幼馴染が根源の姫だった件 (ななせせせ)
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第1部 ファントム(ノーズ)ブラッド


書きたくなったから書いた。
基本的にこっちはあまり更新しないとは思いますが、書きたくなってしまったものはしょうがないので……

10/12 修整


 夕暮れ時、橙色に染められた教室。部活や勉強、遊ぶため、様々な理由から生徒たちが出ていった教室は閑散としている。

 二度目(・・・)の俺は、高校って確かにこんな感じだったなぁ、なんて昔の高校生活に思いを馳せる。正直、精神年齢的にはこんなところにいるのは犯罪じゃね、とか思ってしまうのだが、肉体的には俺も高校生なのだ。

 これで可愛い彼女とこんな雰囲気のある教室にいたならば、そういう(・・・・)空気になり、この教室でイケナイことでもしていたかもしれない。

 

 けれど。実際はそんなことはなく。可愛い彼女どころか恐らく人間ですらないような少女と二人きり。

 

 

「……ねえ? ここでシてみましょうか?」

「やめてくださいしんでしまいます」

 

 

 くすくすと嗤いながらソイツが距離を詰めてくる。

 俺は後ずさる。しまった、そういえば今日はファ〇リーズをしていない。いや、するのはアイツの方だったか?

 奴が詰める。

 後ずさ……壁だ。なんてこった。

 

 

「それで、誰を選ぶの? 私か、綾香か……それとも、美沙夜ちゃんかしら」

「おまっ、それ以上近づくと……!」

「……近づくと?」

「……死ぬぞ」

 

 

 主に俺が。誰か来ても社会的に死ぬ。来なくてもきっと物理的に死ぬ。

 壁を背にしたことでいよいよ逃げられなくなった俺と、そんな俺の顔を上目遣いに見つめてくるこの女。

 形勢は不利。いや、不利というかもはや敗北寸前だが、ここで諦めるわけにはいかない。

 

 

「……ふふっ。あなたに殺されるなら、私はそれでもいいけど……?」

「ちょ、やめっ、ひぃ」

 

 

 突然つま先立ちになって首筋を甘噛みされたことで腰から力が抜ける。奴がへたりこんだ俺にのしかかり、更に距離を詰める。お互いの息がかかるほどの距離まで詰められ、ほぼ反射的に顔をそむける。

 だがそんな抵抗を許す女なわけもなく、頬に手を当てられ無理矢理正面を向かせられる。手の冷たさと柔らかさに、抵抗しようという気持ちが急速に消えていく。

 

 何かがおかしい、と叫ぶ理性は段々と薄れていき、熱に浮かされたような心地で目の前の少女を見る。

 制服の隙間からちら、と覗く白い肌、瑞々しい唇、さらりと流れる髪の一束一束、その全てが心を揺らす。

 

 

「あなたが好きな人は……一体誰?」

「俺が好きなのは――」

 

 

 

 

 ――と、ここで突然だが、Fate/prototypeという作品を知っているだろうか。

 Fate/stay nightの原型の物語。その前日譚こそ書籍化されたものの、本編はアニメはおろか書籍、ゲームとしても出ていないという幻の作品である。

 主人公である沙条綾香が聖杯戦争と呼ばれる、過去の英霊を用いて戦う戦争に巻き込まれていく――という物語のはずである。残念ながら本編が存在しないために想像することしかできない。

 

 さて、1900年代後半にそんな知識を有しているこの俺がただの人間であるわけがない。

 

 まあ、まさか自分がそうなるなどとは思わなかったが、どうやら俺は生まれ変わったらしいのだ。死んだときの記憶もちゃんとある。タバコを吸い過ぎたことによって出来た肺ガンでぽっくりと逝ったのだ。

 それはいい。自分が一度死んだのも、生まれ変わったのも、サブカルチャーに触れてきた身としては納得できる。

 

 ただ唯一にして最大の問題は、幼馴染の少女。

 お隣さんということで引き合わされた時、まだ幼女であっても飛びぬけた美貌を持った彼女と幼馴染であることを喜んだ。美人の幼馴染がいて、高校生くらいになってその子とのラブコメが始まる――だなんて妄想もしたさ。

 

 絶望というのは希望が大きければ大きいほど大きくなるものだというのは有名な話だったと思う。実際俺もそうだった。

 

 

 ――沙条(さじょう)愛歌(まなか)。自己紹介をする彼女の口から放たれたその名前が耳に入った瞬間の衝撃は筆舌に尽くしがたい。

 沙条愛歌といえばFate/prototypeにおけるラスボス。絶対無敵おねーちゃん。半ゾンビ。根源の姫。色々あるが、とりあえずこの女性がいると東京は大変なことになるのだ。

 

 名前は一緒で、見た目も酷似しているがそれだけならまだ別人だと言い張れたかもしれない。だが、その後ろからちょこちょこついてくる綾香という名の妹が産まれてしまってはもうどうしようもない。

 ついでにその数週間後に玲瓏館という家があることを知った。泣いた。

 

 で、どうにかこうにか今現在の高校生まで生きてこれているわけだが、そもそも『俺』という存在しなかった人間のせいで、もとの物語の記憶なんて役に立つはずもないとこの前気付いた。

 ということは、だ。恐らくは聖杯戦争が起こるであろう前に東京を離れ、田舎の山にでも籠るしか生き残る道はない。

 そう、そのはずなんだ。だからここは誰も好きではないと答えるべきだ。

 

 けれど――

 

 

「俺は……」

 

 

 なんて答えればいいんだろうか。

 その潤んだ瞳に、紅潮した頬に、上気した肌に、熱い吐息に。

 

 

 俺はどうしても口を開けない。



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なんかすごい勢いで評価ついてて思わず笑っちゃいました
評価、感想ありがとうございます!励みになります!

10/12 修整


 ……さて、この幼馴染(根源の姫)へとどう返答すればいいのか。下手な返答をすれば恐らく俺もファ〇リーズ案件になってしまう。そうでなくとも悲惨な運命を辿ることは間違いないだろう。

 

 いや、それ以上に最悪なのは俺の言葉一つがきっかけとなって東京崩壊エンド一直線になってしまうことだ。お前ファ〇リーズしても臭いし無理とか言った結果東京が滅びましたとか悔やんでも悔やみきれない。

 

 

「あなたの口から直接……ね? お願い」

「俺が、好きなのは……」

 

 

 さらに。さらに体を密着させ聞いてくる、この幼馴染様は気付いているのかいないのか。押し付けられる柔らかなふくらみが――

 

 

「っ……!」

「? ……ふふ」

 

 

 ええい、なんだってこんなにも動揺するんだ。まさか童貞の男子高校生でもあるまいし、こんな女体が傍にあるというだけでここまで興奮する理由なんてないだろう。

 思考は鈍化していくのに血流はどんどん早くなっていく感覚がする。

 

 

「……やっぱり、綾香?」

 

 

 その一言を聞いた瞬間、ほとんど死に体だった理性が息を吹き返し、思考は加速する。どう考えても綾香と答えることは悪手だ。

 

 この幼馴染様は妹である綾香を溺愛……とはいかないまでも、かなり目にかけている。綾香を泣かせようものならそいつは行方不明となるだろう。

 そもそも俺にとっても綾香は可愛い妹のようなもの。確かに可愛い。可愛いが、恋愛対象とはなりえない。

 

 いや、そういった面もあるが、嘘をつくことを避けたいというのが一番かもしれない。

 

 

「……それじゃあ、美沙夜ちゃん?」

 

 

 考え込んでいたことで違うと判断されたのか、麗しの愛歌嬢は違う名前を挙げてくる。

 

 玲瓏館美沙夜。俺が完全にFate/prototypeの世界にいると確信した瞬間を作った名前のため、色々と微妙な思いがあるが……

 こちらも俺の中では妹のようなものと思っている。綾香の友達ということもあるが、歳が離れていることが原因でそういう目では見られない。見てはいけない気がする。

 未だに熱に浮かされたように、あまり動かない身体を動かしゆっくりと首を左右に振る。

 

 途端に幼馴染様の目の色が変わった。もちろん、比喩表現だ。いきなり停止だの直死だのを使われるような流れじゃない、はずだ。残念ながらこの根源の姫の思考は全く不思議なのでどうなるか分からない。逃げたい。

 

 

「……なら、やっぱり私?」

「……っ」

「そういえば……こういう時は身体に聞くんでしょう?

この前勉強したから大丈夫、任せて……ね?」

 

 

 一体どんな教科書(薄い本)で勉強した知識だそれは、と突っ込みたいところだが生憎体は動かないのだ。

 そういえば今気づいたけどこれ何か(魔術)されてないか。

 

 両手でがっちりと固定された俺の頭を抱え込むように抱きしめられ、顔に幼馴染様の胸が押し付けられる。一気に血流が早くなるのを感じる。

 まずい、まずいマズい不味い! このままではデッドバッドエンド一直線じゃないか!? なんとか気を逸らせ! そう、ここは教室なんだ。見回りの教師がやってくる可能性も……! って伝える手段がない!

 

 

「大丈夫よ。教室(ここ)に誰か入ってくることはないから……安心して?」

 

 

 絶望である。何をやったのかはどうせ理解できないが魔術とかそういうのだろう。完全に隔離され、目撃者もいない中俺は消されるのだ。多分聖杯戦争が始まって俺が邪魔になったとかそういう。きっと殺す前に俺で遊んでいるのだろう。でなきゃこんなことはしないはず。

 

 半分くらい投げやりになった俺の目の前で、ゆっくりと幼馴染様が制服の上着を脱ぎ始める。

 セーターが出てくる。……セーターを脱ぐ。

 ワイシャツが出てくる。……ワイシャツのボタンを外す。その下に隠されていた滑らかな白い肌が見え始め、一気に興奮は加速していく。顔の熱さはもうよく分からなくなってきた。

 

 俺の方もいつの間にか上着を脱がされ、シャツのみになっていた。こういうことをあの幼馴染様が興味津々で勉強していると思うとちょっと興奮する。

 ついに俺のシャツは脱がされ、上半身裸にさせられる。

 

 

「それじゃあ――」

 

 

 そうして愛歌が顔を寄せ――二人の唇と唇が重なる、という段階になってついに限界が来た。

 勢いよく液体が飛び出し、二人の身体を真っ赤に(・・・・)染めていく。

 

 

「ふぇ?」

 

 

 鼻から噴き出した血が俺たちの身体にかかり、汚していく。そして俺の意識は薄れていく。

 完全に意識を失う直前である。これを最後に、もう目覚めることはないのだ。こんなことならファ〇リーズをしておけばよかった、と涙がこぼれ。

 

 妙に慌てた様子の愛歌の表情を不思議に思いつつ、意識は闇へと溶けていった。




一応言っておくけど終わりじゃないよー


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愛歌ちゃん様を好きな人が増えるように願いつつ一話ずつ書いています……

10/12 修整


 初めてあの幼馴染様と出会ったのはもう十年ほど前になる。

 当時三歳の俺と彼女――沙条愛歌の出会いは実に平凡で、ありふれたものだった。お隣さんということで引き合わされただけの出会い。その頃すでに前世の記憶を取り戻していた俺は一瞬にして恋に落ちた。初恋である。

 

 ――当時の俺は若かった。高々五十代まで生きただけの、精神的若造だったのだ。金髪碧眼の美幼女がお隣で幼馴染でしかも笑いかけてくれた程度でころりと落ちるなんてどこの恋愛漫画だよ。

 

 直後に沙条愛歌という名前が可愛らしい声で紡がれ、記憶の端に引っ掛かりを覚え、思い出し、驚きの余り頭に血が上って気絶した。

 数週間後に玲瓏館の名前を知ってもはや否定できないかも分からんねこれは、と諦めかけ、三年後に可愛い綾香が生まれてちょっと絶望しながらも、ここがFate/prototypeの世界であることを受け入れた。

 

 ……そこでさっさと逃げだせばよかったものを、俺はとち狂っていた。

 新しい人生を得たからには病死または寿命まで生きたいし、リトルプリティーガール綾香の笑顔を曇らせたくもないし、美沙夜がファ〇リーズ案件になることだって防ぎたい……なんてことを思った。

 必死に方法を考え、悩み、その末に編み出した答えが――

 

 

 

 

 意識が急速にはっきりとしていく。先ほどまで見ていた夢の内容が抜け落ち、意識がなくなる直前の記憶が舞い戻る。幼馴染様の慌てる表情は可愛かったがなぜ殺されなかったのか。

 なんかこう、手はずと違う流れになって俺の素材的価値がなくなったとかそういうあれとか。だとしたらもう一回あんな流れになるのか。

 

 なんてことをつらつらと考えながら目を開けば飛び込んでくる、自分の家のものではない天井。とはいえ学校や知らない家の天井、ということでもなく。

 

 

「知ってる天井じゃないですかやだー……」

 

 

 ――沙条家の天井だ。

 こんなものが視界に入ってくるということはまだ確実に生きているということだ。はたして、意識のないうちに逝かせてもらえなかったことに絶望すればいいのか、まだ生きていることに感謝すればいいのか。

 

 客間の一室。泊まりに来たときはよく使わせてもらっていた部屋は当時の記憶とそう大差ない。そういえば中学に上がる頃にはもうほとんど来なくなっていたか。記憶をたどるように視線を横にずらせば、ベッド脇にファ〇リーズが置かれていた。

 そういえばこのベッドからする匂いは、この前発売されたばかりの『クランの猛犬の匂い』だ。

 

 俺がちょっと感動して自分の服にファ〇リーズしていると部屋の外が騒々しくなる。この足音の軽さからして、恐らく綾香だろう。

 

 

「……お兄ちゃんに魅了(チャーム)使ったでしょ!

私この前習ったから分かるもん!」

「……! …………!!」

「もう知らない!」

 

 

 大分不穏な感じの単語が聞こえる姉妹喧嘩を経て隣の部屋に駆け込む音がする。こっちにこないのは俺に気を遣ってか。よし、後で目いっぱい抱きしめて頭をわしゃわしゃしてやろう。

 

 立ち上がると結構酷い立ち眩みに襲われたが、まあ許容範囲内だ。むしろこの程度で無理とか言ってたら来たるべき時に鼻血吹いて倒れてました、東京滅びましたになってしまう。

 とりあえずは幼馴染様に話を聞いてみないことにはどうしようもないため、居間にでも行こうとドアノブに手を掛けたところで、ドアが勝手に開いた。

 

 

「「あ」」

 

 

 洗面器とタオル、リンゴに果物ナイフを持った幼馴染様が立っていた。翠色のドレスを身にまとい、首にやっすい感じのアクセサリーを付けた姿は普段よく見るものだ。

 驚いた表情の彼女の顔が赤く染まっていき、終いには恥ずかし気に目線を逸らされる。

 

 ……初めて見る反応にどう対応していいか分からず、こっちもつい目線を逸らしてしまう。いや、本当にどうすればいいんだ。ファ〇リーズしたせいでもないだろうし、本当にどうしたのか。

 

 

「……あ、その、目が覚めてよかったわ。いきなり倒れるからすごく心配して、それで……」

 

 

 心配した後ナニをしたのか。元々赤く染めていた顔をさらに赤くすると落ち着かない様子で髪を触ろうとして、物を持っているせいで触れずにさらに慌てた。

 

 正直これは非常によろしくない。見た目はまたとない美少女なのだ。こんな年頃の少女らしい、有り体に言ってしまえばめちゃくちゃ可愛い仕草をされると相手が根源の姫であることすら忘れてしまいそうになる。

 沙条愛歌といえば常に余裕を持って超然と何事もこなしてしまうパーフェクト超人のはず。それがこんな余裕を無くしているなど、信じられるだろうか。

 

 出会ってからの付き合いで一度も見たことのない反応をされたせいで俺も動揺してしまう。

 とにかく何らかの返事はしなければならない、と思い立ち。口を開く。

 

 

「え、あ、なんか、迷惑? 掛けたみたいで悪い……」

「それは全然いいの! わたしのせいであなたを傷つけてしまったもの」

「沙条のせいってわけじゃないだろ……半分体質みたいなもんだし? むしろ、沙条にはいつも感謝してるというか、なんというか」

「え……と、それなら、いいのだけど」

 

 

 ――失敗した。完全に自分が何を口走ってるのかも分からない。ただひたすらに照れて、動揺して、焦って。

 まるで童貞の男子高校生じゃないか……!

 

 落ち着け、落ち着くんだ。相手はあの、絶対無敵パーフェクトおねえちゃん沙条愛歌なんだ。選択肢をミスれば即デッドバッドエンド逝き、そのはずだ。ついでに言えば東京もゴ〇ラにやられた並みの被害を被る……!

 

 ここは一旦退くべき。そうするべき。そうしよう。

 なんて、帰宅することを伝えようとして顔を前に向けると――

 

 

「……あ、おひさしぶりです。広樹さん。ごぶさたしてます、はい」

「倒れたと聞いていたんだが……もう少し休んでいくといい。ついでに、一緒に夕食でも摂ろう。……綾香も寂しがっていた」

「ぐ……っ」

 

 

 まさかここで会うとは。俺の三大苦手人物……一位は言わずもがな奴だが、同率二位を占める二人が一人。沙条広樹。ちなみにもう一人は玲瓏館の親父さん。

 苦手な理由は後で説明する。

 

 ここで綾香の名前を出されてしまうともう俺に断るという道はない。完全に弱点を把握されている。

 

 

「じゃあ、やすませて、もらい、ます。はい」

「ああ、そうするといい」

 

 

 このよく分からない状態になった幼馴染様とのマンツーマンは、もうしばらく続くようだ……




一応いろんな情報を集めて年齢設定とかは矛盾がないようにしてるはずなんですが、なんかおかしいところが出てきたときはその都度修正していきます


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愛歌様を好きな人が順調に増えているようですね……

10/12 修整


 結局。沙条家から離脱しようとした俺の企みは儚く潰え、俺が寝かされていた部屋へと逆戻りすることになった。

 ――目覚めてからなんか様子のおかしい幼馴染様と一緒に、である。

 

 広樹さんが何を考えているかは大体わかる。本人に悪気があるとか、そういうわけでないことも。昔からそうだったからね。

 ただ、彼は知らないだけなのだ。自分の娘が恋のためなら、町一つ知ったこっちゃねえと滅ぼしかねない根源接続者だということを。

 

 さて、そのお姫様はどうしたのかというと、現在は落ち着きを取り戻して何が楽しいのか笑顔でしゃりしゃりとリンゴを剝いていた。何でもできちゃう幼馴染様は器用にもリンゴの皮を一本の紐状に切っていく。意外と難しいよねそれ。

 

 ずっと黙っているのもどうかと思うし、情報を得ることも生き残るためには重要なこと……ということで会話をしよう。正直さっきまでの動揺が抜けきっていないのだが、それはそれ。

 

 

「あー……よく血が落ちたな。真っ白だし、ただでさえ落ちにくいのに」

「ううん、それは新しいシャツで、前のはわたしの宝物に――あっ、剝けたわ」

 

 

 今一体何を言いかけた!? 不穏どころじゃない単語が聞こえた気がするんだが!? やっぱりあれか、シャツに付いた血を触媒に魔術でフ〇ブリーズ案件化に方向性をシフトしたのか!?

 シャツを取り返さないことにはどこに逃げてもゾンビにされる危険性がある以上下手に逃げることもできない。

 やってくれたな沙条愛歌……!

 

 なんて考えていると、奴は不意にくすくすと笑いだした。心を読まれていたのかと思うほどのタイミングである。しかもこの幼馴染様ならやりかねないというのがさらに恐怖を増長する。

 

 

「……いきなり笑いだすと不気味に思われるぞ」

「そうね。……でも、あなたはわたしが何をしても受け入れてくれるでしょう?」

 

 

 ……ねーよ。東京を滅ぼしたら流石に引くよ。ドン引きだよ。

 

 こちらの内心を読み取ってはいないらしい、機嫌の良さそうな奴はフォークで刺したリンゴを差し出す。特に抵抗はせず口に含む。シャリシャリとした食感に、程よい酸味のある甘い果汁。うまい。

 

 飲み込み、次の一切れが差し出される前に問いかける。結局なんでいきなり笑い出したのこいつ。俺の憐れな未来を想像してつい笑ったとか?

 

 

「で、いきなり笑いだした理由は?」

「……ええ。それはね――」

 

 

 溜めたかと思うと突然身を乗り出し、蠱惑的な声で耳元に囁きかけてくる。吐息が耳に当たり、ぞわりとした感覚に気を取られたところにたった一言。

 

 

「久しぶりに二人っきりで過ごせてるから」

「っ……」

 

 

 ――っあ、ぶねぇぇぇぇぇ!!! 死ぬかと思った!!

 心臓が飛び跳ねたのがよく分かった。直視できないくらい顔が熱い。また鼻血出そう。

 

 

 ……不覚にも、可愛いと思ってしまった。

 

 

 やっぱり変だ。あのパーフェクト愛歌様がこんなことを言うはずないだろうし、夢か、幻覚か、魔術か……少なくとも現実じゃない。

 だってそうだ。俺の知っている沙条愛歌ならこんなことを言うはずがない。

 こんな甘い空気を出す相手はセイバーただ一人。対して、俺はあんな完璧イケメンと比べることすら烏滸がましい存在なのだ。

 

 ならばそれは現実ではないだろう。

 

 寝よう。寝ればきっと俺の知っている、あの沙条愛歌に戻っているはずだ。そう、そのはず。

 顔を見られたくなくて、背中を向けるようにしてベッドに寝転んだ。

 

 

「……寝る。血が無くなってるし、疲れてるみたいだ」

「そう。……ふふ、おやすみなさい」

 

 

 くすくすと見透かしたような笑みで見ているのだろう。地味に腹立つ。

 それから程なくしてリンゴを齧る音が聞こえてきた。きっと俺が残してしまった数切れを食べているのだろう。

 

 不意に口の中に甘さが戻ってくる。リンゴは美味しかったが、この甘さがそうでないことくらいは認めよう。悔しいが。

 

 横になるとやはり疲れていたのか、眠気はすぐにやってきた。睡魔に身を任せる直前、幼馴染様が何か言っているような気がしたが、よく聞き取れなかった。

 

 

 

 

 目が覚めてすぐ、完全に夜になっていることを確信した。窓から見える街並みが明るく、夜の暗闇の中で煌々と輝いている。

 

 東京の夜景は好きだ。なんというか、一人一人の物語が見えてくる気がして。だからこそ、あの幼馴染様をどうにかしなくてはならないと一人奮闘しているのだが。というかいつになったら俺の戦いは終わるのか。

 

 ここでうだうだ考えていても仕方なし、そろそろ出来るであろう夕食に間に合うためにも、居間に行かなければなるまい。

 ……顔を合わせづらいが、行くしかない。

 

 

「……あ」

 

 

 体を起こして気付いたが薄手のタオルケットがかけられていた。……これもファ〇リーズの匂いがする。『クランの猛犬の匂い』だ。

 こういう気遣いが出来るあたり、やっぱり基本性能は高い。

 

 ……ふむ。

 

 

「行きますかね……」

 

 

 ――絶望と希望と混沌渦巻く沙条家食卓(戦場)へ。




メルトリリス、メルトリリスが欲しいの……


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やろうと思えばそれこそいつまでも続けられるのですが、現段階の構想ではあと数話で終わりになってます。
長く読みたいという方が多ければ少し話の構成を変えて長くしようかな、と考えています

10/12 修整


 懐かしさを覚えながら廊下を進み、一階へと足を進める。本当に、久しぶりすぎて感動すらしている。来なくなったのは――うん、小学校を卒業してからというのは間違いない。情けない話だが、ここに来ているような時間もないほどに勉強しなければいけなかったのだ。

 

 下に近づくにしたがって包丁がまな板を叩く音、何かを揚げる音、それから、きゃいきゃいと楽しそうな声が聞こえてくる。

 

 食卓についているのは広樹さんのみ。どうやら二人は料理しているらしく、声は台所の方からしていた。

 昔来ていた頃と同じ椅子があることに小さく感動しつつ、それに座った。

 

 1900年代後半のこの時期にスマホなんて便利なものがあるはずもなく、無言で食卓を囲み、虚空に視線を向ける男二人という微妙な構図が出来上がっていた。

 

 ちら、と広樹さんの方に目をやるとあちらもこちらを見ていたらしく、二人して慌てて目を逸らす。何をやっているかって? 俺にも分からない。

 

 不意に広樹さんが口を開く。

 

 

「……その、なんだ。勉強は大変だろうが……たまには、顔を見せに来るといい」

「……はい」

 

 

 実際はそんな簡単な話じゃない。目指す地点の高さと地頭の悪さのために、俺は勉強量が必要なのだ。それはいっそのこと諦めればいいのでは? というような壁だが、誰よりも俺自身がそれを認めたくないのだから仕方がない。

 だからこそ、中学からはここに来ることなく、勉強をし続けたのだから。

 

 

「……積もる話もある。夕食が終わったら少し付き合ってもらえるか」

「まだ未成年なので飲むことは出来ませんが、お注ぎします」

 

 

 ちょうど会話に一区切りのついたそのタイミングで幼馴染様がリトルマイエンジェル綾香と一緒に料理を運んでくる。

 

 記憶にある小さな頃の綾香も可愛かったのだが、成長した今はより可愛くなっている。もはや可愛すぎて凶器になっている。なんてことだ、これでは世界中のロリコンに狙われてしまう。

 

 と、表情には一切出さずに考える俺の前で綾香が腕を広げ、所謂抱っこしてのポーズをとる。ああ、いいだろう。撫での時間だ。

 ファ〇リーズしてるから加齢臭も気にならないはず……!

 

 

「お兄ちゃーん!!」

「おーよしよし、久しぶりだなー。大きくなったなー可愛いなーうりうり」

 

 

 脇の下に手を入れて抱き上げ、力に気を付けながら抱きしめるとそのまま頭をわしゃわしゃと撫でてやる。可愛い。ほんと可愛い。

 

 

「あうあうあう……髪型がくーずーれーるー!」

「はっはっは」

 

 

 もう十一歳なのだ。時経つの早いよなぁ……俺もまたすぐにおっさんになるんだろう。今生では結婚出来るかも怪しいところだが、出来れば優しくて可愛くて料理が出来るファ〇リーズを欠かさない人がいいな。

 

 

「……ふぅ。そろそろ食べようか」

「えっ!?今の何だったの!?」

 

 

 綾香が愕然とするのを優しく撫でて誤魔化し、席に着く。

 隣に幼馴染様が座るが、なんでそんなに引き攣った笑みを浮かべているんだ……? なにか怒らせるようなことは……リトルスウィートプリンセス綾香か。やべぇ、死んだわ。

 

 表情筋を動かすことなく顔面を蒼白にした俺に構うことなく、広樹さんが手を合わせる。

 それに続いて二人も合わせたのに倣って俺も手を合わせる。

 

 

「ではいただくとしよう」

 

 

 その一言を合図に、夕食が始まった。

 

 

 

 

 ――意外にも、最後の晩餐は静かに終わった。流石は完璧超人の幼馴染様が作っただけあってそんじょそこらの料理店のものとは比べ物にならない味だった。

 

 

「彼とは二人きりで話しがしたい。……悪いが席を外してくれ」

「はい」

 

 

 ラブリーアワープリンセス綾香は不服そうだったが、幼馴染様に促されて上の階に向かう。

 俺の方も、俺の死が遠のいたことに安堵する気持ちはあるが、幼馴染様とはまた違った絶望がやってきていた。

 

 広樹さんがワインボトルと薄黄色の飲み物を手に台所から戻ってくる。

 

 

「……すまないが、うちにはこれくらいしかなくてな」

「あ、いえ。すいませんありがとうございます」

 

 

 どうやら果汁100%リンゴジュースのようだ。未成年者に対しての気遣いが出来る広樹さんは出来る大人。

 

 

「……」

 

 

 喉は乾いていないので目の前の飲み物には手を付けず、広樹さんの話を待つ。少しの間を置いて、ワインを呷ると口を開いた。

 

 

「……君は」

「はい」

 

 

 ワインを呷る。無表情は変わらない。

 

 

「……いつになったらお義父さんと呼んでくれるんだ……!」

「いろんな意味で無理ですよ! ていうかそれでいいんですか!? もっとこう、娘はやらん! とかあるでしょう!?」

「綾香はやらん!」

 

 

 よく見れば顔はほんのりと赤くなっており、酔っていることは明らかだった。広樹さんはやたらと酒に弱いのだ。

 

 

「愛歌と付き合っていられるのは君ぐらいなんだよ……! あの愛歌があれだけ心を許しているのは君以外にいない……! 分かったらさっさと結婚するんだ!」

「ほんと面倒くさいなこの人! あーほらグラス空いてますよ」

 

 

 グラスにワインを注ぐとすぐに呷る。弱いのになぜか飲むのは早く、それゆえ――

 

 

「うっ……!」

 

 

 ダウンするのも早い。

 口元を押さえるとトイレへと走っていく。昔のままならこのまま部屋に戻り、記憶が飛んだ広樹さんは朝に痛む頭を抱えて降りてくることになる。

 

 酒が入ると昔からそうだった。変な方向に振り切れた親バカというべきか、よく幼馴染様との結婚を勧めてきた。なんでなのかは未だによく分かっていない。

 

 

「あー、もう。片づけるの誰だと思ってんだあの人……」

 

 

 軽い苛立ちを飲み込むように、リンゴジュースを一気に呷る。焼けつくような熱さが喉元を通り過ぎた。

 

 ――すごく気持ちがよくなってきた。頭がふわふわする。暑くなったので上着を脱いで適当に放った。

 うん。いい感じだ。今までにないくらい気分がいい。ボトルは――シードルとかあるけどこれだろうか。色似てるしきっとこれだろう。

 呷る。ああ、今なら愛歌だろうがなんだろうが許せる。

 

 不意にドアの開く音がしたので顔を向けると、濡れた髪を揺らしながら、上気した顔の愛歌が入ってきたところだった。

 

 

「お父さんは……もう潰れたのね」

「多分、トイレ出て今は部屋で倒れてるだろうな。……まあ、座れよ」

「え、うん……」

 

 

 横に腰かけた愛歌の顔をじっと見つめる。金色の髪も、宝石のような瞳も、白いすべすべの肌も――すべてが愛おしい。

 

 

「な、なんかいつもと雰囲気が違うわ……」

「……そうか? 例えば、どんな風に?」

「え、ええと……うひゃあ!」

 

 

 脇に手を差し込んで持ち上げ、膝に乗せる。ひんやりとしてすべすべの愛歌の肌が気持ちいい。サラサラの金髪を弄びながら撫でる。

 

 

「ふ、ふぁぁぁぁぁ……」

「愛歌は可愛いな……食べたくなる」

「え、えええ!? それってまさか……!? こ、こんなところで!?」

 

 

 なんか喚いているが、うるさい口は塞いでしまうに限る。

 抱きすくめた愛歌の身体をソファに横たえ、上から愛歌の顔を覗き込む。ずいぶんと顔が真っ赤になっているが風邪だろうか。だとしたら不味い。温めてやらなければ。

 

 

「ああ、ごめんなさい綾香。でも選ばれたのはお姉ちゃんなの……! やっぱり釣り合いが取れてなきゃいけないわよね!」

 

 

 突然わけの分からないことを言い出したし、やっぱり塞ぐか。愛歌の小さな身体に覆いかぶさって再確認したが、こいつはやっぱり小さい。成長はしているのだが。

 

 

「え、大丈夫よね私。お風呂入ったし……あーー!! だめだめ、ちょっと待ってほんと待って!!」

「うぐっ……!」

「あ」

 

 

 

 

 ――突然の浮遊感。愛歌によって吹き飛ばされたのだと理解した直後、床に叩きつけられて意識が闇に溶けた。




今思ったんですけどこの主人公意識失うとか多いですね……


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日間ランキング入り、ありがとうございます!
これを機に愛歌教信者が増えるといいなぁ……

ひとまず、完結させることを第一にやっていこうと思います。
完結したら第二部みたいな感じで体中の水分が砂糖水になるような話を書いたりアンケートとった話を書いたり……という感じですかね。

活動報告の方でやっている長さと名前のアンケートに参加していただければ幸いです。


それから、今回はいちゃいちゃ分少な目です。

10/12 修整


 カーテンが全開となった窓から、自己主張強めの朝陽が差し込んでいた。その陽光は瞼の上から眼球を突き刺し、強制的に覚醒を促す。

 目を開けば見慣れた天井。……自室だ。

 

 何故か無い昨日の記憶と、痛む全身、それとは別枠の痛みを訴える頭。明らかに前日何かあったと思うのだが、いまいち思い出すことが出来ない。……多分幼馴染様関係だろうと思うのだが。

 

 

「う、おおおぉぉ……死ぬほど頭いてぇ……!」

 

 

 ダメージは甚大だが、それよりも抜け落ちた記憶の間に何が起きればこんな大変なことになるのかという疑問が大きい。

 とりあえず顔でも洗って来よう。あまりにも頭が働かないために思考もどこか纏まらない。本当に昨日何があったんだ……?

 

 洗面所に向かう途中でエプロンを着けた愛歌と出くわす。元々赤かった顔を更に真っ赤に変えて俯くと、消え入りそうな声で呟くように挨拶してくる。

 

 

「お、おひゃ……おはよう。その、ご飯出来てるから」

「あー、うん。……おはよう。悪いな、作ってもらって」

「う、ううん。全然いいの」

「それでも、お前には感謝してるんだ。それは分かってほしい」

「え、ええ。分かってるわ」

 

 

 エプロンを外して誤魔化すような笑みを浮かべるとそそくさと出て行ってしまう。少し不思議に思いながらも、面倒になったので頭から丸ごと冷水を被ると――

 

 

「うあああ……!」

 

 

 薄く靄のかかったような状態だった意識がはっきりとしたことで、昨日の晩の記憶を取り戻してしまった。

 なんという失態か……当初の予定通りに動くはずだった俺の計画は沙条愛歌だけでなく俺本人の手によっても破壊されている。いやもうほんと、あり得ないだろう……!

 あの流れは確実にキスをしていた。幼馴染様が拒否して俺を弾き飛ばさなければ今頃俺は大人の階段を上った後に死体へと変えられていたかもしれない。

 

 

「落ち着け……当初の目的を思い出せ。ああそうだ、俺は沙条愛歌と()()()()()()()()()()()。そうあらねばならない。ふぅ……よし、大丈夫だ。俺はいつもの俺であれる。よし」

 

 

 ――そう。全ての分野において俺という存在は対等でなければならない。あの完璧超人の背中を追うのではなく、下から見上げるのではなく。

 横に立って、対等な立場であると認めてもらえる存在でなければ、意味がないのだ。

 

 いつから俺の計画が狂ったのか。思えば、数日前からすでにその兆候はあったのだ。ただそれから目を背けていたのだろう。日常は変わらないと、このままで続くと信じたくて。

 そうだ。あれは確か――教室で襲われた前日のはずだ。

 

 

 

 

 沙条愛歌は結局、俺という存在があろうとなかろうとセイバーと出会えば覚醒して東京を滅ぼすのだろう。何気ない朝のひと時、ふとそんなことに思い至った。

 どこまでいっても俺という存在は脇役ですらないエキストラであり。沙条愛歌という存在に影響を与えるような、大した存在足りえない。

 

 ――故に、沙条愛歌の人生において俺は必要ないのだ。

 

 

「って、やばい。バイトに遅れる」

 

 

 不意に感じた胸のムカつきをコーヒーと共に流し。すぐにバイト先へと向かう。

 

 俺のバイト先というのは近くの喫茶店なのだが、シフトが被ることの多い大学生の人がいる。

 

 

「あ、おはよう。……ちょっと顔色悪くないか?」

「あはは……ちょっと寝不足でして。來野(きたの)さんこそ、最近忙しいとか言ってたのに大丈夫なんですか」

「大学の方は落ち着いてきたから大丈夫だよ」

 

 

 それがこの、二歳年上の來野(きたの)(たつみ)さん。こちらの気が引けるくらい人がいいので、申し訳ないと思いつつもよく頼ってしまう。その代わりというわけではないが、彼とシフトが被るときは本当に特別な理由がない限りは休まないことにしている。

 

 二人ともキッチンスタッフなので軽く雑談しながら仕事することが多いとか、歳が近いということとか、色々な理由が重なってなんだかんだ彼とは長い付き合いになっている。

 

 制服の確認を終えて厨房に入ったところで早速來野さんが話を振ってきた。

 

 

「そういえばラブレターの件はどうなった?」

「やけに食いついてきますね……」

「いや、だってラブレターとか初めて聞いたし……あ、悪い。プライベートなことなのに……」

 

 

 ラブレターの件、というのは数日前に机の中にラブレターが入っていた事件についてだ。

 内容はシンプルに告白。返事はいらないが、貰えるならば貰いたいとも書いてあった。結局、まだ俺はその差出人の女子生徒に返事を返していない。

 

 

「いや、そのへんは別に大丈夫ですよ。結局、返事はしてないままですね」

「え、それはだめだろう」

「……ですよね。うまい断り文句が思い浮かばなくて返事をしないままでもいいかとも思ったんですが、した方がいいですか……」

「相手の女の子の気持ちにちゃんと答えない、っていうのはあまりにも誠意に欠けると思うけどね。……もし断り方が思いつかないなら、他に好きな人がいる、っていうのはどうだろう。理由としては納得しやすくないか?」

 

 

 他に好きな人がいる、という言い訳は確かに使いやすいと思った。

 実際に好きな人がいるわけではないのだが――否、強いて言えばいないこともないが、別枠なので除外する――それゆえに使い勝手はいいだろうという判断。

 

 俺の計画の狂いは、すでにこの時点で始まっていたのかもしれない。




実は三万かけてメルトとリップを出した人←


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感想をくださるのはうれしいんですが、ガチャ報告だけ……というのはやめていただけると助かります。
当たって嬉しいのと自慢したい気持ちは私も痛いほど分かるのですが、そこをなんとかこらえていただければ……

ついでに今回大分きついです。砂糖を吐くための前段階なので超シリアス……!

10/12 修整


 善は急げ、という言葉もあることだし、相手の子も出来れば早く返事を貰いたいだろう、という判断から巽さんに相談した次の日――つまりは俺が沙条愛歌に襲われた日に俺は返事を返すことにした。

 

 差出人の生徒は同じクラスのちょっと可愛い感じの女の子だ。正直、前世であれば告白などされようものなら飛び上がって喜び、二つ返事で受け入れたところだろう。

 だが、小さい頃からずっと沙条愛歌という規格外の美貌を持つ少女と共にいたためか、心が揺れることもなく。それよりも沙条愛歌の傍を離れることのリスクの大きさが怖かった。

 

 だからこそ断ることに決めたのだが、前世でもそんなに人生経験を積んだわけではなかった俺が果たしてイマドキJKを傷つけずに振る方法を知っているとお思いだろうか。……答えは否。

 灰色の脳細胞を総動員して考えたがこれといっていいのが見つからず、悩んでいたところでの巽さんの提案だった。

 

 前日の晩に用意した呼び出しの手紙を机の中に入れ、放課後を待ち、あとは相手の生徒を待つだけ……と、思っていたところで予想外の事態が起こる。

 

 指定した場所にいるはずのない人物がいた時ほど怖いときはないよね、っていう。

 

 

「……なんでここにいるか、理由くらいは知りたいでしょう?」

「ああ、そうだな。なぜ俺がここに来るか……というより、なぜ俺がここに人を呼び出したことを知っているんだ、沙条(・・)?」

 

 

 呼び出した時間よりもちょっと早めに屋上に向かった俺の前に立っていたのは、いろんな意味で予想通りというべきか、沙条愛歌その人である。最近は話すことすらほぼなかったような関係の幼馴染様が一体この俺になんの用なのか。

 

 いつもの超然とした様子を崩さないなかに僅かな苛立ちの感情が見え隠れする。珍しく思いつつも、喧嘩腰の幼馴染様に触発されてこちらの表情も自然に険しくなる。

 

 

「本人が教えてくれたの。あなたに呼び出された、って」

「はっ……どうやって聞き出したのかは聞かないでおくが、これは俺と彼女との問題だ。沙条、お前が出てくる幕はない」

 

 

 俺のそんな言葉に幼馴染様の顔が歪む。怒りと、悲しみと、狂気を孕んだ表情。今にも東京を滅ぼしてやるとでも言わんばかりのその表情に、ずきりと胸の奥が痛んだ。

 だが、こればかりはどうしても沙条愛歌という人間が介在する余地のない問題だった。

 

 

「……そう。そうなるのね。これは()()()なかった。どうしても本当に知りたいこと(未来)だけは視えないものね」

「何の話か知らないが、そろそろ時間だ」

 

 

 その言葉に幼馴染様の肩が震える。

 ……俺は、何一つ間違っちゃいないはずだ。なのにどうして、こんなにも苦しいのだろうか。なんでこんなにも、泣きたくなるのだろう。

 

 やがてゆっくりと幼馴染様が俺の背後にある扉へと歩き出す。

 すれ違いざま、

 

 

「――あなたがそう来るなら、わたしもなりふり構わない。終わったら教室に来て」

 

 

 という一言を残して校舎内に姿を消した。

 

 結局、俺は何かを間違えたのだろう。どこで間違えたのか、何を間違えたのか、どうすれば良かったのかなんて分からない。前世でだってそう人間関係がうまくいっていたわけではなかったのだ。より複雑な今生において最適解を出せるわけがなかった。

 

 それでも。愛歌の目尻に溜まっていた液体は俺が望んだ結果ではなかった。何が間違っていたのかも分からないが、泣かせてしまったことを謝るべきだ。ちょうど呼ばれたことだし、教室に行ったらすぐに謝って、それで話をしよう。

 

 ……それくらいなら大丈夫なはずだ。

 

 

 そう決意して数分。パタパタと走る音が聞こえ、すぐにこの屋上へと通じる扉が開かれた。

 よほど急いで走ってきたのか、顔を真っ赤にし、息も絶え絶えにやってきた女子生徒は間違いなく、俺の待ち人である。……というか大丈夫なのかあれ。過呼吸になってないだろうか。

 

 しばらくしてからようやく呼吸が整ったのか、強張った表情をこちらに向けてきた。

 

 

「え、えと、その、ほんとに迷惑だとは思うんですけど……お返事を頂けるっていうことで、あの、もしダメでも全然気にしませんから!」

 

 

 そう言いつつも半泣きになっていく。非常に申し訳ないが、巽さんの提案どおりに振らさせてもらおう。……緊張の余り手汗が滲んできた。

 

 

「あー、その。結論から言うけど、さ」

「はい……!」

「……君と付き合うことは、出来ない」

「……っ」

 

 

 たった一言。それは女子生徒の心を抉り、すぐに涙を溢れさせる。直視することは辛いが、俺が招いた結果から目を背けていいはずもない。しっかりと、自分のやったことを焼きつけなければならない。

 

 

「……ぅ、ふぐっ、りゆう、きいても、いいですか……?」

 

 

 ああ。やはり来るか。

 

 

「まあ、その。実は、好きな人がいるんだ」

「っ……やっぱり、そうですよね。無理だろうな、っていうのは分かってたんです。それでも、この想いを伝えたくて……すみません、迷惑でしたよね」

「迷惑、ってわけじゃないけど……ごめんな」

 

 

 そう言うと泣きながら、それでも気丈に顔を上げて、必死に笑顔を作ろうとした。結果的には失敗して引き攣っているだけのものになったが、それを笑うことなど出来るはずもない。

 

 

「いえ、ちゃんと返事をくれただけでも充分嬉しかったです。愛歌さんとうまくいくといいですね……!」

 

 

 ――は? なぜ、ここで幼馴染様の名前が出てくるんだ?

 

 

「大丈夫です! 愛歌さんのことが好きなんだろうな、っていうことはみんな分かってますから!」

 

 

 いや、待て、おかしいだろう。どこから俺が愛歌を好きだなんて話が出てきた。そんなはず、あるわけないだろう。だってあいつはセイバーだけしか見えないはずで、根源の姫で、ラスボスで、そんなあいつを――俺が好きだって?

 

 否定しようと口を開くが、ひゅう、と息が漏れるだけで具体的な言葉を発することが出来ない。

 顔が物凄く熱い。赤くなっているだろうことは間違いなく、そんな顔を見られたくなくて手で覆った。

 

 そんな俺の様子に気付くことなく、彼女はボロボロ泣きながらお辞儀をした。

 

 

「本当に、ごめんなさい。それから、ありがとうございました」

 

 

 そう言い残すとすぐに走って屋上を後にする。

 

 あとに残されるのは、開けてはいけない箱の中身を見てしまったような、ずっと隠していたものを見つけたような、そんな気持ちを持て余す俺。

 

 

「……俺は、愛歌が好き、なのか」

 

 

 顔の熱さはしばらく引きそうになかった。




よっしこれであとは砂糖吐くだけの作業に戻れるぞ!


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やべぇ……この回で終わらせようと思ってたのに終わらなくてやべぇ……

このまま最終話書いちゃいます

10/12 修整


 顔の熱さが引いた後、理由が分からないながらも泣かせてしまったことを謝るために教室に向かう。こうして言葉にすれば簡単だが、そう出来るまでにどれだけの時間と労力がかかったかは言うまでもないだろう。

 

 あの生徒の告白を断った時間は永遠にも感じられるほどのものだったにも関わらず、未だ陽は高くあった。それだけ緊張していた、ということなのだろう。思い返せば、前世でも告白をされた経験はなかった。そりゃ緊張もするし、動揺するはずだ。

 

 呼び出された教室、というのは恐らく俺たちの教室だろう。三歳で出会ってからずっと学校は同じところだし、何故かクラスも大体一緒だった。……今更に過ぎる思いはあるが、おかしくね? 小学校から中学、高校とほぼ同じクラスとかありえない事態だ。

唯一、中学時代に一回だけ違うクラスになったけど……まあ、それにしてもだ。

 

 

「……っ、はは」

 

 

 なんて、誤魔化してみたものの。頭の中をぐるぐると駆け巡るのは、あの沙条愛歌を泣かせてしまったという罪悪感。あの女子生徒を振っている時でさえ頭を離れなかった現実。考えただけでこの心臓を抉り出したくなるような怒りが湧き出る、俺にとっての禁忌。

 

 結局のところ、『俺』という人間は沙条愛歌が好きで、好きで、好きで――狂ってしまうほどに、いや、狂っているほどに好きでたまらないのだ。

 それは、いい。この気持ちは、ずっと蓋をしていたこの感情は認めよう。けれども……知られるわけにはいかない。あの幼馴染様(・・・・)との関係はこれでいい。

 

 

「……ああ。これでいい。この気持ちは、俺が死ぬその時まで――」

 

 

 決意が完了するのとほぼ時を同じくして、教室の扉前に辿り着いた。考え事をしていたせいか、誰かとすれ違った記憶がないような……?

 まあ、気にすることでもない。あの幼馴染様が何をしたって俺は受け入れよう。流石に東京を滅ぼすのはやめていただきたいが、誰かに被害が行かないのであれば別に何をしようが構わない。

 

 ため息一つ。肺を空にしてもう一度空気を取り込んだところで扉を開けた。

 

 ちょうど西日が差し込んで橙色に染まった教室で、こちらに背を向けて立つその姿はまるで天使のように美しく、知らず顔に血が上っていく。

 

 必死に平常心と真顔を取り繕いながら、パンドラの箱からようやく解放された感情を押しとどめる。

 苦労しながら心を抑えつけ、まずは謝ろうと口を開いた。

 

 

「……沙条。その、俺には理由も分からないし、どうすれば良かったのかも分かっていない。それでも謝らせてほしい。沙条を泣かせたことは――傷つけてしまったことは、俺の所為だとは分かっているから……すまなかった」

 

 

 言っているうちに涙がこぼれたが、構わず頭を下げた。これだけは通さなくてはならないスジというものだ。

 しばらく下げていても返事がない。ああ、やはりな、と思ったところでくすくすという鈴の音の鳴るような笑い声がした。

 

 

「ふふっ……あなたはいつもそうね。頑固で、見栄っ張りで、怖がりで――なのに、蕩けるほどにお人好しで、優しい。……ね、頭を上げて? 全然気にしていないの。少しだけ傷ついたのも事実だけれど……それよりも嬉しいことがさっきあったから、もういいの」

「……そう、か。ありがとう。沙条はいつもそうだな。余裕で、超然として、絶対だ」

「そうでもないのよ? ただ、好きな人にはいつも見てほしい自分だけを見ていてほしいもの」

 

 

 不意に。振り返った幼馴染様が黒板の方に歩いていく。並んだ机の一つ一つを細く白い指先で撫でながら、踊るように。

 ああ、やはり妖精のようだ。であれば、やはり愚か者の前に現れた幻想(フェアリーテイル)か。愚か者には決してつかむことの出来ない、幻想の恋人。つまり二次元。

 

 こちらからは背中しか見えない幼馴染様の動きが止まり、何事かを呟く。

 

 

「むっ……心外だわ……やっぱり教科書(薄い本)の通り、攻めていくのが正解なのかもしれないわね……」

 

 

 なにやら不穏な空気を感じ取って後ずさろうとしたところで、幼馴染様はこちらに振り返り、後ろ手を組みながら接近してきた。

 

 

「ちょ、待て。何をするつもりだ」

「ナニをするって……決まっているわ」

 

 

 妖しい笑みを浮かべながら距離を詰めてくるのに対して、俺は後ずさっていく。

 そうして、ここが現在俺たち二人しかいないという事実を思い出し、絶望する。抵抗することはまずできないだろう。心はずっと抱きしめたいと、その先まで行きたいと願っていたのだから。

 

 だからこそ、その言葉が放たれたときに俺は反射的に答えたのだ。

 

 

「……ねえ? ここでシてみましょうか?」

「やめてくださいしんでしまいます」

 

 

 

 

 ――と、ここまでが前日までに起きた出来事だ。

 きっかけは、俺が告白されたこと。変化は、幼馴染様に対する好意を自覚してしまったこと、それから幼馴染様の行動の積極化。たった一日で世界は一変してしまったというわけだ。

 もう、沙条愛歌の傍に居続けることも難しい。まさかこんな形で役に立つとは思わなかったが、用意しといたのは正解だったといえるだろう。

 

 

「ん、とりあえずは東北の方に行こう」

 

 

 なんといってもリンゴの産地が近く、山も多い。隠れるにはうってつけと言えよう。

 親や巽さんには迷惑をかけてしまうことになるが――それでも。

 

 些細な仕草の一つ一つで、大きく流されそうになってしまう。その度に必死で抵抗しているが、正直もう持たないかもしれない。

 だってしょうがないだろう。好きなのだから。沙条愛歌という人物のすべてが、愛おしいのだから。

 

 それでも流されるわけにはいかない。この想いを知られるわけにはいかない。

 

 今まで必死に取り繕ってきた『俺』という人物は――どうしようもない、凡人であることを知られることだけは、耐えられない。




(ほんとめんどくせぇなこの気絶王)って思ったら仲間


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さ い し ゅ う わ

長くなりました。

書きたいから書いたっていうのが始まりではありますが、ここまで来れたのも読者の皆様のお陰です。
評価、感想をくださる皆々様方に心からの感謝を。

そして愛歌様という素晴らしいキャラクターを生みだした奈須きのこ先生と、蒼銀のフラグメンツで可愛らしい愛歌様を描写してくださった桜井光先生、中原先生に最大限の感謝を。

……prototypeノベルゲー化かアニメ化か、FGOでの愛歌様実装はよ(ボソッ

5/6 大幅に修正と加筆。


 東北の方に逃げる、とはいえまったく知らない土地ではどう動くかすらも決めることが出来ないので親戚がいる関係で何度か行ったことのある青森県に行くことにした。……青森の地方の方に行くと真面目に言葉が分からなくなるので気を付けよう。

 

 居間のテーブルに自分探しの旅に出ます云々と書いて通帳と印鑑を持ち、山籠もりするための装備一式を纏めたバックパックを担げばすぐに出れる。

 携帯電話なんてものはなく、ポケベルも俺は必要ないと言って持たなかった。数年もすればガラケーが出現し、スマホが市場を埋め尽くすことになるのだから無駄金だろう、と放置していたのだが正解だったか。

 ファ〇リーズは……一本だけ持っていこう。そんなに必要ない。

 

 ああ、そういえばロマン〇ング・サ・ガ2とか結局やる暇がないといって買わなかったな。すごく好きなのに。どうにかやれないだろうか。やれないだろうな。

 

 ……まあなんだっていいか。とりあえず愛歌から逃げられればそれでいい。『俺』という人間のどうしようもない部分が露呈する前に、彼女の前から姿を消すのだ。それで、終わりだ。

 

 

「まあ、なんていうか。ほんとどうしようもないな、俺」

 

 

 東北新幹線で東京から上野、上野から大宮、大宮から盛岡まで移動して……盛岡からは普通に電車か。まだ盛岡から八戸までは開通してない。

 盛岡まで行ったら一回安いホテルにでも泊まる感じで行くか。

 

 ああ。なんて、無様。

 誰よりも、何よりも好きな女性から逃げ出し、全て捨てて、山籠もりするだなんて。

 

 嗤える。こんな矮小な自分が沙条愛歌と対等であろうなんて――ましてや、その先を望もうだなんて。

 滑稽で哀れで、なんて……苦しい。

 

 

「よし。まずは東京から出よう。埼玉まで行かないことには始まらない」

 

 

 すっかり夜になり、暗くなった東京の町を歩く。やはり、夜の東京は好きだ。道行く人々それぞれの物語が垣間見える気がして。

 くたびれた感じのサラリーマン、疲れた顔のOL、徘徊している老人、パトロール中の警官、それから――

 

 一瞬で全身が凍り付いたように動けなくなった。いるはずがない、まだ動くはずがない、そう考えていたのに……どうして、なぜ。

 

 

「くそっ……!」

 

 

 その顔を見た瞬間に湧き上がる愛おしさと安心感。それらを上回る恐怖に歯が震えた。最も見つかりたくない、見られたくない相手に出くわした――!

