Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀- (ほんだ)
しおりを挟む

第一章:繰り返されない三度目を
紫黒の因果 01/10/22


こちらハーメルン様での投稿はかなり久しぶりな上に、少々見切り発車ですがよしければおつきあいください。



2001/10/22 朝鮮半島 鉄原ハイヴ南方

 

 秋晴れの、どこまでも青く抜ける空。

 その下に広がる、荒れ果てた荒野の先に見えるのは、不規則な皿のような地盤を積み上げた、巨大なアリ塚とも見える「地表構造物」。一つの山ともいえるほどの巨大さから、距離感が失われてしまう。

 

 

 

 ――BETA

  Beings of the

  Extra

  Terrestrial origin which is

  Adversary of human race

 ――人類に敵対的な地球外起源種

 

 1958年、米国の探査衛星ヴァイキング1号が火星で生物を発見。

 1967年、国際恒久月面基地「プラトー1」の地質探査チームが、サクロボスコクレーターを調査中に、火星の生命体と同種と推定される存在と遭遇。付近にて実弾演習中であった第203調査・観察中隊がこれを救援。初の人類と地球外生命体の交戦が勃発。

 

 この「サクロボスコ事件」を契機にして、異星起源種がBETAと命名される。

 以来現在まで30年以上続くBETA大戦がはじまった。

 

 1973年4月19日、中国新疆ウイグル自治区喀什にBETAの着陸ユニットが落下。

 人類はじりじりとその版図を削り落とされ、今やユーラシア大陸はそのほぼ全域がBETA支配地域となった。この30年に渡る敗走の象徴こそが、眼前の巨大構造物、BETAの前線基地ともいえる「ハイヴ」の地表構造物「モニュメント」だ。

 

 

 

 そのモニュメントを見つめるのは、一見してバラバラな三人。

 帝国陸軍の壮年の将官に、「青」の強化装備を身に纏う帝国斯衛軍の若き女性衛士。

 そして国連軍C型軍装の、年齢を感じさせない小柄な女性。

 

 それぞれの副官や随行員は、普段よりわずかに離れている。今、彼ら三人の周囲を囲むのは、撮影機材を抱え忙しなく位置を変える広報スタッフだ。日本帝国と国連軍から派遣されているスタッフは、さすがに民間の従軍記者などとは違い、将官に対して無暗な注文などはせず、的確に必要な映像を集めている。

 

 第一、特に注文など付けずとも、文字通りの「前線視察」、ハイヴ地表構造体が目視できる位置に並ぶ高級指揮官たち、というだけでも広報素材として貴重だ。しかも今は作戦開始直前。彼らの背後に並ぶは、日本帝国陸軍の機甲師団に、日米を主体とした国連軍。そして青、赤、黄の色が目立つ帝国斯衛戦術機大隊。兵への士気高揚のための広報映像撮影としては、うってつけであろう。

 

 そんな映像で高揚できるような士気が各軍に残っているかはともかく、政治的パフォーマンスでしかないと三人が三人ともに感じていながらも、その必要性もまた十全に理解している。

 一国の中に指揮命令系統が異なる三軍が存在するという、純軍事的観点からすれば唾棄すべき事態。だがそれが現時点ではすぐさま解消できない問題である限り、上に立つ身としては自身を使ったパフォーマンス程度はこなさなければならないのだ。

 

 

 

「作戦開始前のこのような時に、お時間を取らせ申し訳ありません、デグレチャフ事務次官補。それに彩峰中将も」

「いえ崇宰殿。斯衛の大隊指揮官殿と大陸派遣軍司令官殿との歓談の機会というものは、むしろこちらからお願いしたいところでした」

 事務次官補と呼ばれた女性は、年齢の判りにくい笑みを浮かべながら応える。距離を取っていた彼女の副官がその表情に驚きを表す程度には、社交辞令ではなく本心からの喜びのようだ。

 

「本来であれば、対BETA戦の最前線に立ち続けられている次官補殿とは、もう少し早くにお話をいたしたかったのですが……」

「私も同様ですな。かつて次官補殿のお薦めでユーロに参戦した海の者たち、彼らからは会う度ごとに貴女への賞賛を聞かされ続けておりました」

 ただ斯衛の指揮官である崇宰恭子にしても、大陸派遣軍司令官たる彩峰萩閣中将にしても、このターニャ・デグレチャフ国連事務次官補との会談はパフォーマンス以上の価値がある。二人としても彼女の持つ見識には多大な敬意を払っている。

 

 国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)。

 ターニャが初代局長に就任して、すでに27年。このままでは終身局長かとまで噂されている。これほどまで長きにわたりその地位に就いているという事実は、小柄な女性の特異性の一面でしかない。

 

 彼女の経歴を紐解けば、まさに異常としか言い表せないほどの戦歴である。そもそもこのBETA大戦での始まりともいえる第一次月面戦争から参加し、かつ今なお生き延びているのだ。現在まで続く対BETA戦の基本ドクトリンを構築しただけでなく、ユーロ各地での撤退戦にも参加、そして昨今では極東方面での作戦立案にも関与している。

 

 

 

「初の海外派兵となる大隊の指揮官、それも帝国斯衛のともなればお手隙の時間などありえないことは、理解できます」

 恭子に向けたターニャの言葉に偽りはない。

 国土防衛、それも突き詰めれば「将軍家」の防衛のみを目的としているのが帝国斯衛軍だ。侵攻能力に重きを置かない防衛隊を、大隊規模とはいえ海外へ派兵し実戦運用する、その指揮官が暇なはずがない。

 

「我らが大隊も本土で鍛え上げているとはいえ、やはり実戦に勝るものはないかと。整備の者たち含め、経験を積ませてやりたかったのですが……」

「しかし現実は御覧の通り、ですな」

 口を濁す恭子に対し、ターニャがどこかしら皮肉めいた口調となるのも仕方が無かろう。

 

 彼らの背後に閲兵式のように並ぶのは全高18メートルほどの巨人ともいえる、戦術歩行戦闘機。BETAの、光線級と呼ばれる対空レーザーにより航空兵力が運用できない現在、対BETA戦の主力を担う人型巨大ロボットである。

 だがここに並ぶ戦術機は、数はあれども国連軍と大陸派遣軍はどちらも77式撃震。斯衛のほうも82式瑞鶴のみだ。共に日本帝国において改良が続いており、F-4ファミリーとしては高性能とはいえ、よく言っても第1.5世代機。けして最新鋭とは言えない。

 機動力に劣るこれらの機体では光線級吶喊は当然、間引きに伴ってハイヴ浅瀬への侵攻を試みることさえ覚束ない。

 

(まあ光線級が残っているようなら、あの部隊に対応してもらうとしよう。溜まりに溜まった負債の、その利息分程度は働いてもらわんとな)

 最前線のここからでは見えないが、後方に配備されている国連軍内部の「秘匿部隊」。おそらくはこの半島に展開している中では唯一、第三世代機のみで構成された部隊だ。

 最悪の場合は、命令系統外のそれを使い潰すことさえ考えながらも、ターニャは表情を動かさない。

 

 

 

 もちろん帝国本土であれば第三世代機が無い、というわけではない。すでに世界初の第三世代機と名高い94式不知火は、帝国の本土防衛軍をはじめ、国連太平洋方面第11軍にも秘密裏に連隊規模で配備されている。さらに斯衛であれば前年より00式武御雷の配備が始まってはいるのだ。

 

 ただ、どちらもそれを前線に出せるほどに余裕があるわけではない。

 

「不知火を配備した大隊をこちらに持ってくるという話もありましたが……申し訳ない」

 彩峰中将としても、その表情は苦々しげだ。広報スタッフが並ぶ前で見せる顔では、ない。

 朝鮮半島に展開している大陸派遣軍の総司令官たる中将にしてみれば、戦力としては不知火が欲しいのだろう。打診もしたに違いない。だが、現状ここに無いということは、つまり話は話だけで終わったということだ。

 

 そもそも帝国陸軍において最新型と言っていい不知火は、本土防衛軍に優先して配備されている。大陸派遣軍にも回ってはいるが、いまだに十分な数が揃っているとは言い難い。大切な機体を間引きに使用して損耗させたくない、というのも判る。

 

 

 

「斯衛としても、万全の態勢で参加できていないことに変わりありません」

 恭子も、自身の機体である青の武御雷を持ち込めていないのだ。

 現時点では最強の対BETA用戦術機とも噂される武御雷ではあるが、その性能は余りに犠牲にしているものが多い。年間生産数30機程度という希少性に加え、帝国本土での十全な体制の下でしか運用できないほどに、その整備は困難を極めるという。海外派兵などすれば、一戦するどころか、出撃が可能かどうかさえ覚束ない。

 

 正式配備から一年、実戦証明は欲しいが、損耗は避けねばならない。実戦証明がされていないために、出撃どころか参戦さえもできない。つまりは結局のところ実戦証明も得られない。馬鹿げたループだと一笑するには、武御雷は貴重すぎる。

 

 

 

「いえ、どのような形であれ帝国の方々に半島での作戦行動へ参加していただけたことには、感謝しかありません」

 ターニャも国連軍関係者としては、兵力に疑問があるとはいえ、参加そのものには間違いなく感謝している。

 国連軍に編入されている日本帝国軍であれば、国連の権限の下で自由に運用できる。逆に言えば、自国外での戦闘に帝国がそれ以上に兵を出す義務はないのだ。日韓の間に防衛協定があるわけでもなく、ここでの戦闘の趨勢が日本帝国の防衛にも大きく利をなす、とはいえ帝国軍の派遣は日本の「善意」によるものとなっている。

 

「それに今回の作戦は間引きであります。個々の性能よりも、まずは数。質的向上は今後の課題でありますが、揃えられない質には意味もありません」

「そう言っていただけると、私個人のみならず帝国軍としても助かります」

「ははは……斯衛の私には耳の痛い話ではあります」

 

「いえいえ、我が祖国たる合衆国に対する、同業者にのみ零せる個人的な愚痴、ですよ」

「……ラプター、ですか」

 合衆国の傀儡ともいえるJASRA、その局長ではあるが、この事務次官補は対BETA戦に問題ありとすれば議会への殴り込みどころか、クーデターギリギリまで実行すると噂されている。そんな噂の正否はともかく昨今ではG弾ドクトリンと、それに付随する最新鋭戦術機たるラプターへの批判は有名である。

 

「武御雷は、その生産性と整備性、そこから派生する継戦能力などには問題を感じます。が、短期での決戦能力という点には疑惑はありません。ハイヴへの侵攻も考慮すれば最適とも言えましょう。ですがラプターは、正直どう使っていい物やら」

 対BETA戦どころか、中長距離ミサイルの運用できないステルス機が対人戦でなんの意味がある?とまで嘯く。

 

 

 

「それより現状、問題としたいのは……」

 同盟国とはいえ他国の人間に、それも国連所属としての立場から続けるにはいささか問題ありと気付いたのか、ターニャはわざと話題を変える。斯衛と帝国軍の将官に、半ば非公式な発言として伝えておきたいことは、細かな戦術機の性能差などではないのだ。

 

 そもそもたとえ最前線で戦うとはいえ、国連軍のみならず帝国の大陸派遣軍も斯衛も、ここでの立場は「支援」だ。

 残存する韓国軍とそれを指揮する在韓米軍が主力であり、命令系統の頂点にある。国連軍でさえ米軍の要請によって動いているというのが現状だ。独自判断で行動できているのは、大東亜連合だけであろう。

 

「国が無くなるという事態に直面しながらも、戦時作戦統制権をいまだ他国に委ねているという事実。もはや驚き呆れるしかありませんな」

 命令系統が複雑怪奇なのは撤退戦が続く対BETA戦の常とはいえ、ここまで酷い事例も珍しい。問題はこの朝鮮半島における政治・軍事的問題が、BETA侵攻後も何一つ解決されていないことに起因する。北朝鮮政府が中国共産党の傀儡として、もはや形だけの亡命政府となっている現状であっても、朝鮮戦争が終わったわけではないのだ。

 

 その上で、自国の防衛と避難民の保護及び後方国家への疎開が韓国政府の方針であり、韓国軍はそれに沿って活動している。国連としては「自国の防衛」を拡大解釈して、韓国軍が独自にハイヴへの攻勢を始めない限りは、積極的には介入できない。

 

 

 

「次官補殿の見解としては、やはり……?」

 彩峰中将が言葉を濁すのは、ターニャの華々しいまでの「経歴」の一つから推測される事態。いや、彼女が重慶ではなくこの鉄原ハイヴに視察に赴くと聞いた時から、予感していたことだ。

 もう15年以上過去の話ではあるが、ギリシア撤退の時にこの事務次官補が取った対応は、軍・政治関係者には有名なのだ。

 

「バンクーバー協定第六三条、『避難勧告非受諾者に対する例外規定』……ですか」

「ええ、帝国のお二方に見ていただきたいのは、此度の撤退戦。その困難さ。その上で必要となる判断です」

 住み慣れた想い出ある土地から離れたくない、という感情は判らなくはない。資産としての金品のみならず、衣類の持ち出しもまあ理解はできる。

 ただそれを理由に強制避難勧告まで発令され、撤去期間を過ぎて居座り続けている者たちのために、配下の兵を磨り潰すべきなのかと問われると、多くの指揮官は正しく答えられないであろう。

 

 

 

「ご安心ください、とは言い切れませんが、九州及び山陰からの国外移住は進んでおります」

 言外に、韓国軍が無様を晒して避難民の誘導が遅れたとしても放置しておけと告げるターニャ。それを彩峰中将はわざと曲解したうえで、帝国本土の疎開状態の説明に切り替える。

 

「そういえば東南アジア方面だけではなく、オーストラリア西岸の一部を、帝国は買い取られたのでありましたな」

「海軍の関係で、佐世保や長崎の人員は移動させられませんが、あちらでもいくつかの造船所は動き始めていると報告を受けております」

 現在、洋上に展開している対馬級上陸支援ロケット砲艦のうちの何隻かは、そちらで改装された物だという。

 

 重慶にしろ鉄原にしろ、溢れたBETAが次に目指すのは、台湾か九州、本州山陰あたりだろう。

 九州は北部に港湾施設や重工業地帯が拡がっている上に、在日米軍が使用する施設も多く、すぐ様に疎開といった処置はとれない。佐世保が使用できなくなれば、第七艦隊の作戦行動にも大きく影響する。

 それでも熟練工とその家族などを筆頭に、オーストラリアでの新規事業に向けてすでに移住している者は100万の単位だ。農林水産業関係は移住先の選定と収穫期の問題など困難も多いが、国外の租借地へ移転も始まっており全体的な疎開計画としては進んでいると言える。

 

 ただし元々の人口が少ない山陰地方は、北関東から東北太平洋側への疎開を予定しており、現在のところ緊急時の移動計画のみに留まっていた。

 

 

 

「逆に斯衛の身としてお恥ずかしい話ですが、やはり首都移転が遅れたせいもあり、瀬戸内の移動はまったくと言って進んでおりません」

「それに海のことゆえ詳細は存じませんが、広島を動かすとなると連合艦隊の行動にも大きく制限が出そうですからなぁ」

「やはりそこは難しいでしょうな……いや、これ以上は内政干渉となりましょう」

 

 経済の中心が東京だとはいえ、神戸大阪は首都近郊でもあり、また巨大工業地帯だ。当然の如く人口も多い。その生産設備と人員とを移転することなど簡単なことではなく、計画の目途すら立っていない。一応のところは、今後は瀬戸内の施設拡大は停止し、北関東を中心に設備の拡張を図る、といった程度だ。

 まして連合艦隊において横須賀と並ぶ、西の中心ともいえる呉の機能を移転させることなど、出来ようもない。

 

 

 

「さて。名残惜しいですが、そろそろ作戦開始時刻ですか。お二方ともに、ご自身と配下の兵をお護りください」

 他国の軍の支援のために自身をすり減らすなという意味を込めて、ターニャは言葉を重ねておく。国連から距離を取っている大東亜や、そもそも政治的にも戦力的にも使いにくい韓国軍よりも、まだしも日本帝国軍は使い道があるのだ。

 

「はは、ご心配なく事務次官補殿。与えられた役職の中で、最善を尽くして見せましょう」

「では私は戦術機の方で待機しております。また作戦終了後にでも」

 作戦開始とはいえ、急ぐことはない。周辺の人員も緊張感はあれ待機のままだ。さすがに広報スタッフは撤収を始めているが、それさえも整然としたものだ。

 そもそも一番槍は米海軍からの支援砲撃であり、それで光線級の脅威が排除されるまでは、こちらに出番はない。

 

「ああ、見えてきましたな……ん、一発だけなのか?」

 中将が指し示すのは、遥か高みから落ちてくるそのミサイルらしき飛翔体。

 その言葉が、訝しげに途切れる。

 

 今回は軌道投下はないとはいえ、黄海に展開している合衆国第七艦隊からの支援砲撃が始まらない。本来であれば文字通り「弾雨」と表現しうるほどの物量で光線級に対抗するのが常道なのだが、作戦開始時刻になって撃ち下ろされたのは、軌道上からの一発だけだ。

 

 

 

 ただ人間側の違和感など関係なく、BETAは迎撃活動を開始し、ハイヴ周辺から幾条もの光線が延びる。

 伸びていくのだが、迎撃に撃ち出されたそのレーザーが、飛翔体の周辺で捻じれ、消え去ってしまった。

 普段であれば即座に撃ち落されるはずの砲弾がただ一発だけ、どこか舞い散るような速度でハイヴに向かって進んでいく。

 

 その飛翔体は、周囲に渦巻くうっすらと黒紫の歪みに包まれ、それがレーザーを歪めているように見える。

 対レーザーコーティングではありえないその光景に、周囲の兵士たちも疑問を抱きながらも、その顔々に僅かに期待を浮かべはじめた。

 

 

 

「総員衝撃に備えるように伝えろっ! 兵は可能であるならば退避壕へ、戦術機も伏せさせろっ、急げっ!!」

 だが、ただ一人。ターニャだけがその飛翔体の正体を見抜いていた。そしてハイヴ直上のモニュメントを狙っていたのであろう弾道が、逸れていることにも。

 ありえないはずだが迎撃のレーザーの影響か、そもそもの照準ミスか、あるいは何らかの妨害か。

 

「な、何をおっしゃっておられるのですかっ、次官補殿っ?」

「お二方も、急ぎ退避命令を……いや、最早時間はないようですな。反応が始まってしまった」

 どこか諦めたかのような口調と、その視線の先。

 音もなく飛翔体は「黒く」光り、のたうつような球状の境界面が拡がってくる。空間を侵食し、消失させる光球。知覚できるはずがないのに、その拡がりが判ってしまう。

 

(あれは間違いなく、この場にまで影響を与える。いや、離れていても「私」だけは巻き込みそうだな)

 諦めたかのような先の口調とは裏腹に、ターニャの表情はひどく歪む。獲物を見つけた猛禽類の如く、壮絶な笑みに。

 

 

 

 ……狂った時間感覚の中、光の先に、クルミ割り人形が笑ったように見えた。

 

 

 

 

 

 

 




こういう感じでちょこちょこと原作からズラしながら進めて行こうかと。
ちなみに"Muv-Luv Lunatic Lunarian"準拠ということでターシャ・ティクレリウスさんではなくターニャ・フォン・デグレチャフさんです。たぶんこのころで70才前後?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

循環の覚醒

 

 

 ――アンタはこの世界を救ったのよ

 ――ずっと見ています

 

 

 どこかで聞いた言葉が消えていくに連れて、うっすらと意識が目覚めはじめる。

 

 カーテンで仕切られた狭いスペース。

 手摺の付いたベッドと横のスタンドにぶら下げられたクリップボード、周囲に漂う薬品臭からして病室だとは思うが、自分が寝かされている状況とが繋がらない。

 

(俺は……何をしようとしていたんだろう……)

 

「おはようございます、白銀さん。朝食ですよ」

 纏まらない思考は、しかしカーテンを開けた看護師によって遮られた。

 

「あ、ああ……おはよう、ございます」

(ああ、そうか。俺は白銀武、だ)

 名を呼ばれ、発作的に挨拶をすると、少しは頭が動くようなった。

 

「って、え? ええっ? 白銀さん、意識がっ!? すいません、香月先生をお呼びしますねっ」

 だが看護師の方は返事が返ってくるとは予想していなかったようで、らしからぬ慌てぶりで部屋を出ていく。

 

 残された武としては、起き抜けのせいか、いまいち上手く状況が掴めない。

 再び閉じられたカーテンの中で、ぬぼ~っと周囲を見渡すだけだ。

 

 

 

「とりあえず……食べるか」

 サイドテーブルに置かれたトレーが、朝食なのだろう。

 病人用らしく食べやすいようになのか、お粥に汁物とあとは何かのペーストのみと、簡素だが量はそれなりにある。

 

 もそもそもと口を動かしている間に、少しずつ頭も醒めてくる。

 

(「桜花作戦」が成功して、俺は戦いの記憶を失い、元の世界に戻るはずだったが……)

 「桜花作戦」という言葉が出てくるあたり、記憶が失われているようには思えない。いやそれどころか平和な日常を繰り返していた日々も、それがいきなり見知らぬ世界に放り出された「一周目」ともいえる記憶も、そして一度は死んだはずがもう一度巻き戻された「二周目」のことも覚えている。

 いやそもそも、基地正門前の桜の下で夕呼先生と霞とに見送られたのが、つい先程のような感じられる。

 

 

 

(だいたいここはどこだ? どっちの世界の何時なんだ?)

 一人用ベッドと椅子が一脚ギリギリ入る程度の狭い狭い空間には、その答えがありそうにはない。今食べている食事にしても、不味さからすれば合成食材と言えなくもないが、元の世界で病人食を食べたことが無い武にすれば、比較できないのだ。

 

(元の世界なら、まあ……とくに問題はないな)

 食べ終わり、茶で口を濯ぎながら、考えを纏めていく。

 

 別世界で戦っていた記憶があるといっても、人に話さなければ済む。身を挺して戦い続けた人たちのことを、生き残った皆と語り継げないのは口惜しいが、それでも白銀武が忘れなければ、それでいい。

 また、たとえ話したとしても「武だから」で済まされてしまいそうだ。

 

(それに「香月先生」ってことは夕呼先生が副司令じゃない、あるいはBETAなんて存在しないってことか?)

 元の世界なら、家族や担任のまりもでなくなぜ夕呼を呼びに行くか判らないが、夕呼先生のことだからで説明が付く。付いてしまう。それこそ武が脳改造手術を受けて昏睡していた、と言われても信じてしまう。

 

 

 

(問題なのは、BETAがいる世界の場合、か)

 この場合は、逆に問題が山積みだ。

 先程看護師が「白銀さん」と呼んでいたことからして、身元不明の死人扱いでないことは明らかだが、現在の身分がまったく判らない。階級無しで呼ばれたのも、その疑惑に拍車をかける。

 

 病室に入れられているところを見るに、何らかの負傷があったのかもしれないが、狭いベッドの上でゴソゴソと身体を動かす限りは、どこにも違和感はない。病院用の簡素なパジャマ姿だが、包帯なども巻かれていない。少しばかり怠さが残っている感じもあるが、これは寝起き直後に物を食べたせいだろう。

 

 周囲から切り離されているとはいえ、最前線という雰囲気は感じられず、先の看護師にしても後方のどこか生ぬるさが漂っている。

 

 

 

(BETAとの戦いがあるとしても、どうするかだよなぁ……いや俺は結局衛士でしかない、か)

 白銀武としての日本での身分が保証されれば国連軍に所属すれば良いし、されずとも衛士として大東亜連合に義勇兵として参加という形でも戦うことはできる。一周目とでもいうべき記憶から推測するに、白銀武であれば衛士にさえなってしまえば、生活するだけならなんとでもなる。

 

(俺自身の身分はともかく、状況が判らないのが辛いな)

 戦うにしても、もう一度桜花作戦を成功させろ、というのは難しい。

 

 オリジナルハイヴ。甲1号目標と呼ばれる、喀什に最初に作られた地球最大のハイヴ。その最深部に存在する超大型反応炉「あ号標的」の完全破壊を目的とした作戦は、ユーラシア全域での陽動作戦まで含めた文字通りに「史上最大の作戦」だった。

 00ユニットをはじめとして、あれだけの機材が揃うのは個人の努力や運だけでは、到底足りない。いやそもそもが全世界規模での大規模陽動があった上での桜花作戦の成功だ。各国の足並みが揃わなければ、第一段階の降下さえ困難だろう。

 

「ふふっ……」

 そこまで考え始めて、ようやく武は自分の想いに気が付き、笑いが零れてしまった。

 何のことはない、白銀武は地球からBETAをどうやって排除すべきか、考えていたのだ。

 

(BETAに侵略され、明日をも知れぬ世界だとしても、俺は戦い抜く)

 逃げ出して、隠れ潜むなどというのはBETAには通用しない。それこそ以前のように、世界を渡って逃げ出すくらいしか方法はないだろう。

 

 そして武には、逃げるという選択肢を選ぶつもりは、もう二度と無かった。

 

 

 

 

 

 

「失礼するよ、白銀武君」

「はい? どうぞ」

 身の回りの状況をどうやって調べるかと悩み始めていたが、そんな時間はないようだ。武の返事と共に、再びカーテンが開かれた。

 先程の看護師を後ろに控えさせた、白衣の女医らしき人物が挨拶もそこそこにベッド横の椅子に座る。

 

「私は君の担当医の香月モトコだ。はじめまして、ということになるかな」

「……香月先生?ですか」

「どうした、何か残念そうだな?」

 

 いえそういう訳では……と武としては口籠るしかない。「香月先生」と聞いて夕呼のことしか思い浮かばなかったが、香月姓の人間が夕呼だけな訳もない。

 ただ、どこか夕呼と似た雰囲気のある女性なので、血縁者なのかもしれない。

 

 

 

「さて、白銀武君。目が覚めたということだが、気分はどうかね?」

「少しばかりボーっとしていますが、身体の方は特に異常はなさそうです。俺はいったいどういう状態なんですか? いえそれよりもここはどこなんですか?」

 

 焦ってはいけない、と頭の片隅で思いながらも、説明してくれそうな人が現れた瞬間、歯止めが利かなくなった。声を荒げることだけは押さえたが、それでも疑問に思っていたことを一気にぶちまけてしまう。

 

「ここは白陵基地に付属する病棟で、君は訓練中の事故で意識喪失。なぜか不思議なことに、自律的な反応は返さないが食事や排泄などの日常生活は続けられる、という状態が続いていたのだが……記憶にはなさそうだな?」

「白陵基地で訓練中……ということは衛士訓練ですか?」

「事故のことを覚えているのか?」

「自分の名前くらいは判っていますが、事故どころかここ数年の記憶があやふやなんですが……というか今日は何時なんですか?」

 

「今日は2001年の10月22日だ。君が事故にあってから二年ほど経っている」

「……そうですか」

 2001年10月22日。

 やはりそうか、という感想しか出てこない。自宅から場所がズレているが、前回や前々回と時間は同じだった。

 

 

 

「すいません、水を頂いても?」

「ああ、無理に思い出そうとする必要はない。事故の後は、多かれ少なかれ記憶の混乱はよくあることだ」

「ありがとうございます」

 後ろに看護師がいるが、モトコ自らグラスに水を注いでくれ、手渡される。口調は荒いが、その動作には武への気遣いが感じられた。

 

(時間は判った。場所も判った。そして衛士訓練ということを否定しなかったということは、BETAとの戦いが続いている。ここはやはり夕呼先生と接触して状況を整理するしかないか)

 意図してゆっくりと水を飲みながら、その上で今後の行動を考える。

 

 このまま武が何もしなければおそらくは以前に経験した一周目と同じことが再現される。香月夕呼が進めるオルタネイティヴ第四計画は成果を出せずに破棄され、第五が動き出してしまえばあとは滅びへの一直線だ。

 

(結局のところ、夕呼先生頼りか)

 しかし頼り切ってはダメだ。香月夕呼を相手にして対等な交渉というのは武には荷が重いが、少なくとも役に立つ駒の一人くらいの価値を示さねば、交渉の足掛かりにもならない。

 

 

 

 

 

 

「そういえば二年も意識が無かったという割には、普通に身体が動くんですが……」

「先ほども言ったが、君は自律的に何かしようとはしないが、食事や着替えなどはこちらが指示するとその通りに動いてくれてな。訓練とまではいかないが、簡単な運動は続けてもらっていた。身体が動くのはそのためだ」

「……なるほど?」

 聞くからに異常な事態だ。よく基地においておかれたものだと思う。普通であれば、傷痍軍人扱いで地元の病院に放り込まれているのでは、と思ってしまう。

 

(いや間違いなく素体用の観察か、下手すると記憶転写の実験用に生かされていた、と見た方がいいな。白陵基地での訓練兵ってことは、00ユニット素体候補者にすでに選ばれている可能性も高い)

 

「あまりに珍しい症例でね、観察の目的もあって、一般の病院に移すことなく、こちらで診察を続けていた」

 正直なところ意識が戻るとは考えていなかったよ、と続けられるのも、武としては納得してしまう。モトコが口にすることは決してなさそうだが、00ユニット素体候補が無意識で生存しているとなれば、重要な観察対象だろう。

 

 

 

「身体的にはほぼ健常者と同じ、と思ってもらっても構わない。もちろん体力などは落ちてはいるだろうがね。ここ最近の検査でも意識以外には問題が無かった」

「了解しました。ですが、今後の俺の立場はどうなるのでしょう?」

「さすがに今すぐ原隊復帰、いや君の場合は訓練小隊か……それは無理だ。しばらくは検査入院が続くとは思うが、そこは我慢してくれ」

「……判りました」

 そう答えるものの、素直に入院するつもりなど武にはない。

 以前の経験とどこまで同じ状況かはいまだ判断できないが、同じであるとすればあと二ヵ月程度で第四計画が何らかの成果を上げなければ、人類は終わりだ。何を始めるにしても、ベッドで寝ているような時間の余裕はない。

 

 

 

「あ、え~っと。何か書く物ってありますか?」

「どうかしたか?」

「身体が動くと言っても、名前とかは書けるのかな、っと思いまして」

 そうか……と、カルテとは別に持っていた問診票と共にペンを、武に差し出してくれる。

 

「そういえば、香月先生って……副司令とはご家族なのでしょうか?」

 白銀武、と紙に書きながら、一番気になっていたことを尋ねる。この答えによっては、動き方を考えなければならない。

 

「ん? ああ、香月夕呼副司令は、私の妹に当たる。こちらに配属されたのも縁故採用と言われてしまえば、それまでだな」

 よく聞かれているのだろう、苦笑未満の顔で、そう肯定してくれる。

 

「あの方が縁故だけで人材を選ぶとは思えませんが……っと、字は書けますね。本当に俺って二年も寝てたんですか?」

 わずかな時間しか接していないがどことなく武の知る夕呼と同じ強さを感じさせる。そしてこの人なら信用できそうだと、一気に書いた物を見せる。後ろの看護師には気付かれていないはずだ。

 

 

 

『白銀武⇔因果律量子論の証明サンプル 第四の問題解決のために、夕呼先生への取次ぎをお願いします』

 

 

 

「っ……後で鏡を見てみるがいい。少しばかりは背も伸びていたはずだ。少し待て。ちょうどいい。君の体調には問題が無さそうなので、報告のついでに連れて行かねばな」

 渡した問診票は自然な動きで白衣のポケットに忍ばせ、壁際の電話へと手を伸ばす。

 

「ああ、香月副司令? こちら特別病棟だ。そちら直属のサンプルが目覚めたんだが、直接見てもらいたいので連れて行ってもいいか? ……了解。すぐに向かう」

 武が顔に出してしまうくらいになにやら至極あっさりと、基地副司令との面談予定が組まれたようだ。

 

「さて、君の所属予定部隊の関係で、その副司令に対面することとなったが、拘束着を着て貰わねばならん。良いな」

「あ~……いきなり暴れ出すかもしれないっていう、予防ですか」

「目覚めたばかりで身体の反応が予測できないだろ? 皆の安全のためと諦めろ」

「了解」

 

 身体の反応が予測できないなどというのは、後ろにいる看護師に聞かせるための、咄嗟の筋書だろう。本質は、不審人物への警戒だ。

 武としては、溜息の一つでもつきたくなるが、仕方がないのも判る。我が事ながら今の白銀武という人物は、これほど怪しい者もない。第四計画総責任者たる香月夕呼の前に連れて行くのならば、拘束着程度は当たり前だ。

 以前と違い、病室からの移動ということで、身体検査などが省略させるだけでもありがたい。

 

(ま、思った以上に好都合だな。ここまで警戒してくれるということは、間に人を介さずにすぐに夕呼先生と話せるか)

 パジャマを脱がされ、ミイラのように拘束着で手足を固定され、車椅子にも括り付けられる。最後にご丁寧なことに目隠しだ。

 

「到着するまで何もしゃべるな」

 了解、と言いかけたが、頷くだけで肯定しておく。

 

 

 

 

 

 

(車椅子で移動させられているせいか、距離がまったく判んねぇ……が、エレベーターの感覚からして、地下4階程度か)

 さすがにいきなり19階層に連れて行ってはくれないか、と少しばかり落胆するも、以前のように営倉の鉄格子越しなどよりはよっぽどマシだ。背後でドアの閉まる音が聞こえたということは、営倉ではなく普通にどこかの執務室だろう。

 

「さて、と。アンタが何か面白い話があるって聞いたけど、本当?」

 

(声からして夕呼先生本人だな、見えねぇのは仕方ないが、いきなり出てきてくれたのは本当に助かる。あとは後ろに二人いそうなんだが……)

 いまだに目隠しされたままなので、周囲が判らない。それでも自分以外に三人ほど人が居るのは確実だ。今ここでペラペラと話しはじめるのは、誰にとっても不味い。

 

「面白いかどうかは夕呼先生の気分次第ですけど……」

「先生ねぇ……あたしは」

「『アンタみたいな生徒を持った覚えはない』ですか?」

 

 以前に言われた言葉で、夕呼を遮る。ある程度はこれで牽制にはなるはずだ。あとは移動中に考えていた説明を伝えられれば、何とかなるかもしれない。

 

 

 

「それはともかく、第四と第五に関わることですから、自分にはこの場で話しはじめていいのか判断できません」

「……へぇ? ホントに面白いことを言いそうね。ちなみに第四の何を知っているのかしら?」

 

 興味はありそうだが、いまだに信じていなさそうな、普段以上に投げやりな口調だった。

 武としては後ろにいる二人に聞かれていいのか判断ができないが、有耶無耶にしていては夕呼に切り捨てられる。

 

「オルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊、VFA-01の本来の目的と、そのために取られている手段……なんかは、後ろのお二人の精神安定のためにも言わない方がよさそうですね?」

 これだけで背後の緊張感が高まる。A-01が常に死地に赴かされているのは部隊内であれば実感していようが、その本来の目的などは予測できるものではない。まして第三者から、00ユニット素体候補選定のためにただ幸運を掴みとれる者を振るいにかけているなど、聞かされたい話ではないだろう。

 

(やっぱり後ろの二人は伊隅大尉と神宮寺教官か? そうなると本当に聞かせられないな)

 A-01第9中隊隊長の伊隅みちる大尉に、第207衛士訓練部隊教導官の神宮寺まりも軍曹。

 この二人は武の知る限り、夕呼にとっての両手のようなものだ。下手なことを知らせて計画から距離を取らせるのは問題だ。

 

「わかったわ。まりも、そいつの腕の拘束を解きなさい。字を書く程度ならいいでしょ」

「……了解」

 不承不承というのが良く分かる反応だが、それでも丁寧に右腕の拘束が解かれる。肘は動かせないが字を書くだけならできそうだ。

 

「これでいいかしら?」

「ありがとうございます。では、夕呼先生。細かい話は後で散々絞られると思いますから、簡単でいいですか? ぶっちゃけ見えないのでちゃんと書けるかどうかアヤシイんですけど」

「目隠しも外すから、さっさと書きなさい。長引くと後ろから二人が殴りつけるわよ?」

 

 はいはいっと軽く答えながら、武は書き始める。とはいっても簡単なものだ。

 

 

 

『世界1では01/12/25に第四は凍結、第五に即時移行。G弾の集中運用は大規模重力偏差を誘発、地球規模での災害が発生。人類の大半が死滅。恒星間移民の正否は不明』

『世界2では量子電導脳の開発に成功、00ユニットが完成。XG-70dを用いて「あ号標的」と接触し、これと会話、後に撃破。BETAは生物ではなく作業工作機械である』

 

 

 

「冗談……ではなさそうね」

 夕呼はメモを読んだ瞬間どころか、目にした瞬間にライターで燃やし、こちらを睨み付けてくる。量子電導脳も00ユニットも、間違いなく最高機密であり、第四計画の中心たるこの基地でもその言葉を知っている者はほとんどいないはずだ。工作員に知らせるにしても危険度が高すぎる。

 

「冗談であればよいのですが、因果律量子論の実体サンプルとしての『俺の記憶』では、そんな感じです」

「いいわ。アンタの言う通りここでする話じゃないわね、下へ行くわ」

 

 

 

 

 

 

 




ここからしばらくは白銀武パート。三周目タケルちゃんテンプレをある程度はこなしつつ~の予定です。あと原作マブラヴのストーリーや設定などの説明は最小限で済まそうかと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

策謀の会遇

「それで、詳しく聞かせてくれるのよね?」

 先程外された右手首と目隠し以外の拘束はそのままに、車椅子に固定された形で連れてこられたのは、見慣れたと言ってしまってもいい、地下19階の夕呼の執務室だ。極東どころか世界最強度レベルの機密ブロック、無菌室とまで囁かれた横浜基地のその本当に中枢たるここでなら、何を話しても安心だろう。

 

「すいません夕呼先生、その前にこの拘束着外して貰えませんか?」

「まだよ。話次第によっては、そのまま処分するから」

「ですよねー」

 目隠しされていないのは、武の表情を読むためだろう。首だけでも動かせるのがまだ救いかも知れない。さすがに首まで固定されたままだと話しにくい。

 

 

 

「えと、まず確認しておきたいのですけど、第四計画の目的って、第三のESP発現体以上の能力を持つ『生物根拠0生体反応0』の00ユニットを用いてのBETA情報の収集、その上での対BETA戦略の構築、で間違いないですか?」

「ほんとに知ってるのね、上で喋らなかったことは、褒めてあげるわ」

 あの二人にクスリ打たなくて済んだのは貸し一つね、と真顔で嘯く。

 訓練教官でしかないまりもは、ほぼ第四計画には関与していない。A-01も所詮は実行部隊の人間である。もし話を聞かせていれば、第三計画由来の記憶消去処理が必要だったのだろう。

 

「夕呼先生相手に交渉で勝とうなんて思ってませんよ。だいたい貸しどころか、あの二人を巻き込まなかったのは、俺の勝手な我儘です」

 もう失われた世界での経験だが、白銀武にとってあの二人は決して忘れてはならない恩師である。その二人を戦場以外の危険に晒すことは、武の望むところではない。

 

 

 

「簡単に言うと俺には、この世界での記憶がまったくありません。逆にこことは別の世界の記憶が、三種類ほどあります」

「それがさっき書いてた世界1と世界2ね。あと一つは?」

「今の俺の記憶、その主幹となっている『白銀武』自身は、もともとまったくの別世界、BETAなんていない世界の人間だったんですよ」

 BETAが居ないと聞かされて、合いの手のさえ打たないが、夕呼は睨み付けるように武の顔を覗き込む。

 

「BETA不在というのも可能性世界としてはありうる、ですよね? で、そんな世界でのほほんと生きていた『白銀武』が、こっちの世界の2001年10月22日にいきなり現れて、まあ元の世界でも恩師である夕呼先生に頼り切る形で衛士訓練兵としての生活基盤を与えられました」

「さっきから先生先生って繰り返してたのは、その関係ってことね」

「その世界のちょうどここにある白陵柊学園、夕呼先生はそこで物理教師でしたよ。ちなみにまりもちゃんが英語教師で俺の担任でした」

「……そう」

 めずらしく夕呼が優しく笑う。夕呼も、親友の神宮司まりもが本当は教師に憧れていたのは、知っているのだ。

 

 

 

「細かい部分は後で報告書の形に纏めようと思いますから、ざっくり飛ばします。先にお伝えしたように、最初に現れた世界では00ユニットが完成できず、結果を出せなかった第四は凍結されます。それが今年のクリスマスです」

「あと二ヶ月ってことね」

 別の世界、可能性世界とはいえ、因果律量子論の提唱者たる夕呼のことだ。何らかの要因が無ければ、ここでもその結果へと収束することは予測できてしまうのだろう。表情を取りつくろう余裕もないのか、感情を削ぎ落した鋭さだけが浮かんでいる。

 

「で、まあ第五が進められて2004年に人類の極々一部はバーナードへ向けて移民船団に。同時にG弾の集中運用でBETAの根絶、のはずが地球規模で重力異常を発生させてしまって、生き残ったのはアメリカの一部だけですよ」

 

 ――「大海崩」と呼ばれた海水の大移動に伴いユーラシア大陸は水没。干上がった大洋は塩の砂漠へと変貌。

 

(このあたり、なんか記憶があやふやなんだが……まだ目が醒めていないだけか?)

 

 

 

「だけどアンタの話じゃ世界2、二周目になるのかしら、そっちでは00ユニットは完成できたのよね?」

「ええ。ちょっとまあ、ありえない方法というか、裏ワザ的というか、無茶しすぎというか、そんな感じなんですけど……」

「それで、アンタが欲しい物は何? 金や地位、女とかなら、なんとでもなるわよ」

 何度か世界を行き来したというのをどう説明しようかと悩み言い淀んでいる武を見て、交渉の一環とでも思ったのか夕呼が条件を提示してきた。

 

 値踏みされてるな、とは思う。

 確かに香月夕呼の力があれば、ガキが欲しがる程度のものなら簡単に揃えられるだろう。

 こちらが自身の持つ情報にどれだけの価値があると理解しているのか。そして何を提示されれば、他に売り払ってしまう可能性があるのか。その辺りを測られているのは、交渉ごとに慣れぬ武としても、夕呼との付き合いの記憶から理解できてしまう。

 

「安心してください。俺の持つ情報は他には漏らしませんよ。とはいっても言葉だけでは信じては貰えないでしょうが」

 むしろ言うだけで信用されるようなら、逆に驚きだ。それに欲しいものも、ある。

 

 

 

「女はともかくですね……一つは簡単で、地位というか、俺に戦術機で戦える立場をください」

「そういえばアンタ、前の世界でも衛士だったのね。こっちでは訓練中に負傷で、休暇扱いが続いてるけど。……そうね、とりあえず207訓練小隊に放り込むわ」

「それでお願いします。座学はどうにかなりそうですが、身体が完全になまってるみたいで、扱かれ直してきますよ」

 病室で目覚めてすぐに拘束されたが、日常生活ならともかく衛士としての筋力があるようには感じられない。鍛え直す必要は実感している。

 

 

 

「で、次は?」

「二つ目は金という形になるのですが、ちょっとした概念を追加した戦術機用の新OSを作ってもらいたいんです」

 

 二周目で作ってもらったXM3。あれが有るのと無いのとでは、雲泥の差だ。

 今思い返せば、あの時作ってくれたのはストレス発散の一環だったのかもしれない。身元不明のガキに貴女の計画は失敗しました、と言われた腹いせ、の可能性は否定できない。

 こちらでも同じとは言えないが、夕呼にとっての利点も提示しておかなければ、優先順位を下げられかねない。

 

「判ってるかもしれないけど、戦術機とかOSとかは、あたしの専門じゃないわよ?」

 できないとは言わないのが夕呼らしい。しかも完成させられることは武は「知っている」。

 

「二周目の世界で作ってもらったものなんですけど、CPU自体の性能がそれなりに必要だそうで、既存の戦術機用の物では実現できないんですよ。で、CPUは第四計画で試作していたものを流用した形です。さして高価なものではないとはいえ、初期ロットは第四で作ることになるでしょうし……」

 

「ソフトとしての完成したOSだけではなく、追加装備となるハードの方も、取引材料に使え、と?」

「第四計画の本流ではないでしょうが、00ユニット開発の派生でハイヴ攻略用に必須のために開発した、とかなら他の部署にも説明付きやすいのでは?」

 もともと00ユニットが完成したからといって、それがすぐさま情報を集められるわけではない。ハイヴ最深部、反応炉まで到達することも第四計画の実現には求められているはずだ。

 

「それに以前の第三では、ソ連が米軍機を借りたのが問題になってませんでしたっけ?」

「そうよ。ソ連も複座型の戦術機を開発しようとはしたみたいだけど……ってそういう意味では、新OSの開発とその実績とってのは交渉材料にはなるわね」

 第三では、衛士でもないESP発現体をハイヴに連れて行くためだけに、複座型が必要だったのだ。本来であれば計画誘致国が各種の施設や装備を提供するはずが、それを競争相手ともいえる米国から機体を借り受けたことも、第三計画の失点の一つでもある。

 

 

 

「あ~あと、その新OSの開発に、データ取りというかサンプルとして俺も参加させてください。具体的にはシミュレータの使用と、できれば第三世代機の実機を」

「ふ~ん? まあその辺りは、そのOSの仕様を確認してからよ?」

「それは当然です。ただその前にシミュレータで構わないので、俺の挙動を見てもらってからの方が話が早いとは思います」

 XM3無しでも武の戦術機挙動は変態扱いされたのだ。概念実証のための説明にまりもやみちるに見てもらえれば、夕呼への強力な説得要因になるはずだ。

 

 

 

「つまりアンタの希望は、衛士訓練兵としての立場と、戦術機用の新OSの開発、あとは……」

 いつもの何かを企んだような笑みを夕呼は浮かべる。

 

「夕呼先生? 女を宛がう、とかは止めてくださいよ?」

「はいはい、若いのにヘンに枯れてるわね、平行世界での経験のお蔭ってやつかしら?」

「あ~自覚できてないですが、それはあるかもしれませんね。主観時間だとそろそろ30手前……まではいってねぇとは思うんですけど」

 年を数えはじめて躊躇う。下手をすれば夕呼の今の年齢を超えているのかもしれない。年だけ重ねても無駄だとは判っているが、武の精神安定としてはよろしくない。

 

「逆にアンタがあたしに提供できるのは、一周目の失敗した世界と、二周目の成功した世界の知識、ということかしら?」

「そうですね。あとは『あ号標的』との接触などで知りえたBETAの情報です。こっちのほうが第四としては本題では?」

「出し惜しみはしないみたいね」

「さっきも言いましたが、俺は夕呼先生相手に交渉事で勝てるとは思ってませんよ。もちろん無条件降伏もしませんけど」

 

 

 

「ふん。訓練兵としての立場はすぐに手配できる。事故による怪我で長期療養、治ったので復帰で済むわ。OSの方はアンタの仕様説明次第で時間が変わる。アンタの知識に関してはレポート書いて……」

 と続けていると、机の書類の下で内線が鳴り響いた。

 ちっと大きく舌打ちし、傍目にも判るほどに苛立たしげに内線に出る。

 

「……なに? …そう……ええ、判ったわ。受け入れの準備はお願い。……仕方ないわね、一度上がるわ」

 武からは内容は聞き取れないが、連絡を受けた夕呼の表情が取り繕うことなく硬くなる。間違いなく非常事態だ。

 

「シロガネタケル、だったっけ? 隣の部屋を開けるから、レポートを纏めておきなさい」

「了解しました」

 ここまで夕呼が慌てることは珍しい。反論して時間を取らせる訳にはいかなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと短めですが、三周目タケルちゃんとしてはXM3関連は外せんだろうということで。あと死んでない?ので立場は訓練兵のままに……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

概説の伝達

(営倉で放置されているよりかは、はるかにマシとはいえ……)

 夕呼の執務室を出て、とある一室に部屋に放り込まれたが、着替えもなければ食事もない。

 一応シャワールーム付の士官用居室のような造りで、レポートを書き出せと言われてPCは宛がわれたが、机と椅子はともかくベッドのシーツさえない。当然の如くドアは外からカギがかけられている。

 さすがに拘束は解かれたが、軟禁状態に等しい。下手に忘れられて、このまま放置されると餓死しかねない。

 

(夕呼先生との接触は、まあ好感触では、ある)

 なにやら緊急の呼び出しがあったようだが、必要なところまでは話した。この地下19階にこの程度の監禁レベルで武を残していることからも、一定以上の興味は持ってもらえたはずだ。

 

 ただ、武の記憶には、この時点で夕呼が慌てるような事案がない。

 思いつく限りのことを書き出しておけ、と言われてものの、最初から躓いているような感じだ。

 

 

 

「まあ悩んでいても仕方ないし、忘れないように書けるところから書きますか」

 切り替えるためにわざと声を出し、PCに向かう。そして気分的にも手を付けやすいところからという意味で、こちらが欲しい物の筆頭であるXM3の仕様書ならぬ願望リストを作る。

 

 とはいえ、XM3に関しては書き出しておくことは少ない。もともと感覚的な説明だけで作ってもらったものなので、あらためて説明するというのが難しい。出来上がって先日まで使っていたものを思い出しながら、書き出していく。

 コンボ、キャンセル、先行入力といった概念の説明と、「パターン認識と集積」が可能であれば実装して欲しいくらいだ。反応速度が上がったという話も聞いているが、あれはOSの機能ではなく第四由来の高性能CPUの恩恵だろう。

 結局はシミュレータでの武の挙動を見てもらって、それを元に説明するしかない。

 

 

 

 XM3の件を簡単に纏め上げ、あとは一周目と二周目でのテロやクーデターなど大きな事件について思いつくままに羅列する。

 それとは別に、因果導体やループの原因となったことの考察などの因果律量子論に関する件と、「あ号標的」から得たBETAに関する情報も必要だろう。

 

 これらはすべて詳細は後回しに、だ。単語だけでも要素だけでもなんでもいいので、簡単な分類だけで箇条書きにしていく。

 

(忘れないうちに、というか何を伝えられるかさえ今は整理できてないな)

 朝起きたら見知らぬ病室でした、というのが今の武の状態だ。伝える情報が整理できていないという点では、二周目どころか下手をすると一周目よりも酷いかもしれない。

 

 武が持てる知識と記憶とをすべて提出した後、夕呼が約束を守るかどうかも、いまだ定かではない。

 だが隠しておいて交渉のカードに使う、などという器用なことが自分にできるとは思えない。体感的にはつい先程までいたかのような二周目のみならず、おぼろげに残っている一周目の記憶からも、武は自分が政治向きでないことは理解している。

 

 それに思い返せば、XM3のトライアルの巻き添えでまりもが死んだ後、夕呼が武を元世界に戻したのは夕呼自身すでに限界だったのかもしれない。いや夕呼はすでに現時点で追い詰められてギリギリの瀬戸際にいると考えられる。

 そんな夕呼相手に、下手な隠し事や小手先の謀略など、無駄な負担をかけるべきではないはずだ。

 

 

 

(とはいっても、身近な知り合いくらいは、今度こそ護りぬきたいよなぁ)

 出会ってないからかまだ実感できないが、2001年10月22日の「今」であれば、A-01の先任たちも207B分隊の皆も、まだ生きているはずだ。

 彼女たちを護る力が自分にはある、などとは最早自惚れない。それでもなにか手助けくらいはできるのでは、くらいは思いたい。

 

 伝えるべき記憶を書き出していきながら、自分の望みも整理していく。

 武としては正直なところ、一衛士としてA-01で使い潰してもらっても、夕呼のことだからそれが人類の為に必要な犠牲なのだろうと受け入れることもできる。

 

 ちょっと未来の知識があるとはいえ、武には衛士の経験しかないのだ。衛士としての能力には自信もあるが、それで護れるものなど高が知れてる。それは何度も繰り返されたループで思い知らされた。繰り返させられた一周目と、つい先日までの二周目の記憶からして、白銀武という人間はうまく使い潰してもらう方が、人の役に立つのではと自虐に陥ってしまいそうだ。

 

 世界を救うなどという馬鹿な英雄願望の結果が、XM3の出来に有頂天になった挙句にまりもを死なせた。それを受け入れられず世界から逃げ出した結果、元の世界にさえ危険に晒したのだ。

 ありえないはずの「三周目」に直面しているということは、すべてを救うどころかすべてを失うことすらもありえる。

 

 

 

(ダメだな。腹が減ってきたせいか、ヘンな方向に気持ちが沈む)

 書き出すべきことをとりあえず箇条書きにするだけで、正午を大きく過ぎている。朝に病人食だけしか食べていない身としては、そろそろ苦しい。

 

「どう、進んでる?」

 そんなタイミングを見計らっていたように、夕呼が食事と着替えとを届けに来てくれた。

 

「ざっくりした部分は書き出してますが、細かい部分は今日明日かかりそうですね。あ、XM3……新OSに関してだけは終わってます」

「自分の欲求に忠実なのは、長所だと認めてあげるわ」

 

 

 

「……ふーん、ちょっと見てるから、食べながらでいいからアンタはこっちのレポート読みなさい」

「りょーかいっと、いただきます」

 レポート作成の前段階、自分用の箇条書きメモを見つけられ、これは質問漬けになりそうだと諦めながら食べはじめる。

 予測通りに、一緒に差し出されたレポートに眼を向けるが、武が読みだすよりも先に、夕呼から声がかかった。

 

「一周目をループしているとなってるけど、これ並列事象なのかしら……?」

「当時の俺自身の体感としては一周目と二周目が繋がっていたんですが、記憶が解放された今となっては、なんというか……並列?というか総当たり式というか、ある意味で何でもありですよ。俺自身の死んだ記憶はぼんやりしすぎていますが、BETAにやられるだけじゃなく、対人類戦で落とされてたりもしてたようですし」

「ふ~ん、戦闘経験は豊富、といったところかしら」

「あやふやな記憶まで含めれば、という但し書きは付きますけどね。帝国の戦術機であれば、そうですね海神とかでなければほとんど乗ったんじゃないかなぁ」

 一周目の207分隊の時は実戦には出ていないが長らく撃震を使っていた。ここまでははっきりと覚えている。その後、バビロン作戦以降の記憶は明確ではないが、どういう経緯か黒の武御雷に乗っていた記憶まである。

 

 

 

「しかしこれ、アンタ207B分隊の連中全部食ったの?」

「食ったって……そういう世界が存在する可能性がある、という話ですよ。因果律量子論って、そういう事ですよね?」

 元の世界でも一周目でも207B分隊の皆と関係を持ったという「記憶」が今はある。ただ「二周目」を経た今の武には実感も感情も伴わないのは、純夏によってその記憶が「漂白」され失われていたからかもしれない。

 

「概略は知ってる、というわけね。ま、同一分隊の連中とそういう仲になるというのも、可能性だけで言えば存在する。そしてゼロでなければ実現している世界がある、か」

「あ~わざわざ書き出すまでもないかというか誤魔化せばいいかと思って書いてませんが、神宮寺軍曹どころか、夕呼先生と関係したこともありますよ?」

 第四の破棄が決定された直後、正体不明なまでに酔っぱらった挙句の行為だと言い訳しつつも、武は夕呼との関係があったことも明かす。

 

「……あたしが年下は性別認識外だって知ってて言ってる、のよね? ……ま、計画破棄が確定した直後なら、自棄にもなるか」

 夕呼にしてみれば、第四の停止と第五への計画以降は、人類の敗北そして絶滅と同義である。第五移行後にも何らかの対策はしているのだろうが、さすがに破棄が言い渡された直後には、平常ではいられなかったのだろう。

 

 

 

「まあ計画破棄が決定された直後の夕呼先生はともかくですねっ、そういう意味では元の世界での夕呼先生からは『恋愛原子核』とかスゲェ言われようもしましたが、アレ本気だったのかなぁ」

「なにそれ?」

「俺の、というか元の世界の白銀武の周りには、恋愛要素が惹きつけられてくる、とかそんなネタ話ですよ。というかまりもちゃん……そっちの世界の神宮寺教官があまりにすぐ男に振られるのを見て、言い出したって感じです」

 

「へぇ、それはそれで面白そうね。まあ今のアンタは、さしずめ三周目といったところかしら? 因果導体でなくなっている可能性が高いという意味では、出がらしね。『恋愛原子核』とやらもなくなってるんじゃない?」

「そんな感じですね。今こうやって体験したことを話していても、どこか距離があるというか、実感が伴わない感じです」

 

 

 

「確認するわね。元の世界?と一周目の傍系記憶を除けば、今のアンタは207B分隊の連中には恋愛感情はない。間違いないかしら?」

「今思い返しても、あいつらがスゲェ奴らだということは間違いなく判っていますし、感じています。ただそれが俺からの恋愛感情だとはまったく思えません……いえ、あいつらは俺のことを想ってくれていたんですが、俺は気が付けなかったんですよ」

 武としてはつい先日失ってしまった207Bの皆。

 その遺書を目にするまで、彼女たちの想いに武は思いも至らなかった。

 

(いや……あいつらの気持ちに俺が気が付けなかったんじゃない。気が付けないように誘導、あるいは二周目最初の時点で「そういうシロガネタケル」として作り上げられていた?)

 思い返せば皆それぞれ、同じ分隊の仲間という以上に武には接してくれていた。女性の気持ちには鈍感だという自覚は確かにあるが、それにしてもおかしなほどに、武は彼女たちの想いを仲間への友情だと思い込んでいた。何者かによって意図的に操作されていたかのように。

 

「カガミスミカに関しては?」

「っつ!! ……失ったせいでしょうか、まあ、あいつに関しても……幼馴染なんですよ? それなりに大切な奴ですけど、その程度……ですよ」

 考え出せば、何か「ワルイモノ」に行き着いてしまう、そう思うせいで口からは当たり前の言葉しか漏れてこない。

 

 

 

「ふ~ん……さっき三周目とは言ったけど、記憶の中の『白銀武』とアンタ自身は別人物、と割り切りなさい。そもそも話を聞く限りじゃ、完全に別物ね」

「いや、別って、俺シロガネタケルですよね? 白銀武じゃなければなんですか、俺って?」

「あと可能性が高いとさっきは言ったけど、ほぼ確実にアンタは因果導体ではない。いえ、カガミスミカ、だっけ? その00ユニットになったヤツが、自分を救い出させるためにアンタの記憶の中から他の女との関係を漂泊していたって事態を前提とすると、今その記憶が欠片でも残っているということは逆説的にアンタがそのカガミスミカに選ばれた存在ではない、ということよ。つまりはアンタは因果導体ではない。判った?」

 

「え~つまり俺はこの世界での白銀武であって、因果導体だったシロガネタケルとは、記憶があるだけの別人?ですか」

 夕呼の畳みかけるような説明はどこか懐かしいと感じてしまうが、今の武にとって重要なのはその内容だ。

 

「なんとなく因果導体じゃないってのは理解できましたが、記憶があるのに別人だと思うのは、ちょっとアレですね」

「別存在に決まってるじゃない。アンタ今朝までこの基地のベッドで寝てたのよ? 別世界から飛び出してきたわけじゃない」

「あ、そう言われると、それは……そうですね。俺ってこの世界の人間なんだ」

 どこかでストンと納得してしまった。今までとは違い元々ここに居たのだ。

 

 

 

 

 

 

「まあガキの恋愛相談はおしまい。で、そっちのレポートの感想は、歴戦の衛士さん?」

「よくできたテキストだと思いますよ。これが実行されるなら戦術機で前線に立つ身としても安心できます。ですが、うーん……」

 今のって恋愛相談だったのか、とは思い浮かぶもののツッコミはしない。一度話が変わった夕呼に、元の話をしても無駄だ。代替コーヒーを口にしながら、意識を切り替えた。

 話ながらの斜め読みでまだ途中までですが……と言い訳のような前置きをしたうえで、武は感想を纏めようとする。

 

(国連軍統合代替戦略研究機関ねぇ……聞いたこともねぇんだよな)

 座学が得意とは言えないが、一周目では小隊長もこなしていた武である。時間もあったことで、それなりに著名な戦闘記録や各戦線でのレポートなどは目にしている。だがこのレポートに関しては組織の名前もその内容も初見であった。

 

(オルタネイティヴ計画に関わる極秘レポートと考えるにしては、ありきたりの内容なんだよなぁ、これ)

 見たことが無いのは計画がらみかとも一瞬は考えたが、内容からしてそういうものではない。対BETA戦の基本事項の確認のようなものだ。士官教育用の初級テキストと言われた方が納得できる。

 

 光線級による「空」の喪失を、対BETA戦における大前提として認識させる。

 その上での航空戦力の代替としての戦術機運用の問題点と、解決案。

 空軍の代替策模索の一環として宇宙軍の活用提案。

 既存兵力の効率的運用必要性の指摘、砲兵隊と工兵隊の有用性提案。

 

 軌道防衛網での迎撃失敗時の「BETA着陸ユニットへの即時かつ無条件の核攻撃」も歓迎したい事態ではないが、アメリカが強行したカナダでの判断は今となってはあれが最適解だとしか言いようがない。

 

 途中までしか書かれていない、というかレポートの一部だけを渡されたような形なのだろうが、それでもこの部分だけでも感じられるのは、半ば病的なまでの積極的な消耗抑制。目的としているのは、徹底した遅滞戦略による時間稼ぎだというのはよく判る。

 

 

 

「歯切れが悪いわねぇ、なにか問題でもあるの、白銀?」

「あ、いえ。問題というか、全体としてはすごく納得できるんですよ。ただちょっと古い?というか基本的すぎるというんでしょうか。言葉にしにくいんですが、なんというか、なんなんでしょう? 時間を稼ぐための防衛戦略としてはいいんですが、ここまで書いておきながらハイヴ攻略に関しては説明不足どころか実質的にはなにも書いていないのが、不思議というか気持ち悪いというか……」

 黙り込んだ武を、夕呼が急かす。感想と言われたので、本当に感想程度の答えしか返せない。

 だが斜め読みとはいえ気になったのは、その点だ。レポートのどこからも感じられるのは敗北主義的なまでの防衛重視だが、これだけの物が書けるならば、ハイヴ攻略に関しての言及がまったくないのが、逆におかしい。

 

「防衛戦略用のレポートだから、攻勢に関する記述を省いた、とは考えないの?」

「ここにきてテストですか、夕呼先生? 間引きでさえ、ハイヴ表層への侵入攻撃は可能であれば実行されてますよ。まあピンポンダッシュ程度の効果しかないんでしょうが、まったく考慮しないってことはありえません」

 戦術機の運用目的は、航空機の代替と前線の構築という点もあるが、他兵種では不可能なハイヴ内部への侵攻が大きい。

 武が衛士だから余計に気にかかるのかもしれないが、このレポートには戦術機運用に関して言及されていながらも、ハイヴ侵攻を想定していない。

 

「……いや想定してないんじゃないのか。ハイヴ攻略を見据えた上で、時期尚早と判断? 戦術機や他兵種の能力不足? その為の時間稼ぎ、なのか?」

 消費を抑制した上での徹底した遅延作戦、その目的は時間稼ぎだが、なんの為の時間を稼ごうとしているのか。

 なにか思いつきそうで、武はぶつぶつと呟きながら考え込んでしまう。

 

 

 

「ふ~ん、稼いだ時間で何をしようとしているか、気になるのはそこというわけね? でもアンタ、さっき言ってた実戦経験ありってのは、ハイヴ攻略経験もあるってことなのかしら?」

「え? ええ。はっきりと覚えているのは、先日……って俺の記憶の先日ですが『桜花作戦』、オリジナル・ハイヴの攻略だけです。一周目でもどこかでハイヴ攻略はやったはずなんですが……」

「十分よ。喀什のデータなんて、最重要に決まってるでしょ、とっとと吐き出しなさい」

 

 武としても「あ号標的」への攻略が最重要だとは理解している。

 ルートを完全に覚えているなどとは豪語できないが、それでもどの程度の間隔で戦闘があったか程度なら、書き出せる。それにいくつかの新種の説明だけでも重要なはずだ。母艦級などは、この時点では発見もされていないが、その存在を想定しておくだけでも被害は減らせる。

 

(ん? なんで母艦級のこと知ってるんだ、俺? クソッ、XG-70dの戦闘ログがあれば、詳細な報告があげられるんだけど……)

 さすがに世界をもう一度渡ってログを取ってくることなど、今となっては不可能だ。そもそもあの世界に戻れるのであれば、オリジナル・ハイヴの完全な地形データなども手に入るのだろうが、因果導体でなくなった武には世界を渡ることなどできようがない。

 

 

 

「ま、こっちのレポートに関してはまた今度説明してあげるわ。まずはアンタの方の、その『桜花作戦』? それに関するレポート仕上げなさい」

 夕呼は話は終わりとばかりに立ちあがり、内線を繋ぐ。

 

「じゃ、社。あとは任せるわ」

「……え?」

 内線で呼ばれて、すぐに部屋に入ってきたのは、国連軍C型軍装とは少し違った服の、10代前半の少女だ。

 

「この娘は社霞よ。知ってるのよね?」

「え、あ。はい」

 当たり前だが先日泣かれながら別れた時、ほぼそのままの姿だ。

 だが今ここにいる霞にとっては、武は初対面なのだ。武としても、いつかは顔を合わせるとは思っていたが、さすがに突然すぎて対応の仕方が咄嗟には思いつかない。

 

「あ~はじめまして、だな。か……社」

 霞と呼びかけて、止める。いきなり名前呼びはダメだろう、と。

 それでなくとも警戒されているのは間違いない、部屋には入ったものの、ドアから離れないその様子から、いやでも判る。

 

(なんというか最初に会った時以上に距離があるな。いや、そもそも霞からしてみれば、ヘンな記憶を持ってる俺はまるっきし不審者だからなぁ)

 

 一応挨拶の返答として、コクリと頷いてはくれるものの、今にも逃げ出しそうな位置取りだ。前途多難、としか言いようがない。

 溜息をつきかけて、夕呼先生の相手をする限りこれが続くのだと思い返し、飲み込む。

 

 

 

「必要な物は、社に言えば多分取ってきてもらえるわ。仲よくやりなさい」

「了解しました、香月副司令」

 あとは若い者同士で、とばかりに投げやりに出ていく夕呼に、半ば嫌がらせに教本通りの敬礼を返す。

 

 

 

 

 

 

 

 




よーやく霞が出せたーっと言いたいのですが、メインヒロインではありません。

あとルーキー日刊ランキングの存在をすっかり忘れておりました……ということでルーキー期間は何とか頑張って投稿し続けようかと。ストックヤバそうですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

欠落の疑惑

このあたりから少しばかり純夏へのアンチヘイト的な表現が始まります。ご注意ください。


「あ~社? あらためて、俺は白銀武、だ。階級はまだないけど、よろしく頼む」

「……(コクリ)」

 狭い部屋に、武と霞は放置されたような形だが、それで気まずさを保つのも良くない。切り替えの為にも、気持ち大声で武は挨拶しておく。

 

「んじゃあ、まあ。俺はレポートの続きに戻るが、社は好きにしててくれ。しんどくなったら無理に『読み』続けなくてもいいぞ」

 敵意はないとは判ってくれているだろうし、霞には霞の仕事があるはずだ。

 おそらくは武が、意識的・無意識的に書き漏らしたことを霞のリーディングを使って補完させるのが、夕呼の目的だろう。霞には無理をさせることになるが、武としてはその仕事を早く片付ける以上に、霞にしてやれることが無い。

 

 

 

 合成コーヒーをカップに注ぎ足し、意識を切り替え、夕呼から先程指示された桜花作戦のレポート作成に向かい合う。

 体感的にというか主観的にというべきか、武にとって桜花作戦はつい先日のことでまだ記憶にも新しい。

 

 残念なことに桜花作戦のデブリーフィングは完全とはいえない。A-01で生き残ったのが武と霞だけというのもあるが、そもそも帰還した翌日には武はあの世界から「消された」のだ。

 それもあってか、世界が変わってしまったとはいえ、今この機会にこそ書き記すことが生き残った武の責務だと思えてくる。

 

 とはいうものの武はXG-70dの操縦士として突入部隊の中核をなしていた上に、「あ号標的」の撃破まで達成しているが、作戦全体を把握しているわけではない。事前に伝えられた概略程度はともかく、作戦開始後の全体の推移などは説明できるほど詳しくはない。

 

 

 

(一文字艦長そして駆逐艦夕凪の乗員の皆は、レーザーから俺たちを護るために文字通りその身を盾にしてくれた……)

 それでも全体は知らずとも、身を挺してくれた人々のことは刻まれている。

 

(委員長と彩峰も、美琴もたまも、俺たちを……いや俺を先に進めるために道を作ってくれた)

 巻き戻ったこの世界で誤魔化してはいたものの、元207Bの皆を失ったことに、気持ちの整理ができているはずもない。

 先程の夕呼との話で、その整理できていなかった気持ちに彼女たちの想いまでも無理やり突きつけ直されたせいか、思い出せるのは彼女らとの別れの場面ばかりだ。

 

 AL弾への対策や新種である母艦級の出現など、伝えるべきことは多いと頭では分かっているものの手が進みは遅い。そして重頭脳級である「あ号標的」、その浸食ともいえる特殊な能力を説明をせねばと、あの最後の戦いを思い返してしまう。

 

 

 

(俺は、なんで先に進めたんだ……?)

 殿軍として後方を護ってもらうために部隊を分けた、などというのは言い訳だ。あの時点で後ろに残れば、どうあっても助けられないのは判っていたはずだ。必要な犠牲だった、そういうのも簡単だ。人類の未来のために、その身を挺して道を作ってくれた彼女たちの意思を無駄にしないために、と考えたのも間違いではない。

 

 一周目のどこか異なった展開とも考えられる彼女達との複数の記憶は、もはや今の武にとっても感情の伴いにくい薄い印象しか残されていない。

 だが「白銀武」という人間は、そんな物わかりのいい者だったのか? 記憶を消された程度でその想いを無くしてしまった以前の「白銀武」に対し、自責とは違う怒りも憤りも感じてしまう。

 

(いや……今こうしてこの世界にいなければ、俺は皆のことを、戦いに散っていった先達のことを忘れさせられていたのか?)

 「白銀武」への不甲斐なさとは別に、彼女達への想いを消した純夏に対し、奪われたとも穢されたともいえ暗いモノを感じてしまう。

 

 

 

 そして一周目と二周目との、意識の齟齬が形になってしまいそうになる。

 

 ――ひとりの女を愛している。

 ――彼女のためなら何でもできる。

 ――死ぬこともいとわない。

 

 一周目で自分が書いたはずの遺書の内容が、鮮明に浮かんでくる。忘れていたわけではない。だが思い返さないようにしていたことは事実だ。

 そんな遺書を残すような「白銀武」が、記憶を消されただけで「愛した女」たちを見殺しにしていたのだ。いやそれどころか……

 

(俺は……俺が、この手で冥夜を、殺した?)

 他の四人とは違う。後で合流するはずだったなどという、そんな言い訳もできない。

 「あ号標的」に取り込まれ、もはや助からぬならせめて愛した者の手でと冥夜に懇願され、武は荷電粒子砲のトリガーを引いたのだ。

 

(ああ……そりゃそうだよな、『鑑純夏』にとっては『御剣冥夜』が『白銀武』を奪ったんだ)

 二つの世界での「白銀武」のループの起点は、その世界の白銀武がBETAに殺された瞬間ではない。2001年の10月22日なのだ。

 それは「御剣冥夜」が「白銀武」の前に現れた時間だ。

 「鑑純夏」にとってその時こそが、「白銀武」が奪われた瞬間なのだろう。

 

(俺は、いやあの世界の『白銀武』は冥夜を殺すように最初から『仕向け』られていたのか……?)

 理解できない、とは言わない。もちろんこの推測が間違っているということもあり得る。

 それでもループを繰り返させられていたという事実からしても、二周目の「シロガネタケル」という存在がどれほど「鑑純夏」に都合のいい存在として、可能性世界の数多くの「白銀武」の断片から組み上げられていたのかが推測できてしまう。

 

 

 

(……これはマズいな)

 

 記憶を漂白され続けた一周目の「白銀武」。

 純夏にとっての理想である、他の女の経験が無い二周目の「シロガネタケル」。

 

 厳密に言えばこの二つは別の存在だと、なんとか割り切る。

 いやそう割り切ることで、純夏と二周目の「シロガネタケル」への苦い思いを押し込める。

 今ここにいる武とは別だと、夕呼から先程伝えられた言葉が、あらためて救いとなる。

 

 努めて冷静に、因果導体として「記憶操作」されていたことを、メモとして残しておく。

 下手に踏み込めば、怒りのあまり叫び出してしまいそうになる。

 

 桜花作戦のことを書き残していくことは最重要課題ではあるが、今この気持ちのままに纏めていくのは、深く暗い思いに囚われかねない。

 誇るべき先達や仲間との思い出を、自らの手で穢すような記録は書きだしたくないだけだ。

 

 

 

 

 

 

 ただ苦いだけの不味い合成コーヒーを、カップ一杯一気に飲み込む。

 

「社、ちょっと身体を動かしたいんだが、良いか?」

「……(コク)」

 先程までの暗い想いを読み取られてしまったのか、また距離が開いている。

 悪いのは武自身の方だと自覚があるので、無理に距離は詰めない。というかちょっとでも詰めたら、逃げ出してしまいそうだ。

 

「んー別世界のお前に聞いた話だけど、読むのは疲れるんだろ? 話せるなら、言葉にした方がいいぞ?」

「……はい」

「あ、あと。怖くないのかーとかも無し、な。ヘンなこと考えてて見られるのは恥ずかしいというか、むしろ見せてしまってごめんなさい」

 先ほど気付いてしまった黒い思考は、幼い少女に覗かせるようなものではないはずだ。

 務めて軽く、気持ちを切り替えるためにも、流す。

 

 

 

「で、話戻って。今の俺って外に出てもいいの?」

「……? ……(コク)」

 少しばかり思い出すかのように頭を傾けた後、肯定の頷き。

 

「あ~さらについで。模擬刀とか竹刀とかで、持ち出せそうなものってあるか?」

「……(コク)」

 再び、肯定の頷き。

 自分で持ってきてくれるようで、霞は席を立ちほてほてと部屋を出ていく。廊下まで追いかけてみると、行先は夕呼の執務室だ。

 勝手に入っていいのか悩む間もなく、すぐに目的の物を持ち出してきて、武に差し出す。

 

「……どうぞ」

「お、おう、ありがとな。しかし夕呼先生なんでこんな物持ってるんだ」

 自分で頼んでおきながらだが、まさか夕呼のところから持ってくるとは思っていなかった。何でもこなしそうな夕呼のことだから模擬刀を振るっていてもおかしくはないが、あの散らかった部屋でストレス発散で振り回すのは止めてもらいたい。

 

 模擬刀の出所に悩んでいるうちに、霞は先に歩いており、エレベータの前で待っている。

 付いて来いということらしく、大人しく従う。

 武としても道は判っているが、IDのない今は霞に頼るしかない。

 

 

 

「ってうわ、もうこんな時間だったのかよ」

 霞に連れられて外に出るともうかなり暗い。

 地下の部屋に籠っていたのもあり、時間の感覚がおかしくなっていたが、夕食時も過ぎている。

 

「付きあわせて悪かったな、社。PXで何か食べながらでも待っていてくれ。ニンジン出てきても残しちゃだめだぞ」

「……(ふるふるふるふる)」

 なにやらいつも以上に長い否定らしい首振り。ニンジンを食べたくないだけではないようだ。

 

「もしかして、夕呼先生から目を離すなって言われてるのか?」

「(コク)」

 今度はすぐさまの肯定の頷き。一応は見張り役らしい。

 

「じゃあちょっと寒いかもしれないが、しばらくそこで見ていてくれ。近付くと危ないぞ?」

 

 

 

 グラウンドに来るまでは軽くランニングからなどと思っていたが、逆に考え込み過ぎそうだ。無心になるというのなら、最初から素振りが一番だろう。そう考えて、軽く身体をほぐしてから模擬刀を構える。

 

 切り、払い、そして突く。

 正式に教わったわけではない。くりかえし鍛錬に付き合ったことで、自然と身に着けた剣筋。

 

 後悔は、ある。

 記憶を奪われたことへの憎しみも、ある。

 その憎しみは否定したいが、間違いなく武の腹の底にドロドロと溜まっている。

 

 それよりもやはり、忘れさせられた程度で想いを無くしてしまった二周目の自分が、誰よりも不甲斐なく消し去りたいほどに苛立たしい。

 

(……ああっ、くそっ)

 鏡の前で剣を振るうかのように、頭の中で仮想敵として自分の姿を思い浮かべていたはずが、浮かんでしまうのは剣の師ともいえる彼女の姿の方だ。

 無心などとは程遠い。逆に彼女への想いが増してしまう。

 剣を握り、剣筋を重ねていくことで、思い描かれるのは自分が理想とした、彼女の動きだ。

 

 

 

「もし……少しよろしいでしょうか?」

「……えっ?」

 

 聞き慣れていた、かつて「白銀武」が愛した一人。

 いや今の武としては、先日自らの手で、命を奪った女。

 今まさに、剣の中にその姿を追い求めていた、彼女の声だ。

 

「鍛錬中にお邪魔して申し訳ない。なにやら太刀筋に迷いがあるようにお見受けするが……」

 

 

 

 御剣冥夜。

 声を掛けられ、振り向いた先に立つ一人の少女。

 月明かりに照らされた、冥い夜とその名の現すような、抜身の剣の如くの姿。

 

「めっ……!?」

 その名前を叫び出しそうになる。

 「二周目」に再会した時の、また会えたという喜びは、奥歯を噛みしめて封じ込める。

 

 彼女の想いに気が付けず、踏みにじり、知らぬ振りを続けさせられた挙句の果てに、その命さえ奪った。

 何に代えても護ると誓ったことさえ、忘れたのだ。

 たとえ別物だと言ってもらえたとしても、この白銀武に彼女を前にして喜べるような権利は微塵もない。

 

 

 

 ただそれでも……と思ってしまう。

 ありえなかったはずのこの「三度目」こそ、何に代えても護りぬく、と。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと短いですが、よーやく冥夜さん登場。ここまで出てこなかったけど、メインヒロインです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

払拭の透過

「……ふうっ」

 わざとらしく大きく息を吐き、動揺を隠す。

 

(いやいや、それよりもよく耐えた俺。過去の記憶に感謝、だな)

 無理やりに意識を軽く構える。

 そうでもしなければ慚愧に耐えきれず、ただ自分の弱さを認めないためだけに、この何も知らない冥夜に許しを縋ってしまう。

 

(よしよしクソったれな一周目二周目の俺にも、欠片くらいは価値があったようだ)

 馬鹿なことを繰り返し頭に浮かべ、ようやく落ち着ける。

 だいたいこのような場所で御剣冥夜の名前を叫べば、まず間違いなく不審者だ。そしてこと冥夜に関する不審者など、余程の庇護がなければ間違いなく即座に「消されて」しまう。

 

 

 

「え、……と」

「失礼いたしました。御剣冥夜訓練兵です」

 少し冷静になれば、冥夜の行動もおかしい。立ち入りの制限されている区画ならともかく、訓練兵が見ず知らずの人間に声をかけるのは、あまり褒められた行動ではない。

 

「あ、ああ……楽にしてくれ。自分は白銀武訓練……って、ああっ!?」

「どうした白銀? いきなり叫びをあげて?」

 冥夜は驚きにわずかに目を開くが、言葉ほどに慌てていなさそうだ。慌てふためいているのは武の方だ。

 

「いや訓練兵、だと思っていたんだが……実はな、今朝まで長期療養だったんだ。自分では復帰したつもりが、今の身分が判らないんだ」

 わざと軽さを装うつもりが、その偽装さえ忘れ、本格的に自分の間抜けさに落ち込んでしまう。

 訓練着は用意されていたが、階級章どころかIDさえ渡されていない。ここまで霞に連れてきてもらったせいで気にかけていなかったが、これでは先の部屋に戻ることもできない。

 

「なるほど……許せ。そなたにもいらぬ世話をかけているのは、この身の不徳の致すところ、か」

「ん? 許すも何も、腑抜けていたのは、俺の気持ちの問題だな」

 少しばかり何か思案気に眼をつむり、冥夜が詫びてくる。

 その何か噛み合っていない返答に疑問は残るが、自身の今の立場は当然、先程までの素振りにしても冥夜の指摘は間違っていない。

 

「いや……ちょっとまて御剣訓練兵? 本格的になにか勘違いを始めているようだが、俺は本当に訓練兵未満の病み上がりだからな?」

 ようやく武は、冥夜が一度思い込むとなかなか考えを変えないことに思い至る。たぶんなにか勝手に脳内でカバーストーリーが完成している気配に慌ててそれを否定する。下手に斯衛の関係者だなどと思い込まれては、身分偽証の疑いで余計に危険だ。

 

「いや、そういうことであれば、これ以上何も言うまい。そのような事情ということになっているのだとは思いもよらなんだ。許せ」

「うん。そういうことでは、ちょっと困るけど……まあ諦めた」

 月詠さんに斬りかかられたら必死で逃げようと誓う。今なら一撃くらいは躱せるかもしれない。

 冥夜の一途なところは美点であろうが、少々思い込みが激しいのはどの世界でも変わらぬようだ。

 

 

 

「で、だな、どうやら同門らしき者が気の抜けた鍛錬をしているのを見かけてな、気になって声をかけてしまった。療養明けであったとは知らずに申し訳ない」

「それは違う。模擬刀とはいえ刀を振るっておきながら、集中できていなかった俺が悪い。御剣が正しい」

「ふふっ、抜かば切れ抜かずば切るな、か。妙なところで頑固だな、そなたは。鍛錬であれば思い耽ることもあろう」

 自身と向き合うために刀を振るうのは、決して間違ってはいない、と諭される。

 

「それで、身体の方は大丈夫なのだな、白銀?」

「問題ない、らしい。ただなまっているのは間違いないな」

 自分の今の身分という悩みを思い出されたが、それはすぐにでも解決されるだろう。

 感情の制御は確かに必要だが、こればかりはしばらくかかりそうだ。

 それらとは別に、筋力が落ちていることの方が眼前の問題だ。軽く型をなぞっただけで、息が上がっている。

 

「ならばいい機会だ。私の鍛錬に付き合ってもらえないか?」

「御剣の鍛錬、というと剣か?」

「私として、ここでは一人で刀を振るくらいしかできずにいたからな。同門の人間がいるのならば、いくばくかなりともお相手していただきたい」

 

 帝国軍ほどではないが、国連軍の衛士訓練でも近接格闘術や剣術の時間はある。だがそれは「剣」の修得ではなく、あくまで戦術機に乗った際に、長刀を使うための基礎の心構え程度のものだ。

 

 

 

「俺に否はないが、一つ訂正しておくぞ? 俺は正式に剣を習ったわけではないから、体力以前にあまり期待はするなよ?」

「ふむ、そうなのか? それにしては……いや詮索はすまい。剣を交えれば判るであろう」

 

 判られても困るんだがなぁ、とはさすがに口に出せない。

 戦術機に乗っている時であればまだしも、生身での打ち合いともなれば誤魔化す方法が思い浮かばない。まさか冥夜本人に習っていた、と言っても信じられるはずはないが、同門どころか剣においては冥夜が師なのだ。おそらくはすぐに見破られる。

 下手をすると冥夜の脳内カバーストーリーが補強されるだけになりそうだ。

 

 

 

「では、行くぞ」

「お、おうっ」

 武の葛藤などには一切の歯牙にもかけず、冥夜は滑り込むように間合いを詰める。

 真正面からの一閃。

 それでも武の記憶のある剣筋よりは、ごくわずかに太刀筋が甘い。こちらが療養明けだと遠慮してくれているのか、あるいは今の時点ではこれが冥夜の限界なのか。

 

 その甘さを突いて、武は少しばかり斬りかえす。あくまで様子見だ。

 

「病み上がり相手だと、手を抜かなくてもいいぞ?」

「ふふ、いささか気が緩んでいたかもしれんな。いや、許せ」

 一合合わせただけだが、判りやすいほどに冥夜は上気している。鍛錬に飽きるなどということは冥夜に限ってありえないが、やはり一人だけのそれでは納得できていなかったのであろう。相手がいるということに、間違いなく浮かれている。

 

 だが、その喜びからくる隙も二合目には消える。三合目にはすでに武の知る冥夜に近い。

 武の太刀筋を見たうえで加減する必要が無いと判断したのか、剣先が伸びてくる。

 そこには反撃の隙はなく、最早記憶と直感に任せて太刀筋を逸らし続けることしか武にはできない。

 

(それでもやはり、またどこか……甘い、いや楽しんでいるのか?)

