Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀- (ほんだ)
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第一章:繰り返されない三度目を
紫黒の因果 01/10/22


こちらハーメルン様での投稿はかなり久しぶりな上に、少々見切り発車ですがよしければおつきあいください。



2001/10/22 朝鮮半島 鉄原ハイヴ南方

 

 秋晴れの、どこまでも青く抜ける空。

 その下に広がる、荒れ果てた荒野の先に見えるのは、不規則な皿のような地盤を積み上げた、巨大なアリ塚とも見える「地表構造物」。一つの山ともいえるほどの巨大さから、距離感が失われてしまう。

 

 

 

 ――BETA

  Beings of the

  Extra

  Terrestrial origin which is

  Adversary of human race

 ――人類に敵対的な地球外起源種

 

 1958年、米国の探査衛星ヴァイキング1号が火星で生物を発見。

 1967年、国際恒久月面基地「プラトー1」の地質探査チームが、サクロボスコクレーターを調査中に、火星の生命体と同種と推定される存在と遭遇。付近にて実弾演習中であった第203調査・観察中隊がこれを救援。初の人類と地球外生命体の交戦が勃発。

 

 この「サクロボスコ事件」を契機にして、異星起源種がBETAと命名される。

 以来現在まで30年以上続くBETA大戦がはじまった。

 

 1973年4月19日、中国新疆ウイグル自治区喀什にBETAの着陸ユニットが落下。

 人類はじりじりとその版図を削り落とされ、今やユーラシア大陸はそのほぼ全域がBETA支配地域となった。この30年に渡る敗走の象徴こそが、眼前の巨大構造物、BETAの前線基地ともいえる「ハイヴ」の地表構造物「モニュメント」だ。

 

 

 

 そのモニュメントを見つめるのは、一見してバラバラな三人。

 帝国陸軍の壮年の将官に、「青」の強化装備を身に纏う帝国斯衛軍の若き女性衛士。

 そして国連軍C型軍装の、年齢を感じさせない小柄な女性。

 

 それぞれの副官や随行員は、普段よりわずかに離れている。今、彼ら三人の周囲を囲むのは、撮影機材を抱え忙しなく位置を変える広報スタッフだ。日本帝国と国連軍から派遣されているスタッフは、さすがに民間の従軍記者などとは違い、将官に対して無暗な注文などはせず、的確に必要な映像を集めている。

 

 第一、特に注文など付けずとも、文字通りの「前線視察」、ハイヴ地表構造体が目視できる位置に並ぶ高級指揮官たち、というだけでも広報素材として貴重だ。しかも今は作戦開始直前。彼らの背後に並ぶは、日本帝国陸軍の機甲師団に、日米を主体とした国連軍。そして青、赤、黄の色が目立つ帝国斯衛戦術機大隊。兵への士気高揚のための広報映像撮影としては、うってつけであろう。

 

 そんな映像で高揚できるような士気が各軍に残っているかはともかく、政治的パフォーマンスでしかないと三人が三人ともに感じていながらも、その必要性もまた十全に理解している。

 一国の中に指揮命令系統が異なる三軍が存在するという、純軍事的観点からすれば唾棄すべき事態。だがそれが現時点ではすぐさま解消できない問題である限り、上に立つ身としては自身を使ったパフォーマンス程度はこなさなければならないのだ。

 

 

 

「作戦開始前のこのような時に、お時間を取らせ申し訳ありません、デグレチャフ事務次官補。それに彩峰中将も」

「いえ崇宰殿。斯衛の大隊指揮官殿と大陸派遣軍司令官殿との歓談の機会というものは、むしろこちらからお願いしたいところでした」

 事務次官補と呼ばれた女性は、年齢の判りにくい笑みを浮かべながら応える。距離を取っていた彼女の副官がその表情に驚きを表す程度には、社交辞令ではなく本心からの喜びのようだ。

 

「本来であれば、対BETA戦の最前線に立ち続けられている次官補殿とは、もう少し早くにお話をいたしたかったのですが……」

「私も同様ですな。かつて次官補殿のお薦めでユーロに参戦した海の者たち、彼らからは会う度ごとに貴女への賞賛を聞かされ続けておりました」

 ただ斯衛の指揮官である崇宰恭子にしても、大陸派遣軍司令官たる彩峰萩閣中将にしても、このターニャ・デグレチャフ国連事務次官補との会談はパフォーマンス以上の価値がある。二人としても彼女の持つ見識には多大な敬意を払っている。

 

 国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)。

 ターニャが初代局長に就任して、すでに27年。このままでは終身局長かとまで噂されている。これほどまで長きにわたりその地位に就いているという事実は、小柄な女性の特異性の一面でしかない。

 

 彼女の経歴を紐解けば、まさに異常としか言い表せないほどの戦歴である。そもそもこのBETA大戦での始まりともいえる第一次月面戦争から参加し、かつ今なお生き延びているのだ。現在まで続く対BETA戦の基本ドクトリンを構築しただけでなく、ユーロ各地での撤退戦にも参加、そして昨今では極東方面での作戦立案にも関与している。

 

 

 

「初の海外派兵となる大隊の指揮官、それも帝国斯衛のともなればお手隙の時間などありえないことは、理解できます」

 恭子に向けたターニャの言葉に偽りはない。

 国土防衛、それも突き詰めれば「将軍家」の防衛のみを目的としているのが帝国斯衛軍だ。侵攻能力に重きを置かない防衛隊を、大隊規模とはいえ海外へ派兵し実戦運用する、その指揮官が暇なはずがない。

 

「我らが大隊も本土で鍛え上げているとはいえ、やはり実戦に勝るものはないかと。整備の者たち含め、経験を積ませてやりたかったのですが……」

「しかし現実は御覧の通り、ですな」

 口を濁す恭子に対し、ターニャがどこかしら皮肉めいた口調となるのも仕方が無かろう。

 

 彼らの背後に閲兵式のように並ぶのは全高18メートルほどの巨人ともいえる、戦術歩行戦闘機。BETAの、光線級と呼ばれる対空レーザーにより航空兵力が運用できない現在、対BETA戦の主力を担う人型巨大ロボットである。

 だがここに並ぶ戦術機は、数はあれども国連軍と大陸派遣軍はどちらも77式撃震。斯衛のほうも82式瑞鶴のみだ。共に日本帝国において改良が続いており、F-4ファミリーとしては高性能とはいえ、よく言っても第1.5世代機。けして最新鋭とは言えない。

 機動力に劣るこれらの機体では光線級吶喊は当然、間引きに伴ってハイヴ浅瀬への侵攻を試みることさえ覚束ない。

 

(まあ光線級が残っているようなら、あの部隊に対応してもらうとしよう。溜まりに溜まった負債の、その利息分程度は働いてもらわんとな)

 最前線のここからでは見えないが、後方に配備されている国連軍内部の「秘匿部隊」。おそらくはこの半島に展開している中では唯一、第三世代機のみで構成された部隊だ。

 最悪の場合は、命令系統外のそれを使い潰すことさえ考えながらも、ターニャは表情を動かさない。

 

 

 

 もちろん帝国本土であれば第三世代機が無い、というわけではない。すでに世界初の第三世代機と名高い94式不知火は、帝国の本土防衛軍をはじめ、国連太平洋方面第11軍にも秘密裏に連隊規模で配備されている。さらに斯衛であれば前年より00式武御雷の配備が始まってはいるのだ。

 

 ただ、どちらもそれを前線に出せるほどに余裕があるわけではない。

 

「不知火を配備した大隊をこちらに持ってくるという話もありましたが……申し訳ない」

 彩峰中将としても、その表情は苦々しげだ。広報スタッフが並ぶ前で見せる顔では、ない。

 朝鮮半島に展開している大陸派遣軍の総司令官たる中将にしてみれば、戦力としては不知火が欲しいのだろう。打診もしたに違いない。だが、現状ここに無いということは、つまり話は話だけで終わったということだ。

 

 そもそも帝国陸軍において最新型と言っていい不知火は、本土防衛軍に優先して配備されている。大陸派遣軍にも回ってはいるが、いまだに十分な数が揃っているとは言い難い。大切な機体を間引きに使用して損耗させたくない、というのも判る。

 

 

 

「斯衛としても、万全の態勢で参加できていないことに変わりありません」

 恭子も、自身の機体である青の武御雷を持ち込めていないのだ。

 現時点では最強の対BETA用戦術機とも噂される武御雷ではあるが、その性能は余りに犠牲にしているものが多い。年間生産数30機程度という希少性に加え、帝国本土での十全な体制の下でしか運用できないほどに、その整備は困難を極めるという。海外派兵などすれば、一戦するどころか、出撃が可能かどうかさえ覚束ない。

 

 正式配備から一年、実戦証明は欲しいが、損耗は避けねばならない。実戦証明がされていないために、出撃どころか参戦さえもできない。つまりは結局のところ実戦証明も得られない。馬鹿げたループだと一笑するには、武御雷は貴重すぎる。

 

 

 

「いえ、どのような形であれ帝国の方々に半島での作戦行動へ参加していただけたことには、感謝しかありません」

 ターニャも国連軍関係者としては、兵力に疑問があるとはいえ、参加そのものには間違いなく感謝している。

 国連軍に編入されている日本帝国軍であれば、国連の権限の下で自由に運用できる。逆に言えば、自国外での戦闘に帝国がそれ以上に兵を出す義務はないのだ。日韓の間に防衛協定があるわけでもなく、ここでの戦闘の趨勢が日本帝国の防衛にも大きく利をなす、とはいえ帝国軍の派遣は日本の「善意」によるものとなっている。

 

「それに今回の作戦は間引きであります。個々の性能よりも、まずは数。質的向上は今後の課題でありますが、揃えられない質には意味もありません」

「そう言っていただけると、私個人のみならず帝国軍としても助かります」

「ははは……斯衛の私には耳の痛い話ではあります」

 

「いえいえ、我が祖国たる合衆国に対する、同業者にのみ零せる個人的な愚痴、ですよ」

「……ラプター、ですか」

 合衆国の傀儡ともいえるJASRA、その局長ではあるが、この事務次官補は対BETA戦に問題ありとすれば議会への殴り込みどころか、クーデターギリギリまで実行すると噂されている。そんな噂の正否はともかく昨今ではG弾ドクトリンと、それに付随する最新鋭戦術機たるラプターへの批判は有名である。

 

「武御雷は、その生産性と整備性、そこから派生する継戦能力などには問題を感じます。が、短期での決戦能力という点には疑惑はありません。ハイヴへの侵攻も考慮すれば最適とも言えましょう。ですがラプターは、正直どう使っていい物やら」

 対BETA戦どころか、中長距離ミサイルの運用できないステルス機が対人戦でなんの意味がある?とまで嘯く。

 

 

 

「それより現状、問題としたいのは……」

 同盟国とはいえ他国の人間に、それも国連所属としての立場から続けるにはいささか問題ありと気付いたのか、ターニャはわざと話題を変える。斯衛と帝国軍の将官に、半ば非公式な発言として伝えておきたいことは、細かな戦術機の性能差などではないのだ。

 

 そもそもたとえ最前線で戦うとはいえ、国連軍のみならず帝国の大陸派遣軍も斯衛も、ここでの立場は「支援」だ。

 残存する韓国軍とそれを指揮する在韓米軍が主力であり、命令系統の頂点にある。国連軍でさえ米軍の要請によって動いているというのが現状だ。独自判断で行動できているのは、大東亜連合だけであろう。

 

「国が無くなるという事態に直面しながらも、戦時作戦統制権をいまだ他国に委ねているという事実。もはや驚き呆れるしかありませんな」

 命令系統が複雑怪奇なのは撤退戦が続く対BETA戦の常とはいえ、ここまで酷い事例も珍しい。問題はこの朝鮮半島における政治・軍事的問題が、BETA侵攻後も何一つ解決されていないことに起因する。北朝鮮政府が中国共産党の傀儡として、もはや形だけの亡命政府となっている現状であっても、朝鮮戦争が終わったわけではないのだ。

 

 その上で、自国の防衛と避難民の保護及び後方国家への疎開が韓国政府の方針であり、韓国軍はそれに沿って活動している。国連としては「自国の防衛」を拡大解釈して、韓国軍が独自にハイヴへの攻勢を始めない限りは、積極的には介入できない。

 

 

 

「次官補殿の見解としては、やはり……?」

 彩峰中将が言葉を濁すのは、ターニャの華々しいまでの「経歴」の一つから推測される事態。いや、彼女が重慶ではなくこの鉄原ハイヴに視察に赴くと聞いた時から、予感していたことだ。

 もう15年以上過去の話ではあるが、ギリシア撤退の時にこの事務次官補が取った対応は、軍・政治関係者には有名なのだ。

 

「バンクーバー協定第六三条、『避難勧告非受諾者に対する例外規定』……ですか」

「ええ、帝国のお二方に見ていただきたいのは、此度の撤退戦。その困難さ。その上で必要となる判断です」

 住み慣れた想い出ある土地から離れたくない、という感情は判らなくはない。資産としての金品のみならず、衣類の持ち出しもまあ理解はできる。

 ただそれを理由に強制避難勧告まで発令され、撤去期間を過ぎて居座り続けている者たちのために、配下の兵を磨り潰すべきなのかと問われると、多くの指揮官は正しく答えられないであろう。

 

 

 

「ご安心ください、とは言い切れませんが、九州及び山陰からの国外移住は進んでおります」

 言外に、韓国軍が無様を晒して避難民の誘導が遅れたとしても放置しておけと告げるターニャ。それを彩峰中将はわざと曲解したうえで、帝国本土の疎開状態の説明に切り替える。

 

「そういえば東南アジア方面だけではなく、オーストラリア西岸の一部を、帝国は買い取られたのでありましたな」

「海軍の関係で、佐世保や長崎の人員は移動させられませんが、あちらでもいくつかの造船所は動き始めていると報告を受けております」

 現在、洋上に展開している対馬級上陸支援ロケット砲艦のうちの何隻かは、そちらで改装された物だという。

 

 重慶にしろ鉄原にしろ、溢れたBETAが次に目指すのは、台湾か九州、本州山陰あたりだろう。

 九州は北部に港湾施設や重工業地帯が拡がっている上に、在日米軍が使用する施設も多く、すぐ様に疎開といった処置はとれない。佐世保が使用できなくなれば、第七艦隊の作戦行動にも大きく影響する。

 それでも熟練工とその家族などを筆頭に、オーストラリアでの新規事業に向けてすでに移住している者は100万の単位だ。農林水産業関係は移住先の選定と収穫期の問題など困難も多いが、国外の租借地へ移転も始まっており全体的な疎開計画としては進んでいると言える。

 

 ただし元々の人口が少ない山陰地方は、北関東から東北太平洋側への疎開を予定しており、現在のところ緊急時の移動計画のみに留まっていた。

 

 

 

「逆に斯衛の身としてお恥ずかしい話ですが、やはり首都移転が遅れたせいもあり、瀬戸内の移動はまったくと言って進んでおりません」

「それに海のことゆえ詳細は存じませんが、広島を動かすとなると連合艦隊の行動にも大きく制限が出そうですからなぁ」

「やはりそこは難しいでしょうな……いや、これ以上は内政干渉となりましょう」

 

 経済の中心が東京だとはいえ、神戸大阪は首都近郊でもあり、また巨大工業地帯だ。当然の如く人口も多い。その生産設備と人員とを移転することなど簡単なことではなく、計画の目途すら立っていない。一応のところは、今後は瀬戸内の施設拡大は停止し、北関東を中心に設備の拡張を図る、といった程度だ。

 まして連合艦隊において横須賀と並ぶ、西の中心ともいえる呉の機能を移転させることなど、出来ようもない。

 

 

 

「さて。名残惜しいですが、そろそろ作戦開始時刻ですか。お二方ともに、ご自身と配下の兵をお護りください」

 他国の軍の支援のために自身をすり減らすなという意味を込めて、ターニャは言葉を重ねておく。国連から距離を取っている大東亜や、そもそも政治的にも戦力的にも使いにくい韓国軍よりも、まだしも日本帝国軍は使い道があるのだ。

 

「はは、ご心配なく事務次官補殿。与えられた役職の中で、最善を尽くして見せましょう」

「では私は戦術機の方で待機しております。また作戦終了後にでも」

 作戦開始とはいえ、急ぐことはない。周辺の人員も緊張感はあれ待機のままだ。さすがに広報スタッフは撤収を始めているが、それさえも整然としたものだ。

 そもそも一番槍は米海軍からの支援砲撃であり、それで光線級の脅威が排除されるまでは、こちらに出番はない。

 

「ああ、見えてきましたな……ん、一発だけなのか?」

 中将が指し示すのは、遥か高みから落ちてくるそのミサイルらしき飛翔体。

 その言葉が、訝しげに途切れる。

 

 今回は軌道投下はないとはいえ、黄海に展開している合衆国第七艦隊からの支援砲撃が始まらない。本来であれば文字通り「弾雨」と表現しうるほどの物量で光線級に対抗するのが常道なのだが、作戦開始時刻になって撃ち下ろされたのは、軌道上からの一発だけだ。

 

 

 

 ただ人間側の違和感など関係なく、BETAは迎撃活動を開始し、ハイヴ周辺から幾条もの光線が延びる。

 伸びていくのだが、迎撃に撃ち出されたそのレーザーが、飛翔体の周辺で捻じれ、消え去ってしまった。

 普段であれば即座に撃ち落されるはずの砲弾がただ一発だけ、どこか舞い散るような速度でハイヴに向かって進んでいく。

 

 その飛翔体は、周囲に渦巻くうっすらと黒紫の歪みに包まれ、それがレーザーを歪めているように見える。

 対レーザーコーティングではありえないその光景に、周囲の兵士たちも疑問を抱きながらも、その顔々に僅かに期待を浮かべはじめた。

 

 

 

「総員衝撃に備えるように伝えろっ! 兵は可能であるならば退避壕へ、戦術機も伏せさせろっ、急げっ!!」

 だが、ただ一人。ターニャだけがその飛翔体の正体を見抜いていた。そしてハイヴ直上のモニュメントを狙っていたのであろう弾道が、逸れていることにも。

 ありえないはずだが迎撃のレーザーの影響か、そもそもの照準ミスか、あるいは何らかの妨害か。

 

「な、何をおっしゃっておられるのですかっ、次官補殿っ?」

「お二方も、急ぎ退避命令を……いや、最早時間はないようですな。反応が始まってしまった」

 どこか諦めたかのような口調と、その視線の先。

 音もなく飛翔体は「黒く」光り、のたうつような球状の境界面が拡がってくる。空間を侵食し、消失させる光球。知覚できるはずがないのに、その拡がりが判ってしまう。

 

(あれは間違いなく、この場にまで影響を与える。いや、離れていても「私」だけは巻き込みそうだな)

 諦めたかのような先の口調とは裏腹に、ターニャの表情はひどく歪む。獲物を見つけた猛禽類の如く、壮絶な笑みに。

 

 

 

 ……狂った時間感覚の中、光の先に、クルミ割り人形が笑ったように見えた。

 

 

 

 

 

 

 




こういう感じでちょこちょこと原作からズラしながら進めて行こうかと。
ちなみに"Muv-Luv Lunatic Lunarian"準拠ということでターシャ・ティクレリウスさんではなくターニャ・フォン・デグレチャフさんです。たぶんこのころで70才前後?


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循環の覚醒

 

 ――アンタはこの世界を救ったのよ

 ――ずっと見ています

 

 

 どこかで聞いた言葉が消えていくに連れて、うっすらと意識が目覚めはじめる。

 

 カーテンで仕切られた狭いスペース。

 手摺の付いたベッドと横のスタンドにぶら下げられたクリップボード、周囲に漂う薬品臭からして病室だとは思うが、自分が寝かされている状況とが繋がらない。

 

(俺は……何をしようとしていたんだろう……)

 

「おはようございます、白銀さん。朝食ですよ」

 纏まらない思考は、しかしカーテンを開けた看護師によって遮られた。

 

「あ、ああ……おはよう、ございます」

(ああ、そうか。俺は白銀武、だ)

 名を呼ばれ、発作的に挨拶をすると、少しは頭が動くようになった。

 

「って、え? ええっ? 白銀さん、意識がっ!? すいません、香月先生をお呼びしますねっ」

 だが看護師の方は返事が返ってくるとは予想していなかったようで、らしからぬ慌てぶりで部屋を出ていく。

 

 残された武としては、起き抜けのせいか、いまいち上手く状況が掴めない。

 再び閉じられたカーテンの中で、ぬぼ~っと周囲を見渡すだけだ。

 

 

 

「とりあえず……食べるか」

 サイドテーブルに置かれたトレーが、朝食なのだろう。

 病人用らしく食べやすいようになのか、お粥に汁物とあとは何かのペーストのみと、簡素だが量はそれなりにある。

 

 もそもそもと口を動かしている間に、少しずつ頭も醒めてくる。

 

(「桜花作戦」が成功して、俺は戦いの記憶を失い、元の世界に戻るはずだったが……)

 「桜花作戦」という言葉が出てくるあたり、記憶が失われているようには思えない。いやそれどころか平和な日常を繰り返していた日々も、それがいきなり見知らぬ世界に放り出された「一周目」ともいえる記憶も、そして一度は死んだはずがもう一度巻き戻された「二周目」のことも覚えている。

 いやそもそも、基地正門前の桜の下で夕呼先生と霞とに見送られたのが、つい先程のような感じられる。

 

 

 

(だいたいここはどこだ? どっちの世界の何時なんだ?)

 一人用ベッドと椅子が一脚ギリギリ入る程度の狭い狭い空間には、その答えがありそうにはない。今食べている食事にしても、不味さからすれば合成食材と言えなくもないが、元の世界で病人食を食べたことが無い武にすれば、比較できないのだ。

 

(元の世界なら、まあ……とくに問題はないな)

 食べ終わり、茶で口を濯ぎながら、考えを纏めていく。

 

 別世界で戦っていた記憶があるといっても、人に話さなければ済む。身を挺して戦い続けた人たちのことを、生き残った皆と語り継げないのは口惜しいが、それでも白銀武が忘れなければ、それでいい。

 また、たとえ話したとしても「武だから」で済まされてしまいそうだ。

 

(それに「香月先生」ってことは夕呼先生が副司令じゃない、あるいはBETAなんて存在しないってことか?)

 元の世界なら、家族や担任のまりもでなくなぜ夕呼を呼びに行くか判らないが、夕呼先生のことだからで説明が付く。付いてしまう。それこそ武が脳改造手術を受けて昏睡していた、と言われても信じてしまう。

 

 

 

(問題なのは、BETAがいる世界の場合、か)

 この場合は、逆に問題が山積みだ。

 先程看護師が「白銀さん」と呼んでいたことからして、身元不明の死人扱いでないことは明らかだが、現在の身分がまったく判らない。階級無しで呼ばれたのも、その疑惑に拍車をかける。

 

 病室に入れられているところを見るに、何らかの負傷があったのかもしれないが、狭いベッドの上でゴソゴソと身体を動かす限りは、どこにも違和感はない。病院用の簡素なパジャマ姿だが、包帯なども巻かれていない。少しばかり怠さが残っている感じもあるが、これは寝起き直後に物を食べたせいだろう。

 

 周囲から切り離されているとはいえ、最前線という雰囲気は感じられず、先の看護師にしても後方のどこか生ぬるさが漂っている。

 

 

 

(BETAとの戦いがあるとしても、どうするかだよなぁ……いや俺は結局衛士でしかない、か)

 白銀武としての日本での身分が保証されれば国連軍に所属すれば良いし、されずとも衛士として大東亜連合に義勇兵として参加という形でも戦うことはできる。一周目とでもいうべき記憶から推測するに、白銀武であれば衛士にさえなってしまえば、生活するだけならなんとでもなる。

 

(俺自身の身分はともかく、状況が判らないのが辛いな)

 戦うにしても、もう一度桜花作戦を成功させろ、というのは難しい。

 

 オリジナルハイヴ。甲1号目標と呼ばれる、喀什に最初に作られた地球最大のハイヴ。その最深部に存在する超大型反応炉「あ号標的」の完全破壊を目的とした作戦は、ユーラシア全域での陽動作戦まで含めた文字通りに「史上最大の作戦」だった。

 00ユニットをはじめとして、あれだけの機材が揃うのは個人の努力や運だけでは、到底足りない。いやそもそもが全世界規模での大規模陽動があった上での桜花作戦の成功だ。各国の足並みが揃わなければ、第一段階の降下さえ困難だろう。

 

「ふふっ……」

 そこまで考え始めて、ようやく武は自分の想いに気が付き、笑いが零れてしまった。

 何のことはない、白銀武は地球からBETAをどうやって排除すべきか、考えていたのだ。

 

(BETAに侵略され、明日をも知れぬ世界だとしても、俺は戦い抜く)

 逃げ出して、隠れ潜むなどというのはBETAには通用しない。それこそ以前のように、世界を渡って逃げ出すくらいしか方法はないだろう。

 

 そして武には、逃げるという選択肢を選ぶつもりは、もう二度と無かった。

 

 

 

 

 

 

「失礼するよ、白銀武君」

「はい? どうぞ」

 身の回りの状況をどうやって調べるかと悩み始めていたが、そんな時間はないようだ。武の返事と共に、再びカーテンが開かれた。

 先程の看護師を後ろに控えさせた、白衣の女医らしき人物が挨拶もそこそこにベッド横の椅子に座る。

 

「私は君の担当医の香月モトコだ。はじめまして、ということになるかな」

「……香月先生?ですか」

「どうした、何か残念そうだな?」

 

 いえそういう訳では……と武としては口籠るしかない。「香月先生」と聞いて夕呼のことしか思い浮かばなかったが、香月姓の人間が夕呼だけな訳もない。

 ただ、どこか夕呼と似た雰囲気のある女性なので、血縁者なのかもしれない。

 

 

 

「さて、白銀武君。目が覚めたということだが、気分はどうかね?」

「少しばかりボーっとしていますが、身体の方は特に異常はなさそうです。俺はいったいどういう状態なんですか? いえそれよりもここはどこなんですか?」

 

 焦ってはいけない、と頭の片隅で思いながらも、説明してくれそうな人が現れた瞬間、歯止めが利かなくなった。声を荒げることだけは押さえたが、それでも疑問に思っていたことを一気にぶちまけてしまう。

 

「ここは白陵基地に付属する病棟で、君は訓練中の事故で意識喪失。なぜか不思議なことに、自律的な反応は返さないが食事や排泄などの日常生活は続けられる、という状態が続いていたのだが……記憶にはなさそうだな?」

「白陵基地で訓練中……ということは衛士訓練ですか?」

「事故のことを覚えているのか?」

「自分の名前くらいは判っていますが、事故どころかここ数年の記憶があやふやなんですが……というか今日は何時なんですか?」

 

「今日は2001年の10月22日だ。君が事故にあってから二年ほど経っている」

「……そうですか」

 2001年10月22日。

 やはりそうか、という感想しか出てこない。自宅から場所がズレているが、前回や前々回と時間は同じだった。

 

 

 

「すいません、水を頂いても?」

「ああ、無理に思い出そうとする必要はない。事故の後は、多かれ少なかれ記憶の混乱はよくあることだ」

「ありがとうございます」

 後ろに看護師がいるが、モトコ自らグラスに水を注いでくれ、手渡される。口調は荒いが、その動作には武への気遣いが感じられた。

 

(時間は判った。場所も判った。そして衛士訓練ということを否定しなかったということは、BETAとの戦いが続いている。ここはやはり夕呼先生と接触して状況を整理するしかないか)

 意図してゆっくりと水を飲みながら、その上で今後の行動を考える。

 

 このまま武が何もしなければおそらくは以前に経験した一周目と同じことが再現される。香月夕呼が進めるオルタネイティヴ第四計画は成果を出せずに破棄され、第五が動き出してしまえばあとは滅びへの一直線だ。

 

(結局のところ、夕呼先生頼りか)

 しかし頼り切ってはダメだ。香月夕呼を相手にして対等な交渉というのは武には荷が重いが、少なくとも役に立つ駒の一人くらいの価値を示さねば、交渉の足掛かりにもならない。

 

 

 

 

 

 

「そういえば二年も意識が無かったという割には、普通に身体が動くんですが……」

「先ほども言ったが、君は自律的に何かしようとはしないが、食事や着替えなどはこちらが指示するとその通りに動いてくれてな。訓練とまではいかないが、簡単な運動は続けてもらっていた。身体が動くのはそのためだ」

「……なるほど?」

 聞くからに異常な事態だ。よく基地においておかれたものだと思う。普通であれば、傷痍軍人扱いで地元の病院に放り込まれているのでは、と思ってしまう。

 

(いや間違いなく素体用の観察か、下手すると記憶転写の実験用に生かされていた、と見た方がいいな。白陵基地での訓練兵ってことは、00ユニット素体候補者にすでに選ばれている可能性も高い)

 

「あまりに珍しい症例でね、観察の目的もあって、一般の病院に移すことなく、こちらで診察を続けていた」

 正直なところ意識が戻るとは考えていなかったよ、と続けられるのも、武としては納得してしまう。モトコが口にすることは決してなさそうだが、00ユニット素体候補が無意識で生存しているとなれば、重要な観察対象だろう。

 

 

 

「身体的にはほぼ健常者と同じ、と思ってもらっても構わない。もちろん体力などは落ちてはいるだろうがね。ここ最近の検査でも意識以外には問題が無かった」

「了解しました。ですが、今後の俺の立場はどうなるのでしょう?」

「さすがに今すぐ原隊復帰、いや君の場合は訓練小隊か……それは無理だ。しばらくは検査入院が続くとは思うが、そこは我慢してくれ」

「……判りました」

 そう答えるものの、素直に入院するつもりなど武にはない。

 以前の経験とどこまで同じ状況かはいまだ判断できないが、同じであるとすればあと二ヵ月程度で第四計画が何らかの成果を上げなければ、人類は終わりだ。何を始めるにしても、ベッドで寝ているような時間の余裕はない。

 

 

 

「あ、え~っと。何か書く物ってありますか?」

「どうかしたか?」

「身体が動くと言っても、名前とかは書けるのかな、っと思いまして」

 そうか……と、カルテとは別に持っていた問診票と共にペンを、武に差し出してくれる。

 

「そういえば、香月先生って……副司令とはご家族なのでしょうか?」

 白銀武、と紙に書きながら、一番気になっていたことを尋ねる。この答えによっては、動き方を考えなければならない。

 

「ん? ああ、香月夕呼副司令は、私の妹に当たる。こちらに配属されたのも縁故採用と言われてしまえば、それまでだな」

 よく聞かれているのだろう、苦笑未満の顔で、そう肯定してくれる。

 

「あの方が縁故だけで人材を選ぶとは思えませんが……っと、字は書けますね。本当に俺って二年も寝てたんですか?」

 わずかな時間しか接していないがどことなく武の知る夕呼と同じ強さを感じさせる。そしてこの人なら信用できそうだと、一気に書いた物を見せる。後ろの看護師には気付かれていないはずだ。

 

 

 

『白銀武⇔因果律量子論の証明サンプル 第四の問題解決のために、夕呼先生への取次ぎをお願いします』

 

 

 

「っ……後で鏡を見てみるがいい。少しばかりは背も伸びていたはずだ。少し待て。ちょうどいい。君の体調には問題が無さそうなので、報告のついでに連れて行かねばな」

 渡した問診票は自然な動きで白衣のポケットに忍ばせ、壁際の電話へと手を伸ばす。

 

「ああ、香月副司令? こちら特別病棟だ。そちら直属のサンプルが目覚めたんだが、直接見てもらいたいので連れて行ってもいいか? ……了解。すぐに向かう」

 武が顔に出してしまうくらいになにやら至極あっさりと、基地副司令との面談予定が組まれたようだ。

 

「さて、君の所属予定部隊の関係で、その副司令に対面することとなったが、拘束着を着て貰わねばならん。良いな」

「あ~……いきなり暴れ出すかもしれないっていう、予防ですか」

「目覚めたばかりで身体の反応が予測できないだろ? 皆の安全のためと諦めろ」

「了解」

 

 身体の反応が予測できないなどというのは、後ろにいる看護師に聞かせるための、咄嗟の筋書だろう。本質は、不審人物への警戒だ。

 武としては、溜息の一つでもつきたくなるが、仕方がないのも判る。我が事ながら今の白銀武という人物は、これほど怪しい者もない。第四計画総責任者たる香月夕呼の前に連れて行くのならば、拘束着程度は当たり前だ。

 以前と違い、病室からの移動ということで、身体検査などが省略させるだけでもありがたい。

 

(ま、思った以上に好都合だな。ここまで警戒してくれるということは、間に人を介さずにすぐに夕呼先生と話せるか)

 パジャマを脱がされ、ミイラのように拘束着で手足を固定され、車椅子にも括り付けられる。最後にご丁寧なことに目隠しだ。

 

「到着するまで何もしゃべるな」

 了解、と言いかけたが、頷くだけで肯定しておく。

 

 

 

 

 

 

(車椅子で移動させられているせいか、距離がまったく判んねぇ……が、エレベーターの感覚からして、地下4階程度か)

 さすがにいきなり19階層に連れて行ってはくれないか、と少しばかり落胆するも、以前のように営倉の鉄格子越しなどよりはよっぽどマシだ。背後でドアの閉まる音が聞こえたということは、営倉ではなく普通にどこかの執務室だろう。

 

「さて、と。アンタが何か面白い話があるって聞いたけど、本当?」

 

(声からして夕呼先生本人だな、見えねぇのは仕方ないが、いきなり出てきてくれたのは本当に助かる。あとは後ろに二人いそうなんだが……)

 いまだに目隠しされたままなので、周囲が判らない。それでも自分以外に三人ほど人が居るのは確実だ。今ここでペラペラと話しはじめるのは、誰にとっても不味い。

 

「面白いかどうかは夕呼先生の気分次第ですけど……」

「先生ねぇ……あたしは」

「『アンタみたいな生徒を持った覚えはない』ですか?」

 

 以前に言われた言葉で、夕呼を遮る。ある程度はこれで牽制にはなるはずだ。あとは移動中に考えていた説明を伝えられれば、何とかなるかもしれない。

 

 

 

「それはともかく、第四と第五に関わることですから、自分にはこの場で話しはじめていいのか判断できません」

「……へぇ? ホントに面白いことを言いそうね。ちなみに第四の何を知っているのかしら?」

 

 興味はありそうだが、いまだに信じていなさそうな、普段以上に投げやりな口調だった。

 武としては後ろにいる二人に聞かれていいのか判断ができないが、有耶無耶にしていては夕呼に切り捨てられる。

 

「オルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊、VFA-01の本来の目的と、そのために取られている手段……なんかは、後ろのお二人の精神安定のためにも言わない方がよさそうですね?」

 これだけで背後の緊張感が高まる。A-01が常に死地に赴かされているのは部隊内であれば実感していようが、その本来の目的などは予測できるものではない。まして第三者から、00ユニット素体候補選定のためにただ幸運を掴みとれる者を振るいにかけているなど、聞かされたい話ではないだろう。

 

(やっぱり後ろの二人は伊隅大尉と神宮寺教官か? そうなると本当に聞かせられないな)

 A-01第9中隊隊長の伊隅みちる大尉に、第207衛士訓練部隊教導官の神宮寺まりも軍曹。

 この二人は武の知る限り、夕呼にとっての両手のようなものだ。下手なことを知らせて計画から距離を取らせるのは問題だ。

 

「わかったわ。まりも、そいつの腕の拘束を解きなさい。字を書く程度ならいいでしょ」

「……了解」

 不承不承というのが良く分かる反応だが、それでも丁寧に右腕の拘束が解かれる。肘は動かせないが字を書くだけならできそうだ。

 

「これでいいかしら?」

「ありがとうございます。では、夕呼先生。細かい話は後で散々絞られると思いますから、簡単でいいですか? ぶっちゃけ見えないのでちゃんと書けるかどうかアヤシイんですけど」

「目隠しも外すから、さっさと書きなさい。長引くと後ろから二人が殴りつけるわよ?」

 

 はいはいっと軽く答えながら、武は書き始める。とはいっても簡単なものだ。

 

 

 

『世界1では01/12/25に第四は凍結、第五に即時移行。G弾の集中運用は大規模重力偏差を誘発、地球規模での災害が発生。人類の大半が死滅。恒星間移民の正否は不明』

『世界2では量子電導脳の開発に成功、00ユニットが完成。XG-70dを用いて「あ号標的」と接触し、これと会話、後に撃破。BETAは生物ではなく作業工作機械である』

 

 

 

「冗談……ではなさそうね」

 夕呼はメモを読んだ瞬間どころか、目にした瞬間にライターで燃やし、こちらを睨み付けてくる。量子電導脳も00ユニットも、間違いなく最高機密であり、第四計画の中心たるこの基地でもその言葉を知っている者はほとんどいないはずだ。工作員に知らせるにしても危険度が高すぎる。

 

「冗談であればよいのですが、因果律量子論の実体サンプルとしての『俺の記憶』では、そんな感じです」

「いいわ。アンタの言う通りここでする話じゃないわね、下へ行くわ」

 

 

 

 

 

 

 




ここからしばらくは白銀武パート。三周目タケルちゃんテンプレをある程度はこなしつつ~の予定です。あと原作マブラヴのストーリーや設定などの説明は最小限で済まそうかと。


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策謀の会遇

「それで、詳しく聞かせてくれるのよね?」

 先程外された右手首と目隠し以外の拘束はそのままに、車椅子に固定された形で連れてこられたのは、見慣れたと言ってしまってもいい、地下19階の夕呼の執務室だ。極東どころか世界最強度レベルの機密ブロック、無菌室とまで囁かれた横浜基地のその本当に中枢たるここでなら、何を話しても安心だろう。

 

「すいません夕呼先生、その前にこの拘束着外して貰えませんか?」

「まだよ。話次第によっては、そのまま処分するから」

「ですよねー」

 目隠しされていないのは、武の表情を読むためだろう。首だけでも動かせるのがまだ救いかも知れない。さすがに首まで固定されたままだと話しにくい。

 

 

 

「えと、まず確認しておきたいのですけど、第四計画の目的って、第三のESP発現体以上の能力を持つ『生物根拠0生体反応0』の00ユニットを用いてのBETA情報の収集、その上での対BETA戦略の構築、で間違いないですか?」

「ほんとに知ってるのね、上で喋らなかったことは、褒めてあげるわ」

 あの二人にクスリ打たなくて済んだのは貸し一つね、と真顔で嘯く。

 訓練教官でしかないまりもは、ほぼ第四計画には関与していない。A-01も所詮は実行部隊の人間である。もし話を聞かせていれば、第三計画由来の記憶消去処理が必要だったのだろう。

 

「夕呼先生相手に交渉で勝とうなんて思ってませんよ。だいたい貸しどころか、あの二人を巻き込まなかったのは、俺の勝手な我儘です」

 もう失われた世界での経験だが、白銀武にとってあの二人は決して忘れてはならない恩師である。その二人を戦場以外の危険に晒すことは、武の望むところではない。

 

 

 

「簡単に言うと俺には、この世界での記憶がまったくありません。逆にこことは別の世界の記憶が、三種類ほどあります」

「それがさっき書いてた世界1と世界2ね。あと一つは?」

「今の俺の記憶、その主幹となっている『白銀武』自身は、もともとまったくの別世界、BETAなんていない世界の人間だったんですよ」

 BETAが居ないと聞かされて、合いの手のさえ打たないが、夕呼は睨み付けるように武の顔を覗き込む。

 

「BETA不在というのも可能性世界としてはありうる、ですよね? で、そんな世界でのほほんと生きていた『白銀武』が、こっちの世界の2001年10月22日にいきなり現れて、まあ元の世界でも恩師である夕呼先生に頼り切る形で衛士訓練兵としての生活基盤を与えられました」

「さっきから先生先生って繰り返してたのは、その関係ってことね」

「その世界のちょうどここにある白陵柊学園、夕呼先生はそこで物理教師でしたよ。ちなみにまりもちゃんが英語教師で俺の担任でした」

「……そう」

 めずらしく夕呼が優しく笑う。夕呼も、親友の神宮司まりもが本当は教師に憧れていたのは、知っているのだ。

 

 

 

「細かい部分は後で報告書の形に纏めようと思いますから、ざっくり飛ばします。先にお伝えしたように、最初に現れた世界では00ユニットが完成できず、結果を出せなかった第四は凍結されます。それが今年のクリスマスです」

「あと二ヶ月ってことね」

 別の世界、可能性世界とはいえ、因果律量子論の提唱者たる夕呼のことだ。何らかの要因が無ければ、ここでもその結果へと収束することは予測できてしまうのだろう。表情を取りつくろう余裕もないのか、感情を削ぎ落した鋭さだけが浮かんでいる。

 

「で、まあ第五が進められて2004年に人類の極々一部はバーナードへ向けて移民船団に。同時にG弾の集中運用でBETAの根絶、のはずが地球規模で重力異常を発生させてしまって、生き残ったのはアメリカの一部だけですよ」

 

 ――「大海崩」と呼ばれた海水の大移動に伴いユーラシア大陸は水没。干上がった大洋は塩の砂漠へと変貌。

 

(このあたり、なんか記憶があやふやなんだが……まだ目が醒めていないだけか?)

 

 

 

「だけどアンタの話じゃ世界2、二周目になるのかしら、そっちでは00ユニットは完成できたのよね?」

「ええ。ちょっとまあ、ありえない方法というか、裏ワザ的というか、無茶しすぎというか、そんな感じなんですけど……」

「それで、アンタが欲しい物は何? 金や地位、女とかなら、なんとでもなるわよ」

 何度か世界を行き来したというのをどう説明しようかと悩み言い淀んでいる武を見て、交渉の一環とでも思ったのか夕呼が条件を提示してきた。

 

 値踏みされてるな、とは思う。

 確かに香月夕呼の力があれば、ガキが欲しがる程度のものなら簡単に揃えられるだろう。

 こちらが自身の持つ情報にどれだけの価値があると理解しているのか。そして何を提示されれば、他に売り払ってしまう可能性があるのか。その辺りを測られているのは、交渉ごとに慣れぬ武としても、夕呼との付き合いの記憶から理解できてしまう。

 

「安心してください。俺の持つ情報は他には漏らしませんよ。とはいっても言葉だけでは信じては貰えないでしょうが」

 むしろ言うだけで信用されるようなら、逆に驚きだ。それに欲しいものも、ある。

 

 

 

「女はともかくですね……一つは簡単で、地位というか、俺に戦術機で戦える立場をください」

「そういえばアンタ、前の世界でも衛士だったのね。こっちでは訓練中に負傷で、休暇扱いが続いてるけど。……そうね、とりあえず207訓練小隊に放り込むわ」

「それでお願いします。座学はどうにかなりそうですが、身体が完全になまってるみたいで、扱かれ直してきますよ」

 病室で目覚めてすぐに拘束されたが、日常生活ならともかく衛士としての筋力があるようには感じられない。鍛え直す必要は実感している。

 

 

 

「で、次は?」

「二つ目は金という形になるのですが、ちょっとした概念を追加した戦術機用の新OSを作ってもらいたいんです」

 

 二周目で作ってもらったXM3。あれが有るのと無いのとでは、雲泥の差だ。

 今思い返せば、あの時作ってくれたのはストレス発散の一環だったのかもしれない。身元不明のガキに貴女の計画は失敗しました、と言われた腹いせ、の可能性は否定できない。

 こちらでも同じとは言えないが、夕呼にとっての利点も提示しておかなければ、優先順位を下げられかねない。

 

「判ってるかもしれないけど、戦術機とかOSとかは、あたしの専門じゃないわよ?」

 できないとは言わないのが夕呼らしい。しかも完成させられることは武は「知っている」。

 

「二周目の世界で作ってもらったものなんですけど、CPU自体の性能がそれなりに必要だそうで、既存の戦術機用の物では実現できないんですよ。で、CPUは第四計画で試作していたものを流用した形です。さして高価なものではないとはいえ、初期ロットは第四で作ることになるでしょうし……」

 

「ソフトとしての完成したOSだけではなく、追加装備となるハードの方も、取引材料に使え、と?」

「第四計画の本流ではないでしょうが、00ユニット開発の派生でハイヴ攻略用に必須のために開発した、とかなら他の部署にも説明付きやすいのでは?」

 もともと00ユニットが完成したからといって、それがすぐさま情報を集められるわけではない。ハイヴ最深部、反応炉まで到達することも第四計画の実現には求められているはずだ。

 

「それに以前の第三では、ソ連が米軍機を借りたのが問題になってませんでしたっけ?」

「そうよ。ソ連も複座型の戦術機を開発しようとはしたみたいだけど……ってそういう意味では、新OSの開発とその実績ってのは交渉材料にはなるわね」

 第三では、衛士でもないESP発現体をハイヴに連れて行くためだけに、複座型が必要だったのだ。本来であれば計画誘致国が各種の施設や装備を提供するはずが、それを競争相手ともいえる米国から機体を借り受けたことも、第三計画の失点の一つでもある。

 

 

 

「あ~あと、その新OSの開発に、データ取りというかサンプルとして俺も参加させてください。具体的にはシミュレータの使用と、できれば第三世代機の実機を」

「ふ~ん? まあその辺りは、そのOSの仕様を確認してからよ?」

「それは当然です。ただその前にシミュレータで構わないので、俺の挙動を見てもらってからの方が話が早いとは思います」

 XM3無しでも武の戦術機挙動は変態扱いされたのだ。概念実証のための説明にまりもやみちるに見てもらえれば、夕呼への強力な説得要因になるはずだ。

 

 

 

「つまりアンタの希望は、衛士訓練兵としての立場と、戦術機用の新OSの開発、あとは……」

 いつもの何かを企んだような笑みを夕呼は浮かべる。

 

「夕呼先生? 女を宛がう、とかは止めてくださいよ?」

「はいはい、若いのにヘンに枯れてるわね、平行世界での経験のお蔭ってやつかしら?」

「あ~自覚できてないですが、それはあるかもしれませんね。主観時間だとそろそろ30手前……まではいってねぇとは思うんですけど」

 年を数えはじめて躊躇う。下手をすれば夕呼の今の年齢を超えているのかもしれない。年だけ重ねても無駄だとは判っているが、武の精神安定としてはよろしくない。

 

「逆にアンタがあたしに提供できるのは、一周目の失敗した世界と、二周目の成功した世界の知識、ということかしら?」

「そうですね。あとは『あ号標的』との接触などで知りえたBETAの情報です。こっちのほうが第四としては本題では?」

「出し惜しみはしないみたいね」

「さっきも言いましたが、俺は夕呼先生相手に交渉事で勝てるとは思ってませんよ。もちろん無条件降伏もしませんけど」

 

 

 

「ふん。訓練兵としての立場はすぐに手配できる。事故による怪我で長期療養、治ったので復帰で済むわ。OSの方はアンタの仕様説明次第で時間が変わる。アンタの知識に関してはレポート書いて……」

 と続けていると、机の書類の下で内線が鳴り響いた。

 ちっと大きく舌打ちし、傍目にも判るほどに苛立たしげに内線に出る。

 

「……なに? …そう……ええ、判ったわ。受け入れの準備はお願い。……仕方ないわね、一度上がるわ」

 武からは内容は聞き取れないが、連絡を受けた夕呼の表情が取り繕うことなく硬くなる。間違いなく非常事態だ。

 

「シロガネタケル、だったっけ? 隣の部屋を開けるから、レポートを纏めておきなさい」

「了解しました」

 ここまで夕呼が慌てることは珍しい。反論して時間を取らせる訳にはいかなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと短めですが、三周目タケルちゃんとしてはXM3関連は外せんだろうということで。あと死んでない?ので立場は訓練兵のままに……


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概説の伝達

(営倉で放置されているよりかは、はるかにマシとはいえ……)

 夕呼の執務室を出て、とある一室に部屋に放り込まれたが、着替えもなければ食事もない。

 一応シャワールーム付の士官用居室のような造りで、レポートを書き出せと言われてPCは宛がわれたが、机と椅子はともかくベッドのシーツさえない。当然の如くドアは外からカギがかけられている。

 さすがに拘束は解かれたが、軟禁状態に等しい。下手に忘れられて、このまま放置されると餓死しかねない。

 

(夕呼先生との接触は、まあ好感触では、ある)

 なにやら緊急の呼び出しがあったようだが、必要なところまでは話した。この地下19階にこの程度の監禁レベルで武を残していることからも、一定以上の興味は持ってもらえたはずだ。

 

 ただ、武の記憶には、この時点で夕呼が慌てるような事案がない。

 思いつく限りのことを書き出しておけ、と言われてものの、最初から躓いているような感じだ。

 

 

 

「まあ悩んでいても仕方ないし、忘れないように書けるところから書きますか」

 切り替えるためにわざと声を出し、PCに向かう。そして気分的にも手を付けやすいところからという意味で、こちらが欲しい物の筆頭であるXM3の仕様書ならぬ願望リストを作る。

 

 とはいえ、XM3に関しては書き出しておくことは少ない。もともと感覚的な説明だけで作ってもらったものなので、あらためて説明するというのが難しい。出来上がって先日まで使っていたものを思い出しながら、書き出していく。

 コンボ、キャンセル、先行入力といった概念の説明と、「パターン認識と集積」が可能であれば実装して欲しいくらいだ。反応速度が上がったという話も聞いているが、あれはOSの機能ではなく第四由来の高性能CPUの恩恵だろう。

 結局はシミュレータでの武の挙動を見てもらって、それを元に説明するしかない。

 

 

 

 XM3の件を簡単に纏め上げ、あとは一周目と二周目でのテロやクーデターなど大きな事件について思いつくままに羅列する。

 それとは別に、因果導体やループの原因となったことの考察などの因果律量子論に関する件と、「あ号標的」から得たBETAに関する情報も必要だろう。

 

 これらはすべて詳細は後回しに、だ。単語だけでも要素だけでもなんでもいいので、簡単な分類だけで箇条書きにしていく。

 

(忘れないうちに、というか何を伝えられるかさえ今は整理できてないな)

 朝起きたら見知らぬ病室でした、というのが今の武の状態だ。伝える情報が整理できていないという点では、二周目どころか下手をすると一周目よりも酷いかもしれない。

 

 武が持てる知識と記憶とをすべて提出した後、夕呼が約束を守るかどうかも、いまだ定かではない。

 だが隠しておいて交渉のカードに使う、などという器用なことが自分にできるとは思えない。体感的にはつい先程までいたかのような二周目のみならず、おぼろげに残っている一周目の記憶からも、武は自分が政治向きでないことは理解している。

 

 それに思い返せば、XM3のトライアルの巻き添えでまりもが死んだ後、夕呼が武を元世界に戻したのは夕呼自身すでに限界だったのかもしれない。いや夕呼はすでに現時点で追い詰められてギリギリの瀬戸際にいると考えられる。

 そんな夕呼相手に、下手な隠し事や小手先の謀略など、無駄な負担をかけるべきではないはずだ。

 

 

 

(とはいっても、身近な知り合いくらいは、今度こそ護りぬきたいよなぁ)

 出会ってないからかまだ実感できないが、2001年10月22日の「今」であれば、A-01の先任たちも207B分隊の皆も、まだ生きているはずだ。

 彼女たちを護る力が自分にはある、などとは最早自惚れない。それでもなにか手助けくらいはできるのでは、くらいは思いたい。

 

 伝えるべき記憶を書き出していきながら、自分の望みも整理していく。

 武としては正直なところ、一衛士としてA-01で使い潰してもらっても、夕呼のことだからそれが人類の為に必要な犠牲なのだろうと受け入れることもできる。

 

 ちょっと未来の知識があるとはいえ、武には衛士の経験しかないのだ。衛士としての能力には自信もあるが、それで護れるものなど高が知れてる。それは何度も繰り返されたループで思い知らされた。繰り返させられた一周目と、つい先日までの二周目の記憶からして、白銀武という人間はうまく使い潰してもらう方が、人の役に立つのではと自虐に陥ってしまいそうだ。

 

 世界を救うなどという馬鹿な英雄願望の結果が、XM3の出来に有頂天になった挙句にまりもを死なせた。それを受け入れられず世界から逃げ出した結果、元の世界にさえ危険に晒したのだ。

 ありえないはずの「三周目」に直面しているということは、すべてを救うどころかすべてを失うことすらもありえる。

 

 

 

(ダメだな。腹が減ってきたせいか、ヘンな方向に気持ちが沈む)

 書き出すべきことをとりあえず箇条書きにするだけで、正午を大きく過ぎている。朝に病人食だけしか食べていない身としては、そろそろ苦しい。

 

「どう、進んでる?」

 そんなタイミングを見計らっていたように、夕呼が食事と着替えとを届けに来てくれた。

 

「ざっくりした部分は書き出してますが、細かい部分は今日明日かかりそうですね。あ、XM3……新OSに関してだけは終わってます」

「自分の欲求に忠実なのは、長所だと認めてあげるわ」

 

 

 

「……ふーん、ちょっと見てるから、食べながらでいいからアンタはこっちのレポート読みなさい」

「りょーかいっと、いただきます」

 レポート作成の前段階、自分用の箇条書きメモを見つけられ、これは質問漬けになりそうだと諦めながら食べはじめる。

 予測通りに、一緒に差し出されたレポートに眼を向けるが、武が読みだすよりも先に、夕呼から声がかかった。

 

「一周目をループしているとなってるけど、これ並列事象なのかしら……?」

「当時の俺自身の体感としては一周目と二周目が繋がっていたんですが、記憶が解放された今となっては、なんというか……並列?というか総当たり式というか、ある意味で何でもありですよ。俺自身の死んだ記憶はぼんやりしすぎていますが、BETAにやられるだけじゃなく、対人類戦で落とされてたりもしてたようですし」

「ふ~ん、戦闘経験は豊富、といったところかしら」

「あやふやな記憶まで含めれば、という但し書きは付きますけどね。帝国の戦術機であれば、そうですね海神とかでなければほとんど乗ったんじゃないかなぁ」

 一周目の207分隊の時は実戦には出ていないが長らく撃震を使っていた。ここまでははっきりと覚えている。その後、バビロン作戦以降の記憶は明確ではないが、どういう経緯か黒の武御雷に乗っていた記憶まである。

 

 

 

「しかしこれ、アンタ207B分隊の連中全部食ったの?」

「食ったって……そういう世界が存在する可能性がある、という話ですよ。因果律量子論って、そういう事ですよね?」

 元の世界でも一周目でも207B分隊の皆と関係を持ったという「記憶」が今はある。ただ「二周目」を経た今の武には実感も感情も伴わないのは、純夏によってその記憶が「漂白」され失われていたからかもしれない。

 

「概略は知ってる、というわけね。ま、同一分隊の連中とそういう仲になるというのも、可能性だけで言えば存在する。そしてゼロでなければ実現している世界がある、か」

「あ~わざわざ書き出すまでもないかというか誤魔化せばいいかと思って書いてませんが、神宮寺軍曹どころか、夕呼先生と関係したこともありますよ?」

 第四の破棄が決定された直後、正体不明なまでに酔っぱらった挙句の行為だと言い訳しつつも、武は夕呼との関係があったことも明かす。

 

「……あたしが年下は性別認識外だって知ってて言ってる、のよね? ……ま、計画破棄が確定した直後なら、自棄にもなるか」

 夕呼にしてみれば、第四の停止と第五への計画移行は、人類の敗北そして絶滅と同義である。第五移行後にも何らかの対策はしているのだろうが、さすがに破棄が言い渡された直後には、平常ではいられなかったのだろう。

 

 

 

「まあ計画破棄が決定された直後の夕呼先生はともかくですねっ、そういう意味では元の世界での夕呼先生からは『恋愛原子核』とかスゲェ言われようもしましたが、アレ本気だったのかなぁ」

「なにそれ?」

「俺の、というか元の世界の白銀武の周りには、恋愛要素が惹きつけられてくる、とかそんなネタ話ですよ。というかまりもちゃん……そっちの世界の神宮寺教官があまりにすぐ男に振られるのを見て、言い出したって感じです」

 

「へぇ、それはそれで面白そうね。まあ今のアンタは、さしずめ三周目といったところかしら? 因果導体でなくなっている可能性が高いという意味では、出がらしね。『恋愛原子核』とやらもなくなってるんじゃない?」

「そんな感じですね。今こうやって体験したことを話していても、どこか距離があるというか、実感が伴わない感じです」

 

 

 

「確認するわね。元の世界?と一周目の傍系記憶を除けば、今のアンタは207B分隊の連中には恋愛感情はない。間違いないかしら?」

「今思い返しても、あいつらがスゲェ奴らだということは間違いなく判っていますし、感じています。ただそれが俺からの恋愛感情だとはまったく思えません……いえ、あいつらは俺のことを想ってくれていたんですが、俺は気が付けなかったんですよ」

 武としてはつい先日失ってしまった207Bの皆。

 その遺書を目にするまで、彼女たちの想いに武は思いも至らなかった。

 

(いや……あいつらの気持ちに俺が気が付けなかったんじゃない。気が付けないように誘導、あるいは二周目最初の時点で「そういうシロガネタケル」として作り上げられていた?)

 思い返せば皆それぞれ、同じ分隊の仲間という以上に武には接してくれていた。女性の気持ちには鈍感だという自覚は確かにあるが、それにしてもおかしなほどに、武は彼女たちの想いを仲間への友情だと思い込んでいた。何者かによって意図的に操作されていたかのように。

 

「カガミスミカに関しては?」

「っつ!! ……失ったせいでしょうか、まあ、あいつに関しても……幼馴染なんですよ? それなりに大切な奴ですけど、その程度……ですよ」

 考え出せば、何か「ワルイモノ」に行き着いてしまう、そう思うせいで口からは当たり前の言葉しか漏れてこない。

 

 

 

「ふ~ん……さっき三周目とは言ったけど、記憶の中の『白銀武』とアンタ自身は別人物、と割り切りなさい。そもそも話を聞く限りじゃ、完全に別物ね」

「いや、別って、俺シロガネタケルですよね? 白銀武じゃなければなんですか、俺って?」

「あと可能性が高いとさっきは言ったけど、ほぼ確実にアンタは因果導体ではない。いえ、カガミスミカ、だっけ? その00ユニットになったヤツが、自分を救い出させるためにアンタの記憶の中から他の女との関係を漂泊していたって事態を前提とすると、今その記憶が欠片でも残っているということは逆説的にアンタがそのカガミスミカに選ばれた存在ではない、ということよ。つまりはアンタは因果導体ではない。判った?」

 

「え~つまり俺はこの世界での白銀武であって、因果導体だったシロガネタケルとは、記憶があるだけの別人?ですか」

 夕呼の畳みかけるような説明はどこか懐かしいと感じてしまうが、今の武にとって重要なのはその内容だ。

 

「なんとなく因果導体じゃないってのは理解できましたが、記憶があるのに別人だと思うのは、ちょっとアレですね」

「別存在に決まってるじゃない。アンタ今朝までこの基地のベッドで寝てたのよ? 別世界から飛び出してきたわけじゃない」

「あ、そう言われると、それは……そうですね。俺ってこの世界の人間なんだ」

 どこかでストンと納得してしまった。今までとは違い元々ここに居たのだ。

 

 

 

 

 

 

「まあガキの恋愛相談はおしまい。で、そっちのレポートの感想は、歴戦の衛士さん?」

「よくできたテキストだと思いますよ。これが実行されるなら戦術機で前線に立つ身としても安心できます。ですが、うーん……」

 今のって恋愛相談だったのか、とは思い浮かぶもののツッコミはしない。一度話が変わった夕呼に、元の話をしても無駄だ。代替コーヒーを口にしながら、意識を切り替えた。

 話ながらの斜め読みでまだ途中までですが……と言い訳のような前置きをしたうえで、武は感想を纏めようとする。

 

(国連軍統合代替戦略研究機関ねぇ……聞いたこともねぇんだよな)

 座学が得意とは言えないが、一周目では小隊長もこなしていた武である。時間もあったことで、それなりに著名な戦闘記録や各戦線でのレポートなどは目にしている。だがこのレポートに関しては組織の名前もその内容も初見であった。

 

(オルタネイティヴ計画に関わる極秘レポートと考えるにしては、ありきたりの内容なんだよなぁ、これ)

 見たことが無いのは計画がらみかとも一瞬は考えたが、内容からしてそういうものではない。対BETA戦の基本事項の確認のようなものだ。士官教育用の初級テキストと言われた方が納得できる。

 

 光線級による「空」の喪失を、対BETA戦における大前提として認識させる。

 その上での航空戦力の代替としての戦術機運用の問題点と、解決案。

 空軍の代替策模索の一環として宇宙軍の活用提案。

 既存兵力の効率的運用必要性の指摘、砲兵隊と工兵隊の有用性提案。

 

 軌道防衛網での迎撃失敗時の「BETA着陸ユニットへの即時かつ無条件の核攻撃」も歓迎したい事態ではないが、アメリカが強行したカナダでの判断は今となってはあれが最適解だとしか言いようがない。

 

 途中までしか書かれていない、というかレポートの一部だけを渡されたような形なのだろうが、それでもこの部分だけでも感じられるのは、半ば病的なまでの積極的な消耗抑制。目的としているのは、徹底した遅滞戦略による時間稼ぎだというのはよく判る。

 

 

 

「歯切れが悪いわねぇ、なにか問題でもあるの、白銀?」

「あ、いえ。問題というか、全体としてはすごく納得できるんですよ。ただちょっと古い?というか基本的すぎるというんでしょうか。言葉にしにくいんですが、なんというか、なんなんでしょう? 時間を稼ぐための防衛戦略としてはいいんですが、ここまで書いておきながらハイヴ攻略に関しては説明不足どころか実質的にはなにも書いていないのが、不思議というか気持ち悪いというか……」

 黙り込んだ武を、夕呼が急かす。感想と言われたので、本当に感想程度の答えしか返せない。

 だが斜め読みとはいえ気になったのは、その点だ。レポートのどこからも感じられるのは敗北主義的なまでの防衛重視だが、これだけの物が書けるならば、ハイヴ攻略に関しての言及がまったくないのが、逆におかしい。

 

「防衛戦略用のレポートだから、攻勢に関する記述を省いた、とは考えないの?」

「ここにきてテストですか、夕呼先生? 間引きでさえ、ハイヴ表層への侵入攻撃は可能であれば実行されてますよ。まあピンポンダッシュ程度の効果しかないんでしょうが、まったく考慮しないってことはありえません」

 戦術機の運用目的は、航空機の代替と前線の構築という点もあるが、他兵種では不可能なハイヴ内部への侵攻が大きい。

 武が衛士だから余計に気にかかるのかもしれないが、このレポートには戦術機運用に関して言及されていながらも、ハイヴ侵攻を想定していない。

 

「……いや想定してないんじゃないのか。ハイヴ攻略を見据えた上で、時期尚早と判断? 戦術機や他兵種の能力不足? その為の時間稼ぎ、なのか?」

 消費を抑制した上での徹底した遅延作戦、その目的は時間稼ぎだが、なんの為の時間を稼ごうとしているのか。

 なにか思いつきそうで、武はぶつぶつと呟きながら考え込んでしまう。

 

 

 

「ふ~ん、稼いだ時間で何をしようとしているか、気になるのはそこというわけね? でもアンタ、さっき言ってた実戦経験ありってのは、ハイヴ攻略経験もあるってことなのかしら?」

「え? ええ。はっきりと覚えているのは、先日……って俺の記憶の先日ですが『桜花作戦』、オリジナル・ハイヴの攻略だけです。一周目でもどこかでハイヴ攻略はやったはずなんですが……」

「十分よ。喀什のデータなんて、最重要に決まってるでしょ、とっとと吐き出しなさい」

 

 武としても「あ号標的」への攻略が最重要だとは理解している。

 ルートを完全に覚えているなどとは豪語できないが、それでもどの程度の間隔で戦闘があったか程度なら、書き出せる。それにいくつかの新種の説明だけでも重要なはずだ。母艦級などは、この時点では発見もされていないが、その存在を想定しておくだけでも被害は減らせる。

 

(ん? なんで母艦級のこと知ってるんだ、俺? クソッ、XG-70dの戦闘ログがあれば、詳細な報告があげられるんだけど……)

 さすがに世界をもう一度渡ってログを取ってくることなど、今となっては不可能だ。そもそもあの世界に戻れるのであれば、オリジナル・ハイヴの完全な地形データなども手に入るのだろうが、因果導体でなくなった武には世界を渡ることなどできようがない。

 

 

 

「ま、こっちのレポートに関してはまた今度説明してあげるわ。まずはアンタの方の、その『桜花作戦』? それに関するレポート仕上げなさい」

 夕呼は話は終わりとばかりに立ちあがり、内線を繋ぐ。

 

「じゃ、社。あとは任せるわ」

「……え?」

 内線で呼ばれて、すぐに部屋に入ってきたのは、国連軍C型軍装とは少し違った服の、10代前半の少女だ。

 

「この娘は社霞よ。知ってるのよね?」

「え、あ。はい」

 当たり前だが先日泣かれながら別れた時、ほぼそのままの姿だ。

 だが今ここにいる霞にとっては、武は初対面なのだ。武としても、いつかは顔を合わせるとは思っていたが、さすがに突然すぎて対応の仕方が咄嗟には思いつかない。

 

「あ~はじめまして、だな。か……社」

 霞と呼びかけて、止める。いきなり名前呼びはダメだろう、と。

 それでなくとも警戒されているのは間違いない、部屋には入ったものの、ドアから離れないその様子から、いやでも判る。

 

(なんというか最初に会った時以上に距離があるな。いや、そもそも霞からしてみれば、ヘンな記憶を持ってる俺はまるっきし不審者だからなぁ)

 

 一応挨拶の返答として、コクリと頷いてはくれるものの、今にも逃げ出しそうな位置取りだ。前途多難、としか言いようがない。

 溜息をつきかけて、夕呼先生の相手をする限りこれが続くのだと思い返し、飲み込む。

 

 

 

「必要な物は、社に言えば多分取ってきてもらえるわ。仲よくやりなさい」

「了解しました、香月副司令」

 あとは若い者同士で、とばかりに投げやりに出ていく夕呼に、半ば嫌がらせに教本通りの敬礼を返す。

 

 

 

 

 

 

 

 




よーやく霞が出せたーっと言いたいのですが、メインヒロインではありません。

あとルーキー日刊ランキングの存在をすっかり忘れておりました……ということでルーキー期間は何とか頑張って投稿し続けようかと。ストックヤバそうですが。


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欠落の疑惑

このあたりから少しばかり純夏へのアンチヘイト的な表現が始まります。ご注意ください。


「あ~社? あらためて、俺は白銀武、だ。階級はまだないけど、よろしく頼む」

「……(コクリ)」

 狭い部屋に、武と霞は放置されたような形だが、それで気まずさを保つのも良くない。切り替えの為にも、気持ち大声で武は挨拶しておく。

 

「んじゃあ、まあ。俺はレポートの続きに戻るが、社は好きにしててくれ。しんどくなったら無理に『読み』続けなくてもいいぞ」

 敵意はないとは判ってくれているだろうし、霞には霞の仕事があるはずだ。

 おそらくは武が、意識的・無意識的に書き漏らしたことを霞のリーディングを使って補完させるのが、夕呼の目的だろう。霞には無理をさせることになるが、武としてはその仕事を早く片付ける以上に、霞にしてやれることが無い。

 

 

 

 合成コーヒーをカップに注ぎ足し、意識を切り替え、夕呼から先程指示された桜花作戦のレポート作成に向かい合う。

 体感的にというか主観的にというべきか、武にとって桜花作戦はつい先日のことでまだ記憶にも新しい。

 

 残念なことに桜花作戦のデブリーフィングは完全とはいえない。A-01で生き残ったのが武と霞だけというのもあるが、そもそも帰還した翌日には武はあの世界から「消された」のだ。

 それもあってか、世界が変わってしまったとはいえ、今この機会にこそ書き記すことが生き残った武の責務だと思えてくる。

 

 とはいうものの武はXG-70dの操縦士として突入部隊の中核をなしていた上に、「あ号標的」の撃破まで達成しているが、作戦全体を把握しているわけではない。事前に伝えられた概略程度はともかく、作戦開始後の全体の推移などは説明できるほど詳しくはない。

 

 

 

(一文字艦長そして駆逐艦夕凪の乗員の皆は、レーザーから俺たちを護るために文字通りその身を盾にしてくれた……)

 それでも全体は知らずとも、身を挺してくれた人々のことは刻まれている。

 

(委員長と彩峰も、美琴もたまも、俺たちを……いや俺を先に進めるために道を作ってくれた)

 巻き戻ったこの世界で誤魔化してはいたものの、元207Bの皆を失ったことに、気持ちの整理ができているはずもない。

 先程の夕呼との話で、その整理できていなかった気持ちに彼女たちの想いまでも無理やり突きつけ直されたせいか、思い出せるのは彼女らとの別れの場面ばかりだ。

 

 AL弾への対策や新種である母艦級の出現など、伝えるべきことは多いと頭では分かっているものの手の進みは遅い。そして重頭脳級である「あ号標的」、その浸食ともいえる特殊な能力の説明をせねばと、あの最後の戦いを思い返してしまう。

 

 

 

(俺は、なんで先に進めたんだ……?)

 殿軍として後方を護ってもらうために部隊を分けた、などというのは言い訳だ。あの時点で後ろに残れば、どうあっても助けられないのは判っていたはずだ。必要な犠牲だった、そういうのも簡単だ。人類の未来のために、その身を挺して道を作ってくれた彼女たちの意思を無駄にしないために、と考えたのも間違いではない。

 

 一周目のどこか異なった展開とも考えられる彼女達との複数の記憶は、もはや今の武にとっても感情の伴いにくい薄い印象しか残されていない。

 だが「白銀武」という人間は、そんな物わかりのいい者だったのか? 記憶を消された程度でその想いを無くしてしまった以前の「白銀武」に対し、自責とは違う怒りも憤りも感じてしまう。

 

(いや……今こうしてこの世界にいなければ、俺は皆のことを、戦いに散っていった先達のことを忘れさせられていたのか?)

 「白銀武」への不甲斐なさとは別に、彼女達への想いを消した純夏に対し、奪われたとも穢されたともいえ暗いモノを感じてしまう。

 

 

 

 そして一周目と二周目との、意識の齟齬が形になってしまいそうになる。

 

 ――ひとりの女を愛している。

 ――彼女のためなら何でもできる。

 ――死ぬこともいとわない。

 

 一周目で自分が書いたはずの遺書の内容が、鮮明に浮かんでくる。忘れていたわけではない。だが思い返さないようにしていたことは事実だ。

 そんな遺書を残すような「白銀武」が、記憶を消されただけで「愛した女」たちを見殺しにしていたのだ。いやそれどころか……

 

(俺は……俺が、この手で冥夜を、殺した?)

 他の四人とは違う。後で合流するはずだったなどという、そんな言い訳もできない。

 「あ号標的」に取り込まれ、もはや助からぬならせめて愛した者の手でと冥夜に懇願され、武は荷電粒子砲のトリガーを引いたのだ。

 

(ああ……そりゃそうだよな、『鑑純夏』にとっては『御剣冥夜』が『白銀武』を奪ったんだ)

 二つの世界での「白銀武」のループの起点は、その世界の白銀武がBETAに殺された瞬間ではない。2001年の10月22日なのだ。

 それは「御剣冥夜」が「白銀武」の前に現れた時間だ。

 「鑑純夏」にとってその時こそが、「白銀武」が奪われた瞬間なのだろう。

 

(俺は、いやあの世界の『白銀武』は冥夜を殺すように最初から『仕向け』られていたのか……?)

 理解できない、とは言わない。もちろんこの推測が間違っているということもあり得る。

 それでもループを繰り返させられていたという事実からしても、二周目の「シロガネタケル」という存在がどれほど「鑑純夏」に都合のいい存在として、可能性世界の数多くの「白銀武」の断片から組み上げられていたのかが推測できてしまう。

 

 

 

(……これはマズいな)

 

 記憶を漂白され続けた一周目の「白銀武」。

 純夏にとっての理想である、他の女の経験が無い二周目の「シロガネタケル」。

 

 厳密に言えばこの二つは別の存在だと、なんとか割り切る。

 いやそう割り切ることで、純夏と二周目の「シロガネタケル」への苦い思いを押し込める。

 今ここにいる武とは別だと、夕呼から先程伝えられた言葉が、あらためて救いとなる。

 

 努めて冷静に、因果導体として「記憶操作」されていたことを、メモとして残しておく。

 下手に踏み込めば、怒りのあまり叫び出してしまいそうになる。

 

 桜花作戦のことを書き残していくことは最重要課題ではあるが、今この気持ちのままに纏めていくのは、深く暗い思いに囚われかねない。

 誇るべき先達や仲間との思い出を、自らの手で穢すような記録は書きだしたくないだけだ。

 

 

 

 

 

 

 ただ苦いだけの不味い合成コーヒーを、カップ一杯一気に飲み込む。

 

「社、ちょっと身体を動かしたいんだが、良いか?」

「……(コク)」

 先程までの暗い想いを読み取られてしまったのか、また距離が開いている。

 悪いのは武自身の方だと自覚があるので、無理に距離は詰めない。というかちょっとでも詰めたら、逃げ出してしまいそうだ。

 

「んー別世界のお前に聞いた話だけど、読むのは疲れるんだろ? 話せるなら、言葉にした方がいいぞ?」

「……はい」

「あ、あと。怖くないのかーとかも無し、な。ヘンなこと考えてて見られるのは恥ずかしいというか、むしろ見せてしまってごめんなさい」

 先ほど気付いてしまった黒い思考は、幼い少女に覗かせるようなものではないはずだ。

 務めて軽く、気持ちを切り替えるためにも、流す。

 

 

 

「で、話戻って。今の俺って外に出てもいいの?」

「……? ……(コク)」

 少しばかり思い出すかのように頭を傾けた後、肯定の頷き。

 

「あ~さらについで。模擬刀とか竹刀とかで、持ち出せそうなものってあるか?」

「……(コク)」

 再び、肯定の頷き。

 自分で持ってきてくれるようで、霞は席を立ちほてほてと部屋を出ていく。廊下まで追いかけてみると、行先は夕呼の執務室だ。

 勝手に入っていいのか悩む間もなく、すぐに目的の物を持ち出してきて、武に差し出す。

 

「……どうぞ」

「お、おう、ありがとな。しかし夕呼先生なんでこんな物持ってるんだ」

 自分で頼んでおきながらだが、まさか夕呼のところから持ってくるとは思っていなかった。何でもこなしそうな夕呼のことだから模擬刀を振るっていてもおかしくはないが、あの散らかった部屋でストレス発散で振り回すのは止めてもらいたい。

 

 模擬刀の出所に悩んでいるうちに、霞は先に歩いており、エレベータの前で待っている。

 付いて来いということらしく、大人しく従う。

 武としても道は判っているが、IDのない今は霞に頼るしかない。

 

 

 

「ってうわ、もうこんな時間だったのかよ」

 霞に連れられて外に出るともうかなり暗い。

 地下の部屋に籠っていたのもあり、時間の感覚がおかしくなっていたが、夕食時も過ぎている。

 

「付きあわせて悪かったな、社。PXで何か食べながらでも待っていてくれ。ニンジン出てきても残しちゃだめだぞ」

「……(ふるふるふるふる)」

 なにやらいつも以上に長い否定らしい首振り。ニンジンを食べたくないだけではないようだ。

 

「もしかして、夕呼先生から目を離すなって言われてるのか?」

「(コク)」

 今度はすぐさまの肯定の頷き。一応は見張り役らしい。

 

「じゃあちょっと寒いかもしれないが、しばらくそこで見ていてくれ。近付くと危ないぞ?」

 

 

 

 グラウンドに来るまでは軽くランニングからなどと思っていたが、逆に考え込み過ぎそうだ。無心になるというのなら、最初から素振りが一番だろう。そう考えて、軽く身体をほぐしてから模擬刀を構える。

 

 切り、払い、そして突く。

 正式に教わったわけではない。くりかえし鍛錬に付き合ったことで、自然と身に着けた剣筋。

 

 後悔は、ある。

 記憶を奪われたことへの憎しみも、ある。

 その憎しみは否定したいが、間違いなく武の腹の底にドロドロと溜まっている。

 

 それよりもやはり、忘れさせられた程度で想いを無くしてしまった二周目の自分が、誰よりも不甲斐なく消し去りたいほどに苛立たしい。

 

(……ああっ、くそっ)

 鏡の前で剣を振るうかのように、頭の中で仮想敵として自分の姿を思い浮かべていたはずが、浮かんでしまうのは剣の師ともいえる彼女の姿の方だ。

 無心などとは程遠い。逆に彼女への想いが増してしまう。

 剣を握り、剣筋を重ねていくことで、思い描かれるのは自分が理想とした、彼女の動きだ。

 

 

 

「もし……少しよろしいでしょうか?」

「……えっ?」

 

 聞き慣れていた、かつて「白銀武」が愛した一人。

 いや今の武としては、先日自らの手で、命を奪った女。

 今まさに、剣の中にその姿を追い求めていた、彼女の声だ。

 

「鍛錬中にお邪魔して申し訳ない。なにやら太刀筋に迷いがあるようにお見受けするが……」

 

 

 

 御剣冥夜。

 声を掛けられ、振り向いた先に立つ一人の少女。

 月明かりに照らされた、冥い夜とその名の現すような、抜身の剣の如くの姿。

 

「めっ……!?」

 その名前を叫び出しそうになる。

 「二周目」に再会した時の、また会えたという喜びは、奥歯を噛みしめて封じ込める。

 

 彼女の想いに気が付けず、踏みにじり、知らぬ振りを続けさせられた挙句の果てに、その命さえ奪った。

 何に代えても護ると誓ったことさえ、忘れたのだ。

 たとえ別物だと言ってもらえたとしても、この白銀武に彼女を前にして喜べるような権利は微塵もない。

 

 

 

 ただそれでも……と思ってしまう。

 ありえなかったはずのこの「三度目」こそ、何に代えても護りぬく、と。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと短いですが、よーやく冥夜さん登場。ここまで出てこなかったけど、メインヒロインです。


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払拭の透過

「……ふうっ」

 わざとらしく大きく息を吐き、動揺を隠す。

 

(いやいや、それよりもよく耐えた俺。過去の記憶に感謝、だな)

 無理やりに意識を軽く構える。

 そうでもしなければ慚愧に耐えきれず、ただ自分の弱さを認めないためだけに、この何も知らない冥夜に許しを縋ってしまう。

 

(よしよしクソったれな一周目二周目の俺にも、欠片くらいは価値があったようだ)

 馬鹿なことを繰り返し頭に浮かべ、ようやく落ち着ける。

 だいたいこのような場所で御剣冥夜の名前を叫べば、まず間違いなく不審者だ。そしてこと冥夜に関する不審者など、余程の庇護がなければ間違いなく即座に「消されて」しまう。

 

 

 

「え、……と」

「失礼いたしました。御剣冥夜訓練兵です」

 少し冷静になれば、冥夜の行動もおかしい。立ち入りの制限されている区画ならともかく、訓練兵が見ず知らずの人間に声をかけるのは、あまり褒められた行動ではない。

 

「あ、ああ……楽にしてくれ。自分は白銀武訓練……って、ああっ!?」

「どうした白銀? いきなり叫びをあげて?」

 冥夜は驚きにわずかに目を開くが、言葉ほどに慌てていなさそうだ。慌てふためいているのは武の方だ。

 

「いや訓練兵、だと思っていたんだが……実はな、今朝まで長期療養だったんだ。自分では復帰したつもりが、今の身分が判らないんだ」

 わざと軽さを装うつもりが、その偽装さえ忘れ、本格的に自分の間抜けさに落ち込んでしまう。

 訓練着は用意されていたが、階級章どころかIDさえ渡されていない。ここまで霞に連れてきてもらったせいで気にかけていなかったが、これでは先の部屋に戻ることもできない。

 

「なるほど……許せ。そなたにもいらぬ世話をかけているのは、この身の不徳の致すところ、か」

「ん? 許すも何も、腑抜けていたのは、俺の気持ちの問題だな」

 少しばかり何か思案気に眼をつむり、冥夜が詫びてくる。

 その何か噛み合っていない返答に疑問は残るが、自身の今の立場は当然、先程までの素振りにしても冥夜の指摘は間違っていない。

 

「いや……ちょっとまて御剣訓練兵? 本格的になにか勘違いを始めているようだが、俺は本当に訓練兵未満の病み上がりだからな?」

 ようやく武は、冥夜が一度思い込むとなかなか考えを変えないことに思い至る。たぶんなにか勝手に脳内でカバーストーリーが完成している気配に慌ててそれを否定する。下手に斯衛の関係者だなどと思い込まれては、身分偽証の疑いで余計に危険だ。

 

「いや、そういうことであれば、これ以上何も言うまい。そのような事情ということになっているのだとは思いもよらなんだ。許せ」

「うん。そういうことでは、ちょっと困るけど……まあ諦めた」

 月詠さんに斬りかかられたら必死で逃げようと誓う。今なら一撃くらいは躱せるかもしれない。

 冥夜の一途なところは美点であろうが、少々思い込みが激しいのはどの世界でも変わらぬようだ。

 

 

 

「で、だな、どうやら同門らしき者が気の抜けた鍛錬をしているのを見かけてな、気になって声をかけてしまった。療養明けであったとは知らずに申し訳ない」

「それは違う。模擬刀とはいえ刀を振るっておきながら、集中できていなかった俺が悪い。御剣が正しい」

「ふふっ、抜かば切れ抜かずば切るな、か。妙なところで頑固だな、そなたは。鍛錬であれば思い耽ることもあろう」

 自身と向き合うために刀を振るうのは、決して間違ってはいない、と諭される。

 

「それで、身体の方は大丈夫なのだな、白銀?」

「問題ない、らしい。ただなまっているのは間違いないな」

 自分の今の身分という悩みを思い出されたが、それはすぐにでも解決されるだろう。

 感情の制御は確かに必要だが、こればかりはしばらくかかりそうだ。

 それらとは別に、筋力が落ちていることの方が眼前の問題だ。軽く型をなぞっただけで、息が上がっている。

 

「ならばいい機会だ。私の鍛錬に付き合ってもらえないか?」

「御剣の鍛錬、というと剣か?」

「私として、ここでは一人で刀を振るくらいしかできずにいたからな。同門の人間がいるのならば、いくばくかなりともお相手していただきたい」

 

 帝国軍ほどではないが、国連軍の衛士訓練でも近接格闘術や剣術の時間はある。だがそれは「剣」の修得ではなく、あくまで戦術機に乗った際に、長刀を使うための基礎の心構え程度のものだ。

 

 

 

「俺に否はないが、一つ訂正しておくぞ? 俺は正式に剣を習ったわけではないから、体力以前にあまり期待はするなよ?」

「ふむ、そうなのか? それにしては……いや詮索はすまい。剣を交えれば判るであろう」

 

 判られても困るんだがなぁ、とはさすがに口に出せない。

 戦術機に乗っている時であればまだしも、生身での打ち合いともなれば誤魔化す方法が思い浮かばない。まさか冥夜本人に習っていた、と言っても信じられるはずはないが、同門どころか剣においては冥夜が師なのだ。おそらくはすぐに見破られる。

 下手をすると冥夜の脳内カバーストーリーが補強されるだけになりそうだ。

 

 

 

「では、行くぞ」

「お、おうっ」

 武の葛藤などには一切の歯牙にもかけず、冥夜は滑り込むように間合いを詰める。

 真正面からの一閃。

 それでも武の記憶のある剣筋よりは、ごくわずかに太刀筋が甘い。こちらが療養明けだと遠慮してくれているのか、あるいは今の時点ではこれが冥夜の限界なのか。

 

 その甘さを突いて、武は少しばかり斬りかえす。あくまで様子見だ。

 

「病み上がり相手だと、手を抜かなくてもいいぞ?」

「ふふ、いささか気が緩んでいたかもしれんな。いや、許せ」

 一合合わせただけだが、判りやすいほどに冥夜は上気している。鍛錬に飽きるなどということは冥夜に限ってありえないが、やはり一人だけのそれでは納得できていなかったのであろう。相手がいるということに、間違いなく浮かれている。

 

 だが、その喜びからくる隙も二合目には消える。三合目にはすでに武の知る冥夜に近い。

 武の太刀筋を見たうえで加減する必要が無いと判断したのか、剣先が伸びてくる。

 そこには反撃の隙はなく、最早記憶と直感に任せて太刀筋を逸らし続けることしか武にはできない。

 

(それでもやはり、またどこか……甘い、いや楽しんでいるのか?)

 何合目か判らなくなっているが、武がいまだ受け続けられていることこそが、今の冥夜を表している。

 試合ではなく鍛錬、搦め手はなく正面からの剣筋だからこそ受けられているとも言えるが、良くも悪くも「剣」を楽しむ余裕が冥夜にはある。

 

 

 

「すまない。さすがにこれ以上はキツイ」

 大きく一歩下がり、負けを認める。

 やはり武の体力は落ちている。受け身に回り、動きを抑えていたがそろそろ限界だ。模擬刀での、双方ともに決定打のないままの打ち合いとはいえ、冥夜の剣筋を追うのは気力的にも厳しい。

 

「あ、ああ……申し訳ない。療養明けだというのに無理をさせてしまったか、許すがよい」

「気にするな。最後まで付き合えなくて、こっちこそ悪い」

 

「しかし白銀、そなたの太刀筋は……」

 やはりバレたかと諦めつつも、どう言い訳するかと視線を逸らす。が、言い訳の必要が無い人影を、冥夜の背後に発見した。

 

 

 

「お騒がせいたしました、香月副司令っ!!」

「はいはい二人とも、もうお仕舞でいいのかしら?」

「香月副司令!? 失礼致しましたっ」

 いつからか夕呼と霞とが少し離れてこちらを眺めていたようだ。

 声を掛けられてようやく気が付いたらしい冥夜も、模擬刀を下げ敬礼する。

 

「御剣も白銀も、そういうの良いから」

 音が立つような綺麗な姿勢で敬礼を続ける冥夜に、いつものように簡単に手を振り、敬礼を解かす。

 

 

 

「で、白銀。言いつけておいたレポートほっぼり出して、御剣と何やってたの?」

「あ~そのレポートに行き詰まりを感じたというか、身体を動かせなかったせいで、頭も動かなくなったというか……」

「まあいいわ、ちょっと付き合いなさい。アンタには見せておくものがあるわ。御剣も来る?」

 夕呼にしては追及が軽いなと訝しむものの、簡単に頷く。

 

「は……はい、お供させていただきます、香月副司令」

「硬いわねぇ、こっちの白銀くらい砕けなさい」

「はい、いいえ。副司令の御言葉とはいえ、それは……」

 

 砕けろと言われて砕けられるほど、冥夜は夕呼との付き合いはない。

 だがわざわざ自分に声をかける、ということが護衛を兼ねさせていることには、すぐさま思い至る。

 

 

 

「って夕呼先生、俺は出れませんよ。外出許可どころか、今IDもないんですから」

 武も冥夜もそして霞も、ついて来いと言われてついて来たが、行先は基地内ではなく正門ゲートの方、外のようだ。

 

「誰が一緒にいると思ってるのよ、不審者の一人や二人、どーとでもなるわ」

「いや、それをどうとでもするのも問題でしょうが、夕呼先生と御剣、それにっ!? 基地から出るなんて、安全確保どうなってるんですかっ!?」

 基地から出た瞬間に狙撃、とまではさすがに無い……と言い切れないところが夕呼の立場の難しさだ。さらに冥夜もそうだが、霞を外に出すなど、まずありえないことだった。

 

 

 

「良い、白銀。短時間であれば、香月博士の安全は確保できる」

「いや、まあ……そうなんだろうけど、さ」

 冥夜の護衛に付いているはずの月詠真那たち第19独立警護小隊の姿は見えなかったが、近くにいるのは間違いない。武にしても彼女たちの能力には疑問はない。それでも三人の重要性からしてみれば護衛としては少なすぎる。

 

「それに出ると言っても、すぐそこよ」

 武の形ばかりの抗議など気にもせずに、外出許可は下りてしまう。

 正門横の警備兵たちが困ったような顔をしているが、本人の態度はどうであれ間違いなく夕呼の立場は副司令だ。訓練兵とそれ未満を連れての一時外出程度ならば、すぐに許可を出せるだろう。夕呼のサイン一つで済んでしまったようだ。

 

 

 

 諦めて、武と同じような苦笑いの警備兵に敬礼し、基地正門横から出る。

 正門を出れば白陵名物の、歩いて上がるには苦しい坂道だ。その上から見渡せば、柊町が良く見える。

 

「……え?」

 家々の明かりが灯された、柊町の光景が武の眼前には広がっていた。

 頭で理解するよりも先に、無事な故郷を見せられて言葉が出てこない。

 

「灯りが……ある。人が、住んでる?」

 繰り返された「白銀武」の記憶にあった、BETAによって破壊しつくされた廃墟となった町並みではない。「元の世界」に比べれば明かりは少ないかもしれないが、そこには平穏な日常を想像させるに十分なだけの灯火があった。

 もう何年も目にしていない、そしてこの「三度目」では決して見ることが無いとどこかで思い込んでいた、失われたはずの故郷の姿だ。

 

 

 

「百聞は一見に如かず、ね。別物だっていう意味、判ったかしら白銀? ここには横浜のも佐渡島のもないの」

「は、はは……じゃあ、まだ日本……は?」

「安心できる状況じゃないけど、今はまだ朝鮮半島で何とか押し留めてる。それでもよくて年内ギリギリでしょうね」

 

(横浜ハイヴが無い、つまりはこの世界において鑑は生きてる)

 

 喜びとは別に、見せたいものとはこれか、と少しずつ腑に落ちてくる。

 確かにこの街並みを見せられれば言葉にされる以上に、ここは一周目とも二周目とも違う別の世界だと、理解できてしまう。そしていまこうして立っている自分自身が、今までの「白銀武」とは別の存在だということも。

 

 

 

「この光景を見せていただいてありがとうございました、夕呼先生」

 振り返り、夕呼に深く頭を下げる。

 これ以上感謝の言葉を重ねれば、手駒が使いやすいようにメンタルケアしただけと誤魔化されそうだが、夕呼が外を見せたのは思い悩んでいた武の心を少しでも軽くさせるためだろう。

 

「さて、判ったら戻るわ。白銀には会わせたいのもいるしね。それにこれ以上、あたしと御剣がふらふらと外歩いてたら、我慢できずにちょっかい掛けてくる連中も出てきそうだしね。御剣も戻りなさい」

「はい、失礼いたします、副司令」

「あ、夕呼先生。と御剣も。少しだけ時間いただけますか?」

 陰ながら護衛が付いている、とはいえ基地外はやはり内部ほどには完全に警戒できるわけでもない。

 急かされて歩き出そうとする冥夜と、興味なさげな夕呼を呼び止めてしまう。だが武にとっては必要なことだ。

 

「なに、時間は有限よ?」

「申し訳ありません。一言だけでも挨拶を、と」

「……わかったわ。ちょうどいくつか返り咲きしてるしね」

 

 夕呼の言葉通り、基地正門前、桜並木の一番上の一本は季節外れの花を咲かせている。

 武はその前に立ち、先の冥夜以上に綺麗な敬礼を見せる。

 

 

 

 ――英霊の 眠る桜の 白き花 地に根を張りて 空を思わん

 

(神宮寺教官、伊隅大尉、それにA-01のみんな……皆さんのことを共に語れる相手は、ここには誰一人おりませんが、皆さんから受け取ったものは、この世界にいる皆さんへお返ししたいと思います)

 

(間違えるな白銀武。悔やむな、詫びるな。そんな暇があれば足掻いて前に進め。神宮寺教官や皆に顔向けできるぐらいには、衛士たれ)

 自身は許されるべきではない、などと自責している贅沢は許されない。

 生き残った、そしてやり直しの機会が与えられた自分には、為すべきことがいくらでもある。

 そして今見た眼前の街並み。ここにはまだ助けられる生活が残っているのだ。

 

 

 

 目を瞑っていたのは、わずかな時間だ。礼を解き、踵を返す。

 

「もういいの?」

「長々と話してると教官たちから怒られてしまいますよ。為すべきことを為せ、と」

「そっか……あっちのあの子も、アンタにそう教えたのね」

 すでに一周目二周目の概略を知る夕呼には、武が誰に話していたのかは、お見通しのようだ。そしてその教官がどう教え込んだのかも。

 

「御剣も社も、時間を取らせて悪かったな」

「……(ふるふる)」

 

「そなたにとっては大切な方々のようだな。良ければいつの日か、どの様なお方たちだったのか語ってくれぬか?」

 冥夜も武から少し下がったところで、黙礼していた。

 武の姿を見て、今はまだ何もない桜であったが、その意味は察していたようだ。

 

「ああ……そう、だな。いつか笑って話せたら、と。いや、ホントは今すぐにでも、御剣には話さなけりゃならないんだが……すまない」

「私に詫びるでない。今の私は一訓練兵だ。聞けぬことの方が多いことは了承している」

 武が口籠ったのを、軍か家に関するものと思ったのか、冥夜は軽く微笑んで割り切る。

 

 

 

(次は「あ号標的」を落としたときにでもまたご報告に参ります)

 白陵基地に戻る武の足取りは、わずかばかりだが軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 




この話においてはBETAの日本侵攻はもうちょっと先~なので横浜も佐渡のハイヴもないです。で横浜ハイヴないので国連軍横浜基地もないです。白陵基地内での国連軍の立ち位置とかはまたそのうちに説明入れる……予定。


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概念の提示

 正門前の桜への挨拶を済まし、同道していた冥夜も別れ、夕呼と霞の後に従う。

 細かな差異はあるとはいえ慣れ親しんだ基地なので、どこに連れて行かれるのかと思うまでもなく行先に見当が付いた。向かっているのは戦術機用のシミュレータ室だ。

 

「いいんですか、こんな時間に?」

「こんな時間だから空いてるのよ。それにアンタ、誰に聞いてるのよ? あたしはここの副司令よ」

 その立場が無くても好きにやってるんだろうなぁとは、一方的な形ではあるものの付き合いが長い武は口にはしない。

 

 戦術機シミュレータは大がかりなシステムだ。普通であれば好き勝手に使えるものではなく、その使用時間は、各部隊に割り当てられている。

 いまだ朝鮮半島での防衛戦が続いているということは、この基地のみならず日本自体が後方国家扱いなのだろうが、シミュレータの使用にそれほど余裕があるものではないはずだ。

 ただ言われてみれば通常の訓練時間から外れたこんな時間帯であれば、空きの一つくらいはあってもおかしくない。

 

 

 

「強化装備は用意してあるから、とっとと着替えてきなさい」

「りょーかいです」

 

 時間と言えば、夕呼に時間の余裕が無いのは確かだ。武のわがままに長々と付き合ってもらえるほど、第四計画総責任者の立場は軽くない。

 手渡された強化装備を、シミュレータ室横の更衣所で手早く身に着ける。

 

(正規兵用の物がいきなり渡されたってことは、場合によっては訓練終了を待たずに前線行きって可能性もあるか)

 いまだ日本が後方国家であるならば、男性訓練兵用の強化装備も余裕がありそうなものだが、宛がわれたのは黒の正規兵用のものだった。無駄を嫌う夕呼のことだ。武が任官していなくとも、有用だと判断されればそのまま衛士として使うつもりなのだろう。

 

 

 

「白銀、さっさと乗りなさい」

「というか俺何するんですか? まったく説明が無いんですけど」

「シミュレータ貸せって言ったのはアンタでしょ、新OSとやらの説明をしなさい。まりもと伊隅も呼んであるから、そっちからも質問させるわ」

 

 そう言われて管制室の方を見ると、まりもとみちるだけではなく、夕呼の秘書官でもあるイリーナ・ピアティフ中尉もいる。オペレーターは彼女が担当してくれるようだ。

 

 

 

「あ~了解です。俺の戦術機適正の測定じゃないんですね」

「それも必要だけど、そんなのは後でいいわ」

 訓練時間の過ぎた今、起動しているシミュレータは一基だけだ。

 はいはい、と簡単に応えながらコクピットに潜り込む。先日の桜花作戦の時はXG-70dに搭乗したとはいえ、それまでは不知火に乗っていた。着座調整など手慣れたものだ。無意識のうちに済ませられる。

 

『準備はできた? 撃震でいいのかしら? 場所とかどーするの?』

「説明の為にもちょっと飛び跳ねるので機体は吹雪で、エリアは市街地でお願いします」

 管制室に入っていった夕呼から問われるが、現状のOSが載っている撃震では細かな機動がしづらいので、第三世代機の吹雪を指定しておく。

 先の冥夜との打ち合いで実感したが、体力以外は問題が無いはずだ。むしろ技量に関しては一周目の記憶が積み重なっている分、先日の桜花作戦の時よりも、上回っているかもしれない。

 

(とはいえその体力が問題だよな。耐Gは大丈夫とはいえ、フィードバックデータのない今、あまり振り回す余裕はないかも)

 

 今の武の主観記憶としては、一ヶ月ほど前までは乗っていた吹雪だ。違和感は少ないが、療養明けらしい自分の身体はまだ信用できない。

 歩いて走ってちょっと跳躍、抜刀からの切り返しと突撃砲を単射と連射。その他いくつかの基本動作をこなし自身の身体の調子を測る。本調子でないのは明らかだが、長時間の作戦行動でもなければ大丈夫だろう。

 

 

 

「では、現状の戦術機OSに関して自分が問題と感じている部分の挙動と、それに対する改善案とを説明させていただきます。要望としては、先行入力、コンボ、キャンセルの三要素となります」

 上官三人、というよりはむしろ恩師ともいえる三人を前に、さすがに武としても緊張する。

 夕呼は嫌がるだろうが、どうしても口調は硬くなる。

 

「では、第一に先行入力です。衛士のお二人には既知のことでしょうが、戦術機の各挙動には一定のマージン、言ってみれば動作後の『硬直』が存在します」

 まりもやみちるには言わずもがなのことなのだが、OSの開発を担当してもらう夕呼や霞、そしてピアティフの為に当たり前のことから説明していく。

 話ながら、見た目としても理解しやすいように、わざと「どっすん」と着地する。

 

「一番判りやすいのが、この着地時の硬直です。機体安定のために姿勢制御が自動で入ってしまうせいで、次の動作に移るのに間が空いてしまいます」

 そしてこの硬直中に着地エリアが掃討できていなければ、戦車級に取りつかれる要因となる、と続ける。

 

「射撃にのみ関して言えば機体の静的な安定は必要なのですが、機動面で言えばむしろ不安定であるほうが次の動作への繋ぎとなります」

『動的な安定性が欲しい、ということかしら?』

「そうですね。人間だったら転がりそうになりながらでも走れますが、今の戦術機ではそれが難しいんですよ」

 第二世代機以降、機動性を高めるために戦術機の重心は人間よりも上方に設定されているが、その動的安定性がOSによって制限されている、と説明する。

 

 斯衛軍衛士の上位連中であれば、極限まで刻んだ入力でオートバランサーが機体を立て直す挙動すらも機動の一環として組み込み「こけている状態で移動する」などといったことも可能としているが、当然それを実行できる者は数限られる。

 

 

 

「この硬直が発生しそうな動作の前に、次以降の行動入力を受け付けてもらうことで、動作の繋ぎを作り出し無駄な時間を無くして欲しいというのが『先行入力』の目的です」

『先の例だと、例えば……着地後の姿勢安定の工程を省略し、いきなり走行を開始する、といった形か?』

「はい。神宮寺軍曹殿のおっしゃる通りです。跳躍後の着地後行動が素早くできれば、そうですね……人間のハードル走のように繋がるのが理想的ですね」

『なるほど、了解した』

 まりもが噛み砕くように返答する。おそらくは既に頭の中では新しい挙動を組み立て始めているのだろう。

 

『ふむ。その硬直と言えば、リロード後の行動なども考えているのか?』

 続いてみちるからの質問が上がる。問われるのはちょうど武が説明しようとしていたことの一つだ。

 

「はい、この動作、ですね」

 まだ弾は残っているが、説明の為だ。マガジン交換を指示した。

 副腕が複雑に動き、マガジンポーチから予備を取り出し、右腕の突撃砲をリロードする。そして副腕が再び背部に収納されると同時に、突撃砲を正面に構える。

 

「正直この構えなおしも必要かどうか謎なんですが……このリロード中に目標指示をしていたとしても、現状のOSだと前に向くんですよね。これを『先行入力』の形で、次の射撃目標に向けておくとか、36mmと120mmとを続けてリロードする、なども可能になれば対応可能な状況に幅ができると考えております」

 そもそも今のOSでは、マガジン交換は原則的には一門ずつ停止状態で行われる。もちろん定速歩行中や巡航飛行状態であれば可能だが、回避行動や主副の右腕は攻撃し左椀でリロードなどは非常に困難である。

 

『つまり今までの戦術機OSってのは、いちいち入力されていたコマンドをその場その場で逐次実行してたってこと? バッファもしてないの?』

 馬鹿じゃないのと言いたげな夕呼だが、仕方がない面も大きい。設計思想も運用方法もそういう風に考えられていなかった、ということだ。

 

「自動車と同じですよ。機械なんだから、先の挙動を入力するなんて発想が無かったんだと思います」

『まあ勝手に曲がろうとするクルマなんて、乗ってても面白くないし気持ち悪いわね。ただ逆に戦術機は人の挙動に近いから、先を予測して動くべきだ……といったところかしら?』

「そうです。とくに近接戦では、常に先の事象を想定していますから、長刀を使ううえでも先行入力の恩恵は大きいかと思います」

 

 

 

「では第二にコンボ。事前に登録しておいた一定行動の自動再現、といった機能ですが……」

 長刀を抜刀し、踏み込み袈裟斬り、そこからの逆袈裟。

 

『ああなるほど。近接攻撃でよく使う斬り方などを登録しておいて、呼び出す、ということか?』

「はい、その通りです。今はキャンセルができないので、連続可能な部分だけ再現しましたが、本当はこの動作の前に短距離跳躍なども含めたいのです」

『ふむ……短距離跳躍で距離を詰めて攻撃可能範囲に入ったところでキャンセル? 動作の強制割り込みか? そこで先の格闘動作を連続で再現する、ということだな」

 まりもがコンボの説明中に、最後に言うべきであったキャンセルの内容を言い当てる。

 実践していないのによく理解してくれるものだと、さすがは教官だと感心してしまう。

 

『このコンボ?だが、例えばだが……そうだな。要塞級相手であれば高度などもほぼ固定されるので、神宮寺軍曹、貴女の動作を組み込んでおけば、極論すれば誰であっても胴体切断なども可能になるか、ということか?』

 みちるが隣にいるのであろうまりもを例にして問う。

 

「はい。コンボのパターンは事前に組み込み、機体ごとに最適化していくことが必要になりますが、この機能の目指すところの一つは熟練衛士の挙動を誰もが再現できるようにすること、であります」

 

『一つ、ということは他にも目的があるのか?』

「はい、例えばですね、こういう行動ですが……っと」

 ブースト跳躍から、浮かび上がった瞬間に逆に地表に向けてブースト。

 

「今はちょっとキャンセルも先行入力もできないのでゆっくりめにしましたが、これがコンボとして繋がれば、光線級がいるところでも短距離のジャンプはこなしやすくなるかと。これに着地予定地域への120mmキャニスターの事前射撃などを組み込めば、戦車級に齧られる危険性も減らせると考えております」

 ただこれをキャンセル機能があるからと言って毎回手動で入力し続けることなど、どれほどの集中力が必要になるのか、と。

 

『なるほど。コンビネーション……コンボか? 複雑な工程を一括登録することで、衛士の負担を減らすことも目的なのだな』

 

 

 

「最後に。説明が前後してしまいましたが、キャンセル、なんですが……入力してしまったコマンドを強制停止、あるいは割り込みで他の挙動に変更できるようにならないか、と」

 武としては一番実装してもらいたい機能でもある、キャンセル。

 ただ、もう説明終ってしまってるじゃねーか、とは武としても言えない。それにこれは機能が実装されていないと、実況もできない。

 

「あ~なんと言いますか、新兵とかだと多いんじゃないですか? レバガチャ、間違えたーっと思ってガチャガチャとスティックを無駄に動かしてしまうヤツが」

『……』

 どうにか捻り出した説明は、諦めたかのような沈黙でもって答えられた。だが教官であるまりもは当然、新兵の相手をすることの多いみちるにしても、レバガチャと言われて「あぁあれか」と、いくらでも思い出せるのであろう。

 

『シミュレータでの説明はそれくらいかしら、白銀? なら一度降りてきなさい』

「了解」

 

 

 

 

 

 

「白銀武、入ります」

 強化装備のままに、管制室に入る。

 室内にいたのは夕呼にまりも、みちるの三人だけだった。すでにピアティフと霞の姿が無いのは気にかかるが、尋ねるほどでもない。

 

「紹介とかはどうでもいいわね。で、まりも、あなたの感想は?」

「先行入力による硬直の短縮、それだけでも間違いなく有効です。そして今は概念だけ伝えられましたが、そこにキャンセルが加われば、衛士の生存率は劇的に向上すると思われます」

 まりもは教官としての教え子を失いたくないとの気持ちからか、XM3の防御面での利点を上げる。

 

「へぇ、その理由は?」

「先の説明の最後にありましたが……衛士の死亡要因に多いのが、判断ミスからの誤った挙動、そこでの思考停止、パニックなどです。慌てても復旧できず、それがさらにミスを誘引させます」

「なるほどね。ミスを取り消せる、間違った挙動をキャンセルできれば頭も冷えるってことね」

 

 

 

「伊隅は?」

「キャンセルや先行入力に関しては神宮寺軍曹と同感です。付け加えますと、コンボでしたか。一定動作の組み合わせというのは、特に前衛衛士には有効であろうと推測します」

「続けて」

 

「先ほどの例ですと、跳躍から地上への反転ブースト、合わせて着地予定地点の掃討まで『ごく自然』にこなしましたが、我が中隊、いえ連隊すべてを含めましても、あれほど滑らかに繋げられる者は少数です」

 そもそも地上に向かってのブーストという点が異常なのだが、今はそれは横に置く。だが間違いなく精鋭と言えるレベルのA-01連隊全体を通しても、あの動作を繰り返し続けられる衛士は少ない。

 

「後衛であれば比較的余裕がありますが、密集戦における前衛の行動は逼迫したものがあります。コンボという形で一定の行動が簡易に選択できるのであれば、攻防ともに取りうる戦術に大きく幅ができます。またおそらくですが、コンボ行動中もキャンセルができるものと推測いたしますが、その場合の安全性向上は計り知れません」

 まりもが防衛面での利点を上げたからか、みちるは攻撃面での利点を上げて補強する。

 

 

 

「簡単に言えば、アンタたち二人、いえ白銀入れて三人とも、とっととあたしにこれが実現できるOSを作れってことね?」

「副司令のお時間が貴重なことは重々承知、いえ自分では想像できぬ以上の責務でしょうが、一衛士としてだけではなく、部下を預かる身としては……」

「だから硬いわよ伊隅。そこの白銀みたいに『作ってくれなきゃやだー』くらい言いなさい」

 

「ぅえっ!?」

 呼び出されたものの、部屋の片隅で放置されていた武に、機嫌よさげな無茶ぶりがなされた。

 

「ほら、白銀」

「え、ええっ……つくってくれなきゃやだーゆーこせんせー……これでいいですか?」

 たぶん求められているのは、これだろうと諦めて棒読みする。

 まりもとみちるからの同情の視線が、さらに侘しさを高める。

 

「……一気にやる気がなくなったわね」

 夕呼までもが呆れたかのような声を上げたのには、さすがに武を含む部下三人の視線に非難が含まれる。

 

 

 

「ジョーダンよ、ジョーダン。それに社とピアティフにはもう準備を始めてもらってるわ」

「……ありがとうございます、夕呼先生」

 いろいろと悪巧みの好きな夕呼だが、不思議と一度約束したことは違えない。作ると言うのならば作り上げてくれるはずだ。

 

「ソフトの方は簡単だわ。ただ間違いなく現状のOSよりも複雑化するから、それに対応できるだけのハードが必要になる。ただそのハードの方も手持ちの機材ですぐに形になる。もちろんデータ取りや細かな調整はアンタたちにやってもらうけど……」

 OSの仕上げとは別に、CPU関連の量産には時間がかかりそうだという。

 

「手持ちだけでとりあえずは……そうね、伊隅の中隊と、207訓練分隊の分は確保するわ。そこから先はOSの出来次第ね」

「えっ?」

 みちるは自分の中隊に回されることは予測していたのであろうが、まりもとしては訓練分隊に回ってくるなどとは思っていなかったのだろう。驚きで声を漏らす。

 

「失礼ながら副司令? 今の207B分隊は総合演習にも合格しておりませんから衛士訓練には参加されられません」

「総合戦闘技術評価演習、だったけ? まりも、アンタが本気になればすぐに合格させられるでしょ? 前倒しで、そうね……来週には終わらせるわ」

 

 すでに夕呼の中では何らかの計画が進んでいるようで、いきなりの訓練予定変更が、まりもに突きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 




予定通り?ここからは週二回くらい更新できたらいいなぁなペースに落ちます。出来ましたらごゆっくりおつきあいください。多分次回更新は来週半ば以降です。

でXM3は、まあこんな機能なのかなぁ……といったぼんやりした感じです。


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停滞の虚実

 シミュレータ管制室、夕呼とまりもとの間には、静かな緊張感が張りつめていた。

 

 いつもの如く理由も説明されずに夕呼から呼び出されたまりもとみちるであったが、武から戦術機用新OSの開発に向けた機能説明を受け、先程までは間違いなく狂喜していた。このOSが完成すれば、教え子や部下たちが身を散らすことが少なくなる、と。

 しかし、その新OSを実戦証明される以前に教え子たちに使わせると言われては、まりもとしては喜びを保つことなどできない。

 

 新OSの開発など本来であれば技術廠の開発局に回され、そちらの開発衛士が担当すべき案件だ。

 それでも第四計画と夕呼の重要性からして、直属のA-01が試験運用にあたるというのは、まだしも理解できる。

 だがいくらその出自に様々な要因があるとはいえ、いまだ戦術機教導に進んでいない207B分隊に新OSを使っての訓練させるというのは納得できようもない。

 

「伊隅は戻りなさい。なにかあれば呼ぶわ」

「……は、失礼いたします」

 207訓練小隊の者は、任官すればみちる同様にA-01に着任する。

 まったくの無関係とは言い切れないものの、今はまだ部外者だ。いくつもの疑問はあれど、口を挿むべきではない。

 

 

 

「さて、まりも? なにか問題があるのかしら?」

 みちるが静かに管制室を出てからしばらく時間を置き、挑むように夕呼が嗤う。

 

「あ~横から失礼いたしますが、夕呼先生、質問良いですか?」

「なに白銀? 今はアンタの相手をしてる時間じゃないんだけど?」

 恩師二人の睨み合いに口を挿むのは、ハイヴに突入するのとはまた違う度胸が必要だが、ここで逃げるわけにはいかない。

 

「その207Bの事ですよ。今聞いておかないとマズいので聞きますが、夕呼先生はあいつらをどうしたいんですか?」

「……どう、とは?」

「衛士に任官させた上で飼殺すのか、A-01に入れて使い潰すのか、あるいは他兵種への転換訓練で時間を稼ぐのか、はたまた任官させずに他の国連所属機関にでも回すのか……俺程度でもいろいろとは思いつきますが、そのところどーなんですか、と」

 

 夕呼とまりも双方から睨み付けられるが、思いついた案をとりあえず並べてみる。

 

 全員が社会的地位のある207B分隊のメンバーには、A-01補充要員として高い能力を持つ訓練兵、というよりは国連、引いては第四計画への人質という意味合いが強い。だからこそ夕呼が任官させないと判断しているであろうことは、武にもまりもにも予測できる。

 

 帝国首相、国連事務次官、帝国陸軍中将、情報省高官、それぞれの娘たち。さらに加えて将軍の表に出せない双子の妹、だ。

 誰一人として、普通の戦術機甲師団に組み込みたい人材ではない。

 

(一周目の第四が破棄された後、あの扱いは思い返せば理解しやすいな)

 現に武の記憶では、一周目では第四が破棄されるまで任官できず、任官後もバビロン作戦開始まで横浜基地から出ることもなく、実質飼い殺しであった。二周目にしても任官できてたのは、クーデターによる状況の急変によるところが大きい。

 

 

 

「ふん、一応考えてはいるようね、白銀?」

 夕呼の不機嫌そうな顔は、武の言葉の羅列の中でニヤニヤと笑いに変わっていった。どうやら悪巧みの一つには引っかかったようだ。

 

「後回しにしようかと思ってたけど……まりも、コイツは白銀武。今すぐ衛士にしても問題なさそうだけど、アンタに預けるから鍛え直してやって」

「え、俺って訓練兵に戻れたんですか?」

 他の207Bの面子の話だと思っていたのが、いきなり武の進退の話に切り替わる。シミュレータに放り込まれたとはいえ、武の「元」訓練兵という立場は宙に浮いたままなのだ。

 

 

 

「何言ってるの? 明日もう一回診断は受けてもらうけど、記憶はともかく訓練兵やるくらいには身体は大丈夫でしょ」

「え、いやまあ確かに体力がかなり落ちてますけど、明日から訓練兵、ですか?」

「歯切れ悪いわねぇ、何か問題でもあるの?」

 

「問題と言いますか、夕呼先生に言われてる例の『レポート』まだ書き上がってません」

 まりもが横にいるために内容が言えないこともありボカしてしまうが、それでも言外に明日から訓練兵に戻れば仕上がるのが遅れる、と告げる。

「ふん。当然そっち優先で完成するまでは徹夜ね」

「了解です。まあアレが最優先だということは、俺が一番理解してます」

 桜花作戦、オリジナルハイヴの攻略、それも世界が違うとはいえ曲がりなりにも成功した情報だ。今後どう対処するにせよ人類にはさほど時間の余裕はなく、分析の為にもレポートの完成は早ければ早いほどに良い。

 

 

 

「……どういうことでしょうか、香月副司令? こちらの白銀武を訓練兵として207小隊に所属させる、ということでしょうか?」

「そのつもり、というか決定事項ね。あと白銀は聞いての通り207B全員の内部事情も、A-01のことも、たぶんまりも以上に知ってるから、ここでは隠す必要はないわ」

 

 まりもには朝の拘束された状態を見られているうえに、武の戦術機に関する技能なども含め、今は正規兵の黒の強化装備を身に着けている。武は何らかの秘匿任務に就いていた者、と勘違いされていたようだ。

 

「あらためまして白銀武訓練兵です。あ~俺自身は特に考慮される立場ではないです。一訓練兵として扱ってください」

「朝のことを無視したとしても、先の戦術機用OSの話を聞かされた上で考慮される立場ではない、と言われても……な」

「それは以前の訓練中に思い浮かべていた、とかで。申し訳ありません、ご容赦ください、神宮寺軍曹殿」

 

「それを退けても、だ。今の207Bの面子の事情を知っているだけで、十分以上に『特別』だぞ、白銀」

 現職の総理である榊は当然、彩峰は訓練兵とはいえ軍関係者であれば知っていてもおかしくはない。珠瀬も政治関係に興味があれば、ニュースなどで名は上がる。

 

「鎧衣訓練兵の御父上のことまで知ってる、のだな?」

「あ~ハイ、チョットした商社のカタデスネ」

 鎧衣課長に関しては、片言で誤魔化してしまいそうになるが、無理なのは明らかだ。

 ただある意味で一番名の出しにくいのが、情報畑の鎧衣課長なのは今部屋にいる三人にしてみれば当然のことであり、訓練教官としての立場しかないまりもにとっては足を踏み入れてよい領分ではなかった。

 

 そして最後の一人の立場に関しては、夕呼は知っているかもしれないが、まりもには正確なところは告げられていない可能性の方が高い。

 将軍家所縁の者、その先からは考えていないはずだ。

 色々と想像はしていようが、それを表に出すことはない。

 

 

 

「まあ俺のことは置いといて、ですね、207Bの連中のことですよ」

 まりもが207Bに対し、教官としての立場では出来る範囲は狭いものの、可能な限り手助けをしようとしていることは、武にもよく判っている。

 現在の207B訓練分隊に関してはあまりに関係者が多岐に渡るために、誰が何をどこまで知っているのか確認しておかねば、それだけで彼女たちを危険に晒しかねないのだ。

 

「人質として飼殺すなら、神宮寺軍曹殿の経歴的には問題が残るでしょうが、俺としては何も手出ししません。というか神宮寺軍曹殿はそのつもりですよ?」

「それは違うぞ、白銀っ!!」

「いえ、お言葉ですが神宮寺軍曹殿。軍曹殿が本当にあいつらを衛士にすると決めておられたのならば、先の演習で失敗するはずがありません。失敗しても良い、という思いが軍曹殿にわずかなりともあったから、あいつらはまだ衛士になれていない」

 訓練教官としてのまりもの能力を、武は高く評価している。A-01に配属されているかつての教え子たちの姿から見ても、それは明らかだ。

 そのまりもが指導していながらも、現207B分隊の訓練兵が任官できていないという事実は「任官させるつもりが無い」と判断するしかないのだ。

 

「だいたい夕呼先生が、それに対して明確な指示を出せていないのが問題なんですよ」

「訓練兵として受け入れたってのが意思表示じゃないと、アンタは言うつもり?」

「任官させるつもりが本当にあるなら、訓練兵に個室が割り当てられるなんてありえませんよ。どー見ても接待ですよ、この状況は」

 夕呼もまりもも判っていたのだろう、武の言葉に僅かに視線が逸れる。

 

「そういう状態だから、神宮寺軍曹殿としても隊内の問題に気付きながら解決策を取らず放置している、と愚考しておりますが、違いますか?」

 

 

 

「ふーん? 207Bに対して白銀としては解決策があるというの?」

「演習に合格させて、任官させるだけなら簡単ですよ?」

「白銀っ!!」

 武の解決策というのが予測できたのか、まりもが静止の言葉をかける。が構わない。

 

「一番簡単なのは、榊を分隊長から外して、御剣か鎧衣を分隊長に置くことです。なにげに対人間の距離の取り方が上手いあの二人ですから、どちらであれ今の榊と彩峰みたいな問題は引き起こさないかと」

 半ば以上その場の思い付きだが、これはこれで良さそうだ。

 

 訓練兵としては千鶴の指揮能力は高い。そして将来的にはさらに伸びることは間違いない。だが冥夜や美琴に指揮官適正が無いわけではなく、一般の帝国陸軍程度であれば無理なく分隊長をこなせるはずだ。

 

 

 

「もっと言えば榊を除隊させるのが早いんでしょうが、まあ現職総理の娘を国連軍が除隊させるのは外聞が悪すぎますから、士官学校への特別推薦とかで誤魔化してしまえば、できなくはない」

「却下よ、白銀」

「A-01に、いや総理を第四に囲い込めないからですか? 榊総理なら娘の進退なんて気になさらないでしょう?」

 それは他の面子にしても同じだ。対外的には人質だと見られるかもしれないが、親たちにはそういう考えはなさそうに感じる。そして彼女たちの扱いがどうであれ、第四計画への立場をそんな程度で彼らが変えることもないはずだ。

 

「まさかとは思うけど、白銀? あの娘たちを守りたいからって、遠まわしに飼殺しを勧めてるんじゃあ無いでしょうね?」

「逆ですよ。A-01の戦力増強としてはあいつらは優秀、それどころか必須でしょう」

 大人しく飼殺されてくれるなら気が楽ですが、と笑いながら武は言う。

 彼女たちに死んで欲しくないという思いはある。だが、後方に匿って適当な仕事を押し付けられるのが彼女たちにとっての幸せだとは思えない。

 

「神宮寺軍曹殿、教官として今のアイツらの評価はどうなんですか?」

「基本的にそれぞれの長所が突出しすぎのきらいはあるが、苦手分野であれ皆一定以上の水準は超えている。個々人のバラつきはあれ、全員今すぐ戦術機訓練に入っても問題はない。そしておそらくはそのまま任官させても、並以上の働きはこなす、と見ている」

 

 つまるところ、衛士として任官させるつもりがあるなら、演習への合格はさせられる、ということだ。

 武の先の言葉通り、問題だらけの背景を持つ訓練兵を夕呼からどう扱うかが指示されていない、そのために立ち止まっているだけだ。

 

 

 

「で、まりも? 演習を前倒しに、そうね……今月末に実施した場合でも、アイツらは合格できるの?」

「っ!? 今月末って、一週間無いじゃないのっ!?」

「で? できるの? できないの?」

「……できるわ、あの子たちなら三日もあれば、演習に合格できるようになる」

 無理ではないが、さすがに無茶な日程を提示されて、まりもの口調が崩れた。

 207Bの問題はあくまで分隊員内部のメンタルなもので、逆にそうだからこそ時間を掛ければ解決するというものではない。必要な物は小さな切っ掛けだけだ。

 

 

 

「どーするんですか夕呼先生~トップが判断迷ってるのに、下が突っ走れるわけないじゃないですか」

 武はわざとらしく、煽るように夕呼の判断を仰ぐ。

 

「煩いわね白銀。正直、任官自体をギリギリまで引き延ばして時間稼ぎのつもりが無かったとは言わないわ。手札としては使うタイミングも難しすぎるしね」

 207Bは強力な「人質」でもあったが、逆から見れば帝国中枢からの第四への大きな「貸し」だ。

 

「でもね、このOSが完成したら使い道がある。まずは訓練兵用の新規プログラムのための実証試験、その上で成績が良ければ『お披露目』に出すわ」

「ああ……A-01は表向きには使えませんからね」

 白陵基地副司令にして技術大佐相当官とはいえ、夕呼が本当の意味で好きに使える戦術機部隊はA-01だけだ。

 そして非公式の特殊任務部隊としての立場から、その構成員すべてが非公開な部隊など、どれほど能力的には問題なくとも新OSの発表になどは使えない。

 

「彼女たちはA-01の代わりの見世物ですか、香月副司令?」

 まりもとしても潜在能力の高さは教官として理解している。それでも、いまだ衛士訓練を受けていない者たちに過剰にも見える期待をかける夕呼の思惑を訝しんでしまう。

 

「はいはい睨まない。使い勝手の悪い207Bの連中だけど、磨り潰すつもりはないわ。だからまずは『見世物』にするのよ」

 能力的には最前線送りこそが良いんでしょうけど、とまでは呟くに止める。

 武の記憶にある桜花作戦の概略を知った夕呼は、彼女たちの衛士としての今後の能力には疑問を抱いていない。ただ、今の時点では実働部隊としては配属させられないことも確かだった。

 

 

 

「神宮寺軍曹殿、OSの開発には軍曹殿の協力も必要です。その上で問題点があれば、修正していきますし、バグも残すつもりもありません」

 まりもが気にかけているのは、安全性だ。どれほど性能が良くとも、信頼性の無い新兵器など使いたくもないというのは武にもよく判る。

 新OSなどと言われれば、普通に想像するのはバグ塗れの挙動不審な物だろう。現状のOSには、武の説明を聞いた今となっては不満がある。だが、それは戦術機が使われはじめて以来、幾多の手を経て問題点が潰されたものだ。

 

「なに、まりも? アタシが作るモノが信頼できないっていうの? バグなんて残すはずないじゃない。それどころか、今まで隠れてたバグまで潰してやるわよ」

 さらりとエンジニアやプログラマが聞けば泣きそうなことを言ってのける。OS開発など専門ではないはずだが、本気になれば夕呼ならやってしまいそうだ。

 

「それにアップデートなんてもんじゃない、ほぼ新規の操作体系よ? 訓練兵の最初から使わせたほうが効率いいでしょ?」

「了解しました、香月副司令。来月にはアイツらを戦術機教導課程に進めてご覧にいれます。あとは……」

 そこまで言われれば、まりもとしても受け入れざるを得ない。

 

 残る問題は、武の立場だ。

 

 

 

「先程の機動を見るに、現役衛士と言われても納得できるのだが……任官はしていないということだな、白銀?」

「はい、いいえ。自分はいまだ任官しておりません」

 この世界において武自身の記憶にはないが、白銀武の立場は「衛士訓練校において教練中の事故により療養中」のはずだ。

 

「ねぇ、白銀? ホントに訓練兵でいいの?」

 非常に珍しいことに、夕呼が確認するかのように、重ねて問いかける。

 先のシミュレータでのOSの説明だけでなく、衛士に限らず兵士などは夕呼の専門外だとはいえ、訓練兵になって学ぶことなど無さそうに見えるのだ。強化装備越しの武の身体も、確かに筋肉が落ちているとは思えるものの、配属先での日常訓練の範疇で取り戻せる程度に見える。

 

「いえ、ここ数年の知識が欠け落ちているのと、筋力の衰えは酷いですよ」

「常識に欠けている自覚があるなら、それでいいわ。と、本人がこの調子だから、まりもよろしく」

 療養中の二年間の記憶の欠損と言い訳は出来るだろうが、以前の世界との差異がどれほどあるのか、今の武には把握できない。日本がいまだ侵略されていないことには喜べるものの、個人的な立場としては知識の差異から思わぬ摩擦を生み出しそうで、注意するに越したことはない。

 

 

 

「じゃあ立場的にはそうね……とりあえず今週は訓練兵に復帰、207Bの演習が終わってからは教官補佐、臨時軍曹ってとこでどう、白銀? 任官後に関しては、またその時の話ね」

「自分としては問題ありませんが、神宮寺軍曹殿はいかがでしょうか?」

「戦術機に関しては、先のシミュレータでの動きを見る限り、白銀が補佐に入ることは教官としては歓迎いたします。ただ白銀本人の言う通り、任官直前での事故、そこからの長期療養後ということであれば、体力面と座学には不安が残ります」

 そこは手加減せずに扱いてみせる、とまりもは教官としての顔つきで宣言する。

 

「ちなみに白銀には演習はパスさせて。一度受かってるのを二度もすることはないでしょ?」

「それは、そうですが……以前の成績などに関して一度目を通してから判断させていただきたいと思います」

「ダメよ、時間がもったいないわ。白銀には他の連中が演習に行ってる間にもOSのバグ出しと動作取りさせる」

 まりもも先程、出来る限り早くあのOSが欲しいといった一人だ。夕呼にその件を出されると、訓練兵としての一演習と新OS開発との軽重は比較するまでもない。

 

「了解しました、香月副司令」

 せめてもの教官としての最後の反抗心から、嫌がられると判っていても律儀に応える。

 

 

 

「じゃそういうことで。白銀、部屋の方は……そうね。レポート終わるまでは、さっきの部屋使いなさい。パスとか必要な物は朝までには用意させておくわ」

 というわけでさっさとレポート仕上げなさい、と武だけが管制室を追い出された。

 

 

 

 

 

 

 

 




よーやく一日目終了~初日にXM3の話押し込んだらヘンに長くなってしまいました……
次回か次々回でデグさん再登場の予定です。


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異存の再会 01/10/23

 

『起立、敬礼っ!!』

 扉越しに、どこか懐かしく感じる207B訓練分隊隊長の、榊千鶴が掛ける号令が聞こえる。

 今一度、その号令に合わせ、武は深く息を吸う。緊張が無いとは言えないが、流石に三度目である。内心の動揺を隠して顔を合わせることくらいはできるはずだ。

 

「本日は、座学の前にいくつか連絡がある。まずはこの207訓練小隊に、時期外れではあるが一人増員がある。白銀、入れ」

「は、白銀武訓練兵であります。療養明けのため、体力面などで皆様の足手まといとはなりましょうが、よろしくお願いいたしますっ」

 まりもの簡単な説明の後に、入室を許可され教壇横に立ち、挨拶させられる。

 

 時期外れの、それも徴兵年齢からずれている男の身だ。それなりの挨拶も考えていたのだが、武自身からすれば慣れ親しんだ連中との顔合わせなので、どうとでもなるだろうとかなり気楽に構えていた。

 いやつい先程まで、朝食も取らずに書き続けていた桜花作戦のレポート、その仕上げのため寝不足で何も考えていなかったという方が正しい。

 

 だが、室内の面子を見てそんな事前の余裕は吹き飛んだ。

 こちらを見つめているのは、見慣れた、しかしほんの数日前に失ってしまった五人の少女だ。

 そう、この時点で五人いるのだ。

 

 訓練中の負傷で入院している鎧衣美琴がこの場にいないのは記憶通りだ。

 

 一番警戒しているのは、分隊長の榊千鶴だろう。能力を推し量るかのように睨み付けてくる。

 彩峰慧は何を考えているのかわかりにくい無表情で、観察しているように見える。

 珠瀬壬姫は男の訓練兵という者に警戒でもしているのか、少しばかり緊張しているようだ。

 御剣冥夜は昨夜に出合っていたからか、どこか余裕の表情で武の紹介を受け入れている。

 

 

 

 内閣総理大臣、榊是親。

 帝国陸軍中将、彩峰萩閣。

 国連事務次官、珠瀬玄丞齋。

 そして、日本帝国国務全権代行である政威大将軍、煌武院悠陽。

 

 この世界における彼女たちの背景を知った今は、その意味に圧倒される。

 親族を並べるだけで判るほどに、それぞれが複雑な背景を持つ少女たちだ。そのわずかでも知る日本帝国の国民ならば気後れするのも当然だが、かつての武はそうではなかった。平和な日本での彼女たちの記憶を元に、付き合いを始めてしまった。今思えば、それくらいの無理が無ければあの関係性は作れなかったはずだ。

 

 

 

 だが、今武が声も出せないほどに驚かされたのは、一番後ろの席で大きく口を開けてる「五人目」の存在だった。

 

(なんで鑑が207Bにいるんだよっ!?)

 世界が変わっている、佐渡島にも横浜にもハイヴはないと夕呼から昨日伝えられていたのに、その影響というものをまったく考慮していなかった。白銀武が訓練兵として存在するように、鑑純夏もBETAに捕獲されず別の生き方をしているのは当然だ。

 そして前の世界では00ユニットになった鑑純夏が、その候補者を集めるA-01や207訓練小隊にいるのは、少しでも考えておけば想定できたはずだった。

 

(レポートを仕上げるために、できるだけ鑑のことは考えないようにしていたとはいえ、どーすんだよこれから……)

 徹夜明けの顔には、表情として出ていないとは思うが、続けようと思っていた言葉も出てこない。

 

 

 

「白銀は、お前たちよりも前の代の訓練兵だったが、訓練中に負傷してな。つい先日まで療養していた。任官には問題ないとのことだが、その関係で体力及び座学面での不安があるため、こちらに配属となった」

 武自身が説明しない様子を見て、まりもが補足してくれる。このあたり強面の軍曹を演じていても、根の優しさが出てしまうようだ。

 

 ただ負傷療養明けと聞いて、千鶴の顔色がさらに悪くなる。

 演習まで間もないこの時期に追加の人員、さらに病み上がりだ。分隊長としては歓迎できるものではないだろう。

 さらに今の武は、得意とは言えないデスクワークの徹夜明けで、くたびれ果てている。見た目だけであれば、間違いなく病み上がりだ。

 

「心配するな。この白銀は総合戦闘技術評価演習には参加しない。こいつは先に所属していた訓練分隊で合格しているからな。貴様らの中に入れては、演習の難易度が下がってしまう」

 特別扱いともいえるがむしろ経験者としての教えを請え、とまりもは続ける。

 

 

 

「あと鎧衣の退院が早まった。今日の午後には戻ってくる予定だ。訓練への復帰は明日からになる」

 その言葉で、白銀武という乱入者に対する緊張が、一斉に解ける。

 やはり壁はあっても分隊の仲間が戻ってくるのはうれしいのだろう。

 

「さて、最後に先程の話にも合った総合戦闘技術評価演習だが、喜べ。予定が繰り上げられ、今月末の27から30日にかけて行われることになった」

 美琴の退院、という話で和らいだ室内の空気が一気に固まる。武の編入などとは比較にならない緊張だった。

 

(ああ……こいつら自分たちが合格できるとは、微塵も考えてねぇな)

 武にとって、主観的には二度繰り返した演習だ。どちらもギリギリの線で合格を果たしたという実感はある。そして白銀武という要素が無ければ、合格しなかったのではないかという予感も、ある。

 

 問題は分隊員の能力の欠如ではない。単純に隊内の意思疎通がうまくできていないのだ。それぞれが複雑な背景を持つがゆえに、自然と壁を作りあい、不干渉を貫くことを不文律として認めてしまっている。

 この世界では純夏という乱入があるとはいえ、207Bの問題点がこの時点で解決できていないのは、この空気だけでよく判った。

 

「合わせて、演習へ向けての意識を高めるために、白銀を除き大部屋への移動を命じる。本日の訓練が終了次第、荷物を纏めておけ」

 まりもは戦技演習合格に向けての意識改革として、昨夜武が言ったような分隊長の変更という手段ではなく、無理のない選択をしたようだ。演習まで時間的余裕はないが、日常生活においても四六時中顔を合わせることでの、最低限の連携を作らせようという考えだろう。

 

 その程度で纏まる物か、という不安は武にはある。だがまだ隊に紹介されただけだ。今は様子を見つつ、問題解消の手助けに口を出すのは少しばかり先にしようと思う。

 

「では白銀が入ったということで、いい機会だ。これまでの座学の復習から始めるぞ」

 

 

 

 

 

 

 午前中の座学は何とか耐えた。

 途中、何度か意識が飛びそうになったが、初日から居眠りを叱責されて腕立て伏せなど避けれるものなら避けたい。先日までの武であれば徹夜も二日くらいはこなせたはずだが、療養明けというのが効いているのか、それとも苦手な書類仕事だからか、思っていた以上に疲労が激しい。

 

 ふらふらとしながらも昼食のためにPXに来たが眠い。すぐに食べられると思い注文したうどんを、いつの間にか身に付いていた早食いを発揮して食べつくす。

 

「白銀……そなた顔色が悪いが、医務室に行かずとも良いのか?」

「いや原因は判ってる、徹夜で単なる寝不足なんだ。悪い御剣、午後の実習まで寝る。みんなにもスマンと言っといてくれ」

 武同様に、すぐに出てくるうどんを注文していた冥夜だけが、今はテーブルに着いている。

 礼には欠けるし、隊の結束を強めるという面でもマイナスだが、このまま午後の実技教練に出れば倒れかねない。伝言を頼んでトレイを返しに行くのさえ後に回し、テーブルに突っ伏した。

 

 207Bの面子が集まって来たときには、武はすでに寝入っていた。

 

「……ねてる?」

「タケルちゃん、何やってるのっ!?」

「何やら徹夜だったらしい。皆には挨拶もできずに申し訳ないということを告げていた。訓練兵としては褒められた話ではないが、午後の実習が始まるまではそっとしておいてやれ」

 

 

 

 

 

 

 

「あ、白銀さん、こちらです~」

 武が207Bが集まっているテーブルを探していると、壬姫に声を掛けられた。

 場所的には以前の記憶と同様だったので、自然とそちらに向かっていたようだ。

 

「悪いな、京塚のおばちゃんに捕まって……ん?」

 カウンターでPXの主とでもいうべき、京塚志津江臨時曹長と話していたら、テーブルに着くのが遅れてしまった。昼には顔を合わせてなかったのもあり、話し込んでしまったのだ。

 

「君がタケルか~よろしくね、ボクは鎧衣尊人」

「え、あ? ああ……白銀武だ、よろしく頼む」

 いるかもしれないと思っていた六人目、鎧衣がその場にいるのはそれほどおかしなことではない。ただ、その訓練兵制服が男子の物だっただけだ。

 下手な対応はしないようにと気を付けていたが、その差異に武の心構えはいきなり崩された。

 

(なんで尊人なんだよっ?)

 武個人としては何年ぶりになるのかもう判らない。もう二度と会うことはないだろうと思っていた、男としての鎧衣尊人だ。会えて嬉しいのは間違いないが、なぜこんな変更があるのか、と答えの出ない疑問がわき上がるのも仕方がない。

 

「いや~いままでボクだけ男だったから、ちょっと緊張してたんだよねー」

「ウソだろ、お前がその程度で緊張するわけねぇだろ」

 嬉しそうに笑うが、緊張感など欠片も感じられない。性別など関係なさそうな距離感は、記憶通りだ。

 

「あ、それでね、病院のテレビでね」

「本気で鎧衣、お前は人の話きかねぇなっ!?」

 これ以上相手していても話も食事も進まないと半ば諦めてしまい、席に着く。

 

 

 

「あ~鎧衣だけじゃないな。みんなにもちゃんと挨拶できなくてスマン。白銀武だ。年齢は同じはずだから、気軽に相手してくれ。でそっちが、榊に、彩峰、珠瀬、だよな?」

 

「さすがに苗字くらいは覚えてくれてるのね」

「えらいえらい」

「はわっ!?」

 

「人の名前を覚えるのが得意って訳じゃあないが、まあお前ら三人は有名だから、な」

 武としては忘れようもない名前だが、彼女たちからすれば今日会ったばかりだ。わざと確認するように顔を見ながら苗字を呼んでいき、ちょっとした探りを入れてみる。

 三者三様の反応だが、慧と壬姫にしてみれば父親が著名人、程度の反応だ。睨み付けるように拒否感を表しているのは、千鶴だけだ。

 

「で、鑑に御剣に、鎧衣か。いやホント。昼飯の時は悪かった。鎧衣も会いに来てくれてたらしいが、熟睡してた」

 こちらは簡単に流しておく。純夏は少しばかり不満そうだが、武自身がどう対応していいのかいまだに心が定まらない。

 

 

 

「タケル~尊人でいいよ。せっかくの男子なんだし、ほらボクもタケルって呼んでるし」

「あ、ああ。じゃあ尊人、よろしく頼む」

 ハイ握手、と武は手を差し出しかけたが、すでに尊人の視線はテレビの方に向かっていた。さっくりと右手は空を掴む。

 

「でさぁ、チャンネル変えられるんだよねー」

「いや、だからちょっとくらいは話し合わせろよ……」

 その話は終わってたんじゃなかったのか、という気力も失せる。武としては、記憶通りのマイペースさに嬉しくもあるが、やはり疲れる。

 冥夜と千鶴とは、どこか諦めたかのような顔で食事を続けている。だが、そこには尊人が戻ってきたからだろう、間違いなく安堵の色合いが見える。

 

 

 

(思っていた以上に隊は纏まってる、のか? 榊と彩峰もいきなりいがみ合うって感じじゃねぇし……でも一回は演習に落ちてるんだよなぁ)

 先程探るように親の話を仄めかしてみたが、さしたる反応はない。

 座学では判りにくかったが午後からの実技や、いま尊人を加えた六人は表面上はそれなりに纏まり、隊として回っているように見える。

 

(前回の演習で「落とされた」のは、やっぱり夕呼先生の思惑がらみか、これは?)

 朝に感じた彼女たちの自信の無さというのは、失敗に対する経験不足からくるものかもしれない。

 今の207B分隊は、慧が独断専行に走るほどには思い詰めているようにも見えず、千鶴が少しばかり杓子定規なだけだ。確かにそれぞれの間には壁が感じられるが、その程度はどこにでもある。

 

 そもそも、部隊員全員が仲良しグループである必要はない。個々人の隠し事や蟠りがあるのは当然で、それをなんでも曝け出せばいいというものでもない。あくまでそれらを踏まえて、隊として機能していればいいのだ。

 この世界においては、武が無理に介入せずとも演習は合格するのではないか、と思ってしまう。

 

 

 

「って聞いてるの、タケル?」

「あ、いやスマン。飯が美味くてまったく聞いてなかった」

「京塚曹長が作ってくださる食事が美味なのは確かだがな、白銀。そなたが何をなすために衛士を目指しているのか、という問いだ」

 最初に口にしたのは千鶴のようだったが、冥夜が話の流れを断ち切って、あらためて問う。他の者たちも武の答えに興味深げにこちらを見ている。

 

「俺が衛士を目指した理由か……笑うなよ?」

 絶対に笑われるだろうが、このメンバーに馴染むうえでも都合がいい。一番馬鹿げた答えを用意しておく。

 

「ロボットに乗ってみたかったんだっ!!」

 

「うんうん、男の子はそういうの多いよねー」

「やっぱりタケルちゃんだなぁ」

「いや、だから笑うなって」

 尊人と純夏とが、笑いながらも納得している。壬姫も目を見開いて驚いているが、そういうものだと受け入てたようだ。

 武としては素直に肯定されて腹立たしくも恥ずかしくもある。この世界での「白銀武」が衛士を目指したのかは、記憶の上書がなされてしまった今となっては知りようもないが、一周目で武自身が衛士となったのはただただ「リアルでロボットに乗れる」という子供じみた願望からだ。

 

 

 

「で、その後はアレだ、『この星の未来を救う』って言い出した」

 俺には何かできたんじゃないかと、移民船団を見送りながら思ったのが、それだ。結果として二周目では今目の前に並んでいる者たちの犠牲の上に「あ号標的」を撃破したのだから、目標を実現させたと言えなくはない。

 もちろんこの世界での話ではないが、彼女たちは間違いなく未来を救ったのだ。それを否定しては、散っていった者たちへの冒涜だ。

 

「大きく出たわね、白銀」

「……さすが特別」

「だからっ、お前たちも宣誓しただろ、あんな感じだよっ!」

 

「――私は、国際平和と秩序を守る使命を自覚し、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、責任感を持って専心任務の遂行にあたり、事に臨んでは、危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって人類の負託に応える事を誓う」

「……すげぇな榊。お前あれ覚えてるんだ」

「白銀? あなただって宣誓したんでしょ?」

 武とて宣誓はしたが今も覚えているかというと怪しい上に、その言葉を守れているとは言えない。そもそも第四に組している時点で「政治的活動に関与せず」など空言も甚だしい。

 

「HaHaHa!! うん、いや、確かに誓ったね。誓ったが、まったく守れてねぇっ」

 記憶の中の白銀武は、事に臨んで世界を渡って逃げ出したどころか、周りの皆を巻き込んてしまった。完遂できた責務など、記憶を辿る限り数えるほどしかない。いつも後悔だけが積み重なる失敗と敗走の思い出だ。

 顎に力を入れて笑い飛ばしでもしなければ、ふとした拍子に眉間を撃ち抜きたくなる。

 

 

 

「ふむ。今は違うようだな、白銀」

 よくある話を二つ出して、周りは納得したようだが、一人こちらを睨み付けていた。

 やはり冥夜は、無駄なまでに人の機微に鋭い。隠しきれたと思った慚愧の念を、読み取られてしまったようだ。

 

「ああ、世界や未来が救えるなら救いたいが、今はそれが第一の目標じゃない」

 いや、そもそもがそんなことを「白銀武」は望んでいなかったのかもしれない。

 

 結局のところは自己中心的で、自分勝手な願望だ。

 なによりも自分が傷つくのが怖いのだ。

 お前を護ると言い続けるのも、失うのが怖い、失うことで後悔する自分が嫌なのだ。人に助けを求めず不安を隠すのも、それで人から見放され蔑まれるのが怖い。

 

 それでも今この目の前にいる皆を護りたい、と思う心に偽りはない。

 

「目の前にいる誰かが苦しむのを見たくない、頑張ってるヤツが認められずに泣き崩れるのは嫌だ、ガキどもには元気に遊んでいて欲しい、ちょっとくらいは俺も恰好は付けたい、そんな程度だよ」

 

 そして何よりも、御剣冥夜を二度と撃ちたくはない。

 

 

 

「んじゃ悪い。診断があるんでちょっと俺は先に行く。明日からもよろしくな」

 

 

 

 

 

 

 

 




純夏さんは当然207Bに居ます。で鎧衣さんちは息子のような娘、いや娘のような息子となりました。

次こそ久々にデグさん予定。


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詭謀の連繋

 朝鮮半島の鉄原ハイヴ。「この世界」においては建築されたのは今年2001年に入ってからだった。

 昨日実行された半島からの撤退支援の一環としての間引き作戦に際し、合衆国宇宙総軍は国連軍をはじめ大東亜連合などには一切の事前告知なく新型爆弾たる「五次元効果爆弾(Fifth-dimensional effect bomb)」、通称「G弾」を使用した。

 

 その爆発に巻き込まれたターニャは、とある特殊な「症状」を引き起こし意識不明に。治療と検査のためにこの日本帝国軍白陵基地に後送された。

 ターニャが眠りについていたのは一日程度だ。目覚めて以来、いまのところ身体に関しては、間違いなく異常なはずだが、不便は感じていない。

 

 

 

(問題と言えば、私の現状……いや「異常」か)

 香月夕呼博士をして「原因不明」と匙を投げたらしい。ロスアラモスに閉じ込められても解析できまい。

 

 最初の報告が『事務次官補が幼女に化けた、やはり化け物だったか!?』だったと聞かされた時は、その報告を上げた士官を探し出して吊し上げようかとも思ったが、無駄な労力をかけるほどでもあるまいと目を瞑った。「魔女」との会見を前にして、ターニャといえども遊んでいる余裕はない。

 

(しかし一番の問題はコレなのだが、解析されなかったのか?)

 国連軍C型軍装を今の身体に合うように改造した、ロングスカートの黒い装束。その胸元にあるのは真紅の宝玉だ。

 病室で起きたら軍装と共にコレが置かれていて発作的に投げ捨てかけたが、奥歯をかみ砕きかねないほどの我慢の末に、とりあえずは身に着けることにしている。担当医からそれとなく聞き出したところ、身体が縮み衣服が脱げかけていたにも拘らず、この宝珠だけは握りしめたままに搬送されたという。

 

 エレニウム工廠製九五式試作演算宝珠。

 

 おそらくはこの世界においてターニャだけがその名を知る、そして先日までは「存在しなかった」魔導演算宝珠だ。

 機能するのかどうかはまだ判らない。いつかは試す必要があるが、こんな監視の厳しい場所で、しかもモルモット手前の状態で魔力反応など引き起こしたくはない。いまのところただの装飾品として誤魔化しておく。

 

(コレに関してはさすがに「読まれる」と不味いか……いや欺瞞替わりに読ませてしまうか)

 

 白陵基地の、第四最強の対防諜兵器。第三の最高傑作とも言われる「トリースタ・シェスチナ」がここには居るのだ。下手に表層意識に上げておくと、あっさりと読み取られてしまう。ならば逆にノイズに紛れるほどに垂れ流しておく方がマシかもしれない。

 そう思い至ったターニャは、ちょっとした悪戯心から、脳内の片隅で「この世界」ではない戦場を思い描く。

 

(さーいーた さーいーた まぁあっかな花が なーらんだ なーらんだ あか くろ きいろ どの花見ても きれいだなー)

 ついでとばかりにいつかの戦場で歌っていた童謡モドキを脳内で再生する。

 

 演算宝珠に意識を向けることもなく、ライフルで撃ち抜き、ナイフで切り裂き、シャベルで押し潰した敵兵の姿が浮かび続ける。鉄と硝煙の香りと血の温もり、助けを求める兵の声もそれを打ち消す砲弾の音も、雪の冷たさも砂の熱さも、ターニャにとってはBETA同様に慣れ親しんだ戦場だ。

 ラインで、北方で、アフリカ大陸で、ノルマンディで……わざわざ思い出す必要さえない。ふと意識すればいくらでもあの「日常」は今も眼前に鮮明に描ける。

 

 

 

 

 

 

(しかし、まさかいきなりここまで入り込ませるとはな。何か考えがあるのだろうが……)

 すでに自分の身体と、先の朝鮮半島での間引き作戦に関しての簡単な報告は受けた。そして詳細は副司令からと言われ、副司令付らしい中尉に案内されたのは地下の執務室だった。

 

 鉄原ハイヴの間引きに際して、告知なく使用されたG弾。確かに核をはるかに凌駕するほどの効果だが、それは想定されていたほどではなかった。が、開発陣やG弾推進派にとっての想定未満とはいえ、作戦の予定にはなかった大規模爆撃だ。当然ながら多国籍軍の足並みは揃わず、間引き作戦としては失敗。帝国の大陸派遣軍や国連軍から進言された早期撤収が受け入れられたために、被害が少なかったことだけは評価に値する。

 だがそんな軍事関連の追加報告のためだけに、わざわざ夕呼が自身の執務室に人を招き入れるとは考えられない。

 

 

 

「あらためて香月博士、此度の治療と検査に感謝を」

「いえ。結局のところ原因不明としかお答えできずに、申し訳ありません、デグレチャフ事務次官補」

 簡単な挨拶の後、夕呼から謝罪を受けるが、社交辞令ではなく本心から気にしないようにと流しておく。

 

「いや、こちらこそ。わざわざ制服を用意してもらってすまない。局の方に請求しておいてくれたまえ」

「お気になさらず、とは言えませんね。事務次官補の立場を考慮すれば」

「まったくだ。無意味なことに時間を費やす輩には、なぜか好かれることが多くてね? いや香月博士に比べれば、私の方に来ている数は少なかろう」

 制服の一着と言えど、今のターニャのそれは間違いなく特注品だ。やれ癒着だ贈与だなどと、わざわざ騒がれるネタを作り出すこともない。

 だが国連職員の中には「視察」を名目に、強請集りを繰り返す者がいるのも、また間違いではない。

 

「ですが、これくらいであれば、贈賄には当たりませんわ」

「ああ……天然物か。合衆国に戻らなければ手に入らないと思っていたよ。ありがたく頂こう」

 夕呼がそういってテーブルに置くのは、ティーカップ。香りからしても間違いなく、本物だ。

 

 

 

「お身体の方は、問題ないと聞きましたが?」

「流石に違和感はあるがね? 異常は感じておらんよ。むしろご覧の通り以前よりも肉体的には良好ともいえる。まあしばらくは健康診断という名のモルモットとしての立場は甘んじて享受しよう」

「ご不便をおかけすること、重ねてお詫びいたします」

 

 G弾の影響。

 ターニャの身に起こったことをその言葉で誤魔化しているが、まったく解明の糸口など見えない。

 「若返った」と現象だけ見れば言葉にはできるが、なぜどうしてと理由を問われると「五次元効果の影響」という、説明にもなっていないあやふやな予測しか出てこない。

 

 間違いなく異常事態だ。

 しかも再現性どころか、他に同様の影響を受けた者はまったく居ない。下手に本国に戻ると身動きができなくなるのは明らかだ。

 

「さて。視察予定は本来であれば来週からだったが、こういう事態だ。明日から始めても良いかね?」

 香りを楽しみつつも、本題に移る。

 もともとターニャの予定としては朝鮮半島に展開している国連軍の閲兵の後、この白陵基地に立ち寄り、第四計画の視察が組み込まれていた。むしろターニャ本人としては、既定路線ともいえる半島撤退よりも、第四の視察こそが主題だ。

 

「なんでしたら今からでも構いませんわ、こちらとしては」

「そう言ってもらえると、我々としても助かる。とはいえさすがに局のスタッフが揃わなければ動きようもないうえ、この身体だからな。明日は大人しく報告書にでも目を通していよう」

 

 ターニャの直属スタッフはその多くがまだ朝鮮半島にいる。先日の間引きがG弾の投下も加わり、混乱している前線から移動していないのだ。

 

 

 

「その前に、ただの興味からの、個人的なご質問をよろしいですか?」

「ふむ? 私が答えられる範囲であれば。聞いてみなければ判らんがね」

 最後の一口を飲み干し、リーディング対策に予測される質問のいくつかをわざと思い浮かべておく。

 

「ターニャ・デグレチャフ事務次官補、貴女にとってこの世界は……」

 

 

 

「何周目にあたりますか?」

 

 

 

「っ!? ふ、くははははっ、そうか、そういうことか、昨日が、昨日が『10月22日』だったかっ。白銀武、だな、香月博士?」

「……質問には答えられぬ、ということですか?」

「いや、今のは確実に『読まれた』のだろう? それに最早隠す必要もない」

 

 色々と警戒していたが、さすがに今の問いには虚を突かれた。いくつか対処していたせいで、ターニャは「白銀武」のことをすっかりと記憶の片隅に追いやってしまっていた。

 

「ふむ。そうだな、この私、ターニャ・デグレチャフはいくつかの別世界で複数回の生を受けたいわゆる転生者で、かつこの世界に関して言えば『原作知識持ち』だ。老いさらばえた狂人の戯言だと笑うかね、香月博士?」

「いえ、失礼ながら以前よりもしかしたら……と可能性だけは考慮しておりました。もちろん、ほぼ有りえない、と意識の片隅に押し込んでおりました、が」

 

 先日、白銀武にも伝えたことではあるが、平行世界や未来世界からの情報の流入は「可能性」としてであれば存在する。夕呼の研究する因果律量子論とは、そのほぼ有りえないはずの可能性を押し広げるための理論、と言ってしまうこともできなくはない。

 

「私自身の主観と実経験に限れば、この世界は二周目だ。ついでに言えば、対BETA戦としては……およそ80年ほどになる」

「それでこその、カッサンドラですか」

「予言ではなく、既知の体験からなる忠告といったところだよ、博士」

 カップを持ち上げ、諦めたように言葉を漏らす。無論、今なおターニャにBETAに対しては諦めるという選択肢はない。

 

 

 

「先の話に戻るが、『白銀武』が現れたのかね?」

「はい。現れたというのではなく、以前とは別の意識を持って目覚めた、という形ではありますが、別世界の記憶を持っていると自称しています。デグレチャフ事務次官補は、やはりアレをご存知ですか?」

 

「直接的な知人、というわけではないが知ってはいる。ただ……『この世界の白銀武』は、負傷して廃人になっていたのではなかったのかね?」

「昨日朝方、原因不明ですが意識を取り戻しました」

「なるほど。それで別の意識を持って目覚めた、ということか」

 

(ふむ、結果の収束というヤツか、あるいは介入というべきなのか……気にしてもはじまらんか)

 ターニャとしては、数年前から極秘裏に白銀武に関しては監視していたのだが、訓練中の負傷の時期が別世界での横浜へのBETA侵攻時期と重なったことで、因果の収束の一環として切り捨てていた。この世界の白銀武が負傷とはいえ死んでいないことから、逆説的に「白銀武」はこの世界に現われない、と判断していたのだ。

 そして今更に記憶をもって復活してきたとしても、その記憶に価値はあれども、原因について追及する必要は科学者でもないターニャには感じられない。

 

「であれば、だ。博士の方に問題なければ、ここに連れてきてもらえないか? いくつか直接確認したいこともある。それとも私は接触しない方が良いかね?」

 

 あくまで希望という形ではあるものの、ターニャのそれは命令だ。

 もちろん夕呼が拒否しないであろうことは織り込み済みの命令ではあるものの、それは二人の立場の確認という儀式でもあった。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと短いですが久しぶりにデグさん。

ターニャ・デグレチャフ事務次官補(9歳)……いろいろとアレなオルタ世界ですが、さすがにこれは外には出せない?


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洞見の欝積

純夏へのアンチヘイト的な表現があります。ご注意ください。


「失礼します。白銀武、入ります」

 堅苦しいのは止めろとは言われているが、副司令の執務室である。

 基地最下層部ともいえるこの地下19階層ともなると、廊下を誰かが歩いているなどということはなく誰に見られるわけでもないが、入る時くらいはさすがに軍人としての態度となる。

 

 だが今回に限り、その対応は正しかった。珍しいことに、武にしても初見の人間が執務室には居たのだ。

 

 この乱雑な執務室、一応の形としておかれている応接ソファで、国連軍軍装に身を包んだ少女が一人、心から美味そうにコーヒーを飲んでいた。

 霞と同じくらいか、それよりもまだ幼い、少女というよりまだ幼女と言っても通用するような姿だ。おそらくは霞の物を貸し与えたのか、全体的にはサイズが合っていないようで、スカートの丈も長い。

 霞との違いはウサミミの無いことだが、それよりも胸元に着けられた真紅の宝玉が、異様なまでに目を惹く。

 

 

 

(誰だ? 初めて見る顔なんだが……)

 

 そもそもが夕呼が執務室に入室を許可する者は、非常に少ない。

 例外はどうやってか侵入してくる鎧衣課長くらいで、副司令としても第四計画責任者としても、他の要人と会う時にはここを使うことはまずない。基地の他の応接室を利用することが大半だ。

 

 そして幾度かのループを経験している武にして、この部屋にいる人物など、一方的ではあるもののほぼ顔見知りと言ってもいいはずだったのだ。

 

 

 

「白銀。早く入りなさい」

「は、失礼いたします」

 見知らぬ相手を前にその正体を勘ぐっていたが、ドアも締めずに立ち止まっていたからか夕呼から叱責される。夕呼の性格からして、初対面の相手に対する洞察まである種の試験ともいえる。本気で怒っているというよりは、眼前の少女に対する武の対応を観察されている、といったところが真相だろう。

 

「部下が失礼いたしました」

「いや、気にはしておらんよ、香月博士」

 滅多に他人への敬意など表さない夕呼が、少女に頭を下げる。それも自身の失態ではなく、配下の者のを受けて、だ。

 

(背は社よりも低い。子供にしか見えないけど目付きはスゲェし、夕呼先生の対応からしたら、基地司令以上……国連事務次官あたりの人か?)

 

 その表情以外、どう見ても霞よりも幼い。だが普段は表面上の礼節でさえ最低限の夕呼がこれほどまでに丁寧な対応をするのだ。国連事務次官の珠瀬玄丞斎か、もしかすればそれ以上。

 

(いや夕呼先生が相手の地位や階級で敬意を抱くなんてことはねぇから、このガキにしか見えない誰かさんは、間違いなく何らかの能力に秀でている、と考えた方がいいか。見た感じだと社の関係者には思えないが……)

 

 

 

「さて、白銀。こちらはデグレチャフ事務次官補。アンタの事情はほぼすべてご存知よ」

「は、白銀武訓練兵であります」

 事務次官補と言われても、相手の所属も地位も想像できないので、敬礼したままに応える。

 

(って、俺の事情を「ほぼ」知ってる、ってどこまで話したんだよ、夕呼先生)

 武は脳内で相手の立場を訝しんでいたせいで一瞬流してしまいそうになるが、さくっと重要な情報を挿し込まれていた。

 白銀武が「近似した世界の未来情報」を持っているなどと告げても誰も信用しないだろうが、「BETAに関する秘匿情報」がある程度なら動き始める情報機関は多そうだ。

 

 

 

「ここでは楽にしたまえ、白銀。私は国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)局長。ターニャ・デグレチャフだ。下手をすると長い付き合いになるぞ?」

 僅かに口元を歪ませているのは、笑いのつもりなのだろう。整った顔立ちと幼い少女の笑顔と言えば愛らしいはずだが、恫喝されているようにしか感じられない。

 

「私の見た目に関しては、気にはなるだろうが、今はそういうものだと受け入れておけ。そのうち香月博士が解明してくれるやもしれん」

「は、了解いたしました」

 確かに見た目幼女の国連事務次官補という存在は気にはなるが、夕呼が解明するという類の話であれば、武がどうこうして理解できるものではないのだろう。

 

 

 

「ちなみに白銀。デグレチャフ事務次官補は国連軍においては准将待遇よ」

「はぁっ!? は、失礼いたしましたっ!!」

 楽にしたまえどころの話ではない。基地司令と同等だ。訓練兵からしたら正に雲の上の存在である。いくらループしていた記憶があるとはいえ、将官クラスとの直接の会見などそれこそ数えるほどだ。同席することにすら緊張する。

 

「今のところ指揮系統には組み込まれてはおらんよ。いやそもそも、だ。私に指揮権が回ってくるような事態はできれば避けてもらいたいものだがね。まあそれはいい」

 

 

 

「それで白銀。確認するが、君は何周目だ?」

 その質問からして、武がループしているあるいは他世界からの記憶がある、ということは知られているようだ。

 夕呼が「事情を知っている」とまで言うのだ。下手な隠し事や欺瞞など意味はない。

 いや夕呼が冗談めかして「ほぼ」知っていると言ったのだから、つまるところ「ほぼすべて」伝わっていると考えていた方がよさそうだ。

 

「おそらくは三周目、と言えばよいのだと愚考しております」

「ふむ……私としては、いや世界としても一番問題の無い状態、か」

 

 三周目ということはこういうことか、とターニャは席を立ち、ホワイトボードに向かい説明を始める。

 

 

 

「貴様は平和な日本、日本国……だな。そこで生まれ育ち、おそらくは2002年辺りまでの記憶がある」

 左に「EX」と書き、水平線を引く。残念ながら今のターニャが目一杯腕を伸ばしたとしても、届くのはホワイトボードの半分くらいまでなので、引かれた線はちょうどボードを二分するような形だ。

 

「白陵学園でのお気楽な生活の記憶を持ったままに、BETAの存在する世界に現れ、そして死ぬ」

 そのEX線の下に、「UL 01/10/22」と水平線を加える。ホワイトボード右端まで伸び切った線、その途中に「バビロン災害」と、最後は「死亡」だ。

 

「最後にこの知識を踏まえ、二周目が始まる」

 さらに三本目「AL 01/10/22」。UL線の「バビロン災害」の手前に「桜花作戦」が加えられる。

 

「細かなイベントはともかく、大筋はこれで間違いはないか、白銀?」

「……間違いありません、次官補殿」

 ありえねーだろ、と口にしなかった自分を武は褒めてやりたい。

 霞のリーディングでもここまで読み取られてはいなかったはずだ。どうやって自分の記憶と同じ流れが判っているのだという疑問はあれど、武は説明を求められる立場ではない。

 

 

 

「疑問が顔に出ているぞ、白銀。簡単に言えば『原作知識』だ。EX世界線の記憶を持つ貴様なら判るだろうが、『白銀武』が主人公である『恋愛ゲーム』として、私はこれら三つの世界の流れを知っている」

「ゲーム? 何かの勝負事ですか?」

「ああ、逆に香月博士には判りにくいか……『恋愛ゲーム』とは選択肢のある、映画とマンガの中間のような媒体での物語、といったところか」

 とターニャは端的にゲームの解説を済ませる。夕呼は理解しかねているようだが、物語と言えば書籍か演劇、映画、あるいはテレビドラマ程度しか存在しない世界である。科学者としてどれほど柔軟な思考のできる夕呼とはいえ、すぐに想像できるものではないのだろう。

 

「失礼ながら、そのデグレチャフ事務次官補……この世界が仮想の、物語世界であると?」

「いや、世界の外側に立って介入できない限り、我々にとってはここが仮想かどうかなどは問題ではない。あくまで白銀と私の記憶にある、似たような世界が物語の舞台であった、というだけだ」

 デウス・エクス・マキナを気取っての、好き勝手な結末を導くことはできない、と皮肉気にターニャは嗤う。

 

 

 

「とまあ、そういう訳で私は、貴様の先の二度のループにおける行動に関してはおおよそのところは把握している」

 ここまでで何か質問はあるかね、と間を作ってくれる。

 

「次官補殿、失礼ながら世界線とは何でしょうか?」

「……ああ、そうか。貴様の記憶にはない言葉なのか、あ~そういえばアレは2010年くらいの作品だったか。そうだな、まあ平行世界を説明する物語用の仮想の用語だ、『特に意味はない』というヤツだな」

 ターニャから伝えられたゲーム世界という情報に頭が付いて行かず、どうでもいい部分に目が行ってしまう。が、ターニャからすれば何かがツボに嵌ったようでクツクツと笑っている。

 

(2010年って、俺の記憶よりも先かよ。いや今の言葉からすればさらに先の時代まで知っていると見ていいのか?)

 

 だが漏らした言葉は何気に重要な意味が含まれていた。幾分のわざとらしさも含まれているところを見ると、その辺りまでは伝えるのは想定のうちらしい。

 夕呼にしても、別の世界の未来とはいえ興味深げだ。それでいて口を挟まないのは、あとから聞き出す算段でもしているからか。

 

 

 

「落ち着いたかね? 話を戻すぞ。本来であれば、因果導体でなくなったシロガネタケルは元の世界、そうだなEX2とでも言うべき世界線へと、UL及びAL世界線の記憶を消し去られて送り付けられるはずだった。いや送られたのだろうな」

「記憶が消去されるのは因果関係の再定義、の為でしょうね。ですがなぜか今ここには居ないはずの白銀武が存在し、さらには消されるはずの記憶が残っている、と」

 夕呼が補足するのは戻る前に説明されたことと似たような話だ。だが付け加えられた疑問には武としても答えようがない。

 

「さて、白銀。貴様の消し去られた記憶はどうなると思う?」

「え……虚数空間というのがどういうものかまったく想像もできませんが、そこに散らばって消えてしまうのでは?」

「AL世界線での香月博士による解釈か? 確かそんな感じだったのかもしれんが、まあ私も正直判らん」

 自分から問うておきながら、心底どうでもいいという口調でターニャは疑問を棚上げする。

 

「よくある二次創作ネタとしては、AL世界線には白銀武が消えずに残った。あるいはやり直しを誓ったシロガネタケルにカガミスミカが詫びのつもりかあらためてUL世界線へとループさせた、とかもあったな」

 虚数空間に散らばった記憶の欠片、その集合体というネタはなにかと使いやすいからだろうな、と武には理解できない理屈でターニャだけが納得している。

 

 

 

「まあそれはともかく。二つの世界線において『白銀武』はなぜか『鑑純夏』を憎からず思い、AL世界線においては00ユニットと理解していながら、その思いまで受け入れる。不思議とは思わんか? 可能性だけで言えば、鑑純夏を憎み消し去ろうとする『白銀武』が存在してもおかしくないはずなのだがね?」

「いえ……おかしいでしょう? 俺が鑑をそこまで拒絶するような……幼馴染なんですよ?」

 口籠る武に、畳みかけるようにターニャは、問いを突き付ける。

 

「地獄のような戦場に放り込んだ相手を、愛していたはずの女をその手で殺させるような世界に呼び込んだ奴を、なぜ許せる?」

「それはっ!! ……いえ、申し訳ありません。自分のことではありますが、お答えできません」

 心のどこかで感じていた違和感を他者から形にされ、反射的に否定しかけたが、言葉が続かない。今の武からすればどこかおかしいと思いつくのたが、その異常を「二周目」では自覚していなかった。

 

 

 

「理由は推測はできる。カガミスミカによってループの起点に再構築された『白銀武』は、カガミスミカに対する否定的な感情はすべて漂白されている。いやそれどころか否定するような因子は完全に取り除かれて、組み上げられていたと考えた方が自然ではないかね?」

「……つまり、ULとかAL世界線?とかでの俺、いやその世界の『白銀武』には思想の自由なんてものはなかったってことですか?」

「現になかったのではないかね? 貴様は貴様の自由意思によってその行動を選択していたと、断言できるのか?」

 

「お待ちください、デグレチャフ次官補。それは先程おっしゃられた『ゲーム世界』として、上位世界からの観測結果なのではありませんか?」

 武が自分の行動選択に自身が持てずに言い淀んでいると、夕呼がターニャの言葉を世界を外側から俯瞰する神の視点ではないかと指摘する。

 だがその程度はターニャにしてみれば、すでに幾度も推論を重ねた部分だ。

 

「もちろん私の主観としてゲームをしていた時点での観測ではそうなる。その世界の自由度は、プレイヤーが『白銀武』の行動を選択出来る範疇、ゲーム製作者たちが想定していた以上に広がることはない」

 だからゲームの話ではない、とターニャは続ける。

 

 

 

「そんな世界の外側のさらに外側とは別の話だ。カガミスミカと彼女によって構築されたシロガネタケル、この二人の行動はどこまで自由だったのか、と。いや、あくまで世界線移動に留まっているシロガネタケルとは異なり、世界の初期設定さえ変更できるカガミスミカはどこまでできるのだろうな? 香月博士はどう考えるかね?」

「証明のしようはありませんが、最適な未来を選択するといった能力の行き着く先は、なるほど自身の都合のよい世界の選択、最早世界創造と言ってもいいものなのでしょう。そしてお二人の話を聞く限り、BETA反応炉とG弾のエネルギーを流用できたカガミスミカには、望んだ世界を作り上げるだけの能力を持っていた、とは推測できます」

 

「判ったかね、白銀。UL世界線での『白銀武』に与えられていた程度の自由度すら、AL世界線での『シロガネタケル』には、与えられなかったのだろう。カガミスミカが待ち望んだ……いや違うか、カガミスミカが自身の願望に忠実に作り上げたまさに『おとぎばなしのおうじさま』だからな」

 呆然とする武を見て、心底面白そうにターニャは嗤う。

 

「さてさて、白銀も知っているように自分大事なカガミスミカ君だ。元の世界にシロガネタケルを返すと言っても、その通りにしたとは言い切れん。無自覚という言い訳の元に、好き勝手に記憶の取捨選択を行ったことだろう」

 

「で、でもそれは鑑の意思ではなく、因果の流入を防ぐためには、必要な処理のはずで……俺の、白銀武の記憶は消えていなければならないのでは?」

「そうね。因果導体でなくなりかつEX世界線に戻る、という条件を満たすためにはアンタの記憶は消えてる、いえそもそもULおよびAL世界線の記憶を入手するという因果さえも消失させる必要があるわね」

 

「でも、それって無理なんじゃないんですか? 鶏が先か卵かみたいな……あれ?」

 ホワイトボードの描かれた三本の世界線。それを見直すとどこかで矛盾が発生しているように思える。EXからUL、ULからAL。そして最後にALからEXに戻ったのであれば、原因と結果とが噛み合っていない、入れ替わっているように感じられるところがある。

 

 

 

「はっきり言おう。シロガネタケルは元の世界には、結局のところ戻っていないと私は見ている」

「……え?」

 因果導体でなくなった自分は記憶を失い、元の世界に戻る、と言われていたのだ。それをゲームとして外部から眺めていたターニャに否定された。

 

「AL世界線の香月博士も、因果関係がリセットされるのであれば白銀武はEX世界線の2001年10月22日に戻る、いや再構築される可能性が高いと考えていたのだろう」

 もちろん他の可能性を否定したわけではないだろうが、とターニャは夕呼を持ち上げておく。

 

 武自身も、元の世界に戻ると言われてなんとなくそう考えていた。

 因果がリセットされていなければ、二周目の武が逃げ出したことで流入してしまった「重い因果」によって、世界には死が撒き散らされることになる。それを解消するために、武は自身の記憶が消される必要があると、受け入れていたのだ。

 

 

 

「桜花作戦を成功させ、AL世界線から消えたシロガネタケル、それがカガミスミカによって再構築されたのは、極めてEX世界線に近似した別の世界線だ。いってみればEX2世界線だな」

 

「じゃ、じゃあ、俺の、いえその再構築された『シロガネタケル』は因果導体じゃないんですよね? まりもちゃんは死なないんですよね?」

「因果導体ではなくなっていたはずだ。まあEX2世界線と言いたくなる程度には能天気で平和な世界のようだから、神宮司教諭も死なんだろう。そのくらいは安心したまえ」

 

「なら『おとぎばなし』としてはハッピーエンドじゃないですか? まあ俺が直接目にできなかったというのは少しばかり残念ですけど、皆が無事ならそれで、いいです」

「誰も苦しまない夢のような学園生活があらためて始まる。なるほど一見しあわせ、だな」

 ただある意味では最悪だぞ、と言葉とは裏腹にどこか愉快そうにターニャは続けた。

 

 

 

「その世界に本来存在しなかった社霞も送り込み、のみならず社霞にだけAL世界線の記憶を残した」

 

「誰に言っても理解されない、話しても共感されない、語り合うべき相手など誰一人としていない」

 

「しあわせなハッピーエンドだと、そういう者も確かにいた。だがね世界を渡った白銀武。貴様には理解できるのではないか? 同じ顔をして、同じような考えをしているのに、結局のところ自分の知っている者とは決定的に違う別人。そんな中に放り出された社霞は、しあわせなのかね?」

 

 しあわせな世界の、ほんのわずかな軋み。

 だが今の武には最早介入できない。可能なのは、良き思い出を作ってくれと願うくらいだ。

 

 

 

「この世界線の鑑純夏がどういう存在かは知らんがね。00ユニットになるようなカガミスミカが選択するのは、そういった世界だ。もちろん自身が幾多の『白銀武』を巻き込んだという罪さえ、勝手に消し去っておくという自分に優しい世界だな」

 まさに「おとぎばなし」のヒロイン、自己愛の権化だな、とターニャが告げる。

 

「今の貴様は、素人の勝手な予測だけで言えば、カガミスミカにとって不要な要素を纏め上げた存在、とでもいうべきかな。明確にはなっていないかもしれないが、鑑純夏に対してどこか距離があるのではないかね?」

「鑑は幼馴染、ですよ? あ……いや、でも。先日までみたいに何よりも大切なのかと言われると……あれ?」

 自分の感情が自覚できずに、言葉が途切れた。

 桜花作戦のレポートを書いていた時に感じた、カガミスミカへの違和感が形になっていく。

 

 

 

「俺は、いや今の俺は、鑑に……恋愛感情が無い? それどころか、距離を取る……違うな、クソッ」

「自身を救わせようと他人を他世界から呼び出し、その上に他の女と関係しただけで記憶を消し去り、成功するまで繰り返させるような存在だぞ? たとえ自分自身であったとしても、BETAに囚われていないなどという『幸福』を認めるはずが無かろう? 嫉妬から『白銀武』を遠ざけようとしてもおかしくはあるまい? そもそもこの世界の鑑純夏からも白銀武への執着を削り落としていることさえありうる」

 

「えと……つまり、今の俺は?」

「おそらくカガミスミカはこの世界の鑑純夏に対しても嫉妬している。そして幾多の『白銀武』の『鑑純夏』への否定的な記憶の欠片は一カ所に纏めておいた方が影響も少なそうだから、この世界線に全部固めて捨てたのではないかね?」

「なるほど。カガミスミカにとっては不要な、いえむしろ漂っていると有害な記憶の欠片で構成されたのが今の白銀武だと推測されるということ、ですか」

「ははは……不要、ですか。何なんですか、それはっ? あいつらの、皆との戦いの記憶が、要らないっていうんですか……」

 不思議とカガミスミカに捨てられたと言われても、武には悲しみもない。

 ただ今も記憶に残る、共に戦った者たちの記憶が「不要」と言われたことに、怒りではなく悲しみと喪失を覚える。

 

 

 

「さて。長々と話していたが、部下のメンタルケアも上司の仕事だ。違うかね、香月博士?」

「次官補。あたしが対処すべき問題でしたが、白銀の為にありがとうございます」

 うなだれる武を前に、なにやら一仕事終えたとでも言いたげに、晴れやかに笑いあっている。

 

「いや……すいません。正直なところかなりヘコまされているのですが、え? いまの話って、俺の為なんですか?」

 嫌がらせのように人の悪意をぶつけられたとも思えるのだが、二人にとっては今までの問答は武を助けるためだったらしい。

 

「ん? カガミスミカにとって不要な、というだけで今の貴様は幾多の『白銀武』の中ではある意味で一番束縛されていない状態だと推測しているのだがね」

「その通りでしょう。今の白銀の自由意思は尊重されている、と見るべきですわね」

 眼前の二人から現状を肯定するかのような発言を受け、呆けたように顔を上げる。

 

「……え?」

「白銀~アンタもしかししてホントに判ってないの? 今のアンタはカガミスミカ以外の誰に惚れても何をやっても、死んだら起点に戻されるなんて言う縛りはないの。カガミスミカに捨てられたってことは、その呪縛から抜け出せてるってことよ。つまりアンタの思考の自由は保障できる。たぶんEX2世界線に戻ったというか送られた方の『白銀武』は、囚われたままなんでしょうけどね。少なくともこっちよりは平和であるのなら……」

 

 それだけでどっちが幸せかどうかなんてあたしには判らないけどね、と夕呼は付け加える。いや、それは武ではなく、唯一人記憶を持って送り込まれた霞の幸せを願っているのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 




デグさんの推測(という名の妄想)をもとに、状況説明の振りをしたメンタルケアを言い訳にした洗脳? タケルちゃん相変わらず、周囲の大人(?)にすぐに影響されます。ちなみにデグさんパートでこのシーンを書こうかとも思いましたが、あまりにもデグさん一人脳内会議が長くなりすぎるだろうと断念。


あと「確率分布世界(群)」よりは「世界線(群)」表記の方がまあ今となっては判りやすいなぁ、ということで使わせていただきました。


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摂心の少憩

誤字のご報告やご感想など、皆さまありがとうございます。


 この場にいる白銀武は、カガミスミカの無自覚な選択によって、不必要とされた要素の集合体である。それゆえに今の武は、カガミスミカの束縛を受けておらず、自由意思は尊重されていると推測される。

 言葉を飾らなければ、「カガミスミカが処分に困った記憶の欠片を集めて一カ所に捨てた」ということらしい。

 

 ターニャと夕呼から突きつけられたそんな推測に、武は呆然としていたが、鳴り響く内線の音で僅かながら意識が戻る。

 

「と。申し訳ありません。……何? 今ちょっと忙しいんだけど……判ったわ。ええ、後でそっちにやるわ」

 ターニャに一言詫びを入れ、夕呼が内線に出る。二、三のやり取りの後、大きく溜息を付いて回線を切った。

 

「なにかあったのかね、香月博士?」

 割とどうでも良さそうな夕呼のわざとらしい溜息からして、聞いても良さそうな問題だと思ったのか、ターニャがそう声をかける。

 

「香月医官からの連絡でした。そこの白銀に、診察くらいは受けさせろ、と」

「そういえば意識不鮮明のままに二年ほど過ごしていた、ということだったな。医師としてはなるほど放置しておけんということか。行ってきたまえ白銀」

 さすがに今すぐは医者の判断を無視して使い潰しはせんよ、とターニャからあまり安心できない言葉を告げられる。

 

(逆に言えば医者の判断があっても、必要とあれば使い潰すんだろうな、この人)

 先ほどまでの問答、武の心を的確に抉り潰すような話からして、なんとなく性格が推測できる。

 そう思うと、ターニャと夕呼とが不思議なまでに会話が繋がっているのは、二人がどこか似た者同士なのだとようやく気が付いた。どちらも目的のためには最適な手段を模索し続けているように、武には見えた。

 

 

 

「そういえば、貴様は桜花作戦のレポートはもう仕上げたのか?」

「は。自分の知る範囲に限定されますが、香月博士にのみ提出しております」

 桜花作戦に関しては徹夜で仕上げた。霞にも朝まで付きあわせることになってしまったが、お蔭で武の思っていた以上に詳細な地形データなども付け加えられている。

 

 ただ、出来上がっていないレポートもまだまだ多い。世界が変わり日本の状況も食い違っているため、どこまで役立つかどうかも定かではない未来知識だが、気になる要素だけでも書き書き出しておこうと準備だけはしている。

 BETA関連の情報だけではない。陸軍青年将校を主体としたクーデターがこの世界でも起きるかどうかはさすがに判らないが、珠瀬事務次官の視察に合わせた再突入型駆逐艦による基地襲撃などはありうる。

 

「では私の方からも他世界線での経験なども含め、出せる情報は纏めておこう。明日の朝には見て貰えるかね、香月博士」

 白銀のレポートも見ておきたいものだな、とターニャが付け加えるのは当然だ。

 

「そうですわね。次官補からいただく情報も加えた上で、第四としての対応を考えたいと思います」

 ターニャは他世界線の情報も含めると明言した。その情報は、直接的には世間に公表しようが無いが、第四計画を進める上ではかなり重要だと思える。なんといっても00ユニットが完成した世界線もあるというのだ。

 00ユニットは第四計画の根幹ともいえる。夕呼にしてみれば、それらの情報を精査して対応を考えるのは当然だ。

 

「白銀、アンタにもデグレチャフ次官補からのレポートは回すわ。明日にでも横の部屋で閲覧しなさい」

「は、了解しました。では、失礼いたします」

 

 今後の対応を考えるために明日も直接集まることとなった。もちろん武の意思は確認されたものの、参加は確定である。

 いつの間にか沁み付いている軍人としての行動に身を任せ、体裁だけは整え敬礼し、部屋から下がる。

 

 

 

 

 

 

(不必要要素の集合体だから、逆に自由意思がある、かぁ……納得できてしまいそうな自分が怖いな。とはいっても何をなすべきか、だよなぁ)

 半ば逃げ出すように執務室から下がり、ぼんやりとしたままに診察を受けた。ぐるぐると頭の中で考える事が多すぎて、診察の内容はよく覚えていないが、とりあえずは身体的には問題ないらしい。が、療養明けで徹夜は避けろ、とは告げられた。

 

(寝るか。夢見は最悪っぽいけどなぁ……)

 レポートの続きを書くならば夕呼の執務室横の部屋に行かねばならないが、さすがに今の精神状態ではそれも出来そうにもない。それに昼食のあと少しばかりの仮眠は取ったものの、けっして十分とは言えない。

 

 

 

「白銀? そなた、大丈夫なのか?」

「ん、ああ、御剣、か。あ~自主練も終わった時間か?」

 訓練兵として宛がわれた自室へと足を向けようとすると、後ろから声が掛けられた。

 自主練から戻ってきたところのようで、冥夜の顔は少しばかり上気している。

 

「聞いて良いのかどうか判らんのだが……診断というのは、それほどに憔悴するものなのか?」

「珍しいな、御剣がそういう風に人の心配をするというのも」

 

 正しくは、心配していてもそれを表に出すことを許されていない、だ。その立場から誰か一人に気をかけるようなことは禁じられているのが、今になってみれば武にもよく判る。

 そして心配気に問われるものの、誤魔化すかのような言葉を口から漏らしてしまっていた。身体は問題ないはずだが、精神的には万全とは言い難い。

 

 

 

「茶化すでない。先程のそなたの言葉を踏まえてのことだ。ただそれにしても……酷い顔色だぞ?」

「ん、検査では問題なかったんだがな。その前にちょっと聞かされた話が、ああ……ちょっとショック、じゃねぇな。ショックを受けていない自分に呆れてるというのか、判ってたのに納得し切れてねぇというのか……」

 

 結局のところ何に悩んでいるのかと言えば、「鑑純夏」に関してあれほどターニャから否定的な言葉を告げられても、武自身がそれを撥ね付ける意欲が湧いてこないという事実に、少しばかり違和感を感じているだけだ。「白銀武」であれば「鑑純夏」を口では何と言っていたとしても擁護するのではないかと考え付くことはできても、そこに武の感情が付いて来ない。

 結局のところ記憶の中にある「白銀武」と、今の武自身が別であるという部分が割り切れていないだけだ。

 

 

 

「ふむ。なにやら重症のようだな。少し茶でも付き合え、白銀」

 廊下で思い悩みはじめる武を、冥夜は半ば無理矢理にPXにまで誘う。

 このまま眠りにつくよりはと武も誘いに乗り、特に何を話すでもなくPXに着く。合成玉露だけを手にいつも207Bの皆が集まっている席に座る。

 

「そういえば鑑とそなたとは以前からの友人だったのだな?」

 

「っ!?」

「……聞いては、ならんことだったか?」

 武の反応が、予想以上だったようで冥夜も大きく目を見開く。

 おそらくは冥夜としては当たり障りのない話題のつもりだったのだろうが、今の武にしてみれば、一番話しにくいことだ。戦場さながらの緊張感を張りつめ、ピクリと肩を震わせてしまった。

 

「いや……悪い。鑑が何か言ってたか?」

「あ、いやなに。鑑が、な。以前にも、幼い頃のそなたとの話をしてくれてな。散々頭をはたかれたと、嬉しそうに告げておったことを思い出したのだ。が、今日の態度を見ると、そなたが鑑に対しては少しばかり距離を取っているように見えて、な」

「あ~そっちか。距離を取るというよりは、だな」

 恋愛感情のことを言われたかと勘繰ってしまったが、武が純夏との距離を測りかねているのは事実だった。そして、もしかすればこの世界の純夏にしても今の武への距離を掴み切れていないのではないか、とふと頭をよぎる。

 

 

 

「聞いたかもしれんが……世間的には、あれだ。鑑とは幼馴染とかそういう類になる。家が隣でな。親同士もそれなりに付き合いがあったせいか、生まれてすぐから一緒にいた……はずだ」

「はず? というのはどういうことだ?」

「俺が療養明けだってのは言ったよな? まあ寝すぎが原因という訳じゃねーんだろうが、正直なところ記憶が色々とアヤシイんだ。それに衛士訓練が始まってからは、それより前の記憶なんて消し飛ぶくらいに無茶してたからなぁ……ガキの頃の記憶がそもそも消し飛んでてもおかしくねぇ」

 

 誤魔化してみたものの、武にはこの世界の純夏との記憶というのは存在しない。

 そもそもが今ここにいる武にある記憶の根底は、先のターニャの言葉を借りればEX世界線のものだ。AL世界線で00ユニットとなった「鑑純夏」にしても、「シロガネタケル」からの記憶流入を元にした「調律」だったために、BETAのいる世界の鑑純夏とは異なる。

 

「そうであったか……許せ、とは申せぬな」

 冥夜の立場としてはいかな間違いを犯したとしても「謝る」ということは難しい。

 

「御剣が気にすることじゃねぇよ、記憶が曖昧だといって特に困ってるわけじゃ……いや悪い、俺の記憶が曖昧なせいで座学の再講習に付きあわせていたな」

「ふふ、そちらに関しては、むしろ感謝を。我らとて忘れていたこともあれば、そなたの質問からまた理解が広がることもある」

 

 

 

「ただなぁ、以前の訓練小隊の連中のこととかをすっぱり知らないってのは、さすがに気まずくてな」

「ああ……そなたは同期の者たちのことも忘れているのか」

 ふと口にしたことだが、これは後で調べて貰わないと拙い。以前はまりもから教練を受けていなかったということは、武の同期訓練兵はA-01に居ないと考えられる。が、どこで出会うか判らないが、さすがに相手は覚えているはずだ。

 

「気にするな、そのうちひょっこり思い出すんじゃねーの? それこそ顔見たら思い出しそうだ」

 A-01のメンバーからしても、因果の絡みからしても、武の以前の同期訓練兵はおそらくEX世界線での同級生の誰かだろう。さすがに顔を見たら名前くらいは思い出すはずだ。

 

 

 

「しかし鑑か……今日からそっちは六人での大部屋暮らしだろ? アイツ、ヘンに騒いだりしてないか?」

 昨日まで、冥夜たちは訓練兵でありながら個室を与えられていたが、それは彼女たちの立場からくる特別扱いだ。

 だが、朝に告げられたように今日からは普通の訓練兵同様に大部屋に移動が決まった。総戦技演習の合格に向けての意識改革、その一歩目としての合同生活が今晩から始まっているのだ。

 

「ん? 鑑と鎧衣は分隊の中でも、中核とは言いにくいが潤滑油、といったところでな。鎧衣が退院したとはいえ、鑑が気落ちしていると隊内の雰囲気が硬くなる。それが判っているのであろう、あの者は」

 武と同じく合成玉露を手にしながら、武以外の分隊員の様子を話しはじめる。

 が、冥夜は武の問いには直接は答えなかった。それくらいは察しろ、ということらしい。

 

「やっぱり……その、だ。鑑はヘコんでる、のか?」

「そなたの態度が昔と違うような気がする、とだけは言っておったな。ただ先程の話を聞くに、今のそなたにとっては言葉は悪いが仕方がない部分であろう。ただ時期を見てそなたの口から伝えておくべきだとは思うぞ」

「記憶障害?っぽいことについては、俺がちゃんというべきなんだろうな、とはさすがに判ってる。けどなぁ……」

 

「ふむ? 事故原因なども含め、話せぬことが多い……か」

「悪い御剣。そんな感じで鑑にはそれとなく伝えておいてくれ」

 冥夜は武の言葉を聞いて目を瞑って考え込んでいる。騙す様な形になってしまったが、何らかの軍機に触れていると考えてくれると武としてはありがたい。

 とはいうものの話せない理由が機密に属することは確かだ。純夏に対する武の感情的な問題が、ほぼすべて他世界線の話や00ユニットなど第四の根幹に関わってくるために、概略さえ口にできない。

 

 

 

「しかしまずいなぁ……せっかく神宮寺教官が無理矢理お前らを大部屋に放り込んだってのに、俺の影響で纏まりが悪くなるってのは……」

「やはり……我らは纏まっていない、か?」

「表面上は出来てる。ただ、それが何かの拍子に崩れそうではある。……って悪い、御剣。上から目線だな、これは」

「いや、教官も言っておられたであろう? そなたから教えを請え、と」

 訓練兵という同じ立場の者からでなければ聞けない忠告もあろう、と冥夜がどこか悔やむように言う。

 

「ああそうか。そもそも207Aの連中から話聞いとけよって話だよな」

「そういうことだ。貴様の存在はそういう意味では、我らにとっては得難い、やり直しの機会なのだ」

 207訓練小隊のもう一つの分隊、207Aは問題なく演習をクリアし、すでに任官している。207Bと比較できるような複雑な背景はないにしても、複数人が軍隊という形の中に纏められていく上で、それなりの問題があり対処してきたうえでの、任官である。自分らの不合格に肩を落としているよりも、その時に少しでも解決策を尋ねておくべきだったのだ。

 そのできなかった相談の機会が、「任官直前に療養に入った訓練兵」という特殊な立ち位置の白銀武の存在で、再び与えられたのだ。

 

 

 

「ま、俺から言えるのは、表面を取り繕うために問題を先送りするんじゃなくて、問題を指摘しあって解決策を考えろ、くらいかなぁ。それで解決できないほどに深い溝があるなら、そこだけは踏み込むな、と」

「距離感を改めて探り合え、ということか?」

「その程度すら207Bはやってこなかったんじゃないか?」

「……返す言葉もない、な」

 めずらしく冥夜が苦笑する。自身の立場から、他者に踏み込むこともなければ踏み込ませることもしてこなかったのが、明らかだ。それは孤高ではなく、単なる拒絶だった。

 

「というか御剣? 自主練を言い訳に、集団生活初日から一人はぐれてどーするんだよ?」

 武にしても自分のことだけにしか頭が回っていなかったが、こうして落ち着いて茶を飲み始めると、冥夜の行動には問題がある。

 

「む……それは、だな。……いや、何を言っても言い訳にしかならぬな、許すがよい」

「許すかどうかを決めるのは俺じゃねぇ、ってのは判ってるよな?」

「無論だ。後で皆にはちゃんと話す。私がいると皆の話が進まぬかと、勝手に判断して身を引いてしまったが、なるほどこういう心積もり自体が問題、か」

 それが判ってるなら明日朝と言わず寝る前には話しておけよと、それこそ上から目線で武は諭す。

 

 

 

「ま、あとは個々人の特徴を最大限に利用しろ、とか相手の長所と短所とは把握しておけとか、だな。というかこういうのは鎧衣が上手い……上手そうだろ? 人の話聞かないけどすぐに踏み込んできてた、さ。部屋は一緒なんだろ?」

 気が緩み過ぎたようで、武は「自分の知る尊人」を元に話をしてしまう。不信感を持たれぬようにと誤魔化したが、こちらの世界の尊人であってもあまり違いはなさそうで、集団生活をしていればふと変な位置にまで入り込んでくるはずだ。

 

「ふふ、いまはその鎧衣が一番気まずそうではある、な。あやつでもさすがに周囲全員が女子というのは、いささか負担に感じるらしい」

「まあ鎧衣はあの見た目だ。気にするな」

 見た目は関係なかろう、と冥夜も言うが眼は笑っている。慌てる尊人というのはなかなかに新鮮なのだ。

 

「そういう状態での集団生活の開始だ。鑑の存在には私のみならず、我ら皆助けられておるぞ?」

「何となく、は判るな。アイツここでも馬鹿みたいにお気楽なのか?」

 そんな疑問を口にはしたものの、武の記憶にはこの世界の鑑純夏は一切存在しない。だが他の者たちと同じく、どの世界においても基本的な芯の部分はそれほど変わりがないだろうと、当たり障りのなさそうなところから聞いてみる。

 

「馬鹿、とは言葉が悪すぎるぞ。鑑が居なければ、先の総合演習の失敗から立ち直れなかった者も居たやもしれぬ」

「そういう意味では、役に立っている……のか?」

「私に対しても皆よりも積極的に接してきてくれてな。正直……嬉しくも思う。また助かってもいる」

 友とは言えぬのが心苦しいが、と冥夜は僅かに目を伏せた。

 

 

 

「あ~他の連中にすれば御剣に話しかけるのは障壁高い……って、いや、ちょっと待て」

「障壁とはたいそうな言い分だが、どうした白銀?」

 以前の武の記憶にある207Bの不文律は、相互不干渉だ。それぞれに隠したいことがあるから踏み込むな、という子供じみた確執である。その筆頭が千鶴と慧に冥夜だが、この世界においては彩峰中将は何ら失策を犯しておらず、慧が恥じるようなことはないはずだ。千鶴にしても父親の政治方針への反発はあれ、隠すほどのことではない。

 そのような状態で冥夜への壁があるのは、その風貌から察せられる冥夜の血筋への推測だ。

 

「まさかと思うが、いやさすがにそこまで鑑が馬鹿だとは思いたくないんだが……」

「なんだ? はっきりせぬ奴だな」

 しどろもどろに言葉を誤魔化そうとする武だが、諦めて疑問を口にする。

 

「鑑のヤツ、お前の家柄に気が付いてない、とかじゃない……よな、まさか?」

「……ぇ、……いや、さすがにそれはないのではないか?」

 武の予想だにもしなかった言葉に、今までの毅然とした冥夜の態度が崩れる。無いと言ってくれと懇願されているのがよく判る、縋るような目つきで冥夜は武の顔を窺ってくる。

 

 

 

「おい御剣、今の間がすべてを証明してしまっているぞ」

「いやありえんだろう? そなたの幼馴染ということであれば、この横浜に生まれながら住んでいたのであろう? 私の顔を見て何も思い浮かばぬ、というのは帝国臣民として、それはどうなのだ?」

 

 日本帝国国務全権代行、政威大将軍たる煌武院悠陽。

 御剣冥夜は、その将軍の双子の妹だ。

 煌武院家では「双子は世を分ける忌児」とされ、妹の冥夜は遠縁の御剣家へ養子と出された。表向きには秘されており事実を知る者も極僅かではある。が、双子とは判らずとも瓜二つともいえるその顔立ちを見れば、誰しもが血の繋がりを想像する。

 

 そして全権代行などという言葉とは裏腹に今の政威大将軍にさしたる実権が無いとはいえ、露出が少ないということではない。むしろ表向きの使い勝手の良い「看板」として、娯楽の少ないこの世界ではテレビや新聞などでよく取り上げられているのだ。

 

 

 

「アイツの場合、それがありえないと断言できないのが、怖い」

 EX世界線の出来事だったとはいえ、シメジをマツタケだと思い込んでいるような逸材だ。この世界であっても政威大将軍の顔を見たことが無いという可能性さえある。いや見ているうえで、悠陽と冥夜との関係性が思い浮かべられないとも考えられる。

 

「よく生きてたな~鑑のヤツ。月詠中尉、鯉口を切ってないよな?」

「ふむ。ずいぶんと余裕だがな、白銀。そなたの態度もなかなかにあの者の心を乱している、とは思うぞ」

「まあ俺の場合はアレだ。市井のガキとして目上の方に対する常識の無さが半分、ちょっとした隠し事の為の演技半分、といったところだ。許すがよいぞ?」

 真那のことをわざと口にしながらも、その上で冥夜の口調をまねて、誤魔化す。

 

「ふふふ、隠しごと……か。答えられぬなら、良い。いや違うな、そなたにまで気苦労をかけること、許すがよい」

「隠してるのは、お前の立場とか軍機とかからくることじゃねーよ。俺自身のけじめというか、その、あれだ。詫びちゃあダメなのに、詫びたくなるから、今は気が付いてないことにしておいてくれ」

 

 いつか話せる時が来たら、ちゃんと笑って話す、と約束する。

 

「言質は取ったぞ、白銀? いや時間を取らせてしまったな、病み上がりのそなたに無理をさせた。すぐに休むがよい」

「こちらこそ助かった。鑑の馬鹿さ加減に気が付けて、少しは気楽に眠れそうだ」

「馬鹿とは決めつけてやるな、もしや知ったうえでなおあの態度やもしれぬぞ? それに知ったとしても、あの者なら態度を変えるまい」

 そなたと同じく、と続けてくれるのは冥夜の優しさかあるいは願望か。

 

 この場にいる白銀武はけっして二周目の「シロガネタケル」ではない。ならば純夏も「カガミスミカ」ではないはずだ。

 ただEX世界線では間違いなく冥夜と純夏とは「友達」と言える関係だった。それくらいの関係に持ち込むくらいは、こちらの純夏も成し遂げてくれる程度に馬鹿であって欲しい、と武は思う。

 

 

 

 

 

 

 




この時点で純夏がタケルちゃんに遭遇できないのは幸運補正が下がっているから……とかではなく、大部屋生活に慣れない皆のためにアタフタしているから、とかです。むしろ冥夜さん自主練にかこつけてサボってます。

あと多分出てこないでしょうが、タケルちゃんの元の同期は佐藤&田中、竹尾とかに少女Aとかです、きっと。


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逸脱の智見 01/10/24

座学という名の世界状況説明回。ちょっと短いです。
が次と繋げるとヘンな長さので一度投稿しておきます。


 午前中は座学なのだが、今日は睡魔と闘わなくても良さそうだった。昨夜はレポートに手を付けず、冥夜と別れた後は、この世界で目覚めて以来初めてと言っていいくらいに、夢も見ずに眠り続けた。

 体調が万全とは言い切れないが、座学であれば無理はない。

 

「そうだな復習ということで、BETA大戦の勃発からの極東アジアでの概略を見返してみる」

 

 まりもとしては武が「眠っていた」間の状況を説明するためだろうが、武にとっても願ってもない話だ。

 おそらくはターニャが介入を始めてからは、武の知るBETA大戦とはズレが生じているのだろうが、それがどこから始まりどう変化を与えてきたのかは、予測も付かない。どこに変化があるのか判っていない今、訓練兵の立場で情報が規制されているとはいえ、教えられる知識は非常に重要だ。

 

 

 

 1973年4月19日、中国新疆ウイグル自治区喀什にBETAの着陸ユニットが落下。

 最初期は航空戦力で優勢を保っていた中ソ連合軍だが、二週間ほど後に光線級が現れてからは焦土作戦を展開、実質的には敗走を続ける。

 

 1974年7月6日、カナダ、サスカチュアン州アサバスカにBETAユニット落着。

 喀什の教訓を生かし、合衆国はユニットの着陸から一日と待たずに戦略核を集中運用し、これを破壊する。

 核の投入に伴う被害はともあれ、着陸ユニットによる敵増援の阻止という目標は実現可能だと証明した。

 だが同年10月、旧イラン領マシュハドに喀什と同様の地表構造物が発見。ハイヴが分化するという衝撃の事実が判明する。

 

 以降BETAは、ユーラシアの北西へと侵攻していく。

 

(さすがにこのあたりは俺の知ってる歴史と変化はない。デグレチャフ事務次官補の存在を過大評価してるのか……)

 武とは記憶の持ち方が違うようだが、ターニャも未来知識を有する。AL世界線で武が愚かなまでに渇望した、軍における地位を有するターニャであったならば、もう少しは影響を与えられたのではと考えてしまう。

 

 1990年代に入り、喀什ハイヴから出現した大規模BETA群が東進を開始。ユーラシア北東部、東アジア、東南アジアが主戦場となる。

 

 

 

「我々は国連軍ではあるが、ここは日本だ。周辺地域の状況を理解しておくことは非常に重要である。これらBETAの動きに対し、帝国はどう対応した、鎧衣?」

「はい、翌1991年に日本帝国議会は大陸派兵を決定。帝国軍は大陸派遣軍を創設し、戦術機甲部隊を中心とした兵力を大陸に投入しました」

 

 80年代より帝国海軍はユーロ方面への外征経験があるが、陸軍はこの時点でさえ実戦経験が無かった。第二次大戦からの反省からか、帝国は極端なまでに防衛戦指向であり、大陸派遣が考慮される五年以上前にはすでに陸軍から派生する形で本土防衛軍が創設されている。

 さらに斯衛に至っては、その性質上仕方のない部分もあるが、本土防衛軍以上に日本国内での防衛戦闘にのみ特化している。兵站など含め、運営そのものが日本国内でなければ充足しないような組織体系であり、海外派兵などはそもそもが考慮されていなかった。

 

 だがBETAの東進、さらに91年のボパールハイヴの建設開始などを踏まえて、斯衛も含めて帝国全軍は大陸への派兵へと舵を切っていく。

 

「そうだ。議会決定を受けて大陸派遣軍が創設、台湾国民党軍などと同じく国連軍指揮下の元に東アジア戦線へ参加することとなった」

 ちょうど今から10年前だな、と簡単にまりもは纏めた。

 

 

 

 

 

 

(あれ? 台湾軍まで国連指揮下ってことは、統一中華戦線とは直接的には共闘していないの、か? というかこれって実質的にはアメリカ主導の日台合同軍か?)