 

 もはや後先は考えるまい。今はただ全力で逃げることだけを考えろ。

 

 

「待っ……!」

「お前だけは……お前にだけは、知られたくないんだよ……!」

 

 

 なりふり構わず走る。制止の声も、今にも泣きそうだった顔も、今まで後生大事にしてきたもの全てを投げ捨てて走る。

 

 ――ずっと彼女と対等にありたくて、全部頑張った。誰よりも何よりも、彼女に認めて欲しくて、血反吐を吐くような思いをしながらそれでも走り続けた。

 

 その結果手に入った、頑丈な身体と鍛えた筋肉に物を言わせて彼女から距離を取る。あまりにも重いためバックパックはさっさと放り捨てた。体は軽くなったが心はより重くなった。

 

 ――本当はずっと分かっていた。自分が凡人でしかないことも、きっと、彼女がそんな俺を認めないであろうことも。それでも諦めたくなくて、せめて傍にいたくて勉強を必死にして彼女と同じ高校に行けるように努力した。

 

 次第に呼吸は乱れて、走ることも出来ない。だめだ。アイツならこの程度、一瞬で追い付ける。どこかに身を隠さなければ。

 確かすぐ近くに廃ビルがあった気がする。ここらでは有名な『出る』スポットだが、そんなもの(幽霊)よりも愛歌の方が怖い。

 

 ――彼女がいつか出会うであろう男に、何一つ勝てる気がしなかった。彼女が違う男のものとなるなどと、認められるはずもなかった。だから狂った。どうしたら沙条愛歌の『特別』になれるのかと、がむしゃらにもがいた。

 

 

「……っは、げほっ、えほっ……」

 

 

 だめだ。後ろを確認するまでもなく、アイツは追ってきているだろう。根源接続なんてチート、ほんとふざけている。

 屋内に逃げ込んでしまったのが運の尽きかもしれない。逃げ場がないので必然、上へ上へと昇っていく。

 

 ――分かっていて。それでもなお、自分を騙しながら傍にいたかった。本当は理解していながらそれでも、沙条愛歌の一番になりたかった。

 

 階段を駆け上がり、時々転んで怪我をして、全身血まみれになりながら上を目指す。鍵の掛かっていない屋上に転がるように飛び出すと、大粒の雨が全身を強く打つ。

 

 ああ、くそ。こんなことならもっと――もっと、愛歌と過ごしていればよかった。

 

 

「……っ、すんっ……」

「けほっ、こふっ……流石に、根源接続者は違うな。ル〇ラでひとっ飛びか」

 

 

 いや、あれは街から街へと移動することしかできないか。

 全力疾走を続けたせいで熱くなった全身を、打ち付ける雨粒が冷やしていく。荒くなった息が整ったところで身体を起こす。

 

 どしゃ降りの雨の中、翠色のドレスに、安物のネックレスを付けた、いつもの格好の愛歌が立っていた。

 全身を雨水に濡らしながら、一度も見たことのないほどに、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。……また、泣かせてしまったのだ。

 

 もう動く気力もない俺にゆっくりと近づき、崩れ落ちるように縋りついてきた。

 

 

「……どうして? わたしはあなたなら、いつだって……!」

 

 

 そんな言葉が聞こえて。

 ついに、抑えていたものが溢れ出てくる。それは、嫉妬だったり、独占欲だったり、殺意だったりと、ありとあらゆる悪感情の数々。

 ずっと隠し続けた本音。

 

 

「……出来るわけないだろ、そんなこと……! ずっと怖かったんだよ! いつかお前がセイバーを召喚して離れていくんじゃないかって、本編の時間を通り過ぎたことなんてなんの気休めにもならない! いつ聖杯戦争に参加するのか、セイバーを呼びだすのか、そして――そして、恋をするのかって気が気じゃなかったんだ! 手に入らないなら、離れていくなら、深入りしないほうがいいじゃないか!」

 

 

 ――結局のところ。『俺』は頑固で、見栄っ張りで、怖がりなのだ。それが最善だと頑固になって、自分にすら見栄を張って、未来の可能性を怖がって。沙条愛歌を誰かに取られたくなくて、それでも勝てないと絶望して、離れようとして失敗して。

 

 

「俺はお前の可能性を知っている。最もなりえる可能性が高いであろう人生を、その結末を見た。だから怖いんだよ! お前の一番じゃないことが……お前の『特別』じゃないことが怖くてたまらない! ――ああ、認めるよ。俺は沙条愛歌が大好きだ、愛してる! この世の誰よりも、何よりも大事だ! 高々ブリテンのトップ張ってた程度のやつに奪われるなんて認められない!」

 

 

 なんて。もはや自分でも何を口走っているのか分からない。とんでもないことは言った気がするけど、大したことは言ってないような気もする。

 

 一回りして冷静になってしまった頭は状況を冷静に把握する。雨が止んで空が晴れてきたなぁ、とか、朝陽が上ってきてるわぁ、とか、雨で透けたドレスのお蔭で非常に眼福だとか。

 

 俯いていた愛歌に殴られた。

 次第にその殴るペースは速くなり、愛歌の肩が震えだす。……なんだろ、死ぬのかな、俺。聖杯戦争のこととかうっかり零しちゃったし。セイバー云々とか言いまくったから並行世界の記憶とか入ってきて恋するモンスター状態かもしれないし。

 

 

「うふふふ、あはははっ……ふふ、そんなことでずっと悩んでいたのね。でも、そうね。確かにちゃんと示さなかったわたしも悪いわ」

「え、なに。やっぱりバッドエンド?」

「ええ、そう。考えようによってはバッドエンドね」

 

 

 ああ、短き我が二回目の人生よ。やっぱり絶望しかないじゃないか。

 そんな俺とは対照的に、涙の跡こそ残しながらも、愛歌はくすくすと鈴の鳴るような声で笑っている。ああ、ちくしょう。やっぱり、こうでなければ。

 

 

「――ねえ、好きよ。どの世界線にもいないはずの、わたしだけの王子様」

 

 

 ――うん? 一体、どういうことだい? デッドバッドエンドでは?

 

 

「え、ちょ、はい……?」

「ね、もう一度聞かせて? あなたが好きなのは……一体誰?」

 

 

 俺の首をがっちりと掴んで固定し、完全に動けないようにした上でくすくす嗤いながら距離を詰めてくる。……ていうか力強いな!?

 抵抗しようにも、下手にしたら首が大変なことになるので動けない。

 

 もう知られてしまっていることだし、その辺諦めたからもういいや、と半分自棄になって言い放つ。ただ、顔を見ていうのはハードルが高いので目を全力であらぬ方向に逃がしながらになるが。

 

 

「俺が好きなのは……沙条愛歌、ただ一人だ」

「ええ。じゃあ結婚しましょう?」

 

 

 え。

 衝撃のあまり声も出ず、目を反射的に顔へと向けたところで。

 

 

 愛歌の唇が、俺のものと重なった。

 

 

 柔らかい。それと、甘い、ような。

 長く、長く口づけを交わしたことで酸素が無くなり、意識が朦朧とし始めたところで愛歌が離れる。

 

 名残惜しさを感じるが、この行動でようやく――遅すぎる気がしなくもないが――俺たちが両想いだということを理解した。

 

 つまり、今のは告白であり、プロポーズまでされたということであり……ということは先程のあれはそういうことで……

 

 

「あ、無理」

「ふぇ?」

 

 

 一瞬にして血が集まり、鼻血が噴き出す。大量の血液を失ったことで意識はすぐに闇へと溶けていく。

 なんとも情けないが、体質である。というか愛歌の方もそれを分かっていて俺が状況を理解する前にことを済ませた感がある。

 

 ああもう、ほんと、これだから根源接続者というやつは。

 

 

 

 

目が覚めたときにはいつの間にか自分の家のベッドに全裸で寝かされていて、ひょっとして今までのは全部夢だったんじゃないかとか、吐きそうになるくらいの恐怖に襲われた。

安心したくて愛歌の姿を探して、周りにいないことが分かった。

 

そもそも愛歌という存在そのものが夢だったんじゃないかとか、より最悪な方向に妄想が膨らんだところで、やけに体が重いことに気付いた。

 

 

「って、そんなとこに……ん?」

 

 

何故だか知らないが、愛歌は俺の下腹部を抱き締めるようにして寝ていた。……全裸で。

 

それを知覚した瞬間、過去にないような速度でもってシーツで包んだ。まだ心臓がバクバクいっている。

金色の髪、白い肌、緩くカーブを描く胸と、その先の……まずいまた気絶する。

 

なんてことをやっていれば当然起こしかねないわけで。

 

 

「んっ……ふぁ……」

「すみませんすみません、まじすみません、見る気はなかったっていうか、見ようと思っていた訳じゃなくて、いや、そりゃ多少は俺も男だから見たいと思ってたけど、いざ見るとなるとちょっと心の準備的なものがですね……」

「それじゃあ、準備が出来るまではおあずけね。お酒の力を借りてもいいのだけど……やっぱり最初はちゃんとしたいじゃない?」

「やっぱり起きてやがったな! ちくしょう、俺の純情を返せ!」

 

 

やっぱり分かっててやってやがった! ドキドキしてたこっちの身にもなれよ! ええい、やっぱり『幼馴染様』で十分だろう。

 

 

「……むぅ。わたしが恥ずかしくないとでも思っているのかしら」

「恥ずかしいならより一層やめとけよ!? おかげで朝から大変なことになりそうだったじゃないか!」

「そうね、その……大変ね」

「おいやめ、どこに手を伸ばして、ちょっ、あひぃ」

 

 

寝起きで大変なことになっていたものが更に大変になっていたのが触られて大変なことになっている。もはや俺も何を言っているのか分からない。

というか、その前にやらなきゃいけないことがいくつもあるだろう。

 

 

「お父さんに報告、とか?」

「そういうの、済ませてからじゃないとダメだろう。……っと、そうだ。言わなきゃいけないことがあったんだ」

「……?」

 

 

どうしてもこれだけは言わなくては気が済まない。俺の行動で起きた結果は、きちんとケジメを付けなくてはならないものだ。

 

 

「お前から逃げようとして、悪かった。それから、また泣かせてごめん」

「――ふふ。やっぱりあなたは変わらないのね。頑固で、見栄っ張りで、怖がり。でも、それを上回るくらいお人好しで、優しい。そんなあなたが好き……いえ、大好き、ううん、愛してる!」

「なっ……」

 

 

唐突に抱き付かれてキスを見舞われた。長く、深く、強く、絶対に離さないとでもいうようなそのキスに、意識が飛びかけながらも応える。

 

――全身どこもかしこも柔らかくて、すべすべで、温かくて。誰がどう見てもただの女の子なのに、根源の姫で、絶対無敵で、恋するモンスターで、半ゾンビで、ファ○リーズ様という恐ろしいもので。

 

それでもなお、俺は沙条愛歌という少女が大好きなのだった。




つ”ぁーお”わ”っ”だぁぁぁぁぁー!!!
本当に色々ありがとうございました。日間三位とか、一位とか、本当、なんていえば良いのかもう……!(ブワッ

あ、すいません二日くらいお休みください。寝たい。

あ、あと結局一度も玲瓏館の人々を出していないことに気付いたんです……!
あとで優遇してやろうへっへっへ……

話数少ないんである程度ご指摘いただいたりしているところを修正しつつ、エピローグと閑話からの第二部スタートというコンボを始めるよ!

なんかもうだいぶ情緒不安定ですが、ありがとうございました!これからもよろしくお願いします!



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リクエスト閑話:姉妹喧嘩、第三者編

二日休みをくれといったな?あれは嘘だ

現在活動報告にて閑話リクエスト募集中です。
出来る限り書くつもりではありますが、ひとまずは十件分のリクエスト消化して第二部行こうかと。


 ずっと、一緒にいるものだと思っていた。

 気が付いた時にはいつも一緒で、構ってくれて、優しくてかっこいい、お兄ちゃん。たまに面倒くさいときもあるけど、基本的にはお人好しの私のお兄ちゃん。

 それがまさか――

 

 

「……ふ、ふふ。綾香?そろそろ離れましょう?お兄ちゃんが困ってるわ」

「……ぷいっ」

 

 

 まさかバカお姉ちゃんに取られるとは――!

 大体お兄ちゃんは分かっていないのだ。このお姉ちゃんが絶対無敵超人ってよく言ってるけど、それはお姉ちゃんのダメダメなところを見ていないからだ。

 

 そう、例えば。お兄ちゃんが見ていないところでは油断しまくりだったり……知り合いから借りたらしい薄い本を読んで、きゃーきゃー言いながらごろごろ悶えたり……そのせいでベッドから落ちてしばらく悶絶してたり、といったお姉ちゃんの裏の顔を見ていないからそんなことが言えるんだ。

 

 

「ふ、ふふふふ……綾香がそういうつもりならこっちにだって考えがあるんだから……!」

「おまっ、馬鹿!その名状しがたい触手のようなものをしまえ!」

「うーっ!バカお姉ちゃんのバカ!変態!」

 

 

 絶対に――絶対にお兄ちゃんは渡さないもん!

 やりあうつもりなら綾香パンチが火を噴くよ!

 

 

「うっ……へ、変態って……そんなわけないでしょー」

「バカお姉ちゃんが薄い本を――」

「わあああ、やめて、やめてぇぇぇ!お姉ちゃんが悪かったから!」

 

 

 お兄ちゃんの膝の上は渡さないもん。

 というか、お兄ちゃんの隣も渡さないもん。六歳差なんて最近じゃ普通ってこの前テレビで言ってたし!

 

 

「……はぁ。愛歌、後で思う存分構ってやるから。抱っこでもあすなろ抱きでもなんでもしてやるからちょっと落ち着いてくれ……」

「えっ、なんでもいいの!?」

 

 

 ……納得いかない。お兄ちゃんは最近になってバカお姉ちゃんのことを甘やかしすぎだと思うのだ。お蔭でどんどんダメになっていく。

 

 

「むぅ……!」

「あーはいはい。綾香は可愛いなーほれほれ」

 

 

 頭をわしゃわしゃされる。結構乱暴に頭を撫で繰り回されるけど、この時はバカお姉ちゃんのことじゃなく、私のことだけを見ていてくれるから好きだ。基本的にお兄ちゃんはお姉ちゃんのことばっかり見ているけど、私だっているのだ。そういう『オトメゴコロ』への配慮がちょっと足りていない。

 

 

「うぅ……綾香が最近冷たいし、さりげなく酷い……」

「それはお前の自業自得なんじゃないか……?って、ちょ、分かった、分かったから揺らさないでくれ!」

 

 

 お姉ちゃんじゃなくて、私のことをもっと見てよ。という無言のアピールは成功し、頭を撫でる手つきもちょっと優しくなる。

 

 ――本当は分かっている。お兄ちゃんからは相手にされていないことも、お兄ちゃんがお姉ちゃんのことをすっごく大好きだっていう事も。

 それでも、『どんなに分が悪くても諦めなければどうにかなることもないことはない』って本人が言ってたわけだし、諦めなければいつかお姉ちゃんから取り戻せると信じて。

 

 今はお兄ちゃんの膝の上を占領しておくくらいにしておこう。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

裏校内新聞 vol.200

 うちの高校に公式カップリングがいくつか存在することは周知の事実だ。この新聞ではそんなカップルたちを取り上げてきたが、記念すべき200回目のため、アンケートで数の多かったカップルについて取り上げる。

 

 今回取り上げるのは男同士の方ではなく、そういったことに関しては珍しい男女のカップルである。生暖かく見守る会というのが出来ていたりするくらいには有名かつ特殊なカップルであり、あまりにも進展がなさすぎるがゆえに先生方からも逆に心配される異例のカップル――沙条愛歌とその幼馴染、気絶王だ。

 今日は、そんな二人の一日を追っていきたいと思う。

 

 朝。幼馴染ということもあって二人は同時に登校してくることがしばしばある。しかし、電車内で会話をすることはない。素知らぬ顔でただ手を握るだけである。周りの人々は胸やけしたような表情で駅に着くのを待つという地獄。これが素で行われるのだからたまったものではない。

 

 登校後。同じ教室に入っていき、隣り合っている席に座る。この時も会話はないし、流石に手も離している。だが、身体の距離はかなり近く、傍に近寄りがたいオーラが出されている。無言なのにも関わらず呼吸の間隔というか、そういったものが通じ合っているのだ。

 

 授業中。これは流石に大人しくしているかと思えば、そんなことはない。この場合は消しゴムを落としたり鉛筆を落とした時にまた無言でイチャつくのだ。

 基本的に、というか毎回そうなのだが、沙条愛歌が気絶王の落とした消しゴムやらを拾って渡す時に軽く手を握ったり、薄く微笑んだりするのである。……余談だが、男がどこに落としても黒い影のようなものが動いたかと思うと、落ちたはずの物が手に握られているのはどういうことなのか。

 

 昼。基本的にこの二人は屋上で食べることが多く、吐糖の被害にあう生徒は少ない。だが、居合わせた生徒はみなブラックコーヒーを買う羽目になる。

 気絶王は毎回沙条愛歌お手製の弁当を食べている。この時ばかりは無言ではなく、味などの感想を言いながら、熟年夫婦の如きまったり感を作り出す。食後はベンチに並んで座り、軽く雑談をしていることが多い。偶々屋上に来てしまった生徒が悔しげな表情で帰っていった。

 

 放課後。と、いっても電車で帰っていくまでの様子しか確認できないのだが。この時も無言で、しかし手を握りながら電車に乗る。これが雨の日なんかになると、駅までの道を相合傘をしながら帰っていくのだから始末に負えない。外を歩くときはさりげなく気絶王が車道側を歩いたりするなど、小さな気遣いが所々で見られた。

 

 ……今回はこの二人についての記事第一回目なのであまり多くは調べられず、また深く調べようとすると意識を失ったり記録が消えていたりと謎の現象が多発したために、調査を断念したが、もし次回のアンケートでも彼らが一位となったならば、より深いところまで調べていきたいと思っている。

 

 最後に――信じられるか?こいつらこれで付き合ってないんだぜ?




記事の方はまだ気絶王が告白されてない頃です()


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リクエスト閑話:セイバー評価、ハッピーカルデアライフ

多くのリクエストありがとうございます!
明日からまた月曜ですね……

カルデアライフは軽くさわりだけですまない……
続きは次回の閑話でやりますが、それはリクエストの分に含まないから安心してください。


 ――それは、ずっと燻っている不安。彼女の一番になったのだという実感はあれど、永遠に消えることのない影のような恐怖。ふと目を離した隙に離れてしまうのではないかという妄想を加速させる唯一の人。いや、厳密には人ではなく英霊という存在なのだが。

 

 

「……で、ぶっちゃけセイバーのことはどう考えているんでしょうかね、愛歌さんや」

「ああ、セイバーね……ほとんどのわたしが恋をする、あの輝く人……」

 

 

 晴れて沙条愛歌の『特別』になれたとはいえ、後々になってセイバーと出会って恋に落ちて……なんて、そんなことだってあり得るんじゃないかと怯えていたのである。基本的に俺は、怖がりで悲観的なのだ。しかしいつまでもそんなままでいられない、ということで思い切って愛歌に聞いてみることにしたのだ。

 

 もしこれでセイバーの――アーサー・ペンドラゴンのことを好きだとか言われてしまった日には落ち込む。そんでもって泣く。

 

 

「そう落ち込まないで。わたしにとっての初恋の人は――他でもない、あなたなのよ?」

「……そうだといいんだが。それはそれとして今一度聞くが、結局セイバーのことはどう思ってるんだ?正直に、ちゃんと答えてほしい」

「ん、ふぅ……そうね……」

 

 

 膝に乗せた愛歌の小さな身体を、後ろから抱きしめて撫でる。最近はこれくらいの接触にも動じなくなってきた。顔が真っ赤になるのは許してほしい。血が上りやすいのだ。

 

 

「まず、容姿なのだけれど……正直、セイバーの方が好み……かもしれないわ」

「ぐふっ……」

 

 

 ああ。知っていたさ。俺はイケメンというほどじゃない。前世と比較すればよくなっている気がするけど、それでもあの騎士王に敵うはずもない。

 髪を弄びながら先を促す。もうちょっと伸ばしてポニーテールとか、似合うかもしれない。

 

 

「んー、考えさせて欲しいな。それから……あれ?それくらいしか考えるところがないかもしれないわ」

「いやいやいや、もっとあるんじゃないですかね。性格がどうとか、もっとこう、色んなところあるでしょうよ」

 

 

 突然の天然発言に驚きつつ、愛歌の手を握る。すべすべしてて小さく、ひんやりしてて気持ちいい。

 

 

「難しいわ……だって、わたしが直接会ったことのない、ただ並行世界の記憶を見ただけなのだけれど、優しい人なのは分かったの。でも、わたしを全部受け入れてくれなかったし、それに――それに、最後は裏切られてしまうの」

「あぁ……そういや」

 

 

 そうでしたね。

 彼は結局、綾香の方を選ぶのだ。裏切られてしまうか、出会わないかという世界が大半だったであろう。いや、いくつかはセイバーと結ばれる世界というのもあったのかもしれないが、そんな並行世界を見てまったく悲しまずにいるはずがないのだ。

 

 ――強力な力を持っていても、愛情が振り切れていても、世界を犠牲にすることを厭わなくても、その心はただの女の子なのだから。

 

 思わず、ぎゅうと抱きしめる。

 

 

「そう考えたら、いつも傍にいてくれて、わたしだけを愛して、全部受け入れて、抱きしめてくれて――裏切らない。そんなあなたを好きにならないはずがないでしょう?」

「何度か泣かせてしまったけどな……」

「それは別だけどね」

 

 

 ……よし。

 

 

「今度、どこか出掛けようか。そうだな……東北、は……ちょっとやめて、南の沖縄とか行ってみよう」

「へ?……その、それはすごく嬉しいのだけれど、今どうやって……?」

「内緒。思考を読ませないように日々努力してきたのだよ」

「むぅ……」

 

 

 とりあえず。この可愛らしい幼馴染様との楽しい思い出でも作っていこう。セイバーの入る余地のないくらいに、深く、多く。

 それが重なればきっと、いつかセイバーの影に怯えることもなくなるだろうから。

 

 この幼馴染様が悲しまないように、これからもずっと――

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――何を間違えばこうなるのだろうと思ったことはあるだろうか。俺はある。めちゃくちゃある。それはもう、毎日思うくらいにある。

 人生というのは不思議なもので、愛歌に告白をされた(した)日から月日は流れ、なんの間違いか俺は――英霊となっていた。

 

 人理焼却というもののせいで世界が滅んでしまったために、それを救おうとする組織、カルデア。そこに残された唯一のマスター、藤丸立香によって喚びだされた。

 

 

「――サーヴァント、セーバー。召喚に応じ参上した。ああ、俺の方は役に立たないからそのつもりでいてくれ。なにせ、正真正銘一般人だったのだからな」

「……ええと、セーバー、ですか?セイバーじゃなく?それに……一般人?あ、と、すみません!俺は藤丸立香っていいます!」

「ああいいよ別に。俺自身は尊敬されるような輩じゃない。あと、セイバーじゃなくて、セーバーね。ここ間違えないように。……まあ、説明するよりも見せたほうが早いかな……」

「あれ……召喚していないはずなのに勝手に召喚が……!?」

 

 

 普通の少年のようなマスターでよかった。これがもっと傲慢な感じのやつだと愛歌虐殺ウィップが速攻で血を吸うことになっていた。まあ、そうさせないための俺なのだが。

 

 

「――サーヴァント、ビースト。セーバーを追って参上したわ。……ええ、彼のためならなんだってするわ」

「……と、まあ喚ばれてもないのに勝手について来ちゃったわけだが、こいつが俺の嫁で、俺が座に登録された理由的なあれね」

「ええと、とりあえずその、真名は……?」

「俺は……他にいないだろうしセーバーでもエキストラさんでもなんでもいいよ。こっちは愛歌。沙条愛歌ね。ところでここ男のアーサー王とかいたりする?」

 

 

 その問いに藤丸君は首を傾げながらも頷いた。そっか、いるのか……そうか。

 複雑な気持ちはあれど、この時期には乗り超えたものなので動揺は一瞬だ。

 

 

「まあいいか。とりあえず――これからよろしく、マスターくん」

「はい!よろしくお願いします!セーバーさん、沙条さん!」

「ええ、彼が――セーバーがいるなら力を貸すわ。それ以外は興味ないけれど、気が向いたら……このマナカ虐殺ウィップで蹴散らすわ」

 

 

 そう言うと、愛歌は名状しがたい触手のようなものを出す。藤丸くんは露骨に顔を引き攣らせた。周りの人たちもちょっと引いた。

 それからこいつをどうにかしてくれという目でこちらを見てきた。

 

 そういう感じでいくつか不安こそあるものの、カルデアでの生活にはすぐに慣れることが出来そうだ――




AD.1993 根源暴走都市AOMORI

 それは、修正しなくとも人理には影響しないはずの特異点。通称、亜種特異点と呼ばれるものだった。
 それでも見過ごすわけにはいかない、とカルデアのマスターである藤丸立香は頼れるサーヴァントたちと共にレイシフトを行った。

 その先に待ち受けていたのは、穴という穴から砂糖(上白糖)をこぼし続ける、ゾンビとなった住人たちの変わり果てた姿だった……!

 混乱と恐怖に襲われるカルデア一行の前に現れたのは白く染まった狂気の街にそぐわない
、常識と良識を兼ね備えた青年。彼は自らをエキストラと名乗り、カルデア一行を導く。
 紆余曲折を経て、彼らは青年がセーバーのサーヴァントであることを知り、この特異点発生の原因でもあることを知る。
 そして迎えた最終決戦。痴情のもつれ的なアレでビースト化してしまった沙条愛歌はセーバーのキスの一撃であっけなく陥落。

 特異点は修正され、世界は平和となるのであった……


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リクエスト閑話:ハッピーカルデアライフ(後)

美沙夜、綾香視点は第二部とかでやらせてください……
正直美沙夜の言葉遣いとかどうすればいいのか迷って仕方ないんです……

それから、感想で指摘された原作についての記述が足りないっていう件はそんなに足りてなかったですかね……?
あんまり書いても原作見る気無くすかなとか考えてたんですが。

そんでもってカルデアの話は長くなったので一話分まるまる使っちゃいました。
それでも足りないからカルデアネタはこれからちょいちょいやる感じでお願いします


 セーバーがカルデアに召喚されてから一週間ほどが経った。ここでは彼がどういう英霊なのかを知るためにも、日常生活の様子を纏めたいと思う。

 

 ちなみに一週間の間の出来事と言えば、実力の確認ということで行った黎明の手(イクラ)狩りでセーバーの与えるダメージが二桁行くか行かないかくらいだったということや、その後にセーバーが反撃を食らったことで切れた沙条愛歌が例の触手(愛歌虐殺ウィップ)で跡形も残さずに消滅させたことくらいか。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 現在セーバーは――気絶王は、半分死にかけの状態で走っていた。

 

 

「そもそも、えいれい、だから……きんにく、なんて、つく、はず、ないだろ、って、ふつう、きづく……!」

「セーバー殿!筋肉に不可能はないのです!」

「うぼぁ」

 

 

 事の発端は、イクラ狩りを見ていたスパルタ王、レオニダス一世の一言によるものだった。

 

 

『ふむ、どうやらセーバー殿には筋肉が足りていない様子!どうです、これから私と共に筋肉の邁進に勤しむというのは!』

『……まあ、鍛えなきゃ愛歌の隣に立つことも出来やしないだろうし、な。いいよ、やろうか』

 

 

 と安請け合したセーバーは絶賛後悔している最中だった。生前は完璧超人である幼馴染の隣に立つべく全てを頑張り続け、身体もかなり鍛えていたが……そもそも戦闘向きのサーヴァントであるはずがない。

 

 

「くっそ、やすうけあい、するんじゃ、なかった、うぷっ……!」

「(とは言いつつも、ここまでずっとついてきているとは……)」

 

 

 どれだけ辛くても相手と対等であろうとする性質は、もはや無意識的な行動となったために、相手がレオニダス王であろうと決して置いていかれまいとして努力してしまう。

 これが正直に言えばレオニダス的には意外であった。マスターならば途中で諦めるなり、最初から拒否するのだが、このセーバーは顔をこれ以上ないくらいに歪めながらも諦めずにずっとついてきているのだ。

 

 

「……あひぃ」

 

 

 セーバーの限界に達し、ついに倒れた。もはや意識は彼方へと飛んでいるだろう。気絶王の異名は伊達じゃない。

 それでも、その並外れた、というかバカみたいな根性とかはスパルタ王にしっかりと通じ、それからも度々鍛錬に誘われては気絶しているという。

 

 スパルタ王との地獄のような鍛錬を終え、気絶していたセーバーは医務室で目を覚ました。目を開けてすぐに、心配そうに覗き込んでいる愛する妻――沙条愛歌の姿を認識した。

 

 

「……あぁ、もう少しで追い付けそうだったのに」

「余り無茶をしないで……?いつでも、なんでも、誰でも――対等にあろうと努力するところはあなたのいいところよ。けれど……あなたが傷ついたりしたらわたし――」

「……俺としては君の隣で――欲を言うなら前に立って守りたいと、そう思っているんだけどな」

 

 

 セーバーの言葉に遮られたために聞こえなかったが、沙条愛歌ならばやりかねない大変なことを言っていた。全魔神柱にも匹敵する危険性を孕んだ(ビースト)がいることを、マスターはまだ知らない。

 

 体調が戻ったセーバーは立ち上がると、沙条愛歌を伴って退出する。セーバーがさりげなく右腕を差し出して腕を組むと、カルデア内部の長い廊下を進み――

 

 

「ん、誰か前から来てるな。……なんか見覚えがあるよう、な……」

「あら。やっぱり、あなたもここに召喚されていたのね――セイバー」

「……愛歌!?どうしてここに!?そんなはずは……!」

 

 

 蒼銀の鎧を身に着けた騎士――アーサー・ペンドラゴン。沙条愛歌からはセイバーと呼ばれる青年だ。その端正な顔立ちには驚愕がありありと浮かんでおり、次第に厳しいものへと変わっていく。

 

 

「……まさか君の方からこちらに来るとはね。隣の彼が誰かは知らないが――人理焼却の手伝いをしに来たのなら、悪いが容赦も手加減もなしだ」

「――ああ。視たものなんか比べ物にならないわね。とてもキラキラして、力強くて、まるで王子様のよう。けれど…やっぱり、私はあなた(セーバー)がいいわ。わたしが欲しいと、大事だと思えるのは、やっぱりあなた(セーバー)なの」

 

 

 思っていた反応と違うことで困惑するアーサーとは別に、沙条愛歌はセーバーの腕を強く抱きしめ、解放する。それでようやく意識を取り戻したかのようにセーバーはゆっくりと動き出す。

 ふらふらと、夢遊病患者のような動きでアーサーの目前に立ち、じっくりとその顔を眺める。

 

 

「え、と……君は、一体……?」

「――うん。なるほどな」

 

 

 若干引いているアーサーのことなど顧みずに、いきなり何か一人で納得する。そして突然崩れ落ちた。

 

 

「無理だよもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!なんなの、なんでこんなイケメンなの?ふざけてんの?こんなイケメンで強くて優しくて?不条理だろまじで!こんなん勝てるわけないじゃん、チートじゃん、チーターじゃん!!やり直しを要求する!!」

「……もー、セイバーのせいでいじけちゃったじゃない」

「ええ!?僕のせいなのか……!?」

 

 

 自分の顔を見て勝手に何か納得して、絶望して、いじけて、蹲り顔を覆ってしくしくと泣いている目の前の青年の状態が、アーサーにはあまり自分のせいだとは思えなかった。ついでに自分の知っている沙条愛歌という存在と余りに違うために、目の前の沙条愛歌が本物なのかと色々疑ってしまう。

 

 

「むぅ……確かに、あなたの知る沙条愛歌(・・・・)ではないけれど……確かに沙条愛歌(・・・・)であることは変わりないわ」

「それは一体……いや、待てよ。もしそうなら、君は……確かに僕の知らない(・・・・・・)沙条愛歌だ」

 

 

 二人が話している間にもさめざめと泣き続けるセーバー。ちょっと特定のことになるとweakでクリティカルを自動で食らうことがある。現在もダメージ的には消滅寸前の状態だ。

 

 

「彼は……一体?」

「どの私も出会うはずがなかった人。この私だけが出会った――私の、旦那さん」

「――そう、か」

 

 

 厳しい顔を緩め、少し苦笑を漏らすと、アーサーは目の前で泣き続ける男を慰めにかかった。結局その全てはセーバーの心を抉るものとなったのだが。

 余談だが、これからしばらくして(主にセーバーの側の)蟠りが解けたことで、セーバーとセイバーで飲むことがしばしばあったという。

 

 時間が来てしまったために今回はここまでとさせていただく。

 次回からは彼らの起こした事件などを取り扱っていきたいところである。アーサー王とセーバーの関係性などについても調べていきたいところだ。

 

 

 

 

 ――最後に一つ。所構わずイチャつくせいで口の中がザラつくという人が続出してナイチンゲールさんの手がいっぱいになっているんですが?




王様ーズとかとの話なんかはまたいずれ


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リクエスト閑話:巽先輩、JK綾香の奮闘

美沙夜は難しい……綾香も難しい……氷室はもっと難しい……

そういえば、オリ主の容姿を長らく考えていなかったのですが、脳内イメージのものに近しいキャラを一人挙げるとすれば『グリザイアの果実』の主人公の風見雄二なんかは結構イメージに近い感じですかね。
ほんの少し目つきが悪い青年っていう感じが私の中でのオリ主像になってますね


 俺は愛歌と付き合うことになったわけだが、告白の件について関係している人は女子生徒の他にもう一人いる。先の一件では非常にお世話になった恩人、來野さんである。

 來野さんとはしばらくシフトが被っていなかったのだが、愛歌と付き合い始めて、数日経ってからようやく同じ日のシフトとなった。

 

 いつも通りに裏口から入り、制服に着替えて厨房に入る。今日もまた客はほとんど来ていないようだ。……いつも思うがこの店は大丈夫なんだろうか。客が入っているところを見る方が少ないのだが。

 まあ、でも。そのお蔭で目を輝かせた來野さんに話をすることが出来るのだから感謝……とはまた違うが、ラッキーくらいには思っておこう。

 

 

「こんにちはっす。すっごい興味津々ですね……」

「あ、と、ごめん!いや、そんなつもりはなかったんだけどさ……やっぱり気になっちゃうっていうか……」

 

 

 そういえば、前世の高校生くらいの時は、俺も友人に彼女が出来たらそれを茶化したりしていたものだ。今となっては普通に祝福の感情しかないのだが。

 軽く作業がないか確認しつつ、來野さんの興味に応える。

 

 

「言っていた通り、告白してきた子は振りました」

「ああ……やっぱりか。それじゃあ今も彼女はいないんだな」

 

 

 それはそう思うよな。当然の反応なのだが、思わず苦笑が漏れる。

 

 

「いえ、彼女は出来ました」

「えっ……あれ、振ったん、だよね?」

「はい」

 

 

 來野さんの顔が分からない、という思いを全面的に表現していた。台を拭く手が止まっている。……少ししてから手がもう一度動き出した。

 

 

「でも、彼女は出来た……?」

「ちゃんと順を追って説明しますよ」

 

 

 簡潔に説明するなら……ずっと好きだった幼馴染がいて、色々と問題があって告白できずにいたのが、告白されたことがきっかけとなってより親密になり、最終的に告白して付き合うことになった、という感じだろうか。

 概ねそんな感じの説明をしたところ、來野さんは顔を輝かせていた。こういう純粋なところは子供みたいで面白い。

 

 

「すっごいなそれ!まるでアニメみたいだ!」

「……そうかも、しれないですね」

 

 

 アニメ――か。

 ああ、確かにアニメか何かのようだ。本当に、そう思う。

 

 

「――俺なんかより、來野さんはどうなんですか?彼女とか、作らないんですか?」

「うぐっ……そんな簡単に言ってくれるなよ……俺だって出来るもんなら欲しいよ……」

 

 

 しまった、と思ったが來野さんの表情は軽いものだった。むしろ、緩いと言ってもいい。何かがあることは間違いなかった。

 

 

「來野さん、なんかあったんですか」

「いや……実は、さ。最近外国人の女の子と仲良くなったんだよ。中東って感じのすっげぇ可愛い子でさ。手を握るとかは許してくれないんだけど、話してると楽しいっていうか、落ち着くっていうか……」

「……その人と、うまくいくといいですね」

「あ、はは……」

 

 

 ――ちょっと引っ掛かるところこそあるものの、來野さんの幸せそうな顔を見てしまっては何か言う気もなくなる。というか何か問題だった気がしないでもないのだが、もう記憶に残っていない。

 

 ……うん。何か起きそうだったら愛歌に頼ることも視野に入れておこう。

 

 來野さんには今まで何度もお世話になっているから、出来れば事件に巻き込まれるとか、そういったことは防ぎたい。

 そんなことを思いながら來野さんと雑談しつつ、作業を進め、仕事を終えて帰宅する。

 

 

 ――この時は考えもしていなかったが、すでに事件は起きていたのである。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 氷室鐘の友人の一人、沙条綾香はちょっと――いや、かなり頭がおかしい人物である。

 例えば、野草に関して並々ならぬ想いを抱いていたり、青汁をやたら勧めてきたり、未来が見えたり……実の姉の恋人を寝取ろうと真剣に画策していたり、だ。

 

 蝉名マンションの一室。わけあって入居者がいなくなってしまったそこに、二人の姿はあった。昼間でも薄暗い部屋の中、恋する乙女の会議は粛々と行われるのだ。

 

 

「やはり、いい加減諦めるべきではないのか?」

「氷室さん……私たちは友達、そうでしょう?」

「友人ならばなおのこと止めると思うのだがな」

「細かいことは置いといて。大丈夫、今回からは強力な助っ人も用意しておきました」

「助っ人だと……?」

 

 

 立ち上がった綾香がどこかに向かうのを見てそこはかとなく嫌な予感を覚える氷室だが、許嫁探しを手伝ってもらったこともあって、あまり強く拒否することも出来ない。

 

 

「私とこの――玲瓏館美沙夜が組めばあの邪知暴虐のバカお姉ちゃんからお兄ちゃんを取り返すことが可能になるはず」

「ええ、今回は綾香の口車に乗ってあげる。お兄様を取り戻すためにはまず沙条愛歌をどうにかしなければいけないもの」

 

 

 氷室は困惑した。まさか友人の沙条綾香以外にも、色々伝説を残しているあの(・・)沙条愛歌から恋人を奪おうなどと頭のおかしなことを考える輩がいたとは。世間は広い。

 

 

「むぅ……汝には世話になった恩もある故、仕方ない。考えるだけは考えてみよう」

 

 

 まずは、相手の情報を手に入れることからだ。戦いとはまず相手を知り己を知ることから始まるのだから、(戦争)もそのセオリー通りに動くべきだろう。

 伝説の片割れ――気絶王、血吹王、鼻血王、色々な通り名を持つ彼の情報は驚く程すぐに、多く集まる。

 

 曰く、体育の授業で女子を見ても無反応だったのが沙条愛歌を見た瞬間に倒れた。

 

 曰く、周囲には紳士的な態度で応じるものの、沙条愛歌に対してだけはいつも顔を真っ赤にしていた。

 

 曰く、沙条愛歌を追いかけるためだけに全ての面で努力して、終ぞ沙条愛歌を超えるものこそなかったものの、ほとんどの分野で二位という位置にあった。

 

 曰く……沙条愛歌の身体にしか反応しない。

 

 

「……やはり無理があるのではないか?」

「諦めなければどうにかなることも、ないことはない……ない……」

「……そうね。諦めなければ、きっと……」

 

 

 唐突に涙を流し、抱き合う二人にこいつら面倒くさいなとか思っていた氷室だが、二人の手から零れ落ちた写真を拾い上げ、全てを察した。

 

 件の沙条愛歌と、その恋人がどこか外国らしき風景を後ろにして満面の笑みで写っている写真だった。

 二人の手にあるということは……まあ、そういうことなのだろう。

 

 ため息を一つつくと、しばらくは二人を放置しておくことに決めた。決して対応が面倒とか、そういうわけではない。……ないったらない。




口調とか違和感があれば教えてください
具体的にどうすればいいかとかも教えていただけると直しやすいです


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リクエスト閑話:愛歌様アピール集、楽しい学校生活

日間入りありがとうございます!

一時期百件ほど溜まっていた感想返しもほぼ終わり、ほっと一息ついていたり。
流石に気付いている方もいると思いますが、基本的に返信するっていうのがポリシーです。
だから百件も溜まってた時は目が死にましたね。うん。

と、余談はここまで。

とりあえず、一度今回で閑話を区切り、第二部:愛歌潮流に入りたいと思います。
それに伴って活動報告の方で取らせていただいていたアンケートの方も、締め切らせていただきたいと思います

……だいぶ溜まってるからネ

今回長くなりました。いつもの二倍くらいです


 晴れて付き合うことになった二人だが、その関係の進展の裏には愛歌の並々ならぬアピールと努力があったのである。

 中学時代から疎遠になり始めたことに、沙条愛歌は実に危機感を覚えていた。心を読むことをしていなかったこの頃の愛歌は至って純粋な恋する乙女であり、このままではどこの馬の骨とも知れぬ輩に奪われてしまうかも分からない、と一念発起したのである。

 ……これは、そんな沙条愛歌の努力の数々の記録だ。

 

パート1:良妻アピール

 

 さて、一念発起したはいいものの、具体的にどうやって男の心を奪うかという方法までは考えていなかった愛歌は悩んだ。いかな全能の叡智とて分からぬことはあるのである。

 

 そうして思いついたのが、良妻アピール――すなわち、お弁当を作ってあげるというものだ。

 とある日の昼下がり、二人の姿は沙条家一階にあった。小学校卒業を果たし、この春から中学生になり、それが原因の一部となって疎遠……とまではいかずとも、一緒にいる時間が圧倒的に減るのだが、それはまた別の話である。

 

 

「――それで、あなたってあまり自分のことを語りたがらないじゃない? 好きな食べ物とか、味付けとか、分からなかったものだから、とりあえず色々作ってみたのだけど……ちょっと、多かったかしら」

「いや、別にそれは問題ないんだが……いきなり弁当? なんで?」

「ええと、その……花嫁修業の一環で、お義母様に教えていただいているの。お義母様からは高評価をもらったけれど、やっぱり実際に食べてもらわないと分からないことってあると思うの。その、思ったままのことを言ってもらえると、嬉しいな」

「なんか悪い気もするが……ありがたい。中学から弁当なんで少し困ってたんだ」

 

 

 少し困ったように笑いながら、男は目の前の弁当――五段重ねの重箱を開いた。

 

 和洋問わず様々な料理が所狭しと詰め込まれていながら、見た目の美しさもこだわられたもはや弁当というのかすら怪しい、一種の芸術作品となっている。

 

 男が少し躊躇いながらも口に運び、静かに顔を緩めた。

 

 

「……その、どう、かしら?」

「うん、美味い。本当、毎日食べたいくらい美味いよ」

「そう……!」

 

 

 ……余談だが、このあと良妻アピールをしようとしていたことを結局忘れ、食べてもらうことに夢中になる。

 それから毎日弁当を作っては良妻アピールすることになるのだが、それもまた別の話である。

 

パート2:色仕掛け

 

 良妻アピールだけでは、件の鈍感王を落とすには至らないと感じた愛歌はさらなる一手を講じた。

 ずばり――色仕掛け、である。

 

 曲がりなりにも年頃の乙女である愛歌としては恥ずかしいが、それでもやらずに彼の心がふらついてしまっては危険である、と思い立った。

 計画は単純。風呂に入っている最中に乱入するというものだ。

 

 

「……ええ。落ち着きなさい、わたし。身体は全然問題ないはず……!」

 

 

 いざ。恋する乙女が覚悟を決めて風呂に入った――!

 

 

「うん? ……って、ああ。愛歌か。なんでこっち来てるのかは知らないけど、一緒に風呂に入るのは久しぶりだな。……? そこで固まってないで入ってくればいいじゃないか。寒いだろ?」

「……え、ええ。そうね」

 

 

 中学に上がったばかりの愛歌嬢の身体は形容するならば、つるっすべっすとーん、という感じであり、男の方の精神年齢が老人に入りかけていることもあってかそういう目(性的対象)としては見ていなかった。

 

 というか見られたら犯罪なのだが、そうとは知らない愛歌嬢の心に少し傷が入った。大人になった時に見返すことを誓いながら同じ湯船に浸かるのみとなるのであった。

 

パート3:当たって砕けろ

 

 心に決して浅くはない傷を負い、半分自棄になった愛歌はキレた。あの男を何としても照れ、もといデレさせんと決意し、策も何もなく、正面突破することにした。

 すなわち――告白である。

 

 もちろん恋する乙女愛歌嬢にとって多大な覚悟を必要とする行動なことは言うまでもないのだが、先日の一件で傷ついた愛歌様はご乱心なのだ。

 

 荒ぶった心を表すように、扉を荒々しく押し開けた。完全に正気を失った状態である。

 

 勉強をしていたらしき男の様子に構うことなく、堂々と言い放つ。

 

 

「好きよ、結婚しましょう!!」

「ん、そうだな。俺も好きだよ、愛歌。結婚しようか」

「……え、あ、はい」

 

 

 愛歌様完全敗北の瞬間である。

 これにも実は裏があり、男がこの年頃の少女の言うことをほとんど信用していなかったということがこの冷静な対応を引き出したのだった。

 とはいえ、そんな裏を知らない愛歌嬢は完全に照れ、顔を真っ赤にして逃げ帰ることとなった。

 

 無論、愛歌のアピールはこれだけではないのだが、高校生になるまではまるで効かないのであった。

 逆に言えば、高校生になる頃には完全に意識し始め、照れるというかデレるというか、そういう感じになるのだが……

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

Side気絶王

 

 付き合い始めたところで、学校生活なんてものに変化があるはずもない。

 相変わらず俺は勉強し続けなければならないし、愛歌だってそれを分かっているからイチャつくなんてそんなことはない。

 

 

「ごめんね、待った?」

「いや、全然。行こうか」

 

 

 手を差し出し、愛歌の小さな手を握りしめて駅へと向かう。

 ……ふむ。

 

 

「髪、大分長くなったな」

「ええ、そうね。もう少しで、あなたの好きなポニーテールも出来そうよ」

「いや、俺が好きってわけじゃ……ないこともないけど」

「ふふっ」

 

 

 見透かされている。

 気恥ずかしさを隠すように顔を逸らした。……付き合い始めてもなお、俺は愛歌に敵わないようだ。いや、分かり切ってるんだけどね?

 

 駅に着き、電車に乗ったら流石に周りに迷惑がかかるので会話は無くなる。ただ静かに手を握って立ってるだけだ。

 

 三駅ほど移動し、降りて駅から高校までは歩いて向かう。

 

 

「結婚、いつしよっか」

「ぶっ」

「わわっ」

 

 

 唐突にそんなことを言われたら噴き出すだろう。

 

 

「……とりあえず、二人で生活できるようになるまではお預けだ」

「えー」

「俺だって、早く愛歌と結婚したいけど。まだ大学にも行ってないし、仕事なんてどうなるかも分かってないんだ。子供だって二人は欲しいって言ってたからお金はかかるわけだし。……そう考えたらまだ俺が定職にもついてない今から結婚するのは危険すぎるだろう」

「え、えと、その、うん」

 

 

 よく分からないが、突然顔を赤くして俯いた愛歌と一緒に校舎内に入る。流石に不純異性交遊とか疑われるのは困るので手は放したが。

 

 そのまま教室に入って適当に挨拶をしつつ、席に着く。これまで三回の席替えがあったが、くじ引きで手に入れた席は全て愛歌の隣だった。……これまで俺の運がすごいのかとか思ってたんだが、今思えば愛歌が何かしていたのかもしれない。

 

 そこからは授業なので何かあるはずもない。ただ、周りが砂糖でも吐きそうな表情をしていたのがちょっと気になったくらいか。

 というか、昼休みだって変わったことはない。飯を食べるだけだし、午後の授業が変わったことがあるはずもない。

 

 

「……あ、愛歌。帰りスーパー寄っていこう。牛乳が切れてたはずだ」

「え? ああ、そうね。それなら、夕食の材料も買っていきましょう?」

 

 

 そんな会話をしつつ、帰宅する。

 まあ、今日の学校も変わるはずもない。日常なんて、こんなもんだ。

 

 

Side愛歌

 

 晴れて付き合い始めて、変わったことは驚く程に少ない。

 けれど、その少ない変わったことが大きい。

 

 

「ごめんね、待った?」

「いや、全然。行こうか」

 

 

 差し出された手を握って学校に向かう。

 思考は読まない。偶に気になって見てしまう時もあるけれど、それはそれ。

 

 

「髪、大分長くなったな」

「ええ、そうね。もう少しで、あなたの好きなポニーテールも出来そうよ」

「いや、俺が好きってわけじゃ……ないこともないけど」

「ふふっ」

 

 

 今の気持ちくらいは覗かなくても分かる。

 気まずくなったり恥ずかしくなったときに顔を逸らしているところは前から変わらない。それから、わたしに合わせて歩く速度を遅くしてくれているところとか、さりげなく車道側に立っているところとか。

 

 時折手を弄びながら駅まで歩いて、到着したら前と同じように黙って電車に乗る。

 三駅の距離だけど、ずっと顔を見つめていられるのは楽しい。

 

 駅から出たところで、ふと思いついた。

 

 

「結婚、いつしよっか」

「ぶっ」

「わわっ」

 

 

 突然噴き出したことでわたしも驚く。

 しばらくしてから気恥ずかし気に頬を掻きながら、それでも誠実に答えてくれた。

 

 

「……とりあえず、二人で生活できるようになるまではお預けだ」

「えー」

「俺だって、早く愛歌と結婚したいけど。まだ大学にも行ってないし、仕事なんてどうなるかも分かってないんだ。子供だって二人は欲しいって言ってたからお金はかかるわけだし。……そう考えたらまだ俺が定職にもついてない今から結婚するのは危険すぎるだろう」

「え、えと、その、うん」

 

 

 ……前に言っていた子供のこと、覚えていてくれたんだ。

 些細な日常会話で言っていた程度のことだけれど、それでも覚えていてくれたことに胸が温かくなる。

 

 校門まで来ると手を放されてしまう。

 学校の規則もあるから仕方がないのだけど、少し残念。

 

 教室に入って彼の隣にしている(・・・・)席に着く。これまで三回の席替えがあったけれど、もちろん魔術でちょっと細工をさせてもらった。

 授業は聞く必要がないので、頬杖をついて彼の横顔を眺める。……まつげ長いな。

 

 昼休みはいつも通り屋上で弁当を食べてもらう。今ではほぼ完全に彼の好みを把握して、初めて作る料理でも好みの味付けで作れるくらいになった。

 

 午後の授業も基本的に彼の横顔を眺めて過ごし、放課後になったらまた一緒に帰る。

 帰ろうと荷物を纏めていたところで、彼が声を上げた。

 

 

「……あ、愛歌。帰りスーパー寄っていこう。牛乳が切れてたはずだ」

「え? ああ、そうね。それなら、夕食の材料も買っていきましょう?」

 

 

 今晩もこっちに寄って食べていくのは聞いてるから四人分ね。

 その後は……ふふ。

 

 なんて想像をしながら手を繋いで一緒に帰宅する。

 もう離れないように、離さないように、強く、強く握って。

 

 

 ――もう逃げられるとは思わないことね? ……なんてね。




作業BGMに橋本みゆきさんの『初恋パラシュート』『夢見るままに恋をして』を流しつつ書いてます

ところでキアラなんてアルターエゴはうちのFGOにはまだ実装されてないみたいです
……デミヤは宝具4になりましたが


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第2部 (愛歌様の恋愛)戦闘潮流


第二部ということでまた1からスタートです。
なんか気絶王を応援してくれる方がいるみたいで結構嬉しかったり

今回ちょいちょい過去と現在の時間軸が入りまじってるのでちょっと読みにくいかもしれません


 窓から差し込む光に刺激されて、目が覚める。

 体感ではあるけれど、まだ五時前だと思う。朝食を作るならちょうどいい時間。

 

 

「ん、ふぅ……」

 

 

 身体を起こして窓の外を見ると、想像通りまだ完全に朝陽が昇っているわけではなかった。とはいえそう時間に余裕があるわけじゃないから、早く支度を済ませてしまわないと。

 手早くパジャマから着替えて、サイドテーブルに乗せてあった宝物――安っぽい、というか実際安物なのだけれど――ネックレスを首にかける。必要ないことはもう分かっているけれど、それでも一応更に魔術で保護しておく。万が一にも壊れることのないように。

 

 

「ふふ……」

 

 

 サイドテーブルに立ててあった写真に目が留まり、思わず笑いが零れた。今考えればあの頃のわたしはなんてもったいないことをしていたのだろう。

 もっと早く彼に恋していれば、と思う。けれども、あれでよかったような気もするのだから、我ながらおかしくなってくる。

 

 写真に写っているのは小さい頃のわたしたち――小学生の頃の、笑みを浮かべながら彼を警戒するわたしと、まだ可愛い顔に小さく笑みを浮かべた彼。

 この頃は……本当にずっと一緒に居たし、ずっと話していた。いつだって手を握っていて、周りにからかわれたこともあった。残念ながら当時のわたしの中にあったのは今も胸の内に迸る愛ではなく、仄かな恋心でもなく。

 

 

 ――この得体の知れない男の正体を暴かねば、という恐怖心だった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――わたしの人生は、『わたし』という意識が目覚めてからずっと未来の光景と共にあった。より正確に言えば、未来が視えていた。

 「」に繋がっているために未来視が出来た、というのがもっとも正確なところだろうか。

 

 それはともかく。この意識が発生してからというもの、わたしは未来視で視たとおりの日常生活を送った。全ての出来事は既知のもので、未来視によって測定したとおりのレールを辿るだけ。感動も喜びも怒りも悲しみも苦悩も憎しみもなく、他のすべての人間(イキモノ)に価値を見出すこともない、単調で、無意味な毎日。

 でも、機械的なそれはある日唐突に、終わることとなった。

 

 

「……え?」

 

 

 ――ノイズ。いつもなら鮮明に見えるはずの未来は大きなノイズに阻まれ、見ることが出来なくなっていた。おかしい、そんなはずはない、と色々試してもノイズは消えず、断片的な、もはや未来視とも呼べないような情報しか得られなくなっていた。

 原因が分からない。理由が判明しない。理屈が理解できない。

 

 

「うそ、嘘、そんなはずは……!」

 

 

 視えない。明日はどうすればいいのか分からない。どう動けば(生きれば)いいのか、正解がぼやけている。

 そうして、わたしは怯え、恐怖した。歯の根がガチガチと震え、涙が零れ、体に力が入らない。ベッドの中でがたがたと震えながら、わたしは明日がどうか来ないようにと願った。

 

 怖い、怖い、怖い、怖い……!

