、初心者殺しはどうやら飛びかかった勢いを殺しきれず、まだリアーネの方を向くには至っていなかった。

それを好機ととったリアーネはポーチの中に入れてある『クラフト袋』を取り出した。

その間に初心者殺しは既にリアーネに向き直っていたが、初めて見るその道具を警戒しているのか、動く気配は見せなかった。

 

_______今これを投げつけても、あれ程の素早さじゃ躱されるわね。

 

リアーネは取り出した『クラフト袋』をすぐには投げつけず、その袋の余り布の部分を口に咥えると、再び弓を初心者殺しに向けた。

それを見た初心者殺しは、先程のようにリアーネに襲いかかってきた。

 

「ふぅ……」

 

リアーネは一呼吸置くと、今度はすぐに回避することなく、ギリギリまで狙いを定め続ける。

逃げる気配のないリアーネに初心者殺しは先程と『同じ』行動をした。

何ら変化のない同じ行動、同じタイミングでリアーネに飛びかかった。

 

刹那。

 

リアーネは全身の力をフッと抜くように、重力にその身を任せて後ろに倒れた。

地面に身体がぶつかる寸前、矢を番え続けるリアーネと、その僅か上を水平方向に跳んでいる初心者殺しの目があった。

そのままリアーネは矢を放つと、それは目の前の初心者殺しの腹部に突き刺さり、そこから飛び出した返り血がリアーネにかかった。

 

「ガウッ⁉︎」

 

「…っ⁉︎」

 

突然のリアーネの攻撃に初心者殺しは唸りを上げた。

リアーネはというと矢を放った勢いそのままに、右手を大きく振り抜き地面を思い切り叩く。

それにより地面との衝突の際の衝撃をある程度殺したものの、やはり完全には殺しきれずリアーネの意識を刈り取ろうと痛みが襲い掛かってくる。

しかし、口に咥えたままの袋をグッと噛み締め、なんとかその痛みに耐えた。

初心者殺しの方は腹部に矢が刺さったことにより力が抜けたのか、飛びかかった勢いを殺すことなく、そのままバランスを崩して地面を転がった。

リアーネはすぐさま起き上がると、口元の『クラフト袋』を掴み、思い切り初心者殺しに投げつけた。

未だ立ち上がれていない初心者殺しには避ける術もなく。

 

パンッ‼︎

 

と、袋の中のトゲが内蔵された火薬が爆発した勢いで外に飛び出し、初心者殺しに襲いかかった。

 

「ガウアァァァ⁉︎」

 

モンスター用に作られたそのトゲは、相当な太さと鋭利さを兼ね備えている。

さしもの初心者殺しも、その痛みには耐え難いようだ。

唸り痛がる初心者殺しを見て、リアーネは作戦が上手くいったことに安堵した。

 

 

初心者殺しは狡猾で警戒心の強いモンスターである。

 

それは、リアーネがルナから教わった事だった。

狡猾であるが故に弓の存在を知り、リアーネの動きを見てすぐさま襲いかかり、警戒心が強い故に初めて見る『クラフト袋』を恐れ、迂闊に攻撃してこなかった。

 

そんなモンスターであるからこそ、リアーネはそこを利用したのである。

 

『クラフト袋』を投げつけても当たらなければ意味がない。

()()()()()()()に、リアーネは()()()弓を構え、初心者殺しの動きを()()したのだ。

しかし初心者殺しは狡猾なモンスターであるのは事実。

相手に躱された攻撃を二度も行うようなモンスターではないはず。

恐らく、リアーネに向かって直進しながらも彼女が同じように横っ跳びに躱すのを待ち、躱した所で態勢を崩したリアーネに襲いかかった事だろう。

 

だからこそ、案の定襲いかかってきた初心者殺しに対し、リアーネは敢えて動じない事で、「今度こそ確実に捉えた」と初心者殺しに思わせたのである。

そうして、結局同じタイミングで跳んだ初心者殺しは、逆に跳ぶのを待っていたリアーネに攻撃されたのであった。

 

 

苦しみながらも起き上がる初心者殺しであったが、それまでの間にリアーネは既に狙いを定め終えていた。

 

「これでも喰らいなさい!」

 

そうしてリアーネが放った矢は真っ直ぐに初心者殺しの瞳孔へと吸い込まれていき、その視界を奪った。

 

「グラァァァァ⁉︎」

 

片目に矢を受けた初心者殺しはその場で悶えた。

 

「よし、このままっ…!」

 

そうしてリアーネが矢を番え、再び初心者殺しに放とうとした瞬間_______

 

「見つけたアアアアアアアアア!」

 

「_______ッ⁉︎」

 

突如として響き渡った大声にリアーネの心臓は跳ね上がった。

驚いたリアーネは未だ狙いの定まらないまま矢を放ってしまった。

しかしその矢は真っ直ぐに初心者殺しを捉えていた。

 

 

だが_______

 

 

その声の主は上空から飛んできたと思ったら、物凄い勢いでリアーネと初心者殺しの間に入り、リアーネが放った矢をペシッとはたき落した。

 

「なっ……⁉︎」

 

リアーネは驚きの声を上げずにはいられなかった。

それもその筈、リアーネは初心者殺しが『クラフト袋』に苦しめられている間に距離を取り、それから弓を構えて矢を放ったのである。

その距離およそ十五メートル。

矢が到達するまでに僅か数秒の差はあるものの、その速度は肉眼では捉えきれないほどの速度である。

それを突然現れたそいつは、軽々とはたき落したのである。

 

金属の様な光沢を放つ漆黒の肌。

蝙蝠を思わせるその羽は、グリフォンの様に巨大で。

対峙せずとも相当な力の持ち主である事をその巨大な体躯が示しているそれは正に、絵に描いたような悪魔そのものであった。

 

「これは一体…」

 

リアーネが目の前に現れた敵の正体を思案していると、禍々しい角と牙を生やしたその顔が、鋭い双眸でリアーネの姿を捉えると。

 

「てめぇ!ウォルバク様に何やってやがんだゴラァァァァァ‼︎」

 

そうリアーネに怒鳴った後、その悪魔は一瞬でリアーネの目の前に詰め寄ると、なぎ払う様に腕を横に振った。

 

「カハッ_______⁉︎」

 

あまりの速度に反応できなかったリアーネは、為す術なくその攻撃をマトモに喰らい吹き飛ばされた。

咄嗟に左腕でガードの姿勢を取ったものの、その衝撃はかつてない程の威力で、リアーネの身体にダメージを与えた。

そのまま地面を転がるリアーネを他所に、悪魔は初心者殺しに近づくと。

 

「ウォルバク様、大丈夫ですか!まさかウォルバク様がここまでの傷を負うと…は……、ってこいつ初心者殺しじゃねぇか畜生‼︎」

 

朦朧とする意識の中、リアーネが最後に聞いたのはその言葉だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「………い、………しろ、………じょう………」

 

声が聞こえた。

 

それはリアーネがかつて聞いたことのないような、野太い声であった。

 

「………ん、…い………ん、しっかり……」

 

「……んん…………」

 

リアーネは段々と意識が戻ってきていた。

 

「おい人間、しっかりしろ、大丈夫か?」

 

「……あれ、ここは……」

 

声がハッキリと聞こえた時、リアーネの意識は完全に目覚めた。

 

「おぉ、気がついたか人間。大丈夫か?怪我とかねぇか?」

 

目を覚ましたリアーネの視界には、先程の悪魔がその凶悪な顔を覗かせていた。

 

「_______ッ⁉︎」

 

悪魔の存在を認識した瞬間、リアーネは素早く起き上がり距離を取った。

 

が。

 

「いっ_______⁉︎」

 

遅れて取り戻した痛覚が、全身の痛みを訴えてきた。

あまりの激痛に声も出せず、その場に膝をつくリアーネ。

その様子を見た悪魔はホッと息をついた。

 

「その様子なら問題なさそうだな」

 

「『怪我とかねぇか』とか『問題なさそうだな』とか、一体どこを見て言ってるのかしら?最後に私の意識を奪ったのって貴方なんですけど」

 

痛みに耐えながらリアーネは皮肉で応じる。

特に痛む箇所、左腕を見るとそれは青紫色になっており、酷く腫れ上がっていた。

だらんと垂れている所を見るに、どうやら折れている様だ。

再びリアーネは悪魔の方へと視線を戻す。

恐らくこいつが、ルナの言っていた悪魔なのであろう。

依然として警戒を緩めないリアーネの目の前、その悪魔は人間の様に頭をポリポリ掻くと、申し訳なさそうな口を開いた。

 

「いや、その、悪かった。俺はてっきりあの初心者殺しをウォルバク様だと思ってしまってな…」

 

分が悪そうにそう言う悪魔を見て、とりあえず攻撃の意思はなさそうだと判断したリアーネは安堵した。

 

「あなた、何者?」

 

リアーネはその正体を探るべくそんな問いかけをした。

聞きたいことは幾つかあるが、まずは相手の素性を知らねばと思ったのだ。

 

「俺様か?俺様は上位悪魔のホーストってもんだ」

 

「上位悪魔…」

 

聞きなれない単語に首をかしげるリアーネだが、その名称からしてとんでもない相手である事は、容易に想像ができた。

 

「お前は?」

 

「……リアーネ」

 

今度はホーストからの質問を受け、リアーネは渋々といった感じでそれに応じた。

 

「そうか、リアーネか。いや実はな、この付近で真っ黒で巨大な魔獣を捜してるんだが…」

 

「それならさっき見かけましたよ」

 

「いやいや、あいつは遠くから見たらそっくりなんだがよ、俺様の捜している魔獣とは違うやつなんだわ」

 

「…つまり、さっきの初心者殺しをその魔獣と見間違えて、あなたの勘違いで私は攻撃された訳ね」

 

「いやホント悪かったって!それに関しちゃ申し訳ねぇと思ってるよ!」

 

リアーネが皮肉を言うと慌てて謝罪してくる上位悪魔。

恐ろしく強い相手ではあるが、話が通じるだけまだマシだろう。

そんな事をリアーネが思っていると、ホーストは再び口を開いた。

 

「それで、さっきの初心者殺しじゃなくてだな、他に俺様が言った特徴に当てはまる様な魔獣について何か知らねぇか?」

 

「生憎そんな魔獣はさっきの奴しか心当たりないわね」

 

そう言ったリアーネはふと周囲を見渡す。

しかしそこに例の初心者殺しの姿はなかった。

狡猾で警戒心の強いあのモンスターの事だ。

きっと突然現れたこの上位悪魔の姿を見て逃げたのだろう。

ひとまず命があった事に安堵するリアーネであったが、あの調子なら恐らく初心者殺しを仕留めることが出来たであろう。

そう考えるとやはりリアーネはこのホーストに対して恨みしか湧かなかった。

 

「そうか、知らねぇのか…………、ん?な、何だよそんなに俺様の事を睨んで………」

 

「別に……あのまま戦ってれば初心者殺しを仕留めれただろうに、それを邪魔した挙句腕まで折った貴方なんて討伐されれば良いのにとか、そんな事思ってませんよ」

 

「お前結構しつこいな!その事は謝っただろうが!というかお前が起きるまでずっと護衛してやってたんだぞ!むしろ有り難く思え!」

 

リアーネに対して食ってかかるホースト。

そんなホーストの言葉を受けたリアーネがふと目をやると、既に日は傾き、空は赤く染めあげられていた。

 

「確かに結構な時間気を失っていた見たいね。それに関しては感謝するわ」

 

「だろ?」

 

「まぁ貴方の登場がなかったら気を失うこともなかったでしょうけど」

 

「うっ……」

 

リアーネの指摘に気まずそうに視線を逸らすホースト。

そんなホーストを見てリアーネはため息をつき。

 

「それじゃあ私は帰るわね。家まで意識が保つかは知らないけど」

 

そう言って踵を返すリアーネ。

先程までホーストと普通にやり取りをしていたリアーネだったが、ただ喋るだけでも全身に痛みが走っていたのだ。

一刻も早くフィリスの元へ帰らねば。

そう判断したリアーネは左腕を押さえ、弱々しい足取りで街へと歩き出した。

 

「そうか、本当ならお前を街まで送ってやりたいところだが、あんまり街に近づく訳にもいかねぇしな」

 

「それは残念ね」

 

リアーネはそれだけを言い残すと、再び歩き出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

家の近くまで辿り着いた時には、既にリアーネは限界を迎えていた。

 

道ゆく人々がリアーネの痛々しい姿を見て、軽い悲鳴を上げたり心配そうに見つめ、時には声を掛けてきたが、リアーネにはそんな街の人々に応じる余裕はなかった。

ギルドにも行く事はなく、ただ真っ直ぐにフィリスの待つ家へと向かっていたのだ。

 

そうして辿り着いた家。

 

そして、その視線の先には、愛してやまない妹の姿があった。

 

「フィ…リス…ちゃん?」

 

ふと声を掛けるも、その声はかなり弱々しいものになっており、リアーネ自身でもそんな自分の声に驚いた。

そのリアーネの数メートル先、何やら少し大きめの袋を握り締めていたフィリスは、リアーネの姿を見た瞬間、手にしていた袋を落とし驚愕に目を見開いた。

 

「リ…リア姉……?」

 

フィリスもまた、か細い声を上げる。

が、大好きなフィリスと会えた事、そしてその声が聞こえた事が嬉しいリアーネは。

 

「ただいま……フィリスちゃん。ちょっと…しくじっちゃった。……ゴメンね、悪いんだけど……あとの事はお願いね…………」

 

全身の痛みに耐えながらもそこまで言うと、リアーネの意識はそのまま失われた。

 

「ッ⁉︎リア姉っ‼︎」

 

フラッと前のめりに倒れていくリアーネに向かってフィリスは真っ直ぐに駆け寄ると、その身体を受け止めた。

 

「リア姉、しっかりして‼︎どうしたの⁉︎リア姉‼︎リア姉ってば‼︎」

 

フィリスは目に涙を浮かべながら必死に呼びかけるが、その声にリアーネが応じる事はなかった。

 

「脈は…まだある!良かった……」

 

フィリスはリアーネの身体を抱きしめながら、首元に手を当てて脈を確認した。

 

「待っててね、リア姉。絶対…絶対に私が助けるから」

 

リアーネがまだ生きている事に安堵したフィリスは、何かを決意したかのように、静かに宣言した。




めぐみんの爆裂魔法は気づかない所で人を巻き込んでいると思うんだ。
めぐみんの見えない所で爆風に巻き込まれたりとかね…。

あ、因みに私はめぐみん大好きですよ。

まぁそれ以上にアイリス好きなんですけどねw

《語句解説》
クラフト袋…初期の方で錬金出来る、爆弾にカテゴライズされる道具。本文書いてて痛そうだなって思った。

グリフォン…「フィリスのアトリエ」に出てくるモンスター。巨大な体躯で四足歩行。でっかい翼を生やしている。


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九話 リア姉の為に

今回はアトリエシリーズの醍醐味とも言える錬金術を前面に押し出した会です。
ぶっちゃけゲームやってる方でないとチンプンカンプンになる可能性が高いかと思います。

もっと俺に説明力があれば……


気を失ったリアーネを抱えたフィリスは、扉の前に落としたダクネスからの報酬を回収し、家の中へと入った。

寝室にリアーネを運び込んだ後は、リアーネの怪我の様子を確認した。

 

「酷い……全身に痣ができてる。頭も強く打ったみたいだし、何よりこの左腕……折れてる、よね」

 

そこまで確認したフィリスはとりあえずの応急処置をする。

まずは頭の怪我の処置に取り掛かる。

生憎ガーゼが無いので、フィリスはまだ使ってない綺麗なタオルを持ってきて直接止血する。

その後別のタオルを濡らして絞り、リアーネの頭に乗せてアイシングをする。

次にキッチンからまな板を持ってきて、骨折部にあててタオルで固定する。

まな板は少々大きいような気もしたが、この際固定できればなんでも良い。

左腕を固定した後は隣にあるフィリスのベッドから枕を持ってきて、その上に左腕を乗せ心臓より高い位置にする。

それからは『医者いらず』を惜しみなく使い、全体に処置を施していく。

 

「とりあえずこんな感じで良いかな?」

 

フィリスはいつの間にか頬を伝っていた汗を拭いながら一息ついた。

元いた世界を旅していた際、万が一の時に備えてリアーネに応急処置の仕方を教わっていたのだが、まさかこんな所でそれが活かされるとはフィリスは思ってもいなかった。

 

「覚えてて良かった…。それもリア姉のお陰なんだけどね」

 

フィリスはそう言うと寝室を後にし、錬金釜の前へとやってきた。

 

「『神秘の霊薬』は…ドンケルハイトが材料に必要だったよね…。今の所ドンケルハイトの代わりになるような材料は無いし、そもそも作った事もない……あ!『ラアウェの秘薬』とかなら出来るかな?『生命の蜜』ももしかしたら出来るかも…?」

 

『神秘の霊薬』、『ラアウェの秘薬』、『生命の蜜』とは、いずれもが強力な回復アイテムである。

そう、フィリスは錬金術でリアーネの為に回復アイテムを作ろうとしているのだ。

強力な回復アイテムを使えば、数ヶ月かかるような骨折でも、数日あれば完治させる事が出来るのだ。

なお、今までフィリスが作った中での最高傑作は、アングリフがフィリスを守る為に受けた相当深い傷を、たった一日で治す程であった。

 

因みに実際にその効果を受けたアングリフは「気持ち悪い」と言う感想を言ったが為に、ふさがった傷口をフィリスに思い切り叩かれていた。

 

「それじゃあ早速使えそうな材料を探さなきゃだね」

 

そうしてコンテナの中に入れてある材料を確認するフィリス。

しかし、その中身を見たフィリスは顔を青ざめさせた。

 

「使えそうな材料が、殆どない…」

 

ダクネスからの依頼の際、様々な事を確認する為に手当たり次第に錬金術を行なったのだが、それにより材料が相当減ってしまっていた。

一応なんとか使えそうな材料もあるものの、フィリスが作りたいのは『強力な』回復アイテムである。

品質や錬金成分に気をつけなければ、ちょっと良く効く程度の物しか出来ないのである。

どうしたものかと思案していると、フィリスはふとある事を思い出した。

 

「そうだ、ウィズさんだ!ウィズさんに手伝ってもらおう!」

 

今日会ったウィズが言ったことを思い出したフィリス。

 

『もし何かお困りな事がありましたら、その時は力になります』

 

それを言われた時は、正直そんな機会あるのかなと思っていたが、まさに今日がその時であった。

 

「リア姉、もう少しだけ待っててね…」

 

フィリスはポツリとそんな独り言を零すと、家を飛び出し、ウィズの店へと走っていった。

 

*****

 

「ウィズさん!助けてください!」

 

「ひゃっ!…って、フィリスさんじゃないですか。どうされたんですか、こんな遅くに。何か買うんですか?」

 

店に突入するなり大声を上げたフィリスに、ウィズは可愛らしい悲鳴を上げた。

 

「商品は別に要りません。それよりも、助けて欲しいんです!」

 

「い、要らないんですか……。えと、それで助けて欲しいって、どうされたんですか?何かあったんですか?」

 

ウィズはフィリスの救援に応じる気があるらしく、事情を聞いた。

フィリスは今の状況をかいつまんで説明した。

その説明を受けたウィズは、少し険しい顔つきになっていく。

 

「そうですか…フィリスさんのお姉さんが……」

 

「はい、それで回復アイテムを作りたいんですけど、錬金術で使う為の材料があまりないんです」

 