 台湾は中国との常任理事国の問題で、国連からは脱退している。国連に属していない台湾、その軍が国連軍指揮下に入るなど、異常な事態といえる。

 

「どうした白銀、何か疑問があるのか?」

「は、統一中華戦線の結成は1986年です。が、その後の中国と台湾との国共合作が企図されていたと記憶していたのですが、どうなったのでしょうか?」

 台湾国民党と中国共産党とが対BETA共闘条約に調印し結ばれた軍事協定が統一中華戦線だ。一応のところは二国の連合軍となっているものの武の記憶では結局名目だけで、台湾軍と共産党軍とは命令系統も装備も作戦地域さえも別れたままだった。

 

「ああ……そうか。その時期に療養に入ったのだったな、貴様は。では御剣、国共合作はどうなった?」

「はい。1997年、台湾総督府が中国共産党政府の台湾受け入れの審議を延期。以来、第三次国共合作は今なお締結されておりません」

「よし。このあたりは軍事ではなく政治なのだが、周辺諸国の政治的背景は、士官としては知っておくべきことの一つではある」

 審議延期とはいうものの、実質的には破棄、それも統一中華戦線自体も分裂させるような形だったようだ。

 

「なぜ台湾総督府は中国共産党政府を受け入れないか判るか? 彩峰」

「はい。……軍事同盟としての統一中華戦線はともかく、政治的受入れに関して台湾総督府の利点があまりにも薄かったからだと考えます」

「そうだ。このあたり我ら国連軍も無関係ではないぞ。一時期は国連の内政干渉だとまで騒がれた案件だったのだ」

 台湾内部に、国共合作しなければならないようなら台湾を常任理事国に戻せという意見や、喀什での無策の責任を台湾に持ち込むなという声が大きかったという。

 そしてその声を後押ししたのはアメリカである。

 

(あ~あの人、ホントに介入はしてるんだな……)

 そこまで聞いて、なぜこの世界で国共合作が成されていないのか、何となくではあるが背景を武は推測できてしまった。

 

「判ったか、白銀?」

「はい。つまりは合衆国と台湾とで、共産党が弱体化するまで『高みの見物』を画策している、ということでしょうか?」

「……白銀? 国連は一部加盟国の利益を誘導する組織ではないぞ」

 まりもから国連軍兵士として言葉を選べ、と一応は注意はされる。が、否定しきれないのが、また現状である。

 

「は、失礼いたしました。申し訳ありませんっ」

 

 

 

「丁度いい。時期が前後するが、とある国連機関からの進言が90年代前半の中国での防衛線には多大な影響を与えている」

 武を含め隊内全員の復習という意味合いからか、まりもの講義はわざと少しずつ脱線させているように思える。

 一度学んだことを多方向から見直させ理解を深めさせる、そういった狙いもあるのだろう。それ以上に、彼女たちの今後を見据えて幅広い知識を与えようとしているのかもしれない。

 

「90年代を通し中国国内で防衛線が維持できたのは、なにも統一中華戦線が精強だったからというわけではない」

 武にも統一中華戦線が強かったという記憶はあまりない。中国戦線にしても中ソが行った核を使った焦土作戦があったという印象程度だ。

 この世界においても、まりもは言葉を濁しているが、テキストを見る限りは共産党軍に関してはさほど違いが無いように思える。

 

 むしろ事前に予想されていた通りに、統一中華戦線内部で中国共産党軍と台湾国民党軍との間では統一した意思決定機関さえなく、個別の軍として動いていた。それどころか、こちらも予想されていたことだが共産党軍内においても軍管区制の関係で統合作戦など展開もできず、各軍区ごとに独立した防衛線を構築しているような有様であった。

 

 

 

「1992年に敦煌ハイヴが建築され、これに対する形で重慶防衛線を構築。帝国の大陸派遣軍もここに展開していた」

 BETAの侵攻がここに至るまでに、成都軍区以西の軍区は何をやっていたのかという声もあったが、結局のところ共産党軍が統一した作戦展開ができていなかったということでしかない。それを証明するかのようにこの時点においても成都以東の軍管区からの増援はなかった。

 

 このような状況下で、国連軍としては命令系統が確立されており、かつそれなりに纏まった戦力として機能している台湾軍と帝国大陸派遣軍を中核とし、半ば独立した防衛線を構築するように動いていた。

 

(いや、これって共産党軍? 成都軍区か? こいつらを囮にしての機動防衛ってヤツじゃねぇのか?)

 砲兵を主軸とした共産党軍を防衛線の主戦力として構築した、とはテキストに書かれている。ただ実際の展開を時系列的に追いかけて行けば、むしろ数だけは多いが纏まりなく動きの遅い共産党軍を積極的に囮として用いることで、自軍の損害を最小限に抑えつつもBETAの侵攻を阻害していたように見える。

 もちろん火力としては間違いなく共産党軍が最大のはずだ。彼らの火力支援が可能となるように位置に、BETAの主力を押し込み、その戦果を献上していると言えなくもない。

 

 

 

「この防衛線構築時に、大陸派遣軍や各国義勇軍だけでなく台湾国民党軍まで含めた国連軍の作戦運用に関してもだが、兵站に関わるいくつもの提言がなされた。現在の帝国陸軍の兵站システムは、ほぼこの時に作り変えられたと言ってもいいほどに、非常に有効だった」

 

 さすがにここまで来ると衛士教育の範疇じゃないだろ、と武にも判る。が、まりもの意図も推測はできる。207Bの中でも千鶴は生き残れば将官への道もありうる。他の者にしても最短とは言えないが佐官までは昇進できるはずだ。その辺りの階級になれば兵站関係を知らずには動けない。

 そもそもがまりもからして、国連軍への出向という形で教官をしていなければ、今頃はほぼ最速で少佐になっていてもおかしくはない。

 

「兵站面で問題になったのが、各種の規格だ。先の話になるが、日本帝国が運用している戦術機用87式突撃砲は、他国で採用されている突撃砲用のマガジンも利用はできるが、基本的には専用の物を用いる。そしてその逆は無理だ」

 まりもが例に挙げたように、同じ西側諸国の兵装それも戦術機という比較的単一兵器ともいえるものであっても、組織ごとの細かな規格の差異というものは存在する。

 

 それが極東アジアの各勢力の合同軍となれば同一の物を探す方が難しい。合同軍などと言えば一見耳触りはいいが、つまるところは雑多な寄せ集めだ。BETA大戦の最初期の、中ソの合同軍のみでの作戦行動であればまだしも、武器に限らず各種機材はそれぞれが別個の物を使用している。

 水や食料、医薬品などは共有もできる。各種の燃料なども何とか可能だ。ただ旧来の装甲戦闘車両や野砲、各種の個人装備に至るまで、西側と東側とで大きく分かれ、双方に互換性は無い。

 

 

 

「どうせ共有できないのであればと、共産党軍の補給は中国が担い、それ以外は米国主導のもとに日台が管理するという方法が取られた」

 ベトナムや韓国からも義勇軍が参戦していたが、兵站管理は常任理事国が担うべきと、安保理経由の指示があったという。安全保障理事会が国連軍当該兵力を指揮する、という原則からしてもこれは比較的スムーズに認められた。

 

「そこで使われた標語がなかなかに秀逸で、現在では兵站を考える上での、一つの指針となっている」

 

 ――Just In Time:JIT 必要な物を、必要な時に、必要な量だけ。

 

 余らさせない余分な物を運ばないことで輸送コストを縮小し、作戦行動を円滑に進める。

 これを実現するために帝国は、国内の流通も含め当時としては破格と言えるほどの情報通信網を構築した。

 輸送においてはさすがに現地の鉄道網を利用するものの、それらを保線業務まで含めて運用する人員さえも帝国国内から徴用。

 物資集積所などの敷設などは当然、物資の管理や保安体制に関しても、共産党軍や中国民兵、現地の人員を一切介入させないという徹底ぶりだ。

 

 もちろんJITというのは、理想だ。常に変化し続ける前線からの要望に、後方が完全に応えられることは、残念ながらありえない。だがそれでも以前の「余裕を持った」補給計画に比べ、前線で破棄されたり集積されたままになる物資は減り、前線で展開する部隊の効率も上がったのは確かだった。

 

 

 

「当然ながらこのような行動の結果、中国国内やその避難民の間では、国連及び国連軍に対して否定的な感情を持つ者が多い。いやむしろ憎まれていると言っても間違いはないな」

 鉄道網の独占的とまで言えるような運用、共産党軍に出血を強いる戦術。さらに重慶周辺住民への早期の大規模疎開の提言や、僅かな賃金でも得ようと基地構築の人足を希望して集まってくる者にも警戒した対応を取るなど、中国から見れば防衛協力というよりは武装占拠に等しかった。

 

 それでも当初の想定より重慶防衛戦は長期間に渡って維持され、結果として避難民の保護は達成されたとも見て取れる。また1994年初頭に重慶ハイヴが建築された後も、日台を主軸とした国連軍は段階的撤退に成功し、結果的には殿軍としての役割を全うした。

 

 

 

 

 

 

 




あとがき部分で書くようなことか~と言われそうですが、いろいろな変更点まとめ。試験に出ない歴史?


マブラヴ世界状況補足
・現実同様1971年のアルバニア決議はあったっぽい、としてます。中国共産党が常任理事国になっているところを見ると。
・日本帝国及びオーストラリアの常任理事国入りは1988年のまま。


原作と変わっているのは、
・統一中華戦線は結成されたが第三次国共合作はなされていない。
・統一中華戦線は名前だけ。台湾軍が大陸で活動できる根拠程度。
・1992年からの重慶防衛は+1年ほど粘る。重慶ハイヴ建設は93→94年に延期。
・兵站の管理システムが90年代初頭から、2010年代に近しい物に。
・九-六作戦での帝国軍の損耗は最低限。

大東亜連合の話は基本放置……そもそもマブラヴ世界でのWW2の終戦時の状況が謎すぎるので東南アジアはどーなってるの?というかここを絡めるとどーしょーもなくなりそうなので、スルーします。ベトナムとか帝国にならずに独立したの?

兵站の管理システム変更に伴い、メカ本とかで描かれている中国での物資横流しは最低限に抑えています。んがJITでのロジ関係は深くツッコまれると答えられないので、ゆる~く流します。雰囲気だけです。

あと「第二次黄河決壊事件」とかも考えましたが場所的に無理~で「長江決壊事件」にでもしようかと思いましたがさすがにアレすぎので止めました。



そして難民関連の話はまた今度ね~ということに。


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感得の欠如

座学継続~今回は兵器関連(戦術機除く)の説明です。


「さて以上のように1990年代からユーラシア北東部も主戦場の一つとなったのだが、人類の努力によるいくつかの要因が加わり、それ以前よりは間違いなく頑強に抵抗が可能となった」

 207Bの座学は、武という格好の「言い訳」を与えられて単なる復習ではなく、任官後に必要になるであろう様々な知識に波及していた。そして1992年からの重慶防衛戦の話の流れで、まりもはふと思いついたような態度を取りつつも、おそらくは予定していた話に持っていく。

 

 

 

「例えば、この時期に戦車の世代交代が進み、機甲師団の対BETA対応能力が向上したことも大きい。戦術機とは世代の概念が異なるが、西側の戦車の第二世代と第三世代の大きな違いは何だ、榊?」

「はい。単純な区別としては、第二世代は105mmライフル砲を、第三世代は120mm滑腔砲を搭載しています」

「そうだ。詳しい説明は貴様らが衛士訓練課程に入ってからとなるが、120mm滑腔砲であれば大型種にも十分に対処できる」

 

 BETA大戦最初期の主力戦車は第一世代がまだ多くを占めており、90mm程度の口径が主流で、当然ながら突撃級の前面外殻を撃ち貫くには非常に接近する必要があった。

 70年代から配備が始まった第二世代戦車でも、まだ火力が足りなかった。改良が進んでいる現在の105mm APFSDS弾であれば問題もないが、第二世代が登場した当時では侵徹力不足が指摘されていた。

 90年代に入り、120mm滑腔砲を主兵装とする第三世代戦車が揃い始めてようやく戦車部隊が対BETA戦において実効的な能力を有するようになった。

 

 

 

「無論、第三世代戦車と言えど装弾数の問題などから、対BETA戦においては主力足りえない。ふむ……帝国陸軍の現在の主力戦車、90式戦車の装弾数はいくつだ、鑑?」

「え、えぇっ……と。戦車の主砲の、装弾数……ですか」

 いきなりの質問の上にまったくもって知識にないようで、純夏は起立したままであたふたとするという器用な真似をしている。

 

(昨日のデグレチャフ事務次官補の推察?というか妄想が本当だったら、ある意味ではコイツが一番の被害者ってことなのか)

 教師に当てられて慌てふためくという純夏の姿を目にして、武はふと「よく見知った」他世界線の鑑純夏を思いだし、比較してしまいそうになる。だが「被害者」と思い浮かんだもののいかなる「害」を与えられたのかが今の武には理解しにくい。

 鑑純夏はこの世界においても、まあ間違いなくそれなりの美少女、と言えるはずだ。今後BETAの日本侵攻が本格化して男が減ったからと言って、相手を選ぶのに苦労することはないはずだ。幼馴染だからと白銀武に拘る必要も、ない。

 

(ま、だいたい幼馴染ってそんなに特別な物か?とか、今の俺がそう考えてしまうってことこそ「カガミスミカ」の選択の結果だとしても、こっちの鑑もそう考えてくれるんなら実は問題ないんじゃねぇの?)

 半ば以上に投げやりだが、理屈で恋愛感情が芽生えるはずもなく、かと言って憎むということもなく、純夏に対する感情にはいまだ結論が出せないでいる。

 そもそも問われて慌てふためく姿を見て可愛らしいと思う前に、陸軍としての知識くらいは自習しておけよと考えてしまう時点で、同僚とは見ているものの女性としては感知していないともいえる。

 

 

 

 

「あの……200発、でしょうか? ……いえ、申し訳ありません、知りませんっ!!」

 武がそんなことを考えている横で、純夏のほうといえば考えても答えの出ない、知っているかどうかだけの問いに対し諦めたようですっぱりと言い切っていた。

 

「多すぎだ。で、白銀、何やら余裕そうだな。答えてみろ」

「ぅえっ、はいっ、90式戦車の装弾数は18発であります」

 少しばかり別のことを考えていたのは、まりもにはお見通しだったようで、純夏の次に問われる。だがどこかで聞いたことがある話だったので、慌てつつも数字は答えられた。

 

「……残念ながら、それはマガジンに装填されている数だ、白銀。まあそれを『装弾数』と言う場合もある。ただ車内にある総数としては予備を含め40発だ。分速15発を誇る最新鋭といって差し支えない砲だが、それを撃ちきってしまえば、後方に下がるしか無くなる。継戦能力という面では戦術機には比肩できん」

 武がうろ覚えではあるものの、あながち間違いとは言い切れない数を答えてしまったせいで、感心されたような呆れられたような中途半端な顔で、まりもが説明を続ける。

 

「このあたりの知識は、衛士訓練には必須ではないが、友軍の兵装くらいには興味を持っておけ。まあ腕立て伏せは免除してやる」

 

 

 

 

 

 

「ふむ……いい機会だ。貴様らは戦術機に乗るために衛士を目指しているが、対BETA戦において有効な兵科とは何だと考える、彩峰? 理由も合わせて延べよ」

 衛士訓練における座学の内容としては脱線に次ぐ脱線だが、今日の座学の本題はここだろうと思わせる物が、まりもの声にはあった。

 

「……はい。航空戦力が利用できない現状では、戦術機、と考えます。先の教官のお話にもあるように、機動力と携帯弾薬数などの面から持続的な戦線構築にもっとも適した兵科だというのがその理由であります」

「なるほど。個々の耐久性ではなく、機動火力による戦線維持能力、ということか。では、榊は?」

 慧の答えに直接的な正否は告げず、次に移る。

 

「作戦立案と、それを実行に移す兵站……などということでなければ、やはり戦術機だと考えます。彩峰に付け加えますと、移動速度が速い、そして行動半径が広いことから、防衛時においても前線を重要拠点から遠く離すことが可能だと推測します」

 先程までの座学の内容を踏まえ、千鶴は補給面なども考慮するが、答えとしてはやはり戦術機を推す。これに対してもまりもは正否を告げない。

 

「御剣は……。ふむ? 面白そうな顔をしているな。せっかくなので、貴様には最後に聞いてやろう。では珠瀬?」

 どこか思い悩むような顔で、それでいて答えが判っていそうな冥夜を、わざと抜かす。

 

 

 

「砲兵だと考えます。戦術機では面制圧能力に欠けるために、長射程と高い面制圧能力を持つ榴弾砲やMLRSなどのロケット砲がもっとも有効だと考えます」

「なるほどな。ある意味でもっとも単純な火力、というわけだ。では鑑は?」

 

「海軍になりますが、戦艦を筆頭とする各種艦艇と考えます。戦車は、先ほどの話を含め弾数に制限があるからこそ主力でないとするならば、豊富な弾薬積載量と、長い射程を誇る艦砲こそが主力足りうると考えます」

 壬姫の陸軍における火力の要ともいえる各種砲兵力に対し、純夏は判りやすいまでの大艦巨砲主義を主張する。

 

「珠瀬と鑑とは似たような意見か。鎧衣はどうだ?」

「火力及び投入場所を選ばないという点から見て、戦術機再突入殻を含む軌道爆撃だと考えます」

「ああ、米軍の戦略軌道軍などだな。さて。では白銀はどうだ?」

 

「地表での防衛戦や間引きなどに関しては、戦術機では殲滅能力に欠けます」

 武としては戦術機の有用性とその脆弱性、そして結局のところの火力不足などは身に沁みている。そして、まりもの話の先は理解しつつも「戦術機だけ」を使わなければならない場面の話を、207Bに説明しておく。

 

「ただ対BETA戦を、ハイヴ攻略という点にのみ注目すれば、戦術機です。消去法的ではありますが、現状では戦術機以外ではハイヴ内戦闘を満足に行えません」

 ハイヴ内は巨大なアリの巣、と言ってもいい。立体的に交差する巨大迷路のようなその中で、戦闘行動が可能なのは戦術機くらいだ。中に入ってしまえばなぜか光線級がレーザー照射をしてこないとはいえ、ハイヴにヘリなどで侵入しようとすれば、それまでに間違いなく撃ち落される。

 ハイヴ内の機動という面だけで言えば、次点では機械化歩兵となるかもしれないが、こちらの場合は単純に火力も機動性も低すぎる。

 

 

 

「よし、では、御剣は?」

「はい……教官の問いに関する答えといたしましては、今まで皆が上げたものを含む、人類の『全軍』だと考慮いたします。理由としてはそのどれもが単独では持てる能力のすべてを発揮することができないからであります」

 どこか煮え切らない口調で冥夜が言う。昨夜の武との会話や、今までのまりもの問いの流れからそう答えるしかない。

 答えの正しさには自信を持ちつつも、そう答えるように誘導されたことに、少しばかりの悔しさがあるのだろう。自身で考えて導いたものではないのが歯痒いようだ。

 

「その通りだ。さて御剣に言わせるような形になったが、今皆が上げたものはそのどれが欠けたとしても対BETA戦においては万全とは言えない」

 先陣を斬る軌道爆撃に、戦線を構築する前衛たる戦術機、後衛として最大火力を投射する火砲や艦艇。そしてそれらを援護する機械化歩兵に各種の戦闘車両など。

 

「結局のところは統合運用されてこそ、各兵科はその力を如何なく発揮できるということだ」

 

 

 

 

 

 

「なにやら協力と団結こそが人類の力だ、などと綺麗に終わらせるのも良いが、少しばかり時間があるな」

 午前の座学の最後の締めに何か予定しているようで、にやりとわざとらしいまでに偽悪的にまりもが嗤い、映写機を設定し一枚の写真を映し出す。

 

「これこそが重慶防衛からほぼ10年、東アジアだけでなくユーラシア全域で最も対BETA戦において活用されている『主力兵器』だ」

 

「……え?」

 誰かが言葉を漏らした、いや全員が声を出してしまった。それはその「主力兵器」に驚いたのか、それともそれを操る「兵士」へのものか。

 

 砂にまみれ、元の塗装など判別もできないようなピックアップトラック、その荷台には二門の砲を備える対空砲らしきものが設置されていた。そしてドライバーも砲手らしき者も、助手席で突撃銃を構えている者も誰もが、襤褸切れのようになったシャツとズボンだけしか身に着けていない。

 そして彼らは、まだ10才を少しばかり過ぎた程度にしか見えない少年兵とも呼べないような「子供」だった。

 

 

 

「ある面において、陸上戦力の中核と言えるものが、これら武装ピックアップトラック、通称テクニカルと呼ばれるものだ。ああ、これは搭載しているのがおそらくはZU-23-2だと思われるから、まだ良い装備だな」

 ZU-23-2はその形番が表わすようにソ連製の23mm連装機関砲で、対空機関砲として設計された。旧式ではあるが安価で扱いやすく耐久性が高いという特徴から、共産圏を中心に多数の国で使用されている。

 

 BETAは光線級以外は遠距離攻撃手段を持たない。

 戦術機もそうだが、戦闘車両においても装甲による防御性能の向上は、対BETA戦においてさほどの意味が無い。そうなれば装軌式の高価で鈍重な自走対空砲ではなく、装甲もないトラックに対空砲や重機関銃を備え付けただけの物の方が「効率的」なのは確かだ。

 

(主力戦車でも戦車級にバリバリ噛み砕かれてたからなぁ……)

 一早くショックから立ち戻った武だが、それでも落ち着けたわけでもなく、どこで見たのか定かですらない、助けられなかった者たちの記憶を掘り起こしていく。

 

(それにまあ、たしかに23mmの連装なら戦車級くらいは相手できるけどよ……)

 機械化歩兵の兵装にもあるが重機関銃の12.7mm以上であれば、小型種はもちろん中型種も撃ち抜ける。

 そしてまたBETAも大型種であったとしても、全身を外殻で覆っているわけではない。距離にもよるが20mm砲弾であれば、それなりの効果を発揮できる。それに相手が勝手に近づいてきてくれるのだから、多少射手が下手でも弾をばら撒けば当たることもあるのだろう。

 

「ピックアップ自体はただの市販車だからな。不整地走破能力は間違いなく装軌式に劣るが、その分整備性も高ければ運転性も良好だ。適当に走らせるだけなら一日もあれば教え込める。無理矢理荷台などに括り付けた『銃砲』も、撃って弾薬交換する程度なら簡単だ。なによりも『人的資源』を含めて考えても非常に安価というのが良いそうだ」

 

 ご覧のとおり、使っているのは10を過ぎた程度のガキどもも多い、と続ける。あとは崩壊した国家から逃げ出してきた軍人崩れの民兵や、避難民キャンプから一縷の望みを抱えて出てきた志願兵だという。なるほど衛士を教育することと比較すれば、それは確かに「安い」のだろう。

 

 機械化歩兵用の強化装備どころか、正面防盾さえない機関砲が「程度の良い」装備なのだ。少年兵が操るそんな即席兵器が、これが主力装備だと言われてしまうような現状こそが、現在の対BETA戦の実態だった。

 

 

 

「さて。貴様らがいかに恵まれた、選ばれた存在か理解したところで、その期待に応えられるように一層の努力を期待する。以上だ」

 まりもに促され、自動的になされた号令と敬礼。

 おそらくは訓練小隊結成以来最も揃っていないそれをもって、午前の座学は終了した。

 

 

 

 

 

 

 




前回に続き座学~で、結論「TOY○TA SUGEEE!!!」
……マブラヴ原作では影薄いというか、存在するよね?

さすがにマブラヴ世界ではトヨタ戦争(チャド内戦)はなかったでしょうが、概念的にはWW2のイギリスL.R.D.G.のデザートシボレーあたり、テクニカル自体はまあ70年代末には出てきますし、対空戦車の対BETA戦転用よりは便利なんじゃね?という感じです。106mm無反動砲とか積んでたら要撃級くらいまでは相手にできそう(ただし生き残れるとは言っていない)


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否定の識見

 対BETA戦の主力ともいえるのが少年兵の操る半ば以上に使い捨てのテクニカルだと知らされ、自分たちの立場の意味と価値とを問い直せとも言われた午前の座学。その最後の衝撃に昼食の際には皆言葉もなかった。

 そんな皆の様子を確認した上で、武は個々人が考えを整理する時間も必要だろうと、その時は何も告げなかった。そして午後の教練までの時間を使い、皆とは一旦別れターニャのレポートにだけは目を通しておく。

 

(あ~しかし、こっちの世界でちょこちょこと変化があるのは、やっぱりデグレチャフ事務次官補の影響、か)

 午後の教練中はさすがに考えながら動くことができず、夕食前になってようやく読み込んだレポートの内容に頭が付いて行く。

 

 207Bの皆もさすがに教練の後の夕食となると、表面上は普段のふるまいを取り戻していた。食事を取り走り込みが始まれば、消化すべき情報の一つとして飲み込めてしまう。その程度には207Bの訓練は完成されていた。

 ふと昨夜冥夜に言われたことを思いだし、純夏を目で追ってみると、確かに少しばかり空元気とでも言えるような態度だ。武の編入に集団生活、さらには午前の話、だ。尊人共々に隊のムードメーカーというのを無自覚ながら実践しているようだ。

 

(このままでもどうにかなりそうなんだけど、鑑だけじゃなく鎧衣も珠瀬も空元気だよなぁ。やっぱりちょっとは危ういのか? かと言って俺が今すぐどうこうするってのも……どうなんだろうなぁ)

 自分自身の純夏への対応さえ決めかねているのだ。207B全体の問題を指摘したうえで、改善できるような切っ掛けをいまの武が作れるとは自分でも思えない。

 

 そんな風に煮え切らないままに夕食を取ろうとしていると、昨日の打ち合わせの続きとして呼び出されてしまった。

 武としては少しくらい皆と話しておきたいとも思ったが、今の立場としては相談されるまでは放置するというのも、一つの方法だと割り切る。それに夕呼とターニャとを待たせる訳にはいかない。

 

 

 

 

 

 

「遅くなりました。申し訳ございません」

「気にするな、まだ予定時間ではない」

 武よりも先にターニャが執務室にいたため上官二人を待たせてしまったかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 ちょうど夕呼がターニャにコーヒーを出したところから見ても、社交辞令でもなく、ターニャとしても来たばかりなのだろう。

 

「興味深いレポートでしたわ、デグレチャフ事務次官補。ありがとうございました」

「いや、香月博士の役に立てたのであれば、こちらとしても幸いだ。白銀武のレポートも現場からの視点でなかなかに斬新ではあった」

 累計して80年近い対BETA戦の経験があるとはいえ、ターニャ自身は衛士でも無ければハイヴ攻略なども未体験だ。

 横浜ハイヴの無いこの世界においては、どの様な形であれいまだにハイヴ攻略は達成されていない。武の著した桜花作戦のレポートというのは、00ユニットとXG-70dという例外的存在があったとはいえ、間違いなく現存する唯一の成功したハイヴ攻略の情報だ。

 

 

 

「白銀も読んだわよね?」

「は。自分の知らぬ情報も多数あり、今後の参考としたいと思います」

 ターニャから出されたレポートは、武の知っていることも多かったが、それ以上に未知の物も含まれた。また今の武にとってUL世界線の2002年以降の記憶は確率分布が広いためかなにかと不鮮明で、その時期の情報は非常に新鮮でもあった。

 

「私と白銀とのレポートのうち、急ぎ外部に公開すべきは三点。母艦級の存在と、戦術情報伝播モデル、そしてBETAは学習する、この三つだ」

 現時点では未確認ではあるが、BETAが大深度地下を侵攻している事実から、母艦級。

 BETAの戦術情報伝播モデルがピラミッド型ではなく、箒型であること。

 そして何よりもこちらの戦術や兵装に関して学習し対応すること。

 それぞれを「推定」という形で、まずは安保理に上げる。

 

「BETAの生態というと生物扱いしていて語弊を招きますが、頭脳級や上位存在などはいまは伝えるべきではありませんね」

「そのあたりは軍としては正直どうでも良かろう。科学者にとっては重要かもしれんが、それこそなんらかの物証が要求される」

 BETAがただの炭素系土木作業機械であることや、珪素系生物であるという上位存在、反応炉が頭脳級と称すべき通信と補給能力を兼ねた個体だという情報などは、急ぎ知らしめる必要は薄い。

 しかも、いくらJASRAと第四計画の名を使うと言っても、物的証拠が無ければ納得させられない部分も多い。

 

「しかし第三は、こう言っては何ですが、かなり真実に辿り着いていたのね……」

 

 ――BETAは人類を生命体として認めていない

 

 1992年のインド亜大陸反攻作戦、スワラージ作戦。インド亜大陸での勢力挽回を懸けて発動されたボパールハイヴの攻略だ。

 その一角で第三計画配下の特殊戦術情報部隊が地下茎構造に突入、リーディングによる情報収集を試みた。戦闘には一切貢献しないどころかデッドウェイトとなるESP発現体を、わざわざ複座型の戦術機まで用意してのハイヴ侵入。多大な損害を積み上げたうえで、第三計画が入手できたのは、ただこれだけだった。失敗と考えられているが、武とターニャの知識を加えると非常に重要なところまで近付いていたのだ。

 

「つまるところ、人類や地球上の他の生命だけではなくBETAも含め炭素系生物は生命体ではない、とBETAは処理しているということだ」

 入手した情報の解析を間違えたというわけだな、とターニャは自戒するように呟く。

 原作知識のあるターニャからしてみればBETAなどただの数が多いだけの土木機械だ。最初から相手を生物としては考えておらず、出来の悪い自働機械として対処してきた。だがそれを周知することには失敗しているのだ。

 

 

 

「日本語で言えば、言霊による呪いともいえるな、これは」

「名付けによる思い込み、というのは存外無視できません」

「ああ。最初にBETAと呼称する際にも、かなり反対したのだがね……」

 BETAの呼称は「人類に敵対的な(Adversary of human race)」という言葉も入っている。だがそもそもBETAからすれば、別に人類と敵対などしていない。あくまで資源収集という創造主からの命に愚直なまでに従っているだけだ。人類の抵抗などその過程での自然現象程度の認識だと、武やターニャの知識からは推測される。

 

「そこまで……そこまで知っていてなんで、なんで放置してたんですか……」

 軍人としての地位が必要だとガキのように思い込んでいた二周目の「シロガネタケル」を肯定するつもりはないが、「原作知識」とまで言い切ったターニャの知識とその地位があれば、もう少し人類は効率的にBETAへ対処できたのではないかと、言いたくもなる。

 

「もしや白銀? 私がこれまでに未来知識を用いて介入してこなかったとでも考えているのかね?」

「……え?」

 だが武の愚痴にも似た願望はあっさりと否定された。ターニャの介入があった上での現状だと。

 

 

 

「デグレチャフ事務次官補は、当時は大佐でしたか? 着陸ユニットが喀什へ落ちる前から核攻撃を企図していたのよ」

 

 夕呼が補足するように、介入の一例を上げる。

 歴史を振り返れば誰しもが考えるであろう、最初のBETA着陸ユニットが落ちた直後の核攻撃。

 月から帰ってきたターニャは、ありとあらゆる伝手を使い密かに計画を押し進め、あと一歩というところで自らの祖国、合衆国にその計画を阻まれた。

 

「アレが唯一人類が勝利できる最後の瞬間だったかもしれん」

「白銀。判ってるとは思うけど、この件も他言無用。各国の軍上層部ではわりと知られた話だとは思うけど、アメリカにおいてはいまでも国家安全保障委員会による指定機密よ」

 ルナリアン案件、と一部では呼ばれているという。

 月面帰りとはいえ、一介の大佐が独断で核の使用を進めていたのだ。越権行為を超えて叛乱だと見なされるのも当然だ。

 

「了解しました。しかし……そこまでしてもなお事務次官補、ですか」

 他国に情報が流れている、というのはある程度わざと流したものだろう。

 政治に疎い武としても、ターニャを信奉する派閥あるいは人脈というものがいかに強固なものなのか、おぼろげに想像できてしまう。

 合衆国において間違いなく叛乱紛いの事態を引き起こしているのに、それでもなお合衆国主導の国連機関の局長を務めているのだ。月面戦争経験者という肩書以外にも、積み重ねた実績があるに違いない。

 

 

 

「失礼ながらお聞かせ願います、デグレチャフ事務次官補。喀什への核攻撃を止められたことまでご計画の内でしたか?」

 夕呼の行動をいくらか見てきた武にしてみれば、どこまで意図しての行動なのか、確認しなければならない部分もある。

 合衆国の地位向上のために、核攻撃の計画からその中断まで自作自演だったのか、と。

 

 現在から振り返ってみれば、着陸ユニットが落ちた直後に喀什への核攻撃がなされなかったというのは対BETA戦において明らかな失点だ。ただ政治的な意味合いでは「人類全体のために他国への核攻撃までも考慮していた」というのは非常に強力な意思表示となっている。合衆国は他国に核を用いててでもBETAに対抗する立場を取ろうとした、というのはBETA大戦が続くに従い、時間が経てば経つほどに強力な意味合いを持つ。

 逆に、それを常任理事国という立場を盾に押し留めた中ソの立場は、言ってしまえば人類全体の敵と見なされてもおかしくない。

 

「残念ながら、喀什への核攻撃を止められたのは、私としても非常に遺憾だ。コミーどもへの意趣返しのために、世界の七割を支払うのは割に合わん」

「不躾な問いにお答えいただき、ありがとうございます」

 

「いや……そうだな、はっきりさせておこう。喀什に限らん。なにかと気にかかっていたことに対し出せる限りは手を出したものの、正直なところ大きな変化は今までのところ起こせていない」

 これも因果の収束とでもいうのか世界の復元なのかね?と夕呼に尋ねる。

 先程のBETAの呼称などもそうらしい。簡単に変えれそうに思えた事象や、権力を用いてでも変えようと思った事象も変更できないことが多いという。

 確かに武の記憶からすれば極東アジアの防衛戦は三年以上は確実に時間を伸ばしている。だがBETAの駆逐という目標からしてみれば「大きな変化」とまでは言えない上に、第五計画の発動を阻止できるほどの決定的な変化が起こせていないのだ。

 

「他にも半導体技術の進歩を促しても、なかなかに進まん。もちろん変えられた事項も、ある」

 シリコンバレーに注ぎ込んだ損失くらいはシェールオイル関連で回復させて貰ったがね、とターニャは嗤って見せる。武の知る世界線よりは、石油資源関連はまだ良好なはずだという。

 

 

 

 

 

 

 

「こういう状況だ。我々三人は協力できると思うのだが、違うかね?」

「あたしもデグレチャフ事務次官補とは協力できると思いますが、そこの白銀を含む利点は?」

 夕呼からしてみれば、桜花作戦のレポートが手元にあり、またターニャからの情報もある現状、武の価値はさほど高くない。他世界線とは異なり鑑純夏が普通に生きているため、誰を00ユニットにするかどうかさえ不透明なのだ。AL世界線での武に対して重要視された調律役という意味も、この世界においては今のところかなり低い。

 

「先ほど言った世界の復元ではないが、それさえも白銀武であれば打ち破れるのではないか、いや白銀武が打ち破る物として織り込まれているのではないか、という願望じみた期待、だな」

 だが否定的な夕呼に比べて、ターニャとしては武の存在に期待している部分はある。

 自身の無能さを嘲るような自嘲とともに口にするが、ターニャでは変革できなかった事象が、様々に積み重なっているのだ。

 

「実証しようのない話ですね」

「科学、という面で見れば比較もできんし追試もできんからな。まあそれは別に良い」

 あくまでそれは、そういう事もあるかという願望どころか妄想の範疇だ。

 

「そんなオカルトじみた話を除いたとしても白銀武の持つ記憶には価値がある。私が期待するのは、戦術機用新OSの概念とその開発、『桜花作戦』の詳細、BETAに対する追加知識、といったところだな」

 半分くらいはすでに提出してもらっているようなものか、と数えながらターニャは嗤う。

 

 

 

「失礼ながら事務次官補。白銀の言うOSはそれほどの物なのでしょうか?」

「ふむ。科学者としての香月博士には、実感しにくいか。軍人として言えば、必須だ。何よりも衛士の損耗が防げるというのは大きい」

 

 ターニャは嗤いを引き込め、真顔でXM3の必要性を告げる。

 AL世界線のシロガネタケルが何を思ってOSの開発を望んだかは、この際関係が無い。XM3の能力があれば、確実に戦術機の性能は向上し、かつ衛士の死亡率が下がるはずなのだ。

 防衛だけであれば、ロケットを含む火砲の長射程化と威力向上、車両の高機動化などで対応できる部分も大きい。だがことハイヴ攻略においてはXG-70が数を揃えるどころか完成の見込みさえ立たない今、戦術機の量と質どちらも高める必要がある。その為にはXM3がコスト的に最適だった。

 

「そして『未来知識』を持つ者としてとして言わせてもらえば、ハイヴ地下茎のデータがあるという条件の下ではあるが、あのOSといくつかの第三世代戦術機が改修されればハイヴの攻略は可能となる」

 問題となるのは、そのハイヴ地下茎の構造図だがね、とターニャは再び嗤う。

 

 

 

 

 

 

「さてそこで00ユニットの問題だ。昨夜話したカガミスミカとシロガネタケルの『おとぎばなし』に関しては、まあどうでも良かろう。我々には干渉しようのない隣接した世界線の話だ。ただ長々とカガミスミカの性格上の問題点を指摘したのは、それを00ユニットの問題点として考えてもらいたい、ということだ」

 00ユニット脅威論。いまだ形もない00ユニットだが、完成して能力が明らかになれば、間違いなく巻き起こる論争だ。

 

「00ユニットになっている世界線が存在しているのなら、この世界でもあたしがカガミスミカを00ユニットとする、とお考えでしたか」

「何がどう適正なのかは知らんが、鑑純夏がもっとも素体適正が高いらしい。が、BETAへの情報流出は別にしても、あのような人格を持つ者に00ユニットとしての力を授けるというのは、非常に不安を感じる」

 

 鑑純夏という一個人が、00ユニットというこの世界最強の処理能力を与えるにふさわしい人格かと問われれば、本人を詳しく知らない夕呼には判断しきれない。だが「原作知識持ち」のターニャとしてはあれほど不安定な人間に与えてよい能力だとは思えない。

 

「そもそもだ。白銀武からは聞いていないのかね? この世界ではおそらく00ユニットはまだ完成できない。素材が足りんよ」

「脳髄だけで生きている状態の00ユニット適合者、ですか。確かにそのような人材には出会えておりませんわ」

 

 それだけではない、とターニャは続けて否定する。

 

「肝心の部分の発想が出てこないと言われていたが、因果による制限か何かだろう。BETAが存在する世界における『香月夕呼』には絶対に思いつけない、という可能性が高い」

 

 それは科学者としての香月夕呼への死刑宣告だ。夕呼の才能がどれほどのものであれ、この世界に知識の根幹を置く限り、けっして正解には到達しえない預言だった。

 

 

 

「その上で、だ。あらためて確認するが香月博士、貴女の望みは何かね?」

「BETAの根絶と、人類の救済、ですわ」

「そうであれば国連、そしてJASRAとしては協力できる」

 夕呼は躊躇いもなく正論を吐く。ターニャとしては因果律量子論の実証と解析、などと言われたら即座に切り捨てるつもりだったようだが、さすがは「魔女」とまで称される香月夕呼だ。どこまでが建前かはともかく、その建前を表に出し続けるだけの意思がある限りターニャにとっては問題ではない。

 

「ではそれを前提として、香月博士。少しばかり早いが、あらためて第四に関する視察と今後の方針を決めたいのだが、良いかね?」

「さすがに提示できない資料もありますが、構いませんわ」

「そのあたりは私の所のスタッフが揃い次第でいい。今はここの三人で方向性を纏め直すくらいだ」

 

 メモなど残せるはずもない話なので、三人が三人共にコーヒーカップを手にしたままに、間違いなく今後の世界の命運を決定づける話し合いがはじまる。

 

 

 

 

 

 

「まずは確認だ。香月博士自身ではなく、第四計画の目的は?」

「00ユニットを用いてのBETA情報の収集。その情報を基にした対BETA戦略の構築、ですわ」

 横で聞いている武としては何をいまさらとも思ったが、二人にしてみれば目的の確認と認識の共有は何よりも必要な、儀式ともいえる。

 

「ふむ。おめでとう香月博士。第四計画の完遂は眼前だ」

「え?」

「……ええ、やはりそういうこと、ですわね」

 第四が完遂眼前などと言われても、武には信じられない。が、夕呼は納得しているようだ。落ち着いた様子でコーヒーを飲んでいる。

 

「理解が早くて助かるよ」

「一人判っていないのが居りますが、ご説明願えますか、次官補」

 武としては二人の視線が痛いが、説明される程度には期待されているらしい、と前向きに捉えなおす。鎧衣課長の言葉ではないが、わざわざ説明してくれるということは、それだけにこの二人が武に対して何らかの期待をしてくれている、とも考えられる。

 

「今、香月博士の手元には『あ号標的』と接触した記憶を持つ白銀武がある。そして『原作知識』を持つ私がいる。我々二人から聞き出せば、それで情報の収集という目的は達成できる。あとはその情報をJASRAとの協力の下で、公表していけば終わりだ。理解できたかね、白銀?」

 言外に00ユニットの作成など、第四の、引いてはすべてのオルタネイティヴ計画通しての目的ではないとターニャは切り捨てる。情報収集と、その後の戦略構築こそが本題であり、手段は問われないのだ。

 自身の計画の根幹たる00ユニットの必要性を否定されているにも関わらず、夕呼も反論しようとしない。

 

 

 

「じゃあ、俺が一周目、え~UL世界線では第四は失敗したと言っても、どこか余裕があったのは二周目の成功した世界線があったからじゃなくて……」

「00ユニット使って知りたい情報のうち、結構なモノをアンタが持ってたからよ。それに加えてデグレチャフ事務次官補もおそらくループ経験があると予測したから。当然でしょ?」

 JASRAのレポート読んだら未来知識があることくらい判るでしょ、とまで続けられる。武としてもどこか違和感を感じたものの、さすがにそこまで思考は飛躍できなかった。

 

「第四の情報収集という目的が達成直前だというのは理解は出来ましたが……俺から得られた情報の真偽判定は? だいたい情報源が衛士にもなっていないようなガキの戯言なんて、誰にも相手されませんよ」

「この世界で『あ号標的』の攻略を進めれば、自ずと証明されよう。それにBETAの新種など、どれほど警告していようが眼前にするまで信じるはずもなかろう」

 ターニャとしては「カッサンドラ」とまで自嘲した経験からくる言葉だ。情報の硬度は確かに必要だが、結局のところ人は自身が信じたいものしか信じない。第五計画、とくにG弾の重力異常影響に対する警告など数多く上がってきているのに、推進派が一切の考慮を見せないのも、信じたくない情報には目をやろうとしない者が多いからだ。

 

「それに私は『JASRAとの協力の下で』と言ったぞ? 第四のみからの報告であれば疑惑も出ようが、こちらの補強があればそれも潰せる」

 ソースロンダリング、という言葉はこちらの世界にはまだなかったかな?とターニャは続ける。第四とJASRAとで相互に情報ソースをやり取りして、補強しあう。その途中にいくつか他の組織も経由すれば、最初の出所が武とターニャの記憶だけだったとしても、対外的な信憑性は補強できる。

 

 

 

「いや、だいたいJASRAってなんなんですか? 俺の記憶にはないんですが」

「ん?……ああ、そういえばそうだな」

「次官補? どういうことでしょう?」

「いや、簡単な話だ。私がいない世界線ではJASRAがない、というか結成されないのだろう」

 原作でもそういえばなかったような気がする、とターニャは言う。

 

「JASRAはその名の通りの国連の機関だ。統合代替戦略研究機関、既存の対人類戦戦略では対応できない対BETA戦における戦略を提示するのが仕事だな。ただまあ、私自身がアメリカ人ということもあり、国連軍の戦略方針にアメリカが口を挿むための機関、と捉えている輩も多い」

 事実、そう動いてきたからな、と合成コーヒーに口を付けながら嘯く。

 

 ただ合衆国の為とは言うものの、そもそもが合衆国内部のルナリアン派閥が強大化することを恐れた者たちが、その旗頭たるターニャを国連に放逐するために設立したような部署である。彼ら反対派にしてみればJASRA設立の結果、諸外国により一層ルナリアン信奉者を増やすことになったのは予想外のことだろう。

 

 

 

「そういう組織なので一定の信頼は確立されているし、いくつかの新型BETAに関しての警鐘も可能だ」

 母艦級などは現時点では観測されていないとはいえ、地中侵攻などの実例も多い。それほど違和感なく説明できる。反応炉を頭脳級と再解釈することも、BETAの指揮伝播モデルが箒型だという「推測」の補強としては都合が良い。兵士級の出現状況の推移なども補足としては使える。

 

「Γ標的は?」

「……あれはさすがに信憑性を高めるのは苦しいな。母艦級以上に警戒すべき最大の問題なのだが」

「ねえ白銀? 母艦級はアンタのレポートにもあったけど、Γ標的って何かしら? 名前くらいしか挙げてなかったんだけど?」

「俺にも直接対峙した記憶があるのかどうかアヤシイんですよ。ただ反応炉に要塞級と重光線級を大量に括り付けたようなヤツで、超重光線級と呼ばれています」

 

「……マジ?」

 珍しいことに夕呼が表情も取り繕わずに、「白銀語」を使って疑問を零す。

 サイズと機能くらいしか説明できないが、それでも戦術レベルではなく戦略作戦レベルでの脅威だということは、夕呼にはすぐ想像が付いたのだろう。

 

「Γ標的に関しては私の方の記憶でも、他ハイヴでの発見例がないためエヴェンスクでの局地的災害に対処した特例種、だと思いたい。さすがにアレが全ハイヴから湧き出してくるようならG弾の連続使用も辞さない」

 

 ターニャとしてもΓ標的が複数出現するような事態において、通常戦力で戦線を維持できるなどとは考えない。エヴェンスクなど海岸線近くでの、海軍の協力があってさえあれだけの被害なのだ。内陸部のハイヴに出現した場合は核地雷原への誘導などが成功でもしなければ対処できないだろう。

 

 

 

 

 

 

 




第四計画見直し~その1です。デグさんが話し出すと長い、ので分割しました。あとちょうど良かったので感想欄で頂いた石油関連の話をこそっと差し込んでおきます。

で、とりあえず的にオルタ後タケルちゃんが居れば情報収集としての第4計画は完遂してるよ、やったね夕呼先生、という感じです。


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断案の過程

 話し合いが続く執務室で、最早何杯目かなど数えていないが、合成コーヒーがそれぞれのカップに注がれる。

 

 昨夜と同じくターニャに出された最初の一杯目は天然物だったが、いま三人が口にしているのはまったくの別物。合成コーヒーと呼ぶのもおこがましい、もはやただ意識を研ぎ澄ますためだけの黒い薬品としか言いようがないまでに煮詰められた物だ。

 好んで飲みたい物ではないが、いまこの場に必要な物であることは間違いない。

 

 

 

「ではあらためて質問だ、白銀。第五計画の問題点とは、なんだ?」

「いや……問題点どころか、全部ダメでしょう?」

 恒星間移民で救えるのは高々10万人程度。そして地球ではG弾の集中運用の結果引き起こされる「大海崩」。正確な生存者数などは覚えていないが、地球全土で1億と残っていなかったはずだ。

 「ゲーム知識」とはいえ、知っているのであれば説明するまでもなかろう、と武は思う。そして隠すこともなく表情に出てしまう。

 

「馬鹿か貴様。いや馬鹿だったな」

 武の言葉にまったく納得できていないようで、呆れ返ったかのような溜息が聞こえる。身長差から普通にしていても下から睨み付けられるように見えるが、今は間違いなく睨まれている。

 

 

 

「まず恒星間移民は長期的に見れば絶対に必要だ。BETA侵攻が全宇宙規模であることを鑑みるに、人類種の存亡という意味では、地球及び太陽系のみでの生存戦略はどこかで破綻する。これには香月博士も異論はないな?」

「そうですわね。有限な資源を、成功も覚束ない逃亡に消費することには賛成できませんが、もし『あ号標的』を撃破した後、それこそ人類の寿命が30年ほど伸びた暁には、必要なプランだとは考えます」

 

 もちろんバーナード星系だけに拡げた程度では不完全だろう。恒星間移民ではなく、BETAがハイヴを作らない小型の小惑星などでのコロニー建築も想定しなければならない、と夕呼も一定の同意は示す。

 

「ただし、これに関する利点と問題点とは、まあそれぞれにある」

「問題点の方は判りますよ。夕呼先生の言葉じゃないですが、移民船建造に掛ける資源や人材を対BETA戦に使用できないというのは、それだけで大問題ですよ」

「そうだ。純粋に予算の問題だな。人類の生産能力に劇的な向上が見込めない現状、無駄な物を作る余裕はない」

 ターニャは遠まわしに00ユニットも否定する。00ユニットも有れば便利なのだろうが、必須とは言えなくなっている。

 

 

 

「でも利点……ですか。少なくともいくらかの人はバーナードへの移民ができますが……」

 さすがに移民船団のその後などは知りようが無いので、成功したのかさえ武には記憶にはない。

 

「私の持つ『ゲーム知識』としては成功はしている、いや成功するようだ。だがそれはまた別だな」

 どうしても未来知識という点で時制が怪しくなるが、ターニャの知識としてはUL世界線の後には移民自体は成功したはずだ。もちろん、この世界においてもそのまま成功すると予測できるわけではないが、それも一つの利点とはいえる。

 

 

 

「判りやすい利点としては、大型航宙艦建造の施設やノウハウといったものの蓄積だ。正面装備となる再突入型駆逐艦の数を増やせ、という話も理解できるが、余裕のあるうちにこれらは積み上げておかねば必要になった時に数が揃わん」

 ただ消費される資源が10万人を逃がすためだけと考えればコストに見合わないが、それに付帯する他の利益があるのであれば、考慮もできる。

 

「大型航宙艦、ですか?」

「まさか白銀、アンタ地球からハイヴを取り除いたくらいで戦いが終わると思ってないでしょうね?」

「それに大は小を兼ねる、ではないが移民船建造のドッグは軌道上での駆逐艦建造や補修用にも流用できる」

 

 人類が月から撤退した理由は単純だ。当時の兵站限界を超えていたのだ。そして現時点では月面奪回など足がかりもできていない。火星のハイヴになど、観測衛星を届けるのが精一杯で現状ではそれすらも困難である。

 

「あと着陸ユニットの事前迎撃網は、現状では十全に機能していると思われるが、充足しているとは言いがたい」

 対宇宙全周防衛拠点兵器群「シャドウ」による着陸ユニット迎撃は、今までのところ成功している。

 ただ、これは月のハイヴからの投射物に対しているだけだ。現在までは観測されていないとはいえ、火星やそれ以外からの着陸ユニットの防衛にまで対応できるかどうかは未知数である。

 

 宇宙戦力は何かと金食い虫な上に維持が難しいが、水際防衛としてはどうしても必要な物だ。第五の移民計画に関連する技術開発などは、長期的視点で言えば宇宙軍関連の施設開発という面で、明らかに利点と言える。

 

 

 

「では次だ。G弾の大量同時運用に関する問題点を、具体的に指摘できるのかね?」

「いや……バビロン災害で、人類のみならず地球環境の大半が壊れるんですよ?」

「それは貴様の妄想ではないのか? 証明できるのか? 事前知識のない官僚共を納得させられるだけの資料を作れるのか?」

 やれやれ、とターニャにわざとらしく首まで振られる。

 確かに武が第五、それもG弾使用に拒否感があるのはバビロン災害を「知っている」からに過ぎない。物理学者でもない身としては「大海崩」の発生原因など説明しようもない。

 

「まあこの世界ではG弾が使用されたのはつい先日だから、余計に説得しにくいぞ」

「は?」

「そういえば白銀。知らなかったのよね、アンタ」

「ああ、そう……ですよね。この横浜にハイヴがまだ作られてないってことは、そもそも明星作戦も実行されてるはずが無くて……っとあれ?」

 武の知る限り、G弾が使用されたのは横浜ハイヴに対する明星作戦と全世界規模でのバビロン作戦だけである。そしてこの世界においてはいまだそのどちらも実行されていない。

 

 

 

「この世界線においては、先日の2001年10月22日に朝鮮半島の鉄原ハイヴに対する間引き作戦が、初のG弾の実戦使用となる」

 当然、爆心地での恒久的な重力異常や、それに伴う生態系特に植生への影響などの研究は、まったくと言っていいほど進んでいない。また明星作戦とは違い、ハイヴを攻略できたわけではないので調査さえ不可能だ。

 

「ついでと言えば、私がこのように縮んだ?いや若返ったのか? G弾の影響だと推測される」

 爆心地どころか反応境界線からも離れていたはずなのに、ターニャの身体には謎の効果が出ている。一応の検査では若返ったとしか言えないようだが、長期的な影響は予想もできていない。

 

「あ~そのようなお姿なのは、そういう理由?ですか」

「第五次元効果で若返った、など下手に触れ回れん。不老長寿を求めてG元素を飲む輩まで出始めかねんからな」

 さすがに表立ってそれを理由に第五を推進するような権力者はいないと思いたいが、ターニャの事務次官補という立場が無ければ、今頃どこかの研究室で薬漬けにされていてもおかしくはない。

 

「と、まあ。私の若返りはともかく、だ。第五を推進する連中にしてみれば、G弾の効果は肯定すべき点は多い。前線国家においても核のような直接的影響がいまだ理解されていない点で、G弾使用に肯定的な勢力も強い」

 

 第三が上げた成果が少なすぎるのも問題だった。オカルトじみた情報探索計画にこれ以上金と時間を掛けたくない、というのはよく判る。そしてその延長上の計画である第四の中核たる00ユニットの理解しにくさはESP発現体の比ではない。

 

 

 

 

 

 

「ここまでの話を聞くに、デグレチャフ事務次官補は、第五を推進するのですか?」

「まさか。あんな杜撰な計画を推し進めるなど、まったくの資源の浪費だ」

 移民船建造もガワはともかく中身は後に回してほしい、とまで言う。

 先ほどまでの発言は何だったのかと武としては思わないではない。が、話し合いの前提としては必要だったのだ、と考え直す。第五の利点として並べられた物は、それだけを提示されたとしたら納得してしまいそうなのだ。

 

「恒星間移民はともかく、G弾によるハイヴ攻略が可能だとする勢力、その立場はなんとなくですが判った気がします」

 かつての故郷を取り戻すためであれば手段を選ばない、という気持ちは理解できる。

 ただそれでもG弾の威力に幻想を抱き、重力影響の被害を低く見積もりすぎている点には、同意できない。

 

「ふむ。敵を知るという面で言えば、白銀。第五推進派をどう見ている?」

「え~と。先程までは、アメリカの利権を最大化したい自国覇権主義的な集団、といった感じで捉えていましたが……そんな簡単ではないんですよね」

「三流ドラマ張りの単純化されたまったくの先入観だな。正解からは程遠い。今はどうなのだ?」

 

「移民派とG弾派とが違うのはなんとなく判ります。自分たちが助かるために逃げ出したい奴と、BETAに勝てると思ってその後の覇権を握りたい奴の違いですよね?」

「へぇ~白銀、一応アンタ頭付いてるのね。じゃあG弾推進派の中でも違いがあるってのも判るわよね」

「え……G弾推進派の中身、ですか?」

 

 どうも二人からテストされてるようにしか思えないが、ここで切り捨てられるのも釈然としないので頭を動かす。

 ただ武としては以前の世界で目にした光景からG弾への拒否感が強く、どうしてもG弾を使おうとする者たちを理解しようと思えず、その心情が想像しにくい。

 

 

 

「やはりまだ受け入れれんか。良いだろう、簡単に説明してやる。先に白銀の言った通り、第五でも移民推進派とG弾推進派とは、かなり立場も構成員も違う。さらにG弾推進派の中でも実行の時期や使用する規模で、早期実行を目指す者たちと時期を見計らっている連中、逐次投入か集中運用かなどでバラバラだな」

 第五はアメリカが提唱し推し進めている計画だが、推進派には他の国の者もいる。むしろすでに国土をBETAに取り込まれた国家の中には、早期の奪還を企図してのG弾推進派も多い。

 もちろん比率としてはG弾推進派はアメリカの人間が最大だ。そしてBETA大戦後の世界覇権を握ろうと画策する者たちが中核ではあるものの、そのアメリカの中でさえ纏まっているわけではないという。

 

「ぶっちゃければBETAが中ソを完全に潰してくれるまでは積極的に介入しない、ってのがアメリカの中では一定数居るのよ。というかその筆頭みたいなのが、こちらのデグレチャフ事務次官補よ」

「ふん。せっかくあの土木作業機械がコミーどもを食いつぶしてくれているのだ。中ソの連中はどうせ助けたとしても借りだとも考えんぞ? いや貸し借りという原始的な取引さえ理解できんような連中のために、合衆国国民を危険に晒すようなことは出来うる限り避けるのが当然ではないかね?」

 BETAよりも先に社会主義者どもを滅ぼせとばかりにターニャは吐き捨てる。

 完全に防諜対策が為されていると安心しているのか、ターニャの言葉が先程からかなり崩れ始めていた。

 

 

 

「え、いや、今人類が存亡の危機に瀕してるんですよね? なんで力を合わせて立ち向かおうとしないんですかっ!?」

「人類一丸となってか、良い言葉だな。なのになぜ協力しないか? そんなことはコミーどもに聞いてくれ。組織内部での脚の引っぱり合いは奴らの伝統芸能だ」

 元の世界で歴史で習っただろう、と言われると返す言葉もない。大学受験のそれも内部進学者用の物だが、一応は世界史の枠内での知識はある。その数少ない知識でも、100年に満たないソビエトの歴史が分裂と内部粛清の連鎖だったというくらいは知っている。

 

「それともなにかね、ヨシフおじさんよりも、もーおじさんの信奉者になりたいかね? まあある意味正しさは証明されたとは言えよう。半数どころか七割近くの人口を失いながらも、あの国は一応なりとも列強の一角に居座っているのだからな」

 どうやらターニャは本気で共産主義が嫌いなようで、辛辣な言葉を立て続けに吐く。

 

「アタシとしては、どこの政治家も程度はどうあれ無能だとは思いますが……事務次官補が懸念することは判りますわ」

「下手に中ソの介入を許したままにハイヴの攻略など達成したとすると、BETA由来技術の拡散でそれこそ人類が滅ぶ」

 BETAによる損害が大きいこの世界では相互確証破壊が成立しない。そんな情勢下でG弾などが拡散した場合、自国の地位強化の為だけに、今無傷の後方国家群に向けて使用するであろう国がいくつでも想像できる。

 

「理想としては、中国共産党が消滅し、ソビエトが解体されてロシアと周辺国とに分裂。中露を常任理事国から、今の日本・オーストラリアと切り替わりで時限理事国に、むしろできれば安保理から放り出した後、ハイヴ攻略を始めたいくらいだ」

 さすがにそこまでの余裕は今の人類にはないがね、とは言うものの目がまったく笑っていない。出来るのであればその状況を整えたいとターニャが考えているのは、間違いなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

「まあコミーどものことは横に置こう。考えるだけでも腹立たしい。話を戻して、第五の問題点だ。香月博士としては、どう考える?」

「第五の問題は、敵を知ることを止めてしまうこと、ですね」

 武と違い、夕呼はあっさりと答える。

 

「判ったかね、白銀? これこそが第五計画の最大の問題だ」

 ディグニファイド12以来、オルタネイティヴ計画の根本的目的はBETAを知ること、これに尽きる。G弾を用いての対BETA戦略などを掲げる第五が特殊なのだ。

 現時点では武とターニャの未来知識とでも言える情報で、何とか対応策が立てられる。だが、それが活用できるのはあと数年程度だ。それ以上に時間をかけてしまい、もし「あ号標的」が人間の対抗脅威度を上方修正し新種のBETAなどを投入しようものなら、人類は対処療法的な防衛戦を強いられ敗北が確定的となる。

 

 

 

「そこで香月博士の協力が必要なのだ。第四の成果としてBETAの戦略・戦術行動を世界に提示する。それと並行しての喀什攻略だな」

「先ほど上げた三点の速やかな情報公開、ですか」

 母艦級などの新種の存在と、箒型戦術情報伝播モデル、そしてなによりBETAは学習するということ。

 

 特に注意しなければならないのは、相手の学習能力である。

 今のところは光線級や兵士級などといったある意味場当たり的な対策しかBETAは取っていない。初歩的な欺瞞戦術なども採用している気配はあるが、ターニャや武の知識からしても「戦術」と言えるほどの行動を取り始めるのはもう少し先のはずだ。

 

「BETAは学習し対処してくる。だが我々が何よりも警戒しなければならないのは、アメリカでなく自国利益を目論んでG弾の使用を推進する連中だ」

 周辺諸国が中途半端にG弾や電磁投射砲などBETA由来技術の兵器を使って、「人類がBETAを排除できる」とBETAに知られそれらに対処されてしまうことこそ、警戒しなければならないとターニャは言う。

 

 実のところ、第四が成功したとしても、アメリカの権勢にはさほど影響がない。それどころかむしろ地位向上も見込める。第四は日本が推進する計画ではあるが、日本の次に計画に出資しているのは、当然と言えば当然だがアメリカである。

 第四が十分に満足できる結果を出したならば、もっとも協力した「良きパートナー」として振る舞うだけなのだ。

 

 それはつまりは第四であれ第五であれ、合衆国主導の元でBETA大戦を終結させるという意味でもある。

 

 

 

「不満そうだな白銀? アメリカ主導のBETA大戦後の世界に納得できないというのであれば、帝国の力を付けておくことだ」

「それは……そうなのでしょうが」

 武としては言葉を濁すしかない。いくつものループでそれなりの年齢を重ねた記憶があるとはいえ、良くて20半ば程度までの記憶だ。それも大半が衛士としての物である。

 正直なところ、そんな政治向きのことは他の誰かががんばってくれと言いたい。

 

「まあ貴様の存在で、少しばかり日本帝国が有利になることは間違いなかろう。香月博士を説得する手間も省けた。XM3用の三次元機動データも取れるだろう。私が予定していたよりは少々計画は前倒しにできるはずだ」

 ターニャとしては「白銀武」の出現が無くとも、現状と似たような工程は考慮していたという。

 BETAの学習と対応とを止めるためにも、まずは喀什の最深部にある大型反応炉、重頭脳級「あ号標的」を破壊する。そのためには喀什に限定した上でG弾の少数投下後、軍団規模の戦術機機甲部隊のみでの侵攻を想定していた。

 

 ただそれは多大な犠牲の上に成り立つもので、成功も覚束ない。

 半導体技術の進歩も遅く、OSの改良はその利点の提示が難しい。第三世代戦術機の登場とその量産とを待たねばならなかったが、いまだに各国ともに満足な数を揃えられていない。

 しかも時間を掛ければ有利なのはBETA側だ。

 

 そして何よりも、BETA支配地域の中心点ともいえる喀什をいきなり攻撃する必要性を各国に納得させて合意させるだけの要因が極めて薄い。

 

 

 

「OSの問題が解決すれば、第一世代機や第二世代機でも十分な戦力となる。第四計画の成果として、喀什への重点攻撃の必要性を宣言することも任せられる」

「やはり事務次官補は00ユニットは完成できない、と?」

「香月博士の能力に疑問があるわけではないよ。先に言ったとおりだ。アレは世界の縛りとでもいうのか? この世界だけでは作れんと思う。そしていまの白銀武には、世界線を超えることは不可能だろう」

 

 AL世界線においても、国家や国連の援助を受けて、時間をかけ続けて研究していたのに成果は上げられなかった。それがEX世界線においてはあっさりと解決しているのだ。

 基本となる概念、発想の問題であれば、このままではけっして解に辿り着かない可能性の方が高い。

 

「もしかすれば、私や白銀の影響を受けて、明日にでもひらめくかもしれん。頭は柔らかく、としか言いようがないな」

「そういえばあっちの夕呼先生、なんかクソゲーやってて思いついたって言ってましたからねぇ。こっちじゃ無理か……」

 

 

 

「それに、だ。00ユニットがあればある程度の問題解消にはなるが、00ユニットだけでBETA大戦が人類勝利の末に終結する、というものでもない」

 00ユニットを用いて収集したい情報は立場によってそれなりに変わってくるであろうが、軍関係者としては直接的に対峙しているBETAの情報、そしてハイヴ攻略に向けての地下構造マップだ。

 

 しかしこれらの情報を手に入れるには、リーディングの為に00ユニットが反応炉、頭脳級に接触する必要がある。

 横浜ハイヴの生きた反応炉が存在しないこの世界では、あらためてハイヴを攻略しなければならないのだ。ハイヴ攻略のための地図が欲しいのに、それを手に入れるのは攻略後となる。00ユニットがたとえ完成したとしても、最初のハイヴ攻略が手探りなのは変わらない。

 

「結局のところは、まずいきなり喀什攻略、ですか」

「現状どこまで信用できるか怪しい限りだけど、ハイヴ地下茎の地図がそれなりにあるのは、白銀、アンタが書きだした喀什のそれくらいなのよ」

「ただし白銀の情報を元に喀什攻略を計画するなら、遅くとも2002年度中には実施すべきだな」

 

 霞のリーディングによる手助けもあって、武本人が思っていた以上に詳細に地図は書き出せた。ただそれは武が通ったルートに関してだけのことであり、また今後ハイヴが拡張することで変化してしまう可能性が高い。

 

 

 

「さて白銀、00ユニット無しでの喀什攻略。経験者としてはどう立案するかね?」

「ですが00ユニットが作れないとなると、XG-70は使えないんですよね。無理ゲーっぽくないですか?」

 ターニャをしてG弾抜きでの喀什攻略は不可能だと判断した。

 無理じゃないかとは言えない。ここで諦めたならば、00ユニット開発が絶望的な現状、第五計画が発動し「バビロン災害」がもたらされる可能性が高い。

 

 冗談紛れに武が口にするが、まったく考え付かない。00ユニットがあってしても、作戦から生還したのは武と霞の唯二人だけだったのだ。

 しばらく考えさせてくれとしか、武は答えようがなかった。

 

 

 

 

 

 

 




第四と第五計画見直しその2~という感じです。でようやく100000字超えました。お付き合いしていただいている皆様、ありがとうございます。

とりあえず七月いっぱいくらいまでは毎週火曜土曜二回更新は出来そうな……何とかしたいなぁくらいで進めます。


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透察の闕乏 01/10/25

 訓練再開から三日もすれば、身体の痛みにも慣れてくる。

 いまだ書き終わらないレポートのため睡眠時間は十分とは言えないが、訓練に無理が出ない程度には寝ている。

 ただ喀什攻略計画がまったく考え付けないままに、いつもどこか頭の片隅を占拠している。長距離ランニングの際など、無駄に考え込んでいてペースを乱したほどだ。

 

「まったく……どうしろっていうんだよ」

「タケルちゃん、なんでご飯前にしてため息なんかついてるのさ?」

「煩い鑑、少しはゆっくり考えさせろ」

 食事中に考えたくらいで思い浮かぶものではないが、かといって考えるのも止めることも難しい。

 

 

 

 武の知る桜花作戦が、甚大な損害を出しながらも「あ号標的」たる喀什の重頭脳級を破壊できたのは、作戦に参加した数多くの将兵の挺身の賜物というだけではない。一兵器に意味を与えすぎるのは問題だと判るものの、00ユニットが制御していたXG-70d 凄乃皇四型が無ければ破壊は不可能だったはずだ。

 破壊だけであれば10発程度のS-11があれば可能かもしれない。しかし、そもそも武たちのXG-70dと冥夜の武御雷とが「あ号標的」にまで到達できたのは、XG-70dのラザフォード場による防衛力と、そこまで到達するための予備燃料や弾薬などをXG-70dに搭載していたからだ。

 

 現状この世界では00ユニットは作れない。なにか他の手段でもってXG-70系列が稼働できるかも知れないが、その手がかりを武は知らない。

 しかも喀什はユーラシア大陸の内部。周辺は完全にBETA支配地域であり、兵力の陸上輸送は困難を極め、海上戦力からの支援は受けられない。使えるのは軌道降下だけだ。つまるところ、XG-70が無ければ戦術機のみでの攻略となる。

 

(初期の軌道爆撃を密にしてもらうくらいしか思いつかん。それでもXG-70もG弾も無しとか、軌道降下で大半が死ぬよな……)

 

 ターニャにしてもXG-70かG弾抜きでの喀什攻略は不可能だと考えているという。武が何か思いつかなければ、G弾を使用したプランが準備されるのだろう。

 あの柊町の姿を知る者としては、G弾の使用を認めたくはない。だがそれ以外に有効な方法が思い浮かばない。そして「仕方がない」という諦めから、武も他世界線での明星作戦でのG弾使用は認めてしまっている。

 

 そして喀什攻略は、例え成功したとしても帰還が恐ろしく困難だ。単純距離であればパキスタンからアラビア海に出るルートだが、カシミールを超える必要がある。西のカスピ海に逃げようにもそちらにはマシュハドとウラリスクのハイヴがある。

 

(マジで無理ゲーってヤツだな、これは)

 

「白銀、溜息をつくと幸せは逃げる、と鑑から聞いたぞ?」

「いやまあ……うん、これは深呼吸、深呼吸なのだ。身体には良いんだよな、鎧衣もそう言ってたっ」

 純夏に続き、正面の冥夜からも言われると、さすがに気不味い。ふとどこかで聞いた言い訳の材料に尊人の名前を出してしまう。

 

 

 

 

 

 

「白銀、隣は良いかね?」

「っ!?」

 そんな風に意識がふらついていたからか、座っていた武のちょうど頭の上から声が掛けられるまで、その存在にまったく気が付いていなかった。

 こちらに顔を出すということは考えてもなかったので対応が遅れ、立ち上がり敬礼しようとする。

 

「ああ、楽にしろ。PXでの食事中までは煩く言わんよ」

 それで何か思いついたかね、と武の返答も待たずに、ターニャは横に座る。

 

「……(へにょん)」

 遅れてきた霞はどこか残念そうに耳を俯かせ、武の斜め向かい、冥夜の横に座った。

 

 社霞の存在は基地内でそれなりに認知されている。具体的な配属先や階級などは不明なままであろうが、帝国軍白陵基地の中で国連軍に貸し出されているエリアでは、夕呼直属のスタッフとして扱われている。

 207Bの者たちも霞の存在は知っているのだが、もちろんその立場や能力は伝えられていない。その霞の横に並ぶターニャに至っては、さすがにどういう人物か推測もできないようで、誰も口を挿めない。

 

 

 

「……豚汁と卵かけご飯、ですか」

「せっかくの日本、それもまだ天然の新米だぞ? 今のうちに食べておかずにどうしろというのだ」

 何か話があるのだろうと武としては警戒していたのだが、トレーの上に載っている夕食を見ると、まずはそちらに意識が持っていかれてしまう。武の言葉通り、トレーに並ぶのはご飯に豚汁そして生卵と、豆腐とひじきの小鉢が二つ。

 

 ターニャも霞も手慣れた様子で卵を割り、箸で器用に混ぜている。二人ともに周囲の緊張には気にもかけていない様子だ。

 国連軍という多国籍組織だが、BETAの侵攻によって武の知るEX世界線ほどには各国の文化は拡散していない。箸を使うのは東アジア圏にとどまっている。非アジア圏の兵士の多くは、フォークとスプーンが主体だった。

 

 霞とターニャが並ぶと、見た目だけであればロシア系の美少女が二人。それが無表情で卵かけご飯を混ぜているのは、どこかしらシュールだ。

 

「まあそれに、こちらの社は寝起きのはずだ。朝定にはこれか納豆だろう?」

 満足げに卵かけご飯を食べながら、武にとっては驚きの言葉を告げる。

 

「社が寝起き? そうなのか?」

「…………(コクリ)」

 なるほど言われてみれば、起き抜けなのか少しばかり眠そうにも見える。普段よりも俯き気味だ。

 

「もしかして……俺が無理させてる、いやもしかしなくても無理させてるか……悪い、じゃねえな。ありがとう。これからもよろしく頼む」

「……(ふるふる)……(コクリ)」

 謝ることではないとあらため、感謝を言葉にしつつも罪悪感は残る。霞もその言葉を受けて、少しばかり笑ったような形で、耳を動かす。

 昨夜は寝てしまったとはいえ、武が以前の世界線での経験をレポートとして纏めている時には、霞はその横でリーディングを使いながら武が取りこぼした情報を書き留めている。そしてそれ以外の時間はおそらくはXM3の開発に携わっているはずだ。そうなれば確かに寝れるのは、武をリーディング出来ない訓練中の時間になるのだろう。

 

「でも社。ニンジンは食べなきゃだめだぞ」

「っ!? …………(ふるふる)」

 寝起きの理由も気にはなるが、ニンジンを避けようとくるくると豚汁を椀の中で混ぜていたのを軽く注意しておく。

 どこか悲しそうな目で武を見てくるが、好き嫌いは良くない。

 

 

 

「それで失礼ながら、その髪の色は?」

「ああ、これかね。偽装の一環だ」

 恐る恐るといった様子でニンジンを摘まむ霞を横目に、聞いておかねばと武は口にする。

 ターニャの髪は、元の金髪からいつのまにか染めたのか、霞と似たような僅かに青味がかった銀髪になっているのだ。

 

「もう少しばかり色の調整をしておけばよかったやもしれんが……こうしておけば第三の遺産に見えなくもなかろう?」

 おそらくは冗談なのだろうが、表情を変えないままに誰の耳があるか判らないようなPXで、堂々と言ってのける。が、残念ながら武としては同意しにくい。霞以外のESP発現体を詳しく知っているわけではないが、霞の横にいると一見似たように見える無表情でも、まったく違った意味合いに見えてくる。

 

「ん? 正直な感想を言っても良いのだぞ、白銀?」

「であれば……髪の色はともかく、立ち居振る舞いもなにもかも、社と違い過ぎませんか?」

「そのあたりは気にするな、ちょっとした欺瞞程度であり、私を第三の遺産だと信じさせたいわけではない」

 誰に対するどういう意味での偽装なのか、気にならないと言えば嘘になるが、説明されないのであれば仕方がないと割り切っておく。今この場でターニャが名を名乗らないのと同様に、必要となれば伝えられるはずだ。

 

 

 

「それで白銀? 演習の方はクリアできそうなのかね?」

 雑談は終わり、とばかりに斬り込んできた。ターニャの問いには主語が無い。

 

「自分としては神宮寺軍曹殿の教導には満足しております。問題は解消されるかと愚考いたします」

 二日ほどしか様子を見ていないが、武の目からすればギリギリ何とか隊は纏まっているように思えている。逆に言えば何かあれば一気に瓦解する程度の纏まりでしかない。

 

 むしろ武からすれば、ターニャが207Bの動揺を誘うためにこのような行動に出ているのは判るものの、出来ればちょっかいは出さんでくれと言いたい。207Bは周囲の視線に敏感すぎるところがある。間違いなく、今のターニャのように値踏みするように観察されれば、反発することは目に見えている。

 今も全員が緊張しており、直接的には視線は向けては来ていないが、武とターニャの言葉に注意しているのは、いやでも判る。

 

 

 

「……白銀聞いて良いかしら、そちらの方は?」

「榊っ!」

 冥夜が止めるが、もう遅い。

 やはり来たかと武はなかば諦めつつも嘆息する。

 

「白銀? これが衛士として有望な者たちの態度だと貴様は言うのかね? 特別扱いも度が過ぎるぞ?」

「申し訳ありません、榊訓練兵には後で叱責しておきます」

 口を挿もうとした千鶴は完全に無視したままに、ターニャもわざとらしく大きなため息をついて、武を睨み付ける。

 ここで自分が先任ではない、などとターニャに申し立てても言い訳にもならない。短い付き合いだが、ターニャに対して汚名を返上するには、実績で証明する以外にない。

 

 

 

「ふむ……では、一応挨拶はしておこうか」

 少しばかり考え込んだ振りをしつつ呟き、207Bの面々を視界に収める。

 

「わたしはターシャ・ティクレティウスですっ、軍人さんのことはよく判らないことも多いので、よろしくお願いしますね、お姉さま方っ」

「っ!!(びくぅっん!!)」

 ターニャのわざとらしいまでに可愛らしく作り上げた笑顔に、霞が飛び跳ねるように耳を立てる。

 

「……失礼ながら、ター、シャ? テレテ、ス?さん? 申し訳ありません、が、なんなんですかそれ」

「ターシャ・ティクレティウス、だ。いや、さすがにこの身体だからな、偽装せねばということで試してみたが、駄目か?」

「とりあえずターシャ……さん。社が怖がっているので止めてください。俺も怖いです」

 作った笑顔と声を一瞬で普段の無表情に戻し、他の者の反応を一切考慮せずに、ターニャは席を立つ。

 

 

 

「あまりの卵かけご飯の美味さに、恥ずかしいことに気が動転しておりました。前線に比べれば、後方のなんと快適なことか。ああ、申し訳ないご挨拶を申しあげるのが遅れてしました、あらためましてターシャ・ティクレティウスです。ご覧の通りの階級も定まらぬ若輩者ですが、何分ただいま絶賛所属不明の正体不明。言葉を飾らずに申し上げますと無職でありまして、身の置き所の無い故の無作法とお許しください。

 ではキャンパスライフを満喫中の皆さま、これよりよろしくお願いしたく存じる所存です。さあ、机を並べて楽しく平和に、たくさんのBETAを排除し、明るい帝国の未来を確立するべく共に学びましょう」

 

「え、まさか、そのター、ターシャさん? 我ら訓練兵に混ざる、とかおっしゃるのでしょうか?」

 妙に慣れたテンポで挨拶らしき口上をターニャは滔々と語り上げる。前半はともかく、武としては後半の最後が気になり問いを発してしまう。

 

「言葉の綾だ。衛士の訓練などには参加せぬよ。さて冗談はこれくらい位にしておこう。訓練後の語らいを妨げるのも気が引ける上に、我々にも仕事が残っている。では、な。訓練兵諸君、邪魔をしたな」

「は、お騒がせして申し訳ありませんでしたっ!!」

 言うだけ言い切って、返答を受けるつもりが無いと態度で示しつつ、ターニャは踵を返す。

 今度は止められなかったために立ち上がり、武も敬礼して見送ろうとする。

 

 その武を真下から、本人はその意図があるのかどうか判らないが、見られる方からすれば射殺されそうな睨み付けるような視線を送り付けて、言葉を残す。

 

「ああ……最後に、白銀訓練兵。自身の欠点を晒すようでいささかに恥ずべきことなのだが、私は香月大佐ほどには人間が出来ていなくてね。少々我慢が出来ない質なのだ」

 

 

 

 ――実力をもってして自らの価値を証明せよ、できなば去ね。それすらもできねば、今死ね。

 

 

 

 その後は振り返ることなど一切なく、ターニャはPXから姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 




少々短いですが、次との絡みでここで切っておきます。卵かけご飯美味しいです、ということでターシャ・ティクレティウス(無所属新人9歳?)登場です。髪の色は染めたのか、アレでナニしたのか、それとも謎の医療技術で変更したのかは、またかなり先にでも判明するかもしれません。

ちなみにタケルちゃんを脅すくらいには、ダグさん期待をかけています。


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特異の把捉

少しばかり榊千鶴へのアンチヘイト的な表現が有ります、ご了承ください。


「はぁ……榊、お前もしかして、バカか」

 ターニャがPXから立ち去るまで敬礼を続け、見えなくなったところで力尽きてテーブルに座り込む。

 落ち着くために、残っていた合成玉露をゆっくりと口に含む。

 

 殺されると思ったぞ、と緊張が解けた反動で言葉を漏らしてしまう。「殺されるかと」ではない。確実に殺意を向けられていた。無能・無価値だと判断されれば一切の躊躇なく、切り捨てられる。

 いまだ必要性の高い情報を持つ白銀武を殺すことはない、などというふやけた願望など持ちようが無い。最後にターニャから告げられた言葉は、武がその有用性を証明し続けなければ間違いなく実行される。それはおそらく207Bの面々に対しても同じだ。

 

 

 

「なによ白銀?」

「いや榊。先程の行為はそなたの失態だぞ。紹介もされていないのに、口を挿むべきではなかった」

「……それは、そうだけど」

 千鶴とて最初は沈黙を貫こうとしていたはずだ。それが我慢できなくなったのは、自分たちの隊の評価を、無関係の第三者に勘ぐられていたからだ。

 

「もしやそなた、あの方を外見で判断したのか?」

 冥夜が千鶴の躊躇いを見て、そう推測する。

 なるほどターニャは一見すれば霞よりも年下の少女、というよりも幼女だ。たとえ国連軍の軍装のような物を身に纏っていたとしても、その立場を想像しようがない。

 それが上位者として振る舞っているという異様さから、千鶴は口を挿んでしまったのだ。

 

 

 

 まあ丁度良い機会かと呟いて、武は姿勢を正す。

 まりもの指示で207Bは合同部屋での共同生活を始めてはいるが、それだけですぐに隊内の壁がなくなったというわけではない。今は形だけ取り繕っているようなものだ。

 そして先程のように外部からの評価には、病的なまでに反応してしまう。

 

「榊分隊長は、ご自身が首相のご息女であることを『特別』だと考えられているご様子ですが……」

「その無駄な遜りは止めて」

 気持ち悪いから、とはさすがに口にはしないがそうとしか思っていなさそうな顔だ。

 

「と、分隊長の許可が出たので、いつも通りにいかせてもらうか」

 まりもに丸投げして放置するわけにもいかず、やりたい仕事ではないが武は207Bの問題点の指摘を始めようと決意する。

 

 

 

「なあ、誰か二期前の前々首相のご子息、いやご息女でもいいや、今何をなさっているのか知っているか?」

 武は二代前の首相の名前ではなくその子供の、現在の仕事を問いかける。

 

「む……?」

「えっ……と、どなたでしたっけ?」

 冥夜と壬姫は思い出そうと頭を捻るが、何も出てこないようだ。

 

「御剣と珠瀬とが知らないようなら、誰も知らんようだな。ついでに言えば俺も知らん」

「白銀、あなたっ!!」

 からかわれたのかと榊が怒りを表すが、武としてはこれはまだ前提の段階だ。

 

「つまりだな。首相の娘の進退なんて、この国においてはそれくらいのもんなんだよ。だいたい国会議員って何人だ? 都道府県の知事クラスまで含めて、議員関係者やその経験者の子弟なんて数千人規模だぞ? 現職のご息女といえばそれなりの位置付けではあるが、そんな程度だ」

 むしろ財閥関係の子弟の動向に注目する方が衛士としてはマシだろう、とまで続けておく。

 

 

 

「だいたい国連軍に来た時点で、特別も何もねーだろ」

「それは、私は帝国軍に志願したのよ。どうせ父が後ろから手を回したのかもしれないけど……」

 

「人質、と言いたいんだろうが、今のお前にそんな価値ねーよ」

 ガキでも判るだろう、と一拍だけ間をあけて畳みかけていく。

 

「榊首相のご令嬢として価値を維持するためには、大学に進学して政界への道を作っておく必要があった。そうでなければ親父さんの派閥や後援会の援助どころか、同期の学閥にも入れねぇ」

「……政治の道を目指すつもりはないわ」

 

「だから国連の衛士訓練校に来ちまったお前は特別じゃねぇって言ってんだろ。特別視されたいんだったら、衛士訓練校じゃなくて最低でも海か陸の士官学校に行っとくべきだったな。そっちで佐官くらいまで上り詰めるんなら、まだ『榊』の家の名前に意味はあったかもしれん」

 榊首相はおそらく軍から意図して距離を取っている。逆に言えばその娘が士官候補として入ってくれば、間違いなく特別扱いされるだろう。

 

 士官学校出身に比べて、衛士も士官とはいえ前線勤務が主体であり、またその損耗も激しい。生き残れば階級は押し上げられるものの、軍内部での影響力を強めるものではないのだ。死なずに大尉までは上がれたとしても、衛士のままであれば少佐への昇進は困難だ。

 そして尉官と佐官の壁はこの時代でも大きい。

 

「衛士は確かに士官ではあるが、あくまで最前線の消耗品の一つだ。つまりは今の榊千鶴は政治でも軍事でも駒としては無価値なんだよ」

 

 

 

 

 

 

「逆にだな、彩峰の方が立場的には帝国軍にしろ、こっちの国連軍にしろ、お隣の大東亜にしろ、特別扱いされるわな」

 以前に経験してきた世界での武の記憶とは異なり、この世界では彩峰中将は存命であり、今なお朝鮮半島での撤退・防衛戦に司令官として参戦している。帝国内部だけでなく、アメリカをはじめアジア周辺国にまでその名は響いているという。

 

「半島からの撤退後には組織改編、というか解体が噂されている大陸派遣軍の、それも実績と人望ある中将閣下。組織再編の後にはこれまでの実績を考慮して大将に昇進の可能性もありえる。武家の出身じゃないというのも、この場合価値が高い。一般市井の視点を持てる、部下を思いやれる将官だという印象があるからな」

 実際のところは年齢的にも足らず、朝鮮半島からの撤退の責任を取らされるであろうから、階級据え置きのままに九州方面か山陰あたりの最前線に据え置きされることだろうが、今はそれは説明しない。

 

「で、そんな方のご息女を帝国陸軍はまあ受け入れにくいわな。ただでさえ大陸派遣軍と本土防衛軍で陸軍を割っちまった上に、それぞれの中で派閥が形成されてる。そんな中に放り込んだら次世代次々世代の旗頭に使われるのは間違いない。そもそも中将ご自身が派閥人事を避けておられるらしいという話まであるから、帝国陸軍に志願してもこっちに回されたんじゃないか?」

 

「……」

「何? 私と違って彩峰には士官学校行けとは言わないの?」

 武の話に思うところがあったのか慧は睨み付けるような目線ではあるものの口には出さずに黙っている。

 対して千鶴は、武の対応に不満があるのか、はっきりと疑問を挿む。

 

「正直に言って、だ。こいつに佐官以上の指揮官適性があるようには見えん。小隊指揮でギリギリ、中隊指揮なんて無理じゃねーのか」

「……まったくのどうい」

 

「いや、そこは同意するんじゃなくて努力するところではないのか、彩峰」

 自身の欠点を指摘されているのに、反論もせず肯定する慧に、冥夜が律儀に指摘する。

 が、他の者は納得してしまったのか、鑑に至ってはうんうんと頷いている。

 

 

 

 

 

 

「次に珠瀬の特別さは、ある意味では一番判りやすいか。親父さんが国連の事務次官だからな。ま、実際の職務内容なんかは知らない奴の方が多いんだろうが……」

 

(ぶっちゃけ俺なんか、なにか国連の偉い人、くらいの印象しかなかったからなぁ……親馬鹿以外は)

 続けて口にしそうになったが、武は何とか堪える。正直なところ、今でも珠瀬事務次官がどのような活動を行っているのかは知らない。

 

 これは武に限ったことではない。珠瀬玄丞斎は国連事務次官だが、その職務が如何なるものなのか、それを正確に説明できる者は少ないだろう。また判りやすい実務がニュースなどで取りあげられることも少なくはないが、やはり国内のそれに比べれば決して多いとは言えない。

 それ故にAL世界線では、日本人でありながらアメリカの権益を代弁しているようにも思われていた。一部の青年将校たちからは、榊首相と同じく売国奴とまで罵られることもあった。

 

「日本人としてではなく、国連に属する者としては何かと難しいとは思うが、素晴らしい方だとは俺も思う」

 こちらの世界ではまだ会っていないが、以前に見たクーデターの時の対応などを思い出す限り、立場は違えど国と世界とを護りたいという心意気は間違いなく感じられた。

 

「え、と。ありがとうございますっ」

 武が本心から、自分の父親を褒めていることが伝わったのか、壬姫は照れながらも嬉しそうだ。

 

 

 

 

 

 

「で、だ。榊に彩峰、珠瀬と。この程度は詮索するとかしないとか関係なく、ちょっと新聞でもニュースでも見てれば、誰でも知ってることだ」

 わざわざ隠して壁を作ることでもねぇーよ、と笑い飛ばす。

 先程から何度も知らなかったという顔をして驚いている純夏を見るといろいろと不安になるが、今は無視する。

 

「そっちのお気楽二人組からすれば、たしかに良いところのお嬢様方だが、まあ訓練兵の立場となった今では関係ない」

「お気楽二人組って何さっ!?」

「あははーでさ、タケル、ボクにはなにも無し?」

 

「鎧衣は、うん、あれだな、ほら。貴重な男子枠? それ以外は鑑と一緒ということにしておいてくれ。一般人というにはアレだが、一般人枠なんだよ」

「タケルちゃん、適当過ぎるよ。お気楽なのはタケルちゃんの方だよ……」

 

 尊人は病気療養中だった武を除けば207訓練小隊隊内唯一の男子だ。女子よりも先に徴兵年齢引き下げがあったはずなのに、他の皆と同年齢での入隊というだけで何らかの政治的要因があると考えられて当然だ。

 それ故に武が誤魔化しているのがあからさますぎて、純夏にさえ呆れられたような声を上げられるが、鎧衣課長の件は本人が実の息子にさえ隠しているような話だ。防諜の面からも秘匿する意味は理解しているが、それとは別に感情的な面でも、他人が伝えるべきことではないと考えてしまう。

 

(ただ鎧衣課長のことだ。鎧衣は国連、夕呼先生への人質じゃなくて、第四反対派への釣り餌なんだろうな……手を出して来ればそこから背後を探るための)

 あの人に対して家族が人質として機能するはずもないが、そう思い込む輩がいないわけではない。

 娘、いやこの場合は息子なのだろうが、そうであっても国の為になら使い切ると、左近からは聞いた気もする。そして間違いなく必要があれば自身の感情を切り離して、鎧衣左近という人物はそれを実行できることを武は知っている。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、そなたの言いようは判った。特別だと思い込んでいるのは我らだけのことであった、と」

「まあ要はそういうことだ。それなりに注目はされるだろうが、所詮は一訓練兵。隊内で勝手に変な空気作ってそれを読みあってるんじゃねぇよってことだ」

 先程から黙って考え込んでいる千鶴と慧とを意識しながらも、冥夜は武を見据えてくる。

 話は終わりと、武としては言い逃げしたいところだが、それは難しそうだ。

 

「となると……私に対しては何もないのか?」

「正直に言えばこの言葉は使いたくないんだが、御剣の特別、特殊な立場か……」

 面と向かって問われると答えざるを得ない。さて、どういうべきか、と真剣に悩む。

 御剣冥夜の特別性は、いまさら武が本人に説明する必要など、まったくない。間違いなく冥夜自身が誰よりもそれを理解している。

 

 そもそもが御剣冥夜の立場は、知っている者が見てその背景を推測させれれば、それだけで機能しているのだ。そして知らない者にとっては、関与しようもない立ち位置だ。国連軍と帝国軍、そして諸外国の「その意味」が分かる層に向けての宣誓ともいえる。意味が理解できないような相手であれば、そもそも政治外交的な手段を取る必要さえない。

 将軍家が第四計画に対して好意的である、深く関わっていると周囲に思わせることを目的として、冥夜は第四に送り込まれた。送り込まれた時点で、既にその成果は挙がっている。

 

 榊千鶴と似て異なるのは、千鶴が公式ではあるものの結局のところ代りの効く首相の娘であるのに対し、冥夜は非公式ながら将軍家という不変の立場からの関与だ。

 

 

 

(しかしそう考えると、冥夜の立場って、ある意味では便利だよなぁ)

 公的には御剣冥夜は、一武家でしかない御剣家の次期当主でしかない。それなりの家格ではあるものの、政治的重要度はないに等しい。それでいて非公式には将軍家に連なる者として、その立ち位置は非常に意味が出てくる。

 公的には何ら説明する必要が無く、その立ち位置から周囲に将軍家の意図を推測させることができる。

 

 帝国政府内においては実権の無いに等しい将軍職だが、影響力まで失っているわけではない。そして外交面では帝室や王室の影響は無視できるものではない。ユーロや東西アジアでは立憲君主制国家も多く、そして合衆国大統領でさえその大半は家系的には英国王室の流れなのだ。

 

 

 

「御剣に対しても、まあ言いたいことはあるが、お前の場合自分で判ってて、それでも切り捨ててるから、ここでは言わん」

 結局武としては冥夜に対して言葉を告げることができない。

 

「え、なに。タケルちゃん、御剣さんだけ特別扱いするの? それこそ仲間外れじゃないのっ!?」

「煩い、鑑はちょっと黙れ。御剣に言うべきことはだな、まあ、アレだっ、あ~」

 もちろん武個人としては冥夜に言いたいことはある。

 だが、もっと自分を大切にしてくれ、とはこの場ではさすがに言えない。

 

「……ふむ? どうした白銀? それこそそなたの言う、空気を読んで踏み込まない、というこの分隊の問題点そのものではないのか?」

「御剣? 判ってて言ってるだろ、俺は空気を読んでるんじゃないんだ……殺気を読んでいるんだっ」

 武の言いたいことが公の場では口にできないことと推測したのか、笑ってごまかせる話に冥夜は誘導してくれる。

 

「というかこれはホントに、下手なことを言うと文字通り首が飛ぶ、な。物理的に」

「……さすがにいきなりそこまではせぬと思うぞ?」

「いーやするね、絶対するね、というか今まさに斬られそうで、首筋が冷てぇ……」

 

 タイミングが悪かったとしか言いようがない。

 白の三人であればともかく、どうやら今の時間の警護は真那だ。振り返らないが、今も背後から睨み付けられているような圧迫感は感じる。先程のターニャから向けられたそれに比べれば、まだマシだと比較にもならない慰めで、自身を誤魔化しておく。

 

 直接会う時に何を言われるのか、今から覚悟だけは決めておかねばならないようだ。

 

 

 

 

 

 

 




タケルちゃんのSEKKYOUタイム?ですが、準備不足の上勢いだけでは乗り切れずに、尻つぼみとなるのです。といいますか、マブラヴ世界での日本帝国の士官教育がどうなってるのか、いまいち調べきれずに適当に書いてしまってます。海軍兵学校とか陸軍士官学校とかが残ったまま?

【追記】
感想欄や評価などで「デグさんがマブラヴプレイしているのはおかしくない?」というご指摘がいくつかありましたので、あらすじ部分に追記しておりますが、こちらでも一応明記ということで……「幼女戦記」に関しましてはWeb版を基本としております。よくよく考えてみればアニメ版などではオタク趣味完全に隠してる、というか軍オタ部分も説明無かったんですよね。つじーんや無茶口とかそういえば言ってなかった……


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位地の事理

「さて。せっかくだ、白銀。演習に対して、我らが為すべきことを教授願えないか?」

「あ~一番簡単なやつは、昨日神宮寺教官とも話していた時に却下されたんだが……それでもいいか?」

 

「……一応聞いておくわ」

 千鶴は想像できたようで顔が強張っている。

 長引かせてもいい話ではないので、武としても簡潔に答える。

 

「榊を分隊長から外して、御剣を分隊長に据える」

「……」

「ま、そうなるでしょうね」

 予想していた答えに納得した千鶴とは逆に、ある面では一番賛成しそうな慧が無言で武を睨み付ける。

 壬姫などは周囲の反応を窺うように、キョロキョロと視線を彷徨わせている。

 

「む……それは難しいな。榊の判断には私も信を置いている」

「だからだよ。御剣を分隊長にして、榊を副隊長。彩峰と鎧衣には、違和感を感じたらすぐ様に意見具申させる」

 指揮官が作戦を立案し、副官がその補佐をするというのは、あくまで一つの形であり絶対ではない。

 作戦立案をするのは参謀たちに任せ、指揮官は提言された中から最適と思われるものを選択する、というのも組織の形としては有りえる。

 

「ただし。これは神宮寺教官から却下されているから、他の方法を考えろよ?」

 分隊長の変更は却下されている、ともう一度釘を刺しておく。武はともかくまりもの方針としては、千鶴と慧との反撥をカギにして分隊全体の協調性を高めようとしているように見える。

 

 

 

「聞いて良いかしら、白銀。さっきの案では珠瀬と鑑とはどうするの?」

 名前が出ていなかったからか一歩引いていた二人が、緊張からか肩を強張らせる。

 

「珠瀬と鑑は簡単だ。『命じられたことのみを実行する』だけだ。特に珠瀬? 上から命じられたことを自分じゃ無理だととか思い込んで、勝手に逃げるんじゃないぞ?」

 

「え? でも私じゃできないことも……」

「指揮官が部下に命じたことは、その部下ができると判断したから命令してるんだ。お前の弱気に見せかけた態度は、指揮官の判断能力を信用していないとも取れる」

 当たり前だが、有能な指揮官であれば、部下が実行可能なことしか命令しない。

 もちろん無能な指揮官であれば、意味の薄い命令や、より上位からの命令を繰り返すだけのこともある。

 が、この207B訓練分隊の場合や、その後に配属されるA-01では、そんな無能の下に付くことはないと断言できる。

 

「だから珠瀬の場合は、下手に考え込まずに、まずは命じられたとおりに実行するように心がけること。判ったか?」

「はい、珠瀬訓練兵っ頑張りますっ!!」

 

 

 

「で、鑑は?」

「鑑はなぁ……無駄に考えるなというよりも、ちゃんと考えてるのか心配になる。というか、だ。二年寝ぼけてた俺より座学が不味いってのは、正直なところどうなんだ?」

「タケルちゃんにバカにされてる気がする。バカっていう方がバカなんだぞっ」

 

 武は一応は座学の点を指摘しておく。

 純夏の座学の成績は、まりもの教え方が上手いからか、問題視されるほどに悪いということはない。帝国軍訓練兵の平均以上はあるのだが、比較対象がA-01に入れるような連中ばかりなのでどうしても低く見える。

 

「俺がバカなのはまあ否定はしないが、だ。鑑、繰り返しになるが、お前ヘンなところで考えすぎだ。勘は良い方なんだから、自分の直感は信じろ。行動の理論付けは、榊とかに補習してもらえ」

「う~タケルちゃんに何か言い包められてる」

 

 純夏の場合、座学と実技とが噛み合っていないのが一番の問題なのだ。

 直観的な反応は時には隊内随一なこともあるのだが、安定しない。そして作戦指示などを聞いた時の対応がわずかに遅い。指示の意図やその先を考えようとはしているのだろうが、座学での知識理解の薄さからかそこで遅れが生じている。

 結果としては、考えられないのならば言われたことのみを実行しろ、ということになってしまう。

 

 

 

「皆ちょっと良いかしら。白銀の意見を全面的に取り入れるという話じゃなくて、少しは参考にしようとは思うの」

 武の個別の対応案を聞いたうえで、千鶴は心を決めたようだ。

 

「指示は私が出す。ただし決定権は御剣、あなたに任せるわ」

「む? それは、どうなのだ?」

「副官からの同意が無ければ隊を動かさない、というのはおかしな話じゃないでしょう?」

 認めてしまっても良い物なのか、と冥夜は他の分隊員を見渡す。が、反対意見はないようだ。

 

「……承った。決定権という形ではなく、隊長の方針に疑問がある場合には、できる限り具体的な意見を差し挟もう。ただし命令はせぬぞ? あくまで副隊長としての提言に止める。皆もそれで良いか?」

 冥夜は、暫しの間目を瞑っていたが、千鶴の案を自分なりに解釈して受け入れた。

 

(マズイ……御剣の場合いままで口を挟まなかったのは、自分の言葉が階級に関わらず常に「命令」になるからか? 嫌な立場に押し出してしまったか)

 冥夜の自身を律するかのような言葉を聞いて、武が予測していなかったことに思い至ってしまう。

 千鶴や慧は冥夜の立場を、間違いなく理解し尊重している。その立ち位置から何らかの意見を出されれば、たとえ分隊長であったとしても、完全に否定することは難しい。そのことを冥夜自身が理解しているからこそ、今までは口を出そうとしていなかったのかもしれない。

 

(あ~いや? そもそも御剣自身は自覚はないかもしれないが、榊の指示に従っているのではなく「指示」を「進言」「提言」程度に受け入れてるだけっぽい?)

 おそらくは本人たちも言葉できるほどには突き詰めていないであろうことを、武は答えの出ないままにグルグルと頭の中で考え込んでしまう。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、そういう形で纏まったということで……」

「待ちなさい白銀」

 今度こそ、それこそ逃げ出すように席を立とうとするが、再び千鶴に呼び止められる。

 

「神宮寺教官は、あなたの紹介の時に『むしろ経験者としての教えを請え』とおっしゃってたわ。」

「ん? ああ、そういえばそんなことも言ってたな」

「出来れば今、あらためて総戦術演習に向けて私たちができることを教えてくれない?」

 半ば命令のような言葉だが、千鶴にしてみれば演習までの余裕が無いのだ。

 分隊の意思決定を少し変えた程度では、演習に合格できるとは考えられないのだろう。尊人や壬姫も縋るような目線を送ってくる。

 

 

 

(あ~榊は性格的な部分もあるが、他の全員も基礎訓練やりすぎて歩兵的に頭が固まってるのか。いや自分たちの特別性から、逆に委縮してるのか?)

 千鶴は以前にも感じたことだが、分隊長つまりは指揮官というものを絶対視しすぎ、逆に他の者たちは命令される側とだけ勘違いしてるところがある。帝国は他の前線国家に比べればまだ時間をかけている方だが、やはり即席の衛士訓練の弊害が出ていることに今更ながら気が付く。武から見て、考え方の基本が歩兵として固定されているように思えた。

 

「そうだな……演習の想定は『戦闘中戦術機を破棄せざるをえなくなり、強化外骨格も使用不可能という状況下での戦闘区域からの脱出』だったか?」

「ええ、そうよ。第一目標が回収ポイントへの移動、第二目標が後方攪乱のために三カ所の目標破壊」

 

(しまった……回収ポイントって指定されてたか? もしかして回収ポイントの発見まで含めて第二目標だったか?)

 もともとこの話をするために準備していたわけでもないので、細かな部分までは覚えていない。とりあえず相手がどこまで知っているのか確認するかのように質問しながら、自分の記憶を掘り起こしていく。

 

「だよな? お前らなんで第二目標達成しようとしたんだ? 戦術機の無い衛士が、後方攪乱? バカじゃねーの?」

 武としては伝えたいことはそこではないので、とりあえず勢いで誤魔化すことに切り替える。

 

「というか彩峰、なんでこんなバカげた命令、無視しねーんだ?」

「……」

「答えられねぇのかよ、まったく」

 目を瞑り口籠った慧に畳みかけるように、どう考えても演習の想定自体がおかしいだろ、と続ける。

 

「どーもお前ら、自分たちが訓練兵だと思い込んで勘違いしまくってるぞ? 想定ちゃんと読めよ」

 実のところ無理矢理に「判っている」風を装っているが、武自身二度の演習とその後の実務経験から言える話なので、あまり偉そうなことは言いにくい。すくなくとも最初に演習を受けた時は何も理解できていなかったことは確かだ。

 

 

 

「最初に『戦闘中戦術機を破棄』ってあるだろ、つまりは想定としては衛士にして少尉サマだってことだ。判るか?」

 判って無さそうだなとは思いながら、一応は聞いてみる。もちろん当時の武も判っていなかった。

 

「……パス」

「え、と。ごめんなさい」

「すまぬ白銀。そなたが何を言いたいのが判らん」

 質問の意味と意図に気が付けないようで、皆が怪訝な顔をしている。

 

「まさかタケルちゃん、少尉だから偉いっとかアホなこと言わないよね?」

「……鑑にアホとまでは言われたくなかったが、その通りだ。少尉だから偉いんだよ」

 

「は?」

 何を言っているのだ、と言わんばかりに千鶴が睨み付けてくる。だが、その程度で武が揺らぐことはない。

 

 

 

「お前らなぁ……衛士になって任官したら、国連軍少尉。これはいいな?」

「もちろんよ」

 衛士の階級は各国で細かな差異はあれ、基本的に最初に戦術機を配備運用を始めたアメリカに準じている。

 最初期は戦術機パイロットが空軍航空機パイロットからの配置転換が多くを占めたこともあり、戦術機の運用が陸軍主体となった今でも、空軍に準じた階級となっている。当時からの慣習ともいえるが、衛士にはそれだけの高い判断能力が必要とされるのだ。

 帝国軍や国連軍も同様で、衛士になるということはすなわち士官となることでもある。

 

「じゃあ、そうだな……帝国本土防衛軍で少尉ってどれくらいの階級か、ホントに判ってるか?」

「え、だから新任の衛士でしょ?」

「……しろがねホントにバカ?」

 すぐに噛みついてくる千鶴と慧。このあたりそりが合わないのか無暗に合いすぎているのか判断に困る。

 

「……ふむ」

 冥夜は何かに気が付いたのか、納得しつつも眉を顰めている。自身の立場からは言うべきでないと判断したようだ。

 

「あ~タケルの言いたいことって、もしかして歩兵科とか砲兵科とかのこと?」

「そのとおりだ鎧衣。そこで少尉ってのはどういう仕事だと思ってる?」

「えと、小隊長くらい、だよね」

 衛士訓練校とはいえ、総合演習に合格するまでは基本的には歩兵と同様の訓練をこなしているので、そのあたりのことは座学でも教えられる。

 

「そうだ。まあ大隊副官の場合もあるかもしれんが、普通は小隊長だな。衛士は空軍的な編成の感覚があるから、少尉と言えばエレメントの下っ端と思いがちだが、陸だと小隊長つまりは部下が30人とか50人とかいるわけだ」

 小隊の構成は国や兵科によって異なるが、おおよそは10人程度の分隊を三~四個で小隊だ。少尉はその人数を指揮することになる。

 

 

 

「で、だな。そんな少尉サマたちが前線で孤立無援の脱出行。そんな最中に後方攪乱させる必要があるのか? 絶対に必要な破壊工作なら、歩兵呼ぶに決まってるだろ?」

 一応のところ質問の振りをするが、武としては断定してしまう。

 

「それに、だ。第一目標に無かったか? 『ヘリの離陸をもって状況終了』とかの付帯条件が?」

「……あ」

 ちゃんと読めという先程の発言に思い至ったのか、千鶴が悔しそうに顔をしかめる。読んではいたが、十全に理解していなかったことに気付かされたのだ。

 

「だからさっさと回収地点に行ってヘリ呼んで、後方攪乱が必要なら、そのヘリの無線機で追加の歩兵を呼ぶなり、中隊か大隊本部へ支援要請出せばいいんだよ」

 どうせ第二目標の方にも「手段は任意」とかあるはずだ、と武は付け加えておく。

 

「……うらわざ?」

「そんなご立派なもんじゃねーよ。想定された状況から最善の行動を導けって、座学でも何度もやったろ?」

 敵レーダー基地をどうにかしろ、といったような条件の講義を先日も受けたところだ。

 それを思い出したのか、皆が一様に眼を逸らす。

 

 

 

「というかもっと酷いやり方もいくつかあるぞ?」

「一応、聞いておくわ」

 レーダー基地の問題解決法を思い出したようで、千鶴は問い詰めるように身を乗り出す。どういう無茶を言い出すのかと呆れそうになるのをこらえ、武の柔軟な発想に期待しているのだ。

 

「その想定状況が与えられた瞬間から、一応は『臨時少尉』と扱われるはずだ。機材使用許諾の関係も場合によってはあるからな。で、だ。神宮寺教官の『演習同行時』の階級はなんだ?」

「……軍曹ね。呆れた、白銀あなた、まさか神宮寺教官に私たちの同行を『命じろ』っていうの?」

 

「いや榊。白銀の言う方法は演習の解法としては正しくはないかもしれぬが、事態の解決方法としては間違っておるまい。先程の『少尉』の立場を考えろ、という点を鑑みるべきだ」

 今まで黙っていが、冥夜が口を挿む。

 常に「護られる」べき立場だった冥夜には「少尉」という立場の重みが、少しは推測できるようだ。

 

「我らが想定されたような状況に陥った場合、つまりはもし本当に戦場で敵後方に取り残されたならば、だ。隣で共に戦っていた衛士ではなく、付近の兵らが救出を命じられるのではないか?」

「でも……それはっ!?」

 冥夜は昨日の座学を思い出せ、と続ける。テクニカルに乗せられる少年兵と、自分たち衛士訓練兵とは、そもそもの価値が違うのだと。受け入れたくはないのであろうが、認めざるを得ないその事実に冥夜は絞り出すかのように言葉を吐く。

 

「……そう、御剣の言うとおりだ、榊。そして、それは機械化歩兵の連中であったとしても『死んで来い』と言われるにも等しい」

 戦術機教練課程に入っていない207Bの皆はBETAの姿を知らない。だが、その脅威は教えられている。

 戦術機が墜ちて、その衛士が孤立無援になるような場所だ。間違いなくBETAの群れの中に押し入って来い、という「命令」なのだ。つまるところ下士官でしかない歩兵の命を使い捨ててでも、士官たる戦術機衛士は救い出さねばならない、そういうコスト判断だ。

 

 

 

「ま、一度この話を神宮寺教官にしてみろ? 演習内容変えられるかもしれんがな」

 話は終わり、と温くなった合成玉露を飲み干す。

 

「待て白銀。もっと酷いのが、いくつもあるのではなかったか?」

「……ぜんぶ吐くべき」

 中途半端に言い逃げするのではなく、全部吐き出してから行けと冥夜と慧に押し留められる。

 他の四人もそれぞれに気にはなる様で、期待の籠った視線を送られる。

 

「あ~細かいところだと、だ。今のうちにブーツやベルト裏側にマルチツールやマッチに水質浄化剤、チョコバーとか仕込めるようにしておくとか……ああそれとゴムは絶対に持っていけ」

 演習で使えるナイフが私物であれば、ナイフシースに入る限りの小物を持ち込めるのだが、私物のナイフが認められていたたかどうかが武の記憶では怪しい。支給品のナイフであれば、他の場所に隠してどうにか誤魔化してでも持ち込むべき物もある。

 

「ゴムって、白銀……」

「輪ゴムじゃないぞ? コンドーム、避妊具のアレな?」

「……やっぱりヘンタイ?」

 千鶴が何か勘違いしているのか顔を赤らめる。慧も顔色は変えないものの、目線が鋭い。

 

「そこの鎧衣に使ってもらえってことじゃないぞ? 水筒や手袋代わりにもなるし、銃口の先に着けるとか、パチンコにするとか使い勝手がいい割に嵩張らないんで必須なんだよ」

 細かな使い方は教官に教えてもらえ、と丸投げしておく。

 

 

 

「それにしても、いきなり不正行為ね」

「タケルちゃん、それって見つかったら怒られるよ」

 確かに不正と言われれば不正かもしれないが、蛇避けのためのタバコと同じような物だ。

 それにお仕着せのサバイバルキットとは別に、任務地に応じて何かと追加するのも衛士の仕事の一つだ。そこまで考えられているかも、試験の一環である。もちろん見つかれば没収されるのだが、ある程度は「見つけられなかった」という形で目こぼしされるはずだ。

 

 あとは思いつく限り、簡単にできる準備を述べていく。その中で繰り返すのは、気になったことは他の分隊員とも話し合って情報を共有するように、と話し合いの重要性を説いておくことだった。

 そして何よりも事前の健康管理だ。武の経験したように、演習前に風邪を引いていたなどというのは、最悪に近い。せっかくの大部屋に移ったことだし、相互に健康管理しておけと注意する。

 

 

 

「……他は?」

「判ってて聞くなよ御剣。いつかは使うことになるかもしれないって話だ」

 当たり前のことで誤魔化しながらそれ以上は、武は口にしない。

 冥夜の立場からすれば、最悪本当にどうしようもなくなれば、帝国斯衛軍第19独立警護小隊を頼るという手段はある。もちろん総戦技演習程度で真那たちの手を煩わせるようなことはないだろう。だが頼るのではなく「冥夜」として命じる必要が今後も訪れないとは言えない。

 

 「演習」の「想定」ではない状況に直面した時に、冥夜自身の命を軽んじることが無いようにと、ただそれだけを武は祈る。

 

 

 

 

 

 

 




パイロットが脱出してからの逃亡劇と言えば『エネミー・ライン』で、『エネミー・ライン』といえばジャージ男なんですが、それはともかくあれくらい極端な状況下でなければパイロットの救出には部隊動くよね?と言う感じです。まあ対BETAせんが、その「極端な状況下」なのですが。

で動いていないというと、気のせいかPXから動いていない……事件は現場ではなくPXで起こっているのだ~くらいの感じで次もPXのままです。で明日も何とか更新予定です。


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立脚の礎石

 ターニャが押しかけてきたこともあり、武は207Bの皆になかば無理矢理な助言にもならないような言葉を伝えてしまい、少しばかり気不味い思いをしながらPXから逃げ出すように離れてきた。

 今すぐレポートの続きに手を付けるような気分でもなく、身体を疲れさせるためだけに、自主訓練の名を借りた走り込みを始める。

 しかし脚を動かした程度で気が晴れるはずもなく、頭の中は整理が付かないままだ。

 

 先の「二周」に対し、なるほど確かに今の武の周辺の変化は早まっている。

 最初のUL世界線との比較であれば、遥かに先に進んでいるともいえる。あの時と違って夕呼からの信頼はそれなりに確立できているはずだ。貴重な因果律量子論の実体サンプルとして隔離されているわけではないとは、判っている。

 AL世界線と比べても、提示できた情報の意味からもその後の対応からしても、夕呼が今の武を唯の駒の一つと軽く見なしているわけではないことは、理解できる。おそらくは「使い甲斐のある重要な手駒」くらいには格上げされたとは思う。

 

 

 

(何偉そうにしゃべってたんだよ。俺が、俺自身が何かやったことなんて、まだ何もねーじゃねぇかよ)

 ただ、その功績と言えるものは、武自身の行動の結果というよりも、ターニャが今までに積み重ねてきたものの影響としか思えない。

 

 ターニャからは喀什攻略の案を出せ、と期待されているような口ぶりで言われてはいるものの、出来なければ出来なかったで対応策は立てているはずだ。時期が来れば、以前から温めているらしい限定的なG弾使用による半ば特攻じみた作戦を採用するのだろう。

 

 千鶴には先程偉そうなことを言ったが、軍で出世して影響力を行使する、などというそんな悠長なことを言っている時間もない。

 第五推進派がそれほど切迫している様子が無いようで、今年末に第四が凍結されるということはなさそうだが、武の持つ情報が価値を維持できるのは来年くらいが限界だ。

 

 それでいて今の武ができることなど、実のところ訓練兵としての筋力を取り戻すことくらいしかないのだ。

 

 

 

「白銀っ、ペースを上げすぎではないか?」

「っ!? 御剣、か?」

 考え込み過ぎていて、後ろを走ってきていた冥夜に気が付いていなかった。

 振り返ってみれば、冥夜のさらに後ろには純夏も走ってきている。

 

「速すぎるよ~タケルちゃん」

 すでにへばり気味のようにも見える純夏からも声を掛けられてしまえば、今までのハイペースを維持するのもおかしなことなので、ジョギング程度にまで足を緩める。

 

「鑑も自主練か? 珍しいな」

「御剣さんがやってるとは聞いてたんだけどね。いい機会だから、わたしもやってみようかなって」

「良い心がけだと言いたいところだが、総戦技演習前に無理して身体壊すとかは止めてくれよ?」

 

 以前の武のように風邪を引いたまま気付かずに演習に参加する、ということはないだろうが演習に向けての自主練というのであれば時間的にはさほど意味が無い。むしろその時間を皆との交流に当てて貰いたいくらいだ。

 が、わざわざ走り込んでいる武に合わせて、純夏はこんな時間に自主練を言い訳にグラウンドに出てきたのだ。話したい相手は自分なのだろうとは、流石に察しが付く。

 

 

 

 純夏が話し出しやすいようにとペースを合わせ、しばらくは無言で武を中心に三人で並ぶように走る。

 だが、最初に口を開いたのは冥夜だった。

 

「ふむ……悩み事があれば口に出してしまえ、とは言えないのがもどかしいな」

「え、相談すれば、何かぱっと思いつくかもしれないんじゃない? 榊さんとかならいろいろ考えてくれそうだよ?」

 話せとは言わない冥夜に対し、純夏は何でも相談しろと言い出す。

 その言葉に冥夜は真剣に純夏を心配したようだが、武は思わず少し残念な子を見るような顔になってしまう。

 

「……鑑、お前はもうちょっと考えてから言葉を口にしろ」

 この純夏の考え無しの部分は、武の記憶にある鑑純夏に近しいものがある。一周目、UL世界線で他の皆に感じたような違和感が薄いのだ。たしかに体力は付いているのだろうが、それ以外の意識の部分であまりに変化が薄い。

 それはつまるところ、軍人としての基礎ができてない、ということかもしれない。

 

 この世界線でも、207Bの他の皆は尊人の性別変化などはあれ、性格的には変わりが無いように思える。いやむしろ本土防衛が始まっていないこともあり、逆に未知への脅威を強く意識しているようにも、武には感じられた。

 

 逆に純夏だけは、衛士訓練を受けてきているというのに、どこかしら浮ついた雰囲気が抜けていない。

 ふと、以前の世界で武御雷で因縁をつけてきた国連軍兵士たちの姿が思い出される。アレと似たような、気になったから聞きに来た、という軍の規律をさほど考慮していないかのような態度だ。

 

(これはアレか? 結局のところ出身というか育ちの関係か?)

 

 純夏以外の207Bの面々は、本人たちは意識はしていないだろうが、近親者が上に立つ者としての自覚を持って行動しているのだ。どうしてもその影響を受けているのだろう。尊人の場合は鎧衣課長が意図的にそう教育しているとも思えてしまう。

 良くも悪くも、中流階級の鑑の家には、そういう意識はなかったはずだ。

 

 

 

「鑑。白銀は我らよりも二年以上先に訓練兵になっているのだ。いろいろと話せぬこともあるのだろう」

「え~でもタケルちゃん、怪我で寝ぼけてたんだよね?」

「そうだぞ御剣、俺は二年ほど、うば~っとしていたのだ。それもあってちょっと変わったところはあるかもな」

「……なんでそこで威張るのさ」

 

 冥夜はいまだにどこか勝手に武の設定を作ったままになっているようで、武が二年間どこかで実務についていた、と思い込んでいる節がある。これに関しては教官であるまりもも、武は夕呼の特命を受けて活動していたと考えているところがあり、冥夜の妄想を強化してしまっている。

 

「二年越しに健常体に戻れたんだ、十分誇れるぞ? いやまあ寝ぼけていたというか意識不鮮明?で別に俺が何かしたわけじゃねぇけどさ」

「やっぱり寝すぎでヘンになったんだよ」

「そんなに今の俺って……ヘンか?」

 純夏の言い方は軽いものだったが、武には引っかかってしまった。思わず、確認するように問う。

 

(鑑にも感じられるくらいにはやはり違うものか。まあ結局のところ、今の俺は別人なんだろうな)

 先日他世界線の「白銀武」と自分自身とは別人だとは夕呼から言われたが、かといってこの世界線での本来の白銀武とも、別の存在でしかない。

 

 

 

「ん~たしかに昔のタケルちゃんとはどこか変わった部分もあるけど、タケルちゃんはタケルちゃんだよ?」

 ふにゃりと安心させるように笑いかけてくる。が、その笑顔の先にいるはずなのは、今の武ではなく、この世界の白銀武であるべきだ、などと思い至ってしまう。

 

「でもさ、わたしのことを名前で呼ばないのが、ヘンだよ」

「そうか? 初等科ならともかく中等科に入ったころには名字で呼んでなかったか?」

 考え込み始めた武に純夏は言葉を重ねてくれるが、それが逆に心苦しい。誤魔化すしかなく、こちらの世界での出来事などまったく記憶にないことだが、適当にでっち上げておく。

 

「ウソだよ。訓練校に入るまでは、名前で呼んでたよ」

「まあもう三年くらい前のことだしなぁ、俺寝てたし」

 元々の「白銀武」であれば、名前で呼んでいたのだろう、とは思う。逃げているなとは自覚してしまうが、こういう時、長期療養による記憶の混乱という言い訳は非常に便利だ。それに普通であれば三年近く前のことなど、余程強烈な記憶でもなければ薄れていて当然なはずだ。

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、そういう姿を見ていれば、二人の付き合いが長い、ということは実感させられるな」

「ん~? 俺ってだいたいこんな距離感じゃないか?」

 

 「白銀武」をなぞっているとは思わないが、他人の事情を推測しながら距離を測るというのは、今の武にしても苦手だ。

 夕呼やターニャなどとの関係から、少しばかりは身に着けるようにはなっているものの、所詮付け焼刃だと考えている。白銀武には鎧衣左近の如き振る舞いは不可能だ。

 

「そなたは周りを、特に我ら207に関してはよく見ておるとは思うが?」

「御剣は俺を持ち上げすぎだよ。訓練兵の経験がお前たちよりは長いから、気が付くことがあるだけだ」

 よく見ている、などと言われて喜べるはずもない。207Bの事が判るのは別世界線の記憶があるからで、「今」の彼女たちを見ているわけではないのだ。

 

(って不味いなこれ。なんとなく判ってるつもりになってて目の前の人間見てないってことか)

 あらためて思い知らされて自分の思い込みを矯めて、自分の知る人物とよく似た別人であると再度強く意識しておく。たとえ平行世界の同一人物であったとしても、勝手に同一視するのは礼を失する。

 

 夕呼に対しても、まるで連続した同一個人のように接していたところがあると、今更ながらに自身の迂闊さに呆れてしまう。見ず知らずの相手と考えるほどではないが、過去の別世界線でのやり取りを元に対応を考えるのは、危険が大きい。

 

 

 

「悩み事というのであれば、私にもあるぞ?」

「珍しいな、御剣から相談事か?」

「いや、そなたの言葉であろう? 話してみれば解決するやもしれんと思ってな」

 

 確かに話し合えとは武は言った。それは演習に参加する皆で話し合ってもらいということで、武に対して相談しろというつもりではなかった。

 

「なに、先日そなたが言っておったことだが、なぜ衛士を目指すのか、何を護りたいのか、という話だ」

「ん? 御剣にはそういうのはないのか?」

 別の世界線での話だが、冥夜ははっきりと守りたいものを口にしていた。

 いくら世界が違うと言えど、そこまで変わるはずはないと武は考えてしまう。

 

「わたしはタケルちゃんが最後に言ってたみたいなものかな。周りのみんなを護りたいよ」

 言い淀む冥夜を見て、純夏が助けるように言葉を挿む。

 衛士になれそうなのは自分でもびっくりしてるけどと続けるあたり、純夏が207に入ってるのは本人の希望ではなく、第四の00ユニット素体候補者の調査に引っかかったからのようだ。

 

「私が守りたいもの、か。月並みだが、この星……この国の民、そして日本という国だ」

 記憶の中にある言葉通りの答えに、やはりそうか、と武は納得しかける。

 が、冥夜はすぐ様に言葉を続ける。

 

「と、言ってしまいたいところだったが、今は少しばかり考えておるところだ」

「悩み、というのはそれか?」

 軽く頷いて吐露するのは、自身の答えがぶれているところに悩みがある、という。

 

「207の皆を見ていると、だな。なるほど身近な存在を護ろうと思うのは、当たり前のことだと感じてしまう。私にとっても皆は特別な存在であるが……すべてを護ることが出来ぬ以上、何かを選ばざるを得ない自分が情けなくてな」

 

 そうは言いながら、もし選ぶべき時に至れば、冥夜はまず自分の身近な者たちから切り捨てていくのだろう、と武は思う。

 わずかばかりの甘えだと自覚しつつも、それが上に立つ者の「公平さ」であると自身を偽りながらも、正しく判断を下してしまうはずだ。そしてその切り捨てる者のうちに、彼女自身を含めてしまっている。

 

 

 

「結局のところ、身の丈に合った目標という物を考え直しているところだ。ふむ、やはり日々精進ということだな」

「身の丈に合った、か」

 冥夜の言葉に、痛いところを突かれた、と顔に出てしまう。

 間違いなく、今武が悩んでいることは、身の丈に合っていない。

 

 自分は、将ではなく兵であると、それだけは判っているつもりだ。

 白銀武は、人を使う立場ではなく使い潰してもらうべき方の人材だと、目覚めた時にも痛感していたがターニャや夕呼との話をするうえで、ますます自覚してきた。

 

「で、話せる範囲でなら、聞くぞ?」

「あ、やっぱり御剣さんも気になるよね?」

「あくまで話せる範囲でなら、聞かなくもない、ということだな」

 にやっと、意地悪気な表情を作って上で、冥夜は重ねて問うてくる。話せる部分は今の内に話しておけと、先日武が告げた言葉をそのまま返されたような形だ。

 

 

 

「あ~まあなんだ、それほど隠すようなことじゃないぞ? 長い間寝てたせいでズレてる俺自身の感情のすり合わせが一つ。俺を含む207Bの問題解消が二つ目。あとはいかに人類を護るかという三つ目」

 結局のところ、誤魔化しつつではあるがいま悩んでいることを口にしてしまう。相談してどうにかできることではないとは思いながらも、自分の胸の内に秘めておけるほどには、武には余裕はない。

 

「ふむ? 一つ目はよく判らんが、二つ目は我ら全体の問題だな、そなたが一人思い悩むことでもなかろう」

「タケルちゃんが気を回さなくても、もう大丈夫だよ。びっくりするくらいに一致団結してるからねっ」

 

 二人から大丈夫だと言われると安心する一方で、隊の中に入り切れていない、という寂しさを感じてしまうところもある。が、207Bの隊内での意識の齟齬といった問題の解消は、実のところ武が担うことではない。207Bの皆で乗り越えるべき壁であり、気がかりではあるものの武は助言程度で留めようとは思っている。

 

「あ~207Bに関しては演習に参加しない俺が、これ以上とやかく言う話じゃないというのはあるんだがな」

「いや、そうではない。先の話もそうだが、そなたの忠告は我らにとって金言だ。それを踏まえてしても、解決すべきは我ら個々人の心構えだ。そこを気付かさせてもらっただけで、そなたには感謝している」

 大仰な言い方だが、冥夜としては先日来の武の言葉が207Bの結束を進めたと本心から考えている。

 

 

 

「しかし三つ目の悩みが人類を護る方法、か。彼のお方ならば、そなたと同じく、そうお答えできたのだろうな」

 冥夜にしても基本的には国や民といった範囲までだ。この星をとは口にしたものの人類などという規模では想像していなかった。そして伝え聞くことしかできない煌武院悠陽の振る舞いからして、武と同じように国を超えた規模で先を見ているのではないかと、そう思ってしまったようだ。

 

「いつの日か、気楽にご本人に聞く事が出来るようになれば良いよな?」

「……馬鹿を申せ。というよりは、だ。そなたは本当にどこまで事情を把握しているのだ? あ、いや、詮索するつもりはない、許すがよい」

 

 先の武の言い方だと、冥夜と悠陽との関係性を知っていると告げているようなものだ。煌武院家に余程近しくなければ知られていないはずの、それこそ国連軍内部であれば夕呼くらいしか知らないはずの情報である。

 

「いや待て。御剣のその思いは、間違いなく正しい願いだ。それが無理だと考えられている、現状がおかしい」

「白銀、それ以上は口にするな。私は陰に居て、彼の方のお力になれれば、それで良いのだ」

 

 自身に言い聞かせるような物言いに、武としてもこれ以上は口を出せない。

 さすがに純夏も、聞いてはいけないことと判断したのか、口を噤んでいる。

 

 

 

 

 

 

「まあ、人類を護るために思い悩むってのは、俺の身丈には合ってねぇよなぁ」

 冥夜の件から話を逸らすために、大きく息を吐き出しながら、武は自分の問題を再び口にする。

 

 喀什の攻略計画を今すぐに立てろ、などというのは間違いなく訓練兵としての武の領分ではない。武にできるのは、あくまで他世界線の経験を下にした戦術レベルでの提案程度だ。しかしその程度の提案ですら、人類が勝利、いや生存し続けるためには重要なのだ。

 

「タケルちゃんなら、そのうち護っちゃいそうだけど、それも一人でやることじゃないよ?」

「そう……だな。人類の問題は人類全体で負うべきことだ。もちろん、一人一人が為せることを為す、という前提はあろうがな」

「皆でやること、そして俺が為せること、か。いや鑑に御剣、二人ともありがとな」

 たしかに話してみるだけでも、解決策ではないが気は軽くなる。今まで別世界線の記憶があることから、武自身が喀什攻略の作戦を作り上げなければならないと、どこか強迫観念じみた思いまで抱いていたがそうではないのだ。

 

 意見の一つとして提案し、そこに問題があれば指摘してもらい、修正していけばいいのだ。

 

 

 

 ――貴様に背中を預ける仲間のために、自らの憂いは取り除いておけ。

 ――そして、それを後回しにするな。

 

「よしっ、問題二つは先送りにしようっ!!」

 少し考えてて思い出されたのは、いつか聞いたみちるの言葉だが、それが出来るならば悩みはしない。

 逆にその言葉を思い出したからこそ、今は自分の感情の問題は一度棚に上げる。問題の先送りは問題を積み上げるだけだが、何事にも優先順位という物はある。

 

「タケルちゃん……今わたし感動しようと待ち構えていたんだよ、がっかりだよ」

「鑑ほどではないが、酷く投げやりな答えを聞いたぞ」

 走りながら溜息を付く、というなかなかに器用な真似をして、冥夜は落胆を表す。純夏に至っては走る足を止めそうにまでなっていた。

 

「感情面での問題なんて、考えてすぐに答えが出るもんじゃねーだろ、と言い訳させてくれ」

 第一の問題である武自身の感情に関しては、こうやって訓練の合間に少しでも話すことで、解消できる物もある。先送りではあるものの、意味のある先送りだと言い訳を重ねておく。

 

「それに207Bの問題はみんなで考えて解決してくれるんだろ? ほら、先送りで大丈夫だ」

「それはそうだけどさー」

「ははは、先程そう約束してしまった手前、否定は出来んな。任されよ」

 207Bの問題に関しては、時間的な余裕はないものの、ここからしばらくは武は距離を取っておくべきだと考える。まりもの方法が完璧だとは言えないが、先程告げた言葉が皆に通じているのならば、あとは千鶴たちに任せて彼女たちの成長に期待することも間違ってはいないはずだ。

 

 

 

「ただ問題二つが先送りということは、三つ目の人類を護る算段は考えるのであろう?」

「それはちょっと本気で事に当たる。これだけは俺が、この世界で生かされたことの意味だと思う」

「……ふむ?」

 

 英雄願望だと、心のどこかで嘲笑う声も聞こえる。

 それでもAL世界の「シロガネタケル」がどれほど「カガミスミカ」によって望まれ選び抜かれた存在だったとしても、人類を護ろうと思ったことは、この世界に生きることを決めた者の一人としてけっして間違っていないはずだと、思いたい。

 

 武自身の感情面に関しては、先送りでも構わない。たとえそれで後悔したとしても、それは武個人の事だけで済ませられる。

 喀什攻略への準備こそが、この「三周目」という奇跡のような機会を与えられた今の白銀武が為すべきことだと、再度決心する。

 

「ふふふ、では、我らも人類を護る剣となれるように、鍛錬に励むほかあるまい。鑑もよろしく頼むぞ」

「任せてよ、御剣さん。サクッと演習に合格して、タケルちゃんを驚かせようっ」

 

 期待しているよと言い残し、武は今度こそ体力を使い切ろうとペースを速めた。

 

 

 

 

 

 

 




なにかタケルちゃんがエミヤさんちのシロウくんみたいになってる気もしないではありませんが、問題を自覚しつつの先送りです。実は最初期の最小プロットでは、ここのあたりで「第一部完、俺たちの戦いはこれからだ」で終わる、というのもありましたが続きます。

一応は戦争もののはずなのにここまで実弾撃ってねぇっ!?というのは横に置いて、次からはXM3とかのお話予定。つまりまだまだ弾撃てません。


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第二章:進展を自覚できない日常に
可逆の価値 01/10/25


XM3に関しては、"eXtra Maneuver 3"の略称とし、また機能別にXM1、XM2、XM3と分割する案を使わせていただいております。(下部に詳細を移動しました)



 夕食後の207Bの皆との話が長引いてしまったが、自主練をこなした後でもすぐに消灯時間というほどでもない。レポートの続きを書くかと宛がわれている部屋に向かったが、その場で夕呼からの呼び出しを受けた。

 それも強化装備着用の上でシミュレータ室に来い、という話だ。待たせる訳にもいかず、急ぎ準備して向かう。

 

「ん? 白銀か、やはり貴様も呼ばれていたようだな」

 武としては、出来る限り急いだつもりだったが、シミュレータ室についてみると、すでにまりもが装備着用の上に待っていた。

 

「神宮寺軍曹殿もですか。しかし強化装備着用の上でここに呼び出しとは、軍曹殿と自分とで模擬戦でもさせられるのでしょうか?」

「さてな。副司令の急な呼び出し内容を予想するのは、ずいぶんと昔に諦めたよ」

 まりもならなにか聞いていないかと、探るように尋ねる。だがまりもも理由も告げられずに呼び出されただけのようだった。

 

 

 

「それはそうと白銀、あまり抜け道ばかり教えるなよ? 先程、どこまで隠し持って行って良いですか、と鎧衣に聞かれたときは叱責するよりも先に呆れたぞ」

「それは……申し訳ありませんでした、教官」

 夕呼が何を言い出すか、それを予測することが難しいと実感している二人にしてみれば、話す内容はどうしても207Bの演習に関してのこととなる。

 

(いや鎧衣よ、そこは遠まわしに誤魔化せよ)

 さすがに直接聞いてどうするのだ、と武も思う。だがそれでも聞いたことををすぐ様に実践しようとする姿勢には、感心できる。

 

「まあ一応は聞かなかったことにしておいてやる。演習の内容も少しばかりは変化があるから、貴様の助言だけで安心できる物にはならないはずだ」

「それはあいつらにとっては、またとない訓練でしょう。演習に合格することを目的にされても困りますからね」

「確かにそうだな。それが判っていればいいのだが……いや、そもそも我々が演習に拘っている時点で、あいつらのことをとやかく言えんな」

 

 まりもとしても少しばかり気になってはいる。

 どうしても短期的な目標、それも一度失敗しているとなっては、演習の合格が目的化してしまう。衛士になり戦い続けるという本来の目的を見失ってしまいかねない。総戦技演習であっても、それは衛士訓練の一環でしかないのだ。

 

 

 

 夕呼からどんな無理難題を言いつけられるのやら気にはなりつつも、二人して207Bに関しての話が続く。そんな話をしていたからか、さほど待たされたとも思わないうちに、霞とピアティフとを連れて夕呼がシミュレータ室に入ってきた。

 

「だから敬礼なんていいって。で、なに模擬戦したいの? 時間の無駄よ」

 雑談を止めたまりもと武が敬礼、それに夕呼が文句を言うまでが、半ば儀式のような流れだ。

 

「時間の無駄ということは、俺の戦術機適正試験とかでもないですよね」

 今更ながらではあるが、武は意識が戻ってからは適性試験を受けていない。が、すでに幾度かはシミュレータに乗っているので、それこそ時間の無駄だ。

 

「アンタの適正は、一応は数値としては取っておく必要があるわね……ま、それは今度でいいわ。あたしがいる必要ないでしょ」

「ということは、まさかとは思いますがOS出来たんですか」

 

 OSの話をして三日と経っていない。早すぎるだろ、とは思うがそれくらいしか呼び出される理由が考えつかない。そしてそれが正解だったようだ。にやにやと夕呼が笑っている。

 

「社ががんばってくれたのか、ありがとな。ピアティフ中尉も、ありがとうございました」

 が、そこは武としても慣れたもので、最大の功労者であろう霞にまずは礼を言う。もちろん手伝っていたであろうピアティフにも、だ。

 

 

 

「何、白銀? あたしへの感謝の言葉はないわけ?」

「いや、夕呼先生がご自身で作ってる時間は、さすがに無い、ですよね?」

 確か以前の時もほぼ霞に投げていたはずだ。が、こちらでは00ユニットの開発を急がなくていい分、夕呼の手が空いていたのかもしれないと思い至り、確認するかのような問いになってしまう。

 

「ま、ほとんどの部分、作ったのは社なんだけどね」

「……(コク)」

 そんな武の心配りをあっさりと否定する。が、どこか娘の成績を誇るかのような顔で、夕呼としても満更でもないようだ。霞は照れているのか、一歩下がってしまい、ピアティフと共にOSの実装手続きに入ろうとする。

 

 

 

「あと完成したわけじゃないわ。CPUも既存品をちょっと弄っただけよ。まずはアンタが言ってたOSの基本をなす『キャンセル』だけの実装。言ってみれば"eXtra Maneuver"その第一段階、XM1ね」

 出来るところからまずは手を付けてみたという。夕呼にしては堅実に過ぎるようにも思えるが、使う方としては堅実であることに異論はない。

 

「"eXtra Maneuver"……ですか?」

「そ。XMが何の略称か判らなかったから付けておいたわ。特例的挙動、とでも言うべきかしら?」

 それっぽい名前にしてみた、ということらしい。武としても特に拘る部分でもないので、それで納得しておく。

 

「今のところ機能としては本当にキャンセルだけね。他はまったく今まで通りよ。『先行入力』はメモリ含めてハード側にもう少し余裕が欲しいから、今回は無し。コンボも『パターン認識と集積』とが負担になりそうだったから、これはホントにCPUの方が目途が立たないとシミュレータでも動かせないわね」

 

 夕呼がわざわざ各機能を分けて説明するのは、何らかの意図がありそうだ。そしてそれを隠すつもりもなく、答えを期待する顔で武を見やる。

 

 

 

「あの、もしかして夕呼先生、分割販売にするつもり、ですか?」

「へぇ……そっかー白銀、そういう風に考えるのね」

 わざとらしく良いことを聞いたわと笑いながらはぐらかす。間違いなく最初から、提示する相手に応じて実装内容を分ける心積もりだったはずだ。

 

「ま、ホントに分割するほどの価値ができるかどうかはこれからの試験次第ね。このキャンセルだけでも実用性があるなら、CPU周辺の質的向上は勝手にやってもらってOSのライセンスだけバラまく、というのは一つの方法ではあるわ」

 

 キャンセルのみのXM1、先行入力も可能なXM2、フルスペックのXM3と最初から分けておけば、それぞれにソフトとハードとのライセンスとで最低限の制限は加えられる。

 複製や量産の難しいハード部分とは異なり、ソフト部分はどれほど強固にブロックしても解析はされる。それに解析されずともXM3の概念が理解されれば、類似したOSは時間がかかったとしても作る事が出来る。今回のようにキャンセルのみなどと要素ごとに分割すれば、既存のシステム上でも稼働させることはできるはずだ。

 

 XM3が完成し公開されてしまえば、どれほど厳しく制限しようとも模倣される。であれば、先にそれを作って頒布してしまう方が、夕呼としては利が大きい。

 そもそも今後継続的なサポートが第四計画の下で実行できるかというとそうでもない。最初の概念提示と、それに伴うライセンスだけを抑えて、細かな修正などは軍や企業に投げた方が効率的だ。

 

「あの事務次官補の言葉じゃないけど、契約の意味さえ理解できないような連中が相手よ? 最初に搾り取るだけ搾り取っておかないとね」

 

 

 

 

 

 

 時間がもったいないとばかりにOSの準備ができ次第、まりもと武はシミュレータに入る。歩く走る止まると簡単な挙動を確認した後は、動作教習応用課程Dを試してみた。おそらくはこの世界での歴代最速記録を塗り替えたとは、武も思う。

 その後はエレメントを組み、小規模のBETA群を相手に弾薬補給までの時間ただひたすら粘り続けるという、ベテランでも嫌がる訓練を試してみた。

 

 

 

「キャンセルだけでもこれほど変わるとは……先日の説明だけで理解していたと思った自分を叱責したい気持ちです」

 シミュレータから出てきたまりもの、感想を求められての第一声が、それだった。一時間程度のシミュレータ訓練だったが、わずかながらにも疲労が見えるのは、既存のOSとは異なる挙動に意識をすり合わせたためだと思われる。

 

「ふ~ん、OSの性能としては、まりもは満足な訳?」

「はい、いいえ。香月副司令、キャンセルだけでも間違いなく既存OSの挙動を凌駕しております。ですが、やはりこれで完成とは言えないと考えます。キャンセルがあることで、より一層先行入力の必要性が想像できます」

 ただ理屈が判ってしまうまりもとしては、ここで満足できるとは言い切れない。

 

「なによ? キャンセルだけじゃ不満ってワケ?」

 武がいる上に、仕事中ということもありまりもは言葉遣いを崩すことはない。

 夕呼にしてみれば、そんな無駄な儀礼に時間をかけるくらいなら、ざくざくと要望と問題点を指摘しろという事なのだろう、言葉少なめに問いを続ける。

 

 

 

「現状のキャンセルだけであれば、そうですね。昨日の白銀の例に習いますと、地表へ向けてのブーストからの着地後、その時の姿勢制御をまず『キャンセル』し、次の行動を入力しています」

 録画されていた挙動をモニタに映し出し、その横に自身の入力ログを並べて説明を始める。

 

 記録された映像としては15秒程度だ。

 ただ入力ログを見れば、主脚走行状態からの跳躍、直後に上昇ブーストをキャンセル。さらに地表へ向けての降下ブースト、対地高度に合わせて自動的に着地モーションに入り脚部全体がショックアブソーバーとして沈み切ったところで再びキャンセル。機体が姿勢を正そうとする前に前方への主脚走行を開始している。

 

「これが『先行入力』が可能になれば、着地動作に入った時点で主脚走行を指定しておくことで、半ば自動的に処理されると推測いたします。『コンボ』まで実装されていれば、さらに簡略化されることでしょう」

 

「さすがは神宮寺軍曹。いえ、キャンセルのタイミングも的確ですが、OSに組み込みたい機能をよく予想されております」

 武がまりもの推測と感想に驚きつつも、褒める。

 訓練兵が教官を評価するという、軍としては許容しがたい事態だが、この場にいる者はそれを咎めることもない。それに今のところは確定していないが、XM3がそれなりに形になってくれば対外的なプレゼンの為に、武を正規任官前に少尉担当官程度には地位を与えることも考慮されていた。

 

 

 

「つまりは先行入力やコンボが無くても、キャンセルだけで十分。ただしあればさらに動きは良くなるってことね」

「正確な評価は、先行入力機能が付いたOSを動かしてからということになりますが、間違いなく現状の仮称XM1以上の挙動が可能になると推測いたします」

 

「加えて言えば、キャンセルの目的は二点ですね。衛士が不要と判断した動作を中断させ次の動作を割りこませて、挙動の全体的な連続性を作り出すのが一点。もう一点は誤った動作入力を破棄、停止させ、新しく動作を選択することですね」

 現時点でこの二点の目的は、ほぼ達成できていると武は思う。

 確かに衛士の入力と挙動すべてに割り込みを監視しているためか、CPUも換装しているとはいえ、どこか動き出しに「重さ」は感じる。それも誤差程度の物だ。

 

 すこしばかりの問題としては、武にしろまりもにしろ、挙動試験程度であれば「誤った動作入力」というものがなく、そちらの評価がこの短時間ではおこなえていないことくらいだ。

 

「ぶっちゃけまして、この時点でバグ取り終れば、一つの完成形だとは思いますよ」

 XM3の実装バージョンを知っている武にしてみれば、逆にこの段階でも一つの「完成品」として止めることには賛成ともいえる。

 

 そしてまたOSを組み上げている霞の能力には十分以上に信頼を置いている。

 ただしソフトには絶対にバグがある、いや想定外の事態というのはどうしても発生する。そしてそれらを発見して潰していくには、幾多の環境で試用し、ただただ時間をかけるしかない。つまりは試験環境を拡大し、時間的コストを費やすことで対処するしかない。

 

 

 

「A-01の、そうね昨日の話通り伊隅のところにとっと渡して、バグ出しさせるわ」

 そして残念ながら、第四計画最高責任者という立場の夕呼にしても、自由にできる戦術機甲部隊は直轄のA-01しか存在しない。今は大規模な作戦行動が予定されていないために比較的時間が空くとはいえ、開発部隊の真似ごとをいつまでも続けることは無理だ。

 

「……夕呼先生。今後の話になりますが、できれば小隊ごとにバージョン分け出来るようにお伝えできますか?」

 武は時間短縮の一案として、ふと思いついたものを提示してみる。

 

「白銀、続けて」

「最初は中隊すべてでこのキャンセルのみのXM1。次にXM2が出来れば第三小隊はそのままに、第一第二はXM2、最後にフルスペックのXM3、は第一小隊のみ、といったかたちで試してもらうのはどうでしょうか?」

 最終的には皆がXM3に完熟してもらう必要があるが、バグ取りの試用と教導用のデータ取りと考えれば、並列でやってもらう方が時間的には有効だろうと、武は提案する。

 

「ふ~ん、まりも、どうなの?」

「白銀の言いたいことは、前衛、中衛、後衛それぞれで試用するOSを変えて、バグ出しをしながら慣熟時間を取るということだと考えます。理想とすれば配属先の違う大隊を三個ほど選び、その中隊ごとにOSを変えるべきでしょうが、香月博士の指揮下ではそれを実行することは難しいかと」

 

 同じ中隊内部ではどうしても運用方法が似てしまい、多様な環境下での実働試験としては偏った環境としか言えない。九州に展開している部隊では問題なくとも、樺太方面では事故が起きる、ということも想像はできる。

 A-01は特殊任務部隊という性格上、様々な環境下での作戦経験があるが、それをこの白陵基地内だけで再現するのも難しい。

 

「それはまあ、無い物強請りになるわね。じゃ、そういう形で伊隅は伝えておくわ。といっても完成しないことには、次に進めないけどね」

 

 

 

 

 

 

 




第二章開始~ということで予定通りにXM3関連をちょっと進めます。前書きにも書きましたがXM3に関しては、"eXtra Maneuver 3"の略とし「特例的挙動」と当てております。マブラヴwikiのコメント欄で見かけた"Xeno Maneuver in 3-dimensional space"にも心惹かれましたが、1~3と続けるために、"eXtra"の方にしています。

このあたり何か問題があれば改訂いたします。



▼XM3に関しまして■追記(17/07/15)
前書きの通りXM3は"eXtra Maneuver 3"の略称とし、また機能別にXM1、XM2、XM3と分割する案を使わせていただいております。これらは先に書かれている方々には無断のアイデア流用であること、ご容赦ください。

これらは公式設定ではないので、どなたかの二次創作だとは思いますが、初出が判っておりません。もし初出作品をご存知の方がおられましたら、感想欄などでお知らせいただけると幸いです。


■追記(17/07/12)
XM1~XM3分割案はArcadia様にて鹿◆15b70d9b様が書かれている「Muv-Luv Alternative 1991 『政戦両略の斯衛』」がおそらく初出だと思われます。

■追記(17/07/15)
XM2という呼称に関してはArcadia様にてぷり◆ab1796e5様が書かれている「Muv-Luv Idea that doesn't intersect」が初出ではないかということです。



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試金の査閲 01/10/30

 27日から、武を除く207B分隊は総合戦闘技術評価演習のために瀬戸内海の孤島へ向かった。演習への参加が免除されている武は、その間にXM3の仕上げを命じられていた。

 

 訓練兵としての教練に束縛されることが無くなったため、最低限の筋トレ以外は一日の大半をXM3関連のデータ取りに使う。結果としてこの数日、武はシミュレータルームに籠るような日々を過ごしていた。

 

 手本となるような動作をいくつかデータとして集積させた後は、ただひたすらにありえないような事例を繰り返すことで、バグの確認をし続けていた。OSの挙動としては正しく問題が無くとも場合によっては例外的にキャンセルの受付を拒否しなければ、機体を壊しかねない挙動もあるのだ。

 たとえば長刀を抜刀し振り切った後であれば構え直しなどの挙動をキャンセルして次の斬撃に繋ぐことは、キャンセル機能の使い方として想定されいることで問題はない。だが抜刀直後にその動作をキャンセル可能にしてしまえば、抜いた直後に宙に放り出す形となり、当然のように長刀が機体肩部に落ちてくる。

 先行入力の場合も、実行できない行動がストックされてしまわないように、実行不可能な行動などが入力された場合はエラーを返すように調整していく。

 

 武だけでなく霞たち開発陣の努力もあってか、207Bが演習合格の結果と共に白陵基地に戻ってきたときには、XM3は一応の完成を見ていた。

 

 

 

 

 

 

「……ねえまりも、戦術機ってちょっと走ったり跳ねたりしながらてっぽー撃つ機械、だったわね?」

「え、ええ……そうね、普通は、そういうものよ」

 

 夕呼の問いに、まりもが口調さえ保てずに同意してしまう。

 それほどまでに、管制室のモニタに浮かぶ映像に、室内の誰しもが戸惑っていた。

 

 対人戦に慣れた衛士であれば、背後を取られたとしても副腕に装備した突撃砲で、後方への威嚇射撃などは可能だ。緩降下での直線回避に見せかけて、わざと背後に敵を誘導する、というマニューバも確かにある。

 ククリナイフと称される極端な軌道変化も、開発衛士のトップクラスであればやって見せるだろう。

 

「なんかあいつら、寝そべりながらぐるぐる飛び回ってるんだけど?」

 だがそんな複雑な挙動は、戦場における一瞬の曲技だ。いかに鍛えた衛士であれ、集中力の限界という物がある。

 

 モニタの中に映る二機の機体は、地面に対して平行に横になったような状態で側面射撃からの急速上昇反転、倒立状態からの副腕まで使用した周辺制圧射撃、果てはビル側面を足場として隘路を跳び抜けていく。

 

 

 

 事の始まりは、XM3のα版とそれを動かせるCPUが出来たから、一度制御ユニットを交換したシミュレータで試してみる、ということだった。だが、そこにアルフレッド・ウォーケン少佐を連れてターニャが視察に来たことで、話が少しおかしくなる。

 

 なにやらこの数日、ターニャは自前のスタッフが集まってきたということで、与えられた執務室に引き籠るように仕事に励んでいた。が、XM3が一応の完成を見たということで、視察の一環としてシミュレータ室に顔を出した。

 

 ウォーケンがターニャの副官として紹介されたときから武の挙動不審が始まり、その様子を愉しんだ夕呼がどうせなら対戦形式で挙動を見てみよう、と提案したのだ。

 もちろん武の挙動不審の理由はターニャにも夕呼にも判っている。武が経験した先のAL世界線では、ウォーケン少佐はクーデター鎮圧に米軍対日派遣部隊指揮官として参戦、そこでクーデター首謀者の沙霧尚哉大尉に堕されている。アメリカ陸軍の、それもラプターが与えられるほどの衛士である。この場に、それもターニャの副官として現れることなど、武が予想できるはずもなかった。

 

 

 

「まったく……ちょっとした冗談のつもりだったんだけどね」

 武にまりも、ウォーケンと集まっていた者の半数は衛士だ。普通なら武とまりもとが試すことになりそうだったが、JASRAの視察も含めればウォーケンと武でもおかしくはない。

 ただ、遊び心を出した夕呼の一言が状況を変えた。『せっかくですからデグレチャフ事務次官補、お試しになられますか?』と。

 

 あくまで社交辞令じみた言葉のはずだった。

 まさかターニャが二つ返事で引き受けるとは、夕呼も考えていなかったのだ。

 

「フィードバックが無いとはいえ、投影映像だけでも酔いそう。あの事務次官補、なんであんなに飛び回れるのよ」

 本来のシミュレータなら反映される加減速などのフィードバックを切っているのもターニャの意向ではなく、その体形に合う強化装備がすぐには用意できなかったからだ。

 

 XM3の特性、として説明されていた三次元機動。そもそもの白銀武のEX世界線における「ロボットゲーム」の挙動を再現したい、というのがその開発動機だとは聞いていた。

 ターニャが武同様に幾度かのループに巻き込まれているという話も聞いた。この世界では、将官として作戦指揮の実績を積んでいることも知っている。

 だが戦術機の衛士としての訓練を受けているとは聞いていない。

 

 

 

『どうした白銀っ、蛆虫の如く地面を這い回るのが貴様の性癖かねっ!?』

 そして今、新OSα版の挙動確認のためにと、光線級の存在しない市街地戦が設定されたが、その状況が武の敵となっている。

 武以上に「空」への忌避感が無いターニャは開幕から一気に高度を取り、急旋回の為か時折ビル屋上に脚を付ける以外、常に空中に浮かんでいる。

 

「ウォーケン少佐、事務次官補は、なにか特殊な訓練でもお受けになっておられたのですか?」

「……いえ、香月博士。自分は寡聞にして存じません」

 

 今までの戦術機であればまずありえない挙動、ハードを変更していないにも関わらず間違いなく向上している機動性など、本来であればXM3という新OSへの称賛が溢れるはずであった。

 

 確かに最初は皆、XM3を実装した戦術機の動きを、賛辞したのだ。

 だがシミュレータでの模擬戦が続くにしたがって、その驚きは武とターニャの繰り出す常識外の挙動へと変わり、ターニャが武を圧倒しはじめると言葉が途切れてしまった。

 

 やはりターニャはどこかおかしい、とは誰も口に出せない。

 たとえ傍若無人と見られることの多い夕呼であっても、そこまでは口にはしない。

 現在は立場的には不明確なものになっているとはいえ、ターニャはこの場での最上級者である。上官を侮蔑するような言葉を出すことはできず、管制室内は異様な静けさに包まれることとなっていた。

 

 

 

『あいむしんかーとぅーとぅーとぅーとぅとぅー』

 そんな管制室とは真逆に、ターニャ自身は無暗に機嫌がいいようで、先ほどから適当な歌を口ずさみながら的確に武の死角を突いている。しかもセンサー範囲と背部の可動兵装担架の可動域の確保の為か、先程から常に頭を下にした倒立状態での対地攻撃だ。

 フィードバックが無いから実現できるともいえるそんな姿勢のまま、さらに歌いながらであってもその射線は一切のブレがない。XM3の効果ともいえるが、左右の突撃砲のリロードのタイミングをズラし、弾幕を途切れさせることもない。

 

『っくっそぅっ!!』

 武の方からは、意味のある言葉はもう出なくなっている。

 開幕早々に頭を押さえられ、市街地のビル群に隠れたは良いが、それ以降上空への回避をほぼ確実に阻害されている。タイミングを計りつつ反撃の為に銃口のみをビルの陰から出しても、それさえも読まれているのか36mmが降り注ぐ。

 

 無理に空に上がろうとすれば、ジャンプ先には120mmキャニスターを的確に「置かれ」て、先程から地面を這うようにしか逃げられない。

 

 

 

『おーるあーあずよあしんきんおーばー』

 それでも武は無目的に逃げ回っていたのではない。このままでは競り負けると感じてからは、誘い込める隘路を選んでいるのだ。先程から対地高度警告が鳴りっぱなしで、脚を付けるのはビル壁面だけ。上方からの射撃を避けるために、二車線と無い狭い道のみを選んで文字通りに飛び跳ねる。

 ターニャであれば、陽動だと判っていても乗ってくるだろう、という「ゲームプレイヤー」としての予測だ。

 

『ははっ、これでとったぁぁっ!!』

 わずかな直線、最適の射撃位置にターニャが入った瞬間に、武は勝利を確信してしまった。

 ビル側面を足場に、武の吹雪が僅かに上方、ほぼ水平に飛び跳ねる。跳躍ユニットと脚部のバネを合わせかつ重力に逆らわないことでの、瞬間的な加速だ。突き出した長刀の切っ先は間違いなくターニャ機の胸部に届く、はずだった。

 

『まったく、QBによるQTくらいは、欲しいものだ、なっ』

 言葉が終わりきる前に、ターニャの吹雪は腰部に接続されている跳躍ユニット、それを左ユニットは前方に右ユニットは後方に向けて、一気に噴射する。

 

 体幹を中心にして、一気に反転。

 突き出された長刀の切っ先を躱すと同時に、速度の乗った踵が武の機体にめり込んでいく。

 

 

 

 直後に鳴り響くのは、双方の撃墜アラーム。

 

『ぅえっ、え?』

『む?』

「……白銀機、頭部および胸部コクピットブロック大破、撃墜。デグレチャフ機、右脚部大破、腰部中破。着陸時に左脚部も中破。状況終了です」

 

 シミュレータ内の二人は状況を理解できていない。そしてあまりの事態に、管制担当のピアティフの反応も遅れた。結果的にはターニャの勝ちではあるものの、褒められた状況ではない。

 

 そもそもが戦術機は格闘ができないほどではないが、機体フレームの強度はそれほどでもない。

 跳躍ユニットを使用してまで加速をつけた側転からの踵落としなど、素人でも判る自殺行為だ。下手をすれば腰部関節をねじ切り、自壊しかねない。

 

「ねぇウォーケン少佐、もしかしてデグレチャフ事務次官補って、バカなの?」

「……香月副司令。たとえ事実であったとしても、上官への侮辱はできれば避けていただきたい」

「あの少佐殿? 少佐殿ご自身の発言こそが問題であるかと……」

 

 

 

「OSのバグ出しですので、武装は可能でしたら様々な物をお試しください」

 観戦していた三人がどう言ったものかと感想未満の言葉を漏らしている横で、霞とピアティフが淡々と二戦目の準備を始めている。

 眼前に仕事がある分、ターニャや武の異常挙動にも呆れるだけではなく、耐えれるのだろう。

 

『ふむ。銃剣を装備した物はないのかね? 距離を詰めるたびに長刀を振りかざすのはいささか煩雑すぎる』

「お待ちください……大陸派遣軍の方では現地改修であれば87式突撃砲に65式近接戦用短刀を装着していた例もありますが、申し訳ありません。このシミュレータにはデータが実装されていないようです」

 

「ピアティフ中尉、XAMWS-24だったかな、 試作新概念突撃砲のデータは?」

 銃剣付き突撃砲と聞き、知っている物があったようでウォーケンがそう口を挿む。

 

「XAMWS-24ですか? ああ……YF-23の。それは、さすがに合衆国以外にはデータがありませんね」

「む、当然と言えば当然、か」

 いくらYF-22に合衆国次期主力機の座を譲ったといえど、YF-23も機密の塊と言っていい機体だ。それに合わせて試作された突撃砲のデータが合衆国外に存在しないのも、当然と言える。

 ソビエトも帝国ほどではないが比較的近接密集戦指向なので探せばありそうだが、そちらも現地改修が主体で在日国連軍のシミュレータにはデータとしては入っていないようだ。

 

 

 

「……データ、できました」

「ん?」

 ピアティフとウォーケンとが、各種装備のデータを参照していると、横からすっとデータメディアが差し出される。

 

「65式近接戦用短刀を87式突撃砲に装着した物と、87式支援突撃砲に装着した物、のデータです」

 そう言うのは、ぴこぴことウサミミを揺らす霞だ。無表情ではあるものの、耳の動きからすれば、どこか誇らしげである。無ければ作ればよい、というのはエンジニアの性なのかもしれない。

 

『はは、社特務少尉のお手柄だな。ありがたくそのデータを使わせてもらうとしよう。銃剣付きの支援突撃砲があるならそれを右腕に、背面は突撃砲だな』

『じゃあ俺も試させてもらうよ、社。こっちは銃剣付き突撃砲を4門で』

 

 ピアティフとウォーケンとは、どうするべきかと夕呼の許可を仰ごうとするが、シミュレータ内の二人はすでに使うつもりだ。夕呼にしても霞が「完成した」と言うのなら、それを疑うことはまずない。データの導入をあっさりと許可する。

 

 

 

『あとは……以前にも提言したのだがね? 突撃砲に付けるスリングや、マガジンクリップなどはいまだに無いのかね? 鞘とは言わんが刀の取り回しも不便だな……』

 ターニャとしてはせっかくの人型だというのに、歩兵が使っていて便利な物をなぜに戦術機は採用しないのか、と言う。何よりも長刀を取り出したら可動兵装担架に戻せない、というのはかなり不満のようだ。

 

『そういう意味でしたら、支援突撃砲にもバイポッドは欲しいですね。何気に揺れますから。あ~でも重くなりすぎるし、ハイヴじゃ使い道が無いか……』

「白銀訓練兵。バイポッドならユーロで使われている中隊支援砲用の物があるはずだ。後で資料を読むと良い」

 武の呟きをウォーケンが拾う。

 

『あ、ありがとうございます少佐殿。でも中隊支援砲か……あのサイズまで行かないと意味が無いかもしれませんね』

「私も実際に運用したことが無いから、何とも言えんな。このシミュレータにもデータが無いのが残念だ」

 あれば今すぐ試してみるのだがと言いうが、やはり帝国外の装備に関してはデータが少ない。アメリカが帝国に向けてライセンスを提供しているものくらいだ。ソビエト製やユーロの物はアメリカの元になった装備を仮に名前を変えただけのデータしか入っていない。

 

『あとは白銀、あれかね? ボムか? ハンドグレネードか?』

『ですねぇ……しゃがみボムできるなら、もうちょっと動きも変わるか……いやこの銃剣あれば裏切りできるんじゃないスか?』

 

 無い物強請りになり始め、武もターニャも半ばゲーム的に考えてしまい言いたい放題だ。が、マガジンクリップなど実現できるかも知れない装備の改良に関しては、まりもとウォーケンが取捨選択しながらも、メモを残していた。

 

 

 

 

 

 

「で、白銀。ご感想は?」

「XM1、XM2とバージョン上げていったからかもしれませんが、α版だという話を正直信じられませんね。やはり細かなバグはあるのかもしれませんが、触った感じだともう完成しているように思えました」

 

 三度ほど装備を変えながらの対戦だったが、武は結局のところ負け越した。だがいつも以上に複雑な軌道を描きながらも、OSには異常を感じられなかった。

 ちなみに武が勝てたのは一回、ターニャが銃剣で武機の頭部を切り落としたことで勝利したと思い込んだ瞬間の、背面からの一斉近接射撃でだけだ。なおその次の回では、92式多目的自律誘導弾システムに無誘導の多弾頭式ロケットを詰め込んだものを至近距離で全弾掃射され、一瞬で消し飛ばされた。

 

「勝ちきれなかったのは少々残念だがね。人間と違って首を斬れば死ぬわけではないということを忘れていたよ」

 ターニャが敗北した二戦目は、霞が臨時で組み上げた銃剣付の支援突撃砲などを使用しての戦いだった。緩上昇からの急速反転、パワーダイヴ中の交差する一瞬で武は頭部ユニットを斬り落とされた。が、各種センサが死んだ直後、その状態で背面へ向けての全門斉射に巻き込めたのは、ほとんど偶然ともいえる。

 あのタイミングでターニャが勝利を誤認しておらず、わずかでも進行方向を変えていれば墜されたのは武だったはずだ。

 

 

 

「そういえば次官補、先ほどの対戦中に言っておられた、QBやQTとは何でしょうか?」

「ん? ああ……白銀はチャロン派だったな」

 ターニャが言っていた略称を、何かの挙動を言い表していたのか、と尋ねる。

 

「チャロン?」

「いや、そうか、貴様のところではヴァーチャではなくバル?なんだったか?」

「ああ……バルジャーノンです」

 もう過去とも言いにくい、別世界線の話になってしまうのだが武にとってみればもっともやりこんでいたゲームのタイトルだ。懐かしさとともに、少しばかりの郷愁が過るのは仕方がない。

 

「そのバルジャーノンではなくて、だ。そっちの世界にはなかったか、アマコは? 胴体をコアとして手足を組み替えていく、MADばかりが出てくるゲームだったのだか」

「ああ、ありましたね。俺はあまりやりこんでいませんが、よく話は聞きました」

 武は何気にゲーセンが主体だったので、バルジャーノンの家庭用でさえ、練習用という感覚だった。もともとゲームに関しては雑食気味だったのもあり、手は付けたことはあるものの、あまり深くは覚えていない。

 

「QB、クィックブーストはその4作目で追加された機能だな。腰のブースターで強引にブーストダッシュや、高速旋回を可能とさせる。戦術機ならば再現できるかと思って試してみたが、挙動としては可能のようだ」

 中に人間が入っている場合は保証できんがね、とは付け加える。ターニャとしてもフィードバックを切っていたから試したが、あれを実際に再現したいとはあまり思わない。

 

「踵落としはともかく、対人戦でのサイドダッシュからの着地を挿んでの加速旋回は……アレは初見だと目でも追えませんね。おそらくは眼前で消えたように見えるんじゃないですか?」

「ああ、あの程度までなら強化装備があれば耐えられる、のか? そのあたりは衛士の声を集めるしかないか。あまり貴様基準でデータは作るなよ?」

 XM3のお蔭で、戦術機が取れる挙動は格段に拡がっている。問題はそれに中の人間が耐えられるかどうかだ。

 ただ武から見れば、いくつかの挙動は再現できそうだった。次は試してみると言いかけたが、自身の戦術機適正の高さを思い出し、一応は考慮してみる。汎用のコンボデータに、衛士が失神するようなものは入れられないのだ。

 

 

 

「しかし、この短時間でこれほどまでに仕上げたものだな、よくやったものだ白銀」

 ターニャが嫌味なく、驚きつつも褒める。

 

「その辺りは社に頑張ってもらいましたから。俺自身は言いたい放題言って、手伝えたのはデータ取りくらいですよ」

 褒められて気恥ずかしい、ということではない。武自身からしてみれば、XM3を作ったのは霞を筆頭に第四のエンジニアの皆だ。それを概念を伝えたからと言って武の功績とされるのは、少しばかり座りが悪い。

 

「ま、社がすごいのは間違いないけど、残り一割くらいはアンタの功績よ、白銀」

「は? 俺、ですか?」

「前の世界、AL世界線だったっけ? そこで使っていたというXM3の概念を、社はアンタの頭の中からそのまま読み取りながら組み上げたらしいわ。そういう意味では、珍しくアンタがしっかりと記憶できていたことが、完成を速めた要因の一つ、と誇ってもいいわよ」

「(コクコク)」

 夕呼までが珍しくまっすぐに褒めてくれる。それに霞も同意するように頷いていた。

 

「そういう訳よ? まあここは素直に開発者だって威張っておきなさい」

 今後いろいろとそういう場面が必要になるわよと、どこか企むように夕呼が褒めながらも嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 




タケルちゃんは あたらしく ドリフトターンを おぼえた!

