どうもはじめまして沙条 士道(6歳)です。沖田さんとノッブのマスターやってます (トキノ アユム)
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プロローグ

「どうもはじめまして。沙条 士道です」

 6歳である僕は今日。小学校に入学した。

 ピカピカのランドセルを背負っての新たな環境の始まりに、僕の心は憂鬱だった。

 別に学校生活が憂鬱なのではない。むしろ好ましいと言える。他の子達よりちょっと変わっている自覚があるから馴染めるかどうかは分からないが、それでも不穏と普通の人生を目指している僕にとって、学校生活というのは、中々にグットだ。

 僕はこれから六年間。目立たず、存在感が薄く、話題にすら上がらないスーパー地味少年を演じていくのだ。

 

 

 なのに、

 

 

 それなのに……

 

 

 

「士道ー!! こっち向いてください!! カメラで写真とりますから! 最強無敵の沖田さんがベストショットを撮ってあげますから!!」

 手を振りながら、周りの目を気にせずに、大声でこちらに呼び掛けてくる沖田さんこと、沖田 総司と、

「うるさいぞ人斬り!! ワシは今、士道の初陣の姿をハンディカムで映像として残そうとしておるのじゃ! 貴様のやかましい声がとれてしまうだろうが!!」

 沖田さんよりもやかましい声を出すノッブこと 織田 信長。

 どういう関係かって?

 僕の保護者だ。

 残念ながら。

 ……本当に残念ながら。

「あなたの声の方がやかましいです! 後、前に出ないでください。写真に写っちゃうでしょう!」

「士道の想い出の写真に儂が写っちゃうのは是非もないよね!!」

 あー。二人共うるさすぎる。というか、周りの視線に気付いてよ。めっちゃ見られてるよ。僕の普通な小学生生活に早くも暗雲がたちこめているのが分かる。

 だからとりあえず――

「先生。うちの保護者二人外に放り出していいですか?」

「こふっ! 酷いですよ士道!」

 酷くない。後、みんなの前で吐血しないで沖田さん。

「やーい! やーい!! 士道に嫌われてやんのー!」

 いや、ノッブ。あなたもですよ。

「嫌われてなんかいませんよ! 士道はですね! 将来私のお婿さんになってくれるって言ってくれたくらい私の事、大好きですから!」

「それならワシも言われたわ。それどころかワシには一緒に天下をとろうとも言ってくれたんじゃぞ!」

 ……そう言えば言ったな。4歳ぐらいの時に。

「――やはりあなたとは決着をつける必要があるようですねノッブ」

「望む所じゃ……屋上に行こうぜ。久し振りに――キレちまったよ」

 周りの視線などアウトオブ眼中の二人は、そのまま出て行ってしまった。

 

 

 ……窓から。

 

 

 そしてクラスにいる人間、全員の視線が僕に集まる。

 僕は小さく溜め息を吐くと、先生に向かって許可を求める。

「ちょっとうちのバカ二人を止めてくるんで、行ってきますね」

 気の弱そうな担任教師が何度も頷くのを確認し、僕は廊下に出た。

 

 

 僕の名は沙条 士道。六歳で小学一年生で……

 

 

 あの保護者二人の『マスター』をやっている。

 

 

『あらあら。大変ね士道』

 

 

 後、ラスボス系全能お姉ちゃんの弟も。



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家族たち

とある理由により、当作品の全能お姉ちゃんは、バブみ成分が高いオカン系ラスボスお姉ちゃんになっております。

え? ぐだぐだコンビ? 大体いつも通りだけど是非もないよネ!!