 ――ああ、分からない(視えない)未来がこんなにも怖いだなんて……!

 

 胎児のように縮こまってそんなことを考えているうちに、意識は闇へと溶けていった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 未来視を奪われただけ、と今なら落ち着いていられるけれど、あの頃のわたしは事実無力な子供だった。だからこそ、未来視がうまく作動しなくなった程度で大きなショックを受けた。

 

 

「……うん。これなら大丈夫そうね」

 

 

 彼と綾香の好きなサニーサイドアップの目玉焼き。家族でターンオーバーが好きなのはわたしとお父さんだけだ。

 

 ちょうど六時くらいでいい具合。綾香を起こしたら、彼を起こしに行かなくては。……と、その前に軽くだけ。

 

 

「よかった、今日も良好ね」

 

 

 問題のない、二人の一日が視えた。片時も離れず、ずっと一緒に居る。それだけのことでもひどく安心する。

 未来視が使えなかったあの頃はあの頃で彼に大事なことを色々教えてもらって、未来視を必要としなくなったけど……彼を好きになってからは彼が明日(未来)に存在していることを確かめたくて使うようになっていた。

 

 

「んー、これは流石に……怪我しそうだものね。なんとか(排除)するべきかしら」

 

 

 恋する乙女……というか、もう妻になったようなものだから、夫を想う妻でいいかな。とにかく、女の子にはやることがいっぱいある。

 

 彼の身に直接危険が迫っているなら、どんな方法を使ってでも護らないといけないでしょう?

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 目が覚めたわたしはすぐに未来視を使おうとしたけれど、ノイズはさらに酷く、もはや一時間先の出来事すらあやふやになっていた。

 先が分からない、ということはわたしから気力を奪い……ベッドから動くことも出来なくなっていた。

 

 

「……愛歌、隣の方が挨拶に来ているから、早く降りてきなさい」

 

 

 下の階からのお父さんの声。

 何が起きるのか分からない恐怖を抱えながら、なんとか寝間着から着替えて下に降りる。お父さんは玄関に立って誰かと話していた。

 

 お父さんが気付いてこちらに振り返る。ここまでは視えていた未来。

 でも、ここから先は――

 

 

「ん、来たか。愛歌、挨拶を」

「……沙条、愛歌です」

 

 

 教えられたとおりの仕草で挨拶をして、目線を前に向けて……固まった。

 少し長めの黒髪、黒目、わたしと同じくらいの年齢の少年。驚愕の表情を張り付けてこちらを見ている彼の顔が真っ赤になっていく。

 そして、鼻血を噴き出して倒れた。

 

 慌てる彼の両親と、お父さんとお母さん。

 そんなことが気にならないくらい、わたしは彼に意識を持っていかれていた。

 

 彼を見た瞬間、未来視の視界は完全にノイズに覆われ、真っ暗になってしまった。彼の心を覗こうにも、なぜか彼の心はノイズに覆われて覗くことが出来ない。

 

 

 

 

 ――間違いなく、この人間(イキモノ)がノイズの原因だった。




愛歌(このノイズの原因を排除しなくっちゃ……!心も読めないなんて……何を考えているのか分からなくても〇す方法はいくらでも……!)
気絶王(めっちゃ可愛い女の子だなー幼馴染にこんなかわいい子とか人生勝ち組じゃん。……ん?沙条、愛歌?なんか聞き覚えが……!?うっあたまが)


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壁|(´・ω・`)つ 本編


壁|(´・ω・`)コソコソ


壁|`) ピャッ

10/12 修整


 気絶した彼はすぐに病院に運ばれていき、検査したところ頭に血が上りやすい体質で鼻の血管が弱いことが分かったのだという。血が上りやすいから気絶しやすく、血管が弱いからすぐに血が噴き出す。

 とはいえ、それは頭に血が上るようなことがあればという状況にのみ限られるし、そこまで怒りっぽい性格でもないからそう何度も起こることでもないということらしかった。

 

 

「らしい、らしい、って……あなたのことではないの?」

「いや、そうなんだけどさ。自覚がないんだよ、これが」

「そういうものなのかもしれないけれど……まあ、あなたのように惚けた男はそうでしょうね」

「ひどいなぁ……」

 

 

 あれから数日。未だにノイズは消えず、完全に未来は真っ暗になったまま。彼がなぜ未来視を妨害できるのか、どう見ても一般人のはずの彼になぜこんなことが出来たのか、わたしはそれを知る必要があった。

 彼を殺したところでまた同じような人間(イキモノ)が現れる可能性もある以上、下手に消すのではなく、どういうことなのかを理解することが一番だと考えてのこと。

 

 だからこそ、わたしは彼から一秒たりとも目を離すわけにはいかないのだ。

 幸いにして彼の方からわたしに寄ってくるから監視はしやすい。

 

 そう考えながら監視を始めて、居間でずっと絵を描いている時間が続いている。

 

 

「……それ、何の絵なの?」

「うん? ……ああ、これ。象だよ、象。いや、われながらうまく描けたと思うんだ」

「致命的なまでに絵が下手ね、あなた」

「えっ」

 

 

 そもそもその五本目の足みたいなそれは……尻尾なの? 太すぎて足にしか見えないし、多分牙なのだろうけど、白いそうめんのようなものが顔から生えている。

 

 ――彼には絵心というものが欠如していた。

 彼が象と言ったものの隣には、混沌とした妖怪みたいなナニカがいくつも量産されている。ある種の芸術性すら感じられるほどに、下手だった。

 

 いえ、そういうことを知りたいのではなく。

 いっそのこと直接聞いてしまった方が早いのかもしれない。

 

 

「結局、あなたは未来視を妨害して何がしたいの?」

「未来視? なにそれ、手〇治虫の作品に出てきた?

魔法使い〇リーとかなら俺は全く分からないんだけど」

 

 

 ……そう。そう来るのね。

 あくまでも知らないそぶりを取り続ける、と。なぜだかここでウィップ(触手)を使っては負けな気がした。

 

 

「……そうね。例えば、あなたに未来がずっと視えていたとして。突然視えなくなったらどう思う?」

「はあ、未来か……実際に視えてるわけではないから、俺には正確に分かるわけじゃないけど、それなら……まあラッキーだったと思うかな」

「――へ?」

 

 

 ラッキー? 幸運? 不幸でも、理不尽でも、怖いでもなく、ラッキー?

 ……いえ、そうよ。だって彼には実際に視えていたわけじゃないもの。それなら、その答えだって出てくるかもしれない。

 ええ、そうよ。そうに違いない。

 

 

「……へ、へえ、そうなのね。惚けているあなたらしい、抜けている回答ね。……ちなみに、理由は?」

「相変わらずひどいなぁ……だって、先の分かっている物語なんて、本当に好きなものでも無い限りは面白いと思わないだろう? 未来だって、何が起こるか分かっているなら楽しさなんてないだろうし。勝手に視えていたものなら視えなくなったのはラッキーかなって」

 

 

 ――そんなはず、あるわけないでしょう!

 と、叫ぼうとしたはずなのに、口は動かない。

 

 気持ち悪い(怖い)気持ち悪い(怖い)気持ち悪い(怖い)

 どうして分からないということの恐怖を、この人間(イキモノ)は理解していないのか!分からない。わたしには目の前の人間(イキモノ)が理解できない。ただひたすらに、悍ましい。

 

 ――ああ、だめだ。これ以上この人間(イキモノ)といると、わたしは何か取り返しのつかないことになってしまう。……殺せ。殺さなければ。

 触手を使って殺し(壊し)、その存在を抹消しなければ――!

 

 

「――明日がもしも見えてしまえば、人は夢を描くこともなく生きるでしょう」

「っ……何なの……!」

「と、いう言葉というか歌詞があって。確かにその通りだと思ったんだ。未来が分かってるんだったら夢なんて見ないだろう? いや、もちろん寝てる時のあれじゃないよ?」

「夢……」

「あと、ほら。分からない(未知)っていうのは楽しむものだし。何が起きるか分からないから、色々楽しいんじゃないかな、うん。……あ、でも明日いきなり宇宙人と知り合って最終的にお気に入りのTシャツに穴が空いたりしたら嫌だな」

「楽、しむ……?」

 

 

 彼は一人でちょっとよく分からないことを言いながら、紙にまた混沌を創り出していく。そういわれて見れば、その下手な絵も今初めて見たからこそ下手だとか、気持ち悪いといった感想が浮かんでいるのかもしれない。今までのわたしなら、一度見た光景で、わたしの人生には全く影響を及ぼさないからとなんの感慨もなく流していたかもしれない。

 

 ……灰色のスライムのようなものを描くと、隣に肌色のスライムを描く。本当に何を描いているのかさっぱりだ。

 

 

「――そういえば、あなたの言っていた先を知っていても楽しめる物語って?」

「個人的には、ロビンソン・クルーソーとか、十五少年漂流記とか、宝島とか……その辺かな」

「ふふふ……見事に冒険小説ばかりなのね」

「……別に、いいだろう? いくつになっても楽しめる小説だよ、あれらは」

「ええ、そうね」

 

 

 未来視を素知らぬ素振りで妨害してくるような、酷い人。分からない(未知の)ことを恐ろしくないだなんて、言ったときは気持ち悪さすら感じたけれど……こうして話してみて、ようやく目の前の少年が分かった気がする。

 

 ……ほんの少しだけれども。




そういえば、催眠ボイスに最近嵌っているんですが、どうしても催眠状態になれないんですよね。
トランスにうまく入れないみたいで。……残念だ。


それとはまた別なんですが、最近本当暑いですよね
こうも暑いと、柄でもないんですがストロベリーのアイスとか、食べたくなりますね


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もう今日の更新はないだろうと安心した読者さん方の心の隙間を突くような更新……!

10/12 修整


 扉を静かに、そっと開くと想像通り彼は未だに夢の世界に旅立っていた。何の夢を見ているのか気になるけれど、自重、自重。……たまに覗いてしまうのはご愛敬、で許してほしい。

 

 

「ん……愛歌……」

「! ……ふふ」

 

 

 寝ている彼の口からわたしの名前が出ただけですごく嬉しい。例え先ほど未来を視た時に視えていたとしても、知っていても――心の底から温かいものが溢れ出てくるような感覚がする。

 

 

「う……こんにゃくで人を殺すなって……」

「一体どういう夢なの!?」

 

 

 あなたの中でのわたしは一体どうなっているのかしら。

 やるなら愛歌虐殺ウィップでやるのだけど。

 

 

「……もう。起きて?」

「ん、んん……? 愛歌……こんにゃくは、射撃武器じゃないぞ」

「一回顔を洗ってきましょう……ね?」

 

 

 全く、もう。

 やっぱり覗いておくべきだったかしら。

 

 

「あ……これ」

 

 

 ベッド脇に置かれている、一冊の本。

 何回も何回も読んでいるせいで大分ボロボロになっている、彼のお気に入りの一つ。昨日は金曜日――つまりはフライデーということ――だったから、それで思い出したのかな。

 

 ――先の分かっている物語なんて、本当に好きなものでも無い限りは面白いと思わないだろう?なんて、言ってはいたけれど。

 それにしたってこれだけ好きっていうのも珍しい。

 

 

「そういうわたしも、人のことは言えない……と」

 

 

 少なくとも、未来視で視た未来通りになったとしてもなお一喜一憂するくらいに、心を持っていかれてしまっているのだから。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――未来視が使えなくなって数年。わたしたちは小学校に入学した。

 その間にあったことと言えば、わたしに妹……綾香が出来たことくらいで、その他に目立ったことはない。

 それでも未知の未来、分かっていない明日というのは新鮮で、楽しいとか、悲しいとか、人並みの感情というものをようやく得た。――そういう意味では、ようやくわたしは人間になれたのではないかと思う。

 

 

「ひゅー、ひゅー、ひゅ……こふっ」

 

 

 そういえば、気付いたことが一つあった。未来視の光景に走るノイズが僅かに減っていた、ということ。

 今までが真っ黒になるノイズなら今の段階のはテレビの砂嵐のようなノイズというか……結局、見えないし、見るわけじゃないことに変わりはないのだけど、それでも変化があったというのは、少しうれしい。

 

 

「ぁ……こひゅ……」

 

 

 ……わたしのすぐ後ろを走る彼の、今にも死にそうな声が聞こえてくる。ちらり、と後ろを見れば誰が見たって限界を迎えた表情の彼が息も絶え絶えに、というか呼吸すらできていないような感じで、それでも――わたしを追ってきていた。

 

 地面に引かれた白線のゴールを踏み越えてわたしは止まり、彼はそのまま水道へと走り。

 

 

「おろろろろ……」

「うわぁ……」

 

 

 朝食に食べたであろうものを全て吐き戻していた。そしてそのまま崩れ落ちた。

 そこまでしてついて来ようとするなんて、馬鹿なのだろうか。馬鹿なのだろう。

 

 

「あの、先生。わたしが保健室まで連れていきます」

 

 

 もはや意識も朦朧としている彼に肩を貸して保健室まで誘導する。

 トイレにでも行ったのか、先生はいなかった。仕方がないのでとりあえずベッドに寝かせるだけ寝かせる。

 

 

「どうしてここまでしたのか分からないけれど、基本的にそんなに肉体性能(スペック)が高いわけでもないのだから諦めたらいいのに。やっぱりあなた、馬鹿ね」

「……それでも、諦めるわけにいかないだろ。嘔吐しようが、血反吐吐こうが、ぶっ倒れようが……死ぬまではお前を追い続けるよ」

「なんでそんなに……」

「好きな女の子と対等でありたいって考えるのは、そんなに変かよ」

「――ええ。とても変だわ、あなた」

「ひどいな……」

 

 

 それからしばらくして小さく寝息が聞こえ始めた。苦しそうな様子もない、正常そのもの。

 

 突然がらりと扉が開いて、養護教諭の先生が入ってきた。

 

 

「あれー沙条さんだ。どうしたの、怪我でもした?」

「あ、いえ。わたしじゃなくて……とりあえず後はお願いします!」

「あ、ちょっ、沙条さん!?」

 

 

 半分逃げるようにして保健室を飛び出た。少し走ったところで、先ほどまで走っていた時は切れていなかった息が絶え絶えになって、無性に苦しくなったために立ち止まらざるを得なくなった。

 

 突然の告白。……いや、告白といっていいのかも分からない。

 ……いやいやいや、おかしい。きっと何かの間違い。うん、そう。そのはず。

 

 

「うー」

 

 

 真っ赤になった顔の火照りは収まりそうになく。バクバクと動き続ける心臓も、茹だったような頭も、全部、全部彼のせいだ。

 

 

「やっぱり馬鹿……」

 

 

 こうなっては次に顔を合わせた時にどういう顔をすればいいのか分からなくなってしまう。あれがもし告白だったなら、やっぱり、返事はしないといけないわけだし。でも、わたしたちにはまだそういうのは早いというか……

 

 ……結局、正常な思考に戻ったわたしが校庭に戻ったのは授業終了の五分前くらいだった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 彼が居間に顔を出したのは、わたしがちょうどお皿を並べ終えたところだった。

 お父さんに挨拶をして、綾香の突撃を受け止め、最後にわたしの頬にキスをする。いつもの朝の風景。

 

 

「……最近ガス漏れ事故が多い。気を付けるといい」

「そういえば、そうですね。学校なんかはパイプとか古そうですし、危ないかも」

「まあ、大丈夫かもしれないが……」

 

 

 さりげなくそこでわたしを見たのは……何かあったら何をしてもいいってことかしら。言われるまでもなく、なんでもする気だったのだけど。

 

 

「……全身青タイツの男性がトラックに轢かれて意識不明の重体とか、怖いな」

 

 

 ニュースを見ていた彼がぽつりと零す。確かに、ここ最近はトラック事故なども多い。そういったことはわたしが隣に居れば問題ない、のだけど。

 

 アレはどうでもいいので放置していたけど、あまりにも騒がしいようなら潰しておく必要があるのかもしれない。万が一、ということもあるのだし。

 

 

「……愛歌?」

「ううん、なんでもない」

 

 

 

 

 ……善は急げと言うし、夜にでも調べるべきね。




話すネタがないなぁ……

そういえば、いとこからSAOが帰ってきました。
ようやくもう一つもかけそうで安心。……でも文体とかいろいろな不安がありますね


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結局誘惑に負けてストロベリーアイスを食べてしまった……
まあFGOでは剣式さんレベル100フォウマなんで許してください……

10/12 修整


 ――わたしはイラついていた。

 いや、実際はこれがわたし自身にもよく分からない感情で、イラついていると形容するのが一番近い気がするからイラついている、と言っているだけなのだけど。

 未来視が使えなくなってようやく、人らしい感情というものを理解できるようになったとはいえ、あまりにも複雑怪奇なこの今の感情をどう形容すればいいのかは分からなかった。

 

 その原因は今も隣を歩いている……

 

 

「んー? どうかしたか?」

「……っ、いい加減その惚けた表情とか、やめてくれる?」

「ひでぇ……」

 

 

 ……この男だ。

 保健室であんなことを言っておきながら、戻ってきても素知らぬ顔でずっと接してくる。おまけにわたしの額に手を当てて熱があるんじゃないかとか、好き勝手言ってくれるのだ。

 

 

 一体、誰の、せいだと、思って、いるの、かしら!

 

 

 ああ、腹が立つ! 好きだと言ったくせに、何でもないことのように振る舞って! わたしだけかき乱されて!

 

 

「むぅ……!」

「おいやめろ、殴るなって! 右肩が!」

 

 

 このもやもやとした内心を吐き出すように延々と殴り続けていると、手を握って固定された。そういう余裕の態度が本当に頭に来る……!

 

 

「……自分で言ったくせに」

「え? ……ああ、保健室の? 冗談か本当かで悩んでるなら、間違いなく俺の本心だよ」

「ふぇっ!?」

 

 

 小さい声で聞こえないように言ったはずの言葉を聞きのがさず、しかもすぐに何のことか察したっていうのに。

 そんなことを言いながらいつもの表情ってどういうことなのか。その辺の心の機微というものを分かってほしい。

 

 ――ああもう、本当に。訳が分からない。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 昔のわたしたちを思い出してつい、笑ってしまう。よくもまあ見事にすれ違っていたものだと、昔のわたしながらに感心してしまうほど。

 

 可笑しくて、くすくすと笑っていると隣を歩いていた彼が身を屈めて目線を合わせてくる。危ない危ない。間抜けな姿なんて見られようものなら一度世界をやり直す方がマシだもの。

 

 

「愛歌?」

「ふふ、なんでもないの。それで……次は、どこに行くの?」

「……本屋寄りたいんだけど、いいかな」

「ええ、もちろん。あなたと一緒なら、どこへ行くのも楽しいもの」

 

 

 恥ずかし気に目線を逸らされた。それと、少し手を握る力が強くなった。

 温かい、手の感触。並行世界のわたしの知ることない心地よさ。断言しよう、この『わたし』が全わたしの中で最も幸せである、と……!

 

 

「えへへー」

「うっ……その、あんまり引っ付かれるとだな」

「……引っ付かれると?」

「いや、なんだ、その、な……?」

「……当ててあげましょうか?」

「当たってる、当たってるから大変なことになってるんだろうよ!」

「ふふ」

 

 

 なんて。一度視ているやり取りでさえ、愛おしい。

 このショッピングモールに来ることも、今の会話も視たけれど……それでもわたしの心を躍らせる。

 

 

「あら……?」

「ん?」

「いえ、なんでもないの。ただちょっと、前にお話した人が見えた気がして、ね?」

「ああ、まあ、これだけデカいショッピングモールが近くにない、あそこの人たちはみんなここ来るだろうから……知り合いに会う可能性も高いんだろうな」

 

 

 遠くに一瞬だけ見えた、大学生くらいの男と、手を繋いで嬉しそうに歩く中東風の見た目の女性。少し辿れば出てくる記憶では、『お話』して、すぐに分かってくれたいい主従だったという思いがある。

 ちょうどその日は彼が三割り増しくらいで構ってくれた日で機嫌が良かったこともあって、従者の方の望みを軽く叶えてあげたりしたのだった。

 

 ――ああ、そういえば。名前……忘れてしまったけれど、別にいいかな。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 倒れた日から回を重ねるごとに、彼は確実に成長していた。前のように走り終わった後に倒れることは無くなったし、それどころか――

 

 

「……っ」

「……ひゅぅ……ぉぇ」

 

 

 わたしが速度を上げてもさらについてくる。誰がどう見ても限界なはずなのに、それでもついて来ようと必死で走る姿が……妙に気になる。ああ、全く。どうしてこんなにもわたしの心が乱されるのか、その理由が分からない。

 分からないから気になって、気になるから心が乱されて、まさしく悪循環。

 

 結局。最後の最後まで引き離すことが出来ずに終わり、彼はまた走り終わった勢いをそのままに水道に走って朝食を戻す。それも、時折戻すことなく走り終わる日もあって、そういう日はなぜだかちょっともやもやが少なかったりする。

 

 

「ああ、くそ。また追い付けなかったか……」

 

 

 悔し気にしているけれど、今回はさらに速くしていたのに引き離せないだなんて。またそのせいでもやもやとした感情が募る。……わたしの人生は彼によってずっと狂わせられすぎだ。

 

 

「……だから、言ってるでしょう? そもそも身体の性能(スペック)が違うのだから諦めればいいのにって」

「あのな、言ってるだろ? 好きな女の子と対等にありたいって考えて、頑張るのはそんなに変じゃないだろう」

「っ……知らない!」

「あ、おい!」

 

 

 顔が熱い。それから、心臓もどきどきしている。

 そんな様子を気取られたくないから早歩きで顔を見えないようにする。ええ、どうせそうと知ったならこの男は風邪か、なんて言ってわたしの額に、手を――

 

 

「~~っ!!」

 

 

 顔の火照りも、鼓動の速さも、それから――それから、つい緩んでしまう頬も、しばらく治りそうになかった。




気絶王(まだ小学生だし、何を言っても忘れたりされるだろうしなー、別に何言ってもいいか)
愛歌(えっ、えっ、やっぱりわたしのことが好きって……でもやっぱり冗談なのかも……なんだろう、胸がもやもやするわ……?)


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最近タチャンカのピック率上がっててウレシイ……ウレシイ……
やつはもっと輝けるはず……そう信じています

そういえば活動報告でも書いたんですが、ついったー始めたんですよ
もう最初の設定とかの時点でよく分からない。リツイートとかハッシュタグとかみんな色々言ってるけどわかめ生える……

ふぇぇおっさんには分からないよぉ……

あ、とそういえば。
最近はわかさぎ姫に湖の底に引きずり込まれながら眠りについてます。
すごいね、催眠。

10/12 修整


 彼がどうやって、どうして、未来視を妨害していたのかはよく分かっていない。そうする必要があったのか、それとも何かの気まぐれか。基本的な性格からして何も考えていないということもあり得るかもしれない。

 

 

「……これは」

 

 

 視える(・・・)。灰色一色で音も無く、偶にノイズは走るし、二日先のことすら視えないけれど――確かに未来が視えている。彼に聞いたところではぐらかされるだろうけど、未来視を使ってもいいと思ったのかもしれない。

 ようやく戻ってきたもの(未来視)だけれど、どうしてか使うのが躊躇われる。こう、今まで数年ほど未来視のない状態で生活していたから、今更戻ってきても正直必要性を感じないというか……分かってしまうのがつまらないと感じてしまうというか……

 

 ……いえ、何を言っているのかしら。そもそもこれは元からあったものなのだし、使っているのが普通なのよね。ええそう、彼のせいで使えなくなってうんざりしていたところ。だから使ったところで何の問題もない――!

 

 入れる必要のない気合を入れて、未だノイズの走る未来に意識を集中させ。

 

 

「ふぁっ!?」

 

 

 衝撃が走った――

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 真剣な表情で本を探す姿を眺めながら、やっぱり昔から変わってないなぁと思う。いえ、高校に入ってすぐに面倒くさい(可愛らしい)状態になったのだけど。

 その理由が聖杯戦争に参加しない『わたし』が出会うはずのない、王子様のような人(プロトアーサー)に嫉妬していたからというのはなかなかにクるものがある。……ああ、思い出したら昂ってきてしまった。自重、自重。

 

 

「よし、こんなもんかな。……? どうして鼻を押さえてるんだ?」

「あ、何でもないの。本当に、ええ」

 

 

 ……危ない。最近ちょっと気が緩み過ぎね。綾香に見られてしまうくらいならいいけど、彼に見られてしまったら……本気で世界をやり直すことになってしまう。

 

 

「じゃあ、昼飯は……でもどこかで食べるより愛歌の料理の方が美味しいしなあ」

「~~~~っ!!」

「痛い痛い!!」

 

 

 全くもう!! 全くもう!!

 視ていてもなおドキドキさせるようなことをさらりと言うんだから!! そんなことを言われたらおさまりがつかなくなってしまう。

 

 

「それじゃあ帰ってお昼にしましょう? ええ、それがいいわ。そしたらその後は……えへへへ」

「なんか悪いな。作らせる形になっちゃって」

「そんなこと気にしないで? むしろ嬉しいくらいなんだから」

 

 

 デパート一階のスーパーで材料を買う。

 ビニール袋いっぱいになってしまい、重くなったそれを持つと、彼が手を差し出してくる。いつも何も考えないでこういうことをしれっとするところはやっぱり昔から変わっていない。

 

 ――何も考えないでこちらをドキドキさせるようなことをするのは、あの頃からだものね。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 心臓が痛いくらいに動いている。今日一日、いや、数日はこのドキドキが治まることはないだろうと思うほどに衝撃的な光景。

 ……いえ。そんなまさかわたしが彼のことを意識しているだなんてそんなことあるはずが――

 

 

「おはよう愛歌」

「ぴゃい!?」

「うわっ」

 

 

 心臓が止まるかと思った。顔が熱いのは最初からだけどいざ目の前に来たらさらに熱くなってきた。

 いつも通りに彼が挨拶してきただけでこうなってしまうだなんて……今日一日生きていられるのか不安なくらいに意識してしまっている。

 もう諦めた。認めるしかない。

 

 沙条愛歌は彼のことをどうしようもなく意識してしまっている――!

 

 

「顔赤いけど、風邪なら家で休ん――」

「いいえ大丈夫だから! ……ええ、本当に、大丈夫なの!」

「えっ、あっ、はい」

 

 

 なんとか言いくるめられた、と安心したのもつかの間。

 手を、握られた。

 

 

「なんか今日の愛歌はぽやぽやしてるし、危ないから手を握っていこうか」

「~~~~っ」

 

 

 恥ずかしいのか嬉しいのか、ちょっともうよく分からなくなってまともな思考ができない。こんなことなら視なければよかった。というかもう視ない。絶対使わない。

 ぐるぐると茹だったように正常な思考が出来ないまま、家からそう遠くはない小学校へと到着してしまう。木造の、結構年季の入った校舎。それなりに年数を重ねていることもあって出る(・・)こともあるけれど、大抵は一撃で弾けるから安心ね。

 

 ってそうじゃない、そうじゃない。このまま行ったら、あれが。

 

 

「おはよう……?」

「あー、ほら! 俺の言った通り! やっぱり付き合ってるだろ!」

「は? 付き合う? 俺らが?」

「ひゅーひゅー朝からあついねー!」

「青木、何を言っているのかさっぱりだ……」

 

 

 ちらりと目に入った黒板には大きくわたしと彼の名前が並び、傘を模した絵が上に描かれている。相合傘。……この前やった。

 いえ、あれは傘を忘れた憐れな幼馴染に頼まれたから仕方なく入れてあげただけで別にわたしがやろうとしていたわけではないのであって――

 

 

「誤魔化すなって! コイビトってキスとかするんだろ? ちょっとしてみてくれよ!」

「……お前、いきなりどうした」

「兄ちゃんから聞いたんだけど、コイビトってキスするらしいじゃん? お前ら付き合ってるじゃん? 一回見てみたいから見せて!」

「「「キース! キース! キース!」」」

 

 

 ……なんという超理論。今この時、この教室に味方は一人もいないことも判明した。周りの女子が顔を隠しながらも興味深そうにこっちを見ている。逃げ道もさりげなく塞がれた。こうなってしまってはもうキスする以外に道はない……!

 

 きらきらとしたみんなの眼に圧されて、彼が一つため息をついた。というか、えっ、嘘、まさか。

 

 

「仕方ないなぁ……」

「え、ちょっ、まっ、待って! まだ心の準備が! それにほら、わたしたちにはまだ早いっていうかその、もっとムードのあるところがいいっていうか!」

 

 

 どうしよう。聞いてくれない。真剣な表情で見つめられて、身体が動かなくなって。朝視た通り、彼の顔が近づいてきた。ああ、やっぱり。ここまで視たところで耐えきれなくなってやめたけれど。これはもう完全にキスをする流れだ。

 

 わたしのファーストキスを奪うのだから絶対にお嫁さんにしてもらわなきゃ、とお墓に入るまでの人生設計が完了したところで、彼の唇がわたしに触れる――

 

 

「――へ?」

 

 

 ただし額に。

 髪の毛を持ち上げられて、額にキスをされた。

 

 いや、でもよかった。額だけでも死んでしまいそうなほどドキドキしているのに、これが唇だったらと思うと、それはもう大変なことになってしまう。うっかりウィップを出してしまうかもしれない。そうなったらもう目撃者を消すか記憶を飛ばさないと。

 

 

「知ってるか青木。キスは……額や頬にしたりもするんだ」

「えっ、そ、そうなのか……?」

「大人しかできないキスが、口と口のやつ。俺たちみたいな子供は……額や頬なんだよ」

「そうだったのか……勉強になるな」

 

 

 へなへな、と腰から力が抜けて座り込んだ。

 口にされなくてすごく安心した。……でも、同じくらい、残念な気持ちがある。もやもやして、複雑。

 やっぱり彼はわたしをからかっているだけなのかもしれない。だって、ほら。あんなにもいつも通りの顔で、友達と話しているもの。

 

 そう考えて、不意に胸がずきりと痛んだ。




気絶王(小学生はめんどくさいからなー、口で説明するだけじゃ納得しないだろうし、適当なところにキスしてもっともらしいこと言って煙に巻いておこう)
愛歌(え、うそうそ。本当にキスする――え、しないの?それこそ嘘でしょう?やっぱりわたしが好きだっていうのは嘘?……それなら、どんな手を使ってでも確認しなきゃ)


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いつの間にかすっごい感想溜まっちゃってた……

そしていつになく難産だった……幾度となく心が折れかけたけど、蒼銀読んだりデーモンハントしたりしてたら復活したよ!

今回ちょっとえっちぃです……
えっちなのはだめって言ってましたがギリギリセーフなようなアウトなような……
なんか問題があれば修正しますね

10/12 修整


 彼の腕を枕にしながらベッドに寝ている、というのはかなり気持ちいい。精神的にも、身体的にも。決して彼の腕は柔らかくはないのだけど、頭を乗せるのにちょうどいい高さにある。

 

 

「……ちょっと、頑張らせ過ぎてしまったかしら」

 

 

 ずっと、胸の奥がキュンキュンするようなことを言うものだからつい、やりすぎてしまったらしく……事が終わったらぱたりとベッドに倒れこんでしまった。色々大変なことになっているベッドを片付けて、わたしも寝転んで、勝手に腕を枕にしている、というのが今の状況。

 

 

「……えへへへ」

 

 

 男の子らしく筋肉のついている――とはいえ彼は筋トレなどはしないのでムキムキではない――上半身。

 その左肩にある、古い傷痕。犬に噛まれたような歯型の、深く、深く刻まれたそれは成長しても消えずに残り続けている。

 絶対に残っているとは思っていたけれど。こうして、残っているということをこの目で見るとなんだかむず痒いような気持ちになる。

 

 

「――わたしがつけた傷痕だもの、ね」

 

 

 小学生の頃のわたしがつけた、消えない傷痕。彼の想いの証明。

 ――わたしの恋の始まりの、甘美な記憶。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 痛い。痛い。痛い。

 胸の奥(こころ)が――痛い。

 

 彼が誰かと話しているところを見るだけで、胸の奥がきゅう、と締め付けられるような痛みに襲われる。

 彼が誰かに笑いかけているのを見るだけで、行き場のない感情が吹き荒れて、痛みが全身に回る。

 彼が――彼が、わたしを見ていないことが、どうしようもなく不安になる。ずっと一緒だったのに、と悲しくなる。

 

 ……知らない。こんな感情は、知らない。

 苦しい。辛い。悲しい。――でも、心地いい。楽しい。嬉しい。彼がその瞳にわたしを映した時、話しかけてきた時、笑ってくれた時、どうしようもなく顔が熱くなって、舞い上がりたくなるほど嬉しくなって。

 

 ――けれど、手に入らないかもしれないなら。

 永遠にわたしだけのものにしてしまうしか、ないでしょう?

 

 目の前でベッドに倒れこんでいる彼。優しく仰向けにすれば、真っ赤になって熱に浮かされたような――というか実際そうしたのだけど――顔がよく見られる。

 熱で正常な思考を奪われ、ぐずぐずに蕩けたその瞳がわたしをまっすぐに見つめてくる。

 

 ああ、なんて。

 なんて――心地いいのかしら。彼の世界の全てを占めるのがわたしだけというのは!

 

 

「まな、か……?」

「……ごめんなさい。でも……あなたが悪いのよ?」

「そう、なのか……」

 

 

 彼の胸板に指をつ、と這わせて頬に手を添える。

 ……熱い。この熱こそ、彼が生きていることの証明。

 

 ずるり、と触手を出して彼の首に押し当てる。少し擦るように動かすと、首筋が切れて一筋の血が伝った。

 

 

「ふふ。美味しそう……」

「う、ぁ……」

 

 

 浮かんできた感情に逆らうことなく、首筋を伝うその血を舐める。すごく、甘い。わたしの先祖に吸血鬼なんていなかったと思うけど、それでも彼から流れ出た血液(いのち)はこの世の何よりも甘く感じる。

 

 やがて首筋からその甘さが消えてしまったので、舐めるところを上に移動していき……お互いの息がかかるくらいの距離で彼と見つめあう。

 

 

「多分、言っても分からないだろうけれど……安心して? あなたの心臓を貫くのと同時にわたしの心臓も貫くから。二人で一緒に……溶け合いましょ?」

 

 

 そう一方的に告げて、返事も聞かずに唇を奪った。

 熱く、唾液に濡れたその口内を侵略して蹂躙する。力の入っていない彼の舌を捕まえて、お互いの唾液を混じり合わせ、『わたし』を刻み付ける。初めての相手はどこかの雌猫ではなく、この沙条愛歌なのだと教え込むように激しく、深く。

 息が続かなくなって顔を離した時にはお互いの口の周りが唾液でべとべとになっていた。

 

 胸板に這わせていた指を彼の左胸に突き刺すようにおいて、その心臓の鼓動をかすかに指先で感じる。

 

 

「……じゃあ、行くね?」

「ぅぁ……ま、なか……」

「へ?」

 

 

 熱に魘された彼がゆっくりと両腕を持ち上げ、わたしの手を掴んだ。

 けれどそれはわたしの行動を止めようとか、そういうわけではなく。それどころか、掴んだ手を自分の首に誘導した。そのまま自分の首に弱く押し付けて、どうしてほしいのかを伝えてきた。

 

 

「首を、絞めてほしいの……? そんな、どうして。だって、首なんて絞めたら苦しいのに。心臓を一瞬で破壊する方が痛くも苦しくもないのよ?」

「……だから、こそだよ。長くて、苦しい、なら……その間は、ずっと、愛歌を感じられる。……愛歌にも、長く、俺という人間の、記憶を、焼きつけられる、だろう……?」

「あ、うう……」

「――俺は、沙条愛歌の全てを受け入れるよ。何よりも、誰よりも、大好き、だから」

「~~~~っ!!」

 

 

 ――恥ずかしながら。その一言はわたしの心の奥深いところにまで突き刺さって、一気に見ないふりをしていたような、大切に隠してあったような、感情をあふれさせた。彼の言葉は本心だったのだということも、今ようやく分かった。

 なんて、無様な姿。理解が遅すぎたけれど……ああ。

 

 

「……ごめんなさい。やっぱり……不安なの。あなたがふと目を離した隙に逃げてしまいそうで」

 

 

 おもむろに、彼の着ている服をずらして左肩を露出させる。

 

 

「だから、ね? 本当だってこと、証明してほしいな」

「ぐぁ……っ!」

 

 

 そのまま、左肩に噛みついた。否、噛みつくなんて易しいものじゃない。皮膚を割き、肉を割き、血管を割き、溢れる血を啜り、深く、深く、歯を突き立てる。

 流石に熱で意識を朦朧とさせていても激痛で戻ってきたらしく、痛みに悶えている。それでも、わたしを突き放すどころかむしろ強く抱きしめてくれた。

 

 永遠にも感じられるような時間が過ぎて、ようやく口を離した。左肩の傷口はもう塞いであるから血を流すことはない。少し、垂れてしまった血がシーツを汚してしまっているけれど、そんなことがどうでもいいと思えるくらいにわたしは幸福を感じていた。

 

 

「ぷ、は……えへへ。わたしね、今すごく、すっごく嬉しいの! ありがとう!」

「……はは、どういたしまして」

 

 

 

 

 ――ずっと、気になってはいたけれど。

 今になってようやく、わたしはこの胸に渦巻く感情が『恋』、なんだと気付いた。




ほんと更新長くあいちゃったにゃあ……


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いつも感想ありがとうございます……!
返せてないけど読んで笑ったりしてるよ!

つい先日、とある事情でTDS行ったんですが、流石だね、人多いね。
胃がきりきり痛みました

やっぱすげーよ千葉は、それに比べてこの関東でも存在感のない県は……ねぎくらいしかないやん!

10/12 修整


 完全に寝入ってしまった彼の隣で同じ夢に旅立つ、というのもなかなかな誘惑だったけれど、そこは流石に自重して。

 彼が寝ている間に考えておきたいことがいくつかあるというのもあって、根を張ってしまったかのように動かない身体をなんとか起こして、そのままわたしの部屋へと向かう。

 

 机の上にはいくつかの薄い本……って、あれこれわたしが隠してたはずのだ――!?

 

 

「うう……最近綾香が露骨にお姉ちゃんに辛辣で悲しいわ……こんな、こんな仕打ちをするだなんて……!」

 

 

 綾香はまだ小学校に行っている時間だから、朝に隠し場所を暴いて机にきちりと並べて学校に行ったということになる。

 本当に最近の綾香はわたしをなんだと思っているのか。まったくもう。

 

 

「……んん、ふぅ……」

 

 

 ……はっ!? そんなことをやろうとしていたわけではなくて……そう、聖杯戦争について。軽く現状を整理しましょう。

 

 

「まず、三騎だけど……」

 

 

 セイバーはまだ何も分かっていない状態。アーチャーは『お話』したらすぐに分かってくれ、宝具を撃って退場してもらった。ランサーはマスターが何も分かってくれなかったのでちょっと細工したトラックで撥ねた。

 

 

「それ以外は……」

 

 

 ライダーはマスターの人と『お話』しても分かってくれなかったけれど、丁寧に『説得』したらすぐに分かってくれ、令呪を使ってアーチャーの前で動きを止めてくれた。お蔭でアーチャーの宝具ですぐに消滅させられたのだけど……どうして最後は泣きながら殺してくれ、なんて言っていたのかしら。死んで『は』いないのだから喜べばいいのに……

 

 

「キャスターはわたしに従うし、アサシンは無害……バーサーカーは消滅。もう終わりも同然ね」

 

 

 キャスターはとりあえず知らない仲じゃない家に召喚されていたから従ってあげるように言ったけれど、アサシンは完全に一般人みたいだし、どうするかは正直悩みどころね……バーサーカーが自分から消滅の道を選んでくれた、というのは意外だったかな。普通に会話もできたわけだし。

 

 とりあえず、そう考えてみると。

 

 

「結構、順調、なんだけど……」

 

 

 なにか嫌な予感がする。

 そもそも前提からして間違っているような……例えようのない、この違和感。

 

 

「やれることは全部やってしまうべきよね!」

 

 

 そう結論づけると、一旦考えるのをやめて家事をすることにした――

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 彼の身体に消えない痕を刻み付けてから、早くも一年ほどが経過し。

 わたしたちは中学校に上がっていた。

 

 中学に上がったせいか、彼と話す機会は減ってしまったし、触れ合う時間も昔ほどではなくなってしまった。同じクラス、隣の席でも意外と会話が出来ないもので、最初こそ少し気が立って何度か東京にクレーターを開けかけたりもしたのだけど、そういう時に彼が話しかけてきてくれたりするので、今のところは何事もなく毎日が経過している。

 

 

「むぅ……」

 

 

 とはいえ。幼馴染を放っておいて人間(ナマモノ)と談笑している姿に腹が立ってしまうわけで。

 というか今何の話をしているのだろうか。

 

 

『なあ、これ、もしよかったら貰ってくれないか? 映画のペアチケットなんだけど、福引で当てたはいいが一緒にいく人もいないし、そもそもこの手の映画が観られなくてな……沙条さんとでも、どうだろうか』

『いいのか青木……!? これ、確か今人気の奴だとか言われてるやつだろ?』

『ああ、いいんだ。いや、むしろお前たちに観てもらいたいというか、そっちの方が視たいというか、ああいや何でもないんだ。とにかく、二人で行ってくるといい』

 

 

 青木(人間)、グッジョブ。

 

 そう。デートだ。

 わたしたちの間に足りなかったのはデートだったのだ。今までは小学生だったから行くことは出来なかったけれど、今なら何も憚ることなく行くことが出来る。 

 少女マンガだってデートは必ずあるし、恋人には必須のイベント。

 

 普通の表情を装って待っていると、話を終えた彼がこちらに歩いてくる。

 ……おお、おち、落ち着くのよ愛歌。初めてのデートだからといって慌てることじゃないわ。

 

 

「愛歌、なんか映画のチケット貰ったんだけど……どうした?」

「んっん! いえ、なんでもないの。それで……? わたしに何の用かしら?」

 

 

 意味もなく緊張して、くるくると髪先を弄る。

 いえ、別に緊張することなんてないのだけど。そう、これはなんてことのない普通のことなのだから……

 

 

「いやさ、これがペアチケットだから、一緒に行かないか……ってどうした?」

「いえ、なんでもないの。全く、本当に、なんの問題もないの。ええ」

 

 

 思わずガッツポーズをしそうになって、慌てて腕を抑えようとして机に身体をぶつけたなんてことはない。……ないったらない。

 

 

「そうね……わたしとあなたで、二人きり、なのでしょう?」

「まあ、チケットはこれだけだし。一緒に行きたい人でもいるのか? 綾香とか」

「あああ、綾香には多分まだ早いんじゃないかしら!

ほら、これ結構難しい内容らしいし! 二人で行くのがいいんじゃないかしら!?」

「え、じゃあ、そういうことで。土曜空いてるだろ?

……じゃ、土曜に行こうか」

 

 

 そう言ってどこかに去っていく彼を見送り。

 

 

「ふわああああ……」

 

 

 どっと出てきた疲労感で机に突っ伏し、赤くなった顔を埋めた。

 冷静になって考えてみると、大変なことになったという思いしかない。どうしよう、着ていく服とかそういうものが全然思いつかない。

 

 

 ……そもそも、デートって何をすればいいの?




書く前ぼく(なんか完全一般人のオリ主と沙条愛歌で一本書きたいなあ……ちょっと書くか)

書いた後ぼく(おかしいな、こんなはずじゃ……間違っても逸般人にするはずじゃなかったんだけどな……?)


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なかなか書く時間が取れないぐぬぬ……

それはそれとしてエロマンガ先生面白いですよね
個人的には山田エルフとか結構いいキャラしてて好みです

あとは赤髪の白雪姫ってマンガを揃えたいなーとか思ったり

10/12 修整


 色々と考え事をしていたら随分と時間が経ってしまっていたようで、窓から夕陽が差し込んでいた。我ながら集中力がよく途切れなかったものだと思う。

 

 

「とはいえ……彼に危険が迫る可能性があるのなら……」

 

 

 どんなに考えたって足りない。悩んだって分からない。出てくる結論の一つ一つが信じられない。――だって、それほどまでに愛おしいのだから。

 

 彼がいなくなってしまう可能性があるのなら。彼を失う可能性があるのなら。わたしは、喜んでこの力を振るおう。例え彼が悲しんだとしても、その周りの全てを壊して、彼を守ろう。

 最終的にわたしと彼だけになったって構わない。きっと、泣かせてしまうだろうけど……最後には受け入れてしまうのが彼だもの。

 

 

 ――そういう道を選んだのは彼自身なのだから。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ふわふわと、漂うような、不思議な感覚。けれど、それは現実感がないということでもなくて、むしろ、現実ということを感じているからこその幸福感。

 目に映るすべてのものが輝いている。――いえ、実際に輝いているのではなく。わたしの心の状態でそう見えるようになっていることは分かっているのだけど。

 

 汗ばんでないか、髪型が変じゃないかとか、そんなことが気になってしょうがない。

 何回も確認したはずだけど、ちょっと時間が経つと不安になってくる。……でも、そんな不安もどこか楽しい、なんて少し変な気持ち。

 

 そんな感情を持て余した結果。

 待ち合わせの時間よりも一時間早く家を出ていた。

 

 

「……うう。大丈夫、よね? 別に変なところなんて……」

 

 

 持っている服の中では一番の、緑のドレス。本当はアクセサリーか何かがあればよかったのだけど、残念ながらそういったものは持っていない。少し心もとないけど……多分大丈夫。

 

 それから、一応。本当に一応だけど……下着も見られてもいいものを身に着けてきた。初デートの最後はホテルとか、家に行って……そういうこと(・・・・・・)になる、という噂だし。まだ中学生だからないかもしれないけれど……ほら、備えあれば憂いなしっていうか。

 

 

「……あれ、愛歌? 早いな。まだ時間より一時間近くあるのに」

「え!? え、ええ。ちょっと目が覚めてしまって。……その、ちょっとは楽しみで待ってられなかった、っていうのもあるのだけど……」

「俺もなんか待ってられなくて。……その服、愛歌によく似合ってるな。――ああ、うん。なんかいつもよりも、もっと可愛く見える」

「~~~~っ!!」

 

 

 ……心臓が飛び出すかと思った。

 いきなりそんなことを言われたら、心の準備が間に合わなくて大変なことになるでしょう……! 具体的にはついうっかり、嬉しさのあまり虐殺ウィップが飛び出してその辺の人を解体(スプラッタ)してしまうかもしれないじゃない!!

 

 

「じゃあ、行こうか。時間には早いけど……その辺をぶらついてればいいし。俺は愛歌とならどこでも楽しめるから、愛歌の行きたいところに行こうか」

「あぅ……」

 

 

 なんてことを言いながらさりげなく手を取ってくるのは卑怯でしょう。

 ……全く、もう。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 一旦考えるのをやめて、家事を終わらせてしまう。

 洗濯物を取り込んで畳むのは彼の仕事なんだけど……流石に今起こすのはかわいそうだし、わたしのせいだから。

 

 

「あ、これ……」

 

 

 シャツ。もちろん、お父さんのとかではなく、彼のだ。

 洗ったはずでも、結構彼の匂いが染みついているというか。決して臭いとかそういうわけじゃないけれど、彼の匂いと形容するべきものが染みついているのだ。

 

 ……ちょっとくらい、いいかな。

 

 

「あぁ……」

 

 

 これはこれで、いいかもしれない。包まれているような気分になれるし。

 ……もうそろそろ綾香が帰ってくるし、もうやめないと。ああ、でも。あとちょっとだけ……

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その辺をぶらつく、といってもわたし自身欲しいものなど、(ただ一人を除けば)ない。結果として彼が行きたいところ――基本的に本屋しかないのだけど――に行き。

 

 予想以上に人間(ナマモノ)で埋め尽くされた劇場の、真ん中ほどの座席に座ること数分。あまり興味のなかった映画の、上映が始まった。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

「愛歌? 終わったぞ?」

「はっ……!?」

 

 

 あまりにも衝撃的過ぎて、手を握りしめたまま見入ってしまった。

 

 幼馴染の男女の恋愛映画かと思いきや、宇宙人が攻めてきてニューヨークが滅び、過去にやってきていた宇宙人の幽霊に知り合った人たちが一人、また一人と殺され、密室での完全犯罪が起き、その犯人の巨大生物をこんにゃくを弾丸にして撃ち出す兵器で倒し、最後は熱いキスをして終了という色々な意味で想像の斜め上をいく作品だった。

 

 

「ほら、そろそろ帰ろう」

「え、ええ……」

 

 

 上映中も無意識的にずっと握っていた手を引かれて、立ち上がる。

 明るい場内にはわたしたちと似たようなカップルの姿がいくつも見られる。……わたしたちもカップルに見えているのかと考えていたら無性に恥ずかしくなってきた。

 

 誤魔化すようにやや急ぎ足で劇場を出て、もう一度周辺を歩いていると、小さな公園に行きついた。夕陽に照らされたオレンジ色の公園には人の姿もないこともあって、一回休んでいくことにした。

 

 ベンチに並んで、なんとなしに街を眺める。

 ……今日一日、ずっとドキドキしっぱなしで大変だったけれど。それと同じ、いえ、それ以上に嬉しくて、楽しくて、幸せだった。

 

 

「……愛歌」

「? ……なにかあった――?」

 

 

 ――キス。

 この前わたしがしたような荒々しいのではない、優しいキス。唇と唇を触れ合わせるような。でも、そこに籠っている想いは比べ物にならない。

 

 

「じゃあ帰ろうか」

「……うん」

 

 

 夕陽に照らされていてもなお分かるほどに真っ赤になった顔を逸らしながら、手を差し出してきた。

 対するわたしも、真っ赤になった顔を見られたくなくて逸らしながら、手を握る。

 

 

 ……結局二人とも、家に着くまでお互いの顔を見ることが出来なかった。




シノアリスがちゃんと出来るようになったから感動して那珂ちゃんのファンやめました。


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絶対☆裏切りヌルヌル!
ときあめさんのおかげで新しい世界が開けました

モンハンワールドが出るということで今からテンションが上がりすぎてやばいです
モンハンのオリ主ものとか遊びで書きたくなっちゃう……

10/12 修整


 洗濯物なんかも終わって、手持無沙汰になってしまったので、なんとなくラジオを聞くことにした。意外とラジオからの情報が馬鹿にできないものが多く、男の心を掴む仕草だったり、言葉だったり、そういうものも知れたりする。

 そういうわけで、本当にすることがない時なんかはラジオを聞いたりする。

 

 とはいえ、実際に実行するかどうかは別の話なのだけど。裸でエプロンをつけてお出迎え、なんて出来そうにないもの……!

 

 

『……秘密、というのは極力無い方がいいでしょうね。秘密というのは多くの場合不信感と猜疑心しか産まない。それが好きな人ならばなおさらそういった想いは膨らむものですし』

 

 

 わざわざ言うまでもなく、秘密なんてない――と言えればよかったのだけど。

 

 ――わたしは、たった一つだけ彼に隠し事をしている。

 誰より彼自身が望まないと知っていながら、わたしの勝手な感情で『壊した』モノのこと。

 けれど……ああ。今になってもなお、この熱は治まらない。治まるはずもない。

 

 みし、という音で知らず、椅子の手すりを握りつぶしていたことに気がつく。

 ……いけない。

 

 

「いい加減、忘れないといけないんだけど……ね」

 

 

 あの出来事は中学生だった時のものだし。

 ――もう彼らは思考することさえ、出来ないのだから。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その一言を聞いた瞬間、溢れ出る怒りを抑えることも忘れ、考えたのは如何にしてその下等生物(ヒト)を消滅させるか、ということだけだった。

 

 

「……もう一度、言ってくれる?」

「――あいつ、三浦とその取り巻きからイジメを受けてるみたいだ」

 

 

 中学二年の秋頃、暗い顔で呼びだされ、伝えられたのはそんな一言だった。

 ほんの少しのミスでクラスが離れてしまった悲しみにも決着がついたものの、最近やけによそよそしさを感じていた矢先の、その一言。

 

 

「何回も止めようとしたんだ。……なのに、あいつ、『子供のやることだよ。そんなに気にすることでもない。……それより、彼らの将来に影響するかもしれないし、あまり大事にしないでくれ』なんて言って、笑うばっかりでさ。全然聞こうとしないんだ」

「っ……そんな」

「俺にはどうすればいいのか分からない。あいつの言う通りにすればいいのか、それともこのことをPTAとかに報告すればいいのか。あいつが悲しむような結果にはしたくないけどさ……でも、いじめられている友達を見てみなかったふりをするだなんてありえないだろう!