と言いたいのですが実機でやったら、衛士へのGも怖いですが、主脚すっ飛びそうな気がしないでもない? "Thinker"は歌詞の引用どうしようかと考えつつも、こういう感じで。で、XM3の話をするとは言ったが開発話を書くわけではない~ということで霞さんが一週間で作ってくれました、早すぎるというのは目を瞑ってます。


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頒行の計謀

 XM3α版の試験としてシミュレータ室に集まっていたが、いくつかの驚きはあれ、OSの性能としては皆が満足していた。

 

「さて。改めて感想とさせてもらうとだな、遊ばせてもらっただけだが、白銀の言うとおりだな。各動作での違和感というものは、戦術機であることからの限界ともいえそうだ」

 ターニャにしてみれば、久しぶりなどとは言えぬ程の時間を開けた「ロボットゲーム」だ。遊びとしては十二分に満足している。

 戦術機用OSとしての精度や機能は、衛士としての専門教育を受けていないターニャからは口を出せるものではない。そのためにあくまで感想に止めている。

 

「ただ私から言えるとすれば、問題と言えばインターフェイス周りだろうな。現状では少々見にくい上に使いづらい。まあどうせコンボ選択などは複数の意見を拾いながらでなければ詰め切れまいし、ここで今すぐどうこうする部分でもなかろう」

 時間が無いとはターニャも判っているが、こういう部分は時間を掛けなければ改善しにくい部分でもある。そしてそのような修正は第四で行う範疇ではないことは、この場にいる誰も認識しているので、あとはライセンスを得た各開発会社に任せるしかない。

 

 

 

「ほぉ、局長がそれほど直接的にお褒めになるとは、私も使ってみるのが楽しみですな」

 ウォーケンが正に珍しい物を見た、とでも言いたげにわざとらしく笑って見せる。それくらいには評価が高いようだ。

 

「ふむ、常日頃から私をどう見ているのか少々問いただしたいところだな、ウォーケン少佐?」

「はははっ、まあそれはともかく、ですな。このXM3の教練には、複座型が必要なのではありませんか?」

 強引なまでにウォーケンが話を変えるがターニャもわざわざ追求しない。それに変えた話の内容自体も、納得のできるものだ。

 

「教導官を後ろに乗せて挙動を体験させる、ということでしょうか、少佐殿?」

「そうだ、神宮寺軍曹。君くらいの衛士であれば、映像を見ただけあるいは挙動データの追体験だけでもXM3を習熟できよう。が誰もがそれをなせるわけでもなければ、その時間があるわけでもない」

 今後XM3を最初から使って教練を受ける世代ならば問題は少ない。

 だが、あまりにも新しい概念の挙動が含まれるために、既存の衛士訓練を受けた者が転換訓練に時間がかかるのではないかと、ウォーケンは懸念している。

 

「そのあたりはビデオ教材やデータの蓄積、コンボの整理などで、運用する各国機関で対応してもらうべきことだな。まあこの国の本土防衛軍辺りの頭の固い連中は文句を言って来そうだが……香月博士には腹案があるのだろう?」

 

 

 

「はい。XM3を機能ごとに段階的に分割した物を、それぞれに用意することで、出来る限り不要な摩擦は避けようかと」

「あ~やっぱり分割販売ですか?」

「アンタみたいな挙動を誰もができると考えるのは、止めたわ」

 XM3の最初の話では「白銀武」が行う挙動を、コンボ機能などを用いてすべての衛士が再現できるようになる、という触れ込みだった。だが、段階を踏んで開発していくことで、逆に明白になってきたのが、誰も彼もがそこまで機体を制御できるはずもない、という事実だ。

 

「それに伊隅からも意見が上がっててね。XM1以外は帝国だと嫌がられるんじゃないかって話よ」

 XM1のキャンセルだけであれば、中隊内でも比較的スムーズに馴染んだらしい。ただ、XM2の先行入力が実装されたところで、逆に熟練の衛士たちが戸惑い始めたという。まだみちるたちは使っていないが、コンボまで含めたXM3となると、新人はともかく熟練衛士ほど余計に転換に時間がかかるのではないかと、予測されている

 そしてA-01の連中であれば問題ないという話だったが、帝国陸軍などの自称「ベテラン」ほど、コンボや先行入力に拒否反応を示すのではないかと、意見されたという。

 

 

 

「ふはは、なるほど、な。生き残っていることを自身の能力と過信しているような輩が、だだ無意味に積み上げた時間に傲り、内実を見れぬということか」

「あ~いや、新しい機材に拒否感が出てる、といえばなんとなくは判ります」

 ターニャの悪意に満ちた感想にまでは同意しないが、武としては呆れそうになる一方、理解できなくもない。今自分たちが出来ていることをなぜに新しい別の方法でやらねばならぬのか、と言われれば答えにくい。

 

「あとは国連、というかあたしに対する嫌悪といったところかしら」

 XM1であれば、それに必要とされるCPUの改良は帝国軍内部でも可能だ。国連の、第四計画が設計した物を使用する必要が無い。ブラックボックスの無い、既存の物と同様に扱えるということだ。

 

「というか、夕呼先生の印象って、やっぱりこっちでも悪いんですか?」

「無能の相手に時間を割くほど、あたしは暇じゃないわ」

 直接の回答ではないが、それで理解できてしまう。

 根回しは必要だと判っているのにそこに注力しないところは天才ゆえの驕りと見るか、それを使いこなせない周囲の無能を嘆くべきか。

 

「取引先相手なんですから、少しは譲歩しましょうよ……」

 

 

 

 

 

 

「それで夕呼先生、このXM3ってどうやって広めるんですか?」

 夕呼の人徳の薄さを今すぐに改善することはできないので、意識を切り替える。

 XM3は、OSの完成度としては今のところ問題ない。問題なのは、第四や夕呼自身へのものも含めた「新装備」への拒否感だ。この拒否感がある限り、導入を見送る組織は多いはずだ。

 

「A-01は、まずは伊隅の第9中隊に習熟してもらってから、それを元に連隊全体に広げる。これはこっちでやっておくわ」

 第四直属のA-01に限れば夕呼の好きにできる。武の記憶にあるほどには損耗していないようで、詳しくは聞いていないが第9中隊だけという状況ではなく、余裕はあるらしい。

 

 

 

「帝国海軍であれば私自身の伝手もあるので、どうにでも出来そうだ。ただ、そもそも帝国海軍は戦術機は配備しているのかね?」

「確かイントルーダーの帝国仕様があったはずです、局長」

「ん? ああ、海兵隊が無いからか。あれはどうなのだ?」

 

 ウォーケンの言葉に対しターニャは問いを重ねるが、どうなのだと問われてもさすがにこの場にいる者には答えられない質問だった。

 武もまりもも、そしてウォーケンも間違いなく一線級の衛士ではあるが、陸軍に所属する言ってしまえば「普通」の戦術機にしか乗っていない。海軍の、それも水陸両用の攻撃機に、なにが必要なのか想像するくらいしか出来ない。

 

「どう、なんでしょうね、アレにXM3って」

「三次元機動とは水中でも可能なものなのか? いやアレは水中で攻撃できる兵装が搭載されているか?」

「上陸後であれば歩行行動も取るようですから、わずかばかりの機動性向上は見込めるかもしれませんが……そもそも走れるのでしょうか?」

 

 スペックデータなどは見たことがあるはずなのだが覚えているわけもない。

 しかも三人共に海神との合同作戦の経験が無い。いまの朝鮮半島防衛戦にでも参加していればともかく、まりももウォーケンもその戦歴は大陸内部に限定される。どういう運用がされているかさえ知らないのだ。

 

「ふむ……その様子だと、帝国海軍への公的な伝達は保留だな。一応は話だけは流しておこう」

「お願いいたします。合衆国海軍でしたら空母運用なので、自信を持ってお勧めするのですが、帝国海軍は戦術機空母は存在しませんから」

 

 帝国海軍でも使って貰えればうれしいが、今のところはこちらからは強くは推さない、という消極的な対応になってしまう。

 

 

 

 

 

 

「本土防衛軍の連中には見せ札程度に晒しておいて、本命は大陸派遣軍、できれば斯衛ね。次の作戦の時にこっちに兵力を提供させることを条件に、XM3の優先供与をチラつかせるわ」

 

 夕呼は「次の作戦」と軽く言うが、狙いは喀什の「あ号標的」だ。

 BETAの学習と命令系統が喀什の重頭脳級「あ号標的」を頂点とする箒型であると判明している現在、下手にフェイズ2のハイヴなどを攻略としたとしても、それに対応する手段が構築されてしまえば、反撃の糸口を失う。狙うとすれば頭を潰してからの「駆除」しかない。

 

「問題は、その条件をどうやって飲ませるか、だな」

「議会向けはCPU関連のライセンス提供を提案しますが、軍部はどうでしょうね」

 

 ソフトとしてのOS自体はコピーすればよいが、CPU廻りは追加生産が必要だ。大規模に配備するともなれば、国の補助は当然必要になる。そしてそれは帝国国内の生産業にとってはプラスだ。諸外国も運用し始めるのであれば、ライセンスだけでもかなりの物になるはずだ。

 ただ帝国軍部からしてみれば、XM3の提出は第四を誘致して後援していることに対する当然の見返り、と考えられてもおかしくない。

 

 

 

「やっぱり国内向けのトライアルは必要ね」

「大陸派遣軍ならいざ知らず、本土防衛軍に香月博士の手が入っている装備がそう易々と広まるとは思えんからな。性能の公開だけで解消できる問題ではなかろうが、やらぬわけにもいかん」

 

 武の知る世界線ほどではないが、第四への帝国国内からの風当たりは強いようだ。不知火を連隊規模で確保していることも、それを帝国軍とは別個に運用していることも、やっかみの要因である。だが何よりも「何をしているか判らないのに予算が取られている」というのが大きい。

 夕呼の対応にも不味い部分は多いが、結局のところは予算問題と縄張り意識だ。

 

 これが実戦を経験している大陸派遣軍の方であれば、まだXM3の性能を証明することで採用の可能性はある。戦術機の性能向上も、衛士の損耗抑制も、前線では渇望されている。

 ただ本土防衛軍であれば、逆に第四の権限拡大を阻害するために、採用を拒否することも考えられる。

 

「恩を押し売りできるほどには権限が無い、というのが問題ですよねぇ」

「あくまで第四は国連主導だからね。内政干渉になりそうな部分は無理よ」

 第四計画からは、帝国の国防に関する命令は出来ない。どこまで行っても提言止まりだ。帝国軍内部の対立構造を逆手に取り、XM3の導入を進めるにしてもあと一手何かが欲しい。

 

 

 

 

 

 

「あと他諸外国向けには、帝国内部での配備が形になる前後で一度に公開したいところですけど……」

 計画推進国が使っていないような技術が、外部で受け入れられるはずもないが、外へ知らしめるとなるとさらに場所も機会も限られる。帝国内での配備が済んでからなどと言っていては遅すぎる。

 

「そうなると、アラスカが一番妥当だな」

「やはり、そうなりますか」

 

 予想していたとはいえ、夕呼にはいまいち旨味の薄い場所だ。

 先進戦術機技術開発計画、通称「プロミネンス計画」を進めるアラスカ・ユーコン基地。国連の旗の下、各国が戦術機開発のために集結し、切磋琢磨している。それだけ聞けば、確かにXM3のお披露目には最適な場所に聞こえる。問題は合衆国国内基地であるにも関わらず、アメリカ自体はプロミネンス計画には消極的であり、一切関与していないということだ。

 

 夕呼にしてみれば、アメリカだけを相手にしてXG-70や各種のG元素を回してもらう方が直接的には利益が大きい。ユーロやアジア圏の前線国家からのわずかばかりの支援を約束されるよりも、安保理内部での権限拡大の方が意味があるのだ。

 

 

 

「いや、香月博士。アラスカでXM3を見せ札にすれば第四直轄戦力として、少なくとも中隊、上手くすれば大隊規模の戦術機甲部隊はコミーどもから手に入れられるぞ?」

「ああ……あちらでもまだそんなことをやっていましたね。そしてソビエトがこれだけ出したのだから、と。アメリカとイギリスあたりからはさらに引き出す、と」

 

「?」

 ただ、その辺りは武には判らない話だ。ターニャの言葉に納得しているのは夕呼一人で、まりももウォーケンも判っていないようなので、ただの衛士では踏み込めない内容のようだ。

 

「ん? 神宮寺軍曹はともかく、白銀もウォーケン少佐も知らなかったのかね? ユーコンで連邦がやっているのは戦術機開発ではない。戦術機『衛士』開発だ」

「……まさか、それは」

 武とウォーケンはその意味が推測できてしまい、霞の方に眼をやってしまう。

 

「ご推察の通りだ。第三計画のESP発現体を元にした『衛士』を作っている。グレーというには少々黒すぎるな」

 ターニャがアラスカを推す理由はアメリカにはない。狙いはソビエトの方だ。第三の遺産を今もって弄繰り回している計画がユーコンのソビエト区域では進められている。厳密に解釈すれば、それらは第三凍結時に第四に譲渡されていなければならない技術と資産なのだ。XM3を第四の関連技術として発表し、その提供を約束する代わりに、第三由来技術のすべてを接収しておくつもりだ。

 

 

 

 

 

 

(しかし見せ札、か。そうだよな見せ方で相手の捉え方が変わる……と考えたら、問題なのはXM3の提示の仕方、か)

 ユーコンの方の詳しい事情は武には判らないが、見せ方を変える、という方向であれば、武には一つ考えが浮かんだ。

 

「で、ですね。夕呼先生、このXM3の開発の実績って、第四としてはどれくらい必要なんですか? 帝国向けなのか、国連向けなのか、アメリカ向けなのか……実のところよく判ってないんですが」

 ただ確認しておかねばならないのは、第四とそして協力体制となるJASRAにとっての、利益だ。

 

「あたしとしては難しいけどアメリカ相手の取引材料に使いたいってところね。さっきも言ったけど帝国向けはCPU関連のライセンス提供程度でいいでしょ。あと第五発動までの時間稼ぎにでもなってくれれば、それでいいわ」

「こちらとしても第五への警戒程度だな。第四の本筋とはいささかズレているために、安保理の方ではそれほど期待できん」

 

 武やターニャの知識を元にした共同レポートは安保理の方に上げたらしいが、その評価が下るまではいましばらくかかる。XM3は今のところ明確な結果が出せていない第四の最初の実績とはなるものの、方向性の違いから計画の大きな進展とは見なされない。

 それもあって夕呼もターニャも、XM3は第五計画への交渉材料としてはさほど強力なカードだとは考えていない。

 

 そもそもが前線国家ならば低コストで戦術機の性能を向上できるXM3は有用だが、後方のそれもG弾ドクトリンを主軸とするアメリカにとっては優先度が低い。

 

 

 

「でしたらXM3は斯衛から……いえ殿下から夕呼先生に開発を依頼されていた、という形で公開するのはどうでしょうか?」

「どういうこと?」

 当たり前だが、そんな話はまったくない。煌武院家は比較的に第四に対し協力的だが、直接的な援助があるわけではない。また逆に第四が、煌武院家に対して、何らかの成果を送り届けたこともない。

 よくいって表面的には友好的な中立関係、といったところだ。

 

「簡単な話ですよ。実績も何もない、どこの誰だか判らない訓練兵が言い出した謎の新型OSなんてモノ、使いたがる衛士がいますか?」

 まりもやウォーケンに向かって武は問いかけるが、二人とも答えられずに黙ってしまう。既に試しているまりもはともかく、ウォーケンにしても、管制室からのみの情報だがXM3の有用性は深く理解している。

 その上で、答えられないのだ。一般の衛士の、出所不明の新兵器に対する拒否感というものは、それほどに深い。

 

「あ~申し訳ありません。お二人であれば、部下を説得してでも導入してしまいそうですね……」

「いや白銀。貴様の言いたいことも判る。極論、このOSがソビエトで開発された物だと言われれば、私でも躊躇うぞ」

「確かに神宮寺軍曹の言うとおりだな。バックドアの存在に怯えながら使うような機材は、さすがに遠慮したい」

 真顔で断りを入れるまりもに対し、ウォーケンは苦笑気味だ。アメリカ軍であれば笑い話で済むかもしれないが、帝国軍には国粋主義とはまた別の方向で、ソビエト製戦術機導入の動きもあるのだ。

 

 

 

「しかし、なるほど。それで殿下のお名前をお借りする、ということか」

「殿下御自身も衛士訓練はお続けになっておられますし、このXM3の挙動の一部は斯衛の動作に近しい物も含まれます。詳しい者が疑問に思ったとしても、それほど不自然な話とは受け取られないかと」

 

「ふむ? 帝国の将軍自らが前線に立つというのは、儀礼的な物だけではなかったのかね?」

「ああ……ウォーケン少佐殿にしてみれば異質に思われても当然でしょうが、煌武院悠陽殿下であらせられば、政治的問題さえ解消できているのならば、最前線にてその太刀をお振るいになられます」

 

 それほど交流の記憶があるわけでもないが、なぜか武はそう断言できてしまう。

 だが逆に、ウォーケンが疑問に思うのも理解できる。ショーグンが最前線で戦うというのだ。プレジデントが戦術機に乗って最前線に切り込むのと同様に思えるが、それは映画の中の話だ。現実には起こりえない。そもそも年齢的にも苦しいだろう。

 

 だが、今の帝国は違う。

 煌武院悠陽であれば、必要となれば間違いなく、前線に立つ。

 

 

 

「ま、将軍家御用達とでも言いますか、そういった御印さえあれば、大陸派遣軍だけでなく本土防衛軍に対しても採用を躊躇う『言い訳』を潰せます」

 言ってしまえば免罪符だ。殿下のご意向に沿ってXM3は作られたという形があれば、帝国内部での受け入れには抵抗が少なくなる。

 

「白銀。そこまで言うけど、それはあくまでこっちの利益よ? どうやって城内省や斯衛、そして煌武院家を納得させるつもり?」

 

 00ユニットの開発を一時停止している今の第四計画が、帝国そして斯衛などに求める物は、まず単純な戦力だ。喀什攻略に向けて帝国内部の団結を高めておきたい、というのも第四の視点からの目的で、けっして城内省などに利益があるという物でもない。

 逆に帝国議会からならばともかく、一部武家の保有する企業への優先的な根回しくらいしか、第四が求められているという物は思いつかない。

 

 

 

「将軍としての実績として頂いて、ご自身のお立場の強化……と言いたいですが、殿下ご本人がそれを望んではおられないんですよねぇ……」

 悠陽が自分の立場を強化することに執着するような人物なら、いくらでも交渉の余地はあった。が、そのようなものはない。

 

(すげー個人的な利点としては、御剣と殿下とをお会いさせることができるかもしれないってのがあるけど、それこそ首を縦に振らねぇよなぁ……あの二人なら)

 直接言葉を交わした記憶があるのは、先のAL世界線でのクーデターの時くらいだが、それくらいのことは判る。結局のところ、似た者二人だ。「滅私」という言葉があれほどに似合ってしまう姉妹も珍しい。

 

「……あ、殿下相手なら簡単だ」

 冥夜の姿が浮かんだ瞬間、武には一瞬で解決方法が浮かんだ。

 ヘンに考えることではないかったのだ。

 

「なにかあるのかね、白銀?」

 ターニャにしても悠陽や城内省を説得する材料が浮かばず、有力武家を個別に説得するしかないのか、とまで考えていた。

 

「お気を悪くされるとは思いますが、お二人を相手にして考えすぎました。XM3の件で、悠陽殿下を相手に説得する必要なんてないんですよ。XM3があれば衛士の損耗が、帝国だけでなく世界規模で軽減される。これだけで彼のお方は協力してくださります」

 

 民の為。

 その理由だけで、煌武院悠陽ならば協力してくれるはずだと、武は確信していた。

 

「ふ、ふはは……なるほど確かに我々とは根本的に考え方が違うな」

「ええ……ですが、白銀の言う通りですわね。殿下であれば、ただそれだけで動かれるでしょう」

 ターニャも夕呼も、虚を突かれたかのように一瞬固まってしまっていたが、すぐに笑い出す。悠陽とは真逆ともいえる思考傾向を持つ二人だが、共に自覚しているだけはあって、逆に理解が早い。

 

 

 

 

 

 

「……夕呼先生。鎧衣課長に頼んで、直接殿下は無理でしょうが、できれば斯衛軍の紅蓮大将か五摂家のどなたかにお会いできませんか?」

 ただ、それでも名を使わさせてもらうというのであれば、説得には行かなければならない。

 

「トップダウンで強引に話を進めるつもりか、白銀?」

「たとえ殿下のお名前をお借りしても、今すぐに帝国陸軍全軍というのは難しいでしょう。が、斯衛であれば殿下のご一存、あるいは紅蓮大将とまではいかずとも斑鳩を説得できれば、配備が進みます」

 この世界では会ったこともないが、武はUL世界線においては斑鳩当主たる斑鳩崇継の指揮下に入っていたこともある。記憶が定かではないとはいえ、おおよその人柄は理解している上に、崇継であればXM3の有用性をすぐに理解するはずだという思いも、ある。

 

「ああ、そうだ。崇宰の方であれば先日私も会ったところだ。挨拶も出来ていないし、こちらに戻ってくるようであれば声を掛けよう」

 

 G弾の投下で有耶無耶になっているが、ターニャが朝鮮半島に展開していた国連軍を視察していた件は、いまだ完了したとは言い難い。ターニャが意識不明のまま検査の為と最優先で日本に送られたために、声もかけられていない。崇宰恭子が帝国に戻ってきているのであれば、会うには都合のいい理由になる。

 

 

 

「あとは夕呼先生、斯衛でしたら月詠中尉に、XM3の試用をお願いできませんか? 事前に情報は持って行っておいて欲しいので」

「月詠って、あの御剣にくっついてる連中の?」

 

 夕呼にしてみれば、その程度の認識だ。だが伝手という意味ではかなり強力である。

 月詠真那中尉に、直属の神代巽、巴雪乃、戎美凪の三名が所属している第19独立警護小隊。煌武院家の意向を受けての、御剣冥夜の護衛任務だけがその任務である。それだけに煌武院家への繋がりとしては大きい。

 

「ここのシミュレータの見学と使用とは許可しておくわ。ただし説得は任せるわよ。あたしが出たら、逆にこじれそうだしね」

「りょーかいです」

 俺が顔出しても下手すると斬り捨てられそうなのだが、とは武としては思ってしまうものの、夕呼に任せるよりはまだマシかと諦めた。

 

 

 

 

 

 




XM3海神は、マブラヴSFにおいては射程範囲1.5倍でコスト据え置きというたぶんバグなんでしょうが便利でした。脚遅いけどね。



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展伸の証跡 01/11/01

 昨日、207B分隊は総合戦闘技術評価演習の合格を受けて特別休暇が与えられていた。

 

(前は南の島でバカンスだったんだよな~)

 今回は、というよりも現在の白陵基地における総合戦闘技術評価演習の舞台は、瀬戸内の孤島だったらしい。島の名前は聞いていないが、BETA侵攻にいまだ晒されていないこの日本では、以前から帝国陸軍も使っている演習場の一つだそうだ。移動時間も少なく演習終了後には皆この基地に帰ってきていた。三日間のサバイバル訓練での疲れはまだ残っているだろうが、どうせこの後は倒れることになるので構わない。

 

 

 

「それにしても、あいつら何時までかけているんだ」

「まあ……強化装備は、最初は驚きますからねぇ」

「衛士の第一の試練とまで言われているからな。それでもすぐに慣れる」

 

 戦術機用のシミュレータルーム、その巨大な筐体の前で、まりもと武、二人して苦笑未満で顔を見合わせる。とはいうものの、二人ともいまは強化装備を身に着けてはいない。午前中は管制に専念する予定だ。どうせしばらくは時間がかかるだろうと、教練の方向性を簡単に打ち合わせていると、ようやく皆が出そろってくる。

 

 更衣室から出てきたものの、皆恥ずかしいようで、腕を組んだり後ろを向いたりと様々だが、本来であれば上官であるまりもの前で見せられる態度ではない。

 

(というかだな後ろを向けば、尻の方が完全に見えるんだぞ彩峰……それに御剣、お前の場合腕を組んだら余計に胸を強調してるだけだ)

 口に出すべきかどうか悩んだものの、胸に秘めておく。

 そういうことを口にできるのが「恋愛原子核」の強みなのかもしれん、とどうでもいいことに意識が向く。その程度には武としても久しぶりに見る皆の訓練兵用強化装備は、目を引いてしまう。

 

 訓練兵用の強化装備は白を基準で、胸部から下腹部にいたってはほぼ透明の素材であり、ある意味では素肌以上に扇情的でさえある。負傷した時の視認性の為という一応の意味もあるが、慣れることで羞恥心を無くすためというのが本来の目的だという。

 

 

 

「タケルちゃんずるい、ずーるーいっ!!」

「煩いぞ? 鑑」

 そんな風に皆を観察していると、純夏が器用に胸を隠しながら、騒ぎ始める。

 ああなるほど「白銀武」であればこういう時に頭を叩くのか、と自分のものではないように思えてしまう「記憶」。

 

(いや。ホント、俺の記憶じゃねぇんだよなぁ……)

 この世界で目覚めて一週間ほど、ようやく武は以前の世界線での「白銀武」を意識せずに行動できるようになったと思っていた。が、数日ぶりに純夏に会って、自分の行動と記憶の中での行動の差異にあらためて気が付かされ、意識してしまう。

 

「タケル~鑑さんじゃないけど、一人だけ訓練服のままなんてずるいよー」

 純夏だけでなく尊人まで口を揃えだした。肩を落としながらも、目線は決してほかの皆には向けないようにしている。

 尊人にしても男性用訓練強化装備では、いつもの自然体ではいられないようだ。

 

「よ~し鎧衣、全裸ではなく、この強化装備という人類至高の衣服に欲情できる貴様は、間違いなく立派なホモサピエンスなメンだ。皆に見せつけるように、きを~っつけっ、背を伸ばせぇっ!!」

 

「なっ白銀っ!?」

「……へんたい?」

「あ、あぅ~~~」

 今まで黙っていた者も、恨みがましく、武を睨む。

 

「煩い。そういう反応を無くすための、訓練兵用強化装備だ。それにそんなことに気に掛ける余裕なんて、無くなる」

 記憶にある実体験からの助言を加えつつ、少しばかり嚇すように嗤っておく。

 

 

 

「さて、ああまで言われているが、どうする白銀? 貴様も訓練兵用の物に着替えるか?」

「はい、いいえ。教官補佐という立場がありますので、神宮寺軍曹が問題なければこのままで結構です」

 別段武としては、訓練兵用の強化装備が今更恥ずかしいとも思えない。着替えるのがただ手間なだけだ。あとは今後の立場というものもあり、着るとすれば正規兵用の黒の方が都合がいいくらいか。

 そもそも今日の訓練予定では、武はシミュレータに乗る予定はない。

 

「では、予定通り白銀訓練兵は、戦術機教導においてのみ臨時軍曹とする」

「は、了解いたしました」

 

 

 

「整列っ!!」

「貴様らも聞いていたようだが、こちらが貴様らの戦術機教導を補佐してくださる、白銀武臨時軍曹だ」

「白銀武臨時軍曹だ。まずは総戦技演習の合格おめでとう。あらためてよろしく頼む」

 

 最初に編入されたときに、武は任官間近だったということになっている。実際訓練を共にした期間は短いが、207Bの誰もが武の実力という物は目にしており、「臨時軍曹」という聞き慣れぬ階級を耳にして皆が訝しむが、補佐に付くということには疑問はなさそうだ。

 着任の挨拶など、武としては長々とやるつもりはない。さっさと行けとばかりに指示を出し、まりもと二人で管制室に入る。

 

「貴様らからしたら待ちに待った戦術機の訓練だ。まずは煩いことは言わん。シミュレータではあるが各々好きに動かしてみろ」

 207Bの皆もシミュレータとはいえ戦術機を動かせるということに興奮しているのか、駆け込むようにコクピットへ乗り込んでいく。武からすれば着座調整に無暗に時間がかかっているように感じられたが、訓練兵としては早い方だった。

 

 

 

「ご無理を言って申し訳ありません、神宮寺教官」

「いや、言われてみればこちらの日程の方が理に適っているな。適性試験の後にXM3搭載機の挙動体験などすれば、身体は動かせまい」

 全員が着座したのを確認したうえで、武がまりもに礼を言う。訓練課程の変更は、武の案だった。

 

 今までの衛士訓練であれば、まずは戦術機適正の再確認であったが、今回はその順序を変更している。適性試験は午後からの予定だ。

 衛士訓練の最初の試練ともいえる適性試験は、強化装備にフィードバックデータが蓄積されていない時点でシミュレータに揺られるために、訓練兵の多くは試験後には立ち上がることさえできないと聞く。その後の訓練と、強化装備へのデータ蓄積があれば耐えられる程度のものだが、試験後に座学などは無理な者もいるらしい。

 このあたり対G耐性や衛士適正の高い武には実感しにくいのだが、以前の記憶からしても、試験後は余裕を持っておいた方が結局は時間の無駄を省ける。

 

 

 

 

 

 

「さて、全員搭乗したな? 今回に限り、一切のフィードバックは切ってある。各種武装の弾薬や耐久性も無制限だ。午前中は好きなように動かしてみろ」

 戦技演習合格をもって、教本は渡している。衛士訓練の前に熟読することは必須であり、基本動作ならこなせなければならない。

 そして歩かせる程度であれば、簡単にできる、と誰もが思っているはずだ。

 

『えっ?』

 

 だが、全員が一歩目から、こけた。

 そして機体を起こそうと、地面の上で泳ぐようにジタバタともがく。

 

「好きなように動かせとは言ったが、壊せとは言っておらんぞ」

「戦術機の挙動は繊細だ。全員一度落ち着け。リスタートするぞ」

 武とまりも二人で、誰に向けた指示ということもなく、全員に向けて注意を促しておく。

 

 

 

「……予定通りではあるが、XM3の教導にはこれは必須になりそうだな。実機で一歩目からこけられたりしたら整備班に何を言われることやら」

「XM1に触っていた神宮寺教官でさえこけましたからね。伊隅大尉からの報告も確認しつつ、マニュアル化は大変そうです」

 

 演習から帰ってきたその夜に、まりもも暫定完成版のXM3でのシミュレートはこなしていた。そしていまの訓練兵と同じく、一歩目でこけた。

 とはいうものの、XM1の状態で触っていたことや、そもそもの戦術機への理解の深さから、XM3特有の挙動の繊細さに気が付くと、見る見るうちに動きが素早くなり、日付が変わる頃には撃震を第三世代機のように軽々と乗り回していた。

 そして決して褒められた行為ではないが、まりもは207Bが特別休暇だった昨日、教練の見直しをする時以外ほぼ連続してシミュレータに籠ってXM3の習熟に努めていたのだ。食事すらコクピット内で衛士用の合成レーションをかじりながら、だ。

 

「しかしこのフィードバック無しの自由挙動か。これはこれで必須になりそうだな」

「先日、事務次官補がやっていたのを見て思い出し……いえ思いつきました。戦術機の挙動に先入観のない今だからこそ、可能かと」

 今207Bが行っているのは、簡単に言ってしまえば、大型筐体のロボットゲーム、そのチュートリアルだ。

 投影される映像からの疑似的な3D酔いは起こるかもしれないが、本来のシミュレータのように振り回されたりはしないために、機体が可能な動きはすべて実行できる。ゲーセンであれば体感型だったが、アレも少しばかり揺れる程度で、どれほど無茶なことをしても自分の身体は傷付かない。

 

 どうしても今までの訓練だと「自身が耐えられる機動」を「戦術機ができる挙動」と思い込んでしまう。その思い込みが無い状態で、戦術機の可動限界を身に着けるために、いまは「遊んで」もらっている。

 武が三次元機動など行えるのは、EX世界線におけるゲームやアニメからの経験からだ。こちらにそのような娯楽があれば概念説明も簡単なのだが、無い物を強請っても仕方がない。将来的には各種挙動を盛り込んだビデオ教材なども作ることになるのだろうが、今はまだそこまで手が回らない。

 

「あとは、OSのことを説明せずに動かさせてみたのは正解だな」

「言葉は悪いですが、ちょうどよかったと思いますね。元々の素質がある連中に、最初から勝手な思い込みによる制約が無い状態で動かしてもらえるわけですから」

 

 207Bの戦術機教練に際し、一つの方針として分隊員には「新OS」のことは話さない、と武とまりもそして夕呼の間で決められた。新しいOSだから訓練に時間がかかるとか、他の衛士とは区別されているのか、などと邪推されるのも面倒だ。

 せっかく同期が居ないという環境を、最大限に使おうというのが目的だった。

 

 

 

「確かに彩峰のあの動きなど、戦術機を知るものだとけっして試そうなどとは思わぬな」

「あれは……俺でも嫌ですね。さすがに二回転する意味が判りません。鎧衣も良く付き合う」

 千鶴と壬姫、それに純夏はまだ歩いたり走ったりさせている程度だったが、慧は基本的な動作をこなすと、いきなり側転や反転などを始めていた。尊人もそれを見て空中二段回転を試みている。

 

「御剣の方は、これはまた丁寧なことだ」

 冥夜は一つずつすべての関節を個別に可動させていた。右小指の先から始め、今は脚の方にまで進んでいる。身体感覚とでもいうのか、機体がどこまで動くのかを見極めているようだ。

 

「それでも肩の副腕を見逃しているのは、人体を基準に考えすぎ、といったところでしょうか? これはこれで一つの思い込み、というヤツか」

 肩部装甲ブロックは肩から延びる「腕」が支えている。通常は機体の自動制御に任せるもので意図して動かすことはないが、逆に対人戦の場合など、わざと事前動作に組み込んだりすると面白いようにフェイントとして機能する。

 

「ふむ。戦術機の構造に関しては整備実習の方で詳しく話すつもりだったが、座学の方でも補完しておくべきか」

「腕が六本という話をすると、だいたい皆きょとん、としますからね」

 武自身の経験を踏まえ、苦笑いで誤魔化す。

 一般的な戦術機において「腕」と規定されているのは三対六本だ。手腕と背部の可動兵装担架システム、そして肩から肩部装甲ブロックを支える「腕」。

 

「海神の方のようであれば、まだ『腕』と認識しやすいのだろうがな」

「あの兵装モジュールが撃震に積めれば、戦術に幅を持たせられるのですが……」

 戦術機教導と言いつつも、今のところ勝手に動かさせているだけだ。シミュレータ内には声が届かないことを確認しながら、なかば雑談を続ける。

 

 

 

「そういえば白銀、貴様の戦術機の挙動は人を基準にしていないのだったな」

「せっかくのロボットですよ? 人の動きは出来ますが、そこに囚われる必要はないかと。人体の制限を当てはめるのはもったいないというか、関節強度限界までは動かせるものだという認識、ですね」

 人体に比べ戦術機の自由度は確かに高いが、逆にそのサイズと出力に比して各関節などの強度は低い。格闘戦も可能ではあり、いなしたり姿勢を崩させたりはできるが、関節技などは自機への被害が大きく、不可能ではなかろうが想定はされていない。

 

「それに、人間の動きに囚われれば、長刀なんて使えませんよ」

「確かにな。あの長さの物を片手で振るうなど、人には無理だ。まして二刀などは、な」

 武がシミュレータで長刀二刀を振るう姿は、まりもも良く目にしている。人体で言えば持てなくはなかろうが、効果的に用いることなど不可能だ。

 

 

 

「ただ、こうやって見ていると、あいつらもやはり人の形に囚われすぎているか」

「珠瀬の射撃姿勢なんて完全に歩兵のままですね。基本に忠実なのはいいんですけど。まあベテラン衛士でもそうでしょうが、突撃砲の反動程度なら片腕で制御しきれるのに両腕使って保持しようとしてしまいますから」

 36mmのフルオート射撃であれば片腕でも十分な集弾率を維持できる。もちろん両腕で構えれば射撃精度は向上するが、歩兵がアサルトライフルを用いるのとは異なり、必須と言えるほどではない。

 

「あ~でも。完全にフィードバックを切ったのはマズかったかも知れませんね。3パーセント程度でも揺らした方がいいかもしれません」

「ふむ……そうだな。まったく無反応だと逆に挙動が判りにくいか」

 このあたりは今後の課題だな、とまりもも同意する。

 では次の一時間は少しばかり揺れてもらうか、と教導計画をすかさず変更していく。武を臨時軍曹などという中途半端な地位にしているのは、XM3の教導用資料を作っていくための措置でもあるのだ。

 

「あとですね神宮寺軍曹。BETAに関する座学の時間、半分くらいこっちに回せませんか?」

「難しいな。やつらの自主学習に期待するのか?」

「いえ、シミュレータ内で説明してしまおうかと」

 座学での説明が不要ではなかろうが、戦術機の「視点」で見るのとは、また印象が変わる。

 

「なるほど。言われてみればそうだな。上から見下ろすことで、忌避感を少しでも和らげる、か」

「俺だって正直なところ、兵士級を真正面からは見たくありませんよ」

 自身の言葉にまりもの最後を思い出してしまい、自制していたつもりだったが、ギリっと音が漏れるほどに奥歯を噛みしめてしまう。

 

「……白銀?」

「申し訳ありません。まあ小型種の恐怖は後々知ってもらうとしても、とりあえずは戦術機からのBETAの光景を見てもらおうかと」

 兵士級への武の拒絶感を垣間見て、まりもが心配げに顔を向ける。武の経歴などは今のところまりもには一切伝えていないが、それ故逆に実戦経験を疑われているようだ。

 だが今の時点で武の本当の経歴をまりもに話す必要は、無い。

 

 

 

 

 

 

 ふぅ……とわざとらしいまでにまりもに溜息をつかれて、武は振り返る。

 

「貴様の言葉で207Bは纏まりを見せはじめ、無事に演習にも合格した。XM3も形になり、このような形で教練を進めることもできるようになった。それに関しては正直に感謝している」

 私だけではできなかったからな、とどこが自嘲気味に付け加える。

 武としては正面からの感謝には気恥ずかしく感じるものの、まりもが悔やむことではないとは思う。夕呼との関係だけではない、207Bの背後を推し量ることができれば、任官させることに躊躇いを感じるのは誰であっても仕方がないとは言える。

 

「その上で、だ。貴様からすればあいつらは可愛い後輩たちなのだろう、護りたいと思う気持ちは判らなくはない。そのために必要であればきつく当たることができるというのは、指導する上で必要なことだ」

 何気に貴様は教官に向いているのかもしれんな、とまで言ってくれる。

 

 

 

「いまは貴様への教練の時間ではないが……一応はこれでも貴様の訓練教官でもある。一つ確認しておきたい」

「なんでしょうか神宮寺教官?」

 

「207Bへの護ろうとする心構えは、問題ない。ただ、な。御剣に関してだけは、貴様はどこかおかしい」

「っ!? ……それは、申し訳ありませんでした」

 さすがにまりもなら、第四絡みの聞かれて答えられない部分には踏み込んでこないだろうと、どこか武は安心していた。その虚を突かれてしまった。

 

「謝罪はいらん。というかこれは指導ではないからな、ただの教官同士の雑談、だ。いいな?」

「はい、お気を使っていただいて、ありがとうございます」

 

「自覚はあるようだな? 理由は聞かんが、なにか贖罪とでもいうのか? 貴様は御剣から罰せられたいとでも思っているかのように見える。御剣の家の問題に関係しているのかとも思っていたが、それも違うようだしな」

 

 

 

「いや、すまない。答えられぬことだというのは、判っている。それと、な……」

 奥歯を噛みしめ泣きそうな顔で口を噤む武を前にして、まりもにしても珍しく本当に口籠ってしまう。

 それでもこうした機会が何時でもあるわけではない、そしてすぐに失われてしまう物だと判っているまりもは、武を見据え問いを放つ。

 

「私を前にしても、貴様はどこか御剣へのものと似た態度を取ることがある。はっきり聞くぞ? 以前に、私や御剣に似た誰かを貴様のミスで失ったのか?」

 まりもからすれば、武は夕呼の命を受けて何らかの作戦行動に従事していたとしか考えられない。

 そこから推測できるのは、まりもの経験から見ても「よくある話」だ。いやむしろ自身が味わった辛酸でもある。

 戦場で自分のミスで誰かを失う。生き残ってしまった者は、自己を卑下し、自身を使いつぶすように振る舞ってしまう。間違った自己犠牲の発露だ。

 

 

 

「そ、れ……は、」

 ただ、まりもの言葉で武が思い浮かべてしまうのは、いつかの光景だった。

 

 ――振り返った先に見える

 ――頭部の上半分を

 ――食いちぎられた

 ――タイセツナダレカダッタ……モノ

 

 

 

「落ち着けっ、白銀っ!!」

「え、あ……も、もうしわけ、あり、ま、せん」

 自失しそうになった武を、まりもは躊躇なく頬を殴りつける。お蔭で目が覚めた。

 

「落ち着いたか? 謝ることではないだろう、白銀。先ほどの兵士級への反応からすれば、誰か親しい者を食われた、か?」

「は、……はい」

「忘れろ、とは決して言わん。ただし悔やむな、自分を卑下するな。生き残った者の義務として、無理に話せとも言わんが、その者たちのことを誇らしく思い出せ」

 

「……神宮寺教官、お話しできずに申し訳ありません。御剣のことも、教官へのことも、自分のことも」

 衛士の流儀ではないが、武としても本当であれば彼女たちの生き様を笑って誇らしく伝えたいとは思う。だがそれを伝えて、別の世界とはいえ本人から認められさらには慰められでもすれば、武は戦い続けることができなくなりそうで、怖い。

 結局、今はまだ軍機を盾にして逃げてしまう。

 

「ただ御剣には一応約束はしておりまして。事が終われば、本当のことは話す、と。教官もそれまではお待ちください」

「ふふ、事が終わるとは大きく出たな? 香月副司令に連なる貴様が、そうまで言うところを見ると、人類の未来にも期待が持てそうだ」

 夕呼に関することなので、話せることはほとんどない、という武の態度を当然のこととしてまりもは受け入れる。その上で夕呼を信頼しているのだろう、どこか自慢げにまりもは笑って見せる。

 

 

 

「では事が為せるようにあいつらを鍛え上げるか、白銀教官補佐?」

「了解です、神宮寺教官。中途半端に自信が付いたその後で……そうですね、戦車級に何度も喰われてもらいましょうか?」

 訓練教官としての立場に甘えて誤魔化すことになるなとは自覚しつつも、そう付け加えて武は問題を先送りにするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 




総戦技演習はタケルちゃん不参加なのでバッサリとカットです。でK1固有結界ばりに訓練兵用衛士強化装備のデザインの素晴らしさを称えようかと頑張りかけましたが、よくよく考えるとR-18に抵触しそうなので無かったことにしました。


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忌敵の講説 01/11/02

 今回の教練は挙動を見せながら行うために、今日は武もシミュレータに乗り込んでいる。管制室からの説明だけでもできないことはないのだが、今の管制室にはあまり長居したくはない。

 

 斯衛に対するXM3の事前説明のためということで、207Bの教官であるまりもだけではなくターニャにウォーケン、そして交渉相手たる第19独立警護小隊の指揮官、月詠真那が来ているのだ。

 先程簡単に挨拶だけは済ましたものの、真那の武への態度は厳しい。以前から思っていたように、冥夜への対応から武はかなりの危険人物とでも認識されているのは間違いない。幼くなったターニャへの疑問さえも顔に出さなかった真那が、武に対してだけは明確に敵意に満ちた視線を送ってくるのだ。付き従う戎美凪も真那に比べるほどではないが、殺気に満ちた顔で睨んでくる。

 

 そんな状況で落ち着いてXM3の説明をできるほどには、武は図太くはなれない。

 

 

 

「さて。後ほど座学でも詳しく教わることになるが、まずは戦術機から見たBETAの姿に慣れてもらう」

 説明のために遮蔽物も起伏もない平野を選択したが、そこにシミュレータ空間とはいえ6機の吹雪が並ぶと壮観ではある。

 管制室でどういうやり取りがなされているか気にならないわけではないが、真那へのXM3の解説などはターニャやまりもなど管制室に残った上官に丸投げしておいて、武は意識を切り替える。

 

 207Bの全員のフェイスウィンドウは表示させたままにしてある。少しばかり視界の邪魔だが「教官」役としては「生徒」の顔を見ることは重要だ。なによりも視線は下手な言葉よりも雄弁である。

 

 

 

「最初はコイツ。人類から空を奪った光線級、だ。思ってたのとは違ったか? 小さいだろ」

 そう武は笑って見せる。

 大きさは3m程度、二本の脚は人に似ているが、倍ほどの長さだ。その上に大きなレーザー発振機たる二つの「目玉」が並んでいる。ただ戦術機の視点からすれば、膝にも届かないくらいの大きさだ。

 

(今までだったらまず最初に絶対に跳ぶなと教えるところなんだろうが、XM3が出来たからなぁ。跳んで逃げる方法をしっかり身に付けて欲しいよな)

 コンボの選択さえ間違えなければ、初期照射を受けたとしても十分に回避はできる。その為のXM3だ。ただ今はあくまでBETAの説明だけなので、細かな個別の挙動ではなく、属種の説明にだけに留めるように気を付けておく。

 

「基本的には、戦術機でコイツの相手をすることはない。あくまで基本的には、だがな。でコイツに狙われた時、レーザー警告が煩く騒ぎ出した時の対処方法は、後日イヤというほどやってもらうが、とにかく『下に跳べ』。意味はまた今度教える」

 

 AL弾頭で重金属雲を作り出しその後の砲撃で薙ぎ払うのが対BETA戦の一応の基本ではある。そしてそれが実現できている戦場は、残念ながら少ない。跳躍ユニットが装備されている戦術機が、回避のために「空」に逃げないのは、結局のところ光線級が排除できるほどに支援砲撃が続けられないからだ。

 

「衛士として覚えておく必要があるのは、光線級に限った話じゃないがBETAは味方誤射をしない。BETAはBETAを破壊するような行動は取らないし、取れない。逆に言えば、他のBETAを壁にすれば撃ってこないんだ。ただし撃つために他のBETAが射線を開けるように行動することはある」

 

 群れが割れる、と言った衛士もいた。照射前の行動としては非常に判りやすいが、逆にそれがパニックを引き起こすこともあった。

 

「ちなみにこんな大きさだ。36mmが至近に着弾しただけで壊せる。なんなら蹴飛ばしてもいい。ただ何気に素早いのでそれだけは注意だな」

 意図して「殺せる」という言葉を使わずに「壊せる」と言っておく。

 そして言葉通りに、蹴り払う。それだけでシミュレータの中に再現された光線級は、ぐしゃりと弾け、ただの血だまりになる。

 

 

 

「次は一気にデカいぞ、これが大型種の一環、重光線級だ。最重要目標でもある」

 光線級と同じ二脚に、こちらはただ一つのレーザー発振機を備えた、どこか首の落された鶏のような姿だ。

 

「瞳が柔らかそうだからと言って、短刀片手に突撃なんて考えるんじゃないぞ、彩峰」

『……判りました。無理な接近は挑みません』

 細かな説明の前に、いきなり姿勢が前のめりになっていた慧をネタにして注意しておく。とはいえ、やはり他の皆も倒し方を考えてしまっているようなので、どれほどの脅威なのかを説明していく。

 

「ご覧の通りの大きさで、全身どこをとっても割と固いが、特にこのつぶらな瞳を覆う瞼が硬い。基本的には120mmはコイツの為に温存しておくくらいの気持ちでもいい。もちろん距離さえ詰めることができれば36mmでも抜けなくはないが、あまり期待するな。まあコイツも基本は砲兵に任せておきたい」

 

 一応のところ、重光線級がハイヴ周辺以外に出現することは少ない。ただ少しずつ変わってくるBETAの戦術の関係で居ないとは断言できず、警戒心を植え付けるためにもその情報は伝えずにおく。

 レーザー照射のインターバルなども、座学に任せる。なによりも「安全な時間」があると判らせるのは、コンボを使っての回避がそれなりに形になってからのことだ。

 

 

 

「で次が『現在のところ』は確認されている最大種、要塞級だ。コイツも重要目標だ」

 巨大なクモと称するべきか、巨大な胴を支える細い10本の脚が特徴的だ。戦術機からでも、見上げるような形になるほどの巨体である。

 

「要塞級の特徴は、ご覧のとおりデカい。10本の脚でのろのろと歩くせいで一見遅く見えるが、デカいので移動速度自体はそれなりにある。あと、尻尾というか触手だな。全長に等しいくらいに延ばしてくる上に、ここだけ動きが異様に速い。身体の動きに目を奪われていると、一気に刺殺される」

 

 説明用にわざと大きく触手を振り回してもらっているが、正対した状態だと視界の外側から飛んできたかのように見えるはずだ。判っていても回避できるかどうかは難しい。

 

「倒すなら、胴体を繋いでいる節の部分に120mmを叩き込むのが基本だ。長刀で斬れる、とかいう話もあるが真に受けるなよ、とくに御剣?」

 一線級の衛士、それこそ武やまりもであれば、長刀での切断もできる。が本来は斬り落とすことを狙うべきではなく、中距離からの射撃での制圧が望ましいことは間違いない。

 そして冥夜なら試してみると言い出しかねないので、先に釘を刺しておく。

 

『はい、了解いたしました。可能な限り120mmで対処いたします』

「いい返事だ、その言葉を忘れるな」

 たぶんそうはいっても斬りかかるんだろうな、とは思ってしまう。なので斬りかかることの問題点も続けて話しておく。

 

 武は参考動作として、200mほどの距離を取ったままに時計回りに右側面に入るように走りぬき、120mmを三発続けて節に撃ち込む。胴がへし折られ、自重でゆったりと傾き始める巨体からわずかに下がり、次の動作の準備に入っておく。

 

「コイツの最大の問題は、だ。本体のサイズもあるんだが、腹の中に小型種を積んでいることがある。倒したと思ったら、腹から光線級が出てきました、という話も多い。念入りに潰すことが重要だ。近付くなというのはこれの対処の為でもある」

 斬りかかっておいて纏われ付かれましたとかは無しにしろよ、と湧き出した光線級を潰すため、崩れた胴体周辺に36mmを降り注いだ。

 

 

 

「ここまでの三種が、所属兵種を問わず最重要目標だ。ただし基本的には先に言ったように光線級、重光線級の相手は砲兵が担当するものだが、そうは言ってられない場合もある。対応方法の訓練は、気を抜かないように」

 支援砲撃で満足な重金属雲が形成されその後の砲撃で光線級種が一掃される、そんな理想的な戦場だけであるならば、人類はこれほどまでに劣勢に追い込まれていない。

 

(さてさて……戦術機、それもシミュレータ越しとはいえ、やっぱり初見はキツイか)

 改めて皆の顔を確認するが、シミュレータとはいえ初めてBETAの姿を見たせいか、やはり顔色は悪い。

 ここまでで何か質問はないかと一応聞くが、半ば予想通り、特に反応はない。

 

「鑑、正直に答えろ。BETAは気持ち悪いか?」

『は、……はい。気持ち悪いです』

「正直でいいことだ。だが恐れる必要はないぞ」

 とくに顔色が悪いのが、壬姫と純夏だ。壬姫に至っては緊張からか、奥歯を噛みしめ、小刻みに震えている。少しは息抜きさせておくかと、声をかけておく。

 

「珠瀬はどうだ? 気持ち悪いか?」

『だ、だいじょうぶですっ!!』

「大丈夫かどうかなどと、貴様の気分は聞いていない。気持ち悪いと思うか?」

『は、はいっ、気味が悪いですっ』

 口に出せたことで、少しばかり緊張は解けたようだが、またそれでも硬い。

 

「繰り返すが、気持ち悪いと感じることは何も悪くない。ただ必要以上に怖がることもない。個々のBETAは戦術機をもってすれば、十分に対処できる。そのための技術は俺だけでなく神宮寺教官からも、徹底してたたき込まれるから、皆も安心しておけ」

『了解っ!!』

 綺麗に揃った六人の返答を聞いて、次の説明に移る。

 

 

 

 

 

 

「次に大型種の残り二種、突撃級と要撃級を続けていくぞ。まずはこちらの突撃級。名前通り、まっすぐ走ってくる」

 突撃級は全高だけでも戦術機に並ぶような大型で、緑とも紫とも言い難い捩じれた三角錐のような外殻が特徴的である。前から見るだけであれば、BETAにしてはまだそれほど嫌悪感を抱かせない外見だ。ただ後ろから見ればブヨブヨとして肉腫が積み重なったような本体から6本の短い脚が隠れており、醜悪なことに違いはない。

 

「最高速度は170km/h程度と、陸上兵器では逃げようのない速度で突っ込んでくる。機甲師団にとっては非常に脅威だ。ただし名前通りに『突っ込んでくる』。速度が乗っている場合は特にそうだが、基本的には小回りが利かない」

 時速170km/hといえば、秒速にしても50m/s近い。戦車などが2kmほど距離を取って射撃を始めたとしても、1分と経たずに接敵され撥ね飛ばされる。接敵と同時に側方へ回避するように移動しながら射撃するのであればまだしも、正面からの打ち合いなど自殺行為とも言える。

 

「そして見た目通りに前面の外殻は非常に硬い。120mmでも至近でなければ弾かれると思っていた方がいい。つまりは前からは撃つな。弾の無駄だ」

 前方500mmほどの距離から左で36mm、右で120mmと続けて撃ち、どちらも弾かれるのを見せてみる。間違いなく「至近距離」と称されるべき距離からの射撃が、一切の効力を発揮できないのを見せつけられ、207Bの面々は言葉を失っている。

 

「逆にこの殻が無い部分は36mmで面白いように撃ち抜けるので、側面や背後に回っての射撃が基本になる。ま、回り込むのに夢中になって後ろから突っ込んできた奴に撥ねられたりはするなよ?」

 その500mの位置からいきなり突進してきた巨体を、武は斜め左前方にわずかに噴射跳躍しギリギリで回避する。即座に左の跳躍ユニットはそのままに右だけを前方に向けることで速度を殺さずに回頭し、無防備な突撃級の背面へ36mmを浴びせる。

 

(っと、試しては見たもののぶっつけ本番でやることじゃねぇな、このドリフトターンは。下手すると最後の射撃外してたぞ……ただ慣れたら便利だろうな)

 ダッシュ後の急激な旋回での、想定していたよりも荷重がきつく、武にしても一瞬意識が散漫になりかけた。それでも場合によっては有効な機動だろうと思い、今後の最適化には期待しておく。

 

「あ~あとは狙ってやることじゃないが、先に言ったようにBETAはBETAを破壊するような行動はとらない。なので、脚だけ潰しておけばちょっとした防壁に使える、こともなくはない。繰り返すが、珠瀬、無理して狙うことじゃないぞ?」

『え、は、はいっ! 無理に正面から足を狙うようなことはしませんっ!!』

 短い脚は前後からは見にくく、側面に回った時くらいしか狙えない。また空中からであれば、その巨体が邪魔をする。止めることができれば巨体と外殻の硬さから、これ以上はないと言える対光線級の「盾」だが、新人衛士が無理をしてまで狙うことでもない。

 

 

 

「で最後の大型種、要撃級だ。大型種の大半はコイツだと言ってもいい」

 統計的なデータとしては、標準的なBETA群の15%、大型種に限ればおよそ60%がこの要撃級だ。

 

「色はともかく見た目はデカいカニみたいだが、硬いのは腕の前面だけだ。ここだけは突撃級前面並に硬い。そしてコイツで殴ってくる。遠目からだと判りにくいが、前後にもデカくて、かつ突撃級と違いトップスピードには欠けるが、機敏だ。このデカさで跳び跳ねる、という話まである。流石に要塞級の尻尾ほどじゃないが、思ってもいない距離から殴られることがあるので、できる限り近付くな。戦術機の歩行後進程度の速度だと逃げきれん場合が多い。鑑、鎧衣、勘で避けれるとか考えるなよ? そもそも攻撃範囲に入らないように立ち回れ」

『了解ですっ』

『はいっ、近付かないように善処します』

 

 ほぼまっすぐに突進してくる突撃級と違い、要撃級は素早い。すぐに止まり、転回し、前後左右に距離を詰めてくる。そして見た目以上に長く感じる前腕から繰り出してくる一撃は、戦術機では耐えられない衝撃となる。

 避けられる距離だと思っていたら巻き込まれていた、ということは多いのだ。

 

「あとコイツの尻尾というか首みたいな気持ち悪い奴は、センサー集合体だという。ここを潰しておけば、よたよたと周りを巻き込んでくれるので、ちょっとは楽になるが、これも無理して狙うことはない」

 歯茎、と言われることもある部分だが、要撃級の場合は感覚器らしい。ヨーロッパでこの部分の印象から「タコ助」などと呼ばれているともいう。

 

「さてここまでの大型種に関しては、全般的に、そのデカさが防御力だと思っていた方がいい。それでも36mmで落とせないわけじゃない。要塞級と重光線級は仕方がないが120mmに頼るのは止めておくように」

 外殻部分を除けば、大型種と言えど肉の塊と言っていい。弾数は必要とされるが、36mm高速徹甲弾で十分に破壊可能だった。

 

 

 

 

 

 

「次に、光線級以外の小型種だが……っくそっ」

 説明用に出現させてもらった兵士級を発作的に武は踏み潰してしまう。いまだに心構えができていないことを自覚させられてしまうが、兵士級を見た瞬間に反応してしまった。

 

「……申し訳ありません、神宮寺軍曹。追加お願いします」

『ふむ……』

 回線を切り替え、管制室にいるまりもに詫びを入れる。わずかに溜息が聞き取れたが、まりもは何も言わずに、追加の兵士級を配置し直してくれた。

 

「あらためて、だ。まずは小型種のこの二種、闘士級と兵士級だが、戦術機からすればどっちもどっちだ。区別する必要もなければわざわざ狙って壊すものでもない。跳躍後の着地地点にあれば踏み潰しておこう、くらいでいい。基本的には機械化歩兵の皆様に相手してもらうか、砲兵の面制圧で巻き込むか、だ。大型中型狙いの流れ弾で壊せれば、それでいいくらいに考えておけ」

 努めて意識から兵士級を切り離す。

 そもそもが自分で説明しているように、戦術機に乗っていればこの二種は区別するまでもなく、半ば移動途中に轢き潰す程度の物でしかない。

 

 

 

「最後に、戦術機にとっては光線級以外の、主目標を説明する。この戦車級だ。分類としては小型種だが、まあ中型といった方がいい大きさだ」

 赤いクモのような、腹に口を持つ、異形の姿。戦車級は小型種に分類されてはいるものの、乗用車程度の大きさはある。

 

「なにが困ると言っても、数が多い、とにもかくにも数が多い」

 説明していて武も嫌になるが、BETAの特性を体現しているかのように、戦車級は数が多い。物量をその最大の力とするBETAだが、戦車級はその中核だ。BETA群の半数弱が戦車級であり、また基本的に戦車級同士で群れる。おかげで実数以上にその数が多く感じられてしまう。

 

「あと速い。80km/h程度と言われているが、サイズが小さいこともあって、それよりも速く思えることもある。ついでに飛び跳ねる。戦術機の腰程度なら、すぐによじ登ってきたり跳ねついてきたりする」

 垂直の壁でも登ってくるぞ、と脅しておく。

 

「もっとも衛士を殺したBETAとまで言われているが、これに張り付かれると大概の衛士はパニックを起こす。で、味方誤射までがセットだな。パニックを起こした衛士への対処の仕方は、判るか……榊?」

 ある意味で一番残酷な質問を、分隊長である千鶴にはしておく。

 

『距離を取って、説得する……でしょうか?』

 武としてはそう答えるんだろうなぁとは思いながらも、本当にその優等生過ぎる答えを聞いてしまうと、それはそれで心配になる。

 

「違う。IFFを切ってコクピットを撃て。トチ狂った衛士は、戦線を乱す」

 突撃砲の36mmであれば、戦術機はもちろん上面から撃たれれば装甲車両でも破壊してしまう。

 無暗矢鱈に突撃砲を振り回している者を相手に、悠長に説得している余裕はない。可能であれば装備のみを破壊するなり、張り付いている戦車級を外部から排除する事が出来れば良いのだが、IFFが邪魔をすることも多い。

 

「……了解、致しました」

「泣くなとも騒ぐなとも言わん、ただし声に出したならばその分冷静になれ。繰り返すが、対処できない敵ではない」

 そう言いながら、左側方から胸部に向かって飛びついてきた一帯の戦車級を、わざと一拍おいてから、逆手に持った短刀の一刺しで頭から挿し潰す。

 

「戦術機の装甲なんて、コイツらの歯の前じゃあ紙切れ同然……そういう話も嘘じゃない。ただし、なにもすぐに噛みつき始めるわけじゃない、コイツらだって姿勢を整えなきゃ満足に齧りつけん」

 クモのような手足をつかって戦術機さえよじ登ってくるが、狙いも判りやすいのだ。何よりも高密度集積回路とそして人体があるコクピットに向かってくる。手足に張り付いたときに齧り始めるということは実は少ない。

 

「まあ、手慣れてくれば、少々食いつかれても叩き落とせる。朗報としては、小型種のコイツは装甲と言えるものもない。36mmを当てれば弾け飛ぶ。短刀で切り裂くのも簡単だ。相手をする時は、なによりも平常心を保て」

 

 

 

「じゃあ愉しい実技の時間だ。今回限りの特別条件として、武器の耐久性も装甲も残弾も無限にしてある。各自、思う存分堪能してくれ」

『えっ?』

 誰かの驚きに満ちた声が最後に聞こえたが、無視して回線を切る。

 

 各機の足元にうじゃうじゃと戦車級が配置されていく。

 後は教練終了時間まで、ひたすらに機体に張り付こうとする戦車級を引き剥がす、精神をすり減らすような反復訓練だ。

 

 

 

 

 

 

 




なんというか今更感バリバリですがBETAの説明回、こういう感じかな~と。とりあえず戦車級サイキョーなんじゃね?程度です。コトブキヤさんには1/144戦車級詰め合わせパックを出して欲しかった……。

で月詠さんとのお話は次回です。


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漸進の明徴

「失礼いたします、白銀武、入ります」

 207Bの皆を戦車級の対処練習に張り付けさせたままに、武はシミュレータから降りて管制室に戻ってきた。

 

 武がシミュレータから出た時から、教練はまりもが指示を出している。とはいえ、今は予定通りに戦車級の対処を進めているだけだ。出来る限り口を挟まず、訓練兵が自らの才覚で切り抜けられるように、適度に出現数を調整しているくらいだ。

 

「ご苦労だったな、白銀」

 代表としてターニャが声をかけてくるのに合わせ、管制室に入ってきた武にまりもを除く四人の視線が集まる。

 

 斯衛の二人に対するXM3の事前説明は、まりもたちに丸投げしてしまっていたが、武自身が説明するよりもうまく話してくれていたようだ。所属の違う者が六人も集まっているのだが、最初に感じたよりは各々の距離感が縮まっているようにも見える。

 

 

 

「如何でしたか、月詠中尉殿」

「教練の方法としては、少々頷ける部分もなくはないが……ああ、いや。OSの話だったな」

 

 今もモニタに映し出されている207B訓練分隊の吹雪の姿は、有体に言って酷いものだった。

 機体全身に張り付いている戦車級を、短刀や突撃砲で引き剥がそうとしているものの、圧倒的な物量を前にしては無力だ。一体を引き剥がした隙に二体に取りつかれるような勢いである。

 

(彩峰は……すげぇな、もうコツを掴んできたか。何気に鎧衣も手早いかな)

 それでも的確に捌いてる者もいる。慧と尊人は二本の短刀を器用に操りながら、掴まれた先から引きはがせるようになってきている。

 

 千鶴も先程の武の言葉通りに、IFFを切ったうえでロックオン機能を使わずに二門の突撃砲で、接近を許さずに対処し始めている。

 冥夜は足さばきで何とか凌いでる感じだが、手元が疎かになっているせいか、新しく張り付かれることは少ないものの振り落す速度は左程ではない。実戦であれば、間違いなく装甲を齧り棄てられている。

 近接戦や機動反応の苦手な純夏と壬姫は、もはや戦車級の山に埋もれてる、といった状態に近い。

 

 

 

 一見無様な207Bの訓練状況だが、それを見て頷けると言ってしまえるほどに、真那にしても戦車級への対処方法を身に着ける重要性は理解している。そして彼女たちの挙動が、シミュレータといえ累積搭乗経験20時間にもならない訓練兵が取りえるはずもないほどに滑らかなことも、判ってしまう。

 

「白銀臨時軍曹だったか? 貴様が教練についている間に、事務次官補殿からOSの概要については承っていたが、たしかにその言葉通りの物であるとは理解した」

 

 今回の訓練は207Bに対してはBETAの説明の為だったが、真那たちに対してはXM3のプレゼンである。

 真那の態度は、武の冥夜への対応などは含むところがあるのだろうが、XM3の性能には納得している、といった様子だ。戎は武に何か言いたげな表情をしているが、さすがにターニャや真那の手前、口を挿むようなことはしない。

 

「それで、だ。これは純粋にOSの能力と見ても良いのか、白銀臨時軍曹?」

「はい、いいえ。開発に携わったものとしては少々口惜しいと言ってしまいますが、訓練兵たちの素質による部分も大きいかと愚考しております」

「やはり、か」

 真那は武の返答を聞いて、少しばかり考え込んでしまう。

 

 XM3が如何に対応性を高めたOSだとは言え、207Bの中でも差があることからも判るように、誰もがいま眼前に行われているほどに早く修得できる物ではない。そして真那には熟練の衛士としての経験から、いくつか問題点も見えてしまう。

 

 

 

「このOSを搭載した実機はないのか?」

「神宮寺軍曹の搭乗を予定している撃震の換装が、今整備の者たちの手で進められておりますが、実働可能になるのは明日以降との話です」

 A-01の方でもまだ実機への搭載は行われていない。まずは整備班も熟練している撃震で実働試験をしてから、不知火と吹雪への換装を進める予定だった。そちらは早くとも週明けになるはずだ。

 

「となると、実機での問題点が判るのは、しばらく先か」

「いくつか予想されている問題点はありますが、そうですね……確認できるのは早くとも来週以降でしょう」

「予想されている、な。なるほど、当然その程度は考えているか」

 苦笑未満の顔で、真那が頷く。シミュレータを外から見ているだけでもいくつかの問題に気が付くのだ。その程度は想定していないはずがないと、思い至ったのだろう。

 

「もしよろしければ、月詠中尉殿が問題だと思われる点を、お聞かせいただけませんか?」

「そちらの予測とほぼ同じだとは思うが、良いだろう。まずは習得にかかる時間だな。既存の戦術機操作に慣れた者ほど、このOSに乗り換えるのには時間がかかろう」

 とくに斯衛で問題となるのはキャンセルだという。

 

「ベテランほどに習得に時間が掛かるであろうとは予測されていましたが、キャンセルが、ですか?」

 一番受け入れやすいのではと思っていた機能が、真那に否定されてしまい、武としても話をどう続ければいいのか判らずに問い返してしまう。

 

「先行入力であれば、問題なかろう。先の行動を予測するというのは、衛士としては当然のことだからな。その先行入力と前提動作とを繋ぐためのキャンセルならば受け入れやすいのだろうが、誤った入力を書き換えるとなると、な」

 キャンセルによって既存の行動を停止、上書きできるということは、今までなら先を見越して行動を入力していた者ほど、違和感があるはずだと真那から指摘される。

 

「ああ、なるほど。先の先を読むのは斯衛の衛士であれば、当然ですね」

「そういうことだ。先読みを廃し、刹那的に動作を指定、過てば書き換えるというのは、衛士としてどうなのだ、と私には思えてしまう。安全性が高まるというのは理解できるのだがな、無駄な操作故により煩雑になってしまっているのではないかとも、考えられる」

 そもそもが「動作を過つ」という時点で衛士として失格ではないのか、と真那には思える。ただそれが自身の属する斯衛での狭い常識だということも判ってはいる。

 

 

 

「ふぅむ。横から失礼するが、月詠中尉、それは帝国斯衛軍であるからこそ可能なのであって、一般の衛士誰もができることでははないと考えるが、違うかね?」

 ウォーケンが口を挿むのは、合衆国の教育システムによるところも大きい。数で押すとまでは言わないが、合衆国軍においては突出した個の技量ではなく一定水準の平均した能力を要求する。

 

「はい、その通りです。今の指摘は斯衛や帝国軍の手慣れた衛士にとって、このOSの習得が難しいのでは、という問題点の指摘であります。今後の衛士育成には、現行のOSよりも適したものだと考えます」

 そもそもが幼少より武道などに親しんだ者が、さらに斯衛の訓練校で鍛え上げられるのだ。それと同じほどの時間を一般衛士の教練に与えられるほどの余裕が帝国軍には無いことは、真那とて理解している。

 

「ですのでキャンセルの修得などは衛士の慣れの問題であろう、と思われます。時間さえあれば解消できましょう」

 みちるなどからも指摘されていたが、やはり既成概念の壁は大きい。一度身に着けた技術を、壊して再構築する必要があるのだ。そしてそれは現状の技術力が高い者ほどに時間が必要となる。

 

 

 

「次にだ。実機での運用がまだなされていないとはいえ、このOSは機体への負荷も大きいのではないか?」

 真那が続けて指摘したのは、衛士ではなく整備および補給面での問題だ。こちらは既に想定済みの問題でもあったので、武としては余裕をもって答えられる。

 

「試算したところによると、既存OSに比較して最大で3割ほど、関節に負担がかかる場合があると予測されています。一応は機体の耐久上限以内ではあります」

 「特例的挙動(eXtra Maneuver)」と銘打ってはいるものの、そもそも戦術機がハード的にできない挙動ができるようになったわけではない。それでもXM3は従来のOSよりも機体を「振り回す」ことが増える。キャンセルや先行入力などで各部の挙動がスムーズに繋がることで、既存OSでは想定外の局所的な荷重がある可能性は、今の段階では否定できない。

 

 まりもなどはすでに、XM3の機能を駆使しながら途中の無駄な停止挙動を排除することで以前よりもスムーズな動きを実現しているが、おそらく大半の衛士にはそのようなことは無理だ。無用な先行入力とそのキャンセルとで不必要な挙動を繰り返してしまうことは予測されている。

 将来的により洗練された挙動が組み上げられていけば解消されると考えられているが、配備から数年の内は補修パーツは余剰気味に用意する必要があるはずだ。

 

「なるほど。私が思い浮かぶ程度の懸念は、対処済みということだな」

「対処済み、とまでは言い切れませんね。あくまで問題となるだろうと予測しているところでして、対処方法などはこれから実機での使用を経て、その上で整備班などとの連携によって対応策を構築していく、といったところです」

 問題としては判っているのだが、今のところはあくまでシミュレータ内部のことであり、実機に搭載した時に発生するであろう各部パーツへの想定外の加重などはどうしても発生すると考えられている。

 そして必要とされる余剰パーツが兵站に、そして後方の生産施設など民間も含めて、どれほど負担をかけることになるかなどは武にはまったく想像もできない。

 

 

 

 

 

 

「しかし……彼女たちは、すごいな」

 予想通りに、自分が問題だとと思った程度は想定されているとあらためて説明されて、真那はXM3に関する質疑応答は終わりだとばかりにモニタに眼を戻す。

 

 武も教練の方に意識を切り替えて、207Bの様子を確認する。

 が、モニタの詳細を見るまでもない、真那の言葉通りにシミュレータ内部の戦車級の数が減り始めているのだ。まりもが意図して出現数を絞っているわけではない。少しずつ連携らしきものが生まれ始め、対処できる数が増えているのだ。

 

 

 

『珠瀬さん、ちょっと待ってっ』

『え、鑑さん何を?』

『そっちの腕に張り付いてるのを引き剥がすから、こっちのを撃ち抜いてっ』

『う、うん。判った、了解です、鑑さん』

 

 純夏が、壬姫の右腕に取り付き突撃砲の操作を妨げていた戦車級を、短刀でその頭部を破壊することで削ぎ落とす。

 即座に空いた右腕の突撃砲で、IFFを切ったうえで、壬姫が的確に純夏の機体に取り付いていた戦車級を排除していく。

 

 戦車級は小型種の中では比較的大きいとはいえ、至近距離からの36mmに耐えられるほどではない。純夏の機体には影響を与えない位置に、壬姫は確実に一撃で撃ち込み、短時間で排除を達成する。

 

『ありがとーっ。じゃあ、珠瀬さんのに張り付くのは、どんどん横から剥がしていくから、近くに居てね』

『はいっ、鑑さんには一匹たりとも近付けさせませんっ!』

 二人の言葉通りに、即席のエレメントが結成され、純夏と壬姫の機体周辺の戦車級の数が目に見えて減っていく。

 

「思っていた以上に、対応が早いですね」

 武としてはもうしばらくは個々人が勝手に対処しようとして気力が尽き果てるか、という予測もしていた。

 珠瀬の射撃の腕が冴えわたっているのは確かだが、今のは純夏の機転が良かったと手放しで誉めることができる。

 

 

 

『20701より02御剣っ、05珠瀬と03鎧衣とで三機編成で背面を無くしてっ、そちらの指揮は任せるっ』

 そしてその状況の変化を感じ取った千鶴の判断もまた、武の予想よりも早い。

 コールサインに苗字を加えるという、少しばかり迂遠な呼び方ではあるものの、いまの浮き足立っている状況下では最適かもしれない。

 

『04彩峰と06鑑は、こちらにっ』

『えっ? はっ、はいっ06、了解っ』

 

 戦術機の編成で基本となる二機分隊ではなく、三機の変則編成で死角を無くすべく、千鶴が指示を出していく。

 立ち直った純夏と壬姫とを、個人技で対応できる慧と尊人に振り分け、再編の足掛かりとするようだ。

 

『……04から01へ意見具申、私と06とが合流する地点に01が来るべき』

『っ!? そう、ね。位置的にも時間的にもそちらの方が早いわね。先の命令は撤回するわ、04彩峰と06鑑とは合流を最優先』

『06了解っ、彩峰さんの方に走るね』

『04了解、ゆっくりでいいよ』

 

 だが千鶴の命令の不備を慧は指摘する。戦術機の機動にいまだ慣れているとは言いにくい純夏を移動させるよりかは、全員で集結する方が早いという提案だ。

 そして千鶴も、言葉が足りているとは言いにくい慧の提言を読み取り、即座に修正していく。

 

 

 

『02了解。02から03、05へ。05珠瀬を中核に集合する。05はその場で持ちこたえろ』

『03了解。珠瀬さんちょっと待っててね』

『05了解です。鑑さんが作ってくれた隙間、護りぬいて見せますっ』

 もう一方の、即席の変則的なエレメントリーダーに選ばれた冥夜の判断も手堅い。

 

 壬姫は確かに射撃は天才的ではあるものの、戦術機機動では隊内では間違いなく低い方だ。その壬姫を動かさずに、機動にはそれなりに自信がある冥夜自身と、慧に並ぶほどの尊人の二人で動くことで、隙を減らしている。

 

『珠瀬さん以外は、コンボで周辺掃討関連のがいくつかあるから、敵が固まってるあたりに銃口指定して、あとはお任せしかないね』

『そうだな。その上であまりに接近してきた物は私が斬る』

『あははー近いのはお二人にお任せしますね』

 そして尊人は、XM3の機能をこの二日程度で理解し始めているようで、使うであろうコンボを提案している。

 この様子であれば、ほどなく207Bの殲滅能力が戦車級の投入数を上回ることは明らかだ。

 

 

 

 

 

 

「さて、デグレチャフ事務次官補殿。国連軍衛士の訓練兵のシミュレータ教練を我々斯衛に見せたとは、何をお考えでありましょう?」

 これ以降は繰り返し訓練だな、と真那はモニタから目を離し、武ではなくターニャへと向き直る。

 

「端的に言えば売り込みだな。帝国陸軍だけでなく、斯衛軍でもこのOS、XM3の導入を検討してもらいたい。できれば君たちの小隊でも実用試験に参加して欲しいくらいだが、どうかね?」

「なるほど。理解いたしました」

 

 真那を伺うと、やはりそうかと納得している様子だ。

 いくら冥夜のための警備部隊だとはいえ、国連軍からわざわざその訓練内容を提示されることなどは異例だ。ならば話の根幹は、OSの提示であることくらいは推測できる。

 

 

 

「御剣訓練兵が戦術機教導に入れば、どうせ貴様らのことだ。武御雷を持ち込むのであろう?」

 

「っ!? ……申し訳ありません。そのような質問にはお答えできかねます」

「答えずとも良いよ。代りと言ってはなんだがね、月詠中尉。もし持ってくるのであれば、シミュレータ用データはもちろん、もう一機都合をつけておきたまえ」

 だが、真那とはいえ、今ターニャからかけられた言葉は予定していなかったようだ。一気に表情を固め、警戒心を元に戻すが、そんな真那の様子などまったく気にもかけず、ターニャは自分の要望だけを積み重ねていく。

 

「……事務次官補殿、それは国連から帝国斯衛軍へのご命令でしょうか?」

 真那からしてみれば、ターニャの発言は国連の名を借りてアメリカが武御雷をそのシミュレータ用データごとよこせ、と言っているに等しい。

 

「なにを勘違いしている月詠中尉? 国連が加盟国の防衛軍に対して、装備を出せなどと命ずるはずが無かろう? あくまでもそちらの意向に沿う形での、提案だよ」

 他組織とはいえ上位の者に向けるには険しすぎる視線を真那はターニャに向けるが、ターニャの方は涼しげなもので、ただ無表情のままに極々当たり前のことを話すように返す。

 

「だいたいだな、武御雷ただ一機持ち込まれたとしても、207訓練小隊でどう扱えというのかね? 武御雷のエレメントにまさか撃震を付けろとでも? 教導とはいえ、第一世代機にエレメントの相方を務めさせるのは、どちらにとっても不幸な話ではないかね?」

 そもそも武御雷が搬入されていない現在、仮定として無茶苦茶なことをターニャは言い出しているが、可能性としてはありうる話だった。第三世代訓練機の吹雪は、207Aの訓練が完了した後に別基地に送られたために、現在この基地には一機も配備されていない。

 吹雪の再配備が行われるかどうかは、現時点では公式には確定していないのだ。

 

 

 

「それにだ。細かな資料はあとで用意させるが、207B訓練分隊には、今後もXM3を搭載した機体で行う予定だ」

 ターニャの説明では、御剣冥夜をモルモットとして使っている、と言っているに等しい。

 冥夜以外の207B訓練分隊のことも考えれば、即座に危険な物だとは断言はできないだろうが、新型の装備それも機体制御の根幹となるOSだ。本来であれば十全な開発環境下で取り扱われるべきものである。けっして未熟な訓練兵などに提供されるはずがない。

 

「……つまり今後の実機訓練にも、その新型OSが使用される、と?」

「その通りだ。理解が早くて助かるよ、月詠中尉。それを見たうえで、先の提案をどう捉えるか、という話だ」

 

 新兵どころか訓練兵を用いての開発などという有りえないことが国連の名の下に行われている。それを隠そうとしないことが、逆に真那を冷静にさせた。

 つまるところ、新OSの評価を今この場で下せ、と真那に言っているに等しい。斯衛にとってXM3が有益かどうかを判断し、必要であれば開発機材として武御雷を提供しろ、ということだ。

 

「しかし新型OS、XM3……ですか。あらためて資料を拝見した上で、一度帝都の方に打診してみます」

「そうしてもらえるとこちらとしても助かるよ、月詠中尉」

 

 真那にしても一衛士としての立場だけであれば、XM3の導入には賛成なのであろう。

 ただ冥夜の件を別にしても、新規OSの採用など関わる勢力が多岐に渡りすぎる。帝国と国連その背後のアメリカのみならず、国内でも武家や議会の力関係の変化が想像できてしまうだけに、簡単には返答ができない。

 

 最初とは打って変わって力なさげに形だけの敬礼をターニャに返し、戎を連れて管制室から辞去していった。

 

 

 

 

 

 

「良かったんですかあんなに煽って。それに武御雷を持って来いとかシミュレータ用のデータ出せとか、無茶過ぎませんか?」

 A-01に不知火が配備されるときにも、国連軍を通して諸外国への情報流出が懸念されたという。ましてや帝国最強の武御雷である。整備であっても専属の者たち以外には近寄らせない実機であればまだしも、コピーの容易いシミュレータ用データの提出など、城内省が認めるとは考えにくい。

 

「シミュレータ用データは無理でしょうな、局長。合衆国にラプターのデータを要求するようなものです」

 ウォーケンからも同意される程度には、無茶な話だ。たとえ同盟国であろうと国連であろうと、国防の為には出せない物は出せない。

 

「BETAの九州侵攻までに、最低でも斯衛にはXM3が広まっていなければ、困るのは貴様たち帝国の方ではないかね?」

「それは、確かにそうなんですけど」

「それとも何か? ハイヴ侵攻部隊用に武御雷を用意しなくても良い方法でもあるのか? あるのならばそちらの方がよさそうなのだが」

 だがターニャとしては、必要であれば提出しておけと言っただけだ。もともと少数配備しかされていない武御雷に対しては戦力としては懐疑的なのだ。ただ現状の戦術機の中では、ハイヴ侵攻に最も適しているだろうという判断の下に、武御雷へのXM3搭載を予定しているだけだ。

 

「正直なところ、時間的な余裕があるのならば噂の不知火新型に期待したいのですが……現状では帝国の保有する武御雷をすべて投入するようなつもりでいて貰いたいですね」

 

 鉄原ハイヴの間引きが成功したとは言えない現状、攻勢に出るにも防衛に徹するにも時間が無いのは武にしてもよく判っている。下手をすれば年内には九州への攻撃がありうるのだ。それに対応するためにも、少なくとも斯衛にはXM3の早期導入が望ましい。

 そのうえで、喀什攻略の為には武御雷の数が欲しい。

 

「まあ、もう一機武御雷が届かなければ、壱型丙でも用意してもらってそれで御剣とはエレメントを組みますよ。一応はあれが武御雷の原型でもありますし」

「いや、壱型丙も国連には提供されにくいのではないかね?」

「それなら、もう諦めて撃震でどうにかします。斯衛でも瑞鶴に随伴されることはあり得るでしょうし」

 自分から言い出したこととはいえ、不知火・壱型丙も帝国陸軍にとっては最新鋭の戦術機だ。不知火自体、A-01に提供した以上に追加で持ち込めるとは考えにくい。来てくれれば助かるが、そこで無理を通して第四の立場を悪くするほどでもない。

 

 

 

「ああしかし……これは今日の教練も無事終了、ですかね」

 すでにシミュレータの方では戦車級に齧りつかれている者など一人もいない。周辺掃討用のコンボを的確に選択しながら、戦車級を寄せ付けないように、各自がそれぞれの死角を補い合っている。

 

 武用として搬入される機体への興味が無いわけではないが、207Bの成長を見せられると明日以降の教練をどうするかと、今はそちらの方に意識が行ってしまう。

 

 

 

 

 

 




原作だとコールサインの20706はご存知タケルちゃんなのですが、この世界線では順番通り?純夏さんになっています。タケルちゃんは一応20707です。が出てくるかどうか微妙のところ。

でで、そろそろコミケ前のドタバタ期間なので投稿が遅れるかもしれませんが、なんとか週二回は死守できたらいいなぁ……くらいで続けてみます。

あとなんとなく予約投稿時間を朝方に変えてみます。


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擬装の蓄積 01/11/03

 207Bの教練が終わった後、夕食を取ろうかというタイミングで武は夕呼に呼び出された。

 

(俺から急ぎの報告はないけど、何かあったっけかな……?)

 

 武がこの世界で目覚めて10日ほど。

 XM3の開発は順調だが、実のところの成し遂げたのはその程度だ。漠然とした不安、などと恰好を付けるつもりはないが、事態を好転させているなどとは間違っても実感できない。

 11月半ばにはXM3のトライアルは予定されており、すでに各方面には通達がなされている。目に見えた動きが出てくるのは、それ以降だろうとは判ってはいる。

 

「遅れて申し訳ありませんっ!」

「そういうのはいいから。それで、207Bの連中は使えそうなの?」

 執務室にいたのは夕呼とターニャだ。武は上官二人を前にして敬礼し詫びを口にするが、夕呼はあっさりと流し本題に入ろうとする。

 

「トライアルのデモ程度であれば、あと10日ほどありますから、問題は解消されるかと」

「つまり現時点では問題があるということね」

 駄目だろうとは思っていたが、やはり少しばかり逃げを打ったような報告では夕呼を納得させることはできないようだ。

 

「無理を言わないで下さいよ夕呼先生。さすがにまだシミュレータで10時間程度の連中です」

 武から見ると207Bの皆の才能は目を見張るものはある。だが実機に乗ってからの時間が少ないのが気がかりだ。

 実機訓練が可能なのは詰め込んだとしても一週間ほど。OS変更に伴う機体の調整や確認などもあるために、時間的には50時間取れるかどうかがギリギリだ。なにか機体側に問題が発生すれば、下手をすると30時間程度になる。

 

「それでも全体的には彩峰と鎧衣、あと鑑は習熟が早いです。榊がそこそこで、珠瀬と御剣が少し遅いですね。その三人も期日までには形にはなるはずです」

「へぇ? 御剣が遅いって、ちょっと意外ね」

「まあ御剣は何気に理屈っぽいところがあるので、榊同様に頭で覚えた後は習得は早そうです」

 冥夜は鍛錬の仕方を知っているから修得そのものはそれなりに早いが、実のところ努力型だ。歩兵訓練時にも、慧に体術面では並ばれる程度である。幼少の折より剣術に親しんでいたというアドバンテージが無ければ、下手をすると隊内で一番素養が低い可能性すらある。

 

「彩峰は、あいつもそれなりに身体を鍛えていたとは言いますが、それでもおかしいと言い切れるくらいには天性の物がありますよ。鎧衣に関しては本人の素養も高いんでしょうが、親父さんの教育の賜物でしょうね。衛士として突出した物はありませんが、逆に隙がありません」

 実のところ慧と尊人だけであれば、明日からでも撃震にリミッターを設定しておければ実機に乗せても大丈夫なのではないか、とまで思わせるものがある。複座型があるならば武とまりもとがそれぞれに後席に乗ったうえで試してみたいとも思うが、さすがにそこまで焦ることもないはずだ。

 

 

 

「ふむ。全般的には順調。ただし時間的余裕はさほどない、といったところか」

「その通りであります、事務次官補」

 武の報告を聞き終わり、ターニャが簡単に纏める。

 

「トライアルには今の207Bの連中を使いたいから、ちょっとくらいの無理は通すわ。シミュレータに関してはこっちの権限で確保してる。実機の方は急かしてはいるけど、あと三日は掛かるとか言い出してるのよねぇ」

「実機は週末までに来てればいいですよ。まだ基礎の段階ですから」

 クルマと同じで慣れだろうと以前の世界線では言われたが、その慣れるために機体を壊されるわけにもいかない。最低限度の技術を身に付けるまではシミュレータ漬けの予定だ。

 座学の時間が削られていることが少しばかり気がかりだが、トライアルの予定がほぼ確定していることから、それらはどうしても後に回すしかない。

 

「香月博士、トライアル後の207の扱いは、想定しているのか?」

「一応は、トライアルの実績をもって任官させ、その後もXM3のデモンストレーション部隊として独立して運用しようかと」

「ふむ……無理のないプランではある、な」

 どこか納得のしていないようなターニャだが、はっきりとは反対しない。その態度に、夕呼が問い詰めるように言葉を重ねる。

 

「事務次官補には、何か代案がおありですか?」

「今の時点ではどうとも言えんな。ただ、御剣冥夜は単体として使う方が価値が高いやもしれぬ、とそう考えていただけだ」

「確かに単体のカードとしては207の中で最も使いどころが難しいとは思いますが……」

 

「そうだな、御剣冥夜が『守るべきもののためには、全てを捨てる』とまで割り切ってくれていれば、こちらとしても使い方を考えようもあるが……今のところは具体的な使い道は思い浮かばんよ」

 どこか誤魔化すようにターニャは言うが何らかの方策は予定しているようだ。しかし夕呼にしても武にしても、ターニャを問い詰めるようなことは階級的にも難しい。

 

 

 

 

 

 

「ああそれと、だ。私の立場が決まったので、一応は貴様にも説明しておこう。今回もそうだが、XM3の公開などに伴い同行する機会も増えそうだからな」

「立場、ですか?」

 聞き返してしまうが、ターニャの立場が変わるという話は、まったく聞いていなかったために、疑問がそのまま口に出てしまう。

 

「私のというかターニャ・デグレチャフではなく、ターシャ・ティクレティウスとしての立場だな。臨時少尉の地位でJASRAへの出向という形を取ることになった」

「偽装身分ということですか……問題ないのでしょうか?」

「細かな問題は確かにあるが、この姿で70過ぎのターニャ・デグレチャフのまま、としておく方が問題だ。デグレチャフ名義で親権を得て保護している、という形にしておいた。あとは資産などの生前贈与だな。もちろん偽装ではあるものの、議会などからは認可は受けておるよ」

 

 そのまま相続してもギリギリ遺産税が掛かるほどではないがねとターニャは笑うが、武にはそれがどの程度の額なのか思いも付かない。ただ間違いなく一般市民感覚の武からすれば巨額なはずだ。

 

「正直なところ、こうなってしまっては自分の肉体寿命がどうなっているのか判断できんということもある。ターニャ・デグレチャフのままに130歳などとなってしまっては、書類の関係で日常生活さえ困難だ。ここは素直に見た目通りの年齢の人物を作っておこうと考えていたのだ」

「確かにそのままではいろいろと騒動が起きてしまいそうですね」

 

 ターシャという別人を作る方が、100歳を超えてターニャが活動し続けるよりかは、はるかに安全だろう。

 本人は認めたがらないが、今はまだターニャの派閥とでもいうべき権力集団があるから大丈夫だろうが、今後ともそうとは言い切れない。G弾の影響による若返りなどという事実が公にでもなれば、どの様な影響が巻き起こるか想像さえ難しい。

 

「それに基本的には偽装というよりは、避難民の一人を作り上げたという形だな。先の鉄原ハイヴ間引きに合同して行われた避難民保護の中、身元引受人のいないロシア系の女子をデグレチャフが引き取ったとしている。まあそのためのこの髪だ。あとは第三の遺産の振りでも匂わせておけば、勝手に裏を勘ぐる連中にも遊びのネタを提供できよう」

 

(自分自身を囮にしつつも、敵対集団への欺瞞情報の拡散か。鎧衣課長くらいにはいろいろと無茶な人だよなぁ)

 

「事務次官補のご事情は理解いたしました。今後、外では少尉殿として対応させていただきます」

 武に説明できる程度には、すでに根回しは終わり、経歴も出来上がっているようだ。裏事情も何となくは察せられるが、そこは武が介入できる領域ではない。直接的なテロ行為などの予防を考慮するくらいだ。

 

「直接の知己には説明はするがね? 徐々にデグレチャフとしての露出を無くし静かに消え去るのみ、ということだ。JASRAのほうはしばらくはウォーケン少佐を局長代行とする。私と直接会ったことのない連中向けの、看板だな」

「あ~……なるほど?」

 

 本人を前にして話すことではないだろうとも思うが、ターニャのこの目付きにしてこの態度である。たとえ見た目が少々どころか極端に若返っていたとしても、一度でも話したことでもあれば同一人物だとすぐに理解されるのだろう。

 

 

 

 

 

 

「さて、私の身分に関してはこの程度でいいだろう。ちょうどいい機会なので、今後の問題点を再確認しておくぞ」

「喀什攻略に関しては、申し訳ありません。正直なところ戦術機と軌道爆撃による力押しくらいしか、今のところ思い浮かびません」

 問題と言われて思い出すのは、喀什攻略だ。そして問題とされるほどに、その解決案が浮かびそうにはない。

 

「いや、そちらは今は良い。直近での問題は再突入型駆逐艦、HSSTを用いてのテロだな」

「ああ……それは発生するとお考えですか?」

 

 珠瀬事務次官と第四計画とを狙ってのHSSTによる基地破壊を企んだテロは、武の知るどちらの世界線でも発生はしている。ただ、現在のあまりに変わってきている状況で、テロが企てられているのかどうかすら武の持つ情報では判断できない。

 そもそもターニャのお蔭で良くも悪くも状況の変化している現状、武の持つ他世界線の情報の重要性は、どうしても下がってしまう。前回のAL世界線では武のループを証明できた佐渡島からのBETA侵攻など、佐渡島にハイヴが無いこの状況ではまったくなんの意味もなさない。

 

(いや因果の流入とか、そういうのであれば11日には何か別の問題が起こる可能性だけはあるのか)

 これはちょっと注意しておこうと心に留めて、あとでもう一度夕呼にだけは確認しておくことにする。

 

 

 

「やはり落としてくると考えられますか?」

「第四計画の妨害というのが、白銀や私の知る未来知識による予測だが……」

 夕呼の問いに、珍しいことにターニャが言いよどむ。今の時点ではHSSTを用いてまでのテロが起きる可能性が読み切れないのだろう。武としても、現状で第五推進派などがそこまで無理をして第四を物理的に排除するという意味が思い浮かばない。

 

「UL、AL世界線における横浜基地?ですか、そこへのテロ行為の要因として予想できる、というか状況が伝聞だらけですので最早妄想となりますが、それで考えうるのは第四がG元素を保有しすぎている、という事でしょうか」

 第四計画が成功しそうだから妨害する、ではなく第四計画がG元素を用いてBETA由来兵器で米国に対立する、と疑心暗鬼に駆られたのでは、と夕呼は予測する。

 

「そういう目的であれば、現在のこの白陵基地へのテロ行為という線は薄いのだが、な」

「デグレチャフ事務次官補の、存在ですね」

「そうだ。この身の不徳と致すところ、とは言いたくはないが私を邪魔に思う連中には事欠かなくてね。それに昨今一部で話題の『月の後継者』問題だ。勝手に敵を想定して、勝手に戦いを始める輩はどこにでもいるものだな」

 

 呆れたように嘆息する振りをしているものの、推測としてはありそうなところが問題だった。ターニャにしてみれば実のところ派閥形成にいそしんできた、という自覚は無い。その時々に合わせ、双方が納得できる利益の提示、あるいは損失の低減を目指して来ただけのつもりだ。

 それでもターニャの立場を危険視する集団は多く、第四に接近している現状ではテロの対象になる可能性は高い。

 

 

 

「そういえば、事務次官補ならご存知なのかもしれませんが、あのテロの実行犯って、結局どこの誰なのでしょう?」

 第五推進派が裏で糸を引いていたらしいとは聞いたものの、どういう経緯で行われたのかは武は知らない。実行犯自体も顔を見たわけでもないので、対立していると認識しにくいのだ。

 

「実行犯と目されているのは難民解放戦線(RLF)の連中だ。第五のG弾推進派の一部がお膳立てした計画を、文字通りに実行しただけだろうがな」

「難民解放戦線……ですか」

 武としても名前だけは聞いている組織だが、実態はよく知らない。

 

「まったくあのバカどもは、いったい何を何から解放するつもりなのやら。難民などおらぬというのにな」

「は? ……難民が、居ない?」

 組織の構成などの話かと思っていれば、いきなりのターニャの発言に、頭が付いて行かない。

 

「白銀、アンタの経験では難民があったの?」

「いや、難民があるとかないとか……BETAから逃げて国を失った人っていますよね? まさか、こっちじゃみんな死んでしまってる……」

 ありえないとは言い切れないところが、BETAとの戦いの恐ろしさだ。武の知る98年からの日本帝国の防衛戦など、避難できた者の方が少ない。

 

「まったく、何を考えて口走っている? 現在のBETA大戦において、難民は存在しない」

「え? 国や土地を奪われて逃げ出してる人ってたくさんいるんですよね? それこそ先日の朝鮮半島防衛だって、避難民保護のために国連軍などが動いて……」

 

「白銀、貴様も元のEX世界線では大学入学が確定していたのだろう? 少しくらいは国連について調べておけ。避難民と難民は別だ」

 呆れ返ったかのように、ターニャがわざとらしいまでに大きく溜息を付く。

 

――「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人々

 

 夕呼は暗記していたようで、国連の定める難民の定義をそらんじてくれる。

 

 

 

「BETAは人種や宗教政治信条などは考慮しないし、関与されない。そんなものであの土木機械共が喰らいつく人間を選んでいるのか?」

「それは……」

 神に祈ろうが仏に縋ろうが、むしろ悪魔に取引を持ち掛けてもBETAが止まることなどない。社会主義者も無政府主義者も自由主義者であろうとも、一切の関係はない。

 

 ――文民・軍人関係なくむさぼり喰らうBETAがどう差別的だというのか。

 

「つまりだ。今BETAに自国領土が奪われて避難している者は、すべからく難民ではない。彼らを救済するのは国際社会ではなく、自身らが所属する国家や組織の問題だ。国連が関与する案件ではないよ」

「租借地で亡命政府を立ち上げたり、避難民の収容とその生活の安定を進めるのは、各国政府の仕事。そしてそこには国連も国連軍も原則関与しない。内政干渉なのよ」

 ターニャと夕呼から、立て続けに「難民」の定義と現状の「避難民」の違いを突きつけられる。が法的にはどうであれ、武としては感情的には納得できない。

 

「え、でも。それって言い訳ですよね? 実際に避難している人たちからすれば、やっぱり国連にどうにかしてくれっていう声があるんじゃ?」

「そういう声はあるわね、もちろん。で、それがどうしたの?」

「いやはや各国亡命政府には、自国民の健康と安寧には、心砕いて欲しいものだ」

 あからさまなまでに偽悪的に夕呼が笑みを浮かべるが、ターニャにいたっては嘆く振りだけだ。

 

「国連からは、亡命先の租借地を提供する国と亡命政府、その仲介はしているさ。そこから先は原則的に二国間の問題であり、介入すべきではない」

 ああ誠に残念だな、とターニャはまったく感情の籠っていない声で、避難民の生活に心を砕いている態だけは示す。

 

 

 

「なにかね、白銀? 難民解放戦線の連中の心情が理解できるというのならば説明してくれたまえ。テロへの対策案の一つくらいには付け加えられるやもしれんぞ?」

 

 煽られているのは嫌でも判る。ここで激昂しても何も解決しないことも、だ。

 そして後方国家において難民として避難民を受け入れてしまったことで発生していた問題を、わずかばかりの事例であるが記憶として持っている武には、今の国連などの対応が最善ではないが「仕方がない」程度の選択なのだろうということは理解できてしまう。

 

 億の単位でユーラシア大陸から逃げ出してくる人々など、受け入れられる国家など存在しないのだ。受け入れ先を食いつぶして双方が自滅することに比べれば、元々の国家が亡命政府を樹立したうえでアフリカなどに土地を租借し、最低限の自己管理をするほうがまだしも前途がある。

 

「ちなみに合衆国は、広く門戸を開けて移民を募っているぞ?」

 合衆国は移民受け入れの姿勢はBETA大戦以前と同様に示している。

 ただ募ってはいるが誰でも受け入れているわけではない。自己資本で移住してくる資本家、そして熟練技術者や研究者など、あくまで合衆国に利をもたらす者だけを選抜しているだけだ。

 

 

 

「申し訳ありません、軽率な発言でした」

「ふ~ん? 白銀、今ので納得したんだ?」

「気持ち的には、そりゃあ納得はできてません。できませんし、最善な手段だとは思いませんが、現状取りうる手段としては他に思いつきませんよ。飲み込みます」

 

 UL世界線で見た、天元山の噴火を判っていながらも住み慣れた家に戻っていた、違法帰還者の老婆。AL世界線では強制退去という手段に頼らざるを得ず、それがクーデター派の論拠の一つとしてまで取り上げられてしまった。

 この世界線では退去勧告など出てはいないのだろうが、今後ありえない話ではない。

 

 そして武はいまだあの事件に対し、自身の答えが導けていない。

 何が正解なのか、そもそもこの類の問題に正解などないのではないかと逃げるようなことは言えるが、それにしても自分の中でどう対処すべきかの軸が作れていないと感じてしまう。生命を守るのか、尊厳を尊ぶのか、二択で済ましてしまうべきではないと思いつつも、そこから先の解決方法が浮かばない。

 

 そんな状態の白銀武が、各国の避難民キャンプなどの状態さえ知らない現状で、避難民問題の把握などできようもないし、今の立場では何らかの案を提示することなども不可能だ。

 無力なままでは何を喚いても、ガキの我儘でしかない。対案が出せずとも、話に加わるには現状認識くらいは必要だ。

 

 

 

「それで、HSSTを墜としてきそうな連中はこの世界線でも居るとして、どう対処するんですか?」

 少しばかり深く息をつき、意識をテロ対策へと切り替えて問う。

 

「AL世界線で香月博士が取った手段を、さらに拡大する、という案を想定している」

 つまりは事前に、テロリストとその協力者たちを拘束するということだ。さらに拡大という言葉に少々薄ら寒いものを感じてしまうが、そうなると武には関与出来ることは何一つない。

 最悪のパターンへの対処として、試作1200㎜超水平線砲の準備を夕呼に頼むことくらいだ。

 

「でもAL世界線ですか、そっちでも介入したことで第四の立場が……ってそうか。今回は夕呼先生からの情報で止めるんじゃなくて」

「管轄違いだが、JASRAから各方面に話は通す。先日の無警告のG弾運用の背景を探っている途中に、善意の情報提供者からの匿名の知らせを受けたとでもするさ」

 

 AL世界線では、第四の権限で頭越しにHSSTの離陸自体を止めることで事件を事前に防いだ。だがそのことが結果的に、第四への疑惑や様々な圧力となって跳ね返ってくることとなった。

 今回JASRAから情報を流すということだが、合衆国内のテロ組織の追跡など、国連機関のJASRAの担う範疇ではない。しかし別件の調査中に知りえた情報を各国の警察組織などに提供するのは、問題視されるような行動ではない。むしろ隠していれば逆に非難されるだろう。

 

「まあテロの首魁にまでは手が届かんが、末端の構成員はそれなりに潰させてもらう予定だ。ついでにあのクソ忌々しい恭順派どもまで食い散らかせれば、少しばかりは溜飲も下がるな」

 カンパニーの皆々には給料分は働いてもらうとしようと、ターニャは何かを企むように呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 




よーやくこの世界線では難民がいないことの説明追加完了~とかやっていたらマスターの話入れ損ねました。エーベルバッハ(仮)さんは登場しそうになったら話入れます。HSSTが落ちてくるかどうかは、下手をすると第三章送り……かも。

で、デグさん。相続税の緩いアメリカでも取られそうなくらいは個人資産持っていそうですが、その辺りはサクッとスルーです。


あとこのような場ですが、誤字脱字などのご報告ありがとうございます。


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障碍の観取

 ターニャと夕呼へ207Bの訓練進行度合いの報告をしていたはずが、この世界ではBETAによる難民が存在しないなどという状況を突き付けられてしまった。難民問題は武が解決すべき話ではない、などという当たり前のことは二人にしてもわざわざ言ってはこない。そもそもあの二人にしてみれば、すでに解決済みの案件なのだろう。

 

(まったく……なんかこのところ、あの二人から宿題押し付けられては走り込みに逃げ出してるよな、俺)

 

 悩んでいるのは、割り切ることができない武自身の問題だ。国連軍衛士として、自分の考慮すべき範疇ではないと切り捨てることができれば、楽なのだろうが、以前からの疑問を蒸し返されたようでなかなかに捨て置けない。

 避難民問題に対処すべきは彼ら自身とその政府だ、というのは判らなくはない。逃げ込んだ先の国家にその問題まで丸ごと押し付けるというのは、さすがに武にしてもどこかおかしいとは思う。ただ国連や国連軍といった組織に身を置く者として、何かすべきなのではないかと焦っているだけだ。

 

 それに避難民の問題は、何も諸外国のことだけではない。時機は断定できないが、間違いなく九州にはBETAが上陸してくるだろう。そしてその際には少なからぬ人々が避難を強要されるはずだ。

 今の武は日本帝国軍ではなく国連軍の一衛士だからといって、そのことをただ座視していていいのかと、どうしても考えてしまう。

 

 

 

 

 

 

「白銀? また何か悩み事か?」

「タケルちゃん、そのうち眉間にしわ出来ちゃうよ?」

 

 悩みながら走っていると、いつかの夜のように後ろから声が掛けられる。

 

 演習の前から、自主練に純夏が来ることが日課になりつつあるらしい。合同部屋に移ったことで207Bの纏まりができあがり、純夏も隊内のことにいちいち気を回さなくても良くなっているのか、時間の余裕はあるようだ。

 逆に武自身が顔を出すのは心の余裕が無くなった時がほとんどだ。毎日この時間に顔を合わせているわけではないが、時間が合えばこうして並んで走ることもある。

 

「まあ、今回のは悩み事というか、んー」

「ふむ? また言わねばならんのか?」

「ああ、いや、ちゃんと相談しようとは思ってるぞ? ただなぁ、どう言えば良いのか考えていただけでな。なんというか問題が纏まらん」

「ならば先に我らの愚痴でも聞いてもらうとするか、鑑?」

 

「うぇっ? わたし?」

 慌てながらも、愚痴かぁ……などと言いながら、純夏は何か考え始めた。

 

「なんだ鑑? 訓練の愚痴なら教官補佐としての俺に言っても無駄だぞ?」

「二人とも~愚痴じゃないよ、ただまだ慣れないなぁってだけで、揺れるの結構しんどいんだよ?」

「いや、それって十分愚痴だから、な?」

 訓練内容がきついと言われても、武は変更するつもりはなかったし、まりもにしても予定は変えないだろう。何しろ207Bには伝えていないが、正直なところ時間が無いのだ。あと10日程の間にトライアルに参加できる程度には全員の形を整えなければならない。

 

「でもね? 訓練校に入っての最初の一ヶ月くらいは筋トレだけで死ぬかと思ってたけど、今は頭がグルグルしすぎて死にそうだよー」

「たしかに初日ほどは酷くはなくなって来てはいるが、私もまだまだシミュレータから降りた時は足が震えるな」

 

 二人共に戦術機適正が低いわけではないが、フルスペックのXM3による機動は、戦術機に慣れた衛士であってもけっして楽ではない。もちろん武自身は平気なのだが、まりもでさえ平気で耐えている訳ではない。訓練兵の前では決して見せないが、教練後に動作補正などでシミュレータに入りっぱなしなこともあり、日付が変わる頃には死人のような顔色にまでなっているほどである。

 

 

 

「まあそろそろ強化装備の方にもデータが蓄積されてくる頃合いだ。そうなってくると少しは楽になる、とは思う」

 こればかりは個人差もあるのでなかなか断定できないが、衛士強化装備の補正は大きい。蓄積データさえ溜まっていれば、酔いや疲労は軽減できる。

 

「慣れろ、と言ってしまえば簡単なんだけどな。ん~」

 純夏の場合ならシミュレータでも実機でも数をこなせば慣れていきそうだが、冥夜には何らかの指針を言葉にしておいた方が習得が早いかと思い直し、言葉を探す。この辺りは、身体で覚えるのか頭で覚えるかの違いだろう。

 ただ訓練の仕方が判っている、というだけでも少しは上達が早まるとは思える。

 

「なあ御剣。剣を振るときに、その一振りだけを考えているか? 振り切った先の姿勢や、その次の一太刀、さらに次へと、想定はしてるだろ?」

「む? それはもちろんだ。示現流ならば知らぬが、我らが用いる無現鬼道流であれば、流れを重視する」

「それと同じだよ。戦術機が今どう動いてるかじゃなくて、どういう風に流していくのかを想定できるようになれば、荷重変化についていける……はずだっ」

 途中まではなんとなくこういう感じなのではと言葉が続けられたが、どうしても感覚的なものになってしまうので断言できない。

 

「タケルちゃん、なんか最後投げやりだよ……」

「いや、すまん。俺もあまり考えて動かしてるわけじゃねぇから、口で説明しにくいんだ」

 ゲームでもそうだが、結局のところ武は直感に頼っての挙動が多い。こう来るだろうとか、こうしておけば次に繋がる、などと考えてることはあるが、それさえも刹那の判断である。

 見取り稽古の相手ならいくらでも付き合えるのだが、口頭で意図を説明しようとすると途端に覚束なくなってしまう。

 

「ああ、いや。今の白銀の言葉で、少しは何かが掴めそうだ。たしかに先が見えれば身体が動くというのは判らなくはない。明日は今日ほど醜態を晒さずに済みそうだ」

 言葉の足りない武の説明だったが、それでも冥夜は何かを見出したようだ。このように剣を通じてであろうが、鍛錬の仕方を身に着けていることが冥夜の強みだと武は再び感じる。

 

 

 

「逆に鑑はあまり考えなくていいぞ? お前の場合は数こなして慣れていけば、フィードバックデータとの連動もあってそれなりに耐性が付く、と思う」

 純夏が信じてなさそうな目つきで見てくるが、武はそもそもが戦術機に乗って酔うということが無かったので、こればかりは助言しようが無い。それに衛士の先達からも、それなりの適正があれば後は慣れろとしか聞かされたことが無いのだ。

 

「慣れたらこのヘンなグルグルしたのが無くなるのかなぁ……」

「そんなに酷いなら部屋で寝てろ? 加速度酔いとかは放置するなよ?」

 合同部屋だから大丈夫だろうが、加速度酔いなどでは就寝中に嘔吐してしまい窒息するという事例もある。酔いを自覚しきれない場合もあるので、注意は必要なのだ。

 

「ふむ? しかし慣れるしかない、というのは正しいかもしれんぞ、鑑。そなたも初日は訓練終了後はベッドから立ち上がれなかったが、今日はこうして走っておる。慣れてきてはいるのではないか?」

「あ~そういえばそうだね。晩ご飯もちゃんと食べたし、そっかーわたし慣れてきてるんだ」

 冥夜の言葉に、純夏はへにゃりと嬉しそうに笑う。

 

「……なんだろう、同じような言葉なのに御剣なら納得して、俺だと否定されるというのは。少しばかり教官補佐としては納得できねぇ」

「ふふん、人徳の差ってヤツだね、御剣さんの言葉の重さはタケルちゃんの50倍くらいなんだよ」

「よく判らぬな……」

 走りながら胸を張るという器用なことをこなし、純夏は自分ではなく冥夜を誇る。

 

 

 

「あとな。俺の機動よりは神宮寺教官のを模倣しようとする方がいい」

 

 武の三次元機動は、記憶にあるゲームのものを再現しようとしているところもあり、実は意味のない動作もある。まりもは武の機動が何を意図しているのかを考慮した上で、不要な動作を無くして行っているために、理論的かつ無駄が少ない。

 咄嗟の反応からくる奇抜な機動であればいまだ武に分があるが、長時間に渡る理詰めの攻防などでは武はまりもに手が届かない。

 

「そなたの機動は、その……少々、突飛だからな」

「御剣さん、はっきり言った方がいいよ? タケルちゃんの動きはキモチワルイって」

「いや、鑑。白銀の挙動には何らかの意味はあるはずなんだが、それが私には読み取れんのが、口惜しくてな」

 ばっさりと純夏は切り捨てるが、冥夜としては何か考えるところがある様だった。

 

「斜め方向に着地しながらの機首立て起こしなど、回避の後の隙がおそらくは小さくなるはずなのだ。試してはみたが、今の私の腕ではコンボを用いても、それが最適な瞬間なのかが判断できぬ」

「あ~7方向への回避ダッシュキャンセルからの、引き起こしか」

 ふと冥夜が言っている挙動を思い出し、確認するように尋ねる。

 

「ん?」

「と、違うな。左斜め前方への短距離噴射跳躍の時に、回避を兼ねて機体の右方向に倒しながら前傾しているのを、着地した時に立て直し、射撃ポジションを取る……んだよな?」

 考えなくゲーム時代の略語で尋ねてしまったが、冥夜に通じるはずもなく、怪訝な顔を見返される。

 自分の失敗を悟り、あらためてなんとか伝わりそうな言葉を繋げていくが、自身の機動を言葉で再現するというのはやはり武としては難しい。このあたりまりものような教導経験者との差が明らかに出てくる。

 

「そういうこと、なのだろうな。白銀、そなたはその動きを考えずに選び出せるほどに習熟している。そしていまだ登録されていない数多くのコンボもあるのであろう?」

「そりゃあ、使えそうにないのは登録しても消していってるからなぁ」

 

 今のところはただひたすらにデータを蓄積している段階だが、それでも不要と判断するコンボもある。今の冥夜と同じく、選択肢が多いことが良いとは限らない。多すぎると逆に選びにくくなり、咄嗟の判断の妨害にもなりかねない。

 

 

 

「あ~御剣は少しばかり考えすぎなところがあるから、か? 鑑や彩峰とかは完全にその逆の類なんだろうが、あれほとんど勘で対応してないか?」

「……一応は、考えてる、よ?」

 名前を出され、純夏が反論するように口を挟んでくるが、その声は小さい。

 

「いや、べつに貶してないぞ? 勘で動けるならそれはそれで有りだ。理屈が付いてくればなお良しってだけだな」

 ただ武としても別に文句があるわけではない。

 

 挙動の再現であれば、XM3を搭載しているのでコンボを呼び出すことで可能だ。だが、それだけでは動作が行えるだけで、求められた結果が得られるわけではない。回避にしろ攻撃にしろ、その動作やコンボを選択するにあたっての、前提になる判断基準がいまだに冥夜には身に付いていない。

 対して純夏や慧は、さほど訓練していないにもかかわらず、なぜか「正解」を引き当てることが多い。それは勘、としか言いようがないとも感じられる。

 

「ふむ。私に限って言えば、精進あるのみといったところか」

「具体的な指摘ができなくて悪いな。まあ御剣なら、基本的なパターンを覚え込んでその意味が噛み砕ければ、すぐに応用できるようになるはずだ」

 冥夜の戦術機運用、特に長刀を用いた近接戦闘に関しては武にしても見習うべき一つの指標でもあった。他世界線とは同一視はしないようにと心掛けてはいるが、この世界線でもそれほど時間をかけずともあの水準にまでは至ると思う。

 

 

 

 

 

 

「それで、そなたの方の悩みは、そろそろ聞かせてもらえるのか?」

 純夏と冥夜の愚痴は話したので、次は武の番だという形で水を向けられた。

 

「俺の悩みというか、これまた今すぐに解決できるとは思ってないが、各国の避難民が不満を抱えていてテロに走ってる連中も多いって聞いてなぁ……」

「そういうのニュースでやってたよね。え~恭順解放戦線……だったっけ?」

 ちゃんとニュースは見るようにしたよ、とヘンなところで純夏が誇らしげだ。ただ組織の名前がなぜか混じり合っている。

 

「キリスト教恭順派と難民解放戦線、な。一応はまったく別の組織なはずだぞ?」

 武としても詳しくはないが、さすがに名前の間違いは訂正しておく。正直なところ名前以外は説明できるかというと無理だ。

 

 

 

「帝国の場合は後方国家という時間的余裕や、国連からの勧告などもあり、すでに戦闘予定地からの避難は済みつつあるが……」

「え? 避難進んでるのか?」

「ん? 何を言って……ああ、そうか、貴様が療養していたという時期なのかもしれんな」

 具体的に動き始めたのはここ数年かも知れぬ、と冥夜が言う。

 九州全域に第2種退避勧告が出てからすでに五年以上過ぎているが、特にこの二年ほどで民間人の退避は格段に進んでいるらしい。

 

「知らなかったようだな? このところ西日本の疎開はかなり進んでいるはずだぞ? 直接目にしたことはないが、佐世保などは城塞都市のような有様になっているとも聞くぞ。九州全域を大陸からの前線防衛地区として活用するらしい」

 そして四国を補給中継拠点として、九州と山陰方面へのバックアップをするというのが、基本的な防衛構想だという。

 

「でも、それってけっこう避難先で問題になるんじゃないか? 九州だけでも1000万くらいは人いたんだろうし」

「でもみんな避難してるってわけでもないんでしょ?」

 武は当然、純夏もこのあたりの知識はないようで、説明役は冥夜に集中してしまう。問われた冥夜も、走りながら少し先を見るような目つきに変わり、思い出そうとしている。

 

「私とてそれほど詳しいわけではないが、まあ住民全員が避難しているわけではなかろう。鉄道や港湾関係、流通など民間の方々には残ってもらわねば軍も警察も機能せぬからな」

「逆に言えばその類の仕事以外は、退避が完了しつつあるということか」

「北九州や瀬戸内の工場地帯や港湾関係などは動かしようがないが、第一次産業の方々には無理を通して退避していただいたという」

 

 冥夜は残っている住民への配慮からか口が重い。だが、どうしても工場などの施設がある関係で移動できない業種も多い。そしてそれらを支えるインフラ関係も、だ。

 農業関係なども移転先の選定も難しいようだが、対して漁業関係者は太平洋上の合成タンパク精製プラントの方に転職しているらしい。

 

「そーいえばタケルちゃんとこのおじさんおばさんって、そういう避難先の家とか工場とかの監督に行ってるんじゃなかった?」

「え? そうだったっけ……?」

 そういえば国外に出ているとは聞いていたが、結局いまだに確認していない。どう向き合えばいいのか決められないままに、今すぐ顔を合わす必要が無いことに安堵して、そのまま放置していたのだ。が、白銀の家に関しても一度ちゃんと考えなければならない。

 

(よくよく考えたら、俺、日本の疎開政策とかまったく調べてなかったんだよなぁ……)

 足元が疎かになりすぎていた、と自戒する。

 207Bの総戦技演習の際にもXM3のデータ取りに逃げるように打ち込んでいたが、この世界で目覚めてからPXのテレビ以外にまともにニュースや新聞などに眼を通していなかったことに気が付いてしまう。

 

「そういう感じだと、日本なら避難民が発生してもテロとかには走りそうにない、って安心できるのか?」

「諸外国の政策には詳しくないから何とも言えんが……帝国内部では現在のところ大きな不満はないのではないか? 南方での避難先でのことは私も知らぬ」

 知らないと返答すること自体を恥じるようで、冥夜がわずかに顔を背ける。

 

 

 

「もしやそなた。避難民の間での不満や、テロへの協力を問題視していたのか?」

「ん、そういう話を少し耳にして、な。俺にもなにかできることがないかと考えちまった」

 いやまったく身の丈にあってねぇ、と嘯いて見せる。

 

「しかし、こうやって話を聞くと、ヘンに悩む前に調べておけばよかったよ。デカいことに気を取られすぎて、ちょっと間抜けな話だったな」

「……白銀? 軍だけではなく、政治にも関与するつもりか?」

 どこか呆れたような口ぶりで、冥夜が問いかけてくる。純夏に至ってはタケルの身を案じるような生温い目線を送ってくるばかりだ。

 

「判っているのであろうが、さすがにそれは我らが分を超えるぞ? それこそそなたが以前に榊に告げたように、解決しようとするのであれば、軍ではなく政界に進むべきだ」

「ああ、判ってる。ある程度は割り切りはしていくつもりだ。というか俺に政治家とか無理だからなぁ」

 自虐ではないが、そういう方向で人の上に立つことが自分にできるとは思わない。勢いで人を乗せることはできるかもしれないが、それに責任を負うことなど、今の白銀武では無理だ。

 

「国連軍兵士として守るべきものを、しっかりと見据えて行くようにはするさ」

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、護るべきもの……か。そうだな、私も護るべきもの、と護りたいものとが少し違うと、ようやく思い至った」

 情けない話だと言いながら、何か吹っ切れたかのように冥夜は笑い、足を止めた。

 自然と武と純夏も立ち止まり、グラウンドで向かい合う形となる。

 

「白銀。もし、もしもの話だ。そなたに頼みたいことがあるのだが、良いか?」

「おうっ」

 冥夜からの頼み事であればと、力強く頷いてしまう。

 

「いや、内容を聞かずに受け入れられても困るのだが……」

「あのな御剣。お前がそれほど真剣に頼み込んでくることなんだ、どうこう言わず頼って来てくれるとうれしい」

「そうだよ御剣さん、タケルちゃんはけっこうちゃらんぽらんだけど、約束はちゃんと守ってくれるよ」

 武が言葉を続けるよりも先に、純夏が誇らしげに保証する。

 武にしてみれば、今の自分が積み重ねた信頼ではないことが心苦しくもあるが、説得力はあったようだ。

 

「そなたらの心遣いに感謝する。それとは別に、だ……」

 律儀に頭を下げた後に、その頼みを口に乗せる。

 

「彼のお方の為に、私の身が何らかのお役に立てるようなことがあるのならば、この御剣冥夜を使ってくれ」

 

 

 

 ――守るべきもののためには、全てを捨てる。

 

 冥夜の頼みを聞いた瞬間、先程聞いたターニャの言葉の一節が、ふと頭に浮かんでしまう。

 

「冥夜などと名付けられているのだ。その名に恥じぬように、生きたいのだ」

「それはつまり、お前が誰からも認められなくとも、か」

「それでも構わぬ。私が何よりも護りたい方を護れるのであれば、私自身が顧みられずとも何ら問題はない」

 

 武も冥夜も、決して声を荒げているわけではない。だが睨み合うように立ち会うその姿は、ある種の果し合いであるかのように緊張している。

 当たり前だが、冥夜は帯刀してはいない。だが、武は今抜身の刀身を突き付けられているような気配を感じ取ってしまう。それほどまでに今の冥夜は、思い詰めていた。

 

 そして、名を隠してでもと言われて、武には一つ思いついてしまった。

 御剣冥夜の使い道は、ある。

 AL世界線でのクーデターの時と同じだ。「御剣冥夜」はごく親しい者以外には「煌武院悠陽」にしか見えないのだ。

 

「なあ、御剣? お前それ……いや、お前のことだから本気で言ってるんだよな。あ~まったくっ、判ったよ、お前の望みは可能な範囲で叶えられるように、下準備はする。ただし、だ。一般的な意味で言えば、かなり最悪な手段に思えるようなことになるかもしれん。それだけは覚悟しておいてくれ」

「くどいぞ白銀。私の望みは先ほど言ったとおりだ。彼の方の為になるのであれば、慶んでこの身を捧げよう」

 

 はっきりと断言する冥夜の姿を見て、もしかしたらターニャはこうなることさえ予測していたのでは、とつい先程の話を思い出してしまった。

 「原作知識」などというのだ。クーデターの時の冥夜の対応なども知っているはずだ。確かに冥夜は下手に207の中で使うよりは、単体で切った方が使い勝手のいいカードなのだろう。

 

「判ったよ。御剣冥夜の使い道ってのを、ちょっと相談してくる」

 おそらくターニャに話せば、影武者になどという、もったいないことには使わないはずだ。「煌武院悠陽」の影などではなく、本人そのものであるかのように扱い、「御剣冥夜」は消されることになるだろう。

 

 それは常識的に考えれば不幸なことなのだろうが、もしかすれば冥夜にとっては一つの解決方法なのではないかと、と思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 




冥夜さんちょっと立ち位置変更というか「殿下≧民+国」なんじゃないかなぁということでこういう感じで、なんとなくデグさんの想定どおりになってしまうのだーみたいな流れです。

そしてたぶんこれが投稿できている頃には夏コミ原稿も終わっている……はず。


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装具の建議 01/11/04

 今日の207Bの教練をまりもに一任し、武は朝から帝都に赴いていた。

 

「お時間を取っていただきありがとうございます、巌谷中佐殿」

 武としては、鎧衣課長を経由して願い出たとはいえ、かなり無理な日程での技術廠訪問だ。門前払いに等しい扱いをされても仕方がないと思っていたのだが、いきなり第壱開発局副部長の巌谷榮二に会えることとなり、緊張と共に恐縮するしかなかった。

 

「いや、むしろ私が君に会いに行くべきだったんだがね、白銀臨時軍曹。そちらに向かう準備もできずに申し訳ない」

「え、いやっ、中佐殿、頭をお上げくださいっ!?」

 テーブルに着くや否や、巌谷が軽くではあるが頭を下げる。

 正式には訓練兵のままの国連軍の武に、帝国軍しかも元斯衛の中佐が頭を下げているのだ、さすがに傍若無人な部分の残る武としても、慌ててしまう。

 

「ははは、それほど取り乱すこともなかろう。ここでは君は今や時の人だ。君が考案し香月博士が作り上げたあのOS、XM3か。あれの概略と試用動画とを見せられた技術者は皆、心奪われているよ。たとえ戦術機に直接関わっていない者であっても、だ」

 ハード側の改良ではなく、ソフト側で性能を調整・改良するというアプローチは珍しいという。その発想の転換と、それらを成し遂げているXM3には分野が違う者であっても、技術者であれば無視できないものだ。

 

 

 

「ご期待に添えるように今後も努力いたします。そしてXM3、新OSに関しては予定通りに11月15日に白陵基地の方で公開トライアルを実施します」

「ああ、当日は私も向かわせてもらう。期待しているよ」

 社交辞令ではなく、本心からXM3に期待しているのが感じられる、裏の無い笑顔だった。

 

「さて。これでも衛士だからゆっくりとXM3に関して話を聞きたいところだが、今の君は忙しいのだろう? 私の、というよりも技術廠が出せる物なら出来うる限り融通しよう」

 秘書官さえ退室させ、武と二人きりで話を詰めようとまで気を使ってくれる。武としては重ねて恐縮するしかない。ただ武もそうだが、巌谷が暇なはずはない。無駄に使う時間はもったいないとばかりに、気持ちを切り替え本題に入る。

 

「本日お時間を作っていただいたのは、帝国軍の方でいくつか試作あるいは検討していただきたい装備に関して、お話を聞いていただきたいのです」

 

 提示するのは、突撃砲と支援突撃砲の改修案、そして兵装モジュール転用の三点だ。

 ご覧ください、といくつかの試案をまとめたレポートを巌谷に手渡す。といっても簡単な物だ。読むほどの物でもない。見たらすぐに意図は伝わるはずだ。

 ターニャから「A4・1枚、最初の10秒」と散々に脅されたのだ。細かな仕様はまた別だが、企画として提示するなら、複雑なことを伝える必要はない。

 

 

 

「突撃砲の改修案としての、銃剣と連結式弾倉と、そして負革か。まったくの盲点だった」

 巌谷に見せたのは、武とターニャとのシミュレータ上での遊びのようなXM3のテストの際に出た話を纏め直したものだ。白陵基地内の第四直下の技術部門で改修した物の写真なども一応は添えてある。

 武自身はいまだ実機での使用経験はないが、A-01の方では試用が始まっており、そちらでは良好な反応を引き出している。

 

「規模が異なるとはいえ戦術機の基本は人型です。人間以上の挙動もできますが、歩兵に便利な物は戦術機にも便利なのではないかと」

 銃剣はターニャの言葉ではないが、短刀や長刀と突撃砲とをいちいち持ち変えることの煩雑さ解消と、携帯武器の増加だ。極端な話、強襲掃討装備の突撃砲4門すべてに銃剣を付けて行けば、短刀の携帯数は6本となる。

 連結式弾倉、マガジンクリップはリロード時間の短縮に加え、携帯可能弾数の増加を可能とする。もちろんこれらの改修は突撃砲自体の重量増加を招くが、許容できる範囲に収まるはずだ。

 

 そして負革、つまりはスリングだが、これは歩兵用の物とは少々重視する点が異なり、支持重量の分散目的よりもリロードなどに際し腕の自由度を確保するためだ。現状ではリロード時は、可動兵装担架を含めどこかの腕が空いていなければできないが、その際逆手側の突撃砲などを担架に戻すのではなく、ぶら下げるだけで手を空けることを目的としている。

 

 

 

 

 

 

「銃剣に関しては、こちらで試したのはフロントグリップ……じゃねぇや前把?」

 武は眼前の中佐の経歴を思い出し、英語由来の言葉を何とか漢字に置き換えようとしたが、笑って止められた。

 

「言葉狩りをするつもりなどないぞ、白銀君。普通に英語でいい。というよりもだ、言葉は崩してもらっても構わん」

「あ~助かります。正直目上の方への言葉遣いもまだまだでして。では話し戻しまして……」

 白陵基地で試作した物のデータを提示しつつ、説明を続ける。とはいうものの突撃砲のフロントグリップに短刀のグリップサイズの穴を開けて、バレルと刀身とを繋ぐプレートで無理矢理に固定しただけだ。

 

「このあたり、大陸派遣軍の方ではいくつか現地改修があったようなので、できましたら技術廠の名で聞き取り調査などして頂いて、より良い物を選んでいただきたいのです」

「……それは、この改修案に君たちの名を残さなくて良い、ということか?」

「俺個人の実績としてはXM3、新OSのほうで十分です。それにさすがにコレは第四関係だと言い張っても、各国へのカードにもならないんで」

 武としても名声や実績などが軍内部では重要だとは実感している。だがそれよりも性能の良い武装が必要だった。

 大陸派遣軍であれば、各種の運用データだけでなく現地改修の実績なども蓄積されているはずだ。そしてそれらを集めるには第四の権限ではなく、技術廠や巌谷の名前の方が適している。

 

 

 

「可動兵装担架や副腕などの干渉も含め、各種動作の再確認は必要だが、どれもすぐに実装できそうなうえに効果は大きいと予測される。素晴らしい」

 階級にしても年齢にしてもそして衛士としての実績でも、はるか上に位置する人物からの惜しみない賞賛に、武としては気恥ずかしさを感じてしまう。

 

「実のところこれらのほとんどは俺の案じゃないので、偉そうなことは言えません」

「……ほう?」

「出所は言ってもいいらしいんですが、信じられませんよ? いや信じられるかあの人の場合なら……」

「そこまで言われると気にはなるが、機密かね?」

 少しばかり怪訝そうな顔で訪ねてくるが、隠すほどでもないので、武は名前を出しておく。

 

「いえ。デグレチャフ事務次官補ですよ。これらはOS開発の間に茶飲み話で出たようなネタです」

「デグレチャフ事務次官補……ルナリアンか、なるほどな」

「中佐殿はデグレチャフ事務次官補と以前にお会いしたことは?」

「噂はよく聞いているが、お会いしたことはないな。各種のレポートを読む限り、驚くべきほどの慧眼の持ち主だとは思っていたが、想像以上だな」

「噂以上ですよ。ちょっと今は表向き療養中ということになっていますが、今も周りを掻き乱してます」

 

 ターニャも間違いなくある種の天才なのではないか、と武には思える。そして本人に言えば否定するのだろうが、なにかと現場に出てきたがる。

 経歴としては元は合衆国空軍将校だというが、以前の世界線では何を経験してきたのかまでは聞いていない。ただ装備関連の修正案を提示された時には、歩兵の経験でもあったのかと訝しむほど具体的な指摘もあり、しかもそれが理に適っている。

 武とは違い、ループの経験というものを有効に積み重ねているところは、羨望するしかない。

 

「まあしかし、JASRAが関与しているとなれば、より話は進めやすくはなる、な」

 

 

 

「さて。纏めると、だ。突撃砲の改修は三点。銃剣とマガジンクリップに、スリングの対応だな」

 87式突撃砲に関してはフォアグリップ前部を改修、65式近接戦用短刀は鍔部分にバレルとの接続用アタッチメントを、これで装着と着脱とを戦術機のみで可能とさせる。

 36mmと120mmのマガジンクリップに関しては、いくつか試作する。場合によっては最初から結合したマガジンを作るのも良いが、これは兵站側に無用の負担を掛けそうなのが懸念された。あとはマガジン形状の変更に伴うモーションの再構築。

 

「スリングに関しては、素材の選定と装着箇所、挙動への負担などを調べていこう。これは突撃砲側ではなく、機体に増設すべきか……?」

「こっちでやってきたのは資材固定用のゴムベルトで代用しただけですからね。ゴムだと高機動中にバタつくので、ワイヤーなどの方がいいかもしれません」

「それなら電動ウインチワイヤーを肩の前後に着ける形かな? いや肩部装甲ユニットの裏側の方がいいのか……どちらにせよ、スリングも含めこれらは比較的すぐに終わる。来週中にはサンプルをそちらに送らせてもらおう」

 人間に似せているとはいえ戦術機の関節レイアウトは人そのものではない。巌谷はいくつかの固定方法を思い浮べながら、メモに書き込んでいく。

 

 

 

 

 

 

「しかし、こちら支援突撃砲の改修は……興味深いが難しいな」

 突撃砲の改修案が現実的だったのに対し、支援突撃砲の方はかなり目に願望が積み重なったものだ。

 提示したのは二案。短刀の着剣を可能とする案はほぼ突撃砲と同様だ。問題なのはもう一つの、ロングバレルユニット下部を再設計してスーパーカーボンブレードに変更する、といった案だった。

 

「ガキの妄想と嗤われてしまいそうですよね、ガンブレードなんて」

「ああ、いや。そうではない。支援突撃砲に74式長刀の代替機能を付与するというのは魅力的だ。しかし……ふむガンブレードか、言いえて妙だな」

 突撃砲に比して延長されるバレル、その下部に65式短刀の二倍から三倍程度の刀身を備え付けられないか、というのが武が提示した案だ。

 

 どうしても対BETA戦においては、相手の展開速度ゆえに近接密集戦が発生してしまう。その際に銃と剣とを持ち替えたくない、言ってしまえばそういう我儘から生まれた話だ。ターニャは銃剣だけでも良さそうな顔をしていたが、武としては74式長刀ほどではなくとも、それなりの刃渡りが欲しい。なにも突撃級の前面外殻を断てるほどとは言わないが、重光線級や要塞級の対処ができる程度の刀身は必要だと考えている。

 

 

 

「65式を銃剣として付けるだけなら、センサーの保護は必要だが、ほぼ突撃砲と同じでいいんだ。スリングへの対応も同様だな。重量増加とその配分など技術的な問題は確かに存在する。ただ難しいのは、やはりこちらのガンブレードだな」

 巌谷が少し困ったように笑い、そこで口籠る。

 

「恥ずかしい話だが刀にはこだわる奴らが多すぎてな。これの計画を出せば、無駄に張り切りそうな連中の姿が目に浮かぶよ」

 出来る出来ないという話ではない。身内の恥とは言わないが、技術屋のこだわりという面での問題があるようだ。

 

「ああ……日本人ですからねぇ」

 刀への憧れという感情は武としても納得できてしまう。

 武も近接格闘にはそれなりには自信があり、長刀は必ずと言っていいほどに装備する。しかもポジション的には突撃前衛だったが、自分で選ぶとすれば強襲前衛の装備に多い、突撃砲と長刀とを二本ずついう構成を取ってしまう。

 

 

 

「しかしこれが完成すれば、白銀君は判っているのだろうが、ポジションごとの装備から運用にまで大きな変化をもたらすぞ」

 YF-23は銃剣付の突撃砲を主装備としつつ、副腕たる可動兵装担架の数を増やすことで対応可能な状況を拡げようとした。

 対してターニャの意見を取り入れつつ武が提示した刀身付の支援突撃砲というものは、火器の方の変更で多目的性を与えようとしている。

 

 日本の戦術機に限らず、背部の可動兵装担架はブレードマウントとガンマウントとは現状併用できない。この中刀とも呼べるような長さの刀身を持つ支援突撃砲が完成すれば、ブレードマウントを無くすことも可能となる。

 

「74式長刀は良い武器です。間違いありません。ただ……」

「判っている。あれは結局使いこなせる衛士が少ない。むしろ長刀に限れば統一戦線の77式の方が問題もあるが、使える衛士は多かろう」

 

 記憶の中にある冥夜や、真那といった斯衛の衛士、それに沙霧尚哉大尉などが異質なまでに使えているだけだ。なにかと適正の高いA-01においても74式長刀を使いこなせている、という衛士は少ない。

 手慣れれば突撃級の正面外殻でも断ち切れる74式長刀だが、逆に言えば使いこなせなければただの棒以下だ。逆に77式長刀はその重量が問題とされるほどにトップヘビーの形状で、ただシンプルに切り下ろすだけでそれなりに活用できる。

 

「斯衛ならまだマシなんだ。武家であれば幼少から剣術に親しんでいるし、黒の者たちであっても一応全員がそれになりには使える。ただな。帝国陸軍、いや本土防衛軍の一部になぁ……」

「精神主義的な長刀信仰ですか」

 ハイヴ攻略時や、それこそ兵站が破綻した撤退戦などでなければ、突撃砲を使用するべきなのだ。無理に長刀を使用して弾薬の消耗を避けようとして、機体そのものに損傷を与えるほうが愚かだ。

 だが初陣を迎えていない若手衛士ほど、長刀の威力を過信してしまう。

 

 

 

「とりあえず、まずは突撃砲と同様に短刀を装着して銃剣として使えるように変更する。これに合わせてセンサー位置の調整だな。マガジンクリップやスリングは先も言ったが突撃砲とほぼ同じでいいだろう」

 

 突撃砲と共有できる物は共有する。その上でガンブレードは別のプランとして考える。

 今のロングバレルや滑腔砲のようにモジュールとして取り外するようにするのか、完全に銃のフレームとして組み込んでしまうのか。また取り外した場合に単体として使えるようにグリップを付けるべきか、と幾通りかが想定される。

 

「整備性からすればモジュール扱いで、かつ現場での利便性を考えれば取り外しが可能であればいいんですが……そこまですると重くなりますよね」

「そうだ。逆にフレーム一体式にしてしまえば強度も稼げるし軽くはできる。ただ既存の支援突撃砲との共通部分は減るし、刀身の交換は前線では不可能とは言わぬが困難となるな」

「理想的にはロングバレルユニットと、先の突撃砲同様にフロントグリップ部分だけの改修で済まし、ブレード部分は取り外して交換可能にする。いや……違うか、逆に考えるんだ、か」

 

 武はふと思いついたように、呟きながらプランを纏める。

 

「逆、とはどういうことかね、白銀君?」

「刀好きが多いって話がありましたよね? それを踏まえてのことになりますが、支援突撃砲を改修するんじゃなくて、新しい長刀じゃないな……小太刀?中刀?とかを作るっていうのはどうでしょうか?」

「……なるほど。確かに逆だな。新たな刀を作り出し、それを支援突撃砲に装着できるようにする、か。ふむそう言われると、試製01式中刀とでも分類して作る方が上を説得できるかもしれんな、これは」

 

 これは大仕事になりそうだという巌谷の顔は、言葉とは裏腹に楽しげに笑っている。部下がどうなどとは言っていたが、巌谷自身が技術者として、そして武家に連なる者としても、新たな刀を作るという計画に興奮は隠せないようだ。

 

 

 

 

 

 

 




よーやく巌谷中佐の登場ということで、「トータル・イクリプス」がウソタグでなくなりました。出せるまで20万字近くになるとは思ってなかったです。装備改修の話は次まで続きます。でもオリジナル戦術機は出てこない模様……


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更始の企劃

 少しばかり落ち着くかとコーヒーを淹れ、二人して次のプランに取り掛かる。

 

「さて最後に。海神の兵装モジュール流用、か」

 帝国海軍が運用する81式海神は特殊な戦術機だ。「局地戦用強襲歩行攻撃機」などとカテゴライズされるが、その名の通り数少ない戦術攻撃機の中でもさらに珍しい「水陸両用」型だ。とくに武が指定した肩部装甲ブロックを兼ねる兵装モジュールは、120mm滑腔砲にミサイルランチャーを内蔵した複合ユニットと言える。

 

「これに関してはまずは現物合わせだな。とにかくあれは重い。ミサイルを排除したとしても一般の戦術機に乗せられるかどうかが判らん」

「あ~海神は飛びませんからね」

「そうだ。運用できるかできないかという話であれば、間違いなくできる。関節強度などは海神がとくに強化されているということはないからな。ただ、君の言う通り、吹雪や撃震に積んだら飛べん可能性が高い」

 

 海神の特異な兵装は、飛ばないことを前提にした強度と重量設定であり、それゆえに重武装が可能となっている。

 支援砲撃能力として海神の装弾数は非常に魅力的だが、XM3にOSを換装すると言ってもそもそもの機動性が無ければ効果も薄い。もし兵装モジュールを主機出力の低い撃震などに積んだら、跳躍移動ができない可能性の方が大きい。

 

「そこまでして戦術機に支援能力を付与すべきかとなると、戦術戦略レベルからの変更が必要だな」

 ユーロのオールTSFドクトリンは、結局のところ機甲師団が全滅しているから、ありものの戦術機にその能力を付与して用いるという計画でしかない。大陸への派遣があったとはいえ、日本はいまだに機甲師団は充実している。

 そしてハイヴ攻略を目的とする武にしてみれば、満足に跳躍できない支援戦術機など、ただの足枷でしかない。

 

 

 

「で、だな。携帯弾数にも関係するのだが、突撃砲の話に戻すと、だ。WS-16は知っているな?」

「ええもちろん。F-4に合わせて作られた最初期の突撃砲ですよね」

「ああ、最初期のものだが優秀だ。諸外国では今でも改修型のWS-16Cを使っている部隊もあるくらいでね。突撃砲の基本と言ってもいい」

 少し待ちたまえと言い残して、巌谷は資料を取り出してくる。

 

「これがWS-16Aだ」

 差し出された資料を見ると、形状は記憶通りのものだったが、スペックに目が惹かれる。

 

「20㎜機関砲と105㎜滑腔砲、ですか……」

「そうだ。威力不足が指摘され、比較的早い時期に今の基準ともいえる36㎜機関砲と120㎜滑腔砲に変更されたがね」

 口径が変更されたのは単純に威力の問題だ。

 装弾数は下がったが威力は上がり、結果的に継戦能力は向上した。

 

「そして20mmはともかく、だ。105㎜滑腔砲は君の目的には相応しいのではないか、と考える」

 20mmで対応できるのは戦車級など小型種までだ。突撃級や要撃級を相手取ることを求められる戦術機の主兵装としては心許ない。結果として36mmが採用されることとなった。

 だが弾頭の改良が進む現在であれば105mmでも、距離によっては十分に要塞級や重光線級に有効だという。

 

 

 

「しかし105mmですか。兵站の方に怒られそうですね」

「君の、いや香月博士のところなら、問題はなかろう?」

 巌谷はその技術廠第壱開発局副部長という立場と元譜代にして斯衛の衛士という経歴ゆえに、階級以上に第四の概要は知らされている。秘匿されているA-01の存在も、そこに不知火が連隊規模で配備されていることも、だ。

 大規模に展開する部隊が多種多様な兵装を使えば、補給に問題をもたらすことは明らかだ。砲弾補給コンテナを開けて、自分が装備していない火器のマガジンしか入っていなければ、それだけで戦線は混乱を起こす。

 逆に小規模の部隊が特化した装備をしていたとしても、大部分には影響はない。

 

「確かにあの部隊であれば補給も兵站も独立はしてますし、105mmへの小口径化に伴う有効射程距離の減少にも対応はできるとは思います」

 むしろ携帯弾数が増えるのであれば、喜んで使いそうな面子の顔がいくつか浮かぶ。

 

「独立しているという意味では、斯衛にも一度は話してみたのだがね」

「ああ、斯衛の方々なら、120mmでなくても、あ~アレですね」

「言葉を選ばすとも良いよ、白銀君。前に出たがるのは武家の癖だな」

 巌谷とて戦後に廃家になったとはいえ譜代武家出身、そしてかつては斯衛の衛士だった。

 それゆえに、対BETA戦において悪癖とまでは言わぬが、斯衛の近接重視には含むところもある。

 

「実のところ、87式に合わせた105mm滑腔砲モジュールはすでに試作されている。ただ君の要望に沿う形にするならば、少しばかり砲身の延長と、装弾数増加のためにマガジンの再設計は必要だろう」

「お~『こんなこともあろうかと』というヤツですか」

「ふはは、大陸派遣軍に持たせる訳にもいかず、ここの倉庫で埃を冠っているはずだがね」

 極論ではあるが、口径長さえ伸ばせば威力は上がる。ロングバレル化は重量増加と取り回しへの影響が懸念されるが、小口径化によるモジュール全体の軽量化とで相殺できる程度だという。

 

 

 

 

 

 

「あと、ですね。これに関しては第四の方でも衛士からは無理じゃないかという話で、一度は却下されかけたのですが、一応見て貰おうかと」

 話の流れ次第なら出さずとも良いとは言われていたが、これまでの巌谷の反応を見る限り、即座に否定されることはなかろうともう一案提示して見る。

 

「ああ、これは……なるほどな。確かにこれであれば、現場衛士からは否定されるな」

 先に提案した三件とは別の用紙だが、こちらも要点だけなので読むほどではない。一瞥して意図は掴んでもらえる。そして、巌谷であればその問題点にもすぐに気が付く。

 

「香月博士の直轄する部隊であれば、どうにかできるのではないかとは思うが、そちらでもダメなようだな」

「お恥ずかしながら、現場の衛士、特に前衛からの反発が大きいですね」

 提案したのは、戦術機の燃料増加に関する一つの試案だ。

 

「ドロップタンクの問題解消を試みて、か」

「ドロップタンク自体は、まあいろいろと問題はあるでしょうが、便利な装備だとは思います。が、少しばかり増槽としては心許ないんですよ」

 

 戦術機用のドロップタンクは、航空機の物とは異なりバックパックのような物だ。基本的にはジェットとロケット双方の推進剤の補充を目的としているが、場合によっては門級への対策としての薬物注入用ドリルなども搭載される。

 通常の作戦であればあまり使用されることのない装備だが、後方に下がっての補給が困難な場合などには、補給用コンテナに搭載して使用されることもある。

 

 

 

「白銀君は判ってはいるのだろうが、ドロップタンクの問題点は、何だと思う?」

「そうですね、大きさと重さの割に搭載できる燃料が少ないことと、重量増に伴う機体の運動性低下。あとは兵装担架の圧迫、といったところですか」

「まあその辺りだな。補給線の構築がしっかり出来上がっている防衛戦などでは、使う機会も少ない」

 

 武の明確な記憶の中では桜花作戦の際に、A-01に貸与された武御雷が使用しているくらいだ。それ以外でもどこかで使ったような記憶もあるのだが、あまり常用する装備とは言いにくい。

 

「その上での、コンフォーマル・フューエル・タンク形式での燃料増設、か」

「F-15ACTVなどは跳躍ユニットに増槽を付けているそうですが、あれはF-15自体の設計的な余裕と主機出力からくる余裕でしょう。不知火にあのような改修は不可能だと話しておりまして、代りに出てきた案の一つがコレです」

 

 携帯兵装の改装とは別に、ハイヴ攻略に向けては足の長さが欲しいという話の流れでターニャが出してきたのが、この案だ。

 ドロップタンクと同様に増槽に分類されるが、こちらは機体胴体背面に増設する形で、原則的には取り外すことは想定されていない。

 ざっくりと描かれている三面図を見ると、襟首あたりから背面に向けて盛り上がりが作られ、背部にはドロップタンクと同じくらいの膨らみが形成されている。

 細かな数値は覚えていないが、そこに概算値として出されている数値を見ると、ドロップタンクに比べ三割ほどは増量しているように見える。

 

「ふはは、似たような話は不知火の壱型丙や撃震などの改修計画の時にも提案はされてきたのだが、今のところはすべてペーパープランの域を出ていないぞ?」

「理由をお聞かせいただいても?」

「おそらくはそちらで出た意見と同じだろうが……」

 なんとなくは想像できるが、確認するうえでも答えを聞いておく。

 

「簡単な話だ。コンフォーマルタンクの場合は、基本的には背部の可動兵装担架システムを丸ごと排除して、そこに燃料タンクを増設することになる。その分、増設できる容量も大きければ、増設分の重量増加も抑制はできるが、欠点は判りやすいな」

「やはり兵装担架が無くなるのは、反対意見が大きいということですか」

 

 突撃前衛や強襲前衛であれば背部の兵装担架に長刀を装備しているし、強襲掃討であればそこに装備する突撃砲による4門同時掃射こそが主任務ともいえる。それらが選択できなくなるということは作戦行動の幅が狭まるということだ。

 ドロップタンク装備時と同じ問題ではあるが、そちらであれば空になったタンクは投下し、移動先で補給コンテナなどから装備を改修することで本来の装備に戻せる。応用性の無さが問題となりそうだ。

 

 

 

「YF-23のように肩部に兵装担架を接続するような形であれば解決できるのだろうが、そこまで行くと上半身の再設計どころか、完全に作り直すのと同じだ。伸びた背部に兵装担架を移動させるのも、無理だな」

「そうですね。コンフォーマルタンクだけであれば胴体部分、それも背面だけの改修で済むんでしょうが、肩部の副腕まで含めるとなれば、それを支える脚部まで変更する必要がある、と。結局新機種設計ですね」

 

 そこまでするのであれば時間的にもコスト的にも、不知火・弐型の完成と量産とを待つ方が現実的だ。武が希望する2002年内に用意できる物ではない。

 

「こちらでも否定された理由は同じですね。全機をこの仕様にしてしまうと、さすがに投下火力の低下が問題視されるかと思います。副腕としての兵装担架ではなく、括り付けるような形でも長刀や突撃砲が搭載できるならば、まだ受け入れられるかもしれませんが、それも重量的には問題がありそうですね」

「そういうことだ。括り付けるだけ、と言葉にすれば簡単に聞こえるが、そんなことをすれば跳躍中に振り落してしまう。それなりの固定方法を取ろうとすれば、可動兵装担架ほどではなくともどうしても重くなる」

 

 重量が増えてしまえば、燃料搭載量を増やした意味が薄れる。バランスの問題なのだが、下手をすると今まで同様の装備を持ち込もうとすれば、増やした燃料の分だけ消費が増えるなどという馬鹿げた結果にならないとは言い切れないのだ。

 戦術機の跳躍ユニットはジェットとロケットとの併用という、燃費に関して言えば最悪ともいえる形ゆえに仕方がない部分でもある。

 

「まあ一案として覚えておくよ。君が言うように胴体フレームと背面装甲の形状修正だけで済むので、大隊規模程度であれば用意することはさほど時間が掛からない」

 

 

 

 

 

 

「しかし君は面白いな。不知火に対する現場からの要請の多くは、主機出力の向上と兵装強化改修が大半だったのだが、な」

 より速く、より強く、とは衛士ならば誰もが望むことだろう。

 Mk57中隊支援砲を主兵装にできないかとまで言い出している部隊もあるという。

 

「主機やジェネレータの最高出力を下げてでも、稼働時間の延長と携帯弾数の増加か。君が想定しているのは、ハイヴ攻略か」

「……ご推察の通りです、中佐」

 

 複雑な山地を持つ日本において、防衛戦だけであれば戦術機の強化ではなく、砲兵科の強化こそが重要だ。合わせて工兵科や通信兵科、そして輜重兵科の充足こそが、結果的には戦術機の前線能力を高めることになる。極論、戦術機は最前線の陽動と弾着観測ができればいいのである。

 だがハイヴ侵攻となれば話は別だ。XG-70のような特例を除けば支援は不可能で、戦術機甲隊のみでの侵攻となる。そこで必要となるのは、個々の戦術機が持ち込める推進剤と弾薬の増加だ。

 

「噂の不知火改修型、弐型でしたか? あれが今すぐ手元にあるなら良いんですが、無い物強請りをしても始まりません。手元にある物を組み合わせてどうにかしようと考えているところですね」

 

 喀什攻略はBETAの増加や第五派からの干渉などを含め、どれほど余裕を見ても2002年夏までには実施しなければならない。不知火・弐型はいまだ先行試験段階だ。第四の権限で押し切って先行量産してもらうとしても、連隊規模の数を揃えられるかというと、時間的には非常に厳しい。

 

「今すぐ……か。それほど切迫している、と香月博士らは推測しているのか」

「推測と言いますか、最早確定した事象、ですね。新型機を待つ余裕は正直ありません」

 言葉を漏らしすぎたかと一瞬悔やむが、帝国技術廠と巌谷榮二はできれば取り込んでおくべきだと、ターニャからも言われている。無理に隠すほどのことでもないと考え、時間が無いことだけは伝えておく。

 

「詳しくは聞かんよ。では、こちらでできる範囲のことはしておく。ガンブレードなどという格好のネタもあることだしな」

 ただ巌谷自身にしても、無用な詮索はしてこない。必要なことは処理しておくよ、と笑って誤魔化されてくれる

 

 XM3のトライアルには期待しているとあらためて付け加えられつつも、火器改修に関しては十分な手応えを感じながら武は技術廠を辞した。

 

 

 

 

 

 

 

 




前回に続きオリジナル戦術機、ではなく、ちょっとしたオリジナルな装備のいくつか、です……数々というほどでもない。

ちなみに前回の突撃砲のマガジンクリップはネタ元?らしきP90にもマガジンクリップがあるので、たぶん大丈夫でしょうくらいの発想です。P90のはマガジン後半?で無理やり繋ぐ感じなので結構無茶っぽいですが、87式突撃砲ならマガジン上部にあまり邪魔なものが無さそうなので。

銃剣に関してはP90を見習ってストライクパーツとかにしても良かったかと思いながらも、有り物流用ということで普通?に銃剣で。スリングはまあ有ってもおかしくないよね?くらいです。アニメだとVF-1とかボゾンくらいしかスリング付の銃の記憶が出てこないのがちょっと悲しいです。

CFTは何気に大改造になってしまいそうなので、時間的に無理かなー行けるかなーくらい? 120mm滑腔砲から105mmへの変更はモジュールの差し替えだけだから何とかなりそう?こっちの問題は兵站面ですけど。


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恵賜の懸念 01/11/07

 XM3用のデータ取りのため、ということでシミュレータは基地副司令の特権的命令で常時確保されているが、明日には207Bの訓練用戦術機が搬入されるということもあり、休日となっていた。

 とはいえ休みだからとすることがあるわけでもなく、武としてはシミュレータでのデータ取りをするつもりだった。

 

 予定が狂ったのは、朝食の直後にターニャとウォーケンに呼び出されたことだ。

 

 

 

(破壊されてない柊町か……)

 同時に呼び出されていた冥夜共々、行先も知らされずにウォーケンが運転する高機動車で街に連れ出されたが、車窓から見える柊町は武の知る街並みとは少し違っていた。

 その風景を目にして、休暇だというのにシミュレータに籠ろうと考えていたのは、街に降りていくのが怖かったからだ、と今更ながらに気が付く。身体はこの世界の白銀武だが、記憶が繋がっていないのだ。もし知人にでも会ってしまえば、どう言い繕うべきかさえ、いまだに考え付いていない。

 

(親父たちがこの街には居ないってだけでもまだマシか)

 詳しいことは聞いていないが、武の両親は少し前から東南アジアの方に出張しているらしい。現地での工場運営に携わっているらしいが、よくよく考えれば武はこの世界の両親が何の仕事をしているかさえ知っていない。そのうちちゃんと調べておかねばボロが出ると思いながらも、XM3の開発を言い訳に避けてきてしまった。

 

 

 

「ああ、そうだ。白銀訓練兵に、御剣訓練兵。今後、私のことはターシャ・ティクレティウス臨時少尉として扱え」

「了解いたしました、ティクレティウス臨時少尉殿」

 

 武が街並みを目にして物思いに耽っていると、ターニャが当たり前のように偽装身分を告げてきた。

 即答する冥夜と違い、武は思わずウォーケンの方を確認してしまう。先日、話は聞いていたものの、まさか冥夜に対してそう名乗るとは考えていなかった。それに先程からどう見てもターニャはウォーケンの部下のようには振る舞っていない。

 

「あくまで対外的なもの、としてはそうなったのだ。受け入れたまえ白銀訓練兵」

「了解しました」

「お蔭で私はデグレチャフ事務次官補の副官のままに、次期局長が決まるまでは局長代行にして、ティクレティウス臨時少尉の上官となってしまったよ」

 運転しながらもウォーケンが苦笑紛れに状況を説明してくれる。こちらはこちらで大変そうだ。

 

「局長代行、ですか……」

 ウォーケンの諦めたかのような顔に、お疲れ様ですと声をかけてしまいそうになるが、自重する。

 偽装の為の形式だけとはいえ、ターニャの上官として振る舞えと言われる気苦労は推し量れない。武としてもターシャにはとっとと昇進してもらわなければ、階級を追い抜いてしまいかねない。

 

 

 

「艤装と言えば……御剣少尉。簡単で良い、髪を結いあげ、こちらのメガネを着けておけ」

「了解です、少尉殿」

 

 思い出したかのようにターニャは冥夜へと指示を出すが、用意していたところを見るに最初からの予定通りのようだ。たしかに国連軍制服とはいえ、素顔の冥夜を市中に連れ出すことを、真那がよく受け入れたものだと武は思う。少し距離を開けて着いてくる別の高機動車をミラー越しに確認しながら、受け入れたのではなくターニャが強行しただけかと、考え直しもする。

 

「メガネ程度だけでと不満かね、白銀少尉?」

「はい、いいえ、少佐殿。これだけでも十分以上に印象が変わっているかと愚考いたします」

 

 不審気な様子をウォーケンに悟られたようでそう問われたが、髪をまとめ上げて伊達メガネをかけただけでも冥夜の印象は変わっている。ルームミラーで自身の顔を見た冥夜自身が、その違いに驚いているようにも見えた。

 

「人は自分たちが思っているほどに、明確に他人の容姿を記憶していない。服装や髪形が変わるだけで、認識できなくなることは多い」

「了解。心しておきます」

 

 ウォーケンが世間話のように言葉を続けたが、武の立ち位置が冥夜の護衛も含むと認識されているのだろう。警護役として注意しておくようにと、そう教えられたようにも思えた。

 

 

 

 

 

 

 その程度の会話だけの車内だったが、基地を出て数分で目的地らしい店舗に着く。EX世界線の記憶であれば大型スーパーがあったあたりと思われるが、ここでは少し大きな酒屋といった感じだ。

 基地のある街だが、軍人が目に付くというほどでもなく、かといって国連軍の制服が避けられているという雰囲気ではない。高機動車を駐車場に止めても街行く人々の視線に晒されるということもなく、普通の買い物客のように扱われている。

 

 手慣れた様子のターニャとウォーケンに続き、物珍しげな冥夜の姿を人目から隠すようにしながら、武たちも店内へ入る。

 

「それで、ここで何を買い求めるのでしょうか、少尉?」

「ん? 言ってなかったか? 整備班への心付けなのだが、少しばかり量が多くなりそうなのでな」

 簡単に状況を説明しただけで、さて何をどれだけ買うべきか、とターニャは物色に戻る。

 

「少尉、普通にビールで良いのでは?」

「国連軍とはいえ、ここは日本だぞ? 日本酒の方が良いのではないかね、どうなのだ白銀?」

 

 俺はそれほど飲みませんがと断りを入れた上で、武は別の物を勧める。

 半島からの撤退が始まり、物資が不足しつつあるとはいえ、いまだ日本は後方国家だ。嗜好品などの種類は減りつつあるものの、武が以前経験してきたよりもまだはるかに余裕が見られる。もちろんEX世界線の平和だったころの日本の横浜とは比較もできないが、それでも贈呈品の種類は選ぶ程度にはある。

 なにもビールや日本酒などのアルコールに限定しなくてもいいのだ。

 

「整備とはいえ女性兵士も多いことですから、酒だけよりはなにか甘物などの詰め合わせ、と。あとお茶はPXのがそれなりに美味いから、ジュースか栄養ドリンク……とかじゃないですか」

 整備の皆にと言いながら、選ばれていくのが酒だけなのが気になっていた武は、それ以外の物を提示していく。

 

「言われてみれば確かに。さすがは元恋愛原子核殿だ」

「……は。ありがとうごさいます」

 褒められているわけでもなかろうが、武としてはそう答えるしかない。

 

(あ、そうか。米軍だと違うのか)

 ターニャにしてもウォーケンにしても、整備の者たちがなぜか男所帯だと考えていた節がある。

 二人ともが日本の事情に詳しいせいで忘れがちだが、空と陸の違いはあれ出身はどちらも合衆国軍だ。最大の後方国家である合衆国ならば、いまだに軍は男所帯の可能性もある。

 

「あの、もしかしてですが、やはり米軍はまだ男性兵士の方が多いのでしょうか?」

「そうだな。台湾はともかく、オーストラリアなどもまだ男の方が多いはずだ」

 後方国家という括りでは今のところ日本もそうなのだが、それでも女子の徴兵年齢は引き下げられている。そういう面では同じ時限常任理事国と言えどオーストラリアのほうが地理的要因からの余裕はあるようだ。

 

 

 

「さて甘物となるとチョコレートか……ははっ」

「チョコレートに何か問題でも?」

「いやなに。チョコレート好きの副官のことを思い出しただけだ。突発的な出動命令を受けてもチョコバーの補充だけは欠かさない奴がいたのだよ」

 あれは一つの特技だったな、と屈託なく笑っている。

 ターニャとは付き合いの短い武だったが、初めて見たような普通の笑いに、少しばかり驚かされる。

 

「……私のことではないぞ、訓練兵」

「失礼いたしました、少佐殿」

 話の流れでウォーケンのことかと、冥夜共々に思わずその顔を見てしまったが、気まずげな表情を見ると違うらしい。

 

「ああ、気にするな。もう昔のことだ。つまらぬことは覚えているものだな」

 

 

 

 そんな話をしている最中にも、ドカドカと武の押すカートには酒や甘物が積み上げられていく。

 缶ビール一本ずつと限定しても、整備班全員に行き渡る数となると結構な量だ。基地からすぐ近くの距離だというのに高機動車を用意した理由がよく判る。

 

(しかも帝国陸軍からの出向組と、斯衛からもだろ。どれだけの規模なんだよ。整備だけで二個中隊規模か?)

 207に本来配備される予定の吹雪の整備はA-01付きの整備中隊が担当する。これはもともと国連に不知火を配備する際に、日本人整備士以外の不知火への接触を避けるという取り決めがあり、207の整備は機体に関わらずその範疇に含まれているからだ。

 

 加えて、冥夜の為に武御雷が送られてくることは確定事項だ。それに合わせ真那たち第19独立警護小隊の機体も、今までは整備の際には東京に戻していたらしいが、今後は白陵の方で扱うという。半個中隊規模の武御雷の整備、それも新規のOSを搭載した物をとなると、大隊付の整備中隊を丸ごと配属させることになる可能性もある。

 

 

 

「貴様ら二人は、個別に機付長へ渡すものを何か選んでおけよ。それこそ酒でいいかもしれんが……」

 年齢や性別くらいは調べておくべきだったが、とターニャにしては歯切れが悪く、口を濁す。

 

「部下の情報把握は優秀な指揮官への第一歩、というところだ、訓練兵。が、今回の場合は、やってくるのが別の組織からだからな。あまり事前に調べておくというのも、それはそれで風聞が悪い」

 ウォーケンは合衆国陸軍の人間のはずだが、何気に日本の独自事情に詳しい。斯衛と陸軍との表に出にくい対立などにも、心を配っている節がある。

 そして今回武と冥夜が相手をしなければならないのは、斯衛から特別に出向してくる武御雷専属の整備班だ。下手にその内部を探ろうとするのは、無駄な緊張を作り出しかねない。

 

「金は気にするな。私が一括して出しておく。心配するな経費としては切らんよ」

 そうとまで言ってくれるのだが武としては正直に受け入れるのも難しい。

 

「事務次官補。申し訳ありませんが、正直なところ訓練兵の立場で、機付長に心付けを渡すのは時期尚早なのではありませんか?」

「ふむ、白銀訓練兵の言葉ももっともですな。私も何かと差し入れるのは任官してからのことでした」

 ウォーケンが自身の経験を踏まえたうえで、武に同意してくれる。

 金の問題ではなく、訓練兵という立場で送るのが、問題があるのではないかと思ってしまうのだ。また値段にしても、新任少尉の給金から絞り出せる小遣い程度の物なら可愛らしいが、事務次官補の財布から出せる物など、送っていいのかどうかすら判断が付きかねる。

 

「む……訓練兵が教官に心付けを差し出すようで、不正を感じさせる、というところか?」

「整備班全体に向けてということでしたら直接的な賄賂とは見なされないかとは思いますが、要らぬ中傷の種となるとは愚考いたします」

 神宮寺軍曹が整備班に向けて何かを送る、というのであれば特に問題はないとは思う。ただこれが千鶴や慧だとなにかと問題にしたがる層が居ないとも言えない。

 

「だから貴様ら二人だけだと言っておろう」

 武とウォーケンの言葉を、斯衛の整備班にのみという意味合いだとターニャが切り捨てる。国連軍内部の話ではなく、国連軍から帝国斯衛軍へのちょっとした気配り程度に留めろ、ということらしい。

 

 

 

 

 

 

「少尉殿、質問をよろしいでしょうか?」

 それまで黙って付いてきていた冥夜だが、さすがに疑問が積み上がってきたようで、断りを入れる。

 上官二人、いや武も含めれば冥夜からすれば全員が上官という状況だが、話題が自身に関するものになってきたこともあり聞き手に徹することもできなくなったようだ。

 

「許可する。何かね、御剣訓練兵?」

「は。我々訓練兵が使用するのは撃震ではないのでしょうか? 整備の方々にそれほど大きな負担がかかるとは想定できません」

 シミュレータでは吹雪を使っているが、実機教練に移れば撃震になるものだと冥夜は考えていたようだ。たしかに通常の在日国連軍であればそれが正しい。

 

「ああ……普通であれば訓練に使うような機体は余裕がある国ならF-4、ほとんどの前線国家では歩くだけで精一杯な壊れる直前のF-5だな。少佐もF-5ではなかったかね?」

「そうですな。私の時はそれなりに程度の良いF-5が回ってきました。当時の陸軍では任官後はF-15か16に乗ることが決まっていたような物でしたからF-4では少しばかり重すぎる、という判断だったのでしょうな」

 

 帝国は採用していないがF-5は、訓練機として開発中であったT-38に最低限の武装と装甲を施した軽量戦術機だ。第一世代機ではあるものの、装甲ではなく回避運動での生存性を高めるといった第二世代機への基礎を築いた機体でもある。特にF-16はF-5の直系ともいえ、訓練にはF-5が使われることが多い。

 

 

 

「それでだな、御剣訓練兵。先の質問の答えだが、間違いなく貴様らに付く整備班には非常な負担がかかる。なぜか判るか?」

「それは我らが訓練兵として未熟だからでしょうか?」

 負担がかかると言われて冥夜が想像できるのは、訓練兵だから機材を壊しやすい、というくらいだ。それだけであれば特別扱いの理由になならないとは判りつつも、他の理由に思い至らない。

 

「そういう問題ではない。207B訓練分隊に配備される戦術機は少なくとも三機種、下手をすると五機種になる」

 

 ターニャの答えに、経験として知っている武はともかく、冥夜はさすがに驚きで固まる。中隊規模までは単一の機種で運用するのが一般的な編成だ。余程特殊な場合でもなければ、多くても二機種である。それが訓練分隊なのに五機種と言われれば、驚きもする。

 

「これは貴様らがというわけではなく、この白陵基地は優遇されていてな。訓練兵にも吹雪が回ってくるはずだ」

「国連軍でありながら吹雪、ですか? ……いえ、失礼いたしました」

 やはり冥夜は実機は撃震が来るものと思い込んでいたようだ。疑問を声にしかけるが、押し黙る。必要になれば伝えられる、と割り切ったのであろう。

 

(あ~一周目の俺ってマジで何も考えてなかったんだよな、ホントどこまでバカなんだよ)

 冥夜の態度を見て、武は以前の自分の間抜けさを思い出さされ自虐に陥りそうになる。

 

 当時も座学では教わっていたはずなのだ。在日国連軍には第三世代機は配備されていない。それが「一般的」な認識だ。実際、一部部隊に配備されている89式陽炎を除き、在日国連軍の主力戦術機は今なお77式撃震である。

 当然、一般の国連軍衛士訓練校であれば、その実機演習に使われるのは撃震のはずだ。

 

 実戦運用されている第三世代機が無いのに、訓練を第三世代機の吹雪で行うこと自体、どれほど「特別」で「異例」なことなのか。それにまったく気が付かなかった。

 

 

 

「しかし、確かにそうであれば、整備の皆には何らかの心付けは必要でありましょう」

 どれほど無茶な要求がなされていたのかと洞察するように冥夜が眼を閉じる。

 

 衛士が複数の機種に乗ることがないように、整備もまた基本的には対象とする機種は一機種である。

 基本的には中隊規模で使用される機種は統一されており、整備中隊もそれに合わせている。複数の機種を少数ずつ整備運用するなど、極々一部の特殊作戦群か、それこそ開発部隊でもなければ有りえない事態だ。

 合衆国の空母や強襲艦であれば一つの整備班が複数機種を担当することもあろうが、訓練校に配属される整備部隊にそんなことが要求されるはずもない。

 

 当然、今告げられたように小隊未満の訓練部隊に三機種の配備など、そのような無理な体制は現場への重労働となって跳ね返ってくる。

 

 

 

「あれ? 三機種は判りますが、五機種?」

「ふむ、白銀訓練兵。先日私が言ったことを覚えているかね?」

 ふと漏らした武の言葉に、ウォーケンが答えてくれる。

 

「先日というと……ああ、複座型のお話でしょうか、少佐殿」

「そうだ。複座の吹雪があればよいのだが、無ければどうにかせねばならぬ。で、だな。香月副司令が言うには接収したままのF-14AN3なら残っているということらしい」

 

「なるほど、そうなると機種は増えますね」

「あとはF-15、いや陽炎だったか。あちらにも搭載するので、出来ればそれもという話だ」

 

 陸軍機であれば第一世代のF-4とF-5、第二世代のF-15とF-16の各種系列機が西側の標準である。ここに海軍機のF-18が加わるが、F-18はオーストラリアなどこの機体を主力として配備している国も多い。

 

 XM3を政治的な取引に使う「商品」として考えるのであれば、確かに対応する機種は今から増やしておくことは有効だろう。

 日本国内、というよりはこの白陵基地ですべてセッティングすることなどはさすがに無理があるが、第一世代と第二世代の代表たるF-4とF-15向けにXM3を調整できていれば、他機種への移行も比較的スムーズに行えるはずだ。

 

「F-5とF-16であれば二機ずつほどならすぐに取り寄せられる。F-18も初期型であればどうとでもなる、とは副司令には伝えてはいる」

 さすがにそれらすべてをこの基地で運用するというのは無理だろう、と武にも判る。衛士としては様々な戦術機に触れるということ自体に興味はあるものの、それだけの機種を日々乗り換えて調整していくともなれば、たとえ戦術機適正の高い武といえども身体に無理が出そうだ。

 

「安心しろ白銀。一応話をしただけだ。そのあたりはプロミネンス派への手土産だな。あちらの方がテスト運用されている機種は多いし、それに売り込み先が自分でテストできる環境は必要だろう」

 

 

 

 

 

 

「ということらしい、御剣。心付けが欲しいのはむしろ俺らの方じゃね?」

「衛士として数多くの機体に触れる機会を与えられたのだ。喜びこそすれ、何を躊躇う?」

 冗談めかして武は言うが、答える冥夜も心なしか楽しそうだ。

 

「ですが……やはり、御剣の件と担当となる機付長の関係を考えますと、下手になにかを贈るというのは……」

「だからだ。白銀、貴様が代表して、ということにしておけ。軍内部であればそれで通す。御剣、白銀両名は、それ以外ではそこのウォーケン少佐を見習え」

 

「はっ」

 冥夜と武、声を揃えて了承するものの、何を見習えばいいのかが判らない。

 

「正直、御剣訓練兵には比べるべくもないが、私も軍にいるほうが楽なのだよ」

「少佐は、私人となると上院議員のご子息、だからな。それもホワイトハウスに近しい立場の、だ」

 その疑問が顔に出ていたようで、苦笑しながらもウォーケンが説明し、ターニャが補足する。時と場合によっては、大統領の息子となった可能性もあるらしい。

 

「この国で言えば宮中序列、か? それらや民間での立場と軍の階級とを区別できないバカどもが多いことは受け入れておきたまえ。その上で足をすくわれぬように注意を払え。まあ貴様らであれば国連軍兵士であることだけを外部に示すというのが、簡単だ」

 笑いを抑え、ウォーケンが二人に簡単な注意を与える。

 下手に立場を切り替えるのではなく、国連軍という組織に庇護されておけと助言までしてくれる。

 

「ただ……御剣訓練兵にとっては、周囲からの圧力で難しいかもしれんが、な」

 

 ターニャが嗤って続けた言葉は、まさに予言のように武の耳には響いた。

 

 

 

 

 

 

 




ほのぼのデートというにはアレですが、一応お買い物……の付き添い? A-01に配属されてしまえば、機付長などは居るはずなのでしょうが、原作でも名前出てこないので具体的には出さない予定。

でで、夏コミ終ってぼちぼちと通常モードなのですが、ストック尽き果てそうです……


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紫黒の雷鳴 01/11/08

 207訓練小隊に割り当てられた整備ハンガー

 訓練機とはいえ、自分たちの戦術機が搬入されると聞いてじっとしていられるようではそれこそ衛士失格だ。分隊全員がそわそわと朝早くから顔を出していたようで、武がハンガーに来た時にはすでに207Bの他の皆は吹雪の下に集まっていた。

 

「やっぱり本物は凄いよねー迫力あるよねー」

「シミュレータだとこうやって見上げないから、ちょっと新鮮ね」

 

 ハンガーに並べられた吹雪の足元で、207Bの皆は思い思いに自分たちの機体を見ている。

 

「こうやって見ると戦術機って、タケルちゃんじゃないけど、なんかこう? ドスッとできそうな気がしてきた」

「いや、凄いのは判らなくはないが、鑑? あまり暴れるなよ」

 嬉しそうに機体を遠巻きにする尊人や、冷静な振りを装いつつも興奮している千鶴などは、武にも理解できる。なぜか拳を固めてシャドーボクシングを始めている純夏の興奮も判らなくはないが、さすがに整備班の邪魔になりそうなので軽く注意だけはしておいた。

 

 

 

「いや……しかし判ってたけど、バラバラ過ぎるだろ、これは」

 そんな207Bの皆の喜びとは別に、武は呆れたように言葉を漏らしてしまう。衛士としての経験が無い彼女たちは、このハンガーの異様さにはいまだ気が付いていないようだった。

 

 五機の吹雪が並ぶのは、今の207B訓練分隊からすればむしろ数が少ない。

 まりもの撃震もXM3対応CPUが搭載された関係もあり、こちらのハンガーの一番奥に置かれている。

 そこにもう一機撃震が加わっているのは、XM3のデータ取り用だと聞いていたのでそれも良い。

 

「さすがにF-14はこっちに持ってこなかったとはいえ……」

 207A分隊が先に任官したこともあり、今の207訓練小隊は半数程度だ。教官としての武とまりもとを含めても8名。戦術機が八機並ぶのは、数としては間違ってはいない。

 

 ただ機種が多様過ぎるのだ。

 そして問題の機体が、撃震とは反対側の奥に二機並んでいた。

 

 

 

「武御雷か……」

 以前に呟いたのとは違う意味で、同じ言葉が出てしまう。

 

(いや頼んだのは確かに俺、というかデグレチャフ事務次官補が脅し取ったようなもんだけど、ホントに持ってきたのかよ……)

 周囲の目線が無ければ頭を抱えて座り込んでしまいそうな虚脱感に包まれる。

 煌武院の一存でギリギリどうにかできるR型一機ならともかく、さらにもう一機などはさすがに城内省が許可しないだろうと高を括っていたところもある。来なければA-01から不知火を回してもらうつもりでいたのだ。

 

「うわぁ~武御雷だー!」

「あ~珠瀬。珍しいのは判るが、触るなら黒いほうにしておけよ?」

 頭を抱えそうになる武の視線を追いかけたのか、壬姫が驚いたように声を上げる。

 

「え、あ……そ、そうだよね、あはは……」

 壬姫が紫のR型に走り寄って触ってしまって、真那に叱責されるのは避けておきたい。

 黒の方なら大丈夫だぞという意味合いで言ったものの、遠巻きに見ただけで満足したのか、壬姫は皆が集まっている吹雪の方に戻っていった。

 

 

 

「白銀……そなたはこの機体が何なのか知っておるのだな?」

「まあ、な」

 代りにというわけではないはずだが、冥夜が武の傍に立つ。

 壬姫は武御雷という機体の物珍しさだけで眺めていたが、紫の意味には気が付いていなかったようだ。が、冥夜に「紫」の意味が判らないはずがない。

 

「明日からの実機訓練で御剣が使うのが、これだ。これは正式な命令。『御剣訓練兵はType-00Rを訓練に用いるべし』、はい復唱」

「し、白銀、なんなのだその命令は?」

 断るつもりでいたのだろう冥夜に、有無を言わさずに命令しておく。

 

「戦術機演習に入ったら、俺は神宮寺教官の補佐。という訳で今の俺は教官補佐なのだよ、御剣訓練兵」

「はい。いえ……それは承知しておりますが、私が、この……武御雷をですか」

「出所は言わなくても……良いよな?」

「……はい」

 

「あ~あれだっ、ほら? 心配性のとあるお方からの、ちょっとお茶目すぎる贈り物、くらいには……すいません」

 臨時の階級を盾に押し切ろうかとも思ったが、冥夜の緊張を見るにそれでは不味いと思い直す。ただ、どう言えばいいのかと思いつかぬままに軽く振る舞いかけたが、悠陽のことを軽んじるような発言に冥夜からは本気の殺意が発せられる。

 

「いやほんとにすまん。ただ、な。御剣? お前のことを案じてこの機体を贈られたのは間違いない。それだけは思い違いをするなよ?」

 こちらではまだ会ってはいないが、悠陽が冥夜を思ってこの機体を送ってきたのであろうことだけは、武にも判る。

 

「そなた、まさか……お会いしているのか? あ、いやっ、詮索するのではなくっ、だなっ」

「落ち着け。ちょっと押し売りの関係で、今度機会を作ってもらう予定ではあるが……」

「そなた、押し売り……だと?」

 

 

 

「だから、落ち着けって。まあ俺の予定とかはともかくだな、御剣はこっちに乗る。これは決定で覆らない。覆らないんだが……で、月詠中尉。なんですか、こっちは」

 悠陽が絡んでくると冷静ではいられないのであろう冥夜を命令を盾に黙らせて、武は振り返る。

 冥夜と話しているうちに、音も立てずに真那が傍に来ていたのだ。

 

「白銀訓練兵、何か問題があるか? 追加の武御雷を要求してきたのは貴様であったと記憶しているのだが?」

「いや、どー見ても黒じゃないでしょう、これ」

 

 所属が違うとはいえ、砕けた口調で上官に反論するという暴挙に出てしまうくらいには、武も心穏やかではない。

 冥夜の機体と言い切った紫紺のR型の横に、「黒」の武御雷が並んではいる。ただそれは色が黒なだけだ。

 

 武御雷は色違いで六種、仕様の違いで分ければ五種が存在する。

 特徴的な烏帽子のようなセンサーマストが装備されているのはそのうち四種。一般衛士用の黒のC型だけは、あくまで指揮下に入って戦うことを前提にしており、頭部センサーユニットは簡易仕様の物が装着されている。

 

 そして「黒」に塗られてはいるが、武の指す機体は間違いなく烏帽子仕様の物だった。

 

「仕方なかろう、一般衛士に与えられた黒の武御雷を武家の一存で取り上げることは忍びない。月詠に連なる者から無理を言って回してもらったのだ」

 武の振る舞いを咎めるどころか、真那にしても溜息をついてしまいそうな様子だ。

 生産ラインの限られる武御雷は、授与される衛士には事前に通達されるという。その通達を受けて喜んでいる者に対し、国連軍に回すために配備が遅れる、などとは言えなかったのだろう。そんなことが知れ渡れば、間違いなく国連軍への反発心と、部隊内の士気低下を招く。

 

「それで色だけ塗り替えた、ということですか」

「不服か、白銀訓練兵?」

 

 肩を落とすような武の態度に、不遜な物を感じたのか真那は殺意を滲ませて睨み付けてくる。

 それに対し、武自身、意味のない愚痴だと判っていたので不満点と利点とを並べて応えようと、意識を切り替えた。

 

 

 

「はい、いいえ。正直に申し上げまして、データ取りとしてはC型が最適でありましたが、御剣訓練兵とのエレメントを考慮すれば、この機体に満足しております」

「……そうだな。いくら同じ武御雷とはいえ、黒では追随しきれぬ場面も多い」

 武の判断が、衛士として、それも直援を担う者としての言葉だと判ってしまうので、真那も同意せざるを得ない。

 

 一般衛士用として最も数が作られている黒のC型武御雷とはいえ、こと機動面においていえば不知火に比較すれば遥かに性能は高い。主機や跳躍ユニットに限定すれば20%ほどの出力向上がなされている。もちろん出力が高ければ機動性がそれに応じて跳ね上がるとまではいかないが、単純に水平跳躍などすれば、不知火では武御雷に追随できない。

 

 そしてその出力差は、武御雷の中でも存在し、不知火との差以上に大きい。最上位のR型はC型の40%増のはずだ。

 以前に武御雷のエレメントに撃震を使わせるつもりかとターニャが煽ったが、C型ではそこまでの差は出ないとはいえ、青そして紫のR型と並ぶには実のところスペック的には心許ない。

 

「月詠中尉のF型と、部隊の方々のA型を基準にして調整して、それをC型とR型にチューニングし直そうかと考えていましたが、これでしたら俺が乗るこの『黒』を基準とする方が良さそうですね」

「それで頼む。この場で申すべきことではないが、正直に言って私を含め赤や黄に乗る者は癖が強すぎる。それに白とは言え、我が隊の三人ではいまだ技量が十分とは言えぬ」

 

 あれで足りなければ帝国陸軍なんて八割以上再訓練だろと、武は言いたくなるが堪える。EX世界線では三馬鹿などと呼んでいたが、第19独立警護小隊の少尉三人は間違いなく一流の衛士である。

 

 

 

「で、あれば……この機体を差し出していただいた衛士の方には、よろしくお伝えください」

「恨まれるのは覚悟しておけよ、白銀訓練兵」

 真那がにやりと意地悪気に笑って見せる。ちょっとした悪戯心からのその笑みが、武には別の真那を思い起こされる。

 

「……XM3の性能を以て、お返しいたしたいと思います」

 今は記憶だけのものとなった懐かしさを振り払い、掛けられた期待には応えようと、そう意識して約束する。

 せっかく誂えて貰った環境である。相手の思惑以上の物を返してこそ、だ。

 

「ふっ」

 その答えを受け武にはわずかな笑みを見せ、無言で冥夜にだけ頭を下げ、真那はハンガーから姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「やはりそなたも関与していたのか、この武御雷の配備には」

 真那と武とのやり取りを見ている間に落ち着いたのか、冥夜は静かに問いただしてくる。

 

「そうだ。みんなには任官後に正式に話はあるはずだが、御剣には今伝えておく。207B訓練分隊が特例塗れなのは、新OSでの戦術機教練の試験ケースだからだ」

 隊内には口外禁止だ、と告げたうえで説明する。

 今までのシミュレータだけの訓練であれば黙ってもいられたが、実機教練に入ると武御雷に乗る冥夜だけが分隊の訓練から外れることになる。これ以上は隠すことが難しく、また特別扱いだと自覚してもらう方が話を進めやすい。

 

「今まで我らに、いや今からも皆には秘匿されるのは、それを理由に訓練に身が入らなくなる……そう予測されたからか」

「ま、そういう訳だ。特別扱いに拒否感があるのは判ってたしな。周囲と違うことをやってると知っていたら、あいつらなら有りえないとはいえ増長しないとも言い切れなかったし、逆に伸びない言い訳にもされそうでさ。どうせ周りに同期が居ないんだから、隠しておけという話になってた」

 

 以前の世界線で多くの情報を夕呼から隠されてきた武にしてみれば、事情を説明してしまいたいという気持ちもなくはなかったが、秘匿することがそれなりに必要だというのも判る。悪いとは思うが、それが軍という組織だというのも理解できてしまう。

 

 

 

「あいつらに関してはそんな理由だ。ただ御剣、お前にとっては今のは半分。残り半分はOSの機種対応に伴うバグ取りに付き合え、ということだ。国連軍で用意できる帝国の機体ならともかく、斯衛は、な」

 

 斯衛にXM3の売り込みかける時に未完成です、調整はすべてお任せします、では話にもならない。

 

 同じ日本帝国に属する軍だが、斯衛と帝国陸軍、そして海軍とはそれぞれまったく運用している戦術機が異なる。海軍の水陸両用の揚陸戦に特化した81式海神は別格としても、同じ陸戦用編成であるのに斯衛と帝国陸軍には共有する機種が存在しないのだ。

 そして在日国連軍はあくまで帝国陸軍からの装備援助を受けているだけであり、斯衛の機体は配備されていない。

 

「まだ82式瑞鶴ならば、同じF-4系列の77式撃震に合わせて調整した物を使えば、大きな問題はないはずだ。ただなぁ……」

「瑞鶴であれば調整だけなら斯衛の皆に任せられるが、武御雷に関しては流用の為の基礎データすら作れぬ、ということか」

 

 武御雷を見上げながら溜息をつくという器用な姿を見せる武に、冥夜はその問題点を理解させられてしまう。

 

「基本的には不知火を元にするが、全身スーパーカーボン製ブレードエッジ装甲とでもいうべき武御雷の挙動は、不知火の近接戦闘とはまた違ったものになる。そのあたりの調整も踏まえて、だな」

 

 武御雷は、帝国が採用している他の戦術機と同様に長刀による攻撃を重視している。その上で城内省が欧州・ソ連軍機が採用する固定兵装の有効性を認めたのか、ブレードエッジのみならず手首の00式近接戦闘用短刀などもあり、不知火のデータでは足りない部分も多い。

 

 

 

「で、だ。その上で他の武御雷ならともかく、R型だけは本来の衛士の皆様方に乗って試してもらうって訳には……流石になぁ」

 記憶の中の斑鳩崇継なら喜んで乗り回しそうだが、それはそれで逆に周囲が困る。いつか見たはずの記憶ではないが、胃を壊してしまいそうな側近の顔が思い浮かんでしまう。

 

 時間が許すならば、数の多い白のA型と黒のC型とでそれぞれに調整したうえで、A型の物を元にF型とR型へと対応させていくという方法も取れたのだが、その余裕が無い。

 

「なるほど。昨日デグレチャフ事務次官補殿が我ら二人を連れ出してまで、整備兵の皆への心付けを用意させたのはこの為か」

「……うん。今更ながら、デグレチャフ事務次官補、スゲー。贈らなきゃ不味いが、かといって御剣から直接何か下げ渡すってのは難しいからなぁ」

「私の不甲斐なき立場ゆえに、そなたには迷惑をかける」

「いや、それはいいんだけど、な」

 

 

 

(まあ冥夜から何かを下げ渡されたら、身内に配るどころか、神棚に飾りそうな勢いの連中も……いるなぁ)

 今後何かと無理を言うことになる整備班、それも機付長にはなにか心付けは必要だろうというのは、判っていた。

 武が見落としていたのは、武御雷は原則的に専属の整備班が担当するということだ。そしてその整備班は当然と言えば当然だが、国連軍ではなく斯衛の所属だ。

 

 無論斯衛の整備班とはいえ全員が武家のはずはない。だが紫の武御雷の機付長になるような人物なら、間違いなく譜代の者だろう。おそらくは冥夜の事情にも通じている。

 

(ワンカップとか缶コーヒーで済ませなくて良かったぜ)

 用意したのは地元のそこそこに評判のいい地酒という当たり障りのない物だ。訓練兵としての立場からすれば異例だが、特務少尉という肩書での臨時の技術少尉相当官としてなら、まあそれほどおかしなこともない。

 

「ま、そういうことだ。こっちの整備に関しては、斯衛のほうから出向してきてもらってるんだ。国連に対して隔意を持つものが居ないとも言い切れないし、挨拶は大事、だろ?」

 

 今後は相手の好みを探りつつ、適当な物を用意するつもりだ。

 突撃砲などの装備品の改修の計画などもあり、無理を言ってしまうことも多くなる。おそらくは長い付き合いになりそうな相手なのだ。できれば良好な関係を築いていきたいと思うのは、武の本心だった。

 

 

 

 

 

 

 




よーやくオリジナル戦術機だよー……スイマセン色変えだけです。
タケルちゃんにはやはり?C型の黒タケミーでしょうとも考えましたが、オルタが出るまでは白タケミーが白銀機とかいう話もあったなぁなどと思い直して、折衷案ではないですが黒塗りのType-00Aになりました。中身は普通にA型にXM3積んだだけ~です。


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練兵の憶測 01/11/10

 白陵基地の一角、臨時に設けられたJASRAの執務室で、ターニャは久しぶりにゆっくりとコーヒーを楽しんでいた。

 飲んでいるのは、スタッフをこちらに呼び寄せる時に、私物として同時に持ち込んでもらったハワイの豆だ。夕呼が好んでいる豆も良いが、これはこれで気に入っている。

 

 今もその配下の者たちは、先日安保理に提出した第四との合同での「報告書」関連の対応に追われているが、ターニャ自身が対応すべき案件は済ませてある。

 

 それにターシャ・ティクレティウスの身分作成も、ほぼ完了した。あとは時間をかけて実績を作り上げていくしかない。流石に今更ジュニアハイまでの授業を受けたいとも思えず、軍家族向けの通信教育で義務教育を書類上だけでこなす予定だ。適当な頻度でスキップしておけば数年後には大学入学資格も取れるはずだ。

 その前後、適当な頃合いで「ターニャ・デグレチャフ」が死ねば、名実ともにターシャ・ティクレティウスとして生きていくことになる。

 

(喀什が落ちた後であれば、もう一度大学生活も良さそうだな……いや、少しばかり気が早いか)

 ターニャは好みの香りを楽しみながらも、思考が夢想の領域に入り込みつつあることを自覚する。ゆっくりともう一口飲み込み、眼前の問題に取り込み直す。

 

 

 

(私が知覚する先の世界線では、最後の最後でしくじった。今回は可能な限り介入してきたが、それでもまだ正否は確信できん)

 

 すでにターニャとしてはこのマブラヴの世界で、一度は「死んでいる」。前の世界線では、桜花作戦の最後の最後で第四の連中がなにか失敗したらしく作戦は不首尾に終わり、UL世界線とは少々違う流れではあったもののバビロン作戦が開始され世界は滅びたはずだ。

 ターニャ自身の最後としては、「次への門」を開く極小の可能性に賭けて、BETA集団を巻き込んだ上でのG弾による自決だった。結果的には賭けには勝ち、時間遡行じみた幾度目かの転生を果たしたが、次も成功するとはさすがに思えない。

 

 そしてバーナードに逃げ出すのはあまりに分が悪い。なによりも逃げた先で反撃の準備ができそうに無いのが、気に食わない。

 第五推進派の内部分裂工作も順調で、前回よりはマシな状態だ。バビロン作戦などというふざけた全力投射さえ凌げれば、最悪の事態は免れる。

 

 ならば今回こそは「あ号標的」の破壊を達成しなければ、経済理論と順法精神を尊ぶ平和主義者としての生を全うもできない。なによりも生き延びねば存在Xへの報復的復讐も果たせない。

 つまるところこのまま第四に協力する形で、最悪の手前と認識しつつも、踊り続けなければならない。

 

 

 

(手持ちのG弾の大半を喀什に撃ち込んで、あとはコミーどもへの牽制に使えるのであれば、第五にも加担しよう。ただの夢物語だがな)

 

 それができないのは単純に安全許容量がどこまでか計算できないからだ。なるほど確かにAL世界線ではXG-70bが佐渡島で自爆し、G弾20発分に相当するという効果を伴って佐渡島ごとハイヴを吹き飛ばしたが、大海崩は発生しなかった。

 ならば喀什に20発撃ち込んでも大丈夫だなどとは単純には考えられない。

 

 UL世界線で大海崩が発生した時に、何発のG弾が投入されたのか判らない上に、佐渡島の20発分にしてもどこまでが「おとぎばなし」としてのご都合主義の結果なのか、今となっては判断しようがないのだ。

 G弾の地球上での使用上限など、無限に等しいまでの重力条件の計算が必要だ。それこそ00ユニットでもなければ計算しつくせないだろう。結局のところ、証明しようのない未来知識だ。これを元に作戦立案などしても、夕呼以外は納得もしないだろう。

 

(一応の上限基準としては一カ所に20発まで、二カ所までは問題無しとは想定しておくか)

 

 すでに幾度と無く繰り返した思考を、無意味だと知りつつもどうしても考えてしまう。

 

 

 

 刻々と近付くタイムリミットもあるが、なによりも打てる手立てが限られてきているのがターニャには不本意だ。1998年にこの世界の白銀武が意識不明になったことで、原作の世界線からは離れたとわずかばかりに安心してしまったのも、今となっては悔いるしかない。

 もちろん対BETA戦において有効な手立てとなるように可能な限りは介入してきたものの、結局のところいまだ喀什の攻略への糸口すら掴めていない。

 

(桜花作戦でなければ喀什攻略は不可能なのか? 世界の復元力とでもいうつもりか……)

 

 マブラヴ原作において「不可能」と明記されたことは、どうやっても不可能だった。ただ逆に明言されていなければ介入の余地はある。

 シェールオイルのように原作で記述されていないことであれば実現できたが、困難だとされていた半導体技術の進歩は、介入したものなかなかに進まず、満足な物が出来上がってこない。

 

(手の平サイズに150億個分の半導体、か)

 おそらくは白銀武がEX世界線へと移動できない限り、00ユニットを完成させるための公式は手に入らない。

 

 トランジスタの数だけであれば、ターニャのいた元の世界ならば2001年には十分に達成できているスペックなのだ。それこそ秋葉に行けば学生の小遣いでも買える程度の物だった。

 もちろんそれらを統合して処理させるソフトウェアも存在しないため、ハードだけあってもすぐに使える物ではないが、そちらの方面もこの世界では技術的には遅れていると言える。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 少しばかり深めに溜息をつき、できることとできないことと整理しながら頭の片隅に押しやり、眼前の書類に再び目を落とす。一応は報告書の形に纏められているものの、ウォーケンから提出されたのはXM3に関する「所感」だ。

 ターニャは原作知識という形ではXM3の能力を知っているものの、それがこの世界において現実的に効果を発揮すると無条件に信じるほどに、楽観的にはなれない。衛士として、また指揮官としてその能力を証明してきたウォーケンの意見は判断材料としては貴重だ。

 

「XM3はほぼ完成と言える、か」

「先日から実機の方でも稼働しております。細かな問題はありましょうが、年内には間違いなく実用レベルに達するかと」

 

 207Bの教練がシミュレータからXM3搭載済みの実機になり、その後でA-01の方の不知火にも搭載されたという。累積稼働時間も500時間を超え、初期不良も潰されつつあるらしい。

 

「ただ、彼らの教練を見ておりますと、XM3の性能なのか個々人の資質なのかが判断しきれぬ部分が多いですな」

 

 ウォーケンが問題として付け加えるのは207Bの訓練兵と、それを指導する二人の教官の能力の高さだ。

 XM3が戦術機用OSとして画期的だというのは間違いないのだが、207Bの訓練課程をもってしてXM3の性能を証明することは難しい。あまりにも各自の能力が秀でているために、XM3がなくとも可能なのではないかと思わせてしまうのだ。

 

 そして二人の教練の進め方が既存の方法から少しばかり逸脱していることもあり、それがXM3の習熟に最適化されたものなのか、既存のOSでも有効なのかウォーケンには判別しきれていない。

 シミュレータでの基本訓練においては機動と連携に重きを置き、実機教練に移ってからもそれは変わらなかった。帝国軍などでは多い、対人類戦演習を基本とした教練を実施せず、対BETA戦のみを想定した教練を集中的に繰り返している。

 XM3によって可能となった高機動を教練には含めているが、基礎となる部分は今までの戦術機運用からはさほど離れないようにと注意しているようにウォーケンには感じられた。

 

 

 

「で、だ。合衆国はこれに食いつくかね?」

「陸軍の連中に開発背景を隠して技術デモビデオだけを見せれば、ちょっとした話のネタくらいに流されてしまうでしょう」

「やはりその程度か?」

 アメリカ陸軍の中では正直なところ興味を惹けるとは思えない、とウォーケンは否定的な答えを返す。それに対してターニャとしても驚きはなく受け入れる。

 

「前線に送られている移民希望者であればまた変わってくるでしょうが、本国の連中には意味が理解されるとは思えませんな」

 

 アメリカ陸軍での戦術機運用は、元々が中遠距離からの砲撃戦を指向していたのに加えて、既にG弾ありきになりつつある。機動性にはさして重きを置かないその運用方針では、XM3の価値はどうしても低く見積もられる。

 フルスペックのXM3であれば、向上したCPU性能のお蔭で射撃命中性も向上するものの、価格に見合うほどだとは判断されないだろう。

 

「ドクトリンの違いと言ってしまえばそれまでですが、海軍や海兵隊であれば導入へ働きかけもするでしょう」

 陸軍と違い、海軍の上層部はウィングマーク持ちも多い。

 空母への着艦ミスを減少できると推測されるだけでも、海軍なら導入に意味を見出す。CPU周りの更新に掛かる費用など、長期的に見れば誤差の内とも言える。避けられなかった事故を避けられるようになるのならば、むしろ安くつくはずだ。

 

「とりあえずのところ、来週のトライアルには第七艦隊の連中にも声はかけてある。後は現場での最後の売り込みだな」

 

 陸海問わずに帝国内には既に実働データやサンプル動画なども送られている。が、流石に原型はアメリカ製OSとはいえ、軍機にも関わる新装備である。アメリカの各軍にはいまだ噂程度の話を伝えているだけだ。

 合衆国以外の各国へは、今回のトライアルの後に簡単な説明を伝え、正式に公開するのは12月半ば頃にユーコンで行うことになっている。

 

 

 

「むしろXM3を帝国以上に欲するのは、ソビエトだと予測されます」

「あの連中が、か? ああ、そういえば帝国に似たような近接指向ではあったな」

 

 ソビエトの名が出てターニャはわずかに眉を顰めるが、自身の好悪で判断を曇らせるようなことはしない。

 ただ帝国軍と異なり、ソビエトの近接指向は衛士の生命を軽視した結果ともいえる。ロシア人以外の周辺民族を前線に押し立てているために、兵の損耗を考慮していないところがある。

 

 しかし共産主義への好悪や衛士の人的コスト軽視などはともかく、対BETA戦略としてソビエトの戦術機運用が近接密集戦を主軸とする点に関しては、ターニャも認めている。アメリカのように十全たる支援砲撃を準備することなど、普通の前線国家では不可能なのだ。結果、大なり小なり戦術機の運用は近接戦を考慮したものとなる。

 

 そしてソビエトがXM3を必要とするのであれば、ターニャにしてもユーコンでの工作がしやすくなる。

 

「まあコミーどもへの対応とは別に、合衆国にXM3を導入するには少々手荒なパフォーマンスが必要だな。やはりユーコンであの無駄に高い猛禽類を蹴散らして、目を覚まさせるしかないか」

「XM3をもってしてもラプターの相手は困難かと思われますが……」

「少しばかり既成概念に凝り固まっていないかね? あれは明らかにステルス戦術機としては欠陥機だよ」

「欠陥……でありますか?」

 

 以前からターニャはアメリカが最強と誇る第三世代戦術機F-22を嫌っていたが、性能に関してはそれなりに認めていたはずだ。XM3が完成したからと言って、ステルスの優位性を覆すほどではないとウォーケンには思える。

 

「それはコスト面、ということでしょうか?」

「ふむ? それは問題の一つの要因ではあるが……そうだな、せっかくだからユーコンでのXM3のお披露目までに、何が欠陥なのか考えておくがいい」

 何度か口にしていたはずだがな、とターニャは嗤う。

 

 

 

 

 

 

「それで少佐。XM3はともかく。白銀武をどう見る?」

 聞いておこうと思いつつも、どうしても後に回していた事柄を、ちょうどいい機会だと思い問いかける。

 

「個々人の模擬戦となれば、こちらがラプターであっても相手はしたくありませんな。また彼の者が指揮する大隊との同規模の遭遇戦であれば、双方痛み分けが精々でしょう」

 衛士個人としては勝てない、指揮官として相手をしても五分程度、とウォーケンは武を評する。

 今のウォーケンには対人類戦の実戦経験はないが、それでもアメリカ陸軍において対人類戦の演習は幾度も繰り返している。それであっても武に対して勝ち越せるイメージが作れなかった。

 

「私が想像していた以上に高い評価だな。衛士としてならば判らなくはないが、指揮官としてもそこまでかね?」

 ターニャ自身、武の指揮官としての能力は低くはないと見てはいる。ただそれはあくまで中隊規模程度の話だ。将来的には伸びるだろうとは考えつつも、今の時点ではさほど優秀な指揮官だとは言い切れないと判断していた。

 

「本人の衛士としての能力とは別に、戦術選択の様子を見ておりますと、部隊として動く場合は恐ろしく防御的です」

「ああ……なるほど、な」

 

 ターニャの武への評価が低い部分が、ウォーケンの言葉で気付かされた。自己の生存は別として、作戦目標を達成することを第一義とするターニャとは、そもそもが部隊運用の基礎理念が異なりすぎる。

 護ると言い張るだけはあって、武は自分以外の兵を賭けのチップに使うことが少ない。作戦指示の完遂よりも、部隊の保全を優先する部分が見て取れる。まりもの教えもあるのだろうが、今の207Bへの教練にしても、何よりもまず生き残ることを徹底している。

 

「しかし少々意外ですな。局長があの者にそれほど目をお掛けになるとは」

「驚くことかね? 人間は教育とともに成長するものだ。アレは鍛えるに値する程度には成果を挙げているとは思うが?」

「確かに。ただの療養明けの訓練兵とは考えられませんな」

 

 ウォーケンは苦笑未満に顔を歪め、何やら考え込む素振りを見せる。

 さすがにターニャの異常さを見慣れているウォーケンであっても、武が幾度と無くこの世界をループしており、戦闘経験を蓄積しているなどとは想像できるはずもない。帝国か第四かが秘密裏に訓練を施した者だと判断しているようだ。

 

 

 

 

 

 

「その白銀武を加え、帝国と合衆国とのXM3搭載の第三世代機が揃っていると仮定したうえで、喀什をどう墜とすかが、我々が考えることなのだが……くははっ」

「局長?」

「いや、悪いな少佐。結局やることは首狩りか、と呆れてただけだ。戦争とはいつの時代になっても相手が何であろうとも、根本的には変わらぬものだな」

 

 ――敵司令部を直接たたく衝撃によって敵戦線を崩壊に導く。

 

 もうどれほど昔のことなのか。数えることさえやめた過去のことだが、喀什攻略の実体はかつてはターニャ自身が参謀本部から幾度か命じられた生還を想定しない、首狩りだ。

 

「ですが、局長。第四からの報告通りに、喀什の反応炉、重頭脳級でしたか。それだけがBETAの作戦指揮を決定しているというのであれば、如何なる犠牲を払ったとしても、早急に破壊する意味はあります」

 如何なる犠牲とウォーケンは口にするが、それは作戦指揮官として部下を死に追いやる者の言葉ではない。自らが先頭に立って死地に赴くという意思表示だ。

 

「勝手に死ぬことを想定するなよ、少佐。決死の特攻作戦など立案するほど愚かになるつもりはない。が……」

 

 支援砲撃は軌道からの限定的な投射のみ、増援の目途はなく、指揮系統の確立さえ困難で、さらには帰還手段は構築されていない。

 誰がどう見ても間違いなく「決死の特攻」以外の何物でもない。

 

 

 

(まったくどうしようもないな。これでは「おとぎばなしのおうじさま」に期待するしかないということか……ふんっ、神に祈る程度には腹立たしいことだ。何らかの代替案を作らねばならんか)

 

 少しばかり冷めてしまったコーヒーを飲み干して、ウォーケンに退出を促し、ターニャは再び一人黙考に沈み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりのデグさん回? それなりにXM3と207Bの仕上がりは進んでいるのですよーと。でも合衆国陸軍にXM3を売りつけるのはちょっと難しいかも、という感じに。

で、第二章終わりまでは何とか週2回更新を続けたいところでしたが、八月中はともかく九月入ると週1回更新になりそうです。


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進捗の実着 01/11/12

■修正(17/09/19)
トライアルの日程関連、変更しました。


 実機が届いてからのここ数日、207Bは午前にシミュレータ、午後には実機にと、ただひたすらに戦術機のコクピットに籠っている。座学がかなり削られているが、トライアルまで間が無いこともあり、可能な限り搭乗時間を稼ぐためだ。まりもも納得はしきれていないのだろうが受け入れてはいる。

 

 ただ今日は久しぶりに、武と冥夜以外は午後からは座学の予定だった。二人は今日の午後も第19独立警護小隊との合同教練として、シミュレータの時間が割り当てられていた。昼食もそこそこに207Bに宛がわれているハンガーに集まったのは、真那にデータを受け渡すだけではなく、午後からの訓練内容を打ち合わせるためでもあった。

 

 いまだ武個人に対して真那は警戒心を露わにしているが、職務上の対応にそのような私心を差し挟むようなことはせず、事務的な距離感ではあるもののXM3のデータ取りという任務に対しては必要十分なやり取りがなされていた。

 

 

 

 事前の打ち合わせも終わり、さてシミュレータ室に移動するかという時に、その人物がハンガーに現れた。

 

「こちらに白銀特務少尉という者は……失礼いたしましたっ!?」

 

 この白陵基地では少数派ともいえる国連軍C型軍装に身を包んだ女性士官が、207Bに宛がわれているハンガーに入ってきたと思えば、武たちを前にすると、いきなり跪いたのだ。

 まったくの予想外の行動に武は身動きもできなかったが、冥夜は気不味そうに微かに一歩下がり、真那を前に出す。

 

「篁唯依中尉か?」

「月詠、マ……? いえ、申し訳ありません、月詠中尉」

「ああ、紛らわしくて済まぬな。そういえば篁中尉は真耶とも面識があったのだったな」

 唯依が何度か顔を見てから言葉を続けたことに、真那は従妹を思い出す。身内ならばともかく、仕事上の付き合い程度であれば間違えられることには慣れてしまっている。

 

「まずはとりあえず立ち上がれ。篁中尉」

 そして今問題なのは、月詠家の似た者の話ではない。

 

「ですが、でっ」

「こちらは、御剣、訓練兵、だ。篁中尉」

「……失礼いたしました。月詠中尉」

 冥夜に対して「殿下」と言いかけた唯依を、真那は強引なまでに言葉を切り留める。

 

(間違いなく勘違いしてるよなぁ、この中尉殿。まあ冥夜の横に「月詠」の家の者がいるんだ。普通なら「そう」考えるよなぁ……しかし国連軍の格好だが、斯衛の関係者か?)

 武としても冥夜としても上官二人の会話には口が挿めず、直立不動のままに何も見ていない振りを続ける。もちろん背後の武御雷専属整備班の皆も漏れ聞こえているのだろうが、こちらに注意を向けているような態度は、少なくとも表には出さない。

 

 

 

「それで篁中尉? そなたは技術廠への出向の後、アラスカへ赴いていたのではなかったか? なぜこの白陵基地に?」

 真那がどこか詰問するような口調になるのは、警備部隊としての性格上仕方がないことだ。

 

「は。こちらに技術廠第壱開発局に依頼されていた試製兵装を送り届けるように、と。あと新型OSに関して事前に体験しておけと巌谷中佐から言付かりました。これに関してはOS開発責任者の香月技術大佐相当官殿からも許可を頂いております」

 武は知らぬことだが、唯依と真那とは階級的には同じ斯衛軍中尉ではあるものの、先任後任関係なく家格の関係で真那が上位者として扱われる。赤の月詠家の方が黄の篁家よりも上だ。

 

「ああ、それで白銀訓練兵のいるここに来た、ということか」

「は? 訓練兵、でありますか? 白銀特務少尉と伺っておりましたが」

 

「白銀? 貴様臨時軍曹ではなかったのか?」

「は、月詠中尉殿。自分は、207訓練分隊の戦術機教導におきましては臨時軍曹であります。ただ新OS、仮称XM3に関する件におきましては特務少尉の地位を与えられております」

「また香月副司令か……」

 睨み付けるように真那が武に問いかけたが、答えを聞いて諦めたかのような呟きとなる。二重どころではない階級に、武としても諦めたくなるような煩雑さではあるが、半ば自業自得なので文句も言えない。

 

「まったく香月副司令も判りにくいことをなさる。貴様だけ先に任官させてしまえばよかったものを」

 そこは武としては同意しにくい。むしろ夕呼も総合演習が終わった後は武だけをすぐに任官させるつもりだったのだ。それを断って訓練兵のままにしているのは、武のわがままだった。

 その理由も、207Bの教導においてまりもの上に着くのが気不味いというだけだ。

 

 

 

「ああすまない、篁中尉。こちらがそなたが探していた白銀だ。横におら……いるのは御剣訓練兵だ」

「白銀武特務少尉でありますっ!!」

「御剣冥夜訓練兵であります」

 正しく紹介されたという形を取り繕って、あらためて武と冥夜は唯依に敬礼する。

 

「篁唯依中尉で、……だ。楽にしたまえ」

 唯依にしても、冥夜に対して敬語を使ってしまいそうになるのを、真那ともどもなんとか上官としての立場でやり過ごす。

 

「篁中尉は、いまは国連軍に出向中なのだな?」

「その通りです。帝国軍技術廠への出向を経て、現在はアラスカの国連軍ユーコン基地での任に当たっております」

「ふむ……そう聞くと白銀特務少尉のほうがまだ判りやすいともいえるな」

 真那の言う通りあらためて聞くと、唯依の立場も複雑すぎる。斯衛から帝国陸軍に、そこからまた国連軍に、と所属が変わっているのだ。

 

 

 

「試製兵装の方は受け取りなども含め整備の皆にお任せしているので問題はないでしょうが……しかし、XM3の体験ですか」

「なにか問題でもあるのか、白銀特務少尉?」

 ふと漏らしてしまった武の言葉を唯依が聞き咎める。

 

「はい。週末のトライアルの準備として、我々207訓練小隊に配備されているXM3搭載済みの機体は、現在すべてメンテナンス中であります」

「動かせる実機が無いのか。シミュレータの方はどうなのだ?」

「そちらも我々207に割り当てられていた時間は午前のみでありました。夕食後からであればまた時間が取れるのですが、現時点では空きがありません」

 

 トライアルには基地の多くの衛士が参加する。後方でだらけたところがあるとはいえ、さすがにそのような催しの直前ともなれば、シミュレータの空きもない。いつもならば副司令の権限で確保しているが、さすがに今週はそこまで無理を通すこともなかろうと他部隊に譲ってしまったところだ。一応は夕食後から深夜にかけてはいつも通りに抑えられているが、さすがにそこまで待たせるのも気不味い。

 

「ふむ。そういうことであれば、午後からの我々のシミュレータ演習に加わってもらえば良かろう」

「よろしいのですか、月詠中尉殿?」

 武としても解決策としてはそれしかないなと思いつつも、上官、それも組織の異なる真那に無理を言うことはできないと、黙っていたのだ。

 

「篁中尉の腕は知っているし、今の所属は違えど同じ斯衛だ。今日は貴様がまずは管制に入れ。篁中尉のエレメントには御剣訓練兵にあたってもらう」

 

「はっ!! 了解いたしましたっ!!」

「了解」

 冥夜の方は淡々と了承するのに対し、唯依はすでに実戦前の新兵のように緊張している。

 

「白銀も、それで良いな?」

「はっ、お二人に問題が無ければ、そのようにお願いいたします。ああ、ですが篁中尉殿。申し訳ございませんがシミュレータのデータが武御雷ではなく不知火となりますが、よろしいでしょうか?」

 ターニャがかなり無理を言ったが、やはりシミュレータ用のデータとしても武御雷の物は提出されず、真那たちも不知火の物を使用している。実機との差は有れどOSの習得という面ではさほど問題ではないとは言っている。

 

「ああ……そういえば国連軍なのだったな。いや、私も以前の試験などでは不知火を用いていたこともある。それで問題はない」

 

 

 

 

 

 

「……私はこの半年ほど、いったい何をしていたのだろうな」

 

 二時間ほどのシミュレータ訓練が終わり、小休止として皆がコクピットから管制室に集まってきたのだが、唯依は魂が抜けたようなとしか言いようのない顔で管制室の入口で呆然としている。人目が無ければ膝を抱えてうずくまってしまいそうだ。

 

 演習の内容は、1個半小隊6機の不知火によるハイヴ侵攻だった。

 それも既存の「ヴォールク・データ」を元にしたものではなく、武の持つ「桜花作戦」の知識を付け加えたある意味では最高難易度のハイヴ侵攻演習である。207BやA-01も同じデータで演習を繰り返しているが、初見で二時間を生き残った者は少ない。

 武から見ても、唯依は間違いなく優秀な衛士だ。

 

 XM3特有の挙動の鋭敏さからくる慣れない機動が続いたせいで、普段以上に疲労が溜まっていてもおかしくはない。が、顔色が悪いのは肉体的な疲労が原因ではないはずだ。

 

 XM3の挙動に付いていけなかった、というのではない。むしろこの短時間で唯依はすでにXM3の特性を理解し、自らの物とし始めている。開発衛士としての経験もあるということで、その理解力は武をしても驚くほどだった。

 まりもと比べれば、経験からくる差と斯衛特有の近接戦偏重のきらいが伺えるが、それでも衛士とはして間違いなくトップクラスだ。

 

 だが逆にXM3の特性が理解できてしまうために、いままでの自分たちの為してきたことが無意味に思えてしまうのだろう。

 

 

 

(しかしこれは、もしかしなくても俺に押し付けてみんな逃げ出したのか?)