 僕の保護者二人は実は結構有名人だったりするらしい。

 沖田さんこと、沖田総司さんは新撰組と呼ばれる組織の一番隊隊長で、剣の天才。

 ノッブこと織田信長は、戦国時代にその名を轟かせた戦国大名で、第六天魔王と呼ばれた程である

 ……と、本人達が自己申告していた。

 普通なら、こんな言葉を信じることはあり得ないだろう。

 だが僕は『姉』から彼女達がどういうものなのかを知らされていた。

 二人は英霊という存在らしい。

「英雄が死後、祀り上げられた存在」で、とても大雑把に説明すると、聖霊みたいなものらしい。そのため世界の 法則から解き放たれており、世界の外側にある「英霊の座」と呼ばれる場所から過去・現在・未来を問わずあらゆる時代に召喚される。

 だから過去の人間である沖田さん達がこの現代にいるのだと。

 荒唐無形な話である。

 だが彼女達の力と人格を知る僕は少しの疑問は残ったものの、むしろ納得した。

(ああ、やっぱりこの人達は凄い人なんだな)と。

 だがしかし、

 しかしである。

 その凄いを相殺してマイナスに到達させてしまう程、うちの保護者サーヴァント二人は残念な人達なのである。

 だってほら、

「行きますよノッブ!! 種子島の貯蔵は十分か!」

「思い上がるな! 病弱!!」

 小学校の屋上で最終決戦しようとしてるし。

 止めなければならない。あの二人が本気で戦ったら、学校なんて簡単に崩壊する。

 だから――

「止めなくていいの?」

 それを一番理解しているはずの、『もう一人』の保護者に、僕は声をかける。

「あら。止めて欲しいの?」

 隣に顔を向けると、そこにはいつの間にか、女の人が立っていた。青いドレスを身に纏う少女はお伽噺の妖精のようにキレイな人だ。

 ずっと一緒にいる家族なのに、見とれてしまいそうになる。

「愛歌お姉ちゃん」

 沙条 愛歌。僕の義理のお姉ちゃんで、最後の保護者。そして魔術の師匠でもある。沖田さん達がどういう存在なのかの詳しい説明も、お姉ちゃんから教えてもらったのだ。

「当たり前だよ」

「優しいのね。でも私は止める気はないわ」

「どうして?」

 愛歌お姉ちゃんなら、簡単に止めることが出来るはずだ。

「だって止めない方が面白そうでしょう?」

「――下の階の人達が巻き込まれるかもしれないけど?」

「あら。なにか問題かしら?」

「……」

 絶句。などはしない。この人がそういう人だということは、よく知っている。

 基本的に『悪い人』なのだ。人によっては吐き気を催す程に。赤の他人である下の階の人間が何人死のうが、どうでもいいし、気にもならないのだろう。

 だが僕は違う。愛歌お姉ちゃんのように、物語のラスボスみたいな割りきった考えは出来ない。助けられるものは助けたい。

 方法? そんなものは『検索』すればいくらでも……

「駄目よ。士道」

「!」

 名を呼ばれ、はっとする。

「あ、僕……また――」

「ええ。思考が、接続(・・)しかかっていたわ」

「――」

 忠告され、僕は頭を振る。まただ。最近とても多い。

 少し油断しただけで、無意識の内に接続してしまう。

「嫌なんでしょう? あれに接続するのは」

「うん」

 僕が欲しいのは、全能なんかじゃない。平穏だ。

 どこにでもいるただの六歳の男子として、今を生きたいのだ。

 ……だから、

「二人とも――」

 

 

 それを誰よりも分かってくれているはずの、

 

 

「そこに正座しなさい」

 

 

 保護者(バカ)二人に『絶対命令』を行使した。

 

 

 