――沙条、頼むよ。あいつをどうにかしてくれ。幼馴染で、そういう仲の沙条の言葉なら聞くかもしれない」

 

 

 憤怒と、後悔と、恥辱。握りしめた拳を震わせながら、青木君は真剣な表情でこちらを見ていた。

 正直に言えば、意外だった。どちらかといえば軽薄な印象を受ける普段の姿とは、大きく違う。

 

 その姿に少し冷静さが戻り、わたしの持てる全ての手段を用いて抹消する方法をはじき出していく。

 

 

「――ええ。そうね。それ(・・)はわたしに任せて?」

「ああ。俺は証拠を集めてく――る?」

「ごめんなさい。……それから、ありがとう」

 

 

 すぐに走り出そうとした青木君を気絶させると、その頭に触れて少し細工をする。といっても、そう大したことではないのですぐに終わる。

 

 

「彼の方は……終わってからでも、いいかな」

 

 

 今は、一刻も早くこの煮えたぎる怒りをどうにかしたい。

 昼休みの今なら……ああ、やっぱり。

 

 小虫にも劣るゴミたちは空き教室の一つに固まっている。話に聞いたメンバー全員、彼もいない。

 状況は素晴らしく都合が良かった。

 

 

「――それじゃあ、オソウジ、始めましょうか」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その少年たちは、一言で言ってしまえば運が悪かった、ということになる。

 偶々目についた同級生が沙条愛歌の愛を一身に受ける男(たった一人)だったと、たったそれだけのために地獄へと――否。地獄すらも生温い、根源の姫の本気の一端に触れることになったのだから。

 

 

「ア”ア”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”!!!」

「いたいいたいいたい!!! もうやめて!!! ひぎゅっ!!!」

「な、ないぞう……おれの、ないぞう……」

 

 

 ――終わりのない、終わらない、終われない責め苦。

 貫く、抉る、捥ぐ、潰す、削ぐ、削る、捩る、薙ぐ、穿る、エトセトラ、エトセトラ……おおよそ人が体験できるであろう痛みの全てを彼らは永遠に味わい続ける。

 

 圧死、縊死、煙死、餓死、狂死、焼死、震死、水死、衰死、窒死、墜死、凍死、毒死、爆死、病死、刎死、轢死、糖死……そのどれもが長く苦しみ、いっそ死ねたらと願うほど。されど、ようやく死ねたと思いきやすぐに生き返らせられ、また次の苦しみを味わう。

 

 ああ、されど。彼らに同情するべくもないのだ。

 この状況には、なるべくしてなったとしか言いようがない。……彼らは沙条愛歌の想い人だと知っていながら行動したのだから。

 

 

「うふふふふふふ、あははは!!! ……ああ、すごく、すっごく気分がいいわ! やっぱりある程度周囲の人間(ゴミ)の選別はするべきだったって分かったもの! いくら知り合いに一人や二人人間(塵芥)がいたからといって――やっぱり人間(ヒト)はそういうモノでしょう?」

 

 

 影から滲み出るように黒い触手が現れ、いたずらに人の形をしたゴミを血袋へと変貌させる。その直後にただの肉塊となっていたそれらが元の人型に戻り、またすぐに皮膚を剥がされ、肉を削がれ、骨を折られ、そうして死んでを永遠に繰り返す。

 

 そのサイクルを繰り返していくうち、徐々に壊れていくその三人を視界に入れることなく、惨劇を繰り返す悍ましき部屋を後にする。

 

 全身を綺麗にすると、二回ほど鏡の前で自分を確認し、少し気合を入れてから隣の家の戸を叩いた。

 出てきた母親が笑って奥へと通し、さしたる苦労もなく彼の部屋に辿り着く。

 

 

「……愛歌、どうかしたのか?」

「――ええ、ちょっと。少しで済むから、あまり気にしないで?」

 

 

 そっ、と少年の頭を抱えるようにして触れる。壊れ物を扱うように優しく、慈愛の籠った手付きで二、三度頭を撫で。

 突然耳元で質問を囁いた。

 

 

「そういえば、三浦くんって知ってる?」

「は……? 三浦……?」

 

 

 何かを思い出すように目が動く。いや、あるいは何かを考えるように、とも言えるような表情。

 一秒にも満たないその僅かな時間で出した答えは――

 

 

「――いや、知らない、と思うんだけど。知ってるような気もするから、一回くらいは会ったことがあるのかな……? まあ、それはいいんだけど、その三浦くんとやらがどうしたんだ?」

「ちょっと弱かったかな……いえ、なんでもないの。ただ少し聞いておこうと思っただけで」

 

 

 そう言いつつ、頭をまた撫でる。

 優しく、丁寧に、ガラスで出来た壊れ物を扱うがごとく。けれど、その手は確かに少年のナニカを奪い、壊し、失わせている。気付くことのない少年は不思議に思いつつされるがままになる。

 こうして、最後に残った残滓も消えていく。

 

 

 これこそが、たった一つだけの沙条愛歌が隠す秘密。

 惨劇は――未だ絶えることはない。




書いてるところでノパソを閉じていたら勝手にPCの更新がされていて滅茶苦茶焦った

糖死:四肢の末端から徐々に砂糖の塊へと変化させられていくという死に方。被害者は徐々に死に近づいて行く自分を自覚しながら、砂糖へと変化してボロボロと崩れていく身体を見せられることになる。


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10

メモリアフレーゼも始めたせいで時間が大変に……
シノアリスはシノアリスでイベント走るのもありますし、ほんと私に時間をくれ……

あっ、前話の誤字報告ありがとうございます
ですが、最後の糖死は誤字じゃないです。すいません。

半分ネタで入れましたが、全身の穴という穴から砂糖を溢れさせて死ぬという死に方です。
または身体が末端から砂糖に徐々に変わっていくものです。

誤字じゃないヨ!

10/12 修整


 一瞬だけどこかに残してきた人間(ゴミ)のことを思い出して怒りが溢れ出しそうになったものの、すぐに冷静さを取り戻せた。

 ちょっと机が砕けたりもしたけれど、それはそれ。

 

 

「……ああ、もうそんな時間なのね」

 

 

 玄関のドアが開く音と、ただいまという声。

 時計を見れば確かに、綾香が帰ってくる時間。……今日はちょっと意識を思考に集中させ過ぎね。

 

 

「ただいま。……お兄ちゃんは?」

「買い物に行ったときに色々連れまわしたりして頑張らせすぎちゃったみたいで……疲れて寝ているけれど、起こす?」

「う”っ……それなら、いいけど」

 

 

 嘘は言っていない。ちょっと言い方とかが誤解を招きそうなだけで。

 と、一人勝利に酔いしれていると、綾香が一枚のプリントを差し出してくる。

 

 

「――ああ、そういえば」

「さっきそこで配ってたのを押し付けられてきたんだけど、今回は三日かけてやるんだって」

 

 

 知らず、手が首元で揺れる安物のアクセサリーに触れていた。――秋を代表する花を象った小さな金属の板が付いただけの、本当にささやかな物。去年の夏祭りで、彼にプレゼントされた大切な物。

 そういえばそうだった。最近は余りにも毎日が幸せすぎて何かのイベントだとかに気が行っていなかったけれど……夏祭りの時期だ。 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 中学三年生に上がって、より彼との溝は広がっていた。

 その理由が彼がわたしと同じ高校に通おうと努力してくれているため、ということは覗いて(・・・)知っているから、文句を言うなんてことはないのだけど。

 

 

「……と、楽観視していられたら良かったのだけど」

 

 

 彼が余所余所しくなった理由はそれだけじゃないということも、分かってしまう。

 どうやって知ったのかは分からないけれど、並行世界の『わたし』を見たことで離れようとしている、ということは覗き見てしまった。

 

 彼が危惧しているような事態には絶対にならないと言いたいのだけれど……突然言うのは心を覗いていたことが確実にバレて(これまた絶対にないとは思うのだけれど)万が一にも嫌われる、なんてことになったら悲しみと怒りのあまり東京を更地にしてから彼を殺してわたしも死ぬか、ちょっと『お話』するかということになる。

 

 どちらの結果も、なるべくなら避けたい。わたしが欲しいのは彼との未来であって、断じて死んで一つになるとか人形のようになった彼とか、そういうものではないのだから。

 

 

「……悩ましい」

 

 

 せめて彼からその胸中の不安を吐露してくれるようなことがあれば、すぐにでも否定してそのままベッドへと連れ込む自信があるのだけど、今の感じだとそれも期待できない。

 いっそのことやり直すことを覚悟して言ってしまうというのも考えたのだけど、やっぱりわたしを否定されたときにちょっとどうなるか分からないということもあって踏み出せない。

 

 そんな状況が、三ヵ月もの間続いている。

 

 あまりの不甲斐なさに、彼に見られていることも構わずに机に突っ伏そうとした――ところで机の中で何かがかさりと音を立てたのに気付いた。

 

 ……ああ。そういえばこんなことが起きるのは視たような気がする。

 最近は触れ合えない悲しみとかで碌に未来視も使っていなかったからよく視ていないのだけど。

 

 取り出してみると――それはレポート用紙を切って作った小さな手紙で。内容は簡潔に一文だけ。

 

 

『午後四時に浴衣を着て高岩寺 A』

 

 

 高岩寺といえば、今日は確か夏祭りが開かれるはず。

 思わず送り主の方を見ると、隣で彼と一緒に何やらひそひそと話している。

 ……んん。

 

 

『午後四時に、高岩寺? なんでまたそんなところに?』

『そんな瑣事、気にするんじゃあない。行けばすぐに分かる』

『寺……? 寺でなんかあったっけか?』

『はぁ……受験で忙しいのは分かるが、少しは周りに目を向けるべきじゃあないか? そんなだから進展が……』

『さっきから気になってたんだがジョ〇ョ立ちやめないか? 周りにすごい見られててちょっとどうかと思うんだ。……というかハマるの早くないか。貸したの昨日だろ』

 

 

 などと、左手で顔を覆いながら身体を逸らした姿勢を取った青木が周囲に引かれながら彼と話していた。

 

 ……って、あれ? ちょっと待って?

 よく考えてみたら――いや、考えなくても分かることなのだけど――つまりこれは浴衣で夏祭りデート、ということになる。

 

 と、すれば。その後は当然そういうこと(・・・・・・)になるわけだし。身体を綺麗にしたりとか、その他諸々の準備が必要になるわけで(ソースは当然本なのだけど)、それに関することもあるけれど。

 

 最近碌に話せていなかったこともあってどう話せばいいのだろうという不安が出てくる。けれど、それ以上に彼と一緒に居られるということの喜びの方が大きい。軽く舞い上がるくらいに、嬉しい。

 そうしてそんな『わたし』を自覚して、やっぱり彼が好きだということを再確認する。

 

 でも、だからこそこの現状が耐えがたい。

 彼の勘違いも、それに行動できない自分も、この状況の原因となった人も。ああ……なんて、腹立たしい。

 そもそも沙条愛歌はこんなにも弱かっただろうか。そんなはずがない。『 』に接続しているという強みを最大限に生かして望んだ結果を手に入れるのが沙条愛歌だったはず。

 

 ――ちゃんと、決着をつけよう。彼と話して、勘違いとか誤解とかを解いて。それで『沙条愛歌』を受け入れてもらう。

 

 

 そうならなかったなら……残念だけど、一生を一緒に、二人きりで過ごす。

 ……そんな幸せな(歪な)世界もきっと、楽しいものね。




ちょっともやっとしますが話の区切りと文字数的な関係でこの辺で。
なるべく早めに次話を投稿したい所存……

もうそろそろで第二部も終わりが近い……結局美沙夜ちゃんとかあんまり出せなかったですね、すいません。
とはいえ話の都合上あまり入れられるようなキャラでもないっていうのが難しいところ。
終わったら美沙夜とかも出せるような感じでちょいちょい話に手入れしていきたい、うむ。

今回の作業用BGM「原田知世:ロマンス」「PSY・S:Woman・S」


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11

いつになく難産だった……
なんだろう、なにが起きたんだ……?

一回リフレッシュも兼ねて次は閑話にしようと思います。

10/12 修整


 祭囃子。

 

 浴衣。

 

 出店。

 

 人々の笑いあう姿。

 

 そんな、なんでもない光景の全てがキラキラと輝いているような錯覚。

 どうやらわたしは、自分で思っていた以上にこの祭りを楽しみにしていたらしい。

 

 いえ、より正確には『彼との』祭りという注釈が付くのだけど、それはそれ。なんにせよ祭りが楽しみなことに変わりはないのだから。

 そう考えてみれば、彼とお祭りというのは初めての体験なんだけど……今まで一緒にお祭りに行ったことがない原因がわたしというのだからもう本当に、どうしようもない。

 

 

「……うう。本当にどうして今まで……」

 

 

 妙な気恥ずかしさとプライドみたいな何かが邪魔をして誘えず、気付いたら夏が終わっていた――なんて、笑い話にもならないでしょう。

 

 

「――あ」

 

 彼が来た。

 まだまだ遠くではあるけれど、わたしが見間違えるはずもない。

 

 ……え、あれ? ちょっと待って。

 まさかそんな格好だなんて、聞いてない。いえ、別に祭りだから普通だけど。普通だけど――そんなの、耐えられるわけがないじゃない……!

 予想していた普段通りの格好ではなく、彼が着てきたのは浴衣。その、藍色の浴衣からほんの少しちらりと覗く鎖骨付近にくらりとくる。この光景が見れただけでもここに来た意味は十分過ぎるほどにあったと思う。

 

 なんてことを考えているわたしに近づいてきた彼が驚いた表情で固まった。

 

 

「……愛歌? どうしてここに?」

「あ、え、ええと、場所と時間だけ指定された紙が入ってて、それで来たのだけど……その、あなたは?」

「えっ、ああ、その。青木にこれ(・・)着て四時にここに行けって言われたんだけど……まあ、そういうこと」

「あっ、そ、そうなんだ……」

 

 

 ……っう、ええ!?

 

 顔が熱い。

 そんなことを言われたらどんな人だって照れるに決まっている。

 あ、違う。実際に言われているわけじゃないから、そんなことを『思考されたら』というべきなのかもしれない。

 

 ああ、もう。たった少し顔を合わせているだけで思考がぐちゃぐちゃになるくらい――狂おしいほどに、好き。

 

 そうやっていつもの表情を繕って悶えているわたしの状態を知らないのにも関わらず。その思考をそのまま口に出してきた。クリティカル。

 

 

「あー、その、なんていうか。その浴衣、すごく似合ってる、と思います。はい。いつもそうだけど――今は、それ以上に可愛く見えるというか。うん、まあとにかく、すごく可愛いと思う……あれっ!? どうし、鼻血!?」

「い、いえ、なんでもないの。本当に、なんでもないから……!」

 

 

 嬉しさの極みのような感情と、昂ったことで噴き出した乙女心(鼻血)を見られたことによる恥ずかしさと泣きたいような気持ちと、そんなことになってしまう自分への怒りとか、そんなのが混ざり合って大変なことになっている。

 読む前は、結果的にいつも不意打ちの形でこんなことを言っていたけれど、読むことを許容した後からは、思考で一撃入れてから言葉で追撃してくるのだからさらに質が悪い。

 

 ……うう。

 

 

「……その、あなたも、すごく似合ってると思う。か、かか……かっこいいと思うわ」

「えっ、あっ、はい。ありがとうございます……?」

 

 

 その一言を最後に、しばらく二人で黙り込んでしまう。

 少し申し訳なく思いつつ覗いていた心の中で、どうやって、何を、どう話そうかと葛藤し続ける彼の姿が見えている。対するわたしも……どうすればいいのか分からない。ただの会話だって、結構久しぶりなのだから仕方ない。

 二人並んで座りながら、お互い顔を真っ赤にして顔をチラチラと見ては目が合った瞬間に逸らすという行動をやり続けている。

 

 しばらくそんなことをしていると、隣でぱしん、と頬を叩く音がした。驚いて目を向けると、よし、という声。

 

 

「あー、なんだ。……その、一緒に回る? ……って、ああ! もちろん嫌とかなら全然断ってくれてもいいし、ただ、折角だから二人で回りたいというか、そういう意図でいったわけで、決して疚しい気持ちがあるわけじゃないから安心してほしいというか!」

 

 

 視線を落ち着かない様子で色々なところにやりながら、顔を真っ赤にして、うなじのあたりを右手でさすりつつ、それでもわたしを誘ってくれた。

 その内心が天地がひっくり返ったと言ってもいいほどに大変なことになっているのは『視えて』いるから、というわけじゃないけど……こっちは少し余裕をもって対応することが出来た。

 

 

「っよ、よろこ、喜んで!」

 

 

 ……訂正しよう。全然余裕なんて持てなかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 二人でお祭りを回る、といっても見るものや、食べる――あるいは、お腹に入る量的な意味合いでの食べられる――ものも少なく、結果的にやることはお祭りの雰囲気を感じながら歩くということになる。

 たくさんの人たちとすれ違いながら、段々と出店の少ない方へと歩く。ちら、と彼の顔を上目に見て、考えていることを視て、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。

 

 

「……そういえば、その。なんだか気を使わせてしまったみたいなのだけど……本当にわたしとここに来て良かったの? 受験勉強、大変でしょう?」

「あー、うん、まあ。割とまずいかもしれないけど……愛歌と一緒に居たくてさ」

 

 

 ほんの少し。ほんの少しだけ、引き攣った歪な笑顔。苦しくて、辛くて堪らないのに、それを必死に隠して無理矢理笑おうとして作り上げた、そんな笑顔。

 そんな顔で笑わないで。あなたの望むことならなんだってしてあげるから、なんだって殺して見せるから、辛いのを隠して笑ったりなんて、しないで。……そう言えたら、どんなに楽だろう。

 

 

「ああ、そうだ。花火があるらしいんだけど、ちょっとここだと人にぶつかったりで危ないし……少し、落ち着けそうな場所でも探そうか」

 

 

 泣きたくなる。辛そうな彼を前にして何かをしてあげることが出来ない自分が情けない。『 』に接続していたって、本当に大事なことには使えない。本当に欲しいものは手に入らない。なんて、無駄な力。

 

 地面が石畳で舗装されていない剥きだしの土に変わり、木が生い茂って見通しの悪いところまで移動する。ここまでくれば流石に人の姿もなく、何をしても誰かに気付かれる心配がない。

 

 

「……うん。ここならいいかな。……愛歌にさ、ちゃんと言っておきたいことがあるんだ」

「っ、なにかしら?」

 

 

 たった一言を返すだけで涙が溢れそうになるのを必死で堪え、彼の目をしっかりと見つめて、言葉を待つ。

 一息。千切れそうになっていた心を無理矢理に整理すると、少しだけ身を屈めてわたしの目を真正面から覗き込んできた。

 

「……たとえ何が起きて、愛歌が何をして、俺が死ぬとしたって、この気持ちは絶対に変わらない。多分、これが最初で最後に伝える、俺の本心になるだろうけど。俺は――沙条愛歌のことが大好きだ。愛してる」

 

 

 

 

 ――その言葉が彼の口から紡がれるのと同時に、夜空に花火が咲いた。




気付いたらツイッターを三週間くらい開いてなくて草


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閑話:ハッピーエンドの場合

不穏なタイトルで始める……


 ――短めの黒髪に、青い目。目つきが悪く、そのせいで不良と疑われることもある。沙条家六人兄妹の長男。それが俺だ。

 親父の血を濃く受け継いだらしく、写真で見た親父の高校生の頃によく似ている。趣味は製菓と裁縫。至って普通の高校生……というわけにはいかない。

 まず母親。今年で36歳になるはずなのに、街を一緒に歩くと兄妹に間違われる。病気を疑うレベルで若作りな……若作りなのだろうか? そんな母親だ。そして、結構歴史ある家系の魔術師(・・・)である。もはや脳が理解を拒みたがるレベルだが、事実そうなのだから仕方あるまい。

 親父。今年36歳。知り合いに見られると高確率で滅茶苦茶イケメンだという評価を下され、女子はきゃいきゃい言いながらこんなお父さんが良かったと宣う。だが、親父は普通すぎて逆に普通じゃない。目の前で妻が名状しがたい触手のようなものを出すほどにキレた時でも、いつも通りの表情ですぐに落ち着かせてしまう。どんなことがあっても、「まあ、そういうこともあるさ」で片づけてしまうのだからおかしさは伝わるだろう。

 そんな親父は高校生くらいの時に母さんと大恋愛をしたらしく、叔母さんがよく泣きながら愚痴る。

 

 もうなんかこの辺でお腹いっぱいと言いたくなるくらい濃い。どう考えても普通の(・・・)高校生ではない。

 

 

「……お兄ちゃん、そこで何やってんの?」

「ああ、鈴歌(すずか)か……親父と母さん、帰ってくるってさ……」

「えっ、帰ってくるの!? 大変じゃん!」

「ついさっき電話があって、ようやく帰ってこれそうだって言ってた。母さん、叔母さんとかと喧嘩しなければいいんだけどな……」

 

 

 親父は仕事の都合上色々なところに行かなければならないのだが、一日も離れていられない母さんはそれについていき、全国を転々としている。流石に俺たちまで連れていくのは難しいということで親父と母さんだけで移動していたのだが、この度ついに戻ってこられることになったらしい。

 嬉しくは、ある。確かに嬉しいのだが……叔母さんと、もう一人荒ぶる人がいるからちょっと不安が残る。

 

 

「とりあえず朝ごはん作ったから後はよろしく。帰ってきたら迎える準備をしよう」

「んー分かったー」

 

 

 沙条家六人兄妹次女。沙条鈴歌(すずか)。14歳。母さん譲りの金髪をツインテールにした見るからに生意気そうな妹。見た目はアレでも礼儀正しく優しい子なので周りからの人気は高いらしい。あくまで噂で聞いただけだが。

 ちなみに沙条家長女は朝に弱いので未だ夢の世界にいることだろう。

 

 妹たちの将来を案じつつ、家を出るとちょうど斜め向かいの家からがっしりした体格の、戦ったら確実に負けると思われる男が出てきた。向こうもこちらに気付き、片手を挙げて挨拶してくる。

 

 

「おはようみーくん。今日もいい朝だな」

「おはようさん。誠は今日も部活か?」

「ああ、大会も近いしな。來野は多分後から来るだろうし、行こうぜ」

「キレられるの俺なんだが……」

 

 

 まあ、仕方ない。あいつが遅いのが悪い。恐らくあいつは今もモタモタと学校に行く準備をしているのだろう。そして息を切らせて走ってきて、どうして待ってくれなかったのかと抗議してくるだろうが、気にしない方向でいこう。

 

 すっかり桜の花びらが落ちきり、緑の葉が青々と茂る桜の木。それが均等に植えられた道を進んでいけば、親父たちも在籍していたという学校に着く。それなりに歴史のあるこの学校の伝説として未だに親父たちのことは語り継がれている。又聞きした程度だが、それでも今の親父たちとそう大差ない生活を送っていたらしいことは伝わってきた。

 そんなことを考えていたせいか、自然と話題がうちの両親のことになっていた。

 

 

「そういえば親父たち帰ってくるらしいんだよね」

「おーそうか。よかったじゃん……ん? 親父さん? 当然、おばさんも帰ってくるよな、それ」

「だからちょっと憂鬱なんじゃないか……」

 

 

 ちょっと愉し気な隣の男を殴ってやりたいところだが、生憎そんなことをすれば負けるのは俺なのだ。

 そんなことを話しながら学校の校門をくぐった所で、遠くの方から隣の男を呼ぶ声がする。

 

 

「おーい青木ー! ミーティング始まるぞー!」

「おー分かったー! じゃあそういうことだから。來野とイチャつくなら今度の祭りがチャンスだぞー」

「はあっ!? おまっ、別に(しず)とはまだそういうんじゃないって!」

 

 

 ……まあ、でも。祭りか。

 

 

「みーくん、置いてかないで……」

「うおわぁあぁぁぁ!?」

 

 

 突然袖を引かれたことと、先程までの会話の話題となっていた人だったということが重なって変な声を上げてしまった。

 俺がどれだけびっくりしたかは察していただけると思う。

 

 浅黒い肌、中東系の顔立ち。エキゾチックな美少女という雰囲気を纏った少女。お隣の來野家長女。

 母親のジールさんが中東系の人らしく、父親の巽さんがどこでどうやって知り合ったのかは謎に包まれているが、どうやらうちの両親、というか主に母親が手助けしたらしく度々頭を下げているのを見かける。

 

 それはそれとして、今にも泣きそうな顔になっているこいつをどうにかしないと……

 

 

「あー、まあ、なんだ? その、悪かった、と思う。もう置いていかないよ」

「……ほんと?」

「ほんとほんと。ほら、行こうぜ」

 

 

 頭を撫でながら促し、校舎への道を急ぐ。

 親父が通い、母さんが通い、今もなお残る伝説を作り上げた学校。先生の中には当時のことを知る人もいて、「あいつらマジで付き合ってなかったから逆に心配になったもんだよ……高校生なんてすぐにヤることヤってすぐ破局、が普通のところ、あの二人ときたらどう考えても付き合ってるはずなのにそんな素振りもないからEDなのかと疑ったね」と、当時の親父のことを懐かしそうに振り返る。

 結局卒業の数日前に婚約を発表したらしいが、周りは「むしろまだ結婚してなかったんだ」と驚愕に見舞われた……という話もあった。

 

 当時の親父たちがどんな生活を送っていたのか、人づての話でしか聞いたことはないが、今とそう大差ないような気がする。今だって母さんは親父にぞっこんだし、親父は母さん以外そういう(・・・・)目で見ることすらない。世にも稀な熱々夫婦だろう。

 そういう所を見てきたはずの叔母さん――綾香さんや、知り合いの美沙夜さんなんかが未だに諦めていないところはすごいと思うのだが、いい加減諦めたほうがいいんじゃないかとも思う。

 

 ……まあ、あの人たちにはあの人たちの事情があるんだろう。母さんを怒らせるようなことはしてほしくないのだが。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 部活に入っていない身ならではの早さで帰宅……とはいかず、途中でスーパーに寄って食材をカゴに入れていく。

 ずっとイギリス料理ばかりを食べていたらしいから、日本食を食べたくなっているだろうと思ったのだが……もし母さんが作るなら変に食材の用意とかしなくてもよかったか。

 などと考えていたところで、ポケットに入れたスマホが震えた。

 

 

「……げ、まじか」

 

 

 メッセージアプリの通知は、妹からの『帰ってきたよー』という一文。うちで待って出迎える予定に、ちょっと間に合わなかったということだ。……まあ、仕方ないか。

 とりあえずカゴに入れていた分の食材だけは購入して電車に乗る。時間が中途半端なためにうちの生徒は一人も見当たらない。とはいえ帰宅ラッシュ時にちょうど被ったのか車内は人でいっぱいになっている。

 

 ……そういえば、正直記憶にないのだが、俺が産まれた頃はイギリスにいたらしい。母さんが「時計塔」に行くことになり、お互いに離れることが出来なかったためにイギリスにしばらく住んでいた時期に産まれたのが俺だったと。その後大体一年周期で子供を儲け、今では六人兄妹となっている。……ちょっと旺盛すぎやしないだろうか?

 

 と、くだらないことを考えていると降りる駅に着いていた。あれ以上思考に沈んでいたら乗り過ごすところだった。

 駅から徒歩で十分。ただ真っすぐ歩くだけで着く、極めて分かりやすい位置に我が家はある。白塗りの壁が眩しい、大きな家。

 

 中に入ってすぐにリビングへと向かう。帰ってきたなら多分そこにいるはず。そう考えてリビングへの扉を開けば――

 

 

「ああ、おかえり。……少し、背が高くなったんじゃないか?」

「あー、まあね。二ヵ月もあれば伸びるだろ。それより、親父の仕事はもういいのか?」

「結構長くかかったけど、多分もう大丈夫だ。少なくとも一年は日本にいられるんじゃないか。……愛歌が時計塔の方に呼ばれたりしなければだけど」

 

 

 ぼそりと付け足された一言で、またすぐに海外に行くことになるんだろうなということを確信した。

 しばらくは日本に居られるだろうっていうのも嘘ではないだろうし、半年くらいか。先に話しかけてくるから一瞬忘れていたが、重要なことをしていなかった。

 

 

「……親父。おかえり」

 

 

 気恥ずかしさが出てきてやや小さめの声となったそれを聞いて、きょとんとした顔になった後、小さく笑って応えた。

 

 

「ああ。ただいま」

 

 

 

 

 ――沙条家は今日も平和だ。




ということで何年後かは知りませんが未来のお話。
長くかかってしまいましたが、ハッピーエンドの場合です。


……まあ、ということは当然バットエンドもあるわけですが。


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閑話:バッドエンドの場合

感想欄でみなさんに大体の展開予想されてて草
仕方ないから気絶王のヌードを……え、いらない?あ、はい。

今回は短め。


 ――白。

 例えるなら、それはミルク。甘い、甘いミルクのような白。それがどこまでも広がっていた。時折水のように波紋が広がるが、その波紋以外は変化の一つもない。

 

 殺風景、を通り越して苦痛を感じそうな一面の白。実際、人間が精神に異常をきたすであろう空間だった。壁や床の概念がなく、時間という概念もない。

 けれど、まるで温かいお湯の中にいるかのような安心感と心地よさがあった。ずっとこのままでいい、このままがいい、と思うような優しさがあった。

 そんな甘く、蕩けるように異常な空間をずっと揺蕩っていた。どこに行くわけでもなく、ただどこまでも広がる『白』の中を、海の底に沈んでいくように。

 

 この空間を作り上げた彼女()と、共に。

 このような空間を作り上げることなど『 』に接続した彼女にとっては些事でしかなく、またそれを維持させ続けることだって片手間で出来る。例え意識がほぼ無い状態になろうと無意識的に続けられるからこそ、ここは永遠にも思えるほど続く。

 

 時間の感覚は消え。言葉は枯れ。思考が蕩け。身体の自由すらも利かなくなって久しい。そうして自らの名前と、過去を喪失()れ。未来は閉ざされ。可能性を焼き尽くされた果て。

 

 人はきっと、ここを楽園(地獄)と呼ぶだろう。何かをする義務はないけれど、何かをする権利も喪失した。

 ……けれど。これは、きっと、()が望んだことなのだ。であれば、どうして嘆く必要があろうか。

 

 不意に、抱きしめている彼女()の口が僅かに動き、何かを伝えようとした。その声帯は機能を果たさずに、ただ空気の流れを生むだけだったけれど、その伝えたかったこと自体は伝わる。

 

 このまま、全てを忘れて二人(一人)で墜ちていこう。どこまでも、どこまでも。深く、深く、この甘い『白』の中を。

 

 名前はいらない。過去もいらない。他の全てのことはどうだっていい。いや、むしろ、他の全てを忘れてしまいたい。そうして何もかもを忘れた後で――ただ、彼女()さえいればそれだけでいい。

 

 

 ――本当に?

 

 

 その青い瞳が僅かに揺れる。歓喜と、迷い。この現状に対する昏い喜びと、本当にこのままでいいのかという迷いがそこに見えた気がした。

 だからこそ。()は、はっきりと肯定した。その迷いを振り切るために。もう、戻らないために。

 

 

 ――ああ。

 

 

 それでも、揺らぎは消えない。対応するようにして『白』にも波紋が広がる。

 確かに迷いはあったのかもしれない。過去()()がここをどう思っていたのかはもう分からなかった。それはもう溶けて、どこかへと流出してしまったのだから。

 だから返せる答えだって一つしかないのだ。……そう、なってしまったのだ。

 

 

 ――これでいいの?

 

 

 ――これでいいんだ。

 

 

 ――そうね。

 

 

 ――ああ。

 

 

 ああ、俺たちの終わりはこれでいい。そう結論付けると意識を『白』に溶かした――

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その始まりがいつだったのかを、二人は正確に覚えていない。否、そんなことはすでに忘れてしまっている。10秒か、3分か、4時間か、2日か、1週間か、それとも――

 ただ一つ言えることがあるとすれば、地球上に人類はもう存在していないということだけである。

 人類がこの二人を除いて残っていないのだから、この空間はエデンの園かノアの箱舟といったところだろうか。そして二人はアダムとイブ――まあ実際にはここから出ようという思考すら溶けているので色んな意味でアダムとイブにはなれないが――まあ、それはそれとして。

 

 永久に沈み続ける楽園に囚われ、記憶を溶かされ、自己を失い、全て蕩けさせながら二人は墜ちてゆく。その果てはなく、ただひたすらに墜ちていくのみ。

 過去は喪失()れ、未来を溶かし、ただ永遠に続く今だけを揺蕩う。それが果たして幸せなことなのかは……二人のみぞ知る。




イシュミールとシャルロッテどっちも来た……
死ぬんですかね……?

あと無人島で銀の魚と肉を焼き続ける作業にも飽きてきた……

あー、とジャンヌのような彼女が欲しいだけの人生でした……あの背中が大きく空いた服いいよね。二人きりの時とかにしてほしいけど。


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12

ニトクリス以外全部引いたけど、課金するべきか迷う……
メイドオルタと頼光さんは絶対引きたいのだ……


 あの夏祭り以降、彼は変わった。

 まるで鋼のように冷たい表情で、笑うことが無くなった。……いえ、薄く笑うことはあるのだけど、そこに感情はなく、ただ表情筋を動かしただけ、というような。

 本当の意味で笑うことも、怒ることも、泣くのも、全部、全部無くなってしまった。心が――感情が欠落してしまったように、勉強をしている。

 

 お義母様もそんな様子に気付いていて、わたしに何かあったのか、と聞いてきたりもしたのだけど……誤魔化すことしか出来なかった。

 だって、そうでしょう? わたしが招いた事態だもの。並行世界の(違う)わたしがセイバーと出会ったことで、彼はこんなにも苦しんでいる。それなのにわたしは嫌われることを恐れて何も言えなかったのだから。そんな臆病者のわたしが、何かを言う資格なんて持っているはずがない。

 

 彼はどうしようもなく、セイバーを恐れている。……その、より正確に言うなら、セイバーが現れて、わたしが離れていってしまうことを、ということになるのだけど。それだけ想われているというのはそれこそ飛びあがりたいほどに嬉しいけれど、同時に彼を苦しめていることで並行世界を滅ぼしたくなる。

 

 

「……ええ、そう。あんな(・・・)わたしを見られてしまったということがそもそもの間違いなわけで。出来ればもっと、違うわたしを見てもらえれば……で、でも、そのおかげで彼に好きになってもらえた、ということもあるから、別にそこまで気にしているわけでもないのだけど?」

 

 

 ……それでも。彼は苦しんだ。苦しんで苦しんで、わたしへの想い――すごく嬉しくて恥ずかしいけれど、所謂ところの恋や愛と呼ばれる感情だ――を、一部の記憶と共に心の奥底へと封じ込めた。絶対にセイバーに敵わない、という強迫観念にも似た思いと、それでも沙条愛歌が好きだという感情の板挟みで、狂ってしまうと思ったから。そうして狂ったら最後、わたしに何をするか分からないから、だから忘れた。

 

 でも、それでまた彼は苦しんでいる。忘れた、と思い込んでいるだけ。その実思い出さないように、気付いていないように、錯覚しているのだと、自分に言い聞かせているだけ。結局彼は、どう足掻いてもいつか狂ってしまうだろう。

 

 ――いえ。気付いていないだけで、すでにもう狂っているのかも。

 

 わたしだったらどうだろうか、と考えて……思わず周囲の空間を捻じ曲げかけた。仮に――仮に、彼に好きな人がいて、その人が絶対に敵わないと思う人だったら……悲しみと絶望のあまり全部滅ぼしてしまうかも、いや、する。

 

 であれば、未だ常識を残し続けている彼が、自らを律するために強力な自己暗示をかけて心を守ったのも、それでまた苦しんで、感情そのものを捨て去ろうとするのも、そうおかしな話ではないと思う。

 

 結局失敗しているけれど。

 

 

「だから……ね? そのまま苦しんで壊れていくあなたを見つめるよりは、悲しいけれどこうするのが一番でしょう?」

 

 

 愛おしい。ただ一つだけ浮かぶその感情を隠すことなく、言葉に乗せながら、眠る彼の頬に触れる。

 数日ぶりに触れた彼は、少し痩せて睡眠もあまりとれていないようだった。それだけ、苦しんでくれた。それほどにも悩んでくれた。ただその事実があれば、わたしはいつまでも待てる。

 

 

「あなた自身の望み通りに、少し隠すだけ。奥底に沈めたそれに気付けるのは、あなたを縛るものが無くなった時。意地っ張りで、見栄っ張りで、それでも素直なあなたなら――きっと、すぐ。それまではわたしも待ち続けるわ」

 

 

 深く、深く、無意識と呼ばれる領域の、さらに根底に。隠すのではなく、気付かないふりをするのでもなく。ただ、『当たり前のこと』として沈める。灯台下暗しというか、そんな感じで。当たり前だから、自覚できない。それが『普通』だから、理解できない。そんな具合に彼の中に潜り込ませる。

 

 いつか彼がセイバーという鎖を引きちぎれるようになった時が、本当の始まり。あまり長く待たせ過ぎると我慢できなくなって、それこそあなたの危惧の通りに世界を滅ぼすかも……ね?

 

 

 

 

 ……それはそれとして、一体どうやって並行世界に殴り込み(クレーム)を入れにいけばいいのかしら。




愛歌様大誤算の始まり

PS4proに買い替えるための資金に手を付けそうなくらいガチャを回したい……


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13

誰かFF15のハッピーエンド二次創作書いて(懇願)
ノクトとルーナのいちゃいちゃだけでもいいので……
何でもしまむら!


 彼の感情と、一部の記憶を沈めてから早いもので、もう数か月が経過した。その間の彼は平穏無事そのもので、勉強に勤しみながらもわたしに構ってくれるという素晴らしい状況になった。

 ほんの少しの変化だけど、唯一青木君だけは何かが変わったことに気付いて、わたしに何かあったのかと聞いてきたりもしたのだけど、これはこれで面白いからいいという結論に達したようで、今は生暖かい目で見守ってくれている。

 

 ……そういえば、なんという名前だったかは忘れたのだけど、なにか会を立ち上げたらしい。あまり周りでこそこそと動かれるのは煩わしく思うのだけど、青木君なら変なことはしないだろうというそれなり(・・・・)の信頼があるから放置。

 

 その他大勢(有象無象)なんてどうだっていいから気にも留めていない。彼に色目を使うような雌猫がいても、靡くことはないだろうし、考えるだけ時間の無駄というもの。……そうよね? アレがあるから、近寄ってくる輩なんていないでしょうし。だから別に心配事とかない……ないったらないもの。

 

 

「愛歌? ……もしかして体調悪いか? それなら引き返して家で休んだ方が……」

「え、ええ、なんでもないの。ちょっと考え事をしてただけで、何もないわ」

「それならいいんだが……本当に少しでも体調が悪くなったらすぐに言えよ?」

 

 

 少し抜けていたところを見られた恥ずかしさで声が出せずに、つい頷くだけの返事を返してしまう。それでも彼が呆れたりするようなことはなく、ただ微笑んで手を引いてくれる。

 

 ――今日は、一回目(・・・)のお祭りデート。去年のアレは彼が――正確には彼の精神状態が――大変なことになっていたから半分ノーカウントということにして。

 今年は彼の方から、祭りに行かないかというお誘いがあり、まだ浮上してきてないけどこれは最後まで行く流れ……!と完璧な準備を整えて家を出たのが数分前のこと。綾香に知られたら邪魔、もとい面倒な、彼に迷惑を掛けかねないのでちょっと寝てもらった。

 

 ちなみに言うと、彼の方も記憶を沈めてしまったので認識的には一回目のはず。……はずよね?

 うっかりやらかしてしまうことが偶にあるから、最近ちょっと不安が出てきているのだけど、大丈夫よね?

 

 なんて心を読まれたみたいに、ぴったりなタイミングで彼が呟いた。

 

 

「去年は受験が忙しかったのもあって、行かなかった(・・・・・・)のになぁ……なんか見たことある気がする」

「そ、そう? でもこんなお祭りなら色々なところでやってるから、その記憶でデジャビュを感じているのかも」

「あー確かに。祭り、って言ったらこんな感じだ」

 

 

 ちらりと出店のラインナップを見て、自分で言い出したことだけど首を傾げてしまう。トルコアイス、焼きそば、リンゴ飴、わたあめ、型抜き……この辺はいい。普通にどこのお祭りでも見かける。けれど、シェラスコ、焼き鯖、チュッ〇チャプス、千歳飴、モグラ叩き……どうしてここで出店しようとしたのか理解に苦しむ出店がいくつも見受けられる。

 

 去年の記憶が大分薄いから覚えていないのだけど、こんなものがあったような気がしない。今年からそんなチャレンジャー精神溢れる人が多くなるとも思えないのだけど……?

 

 

「こんなに種類豊富でもないような気が……」

「言われてみれば、まあ。あまり見ないようなのもあるけど……楽しめればそれでいいんじゃないか? ま、祭りなんてそんなもんだろう。ほら、行こうぜ」

「え? ええ……」

 

 

 それにしたってもずく屋は無理があると思うの。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ちらりと耳に挟んだ話では近年ではあまり人が来なくなってしまったため、目新しい感じを出して人を呼び込もう、という計画のもとに今の光景が作られたということらしいのだけど……完全に失敗した形ね。

 偶にいい出店があるにはあるのだけど、彼が興味を持ちそうなものでもないし、あまり時間を取らせてしまうのも申し訳ないから基本的に目の前を通り過ぎていくだけになる。

 

 それでもリンゴ飴やチョコバナナ、かき氷なんかは買って食べていく。素晴らしいことに、あまり多く食べてしまうと夕食が入らなくなってしまうという大義名分のもと――

 

 

「は、はい。あーん……」

「ん……やっぱリンゴ飴はうまいなー。じゃあお返しにこれ。ほら、口開けて」

「ぅ、あ、あーん……はむ」

 

 

 やってみたかったことの一つ、食べさせ合いが出来る。

 色んな意味で美味しい状況に触手(欲望)が溢れ出しそうになるけれど、なんとか堪える。ここで阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出そうものなら後処理とかも含めて大変だし。

 

 本当は別にこんなことしなくても夕食が入るくらいの分量しか食べないつもりで、食べさせ合いをするなんて考えてもいなかったのだけど。

 どこかで見たような若い男女が食べさせ合いながらわたしたちを追い越していって、最後に腹の立つような笑みを浮かべてこんなこともしていないのか、とでも言いたげな目をしていったのがすごく気になって、ついむきになってやってしまった。

 

 ……本当にどこかで見たことがある気がするのだけど、どこだったかしら。人間(ナマモノ)の違いなんていちいち確認したりしないから、本当に親しい人間以外は覚えていないのが悔やまれる。

 ああ、でも。そんなことを覚える余裕があるなら彼の一瞬一秒を目に焼き付けることに使いたいし、気にすることでもないか。

 

 早々に思考を断ち切って、二人で出店を冷かしたり、偶に買ったりして進んでいく。人が多くてはぐれそうになるからと、繋いだ手をぎゅう、と握りしめて。時折緊張のあまり汗ばんでいないかとか不安になって、でも離したくなくて。そんな葛藤を抱えながら歩いていると――

 

 

「……あ。これ……」

「ん? どうかしたか?」

「あ、ううん。なんでもないの。ちょっと気になっただけだから……」

 

 

 安っぽい金属アクセサリーを並べた出店。黒い布で覆われた台の上に並べられたネックレスの中の一つに、一瞬目を留めてしまった。いかにも安物という感じの、シルバーアクセサリー。桔梗を模った小さなプレートのついたそれに気を取られた。

 

 ほんの一瞬、これならいつも着ているあのドレスと合うんじゃないか、なんて考えて、これを付けている姿を想像して――そして、そんなわたしを見たら彼はどんな反応をするだろうかなんて、他愛のない想像。

 態々歩くのを止めてまで買おうとか、そこまで考えていたわけじゃない。けど、ちょっとだけこんなものが欲しい……かもしれない、と思っていた。

 

 そんな、ほんの少しの思い。でも彼は、好意(LOVE)を自覚していない、完全な好意(LIKE)だけの状態で――

 

 

「……ああ。うん。確かに、これは愛歌に似合うな」

 

 

 なんて言ってすぐに買って。笑いながら着けてくれて、ああ、やっぱり似合うな。だなんていうのだ。……ずるい。ずるすぎる。

 こんなことばかり続いたらわたしが耐えられなくなってしまう。

 

 熱くなった顔を隠すように俯いたところで、空に大輪の花が咲いた。

 

 

「おおーすげぇ」

「……ううぅ」

 

 

 悔しさのような、嬉しさのような、複雑な感情がわたしの中に吹き荒れる。

 

 

 ――どうにも、ありがとう、という一言は言えそうにない。




某理系の恋愛漫画ネタで気絶王にストロンチウムがいい発色をしているな……って言わせたくなったのは内緒。


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14

ただいま


 高校に上がってから二回目の六月を過ぎて、気温と湿度の両方が高い時期がやってきた。あの夏祭りからの毎日も特に変わることなく、一緒に通学して、授業を受け、わたしの作ってきたお弁当を食べてもらって、一緒に帰る。

 

 そんな、なんでもないような幸せな日々が続く――はずだったのに。

 

 

「……むぅ」

 

 

 ――ラブレター。白い便箋に、ハートのシールという、いっそ男らしいほどの隠す気のなさ。あからさま過ぎてちょっと疑ってしまうほどのラブレターが、彼の机の中から出てきた。

 床にかさりと小さな音を立てて落下したそれを拾って、注意深く便箋の裏表を確認しながら、彼はこちらを見てくる。

 

 

「うん? ……手紙、か? 愛歌が入れたのか?」

「いえ、残念だけど心当たりはないわ。……わたしならもっと直接的に行くもの」

 

 

 それもそうか……と呟きながらもう一度注意深く見ると、躊躇わずにその封を開ける――って、ああ!?

 

 

「ま、待って。……その、今開けるの? ここで?」

「ああ。どういう要件にしろ、開けてみなくちゃ分からないしな」

「え……ええと、もう少し後がいいんじゃないかしら!? ほ、ほら、もうすぐ朝のホームルームも始まってしまうわけだし! ……心の準備も出来ていないし」

「ああ……まあ、それもそうか」

 

 

 訝し気な目で見られながらも、なんとかパンドラの箱が開くのを遅らせることが出来た。とはいえ根本的な解決にはなっていないし、いつかは開かれてしまうわけなのだけど……

 

 それでも、ラブレターを貰った彼の反応を直接見るのが怖くてしょうがない。……いえ、その、万が一にも誰かと付き合うなんてことがないのは分かっているのだけど? 記憶とか色々沈めてしまったことが原因で何か影響があるかもしれないし……もし、もしもの話だけれど、告白されてそれに頷く、なんてことになったら――

 

 

 

 

 ……あれ?

 今、意識が飛んでいた、ような? ……あ。

 

 

「……愛歌? その机の上に散らばってるのは……筆ば、こ……?」

「ち、ちがっ、違うのよ!? これは……その、違うから!」

「分かった! 分かったから! 泣かないでくれ!」

 

 

 無意識に握りしめていた筆箱が中身ごとバラバラに砕け散って、散らばっているところを見られた恥ずかしさで泣きそうになる。本当に無意識だったから粉々にしているところまで見られてしまった。

 まるでわたしが怪力の持ち主みたいに見えたかもしれないけど、本当に違うから! 少し根源的なアレが出てきただけだから……!

 

 ……うう。

 今日はいつもより少しだけ、気を付けて過ごすべきね。

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 …………うー! 気になって何も手につかない!

 

 

「――愛歌?」

「わひゃあっ!?」

 

 

 突然顔を覗き込まれて文字通り飛びあがるほどにびっくりする。ほんとに、いきなりそういうことをするのは昔から変わらないけど……心臓に悪いし、こ、心の準備的にも大変だし。

 

 

「悪い、そんなに驚くとは思わなかった」

「え、ううん。わたしの方こそ……あ、その、それで、手紙読んだの……?」

 

 

 飛びあがるほど驚いてしまった恥ずかしさを誤魔化すために髪の毛の先を弄りながら、今日一日わたしの頭を悩ませ続けた事について問い掛ける。

 よく考えたら、今日一日中驚いたり恥ずかしい思いをしたりし過ぎじゃないかしら……? あまりにもラブレターによる精神的動揺が大きくて、『沙条愛歌』を保てない。わたしは彼の考える『沙条愛歌』でないといけないのに。

 

 

「ああ……うん。愛歌にも、一応聞いてもらうかな。あれ、ラブレターだったんだよ。勘違いのしようがないくらいに直接、あなたのことがずっと好きでしたって書いてあってさ。けど、返事はなくてもいいとも書いてあったから、どうするかは迷ってる」

「へ、へぇ……そう、なんだ……」

 

 

 思わず首に下がるネックレスを握りしめる。わたしが視たのは、夕焼けに染まる教室の中でわたしと彼が話している姿とか。雰囲気はそんな悪くは視えなかったけど……そう、よね? 別れ話(そもそも付き合っていないのだけど)とか、付き合い始めた報告をしているとか、そういったものでは、ない、はず。

 

 しばらく煩悶していると、彼が心配そうに覗き込んでくる。

 

 

「愛歌……? 大丈夫か? 悩み事とかなら相談に乗るぞ?」

「その、ごめんなさい。でも、こればっかりはあなたには話せないっていうか……とにかく! あんまり『関係ない』から、もう忘れて?」

「っ……! あ、ああ。そうだよな」

 

 

 実際は関係ないどころかむしろ彼のことだからこそ悩んでいるのだけど、まさか「あなたのことで悩んでるの……」なんて言えるわけもないので必然的に誤魔化すことになってしまう。

 ……少し、悪いことをしてしまったかしら。一瞬彼の顔が引きつり、それっきり無言になってしまった。

 

 心を読んだりしていないから、彼がどう思っているのかが分からない。分からないから、怖い。もしもさっきの一言が原因で嫌われたりなんかしたら……! いえ、彼ならきっとそんなことはないもの。大丈夫、きっと……

 

 

「なあ、愛歌。君にとって俺は……なんなんだ?」

「え? それはその……改めて聞かれると、なんていうか、言葉に困るわ。ええと、あのね? 決して嫌いってわけじゃないのよ? ただ、真っすぐ言葉にしろと言われると困るっていうか、わたしとしてはもうちょっと雰囲気のある時にしたいっていうか……えへへ」

「……まあ、そりゃそうだよな。……はぁ」

 

 

 何故か悲し気にため息をついた後、彼は目を合わせてくれなくなってしまった。

 

 後から思えば、この時の不用意なわたしの言葉が彼を傷つけていたのは確かだった。けれど、この時のわたしはいろんな意味で冷静じゃなかったから……というのは言い訳ね。

 

 

 

 

 この時のわたしは、彼があんなことになるだなんて思ってもいなかった――




あんなこと(完全に吹っ飛んだ思考で青森まで逃げようとか考えだす例の事件)


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15

今回の話は時系列的には第一部の回想の、気絶王が告白に対する返事をした日になります。
つまり第1話。

短めですが、すいません。

そういえばPS4Proを購入したんですが、やばいですねこれ
私が作っためっちゃ美人な灰の人がぬるぬる動くし、綺麗になってる。
常にヤハグル装備の狩人様もぬるぬる動く。
素晴らしい。


 ……ううぅ。

 なんだか最近避けられているような気が、というか確実に避けられているわ……なんでこんなことに……やっぱりあのラブレターのせい、ひいてはラブレターの差出人である佐藤さん(多分そんな感じの名前)のせいということでやっぱり消滅させるほかないのではないかしら?

 でも、そうしたら彼に嫌われてしまうのでは……あっ、でも待って。彼がその、わたしのことを好きになったのは『セイバーに出会う並行世界の沙条愛歌』が元なのだからそういう面を見せても大丈夫かも……いえ、それでも彼はそういう(・・・・)ことをするのは良くないと思っているみたいだし、やったら嫌われてしまうかも……?

 

 

 (それだけは……それだけはだめ!!)

 

 

 一瞬だけ想像してしまった未来に震え、ちらりと件の鈴木さん(多分そんな名前)の方を見ると、彼のことをさりげなくちらちら見ている。

 

 ……。

 はっ!? 危ない危ない。空間を捻じ曲げてしまいそうになっていた。最近、どうにも力の制御が出来なくなってきているのは勘違い……じゃなくて、感情の振れ幅が大きいせい。心を落ち着ければいいのだけど、そう簡単に出来たなら苦労しない。

 

 簡単には出来ないことといえば、田中さん(多分)が彼を好きになることだって、そうそうはないはずだった。

 わたしが付けた肩の傷痕はもちろんただのマーキングとか、そういったものではなく。あれは魔術的な力による、立派な雌猫避けとして機能しているはずだったのだ。具体的にどういう効果かというと、彼に異性的な意味での好意を抱いた女がいた場合、その人にちょっとした不幸が訪れる……そんな程度の軽い(まじな)い。

 

 話しかけようとすると用事が入って話せなかったり、何かのチャンスを作ろうとすると失敗したりということが続くと、普通の人は自然と諦めていくものなのだけど……佐中さんはそれを乗り越えるほどに強く彼のことを想っている。

 きっと、ラブレターを出すのだって何回も失敗したはずだった。それでもラブレターを出して、自分の好意を伝えた。その意志の強さは少し、好ましいと思う。

 

 ……だから、まあ。そのガッツは、み、認めても……いいかしら?