 何合目か判らなくなっているが、武がいまだ受け続けられていることこそが、今の冥夜を表している。

 試合ではなく鍛錬、搦め手はなく正面からの剣筋だからこそ受けられているとも言えるが、良くも悪くも「剣」を楽しむ余裕が冥夜にはある。

 

 

 

「すまない。さすがにこれ以上はキツイ」

 大きく一歩下がり、負けを認める。

 やはり武の体力は落ちている。受け身に回り、動きを抑えていたがそろそろ限界だ。模擬刀での、双方ともに決定打のないままの打ち合いとはいえ、冥夜の剣筋を追うのは気力的にも厳しい。

 

「あ、ああ……申し訳ない。療養明けだというのに無理をさせてしまったか、許すがよい」

「気にするな。最後まで付き合えなくて、こっちこそ悪い」

 

「しかし白銀、そなたの太刀筋は……」

 やはりバレたかと諦めつつも、どう言い訳するかと視線を逸らす。が、言い訳の必要が無い人影を、冥夜の背後に発見した。

 

 

 

「お騒がせいたしました、香月副司令っ!!」

「はいはい二人とも、もうお仕舞でいいのかしら?」

「香月副司令!? 失礼致しましたっ」

 いつからか夕呼と霞とが少し離れてこちらを眺めていたようだ。

 声を掛けられてようやく気が付いたらしい冥夜も、模擬刀を下げ敬礼する。

 

「御剣も白銀も、そういうの良いから」

 音が立つような綺麗な姿勢で敬礼を続ける冥夜に、いつものように簡単に手を振り、敬礼を解かす。

 

 

 

「で、白銀。言いつけておいたレポートほっぼり出して、御剣と何やってたの?」

「あ~そのレポートに行き詰まりを感じたというか、身体を動かせなかったせいで、頭も動かなくなったというか……」

「まあいいわ、ちょっと付き合いなさい。アンタには見せておくものがあるわ。御剣も来る?」

 夕呼にしては追及が軽いなと訝しむものの、簡単に頷く。

 

「は……はい、お供させていただきます、香月副司令」

「硬いわねぇ、こっちの白銀くらい砕けなさい」

「はい、いいえ。副司令の御言葉とはいえ、それは……」

 

 砕けろと言われて砕けられるほど、冥夜は夕呼との付き合いはない。

 だがわざわざ自分に声をかける、ということが護衛を兼ねさせていることには、すぐさま思い至る。

 

 

 

「って夕呼先生、俺は出れませんよ。外出許可どころか、今IDもないんですから」

 武も冥夜もそして霞も、ついて来いと言われてついて来たが、行先は基地内ではなく正門ゲートの方、外のようだ。

 

「誰が一緒にいると思ってるのよ、不審者の一人や二人、どーとでもなるわ」

「いや、それをどうとでもするのも問題でしょうが、夕呼先生と御剣、それにっ!? 基地から出るなんて、安全確保どうなってるんですかっ!?」

 基地から出た瞬間に狙撃、とまではさすがに無い……と言い切れないところが夕呼の立場の難しさだ。さらに冥夜もそうだが、霞を外に出すなど、まずありえないことだった。

 

 

 

「良い、白銀。短時間であれば、香月博士の安全は確保できる」

「いや、まあ……そうなんだろうけど、さ」

 冥夜の護衛に付いているはずの月詠真那たち第19独立警護小隊の姿は見えなかったが、近くにいるのは間違いない。武にしても彼女たちの能力には疑問はない。それでも三人の重要性からしてみれば護衛としては少なすぎる。

 

「それに出ると言っても、すぐそこよ」

 武の形ばかりの抗議など気にもせずに、外出許可は下りてしまう。

 正門横の警備兵たちが困ったような顔をしているが、本人の態度はどうであれ間違いなく夕呼の立場は副司令だ。訓練兵とそれ未満を連れての一時外出程度ならば、すぐに許可を出せるだろう。夕呼のサイン一つで済んでしまったようだ。

 

 

 

 諦めて、武と同じような苦笑いの警備兵に敬礼し、基地正門横から出る。

 正門を出れば白陵名物の、歩いて上がるには苦しい坂道だ。その上から見渡せば、柊町が良く見える。

 

「……え?」

 家々の明かりが灯された、柊町の光景が武の眼前には広がっていた。

 頭で理解するよりも先に、無事な故郷を見せられて言葉が出てこない。

 

「灯りが……ある。人が、住んでる?」

 繰り返された「白銀武」の記憶にあった、BETAによって破壊しつくされた廃墟となった町並みではない。「元の世界」に比べれば明かりは少ないかもしれないが、そこには平穏な日常を想像させるに十分なだけの灯火があった。

 もう何年も目にしていない、そしてこの「三度目」では決して見ることが無いとどこかで思い込んでいた、失われたはずの故郷の姿だ。

 

 

 

「百聞は一見に如かず、ね。別物だっていう意味、判ったかしら白銀? ここには横浜のも佐渡島のもないの」

「は、はは……じゃあ、まだ日本……は?」

「安心できる状況じゃないけど、今はまだ朝鮮半島で何とか押し留めてる。それでもよくて年内ギリギリでしょうね」

 

(横浜ハイヴが無い、つまりはこの世界において鑑は生きてる)

 

 喜びとは別に、見せたいものとはこれか、と少しずつ腑に落ちてくる。

 確かにこの街並みを見せられれば言葉にされる以上に、ここは一周目とも二周目とも違う別の世界だと、理解できてしまう。そしていまこうして立っている自分自身が、今までの「白銀武」とは別の存在だということも。

 

 

 

「この光景を見せていただいてありがとうございました、夕呼先生」

 振り返り、夕呼に深く頭を下げる。

 これ以上感謝の言葉を重ねれば、手駒が使いやすいようにメンタルケアしただけと誤魔化されそうだが、夕呼が外を見せたのは思い悩んでいた武の心を少しでも軽くさせるためだろう。

 

「さて、判ったら戻るわ。白銀には会わせたいのもいるしね。それにこれ以上、あたしと御剣がふらふらと外歩いてたら、我慢できずにちょっかい掛けてくる連中も出てきそうだしね。御剣も戻りなさい」

「はい、失礼いたします、副司令」

「あ、夕呼先生。と御剣も。少しだけ時間いただけますか?」

 陰ながら護衛が付いている、とはいえ基地外はやはり内部ほどには完全に警戒できるわけでもない。

 急かされて歩き出そうとする冥夜と、興味なさげな夕呼を呼び止めてしまう。だが武にとっては必要なことだ。

 

「なに、時間は有限よ?」

「申し訳ありません。一言だけでも挨拶を、と」

「……わかったわ。ちょうどいくつか返り咲きしてるしね」

 

 夕呼の言葉通り、基地正門前、桜並木の一番上の一本は季節外れの花を咲かせている。

 武はその前に立ち、先の冥夜以上に綺麗な敬礼を見せる。

 

 

 

 ――英霊の 眠る桜の 白き花 地に根を張りて 空を思わん

 

(神宮寺教官、伊隅大尉、それにA-01のみんな……皆さんのことを共に語れる相手は、ここには誰一人おりませんが、皆さんから受け取ったものは、この世界にいる皆さんへお返ししたいと思います)

 

(間違えるな白銀武。悔やむな、詫びるな。そんな暇があれば足掻いて前に進め。神宮寺教官や皆に顔向けできるぐらいには、衛士たれ)

 自身は許されるべきではない、などと自責している贅沢は許されない。

 生き残った、そしてやり直しの機会が与えられた自分には、為すべきことがいくらでもある。

 そして今見た眼前の街並み。ここにはまだ助けられる生活が残っているのだ。

 

 

 

 目を瞑っていたのは、わずかな時間だ。礼を解き、踵を返す。

 

「もういいの?」

「長々と話してると教官たちから怒られてしまいますよ。為すべきことを為せ、と」

「そっか……あっちのあの子も、アンタにそう教えたのね」

 すでに一周目二周目の概略を知る夕呼には、武が誰に話していたのかは、お見通しのようだ。そしてその教官がどう教え込んだのかも。

 

「御剣も社も、時間を取らせて悪かったな」

「……(ふるふる)」

 

「そなたにとっては大切な方々のようだな。良ければいつの日か、どの様なお方たちだったのか語ってくれぬか?」

 冥夜も武から少し下がったところで、黙礼していた。

 武の姿を見て、今はまだ何もない桜であったが、その意味は察していたようだ。

 

「ああ……そう、だな。いつか笑って話せたら、と。いや、ホントは今すぐにでも、御剣には話さなけりゃならないんだが……すまない」

「私に詫びるでない。今の私は一訓練兵だ。聞けぬことの方が多いことは了承している」

 武が口籠ったのを、軍か家に関するものと思ったのか、冥夜は軽く微笑んで割り切る。

 

 

 

(次は「あ号標的」を落としたときにでもまたご報告に参ります)

 白陵基地に戻る武の足取りは、わずかばかりだが軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 




この話においてはBETAの日本侵攻はもうちょっと先~なので横浜も佐渡のハイヴもないです。で横浜ハイヴないので国連軍横浜基地もないです。白陵基地内での国連軍の立ち位置とかはまたそのうちに説明入れる……予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

概念の提示

 正門前の桜への挨拶を済まし、同道していた冥夜も別れ、夕呼と霞の後に従う。

 細かな差異はあるとはいえ慣れ親しんだ基地なので、どこに連れて行かれるのかと思うまでもなく行先に見当が付いた。向かっているのは戦術機用のシミュレータ室だ。

 

「いいんですか、こんな時間に?」

「こんな時間だから空いてるのよ。それにアンタ、誰に聞いてるのよ? あたしはここの副司令よ」

 その立場が無くても好きにやってるんだろうなぁとは、一方的な形ではあるものの付き合いが長い武は口にはしない。

 

 戦術機シミュレータは大がかりなシステムだ。普通であれば好き勝手に使えるものではなく、その使用時間は、各部隊に割り当てられている。

 いまだ朝鮮半島での防衛戦が続いているということは、この基地のみならず日本自体が後方国家扱いなのだろうが、シミュレータの使用にそれほど余裕があるものではないはずだ。

 ただ言われてみれば通常の訓練時間から外れたこんな時間帯であれば、空きの一つくらいはあってもおかしくない。

 

 

 

「強化装備は用意してあるから、とっとと着替えてきなさい」

「りょーかいです」

 

 時間と言えば、夕呼に時間の余裕が無いのは確かだ。武のわがままに長々と付き合ってもらえるほど、第四計画総責任者の立場は軽くない。

 手渡された強化装備を、シミュレータ室横の更衣所で手早く身に着ける。

 

(正規兵用の物がいきなり渡されたってことは、場合によっては訓練終了を待たずに前線行きって可能性もあるか)

 いまだ日本が後方国家であるならば、男性訓練兵用の強化装備も余裕がありそうなものだが、宛がわれたのは黒の正規兵用のものだった。無駄を嫌う夕呼のことだ。武が任官していなくとも、有用だと判断されればそのまま衛士として使うつもりなのだろう。

 

 

 

「白銀、さっさと乗りなさい」

「というか俺何するんですか? まったく説明が無いんですけど」

「シミュレータ貸せって言ったのはアンタでしょ、新OSとやらの説明をしなさい。まりもと伊隅も呼んであるから、そっちからも質問させるわ」

 

 そう言われて管制室の方を見ると、まりもとみちるだけではなく、夕呼の秘書官でもあるイリーナ・ピアティフ中尉もいる。オペレーターは彼女が担当してくれるようだ。

 

 

 

「あ~了解です。俺の戦術機適正の測定じゃないんですね」

「それも必要だけど、そんなのは後でいいわ」

 訓練時間の過ぎた今、起動しているシミュレータは一基だけだ。

 はいはい、と簡単に応えながらコクピットに潜り込む。先日の桜花作戦の時はXG-70dに搭乗したとはいえ、それまでは不知火に乗っていた。着座調整など手慣れたものだ。無意識のうちに済ませられる。

 

『準備はできた? 撃震でいいのかしら? 場所とかどーするの?』

「説明の為にもちょっと飛び跳ねるので機体は吹雪で、エリアは市街地でお願いします」

 管制室に入っていった夕呼から問われるが、現状のOSが載っている撃震では細かな機動がしづらいので、第三世代機の吹雪を指定しておく。

 先の冥夜との打ち合いで実感したが、体力以外は問題が無いはずだ。むしろ技量に関しては一周目の記憶が積み重なっている分、先日の桜花作戦の時よりも、上回っているかもしれない。

 

(とはいえその体力が問題だよな。耐Gは大丈夫とはいえ、フィードバックデータのない今、あまり振り回す余裕はないかも)

 

 今の武の主観記憶としては、一ヶ月ほど前までは乗っていた吹雪だ。違和感は少ないが、療養明けらしい自分の身体はまだ信用できない。

 歩いて走ってちょっと跳躍、抜刀からの切り返しと突撃砲を単射と連射。その他いくつかの基本動作をこなし自身の身体の調子を測る。本調子でないのは明らかだが、長時間の作戦行動でもなければ大丈夫だろう。

 

 

 

「では、現状の戦術機OSに関して自分が問題と感じている部分の挙動と、それに対する改善案とを説明させていただきます。要望としては、先行入力、コンボ、キャンセルの三要素となります」

 上官三人、というよりはむしろ恩師ともいえる三人を前に、さすがに武としても緊張する。

 夕呼は嫌がるだろうが、どうしても口調は硬くなる。

 

「では、第一に先行入力です。衛士のお二人には既知のことでしょうが、戦術機の各挙動には一定のマージン、言ってみれば動作後の『硬直』が存在します」

 まりもやみちるには言わずもがなのことなのだが、OSの開発を担当してもらう夕呼や霞、そしてピアティフの為に当たり前のことから説明していく。

 話ながら、見た目としても理解しやすいように、わざと「どっすん」と着地する。

 

「一番判りやすいのが、この着地時の硬直です。機体安定のために姿勢制御が自動で入ってしまうせいで、次の動作に移るのに間が空いてしまいます」

 そしてこの硬直中に着地エリアが掃討できていなければ、戦車級に取りつかれる要因となる、と続ける。

 

「射撃にのみ関して言えば機体の静的な安定は必要なのですが、機動面で言えばむしろ不安定であるほうが次の動作への繋ぎとなります」

『動的な安定性が欲しい、ということかしら?』

「そうですね。人間だったら転がりそうになりながらでも走れますが、今の戦術機ではそれが難しいんですよ」

 第二世代機以降、機動性を高めるために戦術機の重心は人間よりも上方に設定されているが、その動的安定性がOSによって制限されている、と説明する。

 

 斯衛軍衛士の上位連中であれば、極限まで刻んだ入力でオートバランサーが機体を立て直す挙動すらも機動の一環として組み込み「こけている状態で移動する」などといったことも可能としているが、当然それを実行できる者は数限られる。

 

 

 

「この硬直が発生しそうな動作の前に、次以降の行動入力を受け付けてもらうことで、動作の繋ぎを作り出し無駄な時間を無くして欲しいというのが『先行入力』の目的です」

『先の例だと、例えば……着地後の姿勢安定の工程を省略し、いきなり走行を開始する、といった形か?』

「はい。神宮寺軍曹殿のおっしゃる通りです。跳躍後の着地後行動が素早くできれば、そうですね……人間のハードル走のように繋がるのが理想的ですね」

『なるほど、了解した』

 まりもが噛み砕くように返答する。おそらくは既に頭の中では新しい挙動を組み立て始めているのだろう。

 

『ふむ。その硬直と言えば、リロード後の行動なども考えているのか?』

 続いてみちるからの質問が上がる。問われるのはちょうど武が説明しようとしていたことの一つだ。

 

「はい、この動作、ですね」

 まだ弾は残っているが、説明の為だ。マガジン交換を指示した。

 副腕が複雑に動き、マガジンポーチから予備を取り出し、右腕の突撃砲をリロードする。そして副腕が再び背部に収納されると同時に、突撃砲を正面に構える。

 

「正直この構えなおしも必要かどうか謎なんですが……このリロード中に目標指示をしていたとしても、現状のOSだと前に向くんですよね。これを『先行入力』の形で、次の射撃目標に向けておくとか、36mmと120mmとを続けてリロードする、なども可能になれば対応可能な状況に幅ができると考えております」

 そもそも今のOSでは、マガジン交換は原則的には一門ずつ停止状態で行われる。もちろん定速歩行中や巡航飛行状態であれば可能だが、回避行動や主副の右腕は攻撃し左椀でリロードなどは非常に困難である。

 

『つまり今までの戦術機OSってのは、いちいち入力されていたコマンドをその場その場で逐次実行してたってこと? バッファもしてないの?』

 馬鹿じゃないのと言いたげな夕呼だが、仕方がない面も大きい。設計思想も運用方法もそういう風に考えられていなかった、ということだ。

 

「自動車と同じですよ。機械なんだから、先の挙動を入力するなんて発想が無かったんだと思います」

『まあ勝手に曲がろうとするクルマなんて、乗ってても面白くないし気持ち悪いわね。ただ逆に戦術機は人の挙動に近いから、先を予測して動くべきだ……といったところかしら?』

「そうです。とくに近接戦では、常に先の事象を想定していますから、長刀を使ううえでも先行入力の恩恵は大きいかと思います」

 

 

 

「では第二にコンボ。事前に登録しておいた一定行動の自動再現、といった機能ですが……」

 長刀を抜刀し、踏み込み袈裟斬り、そこからの逆袈裟。

 

『ああなるほど。近接攻撃でよく使う斬り方などを登録しておいて、呼び出す、ということか?』

「はい、その通りです。今はキャンセルができないので、連続可能な部分だけ再現しましたが、本当はこの動作の前に短距離跳躍なども含めたいのです」

『ふむ……短距離跳躍で距離を詰めて攻撃可能範囲に入ったところでキャンセル? 動作の強制割り込みか? そこで先の格闘動作を連続で再現する、ということだな」

 まりもがコンボの説明中に、最後に言うべきであったキャンセルの内容を言い当てる。

 実践していないのによく理解してくれるものだと、さすがは教官だと感心してしまう。

 

『このコンボ?だが、例えばだが……そうだな。要塞級相手であれば高度などもほぼ固定されるので、神宮寺軍曹、貴女の動作を組み込んでおけば、極論すれば誰であっても胴体切断なども可能になるか、ということか?』

 みちるが隣にいるのであろうまりもを例にして問う。

 

「はい。コンボのパターンは事前に組み込み、機体ごとに最適化していくことが必要になりますが、この機能の目指すところの一つは熟練衛士の挙動を誰もが再現できるようにすること、であります」

 

『一つ、ということは他にも目的があるのか?』

「はい、例えばですね、こういう行動ですが……っと」

 ブースト跳躍から、浮かび上がった瞬間に逆に地表に向けてブースト。

 

「今はちょっとキャンセルも先行入力もできないのでゆっくりめにしましたが、これがコンボとして繋がれば、光線級がいるところでも短距離のジャンプはこなしやすくなるかと。これに着地予定地域への120mmキャニスターの事前射撃などを組み込めば、戦車級に齧られる危険性も減らせると考えております」

 ただこれをキャンセル機能があるからと言って毎回手動で入力し続けることなど、どれほどの集中力が必要になるのか、と。

 

『なるほど。コンビネーション……コンボか? 複雑な工程を一括登録することで、衛士の負担を減らすことも目的なのだな』

 

 

 

「最後に。説明が前後してしまいましたが、キャンセル、なんですが……入力してしまったコマンドを強制停止、あるいは割り込みで他の挙動に変更できるようにならないか、と」

 武としては一番実装してもらいたい機能でもある、キャンセル。

 ただ、もう説明終ってしまってるじゃねーか、とは武としても言えない。それにこれは機能が実装されていないと、実況もできない。

 

「あ~なんと言いますか、新兵とかだと多いんじゃないですか? レバガチャ、間違えたーっと思ってガチャガチャとスティックを無駄に動かしてしまうヤツが」

『……』

 どうにか捻り出した説明は、諦めたかのような沈黙でもって答えられた。だが教官であるまりもは当然、新兵の相手をすることの多いみちるにしても、レバガチャと言われて「あぁあれか」と、いくらでも思い出せるのであろう。

 

『シミュレータでの説明はそれくらいかしら、白銀? なら一度降りてきなさい』

「了解」

 

 

 

 

 

 

「白銀武、入ります」

 強化装備のままに、管制室に入る。

 室内にいたのは夕呼にまりも、みちるの三人だけだった。すでにピアティフと霞の姿が無いのは気にかかるが、尋ねるほどでもない。

 

「紹介とかはどうでもいいわね。で、まりも、あなたの感想は?」

「先行入力による硬直の短縮、それだけでも間違いなく有効です。そして今は概念だけ伝えられましたが、そこにキャンセルが加われば、衛士の生存率は劇的に向上すると思われます」

 まりもは教官としての教え子を失いたくないとの気持ちからか、XM3の防御面での利点を上げる。

 

「へぇ、その理由は?」

「先の説明の最後にありましたが……衛士の死亡要因に多いのが、判断ミスからの誤った挙動、そこでの思考停止、パニックなどです。慌てても復旧できず、それがさらにミスを誘引させます」

「なるほどね。ミスを取り消せる、間違った挙動をキャンセルできれば頭も冷えるってことね」

 

 

 

「伊隅は?」

「キャンセルや先行入力に関しては神宮寺軍曹と同感です。付け加えますと、コンボでしたか。一定動作の組み合わせというのは、特に前衛衛士には有効であろうと推測します」

「続けて」

 

「先ほどの例ですと、跳躍から地上への反転ブースト、合わせて着地予定地点の掃討まで『ごく自然』にこなしましたが、我が中隊、いえ連隊すべてを含めましても、あれほど滑らかに繋げられる者は少数です」

 そもそも地上に向かってのブーストという点が異常なのだが、今はそれは横に置く。だが間違いなく精鋭と言えるレベルのA-01連隊全体を通しても、あの動作を繰り返し続けられる衛士は少ない。

 

「後衛であれば比較的余裕がありますが、密集戦における前衛の行動は逼迫したものがあります。コンボという形で一定の行動が簡易に選択できるのであれば、攻防ともに取りうる戦術に大きく幅ができます。またおそらくですが、コンボ行動中もキャンセルができるものと推測いたしますが、その場合の安全性向上は計り知れません」

 まりもが防衛面での利点を上げたからか、みちるは攻撃面での利点を上げて補強する。

 

 

 

「簡単に言えば、アンタたち二人、いえ白銀入れて三人とも、とっととあたしにこれが実現できるOSを作れってことね?」

「副司令のお時間が貴重なことは重々承知、いえ自分では想像できぬ以上の責務でしょうが、一衛士としてだけではなく、部下を預かる身としては……」

「だから硬いわよ伊隅。そこの白銀みたいに『作ってくれなきゃやだー』くらい言いなさい」

 

「ぅえっ!?」

 呼び出されたものの、部屋の片隅で放置されていた武に、機嫌よさげな無茶ぶりがなされた。

 

「ほら、白銀」

「え、ええっ……つくってくれなきゃやだーゆーこせんせー……これでいいですか?」

 たぶん求められているのは、これだろうと諦めて棒読みする。

 まりもとみちるからの同情の視線が、さらに侘しさを高める。

 

「……一気にやる気がなくなったわね」

 夕呼までもが呆れたかのような声を上げたのには、さすがに武を含む部下三人の視線に非難が含まれる。

 

 

 

「ジョーダンよ、ジョーダン。それに社とピアティフにはもう準備を始めてもらってるわ」

「……ありがとうございます、夕呼先生」

 いろいろと悪巧みの好きな夕呼だが、不思議と一度約束したことは違えない。作ると言うのならば作り上げてくれるはずだ。

 

「ソフトの方は簡単だわ。ただ間違いなく現状のOSよりも複雑化するから、それに対応できるだけのハードが必要になる。ただそのハードの方も手持ちの機材ですぐに形になる。もちろんデータ取りや細かな調整はアンタたちにやってもらうけど……」

 OSの仕上げとは別に、CPU関連の量産には時間がかかりそうだという。

 

「手持ちだけでとりあえずは……そうね、伊隅の中隊と、207訓練分隊の分は確保するわ。そこから先はOSの出来次第ね」

「えっ?」

 みちるは自分の中隊に回されることは予測していたのであろうが、まりもとしては訓練分隊に回ってくるなどとは思っていなかったのだろう。驚きで声を漏らす。

 

「失礼ながら副司令? 今の207B分隊は総合演習にも合格しておりませんから衛士訓練には参加されられません」

「総合戦闘技術評価演習、だったけ? まりも、アンタが本気になればすぐに合格させられるでしょ? 前倒しで、そうね……来週には終わらせるわ」

 

 すでに夕呼の中では何らかの計画が進んでいるようで、いきなりの訓練予定変更が、まりもに突きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 




予定通り?ここからは週二回くらい更新できたらいいなぁなペースに落ちます。出来ましたらごゆっくりおつきあいください。多分次回更新は来週半ば以降です。

でXM3は、まあこんな機能なのかなぁ……といったぼんやりした感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

停滞の虚実

 シミュレータ管制室、夕呼とまりもとの間には、静かな緊張感が張りつめていた。

 

 いつもの如く理由も説明されずに夕呼から呼び出されたまりもとみちるであったが、武から戦術機用新OSの開発に向けた機能説明を受け、先程までは間違いなく狂喜していた。このOSが完成すれば、教え子や部下たちが身を散らすことが少なくなる、と。

 しかし、その新OSを実戦証明される以前に教え子たちに使わせると言われては、まりもとしては喜びを保つことなどできない。

 

 新OSの開発など本来であれば技術廠の開発局に回され、そちらの開発衛士が担当すべき案件だ。

 それでも第四計画と夕呼の重要性からして、直属のA-01が試験運用にあたるというのは、まだしも理解できる。

 だがいくらその出自に様々な要因があるとはいえ、いまだ戦術機教導に進んでいない207B分隊に新OSを使っての訓練させるというのは納得できようもない。

 

「伊隅は戻りなさい。なにかあれば呼ぶわ」

「……は、失礼いたします」

 207訓練小隊の者は、任官すればみちる同様にA-01に着任する。

 まったくの無関係とは言い切れないものの、今はまだ部外者だ。いくつもの疑問はあれど、口を挿むべきではない。

 

 

 

「さて、まりも? なにか問題があるのかしら?」

 みちるが静かに管制室を出てからしばらく時間を置き、挑むように夕呼が嗤う。

 

「あ~横から失礼いたしますが、夕呼先生、質問良いですか?」

「なに白銀? 今はアンタの相手をしてる時間じゃないんだけど?」

 恩師二人の睨み合いに口を挿むのは、ハイヴに突入するのとはまた違う度胸が必要だが、ここで逃げるわけにはいかない。

 

「その207Bの事ですよ。今聞いておかないとマズいので聞きますが、夕呼先生はあいつらをどうしたいんですか?」

「……どう、とは?」

「衛士に任官させた上で飼殺すのか、A-01に入れて使い潰すのか、あるいは他兵種への転換訓練で時間を稼ぐのか、はたまた任官させずに他の国連所属機関にでも回すのか……俺程度でもいろいろとは思いつきますが、そのところどーなんですか、と」

 

 夕呼とまりも双方から睨み付けられるが、思いついた案をとりあえず並べてみる。

 

 全員が社会的地位のある207B分隊のメンバーには、A-01補充要員として高い能力を持つ訓練兵、というよりは国連、引いては第四計画への人質という意味合いが強い。だからこそ夕呼が任官させないと判断しているであろうことは、武にもまりもにも予測できる。

 

 帝国首相、国連事務次官、帝国陸軍中将、情報省高官、それぞれの娘たち。さらに加えて将軍の表に出せない双子の妹、だ。

 誰一人として、普通の戦術機甲師団に組み込みたい人材ではない。

 

(一周目の第四が破棄された後、あの扱いは思い返せば理解しやすいな)

 現に武の記憶では、一周目では第四が破棄されるまで任官できず、任官後もバビロン作戦開始まで横浜基地から出ることもなく、実質飼い殺しであった。二周目にしても任官できてたのは、クーデターによる状況の急変によるところが大きい。

 

 

 

「ふん、一応考えてはいるようね、白銀?」

 夕呼の不機嫌そうな顔は、武の言葉の羅列の中でニヤニヤと笑いに変わっていった。どうやら悪巧みの一つには引っかかったようだ。

 

「後回しにしようかと思ってたけど……まりも、コイツは白銀武。今すぐ衛士にしても問題なさそうだけど、アンタに預けるから鍛え直してやって」

「え、俺って訓練兵に戻れたんですか?」

 他の207Bの面子の話だと思っていたのが、いきなり武の進退の話に切り替わる。シミュレータに放り込まれたとはいえ、武の「元」訓練兵という立場は宙に浮いたままなのだ。

 

 

 

「何言ってるの? 明日もう一回診断は受けてもらうけど、記憶はともかく訓練兵やるくらいには身体は大丈夫でしょ」

「え、いやまあ確かに体力がかなり落ちてますけど、明日から訓練兵、ですか?」

「歯切れ悪いわねぇ、何か問題でもあるの?」

 

「問題と言いますか、夕呼先生に言われてる例の『レポート』まだ書き上がってません」

 まりもが横にいるために内容が言えないこともありボカしてしまうが、それでも言外に明日から訓練兵に戻れば仕上がるのが遅れる、と告げる。

「ふん。当然そっち優先で完成するまでは徹夜ね」

「了解です。まあアレが最優先だということは、俺が一番理解してます」

 桜花作戦、オリジナルハイヴの攻略、それも世界が違うとはいえ曲がりなりにも成功した情報だ。今後どう対処するにせよ人類にはさほど時間の余裕はなく、分析の為にもレポートの完成は早ければ早いほどに良い。

 

 

 

「……どういうことでしょうか、香月副司令? こちらの白銀武を訓練兵として207小隊に所属させる、ということでしょうか?」

「そのつもり、というか決定事項ね。あと白銀は聞いての通り207B全員の内部事情も、A-01のことも、たぶんまりも以上に知ってるから、ここでは隠す必要はないわ」

 

 まりもには朝の拘束された状態を見られているうえに、武の戦術機に関する技能なども含め、今は正規兵の黒の強化装備を身に着けている。武は何らかの秘匿任務に就いていた者、と勘違いされていたようだ。

 

「あらためまして白銀武訓練兵です。あ~俺自身は特に考慮される立場ではないです。一訓練兵として扱ってください」

「朝のことを無視したとしても、先の戦術機用OSの話を聞かされた上で考慮される立場ではない、と言われても……な」

「それは以前の訓練中に思い浮かべていた、とかで。申し訳ありません、ご容赦ください、神宮寺軍曹殿」

 

「それを退けても、だ。今の207Bの面子の事情を知っているだけで、十分以上に『特別』だぞ、白銀」

 現職の総理である榊は当然、彩峰は訓練兵とはいえ軍関係者であれば知っていてもおかしくはない。珠瀬も政治関係に興味があれば、ニュースなどで名は上がる。

 

「鎧衣訓練兵の御父上のことまで知ってる、のだな?」

「あ~ハイ、チョットした商社のカタデスネ」

 鎧衣課長に関しては、片言で誤魔化してしまいそうになるが、無理なのは明らかだ。

 ただある意味で一番名の出しにくいのが、情報畑の鎧衣課長なのは今部屋にいる三人にしてみれば当然のことであり、訓練教官としての立場しかないまりもにとっては足を踏み入れてよい領分ではなかった。

 

 そして最後の一人の立場に関しては、夕呼は知っているかもしれないが、まりもには正確なところは告げられていない可能性の方が高い。

 将軍家所縁の者、その先からは考えていないはずだ。

 色々と想像はしていようが、それを表に出すことはない。

 

 

 

「まあ俺のことは置いといて、ですね、207Bの連中のことですよ」

 まりもが207Bに対し、教官としての立場では出来る範囲は狭いものの、可能な限り手助けをしようとしていることは、武にもよく判っている。

 現在の207B訓練分隊に関してはあまりに関係者が多岐に渡るために、誰が何をどこまで知っているのか確認しておかねば、それだけで彼女たちを危険に晒しかねないのだ。

 

「人質として飼殺すなら、神宮寺軍曹殿の経歴的には問題が残るでしょうが、俺としては何も手出ししません。というか神宮寺軍曹殿はそのつもりですよ?」

「それは違うぞ、白銀っ!!」

「いえ、お言葉ですが神宮寺軍曹殿。軍曹殿が本当にあいつらを衛士にすると決めておられたのならば、先の演習で失敗するはずがありません。失敗しても良い、という思いが軍曹殿にわずかなりともあったから、あいつらはまだ衛士になれていない」

 訓練教官としてのまりもの能力を、武は高く評価している。A-01に配属されているかつての教え子たちの姿から見ても、それは明らかだ。

 そのまりもが指導していながらも、現207B分隊の訓練兵が任官できていないという事実は「任官させるつもりが無い」と判断するしかないのだ。

 

「だいたい夕呼先生が、それに対して明確な指示を出せていないのが問題なんですよ」

「訓練兵として受け入れたってのが意思表示じゃないと、アンタは言うつもり?」

「任官させるつもりが本当にあるなら、訓練兵に個室が割り当てられるなんてありえませんよ。どー見ても接待ですよ、この状況は」

 夕呼もまりもも判っていたのだろう、武の言葉に僅かに視線が逸れる。

 

「そういう状態だから、神宮寺軍曹殿としても隊内の問題に気付きながら解決策を取らず放置している、と愚考しておりますが、違いますか?」

 

 

 

「ふーん? 207Bに対して白銀としては解決策があるというの?」

「演習に合格させて、任官させるだけなら簡単ですよ?」

「白銀っ!!」

 武の解決策というのが予測できたのか、まりもが静止の言葉をかける。が構わない。

 

「一番簡単なのは、榊を分隊長から外して、御剣か鎧衣を分隊長に置くことです。なにげに対人間の距離の取り方が上手いあの二人ですから、どちらであれ今の榊と彩峰みたいな問題は引き起こさないかと」

 半ば以上その場の思い付きだが、これはこれで良さそうだ。

 

 訓練兵としては千鶴の指揮能力は高い。そして将来的にはさらに伸びることは間違いない。だが冥夜や美琴に指揮官適正が無いわけではなく、一般の帝国陸軍程度であれば無理なく分隊長をこなせるはずだ。

 

 

 

「もっと言えば榊を除隊させるのが早いんでしょうが、まあ現職総理の娘を国連軍が除隊させるのは外聞が悪すぎますから、士官学校への特別推薦とかで誤魔化してしまえば、できなくはない」

「却下よ、白銀」

「A-01に、いや総理を第四に囲い込めないからですか? 榊総理なら娘の進退なんて気になさらないでしょう?」

 それは他の面子にしても同じだ。対外的には人質だと見られるかもしれないが、親たちにはそういう考えはなさそうに感じる。そして彼女たちの扱いがどうであれ、第四計画への立場をそんな程度で彼らが変えることもないはずだ。

 

「まさかとは思うけど、白銀? あの娘たちを守りたいからって、遠まわしに飼殺しを勧めてるんじゃあ無いでしょうね?」

「逆ですよ。A-01の戦力増強としてはあいつらは優秀、それどころか必須でしょう」

 大人しく飼殺されてくれるなら気が楽ですが、と笑いながら武は言う。

 彼女たちに死んで欲しくないという思いはある。だが、後方に匿って適当な仕事を押し付けられるのが彼女たちにとっての幸せだとは思えない。

 

「神宮寺軍曹殿、教官として今のアイツらの評価はどうなんですか?」

「基本的にそれぞれの長所が突出しすぎのきらいはあるが、苦手分野であれ皆一定以上の水準は超えている。個々人のバラつきはあれ、全員今すぐ戦術機訓練に入っても問題はない。そしておそらくはそのまま任官させても、並以上の働きはこなす、と見ている」

 

 つまるところ、衛士として任官させるつもりがあるなら、演習への合格はさせられる、ということだ。

 武の先の言葉通り、問題だらけの背景を持つ訓練兵を夕呼からどう扱うかが指示されていない、そのために立ち止まっているだけだ。

 

 

 

「で、まりも? 演習を前倒しに、そうね……今月末に実施した場合でも、アイツらは合格できるの?」

「っ!? 今月末って、一週間無いじゃないのっ!?」

「で? できるの? できないの?」

「……できるわ、あの子たちなら三日もあれば、演習に合格できるようになる」

 無理ではないが、さすがに無茶な日程を提示されて、まりもの口調が崩れた。

 207Bの問題はあくまで分隊員内部のメンタルなもので、逆にそうだからこそ時間を掛ければ解決するというものではない。必要な物は小さな切っ掛けだけだ。

 

 

 

「どーするんですか夕呼先生~トップが判断迷ってるのに、下が突っ走れるわけないじゃないですか」

 武はわざとらしく、煽るように夕呼の判断を仰ぐ。

 

「煩いわね白銀。正直、任官自体をギリギリまで引き延ばして時間稼ぎのつもりが無かったとは言わないわ。手札としては使うタイミングも難しすぎるしね」

 207Bは強力な「人質」でもあったが、逆から見れば帝国中枢からの第四への大きな「貸し」だ。

 

「でもね、このOSが完成したら使い道がある。まずは訓練兵用の新規プログラムのための実証試験、その上で成績が良ければ『お披露目』に出すわ」

「ああ……A-01は表向きには使えませんからね」

 白陵基地副司令にして技術大佐相当官とはいえ、夕呼が本当の意味で好きに使える戦術機部隊はA-01だけだ。

 そして非公式の特殊任務部隊としての立場から、その構成員すべてが非公開な部隊など、どれほど能力的には問題なくとも新OSの発表になどは使えない。

 

「彼女たちはA-01の代わりの見世物ですか、香月副司令?」

 まりもとしても潜在能力の高さは教官として理解している。それでも、いまだ衛士訓練を受けていない者たちに過剰にも見える期待をかける夕呼の思惑を訝しんでしまう。

 

「はいはい睨まない。使い勝手の悪い207Bの連中だけど、磨り潰すつもりはないわ。だからまずは『見世物』にするのよ」

 能力的には最前線送りこそが良いんでしょうけど、とまでは呟くに止める。

 武の記憶にある桜花作戦の概略を知った夕呼は、彼女たちの衛士としての今後の能力には疑問を抱いていない。ただ、今の時点では実働部隊としては配属させられないことも確かだった。

 

 

 

「神宮寺軍曹殿、OSの開発には軍曹殿の協力も必要です。その上で問題点があれば、修正していきますし、バグも残すつもりもありません」

 まりもが気にかけているのは、安全性だ。どれほど性能が良くとも、信頼性の無い新兵器など使いたくもないというのは武にもよく判る。

 新OSなどと言われれば、普通に想像するのはバグ塗れの挙動不審な物だろう。現状のOSには、武の説明を聞いた今となっては不満がある。だが、それは戦術機が使われはじめて以来、幾多の手を経て問題点が潰されたものだ。

 

「なに、まりも? アタシが作るモノが信頼できないっていうの? バグなんて残すはずないじゃない。それどころか、今まで隠れてたバグまで潰してやるわよ」

 さらりとエンジニアやプログラマが聞けば泣きそうなことを言ってのける。OS開発など専門ではないはずだが、本気になれば夕呼ならやってしまいそうだ。

 

「それにアップデートなんてもんじゃない、ほぼ新規の操作体系よ? 訓練兵の最初から使わせたほうが効率いいでしょ?」

「了解しました、香月副司令。来月にはアイツらを戦術機教導課程に進めてご覧にいれます。あとは……」

 そこまで言われれば、まりもとしても受け入れざるを得ない。

 

 残る問題は、武の立場だ。

 

 

 

「先程の機動を見るに、現役衛士と言われても納得できるのだが……任官はしていないということだな、白銀?」

「はい、いいえ。自分はいまだ任官しておりません」

 この世界において武自身の記憶にはないが、白銀武の立場は「衛士訓練校において教練中の事故により療養中」のはずだ。

 

「ねぇ、白銀? ホントに訓練兵でいいの?」

 非常に珍しいことに、夕呼が確認するかのように、重ねて問いかける。

 先のシミュレータでのOSの説明だけでなく、衛士に限らず兵士などは夕呼の専門外だとはいえ、訓練兵になって学ぶことなど無さそうに見えるのだ。強化装備越しの武の身体も、確かに筋肉が落ちているとは思えるものの、配属先での日常訓練の範疇で取り戻せる程度に見える。

 

「いえ、ここ数年の知識が欠け落ちているのと、筋力の衰えは酷いですよ」

「常識に欠けている自覚があるなら、それでいいわ。と、本人がこの調子だから、まりもよろしく」

 療養中の二年間の記憶の欠損と言い訳は出来るだろうが、以前の世界との差異がどれほどあるのか、今の武には把握できない。日本がいまだ侵略されていないことには喜べるものの、個人的な立場としては知識の差異から思わぬ摩擦を生み出しそうで、注意するに越したことはない。

 

 

 

「じゃあ立場的にはそうね……とりあえず今週は訓練兵に復帰、207Bの演習が終わってからは教官補佐、臨時軍曹ってとこでどう、白銀? 任官後に関しては、またその時の話ね」

「自分としては問題ありませんが、神宮寺軍曹殿はいかがでしょうか?」

「戦術機に関しては、先のシミュレータでの動きを見る限り、白銀が補佐に入ることは教官としては歓迎いたします。ただ白銀本人の言う通り、任官直前での事故、そこからの長期療養後ということであれば、体力面と座学には不安が残ります」

 そこは手加減せずに扱いてみせる、とまりもは教官としての顔つきで宣言する。

 

「ちなみに白銀には演習はパスさせて。一度受かってるのを二度もすることはないでしょ?」

「それは、そうですが……以前の成績などに関して一度目を通してから判断させていただきたいと思います」

「ダメよ、時間がもったいないわ。白銀には他の連中が演習に行ってる間にもOSのバグ出しと動作取りさせる」

 まりもも先程、出来る限り早くあのOSが欲しいといった一人だ。夕呼にその件を出されると、訓練兵としての一演習と新OS開発との軽重は比較するまでもない。

 

「了解しました、香月副司令」

 せめてもの教官としての最後の反抗心から、嫌がられると判っていても律儀に応える。

 

 

 

「じゃそういうことで。白銀、部屋の方は……そうね。レポート終わるまでは、さっきの部屋使いなさい。パスとか必要な物は朝までには用意させておくわ」

 というわけでさっさとレポート仕上げなさい、と武だけが管制室を追い出された。

 

 

 

 

 

 

 

 




よーやく一日目終了~初日にXM3の話押し込んだらヘンに長くなってしまいました……
次回か次々回でデグさん再登場の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異存の再会 01/10/23

 

『起立、敬礼っ!!』

 扉越しに、どこか懐かしく感じる207B訓練分隊隊長の、榊千鶴が掛ける号令が聞こえる。

 今一度、その号令に合わせ、武は深く息を吸う。緊張が無いとは言えないが、流石に三度目である。内心の動揺を隠して顔を合わせることくらいはできるはずだ。

 

「本日は、座学の前にいくつか連絡がある。まずはこの207訓練小隊に、時期外れではあるが一人増員がある。白銀、入れ」

「は、白銀武訓練兵であります。療養明けのため、体力面などで皆様の足手まといとはなりましょうが、よろしくお願いいたしますっ」

 まりもの簡単な説明の後に、入室を許可され教壇横に立ち、挨拶させられる。

 

 時期外れの、それも徴兵年齢からずれている男の身だ。それなりの挨拶も考えていたのだが、武自身からすれば慣れ親しんだ連中との顔合わせなので、どうとでもなるだろうとかなり気楽に構えていた。

 いやつい先程まで、朝食も取らずに書き続けていた桜花作戦のレポート、その仕上げのため寝不足で何も考えていなかったという方が正しい。

 

 だが、室内の面子を見てそんな事前の余裕は吹き飛んだ。

 こちらを見つめているのは、見慣れた、しかしほんの数日前に失ってしまった五人の少女だ。

 そう、この時点で五人いるのだ。

 

 訓練中の負傷で入院している鎧衣美琴がこの場にいないのは記憶通りだ。

 

 一番警戒しているのは、分隊長の榊千鶴だろう。能力を推し量るかのように睨み付けてくる。

 彩峰慧は何を考えているのかわかりにくい無表情で、観察しているように見える。

 珠瀬壬姫は男の訓練兵という者に警戒でもしているのか、少しばかり緊張しているようだ。

 御剣冥夜は昨夜に出合っていたからか、どこか余裕の表情で武の紹介を受け入れている。

 

 

 

 内閣総理大臣、榊是親。

 帝国陸軍中将、彩峰萩閣。

 国連事務次官、珠瀬玄丞齋。

 そして、日本帝国国務全権代行である政威大将軍、煌武院悠陽。

 

 この世界における彼女たちの背景を知った今は、その意味に圧倒される。

 親族を並べるだけで判るほどに、それぞれが複雑な背景を持つ少女たちだ。そのわずかでも知る日本帝国の国民ならば気後れするのも当然だが、かつての武はそうではなかった。平和な日本での彼女たちの記憶を元に、付き合いを始めてしまった。今思えば、それくらいの無理が無ければあの関係性は作れなかったはずだ。

 

 

 

 だが、今武が声も出せないほどに驚かされたのは、一番後ろの席で大きく口を開けてる「五人目」の存在だった。

 

(なんで鑑が207Bにいるんだよっ!?)

 世界が変わっている、佐渡島にも横浜にもハイヴはないと夕呼から昨日伝えられていたのに、その影響というものをまったく考慮していなかった。白銀武が訓練兵として存在するように、鑑純夏もBETAに捕獲されず別の生き方をしているのは当然だ。

 そして前の世界では00ユニットになった鑑純夏が、その候補者を集めるA-01や207訓練小隊にいるのは、少しでも考えておけば想定できたはずだった。

 

(レポートを仕上げるために、できるだけ鑑のことは考えないようにしていたとはいえ、どーすんだよこれから……)

 徹夜明けの顔には、表情として出ていないとは思うが、続けようと思っていた言葉も出てこない。

 

 

 

「白銀は、お前たちよりも前の代の訓練兵だったが、訓練中に負傷してな。つい先日まで療養していた。任官には問題ないとのことだが、その関係で体力及び座学面での不安があるため、こちらに配属となった」

 武自身が説明しない様子を見て、まりもが補足してくれる。このあたり強面の軍曹を演じていても、根の優しさが出てしまうようだ。

 

 ただ負傷療養明けと聞いて、千鶴の顔色がさらに悪くなる。

 演習まで間もないこの時期に追加の人員、さらに病み上がりだ。分隊長としては歓迎できるものではないだろう。

 さらに今の武は、得意とは言えないデスクワークの徹夜明けで、くたびれ果てている。見た目だけであれば、間違いなく病み上がりだ。

 

「心配するな。この白銀は総合戦闘技術評価演習には参加しない。こいつは先に所属していた訓練分隊で合格しているからな。貴様らの中に入れては、演習の難易度が下がってしまう」

 特別扱いともいえるがむしろ経験者としての教えを請え、とまりもは続ける。

 

 

 

「あと鎧衣の退院が早まった。今日の午後には戻ってくる予定だ。訓練への復帰は明日からになる」

 その言葉で、白銀武という乱入者に対する緊張が、一斉に解ける。

 やはり壁はあっても分隊の仲間が戻ってくるのはうれしいのだろう。

 

「さて、最後に先程の話にも合った総合戦闘技術評価演習だが、喜べ。予定が繰り上げられ、今月末の27から30日にかけて行われることになった」

 美琴の退院、という話で和らいだ室内の空気が一気に固まる。武の編入などとは比較にならない緊張だった。

 

(ああ……こいつら自分たちが合格できるとは、微塵も考えてねぇな)

 武にとって、主観的には二度繰り返した演習だ。どちらもギリギリの線で合格を果たしたという実感はある。そして白銀武という要素が無ければ、合格しなかったのではないかという予感も、ある。

 

 問題は分隊員の能力の欠如ではない。単純に隊内の意思疎通がうまくできていないのだ。それぞれが複雑な背景を持つがゆえに、自然と壁を作りあい、不干渉を貫くことを不文律として認めてしまっている。

 この世界では純夏という乱入があるとはいえ、207Bの問題点がこの時点で解決できていないのは、この空気だけでよく判った。

 

「合わせて、演習へ向けての意識を高めるために、白銀を除き大部屋への移動を命じる。本日の訓練が終了次第、荷物を纏めておけ」

 まりもは戦技演習合格に向けての意識改革として、昨夜武が言ったような分隊長の変更という手段ではなく、無理のない選択をしたようだ。演習まで時間的余裕はないが、日常生活においても四六時中顔を合わせることでの、最低限の連携を作らせようという考えだろう。

 

 その程度で纏まる物か、という不安は武にはある。だがまだ隊に紹介されただけだ。今は様子を見つつ、問題解消の手助けに口を出すのは少しばかり先にしようと思う。

 

「では白銀が入ったということで、いい機会だ。これまでの座学の復習から始めるぞ」

 

 

 

 

 

 

 午前中の座学は何とか耐えた。

 途中、何度か意識が飛びそうになったが、初日から居眠りを叱責されて腕立て伏せなど避けれるものなら避けたい。先日までの武であれば徹夜も二日くらいはこなせたはずだが、療養明けというのが効いているのか、それとも苦手な書類仕事だからか、思っていた以上に疲労が激しい。

 

 ふらふらとしながらも昼食のためにPXに来たが眠い。すぐに食べられると思い注文したうどんを、いつの間にか身に付いていた早食いを発揮して食べつくす。

 

「白銀……そなた顔色が悪いが、医務室に行かずとも良いのか?」

「いや原因は判ってる、徹夜で単なる寝不足なんだ。悪い御剣、午後の実習まで寝る。みんなにもスマンと言っといてくれ」

 武同様に、すぐに出てくるうどんを注文していた冥夜だけが、今はテーブルに着いている。

 礼には欠けるし、隊の結束を強めるという面でもマイナスだが、このまま午後の実技教練に出れば倒れかねない。伝言を頼んでトレイを返しに行くのさえ後に回し、テーブルに突っ伏した。

 

 207Bの面子が集まって来たときには、武はすでに寝入っていた。

 

「……ねてる?」

「タケルちゃん、何やってるのっ!?」

「何やら徹夜だったらしい。皆には挨拶もできずに申し訳ないということを告げていた。訓練兵としては褒められた話ではないが、午後の実習が始まるまではそっとしておいてやれ」

 

 

 

 

 

 

 

「あ、白銀さん、こちらです~」

 武が207Bが集まっているテーブルを探していると、壬姫に声を掛けられた。

 場所的には以前の記憶と同様だったので、自然とそちらに向かっていたようだ。

 

「悪いな、京塚のおばちゃんに捕まって……ん?」

 カウンターでPXの主とでもいうべき、京塚志津江臨時曹長と話していたら、テーブルに着くのが遅れてしまった。昼には顔を合わせてなかったのもあり、話し込んでしまったのだ。

 

「君がタケルか~よろしくね、ボクは鎧衣尊人」

「え、あ? ああ……白銀武だ、よろしく頼む」

 いるかもしれないと思っていた六人目、鎧衣がその場にいるのはそれほどおかしなことではない。ただ、その訓練兵制服が男子の物だっただけだ。

 下手な対応はしないようにと気を付けていたが、その差異に武の心構えはいきなり崩された。

 

(なんで尊人なんだよっ?)

 武個人としては何年ぶりになるのかもう判らない。もう二度と会うことはないだろうと思っていた、男としての鎧衣尊人だ。会えて嬉しいのは間違いないが、なぜこんな変更があるのか、と答えの出ない疑問がわき上がるのも仕方がない。

 

「いや~いままでボクだけ男だったから、ちょっと緊張してたんだよねー」

「ウソだろ、お前がその程度で緊張するわけねぇだろ」

 嬉しそうに笑うが、緊張感など欠片も感じられない。性別など関係なさそうな距離感は、記憶通りだ。

 

「あ、それでね、病院のテレビでね」

「本気で鎧衣、お前は人の話きかねぇなっ!?」

 これ以上相手していても話も食事も進まないと半ば諦めてしまい、席に着く。

 

 

 

「あ~鎧衣だけじゃないな。みんなにもちゃんと挨拶できなくてスマン。白銀武だ。年齢は同じはずだから、気軽に相手してくれ。でそっちが、榊に、彩峰、珠瀬、だよな?」

 

「さすがに苗字くらいは覚えてくれてるのね」

「えらいえらい」

「はわっ!?」

 

「人の名前を覚えるのが得意って訳じゃあないが、まあお前ら三人は有名だから、な」

 武としては忘れようもない名前だが、彼女たちからすれば今日会ったばかりだ。わざと確認するように顔を見ながら苗字を呼んでいき、ちょっとした探りを入れてみる。

 三者三様の反応だが、慧と壬姫にしてみれば父親が著名人、程度の反応だ。睨み付けるように拒否感を表しているのは、千鶴だけだ。

 

「で、鑑に御剣に、鎧衣か。いやホント。昼飯の時は悪かった。鎧衣も会いに来てくれてたらしいが、熟睡してた」

 こちらは簡単に流しておく。純夏は少しばかり不満そうだが、武自身がどう対応していいのかいまだに心が定まらない。

 

 

 

「タケル~尊人でいいよ。せっかくの男子なんだし、ほらボクもタケルって呼んでるし」

「あ、ああ。じゃあ尊人、よろしく頼む」

 ハイ握手、と武は手を差し出しかけたが、すでに尊人の視線はテレビの方に向かっていた。さっくりと右手は空を掴む。

 

「でさぁ、チャンネル変えられるんだよねー」

「いや、だからちょっとくらいは話し合わせろよ……」

 その話は終わってたんじゃなかったのか、という気力も失せる。武としては、記憶通りのマイペースさに嬉しくもあるが、やはり疲れる。

 冥夜と千鶴とは、どこか諦めたかのような顔で食事を続けている。だが、そこには尊人が戻ってきたからだろう、間違いなく安堵の色合いが見える。

 

 

 

(思っていた以上に隊は纏まってる、のか? 榊と彩峰もいきなりいがみ合うって感じじゃねぇし……でも一回は演習に落ちてるんだよなぁ)

 先程探るように親の話を仄めかしてみたが、さしたる反応はない。

 座学では判りにくかったが午後からの実技や、いま尊人を加えた六人は表面上はそれなりに纏まり、隊として回っているように見える。

 

(前回の演習で「落とされた」のは、やっぱり夕呼先生の思惑がらみか、これは?)

 朝に感じた彼女たちの自信の無さというのは、失敗に対する経験不足からくるものかもしれない。

 今の207B分隊は、慧が独断専行に走るほどには思い詰めているようにも見えず、千鶴が少しばかり杓子定規なだけだ。確かにそれぞれの間には壁が感じられるが、その程度はどこにでもある。

 

 そもそも、部隊員全員が仲良しグループである必要はない。個々人の隠し事や蟠りがあるのは当然で、それをなんでも曝け出せばいいというものでもない。あくまでそれらを踏まえて、隊として機能していればいいのだ。

 この世界においては、武が無理に介入せずとも演習は合格するのではないか、と思ってしまう。

 

 

 

「って聞いてるの、タケル?」

「あ、いやスマン。飯が美味くてまったく聞いてなかった」

「京塚曹長が作ってくださる食事が美味なのは確かだがな、白銀。そなたが何をなすために衛士を目指しているのか、という問いだ」

 最初に口にしたのは千鶴のようだったが、冥夜が話の流れを断ち切って、あらためて問う。他の者たちも武の答えに興味深げにこちらを見ている。

 

「俺が衛士を目指した理由か……笑うなよ?」

 絶対に笑われるだろうが、このメンバーに馴染むうえでも都合がいい。一番馬鹿げた答えを用意しておく。

 

「ロボットに乗ってみたかったんだっ!!」

 

「うんうん、男の子はそういうの多いよねー」

「やっぱりタケルちゃんだなぁ」

「いや、だから笑うなって」

 尊人と純夏とが、笑いながらも納得している。壬姫も目を見開いて驚いているが、そういうものだと受け入てたようだ。

 武としては素直に肯定されて腹立たしくも恥ずかしくもある。この世界での「白銀武」が衛士を目指したのかは、記憶の上書がなされてしまった今となっては知りようもないが、一周目で武自身が衛士となったのはただただ「リアルでロボットに乗れる」という子供じみた願望からだ。

 

 

 

「で、その後はアレだ、『この星の未来を救う』って言い出した」

 俺には何かできたんじゃないかと、移民船団を見送りながら思ったのが、それだ。結果として二周目では今目の前に並んでいる者たちの犠牲の上に「あ号標的」を撃破したのだから、目標を実現させたと言えなくはない。

 もちろんこの世界での話ではないが、彼女たちは間違いなく未来を救ったのだ。それを否定しては、散っていった者たちへの冒涜だ。

 

「大きく出たわね、白銀」

「……さすが特別」

「だからっ、お前たちも宣誓しただろ、あんな感じだよっ!」

 

「――私は、国際平和と秩序を守る使命を自覚し、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、責任感を持って専心任務の遂行にあたり、事に臨んでは、危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって人類の負託に応える事を誓う」

「……すげぇな榊。お前あれ覚えてるんだ」

「白銀? あなただって宣誓したんでしょ?」

 武とて宣誓はしたが今も覚えているかというと怪しい上に、その言葉を守れているとは言えない。そもそも第四に組している時点で「政治的活動に関与せず」など空言も甚だしい。

 

「HaHaHa!! うん、いや、確かに誓ったね。誓ったが、まったく守れてねぇっ」

 記憶の中の白銀武は、事に臨んで世界を渡って逃げ出したどころか、周りの皆を巻き込んてしまった。完遂できた責務など、記憶を辿る限り数えるほどしかない。いつも後悔だけが積み重なる失敗と敗走の思い出だ。

 顎に力を入れて笑い飛ばしでもしなければ、ふとした拍子に眉間を撃ち抜きたくなる。

 

 

 

「ふむ。今は違うようだな、白銀」

 よくある話を二つ出して、周りは納得したようだが、一人こちらを睨み付けていた。

 やはり冥夜は、無駄なまでに人の機微に鋭い。隠しきれたと思った慚愧の念を、読み取られてしまったようだ。

 

「ああ、世界や未来が救えるなら救いたいが、今はそれが第一の目標じゃない」

 いや、そもそもがそんなことを「白銀武」は望んでいなかったのかもしれない。

 

 結局のところは自己中心的で、自分勝手な願望だ。

 なによりも自分が傷つくのが怖いのだ。

 お前を護ると言い続けるのも、失うのが怖い、失うことで後悔する自分が嫌なのだ。人に助けを求めず不安を隠すのも、それで人から見放され蔑まれるのが怖い。

 

 それでも今この目の前にいる皆を護りたい、と思う心に偽りはない。

 

「目の前にいる誰かが苦しむのを見たくない、頑張ってるヤツが認められずに泣き崩れるのは嫌だ、ガキどもには元気に遊んでいて欲しい、ちょっとくらいは俺も恰好は付けたい、そんな程度だよ」

 

 そして何よりも、御剣冥夜を二度と撃ちたくはない。

 

 

 

「んじゃ悪い。診断があるんでちょっと俺は先に行く。明日からもよろしくな」

 

 

 

 

 

 

 

 




純夏さんは当然207Bに居ます。で鎧衣さんちは息子のような娘、いや娘のような息子となりました。

次こそ久々にデグさん予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

詭謀の連繋

 朝鮮半島の鉄原ハイヴ。「この世界」においては建築されたのは今年2001年に入ってからだった。

 昨日実行された半島からの撤退支援の一環としての間引き作戦に際し、合衆国宇宙総軍は国連軍をはじめ大東亜連合などには一切の事前告知なく新型爆弾たる「五次元効果爆弾(Fifth-dimensional effect bomb)」、通称「G弾」を使用した。

 

 その爆発に巻き込まれたターニャは、とある特殊な「症状」を引き起こし意識不明に。治療と検査のためにこの日本帝国軍白陵基地に後送された。

 ターニャが眠りについていたのは一日程度だ。目覚めて以来、いまのところ身体に関しては、間違いなく異常なはずだが、不便は感じていない。

 

 

 

(問題と言えば、私の現状……いや「異常」か)

 香月夕呼博士をして「原因不明」と匙を投げたらしい。ロスアラモスに閉じ込められても解析できまい。

 

 最初の報告が『事務次官補が幼女に化けた、やはり化け物だったか!?』だったと聞かされた時は、その報告を上げた士官を探し出して吊し上げようかとも思ったが、無駄な労力をかけるほどでもあるまいと目を瞑った。「魔女」との会見を前にして、ターニャといえども遊んでいる余裕はない。

 

(しかし一番の問題はコレなのだが、解析されなかったのか?)

 国連軍C型軍装を今の身体に合うように改造した、ロングスカートの黒い装束。その胸元にあるのは真紅の宝玉だ。

 病室で起きたら軍装と共にコレが置かれていて発作的に投げ捨てかけたが、奥歯をかみ砕きかねないほどの我慢の末に、とりあえずは身に着けることにしている。担当医からそれとなく聞き出したところ、身体が縮み衣服が脱げかけていたにも拘らず、この宝珠だけは握りしめたままに搬送されたという。

 

 エレニウム工廠製九五式試作演算宝珠。

 

 おそらくはこの世界においてターニャだけがその名を知る、そして先日までは「存在しなかった」魔導演算宝珠だ。

 機能するのかどうかはまだ判らない。いつかは試す必要があるが、こんな監視の厳しい場所で、しかもモルモット手前の状態で魔力反応など引き起こしたくはない。いまのところただの装飾品として誤魔化しておく。

 

(コレに関してはさすがに「読まれる」と不味いか……いや欺瞞替わりに読ませてしまうか)

 

 白陵基地の、第四最強の対防諜兵器。第三の最高傑作とも言われる「トリースタ・シェスチナ」がここには居るのだ。下手に表層意識に上げておくと、あっさりと読み取られてしまう。ならば逆にノイズに紛れるほどに垂れ流しておく方がマシかもしれない。

 そう思い至ったターニャは、ちょっとした悪戯心から、脳内の片隅で「この世界」ではない戦場を思い描く。

 

(さーいーた さーいーた まぁあっかな花が なーらんだ なーらんだ あか くろ きいろ どの花見ても きれいだなー)

 ついでとばかりにいつかの戦場で歌っていた童謡モドキを脳内で再生する。

 

 演算宝珠に意識を向けることもなく、ライフルで撃ち抜き、ナイフで切り裂き、シャベルで押し潰した敵兵の姿が浮かび続ける。鉄と硝煙の香りと血の温もり、助けを求める兵の声もそれを打ち消す砲弾の音も、雪の冷たさも砂の熱さも、ターニャにとってはBETA同様に慣れ親しんだ戦場だ。

 ラインで、北方で、アフリカ大陸で、ノルマンディで……わざわざ思い出す必要さえない。ふと意識すればいくらでもあの「日常」は今も眼前に鮮明に描ける。

 

 

 

 

 

 

(しかし、まさかいきなりここまで入り込ませるとはな。何か考えがあるのだろうが……)

 すでに自分の身体と、先の朝鮮半島での間引き作戦に関しての簡単な報告は受けた。そして詳細は副司令からと言われ、副司令付らしい中尉に案内されたのは地下の執務室だった。

 

 鉄原ハイヴの間引きに際して、告知なく使用されたG弾。確かに核をはるかに凌駕するほどの効果だが、それは想定されていたほどではなかった。が、開発陣やG弾推進派にとっての想定未満とはいえ、作戦の予定にはなかった大規模爆撃だ。当然ながら多国籍軍の足並みは揃わず、間引き作戦としては失敗。帝国の大陸派遣軍や国連軍から進言された早期撤収が受け入れられたために、被害が少なかったことだけは評価に値する。

 だがそんな軍事関連の追加報告のためだけに、わざわざ夕呼が自身の執務室に人を招き入れるとは考えられない。

 

 

 

「あらためて香月博士、此度の治療と検査に感謝を」

「いえ。結局のところ原因不明としかお答えできずに、申し訳ありません、デグレチャフ事務次官補」

 簡単な挨拶の後、夕呼から謝罪を受けるが、社交辞令ではなく本心から気にしないようにと流しておく。

 

「いや、こちらこそ。わざわざ制服を用意してもらってすまない。局の方に請求しておいてくれたまえ」

「お気になさらず、とは言えませんね。事務次官補の立場を考慮すれば」

「まったくだ。無意味なことに時間を費やす輩には、なぜか好かれることが多くてね? いや香月博士に比べれば、私の方に来ている数は少なかろう」

 制服の一着と言えど、今のターニャのそれは間違いなく特注品だ。やれ癒着だ贈与だなどと、わざわざ騒がれるネタを作り出すこともない。

 だが国連職員の中には「視察」を名目に、強請集りを繰り返す者がいるのも、また間違いではない。

 

「ですが、これくらいであれば、贈賄には当たりませんわ」

「ああ……天然物か。合衆国に戻らなければ手に入らないと思っていたよ。ありがたく頂こう」

 夕呼がそういってテーブルに置くのは、ティーカップ。香りからしても間違いなく、本物だ。

 

 

 

「お身体の方は、問題ないと聞きましたが?」

「流石に違和感はあるがね? 異常は感じておらんよ。むしろご覧の通り以前よりも肉体的には良好ともいえる。まあしばらくは健康診断という名のモルモットとしての立場は甘んじて享受しよう」

「ご不便をおかけすること、重ねてお詫びいたします」

 

 G弾の影響。

 ターニャの身に起こったことをその言葉で誤魔化しているが、まったく解明の糸口など見えない。

 「若返った」と現象だけ見れば言葉にはできるが、なぜどうしてと理由を問われると「五次元効果の影響」という、説明にもなっていないあやふやな予測しか出てこない。

 

 間違いなく異常事態だ。

 しかも再現性どころか、他に同様の影響を受けた者はまったく居ない。下手に本国に戻ると身動きができなくなるのは明らかだ。

 

「さて。視察予定は本来であれば来週からだったが、こういう事態だ。明日から始めても良いかね?」

 香りを楽しみつつも、本題に移る。

 もともとターニャの予定としては朝鮮半島に展開している国連軍の閲兵の後、この白陵基地に立ち寄り、第四計画の視察が組み込まれていた。むしろターニャ本人としては、既定路線ともいえる半島撤退よりも、第四の視察こそが主題だ。

 

「なんでしたら今からでも構いませんわ、こちらとしては」

「そう言ってもらえると、我々としても助かる。とはいえさすがに局のスタッフが揃わなければ動きようもないうえ、この身体だからな。明日は大人しく報告書にでも目を通していよう」

 

 ターニャの直属スタッフはその多くがまだ朝鮮半島にいる。先日の間引きがG弾の投下も加わり、混乱している前線から移動していないのだ。

 

 

 

「その前に、ただの興味からの、個人的なご質問をよろしいですか?」

「ふむ? 私が答えられる範囲であれば。聞いてみなければ判らんがね」

 最後の一口を飲み干し、リーディング対策に予測される質問のいくつかをわざと思い浮かべておく。

 

「ターニャ・デグレチャフ事務次官補、貴女にとってこの世界は……」

 

 

 

「何周目にあたりますか?」

 

 

 

「っ!? ふ、くははははっ、そうか、そういうことか、昨日が、昨日が『10月22日』だったかっ。白銀武、だな、香月博士?」

「……質問には答えられぬ、ということですか?」

「いや、今のは確実に『読まれた』のだろう? それに最早隠す必要もない」

 

 色々と警戒していたが、さすがに今の問いには虚を突かれた。いくつか対処していたせいで、ターニャは「白銀武」のことをすっかりと記憶の片隅に追いやってしまっていた。

 

「ふむ。そうだな、この私、ターニャ・デグレチャフはいくつかの別世界で複数回の生を受けたいわゆる転生者で、かつこの世界に関して言えば『原作知識持ち』だ。老いさらばえた狂人の戯言だと笑うかね、香月博士?」

「いえ、失礼ながら以前よりもしかしたら……と可能性だけは考慮しておりました。もちろん、ほぼ有りえない、と意識の片隅に押し込んでおりました、が」

 

 先日、白銀武にも伝えたことではあるが、平行世界や未来世界からの情報の流入は「可能性」としてであれば存在する。夕呼の研究する因果律量子論とは、そのほぼ有りえないはずの可能性を押し広げるための理論、と言ってしまうこともできなくはない。

 

「私自身の主観と実経験に限れば、この世界は二周目だ。ついでに言えば、対BETA戦としては……およそ80年ほどになる」

「それでこその、カッサンドラですか」

「予言ではなく、既知の体験からなる忠告といったところだよ、博士」

 カップを持ち上げ、諦めたように言葉を漏らす。無論、今なおターニャにBETAに対しては諦めるという選択肢はない。

 

 

 

「先の話に戻るが、『白銀武』が現れたのかね?」

「はい。現れたというのではなく、以前とは別の意識を持って目覚めた、という形ではありますが、別世界の記憶を持っていると自称しています。デグレチャフ事務次官補は、やはりアレをご存知ですか?」

 

「直接的な知人、というわけではないが知ってはいる。ただ……『この世界の白銀武』は、負傷して廃人になっていたのではなかったのかね?」

「昨日朝方、原因不明ですが意識を取り戻しました」

「なるほど。それで別の意識を持って目覚めた、ということか」

 

(ふむ、結果の収束というヤツか、あるいは介入というべきなのか……気にしてもはじまらんか)

 ターニャとしては、数年前から極秘裏に白銀武に関しては監視していたのだが、訓練中の負傷の時期が別世界での横浜へのBETA侵攻時期と重なったことで、因果の収束の一環として切り捨てていた。この世界の白銀武が負傷とはいえ死んでいないことから、逆説的に「白銀武」はこの世界に現われない、と判断していたのだ。

 そして今更に記憶をもって復活してきたとしても、その記憶に価値はあれども、原因について追及する必要は科学者でもないターニャには感じられない。

 

「であれば、だ。博士の方に問題なければ、ここに連れてきてもらえないか? いくつか直接確認したいこともある。それとも私は接触しない方が良いかね?」

 

 あくまで希望という形ではあるものの、ターニャのそれは命令だ。

 もちろん夕呼が拒否しないであろうことは織り込み済みの命令ではあるものの、それは二人の立場の確認という儀式でもあった。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと短いですが久しぶりにデグさん。

ターニャ・デグレチャフ事務次官補(9歳)……いろいろとアレなオルタ世界ですが、さすがにこれは外には出せない?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

洞見の欝積

純夏へのアンチヘイト的な表現があります。ご注意ください。


「失礼します。白銀武、入ります」

 堅苦しいのは止めろとは言われているが、副司令の執務室である。

 基地最下層部ともいえるこの地下19階層ともなると、廊下を誰かが歩いているなどということはなく誰に見られるわけでもないが、入る時くらいはさすがに軍人としての態度となる。

 

 だが今回に限り、その対応は正しかった。珍しいことに、武にしても初見の人間が執務室には居たのだ。

 

 この乱雑な執務室、一応の形としておかれている応接ソファで、国連軍軍装に身を包んだ少女が一人、心から美味そうにコーヒーを飲んでいた。

 霞と同じくらいか、それよりもまだ幼い、少女というよりまだ幼女と言っても通用するような姿だ。おそらくは霞の物を貸し与えたのか、全体的にはサイズが合っていないようで、スカートの丈も長い。

 霞との違いはウサミミの無いことだが、それよりも胸元に着けられた真紅の宝玉が、異様なまでに目を惹く。

 

 

 

(誰だ? 初めて見る顔なんだが……)

 

 そもそもが夕呼が執務室に入室を許可する者は、非常に少ない。

 例外はどうやってか侵入してくる鎧衣課長くらいで、副司令としても第四計画責任者としても、他の要人と会う時にはここを使うことはまずない。基地の他の応接室を利用することが大半だ。

 

 そして幾度かのループを経験している武にして、この部屋にいる人物など、一方的ではあるもののほぼ顔見知りと言ってもいいはずだったのだ。

 

 

 

「白銀。早く入りなさい」

「は、失礼いたします」

 見知らぬ相手を前にその正体を勘ぐっていたが、ドアも締めずに立ち止まっていたからか夕呼から叱責される。夕呼の性格からして、初対面の相手に対する洞察まである種の試験ともいえる。本気で怒っているというよりは、眼前の少女に対する武の対応を観察されている、といったところが真相だろう。

 

「部下が失礼いたしました」

「いや、気にはしておらんよ、香月博士」

 滅多に他人への敬意など表さない夕呼が、少女に頭を下げる。それも自身の失態ではなく、配下の者のを受けて、だ。

 

(背は社よりも低い。子供にしか見えないけど目付きはスゲェし、夕呼先生の対応からしたら、基地司令以上……国連事務次官あたりの人か?)

 

 その表情以外、どう見ても霞よりも幼い。だが普段は表面上の礼節でさえ最低限の夕呼がこれほどまでに丁寧な対応をするのだ。国連事務次官の珠瀬玄丞斎か、もしかすればそれ以上。

 

(いや夕呼先生が相手の地位や階級で敬意を抱くなんてことはねぇから、このガキにしか見えない誰かさんは、間違いなく何らかの能力に秀でている、と考えた方がいいか。見た感じだと社の関係者には思えないが……)

 

 

 

「さて、白銀。こちらはデグレチャフ事務次官補。アンタの事情はほぼすべてご存知よ」

「は、白銀武訓練兵であります」

 事務次官補と言われても、相手の所属も地位も想像できないので、敬礼したままに応える。

 

(って、俺の事情を「ほぼ」知ってる、ってどこまで話したんだよ、夕呼先生)

 武は脳内で相手の立場を訝しんでいたせいで一瞬流してしまいそうになるが、さくっと重要な情報を挿し込まれていた。

 白銀武が「近似した世界の未来情報」を持っているなどと告げても誰も信用しないだろうが、「BETAに関する秘匿情報」がある程度なら動き始める情報機関は多そうだ。

 

 

 

「ここでは楽にしたまえ、白銀。私は国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)局長。ターニャ・デグレチャフだ。下手をすると長い付き合いになるぞ?」

 僅かに口元を歪ませているのは、笑いのつもりなのだろう。整った顔立ちと幼い少女の笑顔と言えば愛らしいはずだが、恫喝されているようにしか感じられない。

 

「私の見た目に関しては、気にはなるだろうが、今はそういうものだと受け入れておけ。そのうち香月博士が解明してくれるやもしれん」

「は、了解いたしました」

 確かに見た目幼女の国連事務次官補という存在は気にはなるが、夕呼が解明するという類の話であれば、武がどうこうして理解できるものではないのだろう。

 

 

 

「ちなみに白銀。デグレチャフ事務次官補は国連軍においては准将待遇よ」

「はぁっ!? は、失礼いたしましたっ!!」

 楽にしたまえどころの話ではない。基地司令と同等だ。訓練兵からしたら正に雲の上の存在である。いくらループしていた記憶があるとはいえ、将官クラスとの直接の会見などそれこそ数えるほどだ。同席することにすら緊張する。

 

「今のところ指揮系統には組み込まれてはおらんよ。いやそもそも、だ。私に指揮権が回ってくるような事態はできれば避けてもらいたいものだがね。まあそれはいい」

 

 

 

「それで白銀。確認するが、君は何周目だ?」

 その質問からして、武がループしているあるいは他世界からの記憶がある、ということは知られているようだ。

 夕呼が「事情を知っている」とまで言うのだ。下手な隠し事や欺瞞など意味はない。

 いや夕呼が冗談めかして「ほぼ」知っていると言ったのだから、つまるところ「ほぼすべて」伝わっていると考えていた方がよさそうだ。

 

「おそらくは三周目、と言えばよいのだと愚考しております」

「ふむ……私としては、いや世界としても一番問題の無い状態、か」

 

 三周目ということはこういうことか、とターニャは席を立ち、ホワイトボードに向かい説明を始める。

 

 

 

「貴様は平和な日本、日本国……だな。そこで生まれ育ち、おそらくは2002年辺りまでの記憶がある」

 左に「EX」と書き、水平線を引く。残念ながら今のターニャが目一杯腕を伸ばしたとしても、届くのはホワイトボードの半分くらいまでなので、引かれた線はちょうどボードを二分するような形だ。

 

「白陵学園でのお気楽な生活の記憶を持ったままに、BETAの存在する世界に現れ、そして死ぬ」

 そのEX線の下に、「UL 01/10/22」と水平線を加える。ホワイトボード右端まで伸び切った線、その途中に「バビロン災害」と、最後は「死亡」だ。

 

「最後にこの知識を踏まえ、二周目が始まる」

 さらに三本目「AL 01/10/22」。UL線の「バビロン災害」の手前に「桜花作戦」が加えられる。

 

「細かなイベントはともかく、大筋はこれで間違いはないか、白銀?」

「……間違いありません、次官補殿」

 ありえねーだろ、と口にしなかった自分を武は褒めてやりたい。

 霞のリーディングでもここまで読み取られてはいなかったはずだ。どうやって自分の記憶と同じ流れが判っているのだという疑問はあれど、武は説明を求められる立場ではない。

 

 

 

「疑問が顔に出ているぞ、白銀。簡単に言えば『原作知識』だ。EX世界線の記憶を持つ貴様なら判るだろうが、『白銀武』が主人公である『恋愛ゲーム』として、私はこれら三つの世界の流れを知っている」

「ゲーム? 何かの勝負事ですか?」

「ああ、逆に香月博士には判りにくいか……『恋愛ゲーム』とは選択肢のある、映画とマンガの中間のような媒体での物語、といったところか」

 とターニャは端的にゲームの解説を済ませる。夕呼は理解しかねているようだが、物語と言えば書籍か演劇、映画、あるいはテレビドラマ程度しか存在しない世界である。科学者としてどれほど柔軟な思考のできる夕呼とはいえ、すぐに想像できるものではないのだろう。

 

「失礼ながら、そのデグレチャフ事務次官補……この世界が仮想の、物語世界であると?」

「いや、世界の外側に立って介入できない限り、我々にとってはここが仮想かどうかなどは問題ではない。あくまで白銀と私の記憶にある、似たような世界が物語の舞台であった、というだけだ」

 デウス・エクス・マキナを気取っての、好き勝手な結末を導くことはできない、と皮肉気にターニャは嗤う。

 

 

 

「とまあ、そういう訳で私は、貴様の先の二度のループにおける行動に関してはおおよそのところは把握している」

 ここまでで何か質問はあるかね、と間を作ってくれる。

 

「次官補殿、失礼ながら世界線とは何でしょうか?」

「……ああ、そうか。貴様の記憶にはない言葉なのか、あ~そういえばアレは2010年くらいの作品だったか。そうだな、まあ平行世界の説明する物語用の仮想の用語だ、『特に意味はない』というヤツだな」

 ターニャから伝えられたゲーム世界という情報に頭が付いて行かず、どうでもいい部分に目が行ってしまう。が、ターニャからすれば何かがツボに嵌ったようでクツクツと笑っている。

 

(2010年って、俺の記憶よりも先かよ。いや今の言葉からすればさらに先の時代まで知っていると見ていいのか?)

 

 だが漏らした言葉は何気に重要な意味が含まれていた。幾分のわざとらしさも含まれているところを見ると、その辺りまでは伝えるのは想定のうちらしい。

 夕呼にしても、別の世界の未来とはいえ興味深げだ。それでいて口を挟まないのは、あとから聞き出す算段でもしているからか。

 

 

 

「落ち着いたかね? 話を戻すぞ。本来であれば、因果導体でなくなったシロガネタケルは元の世界、そうだなEX2でも言うべき世界線へと、UL及びAL世界線の記憶を消し去られて送り付けられるはずだった。いや送られたのだろうな」

「記憶が消去されるのは因果関係の再定義、の為でしょうね。ですがなぜか今ここには居ないはずの白銀武が存在し、さらには消されるはずの記憶が残っている、と」

 夕呼が補足するのは戻る前に説明されたことと似たような話だ。だが付け加えられた疑問には武としても答えようがない。

 

「さて、白銀。貴様の消し去られた記憶はどうなると思う?」

「え……虚数空間というのがどういうものかまったく想像もできませんが、そこに散らばって消えてしまうのでは?」

「AL世界線での香月博士による解釈か? 確かそんな感じだったのかもしれんが、まあ私も正直判らん」

 自分から問うておきながら、心底どうでもいいという口調でターニャは疑問を棚上げする。

 

「よくある二次創作ネタとしては、AL世界線には白銀武が消えずに残った。あるいはやり直しを誓ったシロガネタケルにカガミスミカが詫びのつもりかあらためてUL世界線へとループさせた、とかもあったな」

 虚数空間に散らばった記憶の欠片、その集合体というネタはなにかと使いやすいからだろうな、と武には理解できない理屈でターニャだけが納得している。

 

 

 

「まあそれはともかく。二つの世界線において『白銀武』はなぜか『鑑純夏』を憎からず思い、AL世界線においては00ユニットと理解していながら、その思いまで受け入れる。不思議とは思わんか? 可能性だけで言えば、鑑純夏を憎み消し去ろうとする『白銀武』が存在してもおかしくないはずなのだがね?」

「いえ……おかしいでしょう? 俺が鑑をそこまで拒絶するような……幼馴染なんですよ?」

 口籠る武に、畳みかけるようにターニャは、問いを突き付ける。

 

「地獄のような戦場に放り込んだ相手を、愛していたはずの女をその手で殺させるような世界に呼び込んだ奴を、なぜ許せる?」

「それはっ!! ……いえ、申し訳ありません。自分のことではありますが、お答えできません」

 心のどこかで感じていた違和感を他者から形にされ、反射的に否定しかけたが、言葉が続かない。今の武からすればどこかおかしいと思いつくのたが、その異常を「二周目」では自覚していなかった。

 

 

 

「理由は推測はできる。カガミスミカによってループの起点に再構築された『白銀武』は、カガミスミカに対する否定的な感情はすべて漂白されている。いやそれどころか否定するような因子は完全に取り除かれて、組み上げられていたと考えた方が自然ではないかね?」

「……つまり、ULとかAL世界線?とかでの俺、いやその世界の『白銀武』には思想の自由なんてものはなかったってことですか?」

「現になかったのではないかね? 貴様は貴様の自由意思によってその行動を選択していたと、断言できるのか?」

 

「お待ちください、デグレチャフ次官補。それは先程おっしゃられた『ゲーム世界』として、上位世界からの観測結果なのではありませんか?」

 武が自分の行動選択に自身が持てずに言い淀んでいると、夕呼がターニャの言葉を世界を外側から俯瞰する神の視点ではないかと指摘する。

 だがその程度はターニャにしてみれば、すでに幾度も推論を重ねた部分だ。

 

「もちろん私の主観としてゲームをしていた時点での観測ではそうなる。その世界の自由度は、プレイヤーが『白銀武』の行動を選択出来る範疇、ゲーム製作者たちが想定していた以上に広がることはない」

 だからゲームの話ではない、とターニャは続ける。

 

 

 

「そんな世界の外側のさらに外側とは別の話だ。カガミスミカと彼女によって構築されたシロガネタケル、この二人の行動はどこまで自由だったのか、と。いや、あくまで世界線移動に留まっているシロガネタケルとは異なり、世界の初期設定さえ変更できるカガミスミカはどこまでできるのだろうな? 香月博士はどう考えるかね?」

「証明のしようはありませんが、最適な未来を選択するといった能力の行き着く先は、なるほど自身の都合のよい世界の選択、最早世界創造と言ってもいいものなのでしょう。そしてお二人の話を聞く限り、BETA反応炉とG弾のエネルギーを流用できたカガミスミカには、望んだ世界を作り上げるだけの能力を持っていた、とは推測できます」

 

「判ったかね、白銀。UL世界線での『白銀武』に与えられていた程度の自由度すら、AL世界線での『シロガネタケル』には、与えられなかったのだろう。カガミスミカが待ち望んだ……いや違うか、カガミスミカが自身の願望に忠実に作り上げたまさに『おとぎばなしのおうじさま』だからな」

 呆然とする武を見て、心底面白そうにターニャは嗤う。

 

「さてさて、白銀も知っているように自分大事なカガミスミカ君だ。元の世界にシロガネタケルを返すと言っても、その通りにしたとは言い切れん。無自覚という言い訳の元に、好き勝手に記憶の取捨選択を行ったことだろう」

 

「で、でもそれは鑑の意思ではなく、因果の流入を防ぐためには、必要な処理のはずで……俺の、白銀武の記憶は消えていなければならないのでは?」

「そうね。因果導体でなくなりかつEX世界線に戻る、という条件を満たすためにはアンタの記憶は消えてる、いえそもそもULおよびAL世界線の記憶を入手するという因果さえも消失させる必要があるわね」

 

「でも、それって無理なんじゃないんですか? 鶏が先か卵かみたいな……あれ?」

 ホワイトボードの描かれた三本の世界線。それを見直すとどこかで矛盾が発生しているように思える。EXからUL、ULからAL。そして最後にULからEXに戻ったのであれば、原因と結果とが噛み合っていない、入れ替わっているように感じられるところがある。

 

 

 

「はっきり言おう。シロガネタケルは元の世界には、結局のところ戻っていないと私は見ている」

「……え?」

 因果導体でなくなった自分は記憶を失い、元の世界に戻る、と言われていたのだ。それをゲームとして外部から眺めていたターニャに否定された。

 

「AL世界線の香月博士も、因果関係がリセットされるのであれば白銀武はEX世界線の2001年10月22日に戻る、いや再構築される可能性が高いと考えていたのだろう」

 もちろん他の可能性を否定したわけではないだろうが、とターニャは夕呼を持ち上げておく。

 

 武自身も、元の世界に戻ると言われてなんとなくそう考えていた。

 因果がリセットされていなければ、二周目の武が逃げ出したことで流入してしまった「重い因果」によって、世界には死が撒き散らされることになる。それを解消するために、武は自身の記憶が消される必要があると、受け入れていたのだ。

 

 

 

「桜花作戦を成功させ、AL世界線から消えたシロガネタケル、それがカガミスミカによって再構築されたのは、極めてEX世界線に近似した別の世界線だ。いってみればEX2世界線だな」

 

「じゃ、じゃあ、俺の、いえその再構築された『シロガネタケル』は因果導体じゃないんですよね? まりもちゃんは死なないんですよね?」

「因果導体ではなくなっていたはずだ。まあEX2世界線と言いたくなる程度には能天気で平和な世界のようだから、神宮司教諭も死なんだろう。そのくらいは安心したまえ」

 

「なら『おとぎばなし』としてはハッピーエンドじゃないですか? まあ俺が直接目にできなかったというのは少しばかり残念ですけど、皆が無事ならそれで、いいです」

「誰も苦しまない夢のような学園生活があらためて始まる。なるほど一見しあわせ、だな」

 ただある意味では最悪だぞ、と言葉とは裏腹にどこか愉快そうにターニャは続けた。

 

 

 

「その世界に本来存在しなかった社霞も送り込み、のみならず社霞にだけAL世界線の記憶を残した」

 

「誰に言っても理解されない、話しても共感されない、語り合うべき相手など誰一人としていない」

 

「しあわせなハッピーエンドだと、そういう者も確かにいた。だがね世界を渡った白銀武。貴様には理解できるのではないか? 同じ顔をして、同じような考えをしているのに、結局のところ自分の知っている者とは決定的に違う別人。そんな中に放り出された社霞は、しあわせなのかね?」

 

 しあわせな世界の、ほんのわずかな軋み。

 だが今の武には最早介入できない。可能なのは、良き思い出を作ってくれと願うくらいだ。

 

 

 

「この世界線の鑑純夏がどういう存在かは知らんがね。00ユニットになるようなカガミスミカが選択するのは、そういった世界だ。もちろん自身が幾多の『白銀武』と巻き込んだという罪さえ、勝手に消し去っておくという自分に優しい世界だな」

 まさに「おとぎばなし」のヒロイン、自己愛の権化だな、とターニャが告げる。

 

「今の貴様は、素人の勝手な予測だけで言えば、カガミスミカにとって不要な要素を纏め上げた存在、とでもいうべきかな。明確にはなっていないかもしれないが、鑑純夏に対してどこか距離があるのではないかね?」

「鑑は幼馴染、ですよ? あ……いや、でも。先日までみたいに何よりも大切なのかと言われると……あれ?」

 自分の感情が自覚できずに、言葉が途切れた。

 桜花作戦のレポートを書いていた時に感じた、カガミスミカへの違和感が形になっていく。

 

 

 

「俺は、いや今の俺は、鑑に……恋愛感情が無い? それどころか、距離を取る……違うな、クソッ」

「自身を救わせようと他人を他世界から呼び出し、その上に他の女と関係しただけで記憶を消し去り、成功するまで繰り返させるような存在だぞ? たとえ自分自身であったとしても、BETAに囚われていないなどという『幸福』を認めるはずが無かろう? 嫉妬から『白銀武』を遠ざけようとしてもおかしくはあるまい? そもそもこの世界の鑑純夏からも白銀武への執着を削り落としていることさえありうる」

 

「えと……つまり、今の俺は?」

「おそらくカガミスミカはこの世界の鑑純夏に対しても嫉妬している。そして幾多の『白銀武』の『鑑純夏』への否定的な記憶の欠片は一カ所に纏めておいた方が影響も少なそうだから、この世界線に全部固めて捨てたのではないかね?」

「なるほど。カガミスミカにとっては不要な、いえむしろ漂っていると有害な記憶の欠片で構成されたのが今の白銀武だと推測されるということ、ですか」

「ははは……不要、ですか。何なんですか、それはっ? あいつらの、皆との戦いの記憶が、要らないっていうんですか……」

 不思議とカガミスミカに捨てられたと言われても、武には悲しみもない。

 ただ今も記憶に残る、共に戦った者たちの記憶が「不要」と言われたことに、怒りではなく悲しみと喪失を覚える。

 

 

 

「さて。長々と話していたが、部下のメンタルケアも上司の仕事だ。違うかね、香月博士?」

「次官補。あたしが対処すべき問題でしたが、白銀の為にありがとうございます」

 うなだれる武を前に、なにやら一仕事終えたとでも言いたげに、晴れやかに笑いあっている。

 

「いや……すいません。正直なところかなりヘコまされているのですが、え? いまの話って、俺の為なんですか?」

 嫌がらせのように人の悪意をぶつけられたとも思えるのだが、二人にとっては今までの問答は武を助けるためだったらしい。

 

「ん? カガミスミカにとって不要な、というだけで今の貴様は幾多の『白銀武』の中ではある意味で一番束縛されていない状態だと推測しているのだがね」

「その通りでしょう。今の白銀の自由意思は尊重されている、と見るべきですわね」

 眼前の二人から現状を肯定するかのような発言を受け、呆けたように顔を上げる。

 

「……え?」

「白銀~アンタもしかししてホントに判ってないの? 今のアンタはカガミスミカ以外の誰に惚れても何をやっても、死んだら起点に戻されるなんて言う縛りはないの。カガミスミカに捨てられたってことは、その呪縛から抜け出せてるってことよ。つまりアンタの思考の自由は保障できる。たぶんEX2世界線に戻ったというか送られた方の『白銀武』は、囚われたままなんでしょうけどね。少なくともこっちよりは平和であるのなら……」

 

 それだけでどっちが幸せかどうかなんてあたしには判らないけどね、と夕呼は付け加える。いや、それは武ではなく、唯一人記憶を持って送り込まれた霞の幸せを願っているのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 




デグさんの推測(という名の妄想)をもとに、状況説明の振りをしたメンタルケアを言い訳にした洗脳? タケルちゃん相変わらず、周囲の大人(?)にすぐに影響されます。ちなみにデグさんパートでこのシーンを書こうかとも思いましたが、あまりにもデグさん一人脳内会議が長くなりすぎるだろうと断念。


あと「確率分布世界(群)」よりは「世界線(群)」表記の方がまあ今となっては判りやすいなぁ、ということで使わせていただきました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

摂心の少憩

誤字のご報告やご感想など、皆さまありがとうございます。


 この場にいる白銀武は、カガミスミカの無自覚な選択によって、不必要とされた要素の集合体である。それゆえに今の武は、カガミスミカの束縛を受けておらず、自由意思は尊重されていると推測される。

 言葉を飾らなければ、「カガミスミカが処分に困った記憶の欠片を集めて一カ所に捨てた」ということらしい。

 

 ターニャと夕呼から突きつけられたそんな推測に、武は呆然としていたが、鳴り響く内線の音で僅かながら意識が戻る。

 

「と。申し訳ありません。……何? 今ちょっと忙しいんだけど……判ったわ。ええ、後でそっちにやるわ」

 ターニャに一言詫びを入れ、夕呼が内線に出る。二、三のやり取りの後、大きく溜息を付いて回線を切った。

 

「なにかあったのかね、香月博士?」

 割とどうでも良さそうな夕呼のわざとらしい溜息からして、聞いても良さそうな問題だと思ったのか、ターニャがそう声をかける。

 

「香月医官からの連絡でした。そこの白銀に、診察くらいは受けさせろ、と」

「そういえば意識不鮮明のままに二年ほど過ごしていた、ということだったな。医師としてはなるほど放置しておけんということか。行ってきたまえ白銀」

 さすがに今すぐは医者の判断を無視して使い潰しはせんよ、とターニャからあまり安心できない言葉を告げられる。

 

(逆に言えば医者の判断があっても、必要とあれば使い潰すんだろうな、この人)

 先ほどまでの問答、武の心を的確に抉り潰すような話からして、なんとなく性格が推測できる。

 そう思うと、ターニャと夕呼とが不思議なまでに会話が繋がっているのは、二人がどこか似た者同士なのだとようやく気が付いた。どちらも目的のためには最適な手段を模索し続けているように、武には見えた。

 

 

 

「そういえば、貴様は桜花作戦のレポートはもう仕上げたのか?」

「は。自分の知る範囲に限定されますが、香月博士にのみ提出しております」

 桜花作戦に関しては徹夜で仕上げた。霞にも朝まで付きあわせることになってしまったが、お蔭で武の思っていた以上に詳細な地形データなども付け加えられている。

 

 ただ、出来上がっていないレポートもまだまだ多い。世界が変わり日本の状況も食い違っているため、どこまで役立つかどうかも定かではない未来知識だが、気になる要素だけでも書き書き出しておこうと準備だけはしている。

 BETA関連の情報だけではない。陸軍青年将校を主体としたクーデターがこの世界でも起きるかどうかはさすがに判らないが、珠瀬事務次官の視察に合わせた再突入型駆逐艦による基地襲撃などはありうる。

 

「では私の方からも他世界線での経験なども含め、出せる情報は纏めておこう。明日の朝には見て貰えるかね、香月博士」

 白銀のレポートも見ておきたいものだな、とターニャが付け加えるのは当然だ。

 

「そうですわね。次官補からいただく情報も加えた上で、第四としての対応を考えたいと思います」

 ターニャは他世界線の情報も含めると明言した。その情報は、直接的には世間に公表しようが無いが、第四計画を進める上ではかなり重要だと思える。なんといっても00ユニットが完成した世界線もあるというのだ。

 00ユニットは第四計画の根幹ともいえる。夕呼にしてみれば、それらの情報を精査して対応を考えるのは当然だ。

 

「白銀、アンタにもデグレチャフ次官補からのレポートは回すわ。明日にでも横の部屋で閲覧しなさい」

「は、了解しました。では、失礼いたします」

 

 今後の対応を考えるために明日も直接集まることとなった。もちろん武の意思は確認されたものの、参加は確定である。

 いつの間にか沁み付いている軍人としての行動に身を任せ、体裁だけは整え敬礼し、部屋から下がる。

 

 

 

 

 

 

(不必要要素の集合体だから、逆に自由意思がある、かぁ……納得できてしまいそうな自分が怖いな。とはいっても何をなすべきか、だよなぁ)