 令呪というものがある。

 マスターはサーヴァントに下せる絶対命令権を3つ所持している。

 当然僕も沖田さんとノッブに対して『絶対命令』を使うことが出来るのだがーー

「士道ぅ! 令呪はもっと大事につかわんか!」

「いや。一晩経ったら一画は回復するし」

 使わない方が勿体ない。

「そうね。コンティニューが必要な程の高難易度でなければ、温存していても無駄になるわ。というか、結局使わないことの方が多いし」

「愛歌お姉ちゃん。それ以上はいけない」

 なんのことを言っているのかは分からないが、ヤバい事を言ってるのは分かる。

「ノッブの方はまだしも。どうして沖田さんまで!? は! もしかしてこれが巷で噂のドメスティックバイオレンスという奴ですか! 歪んだ愛情表現ですか!?」

「ダァニィ!? 士道! 貴様ショタマスターの分際で、ドSキャラじゃったのか?」

「それ以上わけの分からない事を言うなら、最後の一画を使って、どちらか片方を全裸待機させるよ」

「「まじすいませんでした」」

 掌返しはやすぎるなこの二人。

「さあ士道。お馬鹿さん二人は置いておいて、教室に戻りましょう?」

「うん。そうだね」

 隣に立った愛歌お姉ちゃんが手を握ってくれたので、僕も握り返す。

「また漁夫の利ですか愛歌さん! いつもいつもずるいですよ!」

「まさか何もしてこなかったのは、これを狙っていのか貴様!?」

「さあ――なんの事か分からないわ」

 愛歌お姉ちゃん。そのブラックスマイルまじで怖いです。

「行きましょう士道」

「うん」

 僕達は屋上を後にした。

「え。私達、ナチュラルに放置ですか!?」

「うろたえるな人斬り! これはあれじゃ! あれをこうして、ああするんじゃ!」

「ノッブが一番てんぱってるじゃないですか!?」

 

 

 

「あらあら。ホームルームが終わってしまったみたいね」

 教室に戻ると、ちょうどクラスメイトとその家族が廊下に出ているところであった。

「みんな特に変わった様子はないけど、愛歌お姉ちゃん。沖田さん達のやらかしたさっきの記憶を操作でもしたの?」

 愛歌お姉ちゃんならその程度造作もないだろう。

「ええ。少しだけね」

 それなら安心だ。明日からは平穏な学校生活をおくることが出来るだろう。

「窓から飛びだしたのではなく、奇声と共に、ブレイクダンスしながら屋上に行ったことにしたわ」

「むしろ悪化してない!?」

 グッパイ。僕の学校生活。

「冗談よ。普通に出ていったことにしたわ」

「ほ、ほんとだよね?」

 たまに愛歌お姉ちゃん、笑えないレベルの悪戯をしてくるからすごく不安なんだけど。

「本当よ。まあでも、あなたはトイレに出た事にしたのに、生徒を一人残して、ホームルームを終わらせるなんてあなたの担任はいい度胸ね。ちょっと待っていて士道。お姉ちゃん、ちょっと先生と『お話』してくるわ」

「やめて下さい。死んでしまいます」

 主に先生が。

「仕方ないよ。僕一人の為に、全体に迷惑をかけるわけにはいかないだろうし」

「大人ね。六歳児の発言じゃないわそれ」

「そう教育したのはお姉ちゃんでしょ」

 後屋上のくだぐだコンビ。

「まあそうだけど。お姉ちゃんとしては、もう少し甘えて欲しいわ」

「十分甘えてるよ」

 例えば今も、僕は愛歌お姉ちゃんの手をぎゅっと握っている。

「ねえ愛歌お姉ちゃん」

「なにかしら?」

 ぽつりと、呟いてしまう。

「みんな、お父さんと、お母さんが一緒にいるね」

 視線の先には、廊下を一緒に歩くクラスメイトと、その父と母の姿がある。

「あれが普通なんだよね?」

 それは言っても意味のないことだ。両親の顔すら見たことのない僕が言った所で栓のないこと。

「ええ。そうね」

 愛歌お姉ちゃんは肯定する。両親の事を聞く時、愛歌お姉ちゃんはいつも同じ顔をする。

 憐れむとは似ていて違う。ただ申し訳ないように僕を見るのだ。

「お父さんとお母さんが恋しい?」

「どうなんだろう」

 そもそも両親がどんなものかを知らないのだ。概念は知っている。だが、それはあくまで外枠にすぎなくて、肝心な中身を僕は知らない。

「でも知りたいとは思ってるよ」

 だが両親の事が気になるのは確かだ。どうしようもなく、僕は両親の事が知りたい。

「僕のお父さんとお母さんはどこにいるの?」

 それは何度も繰り返した質問であった。

 だから僕は愛歌お姉ちゃんが、どう答えるのかを知っている。

 