 いえ、その程度のことで揺るがないと自分で信じていられなくてどうするのかしら! そう、そうだわ! むしろわたしが彼女にチャンスをあげるくらいじゃないと!

 

 

 ――そうと決まったらすぐに行動ね。

 本来なら何らかのハプニングで届かなくなるはずだった彼女の手紙だけど、一時的に効力を弱めて届くようにする。……多分そのままにしていたら手紙は掃除の時に紛失とか、突然の突風で読む前に飛んでいくとか、そんな感じになっていたと思う。

 

 態々相手にチャンスを与えるくらいには余裕があるっていうことを証明しないと、まるで他の誰かに彼が靡くと思っているように見えるでしょうし。だから別に、全然、これっぽちも不安なんて――

 

 

「沙条さん」

「――っぴ!?」

 

 

 いつの間にか思考に没頭していたようで、突然誰かに肩を叩かれたことでようやく近くに人がいることを認識する。……もちろん、彼の存在は常にどこにいるのかはほぼ把握しているのだけど。

 振り向くと、そこには件の中村さんが立っている。……何か用? ああ、そう。なるほどね。

 

 

「あ、ご、ごめんね驚かせちゃって」

「ううん、別にいいの。……それで、何か?」

「……ええと、その、ね? 多分、分かってると思うから誰にとは言わないけど……この後屋上に呼び出されてて。なんていうかその、一回話してきた方がいいんじゃないかな、って。最近あんまり話したりしてないみたいだし」

 

 

 ぐちゅ、と言う音でどうやら自分が空間を捻じ曲げてしまっていたことを自覚する。気付かれる前に一瞬で治した。先に心を読んで分かっていたとはいえ、実際に言葉として耳に入ると込み上げてくるものがある。

 

 ……ああ。一体、誰の、せいだと。

 

 

「……そう、ね」

「うん。それじゃあ」

 

 

 ああ全く。

 

 

 

 

 ――やっぱりあの子、好きにはなれそうもないかな。




最近某静画に武内Pの絵が結構上がってて嬉しいとか思ったけど私はホモじゃないです()


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16

テスト前だけどバリバリ書いて投稿していくスタイル


 非常に――非常に、不服ではあるけど。アレの言う通り最近、わたしと彼との間に会話が少なかったのも事実。だから、まあ。アレの言うことに従った形になるのは非常に不本意なのだけど、屋上に行くことにした。

 

 屋上は風が通り抜けて結構涼しい。昼間一緒に来たときにはまだまだ暑いと思っていたのだけど。なんとなくベンチに座って、最近のことを振り返る。

 ……確かにおかしくなっている。『無意識の好意』で動いていた彼がわたしから離れようとするなんて。まさか沈めたことに何か問題が起きたとは思えないし、変化があったのは彼の心なのでしょうね。だとすると、一体何が原因か、という話になってくるわけで――

 

 

「それはやっぱり、あのラブレターが発端としか思えない……ううん、やっぱりアレ(雌猫)、潰しとくべきかしら?」

 

 

 邪魔だし。何と言っても邪魔だし。とはいえまた彼の記憶を弄ったり、っていうのも嫌だな。ああでも、どうしよう……本当に扱いに困るものが出てきたわ。

 

 なんて考えていると彼に動きがあって、ここに向かっているらしいことが分かる。……自慢じゃないけど、半径20キロの範囲だったら彼がどこにいるのか、どんな動きをしているのかは手に取るように分かる。結婚した時に夫を支える良き妻としていられるようにするための準備だ。

 

 やがて屋上の扉を開けた彼はぽかんとした、可愛らしい表情を浮かべてわたしを見た。……けれど、その理由はアレがいると思ったらわたしがいたから、というもの。ああ。許せない。どんな理由があっても、どういう状況でも、彼の心を動かしていいのはわたしだけ――やっぱり殺そうか。

 

 

「……なんでここにいるか、理由くらいは知りたいでしょう?」

「ああ、そうだな。なぜ俺がここに来るか……というより、なぜ俺がここに人を呼び出したことを知っているんだ、沙条(・・)?」

 

 

 ……沙条、ね。もう、名前で呼んでくれないの? どうして? やっぱりアレの、あの肉袋のせいなの?

 ああダメだ。『いつも通りの沙条愛歌』でいようとしたのに――壊れてしまう。歪んでしまう。剥がれてしまう。あとに残るのは、泣きたくなるほど無力な少女。

 

 

「本人が教えてくれたの。あなたに呼び出された、って」

「はっ……どうやって聞き出したのかは聞かないでおくが、これは俺と彼女との問題だ。沙条、お前が出てくる幕はない」

 

 

 彼の目つきが鋭い。こんなこと、今までに一度もなかったのに。分からない。分からない。未来を視ていないわたしは、これからどうすればいいのか、どう動けばいいのか、その正解が分からない。

 ……いやだ。あなたがいない、あなたが隣にいない、そんな未来はいやだ。そんなことになるんだったら――こんな世界いらない。

 

 ……。

 

 

「……そう。そうなるのね。これは視えて(・・・)なかった。どうしても本当に知りたいこと(未来)だけは視えないものね」

「何の話か知らないが、そろそろ時間だ」

 

 

 前に視たのは夕暮れの教室で話すわたしたちの姿。あの様子だと険悪な様子もなかったのに、何かを失敗してしまって未来が変わってしまったのか。ならどこで? 何を? どうすれば? そんな、わたしが本当に知りたかったことを知るためには一から十まで全部視る必要がある。

 

 けれどそれでは、彼の言っていたとおり、そして出会う前のわたしのように、『夢を描くこともなく生きる』ことになる。……それはそれで、いやだった。

 ……でも、本当に大切なものは何かと言ったら。それは……。

 

 覚悟を決めよう。わたしは――沙条愛歌は、彼が好きだ。愛している。何よりも、誰よりも、彼さえいるなら他の全てが死滅したっていい。

 だから。だから――わたしは未来を視て、彼の心を覗いて、邪魔するもの全てを殺そう。

 

 

「――あなたがそう来るなら、わたしもなりふり構わない。終わったら教室に来て」

 

 

 そう告げた時、彼の顔は今にも泣きだしそうになっていて。手が上がってわたしの方に伸ばされていた。けれど、伊藤さん(今ちゃんと思い出したから、これが本当)のことを考えてか、拳を握ってわたしを見送る。

 

 わたしたちの間の壁を象徴するように屋上の扉が閉まって。わたしはズルズルと座り込んでしまう。……伊藤さんには悪いけど、遠回りになる向こうの扉から来てもらおう。

 

 

「……そう、出来たならどんなに良かったでしょうね。でも、でもね。あなたが教えてくれたから、あなたが気付かせてしまったから。もう、わたしには出来そうもないわ」

 

 

 未来を視ようとしても心のどこかでブレーキをかけてしまう。だからほんの少しの未来しか視れない。

 心を覗こうにも無意識に遠慮してしまう。だから心の表面的なもの、最も思考の割合が大きいものしか分からない。

 邪魔するもの全てを殺すのは――まあ、なんの制限もないのだけど。それでも綾香や美沙夜ちゃんたちを巻き込みたくないと考えるわたしがいて。

 

 

「……弱く、なっちゃったかな」

 

 

 

 

 ……それすらも彼の影響だと思うと嫌じゃないと考えてしまうあたり、結構重症なんだろうなぁ。




やさしいおねーちゃん(根源接続者)の出来上がり


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ANOTHER:幼馴染が魔性菩薩だった件

感想で頂いた幼馴染がキアラだったら……というやつでございます

この話はもしも気絶王がキアラの幼馴染であり、かつ元々気絶王がキアラを好きでいたらと言う前提のものとなります
……あと、幼馴染とは言うけどキアラが外界に出てきてからの関係です。

やや短めですが、どうぞ


 日々の生活において、これ以上ないほどの幸福感に包まれる、という経験はあるだろうか。例えば、テストでいい点を取ったとか、宝くじが当たったとか、彼女が出来たとか、そういったことで幸福感に包まれることはあるかもしれない。だが、なんでもない日常が幸せであるというのはそうないことなのだろう。

 

 だから、そういう意味では俺は結構レアケースなのだろう。本当になんでもない日常の、なんでもない一日一日が幸せなのだから。

 

 その理由の最たるものである、隣にいる女。もう何度も手を繋いでいるのに、未だに彼女は顔を赤らめている。

 

 

「いい加減慣れてもいい頃じゃないかなぁと俺は思うんだが」

「いえ、その……触っているだけで気持ちよくなってしまって……」

 

 

 いやいやと恥ずかしそうに首を振るさまはちょっと歳より上に見られる高校生にしか見えない。――だが、彼女は本来人類悪となるはずの存在だった。いや、だったというのは正しくない。これからなるはずであり、その可能性はとても高い存在だ。

 

 ゾクリとしたものが背筋を一瞬撫でるが、その感覚を気にする前に彼女が目線を合わせてくる。若干背が低いため、自然と上目遣いになる。

 

 

「ところであなた?」

「なにか?」

「今日もご両親はいらっしゃらないのでしょう?」

「……そうだな」

 

 

 やった、と小さくガッツポーズをするところとか、ちょっと外見年齢が高めなことを気にしていることとか、他にも色々と可愛いところは語りつくせないほどにある。

 だが、彼女は――

 

 

祈荒(キアラ)。頼むから四日連続はやめてくれ。いい加減腰が痛いっていうか眠気が半端ないっていうか、色々と大変なんだが」

「そんな殺生な……」

「殺生院だけにってか、やかましいわ。……あのな、現在の状況を考えろ」

「そうですね……こうして誰とも知れぬ方々に見られながらというのもそれはそれでよいものなのでしょうが……出来ればあなただけに見てほしいですね……」

 

 

 またもや恥ずかしそうに首を振っているが、その発言の内容と言うか、頭の中に呆れるばかりだ。どうすればこの状況で致そうなどという思考に至るのか。流石はテラニ―様である。頭の中がエロいことしかない。

 

 ――殺生院キアラ。もしくは殺生院祈荒。Fate/EXTRA CCCにおける全ての黒幕。自分の快楽のためなら人類が滅びることも厭わず、また他人の人生を台無しにすることでしか絶頂できないという破綻者……になるはず。高校三年の今の時点でその片鱗を見せているのだから幼馴染の俺の胃痛も大変なものになっている。

 

 彼女と出会ったのは中学の頃。生来病弱で、山の奥地に隠れるように住んでいた彼女が治療のために外界へと出てきた所で初めて出会った。

 その時の俺の衝撃は大変なものだった。なにしろ俺は殺生院キアラというラスボスについての記憶を持っているのだ。その衝撃たるや、殺生院祈荒と名乗る彼女に出会ったその日に鼻血を吹いて倒れたほどである。

 

 それから、隣に引っ越してきた祈荒と日々を過ごし――気付いたら俺達は付き合っていた。まるでスタンド攻撃のように「何が起こったのか以下略」という具合で本当に気付いたら付き合っていた。

 とはいえ祈荒は黙っていれば大変な美人だし、暴走しなければ普通の心優しい女性だし、何かと可愛い所も多くある。……まあ、だから。

 

 なんだかんだで、彼女のことを好きだったりする。

 

 

「あのなぁ! 俺たちは高校三年生なの! ……それは分かる? 受験生ってことも分かってんだろうなおい」

「ええ……ですが、そのような些事、気にすることはないでしょう?」

「するよ!? なに言ってんの!? 大学行かなきゃ就職もままならない時代なんだぞ!?」

 

 

 本当にどうした、と心配になる。殺生院祈荒という女は――欲望に忠実で、他者を顧みず、人類がどうなろうと知ったこっちゃないという感じの……割と言いそうだったな! にしたっていきなりこんなことを言い出すような奴じゃない。

 上目遣いに覗き込む祈荒がくすりと笑って俺の疑問に答えた。……結構な時間を一緒に過ごしてきたせいで、考えることが大体見透かされているのだった。

 

 

「――だって、卒業したら結婚するのでしょう?」

「っ!?」

「結婚して、子供をなして……そういう日々を送るのですから、大学に行く必要はないでしょうし」

「いや、ほら、お金の問題とかあるでしょうよ……」

「ええ。それも(わたくし)がなんとかいたしましょう。……ですから、気にしなくともよいのです」

 

 

 えぇ……? と言いたくもあり、とてつもない嬉しさも感じているあたり、俺も大分アレなんだろう。……いや、主夫になりたいとかそういうわけではないんだけど。

 俺にとって殺生院祈荒という女性はあまりにも魅力的に過ぎた。例え彼女の末路が魔性菩薩でも、俺にとっては他に代えようのない、たった一人の彼女だ。

 

 

「いや、まあ。祈荒が働いて俺が家事とか育児に専念するっていうのも悪くはないんだろうけど……基本的に祈荒は家事とかできないし。……ん? 待て、その場合でもお前は大学とか行かなきゃだろうし。……そもそも祈荒はどんな職に就きたいと考えてるんだ?」

「そうですね……セラピスト、というのはどうかと考えているのですが」

「ああ。確かに祈荒と話してると気が楽になったりするし、慕ってる人も多いし、向いてるかもしれないな」

「まあ……そういってくださると思っていました。ええ、ですからやはり、本日は朝までしっぽりと……」

「それとこれとは話が違うな、うん。そういう勉強とか必要だろうし、今日はやめような?」

 

 

 だが――この万年発情期のエロ尼はニッコリと笑うと。

 

 

「嫌です」

「だめです」

「嫌です」

「だめでござる。今日は断食でござる」

「嫌です」

「……はぁ。分かった。一回だ、一回だけだぞ! それ以上はやらないからな!」

「うふふ……はい」

 

 

 ところで、と祈荒が胸の前で手を合わせながら聞いてくる。

 

 

「結婚することに対しては何も言わないのですね?」

「――ああ。そりゃあだって、元々いつかは結婚するつもりだったし」

「へっ!? そ、そうなのですか……!?」

「最初から一生添い遂げるくらいの覚悟でお前と付き合ってるんだ。時期が多少前後したって別にどうってことはない」

 

 

 そう答えていると、祈荒の顔が真っ赤に染まっていき、最後には俯いてプルプルしだす。経験から言えば、この女がこうなった時は大抵ロクなことにはならない。

 

 

「――もう我慢できませんっ。早く帰ってシましょう! ああ、もうそれすら待てない! 今! ここで! 一つに! さあ!」

「落ち着け! 色んな意味で不用意な発言をしたのは俺だからこの際ヤルことに関しては諦めるけどせめて放課後にしろ!」

「放課後!? ということは教室ですね!?」

「なわけないだろ!? ああもう全く、ほら、これでその涎拭け。そしたら学校行くぞ」

「ああ! そんな殺生な……」

「もう突っ込まないぞ」

「そんな、突っ込むだなんて……(わたくし)、濡れてしまいます」

「……ダメだこいつ」

 

 

 ため息を吐きたくなる気分。本当に、なんで俺はこんな女を好きになってしまったのだろう。惚れるのに理由はないとかよく言うが、本当にそうだ。というかむしろこんな魔性菩薩、普通は惚れる理由がない。

 

 

 それでも、惚れてしまったのはしょうがないのだった。




ちょっと素直になれないけど、しっかり惚れてしまった気絶王。
真っすぐ純粋な好意を向けられて絆されてしまった魔性菩薩。

一体どちらが先に惚れて、告白したのかはご想像にお任せします。
ついでにいえば愛歌様と違って敵わない相手がいないので変な紆余曲折なくストレートに恋路が進んだり。


……そういえば、活動報告とかで更新のお知らせをした方がいいのでしょうか?
みなさん更新したらすぐに謎の速さで感想を書いてくださるので今まで気にしていなかったのですが、ツイッターとか活動報告でお知らせをした方が良かったりします?


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ANOTHER:嫁がビーストⅡだった件

期待の声があったので……

ティアマトの幼馴染にしてしまうと気絶王が色んな意味で人間をやめてしまうため嫁にクラスチェンジです

それからこの話はちょっとエロいぞ


 ……うん。いや、あのね?

 言いたいことはたくさんあるんだ。それはもう、この一日かけてもなお言い尽くせないほどには。けれど今は、この一言だけにしよう。

 

 

「どうしてこうなった……!」

 

 

 ガッ〇ム。ホー〇ーシット。フ〇ック。次々と罵倒の言葉が出てくる。何に対してかって? 俺をこんな状況に叩きこんだ奴に対してだ。

 

 ……オーケー、じゃあ説明するぜ? 台風が上陸して大変なことになった時に、田んぼの様子を見に行ってしまったがゆえに死んでしまった情けない男がいた。そう、俺だ。そして、死んだと思ったら古代メソポタミアに王族として生まれていた。は? って思っただろ? 俺も思った。

 とにかく、俺は気付いたらメソポタミアで王になる運命にあった。面倒なことこの上ないが、ほとんど肉体労働しなくていいということに気付いて以来、それはもう鬼のように頑張った。反逆とか怖いし、まともな王であろうとしたのだ。そんな日々が過ぎて、気付いたら俺は立派な王として認めてもらえるようにはなった。

 

 ……ここまではいい。問題はその先だ。何やら近くの国の王は色々とすごいらしいという噂が入った。その名を――ギルガメッシュ。その時全てを悟った。いや、嘘だ。この時空が型月時空ということしか悟らなかった。まあでも、ギルガメッシュがいるだけなら別に問題ないだろう……と甘く考えていたのが悪かった。

 

 魔術王(ソロモン)が来た。このメソポタミアの地にビーストⅡ――ティアマトと聖杯を置いていきやがった。これには温厚な気絶王もガチギレである。王になって数年。なんだかんだで王としての意識が芽生えたここでこの仕打ち。ヴェスヴィオ火山が噴火するほどの怒りを感じた。

 そして、俺は血迷った。頭脳労働しかできないくせに、ティアマトと対峙することを決意したのだ。なんかいけそうな気がしたのだ。

 

 で、気付いたら。

 

 

「?」

「ああもう可愛いなぁ! ちくしょう!」

「――てれる――」

 

 

 物凄い角の生えたエロい格好の女神の頭脳体をお持ち帰りしていた。いや、違うんです。警察は……俺が法じゃないか。これは別に犯罪じゃない、いいね? 足を怪我していたから手当てをしてやって、通じない会話に遠い目になりつつ、飯を食わせ、一日中頭を撫でて過ごしていたらいつの間にか発情していた。そして、発情したこのティアマトの頭脳体、ファム・ファタールというらしいが、これに襲われ、三日三晩の戦いの末に勝利し、黄色い朝日を拝んだ。

 

 寝不足と疲れからくる謎のテンションで、俺は人類を救った! と小躍りしながら担いで都市まで連れ帰り、民たちに喝采されながら城まで来てぐっすりと眠り、起きたのがさっき。本当にどうすればいいのだろうか。ティアマトはきっと旧人類を滅ぼすだろう。しかしなぁ……ううん。

 

 

「――なやみごと、きく――」

「……ティアマトは、俺たち(旧人類)を滅ぼすだろう? けれど、俺は君を殺したくないと思っている。こうして肌を重ねて、想いを通わせてしまった以上、俺には君を殺すことは出来ない」

「――う――」

「けれど、けれどね。俺は王だ。王なんだよ。俺は民を守らなきゃいけない。彼らの笑顔を、生活を、命を、消させるわけにはいかないんだ」

「――じゃあやめる――」

「だから俺は今とてつもなく――うん?」

「――ほろぼすの、やめる――」

 

 

 ……うん?

 

 

「――でも、おいていかないで――」

「え、ああ。はい」

「――わたしから、また、はなれないで――」

 

 

 ぽろぽろと、星の内海を映す瞳から透明な滴を零しながら、懇願してくる。ティアマトの神話は知っている。彼女が産んだ子らからどういった扱いを受けたのかも。だから、そっと抱きしめた。

 

 

「……うん。俺が死ぬまでは、絶対に。ティアマトを置いていくことはしない。離れたりもしない。一生を、君と共に過ごそう」

「――いいの――」

「いいよ。ティアマトは悪くないし。それに人類を滅ぼしたりはしないんだろ? なら、俺の悩みは解決だ。ティアマトは何か悩みとかはない?」

 

 

 そっと抱きしめながら頭を撫でつつ、優しく言葉をかける。ゆっくり、俺たち(旧人類)に拒絶されて冷え切った心を融かすように。――どうか、どうかこの心優しい神の傷が癒えるようにと願って、その身体を抱きしめる。

 

 

「――こども――」

「子供?」

「――こどもが、ほしい――」

「え、あー、うん。……そっか」

「――つくろ――」

「うっ」

 

 

 ぷしっ、と鼻から鮮血が散る。なんという破壊力。なるほどビーストⅡとはこのことか。今のは途轍もなく破壊力が高かった。おかげで臨戦態勢になってしまった。元から刺激の強い格好をしているし、体はどこも柔らかくて、不思議な、けれど心地のいい匂いがするせいで暴走しかかっていたのが一気にきた。

 

 

「じゃあ、うん。しようか」

「――いっぱいほしい――」

「分かった」

「――すき――」

「……うん。俺も、好きだ。結婚しよう」

「――けっこん、なに――」

「あー、結婚っていうのは……ずっと一緒にいることを誓う儀式、みたいな」

「――する――」

「あぁ……なんか色々考えたりしなきゃいけないことが……けどまあ、今は忘れておきますか」

 

 

 それから一週間くらいずっと、ティアマトのことを抱きしめて頭を撫でながら、彼女の希望通りにした。動作の一つ、歌のような声、表情、全てが俺を捕らえる。どんどん彼女に溺れていくのを感じる。でも、ティアマトの方も同じように俺を求める。食事の間などもずっと、ティアマトに繋がったまま、一週間を過ごして。

 

 ウルクからの使者が来たことでようやく、その生活は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ……。

 

 

「……」

「……」

 

 

 沈黙が、痛い。

 というか怖い。相手がかの英雄王(・・・)なのだから、緊張もするし、怯えもする。

 

 あのティアマトに溺れる生活が終わってから一月ほど。地味に色んな問題が発生していたため、それの対策などをしているうちに早くも一月が過ぎた。具体的にはティアマトが放置したラフムたちが暴走していたり、召喚されるだけされていたゴルゴーンとか、ケツァル・コアトルとか色々な女神関係。……本当に大変だった。

 

 ……それにしても、意外とまつげ長くないかこの人?

 

 

「……貴様」

「え? あ、はい」

「昔から阿呆だとは思っていたが、よもやここまでとはな……」

「いや、照れるね。エルキドゥにもよく笑われたよ」

「――フ、ふはは、ははははは! ははははははははははははは! よくもまあそんな馬鹿な真似が出来たものだ! シドゥリ、水差しを持て、これは! ふははは! 命がまずい! あのグランドキャスターめの計画を! この阿呆が! ふははは!」

 

 

 腹を抱えて大笑いする英雄王――ギルガメッシュ。彼としてはかのグランドキャスターの計画をなんの考えもなかった俺が結果的に止めたことが大うけなんだろう。

 

 

「ギルくん笑い過ぎだぜ」

「ええいギルくんと呼ぶなと言ったであろう! ……フフ、しかし、よくやったと言わざるを得んな、これは。貴様のその馬鹿げた行動のおかげで我の手間が省けた」

「ま、これで民が被害を受けるってこともないし。結果良ければすべて良しってな。じゃあ俺は帰るよ。酒呑むならまた今度な」

「――ああ。また会おう」

 

 

 あまり長く待たせるわけにはいかないのでギルガメッシュに別れを告げ、早めに出ていく。ギルガメッシュには悪いけど、仕方がない。人理の崩壊を防ぐ一助的なあれだから。

 謁見の間から出ると、小柄な影が二つ近寄ってくる。一つはこの前式を行い、晴れて正式に妻となったティアマト。

 

 

「――おかえり――」

「ん、ただいま」

 

 

 そしてもう一つは。

 

 

「お、おかえり。と……父さん(・・・)……」

「ただいまー。さ、帰ろう。キングゥ(・・・・)も待ってて疲れただろ?」

「……いや、ボクは疲れたりなんか――」

「――おちつき、なかった――」

「そっか。ごめんなー、長かったよな。よしよし」

「う、うう……」

「――わたしも――」

「ん。よしよし……」

 

 

 ギルガメッシュの親友。エルキドゥの身体を元にした存在、キングゥ。彼はティアマトの子であり、ということはつまり、ティアマトと結婚した俺の子ということだ。かつての親友の身体をベースにしたキングゥが俺の子供になるということでギルガメッシュの顔が面白いことになっていたのだが、その話はまたいつかにしよう。

 

 

 ただ、今はこの大事な家族を目いっぱい構い倒すのだ。




抱きしめた時に角邪魔そう()

王にした理由?
特に深い理由はないけどあえて言うなら神様を嫁にしても許されそうじゃん?


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17

妹さえいればいいっていうラノベめっちゃ面白い……好き……

あとサンディエゴと結婚したエゴ


 未来を視ることも出来ず、心を覗くことも出来ず、邪魔するものを殺しつくすのは……出来るけど、そんな中途半端な状態。

 昔のように、もしくは並行世界の『沙条愛歌』のようにあれたらどんなに楽だろうかと考えて、でもやっぱりそれは嫌だと思いなおしての堂々巡り。

 

 人払いの魔術をかけたことで、誰もいなくなった校内は当然だけど閑散としていて、わたしが床を踏む音だけが響いている。窓から差し込む夕陽がオレンジ色に染め上げて、少しだけ世界の終末とはこんなものじゃないかと考えてみる。

 

 ……いけない。あまりにも彼に拒絶されたショックが大きすぎて世界を滅ぼすとか手当たり次第に殺していくとかそういう発想になってしまう。落ち着け、わたし。まだ完全に終わったわけじゃない。

 まずは教室で色々仕切りなおそう。彼の知っている通りの、彼が好きになったはずの、『沙条愛歌』らしく、超然として泰然とした姿を見せなければ。

 

 

「……うん」

 

 

 一度彼の愛を知ってしまったから、もう二度と離れられない。離れたくない。何処までも深く、深く包み込むような、受け止めて、受け入れてくれる彼だから。わたしはこんなにも悩んでいる。

 

 彼のあれ()は――麻薬だ。一度知ってしまえば最後どんなものだろうと抗えないほどの純粋な愛。どんなに心が邪悪に寄っていても、それすらも笑ってしょうがないなぁなんて、受け入れられてしまう。彼は分かっていないけれど、それでどれだけわたしが救われたことか。……あれは、わたしのように自分が善ではないと理解しているものにとっては致命的な毒のようなもの。

 

 だって――誰が悪を、それも世界を滅ぼすような邪悪を愛するというのかしら?

 

 そうと知っていながら、それでもたった一人の存在として見てくれるというのはあまりにも嬉しく、苦しい。

 だから、溺れるのは仕方がない。

 

 

「だからといって他の雌猫(ビースト)には渡さないのだけど!」

 

 

 ……あれ? 別にそんなことを言うつもりはなかったのだけれど……なんとなく言わなきゃいけない気がした。まさか並行世界で……いやいやそんなはず。覗くべきかしら。でも、万が一そういうことだったら悲しいし、つい勢い余って(戦争して)しまうかもしれない。

 気のせいと言うことにしておきましょう。

 

 

「――来た」

 

 

 心臓がどきどきする。うまく喋れるかしら。髪型とか、変なところはないはずよね。え、ど、どうしよう、いつもどうやって話していたかが分からなく――待って待って、まだ開けないで心の準備が、って、あれ……?

 

 

「……沙条。その、俺には理由も分からないし、どうすれば良かったのかも分かっていない。それでも謝らせてほしい。沙条を泣かせたことは――傷つけてしまったことは、俺の所為だとは分かっているから……すまなかった」

『やっぱり愛歌はめちゃくちゃ可愛いな。ああもう、どうしようもないなこれ。なんで今まで気づかないでいたのか分からないけど――やっぱり、俺は愛歌が大好きだ』

 

 

 彼の心の声とでもいうべきものが漏れ聞こえる。私が制限を少し緩めたから聞こえること自体はいいんだけど、でも、内容がおかしい。これじゃ、まるで(・・・)――好意を自覚しているような言いぶり(思考ぶり?)だ。

 もしかして、もしかしてだけど。遂に彼が好意を自覚してくれた、とそういうことなのかも。もしそうなら、ようやくセイバーへのコンプレックスにも折り合いをつけられるようになったってことで、つまりつまり、これはもはや結婚といっても過言ではないのではないかしら!?

 

 お、落ち着くのよわたし……あくまでも落ち着いて、超然としたわたしでいないと。

 

 

「ふふっ……あなたはいつもそうね。頑固で、見栄っ張りで、怖がりで――なのに、蕩けるほどにお人好しで、優しい。……ね、頭を上げて? 全然気にしていないの。少しだけ傷ついたのも事実だけれど……それよりも嬉しいことがさっきあったから、もういいの」

「……そう、か。ありがとう。沙条はいつもそうだな。余裕で、超然として、絶対だ」

「そうでもないのよ? ただ、好きな人にはいつも見てほしい自分だけを見ていてほしいもの」

 

 

 うぅ、だめだ。気を抜くとすぐに頬が緩んでしまう。気持ちが落ち着くまで彼に顔を見せないようにしないと。

 そう考えて黒板の方に向かって歩き出す。なんとなく机の天板に指を躍らせながら歩いていると、彼の(心の)声。

 

 

『……やっぱり、妖精みたいだな。ああ、でも愛歌が妖精なら――俺は決して掴めない幻想(フェアリーテイル)を追う愚か者か。そう考えるとあれだな、愛歌は幻想の恋人というか。つまり二次元では?』

「むっ……心外だわ……やっぱり教科書(薄い本)の通り、攻めていくのが正解なのかもしれないわね……」

 

 

 決して掴めない幻想じゃない。ちょっと夢見がちな根源に接続しているだけの実在する女の子であるということを分かってもらわないと。

 

 

「ちょ、待て。何をするつもりだ」

「ナニをするって……決まっているわ」

 

 

 これだけ綺麗な夕焼けに染まった教室で、っていうのもそれはそれで……アリね。でも、今回は初体験だから、出来ればベッドの上でしたい。ああでも、彼が求めるならここでっていうのも拒否する気は……もう、どうして後ずさるのかしら。

 

 

「……ねえ? ここでシてみましょうか?」

「やめてくださいしんでしまいます」

『おい馬鹿待てやめろ! 今の俺じゃ拒否できそうにないんだぞ!』

 

 

 なんだか楽しくなってきた。もう後ろに行くことの出来ない壁にぶつかって、慌てふためいている様子とか、夕陽のせいじゃなく、顔を真っ赤にしているところとか。これ以上なく、そそる。

 

 

「それで、誰を選ぶの? 私か、綾香か……それとも、美沙夜ちゃんかしら」

「おまっ、それ以上近づくと……!」

『うわわわ、ちょっ、まっ、近い!』

 

 

 今まではどうってことなかったはずの距離なのに、自覚した途端にこんな反応をしてくるのだからおかしくってしょうがない。ちなみに質問に意味なんてない。わたしを選ぶことは分かり切っているのだし。

 

 

「……近づくと?」

「……死ぬぞ」

『主に俺が』

 

 

 あえて言葉通りに受け取ったふりをしてみる。

 

 

「……ふふっ。あなたに殺されるなら、私はそれでもいいけど……?」

「ちょ、やめっ、ひぃ」

『近い近い近い! 柔い! 温かい! いい匂い!』

 

 

 余りにも混乱している彼の様子がおかしくて、愛おしくて、ついつい胸元がみえるような姿勢を取る。必死に顔をそらしながらもそこに目線が行っていることを確認して、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。

 頬に手を当てて、軽く魔術をかけながら彼の顔をこちらに向ける。

 

 ……うん。小学校の時は加減を間違えてしまったけれど、今回は成功ね。いい感じに理性が蒸発してる。

 

 

「あなたが好きな人は……一体誰?」

「俺が好きなのは――」

『俺が、好きなのは……』

 

 

 ……ん、すごい。大分理性が蒸発しているのに、それでもまだ抵抗してる。意地っ張りなところは相変わらずね。

 

 

 

 

 ――じゃあ、もっとすごいこと、しちゃおうかな。




いつも読んでくれてありがとうございます
誤字の指摘、評価など、色々とありがとうございます。

感想とかリクエストとか励みになってます。

それから、活動報告のほうに『幼馴染が根源の姫だった件の閑話』というタイトルでリクエストボックスを作りました。
閑話とかのリクエストはそちらへお願いします。感想だと読む前に運対されたりして消えちゃうので……


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18

この作品も結構長くやってますね……半年以上になるかな?
UAもずっと増えてますし、(ないとは思いますが)ミリオン達成したらなにか企画をやりたいところですね。多分達成しなくてもいつかやりますが。

それから、お願いというか、注意というか。
現在活動報告に『幼馴染が根源の姫だった件の閑話』というタイトルのリクエストボックスを作っておりますので、こういう話が見たい、読みたいという方はそちらへ書き込みいただきたい、ということが一つ。

もう一つが、あまりタイトルやこの作品の趣旨からかけ離れたものはご遠慮いただきたい、ということになります。今現在もたくさんのリクエストをいただいていて、とても嬉しいのですが、稀に「これはこの作品でなくてもよいのでは……? というかこの作品でやったらだめなのでは……?」というものもあって、大変困っております。ご理解ご協力のほど、よろしくお願いします。


……それから、TSまではいける気がしてきたエゴ


 夕暮れの教室。そこに年頃の男女が二人きり。これはもう、そういうことになる流れ以外ありえないと思うのだけど。

 それでも余りにも強固な理性をもった彼は決してその流れに乗ろうとはしない。魔術を使われてもなお抵抗することが出来るほどの、相当な意志力。……そんなところも愛おしい。

 

 けれど、激しく揺れている。もうひと押し。もうひと押しで、多分落ちる。

 更に身体を密着させる。……ふふ、動揺してる動揺してる。

 

 

「っ……!」

「? ……ふふ」

『近い近い近い! 当たってる!』

 

 

 必死に外面は取り繕いながらも内心物凄く慌てている彼が可愛らしくて、つい意地悪をしたくなる。

 

 

「……やっぱり、綾香?」

 

 

 わたしが問い掛けたことで、何やら考え込み始めたけれど……まあ、彼に限って綾香をそういう意味で好きになることはないと思う。

 ……ない、はずよね?

 

 

『確かに、綾香は大事だけど……そういう目で見れるわけないよな』

 

 

 ……そう、そうよね! まだまだ綾香は子供だし!

 ついでに、本当についでだけど、彼の近くの子について聞いておこうかしら。

 

 

「……それじゃあ、美沙夜ちゃん?」

 

 

 少しドキドキしながら聞いてみる。さっきと同様に、ちょっと考えるそぶりを見せるけど……すぐに首を横に振った。熱に浮かされているせいでその動作はゆっくりとしたものだったけれど、でもはっきりとその意志は分かった。

 

 

『美沙夜ちゃんも、確かに大事だとは思うけど。でも、それは別に恋愛感情に繋がるわけじゃないしな……』

 

 

 よし、よし……! これはもう勝ったも同然ね……!

 ……けど? 一応? 一応聞いておくのもありよね?

 

 

「……なら、やっぱり私?」

「……っ」

『……好きだ。誰よりも、何よりも大好きだ。けど、そう言ってしまったら、俺はきっと――』

 

 

 ……まだ、完全に割り切ったわけじゃない、か。けれど、それならどうして彼は好意を自覚してしまっているのかしら。本来なら、彼がセイバーのことをどうとも思わなくなるくらいに割り切れる頃にようやく好意を自覚できるはずはないのだけど。

 

 ――例えば、そのきっかけになるような出来事でもない限りは。

 

 

「そういえば……こういう時は身体に聞くんでしょう? この前勉強したから大丈夫、任せて……ね?」

『いやいやいやちょっと待てちょっと待て!』

 

 

 内心ですごく慌てている彼を少しおかしく思いながらぎゅう、とその頭を抱きしめる。ごめんね、と心の中で謝ってその記憶を探る。

 

 

『うわわわ、待て、待て! そうだ、先生! 先生とか他の生徒とか入ってきたら大変だろって伝える手段がないじゃないか!?』

「大丈夫よ。教室(ここ)に誰か入ってくることはないから……安心して?」

 

 

 なんて、彼の心の叫びに答えつつ、この直前の記憶――つまりは先ほどの告白の時の記憶だけど、それを見ていく。本当はこんなことをしたくはなかったのだけど、想定外のことがおきて、彼の様子がおかしくなっている以上は不可抗力のようなものでしょう。

 

 ……ん、だめね。もっと深く見るためには、もう少し肌の接触が多く欲しいところ。それからキスなんかも見やすくなるし、出来ることならそうして彼に負担が無いようにしたいかな。

 彼の慌てるところが見れるという楽しさもあるし、ここは思い切って攻めてみるのもいいと思う。

 

 セーターを脱いで、ワイシャツのボタンを外してしまう。同時に、彼の上着も脱がしてシャツ一枚という状態にする。……その、ここまでの流れは割とスムーズに出来たのだけど。いざやろうとすると、照れからなのか、緊張してしまって手が震える。いけないいけない。彼の部屋で見つけたあの教科書(薄い本)では女の子から迫って、横になった男の子の上に乗って積極的に動いていたもの。多分、それが彼の求めている女の子像ということだと考えると、こんなところで怖気づいてはいられない。

 

 

「それじゃあ――」

 

 

 ただ。ちょっとキスをしたくなっただけ。怖気づいたとかではない。うん。……嘘。本当は結構怖い。こんな不安定な状態の彼には拒絶されるんじゃないかとか、不安定だからこそ身体を重ねてしまって安心したい気持ちがあったりとか、全然余裕なんてない。

 

 だから、ちょっとだけほっとしてしまったのは内緒だった。

 

 

「ふぇ?」

 

 

 ――赤。鮮血が二人を濡らす。

 スプリンクラーのように彼の鼻から噴き出す血はやがて静かに止まった。後には血を噴き出して気絶した彼と、血のせいで行為が中断されて、どこかでほっとしてしまっているわたし。

 

 

「……ふふっ、あなたはいつもそうね。けれど……うん。今回はやっぱり助かったかな。あのまま行っても何にもならなかったでしょうし」

 

 

 やっぱり彼は、いつも通り、これまで通りの彼だ。

 なんだか安心してしまった。いえ、鼻血を噴いて気絶しているから安心できる状態とは程遠いのだけど。それでも昔と同じような状態なのはどこか安心できた。

 

 とりあえず今は片づけとかをしてしまいましょう。鮮血に塗れた教室なんてあからさまに何か事件が起きたことを示しているようなものだし。気絶してしまった彼は……そうね、うちに連れていくべきね。久しぶりに料理を食べてほしいし。

 

 

 

 

 ――そういえば。もし、彼の状態が、他の誰かが原因だったなら。今度こそ彼を苦しめる原因になりうる、全ての人類を消し去っていたところだったけど、今は気分もいいし、考えるのはやめておきましょうか。




アズレンのサンディエゴ鯖ルーム3でサンディエゴと結婚してずっと秘書にしてる、発言のやべーやつがいたら多分私エゴ


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19

私自身の名前を何かもっと短くて分かりやすくした方がいいよなぁ……と思いつつ、次話投稿

ちなみにTSはなんでか知らないけどマーリンの方は書けてしまった。


 教室の掃除と、制服の血抜き。それから色々な細々としたことをやって、彼を家まで運ぶ。掃除とかそういうのは全部魔術を使えばすぐに終わるし、彼を運ぶのだってそんなに苦にならない。

 

 部屋は……いつものところでいいかな。ああ、そうだ。この前買ってきたファ〇リーズがあるからそれを使っておきましょうか。彼はなぜだか分からないけれど、ファ〇リーズがすごい好きだから。

 あとそれから、やらなきゃいけないのは……連絡よね。

 

 

「この時間だとお義母様はいないはずだし……電話を掛けるのも、ね。んー、手紙がいいかな」

 

 

 彼のお義母様は何かと忙しい人だから、家に帰ってくるのは稀だったりする。彼は一人で放っておくと食事とかを面倒くさがってしなくなるので、昔からわたしの家に招いたりしていた。だから、多分お義母様は彼が向こうの家にいなかったらこっちに来てるんだなくらいで済ませて寝ちゃうと思うのだけど、それでも一応置き手紙くらいはあった方がいいでしょう。

 

 そんな考えのもとに手紙を置いて家に戻り、洗面器とタオル、リンゴと果物ナイフを持って彼の寝ている部屋に行こうとした時。ちょうど帰ってきた綾香とばったり出くわした。

 

 

「あ、おかえり綾香」

「うん、ただいまおねーちゃ……ん?」

 

 

 あれ、ちょっとこれは不味いかな。綾香が違和感を覚えたらしく顔を顰めてる。このままいくと――

 

 

「……お兄ちゃんに魅了(チャーム)使ったでしょ! 私この前習ったから分かるもん!」

「違っ! 違うのよ!!」

 

 

 威厳のあるお姉ちゃんとしての立場が……! なんとかしないとまた隠してあった本が見つけられた上に机にきっちり並べられることに……!

 

 

「もう知らない!」

「ああ……」

 

 

 どうしよう。彼に魅了(チャーム)を使ったことが完全にバレている。本当に、最近の綾香はどうしちゃったのか。昔はもっとおねーちゃんおねーちゃんってわたしの後ろを……いえ、むしろお兄ちゃんお兄ちゃんっていいながら彼の後ろを付いていっていたような……? え、いやいや、そんなはずないわ。今が反抗期なだけで昔からこんな感じだったなんてそんなこと……

 

 

「うう……とりあえず、看病よね」

 

 

 やや現実逃避気味にではあるけれど、彼の看病をすることにする。いや、別に綾香に負けたとか、そういうわけじゃないのだけど。

 そう思いながら、扉を開けると。

 

 

「「あ」」

 

 

 ドアノブに手を掛けようとした体勢の彼が立っている。その顔色が悪いのは、結構な量の血を噴き出したからかな。ついでに少しふらついているし、しばらく寝かせておかないとダメね。

 ……ぅ、で、でもなんていうか、さっきまでは全然気にならなかったのに、今こうしてちゃんと面と向かうと――

 

 

(と、途轍もなく恥ずかしい!)

 

 

 ど、どうしようどうしよう。いつもどういう感じで喋っていたんだっけ? あ、そうだ。何でここに来たかとか、そういうことを話せば……

 

 

「……あ、その、目が覚めてよかったわ。いきなり倒れるからすごく心配して、それで……」

 

 

 つい髪の毛を触ろうとして、両手とも物を持っていることを思い出す。慌てたせいで彼に恥ずかしい姿を見せてしまって、更に慌てるという悪循環。いっそのこと『やり直し』をしようかとすら考えたほどの慌てぶり。

 わたわたと意味のない動きをしているわたしに対して、彼はいつも通りの表情で――けれどどこか困ったように――話を始める。

 

 

「え、あ、なんか、迷惑? 掛けたみたいで悪い……」

『いつものことだけど、倒れて迷惑かけるのはどうにかしたいな……』

 

 

 ……いつだって彼は、人を頼るということをしない。彼の中では誰かに頼るということは迷惑をかけることだという認識があるようで、どんなことでも自分でやってしまおうとする。実際そうできるだけの力があることも相まって、彼は本当に必要な時以外頼ってくれることがない。けれど、わたしとしてはもっと頼ってほしいし、なんなら全部わたしに任せてくれてもいいくらいなのだけど……それはまた今度ね。

 

 今は、迷惑を掛けた、と申し訳なく思っている彼の目を見て、しっかりと伝える。

 

 

「それは全然いいの! わたしのせいであなたを傷つけてしまったもの」

「沙条のせいってわけじゃないだろ……半分体質みたいなもんだし? むしろ、沙条にはいつも感謝してるというか、なんというか」

『……ほんと、いつも感謝してるよ』

「え……と、それなら、いいのだけど」

 

 

 ――き、気まずい! 感謝している、なんて面と向かって言われるのは初めてで、つい動揺してしまって、うまく会話を繋げることも出来なかった。

 彼の方も顔を赤くして目線を彷徨わせているところを見ると、言おうと思って言ったわけでもないのだと思うけど……どっちにしたって恥ずかしいのには変わりない。

 

 

「……あ、お父さん」

「愛歌。……と、君か」

 

 

 ふと気配を感じて振り向くと、お父さんが下から上がってきたところだった。

 その声に反応したのか、彼も顔をこちらに向けてお父さんのことを確認していた。

 

 

「……あ、おひさしぶりです。広樹さん。ごぶさたしてます、はい」

『まじかよ……また付き合わされるのか?』

「倒れたと聞いていたんだが……もう少し休んでいくといい。ついでに、一緒に夕食でも摂ろう。……綾香も寂しがっていた」

「ぐ……っ」

『完全にいつも通りのパターンか……』

 

 

 お酒の入ったお父さんは面倒くさい。変な絡み方をしてくるし、かと思うと飲みすぎてトイレに駆け込むし、駆け込んだと思ったらすぐ寝るし。

 なんてことを考えていると、彼がやや言葉に詰まりながら返答していた。危ない危ない。考え込んでしまうのは悪い癖ね。

 

 

「じゃあ、やすませて、もらい、ます。はい」

『……まあ、綾香だけが理由ってわけじゃないけどさ……』

「ああ、そうするといい」

 

 

 お父さんがそのままいなくなると、ゆっくりとベッドに向かって糸が切れたように倒れこんでしまう。やっぱり無理をしていたみたいだった。あれだけ血を出していたのだから当然なのだけど、こうして実際に彼の辛そうな姿を見ると心が痛む。

 さっき色々とやりすぎてしまったのは確かだから、わたしがその責任を取って看病するのも当然よね。一回あのことは忘れて、彼の看病に集中しないと。

 

 まずは……そうね。リンゴでも剥きましょうか。



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20

遅くなりました。すいません。

なんだかんだで二章長いですね
それもこれも愛歌様が可愛いせい……ということで。

もうすぐ今年も終わりますが、この作品の終わりはまだ来そうにありませんね……

なんだかんだとお付き合いいただいている皆様には感謝の思いばかりです。いつもありがとうございます。
基本的に一章の流れに沿ってここからは進むのでみんなが期待しているところまではまだまだかかるぞ!


 しゅるしゅると、皮を剥く。淀みなく、変わりなく、ただ元からそういうものだったかのように見えるくらい、綺麗に。これくらいの作業ならそんなに集中することもないのだけど……あんまり彼の方に意識を向けるとまた思い出してギクシャクしてしまうし、リンゴに意識を集中させる。

 

 ちら、と彼の方に視線を向けると、いつもよりも三割り増しくらいの優しい表情でこっちを見ていた。恥ずかしいというよりはこそばゆいような感覚。思わず口元が緩む。

 

 しゅるしゅると、皮を剥く。淀みなく、変わりなく。綺麗な一本の紐状になった皮がきちんとお皿の上でとぐろを巻いたのを確認しながら、今度はツルツルの黄色い球となったリンゴを食べやすいサイズに切り分ける。

 八分割していると、不意に彼の声が投げかけられる。

 

 

「あー……よく血が落ちたな。真っ白だし、ただでさえ落ちにくいのに」

『毎度毎度、血の付いたシャツとかの処分任せてる形だし……やっぱ申し訳ないな』

「ううん、それは新しいシャツで、前のはわたしの宝物に――あっ、剝けたわ」

 

 

 彼のシャツは勿体ないと思ってわたしが使用するためにそのまましまってある。昔からそうだけど、彼が鼻血を噴いて倒れた時の服なんかは換えを用意した上で拝借している。――考えてもみてほしい。好きな人の体液が染み込んだ服。それが目の前に、しかも合法的にもらえるという状況! 誰だってそうするに決まっているでしょう?

 

 

『……少なくとも、宝物にするようなものじゃないのは確かだと思うんだけどなぁ』

 

 

 おかしくってつい、笑ってしまう。彼にはわたしの心を読む力はないのに、まるで心を読んだみたいにちょうどのタイミングでそんなことを考えるんだもの。

 

 

「……いきなり笑いだすと不気味に思われるぞ」

「そうね。……でも、あなたはわたしが何をしても受け入れてくれるでしょう?」

 

 

 少し首を傾げるようにして聞くと、彼が顔を赤くしながら背けてしまう。後頭部を掻くように添えられた手が忙しなく動いて、やがて力なく下ろされた。

 

 そんな様子を愛おしく思いながら、皿の上に並べたリンゴを一切れ差し出す。ここは気をつけないといけない。他の人に食べさせてもらったり、食べさせるというのは想像以上に難しい。わたしと彼は何年も一緒に過ごして、お互いの食事のペースとかそういったものが把握できている。とはいえ、それは気をつけない理由にはならないし、なによりわたしが許せない。

 だからこそ、慎重に――ともすれば魔術の勉強のときよりも――ことを運ばなければ。

 

 一切れ、二切れと食べさせていると、不意に彼の声がする。いえ、これは……心の声というか、思考ね。

 

 

『……流石に、東京を滅ぼしたりしたら考えるけど』

 

 

 それだけのことをしても、拒絶することを考えるだけで嫌うと言わないのはそういうことだ、って考えていいのかな。……そういえば、こうして二人でゆっくり話すのは久しぶりのような気がする。今日はあんな感じだったし、しばらくラブレターのせいでギクシャクしてたから、こうしてちゃんと面と向かって話せるだけでも、なんだかすごく嬉しく思える。

 

 

「で、いきなり笑いだした理由は?」

「……ええ。それはね――」

 

 

 そう、ね。笑ったのは彼の心の声が原因なのだけど、それを言えるわけもないし、少しだけ誤魔化しておこう。うん。

 一度リンゴやフォークを台に乗せて身を乗り出し、頬が触れ合う距離、お互いの吐息を感じられるほどに寄って、そっと一言。

 

 

「久しぶりに二人っきりで過ごせてるから」

「っ……」

『なっ、あっ、ほぁぁ!!?』

 

 

 一瞬で顔が真っ赤に染まり、ばっ、と距離を取られる。いつもの無表情が今は崩れて、驚愕の色をあらわにしている。わたしが囁いた右耳を守るように押さえて、プルプルと震えている。

 わたし以外の誰も見たことがないであろう、表情(かお)

 

 ……その代償にわたしも大きなダメージを負っているのだけど。む、胸がどきどきしすぎて痛い……どうしよう、わたしまで結構なダメージだこれ。

 

 ばくばくと異常に早いペースで刻まれる鼓動を抑え、彼にもう一度リンゴを差し出そうとすると、彼はこちらに背中を向けるようにして寝てしまっている。まだいくつか残っているけれど、仕方ない。

 

 

「……寝る。血が無くなってるし、疲れてるみたいだ」

『主に疲れたのは愛歌のせいだけどな……』

「そう。……ふふ、おやすみなさい」

 

 

 未だに子供っぽいところの残る彼の様子にクスリと笑いながら、残ったリンゴにフォークを刺して、口に運ぶ。

 

 

(……ん、そういえば)

 

 

 これは間接キスと呼ばれる行為なのでは。

 彼の口に入ったフォークを、わたしが……知らず、喉が鳴る。そのまま導かれるように何も刺さっていないフォークを口に運ぼうとして――

 

 

『……愛歌』

 

 

 一瞬で正気に戻った。危ない危ない。あのままだと大変なことになっていた。わたしを正気に戻した彼はというと、大分意識が朦朧として、今にも眠りに落ちそうな感じだった。

 

 

「……うん。おやすみなさい。何よりも愛おしいあなた」

 

 

 静かに、彼が眠りに落ちていく。風邪をひかないように、とタオルケットをかけて部屋を後にする。

 

 オレンジ色だった空はもう、紫色に変わっていた。




最近胃痛に悩まされるマン


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IF:恋人がハッピーエンド好きの夢魔だった件

遅くなりました。すいません。

ギリギリとした胃痛もなくなり、心も安定してきたので軽めのものを投稿。


 ――生まれ変わり、というものが存在する。

 それは古来から宗教の中で信じられてきた概念であり、また近年に至っては創作の対象とされるほどに浸透しているある種の常識染みたものだ。

 

 そして、かくいう私も。畜生に生まれ変わるという作品も多い中では幸運なことに、また人間に生まれ変わることが出来た一人だ。欲をいえば、前世において男としての人生を全うしたために、今生においてもまた男として生まれていたかったものだが、それはそれで仕方ない。私が私としてここに存在していることを喜ぶべきだろう。うん。

 

 けれども、この状況は確実に望んでいなかった。例え私が死ぬ間際に生まれ変わりを望んだとしても――夢が毎回理想郷に繋がるなどという超常現象は望んでいない。

 花が咲き乱れる中に、(そび)え立つ塔。青空からは暖かな陽光が降り注ぎ、ともすればここが夢であると忘れてしまいそうなほどの現実感(リアリティ)を持っている。

 

 地上の花々を眺めながらどうしてこうなったのかと自問し続ける。……答えは出ない。けれど、答えを知っていそうなやつの声が聞こえてきた。

 

 

「おや? また来たのかい? 物好きだね、君も」

「自分の意思で来ているみたいに言わないで欲しい。気付いたら来ている、というのが私の感覚だ」

「そんな……私に会いに来たわけじゃないのかい?」

「……まあ、貴方に会えたらいいなとは思っていたけどね」

 

 

 振り向くと、まるで眼下の花畑のような髪色をした不思議な男――マーリンがいる。実を言うと私は前世から彼のことを識っている(・・・・・)

 彼、マーリンはとある作品の登場人物だった――と私の認識ではなっている――はずの存在だ。最高のキングメイカーにして半夢魔。アーサー王を育て、導いた親のような存在である。問題は彼にとって人間がどうでもいい存在であるということか。人間が好きなのではなく、人間の描くハッピーエンドが好きという理由で、人間にちょっかいをかけている迷惑な奴。

 

 

「とはいえ、毎日毎日呼ばれると身体が持たないだろう」

「それはあれかい? 疲れが取れないせいで学校で寝てしまうとか、そもそも疲れていて学校にいけないとか、そういう理由かい?」

「そうだよ。身体的な疲れは取れていても精神的な疲れまではマッサージとかでは取れないし」

「ううむ、それは困ったな。君が来てくれなくなるのは本当に困る」

 

 

 この世界から隔絶されたはずの空間に一人、ずっと引きこもっていた男。……絶対に口に出したりはしないが、実のところ、私はこの男のことが好きだ。もういっそ愛しているといってもいいかもしれない。私が元男であったこととか、そのあたりの葛藤はもちろんある。しかも相手が相手だし。

 

 でもどうしようもなかった。なんでか分からないけど好きになってしまって、どうしても会いたくなる。前世では経験のないほど激しい感情。本当の恋というやつがこれなのかもしれない。

 

 

「……どうせ、話し相手がいないとつまらないとか、女の子をいじり倒すのが出来なくなるとか、そんなことだろ。それなら、ここに籠っていないで外に出てくればいいじゃないか。好きなだけ出来るようになるぞ」

「酷いな、君!? 私がそんなことしか考えていないとでも思っているのかい?」

「むしろ今までの自分の言動を顧みて、それでもそんなことが言えるなら私はお前をクズ以下のウジだと認識しなおすよ」

 

 

 はぁ、やれやれ。なんでこんなやつを好きになってしまったんだか。恋人の一人でもできればこのナチュラル畜生のこともなんとも思わなくなるんだろうか。……いや、ないだろうな。きっと私は死ぬまでこいつのことを好きでいる。あー、いや、どうだろう?