「錬金術…?」

 

フィリスから聞く初めての単語に首をかしげるウィズ。

だが、フィリスはそんなウィズの疑問を流すように続けた。

 

「錬金術については今は話してる時間無いので省きますね。それで、外に材料を取りに行きたいんですけど、リア姉を置いて長い間外にいるわけにも行かないので、私が出かけている間リア姉の看護をしていて欲しいんです」

 

「リアーネさんの看護ですか?」

 

ウィズの確認にコクと頷くフィリス。

それを受けたウィズは優しく微笑んだ。

 

「分かりました。リアーネさんの事は任せてください」

 

「……ッ!ありがとうございます‼︎」

 

フィリスの依頼を快諾したウィズに、フィリスは感謝した。

この店での仕事とかもあるだろうに、こんなに親切にしてくれるウィズにフィリスが軽く感動していると。

 

「どうせ店にいても特にやる事無いですしね」

 

「ア、アハハ…そうですか……」

 

感謝の気持ちが台無しである。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「この大きな釜は?」

 

「錬金釜ですよ。それを使って錬金術をするんです」

 

「へ〜、錬金術がどういったものかは知りませんが、こんな大きな釜を使うんですね」

 

フィリスはウィズにリアーネの看護をしてもらう為、ウィズを家へと迎え入れていた。

早速ウィズが錬金釜に興味を持ち出したが、今それを説明している時間すら惜しいフィリスは、最低限の説明だけをしながらウィズを、リアーネを寝かしている寝室へと案内する。

 

「これは…確かに酷い怪我ですね…」

 

リアーネの容態をみたウィズは深刻そうな顔でそう言う。

 

「ウィズさんはいざという時の対処とか、そういったことは出来るんですか?」

 

「はい。自分で言うのもなんですが、私これでも元は凄腕のアークウィザードとして名を馳せていたんですよ?冒険の中で怪我をした時とかも応急処置とかしっかりやってましたし」

 

「そうですか、ならリア姉の事、お願いしますね」

 

ウィズの答えにホッとしたフィリスは、そのままウィズにリアーネを預けて寝室を出た。

そして、ここ最近で色々と試作した道具の中から、使えそうなものをあらかた鞄に詰めると、とあるアイテムを持って再び寝室に戻る。

 

「フィリスさん、それは?」

 

ウィズはフィリスが手にしているそれを見ながら質問してくる。

 

「これは『そよ風のアロマ』という道具なんです。錬金術で作った回復アイテムで、私が出かけている間ここで焚いていて欲しいんです」

 

「『そよ風のアロマ』…ですか。焚いてるだけで効果があるんですか?」

 

「はい…といってもあまり品質は良くないので、効果は薄いと思いますけどね」

 

そこまで言うと、フィリスは持っていた複数の『そよ風のアロマ』をウィズに渡すと、今度こそ外へ出るべく扉の前までいき。

 

「それじゃあウィズさん、すぐに戻ってくるので、それまでの間よろしくお願いしますね」

 

「はい、いってらっしゃい、フィリスさん」

 

ウィズに見送られる中、フィリスは家を飛び出し街の外へと走って向かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

太陽が完全に沈み、満点の星空が儚げに地上を照らす中、フィリスは足早に門の前までやってきた。

昼間は冒険者や行商人などがひっきりなしに行き交っていたこの門も、今となってはその面影も見られなくなっていた。

守衛の人は夜でもしっかりいるようだが、なんだか眠たげな表情で外を見つめていた。

フィリスはそんな門を潜り抜け、街の外へと繰り出した。

 

外に出てすぐの平原をひたすら歩き、フィリスがやって来たのは街近くの森の中。

生い茂る木々が、夜空からの星明かりを差し込ませまいとしているかのように蓋をしており、足下がよく見えない。

しかし元の世界で夜の冒険をしょっちゅう繰り返していたフィリスは、慣れた感じでスタスタと森の中を歩き、質の良い薬の材料を探していた。

 

のだが。

 

カサッ

 

「ひゃっ⁉︎ななな何⁉︎何の音なの⁉︎」

 

ただの木の葉が落ちる音であったのだが、フィリスは酷く混乱しているかのようにパニクった。

ここはあくまでも異世界。

知らない事だらけの異世界で夜に冒険など、フィリスにはやはり相当な恐怖を抱かせる訳である。

 

「って、驚いている場合じゃないよね。早くリア姉の為に薬の材料を探さなヒッ⁉︎」

 

今度は木の枝に引っかかったフィリスは、再び恐怖の悲鳴を上げる。

 

「く、暗くてよく見えないからね。幾ら慣れてるからと言っても、木の枝に引っかかる事もあるよね。うん、あるよね」

 

誰も居ないのにそんな言い訳をしだすフィリス。

こうでもしないと、恐怖を抑える事が出来ないようだ。

 

「あ、これ使えるかも。ってコッチにもある……。もしかしてこの辺りは、この植物の群生地なのかな?」

 

恐怖と闘いながらも森の中を進んでいくうち、フィリスはとある植物の群生地を見つけた。

 

それは、紫色の花びらをつけた可愛らしい花だった。

その花は一見普通の花のようだが、じっくり見ていると、その紫紺の花びらに吸い込まれるような、そんな感覚がした。

 

「何でか分からないけど、なんかこの花、薬の材料にぴったしなような、そんな気がする…」

 

フィリスは直感でそう感じていた。

 

フィリスの先生であるソフィー曰く、「素材の声」なるものが存在するらしく、その素材が錬金術でどのような道具になりたいかを聴く事が出来るらしいが、フィリスにはそんな芸当はまだ出来ないでいた。

が、フィリスも極稀に何となくであるが、フィリスが聴ける鉱石の声に似たようなものを感じる事が今までにもあったのだ。

 

言葉で言い表せないが、直感がそう示している。

 

今回もそんな事を感じていたのだ。

 

「もしかして、これが素材の声なのかな?………うーん、やっぱり今の私にはよく分からないけど、この花は少し多めに摘もうかな」

 

そう言うとフィリスは、森の中にポツンとある紫色の花の群生地の中、品質の良いものを厳選し採取していく。

一本、また一本と花を摘んでいく内、気づけば採取した素材を入れる鞄がそれなりに埋まってきていた。

 

「っと、流石に摘みすぎたかな?とりあえず、これだけあれば薬の材料はもう十分だよね」

 

そうしてそこでの採取を終えたフィリスは、今度は街の近くの湖へと向かっていった。

 

フィリスが今回作ろうとしている『ラアウェの秘薬』は、その材料に"ワームフィッシュ"と呼ばれる魚が必要となってくる。

"ワームフィッシュ"と言うのはフィリスの元いた世界の魚で、薬としても非常に優秀な効果を誇るそれは、乾燥させる事でより高い効果を発揮する事が出来るのだ。

 

「ワームフィッシュって面白い口だったよね。むーってしてて、しっぽもくるくるしててー」

 

何を言っているのか分からないだろうが、ワームフィッシュというのは一言で言うとタツノオトシゴのような姿をした魚である。

とはいえこちらの世界にもワームフィッシュがいるとはフィリスも思ってはいなかった。

だが、それに代わる魚が採れればとは考えていた。

幸いな事に、錬金術で色々と試作した中に『つりざお』があったのだ。

錬金術で作られたそれは、探索用アイテムとして元の世界でも愛用していたものである。

 

「よーし、いっぱい釣るぞー、おー!」

 

花の群生地から歩く事数十分、目的地の湖に到着したフィリスは、持ってきていた『つりざお』を構え、仕掛けをつけたのち、それを湖に垂らす。

夜空の月明かりを反射している湖のその水面は非常に穏やかで、仕掛けを垂らしたポイントを中心に、波紋が全体へと広がっていった。

糸を垂らした事により僅かに揺れた水面だが、それ以降は待てども待てども何ら反応はなく。

 

「うーん、この湖って、もしかして何も生息してないのかな?」

 

星空に照らされている湖は、目に見えて汚く、とても水質が良いとは思えないものだった。

それでもめげずに糸を垂らし続けるフィリス。

時にはエサを軽く揺らし、撒き餌でいるかどうかも分からない魚を誘い、それでも駄目な時は釣り場を移し_______

そんな事を繰り返すも未だ釣果はゼロであった。

 

「ちょっとこれは時間かかり過ぎだよね…。仕方ないから、ここは諦めて別の素材を…」

 

と、そこまで言った時だった。

 

 

ポチャン

 

 

ふとフィリスが垂らしていた糸が強力な力で引っ張られた。

 

「うわっ⁉︎え、もしかして、かかった⁉︎ってか重っ⁉︎」

 

エサに喰らい付いたそれは、フィリスがかつて体験したことのない力で糸を引き、フィリスごと湖に引きずりそうであった。

が、フィリスだって負けてられない事情があるのだ。

フィリスは何とか踏ん張りながら、咄嗟に片手を離し、『ドナーストーン』を取り出す。

片手を離した際思い切り湖の方まで引っ張られ、足が湖に浸かりそうになったものの、何とか間に合ったフィリスは『ドナーストーン』を持ったまま、再び両手で『つりざお』を引いた。

二方向からとてつもない力で引っ張られている『つりざお』は、今にも壊れそうな程反り返っていた。

恐らく錬金術で作られたものでなければ、とっくに壊れていただろう。

『つりざお』を引きながらも月明かりで何とか見える糸を辿り、エサに喰いついているやつが居るであろう場所を推測していく。

 

「よーし、いっくよー!」

 

姿の見えないそいつの位置の予測をし終えると、フィリスは手にしていた『ドナーストーン』をその地点目掛けて投げつけた。

 

瞬間。

 

バチィン

 

と。

 

『ドナーストーン』が着水した地点を中心に電撃が湖全体へと広がっていく。

 

「力が弱まった!」

 

相手が糸を引く力が急速に弱まっていく。

フィリスはそれを機に全力で『つりざお』を引っ張った。

そうして段々と姿を現してきたのは。

 

「え、何これ……ワニ⁉︎」

 

"ワームフィッシュ"とは程遠い凶悪そうなモンスターであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うぅ、重い……、釣りは最後にしとけば良かった……」

 

結局あの後、陸へと引き上げたワニのようなモンスターに様々なアイテムを使い、完全にトドメを刺してから、縄でその口を縛りズルズルと引きずって居るのだが、その余りの重さにフィリスはつい愚痴を零していた。

 

「一応こうして持って帰っているけど、本当に使えるのかな?」

 

せっかく苦労して手に入れた貴重な素材(になるかどうかは分からないが)、無駄にしたくはないのだが、こうも重いと運ぶ気力がなくなってきてしまう。

 

「でも生命力は凄かったし、どうにか使えるかな?『クラフト袋』をマトモに喰らってからも抵抗を続けてたもんね」

 

フィリスは少し前の湖での出来事を思い出す。

最初は『クラフト袋』を一発喰らわせれば何とかなると思っていたが、これが中々しぶとい相手であった。

その後『小悪魔のいたずら』を使い弱体化させた所で杖で思い切り殴ってみたものの、やはりまだ倒れることはなかった。

最終的にフィリスは奥の手として『フラム』をワニに投げつけたのである。

『フラム』とはいわゆる爆弾の事で、『レヘルン』や『ドナーストーン』などとは違い、純粋に爆発する道具である。

その『フラム』を使い、ようやくこのワニは永い眠りについたのである。

 

「えっと、残りは(神秘の力)カテゴリのアイテムだね」

 

フィリスはワニを引きずりながら、必要な材料について思案する。

 

(神秘の力)とは、アイテムをカテゴライズ化する際の、一種の分類先である。

もっと分かりやすいもので言うと、(食材)、(植物類)、(水)、(鉱石)などが例えとして挙げられる。

因みに先程採取した紫の花は、最低限(植物類)にカテゴライズされるだろう。

もしその花が薬になると言うのであれば、(植物類)に加え、(薬の材料)という物にもカテゴライズされるはずだ。

このように素材のカテゴライズに関しては、複数のカテゴリーを含む場合がある為、どれがどれだかについては、実際に錬金術で使ってみないことには分からないのである。

 

そして今、フィリスは正に(神秘の力)カテゴリーの材料を探しているのだが、(植物類)や(鉱石)と違い、その分類基準は目に見えて分かるようなものでは無いので、先程からフィリスは悪戦苦闘を強いられているのだ。

 

「確か、あっちの世界では"プニプニ玉"も(神秘の力)にカテゴライズされてたよね。と言うことは、それに似た魔物も似たような材料になるのかな?」

 

フィリスの言う"プニプニ玉"というのは、フィリスの世界における魔物、「プニ」が落とすドロップアイテムである。

「プニ」の特徴としては青や緑など、多種多様な種類の「プニ」が存在し、大きさは基本的に小さめで丸っこい魔物である。

その体は"プニプニ玉"を中心に水で出来ており、いわば"プニプニ玉"が心臓のようなものである。

 

「まぁそんなモンスターが、都合よくこの世界にいるわけないよね」

 

フィリスがそんなフラグになるような事を言った途端。

 

ガサガサッ

 

「ひゃっ⁉︎」

 

突如として木の上から聞こえたその物音に驚くフィリス。

恐る恐る見上げると、そこにはプニに似た何かが存在していた。

 

「い、い、居たぁぁぁぁぁぁ!」

 

木の上に居たそれはフィリスの目の前に降り立つ。

その姿は多少の差異こそあれ、プニにそっくりで。

 

「スゴイ…"プニプニ玉"っぽい何かが中心に見えるよ!」

 

フィリスの思い描いた通りの謎の生物の登場に、フィリスは喜びを隠せなかった。

 

「よく見たらこの木の上に沢山いるね。よーし、『フラム』でまとめて吹き飛ばしちゃおーっと!」

 

フィリスがそんな物騒な事を言って取り出したのは、先程ワニのようなモンスターにトドメを刺したそれと同じ物だった。

 

ガサガサガサッ

 

木の上のプニもどき共が一斉にフィリスに襲いかかる中、フィリスは落ち着いてそれを回避すると、そいつらの中心地は目掛けて『フラム』を投げつけた。

次の瞬間、目の前のプニもどきは爆発の威力で死散し、後には"プニプニ玉"のような、彼らの核とも言えるべき物がそこら中に落ちていた。

 

「やった、大漁だ!」

 

フィリスは上機嫌でそれらを集めると、街へとその帰路を急いだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ぜぇ…はぁ…、戻りましたよ、ウィズさん」

 

長い道のりをとてつもない重量の物を引っ張りながら帰ってきたフィリスは、息を切らしながら家の中へと入っていった。

 

「あ、おかえりなさい、フィリスさん…ってえぇ⁉︎何ですかそのワニ⁉︎」

 

「あぁ、湖で釣りました」

 

「釣ったんですか⁉︎」

 

ウィズは色々と聞きたそうにしているが、話は後だと言わんばかりにフィリスはウィズにリアーネの容態を聞く。

 

「それで、私が出かけている間にリア姉はどうでしたか?」

 

「リアーネさんなら今も安静にして眠ってらっしゃいますよ。気を失っているというよりかは、普通に寝ているような気もしますね」

 

その言葉を聞き、フィリスは寝室へと向かう。

そこには最後にフィリスが見た時よりも、大分落ち着いた様子のリアーネが寝ていた。

 

「怪我の具合は……、あれ?思ったよりも大分治ってる?」

 

「えぇ、小さな傷などは、あらかた治ってしまったみたいですね。後は頭部の怪我と、左腕の骨折ぐらいですね」

 

そんなウィズの言葉にフィリスは首を傾げる。

確かに『医者いらず』の効果はそれなりのものだと思うし、『そよ風のアロマ』だって焚いてはいた。

しかし『医者いらず』でも全ての軽傷の部分を治せていたわけではないし、『そよ風のアロマ』だってその効果は微々たるものの筈。

それがなぜここまでの効果を発揮したのだろうか?

 

いや、或いはウィズが何かをしたのか_______

 

「ウィズさん、リア姉に何かしました?」

 

「えっ?いや、別に何もしてませんよ?ドレインタッ……体力や魔力を相手から吸い取ったり与えたりするような、そんなスキルは一切使ってませんよ?」

 

「そ、そうですか…」

 

何かしたらしい。

どうやらこのダメ店主は嘘を吐くのも下手らしい。

しかしその実、内面は非常に優しく穏やかで、困っているフィリスに手を差し伸べてくれた。

そのドレインなんたらとか言うものは聞かれたらまずいものなのか、それはフィリスには知り得ぬことであったが、今はただただウィズに感謝するしかなかった。

 

「ウィズさん、ありがとうございました」

 

「えっ、いえ、私はべ別に何もしてないですですよ?」

 

目に見えて狼狽えるウィズを微笑ましく思いながら、フィリスは採取してきた素材を釜の近くに持ってくる。

 

「えっと、今からその錬金術……と言うものを行うんですか?」

 

「はい、見ていきたかったらどうぞ」

 

フィリスはウィズの相手をしながら素早く錬金術に取り掛かる。

時刻は日付が変わり、最早誰もが眠りについている頃だろうか。

 

フィリスは本来の『ラアウェの秘薬』のレシピを思い出しながら、まず『中和剤・緑』を錬成していく。

『ラアウェの秘薬』のレシピには『中和剤・緑』は直接関係はなく、作ろうと思えば今すぐにでも作れるのだが、フィリスは少しでも完成した際の効果を高めようと考えていた。

 

『中和剤・緑』の材料として、採取してきた紫の花から、【回復力増加】系統の特性を持つ物を選んで調合していく。

 

特性というのは、同系統の物を組み合わせて調合させる事で、より強力な特性となるのだ。

 

今回の場合で言えば、【回復力増加】と【回復力増加+】の二つの特性を持つ花を材料にすることで、それらが組み合わさり【大きな回復力】という特性へと昇華した。

 

完成した『中和剤・緑』に特性の【大きな回復力】をつけ、それを材料に(水)カテゴリの道具である『ピュアオイル』を作成する。

 

『ピュアオイル』はその材料に中和剤を要するのだ。

 

作成した『ピュアオイル』に先程の【大きな回復力】の特性をつけると、フィリスは再び『中和剤・緑』の作成に取り掛かる。

 

今度は同じ要領で、作った中和剤に【強烈な回復力】と呼ばれる特性をつける。

 

そして、それを材料に『ピュアオイル』を作成し、その特性を引き継がせた。

 

そうして完成した二種類の『ピュアオイル』を材料に、再び『中和剤・緑』を作成する。

 

【大きな回復力】と【強烈な回復力】、この二つの特性を組み合わせると、【究極の回復力】という最高峰の回復力を誇る特性へと昇華するのだ。

 

また、『中和剤・緑』のレシピとしては、(水)カテゴリの材料が二つ、(植物類)カテゴリの材料が二つである。

 

(水)カテゴリに今の『ピュアオイル』二つを使うとして、残りの(植物類)カテゴリには、更に【回復力増加+】と【回復力増加++】を持つ花を使い、【強烈な回復力】を改めてつける。

 

【究極の回復力】と【強烈な回復力】を引き継がせた『中和剤・緑』を材料に、今度こそ『ラアウェの秘薬』の材料とする『ピュアオイル』を作成。

 

そこまでやってから、ようやく『ラアウェの秘薬』の錬金に取り掛かる。

 

フィリスは掻き集めてきた材料の中から、慎重に使用するものを選びながら、釜の中へと投入していく。

見知らぬ材料や、勝手の分からない物もあったが、錬金術は順調であった。

これも材料の声というものなのだろうか、今のフィリスは、捕獲したワニなどの錬成成分は分からないものの、何をどうすればいいのかが何となく分かっていた。

 