 

「知らない方がいいわ」

 

 

 そう。愛歌お姉ちゃんはいつもこう答える。

 知らないではなく、知らない方がいいと。

 全能の力を持つ愛歌お姉ちゃんが知らない方がいいと言う程だ。

 間違いなく、僕の両親にはそれ相応の理由がある。

 だがである。

「いっつもそう言って誤魔化すんだね」

 それで納得出来るほど、僕は大人ではない。

「ずるいよ愛歌お姉ちゃんは」

 拗ねたように、言ってしまう。

 この発言に、なんの意味もない事は分かっている。いくら言葉を重ねても愛歌お姉ちゃんは決して口を割らないだろう。

 しかしそれでも言わずにはいられなかった。

 さっき愛歌お姉ちゃんは僕の事を大人だと言ったが、そんなことはない。

 目の前の不条理になにも出来ない脆弱な子供でしかない。

 だから余計に――

「仕方がない子ね」

 こうして愛歌お姉ちゃんに抱き締められると、泣きそうになってしまう。

「時が来れば、必ず話すわ」

 何度も繰り返された説得力がない言葉だ。

 何かを言おうと、口を開く。とるに足らない子供の苦言を。自分勝手な発言がいくつも浮かぶ。

 

 

「それまでは私を信じて」

 

 

 だが全てその一言で沈黙させられる。

「……」

 殺し文句だと思った。大切な家族に、そんな事を言われてしまえば、なにも言えなくなってしまう。

「それまでは私がずっとそばにいるから」

 抱き締める力が増し、より深く愛歌お姉ちゃんと密着する。

「……うん」

 僕はただ頷いた。

 納得したわけではない。だが僕は愛歌お姉ちゃんを信じている。

 いつかは話してくれるという言葉で、今は十分だ。

 そう自分に言い聞かせる。

 だから今はもう少し愛歌お姉ちゃんの腕の中に――

 

 

 

「二人とも、学校のど真ん中でなにやってるんですか!?」

「オネショタじゃ! 学校のど真ん中でオネショタ展開が始まっておる!!」

 

 

 

 いられなかった。とても聞き慣れた声が、耳に入ってきたからだ。

「あらあら。困ったわね。見られてしまったわ」

 全然困った風ではなく、むしろ楽しそうに、愛歌お姉ちゃんは笑う。

 抱擁が解かれたので、声がした方を見ると――

「なにやってるの二人とも」

 そこには正座状態のまま、腕の力だけでこちらに接近してくる沖田さん達の姿があった。

「この程度の令呪で、最強無敵の沖田さんを止められると思わないで下さい! 足が使えないのなら、腕を使うまでです!! こふっ!!」

「皆殺しじゃ!! オカン系お姉さんの皮を被ったラスボスは皆殺しじゃ!!」

「面白い事をするわね。あの二人は」

 いや、どちらかというと怖い。

 正座したまま、凄い速度でこちらに接近してくる二人は、シュールを通り越して、ホラーだ。沖田さんなんて吐血しながらこっち来てるし。

「さあ、行きましょう士道」

 さっきみたいに手を繋がれる。

「え、どこに?」

「決まってるでしょう? 怖い鬼さん達から逃げるのよ」

「あー」

 成る程。そういう遊びか。

「うん!」

 手を引かれながら、僕は走る。

 さっき感じた寂しさがなくなるわけではない。

 だが――

「沖田さんからはごばぁ! 逃げられま――ごぱぁ!! せんよ!」

「明らかに致死量の吐血をしながらそれでも止まらない病弱は置いておいて、第六天魔王の儂からはまじで逃げられんのじゃ!!」

 

 

 