 

 あからさまなまでに落ち込んでいる唯依にどう接すればよいのかと、真那に縋るように視線を向けたが、真那たち護衛小隊の四人は、隊内での反省会という形で、少し距離を取っていた。

 エレメントを組んでいた冥夜も、どう声を掛ければよいのか判らない様子で、こちらを恨めし気に見ている。

 

 そんな周囲の反応も唯依には目に入っていないようで、とりあえずは休息を、と冥夜からコーヒーカップを手渡されたことさえ気が付けず、ただ機械的に飲み干している。

 冥夜は自分がいては話しにくかろうと、真那たちの方に向かった。

 

 

 

「白銀、貴様は私が、私たちが進めていたXFJ計画も知っているのだろう?」

「あ~耐用年数が迫っている77式撃震の代替機を目指して、ボーニング社の援助を受けて94式不知火・壱型丙を改修している、という計画ですよね」

 コーヒーで少しばかりは気が落ち着いたのか、唯依が言葉を紡ぎはじめた。

 武としてもまずは当たり障りのない、表向きの話だけ答えておく。

 

 唯依の属するXFJ計画は、国連軍が進める先進戦術機技術開発計画(プロミネンス計画)の一環ではあるが、その立ち位置は少々複雑だ。戦術機を対BETA戦主力兵器と捉え、その開発のために各国間の情報・技術交換を主目的とする国際共同計画を謳うプロミネンス計画だが、実態としては「オルタネイティヴ4.5」ともいえる。

 本来ならば、第四計画を推進する日本が大々的に参画できる計画ではないのだ。現に合衆国はプロミネンス計画に対して、ユーコン基地という土地は貸していても計画には参与していない。

 

 

 

「不知火・壱型丙は、貴様ならば知ってもいようが、まあ正直に言ってしまえば欠陥機扱いされても仕方がないような機体でな……」

 唯依としても、他人が開発した機体を貶すことはしたくないが、かと言って壱型丙を褒めることも難しい。

 

 不知火は純国産とは言うものの、F-15のライセンス生産による技術吸収を反映した上での機体であり、設計思想的には第三世代機とはいえ第二世代のF-15の系列だ。

 そして不知火は開発直後こそ優秀な性能を誇ったものの、要求仕様の高さゆえに拡張性の欠如という大きな欠点を抱えていた。そしてそれは、98年に行われた不知火・壱型丙の試験生産において、現実の問題となる。主機出力の向上と兵装強化改修を前線の要望に従って強行した結果、操縦特性は劣悪なものとなりさらに稼働時間が極端に減少してしまったのだ。

 

「それで出てきたのが壱型丙改修計画、XFJ計画だな。国内企業に限定せず、米国を頼ろう、という話だ」

 

 不知火の元になったともいえるF-15は現在はボーニング社がライセンスを保有している。

 G弾推進派の中核でもあるボーニング社だが、戦術機部門に関して言えばF-22がロックウィード・マーディンとの共同開発となっているが、F-16、F-22、そしておそらくは次のF-35にまでを抑えるロックウィードの後塵を拝しているのは間違いない。

 ボーニング社が、F-15やF-18の開発元であるマクダエル・ドグラム社を吸収合併したのは、BETA大戦において民間航空機部門に限界を感じ、軍需産業に主体を移そうとしていた為ともいえる。G元素応用兵器部門への資本投下を最優先としているとはいえ、合衆国を代表するような巨大企業なのだ。G弾にのみ注力しているわけではない。

 

 そして戦術機市場における対ロックウィード戦略としてボーニング社が打ち出したのが、F-4に次ぐ配備数を誇るF-15のアップデート計画、「フェニックス構想」だ。アビオニクスの換装とモジュールの追加のみで、F-15を比較的安価に準第3世代性能へとグレードアップさせることを目的としている。

 

 XFJ計画はいってしまえば不知火版のフェニックス構想だ。

 

 

 

「不知火の次の主力機開発は今も進められているが、まずは撃震だ。だが貴様の考案したXM3。あれが有れば極論すれば撃震の代替機は、XM3に対応した撃震で良いという話になる。なにせ撃震は安いうえに整備などの技術蓄積も大きいからな。無理に壱型丙の改修や弐型を作ることもない」

 唯依も単純に衛士としての判断であれば高性能な機体を求めたくなる。が、開発衛士の経験もあり、コストの概念が理解できてしまう身としては、一概に弐型の開発に固執することもできない。

 

 不知火も量産効果に伴い機体単価が下がりつつあるとはいえ、それを弐型に改修した物を新たに生産し始めるとなると、かなりの高額になることは明白だ。ボーニングに払うライセンス料に加え、いくつかのパーツをアメリカ製に置き換えることもあり、国内企業への恩恵も少なくなる。

 なによりも撃震であれば、衛士に整備班、補給担当官も誰しもが長らく使ってきたことからの技術蓄積が大きく、XM3対応の改修をしたとしても習熟までの各種コストが格段に低いことが予測できる。

 大陸派遣軍への配備数が少なかった不知火は、どうしても各方面の習熟度が足りない。

 

 

 

「それに、だ。貴様は特例として武御雷を賜っているのだったな。ならば判りにくいかもしれぬが……」

「衛士の適正、技量の問題、ですよね」

 上官の言葉を遮るというよりは、言いにくかったことを言ってしまう。

 武の技量と戦術機適正の高さは、間違いない。自身の能力を低めに見積もるところのある唯依にしても、それでも衛士としては武御雷を賜る程度には上位に位置すると自負している。

 

 だが帝国に限らず、各国の衛士の多くはけっして戦術機適正が高いわけではない。ゆえに第三世代機の、それもXM3搭載型に適応できる衛士ばかりとは言えないのだ。

 

「そうだ。適正の低い者たちにとってF-4系列がこれからも長く使い続けられる、という話は間違いなく朗報だろう」

 実のところ携帯火器が同じであるために、F-4であれF-15であれ、そしてF-22であっても対BETAにおける拠点防衛においては、さほど差が無い。むしろ機動性と引き換えに第二世代機以降は稼働時間の低下などの欠点も併せ持つことがある。

 拠点防衛を主任務とするのであれば、XM3搭載型のF-4系列で十分。第三世代機が必要となるのは、武が想定するような戦術機のみによるハイヴ攻略なのだ。

 

「あるいは城内省が納得するかどうかがカギとなるが、XM3搭載型の82式瑞鶴が帝国陸軍に提供されるのであれば、煩型の国粋主義者どもも黙るだろうな」

「瑞鶴を出してくれれば、俺としても願ったり叶ったりなんですけどね。ってそういえばアメリカへの反発はありますか?」

 

 さすがに今から撃震を大量に再生産するべきかと言われれば、武も唯依も首を捻るが、瑞鶴であれば話は違う。さすがに性能面でF-15系の陽炎に並ぶとは言わないが、可能であるならばコスト的にも心情的にもF-4系の最終型ともいえる瑞鶴の追加生産は望ましい。

 

「ん? ああ、恥ずかしながら私もかなりアメリカを嫌っていたよ。F-4ショックの当事者世代ではないが、信頼に値するかと言われると難しいと考えていた。だが、な。アラスカでいろいろと見ていると、考えも変わる」

 

 かつての戦争相手だったとはいえ、今は良くも悪くも対BETA戦の中核を担う国家である。一般市民の対米感情はさほど悪くはない。が、軍部では最大の同盟国とはいえ、今一歩距離を感じている者も居る。

 唯依自身も、最初はアメリカの協力を受ける形のXFJ計画には否定的だったが、今はそんな拒否感もなくなった。

 

 

 

「そう、だ。考えは変わった。アメリカだけじゃない、必要ならば国連の力も借りるべきだ。XM3は間違いなく戦術機の能力を引き上げる。XM3が広まれば、『死の8分』など教科書にのみ残る言葉になるはずだ」

 どこか夢見るような視線で、唯依は言葉を続ける。

 

「ここまで話せばわかるだろう? XFJ計画は、おそらく凍結だろうな。いや世界的にXM3を配布するのであれば、プロミネンス計画自体が終結するか」

「ちょっ、ちょっとお待ちくださいっ!? 飛躍しすぎですよっ、篁中尉殿!?」

 

 少しばかり上を向いたかと思えば、またどんどんとネガティヴな方向性へと唯依は向かっていく。が、武としてはXFJ計画の開発主任にこのまま落ち込まれて開発中止などという事態はどうしても避けたい。

 

「申し訳ありません、というのはおかしな話ですが、俺個人としては弐型の完成は心待ちにしています。撃震の代替機としてではなく、その先を……」

 撃震の置換として計画されている弐型だが、それはあくまで弐型Phase2と呼ばれる機体だ。非公式だが、弐型の計画としてはその先のPhase3がある。不知火に替わる次期主力戦術機として、開発計画が進められているPhase3は、武の想定するハイヴ攻略にとって、現時点では最適の機体なのだ。

 

「XM3を開発した白銀にそう言われると、私も改過自新せねばならぬな」

 

 

 

 落ち込んでいた気配は吹き消され、挑むような視線を唯依は武に向ける。

 貴様が羨むような機体に仕上げて見せようと、力強く誓った。

 

 

 

 

 

 




まさによーやくと言ったところですが篁さんちの唯依姫サマ登場です。まあメインキャラというわけにはいきませんが、今後もそれなりに顔を出してくる、はず。シミュレータの内容は

でで、予定通りというわけではありませんが、残念ながら次回更新は9月に入りそうです。あとどーでもいいことですが、割とてきと~に付けている各話タイトル、熟語のネタがそろそろ苦しい……


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誤謬の沈殿

 教練終了の後には教官補佐としての立場からのまりもへの状況報告を簡単に済まし、時間を合わせてPXにて207Bの皆と夕食、そして後は本来の訓練兵であれば自由時間のはずだ。だが当然のように武にはそんな余裕はなく、夕呼の執務室に向かうというのがこのところの日課となっていた。

 

 夕呼への報告は義務付けられているというわけではないが、この世界で目覚めて以来、二日と空けずに呼び出されるようになれば如何に武と言えど自分から足を向けるようになる。

 

(そういえば元の世界……いやEX世界線か、あっちじゃ物理準備室に行くのは気が重かったんだよなぁ)

 

 ふとそんなどうでもいいようなことを思い出してしまったのは、ここ二日ほどは夕呼の機嫌が悪く、顔を出しても追い払われる事があったからだ。そして夕呼が不機嫌になる要因は、わずかながらに漏れ聞いた言葉だけでも推測できる程度には、武には情報が与えられていた。

 

 ただ、原因が判っているからと言って武に解決できる問題でもなかった。

 なんといっても第四とJASRAとの共同で国連安保理に提出したBETAの行動予測に関して、各国の重鎮から何度も個別に通話が鳴り続けているというのである。半分以上はターニャに押し付けているようではあるが、もともとが武とターニャの別世界線での記憶を元にしたという、出所の証明できない情報だ。今後のBETAの行動推移を観測しながら実証していくと言うしかない。

 

 

 

「さて。不機嫌なままに追い払われるか、今日は顔を出さずに明日さらに不機嫌な夕呼先生に会うべきか?」

 もう主観時間としては何年も昔になるのだが、いつかそんなことを考えていたな、とわざと口に出してみる。

 実際のところは、勝手に自室に帰るという選択肢はないものの、夕呼に殺されるような目つきで睨み付けられるのはあまり歓迎したい事態ではない。どうしてもドアをノックする手が伸びづらい。

 

「何バカなこと言ってるの早く入りなさい」

「うぇっ!?」

 まさか部屋の主が廊下に出ており、背後から聞かれていたとは予測もできず、掛けられた声に文字通り飛び跳ねてしまった。

 

「そんなに不機嫌な訳ないでしょ。じゃあ社は隣でお願いね」

「社~無理しない程度に、な」

「……(コクリ)」

 霞も、夕呼の後ろをほてほてと着いてきていたが、武に向かって軽く頭を下げると隣の部屋にひとり先に入っていった。なにやら仕事があるようで、いくつかファイルを抱えていた。

 

 

 

「でも珍しいですね、夕呼先生が出歩いてるなんて」

「今晩あたり不審者が来そうだから、ちょっと防諜の強化のために出てただけよ」

「不審者……ああ、鎧衣課長が来られるのですか」

 夕呼が心底イヤそうに顔を歪めるのと、その不審者という言葉で誰が来そうなのかおおよそ予測がついてしまう。

 

「……さすがに先に入ってた、ということはなさそうね」

 夕呼は、さっさと入りなさいとドアを開けたが、ふとそこで立ち止まる。

 どうやら鎧衣課長を警戒していたようだ。一通り室内を見まわした後、いつも通りに机に座り、コーヒーを促す。

 

「そういえば、アンタは別世界線で会ってるのよね」

「こちらではまだ会っていませんし、息子のような娘が、娘のような息子になっているので、俺の知ってる鎧衣課長とはもしかしたら大きく違ってるかもしれません」

 

 別世界線の人物とは似ていても別人である、と再度自分に言い聞かせておく。特に情報省の人間を相手にするのだ。下手に予断を持っていると足を掬われかねない。まして同じような性格であれば、間違いなく煙に巻かれてしまう。どちらにせよ警戒しておくに越したことはない。

 

「ま、気を付けておくのは良いことだわ。あたしは相手したくないから、来たときはアンタがあのおしゃべりに付き合いなさい。廊下で」

「部屋から連れ出すのがまず問題ですよ……」

 廊下で立ち話くらいで済むのなら、むしろ武としては願ったり叶ったりだ。夕呼の執務室の中で、防衛のために下がる場所もないまま、鎧衣課長と話をするよりははるかにマシである。

 

 

 

「で。あの斯衛、どういう感触だったの?」

 鎧衣課長の話はどうでもいいとばかりに話題を変え、代替コーヒーを準備する武に、次の話も重要ではなさそうに声をかけてくる。

 少しばかり声が弾んでいるように聞こえるのは、武の思い過ごしではなさそうだ。どうやら何も知らせずに篁唯依をハンガーへ向かわせたのは、武を驚かすためでもあったようだ。

 

「XM3に対してはかなり好感触でした。現時点で開示できる情報についてはすべて渡しているので、数日中には帝国軍にも斯衛にも伝わっているかと思われます」

 夕呼が軍人の、それも中尉程度の者の為人を聞いてくるはずもないので、実務に関することだけを簡単に報告する。とはいえどうしても武個人の主観による判断でしかないので、感想程度のものだ。

 

「ふ~ん、斯衛には良い値段で買ってもらえそうね」

「買うかどうか決めるのは、斯衛といえど今だと大蔵省なんでしょうけどね」

 

 少しばかりは部隊指揮の記憶がある武にしてみれば、装備の新調など軍の意向だけで決められるものではないことくらいは判ってしまう。バビロン災害、大海崩後の軍政のような状況であればまだ無理が通せただろうが、今の日本帝国ではそんなことはできない。

 そしてソフトの値段は最悪無視できるとしても、フルスペックのXM3を運用できるCPU関連は、どうしてもそれなりの価格となっている。搭載する機体の数にしても、今日明日に即断できるようなものではない。

 

 

 

「でも、来るのを知ってたんなら、もう少し早めに連絡くださいよ。判っていれば予定も立てたもの……」

 代替コーヒーのカップを二つ用意しつつ、少しばかり愚痴を零す。

 武にしてみれば、見知らぬ人間に対する最初のXM3の説明でもあったのだ。事前に準備できていれば、もう少し上手くこなせたのではないかと、どうしても考えてしまう。

 

「上役へのいきなりの説明なんて、アンタにはこれからはいくらでもあるわよ。斯衛ならまあ失敗しても取り返せるから、いい練習になったでしょ?」

 今日のところは機嫌が良さそうなのは、武へのちょっとした悪戯が成功したからかもしれない。

 ニヤニヤと笑いながら、まるで本物の教師のようなことを言ってのける。ただその言葉は一面では真実だ。本土防衛軍の将官相手であれば、どういった因縁が付けられてくるか、今から考えるだけでも胃が痛い。

 

「それはそうなんですけど、さすがにいきなりすぎましたよ。月詠中尉が許諾してくれたからシミュレータ訓練に参加していただけましたが、そうでなければ何もないままに口頭だけで説明するところでしたよ」

 

 A-01や207Bの訓練データが映像なども含め溜まりつつはあるが、その多くはまだまだ未整理な物だ。今のところXM3に関してもっとも判りやすい説明というのは、207Bの教導の為にまりもが纏めた即席の教本だというのが実情である。

 まして開発衛士を務めた、そして今まさに新型戦術機の開発主任に就いているような人物相手に、一切の準備なく滑らかに説明できるほど、武はXM3の全容を把握しているわけではない。

 

 

 

 

 

 

「ふん。XM3の方はまあ良いわ。その斯衛の中尉、御剣に対してはどうだったの?」

 こちらが本題だとばかりに、夕呼は話を切り替える。

 

「あ~月詠中尉が断りを入れていましたが、まったく信じているようには見えませんでしたね。最初は『御剣冥夜訓練兵』という偽装を何とか受け入れようと、挙動不審でした」

 

 唯依は結局最後まで勘違いしたままだった。

 そして譜代武家として教育されてきた結果か生来の気質からか、冥夜に対しては上官として振る舞うべきなのか、御忍びの将軍に対する態度とするべきなのか判断できないままに、ちぐはぐな対応を取っていた。

 

 ただ黄の強化装備を身に纏いシミュレータに乗る頃には、完全に意識は切り換えられていたのは間違いない。

 それ以降はあくまで分隊員として対応していたが、訓練後の虚脱した時の様子からしても、すでに冥夜のことよりもXM3に関する衝撃だけで許容範囲を超えていたということもありうる。

 

 

 

「なら、アンタがこの前言い出したネタは、進められそうってことね」

「御剣の使い道、ですか。あの様子だと思った以上に成功してしまいそうですよ。まさか譜代武家の次期当主でさえ疑問に思わないとは」

 

 先日、冥夜から悠陽の為にできることに自分を使えと言われて、ふと武が思いついたことがあったのだ。

 そもそも影武者として隠すように育てられてきたというが、逆にあからさまに前面に出てしまえば、いろいろと問題が解決できるのではと考えてしまった。

 

「控え控え~とか、上様の顔を~とかだったわよね?」

 

 夕呼が言葉にするように、武が言い出したのは時代劇の概要だ。

 「気のいい町人」が最後に「実は権力者」であると正体を明かして悪を制する。この国に限らず、よくある話の類型である。

 

「ええ。その逆を御剣訓練兵には演じていただきます。御剣冥夜には、完全に煌武院悠陽殿下の『陰』となってもらいます」

 計画説明ということもあり、武は自然と口調を改める。

 

「今、夕呼先生が挙げられたものは、ご存知の通り市井の娯楽作品です。これら作品において、劇中人物はその正体を知らずとも、観客は判っているという点が重要です」

 

 紫の武御雷を駆る「御剣訓練兵」と名乗る、「煌武院悠陽」に瓜二つの衛士。戦場でその姿を見た兵は、その正体をどう捉えるのか。

 事実はどうであれ、噂は流れる。殿下御自ら先陣を切っておられる、と。

 

「さらにたとえもし煌武院家の事情を知りつつ、その『御剣冥夜』の行いを苦々しく思う者がいたとしても、国連軍という立場が、彼の者の身を護ります」

 御剣冥夜が所属するのは在日とはいえ国連軍だ。帝国軍や城内省からは内々に抗議は出せても、直接的な命令は無理だ。

 

 

 

 現実的に前線には立てない悠陽に、冥夜が成り代わる。

 

 馬鹿げたように思える話だが、先日話した時にはターニャは笑って受け入れ、夕呼も否定はしなかった。

 

 表向きに二人にはXM3の絶好の広告塔になってもらえるとは言ったものの、武にもそれ以外の思惑はある。

 トライアルの後に斯衛へXM3が導入されることとなれば、第19独立警護小隊とともに冥夜は斯衛への教導補佐に回ることが予定されている。その際、悠陽への教導を冥夜が担当することにでもできれば、二人を半ば私的に会わせることも可能なはずだと、武は考えている。

 

(お節介だとは自分でも思うんだが、唯の姉妹としてわずかな時間でも二人を会わせたい)

 感傷に過ぎないと言われるかもしれないが、UL世界線でのクーデターの際に悠陽から聞いたいくつかの事情。そして先の桜花作戦においての、冥夜の末期の言葉がどうしても心に刺さっているのだ。

 

 

 

「でもそれは御剣という存在を消すことになる。本人判ってるの?」

「御剣なら、殿下の為になると判れば受け入れますよ」

 

 今後、いかに冥夜が武勲を立てても、それは「御剣冥夜」を騙った煌武院悠陽の実績となる。それどころか下手をすると御剣の家を継ぐことさえ不可能になる可能性もある。

 それでも自身が身代わりとなることで、少しでも悠陽の負担が減ると感じれば、冥夜は間違いなくこの話に乗ってくる。

 

「将軍家の政治利用だとか煩く言いだしそうなのもいるけど、そっちは?」

「それこそ炙り出すのにいい口実でしょう。そもそも将軍家とか王家とかは、政治利用するのもされるのも専門なんですから」

 

 ただ、冥夜自身は納得しても悠陽やその周辺がどう捉えるか、という点は問題だ。

 この世界線では、今のところ在日米軍が日本から撤退するということも、国内にG弾を投下したという事実もなく、日米関係は比較的良好だ。それでも今後九州の防衛戦が開始されれば、武の知る世界線と同様の流れとなる可能性は否定しきれない。

 そしてこの世界線においても、国粋主義的な若手将校たちが、アメリカの言いなりになっている政府への不満をくすぶらせているという。

 

 そんな状況に、在日国連軍が悠陽の名を勝手に使っていると知れれば、間違いなく不満が吹き上がる。が不満をあげてくれれば、警戒する対象も判りやすく、対処も可能になる。

 

 

 

 

 

 

「と言いますか、良いか悪いかということでしたら、そもそもこの話って夕呼先生にはあまり利点が無いように思うんですが」

「そうね。あたしには利点が薄い。ただ、あの事務次官補が、妙に拘ってるのよねぇ……アメリカ国内の意向を直接参戦する方向に変えたいみたいで、ね」

 武の疑問をあっさりと肯定する。

 

「ま、事務次官補の考えとは別に、こちらとしても実のところけっこう便利になりそうなのよね。御剣を差し出してきたときにはどうしてやろうかと思っていたけど、そういう使い方なら、帝国の小煩い連中には口出しさせないし、安保理にもハッタリが効かせられるわ」

 

 そしてなによりもアメリカに対しては、人を出さないなら金を出せ、と言える。

 この辺り、ターニャはアメリカ軍の大規模動員を画策しているようだが、夕呼にしてみれば無駄に口を差し挟まずに金を出してくれるだけの方が楽なのだろう。

 

 

 

 その上で付け加えてくるのは、今や共犯者ともいえるターニャの動向だ。

 

「次のアメリカの中枢に繋がる人材と、それをサポートするに足るだけの兵力を、喀什攻略に参加させる。おそらくはあの事務次官補が画策しているのはそんなところでしょうね」

 もちろんそれだけではないでしょうね、と他にもいくつか想定できそうな要因を思い浮かべているのだろうが、口には出さない。武には今はまだ伝えるべきではない、ということなのだろう。

 

「……さすがにあの人でも無理じゃないですか、それ?」

 それでも今言われたことだけでも、なかなかに難しい問題だというのは、武にも判る。

 この時点においてさえ、今なおアメリカは対BETA戦に、全力で取り組んでいるわけではないのだ。

 

 アメリカが対BETA戦に対して積極的攻勢に出たことは、BETA大戦が勃発して以来、まだ無い。失敗したものの一大反攻作戦であった1978年のパレオロゴス作戦でさえ、アメリカはNATOの一環として参加しているもののあくまで補助的な立場だった。

 

 武の記憶の中でさえ、アメリカが攻勢に出たのは桜花作戦かバビロン作戦のどちらかだけだ。

 そして現状では桜花作戦の時ほどに、アメリカを動かすことができそうなほどの情報があるとは、武には思えない。

 

 1974年のアサバスカへの核攻撃以来、国土をBETAの危機から完全に遠ざけているアメリカは、国民だけでなく政府でさえ戦時下であるという意識が薄いように武には感じられる。実戦証明されているわけでもないG弾、その大量投入による大規模反攻作戦などという半ば夢想じみた計画が政府や軍内部で主流となってしまうくらいには、前線から意識が離れているのだ。

 

 

 

「御剣冥夜が将軍家所縁の者、いえ将軍の双子の妹だというのは諸外国に対しては告げる必要はないけど、隠すこともない。高貴なる者の義務なんて陳腐な言い方だけど、それをチラつかせるだけでも交渉のカードにはなるわ」

 

 ユーロやアフリカ諸国では貴族や王家の者が既に前線に立っている。だがこれはあくまで防衛においてのみだ。

 今後、喀什を皮切りに攻勢に出る際、日本帝国が将軍家の者を前線に差し出しているのに対し、アメリカが派遣していたのがグリーンカード目当ての連中だけという状況では、戦勝後の発言力にも関わってくる。

 

「捕らぬ狸の皮算用、でしたっけ? 勝てるとも知れない特攻じみた作戦に、アメリカがそこまで乗ってきますか?」

「だから。乗らせるための一手なんでしょうね。欲しい物があるなら自分らで取りに行けとでも言うんじゃないかしら?」

「あ~つまり、御剣に並ぶくらいにはアメリカ政府の中枢に近しい誰かさんに、先陣を切らせて実績を作っておく必要があるってことですか」

 

 アメリカが狙っているのは、ハイヴ内部の「アトリエ」と呼称されるG元素の貯蔵エリア、そこに蓄積されている資源である。

 払った犠牲に応じて報酬を受け取るという意味では、移民希望者の死体が積み上がるだけでは説得力が薄い。政治的な意味合いにおいて、純粋な兵力だけでなく、それなりの地位ある者たちの参戦がどうしても宣伝として必要となる。

 

「まあ内実はどうあれ、兵力出してくれるなら助かりますよ」

 それでも武としては、喀什の攻略にはアメリカの協力が絶対に必要だと考えている。第四から出せる説得材料が薄い現状、ターニャの働きに期待するしかないところもある。

 

「白銀。これはちょっとした忠告よ。事務次官補に飲み込まれないように注意しておきなさい」

 そんな風にターニャに期待している様子を見せた武に、夕呼はおちゃらけた作り笑いを消し、いつか見たような教師の顔で言葉を告げる。

 

 

 

「ターニャ・デグレチャフと白銀武とが思い描く『BETA大戦後の世界』は別の物よ」

 

 

 

 

 

 




なんとか週1回更新は維持してみましたという感じですが、もしかしたら後々ちょこちょこと修正するかもです。

冥夜さんだけは普通にしておくとどうしても国連軍士官には任官させようが無さそうなので、ちょっと強引な状況に持って行ってます。で鎧衣課長まで出てくるはずだったのですが、次回以降に。たぶん今頃エアダクトの中で出る機会を伺っているいるはず。


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過誤の恐察

「デグレチャフ事務次官補が何を目指しておられるのかは、正直なところ俺にはよくは判りませんが、それでもあの方がBETAの地球から、いえ太陽系からの根絶を推し進めているという点には疑問を挟みませんよ」

 

 夕呼から、ターニャと武とが思い描く「BETA大戦後の世界」は別の物だ、と言われても武としてはさしたる問題には感じられなかった。

 まずは喀什の重頭脳級を潰し、BETAの対人類戦略を停滞させるという目的が共有できていれば、協力関係は続けられると考えている。

 

 単純に「人類の勝利」や「世界平和」とお題目を唱えるには、武も様々な記憶を持ちすぎている。

 第一に、何を以ってして「勝利」と定義するのかさえ不明確なのだ。

 

 もしバビロン作戦が計画通りに成功したとしても、重力異常地帯が半永久的に残り国土の復興もできず、まして先祖から受け継いだ土地をも失ってしまいただ生き延びただけというのであれば、けっして勝利とは思えない。

 

 かつては、ただ単純に人類が団結しBETAを駆逐することだけが優先されるべきだといった子供じみた夢想に取り付かれていたこともあったが、今は少し違う。人が人として生きていくためには、何らかの尊厳が必要だ、というくらいには武も理解するようにはなった。

 

 そして、ターニャの言葉の端々からは、確固とした護るべき理念が感じられる。

 その理念の内容の良し悪しはともかく、今なおまともな立脚点を見出せていないと思っている武には少しばかり眩しく見えることもある。

 

 

 

「まったく考えていないわけでもなさそうだけど、それだと赤点よね」

「えっ?」

 夕呼は、まるで武の記憶にある教師のように回答を採点し、かつダメ出しをする。

 そして軽くカップを振って、お代わりを要求してくる。眠気覚ましの代替コーヒーがさらに必要なくらいの話、ということだろう

 

「今、ターニャ・デグレチャフと名乗る人物は『いくつかの別世界で複数回の生を受けた』とはあたしに説明したわ。この世界においては、アンタも聞いてたはずだけど『原作知識持ち』だとも」

「え、ええ。その話は以前に聞きましたね」

 

 今更何を再確認しようとしているのかが、武には判り辛く、ただ頷くことしかできない。

 

「いくつかの別世界とか誤魔化してはいるけど、本人が認めているのはこの世界と、あとはアンタの記憶の根幹になっているEX世界線に類似した世界、くらいよ。ここまではいいかしら」

「ですね。具体的には聞いていませんが、たしか2010年代まではそっちで生きていたとは話しておられたと記憶しています」

 

 おそらくはわざと漏らした情報だろうとは、あの時も武は感じた。武の持つ未来知識よりもさらに先を知っているということを、夕呼に伝えておきたかったのだろう。

 

「で、その二つ以外はあまりハッキリしたことは明らかにしてないのよね、あの事務次官補。社も今は読み取れないという話だし」

 

 第六世代とはいえ霞の持つリーディングは万能の読み取り能力ではない。雑念が混ざっている意識は見えづらいとも聞くし、そもそも読むことは身体にも精神にもかなりの負担が掛かるらしい。そして基本的には言語ではなく絵として見ているようで、それを第三者に明確に伝えるには、霞は少々絵心に欠けている。

 

 

 

「で、ちょっと確認するけど。アンタなんで衛士になってBETAと戦おうなんて思ったの?」

「最初はロボットに乗れるって舞い上がってのことでしたが、次はあんな結末を受け入れたくないっていう反抗心、みたいなものですかね? 今は、というか今回はそもそも衛士訓練兵だったし、世界線が違うとはいえ皆には死んで欲しくないですから」

 今更ながらにそれを問うかとも思ってしまうが、なにか話の流れで必要なことなのだろうと、いつか口にしたようなことを答える。

 

「まあ軍人が戦うには当たり前の理由よね」

 夕呼もあっさりと受け入れる。結局のところ軍人が戦うのは、仕事としての金や名誉のためか、前線の兵士であれば横に並ぶ仲間のためだ。

 

「でも、ね。あのターニャ・デグレチャフはそうじゃない」

 

「あ~言われてみれば、知り合いを助けるためとかそういう人じゃないですね」

「ちょっと違うわ。そういう面でも異質なんだけど、アンタが戦おうとするのは、このままだと数年後には人類が敗北するって判ってるからでしょ?」

「それは、夕呼先生もそうでしょ? 人類に残された時間は10年程度だっていうのは、ここでもそう変わってなさそうですし」

 

 武の知る世界戦よりも、ターニャの介入によって極東戦線ははるかに長く抵抗を続けている。それでも先日には朝鮮半島からの撤退が始まっており、九州への進行が確実視されてきた。少しばかりは伸びているとはいえ、このままでは良くて5年程度の余裕が生まれているに過ぎない。

 

「まあ、そう言われてしまえばあたしも何も残せずに死にたいわけじゃないからね。でもね白銀、よく考えてみなさい」

 

 

 

「ターニャ・デグレチャフはアメリカ合衆国国民であり、すでに齢70を超えている」

「……あ」

 

 武にはターニャの印象が、あの目付きの鋭すぎる幼女姿で刷り込まれているが、実際はすでに老境の域に達しているのだ。

 

「原作知識?だったっけ。それで第五が発動したとしても2005年くらいまではこの世界でも生きていける。その頃には80前後よ? 他世界の知識があるというのなら、アメリカでそれなりの職に就いて、十分に大往生できるはずなのよ」

 

 今のBETA対戦に陥っているこの世界においてさえ、あたりまえに生きる程度であれば、ターニャは一般的には幸福な生活を約束されていたはずなのだ。

 

「ターニャ・デグレチャフの経歴は見たかしら? 軍に入るのはまだしも理解できる。キャリアパスとは少し意味合いが異なるけど、あの国においては今なお軍人というのは出世という意味では一つの最適解ではある」

 

 軍、それも高級士官ともなれば人脈としても強力であり、軍人上がりの政治家や企業家など、合衆国においては珍しいものではない。

 

「でもね、光線級が出現したら衰退するのを『知っている』はずの空軍に入ったのは、ディグニファイド12に選抜されるためとしか考えられない。そして『月は地獄だ』とまで言われることが判っているのに、わざわざ自ら向かったのよ」

 

 1959年に、国連は特務調査機関として「ディグニファイド12」を創設する。異星起源種とのコミュニケーションを目的として召集された12人は、当然ながらその多くは学者であった。が、ターニャは軍人としてそこに潜り込み、友好的接触を図ろうとする機関の基本方針とは真逆に、最初期から敵対存在であるとかもしれぬと警鐘を鳴らし続けたのだ。

 当時の合衆国での宇宙開発は空軍が主導していた。月に行くためには海でも陸でもダメだったのだろう。

 

「普通に考えれば、自殺行為よ。避けられる危険は避けて当然。生きて帰って来ていること自体、非常識だとまで言われているわ」

 

 そしてターニャ・デグレチャフはサクロボスコ事件から始まる第一次月面戦争を貧弱な装備で戦い抜き、月面帰りの超国家的思想集団たるルナリアンと呼ばれるような人脈を形成していく。

 

 

 

「そこまでして根回ししてやったのが反乱紛いの喀什への核攻撃よ。実現はされなかったとはいえ、それが成功していればどうなったと思う?」

「正直、口にしたい言葉ではないですが……最小の犠牲で最大の効果は挙げられたと思います。喀什周辺の核汚染だけで、ユーラシアは無事だったんじゃないかと」

「それはちょっと違うかもしれないわね。アンタはどうしても対BETA戦にのみ意識が行ってる」

 

 クスリと笑い、先ほどと同じく少しばかり解答を間違えたような生徒に対するような反応を返す。

 

「宇宙からの侵略とはいえ、中国国内に許可なく第三国が核攻撃するのよ? 中ソがそろって反発して第三次世界大戦、それも核兵器の相互使用が予測されるような大戦が勃発していてもおかしくないわね」

「あ」

 

 ――撃ってしまえばよかったのだ。それでこの大戦が防げたのに。

 

 そう言ってしまえるのは後知恵だ。

 それは、ユーラシアが墜ち総人口が10億程度となってしまった今だからこそ言える言葉なのだ。

 

 撃つべきだった、確かに武はそう思う。

 だがもし本当にあの時点でアメリカが中国国内に向けて、たとえそれがBETAなどという人類にとっての厄災以外の何物でもない存在だったとしても、おそらくは第三次大戦の引き金となったことは間違いない。

 

 

 

「そんな程度のことが、あの事務次官補に想像できなかったはずがない。これは良いわね?」

「え、ええ。そう、ですね」

 

「つまりは、ターニャ・デグレチャフという人物は、三次大戦が起こったとしてもBETAの地球落着を防ぎたかった。あるいは……」

「あるいは、対BETA戦は軌道上での迎撃を徹底させ、その横で自由主義と共産主義との三次大戦を画策していた、ですか」

 

 夕呼がどういう方向に話を持って行きたがっていたのか、ここに来てようやく武にも理解できた。結局、ターニャが優先しているのが対BETAなのか対共産主義なのか、夕呼でさえ判断し切れていない、ということなのだ。

 

「アンタの知るEX世界線ではソビエトは崩壊して、ロシアに戻ってるんだったっけ?」

「ええ。大国ではありますが、経済的には苦しいって教えられました。あと10年もしたら、アメリカと並んでるのはロシアじゃなくて中国じゃないかって話もありましたね」

「その10年後の世界を、『ターニャ・デグレチャフ』になる前の人物は知ってるのよ」

 

「……まさか共産主義国家として強大化する中国を危険視して、喀什への核攻撃を理由に大戦を勃発させ先に潰しておく予定だった、とかいう話ですか?」

「そこまでは言わないけど、そうなっても問題ではない、とは考えていたでしょうね」

 

 二人ともに、さすがにそれは陰謀論じみた考えだろう、と笑い飛ばすことも難しい。

 

「それにアンタのUL世界線でのレポートを見る限り、統一中華戦線は問題を抱えながらも何とか組織としての体裁は整えて、BETAとの戦いを続けてたのよね? この世界のそれとは比べようもないわね」

「中国側に、BETA大戦後の復興の機会を与えないため、でしょうか。国共合作を阻止しようと、何か介入はされていたようですけど」

 

 この世界における国共合作の成り立っていない統一中華戦線は、名前だけの連絡機関程度のものに過ぎない。

 座学で学んだ重慶防衛の経緯を見ても、ターニャが何らかの介入をしてきたことは明白だ。そしてそれは対BETA戦を優位に進めるためだけではなく、間違いなく中国共産党の国力を削ぐことも意図されていた。

 

「アンタがBETA大戦後の世界をどう考えてるかは知らないけど、間違いなくデグレチャフ事務次官補は、自らが思い描く世界像に向けて活動している。それを踏まえて、今後の対応を常に考えておきなさい」

 空になったカップを掲げ、話は終わりとばかりに今度は本物のコーヒーを催促する。

 

 

 

 

「俺も一杯ご相伴に預かりますよ」

「ふむ。良い香りですな。私にも一杯頂けるかね、白銀武」

 

 意識を切り替えるうえでも、せっかくの機会でもあるので自分用にもコーヒーを落とそうかと準備を始めたところ、部屋の片隅からいきなりに声をかけられる。

 

「って、ぅえっ?」

「はじめましてかな白銀武。私は微妙に怪しい者だ」

 トレンチコートにソフト帽という如何にもな格好は、武の知る人物そのものだが、さすがに心の準備のないままに傍に出現されれば、満足な対応もできない。

 

「失礼いたしました、鎧衣課長。ご子息の鎧衣尊人さんにはお世話になっております」

 少しばかり自分のペースに戻すためにも、少々慇懃無礼に挨拶を返す。

 深い付き合いがあるとは決して言えないが、この人と話し出すと無駄に長くなる、という程度には相手を理解している。そしてあまり鎧衣課長の相手をしていれば夕呼の機嫌が悪くなりそうなのは、この世界線でも同様のようだ。

 

「ソイツに出すコーヒーなんてないわよ。そっちの泥水注いでなさい」

「おや、それは残念ですな。せっかくのハワイ土産、香月博士に先にご賞味していただきたかったのですが」

 

 二人のやり取りを背後に、失礼いたしますと簡単に断りは入れたうえでコーヒーを淹れる作業に戻る

 

「ふむ。療養明けだという割には、良い肉の付き方だな。アフリカのとある部族では肉体を鍛え上げるために牛を持ち上げるとも聞くが……」

「そこまではしていませんよ。それは身体壊します」

 

 訓練制服の上からでも、身体付きは読めるようだ。あるいはそれさえもブラフという可能性も、この人物の場合はありうる。むしろ武の身体調書などはすべて把握されていると考えるべきだ。

 

 

 

「で、さっさとその泥水飲み込んで用件を言いなさい」

 少しばかり機嫌が上向いていた夕呼だったが、鎧衣課長の出現でその気配も吹き飛んだようだ。用件が無ければ引きずり出すとばかりに睨み付けている。

 

「このところ『月の後継者』あるいは『月の子供たち』などという興味深い言葉が各地で囁かれておりまして」

「なにその安直な名付けは? ケンカ売ってるのかしら」

 

 月の後継者。

 先日も少し耳にしたが、それが何を意味しているのかそして誰を指し示しているのか、武にも予想はつくものの断言するのは正直なところ気が引ける

 

「流石は聡明な香月博士、お気付きになられましたか」

「気付かないはずがないでしょ。それにしてもあたしがデグレチャフ事務次官補の庇護下に入った、いえ後継になるとでも言いたげね」

「そう判断する輩がいる、ということは事実ですな」

 

 鎧衣は、自身、引いては帝国情報省がそう考えているわけではない、と一応は予防線を張っている。

 ただ客観的に見れば、これまでは合衆国の出先機関であったかのようなJASRAが、第四計画と距離を詰めているのだ。日米間のみの話であれば協力関係の強化だと明るく考えることもできなくはないが、他国からしてみれば米国の一強化がまた進んでいるようにしか見えないのだろう。

 

 

 

 月面戦争から付き従う生粋の「ルナリアン」は生き残っている者であってもターニャ同様にもうかなりの高齢だ。もちろん年齢と経歴に見合った地位を保っている者も居るが、多くはすでに引退している。

 そしてユーロ戦線から続くターニャの築き上げた実績からルナリアン派閥とでも言えるような人脈は確実に各国に拡がっている。が、ターニャを継げるだけの人材がいなかった。

 かつての副官であったジョン・ウォーケンが存命であったならば、おそらくは彼がその位置に着いたのだろうが、既に故人である。たとえ同じ血筋とはいえ、今の副官のアルフレッド・ウォーケンではまだ実績が足りない。

 

「ああ面倒くさい。それでこのところ嫌がらせが増えてるって、ことね」

 

 第四には数が減りつつあるとはいえ、もともとは連隊規模の戦術機甲部隊が与えられている。

 逆にJASRAは原則的には事務方であり、配下には兵力はない。

 

 ――デグレチャフに兵を与えるな。

 

 それがかつて反乱じみた策を図られたアメリカ、また人民を磨り潰すような撤退戦を指揮されたユーロの、一つの総意だ。

 そもそもがターニャが極東アジア方面にこの15年ほど居座っているのは、英米の主戦場であるユーロ戦線から引きはがし、さらにターニャには直接戦力を与えない、という方針ができているからだった。

 

 ここに来ての第四への接近は、ターニャが最後に何かしようとしているのではないかという邪推と、後継者として香月夕呼が選ばれたのではないかという予測だ。

 

 

 

「もしかして鉄原でのG弾の無警告使用って……」

「香月博士への警鐘ではなく、事務次官補に向けたものかと」

 

 武にしても、帝国の目と鼻の先、朝鮮半島で無警告で使用されたために、第四への警告かと受け取ってしまっていた。が、そもそも現場にいたターニャへの警告であると鎧衣は判断している。

 

 そして今、ターニャの要望を受けて夕呼が鎧衣課長を通してまで、非公式の拝謁の機会を取り付けたのだ。たしかにこれは横から見れば、間違いなく香月夕呼がターニャ・デグレチャフの派閥に入ったと見られても当然である。

 

 

 

「では明日早朝、あらためてデグレチャフ事務次官補と白銀特務少尉をお迎えに参上いたしましょう」

「は? 明日、早朝……ですか? なにか予定がありましたか?」

「なに言ってるの白銀。アンタが言い出した会談よ。さっさと準備しておきなさい」

 

「え? 会談って、斯衛の皆様との、ですか?」

「そうに決まってるでしょ。そっちはそっちで準備があるでしょうから、さっさと出て行きなさい」

「明日、それも早朝からですかっ!?」

 

 想定していなかったわけではないが、最重要の会談がいきなり確定している。

 押し出されるように鎧衣課長ともども廊下に出されるが、何をあらためて用意しておくべきかと気が急くが、少し焦って考えが纏まらない。

 

 鎧衣課長から、こちらは土産だといつか見たモアイ像を手渡され、盗聴器は仕込んであると言われたものの満足に驚くことさえもできなかった。

 

 

 

 とりあえずは、何かと確認するためにハンガーに向かうしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 




デグさんの事情(の極一部)を知っている人間二人が横から眺めてみても、やっぱりキグルイ月面人の可能性が否定できないんじゃないかなぁ……みたいなところです。

そして書いててなんですがデグさんの場合、たぶん三次大戦が起こっていたとしても共産主義とBETAとの異種二方面作戦を平気で展開しそうな気がしないでもない……


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習練の結集

 207訓練小隊に割り当てられているハンガーは、規模的には特筆すべきところもないものだが、複数種の戦術機が並べられている上に、国連軍と斯衛との整備班とがそれぞれ独立して作業をこなすために非常に煩雑な印象がある。

 

 XM3という新機軸のOSの試験採用部隊という面が大きいため、ソフト的には各種の動作データ収集や、ハード面ではオーバーホールに近しいまでの各種パーツの疲労度確認など、この場にいる整備の皆がなすべきことは一般的な整備とはまた別の重責が掛かっている。

 前線とはまた違った緊張感が漂っているが、そこには新しく何かを作り出そうという熱気が篭っていた。

 

 

 

「で、何で就寝前の自由時間だってのに、みんなここにいるんだ?」

 

 夕食時には明日のシミュレータ訓練のための自習を自室で行うという話だったのだが、207Bの皆はなぜかそれぞれ自機の整備を手伝っていた。

 

「あははー何だがソワソワしてて、ゆっくりできなくて」

「基地の皆さんも、ね。最初PXで少し話そうかとも行ったんですけど、どこかしら緊張した雰囲気で……」

 

 尊人や壬姫が感じているのは、XM3トライアルの前のどこか浮ついた緊張感なのだろう。207Bにはトライアルの件は前日まで秘匿されたままに教導が続けられる予定なので、状況が判らないのは仕方がない。

 

「こんな雰囲気で部屋で明日の予習してるのも落ち着かないってことになって、こっちに来てたのよ」

「……走るよりも疲れるけどね」

「あなたねっ!?」

 千鶴もいい訳じみた言葉を紡ぐが、慧の半ば照れ隠しにはいつものように怒ってしまう。

 

 整備班の手伝い自体は、専門外ということでとくに推奨されているわけではないが、単純作業でも手伝えることがあるのならばと、禁止されているわけでもなかった。戦術機への理解が深まるという利点もあり、整備の邪魔にならない範囲であれば、と許可されていた。

 

 

 

「そういうタケルちゃんはこんな時間にどうしたの?」

「あ、ああ。俺も特に仕事というわけじゃないんだが、ちょっと確認しておきたいデータなんかもあってな」

 

 慧ではないが、走りこんで頭を空っぽにするのも普通ならば良いのだが、明日には斯衛へXM3の非公式な提示、そして煌武院悠陽の名を借りるための重要な会談が予定されている。疲れきった身体でその場の勢いだけで乗り切れるものではないはずだ。

 

「……まったくふしぜん」

「いや、俺だって書類仕事はこなしてるからな?」

 

 慧が心底珍しいものを見たとばかりに口を挟んでくるが、武とて教導補助という立場もあり、最低限の事務作業は処理している。けっして得意とは言わないが、UL世界線では任官後は千鶴ではなく武が小隊長を任命されていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 武が来たことで他の207Bの作業の手が止まってしまったこともあり、なにやら話が長くなりそうだとでも思ったのか、整備班長が気を利かせてハンガー横の作業テーブルを空けてくれる。

 それどころか、以前にターニャや武が差し入れた甘物とお茶まで用意してくれた。

 

(あ~明日帝都で何か買ってこなきゃマズいな)

 

 武は少しばかり恐縮していたが、皆がそれぞれに礼を告げ、手馴れた様子でノートなどを用意していくところを見るとこういうことは今日が初めてというわけでもなさそうだ。

 

「そういえば、俺がハンガーでこうやって話すのは、実は初めてか」

「白銀がいるのは、けっこうしんせん」

「白銀さん、なにかと忙しそうですからねー」

 

 以前の世界線の、訓練で処を同じくして過ごしていた日々を思い出すと、自らが選んだ立場とはいえ少しばかりは寂しく思う。

 

「整備の邪魔にならないんなら、こっちで寝泊りするくらいでもいいんだが、訓練兵だと時間がないからなぁ。まず第一に……」

「まずは何より体力だよね、タケルちゃん」

「そういうことだ。良く判ってきたじゃないか、鑑も」

 

「まだまだ、だよ。いろいろと足りないのが判ってきたくらい、かな」

 武がまっすぐに褒めると、相好を崩して笑うかと思ったが、純夏は記憶ではあまり見たことのないわずかに凛々しげな笑いで自らの力不足を告げる。

 

(やっぱり少しずつは違ってきてる……んだよな?)

 武にしても、最初は、以前の世界線で皆を失ったことを意識し続けるために、名前や渾名などでは呼ばないようにと気を使ってきた。が、いつしか皆を苗字で呼ぶことに慣れるどころか、違和感さえ抱かなくなっていた。

 

 

 

「あなたが指示する機動に着いていくには、基礎体力の向上は必須だとは判ってるわよ。なんなのよアレ、噴射跳躍の三秒後に地面に向けて噴射跳躍とか、並みの体力だとお腹千切れるわよ」

「アレはまさにごうもん」

 千鶴の言葉に珍しく慧が素直に同意している。その程度には厳しいようだ。

 

「あ~将来的には必須の挙動だから、慣れてくれ。というか鑑じゃないけど体力付けろ」

 

 光線級のほんの数秒の初期照射の間に、噴出跳躍により距離を稼ぎ、かつ他のBETAを盾とするため地表に戻る一連の機動だ。機動自体はコンボ選択で可能ではあるが、必要とされるタイミングを身に付けることと、それに耐えられるだけの体力は別に必要だ。

 

「アレはきついよーお昼食べた後の実機訓練ではやりたくないよ」

 おそらくは隊内でも一番体力のありそうな尊人であっても、上下方向に掛かるGがいきなり反転するのは苦しいようだ。

 壬姫にいたっては機動を思い出しただけで、顔を真っ青にしている。

 

 

 

「あの機動の意図も重要性も判らなくも無いゆえ、耐えられるようには精進は積ませてもらう」

 まだまだ苦しいがなとは言いながら、冥夜もなにやら決意を固めている。

 先ほどから普段以上に言葉少なく、他の皆とは少し距離を取っているような態度だったが、一人殻に篭っているわけでもなさそうだ。

 

「あれ? 俺ってあの機動の使いどころって説明してないよな?」

 光線級からは逃れられないという既存の固定概念に囚われないように、最重要の回避機動だということだけを伝えて繰り返し練習させてきたはずだ。

 

「光線級吶喊の際のみならず、光線属種の存在する戦域であっても、戦術機で飛べるようにする、そういうことであろう?」

「……ご推察のとおりです」

 

 BETAの種別説明と機動概念を考慮すれば予測はついた、とまで言われてしまう。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいっ! あなたたち、それ本気で言ってるの!?」

「光線級の事前照射、ある意味で照準だな。これが3秒ほどか? これと第三世代機の対レーザー蒸散塗膜と合わせれば、回避可能な時間は5秒以上はある。高度にもよるが地表を掃討して降り立つまでの余裕は無くもないな」

 

 千鶴が驚きのあまり立ち上がるが、冥夜は涼しげなものだ。繰り返し練習している機動の先を想定して説明を加えている。

 

「こういう言い方は嫌いだけど、あなたやっぱりおかしいわよ」

「……しろがねはへんたい。純然たる褒め言葉、だよ?」

「いや、まったく褒められてる気がしねぇ」

 

 説明したのは冥夜のはずだが、なぜか矛先が武に向かってきている。たしかに機動を考案したのも教練に組み込んでいるのも武なので、反論は難しい。

 

 

 

 

 

 

「まあちょうど良いわ。明日のシミュレータ訓練、あの提示された状況をどうやって解決するか、よ」

 

 意識を切り替えたのか、千鶴は落ち着いた素振りで話を戻す。そもそも就寝時間が近いこの時間まで集まっていたのは、明日の訓練をどう乗り越えるかを話し合うためだ。

 

 207Bの午前中のシミュレーション訓練は、実機では再現しにくいハイヴ侵攻や大規模戦を想定したものが主体となっている。ただハイヴ侵攻訓練では、既存のヴォールク・データを用いているわけではない。武が持ち込んだ喀什のデータを盛り込んだものだ。

 

 そしてある意味で「宿題」として今日言い渡されたのは、ハイヴ侵攻ではなく大規模防衛線の一翼を担うことを想定されたものだった。

 

 

 

「先行していた戦術機甲大隊が壊滅、臨時の防衛線を構築する。が、前方10キロの地点に小隊規模の生存部隊あり。大型種はいまだ確認されないものの後10~15分程度で、接触予定。生存部隊との間には、戦車級を主体とした小型種が300体ほど広がっている。我々に与えられているのは戦術機1個中隊12機……ここまではいいわね?」

 

 あらためて千鶴が状況設定を読み上げる。

 

「想定しやすいように、中隊のメンバーはお前たち6人と元207Aの連中、か。ただし、俺はいないけどなっ」

 やはり少しばかり疎外感は感じるものの、そこは仕方がないと無理やりに割り切る。

 

「あはははー白銀さんがいたら、独りで突貫して皆救い出してきちゃいそうだからね」

「いや珠瀬、ちょっと待て。それは俺でも無理だ」

 

「あと御剣も含め、機体は不知火とする。弾薬や燃料の充足率は7割、か」

 与えられた条件を口にしながら、さてどうすべきかと武も考え込む

 

 

 

「で、教導補佐のあなたに聞いて良いのか判らないけど、白銀ならどうするの?」

「俺が補佐として入ってるのは戦術機の機動面だけだから、な。戦術や指揮系統の座学に関しては答えても問題ねぇよ」

 

 そもそもが武が細かく口を出しているのは、戦術機の操縦面だ。このシミュレータ用の設定にしても、まりもが組み上げたもので武は関与していない。

 

「で、だ。いかに残存部隊救出のためとはいえ、下手に防衛線を崩して後方に危険をもたらすくらいならば、前方の四人は見殺しにする」

「却下よ。一応はそれも考えたけどね」

 

 一案ではあるが、と断りを入れた上で最悪の答えを言うが、千鶴が代表して切り捨ててくる。他の5人も同じ考えらしく、皆揃って頷いている。

 

「だろうな。今回の場合は防衛線に負担を掛けずに救出が可能なケースだ。時間的にも距離的にも、BETAの後続まで余裕がある。群がっている戦車級さえどうにかできれば問題は解決する」

 

 

「救出はしたい、よね」

「でも、防衛線の構築を第一義とするならば、中隊規模での突出は許可できない」

「見棄てる気?」

「まて。榊が言っているのはそういうことではないだろう。後ろには他に護るべき部隊が居るはずだ」

「そうだよねー防衛陣構築ってことは後ろに砲兵陣地とかがあるってことだよね」

「10キロって嫌な距離だよねぇ、飛んでいって帰ってくるってのはダメだよね」

「5キロまで近づく事が許可されれば、厳しい距離ですが撤退を支援する制圧射撃も可能です」

 

 ノートを広げテキスト捲りながらああだこうだと皆で言う合うものの、これと言って確実視できるような計画は立案できない。

 

 

 

(神宮寺教官が狙ってるのは、こういう話し合い、なんだろうな)

 

 指揮をする側にいつかは立つだろうとはいえ、207Bの6人は今はまだ訓練兵だ。が、まりもと武とは207Bへの教導には、小隊・中隊規模の指揮官訓練の一環を前倒しで座学に組み込み、シミュレータでも幾度か再現している。

 指揮する側の意図を理解することで、命令の意味を十全に捉え、適切な行動を取れるようにするためだ。

 

 207Bの教導は、時間的に余裕があるとはいえないが、けっして即席の教育を施しているわけではないのだ。

 

 

 

「しかし、前線で孤立し半壊した味方部隊の救出、か」

 活発に話し合いながらも解決策にたどり着かない皆を見ながら、武は問題となっている点を呟く。

 そして他の者たちならどうするのか、と考え込んでいく。

 

(デグレチャフ事務次官補殿なら、無能者どもと切り捨てるか、逆に生き残った有能な者たちとして救助に向かうか……駄目だ、それさえも判らねぇ)

 先ほど夕呼に言われた話ではないが、ターニャの思考の根本は外面からでは判断しにくい。なにやら本人の中では最適解が出来上がっているのかもしれないが、切り捨てるものが多すぎて、何を優先しているのかが見えてこないのだ。

 

「他の指揮官、たとえばウォーケン少佐や沙霧大尉、伊隅大尉ならどうなんだ? いや違うな、立場が中隊規模じゃねぇ……ってあれ? 何で手持ちの中隊だけで考えてるんだ?」

 

 武の知る、戦術機部隊の指揮官を思い出しながら、ふと思いついたことが口から漏れる。それこそが解法なのだと、閃いた。

 想定状況を読み直せ、と以前皆に言ったことを自分に言い聞かせながらに、考えを見直していく。

 

 

 

「なあ今のところ出ている案は、結局どういうものだ?」

「細かな差異はあれ、後衛が5キロ地点まで前進、そこからの支援砲撃を受けつつ、前衛で救出、という流れよ」

 

 武の問いに、千鶴が代表して答える。

 武自身も含め、配分する機体の数や後衛が前進する距離に細かな違いはあれど、大筋ではそのような考えだ。

 

「与えられた中隊のうち、どれだけの戦力を割り振るかで意見が食い違ってる、といったところだよな?」

「そうね、できる限り防衛線に穴は空けたくはないけど、小隊規模の生存機を救出するには、それなりの数を前に送りたい」

「タケルちゃんみたいに一機で突っ込んでいくーってのは絶対ナシだよ」

 

 皆が悩んでいる点を確認してみれば、結局はどれだけ少ない数で前に出ればいいかということだ。

 

 

 

 ちょっといいか、と皆の注意を集めて、気付いた点を話し始める。

 

「まずは俺を含めてだが、全員間違っているのは、だ。手持ちの中隊だけでどうにかしようというのが駄目なんだと思う」

「え? でも想定では戦術機一個中隊でって」

「戦術機一個中隊だけで防衛線構築してるわけじゃないだろ、榊?」

 

「ああっ、武が言いたいのって、所属する大隊に話を通せってことだよね?」

「……状況想定を読めって話?」

「二人のいうとおりだ。動き出す前に大隊長に一言入れるだけで状況がかなり楽になる、かもしれない」

 

 あくまで仮定の話だ。

 ただ、もし防衛線の絶対死守が再度命じられれば、そもそも救出に向かうための戦力配分を考える必要も無くなる。

 

「意見具申しろってことかしら?」

「大隊長ってのはまあ権限が大きくてな。割と無理が利く。防衛線を少しばかり前に出すくらいなら、なんとかなるだろう」

 

 想定状況は、おそらくは後方の砲兵部隊の援護も兼ねての防衛線構築。ここに先行していた大隊の残存部隊の存在を確認し、救出が可能かどうかというのが判断の一つ目。

 二つ目が今まで皆が悩んでいた戦力配分。一見すると重要だが、実戦であればほんの数秒で判断せねばならない点だ。本来ならば考え込むような問題ではない。

 三つ目こそが重要なのだろう。まりもが仕組んだのは、上位の指揮官がどのような判断を下してくるか考えろ、という面だ。

 

 

 

「……防衛線の構築を兼ねて、大隊全隊を初期の想定よりも前方3キロ程度まで押し上げて貰う?」

「それだけ前に出ていいなら、支援射撃も当てやすいですね」

「5キロ超えで的確に当てられるのは珠瀬くらいのものでしょうが、撤退支援も考えれば十分ね」

「時間的余裕が無いから、手持ちの中隊からは前衛を1個分隊先行させておけばいいよね?」

「独断専行って怒られないかなぁ……でも大丈夫だよね?」

 

 再び議論が活発になるが、やはり冥夜は身を引いている。

 他の皆も冥夜の様子には気が付いているようだが、踏み込むべきか先送りにすべきか判断しあぐねている。

 

 

 

「ねえ御剣。参考程度に聞きたいんだけど、もし武御雷であれば、どういう手段を採るの?」

 武が口を挟むよりも先に、千鶴が冥夜に話を振る。

 隊内の問題は話し合え、という教えを忠実に守っているようだ。

 

「ふむ。今私が貸与されている機体であれば、という話に限定するが、良いか?」

「……それは不知火や吹雪では不可能な可能性がある、ということかしら?」

 話に乗ってきてくれたことには喜んでいるのだろうが、返ってきた答えのズレに、千鶴の反応も遅れる。

 

「うむ。間違いなく無理だ。いや熟練の衛士、それこそ神宮寺教官のような方であればこなしてしまうかもしれんが……」

 

 冥夜が提示した、武御雷を使っての作戦は非常にシンプルだ。

 二機の武御雷による分隊で、対地高度10以下を維持し、小型種を文字通りの意味で蹴散らしつつ、救出すべき地点までただまっすぐに飛ぶ。

 

「撤退時の経路確保という面もあるため、孤立している小隊のところまで上空を飛んでいく、という手段は取れんな。先ほどの回避機動の話ではないが、加速度的にはたとえ光線級警報が出ているような状況下でも、事前照射の内に届くのだが」

 

 10キロであれば、武御雷、それもR型の跳躍ユニットの出力であれば高度ゼロ・速度ゼロからであってもさほど時間を要さない。たとえ着地エリアの掃討に手間取ることを考慮しても、途中に一度足を着ける程度で済む。

 

 

 

「対地高度10って……3メートルじゃないっ!?」

「……いま白銀みたいなヘンな数字が聞こえた」

「武御雷は全身各所にカーボンブレードが装備されているが、爪先部分にもあってな。小型種であれば、匍匐飛行中に斬り開ける」

 

 あまりに非常識な高度設定に千鶴が再び飛び上がるように立ち上がるが、他の戦術機では難しいというのはそういうことだ、と冥夜はあっさりと答える。

 

「白銀。実機訓練で、まさかそんな無茶してるわけじゃないわよね? 一歩間違えれば、地表に激突するじゃないの」

「いや、だから。一歩間違えないための訓練だよ。それに少々の障害物であれば、つんのめるようなこともなく切り裂くぞ」

 

 武御雷はけっこう特殊なんだよ、と武としてもそうとしか言いようがない部分がある。

 帝国の戦術機は近接格闘にも重点が置かれているとはいえ、武御雷ほど近接戦闘に特化していない。そもそも爪先にブレードなど仕込んだとしても、一般の衛士が使いこなせるものでもない。

 

 

 

「聞いてなんだけど、武御雷での運用はあまり参考にできそうには無いわね」

「吹雪や不知火とは似て異なる運用方法だからな。何度も言うが近接戦闘はできる限り避けるようにしろよ。特に彩峰、銃剣付いてるからってわざわざ前に出る必要なんてないんだからな」

「……ふるふる」

 

 午前のシミュレータ終了後にも指摘した問題点をもう一度軽く注意しておく。スリング付きの支援突撃砲などはリロード時間も短縮しており良い方向に効果が現れているのだが、突撃砲に銃剣が付いてしまったためか前衛思考の慧や冥夜などは、十分な射撃距離があるのに接近戦を挑むことが増えてしまっていた。

 

「はいはい、その辺りの反省も含めて私たちはもう戻って今の話を纏めるわ。白銀は自分の仕事に戻りなさい」

「りょーかいっ、榊分隊長殿」

 

 教導以外では、武は千鶴の分隊員である。少しばかり砕けた態度で敬礼しておく。

 それが気に障ったというわけでもなさそうだが、最後に一つ、千鶴は命令を下して席を立った。

 

 

 

「あと御剣は、白銀ともう少し話しておきなさい」

「っな!?」

 武以上に、冥夜が慌て、なにか反論しそうになるが言葉が出てこないようだ。

 

 

 

「分隊長命令よ、これは。明日までには、しゃきっとしなさい」

 

 

 

 

 

 

 




会談前の日常というか冥夜さん関連の話になるはずが、ダラダラ書いてたらそこまで行かなかった……といいますか、たまには?207Bの進捗を書かねば~とか考えたらこんな感じで。何気に指揮官教育の下準備を仕込んでますよーといったところです。

次こそは冥夜さん予定。


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廉直の静謐

 分隊長命令という千鶴の遠まわしの気遣いとともに、ハンガーに武と冥夜の二人を残し、他の207Bの皆は部屋へと戻っていった。

 

 一見、冥夜の問題から眼を逸らしたかのようにも思える千鶴の態度だが、解決できるのが武しかいないと判断した上でのことだろう。

 

「なにやら俺に問題解決が押し付けられた、といったところか?」

「ふふふ……皆には気を使われてしまった、な」

「今のは気遣いというか、アレだな。以前の失敗を繰り返したくないんだろ。ま、それが判ってるなら、後で一言伝えておけよ?」

 

 それぞれの立場を壁にして、隊内の個々人の問題に眼を背けあった結果が、一回目の総戦技演習の失敗だ。

 

 冥夜自身から問題を口にしない以上、千鶴だけでなく他の皆も何に悩んでいるのかは知りようがないが、部隊員の問題から距離を取ることは止めたようだ。ただ闇雲に問い質してくるのではなく、説明できるようになるまでの余裕を作ってくれたとも、見れる。

 

 

 

「このままここで話を続けるってのもアレだな」

 斯衛から派遣されている整備の者たちが今からする話を漏れ聞いたとしても、不用意に広めるようなことはないとは思うものの、要らぬ心配事を増やすこともない。

 

 今の時間の護衛は真那一人だと確認し、目線で軽く挨拶だけはしておく。

 少し風にでも当たるかと、冥夜を連れてハンガーを出る。

 

「とは言うものの、PXでする話でも無しとなると、あそこか」

「私は聞かれて困る話をするつもりはないぞ」

「俺が聞かれると困る話をしそうだからな。月詠中尉には少しばかり迷惑を掛けることになるが、これも任務のうちと飲み込んでもらうさ」

 

 冥夜が何に悩んでいるのか、千鶴たちとは異なり、武にはそれなりに推測できる。そしてそれに合わせて今から武が話そうとすることは、周囲に聞かせてよい内容ではない。

 

 

 

「まあ、すぐそこだ。ちょっと付き合ってくれ」

 そう言って武は先に歩き出す。二人ともに口数も少なく、どうしても足早になる。おかげで思っていたよりも早く着いた場所は、校舎裏の丘だ。

 

「ほう、このような場所があったのか」

「別に敷地外ってわけでもないんだがな。少しばかり離れてることもあって、物好きでもなけりゃわざわざ来ねぇよ」

 

 そういえば誰にここを教えてもらったのか、今となっては思い出すこともない。

 

 EX世界線では何かと学校の伝説的な噂話には事欠かなかった場所ではあるが、こちらではそういう話は聞いていない。探せばいくらでも出てくるようなありふれた噂話もあるのだろうが、武にせよ冥夜にせよ他の訓練兵とはまったくと言っていいほどに接触がないために、そういった話には疎い。

 

 

 

「なんだかんだで街は明るいな。石油発電ってまだ大丈夫なのか」

 この世界線で目覚めた日にも夕呼と霞、そして冥夜を伴って夜の柊町を正門前から眺めたが、その日と同じく街には人々の生活の明かりが灯されていた。武の知るBETAに蹂躙され、そしてG弾によって破壊されつくした街並みとは異なり、かつてのEX世界線で過ごしていたかのような夜景が見渡せる。

 

「ん? 80年代の石油危機の話か?」

「ああ。今原油ってどうなってたかな、と。ふと思い出してな」

 

 UL世界線などでは、中近東の産油地帯が完全にBETA支配地域下であり、原油生産量は非常に限定されたものだった。石油系の内燃機関の使用制限なども含め、電力供給さえ覚束ないという話を聞いたような記憶もある。

 

「アンバールハイヴが作られアラビア中東が陥落したときには原油不足が予測されて、一時期は電力供給にも不安が出たというな。そのため灯火管制までしかれそうになったと聞くが、私たちが物心付く前の話だろう」

 何を当たり前のことを、と怪訝そうに冥夜が見つめてくる。

 

「ああ……そういえばアメリカのほうが何か、新しい石油を見つけたか何かだったな」

「シェールオイルだな。新しいというわけではないぞ。ただ、かつては採掘困難だとされていたらしいが、昨今では普通に生成されているらしい」

 アメリカが生産する石油があってようやく人類は戦い続けられている、と冥夜が続ける。

 

(そういえば、本来って言い方もアレだが、事務次官補に言わせれば21世紀に入らないとできなかった技術だって話だったな)

 

 変更可能な事例と不可能なものとの話で、ターニャが介入して成功したものの一つだったはずだ。少なくともガソリン自動車の所有などが制限されない程度には、石油の生産量には問題が無いらしい。

 

「まったくアメリカ様々だな」

「依存のしすぎには気をつけねばならぬが、今のBETAとの戦いにかの国が無ければ、人類は一年と持つまい」

「頼りすぎるわけにはいかないが、頼らなければ生活さえ危うい、か」

 

 武にしてもアメリカが正義だなどとは決して思わないが、アメリカの意向を無視して戦えるはずが無いという程度のことは理解している。

 

 

 

「しかし生活といえば、そなた休日にも実家には戻らぬのか?」

「戻っても誰も居ないからな。親父たちは東南アジアのほうらしいし」

 

 そういえば、この世界線の両親のことも調べておかなければ、といつも先送りにしていたことを思い出す。記憶障害という言い訳があるとはいえ、これほどまでに無関心では逆に訝しがられそうだ。

 

「俺の記憶、そうだな記憶障害みたいなものについては、落ち着いたら話す。ってこれ前にも言ったな」

「感情のすり合わせ、だったか? そうだな。なにやら私と鑑には話さねばならぬことがある、そういう風には見て取れたな」

「見過ごされてた、か。鑑のほうも、どうせ感づいてるんだろうな」

「彼の者は、人の心の機微に聡いからな。それでも直接そなたに問いたださぬのは、あの者なりの気遣いなのであろう」

 

 純夏に対して何か隔意でもあるのかと、口には出さないが、冥夜のその目線が雄弁に問いかけてくる。

 ただいまだに武には、それに応えられるだけの区切りができていない。

 

 

 

 

 

 

「俺自身の話はまた今度にしておくか。で、そっちがうだうだと思い悩んでいるのは、午後のシミュレータ訓練……じゃねぇな。篁中尉の態度か」

「ふふ……あの場に居たそなたには誤魔化しようがないな。そのとおりだ」

 

 時間があればもう少し状況を整えながらに、穏やかに切り出すことができたかもしれないが、その時間があまりにも足りない。

 

 大きく見れば、武の持つ喀什の情報が有効に活用できるまでの期限。それに伴う第五を牽制可能な時間的上限。帝国周辺に限っても、年内にはBETAの九州侵攻が予想されている。

 

 身近なところでは、明日の会談如何によっては、武が想定しているように冥夜たち207Bは11月末を待たずに任官される。そして任官してしまえば、御剣冥夜は、自由意志など無いかのように、否応無く各組織の力関係で動かされることになる。

 

 本人の意思を問うのは、もう今この時しかなかった。

 

「私自身は御剣の者だと確信しているのだが、なかなかに周囲の認識は厳しいな。篁の次期当主とされる方にもあのように振舞われてしまわれるとは」

 気に病んでも仕方がないのだが、と口ではそう言うものの冥夜の顔色は優れない。

 

 それを気遣うことは今の武には許されることではなかった。

 誰よりも武自身が、冥夜を追い詰めようとしているのだ。

 

 

 

「なあ、御剣。お前が国連軍衛士として任官したとして、前線に出て戦えるか?」

「無論だ。そなた、何を当然のことを問うのだ? 我らは力なき民草を護る為に、この非常時これほどまでに金銭や労力を投入してまで鍛え上げられておるのだぞ」

 

 何を当たり前のことを聞くのだとばかりに、冥夜は少し呆れたように答える。

 その言葉のとおり、衛士の育成には金が掛かる。そして冥夜たちに限らず第207衛士訓練部隊は第四計画直轄のA-01への配属が確定していたために、通常よりもさらに多数のコストを掛けられている。

 特別扱いされていることを自覚している冥夜にすれば、与えられた以上のものを返そうとするのは当然のことだった。

 

「そうだな。その上でもうひとつ条件を足すぞ、いいか?」

「そなたにしては迂遠だな。何かあるのか?」

 

「このままあの紫の武御雷を駆って、常に前線で戦い続ける意思はあるか? 御剣冥夜にそこまでの覚悟ができているのか?」

「っ!?」

 

 問われた意味を悟り、冥夜は文字通り絶句する。

 

「い、いや、待て。あの武御雷は新型OSのデータ取りのために、あくまで一時的に、私に貸与されているのに過ぎないのでは……」

「月詠中尉から聞かされてないのか? あれは御剣冥夜のために、かのお方が手ずからご用意されたもの、だ」

「そ、れは、月詠の言葉の綾、ではない……のだろうな。そなたまでがそう言うのであれば」

 

 

 

 冥夜は一つ大きく息をつき、どこか遠く、おそらくは帝都のほうへと視線を送る。

 

「正直に答えよう。今までそこまでのことを自覚しておらなんだ。月詠たちのみならず、そなたにも甘えておったな、許すが良い」

「許しを請うなら俺じゃなくて月詠中尉に対して、だな。俺は俺の目的もあって、御剣の武御雷を国連軍への持込む際に、便乗した形だからだな」

 

 黒の武御雷を用意しろと言い出したのはターニャだが、それを好機と思ったのは間違いなく武自身だ。

 

「しかし、国連軍で武御雷を運用できるのか? そもそも不可能だと思い、我らが任官の暁には殿下、いや斯衛にお返しするものだとばかりと、疑問にも思わなかったのだが」

「お前の意思がしっかりと固まっているのであれば、あの武御雷に乗り続けることにはなる、と考えてる。配属的にはかなりギリギリのところではあるが、国連軍のままになる、とは思う」

 まだ未定どころか妄想に近いが、と前置きした上で武は続ける。

 

「個人的感情だけで言わせて貰えば、正直なところは衛士として戦えるのであれば所属には拘らぬ」

 冥夜にしてみれば、戦うことで国や民になにかを返すことができるのであれば、階級や地位、そして搭乗機などを選り好むつもりなどない。

 

 

 

「だが篁中尉のご様子などから考慮すれば、私が斯衛に直接所属することがなくとも、それもかの武御雷を駆ることになれば、要らぬ騒動を巻き起こすだけではないのか?」

「いやはや御剣訓練兵は、ご自身の問題が実感できているようで何よりだ」

 

 少しばかりわざとらし過ぎたかとは思いながらも、ターニャをどこか真似るように、武はあえて軽い話のように笑ってみせる。

 が、すぐさまに表情を引き締め、本題に入る。

 

「まあ、お前があの武御雷を駆るという意味は、俺がとやかく言う以上に御剣には判ってると思う。その上で、お前には任官した後も在日国連軍衛士として、あの武御雷には乗り続けてもらいたい」

「ふむ……そなたの意図が掴みきれぬ話だな。私に立場を偽れ、という単純な話ではないようだが」

 

 

 

 

 

 

「簡単に言ってしまえば、お前の名前どおりの道を押し付けるってことだ」

 先ほどの冥夜以上に大きく息をつき、武は本題を切り出す。

 

 そう口に出したことで浮かんでしまったのは、いつかどこかの武の記憶だ。

 「煌武院悠陽」の傍に立つ、斯衛の黒を纏った己の姿を、思い出してしまった。それを打ち消すためにも、武はさらに言葉を紡ぐ。

 

「御剣冥夜には完全に影になってもらう」

「それはそなた、いや国連軍あるいは香月副司令からの命か?」

「命令なら従うって顔じゃないぞ、御剣。それに俺も夕呼先生も、そんな命令が出せる立場じゃない」

 

「命令ではないとはいえ、任官後にかの武御雷以外の機体を用意しない、となれば同じではないか」

 武の言葉の穴をすぐさまに指摘してくる。

 第四計画に関係しない範囲であっても、夕呼の副司令という立場があれば、よほどの無理でも通すことは可能だ。

 

「そうだな。それは否定しない。だから、だ。お前自身の覚悟を問うてる」

「かの方の影となるのに否は無い。だが、なぜそれが私がかの武御雷を駆ることに繋がるのだ」

 

 冥夜自身、悠陽の影武者になることには躊躇いはない。

 心底不思議そうに聞いてくるのは、それが武御雷に乗ることとどう関係するのかが、見当が付かないからだ。

 

 

 

「影、という言い方が判りにくいか」

 どういえば伝わりやすいのかと考え込んだものの、結局ターニャや夕呼にしたような時代劇の例えを出して、冥夜に説明する。

 

「……なるほど。私が御剣冥夜だとどれほどに名乗っても、周りはそうは捉えない、ということか」

「篁中尉がいい例だな。かのお方のお姿を知っている者ほど、お前を御剣冥夜だとは受け入れられなくなる。紫の武御雷を駆っていれば余計にそうなる」

 

 直接前線に立つことが難しい悠陽の代わりに、常に先陣を切り、兵を鼓舞し続けることを期待している、と武は言う。

 そして、すべての功績は実行した冥夜ではなく、ただ隠れていた悠陽のものとなるのだ、と。

 

 

 

「しかしそれは私が、あのお方の名を騙る、ということか?」

 悠陽の名を汚すつもりかといわんばかりに、殺気を篭めて睨みつけてくる。

 

(まったく。自分の名が一切表に出ないことになるってところには、一欠けらの躊躇いもないんだよなぁ)

 

「いや、お前はそのまま国連軍所属の御剣冥夜、のままだ。兵には勝手に誤解してもらう」

「共に戦う皆を謀る、というのかそなたは」

 どちらにせよ誰かを騙すのではないかと、和らいだとはいえ非難を含む視線で武を見やる。

 

「騙すといえば騙すんだがなぁ……まあ皆が幸せになれる嘘、とでも言うべきか」

 さてどう説明すべきか、と頭を捻る。

 

(いや、ある意味で明日の予行演習といえなくもない、か。御剣一人を説得できずに、第四への協力を斯衛から取り付けられるはずもないな)

 

 誰かを騙す、というところで冥夜には拒否感があるようだが、武の話を頭ごなしに否定してきているわけではない。必要なこととまでは言い切れないが、全体としては納得できる理由を探しているようにも見える。

 

 

 

 

 

 

「まずは、だ。帝国が前線国家になるまでに、もうそれほどの余裕はない。そこは理解してるよな?」

「そう……だな。半島からの撤退が進む今、そう遠くない未来には九州が戦地となろう」

「そう遠くない未来……か」

 

 冥夜は武ほどには正確な情報を得ていないはずだが、市井のニュースなどからでも予測程度は立てられる。ただ、明確な日時を口に出せるほどではなさそうだ。

 

「下手をすると年内、遅くとも来年の春までには、九州への大規模侵攻がある」

「っ!? それほどまでに早い、と副司令はお考えなのか」

「違う。夕呼先生が想定してるとか予測してるとか、そういう話じゃない。ほぼ確定された未来だ」

 

 冥夜に緊張感がない、ということではない。

 もはや帝国が前線だという意識が、軍の中でさえいまだに形作られていないのだ。

 

「で、だな。お前一人が悪いってんじゃない、おそらくはこの国の大多数が、まだ帝国には時間の余裕があると考えてると、俺は思う。そんな余裕、どこにもないんだがな」

 

 直接的な戦闘経験を積み上げている大陸派遣軍や海軍であればまだしも、帝国を守護する主力となるはずの本土軍の動きが鈍い。

 

 

 

「そんな状況で、だ。陸上戦力だけでさえ、陸軍の大陸派遣軍に本土軍と、帝国軍参謀本部直轄の本土防衛軍、そこに斯衛とさらには在日アメリカ軍に俺たち国連軍ざっと陸軍だけでもこれだけの寄り合い所帯だ。陸海の連携どころじゃない。今のままじゃあ参謀本部が纏め上げる間もなく、九州を落とされる可能性さえある」

 

 本来であれば、陸・海・宙の三軍を統括する帝国軍参謀本部には、他三軍の参謀本部の統括する権限がある。だが武の知る世界線の状況とは異なり、大陸派遣軍が戦力を維持している現状、逆に帝国軍参謀本部に権限が収束しきれていないようなのだ。

 

「そこまで腑抜け、あ、いや……」

「言いたいことは判る。が、極東戦線が他の地域と比べて、順当に防衛できていた弊害、とは言いたくないが、どうしてもまだ事態を甘く見ているようには思える」

「耳が痛いな」

 

 普通の兵であれば間違いなく雲の上の話と聞き流すところであろうが、冥夜にしてみれば理解していて当然の領域なのだろう。自身の不甲斐なさと合わせて、自戒としている。

 

 冥夜がそういった上の立場から事態を見渡せていることを確認したうえで、武は話を続ける。

 

 

 

「今のままで九州の防衛なんてことになれば、間違いなく末端の兵士だけじゃない、誰もが浮き足立ち、十全な態勢で迎え撃つことは難しい」

 

 以前の世界線で、たとえ台風の影響で初動に問題があったとはいえ、一週間で九州から中国、四国地方まで侵攻を許したのは、帝国の皆が虚を突かれたとしか言いようがない。

 

「そんなときに、だ。王や貴族といった『上に立つ者』が前線にいるというだけで、とりあえずは纏まる。兵の士気も上がるんだよ、あくまでそれなりにではあるが」

 

 御伽噺だと笑ってもいいが、象徴たる者が前に立つ、人はそれだけで安心できる。

 

 

 

「あとはまあ、ユーロやアフリカの王家なんかから衛士が出てるのに、帝国は出してないって言うちょっとした批判は避けられる」

「いや、私はだなっ」

「はいはい、御剣冥夜は御剣家の次期当主、ただそれだけだと言いたいんだろうが、ちょっと待て」

 自身は将軍家とは何の縁もないと言い出しそうになる冥夜を、簡単に武は押しとどめる。

 

「国内向けというか、武家向きの言い訳はこの場合不要だぞ、御剣。どうせ諸外国のその筋にはお前の血筋なんて隠しようがない」

「それはそうやも知れぬが……」

「そういったやんごとなきお方のところは、似たような因習もあるからわざわざ表立って口を出してくることもない、はずだ」

 

 実際のところ、武には諸国の王室の意図など知りようがない。だがそれほど大きく間違っていることは無いはずだ。

 

 

 

「つまりだ。私が『国連軍衛士』の『御剣冥夜』としてこの武御雷を駆って先陣を切ることで、兵の士気は高められ、且つ日本は諸外国にそれなりの面子を保つことができる、と言いたいのだな」

「そういうことだ。問題は、お前の気持ちひとつ、だな」

「この身が国と民のためになるならば、いかような処遇でも受け入れると、先にも申したぞ」

 

 最悪、御剣家は断絶という可能性があることさえ、冥夜は予測した上で武の企みに加担することを誓う。

 

「しかしそうであれば、かのお方の名を汚さぬように、明日以降の教練は今まで以上に気を引き締めねばならぬな」

「無茶なことはするなよ? 何気にお前は自己管理が下手だからな」

 

 冥夜がゲームガイで徹夜していたことをふと思い出してしまう。悠陽のためとなれば、それこそ寝食を忘れて鍛錬に励みそうだ。

 

 

 

「そのような心配は無用だ。ただ、な。それでも判らぬのは、先の問いでもあるが、これは香月副指令の命なのか?」

 今回の話が夕呼が計画するようなものではないというのは、冥夜にも予測できるようで再び聞いてくる。

 

「夕呼先生の許諾は取ってるけど、言い出したのは俺だ。そもそもが俺の個人的な我侭みたいなもんなんだよ」

「ますます判らぬな。そなたは政治的な意図なく、このようなことを企てたとでも申すのか?」

 先ほどまでの睨みつけるような視線ではなく、武の真意を問うために言葉を重ねてきた。

 

「政治的というよりは、さっきも言ったように軍事レベルでの意図はあるぞ? 兵士の士気は大切だからな。それに政治的にはむしろ下手をすると余計に混乱するというのは考えなくもなかったんだが、そのあたりを含めての、俺個人の我侭だな」

 

 冥夜を悠陽の偽装に使えば、将軍の政治利用だと言い立ててくるであろう者たちがいることは、確実視している。それが今後の混乱の元となることも、だ。

 

 

 

「わかった。この身の使いよう、そなたに任すと申したのだ。私は何一つ知らぬ素振りで一国連軍仕官として、かの武御雷に恥じぬ衛士となろう」

 

 どこか割り切ったかのような清々しい笑みで、あらためて冥夜は誓う。

 

「助かる。いやまったく、お前の心配事を解消するはずが、俺の問題を押し付けてしまって、ホントに悪い」

「なに気にするでない。私の心配事とやらがいかに矮小であったか気付かされた思いだ。むしろそなたに感謝を」

「……その言葉は今しばらく取っておいてくれ」

 

 

 

 感謝を受け入れるのは、悠陽と冥夜とが何にも隔てられずに言葉を交わせるようになった時だと、武は口には出さずに冥夜に誓う。

 

 

 

 

 

 

 




冥夜さん関連の話のようでなぜか半分世界説明な気がしてきました。おかげでヘンに文字数増えてます、個人的比較で。次こそ会談のはず。

あと34話ではトライアルの日時を「明日」と書いてしまいましたが、2001/11/18あたりの週末予定です。修正しています。


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邪径の払底 01/11/13

(俺が言い出したことだけど、早すぎないか?)

 XM3の公開トライアルをする前に事前に鎧衣課長経由でできれば殿下に拝謁、少なくとも斯衛の関係者には会いたいと武が言い出してから、それほど日時は過ぎていない。

 

 予告されていたとはいえ心の準備が整っているとは言いにくい。

 今朝もターニャとウォーケンに付き添われつつ、鎧衣課長に車に押し込まれる。この面子では車内では会話が弾むということもなく到着してしまう。武が何をどうするべきかと悩んでいるうちに、気が付いたら会談の場に列席していた。

 

 昨日、夕呼から伝えられたターニャへの疑惑も晴れぬままに、だ。

 

 

 

(で、どーするんだよ、この面子の前で)

 非公式ということで略式の間に通されたが、本来ならば元枢府の会議になりかねないほどの人々が集まってきている。

 震えそうになる身体を何とか抑えておくだけで、武には精いっぱいだ。以前の世界線の「白銀武」並の傍若無人さが自分にもあれば、と有りえないことを願ってしまう。

 

 確かに武の要望で作ってもらった、貴重な機会だ。

 トップから説得してもらう方が確実だからと、できれば煌武院悠陽あるいは紅蓮醍三郎大将との会談を望んだのは間違いない。

 少なくとも五摂家当主に近しい方のどなたかを、とも言った。

 

 誰か一人に会えれば御の字程度だったのだ。まさかそれがほぼすべて適うとは、武はまったく考えていなかった。

 

 五摂家の当主としては半数以上が、今この場にいる。

 煌武院悠陽をはじめ、斑鳩崇継に崇宰恭子。

 斯衛の関係者としても、流石に神野志虞摩上級大将の姿はないが、トップともいえる紅蓮醍三郎大将が列席している。

 そして第壱開発局副部長の巌谷榮二中佐。

 

 傍仕えなどは、唯一煌武院家に仕える月詠真耶だけだ。

 鎧衣は控えてはいるものの、席には着いていない。この集まりにおいては発言権はないものとして振る舞うつもりのようだ。

 

 そこにターニャ・デグレチャフ事務次官補と、その副官たるウォーケン少佐。最後にオマケのように白銀武である。

 席に着いておきながら落ち着けないのは、自分がまったくの場違いだということを、武本人が一番よく理解しているからだ。

 

 真耶にしても巌谷にしても事前に連絡が行っているようで、武の存在には表立っては異議を唱えないが、顔に疑惑の色が出てしまうのは仕方がないことだろう。

 

(こっちの月詠さんに切り捨てられなかっただけでも奇跡だよなぁ)

 第四計画総責任者の代理とはいえ、将軍の同席をも要求しながら、やって来たのが20才未満のそれも正式に任官もしていない特務少尉というのは、常識にも礼節にも外れすぎている。

 さすがに普段の白の訓練兵制服ではなく、直前に渡された少尉の階級章と共に黒の国連軍C型軍装とに身を包んでいるものの、本来であれば尉官程度が列席できる場ではない。

 

 ターニャが居なければ、門前払いされていても当然だ。が、そのターニャでさえ、この集まりにおいては付き添い以上の意味合いは薄い。

 

 主役は白銀武と、煌武院悠陽だ。

 

 

 

 

 

 

 武が慌てているうちにウォーケンの挨拶が終わってしまい、なんとか武も挨拶を口にした、はずだ。無礼を咎められずに、ターニャが朗らかに会話を続けているところを見ると、記憶が飛んでいる気もするが、一応は問題なかったらしい。

 

「デグレチャフ事務次官補には、公的にお会いしたいと考えておりましたが、このような形となり、少しばかり残念ですね」

「いえ、こちらのご無理を聞いていただき誠にありがとうございます、殿下。それに五摂家のお二方にまでお時間を取らせてしまい、恐縮ですな」

 

 実権はないに等しいとはいえ、一国のトップともいえる政威大将軍を前にしてのターニャの普段とまったく変わらぬ振る舞いに、武もようやく周りが見渡せるようになる。幼女姿のターニャの一見すると異様な落ち着き具合と、それを受け入れてしまっている周囲の様子を目の当たりにすると、自分の緊張など些末なことに思えてきたのだ。

 

「ご壮健のようで何よりです、デグレチャフ事務次官補」

「彼の折にはご挨拶も出来ずに申し訳ありませんでした、崇宰殿」

「いや、そのお姿ですと、ご壮健というのは……申しわけない」

「ああ、お気になさらず。以前よりも健康なくらいですので。少々背が縮んだのが不満なだけですな」

 

 崇宰恭子とは先日会っていたということもあり、ターニャとの会話はそれなりに弾む。ただターニャは軽く笑っているのだが、どこまで自虐なのかこの場の誰もが判断しかねている空気ではある。

 

「斑鳩殿にも、お会いできて光栄です」

「いやはや、面白い話が聞けるということで楽しみにしておりましたよ」

 斑鳩崇継は、本心はともかく、その言葉通りに朗らかに笑っている。そして崇継と紅蓮の二人は初対面ということもあり、聞き役に徹する腹積もりのようで、気持ち身体を下げていた。

 

 

 

「さて、お忙しい皆様のお時間を、虚飾に満ちた挨拶で潰すのも本意ではございませんので、本題に入りたいと思います。が……」

 挨拶などはそこそこに、ターニャが率先して話を始めていく。最初は任せておけと言われているので、武も口は挟まない。

 

「巌谷中佐、先に話しておこう。今回集まっていただいた新型OS、XM3の件とは直接関係が無いのだがね。そちらで開発中の電磁投射砲、試製99型だったか? あれの実戦テストはしばらくの間止めてもらいたい」

「……は?」

 

 これほどの重鎮が集まっていながら、ターニャが最初に切り込んだのは、巌谷だった。

 提案ではなく命令として伝えられる。非公式の会談とはいえ、かなり異例だ。

 巌谷にしても、いきなりの話に虚を突かれたようで、反応が遅れる。内容に関しても、すぐさまに頷ける話でもない。

 

「理由については……そうだな、もうしばらくすれば正式に安保理から公表されるはずだが、第四と我々JASRAとの情報のすり合わせで、BETAの行動指針のようなものの解析が進んでね。そこでBETAの学習行動が以前の予測よりもはるかに大きいことが推測された」

 せっかくの新兵器も対処されてしまえば、十全にはその能力を発揮できない。

 そして公開しようもない情報だが、電磁投射砲かあるいはXG-70のどちらかがΓ標的の発生トリガーの可能性があるため、喀什攻略までは使用を制限したい。

 

(いや実戦で使うのはやめてほしいけど、今ここで言っちゃっていいのか、それ?)

 ターニャがつらつらと話しはじめているので問題ではないのだろう。が、あくまで安保理に提出した情報であって、常任理事国の一席でもある帝国と言えど、政府ではなく一部機関に伝えて良い情報なのか、武には判断しきれない。思わず横目でウォーケンの対応を窺ってしまうが、微動だにしていない様子を見ると既定路線のようだ。

 

「BETAが学習、ですか? 俄かには信じられませんが……」

「大陸派遣軍の現場からは話が上がってきていないか? BETAが戦術的行動らしき動きを取っている、というのは? その類の情報を纏め直しただけだ。その中で人類の新規兵装などに対処してくる可能性が高く考慮されてな、先日のG弾もそうだが、できれば次の大規模作戦までは新兵装を使って貰いたくない、という話だ」

 BETAの学習能力と対応力への懸念を、ターニャは滔々と述べていく。

 

(って、これもロンダリングの一環になるのか? 帝国軍内部で似たような事例の報告があれば、勝手に情報の強度を上げてくれるってことか?)

 

「もちろん今のところ実証できている話ではないがね? とりあえずは新兵装、特に電磁投射砲のように単体で強大な威力を持つ物を、大規模配備前に少数での試用するのは極力避けるべきではないか、という想定をこちらからは付け加えさせてもらっている」

「了解いたしました。たしかにそのような状況でしたら、実戦でのテストを避けるというのも理解できます。幸い、と申し上げるには心苦しいのですが、いまだ試製99型は完成の目途が立っておりません。今しばらくは試験場での試射に止めておきます」

「そうしてもらえれば助かるよ、中佐」

 

 ターニャの知る「原作知識」であれば、XFJ絡みでソビエトの極東戦線で試用されていてもおかしくはないのだが、この世界線では不知火・弐型の開発自体が遅れているために、そもそもユーコンから極東にアルゴス小隊は移動していない。

 この世界線においては試製99型はいまだ実戦試験は行われておらず、BETAに情報が伝わっている可能性は限りなくゼロだ。

 

 

 

 

 

 

「では本題の、対BETA戦での冗長性確保による衛士の生存性の向上を目的とした戦術機用新OS、XM3に関してですが、これは第四計画の方からお話してもらいましょう。白銀、任せる」

「はっ、あらためまして、白銀武特務少尉であります。第四計画総責任者たる香月夕呼の代理として、XM3に関して説明させていただきますっ」

 声が裏返らないようにと腹に力を込めて武が説明を始めようとするが、崇継が手を上げてあっさりと止める。

 

「ああ、いや。XM3の説明はいいよ、白銀少尉。OSとしての性能は、我らからはまったくの不満はない。むしろ導入を急がせたいくらいだ。もちろん値段次第、なんといっても我らが最大の敵たる大蔵省が控えているからね」

 無理なら我が大隊だけにでも先行導入させてくれと、崇継がちゃかすような軽く言ってくれるが、これは緊張している武を慮ってのことだと思う。

 

「馬鹿を言われるな、崇継殿。白銀少尉が本気にしたらどうなる? 我らが用いる武御雷よりも、瑞鶴への導入が先であろう」

 恭子もXM3の導入に関しては、非常に前向きだ。ただ優先順位が違うらしい。

 

「問題は、崇継殿の申すように確かに調達費用次第のところはあるな。帝国軍に比べ規模が小さいとはいえ、それに応じて予算も限られる。斯衛全軍の装備刷新となると、城内省の方も容易く首を縦に振らぬであろう。個人的には、武御雷の来年度以降の調達数を減らしてでもこのXM3の導入を進めたいところだが、それはそれで難しいか……」

 恭子はなかば自分自身で問いを作り答えを探っているようだが、五摂家の当主であろうとも予算に関しては無理が言える立場ということではない。既に調達計画がなされている武御雷の追加生産分を減らすことなど不可能だ。

 

「……瑞鶴はXM1で、武御雷をXM3でという形でも、年内の導入は厳しいですか?」

 実務レベルに意識を切り替え、武は問いを発する。

 武にしてみれば来年度以降の話では遅すぎるのだ。2002年内の喀什攻略を想定している身としては、斯衛への導入は早ければ早いほど良い。来年度予算で、となれば間に合わないと思われる。予算審議が終わった頃には喀什攻略の期限が来ている可能性が高い。

 

「年内だと緊急予算枠から引き出したとしても、それこそ我ら二人の指揮する二個大隊程度が限度であろう」

「それに導入するとすればすべてXM3だな。衛士の教育など含め、XM1の導入は斯衛においては中途半端になりかねん」

 武の問いに、恭子と崇継とが続けて答える。

 そして崇継は、帝国陸軍であれば話は変わるのだろうがと断りを入れたうえで、構成人数が少なくまた武家出身が大半を占める斯衛であれば、下手に教練内容を分けるよりも全員一律の装備の方が望ましいと言う。

 

(性能面での不満や夕呼先生への疑惑なんかも感じられないし、斯衛への導入に関しては、予算問題だけと考えていいか)

 真那からの報告なども後ろ盾になったのであろうが、想像以上の好感触に武としては安堵してしまう。とりあえずのところ現場での最高責任者たちの説得は成功していると言える。

 

 

 

「では、白銀と申したか? 機体はこちらで用意させるので、一度試合て見るとしようか。月詠の報告とビデオだけでは判らぬところも有ろうしな」

 

 五摂家の当主二人とは異なり、紅蓮はXM3の感想など無しに、まずは試してみようと言い出す。

 武としてもやはりこうなるか、としか感想が出てこない。言葉は悪いが斯衛は武断的な側面が強い。とりあえず開発者の腕と新OSの性能とを試させろと言われるのは、予想の範疇だった。

 

 実際、いまこの場にいる者はターニャと鎧衣を除けば、ほぼ全員が衛士である。いや鎧衣の場合、戦術機に乗れても不思議ではない。性能を見るならば模擬対人戦をというのは、判らなくもない。

 武としては、この場に集まってもらった目的としても、階級的にも断るわけにもいかず、どうすれば紅蓮を納得させられるような試合ができるのだろうかと半ば諦めていた。

 

 

 

「申し訳ありません紅蓮閣下」

 だが、紅蓮の申し出を受け入れようと武が声を出す前に、ターニャが割り込んだ。

 

「どうやら私の日本語が拙かったようです。齢70を超えておりながら、友好国の言葉に疎いというのも恥ずかしい物ですな」

 嘲るように言葉を繋げるターニャだが、まったくアメリカの訛りなど感じさせない。実際のところ当初から「日本語」でターニャは話している。むしろ言葉遣いなど含めれば、武の方が日本語としては正しくない場合まである。

 

「うむ、次官補殿? 何事かね?」

「此度、こちらに提示いたしました戦術機用OSは、対BETA戦での冗長性確保による衛士の生存性の向上を、まず第一義としております。通じておりますかな、皆さま?」

 

(あ~ケンカ売りすぎだ、この人)

 短いながら、今までの付き合いでターニャが何を言い出そうとしているのかが、武には予測できてしまった。ウォーケンも何とか無表情を保とうとしているが、さすがに気不味そうである。

 

「う? うむ……そのように聞いておるぞ」

「ああ、では、私の聞き間違いでありましたか。なにやら紅蓮閣下がこちらの白銀に対しAntiHuman戦の準備をせよと、そう聞き取ってしまいました」

 いやはや、年は取りたくないものですなと、幼女の姿でわざとらしく韜晦する。

 

 さすがにそこまでされては紅蓮といえど、ターニャが何を当てこすっているのかが判り、表情を固める。もしターニャが見かけどおりの幼女であれば、恐怖で失神していてもおかしくないほどの、鬼気とでもいうべき気迫で睨み付けてくる。

 ただ、当然その程度で顔色を変えるターニャでもない。そしてターニャにしてみれば、この場において紅蓮は交渉相手ですら、ない。

 

 

 

「配下の者の無礼、誠に申しわけなく存じます。デグレチャフ事務次官補殿、白銀特務少尉」

「で、殿下っ!?」

 

 非公式の場であるとはいえ、政威大将軍が頭を下げる。その事態に室内の大半が慌てふためくが、ターニャと悠陽自身は落ち着いたものだ。まるでこれが予定されていた台本通りであるかのように、この二人だけが振る舞っている。

 

「紅蓮、お控えなさい。『国連』の方々に、これ以上の無礼はなりませぬ」

「い、いやしかしですな、殿下。OSの性能を見るという意味では、試合て見るのが……」

「黙りなさい。国連の皆様方は『対BETA』の為にその身を尽くしておられるのですよ? そのような方々から提示していただいた物に対し、刀をもってその力を推し量ろうなどとは、許されるはずもないでしょう」

 

(って、そうか……国連に属する俺たちが「対人類兵器」の開発を進めてるってのは、建前としてはマズいんだ……)

 

 現在のところ国連軍が、各国から提供されている軍に対し国連の名の下に命令権を持つのも、その戦力が対人類に向けられることが無いという建前じみた前提があるからだ。

 

 XM3は三次元機動の簡易的実現によりハイヴ攻略を可能とすることと、操作の簡便化と多様化とを両立させることで衛士の生存性を高めることを、目的としている。

 

 戦術機は対人戦にも使用できなくはないが、あくまで対BETAを想定している兵器だ。国連軍内部での、訓練としての対人類戦であればまだしも言い訳が出来る。しかし、たとえ非公式な場のこととはいえ帝国斯衛軍が対人類戦の性能をもって採用を決めたなどということが発覚すれば、今後の第四の立場としては誤謬では済まされない。

 

「それに性能に関しての疑義は、提出された動画と先行試作品とで十分に解決されておりましょう。崇継殿も恭子殿も納得されているのですよ?」

 

 悠陽にここまで言われてしまうと、紅蓮といえど無理は通せない。武たちに頭を下げたうえで模擬戦の申し出を引き下げた。

 

 

 

(さて。紅蓮大将との対決は避けられたものの、次こそが本題だな)

 

 紅蓮との模擬戦を望んでいたわけではないが、武自身の持つ操縦技術をもってしてXM3の優位性を直接示すということも、これでできなくなった。

 

 武威を以ってことを押し通すのではなく、言葉を尽くして協約を取り付けなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 




タケルちゃんvsグレンダイザーは当然のようにスルー。いや、もう過去に他の皆様がいろいろと格好の良いシーンを書かれているし、書き出したら一話丸ごとそれに使ってしまいそうで横道に過ぎるなぁなどなど。

といいますか紅蓮大将の武御雷が、個人的脳内では名前のせいで無現鬼道流関係なくダブルハーケンもってそうなイメージという、この話で出すに出せないです。


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瑕疵の収斂

「詫びとは申しませんが、白銀とやら。私にできることであれば協力は惜しまぬと、煌武院悠陽の名にかけて誓いましょう」

 

 悠陽が詫びという形で、協力を申し出てくれる。

 さてここからこそが本題だ、と武は意識を切り替えた。五摂家の当主二人の言葉は、あくまで斯衛へのXM3導入を前向きに考える、といった程度の物でしかない。ターニャと夕呼とで先に話し合っていたように「煌武院悠陽」の名を借りることこそが、今回の目的なのだ。

 

「我々第四計画が殿下にお願いいたしたいのは、このOS、XM3の日本帝国内での導入に、お力をお借りしたいというただ一点でございます」

「帝国内、ですか? 斯衛であれば崇継殿も恭子殿も導入に前向きのようですし、私の一存で予算面に関しても少々の無理は通せなくはありませんが?」

 

 予想していなかった武の言葉に、悠陽が少しばかり眼を開く。

 斯衛であれば城内省直轄のために、まだ予算的には融通が利くところがある。対して国防省麾下の帝国四軍には、悠陽では介入することはほぼ不可能だ。

 政威大将軍は日本帝国国務全権代行ではあるものの、現時点においてそれは形骸化している。悠陽がたとえ何を命じようと、帝国政府が動くことはまずない。そして議会決議がなければ軍政事項に関しては動かしようが無い。

 

「はい。身内の恥を晒すようで心苦しいのですが、第四計画は帝国内においてはさほど信用のある機関ではございません。そこが主体で作り上げたOSなど、通常の方法では帝国軍すべてに採用されることなどありえません。違いませんか、巌谷中佐?」

「ふむ。身内の恥という意味では、こちらも確かにそうですな。私個人の意見であれば、このXM3というOSは可及的速やかに配備運用がなされるべきだとは考えますが、第四計画が作り上げたとなれば、陸軍内部からの反発は必至でありましょう」

 

 問いを投げられた巌谷も、苦しげにそう答える。巌谷自身はさほど第四計画にも夕呼にも思うところは少ないのだろうが、帝国軍となると反対派まではいかないが苦々しく思っている者の方が多い。

 

 

 

 

 

 

「私の名に、それほどの力があると、そなたは申すのですか?」

「殿下に、いえ今の政威大将軍という地位に実権が無いこと、そして殿下が実権を欲しておられないであろうことは、自分にも推測できます。それとは別にして、です」

 

 実権が無いお飾りだという武の言葉で、先程までのやり取りでわずかに緩んでいた空気が再び硬いものとなる。真耶など今にも斬りかかってきそうなほどに、視線が鋭い。

 先程までとは違った威圧感が武に押し寄せるが、ここで留まることはできない。受け入れてもらうべき要件は、次の言葉だ。

 

「このような状況ですので、殿下が衛士の命を慮ってOSの改良を指示していたとすれば、陸軍側も受け入れやすいのではないかと愚考しております。XM3は、殿下の発案を第四が形にしたという態を取って発表したいと考えております。殿下のお名前を利用する形となりますが、そのご許可を頂きたいと」

 

 名を貸す、というだけでなく悠陽に対して事実を捏造しろという武に、室内の緊張がさらに高まる。

 顔色どころか表情を変えていないのは、言われた本人の悠陽と、そしてターニャの二人くらいだ。鎧衣でさえも武の目にも判ってしまう程度には身体に力が入っている。

 

 

 

「しかしそれは、私にそなたたちの実績を奪い取れ、と申しておるように聞こえるが?」

「はい。第四としましては、帝国全軍にこのOSが採用されれば、それをもって諸外国へのプレゼンテーションの足掛かりといたします。それだけで十二分に第四計画としては実績となります。私個人といたしましても、開発関係者としての栄誉よりも、実益を取りたいと考えております」

 

 そんな周囲の緊張に引きずられていない風を装い、武と悠陽は言葉を交わしあう。

 開発国の国内で採用されていない物が、諸外国に受け入れられるとは思いにくい。斯衛での運用があったとしても、極一部の守備隊にしか配備されていないのでは、と邪推されてしまえばそれまでだ。

 

「ああ、申し訳ない。一言口を挟ませていただきますが、あとは来年初頭に予定している第四とJASRAとの協同での作戦行動の際に、斯衛より戦力提供をお願いしたい、というのはありますな。その為であれば、XM3の調達費用の幾割かは、こちらが負担いたしましょう」

 ターニャが横から、費用を持つ代わりに戦力を出せ、と直接的に切り込む。が、今この場では計画の概略さえできていないので喀什攻略は口にしようがない。

 

「ふむ。それに関しても、さすがにこの場で即決はできませんな」

「ええ、もちろんです、斑鳩殿。あくまでこちらがそう考えている、とだけお記憶に留め下さい」

 

 導入に伴う価格交渉さえまだなので、崇継にしてもターニャにしても今すぐに答えが得られるとは考えていないはずだ。あくまで双方の利益がどこにあるのかを確認しただけである。

 

 

 

 

 

 

「しかし白銀とやら、貴様、殿下の名を自らの道具とするつもりか?」

 戦力提供があれば導入費用を負担するというターニャの話で、一度は緩まった部屋の空気を、紅蓮は再び引き戻す。

 問題は「煌武院悠陽」の名を、第四計画が好きなように利用していると、斯衛や武家からは見えてしまうということだ。

 

「失礼ながら、紅蓮閣下。私もそちらの白銀少尉と同意見であります。先の言葉通り、XM3が第四計画の一環として作成されたOSであるなれば、国粋主義的傾向の強い本土防衛軍などは、強く反発するでしょう。ただ、もしたとえそれが偽りであったとしても、殿下の意を受けて第四計画が協力したというのであれば、逆に彼らは導入に反対する心情的要因を失います」

 

 武が紅蓮に答えるよりも先に、巌谷が導入の反対派となるであろうと想定していたことをほぼ代弁してくれる。

 やはりそうなるかと武としてはわずかに落胆するが、帝国軍参謀本部直轄の本土防衛軍がそのように動くであろうことは理解できなくもない。そして巌谷もそれが予測できるからこそ、悠陽の名を使ってでも導入への道筋を立てようと、紅蓮に意見を述べているのだろう。

 

(いや、巌谷中佐はその先も予測してるか? XM3導入に伴う「煌武院悠陽」の実績蓄積と、帝国内の政威大将軍の立場強化を望んでいるのか?)

 

 武は巌谷の政治スタンスを確認してこなかったことをいまさらながらに悔やむ。技術廠から誰かオブザーバーとして出席をとは期待していたが、誰が来るかが予測できなかったが故の失態だ。

 ターニャしても顔には出さないが、巌谷の立ち位置を訝しんでいるようにも見えなくもない。

 

 

 

「紅蓮大将閣下、そして殿下。自分の考えは、皆さまのお言葉の通りです。殿下のお名前を道具として用いることになったとしても、XM3の早期配布を推進したいと望んでおります。先の巌谷中佐のお言葉ではありませんが、このOSを可能な限り早く、帝国のみならず全世界の衛士に広めたいのです。それが人類の一助となると、自分は考えております」

「なぜに第四がその名を表に出さぬ? このXM3が拡がれば、第四の、いや香月博士の悪評も、少しは和らぐであろうに?」

 ここで言葉を止めれば屈してしまうと、武は腹を括り一気に言葉を続けた。

 その態度に何か感ずる物があったのか、紅蓮は少しばかり視線を緩め、心底不思議そうに尋ねてくる。

 

(しまった……夕呼先生の印象の改善とか、まったく考慮してなかった)

 

 武の知る世界線とは状況が変化していることも多いが、夕呼の帝国内での印象評価が高いとは感じていない。とはいえ武としては、夕呼の偽悪的な振る舞いなどは当然のものとして受け入ていた。

 それに近頃はターニャと並んで相手をすることが多かったので思考から抜け落ちていたが、ごく普通に考えればXM3の性能であれば確かに今までの評価を覆させることもできるはずだ。

 

「博士本人ではないので、あくまで自分の予想となりますが……香月博士は、その悪評さえ必要としております」

「悪評を必要としている、ですか?」

 紅蓮ではなく、悠陽があらためて問いかけてくる。

 

「はい。第四計画総責任者としての立場から、香月博士には内外に様々な敵対者が存在しております。それらに対するため、如何なる手段でも取りうるという意思の表れかと、勝手ながら推測いたします」

 

 

 

(ああ……そういうことだったのか)

 おそらくは、という武の想像によるものだが、口に出してようやく腑に落ちた。

 

 以前の世界線、とくにAL世界線では、夕呼は武に対してもどこか蔑むような態度を取っていた。当時は憤りはしたものの、文字通りの意味での常識知らずで世間知らずのガキに対する嘲笑かと思えば納得もできた。

 

 だが、そういった偽悪的という言葉では少しばかり足りない夕呼の態度は、周囲に対して覚悟の表明でもあるのだろう。敵対する者たちへの警戒のためにわざと作っている隙であり、また身内に対しても必要であれば切り捨てるという意思表示だ。

 

 夕呼の態度は、人としてはけっして誉められたものではないかもしれないが、今の時代には必要なものだ、とそう思ってしまう。

 

 

 

「お願いします。殿下のお名前をお貸しください。それで帝国陸軍への導入は早まります。第四計画にではなく、前線で今も戦い続ける衛士の命を護るため、そしてその後方にいるすべての人々のために、殿下のお名前を使うことをお許しください」

 

 今の武は、その夕呼ほどには割り切れていない。

 以前の、二度目と思っていた先の世界線で目覚めた時に感じていた、何を以ってしてもまずはBETAの駆逐を最優先するべし、とは考えられなくなっている。

 

 なぜ対BETAで団結もせずに人類同士で争うのかなどという問いは、周りが見えていないからこそ口にできた言葉だ。

 たとえBETAを地球から駆逐したとしても、主義や主張、政治信条や宗教などに限らず、どんな小さなことであれそこに個々人の尊厳が残っていなければ、人を護ったなどと言えるのかと、自問してしまう。

 

 それは先の世界線でクーデター事件を経ても、今なお結論の出せない問題だ。

 

 ただそうであっても人々を護るべき術が手に入りそうな今は、斯衛にそして悠陽に、実のために名を穢してくれと、頭を下げることしかできない。

 

 

 

「つまり白銀、今後このXM3ですか、このOSで救える命と、私のわずかばかりの尊厳を秤に掛けよと申しておるのですね」

 重ねて問うてくる悠陽の言葉とは別に、武としては四方からの殺気だけで死にそうな気分である。だが今逃げるような言葉を一言でも漏らせば、悠陽はともかく周囲が納得しない。

 

 たしかに事前に思い描いていた、帝国臣民のそして人類の為であれば悠陽は受け入れるはずだというのは直接話している今でも確信できる。

 それはしかし悠陽個人の問題であればという前提がある。

 

 悠陽は自身の尊厳のみと矮小化してくれているが、それに収まる話ではない。

 名を貸すということは、その責を負うということでもある。そして第四計画総責任者の香月夕呼よりも、日本帝国政威大将軍たる煌武院悠陽の方が当然上位者だ。つまるところXM3に何か問題が発生すれば、それはすべて悠陽に責がある、ということになる。

 そのことを紅蓮だけでなく、斯衛の関係者たちは憂慮している。

 

 そして「政威大将軍」としての形ばかりの地位を護ることも、悠陽にしてみれば自らに付き従ってきてくれる武家の者たちの尊厳を護ることにも繋がっているのだ

 

 先の紅蓮の問いではないが、夕呼が名を出そうとしないという点で、なんらかの裏があると邪推されてしまうのだ。

 

 言葉で、そんな裏などない、と言うのは簡単だ。だがそれで相手が納得できるわけでもない。

 夕呼にしてみれば、XM3など駆け引きのためのカードの一枚に過ぎない。おそらくは武の知らない交渉材料があといくつかはあるはずだ。それらを知っていれば、もしかすれば紅蓮らを説得する切っ掛けにはなったかもしれない。

 

 

 

 ふと、ターニャであれば何か知っているのではないかと顔を窺いかけるが、紅蓮に対するのとはまた違った脅威を感じ、意思を振り絞って正面から目を離さない。

 

 ターニャに助けを求め縋ることは、少なからず白銀武という人材の価値評価を下方修正することに繋がる。

 その時点ですぐさまにターニャが、武をそして第四計画を切り捨てることはないだろうが、マイナスの評価が積み重なっていけば話は別だ。ターニャが第四を見限れば、「許容しうる最低限の損害」としてG弾の限定使用を容認したうえで、合衆国による喀什攻略に踏み切るはずだ。その先は、たとえ人類が勝利したとしても、アメリカによる一極支配が待っていることだろう。

 

 それが悪いことだとは断言できない。

 ただ冥夜が望んだ、民と国と、そして悠陽を護りたいという願いに沿うかどうかは定かではない。

 

(落ち着けよ白銀武。今ここでビビッてどうする。それに説得するのは周りの連中じゃねぇ……戦術目標を見誤るな)

 

 ターニャへの畏怖ではなく、シンプルに恐怖ともいうべき感情から、逆に武は落ち着く機会を得た。

 

 

 

「……その通りです、殿下。配下の者の業績を奪い取ることを良しとされないそのお姿には感服いたします」

 ここは帝国議会でも国連安保理でもない。説得すべきは煌武院悠陽ただ一人だ。悠陽が受け入れれば、五摂家といえど斑鳩も崇宰も口では反対したとしても、了承するしかない。

 ならば白銀武には悠陽に伝える言葉は一つしかない。少しばかり深めに息を吸い、脳裏に昨夜の彼女の姿を思い浮かべて、口を開く。

 

「ですが、その程度の『夜の冥さ』は、『悠陽』殿下にも受け入れていただきたい、と」

 たぶん今の自分の顔色は間違いなく死人同様だろうと、感じる。

 

 冥夜の名を割って告げた言葉で、斯衛の属する者たちが腰を浮かせてしまう。真耶に至っては鯉口を切りそうにまでなっている。

 

 

 

「ふふふ……そういえば白銀、そなたはかの者を見知っているのですね」

 だが目標とするその人物が、逆に朗らかに笑いはじめ、場の空気が緩んだ。

 

「そう言われてしまいますと、私としては受け入れるしかございません。判りました。新OS、XM3は私が戦術機教練の際に不満に思うたことを香月博士に話したことが切っ掛けとなり開発されたと、布達いたしましょう」

 

 武ができたのは、ありがとう存じますと漏れ出すように返答することだけだ。

 ただ、その感謝は間違いなく心からのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回と今回のは、何とか一話に纏めようとして諦めました。

で、この世界の日本の予算編成がどうなっているのか、かなり目にナゾですが、2001年11月にXM3が完成していても、帝国軍全軍に配備用の予算下りるのって2003年以降とかになりそう……とか考えたらどうしようもなくなりそうだったので、そのうちにどうにかするかもしれません。


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疑義の供覧 01/11/15

「起立、敬礼っ!!」

 

 普段の起床時間よりも一時間以上も早く、叩き起こされるような形で集められた207Bの面々だが、まりもの入室とそれに合わせた千鶴の号令とで確実に意識は覚醒する。

 このあたり、短い期間とはいえ軍人としての教育が行き届いたと見て取れる。

 

「さて。本日の貴様らの予定だが通常の教練はない。代わりに当基地において開催される新型OS、通称XM3のトライアルに衛士として参加することになった。光栄に思え」

 

 説明にもなっていないまりもの言葉に、ざわりと言葉にならない動揺が漏れてしまうのは、さすがに仕方がない。冥夜だけは事前に予定を伝えていたので驚きは無いように見えるが、それでも自身の果たす役割を慮ってかわずかに眉間が狭まる。

 

「なに、トライアルといっても普段の教練とさほどやることは変わらん。ただ多数の選任衛士の前で執り行う、というだけだ」

 

 多数のという言葉で壬姫の顔がいっそう青くなるが、逆にやることが普段と変わらないと聞いて尊人や純夏などは安心したような顔つきになっている。

 

 

 

「教官、質問をよろしいでしょうか?」

「許可する、なんだ榊?」

「先ほどからお話されている、新型OSとはいったいなんでしょうか?」

 

 分隊長としての責任感からか、疑問を潰しておきたいという几帳面さからか、千鶴が問う。

 

「それも普段と同じだ。貴様らが今まで使ってきたシミュレータにしろ実機にしろ、搭載されているOSが既存のものを改良した新型OSだったということだ」

「つまり我々は、以前よりその新OSで教練を受けていた、ということでしょうか?」

「その通りだ。新型OSによる教練の進捗促進を図ることも、貴様たちには知らせていなかったが任務の一環だった」

 

 まりもは簡単に言うものの、モルモットとして使っていたという意味のことを告げられ、千鶴以外の者たちの顔も強張る。

 

「しかし、通常の教練と似たような内容とはいえ、さすがに当日の、いえこのような直前に伝達されるというのは……」

 千鶴はまだ納得できないのか、まとまりきれていない不満を口にする。

 

 

 

「神宮寺軍曹殿、よろしいでしょうか」

「許可する」

 少しばかり緊張が過ぎる千鶴の様子を見て、武は口を挟むことにする。

 軽く手を上げてまりもに発言の許可を取り、わざと上官としての態度で千鶴に向き直る。

 

「榊訓練兵。貴様は今、コード991が発令されたとして同じ言葉を吐くのか?」

「コード991っ!? い、いえ、しかし……」

「日本海を越えての、超深度地下からの長距離直接侵攻がないなどと常識に囚われているのか、そもそも想像力が欠片も無いのか、どちらだ? 榊訓練兵?」

 

 いまの帝国であれば、現実的にありえないと思われているような想定を突きつける。

 

「……申し訳ありませんでした。自分の失言であります、白銀教官補佐殿」

「失言ではないな。すでにこの日本帝国が前線国家であり、今の貴様は訓練兵とはいえいつ実戦に臨むことになってもおかしくない。それが自覚できていないだけだ」

 

 以前より感じていたことだが、この世界線の207Bの面々は、どこかわずかに温い。

 純夏の存在や尊人の性別の影響などもあるのかとも思っていたが、やはり一番大きな要因は、日本が前線となっているという認識の薄さだろう。

 

 かつての世界線であれば、日本帝国は一度その国土をBETAに犯されていたが、ここでは違う。最初の白銀武ほどではないが、事態がいかほどに切迫しているのかが肌で感じられていないのだ。

 

 

 

(207Bの皆でさえこの程度なんだから、本土軍の連中とか大丈夫なのか?)

 以前の世界線では、横浜基地の国連軍兵の弛み具合も問題だったが、今は下手をすると帝国軍の多くがこのような意識なのかもしれない。

 

「ま、そのコード991に比べれば、今日のトライアルなんてやることが判ってる分、遥かにマシだ」

 ふと想像してしまった帝国軍の問題を振り払い、硬くなった雰囲気をほぐすためわざと軽めに話を振りなおす。

 

「それに、だ。思っていた以上に乗りやすかっただろ、お前たちの吹雪は」

「……いや、それはない。白銀の変態機動はおなかに悪い」

 武の言葉に皆が眼を逸らす中、代表するかのように慧が否定する。それも、ナイナイと顔の前で手を振りながら、だ。

 

「あははー彩峰さんじゃないけど、あの機動は今も慣れないよね」

「うん。古いのと新しいのとでどれくらい違うかは判らないけど、白銀さんの機動は乗りやすいものじゃないと思う」

 雰囲気を軽くしたいのは同じだったようで、尊人と壬姫も話に乗ってくる。千鶴と冥夜は何か考え込んでいるようだが、無用な強張りはなくなっていそうだ。

 

 

 

「貴様ら、おしゃべりはそれまでだ」

「はっ、失礼いたしました」

 緊張が解ける頃合を見計らっていたようで、まりもが注意する。

 

「普段どおりに行えとはいえ、少々編成を変えることになる。なんといっても新OSのお披露目だからな。性能が眼に見えて判ってもらえるように、二機種を並べての実演となる。そこでだ……」

 まりもは軽く全員を見渡して、配置を説明していく。

 

「榊、彩峰両名は吹雪に。珠瀬と鑑が撃震だ。私の機体を珠瀬に任せる。鑑は普段と同じく予備機に回れ」

「了解っ!!」

 緊張はあれど、意識を前に向きなおしたようだ。四人の返礼が綺麗に揃う。

 

 本来であれば戦術機の訓練は一機種に限定されている。一般の衛士でさえ、機種を変える時には訓練期間を要するのだ。訓練兵が複数機種を同時に使用しながら教練を続けているなどというのは異常といってもいい。

 

 ただ武の提案もあり、今の207Bはシミュレータでは不知火を、実機では吹雪を主体に全員が撃震を交代で乗り回すという変則的な教練を続けていた。名目としては、機種ごとの差を実感させ混成部隊での運用に慣れるためとしていたが、このトライアルを見越したものである。

 

 一応は正規任官後、不知火に関してはA-01に配属された際の機種転換の時間を減少させるため、という意味もある。

 

「鎧衣訓練兵は、待機だ。他の四名に何かあれば、その任を引き継げ」

「は、了解しましたっ」

 

 戦火に直接見舞われていない今の帝国において、帝国陸軍の多くはいまだに男性である。一応は見目麗しい女子訓練兵で纏めておくというのは、少しは意味があるはずだ。

 そして「鎧衣」の存在はできうる限り隠しておくほうが、なにかと都合が良い。

 

 

 

「教官、質問よろしいでしょうか?」

「許す、なんだ?」

「御剣の配備はどうなるのでしょう?」

 

 千鶴があらためて問うのは、冥夜の扱いだった。

 今のところ名を呼ばれていないのは武と冥夜の二人だ。武は指揮の補佐にでも回ると思われているようで、聞かれもしない。

 

 そして冥夜はここ二日ほど、武の指示の下に207Bとはほぼ完全な別行動をとっていた。それが今日のトライアルのためだったというのは予測はできるだろうが、その任務内容まで推測するのは無理だ。

 

「御剣訓練兵に関しては別命がある。だが貴様らが知る必要はない」

「はっ、申し訳ありません」

「いや、分隊長としてその疑問は当然だ。それでも話せぬことはあるがな」

 

 訓練兵とはいえ部下の配置が隊長である自分を超えて、それも秘密裏に決定されているのだ。異常ではあるが仕方がないとされてしまうのが、207Bの今なお抱える問題ではある。

 

「以降、トライアル終了まで直接の指揮は白銀に任せる。以上だ、解散っ」

「起立、敬礼っ!!」

 

 

 

 

 

 

 ブリーフィングともいえない簡単なやり取りの後、207Bの皆をPXへ送り出し、武は臨時指揮所となる予定のテントに向かう。自分の朝食は、レーションで済ませる予定だ。今日のトライアルでは武自身は戦術機に乗ることはないが、だからといって暇なはずもない。

 

 トライアル全体の進行はピアティフなど第四の事務方のスタッフが取り仕切ってくれてはいるものの、午前中は207Bの指揮があり、午後からは来賓の相手も予定されている。

 現職の衛士を主体に集まってもらっているとはいえ、巌谷をはじめ技術廠などからも人は来る。OSやCPUの技術的な説明は武には無理だが、機動概念を説明できるのはターニャを除けば武くらいのものだ。

 

(事務次官補に戦術機の機動概念を解説してもらうってのは、あの外見に関係なく無理だよな……)

 

 もしかすれば頼めばやってもらえたかもしれないが、そのターニャにしても暇があるわけではない。ターニャには第七艦隊から来ている士官たちとのやり取りが予定されているはずだ。

 

 先日の悠陽との顔合わせも緊張したが、列席していた人物のほとんどは、別世界線でのこととはいえ見知った人々だった。

 今日はまったく顔も知らない、地位も年齢も上の者たちを相手にし続けなければならないのだ。

 

(確かに篁中尉で一度試されてなければ、さっきの榊みたいに慌てふためくことになってたよな)

 

 臨時指揮所の中で、衛士用のレーションを合成コーヒーで流し込みながら、できる限りの準備を進めていく。

 

 

 

 さらに、前日までに設営は完了しているとはいえ細かな回線の調整などしていたら、開幕のアナウンスが流れてくるような時間となっていた。

 

 どこかで聞いたことのある声だと思ってよくよく考えてみれば、霞の声だ。

 夕呼の差し金であることは間違いないだろうが、なぜか軍の人間ではなく、式進行のアナウンスは霞が担当しているようだ。

 

(いや社も軍の、というか第四の人間だな。しかしこういうアナウンスで聞くと社の声って結構聞きやすいんだな)

 

 用意された原稿を読み上げているだけなのだろうが、場違いに幼く聞こえることもなくよく通る声で、聞き取りやすい。

 以前の世界線からもそうであったが、普段はほぼ無表情なままでの首を振るだけのジェスチャーだけでの会話ともいえない付き合いなので、こうしたしっかりした声を聞くのはかなり新鮮だ。

 

 

 

「って、こんなアナウンスが流れてきたって事は、もう時間だな」

 

 第四からは夕呼が一応は顔を出しているはずだが、基地司令なども含め挨拶は短めのはずだ。

 

 このトライアルを見に来ているのは、大陸派遣軍にしても本土軍にしても、尉官級の現役衛士が大半である。

 佐官以上に関しては、すでにXM3の導入を前提とした根回しが始まっている。今回の目的は、基本的には現場の者に対しての忌避感の低減だ。不要といってしまえば不要な、贅沢ともいえるトライアルである。

 

 それでも今後、予測されるBETAの九州上陸に際し、自分たちが使うことになる装備に不満が残るよりはいい。

 

(トライアルを目前にしてお偉いさん方の長いお話なんて聞かされたら、XM3に好印象なんて抱きようがないからな)

 

 武自身がそうであるからだが、長々しい訓話など現役衛士にとっては苦痛以外の何物でもない。

 

 武にも列席してなにか一言言うかという嫌がらせじみた話が合ったが、207Bの指揮をとる人間が必要ということで、半ば逃げるように断ってきた。

 事実、所詮訓練小隊、それも定数の半数程度の207Bには人員の余裕はない。

 

 

 

「さて、と。あとはお前らがそれなりにうまくやってくれれば、今日のトライアルは成功というわけだ。出番まではもうしばらく時間があるから、機外に出て柔軟でもしてろ」

 

 装置類の確認も含め、トライアルに参加する四人に通信を送るが、返答を待たずに切る。どうせこんなことになっているのではないかと見てみたが、予想通りに四人共にコクピットに入り込んでいた。

 

「まったく、出番はまだ先だって言ってるのに、何やってるんだあいつらは」

「仕方ないよタケル。ハンガーからじゃこっちの様子も見えないし緊張するよ……って、ここからも直接だと良く判らないよねぇ」

「見たいならそこらのモニタで見てろ。そっちのほうが確実だ」

 

 207のために準備されたこの臨時指揮所は、テストコース脇に設けられたテント内だ。いまのところ武と尊人しか居ないために、気楽な感想も漏らしてしまった。

 

 場所的に目視ではすべてを見ることはできない。が、その代わりにいくつも設置されたモニタで、トライアル後に各所に配布するため録画中の上空からの映像なども、リアルタイムで見ることができる。

 指揮所とはいえ、どちらかというと記録収集のための場所である。一応は双眼鏡なども用意はしているが、それで追えるような位置には設置されていない。

 

「と、そろそろ始まるな」

 それでも国連軍カラーに塗られた撃震がコースに入ってきたのは目視できた。

 まりもの乗る機体だが、乗りなれた自機ではなく在来型OSの物を国連軍から借り受けたものだ。

 

 

 

『……神宮寺軍曹の経歴をご存知の方もおられるでしょうが、あらためまして紹介させていただきます。激戦の大陸戦線を生き抜き、19歳で富士教導団に抜擢された、熟練の衛士であります。搭乗機は在来型OS搭載の77式撃震です』

 

 まりもは来賓に向けて撃震のコクピットブロックを開き、教本じみた綺麗な敬礼を返しながら、簡単な紹介を受けている。

 最初に夕呼が笑いながら書き出した紹介文は、まりもの手によって武の目に触れる前に細切れにされた。そして短くなったとはいえ持ち上げられるのは、まりもにしてみればまだ恥ずかしいようだ。

 

 紹介が終わった直後、スクランブルに臨むかのような速さでコクピットが閉じられる。間違いなく普段よりも速いのは、羞恥ゆえからだろう。

 

 簡単なタイムカウントの後、まりもの乗る撃震がテストコースに飛び込む。

 完全停止状態からの主脚走行のみでの急発進、そこからも跳躍ユニットは一切使わず脚だけを使ってのスラロームまで、第一世代とは思えぬ精度で繋げていく。一部の斯衛衛士たちが行う、小刻みな機体制御による半ば無理やりな連携ではなく、機体に無理を掛けない範囲での丁寧な機動だ。

 

 そしてスラロームから規定地点で瞬時に停止し、跳躍でスタート地点に跳び戻ってくる。その後の停止射撃、走行射撃と続け、最後に長刀装備に代えての固定目標への斬撃まで、先の敬礼同様に教本動画と遜色のない正確さで、コースを完了する。

 

 来賓に見せるためなので、JIVES(統合仮想情報演習システム)は使用していないため、ターゲットは板切れ一枚に要撃級や戦車級の絵を描いた簡易なものだ。逆にそれゆえにペイント弾で塗りつぶされた後は、どれだけ正確に撃ち込まれているのかが明確に見て取れる。

 

 データ蓄積のある乗りなれた自機ではないとは一切感じさせない、手馴れた動きだった。

 

 

 

「やっぱり神宮寺教官スゲェよな」

 シミュレータの管制室ほどではないが、必要なだけの情報は集まっている。そしてモニタ上に映る機動だけで、どれほど丁寧な操作が執り行われているのか、想像できてしまう。

 

「ねぇ、神宮寺教官、なんかカクカクしてなかった?」

 ただ武とは違い、尊人の感想としては、こぼれ出たようなその言葉通りなのだろう

 たしかに普段の教練で見せるまりもの動きとは明らかに劣る、ぎこちないと言ってもいい硬さがある。

 

「あ、ああ……そうか。アレが従来型のOSでの戦術機の挙動だよ。外からこうやって見ると、お前らが使ってるXM3がどれだけのものなのか良く判るだろ」

「う~んOSの凄さはまだ良く判らないけど、でも教官やタケルが今まで見せてこなかった理由は、なんとなく判った。アレを最初に見てると、今のボクたちの動きはできないね」

 

 珍しいことに尊人が考え込みながらこちらの意図を探ってきてくれる。先入観を持たせたくなかったという事は、伝わったようだ。

 

「まあそのあたりは今晩にでも皆で話し合ってくれ」

「了解しました、教官補佐殿っ!!」

 

 クスクスと笑いながら敬礼してくる。このあたり尊人にしても周りに人が居ないせいもあって気楽なものだ。

 

 

 

「次は……インドラ・サーダン・ミュン中尉、だったっけ?」

「おう、従来型のOSで吹雪動かせる奴が207には居ないからな。ちょっと代理で頼み込んでみた」

 

 207訓練小隊にはまりもと武を除き、既存OSの機体に乗れる者がいないため、部隊外に頼むことになった。顔を出すためにA-01の者たちが使えず、白陵基地所属の国連軍衛士に依頼する形となったのだ。

 ミュンは、普段は第二世代機のF-15系列の陽炎に乗っているとはいえ、衛士としての技量は疑いない。

 

「タケルが乗ったらよかったんじゃないの?」

「俺もお前らと同じだよ。対外的な実績がないから、こういう場では説得力に欠ける」

 

 もちろん、武の腕がミュンに劣るということはない。

 この場に集まっている衛士であれば、武の機動を見ればその衛士としての技量に疑問を挟む者は居ないはずだ。

 

 ただ、どうしても今の武では名が足りない。実戦経験のある衛士が操る既存OS搭載機を凌駕できなければ、XM3の優位性を判りやすく見せ付けることが難しい。

 

 ミュンであれば、実戦を経てなお生き残り、ベトナム出身でありながら大東亜連合ではなく在日国連軍に所属しているということで、その腕前を疑うものはいまい。

 

 

「と、始まったか」

 

 比較ということもあり、コースは先ほどとまったく同一だ。

 

 こちらも間違いなく「巧い」のだが、先のまりもに比べてしまうとどうしても一段劣る。機体性能の差から、全体的なタイム自体はたしかに縮んでいるのだが、機体の性能任せに見えるところがある。

 基本的に戦術機は中隊単位で統一されているために、現役の衛士といえど第一世代と第三世代の反応速度差などは実感できていないことが多い。練習機の吹雪とはいえ、第三世代機がどれほど卓越した存在かを目の当たりにしてもらえればそれだけで良いのだ。

 

 XM3を売り込みたい武にしてみれば、前座として十二分の働きだった。

 

 

 

 

 

 

「よーしいいか珠瀬に鑑。そろそろ出番だ。で、珠瀬。お前が先鋒だ。いつも通りにやって見せろ」

『り、了解ですっ!! い、いつもの訓練どおりにこなしてみせますっ!!』

 

 網膜投影される映像越しでは、緊張しているのは見て取れるが、逃げ出してしまいそうなほどではない。壬姫のあがり症が克服しきれているかどうかは、実のところ武には判らないが、あがっていない振りを今この場でできているのならば、間違いなく十分である。

 

「以前に言ったよな、部下に対し、不可能だと思うような命令をする上官は普通は居ない、と。俺はともかく、神宮寺教官がお前はできると確信して、この役を振り分けてるんだ」

 それでも臨時の指揮官として気休めくらいは言っておくべきだと思い、武は言葉を続ける。

 

「まあ失敗したら、鎧衣にでも慰めて貰え」

「タケルーっ!?」

『あははーじゃあ、普段どおりの気持ちでがんばってきます』

 

 今の207Bにおいては、どうしても武は一線引いてしまっており、距離がある。ならば共同生活している尊人に押し付けてしまえと軽く思ったのだが、どうやら効果はあったようだ。

 

「で、鑑。珠瀬のスコアに並ぼうとか考える必要はないぞ。逆に、だ。珠瀬の命中精度は、個人技だと判る程度に当てればいい」

『了解しました、白銀教官補佐殿っ!!』

 

 純夏であっても、さすがにこの場では「タケルちゃん」とは呼ばない。その程度には緊張しているようだ。

 そして純夏を相手にして、先の壬姫にしたようには誤魔化しようがない。

 

「まったく。鑑も緊張しすぎだ。貴様の場合、下手に意気込んだほうが失敗する。昼に食べるメニューでも考えながら、気楽にがんばれ」

『え、っと。はい、了解です』

 

 今の武の言葉で少しは安心できたのか、映像の先でへにゃりと笑う。

 

 

 

『ではこれより新型OS搭載機による同様の行程をご覧ください。搭乗衛士は第207衛士訓練部隊所属、珠瀬壬姫訓練兵と鑑純夏訓練兵です』

 先ほどまでの二人とは違い紹介は所属と名前だけだが、訓練兵という部分に低いざわめきが上がる。

 

(さすがに珠瀬の苗字だけだと国連関係者だとは勘ぐらない、か。鑑から言ってもらっても良かったかもな)

 

 純夏と壬姫を最初に出したのは、帝国軍の中での207Bに属する面々の事情がどれほど広がっているのか予測が付かなかったからだ。下手に千鶴や慧を先に出してしまうと、すべてが出来レースだと勘ぐられるのではないかと恐れたのだ。

 

 だが、そんな思いはただの杞憂だった。

 二機の撃震がコースに出た直後から、会場がざわめき、そして静まっていく。先の吹雪を上回るスムーズさで、コースを走り抜けていく二機の戦術機に、誰もが言葉を失っていた。

 

 単純に速度が速いわけではない。キャンセルと先行入力の組み合わせによって、無駄が省かれているのだ。その無駄のなさがゆえに先の吹雪よりも速いように見えてしまう。

 

「XM3搭載型の撃震が、非搭載型の吹雪に迫る、か」

 

 会場の反応が薄い。というよりは動揺で、言葉が無いようだ。

 タイムスコアとしては、主機出力が下がっている練習機とはいえ第三世代機の吹雪に並ぶことはなかったが、何よりも歩行中にせよ停止時にせよ、射撃の命中精度が尋常ではなかった。

 ミュン中尉の腕が悪いとか、フィードバックデータの少ない乗り慣れない機体による差が出た、とは言えなくもない。それらを踏まえ、かつ壬姫の突出した射撃能力も合わせて、XM3の優位性を知らしめるという点はもうクリアしたも同然だ。

 

「壬姫さん、やっぱり本番に強いね」

「お前さ、そこは自分の応援の成果だって言い張ってみせろよな」

「それはタケルのほうでしょ? 鑑さん、タケルの言葉でかなり緊張が解けてたよ」

 

 隣の席から、覗き込むような姿勢で尊人が聞いてくる。

 

「ま、そうであれば臨時とはいえ指揮官冥利に尽きるな」

 その尊人の言葉の意味が判らないわけではないが、いまの武には誤魔化しておくしかない問題だった。

 

 

 

 そして次の千鶴と慧の二人は吹雪での実演となるが、もはや消化試合の様相だ。

 第一世代の撃震が、OSの変更だけで第三世代に並ぶというのは、間違いなくインパクトが大きい。が、第三世代機の吹雪などがより一層高機動になるというのは上位の比較対象が存在しないために、判断が難しいのだろう。

 

 最後に、六機での並走も披露したものの、反応は小さなものだ。

 先日の唯依の言葉ではないが、XM3があれば撃震の後継は撃震で良い、という風にも見て取られる。

 

「ねえタケル、これって大丈夫なの? 武の得意な変態機動とかも披露してないから、評価が低いんじゃないの?」

「まーこうなるんじゃないかって予測もあったからな。それに変態じゃねぇ」

 

 一応は昼食を挟んで、午後からは試験衛士たる207Bの面々との対談や、シミュレータではあるがXM3の試乗体験なども予定しているが、確かに今のままであれば盛り上がりには欠けるだろう。

 

「ちょっと待ってな、そろそろ始まるぞ」

 トライアルの本番はこれからだぞと悪戯を仕込んだ悪ガキそのものの顔で、武は笑ってみせる。

 

 

 

 

 

 

『では午前の予定は以上でありましたが、OS開発に協力をいただいた帝国斯衛軍から、武御雷による演舞を披露していただけることとなりました』

 

 霞のアナウンスとともに、一機の山吹色の武御雷がトライアルのコースに降り立つ。

 跳躍ジャンプからの丁寧な着地で、吹雪に倍するほどの出力を秘めるとは思えないような軽やかな動きだ。

 

『まずはXFJ計画の日本側開発主任を務める、帝国斯衛軍所属、篁唯依中尉。乗機はTYPE00Fです』

 

 その名が告げられると、会場内に低いどよめきが満ちる。

 唯依の父である篁祐唯は、74式長刀や82式瑞鶴の開発に携わっている。帝国の衛士であれば、誰もが知っていると言ってもいいほどの名である。XFJの詳細を知らずとも、その篁の名だけで衛士の腕を想定してしまえる。

 

 

 

 だが、次の機体が試験場に現れると、そのざわめきが完全に途絶える。

 衛士や整備の者であれば聞き分けられたであろう、先に入った唯依の武御雷よりもわずかに高い跳躍ユニットの音を轟かせて、もう一機が降り立つ。

 

 紫の00式戦術歩行戦闘機、武御雷。

 帝国に、いや世界にただ一機しかありえない機体である。

 

『次に、国連太平洋方面第11軍・白陵基地衛士訓練学校・第207衛士訓練部隊所属の御剣冥夜訓練兵です。乗機はTYPE00R』

 

 今までの207Bの面々とは異なり、わざとらしいまでに正確な所属を長々しく述べられた。その直後にコクピットブロックが開き、機体と同じ紫の零式衛士強化装備に身を包んだ冥夜が、唯依に正対するような位置に立つ。

 

 その機体と冥夜に向け、一部の在日米軍や国連軍の者を除く、会場に居る大半の衛士が起立し敬礼する。

 

 

 

『また合わせて、煌武院悠陽殿下からのお言葉を賜っております』

 

 すでに全員が立っているに等しい状況であるが、ご起立くださいとの霞のアナウンスが重なっていく。

 

 

 

 

 

 

 




終わらないだろうなぁなどと考えながら書いていてトライアル終わりません。人が多いと長くなる~というかまともなメカ描写してないような気もしないではないですが、それはたぶん次こそちゃんと書きたいなぁ……くらいです。

あと今週末は少しばかり移動しておりますので、誤字脱字の修正やご感想返しなどは週明けになります。ご了承ください。


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桔梗の霹靂

 トライアル会場は一種異様な緊張に包まれていた。

 ざわめきもなく、ただ二機の武御雷のアイドリング音だけが、高く響き渡っている。

 

 悠陽殿下からのお言葉を賜っております。ご起立ください、とアナウンスがあったものの敬礼まで命じたわけではない。

 だがそのアナウンスよりも先に、会場の大半がわずかに不揃いながら、命令もなく起立し敬礼していた。

 

 紫の武御雷、そして同じく紫の零式衛士強化装備。

 

 帝国の衛士であってその意味が分からぬ者はない。国連軍の訓練兵だと紹介されようが、それを信じる者など居ようもないのだ。

 

 髪を束ねる白のリボンや髪形が変わっていようとも、「別人」だなどと考える余地などありえないのだ。

 

(一応、命令はしてない……よな? 自発的に皆様が勝手に訓練兵に敬礼してるだけだ、よな?)

 

 起立しろといったのは、今から流される悠陽のお言葉へのことだ。けっして「御剣冥夜訓練兵」に対してのことではない。

 

 冥夜を、煌武院悠陽が演じる「御剣冥夜」だと誤認させる、という目論みは今のところ間違いなく成功している。成功しすぎているといっても良い。

 XM3という新型OSへの感想など、会場に集まった帝国衛士たちの中からは、ほぼ消え失せてしまったに違いない。

 

 

 

 おそらくは会場の誰もが長く感じられる時があり、しかし実際には霞のアナウンスからほとんど間を空けず、悠陽の言葉が静まり返った会場に静かに流れ始める。

 

『まずは此度の新型OSの開発に携わった皆様方に感謝を。今後、国と民が蹂躙されようかという際、もしあの時に準備をしておけばなどと後悔をしたくない、ただそれだけの私の我侭を形にしてくださりありがとう存じます』

 

 誰にとは具体的には名は告げない。

 第四自体が国連の秘匿計画なので、夕呼の名前は軽々しくは表に出せない。そして技術大佐相当官で国連軍の訓練基地副司令を勤めているという表向きの役職程度では、悠陽が名指しで感謝の言葉を述べてしまえば、無用な軋轢を生む。

 

『未だ戦場に立つこともできていない、衛士として未熟な私が戦術機用OSの開発に口を出すことなど、本来であればおこがましい限りではあります。ですがすでに朝鮮半島からの撤退も進み、この国が戦火に晒されるのは目前となっております。この新OSが衛士の皆様の身を、共に戦う幾多の兵を、そしてなによりもこの国と民とを護る一助とならんことを、切に願っております』

 

 前線に立つべき衛士たちに、時間の無さを指摘した上で侵攻に備えよと、そしてXM3の持つ意味を匂わせながら無駄にその身を散らさぬようにと釘を刺している。

 

 

 

(書面だけでも送ってくれればと考えていたが、直接お言葉を録音してくださるとは……)

 

 今回のことは、悠陽が独断でできることではないはずだ。少なくとも五摂家や城内省が認めなければ、代理人の書面一つで済まされてもおかしくはなかった。

 この場にいるのはたしかに現役衛士が大半だが、各界の上層部に伝わらないはずがない。この声明を聞けば、彼らは武家の総意として城内省が第四の積極支援を表明したと看做すだろう。

 

 これだけのことをして貰ったのだから、何らかの見返りは期待されているのかもしれないが、武個人としてみればXM3の性能を以ってして、衛士とその後ろにいる者たちの命で返すしかない。

 

 

 

(ただ、このタイミングで出してきたってのは、夕呼先生の差し金だよなぁ)

 

 武は周囲の反応を観察しながらも、このサプライズの仕掛け人が判ってしまう。

 普通に考えれば、トライアルの開始直後、基地司令たちの挨拶の時に流すべきものだ。わざわざ冥夜の登場を待って聞かせるようなものではない。

 

 悠陽の言葉を聴きながら、武は臨時指揮所として使っているテントの陰となる奥から、列席している者たちの反応を探る。

 双眼鏡を持ち出して直接見たくなるものの、さすがにそれは目に付いた場合に言い訳ができないので、トライアルの状況を撮影している無人偵察機のカメラを列席者に向けて、モニタで見るだけだ。

 

 衛士たちは、直立不動でその短い音声を聞き、それぞれの立場で驚きを表している。

 夕呼やターニャが、短い間ながらにXM3の開発には悠陽が関与していると噂としては流していたようだが、おそらくここに居並ぶ衛士のほとんどはそんな話を一笑に付していたのだろう。

 それが政威大将軍である悠陽から、在日国連軍への直接的な感謝の言葉として聴かされると、驚愕するしかない。

 

 そしてやはりというべきか、本土防衛軍から来ている者たちには、少しばかり不満げな表情の者が多い。帝国軍参謀本部直属というその立場は、斯衛とはまた違った意味で自尊心を肥大させてしまうものだ。

 

 陸軍側の反応は様々だ。大陸派遣軍の者は「もしあの時に……」という後悔を幾度となく経た上で、この国に戻ってきているのだろう。その上でどうしても新装備というものに対する懸念が拭えないように見える。

 

 反応が薄いのは、悠陽の持つ意味合いが理解できない第七艦隊から来ている一部の若手衛士くらいのものだ。合衆国ならば大統領がすべての役職を飛び越えていきなり末端の装備開発に口を出してきたのか、程度のものだ。

 逆に古参の米軍衛士たちは日本の内情を知る者も多く、声を立てずに驚きとどこか期待に満ちた顔付きだ。政威大将軍の持つ意味が判る者からすれば、日本が本土防衛、そしてその後ろに控える米国防衛に向けて挙国一致体制へ移行しつつあると感じたのだろう。

 

 

 

『まさかと思うけど、白銀? 御剣の任務って……』

「おいおい何を考えてるんだ榊分隊長殿? 御剣訓練兵の任務はさっきのアナウンス通りだ。今から始まるXM3に換装した武御雷での演舞だよ」

 

 悠陽の声明に驚きつつも、冥夜に音声まで偽装させたのかと問いそうな千鶴に、武は言葉を被せて誤魔化しておく。たしかに悠陽と冥夜との声は似ているかもしれないが、通信越しで判断しにくいとはいえ、間違えるほどではないはずだ。

 ただ、それを疑う程度には千鶴も動揺しているようだ。

 

(ま、御剣のことを知っている榊でさえ勘違いするんだ。事情を知らない衛士からしたら、どう見ても殿下じきじきにお出であそばされたしか思えないか)

 

 政威大将軍である煌武院悠陽が衛士教育を受けていることは、決して機密でもなんでもない。むしろ国難の際には、率先して前線に立たれるのではとまで噂されている。

 無論、その噂も作られたものであろうことは、今の武は推測できる。だが直接会った上で、やはり悠陽であれば自ら先陣を切ろうとしてしまうのではないか、とも考えてしまう。

 

 

 

 

 

 

『では、皆様ご着席を。篁中尉と御剣訓練兵による、帝国最強たる戦術機による剣の舞をご覧ください』

 

 アナウンスとして、霞の声は何事も無かったかのように続く。

 なるほどたしかに、こういうときには霞の落ち着いた声は、耳に心地よい。霞は、先のAL世界線では桜花作戦において凄乃皇のナビゲートも務めていた。武自身あの声にかなり助けられていたことをふと思い出してしまう。

 

(頼むぞ二人とも。機体に傷が付くくらいならともかく、怪我だけはしないでくれよ)

 

 横に居る尊人には気付かれているのだろうが、今の武は見守ることしかできず、戦術機のコクピットに居る時以上に緊張していた。

 

 演舞ということもあり、装備自体はともに右手に74式長刀を、そして予備として背部の可動兵装担架に一本だけだ。

 問題は、本来訓練などであれば装着するはずの、刀身に付けるべき樹脂緩衝材が無く、刃も落としていない純粋に実戦用の74式長刀を装備していることだ。

 

 この二日ほど、冥夜と唯依とは武の指導の下、加速度病にかかる限界まで実機とシミュレータでの訓練を続け、空いた時間は道場で向かい合うという、この演舞のためだけの訓練を続けていた。

 まさに寸暇を惜しんでの特訓だった。

 

 もともと今回の演舞は冥夜と真那とで予定していたが、唯依がトライアルが終わるまでは日本に残るということもあり、急遽頼み込んだのだ。

 

 真那の腕が唯依に劣るということは無く、また冥夜の太刀筋を良く知る者ではあり、本来であれば演舞の相手としては、真那のほうが安全ではある。

 ただ武家内部の序列はどうであれ、一般衛士には月詠よりも篁の名のほうが間違いなく高い。そのため唯依には無理を押してもらった。

 

 

 

 200mほどの距離を空け、二機の武御雷は正対している。

 人間サイズに換算すれば少しばかり離れすぎているようにも見えるが、戦術機のそれも武御雷の機動性をもってすれば、すでに間合いの内だ。

 

 開始の合図とともに、山吹の武御雷はそのわずかな距離を脚力だけでまさに一瞬で詰め、示現流の真髄ともいえる初太刀を浴びせる。

 「殿下」に対し、たとえ演舞といえど刃を向けることに、躊躇いなど一片も見受けられない一撃だった。

 

 だが柳の構えにて待ち受けていた紫の武御雷はその一太刀を、半身ともいえぬ動きにて微かに刃を当て、逸らす。

 

 そして「二の太刀要らず」とよく話されるが、示現流に連携がないわけではない。

 山吹は初撃を躱された直後には次の動作に入っている。柄から左手を離し、右腕のみで振り下ろした剣先を下から首元を凪ぐように跳ね上げる。

 

 紫はその二撃目もわずかな脚運びのみで躱し、捌いた刀が戻りきる前に突き出される切っ先を、刃を立てることなく静かに押し別ける。

 

 荒々しくすべてを吹き飛ばすかのような剣戟を繰り広げる山吹に対し、紫はまさに流れるように静かに一太刀ごとを受け流し通り過ぎさる。

 

 

 

 演舞として組み立てられた手順だが、幾合かの斬撃の応酬が繰り返される様は、真剣なせめぎ合いにしか見えない。

 

『ん~なんなんだろ』

『……なにか御剣の動きが悪い?』

 だが、訓練をともにしてきた207Bの皆は、どこか違和感を感じはじめていた。

 

「彩峰と鑑は気が付いたか? いまはどちらの機体もOSの機能を制限してる。仮称ではXM1、キャンセル機能だけを搭載したバージョン同等だな。で次はXM2、先行入力が可能になる、と」

 

 武の言葉に合わせたかのように、二機の武御雷が再び距離を取る。めくれ上がった地面で判りにくいが、メートル未満の誤差で最初の立ち位置のはずだ。

 

 

 

 今回も先ほどと同じく山吹がいきなり距離を詰めるが、今回は左側面から回り込むように薙ぎ払いに行く。

 それに対し、紫は受けるのではなく脚裁きで摺り下がるように回避していく。

 

『ああ、今回は動きを見せるんですね』

「そのとおり、演舞とは言ったがあくまでXM3のトライアルの一環だからな。こういうことができますよっていうデモだよ」

『……デモ?』

「っと、デモンストレーション……模擬機動だな」

 

 壬姫が冥夜の回避行動を見て演舞全体の意味を掴んでくれるが、久しぶりにEX世界線でしか通用しない言い回しを使ってしまい、言葉に詰まる。

 

 しかしそんな武とは無関係に、演舞のほうは続いている。

 先ほどまでは、地面にまっすぐな直線が描かれるほどに一本の線の上で戦っていたが、今は円を描くように二機はその位置を目まぐるしく入れ替えていく。

 

 基本的には先と同じように、唯依の山吹の武御雷が斬りかかり、それを冥夜の紫の武御雷が最小の動きで躱すということの繰り返しなのだが、唯依は常に太刀筋を変え、また冥夜も同じ回避方法を取ることもない。

 

 

 

『これって、芝居とは違うけど、型は決まってるのよね?』

「演舞だからな。流れは決めてある。御剣がここ二日お前たちとは別行動だったのは、これを覚え込んでもらうためだった」

 

 実際のところ、操作だけに関して言えばこの第二段階が一番煩雑だ。

 特に唯依は、冥夜の回避を見てから次の振りを入力しているようでは繋ぎが不自然になるため、常に先行入力で舞踏の拍子を取っているようなものだ。

 

 流れが決まっているのでキャンセルを挟むことはほぼないが、もしどちらかが何らかのミスを犯せば即座に太刀筋を変えねばならぬために、唯依の負担は大きい。

 最初にこの段階の説明をしたときなど、緊張から気を失うのではないかと思うほどに蒼白になっていたものだ。

 

 対して冥夜にしてもけっして楽なわけではない。実戦のように見てから如何に避けるかという判断を下す必要があるわけではないが、相手の踏み込みに合わせ常に受身で対応し続けなければならない。

 

 だが衛士二人にそれだけの負担をかけるだけのことはあったようで、先ほどまでは少しばかりざわめきの残っていた会場も、その動きに魅了されるように二機の駆動音しか聞こえなくなっている。

 

 

 

「で、本番はここからだ」

 

 再び二機は最初の位置に戻り、距離を取る。

 

『え?』

 次はどう仕掛けるのか期待を持たせた瞬間に、動いたのは冥夜の紫の武御雷だ。

 無線越しに聞こえた誰かの驚きの声こそ、会場の反応と同じだ。

 

 今まで受けに回っていた紫の武御雷が一切の準備動作なく跳躍ユニットを吹かし、瞬時に斬りかかる。

 それを受ける山吹もまた跳躍ユニットを使い、横ではなく上に躱す。避けるだけに留まらず、空中で兵装担架に収めていた予備の長刀を左手の逆手にて抜き放ち、落下の勢いに任せて二刀を振るう。

 

 それを受ける余裕などありえないとしか思えなかったが、紫は待ち受けていたように手にする長刀ではなく、左右の肘で二刀をいなす。

 さらに半身に逸らした勢いで、踵のブレードを山吹の頭頂に落とすように蹴り上げる。

 

『ええっ!? いまの御剣さん、なんか凄くない!?』

「武御雷だからな、内装の短刀が各部にあるんだ。せっかくだから使ってもらうことにした。あとこの前話に出てた各部のブレードエッジだな」

 

 もちろん当てるわけにはいかないので、その踵落としを今度は山吹が軽やかに避けていく。

 

 

 

「鑑さんじゃないけど……凄いね、御剣さんも」

 尊人も横で感心したような声を上げている。

 ただ、双方が跳躍ユニットによる無理やりな空中機動からの近接格闘を続けているため見た目は派手だが、実のところ操作自体は先ほどよりも楽なはずなのだ。

 

 空中からの二刀振り下ろしを肘の短刀で受けたのも、その流れからの踵落としも、ともに今回の演舞に合わせた特別なコンボを設定しているだけだ。実用性はまったくないが、見栄えのするものをいくつか仕込んでいるのだ。

 

「おいおい、こんなのはあくまで演舞だ。お前らだってパターン覚え込んで、この程度はこなせるようになってもらわないと困るぞ」

「いやぁ、タケルならたしかにできるんだろうけど、あんなに振り回されたら普通は眼を回す程度じゃすまないよ」

『鎧衣君の言うとおりだよータケルちゃん基準で考えてたら、振り回される御剣さんがかわいそうだよ』

「あ~いや、この程度だとまだ振り回すうちには……」

 

 さてどう言うべきかと思っている間に、二機は演舞の最終局面に入っていた。

 

 今までの距離とは違い、二機は500mほど大きく離れ正対しなおす。

 山吹が左にも持っていた長刀をゆっくりと離し、再び両手に一本だけを持ち、大上段に構える。

 対して紫のほうもまた一刀のみで柳に構え、繰り出される一太刀に備える。

 

 

 

 三度目とは逆に、再び先に動いたのは山吹だった。正面ではなくわずかに上向き、高度にして100フィートほどまで跳ね上がり、そこからパワーダイヴ。一振りにまさに全身全霊を掛けた一振りを繰り出す。

 

 当たらずとも掠るだけで大破してしまいそうなその突進に、紫の武御雷は左斜め前方にわずかに噴射跳躍し、即座に左の跳躍ユニットはそのままに右だけを前方に向ける。速度の乗ったままにコマのように機体全体を捻り上げ、完全に振り切った山吹の背面から、その無防備に晒された項部分に切っ先を突き尽きた。

 

『白銀……今のって』

「おう、初日にシミュレータでお前たちに見せたヤツの、ちょっとした応用だな」

 

 ターニャからドリフトターンと言われた機動の、その近接用のアレンジだった。

 今回のように相手が止まらければ確かに剣の間合いから外れるが、それであればそのまま噴射跳躍で切り込めばよいだけだ。

 

「コンボを使えば、誰でもあの動きができるようになる」

 まあ問題は、戦術機適正の低い衛士にとってすれば、恐ろしく酷い体験になるらしい、ということだけだ。

 

 

 

 

 

 

『以上を持ちまして、篁唯依中尉と御剣冥夜訓練兵による演舞を終了させていただきます』

 

 霞のアナウンスを受けて、まばらに拍手が起こる。冥夜の件にしろ、その後に見せられた武御雷の挙動にしろ、会場全体がどう反応すればいいのかまだ理解が追いついていないような状態だった。

 

『では午後からはXM1、XM2、そしてXM3の各段階ごとの挙動の違いなどのご紹介を経た後に、シミュレータではありますが搭乗の機会を設けておりますので、ご希望の方は……』

 そんな反応の薄さなどまったく気にしていないような平坦なままの口調で、霞は必要事項だけを伝えていく。

 

「お前たちも機体をハンガーに戻して、昼食って来い。午後はひたすらに質問攻めにされるぞ?」

 霞のアナウンスを聞きながら、207Bに休憩の指示を出しておく。

 

 武としても仕事は終わったと言いたいところだが、忙しいのはここからだ。

 

 

 

 

 

 

 




半島撤退に言及する悠陽殿下のお言葉、初期案ではチャーチルから引用かなーとか考えてました。が、ちょうど?ダンケルクが上映していることもあるし、そもそもBETA相手に降伏という選択肢がないので、今回はこんな感じで。

そしてなにやら久しぶりに戦闘?シーンを書くと大変疲れました……トライアル自体の反響など含め後2~3回で第二章終わるといいなぁ、という感じです。


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忘却の供犠

 丸一日を使ったXM3のトライアルは、一見は特に問題もなく、予定通りの時刻に終了した。細々とした撤収作業などはまだ続いているが、それらはさすがに207訓練小隊が関与する範疇ではない。

 

 そして責任者には報告が必要ということで、武はまりもともども夕呼の執務室に集められたものの、伝えるべき案件はさほどない。

 

「で、今日のトライアルだけど、成功と言っていいのかしら?」

 

 報告を受ける夕呼にしても、さして興味があるわけでもないのだろう。まさに一応は聞いておくという夕呼の口ぶりだ。そもそもさきほどまりもが手渡した報告書は、雑多な夕呼の執務机の上、そのもっとも優先度が低そうな山の一つに積み上げられただけだ

 

 午後からのXM3仕様の戦術機シミュレータへの試乗などを含め、各地の衛士の反応に関してはざっくりした調査報告程度は上がってきている。

 207Bの面々にも、午後はトライアルに参加した衛士との会談機会を設け、教練の内容なども含めすべて聞かれたことは答えて来いと送り出した。こちらに関しては詳しい話はまだ聞いていないが、直接話した衛士の反応は、それなりに良好だったらしい。

 

 

 

「XM3の性能を提示するという面においては一定の成功を収めた、と考えております」

「ホント硬いわねぇ、まりも。そこの白銀を見なさいよ、自室みたいに寛いでるでしょ」

 

 寛いではいませんよと抗いたくなるが口にはせずに、いつものように代替コーヒーを武は用意する。たしかに一見すれば、寛いでいるようには見えなくもないだろう。

 

「ただ、個人的な所感ではありますが、これでXM3が現場衛士に受け入れられるとは楽観できません」

 そんな武を一瞥した上で、まりももまた態度を崩さずに報告を続ける。

 

「まだまだ難しいですよ、XM3に関してはやはり拒否反応も大きいです。『御剣冥夜』のほうの宣伝は、まあ驚くくらいに成功してしまってるんですが」

 

 二人にコーヒーを差し出しながら、武も感想を加える。

 夕呼からは形式張るなと再三言われているので、上官二人を前にしながら、気安い口調を意図して使う。

 

 

 

 だが武とまりも二人ともに少しばかり悲観的な意見を口にはするものの、トライアル自体は、悠陽からのお言葉と二機の武御雷による演舞を以ってして、ほぼ成功したといえるだろう。

 

 今日の公開トライアルはあくまで軍、それも現役衛士に向けての意味合いが大きい。内々にはF-4、F-15、94式にそれぞれ最適化したXM3と、CPU先行試作は国内の各戦術機メーカーにも提供されている。光菱重工にいたっては、すでに撃震の最新ブロック215をXM3に最適化した機体を用意しているという。

 

 XM3の採用自体はほぼ確定、あとは衛士の「新装備」に対する拒否感を低減するだけだった。

 

 問題となる予算にしても、2002年度以降の分は今からの予算編成次第、武の目的とする喀什攻略には間に合わないかもしれないが、反応次第では緊急予算を組んでもらい、01年度内の一部先行配備もありうる。

 

 BETA侵攻を願うわけではないが、九州上陸が起こってしまえば、否が応でも実戦証明はなされる。そうなれば他国への輸出も進むだろう。

 

 今なおF-4やF-5を主力として使っているアフリカ諸国や、予算的問題などで第三世代機の導入が困難な国家であれば、フルスペックのXM3でなくともXM1を導入するだけでも衛士の生存性をわずかでも高めることはできる。

 

(長期的視野に立てばという話ならXM3の頒布計画は完了していると考えてもいいんだよな。もうXM3は俺の手を離れた、か)

 

 日本帝国陸軍の採用がほぼ確定した現在、世界規模でのXM3導入は、あとは時間が解決してくれるはずだ。その時間が残り少ないとはいえ、二次大戦のアメリカを真似るわけではないが、国連軍主導の下でレンドリースなどの形でとりあえず導入だけ進めてしまうといういささか強引な手段も取れなくはない。

 

 

 

 

 

 

「問題は、大陸派遣軍の、それも実戦経験済みの衛士からの反発が、予想よりも多いくらいですか」

 

 武が気にするのは、否定的な意見の多くが大陸派遣軍の衛士から出ていることだ。

 現状のOSに慣れた者からの反発はある程度予想されていたが、先に経験したAL世界線で国連軍衛士から絶賛されたという記憶もあり、実戦を経た者であれば受け入れてくれると楽観視していたことは否めない。

 

 ただ、指摘されていることはそれなりに納得できる。

 

「予算に関してはそれなりに考えてましたが、訓練期間……ですか」

「白銀。貴様は別格としても、207Bがこれほどまでに短い期間で習得できたというのは、完全に最初からXM3で教練をしていたからだ。従来型に慣れた者ほど時間が掛かる可能性は高いぞ」

 

 大陸派遣軍から寄せられたのは、時間的余裕の無さの指摘だ。

 とくに先日半島から帰ってきた部隊に属する者は、ほぼ全員といって良いほどに今は大規模に装備の変更をすべきではないと考えているようだ。悠陽の言葉にもあった日本防衛の準備期間、その時間が限られていることを肌で実感しているからこその意見だろう。

 

 大陸派遣軍は再編が予定されているとはいえ、何もいきなりバラバラに本土軍へ編入されるわけではない。大陸へ派遣されることがなくなることから名が変わり、任務地に変更がある程度だ。部隊編成はそのままに、その多くは九州防衛の第一陣に当てられることがほぼ確定している。

 

 年内の九州への大規模進行が予測されている現状、いまから悠長にXM3の慣熟訓練などを行っていてる余裕は、確かにない。

 

 

 

「九州の防衛に間に合わせようとするならばXM1以外の選択はない、ですか」

「実戦経験者であればこそ、OSの習得に最低1ヵ月、できれば3ヶ月は欲しいところだろう。慣れぬ装備で前線に立ちたい者などいないぞ」

 

 半島から撤退してきた部隊であれば、装備の補修や人員の休暇などの間にXM3習熟の時間を捻出できなくも無いが、こちらは配備されている機体が撃震でありXM3用のCPU換装予算のほうが出せない。

 XM1であれば、操作感覚においてはほぼ現行のOSと同様だ。換装するとしてもソフトのみであり、整備の面でも負担が低い。

 

「XM1の堅実性が評価された、というよりはXM3への換装に伴う、予算以外の面での問題ということですね」

 

 これはたしかに対処するのが難しいことは武にも判る。武がほぼ付きっ切りで指導していたとはいえ、207Bであってしても三次元機動までを身に付けてはいない。

 ハイヴ侵攻ほどではないが、XM3搭載機で山岳地での地形を用いた遅滞戦術などを執り行えるようにまで習熟しようとするならば、1ヵ月ではかなり無理がある。

 

「XM3に合わせた教練が始められるとしても来年度以降のことだろうし、XM3が導入されれば機種転換にも等しい訓練が必要になるからな」

 

 XM3の本格的な導入は早くても2003年度以降ではないかと、まりもは以前にも推測されていたことをあらためて口にする。

 

 

 

「ただ、性能面において必要ないと切り捨てている意見は少ないな。まあ殿下のお言葉がある限り正面だっては否定できんだろうがな。」

 

 二機の武御雷が見せた機動と、それ以上に悠陽の言葉が何よりもXM3の立場を強化している。斯衛から帝国軍への技術提供として受け取られている部分も多大にあるようだ。

 

「まりも、ヘンに勘繰ってるかもしれないけど、そこの白銀は斯衛とは元々は関係ないわよ」

「……失礼いたしました、副司令」

「え? 俺ってやっぱりまだ疑惑の対象なんですか?」

「バカねぇアンタ。今回のことでますます疑わしき人物になったに決まってるじゃない」

 

 まりもから見れば、XM3は最初から城内省と斯衛とが開発を企画していた、と言われたほうが納得できるのだ。

 

 何よりもまず、武の技量がおかしすぎるのだ。それに加えXM3の開発期間があまりにも短すぎる。

 悠陽の意向で以前より極秘裏に進められていたXM3開発、その最終段階として武は斯衛から極秘裏に派遣された、というならば理解もできる。病室で二年間寝ていた訓練兵が思いついたOSで、それを天才とはいえ夕呼がほんの数日で作り上げた、などと横で見ていても信じられない。

 

 

 

「逆に陸軍の中でも本土軍からは、まずは第三世代機用にXM3で、という声も大きいです」

 白銀の件はさておきと、まりもは話を元に戻す。武への疑惑はそうそう消えははしないのだろうが、いまこの場で続けることでもないと判断したようで、他組織からの反応に話題を変える。

 

 帝国本土軍は不知火の配備比率が高い。それに今日観戦に来ていた本土軍衛士も不知火に搭乗している者も多く、そちらの意見が色濃く出ているようだ。

 

「事務次官補殿からのお話では、米海軍のほうは良好な感触、米陸軍は懐疑的、と。このあたりも予想通りですね」

 武も自分の立場が疑われているとあらためて思い知らされたものの、訂正する材料もないので、この切り替えは歓迎だ。ちょっとした脱線程度に捉えて、トライアルの件に意識を戻す。

 

 砲撃戦が主体の米軍とはいえ、海軍の戦術機に求められるのは陸軍機と少しばかり異なる。長期に渡る防衛線の構築などではなく、一点突破や崩壊した戦線の修復といった、まさに短時間での高火力だ。むしろ運用方法は、同じ合衆国軍である陸軍よりも帝国やソビエトのそれに近いとも言えなくはない。

 

「あとは文句言ってきてる本土防衛軍、ですか」

 武としては溜息をつきたくなるようなところではあるが、これもまた予測されたことだ。

 本土防衛軍からはなぜ国連軍での開発となったのか経緯を示せと言い出している。が、その横で富士教導団には最優先でXM3の導入をとの声も出ている。

 

「正直なところ、一番導入してもらいたいところには時間的余裕で断られ、わりとどうでもいいところからは上から目線で文句を言われつつさらに値切られてる、って感じですね」

 

 本土防衛軍は、規模としても配属地にしても実質的には首都防衛隊といってもいい。衛士の技量などに疑いは無いが、その立場上、九州防衛にもその後の喀什攻略にも使えるわけではないのだ。

 

 

 

「はいはい、バカどもの反応なんてものを辛気臭い顔して考え込まない。どうせそういうヤツらは態勢が傾けば、ゴマすりに来るわよ、あ~うっとうしい」

 まりもと武との報告というよりは意見交換をほとんど聞き流していた夕呼だが、一通りは聞いたところで切り捨てるように吐き出す。

 

「それにまりも、明日のほうがアンタにとっては晴れ舞台なんでしょ。寝不足の顔で教え子たちの前に出るつもりかしら?」

「それは、たしかにそうではありますが……」

 

 あといくつかは形式としては伝えておいたほうがいい内容もなくはないのだが、夕呼はすでに聞く態勢ではない。話は終わりとばかりに、ひらひらと手を振っている。

 ちらりとまりもが武を見てくるが、あとは任されたという風に頷くことくらいしかできない。

 

「では、お言葉に甘えまして、報告は以上とさせていただきます。失礼いたします」

 最後まで一応は部下としての態度を取りながらも、わずかに呆れたような目線で夕呼を見ながら、まりもは敬礼し退室する。

 

 それを見送った後に、武はもう一杯コーヒーを注ぐ。

 

 

 

「なに、白銀? まりもに疑われてるのが寂しいからって、あたしに慰めて欲しいわけ?」

「まさか。まあ疑われてるのは仕方がない部分もありますし、寂しくはないとは言い切れませんが、受け入れますよ」

 

 第一、説明しても信じてもらえませんよ、と軽く笑ってごまかす。武の本当の経歴など、言葉にして信じるのは夕呼とターニャくらいだ。

 教官補佐として、まりもとはそれなりに上手くやれているのではないかとはと感じていたが、それは別としてたしかに疑惑を晴らそうとは考えもしていなかった。むしろ武の経歴を勝手に高く見積もってくれているほうが、教導に関する意見を通し易いとまで思ってしまう。

 

「それに御剣の件もそうなんですけど、夕呼先生にはXM3の開発とか、事務次官補の件とか、先生の研究とは関係しないところでお世話になりっぱなしで、本当にありがとうございました」

 

 AL世界線では、XM3開発などストレス発散程度のものだと嘯かれた。その言葉通り、戦術機用のOS開発など第四計画には本来何の関係もないものなのだ。

 

 だが、今の夕呼の反応は、武の予想とは少しばかり違っていた。

 

 

 

「あら? XM3の開発に関しては、それなりに意味はあったわよ。ハードは有り物の組み合わせでしかないけど、ソフトの方は並列処理系の実地運用テストにちょうど良かったしね」

「え? それって00ユニット用ですか?」

「そうよ。既存の理論じゃ完成しないと言われて、はいそうですかってあたしが燻ってるとでも思ってたの? 天才なめるんじゃないわよ」

 

 公式が間違っているために、今のままでは完成しないとターニャと武から言われたものの、それで納得していた訳ではなさそうだ。人体を模したハードとしての00ユニットの開発は半ば中断しているものの、高性能のCPU設計とそれを運用するためのソフト開発は続けているらしい。

 

「ま。どこまでできるか判んないけど、別の世界線のあたしがひょろっと思いついた程度のことよ? 00ユニット以外の対BETAコミュニケータくらい何かの拍子で考え出して見せるわ」

「先生だと、ホントにやってしまいそうですから俺としては本気で期待してしまいますよ」

「アンタが期待してるのは、XG-70の中枢コンピュータとしての00ユニットでしょ? その程度なら何とかなるかもしれないわよ?」

 

 本当にさらりと、夕呼が言葉を漏らす。

 おかけで武の反応が、遅れてしまった。

 

 

 

「って、XG-70動かせるんですかっ!?」

「落ち着きなさい。今のところは、できるかもしれない、くらいよ。現物が無いからまともに開発研究もできないしね。ただ、ラザフォード場の安定展開だけなら、理論上は処理可能なシステムを構築できる目途が立ちそうではあるわ」

 

 XG-70は、アメリカが70年代半ばから開発していた戦略航空機動要塞と呼ばれる、試作兵器のシリーズだ。

 

 G元素を用いる重力制御機関、ムアコック・レヒテ型抗重力機関を主機関とし、それによって生み出されるラザフォード場と呼ばれる重力場を推進と防御とに併用している。駆逐艦に匹敵するほどの巨大な機体を、ラザフォード場で空に浮かし、光線級のレーザーであっても無効化することが可能だ。

 

 だが武の知る限り、00ユニットが完成するまではML機関の安定制御が不可能であり、試作一号機はラザフォード場の多重干渉による重力偏差で、コクピット内のそのテストパイロットたちを全員死に至らしめている。

 

「いえ、それだけでも十分でしょう」

「へ~荷電粒子砲が売りのデカブツよ? 盾だけあっても仕方ないんじゃないの?」

 

 夕呼の言うとおりXG-70の主兵装は、重力制御の際に生じる莫大な余剰電力を利用した荷電粒子砲が想定されている。

 武の記憶の中にある機体でも、試作二号機であるXG-70b 凄乃皇・弐型はこの荷電粒子砲以外には一切の武装が存在しない。

 

「欲しいのは火力じゃなくて、戦術機のサポートなんですよ。弾薬や推進剤もですが、何よりもCPが必要なんじゃないかと」

 

 だが何度も桜花作戦を思い出し、新たな喀什攻略を考えているうちに、武としては火力としてのXG-70ではなく、補給および指揮中枢としての機能に意味を見出すようになっていた。

 桜花作戦において武たちA-01に関しては霞と純夏とがCPの役割も兼ねていたが、他の部隊は各中隊長クラスにその負担が圧し掛かっていたはずだ。特にハイヴ内部に侵入してしまえば外とは満足に通信さえできない。そんな中でCPの補佐もなく作戦指揮を取り続けるのは、困難を通り越して不可能ともいえる。

 

 

 

「でも、アンタのレポートじゃ、結局最後は荷電粒子砲が必要だったんでしょ?」

「っ!?」

 

 ――私の生涯が……例え影としての生でしかなかったとしても

 ――御剣冥夜がこの世に在った事を……覚えていてくれさえすれば

 

 最後はと言われて、普段は意識に上らせないようにしていた冥夜の末期が頭に浮かびそうになる。が、そのことに意識を割く時ではないと、無理やりに振り切る。

 忘れてはならないが、今の武は思い出に浸ることを自身に許すことができない。

 

「ええ、あ、とですね……っと。後からああだこうだと言うのも格好悪いんですが、重頭脳級を破壊するだけならそこまでの火力は必要ないんじゃないかとも思うんですよね」

 あくまで作戦としてと半ば以上自分に言い聞かせるように言葉を組み立てながら、荷電粒子砲の代案を上げようとする。

 

「今だから言えますが、チャージ時間などを考えると、相手の出方が判ってる今なら大口径の電磁投射砲。なんなら1200mmOTHとかでも構わないんですよ」

 

 話し出せば、以前から少しずつ形になりかけていた方法が固まってくる。

 2700mm電磁投射砲が未完成で積めないのであれば、砲身寿命の問題で弾数が心もとないが試作1200㎜超水平線砲を積み込んでもらってもいい。

 大広間に入って射線が通った瞬間に撃てることが肝要だ。

 

 なによりも重頭脳級を相手にする際は、あのラザフォード場を貫通し機体制御を掌握してくる触手を迎撃しつつ、できれば距離を取って処理できることが理想である。

 チャージ時間が必要な荷電粒子砲などよりも、単純な火砲のほうがむしろ望ましい。

 

 そんなことを、纏まりきらないままに、武は夕呼に説明していく。

 

 

 

「ふ~ん。まあ、アンタがそう言うならそれでいいわ。荷電粒子砲は不要ではないが必須でもない。ということにしておいてあげる」

「……ありがとう、ございます」

 

 武は荷電粒子砲の代替を説明する間、口の中が乾ききっていることも自覚できず、コーヒーを呑むこともできなかった。

 

「アンタも早く寝なさい。御剣ほどじゃないでしょうけど、トライアルの準備でほとんど休んでないでしょ」

「はい、失礼、します……」

 

 珍しく夕呼が優しげにそう言葉を掛けてくれるが、今の武にはそれはどこか自分が不要だと突き放されたようにも感じられた。

 

 

 

 トライアルの成功の喜びなど、そんな余韻は一切持てず、武はただ眼を瞑るためだけに自室へ一人戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 




トライアル後の報告会~のはずですが、凄乃皇出るよーの予告です、たぶん。前回パートにここまで含めたかったのですが、妙に長くなって縮めるのに失敗してしまい、こういう形に。

ML機関の説明をwikiとかメカ本見ながら入れようとして四苦八苦してました。バリヤー張れて浮かべますくらいですケド。


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質樸の壮途 01/11/16

 XM3のトライアルが白陵基地で執り行われる数日前、11月11日、佐渡島ハイヴの存在しないこの世界線においては鉄原ハイヴからの侵攻が見受けられた。

 先月に行われた間引き作戦が、G弾の無警告使用により満足な結果が得られなかったことによる、大規模飽和だという推測が既になされている。

 

 G弾推進派としては少なからぬマイナス評価ではあるが、逆に言えばG弾の使い方がある程度判ったともいえる。

 その迎撃不可能という性質から、対光線級の兵器として作戦最初期に投入されたが、これが間違いであったとされた。ハイヴの地表構造物や地下茎に対しても想定されていたよりも破壊能力が低く、核と同様に地表に出てきているBETAを排除することを主眼とすべきだという。まずは戦術機などでハイヴからBETAを一定数誘引し、前線が支え切れなくなる限界でG弾を投下。可能な限りBETA集団を広範囲に巻き込むように使用するべきであろうと、報告されているらしい。

 

 

 

 この11日の侵攻を受けて韓国政府及び国連軍は朝鮮半島の防衛放棄を正式に決定。大東亜連合の義勇軍も含め、順次撤退に入った。

 このあたりはターニャが以前から勧告し続けている、損耗の抑制を第一義とした遅滞防御の方法論が国連軍のみならず各国でも確立されており、混乱は最小限に抑えられている。

 弾薬や燃料などは無理に持ち出さず、現地で順次消費しながら後退を続け、11月中には半島からの完全撤退が完了する予定だ。そして撤退に際し、帝国大陸派遣軍の多くは戦線の後退を支援するため最後まで半島に残るという。

 

 また重慶周辺の個体数の増加も確認されており、鉄原ハイヴへの増強如何によっては台湾か九州への渡海侵攻が予測されている。

 もちろん武たちは他世界線での知識を元に、九州から山陰への防衛を重視しているが、残念ながら台湾進攻を完全に否定するほどには、状況的には確たる証拠が無い。

 

 極東に展開している国連太平洋方面第11軍としても、九州防衛にだけ注力するわけにもいかず、台湾と九州、そして樺太方面へと戦力を分散する形となってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

「昨日はお疲れ。想像以上の出来上がりだったぞ。疲労も残ってないよな?」

 朝食のためにPXに集まった207Bの面々に、武はあらためて労いの言葉を掛ける。

 

 実際のところ通常の教練よりも搭乗時間も短かったために、身体的な疲労はさほどないはずだ。ただXM3に関する質疑応答などにも参加させたために、緊張からくる精神的な負担は大きかったように見えた。

 それも夕食の際には笑って話せる程度にはなっていたようで、今は普段と変わりない様子だ。

 

 尊人にいたっては表に出すわけにもいかなかったために、裏方の軽い作業ばかりだったので、そもそもが休日のようなものだった。

 

 一番疲れていそうなのは、数日に渡って文字通りの特訓を強いられていた冥夜だろうが、その武御雷による演舞の後は昼食もとらずに唯依ともども倒れこむように寝込んだらしい。そのおかげか、他の皆と同じく疲労の色は残っていない。

 

 

 

「しかし白銀。そなたこそ昨日から休んでおらぬのではないか?」

「だよね? タケルちゃん、なんか眼の下にクマ作ってない?」

「ん……ああ、まあ事後処理というかいろいろあってな。正直あまり寝てねぇ」

 

 冥夜と純夏から指摘されるが、仕事があったと誤魔化してしまう。細々とした報告書の仕上げなど確かにするべき雑務はあったものの、武が寝不足なのは別の要因だ。

 

(この二人の顔見たら、また思い返しちまったな。まったく割り切れてねぇのはホント俺自身だよ)

 

 XG-70が使えるかもしれないと聞き、喀什攻略への道標が立ったことを喜ぶよりも、何よりもまず困惑が大きかった。

 同じ間違いを起すつもりもなければ、より良い方向へと少しずつは変化しているのではないかと感じる一方で、もう一度同じことが起きてしまうのではないかという不安は常に付きまとっている。

 

 はっきりと言えば、もう一度冥夜をこの手で殺さなければならないのではないかという恐れだ。

 

 

 

「徹夜はダメだよタケルちゃん。衛士は身体が資本って言うし」

「身体もそうだが、精神的な疲れか? そなたには無理を掛けていることは知っていたが……許すが良い」

 

 仕事と誤魔化してみたものの、二人ともにまた心配げに武の顔色を伺っている。その上、冥夜にいたっては自分の問題で負担を掛けたと思い込んでいるようだ。

 

「ああ、気にするな。御剣に直接関することじゃないし、徹夜もしてないぞ? 階級に伴う責任ってヤツのひとつ、というほど格好いいもんでもないな。前から出されてる宿題を片付けようと、下手に考え込んでただけだな」

 

 武にXG-70への蟠りがないとはいえない。もう一度乗れるのかと問われれば、間違いなく躊躇してしまう。

 

 喀什攻略の戦力として、XG-70があれば心強い。

 だが、いざ使えるかもしれないと聞かされると、どうしても忌避感を感じてしまう。

 

 そんな自身の逃げるような思考を振り払うために、喀什の攻略計画を練っていたために、寝付けなかっただけだ。

 

 

 

「まあ、後で余裕をみて仮眠は取るさ」

 味わいつつも、いつの間にか身に付いてしまっている早食いで朝食を片付け、合成玉露で一服する。

 それに武の予定であれば、この後は少しばかり時間が空けられる。

 

「俺の寝不足はともかく、だ。今日の予定だが、通常の訓練はない。1000に制服で講堂に集合。以降の予定はおって指示がある」

 

「講堂?」

「白銀……またなにか企んでる?」

 

 疑問の余地のない簡単な指示に対し、千鶴と慧とか問い詰めるような視線とともに言葉にするが、他の四人も訝しげな表情だ。

 

「何があるのか、白銀さんは知ってるんですよね?」

「まあ、な。時間はあるだろうから、ゆっくり準備してから集まってくれ」

 

 普段の教練の開始時間よりも1時間は遅い。武の寝不足を解消する程度の余裕はある。

 

 

 

 

 

 

「気をつけ!!」

「小隊整れーつッ!」

 

 予定時間よりかなり早くに207Bの皆は講堂に集まっていたものの、なにが始まるのかという漠然とした緊張感から、雑談をするほど余裕がある者は居なかった。

 国連軍の大尉が講堂の壇上に現れ、まりもと千鶴の号令が掛かった後のほうが、どこか気の緩みが感じられるほどだ。

 

「休めッ!」

「突然ではあるが、ただ今より、国連太平洋方面第11軍、白陵基地衛士訓練学校、第207衛士訓練小隊解隊式を執り行う」

 

 見知らぬ国連軍大尉が宣言し、予想外のその言葉に皆の顔に驚きが走る。

 

 歓喜よりも驚愕のほうが大きいようだ。

 あと数瞬もすれば、喜びを感じられるのだろうが、残念ながらその時間は与えられなかった。

 

 

 

「あ~もうそういうの良いから。これでアンタたちは晴れて国連軍の少尉さんよ。おめでとう。はい、おしまい」

 

 通常通りに格式ばった式の進行をしようとするその大尉に対し、夕呼はいつもの調子で遮るだけでなく、演台に立つまでもなく一気に終わらせてしまう。

 武の記憶にある前回の任官の時は、国連軍横浜基地司令のラダビノッド准将からしっかりした挨拶を受けたが、夕呼にそういうことは期待するものではない。

 

(……そういえば、こっちの基地司令って俺会ったことねぇな)

 

 昨日のトライアルでも見ることのなかった基地司令官だが、解隊式の今日も来ていない。夕呼と対立しているという話もなければ、そもそも愚痴としても話題にされなかった人物なだけに、第四に対しては不干渉の姿勢を貫いているのかもしれない。

 式を進行している国連軍の大尉も会ったことのない人物なところを見ると、白陵基地の在日国連軍全体が第四に対して距離を取っているとも考えられる。

 

(俺が知ってる状況よりも、夕呼先生直轄のA-01の兵力が揃ってるんだから、無理に協力を仰いでいないってことかもな)

 

「香月副司令官に対し、敬礼ッ!」

「あ、衛士徽章だったっけ? 制服と一緒に置いてあるから、そっちで受け取ってね」

 

 徽章授与さえ放棄して、じゃあねっと軽く手を振って出て行こうとする夕呼に、せめてもの抵抗なのか名を知らぬ国連軍大尉は、型通りの式進行で最後までやり遂げるつもりのようだ。

 

「以上を以て、国連太平洋方面第11軍・白陵基地衛士訓練学校・第207衛士訓練小隊解隊式を終わる」

 そして夕呼が講堂から姿を消したことで、本当に式は終わってしまった。

 

(クーデターを阻止したわけでもないから悠陽殿下からのお言葉をいただくわけもなし。まあ夕呼先生にしてみれば式に顔出しただけでも義理は果たしたってことなんだろうな)

 あるいはまりもをからかうネタを見に来ただけ、という可能性も否定できない。

 

「207衛士訓練小隊、解散ッ!」

「ありがとうございましたッ!!」

 そのまりもは諦めたかのように最後の命令を下し、夕呼の後を追うように出て行く。

 

「午後のスケジュールを伝える。新任少尉は1300に第7ブリーフィングルームへ集合。配属部隊の通達、軍服の支給方法、事務手続きの説明等が行われる予定である。以上」

「敬礼!」

 

 207Bの皆も噂は聞いていたかもしれないが、あまりに自由に振舞う夕呼に付いていけなかったようだった。むしろ大尉の格式ばった対応に合わせる方が気が楽なのか、ようやくいつも通りの調子で答礼した。

 

 

 

「ご昇任おめでとうございます少尉殿! 武運長久をお祈り致しております!」

 

 だが平素の様子を保てたのは、一瞬だ。講堂を出て、出迎えてくれたまりもの姿を眼にして、慧ですら涙を浮かべてしまっている。

 まりもから初めて敬語で接され、正式に国連軍少尉に任官したことを実感したのだろう。

 壬姫や純夏など、泣きじゃくってしまい、言葉も出せないようだ。

 

(いかん……前回は本気で泣きかけていたはずなんだが、午後からの予定を知っていると、なんというかヘンな罪悪感が沸くな)

 任官した達成感とまりもとの別れで涙ぐんでいる皆の姿を見ると、かつてのEX世界線でちょっとした悪戯を仕掛けているような気持ちになってしまい、苦笑が漏れそうになる。

 

(EX世界線に帰った俺、いやシロガネタケル、か。あいつはちゃんと「まりもちゃん」に卒業式で別れを告げられたのか……いや、こんなことを考えてるってのは、なんだかんだと俺も緊張してるってことか。「神宮寺教官」との別れを)

 

 ふと誤魔化すかのように意識が逸れる。が、その理由に自分で気が付いてしまう。

 

 この儀式が終わってしまえば、武は正式にはまりもの教えを受ける立場ではなくなる。

 教師と生徒という立場ではそもそもがなかったが、この世界線において再びまりもから指導を受けられたことは、間違いなく今の武にとっても意味のあることだったのだ。

 

 

 

 それでも最後が武の番だ。

 どう言葉にするべきか定まらぬままに、まりもに向かい合う。

 

「神宮司軍曹、短い間でした、だったが、ありがとう」

「ご昇任おめでとうございます少尉殿! 武運長久をお祈り致しております!」

 

 判っていても、どうしても今の武はまりもを前にすると敬語になってしまう。途中で何とか口調を整える。

 次に告げる言葉は、武としては二度目となってしまう。それに決して同じ人物ではないと意識はするが、そうであってもやはりあらためて伝えておきたいと思い、口にする。

 

「軍曹の錬成を受けた事を生涯、いや生まれ変わることがあったとしても、誇りに思い続ける。今……今俺がこうしているのも、軍曹のおかげだ」

「そこまでおっしゃっていただけるとは光栄です少尉殿。ですが、少尉殿は元より傑物でした。私は何も益しておりません」

 

 わずかな微笑みと共に返される言葉も以前に聞いた通りだったが、ここでもそう思っていてくれたことに安堵する。

 以前よりも隠し事が多いのだ。夕呼のことを知るまりもからしてみれば、一層警戒されていたとしてもおかしくはない立場だったはずだ。

 

「その上で、白銀少尉には一言申し上げたいことが残っております。よろしいでしょうか?」

「ん? ああ、なんだ軍曹?」

 

 武とまりもとは、一般的な訓練兵と教官という立場からは程遠い立ち位置だった。

 けっして今生の別れではないことも、二人ともに理解している。今この場でわざわざあらたまって告げられるような言葉を、武は想像できなかった。

 

「周りの者を頼ってください。話せぬこと、言葉にできぬことは数多くおありでしょうが、少尉の周囲には力強き仲間たちが常に居ります」

「……ありがとう軍曹。心に留めておこう」

 

 言葉とともに、いつも通りのまさに教本どおりの敬礼を、はじめてまりもから受ける。

 それに対し武は、わざと少しばかり崩した敬礼で応えた。

 

 

 

 

 

 

 朝から解隊式で午後からブリーフィングに集合などというと余裕があるように感じられるが、そんなことはない。

 

 先のAL世界線と異なり、今回の任官は207Bには知らされていなかったものの、上からすれば予定通りのことだ。皆の国連軍C型軍装が間に合っていないということもない。一応は試着して服のサイズを確認したうえで、ひたすらに受け取りのサインをし続け、受領していく。

 

 武自身も、国連軍C型軍装にも着替えておかねばならない。が、着慣れた制服でもあり手間取るということもない。

 

「ずーるーいーっ! タケルちゃんだけなんでそんなに余裕あるのさっ!?」

「鑑さんの言うとおりだよ、タケル。さらっと着替え終わってるし」

 

 周囲から文句が出てくるが、さすがにこれは武のせいではない。特務少尉としての地位が与えられていたこともあり、武はすでにC型軍装も強化装備も揃っているのだ。自室に関してもそのまま使用するため、荷造りさえ不要だ。

 強化装備に関しては後日あたらめて零式を受け取る予定ではある。そもそも零式衛士強化装備は実質的に武御雷専用ともいえる機材であり、斯衛の管理下にある。国連軍が保有しているわけではないので、今日どうこうすることではない。

 

 少尉としての地位に伴う手配などは、武に関してのみほぼすべて完了していると言ってもいい。

 

 いくつかは自費で購入しなければならない物もあるが、短い期間ながらも手当ても出ていたこともあり、新任少尉特有の貧乏生活になることはなさそうだ。そのことを話すとまたやっかまれそうなので、口には出さない。

 

 

 

「白銀が何かと動いていたのは皆も知っておろう。いま準備が整っているということは、以前に時間を作って処理していたということであろう」

 恨み言まで口に出したのは純夏と尊人だけだったが、他の者たちも恨めしげに見ている様子に、冥夜がさすがに呆れたようで口を挟む。

 

 ただ、そう言う冥夜にしても、昨日のトライアルのために強化装備だけは先に受け取っているので、こちらも準備が早い。冥夜は制服のほうは国連軍のものだが、強化装備に関しては武御雷に合わせることと偽装の意味合いも篭めて、紫の零式を使い続ける事となっている。

 

「まあそう言われれば、あの訓練の期間の最中に任官後の準備をしている余裕なんて私たちにはなかったわね」

 武ではなく冥夜の準備が自分たちよりも幾ばかりと進んでいるのを見て、千鶴は事前にどれだけ無理をしていたのかを理解したようだ。そもそもがまだ任官できるほどに技術が身に付いたとは思ってないのかもしれない。

 

 

 

「軍曹、どうやら皆は俺に文句を言えるくらいには余裕があるらしい。次の予定を告げて貰えないか?」

 そろそろネタばらしの時間だなと、武はまりもに振り向く。

 視線を合わせてから、二人ともににやりと笑う。

 

「皆さんは明日11月17日午前0時を以て、白陵基地司令部直轄の特殊任務部隊A-01部隊に配属となります」

 

「……え?」

「え? 白陵基地ってここだよね?」

「司令部直轄って……それも特殊任務部隊って」

 

 まりもの説明に対し、誰もが驚きつつもどう反応していいのか判らないようだ。さすがに皆呆けたような表情を浮かべている。配属先が全員同じ、それもこの基地のままということは予想できるはずもないので仕方がないとは言える。

 

 続けて説明された、自室に関しても以前使っていた個室に戻るだけ、というのも拍子抜けしている要因の一つかもしれない。

 

 

 

「ただ……正式には今お伝えしたように配属は明日からなのですが、すでに所属予定の中隊の方々が集まっておられますので、準備でき次第移動をお願いいたします」

「っ!! みんな急いでっ、先任の方々をお待たせするわけには行かないわっ!」

 

 備品の受け取りも終わり、移動の準備もできているので、今更慌てることもないのだが、先任が待っていると言われては、真面目な千鶴としては急かしたくもなる。

 

(榊は慌ててるが、まあ急ぐこともないんだがな。少しばかり遅れても文句言いそうなのは……一人くらいか)

 隊の編成を知っている武は、手続きの少なさもあって落ち着いたものだ。バタバタと準備して部屋を出て行こうとする皆の様子を、後ろから観察する程度には余裕もあった。

 

 

 

「ああ、そうだ。ちょっといいか?」

「なに白銀? 急がないと……」

 

 振り向いて今にも怒鳴りだしそうな千鶴の様子に苦笑してしまうが、他の皆もあせってはいるようだ。これは手短に済ませなければ、と思い直す。

 

「いや、そんな時間をとるようなもんじゃないんだけどな」

 どう言うべきかと一瞬悩むが、考えるまでもない。

 少しばかり姿勢を正し、元207Bの全員を軽く見渡し、言葉を告げる。

 

 

 

「みんな、任官おめでとう。教官補佐としてはあまり力になれなかったかもしれないが、これからは同期ってことであらためてよろしく頼む」

 

 軍人としての敬礼ではなく、今からともに歩んでいくべき仲間に対するものとして、武は頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 




部隊着任で第二章完結ッ……の予定でしたが、さくっと夕呼先生が解隊式を終わらしてくれたのにそこまでいけず。

オルタ同様に何か悠陽殿下のお言葉を入れようかとも思いましたが、207Bと接点のないままの減じようでは何か違うなぁということで、無しの形です。「あなた方の行く先に、いつも温かな空気がありますように」をそのまま使おうと一瞬は考えたけど、さすがにパス。

で、次回で着任して今度こそ二章完結、の予定です。


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征戍の淵源

「しかし白銀、そなたはやはり少しばかり意地が悪過ぎると思うぞ」

 任官の祝いと今後の関係を思っての挨拶として、元207Bとなった面々に頭を下げた武に対し、冥夜にしてはどこか呆れたかのように言葉を漏らした。

 だが言葉にした冥夜だけでなく、呆れているのは他の皆も同様のようだ。

 

「あれ? 俺何か間違えたか?」

「タケル~それはちょっとないんじゃないかなぁ……」

「ですよねぇ、私たちにも適切な頃合というものがありましたし」

 

 武の疑問に、尊人と壬姫も声をそろえて不満を漏らす。

 

「白銀に付き合うのは後にしなさい。今は先任の皆様方を待たせてるのよ、急ぐわよ」

 さすがに平時の基地内で走り回るわけにもいかず、それでも千鶴はできる限り早く指定された部屋に向かおうと、武の声を切り捨てる。

 

 

 

「まったく。我らの身にもなってみろ。そなたから同期としてよろしくなどと言われてしまえば、そなたから授かった教えに対して、どのように感謝の意を伝えようかと悩んでいた我らはどうすればいいのだ?」

 

 冥夜の剣幕から、急ぎの案件がなければ、正面から睨みつけられて詰られていたに違いない、とそれだけは武にも判った。

 だが、その言葉は少しばかり受け入れるのが難しい。

 

「俺がお前らに教えられたことなんて、神宮寺教官の教えがあったからこそ、だぞ?」

「それでも、だ。任官できた今だからこそ言えるが、神宮寺軍曹であっても我らが立ち位置からくる問題を解決できなかった、いや介入することを避けておられたのだ」

「いや、それはどちらかといえば、だな……」

 

 冥夜にしてみれば武という存在が207Bの中にあった壁を崩してくれたという思いがある。だが状況を知っている武からすれば、まりもが積極的に介入できなかったのは夕呼の方針が不明確だったからだと考えてしまう。

 

「えーっとね? 御剣さんも榊さんもだけど、難しく考えすぎだよ。いままでタケルちゃんありがとう、これからもよろしくねっ、てだけでいいんだよ」

「……珍しく鑑が正しいことを言ってる気がするぞ」

「ふむ。まさに長き付き合いがあるからこそ正鵠を得る、ということか。これは精進せねばなるまいな」

 

 要らぬところまで考えはじめそうな冥夜と、それを何とか否定しようとする武とを止めたのは、純夏の当たり前の言葉だ。

 

「御剣が考えすぎなのは間違いないが、これこそはじめましてよろしくお願いします、といった心機一転というか、俺にとってはいいタイミングなのかもなぁ」

 武としても、それくらいに捉えてくれたほうが、ある面では気が楽だった。これからは戦いに限らず、以前の世界線の記憶にはできる限り頼らず、今の皆との時間と関係とを大切にしたい。その上で冥夜が何を精進しようとしているのか、武は考え込みそうになってしまう。

 ただ、その時間は今は与えられなかった。

 

「あなたたちっ、急ぎなさいっ!!」

「……分隊長でもないのに偉そう。でも急ぐというのには、同意」

 先に行っていた皆からの指摘を受け、武たちも先を急ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

 基地内は走れないとはいえ、小走りに近いような速さで歩いてきたため、逆に皆息が乱れていた。

 指定された部屋の前で、一呼吸整え、入室の許可を取る。

 

「失礼しますっ!!」

『おう、入ってくれ』

 

 入室を促され、榊を先頭に粛々と中に入る。さすがに武としても最初くらいは皆と歩調を合わせ、緊張した態を被る。

 

 部屋に居たのは、国連軍軍装の男女が四人だった。

 机に座っていた男が一人、その周りに三人が立って談笑していたようだが、どこか学校の放課後のような気楽さがあった。

 

「お前たちが新人さんか? というか顔知らないのは俺と孝之くらいか。俺は平慎二。でこっちが鳴海孝之。まあ階級は気にするな」

「鳴海孝之だ。慎二とおなじく階級は無しでいい」

 

 20過ぎほどの男が二人に、武たちと同年代の少女が二人。敬礼する新人たちに対し、四人ともに軽く手を上げるだけで応える。

 

「やぁ、久しぶりってほどでもないね。元気そうで何より」

「一応私たちは先任ってなるんだろうけど、平中尉と同じ、気にしないで。見たことないのは、そっちの一人だけ、だね」

 

 

 

(直接会うのは初めてだが、うまくはやっていけそう……だな)

 

 わざと軽そうな雰囲気を作っている平慎二と、どこかぼんやりとしている鳴海孝之。書類では衛士適正や前の中隊での動きを伝えられているものの、やはり本人を前にしないと、武では判断しきれない。以前の世界線では武がA-01に配属される前に死んでいたということもあり、完全に初対面といえる。

 対して女子の二人は、武にとってみれば顔見知り、と言える。しかもこちらは207では同期だったために他の皆もよく見知った者たちだ。

 

「白銀武少尉であります。年は榊たちと同じですが、訳あって訓練時期がずれておりました。と、まあ硬いのはこれくらいにして、よろしく先輩方。そっちの二人は柏木晴子と、涼宮茜でよかったか?」

 

 気にするなといわれても、元207Bの面々がいきなり気軽に接していくのは難しいだろうと思い、武は率先して態度を崩す。

 

「おう気楽にやっていこうぜ、白銀」

「他の皆も、年も気にするなといっても無理かもしれんが、まあ今の白銀の言葉じゃないが学校の先輩程度に考えてくれ」

 慎二に続き、孝之も打ち解けようとはしてくれているようだ。あくまで同僚としての態度で上からの指示という雰囲気はない。

 

 

 

「あの、失礼ながら、楽にしろと言われましても……」

「そうですな。任官したとはいえ、先達の皆様方に追いつけたわけでもありません」

 同期の二人に対しても先を行かれているという負い目があるのだろう。千鶴はそちらにも視線をやりながら言葉を捜してしまう。冥夜にしても、任官することが目的ではなくその先を見るようになったためか、以前よりも先を行く人々への敬意が一層大きくなっている。

 

「ですが一つ、質問よろしいでしょうか?」

「榊だったか? いちいち確認しなくてもいいぜ」

「はい。どなたが中隊長なのでしょうか?」

 

 千鶴としては楽にしろと言われても、上官の前でそんなことができるはずもない。とりあえずは上下関係を確認しておこうとしたのだろうが、ハッキリした答えが返ってこない。

 先任四人が顔を見合わせて、確認しはじめた。

 

「そういえば中隊長って誰なんだ?」

「俺も孝之も中隊長じゃないから、もう一人誰か来るんじゃないか? それこそ水月とか」

「あいつが中隊指揮なんてできるはずないのを判ってて言ってるだろ、慎二」

「速瀬中尉なら、絶対優秀な指揮官になられますっ」

 

 速瀬水月の名が出た途端に、茜が二人に割って入る。たしかにその様子は階級差を感じさせないものであった。

 晴子は後ろで笑っているだけだが、すくなくとも上官のじゃれあいを笑って流す程度の余裕はある。

 

 

 

「はい、お三方っ、ストップっ!、そこまでっ!!」

 そして武にしても普段なら晴子と同じく面白がって眺めていたのだろうが、話題が話題だけに、今は止めざるを得ない

 

「どうした白銀?」

 いきなり声を上げた武に対し、訝しげに慎二が訊ねる。

 新人の緊張を解すためにもわざと崩した態度を取るという意味で、半ば演技が入っていたが、武に止められる意味が判らないようだった。

 

「詳しい話は後で中隊長からありますが、先任の皆さん方の前の所属部隊に関しては、この中隊内においても話さないように、ということです」

 

 配置換えのときに説明されていなかったのかと武も疑問に思う。だが武の立場も考慮に入れれば、下手に事前に伝えられるよりは今から纏めて話をしたほうが、状況を伝えやすいとでも判断されたのかもしれない。

 

「って、なんでお前がそれを知ってるんだ?」

「それも踏まえて、です」

 茜も納得できていないような顔付きだが、それよりも先に孝之が言葉にして問うてくる。晴子は何かを察したようで、笑ったままにこちらを見ているだけだ。

 

「……了解した。確かにあまり大っぴらに話すことじゃなかったな。新入りに気を使わせて悪かった」

「いえ、こちらこそ差し出口を挟み、失礼いたしました。いや、ホントはいろいろと鳴海先輩の武勇伝なんか聞きたいんですけどね」

「いや、先輩扱いでいいとは言ったが、武勇伝はないぞ」

 

 慎二も、元207Bの面々の顔を見てどことなく事情を察したようだ。武に関しても何らかの背景があるのだろうと推測してくれてはいるようだ。

 要らぬ詮索をしてこない慎二に感謝しつつ、孝之をネタに誤魔化しておく。

 

「まあ、そっちがいろいろと訳アリだってのは、俺らも聞いてる。言いにくいことがあるなら別に話さなくていい」

「お前なら、デブジューとかだな、慎二?」

「それはもういいって。それ以上言うなら、水月と涼宮の話をバラすぞ?」

「それこそさっきの白銀の話に抵触するだろ? 残念だったな」

 

 A-01に関しない範疇で慎二と孝之のじゃれあいがふたたび始まったが、それは長く続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 ガラリとドアが開き入ってきた士官を見て、武を除く室内の全員が驚く。その士官、神宮寺まりもが普段どおりの厳しさで演壇に立つと、驚いてはいるものの教え込まれた反応で、直立し号令を待つ。

 

 が、次席が誰か判っていないのはその本人一人だけであったようで、奇妙な空白が室内に満ちた。

 

「……鳴海、貴様何をしている?」

「は? 自分でしょうか?」

「いや孝之。この状況を見る限りは、お前が次席指揮官だろうが」

「え? 何で俺が?」

 

 まりもから呆れたように溜息をつかれ、慎二から言われても判っていないようだ。

 

「まったく。訓練校からやり直したいのか、鳴海中尉?」

「は、いえ。それに神宮寺教官が、なぜ、ここに?」

 まりもの登場にも、次席指揮官と言われたことにも思考が追いついていないのか、孝之が口にしたのは、誰もが思っていた疑問だった。

 

 

 

「白銀、説明してなかったのか?」

「はい、いいえ。香月副司令より口止めされておりましたので、中隊各員には中隊長および大隊長に関しては説明しておりません」

「……副司令の命ならば仕方あるまい。鳴海と白銀の件は不問とする。よし座れ」

 

 まりもにしてみれば、武が先に来てるのであれば説明していたはずだという思いもあったのだろうが、夕呼の名が出たところで諦めたようだ。わずかに呆れたような表情を見せたが、すぐに意識を切り替えて説明に入る。

 

「では、あらためて自己紹介というのも今更だが、貴様ら特殊任務部隊A-01部隊、第一大隊第一中隊の中隊長たる神宮司まりも大尉だ。この中隊は、新型OSであるXM3の帝国各軍への教導補佐、その準備段階のために臨時に編成されたものだ。貴様らの双肩に、この国の衛士全員の命が掛かっているといっても過言ではない。全霊を以って任務に当たるように」

 

 ざっくりと自身の階級と、隊の目的を話し、演壇から下がる。

 

「後は白銀少尉、貴様に任す」

「はっ!! 白銀少尉であります。自分を含め、正式な配属は明日からとなりますが、よろしくお願いいたしますっ」

 

 副隊長のような役割を与えられたが、今の孝之では説明どころではない。それにこの中隊の編成などを説明できるのはこの場ではまりもと武だけだ

 

 

 

「さて、我々が所属することになるA-01 第一大隊第一中隊は、書類上では再編と言う形になりますが、実質的には新設されるものと考えてください」

 

 A-01の実情を知っている先任四人は、A-01での「再編」の持つ意味に思い至り顔付きが変わるが、新任たちはそこまで理解できずにそういうこともあるのかと、流している。

 現在のところA-01は武が知る状況よりは戦力を維持しているとはいえ設立初期の連隊規模ではなく、ぎりぎりで二個大隊といったところらしい。

 

 そして人員の補充は可能だが、第四計画が統括する実働部隊を連隊規模以上に拡張することはできない。そこで書類上は存続していたが人員が居なくなってしまった中隊を、新規任務のために再編という形で、再編成したのが今隊の第一中隊である。

 

 今回の武たちの配属と、XM3のA-01全隊への導入を踏まえ、いくつかの配置換えがなされている。孝之たちが第一中隊に配属されたのもその一環だ。

 

 

 

「では編成に関して説明させていただきます。いくつか一般の戦術機中隊の構成からは逸脱している点があるのでご注意ください」

 武は準備しておいた編成表をホワイトボードに張り出し説明を続ける。

 

「第一小隊は、神宮寺まりも大尉が中隊長と第一小隊隊長を兼任。自分、白銀武が副長に、御剣冥夜少尉と鑑純夏少尉の四名で構成されます」

 まりもの中隊長と小隊長の兼任は当然として受け入れられる。次席としては孝之なのだが、この中隊の実質的な副官は武である。その武が第一小隊副長なのも予想の範疇だ。

 

「第二小隊は鳴海孝之中尉が隊長。榊千鶴少尉が副長、柏木晴子少尉、彩峰慧少尉の四名。第三小隊は平慎二中尉が隊長。鎧衣尊人少尉が副長、涼宮茜少尉、珠瀬壬姫少尉の四名。ここまではよろしいでしょうか?」

 

「質問良いか、白銀?」

「どうぞ、平中尉」

「俺と孝之が小隊長なのはまあ良いとして、なんで先任少尉の二人が副長じゃないんだ?」

 

 判ってて聞いてきてくれるんだろうな、と言う武の予想通りの質問を、慎二が口にする。

 

「それに関しての問いとして、先に搭乗機体の編成を説明いたします」

 話しながら武は、ホワイトボードに書き並べられた名前の横に、機体名を入れていく

 

「第一小隊が使用する機体は神宮寺大尉と鑑少尉とが撃震で、自分と御剣少尉が武御雷です」

 昨日のトライアルの後のため、武御雷が配備されると言うことに関しては、驚きがない。ただ小隊内部での複数機種の運用を予想して、誰もが少しばかり顔をしかめる。

 その予想を裏付けるように武は他小隊の編成も説明していく。

 

「第二および第三小隊でも、先任の皆様には吹雪に、新人は撃震を想定しております」

「まあ俺たちは撃震の搭乗時間がゼロだからな。分隊長が小隊副長を兼ねるから、こういう編成になるのも仕方がない、か」

 

 A-01に配属されている慎二たちは、もともとが衛士訓練課程から第三世代機に搭乗している。いまから撃震への機種転換訓練の余裕は無い。

 そして小隊規模で機体を混在させるからと言って、さすがに二機編成の分隊では同一機種で組み合わせなければ満足に連携するのは難しい。

 

「俺からも聞くが、俺の不知火は……」

「はーいっ、ストップっ!!」

 先任四人は吹雪と言う点に関し、孝之が疑問を挟みそうになるが、これまた無理やり押し留める。

 

「ご覧のとおり、この中隊は実戦を考慮したものではなく、あくまでXM3の実働デモンストレーションが目的の広報部隊に近しい性質です」

 そして孝之の疑問に直接は答えずに、話を中隊の目的へと進めていく。

 

「そのため帝国陸軍との共同訓練などが想定されているために、使用できるのは撃震と吹雪です。といいますか、吹雪でさえけっこう無理して用意してるんですよ?」

 A-01で不知火が使用されていることを新人組だけに知られるのであればさほど問題はないのだが、A-01の他部隊に関しては可能な限り今まで通りに隠蔽することが決まっている。

 それに一般的には在日国連軍には不知火は配属されていない、ということになっているのである。XM3の導入に伴い不知火が追加配備されたなどとわざわざ偽装することもない。

 

「基本的には中隊全体での活動ではなく、小隊規模で帝国内の各基地への移動が予定されています。ですので一般的なポジション分けは考慮されておらず、小隊内でも使用機種を統一しておりません。編成に関しては以上です。ここまでで何かご質問は?」

 

 先任たちが隊の編成の歪さに疑問を抱く横で、先日のトライアルを経た新人たちのほうがこの編成には納得しているようだ。特に声を上げることもなく、受け入れている。

 

 

 

「もうひとつ良いか、白銀?」

「どうぞ、平中尉」

「CPはどうなるんだ? まさか各小隊ごとに配置してもらえるほど余裕があるわけじゃないだろうし」

 

 再び説明していなかった分を、慎二が訊ねてきてくれる。なにかと面倒見がいいために配属しておけという、まりもの推薦も頷ける。

 

「先の繰り返しにもなりますが、小隊規模での派遣も想定されているので、基本的には出向先の基地のCPに担当してもらうことになります。ですが……」

 

 武がどう紹介しようかとまりもを見ると、ちょうど扉がノックされた。

 

 

 

「平の疑問の答えが来たようだな。入れッ」

「……失礼します」

 

 まりもの声に少しばかり驚いていたようだが、それでもしっかりと声を出してドアを開け、ほてほてと部屋に入ってくる。

 

「社、霞……特務少尉です。よろしくおねがいします(ぺこり)」

 武の横に並び、霞はそう自己紹介をする。

 頭を下げそうになって思い直したようで、敬礼しながらそう言ったものの、結局最後には頭を下げてしまう。

 

「え、と。社少尉、それだけで良いのか?」

 霞から説明を続けてくれるかと、期待を込めて見ていたのだが、それだけで挨拶は終わってしまった。

 振り向かれこれでいいのかと言いたげに見上げられると、武としてもダメ出しするのも気が引けて、補足するために一歩前に出る。

 

「一応、社少尉がこの中隊の専属CPなんですが、まあ年齢やらなにやらの事情もありまして、基本的にこの基地から離れられないので、担当してもらうのは当基地内に限ります」

 

 霞がこの基地を離れられないのは防諜上の理由なのだが、さすがにそれはまりもにも話せない。ただ霞の場合、見た目から判りやすい年齢という理由があればそれで誤魔化せなくもない。

 

 

 

『失礼します』

 武が言い訳じみた説明を加えようとしていると、再びノックが響く。

 誰か来る予定でもあったかと、疑問に思う間もなく、まりもが入室の許可を出し、ドアが開いた。

 

「……うぇっ!?」

「遅れるとの報告は受けている。ちょうどいい、皆の挨拶が終わりそうなところだ。貴様が最後だな」

 

 そこに居たのは、武が予想もしていなかった人物だ。

 逆にまりものほうは話を聞いていたようで、複雑な表情を見せたもののすんなりと案内をする。

 

 入ってきたのは、霞と似たような形にアレンジされた国連軍C型軍装姿の、幼女。ただスカートではなく男性用に近いパンツスタイルだった。

 

「じっ、と。ティクレティウス少尉殿。なにか御用でしょうか?」

「落ち着きください白銀少尉。先に皆様にご挨拶をさせてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 武は事務次官補殿、と呼びかけそうになって、慌てて言い換える。が、まさか相手から敬語で返されるとは思いもよらず、武は対応する言葉を出せない。

 霞が逃げるように武の右側に回ったため、その顔を覗き込む位置に立たされるているのだ。聞いてねぇっ!!と叫ばなかっただけでも、軍人として成長していると間違った方向に自画自賛したくもなる。

 

 

 

「A-01第一中隊の皆さま。この度、中隊付CPを拝命いたしましたターシャ・ティクレティウス特務少尉であります」

 身長はいささか足りていないが、型どおりの敬礼の後、新たな名を再び名乗る。

 

「ご覧のように若輩の身ではありますが、私は一つ誓いを立てております」

 霞とはまた違う、普段わざと見せているのであろう歪んだ笑いなどない、まったくの無表情で、何かに宣言するかのように言葉を続ける。

 

 ――クソッタレのBETAとその同類は引き受けた。

 ――あの不法入国者どもには、寄生虫と劣化ウラン弾頭を腐るほどに食らわせてやると。

 

 静かな言葉のままに表情は動かないが、そこにあるのは時間をかけ硬め上げられた怒りだ。

 ターニャの背景を知っている武とまりもだけではなく、慎二と孝之もその言葉の持つ意味を感じ取ったのか、ただのCPそれも一見は幼子のその姿の先に、間違いなく最前線を見ていた。

 

 

 

「ああ、それとは別に。新任の少尉殿たちに、一言」

 

 実戦を経ていない茜に晴子そして新人たちは、ターニャのその雰囲気に飲まれていたが、ターニャがわずかに微笑ををたたえたことで、緊張が解かれる。

 

 ――ヴァルハラへ行くまでの短い付き合いではあるが、新兵諸君、地獄へようこそ。

 

 本人としては笑顔のつもりらしい、くひっとでも漏らしそうな歪んだ嗤いのように口元が引きつり、合わせて首もとの赤い宝玉が煌いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここで第二章完結~とさせていただきます。XM3作って配布計画を立てるのと、207Bの任官だけのはずが、何か結構な長さになってしまっております。

慎二と孝之はこの後出てこれるかどうかビミョーなところなんですが、A-01組としては使いやすい立ち位置にいるので、ちょっと登場です。ただまあ、原作だと開始時点ですでに死んでいるということで、マブラヴだとどういうキャラか判らぬと言うが問題ですが、慎二はなんとなくで面倒見のいい先輩扱い。孝之どーしましょ?