 半ば逃げ出すように執務室から下がり、ぼんやりとしたままに診察を受けた。ぐるぐると頭の中で考える事が多すぎて、診察の内容はよく覚えていないが、とりあえずは身体的には問題ないらしい。が、療養明けで徹夜は避けろ、とは告げられた。

 

(寝るか。夢見は最悪っぽいけどなぁ……)

 レポートの続きを書くならば夕呼の執務室横の部屋に行かねばならないが、さすがに今の精神状態ではそれも出来そうにもない。それに昼食のあと少しばかりの仮眠は取ったものの、けっして十分とは言えない。

 

 

 

「白銀? そなた、大丈夫なのか?」

「ん、ああ、御剣、か。あ~自主練も終わった時間か?」

 訓練兵として宛がわれた自室へと足を向けようとすると、後ろから声が掛けられた。

 自主練から戻ってきたところのようで、冥夜の顔は少しばかり上気している。

 

「聞いて良いのかどうか判らんのだが……診断というのは、それほどに憔悴するものなのか?」

「珍しいな、御剣がそういう風に人の心配をするというのも」

 

 正しくは、心配していてもそれを表に出すことを許されていない、だ。その立場から誰か一人に気をかけるようなことは禁じられているのが、今になってみれば武にもよく判る。

 そして心配気に問われるものの、誤魔化すかのような言葉を口から漏らしてしまっていた。身体は問題ないはずだが、精神的には万全とは言い難い。

 

 

 

「茶化すでない。先程のそなたの言葉を踏まえてのことだ。ただそれにしても……酷い顔色だぞ?」

「ん、検査では問題なかったんだがな。その前にちょっと聞かされた話が、ああ……ちょっとショック、じゃねぇな。ショックを受けていない自分に呆れてるというのか、判ってたのに納得し切れてねぇというのか……」

 

 結局のところ何に悩んでいるのかと言えば、「鑑純夏」に関してあれほどターニャから否定的な言葉を告げられても、武自身がそれを撥ね付ける意欲が湧いてこないという事実に、少しばかり違和感を感じているだけだ。「白銀武」であれば「鑑純夏」を口では何と言っていたとしても擁護するのではないかと考え付くことはできても、そこに武の感情が付いて来ない。

 結局のところ記憶の中にある「白銀武」と、今の武自身が別であるという部分が割り切れていないだけだ。

 

 

 

「ふむ。なにやら重症のようだな。少し茶でも付き合え、白銀」

 廊下で思い悩みはじめる武を、冥夜は半ば無理矢理にPXにまで誘う。

 このまま眠りにつくよりはと武も誘いに乗り、特に何を話すでもなくPXに着く。合成玉露だけを手にいつも207Bの皆が集まっている席に座る。

 

「そういえば鑑とそなたとは以前からの友人だったのだな?」

 

「っ!?」

「……聞いては、ならんことだったか?」

 武の反応が、予想以上だったようで冥夜も大きく目を見開く。

 おそらくは冥夜としては当たり障りのない話題のつもりだったのだろうが、今の武にしてみれば、一番話しにくいことだ。戦場さながらの緊張感を張りつめ、ピクリと肩を震わせてしまった。

 

「いや……悪い。鑑が何か言ってたか?」

「あ、いやなに。鑑が、な。以前にも、幼い頃のそなたとの話をしてくれてな。散々頭をはたかれたと、嬉しそうに告げておったことを思い出したのだ。が、今日の態度を見ると、そなたが鑑に対しては少しばかり距離を取っているように見えて、な」

「あ~そっちか。距離を取るというよりは、だな」

 恋愛感情のことを言われたかと勘繰ってしまったが、武が純夏との距離を測りかねているのは事実だった。そして、もしかすればこの世界の純夏にしても今の武への距離を掴み切れていないのではないか、とふと頭をよぎる。

 

 

 

「聞いたかもしれんが……世間的には、あれだ。鑑とは幼馴染とかそういう類になる。家が隣でな。親同士もそれなりに付き合いがあったせいか、生まれてすぐから一緒にいた……はずだ」

「はず? というのはどういうことだ?」

「俺が療養明けだってのは言ったよな? まあ寝すぎが原因という訳じゃねーんだろうが、正直なところ記憶が色々とアヤシイんだ。それに衛士訓練が始まってからは、それより前の記憶なんて消し飛ぶくらいに無茶してたからなぁ……ガキの頃の記憶がそもそも消し飛んでてもおかしくねぇ」

 

 誤魔化してみたものの、武にはこの世界の純夏との記憶というのは存在しない。

 そもそもが今ここにいる武にある記憶の根底は、先のターニャの言葉を借りればEX世界線のものだ。AL世界線で00ユニットとなった「鑑純夏」にしても、「シロガネタケル」からの記憶流入を元にした「調律」だったために、BETAのいる世界の鑑純夏とは異なる。

 

「そうであったか……許せ、とは申せぬな」

 冥夜の立場としてはいかな間違いを犯したとしても「謝る」ということは難しい。

 

「御剣が気にすることじゃねぇよ、記憶が曖昧だといって特に困ってるわけじゃ……いや悪い、俺の記憶が曖昧なせいで座学の再講習に付きあわせていたな」

「ふふ、そちらに関しては、むしろ感謝を。我らとて忘れていたこともあれば、そなたの質問からまた理解が広がることもある」

 

 

 

「ただなぁ、以前の訓練小隊の連中のこととかをすっぱり知らないってのは、さすがに気まずくてな」

「ああ……そなたは同期の者たちのことも忘れているのか」

 ふと口にしたことだが、これは後で調べて貰わないと拙い。以前はまりもから教練を受けていなかったということは、武の同期訓練兵はA-01に居ないと考えられる。が、どこで出会うか判らないが、さすがに相手は覚えているはずだ。

 

「気にするな、そのうちひょっこり思い出すんじゃねーの? それこそ顔見たら思い出しそうだ」

 A-01のメンバーからしても、因果の絡みからしても、武の以前の同期訓練兵はおそらくEX世界線での同級生の誰かだろう。さすがに顔を見たら名前くらいは思い出すはずだ。

 

 

 

「しかし鑑か……今日からそっちは六人での大部屋暮らしだろ? アイツ、ヘンに騒いだりしてないか?」

 昨日まで、冥夜たちは訓練兵でありながら個室を与えられていたが、それは彼女たちの立場からくる特別扱いだ。

 だが、朝に告げられたように今日からは普通の訓練兵同様に大部屋に移動が決まった。総戦技演習の合格に向けての意識改革、その一歩目としての合同生活が今晩から始まっているのだ。

 

「ん? 鑑と鎧衣は分隊の中でも、中核とは言いにくいが潤滑油、といったところでな。鎧衣が退院したとはいえ、鑑が気落ちしていると隊内の雰囲気が硬くなる。それが判っているのであろう、あの者は」

 武と同じく合成玉露を手にしながら、武以外の分隊員の様子を話しはじめる。

 が、冥夜は武の問いには直接は答えなかった。それくらいは察しろ、ということらしい。

 

「やっぱり……その、だ。鑑はヘコんでる、のか?」

「そなたの態度が昔と違うような気がする、とだけは言っておったな。ただ先程の話を聞くに、今のそなたにとっては言葉は悪いが仕方がない部分であろう。ただ時期を見てそなたの口から伝えておくべきだとは思うぞ」

「記憶障害?っぽいことについては、俺がちゃんというべきなんだろうな、とはさすがに判ってる。けどなぁ……」

 

「ふむ? 事故原因なども含め、話せぬことが多い……か」

「悪い御剣。そんな感じで鑑にはそれとなく伝えておいてくれ」

 冥夜は武の言葉を聞いて目を瞑って考え込んでいる。騙す様な形になってしまったが、何らかの軍機に触れていると考えてくれると武としてはありがたい。

 とはいうものの話せない理由が機密に属することは確かだ。純夏に対する武の感情的な問題が、ほぼすべて他世界線の話や00ユニットなど第四の根幹に関わってくるために、概略さえ口にできない。

 

 

 

「しかしまずいなぁ……せっかく神宮寺教官が無理矢理お前らを大部屋に放り込んだってのに、俺の影響で纏まりが悪くなるってのは……」

「やはり……我らは纏まっていない、か?」

「表面上は出来てる。ただ、それが何かの拍子に崩れそうではある。……って悪い、御剣。上から目線だな、これは」

「いや、教官も言っておられたであろう? そなたから教えを請え、と」

 訓練兵という同じ立場の者からでなければ聞けない忠告もあろう、と冥夜がどこか悔やむように言う。

 

「ああそうか。そもそも207Aの連中から話聞いとけよって話だよな」

「そういうことだ。貴様の存在はそういう意味では、我らにとっては得難い、やり直しの機会なのだ」

 207訓練小隊のもう一つの分隊、207Aは問題なく演習をクリアし、すでに任官している。207Bと比較できるような複雑な背景はないにしても、複数人が軍隊という形の中に纏められていく上で、それなりの問題があり対処してきたうえでの、任官である。自分らの不合格に肩を落としているよりも、その時に少しでも解決策を尋ねておくべきだったのだ

 そのできなかった相談の機会が、「任官直前に療養に入った訓練兵」という特殊な立ち位置の白銀武の存在で、再び与えられたのだ。

 

 

 

「ま、俺から言えるのは、表面を取り繕うために問題を先送りするんじゃなくて、問題を指摘しあって解決策を考えろ、くらいかなぁ。それで解決できないほどに深い溝があるなら、そこだけは踏み込むな、と」

「距離感を改めて探り合え、ということか?」

「その程度すら207Bはやってこなかったんじゃないか?」

「……返す言葉もない、な」

 めずらしく冥夜が苦笑する。自身の立場から、他者に踏み込むこともなければ踏み込ませることもしてこなかったのが、明らかだ。それは孤高ではなく、単なる拒絶だった。

 

「というか御剣? 自主練を言い訳に、集団生活初日から一人はぐれてどーするんだよ?」

 武にしても自分のことだけにしか頭が回っていなかったが、こうして落ち着いて茶を飲み始めると、冥夜の行動には問題がある。

 

「む……それは、だな。……いや、何を言っても言い訳にしかならぬな、許すがよい」

「許すかどうかを決めるのは俺じゃねぇ、ってのは判ってるよな?」

「無論だ。後で皆にはちゃんと話す。私がいると皆の話が進まぬかと、勝手に判断して身を引いてしまったが、なるほどこういう心積もり自体が問題、か」

 それが判ってるなら明日朝と言わず寝る前には話しておけよと、それこそ上から目線で武は諭す。

 

 

 

「ま、あとは個々人の特徴を最大限に利用しろ、とか相手の長所と短所とは把握しておけとか、だな。というかこういうのは鎧衣が上手い……上手そうだろ? 人の話聞かないけどすぐに踏み込んできてた、さ。部屋は一緒なんだろ?」

 気が緩み過ぎたようで、武は「自分の知る尊人」を元に話をしてしまう。不信感を持たれぬようにと誤魔化したが、こちらの世界の尊人であってもあまり違いはなさそうで、集団生活をしていればふと変な位置にまで入り込んでくるはずだ。

 

「ふふ、いまはその鎧衣が一番気まずそうではある、な。あやつでもさすがに周囲全員が女子というのは、いささか負担に感じるらしい」

「まあ鎧衣はあの見た目だ。気にするな」

 見た目は関係なかろう、と冥夜も言うが眼は笑っている。慌てる尊人というのはなかなかに新鮮なのだ。

 

「そういう状態での集団生活の開始だ。鑑の存在には私のみならず、我ら皆助けられておるぞ?」

「何となく、は判るな。アイツここでも馬鹿みたいにお気楽なのか?」

 そんな疑問を口にはしたものの、武の記憶にはこの世界の鑑純夏は一切存在しない。だが他の者たちと同じく、どの世界においても基本的な芯の部分はそれほど変わりがないだろうと、当たり障りのなさそうなところから聞いてみる。

 

「馬鹿、とは言葉が悪すぎるぞ。鑑が居なければ、先の総合演習の失敗から立ち直れなかった者も居たやもしれぬ」

「そういう意味では、役に立っている……のか?」

「私に対しても皆よりも積極的に接してきてくれてな。正直……嬉しくも思う。また助かってもいる」

 友とは言えぬのが心苦しいが、と冥夜は僅かに目を伏せた。

 

 

 

「あ~他の連中にすれば御剣に話しかけるのは障壁高い……って、いや、ちょっと待て」

「障壁とはたいそうな言い分だが、どうした白銀?」

 以前の武の記憶にある207Bの不文律は、相互不干渉だ。それぞれに隠したいことがあるから踏み込むな、という子供じみた確執である。その筆頭が千鶴と慧に冥夜だが、この世界においては彩峰中将は何ら失策を犯しておらず、慧が恥じるようなことはないはずだ。千鶴にしても父親の政治方針への反発はあれ、隠すほどのことではない。

 そのような状態で冥夜への壁があるのは、その風貌から察せられる冥夜の血筋への推測だ。

 

「まさかと思うが、いやさすがにそこまで鑑が馬鹿だとは思いたくないんだが……」

「なんだ? はっきりせぬ奴だな」

 しどろもどろに言葉を誤魔化そうとする武だが、諦めて疑問を口にする。

 

「鑑のヤツ、お前の家柄に気が付いてない、とかじゃない……よな、まさか?」

「……ぇ、……いや、さすがにそれはないのではないか?」

 武の予想だにもしなかった言葉に、今までの毅然とした冥夜の態度が崩れる。無いと言ってくれと懇願されているのがよく判る、縋るような目つきで冥夜は武の顔を窺ってくる。

 

 

 

「おい御剣、今の間がすべてを証明してしまっているぞ」

「いやありえんだろう? そなたの幼馴染ということであれば、この横浜に生まれながら住んでいたのであろう? 私の顔を見て何も思い浮かばぬ、というのは帝国臣民として、それはどうなのだ?」

 

 日本帝国国務全権代行、政威大将軍たる煌武院悠陽。

 御剣冥夜は、その将軍の双子の妹だ。

 煌武院家では「双子は世を分ける忌児」とされ、妹の冥夜は遠縁の御剣家へ養子と出された。表向きには秘されており事実を知る者も極僅かではある。が、双子とは判らずとも瓜二つともいえるその顔立ちを見れば、誰しもが血の繋がりを想像する。

 

 そして全権代行などという言葉とは裏腹に今の政威大将軍にさしたる実権が無いとはいえ、露出が少ないということではない。むしろ表向きの使い勝手の良い「看板」として、娯楽の少ないこの世界ではテレビや新聞などでよく取り上げられているのだ。

 

 

 

「アイツの場合、それがありえないと断言できないのが、怖い」

 EX世界線の出来事だったとはいえ、シメジをマツタケだと思い込んでいるような逸材だ。この世界であっても政威大将軍の顔を見たことが無いという可能性さえある。いや見ているうえで、悠陽と冥夜との関係性が思い浮かべられないとも考えられる。

 

「よく生きてたな~鑑のヤツ。月詠中尉、鯉口を切ってないよな?」

「ふむ。ずいぶんと余裕だがな、白銀。そなたの態度もなかなかにあの者の心を乱している、とは思うぞ」

「まあ俺の場合はアレだ。市井のガキとして目上の方に対する常識の無さが半分、ちょっとした隠し事の為の演技半分、といったところだ。許すがよいぞ?」

 真那のことをわざと口にしながらも、その上で冥夜の口調をまねて、誤魔化す。

 

「ふふふ、隠しごと……か。答えられぬなら、良い。いや違うな、そなたにまで気苦労をかけること、許すがよい」

「隠してるのは、お前の立場とか軍機とかからくることじゃねーよ。俺自身のけじめというか、その、あれだ。詫びちゃあダメなのに、詫びたくなるから、今は気が付いてないことにしておいてくれ」

 

 いつか話せる時が来たら、ちゃんと笑って話す、と約束する。

 

「言質は取ったぞ、白銀? いや時間を取らせてしまったな、病み上がりのそなたに無理をさせた。すぐに休むがよい」

「こちらこそ助かった。鑑の馬鹿さ加減に気が付けて、少しは気楽に眠れそうだ」

「馬鹿とは決めつけてやるな、もしや知ったうえでなおあの態度やもしれぬぞ? それに知ったとしても、あの者なら態度を変えるまい」

 そなたと同じく、と続けてくれるのは冥夜の優しさかあるいは願望か。

 

 この場にいる白銀武はけっして二周目の「シロガネタケル」ではない。ならば純夏も「カガミスミカ」ではないはずだ。

 ただEX世界線では間違いなく冥夜と純夏とは「友達」と言える関係だった。それくらいの関係に持ち込むくらいは、こちらの純夏も成し遂げてくれる程度に馬鹿であって欲しい、と武は思う。

 

 

 

 

 

 

 




この時点で純夏がタケルちゃんに遭遇できないのは幸運補正が下がっているから……とかではなく、大部屋生活に慣れない皆のためにアタフタしているから、とかです。むしろ冥夜さん自主練にかこつけてサボってます。

あと多分出てこないでしょうが、タケルちゃんの元の同期は佐藤&田中、竹尾とかに少女Aとかです、きっと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逸脱の智見 01/10/24

座学という名の世界状況説明回。ちょっと短いです。
が次と繋げるとヘンな長さので一度投稿しておきます。


 午前中は座学なのだが、今日は睡魔と闘わなくても良さそうだった。昨夜はレポートに手を付けず、冥夜と別れた後は、この世界で目覚めて以来初めてと言っていいくらいに、夢も見ずに眠り続けた。

 体調が万全とは言い切れないが、座学であれば無理はない。

 

「そうだな復習ということで、BETA大戦の勃発からの極東アジアでの概略を見返してみる」

 

 まりもとしては武が「眠っていた」間の状況を説明するためだろうが、武にとっても願ってもない話だ。

 おそらくはターニャが介入を始めてからは、武の知るBETA大戦とはズレが生じているのだろうが、それがどこから始まりどう変化を与えてきたのかは、予測も付かない。どこに変化があるのか判っていない今、訓練兵の立場で情報が規制されているとはいえ、教えられる知識は非常に重要だ。

 

 

 

 1973年4月19日、中国新疆ウイグル自治区喀什にBETAの着陸ユニットが落下。

 最初期は航空戦力で優勢を保っていた中ソ連合軍だが、二週間ほど後に光線級が現れてからは焦土作戦を展開、実質的には敗走を続ける。

 

 1974年7月6日、カナダ、サスカチュアン州アサバスカにBETAユニット落着。

 喀什の教訓を生かし、合衆国はユニットの着陸から一日と待たずに戦略核を集中運用し、これを破壊する。

 核の投入に伴う被害はともあれ、着陸ユニットによる敵増援の阻止という目標は実現可能だと証明した。

 だが同年10月、旧イラン領マシュハドに喀什と同様の地表構造物が発見。ハイヴが分化するという衝撃の事実が判明する。

 

 以降BETAは、ユーラシアの北西へと侵攻していく。

 

(さすがにこのあたりは俺の知ってる歴史と変化はない。デグレチャフ事務次官補の存在を過大評価してるのか……)

 武とは記憶の持ち方が違うようだが、ターニャも未来知識を有する。AL世界線で武が愚かなまでに渇望した、軍における地位を有するターニャであったならば、もう少しは影響を与えられたのではと考えてしまう。

 

 1990年代に入り、喀什ハイヴから出現した大規模BETA群が東進を開始。ユーラシア北東部、東アジア、東南アジアが主戦場となる。

 

 

 

「我々は国連軍ではあるが、ここは日本だ。周辺地域の状況を理解しておくことは非常に重要である。これらBETAの動きに対し、帝国はどう対応した、鎧衣?」

「はい、翌1991年に日本帝国議会は大陸派兵を決定。帝国軍は大陸派遣軍を創設し、戦術機甲部隊を中心とした兵力を大陸に投入しました」

 

 80年代より帝国海軍はユーロ方面への外征経験があるが、陸軍はこの時点でさえ実戦経験が無かった。第二次大戦からの反省からか、帝国は極端なまでに防衛戦指向であり、大陸派遣が考慮される五年以上前にはすでに陸軍から派生する形で本土防衛軍が創設されている。

 さらに斯衛に至っては、その性質上仕方のない部分もあるが、本土防衛軍以上に日本国内での防衛戦闘にのみ特化している。兵站など含め、運営そのものが日本国内でなければ充足しないような組織体系であり、海外派兵などはそもそもが考慮されていなかった。

 

 だがBETAの東進、さらに91年のボパールハイヴの建設開始などを踏まえて、斯衛も含めて帝国全軍は大陸への派兵へと舵を切っていく。

 

「そうだ。議会決定を受けて大陸派遣軍が創設、台湾国民党軍などと同じく国連軍指揮下の元に東アジア戦線へ参加することとなった」

 ちょうど今から10年前だな、と簡単にまりもは纏めた。

 

 

 

 

 

 

(あれ? 台湾軍まで国連指揮下ってことは、統一中華戦線とは直接的には共闘していないの、か? というかこれって実質的にはアメリカ主導の日台合同軍か?)

 台湾は中国との常任理事国の問題で、国連からは脱退している。国連に属していない台湾、その軍が国連軍指揮下に入るなど、異常な事態といえる。

 

「どうした白銀、何か疑問があるのか?」

「は、統一中華戦線の結成は1986年です。が、その後の中国と台湾との国共合作が企図されていたと記憶していたのですが、どうなったのでしょうか?」

 台湾国民党と中国共産党とが対BETA共闘条約に調印し結ばれた軍事協定が統一中華戦線だ。一応のところは二国の連合軍となっているものの武の記憶では結局名目だけで、台湾軍と共産党軍とは命令系統も装備も作戦地域さえも別れたままだった。

 

「ああ……そうか。その時期に療養に入ったのだったな、貴様は。では御剣、国共合作はどうなった?」

「はい。1997年、台湾総督府が中国共産党政府の台湾受け入れの審議を延期。以来、第三次国共合作は今なお締結されておりません」

「よし。このあたりは軍事ではなく政治なのだが、周辺諸国の政治的背景は、士官としては知っておくべきことの一つではある」

 審議延期とはいうものの、実質的には破棄、それも統一中華戦線自体も分裂させるような形だったようだ。

 

「なぜ台湾総督府は中国共産党政府を受け入れなないか判るか? 彩峰」

「はい。……軍事同盟としての統一中華戦線はともかく、政治的受入れに関して台湾総督府の利点があまりにも薄かったからだと考えます」

「そうだ。このあたり我ら国連軍も無関係ではないぞ。一時期は国連の内政干渉だとまで騒がれた案件だったのだ」

 台湾内部に、国共合作しなければならないようなら台湾を常任理事国に戻せという意見や、喀什での無策の責任を台湾に持ち込むなという声が大きかったという。

 そしてその声を後押ししたのはアメリカである。

 

(あ~あの人、ホントに介入はしてるんだな……)

 そこまで聞いて、なぜこの世界で国共合作が成されていないのか、何となくではあるが背景を武は推測できてしまった。

 

「判ったか、白銀?」

「はい。つまりは合衆国と台湾とで、共産党が弱体化するまで『高みの見物』を画策している、ということでしょうか?」

「……白銀? 国連は一部加盟国の利益を誘導する組織ではないぞ」

 まりもから国連軍兵士として言葉を選べ、と一応は注意はされる。が、否定しきれないのが、また現状である。

 

「は、失礼いたしました。申し訳ありませんっ」

 

 

 

「丁度いい。時期が前後するが、とある国連機関からの進言が90年代前半の中国での防衛線には多大な影響を与えている」

 武を含め隊内全員の復習という意味合いからか、まりもの講義はわざと少しずつ脱線させているように思える。

 一度学んだことを多方向から見直させ理解を深めさせる、そういった狙いもあるのだろう。それ以上に、彼女たちの今後を見据えて幅広い知識を与えようとしているのかもしれない。

 

「90年代を通し中国国内で防衛線が維持できたのは、なにも統一中華戦線が精強だったからというわけではない」

 武にも統一中華戦線が強かったという記憶はあまりない。中国戦線にしても中ソが行った核を使った焦土作戦があったという印象程度だ。

 この世界においても、まりもは言葉を濁しているが、テキストを見る限りは共産党軍に関してはさほど違いが無いように思える。

 

 むしろ事前に予想されていた通りに、統一中華戦線内部で中国共産党軍と台湾国民党軍との間では統一した意思決定機関さえなく、個別の軍として動いていた。それどころか、こちらも予想されていたこととだが共産党軍内においても軍管区制の関係で統合作戦など展開もできず、各軍区ごとに独立した防衛線を構築しているような有様であった。

 

 

 

「1992年に敦煌ハイヴが建築され、これに対する形で重慶防衛線を構築。帝国の大陸派遣軍もここに展開していた」

 BETAの侵攻がここに至るまでに、成都軍区以西の軍区は何をやっていたのかという声もあったが、結局のところ共産党軍が統一した作戦展開ができていなかったということでしかない。それを証明するかのようにこの時点においても成都以東の軍管区からの増援はなかった。

 

 このような状況下で、国連軍としては命令系統が確立されており、かつそれなりに纏まった戦力として機能している台湾軍と帝国大陸派遣軍を中核とし、半ば独立した防衛線を構築するように動いていた。

 

(いや、これって共産党軍? 成都軍区か? こいつらを囮にしての機動防衛ってヤツじゃねぇのか?)

 砲兵を主軸とした共産党軍を防衛線の主戦力として構築した、とはテキストに書かれている。ただ実際の展開を時系列的に追いかけて行けば、むしろ数だけは多いが纏まりなく動きの遅い共産党軍を積極的に囮として用いることで、自軍の損害を最小限に抑えつつもBETAの侵攻を阻害していたように見える。

 もちろん火力としては間違いなく共産党軍が最大のはずだ。彼らの火力支援が可能となるように位置に、BETAの主力を押し込み、その戦果を献上していると言えなくもない。

 

 

 

「この防衛線構築時に、大陸派遣軍や各国義勇軍だけでなく台湾国民党軍まで含めた国連軍の作戦運用に関してもだが、兵站に関わるいくつもの提言がなされた。現在の帝国陸軍の兵站システムは、ほぼこの時に作り変えられたと言ってもいいほどに、非常に有効だった」

 

 さすがにここまで来ると衛士教育の範疇じゃないだろ、と武にも判る。が、まりもの意図も推測はできる。207Bの中でも千鶴は生き残れば将官への道もありうる。他の者にしても最短とは言えないが佐官までは昇進できるはずだ。その辺りの階級になれば兵站関係を知らずには動けない。

 そもそもがまりもからして、国連軍への出向という形で教官をしていなければ、今頃はほぼ最速で少佐になっていてもおかしくはない。

 

「兵站面で問題になったのが、各種の規格だ。先の話になるが、日本帝国が運用している戦術機用87式突撃砲は、他国で採用されている突撃砲用のマガジンも利用はできるが、基本的には専用の物を用いる。そしてその逆は無理だ」

 まりもが例に挙げたように、同じ西側諸国の兵装それも戦術機という比較的単一兵器ともいえるものであっても、組織ごとの細かな規格の差異というものは存在する。

 

 それが極東アジアの各勢力の合同軍となれば同一の物を探す方が難しい。合同軍などと言えば一見耳触りはいいが、つまるところは雑多な寄せ集めだ。BETA大戦の最初期の、中ソの合同軍のみでの作戦行動であればまだしも、武器に限らず各種機材はそれぞれが別個の物を使用している。

 水や食料、医薬品などは共有もできる。各種の燃料なども何とか可能だ。ただ旧来の装甲戦闘車両や野砲、各種の個人装備に至るまで、西側と東側とで大きく分けかれ、双方に互換性は無い。

 

 

 

「どうせ共有できないのであればと、共産党軍の補給は中国が担い、それ以外は米国主導のもとに日台が管理するという方法が取られた」

 ベトナムや韓国からも義勇軍が参戦していたが、兵站管理は常任理事国が担うべきと、安保理経由の指示があったという。安全保障理事会が国連軍当該兵力を指揮する、という原則からしてもこれは比較的スムーズに認められた。

 

「そこで使われた標語がなかなかに秀逸で、現在では兵站を考える上での、一つの指針となっている」

 

 ――Just In Time:JIT 必要な物を、必要な時に、必要な量だけ。

 

 余らさせない余分な物を運ばないことで輸送コストを縮小し、作戦行動を円滑に進める。

 これを実現するために帝国は、国内の流通も含め当時としては破格と言えるほどの情報通信網を構築した。

 輸送においてはさすがに現地の鉄道網を利用するものの、それらを保線業務まで含めて運用する人員さえも帝国国内から徴用。

 物資集積所などの敷設などは当然、物資の管理や保安体制に関しても、共産党軍や中国民兵、現地の人員を一切介入させないという徹底ぶりだ。

 

 もちろんJITというのは、理想だ。常に変化し続ける前線からの要望に、後方が完全に応えられることは、残念ながらありえない。だがそれでも以前の「余裕を持った」補給計画に比べ、前線で破棄されたり集積されたままになる物資は減り、前線で展開する部隊の効率も上がったのは確かだった。

 

 

 

「当然ながらこのような行動の結果、中国国内やその避難民の間では、国連及び国連軍に対して否定的な感情を持つ者が多い。いやむしろ憎まれていると言っても間違いはないな」

 鉄道網の独占的とまで言えるような運用、共産党軍に出血を強いる戦術。さらに重慶周辺住民への早期の大規模疎開の提言や、僅かな賃金でも得ようと基地構築の人足を希望して集まってくる者にも警戒した対応を取るなど、中国から見れば防衛協力というよりは武装占拠に等しかった。

 

 それでも当初の想定より重慶防衛戦は長期間に渡って維持され、結果として避難民の保護は達成されたとも見て取れる。また1994年初頭に重慶ハイヴが建築された後も、日台を主軸とした国連軍は段階的撤退に成功し、結果的には殿軍としての役割を全うした。

 

 

 

 

 

 

 




あとがき部分で書くようなことか~と言われそうですが、いろいろな変更点まとめ。試験に出ない歴史?


マブラヴ世界状況補足
・現実同様1971年のアルバニア決議はあったっぽい、としてます。中国共産党が常任理事国になっているところを見ると。
・日本帝国及びオーストラリアの常任理事国入りは1988年のまま。


原作と変わっているのは、
・統一中華戦線は結成されたが第三次国共合作はなされていない。
・統一中華戦線は名前だけ。台湾軍が大陸で活動できる根拠程度。
・1992年からの重慶防衛は+1年ほど粘る。重慶ハイヴ建設は93→94年に延期。
・兵站の管理システムが90年代初頭から、2010年代に近しい物に。
・九-六作戦での帝国軍の損耗は最低限。

大東亜連合の話は基本放置……そもそもマブラヴ世界でのWW2の終戦時の状況が謎すぎるので東南アジアはどーなってるの?というかここを絡めるとどーしょーもなくなりそうなので、スルーします。ベトナムとか帝国にならずに独立したの?

兵站の管理システム変更に伴い、メカ本とかで描かれている中国での物資横流しは最低限に抑えています。んがJITでのロジ関係は深くツッコまれると答えられないので、ゆる~く流します。雰囲気だけです。

あと「第二次黄河決壊事件」とかも考えましたが場所的に無理~で「長江決壊事件」にでもしようかと思いましたがさすがにアレすぎので止めました。



そして難民関連の話はまた今度ね~ということに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

感得の欠如

座学継続~今回は兵器関連(戦術機除く)の説明です。


「さて以上のように1990年代からユーラシア北東部も主戦場の一つとなったのだが、人類の努力によるいくつかの要因が加わり、それ以前よりは間違いなく頑強に抵抗が可能となった」

 207Bの座学は、武という格好の「言い訳」を与えられて単なる復習ではなく、任官後に必要になるであろう様々な知識に波及していた。そして1992年からの重慶防衛戦の話の流れで、まりもはふと思いついたような態度を取りつつも、おそらくは予定していた話に持っていく。

 

 

 

「例えば、この時期に戦車の世代交代が進み、機甲師団の対BETA対応能力が向上したことも大きい。戦術機とは世代の概念が異なるが、西側の戦車の第二世代と第三世代の大きな違いは何だ、榊?」

「はい。単純な区別としては、第二世代は105mmライフル砲を、第三世代は120mm滑腔砲を搭載しています」

「そうだ。詳しい説明は貴様らが衛士訓練課程に入ってからとなるが、120mm滑腔砲であれば大型種にも十分に対処できる」

 

 BETA大戦最初期の主力戦車は第一世代がまだ多くを占めており、90mm程度の口径が主流で、当然ながら突撃級の前面外殻を撃ち貫くには非常に接近する必要があった。

 70年代から配備が始まった第二世代戦車でも、まだ火力が足りなかった。改良が進んでいる現在の105mm APFSDS弾であれば問題もないが、第二世代が登場した当時では侵徹力不足が指摘されていた。

 90年代に入り、120mm滑腔砲を主兵装とする第三世代戦車が揃い始めてようやく戦車部隊が対BETA戦において実効的な能力を有するようになった。

 

 

 

「無論、第三世代戦車と言えど装弾数の問題などから、対BETA戦においては主力足りえない。ふむ……帝国陸軍の現在の主力戦車、90式戦車の装弾数はいくつだ、鑑?」

「え、えぇっ……と。戦車の主砲の、装弾数……ですか」

 いきなりの質問の上にまったくもって知識にないようで、純夏は起立したままであたふたとするという器用な真似をしている。

 

(昨日のデグレチャフ事務次官補の推察?というか妄想が本当だったら、ある意味ではコイツが一番の被害者ってことなのか)

 教師に当てられて慌てふためくという純夏の姿を目にして、武はふと「よく見知った」他世界線の鑑純夏を思いだし、比較してしまいそうになる。だ「被害者」と思い浮かんだもののいかなる「害」を与えられたのかが今の武には理解しにくい。

 鑑純夏はこの世界においても、まあ間違いなくそれなりの美少女、と言えるはずだ。今後BETAの日本侵攻が本格化して男が減ったからと言って、相手を選ぶのに苦労することはないはずだ。幼馴染だからと白銀武に拘る必要必要も、ない。

 

(ま、だいたい幼馴染ってそんなに特別な物か?とか、今の俺がそう考えてしまうってことこそ「カガミスミカ」の選択の結果だとしても、こっちの鑑もそう考えてくれるんなら実は問題ないんじゃねぇの?)

 半ば以上に投げやりだが、理屈で恋愛感情が芽生えるはずもなく、かと言って憎むということもなく、純夏に対する感情にはいまだ結論が出せないでいる。

 そもそも問われて慌てふためく姿を見て可愛らしいと思う前に、陸軍としての知識くらいは自習しておけよと考えてしまう時点で、同僚とは見ているものの女性としては感知していないともいえる。

 

 

 

 

「あの……200発、でしょうか? ……いえ、申し訳ありません、知りませんっ!!」

 武がそんなことを考えている横で、純夏のほうといえば考えても答えの出ない、知っているかどうかだけの問いに対し諦めたようですっぱりと言い切っていた。

 

「多すぎだ。で、白銀、何やら余裕そうだな。答えてみろ」

「ぅえっ、はいっ、90式戦車の装弾数は18発であります」

 少しばかり別のことを考えていたのは、まりもにはお見通しだったようで、純夏の次に問われる。だがどこかで聞いたことがある話だったので、慌てつつも数字は答えられた。

 

「……残念ながら、それはマガジンに装填されている数だ、白銀。まあそれを『装弾数』と言う場合もある。ただ車内にあるの総数としては予備を含め40発だ。分速15発を誇る最新鋭といって差し支えない砲だが、それを撃ちきってしまえば、後方に下がるしか無くなる。継戦能力という面では戦術機には比肩できん」

 武がうろ覚えではあるものの、あながち間違いとは言い切れない数を答えてしまったせいで、感心されたような呆れられたような中途半端な顔で、まりもが説明を続ける。

 

「このあたりの知識は、衛士訓練には必須ではないが、友軍の兵装くらいには興味を持っておけ。まあ腕立て伏せは免除してやる」

 

 

 

 

 

 

「ふむ……いい機会だ。貴様らは戦術機に乗るために衛士を目指しているが、対BETA戦において有効な兵科とは何だと考える、彩峰? 理由も合わせて延べよ」

 衛士訓練における座学の内容としては脱線に次ぐ脱線だが、今日の座学の本題はここだろうと思わせる物が、まりもの声にはあった。

 

「……はい。航空戦力が利用できない現状では、戦術機、と考えます。先の教官のお話にもあるように、機動力と携帯弾薬数などの面から持続的な戦線構築にもっとも適した兵科だというのがその理由であります」

「なるほど。個々の耐久性ではなく、機動火力による戦線維持能力、ということか。では、榊は?」

 慧の答えに直接的な正否は告げず、次に移る。

 

「作戦立案と、それを実行に移す兵站……などということでなければ、やはり戦術機だと考えます。彩峰に付け加えますと、移動速度が速い、そして行動半径が広いことから、防衛時においても前線を重要拠点から遠く離すことが可能だと推測します」

 先程までの座学の内容を踏まえ、千鶴は補給面なども考慮するが、答えとしてはやはり戦術機を推す。これに対してもまりもは正否を告げない。

 

「御剣は……。ふむ? 面白そうな顔をしているな。せっかくなので、貴様には最後に聞いてやろう。では珠瀬?」

 どこか思い悩むような顔で、それでいて答えが判っていそうな冥夜を、わざと抜かす。

 

 

 

「砲兵だと考えます。戦術機では面制圧能力に欠けるために、長射程と高い面制圧能力を持つ榴弾砲やMLRSなどのロケット砲がもっとも有効だと考えます」

「なるほどな。ある意味でもっとも単純な火力、というわけだ。では鑑は?」

 

「海軍になりますが、戦艦を筆頭とする各種艦艇と考えます。戦車は、先ほどの話を含め弾数に制限があるからこそ主力でないとするならば、豊富な弾薬積載量と、長い射程を誇る艦砲こそが主力足りうると考えます」

 壬姫の陸軍における火力の要ともいえる各種砲兵力に対し、純夏は判りやすいまでの大艦巨砲主義を主張する。

 

「珠瀬と鑑とは似たような意見か。鎧衣はどうだ?」

「火力及び投入場所を選ばないという点から見て、戦術機再突入殻を含む軌道爆撃だと考えます」

「ああ、米軍の戦略軌道軍などだな。さて。では白銀はどうだ?」

 

「地表での防衛戦や間引きなどに関しては、戦術機では殲滅能力に欠けます」

 武としては戦術機の有用性とその脆弱性、そして結局のところの火力不足などは身に沁みている。そして、まりもの話の先は理解しつつも「戦術機だけ」を使わなければならない場面の話を、207Bに説明しておく。

 

「ただ対BETA戦を、ハイヴ攻略という点にのみ注目すれば、戦術機です。消去法的ではありますが、現状では戦術機以外ではハイヴ内戦闘を満足に行えません」

 ハイヴ内は巨大なアリの巣、と言ってもいい。立体的に交差する巨大迷路のようなその中で、戦闘行動が可能なのは戦術機くらいだ。中に入ってしまえばなぜか光線級がレーザー照射をしてこないとはいえ、ハイヴにヘリなどで侵入しようとすれば、それまでに間違いなく撃ち落される。

 ハイヴ内の機動という面だけで言えば、次点では機械化歩兵となるかもしれないが、こちらの場合は単純に火力も機動性も低すぎる。

 

 

 

「よし、では、御剣は?」

「はい……教官の問いに関する答えといたしましては、今まで皆が上げたものを含む、人類の『全軍』だと考慮いたします。理由としてはそのどれもが単独では持てる能力のすべてを発揮することができないからであります」

 どこか煮え切らない口調で冥夜が言う。昨夜の武との会話や、今までのまりもの問いの流れからそう答えるしかない。

 答えの正しさには自信を持ちつつも、そう答えるように誘導されたことに、少しばかりの悔しさがあるのだろう。自身で考えて導いたものではないのが歯痒いようだ。

 

「その通りだ。さて御剣に言わせるような形になったが、今皆が上げたものはそのどれが欠けたとしても対BETA戦においては万全とは言えない」

 先陣を斬る軌道爆撃に、戦線を構築する前衛たる戦術機、後衛として最大火力を投射する火砲や艦艇。そしてそれらを援護する機械化歩兵に各種の戦闘車両など。

 

「結局のところは統合運用されてこそ、各兵科はその力を如何なく発揮できるということだ」

 

 

 

 

 

 

「なにやら協力と団結こそが人類の力だ、などと綺麗に終わらせるのも良いが、少しばかり時間があるな」

 午前の座学の最後の締めに何か予定しているようで、にやりとわざとらしいまでに偽悪的にまりもが嗤い、映写機を設定し一枚の写真を映し出す。

 

「これこそが重慶防衛からほぼ10年、東アジアだけでなくユーラシア全域で最も対BETA戦において活用されている『主力兵器』だ」

 

「……え?」

 誰かが言葉を漏らした、いや全員が声を出してしまった。それはその「主力兵器」に驚いたのか、それともそれを操る「兵士」へのものか。

 

 砂にまみれ、元の塗装など判別もできないようなピックアップトラック、その荷台には二門の砲を備える対空砲らしきものが設置されていた。そしてドライバーも砲手らしき者も、助手席で突撃銃を構えている者も誰もが、襤褸切れのようになったシャツとズボンだけしか身に着けていない。

 そして彼らは、まだ10才を少しばかり過ぎた程度にしか見えない少年兵とも呼べないような「子供」だった。

 

 

 

「ある面において、陸上戦力の中核と言えるものが、これら武装ピックアップトラック、通称テクニカルと呼ばれるものだ。ああ、これは搭載しているのがおそらくはZU-23-2だと思われるから、まだ良い装備だな」

 ZU-23-2はその形番が表わすようにソ連製の23mm連装機関砲で、対空機関砲として設計された。旧式ではあるが安価で扱いやすく耐久性が高いという特徴から、共産圏を中心に多数の国で使用されている。

 

 BETAは光線級以外は遠距離攻撃手段を持たない。

 戦術機もそうだが、戦闘車両においても装甲による防御性能の向上は、対BETA戦においてさほどの意味が無い。そうなれば装軌式の高価で鈍重な自走対空砲ではなく、装甲もないトラックに対空砲や重機関銃を備え付けただけの物の方が「効率的」なのは確かだ。

 

(主力戦車でも戦車級にバリバリ噛み砕かれてたからなぁ……)

 一早くショックから立ち戻った武だが、それでも落ち着けたわけでもなく、どこで見たのか定かですらない、助けられなかった者たちの記憶を掘り起こしていく。

 

(それにまあ、たしかに23mmの連装なら戦車級くらいは相手できるけどよ……)

 機械化歩兵の兵装にもあるが重機関銃の12.7mm以上であれば、小型種はもちろん中型種も撃ち抜ける。

 そしてまたBETAも大型種であったとしても、全身を外殻で覆っているわけではない。距離にもよるが20mm砲弾であれば、それなりの効果を発揮できる。それに相手が勝手に近づいてきてくれるのだから、多少射手が下手でも弾をばら撒けば当たることもあるのだろう。

 

「ピックアップ自体はただの市販車だからな。不整地走破能力は間違いなく装軌式に劣るが、その分整備性も高ければ運転性も良好だ。適当に走らせるだけなら一日もあれば教え込める。無理矢理荷台などに括り付けた『銃砲』も、撃って弾薬交換する程度なら簡単だ。なによりも『人的資源』を含めて考えても非常に安価というのが良いそうだ」

 

 ご覧のとおり、使っているのは10を過ぎた程度のガキどもも多い、と続ける。あとは崩壊した国家から逃げ出してきた軍人崩れの民兵や、避難民キャンプから一縷の望みを抱えて出てきた志願兵だという。なるほど衛士を教育することと比較すれば、それは確かに「安い」のだろう。

 

 機械化歩兵用の強化装備どころか、正面防盾さえない機関砲が「程度の良い」装備なのだ。少年兵が操るそんな即席兵器が、これが主力装備だと言われてしまうような現状こそが、現在の対BETA戦の実態だった。

 

 

 

「さて。貴様らがいかに恵まれた、選ばれた存在か理解したところで、その期待に応えられるように一層の努力を期待する。以上だ」

 まりもに促され、自動的になされた号令と敬礼。

 おそらくは訓練小隊結成以来最も揃っていないそれをもって、午前の座学は終了した。

 

 

 

 

 

 

 




前回に続き座学~で、結論「TOY○TA SUGEEE!!!」
……マブラヴ原作では影薄いというか、存在するよね?

さすがにマブラヴ世界ではトヨタ戦争(チャド内戦)はなかったでしょうが、概念的にはWW2のイギリスL.R.D.G.のデザートシボレーあたり、テクニカル自体はまあ70年代末には出てきますし、対空戦車の対BETA戦転用よりは便利なんじゃね?という感じです。106mm無反動砲とか積んでたら要撃級くらいまでは相手にできそう(ただし生き残れるとは言っていない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

否定の識見

 対BETA戦の主力ともいえるのが少年兵の操る半ば以上に使い捨てのテクニカルだと知らされ、自分たちの立場の意味と価値とを問い直せとも言われた午前の座学。その最後の衝撃に昼食の際には皆言葉もなかった。

 そんな皆の様子を確認した上で、武は個々人が考えを整理する時間も必要だろうと、その時は何も告げなかった。そして午後の教練までの時間を使い、皆とは一旦別れターニャのレポートにだけは目を通しておく。

 

(あ~しかし、こっちの世界でちょこちょこと変化があるのは、やっぱりデグレチャフ事務次官補の影響、か)

 午後の教練中はさすがに考えながら動くことができず、夕食前になってようやく読み込んだレポートの内容に頭が付いて行く。

 

 207Bの皆もさすがに教練の後の夕食となると、表面上は普段のふるまいを取り戻していた。食事を取り走り込みが始まれば、消化すべき情報の一つとして飲み込めてしまう。その程度には207Bの訓練は完成されていた。

 ふと昨夜冥夜に言われたことを思いだし、純夏を目で追ってみると、確かに少しばかり空元気とでも言えるような態度だ。武の編入に集団生活、さらには午前の話、だ。尊人共々に隊のムードメーカーというのを無自覚ながら実践しているようだ。

 

(このままでもどうにかなりそうなんだけど、鑑だけじゃなく鎧衣も珠瀬も空元気だよなぁ。やっぱりちょっとは危ういのか? かと言って俺が今すぐどうこうするってのも……どうなんだろうなぁ)

 自分自身の純夏への対応さえ決めかねているのだ。207B全体の問題を指摘したうえで、改善できるような切っ掛けをいまの武が作れるとは自分でも思えない。

 

 そんな風に煮え切らないままに夕食を取ろうとしていると、昨日の打ち合わせの続きとして呼び出されてしまった。

 武としては少しくらい皆と話しておきたいとも思ったが、今の立場としては相談されるまでは放置するというのも、一つの方法だと割り切る。それに夕呼とターニャとを待たせる訳にはいかない。

 

 

 

 

 

 

「遅くなりました。申し訳ございません」

「気にするな、まだ予定時間ではない」

 武よりも先にターニャが執務室にいたため上官二人を待たせてしまったかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 ちょうど夕呼がターニャにコーヒーを出したところから見ても、社交辞令でもなく、ターニャとしても来たばかりなのだろう。

 

「興味深いレポートでしたわ、デグレチャフ事務次官補。ありがとうございました」

「いや、香月博士の役に立てたのであれば、こちらとしても幸いだ。白銀武のレポートも現場からの視点でなかなかに斬新ではあった」

 累計して80年近い対BETA戦の経験があるとはいえ、ターニャ自身は衛士でも無ければハイヴ攻略なども未体験だ。

 横浜ハイヴの無いこの世界においては、どの様な形であれいまだにハイヴ攻略は達成されていない。武の著した桜花作戦のレポートというのは、00ユニットとXG-70dという例外的存在があったとはいえ、間違いなく現存する唯一の成功したハイヴ攻略の情報だ。

 

 

 

「白銀も読んだわよね?」

「は。自分の知らぬ情報も多数あり、今後の参考としたいと思います」

 ターニャから出されたレポートは、武の知っていることも多かったが、それ以上に未知の物も含まれた。また今の武にとってUL世界線の2002年以降の記憶は確率分布が広いためかなにかと不鮮明で、その時期の情報は非常に新鮮でもあった。

 

「私と白銀とのレポートのうち、急ぎ外部に公開すべきは三点。母艦級の存在と、戦術情報伝播モデル、そしてBETAは学習する、この三つだ」

 現時点では未確認ではあるが、BETAが大深度地下を侵攻している事実から、母艦級。

 BETAの戦術情報伝播モデルがピラミッド型ではなく、箒型であること。

 そして何よりもこちらの戦術や兵装に関して学習し対応すること。

 それぞれを「推定」という形で、まずは安保理に上げる。

 

「BETAの生態というと生物扱いしていて語弊を招きますが、頭脳級や上位存在などはいまは伝えるべきではありませんね」

「そのあたりは軍としては正直どうでも良かろう。科学者にとっては重要かもしれんが、それこそなんらかの物証が要求される」

 BETAがただの炭素系土木作業機械であることや、珪素系生物であるという上位存在、反応炉が頭脳級と称すべき通信と補給能力を兼ねた個体だという情報などは、急ぎ知らしめる必要は薄い。

 しかも、いくらJASRAと第四計画の名を使うと言っても、物的証拠が無ければ納得させられない部分も多い。

 

「しかし第三は、こう言っては何ですが、かなり真実に辿り着いていたのね……」

 

 ――BETAは人類を生命体として認めていない

 

 1992年のインド亜大陸反攻作戦、スワラージ作戦。インド亜大陸での勢力挽回を懸けて発動されたボパールハイヴの攻略だ。

 その一角で第三計画配下の特殊戦術情報部隊が地下茎構造に突入、リーディングによる情報収集を試みた。戦闘には一切貢献しないどころかデッドウェイトとなるESP発現体を、わざわざ複座型の戦術機まで用意してのハイヴ侵入。多大な損害を積み上げたうえで、第三計画が入手できたのは、ただこれだけだった。失敗と考えられているが、武とターニャの知識を加えると非常に重要なところまで近付いていたのだ。

 

「つまるところ、人類や地球上の他の生命だけではなくBETAも含め炭素系生物は生命体ではない、とBETAは処理しているということだ」

 入手した情報の解析を間違えたというわけだな、とターニャは自戒するように呟く。

 原作知識のあるターニャからしてみればBETAなどただの数が多いだけの土木機械だ。最初から相手を生物としては考えておらず、出来の悪い自働機械として対処してきた。だがそれを周知することには失敗しているのだ。

 

 

 

「日本語で言えば、言霊による呪いともいえるな、これは」

「名付けによる思い込み、というのは存外無視できません」

「ああ。最初にBETAと呼称する際にも、かなり反対したのだがね……」

 BETAの呼称は「人類に敵対的な(Adversary of human race)」という言葉も入っている。だがそもそもBETAからすれば、別に人類と敵対などしていない。あくまで資源収集という創造主からの命に愚直なまでに従っているだけだ。人類の抵抗などその過程での自然現象程度の認識だと、武やターニャの知識からは推測される。

 

「そこまで……そこまで知っていてなんで、なんで放置してたんですか……」

 軍人としての地位が必要だとガキのように思い込んでいた二周目の「シロガネタケル」を肯定するつもりはないが、「原作知識」とまで言い切ったターニャの知識とその地位があれば、もう少し人類は効率的にBETAへ対処できたのではないかと、言いたくもなる。

 

「もしや白銀? 私がこれまでに未来知識を用いて介入してこなかったとでも考えているのかね?」

「……え?」

 だが武の愚痴にも似た願望はあっさりと否定された。ターニャの介入があった上での現状だと。

 

 

 

「デグレチャフ事務次官補は、当時は大佐でしたか? 着陸ユニットが喀什へ落ちる前から核攻撃を企図していたのよ」

 

 夕呼が補足するように、介入の一例を上げる。

 歴史を振り返れば誰しもが考えるであろう、最初のBETA着陸ユニットが落ちた直後の核攻撃。

 月から帰ってきたターニャは、ありとあらゆる伝手を使い密かに計画を押し進め、あと一歩というところで自らの祖国、合衆国にその計画を阻まれた。

 

「アレが唯一人類が勝利できる最後の瞬間だったかもしれん」

「白銀。判ってるとは思うけど、この件も他言無用。各国の軍上層部ではわりと知られた話だとは思うけど、アメリカにおいてはいまでも国家安全保障委員会による指定機密よ」

 ルナリアン案件、と一部では呼ばれているという。

 月面帰りとはいえ、一介の大佐が独断で核の使用を進めていたのだ。越権行為を超えて叛乱だと見なされるのも当然だ。

 

「了解しました。しかし……そこまでしてもなお事務次官補、ですか」

 他国に情報が流れている、というのはある程度わざと流したものだろう。

 政治に疎い武としても、ターニャを信奉する派閥あるいは人脈というものがいかに強固なものなのか、おぼろげに想像できてしまう。

 合衆国において間違いなく叛乱紛いの事態を引き起こしているのに、それでもなお合衆国主導の国連機関の局長を務めているのだ。月面戦争経験者という肩書以外にも、積み重ねた実績があるに違いない。

 

 

 

「失礼ながらお聞かせ願います、デグレチャフ事務次官補。喀什への核攻撃を止められたことまでご計画の内でしたか?」

 夕呼の行動をいくらか見てきた武にしてみれば、どこまで意図しての行動なのか、確認しなければならない部分もある。

 合衆国の地位向上のために、核攻撃の計画からその中断まで自作自演だったのか、と。

 

 現在から振り返ってみれば、着陸ユニットが落ちた直後に喀什への核攻撃がなされなかったというのは対BETA戦において明らかな失点だ。ただ政治的な意味合いでは「人類全体のために他国への核攻撃までも考慮していた」というのは非常に強力な意思表示となっている。合衆国は他国に核を用いててでもBETAに対抗する立場を取ろうとした、というのはBETA大戦が続くに従い、時間が経てば経つほどに強力な意味合いを持つ。

 逆に、それを常任理事国という立場を盾に押し留めた中ソの立場は、言ってしまえば人類全体の敵と見なされてもおかしくない。

 

「残念ながら、喀什への核攻撃を止められたのは、私としても非常に遺憾だ。コミーどもへの意趣返しのために、世界の七割を支払うのは割に合わん」

「不躾な問いにお答えいただき、ありがとうございます」

 

「いや……そうだな、はっきりさせておこう。喀什に限らん。なにかと気にかかっていたことに対し出せる限りは手を出したものの、正直なところ大きな変化は今までのところ起こせていない」

 これも因果の収束とでもいうのか世界の復元なのかね?と夕呼に尋ねる。

 先程のBETAの呼称などもそうらしい。簡単に変えれそうに思えた事象や、権力を用いてでも変えようと思った事象も変更できないことが多いという。

 確かに武の記憶からすれば極東アジアの防衛戦は三年以上は確実に時間を伸ばしている。だがBETAの駆逐という目標からしてみれば「大きな変化」とまでは言えない上に、第五計画の発動を阻止できるほどの決定的な変化が起こせていないのだ。

 

「他にも半導体技術の進歩を促しても、なかなかに進まん。もちろん変えられた事項も、ある」

 シリコンバレーに注ぎ込んだ損失くらいはシェールオイル関連で回復させて貰ったがね、とターニャは嗤って見せる。武の知る世界線よりは、石油資源関連はまだ良好なはずだという。

 

 

 

 

 

 

 

「こういう状況だ。我々三人は協力できると思うのだが、違うかね?」

「あたしもデグレチャフ事務次官補とは協力できると思いますが、そこの白銀を含む利点は?」

 夕呼からしてみれば、桜花作戦のレポートが手元にあり、またターニャからの情報もある現状、武の価値はさほど高くない。他世界線とは異なり鑑純夏が普通に生きているため、誰を00ユニットにするかどうかさえ不透明なのだ。AL世界線での武に対して重要視された調律役という意味も、この世界においては今のところかなり低い。

 

「先ほど言った世界の復元ではないが、それさえも白銀武であれば打ち破れるのではないか、いや白銀武が打ち破る物として織り込まれているのではないか、という願望じみた期待、だな」

 だが否定的な夕呼に比べて、ターニャとしては武の存在に期待している部分はある。

 自身の無能さを嘲るような自嘲とともに口にするが、ターニャでは変革できなかった事象が、様々に積み重なっているのだ。

 

「実証しようのない話ですね」

「科学、という面で見れば比較もできんし追試もできんからな。まあそれは別に良い」

 あくまでそれは、そういう事もあるかという願望どころか妄想の範疇だ。

 

「そんなオカルトじみた話を除いたとしても白銀武の持つ記憶には価値がある。私が期待するのは、戦術機用新OSの概念とその開発、『桜花作戦』の詳細、BETAに対する追加知識、といったところだな」

 半分くらいはすでに提出してもらっているようなものか、と数えながらターニャは嗤う。

 

 

 

「失礼ながら事務次官補。白銀の言うOSはそれほどの物なのでしょうか?」

「ふむ。科学者としての香月博士には、実感しにくいか。軍人として言えば、必須だ。何よりも衛士の損耗が防げるというのは大きい」

 

 ターニャは嗤いを引き込め、真顔でXM3の必要性を告げる。

 AL世界線のシロガネタケルが何を思ってOSの開発を望んだかは、この際関係が無い。XM3の能力があれば、確実に戦術機の性能は向上し、かつ衛士の死亡率が下がるはずなのだ。

 防衛だけであれば、ロケットを含む火砲の長射程化と威力向上、車両の高機動化などで対応できる部分も大きい。だがことハイヴ攻略においてはXG-70が数を揃えるどころか完成の見込みさえ立たない今、戦術機の量と質どちらも高める必要がある。その為にはXM3がコスト的に最適だった。

 

「そして『未来知識』を持つ者としてとして言わせてもらえば、ハイヴ地下茎のデータがあるという条件の下ではあるが、あのOSといくつかの第三世代戦術機が改修されればハイヴの攻略は可能となる」

 問題となるのは、そのハイヴ地下茎の構造図だがね、とターニャは再び嗤う。

 

 

 

 

 

 

「さてそこで00ユニットの問題だ。昨夜話したカガミスミカとシロガネタケルの『おとぎばなし』に関しては、まあどうでも良かろう。我々には干渉しようのない隣接した世界線の話だ。ただ長々とカガミスミカの性格上の問題点を指摘したのは、それを00ユニットの問題点として考えてもらいたい、ということだ」

 00ユニット脅威論。いまだ形もない00ユニットだが、完成して能力が明らかになれば、間違いなく巻き起こる論争だ。

 

「00ユニットになっている世界線が存在しているのなら、この世界でもあたしがカガミスミカを00ユニットとする、とお考えでしたか」

「何がどう適正なのかは知らんが、鑑純夏がもっとも素体適正が高いらしい。が、BETAへの情報流出は別にしても、あのような人格を持つ者に00ユニットとしての力を授けるというのは、非常に不安を感じる」

 

 鑑純夏という一個人が、00ユニットというこの世界最強の処理能力を与えるにふさわしい人格かと問われれば、本人を詳しく知らない夕呼には判断しきれない。だが「原作知識持ち」のターニャとしてはあれほど不安定な人間に与えてよい能力だとは思えない。

 

「そもそもだ。白銀武からは聞いていないのかね? この世界ではおそらく00ユニットはまだ完成できない。素材が足りんよ」

「脳髄だけで生きている状態の00ユニット適合者、ですか。確かにそのような人材には出会えておりませんわ」

 

 それだけではない、とターニャは続けて否定する。

 

「肝心の部分の発想が出てこないと言われていたが、因果による制限か何かだろう。BETAが存在する世界における『香月夕呼』には絶対に思いつけない、という可能性が高い」

 

 それは科学者としての香月夕呼への死刑宣告だ。夕呼の才能がどれほどのものであれ、この世界に知識の根幹を置く限り、けっして正解には到達しえない預言だった。

 

 

 

「その上で、だ。あらためて確認するが香月博士、貴女の望みは何かね?」

「BETAの根絶と、人類の救済、ですわ」

「そうであれば国連、そしてJASRAとしては協力できる」

 夕呼は躊躇いもなく正論を吐く。ターニャとしては因果律量子論の実証と解析、などと言われたら即座に切り捨てるつもりだったようだが、さすがは「魔女」とまで称される香月夕呼だ。どこまでが建前かはともかく、その建前を表に出し続けるだけの意思がある限りターニャにとっては問題ではない。

 

「ではそれを前提として、香月博士。少しばかり早いが、あらためて第四に関する視察と今後の方針を決めたいのだが、良いかね?」

「さすがに提示できない資料もありますが、構いませんわ」

「そのあたりは私の所のスタッフが揃い次第でいい。今はここの三人で方向性を纏め直すくらいだ」

 

 メモなど残せるはずもない話なので、三人が三人共にコーヒーカップを手にしたままに、間違いなく今後の世界の命運を決定づける話し合いがはじまる。

 

 

 

 

 

 

「まずは確認だ。香月博士自身ではなく、第四計画の目的は?」

「00ユニットを用いてのBETA情報の収集。その情報を基にした対BETA戦略の構築、ですわ」

 横で聞いている武としては何をいまさらとも思ったが、二人にしてみれば目的の確認と認識の共有は何よりも必要な、儀式ともいえる。

 

「ふむ。おめでとう香月博士。第四計画の完遂は眼前だ」

「え?」

「……ええ、やはりそういうこと、ですわね」

 第四が完遂眼前などと言われても、武には信じられない。が、夕呼は納得しているようだ。落ち着いた様子でコーヒーを飲んでいる。

 

「理解が早くて助かるよ」

「一人判っていないのが居りますが、ご説明願えますか、次官補」

 武としては二人の視線が痛いが、説明される程度には期待されているらしい、と前向きに捉えなおす。鎧衣課長の言葉ではないが、わざわざ説明してくれるということは、それだけにこの二人が武に対して何らかの期待をしてくれている、とも考えられる。

 

「今、香月博士の手元には『あ号標的』と接触した記憶を持つ白銀武がある。そして『原作知識』を持つ私がいる。我々二人から聞き出せば、それで情報の収集という目的は達成できる。あとはその情報をJASRAとの協力の下で、公表していけば終わりだ。理解できたかね、白銀?」

 言外に00ユニットの作成など、第四の、引いてはすべてのオルタネイティヴ計画通しての目的ではないとターニャは切り捨てる。情報収集と、その後の戦略構築こそが本題であり、手段は問われないのだ。

 自身の計画の根幹たる00ユニットの必要性を否定されているにも関わらず、夕呼も反論しようとしない。

 

 

 

「じゃあ、俺が一周目、え~UL世界線では第四は失敗したと言っても、どこか余裕があったのは二周目の成功した世界線があったからじゃなくて……」

「00ユニット使って知りたい情報のうち、結構なモノをアンタが持ってたからよ。それに加えてデグレチャフ事務次官補もおそらくループ経験があると予測したから。当然でしょ?」

 JASRAのレポート読んだら未来知識があることくらい判るでしょ、とまで続けられる。武としてもどこか違和感を感じたものの、さすがにそこまで思考は飛躍できなかった。

 

「第四の情報収集という目的が達成直前だというのは理解は出来ましたが……俺から得られた情報の真偽判定は? だいたい情報源が衛士にもなっていないようなガキの戯言なんて、誰にも相手されませんよ」

「この世界で『あ号標的』の攻略を進めれば、自ずと証明されよう。それにBETAの新種など、どれほど警告していようが眼前にするまで信じるはずもなかろう」

 ターニャとしては「カッサンドラ」とまで自嘲した経験からくる言葉だ。情報の硬度は確かに必要だが、結局のところ人は自身が信じたいものしか信じない。第五計画、とくにG弾の重力異常影響に対する警告など数多く上がってきているのに、推進派が一切の考慮を見せないのも、信じたくない情報には目をやろうとしない者が多いからだ。

 

「それに私は『JASRAとの協力の下で』と言ったぞ? 第四のみからの報告であれば疑惑も出ようが、こちらの補強があればそれも潰せる」

 ソースロンダリング、という言葉はこちらの世界にはまだなかったかな?とターニャは続ける。第四とJASRAとで相互に情報ソースをやり取りして、補強しあう。その途中にいくつか他の組織も経由すれば、最初の出所が武とターニャの記憶だけだったとしても、対外的な信憑性は補強できる。

 

 

 

「いや、だいたいJASRAってなんなんですか? 俺の記憶にはないんですが」

「ん?……ああ、そういえばそうだな」

「次官補? どういうことでしょう?」

「いや、簡単な話だ。私がいない世界線ではJASRAがない、というか結成されないのだろう」

 原作でもそういえばなかったような気がする、とターニャは言う。

 

「JASRAはその名の通りの国連の機関だ。統合代替戦略研究機関、既存の対人類戦戦略では対応できない対BETA戦における戦略を提示するのが仕事だな。ただまあ、私自身がアメリカ人ということもあり、国連軍の戦略方針にアメリカが口を挿むための機関、と捉えている輩も多い」

 事実、そう動いてきたからな、と合成コーヒーに口を付けながら嘯く。

 

 ただ合衆国の為とは言うものの、そもそもが合衆国内部のルナリアン派閥が強大化することを恐れた者たちが、その旗頭たるターニャを国連に放逐するために設立したような部署である。彼ら反対派にしてみればJASRA設立の結果、諸外国により一層ルナリアン信奉者を増やすことになったのは予想外のことだろう。

 

 

 

「そういう組織なので一定の信頼は確立されているし、いくつかの新型BETAに関しての警鐘も可能だ」

 母艦級などは現時点では観測されていないとはいえ、地中侵攻などの実例も多い。それほど違和感なく説明できる。反応炉を頭脳級と再解釈することも、BETAの指揮伝播モデルが箒型だという「推測」の補強としては都合が良い。兵士級の出現状況の推移なども補足としては使える。

 

「Γ標的は?」

「……あれはさすがに信憑性を高めるのは苦しいな。母艦級以上に警戒すべき最大の問題なのだが」

「ねえ白銀? 母艦級はアンタのレポートにもあったけど、Γ標的って何かしら? 名前くらいしか挙げてなかったんだけど?」

「俺にも直接対峙した記憶があるのかどうかアヤシイんですよ。ただ反応炉に要塞級と重光線級を大量に括り付けたようなヤツで、超重光線級と呼ばれています」

 

「……マジ?」

 珍しいことに夕呼が表情も取り繕わずに、「白銀語」を使って疑問を零す。

 サイズと機能くらいしか説明できないが、それでも戦術レベルではなく戦略作戦レベルでの脅威だということは、夕呼にはすぐ想像が付いたのだろう。

 

「Γ標的に関しては私の方の記憶でも、他ハイヴでの発見例がないためエヴェンスクでの局地的災害に対処した特例種、だと思いたい。さすがにアレが全ハイヴから湧き出してくるようならG弾の連続使用も辞さない」

 

 ターニャとしてもΓ標的が複数出現するような事態において、通常戦力で戦線を維持できるなどとは考えない。エヴェンスクなど海岸線近くでの、海軍の協力があってさえあれだけの被害なのだ。内陸部のハイヴに出現した場合は核地雷原への誘導などが成功でもしなければ対処できないだろう。

 

 

 

 

 

 

 




第四計画見直し~その1です。デグさんが話し出すと長い、ので分割しました。あとちょうど良かったので感想欄で頂いた石油関連の話をこそっと差し込んでおきます。

で、とりあえず的にオルタ後タケルちゃんが居れば情報収集としての第4計画は完遂してるよ、やったね夕呼先生、という感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

断案の過程

 話し合いが続く執務室で、最早何杯目かなど数えていないが、合成コーヒーがそれぞれのカップに注がれる。

 

 昨夜と同じくターニャに出された最初の一杯目は天然物だったが、いま三人が口にしているのはまったくの別物。合成コーヒーと呼ぶのもおこがましい、もはやただ意識を研ぎ澄ますためだけの黒い薬品としか言いようがないまでに煮詰められた物だ。

 好んで飲みたい物ではないが、いまこの場に必要な物であることは間違いない。

 

 

 

「ではあらためて質問だ、白銀。第五計画の問題点とは、なんだ?」

「いや……問題点どころか、全部ダメでしょう?」

 恒星間移民で救えるのは高々10万人程度。そして地球ではG弾の集中運用の結果引き起こされる「大海崩」。正確な生存者数などは覚えていないが、地球全土で1億と残っていなかったはずだ。

 「ゲーム知識」とはいえ、知っているのであれば説明するまでもなかろう、と武は思う。そして隠すこともなく表情に出てしまう。

 

「馬鹿か貴様。いや馬鹿だったな」

 武の言葉にまったく納得できていないようで、呆れ返ったかのような溜息が聞こえる。身長差から普通にしていても下から睨み付けられるように見えるが、今は間違いなく睨まれている。

 

 

 

「まず恒星間移民は長期的に見れば絶対に必要だ。BETA侵攻が全宇宙規模であることを鑑みるに、人類種の存亡という意味では、地球及び太陽系のみでの生存戦略はどこかで破綻する。これには香月博士も異論はないな?」

「そうですわね。有限な資源を、成功も覚束ない逃亡に消費することには賛成できませんが、もし『あ号標的』を撃破した後、それこそ人類の寿命が30年ほど伸びた暁には、必要なプランだとは考えます」

 

 もちろんバーナード星系だけに拡げた程度では不完全だろう。恒星間移民ではなく、BETAがハイヴを作らない小型の小惑星などでのコロニー建築も想定しなければならない、と夕呼も一定の同意は示す。

 

「ただし、これに関する利点と問題点とは、まあそれぞれにある」

「問題点の方は判りますよ。夕呼先生の言葉じゃないですが、移民船建造に掛ける資源や人材を対BETA戦に使用できないというのは、それだけで大問題ですよ」

「そうだ。純粋に予算の問題だな。人類の生産能力に劇的な向上が見込めない現状、無駄な物を作る余裕はない」

 ターニャは遠まわしに00ユニットも否定する。00ユニットも有れば便利なのだろうが、必須とは言えなくなっている。

 

 

 

「でも利点……ですか。少なくともいくらかの人はバーナードへの移民ができますが……」

 さすがに移民船団のその後などは知りようが無いので、成功したのかさえ武には記憶にはない。

 

「私の持つ『ゲーム知識』としては成功はしている、いや成功するようだ。だがそれはまた別だな」

 どうしても未来知識という点で時制が怪しくなるが、ターニャの知識としてはUL世界線の後には移民自体は成功したはずだ。もちろん、この世界においてもそのまま成功すると予測できるわけではないが、それも一つの利点とはいえる。

 

 

 

「判りやすい利点としては、大型航宙艦建造の施設やノウハウといったものの蓄積だ。正面装備となる再突入型駆逐艦の数を増やせ、という話も理解できるが、余裕のあるうちにこれらは積み上げておかねば必要になった時に数が揃わん」

 ただ消費される資源が10万人を逃がすためだけと考えればコストに見合わないが、それに付帯する他の利益があるのであれば、考慮もできる。

 

「大型航宙艦、ですか?」

「まさか白銀、アンタ地球からハイヴを取り除いたくらいで戦いが終わると思ってないでしょうね?」

「それに大は小を兼ねる、ではないが移民船建造のドッグは軌道上での駆逐艦建造や補修用にも流用できる」

 

 人類が月から撤退した理由は単純だ。当時の兵站限界を超えていたのだ。そして現時点では月面奪回など足がかりもできていない。火星のハイヴになど、観測衛星を届けるのが精一杯で現状ではそれすらも困難である。

 

「あと着陸ユニットの事前迎撃網は、現状では十全に機能していると思われるが、充足しているとは言いがたい」

 対宇宙全周防衛拠点兵器群「シャドウ」による着陸ユニット迎撃は、今までのところ成功している。

 ただ、これは月のハイヴからの投射物に対しているだけだ。現在までは観測されていないとはいえ、火星やそれ以外からの着陸ユニットの防衛にまで対応できるかどうかは未知数である。

 

 宇宙戦力は何かと金食い虫な上に維持が難しいが、水際防衛としてはどうしても必要な物だ。第五の移民計画に関連する技術開発などは、長期的視点で言えば宇宙軍関連の施設開発という面で、明らかに利点と言える。

 

 

 

「では次だ。G弾の大量同時運用に関する問題点を、具体的に指摘できるのかね?」

「いや……バビロン災害で、人類のみならず地球環境の大半が壊れるんですよ?」

「それは貴様の妄想ではないのか? 証明できるのか? 事前知識のない官僚共を納得させられるだけの資料を作れるのか?」

 やれやれ、とターニャにわざとらしく首まで振られる。

 確かに武が第五、それもG弾使用に拒否感があるのはバビロン災害を「知っている」からに過ぎない。物理学者でもない身としては「大海崩」の発生原因など説明しようもない。

 

「まあこの世界ではG弾が使用されたのはつい先日だから、余計に説得しにくいぞ」

「は?」

「そういえば白銀。知らなかったのよね、アンタ」

「ああ、そう……ですよね。この横浜にハイヴがまだ作られてないってことは、そもそも明星作戦も実行されてるはずが無くて……っとあれ?」

 武の知る限り、G弾が使用されたのは横浜ハイヴに対する明星作戦と全世界規模でのバビロン作戦だけである。そしてこの世界においてはいまだそのどちらも実行されていない。

 

 

 

「この世界線においては、先日の2001年10月22日に朝鮮半島の鉄原ハイヴに対する間引き作戦が、初のG弾の実戦使用となる」

 当然、爆心地での恒久的な重力異常や、それに伴う生態系特に植生への影響などの研究は、まったくと言っていいほど進んでいない。また明星作戦とは違い、ハイヴを攻略できたわけではないので調査さえ不可能だ。

 

「ついでと言えば、私がこのように縮んだ?いや若返ったのか? G弾の影響だと推測される」

 爆心地どころか反応境界線からも離れていたはずなのに、ターニャの身体には謎の効果が出ている。一応の検査では若返ったとしか言えないようだが、長期的な影響は予想もできていない。

 

「あ~そのようなお姿なのは、そういう理由?ですか」

「第五次元効果で若返った、など下手に触れ回れん。不老長寿を求めてG元素を飲む輩まで出始めかねんからな」

 さすがに表立ってそれを理由に第五を推進するような権力者はいないと思いたいが、ターニャの事務次官補という立場が無ければ、今頃どこかの研究室で薬漬けにされていてもおかしくはない。

 

「と、まあ。私の若返りはともかく、だ。第五を推進する連中にしてみれば、G弾の効果は肯定すべき点は多い。前線国家においても核のような直接的影響がいまだ理解されていない点で、G弾使用に肯定的な勢力も強い」

 

 第三が上げた成果が少なすぎるのも問題だった。オカルトじみた情報探索計画にこれ以上金と時間を掛けたくない、というのはよく判る。そしてその延長上の計画である第四の中核たる00ユニットの理解しにくさはESP発現体の比ではない。

 

 

 

 

 

 

「ここまでの話を聞くに、デグレチャフ事務次官補は、第五を推進するのですか?」

「まさか。あんな杜撰な計画を推し進めるなど、まったくの資源の浪費だ」

 移民船建造もガワはともかく中身は後に回してほしい、とまで言う。

 先ほどまでの発言は何だったのかと武としては思わないではない。が、話し合いの前提としては必要だったのだ、と考え直す。第五の利点として並べられた物は、それだけを提示されたとしたら納得してしまいそうなのだ。

 

「恒星間移民はともかく、G弾によるハイヴ攻略が可能だとする勢力、その立場はなんとなくですが判った気がします」

 かつての故郷を取り戻すためであれば手段を選ばない、という気持ちは理解できる。

 ただそれでもG弾の威力に幻想を抱き、重力影響の被害を低く見積もりすぎている点には、同意できない。

 

「ふむ。敵を知るという面で言えば、白銀。第五推進派をどう見ている?」

「え~と。先程までは、アメリカの利権を最大化したい自国覇権主義的な集団、といった感じで捉えていましたが……そんな簡単ではないんですよね」

「三流ドラマ張りの単純化されたまったくの先入観だな。正解からは程遠い。今はどうなのだ?」

 

「移民派とG弾派とが違うのはなんとなく判ります。自分たちが助かるために逃げ出したい奴と、BETAに勝てると思ってその後の覇権を握りたい奴の違いですよね?」

「へぇ~白銀、一応アンタ頭付いてるのね。じゃあG弾推進派の中でも違いがあるってのも判るわよね」

「え……G弾推進派の中身、ですか?」

 

 どうも二人からテストされてるようにしか思えないが、ここで切り捨てられるのも釈然としないので頭を動かす。

 ただ武としては以前の世界で目にした光景からG弾への拒否感が強く、どうしてもG弾を使おうとする者たちを理解しようと思えず、その心情が想像しにくい。

 

 

 

「やはりまだ受け入れれんか。良いだろう、簡単に説明してやる。先に白銀の言った通り、第五でも移民推進派とG弾推進派とは、かなり立場も構成員も違う。さらにG弾推進派の中でも実行の時期や使用する規模で、早期実行を目指す者たちと時期を見計らっている連中、逐次投入か集中運用かなどでバラバラだな」

 第五はアメリカが提唱し推し進めている計画だが、推進派には他の国の者もいる。むしろすでに国土をBETAに取り込まれた国家の中には、早期の奪還を企図してのG弾推進派も多い。

 もちろん比率としてはG弾推進派はアメリカの人間が最大だ。そしてBETA大戦後の世界覇権を握ろうと画策する者たちが中核ではあるものの、そのアメリカの中でさえ纏まっているわけではないという。

 

「ぶっちゃければBETAが中ソを完全に潰してくれるまでは積極的に介入しない、ってのがアメリカの中では一定数居るのよ。というかその筆頭みたいなのが、こちらのデグレチャフ事務次官補よ」

「ふん。せっかくあの土木作業機械がコミーどもを食いつぶしてくれているのだ。中ソの連中はどうせ助けたとしても借りだとも考えんぞ? いや貸し借りという原始的な取引さえ理解できんような連中のために、合衆国国民を危険に晒すようなことは出来うる限り避けるのが当然ではないかね?」

 BETAよりも先に社会主義者どもを滅ぼせとばかりにターニャは吐き捨てる。

 完全に防諜対策が為されていると安心しているのか、ターニャの言葉が先程からかなり崩れ始めていた。

 

 

 

「え、いや、今人類が存亡の危機に瀕してるんですよね? なんで力を合わせて立ち向かおうとしないんですかっ!?」

「人類一丸となってか、良い言葉だな。なのになぜ協力しないか? そんなことはコミーどもに聞いてくれ。組織内部での脚の引っぱり合いは奴らの伝統芸能だ」

 元の世界で歴史で習っただろう、と言われると返す言葉もない。大学受験のそれも内部進学者用の物だが、一応は世界史の枠内での知識はある。その数少ない知識でも、100年に満たないソビエトの歴史が分裂と内部粛清の連鎖だったというくらいは知っている。

 

「それともなにかね、ヨシフおじさんよりも、もーおじさんの信奉者になりたいかね? まあある意味正しさは証明されたとは言えよう。半数どころか七割近くの人口を失いながらも、あの国は一応なりとも列強の一角に居座っているのだからな」

 どうやらターニャは本気で共産主義が嫌いなようで、辛辣な言葉を立て続けに吐く。

 

「アタシとしては、どこの政治家も程度はどうあれ無能だとは思いますが……事務次官補が懸念することは判りますわ」

「下手に中ソの介入を許したままにハイヴの攻略など達成したとすると、BETA由来技術の拡散でそれこそ人類が滅ぶ」

 BETAによる損害が大きいこの世界では相互確証破壊が成立しない。そんな情勢下でG弾などが拡散した場合、自国の地位強化の為だけに、今無傷の後方国家群に向けて使用するであろう国がいくつでも想像できる。

 

「理想としては、中国共産党が消滅し、ソビエトが解体されてロシアと周辺国とに分裂。中露を常任理事国から、今の日本・オーストラリアと切り替わりで時限理事国に、むしろできれば安保理から放り出した後、ハイヴ攻略を始めたいくらいだ」

 さすがにそこまでの余裕は今の人類にはないがね、とは言うものの目がまったく笑っていない。出来るのであればその状況を整えたいとターニャが考えているのは、間違いなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

「まあコミーどものことは横に置こう。考えるだけでも腹立たしい。話を戻して、第五の問題点だ。香月博士としては、どう考える?」

「第五の問題は、敵を知ることを止めてしまうこと、ですね」

 武と違い、夕呼はあっさりと答える。

 

「判ったかね、白銀? これこそが第五計画の最大の問題だ」

 ディグニファイド12以来、オルタネイティヴ計画の根本的目的はBETAを知ること、これに尽きる。G弾を用いての対BETA戦略などを掲げる第五が特殊なのだ。

 現時点では武とターニャの未来知識とでも言える情報で、何とか対応策が立てられる。だが、それが活用できるのはあと数年程度だ。それ以上に時間をかけてしまい、もし「あ号標的」が人間の対抗脅威度を上方修正し新種のBETAなどを投入しようものなら、人類は対処療法的な防衛戦を強いられ敗北が確定的となる。

 

 

 

「そこで香月博士の協力が必要なのだ。第四の成果としてBETAの戦略・戦術行動を世界に提示する。それと並行しての喀什攻略だな」

「先ほど上げた三点の速やかな情報公開、ですか」

 母艦級などの新種の存在と、箒型戦術情報伝播モデル、そしてなによりBETAは学習するということ。

 

 特に注意しなければならないのは、相手の学習能力である。

 今のところは光線級や兵士級などといったある意味場当たり的な対策しかBETAは取っていない。初歩的な欺瞞戦術なども採用している気配はあるが、ターニャや武の知識からしても「戦術」と言えるほどの行動を取り始めるのはもう少し先のはずだ。

 

「BETAは学習し対処してくる。だが我々が何よりも警戒しなければならないのは、アメリカでなく自国利益を目論んでG弾の使用を推進する連中だ」

 周辺諸国が中途半端にG弾や電磁投射砲などBETA由来技術の兵器を使って、「人類がBETAを排除できる」とBETAに知られそれらに対処されてしまうことこそ、警戒しなければならないとターニャは言う。

 

 実のところ、第四が成功したとしても、アメリカの権勢にはさほど影響がない。それどころかむしろ地位向上も見込める。第四は日本が推進する計画ではあるが、日本の次に計画に出資しているのは、当然と言えば当然だがアメリカである。

 第四が十分に満足できる結果を出したならば、もっとも協力した「良きパートナー」として振る舞うだけなのだ。

 

 それはつまりは第四であれ第五であれ、合衆国主導の元でBETA大戦を終結させるという意味でもある。

 

 

 

「不満そうだな白銀? アメリカ主導のBETA大戦後の世界に納得できないというのであれば、帝国の力を付けておくことだ」

「それは……そうなのでしょうが」

 武としては言葉を濁すしかない。いくつものループでそれなりの年齢を重ねた記憶があるとはいえ、良くて20半ば程度までの記憶だ。それも大半が衛士としての物である。

 正直なところ、そんな政治向きのことは他の誰かががんばってくれと言いたい。

 

「まあ貴様の存在で、少しばかり日本帝国が有利になることは間違いなかろう。香月博士を説得する手間も省けた。XM3用の三次元機動データも取れるだろう。私が予定していたよりは少々計画は前倒しにできるはずだ」

 ターニャとしては「白銀武」の出現が無くとも、現状と似たような工程は考慮していたという。

 BETAの学習と対応とを止めるためにも、まずは喀什の最深部にある大型反応炉、重頭脳級「あ号標的」を破壊する。そのためには喀什に限定した上でG弾の少数投下後、軍団規模の戦術機機甲部隊のみでの侵攻を想定していた。

 

 ただそれは多大な犠牲の上に成り立つもので、成功も覚束ない。

 半導体技術の進歩も遅く、OSの改良はその利点の提示が難しい。第三世代戦術機の登場とその量産とを待たねばならなかったが、いまだに各国ともに満足な数を揃えられていない。

 しかも時間を掛ければ有利なのはBETA側だ。

 

 そして何よりも、BETA支配地域の中心点ともいえる喀什をいきなり攻撃する必要性を各国に納得させて合意させるだけの要因が極めて薄い。

 

 

 

「OSの問題が解決すれば、第一世代機や第二世代機でも十分な戦力となる。第四計画の成果として、喀什への重点攻撃の必要性を宣言することも任せられる」

「やはり事務次官補は00ユニットは完成できない、と?」

「香月博士の能力に疑問があるわけではないよ。先に言ったとおりだ。アレは世界の縛りとでもいうのか? この世界だけでは作れんと思う。そしていまの白銀武には、世界線を超えることは不可能だろう」

 

 AL世界線においても、国家や国連の援助を受けて、時間をかけ続けて研究していたのに成果は上げられなかった。それがEX世界線においてはあっさりと解決しているのだ。

 基本となる概念、発想の問題であれば、このままではけっして解に辿り着かない可能性の方が高い。

 

「もしかすれば、私や白銀の影響を受けて、明日にでもひらめくかもしれん。頭は柔らかく、としか言いようがないな」

「そういえばあっちの夕呼先生、なんかクソゲーやってて思いついたって言ってましたからねぇ。こっちじゃ無理か……」

 

 

 

「それに、だ。00ユニットがあればある程度の問題解消にはなるが、00ユニットだけでBETA大戦が人類勝利の末に終結する、というものでもない」

 00ユニットを用いて収集したい情報は立場によってそれなりに変わってくるであろうが、軍関係者としては直接的に対峙しているBETAの情報、そしてハイヴ攻略に向けての地下構造マップだ。

 

 しかしこれらの情報を手に入れるには、リーディングの為に00ユニットが反応炉、頭脳級に接触する必要がある。

 横浜ハイヴの生きた反応炉が存在しないこの世界では、あらためてハイヴを攻略しなければならないのだ。ハイヴ攻略のための地図が欲しいのに、それを手に入れるのは攻略後となる。00ユニットがたとえ完成したとしても、最初のハイヴ攻略が手探りなのは変わらない。

 

「結局のところは、まずいきなり喀什攻略、ですか」

「現状どこまで信用できるか怪しい限りだけど、ハイヴ地下茎の地図がそれなりにあるのは、白銀、アンタが書きだした喀什のそれくらいなのよ」

「ただし白銀の情報を元に喀什攻略を計画するなら、遅くとも2002年度中には実施すべきだな」

 

 霞のリーディングによる手助けもあって、武本人が思っていた以上に詳細に地図は書き出せた。ただそれは武が通ったルートに関してだけのことであり、また今後ハイヴが拡張することで変化してしまう可能性が高い。

 

 

 

「さて白銀、00ユニット無しでの喀什攻略。経験者としてはどう立案するかね?」

「ですが00ユニットが作れないとなると、XG-70は使えないんですよね。無理ゲーっぽくないですか?」

 ターニャをしてG弾抜きでの喀什攻略は不可能だと判断した。

 無理じゃないかとは言えない。ここで諦めたならば、00ユニット開発が絶望的な現状、第五計画が発動し「バビロン災害」がもたらされる可能性が高い。

 

 冗談紛れに武が口にするが、まったく考え付かない。00ユニットがあってしても、作戦から生還したのは武と霞の唯二人だけだったのだ。

 しばらく考えさせてくれとしか、武は答えようがなかった。

 

 

 

 

 

 

 




第四と第五計画見直しその2~という感じです。でようやく100000字超えました。お付き合いしていただいている皆様、ありがとうございます。

とりあえず七月いっぱいくらいまでは毎週火曜土曜二回更新は出来そうな……何とかしたいなぁくらいで進めます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

透察の闕乏 01/10/25

 訓練再開から三日もすれば、身体の痛みにも慣れてくる。

 いまだ書き終わらないレポートのため睡眠時間は十分とは言えないが、訓練に無理が出ない程度には寝ている。

 ただ喀什攻略計画がまったく考え付けないままに、いつもどこか頭の片隅を占拠している。長距離ランニングの際など、無駄に考え込んでいてペースを乱したほどだ。

 

「まったく……どうしろっていうんだよ」

「タケルちゃん、なんでご飯前にしてため息なんかついてるのさ?」

「煩い鑑、少しはゆっくり考えさせろ」

 食事中に考えたくらいで思い浮かぶものではないが、かといって考えるのも止めることも難しい。

 

 

 

 武の知る桜花作戦が、甚大な損害を出しながらも「あ号標的」たる喀什の重頭脳級を破壊できたのは、作戦の参加した数多くの将兵の挺身の賜物というだけではない。一兵器に意味を与えすぎるのは問題だと判るものの、00ユニットが制御していたXG-70d 凄乃皇四型が無ければ破壊は不可能だったはずだ。

 破壊だけであれば10発程度のS-11があれば可能かもしれない。しかし、そもそも武たちのXG-70dと冥夜の武御雷とが「あ号標的」にまで到達できたのは、XG-70dのラザフォード場による防衛力と、そこまで到達するための予備燃料や弾薬などをXG-70dに搭載していたからだ。

 

 現状この世界では00ユニットは作れない。なにか他の手段でもってXG-70系列が稼働できるかも知れないが、その手がかりを武は知らない。

 しかも喀什はユーラシア大陸の内部。周辺は完全にBETA支配地域であり、兵力の陸上輸送は困難を極め、海上戦力からの支援は受けられない。使えるのは軌道降下だけだ。つまるところ、XG-70が無ければ戦術機のみでの攻略となる。

 

(初期の軌道爆撃を密にしてもらうくらいしか思いつかん。それでもXG-70もG弾も無しとか、軌道降下で大半が死ぬよな……)

 

 ターニャにしてもXG-70かG弾抜きでの喀什攻略は不可能だと考えているという。武が何か思いつかなければ、G弾を使用したプランが準備されるのだろう。

 あの柊町の姿を知る者としては、G弾の使用を認めたくはない。だがそれ以外に有効な方法が思い浮かばない。そして「仕方がない」という諦めから、武も他世界線での明星作戦でのG弾使用は認めてしまっている。

 

 そして喀什攻略は、例え成功したとしても帰還が恐ろしく困難だ。単純距離であればパキスタンからアラビア海に出るルートだが、カシミールを超える必要がある。西のカスピ海に逃げようにもそちらにはマシュハドとウラリスクのハイヴがある。

 

(マジで無理ゲーってヤツだな、これは)

 