 それをなくしてくれる家族が僕にはいる。

 今はそれだけで十分すぎる。



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朝の鍛練

 僕の朝は早い。いつも早朝には目を覚まし、洗面所に行く。

 目的の場所に行くと、そこには先客がいた。

「おはよう愛歌お姉ちゃん」

 そしてもっとはやく起きている愛歌お姉ちゃんに、挨拶をする。

「おはよう士道。今日も早起きね」

「お姉ちゃんには負けるよ」

「私は朝食の支度があるから起きてるだけよ」

 そう。我が家の食事は基本的な全部愛歌お姉ちゃんが用意してくれている。

「準備、手伝おうか?」

「気持ちだけで十分よ。それよりも、沖田さんが道場で待ってるから、はやく行ってあげなさい」

「う。それは速く行かないとね」

 稽古に遅れたら、後が怖い。

 軽く顔を洗うと、僕は道場に向かった。

 

 

 

 そう。うちには道場がある。

 それどころか離れや土蔵まである。

 一般的な家と比べたら広すぎるこの家の事を僕はあまり好きではなかったが、愛歌お姉ちゃんらしく『必要なもの』らしい。

「遅いですよ士道!」

 道場では愛歌お姉ちゃんの言う通り、沖田さんが竹刀を持って待っていた。

「朝の鍛練はとても大事なんです! 一分一秒の積み重ねが、生死を分ける! つまり遅刻は厳禁ですよ!」

「と言っても、今鍛練開始十分前だけど?」

 壁にかけてある時計を確認すると、朝の4時50分。

 鍛練は5時スタートだから問題ないと思うのだが――

「遅いです! 三十分前には来るべきです!」

「えぇー」

 理不尽だ。

「ていうか、沖田さん気合い入りすぎだよ」

「当たり前です!」

 当たり前ときたか。

「私と士道が二人っきりになれる時間はこの時間しかないじゃないですか! なら少しでも長くいたいですとも!」

「はあ……」

 よく分からないな。

「言ってくれたら、二人っきりになるよ?」

「え。本当ですか士道?」

「うん」

 沖田さんが喜ぶなら、僕も嬉しいし。

「まあそれはそれとして、いつも通り素振りから始めるんだよね?」

「はい! 今日は特別に優しくしてあげますよ!」

「え、ほんと?」

 それは助かる。いつもスパルタ気味の朝練だから、その後の学校が辛いんだよね。

 今日は疲れなく、学校に行くことが出来――

 

 

 

「とりあえず、素振り一万回です!」

 

 

 

「あ、はい」

 やっぱり沖田さんはスパルタだった。

 

 

 

 スパルタ気味の朝練で一番きついのはなにかと聞かれれば、僕は迷わず最後のやつと答えるだろう。

 鍛練の締め……模擬戦である。

 まあ、模擬戦と言っても、勝ち目など微塵もない。

「駄目です! 集中しなさい士道!」

 ひたすら殴られる。沖田さんの持っているのが竹刀ではなく、真剣であったのなら僕は今頃ミンチになっていただろう。

 無論、反応できる攻撃には対処している。だが、いかんせんスペックが違いすぎる。

 大体の攻撃が見えない。何か動いたという感覚は分かるのだが、それを感じた頃には身体を叩かれている。

「っ!」

 あ、まずい。特に痛いのが来る。到来する激痛の予感に、思わず瞼を閉じてしまいそうになる。

「!」

 だがそれを堪える。閉じた所で痛みがなくなるわけではない。ならば、これから来る痛みを意味のあるものにするべく……

「っ!」

 逆に僕は目を見開く。

 大上段に構えられた竹刀が、僕の脳天に降り下ろされる。

 見えてはいる。だが対処は不可能。ならば――

 

 

 

(いい動きです)

 沖田の士道に対する心中の評価は、発している言葉とは真逆であった。

 同年代の時の自分をも上回る才能を、幼いマスターが持っているのは疑いようもない。

 サーヴァントとして、そして『家族』として、とても誇らしい。

 だが師範としては別だ。

 教える側がこれでいいと妥協してしまえば、教え子の成長はそこで止まってしまう。

 だから、加減はするが容赦はしない。

 脳天に振り下ろす一撃も、殺傷とまではいかないが、意識を刈り取る程度の威力を加える。

 竹刀での防御は間に合わない。だから、士道はこの一撃を受けるしかない。

 そう思っていた。

 師範としても。一人の剣士としても。

 だから、彼の行動は予想外であった。

 

 

「があっ!!!」

 

 

 振り下ろされる竹刀に対して、彼は逆に思いっきり頭を叩きつけて見せたのだ。

「!?」

 砕ける音と共に、竹刀が折れる。

(士道!?)