で、新設中隊のCPはまあ順当に霞とデグさん。どっちも本職が別にあるのでほとんど仕事しない、予定。小隊編成は、まあこんな感じで行きます~程度です。



あと次回以降の更新に関しては、ちょっと未定です。
第三章に関しては一応ざっくりプロットはあるものの、出来上がっている分が心もとないので。できれば年内再開したいところですが、冬コミやらなにやらありまして予定は未定。エタらせることはないはずだと何とかガンバってみます。


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第三章:流されることなく終局へ
計策の輻湊 01/11/23


 執務机に積みあがった書類を見て溜息が漏れてしまうのは、どれほどに齢を重ねてもなかなかに克服しがたい。

 

 眼前に立つ補佐役たるウォーケンも溜息それ自体は見て見ぬ振りはしてくれるものの、執務の代行は無理だ。ターニャ本人の決裁が必要な案件をこれ以上溜め込まれると、JASRA全体の活動にも悪影響が出る。それに彼自身の処理能力の限界を迎えることも、明らかだった。

 

 ターニャ自身、「ターシャ・ティクレティウス特務少尉」としての活動はそれなりに控えているが、所属するのは香月夕呼直轄の特殊任務部隊A-01部隊、それも実質的には新設となる中隊のCPだ。暇を持て余せるような立場ではない。

 しかもその中隊がただの実働部隊ではなく、戦術機用新OSであるXM3のデモ部隊ともなれば、教導隊の立ち上げに一から関与しているようなものだ。直接機体を動かす衛士以上に、CPに掛かる事務的な業務負担は大きい。

 部隊設立から一週間、JASRAに関する業務はほぼ手を付けられていなかった。

 

 

 

 好みの豆で淹れたコーヒーを味わうような気分的な余裕もなく、ただ眼を覚ますためだけの代替コーヒーを飲み、書類に向かう。

 まずは選り分けられていた物のうち、サインだけで済むところから手に取り、機械的に処理をしていく。もちろん内容には眼を通すものの、差し戻すような必要がある案件はこちらには纏められていない。

 

 だが数が多いとはいえ書類整理などターニャにしてみれば手馴れたものだ。さらにウォーケンによりもともと整理されていたということもあり、不味い代替コーヒーを注ぎ足すほどのこともなく、机の上は片付いていく。

 

「ふむ? 思っていたよりも早く片付いたな。少佐のおかげというべきかな?」

 君も飲むかね?と、本題とも言うべき話をはじめる前の少しばかりの贅沢として、好みのコーヒーをウォーケンにも薦める。

 

 

 

「頂きましょう。コーヒーの淹れ方も、いつまでたっても局長に追いつけそうにもありませんからな」

「日本の諺ではないが、好きこそものの上手なれ、だ。とは言うものの私も人に誇れるほどではないがね」

「局長の腕前でそう謙遜されては、本国のダイナー連中は皆失業してしまいますよ」

 

 苦笑気味にウォーケンはそう言葉を漏らしてしまう。ウォーケンからしてみれば、ターニャのコーヒーの淹れ方であれば間違いなく店を開けそうなものだとも思うが、本人はいまだ納得いく腕前ではないようだ。このあたり何かにつけてターニャの自己評価が低すぎると、彼からしてみれば思えてしまう。

 

 

 

「さてコーヒーの腕前を上げるためにもまずはあの土木機械どもを片付けねばな。帝国と合衆国とのXM3搭載の第三世代機が揃っていると仮定したうえで、喀什をどう墜とす?」

 

 幾度か話していたことだが、喀什攻略はいまだ正式に立案してはいない。だが、G弾が実戦使用された今となっては第五計画が本格的に動き出すまでの時間的な余裕はさほどない。安保理を納得させられるだけの計画を、草案だけとはいえ年内には作り上げておきたい。

 

「……投入可能な兵力は?」

「戦術機のみで軍団規模、1000機程度だ。軌道爆撃は可能とする」

「日本帝国と在日国連軍から一個師団強、合衆国が一個師団、他をユーロからの義勇兵で、何とか軍団規模ですか」

 ターニャが言った数字の内訳を、ウォーケンは推測する。それはほぼターニャの予測通りの数字だ。

 

「軌道降下能力の上限にはまだ余裕は残るが、どう言い訳してもこれ以上は引っ張ってこれまい」

 数字の出所はAL世界線の桜花作戦だが、今の世界を知るターニャとしても集められるのはこの程度だろうと予測する。

 

 もちろんアメリカが総力を挙げるというのであれば、これに数倍する戦力は存在する。が、ターニャの想定する喀什攻略では第四主導という名目が必要なために、帝国とアメリカとの戦力提供比率があまり偏ることはできない。

 

 

 

「その兵力では、G弾がどうしても必要でありましょう」

「なに、『あ号標的』が消え去るまでG弾を投射し続けるというのでなければ構わんよ」

 

 たとえ戦術機のすべてがXM3搭載機だったとしても、通常兵力だけではどうしても限界がある。

 上官のG弾に対する拒否感は知っている上でウォーケンは問うが、ターニャにしても何もG弾を完全に否定しているわけではない。最低限の使用に留めるのであればという条件は付けたものの、先を促す。

 

 そしてG弾を用いると前置きしたうえでウォーケンが提示したのは、投入できる兵種が限定的ではあるが、既存のハイヴ攻略案を下にした比較的常識的な物だ。

 

 軌道爆撃によるAL弾の投射により、重金属雲を形成。

 一個師団を第一陣として地下茎地図の無い北部に投入。ハイヴ北部の「門」周辺に陽動のために防衛線を構築する。

 地上にそれなりの数が誘因出来た後にG弾を投下。光線属種の低減の後に第二陣が降下開始。地下茎地図の存在する南西部の「門」から侵攻し、「あ号標的」を目指す。

 最後、第二陣のハイヴ地下茎への侵攻後に、第三陣が追加降下。第二制圧目標のアトリエである「い号標的」を目指す。

 

 

 

 ありきたりの案ですが、とウォーケンは言うが確かに計画としては凡百である。だが補給線が確立できていない内陸部のハイヴを攻略しようとすれば、選択の幅などないに等しい。

 G弾を使うとしてもそれで全てが片付くわけでもない。とくに喀什のハイヴは地球上では最大規模のフェイズ6にまで拡大している。数発のG弾ではモニュメント部分だけでさえ完全に破壊しきれるかどうか疑わしい。

 またG弾の起爆直後からBETAの活動が一時的に停止するという未確認の情報もあるが、それも作戦に組み込めるほどではない。

 

 そして威力としては核をはるかに凌ぐG弾ではあるが、その威力ゆえに問題もある。G弾投入後は間違いなく形成された重金属雲は消し飛び、打ち漏らした光線族種の数によっては、二次降下以降の難易度は跳ね上がるどころか、ほぼ不可能となる。

 

 

 

 

 

 

「しかし、白銀が出してきた案と基本はさほど変わらんな」

「ほう?」

「あちらは一応はXG-70が用意できるという条件での案も出しては来ているが……」

 見てみるかね、と用意していた数枚の提案書をウォーケンに差し出す。

 細部まで作り上げられた計画ではないため、一瞥すれば概略は読み取れた。

 

 ターニャの言うとおり、武が提示したという作戦案はXG-70を使う使わないに関わらず、編成にしても降下部隊を三段階に分けるという点において大筋ではウォーケンのものと同じだ。違うところといえば、各段階での到達目標の設定だけだ。

 

 そしてその目標の設定という一点の違いこそが、武の出した案の骨子でもあった。

 

 

 

「ああ……なるほど。白銀少尉の狙いはただ『あ号標的』のみ、ということですな。『い号標的』へ向かう部隊を第二段階としてそれさえも陽動として扱う、ということですか」

「貴様とてそれを思いつかなかったわけではあるまい? 優先度の違い、としか言いようがないな」

 

 国連に出向しているとはいえウォーケンは合衆国軍人であり、どうしてもアメリカの利益を優先してしまうところがある。無意識下の判断とはいえ、G元素貯蔵施設と目されている「い号標的」、アトリエと称されるその地点の確保を重視したとしても攻められる謂れもない。

 

 対して武は、帝国の立場さえ考慮することなく、ただ「あ号標的」重頭脳級の破壊のみを目的としている。G元素の確保など、作戦目標としてはまったくといっていいほどに想定していないようにも見える。

 

 

 

「ただ、この白銀案ではたとえ作戦が成功したとしても、その後の帝国には少なからず悪影響がありそうですが……」

 ウォーケンとしても言葉を濁すものの、武案は言ってしまえば参加する全将兵を陽動として、ただ「あ号」に到達することのみを目的としている。大隊規模の「あ号標的」殲滅を目的とした部隊以外の、1000の衛士を磨り潰すことを想定しているとも取れた。

 

「そのあたり何も考えておらぬのだろうな。危うい……とも言えるが、作戦の根幹は誤っておらん」

「確かに。自分の案は、重頭脳級を破壊しつつG元素も確保しかつ参加兵士の帰還まで含め、想定が甘すぎましたな」

 

 武の出してきた案は、自身が参加することを理解した上で、文字通りに「決死」のプランだ。無自覚なのかもしれないが、参加将兵が皆、死に臨むことを前提として立案されている。

 ハイヴ突入部隊は当然、地表での陽動でさえ生還を想定していない。

 

 

 

「帰還方法に関して、どこか投げやりなのは生きて帰ることを考えておりませんな」

「戦術機を現地に放棄した上での、XG-70による衛士のみの軌道退避、だからな。これは帝国でさえ呑むまい」

 

 前提としてXG-70が利用できなければ、そもそもこの撤収計画は成り立たない。それも作戦終了時に満足に稼動していることも絶対条件だ。

 さらに心情面としては、武御雷を賜っておきながらその機体を戦地に捨て去るなど、斯衛の者に聞かれればただでは済まないだろう。

 

「いや、斯衛どころか隊内の御剣少尉に聞かれただけで、反発は必至、だな」

 クツクツとターニャは嗤うが、真那あたりならばいきなり斬り捨ててもおかしくはない。

 

 

 

「しかしXG-70が使用できない場合は、中国全土を横断して黄海へ……ですか」

「まったく何も考えていないわけでもないだろうが、直線距離としても3600kmだぞ。無謀を通り越して無策としか言えんな」

 

 地形的には戦術機であれば移動しやすいルートとも言えるが、ハイヴ攻略後にBETA支配地域をそれだけの距離踏破することなど、現実問題として不可能だ。

 

「距離的には苦しいが、経路としては判りやすい上に、軌道投下ができれば途中の補給自体は可能ではあります。ですが実現性は極めて低いとしか評価しようがありませんな」

 ウォーケンにしても苦笑しか出てこないが、実のところ一応は彼自身もこのルートは想定はしたのだ。

 

 喀什はほぼ全域がBETA支配地域となったユーラシア大陸のほぼ中央にあたる。人類支配地域に逃げ出そうとすれば、東西南北それぞれに問題がある。

 武が出した東へのルートは、地形面だけで言えば最善ではある。ただこれは距離がもっとも長い。北へ抜けてカラ海に至るのもさほど距離は変わらぬ上に気象面でも問題が多く、これはそもそも想定にも上げようがない。西に抜けるのはカスピ海を経由するにしてもハイヴの多い地域であり、地中海に出るのは困難を極める。

 

「自分としましても、一応はベンガル湾方面へのルートも考えてはみましたが、こちらも不可能でしょうな」

「インド方面へ陸路での移動など、ボパールの間引きがどれほど効果を上げていても、良くて死神の鎌の下を踊りながら通るようなものだからな。それでパキスタン方面、アラビア海を目指す……か」

 

 

 

 それらの条件を踏まえたうえでウォーケンが提示した撤収経路は、地形的には移動が困難ではあるが、距離的には最短ともいえる南東ルート、パキスタンへと至るものだ。

 喀什からアラビア海に面するカラチまでは直線距離にして2000km未満。他方面に比べて圧倒的に近いといえる。

 

 パキスタンはイランのH2マシュハドハイヴからもインドのH13ボパールハイヴからもそれなりに距離がある。BETA支配地域とはいえ、戦術機による踏破だけならば困難ではあるが不可能ではない。

 そしてイスラマバードからカラチまでは直線距離で1000km。この距離であれば最悪はNOEでインダス川に沿って飛び続けるという方法も取れなくはない。

 

「問題は、喀什からイスラマバード、いえムザファラバードまで、ですな」

 

 だが、ウォーケンが言葉を濁すように、パキスタンに入るまでが非常に困難だ。パキスタン方面へのBETA侵攻を防いだともいえるカラコルム山脈だが、これを超えねばならぬのだ。

 喀什からムザファラバードへ至るには、今なおBETAに齧り崩されていない細い峠道を800km以上に渡って移動しなければならない。

 

「遥かなり神々の座、か。いやあれはチベットだったか?」

「局長?」

「ああ……いや、ふと昔読んだ本を思い出しただけだ。だが、このルートが一番現実的ではあるな」

 

 あくまで他ルートに比べ可能性が高いというだけではあるが、安保理に出すには武の案では無理だ。建前とはいえ全将兵の無事な帰還まで含め、計画は立案されねばならない。

 

 

 

 

 

 

「正直に一衛士として言わせていただければ、白銀の出したXG-70による軌道退避が、もっとも有効だとは考えます」

 

 XG-70が必須となるが、ハイヴ制圧後の周辺防衛のために残る部隊を除き、彼らに戦術機本体を含め装備はすべて預け、負傷者なども一括して帰還する人員だけを軌道上に運び上げるというのは、帰還計画としては理に適っているともいえる。

 

「XG-70……戦略航空機動要塞、か。盾としては強力だが、矛としての能力には疑問が残る。とはいえ、たしかにML機関による自律軌道到達能力は、作戦完了後の撤収という面では魅力的ではある」

 

 XG-70はG元素を利用したムアコック・レヒテ型抗重力機関によって稼動する。ML機関によって形成されるラザフォード場による機動制御と、その重力場を用いた防御、そして重力制御の際に生じる莫大な余剰電力を利用した荷電粒子砲が、主な特徴だ。

 

 そしてラザフォード場の防御力とともに、取りざたされやすいのがその荷電粒子砲の威力だ。が、あれは文字通りに両刃の剣だ。

 射撃後にラザフォード場の維持ができなくなるというだけでも、使い勝手が悪い。重光線級を撃ち漏らしでもすれば、機動力のないXG-70では対レーザー装甲をもってしても、生存の可能性は著しく低い。

 

 だが今注目すべきは、重力制御によって自力での大気圏外離脱が可能という点だ。人員の撤収に限れば、間違いなく最良の選択とは言える。

 

 

 

「しかし……戦略航空機動要塞、ですか。使えないのが厳しいですな」

 XG-70に付けられた大仰なまでの兵種分類名だが、WW1の時代から続く空中軍艦の系譜といえなくもない。ただ飛行船をベースとしたそれらと違うのは、ラザフォード場という頑強な盾を持つことだ。

 

「火力にはさほど期待できんだろう? 補給物資の移送目的か?」

「いえ。それらも重要ですが、あれでしたらCPを現地まで運べるのではないかと」

「……その問題もあったな」

 

 防衛戦であれば、重金属雲下でもなければ後方の司令部から指揮できる。

 これがハイヴ内部に侵攻してしまえば、ハイヴの構造素材のせいか無線通話はほぼ不可能となる。長々と中継用の有線ケーブルを這わせていくことも難しい。

 CPの補佐なく、大隊や中隊規模の指揮を執れというのは、口で言うほどに容易くはない。ましてそれが地球最大規模のハイヴ内部ともなれば、そもそもが自機の操作だけでも熟練の衛士をして手に余る。

 

「以前話していたように、突入部隊に複座型を配備してCPも現場にまで送り付けるか」

「合衆国では難しいですが、この帝国や欧州であれば、負傷などで衛士を止めた者がCPとなっている場合もありますので、可能かと」

 

 理想を言えば、ハイヴ突入を想定する部隊には中隊ごとに一機の複座型を配備し、中隊付きのCPを現地に送り込みたい。

 ただ戦闘機動を行う戦術機に、後席とはいえ特性の低い者を乗せては。満足な作戦伝達など困難だ。ならば元衛士でCPを担っているものを乗せるしかない。そしてアメリカ以外では、負傷によって衛士から離れた者も少なくはない。

 

「そのCPの問題もXG-70が利用できればある程度は解決できるかとも考えましたが……」

「机上の空論どころか、妄想の範疇ではあるな。なんといっても起動の目処さえ立っていないのだから」

 

 

 

 ターニャとしては、ウォーケンの前で口には出すわけにはいかないが、XG-70があればそれも二基同時に運用できるのであれば喀什攻略も可能性が高いと考えている。しかし浮かび上がるどころか、ML機関の安定起動でさえ覚束ない現状では、その利用を前提とした作戦計画など認められない。

 

 対してウォーケンからすれば、70年代半ばに始まったHI-MAERF計画が生み出そうとした戦略航空機動要塞XG-70シリーズなどそれこそ妄想の産物に等しい。それでも喀什攻略成功後の撤収計画を語るのは、なにも上官たるターニャに話を合わせているだけではない。

 たとえ作戦が成功したとしても生存者などゼロに等しいと、結局のところ武だけでなく、ターニャもウォーケンも厳然たる事実として受け入れているのだ。

 

 

 

 

 

 

「ただまずは九州だな」

「やはり九州だとお考えですか? 台湾方面への侵攻を予測する向きも今なお強いのですが……」

「あちらに行ってくれれば、私としても助かるがね? 日本海よりも台湾海峡のほうが冬場でもまだ波は穏やかな上に、中国本土海岸側への砲撃である程度は数も減らしやすい」

 

 台湾海峡は浅く、要塞級にいたっては海面上にその身が出るほどである。要撃級などでも場所によってはその感覚器が見えるほどだ。BETAは水面下であれば基本的に攻撃を行ってこないので、台湾海岸側からや洋上から文字通りの鴨撃ちができる。

 弾薬の安定供給にさえ問題が無ければ、台湾防衛はさほど難しくはない。

 

 

「早ければ12月頭、遅くとも年内には九州侵攻がある。重慶と鉄原周辺の飽和状況にもよるが早まることはあってもそれよりも遅くなることはない」

「了解いたしました。その想定の上で今後の予定を繰り上げておきます」

 

「ああ……使い古された陳腐な表現だが、我々に残された時間は限りなく少ない」

 

 それはウォーケンにというよりは、ターニャには珍しく、自身に言い聞かせるような言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




三章開始~と言いますか、年内に何とか更新できてよかった……次回更新はでもちょっと未定です、1月中旬くらいからはペース戻したいところ。この三章が最終章になる予定ですので完結まではがんばりたいなぁ、と。

普通?ならというか原作準拠なら12.5クーデターとか桜花作戦とかが山場になるんですが、この話の場合どこが山になるか結構プロット纏めているはずなのに書いてるほうにもけっこうナゾですが、できましたら2018年もお付き合いください。

ちなみに今回出てる喀什攻略案はかな~りアヤフヤです。ハイヴ周辺どころか、ユーラシア全域でのBETAの配備?状況とか良く判らないので、こういうぼんやりした話に。というか原作だと桜花作戦終わった後の撤退計画ってどーなってたんでしょ?


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嚮後の臆見

 武たちが所属することとなったA-01第一中隊、この部隊が書類上は再編成だが実質的には新設されてから一週間が過ぎた。

 

 元207Bの新人たちも含め中隊員全員が、この一週間は休日どころか満足な休息さえ与えられずに、ひたすらに任務に追われていた。食事のときでさえ、実質的には各種の報告の場という有様だった。

 

「疲れた、これ以上は経験したことがないというくらいには、疲れた……」

「ああ……慎二に同意するのは癪だが、訓練校に入った当初くらいには疲れた」

 

 それでも期限ギリギリとは言え、一応の目処は付き、小隊長の二人はようやく一息つけるようになった。

 孝之と慎二そして武は与えられていた任務が終わったということで、宛がわれている事務室ではなく衛士控え室として使われているスペースにやってきた。だが二人は武が用意した合成玉露に手を伸ばす気力さえなく、椅子に座った瞬間に崩れ落ちそうになっている。

 

 

 

「お二人とも、この一週間はご苦労様でした」

 武としても二人には言葉だけではなく心から感謝しているのだが、いまこの場で出せるものといえば備え付けのお茶と、食べ飽きてきたチョコバーくらいだ。

 

「ある意味ではこいつに助けられてたよな、俺たち」

「小分けにして混ぜたら、ビスケットとまでは言わないが、これはこれで美味いからな」

 テーブルに置かれていたのは、カルシウムを含む各種の栄養素を濃縮したチョコバー、それを一口サイズに切り分けた物だ。たしかに一見はビスケットのようにも見える形になってしまっている。

 

 チョコバーとしては、味の種類はいくつか用意されていたのだが、あくまで栄養補給食品なので、サイズ的には1本丸ごと食べていると飽きてしまう。そこで事務仕事が続いた武たちは、適当に刻んでお茶菓子代わりに摘んでいたのだ。

 

 

 

 そもそも武を含め三人が疲れ果てているのは、中隊全体での戦術機訓練によるものではなく、慣れぬ事務仕事が続いていたという点が大きい。孝之も慎二も二人ともに小隊長という役割は、元の部隊で経験済みだ。それもあってこの第一中隊に引き抜かれたのだが、それにしても事務作業が多かった。

 

 それでもこうやってだらけた姿を晒せるのは、尊人を除いた指揮官クラスの男三人が集まったときだけだ。

 AL世界線のそれも第9中隊だけだが、武からすればA-01の構成員は一部を除き、何かと人格面などでは問題の多い印象がある。孝之と慎二は、そういった武の先入観をこの一週間だけで拭い去ってくれた。

 二人ともに、どこにでもいそうな気のよい兄貴分、といったところだ。

 

 

 

 とくに慎二にいたっては、このところ満足に眠れているはずもないのに、普段の訓練中は自身の技量不足を突きつけられ沈みがちになる隊員全員に対し、細かく声をかけてフォローを忘れていなかった。

 平慎二という兵士は、衛士としての技量に限ればさほど突出した部分はなく、精鋭の揃うA-01であれば中盤の迎撃後衛か後衛の打撃支援あたりで中隊全隊を見渡してもらえるならばありがたい、といった程度だ。

 

 だが部隊運営としてみれば得がたい人材だった。

 

(事務も指揮もほどほどにできて、隊内への気配りもできるとなれば、普通は手放したくはないよなぁ)

 

 慎二本人には告げられていなかったようだが、今月中には中隊副官に抜擢されることが、ほぼ内々で決まっていたという。第1中隊の再編のためとはいえ、横から掻っ攫うような人事には、元の中隊長からは恨まれているかもしれない。

 

 対して孝之のほうは一週間経った今でも掴み切れていない。

 A-01に配属されるだけあって、衛士としての技量は間違いなく一線級だ。ただなにかにつけて優柔不断なところが見受けられ、小隊とはいえ指揮官としては疑問が残る。

 それでもどこか憎めない印象があり、茜なども懐いているところを見ると、こちらはこちらで妙な人望があるとも言えた。

 

 

 

「まあ疲れてるのは半分くらいはお前の責任だからなぁ」

「ああ、新人の前で吐き散らかす先任連中、それも小隊長まで揃ってってのは、カッコウ付けようがなかったよな」

 

 戦術機訓練の際の醜態を思い出したのか、二人揃って顔をしかめる。

 笑って誤魔化そうとしているが、間違いなくいまのところ中隊内でXM3を乗りこなせていないのは自分たち二人だけだという負い目は感じているようだ。

 

 元207Bの面々は最初からXM3での訓練を経ていた上に、武の機動を見慣れていたこともあり、何とか付いてこれていた。また第9中隊からの配置換えの茜と晴子の二人も、元の中隊で試用段階にXM1からXM3までの習熟は済ませていた。

 結局のところ、半島からの撤退などで時間が取られていた小隊長の二人だけが、XM3搭載型の搭乗経験が圧倒的に足りていなかったのである。

 

 

 

「大陸のほうでそれなりに戦って、一応なりには衛士として自信はあったんだがなぁ、これでも」

 

 孝之が愚痴をこぼすように言うが、その経験があってしてもXM3、というよりは武とターニャが提示する三次元機動には、技量ではなく認識が追いついてこない。

 

「というかアレだろ、白銀? XM3搭載機の搭乗時間が少ない俺たちでも理解できるよう、教導の基礎を作るのがこの一週間の目的だったんだよな?」

「あ~ご推察のとおり、それも目的の一つ、でした」

 

 中隊内部の各種の準備は終わり、明日から富士の教導隊との合同訓練が始まる。ただし第一小隊は斯衛との訓練のためにこの白陵基地を離れる。

 

 部隊の中核ともいえるまりもと武とが不在となるために、二人の小隊長には無理を承知で、新任連中と同様の時間を戦術機訓練に充て、その上で通常の部隊運営の事務処理に加え、XM3の基礎教本作りに参加させていたのだ。

 間違いなくオーバーワークである。

 

 そうまでして詰め込んだのは、XM3をただ反応の上がった改良型OSと見なされないように、部隊運営にまで考慮する必要があったからだ。

 

 

 

「前に言われたんですが、機体性能の向上というか、衛士の生存性向上だけで見ればXM1でも十分だと思われかねないんですよね」

 

 もともとAL世界線において、XM3はロボットゲームでの機動を再現してみれば今まで以上に扱いやすくなるのではという程度の話だったが、その機動性がもたらす先が見えてくれば、そうも言ってられない。

 

 ハイヴ攻略は、あの三次元機動を前提とした戦術があってこそ成し遂げられる、と今では武も考えている。

 そしてそのためには武の機動を直に見た上で、それを部隊戦術に落としこめるだけの、知識と力量とが必要とされた。

 

「本来ならお二人にはXM3の習熟期間を十分に取っていただいてから、戦術立案などに取り掛かっていただこうとは思いもしたんですが……」

 そこでどうしても武は口篭もる。大陸の情勢を聞いているだけに、余裕がなかったとは口にしづらかった。

 

「ん? 時間が無いのは、お前のせいじゃねぇよ」

「だな。それを言われたら、責任があるのは大陸に行ってた俺たちの方こそ、だ」

 そしてその言いにくい部分を孝之はさっくりと指摘してしまう。慎二にしても前線だけの問題だとは言い出しはしないが、やはり満足な成果もなく撤退してきたという負い目は感じているようだ。

 

 

 

「ま、時間がないのを言い訳に、斯衛の中尉さんまで結局巻き込んでたからなぁ、こいつは」

「あの中尉、今は一応は国連軍の所属なんだろ? 部署違いとはいえ仕方ないんじゃないか?」

 わざと明るく苦笑交じりに漏らす慎二に、孝之が不思議そうに問いかける。

 

「お前なぁ……空気読まないのはともかく、斯衛の皆さんの前でそんなことは絶対に言うなよ?」

「……なんだよそれは?」

「あ~社会のシガラミをもうちょっと勉強してくれってことだ」

 問題点が判ってなさそうな孝之の態度に、さすがに慎二としても諦めたかのように説明を放棄する。

 

「確かに。篁中尉にあそこまで無理をさせてしまいましたから、斯衛では無様な真似は晒せませんね」

 武自身は孝之の言葉には直接口を挟まず、明日以降の話として誤魔化してしまう。とは言うものの、唯依に所属を超えての無茶振りをしたことは間違いない。それを斯衛の衛士が知らぬはずもないので、XM3の性能とは別に気を配らなければならない案件だ。

 

 唯依は事前の予定であれば、XM3の実機搭乗程度だけでトライアル前どころか即日にはユーコンに戻っているはずだった。が、XM3のトライアルに武御雷で参加してもらっただけでなく、その後も模擬戦の映像に付ける解説やXM3搭載型の第三世代機での部隊運用などの立案にまで関わってもらっていた。

 唯依にしても、ユーコンで開発中の不知火・弐型にはXM3が搭載されることはほぼ確定事項なので中途半端な知識のままで戻るつもりもなく、武たち同様に寝食を削り疲れ果てた姿で昨夜ようやくこの基地を離れて行った。

 

 

 

「まあ忙しさも目処は付いた。合同訓練が始まるとはいえ一応明日からは少しばかり余裕がある」

 チョコバーの欠片を合成玉露で流し込み、慎二は話は変える。

 

「で、白銀? 悩み事の相談くらいなら今なら乗れるぞ?」

「ははは……お見通しでしたか」

「普通なら、何か遊びながらでも砕けた頃合に聞きだすんだろうが、な」

 それこそそんな時間はねぇな、と慎二は自分の言葉に苦笑する。

 

「言われてみれば、部隊結成から俺らってずっと顔突きつけてるのに、仕事ばっかですね」

 

 遊ぶと言ってもEX世界線でのように家庭用ゲーム機などがあるわけでもない。

 以前の世界線では、207Bの皆とPXに集まったり地下で霞とあやとりなどで勤務後の時間を過ごしていたが、今回にはそんな余裕はない。

 ふと、今の部隊に所属するCPの幼女二人があやとりをする姿を想像しかけたが、霞はともかく相手がターニャでは、糸は糸でも権謀術数の不可視の糸しか思い浮かばない。

 

 そして男連中であれば将棋かトランプ程度だ。賭け事自体は禁止されているが、そこまで目くじら立てられるほどでもない。ダラダラとバカ話をしながら、小銭や明日のおかず一品程度なら、中隊長たるまりもから咎められることもないはずだ。

 

 

 

「以前に、夕呼先生……副司令から言われた言葉をたまに思い出してしまうんですよね」

 

 訓練中であれば、眼前の任務にかかりきりになるので忘れていられる。だが中途半端に時間が空いてしまったからこそ、解決できていない問題として頭に浮かんでしまうのだ。

 

「あ~話し振っておきながら、スマン。それは俺らが聞いていい話か?」

「問題は無いとは思いますよ。そもそも俺が聞いてきた程度の話しなんですから」

 武は軽く笑って誤魔化すが、さすがに部隊の外でする話ではないとは理解している。

 

「で、まあ。BETA大戦後の世界をどう思い描いてるのか、て言われてまして」

 さらっと口にしたが、それを聞いた二人は完全に表情が固まる。まったく想定していなかった言葉だと言うのは、その顔を見ただけで理解できてしまった。

 

「……悪い、まったく考えたこともなかった。戦後……戦争の、後ってことだよな?」

「だな。そもそも軍に入ってこの部隊に配属されるまでは、戦争そのものに実感がなかったし」

「ですよねぇ」

 

 衛士、それも実戦経験があるからこそ、逆に「戦後」があるなどとは思いもよらないのだろうとは、他の世界線での実戦を経た武にも判ってしまう。あのBETAの物量を実体験として知っていれば、人類が勝てるなどとは普通は思い浮かびもしないのだ。

 

「まあ、俺に出された宿題みたいなものだと思うので、自分で考えてみますよ」

 少し走って明日に備えて寝ます、となかば逃げ出すように武は控え室を退出した。

 

 

 

 

 

 

「ったく……あの二人はナニやってんだよ」

 少しばかり身体を動かして頭を冷やそうとグラウンドに出てみたが、見かけた状況に違う意味で頭が痛い。

 

「御剣っ、鑑っ、二人とも何をしている?」

 先を走る二人に、ランニングというにはハイペースで追いつき、叱責にならない程度に声をかけた。

 

「アレ? タケルちゃんも自主錬?」

「ご覧のとおりだ、白銀。就寝前の軽い鍛錬だ」

 純夏は問われた意味が判らずに問い返してきたようだが、冥夜は言葉の意味が判っていてとぼける。

 それでも話しやすいようにと脚は緩めてはいる。

 

「明日は早いから休めと言ったのに何してると、そう聞いたつもりなんだがな?」

 純夏に対しては諦め染みた呆れも感じかけたが、それよりも冥夜には言外に小隊副長として叱責したほうが良いのか、と重ねて問う。

 

「ふふ、ゆっくりと休むための下準備といった程度だ。明日に疲れを残すようなことはせぬ」

「ほどほどにしておけよ?」

「うむ」

 

(逆に言えば少し無理をしないと寝付けない程度には緊張している、と言うことか?)

 冥夜にしては迂遠な返答に、武もそれ以上の追及は止めた。斯衛に向かうということで冥夜が必要以上に思いつめているのは間違いないが、武にはそれを今すぐ解消できるような都合のいい言葉は持ち合わせていない。

 

 

 

「それで? タケルちゃん、また何か悩みごと?」

「またとは何だ、またとは」

 慎二のみならず純夏にまで指摘されて、そんなに自分は顔に出やすいのだろうかと、どうでもいいことに悩みが飛んだ。

 

「でも何か悩んでるんでしょ?」

「ふむ、鑑の言葉通りだな。そなたも疲れているはずなのにそんな顔をして走りこむようでは、我らとて安心して休めぬぞ」

 

 冥夜も茶化すような言葉で、促してくる。

 このあたりの連携のよさは、いつの間にか二人の波長が合っているようにも武には思えた。

 

 

 

「いや、まあ悩み事というよりかは、夕呼先生からの宿題みたいなものだな」

「宿題かぁ、たしかにそれは悩むねぇ」

「香月副司令からの宿題となると……ふむ確かに悩むべき問題であろうな」

 思っていた以上に重大な話だと、冥夜が意識を切り替えたのか、目付きが鋭い。

 

「そこまではっきりと言われたわけじゃないんだけどな。BETA大戦後の世界をどう思い描いてるのか、って話だ」

 いい機会だと思い、先ほど控え室で話していた言葉をほぼそのままに告げる。

 

 夕呼にしてみれば、武がターニャに近づきすぎることへの警告程度なのかもしれないが、言われたほうとしてはこのところどうしても頭の片隅にこびりついてしまっている。

 先ほど慎二たちに話しかけたのも、自分では答えが出せないからだ。この世界で実戦を経た衛士たちであれば、なにか明確な考えができているのではないかと期待してしまったのだ。

 

「それは……BETA大戦後の世界、か。さすがは香月副司令と言うべき、だな。想定の範囲外だった」

「だよね。この戦争が終わるなんて、言われるまで想像もしてなかったよ」

「鑑の言うとおりだ。護る事は頭にあっても、その先のことなど意識したこともない。なるほど確かに『宿題』だ」

 

 先日までは大陸での極東防衛がまがりなりにも成功していたこともあり、日本全体がいまだBETA戦に対してはどこか当事者意識に欠けている、とは武も感じていた。その上で戦争の後をと言われれば、先の孝之たちとは違う意味で、まったくの想定外の話なのだろう。

 

 

 

「しかし白銀? 副司令が『戦後』を想定しているなど、我らに漏らしても問題ないのか?」

「ん? ああ……A-01の中なら大丈夫だろ。というかあの人なら、外に漏れても気にしない程度のことしか俺には話してない、はずだ」

 

 遠まわしに冥夜が訊ねているのは、孝之たち以上に夕呼の立ち位置を理解しているからこその言葉だろう。夕呼がアメリカとの対立を画策しているのか融和を望んでいるのかそういったスタンスを第三者に伝えて良いのか、ということだ。

 

 ここ最近の第四計画の活動のすべてを冥夜が知っているはずもないが、それでも香月夕呼という個人に白銀武が重用されてのは判る。その武に「戦後」を考えろなどという話が来ているということは、詰まるところ夕呼自身がすでに先を見据えて活動を始めているということでもある。

 

 夕呼の「戦後」というのがアメリカと日本との力関係を含めた世界情勢であり、そこに香月夕呼という一個人の天才が、軍事組織を掌握した上で関与することを表明しているとも見て取れる。

 

 つまるところ「次の戦争への準備期間」という意味での「戦後」を想定しろという話だと、冥夜にしても思い至ってしまう。

 

 

 

「でも戦争の後かータケルちゃんならそのまま続けられそうだけど、わたしじゃ国連軍には残れそうにもないから、何か仕事探さなきゃだよね?」

「ん、ああ……個人的な問題としてみれば、確かにそういう面もあるな」

「あ、いや。白銀が悩んでいるのは、少しばかり違う気が……」

 

 話がいきなり飛んだように思え、武も冥夜も返答に詰まる。

 純夏が言い出したのは、極々狭い範囲での「戦後」だ。

 

「あ、でも。退役したら大学に行く補助金とか出るのかな?」

「ふふふ、我らはすでに国連軍士官だからな。退役後の身の振り方に関してはそれなりの補助制度があるはずだ」

「だよね? いきなり放り出されたりしないのなら、なんとかなるかなー」

 

 武の動揺には気にもかけず、純夏は自分の進路のようなものをブツブツと考え込みはじめる。その様子は、すでに薄れてしまいそうな記憶の中の、進路希望用紙を前にしていた姿そのものだ。

 

「鑑は何か就きたい職業などあるのか? あ、いや軍以外で、という話だが」

「タケルちゃんじゃないけどいきなり言われても、したいこととかなかなか浮かばないねー」

「そうじゃなくてだなぁ……あ~アレだ」

 

 冥夜にしてみれば、進路に悩むというそんな純夏の姿が新鮮なのか、興味深げに訊ねている。

 逆に武は、すでに純夏のペースで話が進んでいることにどこか気勢を削がれながらも、今の自分が個人的にやりたいことなど浮かんでこないということに気付かされた。

 

 

 

「あ、でも。仕事じゃないけど、今度は訓練ではなくどこかに皆で旅行に行きたいっ」

「……は?」

「演習では島に行ったけど、タケルちゃんは行ってないし、207Aの皆とも前回は別だったし。中隊の全員で温泉とか海水浴とか行ってみたい」

 

 話し飛びすぎだろっ、とどこかの世界線のシロガネタケルならば頭にチョップを降ろすのだろうが、今の武にしてみれば先ほどまでの緊張が抜け落ちた脱力感のほうが激しい。

 

「いやだからな? 戦後の話ってのはそういうんじゃなくて、だな。鑑さん?」

「海ならすぐそこだけど、温泉なら箱根かなー?」

「いや、聞いていねぇし」

 

 もはや走るのは完全に止めてただの散歩程度に歩きながらふにゃりと笑う純夏を見ていると、悩んでいた自分さえもバカらしい。

 

 

 

「ふふ、良いではないか白銀。鑑の考えるような世界こそが『戦後』であるべきだ。そこに住まう者たちが個人的な幸せを想像できる、すばらしき世界ではないか?」

「そういう御剣には、個人的な幸せを想像してるようには見えないぞ?」

「ふむ。それこそこれからの精進、と言うべきだな」

 

 明日からの斯衛での任務に向けて、必要以上に肩に力が入っていた冥夜が、今は普段よりも落ち着いている。武だけでなく冥夜も、純夏の言葉で無駄な気負いを消せたようだ。

 

(ったく。確かにこれは『正解を引き寄せる能力』ってヤツかもな)

 

 00ユニットとしての適正が、この世界線の純夏に有るのかどうかは武には判らない。だが、それにもっとも必要だとされた能力とはこういったものなのかもしれないと思う。

 

 

 

「判った鑑。温泉地の候補はいくつか見繕っておこう」

「あ~御剣、箱根は避けてくれ」

「え~タケルちゃん、温泉といえば箱根でしょ?」

「ん? なにか問題でもあるのか?」

 

 二人して問いかけてくるが、そこだけは譲れない。

 

「あの辺りは何かと畏れ多いので、もう少し近場で選んでくれると俺の胃に優しい」

 どうでもいいバカ話をして今日はもう寝よう、と武は密かに心に決めた。

 そして箱根で温泉地などというと、冥夜が選ぶというよりかは真那あたりが選びそうで、そうなると離宮付近を指定してきそうで怖い。

 

「まったく、そなたはどこまで……」

「箱根で温泉でお鍋だよーっ」

「いや、鑑? なにか増えてないか?」

 

 離宮のことに思い至った冥夜は武の立場をまた勘繰っているようだが、純夏はそんなことはお構いなしのようだ。それどころかこのままだと要求が際限なく増えていきそうでもある。

 

 

 

「まあしかし、こういう話ができるような世界、か」

 

 武にはいまだ具体的な方策などはまったく思い浮かばない。

 だが、ちょっとした未来の予定を屈託なく話せる、たしかにそんな世界こそが戦後であるべきだと、二人の言葉からあらためて思い知らされた。

 

 

 

 

 

 

 




なんとか一月中に更新達成~アズレンとかモンハンとかが悪いというのは横に置いて、ヘンに作業環境をスマホに移そうなどと画策したのが間違いだったかもしれません。ハーメルンの多機能エディタは便利なんですけど、やはり物理キーボードか欲しいロートルです。

でコミック版オルタの最後のアレはアレで好きなのですが、多分この流れだとああいう全人類結集~みたいな世界にはできないなぁ等と考えながら、二月中はできれば更新回数を増やしたいところです。


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黒白の磨光 01/11/24

 どうしてこうなった、とはさすがに武としても口にはしない。それ以前にどうせこうなるという予測もあった。だが、さすがに今の眼前の状況ほどに、無理がある想定はしていなかっただけだ。

 

(というか事務次官補、こうなることを想定して煽ってたんだな。まったく……気付けよ、俺も)

 

 

 

 普段より少しばかり早く朝の支度を整えた後、真那たち第19独立警護小隊の四名に先導され白陵基地を出たところまでは、任務地が変わるとはいえ通常の範疇だと思っていた。

 今日から一週間を予定している斯衛との合同訓練においては、第19独立警護小隊も元の所属である第16大隊に復帰して参加する。護衛対象たる冥夜が移動するのだから、それは当然の措置だ。

 

 そして移動中の車内でターニャから指示された、降車後の並びに少し違和感を感じたが、斯衛の基地に不慣れな自分たちであればおかしくはないかと、意識から外してしまっていた。

 

 

 

 先導する真那の次にまりもと武そして冥夜と続き、ターニャと純夏、最後にわずかに距離を取って神代たち白の三人とという、その命令。

 

 おそらくは真那たちはターニャの意図を察して指示を受け入れていたのだろう。が、その並びが斯衛という組織とそこに属する者たちからすれば、どういう意味を持つのかということに、そのときの武はあまり深く考えていなかったといえる。

 

 その指示を聞いたときの冥夜のいつにも増して緊張した返答、そして何かを受け入れるかのように深く眼を閉じたことを、いま少し考えておくべきだったのだ。

 

 赤の月詠を先頭にしているとはいえ、白の三人よりも前に在日国連軍が「御剣冥夜」の前を護っているという形なのだ。「御剣冥夜」が対外的には国連軍所属の少尉であるとはいえ、実情を知らぬ斯衛の兵たちにとっては受け入れることが難しい。

 

 特に武はその中でも唯一の男性である。

 結果、武に向けられる視線は羨望と憎しみの合い混ざった複雑なものとなっていた。

 

 

 

 それでも予定が詰まっているためと、着任の挨拶などの前に強化装備への着替えが指示されたときにはまだ、周囲からの視線を斯衛衛士特有の権威主義的な敵意かと軽く流してしまっていた。

 

 まりもが本日以降の予定確認のために離れたことも、ターニャがシミュレータのセッティングに向かったことも、どうやらある程度は想定のうちだったのだろう。

 

(相手側のガス抜きに使うなら、最初からそう言ってくれれば良いものを)

 

 武とて、かつての自分がどれほど周囲の思惑を読み取れていなかったかということは、自覚しつつある。が、それでも今この世界で眼が覚めてからは、人並み程度には空気を読んでるつもりなのだ。

 斯衛の衛士たちが憤っていることくらいは理解もしている。

 その不満を合同訓練の前に晴らすためのサンドバッグになる程度、二つ返事で引き受けるくらいの度量はあるつもりだ。

 

 とはいうものの半ば騙されたかのような形で、しかも朝も早くから帝国斯衛のシミュレータルームにてコクピットに座っていると言う現状に、諦め気味に溜息の一つも漏らしてしまいそうだった。

 

 

 

『さて。正規の訓練前の、そうだな、ちょっとした準備運動のようなものだ。各自、無理はするなよ?』

 

 武のその姿を見ていたのではないだろうが、無線越しに軽く笑いを含んだ斑鳩崇継の声が聞こえる。

 

 崇継は五摂家の一つである斑鳩の当主であり、今この場における立場としては帝国斯衛軍の最強と謳われる第16大隊の指揮官だ。今の政威大将軍たる煌武院悠陽よりも崇継をという声もあったと言われる程には、文武ともに実績もある。そして部隊の内外への人望ももちろん大きい。

 

『各機、通話はオープンチャンネルとしておく。気になった部分は笑い話程度に指摘しあえ』

『了解ッ!!』

「……了解」

 

 そんな崇継の言葉だったが、それに同意して笑えるほどに余裕ある者は居ない。

 相対する一個小隊、四名の声が気合十分な上に綺麗に揃うのに対し、武の返答は力なく遅れる。

 

(文句があるのも判るけど、BETAの九州上陸が眼前に迫ってるってのは知ってるんだろうに。頭で理解してるだけで実感ができてないのかよ……)

 

 AL世界線でのことだったか? こんなことをしている余裕なんてないだろうと喚いた「シロガネタケル」の、自分でも空回っていたと思える事例を思い出し、強引に意識を落ち着かせる。

 

 

 

 斯衛でのXM3換装に伴う、白陵基地所属の特殊任務部隊A-01部隊との合同訓練。それが名目上のものであり、実質的には武たちによる教導となることは参加する誰もが知っている。それに不満が上がるのは想定の内だ。

 なによりも今から相対することになる四人以外にも、数多くの斯衛軍衛士が武たち国連白陵基地に言葉にしがたい思いを抱えていることも、感情としては理解もできるのだ。

 

 武の経験してきた世界線と異なり、この日本帝国では斯衛の海外派兵も数年前から実施されている。いま武の眼前で息巻いている者たちも「死の八分」を潜り抜けてきた者たちだ。

 そんな彼らが、大陸の、そして対BETA戦の現状が判っていないはずがない。

 

 それで居ながら国連軍、いや武たちA-01に対し風当たりが強いのは、つまるところ悠陽が主導したはずのXM3の開発が、国連という外部に逃げた者たちによって成されたという「事実」に対する憤りだ。

 特に不満げな様子を見せていた者たちが武の相手として選ばれたが、シミュレータでの彼らの黒の武御雷を駆る様子から見て、武家出身者でなくその腕を見込まれて斯衛に入った者のようだ。

 であればなお一層、自分たちの腕を低く見られたと捉えたとしてもおかしくはない。

 結果、腕を見せろと言う話になり、対人演習と言うことに行き着く。

 

 

 

 そこまでであれば武としても予想はしていた。

 以前XM3の「売り込み」に訪れた時も、ターニャの切り替えしがあったから実現はしなかったが、武もあの時点で一度くらいは対人での模擬戦をなさねばならないだろうとは考えていたのだ。

 

(周りが煽るから、余計に話がややこしくなるんだ)

 

 ターニャの指示での、まるで国連軍こそが「御剣冥夜」を護っているかのような振る舞いだけであれば、「御剣冥夜」の偽装強化と言う意味で納得もされたかもしれない。

 それを見て面白がった崇継が、XM3の開発衛士として武を持ち上げるかのような発言をわざと漏らしたのが決定的だった。

 

 どちらかだけであれば、腕前を見せると言う程度で、訓練開始の最初に簡単な立会いだけで済んだかもしれない。

 

 

 

(まあ「御剣冥夜」を偽装するという目論見は、間違いなく成功しているんだ。前向きに考えるか)

 

 冥夜の緊張を思い図れなかったという負い目はできてしまったが、それを差し引いても先ほどからの斯衛の者たちの反応を見れば、偽装工作は達成されている。この場にいるものたちは誰しもが、本土が戦火に見舞われれば煌武院悠陽自らが武御雷を駆るという可能性を、間違いなく肌で感じているはずだ。

 

 崇継とその側近あたりであれば武たちの思惑を読み取っているだろうが、面白がりこそすれ、それをわざわざ口にすることはないはずだ。

 

 

 

(とりあえず一個中隊相手にしろという話が流れただけでも良しとするか。それに斯衛の衛士がどれだけXM3に習熟してるのか早めに判るという意味では無駄にはならねぇ、よな?)

 

 XM3対応型のCPUやシミュレータは、在日国連軍のA-01連隊と帝国本土防衛軍の富士教導隊、そして事前の交渉どおりに斯衛に優先して配備が進められている。

 A-01には先日のトライアルの前には予備も含め行き渡っており、斯衛と富士教導隊のほうにも十分な数が渡っているという。

 

 実際、武御雷だけで構成される第16大隊では、武たちが教導用の資料を製作していたこの一週間の間に、独自に訓練を進めていたと聞く。帝国最強とまで噂される第16大隊の衛士たちがどのようにXM3を用いているのかということには武とて純粋に興味があった。

 

 そしてなによりも、いくつか不満に思う点はあるものの、武とて今から教導する相手の腕は見ておきたい。

 

 

 

 少しずつ眼前の模擬戦に意思を集中させながら、コクピット周りのセッティングと装備選択を進める。

 

 相手方の技量を確認すると言う意味合いで、武は少しばかり変則的な装備を予定していた。

 利き腕たる右腕に、大型の盾である92式多目的追加装甲を。

 左腕に87式突撃砲を。こちらは銃剣として65式近接戦闘短刀を、そして増設された肩部ウインチワイヤーをスリングとして懸架している改修仕様だ。

 

 帝国の戦術機は他国のものと違い、操作に変則的な部分がある。左右のコントロールスティックで、戦術機の左右それぞれの腕を個別に制御するというのが、最大の特徴だろう。長刀などを用いた近接戦闘時に対処しやすいようにと改装されたその仕様は、間違いなく目的を達している。

 ただ機体任せの挙動よりは格段に動きは良いとはいえ、利き腕での制御に比べればどうしても逆腕での制御は甘くなる。

 

 今から行われるのはどちらも帝国製のそれも近接能力に長けた武御雷だ。

 多対一という状況で、相手の技量を見ながら戦うとなれば、利き腕での防御に専念し左での射撃は牽制程度と、武は割り切ってしまうつもりだった。

 

 一瞬、両腕に追加装甲を纏い、背部の可動兵装担架システムに突撃砲を二門担ぐべきかとも考えたが、そこまでしてしまえば様子見の態度があからさま過ぎて、相手の怒りに油を注ぐだけだと思い至り、今の装備となった。

 

 そして一応は背部に74式近接戦闘長刀を二振り懸架しているが、抜くつもりはない。これをもって打ち合うようでは対BETA戦での技量を見るという意味はなくなり、対人類戦の演習となってしまう。

 

 

 

 さすがは斯衛の施設と言うべきか、シミュレータ自体も第四計画直轄のA-01と遜色ないほどに整備されており、着座調整などもスムーズに終わる。

 

 想定された戦場は、BETAの侵攻後の平原部。

 いくつか遮蔽物となるような地形がないわけでもないが、屈むのであればともかく、戦術機が全身を隠せるほどではない。

 

 地形的には各個撃破を狙いにくく、単機で一個小隊を相手にする武にとっては、かなり不利な状況だ。

 

(つまるところ、斯衛の平均以上の腕前があることを証明して見せろってことだろ?)

 

 相手の数が一個小隊四機なのは、かつて武御雷がまだその名を冠さず、試製98式とだけ呼ばれていたとき、崇継が単機で三機の相手取ったことに合わせてのことかもしれない。

 

 正直なところ小隊程度の包囲射撃であれば、たとえ全機が強襲掃討装備で各四門、合計一六門の突撃砲に一斉掃射されようとも、互角の射撃戦に引き込める程度の自信は武にもある。

 ただそれも、相手の技量を確かめてからのことだ。

 

 

 

 

 

 

『では状況を開始。各自の奮闘に期待する』

 崇継の簡単な言葉で模擬戦は開始された。

 

 純粋な技量の確認ということもあり、双方は荒れた平原を挟み5キロほどの距離を取っているだけだ。戦術機の機動力からすれば、接敵しているも同然である。

 

 普通に考えれば数的不利な武が取るべき行動は、距離を取りつつの後退射撃くらいしかありえない。もう少し距離があれば、追加装甲をドーザーブレードとして用いての簡易壕の作成なども考慮できるが、現状ではあまりに近い。

 

 逆に斯衛の小隊からすれば、数で追い立てての包囲射撃でケリが付く。

 

 

 

 ただどちらもそのような選択はせず、開始の合図があってからもしばらくは棒立ちのままだった。

 そして最初に動きを示したのは、斯衛の小隊長だった。

 

『尋常に立ち会っていただきたいものだな、白銀少尉?』

 

 相手方の小隊長機からの通信が流れるが、その言葉通りに背後に部下の三機を押し留め、ただ一騎で武との距離を歩いて詰めてくる。

 小隊長機らしき正面先頭の機体以外は、銃口をこちらに向けてさえいない

 

 

 

「いえ、せっかくですので小隊全機でお相手していただきたいのですが?」

 

 なにも心理戦を気取って煽っているのではない。

 唯依や第19独立警護小隊の三人の腕を見た上で、一般の斯衛衛士の技量であれば対処できると判断してのことだ。

 無様に負けるつもりもなければ、無闇に圧倒してこれからの教練に影響を残すつもりもなかった。

 

『貴様ッ!!』

 だが武の言葉を挑発と受け取ったのか、一番の若手らしき者が激昂して前に出ようとする。

 が、わずかに手を上げた小隊長によってその動きは制止された。このあたり、斯衛の規律は間違いなく一線級といえる。

 

 

 

「あ~失礼しました。では、こちらとしては好きに行かせて貰います、よ……っと」

『望むところではあるなッ』

 

 睨みあっていても仕方がないと割り切り、武は戦闘に意識を切り替える。

 その気配を感じ取ったらしく、相手の小隊長もどこか獰猛な笑いを見せた

 

 

 

『ふははっ、なるほど確かにこれは伊達ではなさそうだなっ!? 我ら四機がかりでも適わぬかも知れぬぞ、全機散開して射線を取れッ』

 だがその小隊長の笑いは、武が機動を開始した直後から、意味合いが変わった。そして即座に後方の三機を含め小隊としての連携を取り始める。

 

 まずは一対一の射撃戦からかと斯衛の誰もが思っていたであろうが、武はそれを許さなかった。

 わずかな地形の高低差を遮蔽物として利用しながら、地を這うように射線を躱す。

 射線が通りやすい上半身も、その右手に持つ追加装甲で庇いながらの移動だ。当然武からも射撃は困難だが、有効打が与えられそうにないと即座に判断できてしまう斯衛衛士のほうも撃つ機会を掴めないで居た。

 

 

 

(あ~実戦経験が逆に悪いほうに出てるのか? いや既存の戦術機機動としては間違いなく正しいんだけどな)

 

 地形を遮蔽として使うとはいえ、よくて10メートル程度に盛り上がっている程度だ。如何に前傾姿勢で走るとはいえ、場所によっては膝下くらいしか隠せないところも多い。

 その程度で回避が可能なのも、相手が跳ぼうとしないからだ。

 

 無理な発砲もなく、的確に武の機動先を予測しつつ包囲を崩さないところを見るに、間違いなく四人共に衛士としては優秀だ。

 ただ、なまじ斑鳩崇継という優秀な衛士を身近に見ているせいか、XM3の能力を既存の戦術機機動の最優をなぞるためにだけ使っているようにも思える。

 

 

 

「さてそろそろ手を出しますが、その前に少しお聞きしてもよろしいですか?」

 これ以上回避行動を続けていても時間が過ぎるだけだと判り、武は攻めに転じようとする。

 だがふと良い機会だと思い至り、問おうとする。

 

『なにかね、白銀少尉?』

 おそらくは市井出身だろうが、斯衛のそれも実戦経験済みで且つ最強と名高い第16大隊で小隊長を勤めているくらいだ。何らかの答えを持っているのではないかと期待してしまった。

 

 共に軽めに言葉を交わしてはいるものの、すでに彼我の距離は1キロを割り込み、踏み込みの速度によっては剣先さえ届くような距離だ。それを理解していながら、武と相対している小隊長とは、言葉を重ねるべく、射撃での牽制に留めあう。

 

「斯衛の方々……いえ、貴方自身は何のために、何をどうするために戦っておられるのですか?」

 そして、いつか冥夜たちに訊ねたのと同じような、それでいてより具体的な答えを求めた問いを、武は口にする。

 

 

 

『殿下を御護りし、ひいては日本というこの国を護ることこそ、我らが斯衛の使命と捉えているが?』

 教科書的な回答ではあるが、また心からそれを信じているという力強さは、小隊長の言葉から思いはかれる。

 

「ですから、その方法と、その後、を、とっ? 九州上陸を阻止できれば、日本を護ったことになるんですか? それとも京都ですか? あるいはこの帝都城だけかッ? そんな程度で殿下を御護りしてるって言うつもりかよッ!?」

 

 双方の距離はすでに剣の間合いに近く、武の回避にも余裕が失われていく。倒してしまうのであればいいのだが、今は切り結ぶのではなく、話の接ぎ穂が欲しい。

 だが余裕の無さから、苛立ちがこみ上げてくるのもたしかだ。

 

『殿下に仇なすような存在があれば、いかなるものであれ我らはこの刀を持って其れを誅するのみだ』

 殿下の盾であり矛である、それが斯衛だと、疑いもせずに謳いあげる。

 その言葉が、武から一切の躊躇いを押し流してしまった。

 

 

 

「……ああ、なるほど。そうやって結局は、人類同士で争うってことか」

 記憶にある、あの塩に焼かれた大地、

 わずかに残った生存可能な土地でさえ分かち合うことも、共に手を取り合うこともできずに、結局人類同士での戦いを始めてしまった。

 

 もはや薄れ行く記憶の中だが、バビロン災害の後に武の知る「殿下」が笑う様は一度たりともない。共に歩むとの誓いどおり、記憶の限りは最後まで傍に付き添ったはずだが、昨夜のようにただ楽しげに苦笑する顔さえ、見ることはなかったはずだ。

 

 

 

『それが殿下のためであれば、我らは人すら、いや同胞たる日本人さえ斬る』

 斯衛が敵視しているのは、なにもBETAだけではない。周辺諸国はすべからく仮想敵なのだ。そして何よりも、今の将軍職の権限を押さえ込もうとする者たちに対しても、敵として認識しているのだ。

 

「ああ、そうだったよな。判った、良く判りましたよ……それじゃあ、確かに笑って貰えないよな」

 呟くように、相手の小隊長の言葉に同意する。

 あれはいつどのような形だったのか。細部は思い出せないが、武自身も確かに「殿下のため」と、まりもに銃を向けたことがあったのだ。

 

 そんなことを積み重ねている者が隣に居て、あの「殿下」が自責の念を持たないはずがない。

 

 

 

 脚を止めることなく、右の追加装甲も、左の突撃砲も、投棄する。

 少なくとも、この眼前の者たちがこのままでは、いまの殿下にも笑っていただけそうにない。冷めた心で、武はそう判断してしまった。

 

『貴様ァ、逆手で二刀だとッ!? 舐めるのも大概にしておけッ!!』

 

 先ほどから細々と射撃を回避されていることに苛立ったのか、あるいは武が逆手の二刀などというふざけているとしか思えない構えを取ったからか、一番の若手らしき衛士が同じく長刀を抜き、挑みかかってくる。

 両手で上段に構え踏み込みつつ、さらに跳躍ユニット使い距離を詰める。

 

 だがその長刀が振り下ろされる間もなく、二機の黒の武御雷が交差した瞬間、いきなりC型の胸部に刀身が生えたかのように見えた。

 

『…え?』

 背後から逆手での突きがコクピットブロックを貫通しその映像が投影された直後に、C型の頭部が音も無く、ズレた。

 

 振りかぶりからの斬り下しが遅かったわけではない。また斯衛たちが駆るC型より武の乗るF型のほうが推力が高い、というそれだけでは説明のできない速度だった。

 

 

 

『散開するなッ!! 密集しつつ後退射撃だッ』

 驚くべき速度で一機が斬り捨てられたが、それに注意を奪われたのも一瞬だけで、斯衛の小隊長は指示を飛ばす。バックブーストで距離を取りつつ、三機が連携することで射撃密度を上げようとしたのだ。作戦としては間違っていない、

 

 かつての記憶にあるフランス軍など、IFFの作動もあり武が懐に入った瞬間に小隊としての連携を崩し即座に壊滅した。それに比べれば間違いなくこの者たちは優秀だ。

 

『ヤツは挙動の繋ぎが上手いッ! 眼で見てからでは、っクソ』

 

 だが、バックブーストでしかも牽制射撃を加えながらでは、武の速さを振り切れなかった。

 先ほどから距離を詰めていたことも仇となり、退避する間もなく残りの二機も、そのコクピットに刃を立てられる。

 

 唯一残った小隊長も長刀を抜いたが、その刃が武の機体に触れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

『……状況終了。各衛士はシミュレータを離れたまえ』

 

 斯衛の武御雷四機が破壊された後、誰もが言葉を失っていた。

 が、指揮管制室からの崇継の言葉に、深く息を吐くような意味のない呟きが四方から漏れた。

 

「ッたく!!」

 武にしても、短時間での戦闘機動だったので肉体的な疲労はないに等しいが、記憶のフラッシュバックもあり精神的には疲れ果てている。

 

 四機の武御雷をまったくの無傷で下したというのに、何の達成感もない。

 意味のない音を口から漏らし、表情を取り繕う余裕もなく、武も崇継の言葉を受けて這い出るようにシミュレータから離れた。

 

 

 

 今まさに見せ付けられた圧倒的なまでの武の技量と、シミュレータから降りた武の相貌とに、斯衛の者たちは誰もが押し黙り、シミュレータ室には、緊張を孕んだ沈黙だけが満ちていた。

 

「ふむ? 何を騒いでおられるのかと見に参りましたが」

 そんな中、平素の様子で武に近付いたのは、管制室から出てきたターニャだった。

 

 紹介はされていたものの、どう見ても初等科の生徒にしか思えないその立ち姿と、場違いなまでのターニャの落ち着き具合に、斯衛たちの緊張は緩んだものの不信感はいっそう高まっていた。

 

 そんな周囲からの視線などには一切注意を払う素振りを見せず、ターニャはカツカツと靴音を一定のリズムで響かせ、武の前に立つ。

 

「白銀少尉……こちらが機材のセッティングで時間を取られている間に、何をやっているのかと思えば」

 

 力なく立つ武を前にして、下から半眼で睨みつけるような姿勢で、胸元あたりにある頭から、はぁ……とわざとらしく溜息を漏らしてみせる。

 

 そして武の返答を待たずにスッと身を屈めた。

 

 

 

「え、……ぐァっ!?」

「……え?」

 武の呻き声に続き、誰が漏らした言葉か判らないが、それはほぼ室内全員が抱いた驚きからの声だ。

 

 ターニャがその小さな身体をさらに屈めたと見えた直後にはくるりと身を廻し、武の腹にはそのブーツの踵が綺麗にめり込んでいた。

 それどころか、どういう力具合なのか男性としてもそれなりの長身である武が、軽々とシミュレータ・ユニットの壁面に叩きつけられる。

 

 強化装備越しだというのにありえないほどの衝撃に、衛士として鍛えていた身体も耐え切れず、蹲ってしまう。

 だが、それを許容するようなターニャではない。

 

 

 

「なにを寝ている、白銀武? 立て」

 

 珍しくターニャの声が上から響くが、身体の痛みよりも何よりも、武は驚きで動けない。

 

「立てぬのか? まあ良い。さて白銀武、貴様は何者だ?」

「っう……は?」

 

 強化装備を着用していたため、壁面に叩きつけられた衝撃は少ない。だがどういうわけか蹴り上げられた腹は、一切の防壁などなかったかのように、痛みを訴え続けている。

 満足に呼吸することさえ覚束ない。

 

「耳まで壊れたか? 貴様は何者だと聞いている」

「は……はっ、国連太平洋方面第11軍・白陵基地、特殊任務部隊A-01第一大隊第一中隊所属の、白銀武少尉でありますっ!!」

 

 問われている意味は判らないが、今にももう一撃蹴り上げてきそうなターニャの圧力に、軍人として鍛え上げられてきた経験から、官姓名を応えてしまう。

 

 

 

「では白銀少尉。貴様の任務と目的は何だ?」

 一応は合格ということなのか、武の名乗りには文句を挟まず、ターニャがさらに問いかける。

 

(任務? 目的? 俺は何をしたいんだ?)

 このところ頭の片隅に居座り続ける問題意識。

 喀什の攻略方法や、BETA大戦後の世界想定といった、白銀武の身の丈を超えているとしか思えない問題が浮かぶ。

 だがそれらは問題であって目的ではない。

 

「俺の任務はBETAをこの星から駆逐することでありますッ!! そして俺の目的は、人類を護る、皆の未来を護ることでありますッ!!」

 腹の痛みも合わせて纏めて吐き出すかのように、声を出す。

 結局、言葉にしてようやく判る。

 昨夜の冥夜や純夏との話どおりだ。周りの者たちには先のことを笑って話し合えるようになって欲しいのだ。

 

 斯衛の者たちから、殿下と日本とを護るという言葉を聴いておきながら、苛立ちを感じたのは、結局のところ自分でその道筋が想像できないからだ。

 

 BETAからいかに人類を、この星を護るかという方法はまだ形にできてはいない。さらにその後の人類同士の力関係など、まだまだ思いもよらない部分もある。だが、最終的な目的が決まっているのならばあとはその目標に向かって模索するだけだ。

 

 

 

「……ふむ? まあギリギリ及第点、と言うところか。よろしい。それが理解できているなら、先ほどのようなバカな真似は二度と繰り返すな」

 そう言い捨てて、ターニャは武から視線を外し、周囲の斯衛の衛士に向き直る。

 いまだ沈黙の続く室内を一瞥し、無表情に言葉を続けていく。

 

「ああ、我らが隊の新人がお騒がせいたしましたな。大隊長に代わり、お詫び申し上げます」

 一応は頭を下げた形ではあるが、誠意も謝罪の意図もまったく感じられない声音だ。

 

 これから一週間よろしくお願いしますという言葉が続くものの、新しい獲物を見つけたかのような視線で、ターニャはくひりと嗤った。

 

 

 

 

 

 

 




なんとかギリギリ2月中に投稿です。MHW世界線でG弾の逐次大規模運用とかがなにもかもの原因な気がしております。

というのはともかく、この回で冥夜と殿下の話し合いとか、斯衛と今後の防衛線からカシュガルまでの概略相談とか入れようとしていたプロットに問題があった気がしてます。というわけで多分この第三章第一節斯衛編?はあと1~2回くらいは必要そうです。次こそ早めに更新したい……


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遷延の擯斥

 ターニャの一喝とその後の武の対応とで一応は収まりを見せたものの、室内の緊張は決して下がったとは言い切れない。

 納得したかのように安堵しているのは、おそらくは白に属する実戦経験の薄い少尉たちくらいだ。黒を着る者と小隊長以上の者の多くは、よりいっそう「白銀武」という人物への警戒と不審とを強めていた。

 

 突撃砲を捨ててからの武の機動は、逆手での二刀などという構えは確かに目を引いたが、問題の本質はそこではない。

 

 ターニャに誘導されるように国連軍衛士だと言い切ったが、その言葉とは裏腹に武の戦術機機動には帝国斯衛でしか用いられていない運用が含まれていた。XM3対応CPUによる反応速度の向上に、斯衛の擬似キャンセルとでもいうべき機動処理を無理やりに組み合わせた結果が、先の模擬戦終盤で武が見せた早さの秘訣だ。

 

 

 

(マズった、確実に俺が斯衛の戦術機機動に精通してるのがバレた)

 

 少なくとも武が斯衛で戦術機を駆っていた経験があるか、あるいは関係者からの教えを受けていたとは認識されてしまったはずだ。そしてそのような人物を誰一人として顔を知らぬという異様な状況を、ロイヤルガードとしての斯衛の者たちが見過ごせるはずがない。

 

 少なくとも内通者とまでは言わないが、五摂家の間での何らかの取引の末の秘匿された存在だと、距離を置かれることにはなりそうだ。

 

 

 

(いやそれだけならまだ良い。対人類戦闘の、人を殺してきたこともバレたか? さっき相手した小隊長とかなら、黒でも気が付いていてもおかしくはないな)

 

 武個人が警戒されるだけであれば、XM3教導という任務にはさほど差し支えることはない。それこそまりもと武とで昔ながらの「良い警官と悪い警官」を演じるだけだ。

 

 問題は武が所属するA-01つまりは第四計画が対人類戦を経験している、あるいはその予定があり経験者を集めている、と邪推されることだ。今後の協力体制を構築していくためにも、国連軍としてのクリーンな建前的立場を維持しておきたかった。

 

 207Bの教導においても対人類戦の内容をほぼ無くしていたのも、時間的余裕の無さからだけではない。冥夜に近づく者を警戒している真那を前にして、対人類戦の演習で武の挙動を見せてしまえば、警戒どころの騒ぎではなく、何らかの抗議行動に移っていたと予測できたからだ。

 

 

 

 

 

 

 さてこの状況をどうするかと顔には出さないように悩んではいるものの、いくつもの世界線での経験があるとはいえ、すぐさまに解決方法が浮かんでくるほどには武に対人社会経験があるはずもない。

 このままターニャに投げてしまうべきかとまで考え始めたが、救いの手は思わぬところから差し出された。

 

「いやはや、準備運動程度と言ったものの、これはなかなかに見ごたえのあるものを見せて貰った。白銀少尉には感謝せねばならんな」

 作ったような朗らかな笑いでそう言い出したのは、そもそもの元凶とでも言うべき崇継だった。

 

「確かに。これで白銀少尉や他の国連軍衛士の方々の技量を疑うような愚か者は、我らが大隊には居りますまい」

 そして崇継の側近であり大隊副官でもある真壁介六郎も、そう続ける。

 

 隊のトップ二人にこうまで言われてしまっては、疑問はあれどもそれを態度に出せるものなど斯衛には居ない。

 空気は硬いままではあるが、共同訓練前の講習のためブリーフィング・ルームに移動しろと指示されれば、意識も切り替わっている。武の素性を推察するよりも、その技術の一端であろうとも身に着けようとするのが、斯衛の衛士たちだった。

 神代たち第19独立警護小隊の三人も、真那同様に武には疑いの目を向けはしたものの、他の大隊員に促され別室に移動していった。

 

 

 

「では月詠中尉。白銀少尉と御剣少尉の二名の案内を頼む」

「……は、了解いたしました」

 

 崇継からの指示に、真那の返答が珍しく遅れる。

 

 不満というよりも、懐疑があるのは当然だ。

 第四計画と帝国の武家が対立しているわけではないが、「白銀武」という人物にはこれまで以上に身辺に疑惑が持ち上がったのだ。武を予定通りに動かしてよいのかと口には出さぬものの、その視線が雄弁に物語っている。

 

 だがそのような真那の態度には一切気付いていないかのような振る舞いで、崇継はまりもと純夏そしてターニャの三名を伴い、場を辞してしまう。

 

 

 

 結果残されたのは、武と冥夜、そして案内を命じられた真那だけだ。

 時間にさほど余裕があるわけでもないので、すぐさまに移動すべきなのだが、真那にしてみれば、抗議の機会さえ奪われたようなものだ。

 

「月詠中尉殿、俺への警戒は当然のことだと理解しております。必要と判断されるのであれば、俺を拘束してくださっても結構です」

 

 促すべく、武が口にするのは嘘偽りのない言葉だ。

 今後の教導の際にまで拘束されるわけにはいかないが、今から移動する先に関しては、その程度の警戒は必要だと理解している。

 

「……正直に言おう。私個人の意見としては、貴様のその申し入れを受け入れ、拘束着を着せるべき、いやそもそも貴様を連れて行かないというのが妥当だと考える」

 

 躊躇いながらも真那は、武の言葉に同意する。

 対して横に立つ冥夜は、真那への叱責を顔に出さないように努力しているのだろう。それでも眼が普段よりもわずかに細まっているところを見るに、怒りを抑えているのは間違いない。

 

「だが、貴様を同行させることは決定事項だ。私の一存で覆せるようなものではない」

 そんな冥夜の態度も判っているのだろうが、真那は武への警戒を解くことはない。

 ただ、もしもの場合は刺し違えてでも止めて見せる、と言いたげな口調ではあるものの武の同行を認め、基地の奥へと案内をはじめた。

 

 

 

 

 

 

 警備の者が居るわけではないが、幾たびかのセキュリティチェックを挟み、武と冥夜が連れられたのは、先ほどとはまた別の、基地地下深くに用意されているシミュレータルームだ。

 

「失礼いたしますっ、御剣冥夜少尉と白銀武少尉をご案内いたしました」

『お待ちしておりました。お入りなさい』

 

 入室の許可とともにロックが解除され、対爆ドアとしか思えぬ厚みのそれが開く。

 

 

 

 中に居たのは、冥夜と同じ、紫の零式衛士強化装備に身を包んだ、一人。

 政威大将軍たる煌武院悠陽、その人だった。

 

「っ!! 失礼いたしましたっ!!」

 武と真那とが敬礼する横で、いつかの篁唯依ではないが、冥夜はその姿を眼にした瞬間に跪く。

 

 まあそうなるよなぁ……などと溜息を漏らすことはできないが、頭の片隅で考えながらも、武は冥夜を叱責するように声を続ける。

 

「立て、御剣少尉。さっき俺が言われた言葉を繰り返すようでなんだが、お前は何者だ?」

 武の言葉に対し、抗議するように冥夜のわずかに肩に力が入ったが、己の立場を問われて冷静になったようである。

 

「……失礼いたしました」

 先と同じ言葉を口にしながらも、すっと立ち上がり、敬礼を返す。

 日本帝国の臣民、いや御剣家の者としては臣下の礼を尽くさねばならないが、国連軍衛士としてはそれさえも許されない。

 

 

 

「楽にしてくださいませ、お二人とも」

「はッ!」

 悠陽の言葉を受けて武と冥夜は敬礼をとき、お座りなさいという言葉通りに、シミュレータの横に用意されていた机に向かう。

 

(なんというか怯えている、といったところか。そりゃ殿下にしたら、冥夜から恨まれていると思い込んでいても仕方はないからな)

 

 冥夜も恐ろしく緊張しているようで普段以上に動作が硬いが、それは悠陽も同様のようだ。顔は何とか笑みを浮かべているが、どこかその顔は泣き出しそうにも武には思えてしまった。

 

(って、こっちの月詠さんも居ない、のか? いや管制のほうに回ってくれてるのか)

 

 悠陽の警護に付いているはずの月詠真耶の姿が見えないが、この場に来たのは一応はXM3の教導という表向きの理由もあるので、シミュレータの管制を担当しているのかもしれない。

 

 そして真那は室内に入ってからは、斯衛としてではなく月詠の者としての立場を取るつもりのようで、悠陽の後ろではなく冥夜の後ろに傅いている。

 つまりは今からの話には口を挟まない、という意思表示でもある。

 

 

 

「あらためまして、殿下へのXM3の指導を賜りました白銀武少尉と、御剣冥夜少尉であります」

 これで敬語とかは合っていたかな、などと慣れぬ言葉遣いに意識を飛ばし気味になる。が、このまま冥夜と悠陽とが見当違いの緊張を孕ませていたならば進む話も進まないと、武が話しはじめる。

 

「と、まあ建前は横に置かせていたきまして、ですね。月詠中尉殿、質問をよろしいでしょうか?」

 武としても事前にいろいろと考えていたのではあるが、二人の緊張具合が想像以上だ。

 

 どう切り出すべきかなどと思いながら口を開いてしまったために、座ったままに後ろに立つ上官に問いを発するという、叱責ではすまぬ非礼を働いてしまう。悠陽を前にして立ち上がり背を向けるというのも間違っていると思ってしまい、ちぐはぐな動きになってしまった。

 

「……許可する、なんだ白銀少尉?」

 ただ真那も悠陽の前で叱責するわけにもいかず、武に発言を許す。

 

「この部屋の防諜は完璧でしょうか?」

「ここは五摂家の方々が使用されることを前提としている。ここでの会話は一切外部には漏らさぬし、今この場にいる者以外が立ち入ることもない」

「お答えいただき、ありがとうございます」

 

 武は真那に説明はしていないが、このシミュレータルームを用意した理由は察して貰えているようだ。

 いま一切の記録が取られていないこの場であれば、悠陽と冥夜とはその立場を取り払って顔を合わせ言葉を交わせると、と武の問いに答える形で冥夜に告げていた。

 

 

 

(まあ鎧衣課長とかなら入ってきそうだが、今は逆に護るほうに回っている、か?)

 

 そんな風に考えてしまうくらいには、自分の意識が問題から逃げていることをどこか自覚しながらも、武はまだ言葉を紡げない。

 

「あ~、とですね……」

 だが、それでもどう伝えれば良いのか、武は答えが出せない。

 

 冥夜と悠陽。二人を引き合わせればそれでめでたしめでたし、ではないのだ。

 むしろ武自身が、この世界線で意識を取り戻して以来ずっと眼を逸らしていた事態を直視しなければならないのだが、その一線をまだ踏み越えられない。

 

 

 

「……」

 冥夜は、事態が受け入れ切れていないようで、先ほどから固まってしまっている。

 

 武の横に座る冥夜は、悠陽に促されるままに席に着いたものの、わずかに眼を伏せ、けっして悠陽を見ようとはしない。

 冥夜本人にしてみれば敬意の表れとしての礼儀作法なのだろうが、その姿は悠陽からしてみれば、拒絶されていると捉えてしまってもおかしくはない。

 

 そして悠陽のほうを意識してみれば、その眼が悲しげに揺らめくのは見て取れてしまう。

 

 

 

(まったく……あとは若いお二人にって、放り出すわけにも行かないよな、これは)

 

 おそらくいまこのままに武と真那とが席を外したとしても、残された二人は一言も会話することができないだろう。

 時間があれば、二人だけであっても解決できるかもしれない。

 武たち第一中隊の斯衛との協同訓練は一週間が予定されている。それなりに時間の余裕はあるとは言える。が、それでは足りない、と武は思ってしまった。

 

 時は、無いのだ。

 

「ああ……そっか、時間が無いんだ」

「……白銀?」

 ぽつりと零してしまった言葉に、冥夜がこちらを見る。

 それは心から武を労わるかのような視線だった。

 

 夜のグラウンドで、悩みながら脚を進める武に、言葉をかけてくれたときと同じ顔だ。鑑純夏と共にゆっくりと走りながら愚痴のような話を聞いて貰い、武に進み続けるきっかけを与えてくれたのは、間違いなく今この横にいる御剣冥夜だ。

 

 だからこそ、その労わりを今の白銀武には受け入れる資格などないのだと、痛いほどに自覚してしまう。

 

「時間も、機会も……もう、本当に……ないんだ」

 今の自分に涙を流す権利も、冥夜の気遣い与えられる資格などもあるはずがない。冥夜と悠陽の二人が顔を合わせられたと喜ぶことさえできない。

 

 眼を逸らし続けていたことを、今突きつけられている。

 

 

 

「何を言っているのだ、白銀?」

「今からお話しすることは、第四計画とJASRAとの協同計画に関することです」

 怪訝そうに問いかける冥夜には、今から残酷な現実を突きつけなければならないのだが、そちらには直接答えずまずは悠陽に向けて言葉を続ける。

 

「それはこの場で口にしてよい話なのか、白銀?」

 

 防諜は完璧だと伝えた後での話ではあるが、悠陽がそう問いかけてくるのは、国連外部に流してよいのかという再度の確認だ。

 

 武が知る範囲で、確実に喀什攻略に関与しているのは夕呼とターニャだけだ。ウォーケンであればターニャから話がいっているかもしれないが、A-01の中にさえまだ話は一切流していない。

 

 だが今悠陽と冥夜とには伝えなければ、本当に時が無い。

 

 

 

「正式には帝国政府を含め常任理事国には年内、いえ今月中には概略だけは伝達されると思われます」

 

 ターニャによる事前の根回しは、すでにほぼ完了しているといってもよい。

 内々にはすでに極東の国連軍が大規模作戦を展開するらしい、という程度の話は流されているのだ。

 

 合衆国からは戦術機甲部隊一個師団程度を軌道降下可能なまでに準備している。ユーロ関係は統合された指揮系統がないために数が不明確だが、それでも国連軍として二個連隊は動員できるように話をつけているという。

 あとは帝国から一個師団程度の戦力が提供されれば、XG-70が無いが武の知る「桜花作戦」での喀什に投入された戦力に近しいものが用意できる。

 

 喀什のハイヴ構造データを知る武の存在がなく、そしてたとえ第四の協力がなくとも、ターニャは2002年内の喀什攻略を予定していたという。

 それが第五によるバビロン作戦を押し留められる、タイムリミットなのだ。

 

 

 

「斯衛にXM3を早期に優先して導入していただいているのは、その作戦に参加していただくため、であります」

 

 予想されている年内の九州防衛のためという面もありますが、と武は付け加える。

 そこまでの武の言葉に、悠陽だけではなく冥夜も真那も口は挟まないが、怪訝そうな表情をしている。時間が無いという話に繋がっていない、という顔だ。

 

「事務次官補殿が以前におっしゃられていた、第四とJASRAとの協同での作戦行動、でしたか。来年初頭に予定しているとの話でしたが、それでしたら斑鳩殿が参加に意欲的ではあります」

 

(ああ……やっぱり鉄原攻略だと想定されているのか)

 悠陽の答えを聞いて、武は思い至ってしまう。

 

 XM3搭載型の第三世代機を用意した上での大規模な作戦行動と言われれば、ハイヴ攻略までは想定できる。

 そして九州防衛の目処がつき次第の作戦行動という話なのだ。目的とする場所が帝国への橋頭堡とも言える鉄原ハイヴだと考えているのだろう。ターニャが長らく極東方面で活動していることからも、どうしてもそう推測してしまう。

 

 

 

「第四計画からは、我々の所属するA-01部隊のほぼ総員も参加いたします」

 言わねばならぬのに、次の言葉が出せずに、ただ要らぬ情報だけを積み上げてしまう。

 

「我々が狙うのは……」

 今一度、奥歯を砕くほどにかみ締めた後に、告げる。

 それは冥夜にとっては、間違いなく、死亡宣告となる。

 

「攻撃目標とするのは、甲1号目標。H1喀什ハイヴ最深部に位置する、重頭脳級BETA、です」

 

 

 

「っ!?」

 従者としての立場を徹底してた真那をしても、驚きの声を漏らしてしまった。

 冥夜も悠陽も、驚愕している。それほどまでに、想定外の作戦目標だ。

 

「……それは真の話か、と問うまでもなさそうですね。そなたの顔を見るに」

「はい。日米の二国を中心に、一個戦術機甲軍団、その軌道降下のみによる攻略を想定しております」

 

 無理だ、不可能だという言葉は誰からも上がらない。

 この場に居るのは、ターニャと夕呼のことをわずかでも知る者たちだけだ。あの二人が関与しているならば、ただの戯言で済ましているわけでは無いと判ってしまう。

 

 

 

「作戦の成功と、参加将兵の帰還の見込みは?」

 武が躊躇っているのを汲み取った上で、言い出しにくいことを悠陽が問うてくれる。

 

「現在の計画では作戦成功率は……第一目標たる重頭脳級BETA『あ号標的』の排除に限れば20%程度。将兵の帰還率は」

 

 一度でも姿勢を崩せば、武を見つめているであろう冥夜へと視線をやってしまえば、跪いて許しを請うてしまいそうになる。

 それから逃れるために、悠陽だけを見つめて、告げる。

 

「……参加将兵の、帰還予測数は、ゼロ……です」

 

 作戦成功率20%、生還率0%。

 武が出した喀什攻略計画。「桜花作戦」を下敷きとしたというその意味から眼を逸らし続けてきたものが、これだ。

 

 ターニャから返されたパキスタン方面への帰還計画でさえ、生還の見込みはほぼ無い。そもそもがハイヴ突入部隊の大半が「あ号標的」には到達できないという試算が出ている。

 G弾によるモニュメント部の完全破壊を盛り込んだとしても、ハイヴ内にひしめくBETAの物量を前にしては、然程の優位性を確保できるとはいえない。

 

 先の世界線で、00ユニットたる鑑純夏とXG-70d 凄乃皇・四型があった上で、帰還できたのは武と霞のただ二人だけだったのだ。

 しかも今回はユーラシア全土での大規模同時陽動作戦なども、予定できていない。

 

 生還どころか、作戦の成否さえも危ういままなのだ。

 

 

 

「デグレチャフ事務次官補殿と香月大佐がそのような計画を推進しているということは、それはなさねばならぬことなのですね」

「はい。これを成功させねば、人類の存続は絶望的となります」

 

 作戦ともいえぬ数値と、参加将兵に死を強いるという話を聞いた上でなお、悠陽は作戦の必要性を理解してしまう。

 

 そして未来を知る武は、この喀什攻略が成否こそが人類の存亡を左右すると判っている。

 たとえ第五計画の内容に干渉しバビロン災害による自滅を免れたとしても、「あ号標的」を排除できなければ遅かれ早かれ地表の炭素系生命体は駆逐され、人類に未来は無い。

 

 

 

「ああ……それで。今を逃せば時間も機会も、無い、と」

 もしかすれば九州防衛戦の後に、冥夜と悠陽とが顔を合わせる機会はあるかもしれない。ただその時には二人が私人として会うことなど、適いようもない。

 

「顔を上げなさい、白銀」

 いつしか項垂れていた武に、悠陽が柔らかく声をかける。

 

「そなたに、感謝を。このような場を設ける機会を作ってくれたこと、心よりありがたく存じます」

「俺には……俺には過ぎたお言葉です。結局俺は、御剣を犠牲にするしか……」

 

「白銀。私は、私のことを犠牲などとは考えぬぞ?」

 悔やむようなことを口に仕掛けた武を、冥夜が止める。

 それが帝国の、そして人類のためであれば、その身を省みることなど御剣冥夜がするはずもなかった。

 

 

 

「そう……ですね。むしろ詫びるべきは私の方です。御剣冥夜には……」

「いえ、殿下。俺個人の印象でしかありませんが、お詫びのお言葉は無用と考えます」

 

 悠陽が続けようとする言葉を察し、武は押し止める。

 

 悠陽が冥夜から奪ったのではない。

 二人共に、奪われたのだ。

 

 煌武院の「双子は世を分ける忌児」というのは、なにも意味のない古臭いだけの因習だとは、簡単には切り捨てられない。

 この世界線ではそこまでは逼迫していないが、もしAL世界線でのクーデターの際に冥夜の存在が広く知れ渡っていたとすれば、悠陽を降ろして冥夜を新たに将軍職に着けると言い出す集団が存在していたとしてもおかしくはなかったのだ

 

 

 

「ああ……しかしそうですね。俺への感謝と御剣少尉への詫びということでしたら、不敬ですが殿下にはお願いいたしたいことがございます」

 ふと浮かんだ望みから、そう口にしてしまった。

 不敬などではなく、ただの押し付けになってしまいそうなことだが、少しくらいは無理を言わねば変わって貰えないと考えて、確認を取る。

 

「わたくしにできることであれば、なんなりと」

 以前のXM3の際のことを思い出したのか、悠陽はどこか面白そうに笑みを作る。武の無茶を楽しみにしているようだ。

 

「では、ご許可をいただいたということで、御剣の苗字や少尉の階級で呼ぶことはお止めください。そして……」

 驚きで眼を開く悠陽から冥夜へと視線を移し、さらに言葉を続ける。

 

「御剣少尉が殿下のことをなんとお呼びしようが、受け入れてやってください」

 

 

 

「これは俺の我侭、いや自分勝手な贖罪です」

 そもそもが二人を合わせたいと思ったのも、この今の世界線ではなく、先のAL世界線でのやり直しを願った身勝手な望みとも言える。冥夜の思いも気付かされぬままに死に追いやり、最後の言葉さえ悠陽に伝えることができなかったことへの、まさに世界を超えた一方的な贖罪だ。

 

 それにこの二人であれば、喀什攻略に冥夜を参加させるように仕組んだ武の選択を当然のこととして受け止めて、そして許してしまうはずだ。

 

 だがそれは今の武が受け入れられる赦しではない。

 

 

 

 

 

 

「じゃああとは御剣、よろしく頼む」

「なっ!?」

 意識を切り替えるためにも、冥夜に無理やりに話を軽く振る。だがもちろん事前に一切の説明をされてなかった冥夜は、簡単には受け入れられない。

 

「殿下へのXM3指導は、御剣少尉の任務だぞ? 俺はこの後は第16大隊の方に戻ることになってるからな」

「え、いや、そういう話は、私はまったく聞いていないのだが?」

「まあ二人で分隊を組んでシミュレートを繰り返すなり、試合ってみるなり、好きにしてくれ。ああ話のネタに困るようなら、とりあえずなにか共通の話題があればどうにでもなる」

 

 うろたえる冥夜に適当なアドバイスのようなことを畳み掛けてごまかしてしまう。

 

 ただ実際のところ、武と冥夜とが悠陽の教導にあたるのは無理だ。第16大隊では大隊全員が武御雷を使っているのだ。まりもと純夏だけでは訓練の相手が難しい。

 冥夜が表立って顔を出せないので、武が第16大隊に向かうのは当然ともいえる。

 

 

 

「あと月詠中尉殿? 殿下の今週の予定としては基本どういったものでしょうか?」

「……朝食後の執務の後、1000から1200までがXM3の訓練として、このシミュレータルームをお使いになられる。その後は昼食を挟んで1900までは普段と同じく執務に就かれる。ただ、今週は夕食会などの予定は入っておられないので、2000からはお休みにならなれる」

 先ほどと同じく、座ったままに上官に問う形だが、真那もまた叱責することなく答える。

 

「では御剣、執務時間も含め、できる限り殿下のお傍にいてくれ」

「なっ!? どういうことだ、白銀っ!?」

「いやどういうこともなにも、殿下が執務についておられる時間に、お前がふらふらと斯衛の基地内を歩くわけにはいかないだろう?」

 

 「国連軍衛士御剣冥夜」という役柄を作るためにも、事情を知らぬ者たちには冥夜の姿は晒せない。悠陽が表立って活動している時間には、冥夜が別の場所に居るのは問題なのだ。

 一緒に行動してくれないと困る、と武は言う。

 

 

 

「俺からは以上です。これで失礼させていただきます」

 武は離席する許可を貰い、立ち上がり敬礼する。

 真那は残るものの、すぐに悠陽と冥夜の二人だけの時間を作ってくれるはずだ。

 

「白銀武。そなたに重ねて感謝を」

「喀什攻略の成功率と帰還率とを可能な限り向上させるように、誠心誠意努力いたします」

 

 謝意を告げる悠陽と、無言のままに見つめる冥夜とに、自らの誓いとして言葉を残し、武はその場を辞した。

 

 

 

 

 

 

 




もはや月一月末更新になりつつありますが、なんとか更新。

前回分と今回分とを見直してどーやってこれを一話に纏めるつもりだったのかとプロット立ててた以前の自分に問いただしたところ。といいますか、前回分と混ぜ合わせて三話くらいに分けといたほうが良かったかなぁ、というか殿下と冥夜の話はもうちょっとゆっくり書いたほうがよかったかなぁとか?ちょっと見直しするかもしれません。

で、斯衛との訓練シーンを書くか、九州防衛に飛ぶか、ちょっと予定は未定ですが、できる限り次回更新は早めたいところですが、これまた予定は未定です。


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防人の詭計 01/12/04

 冬の海は荒れるとはよく言われているが、12月初頭とはいえ東シナ海は穏やかだった。

 

(日本海側だと、もうちょっと荒れてるのかな。いやさすがは大和級、ということか?)

 

 いま武は、帝国海軍第六艦隊旗艦たる改大和級戦艦出雲に搭乗していた。

 水上艦に乗った経験など、薄れている幾度の世界線の記憶を紐解いても数えるほどだ。が、それでもこの艦が思っていた以上に安定していることに、少しばかり感動していた。

 

 元々出雲は改大和級として、船体後部三番砲塔を撤去して飛行甲板と格納庫を備えた航空戦艦として設計されている。BETA大戦勃発後は、他の戦艦と同様にVLSの搭載や対レーザー構造と耐熱対弾装甲への換装などの対BETA戦改装に加え、航空機ではなく戦術機を運用できるようにも改修された。

 竣工からすでに半世紀近く経っているが、その改修のお陰と元来の巨大さから艦内は新鋭艦と遜色のない設備と居住性とを獲得している。

 

 目前に迫っている北九州防衛において、帝国海軍はこの出雲を旗艦とする第六艦隊を主戦力として対馬南方に展開させていた。

 

 

 

(しかし……他部隊へのXM3教導が重要だとは判ってたんだが、中隊での合同訓練の時間が取れなかったのは問題だよなぁ)

 

 A-01の第一中隊が再編されて以来、まともに中隊全体で訓練をしたことなど、最初の三日くらいのものだ。

 それ以後は、武たち第一小隊が斯衛での合同訓練に参加していたときは、残りの第二第三小隊は富士教導隊との訓練だった。その後はわずかな事後報告と今後の教導方針の打ち合わせだけで、ふたたび別行動となる予定だったのだ。

 

 そもそも中隊全体での訓練どころか、富士教導隊と斯衛から挙げられた問題点などの洗い出しなどで、その後も訓練項目の見直しや、他小隊長との打ち合わせに時間を取られ、冥夜だけでなく他の中隊の新人組とはゆっくりと言葉を交わす間さえなかった。

 

 そして想定されていた以上にBETAの九州侵攻が早く、二度目の教導任務に就く前にこの第六艦隊に間借りするような形で配属された。

 

 

 

 A-01全隊が九州防衛に参加すると決定されて移動が始まったのは数日前だが、他の中隊は陸路で九州に入っているという。ターニャであればその展開先も知らされているかもしれないが、武もまりもも詳細は伝えられていない。

 

 A-01は国連軍の太平洋方面第11軍に属するが、命令系統は完全に独立しており、第四計画推進のためであれば夕呼の一存で運用できる。補給や整備に関してもかなりの部分が部隊内で完結しており、ある意味では夕呼の好き勝手に戦場を選ぶことも可能だ。

 

 だが武たちの第一中隊だけは、XM3のデモ部隊としてさらに特異な立ち位置となる。

 先日の教導任務もそうだが、第一中隊は帝国軍など外部との連携を目的に編成・運用されている。それもあって武と冥夜以外の中隊員は、横須賀から自身の戦術機と共に帝国海軍所属の戦術機母艦に乗り込んで、海路でこの北九州まで来ている。

 またそちらには第19独立警護小隊の三人も同乗していた。

 

 

 

 この出雲に乗艦したのは、A-01からは武と冥夜そしてターニャの三人、斯衛からは真那の一人だけである。

 

 対外的に公表しにくい冥夜の立場もあり、帝都を出たのは今朝だ。

 移動にかける時間も実際のところギリギリだった。北九州までは武御雷とともに輸送機で、その後簡単なチェックのみで発進、つい先ほど冥夜と真那ともにこの出雲に着艦したところである。作戦開始までの居室として特例的に佐官同等の部屋が与えられたものの、使うのは今日一日くらいの予定だ。

 

 そして今もその居室で寛ぐ間もなく、強化装備から礼服に着替えた上で、司令長官公室へと案内されている。

 

 

 

 

 

 

「なんというか、いきなりでスマン」

 先導する海軍の下士官には聞こえない程度の小声で、武は横を歩く冥夜に詫びた。

 とは言うものの今から予定されている会食にしても、気が引けているのは武だけのようで、ターニャは当然として冥夜も落ち着いたものだ。

 

「ふふ、いきなりではなかろう? こういう『役割』が与えられるということは、予測していたことだ」

 すまなさそうに身を屈める武に対し、冥夜のほうは薄く笑いを浮かべたままに答える。

 

 斯衛との合同訓練、その横で冥夜には悠陽と二人きりでの時間を過ごせるようにと、真那たちに手を回して貰っていた。

 

 ただ、武自身は他の斯衛との訓練もあり、二人がどれほどの時間を共に過ごし言葉を交わせていたのかは、実のところ判らない。それでも訓練期間が終わり白陵基地に戻る際には、冥夜が今まで身に纏っていた張り詰めいていた空気は、どこか薄らいではいたと武には感じられた。

 

「気にするでない。この身の使いようそなたに任すと、何度も申しておろう? 此度の件もその一環、いや今からこそが始まりなのだからな」

「だけど、なぁ……」

 

 冥夜は軽く笑ってはいるものの、いま武たち三人だけがこの出雲に乗り込んでいるのは、「御剣冥夜」という立場を用いるための、どこか謀略じみた行動なのだ。

 今からどころか、冥夜は今朝から実質的には「煌武院悠陽」として扱われてる。それもあって、普段以上に悠然とした立ち居振る舞いを心がけているのかもしれない。

 

 自分が言い出したことだとは言え、武にしてみればどうしても冥夜に対して負い目を感じてしまう。

 

 

 

 そして冥夜自身が改めて悠陽の影として生きることを選択し、それを実行し始めたことで、真那の武に対する警戒度も傍目から見ても判るほどに下がっていた。

 

 もちろん冥夜の警護として今なおその正体が不透明な武に対する緊張感は維持しているのだが、このところは武を第19独立警護小隊の三人同様に、冥夜の警護の一員として扱っている節があった。

 

 艦内を歩く今も、斯衛の中尉という階級にも関わらず真那はターニャと並び最後尾に付いている。

 冥夜の護衛という意味であれば、右後方に付くことは当然ともいえる位置ではある。そしてそれは同時に、冥夜の横、あるいは前方を武にならば任せられるという意思とも見て取れた。

 

 ただ喀什攻略に冥夜を参加させるという点においては、間違いなく反対しているのだろうが、さすがにそれを表に出すことはない。

 

 

 

 

 

 

 艦内の警備を最大限動員して、後部格納庫からこの部屋までの間、完全に人払いしていたのだろう。作戦開始前の艦内とは思えぬほどに、誰ともすれ違わないまま、司令長官公室に着いた。

 

『入っていただきたまえ』

 

 何も告げずノックだけで、室内からは返答があった。

 ここまで案内してくれた下士官も一切の口を挟まず、武たち四人が入った後に、静かに扉を閉じた。

 

「お待ちしておりました」

 部屋に居たのは壮年の海軍将官が二人に、あとはおそらく給仕役に残った下士官だけだ。

 

 

 

(って、これをどうすりゃいいんだよ……)

 

 だが、その第六艦隊司令長官たる山口提督と出雲艦長の二人から敬礼で向かい入れられ、尉官としての立場でしかない三人は揃って返礼するものの、手を下ろすタイミングを計りかねていた。

 

「お招きありがとうございます、山口提督。お久しぶり、と申すべきでしょうかな?」

 そんな中で、いつも通りとでも言うべきどこか軽い笑いを含んだ声でターニャが礼を崩し、ようやく誰もが手を下げることが出来た。

 

「覚えていただいていたとは光栄ですな。まずは皆様も席にお座りください」

 山口にしてみてもターニャの事情は理解していたようで、どう見ても10歳程度の少女に対するものではなく国連高官への対応と、そして悠陽に対する礼を持って迎えいれる。

 

 

 

 冥夜の件を無視したとしても、ターニャ本来の地位と第六艦隊司令長官として歓迎すべき山口の立場を考えれば、司令長官公室での会食は通常であればフルコースである。

 

 ただ武と冥夜は国連軍少尉であり、表向きはターニャにしても今は二人と同じく少尉でしかない。階級が最も高い真那にしても、武家としての序列はともかく、あくまで帝国斯衛軍の中尉だ。

 艦隊司令長官に会食に招待されるような地位ではない。

 

 しかしながら今回の場合は、事情が事情なので略式でと事前に伝えている。この場に招かれているのは一応は尉官のみという異例ずくめだ。関与する人員を極力少なくしているという面もあり、給仕は一人だけで、かつ料理もコースではなく、すでにコーヒーまで用意された簡易なものである。

 

 

 

 一般的な儀礼を排し、給仕担当の下士官が退出して、ようやく山口が口を開く。

 ただし相手はターニャだ。

 

「改めまして、此度の大役にこの出雲を選んでいただき、乗組員一同を代表して感謝いたします、事務次官補殿」

「いえ、こちらこそ無理なお願いを聞いていただき、ありがとうございます」

 

 それに防衛に当たる艦隊を指定したわけではありません、と苦笑するかのようにターニャは続けた。

 

「たしかに。最初に戦術機三機を受け入れろとだけ斯衛から打診されたときは、何事かと思いましたよ」

 山口もそう笑って返す。

 

 対BETA戦において航空機の運用が困難となってはいるものの、まったく使われていないわけではない。UAVによる偵察などはその中でも重要な役割だ。

 航空戦艦というきわめて珍しいカテゴリの出雲が艦隊旗艦として抜擢されているのは、戦艦としての火力ではなくその防御力と航空機運用能力を並列できる指揮中枢として期待されてのことだ。

 艦隊旗艦としての出雲は、情報の集積と分析こそが実のところ主任務であり、艦後方の甲板を戦術機に回すような余裕は本来ならあるはずもないのだ。

 

 第一ターニャにしてもこの出雲に乗艦しているのも、表向きはA-01第一中隊CPのターシャ・ティクレティウス少尉としてであり、明日以降はその任に就くことになっている。

 

 

 

「まあそれに正直なところ、ブルー・リッジでは政治的問題以前に、写真栄えいたしませんからな」

 コーヒーカップ片手に、無表情でありながらもクツクツと笑う声を上げているところを見るに、一応は冗談のつもりらしい。

 

 その言葉に、真那がわずかに顔を強張らせる。

 だが、ブルー・リッジという名に覚えのない武には、今のどこに真那が怒りをおぼえるのかが判らない。

 

「ブルー・リッジ……とは何でしょうか、事務次官補?」

 

 上官同士の会話に口を挟むべきかどうか一瞬は躊躇ったものの、冥夜がふと何かを思い出そうとするかのように眼を細めたのを横で感じて、どうやら判っていないのは自分だけではないと思い、問う。

 

「ふむ? 白銀少尉は知らぬのか? 第七艦隊旗艦だぞ?」

「え……?」

「ブルー・リッジ級揚陸指揮艦のネームシップでもある。まあ今回の防衛戦には、まだ参加はしていないがな」

 

 場合によっては増援を引き連れて、遅れての参加になるだろうとターニャは続ける。

 

 

 

「ああ……なるほど、さすがにそれは、たしかに政治的に無理がありますが、見栄えが悪い、のですか?」

 

 この世界線では日本の対米感情はさほど悪くはないとは言え、さすがに紫の武御雷が第七艦隊旗艦にまともな随伴も連れずに乗り込むのは問題どころの話ではない。だが、ターニャや山口が苦笑しているのは、その艦の見た目のようだ。

 

「旗艦だから表敬訪問などにも使われてはいるのだが、機能美……と言ってしまえばそのとおりなのだろうが、正直に言って広告素材としては見栄えが良くない」

「一般の方には、判り辛い艦なのだよ。揚陸指揮艦というカテゴリどおりに、指揮通信能力だけに特化したような艦でね。前後共にフラットな甲板の上に最小限の艦橋部とあとは各種のアンテナだけが並ぶ形状なのだ」

「なるほど?」

 

 いまいち形が想像できないが、確かにその話だけ聞けば、明日予定されていることに使うには、少々殺風景にも思えてくる。

 

 

 

「残念ながらこの出雲は確かに年寄りで、先の改修をもってしてももはや戦闘能力としては二線級ですが、美しい船だとは自負しております」

 

 山口が誇るように口にする言葉通り、半世紀近く前に設計された複雑かつ巨大な艦橋構造物は、今主流となりつつあるミサイルフリゲート艦とは異なった、ある種の美しさが間違いなくある。

 

「失礼ながら、戦闘能力が低い、のでありますか?」

 ただ、武が気になったのは、戦力が低いという点だ。

 無知を晒すようではあるが戦術機衛士でしかない武には、たとえ戦艦といえどもどれほどの能力があるのかは正確には知りえない。

 先ほど口を挟んだ流れで、このまま問いを続けてしまう。

 

「白銀君。君はこの船の主兵装を何だと思う?」

「大和級といえば、やはり46センチ砲なのでしょうが……提督がそのように問われるということは、改修時に搭載されたVLSのほうでしょうか?」

 

 他の大和級などと同様に、この出雲も見た目での主兵装といえば間違いなく、第三砲塔がないとはいえ46センチ砲だろう。

 だが他の戦艦と同様に、対BETA戦が開始された後に改修されて組み込まれた兵装の中でも代表的なものが、128セルにも及ぶVLSだ。

 

 

 

「残念ながら、そのどちらでもないのだよ」

 自虐的とまでは行かないが、山口の言葉には苦笑が混ざる。

 

「単純な射撃速度などは今なお戦艦の主砲群が優位ではあるが、艦隊での投射火力の主体は対馬級などによるMLRSに代わりつつある」

 MLRSは、カートリッジ式ともいえる装弾システムを採用しているために、ロケット兵器としては異例なほどに再装填が早い。さらに昨今では戦術機開発などからの技術転移もあり、ランチャーユニットの旋回速度の向上や、機械化歩兵を再装填に用いることで時間短縮を図っている。

 それに戦艦や巡洋艦の主砲塔の射程延長は非常に困難だ。対してMLRSなどに代表されるロケット砲であれば、極論推進剤を増やすだけで射程は伸びる。もちろんそれに合わせて弾頭の子弾の数は減るが、射程の長さは水平線という光線級に対する絶対の盾をもたらす。

 

 MLRSのロケット弾は確かに高い。が、兵器ユニット全体としてみれば、砲身寿命という問題がある艦砲もけして安い兵器ではない。将来的には弾頭単価も砲身単価も低い電磁投射砲が主流になっていくのだろうが、今はまだ実験試作レベルであり実戦配備はまだ先である。

 

「そしてVLSによるミサイル攻撃は、その搭載弾数という最大の問題がある」

 VLSから撃ち出される各種の対地ミサイルも強力かつ長射程ではあるものの、数が限られる。しかも再装填には港に戻る必要もあり、また時間もかかる。対BETA戦のような中長期にわたる防衛戦では使いにくい装備の一つだ。

 

 

 

「結局、この出雲においてさえも一番使い勝手がよい兵装は、主砲でも副砲でもなく、76mmなのだよ」

「……は?」

 

 どこか嗤うように告げられた言葉の意味が一瞬理解できず、武は上官への礼儀など忘れてしまい、呆けたような声を漏らしてしまった。

 

「あ、いや。失礼いたしました。76mmというと小型艦艇用の主砲塔だったと記憶しているのですが……」

 艦艇用の砲などには詳しくはないが、武の記憶にあるそれは戦艦などであれば副砲どころか、少し大きめの対空砲程度の認識だった。

 

「その76mmだ、BETA大戦が始まる前、イタリアのOTTが開発した砲でね」

 

 OTT 62口径76mm砲。

 BETA大戦の始まる以前から各国で採用されているこの砲は、発射速度は毎分85発、有効射程で15kmを超える。艦砲としては射程は短いが、それを補って余りある速度と命中性を持っており、対地攻撃兵装としては何よりも優秀なのだ。

 そしてOTTはイタリア陥落前には、アメリカに開発環境を移しており、現在では更なる射程延長とGPS・赤外線誘導を導入した誘導砲弾への対応を研究しているという。

 

 

 

「一番の敵は、そういう意味では天候、とくに台風ですな。海が荒れれば小型艦艇からの砲撃は精度が落ちますし、各種ロケット弾の弾道にも影響が出る。そういう意味では今なおこの出雲のような戦艦など、出番はあると言えばあるものなのですよ」

 

 逆に今なお世界最大級を誇る46センチ砲は、風雨の影響を比較的受けにくい。また光線級の上陸を許してしまった後には、やはり対レーザー装甲を持つ戦艦こそが重要だという。

 

「なるほど。それで二線級、ということですか」

「だが安心して欲しい。逆に言えばその76mmを主兵装とする小型艦艇が今回の防衛戦では多数展開している。BETAの上陸直後を狙っての、海岸線への掃討でその大多数を制圧可能だと、我々は判断している」

 

 それに陸の皆様も、似たような運営で各島嶼部に砲陣地を築くいているしね、と山口は続けた。

 

 

 

「つまりは、勝てるとお考えですかな、提督?」

 武と、そしてその先の冥夜への説明という意味が多分に含まれていた山口の話の区切りに、ゆっくりとコーヒーを飲んでいたターニャが、そう切り込む。

 

「さて……その問いに対する答えといたしましては、今回の大規模侵攻に限って言えば、防衛は可能と言えましょう」

 問うたのはターニャだが、冥夜を見て山口はそう答える。

 

 山口を始め海軍には「国連軍衛士の御剣冥夜少尉」と話を通しているものの、おそらくは誰一人としてその話を信じては居ないようだ。

 間違いなく、冥夜を悠陽と捉えた上で、勝てると断言する。

 

 それは何も楽観論や自己保身のためではない。

 

 海を挟んだ対BETA防衛線の構築方法は、イギリス本土やアラビアそしてマレーのクラ海峡などですでに実績が積み上げられており、一度や二度の侵攻で食い破られることはないと海軍としては断言できるのだ。

 

 なんといってもBETAは水中では攻撃的挙動を取らない。海であれ河川であれ、BETAはその種を問わず地上に上がらない限りは、ただ闇雲に前進するだけだ。

 

 水上艦艇からしてみれば、海岸に並ぶBETAを背後から文字通りに釣瓶打ちするだけでよいのである。天候にさえ問題なければ、ミサイル艇や魚雷艇などの小型艦艇からの砲撃で、対処できる。

 もちろん光線級が上陸しさらに高所を取られてしまえば、そのような小型艦艇は立場が逆転しよい的となるが、それまでは一方的に安全な位置から攻撃が可能だ。

 

 BETA支配地域への侵攻であれば話は変わるが、防衛だけであればよほどのことがない限りは戦線を維持できるといえる。

 

 

 

「ただし、それはあくまで今回に限り、ということです。今後もBETAの侵攻は続くでしょう。そして何よりも今回は天候に恵まれております」

「……やはり台風などが厳しい、ということでしょうか?」

 

 他世界線における1998年の大規模侵攻らの本土壊滅の歴史を知る武としては、どうしてもそう聞いてしまう。

 武自身は直接参加したわけではないが、後々その戦闘記録などを見返す機会は何度かあった。そういった記録から読み取れたのは、九州への上陸を許した後の混乱はともかく、最初の海上防衛に失敗したのは間違いなく天候のせいだったということだ。

 

「白銀君の懸念するとおりだ。先の補給の話もそうなのだが、我ら海軍というのはなかなかに十全の能力を発揮することが困難なのですよ。いや陸の方もそうでしょうが、雨風というのは我ら人類にとって今なお最大の敵でありますな」

 

「対してBETAは、さすがは宇宙土木機械といいますか、全天候対応ですからな」

 ターニャがそう吐き捨てるように言う。

 海や河川などで移動速度を落とすとはいえ、台風程度ではBETAの陸上侵攻は停滞しない。もちろん大規模な洪水でもあれば遅滞するが、そこまでいけば人類側も当然適切な迎撃行動など取りようがない。

 

「そうですな。今回は12月とは思えぬほどに好天に恵まれております。ですが年を明けてもこれが続くとは楽観できません」

 

 何かの綻びがあれば、九州への上陸を許してしまう。そしてその綻びとなりうるのは、天候という人類が制御できない要因だ。

 

 なにも海軍だけが戦っていくわけではない。ただ海軍の支援がなければ、陸は泥沼の撤退戦を行う以外に対処しようがない。

 この世界線では市民の疎開も進んでおり、最悪は九州全土を使った焦土戦が展開できる。だがそれは市民の被害が少ないとはいえ、帝国陸軍をすりつぶしていく、文字通りの消耗戦だ。

 

 

 

「デグレチャフ事務次官補殿。率直に申し上げますが……」

 

 それまで温和な、どこか好々爺とでも言うべき山口であったが、今は射殺さんばかりにターニャを睨みつけている。

 

「我々帝国軍人……いや日本に生まれ育った者の一人として、BELKA計画は決して受け入れることが出来ません」

 

 

 

 ――秘匿呼称、Be extremely larger k arrangement. (BELKA)。

 

 ――数的飽和限界を超えた、敵地上部隊の大規模侵攻に対する一つの行着く末。

 ――一つの解答としてJASRAがNATO軍の対WTOドクトリンを応用し紅旗作戦以来の実戦教訓を加味して提案した其れ。

 

 ――『平和的』な科学の力でもって『人類に敵対的な地球外起源種』に対する『防衛的』陣地急造計画。

 

 

 

 帝国海軍が海上防衛に失敗した場合の救済案としてJASRAが提示したのは、かつてユーロでパレオロゴス作戦が「失敗した場合における予備案」として提案し、それでありながら統合参謀本部の激烈なまでの反対により頓挫、棄却された計画だった。

 

 

 

 

 

 




斯衛での教導バトルを書こうかと思いつつ、それだと話進まないなぁとざくっと飛んで九州防衛の直前です。といいますか冥夜の演説?まで入れる予定が字数増えすぎて妙なところでちょっと切ってます。おかげで?多分次はもうちょっと早く続きが上げられる、はずだといいなぁ……

山口提督はTEのアニメ版に出ていますが、出雲自体はいまいち細かな艤装が判らないので紀伊級のを参考にしてます。

で、よーやくBELKA計画ですが、ホントにやったら原作マブラヴの反米感情レベルじゃなくて国連脱退レベルな気がしてきた?


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代替の旨趣

「BELKA計画は、決して受け入れることが出来ません」

 

 海軍という性質からなのだろうか、尉官でしかない武に対しても柔らかな物腰で話を続けていた山口だったが、その言葉と共に身に纏う空気を一気に高質化させた。

 山口だけではない。それまでは物静かに一歩引いていたかのような出雲の艦長も、やはりその視線に強い拒絶の意思を光らせ、ターニャを見つめる。

 

(まああんな作戦立てられたら、そりゃ反対は凄いだろうけど、さ……ってあれ?)

 計画の概要を知る武としては、帝国軍人である二人の将官がその作戦に否定的なのはよく理解できる。

 

 だが、どこか違和感がある。

 山口の怒りはもっともなこととは思う。しかしそれを半ば非公式な場とはいえ、計画立案者でありかつ国連の事務次官補であるターニャに対し、直截的な物言いをもって現すというのは、何かがおかしい。

 

 

 

 帝国海軍の第六艦隊司令長官。米英に次ぐ世界第三位、極東においては最大の海軍、その一個艦隊を預かる身だ。新任の少尉でしかない武からすれば、まさに雲上の人物といえる。

 

 が、あくまで艦隊規模の指揮官だ。

 帝国軍参謀本部どころか海軍軍令部に属しているわけでもなく、階級は高いが帝国全軍の戦略決定に関しては、さほどの影響力を持つわけでもない。

 

 言ってしまえばその程度の立場でありながら、ここまで反対の意思を表明するのは少しばかり行き過ぎている。

 

 

 

(あ~もしかして「悠陽殿下」に対する、海軍からのパフォーマンス役ってところか)

 武の推測が正しいのかは定かではないが、おそらくターニャもそう捉えているようで、強面の将官二人からの視線にも一切動じずコーヒーカップを片手に落ち着いたものだ。

 

「ふむ? 貴重なご意見、誠にありがとうございます」

 

 そしてその予測を裏付けるかのように、ターニャは儀礼上だけの言葉を述べる。まったく受け入れるつもりが無いどころか、考慮にすら値しないと、その態度で語っている。

 

 その反応の薄さに対し海軍の二人は緊張をさらに高めるが、ターニャはまったく頓着していない。

 そして冥夜もまた、BELKA計画の概要を知らないということもあろうが、求められている外面を維持するため、落ち着いたものだ。

 

 

 

 

 

 

「失礼ながら、お尋ねしてもよろしいでしょうか、山口提督?」

 

 話の落としどころを探る意味でも何か口を出すべきだろうかと、武が無い知恵を絞っていたが、それよりも先に真那が口を開いた。

 

「……何かね、月詠君?」

 睨みあう、というよりは一方的にターニャを睨みつけていた山口だったが、真那の言葉にわずかながら緊張を削がれたようだ。斯衛の中尉に対する対応とするか、「煌武院悠陽」の従者として対応するか、どこか迷いがあったような間を空けて、山口は真那へ質問の許可を与えた。

 

「不勉強の謗りを受けましょうが、BELKA計画とは如何なる作戦なのでありましょうか?」

「ん? ああ……そうか。君は知らされては居らぬのか」

 

 問うたのは真那ではあるが、冥夜も知らぬことと察しての質問だろう。

 

 BELKAの名を出されても、ターニャも冥夜も、顔色を変えていない。

 そして隠しきれていないと自覚しているが、武は計画がいかなるものか判っている上で、否定的な反応を見せてしまっていた。

 

 そんな三人の様子から、山口としてはこの部屋の誰もが計画を知っているものとして話を進めていたのかもしれない。

 

 

 

「う、む。本来であれば斯衛の方とはいえ尉官では……」

「申し訳ございません。我が身では知る必要無きことであれば、今の問は聞かなかったものとなさってください」

 

 真那の立場をどう解釈するかで、どこまで話すべきかどうか逡巡する山口を見て、真那は表面上質問を取り下げる。

 

 もちろん言葉通りに引き下がるつもりなど、真那にはない。

 

 軍機に関することであるならば、軍人としてまた武家に連なる者として、知るべきことと知らざるべきこととは、真那にとって明確に区別されている。

 しかしながら冥夜の身に危険が及ぶ可能性がある情報に関しては、その限りではない。

 

 "need to know"の原則など、真那にしてみれば冥夜を護ることと比べれば、一顧だに値しない。

 

 

 

「くっ、はは、気にするな月詠中尉。古い計画だが、今なおまだ機密指定されている。帝国斯衛といえど尉官である貴官が知らずとも不思議はないよ」

 口ごもる山口とは対照的に、ターニャは面白そうに表情は変えずに笑う。とはいえ、そのまま説明するつもりもなさそうだ。

 

「ふむ……そうだな、白銀少尉。貴様が知る範囲でかまわん、月詠中尉にご説明して差し上げろ」

「はっ!? あ、いえ……了解いたしました」

 

 ターニャは、機密指定されていると言ったその直後に、ただの国連軍少尉でしかありえないはずの武に、その秘匿計画たるBELKAの説明を押し付ける。

 

 

 

(まったく。俺が調べてることくらいはお見通しってことかよ。いや逆か。調べてなければ無能者の烙印と共に切り捨てるってところかね、この事務次官補殿は)

 もちろん武はBELKA計画を知っているなどとは、ターニャには伝えていない。夕呼にしてもわざわざそんな話をしてはいないだろう。だが知っていて当たり前だと扱われる程度には、価値を認めてはもらえているようだと、無理やりに前向きに考え直しておく。

 

「ですが自分が理解してるのは計画の概要でしかありえません。それで、よろしいでしょうか?」

「貴様の知る範囲でと言ったぞ? そもそもが実現しなかった計画だ。概要程度で問題ない」

 それでは、と姿勢を改めて、真那とそして冥夜に対し計画の概略を話しはじめる。

 

 

 

 

 

 

 BETA大戦後の世界をどう思い描くかという夕呼からの「宿題」。

 それを考える上で、今後対立するにしろ協力関係を続けるにしろターニャの個人的なドクトリンとでもいうべき判断基準を知るために、武は「ターニャ・デグレチャフ」という人間の経歴を調べたことがある。

 もちろん、夕呼の許可を得てのことであり、使えるものは使わせて貰った。さすがは第四計画最高責任者ということもあり夕呼の権限をもってすれば、国連においてもアメリカにおいても、極秘扱いの資料まで眼を通すことが出来た。

 

 そんな調査の中で眼にしたのが秘匿呼称"BELKA"だ。

 

 

 

 『防衛的』陣地急造計画。

 計画自体は、驚くべきほどに単純だ。そしてまたおそらくは非常に有効な手段でも、ある。

 

 BETAはその活動を環境に制限されることはほぼない。それでも侵攻するにあたっては、基本的に高低差の少ないルートを選択し、海や大型河川などは回避する傾向がある。そしてまた渡河前にはその進行速度は鈍る。

 簡単に言ってしまえば、より経済的な侵攻ルートを選択しているのだ。

 

 ならばその侵攻予測ルートの前方に、BETA群の進撃速度を低下させるための泥濘地を複数構築し、かつ大規模な水城をも複数個所用意しておけばよい。敵の進行ルートを限定しかつその速度を抑え、そのうえで手持ちの火力を集中運用できるように、地形を弄る。いってしまえば、ただそれだけの計画だ。

 

 

 

「BETAの足止めと火力集中のための、防衛的な陣地構築、ですか」

 武が説明したBELKA計画が目的とするところを聴いた上で、どこに問題がとでも言いたげに真那が言葉を漏らす。冥夜も真那も個人としては戦術機衛士であり、陸軍の作戦行動計画としてBETA大規模侵攻に対する遅滞戦術の有効性は理解しやすい。

 

 だが真那もすぐに問題点に気が付いた。

 

「あ……いえ。それほど大規模な防衛陣地構築ともなれば、時間的にも労力的にも、実現不可能ではありませんか?」

「当然だな。あの土木ユニットどもが、こちらの侵攻ルート先で行われる我らが土木作業を黙ってみているはずがない。むしろ速度を上げて押し寄せてくるであろうな」

 

 ターニャはその疑問を当然のことと受け入れつつ、それでも直接的な答えは言わず、武に説明の続きを促す。

 

 

 

「……これら水源地構築や運河浚渫などに関しては、通常の土木作業ではなく、核地雷をもって対応いたします」

 さすがに簡単に言葉に出来ることではなく、どうしても武の口も重くなる。

 

 押し寄せるBETA先鋒集団を核地雷で殲滅しつつ、その結果できあがった泥濘地などで後続の足止めをする。BETA大規模集団の眼前での土木作業が困難ならばどうすべきか。その問題に対する、ターニャの出した解答が、これだ。

 

「っな!? それはっ、作戦などと許容できるものではっ!!」

 

 真那が驚きのあまりに、立場さえ忘れて声を上げてしまう。

 冥夜にしても、さすがに一瞬ではあったが眼に剣呑な色が浮かぶ。

 

 武も計画の概要を知ったときには驚き呆れたこともあり、二人の反応には心から同意できる。だがそれとは別の部分で、この様な作戦案を提示できる、提示してしまえるターニャに、恐怖とともにどこか畏敬の念を感じてしまったことも確かだ。

 

 

 

「落ち着きたまえ月詠中尉。まあ我々JASRAとしても提言はしたが、かつての東欧と違いこの本州では十全な防衛陣地が構築できるとは考えておらんよ」

 

 本州においては、琵琶湖運河は作られてはいるが、それ以外に日本海と瀬戸内とを繋げられるような都合の良い地形がない。たとえ核地雷をもってしても中国山地に運河を掘ることは非常に困難を極め、しかも山岳地にはBETAが侵攻することが少ないために、地雷源としての効果も薄い。

 

「縦深防衛としては本州は非常に理想的な地形ではありますが……少々手狭、いやなによりも防衛拠点が多すぎると言うのが問題ですな」

 

 元々のBELKA計画であれば、そもそもがその名のとおりの「平原の国」であるポーランド東部から、ベラルーシの西半分を用いての遠大な縦深防衛方針なのだ。それを島としては大きいとはいえ、本州でそのまま転用するのは無理がある。

 

 

 

「我々として問題視いたしますのは、その点でありますな。拠点防衛のためとはいえ、核を用いて汚染してしまっては、防衛の意味を成しません」

 

 少しばかり言葉の圧力を下げて、山口が口を挟む。

 祖国を核で焼き払うことへの感情面での反対ではなく、軍事的側面からの問題を指摘し、ターニャを押し留めようと言葉を続ける。

 

「それも理解はしております。ですが北九州、いえ下関を突破されて山口に入られてしまっては、通常戦力だけで満足な防衛が可能なのでしょうか?」

「海軍としては天気任せ、という部分が大きいのですが、たとえ本州上陸がなされたとしても奪還して見せます」

「……ほう?」

 

 ターニャの問いに、山口は可能だと断言する。

 

 

 

「さきの白銀君の言葉通りに、BETAの侵攻経路は予測しやすい」

 

 距離的にも海底地形的にも、北九州市や下関市方面へのBETA直接上陸の数はさほど多くないと想定されている。もちろん山陰地方での防衛を無視しているわけではない。だが戦力に限りがある現状、優先すべきは北九州を中心として福岡から下関付近までだ。

 

 そして北九州周辺は、九州防衛だけに限れば拠点構築に適した土地も多い。だが本州への陸上侵攻阻止を最優先するとなると、どうしても沿岸線を細く薄く守ることとなってしまう。

 

 いま九州への侵攻を押し留めるべく計画されているのは、BETAが海岸上陸後に砲撃を集中させる、という方法である。だがこれには当然大きな穴がある。上陸直後のBETAは無防備であるとはいえ、そのすべてを殲滅できようもない。

 

 上陸後のBETAは、その本来の能力を持って陸路を進むことだろう。さすがに突撃級の最高速度である時速170kmで全BETA群が押し進むわけではないが、それでもBETAの持つ物量と速度とに抵抗できなければ、本州への侵攻を許してしまう。

 

 

 

「陸の方々を信用しないわけではありませんが、事務次官補のおっしゃるとおり、下関で完全に防衛できない可能性もありましょう」

 

 下関防衛に関しては、海軍としては玄界灘と周防灘との二方面からの砲撃を予定はしているという。位置的にも光線級が大量に上陸でもしない限りは、十分な支援砲撃が可能だといえる。それであっても絶対とは言い切れないのが、対BETA戦だ。なんといっても相手は無尽蔵とでも言いたげな物量を持つBETAなのだ。

 

「下関を護りきることができるのが最善ではありますが、ここを越えられたとすれば、その先は国道2号を東進する事となりましょう。それを想定した上での周防灘や瀬戸内からの防衛砲撃の計画案も、すでに完成しております」

 

 あとは投射可能な火力とBETAの物量との単純なパワーゲームだ。海神など戦術攻撃機を主軸とした逆上陸も、計画としては想定されているという。補給拠点としての四国が落ちないなど、いくつかの条件はあれど防衛およびその後の奪還も不可能ではないと、山口は断言する。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。安心したまえ御剣少尉。帝国海軍としては帝国防衛に核に頼る必要はないと、お考えのようだ」

「は、ありがとうございます山口提督。先ほどからのお話を聞いて、安堵いたしました」

「いえ、もったいなきお言葉であります」

 

 それまで口を開くことがなかった冥夜だが、ターニャに促されるかのように感謝の意を伝える。

 それをうけて山口としては起立して謝意を表したいのだろうが、「国連軍少尉」としての冥夜の肩書きのために、座ったまま深く頭を下げるに留まる。

 

 

 

「だが国連軍を含め、アメリカなどによる核使用がないとは言えぬことには留意したまえ」

 話が収まったのかと武が安心する間もなく、ターニャが混ぜっ返す。

 

「やはり、その可能性は残りますか」

「ふむ。良くも悪くも我が軍には核兵力はございませんからな」

 わずかに眼を伏せる冥夜に対し、安心させるかのように山口が言葉を続けた。

 

 所持していないので仮定としても核戦力の運用は考えられぬと、まずは前提を示す。そして先のBELKA計画に見せた怒りもまさにそれがポーズだけであったと言わんばかりに、ターニャと山口とは予定されている台本に従っているかのように、冥夜に説明を続けていく。

 

「先にも申したとおり、核を使ってしまえば、一時的な防衛はともかくその後の戦線の再構築がより難しくなってしまう、という。問題がございます。核汚染された地域は物資集積には当然使えません。それこそ佐世保や長崎などの港湾施設周辺での使用など、後々のことを考慮すれば愚の骨頂と言えましょう」

 

 BETAの習性として、軍基地などの高密度集積回路が集中している部分を狙う、ということは周知されている。しかし、そこを奪還あるいは防衛するために核を使うなどというのは、自らその施設を汚染してしまうということだ。

 

 またたとえ基地周辺や人口密集地を避けてBETAの予想侵攻ルート上に核地雷を設置したとしても、そのルートは陸上の輸送ルートとほぼ同一なのだ。そこへ核を使用などすれば、後の物資輸送に多大な影響を残すことになるのは明白だった。

 

 

 

「そういう想定であれば先日使用された新型弾頭、G弾でしたか? その使用を求める声が上がることとは考えますが……」

 ターニャがG弾に対して反対的な立場だというのは、帝国海軍にも知られているようで、山口は言葉を濁す。ただ山口にしてみれば、放射線汚染が確定的な核兵器よりも、G弾に期待を寄せてしまうのもやむをえない。

 

「新型爆弾は、長期的いえ半永久的な重力異常による生態系への影響、というのが残ると推測されています。が、現状有効なサンプルがないために、反対意見は封殺されてしまいそうですな」

 

 無表情なままに、自身の立場の弱さをターニャは肯定する。

 先日、朝鮮半島でこの世界線では初のG弾が使用されたとはいえ、今やその地はBETA支配地域だ。着弾直後のデータはいくばくかは取っているとはいえ、長期的な影響はまったくといっていいほどに実地調査されていないといっても良い。

 

 そして予測されている重力異常の影響が、核汚染よりも低く見積もられていれば、米軍によるG弾の日本への投下をやむなしとして受け入れる可能性は低くはない。

 

 

 

「事務次官補、G弾の使用はなんとしても阻止していただきたいのですが……」

 この世界線ではなく、かつ自身で体験したわけではないが、G弾によって破壊された街並みを知る武としてみれば、核以上に使用に反対してしまう。

 だが、先の山口と比べることがおこがましいほどに、武の発言力はない。

 

 バビロン災害を知るターニャであればこそ、武と同じくG弾の使用を躊躇ってはくれるものの、アメリカを説得するにはデータが無さ過ぎる。

 

「私とて出来うる限りは使用には反対する。重力汚染被害の件もあるが、手の内はこれ以上晒したくもない。が、難しいところだな」

 

 ターニャが反対するのも、累積されていく重力異常とは別のところもある。

 喀什を攻めるにあたり、ユニットによる地下茎情報が存在しないこの世界線において、G弾によって敵BETA集団削減と出来うればモニュメント部分の破壊は成し遂げておきたい。

 すでに鉄原で一度使用されているとはいえ、あれ以上に追加の情報をBETAに曝け出すわけにはいかない。下手をするとハイヴの構造が対G弾仕様に強化されていく可能性も否定できないのだ。

 

「ただな、白銀。どこかの段階で間違いなくアメリカは核かG弾の使用には踏み切ることは間違いない」

「事務次官補であっても止められませんか……」

 

 地位が欲しい。ふと以前の世界線で考えてしまったことが、再び武の頭をよぎる。

 階級があるだけでは問題の多くを解決できるわけではない。それでも自分の考えを推し進めるためには社会的な地位と、それに伴うだけの実績に名声は必要だ。

 

 ターニャ・デグレチャフという人物が、これほどまでに無茶を通せるのは、間違いなく、月から始まるこのBETA大戦で築き上げてきた実績があるからこそだ。

 

 

 

 

 

 

「白銀、考えてみろ。在日米軍の主力は何だ?」

 話を切り替えるためか、ターニャはコーヒーのお代わりを自ら注ぎ、武に別のことを問う。

 

 在日米軍の主力と言われ、武の頭に浮かんだのは元のEX世界線でのことだ。横須賀の第七艦隊や嘉手納の空軍の話は、ただの高校生であった「白銀武」であっても言葉程度は知っている。だがアメリカ陸軍がいたのかどうかさえあやふやな知識だ。

 

 対してこの世界での在日米軍の知識が豊富かと言われても、訓練兵時代に座学で学んだくらいだ。教えられたことを思い返し、なんとか答えをひねり出そうとする。

 

「細かな所属人数は記憶しておりませんが、やはり海軍と海兵隊、でしょうか?」

「そうだな。陸軍や沿岸警備隊なども駐留はしているが、その数は少ない。空軍や宇宙総軍にいたっては、戦力としては数えられんな」

 

 在日米軍はアメリカ太平洋軍の傘下であり、司令官は空軍将官である。これはBETA大戦前に編成されたからでEX世界線と同じだ。だがその内部編成は中露をその仮想敵とする21世紀のEX世界線とは大きく異なり、対BETA戦を想定とした編成であり空軍の比重は低い。

 結果、在日米空軍は一部の輸送部隊のみで、半数以上が第七艦隊に所属する海軍であり、あとは海兵隊と陸軍だ。

 

 

 

「陸の方々には少しばかり判りにくいかもしれませんが、船というのは港あっての物なのですよ」

 山口が苦笑気味に補足する。確かに補給艦もあるが、あくまで補助的な物だ。複数回の防衛戦闘をこなす、となれば港が無ければ不可能だ。

 

 佐世保だけではなく呉まで落ちれば、その状態で日本海岸側の舞鶴が無事とは想定できない。大湊は北海道・樺太方面の防衛のための母港でもあり、本州方面へ回す余裕はない。そうなれば連合艦隊の補給も横須賀が中心となってしまう。

 そんな状態で第七艦隊を主軸とする在日米軍に、十全な防衛協力を求めることなど出来ようもない。

 

 フィリピンとグアムの補給能力だけでは、極東方面全域の防衛を担うのは困難だ。そして艦隊をそこまで下げるとなると、日本よりも台湾の防衛が優先されることになる。

 

「つまりだな。日米安保に則して在日米軍の継続的な協力を受けたいのであれば、呉は当然、佐世保の陥落など許すわけにはいかん。如何なる手段を取ったとしても、だ」

 たとえ核で本土を焼いてもとまでは口にはしないが、ターニャが言いたいのはそういう話だ。武自身が経験したことではないが、UL世界線でもAL世界線でも、98年の本土防衛において在日米軍からは核の使用が何度も提言されていたらしい。

 

 

 

「やはり国土を核で焼かねば……そこまでせねば護り切れぬ、と事務次官補殿はお考えでありましょうか?」

 静かに考え込んでいた冥夜が、直接的に切り込む。

 

「その選択肢もあり得ると考慮しておいて欲しい、という程度だな。私の今の立場としては、さすがに命令としては伝えられん」

「申し訳ありません。軽率な発言でありました」

「気にするな、貴官の立場ともなれば、聞きたくもなろう」

 

 JASRAは結局のところ研究機関であり、提言は出来ても命令は出せない。しかもあくまで国連の一機関であるために、各国の軍に対し直接的な指示も難しい。そのような制限の中で、最良と思える案を提示しようとしているのは、短い付き合いではあるが冥夜にも武にも感じ取れて入る。

 

「だがな、琵琶湖運河をもし越えられるようなことがあれば、アメリカは核の使用に躊躇うことはないと、私は考えている」

 帝国の判断ではなく、同盟国が独自の判断で核使用に踏み切ることがある、とターニャは警告する。

 

 琵琶湖運河まで防衛線が下がっているとなれば、関西以西は四国を除き壊滅していると想定できてしまう。そしてそれは京も焼かれている、ということだ。

 

 武が知る世界線では、京の陥落後にBETAは北上し佐渡島ハイヴを建設しはじめる。それに伴ってか長野あたりで侵攻が停滞した。その時点でアメリカは日米安保条約を一方的に破棄し在日米国軍を撤退させる。

 だが当時の日本政府がアメリカの核使用に反対していなければ、このタイミングならば核戦力をも含めた上での反抗作戦がありえたかも知りない。

 

 

 

「つまりは……核もG弾も用いずに帝国を護ろうとするならば、入り込まれても山口、限界でも岩国まででBETA集団を押し留めねばならぬ、ということでしょうか?」

「そのとおりだ。島を護るには海上戦力の維持が絶対だ。呉が落ちてしまえば、瀬戸内での防衛など夢物語だ」

 

 日本地図を頭に描きながら、武が問題となっている部分を整理するために問い、それをターニャはあっさりと肯定する。そして簡単な物言いであるからこそ、ターニャの言葉が期待や追従などではなく、ただ事実として必要なことであると思い知らされる。

 

「そこまで期待されておられるとは、これは我々帝国海軍の責務も重いですな」

 

 予想される前線の激しさに、武はどうしても言葉が途切れる。

 だが逆に、重責こそは軍人の誉れとばかりに、山口は明るく笑った。

 

 そしてBELKAの話題がなかったかのように、山口とターニャの二人は表面はにこやかに言葉を続け合う。

 

「なに、未来永劫護りぬけという話ではありませんよ。長くとも二年ほどのことですな」

「ふむ……二年で、ありますか?」

「それだけの時間があれば、帝国のみならず人類の行く末も確定しておりましょう」

「なるほど。噂の侵攻計画、ついに実行に移されるのですな」

 

 ターニャがわざと口を滑らせているのは理解しつつ、時間を区切ったことに疑問を持ったのか山口が少しばかり考え込む。が、すぐにその意味に思い至る。JASRAというよりはターニャ個人が以前よりハイヴ攻略を想定した上で、各方面と連絡を密にしているというのは、それなりの地位にある者ならば周知の事実だった。

 

「戦術機の新型OSが想定以上の出来でしたからな。少々予定を繰り上げることが可能となりました」

 この者たちのお陰ですな、とターニャは武を示しながら軽く笑う。第四計画の実績を宣伝するかのような口振りだが、このあたりは売り込みの一環だろう。

 

 

 

 

 

 

「よろしいでしょうか、デグレチャフ事務次官補殿? 私の我侭なのですが、一つお聞きしたいことがございます」

「っ!?」

「なにかね、御剣少尉?」

 

 さてそろそろ話すべきことも終わりかと武が考え始めたときに、冥夜が改めて口を開く。

 その普段以上に感情を抑えた冥夜に、武のみならず真那までもが止めるべきかどうかの判断が出来ず、言葉を挟む間を失う。今「御剣冥夜」の前には事情を知らぬ二人の将官がいるのだ。我侭と言うからには、与えられた仮面を乱用するとターニャに対し宣言しているに等しい。

 

 だが問われたターニャは一見普段どおりだ。そしてそれを許諾と受け取り、冥夜は言葉を続ける。

 

 

 

「その二年を持ってして……ハイヴ攻略を実現したその後、此度の戦のその先に、貴方は何を成し遂げようとお考えなのでしょうか?」

 

 冥夜は日本帝国政威大将軍たる「煌武院悠陽」として、国連軍統合代替戦略研究機関局長の「ターニャ・デグレチャフ」に対し、BETA大戦後の世界展望を詰問した。

 

 

 

 

 

 

 




BELKAの説明して九州防衛の概略を話だけで終わってしまった……で本州西側でのBELKA計画はむ~り~というお話。瀬戸内工業地帯だけでも最悪を三歩通り過ぎてしまいますが、呉が無くなると海軍がまともに機能しなくなるんじゃないかと。

と言いますか原作では日米安保を一方的に破棄して撤退したと叩かれてるアメリカですが、長野まで攻め込まれていながら通常兵器だけでがんばっていたアメリカ軍って十二分に凄くない?というか横須賀が最前線になってる時点で撤退しても、日本側からは文句言えね筋合いじゃないよねぇ……となど思ってしまったり。


そして気が付くと投稿開始から一年過ぎてました。ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございます。


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結尾の展観

 今回の九州防衛、そしてその先の喀什攻略。

 ターニャが関与していると考えられるA-01に課される任務としては、冥夜が知らされているのはそこまでだ。「その後」は伝えられてもいない。

 

 喀什攻略に自身が参加することは、もはや冥夜の中では確定した未来だ。

 そして二年の後、その時には自分が居ないことを当然と弁えた上で、悠陽に伝えるべき情報として、ターニャの真意を探ろうとしているのだろう。

 

(スマン御剣。俺が直接聞かなきゃならなかったんだろうが……)

 今の武には、「桜花作戦」で「あ号標的」を破壊したという経験と記憶はあれど、その後の対BETA戦の推移や、まして人類社会の行く末など知りようもなかった。

 

 だがターニャは「原作知識」としてその先を知っているのだ。

 いくつかの事例はわざとらしく漏らしたかのように聞かされたこともあるが、来るべき歴史としてまでは、武には認識できていない。

 

 

 

「ふむ。ハイヴ攻略を実現したその先、か?」

 問われたターニャはいつも通りの無表情のままに、一考するかのようにコーヒーを一口啜る。

 

「人類に残された時間は僅かとはいえ、極東方面において二年程であれば帝国は稼ぎ出せるだろう? そしてその時間が手に入るのであれば、それなりには準備できること準備しておきたいことは、確かに私にもある」

 そしてターニャは、帝国の防衛力への信頼を表明しつつも、まだ直接的な答えを口には出さない。

 

(いや……山口提督とか、これ絶対勘違いしてるぞ? ってそこまで含めての話、なのか?)

 先ほどの山口提督とターニャとのやり取り、そして冥夜の問いを改めて考え直し、武が周りの人々の思惑を改めて考え直す。

 

 喀什攻略の時期を知る冥夜が訊ねたのは「喀什を落としたその後、二年で何をなすつもりか」ということだ。事情を知る武にしてみれば、そうとしか聞き取れない。

 

 だが、ターニャが山口に言ったのは「帝国は二年ほど間、自国を護れ」ということだけだ。

 JASRAがハイヴ攻略計画を推進しているなどとは肯定もしていない。ましてやその目標が喀什であり、しかも攻撃予定は遅くとも来年春までなどというのは、帝国海軍側に伝わっているはずもない。

 

 冥夜にしても濁したような問いかけになっているのは「煌武院悠陽」としての立場の乱用からの躊躇いもあるのだろうが、どこまでが公開情報なのか判っていないから、ということもあろう。

 

 そして先ほどのターニャの言葉では、わざとらしく誤魔化している部分があるために、二年の準備期間で鉄原あたりを攻略するとしか聞こえていなかったはずである。

 

 

 

「御剣少尉の問いに答える前に、山口提督。少しばかり仮定の話となりますが、帝国にハイヴ攻略の選択権があるとすれば、どこを狙いますかな?」

「それはハイヴ攻略が確実である、という前提の元に、ということでよろしいですかな?」

「ええ。あくまで仮定、ちょっとした思考実験のようなものとお考えいただければ」

「となりますれば、そうですな……」

 

 ターニャに問われ、山口も即答はせずに顎に手を当てて考えこむ。それはなにもポーズだけではなく、帝国海軍将官の言葉として「煌武院悠陽」に伝わってしまう内容を、どう選ぶかと熟考しているようにも見える。

 

「現状、このように九州山陰防衛のために展開していることからすれば、H20鉄原ハイヴを落とせるのであれば……とも考えてしまいます。が、帝国の防衛戦略としては、むしろH19のブラゴエスチェンスクハイヴからの圧力を排除し、樺太方面の防衛線を最小限にまで縮小し、南方防衛に注力すべきである。そう思いますな」

 

 鉄原を落としたとしても、重慶もある。

 朝鮮半島に防衛線を引き直せるのは、確かに帝国本土防衛には意味があるとはいえ、九州方面に掛かる圧力がさほど低減するわけではない。

 むしろ再び黄海に海上戦力を展開しようとすれば、西側からの光線級の警戒圏内に入り込む可能性も高く、防衛という意味においては九州よりも困難とも考えられる。

 

 対してブラゴエスチェンスクが奪還できるのであれば、帝国に関してのみ言えば防衛面での負担は大きく軽減される。それは今まさに帝国が二正面作戦を強制されつつある状況を、その一方面をソ連に押し付けるといってもいい。

 

 

 

「なるほど。帝国といえども二方面での防衛はやはり負担でしょうからな」

 カップで隠してはいるものの、横に座る武からは、ターニャのその口元が嗤いに歪むのが見て取れた。その嗤い方から推測するに、ソ連軍、そしてソ連そのものにいっそうの負担を強いることとなるブラゴエスチェンスク奪還後の防衛構想でも、想定しているのだろう。

 

 ハイヴ攻略がなされ国土を奪還したとなれば、その地の防衛は当然ながらその国が負担すべきだという話となる。

 ブラゴエスチェンスク周辺をBETA支配地域から開放できたとしても、極東ロシア方面にはオリョクミンスクとヴェルホヤンスクからの圧力もある。それは今ソ連が最前線として維持し続けているカムチャツカ半島から北の「北東ソビエト最終防衛線」としてのエヴェンスク方面とは別に、防衛戦力を用意しなければならなくなるということだ。

 

 

 

「さて。山口提督でさえ悩まれるように、ハイヴ攻略が可能となったならば、その後に問題となるのは攻撃目標の選定だ」

 全ハイヴ一斉攻撃などという馬鹿げた案を実現するならば別だがねと続けて、ターニャは冗談ですよと嗤ってみせる。

 

 だがバビロン作戦を知る武にしてみれば、あの作戦が一見無謀としか言いようのない全ハイヴ同時攻略などという行動に出たのも、そこまで言われてしまうと理解できてしまう。

 それは何もG弾に対する妄信だけではない。奪還目標を選ぶ際に、人類内部での分裂による計画の遅滞が予測され、それを回避するためでもあったのだろう。2004年初頭にバビロン作戦が開始できたのは、作戦成功の暁には一気に国土の回復が見込めたからでもある。

 

「帝国からすれば自国防衛のために、近隣のハイヴから排除していこうと考えるのは良く判ります。ですがイギリスならば? フランスであるならば?」

 ターニャは疑問という形で言葉を続けるが、実質的には意識統一が不可能だと断言しているに等しい。

 

「……常任理事国間での拒否権発動の繰り返しとなりましょうな」

「そのとおりであります。安保理関係国だけでも纏まるはずもないでしょう」

 疲れたように山口が漏らした言葉に、ターニャは同意する。

 

 

 

 

 

 

「それらを踏まえたうえで、私が二年の時間を得て何をなすかという先の御剣少尉の問いに答えるのであれば、その時間で対BETAへの攻勢を目的とした組織地盤作り、だな」

 改めてコーヒーを注ぎなおし、ターニャはようやく冥夜の質問に答えを出した。

 

「まあ、はっきり言ってしまえば、二年で中ソの国連における発言力を徹底して削ぎ落とし、安保理の意思決定を単純化させる」

 

 現状では79年のバンクーバー協定に従い、国家主導の対BETA戦は自衛権および集団的自衛権の範疇でしか許可されていない。ハイヴ攻略は当然として、それら防衛以外の一切の軍事行動は国連主導で行われることとなっている。

 それはつまるところ、拒否権を持つ常任理事国によっていくらでも作戦を止めることができるということだ。

 

 

 

(そういえば中ソを安保理から放り出したいって、以前にも言ってたな)

 以前ターニャ本人から聞かされた話を武は思い出す。

 

 可能か不可能かと言われれば、中ソの常任理事国からの排除など国連憲章的には無理だろうが、そうでもしなければたしかに攻撃目標の選定だけでも莫大な時間と予算とが浪費されてしまいそうだ。

 

「なるほど……お答えいただきありがとう存じます、事務次官補殿」

 ターニャの答えに満足したわけではないのだろう、冥夜は形だけの謝意を表す。表情には表していないが、具体性のない言葉どころか実現性の低い話に、冥夜が納得していないことは武にも感じられた。

 

「え~ですが、事務次官補? 中ソって亡命政府となっているとはいえ、常任理事国ですよね? その二国の安保理に対する影響力を下げるなんてことは難しいのでは?」

 

 冥夜の立場では聞くことが出来ないであろう話を武が代わりに問いかける。いや、そもそも今回の話がこのような場で出てくる前に、武自身がターニャに問うておくべきことだったのだ。

 

 

 

「いや、白銀君。たとえ常任理事国とはいえ、いや常任理事国であるからこそ、一定以上の力を誇示せねばならぬのだよ。そしてそれは今の中ソ両国には少しばかり困難だ」

 武の言葉に、ターニャではなく山口が答え、説明を続ける。

 

 時限の常任理事国である日豪を除く五カ国のうち、自国が残っているのは米英の二国だけだ。そしてフランスは亡命政権しかないとはいえ、アフリカにおいては政治的にも軍事的にも宗主国としての地位を確立している。

 

 そしてもし極東防衛の主軸が中ソから日本帝国に変わってしまえば、地域協定などの地盤を失った亡命政権しか存続していないその二国の発言力は著しく低下する。

 

 常任理事国には安保理における拒否権があるとはいえ早々使い続けられる権利でもない。あくまでWW2戦勝国としての国力を背景とした上での「安全保障」のための常任理事国制度だ。

 

 

 

「つまりは今後二年間で、帝国に極東防衛の先鋒とたれと事務次官補殿はおっしゃるわけだ。違いますかな?」

「単純化してしまえば、そのとおりであります。オーストラリアの発言力強化は難しく、また台湾政府の理事国への復帰はさらに困難ですから」

 

 この世界においても71年のアルバニア決議を受け、中国本土の北京政府が常任理事国として扱われている。その時に台湾政府は国連から「脱退」を表明はしているが、これは国連側は認めていない。第一、国連憲章では国連常任理事国の継承や国家代表権の引継ぎなどを想定していないのだ。

 

「ハイヴ攻略が可能となってしまえば、その先にあるのは国土奪還などという綺麗ごとだけではなく、G元素を求めての資源争奪戦だ。そこにコミーどもの介入を許すわけにはいかん」

「それは……新型爆弾が対人類に用いられるとお考えですか、事務次官補殿は」

「使われないと考えるほうがどうかと思いますがね、提督?」

 

 いまのところ軍事行動などと同様に、BETA由来物質などは国連管理下に置かれる、とはなっている。そしてこの世界線においては曲がりなりにも攻略できたのが、アサバスカでのハイヴになる前の着陸ユニットだけであり、実質的な管理はアメリカによって実行されている。

 アメリカが現在のところまで一応なりとも国連を立てているのは、国連決議に従うほうが今はまだ利点があるから、というだけに過ぎない。

 

 ただ今後ハイヴ攻略が可能となれば、そしてそれが単独の国家によって成し遂げられる程度の難易度ともなれば、どこかの国が暴走することも十分に考えられる。ターニャも言葉にはしていないが、米国主導での、国連を無視した形でのNATO軍だけでの攻略さえ想定しているはずだ。

 

 現状では人類に残された時間は限りなく短いが、逆にハイヴ攻略が可能となってしまえば、それはそれで人類内部での断裂を誘引することは予想に硬くない。

 

 

 

「事務次官補、少し疑問があるのですが、よろしいでしょうか?」

「構わんよ白銀少尉、何かね?」

「先ほど、帝国の防衛は長くとも二年とおっしゃられましたが、ハイヴ攻略はユーロのリヨンや、それよりもアラビアのアンバールが優先される可能性が高いのではないでしょうか?」

 

 喀什攻略をいまだ隠しているターニャに合わせて武もその件には触れずに、次の攻略目標の話に切り替えて質問する。

 

「たしかに。貴様の言うとおり、人類反抗の先鞭として考えれば何処よりもアンバールを、というのは当然のことだ」

 少しは考えているようだなと言いたげに、ターニャは下から武を肯定しながら見上げてきた。

 

 アラビア半島北部のアンバールハイヴを攻略できれば、半島全域の安定は難しくとも、少なくともスエズ運河の運用が可能となる。それができれば地中海方面への輸送は大きく復旧し、北東アフリカの安全確保だけでなくユーロ奪還の足掛りともなるのだ。

 

 これに対し、中ソの二国にしてみても大きく反対することは難しいと、武であっても考えられる。言ってしまえば、ここまでであればまだ人類は団結してBETAに対処できるはずだ。

 

 そのアンバールを差し置いて、極東方面のハイヴを攻略すべしと言うのであれば、帝国はむしろ中ソとの距離を詰めるほうが意味があることとなってしまう。

 

 

 

「そのあたりこそは政治、だ。だが、逆に言えば海という絶対的に防衛有利な状況を利用して時間を稼ぎ、ユーロアフリカ諸国に恩を売っておくということも考えられる」

 ただ国力の回復がまったく見込めない中ソと連携をとるくらいであれば、地理的には遠いとはいえアフリカ方面への根回しを重視しておくべきだと、ターニャは言う。

 その上で、ですが、と一言間をおいた上で言葉を続けた。

 

「私自身、一応これでもアメリカ市民であります。それも善良で模範的な立場を目指そうと長らく努力を続けておりまして、やはり何かを選ぶとなれば祖国、自由なるアメリカの利益をどうしても優先してしまうところがあります」

 国連機関職員としては恥ずべきことですな、とターニャは嘯いてみせる。明確には言葉にはしていないが、帝国は中ソとの連携ではなくアメリカに協力しろと、そう言っているに等しい。

 

「いやいや、それは我らとて同様。このような人類未曾有の危機にありながら、やはり自国を護るための戦いともなれば、ユーロ遠征のとき以上に力が入ってしまいます」

 

 山口が周りの者を代表するかのように言うが、冥夜にしろ真那にしても、祖国を優先するという言葉には異議はないように見える。

 

 だが、どうしてもターニャの共産主義への拒絶感を知る武としてみれば、日本どころかむしろアメリカをも使い尽くしてでも中ソを根絶やしにし、さらにはその流れで中南米の共産主義勢力をも一掃するつもりなのではないかと、勘繰ってしまう。

 

 

 

「え~っと、つまるところBETAが中ソを磨り潰すまで、帝国には太平洋に逃げるのを防ぐ栓になっておけ、ということですか。あ……いえ。失礼いたしました」

 だが、ターニャが口にしなかった理由に武は思い至り、口に出してしまった。

 何を狙っているのかなんとなく判ってしまったことで、武は夕呼の執務室にいるかのような気安さで呆れたかのような言葉となってしまったことと、一応は国連軍少尉という自分の立場のこともあり、慌てて謝罪を口にする。

 

「気にするな。言葉を選ばなければ、そういうことにもなる」

 武の言い様に海軍の二人は驚きの顔を見せたが、言われたターニャは普段通りに表情をけしてあっさりと肯定する。むしろターニャ自身の口から明確に中ソへの牽制を指示する必要がなくなったことを、歓迎している素振りでさえあった。

 

 

 

 

 

 

「いやはや、しかし……ハイヴ攻略、ですか」

「不可能だと嗤いますかな、山口提督?」

 

 武を通じてではあったがターニャの目指す方向が明らかになったことで、話の前提として置かれた仮定を思い出したかのように、山口が言葉を漏らす。

 今から母国での防衛戦が始まるという時に、その先の攻勢計画を聞かされていたのだ。話の切欠が「煌武院悠陽」の問いでなければ、一笑に付すどころか何を悠長なと怒りを抱いてもおかしくない、まさに夢物語だ。

 

「ですがあと二年ほどでそれを実現せねば、まさしく人類に未来はありますまい」

 だが山口の諦めたかのような態度に対し、出来る出来ないの話ではないと、ターニャはまるで根性論を振りかざすように切り捨てる。

 

 すでにユーラシアはほぼ全域にハイヴが建築されている。アフリカ方面は文字通りの水際で防衛できているが、それもいつまで耐えられるかは判らない。アラスカ方面も同様だ。

 そして武とターニャだけが知りうる未来だが、おそらくはこの世界線であっても遅くとも2005年には第五計画がバビロン作戦に踏み切るはずだ。

 

 

 

「そもそもが、です。BETAへの対処という意味においては、地球上の全ハイヴを排除したからといって終わりではありません」

「ふむ?」

 

 話の先行きが読めないのか、山口は相槌を打ちながらも、怪訝な表情を隠そうともしない。

 だかターニャは山口ではなく、冥夜に視線を移した。

 

「よい機会だ、御剣少尉。私からも一つ問いたい、BETAとの戦い、それはいかなる状況を持って終わりと想定する?」

「戦いの終わり、ですか? 理想論で言えば人類が再び自らの未来にむけて足を踏み出せたとき、と申すべきでしょうが……」

 

 問われた内容のために冥夜としても即答を避ける。「煌武院悠陽」として見られている限りは、理想を語る必要があるのだ。

 

「具体的には今BETAに奪われている土地が奪還できた時、地球上からBETAを駆逐した時、それが一つの節目になるとは考えます」

「なるほど。確かにある意味では判りやすい終結の状況だな」

「事務次官補殿のお考えは、違うのでしょうか?」

 冥夜が自分の答えに納得していないターニャの様子を見て、改めて聞く。

 

「これは国連機関のJASRAではなく、私個人の意見となるが、そうだな……」

 そう前置きをして、ターニャはBETA大戦の終結図を語りはじめた。

 

 

 

「長期的な話で言えば、BETAとの戦いに終わりはない。BETAはおそらく銀河規模に展開していると想定しておくほうがよい。どこかに奴らの管理中枢があったとして、そしてそれを破壊することができたとしても、末端のあの土木作業ユニットどもは動き続ける可能性が高い」

 

 先のハイヴ攻略と同様に仮定の話としているが、BETAの全体規模に関してはターニャの持つ「原作知識」の範疇なのだろう、と武は思う。そしてこの場で話すということは、武には知らされておらずとも夕呼にはすでに伝えられているはずだ。

 

「逆にごく短期的に言えば、喀什攻略の成功こそがBETA戦の終結だな。後は各ハイヴごとの駆除作業になると言ってもよかろう」

 

 地球上では最大規模に拡張していると予測されるだけでなく、地理的にもユーラシア大陸中央に位置する喀什ハイヴは、間違いなくもっとも攻略が困難だ。そこが落とせるのであれば、確かに他ハイヴへの侵攻は成功が確定したものといえる。

 

「ただ駆除作業と言っても、軌道戦力の再配備などを想定するに、最初の一〇年はよくて一年に一ヵ所だろうな」

 

 ハイヴ攻略の実績がない今、完全な「机上の空論」でしかないが、喀什以外の攻略をただの作業的作戦だと笑い飛ばし、その上で実現に掛かるであろう時間を預言のように洩らす。

 

 

 

「さて。その上で現実的な意味での地球人類にとってのBETA戦終結というものは、月の奪還と、月軌道以遠からの着陸ユニットの進入に対する絶対的防衛圏の構築、といったところでしょうかな」

 冥夜への答えとして極論を二つ並べた上で、帝国海軍そして冥夜を通じての斯衛へと、ターニャは自身の実現可能な目的を言葉に表す。

 

「つまりは地球圏の安全を確保できたときこそが実質的なBETA戦終結だというのが、事務次官補のお考えですか」

「そのとおりだ、御剣少尉。今次BETA大戦というのは、単純化してしまえば防衛戦争だ。侵略された土地を奪い返し、今後の侵入を防ぐ手立てを構築することで、終結といえる」

「なるほど。私の先の答えでは防衛機構の構築がなされず、再度の侵攻を許してしまう、という点に問題があると」

 

 国土奪還だけで戦争は終わったように見えるが、根本の問題は解決していない、ということに冥夜は気付かされる。

 

 

 

「まあ先に言ったように、これはあくまで私個人の考えだ。国連の一機関としてのJASRAの扱う範疇からは少しばかり逸脱はしている」

「いや、なるほど。だからこその中ソの発言力削減、ですか」

「ご理解いただきありがとうございます、山口提督」

 

 悪巧みを理解して貰えたことへの喜びか、ターニャがわざとらしくニヤリと笑って見せる。

 

「このような姿となったとはいえ寿命自体も伸びたかどうかは定かではありません。ですが、どうせならこの身で再び月の地にまでは、と少しばかり欲が出てまいりましてね」

 

 

 

「捲土重来とは、私のような若輩者が言葉にしてよい話ではありませんが……事務次官補殿はそこまでお考えでありましたか」

 深く息を吐き、山口はきつく眼を瞑る。それはBETA大戦のはじまりともいえる戦いで、月に散った者たちへの黙祷であった。

 

 BETA大戦の発端ともいえる67年の月面でのサクロボスコ事件。

 そこから五年の間、当時は中佐だったターニャ・デグレチャフは、満足な支援も受けられない真空の地で曲がりなりにも「戦争」を続けたのだ。

 

「まあ奴らに押し付けられた負債を返済するには、火星までを含む内惑星圏までを完全に掌握したいところです。が、残念ながら斯様に纏まりのない現状では、対BETA戦を火星どころか月軌道にまで拡張することすら覚束きません」

 

 山口の礼に気付かぬターニャではないが、それには触れず普段どおりに問題を挙げなおす。

 

「そのためには月軌道まで展開可能な宇宙艦隊が必要であり、それを成せるのはアメリカのみ、ということでありましたか。たしかにそれには中ソの介入は避けたいところでありましょうな」

 ターニャの共産主義への拒否感を、そういった実務レベルの問題だったのかと山口は思い込んでしまう。

 

「いえ、実のところアメリカ主導には拘りはありません。なんでしたら帝国が主導して下さるのであれば喜んで協力いたしますよ?」

「ほう?」

「では事務次官補殿? ご自身の母国アメリカのためでないとするならば、何のためにこれらの計画を推し進めようとなされるのですか?」

 

 本心からのターニャの言葉に、武も含む全員が驚きを表してしまう。そして冥夜が代表して、ターニャの本心を問おうとする。

 

 

 

「ああ……そうですな。とある作品の言葉を借り受けるのであれば」

 クツクツと笑いを洩らし、ターニャは続けた。

 

 

 

 ――青き清浄なる世界のために、そして……

 

 

 

 

 

 




なんとか月一更新は死守……HGUCウーンドウォートが無ければ先週には上がっていたはずなのでスイマセン。

デグさんの面白いところは幼女戦記でもLunarianでも、周辺のその世界の人々からは一見理解しがたい言動なのに、未来知識のお陰かナゾの納得力を発揮してしまうところかな~と。この話で再現出来る時が来れば良いなぁ、と努力目標です。

で今だ九州防衛が始まりませんが、次回かその次にはきっと「死の八分」を越えられるはず。


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事理の復誦

「うば~~~っ」

 出雲艦内に宛がわれた士官室に戻り、ようやく武は緊張を解く。備え付けられた机に向かった瞬間、身体から力が抜け落ちて、どうしようもないような声が出た。

 

「あ~……要塞級の群れに突っ込むほうがラクだと思える会食って、なんだったんだよまったく」

 武は鈍感だとよく言われもしたし、自身も自分をあまり人の感情の機微に敏感だとは思っていない。だが先ほどの会食では、さすがに胃が痛くなるような緊張を強いられた。

 

 「煌武院悠陽」の偽装身分たる「御剣冥夜」への帝国海軍からの配慮として略式を通り越しての簡素と言っても良い程度の会食とはいえ、将官を前にしては落ち着けるはずもなかった。その上に事務次官補として振舞うターニャの傍若無人といっていいレベルの発言だ。

 それなりに豪勢だったはずの食事の味など、まったく記憶も出来ようもなかった。いつもの代替コーヒーではなく、しっかりと淹れられたであろうコーヒーの苦味だけが、胃を痛めつけるように残っている。

 

(でもまあ、収穫はあった、よな)

 第六艦隊司令長官でしかないが、その山口の口から帝国海軍の本土防衛に関する自信の程を聞かされたのだ。今から始まる九州防衛を海軍に完全に頼りきれるわけではないが、今回の侵攻に関してであれば、間違いなく陸軍側の負担は軽減されそうだ。

 

 ユーロ方面などでの実戦経験が比較的豊富な海軍に比べ、帝国の陸上戦力は大陸派遣軍と斯衛の一部のみが実戦を経ているだけだ。九州方面には大陸派遣軍から再編された部隊を多めに展開しているらしいとは聞くが、どうしても疑念は残る。

 いかに訓練をこなそうが、初陣ともなれば予想外の事態にどうしても直面する。そしてそれが重なっていけば、待っているのは戦線の崩壊だ。

 その穴を海軍側が埋めてくれるのであれば、多少なりとも安心できる。

 

 

 

(それに御剣のお陰とはいえ、あの事務次官補殿の喀什以降の想定ラインもなんとなく聞くことが出来たし)

 いつか直接聞かねばならぬと思いつつも、実務にかまけてその機会を逃していたが、ターニャの考えているであろう「BETA大戦後の世界」というのも、おぼろげな形は感じられた。

 

 夕呼は清濁併せ呑むことが出来るのだが、国家や宗教などには懐疑的でそれらの指導層に対しては、我欲に塗れた無能者と見なしている節もある。

 対してターニャはその徹底した合理主義的思考からか、システムとしての共産・社会主義への反発もあるのだろうが、合衆国を信奉しているようにも思える。

 

(いや、違うかのか? アメリカ以外では今後の対BETA戦を遂行できないと捉えてるってところか?)

 笑いに紛れさせて誤魔化していたが、合衆国主導に拘らないというのは、帝国への配慮だけではなくターニャの本心かもしれない。

 今のところ対BETA戦においては現在の合衆国というシステムが、選択可能な範疇で最適だと判断しているだけで、代替可能な国家や組織が出現すればそちらに乗り換えるということも考えられる。

 

 ただターニャの言い分は、武にも理解できてしまった。

 

 共産社会主義と民主資本との差異などは正直なところ武には判らない。それでも対BETA戦に限定したとしても、先の世界線で経験したように、帝国内部でさえ生半には意識統一できないのだ。

 これが国土を失った多くの国と、いま前線国家として対BETA戦を続けている国々、そして直接的な脅威を知らぬ後方国家群とを纏め上げられるような状況など、それこそまさに「おとぎしばなし」である。

 

 

 

 

 

 

「とりあえずは、だ。俺ができるところから手を付けるか……」

 政治どころか、国家を超えての話を聞かされ続けて、武の許容範囲としては溢れ出ていた。

 それでもふたたび、うば~~~~っと身体を伸ばしきって、改めて眼前の仕事に意識を切り替える。

 

 明日には出撃するが、それも予定通りであれば昼を過ぎてからになるはずだ。出撃前夜であり、遅めの会食それも予定していたよりも時間を掛けてしまったとはいえ、まだ眠るには早い。

 せっかく今日一日だけの居室ではあるが、佐官クラスの部屋を借り受けていのだ。ならば時間の余裕のある今のうちに、いつの間にか溜め込んでしまった報告の下準備などのできることからでも片付けていこうと、書類を用意する。

 

 武とて、重要機密に属するような記録を待ち歩いているわけではないので、斯衛との合同訓練などから得たデータを参照しての作業は当然無理だ。今のところは思いついていながら記録していなかったことを、ただつらつらと書き出しておく程度だ。

 

 

 

 XM3に関しては、斯衛との合同訓練を経て、改めて思い知らされたことも多い。

 

 開発完了までは、とりあえず思いつく限りの挙動を取らせていた。

 だがそれは結局のところ、最初の発想が「白銀武の持つゲーム内での機動体験」を再現しようとしたものであるから、対BETA戦闘においては無駄とも思える挙動もどうしても存在する。

 

 そのような無駄を排しつつ、また単独ではなく連携として組み込めるような挙動を選びつつ、習得の優先順位を付けていく。

 

 明日から始まるであろう九州の防衛においては、武たちA-01を除けば、本土軍のごく一部の部隊しかXM3搭載機は参加しないという。優先してXM3対応CPUが廻された斯衛や本土防衛軍は、ほとんど九州には展開していないのだ。

 首都近辺の防衛のため、そして何よりも衛士の完熟訓練が完了していないという面もあるが、山陰地方への散発的な上陸が危惧されるために、小回りの利く斯衛は舞鶴から西を広く薄くカバーすることとなっているらしい。

 

 そのおかげというわけではないが、いま武が書き出しているメモ程度のことであっても、本土軍の衛士たちが習熟するだけの時間的余裕は出来てしまっている。

 

 

 

(あとは……ってあ~巌谷中佐にもちゃんと一度は報告しておかないと、不義理すぎるな)

 XM3の改良や修正などであれば白陵基地内のことで済むが、戦術機用の各種装備に関する改修には帝国の技術廠開発局に協力どころか一任したような形だ。

 

 突撃砲の改修案として武が出したのは、肩部ウインチユニットによるスリングと、連結式弾倉のためのマガジンクリップなどの使い勝手などだ。これらに関してはすでに配備も進んでおり他部隊からも報告はあるだろうが、非公式とはいえ発案者としては帝国技術廠の巌谷には伝えておくべきこともある。

 

 ただ以前に提案された87式突撃砲に取り付けられている120mm滑腔砲モジュールを105mm滑腔砲に変更したものは、結局今回はA-01には配備されていない。

 

 明日からの九州防衛においてA-01はその全部隊が展開しているが、想定された作戦エリアがほぼ九州全域から本州西端と広域に渡る。そのため他の部隊が運用していない兵装ではとっさの補給に支障を来たしかねないとの懸念があり、既存の120mmのままとされた。

 ただ用意された105mmモジュール自体は、XM3の実践テストの一環という名目の下に斯衛のほうに廻されており、そちらで運用試験を行うという。

 

 

 

(って、これはこれである意味では遺書になっちまうな)

 以前の「桜花作戦」の直前でも、武は中隊員との約束どおりに遺書は残さなかった。

 机の上に書類を広げてメモを取っていったものの、その多くは引継ぎの準備とも思える。そしてそれは、事務的なものばかりとはいえ、実質的には遺書と看做されてもおかしくは無い。

 

 正式な書類として残すのは「白陵基地に戻って」からだと戒めるように思い直し、今はとりあえずのところ気が付いたことを書き出しておくに留める。

 

 

 

 

 

 

 意識をもう一度切り替えるため、いまだ胃が痛む気がするもののコーヒーでも飲み直そうと、贅沢にも室内に備え付けられたコーヒーメーカーに手を伸ばす。

 

『白銀、少しよいか?』

「ん? 御剣か、開いてるぞ。スマンが勝手に入ってくれ」

 

 堅いノックの音と共に声をかけられたが、注ぎ始めたコーヒーから手を離すわけにもいかず、振り返りもせずに外に答えた。

 

「そうか。では失礼する」

「っ!? 失礼いたしました、月詠中尉殿」

 

 声のとおりに入ってきたのは冥夜だ。そして当然の如くにその後ろには真那が控えている。

 さすがに上官である真那がいては、のんきにコーヒーを淹れるわけにもいかない。慌てた素振りは外には見せぬように、武は敬礼する。

 

「楽にしろ、白銀少尉。今の私は冥夜様の付き人として、この場にあるだけだ」

「……了解いたしました」

 

 遠まわしに、真那は自身を居ない者として扱えと武に言い渡し、そのまま武からコーヒーの準備さえ奪う。

 上官であり客人である真那にお茶の用意をさせるなどおかしな話ではある。が、冥夜に出すものとなれば、基本的には真那が人に任せるはずもない。抗うのも無駄だと武は割り切って、冥夜に席を薦める。

 

 

 

 この出雲は改大和級の名の通りに。その基本設計は一番艦たる大和を踏襲している。かつては3000名を超える乗員を必要としていたが、度重なる近代化改修でその数も大幅に減った。もちろん空いた空間は各種の電気機器や追加の兵装で埋められはしたものの、将官向けの部屋などは逆に拡張されたらしい。

 

 武や冥夜たちに用意されたのも、そういった艦長室に準ずるほどの部屋であり、狭いながらも応接用のテーブルに冥夜が座り、その後ろに真那が控えるくらいには余裕もある。

 

「ん? 執務の最中であったか、許すが良い。出直してこよう」

 しかし勧められた席に着こうとしたとき、冥夜は机の上に広げられた書類に気が付いたようで、そう言って辞退しようとした。

 

「気にするな。急ぎの仕事ってわけじゃないからさ」

「ふむ、初陣の前夜というのに、随分と余裕なのだな、そなたは……いや今遺さねばならぬものなのか?」

「はは、初陣の前夜だからこそ、ってヤツか? 残念ながら普段からの宿題の積み重ねってところだよ。俺は逼迫しないと動けない性質なんだ」

 

 まるで遺書を書いているようだと、自身で先ほど感じたことを冥夜に指摘されたようで、乾いた笑いだと思いながらも顔を歪める。そして口に出たのは夏休みの宿題に対して、いつか別の世界線で純夏にしたような言い訳だ。

 

 

 

「で、御剣の話ってのは何だ? それこそ初陣前の心構えとかか?」

 結局、部隊の皆とはまともに話をする時間も取れなかったな、などと武の意識が眼前から離れそうになる。ただそれは今、前にしている冥夜に対する武の引け目から来た、逃げだ。

 

 武と違い、冥夜にとっては間違いなく今は初陣の前夜だ。

 軍に属する者にも僅かに残された権利として、この時くらいは幾ばくかの自由はある。国連軍であれば男女問わずパートナーが居るのであれば、二人だけの一夜くらいは作戦前夜であっても見逃されている。

 そのような特定の相手が無くとも、気心の知れた同期の者たちと夜通し語らってでも不安を和らげられるならば、普段は口煩い堅物の上官であっても目は瞑る。

 

 そしておそらくは艦隊後方に位置する戦術機母艦に乗っているA-01第一中隊の他の者たちは、慣れぬ艦上で今その時間を噛み締めて過ごしているはずだ。

 

 だが御剣冥夜にはその僅かな自由さえ、与えられていない。

 

(いや違うか。俺が御剣からその僅かな自由さえも奪い去ったってわけだ)

 「煌武院悠陽」を演じるために、冥夜はその仲間達との時間さえ失ったのだ。そしてそれを画策したのは間違いなく、この白銀武だった。

 自嘲するかのような笑いが顔に出るのをなんとか押し留め、冥夜の言葉を待つ。

 

「ふむ? 不安を欠片ほども感じぬとは申さぬが、それとは別の話だな」

 それに明日死ぬつもりはないがいつ死んでも悔いは残さぬ、と冥夜は幽かに笑いを見せて本題に入る。

 

 

 

「先程の会食での話を、彼のお方にご報告するべく纏めようと思ってはおったのだが、な」

 武の自責の思いには気付いているようだったが、冥夜はそれに触れずに自身の訪問の目的を告げた。

 

「ああそうか。そっちはそっちで話しとかないと拙いよな」

「そうだ。私が耳にしたことは可能な限り正確にお伝えしておきたい。その上で、だ。帝国海軍の方々からのお話は、問題なかったのだがな」

「ま、今回は防衛できるが、あとは冬場の天候次第、って話だけだからな」

 

 山口提督の口から出た海軍側の話といえば、それだけだと言ってもいい。ただそれだけとはいえ、先ほど武も考えていたが十分以上である。

 

「陸軍側に新兵が多い現状、これほど心強い話もない」

 言葉を続けながら冥夜の後ろに立つ真那の顔を伺ってしまうが、彼女も武の意見には同意してくれているようだ。

 

 防衛戦において主戦力となる砲兵科などは帝国陸軍では海外展開が難しく、ほぼそのすべてが実戦経験皆無の新兵と言ってもよい。だが今回に限れば海上からの厚い支援を受けられる。衛士における「死の八分」ではないが、戦場の洗礼を十全足る状態で潜り抜けられるのは、間違いなく僥倖だ。

 

 

 

「問題は、デグレチャフ事務次官補殿の発言、いやその人となりなども含めての話なのだ」

「事務次官補殿なぁ……なにかとありすぎて確かに困るな」

 

 ターニャはJASRA局長という立場から決定権はないものの、国連の対BETA戦略に関してかなりの影響力を持つ。それがどのような人物か理解できないと言うのは、悠陽に情報を伝えようとする冥夜にしてみれば、たしかに問題である。

 

 ただ武にしても、それほどターニャについて詳しいわけではない。夕呼の権限を借りて秘匿された経歴などに眼を通し、何度か直接話すこともあったとはいえ、その人物像を捉え切れているとは言いがたい。

 

「そういえば、あの人が『カッサンドラ』って言われてるのは知ってるか?」

「カッサンドラ……? たしかギリシアの神話に出てくる悲劇の予言者、であったか?」

「それだ。誰にもその予言を信じて貰えないっていう呪いつきのな。事務次官補殿の戦略選択ってのは、まあ言ってしまえばそういった感じだ」

 

 ターニャが「原作知識」という、武の持つ未来知識以上に広範囲の記憶を元に、対BETA戦を展開してきたことに間違いはない。そしてターニャが選んだ、あるいは指示した戦略は、後から振り返ってみれば理に適っていると判る物も多い。

 問題は、それが提示された時点では他者からすればあまりにも極端すぎる提言に見えてしまうことだ。

 

 

 

「って他人事みたいに言ってしまったけど、今夕呼先生たちが進めてる喀什攻略なんてのも、その一つだな。何でいきなり喀什なんだって言われるのも当然だ」

「ふむ。そういう風に言われると、納得してしまいそうになるな」

「まあ俺もそれほどあの人のことを判ってるなんて言えないが……一見突拍子もないが、何気に常識人だぞ? いや常識を踏まえた上で、突き抜けて壊れてるって感じなのかな」

 

 武も、以前はターニャを夕呼のような一種の天才のように感じたこともあったが、装備の更新や戦略選択などの実務レベルの話を聞くことで、天才ではなく徹底した合理主義的な秀才なのではないかと思うようにもなってきた。

 ただそれでもBETAはともかく、共産主義に対するターニャの絶対的な拒絶感など、理解は出来なくはないが全面的には同意しにくい面もある。

 

「ああ確かに。ハイヴの攻略先選択やその後の月奪還など、それだけ聞かされればまるで夢物語だ。しかし前提やその工程を踏まえれば人類存続のためには必要ことだと思い知らされた」

「それを理解できる御剣もスゲェとは思うが……」

「先日、少しばかり榊や彩峰たちと国の護り方について話す機会もあったので、な」

 

 国土が回復し身の回りの安全が確保できてしまえば、ほとんどの者はそれで戦争が終わったと考えてしまうだろう。その後の安全の確保などには、普通は思考が向くことはない。

 その先の護り方を考えるのは、実のところ軍ではなく政治の範疇とも言える。

 

「ちゃんと部隊内で交流できるようになって何よりだ。と、ついでに言えば、そのための下準備まで進めてるぜ、あの人」

「そこまでされておきながら、月奪還などもアメリカ主導には拘らぬとおっしゃられているのか……」

 

 この場では冥夜には言えないが、すでに横須賀の乾ドックには二機のXG-70がアメリカから送り込まれている。ML機関の起動試験などは年を越えるかもしれないとは聞くが、そのための機関制御用システムの新規開発は異常な速度で進められているらしい。

 

 

 

「それを踏まえてだ。まずは本土防衛に関してJASRAとして帝国に何を提言したか、なんだがなぁ……」

「核兵器の帝国内での使用を想定しているとはおっしゃられていたが、本意なのであろうか?」

 冥夜はターニャとは深く話したことがないために、どこまでがブラフなのかが読み取れない。BELKA計画にしても机上の空論とまでは言わないが、ある種の極論的な想定だと捉えているようだ。

 

「日本国内での核兵器使用に関してはその可能性もある、としか言いようがないだろう?」

「そなたはこの国を核で焼くことを受け入れると言うのか?」

 

 国土を核で焼くということに、冥夜は不快感を表す。

 先ほどの会食の際は、その表情を一切消していた真那も、今はその思いを隠すことなく武を睨みつけてくる。

 

「BELKA計画本来の、防衛陣地構築のための核使用という方向は、日本だと無理だとは思う。ただ九州が陥落してしまえば、米軍から核使用に対する圧力があるだろうとは予測もできる」

 だが、その二人の視線を受けてなお、武は「正論」とでも言うべき言葉を続ける。

 

 戦略という面で見れば、核地雷によるBETA群の一掃はそれなりの成果が予想されるのは間違いないのだ。

 そしてあくまで集団的自衛権の範疇で防衛協力として参加している在日米軍であれば、自国兵の損耗を最小限に抑えるためであれば、核かG弾の使用を強行してもおかしい話ではない。

 

 アメリカ軍が守るべきものは何よりもまず、自国の権益なのである。

 

 

 

「それでも山口提督のおっしゃられたとおり、防衛と奪還とを考慮すれば、核は使ってしまうと後々が問題だ」

 ただ武も説明されて判ったところだが、海軍をその主力とする在日米軍そして第七艦隊であれば、たしかに核使用によってその母港とも言える横須賀や佐世保を失うような判断は、早々に下すことは無いだろうとも思える。

 

 問題は核の汚染は理解されていても、G弾による重力異常はまったく認知されていないと考えられる。下手をすると核よりもクリーンかつ高威力な兵器として一気に運用されてしまう可能性さえある。

 

「正直なところ、核も新型爆弾も使わないで済むような作戦案を参謀本部が出してくれることを期待してる。そのあとは、まあ帝国と合衆国との政府間の話し合いってところだな」

 

 使わずに防衛できるならばそれに越したことはない。

 が、三年前とはいえ武の知る世界線では、京都まで一気に侵攻されてしまうのだ。それを許すくらいならば瀬戸内での防衛のためであれば、G弾はダメだが核であればその使用に踏み切るほうが、正しい判断だとも考えられてしまう。

 台風の影響があったとはいえ、BETAの九州上陸から一週間と持たずに兵庫まで侵攻された。おぼろげな記憶ではあるが、BETA上陸の数日後には米軍からの核あるいはG弾使用が提案されたはずだ。

 

 それを受けるのかあるいはより良い代替案を出せるのかは、日本政府と参謀本部の問題だ。いま一衛士として前線に立とうとする武としては、上手い具合に殿下にお伝え願うよと笑って済ます以外に、もはや取りうる手段はない。

 

 

 

 

 

 

「とまあ、俺から言えることはこんな程度だな」

「こう纏められると、先の月奪還の話など含め帝国には対BETA戦の一翼を担うにふさわしき国となれと、事務次官補殿から叱責されたように思えるな」

「そういう面はあるかも知れねぇな。今の日本はまだどこか後方国家の気分が抜け切れてねぇ」

 

 斯衛までが大陸に派遣されていたり、海軍もユーロ防衛に参加していたりと、武が知る世界線よりも帝国は比較的に対BETA戦に参画している面は確かにある。が、逆に極東防衛が長く耐えることができてしまったこともあり、日本という国家全体では「戦争」というものを実感していないように感じられてしまう。

 

「私自身、どこか恐れだけではなくどこかしら浮付いた意識が残っておった。死を恐れぬなどと嘯いていながら、ただそれらを直視していなかっただけだと気が付かされた」

「そりゃ初陣前の新兵だからな。それで当たり前だ」

 

 ただの兵士ではなく、戦術機というこの世界においては間違いなく最強の一角たる兵器を個人で操るのだ。己の能力に自信のあるものほど、恐怖ではなく昂揚を感じるのもおかしくはない。

 

 

 

「でも初陣か……すまない、と言える立場じゃないんだが、ほんとに悪いとは思ってる。こんな時くらいちゃんと同期の皆との時間を作ってやるべきなんだが」

「何を言っておるのだ、白銀。そなたも我らの同期であろう」

 侘びの言葉を捜す武に、冥夜は笑ってそう言って見せる。

 

「……そう思ってくれるなら、ホントに嬉しいよ」

 冥夜の言葉に偽りはないと判る。だからこそ武には笑い返すことが難しい。

 

 この世界で目覚めて、冥夜たち207Bの皆と共に過ごした時間は、以前の世界線よりも遥かに短い。

 座学こそ並んで受けたものの、実技の多くは武だけが体力の回復が目的であり、なによりも総合戦闘技術評価演習にも参加していない。立場的にも同じ訓練兵と言うよりはむしろまりもの教官補佐としての立ち位置でいた時間のほうが長いくらいだ。

 

「いやむしろ今そなたを独占している私に、鑑からは恨まれて居っても不思議ではないぞ?」

「そりゃねーだろ。アイツなら京塚曹長からの特大弁当食って、腹抱えて寝てるんじゃねーの」

 ふと純夏だけでなく、他の中隊員のことを考えると、あちらはあちらで新兵が大半を占める。だか孝之はともかく、まりもだけでなく慎二もいるのだ。メンタルケアは万全とは言えずとも、安心は出来る。

 

「では明日の朝にでも鑑にはそう話しておこう。一発くらいは殴られる覚悟はしておけよ、白銀?」

 

 

 

「それに、一応はそなたも明日が初陣と言うことになるのであろう?」

「あ~言われてみれば、確かにそうだな」

 無理にでも武を笑わせようと、冥夜はさらに軽く言葉を続ける。どこか無理やりに作っている冥夜の笑顔を見るまでもなく、気遣われているのはどうしても判ってしまう。

 

「じゃあ、ちょっと先輩風吹かせて、初陣前夜の忠告だ。ま、変則編成の中隊で突撃前衛に推挙しておきながら言える話じゃないんだけどな」

「ふむ? 心して聞こう」

 

(まったく。俺のことを気にする余裕なんて、ほんとはお前にもあるはずないんだろうに)

 冥夜の気配りは、間違いなく嬉しい。それでもそのように他人を気遣うのではなく、冥夜には冥夜自身を見て欲しいとも、思ってしまう。

 だからこそ、言わずとも良いと流していた話を、今この機会に伝えてしまおうと武は言葉を続けた。

 

「彼のお方の力となるべく、この国や民を護るという御剣の願いは別にして、だ」

 冥夜の後ろに立つ真那に一瞬視線を送り、おそらくは今から武が続ける言葉と同じ思いを抱いているであろうことを確認する。

 

「お前は、お前のことを護ろうとする人から、ちゃんと護られてくれ」

「む……いや、しかし、それは……だな」

 先ほどまでの武と同じく、どこか感情が抜け落ちたかのような顔で、冥夜も言葉に詰まる。

 

 自身が護られる者だという自覚は、間違いなく冥夜にはある。だが前線に衛士として戦場に立つのであれば、他の者と同じように扱われるのではと、どこか期待していたのだろう。

 

「頼む、御剣。お前自身も、だ。何よりもまず、お前の事を護ってくれ」

 そして他世界線での事とはいえ、結局は冥夜に身を挺して護られてしまった武には、自分がなんとしても護りきる、とは言えない。言う資格などこの身にはあるはずがないと、武自身が考えてしまう。

 

 そして、ただ生きてくれと、冥夜に頭を下げる。

 

 

 

「……承った。だが、な。そなたこそ……いや後は明日にしよう」

 

 真那は無言のままに、そして冥夜はそなたの時間を割いて貰い感謝すると、頭を上げようとしない武に言葉を残し、二人は部屋を辞した。

 

 

 

 

 

 

 




夏コミ新刊のほうの入稿がまだなのですが、何とか7月更新完了。

話が進んでいない~といいますか前回までの整理&ちょっと冥夜さん。ULでのタケルちゃんの初陣?~からの流れを話させるかどうか悩みましたが、ここで言っちゃうとどーしょーもなくなるので黙秘というかスルーしました。

で。こそっと入れていますが、二機のXG-70は日本に来てます。この世界線では横浜基地ではなく横須賀にて絶賛改造中~


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宥恕の供覧 01/12/05

『フェアリー00より04。そろそろ開演だが、心の準備は良いかね?』

 

 黒の零式衛士強化装備に身を包み、武はその色と同じくする黒の武御雷のコクピットで、作戦開始の合図を静かに待っていた。いつの間にかこの強化装備も着慣れてしまったなと、ふとどうでもいいことに意識が逸れていたが、中隊CPからの無線で頭を切り替える。

 

 今回A-01第一中隊のCPとしての任に就いているのは「ターシャ・ティクレティウス国連軍少尉」としてのターニャだ。昨夜のうちに出雲からは離艦しており、すでにどこか後方の基地からの指示となっている。

 保安の問題から具体的なターニャの場所は武も聞いていない。ただ今回は上陸阻止という作戦であるのでAL弾頭を多用することもなく、重金属雲による通信障害の危険性は低く、中隊とそのCPが少々離れていても問題はないと割り切っていた。

 

 

 

『フェアリー04より00。私個人は万全とは申せませんが、最善はお約束いたします』

 

 ターニャの問いに応える冥夜の声は、その言葉とは裏腹にひどく落ち着いたものだった。フェイス・ウィンドウ越しに見える表情も、作ってはいるのだろうが普段同様に硬さはあるものの、落ち着いたものだ。

 

 今から始められるのは間違いなく政治ショーだ。

 それも脚本も演出もさらには出資さえもターニャ・デグレチャフという一個人に依存した、ひどく偏ったものだ。武は当然、第四計画総責任者である夕呼でさえ、このショーにおいては裏方の一人でしかない。

 

 ただ、主演だけは間違いなく「御剣冥夜」だ。

 

 

 

 「煌武院悠陽」に酷似した国連軍衛士「御剣冥夜」が紫紺の武御雷に乗って、国連軍のみならず本作戦に参加する全将兵に向かって言葉を掛ける。

 言ってしまえばただそれだけのショーだ。

 

 初陣前の一少尉が全軍に向かって言葉を告げるなどという異例どころか異常な状況も、

冥夜の容姿とその武御雷があればその意味と意図とは、聞く者にとってどうしても推測されてしまう。

 

 ただ、防衛戦前に演説、というのも異例だ。

 攻勢に出るならばタイミングも計れるが、護るとなると敵が来るまでの時間的余裕など、人類同士の戦争であればなかなかに難しい。ある意味、下手な戦術行動を取ることのないBETA相手だからこそできたとも言える。

 

 

 

 もちろん此度の九州防衛に先立ち、当然ながら悠陽はすでに公式には声明を出している。

 それは政府からの指示だけでは角の立ちやすい、九州から山陰そして瀬戸内にかけての大規模な疎開令に対してのフォローという意味が大きい。

 

 今までは大陸での戦いで護られてきた日本がついに前線となるのだ。以前より疎開の進められていた九州は当然、山陰や瀬戸内にも退避指示ではなく、広島以西は警戒区域として設定された。

 帝国政府もただ疎開を命じるだけではなく、国内外での疎開地の準備やそのための移動手段、そしておそらくは長期どころか世代を超えることになる疎開先での生活基盤の構築など、かねてより準備は怠ってはいない。

 

 実際、今年に入ってから九州に居るのはその大多数が軍と公共機関関係者だけだった。

そして今はその上で最低限の労働力だけは残し、各種の軍関係者を疎開というよりは一時避難という意味合いでの移動が進められていた。

 問題は、山口以東の山陽から瀬戸内の人口密集地の者達だが、とりあえずのところは短期疎開という形での大移動となっている。

 

 ただやはり国民を護るためとはいえ、その国民から住居や安定した職場などを奪うような決定を下した政府に対して、疎開を強制された人々が不平や不満を持たないはずがない。

 

 それでも、京都から東京への実質的な「遷都」に伴って将軍職に就いた煌武院悠陽が、

民の命を重んじ避難を請い願うという形での言葉を告げることで、わずかなりとでも不安が解消できるならばと、悠陽が内閣からの意向を汲んだ上での行動だ。

 

 ただそれはあくまで民間に向けての言葉だ。

 今から冥夜に求められるのは、死地に向かう兵士にとってのものだ。

 

 

 

 

 

 

 武が経験してきた今までの世界とは異なり、帝国の政権そして対米関係は比較的安定している。今後の戦況如何ではどうなるかは判らないが、今のところはかつて経験した世界であったようなBETAの帝国上陸もなく、そこから続く対米感情と政府への不信感などは作り上げられていない。

 

 この世界線でも帝都が東京に移ったのは1998年だというが、悠陽が政威大将軍に就いたのもそれに合わせてのことである。帝都を落とされ、追われるように逃げ出した果てでの将軍職の移譲ではない。とは言えやはり将軍が「逃げた」と、本土軍の中では見る向きもある。

 

 悠陽自身、武家の頂点とも言える将軍職に就いてはいるものの、どちらかといえば軍からは距離を取っている。就任以来、WW2以前のように特に巨大な権限などを持つわけではなく、悪く言えば見栄えの良い広告塔として活用されていた。

 

 結果的に、現状では確かに陸軍の一部には将軍職に本来の権限を戻すべきだと主張する勢力はあるものの、AL世界線のようにクーデターにまでその問題が膨らむほどに不満を抱えているわけではないようだ。

 

 むしろ少なからず戦果を挙げている大陸派遣軍と、逆に実践をほぼ経ていない本土防衛軍との間で、意識の逆転が起こっているとも聞く。

 

 帝都東京の防衛を至上とし斯衛との協調路線を国策する本土防衛軍に対し、大陸派遣軍の一部では、指揮系統と現場の混乱を招く要因となりうるとして斯衛は帝都周辺のみでの文字通りの将軍家の近衛部隊としてのみの活動に限定してくれという声もあるらしい。

 

 

 

 そんな中で、御剣冥夜の政治利用という意味は、先のAL世界線で想定されていたほどには危機的な状況を生み出すものではない。悠陽に双子の妹がいた、影武者として育てられていた、そのように言い立てたとしても実質的な影響は薄いのだ。

 成人までは最悪の場合代替となることを想定し、隠して育てられていた。が、悠陽も冥夜も成人し、共にそれぞれ煌武院と御剣とを継ぐことが確定したことで、少し早いが公の場に出ることが出来るようになった、その程度の説明で済ませられる。

 

 以前に冥夜の利用方法といわれて夕呼やターニャに説明したとき、武は正直なところ言い訳はどうとでも立てられるとは思うと、そう割り切って答えた。結局のところ悠陽と冥夜との問題は、あくまで煌武院家と御剣家との二者の間での後継者問題であり、城内省とはいえ直接的に関与できる話ではない。

 

 そして今の御剣冥夜は御剣家の次期当主であり、国連軍所属だ。

 悠陽に対してのスキャンダルにするには将軍職という地位の持つ実権が少なく意味が薄く、かといって冥夜を傀儡として次期将軍職に就けるにしても手間の割りに実利が低い。

 

 

 

 ならば将軍職に就く家という「王家」ともいえる煌武院家の近親者として、対外的な象徴役として「御剣冥夜」を使うほうが多くの者にとっては有益ともいえた。

 

 そもそもが近代の王制そしてその派生たる大統領制において、王や大統領およびその周辺関係者はすべからく国家の象徴としての演者たるべきであるともいえる。

 外交において王侯貴族の血縁関係が今なお重視されるように、そしてハリウッドスターが合衆国大統領になれたように、将軍家およびその一族の政治利用を忌避すること自体がどこかズレた価値観だと、ターニャの影響もあるのか今の武は感じてしまう。

 

(とは言うものの、御剣自身は内心どこまで納得してくれたものやら……)

 

 冥夜は、戦場に立てない悠陽の代替として自らが前線に出ることの危険性や、自身の栄誉には一切ならぬことは抵抗さえ感じずに受け入れているのに、一般将兵を謀るということにはいまだ複雑な反抗心が残っているようだ。

 もちろん言葉にはしてこないが、先の山口提督との会食の際にも可能な限り言葉を挟まなかったのは、そういったことへの抵抗感から来るものだろうと、武は思う。

 

 

 

 

 

 

 だがそんな抵抗も、この「演説」が始まってしまえばもはや感じることをも冥夜は自身に許さなくなくだろう。

 これほど広く「御剣冥夜」は「煌武院悠陽」の仮の姿であると帝国の将兵に思わせてしまえば、少なくとも喀什を落とすまではそれがたとえ偽りであろうとも、その幻想を貫く責任がある。たとえそれがただの思い込みだとしても、煌武院悠陽の妹として、冥夜であればそう受け止めてしまう。

 

(結局、俺が今の御剣にしてやれることといったら、出来る限りその身を護ってやることくらいしかねぇんだよな)

 

 自分の計画のために、冥夜を前線に立たせたということは自覚している。元207Bの皆と過ごす時間も奪ってしまい、精神的にも冥夜は孤立しているのだろうとは想像はしてしまう。

 そして先のAL世界線の記憶が残っている武としては、今の冥夜を助けたい護りたいなどという思いはおこがましい、それどころかただの代償行為なのではないかと自嘲もしたくなる。

 

 だが一衛士としての白銀武では、直接的なBETAからの脅威から冥夜を護ることくらいしかできない。

 そういうふうに武は思ってしまう。

 

(地位も権力も無いが、それ以上に時間が無い。まったくどうしろっていうんだよ)

 悩み始めると眼前の作戦よりも、どうしても意識が先の喀什攻略に向かってしまう。なにか解決策が無ければ参加将兵の大半も、武は当然冥夜も作戦の成功を見ずにその身を散らしてしまうのだ。

 

 

 

『では時間だ。フェアリー04、好きにするがいい』

『フェアリー04、了解』

 明確な回答の出ない問いに思い悩んでいた武を引き戻したのは、また冥夜とターニャの声だ。

 

 応答と共に進み始めた紫の武御雷を追うように、武もまた格納庫から出雲の後部甲板に、その機体を進ませる。

 

 冥夜の紫の武御雷が、後ろに武の黒と真那の赤とを従え、昇り始めた朝日に照らされた甲板に74式長刀に手を添えて立つ。

 出雲は改大和級ということで巨大な艦艇だが、それでも航空戦艦としての性格上、さほど甲板は広くは無い。3機の戦術機が並べば、ちょうどその背後に艦橋構造物が来るような形だ。

 

 演出のため普段よりもゆっくりとコクピットハッチが開き、そして紫の零式衛士強化装備の上に国連軍のジャケットを羽織った冥夜が、開ききったハッチの上に静かに立ち上がった。

 わずかに足を開き、その機体と同じように皆琉神威に手を添える。

 

 左手下から見上げるようなカメラアングルは、ちょうどその肩が背景として映り込むような位置を取る。紫紺の武御雷の左肩には、先日まではなかったマーキングが描かれていた。左肩前面の一部をUNブルーに染め、その上に日の丸と白字で「UN」の二文字が重なっている。

 

 

 

 少しばかり間、冥夜は静かに九州から本州へと視線を送り、そしてゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。

 

『アメリカ、オーストラリアをはじめ、国連軍として各地より集われし異国の皆様方に、日本に生まれ育った者の一人として、まずは心からの感謝を』

 そこで言葉を切り、南方に展開してる各国軍に視線を向け、冥夜は頭を下げる。

 

『おや……若輩者の私の為にと皆が書き出してくれた台本を無くしてしまいましたね』

 頭を上げ、そして皆琉神威に添えていた左手をジャケットのポケットに入れたかと思えば、静かにその手を開く。もとは演説の台本なのであろうか、左手から細かく千切り刻んだ紙片が、どこか桜の散り際かのようにはらはらと舞い踊る。

 それに合わせ、ターニャの演技指導があったのか、その言葉の後に少しばかり間を空けた。

 

『大陸での戦いに馳せ参じた先達の皆様にしてみれば若輩者が何を語るのかと憤慨なさるかもしれませぬが、しばらくお時間をいただきたく存じます』

 冥夜は対馬の先、ユーラシア大陸のほうへ眼を向け、改めて言葉を発する。

 

『その若輩の身ゆえに、帝国の興廃この一戦にあり、などとは申しません。BETAとの戦いはすでに30余年。そして戦いはBETAをこの星から根絶するまで、いえ月を奪還しても終わりはしません。今日も、明日も、我らの戦いは続き、それは残念ながら我らが子や孫にまでこの問題を残してしまうことでしょう』

 昨日のターニャの話を受けてか、短期的な目標ではなく先の話をする。そしてそれは戦いは続くが、それでも明日はある、人類は次の世代へと繋げていけると、ただ滅びを待つ絶望の日々ではなく、希望はまだ残されていると言外に訴える。

 

『さて。先々のことはともかく、今日この場が初陣の者も数多く居りましょう』

 武同様、冥夜はこの防衛戦に参加する将兵の概略的なデータには目を通している。それゆえに参加将兵の大多数が実戦経験皆無な新兵であることを理解していた。今回の九州防衛は、対BETA戦としては奇跡的なほどに人類側に好条件が揃っており、オーストラリアだけでなくアメリカ陸軍にしても、実戦経験を積ませるべく新兵の比率が高い。

 

 日本帝国としてはなんとしても九州を守り抜きたいが、他国からしてみれば日本防衛よりも台湾防衛のほうが地理的には重要なのだ。そしてアメリカ国内には、九州が奪われたならばむしろ奪還を企図してG弾の運用実績を重ねることも出来るとまで画策している者もいるという。

 

 

 

『私自身、戦場に於いても精進し人類の楯となる所存だ、と任官に際し訓練軍曹に告げたのはつい先日のことでもあります』

 

 そのような国際的な思惑も知らされておりながら、冥夜はそれには触れず、卑近な例に話を進める。

 そして任官という言葉から、おそらくは冥夜の声を聞く誰もが国連軍の入隊宣誓か、帝国は貴様らに永遠の奮戦を期待する、とでも続くのだろうと予測したことだろう。

 

『ですが今この場に居られる皆様方。あなた方に対し、国の為、民の為に、その身を捧げよ、などとは私は申しません』

 だが再びわずかに間を空けた冥夜は、宣言を覆すような言葉を連ねる。

 

『なによりもそなたら自身、護られるべき民の一人なのです。今、そなたらの横にいる者のため、共に今までの苦難を乗り越えてきた者たちのために、戦っていただきたいのです』

 

 出雲の後方甲板からは九州、そして本州が遠くに伺える。

 そちらを常に見ていた冥夜だが、その言葉と共にわずかに視線を後ろに、武の乗る武御雷に向けた。

 

『潔く散るのではなく、生き汚く抗い続けて下さい』

 それを請い願うことは、今の冥夜に許された、ほんのわずかな我侭だ。

 

 

 

『そして、いつの日か帝国に……いえ』

 幽かに瞼を閉じ、眼前に視線を戻した後は、一切の弱さを振り捨てようとしていた。

 

 

 

 ――人類に黄金の時代を

 

 

 

 

 

 

 




ギリギリ月末更新~といいますか『コナン アウトキャスト』が悪いということで。

ちょっと短めですが、切りが良いのところがなくて演説でブツッと。ちなみに最初期プロット予定だと第一章からいきなりこのあたりに飛んで完結っ、あとはだいたいご想像の通り人類勝利っ!!、とかでした。

ちなみにそのときの仮プロットメモには「★それっぽくてかっこよい冥夜さん演説」としか書いてなかった……書いたつもりになっていた当時の自分が憎い。


ででコールサインとかは一応決めてますが、デグさんがフェアリー00で冥夜が04、あとは追い追い出していきます。


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赦免の顕微

 冥夜は演説の直後、武と真那とを伴って出雲から発艦した。

 BETA大戦が始まって以来、ユーラシアの地形が食い荒らされて世界各地で気象異常が続いているが、いまのところここ一週間ほどは穏やかな天気が続くと予想されている。蒼く抜けた空にわずかに雲がかかり、出雲から撮影されている紫の武御雷は、その空によく映えることだろう。

 ただ即座に前線に出るわけではない。その発艦はあくまで「演出」の一環であり、映像として残すためのものだ。今後は戦意高揚のために使われることになると、武も聞かされていた。

 

 とはいえ発艦後に撮影可能な時間などきわめて限られる。

 写されていると意識する間もなく、三機の武御雷は北九州方面へ向けてのコースからは離れ、ゆっくりと機首を廻らせる。向かうのは、A-01第一中隊が乗艦している艦隊後方に位置する戦術機母艦だ。冥夜を中央に挟み武を先頭に真那が殿を務め、雁行編隊というには機数が少ないものの、正確に等間隔を開けて海上を進む。

 

 

 

(初陣だから仕方がないとはいえ、少し気持ちが先走ってるな)

 右手後方を飛ぶ紫の武御雷を視界隅に捉えながら、武は無線のスイッチに手を伸ばした。

 

「フェアリー02からブラッド01。分隊内の通信を許可いただけますか?」

『こちらブラッド01。フェアリー02、許可する』

 

 第一中隊第二分隊として武と冥夜とはエレメントを組んでいる。変則的な編成の第一中隊だが、二人共に一般的な分類としては突撃前衛であり、小隊副長でもある武がある意味当然の人選として突撃前衛長だった。

 小隊長たるまりもが不在でならば武に指揮権がある。とはいえ作戦行動中であればともかく今のようなただの移動時であれば、別組織かつ臨時とはいえ同行している上官たる真那に許可を貰う必要があった。

 

 そんな通信の許可を貰う手間を迂遠だと感じるよりも、話をはじめる切っ掛けとしてはちょうど良いとも思う。

 

 

 

「ありがとうございます。というわけで雑談なんだがなフェアリー04、御剣少尉。少しばかり力みすぎだ、肩の力を抜け」

『む?』

 

 目的地たる戦術機母艦までの移動は、巡航速度とはいえ戦術機であればすぐに辿り着く。あまりだらだらと話す余裕はなく、雑談とは言いつつも本題に切り込む。

 フェイスウィンドウ越しではあるが、冥夜が訝しげに眉を寄せるのがよく判る。雑談という言葉に反応したというよりは、どちらかといえば力みすぎという点に不満があるようだ。

 

「ここはまだ光線級警戒地域じゃない。そんなに海上スレスレを飛ぶ必要はないさ」

『いや、しかしだな。すでにBETAの先頭集団の上陸は間近だと判断されているのだろう?』

「それでも、だ。まだ海上からの支援砲撃だけで上陸を阻止できる段階だし、しばらくの間は足の早い突撃級くらいしか上がってこないはずだ」

 

 光線級に限らず、BETA小型種は戦車級を除けばそのサイズゆえに脚は遅い。逆に言えば戦車級は数だけではなく、その速度も脅威なのだ。

 そしてその戦車級も含め、全天候環境下で活動可能なBETAといえど海中ではその移動速度は低下する。それゆえに中核集団が上陸するころには各種が入り混じった状態となる。ただ先頭集団に限れば、その構成はほぼ陸上移動時と同様に突撃級だけが突出した形となることが多い。

 

 

 

「まあはっきり言えば、だ。いまこんな時点で張り詰めてるようでは、エレメントリーダーとしては少しばかり気がかりだってことだよ」

『……それは私が初陣に怯え、無様を晒している、ということか?』

「そこまでは言わねぇよ。言っただろ? 力み過ぎだって」

 

 冥夜自身も武の言葉によって自分の状態に気が付いたのか、眼を瞑り深く息を吐き出す。

 

『ふむ……あのような大言壮語を放って飛び出しておきながら、ただ気を静めて海上を往けというのも、なかなかに困難ではあるがな』

 一呼吸おいて、武御雷の高度を武と真那に合わせるようにわずかに上げた後、珍しく冥夜がそう軽口を漏らす。その様子からは、先ほどまでの無闇に張り詰めた空気は無くなっていた。

 

「逸る気も判らんではないけどな。中隊に合流した後も、俺たちの出番はさらに先だ」

 具体的な作戦指示は武も受けてはいないが、第一中隊の作戦概略程度は知らされている。BETAの侵攻が予想を大幅に上回りでもしない限りは、出撃は早くとも正午を過ぎてからになる。

 

 

 

『フェアリー04、私からも雑談というか少しばかり疑問があるのだが、良いか?』

 冥夜が落ち着いたのを確認したからか、上官としての言葉遣いを何とか無理して装っている真那が、冥夜に問う。ただ言葉はともかく、質問の許可を求めている時点で、上官としての役割に徹し切れているとは言い難い。

 

『ブラッド01、何でしょうか?』

『いや、なに。先の演説の件だ。斯衛から提出した草案は私も目を通していたから概要は知っているのだが、それとは異なっていたからな。国連軍からの草案を参考にしたのかと、と思ってな』

『申し訳ありません。斯衛のものも国連のものも共に参酌させていただきましたが、先の言葉は自分の一存で幾分か変更いたしました』

『良い変更だと思ったが、御剣少尉御自身の言葉でありましたか』

 

 真那はこの通信を聞いているであろうターニャを警戒してか、国連軍とぼかしてはいた。

 冥夜自らの言葉だという返答に、真那が口調を維持できず、誉める。だがその変更が問題になるのではないかと、真那は考えたのだろう。喜びながらもどこか不安は隠せぬようだ。

 

 

 

「そういえば事務次官補からも、事前に何か指示は受けていたんだったな」

『参考にしろ、とは言われた。ただ、かのお方ならば使わぬような言い回しが見受けられたので、少しばかり変えさせていただいただけだ』

 武の問いに、冥夜は軽く笑って返す。が、真那の顔色は優れない。真那にしてみれば、それが国連からの指示を無視した形になり、後々冥夜に害が及ぶのではないかと心配なのだ。

 

『ただ……そうだな』

 自身の身を案じる真那の様子は、冥夜も判っているようだ。安心させるように言葉を続ける。

 

「ん? なにか気になることでもあるのか?」

『私の推測にはなるが、そもそもが、だ。私が頂いた草案どおり読み上げるようでは、今後の作戦からは切り捨てられていたのではないかな?』

 ニヤリとでも言えるような、悪戯に成功したかのような顔で、冥夜が笑う。

 そんな冥夜の様子にようやく真那は落ち着けたようだ。言葉には出さないが、どこか緊張が解けていた。

 

『それに、だ。私がわざとらしく破り捨てたときには、楽しげに笑っておられたぞ?』

「あの人が楽しそうに笑うってのはあまり想像できないんだが……」

 冥夜が演説していたときは武自身もやはり気を張り詰めていたようで、ターニャどころか周囲を見渡す余裕もなかったということに今更気が付かされた。フェイス・ウィンドウは開いていたはずなのに、ターニャがどのような顔をしていたかなどまったく記憶にない。

 

 ただ、言われてみれば、ターニャはそういうちょっとした試験じみたことを時折武や冥夜には課してくる。手駒として有用かどうか、あるいは害となるほどに無能なのか、常々試されているともいえた。

 

「しかし、ブラッド01のお言葉ではないが、もともとは何が書いてあったんだ?」

 おそらくはターニャが書いた演説原稿草案だ。なんとなく内容は想像できなくもないが、やはり気にはなる。

 

『そうだな、完全に記憶しているとは言えぬが、確かこうだ』

 そういって冥夜は演説をそらんじて見せる。

 

 

 

 ――諸君、地上に生きるもの全ては、遅かれ早かれ何れは死する運命にある。であるならば、祖霊の眼前で、祖国のために怨敵に立ち向かう以上の死があるだろうか?