 

 なんて一人悶々としていると、ふわ、と花の香りが強くなった。いや、訂正。これは……抱きしめられている――!?

 

 

「ちょっ、はぁっ!? なん、なんでやねん!」

「おお、いい動揺っぷりだ。まるで好きな人に突然抱きしめられた人のような反応だね?」

「どどど、動揺してないわ! これはあれだ、そう、あれだよ!」

「どれのことなんだ、というツッコミ待ちと捉えていいのかな、それは。それにしても、ああ――やっぱり、君は柔らかいなぁ。特にここなんて、ほら」

「おまっ、やめろって! 揺らすなやーめーろー!?」

 

 

 あばばばば。なんだこれなんだこれ。どうすればいいんだ。なんでこんな、いきなりこんなことを。

 

 

「どうしてこんなことをしているのか、不思議かい?」

「不思議だよ世界ふしぎ発見だよ! お前正直人間に興味ないとかほざいてただろうがぁぁぁぁ!? 揉むな!」

「簡単さ。つまりだ――私も、君が好きになってしまったのさ」

 

 

 ……んん? どうやら疲れがたまりすぎてたみたいだな。もうちゃんと寝たほうがいい。

 

 

「好きになることに理由はいらない――とよく言うけれど、君は恐ろしく自分への評価が低くて、自分への好意に理由を求めてしまう面倒くさい(可愛らしい)ところがあるから――順に説明していこうか」

「あ、ええ。お願いします」

「そうだねぇ、まず、私が君に興味を持ったのは、初めて会ったあの日だったかな。ほら、ここって隔離されているだろう? なのに君はここへやってきた。今は私が君の夢に繋げているからいいんだけどね」

 

 

 初めて会ったのは――5歳の時か。確かあの時は創作の登場人物に出会ったという衝撃で喀血して気絶した気がする。

 

 

「でも、重要なのはそこじゃない。いや、初めて会ったあの日が全てのきっかけだったことは間違いないのだけどね。君は――君は、本質として誰とでも何とでも対等であろうとする。どんな聖人も、どんな畜生も、君は理解し、受け入れ、寄り添い、果てはその全てを肯定するだろう。その生き方に、私は惚れたんだよ」

「いやいやいや、どんな化け物だよ、それ。私がそんな神みたいな本質を持っているわけがないだろう」

 

 

 そんな存在、人間として破綻している。

 

 

「そうは言うけれどね。実際、君は私の在り方を、全てを知りながら、それでも受け入れているじゃないか」

「お前なんてただのニートみたいなもんだろ。そんな大層なことじゃない」

「――私が本質的に人間を愛していないことを理解して(知って)いるから、だから好きだと言わないんだろう?」

「うぁ?」

 

 

 は? 嘘だろ、え、なに? 気付かれていた――!?

 

 

「ななな何言ってんのお前!? そっ、そそそ、そんなわけないだろー!? 誰がお前みたいなナチュラルボーン畜生の真性のクズでニートでずっと一人ぼっちで優しくてかっこいいやつなんか好きですごめんなさい」

「あああ、泣かないでくれ! 何も君を泣かせようと思っていたわけじゃない。ただ君に分かってほしいだけなんだよ。そんな君だから、私が好きになったということをさ」

 

 

 絶対嘘だ。この男、絶対からかって遊んでいるだけだ。

 逆に一周回って頭が冷え、冷静になる。

 

 

「お前自身が言ってることだろ。本質的に(・・・・)人間を愛していないって。……この際、私がお前を好きになったことはもういい。認めてやる」

 

 

 まさか気付かれていたとは思っていなかった。しかし気付かれてしまっていたなら、下手にごねたって仕方のないことだ。

 

 

「けど、お前のその言葉は信じられない。どうして人間が虫を好きになれる? いや、好きになることはあるかもしれない。でもそれは、あくまでも虫という生物を好きになるだけだ。その個体を好きになるわけじゃない。……お前のその感情も、そういうことだろ。ずっと塔に引きこもってるから私に対する好意だなんて勘違いをするんだ」

「……ああ、うん。確かに私は緊張感や責任感というものがないと考えられがちなのはそうだから、あまり強く言えないけれどね。それにしたってもうちょっとこう、少しは信じてみようという気にはならないかい?」

「お前のことは信用しているし、信頼もしているが、それとこれとは別の話だな」

「これは厳しいね……」

 

 

 なんか変なもんでも食ったか、新手の遊びを思いついて試しているだけか。新手の遊びの方だな。

 

 

「――嬉しかったのさ」

「……?」

「ほら、私は夢魔との混血児だろう? それだけじゃなくて、こんな性格だし。だから、人間社会にとって私は異物であるということは理解しているつもりだ」

「それで?」

「アーサーは私に親愛の情を向けてはくれていたけれどね。こんな私を心の底からそういう対象(・・・・・・)として愛してくれたのは実際、君が初めてでね。それだけが理由というわけじゃないけれど、そんなわけで、君のことが好きになってしまったんだ」

 

 

 ……ここまで言われては流石に信じ、いや、でも。どうだろう。私を好きになるなんてありえるのか? だめだ、分からない。信じたいような、信じたくないような。

 

 

「まったく。強情だねぇ君も」

「うるさい」

「じゃあ、逆にどうしたら本当だと信じてくれるんだい?」

「え、ええ……?」

 

 

 どうしたら? ええと、そうだな。

 

 

「……なら、抱きしめろ」

「こうかい?」

 

 

 ふわり、と正面から抱きしめられる。花のような、甘い香りが強くなる。

 

 

「もっと強く」

「こう?」

「もっと」

「……これぐらいかい?」

「もっと、モア!」

「……君、なんだかんだで楽しんでいないかい?」

 

 

 潰れるくらいにぎゅう、と抱きしめられるのは実に気分が良かった。それにしても……私という人間はこんなにも面倒くさい奴だっただろうか? 自分ではもっとストレートな、真っすぐ単純な人間だと思っていたのに。ああ、もしかしたら。女として生きてきたからだろうか。だとしたら、もし男で生まれていたらストレートに、文章にしたら一行で終わるくらいの恋愛をしていたであろう。きっと。

 

 

「それから……ちゃんと、言え」

「何を? って聞くのは野暮というものだね」

「……む」

「分かったから、そう睨まないでおくれ」

 

 

 うるせぇ。お前が悪い。

 

 

「――好きだ」

「そうか。もう一度だ」

「ええ? またやるのかい?」

「出来ない?」

「そのいかにもあざとい感じの上目遣いはどこで覚えたんだい? ああ、うん。分かったよ――好きだ」

「もう一回」

「――好きだ」

「農作業や土木工事に使用された、地面を掘ったり、土砂などをかき寄せたり、土の中の雑草の根を切るのに使用される道具、農具は?」

(すき)だね。やっぱり楽しんでるだろう、君」

「……うーん」

 

 

 これだけされれば流石に私でも信じ……ううう。

 いや待てよ? 踏み絵染みた究極の好意判定法があるじゃないか?

 

 

「ふふふ……次が最後だ。マーリン、お前に出来るかな?」

「ここまで来たら何が来ても動揺しないよ」

 

 

 ククク……その余裕ぶった態度もこの一言で崩れ去るだろう。お前の遊びもここまでだ。喰らえ――必殺の一撃を!

 

 

「じゃあ――結婚、しよう?」

「……」

 

 

 ポイントは上目遣いと、しよう? のあたりで首を少し傾けること。あくまでも普段通りの声で言うのもあるか。

 さあ――言え、言うんだ。負けた、と。さあ!

 

 

「――ああ。結婚しようか」

「えっ」

 

 

 ……えっ?

 

 

 

 

 正気度ロール 1D100→97 失敗

 減少値 3D5→15 90-15=75

 アイデアロール 1D100→78 失敗

 

 

「う、ごふっ!」

「ええええ!?」

 

 

 驚愕のあまり脳内でダイスロールをしながら喀血し、塔の床を真っ赤に染め上げながら、意識を失う。

 最後に思ったのは、どこかで嗅いだことがあるような匂いだと思ったらファ〇リーズの「楽園の香り」に似てるんだな、というくだらないことだった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――結局。その後の二人がどうなったのかは分からない。花の魔術師が塔から出てきたのか、ずっと夢だけで出会う関係だったのか。子供は? 孫は? ……そこについては触れないでおこう。

 

 けれども、一つだけ確かに言えることがある。酷く仲睦まじい夫婦が一組、最期まで愛し合っていたことだった。




なんだこれはたまげたなぁ()
少女漫画を読みながら書くもんじゃないねっていう。書いちゃったからもうあれなんですが

私だったら櫻井孝宏さんの声で耳元で好きだ、とか言って来たらしめやかに爆散する自信があります

ちなみに気絶王が女の子になって驚くようなことに遭遇すると鼻血&気絶ではなくSANチェック&喀血&気絶するようになります。


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クリスマスSP:聖夜の二人

メリークリスマス!


 ドアを開けると、身を切るような寒さが途端に襲ってきた。東京でこの寒さだ。もしこれがもっと北だったなら、それはもう大変な寒さだろう。死んでしまう。

 青森ではもう雪が積もっている頃だろうか。それとも雪が降っているだけか。まあ、どちらにせよここより相当に寒いことは確かだ。

 

 

「あっ……もう。中で待っていてくれればよかったのに。寒かったでしょう?」

「そんなに寒くなかったよ。長く待っていた訳じゃないし」

 

 

 ……まあ、嘘だけど。

 愛歌と一緒に出掛ける約束――つまりはデート、と言われるものなわけだが。彼女と待ち合わせた駅前の広場で本を読みながら待つこと一時間ほど。いや、我ながら子供っぽいとか、馬鹿だろとか、色々思う所はあるのだが。

 デートをすると考えたらどうにも落ち着かなくて、約束よりも早すぎる時間に家を飛び出した。結果として虚空に白い息を吐きつつ、どこぞの忠犬の如く人を待ち続ける男という構図が出来上がったのだ。

 このことは愛歌には内緒にしておきたい。いや、だって、ねえ? 恥ずかしいじゃないか。そんな待ちきれなくてずっと早い時間に家を出てしまう、なんて。子供か。

 

 

「ふふ、やっぱり嘘を吐くのが下手ね。耳が真っ赤になってる」

「しまったな。そこは考えてなかった……そんなに真っ赤になってる?」

「ううん、全然。カマをかけただけだもの」

 

 

 まんまと引っ掛かったってわけか。うん、くすくすと笑う顔が少し憎らしい。

 

 すっ、と手を出して愛歌の身体を抱きしめる。そしてそのまま抱き上げると、小さい子にやるようにくるくると回る。お互いに服を着こんでいるから酷くやりづらいが、それでもやる。

 

 

「わ、わわっ……!」

「……ふぅ。そろそろ行こうか? あまり時間もないし?」

「今の流れはなんだったの!?」

 

 

 特に理由はない。気分だ。

 

 

「……もう」

 

 

 愛歌を地面に下ろし、手を繋いで歩き出す。東京の、都心に近い並木通りということもあって多くの人が歩いている。その大半が若いカップルで、自分たちも彼らと同じように見られているのだろうと思うと、なんだか不思議だ。

 ああ。思えば、ここまで来るのにえらく遠回りしてしまった。けれど、こうしてみれば俺たちはあれで正しかったような気もする。

 

 ふと、隣を歩く何よりも愛おしい彼女を見る。

 

 

「? なあに?」

「いや、なんでもない。ただ……愛歌とこうしていられることが幸せだな、と思ってさ」

「……そうね。こうやって二人で、ゆっくり過ごせる。言葉にしてしまえば大したことはないのだけど、でも、それが一番難しいことね」

 

 

 ただ手を握っているだけだったのが、指と指を絡める、より深いものへ。手の平全体で彼女の熱を感じる。この温かさこそが生きている証。沙条愛歌がここに存在しているという証明。

 ああ――本当に。俺はどれだけ彼女を好きになればいいんだろうか。一日、一時間、一分、一秒ごとに想いが強くなっていく。まるで底のない沼みたいだ。

 

 

「ん、そろそろかな」

「あー、と。確かこの角の先に……」

「わあ……!」

 

 

 少し古ぼけたビルの壁を越えると、どうにか時間に間に合ったようだった。

 多くのカップルが囲む広場の真ん中。大きな噴水がちょうど巨大な水のカーテンを作り出し、そのカーテンに色とりどりのライトが照射されて幻想的な光景を生みだす。赤、緑、青、黄、光と水が躍る。

 

 愛歌が感嘆の息を漏らし、目を輝かせる。根源接続者であろうと、彼女は普通の女の子なのだ。当然、こういうイベントだって楽しむし、ロマンチックなことに憧れたりもする。

 まあ、だからというわけじゃないが、偶々雑誌でこういうイベントをやるということを知って、いいんじゃないかと思ったわけだ。

 

 

「ね、ね。もっと近くに行きましょう?」

「あんまり急ぐと危ないぞ」

 

 

 手を引かれて近くに寄ると、水の噴き出す勢いが増してちょっと身体にかかる。いや、別に気にしないけどさ。

 なんてことを考えていると、袖を引かれる。

 

 

「……ね。今ここに来れて、あなたと一緒にこれを見ることが出来て……すっごく嬉しい。本当にありがとう!」

「……ああ。俺も愛歌と一緒に来れて、本当に嬉しい。これからも……お?」

「あら?」

 

 

 よろしく、と言おうとしたところで頬に冷たいものが触れた。それからすぐに白いもの――雪がちらほらと降ってくる。周囲でも雪が降っていることに気付いたカップルが歓声を上げている。

 

 

「ホワイトクリスマスね」

「ん、そういえばそうか」

「……ねえ。もうちょっとだけ見ててもいい?」

「もちろん。そこのベンチにでも座るか?」

「ううん。このまま……こうして見ていたいな」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 降り始めた雪が街を僅かに白く染める。当然ながらそこまで積もりはしないが、それでも帰り道で見た景色は普段と違っていて。まるで違う街に来たかのような気分になる。

 ……そういえば。

 

 

「なあ」

「?」

「綾香へのクリスマスプレゼント、本当にケーキでよかったのかな」

「んー、あの子が欲しがるものは多分お父さんがあげちゃってるし、本当に欲しいモノは私のものだからあげられないし……でも、そうね。少しだけ、遊んであげて?」

「そんなことでいいのか?」

「本当はそれ以上が欲しいのだろうけど、ちょっと許せないし、ね。もちろん、その後に私も構ってね。あ、折角だからお酒買っていきましょうか」

「お義父さんの分は?」

「……なくていいかな」

 

 

 二人で冬の街を歩く。煌びやかなイルミネーションの施された店を通り過ぎ、楽し気な笑い声の響く家を通り過ぎ、街灯に照らされた道路をゆっくりと、一瞬を惜しむように。そうしてようやく、見慣れた家の姿が見え。扉を開こうという段階になって今更に過ぎる気もするが、言っていないことを思い出した。

 

 

「愛歌」

「なあに?」

「メリークリスマス」

 

 

 何故だか固まってしまった愛歌を置いて、ドアを開ける。すぐに美味しそうな匂いと楽し気な笑い声が届く。もう始めているみたいだな。綾香、遅れたことに腹を立てていないといいが。

 

 そう考えつつ靴を脱いで上がろうとした瞬間、すごい力で引っ張られて後ろを振り向かされ、唇が何かで塞がれた。いや、訂正。これは……愛歌の唇だ。つまりキス。接吻。

 突然のことに対する抗議の意味も込めて二、三度頭を撫でると、すぐに離れて。すでに引き返せないところまで浸かっているというのに、またさらに恋に落ちてしまうくらいの、可憐な笑みを浮かべて言うのだ。

 

 

 

 

「メリークリスマス!」




他のカップル(なんかやべーのがいる……口の中がじゃりじゃりするんだけど……)


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21

随分と長く開けてしまったのです……


 彼は揚げ物が好きだけれど、その中でも特にエビフライを好んでいる。

 なんでも、衣のサクサク感と中のエビのプリプリした食感に、タルタルソースやウスターソースの酸味が合わさると最高なのだとか。前にお弁当にエビフライを入れた時に、(いつもおいしそうに食べてくれるのは当然なのだけど)思わず破顔するくらい嬉しそうにしていたので聞いてみたら、やや恥ずかしそうにそんなことを言っていた。

 それ以来、何か特別なことがあったりした時はエビフライを作ることにしている。

 

 ……そう、例えば今日みたいに彼が久しぶりに家に来た時なんかはその特別なことの一つね。

 

 

「……こう?」

「そうそう。上手よ、綾香」

 

 

 殻を剥き終わったエビの背ワタを丁寧に取り、尻尾の先を少し落として切りそろえておく。満遍なく小麦粉を付けたら溶き卵を絡めて……パン粉をまぶしていく。

 隣で台に乗りながら手伝ってくれている綾香にも分かるようになるべくゆっくりと作業を進める。ついさっきまで姉妹喧嘩みたいなことにはなっていたけれど、わたしが少し謝ってしまえば終わる話。最近は忘れられているような気もするけど……わたしはお姉ちゃんなのだし、これくらいは、ね?

 

 

「出来たら、もう一度パン粉をまぶしてね」

「うん」

 

 

 エビフライは衣の二度付けをすると綺麗に出来て、旨味も閉じ込めておける。なんだってそうだと思うのだけど、一回だけで安心するのはダメということよね。

 綾香が拙い手付きでエビに衣をつけ終わったのを確認すると、170℃から180℃の油で揚げていく工程に移る。けれど、ここからは危ないから綾香は見ているだけね。

 

 ジュワッと揚げられていくエビフライを見ていると、綾香が話しかけてくる。

 

 

「……おねえちゃん」

「なあに?」

「さっきはごめんなさい」

 

 

 ……ふふ。

 

 

「いいのよ。なんていったってわたしはお姉ちゃんなのだし。綾香は悪くないもの」

「本当?」

「ええ。……それよりも、ほら見て。綺麗に揚がったでしょう?」

「わあ……!」

 

 

 真っすぐに、厚い衣で覆われたエビ。お店などで出てくるような綺麗な形で揚がっているのは衣を二度付けしたおかげ。しかも一度付けのものよりも量感が上がる。

 後は付け合わせの野菜なんかと一緒にお皿に盛り付ければ、完成。ソースは……タルタルソースにしておきましょうか。

 

 

「じゃあ運びましょうか。こっちのお皿をお願いね」

「うん。分かった」

 

 

 綾香が運んでいる間に使った包丁なんかを洗って乾かしておく。シンクが食器で埋まってしまうと大変だし、先にやっておいた方が楽よね。

 

 ……これでよし。じゃあご飯に――

 

 

「あうあうあう……髪型がくーずーれーるー!」

「はっはっは」

『綾香は可愛いなーうりうり』

 

 

 わたしはお姉ちゃんなのだし、それくらいのことで動揺するはずないでしょう? 嫉妬なんて欠片もあるわけ、あら、つい握った机の角が消滅してしまったわうふふふ。

 

 ……いけないいけない。このままだと彼の言うパーフェクト幼馴染からどんどん乖離してしまう。一旦落ち着いて、いつも通りのわたしを取り戻さないと。

 それにしたって、折角上手く出来たのだし、料理のことについて一言くらいあったり、

 

 ……

 

 …………

 

 ………………もう。そんな顔を見せられたら色々なことがどうでもよくなってしまうじゃない。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 夕食が終わったらすぐに彼との時間に移れるかと思ったのに、お父さんが二人きりで話がしたいだなんて言い出したから、それが出来なくなってしまった。

 とはいえその程度で諦めるのは恋する乙女として失格よね。お父さんのことだからまたすぐに酔ってトイレに駆け込んだ後部屋に戻るでしょうし、そこを狙ってリビングにいけば二人きりでゆっくりと過ごすことが出来て、そうしたらきっと、そのままいい雰囲気になったりして……! 

 

 はっ、こうして考えている時間も惜しいわ。今のわたしに出来る最高の準備をしておかないと!

 まずはどこから……ああ、最初は身体を綺麗にしておかないと! いえ、お風呂に入ったら結局は着替えることになるのだし、下着とかかしら!?

 

 いえ、いいえ。まずは、そう。何よりも身体を綺麗にするところから。服のことなんかは後にしましょう。とりあえず適当な、それでも見られても恥ずかしくない程度の服を掴んでお風呂に向かう。

 

 綾香はもうお風呂に入ったみたいだし、お父さんはお酒を飲んでる最中。彼もそれに付き合っているから誰も使っていない。少し念入りに身体を洗っていても問題ないでしょう。

 

 ……本当は、もう少し大きければ良かったのだけど。どうにも発育がよくないから、それが原因で彼に飽きられたりしないかと不安になってしまう。もちろん、それだけが全てというわけではないし、なかったからといってそれが深刻な問題になるような彼ではないのだけど。

 彼がもっとわたしを見てくれるように、彼がもっとわたしに溺れてくれるように、わたしはいつだって努力することを忘れてはいけないと思うの。だって、ほら。彼自身がそういう生き方をしているわけだし。

 

 ……。

 

 

「……って、結構長く入ってない!? もう部屋に戻って寝てるかも……!?」

 

 

 大変だわ。寝ている彼の部屋を訪ねて起こしてしまうのも嫌だし、かといって明日になったらきっとそんな機会はもうないでしょうし……とにかく早く出ないと!

 ああ、もう! わたしの馬鹿! とりあえず彼がまだ残っているかだけでも確認しに行かないと……!

 

 慌ててリビングへの扉を開くと、運良く彼が一人で残っている。

 良かった……とは思うのだけど、ちょっと、様子がおかしいような……?

 

 

「お父さんは……もう潰れたのね」

「多分、トイレ出て今は部屋で倒れてるだろうな。……まあ、座れよ」

「え、うん……」

 

 

 顔がすごく赤くなってる。風邪ではないみたいだし……お酒? でもお父さんは飲ませたりしないだろうし、彼も飲もうなんて思わないだろうし。あれ、テーブルの上のボトル、見覚えがあるような……ラベルが見えないけど、この前美沙夜ちゃんから――というよりは玲瓏館からなのだけど――貰ったものがちょうどあんな感じだったかな。

 

 それにしても。

 

 

「な、なんかいつもと雰囲気が違うわ……」

「……そうか? 例えば、どんな風に?」

「え、ええと……うひゃあ!」

 

 

 こ、これは……あすなろ抱きと呼ばれるものでは!? わわ、耳! 耳をはむって! 

 

 

「ふ、ふぁぁぁぁぁ……」

「愛歌は可愛いな……食べたくなる」

「え、えええ!? それってまさか……!? こ、こんなところで!?」

 

 

 本当は、出来ることならもっとロマンチックな状況で、彼の部屋で二人きりの時とか、綺麗な夜景を見に行った帰りに急な雨とかで避難した先のホテルとかそういうところが良かったけど……!

 

 

「ああ、ごめんなさい綾香。でも選ばれたのはお姉ちゃんなの……! やっぱり釣り合いが取れてなきゃいけないわよね!」

 

 

 いえ、彼の肉体的には一般人で、全く釣り合っていない様に思えることは確かなのだけど。そういう意味で言うなら、わたしよりも綾香なんかの方がお似合いと言えるのでしょう。

 

 ――けれど。彼は相手がどういう存在であっても受け入れてしまうから。その精神性は綾香や美沙夜ちゃんのような一般人にはあまりにも眩しすぎて、きっと焼かれてしまうでしょう。端的に言ってしまえばダメ人間製造機なのだ。彼は。

 そんな彼と釣り合いの取れる精神を持った人間なんてそうはいない。例えば、そう。わたしのような者を除けばなのだけど。

 

 つまり。わたしと彼が結ばれるのは自然な流れということ。

 ずっとこの日を待ち望んで、準備してきたのだもの。受け入れる態勢は大丈夫……あれ?

 

 

「え、大丈夫よね私。お風呂入ったし……あーー!! だめだめ、ちょっと待ってほんと待って!!」

 

 

 全然準備できてない! 適当に見られても恥ずかしくない程度のものを身に着けてきたんだった――!

 下着なんてあまり可愛くないものだし! 一回部屋に戻って着替えないと!

 

 

「うぐっ……!」

「あ」

 

 

 動揺のあまり突き出した腕が彼を突き飛ばして、空中で三回くらい回転しながら床に落下した。……意識はないけど、怪我とかはないみたいで安心。

 え、でもこれ。もしかして。いえ、もしかしなくても、そうよね。

 

 

「ああもう……わたしの馬鹿……!」

 

 

 チャンスを逃すばかりか、彼を傷付けるだなんて。

 ――本当に、世界はこんなはずじゃなかったなんてことばかりね。




くるみちゃんの復帰をいつまでも待ち続けるマン

そういえばすっげぇ今更感はあるんですけど、沙条家の構造が分かってないんですよね
藤乃当たって式の宝具2になったのめっちゃうれしみ
あとBBちゃん編書けましたので、この章が終わったら載せたいと思います。


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22

そういえば友人とエロゲを作ろうという話をしていまして
もしうまくいけば冬以降のコミケでサークル参加しているかもしれません

残念、この回では終わらなかった!


 いつだって世界はこんなはずじゃなかったことばかり。

 わたしが視ることの出来る未来だって、何かきっかけがあれば変わってしまう可能性がある。

 

 そういう意味ではわたしのこれ(未来視)はどちらかというと予測に近い。

 

 ……いつぞやもあったような気がするけど。

 具体的には小学校の時にもあったような気がするのだけど。

 その時も色々と振り回されたような気がする、というか振り回されたのだけど!

 

 

「ああぁぁぁぁ……きゃぁ!?」

 

 

 ベッドの上でゴロゴロと悶えていたらつい誤って落ちてしまった。

 別に痛くはないけど、ちょっと恥ずかしい。

 あれ、前もこんなことが……いえ、気のせいよね!

 

 

「うふ、うふふふ、あははは、あっははは!!」

 

 

 思わず、笑いながら両手を広げてくるくると回って踊る。

 たった一つの情景を視ただけだというのに、幸福感と全能感と優越感が溢れて仕方ない。

 今なら並行世界のわたしにだって勝ててしまいそう。

 

 何せ、遂に(・・)わたしたち(・・・・・)は結ばれる(・・・・・)のだから。

 

 今回ばかりは勘違いではないし、失敗も(多分)ない。

 だって――全裸で一緒に寝ているなんて、そんなの結ばれたとしか思えないでしょう?

 どういう流れでああなるのかは分からないけれど、それはあまり重要じゃない。

 ベッドイン。ベッドインなのだ。

 彼の全てを、綾香でもなく美沙夜ちゃんでもなくそのへんの有象無象でもない、このわたしが手に入れたということ。

 

 ……いえ。ちょっと落ち着きましょう。

 確かにあれはそういう関係に至ったとしか考えようがないけれど……ん? あれ?

 そういう関係(・・・・・・)っていうことはつまり、そういうことよね?

 

 どうしよう。どんな顔をして彼に会えばいいのか全く分からない。

 気を抜くとすぐに頬が緩んでだらしない笑みを浮かべそうになるし、かといって真面目な顔をして彼と会ったら変なことを口走ってしまいそうだし。

 

 ……えへへ。

 

 

 

 ……あ、とりあえず朝ごはんを用意しないと。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 朝食を食べたお父さんが二日酔いで痛む頭を抱えながら玲瓏館の家に向かったのを見届けて、お皿を洗い始める。

 何をしていても頭に浮かぶのは彼のことで――といっても大体いつもそうなんだけど、そういうことではなく――他のことを考えようとしても、どうにも集中できない。

 

 ……子供の名前は何がいいかしら。

 やっぱり彼の名前からとって海という字を入れたいところ――!

 

 

「お、おひゃ……おはよう。その、ご飯出来てるから」

 

 

 突然彼が出てきたことで変な声が出てしまった。

 というか、こんなに近づくまで気付かないなんて。ちょっとしっかりしないと何か失敗してしまうかも。

 

 ああ、でも。そんなことより、昨日のことを謝らなくちゃ。

 

 

「あー、うん。……おはよう。悪いな、作ってもらって」

「う、ううん。全然いいの」

「それでも、お前には感謝してるんだ。それは分かってほしい」

「え、ええ。分かってるわ」

 

 

 ……あれ? なんていうか、あまりにも普通の会話じゃない?

 昨日のことなんかなかったみたいに今まで通りというか。

 もしかして、そういうことなのかな。昨日の夜は何にもなかったっていうことで水に流してくれているとか。

 

 いえ、きっとそう。彼はとても優しいから。謝る必要なんてないと、そう思っているのかもしれない。

 

 ――思わず彼の前から逃げるように自分の部屋まで来てしまった。

 

 

「……駄目」

 

 

 一瞬。

 ほんの一瞬だけ、わたしよりも綾香や美沙夜ちゃんのような子の方が相応しいような気がして。

 

 

「……ダメ、それ以上は」

 

 

 彼を傷付けてしまうわたしなんかよりも、傍にいて守ってあげられるようなあの子たちなら。

 いえ、あの子たちでないと。

 

 

「……だめ」

 

 

 結局、わたしは壊すことしか――

 

 

「そんなことっ! って、これ……」

 

 

 変に冷静なところを残していたからか、彼が大荷物を持ってどこかへと移動しようとするのを知覚する。彼のことであればこの国から出たって分かる。

 間違いない、彼は逃げようとしている。

 

 何処へ?

 何で?

 何から?

 

 分からない。

 何も、分からない。

 

 ただわたしの中にあるのは深い悲しみと怒りとをぐちゃぐちゃに混ぜたナニカだった。

 

 

「う……う、うぅ」

 

 

 彼を追って逃げられない様に捕まえようか。

 その衝動の赴くままに全てを壊して、ただ一つの欲しいものだけを残そうか。

 それとも、この恋を諦めるべきか。

 

 

 相変わらず、わたしの中は荒れ狂っていて。

 何一つ考えの纏まっていないまま、家を飛び出した。




ちなみにこの先は3ルート分岐
うち一つは第三部妹たち編に繋がり、もう一つはバッドエンドに繋がり、最後は第一部最終話の流れへと繋がります


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23

D.C.



セミラミス……セミラミスはどこ……

給料入ったら課金しようとか思ってたのにその日までピックアップ続かなくて絶望

アポイベ面白かった……
最後ちょっと泣きました


 逃げる。逃げる。逃げる。

 

 どこに向かおうとしているのか、どうして逃げようとしているのか、何が原因だったのか。何一つとして分からない。

 ただ一つ確かなのは、このまま行かせたらもう二度と彼に会うことはないのだろうということ。

 

 場所が分かっていても、きっとわたしはそこに行けないから。

 胸元に揺れるネックレスを祈るように握りしめる。

 

 違う。

 これは、違う。

 

 きっと何かの間違い。

 彼がわたしから逃げるなんて。

 

 

 ――でも、理解(わか)っているのでしょう?

 

 

 聞こえない。

 そんなの分かりたくもない。

 認めない。絶対に、そんなことあるわけがない。

 

 だから、ねえ?

 お願い、わたしから逃げないで。

 たった一言でいいの。ただ一言、その言葉を口にしてくれたら――

 

 

「待って……!」

 

 

 嘘。

 こんなの嘘に決まってる。

 

 

 ――いいえ、本当。貴女は捨てられたの。かわいそうな沙条愛歌(わたし)

 

 

 うるさい。

 うるさいうるさい。

 これは夢。夢に決まってる。

 

 だって、

 

 

 ――だって?

 

 

 こんな、はずじゃなかったのに。

 視界が歪む。音も遠い。けれど鼓動だけがうるさく聞こえて。

 面倒事を避けるために使っていた魔術も維持できなくなって、すぐに警官がやってくる。

 

 それを、他人事のように見ているわたし。

 

 

 ――これは沙条愛歌(わたし)のせい。彼をここまで追い詰めたのも、彼を苦しめているのも、元はと言えば沙条愛歌(わたし)が原因だもの。

 

 

 知っていた。

 分かっていた。

 本当は、ずっと。初めて会ったあの日から。

 

 彼は苦しんでいて、わたしはそれを許容した。

 いつかきっと、なんて誤魔化して、心のどこかでそれを望んでいたのだ。

 

 

 ――そうすれば、彼は沙条愛歌(わたし)のことだけを考えていてくれるから。

 

 

 だから、当然の話。

 これは彼を傷付け続けたわたしへの罰。

 

 

 ――けれど、結局どこに行っても彼は傷つく。沙条愛歌(わたし)の傍にいても、離れても、ね。そんなの、許せないでしょう?

 

 

 誰かの声。

 いえ。いいえ。

 これは――わたしの声。

 

 全く反応を見せないわたしにしびれを切らした警官が腕を掴もうとしてくる。

 そして、潰れて死んだ。

 

 

「最初から、こうすれば良かったわ」

「彼を傷付ける世界なんて、壊れちゃえばいいんだわ」

 

 

 どろり、と。わたしから黒い泥のようなものが溢れ出す。

 それは瞬く間に広がって、街を飲み込んでいく。

 コンクリートの地面も、人も、車も、ビルも、何もかも。飲まれて黒い泥に同化していく。

 

 

「うふふふ、あっははは!!」

 

 

 嗤う。

 

 もう戻れなくなったわたしのことを。

 何か大事なものを取りこぼしてしまった、わたし(怪物)を。

 

 

 ……でも、それでいい。

 元来沙条愛歌とは、そう在るものなのだから。

 

 必要なのは、ただ一つ。

 胸に抱き締めた彼を撫でる。

 わたしの傍を離れたからといって場所が分からなくなるわけもなく。危ない所に行かれる前にこっちに引き寄せた。

 当然、これから起こることを見せないように意識も遮断済み。沙条愛歌は出来る女なのだ。

 

 すでに聖杯は起動されたし、あとは待つだけ。

 発端からして狂っているこの聖杯は、一匹の獣を顕現させる。聖書に書かれる黙示録の獣。元から聖杯戦争はこれを喚び出すための儀式で、参加した魔術師は誰も彼も騙されていた。

 今までのわたしは現状に満足していて、そんなことに興味なんてなかったから放置していたけれど……

 

 うん。残しておいて正解だった。

 聖杯を使ってビーストを顕現させる。それで人理定礎を崩壊させてしまおう。

 

 ――そうしてわたしは、彼と二人で新しい世界を創り出すのだ。

 

 

「……? ああ、抑止力(番犬)ね。でももう遅い。もう聖杯には七騎の(・・・)サーヴァントが注がれているもの」

 

 

 守護者が召喚される。

 けど、邪魔はさせない。汚泥からサーヴァントを模っただけの張りぼてを作り出して、時間を稼ぐ。

 別に正面から戦う必要は無い。ただビーストが顕現するまで待てば、それでいい。

 

 

「あと一時間はかかるかしら」

 

 

 より確実にするためには、それくらいは必要。

 すでに周囲は人どころか人工物も見当たらなくなっていて、黒い海のようになっている。

 

 ……きっと、今頃は綾香もお父さんも飲み込まれているのかな。

 

 いえ。これは余計な感傷ね。

 本当に欲しいモノのためならなんだって犠牲にすると決めたのだから。

 だから、泣く権利だってわたしは持っていないのだ。

 

 

「随分と粘るのね、あなた」

 

 

 抑止の守護者は案外粘り続ける。

 文字通りこの世界の終わりともなれば当然なのだけど、少し鬱陶しく感じる。

 早く二人きりになりたい。この、煩わしくも心躍る時間はデート前のそれに似ているような気がする。

 とすれば、今のこれはデートに着ていく服を決めているようなものね。

 

 

「でも、もうお終い」

 

 

 段々と守護者の動きも鈍くなっていく。

 物量で押し込めるようにして遠くへと流してしまう。

 これでようやく、二人きり。

 

 と、思ったのだけど。

 残念なことに時間が来てしまった。

 まあでも、楽しみは後に取っておきましょうか。

 

 

 それじゃあ――また会いましょう。




第一部最終回の前に実はこんなことがありました、って感じで。
え?どゆこと?ってなった人は感想で聞いてくれれば答えます。
納得していただけるかは分かりませんが……


今更ながら、聖杯戦争が終結した状態で願いを叶えずにそのまま保持していたらどうなるのかとか全然考えていなかった……
しかもちゃっかり東京のど真ん中で聖杯の起動してますけどこれ無理なんじゃね……?
ガバガバですけど、うん。
不都合な所はキングストーンフラッシュ並みに便利な根源のちからということで、どうか。


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24

警察だ!(暗月並感)

まあ、挨拶はさておき。
長く開けてしまってすみません。
二つほど連絡があります。いいのと悪いの、二つあります。

まず、悪い方。
結果から言いますと、GA文庫の応募期限には間に合いませんでした。
趣味で書いているのと、『本』を意識して書くのではかなり気持ちやらなんやらで大きく変わるんだなというのを実感した一月でした。
今回前期には間に合いませんでしたが、後期の方には間に合うように、作家になるべく日々勉強して執筆に励んでいきたいと思います。

良い方は、たくさんあります。
なんと、『幼馴染が根源の姫だった件』のUAが100万を突破しました!
ありがとうございます!
めでたい!
それだけでなく、連載開始から一年を過ぎたという事や、この話で第二部も終わりということもあります。
ここまで皆さんに応援していただいたこと、感謝してもしきれません。

ここまでお付き合いくださった皆さんに感謝の気持ちを伝えたいと思います。
ですが私に出来るお礼なんて、話を書く、ということしかない……ということで!
リクエストで何かやります。
こいついっつもリクエストやってんな、って思われたと思うのですが、今回は違います。
いつもなら一話程度ですが、今回はもっと長めに、5話くらいの間章をどどんとプレゼントする形でどうかなーと考えています。
別にもっと他の何か要望があれば全然そちらでも構いませんので、どしどしこういうの読みたい、やってほしいというのを送ってください。

先着順ということで、後で活動報告のほうにアンケート用の記事を作っておきます。
それから、TwitterのほうでもP226 @FROM_tachankaという垢で活動していますが、そちらの方でも募集しておきたいと思います。


 走る。

 走る。

 走る。

 

 考えは纏まらない。

 今にでも叫びだしたいくらい胸の中で想いが荒れ狂っている。

 けれど、それでも。

 ここで逃げだしたら、また(・・)失敗してしまうという強迫観念が、私を突き動かす。

 

 

 ――どうせ、今回も無理。

 

 

 どこからともなく、誰かの声が聞こえてくる。

 その声からは、どうしようもないくらいの羨望と嫉妬が感じられた。

 ひたひたと這いよるような声を無視して走っていくと――いた!

 

 

「待って……!」

 

 

 逃げられた。

 ズキリ、と胸に痛みが走って思わず動きを止めてしまう。

 予想以上の健脚を見せる彼がどんどん遠ざかっていく。

 

 

 ――ね? やっぱり沙条愛歌(わたし)には無理なんだわ。

 

 

 違う。

 絶対に違う。

 私はそんな未来(もの)を認めない。

 

 だって――だって、ようやく巡り合えた、私の、私だけの王子様なのだから。

 本気で恋をして、心の底から欲しいと願える、たった一人。

 どこの沙条愛歌だって、ここまで来ることが出来なかった存在――

 

 

「……あ、れ?」

 

 

 そう。そうだ。

 私は酷い思い違いをしていたのかもしれない。

 この『声』は。

 私のものだけれど、私自身のものでは、ないのかも。

 

 これは、この『声』は――

 

 

「並行世界の沙条愛歌(わたし)

 

 

 きっと、そう。

 そのどうしようもないくらいの悲しみと、羨望と、嫉妬とを滲ませるその『声』は。

 

 

「――彼を、殺してしまった沙条愛歌(わたし)、ね」

 

 

 返事はない。

 夜街の喧騒も遠く、静寂が広がっている。

 彼はまだ廃ビルの階段を転びながら駆け上がっている。

 

 

「最初に出会ったとき、未来についての考えを聞いたとき、それから成長してから出会ったとき。敵として、異物として、愛する人として――殺してしまった、私」

 

 

 未来視を使えなくする敵として殺し、理解出来ない考えを持つ異物として殺し、もう手に入らない愛する人として殺す。

 そうして殺してしまった沙条愛歌の末路も、私は見ていた。

 

 

「ええ、辛いでしょう。苦しいでしょう。けれど、()は私のものだから。沙条愛歌(あなた)にはあげられないし、私も同じ道を行くわけないもの。だから悪いけど、お別れね」

 

 

 ――あっ

 

 

 虚空に向けて腕を振るう。

 ただそれだけで沙条愛歌(亡霊)たちとの繋がりは完全に途切れる。

 あれは、ありえたかもしれない私だ。

 私と繋がったことでありえたかもしれない未来を視てしまった、終わった後の私だ。

 だから羨ましくて、妬ましくて、それでいて悲しい。

 沙条愛歌(わたし)自身だから、その苦しみは痛いくらいに分かる。

 

 けれど。

 間違ってしまったのは、『私』なのだから。

 こちらの様子を見せてしまったことはちょっと申し訳なく思うけれど、うん。

 自業自得よね。

 

 

「……ええ。私はまだ、間違えていないもの。ううん。これからも、ずっと。何度繰り返したって、それ(・・)だけは間違えないから。だから――」

 

 

 まずは捕まえに行かないと、ね。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 廃ビルの屋上まで一気に移動すると、彼は全身傷だらけで仰向けになっていた。

 どしゃ降りの雨に打たれながら、疲れた顔で空を見上げている。

 そんなになるまで思いつめていたということが棘のように私の心を突き刺す。

 

 けれど、そんなことよりも彼の顔を見て酷く安心する気持ちの方が大きかった。

 

 本当に、心の底から安心した。

 いえ、まさか彼の身に何か起こるなんてことはありえないのだけど。

 間違えてしまった『私』のことを考えていたせいか、ナーバスになっているのかもしれない。

 

 

「……っ、すんっ……」

「けほっ、こふっ……流石に、根源接続者は違うな。ル〇ラでひとっ飛びか」

 

 

 だめ。

 今は、この瞬間は、少しでも彼から意識を逸らしてはいけない。

 多分ここが分岐点だから。

 

 ちゃんと、彼のことを見なくては。

 

 躊躇ったのは一瞬。

 今まで意識的にかけていた能力の制限を、取り払う。

 

 

(っ……!)

 

 

 濁流のように流れ込んでくる、彼の感情。

 表面的な感情しか見てこなかった私の知らない、本音の彼。

 マグマみたいに煮えたぎっているのに、氷のように冷たい。そんな不思議な感覚。

 

 この冷たさは、きっと私が奥へと押し込んだせいだ。

 

 色々な想いが流れ込んでくる中で、一際強いもの。

 『沙条愛歌(わたし)に振り向いてもらいたい』という、想いが伝わってきて、思わず口を開いてしまう。

 

 

「……どうして? わたしはあなたなら、いつだって……!」

 

 

 瞬間。

 ぶわりと膨れ上がった彼の感情が私を飲み込む。

 凡そ人間が持ちうる悪感情の全て。

 何年も何年も隠してきた彼のそれは、それでも真っすぐだった。

 

 

「……出来るわけないだろ、そんなこと……! ずっと怖かったんだよ! いつかお前がセイバーを召喚して離れていくんじゃないかって、本編の時間を通り過ぎたことなんてなんの気休めにもならない! いつ聖杯戦争に参加するのか、セイバーを呼びだすのか、そして――そして、恋をするのかって気が気じゃなかったんだ! 手に入らないなら、離れていくなら、深入りしないほうがいいじゃないか!」

 

 

 ――私は最低だ。

 結局どこまでも自分の思いばかりを優先して、傷ついた彼のことを思いやれてなんてなかった。

 

 表面的な感情しか見ないのは、怖かったから。

 色々理由をつけて誤魔化していたけれど、結局私は怖がっていただけなのだ。

 正面から向き合うことを、自分からぶつかっていくことを。

 

 だって、フラれたりなんかしたら辛くて、悲しくて、どうすればいいのか分からないから。

 だから彼の方から告白してくるのを待って、私の方から告白することのないように、必死で逃げ回って。

 

 ぐるぐると自責の念が駆け巡る私の耳に、彼の声が届く。

 

 

「――ああ、認めるよ。俺は沙条愛歌が大好きだ、愛してる! この世の誰よりも、何よりも大事だ! 高々ブリテンのトップ張ってた程度のやつに奪われるなんて認められない!」

 

 

 呼吸が止まった。

 驚きのあまり二つ先のビルを消滅させて再生させた。

 夢、ではないのよね。

 

 本当に今、私のことを好きだって。

 

 

 

 

 ……いえ。

 私は、頷けない。

 頷いては、いけない。

 

 

「あの、その。すごく嬉しいのだけど……どうしても、頷けないわ」

「……っ、は。いや、うん。分かってたことだから、いいよ」

「ああ待って誤解しないで! 違うの!」

 

 

 彼の深い絶望と、悲しみが伝わってくる。

 違うのに、分かってほしいのに。

 このままでは彼がどこかに行ってしまいそうで、それを繋ぎとめておきたくて、その手を握りしめた。

 

 

「愛歌……?」

「違うの。本当は、あなたが思っているほど私は完璧じゃない。あなたが知っているような『沙条愛歌(わたし)』じゃない。あなたが好きな、『沙条愛歌』じゃない」

 

 

 怖い。

 これから言うことを聞いた後の反応を想像して、身体が震える。

 それでもこれは、これだけは分かってほしくて。

 どうしても伝えておきたいことが、あった。

 

 

「ずっと、ずっと怖かったの。本当の私を知ったら離れてしまうんじゃないかって、怖くて怖くて堪らなかった」

「愛歌……」

「ごめんなさい。私、あなたに酷いことをしたわ。色々と言い訳して、隠してきたけれど、本当は怖かっただけなの。あなたがセイバーのように、離れていくのが怖かったの」

 

 

 あの、中学生の時も。

 いつだってそう。

 私は誰よりも臆病だった。

 

 気を抜けばすぐに倒れてしまいそうな緊張感の中、震える唇を何とか動かす。

 

 

「でも、これだけは知っていてほしいの。私は――沙条愛歌は、あなたのことを心から愛してる」

 

 

 言った。

 言ってしまった。

 私にとってはただの人間(ナマモノ)ではない、もはや世界そのものといっても過言ではない存在に。

 

 きっとフラれるだろう、という予感があった。

 こんなにボロボロと涙を零しながら告白する姿は彼の思い描く沙条愛歌とかけ離れている。

 幻滅しただろう。

 

 

「愛歌、顔あげて」

 

 

 優しい声。

 ゆっくりと顔をあげると、いつの間にか空は晴れていた。

 彼は今まで見たことがない笑顔を浮かべている。

 

 

「さっきも言ったけど、もう一度言うよ。俺は沙条愛歌が大好きだ。この世の何よりも、誰よりも、愛してる。それは今更愛歌の新しい面が出てきた所で変わりはしない。だから愛歌がそのことをどう思っていようと、俺は気にしてないから」

「でも、私は……!」

「そんなのどうだっていいんだ」

 

 

 私にとっては重大だったことを、そんなの、で片づけられたことで言葉を失ってしまう。

 

 

「俺と付き合ってほしい」

 

 

 シンプルなその言葉が、思考まで奪っていく。

 半ば夢見心地で、彼の言葉を反芻する。

 

 ……私で本当にいいのかな。

 

 

「というか、愛歌じゃないと駄目だ。他の誰かじゃ駄目なんだよ」

「本当に?」

「なんなら、証明して見せようか」

 

 

 抱き締められた。

 二度と離れないというように、強く、強く。

 

 

「……ね、お願い。一つだけ我儘を聞いてもらってもいい?」

「いいけど」

「もう一回だけ、告白して?」

 

 

 目に見えて彼の顔が歪む。

 安請け負いしたことを後悔している表情。

 そんな表情でさえも、愛おしい。

 

 

「……愛歌、俺と付き合ってほしい」

 

 

 返事の代わりに、長く、深く、唇を重ね合わせて。

 彼が事態を理解するのに数秒。

 息継ぎのために唇を離すと同時にようやく何をしていたか理解した彼が、鼻血を吹きながら意識を失う。

 それでも、私の手はぎゅっと握りしめたままでいてくれて。

 

 これ以上ないと思っていた彼を好きな気持ちが、また一つ増える。

 

 

 

 

 ――こうして、ようやく私たちは恋人同士になったのだった。




エピローグに続く。


トゥルーの条件は愛歌様が色々と吐き出すこと。
バッドは諦めてやり直したり、二人きりでいいやってなること。
グッドは気絶王の告白を受け入れること。


一番の強敵は自分自身だったんだよ!()
そんな感じです。


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エピローグ(トゥルー)

これで第二部完
短めです


 ぱたぱたと慌ただしい足音が聞こえる。

 だから早く寝なさいって言ったのに……仕方のない子。

 

 半ば転がるようにして居間に飛び込んできたのは予想通り、二人目の娘。

 私譲りの金髪を一纏めにした活発な子だ。今年は受験の年だからと色々張り切っているみたいだった。

 まあ、それで寝坊しているところが、可愛らしい子だった。

 

 

「なんで起こしてくれなかったの!? 遅刻しちゃう!」

「三回くらい起こしたけど起きなかったって、みーくんが嘆いてたのよ?」

「みーくんんんん!! そこは頑張ってよぉぉぉぉ!!」

「うるせえ、みーくん言うな」

「あら、まだ出てなかったの?」

 

 

 もうとっくのとうに出かけたと思っていた長男がひょっこりと姿を現す。

 こちらは若い頃のお父さんにそっくりで、ほとんど彼の血をひいているのだろうと思われる子だ。唯一、目だけが私からの遺伝を現わしている。

 小脇にヘルメットを抱えているところを見ると、バイクで移動するつもりらしい。

 

 

「こいつ送っていかないといけないから」

「やたっ! お兄ちゃん大好き!」

 

 

 言いながらひしっと抱き着く妹をうっとおしそうに引き剥がしながら、みーくん――今年で22歳になる長男である――が私に顔を向ける。

 本当に若い頃の彼にそっくりでドキっとさせられることもしばしば。大丈夫かしら、変なのに付きまとわれてたりしそうで不安なのだけど。

 

 

「送った後に大学行くから」

「間に合うの?」

「今日は一限ないし、大丈夫だよ。それじゃ、行くぞ鈴歌」

「あっ、待ってよ!」

 

 

 我が家でも最も騒がしい子供が去ったのと入れ替わりに、一番大人しい子が入ってくる。

 まだ半分夢の中にいるかのような顔でふらふらとやってきたのは長女。

 

 

「おはよう恋歌。今日もお寝坊さんね。誰に似たのかしら」

「んー、お父さんかなぁ」

「あの人は早起きだから違うわ」

「じゃあおじいちゃん」

「そうね、それだわ」

 

 

 こんなに危なっかしい娘が生徒会長だったなんて。

 もう三年も前の話なのにちょっと信じられない。

 

 

「あれーみーくんはー?」

「鈴歌と一緒に出たけど?」

「酷いなーもー」

 

 

 これでもウチで一番優秀な魔術師なのだけど……本当に大丈夫かしらこの子。

 

 

「行ってきまーす」

「気をつけてね」

「ママもねー。じゃあ、お姉ちゃん行ってくるからねーまーくん」

 

 

 私がずっと抱っこしてあやしていた赤ん坊――沙条家十六人目の家族、まーくん――の額にキスをすると、そのまま姿を消してしまう。

 まあ、抜けているように見えてしっかりしている子だし、襲われても瀕死で止められるくらいには鍛えたし、大丈夫かな。

 

 それからしばらくすると、落ち着いた足音が聞こえてくる。

 歳を取っても、いえ、取ったからこそさらにかっこよくなった私の旦那様。

 

 

「はいあなた、お弁当」

「いつもありがとう。大変だろうし、作らなくてもいいんだぞ?」

「私が好きでしていることだからいいの。それより、時間は大丈夫なの?」

「あ、やべ。じゃあ行ってくる」

 

 

 玄関まで見送る、いつもの朝。

 力を使わなくたって、心の奥底の深い所で繋がっていることが分かる。

 どうしよう。毎朝のことだけど幸せ過ぎてどうにかなっちゃいそう。

 

 

「多分今日もいつも通りに帰ってくるけど、遅くなるようなら連絡入れるよ」

「分かったわ。行ってらっしゃい、あなた」

 

 

 何も言わずに、身体を寄せる。

 それだけで何を求めているのか察したらしい彼が苦笑する。

 仕方ないなぁなんて言いたげな表情のまま、そっと唇を重ねた。

 

 

「ん、んん……っぷは」

 

 

 時間にすれば30秒もない短い時間。

 それだけで、今日も一日頑張ろうと思える。

 気力は補充された。

 

 

「それじゃ、今度こそ行ってくるよ」

 

 

 私とまーくんの頭をそれぞれ一回ずつ撫でてから、彼も家を出る。

 

 昔は色んなことがあったけれど、今は特筆するようなこともない平凡な日々を送っている。

 胸元に揺れる安物のペンダントをそっと撫でて、家事をするべく部屋に戻る。

 

 

 

 

 ――今夜あたり、誘ってみようかしら。




グッドとトゥルーの違い?
数だよ


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CCC:後輩が月の癌だった件

満を持してのBB√

BBには白野だけ!という方は即ブラバを……というかタイトルで分かるか。うん。
口調とか、ちょっと違和感あるかもしれないです。
その時は改善点か何か教えてください。なるたけ努力はしました。引っ越して以来触れていないPSPを引っ張り出してきてまで確認したんです。

ついでにいうとみんなの先輩はログアウトなされた。


 保健室。

 それは学生にとっての聖域。

 仮病を使って寝不足解消に勤しむための休息地(セーブポイント)だったり、はたまた若い欲望が作り出す桃色の幻想(イベント)の舞台だったり。

 まあ何にせよ、白い清潔なシーツに寝転びうとうとするのは最高に気持ちがいい。

 

 

「……で、俺は誰だっけ」

 

 

 ひんやりとしたシーツの感触をしばらく楽しみ、はてと気付く。

 

 記憶(メモリ)はあるのに名前(ラベル)がない。

 これは困った。

 

 混乱のままに身体を起こそうと力を込めたが、何かに阻まれて動くことが出来ない。

 視線を向ける。黒いキューブ状のもので腕がベッドに繋がれている。

 

 

「ふむん」

 

 

 現状は恐らく拉致監禁され、その際の何かによって記憶の一部を喪失した、といったところだろうか。

 事件だな。

 

 

「それで、これは一体?」

「あ、ちょっと気付いてたなら早く言ってください! 折角サプライズで驚かせようとしていたのに、恥ずかしいじゃないですか」

「別に気付いてたわけじゃないんだが……なんかいるんじゃないかなぁと思って」

「本戦から全く変化のないポンコツっぷりで何よりです。名前(ラベル)を失っても白いのにだだ甘だったセンパイのままで安心しました」

 

 

 こう、一人で帰っている時に突然立ち止まって「そこにいるのは分かっている……」とかやるノリで言ってみたら本当に誰か出てきて困惑している。

 

 ……しかし、なんかすごいのが出てきたな。

 こんなパンツ丸見えの黒コート、一回見たら忘れな――

 

 

「って、BBだと!?」

「はい、ラスボス後輩系ヒロインことBBちゃんです。よく眠れました?」

 

 

 まじかよ……

 どう考えても拷問ルートじゃないですかやだー

 

 BB。Fate/EXTRA CCCにおけるラスボスというか、メインヒロインというか……そんな感じのあれだ。詳しくは実際に購入してみてほしい。

 とりあえず、超危険人物である。

 主人公ではない俺をこうして拘束しているのは恐らく甚振るためか。元々の桜と仲良かったからそのせいかもしれない。

 

 走馬灯のようにこれまでの記憶がよみがえる。

 

 

 

 

 12月24日のこと。一人ぼっちでクリスマスを過ごしていた時、突然深夜にチャイムが鳴って、「誰だろうこんな時間に。サンタクロースかな?」なんて冗談で言っていたら本当に死をプレゼントするサンタさん(強盗)に襲われた阿呆がいた。――そう、俺だ。

 

 そして気付いたら月の聖杯戦争に参加していた。しかも本戦。

 予選はどこいった。

 幸いにしてサーヴァントはいるようだったが、目からビームを出すやけに渋い声の黒い猫……猫? という詰みゲー。

 

 余りにも訳が分からなさ過ぎてストレスで鼻血(リソース)がだばだば出た。

 これは不味い、と保健室に向かえば原因不明のエラーと言われる始末。昼夜問わず保健室で健康管理AI――間桐桜にお世話になることになった。

 滅茶苦茶桜と仲良くなれて、内心で舞い上がっていたところでのモラトリアム終了のお知らせ。ちなみにキーだか何だかはサーヴァントが取ってきていた。

 

 そして、運命の第一戦。

 俺は――普通に負けた。だってゲームじゃ見たことのないマスター相手だったし。こっちのサーヴァントのこと何も分かんないし。

 

 短い人生だった……と思ったのも束の間。

 また学校内にいた。まさかの二週目である。

 そんで、CCCの主人公と同様の流れで虚数空間に――いや、俺普通に校内で滑って、らめぇ入ってくるぅ状態に……はなってないけど捕まったんだった。

 

 

「どうしたんですかセンパイ? まさか、頭を打った時に色々吹っ飛んじゃいました?」

「割と真面目にそうかもしれないな。……まあいい。やるならさっさとやってくれ」

 

 

 痛くしないでくれ、とは言わない。

 絶対されるし。

 目を瞑って平常心。身体の感覚をシャットアウトする。……いや魔術師でもハッカーでもないからそういう気分になるというだけだが。

 

 

「センパイにしては珍しく殊勝な心掛けですね。BBちゃん、感激です。時間も無限というわけではありませんし、手早くヤッちゃいましょうか」

 

 

 怖っ!