 思わず、士道の身を案じる沖田であったが――

 その時、彼女は見た。

 士道の目を。意識を失う所か、こちらを撃滅せんとする強い意志を秘めた士道の目を。

 ぞくりと、背中に悪寒が走る。

 この感覚には覚えがある。戦場では当たり前のように付きまとう感覚。

 そう、死の予感だ。

「!」

 沖田は咄嗟に構えを変える。

 本来の彼女の構え。天然理心流の独特の構えに。

「っ!!」

 そしてそこから折れた剣で突きを繰り出した。

(! しまった!?)

 反射的にそれらの動作を終えた時には、全て手遅れだった。

「!?」

 に付き出した折れた竹刀の剣先。

 不幸中の幸いは、士道がこの攻撃に反応してくれたことだろう。

 竹刀の剣先が額に達するよりもはやくに、彼は腕を滑り込ませていた。

「士道!」

 剣士としての本能を憎みながら、沖田は士道が壁に吹っ飛ばされるのを見た。

 

 

 世界が瞬間、震撼した。それ程の威力であった。

 運が良かったのは、これを食らう前に、手を潜り込ませられたことぐらいだろう。

 だがそれでも僕の身体は、吹っ飛ばされる。

 背中から叩き付けられる事は、もうどうしようもないので、せめて死にませんようにと、目を閉じると――

「はい、そこまでよ」

 覚悟していた痛みはなく、代わりに僕の背中が感じたのは柔らかい感触だった。

「あ、愛歌お姉ちゃん?」

「ええ。危ない所だったわね。士道」

 エプロン服を着た愛歌お姉ちゃんが後ろから受け止めてくれたのだと気付く。

 壁に吹っ飛ばされる程の速度もがあったはずだが、愛歌お姉ちゃんの事だ。『何とかした』のだろう。

「士道!! 大丈夫ですか!!??」

 それよりも心配なのは、沖田さんだ。今にも泣きそうな顔でこっちに来ている。

 僕が未熟なばかりに、沖田さんに心配をかけてしまっているのは明白なので、安心させるために僕は腕を上げ――

「全然大丈夫だよ、ほらこの通――」

 ぼとりと、何かが床に落ちる音がした。

「きゃああああああああ!!!士道!!!???」

 沖田さんの悲鳴を聞きながら、僕は「おや?」と思う。何か落ちるものがあっただろうかと。そう言えば、やけに腕が痛い。我慢は出来るが、気が狂いそうになるぐらい痛い。そのくせ、軽い。すごく軽い。

(ああ、そっか)

 床に落ちたのは、僕の――

「見てはだめよ」

 背後からの声と共に、愛歌お姉ちゃんの手によって視界を遮られる。

「くっつけてあげるから、そのままにしていて」

 そう言われると共に、腕から痛みが失せる。

 ああ、助かる。隠していたけど、とても痛かったんだよね。

 流石は愛歌お姉ちゃん。僕の事をよく分かってる。

「ま、愛歌さん。それ、くっつきますよね? 何とかなりますよね?」

「大丈夫よ」

 多分愛歌お姉ちゃんは、にこりと微笑んだのだと思う。視界が遮られているから、見る事は出来なかったが、僕は自信があった。

「でも沖田さん。私、士道の事は鍛えてあげてって頼んだけど、ここまでやってくれとは頼んでいないわ」

「え? あ、はい。そうですね。すいません。こっちもその、剣士としての直感がやばいと言ってきたから反射的にやってしまったと言いますか、なんと言いますか――」

「沖田さん」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 

 

「後で私と『お話』しましょうね」

 

 

 

 そして沖田さんの絶望した顔をしたのを。

 こっちは自信ではなく、確信であった。

 

 

 ちょっとしたアクシデントはあったが、これが僕の朝の日常だ。

 うん。普通だよね?