 ――諸君、かつて私をあやしてくれた人のため、赤子を抱く母のため、我らの背にいる人々のため。

 ――恥ずべき悪漢、忌むべき怨敵らから皆を守るために私は行こう。

 ――この浜辺を埋める幾万もの敵だろうとも、私は押し止めよう。

 ――さあ!私に続け。私に続け、祖国を共に守らんと欲する勇者よ!

 

 

 

「……うん。予想はしていたが、戦意高揚としては間違っちゃいねぇ……間違っちゃいねぇが、イロイロ間違ってるな」

 ターニャがこの通話を聞いているであろう事は疑いもないので、直接的には否定しにくいものの、どうしてもそう言葉を漏らしてしまった。

 どこからどう聞いても、悠陽が口にするような言い回しではないのだ。

 

 ただ冥夜としてであれば、もしかしたら似合っていたのかもしれない、と武は感じもする。その武の思いを裏付けるかのように、冥夜が少しずつ、何かを思い悩むような素振りで言葉を続けた。

 

『だが……な。士官となり兵を率いることになったからには、いや人の上に立つのであれば、だ。死に逝く彼らがその最後に僅かなりとも安らかに逝けるように、死地に赴く兵士にとってその死が無駄ではないと、銃後の民草を護るために意味があるのだと、そういった言葉を投げるべきだったかとも後悔する部分は、確かにある』

 

 発艦以来、冥夜がどこか張り詰めていたのは初陣を前にしての緊張もあるが、自分の言葉が間違っていたのではないかと、そういう悔やみからだ。

 

(まったく……人のことを心配する前に、自分のことを考えろって言ってるのになぁ)

 何よりもまず民のため悠陽のためと考える冥夜にしてみれば、あの言葉でさえ、自身の我侭を押し通してしまったと、そう思い悩んでいるのだろう。

 

 

 

「……いや。草案よりも、さっきの言葉の方が良いな。あくまで俺個人の感想でしかないけどな」

 先ほどの冥夜の演説、兵自らも護られるべき民であると言ったが、そこに武のことが含まれている程度のことは、武にも判る。そしてその最後の言葉は誰よりも武に向けてのものだ。

 

 冥夜自身が自分を護るようにと、帝国とそして何よりも悠陽の為に挺身などと考えぬようにと、昨夜冥夜と告げた武への冥夜なりの答えなのだろう。生きてくれと懇願する武に対し、あの時冥夜は何かを口にしようとしていたが、その答えが先の言葉なのだ。

 

 逃げるように散ることを選ぶな、生き汚くとも抗え、とそう諭されたと思う。

 武が今にも身を挺しそうだと、冥夜には感づかれていたと、自惚れではなく思い知らされた。

 

 

 

 先の世界線で、想いを告げられたその直後、冥夜自身から請われたとはいえ武自らその手で、命を絶った。その事実だけは、たとえあの世界線をそのままにやり直すことが出来たとしても、覆せない。

 それこそ記憶を奪わたとしても、無かったことにはしたくはない。

 

 そしてあの「御剣冥夜」と、いま横を飛ぶ冥夜とは別の人物だとは、頭では判ろうとしている。

 

 しかし、やはり煌武院悠陽の実妹たる御剣冥夜という人物は、どうしても芯の部分で同じなのだ。だからこそ、どこかの時点で冥夜は死ぬことを受け入れてしまうのではないかと、恐れていた。

 

(まあでも、ああいう言葉が出てくるってことは、少しは安心できるか)

 御剣冥夜は、自分が出来ないことを他人に強いるようなことはしないはずだ。

 ならば今は九州を防衛し、その後の喀什攻略も奇跡に頼らず成功へと導く筋道を構築するだけだ。

 

 

 

『白銀にそう言ってもらえるのならば、変更した意味もあったな。それに……』

『フェアリー00より、フェアリー各機へ。楽しそうな語らいの最中に申し訳ないが、そろそろ仮の宿りが見える頃合だ。着艦準備に入られたし』

 

 タイミングを見計らっていたのか、距離的にちょうどだったのか、冥夜が言葉を続けるよりも先にターニャの指示が割り込んできた。

 

 

 

「雑談の続きはまた後だな。フェアリー02、着艦準備に入ります」

 

 

 

 

 

 




今回も短いですが、次のネタに入るとみょ~なバランスになりそうなのでここまでで。といいますか、前回分と今回分で1話に纏めてた方が良かったかなぁなどと今更ながらに思い直してます。

でよーやくぼちぼち九州防衛線ですがクリスマスまでにはこの戦争も終わるさ~などとダメなフラグを立ててしまいそうですが、九州戦はそれくらいで何とか終わらたいです。


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耐忍の端緒

 大隅級戦術機揚陸艦、国東。

 帝国海軍ではどうか知らないが、武たち国連軍所属や帝国陸軍の衛士の間では「戦術機母艦」と呼ばれている。全長340m全幅66mと船体サイズだけを見れば帝国海軍屈指の大型艦だ。

 

 母艦などとはいうものの、実際のところはスーパータンカーの設計を流用した輸送艦、よく言っても揚陸艦だ。戦術機の整備もできるとはいえあくまで簡易。戦域までの戦術機の輸送と、燃料や武器弾薬の補給が主目的とされる船である。

 カタパルトどころか飛行甲板さえなく、離艦・着艦は戦術機の跳躍ユニット頼りだ。

 

 最大16機の戦術機を搭載できるが、つまるところ艦上面に16の「穴」が開いている形だ。通常であれば一個中隊12機の搭載が基本というが、今回のA-01第一中隊は斯衛から第19独立警護小隊4機を受け入れており16機編成なので満載になる。

 

 

 

(しかし並んでるのを上から見ると、見事にバラバラだな……)

 

 第一中隊の任務上、中隊全機が揃ったことは数えるほどだった。武自身もほぼ独立して教導に当たることも多く、他中隊員の撃震や吹雪と並んだことは、部隊結成初日くらいかもしれない。

 それに加え今は第19独立警護小隊からの白の武御雷もある。

 

 中隊全体の指揮はまりもとターニャに任せているとはいえ、こうまで性能の違う機体が並んでいるのを見ると、二人の能力にはまったく疑問を持たないがそれでも少し不安に思うところも出てしまう。

 

「フェアリー02、着艦します」

 ただ武はそんな不安感など一切表には出さず、黒の武御雷を器用に操り、粛々と着艦手順を進めていく。

 艦との相対速度を合わせ、垂直着陸に等しい形で、甲板上部に空いている25m四方の「穴」から整備ハンガーに押し込む。機体各部がハンガーにロックされるのをチェックしながら続く真那と冥夜の着艦を確認した後に、コクピットから出る。

 

 出雲に乗ったときも感じたが、驚くほどに揺れを感じない。波が穏やかというのもあるが、やはり大型艦だからかも知れない。

 

(にしても……帝国海軍から回して貰ったって話だが、かなり新しい船だよな)

 

 この世界では中東の原油産出国がBETA支配地域の飲み込まれる前後で、アメリカがシェールオイルの採掘技術を確立したことから、多くのタンカーはそのまま使用されている。

 結果的に戦術機母艦に転用できるようなスーパータンカーは余っておらず、武が知る戦術機母艦とは基本構造は同じだが、改造したものではなくほぼそのすべてが新造艦だ。

 

 

 

「お疲れ様。初の着艦だったが問題なかったようだな」

「ふふっ、ここで機体に傷を付けるような無様を晒すわけにもいくまい」

 

 コクピットから降りてくる冥夜を待って声をかけた。

 出雲を出た直後の無用な緊張感はなくなったようで、冥夜の答えは軽い。

 

 だが冥夜は勤めて軽く言っただけだろうが、航空機ほどではないが戦術機での空母への着艦というのは困難だ。ましてこの形式の戦術機母艦への着艦は艦との相対速度を合わせながらの垂直着陸であり、本来ならば新兵に任せるような機動ではない。

 

(まあしかし神宮寺大尉なら教練代わりに他の連中にも自力着艦を命じてるか?)

 衛士控え室へと向かう通路で、武たちの着艦を待っていたまりもの姿を見てそう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「中隊長入室ッ!!」

 着艦の報告は簡素に済まし、まりもに先導される形で衛士控え室に入る。

 孝之の号令で室内にて待機していた第一中隊の面々と、戎ら第19独立警護小隊の三人が立ち上がり敬礼する。

 

「楽にしろ。さて全員が揃ったところで、あらためて我らが任務を説明する」

 揃ったとはいえこの場には中隊付きCP将校たるターニャは居ない。だがここにいる全員がすでに強化装備を身に纏っているため、視界左下を意識すれば霞と同様の黒の衣装に身を包んだ姿を眼にできる。

 

(あれ? ドイツ系って話は聞いてないんだが、そういえばなんで鉄十字なんだ?)

 ふとそんなどうでもいいことが、今更ながらに気になった。

 

 霞と違い、ターニャの首元に下がっているのは国連軍制服の青のネクタイではなく、金に縁取られた深紅の宝玉だ。そしてその金の縁取りの上部には鉄十字勲章のような意匠が組み込まれている。

 似合ってないわけではないが、ペンダントというにもユーロのほうでの戦功で与えられた勲章というにも、少々物々しく無骨に過ぎる。

 

(っと拙いな、ヘンなことに意識が逸れてる)

 ターニャの様子を伺ってしまうのはこの一月ほどで刻み込まれた習性のようなものだが、さすがに今は眼前に集中すべきだ。

 武としては、いまさら自分が出撃前に無用な緊張をしているとは感じていない。とはいうものの、平素を保てているとは言いがたいのも事実だ。昨夜の会食のみならず、斯衛でのやり取り、繰り返された夕呼やターニャとの会合などの記憶から、ふとした拍子に先々のことを考えてしまう。

 

 

 

 まりもが用意されていた地図を背にして作戦概要を話しはじめる様子に、武はあらためて意識を向けなおす。

 

「我らが第一中隊および第19独立警護小隊との合同部隊は、遊撃がその任となる。そしてその作戦地域は九州北部から山陽地方まで非常に広域に渡る」

 中尉以上の者たちは事前に知らされていたからか表情は変わらないが、それ以外の新任少尉たちはまりもの言葉にわずかに驚きの気配を漏らす。戦術機の機動性を持ってすればカバーできない距離ではないが、それにしても広すぎるのだ。

 

「任務目標は簡単だ。戦線に綻びができたならば急行し、後続が到着するまで維持するだけだ」

 

 コンバットレスキューではないが、その前段階の露払いと言ってもいい。崩れかけた戦線の立て直しまでは期待されていない。武御雷を主体とするとはいえ所詮は戦術機中隊だ。完全に突破された防衛線を再構築できるほどの火力はない。

 ただ、いまだ砲兵力が維持できている帝国陸軍の補助として考えれば、戦術機の機動力を持って緊急性の高い戦域へ逐次投入していくというのは間違ってもいない。九州にしろ山陰山陽にしろ、たとえ光線級が上陸した後だとしても、戦術機ならば危険はあれど匍匐飛行で高速に展開できる。

 

 そして味方部隊が壊走する前、兵の集中力が切れる前であれば、中隊規模とはいえ建て直しの一助とはなれる。なによりも紫紺の武御雷を先頭に切り込むのである。戦意高揚の御旗としては、帝国においてはこれ以上の存在はないだろう。

 

「基本的には我ら16機だけで独立して行動することとなるが、場合によっては他のA-01から支援が割り振られることもある。だが期待はするな」

 連携も難しいからな、とまりもは苦笑気味に言葉を漏らす。そもそもが元207Bの面子はこの中隊以外にA-01の隊員とは顔も合わせていない。連携しろといっても大雑把な戦域の分担くらいしか出来ることはないだろう。

 

 

 

「斯衛としては胸が躍る、と言わざるを得ませんな」

 そういう言葉とは裏腹に、真那の顔は硬い。

 

 以前より部隊の運用方針は知らされていたとはいえ、やはり中隊規模での戦域突破、その先頭に冥夜を押し立てるという作戦案には賛同しかねるようだ。

 戦線が綻びかけている、とはつまるところ最前線だ。しかも防衛に失敗し、大規模な敵の侵攻が今まさになされている地点である。味方の支援はなく、それどころかパニックに陥った兵からの誤射さえ想定される。

 

 だが、だからこそ、なのだ。

 戦線の崩れは、波及してしまう。その前に押し留めなければ後がない。

 

 対BETA戦という、文字通りに物量に対抗する防波堤としての防衛戦線の維持は、何よりも優先される。一度突破された防衛線を押し戻し、その上で再度構築できる余裕など、帝国のみならず人類軍にはほぼ存在しない。

 

 それが判ってしまっているからこそ、そして誰かがなさねばならぬならば、とそう考えられてしまうからこそ、真那は帝国を護るという斯衛の矜持に則り、胸が躍ると言うしかないのだろう。

 

 第一、まりもは言葉にはしていないが、この部隊の真の目的は「御剣冥夜」という国連軍衛士が駆る「紫の武御雷」が前線に立っている、という既成事実を作ることだけである。

 実のところ先の宣言だけでも、任務としては達成できてしまったといってもよい。

 ただやはりそれだけでは弱いために、危機に陥りそうな戦域へ紫の武御雷が率いる部隊が救援に駆けつけるという状況を演出することが期待されていた。

 

 それに真那たちの原隊である斯衛軍第16大隊も、九州方面ではなく山陰方面ではあるが、大隊全隊では行動せずに中隊ごとに担当地域を割り振って展開しているという。それもあってどれほど冥夜の身を案じても、声高に反対することも難しい。

 

 

 

 

 

 

「さて編成に関してだが、貴様らも予想はしているだろうが、今回に限り小隊を崩す」

 

 まりもの言葉通りに、こちらに関しては全員が当然として受け入れる。

 第一中隊の基本的な任務は新型OSであるXM3の帝国各軍への教導補佐だ。それに合わせて、元々が一般的な戦術機中隊の編成からは大きく逸脱している。三機種の混合編成ということもあり、本来は実戦を想定はしていないのだ。

 

「まず前衛だが、これは月詠中尉を隊長とする第19独立警護小隊に、白銀、御剣の二名を加え6機の武御雷で構成する。指揮は月詠中尉に任せる」

「は、了解いたしましたッ」

 まりもの指示に対し、真那が敬礼を持って受け入れる。

 組織としては国連軍と帝国斯衛とで違いはあるが、今はまりもが階級的にも上位であり、また冥夜を直近で護衛できるのであれば、真那にとってしても異存はない。

 

「兵装に関しては各自の自由とするが……どうする中尉?」

「我ら4機は、変則的ではありますが、87式突撃砲2門に74式近接戦闘長刀1振、そして92式多目的追加装甲を予定しております。突撃砲に関しては改修された銃剣仕様です」

 まりもの問いに対して、突撃前衛と強襲前衛との中間といったような装備を真那は提示する。

 真那たちは強襲前衛としての印象も強いが、今回は冥夜の護衛こそが最重要だ。打撃力を高めることでの制圧能力よりも、追加装甲をもってしての安定性をとるという判断だろう。

 

 

 

「白銀、貴様はどうする?」

「は、自分は強襲前衛装備でいこうかと考えております」

 武が選ぶのは、長刀2本に突撃砲2門だ。ただ通常の強襲前衛装備とは逆で、長刀を最初から手にし、突撃砲を背部の可動兵装担架にマウントする。

 

(ガンブレードが完成してたら、試してみたかったんだけどな)

 巌谷というか帝国技術廠に依頼していた87式支援突撃砲をガンブレードとして改修するための近接兵装追加はいまだ満足いくものが出来ていないようで、試作品さえまだ送られてきていない。

 もちろん支援突撃砲への65式近接戦闘短刀のマウントは完成しているので、純然たる後衛であれば、そちらを装備することになるだろう。

 

「ふむ。ポジションとしては貴様が突撃前衛長なのだが、良いのだな?」

「はい。問題はありません」

 

 まりもが確認するかのように問うてくるのは、真那たちへの配慮もある。

 

 隊の先頭で切り込むのは武と、そして冥夜だ。

 戎たちはいくら同じ前衛とはいえ、常に冥夜の横に立つわけではない。それは同じ突撃前衛たる武の立ち位置なのだ。その武が護るべき者のために盾を持たぬというのである。言葉にはしないが、どうしても彼女たちの視線は厳しいものとなった。

 

「預かり物の武御雷です。傷も無く汚さずにとは言えませんが、斯衛には万全の状態でお返しいたしますよ」

 盾を持たぬということに対し、斯衛の四人から反感を買うことは判っていたので、あえて明言を避けて答える。

 

 強襲前衛装備に慣れている、というのは装備選択の理由としてはたしかに大きい。

 ただそれ以上に、冥夜と二人で最前線に切り込むのだ。彼女の道を切り開き、そして護り抜くためには防御ではなく、なによりも打撃力が必要だと考えた結果だ。

 

 

 

「ならば何も言うまい。では御剣は?」

「はっ、自分も変則的ではありますが、白銀と同じく強襲前衛装備で考えております」

 一見武と同じ選択だが、こちらは右に長刀、左に突撃砲だ。可動兵装担架もそれに合わせている。

 

 この選択には真那たちだけでなく武も眉をひそめてしまう。ポジションの持つ意味通りに突撃し、近接戦を仕掛けるつもりが明確すぎる。出来れば強襲掃討とまではいわないが、距離を取って戦えるような装備をしてくれというのは、冥夜以外の者たちの一致する意見だ。

 

 だが、言葉にされぬその思いを知った上で、あえて冥夜は刀に拘る。

 

「私の射撃の腕はご存知でありましょう。盾として追加装甲を満足に扱えるとも言い切れませぬ」

 まりももまた厳しげな視線を冥夜に向けるが、上官に抗う愚を悟りつつも冥夜は自身の選択の根拠を語る。

 

 冥夜は、自分でも判っているが、けっして器用な人間ではない。

 元207Bだけでなくいまの第一中隊でも、冥夜は生身でも戦術機でも部隊随一の慧に並ぶほどの白兵戦闘技術を持つが、それはあくまで幼少からの鍛錬の結果だ。衛士訓練を経て射撃もそれなりにはこなせる様にはなってはいるが、斯衛での教練などを見たうえで、自身の射撃の腕が並みの衛士程度であることは実感している。

 

 護られる立場としての自身を理解している身としては、これから赴く戦場がただの防衛戦であれば、普通の突撃前衛装備でもよかったのだ。

 だが今から赴くのは文字通りに帝国防衛の水端、嚆矢として紫紺の武御雷を駆り先陣を斬るのならば、「並」であってはならぬのだ。

 

 付け焼刃の射撃技術では戦意高揚にもなるまい。

 一刀の下に斬り伏せ、人類は戦える戦い続けられると、見せ付けねばならない。

 

 

 

「そこまで言うなら何も言うまい。では次に中衛に関してだが……」

 冥夜の説得は無理だと、まりもはあっさりと諦め、編成の説明に戻る。

 

「これは鳴海中尉を隊長とし、平、涼宮、柏木の四名で構成する。中衛というが、部隊の中核というよりは遊撃的に前衛の補助に入ってもらう。撃震ならばともかく、吹雪であれば武御雷の機動に追随できずとも中近距離からの支援ならば可能だろう」

 

 前衛は文字通りにBETA群に斬り込む。

 それに随伴するには、たとえ第三世代機とはいえ練習機として主機出力が下げられている吹雪では困難だ。それでも500m程度の距離を取りながらの周辺の間引きならば無理ではない。

 

「残り5名は後衛だ。これらに関しては私自らが指揮をとる」

 元207Bが乗るのは撃震であり、XM3を搭載したとはいえ、脚の遅さは如何ともし難い。無理に前に出ず、後方からの支援砲撃に注力することになる。

 まりも自身や慧など近接戦に優れた者もいるが、彼女たちは後衛内部の護衛が主たる任務となる。壬姫や尊人が的確に射撃を出来るようにBETA群の接近を阻止する必要もあるのだ。

 

 

 

 

 

 

「編成に関しては以上だ。出撃がいつになるかはまだ判らんが、それまでは楽にしておけ」

 まりもは解散の指示を出し、真那を連れて艦橋に向かった。

 

 楽にしろと言われ、国連軍と斯衛双方の部隊長が不在となったとはいえ、それで衛士控え室の空気が軽くなるわけではない。むしろ斯衛の白の三人などは、命じられてもいないのに冥夜の背後に控え、警護としての立場を通そうとまでしている。

 しかし出撃まで今のような状態で待機し続けるなど、無駄に疲労を溜め込むだけだ。それこそミスを誘発する原因となりかねない。

 

 先任でありかつ実戦経験がある慎二か孝之かが、新人たちの緊張を解してくれていたかと期待していたのだが、どうやら無理だったようだ。そもそもA-01の特殊任務部隊という性格上、過去の戦歴を下にした教訓などは話しにくい。新兵たちが緊張するのも無理はない。

 

 ただ、何もせずに出撃までの時間を待てといわれるのが辛いことは武にも良く判る。もう主観時間ではかなり昔にも思えるが、UL世界線での訓練兵時代、BETA新潟上陸の報を受けて待機し続けたときの恐怖は、今でも時折鮮明に思い出されてしまう。

 

 

 

「お前らなぁ……今からそんなに気を張ってたら持たないぞ?」

 だからこそこの母艦に来るまでに冥夜にしていたような話を、武は繰り返すこととなった。もちろん部隊の皆もそれくらいは判っているのだろうが、緊張するなと言われて、それだけで気が休まるはずもない。

 なにかいい話のネタは無いかと武が考えていると、発言の意図を汲んでくれたようで、、慎二がすまなさそうに拝むように手を上げ、話に乗ってきてくれる。

 

「というかだな、空気が硬いのはたぶん白銀、お前のせいもあるぞ?」

「うぇっ!? 俺のせいっすか?」

 自分と冥夜の不在が隊に悪影響を与えていたかと、思いを巡らせかけたが、慎二は視線で孝之と茜を指す。

 

「ウチの隊じゃ無理だが、A-01の他の中隊だと今回からはCP将校が複座型の後席に乗って、戦術機の中から指示を出すって話だろ?」

「って……ああっ!! あ~涼宮中尉、ですか」

 

 自分が原因だと慎二に言われてもピンと来なかったが、そこまで説明されてようやく気が付いた。

 

 現状では中隊付きのCP将校は指揮車両に搭乗し、戦線後方から指示を出している。BETAは通信妨害などは行ってこないので、AL弾頭の大規模投入でもしない限りは、少々距離を取っていても問題はない。

 安全だとは言いきれないが、衛士や機械化歩兵などに比べれば、間違いなく危険度は低い。

 

 ただ今回の作戦から、A-01ではCP将校も後席とはいえ戦術機に乗って前線に出る。第9中隊の涼宮遥もその例外ではない。

 

 

 

「スイマセン。それは確かに俺が原因の3割くらいかもしれません」

 

 問題は、武やターニャが想定しているハイヴ攻略においての、中隊指揮官への負担だ。

 帝国軍においては指揮車両には装輪装甲車が転用されているが、これでは戦術機のハイヴ侵入に追随することは非常に困難だ。そしてハイヴ内部では電波障害が酷く、地表からでは満足に通信できない。

 結果的にハイヴ侵攻においてはCP将校が不在となるに等しく、その任を肩代わりするのは中隊指揮官となる。

 

 ならばどうするかと話していたときに出た案が、コクピットブロックを複座型に換装し、合わせて指揮通信機能を強化、その後席に戦術機適正のあるCP将校を乗せるというものだった。

 

「やっぱりお前が出所かよ。そのとおり、その話を聞いてから孝之の野郎がまあ見ての通りで。まったく後輩の前でくらいシャキッとしろとは言ったんだけどなぁ……」

 

 慎二や孝之には喀什攻略に関しては話していない。だかそれなりに実戦を経ている衛士二人だ。XM3の教導用の機動を見れば、それがハイヴ攻略を想定していることくらいは推測できる。

 複座型の導入の必要性も理解はできるが、かといってそれが身近な人間にまで関与してくるとなると、やはり感じ方は変わってしまう。

 

 そこまで言われて武も新人全員の顔をゆっくりと見渡してみれば、茜の緊張振りも自身の先行きよりも姉を案じてのことだろうと、ようやく気付く。元々第9中隊に所属していて事情を知る晴子なども、茜と孝之の様子を気にしているようだ。

 

「いや悪い。お前が直接どうこういう話じゃないのは理解はしてるつもりなんだが、そんな単純にはできてなくてな」

 慎二に促されるようにして、孝之も言葉を漏らす。自分の態度が回りに悪影響を与えていることは孝之にも判っているのだ。

 だが、それで遥のことを気にせずに済ませられるはずもない。

 

 

 

「とまあ、鎧衣。オトコとしては鳴海孝之中尉を見習わねばならんなっ!!」

 これはこれでちょうどいいネタかと武は無理に声を上げ、わざとらしいまでに尊人に話を投げる。

 

「え、鳴海中尉が?京塚のおばちゃんのお弁当、二人分食べた話だっけ?」

「……いや、まったく関係ねぇ」

 そこは乗って来いよとは思うが、話のズレが微妙に過ぎるせいで尊人は尊人でそれなりに緊張してるんだろうと気付かされる。

 

「出撃前にだぜ? 自分の事じゃなくてオンナの心配できるくらいにデカイ男になろうぜ~って言いたかったんだが、聞いてねぇな」

 ボクももう少し食べたかったなぁ、などと言い出している尊人に、コイツでも緊張することがあるのかとへんな方向に感心してしまう。

 

「と、アレだ、アレですよ、鳴海先輩ッ!!」

「お、おう?」

「もー何がスゲェって、アッチには伊隅大尉や速瀬中尉が居られるのに、それで自分がいればとか言い出しそうな鳴海先輩は、マジスゲーッすっよ!!」

「あ~だよな。俺のほうが強ェって粋がってたって、後で報告しないといかんな、これは」

 仕方なく慎二に話を振りなおしたが、慎二も武の調子に合わせてくれて、普段以上に孝之をおちょくり始める。

 

「あ、スマン、それは無しで。ホントに無しにしてくれ……」

 この話が伝わった後のことを想像したのか、孝之が先ほどまで以上に青い顔で、二人の発言を必死になって止めようとする。

 水月に知られたら殺される、そう呟く声は本気で怯えていた。

 

 

 

「しかし御剣、さっきとは比べ物にならないくらいに落ち着いたな?」

「ふむ。他山の石、というものだろうな。先ほどまでの自身のうろたえ振りを客観視させられるようで、気を引き締めなおしていたところだ」

 

 武たち男性組の掛け合いで少しは空気が和らいだかと見渡してみると、冥夜はすでにいつも通りといえるほどに、平素の緊張感を漂わせていた。後ろに控える白の三人も、逆に冥夜を警護するという通常の役割に入り込むことで、平常心を保とうとしているようだ。

 他の皆もそれぞれに思うところがあったのか、意識して姿勢を崩したり自分たちの緊張具合をネタに話し始めていた。

 

「まあ神宮寺隊長のおっしゃられたとおり、出撃はまだ先だ。何か食べておきたいんだが、京塚のおばちゃんのメシ、残ってないのか?」

 言われてすぐに気が抜けるわけでもないかと武は割り切った。そしてなにより食事というのはやはり緊張を和らげる。少し無理して何かを口にするだけで楽になれる。

 先の尊人の話ではないが、京塚軍曹であれば日持ちするものを弁当にして持ち込める用に準備してくれているのではと期待して武は周囲に尋ねる。

 

「悪い白銀、朝全部食っちまった」

 慎二が本当に気まずそうに、そういって謝ってくる。武が気が付いたことくらいは、さすがにすでに実行してくれていたようだ。

 

 

 

「というか武ちゃんたちは、出雲でおいしいご飯食べてきたんじゃないの?」

 純夏が海軍の料理は凄いんだよねと興味深そうに聞いてくるが、その表情もまだまだ硬く、無理をしているのはどことなく判る。

 緊張を解すにはよい問いかけではあったが、だが武には答えられない。

 

「昨日のアレは、何食べてたか、まったく覚えてねぇっ!!」

「む。済まぬ、鑑。私も料理に関しては、あまり深くは覚えておらぬ」

 提督と事務次官補に挟まれての食事など、料理の内容に意識を割ける余裕などなかったのだ。コーヒーを何杯飲み込んだかなど、思い出したくもない。

 冥夜にしても、食事の最中にBELKA計画など聞かされたのだ。それ以外のことなど、些事として流してしまっていても仕方がない。

 

 

 

「じゃあ白陵に帰ったら、京塚のオバちゃんにたのんでおいしいものを二人分でも三人分でも食べればいいよ」

「っ!?」

 

 純夏のその言葉に、孝之と慎二そして武から、一切の表情が抜け落ちた。

 

「俺は……俺は、俺のサバミソ定食以外は食べるつもりはないし、他の誰にも食べさせるつもりはない」

 

 純夏が何か意図して先の言葉を言ったわけではないとは判っているものの、武は搾り出すかのようにようやくそれだけを告げる。

 武のその様子に、純夏は何も言えずにただ頷く。

 

「だな。京塚のおばちゃんのメシは旨いが、一人前で十分だ」

「俺もだ。俺の分を誰かに渡そうとは思わん」

 軽く左右から武の肩を叩き、孝之と慎二も同調してくる。

 

 京塚軍曹は未帰還者を追悼し記憶に留めるために、彼らが好んだ料理を隊の皆に振舞う。失われた者たちへの追惜と残された者たちへの想いに満ちた、京塚軍曹らしいといえる行いだ。

 白陵基地に所属しており同僚を失った経験があれば誰しもが知っている、優しいが哀しい風習だ。

 

 茜と晴子とは実体験はしていないが先任たちから聞いていたのだろう。それ故に先任二人と武とが誓うように告げた言葉を受けて、ようやく顔を和らげる。

 純夏や他の元207Bの皆は状況が呑み込めていないが、それは同僚を失うことをまだ経験していないからで、幸いなのだろう。

 

 

 

「まあメシに関してはいいや。それよりもお前ら、XM3に関するレポートとか終わってるのか?」

 どうせ出来てないなら今のうちに書いておけよと言いかけたが、周囲からの冷めた視線で言葉が止まる。

 

「ふふーんっ、それはもうしっかり完璧に終わってます」

「白銀と違って私たちは自分の機動に関してだけだから、それほど量が無いのよ」

 自信満々に宣言する純夏に続き、千鶴が補足してくれる。

 

「なん…だと…?」

 まさかと思い小隊長としての職務にも追われていた孝之と慎二を振り返るが、二人共に、出来の悪い弟を見るかのような生温い目線を返された。

 

「いや白銀、そなた昨夜のうちに終わらせてはおらなんだのか?」

 その上で、日々の宿題のように積み重ねたと言い訳したことを、冥夜から指摘される。

 さらにも夏休みの宿題みたいに残してるのはタケルちゃんだけだよ、と純夏にも笑われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 武の自爆じみた発言で少しばかり余裕が生まれ、程よい程度の緊張感の中で時間を潰していたが、それも終わりを告げた。

 

「中隊長入室ッ、総員、傾注っ!!」

 艦橋に上がっていたまりもが、真那と共に控え室に戻ってきたのだ。

 二人の纏う空気から、誰しもがその時が来たということを察する。

 

 

 

「貴様ら、九州観光は延期だ」

 

 我らは山口へ向かうと、まりもは端的に目標を口にした。

 

 

 

 

 

 

 




祝スパクロ参戦決定~なのですが、そろそろ据え置きゲーム機にこそ参戦して貰いたいです。スパクロだとガチャに勝てる未来が見えない……

でざっくりと装備はこんな感じ~と出してみました。が、今は無きマブラヴSFだと出てましたが、武御雷が追加装甲持ってる印象があまり無いというか、タケルちゃんも冥夜さんも盾持つ感じじゃないなぁ、と。

あとどうしても個人的好みが突撃砲4門の強襲掃討なので、銃剣付いたし全機これで良くね、とダメな考えになりかけたり。

でで、九州防衛戦といいながら、最初は九州には行きません。


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創製の禍患

「我が隊はこれより、下関防衛を目的に出撃する。瀬戸内方面へのBETA群の侵入を阻止することが絶対だ。すでに下関西部へは小規模BETA群の上陸を許してしまった。現地では帝国陸軍所属の戦術機大隊が戦闘を開始している」

 衛士控え室に張られたままの地図を背景に、まりもが状況を手短に説明していく。六連島の北から東進してきたらしきBETA集団が、海軍の隙を付くような形で下関市方面へ上陸を果たしたようだ。

 

 もちろん海軍も山口方面に戦力を振り分けていなかったわけではない。

 

 海軍の警戒網の綻びを突かれた形だった。

 出雲など大型艦を多数含む艦隊主力は壱岐島の西、対馬から五島列島の間に展開している。北九州から下関周辺はミサイル艇などを数を揃えることとその高速性とで対処しようとしていた。

 

 

 

「北九州コンビナート方面を重要視しすぎた結果、とも言えますか」

 真那がつぶやくように漏らした言葉が真実なのだろう。

 

 帝国海軍はBETA上陸阻止のための支援砲撃が主たる任務だが、周辺への誤射誤爆は可能な限り避けたい。

 

 出雲に積まれる46センチ砲は建造から半世紀過ぎた今でさえ、間違いなく強力な火砲だ。それ故に上陸阻止のためとはいえそれを自国に向けて撃つのは難しい。完全にBETA支配地域となっているのであれば躊躇いなく使えるが、基地や港などの施設を守りつつBETAのみを排除するにはまったく向いていない。

 北九州コンビナート地帯に対し、戦艦や重巡洋艦群による艦砲対地砲撃を敢行するのは、それこそ核使用に踏み切る直前、最後の手段といえる。

 

 対して魚雷艇やミサイル艇に積まれる76ミリ単装速射砲であれば、周辺への被害は最小限に留められる。艦砲としては当然射程は短く沿岸部に撃ち込むにしろ15キロまでは近付く必要があるが、BETA大型種を狙い打つことも可能である。

 光線族種の上陸が確認されるまでは、その射程の短さも問題とはならない。

 

 

 

「艦艇数とその速度とで対応する予定だったようだが、BETAの数に押された形だな」

 

 結局のところ、防衛目的として何を重要視するか、だ。地理的には下関の陥落は許されるはずもないが、かといって九州方面の生産・補給拠点たる北九州コンビナートの被害拡大を認めるわけにもいかない。

 そして何よりも佐賀長崎への上陸を阻止せねばならないのだ。

 

 戦力が有限である限り何かを切り捨てなければならないが、北九州側に小型艇を多めに配備しなければならなかった事情は誰しも理解できる。

 

『どちらかと言いますと錬度不足が明るみに出た、というところでしょう。不用意な砲撃を繰り返した挙句に弾薬不足に陥り、補給に戻った艦艇がいくつかあったようです』

 だが、そんなまりもの海軍を擁護するような言葉を、通信越しにターニャはばっさりと切り捨てる。警戒網に穴が開いたのは、実戦経験のない艇長が率いる船が無駄弾を撃ち、補給計画にないタイミングで戦線から退いたからだという。

 

『此度の件を教訓として、二度と同じ過ちを繰り返さぬこと、期待するしかありませんな』

「……いや、むしろ我々への教訓とすべきだ。萎縮することなく、さりとて勇みすぎず、成すべきことを成そう」

 

 ターニャの揶揄するような言葉に反論するのではなく、新兵たちへの教導の一環としてまりもは話す。

 他兵種に比べれば予備弾薬に余裕のある戦術機だが、当たり前だが無尽蔵ではない。とはいえ以前に武が教導の際にも言葉にしていたが、弾薬の消費を躊躇って近接攻撃に拘って機体に損害を受けたり、まして自らのみならず周辺までも巻き込んで損耗を増やすようでは本末転倒だ。

 

「さほど時間的余裕はない。細かな情報などは移動中に説明する。A-01中隊、出撃ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 先ほどまでの雑談が功を奏したのか、新人衛士たちも緊張はあれど常の訓練通りに機体に乗り込み、何一つ滞ることなく発艦していく。

 

(こういうところでも、俺たちの中隊ってやっぱり実戦向き時の編成になってねぇよな)

 皆が飛び出していくのを確認しながらそう思ってしまえるように、武が発艦するのは最後だ。

 戦術機母艦からの発艦経験としては、先の世界線での甲21号作戦の時が最も記憶に新しい。が、当時も特例的な立場だったとはいえ、新任の武が最後尾ということはなかった。

 

 先行していた撃震と吹雪に続き、冥夜とともに最後尾に並ぶ。

 今、移動陣形たる縦型に中隊全16機が二列に並び飛行しているが、通常であれば最前列に立つべき前衛小隊の武たちが後に位置している。今回、武がこのような位置取りなのは、A-01第一中隊に真那たち斯衛の第19小隊が合流したため、先ほど再編成したとおり前衛がすべて武御雷となったからだ。

 衛士としての練度であれば、斯衛の戎たちと元207の者たちにはさほど差はないが、機体の差がどうしても大きい。巡航速度での移動とはいえ、武御雷を先頭にしてしまえば、後衛の撃震を引き離さないように注意する必要がある。

 

(敵眼前での陣形変更のみならず位置変更の必要はあるけど、神宮司大尉のことだからそれもまた教練の一環……くらいには織り込んでるか)

 ただその最後尾から部隊全体を見渡す余裕ができたのは、武にしてみれば想定外とはいえ部隊練度を見直すにはいい機会だった。

 

 部隊の大半が新兵どころか着任したてのひよこも同然とみなされてもおかしくない程度の経歴しか積んでいないが、そんな彼女たちは異機種混合の中隊だということを感じさせない程度には手慣れた様子で陣形を組んでいる。

 

 

 

『新米どもにしてみればなかなかに手早い、と褒めてやりたいところだが、まだまだだ。発艦からの陣形形成はあと30秒は縮められる。各自努力しろ』

 武の下した評価と近いのか、まりもは少し厳しめに声を固めて言うが、それもおそらくはまりもの気遣いなのだろう。中隊各機が移動のために縦型に陣形を取ったのを確認した後、いつもの訓練と同じだと言わんばかりに中隊での連携機動に軽くダメ出しをする。

 

『細かな指摘をしてやりたいところだが、先に言ったように時間がない。フェアリーマム、状況の説明を』

 時間が許せば発艦機動に関しての教導をしたのだろうが、今はその余裕がない。まりもは言葉短く、中隊CP将校たるターニャに詳細の説明を求めた。

 

『フェアリーマムより、フェアリー及びブラッド各機へ。下関北部、綾羅木川の南にすでに大隊規模の上陸を許した。継続するBETA群の詳細は不明だが、間違いなく連隊規模になると予測される』

 まりもの指示に合わせ、ターニャは各自の網膜投影情報に下関周辺の地図を出し、そこに確認されているBETA群の情報を上書きしていく。だが海上戦力の隙を突かれた形のため、海底を進む後続の情報はあくまで推定でしかない。

 

『現状上陸している個体の比率は先頭集団ということもあり、半数近くが突撃級。それ以外は戦車級とみられる。このBETA群に対処すべく、191号線を北上する形で帝国本土軍の戦術機大隊が迎撃に向かい、綾羅木川の北岸側には機械化歩兵大隊が展開している』

 その言葉に合わせ、地図には青で友軍情報が加えられる。一見、数的には優勢に思えるが、後続が不鮮明なために予断は許されない。

 

『帝国海軍からは支援砲撃のためミサイル艇が急行しているが、早くとも15分はかかる。瀬戸内海方面からも支援のために一部艦艇が移動しているとの報を受けているが、こちらの詳細は不明』

 

 そして最後に、追加の支援は実質的に間に合わないということを告げる。

 さらに瀬戸内方面に展開しているのは、出雲を旗艦とする第六艦隊とは所属が違うためだろう、情報の伝達も遅いようだ。

 

 

 

『状況は理解したな? 我々の任務は簡単だ。このままBETA群の後方から綾羅木川の南岸に上陸し、機械化歩兵大隊への大型種の脅威を取り除きつつ南下、帝国軍戦術機大隊と合流を図る』

 ターニャの状況説明を受け、まりもが目的を単純化しつつ任務内容を告げる。

 

 機械化歩兵ならば戦車級までは対応できるが、突撃級は当然、要撃級などの接近を許せば壊滅もあり得る。多少の撃ち漏らしはあったとしても、まずは上陸したBETA群のうち、大型種を殲滅せねば文字通りに防衛線に穴が開く。

 

 逆に、市街地に浸透した小型種を戦術機や砲兵などで排除するは困難だ。なにも商業ビルなどの大型建築物でなくともよい。民家の土塀程度であっても歩兵にとって砲撃からの防壁となるように、BETA小型種にとってもそれらは盾として機能してしまう。

 上陸された地点を再奪還するのであれば、小型種を虱潰しに排除できる機械化歩兵部隊は必要不可欠なのだ。

 

『前衛たる第一小隊は上陸後500メートルほど東進した後に248号線に沿って南下。中衛たる第二小隊は綾羅木川南岸にてこれを援護、そして機械化歩兵大隊への大型種の接近を阻止しろ』

 

 綾羅木川の北岸は海岸からの500m程を除けば田畑が広がっている。こちらへの侵入を許してしまえば、不整地踏破能力に長けるBETAの内陸部への浸透を阻止するのが非常に困難となる。

 大隊規模のBETA群それも先頭集団として突撃級が多くを占めるその中へ押し入る武たち前衛も厳しいが、帝国軍機械化歩兵の援護はあるだろうが吹雪四機でBETAの渡河を阻止しなければならない孝之や信二たちの中衛の負担も大きい。

 

『最後に後衛の第三小隊だが、第一第二小隊が開けた穴を通り抜け、火ノ見山西にまで移動。そこからの中距離支援を行う』

 

 火ノ見山は標高100m程しかないが、平野が広がる作戦予定地点であれば、戦術機からしてみれば十分な射線を確保できる場所だ。綾羅木川北岸も十分に有効射程距離に含むことができる。先行する小隊が撃ち漏らした大型種の掃討を担うには最適といえる場所だった。

 

 

 

 

 

 

『繰り返しにもなるが、我々の任務は防衛線の構築ではない。それほどの戦力もないからな。帝国軍の準備が完了するまでのひと時を稼げればそれだけで良い』

 

 補給の完了した艦艇が来れば、BETA群の追加上陸は大きく減らすことができる。あとは帝国陸軍が新下関駅から東側に防衛線を構築し、上陸した個体を排除していけば当面の脅威は退けたと言える。

 

(つまりは、だ。そのひと時を稼げなければBETA共は中国道を超えて瀬戸内方面に雪崩れ込むってことだよな)

 網膜投影された地図を睨みつけるように読み取りながら、武はそう考える。

 

 BETAはその高い踏破能力とは裏腹に、移動に関しては最適解ともいえる高低差の少ない平野部分を選択する傾向がある。そして進行目標となるのは高密度集積回路や生物素材の多い地域、つまるところは大規模人口集積地たる都市を狙うことが多い。

 そのため下関周辺であれば竜王山や四王司山などは迂回され、おそらくは長府方面へ向かうと予測される。

 

 霊鷲山の北側を国道二号かあるいは山陽本線に沿って東に進めば、新下関から長府まではほぼ直線で移動でき、距離としても5キロほどだ。移動速度の速い突撃級や戦車級は当然、小型種であったとしてもただ移動するだけであれば二時間と掛からずに瀬戸内方面へ流れ込んでしまう。

 

 

 

(後がないって程には厳しくはないが、とはいえ気を抜ける場所でもない。支援が来るのは判っているけど、その少しの時間を稼ぎたいってところか)

 

 もちろん瀬戸内方面はそちらはそちらで防衛戦力も用意はされているのだろうが、海岸線全域に防衛線を構築できるほどには帝国軍に余力はない。今回の防衛において用意された帝国本土軍の野戦砲兵科はその多くを九州側に展開しており、山口での本州防衛に割かれているのは予備戦力として想定されている程度だ。地形的にも戦車大隊が十全な能力を発揮するのは困難だろう。

 山口方面での防衛は、機械化歩兵や戦術機による機動防衛を軸に、艦艇からの支援砲撃とを想定していると聞いていた。

 

 武たちが抜かれれても良いと高をくくるほどには余裕はないが、即座に本州が蹂躙されるとまでは瀬戸内側での防衛が逼迫しているわけでもない。

 

(XM3の実戦でのお披露目、加えて『御剣冥夜』の初陣としては、出来すぎたくらいに良い条件だな)

 

 前線、それも防衛の間に合っていない場所だ。当然ながら死地ではあるが、全滅必至の状況ではない。しかもまだ崩れていない戦術機大隊に機械化歩兵大隊の観客付きだ。支援部隊が駆け付ければ、それもまた増える。プロパガンダの意味合いが強いA-01第一中隊の戦場としては、望みうる最高の物件だ。

 

 第四計画直轄とはいえ中隊指揮官でしかないまりもに戦場の選択権などあるはずもない。そしてA-01第一大隊の大隊長はいまだ不在だ。

 

(夕呼先生が介入してないってことはないんだろうけど、この場を選んだのは事務次官補だろうなぁ……)

 

 夕呼は間違いなく天才だが、あくまで科学者。軍事面においても凡百の指揮官よりは有能かもしれないが、中隊規模の戦術指示に口を挟んでくるとも思えない。そしてCP将校を複座型に慣らすための実践という面もあるが、A-01は九州防衛に全部隊参加している。夕呼にとってA-01の中でも第一中隊の比重は高いほうだろうが、こちらにだけ注力しているわけではないはずだ。

 ならばこの場を用意したのは、ターニャしかいない。

 

「くっ、ははっ……」

 そこまで考えて武は苦笑気味に笑いを漏らしてしまう。

 ターニャが場を整えたのならば危険はあれど達成不可能ではないと思えた。その程度にはターニャを信頼といっていいのかは疑問だが、判断と能力には敬意を払っていると自覚してしまった。

 

 

 

『ほう? この状況を聞いて笑えるくらいには余裕があるか、02?』

「っ、失礼いたしました」

『いや、その程度の余裕は見習いたいものだ』

 

 まりもの指示を聞きながらも自身の思考に埋没していたことを指摘されたようで、慌てて表情を取り繕い、武は詫びた。ただまりもも強くは追及せずに、視線を少しずらしている。

 

『フェアリー09より01へ。意見具申よろしいでしょうか?』

『こちら01、許可する。何だ09?』

『どうやら02以外の新兵どもは緊張のあまり声も出せぬ様子。到着までは今しばらく時間もありますので、中隊内に限り雑談を見逃していただけませんか?』

 

 先にまりもが視線をずらしたのは中隊の新人たちの顔を見るためだろう。そして慎二の言葉を受けて武も中隊の新人たちの顔色をうかがう。

 フェイスウィンドウ越しではあるが、緊張が強すぎるのは伺えた。いまも慎二の言葉の真意を汲み取れていないのか、視線を彷徨わせている者もいる。

 

『……ふむ』

 まりもは考え込むようなふりのためか一拍開けるが、答えは決まっていた。

 

 今は緊急時だが、最大戦速ではなく巡航速度での飛行だ。

 帝国製戦術機は比較的空力特性を重視して設計されているとはいえ、あくまで戦術機だ。航空機ほどに燃費が良いわけではない。むしろロケットとジェットの併用のため燃費は劣悪といえる。現地に到達したが燃料がない、では話にならない。

 しかも母艦としていた国東は安全のために海岸線から遠く離れていたために、飛行距離も比較的長い。作戦地域への到着まではあと数分はかかる。

 

『確かにな。フェアリー01よりブラッド01へ。合同作戦ではあるが、こちらの通話をフリーとする。少々煩くなるやも知れぬが、容赦されよ』

『ブラッド01からフェアリー01へ。こちらへの配慮は無用、いえむしろ歓迎いたします。こちらのヒヨッコどもも声を出せぬようでありましたから』

『聞いたとおりだフェアリー各機。随伴の皆様からも許可いただいたことだ。接敵までは楽にしておけ』

 

 一応は確認という形でまりもは真那へも許可を取るが、真那にしてみても戎たちが力みすぎていることには気が付いていた。斯衛の、それも警護小隊所属という立場から無駄話に参加することはないだろうが、話を聞き流すだけでも少しは身体が解れるはずだと、真那は簡単に同意する。

 

 

 

『ありがとうございます。で、02というか白銀? あの状況説明で笑えるって、何かあったか?』

「あ~っと何と言いますか……」

 雑談の許可を得て、慎二が問うてくる。

 だが正直に、今から臨む戦場がターニャの想定したものならば作戦目的は達成できるはずだ、などとはさすがに武といえども言えない。

 

(というか事務次官補のことだ。下手をしなくともこの中隊の中からいくらかの『損耗』が出ることさえも想定の内だとハラくくっといたほうが良いな)

 悪い方向に想像を働かせてしまえば、ターニャならばすでに誰かを被害担任機として振り分けているかもしれない、とまで思い至ってしまう。そしてCP将校であれば中隊長以上に、それを実現できる立場だということも判ってしまう。

 向かうべき状況の自己想定をより最悪なものへと切り替え、そのうえで皆の緊張を解せそうな話題を探す。

 

 

 

「あらためて小隊の状況を見て、結局機種ごとに再編か、と。判りやすいというかなんと言うか……」

 いまここでターニャへの疑惑を言葉にしても皆を疑心暗鬼にさせるだけで意味はない。ならばと口に出したのは、本当に当たり障りのないことだ。

 

『まったくだな。貴様が斯衛所属であればこのような煩雑な事態にはなっておらんのだがな』

「はッ、月詠中尉には何かとご無理を聞いていただき、申し訳ございません」

『今からでも遅くはないぞ白銀少尉。斯衛への転属を打診するつもりはないのか?』

 

 先と同じく慎二あたりが乗っかってくれることを期待していたのだが、それよりも先に真那がからかうような声で言葉を続けてくれる。表情を見ても半分以上は冗談なのだろうが、斯衛への勧誘とも取れることさえ言ってくる。

 

「過分なお誘いですが、そうですねぇ……俺が斯衛に行くなら、まずは一般的な礼儀作法から身に付ける必要がありそうで、それが何よりも難関かと」

『ほう? 衛士としての技量にはさすがに自信があるか。そして貴様の立ち居振る舞いが問題とされるくらいは自覚していたようだな』

『違いない、と月詠中尉の言葉に同意してしまいそうだがな、白銀。そなたはそのままで良いのではないか?』

 

 武の言葉に真那は直接は否定しないが、言外に冥夜への態度を改めろと続ける。ただ、それを受けて、冥夜が武を擁護するかのように口を挟む。

 

『めっ……御剣少尉。あまり白銀を甘やかすのは、如何なものかと』

『ふ、許されよ月詠中尉。その者に礼儀を叩き込むことの困難さを、そなたのほうが理解しているのではないかと思うてな』

 

 

 

「あ~お二方? 俺自身の意向としましては、今すぐ国連軍からの移籍とかはまったく考えてないわけでして……」

 真那から認められるような言葉を聞くのは嬉しく思えるが、かといって斯衛へ移るというのはまったく別だ。そもそも今の武の立ち位置としては、夕呼の庇護下から離れられるはずもない。

 

『いいんじゃないかな? タケルちゃんはタケルちゃんのままでいいよって、話だよね?』

「そういう話なのかねぇ……」

 

 冥夜と真那とのやり取りを受けて、純夏は冥夜の口ぶりを肯定的に捉えたようだ。まだ固いもののへにゃりと笑ってみせて、冥夜の言葉に賛同する。

 だが悠陽への対応に関しては、真那だけでなく冥夜からも睨みつけられた経験を持つ武としては、言葉通りに諦められているのではないかとも思ってしまう。

 

『まあ武がいきなり礼儀正しくなったら、ヘンだよ』

『そうね、礼儀正しい白銀とか、想像できないわね』

『白銀、キモい?』

『あはは~ちょっと見てみたい気はしますけど』

 

 純夏の言葉に続き、元207Bの面々が好き勝手に武の態度を評する。武との付き合いが浅い茜や晴子は乗ってはこないが、他の皆の言葉を聞いて、口元は解れてきていた。

 

 

 

「っと。俺の進退はどうでもいいんで、ここは先輩のお二方から、新兵どもにお言葉をもらいたいところなんですが?」

『あ、タケルちゃん逃げた?』

「逃げてねーよっ、ありがたい教訓を授かろうってだけだ」

 自分がネタにされているとはいえ、新人たちが幾分かは緊張が解けたのを見て、いい機会だと先任二人にアドバイスを求める。

 

『っえ? そうだな。訓練通りにこなして、そのうえで周りを信じろ、とか、か?』

『なに当たり前のこと言ってるんだよ、孝之。じゃなくてだな~って俺もありきたりなことしか浮かばないが……』

 孝之が当り障りのないことを口にしたのを受けて、慎二も何か言いかけたが似たようなことしか思いつかなかったようで、あちこちに視線を飛ばしながら何やら考え込む。

 

『ああ、そうだ。白銀に御剣、お前たちには特に言っておきたいんだが』

 ようやく何かに思い至ったようで、慎二が少しばかり表情を改めて、わざわざ武と冥夜の二人を選んで言う。

 

『足元はあまり気にするな』

「は?」

 慎二の忠告に、タケルは素で聞き返ししてしまう。これから向かうのは市街地での戦闘だ。足元に注意しろと言われるならば判るが、その逆は理解できなかった。

 口には出していないが、冥夜も意味を捉えきれていないようだ。

 

『今判らないならそれでいい。だけどな、現地に行ってそれに気が付いたら、ある程度は無視しろ。守るべき優先順位ってのを忘れるな』

「……了解しました。よく判ってはいませんが、ヤバい時には思い出します」

 まだ意味は掴み切れてはいないが、間違いなく意味のある忠告だと武は感じとり、心に刻んでおく。

 

 

 

 

 

 

『さて、そろそろと目標地点だが、フェアリーマム、そちらからは何かあるか?』

 まりもが雑談の時間は終わりだとばかりに言葉を挟む。

 中隊指揮官の立場としては少しばかりおかしいが、やはりどうしても最上位者だと知っているまりもとしては自分から何かを言うよりはと、ターニャに訓示を促す。

 

『上官の方々を差し置いて何か伝えるというのも、少しばかり憚りますが』

 一応はそう謙遜しておきながら、ターニャは少しばかり何かを思い出すように目を瞑り、中隊全員に告げる。

 

 ――我々の任務は逆襲部隊。

 ――この種の任務に従事するのは精鋭である。

 

 機動打撃部隊としての役割を端的にまとめ、つまるところは「戦場の顔なのだ」とターニャは続ける。

 

 ――軍の精鋭だと自覚を持て。ここでは我々が、軍なのだ。

 

 

 

『ふ、戦場の顔……か。なるほど、我らに相応しき言葉だ』

 ターニャが告げた意図を正しく読み取り、軽くまりもは笑ってみせる。

 

 A-01第一中隊としてであれば、BETA上陸阻止できれば十二分の成果と言える。XM3搭載機の実戦での運用実績さえ作れば、任務としては達成されるのだ。

 だが紫の武御雷を先頭に押し戴いての戦いだ。ただ防衛に成功するだけでは足りない。逆境を覆し、圧倒せねば、危険を冒させる意味もない。

 

『フェアリー01から中隊各機、隊形を縦型から槌壱型へ』

 そのうえで冥夜を守るべくその周囲を固めれるように、陣形の変更を命じる。

 

 まりもの指示に合わせ、部隊中央の四機の吹雪はわずかに推力を上げ、先行していた撃震を左右から追い越す。そして部隊最後方に位置していた6機の武御雷がそれまで抑えていた主機の推力を戦闘領域にまで引き上げると、その吹雪さえ軽々と置き去り、部隊前面に横一列に展開する。

 

 槌壱型、上から見ればT字型になるように中隊各機が陣形を整えるのに、さほどの時間は要さなかった。

 陣形の変更を確認し、わずかに一拍ほどまりもは眼を閉じる。

 

 

 

『……兵器使用自由、中隊吶喊ッ!!』

 そして教え子たちを死地へと連れ行く言葉を、自身へ呪いを刻み込むように吐き出した。

 

 

 

 

 

 




出撃はしたけど、まだ接敵できず……でも、あと二回くらいで防衛戦は終わらしたいところ。で戦闘前のデグさんのセリフ、何か良いのないかな~と、原作読み返していましたが、ちょっと変なところから引用です。

でで、下関周辺は行ったことないでの、GoogleMAPに頼りまくってます。たぶん地形的には東西海上からの支援砲撃さえ十全であれば、復興度外視すればわりと防衛できそうな、光線属種が上陸したら阿鼻叫喚の地獄絵図になりそうな、といった場所? といいますか、ここの山陽本線と中国道か国道二号が破壊されたら、九州方面への物資輸送は全部海上頼りになるとという、その時点で半分詰むなぁ、と。

あとアローヘッド・ワンばかりがよく出てくるので、せっかく異機種混合なので、フォーメーションはハンマーヘッド・ワンで。


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遺却の債務

 中隊指揮官たるまりもから兵器使用自由許可が出たのは、藍島の北側を抜け海岸まで3kmほどの地点だった。突撃砲の有効射程距離は2km未満であり、当然ながら上陸したBETA群にまでは届きこそすれ撃破はまだ困難な距離だ。

 

 だが戦車級はいまだ海面下だが、海岸線付近の突撃級であればその背面はもう波間から伺える。

 

「……フェアリー02、FOX3」

 少しばかりまだ遠いかとも一瞬思う。ただ今回は作戦行動時間は短いと想定されており、さらに予備弾倉は満載してきている。弾丸を節約する要因は薄く、むしろ躊躇う間のほうが惜しい。

 

 実際、武はまりもの指示を受ける前から背部の可動兵装担架システムに吊り下げられた87式突撃砲二門を手腕の脇の下から前方に向けており、目標の選定をも終わらせていた。

 指示の直後には、コールとともにトリガを引いただけだ。

 

 この距離では着弾までに2秒はかかる。

 波間の敵、さらにはこちらは飛翔中の、それも兵装担架からの射撃ということもあり精度は期待できない。普段よりも気持ち長め、1秒ほどトリガを絞り、100発程度撃ったあたりで次のターゲットへと切り替える。

 

 最初に狙った突撃級の背部から赤黒い血煙が吹き上がるのが視界の隅に見えたが、どこまで有効打を与えられたかは不明だ。撃破確認をしたいが、その余裕はない。後ろから追い立てるように接敵しているのだ。攻撃可能な目標は次々と現れ、一々丁寧に対処していく時間も惜しい。

 

 

 

(さて、と。攻撃指示が出てすぐに砲撃を始めてないのは気が急いていないから、と好意的にみるべき……か?)

 波間に見える突撃級を探すために細かく視線を動かしつつも、武は他の小隊員の様子も伺う。

 

 武と同じタイミングで砲撃を開始したのは、真那だけだ。

 前衛小隊が横一列に並ぶ槌壱型編隊での位置の関係ならば、他の小隊員もすでに射程にとらえているはずだ。が、やはり初陣ということか二人からは一拍遅れて、冥夜たちもコールとともに撃ち始めた。

 

(しまったな。強襲掃討装備で来たほうが良かったんじゃねぇか、これ?)

 そんな小隊と後続の新人たちの様子をこれまでの教練と同じように観察しながらも、自分の装備選択に軽く悔やんでしまう。

 

 正面からではその名の通りの突進能力と強固な外殻のため撃破困難な突撃級だが、海中でほぼ回避運動を取らず、さらに今は弱点たる背後を晒している。今、この位置からならばたやすく葬り去ることができるのだ。

 

 とはいえ場所の利点はすぐに失われる。海岸まであと3kmあるとはいえその程度の距離ならば、掃討のための低速飛行でも直進すれば数分で到達してしまう。

 左右主腕に逆手に持った74式近接戦闘長刀は、この距離では文字通りに無用の長物だ。突撃砲を4門備える強襲掃討装備であれば、単純に倍する敵を屠れるとは言わないが、もう少し手早く処理できたはずだ。

 

 

 

『突撃級の背後から、それも海面に飛び出してるケツを狙い撃ち、か。まったく鴨撃ちだな』

「たしかに。初陣としては、少しばかりラク過ぎですね」

 

 武と同じようなことを考えていたらしく、慎二がわざとらしいまでに軽く言う。答える武も攻撃は止めないままに、まぜっかえした。

 

『02、09、口を動かす程度には手も動かせよ。それともなにか? 貴様ら二人だけで先陣を斬りたいとでもいうのか?』

 まりもも新兵たちの緊張を解すためだろう、戦闘中の無駄話を止めることもない。

 

『09より01へ。一番槍の誉れは02と04とに進呈いたしますよ。こちらは我らが小隊長のお守りで手一杯であります』

『05より01へ。09がお守りしてくれるようなので、作戦後の書類仕事はすべて09に任せようかと思いますが、よろしいですか?』

『って、そりゃねーだろ、孝之っ!?』

 

『01より05、09へ。貴様らの任務への情熱は理解したので、作戦終了後には書類だけでなく中隊各機の機体洗浄も任せよう』

『それは02にこそお任せしたいですね。自分では武御雷には恐れ多くて触ることもできませんから』

 

 海岸に近づくにつれ、海面上に出てくる突撃級も増える。

 どうでもいいようなやり取りを交わしながらも、まりもは当然、孝之も慎二も文字通りに弾をばらまくように、突撃砲を撃ち続け海を赤黒く染め上げていく。

 

 

 

『さて新人ども、そろそろ海岸だが、絶対に海に降りるなよ。下手すりゃ一瞬で戦車級に群がられるぞ』

『了解ッ!!』

 

 上官たちの軽いやり取りを聞いて、少しばかりは無駄な緊張が解けているのか、新人の少尉たちも目につきやすい突撃級だけでなく、周辺の海面を見渡す。言われてから探してみれば確かに戦車級は海面下で蠢いているのが確認できるが、足場の悪い状態で、これら戦車級に対処できるとは誰も思いはしないだろう。

 

 海神などの水陸両用の機体に限らず、戦術機は浅瀬ぐらいであれば活動はできる。が、もちろん水に脚を取られる上に、海底の不安定な足場ではまともな戦術機動など行えるはずもない。

 対して戦車級や要撃級など多脚のBETAは、たしかに移動速度自体は下がるものの、その動きは水や足場の影響をさほど受けない。

 

 そもそも突撃砲程度では海面下への敵に対して満足な威力を発揮できない。むしろ海面下という視界の悪さから発見が遅れ、戦車級に取りつかれる隙を作るだけだ。

 

 

 

 そして海岸へ近づけば、どうしてもその先が目に入ってしまう。

 

 突撃級の上陸に伴い、市街は大きく踏みつぶされていた。縦横15メートルを超える突撃級に対して、二階建ての民家などは障壁でもない。鉄筋コンクリートのビルであっても、地上に上がった突撃級の重量と速度に耐えられるはずもない。

 

 戦術機の装甲越し、網膜投影された風景は匂いも風も感じさせはしないが、破壊されつくした街並みの姿だけでも、BETAによる被害の甚大さを実感させられてしまっていた。

 

『酷い、ですね』

 壬姫が思わず漏らした言葉こそ、BETAとの戦場を知らなかった新人たちの声を代表するものだろう。

 

 だが武も、そして大陸での経験を経てきた先任たちからしてみれば、まだ被害は最低限に抑えられていると、判る。住民の避難が徹底されガスや水道・電気なども数日前からほぼ止められていたから出火などもない。なによりも、まだこの地では誰も死んでいないのだ。

 

 

 

『……近い、な』

 壬姫以外声も出せず、ただ近くにいる突撃級への射撃を繰り返している新兵たちの中、冥夜だけはそのさらに先を見てしまい声を漏らす

 

 武たちに割り当てられた戦域は、BETA先頭群の上陸が開始されたことから光線属種が出現する可能性があるとして、一応は第五級光線照射危険地帯と分類はされている。ただ、いまのところはあくまで高速移動する突撃級と戦車級だけが確認されている、ごく普通の先頭集団としての編成だ。光線級は見受けられず、比較的高い高度を飛ぶことができていた。

 

 それもあってコクピットからは目標地域たる綾羅木~新下関周辺だけでなく、関門海峡から周防灘までが一望できた。破壊された街並みではなく、その先の護らねばならないものが見えてしまったのだ。

 

「焦るなよ04、まだ上陸されただけだ。まだ、間に合うんだ」

 冥夜の呟きの意味を理解できる武は、気休めにしかならないだろうとは思いながらも、そう言うしかない。

 

 BETAにここを抜けられれば、中国山脈南側が戦場となる。防府や岩国に基地があるとはいえ防御拠点としては十全な機能があるとは言えない。

 狭い海岸線を進んでくれればまだしも防衛もできるが、下手に山中ともいえる国道2号や山陽新幹線に沿って東進などされてしまえば、海上から満足な支援をするのも難しい。

 

 瀬戸内側への進攻を阻止するためであれば核をもってしてでも、という話の根拠が理解できる。戦術機のコクピットという高所から俯瞰してしまえばその言い分も納得してしまいそうになる。

 それほどまでにこの地は狭い。

 

 

 

 

 

 

 たしかに防衛網の隙間を突かれ、BETAの上陸を許した。

 市街地に乗り込まれ、民家は粉砕されている。

 だが、それでもまだ防衛線は構築できる。

 

 実際のところBETAの先鋒上陸群は、武たちが恐れる東進を選ばず、南進している。

 帝国本土軍の戦術機大隊が先に防衛のために191号線を北上してきているからだろう、その部隊が誘引しているようで突撃級の大多数は南へと進路を定めていた。

 

『後衛小隊は予定通りに私に続け。上陸後は主脚走行に切り替え、火ノ見山西部を掃討した後に、周辺への支援砲撃に移る』

 

 まりもは状況を一瞥し、上陸後の行動をあらためて簡単に指示する。

 先ほどまでの海上での射撃同様に、帝国陸軍が誘引を務めてくれている現状ならば、火ノ見山程度のわずかな高所とはいえ突撃級を背後から掃討することが可能だ。

 

 戦略レベルにおいて今後のことを考慮すれば、山陽本線を背にして鉄道施設を防衛するべきなのであろうが、すでに一部のBETA群はそれを乗り越え火ノ見山付近にまで到達している。

 増強されたとはいえ中隊規模では、それらを完全に押し戻すには火力が足りない。

 

『中衛各機はこのまま綾羅木川の北岸に展開。機械化歩兵への突撃級接近を阻止しろ』

 続けてまりもは、予定通りに吹雪4機からなる中衛小隊を歩兵の直掩として配置するよう指定していく。

 

 第一中隊に求められているのは直接的な防衛線構築ではなく、その前段階ともいえる兵力到着までの時間稼ぎ程度のことだ。ならば今この場にいる機械化歩兵大隊を、南から来る戦術機大隊との合流まで護衛することこそが重要と言えた。

 

 

 

『フェアリーマムより、ブラッド01以下前衛小隊へ。いい機会です、機械化歩兵の方々に武御雷の勇姿を』

『……ブラッド01、了解した。少し北側に寄りつつ248号線までは飛行を続け、その後南進する』

 

 前衛小隊へは、まりもよりも先にターニャがCPとして意見具申の形で指示を下す。

 冥夜を見世物のように扱おうとするターニャへの反発か、真那の反応がわずかに遅れた。だがそれこそが冥夜に与えられている任務であり、また帝国兵士の士気高揚は意味あることだと判断した上で、受諾する。

 

 その通話が終わるよりも早く、前衛たる武たちは海岸線を超え、着陸予定地を初期の想定よりも少しばかり東にとり市街地上空を飛翔していく。

 

 上空からは、防衛線の様子がよく見える。

 87式機械化歩兵装甲に身を包む、というよりはその骨格に吊り下げられているような兵士たちが、綾羅木川北岸にずらりと並んでいた。

 武たちの座る戦術機のコクピットたる92式戦術機管制、その緊急脱出システムとしての89式機械化歩兵装甲よりも一回りほどは大きく、装甲は厚く武装も豊富だ。兵士級や闘士級など小型種は当然、いま眼前に押し寄せている戦車級であっても数さえ揃っていれば十二分に対処できる。

 

 そして彼らの戦いもまだ始まったばかりであり砲弾の備蓄は十分。何よりも川という光線属種以外のBETAに対しては最も有効ともいえる防壁に護られ、余裕のある射撃戦を展開していた。

 

 そういった状況からか、向かい来る戦車級に対しその手にする12.7mm重機関砲からの銃火が絶えることはなかったが、上空を飛び越えた武御雷それも先頭を行く紫の姿をどうしても追ってしまうように強化装備の上半身が揺れた。

 

 わずかな間を開け、おそらくは歓声とともに彼らの腕が力強く天へと掲げられる。

 無線が通じてなくとも兵たちの声が耳にできたように感じられるほどに、その高揚は武たちにも伝わってくる。

 

 

 

『各機所定の位置についたな? 各機眼前の敵ではなく、腹や背を向けている突撃級から処理していけ』

 

 跳躍してきた武たちだけではなく、中衛と後衛の10機が移動を阻害する戦車級を最低限に排除しながら、機械化歩兵たちの前を通り越し、予定の防衛地点へと展開していく。

 その展開完了をまりもは待ち、戦術機の本分ともいえる機動防衛を捨て、武たち武御雷による前衛小隊以外の9名に対し拠点防衛ともいえる命を下した。

 

 武たち第一中隊の上陸後も、機体数の差からか、BETA群の大多数は南進し帝国戦術機大隊を目指している。突撃級の中にもまりもたち後衛小隊へと向かう個体もいくつかはあったが、北側に展開した孝之たちから見れば側面を晒す形となり、砲撃の餌食となっていく。

 

 東側、瀬戸内方面への到達を許すわけにはいかないため、東に下がることは出来ぬとはいえ、まだ砲撃主体で戦えるだけの距離もある。

 要撃級どころか、なによりも光線級がいない。突撃級も多く、戦車級の数は数えるのも嫌になるほどに多いが、どちらも大半が背を向けている。時折、足元に群がってくる戦車級も、機械化歩兵からの支援砲撃でその数は少ない。

 

 

 

「ほら04、俺たちだけじゃない。この場にいる誰もが、この国の、この星のために頑張ってるんだ」

『そう、だな……ふふっ、そなたの以前の言い分ではないが、身の丈に合った問題から対処していくとしよう』

 

 焦りを表していた冥夜に、武は周りを見てそうあらためて声をかける。

 国連軍と帝国陸軍。所属が違うどころか、今は連絡用の無線さえ制限されている。それでも眼前の敵を打ち倒し、日本という国と民とを守るべく、ともに戦っているのだ。

 

 ここを抜けられれば核が使われる。地図ではなく実地で見てしまったからこそ、その可能性がけして低くないことを、冥夜は気付かされたのだろう。護るべき地を自らの手で焼き尽くすことになることへの恐れ、そしてそれを覆せるほどには自身に力が無いことさえも、実地に立てばどうしても実感させられる。

 

 だか武の言葉にも嘘はない。

 先のことを憂慮し、そこで立ち止まってしまわなければ、まだ巻き返せるだけの余力が帝国にはある。

 

 

 

 

 

 

(それにだ。初陣としてだけじゃねぇ、これ以上の状況は想像しようがないな)

 

 武自身は先ほどから無理矢理だと自分でも分かりつつも話をしているが、主に言葉を出せているのは、武とまりも、そして三人の中尉だけだ。冥夜が時折口を挟むものの、新人の大半は指示に対して答えるのが精いっぱいといった様子だ。

 それでもラクな戦場だと思ってしまうくらいには状況が優位に進んでいた。

 

 ターニャがこの隊からの損耗もすでに計量しているかと疑ったが、これならば誰一人犠牲を出さずにこの場を乗り越えられると、ふと楽観もしてしまう。そして先ほども考えたことだが再び武は、この戦場がターニャによって選び抜かれた、あるいは組み上げられていたのではないかと、そうまで思える。

 

『ブラッド01よりフェアリー01。小隊全機248号に到着、これより南進します』

『フェアリー01よりブラッド01。武運を祈る』

 

 武が状況を俯瞰している間にも、中隊各機は部隊の展開を進めていく。武自身も歩兵部隊への顔見世としての跳躍も終えて、6機の武御雷は上下合わせて三車線の県道に並び降りた。

 

 突撃級の突進により市街地が崩されているとはいえ、瓦礫の中を駆けるよりは道路を走るほうが無理は少ない。予定通りであればあとは突撃級を背後から掃討しながら、北上してくる帝国陸軍と合流し、戦線を持ち上げるだけだ。

 

 

 

(まったく、ラクな戦場だと思った矢先にこれかよ)

 

 武たち第一中隊だけならば、現状は間違いなく想定通りに進んでいる。

 しかし防衛線の要ともなる南からくる帝国戦術機大隊の動きが鈍い。網膜投影される地図を確認すると、いまだ先頭さえ幡生駅の南だ。そしてその規模ゆえにBETAを今なお誘引しており、上陸したBETA群と実質的に正対してしまっていた。

 

「まずいな……この速度だと下関の方から東に抜けられそうだな」

『時間的猶予は無いと考えるか、02?』

「あいつら脚が速いからなぁ……」

 

 武の呟きを冥夜が拾う。

 それには直接答えずに、それでも余裕は無いことを滲ませる。

 

 地上に上がった突撃級は向きさえ定めてしまえば、その名の由来となった速度でもって少々の構造物であれば文字通りに突撃し、粉砕してしまう。戦車級にしても時速で言えば80kmに達する。しかもこちらはその手脚で垂直の壁でも上ってくることさえある。

 

 主脚走行で背後より掃討しつつ合流を目指すというのが最初のプランだったが、このままでは合流までに時間がかかりすぎる。まりもや孝之たちが後続を抑えているとはいえ、続々と上陸してくるBETAをすべて排除できているわけではない。

 戦術機大隊規模の火力をもってして、ようやく海軍の支援までの時間が稼げるかどうかギリギリといったところなのだ

 

 

 

『04よりブラッド01へ。跳躍による即時進攻を提言します』

 武が思い悩む様子を見てか、冥夜が進言する。それは背後からの射撃という利点を捨てての、合流までの時間短縮だ。有利な位置を放棄しての強引な合流は、本来ならば避けるべきだ。だが今はまりもと孝之が指揮する10機が、後方を確保してくれている。

 

 それに進攻の鈍っている大隊規模の戦術機が南側から押し上げて、さらに長州出島あたりに一個中隊でも支援砲撃のために戦力を割けることができれば、海軍の到着まで余裕を持って対処が可能となる。

 

『ブラッド01からフェアリーマム。帝国陸軍戦術機大隊へ、中隊規模での長州出島への移動および海岸線への支援砲撃を要請されたし。こちらは合流を最優先し、これより前線の突破を図る』

『フェアリーマム了解。伝達の努力はいたしますが、こちらの意図通りに帝国陸軍が動くかどうかは保証いたしかねます』

 

 ターニャは淡々と真那の進言を受け入れ、そのうえで相手が動かない可能性も指摘してくる。

 JASRA局長としての立場からの発言ならば、大隊規模の作戦行動程度ならば強権的な指示も入れられるのだろうが、いまは何と言ってもターシャ・ティクレティウス国連軍少尉でしかない。それも半ば所属不明ともいえるA-01のCP将校だ。まず相手のCPと直接連絡が取れるかどうかさえ怪しい。

 

 

 

『それだけでも十分だフェアリーマム。ブラッド各機及びフェアリー02、04ッ!! 傘壱号編成、征くぞっ!!』

『了解ッ!!』

 

 距離的に言えば合流地点は帝国軍がその場に停滞していたとしても3kmほど。光線属種の確認されていない今ならば、先ほどの海上と同じく高度も取ることができる。

 ターニャに連絡を任せた真那は半個中隊に雁行編隊を指示、6機の武御雷は武を先頭にして南進を始めた。

 

「あ~っ、やっぱ強襲掃討装備のが正解だったか」

『無駄口を叩くな、02。それに後悔は先に立たずと言うぞ』

 

 NOEではなく、射線を取るため少しばかり高めに飛び上がりはしたものの、やはり主脚走行の時よりは攻撃可能時間が短くなる。いまも一体の突撃級を撃ち崩したものの、何体かは絶好の射撃タイミングを逃してしまっていた。

 

「申し訳ありません。っと、02より01、及びブラッド01へ。マズいと思ったとしても後催眠暗示はご遠慮ください。あと投薬するなら、ダウナー系でお願いします」

『その余裕があるなら、どちらも必要なさそうだな』

「調子に乗って暴れまくって、撤退時期を見誤る……なんて醜態は晒したくありませんので」

『なるほど了解した。貴様には昏睡するギリギリまで投与しよう。さすれば貴様のその無礼な態度も少しばかりは修正されるやもしれぬからな』

 

 真那は苦笑気味に返してくるが、武としては割と真剣な問題だ。下手に高揚剤を投与されて、先の世界線でのXM3トライアル後のように、指示を聞き入れず戦い続けるわけにはいかないのだ。

 

 

 

『投薬に関しては他の者も含め考慮する。フェアリー02。そろそろ帝国軍が視認できるはずだが……』

 

 真那の言葉ではないが、地図ではすでに接触できるほどの距離であることが示されている。駅周辺もさほど高い建物はなく、視界は良好だ。高架となっている県道258号を飛び越せば、一体の突撃級とその先に帝国陸軍のダークグレーに塗られた撃震が一機立ち塞がっているのが見て取れた。

 

(まさか、追加装甲程度で受け止められるとでも思ってるのかよッ!?)

 おそらくは突撃前衛なのだろうその機体は、正面から突撃級を見据え、追加装甲にその左半身を隠し突撃砲を撃ち尽くそうとしていた。

 

(この位置から撃つ、か?)

 武とて射撃の腕が低いわけではないが、跳躍中それも主腕ではなく可動兵装担架システムによる射撃では命中精度には期待できない。

 あちらからの射撃は上空を跳躍してきた武機には当たることはないだろうが、逆に武側からすれば地表に向けてばらまくような射撃になるために、どうしても後ろの撃震に流れ弾が当たることになりそうだ。

 

 帝国陸軍とは直接には通話チャンネルは開かず、連絡はCP将校たるターニャに任せっきりなために、武からは回避の進言もできない。

 

「ぅッ、らぁッ!!」

 射撃すべきかどうか躊躇ったのは一瞬。跳躍ユニットの推力は切り、意味のない掛け声とともに、慣性のままに速度の乗った右の一撃で背後から一刀の下に斬り捨てる。

 

 突撃級は戦術機に比するほどの巨体だ。時速にして150kmを越す速度で動いていたものが、脚の動きは止まっとはいえ、その体躯がすぐさまに地に伏せるわけではない。

 着地の衝撃は突撃級のその巨体に押し付けるようにして吸収し、合わせて撃震への接触コースを逸らすべく外殻に右脚を押し付け、左脚は速度を殺すために民家の一角を蹴り飛ばす。

 

 

 

「……え?」

 武御雷の脚によって蹴り飛ばされる民家の破片の中、それが見えた。

 

 黒い額に収められた写真は、おそらくは遺影なのだろう。

 孝之たちとさほど変わらぬような年頃の、帝国陸軍制服に身を包んだ男の顔さえも鮮明に見て取れてしまった。その写真とともに仏前に備えられていたのであろう、まだ鮮やかに赤紫の色を残した千日紅が、花弁を散らしていくのが眼に入る。

 

 衛士として訓練してきた武は、それらを眼で追えてしまう。

 

 海上からの砲撃や、野戦砲兵であれば、目にすることはない。

 機械化歩兵であれば、眼前の敵へ狙って撃ち込める。

 

 だが戦術機とは全高20mの巨人が刀を振るい暴れているに等しい。市街地においては、ただ動くだけで意図せぬ被害を周辺にまき散らす。護るべき家屋、生活の基盤としてだけではなく、思いの籠ったそれらを自ら足蹴にして戦わねばならないという事実に衛士は直面してしまう。

 都市部で防衛戦を展開するということは、護るべきその街を盾とするということでもある。

 

 

 

 ターニャ本人だけではなく、JASRAの提言に賛同した者たちのおかげで、BETA侵攻に対して帝国は年以上もの猶予を与えられていた。結果的に帝国は、いま眼前にそのBETA侵攻を突きつけられてなお、どこかまだ当事者意識に欠けているように、武はいままでそう感じていた。

 

「ッ!!」

 自らが蹴り飛ばした家屋、まったく似ても似つかないそれの先に、鑑家の家屋を幻視してしまった。この世界ではない、何度も繰り返したはずの2001年10月22日、自宅を出た時に見た廃墟の街並みが思い返えされてしまう。

 

 武にとって隣家、鑑純夏の住まうその家、その部屋を圧し潰していたのはBETAではなかったという事実を、今までまったく重要視してこなかった自分に呆れ返る。

 鑑家は、BETAではなく撃震によって潰されたのだ。

 

 もちろん、あのコクピットのない撃震、その衛士が壊したくて潰したわけではないことくらいは判る。街で戦術機が戦えば、その機動だけで街並みなど破壊できるのだ。

 そんな当たり前のことに、武は気が付かないふりをし続けてきていた。

 

 

 

(なに判ったような面してたんだよ、俺はッ!!)

 

 攻撃の直前に慎二が告げた言葉、そして帝国の戦術機大隊が損耗も少ないにも拘わらず進攻が遅れたことの意味、それらがようやく理解できた。戦争に限らず大規模な災害などは被って体験せねば、多くの人はそれを自己の問題として自覚できないものだ。

 

 眼前の撃震は、自身を護るために追加装甲を構えていたのではなかったのだ。

 呆けたように突撃砲を下げてしまったその姿は、突撃級による自らの死を免れたことからの安堵などでは決してないだろう。護ろうと誓ったものが、味方と思しき者によって崩されてしまったことを受け入れられていないからだ。

 

 言葉にはせず、呻きだしてしまいそうな自らの口を、慙愧に耐えるためにただ固く閉じる。その後悔は、通信が部隊内部にしか通じていないとはいえ、けっして口には出せない。

 

 自分にはもう思い出しか残されていないと言った老婆。息子たちを失いその記憶の残る家だけでも守りたい、最後の時までせめてその場に留まりたいと言ったあの老婆の言葉。

 

 結局、それに対する答えを持たぬままに戦場に立った武は、今は謝ることも悔いることも、自身に許すことができなかった。

 

 

 

 

 

 




クリスマスまでに戦争は終わるどころか、よ~やくの防衛戦開始。ホントは初陣からの帰還まで書きかけてましたが、妙に長くなってしまったので、ちょっと切ります。

2018年中はギリギリ月一回更新でしたが、さすがに来年はもうちょっとペース上げて夏までには完結したいなぁ……と見果てぬ野望を立てておきます。ではよろしければ来年もお付き合いください。


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振起の返報

 日本海側から綾羅木川河口付近に逆上陸してからすでに5分ほど。武たち前衛小隊は、初期の目標であった帝国陸軍戦術機大隊との合流は果たした。

 

 だが上陸前からと比べれば、武の動きは明らかに鈍ってしまっていた。それはなにも武だけではない。真那を除く前衛小隊の5人は誰しもその挙動が硬くなっている。

 先ほどまでの上陸地点と違い、この周囲はいまだ被害が少ない。国と民とを護りたいと言った冥夜は当然、戎たちも家屋への被害を恐れ、どうしても積極的な攻勢に出ることを躊躇っていた。

 

『各機ッ!! 先の09、平中尉殿の言葉を忘れたかッ!?』

 そんな5人に真那が殺気を込めてまで叱責する。

 

『ブラッド01より、ブラッド各機へッ!! 我らが護るべきは、何だッ!?』

『ッ、め、冥夜さまですッ!!』

 

 守るべき優先順位。

 家を壊すことを恐れ、並び立つ戦友を危険に晒して良いのかと、慎二が言ったのは、そういうことだ。

 

 そして武と違い、第19独立警護小隊の4人は何を護るべきか、すでにその身に刻み込まれていた。真那の言葉によって戦意を取り戻した戎たち3人は、冥夜への脅威を排除すべくその機体を中心にして周囲に展開、撃ち漏らしていた戦車級を家屋ごとに破壊していく。

 

『ッく……』

 抑えてはいるのだろうが、3人の誰か、いや3人ともに、耐えるような声は漏れてくる。

 彼女たちが突撃砲を撃つたびに、戦車級の赤黒い身体だけでなく、家屋の屋根が飛び、壁が崩れ、庭木は抉られていく。

 

 

 

 そして冥夜自身は、自らを護る対象として認識することをできず、武と同じく動きが鈍いままだ。

 

「04、やれるか?」

 そんな冥夜の、ただ近づく戦車級だけを何とか切り払っている紫の武御雷の姿を見て、ようやく武はなんとか自分の中での優先順位というものを作り上げようと足掻きはじめる。

 俺は情けねぇなぁ……と言葉を漏らしてしまいそうになったが、口にしたのは別だ。そして聞いてみたものの、それは冥夜に対してではなく、半分以上自分への問いかけである。

 

(とりあえず、いま俺がなすべきは、御剣と隊の皆を護りぬくことだ)

 真那たちと同じだとは言い切れないが、武にしても任務や命令など関係なくまず護るべきは冥夜だと思える。そして同じ第一中隊の皆。

 

(全人類一丸となってBETAと戦うべきだって、前はそう思ってたんだよな、俺)

 死んでしまえば終わりだと思っていたあの頃から、成長できているなどとは考えられない。今も導き出したと思える答えさえ、結局は周囲から聞いたことでしかなく、言われた通りにしか動けないガキのままだと、自嘲してみせる。

 

 だがそうして作り出した余裕をもって、武はようやく操縦桿を握る手から意識して力を抜くことができた。

 

 

 

 

 

 

 動揺を見せてしまった武たちにとっては幸いなことに、今はわずかとはいえ余裕が残されている。

 跳躍によって攻撃可能時間が削られたとはいえ、武たちがここまで飛翔する間で屠った突撃級は20を超える。今もBETAの上陸は続いているが、後方のまりもたちが抑えてくれていることもあり、今すぐにこの周辺が埋め尽くされるというほどには切迫はしていない。

 そしてなによりも、戦車級の数は多いものの、光線属種が確認されていない。この状況ならば戦車や機械化歩兵とは違い、「空」に退避することが戦術機には可能なのだ。

 

『……04よりフェアリーマムへ。オープンチャンネルの使用のご許可を』

『フェアリーマムから04へ。貴官のオープンチャンネルの使用は許可できない』

 武の問いには答えず、冥夜はターニャへと許可を求める。

 戦闘中はどうしても不用意な発言が出る可能性が高いとして、冥夜からの無線は中隊内部に固く限定されていた。そしてターニャはこの場では特例を認めるつもりはないようだった。

 小隊長たる真那だけでなく、中隊長たるまりもをも超えての、公式にはただのCP将校、それも一少尉に過ぎぬ「ターシャ・ティクレティウス」への請願だが、いまさらそれを疑問に思うものなど、この部隊には居ない。

 

『ですがッ!!』

 真那たちと違い、帝国陸軍の戦術機大隊はまだ進攻に躊躇いが見える。自分の立場を利用してでも一言伝えることができれば、と冥夜の請願はそう考えてのことだろう。

 

『フェアリー04、伝えたい事があるならば、言葉ではなく行動で示せ』

『……04了解。なるほどたしかに「行動は言葉よりも雄弁に語る」ですか』

『代わりと言っては何だが、前衛小隊内での通話に関しては耳を塞いでおこう』

 冗談なのか判別しようもないまでの無表情で、ターニャは言葉を続けた。

 

 

 

『04より02。先の、できるかどうかという答えだが、な。私が守りたいのは人々だ。人々の心を、日本人のその魂を、志を守りたい、そう思ってきていた』

 武への答えという形で、いつか聞いた想いを繰り返すかのように冥夜は口にする。

 

『古より脈々と受け継がれてきた心を守ることができねば、たとえ命永らえても意味がないのではないかとさえ思ってもいた』

 ただ命があればそれでよい、とは御剣冥夜は考えない。

 

 以前、一月ほど前にグラウンドで純夏とともに聞いたときは、少しばかり考えているとは言っていた。だがやはり「御剣冥夜」であればそういう結論に達し、自身のすべてを帝国に捧げてしまうのではないかと、武はいぶかしみ冥夜の表情を伺ってしまう。

 

『……だがな、心を守るためにもまずは生きていてもらわねばならぬ』

 伺うような武に対し、どこかいたずらが成功したかのように、冥夜がにやりと笑い言葉を続けていく。

 

『そなたが以前言ったであろう? 207B訓練分隊の皆の問題は皆で解決すべきだ、と。ならば帝国の民たちがその心、魂を、その志を守るのは、帝国の人々すべてで分かち合い担い合うべきだ』

 生きていれば、また家を街を再建し、思いを積み重ねていくことができるはずだと、帝国の民はそれができると信じている、と冥夜は続ける。

 

『そのためにも今は、一人でも多くの民が健やかに生きていけるよう、たとえこの地を焼き尽くしたとしても、この国の人々を守って見せよう』

 

 その言葉とともに、紫の武御雷は真那たち4機の武御雷の囲みから一気に跳躍して抜け出した。

 

 

 

『冥夜様ッ!?』

 真那をして冥夜の速度に対応できず、声だけを上げた。

 すでに周囲の建造物は半壊し、冥夜が向かう先には3体もの突撃級が見える。

 

 真那にしてもその3体は認識はしていた。が、距離がいまだあり、周囲に戦車級が群がっている現状、直接的な脅威としては薄いと判断していたのだろう。

 

「ッ!?」

 追随できたのは、周囲のBETAではなく、冥夜だけを見ていた武ただ一人だった。

 

(クソッ、届か、ねぇッ!?)

 武は冥夜の機体の前に自機を割り込ませようとスロットルを振り絞るが、その差はむしろ開いていく。冥夜の駆る紫紺のR型と、武のF型との単純にして絶対的な主機出力差が、衛士の技量などとは別の次元において彼我の距離を詰めることを拒絶していた。

 

 前に出れぬのであればと、突撃級の進行方向をわずかなりとも逸らすべく、跳躍しつつも砲撃を開始する。真那たちも一瞬の躊躇いの後に射撃に加わり、1体の突撃級の脚を鈍らせることには成功した。

 

(あと2体ッ!!)

 周囲に群がってくる戦車級は、跳躍中の今は脅威としては低い。むしろ突撃級の突進を妨げる盾としても使える。後方に見える突撃級も、今すぐ接触する位置ではない。

 

 

 

 ただまっすぐに冥夜に向かって走る2体、特に武から見て冥夜に近いほうの個体が進路をかすかに変え、冥夜と正面から向き合うように形になったのを、武はどこか冷静なままに認識する。

 

(珠瀬がこっちにいてくれたらッ!!)

 無いものねだりだと判っているために声には出さない。武とて自身の射撃が下手だとは思わないが、かといって壬姫ほどの射撃センスに恵まれているなどとはさすがに己惚れるはずもない。

 最高速度で突進してくる突撃級の脚を、狙って打ち抜くことなど武には無理だ。

 

 2体を同時に止めることは不可能だと、奥歯を砕けるほどに噛み締めたままに割り切る。兵装担架に下げられたままの突撃砲の120㎜滑腔砲を選択し手前の1体に対し、1門に6発しか装填されていないそれを左右合わせて12発、一気に撃ち尽くす。

 

「よしッ!」

 12発のうち何発かは突撃級の強靭な前面外殻を撃ちぬけたようで、止まりはしないが動きが鈍くなった。

 

 だが最後の1体は、真那たちからの砲撃も弾き飛ばし、無傷と言っていい状態のままに、冥夜の武御雷へと速度を一切落とすことなく、その名の通りに突撃していく。

 

 

 

(120mmのリロードは間に合わねぇッ、36mmだとここからじゃ脚は狙えねぇッ、接近して斬るにしても御剣のほうが接敵するのが早えっ!?)

 焦りから思考は無駄なまでに回るが、だからと言って的確な対応を選べるわけではない。意味は薄いと判りつつも接近しながら36mmをバラまくように撃ち続ける。

 

『02、いや白銀。私の技量ではなく、そなたが今まで成してきたことを信じよ』

 焦って近付いてくる武に対し、冥夜はどこまでも静かにそう告げる。

 120mmを撃ち尽くし、距離を詰めるべきか脚を止めての精密射撃に移行すべきかさえ判断しかねた武と違い、冥夜の声もフェイスウィンドウ越しの表情からも憶する気配は微塵も感じさせない。

 

 左の74式長刀を打ち捨て、右の一刀のみを肩に乗せるように構え、こちらも正面から主機推力を絞ることもせずに、高度を100フィート以下で、実質地を這うような高さで飛び続ける。

 相対速度にして500km/hを超える速度で両者が正対する直前、冥夜は推力はそのままでパワーダイヴで突撃級の体軸の真正面に機体をさらに押し出す。

 

『……はぁッ!!』

 瞬間、空中から斬り下ろすような形で冥夜が繰り出したのは、無現鬼道流ではなく示現流の打ち込みに似た袈裟斬りだ。その一閃のみで突撃級を正面から一刀の下に斬り伏せる。

 

 直後、その速度を殺すことなくもう1体の後方へと位置を取り、兵装担架に搭載された二門の突撃砲を背面に向けて砲弾を降らせる。

 

 

 

「は、ははっ、すげぇよ、御剣……」

 XM3の機能としてのコンボ。

 武の眼前で瞬く間に2体の突撃級を屠ったその機動は、白陵基地でのXM3のお披露目の際に冥夜と唯依とが繰り広げた演武の型を基にしたものだ。

 

『私は、そなたが成し遂げたことを信じよ、と言ったのだぞ。XM3の運用実績が積み重なっていけば、誰しもが今私がしたことを再現できるのであろう?』

「言うほど簡単なことじゃねぇよ、まったく」

 さらりと言い放つ冥夜に、武は苦笑するしかない。

 

 コンボ機能に従えば一定パターンの挙動は正確に再現されるとはいえ、それを選択し的確なタイミングで実行するのは、衛士の判断となる。実戦のそれも近接戦闘で、自身の慣れた動きではなく他の者の動きを選択し、戦果を掴み取ることは誰にでもたやすく成し遂げられるものではない。

 結局のところ、状況を読み取りそこから最適な行動を選び取るのは、衛士として修練を積み重ねていくしかないのだ。

 

 

 

『04ッ、ご無事ですかッ!?』

 突撃級が倒れた後に、群がってくる戦車級を掃討しつつ、真那たち4機の武御雷がふたたび冥夜を中心として防衛陣形を取る。

 

「フェアリー02よりブラッド01へ。こちら2機ともに損傷無し。むしろそちらのほうが……」

 口調が崩れ始めている真那に対して、問われた冥夜ではなく武が先に応える。ただ武としては言葉尻を濁してしまったが、神代の機体は一見しただけでも損傷しているのが判る。

 突撃砲に銃剣として取り付けられた65式短刀ではなく、突撃砲を持ったままに腕に格納されている00式短刀を強引に使用したのか、 右のマニュピレータ周辺が歪んでいるのが見て取れた。それでも突撃砲を構えたままに射撃が可能なのは、武御雷の頑強さもあるが、追加されたスリングで安定させているという面もあるようだ。

 

『気にするなフェアリー02。戦闘行動には支障は少ないようだ。大物が来る前にこの周辺の排除を進めよう』

 

 真那と武とがそんな話をする間にも、前衛小隊の6人は近くにいる戦車級に36mmの砲弾を降り注ぐ。後方の大隊よりも、近くにいる武たちの脅威度を上だと判断したのか、先ほどから戦車級の大半がこちらに向かって集まりつつあった。

 そしてその先には、まりもたちが撃ち漏らしたのであろう突撃級が進攻してくるのが、レーダーだけではなく視認さえできる。とはいえ数はさほどではなく、光線級に対して過度に警戒する必要がない現状、跳躍してからの背面射撃で排除が可能だ。

 

 

 

『排除……か。今以上に、この街並みは崩れていくのだな……』

 誰に聞かせるというのではない。ただ自らの力不足を嘆くように、冥夜は声を漏らしてしまう。それでも慙愧の言葉は紡ぎつつも、冥夜とてその射撃を止めることはもはやない。

 

『だがな。民の思いの縁となるこの国の地を、家屋を、汚し焼き尽くしたその責は、この身、この「御剣冥夜」が負おう』

 

 静かに誓いを立てるかのような冥夜の言葉だが、武には受け入れられなかった。自分でもわざとらしいと思うほどに、無理矢理に武は軽く冥夜の言葉を否定しようと口を開く。

 

「おいおい04、勝手に一人で決めるな。みんなで護ろうって言ってるのに、その罪や咎は一人で背負うってのは、おかしいだろ?」

『む? そういう……もの、なのか?』

「責任者が責任とれって話なら、文句は帝国参謀本部にでも押し付けろッ」

 

 日本帝国皇帝そのお方に、軍事的損害の責を負わすことはできないし、おそらく帝国臣民の誰一人としてそれを望むことはないだろう。ならば日本帝国国務全権代行である、政威大将軍がその責を負うこととなる。

 

 もちろん組織的には、帝国軍の行動に関しては、確かに政威大将軍にその責はあるとはされている。

 だが政威大将軍とはいえ、煌武院悠陽には実権など無いに等しい。帝国参謀本部が立案し、内閣総理大臣が承認したものを、ただ言われるままに追認することしかできないのだ。

 

 

 

 そんな悠陽の影として、国を焼いた責を自ら被ろうとする冥夜を見て、武は自身の無力さを実感した。冥夜を無理矢理に表舞台に立たせたのは武たちの策謀の結果であり、それに伴う彼女自身の心理的負担などは、半ば無視するように目を瞑ってきたのだ。

 

「だいたいだなッ、俺たちは軍人だ! もし作戦遂行上に失敗があったとすれば、それは戦って償うべきだろッ!!」

 それに何よりも、以前武が夕呼やターニャに提示した「御剣冥夜」の使い道というのは「『煌武院悠陽』が演じる『御剣冥夜』として前線に立ち、兵の士気を高める。加えて諸外国には将軍家に所縁のある者が戦場に立っていると証明する」といった程度のことだ。

 決して、冥夜を悠陽の責を取らせるための身代わりや捨て石にするつもりなどなかった。

 

 だが実際は、何か問題があれば冥夜自身が自らを罰してしまう。自身の立ち位置とその忌み名ともいえる名を頑なに護り通す冥夜は、病的なまでに自身に厳しい。

 

「ああ、くそッ!!」

 自分の考えの甘さを見せつけられ、それを解消する方針さえ見いだせないもどかしさを、ただ意味もない叫びとともに吐き出す。

 群がってくる戦車級の赤黒い肢体、その腹の下に見える白い歯が、そんな武を嘲笑っているかのように感じらた。

 

 消し去るすべのない焦燥をBETAに押し付けることで埋め合わせるかのように、脚元の個体は踵のブレードエッジで踏みつぶすように斬り下ろし、左右の長刀が届く範囲の限り討ち払う。

 一瞬で武の周囲の戦車級の大半は活動を停止し、奇妙な空白が生まれた。

 

『……02? そなた何をッ!?』

 だが周辺の脅威を排除しただけでは武は止まらなかった。回避のためではなく次の目標、いや食い散らかすべき獲物を求めるかのように、跳躍ユニットを吹かし密集する戦車級へと飛びかかっていこうとする。

 

 

 

『02、白銀ッ!! 支援砲撃、来るッ!!』

 冥夜のその声に、さすがに武は機首を留め海軍が来たのかと海のほうを見た。が、支援は後ろ、南方の戦術機大隊からのものだった。

 

『――梓弓手に取り持ちて、剣大刀腰に取り佩き……とでも申すべきでしょうな』

「ッ?」

 92式多目的自律誘導弾システムからの砲撃だろう。

 聞きなれない声が無線に流れたとともに、戦車級を飲み込むように100発を超えるミサイルが着弾し、周辺の家屋ごと灰に帰す。

 

(大隊の制圧支援が全弾斉射したのか? 大判振る舞い過ぎたろッ!?)

 第一中隊ではその装弾数の少なさと取り回しの不便さから訓練時でさえもあまり使用することのない兵装だが、大隊規模で運用するとなれば砲兵による支援砲撃の薄い領域では、心強い火力だった。

 

 

 

『ああ、済まないな04、こちらに少々手違いがあった。先ほどまでの通話の一部が、帝国陸軍の方々のほうにも流れていたようだ』

 中隊内通話の横、外部連絡用の回線をオープンにしたままだった、と一応は謝罪の言葉を口にしつつもまったく悪びれた様子などなく、ターニャは言い放つ。

 

『あちらの大隊長から直接の請願があって、あらためて繋がせてもらった。今はこちらへの送信のみという形とさせてもらってはいるがね』

 つまるところ、直接は冥夜の言葉を伝えさせることはしない、ということらしい。

 

(うわぁ……ギリギリというか、まあ事務次官補のことだからわざとなんだろうが……)

 通常であれば通信の混線など、CP将校としては何よりも非難されるべき事態だ。ただターニャ自身の立場と第一中隊の任務とを考慮すれば、それさえも作戦当初からの予定行動という可能性も高い。

 おそらくは先ほどの冥夜の言葉のうち、都合のよさそうな部分を断続的に漏れ聞かすような細工をしたのだろうと、落ち着いてきた頭で武は推測する。

 

『合わせて中隊各機へ。朗報です。海軍の支援砲撃まであと300秒程度とのこと』

 急ぎ射程の長いMLRSによる支援砲撃を綾羅木駅の南方を中心として行い、海岸部への主砲砲撃はその数分後に始まるとのことだ。

 朗報とは言うが、ターニャの淡々とした口調だと、ただの事務報告のように聞こえる。それでもその内容は、朗報というに相応しい。

 

『大隊各機へ。海軍はともかく、「国連軍の皆様方」に本州防衛の責を負わすなどとは、帝国陸軍衛士の名折れぞ』

 同じ内容が伝えられていたのだろう。音声だけの通信であり顔は見えないが、合流した帝国戦術機大隊の大隊長の声も部下を鼓舞するだけではなく、どこか安堵したような雰囲気さえあった。

 

 局所的とはいえ防衛線を持ち上げ、そしてなによりあと数分も持ちこたえれば海上からの支援があると判っているのだ。街並みを破壊していくという行為への忌避感など最初からなかったかのように気丈に振舞う余裕さえ、その声からは感じられた。

 

 

 

「悪かった……いや違うな、助かったよ、04。ありがとう」

『なに、そなたには助けられてばかりだからな。少しでも恩義を返せたのなら重畳の至りだ』

 

 前線を押し上げていく帝国陸軍戦術機大隊を横に、武はようやく張り詰めていた息を吐き、冥夜に詫びではなく感謝の言葉を告げる。

 彼らの支援砲撃が無ければ、いや冥夜の制止の声があと少しでも遅ければ、武はかつてのAL世界線における「初陣」の時のようにただ闇雲にBETAを斬り潰すことにのみ目を向け、自分だけでなく味方を、隊の皆をも危険に晒していたに違いない。

 

 武の言葉の意味は完全には判らないだろうが、それでも冥夜は武を危ういところで引き留められたと感じたようだ。応える冥夜の声も軽くなっていた。

 

(初陣……初陣、か。俺たちの初陣は、まあこれで一応は無事完了ってわけだ)

 冥夜の声に余裕を感じ、武も今はまだ気を抜くわけにはいかないと思える程度には落ち着いてきた。

 

 表向きの任務である山口方面へのBETA上陸の阻止は、成功しつつある。

 そして「紫の武御雷を駆る御剣冥夜」の影響力は、間違いなく証明された。

 

 問題は、ただ武の認識の甘さだけだ。

 将軍職、帝国においてその地位が臣民のみならず武家や軍関係者に対して持つ意味。そしてなによりも冥夜本人がどれほどに重く受け止めているかを、あまりに軽く捉えていたことだ。

 

 

 

 第一中隊に後退の許可が出たのは、それから数分の後のことだった。

 

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます(いろいろギリギリ)
今年もよろしければお付き合いください。

前回分と今回、で次回に回した基地に帰投してからのデブリーフィング?まで入れるつもりだったとか、去年のジブンをどーにかしたいところ。

んでとりあえず初陣でしたが、帝国海軍が頑張ってくれそうなのであまり負担のないぬる~い感じで初戦は終わり、です。というか下準備がしっかりしてたら英国同様に上陸阻止はそれなりに何とかなるんじゃないかなぁ、などと。
でで、ようやくたぶん次々回?には九州で戦闘の予定。


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瞋恚の撥無

 下関防衛のために出撃していた武たち第一中隊だったが、帝国海軍の支援砲撃開始ともに、後退の許可が出た。後退とはいえその目的は補給であり、下関から東に60kmほど下がり防府基地へと入った。

 

 防府基地は以前は帝国空軍の飛行教育団が所属しており、BETA大戦勃発後は帝国陸軍も戦術機衛士訓練のための防府分屯地として設置もされた。だがBETAの九州上陸が確実視されてからは戦術機甲師団までも配置された。

 正確に言えば、教育隊が置かれていた南基地と、いま武たちが居る北基地とは別なのだが、防衛戦が確実となった今年度からは教育隊は別の基地へと移転しており、立地的にもほぼ隣接しているために一つの基地として運用される形となっていた。

 

 そういう基地側の事情もあり、また任務の特殊性も踏まえ、この基地に所属しているわけでもないA-01第一中隊にも専用の衛士控え室が用意されていた。ただ、その部屋に入ってたのは武と冥夜、そして真那、あとは孝之と慎二の5人だけだ。

 口数は少ないままに、用意されていた合成緑茶を飲みながら、戦闘の緊張が解けきれぬ中、それでも5人は意識して寛ごうとしていた。

 

「中隊長入室ッ、総員、傾注っ!!」

 ただその時間はさほど長くなく、まりもが入室したことで誰しもが意識を切り替える。

 A-01本隊との連絡や、基地司令などとの打ち合わせのために席を外していたまりもが、この基地にいたらしいターニャともに控室に来たことで、次の任務が確定したことは明らかだったからだ。

 

「楽にしろ。貴様らにはさほど休息の時間はやれんからな」

 だが孝之の号令に合わせ敬礼した武たちに、まりもにしては珍しく簡単に返礼しただけですぐにそれを解かせる。

 

「我々には……ということは、新人どもは寝付きましたか?」

「弱めの睡眠導入剤を用意して貰ったのだがな、ぐっすり眠ってるさ。初陣というのもあったが、慣れぬ船旅での負担も大きかったのだろう」

 

 前日に出雲に乗っていた武たちとは違い、第一中隊の10人と19独立警護小隊の白の3人は横須賀から海路での九州入りだ。ゆっくりと休めていたとは言いがたい。

 

 新人の少尉たちは軽い打ち身などはありこそすれ、誰一人欠けることなく初戦を超えた。とはいえ、いまだ経験が足りない。この後すぐに連戦できるほどの体力も気力も残せるほどには、自身を制御できていなかった。

 

 それにもちろん戦術機のほうも無傷とはいえない。

 神代と巴の武御雷はどちらも無理な近接戦闘の影響で主腕部に小破、晴子の吹雪も脚部小破。慧の撃震がもっとも損傷が激しく、戦車級が跳躍ユニットに噛付いたらしく、小破と判定されてはいるがユニットごと交換となっている。

 

 

 

「これであいつらも『前線帰り』ってワケですな。他の部隊の連中から軽く見られることも、ちょっとは減りますね」

 内実が伴っているかどうかは別として、と慎二は笑って見せる。

 

「斯衛のほうではあまり気になりませんでしたが、そちらではやはり突かれましたか?」

「まあ表立って言ってくるような奴らはいなかったけど、な」

 楽にしろと言われたので、意識しつつ普段の雑談に近い感覚で武は孝之と慎二に問う。

 

 第16大隊での教導においては、武たち第一小隊の技量に関しては、さほど問題とされなかった。

 まりもの経歴は斯衛のほうでも知られており、そこに不満などはあり得ない。武に対しては、初日の最初に行ってしまった教導前の4人抜きがなによりも雄弁に技量を語っており、以降はその技量を疑うような言動は一切感じられなかった。

 冥夜においてはそもそもが隊員の前に出ることもなかったし、純夏は新兵へのXM3対応例という面で逆に貴重な例として見られていた。

 

「精鋭と名高い富士教導隊だぞ、白銀? 選抜されるに足る技量と、それに裏付けられただけの自尊心はあるさ。そんなところから国連軍基地へ、それも新人少尉を主軸に据えた部隊に教えを乞うって形でやってきてたんだ」

 孝之でも分かるくらいにはピリピリしてたな、と慎二は笑って済ませる。

 

「お前が茶化すからだろ、あっちがイラついてたのは」

「まあ、それも次からはなくなるだろうさ。短かったとはいえ、逆上陸での防衛線構築の一角を担い、その上で中隊に損耗無し。XM3の性能実証だけでなく、あいつらの腕前も証明されたってわけだ」

 孝之が呆れたかのように溜息をつくが、慎二はそれも笑っていなす。

 

 

 

「それで神宮司大尉? 第一中隊としての任務は、ほぼこれで達成、というわけですね?」

 そして慎二はあらためて表情を固め、まりもに問いただす。

 

「一応のところは……という但し書きが付くがな」

 横のターニャの様子を伺いつつ慎二の問いに答えるまりもは歯切れは悪い。問うた慎二にしても、答えたまりもにしても、第一中隊において任務内容というのは建前でしかないことは理解しているのだ。

 

 秘匿部隊としてのA-01において表向きの任務内容というのもおかしな話だが、第一中隊に与えられている公式な任務は「実戦におけるXM3搭載機の運用実績の収集」といったところだ。

 短い時間だったとはいえ戦術機母艦からの発艦から逆上陸、防衛戦の臨時構築にその後の撤退行動と、最小限の実働記録は作ることができた。帝国陸軍に配備されている第一世代機と第三世代機に向けた基礎的な運用方針を構築する程度には、必要なデータは取れたと言えなくはない。

 

 そもそもが中隊規模の、それも構成機体の違う部隊だけで満足できる情報集積が達成できるはずもない。XM3を搭載した不知火を運用している他のA-01中隊から上がってくるものをも含めるとはいえ、それでも数が少ない。

 本来ならばXM3の完熟には時間と人材をかけ、特定条件下での事例なども集めていかねばならないのだが、それは今後運用していく上での課題だ。今すぐに解消できるものでもない。

 

 結局のところ、第一中隊がXM3の運用実績を集積しているというのは、後方部隊に対する箔付け以上の意味合いは薄い。

 

 

 

「ああ……そういえば初期の予定では今週頭から、北方への移動でしたね」

 二人の会話を聞きながら、武はそのことを思い出した。

 先月の、というよりは部隊結成時の予定としては、第一第二小隊は富士教導隊との合同演習が終わり次第、北海道地方の北方戦線へ向かい、そちらでの演習に参加することになっていたのだ。

 

「本格的な冬になる前に、って話だったんだがなぁ」

「北海道なら12月初頭も2月だろうが、たいして変わんねぇだろ」

 寒さが嫌なのか、どこかぼやくような慎二に、孝之が呆れたような声を出す。

 

「ちょうど良かったとは思いますよ。雪原、厳冬下でのXM3の運用実績を取るってことなら、2月のほうがむしろ好ましいんですし」

 武は苦笑しつつ、誤魔化せてはいないだろうとは思いつつも、あくまで表向きの理由を告げる。

 

(2月前後に教導に行ってれば、あいつらを喀什攻略に連れて行かなくて済むよな)

 武が北方方面での教導に期待するのは、XM3教導という名目での部隊の後方配置だ。

 

 横にいる冥夜には酷い話だと苦々しく思う。だが紫の武御雷を借り受けている以上、喀什攻略から冥夜を外すことは難しく、また武が先日事情を漏らしてしまったことから冥夜本人が作戦への参加を当然のこととして受け入れてしまっている。

 それに加え正直なところ、城内省や事情を知る武家の中には、どこか大規模作戦において冥夜には「誉高き死」を望んでいる者たちも多い。

 

 だが他の元207Bの者たちに関しては今なお政治的な背景も強く、喀什攻略には参加させない方向で夕呼も考えているようだ。

 

 

 

「そういえば帝国陸軍で吹雪を実戦配備してるのは北方だけだったな」

「年末までには向こうの吹雪にもXM3を積むって噂も出てるし、たしかに日程的には都合がいいよな」

 悩みの本質は知るはずもなかろうが、孝之と慎二は武の話に乗ってきてくれる。

 

 現状、フルスペックのXM3を搭載した撃震は、開発メーカー内でテストされているものを除けば、このA-01第一中隊に配備された6機だけだ。それと同じく、吹雪にしてもこの場にある4機と白陵に残された1機だけがXM3搭載型である。

 XM3搭載型に改良した不知火は富士教導隊などに先月から先行配備されたが、吹雪に関しては演習に合わせて今月配備される計画だった。

 

「先の大隊も不知火だったがXM1っぽかったからな」

「たしかに完熟もせず、実戦でいきなりXM3搭載機は使いたくない……か」

「元大陸派遣軍から出たXM3の否定意見が、ほとんどそれでしたからねぇ」

 

 トライアルの際に実戦を経た衛士たちから拒否されたことを思い出し、今度は武も心から苦笑してしまう。XM3の性能に関しては疑問は無いものの、九州防衛までにそれを身に付ける時間が無い、とその配備を断られたのだ。

 

 そのXM3に対して、XM1ならば操作感覚が従来型OSとさほど差が無く、また換装するにしてもソフトだけということで整備面での負担も低く、いま九州戦に投入されている機体の大半はXM1搭載機となっている。

 合わせて武が帝国技術廠に提案した突撃砲の改修案としての銃剣と連結式弾倉そしてスリングに関しては、改修作業が容易なこともありこちらも多くの機体で採用され始めている。

 

 

 

「ああ、そうだ。その先ほどの帝国陸軍戦術機大隊、そちらの大隊長殿より、お詫びの言葉を賜ったぞ」

「詫び……ですか?」

 雑談の続きという体でまりもが話す。が、その意味が分からず武は問い返してしまった。

 

「部隊の進攻が鈍っていたことと、それによって我が隊への出撃命令が出たことへの謝罪、ということだ」

「謝られるようなことでもないとは思いますが……進攻の遅延も、想定の範囲でしょうし」

 入室して以来一言も発していないターニャの様子を盗み見つつ、武は答える。

 今回の第一中隊の作戦地域を選んだのは、まりもではないのだから、ターニャだ。おそらくは帝国軍の防衛網の手薄な場所を、事前にいくつかピックアップしていたであろうことは、武でさえ推測できる。

 そしてJASRA局長という立場があるとはいえ、外部の人間が収集できる程度の情報から、戦線が乱れることを予測できるような作戦地域だ。少々の混乱や侵攻の遅延などあって当然と言える。

 

 

 

「あちらとしては『政威大将軍』の手を煩わしてしまった、と考えたのだろう」

 それこそ貴様の想定通りだな、と詫びられたことへ疑問を持つ武に対して、まりもは軽く睨みながら告げた。

 

「……お手数をおかけして申し訳ありません」

 言葉としては簡単に、だが口にできない思いとともに、まりもへ武は頭を下げる。

 

 冥夜を「煌武院悠陽が扮する御剣冥夜」として周辺に思い込ませること、この日本帝国における将軍職というものの持つ意味、そしてそれらの影響。そういったものを低く見積もっていたと、武は先の戦闘中にも思い知らされたところだ。

 いくつかの世界線をループしてきたとはいえ、武のこの世界では明確な記憶としては1年と連続していない。武の常識や判断基準は、「将軍」など存在しない日本での経験がいまだに強い。それ故にこの「日本帝国」の臣民との意識のズレは、どうしてもまだ根深く残っている。

 

「自分が指揮する部隊の進攻が遅れていたら『御剣冥夜』と名乗る国連軍衛士が紫の武御雷で現れたんだ。帝国軍衛士であれば、腹を斬って詫びたくなってもおかしくはあるまい」

 諦めたかのようなまりもの言葉に、さすがに冥夜本人は何も言えず目を瞑ってはいるが、真那はまったく当然のことだと深く頷く。

 

 

 

「ただ、な。何も理由もおっしゃられずに詫びられたから、進攻が遅れた理由を伺ったのだが……」

 下手な言い訳でもされたほうが良かったよ、とまりもが珍しく愚痴のように言葉を濁しつつも、理由を告げる。

 

「突撃前衛の一人が、下関の出身だったらしい」

「それは……まあ、仕方がありませんね」

 軽いとはいえ部下が負傷したのだ。孝之としても言いたいことはあるのだろうが、その理由を聞かされると文句も言いにくい。

 

「たしかに。俺も白陵の近くで戦えと言われると、足が止まりますね」

 苦笑しつつだが慎二も孝之の言葉に同意する。

 

 もしかしたら他世界線の明星作戦でその身を散らしたのは、そんな気持ちからかもしれない。二人の顔を見て武はそう思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

「さて。では今後の我が隊の行動を説明する。ティクレティウス少尉、よろしく頼む」

 デブリーフィングというには正確なものではないが、作戦後の話し合いは済んだものとしてまりもは一度切り上げ、次への準備へと移ろうとする。ただ説明が副官として扱われている武ではなく、ターニャに振られたことから見て、大規模な計画変更が予想された。

 それを察して、室内の皆が一様に適度な緊張に意識を切り替えた。

 

「先の山口上陸だけでなく、山陰方面へも散発的な上陸が確認されている」

 説明を任されたターニャも「ターシャ・ティクレティウス少尉」という偽装は無視した形で、敬語も取り払い端的に状況を述べていく。

 

「さすがにそれほどの広域にわたる海岸線を常時防衛できるほどには帝国海軍に余裕はない。在日米海軍の協力があったとしても手に余る」

 上陸された後は斯衛が対処してるようだがね、と背後の地図を示しながらターニャは続ける。

 

 

 

「ここに至り、JASRAの協力の下、香月博士の第四計画が主導する大規模誘引計画を、帝国軍参謀本部がようやく許可を出した」

 

 数十年に亙る戦いの中、BETAの基本的な行動法則はそれなりに把握できている。

 戦術レベルで見れば、航空機やミサイルそして大口径の砲弾などの飛翔体を除けば、BETAに対して脅威度の高い機器が優先されて狙われる。戦艦などは当然、高度な集積回路を搭載している戦術機は、BETAの脅威度判定からは上位に位置されていると推測されている。

 戦略レベルで言えば、生命体が集まる場所たる都市も狙われやすいが、戦術機が狙われるのと同様の理由で、大規模高度演算処理施設が進行目標となる。

 

 BETAの戦略・戦術というものは単純なうえに変化に乏しいために、誘引自体は困難ではなく、過去に幾度も実行されている。

 

 

 

「今、この時点でですか? 誘引するなら最初からやっておけば良いものを」

 それなりに過去の戦例集には目を通している武としても、誘引自体は難しいものではないと知っている。疑問なのは、なぜ戦端が開いた初日に、いきなりの方針転換なのか、だ。

 

「……白銀、お前ってもしかして、戦術機操縦以外はアレか? 彩峰が言うところの、バカ?」

「いや、そうはっきり言われると……否定はできないんですが、ヘコむんですけど……」

 だが疑問に思ったのは武一人のようだ。

 慎二が後輩を心配するような様子で、少しばかりは言葉を選んでいたが、結局直球で聞いてきた。言葉にしたのは慎二だが、説明していたターニャだけではなく室内の全員が残念そうな視線を送っている。

 

「白銀……地図を見てみろ」

 冥夜がさすがに憐れんだような声音で、ターニャが背にしている日本周辺の地図を指し示す。だが見慣れたそれを見ても、皆が何を問題にしているのか、まだ判らない。

 

 わずかな溜息とともにターニャが操作したようで、壁の物とは別の地図が網膜投影された。大分を中心とし誘引効果半径が表示されたその地図は、東は京都と琵琶湖運河までの範囲だ。

 そして問題となるのは北西方面、朝鮮半島だった。

 

「あ~そっか、距離的には鉄原までと同じようなものなんですよね」

 誘引の中心となる大分からの同心円が重ねられた地図を見て、ようやく武も理解が追いついた。

 

 さすがに舞鶴までを含むわけではないだろうが、鳥取方面へと進むBETA群を九州に引き寄せようとするならば、その影響範囲は鉄原ハイヴ近辺までを含むこととなる。

 それは飽和進攻してくるBETA群だけでなく、鉄原ハイヴ内のBETAまでを誘引する可能性がある。

 

 一般的な飽和による大規模侵攻を押し留めるのさえ困難なのだ。まして鉄原は先の間引きに失敗しており、BETA個体数は非常に多いと予測されている。下手に誘引して進攻個体数が防衛可能数を上回りかねないのであれば、警戒すべき防衛線の拡大を受け入れるほうがまだ兵力に余裕が持てると判断されたとしても、仕方がないことだろう。

 

 

 

「ただ、それで結局は山陰のほうにも被害が出てしまってるってのは……」

 たしかに山陰への進攻数は少ない。だが、やはり防衛線の拡大は警戒網の薄さとなり、後手に回って上陸を許してしまった地域もある。

 

「まさに本末転倒だな。薄く広く防衛するにしても、そもそもの防衛戦力が十全ではなく、逆に被害を拡大したとも言える」

 ターニャが諦めたかのような嗤いを含む声で話しながら、地図に現在の状況を付け加えていく。

 

「たしかにこれなら下手に年を超えて本格的な冬が来たときに進攻される、今手を打つほうがまだマシか」

「いまなら米豪の支援も大きいしな。海上からの支援が満足なうちに、数を減らすべきだと参謀本部も判断したってことだろう」

 孝之と慎二も、地図に重ねられていく情報を読みながら、納得の声を上げる。

 

 山陰地方へのBETA上陸は今はまだ抑えられている。

 先のターニャの言葉通り、斯衛の第16大隊が隊を中隊ごとに分け、広範囲に展開することで被害を食い止めているようだ。武たち第一中隊と同様に、戦術機母艦からの出撃を繰り返すことで上陸された後も撃退に成功したという。

 そしてまた瑞鶴で編成されている斯衛の隊も、まだ戦線には参加していないものの山陰各地に展開している。

 

(舞鶴、というか京都守護を名目とすれば、斯衛の出動も可能ってことか)

 帝国斯衛軍は将軍家の守護を主任務とする性格上、また帝国陸軍への配慮もあり、基本的には帝都東京を守るように配備されている。

 だが悠陽が政威大将軍に就いた際にそれに合わせて東京へと都が移された形とはなったものの、武家の中には今なお京都こそが都である、という意識は強い。また何よりも実家が京都にある有力武家も多い。

 その京都を守るためとあれば、東京の守りが手薄になると判ってはいても城内省とて部隊の展開を許可するしかない。

 

 

 

「しかし大分ですか? あちらにそんなBETAを誘引できるような大規模通信設備とかってありましたっけ?」

 高度演算処理施設や通信設備などは現代の軍を運用するにあたり必要不可欠であり、だからこそ狙われると判っているそれを一ヵ所に集中させることはない。九州北部にもいくつかの前線指揮所は設置されているが、可能な限り小規模なもので、それも分散されている。

 

「だから、だ。第四の主導によると言っただろう、白銀」

「って……まさかッ?」

 

 ターニャの返答に、ありえない、という驚きが声にも顔にも出てしまう。

 第四の、と言われてBETAを誘引できそうなものなど、武には00ユニットしか想像できない。そしてそれが今の夕呼には作り出せないものだということも判っている。

 

「貴様が考えているものではないよ。アレではなく、まあ似たようなものだが、いまこの国にある中では最大級ともいえるスパコンを2台、大分に急遽輸送し構築した」

 ついでに国連軍のみならず、帝国陸軍の作戦指揮にも転用することになったという。だが処理する内容に関しては、A-01とはいえ伝達できない、とターニャは付け加える。

 

「でも、夕呼先生……じゃねぇや、香月副指令が持ち込んだモノってことは、今後俺たちはその防衛にあたるんですか?」

「いや、それに関しては、A-01の他の隊が専属となる」

 武の疑問を、貴様らの任務は変わらんよ、とターニャは無表情に切り捨てる。

 

「ということは、先ほどと同じく崩れそうな箇所に行ってちょっと手伝っての、火消し役といったところですか」

 武は軽く笑ってみせるが、苦笑いにしかならない。いま薬で眠らされている新兵たちのことを考えれば、移動による負担が少ない分、拠点防衛のほうが実のところ望ましい。

 

「長時間に渡る防衛線構築を押し付けられるわけじゃない、ってのは気がラクだな」

 苦笑気味の武に、BETAを誘引し続けるスパコンを防衛し続けろと言われるよりはまだマシだろ、と慎二がわざとらしいまでに軽く言ってくれる。

 

 

 

「問題は、やはり動ける数ですね」

 孝之が、こちらは苦笑というよりもはっきりと苦々しげに、問題点を指摘する。

 

 いま武たちがこうしてゆっくりと話せているのは、機体の再調整、とくに武御雷のそれに時間が取られているからだ。この場にいる6人の機体は直接的な損傷はないとはいえ、新兵たちの機体を後回しにし優先してもなお、衛士には再出撃までの時間に余裕があるほどだ。

 

 XM3を搭載したうえでの実戦は今日が初めてなのだ。幾度もの訓練を経て、損耗は予測できているとはいえ、やはりどこまでも予測だ。

 突撃砲や短刀などといった携帯火器は数にまだ余裕があるために完全に換装できるが、関節周りや跳躍ユニットなどの負担は、これから連続使用をしていきながら、そのデータを積み重ねていくしかない。

 

 そして小破とはいえ損傷を被った機体の整備に、どれほどの時間が必要とされるかは判らない。中隊全機が揃って出撃できるような贅沢な機会は、もう無いとも言える。

 

「この人数だ。後衛は編成できん。中衛を私と鳴海、平の3人で構成する。前衛を白銀と御剣。そしてそちらの指揮を月詠中尉にお願いしたい」

「了解しました、神宮寺大尉」

 先の戦いと同じく変則的な編成であるが、真那にしてみれば冥夜の傍で戦えることに否はない。まりもの提案を即座に了承する。

 

「ですが神宮寺隊長、隊長の機体はどうなさるのですか?」

 孝之が重ねて訊ねるのは、流石にまりもの技量であっても撃震では武御雷に随伴するのが困難だからだ。

 

 いくらまりもが駆る撃震がXM3搭載型とはいえ、武御雷もまたXM3搭載型なのだ。

 光菱重工がいま試作しているというF-4JX、現状の最新であるブロック214にXM3搭載し、従来のOBWからOBLに置き換えた第三世代に近しいまでに改修された機体であれば、まだその性能差をわずかでも埋められたかもしれない。

 残念なことにまりものみならず第一中隊で使用している撃震はCPU周りに変更を加えただけで、そこまでの改修はなされていない。

 

「我らが第一中隊の任務は何だ? XM3の教導用基礎データの構築と実証運用だぞ」

 だが孝之の疑問に、まりもは隊の任務を繰り返して提示する。

 

「今後、武御雷に限らず第三世代機とF-4系列とが並んで戦う戦場はいくらでも出てくる」

 無情なまでの予測を、断定する。

 それは過酷という言葉さえ生ぬるい対BETA戦、その前線を生きながらえてきたまりもからしてみれば明白な事実だ。

 

 さすがに帝国国内での防衛戦であれば、中隊規模での機種混在は避けられる。

 だが、XM3は帝国のみならず全世界規模での運用を想定しているのだ。

 帝国や合衆国など、いまだ戦力的に余裕のある国ならばともかく、アフリカや東南アジアでは、第一世代機が今なお主力だ。そしてそこに国連軍として米英そして日本が参加することとなれば、機種の混在はどうしても起こる。

 そして当然、従来型OSとXM OS各バージョンも混在することになるだろう。その際に連携して動けるようにと、今のうちに運用データを蓄積する必要があった。

 

「となると武御雷3機に吹雪2機、そして撃震ですか。変則的ではありますが一応は半個中隊、といったところですね」

 まりもの言葉を受け入れ、孝之は編成を再確認する。近接戦に優れる武御雷を前衛とし、動きの鈍い撃震が後衛、その間を2機の吹雪で埋めるという形であり、数はともかく隊形としては順当だ。

 

 

 

 

 

 

「以上だ。作戦地域などに関しては、いまだ不確定なところがあるが、機体の整備が完了次第、我々6人は先行して出撃となる。少しの間でも休んでおけ」

 

 ターニャをわずかに伺うまりもの様子から、具体的な作戦内容は不確定どころかまったく形にもなっていないのだろうと武は思う。

 対してターニャはまりもの視線の意味を判っているにも関わらず、休めと言われた直後から、持ち込んでいたラップトップ型の端末を操作しはじめた。

 

 それでもまりもは自らの言葉を実践するように、自ら茶を汲みなおす。おそらくは新兵たる冥夜を気遣う意味も込めて、率先して休む体を取っているのだろう。

 

 

 

「……他の部隊の方々は、やはりまだ戦い続けておられるのですね」

 まりもの姿を見て、冥夜とて気を使われていることをようやく悟ったようだ。

 なんとか話に加わろうとしてか言葉を探していたが、出てきたのは自責の念に等しい呟きだ。

 

 冥夜はこの基地に着くよりも前、戦線を離れると命じられた時から、普段以上に口数が減っていた。周囲の部隊を煽っておきながら自身は先に下がるということに抵抗を感じているのは、微かに眉を寄せていることを見ても明らかだった。

 それが任務だとはもちろん理解していても、感情面まで整理が付くというわけでもない。

 

「ん~まあ、今回に限っては、海軍さんがけっこう張り切ってるから、まだまだ余裕はある……はずですよね?」

 冥夜の言葉を、武はあえて誤解した風に答えた。

 武たちが作り上げた虚像のせいで、冥夜に負担を強いているとは自覚している。それをすぐさまに解消できるような言葉を武が持ち合わせていないからこその、逃げだ。

 

「他の隊でも出来うる限りは、新人連中をすぐに下げるようにはしているはずだ」

「生きてさえいれば、次に経験を引き継げるからな」

 

 孝之と慎二は武のわざらしいまでの誤魔化しに付き合ってくれるようで、どこの部隊も無理はしていないという風を装う。

 もちろんそれが真実かどうかは、さすがに今の武や冥夜では知る立場にない。

 

 この場にいる者たちは第四計画直轄の特殊部隊という立場から、ただの戦術機衛士という以上には戦況を知ることが出来る。それでも刻々と変化している戦場を一望しているわけではない。

 本来のターニャの地位ならば知りうる情報の規模も精度も武たちとは桁違いだろうが、あくまで第一中隊CP将校として得た情報以外は、伝えるようなことはないだろう。現に武たちの言葉は耳に届いているはずだが、ターニャは雑談には加わろうともせずに、何やら小声で通話を続けている。

 

 ただ、今回の九州防衛には元々大陸派遣軍に属していた部隊が本土軍へと合流・再編された上で参加している。戦術機甲団に限らず他兵科も練度としては帝国内でも高いほうで、新兵への配慮は徹底されるはずだ。

 

 

 

「ですね。なんだかんだで俺たち新人も『死の8分』は超えましたし。実地経験はこれからに活かしますよ」

「……そういえば白銀、お前も一応は新人枠だったんだよな」

「いや、偉そうに御剣たちに指導していた自分をぶん殴ってやりたいくらいには、俺はダメでしたね」

 

 呆れた声で慎二が突っ込んでくる。が、先の戦いでの有様を思い返すに、武は自身が衛士としての自制心を身に付けているとは言えない。

 

「謙遜が過ぎるぞ、白銀? 我ら新任衛士が誰一人欠けることなく『死の8分』を乗り越えられたのは、そなたの指導の賜物だ」

「あ~そりゃ違うぞ、御剣。乗り越えられたのはお前のお陰だ。集中力が途切れたタイミングで引き締めてくれて、俺自身助かったよ。ありがとう」

 

 家屋を破壊したくないと思ったのは間違いではないが、それはやはりどこか気が緩んだからだ。そしてその弛みの反動として、暴走しかけた。冥夜の制止が無ければ、支援砲撃の中に飛び出し、撤退指示さえ無視して戦い続けたのではないかとまで考える。

 

「ふむ? 私がそなたに何を成せたのか、よく判らんのだが……」

「そこは素直に受け取っといてくれ」

「了解だ。ならばそなたも素直に我らからの感謝を受け入れてもらおう」

 

 自身の失敗、それも他世界線でのことなど武には伝えようがない。

 完全に納得したわけでもないだろうが、冥夜も武が真剣に謝意を伝えてきたことは感じている。説明できぬことがあるのは二人ともに判っているので、どちらもわずかに笑いを含みつつ謝辞を交わす。

 

 

 

「ま、『死の8分』なんて、言葉だけが一人歩きしているところもあるけど、結局のところ緊張が緩む瞬間に衛士は死ぬ、ってことだろ?」

 

 幾度もの死線を掻い潜り、歴戦と言えるほどの衛士ならばその緩急すら身も付けていようが、新人にそれは期待できようもない。隊長か副長が実戦経験を持つ者を抜擢しようとするのは、部隊員のメンタルを見極めるためでもある。

 だからこそ冥夜を除く新人たちには導入剤を用いてまで眠りに付かせていた。

 

「やっぱりこういう時は、うば~っとダラけてだな……」

「悪いな白銀少尉。休息の時間は終わりだ。次の任務地が決まった」

 休める時には休もうぜ、と武は続けようとしたがターニャに遮られた。

 

「さて、たしかに新兵には緊張を解すための時間が必要だ。そういう意味では御剣少尉にも少しばかり休んで貰いたいところだが、この部隊の性質上、そうも言ってはおれん」

 言葉とは裏腹に、ターニャは使える者は使える限り使い潰すと言わんばかりだ。

 

 

 

 ――人間とは、状況の変化に適合できる生物である。環境適応とは、つまるところ与えられた役割を看守ならば看守として、囚人ならば囚人として担うこと。

 

 

 

「紫の武御雷を駆るという状況、その役割にも対応できるな、御剣少尉?」

 

 疑問の形をとりつつも、明らかな命令として、ターニャは嗤う。

 その嗤いは、けっして公にはならない将軍職の代替としての配役、さらにはその責さえもを冥夜へと押し付けるようにも見えた。

 だが冥夜はターニャの言葉を唯々として受け入れ、静かに頷く。

 

 「御剣冥夜」という役割を考え出し、それを冥夜に委ねてしまった今の武には、二人を止める術も道義も持ち合わせていない。ただあらためて、何に代えても冥夜の身は護ると、静かに誓うくらいしかできなかった。

 

 

 

 

 

 




みょ~な長さですがデブリーフィングという名の雑談会。新人少尉の皆さん(2名除く)は帰投後いきなりクスリで強制的にお休みモード。戦闘時間短くともいろいろ疲れてそうなのでという言い訳で、さすがに全員いるとわちゃわちゃし過ぎな上に描き分ける自信がなかったのです……

というか前回描き損ねてますが、防衛に出張ってきた帝国陸軍戦術機大隊は全機が不知火です。このあたり余裕作って修正するかもです。というか撃震には92式多目的自律誘導弾システムが詰めそうにない?

あとBETAの誘引可能範囲ですが、ooユニット&凄乃皇とか試製99型電磁投射砲(のコア?)とかでどれくらいの範囲まで引き付けられるのか具体的な数字が見当たらないので、かなりあやふや&てきと~です。"Lunatic Lunarian"だと旧ソビエト領全域での戦略的誘因を実行してますが、あれは各地での連携あってのことですので参考程度ということで。

とりあえず次回は九州行きます、きっと。


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不羈の狷介 01/12/07

 BETAの九州進攻が開始されて、ようやく3日目。

 一部ではすでに第一次九州防衛戦と呼ばれ始めているこの戦い。その呼び名が意味するところは、この短時間の経緯だけで上層部はこの戦いは「勝てる」と踏んだようだ。

 

 問題は、上層部の判断がどうであれ末端のそれも最前線と言えるような場所では、また判断は違う。海ならばともかく、陸のほうでは、抵抗はできているがそれはかろうじて維持できているだけだと、兵の多くは感じている。

 

(第一次、か。上の方々は今回は勝てると見たようだけど、次はともかくその先があるのやら……)

 大上律子も、臨時とはいえ今は大隊を率いてはいるが、先日まではただの一帝国陸軍戦術機衛士だ。感覚的には兵たちに近い。

 

 また指揮官としての判断としても、律子が率いる部隊では組織だった防衛戦が可能なのはあと2時間程度だと、どこか冷静なまでに割り切ってしまっていた。そしてその時間が過ぎれば、あとは敗走できれば僥倖。爆散して死ねればまだマシで、おそらくは戦車級に四肢を食いちぎられるまで死ねない確率のほうがはるかに高い。

 

 

 

(死ぬ、か……遠くに行くなどと言って別れたけど、結局戻ってきて、死ぬのはこの村……ね)

 

 村に一つだけあった分校の青年部を卒業し、衛士となりその言葉通りに遠くへと、大陸へも渡ったが、喜ぶべきかこのように再び故郷の地を踏むことはできた。だが故郷に戻れたとはいえ、心残りはもちろんある。成すべきことも成せたとは言い難く、なによりも会いたかった者たちはすでにこの村にはいない。

 

 須野村。

 そこは九州の山間、わずかな谷間にある小さな、本当に小さな村だ。いや、村だった。今はもう誰一人として住んではいない。

 バンクーバー協定に基づく九州全域の強制避難が勧告される以前から、すでにこの村から村民の皆は退避していた。もともと特に目立った産物などもない過疎の進む村だったのだ。政府からの支援があり、疎開先を選べるうちにと、少しずつ人が去っていったと聞く。

 

 未練だ、とは自分でも思う。

 最後にもう一度だけあの場所へと、かつて皆と過ごした校舎の離れへと眼が泳いでしまう。

 

 

 

(まあ、タダでは死んでやれない)

 

 故郷を自らの手で焼き払うかのような任を与えられたという立場だ。律子が少しの間だけでも一人で村を見て回れるようにと、配下の者たちからは気遣われてはいた。

 ただ出撃まではあまり時間もない。衛士強化装備を脱ぐ余裕は無く、その上にBDUを羽織っただけの、思い出に浸るには少しばかり似つかわしくない格好だった。

 

 それに、村を見て回っていたのは何も郷愁からだけでは、ない。

 臨時の、それもなし崩し的に任命されたような形とはいえ、大隊に伴う兵を預かる身なのだ。

 

 律子自身も含むとはいえ、今から彼らの大半を死に追いやる立場だ。

 死に逝く者たちには意味が無いかもしれないが、それでも自身と彼らの死を無駄にはしないためにも、生まれ育ち慣れ親しんだ村を、ただの感傷ではなく防御拠点としての観点から、あらためて見て歩いていた。

 

 結果思い知らされたのは、時間が足りない、という明白なまでの一点だ。

 

 須野村は小さいとはいえ、山間のわずかに開けた場所にある。BETAの予想進攻経路に沿って地雷を配し、背後に複数個の砲陣地を形成し射線を集中できれば、それなりの時間を持ちこたえることはできるはずだ。

 問題は、今はその陣地構成にかける時間的余裕がない。

 

 

 

 

 

 

「こちらにいたか、大上中尉」

「ッ! 沙霧大尉殿ッ!? 失礼いたしましたッ!!」

 

 思いに耽り過ぎていたためか気配も感じられず、驚きとともに敬礼し、礼を失したことを詫びる。

 

「いやなに。兵の食事が始まったので、私も居場所が無くてね。無粋だとは思ったのだが、姿が見えたので声を掛けさせてもらった」

 

 気にするなと軽く笑って見せたのは、沙霧尚哉帝国陸軍大尉。

 律子と同じく、帝国陸軍の強化装備に身を包む、一見線の細い男。だが律子の見知った限りでは、衛士としては帝国最高レベルなのではないかとも思える。

 

「それで……望郷というわけでもなく、なにやら考え込んでいたようだが?」

 ただ故郷の村を懐かしんでいただけではない、とは見てくれたようだ。話を促すように、言葉を選んで問いかけてくる。

 

 

 

「はははっ、この地でいかに時間を稼ぐかと、無い知恵を絞っておりました。いやなに、初日に楽をしていた付けが一気に来た、といったところです」

「たしかにあの時は海軍の方々にすべてを任せてしまっていたようなものだったからな」

 

 律子が話をはぐらかしたことくらいは尚哉にはお見通しだろうが、それでも合わせてくれる。防衛線初日は、今の尚哉とのやり取りのように、新兵向けの「演習」にはちょうど良いと古参の連中と笑いあっていたのだ。

 それがもはや遠い過去に思える。

 

 防衛戦が始まった初日は、大陸での激戦を経験してきた律子からしてみれば、驚くほどに容易い戦いだった。天候に恵まれ、海上からの沿岸部への支援砲撃はほぼ予定通りに行われ、戦術機甲師団としては時折砲撃を免れた突撃級を処理する程度だ。

 帝国軍のみならず、新兵が初陣を飾るにはこれ以上とないまでの条件だった。

 

 加盟各国からの支援を受けるためにも戦わねばならない大東亜連合だけでなく、本来ならば今後のために戦力を温存しておきたいであろうオーストラリアまでもが海軍だけでなく地上部隊を提供してきたのも納得できた。

 

 ただ、それは初日だけのことだった。

 防衛戦開始から二日目にして、初期の予定にはなかった大規模誘引が開始され、状況は僅かずつではあるが悪化していた。

 

 BETA九州上陸以前に実行されなかったのは、山陰地方、それも鳥取まで網羅するような範囲での誘引を実行した場合、朝鮮半島までもが範囲に入ってしまい、無駄にBETA群を引き寄せる可能性が高いと推測されたためだ。

 それを踏まえても、山口への上陸を阻止できなかったことと山陰地方へ向かうBETA群が初期想定以上に大規模になるとの予測から、九州に誘引し戦域を限定しなければ本土防衛は成せないと上層部は判断したのだろう。

 

 

 

「いましばらくの時間的余裕が、あれば、か?」

「まったく……デケェことするなら事前に準備しておけ、ということですな。遅滞防衛での大隊指揮など、自分が執り行うことになるとは考えてもいませんでしたよ」

 

 自分たちの置かれた状況を思い浮かべると気が滅入ってきてしまい、わざとらしいまでに作った口調で、律子は愚痴を零して発散する。付け加えて、上層部批判となりかねないところを、自分たちの準備不足ととれるような発言で誤魔化す。

 

「耳が痛いな。大陸で、いや半島で後しばらくの時間的猶予を稼げるとの予断があったと、彩峰閣下などとも話してはおったのだが……」

「失礼ですが、それは自分とて同じです。年内の九州防衛など、夏には想像もしておりませんでしたよ」

 

 大陸で、そして朝鮮半島で戦っていたからこそ判る。帝国軍としては九州を含む本土防衛は早くとも2002年初頭、半島が持ちこたえる前提で来年の夏までに準備を完了させる程度の余裕を見ていたはずだ。

 

 

 

「しかし……この誘引計画は、さすがに早急に過ぎる」

「それは、まあ否定はしませんが」

 

 今回の誘引計画があくまで予備計画であり急遽実行に移されたことは、前線にいるからこそ、律子にも尚哉にも強く実感できた。

 そしてその負担が、前線に強く押しかかっていることもまた事実だった。

 

 BETA主力群が上陸を始めている福岡から誘引拠点として選ばれた宮崎までは直線距離にしておよそ200km程。BETAの進攻速度であれば、なにも障害が無ければ3時間程度で到達できてしまう、

 ただBETAは移動においては高低差を嫌い、迂回することとなっても平坦なルートを選択するため、進攻進路はほぼ確実に予測できる。九州であれば、九重山や阿蘇山だけでなく九州山地を避けるか、あるいは山間を縫うように進んでくるか、となる。

 

 誘引計画が既定路線であったならば、帝国陸軍はその予測進路上に防衛陣地なり地雷原なりを用意していたはずだ。しかし現実には前線のわずか数十km後方で、今まさに工兵が地雷設置を続けているような状態だ。

 

 急増の防衛増強計画。それによる負担が少しずつ目に見える形で表れはじめ、その結果として律子は寄せ集めの部隊を率いて、故郷の村での防衛線構築を余儀なくされていた。

 

 

 

「誘引計画の早急さよりも、どちらかというと今の状況を招いたのは、ウチの連隊の連中ですから……」

「Mk-57中隊支援砲、か?」

 

 第二プランというほど上位では無かっただろうが、九州方面への誘引は以前より企図され、そしてそれに沿った防衛陣構築も予備計画としては準備されていたようだ。誘引が決定された直後から、各地への工兵隊の派遣が執り行われたことから見ても、計画自体は比較的スムーズに進行している。

 

 九州全域ではなくこの須野村で急造の防衛線を展開しなければならなくなった直接的な要因は、単純化すれば兵站のミスだ。

 もともと律子が属していた連隊から見て南方の防衛を担っていたオーストラリア陸軍戦術機甲隊への補給コンテナが、なぜか帝国陸軍の物と入れ替わっていたのだ。それもMk-57中隊支援砲と、87式突撃砲との予備弾倉だけが満載されたようなものが届けられたらしい。

 

 帝国陸軍の戦術機が携帯する87式突撃砲は、専用の弾倉だけでなく、戦術機用突撃砲の基礎ともいえるWS-16系列の弾倉も利用できる。だが逆に、今も広く使われているWS-16Cやアメリカが採用したAMWS-21などには87式突撃砲の弾倉は装着できない。

 そのためアメリカ軍やオーストラリア軍などが展開する地域への補給コンテナには、

予備のWS-16Cとそれに合わせた弾倉とが用意されているはずだった。

 

 帝国としても、直接的な指揮を執る国連太平洋方面第11軍としても、防衛協力として参戦しているしかも新兵の教育を兼ねていることが明白なオーストラリア軍に、大規模BETA群と正対するような戦域を担当させていたわけではない。

 だがたとえ半ば予備兵力という位置付けとはいっても、戦闘には参加している。

 実際にBETAに直面し損耗した後に、ようやく補給コンテナを確保したと思ったら使えない装備だけが詰め込まれていたのだ。とすれば、混乱し戦線を乱したとしても仕方がないとはいえる。

 

 

 

「新しいオモチャに調子付いてた、あの欧州帰り供には責任取って貰いたいところですな」

 

 結局のところ、この村周辺の問題に限れば原因は帝国陸軍には正式配備されていないMk-57中隊支援砲を無理に運用しようとした者たちの存在だ。

 海外視察研修でイギリスに渡った数名の衛士が、そこで見たMk-57中隊支援砲の火力に惹かれたのかあるいはそれを自身の実績として用いたかったのか、試験運用のために購入された6丁をこの防衛戦に合わせて装備していたのだ。

 

 当然、弾薬不足に陥ったのはオーストラリア側だけではなく、Mk-57中隊支援砲を装備していた部隊も、その支援砲撃能力を喪失した。もともと正式に導入されている物ではない。補修部品はもちろん、弾薬もさほど余裕があるわけではなかったのだろう。かなり兵站方面にも無理を言っていたとは聞く。

 

 補給不足に陥りそうになったオーストラリア戦術機甲隊は結果的に戦線を下げざるをえなかった。そこを律子たちの大隊が補完した形だ。それについては適切な対応だったと割り切れる。

 ただ誤配送の原因となった、Mk-57中隊支援砲を装備していた中隊の連中には、機会さえあれば鉄拳をもって報いたい。

 

 Mk-57中隊支援砲は、欧州のドクトリンに合わせ、名称通りに戦術機が支援火力として運用できるようにと設計されたものだ。

 パレオロゴス作戦によって欧州各国はその機甲戦力の大多数を喪失し、以来現在に至るまでその補充は満足に成しえていない。結果的に欧州連合は"オール・TSF・ドクトリン"、戦術機のみで構成された即時展開打撃部隊を構築する方向へと軍備再編計画を立案していた。その一環で開発された兵装である。

 

 たしかに山間部での間接支援砲撃能力としては、通常の砲兵を凌ぐ面もある。射程や火力では劣るが、戦術機が携帯するのだ。それらは展開速度で補える。

 だが日本にはいまだほぼ無傷と言ってもいい機甲戦力がある。無理に戦術機に支援砲撃を担わせる必要はないはずだ。自分たちがいるから砲兵の山岳部への展開は不要などと嘯いていた連中の顔など、思い出すのも腹立たしい。

 

 

 

 

 

 

「まあ、済んじまったことをグチャグチャ言っても始まりません」

 意識を切り替えるために、律子はわざとらしいまでに声を出す。

 

 狭い村を軽く見て回り、尚哉とともにかつて通っていた分校へと戻る。そこに指揮下の皆を集めていた。

 

 補給のミスで負傷した者も、もちろん死んだ者も、大隊の中には居る。彼らには、同胞の責を認めさせることではなく、国土を守ることで報いたい。

 

 律子の所属していた大隊も現在の稼働戦力は16機だ。一見半壊しているとも取れるが、中破以上の損壊を受けた機体と負傷した者を後送したからであって、本来ならば時間さえあればほぼ定数に戻せる。

 一般に言われている、対BETA戦における一度の戦闘での損耗率が3割という事例から考えれば、損傷は軽微と言ってもよい。

 

 なによりも部隊の半数を維持したままにBETAの一陣を撃退、加えて負傷者を後方に送れた。それだけでも戦術機大隊としては作戦に成功したと判断できる。

 それはなにも律子たちの技量の高さだけで成し遂げられたものではない。

 

 

 

「大尉殿たちのご尽力のおかげです。遅滞防衛を可能とするだけの戦力を残してくださったことに感謝いたします」

「それは君たち自身の鍛錬の結果だ。我々はその手助けをしたに過ぎん。身に付けた技量は、間違いなく君たちの物だ」

「どちらかというと俺たちの腕というよりは、突撃砲の改修で命を救われてましたよ。いや改良型OS、XM1のおかげ……となるとやはり沙霧大尉殿の小隊の皆さまのおかげ、ですな」

 

 尚哉は半島からの撤退戦の折に負傷しており、そのためしばらく前線から離れるはずだった。療養後は帝都守備第1戦術機甲連隊に配置換えされる予定だと、彼の副官から聞いたこともある。

 その尚哉がこの地、律子たちの大隊と行動を共にしていたのは、改良型OS XM1と、いくつかの装備改修にともなう戦術機機動にかかわる教導のためだ。

 

 OS教導のために、乗り慣れた不知火ではなく撃震だったが、それを感じさせることは教導においてもまた先の戦いにおいてもなかった。困難な撤収の際にも、ただの一衛士という以上に尚哉は大隊へのフォローも的確に、損害をいたずらに拡大させることもなくこの村まで部隊を下げさせた。

 

「銃剣仕様のせいで、戦場に慣れた衛士であっても敵に近付きたくなるのには、困ったものだったがな」

「……それは大尉殿ご自身も含めてのことでありましょうか?」

「いや? 大上中尉のことを言ったつもりだったのだか?」

「ははっ、慣れねぇことはするもんじゃねぇと、一応は反省しております」

 

 笑って誤魔化して見せるが、機体の不調は律子もよく判っている。

 律子の撃震は、BETAの返り血で汚れてはいるが一見は正常に見える。だが慣れない銃剣刺殺を繰り返したことで、右腕の調子がおかしい。小破とされるほどの損傷でもなく、射撃戦であれば問題ないと判断し、簡易整備さえ部下の機体を優先するために先送りにしていた。

 

 

 

 尚哉とともに笑って見せながら、分校のグラウンドに入る。

 

 損傷した機体と、大隊長を含め負傷した者たちを後方に下げたが、それでも増強中隊規模。その数の戦術機を並べられる土地など、小さいとはいえこの分校のグラウンドしかなった。

 

 大隊が半壊したとはいえ、戦端を開いてからさほどの時は経ておらず、戦闘時間的にはまだ無理が効く範囲だ。ただOSや各種の装備変更の影響が読めず、本来ならば整備班に任せたいところだ。

 とはいえ87式自走整備支援担架など、この村に続く道を通れるはずもなく、この場にはない。もちろん大隊に随伴する整備中隊もいない。

 設備的にも時間的にも満足な整備など望むべくもなく、衛士各々が自身の機体状況を確認し、残された予備弾倉を満載する程度が関の山だった。

 

 推進剤の残量が気がかりだが、広域での機動防衛ではなく、後方の砲兵が準備するまでの半ば籠城戦じみた遅滞戦闘だ。むしろ推進剤を使い切るまで生き残れる衛士のほうが少ないのではと、嫌な予想も律子の頭を過る。

 

 

 

 そしてこの地に残った、いや留まるように命じられたのはなにも衛士たる律子たちだけではない。直属といえる戦術機中隊とは別に、今は律子の下にはすでに元の隊など意味をなさないまでに「損耗」し、ただの寄り合わせに近いとはいえ機械化歩兵が2個小隊ある。

 撤退時に遭遇しなし崩し的に合流した形だったが、連隊司令部からは特に命もなく、そのまま律子の指揮下に入っていた。

 

 部隊指揮官はどこかで食われたのか、あるいは運よく後送されたのかは聞いてはいない。が、大陸帰りの曹長が取り纏めてくれているおかげで、戦力としては形を保っていた。87式機械化歩兵装甲も半数近くがどこかしら損傷していたが、それでも予備弾薬を含めまだ数がある。

 

 その機械化歩兵に加え、直接戦闘はできないが、一切の損耗のない工兵が1個中隊。こちらは村から大分方面へと続く道に障害構築のために派遣されていたのを、撤収前に臨時に合流した形だ。

 命令系統は本来ならば別だが、須野村周辺を簡易的に防衛陣とするために短い時間だが協力してもらっていた。

 

 

 

「ふむ……簡単に見て回っただけだが、大上中尉の指示は的確だ。大隊指揮官としても優秀のようだな」

 尚哉もただ律子と雑談するためだけに村を回っていたわけではない。律子が工兵に指示していた簡易防衛陣の様子を確認することも目的だった。軽く見ただけだが、時間も資材も限られた中で、最善と言えることは見て取れた。

 

「指揮官なんて俺の柄じゃないですよ。ただあの大隊副官は妙にイラつく奴だったとはいえ、判断としちゃあ間違ってはないかと」

 

 律子が戦術機大隊の臨時指揮官として残されたのは、戦える衛士の中で実績もあり先任だったというのもあるが、それ以上にこの土地に詳しいと判断されたからだ。地図を見て状況を読み取るというのは士官にとっては必須とも言える能力だが、やはり慣れ親しんだ土地であればこそ見えてくるものもある。

 

 実際、偶然とはいえ工兵と合流できた幸運もあったが、なによりも律子の拠点構築への場所選択が適切だったことで、曲がりなりにも一応は遅滞戦闘ができそうな程度には準備も整いつつはある。

 

 

 

「やはり我らも残り、防衛線を押し上げる一助となろう」

 それでも兵も時間も足りていないのは明白だった。耐えて1時間、全滅どころか壊滅まで戦ったとしても2時間が限度だと、指揮官として冷静な部分で尚哉は判断できてしまう。

 ならば僅かでも時間と、村を守る可能性のために自身の部隊も残るべきだと、尚哉は言葉を続ける。

 

「……お申し出、感謝いたします、大尉殿」

 尚哉の提案することの意味は律子にも判る。尚哉の配下は自身も含め撃震一個小隊だけだが、律子の指揮する部隊と合わせれば20機程度。

 山間部を縦深陣として使い、先行してBETAの進攻を押し留めるように戦えば、村への侵入を阻止できるかもしれない。

 

「本当に、この村で生きてきた者の一人として、本当にありがとうございます」

 

 村を戦火に焼かずに済む。それを考えなかったわけではない。

 

 連隊本部から下された命は簡単だ。砲兵の準備が整うまで、この村にBETAを押し留めること。それだけである。想定していなかった場所での遅滞戦闘だ。後方で砲兵が、今も準備に追われているだろう。

 

 支援砲撃の面制圧という性格上、山間部の細い道に対しての射撃ではさほどBETAの数を減らせられない。程よくBETAが密集した地域を作り、そこへ砲撃を合わせなければ、貴重な砲弾を無駄に降らせるだけになる。

 

 そしてそれを可能とする程度に開けた土地は、周辺ではこの須野村だけだ。

 つまるところ律子に下された命というのは、生まれ故郷と自分たちの身を囮として、砲兵の準備時間を稼ぎ、そのうえでBETAとともに村を焼けと言われているに等しい。

 

 

 

「ですが、それは機械化歩兵を遊兵化し、少ない戦力をより減らすことにも繋がります」

 

 尚哉の申し出を受ければ、村への被害は抑えられるかもしれない。

 だが噂の新OSを積んだ不知火ならばともかく、少なからず損傷した撃震では山間部での遅滞戦闘など下手をせずとも自殺行為だ。足場の悪い森林部では満足な回避行動もとれず、部下を無駄に死に追いやる可能性が高い。

 

「ならば我が小隊だけでも先行し」

「失礼ながらッ!!」

 上官の言葉を遮るという愚を犯しても、律子は言葉を続ける。

 

「大尉殿の任は、この村を守ることではなく、この国、日本、そして人類を守ることだと愚考いたします」

 

 沙霧尚哉という男は、このような小さな戦いに身を削るにはあまりに惜しいと、律子ですら感じている。大陸派遣軍の中核ともいえる彩峰中将の子飼いでありながら、本土防衛軍がその中核たる帝都守備連隊へと招くのもよくわかる。

 そんな男を律子の、ただの村娘の感傷で危険に晒すことは許されない。なによりも帝国軍衛士としてこれまで戦ってきた律子自身も許せはしない。

 

 

 

「そして私の任もまた、この村だけではなく、帝国の、そこに住まう民を守ることであります」

「……了解した、中尉の心意気に水を差すような発言、心より詫びよう」

「詫びなど、と。大尉殿のお言葉、我らの身を案じてのことだと、深く理解しております」

 

 村を焼くことで時間を作りだせ、そしてそれが九州の、ひいては日本の防衛に繋がるのであれば、喜んで村を焼こう。

 言葉にはしなかったが律子の覚悟を感じ取ったのか、尚哉もようやく受け入れた。

 

 

 

「ああ……なるほど。確かにこういう時にこそふさわしい言葉がありましたね」

 

 ふと落ち着いた心持で、数日前に聞いた言葉が律子の頭を過る。

 

 

 

「沙霧大尉殿、この国と民のために……人類に黄金の時代を」

 

 

 

 

 

 




九州防衛というか九州なら出さねば~と割と初期予定から想定はしていたのですが、ようやく出せました大上律子帝国軍中尉。とはいえこの世界線では「わりなき」は誰√ということもなく、なんとな~くプロローグ部分だけというか体験版あたりまでで、あとは友情ENDっぽい流れだったに違いないっというぼんやりした感じにしておきます。

で書き出してから気になったのが須野村の場所がいまいちわからず、こちらもちょっとぼんやりした感じで。

あと出すかどうか悩んでましたが、沙霧大尉登場~この世界線だと拗らせる要因が少なすぎて普通に常識人?になってしまいそうです。


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愁歎の固陋

 朝木学園須野分校は、分校とは言うもののグラウンドは広い。たださすがに20機近い戦術機が駐機していると、手狭に感じられる。

 できるならば87式機械化歩兵装甲も一度集めて整備して貰いたかったが、小隊規模とはいえさすがに場所に余裕がなく、先に防衛配置箇所に分散させていた。

 

 支援砲撃が開始されるまでの時間を稼ぐべく、須野村全域を遅滞防衛陣として用いるための準備はほぼ完了していると言ってもよい。

 あとは兵の食事と休息だけだ。

 

 その兵たちは校庭に集まり、炊きだされたイモと手持ちの糧食とを分け合いながら、所属を超えて談笑していた。

 

 

 

 先ほどまで話していた尚哉の言葉ではないが、兵が盛り上がっているところに衛士とはいえ士官の自分や尚哉が顔を出して場を固くすることも無かろうと、いましばらく時間を潰すために懐かしい校舎などを見て回る。

 

 自身の故郷を戦場としても、国と民を守る。その律子の覚悟を正しく思い、また理でも情でも変えられぬと悟りつつも、尚哉はいまだ納得はし切れていないのだろう。どこか言葉を探すようにしながら、律子ともに分校を歩く。

 

「ったく、軍は物がないってのに、こっちは物持ちが良すぎるぜ」

 

 ふと覗いた体育倉庫。そこは丁寧に整頓されていた。

 その片隅、埃を被ってはいるが、見覚えのあるバットが立てかけられていた。避難する際に持ち出すことなどできなかったのだろう。もう何年も前になるが、自分がよく振っていたものだ。

 

「……やはり、思い出深い土地なのだな、中尉にとっては」

「ははっ、それは否定はしません。ですが、すでに大陸だけじゃない、この九州でも帝国防衛のためとは言えども、臨海の町や村を踏みつぶしてきてるんです。自分の故郷だけを特別扱いするわけにはいかんでしょう」

 

 自嘲ではなく、事実として律子は笑って否定してみせた。

 その姿に、尚哉は何も告げられなくなる。

 

 

 

「沙霧大尉殿、大上中尉殿。各隊ともに全員集合いたしました」

 それ以上の言葉もなく倉庫を眺めていた律子と尚哉に、中隊副長たる中尉が声をかけてきた。大陸からの付き合いで、律子も信頼を置いている男だった。

 

「了解だ。お前らはともかく、歩兵の皆さんは飯は食えてるか?」

「皆、喜んで食ってましたよ。まあ我々は先にいただきましたが……それで歩兵と工兵の責任者の二人が、中尉殿をお待ちです」

「なんとか最低限の体裁は整ったか。そっちも連れてく二人ともども、機体調整だけはしっかりな。と、あとは……あ~あれだ。世話になった」

 

 いままでありがとうと頭を下げそうになるが、律子はなんとか思いとどまる。

 さすがに他の兵の目があるところで、指揮官が感謝の意とはいえ、部下に頭を下げるのもよろしくない。

 

「……了解です。こちらこそ大上中尉殿には幾度も助けていただき、ありがとうございました」

 それに対し、少しの間が開き普段以上に格式ばった敬礼で副長が応える。この中隊副長には、村での遅滞戦闘ではなく別の任がある。場合によっては先に出撃してもらうことにもなりかねない。

 

 そして出撃の後は、二度と再び相見えることはないと、二人ともが理解していた。

 

 

 

 

 

 

 自身らの機体へと戻る尚哉と副長とは別れ、グラウンドの片隅かつてはソフトボールの際などにはベンチとして使っていたところに赴く。

 

「お呼び出して申し訳ありません」

「楽にしてくれ。で、実のところ時間はない。準備の方はどんな具合だ?」

 

 工兵を率いる壮年の少尉が敬礼してくる。合わせて横に控えていた機械化歩兵を束ねている曹長も、どこか崩れた仕草で敬礼する。

 律子も返礼は簡素に、状況の説明を促す。

 

 

 

「突撃砲改修の臨時砲座はご指定の位置から少しズレた場所となりましたが、こちらとこちらに」

 工兵隊少尉は広げられた村周辺の地図の上に、砲座を表すのか空の薬莢を立てて示した。

 

 突撃砲とその弾薬たる36mmは潤沢に残されていたために、2丁は破損した戦術機の腕を銃座とした即席の砲陣地として改修、村の入り口付近に設置した。マガジン交換だけであれば機械化歩兵ならば可能であり、彼らの主兵装たる12.7mmから比べれば射程も貫通力も格段に高い。もちろん細かな照準補正などは無理だが、事前に目標地点を想定し2丁での十字砲火とすることで戦車級程度までは対応できるはずだった。

 

「しかし、えらく前に置いたな」

「中尉殿のご指定の場所も悪くはなかったのですが、撃ち下ろすような形でしか設置できそうにありませんでしたからな。他の設置候補の場所の中で、射線の通しやすい場所を選ばせていただきました」

「あ~まあ、あそこは村の中でも少し高いか。こっちなら上手くすりゃあ少々外れても後ろに当たる、か」

 

 通常であれば撃ち下ろすほうが良いのだが、今回の場合は仮設の砲座でしかなく、射線の修正は困難だ。ならば敵BETA集団が最も密集するであろう地点を中心に水平に撃ち抜ける場所を、と選んだようだ。

 

 

 

「IEDの敷設のほうのは?」

「予定通りに、村の入り口からその先の三差路あたりまでは設置を完了しております」

 

 工兵隊は敷設用の地雷も持ち込んではいたが、それらは大分への予想侵攻ルートを防衛するための物であり、設置場所が厳命されている。

 

 この村での遅滞戦闘のために割ける余剰などは当然なく、余った36mmをIED、即席爆発装置として再利用することで、村への道を簡易的な地雷原として構築していた。

 

「基本的には道路沿いですな。山に踏み入って時間を取られるよりかは、と設置数を重視する方針で、低地に限定して敷設しております」

「連中はどうせ走りやすいところを通るから、それは問題ねぇ。それに、俺らも道にだけ敷設されてると判ってれば、間違えて踏み抜く間抜けは居ないさ」

 

 36mmの砲弾を利用したIEDだ。戦術機が踏めば脚部を大きく損傷する。即席の地雷原、それの敷設情報など共有するのは困難だ。道に近づかない、というだけの判りやすさは、工兵隊からの気遣いでもある。

 

 BETA大型種へは牽制程度にしかならないが、BETA群の大多数を構成する戦車級や、他の小型種相手ならば十二分にその威力を発揮する。

 砲兵も無く、戦術機の数が少ない現状、小型種を前面から押し留める役割は、機械化歩兵の肩にかかっている。彼らへの負担をIEDはわずかなりとでも軽減するはずだった。

 

 

 

「後は、少々時間と人手がありましたので、少しばかり先のほうにまで足を延ばしまして……」

「おい? あんたたちはこれから大任があるんだぞ、無茶は止してくれよ」

 

 横の曹長ともどもに睨みつけながら、いまさら言っても仕方がないとはいえ、律子はそう愚痴のように言葉を漏らす。

 

「今から逃げ出す我々の置き土産だとお考え下さい。幸い、足の速い戦車級もまだ辿り着いてはおりませんでした。詳しくはデータにしてありますので、後ほどご確認ください」

「……情報に感謝する」

 

 いまだこの周囲の光線照射危険地帯としての分類は第5級。戦術機でのNOEは可能だが、すでに無人偵察機は落とされて始めており、十全たる周辺警戒ができているとは言い難い。

 

 

 

「後は、36mm弾に関してはありったけ使わせていただきましたから、村への侵入にかかる時間も少しばかりは稼げるかと」

「ほんとにあまり無理はせんでくれよ」

 

 各地に緊急に派遣されている工兵隊の任務は、大分へ至る道筋の防衛陣地構築。簡単に言えばそれだけだが、地雷の敷設に通信網の追加構築、場合によっては臨時架橋の架設まであり得る。

 いまここで工兵たちに無理をされてそちらの工程が遅れてしまうようでは、律子たちがこの村で時間を稼ぐ意味さえ薄れてしまう。

 

「いやなに。下手にマガジンのままに残しておけば、歩兵の連中は撃ち尽くすまでこの場を離れようとせんでしょうから」

 

 律子の愚痴じみた口調を気にも留めず、工兵隊少尉はカラカラと笑いながら横に立つ曹長の肩をその装甲の上から叩く。

 

 

 

「部下の躾がなってなくて申し訳ありません」

 士官の前でありながら、緊張の欠片も見せずに曹長は軽く頭を下げる。

 その様子に、この男が率いるなら後方は安心して任せられると、律子はあらためて思う。

 

「お前たちにも無茶を言うが、頼りにしている」

 律子のその言葉は、間違いなく本心からの物だ。

 

 機械化歩兵の取り纏めがいまだ曹長だと聞いた時、逆にまだ帝国陸軍は戦えている、と安心してしまった。

 大陸での特進と野戦昇進の大盤振る舞いを経験してきた身としては、半壊した部隊を率いていながらもまだ臨時指揮官が曹長のままでいるならば、上の連隊本部は部隊の再編が滞りなく行えると判断したのだと推測もできる。

 

 今回の九州防衛には、要所要所で大陸への派遣経験を持つ者たちが配された。新兵がパニックを起こし戦線が崩れても持ち直せるようにという配慮に救われている。

 

「その言葉だけで……と申しますか、あれですな。このご時世に天然物のイモが食えただけでも、我らには十分であります」

 曹長がそう言って笑ってみせる。

 

 

 

「収穫時期はもう過ぎてるし、世話もしてなかっただろうから味は保証できなかったが、そこは許してくれ」

 

 村に入った時に放置されていた畑を見た。

 野生化しつつあるサツマイモだったが、逆に言えば数だけは残っていたので、まだ食べられると思い、手隙の兵に掘らせたのだ。

 

「時間さえあれば、それでもゆっくりと焼けば旨かったんだろうがな」

 そんなことを口にしてしまったからか、「彼」が育てていた野菜の味、そして皆で食べていた頃を思い出してしまう。もうずいぶんと昔になるのかと、自分でも思い出に浸りそうになるが、その余裕が許される立場ではなかった。

 

「実際、IEDは不満げに設置しておったのに、先ほどまでは喜んで掘り返してましたからな」

「ははっ、地雷埋めるよりかは、たしかにイモ掘るほうが楽しみはあるな」

 曹長だけでなく工兵隊少尉も軽口を吐き、それに律子もわざとらしいまでに大仰な動作で笑ってみせる。

 

 それこそ、この分校に通っていた頃、いやあの事故以来身に付けなければならないと自らに課せた大言壮語と自信に満ちたかのような振る舞い。今では意識せずともその「仮面」を被り続けてはいるが、今この場ではその慣れが律子の助けとなっていた。

 

 兵が見ているのだ。

 

 先ほどまでは焼いたイモを頬張って笑いあってはいたが、兵たちの緊張は高い。撤収が厳命されている工兵隊を除けば、この場にいるものの大半どころか、ほぼ間違いなく全員が死ぬと判っている。

 

 上に立つ者が眉間に皺を寄せているようでは、死に臨む、どころではない。

 少しでも彼らが安んじられるようにと、工兵隊少尉とともに「余裕ある士官」の演技を過剰なまでに続ける。

 

 

 

 

 

 

「さて。名残惜しいが、少尉。撤退の指揮は任せた」

「了解であります。中尉殿に作っていただく時間で、我らは万全の防衛陣を構築して見せましょう」

 

 それまでの飄々とした態度を改め、工兵隊少尉は儀仗兵かのごとく奇麗な敬礼を残し、隊の撤収指揮へ向かうべくその場を去った。

 

「じゃあ俺たちも行くか」

「はッ!!」

 

 先に別れを済ませた副長はすでに他の衛士同様に自身の撃震に騎乗し、校庭の後方に待機している。それに今から律子が指揮するのは戦術機中隊と機械化歩兵小隊との合同ということで、号令は曹長に任せる。

 

 

 

「大隊、傾注ッ!!」

「楽にしてくれ」

 

 律子は眼下の兵へ答礼し、簡単に切り出す。

 かつてそうであったように、グラウンドに集まった者たちを前に演台に立ち、腕を組み、ありもしない勇気とやらを絞りだすかのようにかき集め、腹に力を込めて声を作った。

 実のところは今も足が震えそうになる。腕を組んで無理やりに胸を張らねば、自分で肩を抱きしめてしゃがみ込みたくなる。

 

「固っ苦しいのも長ったらしいのも俺は苦手なんで簡潔に言うぞ。俺たちに下された命は簡単だ。この村で時間稼ぎだ」

 

 臨時とはいえ「部下」の顔を見渡し、分校時代は生徒数も少く現状に比べればはるかに楽だったのだと、強く思い知らされた。

 大陸で小隊指揮を担っていた時もその重圧に幾度も挫けそうになった。が、今は混成とはいえ大隊規模、100に近しい者たちを前にしてだ。これほどの数の者に必死に等しい命を下すのは律子にしても今回が初めてで、その責の重さにあらためて恐怖してしまう。

 

 こういう時こそハイドンの「皇帝」を、自身を奮い立たせるために流すべきかと、ふと意識が逸れた。

 

 

 

 ――故郷を他国の軍が攻め込んできた日、ハイドンは最後までこの曲を弾き続け、同郷の人間たちに訴えかけた……戦う意思、抗う意思、抵抗する意思……を最後まで曲に乗せて訴え続けた

 

 かつてこの分校の音楽部で律子自身が言った言葉を思い出す。

 あの時の自分は何に抗おうとしていたのか、それはもはや朧気だ。だが今は、自らの手で生まれ育った土地を焼いたとしても守りたい者たちが後ろには居る。音楽部の皆とはもう会うことはできないが、それでも彼女たちに幾ばくかの時間を残すことくらいはできるのだ。

 

「後方50km地点で、砲兵の皆様方がいま歓迎パーティの準備に明け暮れてる」

 

 そして今自分の命で死に臨もうとしている者たちには、せめてもの償いとして何かこの戦いに意味があると感じて貰いたかった。

 伝えたい思いは言葉にできぬままに、律子は状況のみを述べていく。

 

 実際のところは、まだ再集結中のための移動中であり、準備など始まってもいない。砲撃が開始されるまでの時間などまったく不明だ。砲撃開始時刻を明言しなかった律子の様子から、古参の兵たちはある程度事態を推測したのだろう。何名かは顔を強張らせた者がいた。

 

「クソッたれなBETAどもはここから10kmほど先をこの村目がけて、というか道沿いにこっちにやってきてる最中だ」

 

 村へと続くのは、山間の細く曲がりくねった道だ。BETAの移動速度も落ちるが、射線も通りにくい。結局、僅かに開けたこの村全域を使って射線を確保し、山間から現れたところへと集中して数を減らしつつ持久するしか、律子は選択肢を持たなかった。

 

 

 

「工兵隊には、これからの大任が待っているので先に撤収してもらう。護衛には沙霧大尉殿が指揮される小隊と、ウチからも2機付ける」

 

 工兵隊はすでに82式指揮戦闘車両と装甲兵員輸送車の前で、乗車の準備が完了している。長々と話して撤退の時間を削るのは無駄でしかない。

 そして数少ない戦術機を6機後方に下げるという話で、機械化歩兵の中には動揺を示す者もいた。

 

「正直に言って、最悪の一歩手前だ。が、その工兵隊の皆様方がイモ掘る横で架設陣地も、地雷原も作ってくださってたわけだ」

 

 あいまいではあるが状況を伝え、楽観視できないことを兵に植え付ける。

 その上で、無策ではないと知らしめる。

 

「それになにも機械化歩兵隊も玉砕するまでこの村に張り付いておけって話じゃねぇ。接敵から1時間の後に、砲撃が開始されなくとも撤収に移れ」

 

 曹長にも告げていなかった策を、配下となった兵に一斉に伝える。具体的な時間を区切れないことが口惜しいが、無限に耐えねばならないということではなく、撤収のための準備だと意識させていく。

 

「イモを掘って貰った礼だ。少なくとも工兵の皆さんが安全圏に下がって本来の任に付くくらいまでは、時間を稼げって話だ。兵員輸送車両も一両残していただけるんで、負傷した奴もしっかり後送しろ。俺たちの戦いってのはまだまだ続くんだぞ」

 

 大分へと至る道を工兵らが防衛する時間を稼ぐこと、そして自身らも防衛戦力として残存することこそが目的だと、明言する。

 

 

 

(生き汚く抗い続けて……か。大変なことを願われておられたけど、たしかにそうね)

 

 先日、紫の武御雷を背にした国連軍少尉と名乗る衛士から、九州防衛に携わる全将兵へ告げられた言葉が、律子の頭を過る。

 おそらくは何らかの合成か事前撮影だったのだろうと、古参衛士連中とは笑いあっていたが、それでも頭に残っていたのだろう。撤収する工兵隊と違いこの村に残る機械化歩兵には、いまからこの村で朽ちることに意味を見出すのではなく、戦いを続けられるようにと、似たようなことを口にしてしまった。

 

 それがいかに困難なことかは、律子だけでなくこの場にいるものは皆判っている。だが国を護り、民を護るためには乗り越える必要があることもまた、深く理解していた。

 

 

 

 

 

 

 そして律子が各自配置に付けと続ける前に、校庭の奥に並ぶ撃震の大半が稼働を始めた。

 

「おい……? なに先走ってんだよ?」

 いまさら勇み足を踏む連中でないと信頼していたからこそ、律子は制止の命を下すよりも先に、呆けたように言葉を漏らしてしまった。

 

『失礼ながら中尉殿、我ら中隊残存全機は今すぐにここから5kmほど先行し、敵BETA群の漸減を図ります』

「……は?」

 

 副長から無線越しに告げられた言葉の意味を一瞬理解しそこね、さらに律子は反応が遅れた。

 

 

 

 村へと続く山間部を縦深陣として使い、BETA群の漸減を企図する。

 先ほど尚哉に言われるまでもなく、律子さえ幾度も頭をよぎった計画だ。大陸でそれなりに場数を踏んできた隊の連中ならば、すぐに思いつくだろう。

 

 ただそれは、いたずらに戦力を、つまるところ部下の命をすり減らしながら、稼げる時間はさほど多くないとしか判断できず、律子は隊の者たちへは口にもしていない。

 

 大隊が定数を満たしていれば、あるいは噂の新OSを積んだ不知火が配備されていれば、先行して数を減らしつつ砲撃の準備が整うまで、遅滞戦闘もできたかもしれない。

 今手持ちにある増強中隊程度の撃震では弾薬に不足がないとはいえ、山間部での機動戦闘などは逆に回避行動中の隙を突かれる可能性も高く、下手に戦線を前に押し出せば損耗を早めるだけだ。

 

 狭い山間はBETAの進攻を送らせもするが、それはまた人類群の兵器に対しては射線を塞ぐ障壁でもある。縫うように進んでくるBETA群に対しては火線が集中しきれず、その物量を火力で押し留めることは困難なのだ。

 

 

 

『お叱りは九段にて。ですので中尉殿はごゆるりとお越しください』

 先ほどの別れの挨拶とは打って変わり、副長は自らが死地へと臨むことを軽く笑って受け入れる。

 

「おいッ!? 貴様の任は工兵の皆様方の後送護衛だろうがッ!!」

『申し訳ありません。その任は中尉殿にお任せいたします』

 

 中隊副官の乗る撃震は、中破判定されてもおかしくないようなものだ。脚部や跳躍ユニットには異常はないと判断されてはいたが、左腕がほぼ動かず92式多目的追加装甲で無理矢理腕を固定しているかのような状態だった。

 なので他の損傷の激しい2機とともに工兵隊の援護を兼ねて後方へと下げる予定だった。

 

『なに、旨いサツマイモへの礼というヤツですよ、なので中尉殿は食べておられないご様子でしたので参加不可ですな』

『ははっ、機械化歩兵の皆さんより先に食べた我らが先行するのも道理です』

『中尉殿のチェロを一度は聞いてみたいものでしたので、それこそ九段の桜の下で聞かせて頂きたいかと』

 

 隊の他の連中も、皆笑って律子へと別れの挨拶を述べていく。

 

 

 

 律子は歩き始めた撃震を追いかけるように走るが、人の脚では歩行速度とはいえ戦術機に並ぶのは無理がある。

 すでに撃震の多くは校庭からは離れ、付近の兵に跳躍開始のジェット排気の影響を与えないような距離まで進んでしまっている。

 

「機械化歩兵は所定の位置に付けッ!! 工兵隊は兵の乗車が完了次第、この地から撤収しろッ!! こちらへ確認は不要だッ!!」

 

 律子は校庭の一番端に駐機している自機へと走りながらも、機械化歩兵を束ねる曹長には防衛配置への指示を出し、工兵隊少尉へは撤退のための準備に入るように叫ぶように命令を伝える。

 工兵隊の後送に就く戦術機が減りそうなのだ。防衛戦力の低下は間違いない。ならば僅かでも安全性を高めるためには、接近するBETA群から少しでも早く距離を取るしかない。

 

 

 

 ……キュイィィィィ……ン

「ん?」

 

 なんとかして部下の暴走を止めようと、とりあえずは自身の撃震へと向かうが、その律子の耳に、聞き慣れぬエンジン音が届く。

 

(この音は……不知火、じゃない?)