「おぉ……」

 

ウィズが感嘆の声を上げる中、フィリスは的確に錬金術を進める。

 

「『ピュアオイル』には特性として【究極の回復力】と【強烈な回復力】がついてるから、あと引き継げるとしたら残り一個だよね」

 

そう、特性というのは、一つのアイテムにつき三つまでしかつける事が出来ないのだ。

 

『ラアウェの秘薬』が完成した際に、今の二つの特性を引き継ぐとしても、まだ枠は一つ余っている。

当然フィリスは、その枠も無駄にする気はなかった。

 

「『ラアウェの秘薬』のレシピの中に、確か(薬の材料)が二つ必要だったはずだから…」

 

その事を確認したフィリスは、摘んできた紫の花から、それぞれ【回復力増加】と【回復力増加+】の特性を持つ物を選択すると、それを釜の中へと入れる。

 

これにより、錬金術が終われば【大きな回復力】へと昇華しているはずだ。

 

もしこれが成功すれば、元々強力な回復力を誇る『ラアウェの秘薬』に、【究極の回復力】、【強烈な回復力】、【大きな回復力】の三つをつけ、かつてない程の回復アイテムが完成することになる。

 

「フィリスさんフィリスさん、何だか釜の色が変わってきましたよ?」

 

ウィズの視線の先にある釜の中、確かにそれはウィズの言う通り変色し始めていた。

が、釜の色が変色したからといって毎回爆発する訳ではない。

 

「あはは、大丈夫ですよ、ウィズさん。これは……成功する時の色ですから……」

 

フィリスはこの色に見覚えがあった。

爆発する時の前兆である禍々しい色……ではなく、会心の出来だったときに度々お目にかかる、見るものを惹きつけるような鮮やかな色であった。

だがフィリスは、そんな色になっても気を抜かず釜の中をぐるぐると掻き混ぜる。

 

そして_______

 

「ふぅ………完成だぁぁぁ‼︎」

 

「きゃっ⁉︎ちょ、いきなりどうされたんですか?」

 

突然大声を出したフィリスにウィズは驚きの声をあげた。

しかしそんな事は御構い無しというように、フィリスは釜の中から完成したそれを取り出すと、真っ先に寝室へと向かった。

いつの間にか窓の外は明るくなっており、カーテン越しに差す陽の光が優しく寝室内を照らしていた。

焚いていたはずの『そよ風のアロマ』も、キャンドルが完全に燃え尽きており、香りが薄くなっていた。

そんな部屋の中、未だ眠り続けているリアーネの横にフィリスは立った。

 

「…リア姉、お待たせ」

 

ただ一言、フィリスはそう言うと、リアーネの口元へと『ラアウェの秘薬』を運び_______

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……ん………んん、あ…………ここ…は?」

 

 

目が覚めるとそこは、未だあまり見慣れない天井が広がっていた。

 

「……眩しい」

 

カーテンの隙間から差し込む陽の光をもろに顔に受け、寝ぼけ眼を腕で覆い被せようとするが。

 

「腕……重い…」

 

思うように動かない左腕。

 

「そっか……、確か折れたんだっけ」

 

段々と意識が覚醒してきたリアーネは、ひとまず体を起こし、思うように動かない左腕を見て………。

 

「_______っ、そうね、確かにこれは重いわけね」

 

一切腫れがない、健康的な肌色をした左腕が、まな板に固定されているのを見て、リアーネはクスと笑った。

そんな左腕のすぐ近く、リアーネのベットに腕を置き、そこに顔をうずめて眠るフィリスが居た。

 

「すぅ……すぅ……」

 

穏やかな寝息を立てるフィリス。

リアーネはそんなフィリスの頭を撫でながら、自分が気を失う直前、フィリスに言ったことを思い出していた。

 

『……ゴメンね、悪いんだけど……あとの事はお願いね…………』

 

「あとの事…お願いして良かったわ」

 

リアーネは僅かに声を震わせながら、そうポツリと零した。




いかがだったでしょうか?
個人的にはかなり誤字脱字が多い様な気がします。
なので自分で見直して色々と直していきます。

ところで今回は大量に新語が出ましたね。
ということでざっくりと説明していきますよ。

神秘の霊薬…回復アイテム。超強力。

ラアウェの秘薬…回復アイテム。相当強力。

生命の蜜…回復アイテム。結構強力。

フラム…爆弾。割と初期のアイテム。

ワームフィッシュ…(魚介類)カテゴリの魚。タツノオトシゴっぽい。

プニ…雑魚モンスター。ド○クエのスライムっぽいやつ。

プニプニ玉…プニが落とすアイテム。何故か(神秘の力)にカテゴライズされてる。

つりざお…つりざお。

中和剤・緑…(水)と(植物)から作れる。結構便利。

ピュアオイル…調合アイテム。(水)カテゴリな上に、材料として中和剤が必要な為、今回の小説のようなループを繰り返し強い特性を引き継がせれる。

回復力増加…特性の一種。


大体こんな感じですかね。
説明書いてないのもありますけどそこは追い追い書いていきます。

錬金術はゲームだともっと時間かかるものなんですけど、まぁそこは目を瞑って下さいm(__)m


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十話 やらかしちまった爆裂狂娘

今回は日常回というか、あまり物語自体は進みません。

ついでに今回から皆大好き例のロリっ娘が登場します。

物語の都合上、登場シーンは少なめかと思いますし、今後もまだそこまで活躍はしませんが……。

まぁでも暫くすると登場する機会も増えると思いますよ、きっと。




「うぇぇん、リア姉〜〜〜、心配じだんだよ〜〜〜、グスッ」

 

朝もとっくに過ぎ、昼飯時を前に街が喧騒に包まれている頃。

目を覚まし、その視界に怪我一つない元気なリアーネの姿を確認するや否や、フィリスはリアーネに泣きながら抱きついた。

 

「あ〜ん♡フィリスちゃんから抱きついてくるなんて、至福ね……フィリスちゃんってば大胆……。もっとギュッてしてて良いのよ!」

 

抱きついてきたフィリスを、リアーネは蕩けた顔で甘受する。

 

「リ、リア姉?ちょ……リア姉っ、痛い痛いっ⁉︎痛いってばっ⁉︎」

 

いつの間にかとんでもない力でリアーネに抱きしめ返され、フィリスは悲痛な叫びをあげた。

久々にリアーネのシスコン魂に火がついたようだ。

 

「ん〜〜、この世界に来てから色々と忙しかったから、こんな機会全然なかったのよね〜。フィリスちゃんモフモフっ♡」

 

「リア姉落ち着いてっ!このままだと、またリア姉が分身して追いかけてくる夢見ちゃうから!」

 

リアーネのシスコンぶりを知っているフィリスには、どうやら謎のトラウマがあるらしい。

 

「ふぅ……、幸せな時間だったわ……」

 

「はぁ……、恐怖の時間だったよ……」

 

満足そうに頬に手を当て窓の外を眺めるリアーネと、疲れた様に床に手をつき胡乱な目をするフィリス。

そんな中、リアーネは改めてフィリスに向き直ると。

 

「フィリスちゃん、心配かけて本当にごめんね。それからありがとう、フィリスちゃん。大変だったでしょ?」

 

そんな感謝の言葉を述べた。

そして、リアーネの言葉を受けたフィリスは、リアーネの方を真っ直ぐ見つめ。

 

「いつまでもリア姉に支えてもらうばかりじゃいられないもん。とにかく、元気になって良かったね!」

 

精一杯の笑顔で応えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「リア姉、ここだよ」

 

フィリスは街で色々な食材を買うと、それらを持ってリアーネをとある場所へと案内した。

 

「ウィズ魔道具店…?ここがフィリスちゃんが言ってた人の店なの?」

 

リアーネはフィリスにそんな確認をとると、フィリスはコクと頷いた。

そう、フィリスが案内した場所は、昨晩リアーネの看病をして貰ったウィズの所だった。

フィリスが『ラアウェの秘薬』を完成させた後、ウィズは「店があるから」と早々に帰ってしまったのだ。

フィリスはよくは知らないものの、ウィズがリアーネに何らかの事をして、治療に貢献してくれたことは分かっていた。

少なくともそれは間違いない事実である為、その事をリアーネにも伝え、こうしてお礼をしに来たのである。

 

「こんにちはー、ウィズさん居ますか?」

 

フィリスは挨拶をしながら店の中へと入り、その後に続いてリアーネも店内へと足を踏み入れた。

扉を開けると、来客を知らせる鈴が軽やかに鳴り響き、心地よい音が店内へと広がっていく。

小さいながらも小綺麗な内装、効果さえ知らなければ購買意欲を刺激するような見た目の良い商品の数々が、計算され尽くされているかのように美しく陳列している。

そんな店の中、入ってすぐのカウンターの所に、目当ての人物はいた。

 

「あら、フィリスさん。いらっしゃいませ……って、そちらの方はリアーネさん…でしたよね?もしかして、もう怪我が治ったんですか⁉︎」

 

「はい、おかげさまでリア姉はすっかり元気になりましたよ!」

 

ウィズはフィリスと共にやって来たリアーネを見ると、驚愕に目を見開いた。

そんなウィズに対しリアーネは、優雅に一礼をして感謝の言葉を述べた。

 

「あなたがウィズさんですね。この度はどうもありがとうございました」

 

「あ、いえいえそんな。私の方こそフィリスさんには助けていただきましたし、その恩返しとしてお手伝いさせていただいただけですよ」

 

ウィズはリアーネの言葉に、首を振ってそう応える。

フィリスは二人が言葉を交わしたのを見届けると、買って来た食材をウィズに渡した。

 

「ウィズさん。これ、お礼の品です。受け取ってください」

 

「え?良いんですか⁉︎」

 

フィリスが食材を渡した途端、ウィズは目を輝かせて食べ物が入っている袋の中を覗き込んだ。

そんなウィズをリアーネは微笑ましく眺め、ウィズの内情を知るフィリスは苦笑を浮かべた。

 

「ほれにひても、まはかほうへががはおってるはんて」

 

「すいません、何言ってるか分かんないです」

 

貧乏になると人は遠慮という言葉を忘れるのだろうか。

食材を渡して数秒と経たない内にそれにありつきながら言うウィズに、フィリスは冷静にツッコミを入れる。

 

「……んぐっ、それにしても、まさかもう怪我が治ってるなんて、錬金術って凄いんですね」

 

「あぁ、それが言いたかったんですね」

 

今度こそウィズの言いたい事が伝わったフィリス。

確かに錬金術と言うものはこの世界にはないものである。

実際にその効果を目の当たりにしたウィズには、目を見張るものがあるのだろう。

 

「ねぇ、フィリスちゃん。折角だからここで少し買い物をしていかない?」

 

いつの間にか店内を物色していたリアーネが、そんな突拍子も無いことを言ってきた。

 

「ちょ、リア姉…それは…」

 

「本当ですか⁉︎是非、是非何か買って言ってください!」

 

リアーネの発言で困惑するフィリスと、歓喜に満ちた表情を浮かべるウィズ。

リアーネはフィリスの反応に気づいてないのか、とある道具を手に取った。

 

「ウィズさん、これはなんですか?」

 

「それはカエル殺しと呼ばれるマジックアイテムです。ジャイアントトードの餌に模したそれには、炸裂魔法が封じられているんです」

 

「つまり、コレを使えば安全にジャイアントトードが狩れるって事ですか?」

 

「はい、そうなんです」

 

 

(……あれ………案外マトモな商品もあるんだ)

 

 

フィリスは笑顔で商品の説明をするウィズを見て、少し首を傾げる。

とはいえこれだけの品揃えがあるのだ。

マトモな商品の一つや二つ位はあってもおかしく無いのかもしれない。

フィリスがそう自分の中で結論づけた所で、リアーネはふとそのカエル殺しの値段を聞いた。

 

「所でこれって、いくらなんですか?」

 

「それは二十万エリスですね」

 

「高っ⁉︎ジャイアントトードって一匹で五千エリスですよね⁉︎」

 

フィリスはその値段の高さに呆れるしかなかった。

 

前言撤回、やはり他に陳列されている物と同じく売れない商品の仲間であるようだ_______と。

 

「えっと…残念ながら私たちにはまだ必要ない…と思います……」

 

どうやらリアーネも値段が割に合っていない事に気付いたらしい。

が、ウィズだけはそれに気付いていないのか。

 

「そうですか…それでは必要になったらまた買っていってくださいね」

 

残念そうにしながらも営業スマイルを浮かべる。

その後もリアーネは色々な商品を手に取るも、無意識ぼったくりポンコツ店主の商才の無さが遺憾無く発揮されており、遂にはリアーネも恩人の店を見限ることにしたようだ。

 

「えー、ちょっとまだ私たちのような駆け出し冒険者には必要ない物ですね……、またそれが必要な時期が来れば、その時はお世話になりますね」

 

「そうですか……、えと、またのご来店をお待ちしております」

 

リアーネの言葉に精一杯の営業スマイルを取り繕って応じるウィズ。

しかし明らかに残念そうな空気を隠しきれず、フィリスとリアーネは多少の罪悪感に襲われた。

だがダクネスから受け取った報酬があるとはいえ、今後の事も考えるとあまり無駄遣いは出来ないのだ。

非常に申し訳ないと思うものの、正直言って役に立たないような物は買う必要はない。

そういう訳でフィリスとリアーネはウィズに軽く会釈をすると、愛想笑いを浮かべながらそっと店の外へと出た。

 

 

そのまま冒険者ギルドへと二人して向かう事数分。

 

 

「はぁ〜……、ウィズさんの悲しそうな視線がグサグサ刺さった……」

 

少し歩いてウィズ魔道具店から離れると、フィリスは大きなため息を吐いた。

 

「本当はお礼に何か買っていきたかったんだけど、まさかあそこまで商才がないなんてね……」

 

フィリスの嘆息に同調するようにリアーネもそんな事を零す。

 

「フィリスちゃん、これからはウィズさんに定期的に食糧を持って行ってあげましょう…」

 

「うん、そうだね…」

 

フィリスとリアーネがそこまで言葉を交わすと、いつの間にか二人の目の前には冒険者ギルドの扉があった。

 

「昨日はギルドにも行かずに真っ直ぐに家に帰ったから、報告とか色々しなきゃいけないわね」

 

 

そう、リアーネは昨日クエストに失敗した後、全身傷だらけのボロボロ体を引き摺って、家へと戻ったのである。

というのも、あの時のリアーネの最優先事項は、報告よりもまず体の治療であったのだ。

そしてリアーネにとっては、未だ完全には馴染まない世界の、かつて行ったこともない病院なんかで治療して貰うより、フィリスに頼んだ方が確実なのである。

僅か二年にも満たない年月ではあるが、それでもフィリスと共に旅をしてきたリアーネは、最も近くでフィリスの錬金術を見てきたのだ。

この世界においては_______いや、この世界に限らなくとも、リアーネにとってフィリスは最も信頼できる相手であるのは自明の理である。

 

 

そういう訳でギルドの前へとやって来た二人がその中へと足を踏み入れると、そこには相変わらず喧騒に包まれた賑やかな酒の席が繰り広げられていた。

 

因みに現在の時刻は空が赤みがかって薄っすらと影が伸び始めた頃。

 

朝っぱらではない分まだマシだろうが、それでも酒を呷るにはまだまだ早い時間帯である。

そんな酒と料理の匂いが入り混じるギルドの中、フィリス達は奥のカウンターへと向かう。

 

「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ……ってリアーネさんじゃありませんか!昨日はあの後一度もギルドへお越しにならなかったので心配したんですよ?」

 

ギルドの受付嬢、ルナがリアーネの姿を確認すると、心配したような表現を浮かべた。

 

「すいません…少々トラブルがあったもので…」

 

「トラブル…ですか?」

 

リアーネは首を傾げるルナに、昨日リアーネの身に起こった出来事を手短に話し始める。

 

「あの後街の外に出て少し歩いた所で、ふと後方で爆発が起きたんです。その時その爆風に巻き込まれて吹き飛ばされ、頭を近くの木に打ち付けてしまったんですよ」

 

 

「………あ」

 

 

フィリスは今日目が覚めた後、リアーネから大体の事情は聞いていたので別段驚かなかったが、ルナはリアーネの言葉を聞いて驚いたのか、そうポツリと零した。

いや、驚いたというより寧ろ心当たりがあるような、何かに気づいたかのような感じだった。

 

「それでその音を聞きつけたのか、初心者殺」

 

「あの、爆発の直前に何か少女の声が聞こえたりしませんでしたか?」

 

ルナの反応には構わず説明を続けるリアーネの言葉を遮り、ルナは唐突にそんな事を聞いて来た。

 

「え?あ、はい。確か…『エクスプロージョン』……だったかしら?そんな感じの声が」

 

「少々お待ちください‼︎」

 

ルナはリアーネの話を最後まで聞く前に、カウンターの奥へと駆け込んだ。

フィリスとリアーネが顔を見合わせ首を傾げていると、まもなく放送のようなものが聞こえて来た。

 

『めぐみんさん、直ちに冒険者ギルドへとお越しください。繰り返します。アークウィザードのめぐみんさん、直ちに冒険者ギルドへとお越しください』

 

「めぐみん…?え…それ名前?」

 

「さぁ……」

 

フィリスの疑問にリアーネは曖昧な返事で返していると、カウンターからルナが戻って来た。

 

「申し訳ありませんリアーネさん、今犯人と思しき人物をお呼びしましたから」

 

「は…犯人?」

 

ルナの言っていることがよく理解できないリアーネ。

だが恐らく犯人というのは、話の流れ的に爆発を起こした張本人の事だろう。

 

その後昨日起きた出来事を掻い摘んでルナに話した後、待つ事十数分、ギルドの中に紅い瞳が特徴的な、二人の少女がやってきた。

その少女達の内の一人、年は十二から十四歳程だろうか、そんな幼さが少し目立つ少女が徐ろにこちらへと歩いてくると。

 

「あの、アナウンスを聞いてやってきたんですが、一体どういった要件なんですか?」

 

と、見た目の割に丁寧な口調でルナに問いかけた。

 

「この子がめぐみんって子かな?結構幼い感じだね」

 

「でも案外しっかり者っぽいわよ」

 

フィリスとリアーネがめぐみんを見ながらコソコソと耳打ちしあっていると、ルナはそんな二人を手で示しながら、めぐみんに話しかけた。

 

「えー、まずこちらはフィリスさんとリアーネさんという、最近冒険者になった姉妹です」

 

「そうですか、新入りですか」

 

めぐみんがルナの言葉に頷くと、羽織っていたマントをバサっと翻し、訳のわからないポーズをとり。

 

「我が名はめぐみん!紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者!」

 

訳のわからない自己紹介をし始めた。

 

「フィリスちゃんフィリスちゃん、やっぱり変人だったみたいね」

 

「うん、それにしても、めぐみんって本名だったんだね…」

 

再びコソコソと話す二人を他所にドヤ顔でポーズをきめるめぐみんに対し、ルナは冷静に、とある事実を告げた。

 

「昨日、あなたは爆裂魔法を意味もなく平原に撃ちましたよね?」

 

「はい、それが何か?」

 

突然のその言葉に、首だけを動かしてルナの方を見て答えるめぐみん。

 

「その爆裂魔法の爆風に、こちらのリアーネさんが巻き込まれて頭を怪我されたらしいんです」

 

「はっ………⁉︎」

 