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士道の学校事情

本命の水着ノッブだけ来ない!!(絶望)
やはり物欲センサーは実在する!



「の、のう士道?」

「なにノッブ?」

「沖田の奴――どうしたんじゃ?」

「あー」

「……あ?大きな星がついたり消えたりしている……あっはは。……あぁ、大きい!彗星かなぁ?いや、違う。違うな。彗星はもっとこう……バァーッて動くもんな!」

 訳の分からない事を言いながら、焦点の合わない目で視線をさ迷わせている。

 うん。これ――

「ちょっと変だね」

「いやちょっとどころじゃないじゃろう!? 明らかに魂をどっかに連れていかれてるレベルの精神崩壊をしとるではないか!!」

 そうだろうか? いつも大体こんな感じなような気が――

「そんなことないよ。ね、沖田さん」

「私、魔法少女になる!」

「会話が通じてない所かキャラが変わっておるぞこいつ……」

「うん。いつもと変わらないね」

「どこが!?」

 むう。朝からノッブはテンションが高いな。

「沖田さんからも何か言ってやってよ」

「私はいつも通りだよ。ホムラちゃん」

「誰がホムラちゃんじゃ! おい愛歌! どうせ貴様の仕業じゃろう!?」

「ひどいわノッブ。何かあったら私を黒幕にするのは、あなたの悪い癖よ」

「なら貴様は無関係と?」

「ええ。ちょっと『お話』しただけだから」

「やっぱり貴様の仕業じゃねえか!!」

 まあ、確かに。僕の周りで起こる不思議な事は大体愛歌お姉ちゃんが黒幕だからな、うん。

「なんとかせよ! 折角の旨い飯がまずくなる!」

「あら。誉めてくれるのは嬉しいけど、却下ね」

「……その心は?」

「私は今の沖田さんを見ていて、ごはんが美味しいから」

「この腐れ外道が!!」

 ……仕方がないな。このままじゃ、静かに朝ごはんも食べられそうにないから、自信はないけど、戻してみるか……

「沖田さん」

 立ち上がり、沖田さんの背後に移動する。

「あ、キュウ――」

「ちょっとくすぐったいよ」

 そして沖田さんの後頭部の一点を、神速の速さで突く。

「あべし!?」

「なにしとるんじゃ士道!?」

「え。愛歌お姉ちゃんに教えてもらったツボを突いたんだよ?」

「ツボというか秘孔じゃないのか? 今明らかに世紀末的な声が出てたんじゃが――」

「そんなことないよね沖田さん」

「ひでぶ……」

「やばいレベルの痙攣をしておるぞ!?」

 これは――

「んー間違ったかな?」

 愛歌お姉ちゃんに教えてもらった通りにやったつもりだったのだが。

「間違った? おい愛歌! このままだと沖田はどうなるんじゃ!?」

「え。頭がパ――んん!! いいえ。何も起こらないわ」

「今パンって言おうとしたよな!? 洒落にならんことをさらっと言おうとしたよな!?」

「そんな事ないわ。でも朝からそんなスプラッターな光景を士道に見せる訳にもいかないから、元に戻してあげる」

 立ち上がり、沖田さんの前に立つと――

「士道。それはね――」

 目にも見えぬ速度で愛歌お姉ちゃんは、沖田さんの額の一点を突いた。 

「ほぶへぁ!? ……は! 私は何を――」

 凄い。流石は愛歌お姉ちゃん。一発で沖田さんを元に戻した。

「……と、このようにやるのよ。士道覚えておきなさい」

「うん」

「もうやだ。この姉弟……」

 

 

 