 

 馴染んだ撃震ではない。また不知火ともどこか違う跳躍ユニットの音が響く。

 オーストラリアのF-18かとも思ったが、あれは特徴的なまでに五月蠅く、聞き間違えるはずもない。

 だが今は、正体不明の部隊の詮索をしている余裕は無かった。

 

「中隊全機、待てッ! 他の部隊が接近中だッ!! 下手に飛ぶなッ!!」

『は? はッ、全機跳躍準備停止ッ!! その場にて待機せよッ!!』

 

 CPも半個大隊に近い機数を指揮車両一台で賄っているのだ。CP将校の負担も大きく、周辺に展開している部隊と満足に連携など取りようもない。またレーダーも満足に使えるような地形でもない。

 いまのまま跳躍などしてしまえば、狭い山間部で接触する可能性が高い。

 

 律子の声から、それが命令無視を押し留めるための演技ではないと伝わったのだろう。山に阻まれレーダーも効かず、ましてエンジン音など自機の駆動音で確認などできようもないだろうが、副長は律子に続き各機へと停止命令を下す。

 

 

 

 そしてCPに周辺に展開している部隊の詳細を確認させようと律子が命じるよりも早く、村の反対側、いままさに工兵隊が撤収を始めようとしている先から、複数の戦術機が姿を現した。

 

「まさか……武御雷ッ!?」

『帝国斯衛なのですかッ!?』

 

 NOEよりは僅かに高度を取ってはいるものの、狭い山間を抜けて来たとは思えぬほどの速度で、紫と黒の2機の武御雷が並び飛び征き、その後に赤と白が続く。

 律子も副長も隊の他の者たちも自身の目で見た機体が信じられず、思わず声を漏らす。

 

 

 

『帝国斯衛ではなく申し訳ない、こちらは在日国連軍だ。周辺防衛には協力させていただく』

 

 子供のような、それでいてどこまでも冷たい声が、呆然と立ち尽くす律子たちの無線に流れてきた。

 

 それは協力という言葉とは裏腹に、明らかに強制力を持った命令にように律子には聞こえた。

 

 

 

 

 

 




なんとかGW連休前半?にというか月末ギリギリは維持できました。ただイベント参加直前でざっくり確認しかしていないので、あとでちょこちょこ修正するかと。

で原作だと日本帝国の陸上兵器で出てくるのは大半が戦術機で、90式戦車とか指揮戦闘車とかは背景っぽいですが、いまだ本土上陸がなされていないこの作品世界線だと砲兵科も機甲科も健在なはず~と。

ただ75式自走155mm榴弾砲とかは、九州中央部で使うというよりは久留米において福岡への支援砲撃だろうなぁ……とか、そもそもあのあたりか熊本の東あたりにしか展開できる土地がない?とか、そうなるとMk-57担いだの戦術機による支援砲撃中隊って割と便利なのかも?とぐるぐるどうでもいいことを考えてました。

で、次はタケルちゃんたちパートに戻り、それで九州防衛戦は一区切り、の予定です。


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依託の攫取

『……こちらは国連軍白陵基地のA-01部隊第一大隊第一中隊、中隊長の神宮司まりも大尉であります』

 

 ターニャの尊大と取られても仕方がないような通達に続き、それを和らげるためにもまりもが正確に所属を告げる。なにも武御雷を先頭に立てて進攻しているのはその威を借るためではない。あくまで武御雷は冥夜に関する偽装工作の小道具であり、また偽装を補強するためにも在日国連軍だと宣言しておくことが重要だった。

 

 

 

『失礼いたしました。臨時編成の当部隊の指揮を任されております、帝国陸軍の大上律子中尉であります』

 

 慎二たちと似たような年齢の、赤毛の女性士官が部隊名を名乗らず、まりもに応える。

 一見非礼だが、名乗ろうにも部隊名などないのだろうと、村に展開している兵力を見渡して武も思い至る。

 

 臨時編成とは言うものの、連隊本部などから承認された編成ではなく、実態としては撤退に伴う混成部隊にしか見えない。戦闘指揮車両は残っているようだが、CPも満足に機能していない可能性も高い。先ほどから漏れ聞こえていたように、戦術機大隊だけならばともかく歩兵部隊との連携を取るにため、多少の問題には目を瞑ってオープンチャンネルで通話しているのだろう。

 

 

 

『さて、細かな防衛手順を照らし合わせたいところだが、こちらに流れてくるBETA群との接触も近い。ひとまずこちらの前衛は先行させておく』

 

 部隊としては大隊規模にも見えたが指揮官と名乗ったのが中尉だったことで、まりもは苦笑交じりに口調を崩す。そしてまりもの言葉に律子が眉を顰め否定するような気配を見せるが、その返答を待たず、まりもは指示を下した。

 

『フェアリー01よりブラッド01、前衛の指揮は任せる』

『ブラッド01、了解』

 

 正直なところ、BETA先頭集団の接近まではさほど時間的余裕もない。途中で補給コンテナなどを回収していたこともあり、この須野村への到着予定時刻をすでに上回っているのだ。まりもだけでなく中隊の皆も、打ち合わせが必要だとは理解しつつも、部隊展開を急ごうとする気配がある。

 

 指示を受けた真那にしても、表情には出さないものの僅かに焦りがあったのか、前衛小隊を止めたのは村の入り口付近にまで先に進んでからだった。もっとも、戦術機を止めやすそうな学校の校庭らしき広場には陸軍の撃震が並んでいたためとも言えなくはないが、士気高揚のことを考えればもう少しばかり近くに降りても良かったのだ。

 

 

 

『……ご協力感謝いたします。ですが村の入り口からその先の三叉路付近までは道沿いに限りIEDによる簡易地雷原を構築しております』

『ブラッド01、聞いての通りだ。せっかくの防衛陣ではあるが、我らがそれに頼るわけにもいくまい』

『もちろんであります。設置された皆様の尽力には感謝いたしますが、武御雷を賜りし我らとしては、むしろここに一匹たりとて通さぬ覚悟を持って臨みましょう』

 

 帝国陸軍に聞かせるため、まりもも真那もオープンチャンネルのままに、普段ではあり得ぬほどに大言を吐く。

 

『ブラッド01より、前衛各機。これより我が小隊は先行し、BETA先頭集団漸減にあたる。各自の奮闘に期待する』

『了解ッ!!』

 

 真那の命に、武に冥夜、戎の応答が重なる。その声とともに、脚を止めるため僅かの間だけ下げていた跳躍ユニット主機の出力を再び高め、武を先頭に四人は即座に飛び立った。

 

 

 

『いやしかし、武御雷とはいえ、その数では……』

 動き出した武たちの様子を見て、帝国陸軍の誰かが不安げに漏らす。

 

 BETA先頭集団漸減のために先行させるとまりもが言ったのは、武たち先頭を行く一個小隊、たった4機の武御雷だ。2個大隊規模のBETAが進攻してくる眼前に、たとえ帝国の誇る武御雷とはいえ先行制圧としても数が少なすぎる。

 

(まあ普通に考えたら、これだけじゃ戦力不足だよなぁ。神宮司大尉の対応に期待する、か)

 

 村から2kmほど離れたあたりまで、時間が惜しいために脚部走行ではなく軽く跳躍で進みながら、武は苦笑気味にそう思った。

 今から共に肩を並べて戦おうとする相手の不安は解消したいとは武も考えるものの、小隊指揮官たる真那が何も口を出していないのだ。今は武御雷に乗っているとはいえただの国連軍少尉でしかない武には、立場として反応するわけにもいかない。

 

『おいおい……あの機体を見りゃ判るだろ』

 中隊指揮官としてのまりもの対応に頼るしかないと、武はどこか人任せに流していると、わざとらしいまでに呆れたような声で律子が口を挟んできた。

 

『斯衛ご自慢の武御雷が、あれほどまでにBETA共の返り血で染まってるんだ。乗ってるのがどなたであろうと、その技量は疑うべくもねぇ』

『大上中尉。こちらの突撃前衛二人へは過大な期待はせぬように。敵に無暗に近付くなという命を二人そろってすぐに忘れるような奴らでな。下手に褒めると増長しかねん』

『はッ、部下ともども失礼いたしましたッ!!』

 

 律子の配下への気遣いを、まりもは武と冥夜への注意を漏らすような形で受け入れる。

 

 

 

「ハハッ、褒められてるぞ、04」

 いまからその役職名通りにBETA群に突撃する緊張とは別に、指揮官二人の言葉を受けて、武も思わず笑ってしまう。彼女の言葉通りに、冥夜の武御雷は出雲から出撃するまでは輝くばかりの紫紺だったが今は黒く濡れたようにも見える。

 

 頑なに長刀を振るい続けてきた右腕は、肩より先全てがその紫の色を覆いつくすように赤黒い血潮がこびり付いている。また両の脚も膝下まで染め上げたように赤黒い。砲撃戦だけなく、突撃前衛として文字通りの近接白兵戦を幾度となく繰り返してきたからこそだ。

 初陣直後こそ斯衛の整備中隊がその汚れを総員で落とそうと努力したものの、幾度も続く出撃命令に、今は関節周辺など必要最低限の洗浄に留まってしまっている。機体性能に影響の少ない装甲部分などは簡易洗浄で済まされていた。

 

『無駄に浴びてしまった返り血だ。私としては自身の未熟さを晒しているようで、誇るべきものではないと考えるのだがな』

「あ~無駄と言えば、俺のほうが返す言葉がねぇ……」

 

 冥夜の機体の汚れ方は、追加装甲を持たずに敵陣に斬り込み、受けるよりも先に倒すことの結果だ。

 随伴する武の機体も似たようなものだが、こちらは両の手に逆手に長刀を構えている関係からリーチが短く、冥夜ではないが無駄にBETAの血を浴びていると言えなくもない。

 

 

 

『ブラッド01から前衛小隊各機へ。聞いた通りだ、期待されたくらいは働くとしよう』

 

 IEDによる簡易地雷原を避けるために、脚走行ではなく跳躍したことで、迎撃予定地点まではすぐに着く。武と冥夜との砕けたやり取りには真那は口を挟まなかったが、ここからは後続の部隊のためにも準備が必要であり、小隊指揮官として細やかに指示を下していく。

 

 移動に時間が左程取られていないとは言えど、こちらに向かってくるBETAとの距離は着々と詰まってきている。尾根に上がれば射線も通せるかもしれないが、今はまだ砲撃を開始しない。

 

 まずは何よりも、遅滞戦の準備として周辺の地形に手を入れる必要があった。

 須野村近辺はBETAの進攻ルートが正確に予測できるような隘路が続くのだ。そのような場所で、また樹木の生い茂る山肌では戦術機といえど満足に動けるはずはない。真那の指示のもと、射点として有効な場所を作るべく、武たち4機は歩行でだけでなく跳躍を交えつつ、長刀で木々を伐採していく。

 

 

 

『フェアリー00からブラッド01へ。BETA先頭集団との距離、5kmを割りました。接触までおよそ300秒』

『ブラッド01了解。180秒後から攻撃に移る。小隊各機、いましばらくは陣地構築に集中しろ。先走るなよ?』

 

 進攻してくるBETA群は今回の進攻においてはすでに中衛と言える勢力であり、突撃級は確認されていない。その構成はBETA群の中核をなす戦車級と要撃級だ。平野部での進行速度は80km/hほどにもなるが、このような地形ではさすがにそこまでの速度では進んでこない。

 

「ということらしいぞ、04? いきなり斬りかかるようなことはするなよ」

『ふむ? 先走っているのはそなたのほうではないか、02?』

『まあこっちは二刀振るってるからな。木こり仕事なら04の倍だ』

 

 初陣となった下関での戦いからすでに70時間近く、武も冥夜も戦い続けている。

 ターニャが以前宣言したように、他の少尉たちはそれなりに休息を与えられてはいたが、冥夜には機体調整の時間に仮眠する程度の余裕しか与えられていない。これは随伴する武も同様で、他の中尉たちと同じく、ほぼ休みなく戦い続けてきた。

 

 

 

(いい意味で緊張が解けてきたというべきか、疲労が溜まってきてると見るべきか……)

 

 初陣の時の緊張も薄れ、また満足な休息もとっていないことから、冥夜の口も逆に軽くなっている。さすがに戎たち白の者たちは冥夜への敬意が高く、同じ前衛小隊とはいえ簡単には話せず、このところは戦闘直前に武との軽く砕けたやり取りが増えていた。

 

 武は疲労からくる判断力の低下などは自覚してはいたが、自身に関しては許容の範囲だと割り切っている。他の中尉たちは実戦経験もあり自己管理はできているだろうと思うが、冥夜は別だ。

 真那も護衛として注意はしているだろうが、突撃前衛として肩を並べて戦う武は、普段以上に気を付けておこうと戒める。

 

 

 

 

 

 

 武たち前衛小隊が先行し山肌に簡易陣地を構築している最中、まりもは中隊指揮官として、帝国陸軍との折衝に入っていた。

 

『さて。こちらの突撃前衛の二人がさきほどから浮ついているので察してもらえようが、こちらもご覧の通りの混成編成だ。ある程度は自由に動くつもりだが、周辺の地理にも詳しくないため、防衛案があるならばそちらに従おう』

 

 部隊としては大隊規模にも見えたが指揮官と名乗った律子が中尉だったことで、まりもは苦笑交じりに口調を崩す。

 まりも自身も慣れてきたとはいえ、そもそもが教導目的の機種混在編成であり、さらには防衛戦が開始されてからは本来ならば別系統のはずの真那たち斯衛への指揮も取っているのだ。事情を知らずに外から見れば、第一中隊も敗残兵と判断されてもおかしくはない。

 

 

 

『国連軍の皆様方の支援が無いという先ほどまでの状態であれば、後方の支援砲撃準備が整うまでの時間を稼ぐため、村の入り口に火力を集中し谷間から出てくる地点へ射線を集中したうえでの包囲漸減を想定しておりました』

『ふむ? 山間部へと打って出て遅滞戦闘を続ける、というわけではないのだな?』

『はい。この兵力では闇雲に前に出たとしても、時間稼ぎにもなりません。ご覧の通りの小さな村ではありますが、中央部のいくつかの家屋ならば機械化歩兵たちへの防壁ともなるかと判断いたしました』

 

 まりもの問いに律子は感情の波を感じさせないような口調で、BETAを村に引き入れて時間を稼ぎながら数を減らすつもりだったと答える。

 時速にして80km程を出す戦車級であっても、家屋などを乗り越える際にはさすがに速度が落ちる。ごくわずかな隙でしかないが、歩兵装甲しか持たぬ機械化歩兵にとってすれば、貴重な防御手段ではあるのだ。

 

 

 

『なるほど……手堅いな。少ない兵力で、最善を尽くそうというのが見て取れる』

 

 律子の説明の最中にも、村の入り口に設置された突撃砲を改造した臨時の砲座や村の中を流れる川を防壁として用いるように配置された87式機械化歩兵装甲を確認しながら、まりもが評する。

 

 支援砲撃が開始されるまで、村に下がって遅滞戦闘に努める。

 損耗の激しい寄せ集めの部隊でBETAの進行を押し留めようとするならば、判断としては間違っていない。たしかに最善ともいえる。

 

 彼女の配下は第一世代の撃震、それも部隊の半数近くが損傷しているようにも見える。

 機械化歩兵と連携しつつ、たとえ全機をもってして山間部へと前進したとしても、射線の通しにくい山間だ。距離の優位は左程なく、機動力に欠ける撃震では満足に回避行動をとることも難しい。下手に前進した場合は、むしろ損傷した機体を庇いあうことで逆に被害を増やすだけであろう。

 

 ならば守るべき村を焼くこととなったとしても、平地部へと引きずり込むことで射程という人類が持つ唯一といっていい利点を活用するしか手段はない。

 

 

 

(最善を尽くそうとする……か。それでも支援砲撃が間に合うかどうかは不明、全滅は確定的だ。大上ってあの中尉もそれは判ってはいるんだろうな)

 

 山間での機動防衛のために足場を確保すべく木を切り倒していきながらも、武は二人の指揮官の会話に注意を引かれていた。

 

 律子が村を焼くことも自身を含め兵の大半が死ぬことも受け入れつつも、それに抗おうとしていることくらいは、フェイスウィンドウ越しの荒い映像であってもその表情から見て取れる。

 

 何もかも諦めて、自暴自棄になっている者の顔ではない。

 無力さは自覚していたのだろう。死を恐れていないわけでもないはずだ。それでも自身を盾として他者を残し、残した者に思いを託そうとする、決意を持った律子の態度に、武は敬意とともに少しばかりの嫉妬も感じてしまう。

 

(俺は……覚悟ができてるのか?)

 

 かつての武が自身の無力さを呪い周辺に苛立ちをまき散らした時から、どれほどに成長できているのかさえ判らない自分と、いま務めを果たさんと心を決めた律子とを、どうしても比較してしまう。

 

 

 

『守るために、守るべきものを費やす、か。慣れぬものだな』

「……慣れて良いものでもないだろ」

 嘆くように呟く冥夜の声を耳にして、武は少しばかりきつく言い放った。

 

『ふふ、自身の無力さを恥じるなど、たしかに余裕ある者にしか許されぬ特権だな。許すがよい』

「あ~悪い。余裕がないのは俺のほうだ。ま、この村に関しては……そうだな」

 

 自省でさえなく、ただ自身を卑下することで逃げるような思いに捕らわれていたために、冥夜へ当たるようなことを言ってしまった。それでさらに沈んでしまいそうな自分に呆れてしまいそうになる。

 

「神宮司隊長がうまくやってくれるようだぜ?」

 自身の失態を詫びつつも、武は冥夜の望みは叶えられそうだと告げた。

 

 

 

 

 

 

『だが、せっかくだ。我が隊の者も、家屋を踏み潰すことに少々、鬱屈したものを溜め込んでいて、な。この村くらいは守らせていただこう』

 

 まりも自身や孝之たちは大陸において初陣を経たために、都市部を焼き払うことは当然、場合によっては避難民を巻き添えにしてでも防衛線を構築して来たような現状を目の当たりにしてきている。そして対BETA戦とはそういうものだとすでに割り切れている。だがそれでも自国の街や村が焼かれているのを見続けて、なにも感じないはずもない。

 それに武たち隊員の言葉をすべて聞いていたわけではないだろうが、まりもにしても中隊の新兵たちがストレスを溜めているのは判っている。

 

『いやしかし……』

『こちらに向かっているBETA群は2個大隊規模と聞く。混成とはいえ戦術機大隊規模の戦力が揃っており、数が少ないとはいえ支援砲も用意した。村にまで引き込むことで攻撃機会を逃すほうが愚策ではないか?』

『了解いたしました。ですがこちらの優先任務としては、この地に残っておりました工兵隊の後退支援であります。彼らの支援にこちらからは1個小隊を割きたいと愚考いたします』

 

 まりもの提言は、律子にしても喜んで受け入れたい内容だ。それであっても感謝の言葉ではなく、まずは果たすべき任を伝える。村の防衛よりも、大分へと至る防衛陣構築のために工兵隊を安全に下げることが重要だった。

 

 

 

『それに関しては帝国陸軍にお任せしよう。では、こちらは前衛小隊の接敵に先立ち、支援砲撃に入る。中隊各機、準備はよいか?』

 

 防衛戦開始からすでに三日。

 第一中隊からはいまだ戦死者は出ていない。が、生命には係るほどではないとはいえ慧と茜とは骨折などの負傷もあり、先に後方に下げられている。第19独立警護小隊の神代と巴の二人も本人たちの負傷は軽いが、機体の不調と整備が追い付かず、こちらも昨日から防府基地で待機を命じられていた。

 

 増強中隊と言えた機体数も、今では通常の中隊と同様に12機に収まってしまっている。損傷のない機体など、後衛で支援砲撃に徹していた純夏と壬姫の乗機だけだ。

 

 

 

『一応は準備出来ております。ですが、もう少しばかり早く着いてたら、事前準備にも余裕があったのですが……』

『そう言うなって。時間は少ないが、まだ終わったわけじゃないだろ』

 

 余裕の無さを悔いる孝之に、慎二が宥めるように言う。ただ孝之の言葉通り、出撃時の予定ではもう少し早めに到着し、現地の部隊とも直接顔を合わせたうえで余裕をもって戦線の再構築に取り掛かるはずだった。

 

『そう、ですね。せっかく貸与されたMk-57中隊支援砲もあります。余裕は無くとも守って見せます』

『まったく試射もしてませんから、補正には自信がないのですけど……頑張りますッ』

『わざわざ帝国陸軍から借り出して、その上にコンテナまで回収してきたんだからねー』

『それに下手なことをしたら、後ろで待ってる茜たちに』

『う~それでも一回くらいはズドドッと撃っておきたかったよ』

 

 小隊長の二人に続き、中衛と後衛の新人たちが、わざとらしく好き勝手にしゃべり始める。緊張を解すための雑談ができる程度には、彼女たちも戦場には慣れてきたようだ。

 

 その言葉通り、後衛小隊として編成されている5機の撃震は、まりもの機体を除き全機が支援砲撃仕様と言ってもいい。さすがに武たち前衛小隊の武御雷や孝之たちの吹雪には機動性の低下を懸念して装備していないが、予備として2門も含めれば全6門の支援砲だ。それなりの制圧火力はあるはずだった。

 

 

 

(そういえば、準備期間があるってのは、今回が初めてか。なんでこんな場所が、俺たちの投入箇所として選ばれたんだ?)

 

 後ろで中隊の皆が話しているのを聞きながら、武は疑問を抱いてしまう。

 

 もともとA-01は第四計画の直轄部隊で、夕呼の判断で比較的自由に運用できていた。そのA-01の中でも第一中隊は、斯衛からの承認もあり、帝国軍どころか本来の所属である在日国連軍からしても完全に独立した運用が許されている。

 戦場の選定は自由に行えており、介入はもちろん、撤退するタイミングさえまりもかターニャの判断によって決定されてきた。

 

 紫の武御雷を先頭に推し立てているだけでなく、戦果を出していなければ、ただの混乱の要因にしかならない。そのために今まで選ばれた戦場は初陣同様に、防衛線が崩れ落ちる直前の、それでいて中隊規模の戦力であっても十分な加勢となるような場所ばかりだった。

 

 

 

(あ~もしかして、ここの防衛よりも帝国陸軍への圧力材料としての、Mk-57接収が目的、か?)

 

 数の少ない試験運用中の兵器を無理やりに前線に持ち込んだことで、兵站に混乱をきたし、結果的に防衛線に穴を開けられたのだ。その要因となったMk-57中隊支援砲を、第一中隊は帝国陸軍から奪うように借り受けてきている。

 中隊支援砲に兵器として問題があるのではなく、帝国陸軍の無理な運用が原因だったと、そう証明するための戦闘なのではないかと、ふと思い至った。

 

 言ってしまえば武御雷も、その中隊支援砲と似たようなものだ。配備数は少なく、補給にも整備にも負担は大きい。その負担に見合う以上の成果をもたらさなければ、使う意味が薄い。ターニャにとって、九州に4機しか展開していない武御雷の、機体性能ではなく影響力としての実効性を高めるための比較要素として、Mk-57中隊支援砲が都合が良かったという見方はあり得るのかもしれない。

 

 そういう風に考えてしまうくらいには、武はターニャの戦域選択に疑惑ではないが、納得しきれぬところはあった。

 

 

 

『それでだ。03じゃないが、弾のほうは追加で拾ってきたからどうにかなりそうとはいえ、お前ら本当に撃てるというか当てれるのか?』

『06から09へ。射撃自体はマッチングも完了しておりますので、問題はありません。ですが……』

 

 ターニャの戦場選択に疑問を持つ武とは別に、慎二はMk-57を新人少尉たちが扱えるかどうかが心配のようだ。代表して答える千鶴にしても、さすがに簡単にできるとは言い切れないのか、口を濁す。

 

 慎二の言うとおり、弾薬の心配はない。

 帝国陸軍からMk-57を借り受けた時に、一緒に受け渡された弾薬があまりに少な過ぎたが、補給コンテナの位置は判明していたために回収はしてきたのだ。ただ今後も現場の混乱の要因となりかねないので、Mk-57用機材の入ったコンテナすべてを回収するために迂回したことで、この須野村への到着時刻が遅れたことは誤算だった。

 最低限の機体とのマッチングは完了したとはいえ、満足に試射する時間さえ取れていないのだ。

 

 

 

 そしてなによりも問題なのは、間接射撃の経験の無さだ。

 

 戦術機の攻撃の基本は突撃砲による直接射撃である。

 訓練兵時代の射撃訓練も突撃銃を使用していた時間が最も長い。一応は迫撃砲を用いての間接射撃の経験はあれど、砲兵としての専門訓練を受けているわけではない。

 

『……フェアリー00より、フェアリー各機へ。変則的ではありますが、間接射撃のための観測班としては前衛小隊からのデータを基にこちらで処理いたします。また射撃指揮所としてもこちらで対応いたします』

 溜息でも漏らしそうなほどに感情の抜け落ちた声で、仕方がないと言いたげにターニャが口を挟む。

 

『ブラッド01よりフェアリー00へ。当機が観測機となる。が、そちらの処理に問題はないのか?』

『フェアリー00了解。指定ポイントにて待機をお願いいたします』

 

 間接射撃は本来であれば専属の観測班を配して行われる。また戦術機の各種センサ類はたしかに陸自用兵器としては比類なき程に高い性能を持ち、場合によっては観測機として運用されることもある。

 だがそれはあくまで専用の観測班として、直接戦闘に関与しない場合に限ってのことだ。たとえ専門に訓練を受けていたとしても、前衛小隊として近接戦闘に参加している機体からでは、詳細な情報を伝えることは困難を極める。

 

 ましていまの前衛小隊の面々は、護衛及び近距離戦に長けた者を集めており、誰一人として観測員の経験などない。

 

『たしかに少々観測データとしては荒いものしか集まらぬかとは思われますが、対象BETA群の進攻予想ルートはすでに作成されております。観測射撃の後に、必要最低限の弾着観測データさえ頂ければ、あとはこちらで何とかして見せましょう』

 できるのかという真那の問いに、無理ではないとターニャは淡々と答える。

 

 

 

(というかなんで事務次官補が砲兵の任を担当できるんだ?)

 いまさらながらというべき疑問が、武の頭を過る。

 

 ターニャが自身の能力を低く見積もっているところがあるのは、付き合いの浅い武にも判ってきている。そのターニャが可能だと言うのだから、間違いなく水準以上の処理をこなせるはずだ。

 

 だがこの世界線において、ターニャの軍歴はあくまで合衆国空軍に限定されている。月面での対BETA戦では満足な迫撃砲もなかったと聞く。BETA大戦以前の対人類戦において、近接航空支援などで近しい経験があるのかもしれないが、それにしても間接射撃に対して慣れ過ぎているかのように感じられる。

 

(夕呼先生の疑問じゃないけど、やっぱりEX世界線とこっちのAL世界線とかとはまったく別の世界線でなにがしかの軍歴があるってことか……?)

 

 いま問うべき問題ではないとは思いつつも、秘密主義すぎるターニャに対してどうしても疑問は尽きない。夕呼がターニャの能力や知識に対して一定の敬意を払いつつも、完全に協力者として受け入れきれないのは、こういう面が大きいのだろう。

 

 

 

 

 

 

『ブラッド01より前衛小隊へ。接触予定時刻だ、兵器使用自由ッ!!』

『了解ッ!!』

「ッ!? 02了解ッ!!」

 

 武のターニャへの疑惑など関係なく、BETAの進攻は続く。

 冥夜と戎の二人に比べ少しばかり反応が遅れてしまったが、それでも攻撃予定地点と指定された場所へと現れた戦車級へ、武は36mmを降らしていく。

 

『フェアリー00から03、12。緒元転送完了、効力射開始。06、10は30秒待機』

 観測機としての任に付いた真那を除き、武たち前衛小隊が射撃に入ったと同時に、ターニャは後方に位置する純夏と壬姫に緒元と共に砲撃の指示を下す。声からは判らないが、余裕が無いのかそれとも短期で済ますつもりなのか、初弾からほぼ全力投射に近い。

 

 

 

『光線級警報ッ!?』

 だがその間接射撃の効果を確認するよりも先に、各機のコクピットで警報が鳴り響く。

 

『フェアリー01より中隊各機ッ!! 無暗に騒がず現状のままに対処せよッ!!』

 警報に対し狼狽えた中隊員に対し、まりもが叱責するように指示を下す。

 

『まだ第四級警報だ、驚き過ぎだぞ? このあたりの地形なら、よほど跳ね上がらなきゃ、かすりもしないはずだ』

『めずらしく09の言うとおりだな。そんなところまで跳ぶのは02くらいだ』

 まりもに続き、慎二と孝之が落ち着き払った様子を作って、新兵たちへの緊張を解こうとする。

 

「さすがに俺でもそこまでは……跳んでましたね、先輩方のご注意に感謝します」

 せっかくだからと武も二人の言葉に乗りかかり、軽く笑ってみせる。

 

 

 

『糸島市の西部海岸に、要塞級とともにいくつかの光線級の上陸を許したようです』

 

 中隊全体が落ち着き、支援砲撃が再開されたのを確認した上で、ターニャが状況の説明を始めた。

 

 玄海灘から泉川河口付近に上陸されたと、地図情報を書き換えていく。

 重光線級は確認されておらず、確認されている光線級の数も少ないが、無防備なままに砲撃を続けられるほどには余裕がない。帝国海軍は周辺からの艦艇の退避を進めており、艦隊が壱岐水道か博多湾側へと移動が完了するまでは、支援砲撃が不可能になるという。

 

 九州北部海岸から少し南に下がった、久留米市周辺に展開している帝国陸軍砲兵隊からの福岡市北部海岸線への砲撃は続けられるが、制圧火力が大きく減じること間違いない

 

 

 

『艦隊の移動が完了したとしても、AL弾頭への切り替えやその後の重金属雲形成、そこからようやく光線級排除のための威力砲撃となりますから、満足な支援砲撃が再開されるには時間がかかりますな』

 

 糸島市全域は当然、余裕を見てか西は唐津市、東は福岡市までは第一級警報下に置かれた。

 今はまだ高祖山などの尾根が遮蔽物となり福岡市周辺には直接的な脅威は低いとはいえ、糸島市からの上陸を許し続ければ、福岡に展開している部隊は後背を突かれる形となる。

 

 福岡は防衛戦開始以来、常に大規模なBETA群の上陸に晒されており、さらに大分への誘引計画が開始されてからはその圧力もより高まっていた。陸も海も他地区よりも優先的に支援砲撃を続けてはいるが、すでに上陸を許した数だけでも連隊規模に上るという。

 

 そこに西側からBETA群が突入してくれば、福岡の防衛は絶望的だ。

 

『当該地区に展開していた部隊はそもそも数が少なかったようですが、今は遮蔽地形を求めて山岳部へと後退を始めてはおります……が、戦術機甲部隊以外、満足な撤収は地形的に少々困難ですな』

 

 日本帝国初の防衛戦闘とはいえ戦力が余剰に用意できるはずもなく、九州北部海岸では福岡市と北九州市とを重点的に防衛している。糸島市方面へと配備されていた部隊もあるが、それも福岡湾から進攻してくるBETA群を側面から砲撃するために北東を向いている。

 泉川河口からの進行は、その背部を突かれたような形だ。

 

 

 

『こちらの、この村周辺への圧力が今すぐに高まるという状況ではないが、これは下手をすると長引くな……各機残弾及び推進剤残量に注意せよ』

 

 ターニャの説明を聞いたうえで、まりもは今自分たちができる範囲のことに意識を切り替えるように注意する。

 

 山間部を進攻してくるBETA集団は当初想定の2個大隊規模から1個連隊規模へと増加してはいるが、第一中隊を先頭とした遅滞防衛にはいまだ綻びはない。

 4門とは言えMk-57の間接火力支援の下、山道に沿って部隊先頭を小刻みに前後することで一度に正対する敵集団の数を抑制し、武たち前衛小隊の負担はかなり低減されている。

 集中を切らせる状況ではないが、周辺状況を堪忍する余裕がないほどは切迫していない。

 

 

 

(ここまで説明してるってことは、この事務次官補のことだ、無茶振りしてくるんだろうな)

 

 Mk-57用の補給コンテナを回収する際に、他のコンテナも持てる分は確保し、須野村に持ち込んでいた。それもあって弾薬には余裕がある。

 山間の狭い道に沿って細かな跳躍を繰り返しているために推進剤は想定よりも消費しているが、それでもまだ7割近くは残っている。36mmの残弾は豊富で、120mmにいたっては使用さえしておらず満載のままだ。

 

 それはつまり、今からでも別の戦域に進攻することも可能だということでもある。

 

 

 

「00の状況報告を聞く限り、しばらくは高めに飛ばずに、手堅く小刻みに跳ぶことにします」

『02、貴様はそもそも跳ばないという選択肢はないのか? それでは推進剤の残量も少なかろう?』

「ハハハッ、申し訳ありません、中尉殿。次回以降は節約を心がけます」

 

 今までは第五種光線級警報下でしかなかったとはいえ、武はそれさえも気にしていないかのように、尾根よりも高く飛び上がっていたのだ。対地射撃という面で見れば有効な行為だとは理解もできるが、それを冥夜が真似をする可能性が高いと思えば、真那としては諫めるのも当然だ。

 

 ただ、どこか呆れたかのような真那の声だが、作った風なのは武も同様だ。

 いま武がターニャの状況説明に言葉を挟んだ要因に、真那も気が付いてしまったのだろう。いつも以上にその表情が硬い。

 

 

 

 

 

 

『フェアリー00より、中隊各機へ。香月副司令より通信が入っております』

「ッ!!」

 

 誤魔化すかのような武の振る舞いなどまったく意に介さず、ターニャは平素のままに告げる。が、その通達に中隊全員が驚愕した。

 

 たしかに夕呼はA-01の最高責任者ではあるが、基本的には衛士の前に出てくるようなことはない。よくて中隊長に指示を伝達するくらいだ。武以外の元207Bの新兵たちにしてみれば、任官式の時に顔を見ただけと言ってもいい。孝之や慎二などは、顔も合わせたことがない可能性さえある。

 

 ターニャが、第一中隊CP将校の「ターシャ・ティクレティウス少尉」としての立場から出す指示であれば、中隊長たるまりもであれば拒否も可能だ。またJASRA局長としてのデグレチャフ事務次官補としてであれば、そもそもが命令権がない。

 だが、夕呼からとなると、拒否も反論も許されるはずがない。

 

 

 

『総員、傾注ッ!!』

『だから、まりも? そういう堅っくるしいのは要らないって言ってるでしょ』

 

 まりもにしても夕呼が直接通話までしてくるとは予想もしていなかっただろうが、指揮官として形式通りの対応を取った。だか夕呼も作戦進行中の部隊への通達とは思えないような緊張感のない態度で、簡潔に指示を下す。

 

 

 

『光線級吶喊……やって見せなさい、白銀、御剣』

 

 

 

 

 

 




何をどう勘違いしていたのか、5/31を土曜日だと思い込んでいて5月更新に失敗……とりあえず6月末にまでにはもう一回は更新したいなぁ、という感じです(酔っ払いモード?)

で、みんな大好き?光線級吶喊まで行きたかったのですが、その辺りは以下次回。次々回くらいで九州編終わりたいなぁくらいです。ゴソゴソと次回分と今回分のテキストを入れたり変えたりしていると、沙霧大尉周りが入ってねぇーっとなっているので、そのあたりも次回かも、です。

というか各回5000~8000字程度のはずが微妙に増え続けているので、次からちょっと何とかそれ位に抑えたいなぁ、とか?


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奉謝の相克

 光線級吶喊。

 

 夕呼の命令は耳には届いたものの、武は指示された内容の異様さに返答に詰まる。

 武自身への指示だけならすぐさまに了承もできた。XM3が一応なりとも完成し、第三世代機に乗せられている身だ。いつかは命じられるだろうと、予想もしていたのだ。

 

 ただそこに冥夜の名が並ぶとなると、躊躇いよりも先に違和感が感じられる。たとえXM3を搭載した武御雷、それも最高峰の機動性を誇るR型、そしてまだ上陸が開始された直後とは言えど光線級吶喊を敢行しての安全など保障しようもない。

 

(いや、どう考えても無茶過ぎないか、夕呼先生?)

 

 声には出さない程度の分別はあれど、意識は眼前のBETAに集中できなくなっている。繰り返された経験から無駄に空回る思考とは別に、身体だけは迫りくる戦車級に対し36mmを降り注ぐように射撃を続けていた。

 

 

 

『香月副司令ッ!! 光線級吶喊などと言う命を下すとは、何をお考えですかッ!?』

『斯衛の……誰だっけ? ま、いいわ。別にアンタに命令してるわけじゃないわよ。ウチの部隊の突撃前衛二人に言ってるの』

『くッ!!』

 

 ただ武が何かを応えるよりも先に、真那が通信に割り込む。しかしそれは夕呼にしてみれば予想された抵抗でしかない。命令系統という正論をもって封じる。

 冥夜の所属は国連軍の、それも夕呼の直属たるA-01だ。斯衛の独立警護小隊とはいえ、部外者たる真那にしてみれば、夕呼が配下の者に対して命じたことを覆せるはずもなく、押し黙るしかない。

 

『別に二人だけで吶喊しろって話でもないわ。伊隅の部隊に任せるつもりだったんだけどね、ちょっと数が減ってるから手伝ってきなさい。まあ斯衛がどう動くかは、あたしの知ったことじゃないわ』

 

 真那の焦りを誘うのは、夕呼の想定通りなのだろう。後出しで状況を説明しながら、真那が冥夜に付いていくことを許可したような体で、なかば命じてくる。

 

 

 

『フェアリー04、了解いたしました』

「……フェアリー02、了解。現担当地区を離れ、第9中隊への合流へ向かいます」

 

 反論とも抗議とも取れそうな言葉を真那が口にする前に、冥夜が割り込むように了承を伝える。

 それを聞いてようやく武も言葉をひねり出せた。みちるの部隊、第9中隊ヴァルキリーズの数が減っているという夕呼の発言に、隊の誰かが犠牲となったのかとも思い至るが今はそれを追求する時間はない。

 

『……ブラッド01より、フェアリー01へ。我らはフェアリー04に同行いたします』

『フェアリー01、了解。ただし帝国軍への連絡があるため、いましばらくその場にて戦闘を続けられたし』

『ブラッド01、了解……感謝いたします』

 

 大きく息を吸った後に吐き出すように真那は告げる。その敵前逃亡とも取られかねない発言を、まりもは当然のごとく受け入れた。

 真那は戎には確認も取っていないが、冥夜付きの者としてみれば、この場に残されることを受け入れるはずもないことは明白だ。たとえ光線級吶喊と言えども、護るべき主に付き従わないはずもない。

 

『話は纏まった? 細かい指示は合流後に伊隅から受けなさい。光線級の排除後は海に出て、戦術機母艦だったっけ? そっちに乗っていいわ。白銀と御剣はそのまま白陵に帰ってきなさい。じゃあね』

 

 そしてこちらからの返答は聞く気配も見せず、夕呼は言いたい事だけを告げて無線を切った。

 

 

 

『観測機としてはブラッド01に代わり、私自身が前に出る』

 

 いまは武たち武御雷による前衛小隊でBETAの進行を遅らせ、そこにMk-57による支援砲撃を集中させている。孝之たちの中衛小隊と、律子が指揮する帝国陸軍の戦術機部隊とは、それらが撃ち漏らした敵を山道を縦深陣として徐々に数を減らしていくような形で対応していた。

 前衛小隊の4機がこの場を離れるとなれば、その代わりが必要だった。問題は、まりもに残された兵力だけでは、中衛の小隊にまりも自身を加えたとしても、少しばかり不安が残る。

 

『あ~09より01へ。大尉殿に前に出ていただけるのは助かりますが、それでも少々手が足りないかと愚考いたします』

 

 慎二がわざとらしいまでに情けない表情で進言するが、今の中衛小隊は孝之に慎二、そして晴子の3機の吹雪だ。まりもが前に上がってきてくれれば数だけは武たちの前衛小隊と同数となるが、武御雷に比べれば格段に機動性が劣る編成だ。

 火力はともかくも、機動防衛という面では間違いなく

 

『たしかに我ら中隊だけの再編というわけにもいかぬ。それも含め帝国陸軍と改めて協議する』

 

 

 

「とりあえず……俺たち前衛小隊の交代が決まり次第、一度村に戻って装備の変更、だな」

『む? ただちに指定の合流地点に向かうのではないのか? 時間的な余裕は無かろう?』

 

 光線級の上陸を許し、偵察用UAVが落とされた現状、周辺状況の詳細な情報は不明瞭だ。それでも時間が経てば経つほどにBETAの上陸を許し、後方の防衛線に負担が蓄積していくことは明らかである。

 冥夜にしてみれば、今すぐこの場を離れるものと考えていたようだ。

 

「光線級吶喊なら追加装甲が要るさ。さすがに推進剤の補給まではしないけどな」

 

 この須野村までの移動と、今も続く戦闘でそれなりに推進剤は消費しているが、それでもまだ6割近くは残っている。この後の移動と、吶喊のことを考えれば、程よく軽量化できているとも言えた。

 ただ、たとえXM3の機能を十全に利用したとしても、完全に光線照射を回避することなど困難を極める。追加装甲があれば、時間にして数秒ほどだろうが、照射にも抵抗できる。

 

 

 

「あとは……対光線級の機動なんてほとんど教習もしてないから、とりあえず俺の挙動に合わせてくれ。タイミングはなんとか指示するようにする」

『04了解。今までと同じく、そなたに合わせよう』

『ブラッド01より、フェアリー02。こちらも貴様の機動に従おう』

 

 冥夜だけでなく、真那も戎も同意する。斯衛の二人にしても光線級吶喊の経験などあるはずもなく、またXM3を搭載した武御雷による光線照射回避にしてもシミュレータで試した程度なのだ。

 

「ありがとうございます。しかしここに至って機体編成がバラバラだったのが、改めて問題になりましたよ。演習で一度でもやっておけばよかった」

『ははっ、いまさらながらではあるが私の欠点だな、それは』

 

 冥夜は軽く笑って済ませるが、自身の部隊連携に関する技量不足は自覚している。

 XM3教導用の部隊という位置付けもあって、結局第一中隊としてはまともに中隊規模での部隊運用演習をこなせていない。光線級吶喊などの、中隊から大隊規模で行われるべき機動に関しては、冥夜などは訓練兵たる207B時代に簡単な概略をなぞっただけに等しい。

 

 この九州での防衛が始まってからも、各小隊に分かれての分断運用が基本だった。

 前衛小隊として先陣を切って敵BETA集団を挫くといえば聞こえは良いが、結局のところ小隊長の真那か分隊長たる武に追随する形で、眼前の敵を排除してきたに過ぎない。

 

 

 

「あ~しかしこれは……Mk-57を使おうとした連中の気持ちも判るな」

『たしかに。要撃級がこうもあっさりと落ちるとは』

 

 冥夜の緊張を解すためにも、武は眼前の戦闘に意識を戻す。だが、あまりにも余裕のある防衛戦に、逆に気が抜けてしまいそうにもなってしまう。先ほどから戦車級を撃ち続けてはいるが、進攻経路が限定されているため密集はしているものの、対処は容易いのだ。

 

 この村に進攻しつつあるBETA群は連隊規模にまで拡大しつつあるが、真那が観測機として一歩下がった位置にいてさえも、武たち前衛小隊が先ほどから雑談ができるほどに敵前面の圧力が薄い。

 

 現在の状況が想定以上に余裕があるのは、村から砲撃を続けてくれている後衛小隊の火力支援によるところが大きい。特に冥夜の言うとおり、通常ならば戦術機での近接戦では対処しづらい要撃級が、砲撃予定地点に入ると同時にほぼ瞬時に無力化されていく。

 

 要撃級は前腕部に強固な装甲外殻を持ち、突撃級ほどではないが、正面からでは突撃砲の36mmだけでの撃破は難しい。それが間接砲撃として上部からの57mmの砲弾を受けて、即座にただの肉塊へと打ち砕かれる。

 

 

 

『だがこれは兵器としての中隊支援砲が優れているのではなく、フェアリー00の的確な指示によるものなのではないのか?』

『04の言うとおりだ。こちらでは整理もしていないデータを転送しているだけなのに、先ほどから確実に要撃級へと的確に砲撃を集中させている』

 

 冥夜の言葉を裏付けるように、真那が補足する。

 

「え? ブラッド01が攻撃目標を選定しているのではなかったのですか?」

『こちらは本当に周辺の敵勢力を観測しているだけだ。貴様らと比較すれば手が空いているとはいえ、そこまでは無理だな』

 

 武の疑問に、苦笑するように真那は答える。

 その言葉通りに、できる限りは場所を移動しないように、そして視界を広くとれるような位置取りこそ心掛けてはいるが、真那自身も押し寄せる戦車級を排除し続けているのだ。

 

 近接戦闘に慣れた斯衛の衛士といえど、確かにこの状況下で支援砲撃の目標選定などは困難を極めるだろう。

 

 

 

「ウチの少尉の的確な指示と、あとはやはり陸軍の、大上中尉でしたっけ? あの方の場所選定の良さ……ですかね、これは」

 

 武たちが支援砲撃を集中させるために敵を押し留めようとしている地点は、律子に指定された場所だ。村へと続く山間の細い道路だが、指定されたところはさらに道路両側が切り立った崖のような場所だった。

 山の中は木の密度も高く、戦車級と言えどそこを無理に通れば分断され、速度も落ちる。どうしても切り開かれた道路に沿って進行してくるのが大半だ。そしてその道路には要撃級の巨大な残骸が積み重なっていくのだ。

 

 平地であれば80km/hを誇る戦車級であっても、この場ではそんな速度では移動できない。敵BETA集団の密度は高まり、射線を適当に合わせるだけでも数を減らせる。

 

 時折無理やりに山中を突破してきた戦車級などを避けるために跳躍はするものの、それも先にある程度足場を作っていたこともあり、危なげなく距離を取ることができていた。

 

『気を抜くなよ、フェアリー02。光線級吶喊の前に、その武御雷に傷でも付けようものなら、叱責だけで済ますつもりはないぞ?』

「ははっ、以前にお伝えしたように、大切な預かり物です。返り血の汚れはともかくも、傷なくお返しいたしましょう」

 

 

 

 

 

 

『大上中尉。申し訳ないが少々状況が変わった。こちらの前衛小隊4機を別地域に派遣することとなった』

 

 武たち前衛小隊がそんな話をしている間にも、まりもは彼らが抜けることでできる穴を塞ぐために、帝国陸軍との協議を始めていた。武たちに改めて状況を説明する時間を惜しむつもりか、まりもは中隊内回線を開けたままに律子へと声を掛けた。

 

 まりもと律子は現在村の入り口にて機械化歩兵とともに最終防衛ラインとでもいうべき位置にいる。

 道路を通らず、山中を直進してくる個体が存在する可能性はさほど高くはない。が、千鶴たち支援砲撃を続けている機体では自己の防衛もままならず、また歩兵だけではその護衛としても荷が重い。

 

『それに合わせ、私自身も前に出る』

 部隊全体の指揮を執るためにも、また後衛の護衛という意味でも、この場から動くことは得策ではない。それでも中隊指揮官たるまりも自身が前を埋めるという意味を、律子は正確に理解するはずだ。

 

 

 

『……別地域ですか? あ、いえ。申し訳ありません。了解いたしました』

 ただ律子は前衛小隊をいきなりに動かすという話を聞いて、対応が遅れる。さらにその驚きからか、上官それも別組織の者に対して問いただすような言葉を発してしまうが、直ちに詫びた。

 

『こちらの別部隊に合流するために、移動させる必要が出たのだ。いや、秘匿するような話でもないな。糸島市方面に向かう中隊があるのだが、そちらが定数に満ちていないらしい。それの補填だな』

 

 前衛小隊、つまるところ紫の武御雷を下げるという意味だと律子が受け取ったことに、まりもは思い至り、苦笑交じりに説明を加える。

 広告塔とも言える紫の武御雷を、今の安定した状態であれば無理に下げる必要など通常であれば考えにくい。もうしばらく持ちこたえて、敵の進行が鈍ったタイミングを見計らうほうが安全だ。

 

 

 

『糸島市ですか……なるほど。では、こちらからも二個小隊ほど前に出しましょう』

 

 だが糸島市海岸部に光線級が上陸したという情報は帝国陸軍にも伝わっている。

 律子にしても、そちらへ武御雷を向かわせるという意味は、即座に読み取れてしまう。帝国軍人であれば「将軍」の御前で敵に背を向けることなど、自身に許すことなどありはしない、とそう考えてしまった。

 まさかそのままに光線級吶喊を敢行させる予定だなどとは、ごく当たり前の帝国臣民としては思いもよらないのだ。

 

 それゆえに、まりもが律子の配下をも含め、部隊再編を想定することに対し進んで協力しようとする。

 

『話が早くて助かる。こちらの中衛も前には出すが、それでも手が足りん』

『戦術機の再配置で縦深配置による敵勢力削減に漏れは出るでしょうが、そこは歩兵の方々に負担してもらいましょう』

 

 律子は笑って請け負って見せるが、やはりその表情はわずかに苦みがある。いまでさえ支援砲撃を行っている部隊を護衛するためこの場に留まっているとはいえ、本心としては部下とともに前に出たいのだ。

 

 

 

『いや大上中尉。前に出るのは我らに任せていただこう』

『沙霧大尉殿ッ!?』

 

(沙霧大尉って、沙霧尚哉大尉か!? なんであの人がこんなところにいるんだよ?)

 

 まりもと律子、指揮官同士の会話はこの村を離れることになる自分たちには関係が薄いと武は半ば聞き流していたが、知った名前それもこの場にいるとはまったく想像もしていなかった尚哉の声を聴くと、さすがに驚きで一瞬動きが止まりそうになった。

 

(あ~いや、そういえば帝国陸軍側で白陵基地でのXM3の教導にも参加してくれてたんだったっけ? なら九州方面の部隊への教導に出てきていてもおかしくはない、のか?)

 

 武には尚哉が不知火に乗っている姿しか記憶にない。それもあって、まさか撃震しかいない部隊に彼が居たことに混乱してしまう。とはいえ教導任務でこちらに来ていたのならば、撃震に乗っている理由なども含めある程度は推測できなくもない。

 

 なによりも、後を託すという意味では沙霧尚哉以上の衛士など、探し出せるはずもない。まりもだけでなく、彼に任せられるのであれば、この場に残る第一中隊の皆の安全など武が心配する必要がないほどだ。

 

 

 

『後方にて敵勢力削減に務めたほうが良いかと思っていたが、前衛小隊が欠けるとならば話も変わろう』

『沙霧大尉殿には初期の予定通りに、工兵隊の後退支援に就いて貰いたいところですが……』

『大上中尉。我が小隊は直接は彼らと教導任務に就いたことはないが、それでもXM3搭載機の機動戦闘に関しては、短期間ではあるがそれなりに身に付けてきたと自負している』

 

 律子が口を濁すが、尚哉は村への被害を避けるために、自身を含めての戦術機での前進しての漸減策を提案してきたほどだ。それが可能となる戦力が整った今、後方へと下がることを良しとするはずもない。

 さらに砲撃補佐としてまりもたちに並ぶならば、XM1仕様の機体しか知らぬ律子の隊よりかはまだしも連携がしやすいはずだと、尚哉は告げる。

 

『……了解いたしました』

 尚哉を説得して押し留めることを諦め、溜息を付きそうな表情ではあるが律子は納得した。

 

『ならば工兵隊の後送護衛に関しては、こちらから機体を回します』

『我儘を言って申し訳ない、大上中尉』

 

 配置変更の許可を律子から受け、尚哉たちはすぐさま機体を前に進める。

 

 

 

『あ~ちょうど良いや、副長ッ!! さっきの勇み足の罰だ。貴様が工兵隊護衛の指揮を取れ。斯衛の方々と並んで戦えるという栄誉は、貴様らにはやらんぞ?』

『はははっ、これは失敗しましたな。紫の武御雷を護って戦い抜いたと、先に逝った連中に九段で吹聴するつもりでしたが……了解いたしました。工兵の皆様方には傷一つ付けずにお送りいたしましょう』

 

 律子は、もともと下げようと計画していた、損傷の激しい機体を選出し後方に下がるように指示する。副長にしても、数が減るとはいえまりもたち国連軍が残ってくれるのであれば安心できるようで、素直にその命を受けた。

 

 

 

 

 

 

『フェアリー01からブラッド01。聞いていた通りだ。帝国軍の小隊が到着次第、その場から下がれ』

『ブラッド01了解。沙霧大尉の隊と交代の後、装備更新のために村に下がります』

 

 尚哉が率いる撃震の小隊が移動を開始したのを、視界の隅に表示される地図で確認する。観測機としての性格上、真那だけはまりもの到着まで大きくは動けないが、武たち他の3機は徐々に後退の準備に入る。

 

 

 

『06より01。意見具申、よろしいでしょうか?』

『06、どうした?』

『Mk-57を装備した機体を少なくとも1機、前衛小隊に同道させるべきかと愚考いたします』

 

 前衛小隊の動きを確認しながらか、砲撃を続けながらも千鶴がまりもへと中隊内の再編を提言してきた。

 今から武たちが向かう地域は、海からの支援もなく、機甲兵力も撤退を始めているのだ。千鶴の言うとおり、たとえ1機であっても後方からの支援があれば間違いなく吶喊する部隊の負担は下がる。

 

『……いや。貴様らの撃震では遅すぎる。武御雷の脚を殺すだけにしかならん』

 

 まりもはその千鶴の提案を、一瞬は迷いを見せたものの却下した。

 まりもとて支援砲撃も何もない状況で中隊規模での光線級吶喊など、たとえXM3搭載機と言えども非常に困難だとは判っている。だが説明通りに撃震では逆に部隊の機動性を殺すだけになりかねない

 

 撃震の跳躍ユニットはF-4シリーズの最終形ともいえるE型に相当する物が搭載はされているが、それであっても第三世代機の、それも機動性に特化した武御雷に比べると非力である。巡航ならばともかく、短距離とはいえ光線級警報下での進攻では、随伴することも困難だ。

 

 

 

『07より01へ。であれば、自分が行きます』

『柏木ッ!? あ……07、あなた後衛じゃないでしょうッ!?』

 

 自分が行くと言えるからこそ、千鶴にしても光線級吶喊への随伴を申し出たのだろう。それをいまは中衛に組み込まれている晴子が名乗り出てくるとは思いもしていなかったはずだ。

 

『こっちは吹雪だし、ね。戦闘機動じゃなくて移動だけなら、その中隊支援砲を担いでても、武御雷には大きく後れることはないよ』

 

 からからと笑いながら、晴子は言う。千鶴へと説明するようで、まりもへと自分ならできると証明するかのように余裕を装う。

 それになによりも晴子には、この任を千鶴だけでなく元207Bの面々に担わせるつもりはない。

 

『また同じ吹雪とはいえ、05や09の両中尉に今この場を離れられては残る皆が心配です。それにヴァルキリーズは自分にとっては古巣です。今行かねば、後方に残している涼宮にも顔向けできません』

『……わかった。07、予備の支援砲を2門と、弾頭は余裕をもって携帯しろ。あちらでも誰かが使うはずだ』

『ありがとうございます。そして05、独断での発言、申し訳ありませんでした』

 

 まりもからの許可は得たとはいえ、小隊長たる孝之に晴子は詫びる。半年ほどの短い間だったとはいえ、晴子もヴァルキリーズに所属していたのだ。孝之と慎二、そして涼宮遙と速瀬水月との関係はなんとなくとはいえ耳にしていた。

 

 

 

『05より07へ。気にするな。たしかに俺も行きたいが、この場を放棄して行ったらアイツに怒られそうだ』

『ははっ、間違いない。助けに行ったつもりでも、アチラの突撃前衛長に撃ち落されかねん』

 

 おそらく孝之自身が他の誰よりも、駆け付けたいと思っているはずだ。慎二にしても行けるものなら行きたいのだろう。だが結成されて間もない第一中隊の先任として、二人の中尉がこの場を離れられるはずがない。

 

 

 

 

 

 

『フェアリー00より、02、04および07へ。第9中隊との合流ポイントへの移動ルートは指定の通り。なお合流後は、そちらの指揮下に入られたし』

 

 尚哉の小隊に前衛を任せ、武たちが拠点としていた分校校庭に戻ると同時に、指揮系統の切り替えをターニャは簡単に告げてきた。

 当然ながら、CP将校としてのターニャは第一中隊への指示に就いている。加えていまは射撃指揮所としても動いており、本人の能力としてはともかく、それらと並行しながらの光線級吶喊の指示などは無理がある。

 

 これ以降、移動中に関しては真那が指揮を執り、武たち国連軍の三人に関しては合流の後はみちるの指揮下に入ることになった。

 

 

 

 校庭に残された装備の中から、武と冥夜とは左腕の装備を増加装甲に持ち変え、晴子は予備も含めMk-57を2門抱えていく。Mk-57の予備弾倉に関しては、真那と戎とがある程度は運ぶ形だ。

 

『フェアリー00より04、御剣少尉。再出撃までの短い時間だが、なにか帝国陸軍の方々へ伝えておきたいことはあるかね?』

 そんな準備の合間に、ターニャが冥夜へと声を掛ける。

 ターニャにしてみれば「将軍」偽装の強化と帝国軍士気高揚の一環だ。いままでも冥夜からの通信は原則中隊内に限定はしていたが、時折こうした機会は作ってきていた。

 

 

 

『帝国陸軍の皆様方、防衛協力に馳せ参じておきながら最後まで共に戦えぬこと、申し訳なく存じます』

 ターニャに促された形ではあるが、冥夜としては確かに中途なままにこの地を去ることに忸怩たる思いもある。特定の誰かに対してという形ではなく、冥夜はこの場にいる者たちすべてに、任を果たす前に立ち去ることを告げた。

 

『お心遣いありがとうございます。ですが、この地の防衛はもとより我らが任。お手を煩わさせたこと、我らこそが詫びるべきでありしょう』

『詫びることなどございませぬ、大上中尉殿。帝国の地を護るべきは、この国に住まう者すべての任であります。そこには我らも当然含まれております。わずかな時とはいえ、中尉殿とその配下の皆様方と肩を並べて戦えたことは、我が身にとっても光栄なことでありました』

 

 この村での遅滞戦闘を担わされた者、そして隊を預かる者の立場から、律子は代表して冥夜に応える。冥夜にしても、言葉は飾る必要はあれど、共に戦えたことを本心から悦ばしく感じていた。

 

 

 

『過分なお言葉、恐縮いたします。ですがやはり感謝するのは我らかと』

 冥夜の想いは律子にも伝わったようで、短く定型的な返答とともに、感謝を表す。

 まだ戦闘は継続してはいるが、これ以上大規模なBETA軍の追加進行が無ければ、この村での防衛は成功する。気を抜ける余地は無いが、勝ちつつあることは確かだった。

 

『正直、村を焼かねばならぬと諦めとともに割り切っておりましたが、「国連軍」の皆様方のおかげで、何とか守れそうです』

 言葉にすることを躊躇うかのように間が開いたが、分校とその少し先を見つめなおし、律子は続けた。

 

『帝国軍人としてだけでなく……この須野村で生まれ育った者の一人として、心からの感謝を。ほんとうに、ありがとうございます』

 

 指揮官ではなく、ただの村人の一人として、律子は冥夜にあらためて感謝の意を伝える。

 

 

 

『大上中尉殿は、この村の出身だったのですか?』

『はははっ、恥ずかしながら、軍に入って以来一度も戻る機会もなく、疎開の手伝いさえできませんでしたが、この小さな村がかつては自分の全世界でありました』

『ならば、帝国の民が住まう地を護る機会を我らに与えていただけたことに、改めて感謝を』

 

 九州防衛と謳いながら、その実態は海岸部の都市を焼きながらの遅滞防衛だった。冥夜にしてみれば、護りたいと思い続けたものを踏み躙らねばならない現実を直視させられ続けていたといってもいい。

 

 たとえ小さい村だとはいえ、ここでの戦いは帝国臣民の縁となる地を守るという、判りやすい充足感を与えられたのだ。そしてそれが単なる自己欺瞞だと判ってはいても、村民の一人である律子から直接感謝の言葉を伝えられたならば、どうしても満足感を得てしまう。

 

 

 

『ではそろそろこちらも発たねばなりません。皆様方のご武運をお祈りいたしております』

『隊を代表して、ありがたくお受けいたします。そして御身に安らぎをもたらせるよう、我ら帝国臣民一同、尽力いたします』

『……皆様に、重ねての感謝を』

 

 律子の言葉に、深く眼を閉じることで冥夜は答え、武御雷を跳躍させた。

 

 

 

『さーって、野郎どもッ! 「国連軍」の皆様に、無様を晒すんじゃねぇぞッ!!』

 

 飛び立つ武御雷を背後に、律子は配下の兵に檄を飛ばす。

 その姿を見て、この地での防衛は必ず成し遂げられると、武は確信を持つのだった。

 

 

 

 

 

 




光線級吶喊するよ~といいながら、やはり以下次号ッ!?
たぶん次々回くらいで何とか九州終わらしたいなぁ……と夏コミ準備が本格化してきたなぁ、とかドタバタしております。

というなぜかこのタイミング?でPSO2でマブラヴコラボとか、久しぶりに立ち上げるかと本気で考えてしまったり。PCからもPS4からもアンインストールしていたので実現してません……

あとたぶん形にはしないし出来ないのですが、「15万の大軍を率いる転生者VSフサリア3000」は、ネタ元読んで以来、春先からタマに妄想しております。前提条件で予算を使い果たさせる以外で、勝てる道筋が思いつかないので、人任せモードですけど。


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欠缺の瞭然

 

『ブラッド01から小隊各機へ。我々は国道263号に沿って進み、曲淵にて県道56号へ。その後、糸島市に入ったところで第9中隊と合流を予定している』

 

 真那が、晴子を含めた小隊各機に地図を送り、移動予定ルートの説明を始めた。部隊がターニャの管理下から離れたために、こういった説明なども小隊長たる真那が担っている。

 いまは単なる移動のみのため余裕があるが、戦闘に入ってしまえばやはりCP将校が居なければ部隊指揮官への負担は増大する。

 

 現状では通信障害などは発生していないが、今後も光線級の上陸が続くならばAL弾頭の大規模投入も想定されており、そうなれば前線においては無線通話が困難となる。

 武が以前にCP将校を部隊に同行させることを進言したのは、ハイヴ攻略において地下茎侵入後のことを想定してのことだった。今回の防衛戦においてはA-01だけでなく斯衛などでCP将校を乗せたうえでの作戦行動がなされているが、あくまで戦術機適性を持つ者に対する実地での訓練といった側面のほうが強い。

 

(たしか第9中隊の方はCP将校を乗せるために複座型へ改修した機体が回ってたはずだよな。まさか涼宮中尉を光線級吶喊に同行させることはないと思うんだが……)

 

 この九州防衛が始まる前には、第9中隊付きCP将校たる涼宮遙が前線に出ることを、同期である孝之たちは憂いていた。先ほども直接は口にしてはいなかったが、孝之自身はこの光線級吶喊に同行を望んでいたようにも思える。

 

 ただ武としては遥の身を案じつつも、光線級吶喊という困難な任に際し至近から精密に中隊を補佐して貰えるであろうことに、わずかな慰めも感じていた。

 

 

 

『合流までは山間を進むため、光線級警報下ではあるものの、比較的高度は取れる。到着までに機体を壊すような無様は晒すなよ?』

 

 武が少しばかり先のことを思い悩んでいることとは関わりなく、真那の説明が続く。今回初めて真那の指揮下に入る晴子がいるからか、真那にしては珍しいことに少しばかり軽めに振舞っていた。

 あるいは真那自身も、冥夜を光線級吶喊から除外できなかったことで、普段以上に緊張しているのかもしれない。

 

(まったく。御剣のことを護るって言いながら、俺の行動こそがアイツを危険に押しやってるんじゃねぇか)

 

 詳細に記憶しているわけではないが、以前の世界線では武が冥夜たちと肩を並べて光線級吶喊を行ったことなどなかったはずだ。遥のことにしろ武が関わったからこそ、無用とは言い切れないものの以前よりも危険な位置へと移されているのだ。

 

 

 

『02、作戦開始前に、また何やら考え事か?』

「あ~まあ、そんなところだ」

 

 武の意識が散漫になっているのを、後ろに続く冥夜から見抜かれたようで、声が掛けられた。

 県道に沿ってとは言うものの、光線級からの照射を避けるために狭い山間を縫うように飛んでいる。機体側のサポートはあるとはいえ、気は抜けない。先の真那の言葉ではないが、下手な機動で機体を壊す危険も高いのだ。

 

『しかしさすがだな。光線級吶喊に赴くにあたり、そなたは他のことに気を配れる余裕があるとは』

『いやホント、02は後ろから見てても余裕あるように感じられるよ』

「……そんなわけじゃねぇ、ってわけでもないか」

 

 小隊に馴染むためか、晴子も普段以上に軽く口を挟んでくる。

 二人からの指摘を受け、言葉だけでも否定してしまいそうになる。が、先任ではないとはいえ元教官補佐役としては、余裕ある態度を取るくらいは必要かとも思い至る。

 

 

 

(しまったな。事務次官補お勧めの戦場ばかり宛がってもらってた弊害ってヤツか?)

 

 晴子だけでなく冥夜の声も軽いのはそう演技している部分もあろうが、「光線級吶喊」と聞いてもどこか今までの任務と同じように捉えているようにも、武には感じられた。

 

 初陣は果たした。

 「死の八分」も超えた。

 それでも絶対的な絶望に支配されたBETAとの戦場を潜り抜けてはいない

 

 この数日の戦いが楽だったなどとは武は口にはしないが、ターニャが選んだ戦場は「勝てる」ことが想定されていた箇所だ。

 部隊の新人少尉の皆は、負けることが当たり前のBETA戦をその身では体験できていない。

 

(いや、それもあるだろうが、御剣にしろ柏木にしろ須野村を守れたっていう実感が大きいんだろうな)

 

 ターニャが隊員のメンタルケアまでも含めて作戦地域を選定していたとは考えにくいが、途中で離脱してきたとはいえ須野村を踏み砕かずに済んだという事実は、やはり大きい。

 冥夜たちだけではない。武にしても、尚哉が居れば村は守り抜いてくれると、安心し満足してしまったのだ。

 

 そういった充足感を、今の武では冥夜だけでなく隊の皆に与えられるだけの力が無い。

 

(結局のところ、作戦立案できる程度の地位が必要になる……いやその程度じゃあ足りないよな)

 

 今でもターニャに無理を押し通せば、喀什攻略に「御剣冥夜」を同行させないことは不可能ではないと思う。いくつか同時に実行されるであろう、間引きを兼ねた周辺ハイヴへの陽動作戦へ冥夜を配置することくらいならば、出来なくはないはずだ。

 ただそれをして、冥夜が納得できるとは思えない。

 

 

 

 ――生きているのと、生かされているのではまるで違う

 ――そこに自分の意志があるかどうかが問題なのだ。

 ――それが反映できるかどうかが問題なのだ

 

 いつか聞いた冥夜の言葉が頭を過る。

 

 喀什攻略について伝えていなければ、と今さらながらに後悔する。知らせていなければ作戦から冥夜を外したとしても、彼女自身は納得できたかもしれない。

 だが事情を知ってしまった以上、武の感傷からの、中途半端な理由付けで参加を阻止してしまえば、御剣冥夜という人間はその選択を受け入れるはずもない。

 

 喀什攻略に連れて行かねばならないとしても、それでも冥夜を護りたいという思いに、変わりはない。ただ、それを成し遂げられるだけの力と、そしてなによりも彼女を留められるだけの信念が武には無いだけだ。

 

 喀什どころか、今現在においても光線級吶喊などという死地に限りなく近いに任務から、冥夜を遠ざけることさえできないことからも明らかだった。

 

 

 

(ハッ、結局のところ、俺が意気地なくて弱いって話だ)

 自責めいた想いなど表にする必要どころか、それを赦されるはずもないと武は改めて自身を戒め、わざとらしいまでに話を変えようとする。

 

「ははは、余裕だけは空回るくらいはあるぜ。というか、だな。吶喊後はそのまま国東に降りろって言われてて、忘れ物に気が付いたくらいだぞ?」

『ん? そなた、なにか成すべきことを残していたか?』

「社に何かお土産でもと、そう考えてたんだけど、すっかり機会を失ってた」

 

 口にしたのは、それでも以前から頭の片隅に押し込んでいた宿題だ。

 こちらの基地のPXならなにか九州的な土産物の一つでもないかと期待していたが、そもそもがPXに立ち寄れるような時間的にも精神的にも余裕がなかった。

 

『そういえば中隊の面々で彼女だけがこちらには来ていないのだったな』

「社は白陵から出るのが難しくてな」

 

 形式上、霞は第一中隊のCP将校の一人として扱われてはいるが、実のところ防諜のための見せ札に近い。そして夕呼の周辺警護のためだけでなく、彼女自身を護るためにも白陵基地から出ることは許されていない。

 

「南の海の写真集とか絵ハガキのセットとかでもとは考えてって……」

 そこまで言葉にして、武は自分の間違いに思い至る。

 

(って、マズいな。気を付けてたつもりだが、結局前の世界線での記憶に頼ってるのか、俺は)

 

 霞が海を見たことが無いと話してくれたのは、以前の世界線でのことだ。海へ行こうと約束したことも当然、いまのこの武と霞とではない。

 

 

 

 先に思い出した冥夜の言葉もそうだ。

 後ろを飛ぶ、この世界の冥夜から聞いたわけではない。そしてそのような言葉を武に伝えてくれるほどに、ここにいる冥夜が武へと心を開いてくれているのかと、自虐にも似た思いに囚われる。

 

「うお……っと。山が盾になってくれてるお陰で光線は飛んでこないとはいえ、これはキツイな」

 

 武御雷の爪先が樹冠に接触し、斬り刻んだ。

 武御雷であったから樹を切り裂いただけで、機体にもその機動にもさほどの影響もなかったが、吹雪であれば機体バランスを崩し山肌に激突していた可能性さえある。

 

 口にはしてこなかったが、真那や戎からの視線も厳しい。

 軽く笑って見せたが、今になって内心で冷や汗を流す。言い訳にしかならないが、自責に耽りそうになり機体操作が疎かになっていた。

 

『そなたなら跳躍しながらでも、光線を避ける方が楽だと言い出しそうではあるな』

「さっきの話じゃないが、光線は最悪でも要撃級の前に飛び込めば止んでくれるからな」

 

 冥夜も一瞬驚きで眼を見張っていたが、普段の調子に合わせてくれる。

 

『白陵基地に戻ったならば、自主訓練には付き合わせて貰うぞ、教官補佐殿』

「ははは、剣は無理だぞ? ランニング程度にしておいてくれ」

『うむ。了承した』

 

 他世界線での事情など、霞には読み取られてしまってはいるが、それ以外では夕呼とターニャ以外には話しようがない。

 

 ただ武が今なお様々な面で隠し事をしていることなど、冥夜には自明のことなのだろう。その上で、こちらにも気を配ってくれている。

 自分にはそんな価値は無いと叫びだしそうにもなってしまうが、冥夜の静かな気遣いが、それでも嬉しい。

 

 

 

 

 

 

『糸島市に入ったな。第9中隊との合流予定ポイントまではここから1キロほどだ。脚部走行に切り替える。脚元に注意しろ』

 

 真那の指示に従い武たち5機は着地し、山に沿ってうねるように伸びる県道56号を走りだす。真那がわざわざ注意するだけあって、道は狭い。ぎりぎり二車線の、一歩踏み間違えれば谷底に転落しそうな道を、可能な限り素早く走り抜ける。

 

 山間を抜けると、9機の国連軍カラーの不知火が見えた。

 武が知る限りでは、茜や晴子が第一中隊に異動した後に第9中隊も他部隊から人員が補充されたはずなので、中隊の定数たる12人を満たしていたはずだ。夕呼は数が減ったとだけ言っていたが、たしかにこの機数では光線級吶喊の成功はおぼつかない。

 

『こちら斯衛の第19独立警護小隊と第一中隊からの支援であります。合流予定到着まであと60秒ほどです』

『第9中隊中隊指揮官の伊隅みちる大尉だ。斯衛の方々の協力に感謝する』

 

 走りながら、真那が事前に指定された回線に切り替え、報告する。それに応え、即座にみちるが返答をよこした。

 合流予定地点は山間を抜けた56号線と49号線の交差点だ。障壁となるような物の何もない開けた場所だ。とはいえ後退中の帝国陸軍も、もちろん無抵抗で敗走しているわけではないようで、今のところこの周辺にはBETA群の侵攻はない。

 

『言い訳に過ぎないが、我々の部隊もXM3の実地試験を兼ねていた。それもあって小破した者たちを後ろに下げたせいで、肝心のこの時に手が足りん。そちらの小隊にはできうる限り無理は掛けぬように取り計らおう』

『いえ。お心遣いはありがたく思いますが、我らとて斯衛。この国を護ること、それは我らが責でもあります。使い潰せとはさすがに申せませぬが、必要なればいかような命にも従いましょう』

 

 みちるは冥夜の立ち位置をそれなりに知らされているのだろう。真那を気遣うように言葉を紡ぐ。が、真那は斯衛としての立場から、受け入れることができない。

 みちるもまた、言葉を重ねることなく、わずかに冥夜の方を一瞥しただけで、表情を改めた。

 

 

 

『さて、時間はあまりない。現在把握できている状況を確認次第、攻撃に移る。ヴァルキリーマム、頼めるか』

『了解。光線級を含むBETA群が30分ほど前に上陸を果たしたのは泉川河口付近です。帝国海軍ミサイル艇が周辺沿岸部への上陸阻止砲撃を行っておりましたが、これらの内2隻が沈められた後、海軍は一時的に引津湾側に後退。そちらから上陸地点周辺に間接砲撃を加えてはおりますが、阻止精度はかなり低下しています』

 

 レーザー蒸散塗膜装甲などを備えた戦艦や重巡洋艦などと違い、小型のミサイル艇などでは光線級の照射に耐えられようもない。下手に留まれば瞬時に撃沈される。

 

『帝国陸軍の機甲部隊と機械化歩兵は県道506号に沿って北部へと後退。志摩中央公園付近にて再集結。逆に戦術機大隊が陽動を兼ねながら長野川沿いを南下中。上陸を果たしたBETA群の大部分は、そちらへと向かっております』

 

 福岡そしてその南の久留米へとBETAを進めさせぬために、戦術機部隊は少しずつ下がりながらも、上陸した集団を引き付けている。

 長野川の両岸は田畑が広がっており、その周辺に限定すれば光線級に対する障壁は無いに等しいが、光線級上陸地点たる加布里の南方には少しばかり丘陵地がある。それを盾として、移動も脚部走行に限定しているようで、部隊の損耗は限りなく抑えられていた。

 

 網膜投影された地図には帝国軍の動きとともに、BETAの進攻経路も重ねられていく。光線級の上陸からすでに30分。BETAがいまだ福岡方面へ雪崩れ込んでいないのは、戦術機部隊の陽動と機甲部隊による側面援護が曲がりなりにも機能しているからだろう。

 

 

 

『ご覧の通り、糸島市周辺の帝国軍は善戦していると言える。無理に光線級を殲滅しようと突出しなかったからこそ、時間を稼げてもいる。だが決して彼らに余裕があるわけではない。我々としては上陸を果たした光線級を排除し、海上からの直接砲撃を再開してもらうことで、帝国陸軍に糸島市西部海岸の防衛を再構築する時間を作り出す。福岡市方面へ東進されてしまえば、あちらの防衛線が一気に瓦解しかねん』

 

 遥の状況報告を受け、みちるが簡単に纏める。

 そして海岸地域の状況図に、光線級の予測展開位置などを加えていく。

 

『なによりも、だ。侵攻時におけるBETA群において後衛たる要塞級や、その前方に展開する光線級が出てきたということは、今回の進行も終わりが見えてきた、とも言える』

 

 楽観視できる材料ではあるな、とみちるは笑って見せる。

 要塞級は基本的には最後尾だ。光線級は中衛の後方、あるいは後衛の前方に位置することが多い。海底進攻に際してもそれが大きく変わることはなく、これらが見受けられるようになってきたということは、BETA進攻の終わりが近いということでもある。

 

 

 

『数は不明なれば、最低4体の要塞級の上陸も確認、ですか。不用意な接近は避けたいところですな』

 

 提示された状況図を見て、真那が眉を顰める。

 光線級だけでも、障害としては困難を極める。それを守るように立ちふさがる要塞級まで存在するとなれば、戦術機中隊程度の戦力では接近することさえ難しい。

 

『最接近時で200m、できうれば500m程の距離から光線級を掃討しきらねば、無駄な被害が出る』

 

 要塞級は動きは遅く一見鈍重そうに感じられるが、あくまでその巨体に比して遅い、というだけだ。一歩進むだけで小型種の跳躍以上の距離を詰め、なによりも全長に等しいほどに尾部から触手上の尾を突出させてくる。

 

 A-01の中でも優秀だと見なされている第9中隊、ヴァルキリーズであっても光線級吶喊の実績はない。もちろん演習としては幾度もこなしてはいるはずだが、それはあくまでシミュレートでしかない。

 そしてまた、要塞級との戦闘経験を持つものも、隊の中で半数と居ない。

 

 

 

 

 

 

『把握できている状況は以上だ。それでは……柏木はC小隊、宗像の指揮下に入れ。というか戻ってもらうか』

『おやおや、ヴァルキリーマムの介護のみならず、出戻り娘の世話、でありますか』

『ははは、宗像中尉殿には、ご面倒をおかけいたします。こちらはそのお土産ですが……』

『中隊支援砲か。出戻り娘にしては気が利いてます』

 

 みちるが言うように、晴子は第9中隊においては宗像美冴が指揮するC小隊で砲撃支援を担っていたのだ。美冴も軽口を交えつつも、簡単に受け入れる。晴子のほうも今までも笑って見せてはいたが、やはり慣れた者の指揮の下に戻れると聞いて本心から表情を軽くする。

 

『貴様のC小隊はそもそもが定数を満たしておらん。せっかくの土産だ。この場に留まり、支援砲撃を担ってもらう。風間は二人を抑えておけよ』

『ヴァルキリー4、了解です』

 

 C小隊副長の風間祷子が、晴子からMk-57支援中隊砲を受け取りながら、みちるの指示に薄く笑って了承する。

 

『我らが突撃前衛長殿と違い、私はBETAと絡み合う趣味はありませんので』

『アタシもそんな趣味はないわよッ!!』

『って、柏木が言ってました』

『か~し~わ~ぎ~?』

『ははは、さすがにそれは無理がありませんか、突撃前衛長殿?』

 

 美冴は普段通りを装い、水月をからかう。戻ってきた形の柏木への配慮もあるのだろう。「いつも通り」を演出することで、部隊の緊張を解していく。

 

 

 

「04、焦るなよ?」

『うむ。気が急いてはいるのは確かだが……むしろ自らの未熟さを思い知らされていたところだ』

「未熟?」

 

 冥夜の答えを訝しく思い、そのままに問い返してしまう。

 さすがに今すぐにでも飛び出すというほどではないが、先走りそうになっているのが、どうしても感じられる。

 

『先達の方々がこれほどの重責の中、気の張り方を見せてくださっているのだ。』

「ああ、そういうことか。アレくらい自然と、気を抜けるようにはなりたいよな」

 

 なによりも固くなり過ぎずさりとて気を抜かず、程よい緊張感を保つことが重要だ。それは幼少より剣を学んできた冥夜にとっては自明である。集中し、緊張するのはむしろ簡単なのだ。難しいのは、その精神的なテンションを必要なだけ維持し続けることだ。

 

 ただそれでも、冥夜には第9中隊の面々のやり取りは迂遠だとは感じてしまったのだろう。それが気の焦りとして武には見えたのだ。

 

 たしかに今こうして話している間にも、進攻を受け止めている帝国陸軍には被害が出ているのだろう。かといって準備も打ち合わせもなくただ闇雲に、文字通り吶喊するだけでは作戦の成功は覚束ない。

 

 

 

『それくらいにしておけ。斯衛の方々の前で、これ以上私に要らぬ恥をかかせるな』

 武がどうやって緊張を解くかと悩む間もなく、みちるがあらためて作戦の概略を纏めはじめた。

 

『ヴァルキリーA及びB小隊そしてブラッド小隊は、まずはNOEにて筑前前原駅南方の笹山公園東へ向う。わずかではあるが照射を凌ぐ程度の丘となっている』

 

 合流地点である49号線と56号線の交差点から、指定された公園まではおよそ7kmだ。巡航速度でも2分と掛からず到着する。そこから光線級が展開していると予測される泉川河口付近までは3kmほど。ぎりぎり突撃砲の有効射程圏内だ。

 

『笹山公園東にて一度集結の後、A小隊はその笹山公園を盾として、光線級が存在するであろう地域へと制圧砲撃』

 遥が地図情報を書き加えていくのに合わせ、みちるは各小隊ごとに指示を出していく。

 

 一見、自己保身のような案だが、みちるは直掩のA小隊を自身を含め囮として使うことで、他中隊隊員の安全を図るつもりだった。帝国軍が下がったため、上陸地点周辺は敵分布が不明確だ。まずは誰かがその身を晒してでも、正確な状況を把握する必要があった。

 

『B小隊は公園南部を通り敵BETA群の側面を突け。期待してるぞ、我らが突撃前衛長殿?』

『了解であります、斯衛の方々にお手数をおかけするようなことは致しませんよ』

 

 上陸を果たしたBETAの大部分が帝国陸軍戦術機部隊を目指し南方へと進んでいるとはいえ、その規模はすでに2個大隊を超える。側面からとはいえ敵中央の光線級を狙うとすれば、実質的には作戦も何もないただの力任せの中央突破に等しい。

 普通の部隊であれば死んで来いと言わんばかりの命令だ。

 

 だがその無茶なみちるの命を、水月はからからと笑って自信に満ちた声で受け入れる。

 

 

 

『斯衛の、いやブラッド小隊には公園北部から、敵後方へと回り込んで貰いたい。おそらく本命の光線級はそちらに集中していると予測される』

『ブラッド01、了解しました』

 

 泉川の北岸には、後退した機甲部隊と機械化歩兵を追う形でBETAが進攻しているが、南側ほどではない。B小隊と違い、ほぼ直線状に光線級へと肉薄できるはずだ。

 だがそれは、要塞級の前に飛び出すことも意味する。その危険性をみちるも真那も当然理解している。ただ今から行う吶喊の中では、まだしも危険性の少ない箇所でもあった。

 

 そして冥夜への配慮という面はあれど、要塞級の眼前での光線級排除など、XM3搭載型の不知火でも必要な機動性に疑念が残る。近接戦闘能力が突出した武御雷であれば、成し遂げられると判断したのだろう。

 

『配置及びその後の侵攻に関しては以上だ。作戦開始後は細かな指示を出す余裕などは無いと思われる。何か質問はあるか?』

 

 事前準備もなく、さらに現地の詳細な情報に欠けるため、どうしても作戦といっても粗雑なものだ。それでいて実行段階に移ってしまえば、細かな指揮どころか修正指示を出す余裕さえない。

 問うて答えられるようなことならば、すでにみちると遥から伝えられているのだ。それ故に、誰からも質疑は出ない。

 

 

 

『大陸と違い、ここは山々に守られた地だ。それに数は少ないとはいえ囮となってくれる支援砲撃ももたらされた』

 

 ユーロや中央アジアとは異なり、盾となる山がある。それだけでも間違いなく成功率は高い。開けた平野部を数十キロに渡って吶喊するといったわけではないのだ。光線級の予想展開位置も、場合によっては丘を遮蔽物として十分な射程圏内に収められる。

 

 だからこそ、みちるは不可能とも思える命令を下す。

 

『では、作戦目標を達成した上での全機無事帰還を命ずる。これは絶対に成し遂げよ』

『了解ッ!!』

 

『周辺の帝国軍へッ!! こちらは在日国連軍戦術機中隊である。只今より泉川河口付近に集結している光線級に対し、吶喊する』

 

 中隊全員の返答を受け、みちるはオープン回線に切り替える。部隊名は秘したままに声高に宣言し、そして一瞬冥夜へと視線を配り言葉を加えた。

 

 

 

『……帝国に、黄金の時代をッ!!』

 

 

 

 

 

 




吶喊パートまで書いていたら10000字超えて15000が見えてきてしまったのでちょっと分割……ヴァルキリーズの面々も細々書き出したらどうしようもなくなりそうなので、さわりくらいでチラッとだけです。

時期的にも内容的にもできれば次は早く上げたいなぁ、などとは考えてはいますが、なによりもサバフェスならぬ夏コミ直前なので予定はいろいろ未定。

んでちょろっと書いてますが、ユーロや中央~東アジアのだだっ広い平原部と違い、日本だとわりと山岳部のおかげで防衛戦ラクそう? バルト三国とか北欧とかも似たような感じなのかなぁ……とか。あっちは気候条件がかなり厳しいことになるとは思いますが。


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恭敬の断片

『ヴァルキリー及びブラッド各機へ。笹山公園東へ移動を開始せよ』

 先の宣告とはうって変わり、みちるは静かに命令を下した。

 

 攻撃開始直前の集合地点として指定された笹山公園までは、およそ7km。アフターバーナーまで吹かした最大戦速ならばともかく、光線級からの照射を避けるためにもNOEでの飛行となると、100秒はかかる。脚部での走行であれば5分ほどだ。

 余剰戦力に乏しい現状、安全を取るために脚部走行で可能な限り地形を遮蔽物として利用しながら進攻すべきかもしれないが、そのわずかな時間さえを惜しむ気持ちは部隊の皆にある。

 

 

 

「04、繰り返しになるが、焦るなよ」

『判ってはいるのだがな。やはり気は急いてしまうぞ?』

 

 武の忠告を、冥夜は苦笑気味に受け入れる。

 NOEで移動という指示を受けて冥夜が小さく眉をひそめたのを、武は見逃しはしなかった。縮められる時間がわずかとはいえ、最優先目標たる光線級を前にして最大戦速を出さないというのは、冥夜にしてみれば迂遠に感じられたのだろう。

 

「落ち着け、と言われて落ち着くのは難しいだろうが……周りの状況もよく判ってねぇんだ。Mk-57があるとはいっても、今のままじゃあ満足な支援砲撃さえ受けられねぇ」

『む? たしかにそなたの言う通りだ。大任に気を取られ過ぎて、足元が疎かになっていたようだ』

「ははは、前だけを見るってのも大事だが、事前の下調べは重要だぜ?」

『なるほど。先達の皆様方を見習うとしよう』

 

 武が軽く示したことで、冥夜はみちるの意図に気が付いたようだ。他の者たち同様に、軽く自機の機体頭部を索敵のために動かし始める。後方に残すC小隊を除き、跳び出したヴァルキリーズの面々は、周辺状況を確認すべく各々が自機のセンサを四方へと向けていたのだ。

 

 

 

 先ほど遥から伝えられた状況説明は、あくまで事前の、それも光線級上陸がなされた直後のものだ。BETAの進行速度は早く、場合によっては一変している可能性もある。田園が広がっているとはいえ、間に市街地を挟むこともあり、BETAのみならず帝国陸軍の詳細も掴めていない。

 

 とはいえ帝国陸軍も敗走しているわけではない。

 おそらくは今と同じような光線級の上陸も想定していたのだろう。部隊を下げてはいるがそれはあくまで防衛線を維持するためであり、指揮系統を失っての潰走などではないことは兵が散逸していないことからも明らかだ。

 

 先ほどみちるがオープンチャンネルで光線級吶喊を表明したのは、部隊内の士気を高めるためもあろうが、帝国軍への周知という意味もある。

 

 

 

 そして、どこまでがみちるの計算かは判らないが、帝国軍からの反応はすぐさまに帰ってきた。

 

『ヴァルキリーマムより中隊各機へ。帝国陸軍の戦術機大隊による陽動が功を奏している模様です。上陸を果たしたBETA群の大部分は県道573線沿いを南下中。その後退中の部隊から通信。「協力に感謝を。我らもこれより反攻に転ずる。斯衛に先駆ける栄誉を担わん。帝国に勝利を」とのことです』

 

 遥が中隊全機に向けて、伝達する。

 

 中隊付きのCP将校たる遥は、部隊外部との連絡も務めている。

 A-01は秘匿部隊ではあるものの、他部隊との連絡を完全に断っているわけではない。あくまで詳細な所属を明かさないだけであり、担当戦域などは通達している。そうでなければ友軍からの誤射までも警戒しなければならなくなる。

 

 またA-01から積極的に情報を流すことは少ないが、一般的な戦術機甲部隊とは異なり、中隊規模での運用が主体のため、外部からの情報はむしろ貪欲なまでに収集している。

 遥たちA-01のCP将校に求められる能力は、そういった面も大きい。

 

 

 

『ブラッド01、何か返信はするか?』

『そうですね……「諸兄らの働きに心からの感謝を。そして最後まで勇敢なれ。帝国は汝らを忘れじ」とお伝えください』

 

 通常であればみちるか、あるいは遥がその場で返信しているような案件だが、斯衛と告げられていたことから、みちるが真那に確認を取った。

 問われた真那は一瞬冥夜を伺ったが、務めて平静なままに応える。

 

『ヴァルキリーマム、了解。そのようにお伝えいたします』

 

 真那の選んだのは簡潔にして定型じみた言葉だが、死に臨む衛士に対し、その意味と任とをあらためて伝えるには必要にして十分なはずだった。遥もそれが判っているため、すぐに通信を切り替え、伝達したようだ。

 

 

 

『ヴァルキリー01からC小隊へ。30秒後から支援砲撃を開始せよ。目標選定などは一任する』

『ヴァルキリー03、了解。クジ運に自信はありませんので、お早目のご指標を期待しております』

 

 反転し陽動となろうとする帝国軍へのわずかでも支援をと、みちるが砲撃を命じた。

 その指示を、美冴は無頓着を装って受けいれる。Mk-57用の弾倉は余裕をもって持ち込んでいるとはいえ、要塞級が確認されている現状、本来ならば無駄撃ちは避けたい。

 実際のところ、A小隊の観測が無ければ、上陸予想地点へ向けて闇雲に弾をばら撒くことしかできない。対光線級への陽動としての効果さえ、期待できるほどの精度も出せないだろう。

 

 帝国の戦術機が先行したといえど、それらが観測の任を担ってくれるわけではない。先ほどまでよりは鮮明な情報が入りつつあるとはいえ、データリンクは不十分なままだ。正確な射撃を期するなら、中隊の誰かが観測機として動く必要があった。

 

 

 

『ヴァルキリーマムから中隊各機へ。引津湾に退避していた帝国海軍の艦艇2隻が間接支援砲撃を再開したとのことです。ですがAL弾頭ではなく通常弾頭のままなので、制圧効果のほどは不明。ただ光線級に対する陽動効果は確認されています』

『ふむ、どうだ03? 海軍の方々に先を越されてしまったようだぞ?』

 

 周辺の帝国軍との連絡が付き始めたようで、先ほどから投影されている地図に描かれる情報が刻々と鮮明になっていく。

 遥の言う通り、半島部分を挟んで帝国海軍も海軍側からの支援砲撃を再開した。ただ光線級による迎撃もあるが、現地の正確な状況が掴めていないようで、海岸線に向けての面制圧を狙った無差別砲撃に近く、効果は薄い。

 とはいえBETAは水中への出入りの際などに停滞する特性があるため、少ない砲撃ではあるが、追加上陸を抑制していることは確かなようだ。

 

 

 

『ははは、これはたしかに出遅れましたな。こうなったならば、あとは戦果の高さで遅れを取り戻してみせましょう、柏木が』

『そこで私に振りますか、宗像中尉殿ッ!?』

『余裕があるようで何よりだ。しかし、これほどの御膳立てだ。成功させねばヴァルキリーズの名が廃るな』

『まさに花道って、わけですね』

 水月がみちるの言葉を受け、獲物を見定めた表情で獰猛なまでに笑って見せる。

 

「花道というには、少々……いえ、まったくのところ最悪な地形ですが」

 帝国軍の挺身には武も感謝するが、周辺の状況は楽観視できない。

 

 まだ西九州自動車道が城壁のように障壁となってはいるが、それを除けば海岸部まで田畑が、すなわちほとんど起伏のない平地が広がっていた。最終集合地点である笹山公園こそ、たしかにちょっとした丘ではあるが、それ以外は見通しの良い平野である。

 

 市街の大部分も大型種の侵攻で倒壊しており、戦術機が壁にできるような高層ビルはほとんど見受けられない。いまはまだ笹山公園を障壁とするコースを進んでいるために、光線級からの照射はないが、それを超えれば即座に照射されることは明らかだった。

 ここまで少数の戦車級に遭遇した程度で済んでいるのは、帝国軍戦術機大隊の陽動の成果だ。

 

『はっ、白銀……だったかしら? あんたも突撃前衛長だってなら、この程度朝のランニング程度に笑って乗り越えなさい』

「はははっ、了解です」

 

 この世界線ではないが、武は水月を同じ突撃前衛として尊敬し、その背を追うように技術を極めようとした。いまも隊の先頭を進む水月は、間違いなく武にとっては一つの目標だった。

 

 

 

 

 

 

 気が逸っていたのはなにも冥夜だけではなかったのだろう。

 最終集結地点として設定した笹山公園東側に到着するや否や、みちるが直接指揮するA小隊がほぼ垂直に跳躍し、最低限の周辺偵察の後、即座に着地する。

 

『要塞級、目視にて確認、数は4ッ!!』

『光線級、直接視認できずッ!! 数は少なくとも10ッ!!』

『ヴァルキリー01からヴァルキリーマム。支援砲撃の目標を要塞級に限定しろ』

『ヴァルキリーマム了解。合わせて帝国軍へ現時点での周辺状況を伝達しておきます』

 

 囮として跳び上がったA小隊の3機から報告が上がる。一応は突撃砲を撃ち続けてはいたものの、目標選定もせずにただバラ撒いていたに等しい。あくまでこの跳躍は吶喊前の最終陽動だ。

 

 

 

『よしッ、B小隊およびブラッド小隊突撃ッ!! A小隊はカウントの後に再び跳躍、次は少しでも当てて見せろッ!!』

 

 みちるたちA小隊が派手な垂直跳躍からの制圧射撃を加えたことで、光線級の多くはそちらへと向きを変えた。残りも要塞級へと狙いを定めたMk-57の砲弾の脅威度を上方修正したようで、今までは撃たれるがままにしていたのを迎撃を始める。

 

(光線級のインターバルは12秒だから……伊隅大尉たちが稼いだ時間がだいたい30秒、か? 最初に撃たれた光条が10ほどだったが、支援砲撃の迎撃に3条はあったし、接触までの間に一回は確実に狙われるな)

 

 武も小隊メンバーとともに跳躍、すべての突撃砲を自動制御のままに周辺を掃討しつつ進攻するが、身体とは別に頭の方は無理矢理に冷静さを装いながら状況を読み取っていく。

 

 問題は河口部の田畑だけでなく、その南東の住宅地あたりまでBETAが展開していることと、想定していた以上に要撃級の数が多いことだ。BETA群後衛ということで、突撃級が居ないことが救いだが、ざっと視認しただけでも要撃級は20以上は存在する。

 光線級と要塞級の存在で後衛集団だと認識していたが、戦車級も多くどちらかと言えば中衛最後尾か、後衛としても最前部と考えたほうがよさそうな編成比率だ。

 

 

 

『要撃級は後で良いッ、むしろ壁に使えッ!!』

 

 武だけでなく、他の者たちもやはり想定以上の要撃級の数に意識を取られていたようだ。みちるの叱責にも似た指示で、即座に掃討対象を戦車級に切り替えていく。

 

 この周辺はほとんどが民家だ。市役所や警察署、背の高いマンションなどもあったのだろうがそれらはすでにBETAによって崩されており、光線級に対して障壁となるような建物はない。

 河口付近ということもあり平地が広がっており、障壁として使えるような物はたしかに敵であるBETA、特に大型種の要撃級くらいしかなかった。

 

 

 

(直線距離にして1km……いや800mか?)

 

 跳躍を始めたことで、BETA群の編成を直接見極めることができ、そしてなによりも目標の光線級が直接視認できた。

 光線級は光線照射に伴い、その体表及び周辺の温度を著しく高める。そのため小型種ゆえに光学センサでは見つけにくいが、熱源センサであればむしろ発見は容易い。

 

 光線級は長野川と多久川の合流地点あたりに集まっていた。その中央には4体の要塞級が文字通りに聳え立っており、どうしても意識がそれに捕らわれる。

 

(しかし、こっちからじゃあ要塞級が邪魔すぎる)

 

 BETAはBETAを攻撃しない。

 この絶対的法則に従って、光線級はその射線を遮られないように、要塞級の前に展開していた。上陸を果たしたBETA群の後方を突くように回り込んだ武たちブラッド小隊から見れば、多くの光線級が要塞級の陰に隠れているような形だった。

 

(南の方は……さすがは速瀬中尉。処理が早い。やっぱりヴァルキリーズの突撃前衛長は伊達じゃないってことだよな)

 

 B小隊に下されたのは中央突破に等しい指示だったが、武が光線級を射程内に捉えるよりも早く、地図上にマーキングされていた光線級の数が少しずつ減っていく。

 

 そちらで数が減ったことに加え、対空迎撃という光線級の本来の目的から武への対処へと切り替えたことで、要塞級にMk-57の砲撃が集中しはじめる。突撃砲の36mmと同じく57mmとはいえHVAPでは、120mmAPFSDSに匹敵するほどの貫通能力はないが、上方からの砲撃であれば弱点たる体節接合部へと当たりやすい。

 

 

 

 光線級は人よりも大きいとはいえ、全高3m。軽自動車よりも一回り小さい程度だ。双方が静止状態での射撃であれば1km先からでも当てられるが、跳躍中で必中を期待するならば500mまでは近付きたい。

 問題は、それほどまでに近づけば、光線級の後ろに控えている要塞級の攻撃範囲に入るということだ。

 

(脚を止めてここから撃ち続けるか、いやむしろ要塞級の尾の範囲ギリギリまで寄るべきか……悩む時間もねぇのは「いつも」のことか)

 

 みちるの言葉ではないが、光線級の手前にいる要撃級はちょうど良い盾だ。

 光線級のインターバルから初期の照準照射中のわずかな時間に、遠方から命中弾を期待して36mmをバラ撒くくらいならば、その瞬間に近付けるだけ近づいて着地してしまえばよい。

 

 最悪でも武御雷ならコクピット部分なら5秒、追加装甲も合わせれば10秒ほどは光線級からの全力照射に耐えられるはずだ。

 

 

 

(マズいッ、奴ら脅威度を変更しやがったッ!!)

 

 そんな武の思考を読んだわけではないだろうが、武の駆る武御雷へ2条ほど照準照射が始まり、神経を逆なでする警告音がコクピットを満たす。

 

 陽動を担っていた帝国軍戦術機大隊へも、それどころか海軍の砲撃に対しても照射が止んだ。要塞級への直撃コース以外は支援砲撃に対する一切の迎撃が途絶え、余った光線級はすべて武たちへとその目標を切り替えた。

 

 後ろを振り返るどころか、横を跳ぶ冥夜の機体に目をやる余裕さえないが、そちらも照射を受けているのは明らかだ。

 

 事前の取り決め通りに、小隊の他3名は武にタイミングを委ねている。どうすべきかなどと思考する間も惜しみ、武は叫ぶように指示を出す。

 

「周辺の小型種掃討の後にカウントゼロで指定地点にブースト降下ッ!!」

『了解ッ!!』

 

 光線照射を受けているにも拘らず、回避を待てという武の命に、冥夜たちは否もなく応える。そこには武御雷という機体だけでなく、XM3を生み出した武への信頼もあった。

 シミュレータだけでなく、実機でも繰り返したコンボを選択し、指定地点周辺の掃討を開始する。狙うのは戦車級だけであり、他の小型種などは着地の際に蹴り払うに留めるはずだ。

 

 

 

 武が指定した着地予定地点には3体ほどの要撃級が近くにいるが、逆に言えばそれが壁になる。

 距離にして200m。突撃砲にしてみれば至近距離だが、それは要撃級にとっても10秒もあれば詰められる程度の距離だ。

 

 人間の10倍以上もある戦術機だが、相対する要撃級の大きさも相応に巨大だ。

 ヒトのサイズに例えるなら、20m程の距離でイノシシやオオカミに襲われるようなものだ。アサルトライフルを構えていても先手を取れるほど余裕がある距離ではない。

 

 通常の防衛戦などでであれば後退しつつ距離を維持しながら迎撃する局面だが、いまは何よりも光線級を倒すために、その横を掻い潜らねばならない。

 

 

 

「3…2…1…、行くぜぇッ!!」

 

 武を除く小隊3機の武御雷は、指定通りにカウントに合わせて地表に降りる。距離的にも時間的にも跳んだ直後に加速方向を変更し、地面に向けてブーストするような複雑な挙動だったが、それを誰もが成し遂げられるようにしたのがXM3だ。

 だが武自身は逆にスロットルを押し開き跳躍を続け、要撃級の前腕攻撃範囲のギリギリを潜り抜けた。

 

『なにをする02ッ!?』

(あ~こりゃ後で怒られるな、いや「後」があればの話か)

 

 冥夜の驚きと叱責とが混ざったような声と、前腕を空振る要撃級とを後ろ残しに、武はさらに機体を前方へと推し進めた。

 

 突出した武の武御雷の脅威度を高めたらしく、周辺の要撃級が歯茎じみた感覚器をこちらに向けてくる。それに合わせたように、後方からの美冴や晴子の支援砲撃への迎撃さえ中断し、幾条もの光線が武の機体へと集中する。

 

『ブラッド各機、我に続けッ!!』

 

 冥夜が、真那の指示も待たずに跳び上がり、それを追うように真那と戎も再び跳躍に入ろうとする。

 武はその動きを背後に感じ取るが、彼女たちが、いや冥夜が光線級の目標と選定される前に終わらせるつもりだ。

 

 

 

(初期照準は3秒……はははっ、律儀にも全部コクピット、直接俺狙いかよ。判りやすすぎだぜ、土木機械どもがッ!!)

 

 工作機械でしかないBETAは、細かな判断はしない。戦車級であれ、要撃級であれ、そして光線級であっても戦術機を相手にした場合、狙ってくるのはコクピットだ。

 そして狙われると判っていれば、対処もできる。

 

 武の想定通り、晒さられている手足などは狙わずにすべての光条がコクピット前に構えられた追加装甲へと収束する。

 

 跳躍中であり、また光線級とのサイズ差のために、左に持った追加装甲をコクピット手前、わずかに下方に向けて構えていた。

 一点で受け続ければ、対レーザー蒸散塗膜加工されているとはいえ数秒と持たずに貫通されるが、わずかずつ位置をずらすことで少しでも耐える時間を延ばす。細かな制御は機体任せだが、XM3に対応した第四計画が組み上げたCPUであればその程度の処理は負担でもない。

 

 

 

「ッ!? っらぁッ!!」

 ただ小手先の防衛で光線を防ぎきることなどできようもない。ガクリと機体が傾くのが感じられた。被害状況を読み取る寸暇さえ惜しみ、跳躍ユニットの出力を補正することで強引に立て直す。

 

(追加装甲が抜かれたか? いや左腕ごと持っていかれたな。ま、十分以上に持ってくれたよッ!!)

 

 胸部コクピットを守るように下方に構えていた追加装甲には4条もの光線が集中したが、カタログスペックに偽りはなく、数えられるくらいの時間は耐えてくれた。すでに集まっていた光線級までは200mを切っている。周辺の大気が排熱によって揺らめいているのが、網膜投影越しであっても判るほどだ。

 

 戦術機や要撃級など大型種のサイズからしてみれば、もはや近接白兵距離ではあるが、ここまで近付けば不安定な可動兵装担架システムからの砲撃であっても十分な命中精度は期待できる。

 

 

 

 そしてなにより、こちらに残る光線級9体の大半が武へと狙いを定めていた。

 

 熱源センサ以外では小型種ゆえに把握しにくい光線級だが、照射してくれればイヤでもその位置が判る。そしてこの程度の距離であれば、たとえ光速であろうが初期照準照射が必要な光線よりも、音速の数倍程度しか出ない36mmのほうが、確実な破壊をもたらせる。

 

 36mmは人間ならば至近を通過するだけでも、死に至る。戦車級以外の小型種相手ならば、HVAPでなくとも曳光焼夷弾であっても命中さえすれば破壊できる。

 

「当、たれぇえぇぇッ!!」

 

 手持ちの長刀は刃が届く距離ではなく、追加装甲の指向性爆薬はすでにすべて破損している。使えるのは可動兵装担架システムに吊り下げられた2門の突撃砲のみだ。その突撃砲から途切れることなく36mmを撒き散らしていく。

 至近弾が地面をえぐり、土煙を巻き上げる。

 

 こうなってしまうと目視にての照準は不可能だが、センサは正確にその煙の中まで見通す。

 光線属種は、その機能ゆえに光線照射前後は他BETA種よりも、熱を持つ。光学センサが役に立たない状況下であっても、熱源センサはむしろ明確に目標として捉えられる。

 

 武への射線を確保すべく、周囲のBETAが離れていたこともあり、光線級の盾となるものは無い。

 瞬く間に、武は7体の光線級を掃討した。

 

 

 

 

 

 

『全光線級の排除、確認ッ、周辺掃討に移れッ!!』

 

 みちるの指示が、中隊全機に飛ぶ。

 武に数秒遅れ、真那と戎とが要塞級への支援砲撃を迎撃していた残った光線級を屠ったらしい。

 

 最大の脅威は排除できた。だがそれは周辺のBETAが光線級の射線を考慮せずに、武たちへと襲い掛かるようになったということでもある。

 光線級吶喊の成功率が低いのは、なにも行く道の困難さ故のことだけではない。まさにいまの武の状況通りに、敵群中枢奥深くまで侵入しているのだ。周囲を警戒度を高めたBETAに取り囲まれている。

 光線級を排除したからこそ、より脅威は高まったとも言える。

 

 

 

(これで御剣が狙われる状況は回避できたよな。後は……っと。足元の雑魚共はともかく、要撃級はまだ遠い、か。マズいのは眼前の要塞級なんだがなぁ……)

 

 冥夜への最大級の危機を排除できたと、光線級殲滅の報を耳にした瞬間に張りつめていた緊張が意図せずに解きほぐれていく。機械的なまでに足元に群がる小型種を蹴り潰しながらも、眼前に聳え立つ2体の要塞級への対処へと意識を切り替えるようとするも、一拍遅い。

 知覚は研ぎ澄まされたままで、危機的状況だと判るものの、対応すべき思考が追いつかない。

 

 対する要塞級の動きも鈍い。

 だがそれは決して移動速度までもが遅いということを意味するのではない。全高66m全長52mという巨体は、一歩踏み出すだけでも間合いを一気に詰めることができる。

 

(もう触手の射程内かよ。とはいえ、この距離なら120mmで十分に撃ち抜けるな)

 

 尾節から延ばされる触手の先端が自機に向かってくるのを、武はどこか他人事のように観測する。

 心の一部では緊張の解れを自覚し警戒しつつも、一度切れたそれを紡ぎなおすことも難しい。それでも繰り返した経験を下に、機体を左に振りつつ触手を避け最適な射撃位置を確保した。

 近いほうの要塞級の体節に左右の突撃砲に残された120mm APFSDSの計12発を、全弾叩き込む。

 

 眼前の要塞級が、武の狙い通りに身体の中央部分の結合部を撃ち砕かれ、自重に抗えずゆらりと崩れ落ちる。

 

 

 

(まずは一体ッ、だが失敗したッ!? クソ、呆けてんじゃねぇぞ、俺ッ、マガジンチェンジの時間が無ぇッ!!)

 

 左腕は動かず、背部の2門の突撃砲は36mmはともかく、120mmは今全弾撃ち離してしまった。 後ろから現れたもう一体の要塞級に対処できるのは、武御雷といえど銃剣仕様の短刀や各部のブレードエッジでは不可能だ。右に持った長刀一本だけで切り開かねばならない。

 なによりも今倒した要塞級の腹から、新たに6体の光線級が生み出されていくのが見えてしまった。

 

 バックブーストで距離を取れば、要塞級の脚や触手は回避できる。

 だがここで武が引けば、湧き出した光線級は冥夜たちを狙う。

 

(ははっ、考えて選ぶまでもねぇなッ!!)

 

 何よりも光線級を潰さねばと回避ではなく、動かぬ左腕とそれに癒着した追加装甲を前に向け、36mmを至近から降り注ぐ。照準照射どころか、立ち上がるよりも先に光線級は肉塊へと変わっていった。

 が、そのわずかな間が要塞級に武へと攻撃する時間を与えることになった。

 

 

 

 だが延ばされた触手は武の機体を貫くことなく、力なく崩れ落ちていく。

 

『なにをしておる、02ッ!?』

 

 まさに一刀両断。

 その声よりも早く、上空から武御雷が紫電のように両の腕にて構えた長刀で、要塞級を斬り下ろしたのだ。

 

「助かったよ04。少し気が抜けてたな」

 

 武は軽く息を吐き、わざとらしく笑ってみせる。

 そういう間にも、冥夜が切り倒した要塞級から湧き出て来ようとする光線級を、今度こそ冷静に排除していく。

 

 

 

『要塞級は倒した後こそ危険だと、念入りに潰すことが重要だと我らに教えてくれたのは、そなただったと記憶しているが、違うか? 近付き過ぎだったのではないか?』

 

 冥夜も笑いに誤魔化してはいるが、どこか縋るような声音で、軽く叱責してくる。

 

「いやホント、勢いで近づきすぎちまってたよ。だけど、な? 長刀で斬ろうとはせず、120mmを使えとも教えたはずだよな、御剣訓練兵殿?」

『む? それは今後の課題とさせていただこう、白銀教官補佐殿』

 

 冥夜は自身のミスを受け入れ、改めて笑い飛ばす。

 崩れ落ちた要塞級の周辺には、もとより光線級の射線確保のためかBETAの数は少なく、わずかに残る小型種も、武と冥夜の36mmの弾雨の下に数を減らしていく。

 

 

 

『ヴァルキリー01からブラッド各機へ。そちらの任はすでに果たされた。この地の制圧は、我らと帝国軍に任せ、帰投されよ』

 

 みちるの言うとおり、光線級と要塞級が排除された現状、武たちに与えられた任務は完了したといってよい。

 なによりも南から押し上げてきた帝国軍戦術機大隊が周辺を掃討しつつ、海岸部分へと戻って来つつある。海軍の方も、沈められた艦艇の補充も含め、すでにこちらへと増援が向かっているという。

 この場に戦術機が4機残れば、たしかに戦力としては余裕も出るが、無ければ対処できないというほどではない。

 

『ブラッド01、了解。お心遣いに感謝いたします』

『なに。任務に協力をして貰ったのは我らだ。フェアリー07にはあとしばらくはこちらで手伝って貰うことになるしな』

 

 晴子はC小隊とともにまだ支援砲撃を続けている。たしかに単機で無理に移動するよりは、第9中隊とともにこのまま行動したほうが安全だろう。

 

 

 

 

 

 

『ではブラッド各機へ。我らは国東へと帰投する。04は02を補助しろ』

『04了解』

「02了解。04、悪いな手間を掛けさせて」

『なに。こうやって捕まえておけば、そなたも先ほどのように一人で突出することもあるまい。それに私が掴んで国東へと連れて行かねば、その機体のままに戦い続けるつもりであろう?』

 

 普段よりも言葉多めに、冥夜が武に問いただしてくる。

 たしかに武の機体は左腕が動かないとはいえ、追加装甲越しに照射されただけで、他には大きな不具合はない。損傷としては小破として扱われる程度だ。推進剤も弾薬もまだ余剰があり、継戦は可能だ。

 だが冥夜の言葉通り、動かなくなった左腕を抱えられ、ともに並んで跳んでしまえばさすがに一人戻って戦い続けるという選択肢はない。

 

 促されるままに跳躍し、巡航飛行速度よりも少しばかり遅めで、海面を滑るように国東へと進路を取る。

 

 

 

「いや、さすがにこのまま戦うつもりはなかったし。ああ、そういえば、01ヘ。お約束を守れずに申し訳ありません。お借りしていた武御雷をこのような姿としてしまいました」

  冥夜の確信に満ちた問いに直接は答えずに、誤魔化すように真那へと話を振る。

 

『そういえば02。貴様は武御雷には傷一つ付けずに斯衛に返すなどと、豪語していたな』

「自身の不甲斐なさに呆れる限りです」

『ならば貴様自身が斯衛に来て、その責を償うか?』

「え? あ、あ~御一考させていただきます?」

 

 真那から武へと、斯衛への移籍を促すような話が出てくる。まったく予想もしていなかった言葉に、武は返答を濁してしまう。

 

『ふむ。そうなれば以前の話ではないが、そなたの立ち居振る舞いを矯正するところから始めねばならんな。なかなか困難な任だ』

「いや、だからな04? 俺は一応はこのまま国連軍にいる予定なんだが……」

 

 飛び去った背後の地では、まだ多くの将兵が戦火の下で国土を守るために戦っている。だが武の九州での一つの戦いは、こうして終わった。

 

 

 

 

 




夏休みの宿題は提出ギリギリまでに仕上げれば問題ナシッ……ではありませんが、8月中に上げきれず気が付くと日付変わっていました。一応次回で三章完結予定ですが、字数減らす計画がまったく達成できず、下手すると二回くらいかかるかも~です。

でで、本家マブラヴのネタ元たる『星界の紋章』から「帝国は汝を忘れじ」のフレーズはどこかでどうにか使おうと画策してましたが、なんとか強引に押し込んでみました。しかし最新刊の『星界の戦旗』六巻読んでると、「~抜錨」のフレーズがどうしても乳上で再生されます……


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剥離の繋属 01/12/08

 九州防衛戦において、武と冥夜たち第一中隊前衛小隊は糸島市沿岸部にて小規模とはいえ光線級吶喊を成し遂げた。その後、大隅級戦術機揚陸艦「国東」にて簡易補給だけを済まし、真那と戎も含めこの白陵基地へと戻っては来た。

 

 武御雷のオーバーホールという名目はあれど、これほど急いでの帰投は、実のところ「御剣冥夜」としての偽装を高めるためだ。

 武と共に冥夜が九州に渡ってからこの数日、悠陽には外向きの公務からは遠ざかってもらっている。将軍職としての職務はお飾りとまで言われることもあるが、決して暇を持て余せるようなものではない。

 とくに今は防衛に成功しつつあるとはいえ、BETAの国土への侵攻を許してしまった状態だ。状況が不安定であればあるほどに、帝国臣民向けの発表を悠陽には求められていた。

 

 

 

(帰って来た……って安心できる状態じゃねぇな)

 

 武自身の戦いは終わったとはいえ、BETA進攻が収まったわけではない。それどころか第一中隊の他の面々、それもともに光線級吶喊に参加した晴子ですら、まだ九州で戦っているはずだ。

 負傷したわけでもなく、また一人先に戻ったというわけでもないが、どうしても後ろめたい。

 

 似たような立場の冥夜と話すことができればまだ気も晴れたかもしれないが、先の光線級吶喊においてその冥夜を護るためとはいえ騙すような形になったこともあり、話の切っ掛けを掴めずにいた。

 そして冥夜自身も何か考えることがあったようで、輸送機に乗り込んでからも二人ともに言葉少なく、結局疲労に負けて眠ってしまっていた。

 

 

 

(あ~部屋に戻って寝てしまいてぇ)

 

 思考が後ろ向きに、逃げ腰になっているのが自分でもよく判る。さりとて夕呼への直接報告をせずに、自室のベッドに潜り込んでしまえるような立場でもない。

 輸送機の中では少し眠ることができたが、逆にそれが睡眠不足を自覚させることとなった。戦場から離れたことで緊張が解けたのか、蓄積した疲労が今になって武の全身に圧し掛かってきている。

 

 ひたすらに身体は重く、硬い。

 それでも無理矢理に意識を整え、夕呼の執務室へと足を進めた。

 

 

 

 

「白銀です、失礼いたします」

 

 執務室のドアをノックした後に声は掛けるものの、返事は待たずに開け中に入る。

 世界が変わろうとも、下手に杓子定規に入室の許可を取ろうものなら、叱責してくるのが香月夕呼という人物だ。それになにより、この階層に入れた段階で基本的なスキャニングは済まされている。それを知り活用が許される程度には、武はこの世界においても第四計画に関わってきていたといえる。

 

「へ~ちょっとは仕事ができるって顔付になってきたわね」

「……それってただ徹夜明けでやつれてるって、そういうことですよね?」

 

 予定された時間よりは早めに顔を出したはずだが、夕呼は武を待ち構えていたかのように、どこからかの報告書らしきものを片手にコーヒーを飲んでいた。

 にやにやと笑いかけてくるその夕呼の様子は、EX世界線でまりも相手にちょっとした思い付きを楽しもうとしていた姿を思い出さる。

 無茶振りが来ることを予想し、武は眠気を振り払うために慣れた手つきで自分用の代替コーヒーを準備しはじめた。

 

「あら? ちゃんと褒めてるわよ。睡眠不足でも、やるべきことはやれるようじゃないと」

「夕呼先生なら、そもそもが睡眠不足に陥るような無計画な段取りを叱責してくるものかと思ってましたが?」

「BETAの物量相手にそれが可能なら、あの事務次官補殿は無慈悲な夜の女王に返り咲いてるわね」

 

 やはり機嫌が良いのだろう。夕呼は武の自虐的な発言さえ笑って流してしまう。

 

 

 

「で、九州はどうだったの?」

「XM3の実地試験としては十分とは言えませんが、必要最低限のデータは集めて来たとは思います。ですが、そういう話じゃないですよね?」

「判ってるなら本題に入りなさい」

 

 いつの間にか手馴れてしまったコーヒーの準備を済まし、夕呼のカップも新しく取り換える。その間に頭の中を整理し、夕呼に直接報告しなければならないことを確認していく。

 

「まずは前提として、山口提督……というか海軍側からは明確にBELKA計画を拒絶されましたよ」

 出雲での会食を思い出しながら、武は要点だけをできる限り纏めていく。

 

「ただ海軍としては感情面で否定するというよりも、下手に本土で核を使ってしまって核汚染が広がってしまえば、補給面で活動が困難になるからといった理由付けはありましたね」

「つまり汚染が明確に理解できないG弾であれば、許可を出す可能性が高いってことかしら?」

「山口提督はそういう態度も見せてましたが……態度だけなのかどうか俺では判断できませんよ」

「まあ帝国軍としては、そういう立場を取るしかないわね」

 

 濁した武の言葉の意図を、夕呼は明確に突く。

 その上で、どうでもいいというように軽く手を振り、先を促してきた。

 

 

 

「あとは御剣が聞き出した、あの事務次官補が想定してるBETA大戦の終結、なんですが……」

 

 短期的には攻勢的な対BETA組織の構築、中長期的にはそれを運用した月の奪還と地球軌道防衛圏の構築、そこからの火星進攻。

 

 武なりに纏めながら、ターニャの意図を夕呼に伝えていく。

 海軍との会食の場とはいえ、ターニャが口にしたことを書類としては残しにくい。そのためにこうして夕呼に直接話に来ているのだ。なによりも喀什を攻略した後の政略・戦略構想だったとは、海軍の方は想像もしていないはずだ。

 それを現実のものとして想定ができるのは、夕呼とターニャくらいのものだ。

 

「組織構築と、その前提として中ソの排除ってご本人は話しておられましたが、どっちが目的でどっちが手段なのやら……」

 

 BETAを排除しようとするターニャの意思には疑いの余地さえないが、かといって共産・社会主義の排除が副次目的だとは、ターニャの普段の態度を思い出すと武には断定しにくい。

 

 

 

「後は『御剣冥夜』の影響力ってのは、これは正直なところ俺では判断できません」

「アンタねぇ言い出したのは本人がそれで済むと……って、まあアンタの経歴からしたら仕方がない部分ではあるわね」

 

 冥夜の言葉で立ち上がった衛士の姿は見た。

 紫紺の武御雷の下、意識が纏まっていくのも感じることはできた。

 

 ただそれが戦場の極々局所的なものなのか、今後この帝国の流れそのものを変えてしまうような大きな流れの源流なのか、それがこの日本帝国という地で生まれ育っていない武には、芯の部分では判断も理解できないのだ。

 

 夕呼にしてもそのことは判っており、また短期間の状況だけでは推測も難しいと納得したのか、呆れてたような顔を見せたものの追及は諦めたようだ。

 

 

 

 

 

 

『遅れて申し訳ない、デグレチャフだ。失礼する』

 

 わずかに弛緩した空気の中、軽くのノックの音が響き、ターニャが部屋へと入ってくる。このあたり武と同様に、この部屋の主の流儀に合わせる程度には、ターニャも夕呼に慣れているようである。

 

「いえ、合衆国本国からの最重要連絡とのことですし、お気になさらずに。ちょうど白銀の話も先に聞けましたし」

 

 簡潔なターニャの詫びを、夕呼も気にした風も見せずに受け入れる。

 二人ともにその立場から時間に追われる身であり、本来ならば他よりも優先すべき会談ではあるが、ターニャが受け取った通知は例外的なものだったようだ。

 

 簡単な挨拶を交わす二人を後にして、武は先ほどまで飲んでいた代用コーヒーを片付け、ターニャのためにとあらためてコーヒーを淹れ直す。

 

 

 

「そういえば白銀? 事務次官補に何かお尋ねしたいことがあったんじゃないの?」

「ぅえっ!? あ~何と申しますか、さほど重要なことではないのですが……」

 

 何をいきなり無茶振りしてくるのやらと思いながらも、コーヒーを淹れているため背を向けた形になっていたので表情は読まれていないだろうと、そこだけは安堵する。

 

「ふむ、なにかね? 機密指定された情報でもなければ答えるのに吝かではないが?」

「ホントどうでもいいようなことなのですが……一つは先日の事務次官補殿の砲撃指揮を見ておりまして、どこかで経験なさっていたのかと」

 

 BETA大戦後を見据えどう活動されますか、といきなり直接的に問うのはさすがに武といえども躊躇してしまう。その上でいくつか気になっていたことを、話の切っ掛けとして雑談程度に話題に選んだ。

 

 この世界線において、ターニャの経歴はいまだかなりの部分で秘匿されている。夕呼の権限をもってしてもそのすべてにはアクセスできない。

 公開されている限りの軍歴としてはアメリカ空軍に所属していたことになっているが、月面以前の経歴にもいくつか穴がある。また当然ともいえるがJASRA局長に就任した後は、そのほぼ大半が非公開である。

 

 

 

「ん? ああ、須野村近辺での間接射撃管制か」

 はっきりとしない武の問いかけだったが、ターニャはその意味を汲み取って話し始めた。

 

「以前に管制機の真似事のようなことを幾度か経験していてな。それに倣ったまでだ。そもそも今回、射撃指揮所を担当したといっても、緒元に関しては戦術機から送られてきた物をそのままに砲列に伝える程度のことだ。貴様であってもできる程度だよ」

 ターニャ自身がどれほどの処理をこなしていたのかは明らかにせず軽く言い流し、いつもの皮肉じみた他者を嘲笑うような笑みではなく、どこか自嘲を込めたように目を伏せながら笑ってみせる。

 

「……突撃前衛として活動するとはいえ、今後の課題とさせていただきます」

 ただ武とすれば、ターニャの管制と目標選定によってかなり前衛小隊が楽をさせてもらっていたと感じていたので、自分でもできると言われてもすぐさまには納得できない。

 だがターニャ自身が出来て当然と言い放つので、その程度をこなせないようでは今後の計画から自分が外されてしまうのでは、と気を引き締めなおす。

 

 

 

「と、それで私も思い出した。香月副指令、少しばかり私も疑問があるのだが、良いかね?」

「なんでしょう、事務次官補?」

 

 考え込む武を尻目に、ターニャも茶飲み話程度の気軽さで、夕呼へと話を振ってくる。

 

「第四計画のA-01、それは00ユニット候補を選別するものだと理解しているが、単純化すれば00ユニット候補とは『運の良い人間』、という解釈で良いか?」

「そう、ですね。言葉にすると陳腐ではありますが『正解である未来』を選び取る能力、でしょうか。たしかに単純化すれば『運の良さ』とも言えます」

 

 武としては、横浜基地へBETAが進攻した時に水月や遥が成し遂げた判断、それを選び取れる精神こそが、00ユニット候補者の持つ能力なのではないかと思っていた。そしてターニャの持つ「原作知識」とやらがどこまで広いものかは武には判断しようもないが、武がそう感じていたことを、ターニャが知っている可能性は高い。

 

 ならばこそ今あらためてこの場でターニャが問うてくる意味は、本来ならば薄い。

 そのためターニャの問いの本質を掴み切れなかったのか、夕呼にしては珍しく口籠ったように問われたままに応えた。

 

「それは戦略や政略といった長期的視野ではなく、戦闘戦術レベルの判断でも発現しうるのかね?」

「能力としてはどちらも含むと想定しておりますが、選出基準としてはどうしても短期的選択能力の良さ、となっておりました」

 

 夕呼はターニャの問いを若干遠回し気味に肯定する。そもそもがギャンブルなどの瞬間的なものならともかく、長期間に渡る「運の良さ」など定量化しようがない。夕呼がA-01を極限に近い任務に投入し続けてきたのは、そういう手段でもなければ素体として有用な人材が観測できないからだ。

 

 

 

「いまのところ、所感程度でしかないのだが……」

 そのターニャも夕呼の肯定を受けて少し考え込む。ターニャにしては珍しいことに判断に確信が持てないようで、わずかに言い淀んだものの、そのまま続けた。

 

「残りの第一中隊が帰還して、戦闘ログを洗いなおせば判明するかもしれんが、鑑純夏の間接射撃の命中精度が少しばかり高すぎる気がしていてな」

「鑑、がですか? 珠瀬ではなくて、ですよね?」

「直接射撃においての珠瀬壬姫の優秀さは本人の技量によるものに間違いはなかろう。そして間接射撃においては、珠瀬壬姫の精度はほぼ平均と言っていい当たりに落ち着いている」

 

 驚きとともに割り込んでしまった武だが、ターニャは咎めることなく、その言葉を補完していく。

 

「鑑純夏は、直接射撃は決して褒められたものではない。だがなぜか間接射撃においては高い命中率を誇っている。射撃のタイミングが、こちらの指示よりもわずかに遅いあるいは早い、と言った時が何度かあってな。そういう場合に限って要撃級などに砲撃を当てている」

「……それは未来予知、なんでしょうか?」

 

 ターニャがわざわざ話題として選ぶほどだ。偶然、で片付けられない結果が上がってきていたのだろう。

 ただ武は、それが00ユニット素体候補の能力なのかと言われれば、疑問に思う。ターニャとしても判断に迷った結果、夕呼に告げているのだろう。

 

 

 

「それに要撃級の撃破が的確だったのは、我々前衛小隊の中では事務次官補殿の目標選定が優れていたからだと話しておりましたが、そういう意味ではないのでしょうか?」

 

 先の須野村での戦い、武たちは序盤は前衛を担っていた。その時確かに要撃級への攻撃が驚くほどに正確だとは思っていたのだ。それは射撃指揮所を担っていたターニャの判断の優秀さだと、武たちは考えていた。

 

 武の記憶にある純夏の戦闘歴は、先のAL世界線においてのXG-70 凄乃皇・弐型と四型のものだ。どちらもその機体の火力が目につき過ぎて、制御者としての純夏の能力というものは理解できていない。

 

「もちろん私とて目標選定としては要撃級を優先はしていたぞ。それでも数が数だ。どうしても選定に漏れが出る」

「それを鑑が落としていた、ということですか」

「そういうことだ」

 肯定の頷きとともに、ターニャはカップに口を付ける。

 

 

 

「つまるところ、この世界における鑑純夏も、間違いなくOOユニット適正候補者であると、そう思えるということだ」

「残念ながら今の我々……いえ私には、それを作り上げる理論も技術も欠けております」

 

 夕呼が嘆くような素振りを見せてはみるが、ターニャは当然武もそれが演技だとは判る。いまこの時点において、夕呼は自身が00ユニットの完成には固執していないと、再び宣言した形だ。

 

「まあ正直な話、少々間接射撃の命中精度が高くとも、それを中隊戦術に組み込めるかというと否定せざるをえんのだがね」

「お心遣いありがとうございます。こちらでもあらためて調査いたします」

 

 ターニャも、夕呼が手段と目的とを取り違えはしないとは思っているはずだ。それを示すかのように、あくまで戦術レベルにおいて「鑑純夏」の能力では有効性に疑問があると、話をその程度に収めた。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、その00ユニットですが、作れてないんですよね? 大分の方での誘引に、夕呼先生が絡んでないはずは無いと思ってたんですが……」

 

 今も続く九州の防衛戦。

 それを本土防衛ではなく、あくまで「九州防衛」に限定したままに続けられているのは、大分を中心とした大規模誘引のお陰だ。

 

 事前にある程度は準備されていたとはいえ、想定以上にBETAを引き込む可能性があり、あくまで代替案だったはずだ。それを防衛戦の開始二日目にして実施し始めるなど、上層部の意向など伺い知ることもできない武だが、帝国参謀本部の発案だとは考えられるはずもない。

 

 ならば夕呼かターニャ、どちらかの発案だろうとその程度は武にも想像できる。

 

 

 

「事務次官補からは00ユニットではない、とはお聞きしてはいますが、実際何を使ったんですか?」

 

 武が聞いてよい話ならば、夕呼も話すだろうし、そうでなければはぐらかされるだけだと割り切って尋ねてみる。

 

「ああ、アレ? 言ってなかったかしら、00ユニットの試験試作として設計したスパコンよ。帝国陸軍のみならず、海軍も国連軍も、ついでに義勇軍なんかも纏めて全部の指揮通信丸ごと含めて処理させてるわ」

「……は? え、スパコン? で、防衛線の全指揮、ですか?」

「この部屋どころか、ビルの一室くらいのサイズのスーパーコンピュータよ。それでも00ユニットとして想定していたほどの演算能力はないわ。電力も馬鹿みたいに必要だしね。そもそもが物理的な規模が巨大すぎて00ユニットとしては運用は不可能な代物よ」

 

 あっさりと何でもないことのように答えた夕呼の言葉に、武は頭が付いていかない。

 ただその規模の巨大電算機であれば、確かにBETA誘引の能力はあるのだろうくらいは理解できる。

 

 問題は、なぜそのようなものを夕呼が帝国軍に貸し出すような形で運用したか、だ。

 

 

 

「アンタたち二人が言ってたでしょ? この世界線ではあたしが本来想定していた00ユニットは作れないって」

「俺が経験した範囲では、って条件は付きますが……」

 

 科学者たる夕呼に、不可能だという言葉を告げるのは、武としても心苦しい。とはいえ、前提となる理論がクソゲーやっていて閃いたなどという物である上に、素材としての00ユニット候補者の生きてる脳髄が今の人類には作り出せない。

 

「今動かしてるスパコンでさえ、能力的には足りない。でも、今の人類に作れるのはせいぜいその程度なのよ」

「ってことはXG-70は喀什攻略には使えないってわけですか……」

 

 能力が足りないと断言されて、どこか武は気を緩めてしまった。

 それ故に、もしかすればもう一度XG-70dに搭乗することになるかと心のどこかで怯えていたことを自覚させられる。

 

(って、何を俺は気を抜いてんだよッ!?)

 喀什攻略にXG-70を投入する計画を立てておきながら、しかもそれが無ければ作戦のもともと低い成功率が不可能に近くなるほどに下がるとは判っている。それでも乗らずに済む、あの荷電粒子砲を再び撃たなくて済むということに、武は安堵してしまったのだ。

 

 それが身勝手な赦しを得ようとしている自身の弱さだと、嫌でも思い知らされる。

 そして赦される資格があるのは、この世界に残され今また冥夜に責務を担わせている自分ではなく、世界を救いEX世界線へと戻ったはずの「シロガネタケル」だとその程度のことは武にも判る。

 

 

 

「何言ってるの、喀什攻略に間に合わせるために、いま九州で実働試験してるんじゃない」

「へ?」

 ただそんな武の内心の葛藤など夕呼には関係がないようで、気付かれてはいるのだろうが話を先へと進めていく。

 

「アンタの頭でも理解できる程度にかみ砕いていえば、試験運用の前段階。試験に向けた模範解答を必死に書き出してるってところかしら」

 

 いま起動しているシステムは、集積回路の発達が遅れているこの世界においては、スーパーコンピュータとしてそれなりの規模と性能を誇るが、当然ではあるが量子電導脳である00ユニットの演算処理能力には到底及ばない。

 

「でもね。XG-70を、アレに搭載されるML機関の制御程度であれば、困難ではあるけど、不可能じゃない。もちろんラザフォード場の形状変形も含めての話よ」

 

 武の知る先のAL世界線で最初に実戦運用された凄乃皇・弐型は、ラザフォード場の自動制御が不可能であり、ML機関が起動している際には機体周囲10mに接近すれば、いかなる物であれ急激な重力偏重に巻き込まれ粉砕された。

 本来ならば護衛となるべき戦術機も、重力偏差に巻き込まれないように接近することが禁じられており、近接防衛が困難だった。

 

 四型において、ある程度度安定した00ユニットと霞の制御もあってようやくラザフォード場の多重干渉や自動制御が確立したのだ。

 

 

 

「刻々と変化する状況の変動に対し、そのすべてを瞬時に同時並列的に処理していくには00ユニットくらいの演算能力はたしかに欲しいわ。でも、ね」

 にやりと、わざとらしいまでに笑いを作り、そこで夕呼は言葉を切る。

 

「想定可能なパターンを事前に複数個用意して、それと現状を照らし合わせ、対処案を提示するくらいなら今の機材でも可能よ」

「つまり、00ユニットみたいに瞬時に演算を終了して対処することは無理だけど、事前に想定しておいた状況パターンから最適なケースを呼び出して当てはめる、ってことですか?」

「そ。無限と思えるくらいに状況設定はありうるけど、ある程度には類型化しておいて、その中で近似の状況を選択していく。ケーススタディに真っ向から歯向かうような力技よ」

「AIと言うにも烏滸がましい、選択肢の多いだけの一対一の応対だ。ある意味では人間らしい人工無脳だな」

 

 夕呼の説明を補完しながら、クツクツとターニャが笑う。

 状況判断などを現場で即座に行うのではなく、あらかじめ想定される要素を事前に行っておくことで、対応能力に余裕を持たせているといえる。

 

 

 

「まあアンタの発案もちょっとは参考になったから、誇りなさい」

「俺の、発案ですか?」

「XM3の並列処理システムと、あのパターン分析とコンボの応用、発展形と言ったところかしら」

 

 話が飛び過ぎじゃないかと武は一瞬思ったが、続く夕呼の言葉で納得した。

 対応させる事例の数は、間違いなく桁違いのものなのだろうが、たしかにやろうとしていることの根幹はXM3に近しい。

 

 一見無限とも思えるような状況想定なのだろうが、XG-70の直衛に付くのは多くとも中隊規模。しかもそのうち機体周辺10mもの近くにまで接近するような状況など、実のところそれほど多いはずもない。

 加えて、直衛の戦術機中隊の方にも接近予防措置を組み込んでおけば、さらに状況想定は限定できる。

 

 

 

「でもそれだと事前に周辺展開する戦術機の機動を……って、そうか」

「ようやく判った? 今の九州で運用されてる戦術機の機動を、指揮系統に組み込ませることですべて読み取らせてる。いま大分に設置しているスパコンは、戦術機の運用データを貪欲に集積しながら、運用において想定される状況とその対処方法を演算してる最中よ」

「ML機関の短期間の起動と安定停止は、合衆国にてXG-70aが成功させた。後はいま横須賀で艤装中の二機に試験データを入力した上で、運用試験だな」

「そこまで進んで……ってアレ? XG-70a、一号機って潰れてないんですか?」

 

 武の知る世界線では、起動試験に失敗しクルーをミンチにしたと言われていたはずだ。それが残っているとターニャは言う。

 

「ああ、当時の技術では成功しないと判っていたので、中断させておいた。ML機関も含め、艤装は一切進んでいないが機体自体は残っている」

 

 無理かと思ったがあっさりと計画の中断が通ってむしろ驚いたよ、とターニャは笑う。

 

 

 

「そのXG-70の運用をも踏まえて、だ。喀什攻略に向けて、少しばかり話がある」

 

 遅刻した要因でもあるがね、とターニャは嗤って見せた。

 

 

 

 

 

 

 




気が付くと10月も半ば……COMIC1に新刊合わせたりそれに合わせて上京したり、そのあとゴソゴソしていたらこんな時期に。そして今回で第三部完ッ俺たちの戦いは次回に続くッ……の予定でしたが、文字数的にあと一回使います。半分ほどは書いてあるので、なんとか今月中に上げたいなぁとは思いますが、予定は未定。

んでようやくXG-70は出るよー動くよーという感じなんですが、この世界線だとこういう感じで、と。元々サイズ無視したらそれなりのスパコンはあるはずですし、せっかくなので細かいことはともかくXM3派生のシステムで動かしてみます、というところです。

あと失敗するのが判っていたので壱号機は、デグさん横槍で止めていたので物が残ってます、と。


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間隙の欺罔

「本来ならこのままに九州での流れを振り返りたいところだが……」

 

 喀什攻略に向けての話だというターニャの言葉を受けて、夕呼と武とは自然と居住まいを正す。その様子を受けてもターニャは落ち着いたもので、デブリーフィングを優先すべきだとでもいう風に、わざとらしい愚痴を零す。

 

「合衆国からの喀什攻略の協力は取り付けられたよ。もちろん条件は付けられたがね」

 

 言葉だけであるならば喜ぶべき報告なはずだが、いつも通りに感情の見えないターニャの顔を伺う限り、手放しで歓迎できる話ではなさそうだった。

 

 

 

「米国の同意は歓迎できますが、やはり攻勢の作戦という点が、安保理で問題となるでしょうね」

「1979年のバンクーバー協定、でしたか?」

 

 夕呼の諦観したかのような言葉に対し、武が確認を取る。

 統括のない戦闘がBETA支配地域の急速な拡大を招いたとして、自衛戦闘以外のハイヴ攻略戦などは国連主導で進めると、安保理で採択されている。

 

 第四計画は秘匿性も独自性も高いが、原則として国連主導の下に活動している。安保理を無視して独自に動けるほどの権限があるわけではない。武がAL世界線で参加した「桜花作戦」は、佐渡の実績を踏まえた上での特例的な措置だ。規模にしても時間にしても、文字通り奇跡の積み重ねによって実現したようなものだ。

 

 安保理の採決が無ければ、喀什どころかどのハイヴへの侵攻も許されない。当然、現状で喀什への進攻計画を提案したところで、間違いなく中ソが反発する。

 

 

 

「それに関しては合衆国でも一部に問題視されたが、解決済みだ」

「……は?」

 

 武が最大の問題かと思い始めたことを、ターニャは否定し、すでに終わったことだとあっさりと流す。

 

「第四とJASRAとがこれから共同で展開する作戦は、実地において偵察・探査機材が安全に投入可能かどうかを試すべく、あくまで周辺機器の試験運用を目的としたものだと判断された」

「偵察機材というと、この場合は00ユニットですよね。XG-70はそれを搭載して、というか……」

「XG-70なんてのは本来なら00ユニットの外装パーツ程度のモノよ。ま、たしかに事務次官補殿のおっしゃる通り、ただの周辺機器ってところね」

 

 武が混乱のままに言葉を漏らし続けるのを、夕呼が吐き捨てるように止める。その口調にはどうしても苛立ちが滲む。同意はしているし納得も出来てはいるのだろうが、00ユニットを完成させられなかったことに、夕呼は自身への憤懣を抑えきれない部分が残ってしまっている。

 

「つまるところ第四計画の準備的行動であり攻勢の作戦ではないので、安保理の承認は不要だと、合衆国は捉えているのだ」

「え、っとそれは拡大解釈過ぎるのでは?」

「言語を基礎とする人類間の意思疎通においては、解釈の相違はなかなかに埋めがたいものがあるな。非常に嘆かわしく、残念なことだ」

 

 夕呼の内面など気にもかける様子はなく、ターニャは簡潔に結論を纏め、愉しげに言葉遊びを続けていく。

 

 

 

「まあ冗談はともかくだ。ボパールでの失敗を指摘して、コミーの連中も黙らせるさ。合衆国内においては、第三の失敗を鑑みて高価な偵察機材を回収の目途も立たないような作戦にいきなり投入するのはいかがなものか、とそういう常識的な判断の下に下された話でもある。コミーと同様の失敗など認められようもないことだ」

 

 やれやれと、ターニャはわざとらしいまでに肩を振って見せるが、当然ポーズに過ぎない。即座に嗤いを止め、ソ連の失敗を繰り返さぬようにと、釘を刺す。

 

 第四計画は、第三計画の発展的計画であり、第三において探査機器として運用されたESP発現体の代わりに、00ユニットを用いるというのが計画の主旨である。第三計画当時は反応炉と目されていたが、ハイヴ最深部に位置する頭脳級へと接触して情報を収集するという点では、その根幹には違いがない。

 

「第三計画において問題となった点を解消すべく、まずは試験的に探査部隊と同規模の部隊のみを投入し、ハイヴ最深部に到達可能かどうかを検証する」

 

 00ユニットは当然、ESP発現体もけっして安い機材ではない。しかも突入部隊を送り込むために大規模な陽動部隊まで展開したのだ。その上での失敗である。第四が第三と同じ轍を踏まぬよう、無計画な作戦で人類を疲弊させぬためにも、最低限度の作戦成功性を証明する必要はたしかに有ると武にも判る。

 

 

 

「ソビエトが計画誘致国家でありながら、探査機器の中核となるはずの突入用戦術機の用意さえできず、合衆国のF-14を改修して使用していたのだ。第三はあきらかに準備不足だ」

 ターニャは、第三の失敗要因が事前準備の拙さであると定義してみせる。そして未経験の夕呼に対しては直接は言葉にしないが、武にとっては先日の経験となる先のAL世界線における「桜花作戦」も、真っ当な軍事計画ではなかったと匂わせていた。

 

「だからこそ、だ。第四計画であれば、偵察機器をハイヴ最深部へと送り届けることが可能だと実証するために、XG-70の実地運用試験を執り行う。おかしな話ではないだろう?」

 武に自身の言葉を反芻させる時間を与えるためか、わざと一息つくようにターニャはカップに口を付ける。

 

「あらためて宣言しておく。これは試験的行動であり、攻勢の作戦ではない。今後は、不用意な発言には注意するように、白銀少尉」

「了解いたしました。ですが正直なところ、それで合衆国を納得させられたんですか?」

「大統領も承認済みだよ」

「なら、俺がどうこう言う話ではありませんね」

 

 ターニャがしているのは言葉遊びだということもできるが、考えてみれば喀什攻略が認められたのであれば武に否は無い。日本帝国が主導し、合衆国が追認してくれるのであれば、政治面としては一応はクリアできたといえるのだ。

 

 

 

「それに参加する兵力は第四を主導する日本帝国と、在日国連軍とが主力だ。あとは計画に協力する合衆国軍だな。安保理決議による多国籍軍の運用とはなるまい」

 ターニャは口にはしないが、中ソの介入は断固として拒絶するという意思が見て取れた。ターニャの共産・社会主義に対する拒否感を知っている夕呼も武も、わざわざそれには触れない。

 

「ですが、ユーロ諸国やそれ以外の義勇兵は?」

「イギリス以外は不要だ。今回の九州防衛に際しても、だ。大東亜連合など員数合わせにもなっておらんだろう? むしろ雑多な装備と人員を派遣していたせいで、補給に負担を掛けただけとも言えるぞ」

 

 ふと気になった点を武は尋ねるが、ターニャは中ソに対する意識とは別に、戦力として無駄であると斬り捨てる。

 

 

 

 武は帝国軍が担当している前線を主体に飛び回っていた関係で、義勇軍として参戦してくれている諸外国の実情を知らない。須野村の防衛に至る流れで、オーストラリア軍が補給の手違いで窮地に陥ったとは聞いてはいるが、それはあくまで局所的な事例だ。

 

 帝国軍が九州防衛の主体であるのは当然、ついで合衆国軍、あとは在日国連軍で、参加兵力の大半を占めているのだ。オーストラリアや大東亜連合も兵を出してはくれていたが、その数は合衆国に比較できようもない。

 

 大東亜連合からの義勇兵は、まさにその名の通りの存在でしかなかった。建前上は国連軍の指揮下に入ってはいるものの、国連とは距離を置こうとする政治的背景もあり、単独で作戦行動を取る面も見えたという。

 

 オーストラリアは常任理事国の一角ではあるものの、独立した大陸に位置する後方国家という性質から海外派兵経験に乏しい。今回の防衛線参加も軍に実戦経験を積ませるための実地演習といった向きもあった。

 

 

 

「そもそもが、だ。合衆国と帝国、それに英仏以外には満足に投射可能な軌道戦力がないのだぞ」

 

 オーストラリアは帝国との政治的緊張もあり、損失前提の作戦には大規模戦力を提供しにくい。常任理事国としてだけではなく、英連邦の一角としての作戦には協力するだろうが、自滅覚悟の作戦に不慣れな衛士を大量に参加させるとは思えない。

 

 フランスはアフリカ大陸での旧植民地諸国の盟主としての立場から前線戦力としての戦術機部隊は整ってはいるものの、それを大きく動かすことはそもそもの立場を崩すことになりかねない。ギアナ宇宙港の優先的貸与が精々だろう。

 

「正直なところ中途半端な戦力を提供されて、なし崩し的に中ソにまで口を出される方が迷惑だ」

「なるほど、了解いたしました」

 

 ターニャの言い分は武にもよく理解できた。想定戦力が少なくなる可能性は憂慮したいが、かといって極少数の戦力提供のみで、作戦や指揮に介入されることも煩わしい。

 

 

 

 

 

 

「それで、事務次官補。米国が出してきた条件はどのようなものでしょう?」

 武への事前説明が終わったと見て、ターニャが問題とする要因であろう条件を夕呼が問う。

 

「大きく分けては三つだな。一つはまったく問題ない。XG-70cを合衆国陸軍が運用し、第一陣として降下させろというものだ」

「作戦成功時の功績作り、ですか」

 

 純軍事的に言えば、最初の攻撃という面では軌道爆撃なのだが、これを先陣として喧伝するのは難しい。

 第四計画は帝国主導ではあるが、合衆国の協力無くして推進できない、と内外に示す意味合いもあるのだろう。そしてそういった軍事というよりは政治的実績を知らしめる点では、先陣を切ったというのは判りやすい要因だ。

 

 喀什攻略こそを第一の目的とする武にしてみれば、順番など些細な話だ。夕呼も攻略さえ成功してしまえば、その程度の功績など歯牙にかける必要がないほどの実績となるので、些事として斬り捨てる。

 

 

 

「二つ目は、試験という意味ならばと押し込まれたのだが、G弾の投入だ」

「やはり、それを持ち出してきましたか」

「先の鉄原での抜き打ちじみた投射では実績どころか、必要最低限の運用評価さえ出来ておらぬだろうからな。時間を開けての複数発の使用を提案してきた」

「……なるほど」

 

 夕呼と武の溜息が揃う。

 

「むしろここは少ない戦力を補うためにも有効だと、受け入れざるを得ませんね」

「その後の恒久的な重力異常の問題を、完全に棚上げして、ではあるがな」

 

 仕方がない。

 三人ともに口には出さないが、胸中の思いは同じだ。そしてXG-70の投入が可能となったとはいえ、用意できる通常戦力だけでは「あ号標的」の撃破どころか到達さえ困難だということは、この場での共通認識でもある。

 

 

 

「三つ目が司令部が作戦の失敗と判断した際、代替作戦への移行だ」

 

 ターニャがわざわざ最後にした話だ。

 単純に受け入れられるような代替案だとは、夕呼は当然、武にも思えない。

 

「……その作戦の詳細、お聞きしても?」

「聞くまでもなかろう? おそらくはそちらが予想しているものと似たような話だぞ?」

 

 夕呼が先を促さないので、渋々ながら武が問う。

 呆れ果てたと言わんばかりに、ターニャが嗤って見せる。それだけでどのような代替計画なのかが、武であっても判ってしまう。

 

「G弾の大量連続投射による、喀什ハイヴの完全破壊、ですか」

「第五の、バビロン作戦よりはまだしもマシ、と笑うべきか、あるいは……」

「場合によっては、XG-70が3機分に加えて、ですわね。計算したくもありませんが、ユーラシアが割れたとしても驚きませんわ」

 

 ターニャがわざとらしく濁した言葉を、夕呼は補う。

 武やターニャの知るバビロン災害、その原因となった30に近い箇所での同時運用と、一極集中での運用を単純に比較できるものではないが、あまり愉快なことになるとは思えない。

 具体的な大陸への影響などは計算不可能だが、夕呼の言葉ではないがユーラシアが割れてもおかしくはない。

 

 

 

「ちなみに作戦名は『フラガラッハ』だ」

 こちらは作戦名などさえも出していないのだがね、とターニャは乾いた笑いを漏らす。

 

「フラガラッハ、フラガラック……ケルトの伝承でしたか?」

 

 武には一切記憶にない名前だが、夕呼には思い当たることがあったらしい。

 たださすがに民俗学や神話学などは専門外過ぎるようで、夕呼には珍しく断定もせずにターニャに伺う。

 

「ああ。ケルトの光の神、ルーが佩く剣だな。意味は『回答者』『報復者』といったところだ」

「報復……たしかに代替案の作戦名称としては似合いですね」

 

 夕呼は苦々しく笑うしかないようだ。武たちの計画が失敗した上での代替作戦なのだ。たしかに「報復」というのは一見似合いの言葉なのだが、合衆国の第五推進派からしてみれば第四に対しての「報復」としての意味合いさえも含ませているのだろう。

 

 

 

「英語で言えば『アンサラー』だな。まったく、参謀本部に転生者でもいるのかと思うような名称だよ」

 その名は武の記憶にはないが、ターニャにはなにか琴線に触れるものがあったようで、苦々しく吐き捨てる。

 

「転生者というと事務次官補殿のような?」

「私のような原作知識持ちか、貴様のようなループ経験者か。そういった者が居るかもしれんが、正直それはどうでもいい。我々の計画の阻害とならぬのであれば、気にするまでもない」

 

 自分で言いだした話だが、ターニャはさほど重視していないようだった。どうでも良さそうな態度を隠そうともしない。

 

「もし居たら、こちらに協力してもらえるんじゃないんですか?」

 

 明確な記憶としては武は三度目となるループだが、先の二度には他のループ経験者には遭遇していない。今回のループがきわめて特殊な状況だとは理解しているつもりだが、逆に言えば他に居てもおかしくは無いとも言えた。

 

 そもそもが「カガミスミカ」に最適な「シロガネタケル」を選出するがためのループだったのだ。それが成された後のこの世界線ならば、すでにターニャという外的要因の転生者がいるように、他の転生者などが居る可能性はある。

 

 

 

「白銀、アンタやっぱりバカね。こちらへ協力できるような能力と意思があるならすでに接触してきてるだろうし、それがないってことはたとえ転生者?が居たとしても無能の役立たずってだけよ」

「っと、つまりは……」

「気にするだけ脳のリソースの無駄遣い」

「あ~了解です」

 

 未来知識としては、もはや武は当然、ターニャにしても明確な提示が難しいほどに改変されている。

 そして目的を同じくするならばこの時点に至ってなお接触が無いということは、それができる能力がないのか環境が許さないかだ。つまるところ今の武たちにとって役に立たない。

 

 

 

「まあ他に転生者が居ようが、作戦の名前もどうでもよい。実のところその内容さえ問題ではない」

 自分で言いだした案件だが、関係ないとターニャはあらためて斬り捨て、「フラガラッハ作戦」それ自体も問題ではないと言い切る。

 

「確かにその通りですわね」

「『あ号目標』攻撃担当部隊の全滅後に、G弾の集中運用。言われてみればひどい話ですが、前提として俺たちに失敗は許されてませんからね」

「作戦を成功させねば、我々のみならずこの地球に明日がない、ということに変わりは無いからな」

 

 G弾による攻撃では「あ号標的」を殲滅できないことは、武もターニャも未来知識としては「知っている」。合衆国が代替作戦として何を用意していようが、ターニャの言うとおり問題ではないと、武も言葉にして確認する。

 

 先の「桜花作戦」の時ほどには切迫していないとはいえ、一度でも喀什攻略に失敗してしまえば、BETAの対応能力からして同じ手段は二度と通用しないと思われる。一度G弾を使って失敗してしまえば、その後に投入規模を拡大したとしても、対抗措置を取られてしまってはその効果は激減するだろうと予測できてしまう。

 

 

 

「そう言ってしまえば、米国が作戦に協力的になったという点だけでも前進ではありますね」

「ふーん、白銀のくせに前向きね?」

「どのみち、成功させなきゃ先はありませんからね」

 

 捨て鉢ともいえる武の言葉だが、実感としてそう思える。

 いくら事前試験運用と言い張っていようが、第四主導によるXG-70を中核とした戦術機部隊での攻略に失敗すれば、第五計画へと移行することは明らかだ。そうなってしまえば「フラガラッハ作戦」が成功しようがしまいが、G弾の使用に歯止めは効かなくなるだろう。その先に待つのは間違いなくバビロン災害だ。

 

 

 

「問題と言うのは、だ。作戦に参加する合衆国陸軍の数だ。一個連隊規模と、言い放ってきた」

 ようやくターニャが問題と見なしていたことを口にした。

 

「それは、まあたしかに問題ですね。少ない、というか少なすぎますよ」

 

 作戦成功をさせるべく意識を新たにしたつもりだったが、その数を聞いて武は眉をひそめてしまう。夕呼にしても同様だ。

 武たちのこれまでの想定では、降下戦力としては戦術機のみで1個軍団。そのうち合衆国からは1個師団と考えていたのだ。

 

「まあこれは、あくまで我々に協力するのに出せる数、という話だ」

「ああ……そうですよね。米軍のドクトリン通りなら、代替作戦の際に投入する戦術機部隊はすでに別に用意されてるってわけだ」

 

 合衆国のG弾運用において、戦術機は作戦最終段階での残敵掃討を担うことになっている。「い号標的」たるハイヴ内のアトリエを確保することも考慮すれば、少なくとも1個師団程度の参戦は想定されているはずだ。

 

「問題ではあるが解決策はある。なにしろ予備戦力はすでに計上されている。それをこちらに回すよう働きかけるだけだな。貴様にも協力してもらうぞ」

「了解です」

 

 武は即答する。

 ターニャの言う「協力」が何かを意味するかは分からないが、武には拒否する権限もなければ余裕もない。合衆国から少なくとも一個師団は捻出して貰わねば、ただでさえ低い作戦成功率が、間違いなくゼロになる。

 

 

 

 

 

 

「いくつか解決すべき課題はあれど、帝国への進攻が阻止されようとする現状、少しばかりは時間の余裕もある」

 

 武も、数日間とはいえ前線で戦い続けたことで、防衛は成功しているようだという雰囲気は感じていた。ただそれはあくまで局所的なものであり、全体状況を把握できているなどとは言えない。

 だかターニャが進攻は阻止できそうだというのであれば、それは第一中隊CP将校としての立場からなどではなく、JASRA局長として戦域すべてを見通した上での話のはずだ。

 

「とりあえずは、まずは勝てた、ということでしょうか?」

「今も戦闘は続いてはいるが、本州への上陸はほぼ完全に阻止できた。誘引が成功している現状、九州への上陸も場所が想定しやすいので、撃退は容易とは言わぬが、可能な範疇に収まっている」

「勝ったとは言えないけど勝てそうだ、いえ事務次官補殿が予想していた最悪は免れた、といったところね」

 

 ターニャの言葉を引き継いで、めずらしく夕呼が楽観的な予測を口にする。ただそこに含まれた不吉な意味合いの言葉が、武には気にかかってしまった。

 

 

 

「最悪というほどではないが、事前想定としては……そうだな」

 疑問が顔に出ていたのだろう、呆れたかのように溜息をついた後に、ターニャは説明を続けた。

 

「大陸派遣軍の再編が間に合わず、そのままに九州防衛に充てる。が、本土軍との軋轢を抱えたままのため満足な補給が間に合わず、即日山口を抜かれる。本土軍は山陰防衛に注力した結果、瀬戸内への展開が遅れ一気に大阪まで進攻される。当然ながら市民の避難など間に合うべくもなく、大量の避難民に主要街道は埋まり、軍であっても満足に移動できぬままにその戦力を削られていく。そこに至っても斯衛は京都防衛に拘り、動かず。佐世保と呉を失った海軍は満足な連携も取れずに横須賀まで撤退、と言ったところかな」

 

 つらつらと、まさに最悪な状況をターニャは見てきたかのように語りだす。いや、この世界線ではなかった1998年の本土進攻を、もしかすると文字通りに「見てきた」のかもしれないと、そう思わせる話ではあった。

 予測していたのか事前に伝えられていたのか夕呼は顔色一つ変えていない。

 

(事務次官補が知ってる「原作知識」ってのは俺が見て体験したもののはずだが、俺が思い至れなかったのは、結局は経験と覚悟の差ってことか)

 

 言われてみれば、あってもおかしくなかった流れなのだ。

 武はその酷い状況想定に驚きつつも、そこまで想像できなかった自分を不甲斐なく思う。受け取れた情報は近しいはずなのに、武は自分がそれらをうまく処理できていないことに気付かされた。

 

 

 

「実際のところは、知っての通りだ。私が想定していた以上に帝国軍が統制されていたため、個人的には楽をさせてもらったよ」

 

 そんな武の動揺を読み取ってはいるのだろうが、その話は終わりだとばかりにターニャはカップを空にして笑って見せた。そしてお茶を淹れなおすべく立ち上がった武にも聞こえるように、現状を説明していく。

 

「彩峰中将が先の鉄原ハイヴへの間引き失敗を理由にその地位を辞退されたことを踏まえ、大陸派遣軍は組織はほぼそのままに、本土軍からの指揮官を受け入れる形での解体・再編となった」

「そういえば、須野村で共同した部隊も、そういう形でしたか?」

「ああそうだな。あそこも中隊指揮官までは半数以上が大陸派遣軍に所属していた者たちだが、大隊副官には本土軍の者が就いていたはずだ」

 

 武には実経験としては、帝国陸軍内部の軋轢というものを感じることはなかった。だが、先の世界線においての本州進攻を許した要因の一つ、そして何よりも12.5事件の遠因でもあったという話は聞いてはいる。

 

「それだけ聞くとまるで政治将校みたいですね」

「貴様にしては的確な表現だ。与えられた役割はまさにそれだ。本土軍から元大陸派遣軍に対する監視だな」

 

 士官のみ、それも前線部隊のそれを入れ替えるなど、戦闘直前に行うような人事ではない。無用の混乱を招くだけだ。

 さらに対立まではしていないものの、関係の良くない組織からの派遣である。問題とならぬはずがない。将来的にも大陸派遣軍の内部に不満の種を蒔いたかにも思える。

 

「一国内に独立した陸軍兵力が鼎立するよりかは、健全かもしれぬぞ」

「命令系統としては帝国陸軍参謀本部の下にきれいに収まったも言えますか」

 

 将来の禍根となったかもしれぬが、利点もある。なによりも部外者としては受け入れるしかない。

 

 

 

 

「加えて、斯衛から第16大隊を筆頭に遊撃的とはいえそれなりの規模で山陰方面の防衛に参加したことで、本州側の防衛に余裕が生まれた。山口への上陸を許した後、即座に押し返すだけの砲兵力も展開することもできた」

「それが無ければ先の想定通りに、瀬戸内から畿内への侵攻を許していたかもしれない……と?」

「あるいは、四国が落とされていたか、だな」

「まさに皆の努力の成果、ということですね」

 

 頭の中に西日本の地図を思い浮かべながら、武は状況の推移を描く。

 いま九州で押し留められているのは、奇跡などではない。事実はどうであれ、それぞれの立場でそれぞれが力を尽くしているからだと思いたい。

 

「理想を言えば、最初から香月副司令の提示したプラン通りに誘引計画を進めておれば、もう少し楽ができたかとは思うがね」

 

 簡単に口にするが、ターニャが多大な職務をこなしていたであろうことは予想できる。

 普段通りの振舞からは知る術もないが、JASRA局長の職務に加え第一中隊のCP将校をも兼ねていたのだ。武たちが作戦に従事していた間はターニャもそれに就いていたことを思い起こせば、実際のところ寝ている暇など無かったに等しいはずだ。

 

 

 

 

 

 

「あとは……岩国には戦術級核地雷として運用できるように改造したものをいくつか運び込んでもらってはいるが、いまの状況であれば使うことも無かろう」

「やはり核の使用を準備されておられましたか」

 

 ついでのように、核を用意していたとあっさりと言われたが、武としてもやはりそうかとしか感想が出てこない。新しく淹れたコーヒーをターニャの前に給仕し、確認するように問うだけだ。

 

「G弾を使うよりかは、はるかにマシだ」

「それは、たしかにそうなのですが……米国が日本国内で使うには、結局揉めるんじゃないですか?」

 

 武が知る世界線では、合衆国からの核使用が幾度も打診されたが、帝国は国内での使用を許さず、結果横浜まで進攻されることになったのだ。この世界線であっても、先の山口提督の発言でなどから伺えるように、帝国が核の使用を簡単に許諾するとは思えなかった。

 

「ん? 何を言っている? 使うとすれば貴様らだったぞ。ああ、正確に言えば御剣少尉だな」

「……は?」

 

 心底呆れ果てたと言わんばかりに、ターニャが武を見上げてくる。

 その視線の鋭さよりも、告げられた言葉の意味を、武の意識は理解を拒む。

 

 

 

「呆けているのか。そのための『御剣冥夜』であろう?」

 

 

 

 

 

 




第三章終わらせるなどと言ってましたが、無理でした。デグさん話し出すとやっぱり文字数伸びてしまいます。

で、いまさらながらに、もし他の転生者とかいても意味ないよ~という感じです。あとついでにバンクーバー協定の抜け道とか。原作の「桜花作戦」って、佐渡奪還の実績が大きいというのはあるとは思いますが、よくあの短期間で承認されたなぁ、とか。

でで、みんな大好き?合衆国の作戦名は「フラガラッハ」にしました。「後より出でて先に断つもの」になるか、「アンサラー」の方かは、まだ未定。というか本文でも書いてますが、この作戦に移行した段階でたぶん人類崩壊ルートです。


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回帰の祈誓

 雲は薄く星は見えるが月は無く、消灯時間の過ぎた現在は最低限の明かりだけで、白陵基地のグラウンドは暗い。

 

 明日にはまた新たな任務が下されると言われたが、詳しい内容は聞いていない。いや、今の武の状態を見て、夕呼もターニャも伝えるだけ無駄だと判断したというほうが正解だろう。

 

 喀什攻略にG弾を使うという案には、ターニャや夕呼のみならず、武自身も「仕方が無いこと」として受け入れた。帝国本土防衛に際し、BETAの本州進攻に備え先制的に核地雷を使用することも、想定されていることは知っていた。

 

 ただその核の引き金を冥夜に委ねるということは想像だにせず、しかもそれが起こりえた可能性が高かったことに対し、感情的に拒絶してしまった。

 

 

 

 軍事的側面だけに限定すれば、本土防衛において核の投入は当然と言える選択肢の一つだろう。武自身は直接経験していないとはいえ、先の世界線においては佐渡及び横浜ハイヴの建造のためにBETAが自発的に進行を止めるまで、帝国は有効な防衛手段を持ちえなかったことは記憶している。

 

 山口に上陸を許せば、あとは通常戦力で持ちこたえることは困難なのだ。

 瀬戸内側にも帝国海軍は展開しているとはいえ、あくまで予備戦力でしかない。九州に上陸を果たした集団と、瀬戸内を突き進む勢力とをともに抑え込めるほどの戦力的余剰が、今の日本帝国に残されていないことも理解している。

 

 確かに、山口提督が話していたようにも今回は防衛可能だろう。それが次回、次々回と続けば、損耗した帝国軍では、いつか破綻する。

 今後も続くBETAの進攻に備えるのであれば、九州方面への陸路輸送は諦め、岩国以西、下関までの間を核地雷原として運用し、広島以東の沿岸工業地帯の維持に務めるべきだということは理解できる。それが戦略的な観点から見れば、至極まっとうな意見だということにも頷ける。

 

 

 

 政治的側面からすれば、問題となるのは誰にその最初の引鉄を引かせるか、だ。

 

 内閣が命じ、参謀本部が承諾したとしても、汚名を避けたがる本土防衛軍がその命を易々と受け入れるとは思えない。かといって再編中の大陸派遣軍に任せるには、下手に功績と見做されることもあって難しい。

 海軍や航空宇宙軍には、陸での展開能力に欠けるため、核地雷としての運用は不可能だ。斯衛に対しては、城内省が政威大将軍の権限下にあり内閣からは独立しているため、参謀本部にはそもそもが命令権を持たない。

 

 かといって合衆国に独自に帝国本土内での核運用を一任してしまうことは、常任理事国として以前に、独立国家として受け入れられることでもない。

 

 

 

 ならば在日国連軍、それも日本人の手によってならば、非難の矛先は分散できなくもない。なによりも直接手を下すのが「御剣冥夜」であれば、責任の所在を一時的にしろ曖昧にできる。

 核地雷の使用など、通常であればたとえ戦術機衛士と言えど尉官程度の独断専行でどうにかできるはずもないが、それぞれの組織の思惑が複雑に絡み合う現状であれば、実現もあり得たのだ。

 

 一度でも帝国本土内で核が用いられれば、二度目以降の使用に関してのハードルは格段に下がる。前例に倣うことを良しとするこの国の風土であれば、使ってしまえばそれ以降はその運用にどのように制限を加えていくかこそが、重要な課題となっていくだろう。

 

 政治面からすれば、確かに冥夜以上の適任者は居ない。

 しかし、その先鞭を付けるのが冥夜であること、ただそれだけが武には受けれいることができなかった。

 

 

 

 頭を冷やすためグラウンドに出てきたが、冬の夜風に当たれば身体は冷えるが、気持ちの整理がそれだけで付くわけでもない。それでも少しは冷静になった振りをしつつ、ここしばらくの間に習慣付いてしまったランニングを始めようかともした時に、ようやく自分の姿を顧みた。

 

「ったく、何やってんだよ俺は」

 

 身体を動かすつもりでグラウンドに出てきたはずが、BDUに着替ることさえ思いつかず、C型軍装のままだ。呆れたかのようにわざとらしいまでに口にするが、見下ろした自身の服装こそ、今の気持ちのズレを表しいてるかのようだ。

 

 着替えに戻ることさえ億劫で、上着だけを脱いで走りだす。

 

 

 

 走り始めても、さきほどターニャが口にした、核を使うとすれば冥夜だったという言葉が武の頭の中から離れない。

 

 理屈は判る。

 説明もされた。

 必要性は嫌というほどに、理解できてしまう。

 

 12.5事件において、沙霧尚哉が決起首謀者として選び出されたように、今回核を使うのであれば、間違いなく冥夜が選ばれただろう。それが判ってしまう程度には、この国の現状も、把握はしているのだ。

 

 それでも、日本の民と国、その魂を志を守りたいと告げた冥夜に、核の引鉄を引かせることなど、武は許せなかった。

 

 

 

 

 

 

「白銀、そなた何やらまた思い悩んでおるのか?」

「うぇっ!? み、御剣……か?」

 

 あまりに考えに没頭していたからか、思い悩んでいた当の相手である冥夜が後ろを走っていることに、声を掛けられるまで気が付かなかった。

 

「約束だったな。時間があるならば付き合え、白銀」

 

 憂いが解けたといえば良いのか、冥夜からは九州戦線から離れる際に見せていた、張り詰めた緊張感は薄れていた。今も悩んでいる武と違い、冥夜の方はどこか安堵したかのような表情を見せ、グラウンドの端に用意していた模擬刀へと視線を送る。

 

「たしか、俺はランニング程度にしてくれと言った記憶があるんだが? というか、だ。休むのも兵の仕事だと教えたはずだぞ?」

「心安く休むためにも、少しばかり汗を流しておこうかと思ってな」

 

 わざとらしいまでに教官補佐だった時に告げたはずの言葉を口して、内心の不安を誤魔化してみせる。どこまで見透かされているのか武には判らないが、冥夜も軽く笑って受け流した。

 

 

 

(俺の分まで模擬刀を用意してって、どこか浮かれてるのか? 前線から離れて緊張が解けた反動か? いや、それにしてもなにか安心しきってるといった感じなんだが……やはり戦いやすい戦場を選んでもらってたせいか?)

 

 初陣を勝利で飾り、「死の八分」を乗り越え、戦場の洗礼を受けたとはいえる。ただ、絶望だけが支配するかのようなBETAとの戦いをその身で感じたというには、九州での戦闘は温すぎた。

 最後の光線級吶喊を含め、ターニャによって勝利を御膳立てされていたというのが、武の感触だ。

 

(まったく。俺が不甲斐なかったからと言って、御剣もそうだってわけじゃねぇってのは判っちゃいるんだが)

 

 脳裏に過るのは武の初陣とも呼べぬ、先の世界線での横浜基地におけるXM3実証試験の、その後だ。突発したBETAとの戦闘も褒められたものではないが、なにより戦闘が終わったと思った時、その瞬間の気の緩みによって、掛け替えのない恩師を失った。

 

 さすがに武とて、いまこの白陵基地にBETAが出現するとは考えていない。それでもまだ帝国全体で見れば防衛戦の最中であり、武の事情を別にしても安らげる状況とは言い難い。

 

 

 

「基地に戻ってきたとはいえ、少し気を抜き過ぎじゃないか? 他の連中はまだ戦ってるかもしれないんだぞ?」

 

 普段の冥夜であれば気を休めるはずがないとどこかで違和感を覚えていながら、現在の苦悩と過去の自責とを誤魔化すため、武は叱責するような言葉を吐いてしまう。

 

 ただ言葉に出して、武は形になっていなかった不安に思い至る。

 まりもを筆頭に、隊の皆の能力には疑問は無い。だかその能力をもってしても、残してきた中隊の皆が揃ってもう一度集えるなどという保証はないのだ。

 

「む? ああ……そうだな。まだ九州では数多くの将兵の方々が戦っておられるのだな」

 

 武の言葉にあらためて気付かされたという風に言葉を漏らし、冥夜は走る脚を止め、目を伏せる。

 

 

 

「許すがよい、確かに少しばかり自身の問題に答えが見えたように思えて、不覚にも緩んでおった」

「あ、いや。そこまで思い込むもんでもねぇな。基地に戻ってきたんだ。緩むのも仕事だぜ」

「ふむ……たしか、うば~っであったか?」

「はははっ、あれは机が無いと無理だがな」

 

 武も走る脚は止め、ゆっくりと冥夜に並んで歩きだす。

 不安はたしかにあるが、今ここで武が焦ったからと言って、隊の皆の安全が高まるわけでもない。

 

 武が自分で言ったように、緩急の切り替えは兵士としては必須ともいえる能力だ。後方にいる間は、前線の者たちを信じ、休める時に休まねばならない。

 冥夜もそれは判っているようで、軽い話題を選んでぽつぽつと言葉を交わす。

 

 

 

「で、俺の悩みはともかくとして、御剣の問題ってのは何なんだ?」

「なに簡単なことだ。そなたに護られたことに少しばかり不満を感じていてな。その原因に悩んでおった」

 

 冥夜の悩みなど、口に出すことも難しいことだろうとは思いながらに武は問うたが、それにあっさりと答えが来た。

 

「いや、そこは不満に思うところじゃねーだろ。事前の指示とは違うことをしてた自覚はあるけどよ」

「はははっ、それは月詠には聞かせられぬな。突発的な判断ではなく、計画的なものもあったのか?」

「あ~たしかに、護衛って意味じゃあ、中尉にはちゃんと連絡しておくべきだったな」

 

 武にも、冥夜を護るためにいくつか欺瞞じみた動きをしていた自覚はある。特に最後の光線級吶喊の際には、咄嗟とはいえ小隊長たる真那までも騙すようなことをして前に出たのだ。

 

 

 

「士官と下士官の価値は違うとそなたに教えられておったのに、不甲斐なくもその本質的な意味を理解しておらなんだ」

「士官を守るためならば、兵を犠牲にする面も出てくるって話だな」

「そうだ。そして士官の中でもその価値はそれぞれに違う。当たり前の話なのだな」

 

 冥夜が言うそれは、以前に207Bの皆に武が告げた話だ。

 

 政治的な理想としては人は平等であるべきだ。

 だが現実には、そして軍においてより顕著に、人はけっして平等ではない。軍人、それも士官であるならば、誰を生かし誰を死なすかの判断は常に付きまとう。

 

 第一中隊で言えば、なによりも冥夜の生存を最優先とされていたのだ。

 

 

 

「そしてこの我が身が護られるべきものだと、そなたからあれほど告げられていたのに、どこか納得できてなかったようだ」

 

 出雲の艦内で、武は冥夜になによりも自身を護るようにと願った。

 そして冥夜は、生き汚くとも抗い続けてくれと、武に乞うた。

 

「なにに納得できなかったのかと、この基地に帰還する中で考えておったのだが、気付けば簡単な話だ。ただ私はそなたに護られるのではなく、共に並んで戦いたかっただけだったのだと、そんな子供じみた我儘な思いだ」

 

 実績でも技量でも劣ると判っていながら並び立ちたかったなど、ただの我儘だと判ったと、冥夜は笑う。

 そこに自虐は無い。

 足りぬものが見えたのだから、あとはそれを掴むまでだと、決意が見える。

 

「残念ながらその我儘は実現させねぇ。俺が中隊の突撃前衛長だからな。隊の誰よりも前に出て当然だ。そしてそれを譲るつもりはねぇぞ?」

 冥夜の意気込みが理解できるからこそ、武もわざとらしいまでに、煽って見せる。

 

 

 

「それは別にして、先ほどの私が中隊の皆のことを心配していないという話だが」

「いや、御剣が心配してないとかいうんじゃなくて、だな」

「安心しろ。柏木も含め、須野村での防衛に参加していた皆は無事に国東へと帰還した。

負傷で待機していた者たちも含め、数日中には、この基地へと戻ってくるらしい」

 

 先ほど月詠中尉から連絡があったぞ、と悪戯が成功したかのように、冥夜が笑う。

 

「って、そりゃそうか。CP将校のティクレティウス少尉が戻ってきてるんだから、他のみんなも帰ってくるはずだよな」

 

 考えるまでもない。ようやく武は自分の方が視野が狭まっていたことに気付いた。

 大陸での撤退戦のように、防衛線が壊滅して現地で部隊再編が進められてているような状態ではないのだ。中隊CP将校が居ない環境下で、しかも二個小隊に満たぬ規模での単独作戦行動など、命じられるはずもない。

 

 

 

 

 

 

「私の問題はともかく、そなたの悩み事は何だ? 中隊の皆のことを気にかけていたというわけでなければ……ふむ? また香月副司令からの新たな『宿題』か?」

 首を傾げ、冥夜は考え込む。

 

「はは、俺が勝手に思い悩んでるだけだ。いや、いまは宿題を出されるほども期待されてねぇのかもな」

 

 冥夜に核使用の責を負わせるという当然の予備計画に考えが至らなかった時点で、先見性の無さを見抜かれている。

 その上、自失したような状態で夕呼の執務室を離れたのだ。夕呼のみならずターニャからも、間違いなく評価を下げられているはずだ。

 

「事務次官補からは斬り捨てられてもおかしくねぇな」

 

 武がターニャに提示できる情報はそもそも限られている。喀什攻略の実体験などはあるものの、「原作知識」などと嘯くのだ。俯瞰的な情報などは間違いなくターニャのほうが把握しているはずだ。

 合衆国軍を動かす計画に武の手を借りるとターニャは言っていたものの、先の醜態を見てしまえば、それもどうなるかはわからない。

 

 

 

「事務次官補殿? まさかとは思うが……そなた、私が核のボタンに手を伸ばすかもしれなかったと、憂いておるのか?」

 ただ先の計画を知る由もない冥夜は、逆に武の悩みの中核を瞬時に悟る。

 

「やっぱり、普通ならすぐにそこまで思い至るよな」

 

 武は自身の洞察力の無さを自嘲して、軽い笑いしか浮かべられない。

 出雲での山口提督から、合衆国海軍も港湾部の汚染を避けるだろうと聞いて、核使用が無いと武だけが勝手に楽観視していたのだ。

 

「いまさらな話だが、な。さっき事務次官補からその可能性を聞いて、自分の頭の悪さに嫌気が差してるところだ」

「私とて事前に見通していたわけではないぞ。直接的な指示ではないが、山口提督との会談の後に、事務次官補殿からはその可能性を示唆されるまでは、考慮さえしてなかった」

「まあ普通はそうそう考えつかない、か」

「我らの立ち位置としては、たしかに察しておくべきだったのだろうがな」

 

 想定できなかったと悔やむ武に、冥夜も自分も同じだったという。得ていた情報に差はあれど、気付いていてしかるべきだったとは、冥夜も考えているようだ。

 

 

 

「正直なところ、事務次官補にその可能性を示唆されたときに、即答はできなかった」

「ま、そりゃそうだよな」

 

 国を護るためとはいえ、自らの手でその地を核で焼くのだ。命令されたとしても普通なら躊躇い、そして実行に移すことは難しい。

 それに冥夜ができると答えたとしても、武は自分はそれを受け入れられないだろうと思う。

 

「ただな。初陣の時に、な。下関からBETA集団のその先、瀬戸内の海を見た瞬間は、成さねばならんと思ったことは確かだ」

 

 山口、特に防衛せねばならない関門海峡は狭い。

 武たち第一中隊が急行した際も、もしわずかでもミスがあれば突撃級を主軸とするBETA先頭集団が長府を超える事態もあり得た。その先の広島、そして呉を防衛するためであれば、早期の核地雷の使用に踏み切るべきだという判断は間違いとは言い切れない。

 

 

 

「しかし間違いなく事務次官補殿は、私が核の引鉄を引こうが引くまいが、それぞれに応じた代案は想定されておられたと思う。ただおそらくは、私が担った方が都合が良かったのだろう」

 自身を政治的な駒の一つとして割り切った形で、淡々と冥夜は状況を整理していく。

 

「やはりお前もそう考えるよな」

「私個人には左程の利用価値は無いが、『御剣冥夜』という名はそれなりに意味があろう」

「……悪い」

「謝るでない。望んで受けると決めたのは、私自身だ。その決断の責をそなたに負わせるような恥ずべき行いはせぬ」

 

 押し付けたに等しい武たちの計画を、冥夜は自ら受け入れたのだと、誇らしげに言い放つ。

 

 

 

「というか、だ。私が核に手を出しておれば、香月副司令らが計画しておられる作戦へ、私を参加させる絶好の名目となったはずだ」

「は? どういうことだ?」

 

 いきなり話が飛躍したように、武は感じた。

 喀什攻略への冥夜の参加は、議論の余地もなく夕呼とターニャとの間では確定している。旗印として冥夜以上の人材はいないのだ。

 

「そなたは我ら第一中隊を作戦から除外したいのであろう。だが、そもそもが、だ。通常であればそもそもが我らが参加できるような作戦でもあるまい?」

「あ、いや、そんなことは……あるのか?」

「本来のA-01部隊の立ち位置などは我らには知らされておらぬゆえに、推測でしかないが、他の中隊が参加できたとしても、新兵が大半を占める第一中隊が、斯様な大規模作戦の中核に組み込まれるような栄誉を与えられるとは思えんぞ」

 

 断言するかのような冥夜の言葉を、咀嚼していく。

 

 武にしてみれば、帰還を考慮しない特攻じみた作戦という印象だが、たしかに乾坤一擲の大規模作戦だ。参加するだけでも拍は付く。合衆国側が先陣を担うと言ってきたのも、そういう面も大きい。

 まして作戦の成功率を高めようとするならば、将兵の損耗を考慮したとしても、任官一年目の新兵など選ばれるはずがない。

 

 

 

「そこに私を捩じ込もうとするならば、独断で核を用いたことに対する……そうだな、禊という形になるのではないかと愚考していた」

 

 おそらく核を用いなければ帝国本土の継続的な防衛は不可能だ。参謀本部は当然、政府の方でも理解している人物は居るはずだ。ただ理解できたとしても、自国内での核使用に踏み出せるものは少ないだろう。

 

 冥夜は、禊という言葉を使ったが、それは確かに言いえて妙だ。

 帝国本土での核による防衛は、誰かが負わねばならぬ罪と言える。

 

「核の独断的使用を容認するが、それの責をもって在日国連軍と帝国斯衛双方へ、大規模作戦への参加を要請する。そういう想定だったのではないか?」

「言われてみれば、そうだよな」

 

 「桜花作戦」において、帝国斯衛は参加していない。事前準備が無かったという面もあるが、そもそもが戦力的余剰もなかった。

 

 武が提案した喀什攻略計画は、斯衛からも戦力提供がある前提で考えていたが、斯衛の本分はその名の通りに将軍の守護である。軍としても規模は小さく、提供できる兵力も当然少ない。

 XM3開発に関する取引で一応は参加の要請は取り付けているが、あくまで五摂家当主や斯衛上層部との口約束レベルだ。城内省が正式に認可した話ではない。

 

「たとえ大隊指揮官とはいえ、斑鳩殿や崇宰殿をかの地へと送り込むことなどできようもないだろう? なら私の立場は御旗として都合が良かろう」

「あ~いや。どうなんだ、その辺り?」

 

 XG-70の投入、それも3機を喀什に持ち込めるならば、離脱だけであれば成功の可能性は高い。機体そのものが破壊されたとしても、単独で大気圏外への離脱を可能とする装甲連絡艇もある。

 五摂家頭首かつ戦術機大隊指揮官たる斑鳩崇継や崇宰恭子の二人であれば、現地へ赴こうとするかもしれない。むしろ武が微かに覚えている崇継の性格通りなら、「あ号標的」攻略部隊にまで名乗り出てきてもおかしくない。

 

 

 

 

 

 

「しかしそなた、何を思い悩んでいるのだ? 本州への上陸は阻止でき、核は使われず、九州の防衛は成功裏に終わりつつある」

 

 納得できぬように冥夜があらためて問うてくる。

 

「たしかに少なからぬ犠牲は出ておろう。散って逝った方々も、兵として覚悟を持って臨まれていたはずだ。異国の地にて亡くなられた義勇兵の方々には酷な話ではあるがな」

「いやまあ、単純に数だけで判断するなら、間違いなく防衛は成功してるってことになるんだが……」

 

 防衛作戦は間違いなく成功している。

 先の世界線を知る武やターニャから見れば、今回の九州防衛は想定以上の戦果といっても過言ではない。山陰への突発的上陸はあったものの、本州へのBETA進攻は完全に防いだ。九州北部は被害は大きいものの、それでさえ予想の範疇に収まっている。

 

 

 

「ならば、己が成したことを誇るがよい」

「っていっても、俺がしたことなんて、特にねぇぞ」

 

 作戦の立案は当然ながら、帝国参謀本部だ。第四計画が主導したらしい誘因計画にしても、おそらくはターニャの立案で、武が何か意見具申した結果ではない。

 戦術機衛士としてであればそれなりの戦果を挙げたことは自覚しているが、それもターニャの指揮あってのことだ。

 

「XM3はまだ広く採用されてはおらぬが、XM1は帝国の戦術機ほぼすべてに搭載されている。それだけでも衛士の負担は減ったはずだ。公表はされずとも、それは間違いなくそなたの功績であろう」

「作ったって言っても、計画に許可を出したのは夕呼先生だし、プログラムを組んだのは社だぞ? 俺はこんなのが欲しいって、駄々こねた位だからなぁ」

「最初の概念の提示こそが、重要ではないのか? それにそう言われてしまうと、我ら第一中隊の短いとはいえこれまでの活動も意味が薄まるぞ」

「あ~……悪い、たしかにそうだよな」

 

 本人たちには秘匿されていたが、冥夜たちは207B訓練兵時代からXM3のデータ取りに参加しており、任官後は実質的にはXM3の教導任務に就いているのだ。その成果を否定することは、武にはできない。

 

 

 

「それにだ。XM3に比べうるものではないが、我らにとってはそなたの功績は間違いなく大きい」

「我らって、第一中隊か?」

「いや、元207B訓練分隊だ」

 

 中隊で何かしたかと武が訝しむと、冥夜は訓練兵時代のことだと返す。

 

「そなたがおらねば、我ら元207Bの面々はいまだに訓練兵のまま、いやそれどころか何らかの理由を付けて他へと回されていたやも知れぬ」

「お前らの任官、というか総戦技評価演習で落ちたのは、あれ半分以上は夕呼先生が扱い方を決めかねてただけだぞ」

 

 冥夜たちには言ってはいないが、まりもが207Bの問題に斬り込んでいなかったのは、夕呼の判断を待っていた部分が大きい。夕呼が207Bの面々の使い道を確定していれば、間違いなく207Aと同時に任官できる程度には、まりもが鍛えたはずだ。

 

「榊など、そなたには直接は言っては居らぬのだろうが、感謝の言葉を漏らしておったぞ。彩峰も同様だな」

「俺が来なけりゃ二回目の総戦技評価演習の前倒しもなかったはずだぞ? 時間があれば、榊も彩峰も、自分を見直すことくらいできたさ」

「まったく。そなたは呆れるほどに自己評価が低いな」

 

 冥夜は武に思い知らせるかのように、はっきりと溜息を付いて見せる。

 だが総戦技評価演習に参加もしていない武としては、自身の功績だなどと己惚れることなどできようもない。切っ掛けくらいは作れたかもしれないが、隊を纏めなおしたのは、武以外の者たちの成果だ。

 

 

 

「まあ他の者たちのことを加味せずとも、私個人としてそなたには尽きせぬ感謝を感じている。かのお方とお会いする機会を作ってくれたこと、あらためて礼を言う」

 

「あの時に言っただろ? あれは俺の勝手な贖罪、いや贖えてないから贖罪でもないな」

 

 冥夜への返答の途中から、自嘲じみた呟きになってしまう。

 武が犯した行為は、贖えるとも償えるなどとも考えられるはずもない。

 

 別の世界線でとはいえ、愛したひとだった。

 誰よりも、何よりも大切だと思っていた。

 彼女のためだからこそ、地獄のようなあの終わってしまった世界であっても、戦い続けることができたはずだった。

 

 それが、記憶と感情とを組み替えられたとはいえ、「ただの友人」だと思い込んだままに、その苦悩の一片たりとて気付けず、最期の瞬間を選んでしまった。

 

 ――姉上

 

 先の世界線で聞いた冥夜が呟くように漏らした言葉。おそらくは武にさえ聞かせるつもりなどなかったのであろう、本当に最期の言葉。

 

 消されなかった記憶に染み渡るように残っているそれは、そもそもが武が聞いてよい言葉ではなかったはずだ。死に臨んで、ようやくすべての陰から出ることができた冥夜が、ただの「冥夜」として悠陽にだけ向けた言葉だったのだと思う。

 

 

 

 今横にいる冥夜を悠陽と会わせたのも、懺悔でさえない。武の自己満足なだけの代償行為だ。真耶らに無理を通してもらって、悠陽と冥夜二人だけの幾ばくかの時間を作ることはしたが、それだけだ。立場を崩すことのできぬ二人にとっては、姉妹として語らうことなど、できようはずがないと判っていて踏み込むことを避けのだ。

 

 世界を渡り、相手どころか贖うべき罪さえもないこの地において、武は自分が一歩さえを踏み出せていないと感じてしまう。まして、今の冥夜に「御剣冥夜」としての立場を強要した身としては、赦しなど乞えるはずもない。

 

「そなたにも思うところがあるのだろうが……そなたが罪を犯したと思う相手のお方は、そもそもがそれを罪と考えてない、ということもあるのではないか? 一人悔恨に浸るだけでは解決せぬことではないのか?」

「っ!? って、たしかに、そりゃそうだよな。罰せられたがってるのは、俺だけってワケだ」

 

 冥夜は、闇の奥を見据えるように先へとむけていた視線を、言葉と共にはっきりと武へと戻す。その視線に晒され、武は自分が自責へと沈んでいくことで歪んだ満足感を得ていたことに、気付かされた。

 たしかにあちらの冥夜に因果導体とそれに伴う記憶改編のことを話したとしても、それをもって武が罪を犯したなどとは考えまい。贖罪などと言う言葉が浮かぶ時点で、自分のことしか考えてなかったと、ようやく武は思い至った。

 

 

 

「そしてだ。私が悦ばしく思っていることは確かだ。それは受け入れろ。白銀、感謝するななどと申し出では受け入れん。そして今日は鑑が居らぬから、代わりに私が重ねて言うぞ」

 言葉通りに純夏の代わりということなのだろうか、どこかおどけたかのように指を立てて、冥夜は続ける。

 

「自身を卑下するでない。そなたが成し遂げたことで、救われた者たちが居るのだ。その事実までは否定するな」

「俺は、誰かを救えたの、か?」

「先ほどから言っておるであろう。私や207Bの皆は救われた。新型OSによって救えた衛士も、そしてその周辺の兵らも多かろう」

 

 冥夜は武が救ったと言う。

 だが、武にはそれが実感できていない。

 繰り返された世界での、失い続けてきた記憶が積み重なっているせいか、自分がなにかを救う手助けができたなどと、自覚できないのだった。

 

 

 

「核で自ら護るべき地を焼かねばならぬような、最悪へと至る失敗の可能性はあったのだろう。それに目が行き届いていなかったことも確かなのかもしれぬ。だが、そなたは成し遂げたのだ。誇るがよい、と言いたいところだが、それが難しいようであれば、自身が成したことをまずは認めるところから始めよ」

 

 なにごとも直視しろ、と冥夜が言う。

 

「剣の教えと同じだな。まずは見据えよ、ッてことか」

「ふむ? 言われてみれば確かにそうだな。憶測で目を曇らせるな」

「あ~でも、俺の洞察が足りてないのは、間違いないぞ」

「それこそ今後の課題なのではないか? 以前そなたがこの場で申していたであろう?」

「え? 俺何か言ってたっけ?」

 

 いろいろとこのグラウンドでは話したこともあるが、洞察力の無さについて話したのは、今日が初めてだったと思う。

 

「二つの問題は先送りにする、と申していたであろう? 洞察力に欠ける点も、今は先に送っておけ」

「ははは、そういう話もしてたな」

 

 自身の感情の折り合いと、207Bの隊内の問題は先送りにして時間の解決を任せると、以前に武はこの場で告げたのだ。

 

「なに、そなたが気が付かぬことがあれば、周りの誰がか補うであろう。ふふ、そなたに並べるなどとは己惚れては居らぬが、少しばかりは我らにも背負わせてもらおう」

「まったく。並ぶも何も、最初から俺の方が置いて行かれてるようなもんなんだがな」

 

 冥夜に限らず、207Bの皆は武にとって先達だ。

 それは世界が変わっても、彼女たちから教わったことが武の身の中にある限り、決して変わることは無い。

 

 

 

「ははは、教官補佐殿が何を言うか?」

「って、大事なことを忘れてた」

 

 教官補佐と言われて、大切なことを思い出した。

 そして、次への戒めとして、冥夜に言葉を贈る。

 

「御剣冥夜少尉、初陣と、無事の帰還おめでとう」

 

 

 

 

 

 




よーやく第三部完ッ、です。次から第四部~ですが、年内に上げられるかどうかギリギリビミョー冬コミ準備が結構早く進んでるので何とかなるといいなぁという感じです。

この第三部、けっこう初期のプロットから描きながらいじくっていた部分が大きくて、ざっくり斬り捨てながら進めていたはずなのにこんな長さになってしまいました。ちなみに前回のデグさんの言う「最悪の想定」が実のところ初期プロットでした。

九州防衛には装備不十分な元大陸派遣軍が残されて、第一中隊はそれに巻き込まれて撤退中に部隊分断。第二小隊だけは先に孝之を臨時中隊長として四国防衛に。第一小隊は山口~広島を核地雷で焼きながら遅滞戦闘の殿に。で、それでも時間が稼ぎきれずに、斯衛の京都防衛の目途が立つまで、伊丹駐屯地を仮の宿りとして武庫川を挟んでの最終防衛戦を引く、と。

どー考えてもこれだけ書けば今の倍以上の分量が必要だな~というか、喀什に行くどころか終わりが見えぬ上に、さすがにコレをやるにはオリキャラの投入が要るなーとかあーだこーだとひねくり回していたら、こういう感じに纏めてしまいました。

でで、次回からはちょこっと舞台を変えて~の予定ですが、もしかしたらここまでのキャラ紹介とか改変設定リストとか一度上げるかもしれませんが予定は未定。


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第四章:誓いとともに明日へと
慮外の仕儀 01/12/09


 侮っていた、慢心していた。

 ユウヤ・ブリッジスはいまだ実戦も経ていない身でありながら、自身がいかに増長していたかと、この短時間で嫌というほど思い知らされていた。

 

 小隊単位同士、四機対四機の対人戦演習。相手は第一世代機と、第三世代機とはいえ訓練機の混合小隊相手だ。

 

 こちらも混合小隊ではあったが、実質的に準第三世代機と言えるF-15・ACTVに、紛うことなき第三世代機の不知火・弐型。いまだどちらも開発実証機という扱いだが、開発に携わってきた者の欲目ではなく客観的に見ても、性能面では間違いなく上回っている。

 

 ユウヤは開発衛士、それも首席として不知火・弐型の一番機を駆る身だ。たとえ演習、それも間違いなく格下だったとしても、侮りはしないはずだった。しかし接敵してから僅かな時間で、自身が慢心していたと、心のどこかで相手の機体を旧式機やただの訓練機だと軽視していたと気付かされた。

 

 

 

『クソ、さっきから何なんだよコイツッ!? Type97のクセに斬り返しが速過ぎんだろうがっ!!』

 

 ユウヤが言葉にするよりも、エレメンツを組むタリサ・マナンダルが焦りを含んだ声音で吐き捨てる。

 

 タリサもプロミネンス計画に選ばれるほどに、高い能力を持つ衛士だ。特に高機動近接格闘戦においてはアルゴス小隊に留まらず、衛士として一流以上の者たちが集まるこのユーコン基地において間違いなく上位に位置する技量を持つ。

 それに加えて、以前に唯依の駆る武御雷F型に一刀で斬り捨てられて以来、タリサは自らの近接戦闘能力に磨きをかけるべく、一層の努力を重ねてきた。

 

 だがその自身の能力と、そして完成を目前とした不知火・弐型の機動力をもってしても、訓練機であるはずの吹雪に追随しきれない。

 

 しかもタリサは取り回しの良い65式短刀を両手に二刀構えているのに対し、相手の吹雪は74式長刀を携えているにも拘わらず、だ。本来なら、扱いの難しい74式長刀、加えて狭い市街地という状況下であれば、吹雪の間合いの内へと潜り込むことなど造作もないはずなのだ。

 

 タリサが相手をしている吹雪フェアリー04は、接敵当初はもう少し動きがぎこちなかった。いまユウヤが対応する吹雪から、幾度か牽制のための支援砲撃を受けていた。それが数合打ち合っただけでタリサの癖を見抜いたのか、押してはいないが完全にその猛攻を凌ぎ切っていた。

 

 

 

(これがあのType97だってのかッ!?)