「白銀、溜息をつくと幸せは逃げる、と鑑から聞いたぞ?」

「いやまあ……うん、これは深呼吸、深呼吸なのだ。身体には良いんだよな、鎧衣もそう言ってたっ」

 純夏に続き、正面の冥夜からも言われると、さすがに気不味い。ふとどこかで聞いた言い訳の材料に尊人の名前を出してしまう。

 

 

 

 

 

 

「白銀、隣は良いかね?」

「っ!?」

 そんな風に意識がふらついていたからか、座っていた武のちょうど頭の上から声が掛けられるまで、その存在にまったく気が付いていなかった。

 こちらに顔を出すということは考えてもなかったので対応が遅れ、立ち上がり敬礼しようとする。

 

「ああ、楽にしろ。PXでの食事中までは煩く言わんよ」

 それで何か思いついたかね、と武の返答も待たずに、ターニャは横に座る。

 

「……(へにょん)」

 遅れてきた霞はどこか残念そうに耳を俯かせ、武の斜め向かい、冥夜の横に座った。

 

 社霞の存在は基地内でそれなりに認知されている。具体的な配属先や階級などは不明なままであろうが、帝国軍白陵基地の中で国連軍に貸し出されているエリアでは、夕呼直属のスタッフとして扱われている。

 207Bの者たちも霞の存在は知っているのだが、もちろんその立場や能力は伝えられていない。その霞の横に並ぶターニャに至っては、さすがにどういう人物か推測もできないようで、誰も口を挿めない。

 

 

 

「……豚汁と卵かけご飯、ですか」

「せっかくの日本、それもまだ天然の新米だぞ? 今のうちに食べておかずにどうしろというのだ」

 何か話があるのだろうと武としては警戒していたのだが、トレーの上に載っている夕食を見ると、まずはそちらに意識が持っていかれてしまう。武の言葉通り、トレーに並ぶのはご飯に豚汁そして生卵と、豆腐とひじきの小鉢が二つ。

 

 ターニャも霞も手慣れた様子で卵を割り、箸で器用に混ぜている。二人ともに周囲の緊張には気にもかけていない様子だ。

 国連軍という多国籍組織だが、BETAの侵攻によって武の知るEX世界線ほどには各国の文化は拡散していない。箸を使うのは東アジア圏にとどまっている。非アジア圏の兵士の多くは、フォークとスプーンが主体だった。

 

 霞とターニャが並ぶと、見た目だけであればロシア系の美少女が二人。それが無表情で卵かけご飯を混ぜているのは、どこかしらシュールだ。

 

「まあそれに、こちらの社は寝起きのはずだ。朝定にはこれか納豆だろう?」

 満足げに卵かけご飯を食べながら、武にとっては驚きの言葉を告げる。

 

「社が寝起き? そうなのか?」

「…………(コクリ)」

 なるほど言われてみれば、起き抜けなのか少しばかり眠そうにも見える。普段よりも俯き気味だ。

 

「もしかして……俺が無理させてる、いやもしかしなくても無理させてるか……悪い、じゃねえな。ありがとう。これからもよろしく頼む」

「……(ふるふる)……(コクリ)」

 謝ることではないとあらため、感謝を言葉にしつつも罪悪感は残る。霞もその言葉を受けて、少しばかり笑ったような形で、耳を動かす。

 昨夜は寝てしまったとはいえ、武が以前の世界線での経験をレポートとして纏めている時には、霞はその横でリーディングを使いながら武が取りこぼした情報を書き留めている。そしてそれ以外の時間はおそらくはXM3の開発に携わっているはずだ。そうなれば確かに寝れるのは、武をリーディング出来ない訓練中の時間になるのだろう。

 

「でも社。ニンジンは食べなきゃだめだぞ」

「っ!? …………(ふるふる)」

 寝起きの理由も気にはなるが、ニンジンを避けようとくるくると豚汁を椀の中で混ぜていたのを軽く注意しておく。

 どこか悲しそうな目で武を見てくるが、好き嫌いは良くない。

 

 

 

「それで失礼ながら、その髪の色は?」

「ああ、これかね。偽装の一環だ」

 恐る恐るといった様子でニンジンを摘まむ霞を横目に、聞いておかねばと武は口にする。

 ターニャの髪は、元の金髪からいつのまにか染めたのか、霞と似たような僅かに青味がかった銀髪になっているのだ。

 

「もう少しばかり色の調整をしておけばよかったやもしれんが……こうしておけば第三の遺産に見えなくもなかろう?」

 おそらくは冗談なのだろうが、表情を変えないままに誰の耳があるか判らないようなPXで、堂々と言ってのける。が、残念ながら武としては同意しにくい。霞以外のESP発現体を詳しく知っているわけではないが、霞の横にいると一見似たように見える無表情でも、まったく違った意味合いに見えてくる。

 

「ん? 正直な感想を言っても良いのだぞ、白銀?」

「であれば……髪の色はともかく、立ち居振る舞いもなにもかも、社と違い過ぎませんか?」

「そのあたりは気にするな、ちょっとした欺瞞程度であり、私を第三の遺産だと信じさせたいわけではない」

 誰に対するどういう意味での偽装なのか、気にならないと言えば嘘になるが、説明されないのであれば仕方がないと割り切っておく。今この場でターニャが名を名乗らないのと同様に、必要となれば伝えられるはずだ。

 

 

 

「それで白銀? 演習の方はクリアできそうなのかね?」

 雑談は終わり、とばかりに斬り込んできた。ターニャの問いには主語が無い。

 

「自分としては神宮寺軍曹殿の教導には満足しております。問題は解消されるかと愚考いたします」

 二日ほどしか様子を見ていないが、武の目からすればギリギリ何とか隊は纏まっているように思えている。逆に言えば何かあれば一気に瓦解する程度の纏まりでしかない。

 

 むしろ武からすれば、ターニャが207Bの動揺を誘うためにこのような行動に出ているのは判るものの、出来ればちょっかいは出さんでくれと言いたい。207Bは周囲の視線に敏感すぎるところがある。間違いなく、今のターニャのように値踏みするように観察されれば、反発することは目に見えている。

 今も全員が緊張しており、直接的には視線は向けては来ていないが、武とターニャの言葉に注意しているのは、いやでも判る。

 

 

 

「……白銀聞いて良いかしら、そちらの方は?」

「榊っ!」

 冥夜が止めるが、もう遅い。

 やはり来たかと武はなかば諦めつつも嘆息する。

 

「白銀? これが衛士として有望な者たちの態度だと貴様は言うのかね? 特別扱いも度が過ぎるぞ?」

「申し訳ありません、榊訓練兵には後で叱責しておきます」

 口を挿もうとした千鶴は完全に無視したままに、ターニャもわざとらしく大きなため息をついて、武を睨み付ける。

 ここで自分が先任ではない、などとターニャに申し立てても言い訳にもならない。短い付き合いだが、ターニャに対して汚名を返上するには、実績で証明する以外にない。

 

 

 

「ふむ……では、一応挨拶はしておこうか」

 少しばかり考え込んだ振りをしつつ呟き、207Bの面々を視界に収める。

 

「わたしはターシャ・ティクレティウスですっ、軍人さんのことはよく判らないことも多いので、よろしくお願いしますね、お姉さま方っ」

「っ!!(びくぅっん!!)」

 ターニャのわざとらしいまでに可愛らしく作り上げた笑顔に、霞が飛び跳ねるように耳を立てる。

 

「……失礼ながら、ター、シャ? テレテ、ス?さん? 申し訳ありません、が、なんなんですかそれ」

「ターシャ・ティクレティウス、だ。いや、さすがにこの身体だからな、偽装せねばということで試してみたが、駄目か?」

「とりあえずターシャ……さん。社が怖がっているので止めてください。俺も怖いです」

 作った笑顔と声を一瞬で普段の無表情に戻し、他の者の反応を一切考慮せずに、ターニャは席を立つ。

 

 

 

「あまりの卵かけご飯の美味さに、恥ずかしいことに気が動転しておりました。前線に比べれば、後方のなんと快適なことか。ああ、申し訳ないご挨拶が申しあげるのが遅れてしました、あらためましてターシャ・ティクレティウスです。ご覧の通りの階級も定まらぬ若輩者ですが、何分ただいま絶賛所属不明の正体不明。言葉を飾らずに申し上げますと無職でありまして、身の置き所の無い故の無作法とお許しください。

 ではキャンパスライフを満喫中の皆さま、これよりよろしくお願いしたく存じる所存です。さあ、机を並べて楽しく平和に、たくさんのBETAを排除し、明るい帝国の未来を確立するべく共に学びましょう」

 

「え、まさか、そのター、ターシャさん? 我ら訓練兵に混ざる、とかおっしゃるのでしょうか?」

 妙に慣れたテンポで挨拶らしき口上をターニャは滔々と語り上げる。前半はともかく、武としては後半の最後が気になり問いを発してしまう。

 

「言葉の綾だ。衛士の訓練などには参加せぬよ。さて冗談はこれくらい位にしておこう。訓練後の語らいを妨げるのも気が引ける上に、我々にも仕事が残っている。では、な。訓練兵諸君、邪魔をしたな」

「は、お騒がせして申し訳ありませんでしたっ!!」

 言うだけ言い切って、返答を受けるつもりが無いと態度で示しつつ、ターニャは踵を返す。

 今度は止められなかったために立ち上がり、武も敬礼して見送ろうとする。

 

 その武を真下から、本人はその意図があるのかどうか判らないが、見られる方からすれば射殺されそうな睨み付けるような視線を送り付けて、言葉を残す。

 

「ああ……最後に、白銀訓練兵。自身の欠点を晒すようでいささかに恥ずべきことなのだが、私は香月大佐ほどには人間が出来ていなくてね。少々我慢が出来ない質なのだ」

 

 

 

 ――実力をもってして自らの価値を証明せよ、できなば去ね。それすらもできねば、今死ね。

 

 

 

 その後は振り返ることなど一切なく、ターニャはPXから姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 




少々短いですが、次との絡みでここで切っておきます。卵かけご飯美味しいです、ということでターシャ・ティクレティウス(無所属新人9歳?)登場です。髪の色は染めたのか、アレでナニしたのか、それとも謎の医療技術で変更したのかは、またかなり先にでも判明するかもしれません。

ちなみにタケルちゃんを脅すくらいには、ダグさん期待をかけています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特異の把捉

少しばかり榊千鶴へのアンチヘイト的な表現が有ります、ご了承ください。


「はぁ……榊、お前もしかして、バカか」

 ターニャがPXから立ち去るまで敬礼を続け、見えなくなったところで力尽きてテーブルに座り込む。

 落ち着くために、残っていた合成玉露をゆっくりと口に含む。

 

 殺されると思ったぞ、と緊張が解けた反動で言葉を漏らしてしまう。「殺されるかと」ではない。確実に殺意を向けられていた。無能・無価値だと判断されれば一切の躊躇なく、切り捨てられる。

 いまだ必要性の高い情報を持つ白銀武を殺すことはない、などというふやけた願望など持ちようが無い。最後にターニャから告げられた言葉は、武がその有用性を証明し続けなければ間違いなく実行される。それはおそらく207Bの面々に対しても同じだ。

 

 

 

「なによ白銀?」

「いや榊。先程の行為はそなたの失態だぞ。紹介もされていないのに、口を挿むべきではなかった」

「……それは、そうだけど」

 千鶴とて最初は沈黙を貫こうとしていたはずだ。それが我慢できなくなったのは、自分たちの隊の評価を、無関係の第三者に勘ぐられていたからだ。

 

「もしやそなた、あの方を外見で判断したのか?」

 冥夜が千鶴の躊躇いを見て、そう推測する。

 なるほどターニャは一見すれば霞よりも年下の少女、というよりも幼女だ。たとえ国連軍の軍装のような物を身に纏っていたとしても、その立場を想像しようがない。

 それが上位者として振る舞っているという異様さから、千鶴は口を挿んでしまったのだ。

 

 

 

 まあ丁度良い機会かと呟いて、武は姿勢を正す。

 まりもの指示で207Bは合同部屋での共同生活を始めてはいるが、それだけですぐに隊内の壁がなくなったというわけではない。今は形だけ取り繕っているようなものだ。

 そして先程のように外部からの評価には、病的なまでに反応してしまう。

 

「榊分隊長は、ご自身が首相のご息女であることを『特別』だと考えられているご様子ですが……」

「その無駄な遜りは止めて」

 気持ち悪いから、とはさすがに口にはしないがそうとしか思っていなさそうな顔だ。

 

「と、分隊長の許可が出たので、いつも通りにいかせてもらうか」

 まりもに丸投げして放置するわけにもいかず、やりたい仕事ではないが武は207Bの問題点の指摘を始めようと決意する。

 

 

 

「なあ、誰か二期前の前々首相のご子息、いやご息女でもいいや、今何をなさっているのか知っているか?」

 武は二代前の首相の名前ではなくその子供の、現在の仕事を問いかける。

 

「む……?」

「えっ……と、どなたでしたっけ?」

 冥夜と壬姫は思い出そうと頭を捻るが、何も出てこないようだ。

 

「御剣と珠瀬とが知らないようなら、誰も知らんようだな。ついでに言えば俺も知らん」

「白銀、あなたっ!!」

 からかわれたのかと榊が怒りを表すが、武としてはこれはまだ前提の段階だ。

 

「つまりだな。首相の娘の進退なんて、この国においてはそれくらいのもんなんだよ。だいたい国会議員って何人だ? 都道府県の知事クラスまで含めて、議員関係者やその経験者の子弟なんて数千人規模だぞ? 現職のご息女といえばそれなりの位置付けではあるが、そんな程度だ」

 むしろ財閥関係の子弟の動向に注目する方が衛士としてはマシだろう、とまで続けておく。

 

 

 

「だいたい国連軍に来た時点で、特別も何もねーだろ」

「それは、私は帝国軍に志願したのよ。どうせ父が後ろから手を回したのかもしれないけど……」

 

「人質、と言いたいんだろうが、今のお前にそんな価値ねーよ」

 ガキでも判るだろう、と一拍だけ間をあけて畳みかけていく。

 

「榊首相のご令嬢として価値を維持するためには、大学に進学して政界への道を作っておく必要があった。そうでなければ親父さんの派閥や後援会の援助どころか、同期の学閥にも入れねぇ」

「……政治の道を目指すつもりはないわ」

 

「だから国連の衛士訓練校に来ちまったお前は特別じゃねぇって言ってんだろ。特別視されたいんだったら、衛士訓練校じゃなくて最低でも海か陸の士官学校に行っとくべきだったな。そっちで佐官くらいまで上り詰めるんなら、まだ『榊』の家の名前に意味はあったかもしれん」

 榊首相はおそらく軍から意図して距離を取っている。逆に言えばその娘が士官候補として入ってくれば、間違いなく特別扱いされるだろう。

 

 士官学校出身に比べて、衛士も士官とはいえ前線勤務が主体であり、またその損耗も激しい。生き残れば階級は押し上げられるものの、軍内部での影響力を強めるものではないのだ。死なずに大尉までは上がれたとしても、衛士のままであれば少佐への昇進は困難だ。

 そして尉官と佐官の壁はこの時代でも大きい。

 

「衛士は確かに士官ではあるが、あくまで最前線の消耗品の一つだ。つまりは今の榊千鶴は政治でも軍事でも駒としては無価値なんだよ」

 

 

 

 

 

 

「逆にだな、彩峰の方が立場的には帝国軍にしろ、こっちの国連軍にしろ、お隣の大東亜にしろ、特別扱いされるわな」

 以前に経験してきた世界での武の記憶とは異なり、この世界では彩峰中将は存命であり、今なお朝鮮半島での撤退・防衛戦に司令官として参戦している。帝国内部だけでなく、アメリカをはじめアジア周辺国にまでその名は響いているという。

 

「半島からの撤退後には組織改編、というか解体が噂されている大陸派遣軍の、それも実績と人望ある中将閣下。組織再編の後にはこれまでの実績を考慮して大将に昇進の可能性もありえる。武家の出身じゃないというのも、この場合価値が高い。一般市井の視点を持てる、部下を思いやれる将官だという印象があるからな」

 実際のところは年齢的にも足らず、朝鮮半島からの撤退の責任を取らされるであろうから、階級据え置きのままに九州方面か山陰あたりの最前線に据え置きされることだろうが、今はそれは説明しない。

 

「で、そんな方のご息女を帝国陸軍はまあ受け入れにくいわな。ただでさえ大陸派遣軍と本土防衛軍で陸軍を割っちまった上に、それぞれの中で派閥が形成されてる。そんな中に放り込んだら次世代次々世代の旗頭に使われるのは間違いない。そもそも中将ご自身が派閥人事を避けておられるらしいという話まであるから、帝国陸軍に志願してもこっちに回されたんじゃないか?」

 

「……」

「何? 私と違って彩峰には士官学校行けとは言わないの?」

 武の話に思うところがあったのか慧は睨み付けるような目線ではあるものの口には出さずに黙っている。

 対して千鶴は、武の対応に不満があるのか、はっきりと疑問を挿む。

 

「正直に言って、だ。こいつに佐官以上の指揮官適性があるようには見えん。小隊指揮でギリギリ、中隊指揮なんて無理じゃねーのか」

「……まったくのどうい」

 

「いや、そこは同意するんじゃなくて努力するところではないのか、彩峰」

 自身の欠点を指摘されているのに、反論もせず肯定する慧に、冥夜が律儀に指摘する。

 が、他の者は納得してしまったのか、鑑に至ってはうんうんと頷いている。

 

 

 

 

 

 

「次に珠瀬の特別さは、ある意味では一番判りやすいか。親父さんが国連の事務次官だからな。ま、実際の職務内容なんかは知らない奴の方が多いんだろうが……」

 

(ぶっちゃけ俺なんか、なにか国連の偉い人、くらいの印象しかなかったからなぁ……親馬鹿以外は)

 続けて口にしそうになったが、武は何とか堪える。正直なところ、今でも珠瀬事務次官がどのような活動を行っているのかは知らない。

 

 これは武に限ったことではない。珠瀬玄丞斎は国連事務次官だが、その職務が如何なるものなのか、それを正確に説明できる者は少ないだろう。また判りやすい実務がニュースなどで取りあげられることも少なくはないが、やはり国内のそれに比べれば決して多いとは言えない。

 それ故にAL世界線では、日本人でありながらアメリカの権益を代弁しているようにも思われていた。一部の青年将校たちからは、榊首相と同じく売国奴とまで罵られることもあった。

 

「日本人としてではなく、国連に属する者としては何かと難しいとは思うが、素晴らしい方だとは俺も思う」

 こちらの世界ではまだ会っていないが、以前に見たクーデターの時の対応などを思い出す限り、立場は違えど国と世界とを護りたいという心意気は間違いなく感じられた。

 

「え、と。ありがとうございますっ」

 武が本心から、自分の父親を褒めていることが伝わったのか、壬姫は照れながらも嬉しそうだ。

 

 

 

 

 

 

「で、だ。榊に彩峰、珠瀬と。この程度は詮索するとかしないとか関係なく、ちょっと新聞でもニュースでも見てれば、誰でも知ってることだ」

 わざわざ隠して壁を作ることでもねぇーよ、と笑い飛ばす。

 先程から何度も知らなかったという顔をして驚いている純夏を見るといろいろと不安になるが、今は無視する。

 

「そっちのお気楽二人組からすれば、たしかに良いところのお嬢様方だが、まあ訓練兵の立場となった今では関係ない」

「お気楽二人組って何さっ!?」

「あははーでさ、タケル、ボクにはなにも無し?」

 

「鎧衣は、うん、あれだな、ほら。貴重な男子枠? それ以外は鑑と一緒ということにしておいてくれ。一般人というにはアレだが、一般人枠なんだよ」

「タケルちゃん、適当過ぎるよ。お気楽なのはタケルちゃんの方だよ……」

 誤魔化しているのがあからさますぎて、純夏にさえ呆れられたような声を上げられるが、鎧衣課長の件は本人が実の息子にさえ隠しているような話だ。防諜の面からも秘匿する意味は理解しているが、それとは別に感情的な面でも、他人が伝えるべきことではないと考えてしまう。

 

(ただ鎧衣課長のことだ。鎧衣は国連、夕呼先生への人質じゃなくて、第四反対派への釣り餌なんだろうな……手を出して来ればそこから背後を探るための)

 あの人に対して家族が人質として機能するはずもないが、そう思い込む輩がいないわけではない。

 娘、いやこの場合は息子なのだろうが、そうであっても国の為になら使い切ると、左近からは聞いた気もする。そして間違いなく必要があれば自身の感情を切り離して、鎧衣左近という人物はそれを実行できることを武は知っている。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、そなたの言いようは判った。特別だと思い込んでいるのは我らだけのことであった、と」

「まあ要はそういうことだ。それなりに注目はされるだろうが、所詮は一訓練兵。隊内で勝手に変な空気作ってそれを読みあってるんじゃねぇよってことだ」

 先程から黙って考え込んでいる千鶴と慧とを意識しながらも、冥夜は武を見据えてくる。

 話は終わりと、武としては言い逃げしたいところだが、それは難しそうだ。

 

「となると……私に対しては何もないのか?」

「正直に言えばこの言葉は使いたくないんだが、御剣の特別、特殊な立場か……」

 面と向かって問われると答えざるを得ない。さて、どういうべきか、と真剣に悩む。

 御剣冥夜の特別性は、いまさら武が本人に説明する必要など、まったくない。間違いなく冥夜自身が誰よりもそれを理解している。

 

 そもそもが御剣冥夜の立場は、知っている者が見てその背景を推測させれれば、それだけで機能しているのだ。そして知らない者にとっては、関与しようもない立ち位置だ。国連軍と帝国軍、そして諸外国の「その意味」が分かる層に向けての宣誓ともいえる。意味が理解できないような相手であれば、そもそも政治外交的な手段を取る必要さえない。

 将軍家が第四計画に対して好意的である、深く関わっていると周囲に思わせることを目的として、冥夜は第四に送り込まれた。送り込まれた時点で、既にその成果は挙がっている。

 

 榊千鶴と似て異なるのは、千鶴が公式ではあるものの結局のところ代りの効く首相の娘であるのに対し、冥夜は非公式ながら将軍家という不変の立場からの関与だ。

 

 

 

(しかしそう考えると、冥夜の立場って、ある意味では便利だよなぁ)

 公的には御剣冥夜は、一武家でしかない御剣家の次期当主でしかない。それなりの家格ではあるものの、政治的重要度はないに等しい。それでいて非公式には将軍家に連なる者として、その立ち位置は非常に意味が出てくる。

 公的には何ら説明する必要が無く、その立ち位置から周囲に将軍家の意図を推測させることができる。

 

 帝国政府内においては実権の無いに等しい将軍職だが、影響力まで失っているわけではない。そして外交面では帝室や王室の影響は無視できるものではない。ユーロや東西アジアでは立憲君主制国家も多く、そして合衆国大統領でさえその大半は家系的には英国王室の流れなのだ。

 

 

 

「御剣に対しても、まあ言いたいことはあるが、お前の場合自分で判ってて、それでも切り捨ててるから、ここでは言わん」

 結局武としては冥夜に対して言葉を告げることができない。

 

「え、なに。タケルちゃん、御剣さんだけ特別扱いするの? それこそ仲間外れじゃないのっ!?」

「煩い、鑑はちょっと黙れ。御剣に言うべきことはだな、まあ、アレだっ、あ~」

 もちろん武個人としては冥夜に言いたいことはある。

 だが、もっと自分を大切にしてくれ、とはこの場ではさすがに言えない。

 

「……ふむ? どうした白銀? それこそそなたの言う、空気を読んで踏み込まない、というこの分隊の問題点そのものではないのか?」

「御剣? 判ってて言ってるだろ、俺は空気を読んでるんじゃないんだ……殺気を読んでいるんだっ」

 武の言いたいことが公の場では口にできないことと推測したのか、笑ってごまかせる話に冥夜は誘導してくれる。

 

「というかこれはホントに、下手なことを言うと文字通り首が飛ぶ、な。物理的に」

「……さすがにいきなりそこまではせぬと思うぞ?」

「いーやするね、絶対するね、というか今まさに斬られそうで、首筋が冷てぇ……」

 

 タイミングが悪かったとしか言いようがない。

 白の三人であればともかく、どうやら今の時間の警護は真那だ。振り返らないが、今も背後から睨み付けられているような圧迫感は感じる。先程のターニャから向けられたそれに比べれば、まだマシだと比較にもならない慰めで、自身を誤魔化しておく。

 

 直接会う時に何を言われるのか、今から覚悟だけは決めておかねばならないようだ。

 

 

 

 

 

 

 




タケルちゃんのSEKKYOUタイム?ですが、準備不足の上勢いだけでは乗り切れずに、尻つぼみとなるのです。といいますか、マブラヴ世界での日本帝国の士官教育がどうなってるのか、いまいち調べきれずに適当に書いてしまってます。海軍兵学校とか陸軍士官学校とかが残ったまま?

【追記】
感想欄や評価などで「デグさんがマブラヴプレイしているのはおかしくない?」というご指摘がいくつかありましたので、あらすじ部分に追記しておりますが、こちらでも一応明記ということで……「幼女戦記」に関しましてはWeb版を基本としております。よくよく考えてみればアニメ版などではオタク趣味完全に隠してる、というか軍オタ部分も説明無かったんですよね。つじーんや無茶口とかそういえば言ってなかった……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

位地の事理

「さて。せっかくだ、白銀。演習に対して、我らが為すべきことを教授願えないか?」

「あ~一番簡単なやつは、昨日神宮寺教官とも話していた時に却下されたんだが……それでもいいか?」

 

「……一応聞いておくわ」

 千鶴は想像できたようで顔が強張っている。

 長引かせてもいい話ではないので、武としても簡潔に答える。

 

「榊を分隊長から外して、御剣を分隊長に据える」

「……」

「ま、そうなるでしょうね」

 予想していた答えに納得した千鶴とは逆に、ある面では一番賛成しそうな慧が無言で武を睨み付ける。

 壬姫などは周囲の反応を窺うように、キョロキョロと視線を彷徨わせている。

 

「む……それは難しいな。榊の判断には私も信を置いている」

「だからだよ。御剣を分隊長にして、榊を副隊長。彩峰と鎧衣には、違和感を感じたらすぐ様に意見具申させる」

 指揮官が作戦を立案し、副官がその補佐をするというのは、あくまで一つの形であり絶対ではない。

 作戦立案をするのは参謀たちに任せ、指揮官は提言された中から最適と思われるものを選択する、というのも組織の形としては有りえる。

 

「ただし。これは神宮寺教官から却下されているから、他の方法を考えろよ?」

 分隊長の変更は却下されている、ともう一度釘を刺しておく。武はともかくまりもの方針としては、千鶴と慧との反撥をカギにして分隊全体の協調性を高めようとしているように見える。

 

 

 

「聞いて良いかしら、白銀。さっきの案では珠瀬と鑑とはどうするの?」

 名前が出ていなかったからか一歩引いていた二人が、緊張からか肩を強張らせる。

 

「珠瀬と鑑は簡単だ。『命じられたことのみを実行する』だけだ。特に珠瀬? 上から命じられたことを自分じゃ無理だととか思い込んで、勝手に逃げるんじゃないぞ?」

 

「え? でも私じゃできないことも……」

「指揮官が部下に命じたことは、その部下ができると判断したから命令してるんだ。お前の弱気に見せかけた態度は、指揮官の判断能力を信用していないとも取れる」

 当たり前だが、有能な指揮官であれば、部下が実行可能なことしか命令しない。

 もちろん無能な指揮官であれば、意味の薄い命令や、より上位からの命令を繰り返すだけのこともある。

 が、この207B訓練分隊の場合や、その後に配属されるA-01では、そんな無能の下に付くことはないと断言できる。

 

「だから珠瀬の場合は、下手に考え込まずに、まずは命じられたとおりに実行するように心がけること。判ったか?」

「はい、珠瀬訓練兵っ頑張りますっ!!」

 

 

 

「で、鑑は?」

「鑑はなぁ……無駄に考えるなというよりも、ちゃんと考えてるのか心配になる。というか、だ。二年寝ぼけてた俺より座学が不味いってのは、正直なところどうなんだ?」

「タケルちゃんにバカにされてる気がする。バカっていう方がバカなんだぞっ」

 

 武は一応は座学の点を指摘しておく。

 純夏の座学の成績は、まりもの教え方が上手いからか、問題視されるほどに悪いということはない。帝国軍訓練兵の平均以上はあるのだが、比較対象がA-01に入れるような連中ばかりなのでどうしても低く見える。

 

「俺がバカなのはまあ否定はしないが、だ。鑑、繰り返しになるが、お前ヘンなところで考えすぎだ。勘は良い方なんだから、自分の直感は信じろ。行動の理論付けは、榊とかに補習してもらえ」

「う~タケルちゃんに何か言い包められてる」

 

 純夏の場合、座学と実技とが噛み合っていないのが一番の問題なのだ。

 直観的な反応は時には隊内随一なこともあるのだが、安定しない。そして作戦指示などを聞いた時の対応がわずかに遅い。指示の意図やその先を考えようとはしているのだろうが、座学での知識理解の薄さからかそこで遅れが生じている。

 結果としては、考えられないのならば言われたたことのみを実行しろ、ということになってしまう。

 

 

 

「皆ちょっと良いかしら。白銀の意見を全面的に取り入れるという話じゃなくて、少しは参考にしようとは思うの」

 武の個別の対応案を聞いたうえで、千鶴は心を決めたようだ。

 

「指示は私が出す。ただし決定権は御剣、あなたに任せるわ」

「む? それは、どうなのだ?」

「副官からの同意が無ければ隊を動かさない、というのはおかしな話じゃないでしょう?」

 認めてしまっても良い物なのか、と冥夜は他の分隊員を見渡す。が、反対意見はないようだ。

 

「……承った。決定権という形ではなく、隊長の方針に疑問がある場合には、できる限り具体的な意見を差し挟もう。ただし命令はせぬぞ? あくまで副隊長としての提言に止める。皆もそれで良いか?」

 冥夜は、暫しの間目を瞑っていたが、千鶴の案を自分なりに解釈して受け入れた。

 

(マズイ……御剣の場合いままで口を挟まなかったのは、自分の言葉が階級に関わらず常に「命令」になるからか? 嫌な立場に押し出してしまったか)

 冥夜の自身を律するかのような言葉を聞いて、武が予測していなかったことに思い至ってしまう。

 千鶴や慧は冥夜の立場を、間違いなく理解し尊重している。その立ち位置から何らかの意見を出されれば、たとえ分隊長であったとしても、完全に否定することは難しい。そのことを冥夜自身が理解しているからこそ、今までは口を出そうとしていなかったのかもしれない。

 

(あ~いや? そもそも御剣自身は自覚はないかもしれないが、榊の指示に従っているのではなく「指示」を「進言」「提言」程度に受け入れてるだけっぽい?)

 おそらくは本人たちも言葉できるほどには突き詰めていないであろうことを、武は答えの出ないままにグルグルと頭の中で考え込んでしまう。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、そういう形で纏まったということで……」

「待ちなさい白銀」

 今度こそ、それこそ逃げ出すように席を立とうとするが、再び千鶴に呼び止められる。

 

「神宮寺教官は、あなたの紹介の時に『むしろ経験者としての教えを請え』とおっしゃってたわ。」

「ん? ああ、そういえばそんなことも言ってたな」

「出来れば今、あらためて総戦術演習に向けて私たちができることを教えてくれない?」

 半ば命令のような言葉だが、千鶴にしてみれば演習までの余裕が無いのだ。

 分隊の意思決定を少し変えた程度では、演習に合格できるとは考えられないのだろう。尊人や壬姫も縋るような目線を送ってくる。

 

 

 

(あ~榊は性格的な部分もあるが、他の全員も基礎訓練やりすぎて歩兵的に頭が固まってるのか。いや自分たちの特別性から、逆に委縮してるのか?)

 千鶴は以前にも感じたことだが、分隊長つまりは指揮官というものを絶対視しすぎ、逆に他の者たちは命令される側とだけ勘違いしてるところがある。帝国は他の前線国家に比べればまだ時間をかけている方だが、やはり即席の衛士訓練の弊害が出ていることに今更ながら気が付く。武から見て、考え方の基本が歩兵として固定されているように思えた。

 

「そうだな……演習の想定は『戦闘中戦術機を破棄せざるをえなくなり、強化外骨格も使用不可能という状況下での戦闘区域からの脱出』だったか?」

「ええ、そうよ。第一目標が回収ポイントへの移動、第二目標が後方攪乱のために三カ所の目標破壊」

 

(しまった……回収ポイントって指定されてたか? もしかして回収ポイントの発見まで含めて第二目標だったか?)

 もともとこの話をするために準備していたわけでもないので、細かな部分までは覚えていない。とりあえず相手がどこまで知っているのか確認するかのように質問しながら、自分の記憶を掘り起こしていく。

 

「だよな? お前らなんで第二目標達成しようとしたんだ? 戦術機の無い衛士が、後方攪乱? バカじゃねーの?」

 武としては伝えたいことはそこではないので、とりあえず勢いで誤魔化すことに切り替える。

 

「というか彩峰、なんでこんなバカげた命令、無視しねーんだ?」

「……」

「答えられねぇのかよ、まったく」

 目を瞑り口籠った慧に畳みかけるように、どう考えても演習の想定自体がおかしいだろ、と続ける。

 

「どーもお前ら、自分たちが訓練兵だと思い込んで勘違いしまくってるぞ? 想定ちゃんと読めよ」

 実のところ無理矢理に「判っている」風を装っているが、武自身二度の演習とその後の実務経験から言える話なので、あまり偉そうなことは言いにくい。すくなくとも最初に演習を受けた時は何も理解できていなかったことは確かだ。

 

 

 

「最初に『戦闘中戦術機を破棄』ってあるだろ、つまりは想定としては衛士にして少尉サマだってことだ。判るか?」

 判って無さそうだなとは思いながら、一応は聞いてみる。もちろん当時の武も判っていなかった。

 

「……パス」

「え、と。ごめんなさい」

「すまぬ白銀。そなたが何を言いたいのが判らん」

 質問の意味と意図に気が付けないようで、皆が怪訝な顔をしている。

 

「まさかタケルちゃん、少尉だから偉いっとかアホなこと言わないよね?」

「……鑑にアホとまでは言われたくなかったが、その通りだ。少尉だから偉いんだよ」

 

「は?」

 何を言っているのだ、と言わんばかりに千鶴が睨み付けてくる。だが、その程度で武が揺らぐことはない。

 

 

 

「お前らなぁ……衛士になって任官したら、国連軍少尉。これはいいな?」

「もちろんよ」

 衛士の階級は各国で細かな差異はあれ、基本的に最初に戦術機を配備運用を始めたアメリカに準じている。

 最初期は戦術機パイロットが空軍航空機パイロットからの配置転換が多くを占めたこともあり、戦術機の運用が陸軍主体となった今でも、空軍に準じた階級となっている。当時からの慣習ともいえるが、衛士にはそれだけの高い判断能力が必要とされるのだ。

 帝国軍や国連軍も同様で、衛士になるということはすなわち士官となることでもある。

 

「じゃあ、そうだな……帝国本土防衛軍で少尉ってどれくらいの階級か、ホントに判ってるか?」

「え、だから新任の衛士でしょ?」

「……しろがねホントにバカ?」

 すぐに噛みついてくる千鶴と慧。このあたりそりが合わないのか無暗に合いすぎているのか判断に困る。

 

「……ふむ」

 冥夜は何かに気が付いたのか、納得しつつも眉を顰めている。自身の立場からは言うべきでないと判断したようだ。

 

「あ~タケルの言いたいことって、もしかして歩兵科とか砲兵科とかのこと?」

「そのとおりだ鎧衣。そこで少尉ってのはどういう仕事だと思ってる?」

「えと、小隊長くらい、だよね」

 衛士訓練校とはいえ、総合演習に合格するまでは基本的には歩兵と同様の訓練をこなしているので、そのあたりのことは座学でも教えられる。

 

「そうだ。まあ大隊副官の場合もあるかもしれんが、普通は小隊長だな。衛士は空軍的な編成の感覚があるから、少尉と言えばエレメントの下っ端と思いがちだが、陸だと小隊長つまりは部下が30人とか50人とかいるわけだ」

 小隊の構成は国や兵科によって異なるが、おおよそは10人程度の分隊を三~四個で小隊だ。少尉はその人数を指揮することになる。

 

 

 

「で、だな。そんな少尉サマたちが前線で孤立無援の脱出行。そんな最中に後方攪乱させる必要があるのか? 絶対に必要な破壊工作なら、歩兵呼ぶに決まってるだろ?」

 一応のところ質問の振りをするが、武としては断定してしまう。

 

「それに、だ。第一目標に無かったか? 『ヘリの離陸をもって状況終了』とかの付帯条件が?」

「……あ」

 ちゃんと読めという先程の発言に思い至ったのか、千鶴が悔しそうに顔をしかめる。読んではいたが、十全に理解していなかったことに気付かされたのだ。

 

「だからさっさと回収地点に行ってヘリ呼んで、後方攪乱が必要なら、そのヘリの無線機で追加の歩兵を呼ぶなり、中隊か大隊本部へ支援要請出せばいいんだよ」

 どうせ第二目標の方にも「手段は任意」とかあるはずだ、と武は付け加えておく。

 

「……うらわざ?」

「そんなご立派なもんじゃねーよ。想定された状況から最善の行動を導けって、座学でも何度もやったろ?」

 敵レーダー基地をどうにかしろ、といったような条件の講義を先日も受けたところだ。

 それを思い出したのか、皆が一様に眼を逸らす。

 

 

 

「というかもっと酷いやり方もいくつかあるぞ?」

「一応、聞いておくわ」

 レーダー基地の問題解決法を思い出したようで、千鶴は問い詰めるように身を乗り出す。どういう無茶を言い出すのかと呆れそうになるのをこらえ、武の柔軟な発想に期待しているのだ。

 

「その想定状況が与えられた瞬間から、一応は『臨時少尉』と扱われるはずだ。機材使用許諾の関係も場合によってはあるからな。で、だ。神宮寺教官の『演習同行時』の階級はなんだ?」

「……軍曹ね。呆れた、白銀あなた、まさか神宮寺教官に私たちの同行を『命じろ』っていうの?」

 

「いや榊。白銀の言う方法は演習の解法としては正しくはないかもしれぬが、事態の解決方法としては間違っておるまい。先程の『少尉』の立場を考えろ、という点を鑑みるべきだ」

 今まで黙っていが、冥夜が口を挿む。

 常に「護られる」べき立場だった冥夜には「少尉」という立場の重みが、少しは推測できるようだ。

 

「我らが想定されたような状況に陥った場合、つまりはもし本当に戦場で敵後方に取り残されたならば、だ。隣で共に戦っていた衛士ではなく、付近の兵らが救出を命じられるのではないか?」

「でも……それはっ!?」

 冥夜は昨日の座学を思い出せ、と続ける。テクニカルに乗せられる少年兵と、自分たち衛士訓練兵とは、そもそもの価値が違うのだと。受け入れたくはないのであろうが、認めざるを得ないその事実に冥夜は絞り出すかのように言葉を吐く。

 

「……そう、御剣の言うとおりだ、榊。そして、それは機械化歩兵の連中であったとしても『死んで来い』と言われるにも等しい」

 戦術機教練課程に入っていない207Bの皆はBETAの姿を知らない。だが、その脅威は教えられている。

 戦術機が墜ちて、その衛士が孤立無援になるような場所だ。間違いなくBETAの群れの中に押し入って来い、という「命令」なのだ。つまるところ下士官でしかない歩兵の命を使い捨ててでも、士官たる戦術機衛士は救い出さねばならない、そういうコスト判断だ。

 

 

 

「ま、一度この話を神宮寺教官にしてみろ? 演習内容変えられるかもしれんがな」

 話は終わり、と温くなった合成玉露を飲み干す。

 

「待て白銀。もっと酷いのが、いくつもあるのではなかったか?」

「……ぜんぶ吐くべき」

 中途半端に言い逃げするのではなく、全部吐き出してから行けと冥夜と慧に押し留められる。

 他の四人もそれぞれに気にはなる様で、期待の籠った視線を送られる。

 

「あ~細かいところだと、だ。今のうちにブーツやベルト裏側にマルチツールやマッチに水質浄化剤、チョコバーとか仕込めるようにしておくとか……ああそれとゴムは絶対に持っていけ」

 演習で使えるナイフが私物であれば、ナイフシースに入る限りの小物を持ち込めるのだが、私物のナイフが認められていたたかどうかが武の記憶では怪しい。支給品のナイフであれば、他の場所に隠してどうにか誤魔化してでも持ち込むべき物もある。

 

「ゴムって、白銀……」

「輪ゴムじゃないぞ? コンドーム、避妊具のアレな?」

「……やっぱりヘンタイ?」

 千鶴が何か勘違いしているのか顔を赤らめる。慧も顔色は変えないものの、目線が鋭い。

 

「そこの鎧衣に使ってもらえってことじゃないぞ? 水筒や手袋代わりにもなるし、銃口の先に着けるとか、パチンコにするとか使い勝手がいい割に嵩張らないんで必須なんだよ」

 細かな使い方は教官に教えてもらえ、と丸投げしておく。

 

 

 

「それにしても、いきなり不正行為ね」

「タケルちゃん、それって見つかったら怒られるよ」

 確かに不正と言われれば不正かもしれないが、蛇避けのためのタバコと同じような物だ。

 それにお仕着せのサバイバルキットとは別に、任務地に応じて何かと追加するのも衛士の仕事の一つだ。そこまで考えられているかも、試験の一環である。もちろん見つかれば没収されるのだが、ある程度は「見つけられなかった」という形で目こぼしされるはずだ。

 

 あとは思いつく限り、簡単にできる準備を述べていく。その中で繰り返すのは、気になったことは他の分隊員とも話し合って情報を共有するように、と話し合いの重要性を説いておくことだった。

 そして何よりも事前の健康管理だ。武の経験したように、演習前に風邪を引いていたなどというのは、最悪に近い。せっかくの大部屋に移ったことだし、相互に健康管理しておけと注意する。

 

 

 

「……他は?」

「判ってて聞くなよ御剣。いつかは使うことになるかもしれないって話だ」

 当たり前のことで誤魔化しながらそれ以上は、武は口にしない。

 冥夜の立場からすれば、最悪本当にどうしようもなくなれば、帝国斯衛軍第19独立警護小隊を頼るという手段はある。もちろん総戦技演習程度で真那たちの手を煩わせるようなことはないだろう。だが頼るのではなく「冥夜」として命じる必要が今後も訪れないとは言えない。

 

 「演習」の「想定」ではない状況に直面した時に、冥夜自身の命を軽んじることが無いようにと、ただそれだけを武は祈る。

 

 

 

 

 

 

 




パイロットが脱出してからの逃亡劇と言えば『エネミー・ライン』で、『エネミー・ライン』といえばジャージ男なんですが、それはともかくあれくらい極端な状況下でなければパイロットの救出には部隊動くよね?と言う感じです。まあ対BETAせんが、その「極端な状況下」なのですが。

で動いていないというと、気のせいかPXから動いていない……事件は現場ではなくPXで起こっているのだ~くらいの感じで次もPXのままです。で明日も何とか更新予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

立脚の礎石

 ターニャが押しかけてきたこともあり、武は207Bの皆になかば無理矢理な助言にもならないような言葉を伝えてしまい、少しばかり気不味い思いをしながらPXから逃げ出すように離れてきた。

 今すぐレポートの続きに手を付けるような気分でもなく、身体を疲れさせるためだけに、自主訓練の名を借りた走り込みを始める。

 しかし脚を動かした程度で気が晴れるはずもなく、頭の中は整理が付かないままだ。

 

 先の「二周」に対し、なるほど確かに今の武の周辺の変化は早まっている。

 最初のUL世界線との比較であれば、遥かに先に進んでいるともいえる。あの時と違って夕呼からの信頼はそれなりに確立できているはずだ。貴重な因果律量子論の実体サンプルとして隔離されているわけではないとは、判っている。

 AL世界線と比べても、提示できた情報の意味からもその後の対応からしても、夕呼が今の武を唯の駒の一つと軽く見なしているわけではないことは、理解できる。おそらくは「使い甲斐のある重要な手駒」くらいには格上げされたとは思う。

 

 

 

(何偉そうにしゃべってたんだよ。俺が、俺自身が何かやったことなんて、まだ何もねーじゃねぇかよ)

 ただ、その功績と言えるものは、武自身の行動の結果というよりも、ターニャが今までに積み重ねてきたものの影響としか思えない。

 

 ターニャからは喀什攻略の案を出せ、と期待されているような口ぶりで言われてはいるものの、出来なければ出来なかったで対応策は立てているはずだ。時期が来れば、以前から温めているらしい限定的なG弾使用による半ば特攻じみた作戦を採用するのだろう。

 

 千鶴には先程偉そうなことを言ったが、軍で出世して影響力を行使する、などというそんな悠長なことを言っている時間もない。

 第五推進派がそれほど切迫している様子が無いようで、今年末に第四が凍結されるということはなさそうだが、武の持つ情報が価値を維持できるのは来年くらいが限界だ。

 

 それでいて今の武ができることなど、実のところ訓練兵としての筋力を取り戻すことくらいしかないのだ。

 

 

 

「白銀っ、ペースを上げすぎではないか?」

「っ!? 御剣、か?」

 考え込み過ぎていて、後ろを走ってきていた冥夜に気が付いていなかった。

 振り返ってみれば、冥夜のさらに後ろには純夏も走ってきている。

 

「速すぎるよ~タケルちゃん」

 すでにへばり気味のようにも見える純夏からも声を掛けられてしまえば、今までのハイペースを維持するのもおかしなことなので、ジョギング程度にまで足を緩める。

 

「鑑も自主練か? 珍しいな」

「御剣さんがやってるとは聞いてたんだけどね。いい機会だから、わたしもやってみようかなって」

「良い心がけだと言いたいところだが、総戦技演習前に無理して身体壊すとかは止めてくれよ?」

 

 以前の武のように風邪を引いたまま気付かずに演習に参加する、ということはないだろうが演習に向けての自主練というのであれば時間的にはさほど意味が無い。むしろその時間を皆との交流に当てて貰いたいくらいだ。

 が、わざわざ走り込んでいる武に合わせて、純夏はこんな時間に自主練を言い訳にグラウンドに出てきたのだ。話したい相手は自分なのだろうとは、流石に察しが付く。

 

 

 

 純夏が話し出しやすいようにとペースを合わせ、しばらくは無言で武を中心に三人で並ぶように走る。

 だが、最初に口を開いたのは冥夜だった。

 

「ふむ……悩み事があれば口に出してしまえ、とは言えないのがもどかしいな」

「え、相談すれば、何かぱっと思いつくかもしれないんじゃない? 榊さんとかならいろいろ考えてくれそうだよ?」

 話せとは言わない冥夜に対し、純夏は何でも相談しろと言い出す。

 その言葉に冥夜は真剣に純夏を心配したようだが、武は思わず少し残念な子を見るような顔になってしまう。

 

「……鑑、お前はもうちょっと考えてから言葉を口にしろ」

 この純夏の考え無しの部分は、武の記憶にある鑑純夏に近しいものがある。一周目、UL世界線で他の皆に感じたような違和感が薄いのだ。たしかに体力は付いているのだろうが、それ以外の意識の部分であまりに変化が薄い。

 それはつまるところ、軍人としての基礎ができてない、ということかもしれない。

 

 この世界線でも、207Bの他の皆は尊人の性別変化などはあれ、性格的には変わりが無いように思える。いやむしろ本土防衛が始まっていないこともあり、逆に未知への脅威を強く意識しているようにも、武には感じられた。

 

 逆に純夏だけは、衛士訓練を受けてきているというのに、どこかしら浮ついた雰囲気が抜けていない。

 ふと、以前の世界で武御雷で因縁をつけてきた国連軍兵士たちの姿が思い出される。アレと似たような、気になったから聞きに来た、という軍の規律をさほど考慮していないかのような態度だ。

 

(これはアレか? 結局のところ出身というか育ちの関係か?)

 

 純夏以外の207Bの面々は、本人たちは意識はしていないだろうが、近親者が上に立つ者としての自覚を持って行動しているのだ。どうしてもその影響を受けているのだろう。尊人の場合は鎧衣課長が意図的にそう教育しているとも思えてしまう。

 良くも悪くも、中流階級の鑑の家には、そういう意識はなかったはずだ。

 

 

 

「鑑。白銀には我らよりも二年以上先に訓練兵になっているのだ。いろいろと話せぬこともあるのだろう」

「え~でもタケルちゃん、怪我で寝ぼけてたんだよね?」

「そうだぞ御剣、俺は二年ほど、うば~っとしていたのだ。それもあってちょっと変わったところはあるかもな」

「……なんでそこで威張るのさ」

 

 冥夜はいまだにどこか勝手に武の設定を作ったままになっているようで、武が二年間どこかで実務についていた、と思い込んでいる節がある。これに関しては教官であるまりもも、武は夕呼の特命を受けて活動していたと考えているところがあり、冥夜の妄想を強化してしまっている。

 

「二年越しに健常体に戻れたんだ、十分誇れるぞ? いやまあ寝ぼけていたというか意識不鮮明?で別に俺が何かしたわけじゃねぇけどさ」

「やっぱり寝すぎでヘンになったんだよ」

「そんなに今の俺って……ヘンか?」

 純夏の言い方は軽いものだったが、武には引っかかってしまった。思わず、確認するように問う。

 

(鑑にも感じられるくらいにはやはり違うものか。まあ結局のところ、今の俺は別人なんだろうな)

 先日他世界線の「白銀武」と自分自身とは別人だとは夕呼から言われたが、かといってこの世界線での本来の白銀武とも、別の存在でしかない。

 

 

 

「ん~たしかに昔のタケルちゃんとはどこか変わった部分もあるけど、タケルちゃんはタケルちゃんだよ?」

 ふにゃりと安心させるように笑いかけてくる。が、その笑顔の先にいるはずなのは、今の武ではなく、この世界の白銀武であるべきだ、などと思い至ってしまう。

 

「でもさ、わたしのことを名前で呼ばないのが、ヘンだよ」

「そうか? 初等科ならともかく中等科に入ったころには名字で呼んでなかったか?」

 考え込み始めた武に純夏は言葉を重ねてくれるが、それが逆に心苦しい。誤魔化すしかなく、こちらの世界での出来事などまったく記憶にないことだが、適当にでっち上げておく。

 

「ウソだよ。訓練校に入るまでは、名前で呼んでたよ」

「まあもう三年くらい前のことだしなぁ、俺寝てたし」

 元々の「白銀武」であれば、名前で呼んでいたのだろう、とは思う。逃げているなとは自覚してしまうが、こういう時、長期療養による記憶の混乱という言い訳は非常に便利だ。それに普通であれば三年近く前のことなど、余程強烈な記憶でもなければ薄れていて当然なはずだ。

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、そういう姿を見ていれば、二人の付き合いが長い、ということは実感させられるな」

「ん~? 俺ってだいたいこんな距離感じゃないか?」

 

 「白銀武」をなぞっているとは思わないが、他人の事情を推測しながら距離を測るというのは、今の武にしても苦手だ。

 夕呼やターニャなどとの関係から、少しばかりは身に着けるようにはなっているものの、所詮付け焼刃だと考えている。白銀武には鎧衣左近の如き振る舞いは不可能だ。

 

「そなたは周りを、特に我ら207に関してはよく見ておるとは思うが?」

「御剣は俺を持ち上げすぎだよ。訓練兵の経験がお前たちよりは長いから、気が付くことがあるだけだ」

 よく見ている、などと言われて喜べるはずもない。207Bの事が判るのは別世界線の記憶があるからで、「今」の彼女たちを見ているわけではないのだ。

 

(って不味いなこれ。なんとなく判ってるつもりになってて目の前の人間見てないってことか)

 あらためて思い知らされて自分の思い込みを矯めて、自分の知る人物とよく似た別人であると再度強く意識しておく。たとえ平行世界の同一人物であったとしても、勝手に同一視するのは礼を失する。

 

 夕呼に対しても、まるで連続した同一個人のように接していたところがあると、今更ながらに自身の迂闊さに呆れてしまう。見ず知らずの相手と考えるほどではないが、過去の別世界線でのやり取りを元に対応を考えるのは、危険が大きい。

 

 

 

「悩み事というのであれば、私にもあるぞ?」

「珍しいな、御剣から相談事か?」

「いや、そなたの言葉であろう? 話してみれば解決するやもしれんと思ってな」

 

 確かに話し合えとは武は言った。それは演習に参加する皆で話し合ってもらいということで、武に対して相談しろというつもりではなかった。

 

「なに、先日そなたが言っておったことだが、なぜ衛士を目指すのか、何を護りたいのか、という話だ」

「ん? 御剣にはそういうのはないのか?」

 別の世界線での話だが、冥夜ははっきりと守りたいものを口にしていた。

 いくら世界が違うと言えど、そこまで変わるはずはないと武は考えてしまう。

 

「わたしはタケルちゃんが最後に言ってたみたいなものかな。周りのみんなを護りたいよ」

 言い淀む冥夜を見て、純夏が助けるように言葉を挿む。

 衛士になれそうなのは自分でもびっくりしてるけどと続けるあたり、純夏が207に入ってるのは本人の希望ではなく、第四の00ユニット素体候補者の調査に引っかかったからのようだ。

 

「私が守りたいもの、か。月並みだが、この星……この国の民、そして日本という国だ」

 記憶の中にある言葉通りの答えに、やはりそうか、と武は納得しかける。

 が、冥夜はすぐ様に言葉を続ける。

 

「と、言ってしまいたいところだったが、今は少しばかり考えておるところだ」

「悩み、というのはそれか?」

 軽く頷いて吐露するのは、自身の答えがぶれているところに悩みがある、という。

 

「207の皆を見ていると、だな。なるほど身近な存在を護ろうと思うのは、当たり前のことだと感じてしまう。私にとっても皆は特別な存在であるが……すべてを護ることが出来ぬ以上、何かを選ばざるを得ない自分が情けなくてな」

 

 そうは言いながら、もし選ぶべき時に至れば、冥夜はまず自分の身近な者たちから切り捨てていくのだろう、と武は思う。

 わずかばかりの甘えだと自覚しつつも、それが上に立つ者の「公平さ」であると自身を偽りながらも、正しく判断を下してしまうはずだ。そしてその切り捨てる者のうちに、彼女自身を含めてしまっている。

 

 

 

「結局のところ、身の丈に合った目標という物を考え直しているところだ。ふむ、やはり日々精進ということだな」

「身の丈に合った、か」

 冥夜の言葉に、痛いところを突かれた、と顔に出てしまう。

 間違いなく、今武が悩んでいることは、身の丈に合っていない。

 

 自分は、将ではなく兵であると、それだけは判っているつもりだ。

 白銀武は、人を使う立場ではなく使い潰してもらうべき方の人材だと、目覚めた時にも痛感していたがターニャや夕呼との話をするうえで、ますます自覚してきた。

 

「で、話せる範囲でなら、聞くぞ?」

「あ、やっぱり御剣さんも気になるよね?」

「あくまで話せる範囲でなら、聞かなくもない、ということだな」

 にやっと、意地悪気な表情を作って上で、冥夜は重ねて問うてくる。話せる部分は今の内に話しておけと、先日武が告げた言葉をそのまま返されたような形だ。

 

 

 

「あ~まあなんだ、それほど隠すようなことじゃないぞ? 長い間寝てたせいでズレてる俺自身の感情のすり合わせが一つ。俺を含む207Bの問題解消が二つ目。あとはいかに人類を護るかという三つ目」

 結局のところ、誤魔化しつつではあるがいま悩んでいることを口にしてしまう。相談してどうにかできることではないとは思いながらも、自分の胸の内に秘めておけるほどには、武には余裕はない。

 

「ふむ? 一つ目はよく判らんが、二つ目は我ら全体の問題だな、そなたが一人思い悩むことでもなかろう」

「タケルちゃんが気を回さなくても、もう大丈夫だよ。びっくりするくらいに一致団結してるからねっ」

 

 二人から大丈夫だと言われると安心する一方で、隊の中に入り切れていない、という寂しさを感じてしまうところもある。が、207Bの隊内での意識の齟齬といった問題の解消は、実のところ武が担うことではない。207Bの皆で乗り越えるべき壁であり、気がかりではあるものの武は助言程度で留めようとは思っている。

 

「あ~207Bに関しては演習に参加しない俺が、これ以上とやかく言う話じゃないというのはあるんだがな」

「いや、そうではない。先の話もそうだが、そなたの忠告は我らにとって金言だ。それを踏まえてしても、解決すべきは我ら個々人の心構えだ。そこを気付かさせてもらっただけで、そなたには感謝している」

 大仰な言い方だが、冥夜としては先日来の武の言葉が207Bの結束を進めたと本心から考えている。

 

 

 

「しかし三つ目の悩みが人類を護る方法、か。彼のお方ならば、そなたと同じく、そうお答えできたのだろうな」

 冥夜にしても基本的には国や民といった範囲までだ。この星をとは口にしたものの人類などという規模では想像していなかった。そして伝え聞くことしかできない煌武院悠陽の振る舞いからして、武と同じように国を超えた規模で先を見ているのではないかと、そう思ってしまったようだ。

 

「いつの日か、気楽にご本人に聞く事が出来るようになれば良いよな?」

「……馬鹿を申せ。というよりは、だ。そなたは本当にどこまで事情を把握しているのだ? あ、いや、詮索するつもりはない、許すがよい」

 

 先の武の言い方だと、冥夜と悠陽との関係性を知っていると告げているようなものだ。煌武院家に余程近しくなければ知られていないはずの、それこそ国連軍内部であれば夕呼くらいしか知らないはずの情報である。

 

「いや待て。御剣のその思いは、間違いなく正しい願いだ。それが無理だと考えられている、現状がおかしい」

「白銀、それ以上は口にするな。私は陰に居て、彼の方のお力になれれば、それで良いのだ」

 

 自身に言い聞かせるような物言いに、武としてもこれ以上は口を出せない。

 さすがに純夏も、聞いてはいけないことと判断したのか、口を噤んでいる。

 

 

 

 

 

 

「まあ、人類を護るために思い悩むってのは、俺の身丈には合ってねぇよなぁ」

 冥夜の件から話を逸らすために、大きく息を吐き出しながら、武は自分の問題を再び口にする。

 

 喀什の攻略計画を今すぐに立てろ、などというのは間違いなく訓練兵としての武の領分ではない。武にできるのは、あくまで他世界線の経験を下にした戦術レベルでの提案程度だ。しかしその程度の提案ですら、人類が勝利、いや生存し続けるためには重要なのだ。

 

「タケルちゃんなら、そのうち護っちゃいそうだけど、それも一人でやることじゃないよ?」

「そう……だな。人類の問題は人類全体で負うべきことだ。もちろん、一人一人が為せることを為す、という前提はあろうがな」

「皆でやること、そして俺が為せること、か。いや鑑に御剣、二人ともありがとな」

 たしかに話してみるだけでも、解決策ではないが気は軽くなる。今まで別世界線の記憶があることから、武自身が喀什攻略の作戦を作り上げなければならないと、どこか強迫観念じみた思いまで抱いていたがそうではないのだ。

 

 意見の一つとして提案し、そこに問題があれば指摘してもらい、修正していけばいいのだ。

 

 

 

 ――貴様に背中を預ける仲間のために、自らの憂いは取り除いておけ。

 ――そして、それを後回しにするな。

 

「よしっ、問題二つは先送りにしようっ!!」

 少し考えてて思い出されたのは、いつか聞いたみちるの言葉だが、それが出来るならば悩みはしない。

 逆にその言葉を思い出したからこそ、今は自分の感情の問題は一度棚に上げる。問題の先送りは問題を積み上げるだけだが、何事にも優先順位という物はある。

 

「タケルちゃん……今わたし感動しようと待ち構えていたんだよ、がっかりだよ」

「鑑ほどではないが、酷く投げやりな答えを聞いたぞ」

 走りながら溜息を付く、というなかなかに器用な真似をして、冥夜は落胆を表す。純夏に至っては走る足を止めそうにまでなっていた。

 

「感情面での問題なんて、考えてすぐに答えが出るもんじゃねーだろ、と言い訳させてくれ」

 第一の問題である武自身の感情に関しては、こうやって訓練の合間に少しでも話すことで、解消できる物もある。先送りではあるものの、意味のある先送りだと言い訳を重ねておく。

 

「それに207Bの問題はみんなで考えて解決してくれるんだろ? ほら、先送りで大丈夫だ」

「それはそうだけどさー」

「ははは、先程そう約束してしまった手前、否定は出来んな。任されよ」

 207Bの問題に関しては、時間的な余裕はないものの、ここからしばらくは武は距離を取っておくべきだと考える。まりもの方法が完璧だとは言えないが、先程告げた言葉が皆に通じているのならば、あとは千鶴たちに任せて彼女たちの成長に期待することも間違ってはいないはずだ。

 

 

 

「ただ問題二つが先送りということは、三つ目の人類を護る算段は考えるのであろう?」

「それはちょっと本気で事に当たる。これだけは俺が、この世界で生かされたことの意味だと思う」

「……ふむ?」

 

 英雄願望だと、心のどこかで嘲笑う声も聞こえる。

 それでもAL世界の「シロガネタケル」がどれほど「カガミスミカ」によって望まれ選び抜かれた存在だったとしても、人類を護ろうと思ったことは、この世界に生きることを決めて者の一人としてけっして間違っていないはずだと、思いたい。

 

 武自身の感情面に関しては、先送りでも構わない。たとえそれで後悔したとしても、それは武個人の事だけで済ませられる。

 喀什攻略への準備こそが、この「三周目」という奇跡のような機会を与えられた今の白銀武が為すべきことだと、再度決心する。

 

「ふふふ、では、我らも人類を護る剣となれるように、鍛錬に励むほかあるまい。鑑もよろしく頼むぞ」

「任せてよ、御剣さん。サクッと演習に合格して、タケルちゃんを驚かせようっ」

 

 期待しているよと言い残し、武は今度こそ体力を使い切ろうとペースを速めた。

 

 

 

 

 

 

 




なにかタケルちゃんがエミヤさんちのシロウくんみたいになってる気もしないではありませんが、問題を自覚しつつの先送りです。実は最初期の最小プロットでは、ここのあたりで「第一部完、俺たちの戦いはこれからだ」で終わる、というのもありましたが続きます。

一応は戦争もののはずなのにここまで実弾撃ってねぇっ!?というのは横に置いて、次からはXM3とかのお話予定。つまりまだまだ弾撃てません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章:進展を自覚できない日常に
可逆の価値 01/10/25


XM3に関しては、"eXtra Maneuver 3"の略称とし、また機能別にXM1、XM2、XM3と分割する案を使わせていただいております。(下部に詳細を移動しました)



 夕食後の207Bの皆との話が長引いてしまったが、自主練をこなした後でもすぐに消灯時間というほどでもない。レポートの続きを書くかと宛がわれている部屋に向かったが、その場で夕呼からの呼び出しを受けた。

 それも強化装備着用の上でシミュレータ室に来い、という話だ。待たせる訳にもいかず、急ぎ準備して向かう。

 

「ん? 白銀か、やはり貴様も呼ばれていたようだな」

 武としては、出来る限り急いだつもりだったが、シミュレータ室についてみると、すでにまりもが装備着用の上に待っていた。

 

「神宮寺軍曹殿もですか。しかし強化装備着用の上でここに呼び出しとは、軍曹殿と自分とで模擬戦でもさせられるのでしょうか?」

「さてな。副司令の急な呼び出し内容を予想するのは、ずいぶんと昔に諦めたよ」

 まりもならなにか聞いていないかと、探るように尋ねる。だがまりもも理由も告げられずに呼び出されただけのようだった。

 

 

 

「それはそうと白銀、あまり抜け道ばかり教えるなよ? 先程、どこまで隠し持って行って良いですか、と鎧衣に聞かれたときは叱責するよりも先に呆れたぞ」

「それは……申し訳ありませんでした、教官」

 夕呼が何を言い出すか、それを予測することが難しいと実感している二人にしてみれば、話す内容はどうしても207Bの演習に関してのこととなる。

 

(いや鎧衣よ、そこは遠まわしに誤魔化せよ)

 さすがに直接聞いてどうするのだ、と武も思う。だがそれでも聞いたことををすぐ様に実践しようとする姿勢には、感心できる。

 

「まあ一応は聞かなかったことにしておいてやる。演習の内容も少しばかりは変化があるから、貴様の助言だけで安心できる物にはならないはずだ」

「それはあいつらにとっては、またとない訓練でしょう。演習に合格することを目的にされても困りますからね」

「確かにそうだな。それが判っていればいいのだが……いや、そもそも我々が演習に拘っている時点で、あいつらのことをとやかく言えんな」

 

 まりもとしても少しばかり気になってはいる。

 どうしても短期的な目標、それも一度失敗しているとなっては、演習の合格が目的化してしまう。衛士になり戦い続けるという本来の目的を見失ってしまいかねない。総戦技演習であっても、それは衛士訓練の一環でしかないのだ。

 

 

 

 夕呼からどんな無理難題を言いつけられるのやら気にはなりつつも、二人して207Bに関しての話が続く。そんな話をしていたからか、さほど待たされたとも思わないうちに、霞とピアティフとを連れて夕呼がシミュレータ室に入ってきた。

 

「だから敬礼なんていいって。で、なに模擬戦したいの? 時間の無駄よ」

 雑談を止めたまりもと武が敬礼、それに夕呼が文句を言うまでが、半ば儀式のような流れだ。

 

「時間の無駄ということは、俺の戦術機適正試験とかでもないですよね」

 今更ながらではあるが、武は意識が戻ってからは適性試験を受けていない。が、すでに幾度かはシミュレータに乗っているので、それこそ時間の無駄だ。

 

「アンタの適正は、一応は数値としては取っておく必要があるわね……ま、それは今度でいいわ。あたしがいる必要ないでしょ」

「ということは、まさかとは思いますがOS出来たんですか」

 

 OSの話をして三日と経っていない。早すぎるだろ、とは思うがそれくらいしか呼び出される理由が考えつかない。そしてそれが正解だったようだ。にやにやと夕呼が笑っている。

 

「社ががんばってくれたのか、ありがとな。ピアティフ中尉も、ありがとうございました」

 が、そこは武としても慣れたもので、最大の功労者であろう霞にまずは礼を言う。もちろん手伝っていたであろうピアティフにも、だ。

 

 

 

「何、白銀? あたしへの感謝の言葉はないわけ?」

「いや、夕呼先生がご自身で作ってる時間は、さすがに無い、ですよね?」

 確か以前の時もほぼ霞に投げていたはずだ。が、こちらでは00ユニットの開発を急がなくていい分、夕呼の手が空いていたのかもしれないと思い至り、確認するかのような問いになってしまう。

 

「ま、ほとんどの部分、作ったのは社なんだけどね」

「……(コク)」

 そんな武の心配りをあっさりと否定する。が、どこか娘の成績を誇るかのような顔で、夕呼としても満更でもないようだ。霞は照れているのか、一歩下がってしまい、ピアティフと共にOSの実装手続きに入ろうとする。

 

 

 

「あと完成したわけじゃないわ。CPUも既存品をちょっと弄っただけよ。まずはアンタが言ってたOSの基本をなす『キャンセル』だけの実装。言ってみれば"eXtra Maneuver"その第一段階、XM1ね」

 出来るところからまずは手を付けてみたという。夕呼にしては堅実に過ぎるようにも思えるが、使う方としては堅実であることに異論はない。

 

「"eXtra Maneuver"……ですか?」

「そ。XMが何の略称か判らなかったから付けておいたわ。特例的挙動、とでも言うべきかしら?」

 それっぽい名前にしてみた、ということらしい。武としても特に拘る部分でもないので、それで納得しておく。

 

「今のところ機能としては本当にキャンセルだけね。他はまったく今まで通りよ。『先行入力』はメモリ含めてハード側にもう少し余裕が欲しいから、今回は無し。コンボも『パターン認識と集積』とが負担になりそうだったから、これはホントにCPUの方が目途が立たないとシミュレータでも動かせないわね」

 

 夕呼がわざわざ各機能を分けて説明するのは、何らかの意図がありそうだ。そしてそれを隠すつもりもなく、答えを期待する顔で武を見やる。

 

 

 

「あの、もしかして夕呼先生、分割販売にするつもり、ですか?」

「へぇ……そっかー白銀、そういう風に考えるのね」

 わざとらしく良いことを聞いたわと笑いながらはぐらかす。間違いなく最初から、提示する相手に応じて実装内容を分ける心積もりだったはずだ。

 

「ま、ホントに分割するほどの価値ができるかどうかはこれからの試験次第ね。このキャンセルだけでも実用性があるなら、CPU周辺の質的向上は勝手にやってもらってOSのライセンスだけバラまく、というのは一つの方法ではあるわ」

 

 キャンセルのみのXM1、先行入力も可能なXM2、フルスペックのXM3と最初から分けておけば、それぞれにソフトとハードとのライセンスとで最低限の制限は加えられる。

 複製や量産の難しいハード部分とは異なり、ソフト部分はどれほど強固にブロックしても解析はされる。それに解析されずともXM3の概念が理解されれば、類似したOSは時間がかかったとしても作る事が出来る。今回のようにキャンセルのみなどと要素ごとに分割すれば、既存のシステム上でも稼働させることはできるはずだ。

 

 XM3が完成し公開されてしまえば、どれほど厳しく制限しようとも模倣される。であれば、先にそれを作って頒布してしまう方が、夕呼としては利が大きい。

 そもそも今後継続的なサポートが第四計画の下で実行できるかというとそうでもない。最初の概念提示と、それに伴うライセンスだけを抑えて、細かな修正などは軍や企業に投げた方が効率的だ。

 

「あの事務次官補の言葉じゃないけど、契約の意味さえ理解できないような連中が相手よ? 最初に搾り取るだけ搾り取っておかないとね」

 

 

 

 

 

 

 時間がもったいないとばかりにOSの準備ができ次第、まりもと武はシミュレータに入る。歩く走る止まると簡単な挙動を確認した後は、動作教習応用課程Dを試してみた。おそらくはこの世界での歴代最速記録を塗り替えたとは、武も思う。

 その後はエレメントを組み、小規模のBETA群を相手に弾薬補給までの時間ただひたすら粘り続けるという、ベテランでも嫌がる訓練を試してみた。

 

 

 

「キャンセルだけでもこれほど変わるとは……先日の説明だけで理解していたと思った自分を叱責したい気持ちです」

 シミュレータから出てきたまりもの、感想を求められての第一声が、それだった。一時間程度のシミュレータ訓練だったが、わずかながらにも疲労が見えるのは、既存のOSとは異なる挙動に意識をすり合わせたためだと思われる。

 

「ふ~ん、OSの性能としては、まりもは満足な訳?」

「はい、いいえ。香月副司令、キャンセルだけでも間違いなく既存OSの挙動を凌駕しております。ですが、やはりこれで完成とは言えないと考えます。キャンセルがあることで、より一層先行入力の必要性が想像できます」

 ただ理屈が判ってしまうまりもとしては、ここで満足できるとは言い切れない。

 

「なによ? キャンセルだけじゃ不満ってワケ?」

 武がいる上に、仕事中ということもありまりもは言葉遣いを崩すことはない。

 夕呼にしてみれば、そんな無駄な儀礼に時間をかけるくらいなら、ざくざくと要望と問題点を指摘しろという事なのだろう、言葉少なめに問いを続ける。

 

 

 

「現状のキャンセルだけであれば、そうですね。昨日の白銀の例に習いますと、地表へ向けてのブーストからの着地後、その時の姿勢制御をまず『キャンセル』し、次の行動を入力しています」

 録画されていた挙動をモニタに映し出し、その横に自身の入力ログを並べて説明を始める。

 

 記録された映像としては15秒程度だ。

 ただ入力ログを見れば、主脚走行状態からの跳躍、直後に上昇ブーストをキャンセル。さらに地表へ向けての降下ブースト、対地高度に合わせて自動的に着地モーションに入り脚部全体がショックアブソーバーとして沈み切ったところで再びキャンセル。機体が姿勢を正そうとする前に前方への主脚走行を開始している。

 

「これが『先行入力』が可能になれば、着地動作に入った時点で主脚走行を指定しておくことで、半ば自動的に処理されると推測いたします。『コンボ』まで実装されていれば、さらに簡略化されることでしょう」

 

「さすがは神宮寺軍曹。いえ、キャンセルのタイミングも的確ですが、OSに組み込みたい機能をよく予想されております」

 武がまりもの推測と感想に驚きつつも、褒める。

 訓練兵が教官を評価するという、軍としては許容しがたい事態だが、この場にいる者はそれを咎めることもない。それに今のところは確定していないが、XM3がそれなりに形になってくれば対外的なプレゼンの為に、武を正規任官前に少尉担当官程度には地位を与えることも考慮されていた。

 

 

 

「つまりは先行入力やコンボが無くても、キャンセルだけで十分。ただしあればさらに動きは良くなるってことね」

「正確な評価は、先行入力機能が付いたOSを動かしてからということになりますが、間違いなく現状の仮称XM1以上の挙動が可能になると推測いたします」

 

「加えて言えば、キャンセルの目的は二点ですね。衛士が不要と判断した動作を中断させ次の動作を割りこませて、挙動の全体的な連続性を作り出すのが一点。もう一点は誤った動作入力を破棄、停止させ、新しく動作を選択することですね」

 現時点でこの二点の目的は、ほぼ達成できていると武は思う。

 確かに衛士の入力と挙動すべてに割り込みを監視しているためか、CPUも換装しているとはいえ、どこか動き出しに「重さ」は感じる。それも誤差程度の物だ。

 

 すこしばかりの問題としては、武にしろまりもにしろ、挙動試験程度であれば「誤った動作入力」というものがなく、そちらの評価がこの短時間ではおこなえていないことくらいだ。

 

「ぶっちゃけまして、この時点でバグ取り終れば、一つの完成形だとは思いますよ」

 XM3の実装バージョンを知っている武にしてみれば、逆にこの段階でも一つの「完成品」として止めることには賛成ともいえる。

 

 そしてまたOSを組み上げている霞の能力には十分以上に信頼を置いている。

 ただしソフトには絶対にバグがある、いや想定外の事態というのはどうしても発生する。そしてそれらを発見して潰していくには、幾多の環境で試用し、ただただ時間をかけるしかない。つまりは試験環境を拡大し、時間的コストを費やすことで対処するしかない。

 

 

 

「A-01の、そうね昨日の話通り伊隅のところにとっと渡して、バグ出しさせるわ」

 そして残念ながら、第四計画最高責任者という立場の夕呼にしても、自由にできる戦術機甲部隊は直轄のA-01しか存在しない。今は大規模な作戦行動が予定されていないために比較的時間が空くとはいえ、開発部隊の真似ごとをいつまでも続けることは無理だ。

 

「……夕呼先生。今後の話になりますが、できれば小隊ごとにバージョン分け出来るようにお伝えできますか?」

 武は時間短縮の一案として、ふと思いついたものを提示してみる。

 

「白銀、続けて」

「最初は中隊すべてでこのキャンセルのみのXM1。次にXM2が出来れば第三小隊はそのままに、第一第二はXM2、最後にフルスペックのXM3、は第一小隊のみ、といったかたちで試してもらうのはどうでしょうか?」

 最終的には皆がXM3に完熟してもらう必要があるが、バグ取りの試用と教導用のデータ取りと考えれば、並列でやってもらう方が時間的には有効だろうと、武は提案する。

 

「ふ~ん、まりも、どうなの?」

「白銀の言いたいことは、前衛、中衛、後衛それぞれで試用するOSを変えて、バグ出しをしながら慣熟時間を取るということだと考えます。理想とすれば配属先の違う大隊を三個ほど選び、その中隊ごとにOSを変えるべきでしょうが、香月博士の指揮下ではそれを実行することは難しいかと」

 

 同じ中隊内部ではどうしても運用方法が似てしまい、多様な環境下での実働試験としては偏った環境としか言えない。九州に展開している部隊では問題なくとも、樺太方面では事故が起きる、ということも想像はできる。

 A-01は特殊任務部隊という性格上、様々な環境下での作戦経験があるが、それをこの白陵基地内だけで再現するのも難しい。

 

「それはまあ、無い物強請りになるわね。じゃ、そういう形で伊隅は伝えておくわ。といっても完成しないことには、次に進めないけどね」

 

 

 

 

 

 

 




第二章開始~ということで予定通りにXM3関連をちょっと進めます。前書きにも書きましたがXM3に関しては、"eXtra Maneuver 3"の略とし「特例的挙動」と当てております。マブラヴwikiのコメント欄で見かけた"Xeno Maneuver in 3-dimensional space"にも心惹かれましたが、1~3と続けるために、"eXtra"の方にしています。

このあたり何か問題があれば改訂いたします。



▼XM3に関しまして■追記(17/07/15)
前書きの通りXM3は"eXtra Maneuver 3"の略称とし、また機能別にXM1、XM2、XM3と分割する案を使わせていただいております。これらは先に書かれている方々には無断のアイデア流用であること、ご容赦ください。

これらは公式設定ではないので、どなたかの二次創作だとは思いますが、初出が判っておりません。もし初出作品をご存知の方がおられましたら、感想欄などでお知らせいただけると幸いです。


■追記(17/07/12)
XM1~XM3分割案はArcadia様にて鹿◆15b70d9b様が書かれている「Muv-Luv Alternative 1991 『政戦両略の斯衛』」がおそらく初出だと思われます。

■追記(17/07/15)
XM2という呼称に関してはArcadia様にてぷり◆ab1796e5様が書かれている「Muv-Luv Idea that doesn't intersect」が初出ではないかということです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

試金の査閲 01/10/30

 27日から、武を除く207B分隊は総合戦闘技術評価演習のために瀬戸内海の孤島へ向かった。演習への参加が免除されている武は、その間にXM3の仕上げを命じられていた。

 

 訓練兵としての教練に束縛されることが無くなったため、最低限の筋トレ以外は一日の大半をXM3関連のデータ取りに使う。結果としてこの数日、武はシミュレータルームに籠るような日々を過ごしていた。

 

 手本となるような動作をいくつかデータとして集積させた後は、ただひたすらにありえないような事例を繰り返すことで、バグの確認をし続けていた。OSの挙動としては正しく問題が無くとも場合によっては例外的にキャンセルの受付を拒否しなければ、機体を壊しかねない挙動もあるのだ。

 たとえば長刀を抜刀し振り切った後であれば構え直しなどの挙動をキャンセルして次の斬撃に繋ぐことは、キャンセル機能の使い方として想定されいることで問題はない。だが抜刀直後にその動作をキャンセル可能にしてしまえば、抜いた直後に宙に放り出す形となり、当然のように長刀が機体肩部に落ちてくる。

 先行入力の場合も、実行できない行動がストックされてしまわないように、実行不可能な行動などが入力された場合はエラーを返すように調整していく。

 

 武だけでなく霞たち開発陣の努力もあってか、207Bが演習合格の結果と共に白陵基地に戻ってきたときには、XM3は一応の完成を見ていた。

 

 

 

 

 

 

「……ねえまりも、戦術機ってちょっと走ったり跳ねたりしながらてっぽー撃つ機械、だったわね?」

「え、ええ……そうね、普通は、そういうものよ」

 

 夕呼の問いに、まりもが口調さえ保てずに同意してしまう。

 それほどまでに、管制室のモニタに浮かぶ映像に、室内の誰しもが戸惑っていた。

 

 対人戦に慣れた衛士であれば、背後を取られたとしても副腕に装備した突撃砲で、後方への威嚇射撃などは可能だ。緩降下での直線回避に見せかけて、わざと背後に敵を誘導する、というマニューバも確かにある。

 ククリナイフと称される極端な軌道変化も、開発衛士のトップクラスであればやって見せるだろう。

 

「なんかあいつら、寝そべりながらぐるぐる飛び回ってるんだけど?」

 だがそんな複雑な挙動は、戦場における一瞬の曲技だ。いかに鍛えた衛士であれ、集中力の限界という物がある。

 

 モニタの中に映る二機の機体は、地面に対して平行に横になったような状態で側面射撃からの急速上昇反転、倒立状態からの副腕まで使用した周辺制圧射撃、果てはビル側面を足場として隘路を跳び抜けていく。

 

 

 

 事の始まりは、XM3のα版とそれを動かせるCPUが出来たから、一度制御ユニットを交換したシミュレータで試してみる、ということだった。だが、そこにアルフレッド・ウォーケン少佐を連れてターニャが視察に来たことで、話が少しおかしくなる。

 

 なにやらこの数日、ターニャは自前のスタッフが集まってきたということで、与えられた執務室に引き籠るように仕事に励んでいた。が、XM3が一応の完成を見たということで、視察の一環としてシミュレータ室に顔を出した。

 

 ウォーケンがターニャの副官として紹介されたときから武の挙動不審が始まり、その様子を愉しんだ夕呼がどうせなら対戦形式で挙動を見てみよう、と提案したのだ。

 もちろん武の挙動不審の理由はターニャにも夕呼にも判っている。武が経験した先のAL世界線では、ウォーケン少佐はクーデター鎮圧に米軍対日派遣部隊指揮官として参戦、そこでクーデター首謀者の沙霧尚哉大尉に堕されている。アメリカ陸軍の、それもラプターが与えられるほどの衛士である。この場に、それもターニャの副官として現れることなど、武が予想できるはずもなかった。

 

 

 

「まったく……ちょっとした冗談のつもりだったんだけどね」

 武にまりも、ウォーケンと集まっていた者の半数は衛士だ。普通なら武とまりもとが試すことになりそうだったが、JASRAの視察も含めればウォーケンと武でもおかしくはない。

 ただ、遊び心を出した夕呼の一言が状況を変えた。『せっかくですからデグレチャフ事務次官補、お試しになられますか?』と。

 

 あくまで社交辞令じみた言葉のはずだった。

 まさかターニャが二つ返事で引き受けるとは、夕呼も考えていなかったのだ。

 

「フィードバックが無いとはいえ、投影映像だけでも酔いそう。あの事務次官補、なんであんなに飛び回れるのよ」

 本来のシミュレータなら反映される加減速などのフィードバックを切っているのもターニャの意向ではなく、その体形に合う強化装備がすぐには用意できなかったからだ。

 

 XM3の特性、として説明されていた三次元機動。そもそもの白銀武のEX世界線における「ロボットゲーム」の挙動を再現したい、というのがその開発動機だとは聞いていた。

 ターニャが武同様に幾度かのループに巻き込まれているという話も聞いた。この世界では、将官として作戦指揮の実績を積んでいることも知っている。

 だが戦術機の衛士としての訓練を受けているとは聞いていない。

 

 

 

『どうした白銀っ、蛆虫の如く地面を這い回るのが貴様の性癖かねっ!?』

 そして今、新OSα版の挙動確認のためにと、光線級の存在しない市街地戦が設定されたが、その状況が武の敵となっている。

 武以上に「空」への忌避感が無いターニャは開幕から一気に高度を取り、急旋回の為か時折ビル屋上に脚を付ける以外、常に空中に浮かんでいる。

 

「ウォーケン少佐、事務次官補は、なにか特殊な訓練でもお受けになっておられたのですか?」

「……いえ、香月博士。自分は寡聞にして存じません」

 

 今までの戦術機であればまずありえない挙動、ハードを変更していないにも関わらず間違いなく向上している機動性など、本来であればXM3という新OSへの称賛が溢れるはずであった。

 

 確かに最初は皆、XM3を実装した戦術機の動きを、賛辞したのだ。

 だがシミュレータでの模擬戦が続くにしたがって、その驚きは武とターニャの繰り出す常識外の挙動へと変わり、ターニャが武を圧倒しはじめると言葉が途切れてしまった。

 

 やはりターニャはどこかおかしい、とは誰も口に出せない。

 たとえ傍若無人と見られることの多い夕呼であっても、そこまでは口にはしない。

 現在は立場的には不明確なものになっているとはいえ、ターニャはこの場での最上級者である。上官を侮蔑するような言葉を出すことはできず、管制室内は異様な静けさに包まれることとなっていた。

 

 

 

『あいむしんかーとぅーとぅーとぅーとぅとぅー』

 そんな管制室とは真逆に、ターニャ自身は無暗に機嫌がいいようで、先ほどから適当な歌を口ずさみながら的確に武の死角を突いている。しかもセンサー範囲と背部の可動兵装担架の可動域の確保の為か、先程から常に頭を下にした倒立状態での対地攻撃だ。

 フィードバックが無いから実現できるともいえるそんな姿勢のまま、さらに歌いながらであってもその射線は一切のブレがない。XM3の効果ともいえるが、左右の突撃砲のリロードのタイミングをズラし、弾幕を途切れさせることもない。

 

『っくっそぅっ!!』

 武の方からは、意味のある言葉はもう出なくなっている。

 開幕早々に頭を押さえられ、市街地のビル群に隠れたは良いが、それ以降上空への回避をほぼ確実に阻害されている。タイミングを計りつつ反撃の為に銃口のみをビルの陰から出しても、それさえも読まれているのか36mmが降り注ぐ。

 

 無理に空に上がろうとすれば、ジャンプ先には120mmキャニスターを的確に「置かれ」て、先程から地面を這うようにしか逃げられない。

 

 

 

『おーるあーあずよあしんきんおーばー』

 それでも武は無目的に逃げ回っていたのではない。このままでは競り負けると感じてからは、誘い込める隘路を選んでいるのだ。先程から対地高度警告が鳴りっぱなしで、脚を付けるのはビル壁面だけ。上方からの射撃を避けるために、二車線と無い狭い道のみを選んで文字通りに飛び跳ねる。

 ターニャであれば、陽動だと判っていても乗ってくるだろう、という「ゲームプレイヤー」としての予測だ。

 

『ははっ、これでとったぁぁっ!!』

 わずかな直線、最適の射撃位置にターニャが入った瞬間に、武は勝利を確信してしまった。

 ビル側面を足場に、武の吹雪が僅かに上方、ほぼ水平に飛び跳ねる。跳躍ユニットと脚部のバネを合わせかつ重力に逆らわないことでの、瞬間的な加速だ。突き出した長刀の切っ先は間違いなくターニャ機の胸部に届く、はずだった。

 

『まったく、QBによるQTくらいは、欲しいものだ、なっ』

 言葉が終わりきる前に、ターニャの吹雪は腰部に接続されているの跳躍ユニット、それを左ユニットは前方に右ユニットは後方に向けて、一気に噴射する。

 

 体幹を中心にして、一気に反転。

 突き出された長刀の切っ先を躱すと同時に、速度の乗った踵が武の機体にめり込んでいく。

 

 

 

 直後に鳴り響くのは、双方の撃墜アラーム。

 

『ぅえっ、え?』

『む?』

「……白銀機、頭部および胸部コクピットブロック大破、撃墜。デグレチャフ機、右脚部大破、腰部中破。着陸時に左脚部も中破。状況終了です」

 

 シミュレータ内の二人は状況を理解できていない。そしてあまりの事態に、管制担当のピアティフの反応も遅れた。結果的にはターニャの勝ちではあるものの、褒められた状況ではない。

 

 そもそもが戦術機は格闘ができないほどではないが、機体フレームの強度はそれほどでもない。

 跳躍ユニットを使用してまで加速をつけた側転からの踵落としなど、素人でも判る自殺行為だ。下手をすれば腰部関節をねじ切り、自壊しかねない。

 

「ねぇウォーケン少佐、もしかしてデグレチャフ事務次官補って、バカなの?」

「……香月副司令。たとえ事実であったとしても、上官への侮辱はできれば避けていただきたい」

「あの少佐殿? 少佐殿ご自身の発言こそが問題であるかと……」

 

 

 

「OSのバグ出しですので、武装は可能でしたら様々な物をお試しください」

 観戦していた三人がどう言ったものかと感想未満の言葉を漏らしている横で、霞とピアティフが淡々と二戦目の準備を始めている。

 眼前に仕事がある分、ターニャや武の異常挙動にも呆れるだけではなく、耐えれるのだろう。

 

『ふむ。銃剣を装備した物はないのかね? 距離を詰めるたびに長刀を振りかざすのはいささか煩雑すぎる』

「お待ちください……大陸派遣軍の方では現地改修であれば87式突撃砲に65式近接戦用短刀を装着していた例もありますが、申し訳ありません。このシミュレータにはデータが実装されていないようです」

 

「ピアティフ中尉、XAMWS-24だったかな、 試作新概念突撃砲のデータは?」

 銃剣付き突撃砲と聞き、知っている物があったようでウォーケンがそう口を挿む。

 

「XAMWS-24ですか? ああ……YF-23の。それは、さすがに合衆国以外にはデータがありませんね」

「む、当然と言えば当然、か」

 いくらYF-22に合衆国次期主力機の座を譲ったといえど、YF-23も機密の塊と言っていい機体だ。それに合わせて試作された突撃砲のデータが合衆国外に存在しないのも、当然と言える。

 ソビエトも帝国ほどではないが比較的近接密集戦指向なので探せばありそうだが、そちらも現地改修が主体で在日国連軍のシミュレータにはデータとしては入っていないようだ。

 

 

 

「……データ、できました」

「ん?」

 ピアティフとウォーケンとが、各種装備のデータを参照していると、横からすっとデータメディアが差し出される。

 

「65式近接戦用短刀を87式突撃砲に装着した物と、87式支援突撃砲に装着した物、のデータです」

 そう言うのは、ぴこぴことウサミミを揺らす霞だ。無表情ではあるものの、耳の動きからすれば、どこか誇らしげである。無ければ作ればよい、というのはエンジニアの性なのかもしれない。

 

『はは、社特務少尉のお手柄だな。ありがたくそのデータを使わせてもらうとしよう。銃剣付きの支援突撃砲があるならそれを右腕に、背面は突撃砲だな』

『じゃあ俺も試させてもらうよ、社。こっちは銃剣付き突撃砲を4門で』

 

 ピアティフとウォーケンとは、どうするべきかと夕呼の許可を仰ごうとするが、シミュレータ内の二人はすでに使うつもりだ。夕呼にしても霞が「完成した」と言うのなら、それを疑うことはまずない。データの導入をあっさりと許可する。

 

 

 

『あとは……以前にも提言したのだがね? 突撃砲に付けるスリングや、マガジンクリップなどはいまだに無いのかね? 鞘とは言わんが刀の取り回しも不便だな……』

 ターニャとしてはせっかくの人型だというのに、歩兵が使っていて便利な物をなぜに戦術機は採用しないのか、と言う。何よりも長刀を取り出したら可動兵装担架に戻せない、というのはかなり不満のようだ。

 

『そういう意味でしたら、支援突撃砲にもバイポッドは欲しいですね。何気に揺れますから。あ~でも重くなりすぎるし、ハイヴじゃ使い道が無いか……』

「白銀訓練兵。バイポッドならユーロで使われている中隊支援砲用の物があるはずだ。後で資料を読むと良い」

 武の呟きをウォーケンが拾う。

 

『あ、ありがとうございます少佐殿。でも中隊支援砲か……あのサイズまで行かないと意味が無いかもしれませんね』

「私も実際に運用したことが無いから、何とも言えんな。このシミュレータにもデータが無いのが残念だ」

 あれば今すぐ試してみるのだがと言いうが、やはり帝国外の装備に関してはデータが少ない。アメリカが帝国に向けてライセンスを提供しているものくらいだ。ソビエト製やユーロの物はアメリカの元になった装備を仮に名前を変えただけのデータしか入っていない。

 

『あとは白銀、あれかね? ボムか? ハンドグレネードか?』

『ですねぇ……しゃがみボムできるなら、もうちょっと動きも変わるか……いやこの銃剣あれば裏切りできるんじゃないスか?』

 

 無い物強請りになり始め、武もターニャも半ばゲーム的に考えてしまい言いたい放題だ。が、マガジンクリップなど実現できるかも知れない装備の改良に関しては、まりもとウォーケンが取捨選択しながらも、メモを残していた。

 

 

 

 

 

 

「で、白銀。ご感想は?」

「XM1、XM2とバージョン上げていったからかもしれませんが、α版だという話を正直信じられませんね。やはり細かなバグはあるのかもしれませんが、触った感じだともう完成しているように思えました」

 

 三度ほど装備を変えながらの対戦だったが、武は結局のところ負け越した。だがいつも以上に複雑な軌道を描きながらも、OSには異常を感じられなかった。

 ちなみに武が勝てたのは一回、ターニャが銃剣で武機の頭部を切り落としたことで勝利したと思い込んだ瞬間の、背面からの一斉近接射撃でだけだ。なおその次の回では、92式多目的自律誘導弾システムに無誘導の多弾頭式ロケットを詰め込んだものを至近距離で全弾掃射され、一瞬で消し飛ばされた。

 

「勝ちきれなかったのは少々残念だがね。人間と違って首を斬れば死ぬわけではないということを忘れていたよ」

 ターニャが敗北した二戦目は、霞が臨時で組み上げた銃剣付の支援突撃砲などを使用しての戦いだった。緩上昇からの急速反転、パワーダイヴ中の交差する一瞬で武は頭部ユニットを斬り落とされた。が、各種センサが死んだ直後、その状態で背面へ向けての全門斉射に巻き込めたのは、ほとんど偶然ともいえる。

 あのタイミングでターニャが勝利を誤認しておらず、わずかでも進行方向を変えていれば墜されたのは武だったはずだ。

 

 

 

「そういえば次官補、先ほどの対戦中に言っておられた、QBやQTとは何でしょうか?」

「ん? ああ……白銀はチャロン派だったな」

 ターニャが言っていた略称を、何かの挙動を言い表していたのか、と尋ねる。

 

「チャロン?」

「いや、そうか、貴様のところではヴァーチャではなくバル?なんだったか?」

「ああ……バルジャーノンです」

 もう過去とも言いにくい、別世界線の話になってしまうのだが武にとってみればもっともやりこんでいたゲームのタイトルだ。懐かしさとともに、少しばかりの郷愁が過るのは仕方がない。

 

「そのバルジャーノンではなくて、だ。そっちの世界にはなかったか、アマコは? 胴体をコアとして手足を組み替えていく、MADばかりが出てくるゲームだったのだか」

「ああ、ありましたね。俺はあまりやりこんでいませんが、よく話は聞きました」

 武は何気にゲーセンが主体だったので、バルジャーノンの家庭用でさえ、練習用という感覚だった。もともとゲームに関しては雑食気味だったのもあり、手は付けたことはあるものの、あまり深くは覚えていない。

 

「QB、クィックブーストはその4作目で追加された機能だな。腰のブースターで強引にブーストダッシュや、高速旋回を可能とさせる。戦術機ならば再現できるかと思って試してみたが、挙動としては可能のようだ」

 中に人間が入っている場合は保証できんがね、とは付け加える。ターニャとしてもフィードバックを切っていたから試したが、あれを実際に再現したいとはあまり思わない。

 

「踵落としはともかく、対人戦でのサイドダッシュからの着地を挿んでの加速旋回は……アレは初見だと目でも追えませんね。おそらくは眼前で消えたように見えるんじゃないですか?」

「ああ、あの程度までなら強化装備があれば耐えられる、のか? そのあたりは衛士の声を集めるしかないか。あまり貴様基準でデータは作るなよ?」

 XM3のお蔭で、戦術機が取れる挙動は格段に拡がっている。問題はそれに中の人間が耐えられるかどうかだ。

 ただ武から見れば、いくつかの挙動は再現できそうだった。次は試してみると言いかけたが、自身の戦術機適正の高さを思い出し、一応は考慮してみる。汎用のコンボデータに、衛士が失神するようなものは入れられないのだ。

 

 

 

「しかし、この短時間でこれほどまでに仕上げたものだな、よくやったものだ白銀」

 ターニャが嫌味なく、驚きつつも褒める。

 

「その辺りは社に頑張ってもらいましたから。俺自身は言いたい放題言って、手伝えたのはデータ取りくらいですよ」

 褒められて気恥ずかしい、ということではない。武自身からしてみれば、XM3を作ったのは霞を筆頭に第四のエンジニアの皆だ。それを概念を伝えたからと言って武の功績とされるのは、少しばかり座りが悪い。

 

「ま、社がすごいのは間違いないけど、残り一割くらいはアンタの功績よ、白銀」

「は? 俺、ですか?」

「前の世界、AL世界線だったっけ? そこで使っていたというXM3の概念を、社はアンタの頭の中からそのまま読み取りながら組み上げたらしいわ。そういう意味では、珍しくアンタがしっかりと記憶できていたことが、完成を速めた要因の一つ、と誇ってもいいわよ」

「(コクコク)」

 夕呼までが珍しくまっすぐに褒めてくれる。それに霞も同意するように頷いていた。

 

「そういう訳よ? まあここは素直に開発者だって威張っておきなさい」

 今後いろいろとそういう場面が必要になるわよと、どこか企むように夕呼が褒めながらも嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 




タケルちゃんは あたらしく ドリフトターンを おぼえた!