 なんて事も終わり、その後は静かにご飯を食べれた。食器も片付けられ、食後の温かいお茶を飲んでいると――

「そういえば士道。学校とやらが始まって一週間ほど経ったが、お主友は出来たのか?」

「え……」 

 ノッブの問いに、僕は思わず手に持つ湯飲みを落としそうになった。

「む。なんじゃその反応は? まさかお主、ボッチなのか?」

「いや、大丈夫だよ。ちゃんと友達作れてるよ。うん」

 ……本当はその逆だが。家族の皆に知られるわけにはいかない。

 幸いノッブと沖田さんなら誤魔化しきれ――

「それは私も知りたいわ」

 るのだが、食器の洗物を終えた愛歌お姉ちゃんが帰ってきてしまった。

「友達は……うん。たくさんいるよ」

「じゃあ、その友達の名前を言ってみなさい。大きな声で」

 流石は愛歌お姉ちゃん。的確に僕の痛い所を突いてくる。

 いつもなら嘘は割と得意なのだが、愛歌お姉ちゃんの前だと、どうも上手くいかない。

「確かゼパ――いや、ごめん。ド忘れしちゃったや。いやあ、ちゃんと友達はいるんだけど、しまったなー」

 辛い。自分でもこの言い訳には無理がありすぎる。

「「「……」」」

 そして痛い。保護者達からの憐れみがこもった視線が、心に痛すぎる。

「いやほら、僕にはロボがいるし……」

「あ奴は犬みたいなものじゃろう。というか士道。ここであれの名前しか出ないということはお主、本格的にボッチ――」

「やめてノッブ」

 その言葉は僕に効く。

「「「……」」」

「あー、えと、うん」

これはもうあれだ。

「学校行ってきます!!」

「待てい! いつもより三十分は速いではないか!」

「今日は速く学校に行きたい気分なんだよ」

 そういうのって普通にあるはずだ。

「いや、ぎりぎりで行くのが普通の子供っぽいって言って、いつもぎりぎりで出るじゃないですか!」

「今日は速く行くのが普通なんだよ」

 そういうのも普通にあるはずだ。

「はい士道。今日はお弁当の日でしょう? 作っておいたから持っていって」

「ありがとう愛歌お姉ちゃん」

 いつも助かってます。

「というわけで行って来ます!」

「士道!」

「待って下さい!」

 待てと言われて待つ人は普通はいない。

 僕はノッブ達の制止を振り切り、僕は家を出た。

 

 

 

「なんじゃ士道の奴、怪しさがトランザムしとるんじゃが……」

「もうアルティメット怪しいですね」

 サーヴァント二人は怪訝そうな顔で家を出て行ったマスターの事を話していた。

「そう言えばこの前、うちの近くの公園の水飲み場で士道を見ました。何かを水で洗っているようでしたが、私が近くに行くと、上手い具合にはぐらかしていました」

「言われて見れば儂もその公園で上履きを洗っているのを見たな……」

「「……」」

 二人は顔を見合わせ、首を傾げ合う。一体何が起こっているのかがさっぱり分からない。

 こういう時はあれだ。

「というわけで何が起こっているのか教えるのじゃ愛歌」

 我が家の全能さんに聞くしかない。

「ノッブ。あなた、私の事をなんでも出来る猫型ロボットか何かと勘違いしていない?」

「似たような物じゃろう」

 いやむしろそれよりも勝っているとも言える。

 猫型ロボットは『万能』であるが、この少女は『全能』なのだ。

「というわけでさっさと教えろマナえもん」

「しょうがないわねノッブ君は……士道が隠そうとしているんだから、気付かないフリをしてあげてね」

 自分用の湯飲みに口をつけ、喉を潤すと、

 少女は笑みを浮かべた。

 それは見る者によっては、妖精のように見えただろう。

 だがその本質を知る物から見れば、地獄すら生温い悪魔の笑みであった。

 事実、かつて第六天魔王と呼ばれた信長でさえ、少女のその笑みには一瞬、背筋が凍る。

 

 

 

「あの子、学校で虐められているみたい」

 

 

 




いじめっ子達、超逃げて!!


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