決めポーズのまま固まるめぐみん。

そんなめぐみんに対し、ルナはさらに追撃を行う。

 

「そうして頭を打ち付けて朦朧とする意識の中、爆発の音を聞きつけた初心者殺しと遭遇したらしいです」

 

「なっ………⁉︎」

 

ルナの言葉にさらに驚愕するめぐみん。

その頬にはダラダラと冷や汗が伝っていた。

なお、めぐみんと共に来たもう一人の少女は先程から口をパクパクとさせている。

恐らく彼女もルナから告げられた真実に驚いているのだろう。

 

「そして必死に初心者殺しに抵抗する中、さらに音を聞きつけた最近噂の例の悪魔に遭遇したらしく、その悪魔によって更なる大怪我を負わされたとのことです」

 

「_______ッ⁉︎」

 

ルナが大まかな事情を話し終えた頃、めぐみんの顔は誰の目から見てもはっきりと分かる程に青ざめていた。

全身から冷や汗を噴き出すめぐみん。

と、その時めぐみんの後方に立っていたもう一人の少女が、めぐみんの肩を掴み揺さぶった。

 

「ちょ、何してるのよめぐみん‼︎なんで意味もなく爆裂魔法を撃ったのよ‼︎」

 

「いや、爆裂魔法は私の生き甲斐というか、アレを一日一回撃たないと死んでしま…」

 

「何訳わかんない事言ってんの⁉︎それよりも早く謝りなさいよ‼︎」

 

「あ、え、その、すいませんでしたっ‼︎」

 

急に身体を揺らされためぐみんは一瞬狼狽するも、すぐさま我に帰ったのか、リアーネに対して見事に直角に頭を下げ、謝罪をした。

 

「あ、あの、私からも謝らせてください!本当にめぐみんが大変な迷惑をおかけしました‼︎」

 

めぐみんが頭を下げると同時、もう一人の少女も共に頭を下げ、リアーネに対し謝罪をする。

その怒涛の勢いに気圧されたリアーネは、ただただ。

 

「え、あ、えぇ。大丈夫だから…」

 

そう答えるしかなかった。

 

*****

 

改めて簡潔に纏めると、ルナによって呼び出された少女___めぐみんが昨日、意味もなく平原に爆裂魔法を放ったらしい。

 

爆裂魔法とは、この世界において最高峰にして最大級の威力を誇る、究極の攻撃呪文である。

だが、爆裂魔法は大抵の敵を倒せる圧倒的破壊力を持つが故に、魔王軍の幹部クラスとかが相手でない限り、オーバーキルも良いところの代物であり。

そんな強力な呪文なんてポンポンと撃てるはずもなく、めぐみんの場合、日に一度撃てば最早動けなくなるくらいらしい。

むしろ爆裂魔法を撃てるだけでも相当凄い事であり、その点に関して言えばめぐみんが優秀な魔法使いだという事の証明にもなるのだが、基本的にはアホみたいに消費魔力と習得の為のスキルポイントが高い上、オーバーキルも良いとこのネタ魔法というのが、この世界における共通認識とのことだ。

 

そして、そんなネタ魔法の虜になってしまったらしいめぐみんは、意味があろうがなかろうが、爆裂魔法をぶっ放すのが日課となっているらしい。

そして昨日、偶々めぐみんが爆裂魔法を放った小高い丘、その先の少し下に降りた地点はめぐみんにとっても死角になっていたらしく、更には爆裂魔法の効果範囲も広すぎたため、偶然そこに居合わせたリアーネが巻き込まれてしまったらしい。

 

そういう訳で犯人であるめぐみんはこのギルドへと呼び出された訳だが、リアーネがめぐみんの事を許したという事もあり、その処遇は厳重注意という形で済まされた。

 

なお、めぐみんと共にやってきた少女の名はゆんゆんと言う名である。

ゆんゆんはめぐみんのライバルとの事だが、傍から見れば仲の良い友達にしか見えなかった。

二人が共に、どこかの家出した貴族令嬢を探している時にあのアナウンスが流れたため、心配で一緒にギルドまで付いてきたのだという。

 

因みに二人は同じ紅魔の里出身の、紅魔族と呼ばれる種族のようだ。

里の人間全員がアークウィザードらしく、黒髪紅眼と変な名前が特徴的な種族とのことだった。

 

「それにしても、事件の黒幕である私が言うのも何ですけど、本当にリアーネは爆裂魔法に巻き込まれたんですか?」

 

「え?どういう意味かしら?」

 

「いやだって、怪我なんて一つも無いじゃないですか。昨日大怪我を負ったとはとても思えないんですけど」

 

「ああ、その事ね」

 

めぐみんの疑問も当然だろう。

大怪我を負ったと言うのに、一日経てば元通り…なんていうのはどう考えてもおかしな話である。

そんなめぐみんの疑問にリアーネは、誇ったような笑みを浮かべながら答えを告げる。

 

「ここにいる私の可愛い可愛い妹の、フィリスちゃんが薬を作ってくれたのよ」

 

「薬を…この人が…?」

 

めぐみんの視線がフィリスへと注がれる。

それだけではなく、ゆんゆんやルナの視線までフィリスへと集まっていた。

当のフィリスはと言うと、どうだと言わんばかりに胸を張るものの、寄せられ続ける視線に耐えかねたのか、その頬はほんのり赤く染まっていた。

 

「フィリスちゃんはね、色々な道具を作れるのよ。攻撃アイテムから回復アイテムまで、多種多様なものをね」

 

リアーネは得意げに妹自慢をする。

が、フィリスの事を錬金術師と言わない辺り、どうやら別世界から来た事は隠すつもりらしい。

 

(まぁ、確かにここで下手に騒ぎを起こしても…ね。隠し通す理由はないけど、別に言わなくてもいいからね)

 

フィリスもリアーネの意図を汲み、とりあえずは異世界だのと言った話は伏せておく事にした。

 

「へ〜、魔道具職人でもあるんですね。それにしても、話に聞いていた怪我は相当なもののはずですが、それを一日で直してしまうとは、かなり腕が良いんですね」

 

「あ、わ、私もその魔道具とか、色々見たいです」

 

めぐみんに続きゆんゆんも口を開く。

どうやらこの世界では、フィリスの作る道具は魔道具として扱われるらしい。

確かに、一応は『魔法の道具』とされている物も多い為、魔道具と言うのにも頷ける。

 

(今度から錬金術で作ったものは、この世界では魔道具として扱って……、作ったものを売るのもアリかな?)

 

フィリスはそんな事を考えながら。

 

「いつでも私の作った魔道具を見にきても良いよ」

 

と、二人の紅魔族に笑いかけた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

めぐみんが「そういえば家出した貴族令嬢を探している途中でした!」と言って、ゆんゆんと共にギルドを出て行ったあと。

 

「あの、めぐみんさんの事、本当に許してもらえましたか?」

 

ルナがリアーネにそんな事を聞いて来た。

 

「えぇ。本人も謝ってたし、今後気をつけるとも言っていましたしね。それに、もうすっかり傷は癒えましたし」

 

「そうですか…、ありがとうございます、リアーネさん」

 

リアーネの返答に満足げに頷くルナ。

 

彼女は冒険者達のことをそれなりに大切にしているようだった。

そんなルナにお願いされては、大変な目にあったリアーネでも、ついついめぐみんの事を許してしまう。

フィリスも言いたい事は少なからずあるにはあったものの、リアーネが許したと言うのならと身を引いていたのだ。

 

「所でリアーネさん、昨日のクエストなんですけど、期限は三日なのでまだクエスト失敗にはなってませんよ」

 

「あ、そういえばそうですね」

 

リアーネは爆風に巻き込まれた際、頭を強く打った為しばらくは安静にしていなければと考えており、その為期限内でのクエスト達成は難しいと考えていた。

しかし、フィリスのお陰で想像以上に早く傷が治った為、まだまだクエスト達成のチャンスがあるのだ。

 

「それじゃあ、ちょっとクエスト達成して来ますね」

 

そう言うと受付カウンターをあとにし、二人揃って外へ向かおうとする。

その時、ふとフィリスとリアーネの二人に声がかけられた。

 

「あ、二人とも丁度いいところに」

 

声がした方をみやると、クリスとダクネスが同じテーブルの所に座り、ポリポリと野菜スティックを齧っていた。

 

「クリスさん、ダクネスさん、こんにちは」

 

フィリスは二人に挨拶をし、それに続いてリアーネも軽く会釈をした。

 

「すまない、二人にも少し話があるんだ」

 

ダクネスがやけに真剣な目つきをしていた。

そのただならぬ雰囲気を感じ取ったフィリスとリアーネは、ダクネスに促されるまま同じ席に着いた。

 

「あの、話ってなんですか?」

 

リアーネがクリスとダクネスに問うと、突然クリスは机をバンッと叩いた。

その唐突な行動に体をビクッと震わすフィリスとリアーネと野菜スティック。

そのままクリスは驚き硬直している野菜スティックをヒョイとつまみ、パリパリと齧り始める。

 

「って、何するんですかいきなり!ビックリしましたよ!」

 

最も驚いていたフィリスが抗議の声をあげる。

するとクリスは机の上の野菜スティックを指差し。

 

「まぁまぁ、とりあえずこれでも食べて落ち着きなよ」

 

と、そんな事を言って来た。

 

「まったく、本当に驚いたんですからね」

 

フィリスが可愛く頬を膨らませながら野菜スティックに手を伸ばすと。

 

ヒョイ

 

野菜スティックが華麗にフィリスの手を避けた。

 

「………は?」

 

なんとも間抜けな声を出すフィリスに、今度はダクネスがお手本のように机を叩き、野菜スティックが硬直している間につまむ。

 

「こんな感じで、この世界の野菜スティックは逃げるから、音や振動で驚かせるなりして動きを止めてからつまむんだよ」

 

「おかしいですよっ!この世界絶対変ですよっ!」

 

確かにフィリス達の元いた世界でも特性【生きている】なるものがあり、通常動くはずがないものも動いたりすることがある。

が、そんな物を食卓に持ち込むことはまず無い事である。

今更ながらに異世界の洗礼を受けたフィリスは尚も抗議し、そんなフィリスに同調するようにリアーネも苦笑いを浮かべていた。

 

「まぁでもそんな事よりも」

 

「いやいや、そんな事って言っても、私達には結構な大事ですからね」

 

「そんな事よりも二人共、悪魔についてはどう思う?」

 

フィリスのツッコミを華麗にスルーし、クリスは唐突にそんな質問を投げかけた。

 

「いやでも……、まぁ良いです。それで、悪魔がどうかしたんですか?」

 

とうとう観念したフィリスは、今度は逆にクリスに聞き返した。

 

「ほら、最近この街の付近で悪魔がウロウロしてるらしいじゃない?」

 

クリスの言葉を受け、リアーネは昨日見た悪魔の事を思い浮かべる。

 

真っ黒な体躯、その巨体に見合わぬスピード、破壊力抜群の一撃。

どれを取っても明らかに強すぎるそれは、だがその実少しは友好的に接して来てはいた。

ひとたび敵と見なされれば容赦無く襲いくるも、そうでなかったらその容姿に似合わず優しい一面を見せた悪魔。

可能ならばもう二度と対峙する事は御免だと思わせるそいつを思い出していると。

 

 

ふと、クリスとダクネスは真剣な面持ちで口を開く。

 

 

 

 

「「その悪魔をぶっ殺しにいこう」」

 

 

 




さて、いかがだったでしょうか?

個人的には今回は大した大事も起こさず、のんびりとさせたかったのですが…微妙だったかも?

というかよくここまで駄文、駄作を投稿し続けてこれたな俺……

次回はなるべく一週間以内に投稿しますので、もう少々お待ちください。


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十一話 ドMお嬢様と女神降臨(?)

すんませんしたぁぁぁぁ‼︎
一週間以内に投稿すると行ったのに……。
思いの外リアルが忙しくなって来たので遅れました。
いやもうほんとごめんなさいm(__)m
遅くなってマジですいませんm(__)m


「悪魔をぶっ殺すって……ダメ、ダメですよそんな!」

 

クリスとダクネスに食ってかかったのはリアーネであった。

 

それもそのはずであろう、リアーネはここに居る四人の中で唯一例の悪魔に遭遇した人物であり、その他を圧倒する驚異的な強さを身をもって体感しているのだ。

 

決してクリスやダクネスが弱いと言っているわけではないが、それでもあれ程の力量の差を見せつけられたとあっては、仲間の身を案じて説得するという行動は当然である。

フィリスも実際に対峙した訳ではないが、彼女が最も信頼し、その実力も含め何もかもに安心感を抱かせる最愛の姉が、全身ズタボロの大怪我をして帰ってくる姿を見たのだ。

 

全てが悪魔のせい…という訳ではないものの、あのような姿を見てしまった以上、フィリスもリアーネの言葉に頷くしかなかった。

が、クリスとダクネスはリアーネからの忠告に首を傾げると。

 

「危険が付きまとうのは承知の上だ。それでも、エリス様に仕える敬虔なクルセイダーとして、悪魔の存在を看過することは出来ない」

 

「あたしもダクネスと同じだね。このアクセルの街付近に悪魔が棲みつくとはいい度胸だよね…」

 

ダクネスはいかにも頭が固そうなことを言い放ち、クリスは怒っているようで、でもどこか嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

リアーネの言葉に耳を貸さない二人を前に、リアーネはこの時ばかりはエリスを恨んだ。

フィリスとリアーネは、二人の敬虔なエリス教徒の決意を前に、以前エリスが悪魔の悪口というか、害悪性と言うべきか、その様な事をコンコンと説いていた事を思い出した。

恐らくエリス教では、悪魔は人類の敵だとか言って、悪魔を悪の象徴として教えているのだろう。

その為、今現在この二人はそんな教義に基づき、とんでもない無茶を言っているのだ。

迷える信者達を導く立場である女神が、己の教義によってかえって信徒を死地へと向かわせる事となるとは、なんとも皮肉な話である。

 

ともかく、ここは何としてでも止めなければ。

 

リアーネが改めて二人を説得しようと向き直るのも束の間、既にクリスとダクネスはそれぞれの得物を手に持ち、立ち上がっていた。

 

「ま、待ってください!お願いします、リア姉の話を聞いてください!」

 

悪魔と遭遇していないとはいえ、流石にフィリスも二人を制止する。

 

「……二人共、ホントにどうしたの?」

 

必死な様子のフィリスとリアーネを姿に、訝しみながらもクリス達はようやく動きを止め、話を聞く体制に入った。

 

「あの、実はですね_______」

 

改めて椅子に座りなおしたクリスとダクネスに、フィリス達は昨日の出来事を掻い摘んで説明しだした。

 

*****

 

「悪魔め…ぶっ殺してやる!」

 

「まさかそんな事が起きてたなんてね…。流石のあたしも堪忍袋の緒が切れそうだよ…」

 

例の悪魔の危険性を説いて悪魔討伐を断念してもらう筈が、かえって火に油を注ぐ事になってしまっていた。

 

「ねぇフィリスちゃん…、これ、スゴくまずい状況だと思うんだけど…」

 

「うん、もう止められないね。無理だよこの人たち説得するのは」

 

最早テコでも揺るがなさそうな決意を秘めた二人を前に、フィリスとリアーネは溜息をついた。

 

「フィリス、聞きたい事があるんだが」

 

「ん、何ですか?」

 

「戦闘に使える道具とかは作ってあったりするのか?」

 

「品質とか出来に関しては何ともいえませんけど、一応は作ってありますよ」

 

フィリスは嘆息まじりに答える。

恐らくダクネスは、フィリスの作った道具を悪魔討伐に使う気なのだろう。

フィリスがそんな殆ど確信に近い事を思っていた矢先。

 

「なら、是非ともそれらを使って悪魔討伐に協力してくれないだろうか」

 

案の定、ダクネスは想像通りの言葉を投げかけてくる。

フィリスは一瞬逡巡するも、諦めたように頷くと。

 

「…分かりました。私も付いて行きますよ」

 

「______っ、助かる、礼を言うぞ!」

 

ダクネスはフィリスの返答に顔をパァっと輝かせる。

同じくクリスも共に顔を明るくさせるなか、リアーネだけはこめかみに手を当てていた。

 

「リア姉…、確かに戦わないのが一番かもしれないけど…、こんな状況なら仕方ないよね」

 

フィリスは困ったような表情をしながらも、リアーネに笑いかけた。

 

リアーネもフィリスの言いたいことは無論理解はしていた。

 

戦わないのが一番、それは紛れも無い事実であり、どう考えても賢い選択ではあるのだ。

しかし、敬虔なエリス教徒であるクリスとダクネスの話を聞くに、彼女達は絶対に引く気がないようだった。

もちろんフィリスとリアーネには街に残るという選択肢はある。

が、あの悪魔の実力を知っている以上、二人だけであんな凶暴な敵のもとに行くと言うのは見過ごせない。

そう考えると結局の所、少しでも人数を増やして敵を撹乱するような行動を取る方が、クリス達にとっては生存確率が高いのではないだろうか。

当然フィリス達は街に残るよりも危険に晒される訳だが、それでもフィリスはクリス達に同行することに決めたようだ。

 

「……そうね。フィリスちゃんが決めた事だもの、私も付いて行くわ」

 

リアーネも観念したように頷いた。

もとよりリアーネにとっては、フィリスは存在意義そのものと言っても過言ではない位フィリスの事を溺愛しているのだ。

フィリスを危険に晒したくないという思いもある反面、フィリスが決めた事を全力で応援・サポートしたいという思いもあった。

 

「よし、決まりだね。それじゃあ早速悪魔を滅ぼしにいこうか」

 

フィリスとリアーネが同行する意思を見せたところで、クリスは再び立ち上がった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ギルドを出た後、一行は一旦フィリスとリアーネの家へと向かった。

悪魔討伐に際して使えそうな道具を取りに来たのだ。

唯一悪魔の強さを知るリアーネの提案により、ほぼ全ての使えそうな道具を持つことにした、のだが………。

 

「うぅ…鞄が重い…」

 

「さ、流石に持ちすぎたかしら?」

 

道具でパンパンに膨らんだ鞄を担ぎながら歩くフィリスは、息を切らしながらぼやく。

だが全ては例の悪魔を倒すため。

それにこんな風に鞄が一杯になる事はフィリスにとってはよくある事だし、昨晩もこれより重いものを運んでいたのだ。

それに比べればまだ大した事はないのだが…。

 

「重い…けど、それよりもなんか痛いっ!背中にゴツゴツした変なの当たってるよ!何これ、『小悪魔のいたずら』かな?さっきからグイグイ背中に食い込んでくるんだけどっ!」

 

「詰めすぎ…よね。やっぱり、エリス様の言う通りデザインを変えた方が良いのかしらね?」

 

リアーネがフィリスの鞄を代わりに持とうかと声をかけようとした時。

 

「っ⁉︎すまない、少々用事が…」

 

突如としてダクネスがそう言うと、一目散に路地裏へと駆け込んでいった。

 

「…ダクネス?」

 

クリスが不審そうに路地裏の方へと顔を向ける。

そこには物陰に隠れ、人差し指を立てて口元に当てるダクネスが、何かを訴えるかのようにこちらを見ていた。

と、そこへふと。

 

「失礼、そこのお方‼︎」

 

燕尾服を着た執事然とした初老の人が声をかけてきた。

その人の声音からは焦りが感じ取られ、額には大粒の汗を浮かべていた。

 

「あの…どうかなさいましたか?」

 