 何されんの俺!?

 

 ……ああでも、最期が彼女の手によって、というのなら悪くはない気がする。

 これがどこぞの根源接続者だとかテラニ―だとか原初の母とかだったらもっと酷いことになっていた可能性もあるし。

 なんだかんだ言って健康管理AIをベースにしてるからちょっと手加減してくれるかもしれないし。

 

 

「じゃあ、失礼しますねセンパイ」

 

 

 その言葉の直後。

 柔らかくも確かに質量を感じる何かが腹の上に乗っかってきた。これは……馬乗りになられている?

 いや、本当にどうなるんだ俺。何されるんだ俺。

 

 

「ん……」

 

 

 唇に柔らかい感触。

 それと同時に花のような甘い香りが鼻腔を擽る。

 あと胸元にもずしりと柔らかいものが。

 

 

「ん、んっん……」

 

 

 目を、開ける。

 視界一杯に広がるのは、少女の顔。

 限界まで頬を赤く染め上げた彼女の眦から滴が零れてぽたり、と俺の顔に痕を残していく。

 

 ……何が起きた?

 

 リソースを吸われているのかと思えばそういうことでもなく、むしろこっちに流れ込んで不足していた分が補充されている。

 脳内が疑問で埋め尽くされて処理落ちしそうだ。

 

 

「……ぷは。ごちそうさまです、センパイ」

 

 

 顔を赤く染めながら、挑発的な笑みを浮かべてこちらを見下ろすBB。

 全く訳が分からない。

 完全に脳は機能停止状態に陥っていた。

 

 

「訳が分からない、という顔ですね? では、察しの悪いセンパイにもう一度大ヒントをあげちゃいます。オトメゴコロの出血大サービスですよ?」

「え、いやちょ、んむっ!?」

 

 

 二度目。

 二度目の、キスだ。

 

 これはつまり、なんだ、その。

 ……わけわからんポイントが一上がった。

 

 

「っ……! こ、これでもまだわかりませんか!? センパイには人の心が無いんですか!?」

「……いや、正直大体予想はついているというか分かっている部分はあるんだけどいまいち信じられないというか……俺は主人公じゃないし」

「じゃ、じゃあどうすれば理解ってもらえるんですか!? 24時間BBチャンネルでも流しますか!?」

「それは真面目にやめてくれ……」

 

 

 なんで分からないんですか馬鹿なんですか、と罵られながらちょっと状況を整理してみる。

 いや、うん。

 キスされたし、これはそういうこと、なんだよな……?

 

 あ、やばい。

 なんだこれ。顔がすっげぇ熱い。

 目を見ていられない。ここから逃げ出したくなる。

 しまった腕が拘束されている!

 

 

「あ、その反応はようやく理解しましたね? じゃあ時間がないのでズバリ聞いちゃいます。わたしのことどう思います? あ、回答は大きな声でお願いします」

 

 

 もちろん好きに決まっている。

 そうでなければここまで動揺しない。

 だが、それを大きな声で言えとは……どんな羞恥プレイだ!

 

 

「ほら早くしてくださいセ・ン・パ――きゃあ!?」

 

 

 爆音。

 保健室の一部がごっそりと削れて虚数空間的なアレが見え隠れしている。

 今思ったがどこだここ。

 

 煙の中から姿を現したのは主に上半身が危ないやつと主に下半身が危ないやつ。実際に自分の目で見るとちょっと心配になるくらい危ない。

 

 

「お母様だけズルい!」

「私たちを出し抜こうなんていい度胸じゃない」

「仕方ありません。……それじゃあ返事はまた今度ゆっくりと聞きますね? あ、時間制限を守らなかったので罰として今日一日その状態で過ごしてくださいね、センパイ?」

「ちょ、待て、せめてベッドから切り離して――おいぃぃぃぃ!!!!」

 

 

 叫びも空しくBBはパッションリップとメルトリリス、二人のアルターエゴと一緒に姿を消してしまう。

 

 

「桜のことは大好きだが、それを面と向かってっていうのはなあ……」

 

 

 ハードルが高すぎる。

 もう誰もいないだろうと油断して呟いたそれは、しかし。

 

 からん、と甲高い音が響き渡った。

 

 

「……あ」

「き、聞くつもりは無かったんですけど……! え、ええと、私……ちょっと備品の確認をしてきますね!」

 

 

 何か言う前に白いカーテンの向こうへと消えてしまう。

 後に残されるのはベッドに拘束された俺と、床に転がったままの金属製のお盆。

 

 

「ああくそ。……寝よう」

 

 

 眠気なんて欠片もないが瞼を閉じて意識を闇へと落とす。

 ……大好き、というよりは愛している、の方が正しかったかもしれないな。




大体BBちゃんメインヒロインムーブしてたと思うがどうだろうか

明かされない裏設定

今回のキアラさんはマイルドだった。イッタイドコノセカイセンナンダロウナー
少女の恋心をフル開放するのみに留まり、結果として聖杯戦争が進行すれば確実にデッドバッドエンドを迎える気絶王を救うためにムーンセルを掌握。
全プレイヤーとNPCをデリートして気絶王を保健室に隔離。
この後は現実に肉体を持たない気絶王を永遠に閉じ込めておくべくアルターエゴたちとせっせと箱庭造りに勤しむ。
初期案では気絶王がBBちゃんの後輩となっていたが、BBちゃんの口調とかがどう変わるか考えるのがめんど、げふんげふん、大変だったため没に。


あとなんでもするとは言ったけど……みんな無茶ぶり大好きだよね

……よぉしやってやろうじゃねぇか畜生!
馬鹿野郎お前俺はやるぞお前!(やけくそ)
剣式でもゲーティアでもフォウくんでもR-18でもなんでもこいやァァァァ!!!!


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【朗報】我らが王、ご結婚なさるwww【悲報?】

スレ民の話


1 名前:名無しさん@スレ

 ついに我らが王がご結婚なさるwwwwwwwwwwww

 

2 名前:名無しさん@スレ

 はい嘘乙

 

3 名前:名無しさん@スレ

 解散

 

4 名前:名無しさん@スレ

 いや、マジな話ありえるぞ

 

5 名前:名無しさん@スレ

 は? 我らが王が結婚とかねえから

 

6 名前:名無しさん@スレ

 さっき王が色んな意味でデカい女を連れて部屋に入った。それからずっと王の喘ぎ声が聞こえてくるんだけど

 

7 名前:名無しさん@スレ

 ちょっと暗サツの準備してくる

 

8 名前:名無しさん@スレ

 王さまどいて、そいつ頃せない!

 

9 名前:名無しさん@スレ

 なんかティアマトとか聞こえてきたんだけどwwwwwww ……嘘だよな?

 

10 名前:名無しさん@スレ

 >>7、8 タヒんだな……

 

11 名前:名無しさん@スレ

 >>7,8 強く生きろよ……

 

12 名前:名無しさん@スレ

 ていうか実際どういう状況なの? 1は何者なの?

 

13 名前:名無しさん@スレ

 俺にもさっぱり分からん。とりあえず王さまがティアマトを連れて帰ってきたのは確実みたい。 >>12 王さまの寝室警備してる

 

14 名前:名無しさん@スレ

 >>13 特定しますた

 

15 名前:名無しさん@スレ

 というか何やってんだ。仕事しろよ。それか俺と代われ。

 

16 名前:名無しさん@スレ

 今休憩中なの

 

17 名前:名無しさん@スレ

 というかさっきから中からすごい音が聞こえるんだが何が起きているんだ……

 

18 名前:名無しさん@スレ

 開けるなよ? 開けるなよ?

 

19 名前:名無しさん@スレ

 見たい、と心の中で思ったとき! すでに行動は終わっているんだ!

 

20 名前:通りすがりの英雄王

 ええい貴様ら何をそんなにきゃっきゃと騒いでいる! 危うく鯖落ちするところだったではないか!

 

21 名前:名無しさん@スレ

 王様きた

 

22 名前:名無しさん@スレ

 王様ちっす

 

23 名前:名無しさん@スレ

 王様遅かったっすね

 

24 名前:通りすがりの英雄王

 貴様ら……

 

25 名前:名無しさん@スレ

 王さまがティアマトを拾ってきたらしいです

 

26 名前:通りすがりの英雄王

 何を寝ぼけたことを言っている

 

27 名前:名無しさん@スレ

 本当なんですよ! 信じてください! なんでもしますから!

 

28 名前:名無しさん@スレ

 ん?

 

29 名前:名無しさん@スレ

 ん?

 

30 名前:名無しさん@スレ

 今

 

31 名前:名無しさん@スレ

 なんでもって

 

32 名前:名無しさん@スレ

 今

 

33 名前:名無しさん@スレ

 言ったよね?

 

34 名前:名無しさん@スレ

 揃わないなぁ……

 

35 名前:通りすがりの英雄王

 貴様ら……

 

36 名前:名無しさん@スレ

 やっべラフムきたラフム

 

37 名前:名無しさん@スレ

 どこだ

 

38 名前:名無しさん@スレ

 武器はあるのか

 

39 名前:名無しさん@スレ

 >>37 北門のあたり。まだ距離あるけど避難誘導始めてくれ >>38 一応剣はあるけど

 

40 名前:名無しさん@スレ

 そんな装備で大丈夫か?

 

41 名前:名無しさん@スレ

 大丈夫だ、問題ない

 

42 名前:名無しさん@スレ

 バリスタOMEEEEEE

 

43 名前:名無しさん@スレ

 >>42 さてはおぬし城門上の……

 

44 名前:名無しさん@スレ

 おい誰か丸太持ってこい。城門塞ぐぞ

 

45 名前:名無しさん@スレ

 みんな! 丸太は持ったか!?

 

46 名前:名無しさん@スレ

 おいもうだいぶ近いぞふざけるの終わりな

 

47 名前:名無しさん@スレ

 俺、生きて帰ってこれたら王の寝室覗くんだ……

 

48 名前:名無しさん@スレ

 >>1 無茶しやがって……

 

49 名前:名無しさん@スレ

 その後>>1の姿を見た者はいない……

 

50 名前:名無しさん@スレ

 これくらいなら王に報告しなくてよさげ?

 

51 名前:名無しさん@スレ

 はぐれだろ。経験値は貰えないけど。

 

52 名前:名無しさん@スレ

 んじゃ報告なしで~




ちなみにこの後城門は塞がれ、バリスタによる攻撃でなんとかラフムは撃退。
なんやかんやしていた気絶王はこのことを知らないままです


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ANOTHER:大家が無敵お姉さんだった件

俺もソフトバンクエアー持ってくれば汗だくになりながら投稿しなくて済んだのに……


 しんしんと雪の降る、ある深夜のこと――

 何故だか眠る気にもなれず、さりとて友人らはもう寝ているであろう時間であり、テレビは古ぼけた井戸を映し出したまま沈黙しているという状況に暇を持て余した大学生がすることといえば何だろうか。

 

 ……そう、コンビニである!

 

 ちょっと人に言えない本を買いに行くとか、深夜テンションのままよく分からないお菓子だの飲み物だのを買いに行くのは高校時代からの暇つぶし方だ。

 というわけで、この雪の降るクソ寒い深夜の町中を雪を踏み鳴らしながら歩いているわけだが……

 

 

「なんでいるんですか、大家さん」

「あら、わたしがいると何か不都合でも?」

「いや、不都合っていうか……」

 

 

 ちら、と横に視線を向ける。

 まるで雪の中に溶け込むような着物姿の、たおやかな女性だ。肩にかかる程度の黒髪が歩く度に揺れて、仄かに花のような香りが漂ってくる。

 

 隣を歩いているだけで、心臓の鼓動が止まらない。

 俺の想い人が今まさに隣を歩いているこの女性であり、出来ることなら嫌われたくないというかむしろ好きになってほしいというか端的に言ってしまえば結婚を前提にお付き合いしていただきたいというのが本音である以上、変なことは言えない。

 

 結果、言葉に詰まる。

 

 しばらくあー、とかうー、とか答えあぐねていると、くすくすと楽し気な笑い声が聞こえてくる。

 

 

「別に、気にすることはないのに。あなたがちょっと人に言えないような性的嗜好を持っていたからと言ってむやみに言い触らすような真似はしないわ。……少し参考にさせてもらうかもしれないけれど」

「いや気にするでしょ。どう考えても知られたら色々と不味いし。誰よりも大家さんが一番知られちゃいけない人だって」

「心配しなくても、あなたのためにならないことは――あら、いけない」

 

 

 不意に立ち止まった大家さんの方を振り向く。

いつも通りの、何を考えているのか分からない、しかし優しい笑みを浮かべている。

 

 ――その手に一振りの()を握って。

 

 

「……それ、前のやつと違いますね」

「気付いたかしら? そう、新しいコ」

「で、なんでそんな物騒なモン持って歩いてんすか?」

「ほら、最近何かと物騒でしょう? 身を守るために必要になると思って。早速役に立ってくれたわ」

「ちょ、今なんか大変なこと言いませんでした!?」

 

 

 慌てて周りを見回しても、特に人の死体だの赤い液体だのは見当たらず。ああまたいつもの冗談か、と安心する。

 

 

「いや、ほんとにやめてくださいよ大家さん。確かにこの辺は全然人通りもありませんし、誰かに見咎められる心配も少ないですけど――」

「約束、忘れたのかしら」

「ぐっ……」

 

 

 数日前、俺と大家さんはちょっとした約束をした。

 余りにも気恥ずかしく、ついつい忘れたふりをして逃れようとするのだがその度にこうやって大家さんは指摘してくるのだった。

 

 

「………………()さん(・・)

「ええ」

 

 

 ただ名前を呼んだ。それだけで嬉しそうにふわりと笑うのだからこちらとしては堪ったものではない。ちくしょう。可愛い。

 思わずうっかりと、勢いのままに告白してしまいそうだった。

 だがするわけにはいかない。その先に待ち受けるのはバッドエンドだ。

 

 

「……? どうかした?」

「いえ、何でも」

 

 

 ――両儀式。

 『空の境界』における主人公であり、万物の「死」を視ることが出来る直死の魔眼を持つ女性である。ただ、本編ではほとんど姿を現すことのなかった『 』という人格のようだった。全ての始まりである根源に接続しているために、その感性は人のそれとは大きく乖離していて、やろうと思えば世界を意のままに改変することすら出来てしまうスーパー無敵お姉さんである。

 

 転生者であるこの身をして驚愕せずにはいられなかった。

 前世では突然に発生したゾンビの大群を前にショッピングモールに籠ったのはいいが、ついに破られたバリケードから入り込んだゾンビたちからまだ高校生の少年少女を守るべく、ここは俺に任せて先に行け! と叫んでかゆうまされた。

 流石にそんな衝撃的な事件を体験しているからか、転生したことに関しては何の驚きもなかったが、大学進学と同時に引っ越した先の大家さんが両儀式という衝撃の事態に鼻血を吹きだし、玄関ホールを真っ赤に染め上げて倒れた。

 以来何かと世話をしてくれる彼女とちょっとずつ仲を深めているのだが、そういう仲になるわけにはいかない事情があった。

 

 彼女には既に結ばれた、あるいは結ばれるべき人がいるのである。

 

 故にこの想いを打ち明けた所で受け入れられることは無い。まあ、それはいい。俺が彼女への想いを抱えたまま一生独り身でいたとしても問題はない。

ただ、彼女に好きだと伝えて困らせることだけはしたくない。叶うことならば彼女には何も知らないまま幸せになってほしい。

 

 そう、思っていたのだが――

 

 

「で、何故腕を組むんですか?」

「もう夜は明けないのだから、少しくらい積極的になってみてもいいでしょう?」

「は?」

 

 

 夜、は……そのまんまだろうし、明けないというのは一体……?

 ……深く考えても仕方ないか。この人はいつだってこうやって訳の分からないことを言ってこちらを惑わせるのだから。

 

 

「ああ、安心して? さっきは言いそびれてしまったけれど、あなたのためにならないことはしないから」

「いまいち信用ならないところがまた……」

 

 

 けれども何故だか物凄い説得力を持っているのも確か。

 この人が俺をどうこうしようと考えはしないだろう、と根拠のない信頼感があった。

 

 

「ここはもう、閉じられた夢。終わりのない夢幻。正直なところ、わたしもここまでする気はなかったのだけど……面倒なのに覗かれそうだったから、つい、ね」

「よく分かんないけどとりあえず大家さんが何かしたということは分かりました」

「……意外と忘れっぽいのね、あなた」

 

 

 ちょっと拗ねたような言い方。

 分かりにくいけどちょっと怒っている時のサインだこれ――!

 

 

「……式さん」

「忘れていた罰として今度から呼び捨てにしましょう」

「えっ」

 

 

 こういう時、素直に従っておかないとこの人は更に面倒なことを要求してくる。

 べ、別に呼び捨てくらいどうってことないし。こちとら精神年齢だけ見ればもうおじいちゃんの域に入るわけですし。女性の名前を呼ぶくらいなんてことないし。

 震える喉を何とか動かし、声を出す。

 

 

「……………………し、式」

 

 

 返事は無かった。

 けれど、今まで見た中でもっとも嬉しそうなその笑顔を見ただけで彼女がどう思っているのかはわかる。

 たったそれだけのことで、うだうだと考えていたことが全部どうでもよくなってしまうのだから俺も大概ちょろいやつだった。

 だからなのか気のゆるみか眠気かそれ以外の要因か。

 本当に何も考えず、その言葉を放ってしまった。

 

 

「――好きです」

 

 

 あ、と思ったのも束の間。

 ぴしりと動きを止めた彼女がこちらをじっと見つめてくる。

 蒼い(・・)瞳の、異様な輝きから目を離せない。

 

 

「もう一度、言って?」

 

 

 気付いた時にはお互いの息がかかるような距離まで詰められていた。

 今までなら考えられない状況に思考は既に溶けて、必死に守ってきた心もぐずぐずになって口から漏れ出す。

 どうしようもなく惨めで、みっともない告白だ。

 

 

「――好きです。他に代えようがないくらい、好きなんです。駄目だと知っていても、困らせるだけだと分かっていても、それでも好きなんです」

 

 

 言った。言ってしまった。

 彼女に出会ってから一年……あれでも待てもっと長い期間だったような気が

 

 

「……そう」

 

 

 小さく頷いた彼女はくすりと笑みを零して――

 

 

「これから末永くよろしくね。旦那さん(・・・・)

 

 

 そう、言ったのだった。

 ……おん?

 つまり、なんだ。その……ええと。

 

 

「ん゛っ」

「あら」

 

 

 急激に熱を持った顔と鼻腔。

 瞬時に噴き出した血が真白だった地面を染め上げる。

 薄れていく意識の中で彼女の驚いたような顔を目に焼きつけながら、瞼を閉じた。

 

 

 ――それからの日々に特筆するようなことはない。

 俺と彼女の関係性にも、大きな変化はない。

 変わったことと言えば……そう。俺が大家の仕事を手伝い始めたことと、彼女が少し甘えてくるようになったことくらいだ。




辛い……Wi-Fiないの死ぬほどつらい……
お蔭で花騎士もオトギもアイギスもブレガも艦これもかんぱにも全部出来んもん……

早く研修終わんねーかな


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ミリオン記念閑話集
ミリオン記念:ハッピーカルデアライフ1


(こっそり置いとけばバレないだろう……)


あ、ちなみにこのセーバーたちは亜種特異点AOMORI開放の時にPUされて以後ストーリー召喚に追加される感じのあれなのでここのカルデアはあの狂気の特異点攻略後です。


 カルデアに召喚されてから約一週間。

 その間順調に戦闘能力皆無であることをアピールすると同時に嫁に戦わせて自分は応援しているだけのクズアピールも(意図せずして)十分に出来た頃。

 ……いや別にね? 俺も好きで愛歌に戦わせてたわけじゃないんだよ?

 

 ただ俺が戦闘で瀕死になって、ナイチンゲールさんにお世話になるたびに愛歌が666の獣を放出しようとしたりするもんだから……世界を救うはずの機関が世界を滅ぼしましたなんていう笑い話にもならないバッドエンドを回避するために、仕方なくね?

 

 愛歌が楽しそうにしていたことが唯一の救いだろうか。

 

 ――まあ、そんなことはどうだっていいのだ。

 現実逃避もここまでにして、ちゃんと現実を見よう。

 

 

「さっきからため息をついてばかりだけど、どうかしたのかい?」

「……いや、なんで俺の隣に座るのかなぁって」

「君とゆっくり話がしたかったから……というだけでは、不十分かな」

「はー辛いなにこのイケメン。いいよいいよ、好きにしろよ。そもそもここはみんなの場所だし」

 

 

 何が楽しいのかニコニコとしながらブリテンの王が来なすった。

 いつもの蒼銀の鎧ではなく何故か白いタキシード姿で。それがすごい様になっているものだからイケメンは得である。

 俺が着ても絶対に浮く。

 

 ブリテンの王――プロトアーサーと呼ばれていた彼はカクテルを頼む。俺は愛歌から禁酒令が言い渡されているのでジンジャーエールだというのに。

 

 

「……それで、その格好は? アンタの趣味ってわけでもないだろ?」

「ああ、これかい? マスターからどうか着てみてほしいと頼まれたんだけど、思いの外好評だったから、しばらくはこのままでいることにしたんだ」

「マスター、というと……ああ、藤丸くんか」

 

 

 一週間も経過したというのに、まだ主人(マスター)使い魔(サーヴァント)という関係には慣れない。

 というかどうにも不思議な感覚だ。昔自分が大好きだった作品の中にいるというこの感覚は、くすぐったいような、奇妙で気恥ずかしいものだ。

 もしかしたら今こうしている自分のことも、『誰か』が作品の登場人物として見ているのかもしれない――なんて、ちょっと考え過ぎだろうか。

 

 

「もう、ここには慣れたかい?」

「おかげさまで、ってやつかな。良くも悪くも濃い奴らばっかりで疲れるけど。……それで? そんなことが聞きたいわけじゃないんだろ?」

「……うん、そうだね」

 

 

 まあ、この王様が俺なんかに聞きたがることなんてあのことくらいしかないだろう。

 

 

「――君は、沙条愛歌という人間がどういうもの(本質)か知っていながら、それでも彼女を選んだ」

「……ああ」

「その結果彼女を救って、世界も救った」

「……うん?」

「僕には出来なかったことだ」

 

 

 それきり黙り込んだアーサーの顔は、薄暗い室内のせいでよく見えない。

 大体予想はつくけど。

 ……はぁ。なんでこんな、いきなり人生相談染みたことをされなくてはならないんだ。放っておけない俺も俺だが。

 

 

「なんていうか、アンタは多分、考え過ぎなんだよ。色々と」

「考えすぎ、かい?」

「もっと単純な話だろ」

「ええと……つまり?」

「女の子がタイプだったかそうじゃないか」

「……え」

 

 

 もちろんこれは愛歌との人生を駆け抜けた今だからこそ言えることであり、生前――それも、高校生までだったらそんなことは言えないだろう。

 彼が愛歌を選ばなかったことで傷ついていたのは確かだし、どの世界線でも最後には裏切られてしまうことを知っていた彼女が震えていたのも事実だ。だから、そこに関しては怒りすら覚えているけれど。

 

 選ばれなかった、もしくは、選ばれないということを知っていたからこそ俺が愛歌と一緒になれたのかもしれないということを、分かっているから。

 その点では、感謝しているといえなくもない。

 

 

「アンタにとって沙条愛歌という少女はタイプじゃなかったけど、俺にとっては瞼の裏に姿が焼き付くくらい魅力的な女の子だった。それだけのことだろ?」

「い、いや、流石にそれは……」

「ただあれだな。振り方が良くなかったな。あの夢見る乙女が一つや二つの障害で諦めるはずがないし、むしろ恋心を燃え上がらせて何をしてでも、ってやる気にさせる。」

「……はは」

 

 

 ……って、何をらしくないことを。

 変なことを言ってしまった、と自省する。

 

 

「――うん。やっぱり、そうなんだろう。そんな君だから、愛歌と一緒にいられたんだな」

「別に俺じゃなくても――」

「いいや。君はそうやってすぐに自分を卑下するけれど、もっと自信を持つべきだ。君のその強さは、僕にはなかったものだから」

「……そりゃどーも」

 

 

 爽やかな笑顔と共にそんなことを言われては毒気も抜かれてしまう。

 手の平で覆うようにして顔を隠す。そうでもしなければ、嬉しさに緩んだ頬を抑えられなかった。

 

 なんというか、結局のところ。

 俺は蒼銀の騎士王、プロトアーサーに憧れていたわけで。

 その憧れの人から評価されるというのは、想像もしていなかった事態なだけに動揺が激しいのである。

 

 

「ああそうだ。セーバー、君さえよければだが――僕の、友人になってくれないか?」

「……考えさせてくれ」

 

 

 

 

 その後しばらくして、度々二人で遊ぶ様子が見られたとか、ないとか。




男の英霊二人……同じ部屋に二人きり……何も起こらないはずもなく……この後滅茶苦茶二人で遊んだ

そういえば、この作品のメインヒロインが愛歌様である点からも分かり切ってるとは思うんですが私は基本的に悪役というか、人を人とも思わないようなキャラとかすごく好きなんですよ。
まあ、あれですね。
つまり何が言いたいかっていうとアカネちゃんめっちゃ可愛くてすこなんですがそんなことより六花ちゃんのふとももに挟まれたいっていうのと女神官ちゃんの聖水はどこで買えるのでしょうか

ちなみに僕のハロウィンはスプリングフィールドとWA2000のハロウィンスキンをなんとか手に入れて悦に浸るだけの悲しいハロウィンでした。ひもじい。


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ミリオン記念:ハッピーカルデアライフ2

色々あって書けなくなったり書けたり軽く自我を喪失しかけたりしてましたが今は元気です。
今年こそ賞に応募して作家デビューしつつ同人誌作って頒布しつつ友人たちと作っているゲームを完成させたいですね


 ――それは本来ならあり得ないはずの邂逅。

 小さな奇跡が重なった結果起きる、大きな悲劇。

 

 カルデアのマスター、藤丸立香にとってはもう慣れたことだが、同じ英霊であってもその別側面が別のクラスとして召喚されることがある。

 それはつまり自分でも知らない部分を直視することになるということで。

 

 

「あ」

「あっ」

「あ?」

「え?」

 

 

 ――カルデアの一角。

 十字路のような構造のそこで、とある英霊たち(正確にいうなら一人だが)がばったりと出くわした。

 

 東からは、エキストラと自称したセーバー。

 西からは、エキストラと自称するセイヴァー。

 北からは、エキストラと自称していたキャスター。

 南からは、エキストラと自称しているルーラー。

 

 

 ……彼ら彼女らの隣にはそれぞれ生前伴侶だった者が連れ立っており、大変面白おっと、険しい表情を浮かべている。

 いや、よく見たら全員挑発的な表情だ。

 

 つかつかと歩み寄り、身体が触れ合うほどの距離でガンを飛ばす。

 ちなみにその間セーバーたちは目を見開き、互いの顔を驚愕の表情で見つめている。

 同じ顔が三つ、性別が違うけれども似た顔が一つというのは中々に奇妙な光景であるが、それよりも何よりも、通路の真ん中で火花を散らすやべーのが意識を持っていく。

 

 どうしようもないビースト共の喧嘩の口火を切ったのはやはりというかなんというか、沙条愛歌である。

 

 

「ふ、ふふ……どこの誰かと思えば、その下品な身体で『わたしの』セーバーを誘惑した雌猫と駄神と並行世界のセーバーを無理やり夢に引きずり込んで快楽漬けにした夢魔じゃない」

「うふふふ……そういうあなたはその貧相な身体つきで『私の』セイヴァーを満足させることも出来ないような憐れな魔術師ではありませんか」

「――『わたしの』――」

「酷いな!? ボクがそんなことをするようなクズに見えるかい⁉ 『ボクの』ルーラー相手にそんなことするわけないじゃないか!」

 

 

 などと醜い戦いを繰り広げる横ではセーバーたちが――

 

 

「……なんていうか、変な感じだな。並行世界の自分なんて初めてだ」

「いや、初めても何も普通はないだろ……?」

「まあ確かに……ただ、並行世界の女性である自分っていうのは、なあ?」

「……う、なんだ。あんまりじろじろ見ないでくれ。その、マーリンが嫉妬する」

 

 

 その一言をきっかけにセーバーたちがすっと視線を逸らす。

 

 

「……その反応、もしかしてそっちもか?」

「なんというか、絞られる? いや、貪られる? みたいな?」

「半日ずっと、の時もあったなぁ……」

「あいつ、夜しつこいんだ……」

 

 

 全員が全員何らかの悩みを抱えているようで、段々とお悩み相談会のようになってくる。ちなみにその隣では――

 

 

「あったま来た! 本気で叩きつぶしてあげる!」

「私にも多少魔術の心得がありますし……それに、利口なペットもいますから。あなたのような狂犬にはいい手本になりますよ?」

「Aaaa、AAAAAAAAAA―――――――――」

「――妻の話をするとしよう」

 

 

 いよいよ怪獣大戦争染みた光景となり、近くを通ったカルデア職員が真顔で来た道を引き返していく。

 周囲の壁が罅割れ、砕けた破片がぱらぱらと散る。

 まさにカルデア崩壊の危機といったところだろうか。笑い話にもならないが。

 

 

「――あら、随分楽しそうなことをしてるのね。私も混ぜてもらっていいかしら?」

 

 

 その人外魔境に涼やかな声が掛けられ、頭に血が上ったビースト共が一斉にそちらを睨みつける。

 

 そこには――

 

 

「ちょうどこのコの試し切りもしたかったところだし」

 

 

 白い着物を着た黒髪の女性が、日本刀を片手に微笑んでいる。

 微笑んでいるというのにどこか寒気がするのは何故か。

 

 その隣で頬を引き攣らせていた青年――彼はエキストラと自称しだしたフォーリナーだ――がセーバーたちの方へと歩いていく。

 そして――

 

 

「そろそろ止めないと、やばいんじゃないか……?」

「愛歌はあのスレンダーなのがいいんだって。いや別にロリコンってわけじゃな――って愛歌なにやってんの!?」

「祈荒のいいところはあの身体だけじゃなくてな? 偶に見せてくれる照れた表情とかが最高に――おいいいいゼパルゥゥゥゥ!!」

「ティアマトは褒められ慣れてないのがまた最高に可愛くて――泥! 泥出てる!! ヤメテ!!」

「その、なんていうかふとした瞬間の気遣いというか優しさみたいなのはすごくきゅんと――なに私の黒歴史披露しようとしてるんだ!?」

 

 

 いつの間にか自分の嫁or夫の良い所語り大会のようになっていたところをフォーリナーのエキストラによって止められ、慌てて怪獣大戦争の様相を呈していたそこへと割って入っていく。

 彼らが入っていったことでカルデア崩壊の危機は止めることが出来たが、その様子を見ていた職員の胃は深刻な影響を受けたのだった。

 

 

 

 

 ――結果としてナイチンゲールの仕事量が増えてセーバーたちが怒られるのは、また別の話である。




こんな感じのことが度々起こってるんじゃないですかね()
一先ずあとは王様ーズとの話とかやって第三章かなー


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ミリオン記念:ハッピーカルデアライフ3

唐突に“彼女”の話をぶち込んでいくスタイル
あ、CVが知りたいみたいな感想がありましたが、多分沢城みゆきさんとか斎藤千和さんあたりです

今回は二本立てです


 涙が止まらない。

 なぜこんなことに……という思いで胸がいっぱいになり、もうなんか耐えられなくなって顔を覆いたくなる。

 

 カルデアに召喚されてから早一週間。

 色々なことに慣れ始めたこの時期に――私は懐かしい顔を見ることになったのだが。

 

 

「う、うぅぅ……そんなぁ……!」

「(どうしていいか分からず固まる)」

 

 

 余りにも衝撃的な姿へと変貌してしまったものの、その子が記憶にある少女と同じ人物であることを理解した瞬間、思わず涙を溢れさせてしまった。

 

 

「確かにこの姿が衝撃的なのは分かるが……その、そんなに泣くほどだったか……?」

「だってぇ、だってぇぇぇぇ……あのアーちゃんがこんな、こんなぁ……うえぇぇぇぇ……」

 

 

 こんなに悲しいことがあるだろうか。

 マーリンと……その、結ばれて何故かカルデアなんていうところまで来てしまったことでもはや驚くことなどないと思っていたのに。

 

 あの……あの可愛らしかったアーちゃんが……!

 

 

「不良に……!」

「い、いや……別に不良というわけではない、のだが……」

「だって髪も脱色しちゃって、そんな露出度高めの……それは前からか……でもなんか馬も恰好いい感じ(中二感の溢れる)だし……!」

「いやこれはそういうものではなく……」

「アーちゃん……うぅぅ……」

 

 

 目の前にいるのはかつて育て、親代わりになっていた可愛らしい娘ではなく――

 

 

「こ、これはランサーとしてのあり得たかもしれない私であり、その別側面としての……」

「何かあったの……かい?」

「マァァァァリンンンン!!!!」

「うわっ!?」

 

 

 そこに丁度やってきたマーリンの胸元に飛び込み、花の匂いに包まれながら思う存分叫ぶ。

 

 

「こんなアーちゃん、見とうなかった――――――――――!!!!」

「確かにこの姿は刺激が強いかもしれないね……特に君にとっては」

「クz……マーリン。義母様(かあさま)に説明していなかったのか」

「いやあ説明しようと思ったんだけどね? まさか私のいない間に出会うと思わなかったものだから」

「全く……」

「私も悪かったとは思うけれど……そろそろ自己紹介をしたらどうかな?」

「……ランサー、アルトリア。本来の私とは違う側面ですが、お久しぶりです……か、義母様(・・・)

 

 

 とても懐かしさを感じる顔なのに、どこか悲しさを覚えてしまうのは――

 

 

「こんな、こんなのってない……私、アーちゃんの成長を見守ってたのに……」

「うんうん、確かに悲しいね。ちっちゃい頃から育ててきたアルトリアが知らない間に育っててその過程を見守れなかったような気分というか……」

「おいクズ、お前は欠片もそんなことも思ってないだろう」

「はっはっは、そんなわけないじゃないか」

 

 

 マーリンがぽんぽんと頭を撫でてくれるのが気恥ずかしく、ちょっと嬉しい。きっと、いつものようなあの胡散臭い笑みを浮かべているのだろう。

 ああ、まったく。

 こんなところ(カルデア)まで来たというのに私は昔から何も変わっていない。

 悩んで、迷って、結局何も出来なかったあの頃と同じように、アーちゃん……アルトリアたちを助けてあげることも出来ない。

 

 ――ならば、せめて。

 仮にも育て親として、母としての責任を果たすのなら。

 

 

「もう、いいのかい?」

「……うん。もういい」

「そうか。なら、彼女に言いたいことを言ってやるといい」

 

 

 促された形になってしまったが、自分よりも高い位置になってしまった娘の顔を見上げる。……なにその気まずい顔。お母さん傷つくんですけど。

 

 

「アーちゃんにはお話があります。言いたいことが山ほどあります。なのでこれから部屋に来なさい。あと、居るなら他の貴女も呼ぶこと。いい?」

「……はい」

 

 

 ――せめて、彼女の話を聞いてやるくらいはしてやりたいと思う。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ……着せ替え人形とはこんな気持ちなのだろうか。

 半分くらい死んだ目で状況に流されるまま服を着替えていく。

 へへ……と半笑いで目の前の二人を見ると、嬉しそうな笑顔を返してくる。

 違う。違うんだよ。

 マタ・ハリさんもブーディカさんも色々勘違いしてるんだよ。

 

 

「まあ! やっぱり似合うわ!」

「うんうん、お姉さんもいいと思うよ?」

 

 

 いえ、あなた方の露出度は高すぎるんです。

 なんてことを言えるわけもなく、やっぱり死んだ目で流されるしかない。

 

 

「あ! これとかどうかしら!」

「これかぁ……うん、いいかも」

「去年のハロウィンで見てからいいと思ってたの!」

「いやいやいやいやこれは、これは流石に厳しいっていうか!」

 

 

 流石に無理だ、と言いたくなるような露出度の高さ。

 もはや胸と股間しか隠せていないこれを着るのは嫌すぎる。

 まだそこまで思い切ったことはできない。

 

 

「でも、これなら確実にイケるわよ?」

「それは……そうかもしれない、です……けど」

「ほら、着替えた着替えた。旦那を誘惑するんでしょ?」

 

 

 それを言われると反論できない。

 元々この着せ替え人形状態も私が「カルデアは美人が多いから旦那が手を出さないか心配だ」という趣旨の発言をうっかりしてしまったことが原因だし。

 

 ……ええい、ままよ!

 

 

 

 

「こっ、これは……恥ずかしい……!」

「きゃー! いいじゃない!」

「うんうん! すっごく可愛いよ。お姉さんも保証してあげる!」

 

 

 下着……どこ? ここ?

 このすーすーする感じの心許なさがすごい。

 無理、無理だって。こんな格好でアイツ(マーリン)の前に出るとかほんとに無理。絶対笑われるし。

 

 もし、もしだ。

 マーリン以外の人に――例えばアーちゃんとか、ランちゃんとか、ベディちゃんとか――見られたりなんかしたら、死ぬ。心が。

 

 

「やっぱり無理だってぇぇぇぇ……こんなの見せられない、無理!」

「大丈夫だよ。どうしても気になるならコートを羽織ればいいから」

「完全に痴女じゃないか!」

「他の人に比べれば全然平気だから! ほーら、早く行ってきなさい」

 

 

 唸る私を半ば追い出すような形で送り出し、二人はそそくさと離れてしまう。

 そして、着替えは無い。

 厳密にいえば英霊ではない私は着替えるしかないのだが、その着替えはマーリンと共同の部屋の中にあるわけで。

 つまりどう足掻いても奴に見せる以外の選択肢はないのだった。

 

 

「なんか変な所とかないよな……? いや変っていえば全部そうなんだろうけど、致命的に似合ってないとかそういうのは……うぅ」

 

 

 脳内が考え事に満たされていても、なんとか部屋の前まで戻ってこれた。

 その間に誰かに会うことは無く、誰か来るんじゃないかとびくびく震えながらも前に進めたのはいいことなのか悪いことなのか。

 

 しかしいざ扉の前に立つとしり込みしてしまって開ける勇気が出てこない。

 ここはやはり一度戻って態勢を整えるべきなのでは――

 

 

「そんなところで、何かあったのかい?」

「わひゃあ!?」

 

 

 やっぱり戻ろうかと足を後ろに向けたタイミングで扉が突然開いてマーリンが出てきた。

 タイミングがいいなんてものではない。

 こいつ実はずっと見ていたのでは、と勘繰ってしまうような絶妙な間。

 

 思わず最後の砦であるコートをぎゅっと掴んでマーリンを睨みつけるように見上げてしまった。

 

 

「……何か、してしまったかな?」

「別に。何でもない。早く中に入れろ」

 

 

 特に何かを聞いてくることもなく、マーリンは中へと入れてくれる。

 

 こういうのは変に恥ずかしいと思ったりするからそう見えるらしいと聞いたことがある。ならば、これが当然だと言うように堂々としていればいいのではないか。

 よし、よし……行くぞ。

 ふっ、見たいなら見ろ。私は逃げも隠れもしない――!

 

 

「――それは!?」

「驚いたか? これはちょっと借りてきた礼装で――おいちょっ待っ、ひぁっ!?」

 

 

 

 

 ――散々色々された後。

 息も絶え絶えに枕に顔を埋めた私は、何故こんな服を着ていたのかという問いに正直に答え……大変な目にあった。




前半みんな一人称私なんで混乱しますね
ちょっと内容的にどうかなと思いつつ書いてしまった
多分この後は(ほぼ)全アルトリアと対面して泣きながら色々話を聞くのではないかと。
そしてアルトリアがおろおろしてる。

後半に関しては前半の話からママ系サーヴァントとの相性とか良さそう?という考えで女子会とかやるかなどうかなと妄想した結果の産物。
多分イベントの度にこの人たちと絡んでる。うん。

……あと、待ちに待ったドスケベ喀血姫だぞ(白目)

それから多分数日後にこれの関連作品としてある話を投下する予定です。
リクエスト関係での話なのですが、これだけは別作品という形でやるしかないと思った次第。


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閑話:それぞれの(カルデア編)

リクには関係ないやつです
私が書きたくなったので書きました

あと、活動報告の【重要・至急】と書かれているものに目を通しておいていただきたいと思います。
今作品の更新停止、もしくは私のアカウント削除につながる可能性がある行為についての注意事項となります。
この活動報告については今作品を読んでいる方々全員に関係している話になりますので、自分には関係ないとか、自分は知らないし、という考えを持たずにご一読いただければと思います。

私もあまり気分がいいものではないので、今後はないようにしていただければ幸いです。


セーバーの場合

 

 

 何時の頃だったか、俺は息子にこう言ったことがある。

 

 

『大事な誰かを守れる男になれ』

 

 

 守る。

 たった二文字だがその言葉に籠められた意味は何よりも重い。

 どうやって守るのか。何から守るのか。いやそもそも、何を以ってして守るというのか。

 

 とても曖昧な言葉だ。

 

 

「もう……またいじけているの?」

「……愛歌」

「今の自分に満足しないところはあなたの美点でもあるけれど、理想を見過ぎるのは欠点だと思うの」

「でも、さ……」

 

 

 分かっている。

 所詮凡人、ただの人である俺が根源接続者である愛歌を守ろうなんて烏滸がましいどころの話ではないことを。

 

 だがしかし、だ。

 愛する者を守れずして何か男か。

 

 

黎明の腕(イクラ)にまた負けたのがそんなに悔しかったの?」

「……97連敗だ」

「そうね」

「俺は……無力だ……」

 

 

 そう。

 カルデアに喚ばれてから結構経つが、一向に強くなることは出来ず。

 いくつも種火を貰ってレベルも上がっているというのに未だ黎明の腕すら倒すことが出来ないという体たらく。

 ついには見かねた藤丸君(マスター)にちょっと休んだら、とまで言われる始末。

 

 

「レオニダスブートキャンプ、ウルク式魔術教室、魔女式魔術教室、キュケオーン試しょk、もとい女神式魔術教室、エルメロイ魔術教室、守護者式戦闘訓練――色々やってきたのに全て結果につながらないなんてな……」

「……あなたは私が守ってあげるから、自分が弱いなんて心配しなくてもいいのに」

「俺は……愛歌が何よりも大切だから、傷ついてほしくないから。だから、俺が愛歌を守りたいんだ」

「……ええ。その気持ちは本当に嬉しい。でも、それ以上にあなたに傷ついて欲しくないの」

 

 

 きゅ、と手を握られる。

 愛歌の手は彼女の全盛期であるあの頃――まだ付き合い始めた頃と同じ温かさと柔らかさで。

 俺自身も同じような形で召喚されているためか、時間が巻き戻されたかのような奇妙なデジャヴを覚える。

 

 

「本当はね、私が戦闘に行ってあなたはこっちで待っているような形にしたいのだけれど……」

「それは流石にどうなんだ」

 

 

 

 

 ――ああ。

 俺はどうしても大事な人を守れる男にはなれないのか。

 

 全く情けない父親だよ……なあ、みーくん。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

セイヴァーの場合

 

 

 ……ああ。

 朝、なのだろうか?

 

 部屋の片隅でぷるぷると震える観葉植物的な謎生命体と目が合う。

 お互い言葉など発していないが、なんとなく考えていることが分かる気がした。

 

 ……彼との付き合いも長いし。

 多分、『マジ尊敬っす兄貴!』とか考えてる。

 

 

「――あら、まあ。もう朝なのですか……」

 

 

 時間感覚はとうの昔に失せた。

 肉体的にも精神的にも擦り切れ疲れ果てている。

 

 それでも、それでも負けることの出来ない戦いが、引くことの出来ない戦いがあった。男の意地と尊厳をかけて、情けない姿など絶対に見られるわけにはいかない。ましてやそれが惚れた女ともなればなおさら。

 

 

「なあ祈荒……そろそろ終わりに、」

「駄目です。まだ理性が残っているではありませんか」

「……そっかぁ」

 

 

 一瞬で目から生気を失った俺に構わず、祈荒はもう一度上に跨ろうとしてくる。

 なんとも身体は正直というかいっそ愚直なもので、彼女の肢体が目に映るだけで瞬時に戦闘態勢を整えてしまう。だってしょうがないじゃん。最愛の女性だし。

 

 そうやってどこかぼんやりした思考で祈荒を見上げていると、一糸まとわぬ姿の彼女はふいっと視線を逸らした。

 可愛い。

 

 違う、そうじゃない。

 彼女が照れるなどそうは――いや、これはなんというか。

 

 拗ねている……?

 

 

「……祈荒?」

「……なんでしょう?」

「もしかしてだけど、昨日の晩に言ったことを気にしてるとか?」

 

 

 答えない。

 が、赤く染まった頬を見れば分かる。

 

 ……図星だったか。

 

 昨日の晩に言ったこと、といえば彼女から聞かれたことに対して率直な感想を述べたくらいだが……

 俺は何か間違ってしまったのだろうか。

 

 

「……妻は、(わたくし)なのですよ?」

「あれは単に、祈荒が『率直に、沙条愛歌という少女をどう思うか』って聞いてきたから本当に率直に言っただけであって、何か含むものがあるわけではないけど」

「ですが……あの貧相な身体つきの小娘を『可愛らしい』『祈荒と出会っていなければ彼女に惚れていた』『存外貧しいのも悪くはないような気がする』、と――」

「祈荒と出会ってなければ、って言ってるだろ? 俺が惚れたのは『殺生院祈荒』という女性一人だし、これまでもこれからもそれは変わらない」

 

 

 ――そうだ。

 彼女のことを何よりも愛していることは間違いないし、未来永劫それが変わることなどありえない。

 もしかしたら――『沙条愛歌という少女に惚れていた俺』になっていたのかもしれないが、それがあちらの(セーバー)俺なのだろう。

 

 ……ん? いや待て、そうすると俺は俺自身の側面というか誰に惚れたかという点だけで別クラス召喚されているということで――これ以上はよそう。頭が痛くなってくる。

 

 

「だからさ。そんなに不安に思う必要はないんだよ。むしろ俺の方が祈荒に飽きられるんじゃないかと不安で――っ!?」

 

 

 ぎゅう、と抱きしめられた。

 反射的に抱き締め返して、彼女の身体が小刻みに震えていることに気付く。

 

 ああ、なるほど。

 つまり彼女――祈荒は、不安だったのか。

 なんともいじらしいというか、元の彼女を識っているせいで、どこか違和感を覚えてしまうが、しかし。

 

 彼女にとってかけがえのない存在になれていたという実感はどうしても表情筋を緩ませてしまう。

 

 

「ごめんな。不安にさせて」

「……いえ、いいえ。これは私の心の弱さが問題なのです。ですから――」

 

 

 あ、やばい。

 これは……この流れは……!

 

 

「――朝まで(・・・・)、お願いしますね?」

 

 

 もう朝なんですが、という言葉は引き攣った笑みと共に消えた。

 このエロ尼……真剣(マジ)だ。真剣(マジ)で言っている。

 

 

 本気で明日の朝までぶっ続けにヤるつもりだ――!

 

 

 助けを求めて鉢植えへと視線を送るが、黒色の柱状生物(?)はぷるぷると身体を震わせるのみ。

 『無理っす兄貴! 頑張ってください!』と言っているようにも見えるが、そんなのは何の慰めにもならない。

 

 ……そもそもは俺が原因なのだから仕方ないか。

 

 彼女が不安にならなくても済むくらいに――いや、いっそのこともう十分だというほどに、俺がどれだけ彼女のことを愛しているのか思い知らせてやるとしよう。

 

 

 そんなことを考えつつ、疼痛を訴える身体の節々に顔を顰めた。




長くなったので他のはまた別の機会に

祈荒はなんとなく初めて手に入れた「それ」を失うことに耐えられないから、なんとしてでも繋ぎとめようとして身体を使っていくんじゃないかという個人的な妄想です。文句とかは受け付けません。




……

…………

………………はい三章入りまーす

当社比300%増しのビター&ビター√
『スターダストシスターズ』です


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第3部 スターダストシスターズ


GA文庫に応募するのは今年もダメかもしれないです()
そしてコミケのための原稿作業も始まってこれもう死ぬしかないのでは状態。草。


それはさておき、ついに三部です。
感慨深いものがありますね。

さて、この第三部では一部二部とほとんど活躍のなかった美沙夜と綾香に焦点を置いた話ということになります。(美沙夜はマジでほぼ捏造になる気がしてならないし、キャラ崩壊が怖い)
というか綾香と美沙夜を交互っていう感じかな?