と言いたいのですが実機でやったら、衛士へのGも怖いですが、主脚すっ飛びそうな気がしないでもない? "Thinker"は歌詞の引用どうしようかと考えつつも、こういう感じで。で、XM3の話をするとは言ったが開発話を書くわけではない~ということで霞さんが一週間で作ってくれました、早すぎるというのは目を瞑ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

頒行の計謀

 XM3α版の試験としてシミュレータ室に集まっていたが、いくつかの驚きはあれ、OSの性能としては皆が満足していた。

 

「さて。改めて感想とさせてもらうとだな、遊ばせてもらっただけだが、白銀の言うとおりだな。各動作での違和感というものは、戦術機であることからの限界ともいえそうだ」

 ターニャにしてみれば、久しぶりなどとは言えぬ程の時間を開けた「ロボットゲーム」だ。遊びとしては十二分に満足している。

 戦術機用OSとしての精度や機能は、衛士としての専門教育を受けていないターニャからは口を出せるものではない。そのためにあくまで感想に止めている。

 

「ただ私から言えるとすれば、問題と言えばインターフェイス周りだろうな。現状では少々見にくい上に使いづらい。まあどうせコンボ選択などは複数の意見を拾いながらでなければ詰め切れまいし、ここで今すぐどうこうする部分でもなかろう」

 時間が無いとはターニャも判っているが、こういう部分は時間を掛けなければ改善しにくい部分でもある。そしてそのような修正は第四で行う範疇ではないことは、この場にいる誰も認識しているので、あとはライセンスを得た各開発会社に任せるしかない。

 

 

 

「ほぉ、局長がそれほど直接的にお褒めになるとは、私も使ってみるのが楽しみですな」

 ウォーケンが正に珍しい物を見た、とでも言いたげにわざとらしく笑って見せる。それくらいには評価が高いようだ。

 

「ふむ、常日頃から私をどう見ているのか少々問いただしたいところだな、ウォーケン少佐?」

「はははっ、まあそれはともかく、ですな。このXM3の教練には、複座型が必要なのではありませんか?」

 強引なまでにウォーケンが話を変えるがターニャもわざわざ追求しない。それに変えた話の内容自体も、納得のできるものだ。

 

「教導官を後ろに乗せて挙動を体験させる、ということでしょうか、少佐殿?」

「そうだ、神宮寺軍曹。君くらいの衛士であれば、映像を見ただけあるいは挙動データの追体験だけでもXM3を習熟できよう。が誰もがそれをなせるわけでもなければ、その時間があるわけでもない」

 今後XM3を最初から使って教練を受ける世代ならば問題は少ない。

 だが、あまりにも新しい概念の挙動が含まれるために、既存の衛士訓練を受けた者が転換訓練に時間がかかるのではないかと、ウォーケンは懸念している。

 

「そのあたりはビデオ教材やデータの蓄積、コンボの整理などで、運用する各国機関で対応してもらうべきことだな。まあこの国の本土防衛軍辺りの頭の固い連中は文句を言って来そうだが……香月博士には腹案があるのだろう?」

 

 

 

「はい。XM3を機能ごとに段階的に分割した物を、それぞれに用意することで、出来る限り不要な摩擦は避けようかと」

「あ~やっぱり分割販売ですか?」

「アンタみたいな挙動を誰もができると考えるのは、止めたわ」

 XM3の最初の話では「白銀武」が行う挙動を、コンボ機能などを用いてすべての衛士が再現できるようになる、という触れ込みだった。だが、段階を踏んで開発していくことで、逆に明白になってきたのが、誰も彼もがそこまで機体を制御できるはずもない、という事実だ。

 

「それに伊隅からも意見が上がっててね。XM1以外は帝国だと嫌がられるんじゃないかって話よ」

 XM1のキャンセルだけであれば、中隊内でも比較的スムーズに馴染んだらしい。ただ、XM2の先行入力が実装されたところで、逆に熟練の衛士たちが戸惑い始めたという。まだみちるたちは使っていないが、コンボまで含めたXM3となると、新人はともかく熟練衛士ほど余計に転換に時間がかかるのではないかと、予測されている

 そしてA-01の連中であれば問題ないという話だったが、帝国陸軍などの自称「ベテラン」ほど、コンボや先行入力に拒否反応を示すのではないかと、意見されたという。

 

 

 

「ふはは、なるほど、な。生き残っていることを自身の能力と過信しているような輩が、だだ無意味に積み上げた時間に傲り、内実を見れぬということか」

「あ~いや、新しい機材に拒否感が出てる、といえばなんとなくは判ります」

 ターニャの悪意に満ちた感想にまでは同意しないが、武としては呆れそうになる一方、理解できなくもない。今自分たちが出来ていることをなぜに新しい別の方法でやらねばならぬのか、と言われれば答えにくい。

 

「あとは国連、というかあたしに対する嫌悪といったところかしら」

 XM1であれば、それに必要とされるCPUの改良は帝国軍内部でも可能だ。国連の、第四計画が設計した物を使用する必要が無い。ブラックボックスの無い、既存の物と同様に扱えるということだ。

 

「というか、夕呼先生の印象って、やっぱりこっちでも悪いんですか?」

「無能の相手に時間を割くほど、あたしは暇じゃないわ」

 直接の回答ではないが、それで理解できてしまう。

 根回しは必要だと判っているのにそこに注力しないところは天才ゆえの驕りと見るか、それを使いこなせない周囲の無能を嘆くべきか。

 

「取引先相手なんですから、少しは譲歩しましょうよ……」

 

 

 

 

 

 

「それで夕呼先生、このXM3ってどうやって広めるんですか?」

 夕呼の人徳の薄さを今すぐに改善することはできないので、意識を切り替える。

 XM3は、OSの完成度としては今のところ問題ない。問題なのは、第四や夕呼自身へのものも含めた「新装備」への拒否感だ。この拒否感がある限り、導入を見送る組織は多いはずだ。

 

「A-01は、まずは伊隅の第9中隊に習熟してもらってから、それを元に連隊全体に広げる。これはこっちでやっておくわ」

 第四直属のA-01に限れば夕呼の好きにできる。武の記憶にあるほどには損耗していないようで、詳しくは聞いていないが第9中隊だけという状況ではなく、余裕はあるらしい。

 

 

 

「帝国海軍であれば私自身の伝手もあるので、どうにでも出来そうだ。ただ、そもそも帝国海軍は戦術機は配備しているのかね?」

「確かイントルーダーの帝国仕様があったはずです、局長」

「ん? ああ、海兵隊が無いからか。あれはどうなのだ?」

 

 ウォーケンの言葉に対しターニャは問いを重ねるが、どうなのだと問われてもさすがにこの場にいる者には答えられない質問だった。

 武もまりもも、そしてウォーケンも間違いなく一線級の衛士ではあるが、陸軍に所属する言ってしまえば「普通」の戦術機にしか乗っていない。海軍の、それも水陸両用の攻撃機に、なにが必要なのか想像するくらいしか出来ない。

 

「どう、なんでしょうね、アレにXM3って」

「三次元機動とは水中でも可能なものなのか? いやアレは水中で攻撃できる兵装が搭載されているか?」

「上陸後であれば歩行行動も取るようですから、わずかばかりの機動性向上は見込めるかもしれませんが……そもそも走れるのでしょうか?」

 

 スペックデータなどは見たことがあるはずなのだが覚えているわけもない。

 しかも三人共に海神との合同作戦の経験が無い。いまの朝鮮半島防衛戦にでも参加していればともかく、まりももウォーケンもその戦歴は大陸内部に限定される。どういう運用がされているかさえ知らないのだ。

 

「ふむ……その様子だと、帝国海軍への公的な伝達は保留だな。一応は話だけは流しておこう」

「お願いいたします。合衆国海軍でしたら空母運用なので、自信を持ってお勧めするのですが、帝国海軍は戦術機空母は存在しませんから」

 

 帝国海軍でも使って貰えればうれしいが、今のところはこちらからは強くは推さない、という消極的な対応になってしまう。

 

 

 

 

 

 

「本土防衛軍の連中には見せ札程度に晒しておいて、本命は大陸派遣軍、できれば斯衛ね。次の作戦の時にこっちに兵力を提供させることを条件に、XM3の優先供与をチラつかせるわ」

 

 夕呼は「次の作戦」と軽く言うが、狙いは喀什の「あ号標的」だ。

 BETAの学習と命令系統が喀什の重頭脳級「あ号標的」を頂点とする箒型であると判明している現在、下手にフェイズ2のハイヴなどを攻略としたとしても、それに対応する手段が構築されてしまえば、反撃の糸口を失う。狙うとすれば頭を潰してからの「駆除」しかない。

 

「問題は、その条件をどうやって飲ませるか、だな」

「議会向けはCPU関連のライセンス提供を提案しますが、軍部はどうでしょうね」

 

 ソフトとしてのOS自体はコピーすればよいが、CPU廻りは追加生産が必要だ。大規模に配備するともなれば、国の補助は当然必要になる。そしてそれは帝国国内の生産業にとってはプラスだ。諸外国も運用し始めるのであれば、ライセンスだけでもかなりの物になるはずだ。

 ただ帝国軍部からしてみれば、XM3の提出は第四を誘致して後援していることに対する当然の見返り、と考えられてもおかしくない。

 

 

 

「やっぱり国内向けのトライアルは必要ね」

「大陸派遣軍ならいざ知らず、本土防衛軍に香月博士の手が入っている装備がそう易々と広まるとは思えんからな。性能の公開だけで解消できる問題ではなかろうが、やらぬわけにもいかん」

 

 武の知る世界線ほどではないが、第四への帝国国内からの風当たりは強いようだ。不知火を連隊規模で確保していることも、それを帝国軍とは別個に運用していることも、やっかみの要因である。だが何よりも「何をしているか判らないのに予算が取られている」というのが大きい。

 夕呼の対応にも不味い部分は多いが、結局のところは予算問題と縄張り意識だ。

 

 これが実戦を経験している大陸派遣軍の方であれば、まだXM3の性能を証明することで採用の可能性はある。戦術機の性能向上も、衛士の損耗抑制も、前線では渇望されている。

 ただ本土防衛軍であれば、逆に第四の権限拡大を阻害するために、採用を拒否することも考えられる。

 

「恩を押し売りできるほどには権限が無い、というのが問題ですよねぇ」

「あくまで第四は国連主導だからね。内政干渉になりそうな部分は無理よ」

 第四計画からは、帝国の国防に関する命令は出来ない。どこまで行っても提言止まりだ。帝国軍内部の対立構造を逆手に取り、XM3の導入を進めるにしてもあと一手何かが欲しい。

 

 

 

 

 

 

「あと他諸外国向けには、帝国内部での配備が形になる前後で一度に公開したいところですけど……」

 計画推進国が使っていないような技術が、外部で受け入れられるはずもないが、外へ知らしめるとなるとさらに場所も機会も限られる。帝国内での配備が済んでからなどと言っていては遅すぎる。

 

「そうなると、アラスカが一番妥当だな」

「やはり、そうなりますか」

 

 予想していたとはいえ、夕呼にはいまいち旨味の薄い場所だ。

 先進戦術機技術開発計画、通称「プロミネンス計画」を進めるアラスカ・ユーコン基地。国連の旗の下、各国が戦術機開発のために集結し、切磋琢磨している。それだけ聞けば、確かにXM3のお披露目には最適な場所に聞こえる。問題は合衆国国内基地であるにも関わらず、アメリカ自体はプロミネンス計画には消極的であり、一切関与していないということだ。

 

 夕呼にしてみれば、アメリカだけを相手にしてXG-70や各種のG元素を回してもらう方が直接的には利益が大きい。ユーロやアジア圏の前線国家からのわずかばかりの支援を約束されるよりも、安保理内部での権限拡大の方が意味があるのだ。

 

 

 

「いや、香月博士。アラスカでXM3を見せ札にすれば第四直轄戦力として、少なくとも中隊、上手くすれば大隊規模の戦術機甲部隊はコミーどもから手に入れられるぞ?」

「ああ……あちらでもまだそんなことをやっていましたね。そしてソビエトがこれだけ出したのだから、と。アメリカとイギリスあたりからはさらに引き出す、と」

 

「?」

 ただ、その辺りは武には判らない話だ。ターニャの言葉に納得しているのは夕呼一人で、まりももウォーケンも判っていないようなので、ただの衛士では踏み込めない内容のようだ。

 

「ん? 神宮寺軍曹はともかく、白銀もウォーケン少佐も知らなかったのかね? ユーコンで連邦がやっているのは戦術機開発ではない。戦術機『衛士』開発だ」

「……まさか、それは」

 武とウォーケンはその意味が推測できてしまい、霞の方に眼をやってしまう。

 

「ご推察の通りだ。第三計画のESP発現体を元にした『衛士』を作っている。グレーというには少々黒すぎるな」

 ターニャがアラスカを推す理由はアメリカにはない。狙いはソビエトの方だ。第三の遺産を今もって弄繰り回している計画がユーコンのソビエト区域では進められている。厳密に解釈すれば、それらは第三凍結時に第四に譲渡されていなければならない技術と資産なのだ。XM3を第四の関連技術として発表し、その提供を約束する代わりに、第三由来技術のすべてを接収しておくつもりだ。

 

 

 

 

 

 

(しかし見せ札、か。そうだよな見せ方で相手の捉え方が変わる……と考えたら、問題なのはXM3の提示の仕方、か)

 ユーコンの方の詳しい事情は武には判らないが、見せ方を変える、という方向であれば、武には一つ考えが浮かんだ。

 

「で、ですね。夕呼先生、このXM3の開発の実績って、第四としてはどれくらい必要なんですか? 帝国向けなのか、国連向けなのか、アメリカ向けなのか……実のところよく判ってないんですが」

 ただ確認しておかねばならないのは、第四とそして協力体制となるJASRAにとっての、利益だ。

 

「あたしとしては難しいけどアメリカ相手の取引材料に使いたいってところね。さっきも言ったけど帝国向けはCPU関連のライセンス提供程度でいいでしょ。あと第五発動までの時間稼ぎにでもなってくれれば、それでいいわ」

「こちらとしても第五への警戒程度だな。第四の本筋とはいささかズレているために、安保理の方ではそれほど期待できん」

 

 武やターニャの知識を元にした共同レポートは安保理の方に上げたらしいが、その評価が下るまではいましばらくかかる。XM3は今のところ明確な結果が出せていない第四の最初の実績とはなるものの、方向性の違いから計画の大きな進展とは見なされない。

 それもあって夕呼もターニャも、XM3は第五計画への交渉材料としてはさほど強力なカードだとは考えていない。

 

 そもそもが前線国家ならば低コストで戦術機の性能を向上できるXM3は有用だが、後方のそれもG弾ドクトリンを主軸とするアメリカにとっては優先度が低い。

 

 

 

「でしたらXM3は斯衛から……いえ殿下から夕呼先生に開発を依頼されていた、という形で公開するのはどうでしょうか?」

「どういうこと?」

 当たり前だが、そんな話はまったくない。煌武院家は比較的に第四に対し協力的だが、直接的な援助があるわけではない。また逆に第四が、煌武院家に対して、何らかの成果を送り届けたこともない。

 よくいって表面的には友好的な中立関係、といったところだ。

 

「簡単な話ですよ。実績も何もない、どこの誰だか判らない訓練兵が言い出した謎の新型OSなんてモノ、使いたがる衛士がいますか?」

 まりもやウォーケンに向かって武は問いかけるが、二人とも答えられずに黙ってしまう。既に試しているまりもはともかく、ウォーケンにしても、管制室からのみの情報だがXM3の有用性は深く理解している。

 その上で、答えられないのだ。一般の衛士の、出所不明の新兵器に対する拒否感というものは、それほどに深い。

 

「あ~申し訳ありません。お二人であれば、部下を説得してでも導入してしまいそうですね……」

「いや白銀。貴様の言いたいことも判る。極論、このOSがソビエトで開発された物だと言われれば、私でも躊躇うぞ」

「確かに神宮寺軍曹の言うとおりだな。バックドアの存在に怯えながら使うような機材は、さすがに遠慮したい」

 真顔で断りを入れるまりもに対し、ウォーケンは苦笑気味だ。アメリカ軍であれば笑い話で済むかもしれないが、帝国軍には国粋主義とはまた別の方向で、ソビエト製戦術機導入の動きもあるのだ。

 

 

 

「しかし、なるほど。それで殿下のお名前をお借りする、ということか」

「殿下御自身も衛士訓練はお続けになっておられますし、このXM3の挙動の一部は斯衛の動作に近しい物も含まれます。詳しい者が疑問に思ったとしても、それほど不自然な話とは受け取られないかと」

 

「ふむ? 帝国の将軍自らが前線に立つというのは、儀礼的な物だけではなかったのかね?」

「ああ……ウォーケン少佐殿にしてみれば異質に思われても当然でしょうが、煌武院悠陽殿下であらせられば、政治的問題さえ解消できているのならば、最前線にてその太刀をお振るいになられます」

 

 それほど交流の記憶があるわけでもないが、なぜか武はそう断言できてしまう。

 だが逆に、ウォーケンが疑問に思うのも理解できる。ショーグンが最前線で戦うというのだ。プレジデントが戦術機に乗って最前線に切り込むのと同様に思えるが、それは映画の中の話だ。現実には起こりえない。そもそも年齢的にも苦しいだろう。

 

 だが、今の帝国は違う。

 煌武院悠陽であれば、必要となれば間違いなく、前線に立つ。

 

 

 

「ま、将軍家御用達とでも言いますか、そういった御印さえあれば、大陸派遣軍だけでなく本土防衛軍に対しても採用を躊躇う『言い訳』を潰せます」

 言ってしまえば免罪符だ。殿下のご意向に沿ってXM3は作られたという形があれば、帝国内部での受け入れには抵抗が少なくなる。

 

「白銀。そこまで言うけど、それはあくまでこっちの利益よ? どうやって城内省や斯衛、そして煌武院家を納得させるつもり?」

 

 00ユニットの開発を一時停止している今の第四計画が、帝国そして斯衛などに求める物は、まず単純な戦力だ。喀什攻略に向けて帝国内部の団結を高めておきたい、というのも第四の視点からの目的で、けっして城内省などに利益があるという物でもない。

 逆に帝国議会からならばともかく、一部武家の保有する企業への優先的な根回しくらいしか、第四が求められているという物は思いつかない。

 

 

 

「将軍としての実績として頂いて、ご自身のお立場の強化……と言いたいですが、殿下ご本人がそれを望んではおられないんですよねぇ……」

 悠陽が自分の立場を強化することに執着するような人物なら、いくらでも交渉の余地はあった。が、そのようなものはない。

 

(すげー個人的な利点としては、御剣と殿下とをお会いさせることができるかもしれないってのがあるけど、それこそ首を縦に振らねぇよなぁ……あの二人なら)

 直接言葉を交わした記憶があるのは、先のAL世界線でのクーデターの時くらいだが、それくらいのことは判る。結局のところ、似た者二人だ。「滅私」という言葉があれほどに似合ってしまう姉妹も珍しい。

 

「……あ、殿下相手なら簡単だ」

 冥夜の姿が浮かんだ瞬間、武には一瞬で解決方法が浮かんだ。

 ヘンに考えることではないかったのだ。

 

「なにかあるのかね、白銀?」

 ターニャにしても悠陽や城内省を説得する材料が浮かばず、有力武家を個別に説得するしかないのか、とまで考えていた。

 

「お気を悪くされるとは思いますが、お二人を相手にして考えすぎました。XM3の件で、悠陽殿下を相手に説得する必要なんてないんですよ。XM3があれば衛士の損耗が、帝国だけでなく世界規模で軽減される。これだけで彼のお方は協力してくださります」

 

 民の為。

 その理由だけで、煌武院悠陽ならば協力してくれるはずだと、武は確信していた。

 

「ふ、ふはは……なるほど確かに我々とは根本的に考え方が違うな」

「ええ……ですが、白銀の言う通りですわね。殿下であれば、ただそれだけで動かれるでしょう」

 ターニャも夕呼も、虚を突かれたかのように一瞬固まってしまっていたが、すぐに笑い出す。悠陽とは真逆ともいえる思考傾向を持つ二人だが、共に自覚しているだけはあって、逆に理解が早い。

 

 

 

 

 

 

「……夕呼先生。鎧衣課長に頼んで、直接殿下は無理でしょうが、できれば斯衛軍の紅蓮大将か五摂家のどなたかにお会いできませんか?」

 ただ、それでも名を使わさせてもらうというのであれば、説得には行かなければならない。

 

「トップダウンで強引に話を進めるつもりか、白銀?」

「たとえ殿下のお名前をお借りしても、今すぐに帝国陸軍全軍というのは難しいでしょう。が、斯衛であれば殿下のご一存、あるいは紅蓮大将とまではいかずとも斑鳩を説得できれば、配備が進みます」

 この世界では会ったこともないが、武はUL世界線においては斑鳩当主たる斑鳩崇継の指揮下に入っていたこともある。記憶が定かではないとはいえ、おおよその人柄は理解している上に、崇継であればXM3の有用性をすぐに理解するはずだという思いも、ある。

 

「ああ、そうだ。崇宰の方であれば先日私も会ったところだ。挨拶も出来ていないし、こちらに戻ってくるようであれば声を掛けよう」

 

 G弾の投下で有耶無耶になっているが、ターニャが朝鮮半島に展開していた国連軍を視察していた件は、いまだ完了したとは言い難い。ターニャが意識不明のまま検査の為と最優先で日本に送られたために、声もかけられていない。崇宰恭子が帝国に戻ってきているのであれば、会うには都合のいい理由になる。

 

 

 

「あとは夕呼先生、斯衛でしたら月詠中尉に、XM3の試用をお願いできませんか? 事前に情報は持って行っておいて欲しいので」

「月詠って、あの御剣にくっついてる連中の?」

 

 夕呼にしてみれば、その程度の認識だ。だが伝手という意味ではかなり強力である。

 月詠真那中尉に、直属の神代巽、巴雪乃、戎美凪の三名が所属している第19独立警護小隊。煌武院家の意向を受けての、御剣冥夜の護衛任務だけがその任務である。それだけに煌武院家への繋がりとしては大きい。

 

「ここのシミュレータの見学と使用とは許可しておくわ。ただし説得は任せるわよ。あたしが出たら、逆にこじれそうだしね」

「りょーかいです」

 俺が顔出しても下手すると斬り捨てられそうなのだが、とは武としては思ってしまうものの、夕呼に任せるよりはまだマシかと諦めた。

 

 

 

 

 

 




XM3海神は、マブラヴSFにおいては射程範囲1.5倍でコスト据え置きというたぶんバグなんでしょうが便利でした。脚遅いけどね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

展伸の証跡 01/11/01

 昨日、207B分隊は総合戦闘技術評価演習の合格を受けて特別休暇が与えられていた。

 

(前は南の島でバカンスだったんだよな~)

 今回は、というよりも現在の白陵基地における総合戦闘技術評価演習の舞台は、瀬戸内の孤島だったらしい。島の名前は聞いていないが、BETA侵攻にいまだ晒されていないこの日本では、以前から帝国陸軍も使っている演習場の一つだそうだ。移動時間も少なく演習終了後には皆この基地に帰ってきていた。三日間のサバイバル訓練での疲れはまだ残っているだろうが、どうせこの後は倒れることになるので構わない。

 

 

 

「それにしても、あいつら何時までかけているんだ」

「まあ……強化装備は、最初は驚きますからねぇ」

「衛士の第一の試練とまで言われているからな。それでもすぐに慣れる」

 

 戦術機用のシミュレータルーム、その巨大な筐体の前で、まりもと武、二人して苦笑未満で顔を見合わせる。とはいうものの、二人ともいまは強化装備を身に着けてはいない。午前中は管制に専念する予定だ。どうせしばらくは時間がかかるだろうと、教練の方向性を簡単に打ち合わせていると、ようやく皆が出そろってくる。

 

 更衣室から出てきたものの、皆恥ずかしいようで、腕を組んだり後ろを向いたりと様々だが、本来であれば上官であるまりもの前で見せられる態度ではない。

 

(というかだな後ろを向けば、尻の方が完全に見えるんだぞ彩峰……それに御剣、お前の場合腕を組んだら余計に胸を強調してるだけだ)

 口に出すべきかどうか悩んだものの、胸に秘めておく。

 そういうことを口にできるのが「恋愛原子核」の強みなのかもしれん、とどうでもいいことに意識が向く。その程度には武としても久しぶりに見る皆の訓練兵用強化装備は、目を引いてしまう。

 

 訓練兵用の強化装備は白を基準で、胸部から下腹部にいたってはほぼ透明の素材であり、ある意味では素肌以上に扇情的でさえある。負傷した時の視認性の為という一応の意味もあるが、慣れることで羞恥心を無くすためというのが本来の目的だという。

 

 

 

「タケルちゃんずるい、ずーるーいっ!!」

「煩いぞ? 鑑」

 そんな風に皆を観察していると、純夏が器用に胸を隠しながら、騒ぎ始める。

 ああなるほど「白銀武」であればこういう時に頭を叩くのか、と自分のものではないように思えてしまう「記憶」。

 

(いや。ホント、俺の記憶じゃねぇんだよなぁ……)

 この世界で目覚めて一週間ほど、ようやく武は以前の世界線での「白銀武」を意識せずに行動できるようになったと思っていた。が、数日ぶりに純夏に会って、自分の行動と記憶の中での行動の差異にあらためて気が付かされ、意識してしまう。

 

「タケル~鑑さんじゃないけど、一人だけ訓練服のままなんてずるいよー」

 純夏だけでなく尊人まで口を揃えだした。肩を落としながらも、目線は決してほかの皆には向けないようにしている。

 尊人にしても男性用訓練強化装備では、いつもの自然体ではいられないようだ。

 

「よ~し鎧衣、全裸ではなく、この強化装備という人類至高の衣服に欲情できる貴様は、間違いなく立派なホモサピエンスなメンだ。皆に見せつけるように、きを~っつけっ、背を伸ばせぇっ!!」

 

「なっ白銀っ!?」

「……へんたい?」

「あ、あぅ~~~」

 今まで黙っていた者も、恨みがましく、武を睨む。

 

「煩い。そういう反応を無くすための、訓練兵用強化装備だ。それにそんなことに気に掛ける余裕なんて、無くなる」

 記憶にある実体験からの助言を加えつつ、少しばかり嚇すように嗤っておく。

 

 

 

「さて、ああまで言われているが、どうする白銀? 貴様も訓練兵用の物に着替えるか?」

「はい、いいえ。教官補佐という立場がありますので、神宮寺軍曹が問題なければこのままで結構です」

 別段武としては、訓練兵用の強化装備が今更恥ずかしいとも思えない。着替えるのがただ手間なだけだ。あとは今後の立場というものもあり、着るとすれば正規兵用の黒の方が都合がいいくらいか。

 そもそも今日の訓練予定では、武はシミュレータに乗る予定はない。

 

「では、予定通り白銀訓練兵は、戦術機教導においてのみ臨時軍曹とする」

「は、了解いたしました」

 

 

 

「整列っ!!」

「貴様らも聞いていたようだが、こちらが貴様らの戦術機教導を補佐してくださる、白銀武臨時軍曹だ」

「白銀武臨時軍曹だ。まずは総戦技演習の合格おめでとう。あらためてよろしく頼む」

 

 最初に編入されたときに、武は任官間近だったということになっている。実際訓練を共にした期間は短いが、207Bの誰もが武の実力という物は目にしており、「臨時軍曹」という聞き慣れぬ階級を耳にして皆が訝しむが、補佐に付くということには疑問はなさそうだ。

 着任の挨拶など、武としては長々とやるつもりはない。さっさと行けとばかりに指示を出し、まりもと二人で管制室に入る。

 

「貴様らからしたら待ちに待った戦術機の訓練だ。まずは煩いことは言わん。シミュレータではあるが各々好きに動かしてみろ」

 207Bの皆もシミュレータとはいえ戦術機を動かせるということに興奮しているのか、駆け込むようにコクピットへ乗り込んでいく。武からすれば着座調整に無暗に時間がかかっているように感じられたが、訓練兵としては早い方だった。

 

 

 

「ご無理を言って申し訳ありません、神宮寺教官」

「いや、言われてみればこちらの日程の方が理に適っているな。適性試験の後にXM3搭載機の挙動体験などすれば、身体は動かせまい」

 全員が着座したのを確認したうえで、武がまりもに礼を言う。訓練課程の変更は、武の案だった。

 

 今までの衛士訓練であれば、まずは戦術機適正の再確認であったが、今回はその順序を変更している。適性試験は午後からの予定だ。

 衛士訓練の最初の試練ともいえる適性試験は、強化装備にフィードバックデータが蓄積されていない時点でシミュレータに揺られるために、訓練兵の多くは試験後には立ち上がることさえできないと聞く。その後の訓練と、強化装備へのデータ蓄積があれば耐えられる程度のものだが、試験後に座学などは無理な者もいるらしい。

 このあたり対G耐性や適正衛士適正の高い武には実感しにくいのだが、以前の記憶からしても、試験後は余裕を持っておいた方が結局は時間の無駄を省ける。

 

 

 

 

 

 

「さて、全員搭乗したな? 今回に限り、一切のフィードバックは切ってある。各種武装の弾薬や耐久性も無制限だ。午前中は好きなように動かしてみろ」

 戦技演習合格をもって、教本は渡している。衛士訓練の前に熟読することは必須であり、基本動作ならこなせなければならない。

 そして歩かせる程度であれば、簡単にできる、と誰もが思っているはずだ。

 

『えっ?』

 

 だが、全員が一歩目から、こけた。

 そして機体を起こそうと、地面の上で泳ぐようにジタバタともがく。

 

「好きなように動かせとは言ったが、壊せとは言っておらんぞ」

「戦術機の挙動は繊細だ。全員一度落ち着け。リスタートするぞ」

 武とまりも二人で、誰に向けた指示ということもなく、全員に向けて注意を促しておく。

 

 

 

「……予定通りではあるが、XM3の教導にはこれは必須になりそうだな。実機で一歩目からこけられたりしたら整備班に何を言われることやら」

「XM1に触っていた神宮寺教官でさえこけましたからね。伊隅大尉からの報告も確認しつつ、マニュアル化は大変そうです」

 

 演習から帰ってきたその夜に、まりもも暫定完成版のXM3でのシミュレートはこなしていた。そしていまの訓練兵と同じく、一歩目でこけた。

 とはいうものの、XM1の状態で触っていたことや、そもそもの戦術機への理解の深さから、XM3特有の挙動の繊細さに気が付くと、見る見るうちに動きが素早くなり、日付が変わる頃には撃震を第三世代機のように軽々と乗り回していた。

 そして決して褒められた行為ではないが、まりもは207Bが特別休暇だった昨日、教練の見直しをする時以外ほぼ連続してシミュレータに籠ってXM3の習熟に努めていたのだ。食事すらコクピット内で衛士用の合成レーションをかじりながら、だ。

 

「しかしこのフィードバック無しの自由挙動か。これはこれで必須になりそうだな」

「先日、事務次官補がやっていたのを見て思い出し……いえ思いつきました。戦術機の挙動に先入観のない今だからこそ、可能かと」

 今207Bが行っているのは、簡単に言ってしまえば、大型筐体のロボットゲーム、そのチュートリアルだ。

 投影される映像からの疑似的な3D酔いは起こるかもしれないが、本来のシミュレータのように振り回されたりはしないために、機体が可能な動きはすべて実行できる。ゲーセンであれば体感型だったが、アレも少しばかり揺れる程度で、どれほど無茶なことをしても自分の身体は傷付かない。

 

 どうしても今までの訓練だと「自身が耐えられる機動」を「戦術機ができる挙動」と思い込んでしまう。その思い込みが無い状態で、戦術機の可動限界を身に着けるために、いまは「遊んで」もらっている。

 武が三次元機動など行えるのは、EX世界線におけるゲームやアニメからの経験からだ。こちらにそのような娯楽があれば概念説明も簡単なのだが、無い物を強請っても仕方がない。将来的には各種挙動を盛り込んだビデオ教材なども作ることになるのだろうが、今はまだそこまで手が回らない。

 

「あとは、OSのことを説明せずに動かさせてみたのは正解だな」

「言葉は悪いですが、ちょうどよかったと思いますね。元々の素質がある連中に、最初から勝手な思い込みによる制約が無い状態で動かしてもらえるわけですから」

 

 207Bの戦術機教練に際し、一つの方針として分隊員には「新OS」のことは話さない、と武とまりもそして夕呼の間で決められた。新しいOSだから訓練に時間がかかるとか、他の衛士とは区別されているのか、などと邪推されるのも面倒だ。

 せっかく同期が居ないという環境を、最大限に使おうというのが目的だった。

 

 

 

「確かに彩峰のあの動きなど、戦術機を知るものだとけっして試そうなどとは思わぬな」

「あれは……俺でも嫌ですね。さすがに二回転する意味が判りません。鎧衣も良く付き合う」

 千鶴と壬姫、それに純夏はまだ歩いたり走ったりさせている程度だったが、慧は基本的な動作をこなすと、いきなり側転や反転などを始めていた。美琴もそれを見て空中二段回転を試みている。

 

「御剣の方は、これはまた丁寧なことだ」

 冥夜は一つずつすべての関節を個別に可動させていた。右小指の先から始め、今は脚の方にまで進んでいる。身体感覚とでもいうのか、機体がどこまで動くのかを見極めているようだ。

 

「それでも肩の副腕を見逃しているのは、人体を基準に考えすぎ、といったところでしょうか? これはこれで一つの思い込み、というヤツか」

 肩部装甲ブロックは肩から延びる「腕」が支えている。通常は機体の自動制御に任せるもので意図して動かすことはないが、逆に対人戦の場合など、わざと事前動作に組み込んだりすると面白いようにフェイントとして機能する。

 

「ふむ。戦術機の構造に関しては整備実習の方で詳しく話すつもりだったが、座学の方でも補完しておくべきか」

「腕が六本という話をすると、だいたい皆きょとん、としますからね」

 武自身の経験を踏まえ、苦笑いで誤魔化す。

 一般的な戦術機において「腕」と規定されているのは三対六本だ。手腕と背部の可動兵装担架システム、そして肩から肩部装甲ブロックを支える「腕」。

 

「海神の方のようであれば、まだ『腕』と認識しやすいのだろうがな」

「あの兵装モジュールが撃震に積めれば、戦術に幅を持たせられるのですが……」

 戦術機教導と言いつつも、今のところ勝手に動かさせているだけだ。シミュレータ内には声が届かないことを確認しながら、なかば雑談を続ける。

 

 

 

「そういえば白銀、貴様の戦術機の挙動は人を基準にしていないのだったな」

「せっかくのロボットですよ? 人の動きは出来ますが、そこに囚われる必要はないかと。人体の制限を当てはめるのはもったいないというか、関節強度限界までは動かせるものだという認識、ですね」

 人体に比べ戦術機の自由度は確かに高いが、逆にそのサイズと出力に比して各関節などの強度は低い。格闘戦も可能ではあり、いなしたり姿勢を崩させたりはできるが、関節技などは自機への被害が大きく、不可能ではなかろうが想定はされていない。

 

「それに、人間の動きに囚われれば、長刀なんて使えませんよ」

「確かにな。あの長さの物を片手で振るうなど、人には無理だ。まして二刀などは、な」

 武がシミュレータで長刀二刀を振るう姿は、まりもも良く目にしている。人体で言えば持てなくはなかろうが、効果的に用いることなど不可能だ。

 

 

 

「ただ、こうやって見ていると、あいつらもやはり人の形に囚われすぎているか」

「珠瀬の射撃姿勢なんて完全に歩兵のままですね。基本に忠実なのはいいんですけど。まあベテラン衛士でもそうでしょうが、突撃砲の反動程度なら片腕で制御しきれるのに両腕使って保持しようとしてしまいますから」

 36mmのフルオート射撃であれば片腕でも十分な集弾率を維持できる。もちろん両腕で構えれば射撃精度は向上するが、歩兵がアサルトライフルを用いるのとは異なり、必須と言えるほどではない。

 

「あ~でも。完全にフィードバックを切ったのはマズかったかも知れませんね。3パーセント程度でも揺らした方がいいかもしれません」

「ふむ……そうだな。まったく無反応だと逆に挙動が判りにくいか」

 このあたりは今後の課題だな、とまりもも同意する。

 では次の一時間は少しばかり揺れてもらうか、と教導計画をすかさず変更していく。武を臨時軍曹などという中途半端な地位にしているのは、XM3の教導用資料を作っていくための措置でもあるのだ。

 

「あとですね神宮寺軍曹。BETAに関する座学の時間、半分くらいこっちに回せませんか?」

「難しいな。やつらの自主学習に期待するのか?」

「いえ、シミュレータ内で説明してしまおうかと」

 座学での説明が不要ではなかろうが、戦術機の「視点」で見るのとは、また印象が変わる。

 

「なるほど。言われてみればそうだな。上から見下ろすことで、忌避感を少しでも和らげる、か」

「俺だって正直なところ、兵士級を真正面からは見たくありませんよ」

 自身の言葉にまりもの最後を思い出してしまい、自制していたつもりだったが、ギリっと音が漏れるほどに奥歯を噛みしめてしまう。

 

「……白銀?」

「申し訳ありません。まあ小型種の恐怖は後々知ってもらうとしても、とりあえずは戦術機からのBETAの光景を見てもらおうかと」

 兵士級への武の拒絶感を垣間見て、まりもが心配げに顔を向ける。武の経歴などは今のところまりもには一切伝えていないが、それ故逆に実戦経験を疑われているようだ。

 だが今の時点で武の本当の経歴をまりもに話す必要は、無い。

 

 

 

 

 

 

 ふぅ……とわざとらしいまでにまりもに溜息をつかれて、武は振り返る。

 

「貴様の言葉で207Bは纏まりを見せはじめ、無事に演習にも合格した。XM3も形になり、このような形で教練を進めることもできるようになった。それに関しては正直に感謝している」

 私だけではできなかったからな、とどこが自嘲気味に付け加える。

 武としては正面からの感謝には気恥ずかしく感じるものの、まりもが悔やむことではないとは思う。夕呼との関係だけではない、207Bの背後を推し量ることができれば、任官させることに躊躇いを感じるのは誰であっても仕方がないとは言える。

 

「その上で、だ。貴様からすればあいつらは可愛い後輩たちなのだろう、護りたいと思う気持ちは判らなくはない。そのために必要であればきつく当たることができるというのは、指導する上で必要なことだ」

 何気に貴様は教官に向いているのかもしれんな、とまで言ってくれる。

 

 

 

「いまは貴様への教練の時間ではないが……一応はこれでも貴様の訓練教官でもある。一つ確認しておきたい」

「なんでしょうか神宮寺教官?」

 

「207Bへの護ろうとする心構えは、問題ない。ただ、な。御剣に関してだけは、貴様はどこかおかしい」

「っ!? ……それは、申し訳ありませんでした」

 さすがにまりもなら、第四絡みの聞かれて答えられない部分には踏み込んでこないだろうと、どこか武は安心していた。その虚を突かれてしまった。

 

「謝罪はいらん。というかこれは指導ではないからな、ただの教官同士の雑談、だ。いいな?」

「はい、お気を使っていただいて、ありがとうございます」

 

「自覚はあるようだな? 理由は聞かんが、なにか贖罪とでもいうのか? 貴様は御剣から罰せられたいとでも思っているかのように見える。御剣の家の問題に関係しているのかとも思っていたが、それも違うようだしな」

 

 

 

「いや、すまない。答えられぬことだというのは、判っている。それと、な……」

 奥歯を噛みしめ泣きそうな顔で口を噤む武を前にして、まりもにしても珍しく本当に口籠ってしまう。

 それでもこうした機会が何時でもあるわけではない、そしてすぐに失われてしまう物だと判っているまりもは、武を見据え問いを放つ。

 

「私を前にしても、貴様はどこか御剣へのものと似た態度を取ることがある。はっきり聞くぞ? 以前に、私や御剣に似た誰かを貴様のミスで失ったのか?」

 まりもからすれば、武は夕呼の命を受けて何らかの作戦行動に従事していたとしか考えられない。

 そこから推測できるのは、まりもの経験から見ても「よくある話」だ。いやむしろ自身が味わった辛酸でもある。

 戦場で自分のミスで誰かを失う。生き残ってしまった者は、自己を卑下し、自身を使いつぶすように振る舞ってしまう。間違った自己犠牲の発露だ。

 

 

 

「そ、れ……は、」

 ただ、まりもの言葉で武が思い浮かべてしまうのは、いつかの光景だった。

 

 ――振り返った先に見える

 ――頭部の上半分を

 ――食いちぎられた

 ――タイセツナダレカダッタ……モノ

 

 

 

「落ち着けっ、白銀っ!!」

「え、あ……も、もうしわけ、あり、ま、せん」

 自失しそうになった武を、まりもは躊躇なく頬を殴りつける。お蔭で目が覚めた。

 

「落ち着いたか? 謝ることではないだろう、白銀。先ほどの兵士級への反応からすれば、誰か親しい者を食われた、か?」

「は、……はい」

「忘れろ、とは決して言わん。ただし悔やむな、自分を卑下するな。生き残った者の義務として、無理に話せとも言わんが、その者たちのことを誇らしく思い出せ」

 

「……神宮寺教官、お話しできずに申し訳ありません。御剣のことも、教官へのことも、自分のことも」

 衛士の流儀ではないが、武としても本当であれば彼女たちの生き様を笑って誇らしく伝えたいとは思う。だがそれを伝えて、別の世界とはいえ本人から認められさらには慰められでもすれば、武は戦い続けることができなくなりそうで、怖い。

 結局、今はまだ軍機を盾にして逃げてしまう。

 

「ただ御剣には一応約束はしておりまして。事が終われば、本当のことは話す、と。教官もそれまではお待ちください」

「ふふ、事が終わるとは大きく出たな? 香月副司令に連なる貴様が、そうまで言うところを見ると、人類の未来にも期待が持てそうだ」

 夕呼に関することなので、話せることはほとんどない、という武の態度を当然のこととしてまりもは受け入れる。その上で夕呼を信頼しているのだろう、どこか自慢げにまりもは笑って見せる。

 

 

 

「では事が為せるようにあいつらを鍛え上げるか、白銀教官補佐?」

「了解です、神宮寺教官。中途半端に自信が付いたその後で……そうですね、戦車級に何度も喰われてもらいましょうか?」

 訓練教官としての立場に甘えて誤魔化すことになるなとは自覚しつつも、そう付け加えて武は問題を先送りにするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 




総戦技演習はタケルちゃん不参加なのでバッサリとカットです。でK1固有結界ばりに訓練兵用衛士強化装備のデザインの素晴らしさを称えようかと頑張りかけましたが、よくよく考えるとR-18に抵触しそうなので無かったことにしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

忌敵の講説 01/11/02

 今回の教練は挙動を見せながら行うために、今日は武もシミュレータに乗り込んでいる。管制室からの説明だけでもできないことはないのだが、今の管制室にはあまり長居したくはない。

 

 斯衛に対するXM3の事前説明のためということで、207Bの教官であるまりもだけではなくターニャにウォーケン、そして交渉相手たる第19独立警護小隊の指揮官、月詠真那が来ているのだ。

 先程簡単に挨拶だけは済ましたものの、真那の武への態度は厳しい。以前から思っていたように、冥夜への対応から武はかなりの危険人物とでも認識されているのは間違いない。幼くなったターニャへの疑問さえも顔に出さなかった真那が、武に対してだけは明確に敵意に満ちた視線を送ってくるのだ。付き従う戎美凪も真那に比べるほどではないが、殺気に満ちた顔で睨んでくる。

 

 そんな状況で落ち着いてXM3の説明をできるほどには、武は図太くはなれない。

 

 

 

「さて。後ほど座学でも詳しく教わることになるが、まずは戦術機から見たBETAの姿に慣れてもらう」

 説明のために遮蔽物も起伏もない平野を選択したが、そこにシミュレータ空間とはいえ6機の吹雪が並ぶと壮観ではある。

 管制室でどういうやり取りがなされているか気にならないわけではないが、真那へのXM3の解説などはターニャやまりもなど管制室に残った上官に丸投げしておいて、武は意識を切り替える。

 

 207Bの全員のフェイスウィンドウは表示させたままにしてある。少しばかり視界の邪魔だが「教官」役としては「生徒」の顔を見ることは重要だ。なによりも視線は下手な言葉よりも雄弁である。

 

 

 

「最初はコイツ。人類から空を奪った光線級、だ。思ってたのとは違ったか? 小さいだろ」

 そう武は笑って見せる。

 大きさは3m程度、二本の脚は人に似ているが、倍ほどの長さだ。その上に大きなレーザー発振機たる二つの「目玉」が並んでいる。ただ戦術機の視点からすれば、膝にも届かないくらいの大きさだ。

 

(今までだったらまず最初に絶対に跳ぶなと教えるところなんだろうが、XM3が出来たからなぁ。跳んで逃げる方法をしっかり身に付けて欲しいよな)

 コンボの選択さえ間違えなければ、初期照射を受けたとしても十分に回避はできる。その為のXM3だ。ただ今はあくまでBETAの説明だけなので、細かな個別の挙動ではなく、属種の説明にだけに留めるように気を付けておく。

 

「基本的には、戦術機でコイツの相手をすることはない。あくまで基本的には、だがな。でコイツに狙われた時、レーザー警告が煩く騒ぎ出した時の対処方法は、後日イヤというほどやってもらうが、とにかく『下に跳べ』。意味はまた今度教える」

 

 AL弾頭で重金属雲を作り出しその後の砲撃で薙ぎ払うのが対BETA戦の一応の基本ではある。そしてそれが実現できている戦場は、残念ながら少ない。跳躍ユニットが装備されている戦術機が、回避のために「空」に逃げないのは、結局のところ光線級が排除できるほどに支援砲撃が続けられないからだ。

 

「衛士として覚えておく必要があるのは、光線級に限った話じゃないがBETAは味方誤射をしない。BETAはBETAを破壊するような行動は取らないし、取れない。逆に言えば、他のBETAを壁にすれば撃ってこないんだ。ただし撃つために他のBETAが射線を開けるように行動することはある」

 

 群れが割れる、と言った衛士もいた。照射前の行動としては非常に判りやすいが、逆にそれがパニックを引き起こすこともあった。

 

「ちなみにこんな大きさだ。36mmが至近に着弾しただけで壊せる。なんなら蹴飛ばしてもいい。ただ何気に素早いのでそれだけは注意だな」

 意図して「殺せる」という言葉を使わずに「壊せる」と言っておく。

 そして言葉通りに、蹴り払う。それだけでシミュレータの中に再現された光線級は、ぐしゃりと弾け、ただの血だまりになる。

 

 

 

「次は一気にデカいぞ、これが大型種の一環、重光線級だ。最重要目標でもある」

 光線級と同じ二脚に、こちらはただ一つのレーザー発振機を備えた、どこか首の落された鶏のような姿だ。

 

「瞳が柔らかそうだからと言って、短刀片手に突撃なんて考えるんじゃないぞ、彩峰」

『……判りました。無理な接近は挑みません』

 細かな説明の前に、いきなり姿勢が前のめりになっていた慧をネタにして注意しておく。とはいえ、やはり他の皆も倒し方を考えてしまっているようなので、どれほどの脅威なのかを説明していく。

 

「ご覧の通りの大きさで、全身どこをとっても割と固いが、特にこのつぶらな瞳を覆う瞼が硬い。基本的には120mmはコイツの為に温存しておくくらいの気持ちでもいい。もちろん距離さえ詰めることができれば36mmでも抜けなくはないが、あまり期待するな。まあコイツも基本は砲兵に任せておきたい」

 

 一応のところ、重光線級がハイヴ周辺以外に出現することは少ない。ただ少しずつ変わってくるBETAの戦術の関係で居ないとは断言できず、警戒心を植え付けるためにもその情報は伝えずにおく。

 レーザー照射のインターバルなども、座学に任せる。なによりも「安全な時間」があると判らせるのは、コンボを使っての回避がそれなりに形になってからのことだ。

 

 

 

「で次が『現在のところ』は確認されている最大種、要塞級だ。コイツも重要目標だ」

 巨大なクモと称するべきか、巨大な胴をささえ細い10本の脚が特徴的だ。戦術機からでも、見上げるような形になるほどの巨体である。

 

「要塞級の特徴は、ご覧のとおりデカい。10本の脚でのろのろと歩くせいで一見遅く見えるが、デカいので移動速度自体はそれなりにある。あと、尻尾というか触手だな。全長に等しいくらいに延ばしてくる上に、ここだけ動きが異様に速い。身体の動きに目を奪われていると、一気に刺殺される」

 

 説明用にわざと大きく触手を振り回してもらっているが、正対した状態だと視界の外側から飛んできたかのように見えるはずだ。判っていても回避できるかどうかは難しい。

 

「倒すなら、胴体を繋いでいる節の部分に120mmを叩き込むのが基本だ。長刀で斬れる、とかいう話もあるが真に受けるなよ、とくに御剣?」

 一線級の衛士、それこそ武やまりもであれば、長刀での切断もできる。が本来は斬り落とすことを狙うべきではなく、中距離からの射撃での制圧が望ましいことは間違いない。

 そして冥夜なら試してみると言い出しかねないので、先に釘を刺しておく。

 

『はい、了解いたしました。可能な限り120mmで対処いたします』

「いい返事だ、その言葉を忘れるな」

 たぶんそうはいっても斬りかかるんだろうな、とは思ってしまう。なので斬りかかることの問題点も続けて話しておく。

 

 武は参考動作として、200mほどの距離を取ったままに時計回りに右側面に入るように走りぬき、120mmを三発続けて節に撃ち込む。胴がへし折られ、自重でゆったりと傾き始める巨体からわずかに下がり、次の動作の準備に入っておく。

 

「コイツの最大の問題は、だ。本体のサイズもあるんだが、腹の中に小型種を積んでいることがある。倒したと思ったら、腹から光線級が出てきました、という話も多い。念入りに潰すことが重要だ。近付くなというのはこれの対処の為でもある」

 斬りかかっておいて纏われ付かれましたとかは無しにしろよ、と湧き出した光線級を潰すため、崩れた胴体周辺に36mmを降り注いだ。

 

 

 

「ここまでの三種が、所属兵種を問わず最重要目標だ。ただし基本的には先に言ったように光線級、重光線級の相手は砲兵が担当するものだが、そうは言ってられない場合もある。対応方法の訓練は、気を抜かないように」

 支援砲撃で満足な重金属雲が形成されその後の砲撃で光線級種が一掃される、そんな理想的な戦場だけであるならば、人類はこれほどまでに劣勢に追い込まれていない。

 

(さてさて……戦術機、それもシミュレータ越しとはいえ、やっぱり初見はキツイか)

 改めて皆の顔を確認するが、シミュレータとはいえ初めてBETAの姿を見たせいか、やはり顔色は悪い。

 ここまでで何か質問はないかと一応聞くが、半ば予想通り、特に反応はない。

 

「鑑、正直に答えろ。BETAは気持ち悪いか?」

『は、……はい。気持ち悪いです』

「正直でいいことだ。だが恐れる必要はないぞ」

 とくに顔色が悪いのが、壬姫と純夏だ。壬姫に至っては緊張からか、奥歯を噛みしめ、小刻みに震えている。少しは息抜きさせておくかと、声をかけておく。

 

「珠瀬はどうだ? 気持ち悪いか?」

『だ、だいじょうぶですっ!!』

「大丈夫かどうかなどと、貴様の気分は聞いていない。気持ち悪いと思うか?」

『は、はいっ、気味が悪いですっ』

 口に出せたことで、少しばかり緊張は解けたようだが、またそれでも硬い。

 

「繰り返すが、気持ち悪いと感じることは何も悪くない。ただ必要以上に怖がることもない。個々のBETAは戦術機をもってすれば、十分に対処できる。そのための技術は俺だけでなく神宮寺教官からも、徹底してたたき込まれるから、皆も安心しておけ」

『了解っ!!』

 綺麗に揃った六人の返答を聞いて、次の説明に移る。

 

 

 

 

 

 

「次に大型種の残り二種、突撃級と要撃級を続けていくぞ。まずはこちらの突撃級。名前通り、まっすぐ走ってくる」

 突撃級は全高だけでも戦術機に並ぶような大型で、緑とも紫とも言い難い捩じれた三角錐のような外殻が特徴的である。前から見るだけであれば、BETAにしてはまだそれほど嫌悪感を抱かせない外見だ。ただ後ろから見ればブヨブヨとして肉腫が積み重なったような本体から6本の短い脚が隠れており、醜悪なことに違いはない。

 

「最高速度は170km/h程度と、陸上兵器では逃げようのない速度で突っ込んでくる。機甲師団にとっては非常に脅威だ。ただし名前通りに『突っ込んでくる』。速度が乗っている場合は特にそうだが、基本的には小回りが利かない」

 時速170km/hといえば、秒速にしても50m/s近い。戦車などが2kmほど距離を取って射撃を始めたとしても、1分と経たずに接敵され撥ね飛ばされる。接敵と同時に側方へ回避するように移動しながら射撃するのであればまだしも、正面からの打ち合いなど自殺行為とも言える。

 

「そして見た目通りに前面の外殻は非常に硬い。120mmでも至近でなければ弾かれると思っていた方がいい。つまりは前からは撃つな。弾の無駄だ」

 前方500mmほどの距離から左で36mm、右で120mmと続けて撃ち、どちらも弾かれるのを見せてみる。間違いなく「至近距離」と称されるべき距離からの射撃が、一切の効力を発揮できないのを見せつけられ、207Bの面々は言葉を失っている。

 

「逆にこの殻が無い部分は36mmで面白いように撃ち抜けるので、側面や背後に回っての射撃が基本になる。ま、回り込むのに夢中になって後ろから突っ込んできた奴に撥ねられたりはするなよ?」

 その500mの位置からいきなり突進してきた巨体を、武は斜め左前方にわずかに噴射跳躍しギリギリで回避する。即座に左の跳躍ユニットはそのままに右だけを前方に向けることで速度を殺さずに回頭し、無防備な突撃級の背面へ36mmを浴びせる。

 

(っと、試しては見たもののぶっつけ本番でやることじゃねぇな、このドリフトターンは。下手すると最後の射撃外してたぞ……ただ慣れたら便利だろうな)

 ダッシュ後の急激な旋回での、想定していたよりも荷重がきつく、武にしても一瞬意識が散漫になりかけた。それでも場合によっては有効な機動だろうと思い、今後の最適化には期待しておく。

 

「あ~あとは狙ってやることじゃないが、先に言ったようにBETAはBETAを破壊するような行動はとらない。なので、脚だけ潰しておけばちょっとした防壁に使える、こともなくはない。繰り返すが、珠瀬、無理して狙うことじゃないぞ?」

『え、は、はいっ! 無理に正面から足を狙うようなことはしませんっ!!』

 短い脚は前後からは見にくく、側面に回った時くらいしか狙えない。また空中からであれば、その巨体が邪魔をする。止めることができれば巨体と外殻の硬さから、これ以上はないと言える対光線級の「盾」だが、新人衛士が無理をしてまで狙うことでもない。

 

 

 

「で最後の大型種、要撃級だ。大型種の大半はコイツだと言ってもいい」

 統計的なデータとしては、標準的なBETA群の15%、大型種に限ればおよそ60%がこの要撃級だ。

 

「色はともかく見た目はデカいカニみたいだが、硬いのは腕の前面だけだ。ここだけは突撃級前面並に硬い。そしてコイツで殴ってくる。遠目からだと判りにくいが、前後にもデカくて、かつ突撃級と違いトップスピードには欠けるが、機敏だ。このデカさで跳び跳ねる、という話まである。流石に要塞級の尻尾ほどじゃないが、思ってもいない距離から殴られることがあるので、できる限り近付くな。戦術機の歩行後進程度の速度だと逃げきれん場合が多い。鑑、鎧衣、勘で避けれるとか考えるなよ? そもそも攻撃範囲に入らないように立ち回れ」

『了解ですっ』

『はいっ、近付かないように善処します』

 

 ほぼまっすぐに突進してくる突撃級と違い、要撃級は素早い。すぐに止まり、転回し、前後左右に距離を詰めてくる。そして見た目以上に長く感じる前腕から繰り出してくる一撃は、戦術機では耐えられない衝撃となる。

 避けられる距離だと思っていたら巻き込まれていた、ということは多いのだ。

 

「あとコイツの尻尾というか首みたいな気持ち悪い奴は、センサー集合体だという。ここを潰しておけば、よたよたと周りを巻き込んでくれるので、ちょっとは楽になるが、これも無理して狙うことはない」

 歯茎、と言われることもある部分だが、要撃級の場合は感覚器らしい。ヨーロッパでこの部分の印象から「タコ助」などと呼ばれているともいう。

 

「さてここまでの大型種に関しては、全般的に、そのデカさが防御力だと思っていた方がいい。それでも36mmで落とせないわけじゃない。要塞級と重光線級は仕方がないが120mmに頼るのは止めておくように」

 外殻部分を除けば、大型種と言えど肉の塊と言っていい。弾数は必要とされるが、36mm高速徹甲弾で十分に破壊可能だった。

 

 

 

 

 

 

「次に、光線級以外の小型種だが……っくそっ」

 説明用に出現させてもらった兵士級を発作的に武は踏み潰してしまう。いまだに心構えができていないことを自覚させられてしまうが、兵士級を見た瞬間に反応してしまった。

 

「……申し訳ありません、神宮寺軍曹。追加お願いします」

『ふむ……』

 回線を切り替え、管制室にいるまりもに詫びを入れる。わずかに溜息が聞き取れたが、まりもは何も言わずに、追加の兵士級を配置し直してくれた。

 

「あらためて、だ。まずは小型種のこの二種、闘士級と兵士級だが、戦術機からすればどっちもどっちだ。区別する必要もなければわざわざ狙って壊すものでもない。跳躍後の着地地点にあれば踏み潰しておこう、くらいでいい。基本的には機械化歩兵の皆様に相手してもらうか、砲兵の面制圧で巻き込むか、だ。大型中型狙いの流れ弾で壊せれば、それでいいくらいに考えておけ」

 努めて意識から兵士級を切り離す。

 そもそもが自分で説明しているように、戦術機に乗っていればこの二種は区別するまでもなく、半ば移動途中に轢き潰す程度の物でしかない。

 

 

 

「最後に、戦術機にとっては光線級以外の、主目標を説明する。この戦車級だ。分類としては小型種だが、まあ中型といった方がいい大きさだ」

 赤いクモのような、腹に口を持つ、異形の姿。戦車級は小型種に分類されてはいるものの、乗用車程度の大きさはある。

 

「なにが困ると言っても、数が多い、とにもかくにも数が多い」

 説明していて武も嫌になるが、BETAの特性を体現しているかのように、戦車級は数が多い。物量をその最大の力とするBETAだが、戦車級はその中核だ。BETA群の半数弱が戦車級であり、また基本的に戦車級同士で群れる。おかげで実数以上にその数が多く感じられてしまう。

 

「あと速い。80km/h程度と言われているが、サイズが小さいこともあって、それよりも速く思えることもある。ついでに飛び跳ねる。戦術機の腰程度なら、すぐによじ登ってきたり跳ねついてきたりする」

 垂直の壁でも登ってくるぞ、と脅しておく。

 

「もっとも衛士を殺したBETAとまで言われているが、これに張り付かれると大概の衛士はパニックを起こす。で、味方誤射までがセットだな。パニックを起こした衛士への対処の仕方は、判るか……榊?」

 ある意味で一番残酷な質問を、分隊長である千鶴にはしておく。

 

『距離を取って、説得する……でしょうか?』

 武としてはそう答えるんだろうなぁとは思いながらも、本当にその優等生過ぎる答えを聞いてしまうと、それはそれで心配になる。

 

「違う。IFFを切ってコクピットを撃て。トチ狂った衛士は、戦線を乱す」

 突撃砲の36mmであれば、戦術機はもちろん上面から撃たれれば装甲車両でも破壊してしまう。

 無暗矢鱈に突撃砲を振り回している者を相手に、悠長に説得している余裕はない。可能であれば装備のみを破壊するなり、張り付いている戦車級を外部から排除する事が出来れば良いのだが、IFFが邪魔をすることも多い。

 

「……了解、致しました」

「泣くなとも騒ぐなとも言わん、ただし声に出したならばその分冷静になれ。繰り返すが、対処できない敵ではない」

 そう言いながら、左側方から胸部に向かって飛びついてきた一帯の戦車級を、わざと一拍おいてから、逆手に持った短刀の一刺しで頭から挿し潰す。

 

「戦術機の装甲なんて、コイツらの歯の前じゃあ紙切れ同然……そういう話も嘘じゃない。ただし、なにもすぐに噛みつき始めるわけじゃない、コイツらだって姿勢を整えなきゃ満足に齧りつけん」

 クモのような手足をつかって戦術機さえよじ登ってくるが、狙いも判りやすいのだ。何よりも高密度集積回路とそして人体があるコクピットに向かってくる。手足に張り付いたときに齧り始めるということは実は少ない。

 

「まあ、手慣れてくれば、少々食いつかれても叩き落とせる。朗報としては、小型種のコイツは装甲と言えるものもない。36mmを当てれば弾け飛ぶ。短刀で切り裂くのも簡単だ。相手をする時は、なによりも平常心を保て」

 

 

 

「じゃあ愉しい実技の時間だ。今回限りの特別条件として、武器の耐久性も装甲も残弾も無限にしてある。各自、思う存分堪能してくれ」

『えっ?』

 誰かの驚きに満ちた声が最後に聞こえたが、無視して回線を切る。

 

 各機の足元にうじゃうじゃと戦車級が配置されていく。

 後は教練終了時間まで、ひたすらに機体に張り付こうとする戦車級を引き剥がす、精神をすり減らすような反復訓練だ。

 

 

 

 

 

 

 




なんというか今更感バリバリですがBETAの説明回、こういう感じかな~と。とりあえず戦車級サイキョーなんじゃね?程度です。コトブキヤさんには1/144戦車級詰め合わせパックを出して欲しかった……。

で月詠さんとのお話は次回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

漸進の明徴

「失礼いたします、白銀武、入ります」

 207Bの皆を戦車級の対処練習に張り付けさせたままに、武はシミュレータから降りて管制室に戻ってきた。

 

 武がシミュレータから出た時から、教練はまりもが指示を出している。とはいえ、今は予定通りに戦車級の対処を進めているだけだ。出来る限り口を挟まず、訓練兵が自らの才覚で切り抜けられるように、適度に出現数を調整しているくらいだ。

 

「ご苦労だったな、白銀」

 代表としてターニャが声をかけてくるのに合わせ、管制室に入ってきた武にまりもを除く四人の視線が集まる。

 

 斯衛の二人に対するXM3の事前説明は、まりもたちに丸投げしてしまっていたが、武自身が説明するよりもうまく話してくれていたようだ。所属の違う者が六人も集まっているのだが、最初に感じたよりは各々の距離感が縮まっているようにも見える。

 

 

 

「如何でしたか、月詠中尉殿」

「教練の方法としては、少々頷ける部分もなくはないが……ああ、いや。OSの話だったな」

 

 今もモニタに映し出されている207B訓練分隊の吹雪の姿は、有体に言って酷いものだった。

 機体全身に張り付いている戦車級を、短刀や突撃砲で引き剥がそうとしているものの、圧倒的な物量を前にしては無力だ。一体を引き剥がした隙に二体に取りつかれるような勢いである。

 

(彩峰は……すげぇな、もうコツを掴んできたか。何気に鎧衣も手早いかな)

 それでも的確に捌いてる者もいる。慧と尊人は二本の短刀を器用に操りながら、掴まれた先から引きはがせるようになってきている。

 

 千鶴も先程の武の言葉通りに、IFFを切ったうえでロックオン機能を使わずに二門の突撃砲で、接近を許さずに対処し始めている。

 冥夜は足さばきで何とか凌いでる感じだが、手元が疎かになっているせいか、新しく張り付かれることは少ないものの振り落す速度は左程ではない。実戦であれば、間違いなく装甲を齧り棄てられている。

 近接戦や機動反応の苦手な純夏と壬姫は、もはや戦車級の山に埋もれてる、といった状態に近い。

 

 

 

 一見無様な207Bの訓練状況だが、それを見て頷けると言ってしまえるほどに、真那にしても戦車級への対処方法を身に着ける重要性は理解している。そして彼女たちの挙動が、シミュレータといえ累積搭乗経験20時間にもならない訓練兵が取りえるはずもないほどに滑らかなことも、判ってしまう。

 

「白銀臨時軍曹だったか? 貴様が教練についている間に、事務次官補殿からOSの概要については承っていたが、たしかにその言葉通りの物であるとは理解した」

 

 今回の訓練は207Bに対してはBETAの説明の為だったが、真那たちに対してはXM3のプレゼンである。

 真那の態度は、武の冥夜への対応などは含むところがあるのだろうが、XM3の性能には納得している、といった様子だ。戎は武に何か言いたげな表情をしているが、さすがにターニャや真那の手前、口を挿むようなことはしない。

 

「それで、だ。これは純粋にOSの能力と見ても良いのか、白銀臨時軍曹?」

「はい、いいえ。開発に携わったものとしては少々口惜しいと言ってしまいますが、訓練兵たちの素質による部分も大きいかと愚考しております」

「やはり、か」

 真那は武の返答を聞いて、少しばかり考え込んでしまう。

 

 XM3が如何に対応性を高めたOSだとは言え、207Bの中でも差があることからも判るように、誰もがいま眼前に行われているほどに早く修得できる物ではない。そして真那には熟練の衛士としての経験から、いくつか問題点も見えてしまう。

 

 

 

「このOSを搭載した実機はないのか?」

「神宮寺軍曹の搭乗を予定している撃震の換装が、今整備の者たちの手で進められておりますが、実働可能になるのは明日以降との話です」

 A-01の方でもまだ実機への搭載は行われていない。まずは整備班も熟練している撃震で実働試験をしてから、不知火と吹雪への換装を進める予定だった。そちらは早くとも週明けになるはずだ。

 

「となると、実機での問題点が判るのは、しばらく先か」

「いくつか予想されている問題点はありますが、そうですね……確認できるのは早くとも来週以降でしょう」

「予想されている、な。なるほど、当然その程度は考えているか」

 苦笑未満の顔で、真那が頷く。シミュレータを外から見ているだけでもいくつかの問題に気が付くのだ。その程度は想定していないはずがないと、思い至ったのだろう。

 

「もしよろしければ、月詠中尉殿が問題だと思われる点を、お聞かせいただけませんか?」

「そちらの予測とほぼ同じだとは思うが、良いだろう。まずは習得にかかる時間だな。既存の戦術機操作に慣れた者ほど、このOSに乗り換えるのには時間がかかろう」

 とくに斯衛で問題となるのはキャンセルだという。

 

「ベテランほどに習得に時間が掛かるであろうとは予測されていましたが、キャンセルが、ですか?」

 一番受け入れやすいのではと思っていた機能が、真那に否定されてしまい、武としても話をどう続ければいいのか判らずに問い返してしまう。

 

「先行入力であれば、問題なかろう。先の行動を予測するというのは、衛士としては当然のことだからな。その先行入力と前提動作とを繋ぐためのキャンセルならば受け入れやすいのだろうが、誤った入力を書き換えるとなると、な」

 キャンセルによって既存の行動を停止、上書きできるということは、今までなら先を見越して行動を入力していた者ほど、違和感があるはずだと真那から指摘される。

 

「ああ、なるほど。先の先を読むのは斯衛の衛士であれば、当然ですね」

「そういうことだ。先読みを廃し、刹那的に動作を指定、過てば書き換えるというのは、衛士としてどうなのだ、と私には思えてしまう。安全性が高まるというのは理解できるのだがな、無駄な操作故により煩雑になってしまっているのではないかとも、考えられる」

 そもそもが「動作を過つ」という時点で衛士として失格ではないのか、と真那には思える。ただそれが自身の属する斯衛での狭い常識だということも判ってはいる。

 

 

 

「ふぅむ。横から失礼するが、月詠中尉、それは帝国斯衛軍であるからこそ可能なのであって、一般の衛士誰もができることでははないと考えるが、違うかね?」

 ウォーケンが口を挿むのは、合衆国の教育システムによるところも大きい。数で押すとまでは言わないが、合衆国軍においては突出した個の技量ではなく一定水準の平均した能力を要求する。

 

「はい、その通りです。今の指摘は斯衛や帝国軍の手慣れた衛士にとって、このOSの習得が難しいのでは、という問題点の指摘であります。今後の衛士育成には、現行のOSよりも適したものだと考えます」

 そもそもが幼少より武道などに親しんだ者が、さらに斯衛の訓練校で鍛え上げられるのだ。それと同じほどの時間を一般衛士の教練に与えられるほどの余裕が帝国軍には無いことは、真那とて理解している。

 

「ですのでキャンセルの修得などは衛士の慣れの問題であろう、と思われます。時間さえあれば解消できましょう」

 みちるなどからも指摘されていたが、やはり既成概念の壁は大きい。一度身に着けた技術を、壊して再構築する必要があるのだ。そしてそれは現状の技術力が高い者ほどに時間が必要となる。

 

 

 

「次にだ。実機での運用がまだなされていないとはいえ、このOSは機体への負荷も大きいのではないか?」

 真那が続けて指摘したのは、衛士ではなく整備および補給面での問題だ。こちらは既に想定済みの問題でもあったので、武としては余裕をもって答えられる。

 

「試算したところによると、既存OSに比較して最大で3割ほど、関節に負担がかかる場合があると予測されています。一応は機体の耐久上限以内ではあります」

 「特例的挙動(eXtra Maneuver)」と銘打ってはいるものの、そもそも戦術機がハード的にできない挙動ができるようになったわけではない。それでもXM3は従来のOSよりも機体を「振り回す」ことが増える。キャンセルや先行入力などで各部の挙動がスムーズに繋がることで、既存OSでは想定外の局所的な荷重がある可能性は、今の段階では否定できない。

 

 まりもなどはすでに、XM3の機能を駆使しながら途中の無駄な停止挙動を排除することで以前よりもスムーズな動きを実現しているが、おそらく大半の衛士にはそのようなことは無理だ。無用な先行入力とそのキャンセルとで不必要な挙動を繰り返してしまうことは予測されている。

 将来的により洗練された挙動が組み上げられていけば解消されると考えられているが、配備から数年の内は補修パーツは余剰気味に用意する必要があるはずだ。

 

「なるほど。私が思い浮かぶ程度の懸念は、対処済みということだな」

「対処済み、とまでは言い切れませんね。あくまで問題となるだろうと予測しているところでして、対処方法などはこれから実機での使用を経て、その上で整備班などとの連携によって対応策を構築していく、といったところです」

 問題としては判っているのだが、今のところはあくまでシミュレータ内部のことであり、実機に搭載した時に発生するであろう各部パーツへの想定外の加重などはどうしても発生すると考えられている。

 そして必要とされる余剰パーツが兵站に、そして後方の生産施設など民間も含めて、どれほど負担をかけることになるかなどは武にはまったく想像もできない。

 

 

 

 

 

 

「しかし……彼女たちは、すごいな」

 予想通りに、自分が問題だとと思った程度は想定されているとあらためて説明されて、真那はXM3に関する質疑応答は終わりだとばかりにモニタに眼を戻す。

 

 武も教練の方に意識を切り替えて、207Bの様子を確認する。

 が、モニタの詳細を見るまでもない、真那の言葉通りにシミュレータ内部の戦車級の数が減り始めているのだ。まりもが意図して出現数を絞っているわけではない。少しずつ連携らしきものが生まれ始め、対処できる数が増えているのだ。

 

 

 

『珠瀬さん、ちょっと待ってっ』

『え、鑑さん何を?』

『そっちの腕に張り付いてるのを引き剥がすから、こっちのを撃ち抜いてっ』

『う、うん。判った、了解です、鑑さん』

 

 純夏が、壬姫の右腕に取り付き突撃砲の操作を妨げていた戦車級を、短刀でその頭部を破壊することで削ぎ落とす。

 即座に空いた右腕の突撃砲で、IFFを切ったうえで、壬姫が的確に純夏の機体に取り付いていた戦車級を排除していく。

 

 戦車級は小型種の中では比較的大きいとはいえ、至近距離からの36mmに耐えられるほどではない。純夏の機体には影響を与えない位置に、壬姫は確実に一撃で撃ち込み、短時間で排除を達成する。

 

『ありがとーっ。じゃあ、珠瀬さんのに張り付くのは、どんどん横から剥がしていくから、近くに居てね』

『はいっ、鑑さんには一匹たりとも近付けさせませんっ!』

 二人の言葉通りに、即席のエレメントが結成され、純夏と壬姫の機体周辺の戦車級の数が目に見えて減っていく。

 

「思っていた以上に、対応が早いですね」

 武としてはもうしばらくは個々人が勝手に対処しようとして気力が尽き果てるか、という予測もしていた。

 珠瀬の射撃の腕が冴えわたっているのは確かだが、今のは純夏の機転が良かったと手放しで誉めることができる。

 

 

 

『20701より02御剣っ、05珠瀬と03鎧衣とで三機編成で背面を無くしてっ、そちらの指揮は任せるっ』

 そしてその状況の変化を感じ取った千鶴の判断もまた、武の予想よりも早い。

 コールサインに苗字を加えるという、少しばかり迂遠な呼び方ではあるものの、いまの浮き足立っている状況下では最適かもしれない。

 

『04彩峰と06鑑は、こちらにっ』

『えっ? はっ、はいっ06、了解っ』

 

 戦術機の編成で基本となる二機分隊ではなく、三機の変則編成で死角を無くすべく、千鶴が指示を出していく。

 立ち直った純夏と壬姫とを、個人技で対応できる慧と尊人に振り分け、再編の足掛かりとするようだ。

 

『……04から01へ意見具申、私と06とが合流する地点に01が来るべき』

『っ!? そう、ね。位置的にも時間的にもそちらの方が早いわね。先の命令は撤回するわ、04彩峰と06鑑とは合流を最優先』

『06了解っ、彩峰さんの方に走るね』

『04了解、ゆっくりでいいよ』

 

 だが千鶴の命令の不備を慧は指摘する。戦術機の機動にいまだ慣れているとは言いにくい純夏を移動させるよりかは、全員で集結する方が早いという提案だ。

 そして千鶴も、言葉が足りているとは言いにくい慧の提言を読み取り、即座に修正していく。

 

 

 

『02了解。02から03、05へ。05珠瀬を中核に集合する。05はその場で持ちこたえろ』

『03了解。珠瀬さんちょっと待っててね』

『05了解です。鑑さんが作ってくれた隙間、護りぬいて見せますっ』

 もう一方の、即席の変則的なエレメントリーダーに選ばれた冥夜の判断も手堅い。

 

 壬姫は確かに射撃は天才的ではあるものの、戦術機機動では隊内では間違いなく低い方だ。その壬姫を動かさずに、機動にはそれなりに自信がある冥夜自身と、慧に並ぶほどの尊人の二人で動くことで、隙を減らしている。

 

『珠瀬さん以外は、コンボで周辺掃討関連のがいくつかあるから、敵が固まってるあたりに銃口指定して、あとはお任せしかないね』

『そうだな。その上であまりに接近してきた物は私が斬る』

『あははー近いのはお二人にお任せしますね』

 そして尊人は、XM3の機能をこの二日程度で理解し始めているようで、使うであろうコンボを提案している。

 この様子であれば、ほどなく207Bの殲滅能力が戦車級の投入数を上回ることは明らかだ。

 

 

 

 

 

 

「さて、デグレチャフ事務次官補殿。国連軍衛士の訓練兵のシミュレータ教練を我々斯衛に見せたとは、何をお考えでありましょう?」

 これ以降は繰り返し訓練だな、と真那はモニタから目を離し、武ではなくターニャへと向き直る。

 

「端的に言えば売り込みだな。帝国陸軍だけでなく、斯衛軍でもこのOS、XM3の導入を検討してもらいたい。できれば君たちの小隊でも実用試験に参加して欲しいくらいだが、どうかね?」

「なるほど。理解いたしました」

 

 真那を伺うと、やはりそうかと納得している様子だ。

 いくら冥夜のための警備部隊だとはいえ、国連軍からわざわざその訓練内容を提示されることなどは異例だ。ならば話の根幹は、OSの提示であることくらいは推測できる。

 

 

 

「御剣訓練兵が戦術機教導に入れば、どうせ貴様らのことだ。武御雷を持ち込むのであろう?」

 

「っ!? ……申し訳ありません。そのような質問にはお答えできかねます」

「答えずとも良いよ。代りと言ってはなんだがね、月詠中尉。もし持ってくるのであれば、シミュレータ用データはもちろん、もう一機都合をつけておきたまえ」

 だが、真那とはいえ、今ターニャからかけられた言葉は予定していなかったようだ。一気に表情を固め、警戒心を元に戻すが、そんな真那の様子などまったく気にもかけず、ターニャは自分の要望だけを積み重ねていく。

 

「……事務次官補殿、それは国連から帝国斯衛軍へのご命令でしょうか?」

 真那からしてみれば、ターニャの発言は国連の名を借りてアメリカが武御雷をそのシミュレータ用データごとよこせ、と言っているに等しい。

 

「なにを勘違いしている月詠中尉? 国連が加盟国の防衛軍に対して、装備を出せなどと命ずるはずが無かろう? あくまでもそちらの意向に沿う形での、提案だよ」

 他組織とはいえ上位の者に向けるには険しすぎる視線を真那はターニャに向けるが、ターニャの方は涼しげなもので、ただ無表情のままに極々当たり前のことを話すように返す。

 

「だいたいだな、武御雷ただ一機持ち込まれたとしても、207訓練小隊でどう扱えというのかね? 武御雷のエレメントにまさか撃震を付けろとでも? 教導とはいえ、第一世代機にエレメントの相方を務めさせるのは、どちらにとっても不幸な話ではないかね?」

 そもそも武御雷が搬入されていない現在、仮定として無茶苦茶なことをターニャは言い出しているが、可能性としてはありうる話だった。第三世代訓練機の吹雪は、207Aの訓練が完了した後に別基地に送られたために、現在この基地には一機も配備されていない。

 吹雪の再配備が行われるかどうかは、現時点では公式には確定していないのだ。

 

 

 

「それにだ。細かな資料はあとで用意させるが、207B訓練分隊には、今後もXM3を搭載した機体で行う予定だ」

 ターニャの説明では、御剣冥夜をモルモットとして使っている、と言っているに等しい。

 冥夜以外の207B訓練分隊のことも考えれば、即座に危険な物だとは断言はできないだろうが、新型の装備それも機体制御の根幹となるOSだ。本来であれば十全な開発環境下で取り扱われるべきものである。けっして未熟な訓練兵などに提供されるはずがない。

 

「……つまり今後の実機訓練にも、その新型OSが使用される、と?」

「その通りだ。理解が早くて助かるよ、月詠中尉。それを見たうえで、先の提案をどう捉えるか、という話だ」

 

 新兵どころか訓練兵を用いての開発などという有りえないことが国連の名の下に行われている。それを隠そうとしないことが、逆に真那を冷静にさせた。

 つまるところ、新OSの評価を今この場で下せ、と真那に言っているに等しい。斯衛にとってXM3が有益かどうかを判断し、必要であれば開発機材として武御雷を提供しろ、ということだ。

 

「しかし新型OS、XM3……ですか。あらためて資料を拝見した上で、一度帝都の方に打診してみます」

「そうしてもらえるとこちらとしても助かるよ、月詠中尉」

 

 真那にしても一衛士としての立場だけであれば、XM3の導入には賛成なのであろう。

 ただ冥夜の件を別にしても、新規OSの採用など関わる勢力が多岐に渡りすぎる。帝国と国連その背後のアメリカのみならず、国内でも武家や議会の力関係の変化が想像できてしまうだけに、簡単には返答ができない。

 

 最初とは打って変わって力なさげに形だけの敬礼をターニャに返し、戎を連れて管制室から辞去していった。

 

 

 

 

 

 

「良かったんですかあんなに煽って。それに武御雷を持って来いとかシミュレータ用のデータ出せとか、無茶過ぎませんか?」

 A-01に不知火が配備されるときにも、国連軍を通して諸外国への情報流出が懸念されたという。ましてや帝国最強の武御雷である。整備であっても専属の者たち以外には近寄らせない実機であればまだしも、コピーの容易いシミュレータ用データの提出など、城内省が認めるとは考えにくい。

 

「シミュレータ用データは無理でしょうな、局長。合衆国にラプターのデータを要求するようなものです」

 ウォーケンからも同意される程度には、無茶な話だ。たとえ同盟国であろうと国連であろうと、国防の為には出せない物は出せない。

 

「BETAの九州侵攻までに、最低でも斯衛にはXM3が広まっていなければ、困るのは貴様たち帝国の方ではないかね?」

「それは、確かにそうなんですけど」

「それとも何か? ハイヴ侵攻部隊用に武御雷を用意しなくても良い方法でもあるのか? あるのならばそちらの方がよさそうなのだが」

 だがターニャとしては、必要であれば提出しておけと言っただけだ。もともと少数配備しかされていない武御雷に対しては戦力としては懐疑的なのだ。ただ現状の戦術機の中では、ハイヴ侵攻に最も適しているだろうという判断の下に、武御雷へのXM3搭載を予定しているだけだ。

 

「正直なところ、時間的な余裕があるのならば噂の不知火新型に期待したいのですが……現状では帝国の保有する武御雷をすべて投入するようなつもりでいて貰いたいですね」

 

 鉄原ハイヴの間引きが成功したとは言えない現状、攻勢に出るにも防衛に徹するにも時間が無いのは武にしてもよく判っている。下手をすれば年内には九州への攻撃がありうるのだ。それに対応するためにも、少なくとも斯衛にはXM3の早期導入が望ましい。

 そのうえで、喀什攻略の為には武御雷の数が欲しい。

 

「まあ、もう一機武御雷が届かなければ、壱型丙でも用意してもらってそれで御剣とはエレメントを組みますよ。一応はあれが武御雷の原型でもありますし」

「いや、壱型丙も国連には提供されにくいのではないかね?」

「それなら、もう諦めて撃震でどうにかします。斯衛でも瑞鶴に随伴されることはあり得るでしょうし」

 自分から言い出したこととはいえ、不知火・壱型丙も帝国陸軍にとっては最新鋭の戦術機だ。不知火自体、A-01に提供した以上に追加で持ち込めるとは考えにくい。来てくれれば助かるが、そこで無理を通して第四の立場を悪くするほどでもない。

 

 

 

「ああしかし……これは今日の教練も無事終了、ですかね」

 すでにシミュレータの方では戦車級に齧りつかれている者など一人もいない。周辺掃討用のコンボを的確に選択しながら、戦車級を寄せ付けないように、各自がそれぞれの死角を補い合っている。

 

 武用として搬入される機体への興味が無いわけではないが、207Bの成長を見せられると明日以降の教練をどうするかと、今はそちらの方に意識が行ってしまう。

 

 

 

 

 

 




原作だとコールサインの20706はご存知タケルちゃんなのですが、この世界線では順番通り?純夏さんになっています。タケルちゃんは一応20707です。が出てくるかどうか微妙のところ。

でで、そろそろコミケ前のドタバタ期間なので投稿が遅れるかもしれませんが、なんとか週二回は死守できたらいいなぁ……くらいで続けてみます。

あとなんとなく予約投稿時間を朝方に変えてみます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

擬装の蓄積 01/11/03

 207Bの教練が終わった後、夕食を取ろうかというタイミングで武は夕呼に呼び出された。

 

(俺から急ぎの報告はないけど、何かあったっけかな……?)