ただならぬ雰囲気を感じ取ったリアーネは詳細を訪ねた。

 

「実は、当家のお嬢様が見合いを嫌がりまして……。通りすがりの方にこんな事をお願いするのも申し訳ないのですが、どうか捜索にご協力を……!この国において、美しい金髪碧眼は純血の貴族の証。お嬢様は、長い金髪を後ろでまとめておられます。それらしい方を見つけましたなら、ダスティネス家までご一報くださいませ」

 

「金髪碧眼……長い髪……あれ?」

 

(なんかそれっぽい人を知っているような……いや流石に違うかな)

 

フィリスはその特徴に該当する人物を一人だけ知っている……

のだが、どうしてもその人物が貴族令嬢だとは思えなかった。

 

それはリアーネも同様らしく、フィリスのように首を傾げていた。

そんな中クリスが別の方向へと目を向ける。

その様子を見たフィリスとリアーネも同じ方向に視線をやると、そこでは相変わらず貴族令嬢だとは思えない人物が身を潜めながら、「黙っていろ」とでも言いたげな表情をしていた。

 

「あの、少しお尋ねしても?」

 

「はい、なんでございましょう」

 

リアーネは改めて執事風の男に向き直ると。

 

「その家出したお嬢様についてもう少し詳しくお聞かせ願えませんか?具体的には…家出した時の状況……とか」

 

「状況…ですか。まず、お見合い相手が来た途端、謎の瓶を取り出すとその中身を相手の顔にかけ…」

 

「……瓶?」

 

「場の者が突然のことに驚いている隙に逃走されまして。すぐに家の者に合わせたのですが、お嬢様の体力についていける者も少なく、仮に追いつけたとしても謎の瓶と、加えて謎の悪魔のような形の何かをまで取り出し、それらを喰らった者は全てカメの様に足が遅くなってしまったのです」

 

「……悪魔?」

 

「更には我々にも良く分からないのですが…何らかの魔道具か何かを用いたようで、床や扉、屋敷の門が凍りづけにされてしまい、逃げられてしまった次第でございます…」

 

「……凍りづけ?」

 

「フィリスちゃん、ちょっと……。あ、クリスさんも……」

 

男の話を大方聞き終えたところで、リアーネは二人を呼ぶと小さな声で話し始める。

 

「まさかとは思うんだけど、貴族令嬢ってもしかして……アレじゃないかしら?」

 

リアーネが後方の路地裏へと目を見やると、ダクネスが首をプルプルと振っていた。

心なしか冷や汗を掻いているようでもあり、その長い金髪が頬に引っ付いていた。

 

「ダクネスで確定…かな」

 

「ですね。私が渡した道具もしっかり活用したようですし」

 

クリスの言葉に頷くフィリス。

にわかには信じ難いが、執事の言うお嬢様の特徴と、更には逃亡の際に使用した道具から察するに、今現在近くの路地裏で身を屈めながらこちらを伺っている変態騎士が例のお嬢様なのであろう。

にわかには、というより全くもって信じ難いのだが。

だがひとまずはそれを信じるとして、ダクネスが貴族令嬢であるとした場合、次に発生する問題は…。

 

「えっと……それでどうしますか?ダクネスさんの事、伝えますか?」

 

「うーん、どうしようか…」

 

クリスはポリポリと頬を掻く。

 

「個人的には、今から悪魔討伐に行くわけだし、今ダクネスに抜けられるのは困るんだけどね」

 

「まぁ、なんだかんだ言ってダクネスさんも大切なパーティの仲間ですからね」

 

フィリスはダクネスの事を黙っていることに決めた。

リアーネもフィリスが決めた事ならと頷く。

 

「分かりました。じゃあそれっぽい人を見つけたら報告しますね」

 

三人の作戦会議が終わると、フィリスは執事に向き直ってそう告げる。

それを聞いた執事の様な男はペコリと頭を下げると、感謝の言葉を述べた。

 

「ありがとうございます!もしお嬢様を見つけてくだされば、その際はぜひお礼をさせてい」

 

「執事さん、あそこです」

 

「なっ_______裏切り者ぉ⁉︎」

 

決してお礼という言葉に惹かれた訳ではなく、偶々手と口が滑ったフィリスが指差した方向、そこで悲痛な叫びを上げた貴族令嬢は、ダスティネス家の者達とフィリス達の手によってすぐに確保された。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「いやはや、ウチの娘がご迷惑をお掛けしたね」

 

ダクネスを差し押さえたあと、フィリス達はダスティネス家へと招かれていた。

 

ダスティネス家____それは「王家の懐刀」と呼ばれる程の大貴族である。

金銭面などでは他にもダスティネス家を上回る貴族などは居るものの、その影響力は王家に次ぐほどの権威を持つという。

そのように威厳と格式ある大貴族の家から、どうしようもない性癖の持ち主である駄目女が世に放たれ、今日まさに他家の貴族に謎の液体をぶっかけ、挙句見合いを放ったらかして脱走したそうな。

そんな手のつけようがない堅物騎士を捕まえたと言う事で、フィリス達にはそれぞれ莫大な謝礼金が支払われていた。

 

「いえいえ、それよりこちらこそ謝礼金をこんなに貰っちゃっても良いんですか?」

 

「あぁ、勿論だとも。ぜひ受け取ってくれ」

 

「分かりました、ありがたく頂きますね」

 

そう言ってフィリスは目の前の袋に手を伸ばす。

手に取ったその袋の重さが、明らかに尋常ではない額が中に入っている事を示していた。

 

「フィリスちゃん、良いの?ダクネスさんが使ったって言う道具、フィリスちゃんが渡したものでしょう?」

 

「うっ…、確かにちょっと後ろめたい気持ちはなくもないけど…」

 

と、二人が周りに聞こえない声で耳打ちをしていると、それでも近くにいて話し声が聞こえたのか、クリスも会話へと混ざってきた。

 

「良いんじゃない?道具をどう使おうがそれはダクネスの勝手だし、ダクネス捕獲の依頼はそれとは関係ないしね。どうせ道具がなくてもダクネスなら脱走してたよ、多分」

 

「そうですよね、ダクネスさんならどっちにしろ逃げてましたよね」

 

「フィリスちゃんのお腹って実は黒かったのね……」

 

三人がヒソヒソと話していると、その様子が気になったのか、

 

「もしかして報酬が少なかったかな?ならもう少し足して……」

 

「あ、いえいえ、十分ですので…ありがとうございます」

 

あらぬ誤解をするダクネスの父親、イグニスの言葉を遮り、リアーネは彼の提案を断る。

正直ダクネスが逃げれる手段を与えたとあっては、例えそれが自分のした事ではないとはいえ、謝礼金を貰うのは少々気が引ける。

のだが、境遇が境遇である為に、将来の事も見据えてここで謝礼金を貰っておく方が最も合理的な判断であろう。

故に謝礼金を受け取るのを断るに断れないのだ。

だから謝礼金は一応は素直に受け取ったのだが、さらに追加で報酬を出すというのは流石に断らねば。

そう思いリアーネは、取り繕ったような笑顔を浮かべてイグニスの提案を断ったのだ。

 

「うーん、でも弱ったなぁ……。流石にダクネスという壁役を失うと、悪魔討伐が……」

 

リアーネが後ろめたさを感じていると、クリスは頬をポリポリと掻きながら唸る。

 

「そういえば、悪魔討伐に行くって話でしたよね」

 

そこでフィリスも思い出したかのようにポンと手を打つ。

 

「正直、ダクネスさんの防御力がないとアレはキツイと思いますよ」

 

リアーネも同調するように言う。

 

「リア姉がそう言うなら、今日は止めておいたほうがいいと思います」

 

フィリスもリアーネの意見に従う意思を見せる。

 

「…まぁ、死んじゃったら元も子もないよね。こればっかりは仕方ないから、ダクネスが戻ってくるまで待ってようか」

 

と、三人で今後のことを話し合っていると、イグニスがふと声をかけてくる。

 

「そういえば、今更だが君たちがララティーナのパーティメンバーだね?」

 

「「……ララティーナって誰ですか?」」

 

フィリスとリアーネの声がハモった。

それに対してイグニスが。

 

「誰って…あぁ、そうか。娘は家の事をあまり大っぴらにしていないのだったね。ララティーナは私の娘だよ、君たちのパーティのクルセイダーの」

 

「「………え⁉︎」」

 

今度もまた二人の声がハモった。

 

「ダクネスさんって、ララティーナって名前なの⁉︎変態なのに可愛い名前なんだなぁ……」

 

「フィリスちゃん、変態でも名前くらいは可愛かったりしても良いじゃない」

 

「ちょ、二人とも……、目の前にダクネスのお父さんが居るからね?大貴族の当主でかなりの権力を持ってるってこと忘れてない?」

 

クリスが珍しくオロオロとして居る中、イグニスの笑い声が三人の耳に届いた。

 

「ははははっ!君たちの言う通り、娘は中々手のかかる子でね。それに加えて貴族の家に産まれたが故に世俗に疎い所もあって、少し前まで冒険仲間が出来ないと嘆いていたんだよ」

 

イグニスはダクネスの話をしだした。

正直、冒険仲間が出来ない一番の原因は攻撃が当たらないからだと思うのだが、そこは口を紡ぐ三人。

イグニスは構わず続ける。

 

「毎日教会に通いつめては『冒険仲間が出来ますように』とお祈りをしていてな。そんなある日、『冒険仲間が出来た!盗賊の女の子なんだ!』と大喜びで帰ってきたのだ」

 

「………………」

 

クリスはほんのりと顔を赤くしながらも、イグニスの話を聞いていた。

盗賊の女の子とはクリスの事だろう。

 

「クリスさんって、やっぱりお人好しなんだね」

 

「でもそこが良い所なのよね。私達も助けられたし」

 

「………?二人共何話してんの?」

 

こっそり耳打ちをし合うフィリスとリアーネの間に割って入るクリス。

そんなクリスに何でもないですよと手を振るフィリス。

その様子を微笑ましげに眺めるイグニスはフィリスとリアーネに笑いかけた。

 

「そして今では更に二人も年の近い子が一緒にパーティを組んでくれるとはね。君たちとパーティになった事も嬉しそうに話していたよ」

 

今度はその言葉にフィリスとリアーネが少し照れ臭さを感じる。

と、そんな時ふとイグニスが。

 

「所で先程娘から聞いたよ。何でも、君がララティーナにあのよく分からない魔道具を渡したそうだね」

 

「………ぇ」

 

一瞬でその場が凍りつく気がした。

そっと視線を外すフィリス、笑顔のまま表情を硬直させるリアーネ、苦笑を浮かべながら頬を掻くクリス。

だが彼女らの焦りとは裏腹に、尚もイグニスはどこまでも朗らかに言い放った。

 

「どうやら細かい事情も知らされずに依頼を受けてくれたそうだね。会って日も浅いと言うのに、娘の事を信用しての行動なのだろう?ありがとう、私から礼を言わせてくれ。本当に、娘が世話になった」

 

「あ、あれ…?怒らないんですか?」

 

「ははっ、むしろ感謝しているよ。見合いは台無しになったが、娘に良い友達が出来て嬉しいよ。それに、今回の見合いは君が渡した道具があったからか、私にも余裕の態度を見せてな。おかげで今回は娘に張り倒されなくて済んだよ」

 

「そ、そうですか……」

 

途中までは良い話だったのに、最後の最後で台無しである。

 

それにしても色々苦労しているんだなぁ、失礼だけど凄くわかる気がするなぁ……。

 

と、フィリスがぼんやりとイグニスの苦労を想像していると。

 

「どうか今後とも娘の事をよろしく頼むよ」

 

イグニスはそんな懇願とともに頭を少し下げた。

それに対しフィリス達は気持ちのいい返事で返答するのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それじゃあダクネスが復帰するまでは各自自由で良いかな?悪魔との戦いに備えて色々準備しても良し、羽を伸ばしたりしても良しって事で」

 

ダスティネス家から出てすぐの所。

ダクネスが一時的に抜けた事で悪魔討伐はやはり延期となった。

流石に前衛職が居ないと厳しいと言う意見が一致したのだ。

 

「それじゃあ私はダクネスさんが戻ってくるまで道具を色々作っておこうかな?ね、リア姉」

 

「そうね、フィリスちゃんの道具はもっとあった方がいいと思うわ。材料が足りなくなったら、また一緒に採りに行きましょうね」

 

今後の予定を確認するフィリス達。

当面は家に篭って錬金術に明け暮れるだろう。

その話を聞いていたクリスはと言うと。

 

「それなら採取に行く時はあたしも一緒について行っても良いかな?と言っても、あたしの都合が合うか分かんないんだけどね」

 

右頬を掻きながらそんな提案をしてきた。

 

「はい、むしろ頼もしいです!」

 

フィリスは笑顔でその提案を快諾する。

 

「なら、採取に行く時は一回冒険者ギルドに寄って、あたしに声を掛けてよ。まぁあたしが居なかったら、多分あたしの都合が合わなかった時だろうから、その時は二人で行ってね」

 

「はい、分かりました」

 

と、そこまで話した所でその日は解散となった。

 

*****

 

家に帰る頃には、日は完全に落ちていた。

かつての世界とさして変わらない美しい星空が足元を照らす中、空腹感を覚えた二人は先にギルドに行って食事を済ましてから家へと戻ったのだ。

満腹になった二人が家へと戻ると、そこではゆったりとソファーに腰掛けながらも、どこかムスッとしたエリスが座っていた。

 

「やっと戻ってきましたか。待ちくたびれましたよ」

 

「あれ、エリス様?どうしてここに?」

 

「それよりもフィリスちゃん、私ちょっと警察の人呼んでくるわね。不法侵入として逮捕してもらいましょう」

 

「なっ……ちょ、待ってくださいリアーネさん⁉︎」

 

ムスッとした空気はどこへやら、エリスは慌ててリアーネを止めようとする。

 

「冗談ですよ。それより、どうしてまたここへ?何か大事な用事でもあるんですか?」

 

と、リアーネがそんな風にエリスに対して聞くと、エリスは再び頬を膨らませて。

 

「そうなんですよ!お二人が悪魔を倒しに行くと聞いたものですから、それについて色々と話をしようかと思ってたのに……、待っても待っても全然帰ってこなくて、本当に待ちくたびれましたよ!」

 

「えと、私達ギルドでご飯を食べてきたんですよ」

 

フィリスがエリスにそんな説明をすると、エリスは尚も頬を可愛らしく膨らませて喋り出す。

 

「私だってご飯まだなんですよ!お二人がダクネスの家から帰ってくるタイミングに合わせて待ってたのに…」

 

「女神様でもご飯って食べるんですね」

 

「食べますよ食べないと飢えちゃいますよ!」

 

リアーネの言葉に早口で返した所で、ふとエリスのお腹から音が鳴った。

その音を聞くや否や、すぐに顔を俯かせるエリス。

だが顔は伏せてもその真っ赤な耳は隠せてはおらず、恥ずかしがっている事など容易に見て取れた。

 

「あはは、じゃあお菓子か何かでも出しましょうか」

 

「あ、フィリスちゃん、お茶以外目ぼしいものは特にないわよ」

 

「え、あ、そっか。食料なくなってきて食費も尽きてきたからクエストに行ったんだっけ」

 

フィリスはそう言うと現在の状況を思い返す。

 

確か昨日、食費も食糧も底を尽きてきたと言う事でリアーネがクエストに行ったのだ。

だがそのリアーネがボロボロになって帰ってきたと言う事で、フィリスはその対応に追われた。

薬を作り終えたフィリスはそれをリアーネに飲ませると、そのまま疲れで眠ってしまったのだ。

そうして起きたのが今日の昼前頃であり、その後はすぐに家を出たため、食糧は相変わらず家にないし、まして即席で出せるようなお茶菓子などもある訳がないのだ。

 

「えと……じゃあお茶だけでも持ってきますね」

 

フィリスは苦笑を浮かべながら厨房へと入って行く。

それを見届けたリアーネはエリスに向き直る。

 

「所でエリス様、一つ気になったんですけど」

 

「はい、何ですか?」

 

エリスは先程までの少し膨れたよう態度とは一転、僅かに羞恥を覗かせながら応じる。

 

「私達がダクネスさんの家から帰ってくるタイミングに合わせてこの部屋に侵入していたと行ってましたよね?」

 

「はい……っていうか侵入って言わないでください」

 

「不法侵入、ですよね?」

 

「………すいませんでした」

 

(流石はリア姉、神までも屈服させるなんて)

 

お茶を淹れながらフィリスは自分の姉に若干の恐怖を覚えた。

が、そんな事は知る由もないリアーネは構わず続ける。

 

「とにかく、私達がダクネスさんの家に行ってた事は分かってたんですよね?」

 

「えぇ、一応天界から見てましたから」

 

エリスがそう返答すると、リアーネは僅かに目を細め、今度は声のトーンを少し落として。

 

「天界から見ていたのなら、なんで私達がご飯を食べに行ったことを知らなかったんですか?」

 

「………え」

 

エリスは困惑したような声を出す。

しかしすぐにハッとすると、エリスは首を振る。

 

「それはアレですよ!その、お二人がもうそろそろ家に着くかなって所でこちらに来たので、それから先の事は見れてないのですよ!」

 

「ダクネスさんの家を出てから解散した時点で、ご飯を食べに行こうとフィリスちゃんと話してたんですけど。最初っからギルドに行く気だったんですけど」

 

「おっ、お二人がダクネスの家から出た所でこちらに来たんですよ!なのでそれから先の行動は分からないですよ!」

 

「…………」

 

エリスの説明に腑に落ちないリアーネであったが、一応筋は通ってるので何とも言えない。

対するエリスはというと、何やら額から少し汗をかいているようであり、右頬をポリポリと掻いていた。

 

「うーん、やっぱり何かを隠しているような気はするわね。それで、何を隠しているんですか?」

 

「な、何も……隠してなんて……いないですよ?」

 

明らかにキョドるエリス。

リアーネの方も、何か隠し事をされているのではないかと、ジッとエリスの方を注視して居たその時。

お茶を淹れ終えたフィリスは人数分のお茶を持ってくると。

 

「クリスさん、お茶が入りましたよ。所で今日ダクネスのお父さんから貰った謝礼金は何に使う予定なんですか?」

 

「あぁ、ありがとう。謝礼金はエリス教会に寄付でもしようか、と……お……も……」

 

 

 

ほんの気まぐれだった。

 

 

 

何となく右頬を掻く癖が似てるなと思い、何気なくそう行って見ただけ。

 

いや、正確には他にも色々と気になる点はいくつかあるが。

 

きっかけとしてはただそれだけの事だったのだが……。

 

 

フィリスの言葉を受けて女神エリス、もとい盗賊クリスは_______。

 

 

フィリスに見つめられ、リアーネに凝視される中、ただただ呆然と、固まったまま笑顔を浮かべていた……。




改めて投稿遅れてすみませんでしたm(__)m

所でこの話書いてる際、ダクネスの父親の名前の知名度がどのくらいか気になったんですけど…。
ほとんどの人はイグニスって名前は聞きなれないんじゃないのかなと思いました。
完全なる余談なんですけどね…。

あ、ちなみに次回も投稿遅れると思います。
やっぱりリアルが凄い忙しくなって来てるので……。
はぁ…やる事多すぎる…


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十二話 女神と盗賊、どちらが好み?