この作品のタイトルを考えるとかなり詐欺ですね。
一応予定としては9話ほどで考えていますが、まあいつも言ったことを守れない駄目なおじさんなので、これは流してもらって構わないです。

で、ここからが本題なのですが……

今作品、「幼馴染が根源の姫だった件」はこの第三部を以て完結になります。
他に書いているものも結構ありますし、なによりこれ以上の話が思いつかないというのもありまして。
話としての纏まりも考えて、このへんで風呂敷を畳んでおこうといったところです。

……いや、まだ続くんですけどね?


 ――恋というにはあまりに冗長で。

 ――愛というにはあまりに醜悪な。

 ――それでも焦がれ続けたそれを。

 ――きっと人は、執着と呼ぶのだ。

 

 

 

 

 よくある話だ、と思う。

 それまで好き合っていた男女が僅かなきっかけで別れてしまうのも、報われない恋に胸を焦がすのも。

 

 ……本当に、よくある話だ。

 

 石を投げれば当たるくらいには、きっと。

 それくらいありふれていて、それくらいなんてことのない話なのだろう。

 

 この世界にはもっと殺伐とした恋愛模様が展開されているところだってあるだろう。それこそ、古代の英雄王が騎士王に執着しているとか――。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 けれども実際に身近でそんなことが起きてしまうと、どうにも考えてしまうもので。

 かれこれ八年も前のことだというのに、私はまだ考えてしまうのだ。

 

 

 ――何が原因だったのだろうか、なんて。

 

 

 それを知ったところでどうしようもないことは分かっている。

 それが分かったところで意味がないことは分かっている。

 それが理解できたところで価値がないことも分かっている。

 

 それでも、私は考えてしまう。

 どうしてお姉ちゃんとお兄ちゃんが離れてしまったのか、と――

 

 

「……なんて、そんなの二人にしか分からないよね」

 

 

 八年前、大雨が降ったあの日。

 お姉ちゃんは家に帰ってこなかった。

 

 ロンドンの時計塔に行ったのだという。

 確かに招待が届いていたような気はするけれど、それにしても急だった。

 

 そして、お姉ちゃんがあれほど恋焦がれていた相手は――

 

 

「ちょっと綾香?」

「……っあ、ごめんね。聞いてなかった」

「しっかりしなさいよね」

 

 

 放課後。

 斜陽が差し込む教室の中に残っているのは私と美沙夜ちゃんだけだった。

 他の人は皆帰ったか、部活に行ったらしい。

 

 

「……もう八年なんだから、いい加減割り切りなさい」

「っ、でも……!」

「いい? どんな事情があったって、沙条愛歌は『逃げた』のよ。あの人がどれだけ想っているかも知らないで、それに決着を付けないままね」

「そんな言い方っ」

「――あの女は私たちが欲しくてたまらなかった、ずっと焦がれ続けたものをあっさり捨てた。その結果だけで十分じゃない」

 

 

 それとも――と。

 美沙夜ちゃんは冷たい眼差しでこちらを見る。

 

 

「お兄様と沙条愛歌の間にまだ何かが残っていてほしいの?」

「それは……」

 

 

 私だってお姉ちゃんからお兄ちゃんを奪いたくて仕方なかったのだから、今の状況が好都合であることに間違いはない。

 子供心ながらにあの二人がどうしようもないくらい愛し合っていることなんて気づいていたのだし。

 

 ――でも、お姉ちゃんがいないままこの恋に決着が付いて欲しくもない。

 

 私はなんて浅ましく卑しい人間なのだろう。

 お姉ちゃんに戻ってきて欲しいと願いながら、同時にもう戻ってくることがないようにと祈っている。

 

 

「……ま、いいわ。綾香がそうしてうじうじとあの女のことで悩んでいるなら、私は一人であの人の心を奪いに行くだけだから」

 

 

 そう言いつつ時計を見て「よし、時間は大丈夫」と頷いている。

 まさか――

 

 

「今から行くの?」

「当然。こういうのは早いもの勝ちなんだから」

「待って、私も――」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 美沙夜ちゃん(私もだけど)が目指していたのは市内の片隅にある小ぢんまりとした喫茶店。

 偶に爆発音が聞こえたりネコのような人のような生物が出入りしているのを見かける以外は、至って普通の店だ。

 

 扉を開けると、シンプルな制服に身を包んだお兄ちゃんの姿が――くぅ、いつ見てもかっこいい。

 

 

「いらっしゃい――ああ、美沙夜ちゃんと綾香か。空いてる所に適当に座っててくれるか? ……あ、二人ともいつものでいいかな?」

「はい、お願いしますお兄様」

 

 

 とてもきらきらとした笑顔だった。

 

 ……美沙夜ちゃん、お兄ちゃんの前だとすごくお嬢様っぽい猫を被るんだよね。

 多分それお兄ちゃん気付いてると思うよ――と言うべきか、否か。この問いはもう何年も答えが出ていない。

 

 

「……それで、ここに来てどうするの?」

「とりあえずお兄様の近況を探るわ」

「近況って……具体的には?」

「あの女と連絡を取っているのか、いないのか。それをはっきりさせるのよ」

 

 

 なるほど――とは思わなかった。

 

 お姉ちゃんが送ってくる手紙にはお兄ちゃんのことは一つも書いていなかったし、高校卒業と同時に一人暮らしを始めたお兄ちゃんの家を知っているはずがないから、連絡を取っていないのはほぼ間違いない。

 

 そもそも、そんなことは美沙夜ちゃんだって知っているはずだ。

 

 それでもはっきり聞こうとしているのは多分、怖いから……なのかな。

 お兄ちゃんとの関係を進めるにあたって沙条愛歌という存在は越えようのない壁になるから。

 

 なんてことを考えていると、目の前に珈琲と小さなケーキが置かれる。

 ウェイターは当然お兄ちゃんだった。……というか、この時間のこの店にはお兄ちゃんしかいない。

 それで回ってしまう辺りがこの店の危うさを助長しているのだが、経営は大丈夫なんだろうか。

 

 

「はい、お待たせ。いつものやつ」

「ありがとうございます」

「ありがとう、お兄ちゃん」

「これが仕事だからな」

 

 

 八年前と変わらない、制服姿。

 少しだけ筋肉がついたりして体格が変わってはいるけれど……それでも、あの頃のそれとほとんど差はない。

 

 商品を置いてそのまま立ち去るかと思いきや、お兄ちゃんは席に腰を下ろした。……「よっこいせ」なんて、呟きながら。

 

 

「それで? なんか話があってきたんじゃないの?」

「なんで分かるの!?」

「平日のこんな時間なんて、なんかしら用がないと来ないだろ?」

 

 

 そういえば、ここに来るのはいつもなら休日だ。

 言われてみれば確かに納得できる。

 

 

「流石ですね、お兄様。その通りです」

「ちょうど今はお客さんも二人の他にはいないし、いいよ。答えられる範囲で答える」

「では、遠慮なく」

「ちょっ、みさや”っ!?」

「……?」

「さっき走っていたから、疲れているのかも。ほら、珈琲でも飲んで落ち着きなさい」

 

 

 平然と珈琲を勧めてくるけれど、その眼は笑っていない。

 まるで女王――ケルトあたりにいそうな感じの――だ。

 

 

「まあ、綾香は放っておいて。単刀直入に聞きますね?」

「え、おう」

「お兄様は――今も沙条愛歌を好きでいらっしゃるのですか?」

 

 

 

 

 その感覚を、どう例えたものか。

 まるで時が止まったように世界から音が消えた。

 

 先ほどまで笑っていたはずのお兄ちゃんは――沙条愛歌という名前を聞いた瞬間、まるで能面のような無表情へと変わっていた。




もう開き直って美沙夜ちゃんは何かそれっぽくして書いてるだけです()
え、キャラ崩壊? 僕の辞書にはない言葉ですね。

あと感想返しも今話の分からやっていきます。


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冬コミ原稿終わらない……(´・ω・`)


 ――言うまでもないことだが、私こと玲瓏館美沙夜は美少女である。

 

 

 成績も全国模試で10位以内をキープし続け、運動神経だって常人とは一線を画すほどに鍛えられている。

 それでいて魔術師としてもほぼ超一流レベルにある。

 

 もちろんそれらは自惚れではなく、そうあるべき、そう在らんとして研鑽を積んできたからこその自負だ。

 一分の隙も無い完全無欠美少女――それが(わたくし)

 

 

「なんでよぉぉぉぉ!!!!」

「ちょっ、美沙夜ちゃんここ外だよ……」

「どう考えてもあんな性悪人外魔術師より完璧美少女魔術師の私の方がいいでしょ!? なんで? どうして……うっ、うぅ……!!」

 

 

 あの質問に、結局お兄様は答えることはなかった。

 お兄様が答えるのを拒んだのではなく、珍しく他の客が入ってきたことで会話が中断された――それだけのことだ。

 

 けれど。

 

 お兄様のあの表情を見れば今もなお、沙条愛歌を想う気持ちに変わりがないことは容易に察することができた。

 ……どうして、あの人は振り向いてくれないのだろう。

 容姿、能力、どれを取ってもあの女に負けているものはないというのに。

 

 

 ――憎い。

 

 

「美沙夜ちゃん、どうしたの?」

「……なんでもない」

 

 

 彼の心を占めている事実が。

 それでいながら逃げていったその行動が。

 私に、私たちに勝ち目などないと感じさせる能力差が。

 

 

 ――にくい。

 

 

「……帰るわよ綾香。お兄様の口から直接ではなかったけれど知りたかった答えは得たもの」

「え、うん……」

 

 

 ――ニクイ、ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニク、

 

 

「――美沙夜ちゃんは、どうしてお兄ちゃんのことが好きになったの?」

 

 

 思考の渦から現実に引き戻したのは綾香のそんな一言だった。

 一瞬生じた間を埋めるように綾香が言葉を続ける。

 

 

「ほら、よく考えたらこういう話をしたことなかったなって思って!」

「……まあ、言われてみればそうね」

「そもそも私とお兄ちゃんの家は隣だったし、家族ぐるみで付き合いがあったけど……美沙夜ちゃんとお兄ちゃんがどうして知り合いになったの?」

「お兄様と知り合ったのは――」

 

 

 ――それは、どんな財宝よりも大切な淡い想いの記憶。

 この玲瓏館美沙夜の原点。

 身を焦がして止まない恋の始まり。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――玲瓏館美沙夜という少女を一言で言い表すなら、「高貴」だろう。

 

 極東にありながら魔術の名門として知られ、政財界にも顔の利く玲瓏館家に生まれ、容姿、教養、当主としての器――その全てを兼ね備えているのだから恐ろしい少女である。

 しかしその高貴な魔術師にも幼少期というのは存在するもので。

 

 

「……っく」

 

 

 玲瓏館美沙夜、5歳。

 少しおませなお子ちゃまである。

 後の高慢かつ残忍でドSなプライド高き女帝の片鱗を見せつつある彼女は困っていた。

 

 

「……ふん、わたくしを前にしてそのふそんな態度。しつけがなっていないようね」

「バウッ、バウバウ!!」

「ひぅっ……!」

 

 

 犬。わんこ。DOG。

 近づけば猛然と吠え立ててくるこの犬畜生はなんと憎らしいことに、この少女の帰路を塞ぐようにしてそこに在る。

 詳しい犬種は分からないが、美沙夜ちゃんの身体を乗せてしまえるほどの体躯だ。襲い掛かられれば無事ではすむまい。

 

 そも、玲瓏館美沙夜にとって犬とは邸で飼っているものたちのことだ。

 このようにして自分に反抗的な態度を取ってくること自体が初体験といえる。

 

 時刻はもうすぐ六時。

 日は傾き、暗くなってくる頃合い。

 

 

「まじゅつ……駄目だって言われてるし……」

 

 

 一瞬魔術でこの駄犬を始末、ないしは調教してやろうかとも思ったが、父からの教えがある。

 さりとて周りに助けを求めるなど玲瓏館としてのプライドが許さない。

 結果として、犬を涙目で見つめる幼女という構図が出来上がっていた。

 

 遠くで学校のチャイムが鳴る。

 いよいよ追い詰められた彼女の眦から雫が零れ落ちそうになった瞬間――

 

 

「――ほら、取ってこい!」

「バウッ!」

「え……」

 

 

 背後から突然響いた声に驚くのも束の間。

 何かが視界の端をかすめる。

 黄色い球状。くるくると回転しながら飛んでいくそれは、薄汚れたテニスボールだ。

 

 

「――あいつ、この辺を通りがかった人に遊んでほしくて誰彼構わず吠えて通せんぼしてくるんだよ。完全に無視して通り過ぎるか、満足してくれるまで遊んでやるか、そのどっちかだな」

「……はあ」

「ほら、もう暗くなるし早く帰った方がいいよ。あ、でも子供一人じゃ危ないか……」

 

 

 そう呟きながら少し悩んだ様子を見せる彼の顔を見上げ――

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「ああ、それがきっかけでお兄ちゃんを好きになったと……」

「人の話は最後まで聞きなさい。別にこれは初めて出会った時の話で、お兄様を好きになった時の話とは関係ないから」

「え? そのあと家まで送ってもらったとか……」

「『けっこうよ。気が済むまでその駄犬と戯れていればいいのではなくて?』と丁重に断ったわ」

「美沙夜ちゃん」

「……いいから。それ以上何も言わないで」

 

 

 

 

 苦し紛れに絞り出したその一言は、どことなく震えていたような気がする。




精神的に重い女と残念な子が好きです(唐突な性癖暴露)
あと、今度なんかハーメルンで祭りやるみたいなので僕も参加しようかと思ってます
よかったら読んでくれると嬉しいゾ


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3

この前友人から最近のお前は小説が書けてちょっと絵も描ける面白おじさんだよなって言われてしまったので本業に戻ってきました。

ご無沙汰してます。
読者の皆様方におかれましてはお元気でいらっしゃいますでしょうか。
僕は一人暮らしを始めて20kg痩せました。笑えますね。

では短めですがどうぞ


 ――結局あの後、美沙夜ちゃんの家に着いてしまったせいで先の話は聞けずに終わってしまった。

 いやまさか、あのお兄ちゃんがよもやそんなところでフラグを建てているとは思いもしなかった。普通に沙条の家との繋がりで知り合ったとばかり。

 

 

「……でも、ちょっと羨ましいかな」

 

 

 私のように手のかかる妹程度に見られることはないだろうから。

 出会い方を別にした、能力的な意味でも。

 

 

 ――沙条綾香という人間を一言で表すなら、『平凡』だ。

 

 ……どこかでツッコミが入ったような気がするけど気のせい。

 頭の回転はお姉ちゃんに遠く及ばず、美沙夜ちゃんにも敵わない。

 運動も、お姉ちゃんは論外としても美沙夜ちゃんとも並べない。

 容姿は……地味な私とお姉ちゃんでは比べるべくもなく。

 

 うん、結論。

 沙条綾香ではお兄ちゃんを振り向かせることが出来ない。

 憐れ恋に破れた少女は野に散る。

 

 

「……いっそ本当にそうなってくれたら楽なのにな」

 

 

 現実はそうはいかない。

 恋に破れても、大切な人がいなくなっても、人生(物語)はそこで終わることなく続いていくし、主役だけが残るわけでもない。

 

 これが、この私の恋が、誰かにとっての物語なら――きっと結ばれることが確定した二人の間に入ろうとする邪魔者だろう。

 きっと美沙夜ちゃんもそう。

 この物語の主役二人はお兄ちゃんとお姉ちゃんで、私たちはただの障害物でしかない。

 

 

「美沙夜ちゃんが聞いたら怒るだろうけど……」

 

 

 それでも。

 どれだけ恋い慕っていても、願っていても――やはり、この()はあの二人のものではないかと思わされてしまう。

 

 そうだ。

 私は、(・・・)お姉ちゃんには(・・・・・・・)絶対に勝てない(・・・・・・・)

 

 いつだって頭をよぎるのはその一文。

 沙条綾香がこれまで勝てた試しなど一つもないのだから。

 

 

「……いや、だ」

 

 

 仕方ないよ。

 だって、あんなに想い合っていた二人なんだもん。

 

 

「……いやだよ」

 

 

 夕方の、美沙夜ちゃんの質問に対する表情は未だに好きだと雄弁に物語っていたし。

 どう考えたって勝ち目はない。

 

 

「いやだ、いやだ、いやだ……!」

 

 

 それに。

 私は沙条(・・)綾香だから。

 関わればどうしたって、沙条愛歌(お姉ちゃん)の影がちらつく。

 

 

「いや、だよ……!」

 

 

 じわりと滲んだ涙が世界を歪めていく。

 これだけ辛い苦しいと思ってもなおお姉ちゃんを憎めないのは、きっと私が弱いからだ。

 お兄ちゃんを好きにならなければよかった、とも言えない。

 うじうじと煮え切らない自分の惨めさが嫌でなくなっただけしか出来ない臆病者。

 

 

「こんなことなら、私なんて……!」

 

 

 世界を呪うことすら出来ない私自身への怨嗟が口から零れそうになった瞬間――

 

 

「……あ、れ?」

 

 

 かちり、と。

 巡り巡る思考と感情が渦を巻いて溶け合っていく。

 まるで最後の1ピースが足りていないパズルのように、何かが欠けた未来が描かれていく。

 

 

「……そっか、そういうことだったんだ」

 

 

 窓から差し込む月明りで照らし出された姿見に自分の顔を映す。

 あの完璧なお姉ちゃんと似ているのは、顔の造りくらい。

 髪の色も瞳の色も、あの人の持っていたそれとは違う。

 

 

 ……でも結局、それだけでしょ?

 

 

「――沙条綾香なんて人間はいなかった」

 

 

 眼鏡を外す。

 髪の長さを、記憶にある姉のそれに沿って切り落とす。

 なんの変哲もないただの鋏でざくざくと。

 床に黒い糸が散らばり落ちていく様はまるで儀式のよう。

 

 いや、真実儀式そのものだ。

 仕上げに少し魔術で色を細工してやれば、ほら。

 

 生まれ変わるための儀式は完了。

 

 

 

「ああ、やっぱり。そこにいたのね、(お姉ちゃん)




【朗報】綾香、覚醒する
今思ったんですけど綾香ってcv花澤香菜さんなんですよね
ふむ……閃いた


更新してない間の出来事といえば……メイドインアビスの劇場版とか見てきたり、見た後に食べたトマトスパゲッティでプルシュカのことを思い出したり、グラブルVSでフェリちゃんに勝てなかったり、まあ色々あったんですけどほとんどTwitterで書いてるしどうでもいいか


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閑話:姫と魔術師、王と家臣たち

活動報告に書いた通り本編のシリアスを緩和する(閑話だけに)ほのぼの空間
もうなんかここに至ってキャラ崩壊という言葉に動じなくなった僕がいる

これが……大人になるってことか……


 かつて、現代に生きていた頃――生前(?)というべきか――の私はよもやこんな事態になろうとは思っていなかった。

 まあ、確かに夫は誰もが認めるイケメンクズ魔術師マーリンであるからして普通の人生が送れるなんて思ってもいなかったが。

 

 

「(死んだ目でキ〇ワイプを口にする)」

「ちょっ、待っ、お止めください義母様(かあさま)! それは食べ物ではありません!」

「ああっ、王太后様がご乱心に!!」

「おお……私は悲しい……このようなアンニュイ系美少女を隠されていたとは……」

「お久しぶりです、王太后様。それにしても相変わらずお美しい……あっいや、まだ何もしていないだろうマシュ⁉」

「これは……なるほど、確かに王の母に違いない……具体的にはその豊かな胸などが――」

「父上の母上ってことはつまり……祖母上か……?」

「(渋面で胃を抑える)」

 

 

 周囲が美男美女で満たされている。

 うち半数ほどが残念系の波動を放っているが、そんなものは関係ないのだ。

 

 あまりにも存在感というかオーラが違い過ぎて消滅しそう。

 座に帰りたい。

 

 

「これ祖母上が焼いたのか? 食ってもいい?」

「いいよ、好きなだけお食べ――もう食べてる」

 

 

 カルデアに召喚されて一月。

 私の霊基の本体とも言えるマーリンがクエストに行かせてくれないので、手慰みにアップルパイ(黄金の林檎使用)を焼いていたところだった。

 アーちゃん(剣)がやってきて、それからアーちゃんオルタ(剣)もやってきて、そのあとにアーちゃん(槍)がきて……気付いたらこうなっていた。

 

 いつの間にか増えてしまっていたアーちゃんたちが黙々とアップルパイを食べているところに円卓ーズが探しに来たんだっけか。

 

 

義母様(かあさま)……その、すみません」

「アーちゃんはなんにも悪くないでしょ? それにアーちゃんと仲良くしてくれてた円卓の皆さんには一度ちゃんと挨拶しないといけないなとは思ってたんだから」

「それは……しかしこの後あのクズが……」

「はは……あ、トリスタンさんはそれ以上近づかないでいただけますか?」

「おお……私は悲しい……」

 

 

 ランちゃんは昔(?)会ったこともあるからいいけど、トリスタンさんは生前(?)でも会ったことないし……正直ちょっと怖い。

 

 

「祖母上おかわり!」

「はいはい、ちょっと待ってねー」

「モードレッド、貴方は食べ過ぎだ!」

「うわぁっ父上⁉」

 

 

 何やら後ろで愉快なことが起きているようだが、とりあえず追加で焼いてしまおう。きっとそろそろジャックちゃんとかナーサリーちゃんとか、あとジャンヌ(サンタ)とか来るだろうし。

 

 それはそれとしてアーちゃんは後でお仕置きだ。

 

 

「モードレッド……モーちゃん……? モーちゃんはなんか牛みたいだな」

 

 

 いい呼び方が思いつかない。

 ……いや、そんなすぐに決める必要もないか。

 

 

「多分、これから長い付き合いになるだろうし。そうだろ――マーリン?」

「気付いていたのかい?」

「他の男と話してる時にお前が傍にいなかったことがないからな」

 

 

 そんなに心配しなくてもいいだろうに――⁉

 

 

「ちょっ、こん、な、んむっ……ちゅっ」

「いだだだだ⁉ そこに蹴りを入れるのはやめて⁉」

「アーちゃんとかがすぐそこにいるのに何するんだ⁉」

 

 

 長年の積み重ねのせいでキスの一つで蕩ける身体になってしまったというのに。

 これでは顔を出せないじゃないか。

 

 

「この変態! クズ! ハピエン厨!」

「いたたた、ごめっ……あ”っ⁉」

 

 

 ……はあ。

 

 

「……何でも筒抜けなんだからズルい。弱体化を要求する」

「それは聞けない相談だね……っと?」

 

 

 ぽす、と。

 マーリン(最愛の人)の胸に頭を預ける。

 

 

「私はアーちゃんのこと、なんにも分かってあげられていなかったんだな」

「……それは」

「いいんだ。所詮私はちゃんとした母親でもなんでもない、赤の他人だから。あの子の母親代わりだなんだって言っても、そこはどうしようもない」

「……やれやれ。アルトリアも強情な娘だけど、君も大概だね」

「……うるさい」

 

 

 私はアーちゃんの終わりも識っているから。

 あそこに集まっていた円卓の騎士たちがどうなったのかも識っているから。

 何一つ力になれず、話を聞くことしか出来ないこの身を呪うことしか出来ない。

 

 

「ありがとう。もう大丈夫」

「……行くのかい?」

「うん」

 

 

 何度も同じところでぐるぐると悩んでうじうじと繰り返す自分が嫌になるが、それでも()の一番辛いとき、大変なときに傍にいられなかったというのは心にくる。

 

 けれど、この花の魔術師はそうやって私が落ち込んでいる時必ず傍で慰めてくれるのだから敵わない。

 ちょっとうっとおしいときもあるけど、それはそれとして。

 

 

 

 

「――よし! とりあえず、娘の話をするとしよう……なんてな」




最初どこかにン我がママ王ゥ……っていうセリフを入れようかと思ってたんですけど、没にしました



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4

ご無沙汰しております。
ななほしてんとうとかななせとか名乗ってるナマモノです。
コミケがなくなったので原稿をやる気が起きず、ずっとだらだらしてしまうこの日この頃皆さまいかがお過ごしでしょうか。

周囲の大学生曰く外出自粛やらでとても暇だそうですね。僕は職場にテレワークが実装されたのでようやく暇な時間が出来ました。

あ、今回の僕の作業用BGMはバカサバイバーとWild challengerでした


 どろどろと。

 溶けた鉛みたいに重苦しいものが鳩尾の辺りに溜まっている。

 

 綾香のお蔭で多少紛れたとはいえ、あの女への感情が薄れるわけもなく。

 帰ってからもそれはずっと私の中に留まったままだ。

 

 

 ――ほんとに、あの(アマ)ァ……!!

 

 

 お兄様もお兄様だ。

 どうしてあの女を今になってもまだ引きずっているのか。

 こんな天才JK魔術師美少女が近くにいるというのに。

 

 

「……美沙夜? 帰っているのか?」

「お父さま?」

「ああ……今、入っても?」

「ええ、どうぞ……」

 

 

 珍しい。

 いつもなら夕飯の時まで部屋に籠って作業をしているか、次の聖杯戦争に備えて準備をしているのに。

 

 

「入るぞ」

 

 

 部屋に入ってきた父は少し顔を赤くしていた。

 僅かに漂ってくるのは酒の匂い。

 

 ……本当に、珍しい。

 ほとんど飲まないのに。

 

 

「それで、何か話があるんでしょう? 長くなりそうならお茶を……」

「いや、いい。一つだけ確認しておきたかったことがあったんだ」

「……?」

 

 

 真剣な顔だった。

 いつかの、聖杯戦争を思い出すような。

 嫌な予感……というほどではないにせよ、何かざわつくものがあった。

 

 

「――今でも彼のことが好きか?」

 

 

 だからこそ、その質問は鋭利な刃物のようで。

 思わず顔を背けそうになってしまう。

 

 ああ――なるほど。

 それは確かに素面ではいられない。

 

 

「……はい。この先何があっても、私が恋願うのはあの人だけです」

「……そうか」

 

 

 ……。

 そのまま、二人とも黙り込む。

 きっと今父の頭の中では計算がされているのだろう。

 

 やがて、何か重いものを吐き出すような溜息を一つ吐いて、玲瓏館の当主である父は口を開いた。

 

 

「――聖杯戦争が、始まる。前回は不完全に終わったが、今回は違う。絶対に儀式は完成させなければならない。……きっと多くの血が流れる」

「……はい」

「そしてそれは、玲瓏館であろうと例外ではない」

「……分かっています」

 

 

 きっと、もうお兄様と会うことを許してはもらえないだろう。

 魔力も持たないあの人は、どう考えたって狙われる。

 聖杯戦争に参加するのなら切り捨てるべき甘さ。

 いつかはそうなるかもしれないと、覚悟していた。

 

 していたはず、だった。

 ずきりと痛む胸を抑えて俯く私に父は決定的な一言を告げる。

 

 

「――だから、参加するのは私一人でいい」

「っ、それは!?」

「玲瓏館美沙夜、今日をもってお前を破門する。今後この家の敷地を跨ぐことは玲瓏館現当主の私が許さん」

「まっ、待ってください! 私は――」

「なにも聞く気はない。さっさと出ていけ」

 

 

 ……、

 

 

「あ、れ……?」

 

 

 一瞬の浮遊感。

 何か魔術を使用したのだろうという推測は出来ても何をされたのかまでは頭が回らない。

 混乱した思考が絡みついて身体もうまく動かず、視界がぼんやりと白く滲んで呼吸の仕方もよく分からない。

 

 

「どうし、て……っ?」

 

 

 私は玲瓏館(・・・)として育てられたのに。

 ぐちゃぐちゃの思考は「破門された」という事実だけが巡っている。

 自分のアイデンティティを根底から、それを作り上げた人に否定されたのだからそれも当然か、という諦念が滲む。

 

 小さく震える身体を抱きしめてふらふらと足を動かす。

 ばらばらになりそうな心を、身体に触れることでなんとか抑え込んでいるような感覚。

 まだ夏に差し掛かったくらいだというのに、恐ろしく寒い。

 まるで真冬――いや、それ以上に。

 

 

「お、お兄様……お兄様のところに、いけば……」

 

 

 今なら家にいるだろうから。

 あの人なら、何も言わずに私を抱きしめてくれるだろうから。

 もう私に残されているものはあの人しかいないから。

 

 それを邪魔するというのなら――

 

 

「っは、あっははは!!!! ……本気であの女になろうとしてるなんて、無様を通り越して滑稽よね」

 

 

 セミロングの金髪。

 青い瞳。

 薄緑のワンピース。

 

 それらは確かに記憶にあるあの女のそれと相違なく。

 だからこそ違いが気になって仕方がない。……特に胸。

 

 

「貴女のそういう所、本当に――反吐が出る程嫌いなのよ」

 

 

 だから、本気で殺り合いましょう――綾香。




唐突ですが僕の性癖を一つ暴露します。
女の子が泣き叫んだり放心してるときの絶望顔です。


……と、それはともかく玲瓏館父娘想いらしいからこれくらいは……まだ……ヘケッ
実際魔術師として考えたら後継をこんなあっさり捨てるような真似せんよなぁ……
独自設定……シナリオ崩壊……でも半ゾンビ美沙夜ちゃんとか僕くらいしか喜ばないだろうから……_(:3 」∠)_

あっ、多分混乱する人がいると思うので先に時系列をご説明しておきます。
Fate/prototypeの聖杯戦争が起きたのは1991年と1999年です。
今回玲瓏館父が言っているのは1999年の聖杯戦争になります。
色々推察した結果なので正確かどうかは微妙ですが、1999年時点で完全無敵根源接続系お姉ちゃんが23歳で、綾香が17歳……になるはずなんですよね。


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5

最近何故か小説界隈の方からフォローされることが多く、我が身を振り返って悲しくなったので帰ってきました。
今年こそ小説応募して来年には「僕もラノベ作家の仲間入りですありがとうございます」って言えるようにするんだ……

あと今回は待ちに待ったキャットファイトだぞ。喜べ?


 飛沫が舞う。

 月明かりに照らされたそれがきらきらと散っていく様はまるで宝石箱をひっくり返したみたいで、今いるのが人気のない工場跡であることを忘れそうなほどだった。

 チリチリと肌を刺す殺気も、魔力のうねりも、交差の度に散る血も、そのどれもが幻想的に映る。

 

 ――ああ、恋をすると世界が変わって見えるというのはこのことだったんだ。

 

 

「それで……そろそろ諦めてくれない? 私も友達を傷付けるのは本意じゃないの」

「……っ、ほんとに苛つかせてくれるわね」

「こんな意味のないこと、もうやめましょう?」

 

 

 互いに魔術をぶつけ合い、命を削る戦い。

 けれどそれは数度の交錯を経て一方的な様相を呈していた。

 

 美沙夜ちゃんは満身創痍――とはいかないまでも、その身体はぼろぼろ。

 特に多いのは裂傷で、その次に擦り傷と火傷。息も上がっている。

 

 対して私は無傷。体力だってまだまだ十分にある。

 力の差は歴然。

 美沙夜ちゃんの勝ち目なんてありはしない。

 

 命を削る戦い、にしてはあまりにも差がありすぎる。

 

 

「はっ……道化もここまでくると憐れね」

「まだ勝てると思っているの?」

「本気であの女(沙条愛歌)になろうとしている割には――手緩い戦い方していること、気付いていないでしょう?」

 

 

 ぴきり、と。

 張り付けていた笑みに罅が入ったのを感じる。

 

 違う。

 

 

「貴女が思っている以上にあの女は冷酷で、残酷で、非道で、魔術師らしい魔術師だった。あの人の前ではおくびにも出さなかったけれど……あの女の本性は獣ね。ヒトの皮を被った悍ましい獣」

「……るさい」

「私もそれなりに冷酷だという自覚はあるつもりだけど、あれはそもそもそういう発想もないのでしょうね。目的のためなら何だってやる。貴女の姉(沙条愛歌)はそういうものよ」

「うるさいうるさいうるさい……!!」

 

 

 感情任せに放った魔術はその身体を掠めることすらなく虚空へと消えていく。

 ボロボロと崩れていくのは鍍金の自分。

 『こうあってほしい』『こうだったはずだ』という姉の姿。

 

 

「――沙条綾香。貴女が本当にあの女になるつもりなら、私を殺していたはず」

「うるさいっ!! 私……私は沙条愛歌なの! そうじゃないといけないの!」

「ほんと、苛々させる……いいわ。貴女が本当にあの女になるつもりなら仮にも友人だったもの、ライバルだったものとして――」

 

 

 その紅眼が、煌いて。

 

 

「この手で貴女を殺してあげる」

「っぅ……⁉」

 

 

 瞬間、先程までとは比べ物にならない程の殺気が全身を突き刺した。

 ぶわりと総毛立った肌が、自然と震えだす身体が、乱れた呼吸が――否が応でも教えてくる。

 

 先程まで本気を出していなかったのは玲瓏館美沙夜だった、と――

 

 

「今までのはただのお遊び。今の貴女がどんなものかを知るための確認」

 

 

 犬の遠吠えが聞こえる。

 一匹だけじゃない。

 二、三、四――まだ増えている。

 

 やがて薄ぼんやりとした月明りでは見通せない暗闇の奥からのそりと姿を現したのは狼――違う。これは、犬だ。

 

 

「今の私は、玲瓏館ではないけれど――その教えは残っている。あの女の真似をして背伸びをしているだけの貴女が敵うと思う?」

「それは……」

「……ねえ綾香。こうしましょうか。貴女があの人から手を引いて諦めるというのなら、見逃してあげる。貴女は家に帰ってその無様な姿で閉じこもっていればいいわ」

 

 

 完全に見下されている。

 玲瓏館美沙夜という人間は確かにそういう人間だった。

 良くも悪くも、お兄ちゃんのせいで分からなくなっていただけで。

 

 月光に照らされながら酷薄に笑う姿はまさに女帝染みていて、色んな意味で敵わないという弱気な心が湧き上がってくる。

 

 ……。

 

 

「……だ」

「聞こえないわ」

「……い、いやだ」

 

 

 本当は分かっていた。

 きっと、お姉ちゃんにとって私はよく懐いている野良猫程度の存在なのだろうと。

 美沙夜ちゃんにとってもただの恋敵でしかないのだろうと。

 そして、お兄ちゃんにとっては……よく、分からない。

 

 ――それでも。

 

 どれだけ無様でも、惨めでも、みっともなくても。

 この恋だけは、諦めたくない。

 

 

「――そう」

「うん」

「まあ、諦めるなんて言ったのならその瞬間に殺していたけれど」

 

 

 ……そうだと思った。

 玲瓏館美沙夜は、そういう女だから。

 

 

「そのみっともなさに免じてこれ()は使わないでおいてあげるわ」

 

 

 その言葉通りにすっ……とどこかに消えていく犬たち。

 けれどそれが終戦を意味するわけではない。

 

 

 これは、生きるか死ぬかの戦争()なのだから。




美沙夜ちゃんはいい女。
なんというか書いているうちに美沙夜と綾香がすっごいドロドロした友情を築いていた感じになっちゃいましたね。


ついでに今後の予定についてちらりと。

今作「幼馴染が根源の姫だった件」についてはあと2、3話で終わります。
前にも言っていたように第三部の終了をもって本編更新を終了し、以降は閑話の更新はあるかもしれませんが、基本的に更新しないものとなります。

で、そこからですね。
二次創作の小説については一旦後回しにして、僕がオリジナルで書いていた小説の更新・完結を優先的にやらせていただきたいと思います。
自作小説の練習も兼ねて、という形です。
出来ればさささっと全部完結まで書き上げて風呂敷を畳んでしまいたいんですが、おじさんお絵描きも好きだからさ……中々難しいんだこれが(遠い目)


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5.5

帰ってきたよ
キャットファイトの裏であいつは……?っていう話です。

何度か言っていますが、この第三部は本来ありえないというかIFルートというか、剪定事象みたいなやつです。
まあ、順当にいけばどれだけ障害があっても最終的に愛歌ルートに回帰するから仕方ないね。


 ――夢を見ている。

 

 決まって出てくるのはあの日のどうしようもなく惨めな自分。

 何よりも大切だった愛歌から逃げ出し、何もかもを投げ出し、放り捨てた畜生にも劣る性根が露呈した瞬間。

 

 ――夢を、見ている。

 

 それを自分自身でどうしようもなく理解しているからか。

 続くのも毎回、愛歌が追いかけてきて仲直りするなんていうありえたかもしれない(都合のいい)IFの話。

 くだらない、と自嘲する。

 

 自分から投げ捨てて踏みにじっておきながら、あの時ああだったら、こうであったならと壊れた幻想に縋っている。

 愛歌が追いかけてこないことなんて分かり切っていたことだろうに。

 

 元より、沙条愛歌という少女は己を見ていないはずなのだから。

 

 自分という異分子が混入しているせいなのか、はたまた別の時空だからなのか聖杯戦争は起こらず、セイバーは召喚されることなく終わったが。

 だからといって、あの根源接続者が俺のような凡人を見るはずもない。

 

 

「――ああ、そうだよ。分かってたさ。あいつに出会うその前から分かり切っていたことだった。この物語は沙条愛歌と沙条綾香、それに……セイバーの物語だ。俺のような凡人がいること自体がイレギュラーなんだって」

 

 

 いや、まったく女々しいものだ。

 身の程知らずの恋に身を焦がして、勝手に挫折して、勝手に自暴自棄になって。それでいて未練を捨てきれないのだから、我が事ながら寒気がする。

 

 あの日から数年が経過して、愛歌がいない生活にもようやく慣れ始めたというのに。

 

 それでも、まだ。

 

 

 ――夢を、見続けている。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 寝覚めは最悪だった。

 ……というか、いつもそうだった。

 

 体中汗でべたべたとしていて、おまけに頭はがんがんと痛みを訴えてくる。

 酔い、なのだろう。

 

 

「あ”ぁぁ……あったまいてぇ……」

 

 

 大学生になって、成人して。

 それですぐに覚えたのは酒だった。

 段々と思考が薄れて消えていく感覚は、何をしていてもあいつのことを考えてしまう自分が溺れるのも無理はなく。

 

 気付けば大学とバイト、それからたまに顔を見せに行く沙条家や玲瓏館家を除けばずっと家に籠って昼から酒を飲む駄目人間が出来上がっていた。

 その生活は大学卒業後も続いて、次の日に仕事がなければ朝から二日酔いに苦しむほど酒を浴びるように飲んでいる。

 

 依存症一歩手前、いや――もう依存しているのか。

 なんにせよ、もう何もかもがどうでもいいという感情だけがいつも渦巻いている。

 

 

「……はぁ、風呂入ってくるか」

 

 

 どうせ明日はシフトが入っていない日だが、流石に汗くらいは流しておきたい……と思ったのだが。

 不意に鳴ったインターホンのチャイム音でそれは阻まれることになった。

 

 こんな平日の夜に訪問してくるような人間だ。

 当然、ある程度は限られてくるわけで――

 

 

「おーす遊びにき、うわ酒くさ」

「青木……お前今日伊藤さんと出かけるって言ってなかったか?」

「向こうの仕事の都合で今日はいけなくなった。ので、急遽お前の家に来たわけだ」

「そりゃご愁傷様。シャワー浴びてくるから適当にくつろいでてくれ」

「おー」

 

 

 互いに気を遣わない仲とはいえ(一応)友人が来ているわけだし、さっと汗を流すだけで終わらせ、部屋に戻る――と放置したままのビール缶が片づけられていた。

 

 

「悪いな、片づけさせて」

「別にそれはいいけど、なんか最近量増えてないか? あんまり飲みすぎると体によくないぞ」

「お前はオカンか」

 

 

 青木とは、高校を卒業して別々の大学に行ってもなおその友人関係が途切れることはなく――こうして週に一回程度は必ず顔を合わせるくらいの付き合いが続いていた。

 

 

「俺はお前が心配だよ……あんなにいい子ちゃんだったお前が今じゃこうして駄目人間に転落の一途だぞ?」

「失礼なやつだな……これでも仕事が出来て人当たりもいい模範的な店員で通っているんだが」

「どうだかな。仮にそうだとしても別にお前がそうしようって思ったわけじゃないだろ?」

 

 

 一蹴しやがった。

 それ以外にやることもなく、ただ惰性でこれまでと同じように生活していた結果としてそうなっているだけで、俺自身の意志でそうしようと思っていたわけではないが……なんでこいつこんなに俺のことを理解してるんだ?

 

 溜息が一つ。

 そうして、青木は滔々と言い聞かせるように話し始める。

 

 

「……なあ。もう八年だ」

 

 

 ぴくり、と。

 指先が反応したことに果たして気付かれただろうか。

 

 

「青木」

「いい加減にしろよ。いつまで昔の失恋を引きずってんだ」

「青木、そこまでだ。お前と喧嘩はしたくない」

 

 

 それは間違いなく俺の本心で、青木もそう思っていることは間違いないだろうが――

 

 

「俺はむしろしたいね。思えばお前とは一度も喧嘩したことがない」

 

 

 どこか皮肉気な笑みを浮かべながら、そう言い放った。

 

 

「ふざけるのも大概に――」

「ふざけてるのはお前だろ。一途にずっと同じ女を思ってます? ああいいよな感動的だね。まさに悲恋だ。本でも書いて映画化を目指すか?」

 

 

 考える間もなかった。

 自分が動いたことを、胸倉をつかみ上げたところでようやく認識する。

 この八年、まともに動いていなかった感情が無理矢理押し出されたような感覚。

 

 

「黙れよ。お前に何が分かるっていうんだ? 焦がれて、焦がれ続けて――それでも届かない想いが、この苦しみが、お前に分かるわけないよな?」

「黙らない。結局さ、お前は酔ってるだけなんだよ。失恋した――違うな、失恋したと思い込んでいる自分に。沙条愛歌が好き? 愛してる? ああそうだろうさ。そんなことお前らと何年もいた俺は知ってる」

 

 

 ――でも、と。

 

 

「それがどうしたよ。ならなんで沙条を止めなかった。なんで一緒にいて欲しいって言わなかった。どうして自分もついていくって言わなかったんだよ!」

「……っ、それ、は……」

「お前は! 沙条愛歌に選んでもらえると思ってたんだろ⁉ あいつの方から手を伸ばしてくれるなんて都合のいい話を求めてたんだろ⁉ 違うかよ⁉」

「っるせえよ!!」

 

 

 ――図星だった、のだ。

 だから否定することも出来ず、さりとて己の醜さを直視したくないが故に拒絶した。

 

 鈍痛が走る拳と、口元を押さえる青木。

 やってしまった。

 今の俺は――最低最悪だ。

 

 沸々と湧き上がる自己嫌悪と共に、どうせなら全部吐き出してしまえという妙な強迫観念があった。

 

 

「ああ、そうだよ! 俺は――俺は最低のクソ野郎だった! 自分から伝えて失敗するのを恐れて、全部向こうから動いてくれるのを待ってた! どうしようもないクズだ! あれこれ理由つけて理屈捏ねて、臆病に逃げ回ってた大馬鹿野郎だ!」

 

 

 一度口にしてしまえば。

 自覚していなかったようで、自覚していた自分のみっともない部分がずるずると明るみに曝される。

 

 ――そうだ。

 そもそも、この俺自身が間違っていたんじゃないか。

 

 

「はっ、図星かよ。どうせまだ諦めきれないんだろ? いつか沙条が帰ってきて、自分を選んでくれるなんて幻想に縋ってんだろ? 滑稽で無様だなぁ! お前は巣立ちも出来ない雛鳥ちゃんか? 自分の口から伝えることも出来なかったチキンだから当然か!」

「お前っ――」

 

 

 鎮火しかかっていた怒りがもう一度燃え上がりかけ、

 

 

「――俺が知ってるお前は! 誰よりも真っすぐだった! 誰よりも強かった! 誰よりも優しくて、格好いい男だった! 自分のために誰かの想いを踏みにじることなんてしなかった!」

 

 

 それは、殴られるよりも苦しい――言の刃だった。

 

 とっくに気付いていた。分かっていた。見て見ぬふりをしていた。

 その熱量も、その苦しみも、その痛みも。

 全部知っていながら――それでも、俺は。

 

 殴ったときに切れたらしい口の端から血を垂らしながら、爛々と輝く目でこちらを睨みつけるこいつは――あの頃から、誰よりも俺たちを応援してくれていたのだ。

 それ以上に、きっと。

 

 誰よりも他人の幸せを願っていたんだろう。

 

 

「とっくに気付いてんだろ⁉ 綾香ちゃんも玲瓏館さんも、誰のことを考えてるのか、誰を想っているのか――!!」

「それ、は……」

「あーもうこの期に及んでまだうじうじすんのかよ⁉ いいから行け! 走れ! どんな結末でもいい! きちんと――終わらせてこい(・・・・・・・)!」

 

 

 半ば蹴り出すように、外へと送り出される。

 まだ何も結論は出ていないが――いや。

 

 とっくの昔に答えは出ていた。

 

 ただ、それを口に出す勇気がなかっただけだ。

 

 

「――すまん、ありがとう」

「世話の焼ける親友だぜ、まったく」

 

 

 いつまでも止まったままじゃいられない。

 たとえどんな痛みが付きまとっても、前に進むしかない。

 

 

 ――そうだよな、愛歌。




キャットファイトの裏で青春をしていた男たち。
部屋の中でやってますがまあ、他に入居者もいなかったということで一つ。
こういうの好きなんで手がとても進んで結果文字数が増えてしまいましたね

で、まあそれはそれとしてここからもエンド分岐があって、AルートMルートHルートがあるんですよね。
……どうしよっかな

あ、あとFGOACでプロトマーリン引けたのでなんか書きます。描くになるかもしれない。


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6

レディアヴァロン出なかったので初投稿です、通してください。


 ――振りぬいた拳は強かに頬を打ち据えていた。

 お互いに満身創痍。

 

 思えばこれまで一度だって私と、沙条綾香は喧嘩をしたことがない。

 ともすればこれは最初で最後の全力を出した喧嘩というものになるのかもしれない。

 

 そんな横道に逸れた思考をしていたからだろうか。

 綾香の繰り出したつま先蹴りが水下あたりに入った。

 

 

「はっ……! 随分と、腰の、引けた蹴り……じゃ、ない……? 笑わせるわね……!」

「膝が……震えてる、みたいだけど……?」

「馬鹿ね。これは……お兄様を想った結果よ」

「へ、へえ……?」

 

 

 昔からやせ我慢は得意だった。

 大した理由があるわけではない。

 ただ、玲瓏館美沙夜であるための意地。

 強くなければいけない。

 賢くなければいけない。

 気高く、美しく、冷酷に。

 

 魔術師の家系に産まれ、魔術師として育てられた私は、それしか知らなかった。

 

 

「……いい加減諦めよう? どう考えても私の方がお兄ちゃんに想われてるし」

 

 

 ……あ゛?

 

 

「……そうね、貴女は『沙条愛歌の妹』として想われているでしょうね。羨ましい限りですこと」

「はあああ⁉ そんなことないんですけど? お兄ちゃんと私はラブラブなんですけど⁉」

「その点私はお兄様に沙条愛歌とは全く関係なく、慕ってくれる可愛い後輩というポジションを得ているから……貴女とはレベルが違うわけ」

「何それ意味分かんないんだけど!! お兄ちゃんから直接そんな話を聞いたことでもあるの!?」

「お兄様のことなら言葉にされなくても察せるのが私よ? 当然じゃない」

「……あ゛?」

 

 

 ……いや、ちょっと盛った。

 本当は、あんまりあの人のことを理解できていないのだろう。

 そんなことは分かっている。

 とうの昔に理解させられている。

 

 そんな事実がどうしたというのか。

 確かに。

 確かに、玲瓏館美沙夜というという人間は、沙条愛歌の幼馴染であり、沙条綾香の兄代わりであり、玲瓏館美沙夜の将来の旦那様()である彼の本質を、その本性を、その本音を、これっぽっちも理解はしていないのだろう。

 

 だからどうした(・・・・・・・)

 

 そんな事実程度で揺らぐほど、玲瓏館美沙夜という人間は彼のことを見くびってはいない。

 彼の精神が常人のそれと違うことなど、あの日の時点ですでに理解している。

 理解しているからこそ――恋焦がれているのだから。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 お兄様との関係は小学校のあの一件があってもなお続いていた。

 と、いうのも。

 

 

「――君は本当に……欲のない子だね?」

「恐縮です……?」

 

 

 居間にはあの人の姿。

 

 ――いつの間にか、彼は父と仲良くなっていた。

 あの人はそういうところがあった。

 どういう人間であっても……特に年上の人間に、好かれる。

 

 不思議と人の懐に入ってくるというか、いつの間にかいるのが当然になっているというか……。

 まるで景色の一部のように、あるいは砂漠に湧いたオアシスのように。

 気配が薄いわけではない。

 むしろ形容しがたい濃密な気配を纏っている……後になって考えればそれはほとんど彼の幼馴染の残り香のようなものだったのではないだろうか。

 

 ……それはともかく。

 

 簡単に言ってしまえば、まるでこの世界に元々存在しなかったもののようだった。

 どこにいてもどこか違和感があり、どこにいてもどこか自然。

 遠回しに探りを入れてものほほんとした態度で受け流す余裕には隠しているものも見当たらなかった。

 だからこそ気になる。

 父もまた、そんな彼のどこかズレているところに気付いて、気になっていたのだろう。

 

 

「美沙夜、失礼のないようにね」

「はい、お父様」

 

 

 もう何度目かも分からないやり取り。

 同年代で「友人」と呼べるものの少なかった私を心配してなのか、それとも別の判断か。

 あの人を家に招いたときは毎回、私と二人きりになる時間を作っていた。

 

 尤も、出会いが出会いなのであまり会話が弾むことも少なく。

 ただその日は、その口からとある名前が出た。

 

 

「……そういえば、美沙夜ちゃんも小学生になったんだよね」

「はい」

「そっか。実は俺の幼馴染の妹もちょうど同じ年齢でさ――沙条綾香っていうんだけど」

「沙条――っ!?」

「うん、あ、もしかして知り合いだった?」

「え、と……遠くから見かけるだけです」

「そっか」

 

 

 あまりにも自然で悪意のない態度から放たれるその名前は、普通の人間ならほとんど関わるはずのないもの。それを今、この家で出すということはやはり――

 

 

「たまたま隣に越してきたのが愛歌で、綾香ちゃんはそれから6年後に生まれてね」

「……ええ」

 

 

 そこから始まったのは長い思い出話だった。

 ……いや、思い出というか、惚気?

 話自体は緩急のつけ方も上手で、聞いていて飽きないけれど内容が……心なしか口の中がじゃりっとした。

 

 

「と、まあそんなわけで綾香ちゃんも俺の大事な人だから、二人が友達になってくれたら嬉しいよ」

「アッハイ……」

 

 

 私は何を聞かされていたのだろう。

 そして私は何故こんなにも無性に苦いものが欲しくなっているのだろう……

 分かったのはこの人がものすごく沙条愛歌のことを好いているという事実だ。

 ついでのように綾香の基本的な性格とかも聞いたけど、印象が薄すぎる。

 

 そんなことを考えていると、ぽつりとつぶやくように、

 

 

「――本当にさ。愛歌も綾香ちゃんも、そんで美沙夜ちゃんも。みんな幸せになってほしいな」

「……私に、幸せ? どうして?」

「目の前の親しい人のことだぜ? 幸せに生きていてほしいと思うのは当たり前でしょ。友人でもそうなんだから親でも――惟慧さんだって君の幸せを願っていると思うけど?」

 

 

 幸せ。

 考えたこともなかった、が――

 

 そう、面と向かって言われてみると。

 どこかむずがゆいような温かさがある。

 幸せになってほしいと。

 そう願われるような存在であることが。

 そして魔術の師という側面の強かった父もきっとそうであるという言葉が。

 どうしようもなく嬉しい。

 

 それをどうにかしたくて、私は唯一触れられていないその人に水を向けたのだ。

 

 

「――お兄さんは」

「うん?」

「お兄さんは、幸せになりますか」

「……さあ、どうだかね?」

 

 

 ――ふつり、と。

 

 胸中に言いようのない感情が沸き起こる。

 これまでの付き合いで彼が善良すぎるほどに善良で真面目な人間であることは分かっている。

 その倫理観は極めて真っ当で、嬉しいことは嬉しい、悲しいことは悲しいと感じられる正常な感覚も持っている。

 そして、目標の壁がどれだけ高かろうと突破しようとする諦めの悪さがある。

 

 なんだろう。

 この人には――何が見えているのだろう。

 

 他人の幸せを願ったその口で、自分のそれは諦めていると聞こえる言葉を紡ぐ彼は。

 一体なんだというのか。

 自分のそれについてはともかくと横に置いて他人のそれを願ってしまうようなその諦めは。

 

 ……ああ、わかった。

 これは怒りだ。

 この私の幸せを願っておきながら自分は一人それから離れようとするとは何を考えているのか。

 

 

 ――その姿に、どうしようもない気持ち悪さと、怒りと、それと同じくらい悲しみを覚えたのだ。




お前がこのSSを更新しないのはお前の勝手だ。
だがそうなった場合、誰が更新すると思う?
――万丈だ。


まあそれはともかく、美沙夜ちゃんってトゥサカ先輩の元になった存在なわけですよね。
ということはつまり自己犠牲覚悟マシマシ(に見えるだけ)の男を前にちらつかせればヒロインレースに参戦してくれるって寸法ですよ


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