 

 武がこの世界で目覚めて10日ほど。

 XM3の開発は順調だが、実のところの成し遂げたのはその程度だ。漠然とした不安、などと恰好を付けるつもりはないが、事態を好転させているなどとは間違っても実感できない。

 11月半ばにはXM3のトライアルは予定されており、すでに各方面には通達がなされている。目に見えた動きが出てくるのは、それ以降だろうとは判ってはいる。

 

「遅れて申し訳ありませんっ!」

「そういうのはいいから。それで、207Bの連中は使えそうなの?」

 執務室にいたのは夕呼とターニャだ。武は上官二人を前にして敬礼し詫びを口にするが、夕呼はあっさりと流し本題に入ろうとする。

 

「トライアルのデモ程度であれば、あと10日ほどありますから、問題は解消されるかと」

「つまり現時点では問題があるということね」

 駄目だろうとは思っていたが、やはり少しばかり逃げを打ったような報告では夕呼を納得させることはできないようだ。

 

「無理を言わないで下さいよ夕呼先生。さすがにまだシミュレータで10時間程度の連中です」

 武から見ると207Bの皆の才能は目を見張るものはある。だが実機に乗ってからの時間が少ないのが気がかりだ。

 実機訓練が可能なのは詰め込んだとしても一週間ほど。OS変更に伴う機体の調整や確認などもあるために、時間的には50時間取れるかどうかがギリギリだ。なにか機体側に問題が発生すれば、下手をすると30時間程度になる。

 

「それでも全体的には彩峰と鎧衣、あと鑑は習熟が早いです。榊がそこそこで、珠瀬と御剣が少し遅いですね。その三人も期日までには形にはなるはずです」

「へぇ? 御剣が遅いって、ちょっと意外ね」

「まあ御剣は何気に理屈っぽいところがあるので、榊同様に頭で覚えた後は習得は早そうです」

 冥夜は鍛錬の仕方を知っているから修得そのものはそれなりに早いが、実のところ努力型だ。歩兵訓練時にも、慧に体術面では並ばれる程度である。幼少の折より剣術に親しんでいたというアドバンテージが無ければ、下手をすると隊内で一番素養が低い可能性すらある。

 

「彩峰は、あいつもそれなりに身体を鍛えていたとは言いますが、それでもおかしいと言い切れるくらいには天性の物がありますよ。鎧衣に関しては本人の素養も高いんでしょうが、親父さんの教育の賜物でしょうね。衛士として突出した物はありませんが、逆に隙がありません」

 実のところ慧と尊人だけであれば、明日からでも撃震にリミッターを設定しておければ実機に乗せても大丈夫なのではないか、とまで思わせるものがある。複座型があるならば武とまりもとがそれぞれに後席に乗ったうえで試してみたいとも思うが、さすがにそこまで焦ることもないはずだ。

 

 

 

「ふむ。全般的には順調。ただし時間的余裕はさほどない、といったところか」

「その通りであります、事務次官補」

 武の報告を聞き終わり、ターニャが簡単に纏める。

 

「トライアルには今の207Bの連中を使いたいから、ちょっとくらいの無理は通すわ。シミュレータに関してはこっちの権限で確保してる。実機の方は急かしてはいるけど、あと三日は掛かるとか言い出してるのよねぇ」

「実機は週末までに来てればいいですよ。まだ基礎の段階ですから」

 クルマと同じで慣れだろうと以前の世界線では言われたが、その慣れるために機体を壊されるわけにもいかない。最低限度の技術を身に付けるまではシミュレータ漬けの予定だ。

 座学の時間が削られていることが少しばかり気がかりだが、トライアルの予定がほぼ確定していることから、それらはどうしても後に回すしかない。

 

「香月博士、トライアル後の207の扱いは、想定しているのか?」

「一応は、トライアルの実績をもって任官させ、その後もXM3のデモンストレーション部隊として独立して運用しようかと」

「ふむ……無理のないプランではある、な」

 どこか納得のしていないようなターニャだが、はっきりとは反対しない。その態度に、夕呼が問い詰めるように言葉を重ねる。

 

「事務次官補には、何か代案がおありですか?」

「今の時点ではどうとも言えんな。ただ、御剣冥夜は単体として使う方が価値が高いやもしれぬ、とそう考えていただけだ」

「確かに単体のカードとしては207の中で最も使いどころが難しいとは思いますが……」

 

「そうだな、御剣冥夜が『守るべきもののためには、全てを捨てる』とまで割り切ってくれていれば、こちらとしても使い方を考えようもあるが……今のところは具体的な使い道は思い浮かばんよ」

 どこか誤魔化すようにターニャは言うが何らかの方策は予定しているようだ。しかし夕呼にしても武にしても、ターニャを問い詰めるようなことは階級的にも難しい。

 

 

 

 

 

 

「ああそれと、だ。私の立場が決まったので、一応は貴様にも説明しておこう。今回もそうだが、XM3の公開などに伴い同行する機会も増えそうだからな」

「立場、ですか?」

 聞き返してしまうが、ターニャの立場が変わるという話は、まったく聞いていなかったために、疑問がそのまま口に出てしまう。

 

「私のというかターニャ・デグレチャフではなく、ターシャ・ティクレティウスとしての立場だな。臨時少尉の地位でJASRAへの出向という形を取ることになった」

「偽装身分ということですか……問題ないのでしょうか?」

「細かな問題は確かにあるが、この姿で70過ぎのターニャ・デグレチャフのまま、としておく方が問題だ。デグレチャフ名義で親権を得て保護している、という形にしておいた。あとは資産などの生前贈与だな。もちろん偽装ではあるものの、議会などからは認可は受けておるよ」

 

 そのまま相続してもギリギリ遺産税が掛かるほどではないがねとターニャは笑うが、武にはそれがどの程度の額なのか思いも付かない。ただ間違いなく一般市民感覚の武からすれば巨額なはずだ。

 

「正直なところ、こうなってしまっては自分の肉体寿命がどうなっているのか判断できんということもある。ターニャ・デグレチャフのままに130歳などとなってしまっては、書類の関係で日常生活さえ困難だ。ここは素直に見た目通りの年齢の人物を作っておこうと考えていたのだ」

「確かにそのままではいろいろと騒動が起きてしまいそうですね」

 

 ターシャという別人を作る方が、100歳を超えてターニャが活動し続けるよりかは、はるかに安全だろう。

 本人は認めたがらないが、今はまだターニャの派閥とでもいうべき権力集団があるから大丈夫だろうが、今後ともそうとは言い切れない。G弾の影響による若返りなどという事実が公にでもなれば、どの様な影響が巻き起こるか想像さえ難しい。

 

「それに基本的には偽装というよりは、避難民の一人を作り上げたという形だな。先の鉄原ハイヴ間引きに合同して行われた避難民保護の中、身元引受人のいないロシア系の女子をデグレチャフが引き取ったとしている。まあそのためのこの髪だ。あとは第三の遺産の振りでも匂わせておけば、勝手に裏を勘ぐる連中にも遊びのネタを提供できよう」

 

(自分自身を囮にしつつも、敵対集団への欺瞞情報の拡散か。鎧衣課長くらいにはいろいろと無茶な人だよなぁ)

 

「事務次官補のご事情は理解いたしました。今後、外では少尉殿として対応させていただきます」

 武に説明できる程度には、すでに根回しは終わり、経歴も出来上がっているようだ。裏事情も何となくは察せられるが、そこは武が介入できる領域ではない。直接的なテロ行為などの予防を考慮するくらいだ。

 

「直接の知己には説明はするがね? 徐々にデグレチャフとしての露出を無くし静かに消え去るのみ、ということだ。JASRAのほうはしばらくはウォーケン少佐を局長代行とする。私と直接会ったことのない連中向けの、看板だな」

「あ~……なるほど?」

 

 本人を前にして話すことではないだろうとも思うが、ターニャのこの目付きにしてこの態度である。たとえ見た目が少々どころか極端に若返っていたとしても、一度でも話したことでもあれば同一人物だとすぐに理解されるのだろう。

 

 

 

 

 

 

「さて、私の身分に関してはこの程度でいいだろう。ちょうどいい機会なので、今後の問題点を再確認しておくぞ」

「喀什攻略に関しては、申し訳ありません。正直なところ戦術機と軌道爆撃による力押しくらいしか、今のところ思い浮かびません」

 問題と言われて思い出すのは、喀什攻略だ。そして問題とされるほどに、その解決案が浮かびそうにはない。

 

「いや、そちらは今は良い。直近での問題は再突入型駆逐艦、HSSTを用いてのテロだな」

「ああ……それは発生するとお考えですか?」

 

 珠瀬事務次官と第四計画とを狙ってのHSSTによる基地破壊を企んだテロは、武の知るどちらの世界線でも発生はしている。ただ、現在のあまりに変わってきている状況で、テロが企てられているのかどうかすら武の持つ情報では判断できない。

 そもそもターニャのお蔭で良くも悪くも状況の変化している現状、武の持つ他世界線の情報の重要性は、どうしても下がってしまう。前回のAL世界線では武のループを証明できた佐渡島からのBETA侵攻など、佐渡島にハイヴが無いこの状況ではまったくなんの意味もなさない。

 

(いや因果の流入とか、そういうのであれば11日には何か別の問題が起こる可能性だけはあるのか)

 これはちょっと注意しておこうと心に留めて、あとでもう一度夕呼にだけは確認しておくことにする。

 

 

 

「やはり落としてくると考えられますか?」

「第四計画の妨害というのが、白銀や私の知る未来知識による予測だが……」

 夕呼の問いに、珍しいことにターニャが言いよどむ。今の時点ではHSSTを用いてまでのテロが起きる可能性が読み切れないのだろう。武としても、現状で第五推進派などがそこまで無理をして第四を物理的に排除するという意味が思い浮かばない。

 

「UL、AL世界線における横浜基地?ですか、そこへのテロ行為の要因として予想できる、というか状況が伝聞だらけですので最早妄想となりますが、それで考えうるのは第四がG元素を保有しすぎている、という事でしょうか」

 第四計画が成功しそうだから妨害する、ではなく第四計画がG元素を用いてBETA由来兵器で米国に対立する、と疑心暗鬼に駆られたのでは、と夕呼は予測する。

 

「そういう目的であれば、現在のこの白陵基地へのテロ行為という線は薄いのだが、な」

「デグレチャフ事務次官補の、存在ですね」

「そうだ。この身の不徳と致すところ、とは言いたくはないが私を邪魔に思う連中には事欠かなくてね。それに昨今一部で話題の『月の後継者』問題だ。勝手に敵を想定して、勝手に戦いを始める輩はどこにでもいるものだな」

 

 呆れたように嘆息する振りをしているものの、推測としてはありそうなところが問題だった。ターニャにしてみれば実のところ派閥形成にいそしんできた、という自覚は無い。その時々に合わせ、双方が納得できる利益の提示、あるいは損失の低減を目指して来ただけのつもりだ。

 それでもターニャの立場を危険視する集団は多く、第四に接近している現状ではテロの対象になる可能性は高い。

 

 

 

「そういえば、事務次官補ならご存知なのかもしれませんが、あのテロの実行犯って、結局どこの誰なのでしょう?」

 第五推進派が裏で糸を引いていたらしいとは聞いたものの、どういう経緯で行われたのかは武は知らない。実行犯自体も顔を見たわけでもないので、対立していると認識しにくいのだ。

 

「実行犯と目されているのは難民解放戦線(RLF)の連中だ。第五のG弾推進派の一部がお膳立てした計画を、文字通りに実行しただけだろうがな」

「難民解放戦線……ですか」

 武としても名前だけは聞いている組織だが、実態はよく知らない。

 

「まったくあのバカどもは、いったい何を何から解放するつもりなのやら。難民などおらぬというのにな」

「は? ……難民が、居ない?」

 組織の構成などの話かと思っていれば、いきなりのターニャの発言に、頭が付いて行かない。

 

「白銀、アンタの経験では難民があったの?」

「いや、難民があるとかないとか……BETAから逃げて国を失った人っていますよね? まさか、こっちじゃみんな死んでしまってる……」

 ありえないとは言い切れないところが、BETAとの戦いの恐ろしさだ。武の知る98年からの日本帝国の防衛戦など、避難できた者の方が少ない。

 

「まったく、何を考えて口走っている? 現在のBETA大戦において、難民は存在しない」

「え? 国や土地を奪われて逃げ出してる人ってたくさんいるんですよね? それこそ先日の朝鮮半島防衛だって、避難民保護のために国連軍などが動いて……」

 

「白銀、貴様も元のEX世界線では大学入学が確定していたのだろう? 少しくらいは国連について調べておけ。避難民と難民は別だ」

 呆れ返ったかのように、ターニャがわざとらしいまでに大きく溜息を付く。

 

――「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人々

 

 夕呼は暗記していたようで、国連の定める難民の定義をそらんじてくれる。

 

 

 

「BETAは人種や宗教政治信条などは考慮しないし、関与されない。そんなものであの土木機械共が喰らいつく人間を選んでいるのか?」

「それは……」

 神に祈ろうが仏に縋ろうが、むしろ悪魔に取引を持ち掛けてもBETAが止まることなどない。社会主義者も無政府主義者も自由主義者であろうとも、一切の関係はない。

 

 ――文民・軍人関係なくむさぼり喰らうBETAがどう差別的だというのか。

 

「つまりだ。今BETAに自国領土が奪われて避難している者は、すべからく難民ではない。彼らを救済するのは国際社会ではなく、自身らが所属する国家や組織の問題だ。国連が関与する案件ではないよ」

「租借地で亡命政府を立ち上げたり、避難民の収容とその生活の安定を進めるのは、各国政府の仕事。そしてそこには国連も国連軍も原則関与しない。内政干渉なのよ」

 ターニャと夕呼から、立て続けに「難民」の定義と現状の「避難民」の違いを突きつけられる。が法的にはどうであれ、武としては感情的には納得できない。

 

「え、でも。それって言い訳ですよね? 実際に避難している人たちからすれば、やっぱり国連にどうにかしてくれっていう声があるんじゃ?」

「そういう声はあるわね、もちろん。で、それがどうしたの?」

「いやはや各国亡命政府には、自国民の健康と安寧には、心砕いて欲しいものだ」

 あからさまなまでに偽悪的に夕呼が笑みを浮かべるが、ターニャにいたっては嘆く振りだけだ。

 

「国連からは、亡命先の租借地を提供する国と亡命政府、その仲介はしているさ。そこから先は原則的に二国間の問題であり、介入すべきではない」

 ああ誠に残念だな、とターニャはまったく感情の籠っていない声で、避難民の生活に心を砕いている態だけは示す。

 

 

 

「なにかね、白銀? 難民解放戦線の連中の心情が理解できるというのならば説明してくれたまえ。テロへの対策案の一つくらいには付け加えられるやもしれんぞ?」

 

 煽られているのは嫌でも判る。ここで激昂しても何も解決しないことも、だ。

 そして後方国家において難民として避難民を受け入れてしまったことで発生していた問題を、わずかばかりの事例であるが記憶として持っている武には、今の国連などの対応が最善ではないが「仕方がない」程度の選択なのだろうということは理解できてしまう。

 

 億の単位でユーラシア大陸から逃げ出してくる人々など、受け入れられる国家など存在しないのだ。受け入れ先を食いつぶして双方が自滅することに比べれば、元々の国家が亡命政府を樹立したうえでアフリカなどに土地を租借し、最低限の自己管理をするほうがまだしも前途がある。

 

「ちなみに合衆国は、広く門戸を開けて移民を募っているぞ?」

 合衆国は移民受け入れの姿勢はBETA大戦以前と同様に示している。

 ただ募ってはいるが誰でも受け入れているわけではない。自己資本で移住してくる資本家、そして熟練技術者や研究者など、あくまで合衆国に利をもたらす者だけを選抜しているだけだ。

 

 

 

「申し訳ありません、軽率な発言でした」

「ふ~ん? 白銀、今ので納得したんだ?」

「気持ち的には、そりゃあ納得はできてません。できませんし、最善な手段だとは思いませんが、現状取りうる手段としては他に思いつきませんよ。飲み込みます」

 

 UL世界線で見た、天元山の噴火を判っていながらも住み慣れた家に戻っていた、違法帰還者の老婆。AL世界線では強制退去という手段に頼らざるを得ず、それがクーデター派の論拠の一つとしてまで取り上げられてしまった。

 この世界線では退去勧告など出てはいないのだろうが、今後ありえない話ではない。

 

 そして武はいまだあの事件に対し、自身の答えが導けていない。

 何が正解なのか、そもそもこの類の問題に正解などないのではないかと逃げるようなことは言えるが、それにしても自分の中でどう対処すべきかの軸が作れていないと感じてしまう。生命を守るのか、尊厳を尊ぶのか、二択で済ましてしまうべきではないと思いつつも、そこから先の解決方法が浮かばない。

 

 そんな状態の白銀武が、各国の避難民キャンプなどの状態さえ知らない現状で、避難民問題の把握などできようもないし、今の立場では何らかの案を提示することなども不可能だ。

 無力なままでは何を喚いても、ガキの我儘でしかない。対案が出せずとも、話に加わるには現状認識くらいは必要だ。

 

 

 

「それで、HSSTを墜としてきそうな連中はこの世界線でも居るとして、どう対処するんですか?」

 少しばかり深く息をつき、意識をテロ対策へと切り替えて問う。

 

「AL世界線で香月博士が取った手段を、さらに拡大する、という案を想定している」

 つまりは事前に、テロリストとその協力者たちを拘束するということだ。さらに拡大という言葉に少々薄ら寒いものを感じてしまうが、そうなると武には関与出来ることは何一つない。

 最悪のパターンへの対処として、試作1200㎜超水平線砲の準備を夕呼に頼むことくらいだ。

 

「でもAL世界線ですか、そっちでも介入したことで第四の立場が……ってそうか。今回は夕呼先生からの情報で止めるんじゃなくて」

「管轄違いだが、JASRAから各方面に話は通す。先日の無警告のG弾運用の背景を探っている途中に、善意の情報提供者からの匿名の知らせを受けたとでもするさ」

 

 AL世界線では、第四の権限で頭越しにHSSTの離陸自体を止めることで事件を事前に防いだ。だがそのことが結果的に、第四への疑惑や様々な圧力となって跳ね返ってくることとなった。

 今回JASRAから情報を流すということだが、合衆国内のテロ組織の追跡など、国連機関のJASRAの担う範疇ではない。しかし別件の調査中に知りえた情報を各国の警察組織になど提供するのは、問題視されるような行動ではない。むしろ隠していれば逆に非難されるだろう。

 

「まあテロの首魁にまでは手が届かんが、末端の構成員はそれなりに潰させてもらう予定だ。ついでにあのクソ忌々しい恭順派どもまで食い散らかせれば、少しばかりは溜飲も下がるな」

 カンパニーの皆々には給料分は働いてもらうとしようと、ターニャは何かを企むように呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 




よーやくこの世界線では難民がいないことの説明追加完了~とかやっていたらマスターの話入れ損ねました。エーベルバッハ(仮)さんは登場しそうになったら話入れます。HSSTが落ちてくるかどうかは、下手をすると第三章送り……かも。

で、デグさん。相続税の緩いアメリカでも取られそうなくらいは個人資産持っていそうですが、その辺りはサクッとスルーです。


あとこのような場ですが、誤字脱字などのご報告ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

障碍の観取

 ターニャと夕呼へ207Bの訓練進行度合いの報告をしていたはずが、この世界ではBETAによる難民が存在しないなどという状況を突き付けられてしまった。難民問題は武が解決すべき話ではない、などという当たり前のことは二人にしてもわざわざ言ってはこない。そもそもあの二人にしてみれば、すでに解決済みの案件なのだろう。

 

(まったく……なんかこのところ、あの二人から宿題押し付けられては走り込みに逃げ出してるよな、俺)

 

 悩んでいるのは、割り切ることができない武自身の問題だ。国連軍衛士として、自分の考慮すべき範疇ではないと切り捨てることができれば、楽なのだろうが、以前からの疑問を蒸し返されたようでなかなかに捨て置けない。

 避難民問題に対処すべきは彼ら自身とその政府だ、というのは判らなくはない。逃げ込んだ先の国家にその問題まで丸ごと押し付けるというのは、さすがに武にしてもどこかおかしいとは思う。ただ国連や国連軍といった組織に身を置く者として、何かすべきなのではないかと焦っているだけだ。

 

 それに避難民の問題は、何も諸外国のことだけではない。時機は断定できないが、間違いなく九州にはBETAが上陸してくるだろう。そしてその際には少なからぬ人々が避難を強要されるはずだ。

 今の武は日本帝国軍ではなく国連軍の一衛士だからといって、そのことをただ座視していていいのかと、どうしても考えてしまう。

 

 

 

 

 

 

「白銀? また何か悩み事か?」

「タケルちゃん、そのうち眉間にしわ出来ちゃうよ?」

 

 悩みながら走っていると、いつかの夜のように後ろから声が掛けられる。

 

 演習の前から、自主練に純夏が来ることが日課になりつつあるらしい。合同部屋に移ったことで207Bの纏まりができあがり、純夏も隊内のことにいちいち気を回さなくても良くなっているのか、時間の余裕はあるようだ。

 逆に武自身が顔を出すのは心の余裕が無くなった時がほとんどだ。毎日この時間に顔を合わせているわけではないが、時間が合えばこうして並んで走ることもある。

 

「まあ、今回のは悩み事というか、んー」

「ふむ? また言わねばならんのか?」

「ああ、いや、ちゃんと相談しようとは思ってるぞ? ただなぁ、どう言えば良いのか考えていただけでな。なんというか問題が纏まらん」

「ならば先に我らの愚痴でも聞いてもらうとするか、鑑?」

 

「うぇっ? わたし?」

 慌てながらも、愚痴かぁ……などと言いながら、純夏は何か考え始めた。

 

「なんだ鑑? 訓練の愚痴なら教官補佐としての俺に言っても無駄だぞ?」

「二人とも~愚痴じゃないよ、ただまだ慣れないなぁってだけで、揺れるの結構しんどいんだよ?」

「いや、それって十分愚痴だから、な?」

 訓練内容がきついと言われても、武は変更するつもりはなかったし、まりもにしても予定は変えないだろう。何しろ207Bには伝えていないが、正直なところ時間が無いのだ。あと10日程の間にトライアルに参加できる程度には全員の形を整えなければならない。

 

「でもね? 訓練校に入っての最初の一ヶ月くらいは筋トレだけで死ぬかと思ってたけど、今は頭がグルグルしすぎて死にそうだよー」

「たしかに初日ほどは酷くはなくなって来てはいるが、私もまだまだシミュレータから降りた時は足が震えるな」

 

 二人共に戦術機適正が低いわけではないが、フルスペックのXM3による機動は、戦術機に慣れた衛士であってもけっして楽ではない。もちろん武自身は平気なのだが、まりもでさえ平気で耐えている訳ではない。訓練兵の前では決して見せないが、教練後に動作補正などでシミュレータに入りっぱなしなこともあり、日付が変わる頃には死人のような顔色にまでなっているほどである。

 

 

 

「まあそろそろ強化装備の方にもデータが蓄積されてくる頃合いだ。そうなってくると少しは楽になる、とは思う」

 こればかりは個人差もあるのでなかなか断定できないが、衛士強化装備の補正は大きい。蓄積データさえ溜まっていれば、酔いや疲労は軽減できる。

 

「慣れろ、と言ってしまえば簡単なんだけどな。ん~」

 純夏の場合ならシミュレータでも実機でも数をこなせば慣れていきそうだが、冥夜には何らかの指針を言葉にしておいた方が習得が早いかと思い直し、言葉を探す。この辺りは、身体で覚えるのか頭で覚えるかの違いだろう。

 ただ訓練の仕方が判っている、というだけでも少しは上達が早まるとは思える。

 

「なあ御剣。剣を振るときに、その一振りだけを考えているか? 振り切った先の姿勢や、その次の一太刀、さらに次へと、想定はしてるだろ?」

「む? それはもちろんだ。示現流ならば知らぬが、我らが用いる無現鬼道流であれば、流れを重視する」

「それと同じだよ。戦術機が今どう動いてるかじゃなくて、どういう風に流していくのかを想定できるようになれば、荷重変化についていける……はずだっ」

 途中まではなんとなくこういう感じなのではと言葉が続けられたが、どうしても感覚的なものになってしまうので断言できない。

 

「タケルちゃん、なんか最後投げやりだよ……」

「いや、すまん。俺もあまり考えて動かしてるわけじゃねぇから、口で説明しにくいんだ」

 ゲームでもそうだが、結局のところ武は直感に頼っての挙動が多い。こう来るだろうとか、こうしておけば次に繋がる、などと考えてることはあるが、それさえも刹那の判断である。

 見取り稽古の相手ならいくらでも付き合えるのだが、口頭で意図を説明しようとすると途端に覚束なくなってしまう。

 

「ああ、いや。今の白銀の言葉で、少しは何かが掴めそうだ。たしかに先が見えれば身体が動くというのは判らなくはない。明日は今日ほど醜態を晒さずに済みそうだ」

 言葉の足りない武の説明だったが、それでも冥夜は何かを見出したようだ。このように剣を通じてであろうが、鍛錬の仕方を身に着けていることが冥夜の強みだと武は再び感じる。

 

 

 

「逆に鑑はあまり考えなくていいぞ? お前の場合は数こなして慣れていけば、フィードバックデータとの連動もあってそれなりに耐性が付く、と思う」

 純夏が信じてなさそうな目つきで見てくるが、武はそもそもが戦術機に乗って酔うということが無かったので、こればかりは助言しようが無い。それに衛士の先達からも、それなりの適正があれば後は慣れろとしか聞かされたことが無いのだ。

 

「慣れたらこのヘンなグルグルしたのが無くなるのかなぁ……」

「そんなに酷いなら部屋で寝てろ? 加速度酔いとかは放置するなよ?」

 合同部屋だから大丈夫だろうが、加速度酔いなどでは就寝中に嘔吐してしまい窒息するという事例もある。酔いを自覚しきれない場合もあるので、注意は必要なのだ。

 

「ふむ? しかし慣れるしかない、というのは正しいかもしれんぞ、鑑。そなたも初日は訓練終了後はベッドから立ち上がれなかったが、今日はこうして走っておる。慣れてきてはいるのではないか?」

「あ~そういえばそうだね。晩ご飯もちゃんと食べたし、そっかーわたし慣れてきてるんだ」

 冥夜の言葉に、純夏はへにゃりと嬉しそうに笑う。

 

「……なんだろう、同じような言葉なのに御剣なら納得して、俺だと否定されるというは。少しばかり教官補佐としては納得できねぇ」

「ふふん、人徳の差ってヤツだね、御剣さんの言葉の重さはタケルちゃんの50倍くらいなんだよ」

「よく判らぬな……」

 走りながら胸を張るという器用なことをこなし、純夏は自分ではなく冥夜を誇る。

 

 

 

「あとな。俺の機動よりは神宮寺教官のを模倣しようとする方がいい」

 

 武の三次元機動は、記憶にあるゲームのものを再現しようとしているところもあり、実は意味のない動作もある。まりもは武の機動が何を意図しているのかを考慮した上で、不要な動作を無くして行っているために、理論的かつ無駄が少ない。

 咄嗟の反応からくる奇抜な機動であればいまだ武に分があるが、長時間に渡る理詰めの攻防などでは武はまりもに手が届かない。

 

「そなたの機動は、その……少々、突飛だからな」

「御剣さん、はっきり言った方がいいよ? タケルちゃんの動きはキモチワルイって」

「いや、鑑。白銀の挙動には何らかの意味はあるはずなんだが、それが私には読み取れんのが、口惜しくてな」

 ばっさりと純夏は切り捨てるが、冥夜としては何か考えるところがある様だった。

 

「斜め方向に着地しながらの機首立て起こしなど、回避の後の隙がおそらくは小さくなるはずなのだ。試してはみたが、今の私の腕ではコンボを用いても、それが最適な瞬間なのかが判断できぬ」

「あ~7方向への回避ダッシュキャンセルからの、引き起こしか」

 ふと冥夜が言っている挙動を思い出し、確認するように尋ねる。

 

「ん?」

「と、違うな。左斜め前方への短距離噴射跳躍の時に、回避を兼ねて機体の右方向に倒しながら前傾しているのを、着地した時に立て直し、射撃ポジションを取る……んだよな?」

 考えなくゲーム時代の略語で尋ねてしまったが、冥夜に通じるはずもなく、怪訝な顔を見返される。

 自分の失敗を悟り、あらためてなんとか伝わりそうな言葉を繋げていくが、自身の機動を言葉で再現するというのはやはり武としては難しい。このあたりまりものような教導経験者との差が明らかに出てくる。

 

「そういうこと、なのだろうな。白銀、そなたはその動きを考えずに選び出せるほどに習熟している。そしていまだ登録されていない数多くのコンボもあるのであろう?」

「そりゃあ、使えそうにないのは登録しても消していってるからなぁ」

 

 今のところはただひたすらにデータを蓄積している段階だが、それでも不要と判断するコンボもある。今の冥夜と同じく、選択肢が多いことが良いとは限らない。多すぎると逆に選びにくくなり、咄嗟の判断の妨害にもなりかねない。

 

 

 

「あ~御剣は少しばかり考えすぎなことろがあるから、か? 鑑や彩峰とかは完全にその逆の類なんだろうが、あれほとんど勘で対応してないか?」

「……一応は、考えてる、よ?」

 名前を出され、純夏が反論するように口を挟んでくるが、その声は小さい。

 

「いや、べつに貶してないぞ? 勘で動けるならそれはそれで有りだ。理屈が付いてくればなお良しってだけだな」

 ただ武としても別に文句があるわけではない。

 

 挙動の再現であれば、XM3を搭載しているのでコンボの呼び出すことで可能だ。だが、それだけでは動作が行えるだけで、求められた結果が得られるわけではない。回避にしろ攻撃にしろ、その動作やコンボを選択するにあたっての、前提になる判断基準がいまだに冥夜には身に付いていない。

 対して純夏や慧は、さほど訓練していないにもかかわらず、なぜか「正解」を引き当てることが多い。それは勘、としか言いようがないとも感じられる。

 

「ふむ。私に限って言えば、精進あるのみといったところか」

「具体的な指摘ができなくて悪いな。まあ御剣なら、基本的なパターンを覚え込んでその意味が噛み砕ければ、すぐに応用できるようになるはずだ」

 冥夜の戦術機運用、特に長刀を用いた近接戦闘に関しては武にしても見習うべき一つの指標でもあった。他世界線とは同一視はしないようにと心掛けてはいるが、この世界線でもそれほど時間をかけずともあの水準にまでは至ると思う。

 

 

 

 

 

 

「それで、そなたの方の悩みは、そろそろ聞かせてもらえるのか?」

 純夏と冥夜の愚痴は話したので、次は武の番だという形で水を向けられた。

 

「俺の悩みというか、これまた今すぐに解決できるとは思ってないが、各国の避難民が不満を抱えていてテロに走ってる連中も多いって聞いてなぁ……」

「そういうのニュースでやってたよね。え~恭順解放戦線……だったっけ?」

 ちゃんとニュースは見るようにしたよ、とヘンなところで純夏が誇らしげだ。ただ組織の名前がなぜか混じり合っている。

 

「キリスト教恭順派と難民解放戦線、な。一応はまったく別の組織なはずだぞ?」

 武としても詳しくはないが、さすがに名前の間違いは訂正しておく。正直なところ名前以外は説明できるかというと無理だ。

 

 

 

「帝国の場合は後方国家という時間的余裕や、国連からの勧告などもあり、すでに戦闘予定地からの避難は済みつつあるが……」

「え? 避難進んでるのか?」

「ん? 何を言って……ああ、そうか、貴様が療養していたという時期なのかもしれんな」

 具体的に動き始めたのはここ数年かも知れぬ、と冥夜が言う。

 九州全域に第2種退避勧告が出てからすでに五年以上過ぎているが、特にこの二年ほどで民間人の退避は格段に進んでいるらしい。

 

「知らなかったようだな? このところ西日本の疎開はかなり進んでいるはずだぞ? 直接目にしたことはないが、佐世保などは城塞都市のような有様になっているとも聞くぞ。九州全域を大陸からの前線防衛地区として活用するらしい」

 そして四国を補給中継拠点として、九州と山陰方面へのバックアップをするというのが、基本的な防衛構想だという。

 

「でも、それってけっこう避難先で問題になるんじゃないか? 九州だけでも1000万くらいは人いたんだろうし」

「でもみんな避難してるってわけでもないんでしょ?」

 武は当然、純夏もこのあたりの知識はないようで、説明役は冥夜に集中してしまう。問われた冥夜も、走りながら少し先を見るような目つきに変わり、思い出そうとしている。

 

「私とてそれほど詳しいわけではないが、まあ住民全員が避難しているわけではなかろう。鉄道や港湾関係、流通など民間の方々には残ってもらわねば軍も警察も機能せぬからな」

「逆に言えばその類の仕事以外は、退避が完了しつつあるということか」

「北九州や瀬戸内の工場地帯や港湾関係などは動かしようがないが、第一次産業の方々には無理を通して退避していただいたという」

 

 冥夜は残っている住民への配慮からか口が重い。だが、どうしても工場などの施設がある関係で移動できない業種も多い。そしてそれらを支えるインフラ関係も、だ。

 農業関係なども移転先の選定も難しいようだが、対して漁業関係者は太平洋上の合成タンパク精製プラントの方に転職しているらしい。

 

「そーいえばタケルちゃんとこのおじさんおばさんって、そういう避難先の家とか工場とかの監督に行ってるんじゃなかった?」

「え? そうだったっけ……?」

 そういえば国外に出ているとは聞いていたが、結局いまだに確認していない。どう向き合えばいいのか決められないままに、今すぐ顔を合わす必要が無いことに安堵して、そのまま放置していたのだ。が、白銀の家に関しても一度ちゃんと考えなければならない。

 

(よくよく考えたら、俺、日本の疎開政策とかまったく調べてなかったんだよなぁ……)

 足元が疎かになりすぎていた、と自戒する。

 207Bの総戦技演習の際にもXM3のデータ取りに逃げるように打ち込んでいたが、この世界で目覚めてからPXのテレビ以外にまともにニュースや新聞などに眼を通していなかったことに気が付いてしまう。

 

「そういう感じだと、日本なら避難民が発生してもテロとかには走りそうにない、って安心できるのか?」

「諸外国の政策には詳しくないから何とも言えんが……帝国内部では現在のところ大きな不満はないのではないか? 南方での避難先でのことは私も知らぬ」

 知らないと返答すること自体を恥じるようで、冥夜がわずかに顔を背ける。

 

 

 

「もしやそなた。避難民の間での不満や、テロへの協力を問題視していたのか?」

「ん、そういう話を少し耳にして、な。俺にもなにかできることがないかと考えちまった」

 いやまったく身の丈にあってねぇ、と嘯いて見せる。

 

「しかし、こうやって話を聞くと、ヘンに悩む前に調べておけばよかったよ。デカいことに気を取られすぎて、ちょっと間抜けな話だったな」

「……白銀? 軍だけではなく、政治にも関与するつもりか?」

 どこか呆れたような口ぶりで、冥夜が問いかけてくる。純夏に至ってはタケルの身を案じるような生温い目線を送ってくるばかりだ。

 

「判っているのであろうが、さすがにそれは我らが分を超えるぞ? それこそそなたが以前に榊に告げたように、解決しようとするのであれば、軍ではなく政界に進むべきだ」

「ああ、判ってる。ある程度は割り切りはしていくつもりだ。というか俺に政治家とか無理だからなぁ」

 自虐ではないが、そういう方向で人の上に立つことが自分にできるとは思わない。勢いで人を乗せることはできるかもしれないが、それに責任を負うことなど、今の白銀武では無理だ。

 

「国連軍兵士として守るべきものを、しっかりと見据えて行くようにはするさ」

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、護るべきもの……か。そうだな、私も護るべきもの、と護りたいものとが少し違うと、ようやく思い至った」

 情けない話だと言いながら、何か吹っ切れたかのように冥夜は笑い、足を止めた。

 自然と武と純夏も立ち止まり、グラウンドで向かい合う形となる。

 

「白銀。もし、もしもの話だ。そなたに頼みたいことがあるのだが、良いか?」

「おうっ」

 冥夜からの頼み事であればと、力強く頷いてしまう。

 

「いや、内容を聞かずに受け入れられても困るのだが……」

「あのな御剣。お前がそれほど真剣に頼み込んでくることなんだ、どうこう言わず頼って来てくれるとうれしい」

「そうだよ御剣さん、タケルちゃんはけっこうちゃらんぽらんだけど、約束はちゃんと守ってくれるよ」

 武が言葉を続けるよりも先に、純夏が誇らしげに保証する。

 武にしてみれば、今の自分が積み重ねた信頼ではないことが心苦しくもあるが、説得力はあったようだ。

 

「そなたらの心遣いに感謝する。それとは別に、だ……」

 律儀に頭を下げた後に、その頼みを口に乗せる。

 

「彼のお方の為に、私の身が何らかのお役に立てるようなことがあるのならば、この御剣冥夜を使ってくれ」

 

 

 

 ――守るべきもののためには、全てを捨てる。

 

 冥夜の頼みを聞いた瞬間、先程聞いたターニャの言葉の一節が、ふと頭に浮かんでしまう。

 

「冥夜などと名付けられているのだ。その名に恥じぬように、生きたいのだ」

「それはつまり、お前が誰からも認められなくとも、か」

「それでも構わぬ。私が何よりも護りたい方を護れるのであれば、私自身が顧みられずとも何ら問題はない」

 

 武も冥夜も、決して声を荒げているわけではない。だが睨み合うように立ち会うその姿は、ある種の果し合いであるかのように緊張している。

 当たり前だが、冥夜は帯刀してはいない。だが、武は今抜身の刀身を突き付けられているような気配を感じ取ってしまう。それほどまでに今の冥夜は、思い詰めていた。

 

 そして、名を隠してでもと言われて、武には一つ思いついてしまった。

 御剣冥夜の使い道は、ある。

 AL世界線でのクーデターの時と同じだ。「御剣冥夜」はごく親しい者以外には「煌武院悠陽」にしか見えないのだ。

 

「なあ、御剣? お前それ……いや、お前のことだから本気で言ってるんだよな。あ~まったくっ、判ったよ、お前の望みは可能な範囲で叶えられるように、下準備はする。ただし、だ。一般的な意味で言えば、かなり最悪な手段に思えるようなことになるかもしれん。それだけは覚悟しておいてくれ」

「くどいぞ白銀。私の望みは先ほど言ったとおりだ。彼の方の為になるのであれば、慶んでこの身を捧げよう」

 

 はっきりと断言する冥夜の姿を見て、もしかしたらターニャはこうなることさえ予測していたのでは、とつい先程の話を思い出してしまった。

 「原作知識」などというのだ。クーデターの時の冥夜の対応なども知っているはずだ。確かに冥夜は下手に207の中で使うよりは、単体で切った方が使い勝手のいいカードなのだろう。

 

「判ったよ。御剣冥夜の使い道ってのを、ちょっと相談してくる」

 おそらくターニャに話せば、影武者になどという、もったいないことには使わないはずだ。「煌武院悠陽」の影などではなく、本人そのものであるかのように扱い、「御剣冥夜」は消されることになるだろう。

 

 それは常識的に考えれば不幸なことなのだろうが、もしかすれば冥夜にとっては一つの解決方法なのではないかと、と思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 




冥夜さんちょっと立ち位置変更というか「殿下≧民+国」なんじゃないかなぁということでこういう感じで、なんとなくデグさんの想定どおりになってしまうのだーみたいな流れです。

そしてたぶんこれが投稿できている頃には夏コミ原稿も終わっている……はず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

装具の建議 01/11/04

 今日の207Bの教練をまりもに一任し、武は朝から帝都に赴いていた。

 

「お時間を取っていただきありがとうございます、巌谷中佐殿」

 武としては、鎧衣課長を経由して願い出たとはいえ、かなり無理な日程での技術廠訪問だ。門前払いに等しい扱いをされても仕方がないと思っていたのだが、いきなり第壱開発局副部長の巌谷榮二に会えることとなり、緊張と共に恐縮するしかなかった。

 

「いや、むしろ私が君に会いに行くべきだったんだがね、白銀臨時軍曹。そちらに向かう準備もできずに申し訳ない」

「え、いやっ、中佐殿、頭をお上げくださいっ!?」

 テーブルに着くや否や、巌谷が軽くではあるが頭を下げる。

 正式には訓練兵のままの国連軍の武に、帝国軍しかも元斯衛の中佐が頭を下げているのだ、さすがに傍若無人な部分の残る武としても、慌ててしまう。

 

「ははは、それほど取り乱すこともなかろう。ここでは君は今や時の人だ。君が考案し香月博士が作り上げたあのOS、XM3か。あれの概略と試用動画とを見せられた技術者は皆、心奪われているよ。たとえ戦術機に直接関わっていない者であっても、だ」

 ハード側の改良ではなく、ソフト側で性能を調整・改良するというアプローチは珍しいという。その発想の転換と、それらを成し遂げているXM3には分野が違う者であっても、技術者であれば無視できないものだ。

 

 

 

「ご期待に添えるように今後も努力いたします。そしてXM3、新OSに関しては予定通りに11月15日に白陵基地の方で公開トライアルを実施します」

「ああ、当日は私も向かわせてもらう。期待しているよ」

 社交辞令ではなく、本心からXM3に期待しているのが感じられる、裏の無い笑顔だった。

 

「さて。これでも衛士だからゆっくりとXM3に関して話を聞きたいところだが、今の君は忙しいのだろう? 私の、というよりも技術廠が出せる物なら出来うる限り融通しよう」

 秘書官さえ退室させ、武と二人きりで話を詰めようとまで気を使ってくれる。武としては重ねて恐縮するしかない。ただ武もそうだが、巌谷が暇なはずはない。無駄に使う時間はもったいないとばかりに、気持ちを切り替え本題に入る。

 

「本日お時間を作っていただいたのは、帝国軍の方でいくつか試作あるいは検討していただきたい装備に関して、お話を聞いていただきたいのです」

 

 提示するのは、突撃砲と支援突撃砲の改修案、そして兵装モジュール転用の三点だ。

 ご覧ください、といくつかの試案をまとめたレポートを巌谷に手渡す。といっても簡単な物だ。読むほどの物でもない。見たらすぐに意図は伝わるはずだ。

 ターニャから「A4・1枚、最初の10秒」と散々に脅されたのだ。細かな仕様はまた別だが、企画として提示するなら、複雑なことを伝える必要はない。

 

 

 

「突撃砲の改修案としての、銃剣と連結式弾倉と、そして負革か。まったくの盲点だった」

 巌谷に見せたのは、武とターニャとのシミュレータ上での遊びのようなXM3のテストの際に出た話を纏め直したものだ。白陵基地内の第四直下の技術部門で改修した物の写真なども一応は添えてある。

 武自身はいまだ実機での使用経験はないが、A-01の方では試用が始まっており、そちらでは良好な反応を引き出している。

 

「規模が異なるとはいえ戦術機の基本は人型です。人間以上の挙動もできますが、歩兵に便利な物は戦術機にも便利なのではないかと」

 銃剣はターニャの言葉ではないが、短刀や長刀と突撃砲とをいちいち持ち変えることの煩雑さ解消と、携帯武器の増加だ。極端な話、強襲掃討装備の突撃砲4門すべてに銃剣を付けて行けば、短刀の携帯数は6本となる。

 連結式弾倉、マガジンクリップはリロード時間の短縮に加え、携帯可能弾数の増加を可能とする。もちろんこれらの改修は突撃砲自体の重量増加を招くが、許容できる範囲に収まるはずだ。

 

 そして負革、つまりはスリングだが、これは歩兵用の物とは少々重視する点が異なり、支持重量の分散目的よりもリロードなどに際し腕の自由度を確保するためだ。現状ではリロード時は、可動兵装担架を含めどこかの腕が空いていなければできないが、その際逆手側の突撃砲などを担架に戻すのではなく、ぶら下げるだけで手を空けることを目的としている。

 

 

 

 

 

 

「銃剣に関しては、こちらで試したのはフロントグリップ……じゃねぇや前把?」

 武は眼前の中佐の経歴を思い出し、英語由来の言葉を何とか漢字に置き換えようとしたが、笑って止められた。

 

「言葉狩りをするつもりなどないぞ、白銀君。普通に英語でいい。というよりもだ、言葉は崩してもらっても構わん」

「あ~助かります。正直目上の方への言葉遣いもまだまだでして。では話し戻しまして……」

 白陵基地で試作した物のデータを提示しつつ、説明を続ける。とはいうものの突撃砲のフロントグリップに短刀のグリップサイズの穴を開けて、バレルと刀身とを繋ぐプレートで無理矢理に固定しただけだ。

 

「このあたり、大陸派遣軍の方ではいくつか現地改修があったようなので、できましたら技術廠の名で聞き取り調査などして頂いて、より良い物を選んでいただきたいのです」

「……それは、この改修案に君たちの名を残さなくて良い、ということか?」

「俺個人の実績としてはXM3、新OSのほうで十分です。それにさすがにコレは第四関係だと言い張っても、各国へのカードにもならないんで」

 武としても名声や実績などが軍内部では重要だとは実感している。だがそれよりも性能の良い武装が必要だった。

 大陸派遣軍であれば、各種の運用データだけでなく現地改修の実績なども蓄積されているはずだ。そしてそれらを集めるには第四の権限ではなく、技術廠や巌谷の名前の方が適している。

 

 

 

「可動兵装担架や副腕などの干渉も含め、各種動作の再確認は必要だが、どれもすぐに実装できそうなうえに効果は大きいと予測される。素晴らしい」

 階級にしても年齢にしてもそして衛士としての実績でも、はるか上に位置する人物からの惜しみない賞賛に、武としては気恥ずかしさを感じてしまう。

 

「実のところこれらのほとんどは俺の案じゃないので、偉そうなことは言えません」

「……ほう?」

「出所は言ってもいいらしいんですが、信じられませんよ? いや信じられるかあの人の場合なら……」

「そこまで言われると気にはなるが、機密かね?」

 少しばかり怪訝そうな顔で訪ねてくるが、隠すほどでもないので、武は名前を出しておく。

 

「いえ。デグレチャフ事務次官補ですよ。これらはOS開発の間に茶飲み話で出たようなネタです」

「デグレチャフ事務次官補……ルナリアンか、なるほどな」

「中佐殿はデグレチャフ事務次官補と以前にお会いしたことは?」

「噂はよく聞いているが、お会いしたことはないな。各種のレポートを読む限り、驚くべきほどの慧眼の持ち主だとは思っていたが、想像以上だな」

「噂以上ですよ。ちょっと今は表向き療養中ということになっていますが、今も周りを掻き乱してます」

 

 ターニャも間違いなくある種の天才なのではないか、と武には思える。そして本人に言えば否定するのだろうが、なにかと現場に出てきたがる。

 経歴としては元は合衆国空軍将校だというが、以前の世界線では何を経験してきたのかまでは聞いていない。ただ装備関連の修正案を提示された時には、歩兵の経験でもあったのかと訝しむほど具体的な指摘もあり、しかもそれが理に適っている。

 武とは違い、ループの経験というものを有効に積み重ねているところは、羨望するしかない。

 

「まあしかし、JASRAが関与しているとなれば、より話は進めやすくはなる、な」

 

 

 

「さて。纏めると、だ。突撃砲の改修は三点。銃剣とマガジンクリップに、スリングの対応だな」

 87式突撃砲に関してはフォアグリップ前部を改修、65式近接戦用短刀は鍔部分にバレルとの接続用アタッチメントを、これで装着と着脱とを戦術機のみで可能とさせる。

 36mmと120mmのマガジンクリップに関しては、いくつか試作する。場合によっては最初から結合したマガジンを作るのも良いが、これは兵站側に無用の負担を掛けそうなのが懸念された。あとはマガジン形状の変更に伴うモーションの再構築。

 

「スリングに関しては、素材の選定と装着箇所、挙動への負担などを調べていこう。これは突撃砲側ではなく、機体に増設すべきか……?」

「こっちでやってきたのは資材固定用のゴムベルトで代用しただけですからね。ゴムだと高機動中にバタつくので、ワイヤーなどの方がいいかもしれません」

「それなら電動ウインチワイヤーを肩の前後に着ける形かな? いや肩部装甲ユニットの裏側の方がいいのか……どちらにせよ、スリングも含めこれらは比較的すぐに終わる。来週中にはサンプルをそちらに送らせてもらおう」

 人間に似せているとはいえ戦術機の関節レイアウトは人そのものではない。巌谷はいくつかの固定方法を思い浮べながら、メモに書き込んでいく。

 

 

 

 

 

 

「しかし、こちら支援突撃砲の改修は……興味深いが難しいな」

 突撃砲の改修案が現実的だったのに対し、支援突撃砲の方はかなり目に願望が積み重なったものだ。

 提示したのは二案。短刀の着剣を可能とする案はほぼ突撃砲と同様だ。問題なのはもう一つの、ロングバレルユニット下部を再設計してスーパーカーボンブレードに変更する、といった案だった。

 

「ガキの妄想と嗤われてしまいそうですよね、ガンブレードなんて」

「ああ、いや。そうではない。支援突撃砲に74式長刀の代替機能を付与するというのは魅力的だ。しかし……ふむガンブレードか、言いえて妙だな」

 突撃砲に比して延長されるバレル、その下部に65式短刀の二倍から三倍程度の刀身を備え付けられないか、というのが武が提示した案だ。

 

 どうしても対BETA戦においては、相手の展開速度ゆえに近接密集戦が発生してしまう。その際に銃と剣とを持ち替えたくない、言ってしまえばそういう我儘から生まれた話だ。ターニャは銃剣だけでも良さそうな顔をしていたが、武としては74式長刀ほどではなくとも、それなりの刃渡りが欲しい。なにも突撃級の前面外殻を断てるほどとは言わないが、重光線級や要塞級の対処ができる程度の刀身は必要だと考えている。

 

 

 

「65式を銃剣として付けるだけなら、センサーの保護は必要だが、ほぼ突撃砲と同じでいいんだ。スリングへの対応も同様だな。重量増加とその配分など技術的な問題は確かに存在する。ただ難しいのは、やはりこちらのガンブレードだな」

 巌谷が少し困ったように笑い、そこで口籠る。

 

「恥ずかしい話だが刀にはこだわる奴らが多すぎてな。これの計画を出せば、無駄に張り切りそうな連中の姿が目に浮かぶよ」

 出来る出来ないという話ではない。身内の恥とは言わないが、技術屋のこだわりという面での問題があるようだ。

 

「ああ……日本人ですからねぇ」

 刀への憧れという感情は武としても納得できてしまう。

 武も近接格闘にはそれなりには自信があり、長刀は必ずと言っていいほどに装備する。しかもポジション的には突撃前衛だったが、自分で選ぶとすれば強襲前衛の装備に多い、突撃砲と長刀とを二本ずついう構成を取ってしまう。

 

 

 

「しかしこれが完成すれば、白銀君は判っているのだろうが、ポジションごとの装備から運用にまで大きな変化をもたらすぞ」

 YF-23は銃剣付の突撃砲を主装備としつつ、副腕たる可動兵装担架の数を増やすことで対応可能な状況を拡げようとした。

 対してターニャの意見を取り入れつつ武が提示した刀身付の支援突撃砲というものは、火器の方の変更で多目的性を与えようとしている。

 

 日本の戦術機に限らず、背部の可動兵装担架はブレードマウントとガンマウントとは現状併用できない。この中刀とも呼べるような長さの刀身を持つ支援突撃砲が完成すれば、ブレードマウントを無くすことも可能となる。

 

「74式長刀は良い武器です。間違いありません。ただ……」

「判っている。あれは結局使いこなせる衛士が少ない。むしろ長刀に限れば統一戦線の77式の方が問題もあるが、使える衛士は多かろう」

 

 記憶の中にある冥夜や、真那といった斯衛の衛士、それに沙霧尚哉大尉などが異質なまでに使えているだけだ。なにかと適正の高いA-01においても74式長刀を使いこなせている、という衛士は少ない。

 手慣れれば突撃級の正面外殻でも断ち切れる74式長刀だが、逆に言えば使いこなせなければただの棒以下だ。逆に77式長刀はその重量が問題とされるほどにトップヘビーの形状で、ただシンプルに切り下ろすだけでそれなりに活用できる。

 

「斯衛ならまだマシなんだ。武家であれば幼少から剣術に親しんでいるし、黒の者たちであっても一応全員がそれになりには使える。ただな。帝国陸軍、いや本土防衛軍の一部になぁ……」

「精神主義的な長刀信仰ですか」

 ハイヴ攻略時や、それこそ兵站が破綻した撤退戦などでなければ、突撃砲を使用するべきなのだ。無理に長刀を使用して弾薬の消耗を避けようとして、機体そのものに損傷を与えるほうが愚かだ。

 だが初陣を迎えていない若手衛士ほど、長刀の威力を過信してしまう。

 

 

 

「とりあえず、まずは突撃砲と同様に短刀を装着して銃剣として使えるように変更する。これに合わせてセンサー位置の調整だな。マガジンクリップやスリングは先も言ったが突撃砲とほぼ同じでいいだろう」

 

 突撃砲と共有できる物は共有する。その上でガンブレードは別のプランとして考える。

 今のロングバレルや滑腔砲のようにモジュールとして取り外するようにするのか、完全に銃のフレームとして組み込んでしまうのか。また取り外した場合に単体として使えるようにグリップを付けるべきか、と幾通りかが想定される。

 

「整備性からすればモジュール扱いで、かつ現場での利便性を考えれば取り外しが可能であればいいんですが……そこまですると重くなりますよね」

「そうだ。逆にフレーム一体式にしてしまえば強度も稼げるし軽くはできる。ただ既存の支援突撃砲との共通部分は減るし、刀身の交換は前線では不可能とは言わぬが困難となるな」

「理想的にはロングバレルユニットと、先の突撃砲同様にフロントグリップ部分だけの改修で済まし、ブレード部分は取り外して交換可能にする。いや……違うか、逆に考えるんだ、か」

 

 武はふと思いついたように、呟きながらプランを纏める。

 

「逆、とはどういうことかね、白銀君?」

「刀好きが多いって話がありましたよね? それを踏まえてのことになりますが、支援突撃砲を改修するんじゃなくて、新しい長刀じゃないな……小太刀?中刀?とかを作るっていうのはどうでしょうか?」

「……なるほど。確かに逆だな。新たな刀を作り出し、それを支援突撃砲に装着できるようにする、か。ふむそう言われると、試製01式中刀とでも分類して作る方が上を説得できるかもしれんな、これは」

 

 これは大仕事になりそうだという巌谷の顔は、言葉とは裏腹に楽しげに笑っている。部下がどうなどとは言っていたが、巌谷自身が技術者として、そして武家に連なる者としても、新たな刀を作るという計画に興奮は隠せないようだ。

 

 

 

 

 

 

 




よーやく巌谷中佐の登場ということで、「トータル・イクリプス」がウソタグでなくなりました。出せるまで20万字近くになるとは思ってなかったです。装備改修の話は次まで続きます。でもオリジナル戦術機は出てこない模様……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

更始の企劃

 少しばかり落ち着くかとコーヒーを淹れ、二人して次のプランに取り掛かる。

 

「さて最後に。海神の兵装モジュール流用、か」

 帝国海軍が運用する81式海神は特殊な戦術機だ。「局地戦用強襲歩行攻撃機」などとカテゴライズされるが、その名の通り数少ない戦術攻撃機の中でもさらに珍しい「水陸両用」型だ。とくに武が指定した肩部装甲ブロックを兼ねる兵装モジュールは、120mm滑腔砲にミサイルランチャーを内蔵した複合ユニットと言える。

 

「これに関してはまずは現物合わせだな。とにかくあれは重い。ミサイルを排除したとしても一般の戦術機に乗せられるかどうかが判らん」

「あ~海神は飛びませんからね」

「そうだ。運用できるかできないかという話であれば、間違いなくできる。関節強度などは海神がとくに強化されているということはないからな。ただ、君の言う通り、吹雪や撃震に積んだら飛べん可能性が高い」

 

 海神の特異な兵装は、飛ばないことを前提にした強度と重量設定であり、それゆえに重武装が可能となっている。

 支援砲撃能力として海神の装弾数は非常に魅力的だが、XM3にOSを換装すると言ってもそもそもの機動性が無ければ効果も薄い。もし兵装モジュールを主機出力の低い撃震などに積んだら、跳躍移動ができない可能性の方が大きい。

 

「そこまでして戦術機に支援能力を付与すべきかとなると、戦術戦略レベルからの変更が必要だな」

 ユーロのオールTSFドクトリンは、結局のところ機甲師団が全滅しているから、ありものの戦術機にその能力を付与して用いるという計画でしかない。大陸への派遣があったとはいえ、日本はいまだに機甲師団は充実している。

 そしてハイヴ攻略を目的とする武にしてみれば、満足に跳躍できない支援戦術機など、ただの足枷でしかない。

 

 

 

「で、だな。携帯弾数にも関係するのだが、突撃砲の話に戻すと、だ。WS-16は知っているな?」

「ええもちろん。F-4に合わせて作られた最初期の突撃砲ですよね」

「ああ、最初期のものだが優秀だ。諸外国では今でも改修型のWS-16Cを使っている部隊もあるくらいでね。突撃砲の基本と言ってもいい」

 少し待ちたまえと言い残して、巌谷は資料を取り出してくる。

 

「これがWS-16Aだ」

 差し出された資料を見ると、形状は記憶通りのものだったが、スペックに目が惹かれる。

 

「20㎜機関砲と105㎜滑腔砲、ですか……」

「そうだ。威力不足が指摘され、比較的早い時期に今の基準ともいえる36㎜機関砲と120㎜滑腔砲に変更されたがね」

 口径が変更されたのは単純に威力の問題だ。

 装弾数は下がったが威力は上がり、結果的に継戦能力は向上した。

 

「そして20mmはともかく、だ。105㎜滑腔砲は君の目的には相応しいのではないか、と考える」

 20mmで対応できるのは戦車級など小型種までだ。突撃級や要撃級を相手取ることを求められる戦術機の主兵装としては心許ない。結果として36mmが採用されることとなった。

 だが弾頭の改良が進む現在であれば105mmでも、距離によっては十分に要塞級や重光線級に有効だという。

 

 

 

「しかし105mmですか。兵站の方に怒られそうですね」

「君の、いや香月博士のところなら、問題はなかろう?」

 巌谷はその技術廠第壱開発局副部長という立場と元譜代にして斯衛の衛士という経歴ゆえに、階級以上に第四の概要は知らされている。秘匿されているA-01の存在も、そこに不知火が連隊規模で配備されていることも、だ。

 大規模に展開する部隊が多種多様な兵装を使えば、補給に問題をもたらすことは明らかだ。砲弾補給コンテナを開けて、自分が装備していない火器のマガジンしか入っていなければ、それだけで戦線は混乱を起こす。

 逆に小規模の部隊が特化した装備をしていたとしても、大部分には影響はない。

 

「確かにあの部隊であれば補給も兵站も独立はしてますし、105mmへの小口径化に伴う有効射程距離の減少にも対応はできるとは思います」

 むしろ携帯弾数が増えるのであれば、喜んで使いそうな面子の顔がいくつか浮かぶ。

 

「独立しているという意味では、斯衛にも一度は話してみたのだがね」

「ああ、斯衛の方々なら、120mmでなくても、あ~アレですね」

「言葉を選ばすとも良いよ、白銀君。前に出たがるのは武家の癖だな」

 巌谷とて戦後に廃家になったとはいえ譜代武家出身、そしてかつては斯衛の衛士だった。

 それゆえに、対BETA戦において悪癖とまでは言わぬが、斯衛の近接重視には含むところもある。

 

「実のところ、87式に合わせた105mm滑腔砲モジュールはすでに試作されている。ただ君の要望に沿う形にするならば、少しばかり砲身の延長と、装弾数増加のためにマガジンの再設計は必要だろう」

「お~『こんなこともあろうかと』というヤツですか」

「ふはは、大陸派遣軍に持たせる訳にもいかず、ここの倉庫で埃を冠っているはずだがね」

 極論ではあるが、口径長さえ伸ばせば威力は上がる。ロングバレル化は重量増加と取り回しへの影響が懸念されるが、小口径化によるモジュール全体の軽量化とで相殺できる程度だという。

 

 

 

 

 

 

「あと、ですね。これに関しては第四の方でも衛士からは無理じゃないかという話で、一度は却下されかけたのですが、一応見て貰おうかと」

 話の流れ次第なら出さずとも良いとは言われていたが、これまでの巌谷の反応を見る限り、即座に否定されることはなかろうともう一案提示して見る。

 

「ああ、これは……なるほどな。確かにこれであれば、現場衛士からは否定されるな」

 先に提案した三件とは別の用紙だが、こちらも要点だけなので読むほどではない。一瞥して意図は掴んでもらえる。そして、巌谷であればその問題点にもすぐに気が付く。

 

「香月博士の直轄する部隊であれば、どうにかできるのではないかとは思うが、そちらでもダメなようだな」

「お恥ずかしながら、現場の衛士、特に前衛からの反発が大きいですね」

 提案したのは、戦術機の燃料増加に関する一つの試案だ。

 

「ドロップタンクの問題解消を試みて、か」

「ドロップタンク自体は、まあいろいろと問題はあるでしょうが、便利な装備だとは思います。が、少しばかり増槽としては心許ないんですよ」

 

 戦術機用のドロップタンクは、航空機の物とは異なりバックパックのような物だ。基本的にはジェットとロケット双方の推進剤の補充を目的としているが、場合によっては門級への対策としての薬物注入用ドリルなども搭載される。

 通常の作戦であればあまり使用されることのない装備だが、後方に下がっての補給が困難な場合などには、補給用コンテナに搭載して使用されることもある。

 

 

 

「白銀君は判ってはいるのだろうが、ドロップタンクの問題点は、何だと思う?」

「そうですね、大きさと重さの割に搭載できる燃料が少ないことと、重量増に伴う機体の運動性低下。あとは兵装担架の圧迫、といったところですか」

「まあその辺りだな。補給線の構築がしっかり出来上がっている防衛戦などでは、使う機会も少ない」

 

 武の明確な記憶の中では桜花作戦の際に、A-01に貸与された武御雷が使用しているくらいだ。それ以外でもどこかで使ったような記憶もあるのだが、あまり常用する装備とは言いにくい。

 

「その上での、コンフォーマル・フューエル・タンク形式での燃料増設、か」

「F-15ACTVなどは跳躍ユニットに増槽を付けているそうですが、あれはF-15自体の設計的な余裕と主機出力からくる余裕でしょう。不知火にあのような改修は不可能だと話しておりまして、代りに出てきた案の一つがコレです」

 

 携帯兵装の改装とは別に、ハイヴ攻略に向けては足の長さが欲しいという話の流れでターニャが出してきたのが、この案だ。

 ドロップタンクと同様に増槽に分類されるが、こちらは機体胴体背面に増設する形で、原則的には取り外すことは想定されていない。

 ざっくりと描かれている三面図を見ると、襟首あたりから背面に向けて盛り上がりが作られ、背部にはドロップタンクと同じくらいの膨らみが形成されている。

 細かな数値は覚えていないが、そこに概算値として出されている数値を見ると、ドロップタンクに比べ三割ほどは増量しているように見える。

 

「ふはは、似たような話は不知火の壱型丙や撃震などの改修計画の時にも提案はされてきたのだが、今のところはすべてペーパープランの域を出ていないぞ?」

「理由をお聞かせいただいても?」

「おそらくはそちらで出た意見と同じだろうが……」

 なんとなくは想像できるが、確認するうえでも答えを聞いておく。

 

「簡単な話だ。コンフォーマルタンクの場合は、基本的には背部の可動兵装担架システムを丸ごと排除して、そこに燃料タンクを増設することになる。その分、増設できる容量も大きければ、増設分の重量増加も抑制はできるが、欠点は判りやすいな」

「やはり兵装担架が無くなるのは、反対意見が大きいということですか」

 

 突撃前衛や強襲前衛であれば背部の兵装担架に長刀を装備しているし、強襲掃討であればそこに装備する突撃砲による4門同時掃射こそが主任務ともいえる。それらが選択できなくなるということは作戦行動の幅が狭まるということだ。

 ドロップタンク装備時と同じ問題ではあるが、そちらであれば空になったタンクは投下し、移動先で補給コンテナなどから装備を改修することで本来の装備に戻せる。応用性の無さが問題となりそうだ。

 

 

 

「YF-23のように肩部に兵装担架を接続するような形であれば解決できるのだろうが、そこまで行くと上半身の再設計どころか、完全に作り直すのと同じだ。伸びた背部に兵装担架を移動させるのも、無理だな」

「そうですね。コンフォーマルタンクだけであれば胴体部分、それも背面だけの改修で済むんでしょうが、肩部の副腕まで含めるとなれば、それを支える脚部まで変更する必要がある、と。結局新機種設計ですね」

 

 そこまでするのであれば時間的にもコスト的にも、不知火・弐型の完成と量産とを待つ方が現実的だ。武が希望する2002年内に用意できる物ではない。

 

「こちらでも否定された理由は同じですね。全機をこの仕様にしてしまうと、さすがに投下火力の低下が問題視されるかと思います。副腕としての兵装担架ではなく、括り付けるような形でも長刀や突撃砲が搭載できるならば、まだ受け入れられるかもしれませんが、それも重量的には問題がありそうですね」

「そういうことだ。括り付けるだけ、と言葉にすれば簡単に聞こえるが、そんなことをすれば跳躍中に振り落してしまう。それなりの固定方法を取ろうとすれば、可動兵装担架ほどではなくともどうしても重くなる」

 

 重量が増えてしまえば、燃料搭載量を増やした意味が薄れる。バランスの問題なのだが、下手をすると今まで同様の装備を持ち込もうとすれば、増やした燃料の分だけ消費が増えるなどという馬鹿げた結果にならないとは言い切れないのだ。

 戦術機の跳躍ユニットはジェットとロケットとの併用という、燃費に関して言えば最悪ともいえる形ゆえに仕方がない部分でもある。

 

「まあ一案として覚えておくよ。君が言うように胴体フレームと背面装甲の形状修正だけで済むので、大隊規模程度であれば用意することはさほど時間が掛からない」

 

 

 

 

 

 

「しかし君は面白いな。不知火に対する現場からの要請の多くは、主機出力の向上と兵装強化改修が大半だったのだが、な」

 より速く、より強く、とは衛士ならば誰もが望むことだろう。

 Mk57中隊支援砲を主兵装にできないかとまで言い出している部隊もあるという。

 

「主機やジェネレータの最高出力を下げてでも、稼働時間の延長と携帯弾数の増加か。君が想定しているのは、ハイヴ攻略か」

「……ご推察の通りです、中佐」

 

 複雑な山地を持つ日本において、防衛戦だけであれば戦術機の強化ではなく、砲兵科の強化こそが重要だ。合わせて工兵科や通信兵科、そして輜重兵科の充足こそが、結果的には戦術機の前線能力を高めることになる。極論、戦術機は最前線の陽動と弾着観測ができればいいのである。

 だがハイヴ侵攻となれば話は別だ。XG-70のような特例を除けば支援は不可能で、戦術機甲隊のみでの侵攻となる。そこで必要となるのは、個々の戦術機が持ち込める推進剤と弾薬の増加だ。

 

「噂の不知火改修型、弐型でしたか? あれが今すぐ手元にあるなら良いんですが、無い物強請りをしても始まりません。手元にある物を組み合わせてどうにかしようと考えているところですね」

 

 喀什攻略はBETAの増加や第五派からの干渉などを含め、どれほど余裕を見ても2002年夏までには実施しなければならない。不知火・弐型はいまだ先行試験段階だ。第四の権限で押し切って先行量産してもらうとしても、連隊規模の数を揃えられるかというと、時間的には非常に厳しい。

 

「今すぐ……か。それほど切迫している、と香月博士らは推測しているのか」

「推測と言いますか、最早確定した事象、ですね。新型機を待つ余裕は正直ありません」

 言葉を漏らしすぎたかと一瞬悔やむが、帝国技術廠と巌谷榮二はできれば取り込んでおくべきだと、ターニャからも言われている。無理に隠すほどのことでもないと考え、時間が無いことだけは伝えておく。

 

「詳しくは聞かんよ。では、こちらでできる範囲のことはしておく。ガンブレードなどという格好のネタもあることだしな」

 ただ巌谷自身にしても、無用な詮索はしてこない。必要なことは処理しておくよ、と笑って誤魔化されてくれる

 

 XM3のトライアルには期待しているとあらためて付け加えられつつも、火器改修に関しては十分な手応えを感じながら武は技術廠を辞した。

 

 

 

 

 

 

 

 




前回に続きオリジナル戦術機、ではなく、ちょっとしたオリジナルな装備のいくつか、です……数々というほどでもない。

ちなみに前回の突撃砲のマガジンクリップはネタ元?らしきP90にもマガジンクリップがあるので、たぶん大丈夫でしょうくらいの発想です。P90のはマガジン後半?で無理やり繋ぐ感じなので結構無茶っぽいですが、87式突撃砲ならマガジン上部にあまり邪魔なものが無さそうなので。

銃剣に関してはP90を見習ってストライクパーツとかにしても良かったかと思いながらも、有り物流用ということで普通?に銃剣で。スリングはまあ有ってもおかしくないよね?くらいです。アニメだとVF-1とかボゾンくらいしかスリング付の銃の記憶が出てこないのがちょっと悲しいです。

CFTは何気に大改造になってしまいそうなので、時間的に無理かなー行けるかなーくらい? 120mm滑腔砲から105mmへの変更はモジュールの差し替えだけだから何とかなりそう?こっちの問題は兵站面ですけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

恵賜の懸念 01/11/07

 XM3用のデータ取りのため、ということでシミュレータは基地副司令の特権的命令で常時確保されているが、明日には207Bの訓練用戦術機が搬入されるということもあり、休日となっていた。

 とはいえ休みだからとすることがあるわけでもなく、武としてはシミュレータでのデータ取りをするつもりだった。

 

 予定が狂ったのは、朝食の直後にターニャとウォーケンに呼び出されたことだ。

 

 

 

(破壊されてない柊町か……)

 同時に呼び出されていた冥夜共々、行先も知らされずにウォーケンが運転する高機動車で街に連れ出されたが、車窓から見える柊町は武の知る街並みとは少し違っていた。

 その風景を目にして、休暇だというのにシミュレータに籠ろうと考えていたのは、街に降りていくのが怖かったからだ、と今更ながらに気が付く。身体はこの世界の白銀武だが、記憶が繋がっていないのだ。もし知人にでも会ってしまえば、どう言い繕うべきかさえ、いまだに考え付いていない。

 

(親父たちがこの街には居ないってだけでもまだマシか)

 詳しいことは聞いていないが、武の両親は少し前から東南アジアの方に出張しているらしい。現地での工場運営に携わっているらしいが、よくよく考えれば武はこの世界の両親が何の仕事をしているかさえ知っていない。そのうちちゃんと調べておかねばボロが出ると思いながらも、XM3の開発を言い訳に避けてきてしまった。

 

 

 

「ああ、そうだ。白銀訓練兵に、御剣訓練兵。今後、私のことはターシャ・ティクレティウス臨時少尉として扱え」

「了解いたしました、ティクレティウス臨時少尉殿」

 

 武が街並みを目にして物思いに耽っていると、ターニャが当たり前のように偽装身分を告げてきた。

 即答する冥夜と違い、武は思わずウォーケンの方を確認してしまう。先日、話は聞いていたものの、まさか冥夜に対してそう名乗るとは考えていなかった。それに先程からどう見てもターニャはウォーケンの部下のようには振る舞っていない。

 

「あくまで対外的なもの、としてはそうなったのだ。受け入れたまえ白銀訓練兵」

「了解しました」

「お蔭で私はデグレチャフ事務次官補の副官のままに、次期局長が決まるまでは局長代行にして、ティクレティウス臨時少尉の上官となってしまったよ」

 運転しながらもウォーケンが苦笑紛れに状況を説明してくれる。こちらはこちらで大変そうだ。

 

「局長代行、ですか……」

 ウォーケンの諦めたかのような顔に、お疲れ様ですと声をかけてしまいそうになるが、自重する。

 偽装の為の形式だけとはいえ、ターニャの上官として振る舞えと言われる気苦労は推し量れない。武としてもターシャにはとっとと昇進してもらわなければ、階級を追い抜いてしまいかねない。

 

 

 

 

 

 

 その程度の会話だけの車内だったが、基地を出て数分で目的地らしい店舗に着く。EX世界線の記憶であれば大型スーパーがあったあたりと思われるが、ここでは少し大きな酒屋といった感じだ。

 基地のある街だが、軍人が目に付くというほどでもなく、かといって国連軍の制服が避けられているという雰囲気ではない。高機動車を駐車場に止めても街行く人々の視線に晒されるということもなく、普通の買い物客のように扱われている。

 

 手慣れた様子のターニャとウォーケンに続き、物珍しげな冥夜の姿を人目から隠すようにしながら、武たちも店内へ入る。

 

「それで、ここで何を買い求めるのでしょうか、少尉?」

「ん? 言ってなかったか? 整備班への心付けなのだが、少しばかり量が多くなりそうなのでな」

 簡単に状況を説明しただけで、さて何をどれだけ買うべきか、とターニャは物色に戻る。

 

「少尉、普通にビールで良いのでは?」

「国連軍とはいえ、ここは日本だぞ? 日本酒の方が良いのではないかね、どうなのだ白銀?」

 

 俺はそれほど飲みませんがと断りを入れた上で、武は別の物を勧める。

 半島からの撤退が始まり、物資が不足しつつあるとはいえ、いまだ日本は後方国家だ。嗜好品などの種類は減りつつあるものの、武が以前経験してきたよりもまだはるかに余裕が見られる。もちろんEX世界線の平和だったころの日本の横浜とは比較もできないが、それでも贈呈品の種類は選ぶ程度にはある。

 なにもビールや日本酒などのアルコールに限定しなくてもいいのだ。

 

「整備とはいえ女性兵士も多いことですから、酒だけよりはなにか甘物などの詰め合わせ、と。あとお茶はPXのがそれなりに美味いから、ジュースか栄養ドリンク……とかじゃないですか」

 整備の皆にと言いながら、選ばれていくのが酒だけなのが気になっていた武は、それ以外の物を提示していく。

 

「言われてみれば確かに。さすがは元恋愛原子核殿だ」

「……は。ありがとうごさいます」

 褒められているわけでもなかろうが、武としてはそう答えるしかない。

 

(あ、そうか。米軍だと違うのか)

 ターニャにしてもウォーケンにしても、整備の者たちがなぜか男所帯だと考えていた節がある。

 二人ともが日本の事情に詳しいせいで忘れがちだが、空と陸の違いはあれ出身はどちらも合衆国軍だ。最大の後方国家である合衆国ならば、いまだに軍は男所帯の可能性もある。

 

「あの、もしかしてですが、やはり米軍はまだ男性兵士の方が多いのでしょうか?」

「そうだな。台湾はともかく、オーストラリアなどもまだ男の方が多いはずだ」

 後方国家という括りでは今のところ日本もそうなのだが、それでも女子の徴兵年齢は引き下げられている。そういう面では同じ時限常任理事国と言えどオーストラリアのほうが地理的要因からの余裕はあるようだ。

 

 

 

「さて甘物となるとチョコレートか……ははっ」

「チョコレートに何か問題でも?」

「いやなに。チョコレート好きの副官のことを思い出しただけだ。突発的な出動命令を受けてもチョコバーの補充だけは欠かさない奴がいたのだよ」

 あれは一つの特技だったな、と屈託なく笑っている。

 ターニャとは付き合いの短い武だったが、初めて見たような普通の笑いに、少しばかり驚かされる。

 

「……私のことではないぞ、訓練兵」

「失礼いたしました、少佐殿」

 話の流れでウォーケンのことかと、冥夜共々に思わずその顔を見てしまったが、気まずげな表情を見ると違うらしい。

 

「ああ、気にするな。もう昔のことだ。つまらぬことは覚えているものだな」

 

 

 

 そんな話をしている最中にも、ドカドカと武の押すカートには酒や甘物が積み上げられていく。

 缶ビール一本ずつと限定しても、整備班全員に行き渡る数となると結構な量だ。基地からすぐ近く距離だというのに高機動車を用意した理由がよく判る。

 

(しかも帝国陸軍からの出向組と、斯衛からもだろ。どれだけの規模なんだよ。整備だけで二個中隊規模か?)