いやほんとマジすいませんでした_| ̄|○
まさかここまで遅くなるとは思っていいなかったと言いますか……はい、言い訳です、すいません。

※今回執筆は久しぶりだったので誤字脱字、キャラ崩壊、駄文などはいつにも増して拍車がかかっていると思われます。自分としてはやりきったつもりですがそれでも先に言わせてください。
ごめんなさいm(__)m


「どうしたんですか?笑顔で固まっちゃって」

 

フィリスはさして動揺する事なく、エリスの前にお茶を出す。

リアーネは先程のフィリスの言葉とそれに対するエリスの対応を前に、少々戸惑いの表情を浮かべている。

が、その視線は真っ直ぐにエリスの方へと向けられており、次のエリスの言葉ないしは行動を注視している。

 

 

そして当のエリスはというと……。

 

 

ぎこちない動きで目の前に出されたカップを手に取り、中のお茶を優雅にぎこちなく飲むという器用な事をやってのけた後、再びそれを机の上へ戻すと。

 

「違います人違いです」

 

先程までの笑顔はどこへやら、無機質な表情で明後日の方向を向き、無感動な声音でそう言い訳をするのであった。

 

「エリス様、もしかして逆境に弱いタイプですか?」

 

「なっ……そんな事ありませんよ多分!」

 

「その割には大根役者もビックリの演技放棄でしたよ」

 

「うぐっ……」

 

リアーネの指摘を勢いよく真っ向から否定したエリスだがすぐに論破される。

 

しかしそんな反応をするということは、やはりエリスはクリスなのだろうと。

二人にそう思わせるには十分な反応だったが。

 

「わわ、私は飽くまで女神ですからら…そんな下界に降り立って盗賊稼業なんてやるはずがないじゃなないですかか」

 

尚も抵抗を続ける諦めの悪い女神。

 

段々と彼女がクリスであるという事実が腑に落ちてきたリアーネは落ち着いて今までの疑問を追求して行く。

 

「そういえばクリスさんって、私たちにすっごい親切にしてくれてましたけど。やっぱり今思えばあれって私たちの境遇とか知ってなきゃ、あそこまで手際よく助けられないですよね」

 

「それはこう…ほら、偶々ですよ。偶々…」

 

「悪魔に対する過激思想を説いてる時も、この前のエリス様みたいなこと言ってたし」

 

「それは教義ですから…」

 

「そうやって頬を掻く癖とか同じですよね」

 

「へ、へー……クリスさんも頬を掻く癖とかあるんですねー」

 

と、リアーネとエリスがそんなやりとりをする中。

 

 

それまで黙っていたフィリスがソフィーから貰った手帳を手に取り_______。

 

 

「この手帳、クリスさんが見つけてくれたんですよね。確か、中に『フィリスちゃんへ』って書いてたからと言って渡してくれたんですよ。でも_______」

 

 

まるで他愛もない話をするかのように

 

 

「どうして()()()()()()で書かれてるのに、それが読めたんですか?」

 

 

 

_______決定的な証拠を突きつけた。

 

 

 

………………………………

 

 

沈黙がその場を支配する。

 

それは一瞬のようにも思えたし、永遠に続くようにも思えた。

 

先程までエリスに対し様々な事を言っていたリアーネも、今はフィリスと共にエリスの言葉をじっと待つ。

かくいうエリスはというと、相も変わらず笑顔のまま固まっているが、その顔はどこか引きつった笑みを浮かべており、冷や汗も大量に掻いていた。

 

やがてエリスは諦めたように小さくため息を吐くと。

 

「いやー、流石だね二人とも。まさかこんなにも早くにあたしの正体に気づくなんて」

 

今までの女神の口調はどこへやら、そこには盗賊クリスとして喋るエリスが居た。

 

「流石って…自分で墓穴掘っただけじゃ…」

 

「リアーネさん、人が真剣に話しているところに茶々を入れてはいけませんよ」

 

リアーネのツッコミに今度は女神として応じるエリス。

なんというかコレは………非常に面倒であった。

 

「それで結局、どうしてエリス様は盗賊クリスとして活動してるんですか?」

 

フィリスは本題に入るべくそんな質問を投げかける。

 

「えっと、それはまぁ、とあるお嬢様が仲間が欲しいって願ったからかな……」

 

エリスは恥ずかしそうに顔を赤らめながらそんな事を言った。

 

 

「「………あ」」

 

 

フィリスとリアーネも合点がいったようで、小さく声を漏らした。

 

 

ダクネス_______ダスティネス家に生まれた貴族令嬢の彼女には、中々冒険仲間が出来ないでいた。

その理由はその出自故の世俗に対する疎さだろう。

 

………まぁ他にも理由はあるのだろうが。

 

とにかくそんな彼女は、冒険仲間が出来るようずっと教会に通い詰めて祈っていたのだ。

敬虔なエリス教徒であるダクネスのそんな願いは、人知れず御神体である女神へと届いており_______。

 

 

「やっぱりエリスさんはクリス様なんですね」

 

「フィリスちゃん、『様』をつける方が逆だと思うのだけど」

 

「二人とも私の事からかってませんか⁉︎」

 

エリスが顔を真っ赤にしながら抗議してくる。

しかしそんなエリスには御構い無しに、フィリスとリアーネは同じ事を考えていた。

 

「やっぱり、結局の所エリス様もクリスさんも一緒なんだよね」

 

「えぇ、表向きの姿は違っても、根っこの部分は同じなのよね」

 

二人はそんな事をポツリと零すと、エリスは「もうっ……」と頬を膨らませながら二人に背を向ける。

エリスが今どんな顔をしているのかフィリス達には見えなかったが、それでも真っ赤になっている耳からその表情は容易に想像が出来た。

 

「と、とにかく!私の正体は誰にも言わないでくださいよ⁉︎特にダクネスにはっ!」

 

「ふふっ、分かってますよ」

 

エリスの要求に余裕然とした態度で応じるリアーネ。

そんな風に手玉に取られるのが恥ずかしかったのか、

 

「絶対ですよ⁉︎絶対ですからね⁉︎」

 

と言ってその場から忽然と姿を消すエリス。

 

「あ、消えちゃった……」

 

「あら、ちょっとからかい過ぎたかしら?」

 

「リ、リア姉凄いね……」

 

神をもおちょくる姉に戦慄を覚えるフィリス。

そんなフィリスの内心には気付かないリアーネは頬に手を当て首を傾げると。

 

「そういえばエリス様って、結局何話しに来たのかしら?」

 

「………あ」

 

その日は結局、エリスの要件も分からないまま寝床につく事となった。

 

 

*****

 

 

翌日。

 

目を覚ましたフィリスとリアーネは早々に身支度を済ませ、ギルドへと赴いた。

中に入ると、流石に早朝という事もあり人も少なく、酒を呷る冒険者も殆ど居なかった。

 

……まぁ全く居ないわけではないのだが。

 

そんなギルドの端、窓際の席にて。

二人のお目当の人物はそこに居た。

 

「おはようございます、クリスさん」

 

「おはようございます、中々早いんですね」

 

二人は椅子に腰掛け頬杖を突きながら窓の外をぼんやりと眺めるクリスに声をかけた。

 

「ん?あぁ、二人ともおはよう」

 

クリスもフィリス達の存在に気付き、挨拶を交わす。

フィリスとリアーネはそのままクリスの向かい側の席へと腰掛けた。

 

「それで…二人が来たって事は、やっぱり私に何か用事があるのかな」

 

クリスは昨日の事を思い出しながら問う。

 

 

それも当然だろう。

昨日の今日でこうして会いに来たのだ。

やはり自分の正体を知ったことで二人の心境にも何ら変化があったに違いない。

これからどう接していけば良いのか、どの様な関係を築いていけば良いのか。

そういった悩みが昨晩二人を襲ったに違いない。

きっと私の事を考えるあまり、おちおち眠る事もままならなかっただろう、と。

クリスはそんな事を考えていた。

 

だから______

 

クリスは二人の真意を探るように、どんな質問が投げかけられても冷静に対処できるように。

そんな心構えの元、余裕然とした態度で接し、今後の二人を導いてやろうと心に決める中。

 

 

「クリスさん……って呼べば良いのかな?昨日は急に帰って行っちゃいましたけど、結局何の要件で来られたんですか?恥ずかしくなって帰ったその気持ちも分かるんですけど、元はと言えばクリスさんが何か用事があって……ってクリスさん⁉︎大丈夫ですか⁉︎」

 

フィリスがクリスに話しかける中、途中で顔を真っ赤にしたクリスが勢いよく机に突っ伏した。

 

「大丈夫ですか、クリスさん。昨日といい今日といい、最近真っ赤になってばかりですよ?」

 

「ほっといて!そんなこと言わなくて良いから⁉︎」

 

リアーネの追撃に涙目で抗議するクリス。

 

 

なんて事はない_______結局の所、冷静でなかったのはクリスの方だったのだ。

 

 

先程内心で余裕ぶって二人の心境を推測していた自分が恥ずかしい。

こんな事なら昨日二人の家へと行くんじゃなかったと。

そんな後悔がクリスに押し寄せて来た。

 

「フィリスちゃん、多分クリスさんは私達がクリスさんに対する態度とか接し方とかで悩んでると思ってたのよ。でも全然そんな事はなく、寧ろ昨日自分の要件を私たちに伝え忘れてた事を指摘されたからすっごく恥ずかしくなっているんだと思うわ」

 

「なんでそんなに的確に心境を当ててくるのさ⁉︎リアーネってばエスパーでも使えるの⁉︎」

 

「ア、アハハ……」

 

目の前で展開されるいつものリアーネと()()()のやりとりに、フィリスは苦笑を浮かべるしかなった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「リア姉、そっち行ったよ!」

 

フィリスが素早い動きでジャイアントトードを翻弄し、その視線をリアーネへと向けさせる。

リアーネの姿を補足したジャイアントトードは真っ直ぐにリアーネの元へ突っ込んで行くが…。

 

「えぇ、これでも喰らいなさい!」

 

リアーネはその超絶技巧にて矢を同時に二本放ち、ジャイアントトードの両目を同時に射る。

視界を潰されたジャイアントトードは呻きながらその場で暴れる。

 

「クリスさん、今です!」

 

「おっけー、任せて!」

 

そんなジャイアントトードの懐に素早く潜り込んだクリスは、のたうちまわるジャイアントトードの動きを軽やかに回避しながらダガーで切りつけていく。

その身のこなしと技術の高さは素人目に見ても相当なものだった。

 

やがて。

 

ドサッ

 

力尽きたジャイアントトードはそんな音を立てながら地面に倒れ伏した。

 

「ふぅ、二人共お疲れ」

 

「はい、お疲れ様です!」

 

「えぇ、お疲れ様。中々連携が取れてたわね」

 

クリスはダガーに付着した血を払い鞘に戻しながら労いの言葉を掛け、フィリスとリアーネもそれに応じる。

今、三人は錬金術に使う材料集めがてら、カエル討伐のクエストを受けているのである。

結局あの後、クリスが拗ねてしまいその真意が聞けなかった為、気分転換にとフィリスが誘ったのだ。

 

「それにしてもリアーネ。そういえばさっきカエルの目を矢で潰してたけど」

 

「え…あぁ、はい。どうかしましたか?」

 

「リアーネって多分スキルとか取ってないでしょ?」

 

「スキル……取ってませんけど」

 

クリスの言葉にそういえばとリアーネは思い出す。

 

確かあれは冒険者カードを発行した時。

その際ルナから受けた説明の中にスキルの習得云々という話があったはずだ。

だが今の今までそのスキルの習得というのを試した事はない。

それはスキルポイントを消費することを渋っているというのもあるが、根本的にそういったスキルを取得する必要が無いからという所が大きい。

 

というのも、フィリスもリアーネもかつての世界での経験が大きく活かされているというか、そこで身につけた技術だけでも充分通用するからだ。

無論二人のいる場所が駆け出し冒険者の街____アクセルだという事も関係しているだろうし、飽くまでも()()()スキルは必要ないというだけに過ぎないのかもしれない。

 

いづれ……近い将来を考えるなら最近話題の例の悪魔だろうか。

 

そういった敵を相手にする場合、スキルはやはり必要になってくるのだろう。

が、それでも二人が培ってきたものは生半可なものでは無いのも事実であり、現にこうしてこの世界でのスキルなんて使わずとも戦闘の腕前はかなりのものだ。

多少手練れの冒険者でも、瞬時にカエルの両目を射るなんて事はおいそれと出来ることではない。

おまけに矢を二本同時に放ち、それぞれ狙ったところにピンポイントで当てるなんて高等テクは、熟練のアーチャーですら舌を巻く技術である。

 

「この世界のスキルってのは本当に便利なものでね。例えばアーチャースキルの『弓』を取得する事により一端の弓の扱いが出来るようになり、『狙撃』を取得すれば飛び道具の飛距離を伸ばして、その命中率も幸運値が高い程に上がっていくんだ」

 

クリスはスキルについて改めて説明していく。

ここまでは事前に知っている情報通りであり、そして………。

 

「でも、だからこそリアーネにとってはそんなスキル、今更って感じでしょ?」

 

前述した通りの、スキルを取得しない最もな理由であるのだ。

 

「そうですね。まぁ取得すれば或いは更に精度が増したりするのかもしれませんけど」

 

クリスの言葉を肯定するリアーネ。

そんなリアーネの様子を確認したクリスは、ある提案を持ちかける。

 

「だからさ、職業を変えたらどうかなって思うんだよね」

 

「………え?」

 

「職業を……変える?」

 

クリスの提案にリアーネは首を傾げ、フィリスもまたその意見に疑問を持つ。

そんな二人の心中を予測していたクリスは再び説明をしだす。

 

「リアーネの技術はスキルとは関係なしに培われたものでしょ?なら、職業が何であれその技術は衰えるものでもないし、絶対弓が使えないっていう訳でもないんだよね」

 

クリスの説明は続いた。

 

「通常、他の職業のスキルを使う事は冒険者以外の職業では不可能だけど、それが元々体に染みついた動きなら、職業が変わっても関係ない。だからこそ、自分が出来ないことが出来るようになる職業になって、スキルを取得した方が戦闘の幅が広がると思うんだけど」

 

クリスがそこまで言ったところでフィリスとリアーネも納得がいった。

 

「そう……ですね。確かにその方が良いかもしれませんね」

 

リアーネはその意見に同意する。

 

元々アーチャーになった所でスキルを取得しなければ、それは結局ただの冒険者とさして変わらない。

その上であれ程の技術を有するのだ。

別段アーチャーという職業に固執する理由など、リアーネにはなかった。

 

「うーん、じゃあ私も職業とか変えた方が良いのかな?」

 

と、このまで基本的に口を出していなかったフィリスも、自身の職業について頭を悩ませ始めた。

 

確かにプリーストという職業も味方のサポートが主な役割だが、フィリスはそれらをかつての世界でアイテム、武器スキル、自身の固有スキルで全て補ってきたのである。

体力や状態異常の回復は自分で出来るし、戦闘不能になった場合も武器スキルでカバーできる。

 

とはいえ死者を蘇らすという事は流石に無理だが、味方にバフをかける事も杖があれば可能だし、プリーストが行えることのほぼ全てを自己完結出来ているのだ。

加えて錬金術で作ったアイテムを使えば、その効果はさらなるものを期待できる。

 

「アハハ、まぁこれは飽くまでも提案だから。そんなに難しく考えなくても良いよ」

 

悶々と頭を抱えるフィリスに、クリスは頬をポリポリと掻きながら笑いかける。

 

「んー……まぁこれに関してはゆっくり考えておこうかな」

 

フィリスは今決断を下すのは出来ないと判断し、一旦はその件について考えることを見送る事にした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ふぅ…クエストも達成したし、素材も結構集まったね」

 

陽が傾き、空が美しい茜色に染め上げられている頃。

フィリス達は街への帰路を辿っていた。

 

あの後、順調にジャイアントトードを討伐した後、数日前に行った素材採取と同じ要領で、いくつか錬金術に使えそうなものを集めたのだ。

今回はフィリスとリアーネの二人もある程度その地域に慣れたという事もあり、前回以上に効率よく採取が行えた。

 

「えぇ、前回の採取では見かけなかった新たな素材も手に入れられたし、まずまずといった所かしらね」

 

リアーネもフィリスの言葉に賛同する。

と、そんな中帰路についてからと言うもの一言も喋らず、ただ先行していたクリスがはたと立ち止まった。

 

「…クリスさん?」

 

フィリス達も足を止め、首を傾げる。

クリスはふっと二人の方に振り向くと。

 

「ねぇ、二人とも。大事な話があるんだ」

 

いつになく真剣な表情でそう言うクリスの瞳は、真っ直ぐに二人を見つめていた。

 

「……どうしたんですか?クリスさん」

 

そのただならぬ雰囲気を感じ取ったリアーネは、自然と背筋を伸ばして静かに問いかけ、フィリスもそれに倣って真っ直ぐクリスを見つめ返す。

クリスは一呼吸置いて、ゆっくりと、しっかり伝わるように、

 

「……二人はさ、本当に悪魔討伐を手伝ってくれるの?」

 

昨日からずっと伝えそびれていたその真意を語り始めた。

 

「……え」

 

フィリスはその言葉の意味が、その意図が掴めずに小さく声を漏らす。

それには構わずにクリスは話を続ける。

 

「二人と別れたあの後…というよりも、それよりほんの少し前からなんだけどね、改めて考えてみたんだ。二人が悪魔討伐に参加する事について」

 

クリスは淡々とその心中を告げる。

 

「悪魔の存在を聞いたときは頭に血が上って、勢いで協力を要請してたけどさ、後から考えたらやっぱり危険だなっておもったんだ。勿論それが危険な事じゃないと思ってた訳じゃないんだよ。でも、それでもやっぱり二人を本当に同行させても良いものなのかなって思って」

 

だから…と、クリスは大きく深呼吸をしてから。

 

「あたしは別に二人が断っても何も言わないから。というよりむしろ断った方が正しいと思うんだ。それを踏まえた上で、本当に悪魔討伐に協力してくれるのかどうかを決めて欲しいんだ」

 

「「………………」」

 

正直、クリスの提案は、その意見は正しいものであった。

悪魔の危険性を身を以て体験したリアーネと、そんなリアーネの痛々しい姿を見て戦慄を覚えたフィリス。

本来ならそれは願っても無い提案であり、基本的に多くの者は真っ先に悪魔討伐から身を引く事を選ぶだろう。

それ程までに敵は強大であり、その選択が普通なのだ。

事実、フィリス達も最初は協力を断る事を少しは考えていた。

その頼みを引き受ける事を僅かに躊躇った。

 

ここで依頼を断るのも、()()()()なら致し方ないだろう。

 

()()()_______そう、例えば……クリスとは全く関係のない人ならば。

 

「はぁ………あのですね、クリスさん。心配なのは分かりますし、お気持ちは大変嬉しいんですけど……こっちももうとっくに覚悟は決めてるんですから」

 

「そうですよクリスさん。今更断るだなんてそんな」

 

リアーネは呆れたように良い、それに同調するようにフィリスも後に続く。

クリスは一瞬目をパチクリとさせると。

 

「…本当にそれで良いの?」

 

二人の真意を推し量るように問う。

それに対しフィリスとリアーネは、さも当然と言ったように。

 

「「だって私たち、パーティじゃないですか」」

 

「…っ⁉︎」

 

声を揃えて答えを返してくる姉妹に、クリスはハッとした表情を見せると、すぐにプッと吹き出し盛大に笑い始めた。

 

「ちょ、何で笑ってるんですかクリスさん!」

 

「いや、ごめんごめん。二人の息がピッタリ過ぎてつい…ふっ」

 

「また吹いているし…」

 

フィリスのツッコミに対し愉快そうに返し、それを見て再びリアーネがツッコミを入れる。

クリスはひとしきり笑い終えると、笑い過ぎて目の端に浮かんできた涙を拭いながら。

 

「あはは……二人には愚問だったみたいだね。なんか心配して損したよ」

 

「損って何ですか…」

 

またもやクリスにツッコミを入れるリアーネ。

しかし、最早クリスはそんな事気にしていないようで。

 

「じゃあ早く帰って乾杯しようか」

 

と、明るく言うとそのまま上機嫌で街の方へと再び歩き出す。

 

「もぅ、クリスさんってば」

 

「えぇ、ほんとね」

 

フィリスとリアーネは互いに顔を見合わせると、そのままクリスの後を追っていった。

 

 

*****

 

 

ここで少し、世界は変わり_______

 

 

「ソフィー、こっちの素材は用意出来ましたよ!」

 

「ありがとうプラフタ、次はこのレシピの材料の選別・配合をお願い!」

 

「分かりました」

 

ライゼンベルグの一角に張られたテント。

その中で慌ただしく錬金術を行う二人の少女。

 

彼女達はひたすらに錬金術を繰り返し、()()()道具を次々と揃えていく。

 

はやる気持ちを抑えながら練金釜の中をぐるぐるとかき混ぜる少女、ソフィー。

 

練金釜に入れる直前までの作業を手伝う少女、プラフタ。

 

二人の手際は実に鮮やかなものだった。

 

だが………。

 

「……っ⁉︎ソフィー、もう材料が!」

 

「え?嘘っ⁉︎」

 

見ればコンテナの中はもうスカスカであった。

後に残ったのはソフィー達が作りたい道具には必要のないも。

 

ソフィーは少し逡巡した後。

 

「仕方ないね。今ある分だけ作ったら、もう行こうか」

 

そう言って再び錬金術に取り掛かるのだった。

 

 

*****

 

「「「乾杯!」」」

 

辺りはすっかり暗くなり、酒と料理の匂いが充満するギルドの中。

テーブルを囲った三人の少女が乾杯の音頭を取った後、各々のグラスの中に注がれているジュースを呷る。

 

「いや〜、それにしてもリアーネがまさかウィザードになるなんてね。あたしはてっきりソードマスター辺りにでもなるのかと思ってたよ」

 

カエルの唐揚げを頬張りながら、クリスはリアーネに対して話しかける。

そう、今日草原でクリスに言われた通り、リアーネは街へと戻るとクエスト達成の報告の際、職業もアーチャーからウィザードへと転向したのだ。

クリスに言われ、ふとリアーネは自分の冒険者カードを取り出す。

そこの職業欄には確かにウィザードという文字が書かれていた。

 

「それにしてもリア姉。なんでウィザードにしたの?」

 

「そうだよリアーネ。せっかくステータス的にはソードマスターにもなれる位なのに、勿体無いよ」

 

フィリスは思っていた疑問を口にし、クリスもそれに乗っかる。

対するリアーネはというと、優雅にジュースを一息呷り。

 

「だって私、弓ほどじゃないけど剣もそれなりに使えるのよ?弓も出来て剣も出来るなら後は魔法だけじゃない」

 

「リアーネってば多才なんだね…」

 

「どう?すごいでしょ!」

 

リアーネの超人っぷりに驚愕するクリス。

そしてそんな姉が誇らしいのか何故か褒めて褒めてと言わんばかりに胸を張って威張るフィリス。

荒くれた冒険者達が多いこのギルドの中、ここだけは華というか、和やかな雰囲気であった。

 

「まぁ、正直言って魔法を使ってみたいっていうのが一番かしら」

 

「あー、やっぱり異世界から来たりするとそういうの憧れたりするの?あるあるだよね」

 

「どんなあるあるですかそれ…」

 

クリスが謎のあるあるを披露し、それに律儀に突っ込むフィリス。

そんな二人を他所にリアーネはとつとつと語り出した。

 

「まぁ色々と理由はあるんですけど、単純に戦闘の幅が一番広がるかなって思ったんですよ。フィリスちゃんの作る道具は確かに便利だけど、数に限りがあるじゃないですか。いわばその数の補填みたいなものですよ。といっても、この世界の魔法がフィリスちゃんの道具の威力にどれだけ追いつけるかは分かりませんけど、少なくともこの世界のものである以上この世界では通用すると思ったんです」

 

そう、フィリスの作る道具はかつての世界でも大変お世話になった便利な代物だが、やはりその数に限りがあるというのがネックだった。

無くなればまた作らなければならないし、作るにはまた材料も集めなければならない。

受ける恩恵が大きいが故に、そう簡単に無償で使えるという訳でもなかったのだ。

 

その点この世界の魔法に関していえば、威力云々はどれほどのものかはあずかり知らぬ所だが、どれだけ使おうが本人の魔力さえ回復すればまたすぐに使うことが出来るのだ。

弓で遠距離から敵を攻撃・牽制し、接近されれば剣で応酬、隙さえあれば魔法を放ちと、実に多様な戦闘を行えるようになるというのも魅力だ。

 

無論それを行うにはかなりの技術を要するだろうが、それもリアーネの器量の良さでカバーできるだろう。

 

これらが、リアーネがウィザードに転向した理由だったのだ。

 

「リアーネってば本当に多才なんだね…」

 

「えっへん」

 

「……だから何でフィリスが威張るのさ」

 

「えへへー」

 

感嘆の声を漏らすクリスにまたも胸を張って応じるフィリス。

二人はワイワイガヤガヤと楽しそうに騒いでいる。

そんな二人を眺めながらジュースをちびちびと飲むリアーネは。

 

「ふふっ……なんだか、悪くないわね」

 

本来なら異世界へと飛ばされて災難だと思うのだろうが。

リアーネは楽しそうにする二人前に、誰へともなく呟いたのだった。




次回更新も不定期です。
正直リアルは今佳境に入っておりますので。
なるべく早い投稿が出来るようには善処します。


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十三話 (強引に)森林探検隊

遅くなってしまい本当に申し訳m(_ _)m
センター、二次共に無事終了致しましたので久々に執筆致しました。
決して失踪していた訳ではございませぬ。
本当に久々の執筆でしたので、誤字、脱字、駄文に更なる磨きがかかっていると思いますが、何卒温かい目で見守っていただければ幸いです。

あぁ、あと余談ですが今回は特にリアーネが活躍します。
これを読んでくれているシスコンお姉さん属性が大好物なそこの君、存分に楽しむといい(自惚れ)


「クリエイト・ウォーター!」

 

呪文を唱えると、リアーネの掌の前の何も無い空間から綺麗な水が出てきた。

その水はフィリスの前に置かれている空のグラスに注がれていき。

 

「フリーズ!」

 

再びリアーネが呪文を唱えると冷気が走り、グラスと水を程よい冷たさにする。

水を凍らせてしまわないように魔力量を調整しながら冷やしていく。

フィリスはそのグラスを手に取り、ひんやりとした水を口の中へと流し込む。

その水は飲めるほど清潔であり、実際に口にするとその純度の高さが伺えた。

フィリスはグラスをテーブルに置き、満足そうに頷く。

 

「うん、これいい感じだね!」

 

側でその様子を見ていたクリスも感心したように眺めている。

 

「いやー、初級魔法を使いこなしてるね。すごいよリアーネ」

 

フィリスとクリスから賞賛の声を貰ったリアーネは、だがどこか不服そうに自分の掌をジト目で見つめ。

 

「なんか、思ってたのと違う………」

 

深いため息をつくのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

リアーネが初級魔法を習得した発端は、彼女がアーチャーからウィザードへと転職した所にある。

出来ることより出来ないことを習得しようという発想により、呪文の類が使えなかったリアーネはウィザードへと転職したのだ。

そうして新しくなった冒険者カードのスキル欄を覗くと、そこには初級魔法の文字が。

迷わず初級魔法を習得したリアーネは、早速その威力を試そうとし、そして……、

 

「初級魔法は普通覚えない、覚えるだけ無駄って……どうしてその事を早くに言ってくれなかったんですか?それを知ってればスキルポイントを温存したのに……」

 

初級魔法は実戦では大して役に立たないスキルである事を知ったリアーネは不満げにぼやいた。

 

初級魔法の習得により使えるようになる魔法は五つだ。

各種属性の元素を出すことができ、その量は魔力量を調整する事によって制御可能だ。

しかし、その何れもが初歩的なものであり威力は大したことはない。

現実的な使い道としては日常生活が少々楽になるのと、畑などで作物を育てる際に使われる場合が多いだろう。

詰まる所、世間一般では実戦ではまず使う事のないスキルであるとされているのだ。

 

しかしリアーネ達もこの世界に若干慣れてきたとはいえ、まだまだ来てから日は浅い。

そのような常識など知るはずもなく、習得してしまった今となっては後の祭りである。

 

「はぁ……、早くレベルを上げてポイントを貯めて中級魔法を覚えたい」

 

目に見えて落ち込むリアーネにフィリスは咄嗟にフォローを入れる。

 

「で…でもリア姉、確か『クリエイト・アース』って魔法が使えたでしょ?あれって結構錬金術にも使えたりするかなー…なんて思ったりするんだけど」

 

「あら、本当?必要な時はいつでも言ってね♡魔力切れを起こしても生産し続けるから♪」

 

「さ、流石にそこまで無理しなくてもいいよ……」

 

シスコンのリアーネにはフィリスのフォローは効果てきめんだったようだ。

 

「アハハ……まぁ確かに実戦ではあんまり使えそうにないし、なんならレベル上げでもしに行こうか?」

 

クリスはリアーネの態度の豹変ぶりに若干苦笑を浮かべつつもそう提案してくる。

 

「え?良いんですか⁉︎」

 

クリスのその提案はリアーネにとって願ってもない提案だったようで、すぐに食いついた。

 

「うん。それで何を狩ろうか?」

 

「うーん…何か経験値がいっぱい入るようなモンスターとか知りませんか?」

 

「経験値が多い敵かぁ…」

 

と、クリスとフィリスが二人で相談をする中。

 

「そうねぇ、初心者殺しとかどうですか?」

 

「「………え?」」

 

リアーネの唐突な提案に対し、フィリスとクリスはなんとも間の抜けた声をだした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「森への立ち入りを禁止しているって……どうしてですか⁉︎」

 

「いえ……ですから先程も申しましたように、初心者殺しに加えて上位悪魔まで森に潜んでいるとの事なので、調査が終わるまでは森へは入らないでください」

 

「そんな……」

 

ゴブリン狩りのクエストを受けようとルナに話しかけたリアーネは、早速出鼻を挫かれていた。

 

 

_______正直、初心者殺しを倒すなんて訳ないと思っていた。

 

 

前回リアーネが初心者殺しと遭遇した時……その時はめぐみんの爆裂魔法の爆風に巻き込まれていたにもかかわらず、リアーネは一人で初心者殺しに勝てそうだったのである。

万全の状態で、尚且つ3人がかりならまず勝てるだろうというのがリアーネの思惑であり。

そうなれば初心者殺しはゴブリンやジャイアントトード等よりも経験値を得やすいのである。

 

それ故にその事を聞いたフィリス達もその提案を受け入れたのだが……。

 

「調査が終わるまで森に入れないなんて……」

 

フィリスもリアーネ同様肩を落とし。

 

「悪魔滅べ悪魔滅べ悪魔滅べブツブツブツ………」

 

クリスに至っては変なスイッチが入っていた。

 

「調査……調査…………っ!あのっ、その調査の事なんですけどっ⁉︎」

 

未だ諦めきれていないリアーネはまた何かを閃いたようで、受付カウンターに身を乗り出してルナに詰め寄る。

 

「きゃっ!……あの、何か……?」

 

「その調査って、誰がやるんですか?」

 

「誰って……王都から腕利きの冒険者が派遣されますので、彼らに調査をして貰って……」

 

「なら調査をするのは冒険者で構わないんですよね!」

 

リアーネはルナの言葉に半ば食い気味に反応する。

 

「え、えぇ……そうなりますね………」

 

ルナは完全に押されながらも反応する。

そしてリアーネは、そんなルナの言葉を聞き届けると。

 

「なら………私たちが調査をしても、構わないですよね」

 

 

「「「…………え?」」」

 

 

またも突飛な発言をするリアーネに対し、その場にいた三人は再びなんとも間の抜けた声をだした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「驚いたよ。まさかリアーネがあんなにもアグレッシブだったなんてね」

 

「リア姉は偶に頑固になるからね〜」

 

森の草木を掻き分けて進むリアーネの後について行くクリスとフィリスは、リアーネの行動力に感嘆の声をあげていた。

 

初心者殺しには絶対に負けないとリアーネが必死のアプローチをしたのが功を奏したのか。

はたまた万一悪魔と遭遇してもやられる事はないと訴えかけたのが良かったのか。

何れにせよ最終的にリアーネに根負けしたルナは「絶対に無理だけはしないで下さい」と言って三人が調査として森へと入る事を許可したのだ。

 

その時の事を思い浮かべながらフィリス達がそんな事を呟くと。

 

「あら、そうかしら?……それはきっとフィリスちゃんの頑固さが移ったのかしらね?」

 

微笑を浮かべながら反撃するリアーネ。

 

「えー、そんなことないよ?」

 

「あるわよ。お外に憧れたその日からお外に出れるまで毎日扉の前まで来たり、フルスハイムで船が出せないって言われてるのに錬金術で何とかしようとしたり、最近だってアトリエテントを作るためにって突然旅に出たり……」

 

「そ……そうだったっけ………」

 

心当たりが無かったフィリスは、リアーネから具体的な例を挙げられ色々思い出したのか、明後日の方向を向いてとぼける。

 

「あはは、やっぱり二人は姉妹だね」

 

クリスは目の前で展開される二人のやりとりを微笑ましく見つめていた。

 

「夜が更けるまでお外の話をさせられたり、そのまま空を見に行くのに付き合わされたり、お菓子を作って欲しいと駄々を捏ねたり……」

 

「リア姉もうやめて⁉︎昔のことはもういいでしょっ⁉︎」

 

尚も続くリアーネの猛攻に、フィリスは顔を真っ赤にし若干涙目になりながら訴える。

 

……因みに今リアーネが言ったことに関してだが、リアーネはフィリスの頼みを嬉々として受け入れていたことは言うまでもない。

 

「さ、二人とも。もうすぐでゴブリンの目撃情報があった場所に着くよ」

 

クリスがそう言って二人に注意を促すと、リアーネも周囲を警戒し、いつでも動けるように構える。

と、そんな中フィリスは未だその頬を朱に染めながらも無言で鞄をゴソゴソと漁り出す。

 

「_______っ⁉︎リアーネあそこっ!」

 

どうやらクリスはいち早くゴブリンの群れを見つけたようで、その視線の先の存在をリアーネに知らせる。

それを受けリアーネは矢筒から数本矢を取り出し、一本を番えて、残りの矢は右手の小指と薬指だけで握るようにして弦を引き。

その状態でゴブリンの群れを目視、ゴブリンの数を数えつつ、最も近いゴブリンに狙いを定める。

 

「まだこっちに気づいてないようね……。数はおそらく十四、一番近い奴を狙います」

 

「オーケー。今回はリアーネのレベル上げが目的だから、ここから倒せる奴は全部やっちゃって。撃ち漏らしや対処しきれない分はあたしが引き受けるよ」

 

「はい、それと初心者殺しも近くにいないか警戒をお願いします」

 

臨戦態勢の状態でリアーネとクリスは意思疎通を取ると、予定通りリアーネは三人に一番近いゴブリン目掛けて矢を放った。

距離おそよ三十五メートル、途中草木などの障害物もある中、放たれた矢は真っ直ぐに、まるで吸い込まれるようにゴブリンの眉間を貫いた。

それを皮切りにゴブリン達も敵の存在に気づいたようだ。

 

「次っ!」

 

ゴブリン達が向かってくる中、リアーネは早くも矢を番え始める。

が、そんなリアーネのすぐ脇を通り過ぎる影があった。

 

それは_______

 

「えっ⁉︎」

 

「フィリスちゃんっ⁉︎」

 

クリスとリアーネが驚愕の声を上げる中、御構い無しにリアーネより少し前に躍り出ると。

 

「てぇぇぇい!」

 

距離およそ十メートルを切るかどうかのところで鞄から取り出していたそれを投げつけ……。

 

 

ボォォォォォォォォォン‼︎

 

 

ゴブリン達の足元で盛大に爆発したのは『フラム』であった。

そのまま凄まじい熱気と爆風がゴブリン達を吹き飛ばし、黒煙が晴れる頃にはゴブリン達は無残な姿で地に伏していた。

 

「「あ……………」」

 

クリスとリアーネが呆気にとられるなか、フィリスは思い切り伸びをし。

 

「あ〜、スッキリした〜!」

 

なんとも晴れやかな面持ちでそう叫んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「いやさぁ、リアーネのレベル上げはどうするのさ?」

 

「えへへ……つい」

 

「笑顔で誤魔化さないでよ⁉︎」

 

リアーネに過去の事を掘り返されたフィリスは、気晴らしのためフラムでゴブリンを吹き飛ばした。

それはもう直前のリアーネとクリスの打ち合わせを見事にガン無視した行動だった。

 

「フィリスちゃんフィリスちゃん、今のでどれくらいレベルが上がったの?」

 

「ええと……、わっ!レベルが一気に二も上がってるよ!」

 

因みに、ゴブリン達と遭遇する直前でのフィリスとリアーネのレベルは若干フィリスの方が高く。

つまり……もしあのゴブリンの群れをリアーネが全て一人で倒していたら、リアーネのレベルも最低でも二は上がっていただろうという事になり。

 

「その分の経験値がリアーネに入ってたら、中級魔法まで一気に近づくのに……。リアーネからも何か言ってやってよ」

 

「良かったわね、フィリスちゃん。それにあの数を一発で仕留めるなんて、やっぱりフィリスちゃんの作るアイテムは頼りになるわ。流石は私の自慢の妹ね♪」

 

「なんで褒めてるのさ⁉︎何か言ってやってとは言ったけど、そういうのじゃないんだよ⁉︎」

 

妹にデレデレな姉の姿にクリスは嘆息する。

が、そんなクリスをよそにフィリスとリアーネのやりとりは続く。

 

「でもごめんね、フィリスちゃん。フィリスちゃんとの事を色々と言ってたら段々懐かしくなって、つい止まらなくなってしまったわ」

 

「ううん、私の方こそごめんなさい。ちょっと気恥ずかしくなっちゃって、リア姉が倒す予定だったのについ横槍を刺しちゃって」

 

「いいのよ、別に。本命は飽くまで初心者殺しなんだから。それにさっきの動き凄く良かったわ。フィリスちゃんの成長を感じられて嬉しかったわ」

 

「……………」

 

クリスは目の前で展開される二人のやりとりを前に、最早何も言わなくなっていた。

 

「さて、それじゃあ次は本命の初心者殺しかしらね」

 

フィリスとのやりとりを終えたリアーネは再び周囲を警戒しだす。

それにならいフィリスも辺りを見回し、クリスも諦めたように気持ちを切り替え、ダガーを構える。

 

「…………」

 

「……………」

 

「………………………」

 

……だが、初心者殺しが出てくる気配は一向になかった。

 

「もしかして、さっきの爆発で逃げたのかな?」

 

「確かにその可能性はあるけど、こないだ私が初心者殺しと遭遇した時は、多分爆発におびき寄せられての遭遇だと思うわ。だからさっきの爆発ぐらいじゃ警戒させるだけで逃げたりはしないんじゃないかしら?」

 

「でも仮に逃げてなかったとして、寧ろそっちの方が厄介かも。敵に手の内を晒して警戒させちゃったんだからね」

 

「うっ……」

 

フィリスの疑問にリアーネが応じ、クリスがそれに相槌をうち、その相槌を聞いてバツが悪そうにそっぽを向くフィリス。

と、偶々フィリスがそっぽを向いた先の茂みにて。

 

ガサガサッ!