 207に本来配備される予定の吹雪の整備はA-01付きの整備中隊が担当する。これはもともと国連に不知火を配備する際に、日本人整備士以外の不知火への接触を避けるという取り決めがあり、207の整備は機体に関わらずその範疇に含まれているからだ。

 

 加えて、冥夜の為に武御雷が送られてくることは確定事項だ。それに合わせ真那たち第19独立警護小隊の機体も、今までは整備の際には東京に戻していたらしいが、今後は白陵の方で扱うという。半個中隊規模の武御雷の整備、それも新規のOSを搭載した物をとなると、大隊付の整備中隊を丸ごと配属させることになる可能性もある。

 

 

 

「貴様ら二人は、個別に機付長へ渡すものを何か選んでおけよ。それこそ酒でいいかもしれんが……」

 年齢や性別くらいは調べておくべきだったが、とターニャにしては歯切れが悪く、口を濁す。

 

「部下の情報把握は優秀な指揮官への第一歩、というところだ、訓練兵。が、今回の場合は、やってくるのが別の組織からだからな。あまり事前に調べておくというのも、それはそれで風聞が悪い」

 ウォーケンは合衆国陸軍の人間のはずだが、何気に日本の独自事情に詳しい。斯衛と陸軍との表に出にくい対立などにも、心を配っている節がある。

 そして今回武と冥夜が相手をしなければならないのは、斯衛から特別に出向してくる武御雷専属の整備班だ。下手にその内部を探ろうとするのは、無駄な緊張を作り出しかねない。

 

「金は気にするな。私が一括して出しておく。心配するな経費としては切らんよ」

 そうとまで言ってくれるのだが武としては正直に受け入れるのも難しい。

 

「事務次官補。申し訳ありませんが、正直なところ訓練兵の立場で、機付長に心付けを渡すのは時期尚早なのではありませんか?」

「ふむ、白銀訓練兵の言葉ももっともですな。私も何かと差し入れるのは任官してからのことでした」

 ウォーケンが自身の経験を踏まえたうえで、武に同意してくれる。

 金の問題ではなく、訓練兵という立場で送るのが、問題があるのではないかと思ってしまうのだ。また値段にしても、新任少尉の給金から絞り出せる小遣い程度の物なら可愛らしいが、事務次官補の財布から出せる物など、送っていいのかどうかすら判断が付きかねる。

 

「む……訓練兵が教官に心付けを差し出すようで、不正を感じさせる、というところか?」

「整備班全体に向けてということでしたら直接的な賄賂とは見なされないかとは思いますが、要らぬ中傷の種となるとは愚考いたします」

 神宮寺軍曹が整備班に向けて何かを送る、というのであれば特に問題はないとは思う。ただこれが千鶴や慧だとなにかと問題にしたがる層が居ないとも言えない。

 

「だから貴様ら二人だけだと言っておろう」

 武とウォーケンの言葉を、斯衛の整備班にのみという意味合いだとターニャが切り捨てる。国連軍内部の話ではなく、国連軍から帝国斯衛軍へのちょっとした気配り程度に留めろ、ということらしい。

 

 

 

 

 

 

「少尉殿、質問をよろしいでしょうか?」

 それまで黙って付いてきていた冥夜だが、さすがに疑問が積み上がってきたようで、断りを入れる。

 上官二人、いや武も含めれば冥夜からすれば全員が上官という状況だが、話題が自身に関するものになってきたこともあり聞き手に徹することもできなくなったようだ。

 

「許可する。何かね、御剣訓練兵?」

「は。我々訓練兵が使用するのは撃震ではないのでしょうか? 整備の方々にそれほど大きな負担がかかるとは想定できません」

 シミュレータでは吹雪を使っているが、実機教練に移れば撃震になるものだと冥夜は考えていたようだ。たしかに通常の在日国連軍であればそれが正しい。

 

「ああ……普通であれば訓練に使うような機体は余裕がある国ならF-4、ほとんどの前線国家では歩くだけで精一杯な壊れる直前のF-5だな。少佐もF-5ではなかったかね?」

「そうですな。私の時はそれなりに程度の良いF-5が回ってきました。当時の陸軍では任官後はF-15か16に乗ることが決まっていたような物でしたからF-4では少しばかり重すぎる、という判断だったのでしょうな」

 

 帝国は採用していないがF-5は、訓練機として開発中であったT-38に最低限の武装と装甲を施した軽量戦術機だ。第一世代機ではあるものの、装甲ではなく回避運動での生存性を高めるといった第二世代機への基礎を築いた機体でもある。特にF-16はF-5の直系ともいえ、訓練にはF-5が使われることが多い。

 

 

 

「それでだな、御剣訓練兵。先の質問の答えだが、間違いなく貴様らに付く整備班には非常な負担がかかる。なぜか判るか?」

「それは我らが訓練兵として未熟だからでしょうか?」

 負担がかかると言われて冥夜が想像できるのは、訓練兵だから機材を壊しやすい、というくらいだ。それだけであれば特別扱いの理由になならないとは判りつつも、他の理由に思い至らない。

 

「そういう問題ではない。207B訓練分隊に配備される戦術機は少なくとも三機種、下手をすると五機種になる」

 

 ターニャの答えに、経験として知っている武はともかく、冥夜はさすがに驚きで固まる。中隊規模までは単一の機種で運用するのが一般的な編成だ。余程特殊な場合でもなければ、多くても二機種である。それが訓練分隊なのに五機種と言われれば、驚きもする。

 

「これは貴様らがというわけではなく、この白陵基地は優遇されていてな。訓練兵にも吹雪が回ってくるはずだ」

「国連軍でありながら吹雪、ですか? ……いえ、失礼いたしました」

 やはり冥夜は実機は撃震が来るものと思い込んでいたようだ。疑問を声にしかけるが、押し黙る。必要になれば伝えられる、と割り切ったのであろう。

 

(あ~一周目の俺ってマジで何も考えてなかったんだよな、ホントどこまでバカなんだよ)

 冥夜の態度を見て、武は以前の自分の間抜けさを思い出さされ自虐に陥りそうになる。

 

 当時も座学では教わっていたはずなのだ。在日国連軍には第三世代機は配備されていない。それが「一般的」な認識だ。実際、一部部隊に配備されている89式陽炎を除き、在日国連軍の主力戦術機は今なお77式撃震である。

 当然、一般の国連軍衛士訓練校であれば、その実機演習に使われるのは撃震のはずだ。

 

 実戦運用されている第三世代機が無いのに、訓練を第三世代機の吹雪で行うこと自体、どれほど「特別」で「異例」なことなのか。それにまったく気が付かなかった。

 

 

 

「しかし、確かにそうであれば、整備の皆には何らかの心付けは必要でありましょう」

 どれほど無茶な要求がなされていたのかと洞察するように冥夜が眼を閉じる。

 

 衛士が複数の機種に乗ることがないように、整備もまた基本的には対象とする機種は一機種である。

 基本的には中隊規模で使用される機種は統一されており、整備中隊もそれに合わせている。複数の機種を少数ずつ整備運用するなど、極々一部の特殊作戦群か、それこそ開発部隊でもなければ有りえない事態だ。

 合衆国の空母や強襲艦であれば一つの整備班が複数機種を担当することもあろうが、訓練校に配属される整備部隊にそんなことが要求されるはずもない。

 

 当然、今告げられたように小隊未満の訓練部隊に三機種の配備など、そのような無理な体制は現場への重労働となって跳ね返ってくる。

 

 

 

「あれ? 三機種は判りますが、五機種?」

「ふむ、白銀訓練兵。先日私が言ったことを覚えているかね?」

 ふと漏らした武の言葉に、ウォーケンが答えてくれる。

 

「先日というと……ああ、複座型のお話でしょうか、少佐殿」

「そうだ。複座の吹雪があればよいのだが、無ければどうにかせねばならぬ。で、だな。香月副司令が言うには接収したままのF-14AN3なら残っているということらしい」

 

「なるほど、そうなると機種は増えますね」

「あとはF-15、いや陽炎だったか。あちらにも搭載するので、出来ればそれもという話だ」

 

 陸軍機であれば第一世代のF-4とF-5、第二世代のF-15とF-16の各種系列機が西側の標準である。ここに海軍機のF-18が加わるが、F-18はオーストラリアなどこの機体を主力として配備している国も多い。

 

 XM3を政治的な取引に使う「商品」として考えるのであれば、確かに対応する機種は今から増やしておくことは有効だろう。

 日本国内、というよりはこの白陵基地ですべてセッティングすることなどはさすがに無理があるが、第一世代と第二世代の代表たるF-4とF-15向けにXM3を調整できていれば、他機種への移行も比較的スムーズに行えるはずだ。

 

「F-5とF-16であれば二機ずつほどならすぐに取り寄せられる。F-18も初期型であればどうとでもなる、とは副司令には伝えてはいる」

 さすがにそれらすべてをこの基地で運用するというのは無理だろう、と武にも判る。衛士としては様々な戦術機に触れるということ自体に興味はあるものの、それだけの機種を日々乗り換えて調整していくともなれば、たとえ戦術機適正の高い武といえども身体に無理が出そうだ。

 

「安心しろ白銀。一応話をしただけだ。そのあたりはプロミネンス派への手土産だな。あちらの方がテスト運用されている機種は多いし、それに売り込み先が自分でテストできる環境は必要だろう」

 

 

 

 

 

 

「ということらしい、御剣。心付けが欲しいのはむしろ俺らの方じゃね?」

「衛士として数多くの機体に触れる機会を与えられたのだ。喜びこそすれ、何を躊躇う?」

 冗談めかして武は言うが、答える冥夜も心なしか楽しそうだ。

 

「ですが……やはり、御剣の件と担当となる機付長の関係を考えますと、下手になにかを贈るというのは……」

「だからだ。白銀、貴様が代表して、ということにしておけ。軍内部であればそれで通す。御剣、白銀両名は、それ以外ではそこのウォーケン少佐を見習え」

 

「はっ」

 冥夜と武、声を揃えて了承するものの、何を見習えばいいのかが判らない。

 

「正直、御剣訓練兵には比べるべくもないが、私も軍にいるほうが楽なのだよ」

「少佐は、私人となると上院議員のご子息、だからな。それもホワイトハウスに近しい立場の、だ」

 その疑問が顔に出ていたようで、苦笑しながらもウォーケンが説明し、ターニャが補足する。時と場合によっては、大統領の息子となった可能性もあるらしい。

 

「この国で言えば宮中序列、か? それらや民間での立場と軍の階級とを区別できないバカどもが多いことは受け入れておきたまえ。その上で足をすくわれぬように注意を払え。まあ貴様らであれば国連軍兵士であることだけを外部に示すというのが、簡単だ」

 笑いを抑え、ウォーケンが二人に簡単な注意を与える。

 下手に立場を切り替えるのではなく、国連軍という組織に庇護されておけと助言までしてくれる。

 

「ただ……御剣訓練兵にとっては、周囲からの圧力で難しいかもしれんが、な」

 

 ターニャが嗤って続けた言葉は、まさに予言のように武の耳には響いた。

 

 

 

 

 

 

 




ほのぼのデートというにはアレですが、一応お買い物……の付き添い? A-01に配属されてしまえば、機付長などは居るはずなのでしょうが、原作でも名前出てこないので具体的には出さない予定。

でで、夏コミ終ってぼちぼちと通常モードなのですが、ストック尽き果てそうです……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紫黒の雷鳴 01/11/08

 207訓練小隊に割り当てられた整備ハンガー

 訓練機とはいえ、自分たちの戦術機が搬入されると聞いてじっとしていられるようではそれこそ衛士失格だ。分隊全員がそわそわと朝早くから顔を出していたようで、武がハンガーに来た時にはすでに207Bの他の皆は吹雪の下に集まっていた。

 

「やっぱり本物は凄いよねー迫力あるよねー」

「シミュレータだとこうやって見上げないから、ちょっと新鮮ね」

 

 ハンガーに並べられた吹雪の足元で、207Bの皆は思い思いに自分たちの機体を見ている。

 

「こうやって見ると戦術機って、タケルちゃんじゃないけど、なんかこう? ドスッとできそうな気がしてきた」

「いや、凄いのは判らなくはないが、鑑? あまり暴れるなよ」

 嬉しそうに機体を遠巻きにする尊人や、冷静な振りを装いつつも興奮している千鶴などは、武にも理解できる。なぜか拳を固めてシャドーボクシングを始めている純夏の興奮も判らなくはないが、さすがに整備班の邪魔になりそうなので軽く注意だけはしておいた。

 

 

 

「いや……しかし判ってたけど、バラバラ過ぎるだろ、これは」

 そんな207Bの皆の喜びとは別に、武は呆れたように言葉を漏らしてしまう。衛士としての経験が無い彼女たちは、このハンガーの異様さにはいまだ気が付いていないようだった。

 

 五機の吹雪が並ぶのは、今の207B訓練分隊からすればむしろ数が少ない。

 まりもの撃震もXM3対応CPUが搭載された関係もあり、こちらのハンガーの一番奥に置かれている。

 そこにもう一機撃震が加わっているのは、XM3のデータ取り用だと聞いていたのでそれも良い。

 

「さすがにF-14はこっちに持ってこなかったとはいえ……」

 207A分隊が先に任官したこともあり、今の207訓練小隊は半数程度だ。教官としての武とまりもとを含めても8名。戦術機が八機並ぶのは、数としては間違ってはいない。

 

 ただ機種が多様過ぎるのだ。

 そして問題の機体が、撃震とは反対側の奥に二機並んでいた。

 

 

 

「武御雷か……」

 以前に呟いたのとは違う意味で、同じ言葉が出てしまう。

 

(いや頼んだのは確かに俺、というかデグレチャフ事務次官補が脅し取ったようなもんだけど、ホントに持ってきたのかよ……)

 周囲の目線が無ければ頭を抱えて座り込んでしまいそうな虚脱感に包まれる。

 煌武院の一存でギリギリどうにかできるR型一機ならともかく、さらにもう一機などはさすがに城内省が許可しないだろうと高を括っていたところもある。来なければA-01から不知火を回してもらうつもりでいたのだ。

 

「うわぁ~武御雷だー!」

「あ~珠瀬。珍しいのは判るが、触るなら黒いほうにしておけよ?」

 頭を抱えそうになる武の視線を追いかけたのか、壬姫が驚いたように声を上げる。

 

「え、あ……そ、そうだよね、あはは……」

 壬姫が紫のR型に走り寄って触ってしまって、真那に叱責されるのは避けておきたい。

 黒の方なら大丈夫だぞという意味合いで言ったものの、遠巻きに見ただけで満足したのか、壬姫は皆が集まっている吹雪の方に戻っていった。

 

 

 

「白銀……そなたはこの機体が何なのか知っておるのだな?」

「まあ、な」

 代りにというわけではないはずだが、冥夜が武の傍に立つ。

 壬姫は武御雷という機体の物珍しさだけで眺めていたが、紫の意味には気が付いていなかったようだ。が、冥夜に「紫」の意味が判らないはずがない。

 

「明日からの実機訓練で御剣が使うのが、これだ。これは正式な命令。『御剣訓練兵はType-00Rを訓練に用いるべし』、はい復唱」

「し、白銀、なんなのだその命令は?」

 断るつもりでいたのだろう冥夜に、有無を言わさずに命令しておく。

 

「戦術機演習に入ったら、俺は神宮寺教官の補佐。という訳で今の俺は教官補佐なのだよ、御剣訓練兵」

「はい。いえ……それは承知しておりますが、私が、この……武御雷をですか」

「出所は言わなくても……良いよな?」

「……はい」

 

「あ~あれだっ、ほら? 心配性のとあるお方からの、ちょっとお茶目すぎる贈り物、くらいには……すいません」

 臨時の階級を盾に押し切ろうかとも思ったが、冥夜の緊張を見るにそれでは不味いと思い直す。ただ、どう言えばいいのかと思いつかぬままに軽く振る舞いかけたが、悠陽のことを軽んじるような発言に冥夜からは本気の殺意が発せられる。

 

「いやほんとにすまん。ただ、な。御剣? お前のことを案じてこの機体を贈られたのは間違いない。それだけは思い違いをするなよ?」

 こちらではまだ会ってはいないが、悠陽が冥夜を思ってこの機体を送ってきたのであろうことだけは、武にも判る。

 

「そなた、まさか……お会いしているのか? あ、いやっ、詮索するのではなくっ、だなっ」

「落ち着け。ちょっと押し売りの関係で、今度機会を作ってもらう予定ではあるが……」

「そなた、押し売り……だと?」

 

 

 

「だから、落ち着けって。まあ俺の予定とかはともかくだな、御剣はこっちに乗る。これは決定で覆らない。覆らないんだが……で、月詠中尉。なんですか、こっちは」

 悠陽が絡んでくると冷静ではいられないのであろう冥夜を命令を盾に黙らせて、武は振り返る。

 冥夜と話しているうちに、音も立てずに真那が傍に来ていたのだ。

 

「白銀訓練兵、何か問題があるか? 追加の武御雷を要求してきたのは貴様であったと記憶しているのだが?」

「いや、どー見ても黒じゃないでしょう、これ」

 

 所属が違うとはいえ、砕けた口調で上官に反論するという暴挙に出てしまうくらいには、武も心穏やかではない。

 冥夜の機体と言い切った紫紺のR型の横に、「黒」の武御雷が並んではいる。ただそれは色が黒なだけだ。

 

 武御雷は色違いで六種、仕様の違いで分ければ五種が存在する。

 特徴的な烏帽子のようなセンサーマストが装備されているのはそのうち四種。一般衛士用の黒のC型だけは、あくまで指揮下に入って戦うことを前提にしており、頭部センサーユニットは簡易仕様の物が装着されている。

 

 そして「黒」に塗られてはいるが、武の指す機体は間違いなく烏帽子仕様の物だった。

 

「仕方なかろう、一般衛士に与えられた黒の武御雷を武家の一存で取り上げることは忍びない。月詠に連なる者から無理を言って回してもらったのだ」

 武の振る舞いを咎めるどころか、真那にしても溜息をついてしまいそうな様子だ。

 生産ラインの限られる武御雷は、授与される衛士には事前に通達されるという。その通達を受けて喜んでいる者に対し、国連軍に回すために配備が遅れる、などとは言えなかったのだろう。そんなことが知れ渡れば、間違いなく国連軍への反発心と、部隊内の士気低下を招く。

 

「それで色だけ塗り替えた、ということですか」

「不服か、白銀訓練兵?」

 

 肩を落とすような武の態度に、不遜な物を感じたのか真那は殺意を滲ませて睨み付けてくる。

 それに対し、武自身、意味のない愚痴だと判っていたので不満点と利点とを並べて応えようと、意識を切り替えた。

 

 

 

「はい、いいえ。正直に申し上げまして、データ取りとしてはC型が最適でありましたが、御剣訓練兵とのエレメントを考慮すれば、この機体に満足しております」

「……そうだな。いくら同じ武御雷とはいえ、黒では追随しきれぬ場面も多い」

 武の判断が、衛士として、それも直援を担う者としての言葉だと判ってしまうので、真那も同意せざるを得ない。

 

 一般衛士用として最も数が作られている黒のC型武御雷とはいえ、こと機動面においていえば不知火に比較すれば遥かに性能は高い。主機や跳躍ユニットに限定すれば20%ほどの出力向上がなされている。もちろん出力が高ければ機動性がそれに応じて跳ね上がるとまではいかないが、単純に水平跳躍などすれば、不知火では武御雷に追随できない。

 

 そしてその出力差は、武御雷の中でも存在し、不知火との差以上に大きい。最上位のR型はC型の40%増のはずだ。

 以前に武御雷のエレメントに撃震を使わせるつもりかとターニャが煽ったが、C型ではそこまでの差は出ないとはいえ、青そして紫のR型と並ぶには実のところスペック的には心許ない。

 

「月詠中尉のF型と、部隊の方々のA型を基準にして調整して、それをC型とR型にチューニングし直そうかと考えていましたが、これでしたら俺が乗るこの『黒』を基準とする方が良さそうですね」

「それで頼む。この場で申すべきことではないが、正直に言って私を含め赤や黄に乗る者は癖が強すぎる。それに白とは言え、我が隊の三人ではいまだ技量が十分とは言えぬ」

 

 あれで足りなければ帝国陸軍なんて八割以上再訓練だろと、武は言いたくなるが堪える。EX世界線では三馬鹿などと呼んでいたが、第19独立警護小隊の少尉三人は間違いなく一流の衛士である。

 

 

 

「で、あれば……この機体を差し出していただいた衛士の方には、よろしくお伝えください」

「恨まれるのは覚悟しておけよ、白銀訓練兵」

 真那がにやりと意地悪気に笑って見せる。ちょっとした悪戯心からのその笑みが、武には別の真那を思い起こされる。

 

「……XM3の性能を以て、お返しいたしたいと思います」

 今は記憶だけのものとなった懐かしさを振り払い、掛けられた期待には応えようと、そう意識して約束する。

 せっかく誂えて貰った環境である。相手の思惑以上の物を返してこそ、だ。

 

「ふっ」

 その答えを受け武にはわずかな笑みを見せ、無言で冥夜にだけ頭を下げ、真那はハンガーから姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「やはりそなたも関与していたのか、この武御雷の配備には」

 真那と武とのやり取りを見ている間に落ち着いたのか、冥夜は静かに問いただしてくる。

 

「そうだ。みんなには任官後に正式に話はあるはずだが、御剣には今伝えておく。207B訓練分隊が特例塗れなのは、新OSでの戦術機教練の試験ケースだからだ」

 隊内には口外禁止だ、と告げたうえで説明する。

 今までのシミュレータだけの訓練であれば黙ってもいられたが、実機教練に入ると武御雷に乗る冥夜だけが分隊の訓練から外れることになる。これ以上は隠すことが難しく、また特別扱いだと自覚してもらう方が話を進めやすい。

 

「今まで我らに、いや今からも皆には秘匿されるのは、それを理由に訓練に身が入らなくなる……そう予測されたからか」

「ま、そういう訳だ。特別扱いに拒否感があるのは判ってたしな。周囲と違うことをやってると知っていたら、あいつらなら有りえないとはいえ増長しないとも言い切れなかったし、逆に伸びない言い訳にもされそうでさ。どうせ周りに同期が居ないんだから、隠しておけという話になってた」

 

 以前の世界線で多くの情報を夕呼から隠されてきた武にしてみれば、事情を説明してしまいたいという気持ちもなくはなかったが、秘匿することがそれなりに必要だというのも判る。悪いとは思うが、それが軍という組織だというのも理解できてしまう。

 

 

 

「あいつらに関してはそんな理由だ。ただ御剣、お前にとっては今のは半分。残り半分はOSの機種対応に伴うバグ取りに付き合え、ということだ。国連軍で用意できる帝国の機体ならともかく、斯衛は、な」

 

 斯衛にXM3の売り込みかける時に未完成です、調整はすべてお任せします、では話にもならない。

 

 同じ日本帝国に属する軍だが、斯衛と帝国陸軍、そして海軍とはそれぞれまったく運用している戦術機が異なる。海軍の水陸両用の揚陸戦に特化した81式海神は別格としても、同じ陸戦用編成であるのに斯衛と帝国陸軍には共有する機種が存在しないのだ。

 そして在日国連軍はあくまで帝国陸軍からの装備援助を受けているだけであり、斯衛の機体は配備されていない。

 

「まだ82式瑞鶴ならば、同じF-4系列の77式撃震に合わせて調整した物を使えば、大きな問題はないはずだ。ただなぁ……」

「瑞鶴であれば調整だけなら斯衛の皆に任せられるが、武御雷に関しては流用の為の基礎データすら作れぬ、ということか」

 

 武御雷を見上げながら溜息をつくという器用な姿を見せる武に、冥夜はその問題点を理解させられてしまう。

 

「基本的には不知火を元にするが、全身スーパーカーボン製ブレードエッジ装甲とでもいうべき武御雷の挙動は、不知火の近接戦闘とはまた違ったものになる。そのあたりの調整も踏まえて、だな」

 

 武御雷は、帝国が採用している他の戦術機と同様に長刀による攻撃を重視している。その上で城内省が欧州・ソ連軍機が採用する固定兵装の有効性を認めたのか、ブレードエッジのみならず手首の00式近接戦闘用短刀などもあり、不知火のデータでは足りない部分も多い。

 

 

 

「で、だ。その上で他の武御雷ならともかく、R型だけは本来の衛士の皆様方に乗って試してもらうって訳には……流石になぁ」

 記憶の中の斑鳩崇継なら喜んで乗り回しそうだが、それはそれで逆に周囲が困る。いつか見たはずの記憶ではないが、胃を壊してしまいそうな側近の顔が思い浮かんでしまう。

 

 時間が許すならば、数の多い白のA型と黒のC型とでそれぞれに調整したうえで、A型の物を元にF型とR型へと対応させていくという方法も取れたのだが、その余裕が無い。

 

「なるほど。昨日デグレチャフ事務次官補殿が我ら二人を連れ出してまで、整備兵の皆への心付けを用意させたのはこの為か」

「……うん。今更ながら、デグレチャフ事務次官補、スゲー。贈らなきゃ不味いが、かといって御剣から直接何か下げ渡すってのは難しいからなぁ」

「私の不甲斐なき立場ゆえに、そなたには迷惑をかける」

「いや、それはいいんだけど、な」

 

 

 

(まあ冥夜から何かを下げ渡されたら、身内に配るどころか、神棚に飾りそうな勢いの連中も……いるなぁ)

 今後何かと無理を言うことになる整備班、それも機付長にはなにか心付けは必要だろうというのは、判っていた。

 武が見落としていたのは、武御雷は原則的に専属の整備班が担当するということだ。そしてその整備班は当然と言えば当然だが、国連軍ではなく斯衛の所属だ。

 

 無論斯衛の整備班とはいえ全員が武家のはずはない。だが紫の武御雷の機付長になるような人物なら、間違いなく譜代の者だろう。おそらくは冥夜の事情にも通じている。

 

(ワンカップとか缶コーヒーで済ませなくて良かったぜ)

 用意したのは地元のそこそこに評判のいい地酒という当たり障りのない物だ。訓練兵としての立場からすれば異例だが、特務少尉という肩書での臨時の技術少尉相当官としてなら、まあそれほどおかしなこともない。

 

「ま、そういうことだ。こっちの整備に関しては、斯衛のほうから出向してきてもらってるんだ。国連に対して隔意を持つものが居ないとも言い切れないし、挨拶は大事、だろ?」

 

 今後は相手の好みを探りつつ、適当な物を用意するつもりだ。

 突撃砲などの装備品の改修の計画などもあり、無理を言ってしまうことも多くなる。おそらくは長い付き合いになりそうな相手なのだ。できれば良好な関係を築いていきたいと思うのは、武の本心だった。

 

 

 

 

 

 

 




よーやくオリジナル戦術機だよー……スイマセン色変えだけです。
タケルちゃんにはやはり?C型の黒タケミーでしょうとも考えましたが、オルタが出るまでは白タケミーが白銀機とかいう話もあったなぁなどと思い直して、折衷案ではないですが黒塗りのType-00Aになりました。中身は普通にA型にXM3積んだだけ~です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

練兵の憶測 01/11/10

 白陵基地の一角、臨時に設けられたJASRAの執務室で、ターニャは久しぶりにゆっくりとコーヒーを楽しんでいた。

 飲んでいるのは、スタッフをこちらに呼び寄せる時に、私物として同時に持ち込んでもらったハワイの豆だ。夕呼が好んでいる豆も良いが、これはこれで気に入っている。

 

 今もその配下の者たちは、先日安保理に提出した第四との合同での「報告書」関連の対応に追われているが、ターニャ自身が対応すべき案件は済ませてある。

 

 それにターシャ・ティクレティウスの身分作成も、ほぼ完了した。あとは時間をかけて実績を作り上げていくしかない。流石に今更ジュニアハイまでの授業を受けたいとも思えず、軍家族向けの通信教育で義務教育を書類上だけでこなす予定だ。適当な頻度でスキップしておけば数年後には大学入学資格も取れるはずだ。

 その前後、適当な頃合いで「ターニャ・デグレチャフ」が死ねば、名実ともにターシャ・ティクレティウスとして生きていくことになる。

 

(喀什が落ちた後であれば、もう一度大学生活も良さそうだな……いや、少しばかり気が早いか)

 ターニャは好みの香りを楽しみながらも、思考が夢想の領域に入り込みつつあることを自覚する。ゆっくりともう一口飲み込み、眼前の問題に取り込み直す。

 

 

 

(私が知覚する先の世界線では、最後の最後でしくじった。今回は可能な限り介入してきたが、それでもまだ正否は確信できん)

 

 すでにターニャとしてはこのマブラヴの世界で、一度は「死んでいる」。前の世界線では、桜花作戦の最後の最後で第四の連中がなにか失敗したらしく作戦は不首尾に終わり、UL世界線とは少々違う流れではあったもののバビロン作戦が開始され世界は滅びたはずだ。

 ターニャ自身の最後としては、「次への門」を開く極小の可能性に賭けて、BETA集団を巻き込んだ上でのG弾による自決だった。結果的には賭けには勝ち、時間遡行じみた幾度目かの転生を果たしたが、次も成功するとはさすがに思えない。

 

 そしてバーナードに逃げ出すのはあまりに分が悪い。なによりも逃げた先で反撃の準備ができそうに無いのが、気に食わない。

 第五推進派の内部分裂工作も順調で、前回よりはマシな状態だ。バビロン作戦などというふざけた全力投射さえ凌げれば、最悪の事態は免れる。

 

 ならば今回こそは「あ号標的」の破壊を達成しなければ、経済理論と順法精神を尊ぶ平和主義者としての生を全うもできない。なによりも生き延びねば存在Xへの報復的復讐も果たせない。

 つまるところこのまま第四に協力する形で、最悪の手前と認識しつつも、踊り続けなければならない。

 

 

 

(手持ちのG弾の大半を喀什に撃ち込んで、あとはコミーどもへの牽制に使えるのであれば、第五にも加担しよう。ただの夢物語だがな)

 

 それができないのは単純に安全許容量がどこまでか計算できないからだ。なるほど確かにAL世界線ではXG-70bが佐渡島で自爆し、G弾20発分に相当するという効果を伴って佐渡島ごとハイヴを吹き飛ばしたが、大海崩は発生しなかった。

 ならば喀什に20発撃ち込んでも大丈夫だなどとは単純には考えられない。

 

 UL世界線で大海崩が発生した時に、何発のG弾が投入されたのか判らない上に、佐渡島の20発分にしてもどこまでが「おとぎばなし」としてのご都合主義の結果なのか、今となっては判断しようがないのだ。

 G弾の地球上での使用上限など、無限に等しいまでの重力条件の計算が必要だ。それこそ00ユニットでもなければ計算しつくせないだろう。結局のところ、証明しようのない未来知識だ。これを元に作戦立案などしても、夕呼以外は納得もしないだろう。

 

(一応の上限基準としては一カ所に20発まで、二カ所までは問題無しとは想定しておくか)

 

 すでに幾度と無く繰り返した思考を、無意味だと知りつつもどうしても考えてしまう。

 

 

 

 刻々と近付くタイムリミットもあるが、なによりも打てる手立てが限られてきているのがターニャには不本意だ。1998年にこの世界の白銀武が意識不明になったことで、原作の世界線からは離れたとわずかばかりに安心してしまったのも、今となっては悔いるしかない。

 もちろん対BETA戦において有効な手立てとなるように可能な限りは介入してきたものの、結局のところいまだ喀什の攻略への糸口すら掴めていない。

 

(桜花作戦でなければ喀什攻略は不可能なのか? 世界の復元力とでもいうつもりか……)

 

 マブラヴ原作において「不可能」と明記されたことは、どうやっても不可能だった。ただ逆に明言されていなければ介入の余地はある。

 シェールオイルのように原作で記述されていないことであれば実現できたが、困難だとされていた半導体技術の進歩は、介入したものなかなかに進まず、満足な物が出来上がってこない。

 

(手の平サイズに150億個分の半導体、か)

 おそらくは白銀武がEX世界線へと移動できない限り、00ユニットを完成させるための公式は手に入らない。

 

 トランジスタの数だけであれば、ターニャのいた元の世界ならば2001年には十分に達成できているスペックなのだ。それこそ秋葉に行けば学生の小遣いでも買える程度の物だった。

 もちろんそれらを統合して処理させるソフトウェアも存在しないため、ハードだけあってもすぐに使える物ではないが、そちらの方面もこの世界では技術的には遅れていると言える。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 少しばかり深めに溜息をつき、できることとできないことと整理しながら頭の片隅に押しやり、眼前の書類に再び目を落とす。一応は報告書の形に纏められているものの、ウォーケンから提出されたのはXM3に関する「所感」だ。

 ターニャは原作知識という形ではXM3の能力を知っているものの、それがこの世界において現実的に効果を発揮すると無条件に信じるほどに、楽観的にはなれない。衛士として、また指揮官としてその能力を証明してきたウォーケンの意見は判断材料としては貴重だ。

 

「XM3はほぼ完成と言える、か」

「先日から実機の方でも稼働しております。細かな問題はありましょうが、年内には間違いなく実用レベルに達するかと」

 

 207Bの教練がシミュレータからXM3搭載済みの実機になり、その後でA-01の方の不知火にも搭載されたという。累積稼働時間も500時間を超え、初期不良も潰されつつあるらしい。

 

「ただ、彼らの教練を見ておりますと、XM3の性能なのか個々人の資質なのかが判断しきれぬ部分が多いですな」

 

 ウォーケンが問題として付け加えるのは207Bの訓練兵と、それを指導する二人の教官の能力の高さだ。

 XM3が戦術機用OSとして画期的だというのは間違いないのだが、207Bの訓練課程をもってしてXM3の性能を証明することは難しい。あまりにも各自の能力が秀でているために、XM3がなくとも可能なのではないかと思わせてしまうのだ。

 

 そして二人の教練の進め方が既存の方法から少しばかり逸脱していることもあり、それがXM3の習熟に最適化されたものなのか、既存のOSでも有効なのかウォーケンには判別しきれていない。

 シミュレータでの基本訓練においては機動と連携に重きを置き、実機教練に移ってからもそれは変わらなかった。帝国軍などでは多い、対人類戦演習を基本とした教練を実施せず、対BETA戦のみを想定した教練を集中的に繰り返している。

 XM3によって可能となった高機動を教練には含めているが、基礎となる部分は今までの戦術機運用からはさほど離れないようにと注意しているようにウォーケンには感じられた。

 

 

 

「で、だ。合衆国はこれに食いつくかね?」

「陸軍の連中に開発背景を隠して技術デモビデオだけを見せれば、ちょっとした話のネタくらいに流されてしまうでしょう」

「やはりその程度か?」

 アメリカ陸軍の中では正直なところ興味を惹けるとは思えない、とウォーケンは否定的な答えを返す。それに対してターニャとしても驚きはなく受け入れる。

 

「前線に送られている移民希望者であればまた変わってくるでしょうが、本国の連中には意味が理解されるとは思えませんな」

 

 アメリカ陸軍での戦術機運用は、元々が中遠距離からの砲撃戦を指向していたのに加えて、既にG弾ありきになりつつある。機動性にはさして重きを置かないその運用方針では、XM3の価値はどうしても低く見積もられる。

 フルスペックのXM3であれば、向上したCPU性能のお蔭で射撃命中性も向上するものの、価格に見合うほどだとは判断されないだろう。

 

「ドクトリンの違いと言ってしまえばそれまでですが、海軍や海兵隊であれば導入へ働きかけもするでしょう」

 陸軍と違い、海軍の上層部はウィングマーク持ちも多い。

 空母への着艦ミスを減少できると推測されるだけでも、海軍なら導入に意味を見出す。CPU周りの更新に掛かる費用など、長期的に見れば誤差の内とも言える。避けられなかった事故を避けられるようになるのならば、むしろ安くつくはずだ。

 

「とりあえずのところ、来週のトライアルには第七艦隊の連中にも声はかけてある。後は現場での最後の売り込みだな」

 

 陸海問わずに帝国内には既に実働データやサンプル動画なども送られている。が、流石に原型はアメリカ製OSとはいえ、軍機にも関わる新装備である。アメリカの各軍にはいまだ噂程度の話を伝えているだけだ。

 合衆国以外の各国へは、今回のトライアルの後に簡単な説明を伝え、正式に公開するのは12月半ば頃にユーコンで行うことになっている。

 

 

 

「むしろXM3を帝国以上に欲するのは、ソビエトだと予測されます」

「あの連中が、か? ああ、そういえば帝国に似たような近接指向ではあったな」

 

 ソビエトの名が出てターニャはわずかに眉を顰めるが、自身の好悪で判断を曇らせるようなことはしない。

 ただ帝国軍と異なり、ソビエトの近接指向は衛士の生命を軽視した結果ともいえる。ロシア人以外の周辺民族を前線に押し立てているために、兵の損耗を考慮していないところがある。

 

 しかし共産主義への好悪や衛士の人的コスト軽視などはともかく、対BETA戦略としてソビエトの戦術機運用が近接密集戦を主軸とする点に関しては、ターニャも認めている。アメリカのように十全たる支援砲撃を準備することなど、普通の前線国家では不可能なのだ。結果、大なり小なり戦術機の運用は近接戦を考慮したものとなる。

 

 そしてソビエトがXM3を必要とするのであれば、ターニャにしてもユーコンでの工作がしやすくなる。

 

「まあコミーどもへの対応とは別に、合衆国にXM3を導入するには少々手荒なパフォーマンスが必要だな。やはりユーコンであの無駄に高い猛禽類を蹴散らして、目を覚まさせるしかないか」

「XM3をもってしてもラプターの相手は困難かと思われますが……」

「少しばかり既成概念に凝り固まっていないかね? あれは明らかにステルス戦術機としては欠陥機だよ」

「欠陥……でありますか?」

 

 以前からターニャはアメリカが最強と誇る第三世代戦術機F-22を嫌っていたが、性能に関してはそれなりに認めていたはずだ。XM3が完成したからと言って、ステルスの優位性を覆すほどではないとウォーケンには思える。

 

「それはコスト面、ということでしょうか?」

「ふむ? それは問題の一つの要因ではあるが……そうだな、せっかくだからユーコンでのXM3のお披露目までに、何が欠陥なのか考えておくがいい」

 何度か口にしていたはずだがな、とターニャは嗤う。

 

 

 

 

 

 

「それで少佐。XM3はともかく。白銀武をどう見る?」

 聞いておこうと思いつつも、どうしても後に回していた事柄を、ちょうどいい機会だと思い問いかける。

 

「個々人の模擬戦となれば、こちらがラプターであっても相手はしたくありませんな。また彼の者が指揮する大隊との同規模の遭遇戦であれば、双方痛み分けが精々でしょう」

 衛士個人としては勝てない、指揮官として相手をしても五分程度、とウォーケンは武を評する。

 今のウォーケンには対人類戦の実戦経験はないが、それでもアメリカ陸軍において対人類戦の演習は幾度も繰り返している。それであっても武に対して勝ち越せるイメージが作れなかった。

 

「私が想像していた以上に高い評価だな。衛士としてならば判らなくはないが、指揮官としてもそこまでかね?」

 ターニャ自身、武の指揮官としての能力は低くはないと見てはいる。ただそれはあくまで中隊規模程度の話だ。将来的には伸びるだろうとは考えつつも、今の時点ではさほど優秀な指揮官だとは言い切れないと判断していた。

 

「本人の衛士としての能力とは別に、戦術選択の様子を見ておりますと、部隊として動く場合は恐ろしく防御的です」

「ああ……なるほど、な」

 

 ターニャの武への評価が低い部分が、ウォーケンの言葉で気付かされた。自己の生存は別として、作戦目標を達成することを第一義とするターニャとは、そもそもが部隊運用の基礎理念が異なりすぎる。

 護ると言い張るだけはあって、武は自分以外の兵を賭けのチップに使うことが少ない。作戦指示の完遂よりも、部隊の保全を優先する部分が見て取れる。まりもの教えもあるのだろうが、今の207Bへの教練にしても、何よりもまず生き残ることを徹底している。

 

「しかし少々意外ですな。局長があの者にそれほど目をお掛けになるとは」

「驚くことかね? 人間は教育とともに成長するものだ。アレは鍛えるに値する程度には成果を挙げているとは思うが?」

「確かに。ただの療養明けの訓練兵とは考えられませんな」

 

 ウォーケンは苦笑未満に顔を歪め、何やら考え込む素振りを見せる。

 さすがにターニャの異常さを見慣れているウォーケンであっても、武が幾度と無くこの世界をループしており、戦闘経験を蓄積しているなどとは想像できるはずもない。帝国か第四かが秘密裏に訓練を施した者だと判断しているようだ。

 

 

 

 

 

 

「その白銀武を加え、帝国と合衆国とのXM3搭載の第三世代機が揃っていると仮定したうえで、喀什をどう墜とすかが、我々が考えることなのだが……くははっ」

「局長?」

「いや、悪いな少佐。結局やることは首狩りか、と呆れてただけだ。戦争とはいつの時代になっても相手が何であろうとも、根本的には変わらぬものだな」

 

 ――敵司令部を直接たたく衝撃によって敵戦線を崩壊に導く。

 

 もうどれほど昔のことなのか。数えることさえやめた過去のことだが、喀什攻略の実体はかつてはターニャ自身が参謀本部から幾度か命じられた生還を想定しない、首狩りだ。

 

「ですが、局長。第四からの報告通りに、喀什の反応炉、重頭脳級でしたか。それだけがBETAの作戦指揮を決定しているというのであれば、如何なる犠牲を払ったとしても、早急に破壊する意味はあります」

 如何なる犠牲とウォーケンは口にするが、それは作戦指揮官として部下を死に追いやる者の言葉ではない。自らが先頭に立って死地に赴くという意思表示だ。

 

「勝手に死ぬことを想定するなよ、少佐。決死の特攻作戦など立案するほど愚かになるつもりはない。が……」

 

 支援砲撃は軌道からの限定的な投射のみ、増援の目途はなく、指揮系統の確立さえ困難で、さらには帰還手段は構築されていない。

 誰がどう見ても間違いなく「決死の特攻」以外の何物でもない。

 

 

 

(まったくどうしようもないな。これでは「おとぎばなしのおうじさま」に期待するしかないということか……ふんっ、神に祈る程度には腹立たしいことだ。何らかの代替案を作らねばならんか)

 

 少しばかり冷めてしまったコーヒーを飲み干して、ウォーケンに退出を促し、ターニャは再び一人黙考に沈み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりのデグさん回? それなりにXM3と207Bの仕上がりは進んでいるのですよーと。でも合衆国陸軍にXM3を売りつけるのはちょっと難しいかも、という感じに。

で、第二章終わりまでは何とか週2回更新を続けたいところでしたが、八月中はともかく九月入ると週1回更新になりそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

進捗の実着 01/11/12

■修正(17/09/19)
トライアルの日程関連、変更しました。


 実機が届いてからのここ数日、207Bは午前にシミュレータ、午後には実機にと、ただひたすらに戦術機のコクピットに籠っている。座学がかなり削られているが、トライアルまで間が無いこともあり、可能な限り搭乗時間を稼ぐためだ。まりもも納得はしきれていないのだろうが受け入れてはいる。

 

 ただ今日は久しぶりに、武と冥夜以外は午後からは座学の予定だった。二人は今日の午後も第19独立警護小隊との合同教練として、シミュレータの時間が割り当てられていた。昼食もそこそこに207Bに宛がわれているハンガーに集まったのは、真那にデータを受け渡すだけではなく、午後からの訓練内容を打ち合わせるためでもあった。

 

 いまだ武個人に対して真那は警戒心を露わにしているが、職務上の対応にそのような私心を差し挟むようなことはせず、事務的な距離感ではあるもののXM3のデータ取りという任務に対しては必要十分なやり取りがなされていた。

 

 

 

 事前の打ち合わせも終わり、さてシミュレータ室に移動するかという時に、その人物がハンガーに現れた。

 

「こちらに白銀特務少尉という者は……失礼いたしましたっ!?」

 

 この白陵基地では少数派ともいえる国連軍C型軍装に身を包んだ女性士官が、207Bに宛がわれているハンガーに入ってきたと思えば、武たちを前にすると、いきなり跪いたのだ。

 まったくの予想外の行動に武は身動きもできなかったが、冥夜は気不味そうに微かに一歩下がり、真那を前に出す。

 

「篁唯依中尉か?」

「月詠、マ……? いえ、申し訳ありません、月詠中尉」

「ああ、紛らわしくて済まぬな。そういえば篁中尉は真耶とも面識があったのだったな」

 唯依が何度か顔を見てから言葉を続けたことに、真那は従妹を思い出す。身内ならばともかく、仕事上の付き合い程度であれば間違えられることには慣れてしまっている。

 

「まずはとりあえず立ち上がれ。篁中尉」

 そして今問題なのは、月詠家の似た者の話ではない。

 

「ですが、でっ」

「こちらは、御剣、訓練兵、だ。篁中尉」

「……失礼いたしました。月詠中尉」

 冥夜に対して「殿下」と言いかけた唯依を、真那は強引なまでに言葉を切り留める。

 

(間違いなく勘違いしてるよなぁ、この中尉殿。まあ冥夜の横に「月詠」の家の者がいるんだ。普通なら「そう」考えるよなぁ……しかし国連軍の格好だが、斯衛の関係者か?)

 武としても冥夜としても上官二人の会話には口が挿めず、直立不動のままに何も見ていない振りを続ける。もちろん背後の武御雷専属整備班の皆も漏れ聞こえているのだろうが、こちらに注意を向けているような態度は、少なくとも表には出さない。

 

 

 

「それで篁中尉? そなたは技術廠への出向の後、アラスカへ赴いていたのではなかったか? なぜこの白陵基地に?」

 真那がどこか詰問するような口調になるのは、警備部隊としての性格上仕方がないことだ。

 

「は。こちらに技術廠第壱開発局に依頼されていた試製兵装を送り届けるように、と。あと新型OSに関して事前に体験しておけと巌谷中佐から言付かりました。これに関してはOS開発責任者の香月技術大佐相当官殿からも許可を頂いております」

 武は知らぬことだが、唯依と真那とは階級的には同じ斯衛軍中尉ではあるものの、先任後任関係なく家格の関係で真那が上位者として扱われる。赤の月詠家の方が黄の篁家よりも上だ。

 

「ああ、それで白銀訓練兵のいるここに来た、ということか」

「は? 訓練兵、でありますか? 白銀特務少尉と伺っておりましたが」

 

「白銀? 貴様臨時軍曹ではなかったのか?」

「は、月詠中尉殿。自分は、207訓練分隊の戦術機教導におきましては臨時軍曹であります。ただ新OS、仮称XM3に関する件におきましては特務少尉の地位を与えられております」

「また香月副司令か……」

 睨み付けるように真那が武に問いかけたが、答えを聞いて諦めたかのような呟きとなる。二重どころではない階級に、武としても諦めたくなるような煩雑さではあるが、半ば自業自得なので文句も言えない。

 

「まったく香月副司令も判りにくいことをなさる。貴様だけ先に任官させてしまえばよかったものを」

 そこは武としては同意しにくい。むしろ夕呼も総合演習が終わった後は武だけをすぐに任官させるつもりだったのだ。それを断って訓練兵のままにしているのは、武のわがままだった。

 その理由も、207Bの教導においてまりもの上に着くのが気不味いというだけだ。

 

 

 

「ああすまない、篁中尉。こちらがそなたが探していた白銀だ。横におら……いるのは御剣訓練兵だ」

「白銀武特務少尉でありますっ!!」

「御剣冥夜訓練兵であります」

 正しく紹介されたという形を取り繕って、あらためて武と冥夜は唯依に敬礼する。

 

「篁唯依中尉で、……だ。楽にしたまえ」

 唯依にしても、冥夜に対して敬語を使ってしまいそうになるのを、真那ともどもなんとか上官としての立場でやり過ごす。

 

「篁中尉は、いまは国連軍に出向中なのだな?」

「その通りです。帝国軍技術廠への出向を経て、現在はアラスカの国連軍ユーコン基地での任に当たっております」

「ふむ……そう聞くと白銀特務少尉のほうがまだ判りやすいともいえるな」

 真那の言う通りあらためて聞くと、唯依の立場も複雑すぎる。斯衛から帝国陸軍に、そこからまた国連軍に、と所属が変わっているのだ。

 

 

 

「試製兵装の方は受け取りなども含め整備の皆にお任せしているので問題はないでしょうが……しかし、XM3の体験ですか」

「なにか問題でもあるのか、白銀特務少尉?」

 ふと漏らしてしまった武の言葉を唯依が聞き咎める。

 

「はい。週末のトライアルの準備として、我々207訓練小隊に配備されているXM3搭載済みの機体は、現在すべてメンテナンス中であります」

「動かせる実機が無いのか。シミュレータの方はどうなのだ?」

「そちらも我々207に割り当てられていた時間は午前のみでありました。夕食後からであればまた時間が取れるのですが、現時点では空きがありません」

 

 トライアルには基地の多くの衛士が参加する。後方でだらけたところがあるとはいえ、さすがにそのような催しの直前ともなれば、シミュレータの空きもない。いつもならば副司令の権限で確保しているが、さすがに今週はそこまで無理を通すこともなかろうと他部隊に譲ってしまったところだ。一応は夕食後から深夜にかけてはいつも通りに抑えられているが、さすがにそこまで待たせるのも気不味い。

 

「ふむ。そういうことであれば、午後からの我々のシミュレータ演習に加わってもらえば良かろう」

「よろしいのですか、月詠中尉殿?」

 武としても解決策としてはそれしかないなと思いつつも、上官、それも組織の異なる真那に無理を言うことはできないと、黙っていたのだ。

 

「篁中尉の腕は知っているし、今の所属は違えど同じ斯衛だ。今日は貴様がまずは管制に入れ。篁中尉のエレメントには御剣訓練兵にあたってもらう」

 

「はっ!! 了解いたしましたっ!!」

「了解」

 冥夜の方は淡々と了承するのに対し、唯依はすでに実戦前の新兵のように緊張している。

 

「白銀も、それで良いな?」

「はっ、お二人に問題が無ければ、そのようにお願いいたします。ああ、ですが篁中尉殿。申し訳ございませんがシミュレータのデータが武御雷ではなく不知火となりますが、よろしいでしょうか?」

 ターニャがかなり無理を言ったが、やはりシミュレータ用のデータとしても武御雷の物は提出されず、真那たちも不知火の物を使用している。実機との差は有れどOSの習得という面ではさほど問題ではないとは言っている。

 

「ああ……そういえば国連軍なのだったな。いや、私も以前の試験などでは不知火を用いていたこともある。それで問題はない」

 

 

 

 

 

 

「……私はこの半年ほど、いったい何をしていたのだろうな」

 

 二時間ほどのシミュレータ訓練が終わり、小休止として皆がコクピットから管制室に集まってきたのだが、唯依は魂が抜けたようなとしか言いようのない顔で管制室の入口で呆然としている。人目が無ければ膝を抱えてうずくまってしまいそうだ。

 

 演習の内容は、1個半小隊6機の不知火によるハイヴ侵攻だった。

 それも既存の「ヴォールク・データ」を元にしたものではなく、武の持つ「桜花作戦」の知識を付け加えたある意味では最高難易度のハイヴ侵攻演習である。207BやA-01も同じデータで演習を繰り返しているが、初見で二時間を生き残った者は少ない。

 武から見ても、唯依は間違いなく優秀な衛士だ。

 

 XM3特有の挙動の鋭敏さからくる慣れない機動が続いたせいで、普段以上に疲労が溜まっていてもおかしくはない。が、顔色が悪いのは肉体的な疲労が原因ではないはずだ。

 

 XM3の挙動に付いていけなかった、というのではない。むしろこの短時間で唯依はすでにXM3の特性を理解し、自らの物とし始めている。開発衛士としての経験もあるということで、その理解力は武をしても驚くほどだった。

 まりもと比べれば、経験からくる差と斯衛特有の近接戦偏重のきらいが伺えるが、それでも衛士とはして間違いなくトップクラスだ。

 

 だが逆にXM3の特性が理解できてしまうために、いままでの自分たちの為してきたことが無意味に思えてしまうのだろう。

 

 

 

(しかしこれは、もしかしなくても俺に押し付けてみんな逃げ出したのか?)

 

 あからさまなまでに落ち込んでいる唯依にどう接すればよいのかと、真那に縋るように視線を向けたが、真那たち護衛小隊の四人は、隊内での反省会という形で、少し距離を取っていた。

 エレメントを組んでいた冥夜も、どう声を掛ければよいのか判らない様子で、こちらを恨めし気に見ている。

 

 そんな周囲の反応も唯依には目に入っていないようで、とりあえずは休息を、と冥夜からコーヒーカップを手渡されたことさえ気が付けず、ただ機械的に飲み干している。

 冥夜は自分がいては話しにくかろうと、真那たちの方に向かった。

 

 

 

「白銀、貴様は私が、私たちが進めていたXFJ計画も知っているのだろう?」

「あ~耐用年数が迫っている77式撃震の代替機を目指して、ボーニング社の援助を受けて94式不知火・壱型丙を改修している、という計画ですよね」

 コーヒーで少しばかりは気が落ち着いたのか、唯依が言葉を紡ぎはじめた。

 武としてもまずは当たり障りのない、表向きの話だけ答えておく。

 

 唯依の属するXFJ計画は、国連軍が進める先進戦術機技術開発計画(プロミネンス計画)の一環ではあるが、その立ち位置は少々複雑だ。戦術機を対BETA戦主力兵器と捉え、その開発のために各国間の情報・技術交換を主目的とする国際共同計画を謳うプロミネンス計画だが、実態としては「オルタネイティヴ4.5」ともいえる。

 本来ならば、第四計画を推進する日本が大々的に参画できる計画ではないのだ。現に合衆国はプロミネンス計画に対して、ユーコン基地という土地は貸していても計画には参与していない。

 

 

 

「不知火・壱型丙は、貴様ならば知ってもいようが、まあ正直に言ってしまえば欠陥機扱いされても仕方がないような機体でな……」

 唯依としても、他人が開発した機体を貶すことはしたくないが、かと言って壱型丙を褒めることも難しい。

 

 不知火は純国産とは言うものの、F-15のライセンス生産による技術吸収を反映した上での機体であり、設計思想的には第三世代機とはいえ第二世代のF-15の系列だ。

 そして不知火は開発直後こそ優秀な性能を誇ったものの、要求仕様の高さゆえに拡張性の欠如という大きな欠点を抱えていた。そしてそれは、98年に行われた不知火・壱型丙の試験生産において、現実の問題となる。主機出力の向上と兵装強化改修を前線の要望に従って強行した結果、操縦特性は劣悪なものとなりさらに稼働時間が極端に減少してしまったのだ。

 

「それで出てきたのが壱型丙改修計画、XFJ計画だな。国内企業に限定せず、米国を頼ろう、という話だ」

 

 不知火の元になったともいえるF-15は現在はボーニング社がライセンスを保有している。

 G弾推進派の中核でもあるボーニング社だが、戦術機部門に関して言えばF-22がロックウィード・マーディンとの共同開発となっているが、F-16、F-22、そしておそらくは次のF-35にまでを抑えるロックウィードの後塵を拝しているのは間違いない。

 ボーニング社が、F-15やF-18の開発元であるマクダエル・ドグラム社を吸収合併したのは、BETA大戦において民間航空機部門に限界を感じ、軍需産業に主体を移そうとしていた為ともいえる。G元素応用兵器部門への資本投下を最優先としているとはいえ、合衆国を代表するような巨大企業なのだ。G弾にのみ注力しているわけではない。

 

 そして戦術機市場における対ロックウィード戦略としてボーニング社が打ち出したのが、F-4に次ぐ配備数を誇るF-15のアップデート計画、「フェニックス構想」だ。アビオニクスの換装とモジュールの追加のみで、F-15を比較的安価に準第3世代性能へとグレードアップさせることを目的としている。

 

 XFJ計画はいってしまえば不知火版のフェニックス構想だ。

 

 

 

「不知火の次の主力機開発は今も進められているが、まずは撃震だ。だが貴様の考案したXM3。あれが有れば極論すれば撃震の代替機は、XM3に対応した撃震で良いという話になる。なにせ撃震は安いうえに整備などの技術蓄積も大きいからな。無理に壱型丙の改修や弐型を作ることもない」

 唯依も単純に衛士としての判断であれば高性能な機体を求めたくなる。が、開発衛士の経験もあり、コストの概念が理解できてしまう身としては、一概に弐型の開発に固執することもできない。

 

 不知火も量産効果に伴い機体単価が下がりつつあるとはいえ、それを弐型に改修した物を新たに生産し始めるとなると、かなりの高額になることは明白だ。ボーニングに払うライセンス料に加え、いくつかのパーツをアメリカ製に置き換えることもあり、国内企業への恩恵も少なくなる。

 なによりも撃震であれば、衛士に整備班、補給担当官も誰しもが長らく使ってきたことからの技術蓄積が大きく、XM3対応の改修をしたとしても習熟までの各種コストが格段に低いことが予測できる。

 大陸派遣軍への配備数が少なかった不知火は、どうしても各方面の習熟度が足りない。

 

 

 

「それに、だ。貴様は特例として武御雷を賜っているのだったな。ならば判りにくいかもしれぬが……」

「衛士の適正、技量の問題、ですよね」

 上官の言葉を遮るというよりは、言いにくかったことを言ってしまう。

 武の技量と戦術機適正の高さは、間違いない。自身の能力を低めに見積もるところのある唯依にしても、それでも衛士としては武御雷を賜る程度には上位に位置すると自負している。

 

 だが帝国に限らず、各国の衛士の多くはけっして戦術機適正が高いわけではない。ゆえに第三世代機の、それもXM3搭載型に適応できる衛士ばかりとは言えないのだ。

 

「そうだ。適正の低い者たちにとってF-4系列がこれからも長く使い続けられる、という話は間違いなく朗報だろう」

 実のところ携帯火器が同じであるために、F-4であれF-15であれ、そしてF-22であっても対BETAにおける拠点防衛においては、さほど差が無い。むしろ機動性と引き換えに第二世代機以降は稼働時間の低下などの欠点も併せ持つことがある。

 拠点防衛を主任務とするのであれば、XM3搭載型のF-4系列で十分。第三世代機が必要となるのは、武が想定するような戦術機のみによるハイヴ攻略なのだ。

 

「あるいは城内省が納得するかどうかがカギとなるが、XM3搭載型の82式瑞鶴が帝国陸軍に提供されるのであれば、煩型の国粋主義者どもも黙るだろうな」

「瑞鶴を出してくれれば、俺としても願ったり叶ったりなんですけどね。ってそういえばアメリカへの反発はありますか?」

 

 さすがに今から撃震を大量に再生産するべきかと言われれば、武も唯依も首を捻るが、瑞鶴であれば話は違う。さすがに性能面でF-15系の陽炎に並ぶとは言わないが、可能であるならばコスト的にも心情的にもF-4系の最終型ともいえる瑞鶴の追加生産は望ましい。

 

「ん? ああ、恥ずかしながら私もかなりアメリカを嫌っていたよ。F-4ショックの当事者世代ではないが、信頼に値するかと言われると難しいと考えていた。だが、な。アラスカでいろいろと見ていると、考えも変わる」

 

 かつての戦争相手だったとはいえ、今は良くも悪くも対BETA戦の中核を担う国家である。一般市民の対米感情はさほど悪くはない。が、軍部では最大の同盟国とはいえ、今一歩距離を感じている者も居る。

 唯依自身も、最初はアメリカの協力を受ける形のXFJ計画には否定的だったが、今はそんな拒否感もなくなった。

 

 

 

「そう、だ。考えは変わった。アメリカだけじゃない、必要ならば国連の力も借りるべきだ。XM3は間違いなく戦術機の能力を引き上げる。XM3が広まれば、『死の8分』など教科書にのみ残る言葉になるはずだ」

 どこか夢見るような視線で、唯依は言葉を続ける。

 

「ここまで話せばわかるだろう? XFJ計画は、おそらく凍結だろうな。いや世界的にXM3を配布するのであれば、プロミネンス計画自体が終結するか」

「ちょっ、ちょっとお待ちくださいっ!? 飛躍しすぎですよっ、篁中尉殿!?」

 

 少しばかり上を向いたかと思えば、またどんどんとネガティヴな方向性へと唯依は向かっていく。が、武としてはXFJ計画の開発主任にこのまま落ち込まれて開発中止などという事態はどうしても避けたい。

 

「申し訳ありません、というのはおかしな話ですが、俺個人としては弐型の完成は心待ちにしています。撃震の代替機としてではなく、その先を……」

 撃震の置換として計画されている弐型だが、それはあくまで弐型Phase2と呼ばれる機体だ。非公式だが、弐型の計画としてはその先のPhase3がある。不知火に替わる次期主力戦術機として、開発計画が進められているPhase3は、武の想定するハイヴ攻略にとって、現時点では最適の機体なのだ。

 

「XM3を開発した白銀にそう言われると、私も改過自新せねばならぬな」

 

 

 

 落ち込んでいた気配は吹き消され、挑むような視線を唯依は武に向ける。

 貴様が羨むような機体に仕上げて見せようと、力強く誓った。

 

 

 

 

 

 




まさによーやくと言ったところですが篁さんちの唯依姫サマ登場です。まあメインキャラというわけにはいきませんが、今後もそれなりに顔を出してくる、はず。シミュレータの内容は

でで、予定通りというわけではありませんが、残念ながら次回更新は9月に入りそうです。あとどーでもいいことですが、割とてきと~に付けている各話タイトル、熟語のネタがそろそろ苦しい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誤謬の沈殿

 教練終了の後には教官補佐としての立場からのまりもへの状況報告を簡単に済まし、時間を合わせてPXにて207Bの皆と夕食、そして後は本来の訓練兵であれば自由時間のはずだ。だが当然のように武にはそんな余裕はなく、夕呼の執務室に向かうというのがこのところの日課となっていた。

 

 夕呼への報告は義務付けられているというわけではないが、この世界で目覚めて以来、二日と空けずに呼び出されるようになれば如何に武と言えど自分から足を向けるようになる。

 

(そういえば元の世界……いやEX世界線か、あっちじゃ物理準備室に行くのは気が重かったんだよなぁ)

 

 ふとそんなどうでもいいようなことを思い出してしまったのは、ここ二日ほどは夕呼の機嫌が悪く、顔を出しても追い払われる事があったからだ。そして夕呼が不機嫌になる要因は、わずかながらに漏れ聞いた言葉だけでも推測できる程度には、武には情報が与えられていた。

 

 ただ、原因が判っているからと言って武に解決できる問題でもなかった。

 なんといっても第四とJASRAとの共同で国連安保理に提出したBETAの行動予測に関して、各国の重鎮から何度も個別に通話が鳴り続けているというのである。半分以上はターニャに押し付けているようではあるが、もともとが武とターニャの別世界線での記憶を元にしたという、出所の証明できない情報だ。今後のBETAの行動推移を観測しながら実証していくと言うしかない。

 

 

 

「さて。不機嫌なままに追い払われるか、今日は顔を出さずに明日さらに不機嫌な夕呼先生に会うべきか?」

 もう主観時間としては何年も昔になるのだが、いつかそんなことを考えていたな、とわざと口に出してみる。

 実際のところは、勝手に自室に帰るという選択肢はないものの、夕呼に殺されるような目つきで睨み付けられるのはあまり歓迎したい事態ではない。どうしてもドアをノックする手が伸びづらい。

 

「何バカなこと言ってるの早く入りなさい」

「うぇっ!?」

 まさか部屋の主が廊下に出ており、背後から聞かれていたとは予測もできず、掛けられた声に文字通り飛び跳ねてしまった。

 

「そんなに不機嫌な訳ないでしょ。じゃあ社は隣でお願いね」

「社~無理しない程度に、な」

「……(コクリ)」

 霞も、夕呼の後ろをほてほてと着いてきていたが、武に向かって軽く頭を下げると隣の部屋にひとり先に入っていった。なにやら仕事があるようで、いくつかファイルを抱えていた。

 

 

 

「でも珍しいですね、夕呼先生が出歩いてるなんて」

「今晩あたり不審者が来そうだから、ちょっと防諜の強化のために出てただけよ」

「不審者……ああ、鎧衣課長が来られるのですか」

 夕呼が心底イヤそうに顔を歪めるのと、その不審者という言葉で誰が来そうなのかおおよそ予測がついてしまう。

 

「……さすがに先に入ってた、ということはなさそうね」

 夕呼は、さっさと入りなさいとドアを開けたが、ふとそこで立ち止まる。

 どうやら鎧衣課長を警戒していたようだ。一通り室内を見まわした後、いつも通りに机に座り、コーヒーを促す。

 

「そういえば、アンタは別世界線で会ってるのよね」

「こちらではまだ会っていませんし、息子のような娘が、娘のような息子になっているので、俺の知ってる鎧衣課長とはもしかしたら大きく違ってるかもしれません」

 

 別世界線の人物とは似ていても別人である、と再度自分に言い聞かせておく。特に情報省の人間を相手にするのだ。下手に予断を持っていると足を掬われかねない。まして同じような性格であれば、間違いなく煙に巻かれてしまう。どちらにせよ警戒しておくに越したことはない。

 

「ま、気を付けておくのは良いことだわ。あたしは相手したくないから、来たときはアンタがあのおしゃべりに付き合いなさい。廊下で」

「部屋から連れ出すのがまず問題ですよ……」

 廊下で立ち話くらいで済むのなら、むしろ武としては願ったり叶ったりだ。夕呼の執務室の中で、防衛のために下がる場所もないまま、鎧衣課長と話をするよりははるかにマシである。

 

 

 

「で。あの斯衛、どういう感触だったの?」

 鎧衣課長の話はどうでもいいとばかりに話題を変え、代替コーヒーを準備する武に、次の話も重要ではなさそうに声をかけてくる。

 少しばかり声が弾んでいるように聞こえるのは、武の思い過ごしではなさそうだ。どうやら何も知らせずに篁唯依をハンガーへ向かわせたのは、武を驚かすためでもあったようだ。

 

「XM3に対してはかなり好感触でした。現時点で開示できる情報についてはすべて渡しているので、数日中には帝国軍にも斯衛にも伝わっているかと思われます」

 夕呼が軍人の、それも中尉程度の者の為人を聞いてくるはずもないので、実務に関することだけを簡単に報告する。とはいえどうしても武個人の主観による判断でしかないので、感想程度のものだ。

 

「ふ~ん、斯衛には良い値段で買ってもらえそうね」

「買うかどうか決めるのは、斯衛といえど今だと大蔵省なんでしょうけどね」

 

 少しばかりは部隊指揮の記憶がある武にしてみれば、装備の新調など軍の意向だけで決められるものではないことくらいは判ってしまう。バビロン災害、大海崩後の軍政のような状況であればまだ無理が通せただろうが、今の日本帝国ではそんなことはできない。

 そしてソフトの値段は最悪無視できるとしても、フルスペックのXM3を運用できるCPU関連は、どうしてもそれなりの価格となっている。搭載する機体の数にしても、今日明日に即断できるようなものではない。

 

 

 

「でも、来るのを知ってたんなら、もう少し早めに連絡くださいよ。判っていれば予定も立てたもの……」

 代替コーヒーのカップを二つ用意しつつ、少しばかり愚痴を零す。

 武にしてみれば、見知らぬ人間に対する最初のXM3の説明でもあったのだ。事前に準備できていれば、もう少し上手くこなせたのではないかと、どうしても考えてしまう。

 

「上役へのいきなりの説明なんて、アンタにはこれからはいくらでもあるわよ。斯衛ならまあ失敗しても取り返せるから、いい練習になったでしょ?」

 今日のところは機嫌が良さそうなのは、武へのちょっとした悪戯が成功したからかもしれない。

 ニヤニヤと笑いながら、まるで本物の教師のようなことを言ってのける。ただその言葉は一面では真実だ。本土防衛軍の将官相手であれば、どういった因縁が付けられてくるか、今から考えるだけでも胃が痛い。

 

「それはそうなんですけど、さすがにいきなりすぎましたよ。月詠中尉が許諾してくれたからシミュレータ訓練に参加していただけましたが、そうでなければ何もないままに口頭だけで説明するところでしたよ」

 

 A-01や207Bの訓練データが映像なども含め溜まりつつはあるが、その多くはまだまだ未整理な物だ。今のところXM3に関してもっとも判りやすい説明というのは、207Bの教導の為にまりもが纏めた即席の教本だというのが実情である。

 まして開発衛士を務めた、そして今まさに新型戦術機の開発主任に就いているような人物相手に、一切の準備なく滑らかに説明できるほど、武はXM3の全容を把握しているわけではない。

 

 

 

 

 

 

「ふん。XM3の方はまあ良いわ。その斯衛の中尉、御剣に対してはどうだったの?」

 こちらが本題だとばかりに、夕呼は話を切り替える。

 

「あ~月詠中尉が断りを入れていましたが、まったく信じているようには見えませんでしたね。最初は『御剣冥夜訓練兵』という偽装を何とか受け入れようと、挙動不審でした」

 

 唯依は結局最後まで勘違いしたままだった。

 そして譜代武家として教育されてきた結果か生来の気質からか、冥夜に対しては上官として振る舞うべきなのか、御忍びの将軍に対する態度とするべきなのか判断できないままに、ちぐはぐな対応を取っていた。

 

 ただ黄の強化装備を身に纏いシミュレータに乗る頃には、完全に意識は切り換えられていたのは間違いない。

 それ以降はあくまで分隊員として対応していたが、訓練後の虚脱した時の様子からしても、すでに冥夜のことよりもXM3に関する衝撃だけで許容範囲を超えていたということもありうる。

 

 

 

「なら、アンタがこの前言い出したネタは、進められそうってことね」

「御剣の使い道、ですか。あの様子だと思った以上に成功してしまいそうですよ。まさか譜代武家の次期当主でさえ疑問に思わないとは」

 

 先日、冥夜から悠陽の為にできることに自分を使えと言われて、ふと武が思いついたことがあったのだ。

 そもそも影武者として隠すように育てられてきたというが、逆にあからさまに前面に出てしまえば、いろいろと問題が解決できるのではと考えてしまった。

 

「控え控え~とか、上様の顔を~とかだったわよね?」

 

 夕呼が言葉にするように、武が言い出したのは時代劇の概要だ。

 「気のいい町人」が最後に「実は権力者」であると正体を明かして悪を制する。この国に限らず、よくある話の類型である。

 

「ええ。その逆を御剣訓練兵には演じていただきます。御剣冥夜には、完全に煌武院悠陽殿下の『陰』となってもらいます」

 計画説明ということもあり、武は自然と口調を改める。

 

「今、夕呼先生が挙げられたものは、ご存知の通り市井の娯楽作品です。これら作品において、劇中人物はその正体を知らずとも、観客は判っているという点が重要です」

 

 紫の武御雷を駆る「御剣訓練兵」と名乗る、「煌武院悠陽」に瓜二つの衛士。戦場でその姿を見た兵は、その正体をどう捉えるのか。

 事実はどうであれ、噂は流れる。殿下御自ら先陣を切っておられる、と。

 

「さらにたとえもし煌武院家の事情を知りつつ、その『御剣冥夜』の行いを苦々しく思う者がいたとしても、国連軍という立場が、彼の者の身を護ります」

 御剣冥夜が所属するのは在日とはいえ国連軍だ。帝国軍や城内省からは内々に抗議は出せても、直接的な命令は無理だ。

 

 

 

 現実的に前線には立てない悠陽に、冥夜が成り代わる。

 

 馬鹿げたように思える話だが、先日話した時にはターニャは笑って受け入れ、夕呼も否定はしなかった。

 

 表向きに二人にはXM3の絶好の広告塔になってもらえるとは言ったものの、武にもそれ以外の思惑はある。

 トライアルの後に斯衛へXM3が導入されることとなれば、第19独立警護小隊とともに冥夜は斯衛への教導補佐に回ることが予定されている。その際、悠陽への教導を冥夜が担当することにでもできれば、二人を半ば私的に会わせることも可能なはずだと、武は考えている。

 

(お節介だとは自分でも思うんだが、唯の姉妹としてわずかな時間でも二人を会わせたい)

 感傷に過ぎないと言われるかもしれないが、UL世界線でのクーデターの際に悠陽から聞いたいくつかの事情。そして先の桜花作戦においての、冥夜の末期の言葉がどうしても心に刺さっているのだ。

 

 

 

「でもそれは御剣という存在を消すことになる。本人判ってるの?」

「御剣なら、殿下の為になると判れば受け入れますよ」

 

 今後、いかに冥夜が武勲を立てても、それは「御剣冥夜」を騙った煌武院悠陽の実績となる。それどころか下手をすると御剣の家を継ぐことさえ不可能になる可能性もある。

 それでも自身が身代わりとなることで、少しでも悠陽の負担が減ると感じれば、冥夜は間違いなくこの話に乗ってくる。

 

「将軍家の政治利用だとか煩く言いだしそうなのもいるけど、そっちは?」

「それこそ炙り出すのにいい口実でしょう。そもそも将軍家とか王家とかは、政治利用するのもされるのも専門なんですから」

 

 ただ、冥夜自身は納得しても悠陽やその周辺がどう捉えるか、という点は問題だ。

 この世界線では、今のところ在日米軍が日本から撤退するということも、国内にG弾を投下したという事実もなく、日米関係は比較的良好だ。それでも今後九州の防衛戦が開始されれば、武の知る世界線と同様の流れとなる可能性は否定しきれない。

 そしてこの世界線においても、国粋主義的な若手将校たちが、アメリカの言いなりになっている政府への不満をくすぶらせているという。

 

 そんな状況に、在日国連軍が悠陽の名を勝手に使っていると知れれば、間違いなく不満が吹き上がる。が不満をあげてくれれば、警戒する対象も判りやすく、対処も可能になる。

 

 

 

 

 

 

「と言いますか、良いか悪いかということでしたら、そもそもこの話って夕呼先生にはあまり利点が無いように思うんですが」

「そうね。あたしには利点が薄い。ただ、あの事務次官補が、妙に拘ってるのよねぇ……アメリカ国内の意向を直接参戦する方向に変えたいみたいで、ね」

 武の疑問をあっさりと肯定する。

 

「ま、事務次官補の考えとは別に、こちらとしても実のところけっこう便利になりそうなのよね。御剣を差し出してきたときにはどうしてやろうかと思っていたけど、そういう使い方なら、帝国の小煩い連中には口出しさせないし、安保理にもハッタリが効かせられるわ」

 

 そしてなによりもアメリカに対しては、人を出さないなら金を出せ、と言える。

 この辺り、ターニャはアメリカ軍の大規模動員を画策しているようだが、夕呼にしてみれば無駄に口を差し挟まずに金を出してくれるだけの方が楽なのだろう。

 

 

 

 その上で付け加えてくるのは、今や共犯者ともいえるターニャの動向だ。

 

「次のアメリカの中枢に繋がる人材と、それをサポートするに足るだけの兵力を、喀什攻略に参加させる。おそらくはあの事務次官補が画策しているのはそんなところでしょうね」

 もちろんそれだけではないでしょうね、と他にもいくつか想定できそうな要因を思い浮かべているのだろうが、口には出さない。武には今はまだ伝えるべきではない、ということなのだろう。

 

「……さすがにあの人でも無理じゃないですか、それ?」

 それでも今言われたことだけでも、なかなかに難しい問題だというのは、武にも判る。

 この時点においてさえ、今なおアメリカは対BETA戦に、全力で取り組んでいるわけではないのだ。

 

 アメリカが対BETA戦に対して積極的攻勢に出たことは、BETA大戦が勃発して以来、まだ無い。失敗したものの一大反攻作戦であった1978年のパレオロゴス作戦でさえ、アメリカはNATOの一環として参加しているもののあくまで補助的な立場だった。

 

 武の記憶の中でさえ、アメリカが攻勢に出たのは桜花作戦かバビロン作戦のどちらかだけだ。

 そして現状では桜花作戦の時ほどに、アメリカを動かすことができそうなほどの情報があるとは、武には思えない。

 

 1974年のアサバスカへの核攻撃以来、国土をBETAの危機から完全に遠ざけているアメリカは、国民だけでなく政府でさえ戦時下であるという意識が薄いように武には感じられる。実戦証明されているわけでもないG弾、その大量投入による大規模反攻作戦などという半ば夢想じみた計画が政府や軍内部で主流となってしまうくらいには、前線から意識が離れているのだ。

 

 

 

「御剣冥夜が将軍家所縁の者、いえ将軍の双子の妹だというのは諸外国に対しては告げる必要はないけど、隠すこともない。高貴なる者の義務なんて陳腐な言い方だけど、それをチラつかせるだけでも交渉のカードにはなるわ」

 

 ユーロやアフリカ諸国では貴族や王家の者が既に前線に立っている。だがこれはあくまで防衛においてのみだ。

 今後、喀什を皮切りに攻勢に出る際、日本帝国が将軍家の者を前線に差し出しているのに対し、アメリカが派遣していたのがグリーンカード目当ての連中だけという状況では、戦勝後の発言力にも関わってくる。

 

「捕らぬ狸の皮算用、でしたっけ? 勝てるとも知れない特攻じみた作戦に、アメリカがそこまで乗ってきますか?」

「だから。乗らせるための一手なんでしょうね。欲しい物があるなら自分らで取りに行けとでも言うんじゃないかしら?」

「あ~つまり、御剣に並ぶくらいはにアメリカ政府の中枢に近しい誰かさんに、先陣を切らせて実績を作っておく必要があるってことですか」

 

 アメリカが狙っているのは、ハイヴ内部の「アトリエ」と呼称されるG元素の貯蔵エリア、そこに蓄積されている資源である。

 払った犠牲に応じて報酬を受け取るという意味では、移民希望者の死体が積み上がるだけでは説得力が薄い。政治的な意味合いにおいて、純粋な兵力だけでなく、それなりの地位ある者たちの参戦がどうしても宣伝として必要となる。

 

「まあ内実はどうあれ、兵力出してくれるなら助かりますよ」

 それでも武としては、喀什の攻略にはアメリカの協力が絶対に必要だと考えている。第四から出せる説得材料が薄い現状、ターニャの働きに期待するしかないところもある。

 

「白銀。これはちょっとした忠告よ。事務次官補に飲み込まれないように注意しておきなさい」

 そんな風にターニャに期待している様子を見せた武に、夕呼はおちゃらけた作り笑いを消し、いつか見たような教師の顔で言葉を告げる。

 

 

 

「ターニャ・デグレチャフと白銀武とが思い描く『BETA大戦後の世界』は別の物よ」

 

 

 

 

 

 




なんとか週1回更新は維持してみましたという感じですが、もしかしたら後々ちょこちょこと修正するかもです。

冥夜さんだけは普通にしておくとどうしても国連軍士官には任官させようが無さそうなので、ちょっと強引な状況に持って行ってます。で鎧衣課長まで出てくるはずだったのですが、次回以降に。たぶん今頃エアダクトの中で出る機会を伺っているいるはず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過誤の恐察

「デグレチャフ事務次官補が何を目指しておられるのかは、正直なところ俺にはよくは判りませんが、それでもあの方がBETAの地球から、いえ太陽系からの根絶を推し進めているという点には疑問を挟みませんよ」

 

 夕呼から、ターニャと武とが思い描く「BETA大戦後の世界」は別の物だ、と言われても武としてはさしたる問題には感じられなかった。

 まずは喀什の重頭脳級を潰し、BETAの対人類戦略を停滞させるという目的が共有できていれば、協力関係は続けられると考えている。

 

 単純に「人類の勝利」や「世界平和」とお題目を唱えるには、武も様々な記憶を持ちすぎている。

 第一に、何を以ってして「勝利」と定義するのかさえ不明確なのだ。

 

 もしバビロン作戦が計画通りに成功したとしても、重力異常地帯が半永久的に残り国土の復興もできず、まして先祖から受け継いだ土地をも失ってしまいただ生き延びただけというのであれば、けっして勝利とは思えない。

 

 かつては、ただ単純に人類が団結しBETAを駆逐することだけが優先されるべきだといった子供じみた夢想に取り付かれていたこともあったが、今は少し違う。人が人として生きていくためには、何らかの尊厳が必要だ、というくらいには武も理解するようにはなった。

 

 そして、ターニャの言葉の端々からは、確固とした護るべき理念が感じられる。

 その理念の内容の良し悪しはともかく、今なおまともな立脚点を見出せていないと思っている武には少しばかり眩しく見えることもある。

 

 

 

「まったく考えていないわけでもなさそうだけど、それだと赤点よね」

「えっ?」

 夕呼は、まるで武の記憶にある教師のように回答を採点し、かつダメ出しをする。

 そして軽くカップを振って、お代わりを要求してくる。眠気覚ましの代替コーヒーがさらに必要なくらいの話、ということだろう

 

「今、ターニャ・デグレチャフと名乗る人物は『いくつかの別世界で複数回の生を受けた』とはあたしに説明したわ。この世界においては、アンタも聞いてたはずだけど『原作知識持ち』だとも」

「え、ええ。その話は以前に聞きましたね」

 

 今更何を再確認しようとしているのかが、武には判り辛く、ただ頷くことしかできない。

 

「いくつかの別世界とか誤魔化してはいるけど、本人が認めているのはこの世界と、あとはアンタの記憶の根幹になっているEX世界線に類似した世界、くらいよ。ここまではいいかしら」

「ですね。具体的には聞いていませんが、たしか2010年代まではそっちで生きていたとは話しておられたと記憶しています」

 

 おそらくはわざと漏らした情報だろうとは、あの時も武は感じた。武の持つ未来知識よりもさらに先を知っているということを、夕呼に伝えておきたかったのだろう。

 

「で、その二つ以外はあまりハッキリしたことは明らかにしてないのよね、あの事務次官補。社も今は読み取れないという話だし」

 

 第六世代とはいえ霞の持つリーディングは万能の読み取り能力ではない。雑念が混ざっている意識は見えづらいとも聞くし、そもそも読むことは身体にも精神にもかなりの負担が掛かるらしい。そして基本的には言語ではなく絵として見ているようで、それを第三者に明確に伝えるには、霞は少々絵心に欠けている。

 

 

 

「で、ちょっと確認するけど。アンタなんで衛士になってBETAと戦おうなんて思ったの?」

「最初はロボットに乗れるって舞い上がってのことでしたが、次はあんな結末を受け入れたくないっていう反抗心、みたいなものですかね? 今は、というか今回はそもそも衛士訓練兵だったし、世界線が違うとはいえ皆には死んで欲しくないですから」

 今更ながらにそれを問うかとも思ってしまうが、なにか話の流れで必要なことなのだろうと、いつか口にしたようなことを答える。

 

「まあ軍人が戦うには当たり前の理由よね」

 夕呼もあっさりと受け入れる。結局のところ軍人が戦うのは、仕事としての金や名誉のためか、前線の兵士であれば横に並ぶ仲間のためだ。

 

「でも、ね。あのターニャ・デグレチャフはそうじゃない」

 

「あ~言われてみれば、知り合いを助けるためとかそういう人じゃないですね」

「ちょっと違うわ。そういう面でも異質なんだけど、アンタが戦おうとするのは、このままだと数年後には人類が敗北するって判ってるからでしょ?」

「それは、夕呼先生もそうでしょ? 人類に残された時間は10年程度だっていうのは、ここでもそう変わってなさそうですし」

 

 武の知る世界戦よりも、ターニャの介入によって極東戦線ははるかに長く抵抗を続けている。それでも先日には朝鮮半島からの撤退が始まっており、九州への進行が確実視されてきた。少しばかりは伸びているとはいえ、このままでは良くて5年程度の余裕が生まれているに過ぎない。

 

「まあ、そう言われてしまえばあたしも何も残せずに死にたいわけじゃないからね。でもね白銀、よく考えてみなさい」

 

 

 

「ターニャ・デグレチャフはアメリカ合衆国国民であり、すでに齢70を超えている」

「……あ」

 

 武にはターニャの印象が、あの目付きの鋭すぎる幼女姿で刷り込まれているが、実際はすでに老境の域に達しているのだ。

 

「原作知識?だったっけ。それで第五が発動したとしても2005年くらいまではこの世界でも生きていける。その頃には80前後よ? 他世界の知識があるというのなら、アメリカでそれなりの職に就いて、十分に大往生できるはずなのよ」

 

 今のBETA対戦に陥っているこの世界においてさえ、あたりまえに生きる程度であれば、ターニャは一般的には幸福な生活を約束されていたはずなのだ。

 

「ターニャ・デグレチャフの経歴は見たかしら? 軍に入るのはまだしも理解できる。キャリアパスとは少し意味合いが異なるけど、あの国においては今なお軍人というのは出世という意味では一つの最適解ではある」

 

 軍、それも高級士官ともなれば人脈としても強力であり、軍人上がりの政治家や企業家など、合衆国においては珍しいものではない。

 

「でもね、光線級が出現したら衰退するのを『知っている』はずの空軍に入ったのは、ディグニファイド12に選抜されるためとしか考えられない。そして『月は地獄だ』とまで言われることが判っているのに、わざわざ自ら向かったのよ」

 

 1959年に、国連は特務調査機関として「ディグニファイド12」を創設する。異星起源種とのコミュニケーションを目的として召集された12人は、当然ながらその多くは学者であった。が、ターニャは軍人としてそこに潜り込み、友好的接触を図ろうとする機関の基本方針とは間逆に、最初期から敵対存在であるとかもしれぬと警鐘を鳴らし続けたのだ。

 当時の合衆国での宇宙開発は空軍が主導していた。月に行くためには海でも陸でもダメだったのだろう。

 

「普通に考えれば、自殺行為よ。避けられる危険は避けて当然。生きて帰って来ていること自体、非常識だとまで言われているわ」

 

 そしてターニャ・デグレチャフはサクロボスコ事件から始まる第一次月面戦争を貧弱な装備で戦い抜き、月面帰りの超国家的思想集団たるルナリアンと呼ばれるような人脈を形成していく。

 

 

 

「そこまでして根回ししてやったのが反乱紛いの喀什への核攻撃よ。実現はされなかったとはいえ、それが成功していればどうなったと思う?」

「正直、口にしたい言葉ではないですが……最小の犠牲で最大の効果は挙げられたと思います。喀什周辺の核汚染だけで、ユーラシアは無事だったんじゃないかと」

「それはちょっと違うかもしれないわね。アンタはどうしても対BETA戦にのみ意識が行ってる」

 

 クスリと笑い、先ほどと同じく少しばかり解答を間違えたような生徒に対するような反応を返す。

 

「宇宙からの侵略とはいえ、中国国内に許可なく第三国が核攻撃するのよ? 中ソがそろって反発して第三次世界大戦、それも核兵器の相互使用が予測されるような大戦が勃発していてもおかしくないわね」

「あ」

 

 ――撃ってしまえばよかったのだ。それでこの大戦が防げたのに。

 

 そう言ってしまえるのは後知恵だ

 それは、ユーラシアが墜ち総人口が10億程度となってしまった今だからこそ言える言葉なのだ。

 

 撃つべきだった、確かに武はそう思う。

 だがもし本当にあの時点でアメリカが中国国内に向けて、たとえそれがBETAなどという人類にとっての厄災以外の何物でもない存在だったとしても、おそらくは第三次大戦の引き金となったことは間違いない。

 

 

 

「そんな程度のことが、あの事務次官補に想像できなかったはずがない。これは良いわね?」

「え、ええ。そう、ですね」

 

「つまりは、ターニャ・デグレチャフという人物は、三次大戦が起こったとしてもBETAの地球落着を防ぎたかった。あるいは……」

「あるいは、対BETA戦は軌道上での迎撃を徹底させ、その横で自由主義と共産主義との三次大戦を画策していた、ですか」

 

 夕呼がどういう方向に話を持って行きたがっていたのか、ここに来てようやく武にも理解できた。結局、ターニャが優先しているのが対BETAなのか対共産主義なのか、夕呼でさえ判断し切れていない、ということなのだ。

 

「アンタの知るEX世界線ではソビエトは崩壊して、ロシアに戻ってるんだったっけ?」

「ええ。大国ではありますが、経済的には苦しいって教えられました。あと10年もしたら、アメリカと並んでるのはロシアじゃなくて中国じゃないかって話もありましたね」

「その10年後の世界を、『ターニャ・デグレチャフ』になる前の人物は知ってるのよ」

 

「……まさか共産主義国家として強大化する中国を危険視して、喀什への核攻撃を理由に大戦を勃発させ先に潰しておく予定だった、とかいう話ですか?」

「そこまでは言わないけど、そうなっても問題ではない、とは考えていたでしょうね」

 

 二人ともに、さすがにそれは陰謀論じみた考えだろう、と笑い飛ばすことも難しい。

 

「それにアンタのUL世界線でのレポートを見る限り、統一中華戦線は問題を抱えながらも何とか組織としての体裁は整えて、BETAとの戦いを続けてたのよね? この世界のそれとは比べようもないわね」

「中国側に、BETA大戦後の復興の機会を与えないため、でしょうか。国共合作を阻止しようと、何か介入はされていたようですけど」

 

 この世界における国共合作の成り立っていない統一中華戦線は、名前だけの連絡機関程度のものに過ぎない。

 座学で学んだ重慶防衛の経緯を見ても、ターニャが何らかの介入をしてきたことは明白だ。そしてそれは対BETA戦を優位に進めるためだけではなく、間違いなく中国共産党の国力を削ぐことも意図されていた。

 

「アンタがBETA大戦後の世界をどう考えてるかは知らないけど、間違いなくデグレチャフ事務次官補は、自らが思い描く世界像に向けて活動している。それを踏まえて、今後の対応を常に考えておきなさい」

 空になったカップを掲げ、話は終わりとばかりに今度は本物のコーヒーを催促する。

 

 

 

 

「俺も一杯ご相伴に預かりますよ」

「ふむ。良い香りですな。私にも一杯頂けるかね、白銀武」

 

 意識を切り替えるうえでも、せっかくの機会でもあるので自分用にもコーヒーを落とそうかと準備を始めたところ、部屋の片隅からいきなりに声をかけられる。

 

「って、ぅえっ?」

「はじめましてかな白銀武。私は微妙に怪しい者だ」

 トレンチコートにソフト帽という如何にもな格好は、武の知る人物そのものだが、さすがに心の準備のないままに傍に出現されれば、満足な対応もできない。

 

「失礼いたしました、鎧衣課長。ご子息の鎧衣尊人さんにはお世話になっております」

 少しばかり自分のペースに戻すためにも、少々慇懃無礼に挨拶を返す。

 深い付き合いがあるとは決して言えないが、この人と話し出すと無駄に長くなる、という程度には相手を理解している。そしてあまり鎧衣課長の相手をしていれば夕呼の機嫌が悪くなりそうなのは、この世界線でも同様のようだ。

 

「ソイツに出すコーヒーなんてないわよ。そっちの泥水注いでなさい」

「おや、それは残念ですな。せっかくのハワイ土産、香月博士に先にご賞味していただきたかったのですが」

 

 二人のやり取りを背後に、失礼いたしますと簡単に断りは入れたうえでコーヒーを淹れる作業に戻る

 

「ふむ。療養明けだという割には、良い肉の付き方だな。アフリカのとある部族では肉体を鍛え上げるために牛を持ち上げるとも聞くが……」

「そこまではしていませんよ。それは身体壊します」

 

 訓練制服の上からでも、身体付きは読めるようだ。あるいはそれさえもブラフという可能性も、この人物の場合はありうる。むしろ武の身体調書などはすべて把握されていると考えるべきだ。

 

 

 

「で、さっさとその泥水飲み込んで用件を言いなさい」

 少しばかり機嫌が上向いていた夕呼だったが、鎧衣課長の出現でその気配も吹き飛んだようだ。用件が無ければ引きずり出すとばかりに睨み付けている。

 

「このところ『月の後継者』あるいは『月の子供たち』などという興味深い言葉が各地で囁かれておりまして」

「なにその安直な名付けは? ケンカ売ってるのかしら」

 

 月の後継者。

 先日も少し耳にしたが、それが何を意味しているのかそして誰を指し示しているのか、武にも予想はつくものの断言するのは正直なところ気が引ける

 

「流石は聡明な香月博士、お気付きになられましたか」

「気付かないはずがないでしょ。それにしてもあたしがデグレチャフ事務次官補の庇護下に入った、いえ後継になるとでも言いたげね」

「そう判断する輩がいる、ということは事実ですな」

 

 鎧衣は、自身、引いては帝国情報省がそう考えているわけではない、と一応は予防線を張っている。

 ただ客観的に見れば、これまでは合衆国の出先機関であったかのようなJASRAが、第四計画と距離を詰めているのだ。日米間のみの話であれば協力関係の強化だと明るく考えることもできなくはないが、他国からしてみれば米国の一強化がまた進んでいるようにしか見えないのだろう。

 

 

 

 月面戦争から付き従う生粋の「ルナリアン」は生き残っている者であってもターニャ同様にもうかなりの高齢だ。もちろん年齢と経歴に見合った地位を保っている者も居るが、多くはすでに引退している。

 そしてユーロ戦線から続くターニャの築き上げた実績からルナリアン派閥とでも言えるような人脈は確実に各国に拡がっている。が、ターニャを継げるだけの人材がいなかった。

 かつての副官であったジョン・ウォーケンが存命であったならば、おそらくは彼がその位置に着いたのだろうが、既に故人である。たとえ同じ血筋とはいえ、今の副官のアルフレッド・ウォーケンではまだ実績が足りない。

 

「ああ面倒くさい。それでこのところ嫌がらせが増えてるって、ことね」

 

 第四には数が減りつつあるとはいえ、もともとは連隊規模の戦術機甲部隊が与えられている。

 逆にJASRAは原則的には事務方であり、配下には兵力はない。

 

 ――デグレチャフに兵を与えるな。

 

 それがかつて反乱じみた策を図られたアメリカ、また人民を磨り潰すような撤退戦を指揮されたユーロの、一つの総意だ。

 そもそもがターニャが極東アジア方面にこの15年ほど居座っているのは、英米の主戦場であるユーロ戦線から引きはがし、さらにターニャには直接戦力を与えない、という方針ができているからだった。

 

 ここに来ての第四への接近は、ターニャが最後に何かしようとしているのではないかという邪推と、後継者として香月夕呼が選ばれたのではないかという予測だ。

 

 

 

「もしかして鉄原でのG弾の無警告使用って……」

「香月博士への警鐘ではなく、事務次官補に向けたものかと」

 

 武にしても、帝国の目と鼻の先、朝鮮半島で無警告で使用されたために、第四への警告かと受け取ってしまっていた。が、そもそも現場にいたターニャへの警告であると鎧衣は判断している。

 

 そして今、ターニャの要望を受けて夕呼が鎧衣課長を通してまで、非公式の拝謁の機会を取り付けたのだ。たしかにこれは横から見れば、間違いなく香月夕呼がターニャ・デグレチャフの派閥に入ったと見られても当然である。

 

 

 

「では明日早朝、あらためてデグレチャフ事務次官補と白銀特務少尉をお迎えに参上いたしましょう」

「は? 明日、早朝……ですか? なにか予定がありましたか?」

「なに言ってるの白銀。アンタが言い出した会談よ。さっさと準備しておきなさい」

 

「え? 会談って、斯衛の皆様との、ですか?」

「そうに決まってるでしょ。そっちはそっちで準備があるでしょうから、さっさと出て行きなさい」

「明日、それも早朝からですかっ!?」

 

 想定していなかったわけではないが、最重要の会談がいきなり確定している。

 押し出されるように鎧衣課長ともども廊下に出されるが、何をあらためて用意しておくべきかと気が急くが、少し焦って考えが纏まらない。

 

 鎧衣課長から、こちらは土産だといつか見たモアイ像を手渡され、盗聴器は仕込んであると言われたものの満足に驚くことさえもできなかった。

 

 

 

 とりあえずは、何かと確認するためにハンガーに向かうしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 




デグさんの事情(の極一部)を知っている人間二人が横から眺めてみても、やっぱりキグルイ月面人の可能性が否定できないんじゃないかなぁ……みたいなところです。

そして書いててなんですがデグさんの場合、たぶん三次大戦が起こっていたとしても共産主義とBETAとの異種二方面作戦を平気で展開しそうな気がしないでもない……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

習練の結集

 207訓練小隊に割り当てられているハンガーは、規模的には特筆すべきところもないものだが、複数種の戦術機が並べられている上に、国連軍と斯衛との整備班とがそれぞれ独立して作業をこなすために非常に煩雑な印象がある。

 

 XM3という新機軸のOSの試験採用部隊という面が大きいため、ソフト的には各種の動作データ収集や、ハード面ではオーバーホールに近しいまでの各種パーツの疲労度確認など、この場にいる整備の皆がなすべきことは一般的な整備とはまた別の重責が掛かっている。

 前線とはまた違った緊張感が漂っているが、そこには新しく何かを作り出そうという熱気が篭っていた。

 

 

 

「で、何で就寝前の自由時間だってのに、みんなここにいるんだ?」

 

 夕食時には明日のシミュレータ訓練のための自習を自室で行うという話だったのだが、207Bの皆はなぜかそれぞれ自機の整備を手伝っていた。

 

「あははー何だがソワソワしてて、ゆっくりできなくて」

「基地の皆さんも、ね。最初PXで少し話そうかとも行ったんですけど、どこかしら緊張した雰囲気で……」

 

 尊人や壬姫が感じているのは、XM3トライアルの前のどこか浮ついた緊張感なのだろう。207Bにはトライアルの件は前日まで秘匿されたままに教導が続けられる予定なので、状況が判らないのは仕方がない。

 

「こんな雰囲気で部屋で明日の予習してるのも落ち着かないってことになって、こっちに来てたのよ」

「……走るよりも疲れるけどね」

「あなたねっ!?」

 千鶴もいい訳じみた言葉を紡ぐが、慧の半ば照れ隠しにはいつものように怒ってしまう。

 

 整備班の手伝い自体は、専門外ということでとくに推奨されているわけではないが、単純作業でも手伝えることがあるのならばと、禁止されているわけでもなかった。戦術機への理解が深まるという利点もあり、整備の邪魔にならない範囲であれば、と許可されていた。

 

 

 

「そういうタケルちゃんはこんな時間にどうしたの?」

「あ、ああ。俺も特に仕事というわけじゃないんだが、ちょっと確認しておきたいデータなんかもあってな」

 

 慧ではないが、走りこんで頭を空っぽにするのも普通ならば良いのだが、明日には斯衛へXM3の非公式な提示、そして煌武院悠陽の名を借りるための重要な会談が予定されている。疲れきった身体でその場の勢いだけで乗り切れるものではないはずだ。

 

「……まったくふしぜん」

「いや、俺だって書類仕事はこなしてるからな?」

 

 慧が心底珍しいものを見たとばかりに口を挟んでくるが、武とて教導補助という立場もあり、最低限の事務作業は処理している。けっして得意とは言わないが、UL世界線では任官後は千鶴ではなく武が小隊長を任命されていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 武が来たことで他の207Bの作業の手が止まってしまったこともあり、なにやら話が長くなりそうだとでも思ったのか、整備班長が気を利かせてハンガー横の作業テーブルを空けてくれる。

 それどころか、以前にターニャや武が差し入れた甘物とお茶まで用意してくれた。

 

(あ~明日帝都で何か買ってこなきゃマズいな)

 

 武は少しばかり恐縮していたが、皆がそれぞれに礼を告げ、手馴れた様子でノートなどを用意していくところを見るとこういうことは今日が初めてというわけでもなさそうだ。

 

「そういえば、俺がハンガーでこうやって話すのは、実は初めてか」

「白銀がいるのは、けっこうしんせん」

「白銀さん、なにかと忙しそうですからねー」

 

 以前の世界線の、訓練で処を同じくして過ごしていた日々を思い出すと、自らが選んだ立場とはいえ少しばかりは寂しく思う。

 

「整備の邪魔にならないんなら、こっちで寝泊りするくらいでもいいんだが、訓練兵だと時間がないからなぁ。まず第一に……」

「まずは何より体力だよね、タケルちゃん」

「そういうことだ。良く判ってきたじゃないか、鑑も」

 

「まだまだ、だよ。いろいろと足りないのが判ってきたくらい、かな」

 武がまっすぐに褒めると、相好を崩して笑うかと思ったが、純夏は記憶ではあまり見たことのないわずかに凛々しげな笑いで自らの力不足を告げる。

 

(やっぱり少しずつは違ってきてる……んだよな?)