 

「_______っ⁉︎何か動いた!」

 

「「⁉︎」」

 

フィリスが声を上げながら視線の先を指差し、リアーネとクリスは咄嗟にその方向へと体を向ける。

リアーネが敵を牽制するべく矢筒から矢を取り出した瞬間。

 

「グラァァァァァァ‼︎」

 

物凄い()()()を上げながら茂みの中からそれは飛び出してきた。

真っ黒な体毛に覆われた巨躯、あらゆる物を噛み砕いてしまいそうな牙。

紛れもなく、それは初心者殺しであった。

 

初心者殺しとの距離はおよそ二十メートル。

だが、その程度の距離など無に等しいと言わんばかりに猛然と()()()ながら駆けてくる初心者殺し。

 

「はやっ⁉︎」

 

「…………え?」

 

フィリスがそのスピードに驚く中、リアーネはふと気がついた。

最早初心者殺しとリアーネ達とは彼我の距離である、そんな中で。

リアーネはリアーネにしか気づけないことに気づいてしまった。

 

 

もしもこの事に気付かなければ……。

違和感を覚えることがなければ……。

 

 

その時のことを考えて得も言われぬ恐怖を覚えたリアーネは、弦を引き絞ったままくるりと身を翻し。

そんなリアーネの行動とちょうど時を同じくして背後から飛び出してきた()()()の初心者殺しに向け矢を放った。

 

「なっ……二体⁉︎」

 

「嘘っ⁉︎ひゃっ⁉︎」

 

クリスは正面からの初心者殺しの攻撃を躱した際に目に映った光景に驚き、フィリスは正面の初心者殺しをすんでのところでレヘルンで足止めした直後、二体目の存在を知り驚くと同時、リアーネに抱きかかえられ更に驚きの声を上げる。

リアーネはというと、矢を喰らって一時的に自制がきかなくなり直前の勢いのままリアーネ達のいた場所へ突っ込んで来る初心者殺しを躱すべく、フィリスを抱きかかえそのまま横っ跳びに回避した。

 

結果、レヘルンで床を凍らされ足を滑らした一体目の初心者殺しに、背後から襲いかかって来た初心者殺しが突撃する形になった。

 

その様子を見たリアーネはホッと安堵する。

 

リアーネだけが気づけたこと……それは、正面から来た初心者殺しが、過去に自分が対峙したそれとは()()()であるということだった。

 

 

リアーネが先日相手にした初心者殺しは、リアーネの攻撃によって相当な深手を負っていた。

が、正面から来た初心者殺しにそんな傷は見られなかった。

いくら強い魔獣とはいえ、あれほどの傷がこの短期間で治るとは考えにくい。

考えられるとしたらそれはやはり別個体。

なら先日の初心者殺しは果たしてどこへ行ったのか。

そもそも初心者殺しは狡猾なモンスターである。

そんな相手が自らの位置を知らせるかの如く、雄叫びを上げながら突進してくるだろうか。

狡猾で奇襲などが得意な初心者殺しなら通常そんな事はしない。

なら何故雄叫びを上げたのか……そうすべき()()があったからだ。

例えば、一体の初心者殺しが全力で叫べば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()など搔き消す事は容易だろう。

 

 

リアーネがこの事に気づけた全ての要因は、過去に一度初心者殺しと対峙していたからこそだろう。

狡猾ゆえに行動全てに()()があり、一体目が別個体であるとリアーネに見破られた以上、狩人としての直感と咄嗟的な判断の前に初心者殺し達は出鼻を挫かれたのだ。

 

「フィリスちゃん、大丈夫?」

 

「う、うん……ありがとリア姉」

 

そうしてリアーネはフィリスの無事を確認した後、クリスの方へと視線を動かす。

クリスは目の前で展開されたあり得ない光景に未だ圧倒されているようだが、怪我などはなさそうであった。

 

「確証はなかったけど、上手くいって良かったわ」

 

そう、リアーネには確証なんてものはなかった。

もしこの推測が間違っていたとしたら、ただただ一体目の初心者殺しに背を向けるだけの危険行為である。

しかし、それでもリアーネが行動に移ったのは、推測が合っていた場合の方が最悪な事態になるという事、そして一体目に関してはフィリスがどうにかしてくれると()()()()()からだ。

現にフィリスはあの土壇場でレヘルンを有効活用し、見事に初心者殺しの動きを抑えてみせた。

我が愛しの妹の頼もしさを改めて痛感すると共に、リアーネは気持ちを切り替えて立ち上がった。

 

「まさか番だったなんてね」

 

クリスは目の前の状況を次第に飲み込んで来たようで。

 

「番……?」

 

リアーネとフィリスも何故初心者殺しが二体いたのか、その理由についてクリスの一言によって腑に落ちたらしい。

 

「フィリス!リアーネ!畳み掛けるよ!」

 

「「はいっ‼︎」」

 

クリスは二人にそう言うと、二体の初心者殺しへと全力で駆け寄る。

 

初心者殺し達は未だ凍った地面に苦戦しており、尚且つ先程の衝突のダメージもあってか立ち上がるには至っていなかったが、それでも今回新たに現れた方の初心者殺しはもう一体の体にしがみつきなんとか体制を持ち直そうとしていた。

 

クリスは凍っている所と凍っていない所の境界線あたりで全力で跳躍し。

その助走の勢いを利用して前宙、体を大きく捻り遠心力もつけ空中で一体の初心者殺しの背中を切り刻んだ。

そのまま華麗に地面に着地すると、すぐさま横へと飛び退く。

 

そうして立ち上がろうとしていた初心者殺しを切りつけその体制を崩す事に成功、そしてクリスが退いたことでリアーネの射線が空けられる。

 

身動きが取れない初心者殺し達からおよそ十メートル。

クリスが初心者殺しの相手をしている間に距離を取ったフィリスとリアーネは真っ直ぐに初心者殺しの方を向いており、フィリスの両手にはフラムが握られていた。

リアーネは二本の矢を番えた状態で弦を引き絞り、そのままじっと狙いを定めている。

クリスはその俊敏さを活かし初心者殺し達から離れていく。

 

「それじゃあ行くよ、リア姉‼︎」

 

「ええ、お願いフィリスちゃん‼︎」

 

そう短くコンタクトを取ると、フィリスは両手のフラムを全力で初心者殺しへと放り投げる。

かつての世界での旅で磨かれたフィリスの投擲スキルは見事なもので、フラムは狙い違わずそれぞれ初心者殺しへと吸い込まれるように宙を舞う。

 

 

リアーネはその二つのフラムの動きを冷静に見極め……。

 

「今っ‼︎」

 

フラムが初心者殺しに当たる寸前、二本の矢を同時に放つ。

満を辞して放たれた矢はそれぞれのフラムを射抜き、そのまま初心者殺しの体に深々と突き刺さり_______。

 

 

ドゴォォォォォォォォォォォォォ‼︎

 

 

寸秒遅れて起爆したフラムの爆炎が、二体の初心者殺しを包んだ。

 

「くっ……⁉︎」

 

爆風から身を守りながらリアーネ達は成り行きを見守る。

それから十数秒がたち、爆風は完全に収まり黒煙も次第に晴れていく。

そうして三人の目に移ったのは、身動き一つしなくなった初心者殺しの姿であった。

 

「……倒した?」

 

「どうかしら……」

 

そんな二人の疑問に答えるかのように、クリスは初心者殺しの元へと駆け寄り、その巨躯に触れた後。

 

「もう動かないみたいだよ」

 

二人に勝利を告げたのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「凄い、レベルが五も上がってるわ!」

 

「ホントだ!これで中級魔法も覚えられるね、リア姉」

 

「いやいや、凄いのはレベル上昇よりもリアーネの方でしょ」

 

リアーネとフィリスが冒険者カードを見て感激している中、クリスは感心したように呟く。

 

「まさかあの数秒で二体目の存在に気づくなんて、リアーネってば一体何者なのさ?」

 

「これでも一応狩人でしたからね」

 

「狩人スゴイね⁉︎」

 

クリスが驚愕する中、リアーネも仕返しと言わんばかりに。

 

「そう言うクリスさんこそ、先程の動きは眼を見張るものがありましたよ。それに私達の作戦も全然言ってなかったのに、ちゃんと意図を汲んでくれたみたいで……凄かったですよ」

 

「うんうん、全然言葉を交わしてなかったのにあそこまで連携できるなんて……すっごいビックリしましたよ!」

 

リアーネの発言にフィリスも同調する中、クリスは首を横に振ると。

 

「いや、あの赤い爆弾はさっきゴブリンに使ってるのを見て効果を知ってたから、初心者殺しの近くにいたら確実にマズい事になるって分かってたからね……。巻き込まれるんじゃないかとヒヤヒヤしたし、寧ろ二人の連携に声を出して驚いてたよ」

 

「あー……」

 

そう言えば爆音で殆ど掻き消されていたが「えぇぇぇぇぇ⁉︎」とかいう声が聞こえた気がしたなぁと、フィリスは先ほどの事を思い出していた。

 

「さてと、それじゃあ目的は果たしたしもうそろそろ戻ろうか?」

 

クリスはフィリス達にそう言うと、くるりと踵を返す。

 

「そうですね。初心者殺しは二体いたけど両方倒して、悪魔とは遭遇できなかった。こんな感じで調査報告すれば良いんですかね?」

 

フィリスもクリスの後を追いながらそんな事を考える。

だがリアーネだけは、二人の後を追わず上空を睨んでいた。

 

「……リア姉?どうしたの?」

 

フィリスが怪訝に思いリアーネに声をかけたその時。

 

 

何かの影が動いた事にフィリスは気づいた。

 

 

クリスもふと立ち止まりリアーネが見ている方向に視線を向け、直後に大きく眼を見開いた。

 

三人の上空、太陽の光を浴びながら悠然とそこで羽ばたく一際大きな存在。

漆黒の体躯、巨大な翼、禍々しい角と牙。

かつてリアーネに大怪我を負わせた上級悪魔、ホーストがその鋭い双眸で三人を見下ろしていた。

 

そのままホーストはゆっくりと地面へと舞い降りて行く。

その圧倒的なまでのオーラにフィリスは気圧され、クリスはまるで親の仇を前にしているかのようにギリギリと上級悪魔を睨みつけている。

そうしてホーストはリアーネの正面へと降り立つと。

 

「リアーネお前っ、もう怪我が治ったのか⁉︎スゲェなおい!」

 

「………へ?」

 

これ程までに異様なオーラを放ちながらも人間味溢れる言葉で話しかけてきたホーストに、フィリスは呆気にとられたように間の抜けた声を出した。

 

「えぇ、まぁね。最もあの怪我を負わせた張本人は貴方なのだけれど」

 

「いやいや、マジ悪かったって……。それにしてもこいつらは……初心者殺しか。二体同時に相手して仕留めるとか、お前さては割りかし強いだろ」

 

自分の姉が悪魔と旧知の仲の様に話す光景が信じられないのか、フィリスは眼をパチクリとさせている。

そんな中クリスはというと。

 

「_______うおっ⁉︎テメェ何しやがる⁉︎」

 

いつのまにか背後へと回り込んでいたクリスは、全力でホーストの背中にダガーを突き刺していた。

 

「っ⁉︎クリスさん駄目‼︎」

 

クリスが再びダガーをささ突き刺そうとする中、リアーネはホーストが動くより前に先に動き、クリスを全力で押さえつける。

 

「離してっ‼︎あの悪魔をぶっ殺さなきゃ‼︎」

 

「落ち着いてくださいクリスさん‼︎今の状態で挑んでも勝ち目はありませんよ‼︎」

 

「うっ……」

 

「フィリスちゃんも手伝って!」

 

「え、う、うん!」

 

リアーネから指示を受けフィリスは背後からクリスを羽交い締めにする。

 

「おいおい、いきなり襲いかかる奴があるかよ。まぁでもお仲間が抑えてくれた様で助かったぜ」

 

貴方もいきなり襲いかかってきたことあるでしょというツッコミをしたかったリアーネだが、今はクリスを押さえつけるのが先決だ。

 

「クリスさん、どうあがいても今は絶対に無理です。近いうち必ず、その時はダクネスさんも一緒にこの悪魔と戦うんですから、今はどうか堪えてください。それとも、ここに三人の屍を積みたいんですか」

 

リアーネはホーストに聞こえない様にクリスの耳元で囁く。

対するクリスは未だ興奮冷めやらぬといった風だが、多少冷静にはなった様で、次第に大人しくなった。

 

「わかったよ、今回は何もしないから」

 

諦めた様に言ったクリスのその言葉に頷いたリアーネは。

 

「良かった……。あ、フィリスちゃん。絶対にクリスさんを離さないでね」

 

「え、うん…分かったよリア姉」

 

「何もしないって言ったじゃん⁉︎何で信用して離してくれないのさ⁉︎」

 

嘆くクリスを他所に、リアーネはホーストに向き直る。

 

「この人エリス教徒なんで、やっぱり悪魔を前にしたらこうなっちゃうみたいです。ざま……いや、ごめんなさいね」

 

「いや、別にそんなに深くは刺さってねぇし、お前らがすぐに取り押さえてくれたから………ん?今ざまぁみろとか言おうとしてなかったか?」

 

「気のせい」

 

ホーストのツッコミに輝かんばかりの笑顔で応じるリアーネ。

そんな悪魔を前にしても強気の姿勢でいる姉にフィリスは密かに戦慄を覚えた。

 

「お、おう……そうか。しかし二連続ですごい爆発が起きてたから気になってきてみたら、お前がいるとはな。驚いたぜ」

 

「あらそう?私は何となく貴方が来るとは分かってたけどね」

 

「……おいおい、上級悪魔を前にしてるってのに随分と余裕だな?俺から言うのもなんだが、もうちょっと警戒とかした方がいいと思うぜ?」

 

「でも貴方の目的は私達を殺すことじゃないでしょ?」

 

「まぁな。あぁ、そういやお前、黒くて大きな魔獣とか見かけたりしたか?」

 

「さぁ?生憎だけど初心者殺し以外にそれらしい魔獣は見てないわ」

 

平然と会話をするリアーネとあの悪魔は一体どの様な関係なのか。

その事を疑問に覚えてきたフィリスだが、ひとまずはじっと見守っていようと改めて思いなおす。

何故リアーネがここまで普通にしていられるのかはフィリスにも分からないが、取り敢えずリアーネに任せておけばこの上級悪魔とは今は戦う事はないだろうと言うことが分かったからだ。

 

 

_______万一悪魔と遭遇してもやられる事はない。

 

 

リアーネがルナにそう言っていた事を思い出しながら、フィリスは事の成り行きを静観する。

クリスもじっと二人の会話を見守っていた。

 

……不服そうな顔はしているが。

 

「しかしまさかこんな所にも初心者殺しがいたとはな」

 

「え?こんな所にもって?」

 

「いやな、ついさっきも別の所で初心者殺しを見つけたんだわ。てっきりウォルバク様かと思ったがな」

 

「初心者殺しがもう一体……」

 

(これもルナさんに報告しといたほうがいいわね)

 

リアーネがそんな事を思案していると、ホーストは。

 

「それじゃあ俺様の探している魔獣は居ないみたいだし、もう行くわ」

 

「あら、もう行くの?もう少しお喋りに付き合って欲しいのだけれど」

 

「お前なぁ……。それで、何が()()()()んだ?」

 

「話が早くて助かるわ。さっき言ってた初心者殺し以外に、あまり見ない様なモンスターとか変わった事とかあるかしら?」

 

リアーネはここ最近森をウロついているであろうこのホーストに、何か知ってる事はないかを聞き出そうとしてみる。

そうする事が実質的に森の調査という仕事に繋がるからだ。

 

「変わった事か、特にはねぇな。これといって特別な奴を見かけたということもないぜ」

 

「そう、残念」

 

しかしホーストから望みの情報は得られなかった。

 

いや、悪魔と初心者殺し以外特に変わった事がないという事実も、立派な調査結果にはなり得るか。

 

聞くことは聞いたからもう帰ろうかとリアーネが考えていると。

 

「あー、じゃあ俺様の方からも良いか?」

 

「何かしら?」

 

「そこの人間達の名前を聞いてもいいか?ここであったのも何かの縁だろう」

 

「嫌な縁ね」

 

「辛辣だなおい……」

 

ホーストの嘆きを他所にリアーネはフィリス達の元へと歩み寄り。

 

「この羽交い締めにされてる蛮族がクリスさん」

 

「蛮族って言わないで⁉︎盗賊だから⁉︎」

 

「蛮族も盗賊も大して変わらねぇじゃねぇか」

 

「あ゛⁉︎」

 

「おぉ……怖っ」

 

ホーストの横槍に底冷えする様なドスの効いた声で応じるクリス(羽交い締め状態)。

その悪魔すら気圧される声にフィリスとリアーネも若干引いていた。

 

「ええっと、さっきも言った通りクリスさんは熱心なエリス教徒だから気を付けて」

 

「お、おう……そうか」

 

本当はクリスがホーストに手を出すことでホーストが戦闘態勢に入る事がないようにと、リアーネ達の方が気を付けているのだが……一応ホーストにもクリスを刺激しないように釘をさす。

 

「そしてこっちの可愛い可愛い女の子が私の妹のフィリスちゃんよ」

 

「ど、どうも〜……」

 

フィリスは照れ臭そうにはにかむ。

 

「そ、そうか……。お前も苦労してるんだな」

 

「あはは……悪魔に同情してもらっちゃた……」

 

フィリスの紹介を聞いて早くもリアーネがシスコンであると悟ったホーストは、フィリスに同情の目を向ける。

 

(なんかこの悪魔、この中で一番マトモかもしれない……)

 

フィリスが密かにそんな悲しい現実に向き合う中、ホーストももうこの場から離れたいのか。

 

「クリスとフィリスだな……よし分かった。あ、俺様はホーストってんだ。それじゃあな」

 

それだけ言い残すと即座に飛び立っていった。

 

「あんたいつか絶対に滅ぼすからね‼︎」

 

ホーストの背に向けて負け犬のようにクリスが叫んだ。

ホーストはそんな雄叫びに構わず何処かへ飛び去り、クリスの捨て台詞だけが森中に虚しく響き渡った。




いかがだったでしょうか?
……え?みんな(特にリアーネが)強すぎるって?
それはもう仕方ありません。
今までの旅を通して心身ともに成長した彼女達は本当に逞しくなった(という設定)なのですから。
(ぶっちゃけそうした方が書きやすいなんて死んでも言えない……)

あと非常に申し訳無いんですが次も不定期更新になるかと思います。
え?何故って?
皆さんもご存知でしょう?最近発売されたビッグタイトルの新作ゲームを………



そう、『リディー&スールのアトリエ』です‼︎

モンハンだと思ったそこの貴方、残念!
見事正解したアトリエファンの皆様、特に何もありません!

………後書きってこんな感じのテンションでしたっけ?


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