 武にしても、最初は、以前の世界線で皆を失ったことを意識し続けるために、名前や渾名などでは呼ばないようにと気を使ってきた。が、いつしか皆を苗字で呼ぶことに慣れるどころか、違和感さえ抱かなくなっていた。

 

 

 

「あなたが指示する機動に着いていくには、基礎体力の向上は必須だとは判ってるわよ。なんなのよアレ、噴射跳躍の三秒後に地面に向けて噴射跳躍とか、並みの体力だとお腹千切れるわよ」

「アレはまさにごうもん」

 千鶴の言葉に珍しく慧が素直に同意している。その程度には厳しいようだ。

 

「あ~将来的には必須の挙動だから、慣れてくれ。というか鑑じゃないけど体力付けろ」

 

 光線級のほんの数秒の初期照射の間に、噴出跳躍により距離を稼ぎ、かつ他のBETAを盾とするため地表に戻る一連の機動だ。機動自体はコンボ選択で可能ではあるが、必要とされるタイミングを身に付けることと、それに耐えられるだけの体力は別に必要だ。

 

「アレはきついよーお昼食べた後の実機訓練ではやりたくないよ」

 おそらくは隊内でも一番体力のありそうな尊人であっても、上下方向に掛かるGがいきなり反転するのは苦しいようだ。

 壬姫にいたっては機動を思い出しただけで、顔を真っ青にしている。

 

 

 

「あの機動の意図も重要性も判らなくも無いゆえ、耐えられるようには精進は積ませてもらう」

 まだまだ苦しいがなとは言いながら、冥夜もなにやら決意を固めている。

 先ほどから普段以上に言葉少なく、他の皆とは少し距離を取っているような態度だったが、一人殻に篭っているわけでもなさそうだ。

 

「あれ? 俺ってあの機動の使いどころって説明してないよな?」

 光線級からは逃れられないという既存の固定概念に囚われないように、最重要の回避機動だということだけを伝えて繰り返し練習させてきたはずだ。

 

「光線級吶喊の際のみならず、光線属種の存在する戦域であっても、戦術機で飛べるようにする、そういうことであろう?」

「……ご推察のとおりです」

 

 BETAの種別説明と機動概念を考慮すれば予測はついた、とまで言われてしまう。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいっ! あななたち、それ本気で言ってるの!?」

「光線級の事前照射、ある意味で照準だな。これが3秒ほどか? これと第三世代機の対レーザー蒸散塗膜と合わせれば、回避可能な時間は5秒以上はある。高度にもよるが地表を掃討して降り立つまでの余裕は無くもないな」

 

 千鶴が驚きのあまり立ち上がるが、冥夜は涼しげなものだ。繰り返し練習している機動の先を想定して説明を加えている。

 

「こういう言い方は嫌いだけど、あなたやっぱりおかしいわよ」

「……しろがねはへんたい。純然たる褒め言葉、だよ?」

「いや、まったく褒められてる気がしねぇ」

 

 説明したのは冥夜のはずだが、なぜか矛先が武に向かってきている。たしかに機動を考案したのも教練に組み込んでいるのも武なので、反論は難しい。

 

 

 

 

 

 

「まあちょうど良いわ。明日のシミュレータ訓練、あの提示された状況をどうやって解決するか、よ」

 

 意識を切り替えたのか、千鶴は落ち着いた素振りで話を戻す。そもそも就寝時間が近いこの時間まで集まっていたのは、明日の訓練をどう乗り越えるかを話し合うためだ。

 

 207Bの午前中のシミュレーション訓練は、実機では再現しにくいハイヴ侵攻や大規模戦を想定したものが主体となっている。ただハイヴ侵攻訓練では、既存のヴォールク・データを用いているわけではない。武が持ち込んだ喀什のデータを盛り込んだものだ。

 

 そしてある意味で「宿題」として今日言い渡されたのは、ハイヴ侵攻ではなく大規模防衛線の一翼を担うことを想定されたものだった。

 

 

 

「先行していた戦術機甲大隊が壊滅、臨時の防衛線を構築する。が、前方10キロの地点に小隊規模の生存部隊あり。大型種はいまだ確認されないものの後10~15分程度で、接触予定。生存部隊との間には、戦車級を主体とした小型種が300体ほど広がっている。我々に与えられているのは戦術機1個中隊12機……ここまではいいわね?」

 

 あらためて千鶴が状況設定を読み上げる。

 

「想定しやすいように、中隊のメンバーはお前たち6人と元207Aの連中、か。ただし、俺はいないけどなっ」

 やはり少しばかり疎外感は感じるものの、そこは仕方がないと無理やりに割り切る。

 

「あはははー白銀さんがいたら、独りで突貫して皆救い出してきちゃいそうだからね」

「いや珠瀬、ちょっと待て。それは俺でも無理だ」

 

「あと御剣も含め、機体は不知火とする。弾薬や燃料の充足率は7割、か」

 与えられた条件を口にしながら、さてどうすべきかと武も考え込む

 

 

 

「で、教導補佐のあなたに聞いて良いのか判らないけど、白銀ならどうするの?」

「俺が補佐として入ってるのは戦術機の機動面だけだから、な。戦術や指揮系統の座学に関しては答えても問題ねぇよ」

 

 そもそもが武が細かく口を出しているのは、戦術機の操縦面だ。このシミュレータ用の設定にしても、まりもが組み上げたもので武は関与していない。

 

「で、だ。いかに残存部隊救出のためとはいえ、下手に防衛線を崩して後方に危険をもたらすくらいならば、前方の四人は見殺しにする」

「却下よ。一応はそれも考えたけどね」

 

 一案ではあるが、と断りを入れた上で最悪の答えを言うが、千鶴が代表して切り捨ててくる。他の5人も同じ考えらしく、皆揃って頷いている。

 

「だろうな。今回の場合は防衛線に負担を掛けずに救出が可能なケースだ。時間的にも距離的にも、BETAの後続まで余裕がある。群がっている戦車級さえどうにかできれば問題は解決する」

 

 

「救出はしたい、よね」

「でも、防衛線の構築を第一義とするならば、中隊規模での突出は許可できない」

「見棄てる気?」

「まて。榊が言っているのはそういうことではないだろう。後ろには他に護るべき部隊が居るはずだ」

「そうだよねー防衛陣構築ってことは後ろに砲兵陣地とかがあるってことだよね」

「10キロって嫌な距離だよねぇ、飛んでいって帰ってくるってのはダメだよね」

「5キロまで近づく事が許可されれば、厳しい距離ですが撤退を支援する制圧射撃も可能です」

 

 ノートを広げテキスト捲りながらああだこうだと皆で言う合うものの、これと言って確実視できるような計画は立案できない。

 

 

 

(神宮寺教官が狙ってるのは、こういう話し合い、なんだろうな)

 

 指揮をする側にいつかは立つだろうとはいえ、207Bの6人は今はまだ訓練兵だ。が、まりもと武とは207Bへの教導には、小隊・中隊規模の指揮官訓練の一環を前倒しで座学に組み込み、シミュレータでも幾度か再現している。

 指揮する側の意図を理解することで、命令の意味を十全に捉え、適切な行動を取れるようにするためだ。

 

 207Bの教導は、時間的に余裕があるとはいえないが、けっして即席の教育を施しているわけではないのだ。

 

 

 

「しかし、前線で孤立し半壊した味方部隊の救出、か」

 活発に話し合いながらも解決策にたどり着かない皆を見ながら、武は問題となっている点を呟く。

 そして他の者たちならどうするのか、と考え込んでいく。

 

(デグレチャフ事務次官補殿なら、無能者どもと切り捨てるか、逆に生き残った有能な者たちとして救助に向かうか……駄目だ、それさえも判らねぇ)

 先ほど夕呼に言われた話ではないが、ターニャの思考の根本は外面からでは判断しにくい。なにやら本人の中では最適解が出来上がっているのかもしれないが、切り捨てるものが多すぎて、何を優先しているのかが見えてこないのだ。

 

「他の指揮官、たとえばウォーケン少佐や沙霧大尉、伊隅大尉ならどうなんだ? いや違うな、立場が中隊規模じゃねぇ……ってあれ? 何で手持ちの中隊だけで考えてるんだ?」

 

 武の知る、戦術機部隊の指揮官を思い出しながら、ふと思いついたことが口から漏れる。それこそが解法なのだと、閃いた。

 想定状況を読み直せ、と以前皆に言ったことを自分に言い聞かせながらに、考えを見直していく。

 

 

 

「なあ今のところ出ている案は、結局どういうものだ?」

「細かな差異はあれ、後衛が5キロ地点まで前進、そこからの支援砲撃を受けつつ、前衛で救出、という流れよ」

 

 武の問いに、千鶴が代表して答える。

 武自身も含め、配分する機体の数や後衛が前進する距離に細かな違いはあれど、大筋ではそのような考えだ。

 

「与えられた中隊のうち、どれだけの戦力を割り振るかで意見が食い違ってる、といったところだよな?」

「そうね、できる限り防衛線に穴は空けたくはないけど、小隊規模の生存機を救出するには、それなりの数を前に送りたい」

「タケルちゃんみたいに一機で突っ込んでいくーってのは絶対ナシだよ」

 

 皆が悩んでいる点を確認してみれば、結局はどれだけ少ない数で前に出ればいいかということだ。

 

 

 

 ちょっといいか、と皆の注意を集めて、気付いた点を話し始める。

 

「まずは俺を含めてだが、全員間違っているのは、だ。手持ちの中隊だけでどうにかしようというのが駄目なんだと思う」

「え? でも想定では戦術機一個中隊でって」

「戦術機一個中隊だけで防衛線構築してるわけじゃないだろ、榊?」

 

「ああっ、武が言いたいのって、所属する大隊に話を通せってことだよね?」

「……状況想定を読めって話?」

「二人のいうとおりだ。動き出す前に大隊長に一言入れるだけで状況がかなり楽になる、かもしれない」

 

 あくまで仮定の話だ。

 ただ、もし防衛線の絶対死守が再度命じられれば、そもそも救出に向かうための戦力配分を考える必要も無くなる。

 

「意見具申しろってことかしら?」

「大隊長ってのはまあ権限が大きくてな。割と無理が利く。防衛線を少しばかり前に出すくらいなら、なんとかなるだろう」

 

 想定状況は、おそらくは後方の砲兵部隊の援護も兼ねての防衛線構築。ここに先行していた大隊の残存部隊の存在を確認し、救出が可能かどうかというのが判断の一つ目。

 二つ目が今まで皆が悩んでいた戦力配分。一見すると重要だが、実戦であればほんの数秒で判断せねばならない点だ。本来ならば考え込むような問題ではない。

 三つ目がこそが重要なのだろう。まりもが仕組んだのは、上位の指揮官がどのような判断を下してくるか考えろ、という面だ。

 

 

 

「……防衛線の構築を兼ねて、大隊全隊を初期の想定よりも前方3キロ程度まで押し上げて貰う?」

「それだけ前に出ていいなら、支援射撃も当てやすいですね」

「5キロ超えで的確に当てられるのは珠瀬くらいのものでしょうが、撤退支援も考えれば十分ね」

「時間的余裕が無いから、手持ちの中隊からは前衛を1個分隊先行させておけばいいよね?」

「独断専行って怒られないかなぁ……でも大丈夫だよね?」

 

 再び議論が活発になるが、やはり冥夜は身を引いている。

 他の皆も冥夜の様子には気が付いているようだが、踏み込むべきか先送りにすべきか判断しあぐねている。

 

 

 

「ねえ御剣。参考程度に聞きたいんだけど、もし武御雷であれば、どういう手段を採るの?」

 武が口を挟むよりも先に、千鶴が冥夜に話を振る。

 隊内の問題は話し合え、という教えを忠実に守っているようだ。

 

「ふむ。今私が貸与されている機体であれば、という話に限定するが、良いか?」

「……それは不知火や吹雪では不可能な可能性がある、ということかしら?」

 話に乗ってきてくれたことには喜んでいるのだろうが、返ってきた答えのズレに、千鶴の反応も遅れる。

 

「うむ。間違いなく無理だ。いや熟練の衛士、それこそ神宮寺教官のような方であればこなしてしまうかもしれんが……」

 

 冥夜が提示した、武御雷を使っての作戦は非常にシンプルだ。

 二機の武御雷による分隊で、対地高度10以下を維持し、小型種を文字通りの意味で蹴散らしつつ、救出すべき地点までただまっすぐに飛ぶ。

 

「撤退時の経路確保という面もあるため、孤立している小隊のところまで上空を飛んでいく、という手段は取れんな。先ほどの回避機動の話ではないが、加速度的にはたとえ光線級警報が出ているような状況下でも、事前照射の内に届くのだが」

 

 10キロであれば、武御雷、それもR型の跳躍ユニットの出力であれば高度ゼロ・速度ゼロからであってもさほど時間を要さない。たとえ着地エリアの掃討に手間取ることを考慮しても、途中に一度足を着ける程度で済む。

 

 

 

「対地高度10って……3メートルじゃないっ!?」

「……いま白銀みたいなヘンな数字が聞こえた」

「武御雷は全身各所にカーボンブレードが装備されているが、爪先部分にもあってな。小型種であれば、匍匐飛行中に斬り開ける」

 

 あまりに非常識な高度設定に千鶴が再び飛び上がるように立ち上がるが、他の戦術機では難しいというのはそういうことだ、と冥夜はあっさりと答える。

 

「白銀。実機訓練で、まさかそんな無茶してるわけじゃないわよね? 一歩間違えれば、地表に激突するじゃないの」

「いや、だから。一歩間違えないための訓練だよ。それに少々の障害物であれば、つんのめるようなこともなく切り裂くぞ」

 

 武御雷はけっこう特殊なんだよ、と武としてもそうとしか言いようがない部分がある。

 帝国の戦術機は近接格闘にも重点が置かれているとはいえ、武御雷ほど近接戦闘に特化していない。そもそも爪先にブレードなど仕込んだとしても、一般の衛士が使いこなせるものでもない。

 

 

 

「聞いてなんだけど、武御雷での運用はあまり参考にできそうには無いわね」

「吹雪や不知火とは似て異なる運用方法だからな。何度も言うが近接戦闘はできる限り避けるようにしろよ。特に彩峰、銃剣付いてるからってわざわざ前に出る必要なんてないんだからな」

「……ふるふる」

 

 午前のシミュレータ終了後にも指摘した問題点をもう一度軽く注意しておく。スリング付きの支援突撃砲などはリロード時間も短縮しており良い方向に効果が現れているのだが、突撃砲に銃剣が付いてしまったためか前衛思考の慧や冥夜などは、十分な射撃距離があるのに接近戦を挑むことが増えてしまっていた。

 

「はいはい、その辺りの反省も含めて私たちはもう戻って今の話を纏めるわ。白銀は自分の仕事に戻りなさい」

「りょーかいっ、榊分隊長殿」

 

 教導以外では、武は千鶴の分隊員である。少しばかり砕けた態度で敬礼しておく。

 それが気に障ったというわけでもなさそうだが、最後に一つ、千鶴は命令を下して席を立った。

 

 

 

「あと御剣は、白銀ともう少し話しておきなさい」

「っな!?」

 武以上に、冥夜が慌て、なにか反論しそうになるが言葉が出てこないようだ。

 

 

 

「分隊長命令よ、これは。明日までには、しゃきっとしなさい」

 

 

 

 

 

 

 




会談前の日常というか冥夜さん関連の話になるはずが、ダラダラ書いてたらそこまで行かなかった……といいますか、たまには?207Bの進捗を書かねば~とか考えたらこんな感じで。何気に指揮官教育の下準備を仕込んでますよーといったところです。

次こそは冥夜さん予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

廉直の静謐

 分隊長命令という千鶴の遠まわしの気遣いとともに、ハンガーに武と冥夜の二人を残し、他の207Bの皆は部屋へと戻っていった。

 

 一見、冥夜の問題から眼を逸らしたかのようにも思える千鶴の態度だが、解決できるのが武しかいないと判断した上でのことだろう。

 

「なにやら俺に問題解決が押し付けられた、といったところか?」

「ふふふ……皆には気を使われてしまった、な」

「今のは気遣いというか、アレだな。以前の失敗を繰り返したくないんだろ。ま、それが判ってるなら、後で一言伝えておけよ?」

 

 それぞれの立場を壁にして、隊内の個々人の問題に眼を背けあった結果が、一回目の総戦技演習の失敗だ。

 

 冥夜自身から問題を口にしない以上、千鶴だけでなく他の皆も何に悩んでいるのかは知りようがないが、部隊員の問題から距離を取ることは止めたようだ。ただ闇雲に問い質してくるのではなく、説明できるようになるまでの余裕を作ってくれたとも、見れる。

 

 

 

「このままここで話を続けるってのもアレだな」

 斯衛から派遣されている整備の者たちが今からする話を漏れ聞いたとしても、不用意に広めるようなことはないとは思うものの、要らぬ心配事を増やすこともない。

 

 今の時間の護衛は真那一人だと確認し、目線で軽く挨拶だけはしておく。

 少し風にでも当たるかと、冥夜を連れてハンガーを出る。

 

「とは言うものの、PXでする話でも無しとなると、あそこか」

「私は聞かれて困る話をするつもりはないぞ」

「俺が聞かれると困る話をしそうだからな。月詠中尉には少しばかり迷惑を掛けることになるが、これも任務のうちと飲み込んでもらうさ」

 

 冥夜が何に悩んでいるのか、千鶴たちとは異なり、武にはそれなりに推測できる。そしてそれに合わせて今から武が話そうとすることは、周囲に聞かせてよい内容ではない。

 

 

 

「まあ、すぐそこだ。ちょっと付き合ってくれ」

 そう言って武は先に歩き出す。二人ともに口数も少なく、どうしても足早になる。おかげで思っていたよりも早く着いた場所は、校舎裏の丘だ。

 

「ほう、このような場所があったのか」

「別に敷地外ってわけでもないんだがな。少しばかり離れてることもあって、物好きでもなけりゃわざわざ来ねぇよ」

 

 そういえば誰にここを教えてもらったのか、今となっては思い出すこともない。

 

 EX世界線では何かと学校の伝説的な噂話には事欠かなかった場所ではあるが、こちらではそういう話は聞いていない。探せばいくらでも出てくるようなありふれた噂話もあるのだろうが、武にせよ冥夜にせよ他の訓練兵とはまったくと言っていいほどに接触がないために、そういった話には疎い。

 

 

 

「なんだかんだで街は明るいな。石油発電ってまだ大丈夫なのか」

 この世界線で目覚めた日にも夕呼と霞、そして冥夜を伴って夜の柊町を正門前から眺めたが、その日と同じく街には人々の生活の明かりが灯されていた。武の知るBETAに蹂躙され、そしてG弾によって破壊されつくした街並みとは異なり、かつてのEX世界線で過ごしていたかのような夜景が見渡せる。

 

「ん? 80年代の石油危機の話か?」

「ああ。今原油ってどうなってたかな、と。ふと思い出してな」

 

 UL世界線などでは、中近東の産油地帯が完全にBETA支配地域下であり、原油生産量は非常に限定されたものだった。石油系の内燃機関の使用制限なども含め、電力供給さえ覚束ないという話を聞いたような記憶もある。

 

「アンバールハイヴが作られアラビア中東が陥落したときには原油不足が予測されて、一時期は電力供給にも不安が出たというな。そのため灯火管制までしかれそうになったと聞くが、私たちが物心付く前の話だろう」

 何を当たり前のことを、と怪訝そうに冥夜が見つめてくる。

 

「ああ……そういえばアメリカのほうが何か、新しい石油を見つけたか何かだったな」

「シェールオイルだな。新しいというわけではないぞ。ただ、かつては採掘困難だとされていたらしいが、昨今では普通に生成されているらしい」

 アメリカが生産する石油があってようやく人類は戦い続けられている、と冥夜が続ける。

 

(そういえば、本来って言い方もアレだが、事務次官補に言わせれば21世紀に入らないとできなかった技術だって話だったな)

 

 変更可能な事例と不可能なものとの話で、ターニャが介入して成功したものの一つだったはずだ。少なくともガソリン自動車の所有などが制限されない程度には、石油の生産量には問題が無いらしい。

 

「まったくアメリカ様々だな」

「依存のしすぎには気をつけねばならぬが、今のBETAとの戦いにかの国が無ければ、人類は一年と持つまい」

「頼りすぎるわけにはいかないが、頼らなければ生活さえ危うい、か」

 

 武にしてもアメリカが正義だなどとは決して思わないが、アメリカの意向を無視して戦えるはずが無いという程度のことは理解している。

 

 

 

「しかし生活といえば、そなた休日にも実家には戻らぬのか?」

「戻っても誰も居ないからな。親父たちは東南アジアのほうらしいし」

 

 そういえば、この世界線の両親のことも調べておかなければ、といつも先送りにしていたことを思い出す。記憶障害という言い訳があるとはいえ、これほどまでに無関心では逆に訝しがられそうだ。

 

「俺の記憶、そうだな記憶障害みたいなものについては、落ち着いたら話す。ってこれ前にも言ったな」

「感情のすり合わせ、だったか? そうだな。なにやら私と鑑には話さねばならぬことがある、そういう風には見て取れたな」

「見過ごされてた、か。鑑のほうも、どうせ感づいてるんだろうな」

「彼の者は、人の心の機微に聡いからな。それでも直接そなたに問いたださぬのは、あの者なりの気遣いなのであろう」

 

 純夏に対して何か隔意でもあるのかと、口には出さないが、冥夜のその目線が雄弁に問いかけてくる。

 ただいまだに武には、それに応えられるだけの区切りができていない。

 

 

 

 

 

 

「俺自身の話はまた今度にしておくか。で、そっちがうだうだと思い悩んでいるのは、午後のシミュレータ訓練……じゃねぇな。篁中尉の態度か」

「ふふ……あの場に居たそなたには誤魔化しようがないな。そのとおりだ」

 

 時間があればもう少し状況を整えながらに、穏やかに切り出すことができたかもしれないが、その時間があまりにも足りない。

 

 大きく見れば、武の持つ喀什の情報が有効に活用できるまでの期限。それに伴う第五を牽制可能な時間的上限。帝国周辺に限っても、年内にはBETAの九州侵攻が予想されている。

 

 身近なところでは、明日の会談如何によっては、武が想定しているように冥夜たち207Bは11月末を待たずに任官される。そして任官してしまえば、御剣冥夜は、自由意志など無いかのように、否応無く各組織の力関係で動かされることになる。

 

 本人の意思を問うのは、もう今この時しかなかった。

 

「私自身は御剣の者だと確信しているのだが、なかなかに周囲の認識は厳しいな。篁の次期当主とされる方にもあのように振舞われてしまわれるとは」

 気に病んでも仕方がないのだが、と口ではそう言うものの冥夜の顔色は優れない。

 

 それを気遣うことは今の武には許されることではなかった。

 誰よりも武自身が、冥夜を追い詰めようとしているのだ。

 

 

 

「なあ、御剣。お前が国連軍衛士として任官したとして、前線に出て戦えるか?」

「無論だ。そなた、何を当然のことを問うのだ? 我らは力なき民草を護る為に、この非常時これほどまでに金銭や労力を投入してまで鍛え上げられておるのだぞ」

 

 何を当たり前のことを聞くのだとばかりに、冥夜は少し呆れたように答える。

 その言葉のとおり、衛士の育成には金が掛かる。そして冥夜たちに限らず第207衛士訓練部隊は第四計画直轄のA-01への配属が確定していたために、通常よりもさらに多数のコストを掛けられている。

 特別扱いされていることを自覚している冥夜にすれば、与えられた以上のものを返そうとするのは当然のことだった。

 

「そうだな。その上でもうひとつ条件を足すぞ、いいか?」

「そなたにしては迂遠だな。何かあるのか?」

 

「このままあの紫の武御雷を駆って、常に前線で戦い続ける意思はあるか? 御剣冥夜にそこまでの覚悟ができているのか?」

「っ!?」

 

 問われた意味を悟り、冥夜は文字通り絶句する。

 

「い、いや、待て。あの武御雷は新型OSのデータ取りのために、あくまで一時的に、私に貸与されているのに過ぎないのでは……」

「月詠中尉にから聞かされてないのか? あれは御剣冥夜のために、かのお方が手ずからご用意されたもの、だ」

「そ、れは、月詠の言葉の綾、ではない……のだろうな。そなたまでがそう言うのであれば」

 

 

 

 冥夜は一つ大きく息をつき、どこか遠く、おそらくは帝都のほうへと視線を送る。

 

「正直に答えよう。今までそこまでのことを自覚しておらなんだ。月詠たちのみならず、そなたにも甘えておったな、許すが良い」

「許しを請うなら俺じゃなくて月詠中尉に対して、だな。俺は俺の目的もあって、御剣の武御雷を国連軍への持込む際に、便乗した形だからだな」

 

 黒の武御雷を用意しろと言い出したのはターニャだが、それを好機と思ったのは間違いなく武自身だ。

 

「しかし、国連軍で武御雷を運用できるのか? そもそも不可能だと思い、我らが任官の暁には殿下、いや斯衛にお返しするものだとばかりと、疑問にも思わなかったのだが」

「お前の意思がしっかりと固まっているのであれば、あの武御雷に乗り続けることにはなる、と考えてる。配属的にはかなりギリギリのところではあるが、国連軍のままになる、とは思う」

 まだ未定どころか妄想に近いが、と前置きした上で武は続ける。

 

「個人的感情だけで言わせて貰えば、正直なところは衛士として戦えるのであれば所属には拘らぬ」

 冥夜にしてみれば、戦うことで国や民になにかを返すことができるのであれば、階級や地位、そして搭乗機などを選り好むつもりなどない。

 

 

 

「だが篁中尉のご様子などから考慮すれば、私が斯衛に直接所属することがなくとも、それもかの武御雷を駆ることになれば、要らぬ騒動を巻き起こすだけではないのか?」

「いやはや御剣訓練兵は、ご自身の問題が実感できているようで何よりだ」

 

 少しばかりわざとらし過ぎたかとは思いながらも、ターニャをどこか真似るように、武はあえて軽い話のように笑ってみせる。

 が、すぐさまに表情を引き締め、本題に入る。

 

「まあ、お前があの武御雷を駆るという意味は、俺がとやかく言う以上に御剣には判ってると思う。その上で、お前には任官した後も在日国連軍衛士として、あの武御雷には乗り続けてもらいたい」

「ふむ……そなたの意図が掴みきれぬ話だな。私に立場を偽れ、という単純な話ではないようだが」

 

 

 

 

 

 

「簡単に言ってしまえば、お前の名前どおりの道を押し付けるってことだ」

 先ほどの冥夜以上に大きく息をつき、武は本題を切り出す。

 

 そう口に出したことで浮かんでしまったのは、いつかどこかの武の記憶だ。

 「煌武院悠陽」の傍に立つ、斯衛の黒を纏った己の姿を、思い出してしまった。それを打ち消すためにも、武はさらに言葉を紡ぐ。

 

「御剣冥夜には完全に影になってもらう」

「それはそなた、いや国連軍あるいは香月副司令からの命か?」

「命令なら従うって顔じゃないぞ、御剣。それに俺も夕呼先生も、そんな命令が出せる立場じゃない」

 

「命令ではないとはいえ、任官後にかの武御雷以外の機体を用意しない、となれば同じではないか」

 武の言葉の穴をすぐさまに指摘してくる。

 第四計画に関係しない範囲であっても、夕呼の副司令という立場があれば、よほどの無理でも通すことは可能だ。

 

「そうだな。それは否定しない。だから、だ。お前自身の覚悟を問うてる」

「かの方の影となるのに否は無い。だが、なぜそれが私がかの武御雷を駆ることに繋がるのだ」

 

 冥夜自身、悠陽の影武者になることには躊躇いはない。

 心底不思議そうに聞いてくるのは、それが武御雷に乗ることとどう関係するのかが、見当が付かないからだ。

 

 

 

「影、という言い方が判りにくいか」

 どういえば伝わりやすいのかと考え込んだものの、結局ターニャや夕呼にしたような時代劇の例えを出して、冥夜に説明する。

 

「……なるほど。私が御剣冥夜だとどれほどに名乗っても、周りはそうは捉えない、ということか」

「篁中尉がいい例だな。かのお方のお姿を知っている者ほど、お前を御剣冥夜だとは受け入れられなくなる。紫の武御雷を駆っていれば余計にそうなる」

 

 直接前線に立つことが難しい悠陽の代わりに、常に先陣を切り、兵を鼓舞し続けることを期待している、と武は言う。

 そして、すべての功績は実行した冥夜ではなく、ただ隠れていた悠陽のものとなるのだ、と。

 

 

 

「しかしそれは私が、あのお方の名を騙る、ということか?」

 悠陽の名を汚すつもりかといわんばかりに、殺気を篭めて睨みつけてくる。

 

(まったく。自分の名が一切表に出ないことになるってところには、一欠けらの躊躇いもないんだよなぁ)

 

「いや、お前はそのまま国連軍所属の御剣冥夜、のままだ。兵には勝手に誤解してもらう」

「共に戦う皆を謀る、というのかそなたは」

 どちらにせよ誰かを騙すのではないかと、和らいだとはいえ非難を含む視線で武を見やる。

 

「騙すといえば騙すんだがなぁ……まあ皆が幸せになれる嘘、とでも言うべきか」

 さてどう説明すべきか、と頭を捻る。

 

(いや、ある意味で明日の予行演習といえなくもない、か。御剣一人を説得できずに、第四への協力を斯衛から取り付けられるはずもないな)

 

 誰かを騙す、というところで冥夜には拒否感があるようだが、武の話を頭ごなしに否定してきているわけではない。必要なこととまでは言い切れないが、全体としては納得できる理由を探しているようにも見える。

 

 

 

 

 

 

「まずは、だ。帝国が前線国家になるまでに、もうそれほどの余裕はない。そこは理解してるよな?」

「そう……だな。半島からの撤退が進む今、そう遠くない未来には九州が戦地となろう」

「そう遠くない未来……か」

 

 冥夜は武ほどには正確な情報を得ていないはずだが、市井のニュースなどからでも予測程度は立てられる。ただ、明確な日時を口に出せるほどではなさそうだ。

 

「下手をすると年内、遅くとも来年の春までには、九州への大規模侵攻がある」

「っ!? それほどまでに早い、と副司令はお考えなのか」

「違う。夕呼先生が想定してるとか予測してるとか、そういう話じゃない。ほぼ確定された未来だ」

 

 冥夜に緊張感がない、ということではない。

 もはや帝国が前線だという意識が、軍の中でさえいまだに形作られていないのだ。

 

「で、だな。お前一人が悪いってんじゃない、おそらくはこの国の大多数が、まだ帝国には時間の余裕があると考えてると、俺は思う。そんな余裕、どこにもないんだがな」

 

 直接的な戦闘経験を積み上げている大陸派遣軍や海軍であればまだしも、帝国を守護する主力となるはずの本土軍の動きが鈍い。

 

 

 

「そんな状況で、だ。陸上戦力だけでさえ、陸軍の大陸派遣軍に本土軍と、帝国軍参謀本部直轄の本土防衛軍、そこに斯衛とさらには在日アメリカ軍に俺たち国連軍ざっと陸軍だけでもこれだけの寄り合い所帯だ。陸海の連携どころじゃない。今のままじゃあ参謀本部が纏め上げる間もなく、九州を落とされる可能性さえある」

 

 本来であれば、陸・海・宙の三軍を統括する帝国軍参謀本部には、他三軍の参謀本部の統括する権限がある。だが武の知る世界線の状況とは異なり、大陸派遣軍が戦力を維持している現状、逆に帝国軍参謀本部に権限が収束しきれていないようなのだ。

 

「そこまで腑抜け、あ、いや……」

「言いたいことは判る。が、極東戦線が他の地域と比べて、順当に防衛できていた弊害、とは言いたくないが、どうしてもまだ事態を甘く見ているようには思える」

「耳が痛いな」

 

 普通の兵であれば間違いなく雲の上の話と聞き流すところであろうが、冥夜にしてみれば理解していて当然の領域なのだろう。自身の不甲斐なさと合わせて、自戒としている。

 

 冥夜がそういった上の立場から事態を見渡せていることを確認したうえで、武は話を続ける。

 

 

 

「今のままで九州の防衛なんてことになれば、間違いなく末端の兵士だけじゃない、誰もが浮き足立ち、十全な態勢で迎え撃つことは難しい」

 

 以前の世界線で、たとえ台風の影響で初動に問題があったとはいえ、一週間で九州から中国、四国地方まで侵攻を許したのは、帝国の皆が虚を突かれたとしか言いようがない。

 

「そんなときに、だ。王や貴族といった『上に立つ者』が前線にいるというだけで、とりあえずは纏まる。兵の士気も上がるんだよ、あくまでそれなりにではあるが」

 

 御伽噺だと笑ってもいいが、象徴たる者が前に立つ、人はそれだけで安心できる。

 

 

 

「あとはまあ、ユーロやアフリカの王家なんかから衛士が出てるのに、帝国は出してないって言うちょっとした批判は避けられる」

「いや、私はだなっ」

「はいはい、御剣冥夜は御剣家の次期当主、ただそれだけだと言いたいんだろうが、ちょっと待て」

 自身は将軍家とは何の縁もないと言い出しそうになる冥夜を、簡単に武は押しとどめる。

 

「国内向けというか、武家向きの言い訳はこの場合不要だぞ、御剣。どうせ諸外国のその筋にはお前の血筋なんて隠しようがない」

「それはそうやも知れぬが……」

「そういったやんごとなきお方のところは、似たような因習もあるからわざわざ表立って口を出してくることもない、はずだ」

 

 実際のところ、武には諸国の王室の意図など知りようがない。だがそれほど大きく間違っていることは無いはずだ。

 

 

 

「つまりだ。私が『国連軍衛士』の『御剣冥夜』としてこの武御雷を駆って先陣を切ることで、兵の士気は高められ、且つ日本は諸外国にそれなりの面子を保つことができる、と言いたいのだな」

「そういうことだ。問題は、お前の気持ちひとつ、だな」

「この身が国と民のためになるならば、いかような処遇でも受け入れると、先にも申したぞ」

 

 最悪、御剣家は断絶という可能性があることさえ、冥夜は予測した上で武の企みに加担することを誓う。

 

「しかしそうであれば、かのお方の名を汚さぬように、明日以降の教練は今まで以上に気を引き締めねばならぬな」

「無茶なことはするなよ? 何気にお前は自己管理が下手だからな」

 

 冥夜がゲームガイで徹夜していたことをふと思い出してしまう。悠陽のためとなれば、それこそ寝食を忘れて鍛錬に励みそうだ。

 

 

 

「そのような心配は無用だ。ただ、な。それでも判らぬのは、先の問いでもあるが、これは香月副指令の命なのか?」

 今回の話が夕呼が計画するようなものではないというのは、冥夜にも予測できるようで再び聞いてくる。

 

「夕呼先生の許諾は取ってるけど、言い出したのは俺だ。そもそもが俺の個人的な我侭みたいなもんなんだよ」

「ますます判らぬな。そなたは政治的な意図なく、このようなことを企てたとでも申すのか?」

 先ほどまでの睨みつけるような視線ではなく、武の真意を問うために言葉を重ねてきた。

 

「政治的というよりは、さっきも言ったように軍事レベルでの意図はあるぞ? 兵士の士気は大切だからな。それに政治的にはむしろ下手をすると余計に混乱するというのは考えなくもなかったんだが、そのあたりを含めての、俺個人の我侭だな」

 

 冥夜を悠陽の偽装に使えば、将軍の政治利用だと言い立ててくるであろう者たちがいることは、確実視している。それが今後の混乱の元となることも、だ。

 

 

 

「わかった。この身の使いよう、そなたに任すと申したのだ。私は何一つ知らぬ素振りで一国連軍仕官として、かの武御雷に恥じぬ衛士となろう」

 

 どこか割り切ったかのような清々しい笑みで、あらためて冥夜は誓う。

 

「助かる。いやまったく、お前の心配事を解消するはずが、俺の問題を押し付けてしまって、ホントに悪い」

「なに気にするでない。私の心配事とやらがいかに矮小であったか気付かされた思いだ。むしろそなたに感謝を」

「……その言葉は今しばらく取っておいてくれ」

 

 

 

 感謝を受け入れるのは、悠陽と冥夜とが何にも隔てられずに言葉を交わせるようになった時だと、武は口には出さずに冥夜に誓う。

 

 

 

 

 

 

 




冥夜さん関連の話のようでなぜか半分世界説明な気がしてきました。おかげでヘンに文字数増えてます、個人的比較で。次こそ会談のはず。

あと34話ではトライアルの日時を「明日」と書いてしまいましたが、2001/11/18あたりの週末予定です。修正しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邪径の払底 01/11/13

(俺が言い出したことだけど、早すぎないか?)

 XM3の公開トライアルをする前に事前に鎧衣課長経由でできれば殿下に拝謁、少なくとも斯衛の関係者には会いたいと武が言い出してから、それほど日時は過ぎていない。

 

 予告されていたとはいえ心の準備が整っているとは言いにくい。

 今朝もターニャとウォーケンに付き添われつつ、鎧衣課長に車に押し込まれる。この面子では車内では会話が弾むということもなく到着してしまう。武が何をどうするべきかと悩んでいるうちに、気が付いたら会談の場に列席していた。

 

 昨日、夕呼から伝えられたターニャへの疑惑も晴れぬままに、だ。

 

 

 

(で、どーするんだよ、この面子の前で)

 非公式ということで略式の間に通されたが、本来ならば元枢府の会議になりかねないほどの人々が集まってきている。

 震えそうになる身体を何とか抑えておくだけで、武には精いっぱいだ。以前の世界線の「白銀武」並の傍若無人さが自分にもあれば、と有りえないことを願ってしまう。

 

 確かに武の要望で作ってもらった、貴重な機会だ。

 トップから説得してもらう方が確実だからと、できれば煌武院悠陽あるいは紅蓮醍三郎大将との会談を望んだのは間違いない。

 少なくとも五摂家当主に近しい方のどなたかを、とも言った。

 

 誰か一人に会えれば御の字程度だったのだ。まさかそれがほぼすべて適うとは、武はまったく考えていなかった。

 

 五摂家の当主としては半数以上が、今この場にいる。

 煌武院悠陽をはじめ、斑鳩崇継に崇宰恭子。

 斯衛の関係者としても、流石に神野志虞摩上級大将の姿はないが、トップともいえる紅蓮醍三郎大将が列席している。

 そして第壱開発局副部長の巌谷榮二中佐。

 

 傍仕えなどは、唯一煌武院家に仕える月詠真耶だけだ。

 鎧衣は控えてはいるものの、席には着いていない。この集まりにおいては発言権はないものとして振る舞うつもりのようだ。

 

 そこにターニャ・デグレチャフ事務次官補と、その副官たるウォーケン少佐。最後にオマケのように白銀武である。

 席に着いておきながら落ち着けないのは、自分がまったくの場違いだということを、武本人が一番よく理解しているからだ。

 

 真耶にしても巌谷にしても事前に連絡が行っているようで、武の存在には表立っては異議を唱えないが、顔に疑惑の色が出てしまうのは仕方がないことだろう。

 

(こっちの月詠さんに切り捨てられなかっただけでも奇跡だよなぁ)

 第四計画総責任者の代理とはいえ、将軍の同席をも要求しながら、やって来たのが20才未満のそれも正式に任官もしていない特務少尉というのは、常識にも礼節にも外れすぎている。

 さすがに普段の白の訓練兵制服ではなく、直前に渡された少尉の階級章ともに黒の国連軍C型軍装とに身を包んでいるものの、本来であれば尉官程度が列席できる場ではない。

 

 ターニャが居なければ、門前払いされていても当然だ。が、そのターニャでさえ、この集まりにおいては付き添い以上の意味合い薄い。

 

 主役は白銀武と、煌武院悠陽だ。

 

 

 

 

 

 

 武が慌てているうちにウォーケンの挨拶が終わってしまい、なんとか武も挨拶を口にした、はずだ。無礼を咎められずに、ターニャが朗らかに会話を続けているところを見ると、記憶が飛んでいる気もするが、一応は問題なかったらしい。

 

「デグレチャフ事務次官補には、公的にお会いしたいと考えておりましたが、このような形となり、少しばかり残念ですね」

「いえ、こちらのご無理を聞いていただき誠にありがとうございます、殿下。それに五摂家のお二方にまでお時間を取らせてしまい、恐縮ですな」

 

 実権はないに等しいとはいえ、一国のトップともいえる政威大将軍を前にしてのターニャの普段とまったく変わらぬ振る舞いに、武もようやく周りが見渡せるようになる。幼女姿のターニャの一見すると異様な落ち着き具合と、それを受け入れてしまっている周囲の様子を目の当たりにすると、自分の緊張など些末なことに思えてきたのだ。

 

「ご壮健のようで何よりです、デグレチャフ事務次官補」

「彼の折にはご挨拶も出来ずに申し訳ありませんでした、崇宰殿」

「いや、そのお姿ですと、ご壮健というのは……申しわけない」

「ああ、お気になさらず。以前よりも健康なくらいですので。少々背が縮んだのが不満なだけですな」

 

 崇宰恭子とは先日会っていたということもあり、ターニャとの会話はそれなりに弾む。ただターニャは軽く笑っているのだが、どこまで自虐なのかこの場の誰もが判断しかねている空気ではある。

 

「斑鳩殿にも、お会いできて光栄です」

「いやはや、面白い話が聞けるということで楽しみにしておりましたよ」

 斑鳩崇継は、本心はともかく、その言葉通りに朗らかに笑っている。そして崇継と紅蓮の二人は初対面ということもあり、聞き役に徹する腹積もりのようで、気持ち身体を下げていた。

 

 

 

「さて、お忙しい皆様のお時間を、虚飾に満ちた挨拶で潰すのも本意ではございませんので、本題に入りたいと思います。が……」

 挨拶などはそこそこに、ターニャが率先して話を始めていく。最初は任せておけと言われているので、武も口は挟まない。

 

「巌谷中佐、先に話しておこう。今回集まっていただいた新型OS、XM3の件とは直接関係が無いのだがね。そちらで開発中の電磁投射砲、試製99型だったか? あれの実戦テストはしばらくの間止めてもらいたい」

「……は?」

 

 これほどの重鎮が集まっていながら、ターニャが最初に切り込んだのは、巌谷だった。

 提案ではなく命令として伝えられる。非公式の会談とはいえ、かなり異例だ。

 巌谷にしても、いきなりの話に虚を突かれたようで、反応が遅れる。内容に関しても、すぐさまに頷ける話でもない。

 

「理由については……そうだな、もうしばらくすれば正式に安保理から公表されるはずだが、第四と我々JASRAとの情報のすり合わせで、BETAの行動指針のようなものの解析が進んでね。そこでBETAの学習行動が以前の予測よりもはるかに大きいことが推測された」

 せっかくの新兵器も対処されてしまえば、十全にはその能力を発揮できない。

 そして公開しようもない情報だが、電磁投射砲かあるいはXG-70のどちらかがΓ標的の発生トリガーの可能性があるため、喀什攻略までは使用を制限したい。

 

(いや実戦で使うのはやめてほしいけど、今ここで言っちゃっていいのか、それ?)

 ターニャがつらつらと話しはじめているので問題ではないのだろう。が、あくまで安保理に提出した情報であって、常任理事国の一席でもある帝国と言えど、政府ではなく一部機関に伝えて良い情報なのか、武には判断しきれない。思わず横目でウォーケンの対応を窺ってしまうが、微動だにしていない様子を見ると既定路線のようだ。

 

「BETAが学習、ですか? 俄かには信じられませんが……」

「大陸派遣軍の現場からは話が上がってきていないか? BETAが戦術的行動らしき動きを取っている、というのは? その類の情報を纏め直しただけだ。その中で人類の新規兵装などに対処してくる可能性が高く考慮されてな、先日のG弾もそうだが、できれば次の大規模作戦までは新兵装を使って貰いたくない、という話だ」

 BETAの学習能力と対応力への懸念を、ターニャは滔々と述べていく。

 

(って、これもロンダリングの一環になるのか? 帝国軍内部で似たような事例の報告があれば、勝手に情報の強度を上げてくれるってことか?)

 

「もちろん今のところ実証できている話ではないがね? とりあえずは新兵装、特に電磁投射砲のように単体で強大な威力を持つ物を、大規模配備前に少数での試用するのは極力避けるべきではないか、という想定をこちらからは付け加えさせてもらっている」

「了解いたしました。たしかにそのような状況でしたら、実戦でのテストを避けるというのも理解できます。幸い、と申し上げるには心苦しいのですが、いまだ試製99型は完成の目途が立っておりません。今しばらくは試験場での試射に止めておきます」

「そうしてもらえれば助かるよ、中佐」

 

 ターニャの知る「原作知識」であれば、XFJ絡みでソビエトの極東戦線で試用されていてもおかしくはないのだが、この世界線では不知火・弐型の開発自体が遅れているために、そもそもユーコンから極東にアルゴス小隊は移動していない。

 この世界線においては試製99型はいまだ実戦試験は行われておらず、BETAに情報が伝わっている可能性は限りなくゼロだ。

 

 

 

 

 

 

「では本題の、対BETA戦での冗長性確保による衛士の生存性の向上を目的とした戦術機用新OS、XM3に関してですが、これは第四計画の方からお話してもらいましょう。白銀、任せる」

「はっ、あらためまして、白銀武特務少尉であります。第四計画総責任者たる香月夕呼の代理として、XM3に関して説明させていただきますっ」

 声が裏返らないようにと腹に力を込めて武が説明を始めようとするが、崇継が手を上げてあっさりと止める。

 

「ああ、いや。XM3の説明はいいよ、白銀少尉。OSとしての性能は、我らからはまったくの不満はない。むしろ導入を急がせたいくらいだ。もちろん値段次第、なんといっても我らが最大の敵たる大蔵省が控えているからね」

 無理なら我が大隊だけにでも先行導入させてくれと、崇継がちゃかすような軽く言ってくれるが、これは緊張している武を慮ってのことだと思う。

 

「馬鹿を言われるな、崇継殿。白銀少尉が本気にしたらどうなる? 我らが用いる武御雷よりも、瑞鶴への導入が先であろう」

 恭子もXM3の導入に関しては、非常に前向きだ。ただ優先順位が違うらしい。

 

「問題は、崇継殿の申すように確かに調達費用次第のところはあるな。帝国軍に比べ規模が小さいとはいえ、それに応じて予算も限られる。斯衛全軍の装備刷新となると、城内省の方も容易く首を縦に振らぬであろう。個人的には、武御雷の来年度以降の調達数を減らしてでもこのXM3の導入を進めたいところだが、それはそれで難しいか……」

 恭子はなかば自分自身で問いを作り答えを探っているようだが、五摂家の当主であろうとも予算に関しては無理が言える立場ということではない。既に調達計画がなされている武御雷の追加生産分を減らすことなど不可能だ。

 

「……瑞鶴はXM1で、武御雷をXM3でという形でも、年内の導入は厳しいですか?」

 実務レベルに意識を切り替え、武は問いを発する。

 武にしてみれば来年度以降の話では遅すぎるのだ。2002年内の喀什攻略を想定している身としては、斯衛への導入は早ければ早いほど良い。来年度予算で、となれば間に合わないと思われる。予算審議が終わった頃には喀什攻略の期限が来ている可能性が高い。

 

「年内だと緊急予算枠から引き出したとしても、それこそ我ら二人の指揮する二個大隊程度が限度であろう」

「それに導入するとすればすべてXM3だな。衛士の教育など含め、XM1の導入は斯衛においては中途半端になりかねん」

 武の問いに、恭子と崇継とが続けて答える。

 そして崇継は、帝国陸軍であれば話は変わるのだろうがと断りを入れたうえで、構成人数が少なくまた武家出身が大半を占める斯衛であれば、下手に教練内容を分けるよりも全員一律の装備の方が望ましいと言う。

 

(性能面での不満や夕呼先生への疑惑なんかも感じられないし、斯衛への導入に関しては、予算問題だけと考えていいか)

 真那からの報告なども後ろ盾になったのであろうが、想像以上の好感触に武としては安堵してしまう。とりあえずのところ現場での最高責任者たちの説得は成功していると言える。

 

 

 

「では、白銀と申したか? 機体はこちらで用意させるので、一度試合て見るとしようか。月詠の報告とビデオだけでは判らぬところも有ろうしな」

 

 五摂家の当主二人とは異なり、紅蓮はXM3の感想など無しに、まずは試してみようと言い出す。

 武としてもやはりこうなるか、としか感想が出てこない。言葉は悪いが斯衛は武断的な側面が強い。とりあえず開発者の腕と新OSの性能とを試させろと言われるのは、予想の範疇だった。

 

 実際、いまこの場にいる者はターニャと鎧衣を除けば、ほぼ全員が衛士である。いや鎧衣の場合、戦術機に乗れても不思議ではない。性能を見るならば模擬対人戦をというのは、判らなくもない。

 武としては、この場に集まってもらった目的としても、階級的にも断るわけにもいかず、どうすれば紅蓮を納得させられるような試合ができるのだろうかと半ば諦めていた。

 

 

 

「申し訳ありません紅蓮閣下」

 だが、紅蓮の申し出を受け入れようと武が声を出す前に、ターニャが割り込んだ。

 

「どうやら私の日本語が拙かったようです。齢70を超えておりながら、友好国の言葉に疎いというのも恥ずかしい物ですな」

 嘲るように言葉を繋げるターニャだが、まったくアメリカの訛りなど感じさせない。実際のところ当初から「日本語」でターニャは話している。むしろ言葉遣いなど含めれば、武の方が日本語としては正しくない場合まである。

 

「うむ、次官補殿? 何事かね?」

「此度、こちらに提示いたしました戦術機用OSは、対BETA戦での冗長性確保による衛士の生存性の向上を、まず第一義としております。通じておりますかな、皆さま?」

 

(あ~ケンカ売りすぎだ、この人)

 短いながら、今までの付き合いでターニャが何を言い出そうとしているのかが、武には予測できてしまった。ウォーケンも何とか無表情を保とうとしているが、さすがに気不味そうである。

 

「う? うむ……そのように聞いておるぞ」

「ああ、では、私の聞き間違いでありましたか。なにやら紅蓮閣下がこちらの白銀に対しAntiHuman戦の準備をせよと、そう聞き取ってしまいました」

 いやはや、年は取りたくないものですなと、幼女の姿でわざとらしく韜晦する。

 

 さすがにそこまでされては紅蓮といえど、ターニャが何を当てこすっているのかが判り、表情を固める。もしターニャが見かけどおりの幼女であれば、恐怖で失神していてもおかしくないほどの、鬼気とでもいうべき気迫で睨み付けてくる。

 ただ、当然その程度で顔色を変えるターニャでもない。そしてターニャにしてみれば、この場において紅蓮は交渉相手ですら、ない。

 

 

 

「配下の者の無礼、誠に申しわけなく存じます。デグレチャフ事務次官補殿、白銀特務少尉」

「で、殿下っ!?」

 

 非公式の場であるとはいえ、政威大将軍が頭を下げる。その事態に室内の大半が慌てふためくが、ターニャと悠陽自身は落ち着いたものだ。まるでこれが予定されていた台本通りであるかのように、この二人だけが振る舞っている。

 

「紅蓮、お控えなさい。『国連』の方々に、これ以上の無礼はなりませぬ」

「い、いやしかしですな、殿下。OSの性能を見るという意味では、試合て見るのが……」

「黙りなさい。国連の皆様方は『対BETA』の為にその身を尽くしておられるのですよ? そのような方々から提示していただいた物に対し、刀をもってその力を推し量ろうなどとは、許されるはずもないでしょう」

 

(って、そうか……国連に属する俺たちが「対人類兵器」の開発を進めてるってのは、建前としてはマズいんだ……)

 

 現在のところ国連軍が、各国から提供されている軍に対し国連の名の下に命令権を持つのも、その戦力が対人類に向けられることが無いという建前じみた前提があるからだ。

 

 XM3は三次元機動の簡易的実現によりハイヴ攻略を可能とすることと、操作の簡便化と多様化とを両立させることで衛士の生存性を高めることを、目的としている。

 

 戦術機は対人戦にも使用できなくはないが、あくまで対BETAを想定している兵器だ。国連軍内部での、訓練としての対人類戦であればまだしも言い訳が出来る。しかし、たとえ非公式な場のこととはいえ帝国斯衛軍が対人類戦の性能をもって採用を決めたなどということが発覚すれば、今後の第四の立場としては誤謬では済まされない。

 

「それに性能に関しての疑義は、提出された動画と先行試作品とで十分に解決されておりましょう。崇継殿も恭子殿も納得されているのですよ?」

 

 悠陽にここまで言われてしまうと、紅蓮といえど無理は通せない。武たちに頭を下げたうえで模擬戦の申し出を引き下げた。

 

 

 

(さて。紅蓮大将との対決は避けられたものの、次こそが本題だな)

 

 紅蓮との模擬戦を望んでいたわけではないが、武自身の持つ操縦技術をもってしてXM3の優位性を直接示すということも、これでできなくなった。

 

 武威を以ってことを押し通すのではなく、言葉を尽くして協約を取り付けなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 




タケルちゃんvsグレンダイザーは当然のようにスルー。いや、もう過去に他の皆様がいろいろと格好の良いシーンを書かれているし、書き出したら一話丸ごとそれに使ってしまいそうで横道に過ぎるなぁなどなど。

といいますか紅蓮大将の武御雷が、個人的脳内では名前のせいで無現鬼道流関係なくダブルハーケンもってそうなイメージという、この話で出すに出せないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

瑕疵の収斂

「詫びとは申しませんが、白銀とやら。私にできることであれば協力は惜しまぬと、煌武院悠陽の名にかけて誓いましょう」

 

 悠陽が詫びという形で、協力を申し出てくれる。

 さてここからこそが本題だ、と武は意識を切り替えた。五摂家の当主二人の言葉は、あくまで斯衛へのXM3導入を前向きに考える、といった程度の物でしかない。ターニャと夕呼とで先に話し合っていたように「煌武院悠陽」の名を借りることこそが、今回の目的なのだ。

 

「我々第四計画が殿下にお願いいたしたいのは、このOS、XM3の日本帝国内での導入に、お力をお借りしたいというただ一点でございます」

「帝国内、ですか? 斯衛であれば崇継殿も恭子殿も導入に前向きのようですし、私の一存で予算面に関しても少々の無理は通せなくはありませんが?」

 

 予想していなかった武の言葉に、悠陽が少しばかり眼を開く。

 斯衛であれば城内省直轄のために、まだ予算的には融通が利くところがある。対して国防省麾下の帝国四軍には、悠陽では介入することはほぼ不可能だ。

 政威大将軍は日本帝国国務全権代行ではあるものの、現時点においてそれは形骸化している。悠陽がたとえ何を命じようと、帝国政府が動くことはまずない。そして議会決議がなければ軍政事項に関しては動かしようが無い。

 

「はい。身内の恥を晒すようで心苦しいのですが、第四計画は帝国内においてはさほど信用のある機関ではございません。そこが主体で作り上げたOSなど、通常の方法では帝国軍すべてに採用されることなどありえません。違いませんか、巌谷中佐?」

「ふむ。身内の恥という意味では、こちらも確かにそうですな。私個人の意見であれば、このXM3というOSは可及的速やかに配備運用がなされるべきだとは考えますが、第四計画が作り上げたとなれば、陸軍内部からの反発は必至でありましょう」

 

 問いを投げられた巌谷も、苦しげにそう答える。巌谷自身はさほど第四計画にも夕呼にも思うところは少ないのだろうが、帝国軍となると反対派まではいかないが苦々しく思っている者の方が多い。

 

 

 

 

 

 

「私の名に、それほどの力があると、そなたは申すのですか?」

「殿下に、いえ今の政威大将軍という地位に実権が無いこと、そして殿下が実権を欲しておられないであろうことは、自分にも推測できます。それとは別にして、です」

 

 実権が無いお飾りだという武の言葉で、先程までのやり取りでわずかに緩んでいた空気が再び硬いものとなる。真耶など今にも斬りかかってきそうなほどに、視線が鋭い。

 先程までとは違った威圧感が武に押し寄せるが、ここで留まることはできない。受け入れてもらうべき要件は、次の言葉だ。

 

「このような状況ですので、殿下が衛士の命を慮ってOSの改良を指示していたとすれば、陸軍側も受け入れやすいのではないかと愚考しております。XM3は、殿下の発案を第四が形にしたという態を取って発表したいと考えております。殿下のお名前を利用する形となりますが、そのご許可を頂きたいと」

 

 名を貸す、というだけでなく悠陽に対して事実を捏造しろという武に、室内の緊張がさらに高まる。

 顔色どころか表情を変えていないのは、言われた本人の悠陽と、そしてターニャの二人くらいだ。鎧衣でさえも武の目にも判ってしまう程度には身体に力が入っている。

 

 

 

「しかしそれは、私にそなたたちの実績を奪い取れ、と申しておるように聞こえるが?」

「はい。第四としましては、帝国全軍にこのOSが採用されれば、それをもって諸外国へのプレゼンテーションの足掛かりといたします。それだけで十二分に第四計画としては実績となります。私個人といたしましても、開発関係者としての栄誉よりも、実益を取りたいと考えております」

 

 そんな周囲の緊張に引きずられていない風を装い、武と悠陽は言葉を交わしあう。

 開発国の国内で採用されていない物が、諸外国に受け入れられるとは思いにくい。斯衛での運用があったとしても、極一部の守備隊にしか配備されていないのでは、と邪推されてしまえばそれまでだ。

 

「ああ、申し訳ない。一言口を挟ませていただきますが、あとは来年初頭に予定している第四とJASRAとの協同での作戦行動の際に、斯衛より戦力提供をお願いしたい、というのはありますな。その為であれば、XM3の調達費用の幾割かは、こちらが負担いたしましょう」

 ターニャが横から、費用を持つ代わりに戦力を出せ、と直接的に切り込む。が、今この場では計画の概略さえできていないので喀什攻略は口にしようがない。

 

「ふむ。それに関しても、さすがにこの場で即決はできませんな」

「ええ、もちろんです、斑鳩殿。あくまでこちらがそう考えている、とだけお記憶に留め下さい」

 

 導入に伴う価格交渉さえまだなので、崇継にしてもターニャにしても今すぐに答えが得られるとは考えていないはずだ。あくまで双方の利益がどこにあるのかを確認しただけである。

 

 

 

 

 

 

「しかし白銀とやら、貴様、殿下の名を自らの道具とするつもりか?」

 戦力提供があれば導入費用を負担するというターニャの話で、一度は緩まった部屋の空気を、紅蓮は再び引き戻す。

 問題は「煌武院悠陽」の名を、第四計画が好きなように利用していると、斯衛や武家からは見えてしまうということだ。

 

「失礼ながら、紅蓮閣下。私もそちらの白銀少尉と同意見であります。先の言葉通り、XM3が第四計画の一環として作成されたOSであるなれば、国粋主義的傾向の強い本土防衛軍などは、強く反発するでしょう。ただ、もしたとえそれが偽りであったとしても、殿下の意を受けて第四計画が協力したというのであれば、逆に彼らは導入に反対する心情的要因を失います」

 

 武が紅蓮に答えるよりも先に、巌谷が導入の反対派となるであろうと想定していたことをほぼ代弁してくれる。

 やはりそうなるかと武としてはわずかに落胆するが、帝国軍参謀本部直轄の本土防衛軍がそのように動くであろうことは理解できなくもない。そして巌谷もそれが予測できるからこそ、悠陽の名を使ってでも導入への道筋を立てようと、紅蓮に意見を述べているのだろう。

 

(いや、巌谷中佐はその先も予測してるか? XM3導入に伴う「煌武院悠陽」の実績蓄積と、帝国内の政威大将軍の立場強化を望んでいるのか?)

 

 武は巌谷の政治スタンスを確認してこなかったことをいまさらながらに悔やむ。技術廠から誰かオブザーバーとして出席をとは期待していたが、誰が来るかが予測できなかったが故の失態だ。

 ターニャしても顔には出さないが、巌谷の立ち位置を訝しんでいるようにも見えなくもない。

 

 

 

「紅蓮大将閣下、そして殿下。自分の考えは、皆さまのお言葉の通りです。殿下のお名前を道具として用いることになったとしても、XM3の早期配布を推進したいと望んでおります。先の巌谷中佐のお言葉ではありませんが、このOSを可能な限り早く、帝国のみならず全世界の衛士に広めたいのです。それが人類の一助となると、自分は考えております」

「なぜに第四がその名を表に出さぬ? このXM3が拡がれば、第四の、いや香月博士の悪評も、少しは和らぐであろうに?」

 ここで言葉を止めれば屈してしまうと、武は腹を括り一気に言葉を続けた。

 その態度に何か感ずる物があったのか、紅蓮は少しばかり視線を緩め、心底不思議そうに尋ねてくる。

 

(しまった……夕呼先生の印象の改善とか、まったく考慮してなかった)

 

 武の知る世界線とは状況が変化していることも多いが、夕呼の帝国内での印象評価が高いとは感じていない。とはいえ武としては、夕呼の偽悪的な振る舞いなどは当然のものとして受け入ていた。

 それに近頃はターニャと並んで相手をすることが多かったので思考から抜け落ちていたが、ごく普通に考えればXM3の性能であれば確かに今までの評価を覆させることもできるはずだ。

 

「博士本人ではないので、あくまで自分の予想となりますが……香月博士は、その悪評さえ必要としております」

「悪評を必要としている、ですか?」

 紅蓮ではなく、悠陽があらためて問いかけてくる。

 

「はい。第四計画総責任者としての立場から、香月博士には内外に様々な敵対者が存在しております。それらに対するため、如何なる手段でも取りうるという意思の表れかと、勝手ながら推測いたします」

 

 

 

(ああ……そういうことだったのか)

 おそらくは、という武の想像によるものだが、口に出してようやく腑に落ちた。

 

 以前の世界線、とくにAL世界線では、夕呼は武に対してもどこか蔑むような態度を取っていた。当時は憤りはしたものの、文字通りの意味での常識知らずで世間知らずのガキに対する嘲笑かと思えば納得もできた。

 

 だが、そういった偽悪的という言葉では少しばかり足りない夕呼の態度は、周囲に対して覚悟の表明でもあるのだろう。敵対する者たちへの警戒のためにわざと作っている隙であり、また身内に対しても必要であれば切り捨てるという意思表示だ。

 

 夕呼の態度は、人としてはけっして誉められたものではないかもしれないが、今の時代には必要なものだ、とそう思ってしまう。

 

 

 

「お願いします。殿下のお名前をお貸しください。それで帝国陸軍への導入は早まります。第四計画にではなく、前線で今も戦い続ける衛士の命を護るため、そしてその後方にいるすべての人々のために、殿下のお名前を使うことをお許しください」

 

 今の武は、その夕呼ほどには割り切れていない。

 以前の、二度目と思っていた先の世界線で目覚めた時に感じていた、何を以ってしてもまずはBETAの駆逐を最優先するべし、とは考えられなくなっている。

 

 なぜ対BETAで団結もせずに人類同士で争うのかなどという問いは、周りが見えていないからこそ口にできた言葉だ。

 たとえBETAを地球から駆逐したとしても、主義や主張、政治信条や宗教などに限らず、どんな小さなことであれそこに個々人の尊厳が残っていなければ、人を護ったなどと言えるのかと、自問してしまう。

 

 それは先の世界線でクーデター事件を経ても、今なお結論の出せない問題だ。

 

 ただそうであっても人々を護るべき術が手に入りそうな今は、斯衛にそして悠陽に、実のために名を穢してくれと、頭を下げることしかできない。

 

 

 

「つまり白銀、今後このXM3ですか、このOSで救える命と、私のわずかばかりの尊厳を秤に掛けよと申しておるのですね」

 重ねて問うてくる悠陽の言葉とは別に、武としては四方からの殺気だけで死にそうな気分である。だが今逃げるような言葉を一言でも漏らせば、悠陽はともかく周囲が納得しない。

 

 たしかに事前に思い描いていた、帝国臣民のそして人類の為であれば悠陽は受け入れるはずだというのは直接話している今でも確信できる。

 それはしかし悠陽個人の問題であればという前提がある。

 

 悠陽は自身の尊厳のみと矮小化してくれているが、それに収まる話ではない。

 名を貸すということは、その責を負うということでもある。そして第四計画総責任者の香月夕呼よりも、日本帝国政威大将軍たる煌武院悠陽の方が当然上位者だ。つまるところXM3に何か問題が発生すれば、それはすべて悠陽に責がある、ということになる。

 そのことを紅蓮だけでなく、斯衛の関係者たちは憂慮している。

 

 そして「政威大将軍」としての形ばかりの地位を護ることも、悠陽にしてみれば自らに付き従ってきてくれる武家の者たちの尊厳を護ることにも繋がっているのだ

 

 先の紅蓮の問いではないが、夕呼が名を出そうとしないという点で、なんらかの裏があると邪推されてしまうのだ。

 

 言葉で、そんな裏などない、と言うのは簡単だ。だがそれで相手が納得できるわけでもない。

 夕呼にしてみれば、XM3など駆け引きのためのカードの一枚に過ぎない。おそらくは武の知らない交渉材料があといくつかはあるはずだ。それらを知っていれば、もしかすれば紅蓮らを説得する切っ掛けにはなったかもしれない。

 

 

 

 ふと、ターニャであれば何か知っているのではないかと顔を窺いかけるが、紅蓮に対するのとはまた違った脅威を感じ、意思を振り絞って正面から目を離さない。

 

 ターニャに助けを求め縋ることは、少なからず白銀武という人材の価値評価を下方修正することに繋がる。

 その時点ですぐさまにターニャが、武をそして第四計画を切り捨てることはないだろうが、マイナスの評価が積み重なっていけば話は別だ。ターニャが第四を見限れば、「許容しうる最低限の損害」としてG弾の限定使用を容認したうえで、合衆国による喀什攻略に踏み切るはずだ。その先は、たとえ人類が勝利したとしても、アメリカによる一極支配が待っていることだろう。

 

 それが悪いことだとは断言できない。

 ただ冥夜が望んだ、民と国と、そして悠陽を護りたいという願いに沿うかどうかは定かではない。

 

(落ち着けよ白銀武。今ここでビビッてどうする。それに説得するのは周りの連中じゃねぇ……戦術目標を見誤るな)

 

 ターニャへの畏怖ではなく、シンプルに恐怖ともいうべき感情から、逆に武は落ち着く機会を得た。

 

 

 

「……その通りです、殿下。配下の者の業績を奪い取ることを良しとされないそのお姿には感服いたします」

 ここは帝国議会でも国連安保理でもない。説得すべきは煌武院悠陽ただ一人だ。悠陽が受け入れれば、五摂家といえど斑鳩も崇宰も口では反対したとしても、了承するしかない。

 ならば白銀武には悠陽に伝える言葉は一つしかない。少しばかり深めに息を吸い、脳裏に昨夜の彼女の姿を思い浮かべて、口を開く。

 

「ですが、その程度の『夜の冥さ』は、『悠陽』殿下にも受け入れていただきたい、と」

 たぶん今の自分の顔色は間違いなく死人同様だろうと、感じる。

 

 冥夜の名を割って告げた言葉で、斯衛の属する者たちが腰を浮かせてしまう。真耶に至っては鯉口を切りそうにまでなっている。

 

 

 

「ふふふ……そういえば白銀、そなたはかの者を見知っているのですね」

 だが目標とするその人物が、逆に朗らかに笑いはじめ、場の空気が緩んだ。

 

「そう言われてしまいますと、私としては受け入れるしかございません。判りました。新OS、XM3は私が戦術機教練の際に不満に思うたことを香月博士に話したことが切っ掛けとなり開発されたと、布達いたしましょう」

 

 武ができたのは、ありがとう存じますと漏れ出すように返答することだけだ。

 ただ、その感謝は間違いなく心からのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回と今回のは、何とか一話に纏めようとして諦めました。

で、この世界の日本の予算編成がどうなっているのか、かなり目にナゾですが、2001年11月にXM3が完成していても、帝国軍全軍に配備用の予算下りるのって2003年以降とかになりそう……とか考えたらどうしようもなくなりそうだったので、そのうちにどうにかするかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

疑義の供覧 01/11/15

「起立、敬礼っ!!」

 

 普段の起床時間よりも一時間以上も早く、叩き起こされるような形で集められた207Bの面々だが、まりもの入室とそれに合わせた千鶴の号令とで確実に意識は覚醒する。

 このあたり、短い期間とはいえ軍人としての教育が行き届いたと見て取れる。

 

「さて。本日の貴様らの予定だが通常の教練はない。代わりに当基地において開催される新型OS、通称XM3のトライアルに衛士として参加することになった。光栄に思え」

 

 説明にもなっていないまりもの言葉に、ざわりと言葉にならない動揺が漏れてしまうのは、さすがに仕方がない。冥夜だけは事前に予定を伝えていたので驚きは無いように見えるが、それでも自身の果たす役割を慮ってかわずかに眉間が狭まる。

 

「なに、トライアルといっても普段の教練とさほどやることは変わらん。ただ多数の選任衛士の前で執り行う、というだけだ」

 

 多数のという言葉で壬姫の顔がいっそう青くなるが、逆にやることが普段と変わらないと聞いて尊人や純夏などは安心したような顔つきになっている。

 

 

 

「教官、質問をよろしいでしょうか?」

「許可する、なんだ榊?」

「先ほどからお話されている、新型OSとはいったいなんでしょうか?」

 

 分隊長としての責任感からか、疑問を潰しておきたいという几帳面さからか、千鶴が問う。

 

「それも普段と同じだ。貴様らが今まで使ってきたシミュレータにしろ実機にしろ、搭載されているOSが既存のものを改良した新型OSだったということだ」

「つまり我々は、以前よりその新OSで教練を受けていた、ということでしょうか?」

「その通りだ。新型OSによる教練の進捗促進を図ることも、貴様たちには知らせていなかったが任務の一環だった」

 

 まりもは簡単に言うものの、モルモットとして使っていたという意味のことを告げられ、千鶴以外の者たちの顔も強張る。

 

「しかし、通常の教練と似たような内容とはいえ、さすがに当日の、いえこのような直前に伝達されるというのは……」

 千鶴はまだ納得できないのか、まとまりきれていない不満を口にする。

 

 

 

「神宮寺軍曹殿、よろしいでしょうか」

「許可する」

 少しばかり緊張が過ぎる千鶴の様子を見て、武は口を挟むことにする。

 軽く手を上げてまりもに発言の許可を取り、わざと上官としての態度で千鶴に向き直る。

 

「榊訓練兵。貴様は今、コード991が発令されたとして同じ言葉を吐くのか?」

「コード991っ!? い、いえ、しかし……」

「日本海を越えての、超深度地下からの長距離直接侵攻がないなどと常識に囚われているのか、そもそも想像力が欠片も無いのか、どちらだ? 榊訓練兵?」

 

 いまの帝国であれば、現実的にありえないと思われているような想定を突きつける。

 

「……申し訳ありませんでした。自分の失言であります、白銀教官補佐殿」

「失言ではないな。すでにこの日本帝国が前線国家であり、今の貴様は訓練兵とはいえいつ実戦に臨むことになってもおかしくない。それが自覚できていないだけだ」

 

 以前より感じていたことだが、この世界線の207Bの面々は、どこかわずかに温い。

 純夏の存在や尊人の性別の影響などもあるのかとも思っていたが、やはり一番大きな要因は、日本が前線となっているという認識の薄さだろう。

 

 かつての世界線であれば、日本帝国は一度その国土をBETAに犯されていたが、ここでは違う。最初の白銀武ほどではないが、事態がいかほどに切迫しているのかが肌で感じられていないのだ。

 

 

 

(207Bの皆でさえこの程度なんだから、本土軍の連中とか大丈夫なのか?)

 以前の世界線では、横浜基地の国連軍兵の弛み具合も問題だったが、今は下手をすると帝国軍の多くがこのような意識なのかもしれない。

 

「ま、そのコード991に比べれば、今日のトライアルなんてやることが判ってる分、遥かにマシだ」

 ふと想像してしまった帝国軍の問題を振り払い、硬くなった雰囲気をほぐすためわざと軽めに話を振りなおす。

 

「それに、だ。思っていた以上に乗りやすかっただろ、お前たちの吹雪は」

「……いや、それはない。白銀の変態機動はおなかに悪い」

 武の言葉に皆が眼を逸らす中、代表するかのように慧が否定する。それも、ナイナイと顔の前で手を振りながら、だ。

 

「あははー彩峰さんじゃないけど、あの機動は今も慣れないよね」

「うん。古いのと新しいのとでどれくらい違うかは判らないけど、白銀さんの機動は乗りやすいものじゃないと思う」

 雰囲気を軽くしたいのは同じだったようで、尊人と壬姫も話に乗ってくる。千鶴と冥夜は何か考え込んでいるようだが、無用な強張りはなくなっていそうだ。

 

 

 

「貴様ら、おしゃべりはそれまでだ」

「はっ、失礼いたしました」

 緊張が解ける頃合を見計らっていたようで、まりもが注意する。

 

「普段どおりに行えとはいえ、少々編成を変えることになる。なんといっても新OSのお披露目だからな。性能が眼に見えて判ってもらえるように、二機種を並べての実演となる。そこでだ……」

 まりもは軽く全員を見渡して、配置を説明していく。

 

「榊、彩峰両名は吹雪に。珠瀬と鑑が撃震だ。私の機体を珠瀬に任せる。鑑は普段と同じく予備機に回れ」

「了解っ!!」

 緊張はあれど、意識を前に向きなおしたようだ。四人の返礼が綺麗に揃う。

 

 本来であれば戦術機の訓練は一機種に限定されている。一般の衛士でさえ、機種を変える時には訓練期間を要するのだ。訓練兵が複数機種を同時に使用しながら教練を続けているなどというのは異常といってもいい。

 

 ただ武の提案もあり、今の207Bはシミュレータでは不知火を、実機では吹雪を主体に全員が撃震を交代で乗り回すという変則的な教練を続けていた。名目としては、機種ごとの差を実感させ混成部隊での運用に慣れるためとしていたが、このトライアルを見越したものである。

 

 一応は正規任官後、不知火に関してはA-01に配属された際の機種転換の時間を減少させるため、という意味もある。

 

「鎧衣訓練兵は、待機だ。他の四名に何かあれば、その任を引き継げ」

「は、了解しましたっ」

 

 戦火に直接見舞われていない今の帝国において、帝国陸軍の多くはいまだに男性である。一応は見目麗しい女子訓練兵で纏めておくというのは、少しは意味があるはずだ。

 そして「鎧衣」の存在はできうる限り隠しておくほうが、なにかと都合が良い。

 

 

 

「教官、質問よろしいでしょうか?」

「許す、なんだ?」

「御剣の配備はどうなるのでしょう?」

 

 千鶴があらためて問うのは、冥夜の扱いだった。

 今のところ名を呼ばれていないのは武と冥夜の二人だ。武は指揮の補佐にでも回ると思われているようで、聞かれもしない。

 

 そして冥夜はここ二日ほど、武の指示の下に207Bとはほぼ完全な別行動をとっていた。それが今日のトライアルのためだったというのは予測はできるだろうが、その任務内容まで推測するのは無理だ。

 

「御剣訓練兵に関しては別命がある。だが貴様らが知る必要はない」

「はっ、申し訳ありません」

「いや、分隊長としてその疑問は当然だ。それでも話せぬことはあるがな」

 

 訓練兵とはいえ部下の配置が隊長である自分を超えて、それも秘密裏に決定されているのだ。異常ではあるが仕方がないとされてしまうのが、207Bの今なお抱える問題ではある。

 

「以降、トライアル終了まで直接の指揮は白銀に任せる。以上だ、解散っ」

「起立、敬礼っ!!」

 

 

 

 

 

 

 ブリーフィングともいえない簡単なやり取りの後、207Bの皆をPXへ送り出し、武は臨時指揮所となる予定のテントに向かう。自分の朝食は、レーションで済ませる予定だ。今日のトライアルでは武自身は戦術機に乗ることはないが、だからといって暇なはずもない。

 

 トライアル全体の進行はピアティフなど第四の事務方のスタッフが取り仕切ってくれてはいるものの、午前中は207Bの指揮があり、午後からは来賓の相手も予定されている。

 現職の衛士を主体に集まってもらっているとはいえ、巌谷をはじめ技術廠などからも人は来る。OSやCPUの技術的な説明は武には無理だが、機動概念を説明できるのはターニャを除けば武くらいのものだ。

 

(事務次官補に戦術機の機動概念を解説してもらうってのは、あの外見に関係なく無理だよな……)

 

 もしかすれば頼めばやってもらえたかもしれないが、そのターニャにしても暇があるわけではない。ターニャには第七艦隊から来ている士官たちとのやり取りが予定されているはずだ。

 

 先日の悠陽との顔合わせも緊張したが、列席していた人物のほとんどは、別世界線でのこととはいえ見知った人々だった。

 今日はまったく顔も知らない、地位も年齢も上の者たちを相手にし続けなければならないのだ。

 

(確かに篁中尉で一度試されてなければ、さっきの榊みたいに慌てふためくことになってたよな)

 

 臨時指揮所の中で、衛士用のレーションを合成コーヒーで流し込みながら、できる限りの準備を進めていく。

 

 

 

 さらに、前日までに設営は完了しているとはいえ細かな回線の調整などしていたら、開幕のアナウンスが流れてくるような時間となっていた。

 

 どこかで聞いたことのある声だと思ってよくよく考えてみれば、霞の声だ。

 夕呼の差し金であることは間違いないだろうが、なぜか軍の人間ではなく、式進行のアナウンスは霞が担当しているようだ。

 

(いや社も軍の、というか第四の人間だな。しかしこういうアナウンスで聞くと社の声って結構聞きやすいんだな)

 

 用意された原稿を読み上げているだけなのだろうが、場違いに幼く聞こえることもなくよく通る声で、聞き取りやすい。

 以前の世界線からもそうであったが、普段はほぼ無表情なままでの首を振るだけのジェスチャーだけでの会話ともいえない付き合いなので、こうしたしっかりした声を聞くのはかなり新鮮だ。

 

 

 

「って、こんなアナウンスが流れてきたって事は、もう時間だな」

 

 第四からは夕呼が一応は顔を出しているはずだが、基地司令なども含め挨拶は短めのはずだ。

 

 このトライアルを見に来ているのは、大陸派遣軍にしても本土軍にしても、尉官級の現役衛士が大半である。

 佐官以上に関しては、すでにXM3の導入を前提とした根回しが始まっている。今回の目的は、基本的には現場の者に対しての忌避感の低減だ。不要といってしまえば不要な、贅沢ともいえるトライアルである。

 

 それでも今後、予測されるBETAの九州上陸に際し、自分たちが使うことになる装備に不満が残るよりはいい。

 

(トライアルを目前にしてお偉いさん方の長いお話なんて聞かされたら、XM3に好印象なんて抱きようがないからな)

 

 武自身がそうであるからだが、長々しい訓話など現役衛士にとっては苦痛以外の何物でもない。

 

 武にも列席してなにか一言言うかという嫌がらせじみた話が合ったが、207Bの指揮をとる人間が必要ということで、半ば逃げるように断ってきた。

 事実、所詮訓練小隊、それも定数の半数程度の207Bには人員の余裕はない。

 

 

 

「さて、と。あとはお前らがそれなりにうまくやってくれれば、今日のトライアルは成功というわけだ。出番まではもうしばらく時間があるから、機外に出て柔軟でもしてろ」

 

 装置類の確認も含め、トライアルに参加する四人に通信を送るが、返答を待たずに切る。どうせこんなことになっているのではないかと見てみたが、予想通りに四人共にコクピットに入り込んでいた。

 

「まったく、出番はまだ先だって言ってるのに、何やってるんだあいつらは」

「仕方ないよタケル。ハンガーからじゃこっちの様子も見えないし緊張するよ……って、ここからも直接だと良く判らないよねぇ」

「見たいならそこらのモニタで見てろ。そっちのほうが確実だ」

 

 207のために準備されたこの臨時指揮所は、テストコース脇に設けられたテント内だ。いまのところ武と尊人しか居ないために、気楽な感想も漏らしてしまった。

 

 場所的に目視ではすべてを見ることはできない。が、その代わりにいくつも設置されたモニタで、トライアル後に各所に配布するため録画中の上空からの映像なども、リアルタイムで見ることができる。

 指揮所とはいえ、どちらかというと記録収集のための場所である。一応は双眼鏡なども用意はしているが、それで追えるような位置には設置されていない。

 

「と、そろそろ始まるな」

 それでも国連軍カラーに塗られた撃震がコースに入ってきたのは目視できた。

 まりもの乗る機体だが、乗りなれた自機ではなく在来型OSの物を国連軍から借り受けたものだ。

 

 

 

『……神宮寺軍曹の経歴をご存知の方もおられるでしょうが、あらためまして紹介させていただきます。激戦の大陸戦線を生き抜き、19歳で富士教導団に抜擢された、熟練の衛士であります。搭乗機は在来型OS搭載の77式撃震です』

 

 まりもは来賓に向けて撃震のコクピットブロックを開き、教本じみた綺麗な敬礼を返しながら、簡単な紹介を受けている。

 最初に夕呼が笑いながら書き出した紹介文は、まりもの手によって武の目に触れる前に細切れにされた。そして短くなったとはいえ持ち上げられるのは、まりもにしてみればまだ恥ずかしいようだ。

 

 紹介が終わった直後、スクランブルに臨むかのような速さでコクピットが閉じられる。間違いなく普段よりも速いのは、羞恥ゆえからだろう。

 

 簡単なタイムカウントの後、まりもの乗る撃震がテストコースに飛び込む。

 完全停止状態からの主脚走行のみでの急発進、そこからも跳躍ユニットは一切使わず脚だけを使ってのスラロームまで、第一世代とは思えぬ精度で繋げていく。一部の斯衛衛士たちが行う、小刻みな機体制御による半ば無理やりな連携ではなく、機体に無理を掛けない範囲での丁寧な機動だ。

 

 そしてスラロームから規定地点で瞬時に停止し、跳躍でスタート地点に跳び戻ってくる。その後の停止射撃、走行射撃と続け、最後に長刀装備に代えての固定目標への斬撃まで、先の敬礼同様に教本動画と遜色のない正確さで、コースを完了する。

 

 来賓に見せるためなので、JIVES(統合仮想情報演習システム)は使用していないため、ターゲットは板切れ一枚に要撃級や戦車級の絵を描いた簡易なものだ。逆にそれゆえにペイント弾で塗りつぶされた後は、どれだけ正確に撃ち込まれているのかが明確に見て取れる。

 

 データ蓄積のある乗りなれた自機ではないとは一切感じさせない、手馴れた動きだった。

 

 

 

「やっぱり神宮寺教官スゲェよな」

 シミュレータの管制室ほどではないが、必要なだけの情報は集まっている。そしてモニタ上に映る機動だけで、どれほど丁寧な操作が執り行われているのか、想像できてしまう。

 

「ねぇ、神宮寺教官、なんかカクカクしてなかった?」

 ただ武とは違い、尊人の感想としては、こぼれ出たようなその言葉通りなのだろう

 たしかに普段の教練で見せるまりもの動きとは明らかに劣る、ぎこちないと言ってもいい硬さがある。

 

「あ、ああ……そうか。アレが従来型のOSでの戦術機の挙動だよ。外からこうやって見ると、お前らが使ってるXM3がどれだけのものなのか良く判るだろ」

「う~んOSの凄さはまだ良く判らないけど、でも教官やタケルが今まで見せてこなかった理由は、なんとなく判った。アレを最初に見てると、今のボクたちの動きはできないね」

 

 珍しいことに尊人が考え込みながらこちらの意図を探ってきてくれる。先入観を持たせたくなかったという事は、伝わったようだ。

 

「まあそのあたりは今晩にでも皆で話し合ってくれ」

「了解しました、教官補佐殿っ!!」

 

 クスクスと笑いながら敬礼してくる。このあたり尊人にしても周りに人が居ないせいもあって気楽なものだ。

 

 

 

「次は……インドラ・サーダン・ミュン中尉、だったっけ?」

「おう、従来型のOSで吹雪動かせる奴が207には居ないからな。ちょっと代理で頼み込んでみた」

 

 207訓練小隊にはまりもと武を除き、既存OSの機体に乗れる者がいないため、部隊外に頼むことになった。顔を出すためにA-01の者たちが使えず、白陵基地所属の国連軍衛士に依頼する形となったのだ。

 ミュンは、普段は第二世代機のF-15系列の陽炎に乗っているとはいえ、衛士としての技量は疑いない。

 

「タケルが乗ったらよかったんじゃないの?」

「俺もお前らと同じだよ。対外的な実績がないから、こういう場では説得力に欠ける」

 

 もちろん、武の腕がミュンに劣るということはない。

 この場に集まっている衛士であれば、武の機動を見ればその衛士としての技量に疑問を挟む者は居ないはずだ。

 

 ただ、どうしても今の武では名が足りない。実戦経験のある衛士が操る既存OS搭載機を凌駕できなければ、XM3の優位性を判りやすく見せ付けることが難しい。

 

 ミュンであれば、実戦を経てなお生き残り、ベトナム出身でありながら大東亜連合ではなく在日国連軍に所属しているということで、その腕前を疑うものはいまい。

 

 

「と、始まったか」

 

 比較ということもあり、コースは先ほどとまったく同一だ。

 

 こちらも間違いなく「巧い」のだが、先のまりもに比べてしまうとどうしても一段劣る。機体性能の差から、全体的なタイム自体はたしかに縮んでいるのだが、機体の性能任せに見えるところがある。

 基本的に戦術機は中隊単位で統一されているために、現役の衛士といえど第一世代と第三世代の反応速度差などは実感できていないことが多い。練習機の吹雪とはいえ、第三世代機がどれほど卓越した存在かを目の当たりにしてもらえればそれだけで良いのだ。

 

 XM3を売り込みたい武にしてみれば、前座として十二分の働きだった。

 

 

 

 

 

 

「よーしいいか珠瀬に鑑。そろそろ出番だ。で、珠瀬。お前が先鋒だ。いつも通りにやって見せろ」

『り、了解ですっ!! い、いつもの訓練どおりにこなしてみせますっ!!』

 

 網膜投影される映像越しでは、緊張しているのは見て取れるが、逃げ出してしまいそうなほどではない。壬姫のあがり症が克服しきれているかどうかは、実のところ武には判らないが、あがっていない振りを今この場でできているのならば、間違いなく十分である。

 

「以前に言ったよな、部下に対し、不可能だと思うような命令をする上官は普通は居ない、と。俺はともかく、神宮寺教官がお前はできると確信して、この役を振り分けてるんだ」

 それでも臨時の指揮官として気休めくらいは言っておくべきだと思い、武は言葉を続ける。

 

「まあ失敗したら、鎧衣にでも慰めて貰え」

「タケルーっ!?」

『あははーじゃあ、普段どおりの気持ちでがんばってきます』

 

 今の207Bにおいては、どうしても武は一線引いてしまっており、距離がある。ならば共同生活している尊人に押し付けてしまえと軽く思ったのだが、どうやら効果はあったようだ。

 

「で、鑑。珠瀬のスコアに並ぼうとか考える必要はないぞ。逆に、だ。珠瀬の命中精度は、個人技だと判る程度に当てればいい」

『了解しました、白銀教官補佐殿っ!!』

 

 純夏であっても、さすがにこの場では「タケルちゃん」とは呼ばない。その程度には緊張しているようだ。

 そして純夏を相手にして、先の壬姫にしたようには誤魔化しようがない。

 

「まったく。鑑も緊張しすぎだ。貴様の場合、下手に意気込んだほうが失敗する。昼に食べるメニューでも考えながら、気楽にがんばれ」

『え、っと。はい、了解です』

 

 今の武の言葉で少しは安心できたのか、映像の先でへにゃりと笑う。

 

 

 

『ではこれより新型OS搭載機による同様の行程をご覧ください。搭乗衛士は第207衛士訓練部隊所属、珠瀬壬姫訓練兵と鑑純夏訓練兵です』

 先ほどまでの二人とは違い紹介は所属と名前だけだが、訓練兵という部分に低いざわめきが上がる。

 

(さすがに珠瀬の苗字だけだと国連関係者だとは勘ぐらない、か。鑑から言ってもらっても良かったかもな)

 

 純夏と壬姫を最初に出したのは、帝国軍の中での207Bに属する面々の事情がどれほど広がっているのか予測が付かなかったからだ。下手に千鶴や慧を先に出してしまうと、すべてが出来レースだと勘ぐられるのではないかと恐れたのだ。

 

 だが、そんな思いはただの杞憂だった。

 二機の撃震がコースに出た直後から、会場がざわめき、そして静まっていく。先の吹雪を上回るスムーズさで、コースを走り抜けていく二機の戦術機に、誰もが言葉を失っていた。

 

 単純に速度が速いわけではない。キャンセルと先行入力の組み合わせによって、無駄が省かれているのだ。その無駄のなさがゆえに先の吹雪よりも速いように見えてしまう。

 

「XM3搭載型の撃震が、非搭載型の吹雪に迫る、か」

 

 会場の反応が薄い。というよりは動揺で、言葉が無いようだ。

 タイムスコアとしては、主機出力が下がっている練習機とはいえ第三世代機の吹雪に並ぶことはなかったが、何よりも歩行中にせよ停止時にせよ、射撃の命中精度が尋常ではなかった。

 ミュン中尉の腕が悪いとか、フィードバックデータの少ない乗り慣れない機体による差が出た、とは言えなくもない。それらを踏まえ、かつ壬姫の突出した射撃能力も合わせて、XM3の優位性を知らしめるという点はもうクリアしたも同然だ。

 

「壬姫さん、やっぱり本番に強いね」

「お前さ、そこは自分の応援の成果だって言い張ってみせろよな」

「それはタケルのほうでしょ? 鑑さん、タケルの言葉でかなり緊張が解けてたよ」

 

 隣の席から、覗き込むような姿勢で尊人が聞いてくる。

 

「ま、そうであれば臨時とはいえ指揮官冥利に尽きるな」

 その尊人の言葉の意味が判らないわけではないが、いまの武には誤魔化しておくしかない問題だった。

 

 

 

 そして次の千鶴と慧の二人は吹雪での実演となるが、もはや消化試合の様相だ。

 第一世代の撃震が、OSの変更だけで第三世代に並ぶというのは、間違いなくインパクトが大きい。が、第三世代機の吹雪などがより一層高機動になるというのは上位の比較対象が存在しないために、判断が難しいのだろう。

 

 最後に、六機での並走も披露したものの、反応は小さなものだ。

 先日の唯依の言葉ではないが、XM3があれば撃震の後継は撃震で良い、という風にも見て取られる。

 

「ねえタケル、これって大丈夫なの? 武の得意な変態機動とかも披露してないから、評価が低いんじゃないの?」

「まーこうなるんじゃないかって予測もあったからな。それに変態じゃねぇ」

 

 一応は昼食を挟んで、午後からは試験衛士たる207Bの面々との対談や、シミュレータではあるがXM3の試乗体験なども予定しているが、確かに今のままであれば盛り上がりには欠けるだろう。

 

「ちょっと待ってな、そろそろ始まるぞ」

 トライアルの本番はこれからだぞと悪戯を仕込んだ悪ガキそのものの顔で、武は笑ってみせる。

 

 

 

 

 

 

『では午前の予定は以上でありましたが、OS開発に協力をいただいた帝国斯衛軍から、武御雷による演舞を披露していただけることとなりました』

 

 霞のアナウンスとともに、一機の山吹色の武御雷がトライアルのコースに降り立つ。

 跳躍ジャンプからの丁寧な着地で、吹雪に倍するほどの出力を秘めるとは思えないような軽やかな動きだ。

 

『まずはXFJ計画の日本側開発主任を務める、帝国斯衛軍所属、篁唯依中尉。乗機はTYPE00Fです』

 

 その名が告げられると、会場内に低いどよめきが満ちる。

 唯依の父である篁祐唯は、74式長刀や82式瑞鶴の開発に携わっている。帝国の衛士であれば、誰もが知っていると言ってもいいほどの名である。XFJの詳細を知らずとも、その篁の名だけで衛士の腕を想定してしまえる。

 

 

 

 だが、次の機体が試験場に現れると、そのざわめきが完全に途絶える。

 衛士や整備の者であれば聞き分けられたであろう、先に入った唯依の武御雷よりもわずかに高い跳躍ユニットの音を轟かせて、もう一機が降り立つ。

 

 紫の00式戦術歩行戦闘機、武御雷。

 帝国に、いや世界にただ一機しかありえない機体である。

 

『次に、国連太平洋方面第11軍・白陵基地衛士訓練学校・第207衛士訓練部隊所属の御剣冥夜訓練兵です。乗機はTYPE00R』

 

 今までの207Bの面々とは異なり、わざとらしいまでに正確な所属を長々しく述べられた。その直後にコクピットブロックが開き、機体と同じ紫の零式衛士強化装備に身を包んだ冥夜が、唯依に正対す