 

 タリサが怒鳴り散らしてくれたおかげで、ユウヤは口にすることを避けられたが、思いは同じだ。

 

 今でこそ主席開発衛士として、弐型の一番機XFJ-01aに搭乗しているが、眼前の吹雪はもともとユウヤが乗っていた機体だ。タリサが対応している吹雪の方は、先日このユーコン基地に搬入されたものだが、二機ともにOS以外はほぼ既存の吹雪のままだ。

 

 外見的な変更は、一見した程度では判らぬほど極僅かだった。

 帝国のほうで先日から採用され始めたという肩部に取り付けたウインチユニットによるスリングと、それに懸架される銃剣が取り付けられた突撃砲くらいである。

 

 これらの改修装備は、随伴する二機の77式撃震も同様だ。

 逆に言えばOS以外、とくに戦術機の機動性に直結する、跳躍ユニットなどの改修は行われていないという。

 

 つまるところ、機体そのものの性能は、ユウヤもよく知るもののはずなのだ。

 

 

 

 いまユウヤが対峙している吹雪は、開発主任たる唯依がドクトリンの異なる合衆国陸軍衛士たるユウヤのために、日本帝国の戦術機特性を理解させることを目的として用意したものだった。

 

 乗った当初は、恐ろしく不安定な、未成熟な機体だと貶していたものだ。ただそれは、日本製戦術機の機体特性を理解しておらず、力ずくで振り回していただけだったと、今なら判っている。

 帝国製戦術機は、その基本思想として高い近接戦闘能力と、それをこなす機動性に重きを置く。不安定だと思っていたのは、その流動性の高さゆえだ。

 

 このところは弐型にのみ搭乗していたとはいえ、吹雪の機体自体の性能はよく把握したつもりだった。そして不知火・弐型のテストを続けていく上で日本の戦術機運用理念も理解し、いまならばあのときのような無様は晒さずに乗りこなしているという自負はあった。

 

 だからこそ理解できてしまう。いま眼前に対峙している機体は、もはやユウヤの知る97式吹雪ではない。

 

 

 

 加えて問題は、機体の性能よりもそれを駆る衛士の腕だ。

 

 ユウヤ・ブリッジスは間違いなく優秀な衛士である。

 これはユウヤの自惚れなどではなく、誰もが認める事実だ。無能がF-22ラプターの開発に携わったのみならず、日米合同であるXFJ計画の首席開発衛士として選出されるはずもない。

 

 衛士としては万能の天才ともいえるが、アメリカ陸軍所属ということもあり、戦術機の運用も乗りこなしも合衆国陸軍式に染まっていた。

 中・遠距離からの砲撃戦を主体とする機動に慣れ親しんでいたものの、不知火・弐型の首席開発衛士に抜擢されてからは、日本帝国が重視する近接格闘戦にも一定以上の技量を身に付けたと自負していた。

 

 だがその自信も、打ち砕かれそうだ。

 眼前の吹雪は、改良型OSという触れ込みによる機体性能の向上を除いたとしても、間違いなくユウヤが思い描く以上の機動を見せつけてくる。つまりは機体を駆る衛士が、ユウヤと同等あるいはそれ以上の腕を持つということだ。

 

 

 

「熱くなるな、チョビっ!! いったん合流し、ってックソがッ!!」

 

 こちらに意識を割かせるために、コールサインのアルゴス2ではなく、嫌がられていると知りつつも自身が付けた綽名で呼びかける。

 しかしユウヤ自身が合流のための機動を取り損ねた。

 

 タリサとの合流を果たそうと眼前の吹雪から距離を取ろうとすると、それを阻止すべく的確に牽制の射撃が降り注ぐ。強引に下がれなくもない程度の射撃密度ではあるが、それをすれば間違いなく少なからぬ被害を被る。

 

 タリサが苛立つのが、自分のことのようによく判る。

 相手は間違いなくこちらを倒せるのに決定打は下さずに、それでいて離脱を許すこともない。体の良い対人戦演習の「標的機」として弄ばれていると言ってもいい。

 

 

 

(さっきからコレの繰り返しかッ!!)

 

 相手小隊の機体を見て、自分らが機動性に優れていることは明らかだった。そのためユウヤたちアルゴス小隊は侮ることなく自らの利点を生かすべく、散会しつつも敵小隊を包囲した。

 

 戦術機には背部の可動兵装担架システムがあるとはいえ、前方への射撃が基本である。四方から包囲されれば、機数が同じとはいえどうしても死角ができるはずだった。相手が一般的な戦術機小隊であれば、包囲に成功した時点で、勝敗は決したも同然だったのだ。

 

 だが実際は、包囲が完成しても敵小隊に対し決定的な打撃を与えられずにいた。今もアルゴス小隊が相手を包囲する形ではあるが、実際は逆に分断されているに等しい。

 

 

 

 包囲されることを逆手に取り、敵小隊は連携の密度を高め、相互に援護可能な距離を維持していた。対するアルゴス小隊は、小隊どころか分隊での連携さえ阻まれ、各自が単独で対処しているに等しい。

 

 本来であれば、機体の機動性をもって距離を取り、あらためて分隊単位に纏まるべきだった。

 問題は、それを許してくれるほどに敵は優しくない。

 

 吹雪や撃震の跳躍ユニットが改修されているとは聞いていない。機動性は間違いなくこちらが上だ。性能面だけで言うならば、全力のバックブーストで正対したままでも距離を取れるはずなのだ。

 

 それが意図して下がろうとすると、出鼻を的確に阻害される。

 撃破を狙った攻撃ではない。あくまで速度が乗る前に気勢を挫くだけだ。無理に下がれば、小破判定くらいは受けてしまいそうな程度に抑えているのが、余計に苛立ちを募らせる。

 

 

 

 それでも射撃は止めることができない。制圧効果のほどは疑問だが、手を休めると相手はすぐさまに格闘距離にまで滑り込んでくる。

 

(この距離だと正直……F-22を相手するよりもキツイな)

 相手が国連軍とはいえ帝国の衛士だということで、ユウヤも右背部には一振りの74式長刀を装備はしているが、それを抜き放つ余裕さえ与えられていない。両腕に持つ二丁の87式突撃砲で牽制しつつ、下がることも進むことも出来ぬ状態に押し込まれていたのだ。

 

 そもそもが、戦術機同士の戦闘において近距離どころかと近接格闘範囲に等しい200m圏に入っていながら、射撃が回避されるというのが異常だった。こちらの射撃のタイミングを完全に読まれているなどと言うオカルトじみた話ではないはずだ。むしろ撃ちやすいように誘導されている、と感じてしまう。

 

 

 

『いつでも墜とせるって、そう言いたいのかよッ!?』

 

 再びタリサが吠えるが、ユウヤもまったくの同意見だ。怒鳴りたくなるのも、よく判る。

 誘うようにタリサが一歩下がったとしても、相手はそれに乗ってこない。逃がしはしないが倒すほどではない、とその剣筋からは読み取れてしまう。ここでタリサを抑えていれば、他の小隊員が勝敗を決してくれると、信じきっているような動きだ。

 

 その信頼は、あながちただの思い込みでもないのだろう。

 分隊の一方をユウヤが相手をしているが、ユウヤ一人ではこちらの吹雪を下すことは困難だった。

 

(名前は聞いてなかったが……フェアリー02、だったか?)

 

 相手の名は知らないし、そんなものには今は意味がない。ただコールサインからすれば小隊副官のはずだ。それだけの技量を持っているのは、明らかだった。新型OSの性能という面もあるのかもしれないが、衛士の技量としてもおそらくは現在のユウヤを凌ぐ。

 

 機体性能に任せて押しとおれるなどという増長は、最初の接敵の際に打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

 

『アルゴス2、できれば少し下がって落ち着きなさい。アルゴス1も、ね』

『ハッ、コイツ相手に下がれるようなッ、そんな余裕が、あるか、よッ!?』

 

 F-15・ACTVの強化された機動力をもって「動くスナイパー」として、状況を最後方から見るステラ・ブレーメルは、自身を含めた周辺を俯瞰できた。

 ただステラの提言を聞き入れるような余裕は、タリサだけでなくユウヤにも存在しない。わずかでも下がろうとすれば、その隙を突かれる。

 

 この演習の想定状況は、廃墟と化した市街地であり、ユウヤのみならず他の小隊員も何れ親しんだものだ。普段ならば倒壊していないビルを遮蔽物として、機体の機動性をもっての後退することなど造作もなかった。

 

 それが無理だと悟らされたのは、120mm APFSDSでビルを貫通させての牽制射を受けた時だ。

 闇雲に放ったものでないのは、頭部側方を掠めるように通り過ぎた射線から見ても明らかだ。直接視認しての射撃ではあり得ない。それでも撃ち抜ける位置取りを知った上での、的確な威嚇だった。

 

 個々の衛士のみならず、相手小隊は小隊長もCP将校も優秀だ。こちらの意図はすぐに見抜かれ、潰されていく。

 

 

 

「アルゴス1よりアルゴス3、4ッ!! なんとか時間は稼いでやるから、そっちをどうにかして崩せッ!!」

『アルゴス1の言うとおりだッ、こっちの吹雪よりかは、F-4の相手の方がラクだろッ!!』

 

 ユウヤの指示とも言えぬ懇願じみた言葉に、タリサも重ねてくる。弱みを見せようとしない彼女にしては珍しいが、それほどに相手の吹雪が手強いらしい。

 

『だから、二人とも落ち着けって』

 ステラだけでなくVGも余裕を取り戻したのか、普段のどこかとぼけた口調で笑って見せている。

 

『あ~アルゴス1。射撃密度をもう少し下げて、ちょっと牽制にだけ集中してみろよ』

「うるせーマカロニッ、こっちの状況が判って、ねぇからッ!!」

 

 返答する間も惜しみつつ、ユウヤは無駄だろうと頭の片隅で認識しつつも、VGの助言に従い、左右共にフルオートでの射撃から右のみでの小刻みなバーストに切り替える。

 

 

 

「……って、本当に舐めてるのか、アイツらは?」

 

 まさか意味があるとは思ってもみなかったが、効果は明白だった。

 ユウヤが撃破を狙った射撃ではなく、牽制のみにとどめた動きに切り替えたと同時に、それに合わせるように敵の吹雪も射撃の精度を落としてきた。

 

 遮蔽に使っているビルの壁面が、ペイント弾によって塗りつぶされていく。一見それとは判らないが、FCSによる自動照準を停止させ、間違いなくわざと外していた。

 

『実直な帝国っぽくないから最初は気が付かなかったが、奴らの狙いは新型OSとやらのお披露目らしいからな。演習自体の勝敗は二の次なんだろうよ』

『そうね。どちらかと言えば、アメリカみたいな振舞ね』

 

 演習中とは思えないような弛緩した声音で、VGが愚痴を零す。あちらの分隊はすでに合流を諦め、今はユウヤに指示したように牽制射のみに徹しているようだ。

 

 

 

「これが、プレゼンテーションだってのか?」

『俺ら衛士向けってわけじゃねぇ……とは思う。上の連中に見せつけるために、接戦を演じてるってところだろう』

「ああ……それで後退しようとすると、執拗に妨害してくるってわけか」

 

 続くVGの説明で、ようやくユウヤも状況を理解した。

 衛士として、相対している機体に積まれた新型OSの性能は、この短い時間で嫌というほどに実感できている。ただ、それはユウヤが衛士だからこそ判るものだ。

 

 中~遠距離での砲撃戦では機動性の向上といった面は見えにくい。CPU交換によるFCS関連の性能向上を知らしめるのであれば、なにも対人演習と言った場を設ける必要性は薄い。

 

 近接格闘戦距離ではっきりと格上と判る機体相手に競り合えてこそ、第三者の目には性能の向上が明確に伝わるのだ。

 

 

 

『初撃で墜としてしまっては、新型OSの性能提示としては意味をなさない。ある程度双方の動きを見せて、その上での勝ちを狙ってるんでしょうね』

『結局は舐められてるってことじゃねぇかよッ!?』

『まあアルゴス2の言うとおりだ。舐められてるのは事実だが、アイツらはそれを成し遂げられるだけの性能と、そして実力もある』

 

 戦場の流れが落ち着いたことで、タリサたちは愚痴まみれではあるが、現状を再確認していく。ユウヤは会話には加わらず、改めて眼前の吹雪の動きを見る。VGの言い分ではないがたしかに性能も実力も高い。

 

 それになによりも、すべての挙動が「早い」のだ。

 

 単純な移動速度で言えば、大型化に伴って機体重量が増大しているとはいえ、それを上回るだけの主機出力を与えられている不知火・弐型の方が、間違いなく速い。吹雪も第三世代機であり、かつ訓練用に不要な装備を外し軽量化されているが、主機出力も抑えられており、脚部走行ならばともかく跳躍移動であれば弐型に追いつけるはずがない。

 

 

 

(改良型……いや新型OS、XM3、だったか?)

 

 先ほどから距離を離せないのは、一つ一つの動作の切り替えしとその選択が、早い。無駄が少ない、と言っても良いだろう。おそらく単純に同じ挙動を弐型と相手の吹雪とに取らせれば、こちらが操り人形のごとくに鈍間に見えるに違いない。

 

 演習相手の概要として改修点であるOS関連に関しては、ユウヤは一応のレクチャーは受けていた。ただ、先行入力・コンボ・キャンセルの三要素をもって、戦術機の機動にある無駄を廃し、新人であっても熟練衛士のごとく動かせる……などと言った眉唾モノとしか言いようのない内容だった。

 

 ユウヤのみならず、アルゴス小隊隊長たるイブラヒム・ドーゥルさえも訝しんだものだ。OSの性能を信じていたのは、事前にXM3搭載機に搭乗していた篁唯依ただ一人だったと言っても良い。

 

 

 

 

 

 

『あら……でも、こちらが意図に気づいたのを察したようね』

『集結はさせてくれねぇが、仕切り直しの余裕はくれるみたいだな』

 

 切り結んでいるタリサとその相手の吹雪は別として、アルゴス小隊は牽制射に留まり、どこか弛緩していた。それを感付かれたようで、相手小隊も勝負を決めにかかってきたようだ。

 

「まあチョビじゃねぇが、舐められたままってのは、ムカつくよな」

『トップガンとしては、勝たねばならないってか?』

「だから、俺はトップガンじゃねぇって。それはともかく、お前らも負けていいなんて考えてんじゃねぇだろ?」

 

 相手の意図が判ったからといって、むざむざとそれに乗るのは、衛士としての矜持に関わる。むしろその舐めた態度を後悔させるべく、できるならば完勝を狙いたくもなる。

 

 

 

『ま、いかなる美女相手と言えど、口説くためにも勝たなきゃな』

『当然負けるつもりはないわよ。でもね、こっちのType77も、そうね……異常よ。F-4なのは外見だけ、と考えを改めなければ、拙いわね』

『ガルムの連中と同じって侮ってると食われそうだよな、実際ッ!!』

 

 ユウヤ達が属するこのユーコン基地における「プロミネンス計画」。

 

 その多くは第二世代機の強化・改良や、第三世代機の開発だが、極一部においては第一世代機の改良を掲げている部隊もある。欧州連合軍所属のガルム実験小隊もそんな珍しい隊の一つであり、第一世代機であるF-5の改良型、トーネードADVの開発試験に従事していた。

 

 そのガルム小隊は、計画の中では正直なところさほど高い評価は受けていない。

 ベースとなるF-5は軽戦術機として高く評価されており、トーネードADVはそこからさらに改修を重ねたものだ。一応は第二世代に順ずるとは言うものの、同じ軽戦術機と言えど第二世代のF-16系列に匹敵するようなものではない。

 

 

 

 ステラとVGが対応する77式撃震は、そのF-5よりも古いF-4を原型機としている。機動性を高めた準第三世代機たるF-15・ACTVならば、容易く倒せるはずだった。

 

『そっちの吹雪と同じだ。速くはねぇ、よな? 言っちゃ悪いが所詮はF-4なんだが……さっきから押し切れねぇ』

『相手の指揮官か、CPの腕かしらね? 嫌なところに誘われてるわよVG?』

『あれほどの美女のお誘いとあれば、乗らなきゃ男が廃るって言いたいところだが、軽くあしらわれるってのも問題だな』

 

 突撃砲を四門装備する強襲掃討、フェアリー03は正直なところさほどの脅威ではないとステラは判断する。この指揮官機が、文字通りに敵小隊の要だ。

 

 変則的な迎撃後衛とでも言うべき小隊長機は、右に短剣付きの87式突撃砲、左に多目的追加装甲。背部の可動兵装担架には74式長刀と87式支援突撃砲とを装備している。その背部の支援突撃砲もただの予備ではなく、ときおり牽制を兼ねて用いてくる。

 

 特にステラはその装備から狙撃を得意とすると判断され警戒されているのか、正確に構えようとすると、支援突撃砲による射撃で幾度もタイミングを崩されていた。

 

 

 

『だけどよ。コンボッつったか? 片割れのほうはその機能に頼り過ぎってところかね。動きが単調だ。次のタイミングで仕掛ける』

『了解。指揮官機01の方は一瞬なら抑えてみせるわ』

 

(あっちはあっちで、あのマカロニ野郎が女相手にしながら軽口が少ないってくらいには、マズい相手だってことか)

 

 小隊としての連携を完全に崩されているのも問題だが、衛士として個々の技量もアルゴス小隊に匹敵、あるいは上回っている。

 だからといって穴が無いわけでもなかった。

 

 ステラもVGと同じ結論に至ったようだ。崩すならば一番弱いところからだ。

 強襲掃討装備のフェアリー03は先ほどからビルの影から一歩踏み出してはすぐさま隠れると言った、自機の安全を優先した制圧射撃に徹している。その動きは一定のパターンの繰り返しだった。

 それ故に行動も読みやすい。

 

『BETA相手なら十分以上に便利そうな機能だが、残念ながら対人類戦じゃあ……』

『新人を熟練衛士に匹敵させるってのも、あながちただの謳い文句ってわけでもなかったわね』

 

 BETAの数は脅威だが、その行動形体は人類に比較すると驚くほどに単純だ。新人であってもいくつかのパターンを的確に再現できるとなれば、中隊規模での防衛戦などで効果を発揮することだろう。

 

 

 

『んじゃ、仕掛ける。タイミングは合わせてくれよ、トップガン?』

「うるせーッ、そっちこそ出遅れんじゃねぇぞ、マカロニッ!!」

 

 目標と定めた03が遮蔽に使っていたビルから踏み出す直前に、それまでに距離を取っての砲撃から一転、VGがそのF-15・ACTVを二機の撃震の前に晒し、必殺を期すべく攻撃を仕掛ける。

 

 だが図ったような瞬間は、敵もまたそうであった。

 

『ッ!? 嵌めらたれかッ!!』

『骨は拾ってあげるわ、行きなさいッ!』

 

 一定のリズムでステラへの牽制射を続けていたフェアリー03が、脚を踏み出そうとした直後、踏み込まずいきなり後ろに下がった。動き出した上半身の慣性を殺すため、腰から下すべてで屈むようにバランスをとり、踏み込んだ右脚を逆に前ではなく後ろに押し戻す。

 

 人間ならごく当たり前に出来る行動だ。

 それが戦術機であれば困難どころか、下手をするとそのまま転倒しかねない挙動である。いや困難だったのだ。

 

 それに合わせ、VGとステラからの03への攻撃を防ぐために、指揮官機が半身に追加装甲を構え、前に出てくる。

 

 

 

「止まるなよ、マカロニッ!!」

 

 VGが誘われたのは、間違いない。

 それでも今ならば、タリサが対応しているフェアリー04を除き、敵小隊の3機は比較的固まっている。当初目論んでいた包囲殲滅が可能だと、アルゴス小隊の全員が確信した。

 VGだけでなく、ステラも強引なまでに二機の撃震を狙い撃てる位置へと機体を進める。

 

 今までの繰り返しでは当てられないとは思いつつも、眼前のフェアリー02へは左の突撃砲だけで牽制しつつ、右は03へと狙いを定めた。あとわずかでも前に出てしまえば、ユウヤの位置からでも背面を晒している03への有効射を狙うことができる。

 

 スロットルを押し上げ、機体性能に任せた突撃を選ぶ。

 一瞬、02と銃口が触れ合いそうな距離にまで接敵するが、02は左の跳躍ユニットだけを使い、大きく弧を描くようにユウヤの右方に回避する。

 

(ハッ、ここにきても安全策かよッ!!)

 

 先ほどまで繰り返されてきた機動に似た、消極的な動き。

 フェアリー02の衛士としての腕は評価するが、その消極性には嫌悪さえ感じる。これほどの技量があれば、あと一歩押し込むだけで、ユウヤは間違いなく墜とされていたのだ。

 

 苛立ちに任せて前方の03へ向けていた右の突撃砲を02に向けそうにもなるが、まずは敵戦力の削減を優先すべく、あらためて二門の突撃砲を前へ揃える。

 

 

 

 悪あがきなのか、02からは対レーザースモークが射出され視界が防がれるが、すでに目標は定まっている。狙うべき03まではもはや2ブロック程度の距離だ。目視はできないもののロックオンも完了している。スモークに突入しつつ、そのままに突撃砲を放つ。

 

 02は機体を半身に開き、通り過ぎスモークの中に入ったユウヤ機に向かって斉射が加えられたが、その不安定な姿勢からの射撃は、弐型にはかすりもしなかった。

 

「……は?」

 

 ユウヤとしては外すような距離ではない。

 勝ったと思った瞬間に、しかし機体損傷の警告音が響き渡る。直後に撃破判定を受け、機体制御がユウヤの手を離れた。

 

『……え?』

『おいおい……』

 

 大破判定を受けたユウヤだけでなく、ステラとVGも呆けたような声を重ねる。

 

『アルゴス3、胸部コクピットブロック大破、撃墜です』

『フェアリー03、左腕破損、中破』

『アルゴス1、腰部および左跳躍ユニット大破、左脚部中破。撃墜です』

 

 アルゴス小隊の三人のCP将校から状況報告がなされても、事態を理解しきれない。

 自動制御のままにスモークから抜け出し、目視にて状況を確認してもまだ納得できなかった。

 

 目標の03は、人体ならば不可能な角度で両腕を後ろに回し、可動兵装担架システムに積まれた物と合わせ、四門の突撃砲を背面のユウヤに正確に向けていた。そこから撃ち出された36mmが、ユウヤの弐型をペイント弾で染め上げたのはまだ判る。

 

 ユウヤが放った弾丸はフェアリー03を中破に追いやっていたが、なぜかそれよりも先にVGのF-15・ACTVが堕ちていたのだ。

 

 

 

「……ははっ、ありえねぇだろ? アイツら後ろに目が付いてるってレベルじゃねぇぞ……」

『02と03とが、瞬時に攻撃対象だった俺とユウヤとをスイッチさせたってことか。スモークはそのための目眩ましってか、それ以前から完全に仕込まれてたな、コレは』

 

 VGの機体はその上半身、特に胸部前面にペイント弾を浴びせられていた。が、それはVGが撃破を狙ったフェアリー03からの攻撃によるものではなく、02からの砲撃の結果だった。

 

 ユウヤは02の攻撃が自身への牽制だと思い、機体に回避行動をとらせつつも03を狙った。それは過たず03の左腕を打ち砕いていた。そこまで成功していたのだから、普通ならばたとえユウヤが墜とされても、タイミング的にはVGが押しきれたはずだった。

 ただ02の狙いはユウヤではなく、吹雪が放った突撃砲の砲弾はすべてVGの機体に吸い込まれるように命中していた。

 

 VGとともに呆けたように言葉を漏らし、ユウヤとVGが敵小隊3機を中心にして一直線に並ぶように誘導されていたのだと、ようやく理解が追いついた。

 

 

 

 ステラとタリサの二人はまだ残っていたが、それもすぐに堕ちる。

 わずかな時間の後、アルゴス小隊全機大破をもって演習は終了した。

 

 

 

 

 

 




遅くなりましたが第四部開始です。

よーやくTEというかユーコンでアルゴス小隊の皆様方出せました。最初、普通にタケルちゃん視点かな~とも思いましたが、せっかくなので視点変更。
あと第四部開始に合わせて字数を5000字くらいに戻して更新速度上げようとか考えてもいましたが、結局こんな感じに。

で、さらっと流してますが、この作中においてはいまだ不知火・弐型Phase2は完成してません。その辺りはまた後程。


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傍証の弁別

 対人演習が終了し、武たちはハンガーに戻ってきた。

 出撃した時期がズレていたために気が付かなかったが、演習相手だったアルゴス小隊も同じハンガーに入っていくところを見るに、本来は彼らが専用として使っている施設のようだ。

 

「ぅおっ、やっぱ寒ぃな」

 

 吹雪を指定されたガントリーに固定し、コクピットを解放すると、一気に冷える。

 ハンガーの中だが、全高20m近い戦術機が出入りする施設だ。直接的な風雨は凌げるものの、気温としては外とさほど変わりはない。なによりも冬のユーコンの寒さは、日本よりもはるかに厳しい。

 

 衛士強化装備は気密装甲兜を付ければ簡易宇宙服として使用できるだけのことはあり、耐寒性にも優れる。

 ただ基本的に頭部は露出したままなので、耳元から首筋が特に寒い。それに火照った身体を一気に冷やすのは避けたい。ガントリーの端に放り出したままになっていた国連軍BDUの上着に袖を通し、襟を立てる。

 

 

 

(さて、と……どうしたもんかね)

 

 これが白陵基地とは言わずとも帝国本土の基地ならばすぐさまに機付長に帰還を報告するところだ。が、ここは同じ国連軍ではあるが合衆国とソビエト領との境にあるユーコン基地だ。在日国連軍、というかA-01と同じように動いて良いものかどうかさえ分からない。

 

 しかし武が悩む時間はさほどもなかった。武からなにか指示をするまでもなく、整備の者たちは手慣れた様子で機体の各部チェックに入っていく。元々がアルゴス小隊からの借り物の機体なので、下手に口を出すよりかはこの場にいる整備班に丸投げしておく方が良いかと、武は投げ槍ともいえる判断を下した。

 

 それに直属の上司であり中隊長たるまりもに確認しようにも、彼女はアルゴス小隊の指揮官への連絡のため、先にハンガーを出ている。CP将校としてターニャも来ているものの、機体を降りてしまっては、連絡の手段も思いつかない。

 

 

 

 武がそんな風に次の行動に迷っていると、続けてハンガーに入ってきた機体から、冥夜と純夏とが降りてくる。似たような状態なのだろう、純夏は大仰に体を震わし、冥夜はわずかに眉を顰めた後に、二人ともにBDUを手にして素早く羽織った。

 

 演習とはいえ激しい機動を繰り返していたため、コクピット内の空調は抑えてはいた。それでもアラスカの外気に比べれば、はるかに暖かかった。日本から出た体験の無い二人には、ここの気候は少しばかり厳しいのかもしれない

 

 

 

「よぉ、おつかれさん。二人とも初の対人演習だったが、問題はなかったか?」

 普段の訓練後よりも少しばかり上気した顔だったので、慣れぬ教練の影響かそれとも気候の違いかと、武は珍しく気遣ってみせる。

 

 体調管理は軍人にとって何よりも重要だ。

 そして初陣を果たし「死の八分」を乗り越えたといえど、二人はいまだ新兵だ。対して武には他世界のことで明確な記憶ではないが、なにかと経験がある。中隊全員へ気を配ることは無理だが、同じ小隊の二人くらいならば意識する程度の余裕はあった。

 

「ふむ。最初は戸惑いはしたが、得るものも多かったと感じてはいる。帝国の衛士教練に対人演習の比率が高いことも、なるほど頷ける話だ」

 

 冥夜は幼少からの鍛錬の積み重ね、あるいは武家としての生い立ちゆえか、もともと他者と鎬を削ることへの抵抗が少ない。対人演習というものへの忌避感も薄く、むしろ先達と戦うことで技術を高めることに、高揚しているように見える。

 

 

 

「そんなことよりもタケルちゃんどーしよーっ? アメリカだよ、英語だよー」

「いや、鑑よ。そんなことって、お前なぁ……」

「むー……だって、対人演習って言っても、いつも通りに神宮司隊長の指揮に従ってただけだよ?」

 

 対して純夏の方は、環境の変化に戸惑っていたようだ。ただ、出てきた言葉に武としても脱力するしかない。

 

「国連軍衛士が英語できなくてどうするんだよ、まったく。日常会話とは言わないが、命令くらいは聞き取れるようにしておけよ」

 使えて当然と偉ぶっては見せるが、武も簡易な軍用会話ならともかく、XM3の技術的説明などは無理だ。解説などは同行してくれる技術関連の英語に堪能な整備班の者たちに任せる場面が増えそうだった。

 

「あ、でも。ユーコンって、今の季節だとオーロラ見れるのかな? オーロラのお土産ってなんだろ、霞ちゃんにお土産買ってくるって約束したんだけどなー」

「だから、な? 鑑、俺らは観光に来たわけじゃないぞ?」

「って、楽しみじゃないの? 海外だよ海外っ!? それもアメリカだよっ!?」

「時間があれば天然物の牛か鮭が食えるかもしれんというのは楽しみにしたいところだが、そもそも予定がどうなってるのかさえ詳細を聞かされてねぇからなぁ……」

 

 たとえどれほどに世界が変わろうとも、純夏の話があちこちに飛ぶのは、もうそういうものだと身に沁みている。

 呆れたような口調をわざと作りはしたものの、純夏のこの変わりの無さは助かる。冥夜も苦笑しているが、その普段通りの純夏の様子に、演習後の緊張を解すことができたようだ。

 

 

 

「それはともかく、だ。直近の問題としては、だ……俺らどこに行きゃいいのか知ってるか?」

「む? 副長のそなたが聞いているのではなかったのか?」

「演習の後だから、どこかに報告行かなきゃだよね?」

 

 武の疑問に対し、冥夜は当然のことのように、問い返してくる。純夏もすべきことは判っているが、場所は知らないようだ。

 

 小隊長であるまりもは、アルゴス小隊隊長との打ち合わせがあるということで、一人先に行った。残った三人は階級的には皆少尉で同格ではあるが、武には副長として指揮権がある。

 なによりも訓練分隊時代から、まりもが居ない時は武が指揮を執る体制が出来上がっている。もはや当然のこととして、二人は武の指示を待っていた。

 

 普段であれば帰投後は、ただちに集合する。ただ今回は見知らぬ基地、それも着任早々ということもあるのか、デブリーフィングの予定時間までまだ間がある。

 

「神宮司隊長から、分隊員の鑑なら詳しい場所を聞いているかとも期待したが……まあ、知ってる奴らに聞くのが一番だな」

 

 武にはまりもから集合場所も伝えられてはいたものの、武だけでなく第一小隊の皆にとっても初めての施設だ。迷わずに時間内に辿り着けるかと言えば、自信がない。

 

 少し奥に固まっている四人の衛士、おそらくは先ほどの対戦相手だったアルゴス小隊のメンバーだろうと当たりを付けて、声を掛けるために歩き出した。

 

 

 

 

 

 

(男女二人ずつ、北欧系っぽいのと南欧系っぽいのに、アジア系が二人、か。日米共同ってことだが、アメリカ絡みの多民族構成か?)

 

 アジア系の少女以外は20歳以上に見えるが、武はそもそもその辺りの観察眼に欠ける。アジア系以外は皆年上に見えているだけかもしれない。

 

「アルゴス小隊の皆さまですね? フェアリー小隊の副長を務める、白銀武少尉であります」

 

 四人のうち一人、アジア系らしい青年が後ろでくすぶっているが、それは意識から一度切り離し、武は背を伸ばし、普段以上に丁寧に敬礼する。慣れぬ部隊名、それも英語での名乗りと会って少々緊張していたが、それもあってちょうどいい程度に格式は保てたはずだ。

 

 武たちはA-01第一大隊第一中隊だが、A-01は第四計画、それも夕呼直属の非公式実働部隊だ。第一中隊に限ってはXM3発表のデモ部隊として例外的に公表されているが、それでもわざわざ正式部隊名を伝える必要はない。

 またユーコン基地の慣習として、開発小隊はそのコールサインをもって呼称されることもあり、第一小隊はフェアリー小隊として扱われる予定だった。

 

「フェアリー04、御剣冥夜国連軍少尉であります」

「え? あっ、と。フェアリー03、鑑純夏少尉であります」

 続いて冥夜と純夏も名乗る。さすがに純夏もその程度の英語は話せたようだ。

 

 

 

「日本人ってのは、みんなそう堅っくるしいのか? 階級にしてもこっちも同じ少尉だ。楽に行こうぜ、お嬢様方」

 

 ラテン系らしい黒髪を伸ばした長身の男が、武たち三人に崩した答礼で返す。軽くウインクしながら大げさなまでに手を広げてくる。

 武としては歓迎すべきタイプだが、純夏はともかく、冥夜には慣れぬ類の人物だろう。顔には出していないが、ごくわずかに体勢を引いたことで、警戒を高めたのが判る。

 

「崩していいなら、そっちの方が助かる。俺も堅っくるしいのは苦手なんだ。あらためて、白銀武だ。さっきは借りた吹雪に乗ってた」

「俺はアルゴス3、ヴァレリオ・ジアコーザ少尉。所属はイタリア共和国陸軍だ。VGで良いさ」

 

 イタリア男子の女性には優しくの精神なのだろうが、冥夜に相手をさせるわけにもいかない。

 武は気持ち身体をずらしつつ割り込むように言葉を挟んだが、VGは対人での距離感の測り方が上手なのだろう、あっさりと話し相手を武に切り替えてくる。なにより武とはどこかノリは近いのか、話しやすい。

 

 

 

「アルゴス2、ネパールのタリサ・アマンダル少尉。セカンドの二号機……っても判んねぇよな、青の方だ」

「アルゴス4、スウェーデン王国軍陸軍のステラ・ブレーメル少尉よ」

 

 男二人があっさりと打ち解けた風を装うのを見て、アルゴス小隊の女性二人も続けて名乗る。ただ純夏はコールサインくらいは判ったようだが、所属などはあまり聞き取れていないようだ。愛想笑いで誤魔化しているのが、あからさまだった。

 

「あ~悪い、コイツ英語ダメなんだ。多分名前も判ってねぇかもしれん」

「英語ダメって、お前ら国連軍だろ」

 

 武の言葉に、タリサが呆れたかのような顔をするが、今までは日本語で問題が無かったのだ。必要にはなるだろうとは思ってはいたが、衛士訓練の詰め込み具合にかまけて、どうしても言語教育などは後回しにしていた。

 

 

 

「あくまで、『在日』国連軍、な」

「む、そう言われてみれば、確かに白陵基地では日本語が主言語ではあったな」

 

 冥夜も今更ながらに気が付いたように言葉を漏らす。

 訓練兵時代も、そして任官して以降も、部隊関係者はCP将校を除き皆日本人だ。A-01に限らず国連基地にあっても第四計画に関わる人材は、防諜に関する部分でもあり、ほぼ日本人で占められている。

 

 ただ純夏以外の第一小隊の者は、このアラスカ基地に着いた時から、部隊外への会話は英語に切り替えている。先の演習においてはCP将校を請け負っていたターニャも含め、日本語を用いていたが、それが例外と言えた。

 

「タケルちゃんが何言ってるのかよく判んないけど、バカにされたのだけはなんとなく判った」

「だから日常会話くらいの英語は自主訓練で身に付けとけって、訓練校時代に散々言われてただろうが」

「ふふっ、安心するがよい。鑑であれば、明日には皆が何を話しているかくらいであれば、英語も身に付けておろう」

 

 軽く笑って見せるものの、冥夜にしても気を張って集中してなんとか意味を追いかけられる程度だ。武だけでなくVGもタリサも母国語ではないこともあり、かなり崩れた英語を使っている。実のところ口を挟む余裕はさほどない。

 

 

 

「まあコイツの英会話能力はこっちで何とかする。が……で、あっちで黄昏てんのは?」

「……俺はこの半年ほど、いったい何をしていたのだろうな」

 

 武の疑問に答えたわけでもないが、アジア系の武たちよりも少しばかり年長に見える黒髪の青年が、自嘲するかのようにそんな言葉を漏らす。言葉は口にしているものの、意識はこちらに向いていない。おそらくは自身の搭乗機なのだろう、白の不知火・弐型をぼんやりと眺めたままだ。

 

「なにやら、いつぞやの篁中尉殿に似ておらぬか?」

「御剣もそう思うか? コールサインの残りから言って、たぶんアイツがアルゴス1……つまりは主席開発衛士なんだろうけど。日本人か?」

 

 アルゴス小隊の皆に聞かせる話でもないので、少し小声の日本語で冥夜と話す。どこか呆然とした表情は、XM3をシミュレーションで体験した直後の唯依によく似ていた。

 

 

 

「おい、ユウヤッ! 落ち込むのは後にしろよッ!!」

「あ……悪い、アルゴス1、ユウヤ・ブリッジス少尉。合衆国陸軍所属だ」

 

 呆れたかのようなタリサの叫びに、ユウヤと呼ばれた男はようやくこちらに顔を向け、名乗る。ただ名乗りはしたものの、まだ何か思い悩んでいるのか、とくに言葉は続けずに不知火・弐型へと視線が戻る。

 

(合衆国陸軍? ユウヤ……勇也か、祐弥か? 名前からしても日系ではあるんだろうが、主席開発衛士がアメリカ人ってのは、政治的介入ッてところか)

 

 ユウヤがぼんやりしたままのお陰で、武も気兼ねせずに相手を観察できた。いまは演習で完敗したショックからか気迫には欠けるが、引き締まった身体からユウヤが衛士として常日頃から鍛え上げていることがよく判る。

 

「ま、こうなったらユウヤのメンテは、相方に任せるしかねぇな」

 VGが処置無しとでも言いたいのか、大げさに肩をすくめる。

 武や冥夜が、主席開発衛士としてのユウヤ・ブリッジスを見定めようとしているのは、VGも判っているのだろう。その上で気にするなとでもいうように笑ってみせる。ユウヤの衛士としての力量は間違いないと、そう誇るかのような笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

「んで、なんでわざわざこんな寒いところで声かけてきたんだ? 今からデブリーフィングで、どうせそっちで顔合わせの予定だったろ?」

 ユウヤの話はいったん終わりとこちらも言いたげに、タリサが不思議そうに尋ねてくる。たしかにこの後の予定を考えれば、ハンガーの片隅で顔合わせなど無駄に思えたのもたしかだろう。

 

「悪い、ウチの小隊長殿が別件で先に行っちまってるってのもあって、な。道案内を頼みつつの、雑談ってところだ」

「道案内って……ハンガーからブリーフィングルームまでで迷うような衛士はいねぇって言いたいところだが……」

「たしかにこのユーコン基地はバカみてぇに広いからな。慣れないうちは迷ってもおかしくはないか」

 

 ユーコン基地は東西250km、南北150km程度だ。東京どころか、山梨から千葉まで含むような広さである。土地に余裕があるために、各施設も相応に大きく、広い。タリサもVGも迷った経験でもあるのか、武の言葉を受け入れる。

 

 

 

「案内は任せて貰うが、それはそれとして、だ。どうせなにか本題があるんだろ?」

 ただやはり道案内だけでは納得できなかったようで、重ねてタリサが聞いてくる。

 

「XM3に関しての率直な意見が欲しいってところだ」

 隠すことでもないので、あっさりと武は答えた。

 

 夕呼からもターニャからも、武たちがこのユーコンに文字通りに飛ばされたことの目的はまだ聞かされてはいない。だが到着直後に荷物を解く暇さえ与えられずに対人演習に向かわされたのだ。第一中隊の結成目的からしても、XM3関連の任務であろうことは予測できる。

 

「この後の合同デブリーフィングで、嫌というほど話題になるはずだぜ?」

「いや、衛士としての直感的な感想、ぶっちゃけ雑談程度の話を今のうちに聞いておきたいと思ってな」

 

 当然、正式な報告としては後で貰うことになる。

 それは別として、開発衛士に選ばれるような人材からの、ナマの意見を聞く機会を逃すのは惜しいと武は思う。

 

 

 

「醜態晒しておきながらなんだが、これでも開発衛士だぜ? 上官がいようが媚びるような事は言わねぇよ」

「ウチの部隊長を前にしたくらいで、アンタたちアルゴス小隊が委縮するとは思ってねぇよ」

「ハッ、そりゃどうも」

 

 タリサが侮辱してるのかと睨みつけてくるので、武は即座に言葉を続ける。

 どうしても身長差から、タリサが下から武を睨み上げてくるような形になるが、ターニャに比べれば、かわいらしいものである。すくなくとも即座に殺されるような気配はない。

 

「まあ、だけど、だな。せっかくだから多分に言いにくいし聞きたくないことを言ってやりますか」

「お、おう? 何でも来いやッ」

 

 

 

「……なんかいきなり仲良いなお前ら」

 歩き出して少しは持ち直したのか、ユウヤがどこか呆れたかのように声を漏らした。

 

「そりゃあ、ユウヤみたいに来た早々しかめっ面してるヤツならともかく、タケルはからかい甲斐があるからだろう?」

「おいおい、俺はオモチャじゃねーぞ?」

「いやいや。しかめっ面のユウヤに比べれば、タケルはオモチャにちょうど良い反応だぜ?」

「勘弁してくれよ……」

 

 タリサだけでなくVGも軽く絡んでくる。

 二人ともに武で遊んでいるように見せてはいるが、聞き役に徹している冥夜や、言葉が判らぬ純夏のことも気遣ってくれているのだ。

 

 

 

「と、XM3で気になったというよりは、だな。アタシよりもVGかステラの方が感じてたんじゃねぇのか?」

「そこで私に振るの? まあ良いわ」

 

 ステラは印象通りに物静かに後ろを着いてきていたが、タリサの無茶をさらりと受け入れ、所感を述べはじめた。

 

「先の模擬演習の結果は、XM3による戦術機の機能性向上によるものだとは断言しきれない……ってところかしら」

「勘違いしないでくれよ、タケル。これはなにも負けた腹いせって話じゃない」

 

 後ろを歩くステラを振り返った武だが、その顔に疑問がはっきりと出ていたのだろう。ステラの言葉をVGが補足する。

 

 

 

「あ~そっちの話し判ってなさそうな、カガミだったっけか? ソイツ以外の腕が良過ぎて、XM3がスゲェのかどうか、判断しきれねぇんだよ」

「衛士としての腕って言ってもな。神宮司隊長はともかく、俺たち三人に比べれば間違いなくお前らの方が上だぞ?」

 

 タリサの説明を聞いても、武はいまいち要領を得ない。口にした通りにまりもは別格として、武はユウヤに、冥夜はタリサに、衛士としての技量が及んでいないと感じていた。

 

「腕の差に関しては言いたいことは山ほどあるが、だ」

「そうね、まずはそのジングウジ?隊長? その方かCP将校かどちらかは知らないけど、作戦指揮の時点で私たちの負けよ。そもそも、ね? 脚の遅いF-4系列が居るから簡単に包囲できて当然だって思いこまさせた挙句、各個撃破の的になるなんて、ね?」

 

 アルゴス小隊が最初に包囲陣を敷こうとすることからすでに、作戦に嵌められていた、とステラは分析する。

 

 

 

 武たちは吹雪と撃震。アルゴス小隊のほうはF-15ACTVと不知火・弐型だ。

 

 機動性の強化に主眼を置いたF-15ACTVは、イーグルの名を残すものの実質的には第三世代機相当である。

 吹雪はたしかに第三世代機ではあるものの、あくまで練習機であり、主機出力は低い。練習機ゆえの機体の軽さ故に推重比で言えばそれなりではあるものの、F-15ACTVに比してそれほどの優位性は無い。

 

 アルゴス小隊が、機動力を持って優位な地形に押し込めるように包囲し、その上での集中砲撃によって殲滅を図ったのも、双方の機体性能差をよく知るからこそだ。

 

「だよなー下手に欲張らずに、真正面からの砲撃戦とかの方がまだ勝ち筋が残ったかも?」

「それだとタリサ、あなたが多分最初に墜とされてたでしょうね」

「ハッ、突っ込みすぎるっていう話なら、ユウヤの方だろ?」

 

 ステラに言われずとも、下手に砲撃戦が続けば焦れて突撃しかねないのは、タリサも自覚していた。そして以前に唯依に打ち負かされて以来、ユウヤが近接戦を指向していることも分隊員としてよく判っていた。

 

「つまりは、単純な同規模遭遇戦だったはずが、誘いこまれる形での部隊分断と、個別対処の状況を作り上げられていたのよ。前提がこう変えられてしまえば、単純に機体性能差を明らかにできたとは言い難いわね」

 

 

 

「で、そのあとは、アレだ。そちらのお姫さんの長刀を用いた近接戦闘能力が、唯依姫と同等、あるいはそれ以上ってのは、横目で見てても判っちまう」

「唯依姫?」

「あ~篁中尉の、俺らん中での渾名みたいのモンだ。え~っと武家?だったか、そっちの国での貴族のお姫様みたいなモンなんだろ?」

「え、あ~そう、なる……のか?」

 

 姫と言われて一瞬誰を指しているのかが判らなかったが、唯依もたしかにそう呼ばれる雰囲気はある。そして冥夜と唯依の長刀を用いた近接戦闘能力の高さは、武もよく知っていた。

 

「で、止めがお前だ、タケル」

「俺の場合はXM3を開発当初から使ってるから慣れてるだけ……って言ってもダメか?」

 

 時間を稼げというのはターニャからの指示だったが、実のところユウヤの攻勢を躱し流すのが精一杯だったと、自分では判断している。圧し潰せるほどの余裕などなかったのだ。

 旧OSの不知火相手であれば余裕だろうと侮っていたと、武は正直に思う。

 

「まったく、そなたのその自己評価の低さは、相変わらずだな」

 横を歩く冥夜が大きく溜息を付きながら言う。アルゴス小隊の四人も、その言葉に大きく同意していた。

 

 

 

「ってかよ? XM3って帝国の方じゃ、もう実機にも採用されてんだろ? ユーコンに持ってきて運用試験って段階じゃねえのは、さっきの演習で嫌ってほど判ったし」

「短い時間だったがいろいろと見せてもらったからな。問題はなさそうどころか完成してるって感じだったよな」

 

 タリサの言葉にVGも続く。それは開発衛士としての判断だ。ユウヤもステラも言葉にはしていないが、XM3の完成度に関しては疑問はなさそうだ。彼らから見ても、XM3をいまさらプロミネンス計画に組み込む意味が分からない。

 

「ふむ? 任務内容に関しては、私も詳細は伝えられてはいないが……言われてみれば、我らがこのユーコン基地にまで来てなすべきことは何であろうな?」

 冥夜も、情報規制に関しては十二分に理解してはいるが、それでも疑問には思ったのだろう。ただ武が口にしないのならば知らぬままで良い、とそういう態度ではある。

 

 

 

「俺たちの任務、ねぇ……」

 

 XM3の公表や、その後の売り込みなどだけであれば、武たちでなくともよい。なにもこれほど急な日程で第一小隊をユーコンに送り込んだ意味があるはずだ。

 

 夕呼がこのユーコンを重視していないのは武も聞いていた。ここに送られてきたのは、ターニャの意向である。そしてその目的に関しては、伝えられていない。なによりもターニャ自身がこの基地に来た目的もあるに違いない。

 喀什攻略へと向けた短期的な計画と、その後を見据えて動いているのだろう。

 

(ターニャ・デグレチャフが思い描く『BETA大戦後の世界』……か)

 

 以前に夕呼から告げられた言葉を思い出す。

 同じループ経験者とはいっても、武にはターニャの意図が理解できているわけでもない。それでも何も知らぬままに、先の問題を想像せずに言いなりになっていては、取り返しのつかぬ事態に巻き込まれる可能性が高い。

 

 九州防衛戦で核を用いずに済んだのは、武ではなく他の帝国将兵らの努力の賜物だ。次もそのような幸運に恵まれるなどとは楽観できるはずもない。

 

 

 

「実のところ……俺も知らんし、よく判らんッ!!」

 

 とりあえずは、おどけるようにそう叫んでみせる。

 

 今はターニャの意図が読み取れないいうのは、それはそれで間違いない事実なのだ。知らぬものは知らぬ、判らぬものは判らぬと受け入れて、その上で自分が為すべきこと、できることを考え続けるしかないと、あらためて武は固く誓った。

 

 

 

 

 

 




遅くなりました、ニューヨークに戻るためにワシントンを駆けずり回っていたり、STAR-15とM4A1のMOD3化の勢いでハチの巣回っていたりで、気が付くと二月も半ば。

んで、外から見るとXM3がすごいのは確かだけど、タケルちゃんとまりもちゃんが規格外過ぎてそもそもデモ部隊としてどーなのよコレ、という感じです。というかまりもちゃんXM3撃震で不知火相手できてしまうので、前回の対戦カードはヘンにズラしていてたり……


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掲題の顕示

 アルゴス小隊との対人演習、その後のデブリーフィングは何事もなく終了した。

 武たちフェアリー小隊からターニャとまりもとを加えた五人が、アルゴス小隊からは小隊長たるイブラヒム・ドーゥル中尉とCP将校ら他メンバーが正式に紹介されたくらいだ。

 

(衛士ではあるが、機体には搭乗しない小隊長に加え開発主任、その上にCP将校が三人か。整備にしてもそうだったけど、試験小隊って名目のわりに下手な中隊よりも人員が揃ってるな)

 

 自分たちの小隊に比べれば倍以上だ。過剰とも思えたが、実のところXM3開発にどれほどの人員が関わっていたのか武は知らないため、戦術機開発とはこう言うものなのかと妙なところで感心した。

 

 そしてアルゴス小隊隊長のイブラヒムのXM3に対する所感は、他の小隊員たちとの雑談同様だった。間違いなく有用ではあるが、先の対人演習だけではこのユーコンでは正当に評価されない可能性が高い、ということだ。

 トルコ共和国陸軍に所属しヨーロッパ戦線でいくつかの戦績を築き上げた衛士としてだけでなく、開発小隊隊長としてのイブラヒムの言葉は、武たちに他国の小隊へXM3を伝える問題をあらためて意識させることになった。

 

 

 

(あと気にかかったのは、事務次官補を見た時のアイツらの様子か)

 

 武はまりもの横に並び前を歩くターニャの後姿を眺めながら、CP将校のティクレティウス少尉として名乗ったターニャに対しての、アルゴスの衛士たちの反応を思い返す。

 タリサは軽く顔をしかめ、VGとステラは興味深げに、そしてユウヤは明らかに驚愕していた。ロシア系への反発や、幼い見た目に対しての驚きだけではない。ターニャに似た別の誰かを知っているからこその動揺だった。

 

 以前、ターニャがその金の髪を僅かに青味がかった銀に変えた時、偽装の一環だと冗談のように語っていた。つまりは偽装を見せる相手がいる、ということだったのだろう。

 

(さっきの話だとアイツらの出自はバラバラだから、この基地に来てからESP発現体を見かけたってことだよな。第三計画の生き残りでも居るのか? それにしてもタリサはえらく嫌がってたようではあるが……)

 

 ユーコン基地はその北半分ほどがソビエトに対して合衆国から租借された土地にあるために、国連軍基地ではあるがソビエト軍将校の割合が高い。ただアルゴスの皆が見ているという点で、可能性が高いのはソビエトの開発小隊だろう。

 第六世代である霞ほどのリーディング能力を持つESP発現体がそうそう居るとは思いにくいが、注意しておく必要はありそうだと頭の片隅にとどめておく。

 

 

 

 

 

 

 その後、左程歩くこともなく武たちフェアリー小隊は小隊専用に用意された部屋へと到着した。先に到着し室内で準備を進めていたらしきウォーケンの存在には、一瞬驚かされたものの、手渡された資料とともに、席に着く。

 

「さて諸君。九州から間を置かずにこの基地への移動、そして緊急の演習と、あらためてご苦労だった。本来ならば、短くとも休暇を与えられてもおかしく無い程の働きであったが、我らに残されている時間はあまりにも短い」

 

 与えられた部屋は無理をすれば大隊規模でも使えそうな広さがあったが、今いるのは6名。部屋の前方に集まり、ターニャの言葉を聞く。

 准将待遇であるターニャとそれを少佐が補佐している前で尉官の四人が席に座っているという、文字通りに座りの悪い状況だが、階級と立場に食い違いの多い第一中隊ではもはや日常となってしまっていた。

 

「手短に我らの目的を伝えておく。この基地において、第四計画としての目指すべきは、大別して二つだ」

 

 まりもも事前に目的を知らされていなかったようで、武たち同様にターニャの言葉に集中している。

 

 

 

「一つは、貴様らA-01第一中隊の基本任務であるXM3の伝達。まあ言葉を飾らずに言えば、OSとそれに対応した戦術機CPU関連の売り込み、そのための実地デモだな」

 

 帝国で検証トライアル、それの国際版と言っても良いようだ。

 そもそもがこのユーコン基地には各国から戦術機開発に携わる者たちが集まってきている。帝国でしたようにわざわざあらためて人を呼ぶ必要はない。共同演習などは行われているものの、自身らの途中成果などを公開することはほぼ無いようだ。とはいえ出来ないわけでも禁じられているわけでもない。

 

「そこでだ。商品を広く売るには何が必要かね、白銀少尉?」

「需要と供給、でしたか?」

 

 まるで講義であるかのように、壇上のターニャが武を指名する。社会か何かでそういう話があったな、ともはや体感時間では測れないほどはるか昔とも思えてしまうが、何とかそれらしい答えをひねり出した。

 

 

 

「む? それは取引量と価格に関する話になるが、まあそれに近い。いや……判りやすいからそれで進めるか」

 

 武の答えは正解ではなかったようだが、それほど的外れでもなかったらしい。ターニャは微かに眉を顰めたが、とくに否定することもなく説明を続ける。

 

「売り手側としては、まず第一に供給能力だ。当然ながら売りたいだけの数を用意せねばならない。この点、XM1は簡単だな。ライセンスの契約だけで即座に納品できる。ソフトウェアだけだからな」

 

 現行のCPUであっても、キャンセル機能だけのXM1ならば、ごくわずかな反応速度の低下だけでその恩恵に預かれる。導入コストもOSのライセンス料だけなので他に比較して安い。衛士の再教導も短時間で済む。

 ただ、その価格の安さゆえに日本帝国としては利益が薄い。

 

 帝国では各種経費の兼ね合いと、なによりも九州防衛に間に合わせるため中部方面以西に配備されている戦術機の大半にはXM1が導入されている。重大な問題が発生しない限りは、年内には国内で運用されている機体のほぼすべてをXM1に換装する予定だともいう。

 

 

 

「XM2であっても既存CPUの強化で賄えるため、ハードウェアの生産を採用国側が担うのであれば、生産数の問題は解消できる。ただしこの場合、日本帝国の国益は少なからず減少するがね」

 

 先行入力まで含めたXM2に対応するには旧式のCPUではさすがに処理能力に欠ける。だが現行最新のCPUであれば十分な程度にまでXM2は軽量化できたため、第三世代機であればほぼそのままに、第二世代以前ならばCPUの交換で対応できる。

 CPUの再生産と交換は必要だが、それにかかる費用は第二世代機の機体価格に比しても2%以下だ。通常の運用費用に含むには高額だが、機種変更に比べればはるかに安い。

 

 ただXM2ではXM1やXM3の導入コストに比しての性能向上が見込めるかどうかが判断に難しく、帝国においてさえ第二世代機であるF-15J 89式陽炎の延命用に採用が計画されたものの、いまだ確定はしていない。

 

 

 

「問題となるのはXM3だ。供給面において、CPU関連がネックとなる。第四計画で改良を重ねていた物を基本としているために、今のところ量産性に難がある。製造価格面においても、だ」

 

 フルスペックのXM3が帝国内でも、配備面で問題となった要因の一つだ。元々が00ユニット開発のために進めていた高性能CPU、量産性など一切考慮されていなかったそれを流用したために、価格も下げにくければ生産性も低い。

 なによりもこの生産プラントは帝国本土内に限られる。戦術機関連のみならず、様々な生産施設は諸外国へと疎開させているが、国益のためだけでなく防諜面を考慮してXM3関連は外には出せない。

 

 斯衛の協力を取り付けられたために、武家と関連の深い各種企業への根回しも完了し、一応の量産体制を確立できたものの、大規模な発注に対応できるとは言い難い。

 

 運用側としても価格的な問題が大きく、帝国内でも全面的に導入が決定しているのは斯衛だけだ。陸軍は順次更新を企図しているというが、予算的には場合によっては撃震への採用は見送られる可能性も高い。

 

 

 

(結局、AL世界線か? あっちでもどれだけ配備されたのか判ってなかった、というか知ろうともしなかったよなぁ、俺って)

 

 XM3に関しては先の世界線でも、検証トライアルの後には国連軍衛士たちから絶賛されたことを武は覚えてはいる。

 だが検証トライアルの直後にまりもに起こった悲劇ゆえ、武は一度あの世界から逃げ出した。その後戻りはしたものの次は00ユニットの件が始まっており、作ってもらっておきながらも、それらがどう使われているかに関しては注意さえ払っていなかった。

 

 佐渡島ハイヴ攻略や『桜花作戦』の際、作戦参加機の内どれほどの数がXM3に換装されていたのかさえ知らない。むしろA-01所属機がXM3仕様だったのが開発部隊だったための特例的事例であり、実質的な導入は武があの世界から消え去ったのちに行われたと見たほうが良いのだろう。

 

 モノが良ければ売れる、そして普及する、と考えるのは浅慮だ。

 

 

 

 

 

 

「次の需要だが……我々が解決しなければならない問題はこちらだ」

 XM3関連の供給問題はあくまで前提だとして、ターニャは議題を先に進める。たしかに供給に関してはたとえ問題があったとしても、衛士でしかない武たちでは解消しようがない。

 

「この基地で進められているプロミネンス計画、その概略程度は知っているな? 御剣少尉、簡単で良いから答えてみよ」

 どうやらターニャは講義形式で進めるようで、武に続き冥夜に問いかける。

 

「はい、プロミネンス計画は、このユーコン基地にて遂行されている国連主導による戦術機開発計画であります。各国が一ヵ所に集まり情報交換や技術協力を行い、その上でせめぎ合うことで開発を促進することを目的としております」

「ふむ。まあ、おおよそ表向きにはその通りだ」

 

 冥夜の過不足のない答えに、ターニャは満足したようで軽く頷いている。

 冥夜も判っていて口にはしなかったのだろうが、実のところわざわざ一か所に集めているのは、対BETA戦において東西陣営を超越して協力しあう体制を国連が作り出していると喧伝する政治的意味が強い。

 身内しかいないと言っていい状況ではあるが、国連批判とも取れるような答えを言葉にする必要はない。

 

 

 

(なんか授業を受けてるみたいなんだが、夕呼先生ならともかく、事務次官補にしては珍しいな)

 

 武はふと違和感を覚えた。

 常のターニャであれば必要最低限の指示だけを下し、その命の前提となる状況などをこと細かく説明することは少ない。

 

(あ~いや、現状こっちがどれだけ理解しているか判断できないから、最低限必要な情報を付け加えるためもあって、講義形式なのか?)

 

 軍人、それも兵であれば命令されたことのみ実行するというのは、当然にして絶対の前提だ。ただそれが士官ともなれば、上からの命令は絶対ではあるものの、その意図を汲み取らねばならない。

 加えて武たちがこのユーコン基地で直面し対処すべき問題は、軍事ではなくむしろ政治・経済の範疇と言える。下された命令をその文言通りにただ処理していればよいのではなく、適当に事に当たらねばならない状況だと、そう考えることもできる。

 

 

 

「つまりはこの基地に各国から派遣されている開発スタッフの中には、戦術機の強化・改良に対しての需要はある、ということだ」

 

 供給はともかく潜在的な需要はあると嗤って見せるものの、これで問題解決だとはターニャは続けてない。ターニャの話の進め方に武は注意が逸れそうになっていたが、その口振りで意識を集中しなおす。

 

(性能が良いだけで受け入れてもらえるってわけじゃない。それは判ってはいるんだが、他になにかあるのか? コストって言っても戦術機そのものの価格に比べたら安いもんだしなぁ)

 

 たしかに戦術機用CPUとOSのセットとしてのみ見ればXM3は高価だが、既存機体の改良や新規機体開発に比肩するほどではない。特に機体価格が高騰し続けている第三世代機を基準とすれば、その導入コストは誤差とまでは言えなくとも導入を躊躇う要因とは考えにくい。

 

 なによりもXM3に対応した衛士教育の面や、前線での衛士の損耗を考慮すれば、むしろ早期導入が望ましい。

 

「需要があるなら、我々が解消する問題などないと言いたげだな、白銀少尉?」

「は、はいッ、いいえ、自分はそのようなことはっ」

 

 武の思考など簡単に見透かしていたようで、ターニャがあっさとり疑問点を露にする。

 

「たしかにこの基地で開発に携わっている連中は、戦術機の開発に携わっており、その強化には当然ながら意欲的である。また戦術機の性能向上は、合衆国などの極一部の例外を除けば、各国ともに意欲的に取り組んでいる」

 ただし、と嗤うように口元を歪めて、ターニャは続けた。

 

「前提として、必要性が無ければ、そもそも需要は発生しない」

 

 

 

 矛盾したかのような発言をターニャは続けるが、その言葉の意味が武にはつかめなかった。もしや理解できていないのは自分だけかと焦り、周囲の様子を伺ってしまう。

 

 純夏はもはや当然と言ってしまうのも問題はあるが、話に着いていけていないようで、武同様眼が泳いでいる。冥夜も何やら考え込んでいるところを見るに、理解には至っていないと思われた。

 ただまりもは何かに気が付いたようで、悔いるように眉を顰めていた。

 

「そこで我々の目的の二つ目にも関わってくるのだが、そもそもが戦術機の強化とは、何だ? 手元の資料に軽く目を通してみろ、呆れ果てるしかないぞ?」

 

 ターニャに促され、先に手渡された資料をようやくめくる。

 

 

 

 英文の並べられた書類に、純夏の横顔がはっきりとわかるほどに引き攣る。が、武も今は構っていられる余裕はない。簡潔に纏められているとはいえ、ユーコンで活動している試験小隊は10を超える。

 概略だけを追うように、手早く目を通していく。

 

 原型機をF-5とするのがアフリカ連合軍ドゥーマ小隊が高速砲撃戦強化試験型ミラージュ2000。欧州連合軍の第一試験小隊であるスレイヴニル小隊がJAS-39グリペン強化改修機、第二試験小隊のガルム実験小隊がトーネードADV。

 

 F-14派生と見て取れるのが、ソビエトイーダル試験小隊のSu-37UB。中東連合アズライール実験小隊のF-14EX。

 

 そもそもがF-5派生機であるF-16だが、それを基にしているのが中国共産党暴風試験小隊の近接戦強化試験型殲撃10型。東欧州社会主義同盟グラーフ実験小隊のMiG-29OVT。

 同じくF-5派生機のF-18系列を試験しているのが、大東亜連合とオーストラリア軍だ。

 

 アルゴス試験小隊は、日米共同というよりはボーニング社による計画とも見て取れるが、F-15派生のF-15・ACTVとXFJ-01 不知火・弐型だ。

 

 

 

「神宮司大尉、どう見るかね?」

 先に気が付いていたことを、資料を見てあらためて確認したようだとみて、ターニャはまりもを指名する。

 

「はっ、個人的な所感となりますが、個々の開発方針ともかくとして、プロミネンス計画において戦術機の強化とは、機動性の向上、砲撃戦能力の強化、あるいは近接戦闘能力の向上を目指しているものと愚考いたします」

「そんなところだな。忌々しいことにイーダル小隊の計画だけが独自性を持っているわけだが……まったく契約というものを理解せんコミーどもには心底呆れ果ててしまうしかないな。まあ、今はそれはよい」

 

 いつものソビエト嫌いというだけでは無さげな口調で、イーダルに関する話は切り捨てた。

 

「さて、では白銀少尉。いま神宮司大尉が上げた三要素、貴様ならどうやって強化する? 簡単な話だな」

「はっ、機動性、そして近接戦闘能力に関しては当然、また砲撃戦能力に関しましても中距離以内であればXM3による能力向上で賄えると考えます」

 

 誘われるかのような回答だが、武としてもそう答えるしかない。まりもが簡単に列挙した三要素は、XM3によって強化可能な範囲だ。

 視界外射程戦闘能力の向上などが盛り込まれていればまた話も変わっていただろうが、中近距離における砲戦能力であれば、FCSやセンサの変更などなくとも機動性の向上による射撃機会の獲得によって十二分に達成できる。

 

 つまりはXM3によって要求は満たせると、武は考えてしまう。

 

 

 

「まだ判らんかね、白銀少尉? これらの要求仕様はたしかにXM3によって達成できる。が、この基地に集まっている連中には、OSつまりはソフトウェア面での性能向上を発想することさえできておらんのだ」

「……あ」

 

 上官の前で呆然と口を開けてしまうほどに、ターニャの言葉でようやく気付かされた。

 EX世界線から比較して集積回路関連の技術が遅れていることもあり、ソフトウェア開発も同様らしい。この世界において、兵器改良とはすべからくハードの改良だったのだ。

 

「そもそも、ソフトウェアの性能によってハードウェアのもつ潜在能力が十全に発揮できていない、それさえも想像の埒外であろう。そんな連中に、どうやってXM3を売り込めるかね? 白銀少尉、何か良い案はあるかね?」

「はっ、それは……合同演習を経て、実地で納得させるしか手段を思いつきません」

「よろしい。非常に判りやすい手段だ」

 

 誘導された、自ら導き出したという体を取らされたと、武は苦々しく感じる。とはいえ即座に口にできるような解決方法として思いつくのは、その程度だ。

 

 

 

「そこで、我々が目指すもう一つの目的は、だ。プロミネンス計画の白紙化。簡単に言えば計画を破壊する」

「ぅえッ!!」

 

 どうせ無茶を言い出すのだろうとは身構えていたものの、さすがにそこまで明言するとは思っていなかったターニャの言葉に、驚きのあまり声を上げてしまう。声にこそ出していないが、他の三人も同様に驚きで固まっている。ウォーケンだけは事前に伝えられていたのか、諦めたかのように目を瞑っていた。

 

 プロミネンス計画は国連主導の各国融和を掲げた計画だ。

 それを曲がりなりにも同じ国連に属する者がはっきりと否定し、しかも攻撃の対象と言い切った。JASRA局長としてか、A-01所属のCP将校としての発言か。どちらにせよ外部に聞かれたらそれだけで失脚の要因とされてもおかしくはない。

 

 かつて武が経験したUL世界線におけるHSSTによる横浜基地へのテロ行為にしても、第五が明確に第四を潰すために行ったとは断言できていない。むしろ第五派に見せかけたどこかのテロ組織による犯行だという見方もある。

 第四派と第五派とでも水面下では各種の闘争もあろうが、あくまでどちらも国連の名の下に秘匿されて進められている計画だ。ここまではっきりと対立と敵対とを夕呼にしても口にするのは自身の執務室においてだけだ。

 

 プロミネンス計画の総本山たるこのユーコン基地、そして相手側から用意された部屋など、防諜対策など取れているはずもない。

 

 

 

「驚くほどのことか? 概要を見た諸君ならば判っていよう。これはただの浪費だ」

 やれやれと、わざとらしいまでに肩をすくめ、ターニャは呆れ果てた振りをしてみせる。

 

「大隊規模を超すほどの開発衛士を集め、それに数倍するほどの整備班を擁し、やっていることは既存機体の現地改修程度だぞ? それもほぼすべてがF-5系列の機体で、だ。競争させて事に当たるようなことかね? メーカーに任せたほうが建設的だ」

 

 先にまりもが纏めたように、いくつもの開発小隊に分かれていながら、その要求仕様はほぼ同じだ。そして母機となっているのもF-5か、その派生機たるF-16とF-18の系列のどれかだ。

 競争させるにしても各国主導ではなく、F-16のロックウィード・マーディンとF-18のノースロック・グラナンに要求仕様を提示し、双方から改修計画を出してもらいコンペティションを行うほうが無駄が無いことは明白だ。

 

「かといって中東連合のF-14EXなど論外だ。合衆国海軍ですら、複座の問題とその運用コストから早期退役を決定したような機体だぞ? 国土を奪われた国々が満足に運用できるとは思えん。グラナンへの救済というにしても無駄に過ぎる。F-18の採用数を見直した方がまだマシと言える」

 

 性能自体は間違いなく今でも一線級なのだろうがな、と付け加える。

 F-14は非常に大型の機体で、可変翼を持つ跳躍ユニットなど複雑な機構を備えるためにそもそも機体価格が高い。加えてイーダル試験小隊のSu-37UBもそうだが、複座ということは運用に必要とされる衛士の数が倍になるということだ。それらの運用コストを許容できる国家は無いと断言してもいいのだろう。

 

「政治的パフォーマンスにしても、このプロミネンス計画は成功しているとは言い難い。切磋琢磨などと言えば聞こえはよいかもしれんが、ただ同じ場所にかき集めただけでしかない。情報の相互公開義務さえなく、むしろ各国の軋轢を生みだしているようなものだな」

 

 おそらくは聞かれていることを前提として、ターニャはプロミネンス計画の問題点を簡潔にまとめ上げていく。

 

 

 

「つまりは、だ。第五と違って有効性さえ見出せん。予算も時間も人材さえもただ無駄に費やしているだけだ。さっさと潰れてもらうに限る」

「では、我々の任は?」

 

 あらためて潰すと断言するターニャに、意識を切り替えたのかまりもが為すべきことを明確にするために、問う。

 

「先の白銀少尉の言葉通りだな。XM3を有用と見て、開発計画を柔軟に切り替えてくるならば、相手にせずとも良い。だが自身らの計画に縋り、無駄に金と時間を浪費するような輩であれば、演習の名の下に力を以てこれを叩き潰せ」

 

 

 

――"In The Myth, God Is Force"

――神話の御世にあって、神とは即ち力のことである

 

 ターニャはわざとらしいまでの笑顔を作り、旗標かあるいは惹句なのかを諳んじてみせ、さらに煽り立てた。

 

 

 

 

 

 




「Youは何しにユーコンに?」
「プロミネンス無駄過ぎ。潰すから、その予算こっちに寄越せ」
そういうお話です。

現実の戦闘機開発と違って、戦術機はどうしてもF-4かF-5を基礎とするから、実際ほとんど同型機になってしまってるんじゃないかな~とかメカ本眺めてた時に思ってたりです。

輸出枠の取り合いとしてのオーストラリアと大東亜連合とのF-18系列改修レースとか、それだけでちゃんと書ければ面白そうなんですが、どなたか書いてくれぬものかと人任せ案件の一つです。


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不識の課業

 プロミネンス計画を潰す。

 ターニャの命は簡潔だ。そしてその手段もまた、簡潔だった。

 

「なに、為すべきことは至極簡単だ。本日の対人演習や、今までの教導任務と同じだな」

「ははっ、我らがCP将校殿の指示は、普段どおり判りやすいですな」

 

 ターニャの無茶振りはいつものことだと、武は笑ってみせる。

 

 国連が主導する計画を、別組織とはいえ同じく国連に属する武たちが阻害どころか停止に追い込もうとするのだ。

 一見、無茶にしか思えないが、XM3の能力をもってすれば不可能ではない。

 

 以前、唯依もXM3があれば不知火・弐型だけでなく、プロミネンス計画それ自体が無用と化す、とは言っていた。また纏められた各開発小隊の概要を見た限り、たしかにXM3があればその大半の要求仕様を満たすことができそうだった。

 

 あとはターニャの言葉通り、武たちが演習においてその有用性を実証していけばいいだけだ。

 

 

 

(それに第五計画のバビロン作戦を止めようって言ってんだ。4.5だかなんだかしらねぇけど、こっちも簡単に止められるくらいじゃねぇと、な)

 

 世界最大と言える合衆国が主導する第五計画を阻止しようとするのだ。寄り合い所帯としか言いようのないプロミネンス計画程度を短時間で止められなければ、話にもならない。

 

「実務に関してはおそらく明後日以降となる。少々時間に余裕があるが、本日はこの場で解散、この後に自室の確認した時点からは自由行動とする」

 

 ターニャが具体的な指示を出せないことから、他開発小隊との兼ね合いなどいまだ未調整なのだろうと武は推測する。

 第一小隊がユーコンに移動するのは想定していただろうが、その日程などは九州での戦闘次第なところがあったはずだ。喀什攻略やその事前準備を秘密裏に運ぶためにも、ターニャは当然武にもさほど時間が残されていないのは確かだが、さすがに数日程度の余裕はある。

 むしろここで焦って下手なスケジュールを組む方が、結果的には無駄が増えそうだ。

 

 

 

「神宮司大尉には申し訳ないが、今後の予定調整もあるので今からもこちらを手伝って貰うことになるのだが……アルゴスの者たちが歓迎のパーティを予定してくれている。明日以降も基本はアルゴス小隊との合同演習が続くことになる。白銀以下三名、貴様らは顔を出してこい」

「了解いたしましたッ!!」

 

 正直なところ、武としては時間があるなら寝てしまいたい。移動中に仮眠は取っていたとはいえ、満足に横になって眠ったのは、いつのことかと思い返すくらいには激務が続いていたのだ。

 なにより場合によってはプロミネンス計画ごと開発小隊を解散に追い込むことになるのだ。歓迎してもらうのというも少々気まずい。

 

 とはいえこれからも場所を間借りするだけでなく、弐型に合わせたXM3の調整には協力してもらう相手である。せっかく用意してくれた場を断るのも気が引ける。

 しかもアルゴス小隊の開発衛士は混成編成だ。今後どのような形で他の開発小隊と対していくかはまだ判らないが、所属の異なる者たちからの意見は十分以上に参考になるはずだ。各国から開発衛士として選ばれた熟練の者たちだ。先ほどの雑談程度ではなく、XM3の詳細仕様を知った上での話は聞いておきたい。

 

 なによりも歓迎パーティへの参加はターニャからの命令だ。武たちには拒否する権限など持ちようもない。

 

 

 

 

 

 

 歓迎会と言われ、PXの片隅でも借りたのだろうと武は考えていた。

 だがアルゴスの開発衛士四人と合流し、タリサの先導で案内されたのは宿舎の外だ。それも基地内でありながら、一つの街と言える規模だった。

 

 すでに日が落ちた頃合いだったので、いくつかの店は閉じ始めていたが、逆に今からが稼ぎ時なのだろう飲食店の多くが歓声に満ちていた。

 

「すごいよタケルちゃん、なんか街だよッ、お店がいっぱい開いてるよッ!?」

「国土の広さもあろうが、これこそが合衆国の力……であろうな」

「そう……だな。土地に余裕があるってだけじゃねぇ。民間にも余力があるってことなんだろうな」

 

 きょろきょろと視線をあちこちに飛ばしながら単純に驚く純夏と違い、冥夜はこの規模を維持できる国力を洞察する。

 純夏同様に武も基地の規模とその多様性に衝撃を受けていたが、冥夜の言葉を聞いてユーコン基地のみならず、その背後にある合衆国という組織の巨大さを現実のものとして実感する。

 

 

 

(Ex世界線の俺がなんとなく映画とかで見て想像してたような、まさにアメリカって街並みだよな。まったくこれだけの余力があるなら、事務次官補が合衆国主導のBETA大戦後ってのを画策するのも納得だ)

 

 基地に付属する歓楽街ということでバーやダイナーが目に付きやすい。とはいえ営業時間外なのかすでに閉まってはいるが、服飾品などの店も多い。

 武自身のあやふやな記憶に残るのは、「大海崩」後の極々狭い範囲での復興しつつあったアメリカだけだ。それとはまったく比較に出来ないほどの「普通の世界」が眼前の広がっている。

 

 しかもこのユーコン基地は、合衆国からソビエトに租借された国境線上に位置する基地だ。厳密にはアメリカの施設ではない。それでありながらこの「普通」を維持することが同然のように可能なだけの国力が、合衆国にはあるということだ。

 

「ハハハッ、最初にここに来たときは、俺らもヘンな笑いが出たもんだよ」

「これでビビってたら、次が続かねぇぞ?」

 街並みに驚く武たちにVGとタリサが笑ってみせるが、口を挟まぬステラも含め国土を奪われた者たちだ。どこか嫉みに似た皮肉な影が浮かぶのは仕方のないところだろう。

 

 

 

 そして連れて来られたのは「ポーラスター」という名の、まさにアメリカとでも言うべき、ステーキハウスのような店だった。歓迎の音頭をVGが簡単に取り、武たちはノンアルコールだったが、自己紹介などは済んでいるので簡単に乾杯を済ます。

 

「これ、は……」

 最初に出された赤や青の原色としか言えない炭酸飲料らしきドリンクにも驚かされたが、メインが届けられた瞬間、武たち三人は言葉を失った。

 

「タケルちゃん、肉だよ……お肉だよ」

「お、おう、まさに肉、だな」

 

 冥夜も言葉にはしないが、そのサイズに驚いているのはわずかに引きつらせた口元から明らかだった。

 

「残念だった、というかワリぃな。日が良ければ天然物も入ってくるんだが、今日はハズレだってさ」

「あ、いや。さすがにそこまで贅沢言わねぇよ。というかすげぇなアメリカ」

 

 合成食材の加工に関しては日本が技術的に洗練されているとは言われているが、眼前に並べられた合成とは思えぬ肉だった。ただEx世界線でも見たことがないようなまさにアメリカンとしか言いようのないサイズに言葉を失っただけだ。

 

「ま、アメリカ人の牛肉に対するあくなき欲求ってやつだな。ユウヤ見てみろよ、普通な顔して食ってるだろ」

「だから俺は日系ハーフとはいえ合衆国国民、生まれも育ちもこの国だっての」

 

 なにやら自身の出自には思うところがあるのか、ユウヤは少し顔をしかめつつも、旨そうに口に運ぶ。

 

「京塚のおばちゃんのもおいしいけど、この肉汁はすごいよッ!? 霞ちゃんへのお土産はこれだよッ!!」

「うむ。この味わいは贅沢に過ぎるとも思えるが、異国の地で先達の諸兄からの計らいだ。遠慮する方が非礼にあたるな」

「御剣? そこは素直に旨いと言おうぜ? で鑑、社へのじゃなくてお前が帰ってからも食いたいだけだろ? いやでもホント、これは旨いな」

 

 サイズに驚いたものの食べ始めると、肉らしき旨味のおかげで、思った以上に食は進む。

 しかもここ最近は合成レーションをコクピット内で齧るだけという食事とも言えない栄養補給が続いていたのだ。久しぶりの食事らしい食事に、武はいつものような早食いではなく味わって食べようとする。

 

 

 

「いや、初日にこの時間作ってくれて助かったよ。ご覧の通り、鑑には英語に慣れてもらわなきゃならんし」

 食事も終わり、何杯目かののドリング行き渡ったところで、武はVGに礼を言う。純夏はタリサとステラに任せているが、すでに何となくではあるが意思の疎通も出来てるようだ。

 冥夜と純夏には今もナゾの原色炭酸水が出されているが、武まで呑まないのは空気が読めてないにもほどがあり、こっそりと薄目に指定したもののウィスキー・ソーダに口を付けていた。

 

「ま、こういうのは下手に時間が空くと、声は掛けづらいし、な」

「二人には呑ませられねぇのだけは許してくれよ、VG?」

「どちらかというと、俺はそっちの小隊長殿がこの場に来てくれなかったのが悲しいぜ?」

 

 半分程度は話のネタとしてだろうが、イタリア男子としてはまりもが気になるのも確かなのだろう。身内贔屓ではなく、客観的に見てもまりもの場合ステラと並んでも見劣りすることもない。

 

「あ~一つマジな忠告。神宮司大尉殿には、絶対に呑ますな。あ、それと狂犬……『マッドドッグ』は禁句な」

「って二つじゃねーかよ、タケル」

「普段の姿からは想像できねぇだろうけど、酒癖が悪いのが一部で有名でな。あと大陸時代に無茶してた時の綽名らしくて、本人すげぇ嫌がってる……らしい」

 

 こちらの世界線では呑んだことはないが、武の記憶にある限りでは、まりもは酒に弱い。そして夕呼がけっして呑ませようとはしないところを見るに、他世界線と違いがあるとは思えない。

 

「了解了解ッ、女性が嫌がることは言わねぇし、お前がそこまで言うなら呑ますのは無し、だな」

「ま、俺も中隊の先任連中も、怖くて一緒に飲んだことはねぇんだけどな」

 

 まりもだけでなく、そもそも第一中隊結成以来、隊内でまともに親睦会じみた企画どころか、ゆっくりと全員と話せるような時間さえなかった。もともと二人の中尉を除き、新任少尉が同じ訓練小隊所属だったことから隊内の関係性を調整することを棚上げしている部分はある。まさに問題の先送りではあった。

 

 

 

「と、あれはウチの連中じゃねぇか?」

「ん? 知り合いなのか?」

「ああ、アルゴスのところの整備の人間だ。お前らも世話になるんだろ? ちょうどいいや、おーいっ」

 

 新たに店に入ってきた者たちが顔見しりらしく、VGが呼びかける。

 声を掛けられた集団の中心にいた金髪の青年が一人、どこかきまりが悪そうな顔でこちらに歩いてきた。

 

 日本に残してきた部隊の仲間が頭を過っていたが、今は新しい関係を築くのが先決だと武は意識を切り替える。VGの言うとおり、整備の面々と顔を繋げる機会は重要だ。

 

「合衆国陸軍所属、ヴィンセント・ローウェル軍曹でありますッ」

「在日国連軍所属の白銀武少尉だ」

「同じく、御剣冥夜少尉だ」

 

 基地に併設されている歓楽街ということもあって、ヴィンセントも制服姿だった。敬礼するヴィンセントと違い、奥のタリサやステラは軽く手を挙げた程度だ。

 武と冥夜とは立ち上がって返礼はしたものの、ここの流儀かとも思いすぐに席に戻る。

 

 

 

「楽にしろよ、二人とも。ヴィンセントもいつも通りで良いぜ。でだ、紹介しとく。コイツがユウヤの相方だ」

「だから、そうじゃねぇだろ、このマカロニが……」

「いやいやユウヤの最大の功績は、このヴィンセントを連れて来たってことだと思うぜ。じっさい、コイツがいなけりゃ弐型がここまで仕上がることはなかったはずだぜ」

「それには同意するが……というかだ、今日タケルたちが使ってた機体の調整も、ヴィンセントが担当したんじゃなかったか?」

 

 VGの紹介に合わせて、ヴィンセントは一言断って席に着く。相方と言われてユウヤが毒付くように早口で説明を加えるが、照れ隠しにしか見えない。

 

「自分が調整させていただいのたのは、主にそちらの白銀少尉の機体ですね。もともとアルゴス小隊に配備されていたものですから」

 

 ヴィンセントは手元にあった機体だからと簡単に言うが、短時間でXM3対応CPUに乗せ換え、その上で各種調整まで武に合わせていた、ということだ。

 

「そりゃすげぇっ、ほとんど誤差を感じなかったからな。って、そんな凄腕整備兵から、改まった言葉遣いされゃあ、こっちが困る。VGの言うとおり、楽にしようぜ、ヴィンセント。俺の方も武で良いからさ」

「お? そりゃ助かる。なにせ普段相手をしてるのが、ご覧の通りの連中でさぁ。もう階級とか関係なしで胃が痛いのなんのって……」

 

 上官たる武から崩せと言われて、即座に態度を変えられる程度には、アルゴスの開発衛士たちと整備班との関係は良好のようだ。これならば今後武たちともうまくやっていけるだろうと安心する。

 

 

 

「む? 機種ごとの誤差というのは、解消できたりするものなのか?」

 先ほどから聞き役に徹していた冥夜だったが、機体運用の話、それも自らが知らぬ内容だということで、疑問を口にする。このあたりは訓練分隊時代に、疑問があれば即座に問うようにと、武やまりもが徹底した成果でもある。

 

「ん~御剣は、そうか実感しにくいか……というかお前が考えてるような誤差じゃねぇよ」

「どういうことだ?」

 

 武は冥夜が想像している誤差というものが、機種ごとの性能差による差異だと気が付いた。だが今話していたのは、それほど大きなもののことではない。

 

「他の奴が乗ってた戦術機ってのは、機体側と衛士装備側との蓄積されたデータの齟齬で微妙な誤差、言葉にはしにくいが妙な違和感が普通はあるんだ」

「なるほど。それは確かに私の場合は感じにくいな」

 

 武の説明で理解できたのか、冥夜は苦笑気味に視線を落とす。

 

「ああ、御剣少尉の吹雪は帝国側で調整済みのが持ち込まれてたからな。時間が無かったってのもあるけど、こっちの気象に合わせて微調整したくらいだよ」

「ん? あ~そうじゃねえよ。この前まで乗ってた機体と差がデカすぎるんだ。データ誤差程度じゃ判らねぇのも当然ってくらい」

 

 ヴィンセントは修正項目の少なさゆえに、違和感を感じなかったととったようだ。

 だが実際のところはそうではない。冥夜が機種変更において違和感を感じなかったの理由は単純だ。

 

 まずは先ほど与えられた吹雪が実質的に新品であること。

 なりより比較対象となるのが紫の武御雷だ。文字通りに特別なまで「専用機」なのだ。それと比べればどのような機体であっても、差が大きすぎて調整誤差など埋もれてしまう。機体性能の差が大きすぎて蓄積データによる微妙な齟齬など、感じ取れようもなかったということだ。

 

 

 

「二人はType94に乗ってたんじゃないのか?」

「俺と御剣が乗ってたのは武御雷だ。っとType00って言った方が判りやすいか?」

 

 帝国において武御雷は特別な機体ではあるが、諸外国から見れば近衛の一部が採用しているだけの第三世代機だ。ユーコンにおいては隠すほどのことでもない、というよりは機体を担当してもらう整備兵には隠すべきではないと判断して、武は口に出す。

 

「Type00って……え? もしかして、二人ともインペリアル・ロイヤルガード所属なのか?」

「あ~違う違う。俺も御剣も所属は最初から在日国連軍だ。XM3の試験運用のために、機体を斯衛から借りてたんだよ」

「Type00はType94不知火の発展形だって話だが、そこまで個別調整って要るのか?」

 

 優秀だと言われるだけあって、ヴィンセントは帝国の戦術機にも詳しいようだ。不知火のデータを突き詰めるならばともかく、派生機に向けた細かな調整までする必要があるのかと問うてくる。

 

「ブレードエッジ装甲を多用した武御雷は、不知火に比べてもより近接格闘戦闘を重視してるからな。機体単位どころか中隊規模での運用方針まで異なっているから、まあ大事を取ってってところだ」

 武は軽く笑いながら、建前の理由を口にする。

 横に座る冥夜が申し訳なさげにかすかに眉を寄せたが、何かを言うことはない。唯依あたりは事情を推察しているだろうが、まさか冥夜が乗る機体が紫の武御雷だからそれに合わせた、とは流石に話せることではない。

 

 

 

「弐型に限れば、不知火からのデータ移行はスムーズに進むと思う。陽炎、F-15JからのACTVへの調整は今この場では即答しにくいけど、これもそれほど大規模な修正項目はない、んじゃないかな?」

「おいおいタケル、そこは断言してくれよ」

 

 ヴィンセントが聞きたいのはむしろこっちだろうと、アルゴス小隊での移行作業に掛るであろう労力をざっくりと告げる。とはいえ武は専門ではないので、どうしても感覚的な話でしか言えない。

 ヴィンセントも、正確なマンアワーや工程数が帰ってくるとは思っていたはずもなく、笑って流す。

 

「それだよ。俺らのF-15ACTVもXM3に換装するんだろ? 整備の方は忙しいんじゃないのか?」

「それは明日からだな。それにまずは載せ替えるだけ、調整は逐次って感じだな。そもそも実機を使うのが早くとも三日くらいは先になるってのが篁中尉の判断。余裕はあるさ」

 

 呑みに来てる時間は大丈夫なのかとVGがヴィンセントに問うが、答えは簡単だ。実機を使った調整に入る前に、まずは衛士にXM3に慣れてもらわなければ試験にもならない。

 そしてアルゴスの四人が開発衛士として高い技量を持つとはいえ、シミュレータから出れるのは三日では済まない可能性の方が高い。

 

「経験者というか、開発関係者からの忠告。飽きるくらいシミュレータこなしたほうが良いぞ」

「うむ。まずシミュレータで慣熟せねば、実機に乗るべきではないな」

 

 武に続き冥夜もまずはシミュレータで慣れるべきだと、自身の経験から告げる。

 

「……そこまでなのかよ」

「概要を聞く限りじゃ、むしろ乗りやすくなるんじゃないのか?」

「まともな教本も作れてない俺らの責任でもあるんだけどな。既存OSの機体に慣れてる者ほど、最初戸惑うことになる……と思う」」

 

 とりあえず実機でコケるのはやめてやってくれ、と武は笑って準備不足を誤魔化した。

 

 

 

 

 

 

「で、急ぎじゃないってわりに、何でお前らだけなんだ?」

 

 整備の連中で呑みに来るならもうちょっと人数集めてなんじゃないかと、VGが尋ねる。

 ヴィンセントと連れ立ってやってきたのは、5人ほどだ。たしかに人種もバラバラだったので、同一の班ということもなさそうだった。

 

 そのVGの何気ない問いにヴィンセントの目が泳ぐ。

 

「悪いッ、ちょっとした賭けに勝ったんだけど……まあ勝者の祝杯くらいはってことなんだけどねぇ」

「賭け? おーい、ローウェル軍曹~?」

「ってまさか……ヴィンセント、お前まさか、俺らの負けに賭けてたってのか?」

 

 対人演習の結果が、整備班の中で賭けの対象になっていたらしい。それを正確に当てたのがヴィンセント達だった。アルゴスの全機大破に対しフェアリーの中破1を当てたのが、今ここにきている面々だという。

 

「ちなみに俺らは確定で当てたってだけで、さ。最初は普通にどちらが勝つかで賭けようかって話だったんだけど、アルゴスの負けに賭けるのが大半だったんで、フェアリーを何機墜とせるかっていうのに変わったんだよ」

「整備の連中から見て、XM3ってのはそこまでだったってことか」

「ま、それに以前の対Type00との突発演習の結果を踏まえてってところだな。XM3に換装したType97吹雪がType00に劣らぬ機動性を発揮するのは、概略だけからでも見て取れていたから、あとはType77撃震がどれだけ耐えるかってところが焦点になってた」

 

 アルゴスの敗北にしか賭けられなかったということから、ユウヤは整備班のXM3への期待を感じ取る。そしてそれは演習の結果として、証明された。

 

 

 

「演習前に言っただろ、気を付けろって。Type00を二機相手にするくらいだぞって」

「あ、ああ……悪い。普通に以前乗ってた時、その吹雪の印象のままに手を出しちまってた」

 

 ヴィンセントとしてはユウヤだけでなく、衛士の四人には注意はしたのだ。ただ、フェアリーの四機が想定以上だったということでもある。

 

「ちなみにフェアリーの大破2、撃震がどちらも落ちるってのに掛けた連中が一番多かった。お陰で儲けさせてもらったってことだよ」

「ってそれは半分身内贔屓でってところ、か」

「いや~さすがにF15の改修機がF-4に墜とされるとは考えないって、普通。神宮司隊長がいろいろヘンなんだよ」

 

 どこか拗ねたように言うユウヤに、さすがに苦笑気味に武が突っ込む。仮定でしかないが、もしアルゴスとフェアリーの機体を入れ替えた上で再戦したとしても、まりもだけは生き残っていそうだと思ってしまう。

 

「そういう意味では、ヴィンセントもそうだが、今呑んでる連中良く当てられたな」

「小隊指揮官がわざわざ旧型機に乗るっていうんで、ヤバいって思ってさ。ま一機くらいは墜とせるか、それでも大破は無理だろうなと読んでね、大穴に当たったってところだ」

 

 流石に勝ちすぎて全額使うのは気が引けるから、今から整備班の皆の分も含めての買い出しだけどな、とヴィンセントが笑う。

 

 

 

「ってことは、こちらの白銀少尉に儲けさせていただいたことになるので、おごらさせて頂きたいと愚考いたしますッ、って言いたいんだけど、もしかしてタケルって酒弱い?」

 武があまり酒に口を付けていないのを見抜かれたようで、ヴィンセントが伺うように尋ねてくる。階級が下のヴィンセントからおごるというのもおかしな話だが、それを気取らせないくらいには、気を使ってくれている。

 

「弱いって程じゃないんだが……な」

 

 酒に強いことが誇れることだという意識は、軍という男性主義的組織においてなかなかに消え難い。

 前線の兵の損耗が激しく、男女の差などもはや無視されているに等しいが、どうしても男性社会な気質が軍には残っている。それも今なお巨大な戦力を保有する合衆国陸軍ならなおさらだろう。

 

「移動直後での時差ボケも残ってるってのもあるんだが、このところまともに寝てなくてな。いま呑んだら一瞬で落ちる自信があるッ」

 

 武は言い訳じみた言葉とともに、笑って済ませようとした。

 

 

 

「寝てない……って? そんなにXM3の調整に手間取ってたのか?」

 ヴィンセントへの言い訳のつもりだったが、ユウヤが不思議そうに問いかけてきた。ユーコンにXM3を持ち込むために、根を詰めていたと考えたようだ。

 

「ユウヤ……それはさすがにお前、戦術機バカすぎるぞ」

「ごめんな~二人とも。コイツ、チェリーボーイで」

 

 ヴィンセントとVGが、ユウヤの勘違いを急いで武と冥夜に詫びる。純夏の相手をゆっくりとしてたステラも、ユウヤの言葉を耳に挟んだようで、口にはしないが申し訳なさそうに肩をすくめて見せた。

 

「って何言ってんだよ、二人とも」

「あ~俺も御剣も気にはしてないから、ユウヤも気にするな」

「だからっ、何の話なんだよっ!?」

 

 合衆国陸軍の衛士、それも開発衛士に抜擢されるような人材ならば逆に想像しにくかったのかもしれない。むしろこの合衆国の余裕なまでの国力を感じさせられて、武は変な安心感さえ抱いてしまった。

 

「二人のって、だけじゃないな。フェアリー小隊の四人は、日本時間で12月4日から7日までの4日間で少なくとも60時間、それだけの機動データをこちらに提出してる」

「……つまりはどういうことだよ?」

「小隊での合計時間じゃないぞ、ユウヤ。個々人で60時間、この二人に限ればそれ以上だ」

 

 武が自分の口からは説明しにくいとみて、ヴィンセントが淡々と数字を重ねていく。そして撃破数まではさすがに覚えてないがと、苦笑気味に付け足した。

 

 

 

「え? じゃあ、お前ら前線に……いたのか?」

「九州から横浜へ帰る時はさすがにちょっと寝たけどな。こっちに来るHSSTに乗った時は飛行時間も短かったけど、なにより急ぎの書類仕事片付けてたからなぁ」

 

 ユウヤの問いへ、惚けるように誤魔化して答える。フェアリー小隊の四人が前線帰りだから、先の演習に勝てたと捉えられるのは困るのだ。敗因を衛士の技量の差によるものとして受け取られるのは避けたい。

 

 武個人の感覚的な判断でしかないが、不知火・弐型は「使える」機体に仕上がりつつある。

 そして武御雷の数が早急に増やせない現状、可能であればA-01には不知火・弐型が欲しい。主任開発衛士であるユウヤには、XM3の特性を理解した上で、弐型を仕上げてもらいたい。

 いまもって喀什攻略の想定シナリオでは生還者数が限りなく0に近いのだ。戦力強化のためのカードは一枚でも多く欲しい。

 

 

 

「ま、仕事の話、というか戦術機の話がしたいって、このトップガン様のご要望だ。酒は控え目にしても、タケルたちにはもうちょっと付き合ってもらおうぜ?」

 

 武の意図をある程度は見抜いたようで、VGが愉しげにドリンクのお代わりを注文していった。

 

 

 

 

 

 




春コミ用の本を仕上げてから~とかWebに極振り見てから~とか考えていたら、GWも終わりそうで焦りました。

そしてなぜかまったく話が進んでいない気がしないでもない、と言いますか肉食べながらXM3と弐型orACTVの話をする回だったはずが、そこまで行けてませぬ。とりあえず出し損ねていたヴィンセント出せたのでヨシ、としておきます。


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勤仕の憶断

 どう切り出すか、と武はグラスに軽く口を付けて、一考する。

 

 ユウヤが親睦などよりもなによりも戦術機について語り合いたいというのは、先ほどからの態度でよく判る。その上、仕事の話とわざわざVGも水を向けてくれたのだ。

 

(VGは爺さんがトーネードの設計技師。で、ユウヤは母親がF-14の開発に携わってた、というかハイネマンの弟子だって話だったよな)

 

 唯依もそうだが、アルゴス小隊には親族が戦術機開発に携わっている人材が多い。

 

 HSSTの機内で急ぎで処理していた書類の中には、アルゴス小隊の開発衛士たちの詳細な記録もあったのだ。まさか到着早々に対人演習などが組まれているなどとはまったく想像もしておらず、勝手に優先度を下げて読むのを後回しにしていた。

 それでも歓迎会を予定してくれていると言われて、先ほどまでのわずかな空き時間に概略だけは読み流してきた。

 

「あ~ウチのボスの片割れから、任務内容を聞かされたんだが……な?」

「と、流石に今俺が聞いて良いかどうか判断しづらいし、飯食ってくるよ」

 

 口籠る武の様子を、下士官に伝えられる情報かどうか悩んでいるのかと慮ってくれたようで、ヴィンセントが詫びを入れる。そして武が応えるよりも早く、軽く頭を下げてから、整備兵の者たちのテーブルへと向かった。

 

「ヴィンセントに限らず、整備の皆に聞かれても問題は、ない……はずだ、よな?」

 

 断言するのが難しく、横に座る冥夜に縋るように目をやる。

 問われた冥夜は頷くものの、形だけだ。口は挟まないという意思表示か、話すのは任せたと言わんばかりに、さして減ってもいないグラスに手を伸ばした。目元がわずかに下がっているところを見るに、慌てる武をどこか面白がっているようにも思える。

 

 漏れそうになる溜息を、冥夜同様に形だけグラスに口を付けることで隠す。

 

 

 

(さて、と。問題は、ユウヤ・ブリッジス合衆国陸軍少尉……か)

 

 VGは、内心はともかく、おそらくは外見上は笑って受け入れてくれそうだ。が、ユウヤは反発するだろうと、武は予想できてしまう。

 自分に置き換えてみてもそうだ。最初はどうであれ、半年近く全力で打ち込んできた任務を、真っ向から否定するような話になるのだ。

 

「お前らフェアリー小隊の任務って、XM3の運用提示じゃないのか?」

「それは、まあ確かに任務内容なんだが、その目的だな」

 

 何から話せばいいのかと悩む武に対し、焦れたユウヤが問いかけてきた。

 

 幼少期の経験からだろうか、以前は日系ハーフという出自に複雑な葛藤を抱いていたようだが、今はなによりも実戦経験の無さを憂いているらしい。アルゴス小隊に所属する他の衛士は小隊長のイブラヒムを筆頭に日本側開発主任である唯依を含め、ユウヤ以外は実戦を経て生き残ってきた文字通りに歴戦の兵だ。

 隊内でただ自分一人だけが新兵であることから、任務に対してなにかと先走りそうになるのも判る。

 

「XMシリーズの各国への提示は任務目的の一つではある。が……」

 引き延ばしても仕方がないと、グラスの中身を一気に煽ってから、口にする。

 

「隊の目的は、プロミネンス計画の白紙化。計画の破壊だって言われてる」

 

 武だけでなく、フェアリー小隊の衛士四人にしてみれば、やはり言いにくい。せっかくの歓迎ムードを壊すことになるかと危惧するが、隠したままにしておく方が後々問題だった。

 

 なによりターニャからは、各国の開発小隊に対し隠す必要はないと、むしろ積極的に計画の阻止を狙っていると喧伝しろと言われている。それどころか貴様らの携わっている計画はすべて無駄だと知らしめて来い、まで告げられていた。

 ただ流石に武には、そこまで言える度胸はない。

 

 

 

「プロミネンス計画を潰すって、お前……それ本気で言ってるのか?」

「俺が言ってるんじゃなくて、ウチのボスの一人が、だな。で、あの人の場合、口にしたことは実現してしまいそうだからなぁ」

 

 驚きや反発よりも先に、ユウヤは呆れたようだ。

 国連主導の計画、それも複数個の国家が関与している大規模計画だ。安保理で審議するならばまだしも、常任理事国の一角とはいえ一国家の開発小隊だけで計画の現場でどうにかできるような規模ではない。

 普通に耳にしてみれば、ただの酒の席の冗談でしかなかった。

 

「ああ……売り込みじゃなくて、そっちが主体か」

「おいVG、こんな与太話を真に受けるのか?」

 

 ただ言った武が呆れるほどに、VGはあっさりと受け入れる。そんな同僚の様子に、ユウヤの矛先が武からVGへと切り替わった。

 

「普通ならジャパニーズ・ジョークってのは難しいぜっと流すところだが、XM3の開発にはJASRAが関与してる。なら今日の対人演習の見せ方も含めて、納得できる」

 理解が追いついていないという顔のユウヤには直接の説明はせず、グラスを見つめながらVGは自分の考えを整理するように言葉を紡いでいく。

 

「JASRAが絡んでるっていうなら、プロミネンス計画の白紙化が目的だってのは、あり得る話だ。あそこは元々この計画には反対の立場を貫いてたはずだしな」

 

 ターニャであれば確かに計画発動前から反対工作はしていたのだろうと、遅まきながら武も気付く。だが、プロミネンス計画がこのように進んでいるということは、JASRAからの提言であっても、計画を止められなかったということなのだろう。

 

 

 

「指示を出してるのは、ルナリアン……噂のカッサンドラか?」

「……詳しいな」

「ユーロの方じゃ、いまでも戦場の伝説みたいに噂されることもあるからな。身内から聞いた話もあったし、以前に少しだけJASRAとその長官に関しては調べたことがある」

 

 武はVGの知識量、戦術機衛士にしては詳しすぎるのではと訝しんだが、言われてみればそんなものかと腑に落ちた。武にしてみれば、ターニャに関しては非公開案件ばかりが意識に行くが、ターニャを含めJASRAは国連機関であり基本的にはその活動自体は公開されている。

 北欧での防衛線などに関しては、各国でニュースにもなっていたはずだ。

 

「俺程度が調べられる範疇では、まあ今となってはパレオロゴスもそうだが、BETA大戦当初からJASRAの提言通りにやってれば……ってところだ。ギリシアがバカやったおかげで、イタリアは堕ちたようなところもあるしな」

 そこまで話して、ギリシアの件は口がすべきではなかったと思い至ったのか、VGは微かに顔をしかめてグラスを一気に煽る。

 

(父親は徴兵されて戦死。祖父は戦術機設計技師だったが、ローマと運命を共にしたんだったか。ギリシアには確かに思うところもあっても当然だな)

 気にするななどとは口にはせず、武もそれに合わせ自分のグラスを空にしてみせる。

 

 冥夜もアルゴス小隊の衛士の経歴は目にしていたのだろう。自身の立場もあって、ギリシアを責めるような言葉には同意はできないが、黙祷するかのように目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「ま、開発衛士に連なっててなんだが、ここは無駄の塊だからな」

 少々気まずくなった空気を変えるように追加のドリンクを頼み、わざとらしいまでに軽くVGが言い放った。

 

「おいマカロニ、無駄ってなんだよ」

「っとそうだったな、どうなんだタケル? 弐型は無駄になるかどうかは、まだ未定か?」

「あ~たぶんなんとかきっと、うん大丈夫だと思いたい」

「おいッ、断言できねぇのかよッ!?」

 

 VGの装った軽さと武のあいまいな答えに、ユウヤが噛付いてくる。

 

「で、マカロニ。プロミネンス計画が無駄だってのは、どういう話だ」

 叩きつけるようにグラスをテーブルに戻し、先ほどから話をはぐらかされていたこともあり、ユウヤはまずは怒りの対象をVGに定めたようだ。

 

 

 

「計画全体が無駄とまでは言わないが……そうだな、ここで集められたデータのすべてが無駄ってわけじゃない。ただ効率面では、劣悪な環境だとも言える」

 出来の悪い弟に言い聞かせるように、軽く笑いながらVGはユウヤと、そして武たちへと説明を始めた。

 

「仮定の話だが、計画発動当初からガルム小隊のところのトーネードADVにこの基地の開発関係者が集中していれば、もう完成して運用されていてもおかしくはない」

 

 ユーコン基地が今の形に整備されたのは98年だという。そこから準備期間があったとはいえすでに2年は過ぎたにも関わらず、プロミネンス計画が主導したと言えるような戦術機はほとんど完成に至っていない。

 アルゴス小隊のF-15ACTVが例外とも言える。

 

 戦術機開発は一朝一夕で成し遂げられるものではないとはいえ、10を超す計画が並列しているせいで、何もかもが分散している面は確かにある。

 

 

 

「ユウヤにも判りやすいから、俺らのところのACTVで言うか。自画自賛になるが、ACTVは良い機体に仕上がってる。これは間違いない」

 

 まずは事実として、VGは断言する。

 相対した時間は短いが、武もACTVの性能に疑いはない。もともと高いレベルで安定していたF-15A/Cを準第三世代機と呼べる程度にまで性能を高めていた。

 

「ACTVの開発目標は知ってるよな、タケル?」

「F-4に次いで数の多い初期型のF-15の改修、それも可能な限り安価にって話だろ?」

 

 前提の確認としてVGは聞いてくるが、さすがに武もその程度は把握している。

 

 F-15Cは帝国もそうだが、採用した国家も多く、いまも運用されている機体は数多い。合衆国陸軍などは数が揃わないF-22の代替として後継機たるF-15Eに切り替えてはいるが、ほとんどの国や地域ではF-15Cがそのまま使われている。

 そしてF-15のA/C型からE型への改修は無理ではないが、新規生産に等しいくらいの費用が掛かる。

 

 世界各国で運用されている戦術機すべてをいきなりに第三世代機で置き換えることなど、合衆国の生産能力をもってしても不可能だ。ならば採用数の多い機体を中心に、最低限の改修で第三世代機に準じる性能を、というのがACTVの開発の名目である。

 実のところは、F-22の配備・生産遅延に伴うボーニングの損失を、同社の戦術機開発部門は賄わねばならなかったのだ。世界各国で採用されているF-15を活用したアフターマーケットは、開発の手間を含めたとしてもその補填手段として魅力的なのだろう。

 

 

 

「問題は、だ。A/C型からACTVへのモジュール追加と、XM3への導入。そのどちらが安くて早いかって話だ」

 

 結局のところは、ここでもコストの問題だ。

 採用する方にしてみれば価格に見合った性能向上が見込めるかどうかこそ重要だ。そしてまた、どれほど早く運用が始められるか、だ。

 さらにACTVはボーニングの財政状況を優先した計画であるため、たとえF-15C採用国が導入を決定したとしても、ボーニングの経営判断次第ではパーツ提供に遅延が発生する可能性も高い。

 

「XM3が採用された場合の導入コストは俺も知らねぇ。それでもさすがに第二世代機を一機作るよりかはまだ安いはずだ」

 

 具体的な価格は武は知らされていないので、はっきりとは断定できない。

 ただ一番かかるであろうXM3対応型のCPUでも、第三世代機のユニットコストに比べれば数%程度だったはずだ。衛士の再訓練などを含めればさらにかかるがことになるだろうが、それはプロミネンス計画で進められている他の機体であっても同様だろう。

 

「ちなみに今はまだXM3対応型CPUの生産ラインを作ってるところだろうから、導入は遅れがちだが、それも解消の目途は立ってる……ハズだ」

「ということらしいぜ、ユウヤ? ほら、ACTVは無駄だろ?」

「VG、テメェ……それでもいいのかよッ!?」

 

 押し殺した低い声でユウヤは問う。

 が、問われたVGは軽いままだ。

 

 

 

 

「おいおいチェリーボーイ? 気になってるのはACTVじゃなくて、愛しのSecond、だろ?」

「チェリーは止めろ、マカロニ。トップガンも無しだ」

「ははっ、落ち着けよユウヤ。さっきの演習の結果が物語ってるだろ?」

 

 耐用年数が迫る撃震の代替機として、弐型は開発が進められている。

 その代替予定の新型機が未完成状態とはいえ、CPUとOSを変更した程度の旧型機に対人演習で負けてしまった。かつての82式瑞鶴とF-15Cとの異機種間戦闘訓練(DACT)ではないが、弐型の選定に今日の演習結果が影響する可能性はある。

 

「そっちにも話は行くと思うが、実際のところ、帝国の方じゃすでに既存機の改修も始まってる」

 

 隠すほどのことでもない、と武は告げる。

 第一中隊で使用されている撃震は既存の機体にCPUを変更したBlock215だが、光菱重工ではそれをさらに進めて、OBLを実装しアビオニクスをが刷新したF-4JXと仮称された概念実証機のテストに入っている。

 同じくF-15系列の89式陽炎も換装試験は進んでいると聞いていた。

 

「当然そうなるわな。で、そっちのほうが弐型よりもはるかに安いってワケだ」

「新規生産じゃなく、まずは状態の良い機体からの改修だからな。77式も古い機体はともかく最終生産分とかはまだまだ現役だ。たとえ追加で新規生産するとしても安いしな」

 

 開発国とはいえ、予算的にも生産ライン的にもすべての戦術機を一気にXM3に置き換えられはしない、ということは今は口にしない。XM3に換装されるのは不知火からになるはずだ。

 それでもほぼコストのかからないXM1がある現状、撃震へのXM3搭載はかなり遅れる。場合によっては、それこそF-4JX仕様で新規生産される機体以外には搭載されない可能性もある。

 

 ただし、それは弐型も同じ条件だ。

 

 

 

「つまり弐型の採用を決定付けるには、最低でもXM3に最適化しておけってことか?」

「高い金出させるんだから、それでようやくスタートラインってところだろうぜ?」

「まあシステム周りをXM3に置き換えるっていうなら、不知火の方でデータを揃えているから、一番有利ではあるんだがな」

 

 XM3の実証データが多いのは、開発最初期から使用している不知火、次いで武御雷だ。

 九州防衛においても、武たち第一中隊を除けば、XM3搭載機は不知火と斯衛の武御雷だけだった。帝国陸軍の富士教導隊にしてもまだ陽炎ではほとんどテストをしていないという。

 

「というか、明日からのアルゴス小隊の任務はそれだろ? 他の開発小隊にも渡すけど、シミュレータ用と実機用にXM3とXM2対応型のCPUは数用意してあるぜ」

 

「ACTVにもXM3を乗せるのか?」

「対抗馬……って言いたいところだが、むしろそっちを本命にしようって話もある、らしい」

 

 ユウヤが不思議そうに尋ねてくる。武も確定した情報としては聞かされていないため断言はしないが、おかしな話ではない。

 

 弐型の採用がキャンセルされるとすれば、さすがに今更にXM3対応型とはいえ撃震の追加生産が為される可能性は低く、採用されるのはXM3対応改修後の89式陽炎だと予測できる。陽炎へのXM2の採用が滞っているのも、それが要因の一つだ。

 そしてその場合、新規生産される陽炎のみならず、既存機体も合わせてACTV仕様となることも考えられる。

 

「導入コストの読めない弐型を斬り捨てても、ボーニングとの手打ちにF-15ACTVへの改修を通すってのは、落としどころとしては理解できるわな」

「開発依頼しておきながら、やっぱり不採用です、あとは知りませんってのは不義理過ぎるからな」

 事情を推察したらしいVGの言葉に、武も頷く。ボーニングとしても採用されたとしても帝国にしか販路の無い弐型よりも、常任理事国がACTVを採用したという実績のほうが価値があるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「結局のところ、性能で圧倒出来れば問題ないってことだろ」

「張り切っておられますねぇ、こちらのトップガン様は」

「だから、トップガンじゃねぇッ、このマカロニが」

 

 弐型への帝国からの思惑が予測できたからか、少しばかりユウヤは落ち着きを取り戻したようだ。VGとのやり取りも先ほどまでの刺々しさは少しばかり鳴りを潜めていた。

 対抗が同じ小隊のACTVだからと言って、それを受け入れるつもりはユウヤにはない。開発衛士として最高の機体を送り出すつもりだ。

 

「実際のところ、弐型は先月の頭にはほぼ仕上がってたんだ。あとはXM3に最適化できるように調整するだけだ」

「まあ弐型が完成してるってのは、俺にも何となくは判るさ」

 

 この世界線ではないが、武は現行型OSの第三世代機には乗っていたこともあるのだ。外から見ただけではあるが、弐型が十分に仕上がっているのは見て取れた。あとは細かな調整だけだったのだろう。

 

 

 

「帝国からの許可が出なくて流れちまったけど、実戦運用テストさえ済ませれば開発完了となるはずだったんだよ」

「……は? 悪い、アメリカンジョークにはまだ慣れてないんだ……実戦運用、って冗談じゃなくて、か?」

 武は、少しばかりの酒のせいで英語を聞き取り損ねたかと、真顔で尋ねた。

 

「ああ。アルゴスに限らず、プロミネンス計画では実戦運用も試験項目に入っていてな。必須ではないが、他の小隊でもやってるところはやってる」

「いや、そりゃあ……帝国側としては、Goサイン出すのは厳しぃんじゃないか?」

 

 短時間とはいえ対人戦を経た後だ。衛士としてのユウヤとタリサの技量に対し、武は疑問を抱いてはいない。そして先に言ったように機体の仕上がりにも疑問は無い。

 

 だが書類だけで判断するならば、タリサはともかく、ユウヤはテストパイロットとしては優秀かもしれないが実戦経験もない新兵だ。そして二人ともに実機を用いる帝国陸軍衛士ではない。

 

 

 

「だから、さ。唯依姫が帝国に戻ったのは、実戦テストの許可を得るためだと考えてたんだよ、俺たちは」

「それが予定よりも遅れて戻ってきたと思えば、アレだったからな」

 

『詳細は伝えられないが、現状の弐型を実戦でテストする必要性はない。これは帝国技術廠開発局の正式な決定であり、私もまたその判断を強く支持している』

 ユーコン基地に戻ってきた後に、唯依から告げられた言葉を、ユウヤが武たちに語る。

 

「関節強度の見直しや、耐久性マージンの過剰とも思える再設定。高速機動時の姿勢安定性とか、一見些末な部分にひたすら細かく注文付けるようになってな」

「それまでは、まあこっちのユウヤとぶつかり合うにしても、意図は判ったんだが……」

「開発計画のサボタージュを指示されたのかと疑うくらいに執拗だったからな、あの時は」

 

「ははは、そりゃ俺らが悪かったな」

 VGとユウヤが語る唯依の姿が、武にはありありと目に浮かぶ。

 唯依はトライアルの後、短い間だったがほぼ休むことなく、XM3の習熟とそれを弐型へと転用できるようにと、武たち第一中隊ととともに教導に携わっていたのだ。

 

 その結果が、当時の弐型ではXM3の機動に万全には応えられないという判断、そして改修箇所の指摘となったのだろう。

 

「ハイネマンが技術顧問としての立場から実戦運用を強行しようって態度まで取りかけてたからな」

「ま、そっちはボーニングから止められたとは耳にしたな」

「先週くらいか? 12月に入ったあたりで改良型OSってのの噂は流れて来たから、まあそれに合わせてのことかとようやく判ったけど、な」

 

 事前に説明くらいは欲しかったと、ユウヤは愚痴を零す。これにはさすがにVGも笑って同意していた。

 

 

 

「それは……ほんと悪かった。情報規制してたわけじゃないんだが、申し訳ない。現物見せないと変に間違って解釈されるんじゃないかって懸念があってな」

「いや、はっきり言うと、だ。お前さんらの機動を見て、概念を説明された上で、まだ理解が及んでねぇ」

「正直に言えば、慣れるまで時間の余裕は欲しい」

「あ~やっぱりそうなるよな?」

 

 開発衛士に選ばれるだけあって、単純な技量だけでなく戦術機そのものへの理解が深いVGであっても、XM3の持つポテンシャルを把握しきれないと言う。そしてユウヤであっても今すぐ十全に使えるとは、さすがに言い出さない。

 

 斯衛の、それも最強と言われる第16大隊にしても、XM3を用いても戦闘機動に変化がなかったのだ。既存の機動をより正確に再現するために、コンボなどを利用していた部分が大きい。

 もちろんそれだけでも十分に強化されていると言える。だが帝国本土防衛に限っても、山岳部などでは三次元機動を盛り込んだ上での新たな機動概念が必要とされる。なによりも今後のハイヴ攻略を見据えるならば、機動性強化程度では足りない。

 

「バージョンごとの違いなんかを先に説明してしまうと、XM1で十分だと思われるんじゃないかって予想もあってな」

「前線国家ほど、まずはXM1。いやそれだけで十分だって話にはなるわな」

 

 母国を失っているVGの理解は早い。

 BETAの物量に対し、人類側はどうしても質で対抗せねばならないのだ。とはいえ二年後に手に入る高性能機よりも、今すぐ用意できる改修機こそが前線では必要とされている。

 

「正直、個人的にはアルゴス小隊のみんなや他の開発小隊で頑張ってる連中には悪いと思う部分もあるにはあるんだが……」

 

 先にもターニャから指摘されていたが、プロミネンス計画で各開発小隊が掲げている要求仕様は、ほぼXM3の採用で解決できる。

 

 

 

「気にするな。というかむしろ俺個人としてはXM1もそうだが、XM2は大歓迎だ」

「XM2が? 3じゃなくてか?」

「3はどうせ導入、というか量産に時間がかかるんだろ? XM2なら採用さえ決定してしまえば、亡命国家の規模でも生産できそうだ」

 

 それこそ数の多いF-15CにこそXM2じゃないか、とVGが言う。

 

「それは、後方国家へと退避した自国製産業の保護育成、のためか?」

「おっしゃるとおり。そういう名目なら、採用を進めやすいってのもある」

「……ふむ。なるほど、道理ではあるな」

 

 静かに話を聞いていた冥夜が、VGの意図を確認すべく、口を挟んだ。

 前線で戦う衛士の視点ではなく、採用を考慮する開発衛士としての見方に、興味を抱いたようだ。

 

 衛士の生存性や戦術機の能力向上、その上で帝国の利益だけを考慮するならば、XM3の採用を推し進めるべきだとは武も判るが、なるほどそれは採用する国家との軋轢も発生する。

 XM2ならば、採用側が改修あるいは新規生産可能なCPUで動く。たしかに採用側の予算的負担は低い。

 

(わざわざ第二世代機のCPUを交換してまでXM2を採用するかってのは、帝国の方でも問題になってたんだが、逆に採用側から見ればそういう利点はあるのか)

 

 夕呼がどこまで想定していたか、武には推し量ることもできない。ただ性能差によるバージョン違いというのは、売り手である帝国だけでなく、買い手にとっても意味のある区別だったとようやく実感できるようになってきた。

 

 

 

 

 

 

「とはいえ結局、プロミネンス計画を潰すって話になっちまうんだよなぁ……」

 

 さほど減っていないグラスを弄びつつ、溜息交じりに武は言葉を漏らす。

 XM3ならば確実に要求仕様を満たせるが、XM2でも戦力の質的強化を求める前線国家であれば許容するだろう。

 だが各国の開発小隊の実情に詳しくない武には、後方国家の反応は読みきれない。

 

「はっきりと反対しそうなのは、オーストラリアのところくらいか?」

「それに引きずられると、大東亜の方もか? いやそっちは帝国と関係が良いから表立っては反対しにくいか」

 

 悩む武に対し、ユウヤがはっきりと例を上げ、VGが続く。

 たしかにF-18Eの改修を進めているオーストラリアは、自国戦力強化のためではなく、合衆国が戦術機供給量を下げつつある現状その空いた販路確保のために開発を進めているという面が強い。

 また地理的にも対立しやすい大東亜連合が帝国寄りということもあり、それ故に水面下での対立もある。

 

「あとは……暴風のところのアイツならいきなり殴りこんできそうだが、イーダルはどうだ?」

「中ソのところは表立っては歓迎も反対もしなさそうだが、性能的には欲しがるだろうな」

 ユウヤとVGとが、いくつか小隊名が上がるのをとりあえず武は記憶していく。このあたりは自分一人で悩むのではなく、あとで小隊の皆と相談しつつ対処すべき案件だ。

 

 

 

「そもそも計画の白紙化ってことは安保理でってことになるんだろうが、お前らでそんなことができるのかよ?」

「ユウヤの言うとおりだな、タケル。衛士や開発スタッフはXM3の性能見せたら納得するだろうが、上の連中はどうか判らんぜ?」

 

 ユウヤは合衆国軍人だがJASRAという組織には詳しくないようで、武たちが安保理に関われるということとさえ疑わしげだ。いまだ酒の席での冗談ととらえているようなところもある。

 そしてJASRAとルナリアンの噂を知るVGであっても半信半疑だ。

 

「だよなぁ……性能どうこうよりも政治や経済の話って感じだしな。ただまあ、そのあたりは俺が手が出せる範囲じゃないって投げ出してしまうのもなぁ」

 

 オーストラリアもそうだが、アルゴス小隊にしても、実のところはボーニングの経済的理由によって計画に参画している。そういった組織への対処は、武の今の地位では手が出せない。

 ただ第四計画責任者たる夕呼とJASRA局長たるターニャ、そして拒否権は与えられていないとはいえ常任理事国の一国である帝国の発言力があれば、どうにでもなる範疇と言える。

 

 基本的にターニャに任せであり、自身の分を超えているとは自覚しつつも、最低限の知識程度は身に付けておこうと決意する。

 

 

 

「まあ直接的に対面して相手にできる可能性があるとすれば、だ。計画の中枢たるこのユーコン基地は、合衆国が貸し出してる形になるから、基地司令は合衆国陸軍のジョージ・プレストン准将。だが、プロミネンス計画の最高責任者はクラウス・ハルトウィック大佐、西ドイツ軍だったか? あとは、アルゴス小隊ならフランク・ハイネマン技術顧問?」

 少しずつ酒が回りつつある頭だが、幾人かの責任者をリストしていく。

 

「ハルトウィック大佐とは、開発衛士なら顔を合わせる機会はあるな。俺も直接会ったことはある。ご本人は合理的な方だと思う」

「気を付けろよ、タケル。お前の言った通り大佐はドイツ人だ。大佐本人がどう感じてるかは知らんが、避難民政策への反発からドイツは東西問わずJASRAに対して批判的だ」

「あ~難民解放戦線は、たしかドイツ系が中心って噂もあったな、そういえば」

 

 VGの補足を聞いて、一度はちゃんと資料に目を通しておこう誓う。JASRAに対するハルトマンの心象次第で、対応が変わりかねない。

 

 

 

「だけどな、タケルたちの最初の障害はフランク・ハイネマンだろうな。XFJ計画を解体できなきゃ、プロミネンス計画白紙化には到底たどり着けないぜ」

 あのおっさんは食わせもんだぞ、とVGが笑いながらグラスを空にした。

 

 

 

 

 

 




文字数のわりにあまり進んでいない気がしますが、なんとか更新です。なんかVGが便利キャラとなっていますが、第三者(?)から見たJASRAの印象を入れたくてこんな感じに。

んで、サクッと流していますが原作TEと違いこの作品世界線では、アルゴス小隊はペトロパブロフスク・カムチャツキー基地に行ってません。そんなこんなで弐型の開発は遅れてますが、フェイズ2としては実のところ完成はしています。

ちなみに何が困ったと言っても戦術機のF-15Cの数。マブラヴ本家の設定だと、リアルの戦闘機のF-15Cと違って、戦術機のF-15CはF-4に次いで機数が多いとかなっていますが採用国は上がっておらず、どーしてくれようかと。見直すまで戦闘機と同じくF-16系列の方が多いと思い込んでおりました。

次はたぶんハイネマン氏vsデグさん……の予定です。


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剥脱の証憑 01/12/10

 まずは何よりもXM1とXM2を、そしてゆくゆくはXM3を標準規格として各国へと広めていく。それがターニャの言う「プロミネンス計画」の白紙化に繋がるはずだ。

 

 ただそれを為すためには、何よりも地盤を固めなければならない。

 開発元とされる日本帝国では、すでにXM1は帝国陸軍において実用段階に入っている。年度内の全面更新はほぼ確定と言っていい。XM3も斯衛の一部とはいえ実戦投入されてはいる。最低限ではあるが運用実績は積んだと言える。

 

 あとはユーコンでの地盤という意味で、一部とはいえ帝国が出資しているアルゴス開発小隊の意向をXM3導入へと統一する必要があった。最低でも弐型の試験1号機にはXM3を積んでもらわねば、他開発小隊への導入依頼など進めようもない。

 

 

 

(で、VG曰く、最初の障害っていうフランク・ハイネマンなんだが……というかどういう集まりなんだよ、これ)

 

 XFJ計画の技術顧問であるハイネマンからXM3に対する参考意見を聞く、という名目で武と冥夜はターニャに呼び出された。

 まりもと純夏は他開発小隊へと合同演習の日程調整に向かっているため、この場にはいない。が、まりもはともかく純夏がここにいなくて良かったと、武は諦めたかのように考えてしまう。純夏がいれば状況の説明だけで疲れ果ててしまいそうだ。

 

 指定された部屋の前には、軍服ではなく黒のスーツ姿にサングラスという、どう見ても諜報関係の男が二人立っていたのだ。わざとらしいまでに足元に置かれたアタッシュケース、その側面からは銃口が覗いており、偽装SMGだと隠す努力さえなされていない。

 明確に軍関係者ではないと見せつけることに意味があるのだろう。国連軍の、と限定せずとも軍の基地内においては恐ろしく場違いでありながら、二人の姿勢には微塵の躊躇もなかった。

 

(共通区画だから合衆国の兵を使えない……って、わけじゃないよな?)

 

 サングラスで目元は隠れているとはいえ、白人系の顔付だ。それだけでは国籍など読み取りようもない。しかしそもそもがこのユーコン基地内に、諜報関係者をここまであからさまに配置できるのは合衆国以外にはありえない。

 

「失礼いたします。白銀少尉、御剣少尉の両名、到着いたしました」

 

 どうせ考えても答えば出せないと割り切り、二人の黒服に声を掛ける。

 身体検査くらいはされるかと思ったが、室内へと連絡を入れたようで、わずかな間をもって扉が開かれた。

 

 

 

 通された部屋は、軍基地内とは思えぬほどに整った応接室だった。そこに発起人と言えるターニャと、その補佐であるウォーケンが居るのは予測できていた。

 

(いやホント、どういう面子なんだよ)

 だが、そこに居て当然という態度の鎧衣課長の姿を見て、武の警戒心が高まる。

 加えてもう一人。ターニャの左に、落ち着いた雰囲気で座っている60を過ぎたあたりの白人男性は、武の記憶にない人物だ。

 

「まだ予定時間には早いな、二人とも楽にしたまえ」

 まるで自室であるかのように普段通りの、どこか眠たげで不機嫌そうなターニャの声。ただそれが不機嫌さではなく、夕呼と同じく軽い疲労と憤りだと理解できる程度には、ターニャとの付き合いも重ねてしまっていた。

 

「鎧衣課長は紹介の必要はないな? こちらは……そうだな」

 その白人男性を紹介しようとして、珍しいことにターニャが言いよどんだ。

 

「ははは、事務次官補殿から紹介されることになるとは思っておりませなんだな。ボーニングの方から来た、ジョン・ドゥ。そうですな、せっかくですから私もジョンおじさん……と呼んでいただきたいところですが、もはやそういう年でもありませんな」

 

 その男は立ち上がることもなく、座ったままに軽く頷く。柔らかく笑って見せるものの、武たちを値踏みしていることは明らかだ。そしてそれを隠す必要がない、と相手は判断しているらしい。

 

 

 

(……って「の方から来た」って、その上「ジョン・ドウ」? 部屋の前にいた警備の黒服にしても誤魔化すつもりがないっていう、むしろそういう意思表示、か)

 

 ジョン・ドゥ、身元不明とわざわざ名乗るくらいだ。それもスミス姓ではなく、むしろ死体を指す場合に使うことが多いドゥ姓だ。記録上は「死亡済み」とでも言うのか。つまるところは合衆国の諜報機関に属し、それなり以上の情報に接している者なのだろう。

 

 冥夜ともども、国連軍少尉であると名乗るものの、相手はどちらの立場も知っているに違いない。

 

「それほど身構えることはないぞ、白銀武。こちらの方は私の取引先でもあり……そうだな、ある面では、師とも言えるな」

「ははは、それはむしろ身構えてしまうお話ですね」

 

 鎧衣の取引先などと言われれば、もはや確定だ。ただ、いま武と冥夜には立場を明かしはしたが、これから来るハイネマンに知らせるかどうかは不明だ。一応は知らぬものとして振舞おうと、武は心に止めた。

 

 

 

 

 

 

 ターニャから楽にしろと言われ、冥夜共々にジョン・ドゥに正対する形での席を勧められては、断ることもできない。上官たるウォーケンから給仕されるという事態に少々の気まずさを覚えつつも、まずは話を聞くべきだろうと意識を変える。

 

「いやはや。BETA以上に寄る年波には勝てません。前回の件をもって、隠居でもしようかと考えていた矢先の話でしたからな」

「なに。今回の件がどう転ぶにしろ、隠居後に南米で回顧録を書く時間程度は残されているでしょう」

「なるほど。カッサンドラからのご神託となれば、これほど心強いお言葉もありませんな」

 

 ジョン・ドゥと名乗った男は、国連軍C型軍装に似た衣装に身を包んでいるとはいえ、一見は幼女であるターニャと和やかに話し合っている。どうやら以前からの知己であるようだ。

 

 

 

「それで、状況は?」

 挨拶はその程度でと言わんばかりにカップを傾け、ターニャは本題を促す。

 

「先のお話に従って、リルフォートを中心にこの基地の南半分の掃除は可能な限り。北側は流石に我々が立ち入ることは余計な軋轢を生むでしょうと、話だけは伝えてあります」

「解放戦線にしろ恭順派にしろコミーを狙ってくれるのであれば、むしろ諸手を挙げて歓迎もしてやるのですが、なかなかに思うようにはいきませんな」

「はははっ、そうであれば私も幾分肩の荷も下ろせるのですが、残念なことに狙ってくるのはこちら側ばかりです」

 

 RLF(難民解放戦線)や恭順派にソビエトが関与していることを、二人ともが確定した事実として話し合う。ソビエト内部ではロシア人とそれ以外とでの民族差別もあろうが、RLFがそれらに対し抵抗しているという話は左程聞かない。

 

 ターニャもジョンも、RLFや恭順派がソビエト配下の非合法組織だとまでは断言しないが、それに近しいものとして扱っている。いやもっと単純に、合衆国に敵対するものとして断固として処理するという姿勢だ。

 

 

 

(いやいや、二人とも簡単に笑って済ましてるけど、このユーコン基地に対して、テロが計画されてたってことか?)

 

 会話に加わっていないウォーケンも鎧衣も顔には出していないところを見ると、テロ計画自体も、またそれが未然に防がれたことも知らされていたのだろう。

 日本帝国政府へは公式には伝えられないのかもしれないが、鎧衣がこの場にいるということは、情報の共有自体はなされているとみてよい。冥夜の臨席も、それを補強するためともいえる。

 

 ただこのような場でついでのように話されているところを見ると、ジョンからターニャへもあくまで事後報告のみのようだ。

 

(そういえば横浜基地へのHSSTによる自爆テロも阻止してるんだよな。諜報関係と連携できてなきゃ、事前に防げるはずもないか)

 

 政治面に疎いというよりは、立場的にも階級的にも直接関与できない武としては歯痒い話題だ。が、第四計画に対しても明確に敵対行為を取られているのだ。知らずに放置できることでもない。冥夜も聞き洩らすことの無いように集中しているのが判る。

 

「あとは、彼の大佐殿の関与は残念ながら確定的な証拠は掴めておりません。ただ完全に白、とは言い切れぬ、と」

「ふむ。あまり褒められた処置ではありませんが、白ではないならば、あとはその立場ゆえにどうとでもできますな」

 

(大佐……大佐って誰が居たっけ?)

 二人の会話に集中しながらも、該当する人物が武には思い浮かばない。夕呼も大佐相当官だが、さすがに恭順派などと取引してのテロ行為には加担していないと思いたい。むしろ標的の方だろう。

 あとは考えられるのは、プロミネンス計画最高責任者のクラウス・ハルトウィックくらいだが、こちらも自身が属する基地へのテロに関与するという状況が想像できなかった。

 

 

 

「しかし指導者とは言わずとも、執事あたり繋がる線くらいは掴んでおきたかったが……」

「申し訳ありません。かなりの規模で浸透はされておりましたが、それでも末端。国外の連絡地点のいくつかは目端を付けるところまではいけましたが、それもただの中継点でしょうな」

「ああ。いや申し訳ない。テロを未然に防げただけで僥倖。それ以上は過剰な願望と言えましょう」

 

 普段以上に眉を寄せ、ターニャが軽く零す。それに対しジョンが詫びるが、ターニャもそこまでは高望みし過ぎだったと、素直に前言を撤回する。

 

「ですが指導者と言えば、やはり彼の者の正体は第666戦術機中隊の例の人物だとお考えで?」

「確証の無い情報なので、断言はできかねます。おそらくは、と言ったところです」

「東西問わず亡命ドイツ内では各種のテロ組織が蔓延しておりますから、たしかに可能性は高いですな」

 

 ジョンが拗ねるが、ターニャは恭順派のリーダーとされる人物に目星が付いているようだ。ジョンにしても以前より話は知らされていたのだろう、あらためて確認しただけだ。

 

(もしかしなくても「原作知識」ってヤツか? というか事務次官補が知ってても手が出せないってのはホントにうまく隠れてる……か、どっかが匿ってるってことか)

 

 武には知らされていないが、夕呼あたりとは情報も共有しているのだろう。鎧衣も既知の事柄のようで顔色一つ変えない。

 ただ、それだけ情報が広まっていながら、いまだキリスト教恭順派が活動を続けているところを見るに、やはり合衆国に対抗できる程度の勢力からの支援があると穿って見ることもできた。

 

 

 

「どちらにせよ、合衆国国内での活動はこれまで以上に制限できるかと。あとは幾人かの移民希望者に関しましては、そのままに」

「ふむ? 監視のためとなれば、徹底した除去よりはそちらが良いか。いやお手数をおかけしました」

 

 脅威度の低い末端の工作員は、再度の接触を図ってこれる窓口として残してあると、ジョンは言う。完全な排除が不可能なのは誰しもが理解しており、監視の精度を高めるための手段としては、手堅い判断だった。

 

「その余録というわけではありませんが、こうして御剣のお嬢様をお迎えできる程度には街の掃除も完了いたしました」

「昨日来のご配慮共々、お心遣い感謝いたします」

「いえいえ。ご不便をおかけしていることは重々承知しております。それに事務次官補殿への警護も兼ねておりますから、お気遣いなく」

 

 礼を述べる冥夜に、あくまで余禄だとジョンは告げる。

 冥夜の身の安全を図るためだけに、ユーコン基地の管理体制を見直すことなどはさすがに無理だ。ただテロ活動の事前調査、という言い訳があれば危険人物をマークすることも可能であり、またターニャの護衛と合わせてとなれば人材の配置も容易い。

 

 

 

「っあれ? 警護の人っていたっけか?」

「そなた、気付いたおらなんだのか? 昨日の夜に出かけた際にも、我らが周囲を幾人もの方々が警戒してくださっておられたであろう?」

「え? あ~そういえば、それっぽい人も多い気がしたけど、多国籍軍の基地だからじゃなかったのか……」

 

 武としても、昨夜リルフォートに出かけた時に、少しばかり緊張感が高い気はしたのだ。軍以外の者が監視している気配も確かにあった。ただそれがユーコン基地特有の、複数の国家が関与しているが故のものだと思ってしまっていた。

 

(って考えてみれば、護衛の月詠中尉たちが付いて来れないんだ。何らかの護衛手段が想定されてたのは当然だよな)

 

 真那たち第19独立警護小隊は、ユーコン基地には着いてきていない。軽微とは言え負傷した者もいるので全員揃っては動けないという面もあるが、さすがに国外の国連軍基地へと派遣する名目が立てられなかったようだ。

 王族に準じたとまでは無理なのだろうが、合衆国側でいくらかの警備の者を配置する程度には、考慮されていたのだろう。鎧衣がこちらに来ているのも、その一環かもしれない。

 

 

 

 

 

 

「さて。ハイネマン氏がこちらにまいられるまで、まだしばらく余裕はある、か」

 ユーコン基地に対してテロが画策されていた、そしてそれを阻止したということでさえ、ターニャにしてみれば本当にただの前座のようだ。

 話題を変えるため、武と冥夜へと視線を送る。

 

「衛士二人に問う。Type94 Secondをどう見る?」

 

 ターニャに問いに合わせ、武も意識を切り替える。

 ここからは衛士としての自身が関与できる範疇の問題だ。

 

「従来型OSでの戦術機の機動には精通しておりませんが、演習で対峙し、その上で提示していただいた資料を見た限りで言えば、すでに完成しているものと思われます。XFJ計画としての帝国技術廠からの要求仕様は、現時点で満たしていると考えます」

 

 考え込む武の様子を見て、冥夜が先に答える。

 その言葉を受けて、武も意見をまとめ上げていく。

 

「自分も御剣少尉と同様です。XFJ計画としての範疇であれば、弐型は完成していると判断いたします。性能的にも現行の不知火をほぼすべての面において凌駕し、撃震の代替に留まらず、場合によっては次期主力機としての可能性もあるかと」

 

 武も弐型に対しては、既存OS機としては完成の域に達していると見ていた。

 帝国の戦術機の例に漏れず、弐型も近接戦闘を重視しているが、ユウヤを始め合衆国側からの意向も入ったのか中距離での砲撃戦でも十二分の能力を持つ。現時点で望める限りの、万能の第三世代機と言えた。

 

 

 

「ただしXFJ計画においてXM3は想定外だったため、それに合わせた各種の調整などは必要でしょう」

 ターニャがわざわざ武と冥夜をこの場に呼んだのは、この確認のためだろうと武は思いながら問題点を上げる。

 

 XM3は不知火を基本に開発されているため、単純に乗せ換えるだけでもそれなりには機能するはずだ。ただ弐型は原型機たる不知火から大きく変化している面が多岐に渡るため、十全な性能を発揮するにはやはり細かな修正などは必要になる。

 昨夜も酒の席での話だったが、アルゴス小隊に期待するのは、その調整任務だ。今ならば採用さえ決定してしまえば、XM3に最適化した上で低率初期生産を始めることもできる。

 

「それら調整に関してどれほどの時間を要するかは、陽炎及び武御雷への換装実績からある程度は推測できるかと愚考いたします」

 XM3は夕呼の監督下で開発したこともあり、A-01が所有していた不知火と撃震とで半ば並列して進められた。武御雷と陽炎へは不知火のデータを下に調整した形だった。どちらも量産され実戦運用されている機種だが、それでも弐型への調整にかかる時間程度ならば参考にできるはずだ。

 

「ふむ。つまるところ機体は出来上がっており、あとはOSの換装に伴う最終調整だけ、ということだな。遅くとも年内には形になるか」

 

 冥夜と武の回答を受け、ターニャは必要とされる時間を大雑把ながら見積もる。

 

 

 

「まったく。ボーニング関連企業には、第三四半期からの生産ラインの確保を予定させておったのですが……」

 ターニャが指し示した時間を受けて、わざとらしいまでにジョンが愚痴を零す。

 

「そもそも壱型丙、でしたか? それのパーツをこちらで代替する程度のモノならばすぐに仕様が決定すると期待しておったのですよ。まずはそれらを先行量産して、Type94の製造実績を作る。それを踏まえて第四四半期にはSecondの低率初期生産を始めて年内にはお引渡しする、というそういう流れがあったのですが……いやはや、現実はご存じのとおりですな」

 

 ジョンはボーニングの人間ではないはずだが、まるで社の意向を代弁しているかのように語る。

 開発完了を待たずにラインを開けておいたとだけ聞けばおかしな話だが、弐型はそもそもが壱型丙の改修だ。ジョンの言うとおり、問題となっている壱型丙を合衆国製部品で組みなおした弐型Phase1仕様ならば、たしかにそれくらいから生産を始めていても不思議ではない。

 

 

 

「帝国陸軍の来年度予算には、撃震の代替機の開発に関わる費用という形で確保されてはおりますが、その内実はまだ固まってはおりませんな」

 

 それまで口を噤んでいた鎧衣が、帝国の状況を付け加える。それはつまり、XM3搭載型の弐型が完成したとしても、採用が決定されるかどうか不透明だということだ。

 

 武もすでにXFJ計画の概要は見ているが、たしかに開発計画は初期予定から大きく遅れている。

 撃震の代替として予定されている弐型だが、今のままでは2002年度予算に組み込まれるかどうか微妙な時期に差し掛かっている。これ以上下手に遅れれば、なし崩し的にXM3対応型の89式陽炎が代替機として採用される可能性も高い。

 

 XFJ計画としての予算は通っているが、それはあくまで開発予算だ。いまだ弐型は完成しておらず、それゆえ当たり前だが明確な機体価格が判明していない。これでは取得費用として計上することも不可能だ。

 

 

 

「なにやら不満そうだな、御剣少尉?」

 鎧衣の言葉を受け、あらためて武は弐型の採用が難しいことに気付かされる。

 冥夜も同じだったようで、惜しむ気持ちが表情に出ていたのだろう。武も同じだったとは思うが、ターニャからどこか面白そうに冥夜へと声を掛けた。

 

「はい、いいえ。弐型開発に携わっている方々のことを思えば、帝国陸軍に採用されない可能性があることを残念に思えど、時間的な制約というのであれは致し方ないことかと考えます」

「たしかにな。軍事に限ったことではないが、納期が守れぬようではたとえ如何ほどのものであったとしても、意味はない」

 

 冥夜はアルゴスの皆のことを思い、弐型が不採用となりそうな流れに心を痛めているが、ターニャにはそのような感傷はない。

 問われていないので言葉には出せないが、武も気持ちとしては冥夜と同じくアルゴスの皆の努力を無下にはしたくなった。

 

 

 

(……ってそうだ「仕方がない」んだ)

 しかし、アルゴスの者たちの努力が報われないこと憐れみ嘆きつつも、致し方ないと受け入れる冥夜を見て、ターニャの言葉以上に武も納得してしまった。

 

 ユウヤたち弐型の完成に心血を注いでいるアルゴス小隊の皆のことを思えば、計画通りに採用されてほしいとは思う。ただそれが間に合わないようでは意味がない。

 

(それに俺が考え無きゃダメなのは、撃震の代替機とかそういう話じゃねぇ。アルゴスのみんなのことも、今は優先すべきことじゃない)

 時間的な制約、間に合うかどうかという話で、武は自身の問題を見つめなおす。かつての世界線での夕呼がそうであったように、今の武にもさほど時間は残されてはいない。

 

 ユーコンに来てまだ一日だが、アルゴスの衛士たちと語り合ったことで、武は戦術機開発に意識が行ってしまっていた。それはたしかに人類が戦い続けるうえでは必要かもしれないが、武の、そして第四計画が目指すものではない。

 

 ターニャはXM3の売り込みとプロミネンス計画を潰すことが、このユーコン基地における目的だと言った。ただそれはあくまで短期目標、喀什攻略に至るための手段でしかないはずだ。

 武が考えるべきこともまた喀什攻略である。作戦成功率もだが、なによりも衛士の生還率を高めることこそが、武がこのユーコン基地において目指すべき目標だ。

 

 

 

 まずは単純に投入戦力の強化だ。ありがたいことにそのための素材はこのユーコンにある程度揃っている。

 

「っと、ちょっとした確認なんですが、弐型の生産ライン自体はもうボーニングでは確保できているのですか?」

「仕事の無い従業員への賃金支払いで、ボーニングは頭を抱えておりますな」

 

 武の疑問を、ジョンは簡単に肯定する。

 

「ってことは、帝国陸軍の撃震代替は無理としても……」

「新規機体ではなく、改修パーツだけであれば補修部品として早期にお引渡し可能です。連隊規模、とまではいきませんが大隊程度ならば年内に、もう一個大隊分ならば年明け直後には、準備させていただきます」

 

 呟くように言った武の言葉に、ジョンが満面の笑顔を見せ、聞きたかったことはこれだろうと言わんばかりに答える。

 

 弐型は、計画本来の撃震代替機として完全新規生産機とは別に、既存の不知火へのMSIP強化モジュール組み込みによるアップデートも考慮されている。というよりも今アルゴスで使用されている試験機は、どちらもそういう経路で作り上げられていた。

 

 

 

「出来ればA-01の不知火は年内にすべてPhase2仕様に置き換えたいところです。これらはすでにXM3に換装されてますし、衛士の慣熟も進んでいます」

 これはあくまで最低限だと、武は頭を振り絞って考える。

 

 喀什の攻略に関してはいくつか想定シナリオが立てられてはいるが、直接戦力として投入可能なのはXG-70を除けば、戦術機のみでおよそ一個軍団1000機ほどだ。合衆国による予備作戦としての『フラガラッハ作戦』に準備されている兵力をも転用させると計画しての、この数だ。

 あくまで今計画されている喀什攻略は、試験的行動であり攻勢の作戦ではない、というのが公式の見解だ。これ以上の戦力増強は見込めないだろう。

 

 数が増やせないのであれば、あとは個々の能力を高めるしかない。

 

 とりあえずは帝国陸軍に在日国連軍そして帝国斯衛に関しては、参加するすべての戦術機をXM3仕様に換装し、衛士の慣熟訓練も進めているはずだ。これだけでも武の知る『桜花作戦』よりも正面戦力としては向上するはずだった。

 

 

 

「あとは帝国陸軍内の不知火も出来れば弐型に、と……ああ、そっか」

 そこまで考えを進めて、在日国連軍の投入可能戦力が陽炎であることに思い至った。

 

 帝国陸軍と同じく、在日国連軍からはA-01とは別に二個連隊程度の戦力提供を想定している。さすがに侵攻作戦においては撃震では能力不足であり、帝国の方には無理を押して不知火を出してもらうが、国連軍にはそもそもが不知火はない。こちらの二個連隊は陽炎になるはずだ。

 

 そして合衆国から提供される戦力も、おそらくはF-15Cだ。

 『フラガラッハ作戦』に用意されている合衆国陸軍戦力がF-15EなのかF-15Cなのかは武は知らない。ただ『い号標的』にのみ戦力を集中するつもりでF-22を投入してくる可能性もあるが、それをそのまま武たちの計画に組み込むことは困難だろう。

 

(在日国連軍だけでなく合衆国陸軍のF-15CもXM3に換装したF-15ACTVにできるんなら、戦力補強としては現実的なところか)

 十分とは言い切れないが、武が考えられる可能な範囲としてはこの程度だ。理想を言えば、合衆国には一個師団強のXM3搭載型F-22ラプターを揃えてくれとなるが、そんな無理を通す方法は武には思いつかない。

 

 

 

「ちなみにACTV用のMSIP強化モジュールならば、Tyep94 Secondの物よりも早く用意できるかと。もともとがボーニングで設計していたものですから」

 武の思考を先読みしたかのように、ジョンが言った。

 

「合衆国陸軍はACTVを採用しますか?」

「さて。それに答えられる立場には、私はありませんな」

 ただ武が直接的に尋ねたことには、ジョンははぐらかす。とはいえこれは言葉通りだろう。F-15Cの延命措置など、合衆国内部では議論にもなっていないはずだ。

 

「在日国連軍に関しては、新規導入ではなく既存戦力の維持を目的とした整備・修理部品であれば、計画総責任者たる香月大佐の権限の下で調達可能か」

 

 武よりも先にターニャが言葉にする。

 国連軍に限らず新規に戦術機を導入するなどは予算審議なども含め非常に難しいが、手持ちの機材の補修ならば、比較的簡単に通る。

 夕呼が直接指揮できるのはA-01に限定されてはいるが、在日国連軍に協力を求めることは無理ではない。その際に作成遂行のため、F-15ACTV用MSIP強化モジュールを補修備品として調達することは、第四計画の予算内で可能なはずだ。

 

 

 

「問題は、腰部と肩部への増設スラスターなどによる整備性の低下。いや、整備コストの増大は、今回に限ってはさほど問題とはならん、か」

 

 ACTVの概要を思い出したのか、一瞬ターニャは考え込む素振りを見せたが、すぐに自身の言葉を否定し皮肉気に嗤う。整備コストが増大するほどには長く使えない、と割り切った。

 たとえ準第三世代機相当に強化され、XM3を搭載したとしても、喀什に赴けば生還など絶望的だとターニャは判っているのだ。

 

 冥夜がその言葉の意図を読み取り、微かに眉を寄せる。自身が死に臨むことは受け入れられても、共に戦う者たちの死を甘んじて見届けることは、冥夜には難しいのだろう。

 

 武もまた、散って逝く者たちを、必要だからと受け入れることは出来ない。なによりも先の『桜花作戦』の経験を踏まえ不可能に近いと思い知らされながらも、冥夜の生還だけは望んでしまう。

 

 

 

 だからこそたとえ極僅かでも可能性を高めるため、自分ができることはしておこうと武は誓いを新たにした。

 

 

 

 

 

 




『幼女戦記』からゲスト枠~ということではありませんが、ティクレティウスさんの相手はやっぱりこの人だろうと出そう出そうと思っていたジョン・ドゥさん何とか押し込みました。が、ジョン・ウォーケン大佐とファーストネーム同じかーっと今更気が付きました。まあ大佐の方は故人ですので被ることはないと言いますか、そもそも『幼女戦記』の劇場版特典だと連合王国情報部の方もジョン・ドゥさんになってますが、とりあえずこちらはカンパニーの方です。
でさらっと流してますが、解放戦線によるテロは事前に防がれてます。というかそもそもオルタ原作と違って"Lunatic Lunarian"だと合衆国が難民受け入れてないので、合衆国内には満足な活動母体が存在しない可能性もあったり?

ででデグさん出てくると長くなるの法則でハイネマン氏まで入らなかったです……


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驕傲の惆悵

「失礼いたします」

「おやおや、お待たせしてしまいましたかな」

 

 時間通り、というよりはわずかに早く、唯依と共にハイネマンが入ってきた。

 唯依は緊張しているのか、普段以上に無表情を作っていた。部屋の外の二人を見たうえで、疑惑を顔には出さないように努力しているのが伺える。

 ハイネマンは、昨日も見たように、一見は和やかな微笑を湛えている。それは薄い笑いを張り付けたようで、意図が掴めぬ不気味さもあった。

 

「お忙しい中、技術顧問のお時間を割いていただきありがとうございます」

 ターニャも、ハイネマン同様に薄い笑いを張り付けて、席を勧める。

 

 ターニャの正面にハイネマン、右に武と冥夜、左にジョン・ドゥ。

 ウォーケンと鎧衣は、一歩下がってターニャの後ろに立ったままだ。あくまで補助に徹するという立場らしい。

 

 同じく唯依もハイネマンの後ろに控えるように移動したが、ターニャに止められた。

 

「篁中尉殿、貴方も席に着いていただけますかな。日本側の開発主任を立たせたままでは、ビジネスの話など進めようもないでしょうに?」

「……は、では失礼いたします」

 

 

 

 ターニャは偽装身分である少尉としての立場を、一応は保つつもりのようだ。唯依に対して敬語で伝える。しかしながらターニャの後ろに少佐であるウォーケンが立っている時点で、まったく意味はなしていないことは明らかだった。

 

「昨日は簡単なご挨拶だけで、申し訳ございません。あらためましてターシャ・ティクレティウス国連軍少尉であります。とはいえご覧の通りの身、あくまで香月大佐の権限下においてのみの士官待遇とお考え下さい」

 薄く笑いながらカップに手を伸ばし、ターニャは堂々と身分を告げる。当然、この部屋の中でそれを信じる者など居はしないだろうが、必要な手順としての名乗りだろう。

 

「なに。この身が第三計画の遺児の可能性が疑われたため、香月大佐の権限の下、ターニャ・デグレチャフが監視を含めて意味合いで親権を得た。その上で能力に応じたという形での、第一戦術戦闘攻撃部隊第一大隊第一中隊付のCP将校として少尉待遇という話ですな」

 長々と自身の身分を説明するのは、ハイネマンに対してだ。現在のターニャの立ち位置、そこから出される言葉は第四計画とJASRAとの共同見識であると明言したに等しい。

 

「ほう? そういう話に収まったのでしたか」

「はい。いまだハイスクールの卒業資格さえ取れていないの身の上。正式に士官となれるのは今しばらく先の話となります」

 

 鎧衣も細かなカバーストーリーは聞かされていなかったのか、わざとらしく納得した振りをする。

 

 

 

「さて、皆様お忙しい身の上でしょう。ゆっくりとお茶を楽しみながら、という贅沢はまたの機会に譲るとして、本題に入りましょう」

 

 ジョン・ドゥや鎧衣をハイネマンに紹介することもなく、ターニャは話を進める。

 その完全な作り笑いのターニャからは、付き合いの短い武であっても、ハイネマンに対する攻撃の意図しか感じられない。

 

 今更ながら先ほどまでの時間にターニャの意向を確認しておくべきだったと後悔する。弐型が完成しているという意見を武と冥夜から確認したということは、ハイネマンの排斥を意図しているのかとも勘ぐってしまう。

 

 とはいえハイネマンはXFJ計画の技術顧問としてボーニングからの出向だ。同社の戦術機開発部門の重役でもある。そんな人物を排除できるような材料は、武は知らされていなし、想像するのも難しい。

 

 

 

(なんというか、針の筵ってこういう感じか?)

 

 ハイネマンへの攻撃に、プロミネンス計画の白紙化という目的に対しても、どのような意味があるのかすら、今の段階では推し量りようもない。判るのは、ターニャには攻撃の意図を隠すつもりがなく、それをハイネマンが一見は余裕をもって受けて立っていることだけだ。

 

 冥夜や唯依はともに無表情なままで、同じテーブルについているとはいえ、半ば以上に観客のような立場で一歩引いた姿勢を保っている。

 

 武も二人に倣って無関係な第三者の振りをしたいと、そう思えるくらいには胃が痛い。

 だがこの場に呼ばれているということは、武自体がハイネマンの攻撃材料に使われるのだろうということくらいは予測でき、そしてまた未来知識に関わる者として逃げ出すわけにはいかないことくらいは、流石に自覚していた。

 

 

 

 

 

 

「本題と申しますと、XM3の件ですかな? ですが私からXM3に関して何か付け加えられるようなものは浮かびませんな。あの素晴らしきOSはすでに完成の域にあると言えましょう。むしろXM3に合わせてType94 Secondを高めねばと考えているくらいですよ」

 

 不審者としか言いようのない鎧衣とジョンが紹介されなかったことを、ハイネマンはさほど気にしていないようで、ターニャに促されたままに話を始めた。

 そしてXM3に不満はないと、にこやかなままにハイネマンは断言する。

 

 XFJ計画の技術顧問たるハイネマンから、XM3に関してなにか参考となる意見があれば聞いておく、というのがこの集まりの表向きの理由だった。

 だからこそXM3に不満はないとハイネマンからそう言われてしまえば、武たちフェアリー小隊からは無理に話を続けるきっかけがつかめない。

 

「むしろ私個人としては、Type94 Secondに関して、帝国の衛士二人からの意見を聞きたいところですな」

 そしてXM3を褒めつつも、自身が興味をもつことにハイネマンが話を切り替えたとしても、その流れに乗るしかないと武には思えた。

 

 

 

「弐型に関してといいますと、やはり実戦運用試験の件、でしょうか?」

 ただターニャにしてみれば、ハイネマンがそちらの話を振ることは想定の内だったようで、促すように問う。

 

(実戦運用試験を止めるってのが、事務次官補の目的か? いや、それもあるだろうが、なにかもう一歩も二歩も踏み込むんだろうなぁ……)

 カップで口元を隠しているが、ターニャの獲物がかかったといいたげな表情は、横に座る武からはよく見て取れた。こうなれば武としては、ターニャの話に着き合うという選択肢が最善に見える。

 

「ははは、先日もそのジョークを聞きましたが、このユーコンでは流行っているようですね。アメリカン・ジョークに疎くて申し訳ありません」

 ターニャがどこに話をもっていこうとしているのかは武はまだ想像もできないが、昨夜の歓迎会でも聞いた話だったので、冗談の類に上手く反応できずに申し訳ないと形式的に頭を下げておく。

 

「試験先はエヴェンスクハイヴに正対するペトロパブロフスク・カムチャツキー基地に赴いて、だ」

「……ああ、失礼いたしました。シベリアン・ジョークの類でしたか」

 

 試験場所を聞いて、ターニャが時折差し込んでくるコミー憎しの冗談の類だったかと、武は一瞬納得しかけた。冥夜も試験場所に関しては知らされていなかったのは同じで、武同様に驚きが顔に出ている。

 

 

 

「残念ながら冗談の類ではないようでな。そちらのハイネマン氏から、帝国側へも幾度も打診されているのだ。すべて拒絶するようには頼んでおいたがね」

「……マジかよ」

 

 笑いが固まったままに、久しぶりにその言葉が漏れる。それくらいには、馬鹿げた話だ。

 ターニャの言葉だけでなく、無表情を保っていた唯依が眉を顰めたところを見るに、冗談ではなさそうだった。

 

 主権国家が主導する戦術機開発、その実戦運用試験を国連機関が差し止めを要請するというのは内政干渉に等しい。しかも合衆国の意向を代弁すると見なされている、JASRAによる発言だ。合衆国が帝国の戦術機開発を妨害している、と受け取られる可能性も高い。

 ただ武が驚いたのは、ターニャがJASRAの権限を使ってまで止めたにも関わらず、幾度も打診があったということの方だ。

 

 

 

「君も衛士なら判るのではないかね? 実戦を経ていない戦術機など、信用のおけるものではあるまい?」

 武の躊躇いをどう捉えたのか、試験をして当然だと言わんばかりにハイネマンは言葉を続ける。

 

「失礼ながら。重ねてお聞きいたしますが、冗談の類では、ない、と?」

 軍に属する人間ではなく、また直接的な取引相手ではないとはいえ、一応は上位に位置する者だ。なんとか丁寧な言葉を維持しようと思いと、言葉が途切れ途切れになってしまう。

 

「白銀少尉、質問に質問で返すとは、言葉に慣れておらぬとはいえ、少々礼を失するぞ」

「は、失礼いたしましたッ」

 

 ターニャに誘導されている、とは間違いなく感じる。

 だが昨日も思ったが、冗談としても笑えぬ類だ。本気で進めようとしているならば、むしろその真意が知りたいくらいだ。

 

 

 

「白銀少尉も実戦運用試験には反対なのかね? できれば理由をお聞かせいただきたい。帝国からは、許可できない、との否定ばかりでね、お陰で無駄に時間を費やしてしまっているのだよ」

 ハイネマンは、薄い笑いを崩さぬままに尋ねてきた。

 

(普通に考えりゃわかるだろ? 戦術機開発においては並ぶ者のいない天才だって話だったんだが、もしかして専門バカって類の人か?)

 呆れた思考が口に出かけるが、武はなんとか思いとどまった。

 

 戦術機は中隊規模12機での運用が原則だ。

 そして実戦運用試験というのであれば、中隊規模ほどの実機を調達し、それを前線部隊に配備して行うのが当然と言える。

 

 XM3教導のために設立された武たち第一中隊は、変則的な機種編成ではあるが、半個中隊を構成できる最小限の規模ともいえる。それも中隊員全員が向き不向きはあれど誰もがどのポジションであっても対応できるように訓練してきたからこそ、実現できているのだ。

 

 現場においては、衛士のみならず整備の者たちも、その半数が平均以下の能力しか持たない者たちによって構成されるのだ。そのような場では開発環境ではありえないミスが起こりうる。

 対して開発小隊はその整備班も含め、間違いなく優秀な人材が集まっている。最も軽微でありながら発生件数の大半を占めるクラスD事故など、開発小隊においては発生する可能性が低すぎる。

 

 ユーコンにおける戦術機開発は、規模にしても一般的な兵器開発からは外れているとはいえ、開発衛士たちが自ら戦場に赴いて小隊規模で試験するなど、さすがに異例に過ぎる。

 

 

 

 ユーコンにおける特例的処置がどの程度の範疇に及ぶのか、武はまだ熟知していない。それ故に否定しやすい事実から列挙していくことにする。

 

「理由、でありますか? では一衛士ではありますが、お答えいたします。第一に、極東シベリア方面に開発小隊を移動させる時間や労力の問題でしょう」

 

 当たり前だが、開発小隊を移動させるとなればHSSTで飛んでいく、などという手段は取れない。当然ながら海路だ。しかも開発資材などを含めての移動となれば、その準備にかなりの時間がかかる。帰ってくるにしても同様だ。アリューシャン列島に沿って航海するだけとはいえ、単純に1週間程度は移動のために時間を浪費することになるだろう。

 

「なるほど。ただ、その時間と費用を掛けるに値するだけの成果は、実戦試験で得られるはずではないかね」

「試験によって得られるものの成果内容が、自分には提示されておりませんので、その点は判断しかねます」

 

 小隊規模どころか、持っていける不知火・弐型は実機のある二機、分隊編成ができるギリギリの数だ。それさえもどちらか一方に問題が発生すれば単独試験しか実施できない。僚機の連携運用なども最低限しか行えない状態で、戦地で何を試すのかと逆に問いたくなるが、耐える。

 

 

 

「次に、皆様ご存知でありましょうが、不知火・弐型は日本帝国で運用されている77式撃震の代替予定機です」

 XFJ計画の技術顧問ならばさすがにこの前提は理解してるよな、と直接問うには無礼にもほどがあるだろうと我慢して、前提として断言だけはしておく。

 

「朝鮮半島からの全軍撤退を受け、現在日本帝国は九州を最前線とし、国土防衛へとその戦力を集中させております」

 これまたこの部屋に集まってきている者たちにとっては、当然の前提だ。

 

「XFJ計画が開始された時点とは、少々状況が変化しております。ゆえに弐型に求められる要求仕様に変更があるやもしれませぬが、そもそもが撃震にしても基本的には本土防衛用の戦力です」

「ふむ。その通りだが、それが何か?」

 

 繰り返し前提条件を確認する武に、さすがに訝しげにハイネマンが問う。

 

 

 

「申し訳ございません。あまりにもおかしな要求がハイネマン氏から為されていたために、自分の知る前提となにか違う点があるのかと、確認させていただきました」

 相手の失点を論うために、事実を積み重ねていくことに、気が向いてしまっていた。ターニャの影響を受けてしまっているな、と自虐気味に笑いが漏れそうになる。

 

「つまりは、弐型は帝国国内においての運用を第一に想定されております。BETA大戦における気象変動が激しいとはいえ、カムチャッカでのデータなど帝国ではほぼ役に立たないかと」

 

 詳しい部分はすでに忘れ去っているが、日本は温帯湿潤気候が大半で一部が冷帯だったはずだ、と武は思い返す。

 このユーコンでも、ギリギリなのだ。カムチャッカでの運用試験データなど、樺太方面に展開している部隊であったとしてもそのまま使うには厳しいだろう。いま戦力が必要とされる九州方面には参考程度にしかならない。

 

「戦術機とは、原則的に全天候性を求められている。気象条件の厳しいカムチャッカで試験するのは、当然ではないかね?」

「当然かどうかというお話であれば、弐型の開発は帝国本土でおこなわれるべきだった、というそもそも論に帰着するかと。であれば先行量産機で一個中隊を編成し、朝鮮半島か、あるいは九州に回すことも容易だったでしょう」

 

 なぜXFJ計画がこのユーコン基地で実施されているのか、その根本的な要因を武は知らない。おそらくは帝国側の純国産主義派と輸入機容認派との軋轢の結果だろうとは予測くらいはできる。

 

 それがF-15ACTVのMSIP強化モジュールを流用するためという意味はあれ、他開発計画に相乗りするかのような中途半端ともいえる形で開発計画が進められていることから、なによりも試験機の数が足りない。

 他開発小隊の内実も鑑みれば、本来ならば弐型は最低でも四機は試験開発されているはずだろう。小隊編成ができてようやく何とか実戦試験の体を為せる。

 

 

 

「ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地には、このユーコンから他の開発小隊もいくつか受け入れてもらっていてね。なによりも光線級が居ないため、他前線基地に比較して安全に試験ができる」

 ハイネマンが武の疑問に対し、プロミネンス計画の他開発小隊でも実施されている試験項目の一つだと告げた。

 

(これって、合衆国の目があるユーコン基地では他開発小隊の実働データを盗めないから、自分たちの基地に持ち込ませて盗めるものは盗みたいってことか?)

 

 以前より、ソビエトには各戦線からF-15の残骸を無許可で回収し、それらを元に戦術機開発を続けてきたという黒い実績がある。F-16などに関しては中国共産党も鹵獲に協力していたという情報もある。

 これが冷戦期であるならば、軍の行動としておかしなところはない。敵軍が使用している兵器を鹵獲することは重要な任務ともいえる。

 だが、曲がりなりにも国連の下に連携し、共にBETAとの戦線を作り上げているときに、破損機を収集しているのだ。つまるところ損壊した機体を回収できるような余裕のある状況にも関わらず、味方機の撃破を座視していたとも取れる。

 

 そしてハイネマンが東側、特にソビエトの戦術機開発に技術を流しているという噂があることは、武も資料で見た。

 事実としてSu-27はF-14を基にして設計されたことは明らかだ。グラナンが財務状況の問題解決のために技術提供したこともあるが、F-14の開発技術がその取り決め以上に流出している疑いは残っていた。

 

 結局のところ、ハイネマンは東側の代弁者でしかない。武にはそう捉えるしかなかった。

 

 

 

「ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地の立地上の利点はともかく、実戦運用試験が許可できない理由はハイネマン氏にもご理解いただけたかと」

 武が疑惑を出さずにどう纏めるべきかと言葉を探す間に、ターニャがあっさりと話を引き継いだ。

 

「重ねて確認ではありますが、篁中尉殿? 試験の許可は出さないという帝国の判断に変更はございませんな?」

「はい。アルゴス小隊による試験は不要というのが、XFJ計画を主導する帝国技術廠の判断です。それに変更はありません」

 

 唯依は無表情を保ったままに、ターニャからの確認を肯定する。

 

「まあ、終わった話ですな。弐型の実戦運用試験は執り行われない。端的に申し上げて、開発小隊による分隊規模での実戦運用テストなどまったくの無駄。加えてペトロパブロフスク・カムチャツキー基地での運用など論外と言えるでしょう」

「非常に残念なことではありますな。今ならばXM3に換装した上での試験が行えると考えも致しましたが」

 

 武に長々と説明させておきながら、ターニャはあっさりと話を区切った。

 ハイネマンも唯依からの断定を受け、そしてこの場での反論には意味がないと理解しているようで、笑顔を保ったままに頷いてみせる。

 

 

 

 

 

 

「さて。少し話が逸れるが、ATSF計画においてYF-22が採用された要因、というよりはYF-23が不採用となったのはなぜだか知っているかね、白銀少尉?」

「実機模擬戦闘試験ではYF-23の方が成績が良かったと聞き及んでおりますが、合衆国のドクトリンにはYF-22がより合致していた、ということでしょうか?」

 

 ハイネマンがかつて設計したYF-23は「世界最高、最強の多任務万能戦術機」などと噂されている。

 YF-23に関しても軽く調べたことはあるが、何せ採用されなかった機体、それも帝国ではなく合衆国での10年以上前の話だ。夕呼の権限を借りつつも本格的に調査したわけではなかったので、武が知っているのは概略程度のものだ。

 

「単純な話だよ、YF-23はYF-22よりも高かった。それだけだ」

「あ~ああ、なるほど。それは無理ですね」

 

 単純にして究極の理由だ。

 YF-22、そしてF-22も量産化に伴う際に、議会から開発・運用資金の高騰が問題視されたはずだ。そして現実的にF-22の運用コストは他の第三世代機と比べても高い。

 

 それを超えるとなれば、採用されるなとあり得るはずがない。

 

 

 

(やっぱりこのおっさん、バカだろ? いや自己顕示欲とかが強いだけか?)

 

 武の中でハイネマンの評価が、専門バカからただのバカ、あるいは無能な働き者へとへと下がりつつあった。

 

 YF-23は近接格闘戦闘能力においてはYF-22を凌駕していたとは聞く。だがそれは合衆国陸軍が求めていた能力ではない。

 要求仕様を満たすためならば理解もできるが、それ以上の要素を淹れて機体価格を高騰させるなど、本末転倒だ。もしそれが自身の名声のためでもあったならば、ただの計画の私物化と言ってもよい。

 

 たしかに何かの間違いでYF-23が合衆国陸軍に採用されていたとしても、おそらくはF-22以上に生産と運用に難があったであろうことは、容易に想像が付く。ドクトリンから外れた近接戦闘能力が高いともなれば、それに合わせて衛士教育のみならず、整備や兵站などにまで大きく影響したはずだ。

 そしてそのコストに見合う運用が為されるとは、F-22の現状を見ても、残念ながら考えられない。

 

「YF-23不採用を決定したATSF計画関係者の皆様方には、合衆国軍人としての常識的な判断力を持っていたことに、今更ながらに敬意を表します」

 

 有限にして貴重な合衆国の税金を、無駄に費やさずに済んでよかったと、ターニャは嗤って見せる。

 そして武があえて口にしなかったことを、大げさなまでに肩をすくめつつターニャは言い放った。

 

 

 

「端的に申し上げれば、YF-23は駄っ作機でしたな」

 

 

 

 

 

 




ハイネマン及びYF-23に対するアンチ・ヘイト的表現が続きます……と、前書きに注意書き入れようかと思いましたが、こういう感じです。

上の本編でも書いてますが、戦術機のYF-23の何がどう良い機体なのか真剣に判らんッといいますかYF-22に比して試作時点でさえ値段高いという一点だけでさえ、ダメ過ぎじゃないかと?
あと「近接戦を重視するユーラシア各国の戦術機設計は紛れも無くYF-23の影響下にあり」となってはいますが、1985年あたりから開発が始まってる94式不知火には直接関係なさそうだし、タイフーン、ラファール、グリペンあたり? といいながらこの三機はECTSF計画からの欧州オリジナルトレンドデザインって言われるしで結構ナゾです。

んで個人的趣向になりますが、現実の方のYF-23も見た目はともかく多分ダメだったんだろうなぁ、などと思い返しつつ結局好きなのはYF-21のほうだなーっと作業用BGMに"INFORMATION HIGH"を久しぶりに流しております。

でで、ハイネマン氏の行く末は次で多分ケリ付けます。というか今回ちょっと伸びたので入れるに入れられなかったのです……


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誹議の排列

 戦術機に携わる者の間では「世界最高、最強の多任務万能戦術機」とまで言われたYF-23だ。それをターニャは駄作と断言した。

 

 プロミネンス計画が進められるこのユーコン基地であれば、呆れ果てられるどころか知性を疑われるレベルの発言だろう。だがことこの場においては指摘されたハイネマン以外には然程の驚きもない。唯依でさえ、どこか納得したかのような表情であった。

 

 むしろ武が問題とするのは、冥夜と自分とがこの場に列席を指示された、その理由だ。XM3開発関係者故に、ただの傍観者として呼び出されただけと考えるのは楽観的に過ぎる。

 

(とはいえ事務次官補でも、流石にボーニングまで敵に回すってことはないよな?)

 

 プロミネンス計画の白紙化が目的とすること、何を求めてターニャが言い出したかくらいは、武にもなんとなくは予想も理解できる。国連の対BETA戦略における無駄の排除、そしてなによりターニャにしてみれば東側への技術流出の阻止だと考えられる。

 だが今の話のままに、XM3がハイネマンに対する攻撃材料に使われるならば、今後どれほどの影響があるかは想像が難しい。最悪はボーニングがXM3導入に否定的立場を匂わすだけでも、採用を躊躇う国家も出てきかねないとも思ってしまう。

 

 

 

「さて。YF-23は駄作であったという事実を踏まえた上で、ハイネマン氏にお尋ねしたい。来るXM3環境下において、弐型をどのように仕上げるおつもりですかな?」

 

 口に出さない武の懸念など配慮されるはずもなく、ターニャは淡々と話し続ける。ターニャにしてみれば、YF-23が駄作機であることなど明白な事実だ。そしてこの場の表向きの課題は、XM3に関してハイネマンから参考意見を聞くことであり、その前提として確認した程度の発言なのだろう。

 

 そしてすでにハイネマンからはXM3には完成の域にあるとの言質は取ってある。加えて帝国においてはXM3の採用はすでに既定路線だ。不知火・弐型が正式に採用されるならば、XM3が搭載されることも確実と言える。

 ならばXFJ計画の技術顧問たるハイネマンには、XM3に合わせた弐型の調整方針を、XM3開発チームたる武たちフェアリー小隊に提示する責務はある。場合によってはXM3そのものの修正が必要となる可能性も否定できないからだ。

 

 

「先に述べましたようにXM3には、戦術機開発に関わる者として感嘆の思いしかありませんな」

 流れを訝しんではいるのだろうが、ハイネマンも笑みを保ったまま、だが言葉を選ぶように話を合わせてくる。

 

「ですが帝国の方でも、プロミネンス計画におけるイーダル小隊の結果を受け、Su-37系列などソ連機の導入なども考慮され始めているとは、こちらでも耳にしております」

 

 ターニャがソ連の話を聞いて不快感を滲ませる。

 それを見てハイネマンはフェアリー小隊側が問題視している点が、帝国での国粋派と親米派そして親ソ派の軋轢だと誤解したようだった。ターニャの反応を楽しむように話し続ける。

 

「そのような声を封殺できるだけのプラン、弐型のさらなる強化プランはすでに用意できております」

 ハイネマンは具体的な改装計画は言葉にはしないが、今以上の性能を弐型に与えてみせると、貼り付けた笑みをわずかに崩すほどの自信を持って断言した。

 

 

 

「ふむ。言うなればPhase3ですかな? 兵装担架を四基に増設、機体各所にエッジ装甲を配し、あとは両肩部前縁にさらなる姿勢制御スラスターを追加する。と言ったところでしょうか? 当然ながらさらなる機体サイズの大型化と、それに伴う推進剤容量の増大も予定の内ですか」

 

 原作知識を持つターニャからすれば知っていることを、さも推測したかのように淡々と言葉にしていくだけだ。

 とはいえそれを聞かされるハイネマンにとっては、自身が密かに計画していた強化プラン、それも部外秘どころか誰にも明かしていないものをあっさりと指摘されるという、まさに思考を読まれたかのような体験だろう。

 

(ってここまではっきり伝えてしまうと、これ普通にESP発現体の存在を疑われるんじゃないか?)

 

 ハイネマンがどこまでの知識があるかは武には判らないが、第三計画に関しては概略程度は知っていても不思議ではない。ならば読心能力を持つESP発現体の存在を疑ってくることも考えられた。

 もちろん、ハイネマンに無駄な警戒心を呼び起こすことさえ、ターニャの想定の内だという可能性もある。

 

 

 

「……流石はJASRAと言わざるを得ませんね。大筋でそのような強化案を想定しておりました」

「なに。戦術機の強化という面において至極当然の方向と内容ですから、わずかなりとも戦術機開発に関わる者ならば、誰であろうと推測できましょう」

 

 少しばかり引きつったかのようにも見えるが、ハイネマンは笑みを崩さずにターニャの推論を認め、感嘆した様子を表す。対してターニャはわざとらしいまでに溜息を洩らし、当たり前過ぎる計画だと言わんばかりに肩を竦めてみせる。

 

「ですがその予想に加え、JRSSの搭載も考慮いたしましょう。議会承認に関しては、こちらにお任せいただければ、と」

 対して、傲慢としか思えぬターニャの振る舞いを崩そうというのか、自身に満ちた態度と余裕を持ってハイネマンは新たな提案を加えてきた。

 

 

 

「クッ、ク、ハハハッ、いやはやハイネマン氏はなかなかにご冗談がお好きなようだ。これがアメリカン・ジョークというものだぞ、白銀少尉」

 だがターニャは、ハイネマンの切り札とも言える進言さえ嗤って切り捨てる。そしてその嗤いすらただの演技だと知らしめるように、瞬時にいつもの無表情に切り替えた。

 

「さて。今のハイネマン氏の強化プラン。どう思うかね、御剣少尉?」

 その上で自分で応えるのもバカバカしいとターニャは言葉にはしないものの態度で示しながら、冥夜に回答を押し付ける。

 

「一衛士としては、より性能の高い戦術機というものには、ある種の憧れを抱くことは否定できません」

 言わされているとは冥夜も判っているのだろう。表情は変えないが、いつもにもまして言葉は硬く紡がれる。

 

「ですが、耐用年数の近付く77式撃震の代替機開発というXFJ計画においては、これ以上の計画の遅延は認められぬかと愚考いたします」

「自分も、御剣少尉と同じ意見であります」

 ターニャに促される前に武は口を挟む。これを言わせるために列席させられていたのか、とようやく武は思い至った。

 

 武がXM3開発に初期から携わってきたというのはハイネマンも知っているはずだ。そしておそらくは斯衛における冥夜の立場も、唯依よりも高いという程度には掴んでいることだろう。

 実績と影響力を持つ二人の衛士から、弐型のこれ以上の改良を無意味だとハイネマンに直接知らしめることが、ターニャの目論見の一つだろうと武は読み取り、さらに言葉を続ける。

 

「計画の要求仕様としても、また撃震の代替機に必要とされる性能面で見ても、現状の弐型以上の物は不要かと思われます。いえむしろ……すでに過剰とも言えるかと」

 

 XFJ計画の要求仕様自体は、現状の弐型ですでに満たしているのだ。

 実戦運用試験などもおかしな話だが、XM3の存在を想定していない時点からすでにさらなる強化案を用意していたなど、どう考えても計画を私物化していたと疑うしかない。

 

 

 

 

 

 

「いやいや、過剰とまでは言い過ぎだな白銀少尉。ハイネマン氏のことだから、先ほどの私の推測に加え、JRSSのみならずアクティヴ・ステルスの搭載までを提示して来るのではないかと少しばかり身構えていたのだがね?」

 

 ターニャは想定の範囲すぎて面白みもないと言いたげに、空にしたカップを軽く振ってみせる。幾分かは演技だろうが、純粋に蔑んでいるのも間違いない。

 

 武もハイネマンからの提案には呆れ果てたが、先程からのターニャとハイネマンの発言に知らぬ単語が含まれていたことに改めて注意を割く。

 アクティブ・ステルスは武も知っている。ある意味でF-22を象徴する機能だ。だがJRSSは、どこかで目にしていたかもしれないが、何を意味するのか思い至らない。知らないままに話を続ける危険を犯すわけにもいかず、ターニャに問いかけた。

 

「申し訳ございません。JRSS、とは一体?」

「ああ、あまり広く喧伝している装備ではないから貴様らが知らずとも不思議ではない。日本語にすれば、統合補給支援機構、といったところか。簡単に言ってしまえば、特別なアタッチメントなしにあらゆるものからの推進剤、電力補給を可能とする機構だ。破壊され、戦場に破棄された機体からでも回収できる」

 

 疑問を漏らした武だけでなく、横の冥夜も知らなかったようで、ターニャが簡単に説明を加えた。ただターニャはつまらなさそうに言い捨てているが、それがどれほど高度な技術で成り立っているのか、武にさえ想像がつく。

 

 相手側のバッテリーからの電力補給だけなら、まだ判らなくはない。

 だが自動車から自動車へガソリンを移し替えるのにさえ、専用の給油ポンプが必要なのだ。トラックなどの大型車であれば場合によっては給油ホース自体を取り除かねば、タンク内のガソリンを抜き取れないものもある。

 それがジェットやロケット燃料までも相手側の規格に関わらず、それどころか破壊された機材からでも補給できるというのだ。補給が困難なハイヴ侵攻に限らず、防衛戦においても有用だとも思える。

 

 まさに夢の機械、と言っても良い。

 

 

 

 ターニャの説明を受け、武がJRSSの有効性を考えていた横で、冥夜は微かに眉を顰めていた。言葉にはしないが、JRSSの主たる補給対象が撃墜された友軍戦術機だと思い至り、嫌悪にも似た感情を持ってしまったのだろう。

 

(死体漁りって思うのは、まあ……まだ実戦経験が短いことを考えりゃ、仕方がないか)

 

 冥夜が、轡を並べ戦いっていった者たちの尊厳を汚すかのような行いを想起したであろうことは、鈍い武でも予想できる。

 だが破壊された機体から、まだ使えそうな突撃砲や長刀を奪うように回収することは、戦場では当たり前の光景だ。更には動けなくなった戦術機の跳躍ユニットを、即席の爆破物として用いることさえある。

 人として慣れて良いことではなかろうが、こればかりは個々人で受け入れるなり、飲み込むしかない。

 

 

 

「ちなみに、JRSSはYF-23に合わせて開発されたものだ。搭載されたのはF-22だがね」

 

 武と冥夜がJRSSの持つ意味に思い悩んでいることなどターニャは一顧だにせず話を続け、明確には言葉にはしないがハイネマンが関与した装備だと伝える。

 

「さて。少し本題から外れるが、今言ったようにJRSSはF-22には機体価格の高騰をも呑んで搭載されている。しかしその後もボーニングにて生産されているF-15Eなどには積まれていない。これをどう解釈するかね、白銀少尉?」

 

 ターニャに問われるものの、武は答えに詰まった。答えは判るが、即答は躊躇われる。ステルス機かつ超高速巡航性能を持つF-22には搭載され、他の機種には搭載されていない、となれば合衆国の意図は明白だ。

 

「……対人類戦を見据えて、ということかと」

 JRSSが現状F-22にのみ搭載されている理由、武が推測できる答えはそれだった。

 

 ハイネマンではなく、ジョンの反応を武は伺う。もちろんジョンはハイネマン以上に、真意を見せぬままだ。むしろ孫の模範解答を喜ぶように満面の笑みを浮かべている。

 

 

 

「まあ議会の連中がどう考えているか推測するしか無いが、大筋でそういう物だ。今のところ合衆国外への技術流出を恐れた議会によってF-22共々に輸出は許可されておらんがね」

 武の推測をターニャは肯定する。議会が輸出を承認していないというだけでも、武の推論の強固な根拠になってしまう。

 

 JRSSが謳い文句通りの性能であるならば、東西の兵種を問わず、補給が可能なのだろう。

 

 さすがに跳躍ユニット用のロケット燃料は敵に戦術機が無ければ確保は難しいだろうが、ジェット燃料ならば他兵種でも使用しているため、巡航での燃料問題は解消できる。

 電気に至っては使用していないものを探すほうが難しい。

 

 弾薬類に関しては、現状でも歩兵装備のSTANAG 4179 規格マガジン以上に互換性が高い。相手側に戦術機があればWS-16系列の突撃砲を装備していることがほぼ確定的であり、それならばマガジンはそのままに利用できる。そうでなくともマッチングの手間と問題はあれど、相手側の装備を奪っても使用は可能だ。

 

 つまるところF-22のみでの浸透攻撃の際、現地での資材調達が作戦に組み込める。進攻先で電気・推進剤を奪うことが可能ならば、ドロップタンクなどに頼らずとも進攻距離、そして作戦行動時間も大幅に伸ばせる。

 極論、衛士が動ける限り戦闘行動が続けられるのだ。

 

 

 

「JRSSは高額な機材だが『全世界の戦術機に搭載されるべき革新的装備』などとも言われてはいる。私個人としては同意はしにくいがね」

 ターニャは不要とは断言しないが、さほど必要性を感じていないことは明らかだ。金を使う部分があるだろうと言いたげに頭を振ってみせる。

 

(俺としても、あれば嬉しい……とは簡単には言いにくいな)

 

 「大海崩」後の世界を知る身としては、対人類戦から目を逸らすことは不可能だ。それを見据えれば有用だろうが、とはいえ今必要かと言われればむしろ無いほうが良いかとさえ思ってしまう。

 

 JRSSは局地的、戦術的には有用であろうが兵站面での有用性を見出すのが難しい。

 

 末端の衛士であれば、間違いなく搭載を望むだろう。小隊長クラスでも最悪に備えた機材として考えられる。しかしこれが中隊、そして大隊規模となっていけば、話は変わる。

 部隊が撤退にしろ進行にしろ移動中に補給可能な機材を発見したとき、一々足を止めるのか? そしてもし補給のために時間を割くのであれば、その時々に部隊を分けるのか? あるいは事前に移動にかかる時間を余剰に見込むべきなのか?

 

 僅かなりとはいえ中隊運営の一部を担ってきた経験から、武も予想不可能な要素がいくらでも思いついてしまう。作戦予定にない補給行動で隊の行動に乱れが生じる可能性を考慮するくらいならば、部隊運用としては最初から無いほうが望ましいかもしれない。

 

 

 

「防衛しろ間引きにしろ、損耗機からの補給を前提とした計画など立案が困難だ。いや不毛だといったほうが正しいか」

 

 武の考察など、ターニャにしてみればすでに解決済みの案件だったのだろう。JRSSでの補給を前提とした作戦立案を否定して見せる。

 部隊の損耗は当然織り込んだ上で作戦を立てるが、損耗がなければ補給できないようなギリギリの状態までは想定するべきではない。余剰があればよいという話ではなく、必要十分なだけを送り届けるのが兵站の理想だ。

 

 小規模での進行作戦であれば、略奪型の補給計画として無理なく組み込めるかもしれない。敵の規模が事前に察知できていれば、奪える燃料なども予測可能だろう。

 

 だが防衛戦、それも規模が大きくなるほどに、JRSSでの補給量は予測が困難となる。しかも対BETA戦においてはJRSSで補給できるのは友軍機のみからだ。JRSS搭載機が増え、過去実績などが蓄積されれば確度も上がるだろうが、現状では無いものとして補給計画を立てるしかない。

 

「まあXFJ計画には、アクティブステルス共々、さほど関係のない装備と言えるな。要求仕様の第二項、稼働時間の増加には寄与しなくもないが、あまりにも前提状況が限定され過ぎる」

 

 無くても構わぬと言葉にしたのはターニャだが、JRSSに対しては武も冥夜も肯定的には受け入れにくい。唯依でさえ微かに眉をひそめている。

 弐型へのJRSSの搭載提案はハイネマンにすればある種の切り札だっただろう。室内の反応の悪さに、薄く浮かべていた笑いもどこか強張ってきているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

「そうだな……国連軍に所属するとはいえ、貴様も帝国臣民であろ。白銀少尉、貴様ならXFJ計画を現時点から如何様に進める?」

 

 JRSSなどどうでも良い、と言葉にはせずもその態度で示し、ターニャは話を戻す。弐型のさらなる強化と言い出したハイネマンに対して、現実的な対案を出してみろと言わんばかりに、武に問うてきた。

 計画に関わっていないただの一衛士にまた無茶な話を、とも武は思うが、昨日より考えていたことでもあるので答えられないこともない。

 

「はい。単純な案ではありますが、弐型の機体改修などはこれを停止。XM3への対応のみに注力しての各種設定修正に留めるべきかと」

「ふむ。続けたまえ」

 

 武の返答はハイネマン以外には至極妥当なのもとして、さしたる反応もなく受け入れられる。問うたターニャも、意外性のない回答にまったく興味なさげなではあるものの、それでも一応は先を促す。

 

 

 

「繰り返しとなりますが、弐型はすでにXFJ計画で当初想定されていた要求仕様は満たしているものと認識しております」

 ハイネマンの説得など誰も考慮もしていないだろうと武は割り切り、XFJ計画における弐型の完成を目指すことだけに意識を集中する。

 

 まず前提として、XFJ計画の範疇に限れば、不知火・弐型は完成しているのだ。

 

 問題はXFJ計画の立ち上げ時と異なり、今はXM3がある。

 撃震の代替としては、XM3に対応させた撃震あるいは陽炎の追加生産だけでなく、計画開始時に廃案とされたが主機を換装した実戦仕様の吹雪なども改めて候補となる可能性が高い。

 帝国陸軍だけでなく生産を担う企業にとっても、XM3によって様々な選択肢が提示されているのが現状だ。

 

 従来型OSで仕上げられた弐型を、計画は完了したと今すぐに発表したとしても、代替機に採用される可能性は極めて低い。ボーニングとの共同開発という面でも、企業のみならず帝国の利益も薄く、他機種に対する優位性が無い。

 ハイネマンの案は、他機種を圧倒する性能を与えて反論を封じるという意味では、一つの解法なのだ。

 

 

 

「またXM3は機動性の高い第三世代機にこそ最適であります」

 XM3は機動運用を持って、攻防の効率化を図るOSだ。

 第一世代のそれも装甲重視の撃震や、第二世代とはいえ大型機の陽炎に比較し、元々が高機動志向の第三世代機たる不知火は基礎からして機動力において優位にあり、XM3搭載機として最適である。

 

 そしてそれは弐型を現状以上に強化せずとも、すでに他機種を凌駕しているということでもある。

 

「加えてXM3はその開発母機に不知火を用いていたこともあり、弐型に関しましては他競合機よりも最適化などの必要工程の短縮が、見込まれます」

 

 先に話していたことでもあるが、XM3に弐型に最適化することは、然程時間を要しない。

 撃震にしろ陽炎にしろ、撃震代替機としてXM3を搭載するならば、CPUのみならずOBLへの変更などを含め機体側の改装も想定されている。それらを含めて考慮すれば、XM3対応機としては弐型が最も速く完成できる。

 

「なるほど。第三世代機の利点を前面に出しつつ、OS換装に伴う機体セッティングに限定し完成までの時間を短縮する、か。至極妥当な案ではあるな」

 

 当然ながら武の出す案など、ターニャにすれば予想の範疇であろう。先のハイネマンの案ほどには否定されぬが、当たり前すぎてつまらぬと言わんばかりに、ターニャは溜息をついてみせた。

 

 

 

「篁中尉殿。帝国側開発主任とされては、どのようにお考えですかな?」

 ここまで言葉を挟まず聞き役に徹していた唯依に、ターニャは意見を求めてみせる。

 

「一衛士としてだけではなく、戦術機開発、いえ弐型開発に携わる者の一人としては、ハイネマン技術顧問からのご提案には非常に心誘われるものがあります」

 今はXFJ計画の開発主任としての立場にあるが、唯依も斯衛の衛士だ。より強力な戦術機を求める気持ちは誰に劣ることもない。そしてXFJ計画に関わってきた身としては、弐型のその先の姿を見たいという思いは確かにある。

 

「ただ、帝国からは計画の早期完遂をとの声もあります。それを考慮いたしますと、先の白銀少尉の案と同様に、今は何よりもXM3に対応した弐型を完成させることこそが急務かと愚考致しております」

 

 唯依は僅かな時間だったとはいえ、XM3トライアルに関わることで、その有用性を思い知らされた。それ故にユーコンに戻ってからは、ユウヤを始め開発小隊の者たちからサボタージュを疑われるほどまで徹底的に、XM3での機動に対応できるような冗長性を弐型に求めてきた、

 だからこそ弐型はハードの更新は最低限に抑えつつ、XM3に換装できる。不知火でのXM3運用実績が蓄積されていることも踏まえれば、早ければ年内には一定の形には仕上がるかもしれない。

 

 

 

「ですが……」

 その上で、唯依は言いにくそうに口ごもる。

 一瞬、視線をテーブルに落とすが、改めて前を向き、言葉を続けた。

 

「帝国技術廠において、弐型Phase1にXM3を搭載した状態をXFJ計画の完成形とするべきだという意見が出ております」

 

 元々はMSIP強化モジュールを搭載した今のPhase2仕様が、帝国の要求を満たした形だ。

 

 弐型Phase1は、壱型丙の欠点である稼働時間の短さを解消するため、機体各部に出力効率が高く消費電力が少ない新開発の米国製パーツに置き換えられている。XFJ計画においてこの状態は、あくまでPhase2に至るための道標であり、暫定的な仕様だった。もちろん帝国が出してきた要求仕様も満たしきれてはいなかった。

 

 だが今はXM3を搭載することで、要求仕様はほぼ達成可能だ。

 

 そしてPhase1仕様であれば、ボーニング、つまりは合衆国から輸入しなければならない部品類は最小限に留められる。個々のパーツごとのライセンス獲得なども、おそらくはPhase2に比して大きく低減できるはずだ。

 それならば国産に拘る者たちにとっても受け入れやすい話になる。

 

 

 

「素晴らしい。帝国の方々の論理と知性には敬服いたしますな」

 聞きたい言葉が引き出せたようで、ターニャは満面の笑みを浮かべ、唯依とそしてその背後の帝国技術廠とを褒め称える。

 

(あ~ようやく判った。事務次官補の狙いの一つは、これか)

 

 XM3を開発した日本帝国が、参画していたプロミネンス計画で進めていたXFJ計画を白紙に近しいところまで戻す。

 あたりまえだがXM3をもってプロミネンス計画を潰すと言うなら、まずはXM3開発元たる帝国がプロミネンス計画から撤退に等しい態度を示す必要がある。

 

 ボーニングへの詫びとしては、在日国連軍のF-15J陽炎をACTV仕様に換装することで、ACTVの実績作りに協力することで相殺できなくはないのだろう。

 帝国の戦術機市場に食い込むことよりも、世界各地で使用されているF-15Cのアフターマーケットのほうが広大だ。帝国がXM3対応型F-15ACTVとしてその道筋を整えるならば、ボーニングにも利は大きい。

 

 

 

「いやしかし、それはXFJ計画の否定では?」

 これまでは問われぬ限り発言のなかったハイネマンだったが、わずかに焦りを滲ませ唯依とターニャに言葉を挟む。

 

「計画の否定、ですか? XM3対応型Phase1で帝国からの要求仕様は十分に満たせるように見えますが……?」

 わざとらしくターニャは手元の資料を確認してみせる。当然ながらJRSSなど要求仕様に含まれているはずもない。

 

「たしかに。実戦運用試験などもそうですが、そもそもがサプライヤーがカスタマーへ要求するなどビジネスの常道からも反します。さらに求めてもいない物を賢しげに並べ立てられましても、カスタマーたる帝国も答えに惑うことでしょう。ビジネスたるもの、何よりも顧客の要望を第一に、と言ったところですかな」

 ジョンがにこやかに笑いながら口を挟む。だが目は冷たく、戦略技術たるものを軽々しく提示するなと、ハイネマンを見据える。

 

「それでなくともXFJ計画はすでに遅延しているのですが……ここに来てまだなお強化案、それも議会承認が必要のものまで含めようなどと言い出されるとは、ハイネマン氏は計画を正しく理解されておらぬご様子」

 

 ジョンに続けて、ターニャは技術顧問でありながら現状認識ができていないとハイネマンをさらに論う。

 

 

 

「ああ、そうではなく、ハイネマン氏の目的は、XFJ計画の意図的な遅延、計画の停滞でしたかな? それでしたらよく判ります」

 

 ようやく気が付いた、とターニャはをあからさまに作り上げた歓声でもって、詠いあげるように言う。

 そして、あとは喰い散らかすだけだとばかりに、ターニャはハイネマンに嗤いかけた。

 

 

 

 

 

 

 




デグさん話し出すとやはり予定以上に長くなる……ということでハイネマンさん吊し上げにまで到達できなかったです。壱型丙そのものではダメだけど、弐型のPhase1ならXM3積むだけで要求仕様満たせるんじゃないかなぁ……Phase3とか完成待ってられねーというお話?

でJRSS。この時点でハイネマンさん側からJRSSの提供が明示されるのはどうかな~あっても良いかな~と、こんな感じに。まあ提供すると言ってもイラねと言われたわけですが。
前回の感想返信でもちょこちょこと書いてしまいましたが、こんな感じです。小規模の略奪アリアリの侵攻作戦なら無茶苦茶便利そうなのでラプターには最適だけど、普段使いにはどうなの?、と。大規模戦だと、無理に戦術機側に積むよりは回収車両や、そもそもそれ以前に兵站関連ちゃんと整えることにお金回したほうが良さそう?


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壅塞の徒銷

「私がサボタージュを目論んでいた、とティクレティウス少尉はそうおっしゃるのですかな?」

「おや? 意図しての行動かと訝りもしましたが、よもや無自覚であられたとは。なるほど開発がこれほどまでに遅れるのも当然といえましょう」

 

 ターニャの皮肉どころか明確な嘲笑に、流石にハイネマンも表情を固める。声も強張り、そこには怒りが滲んでいた。

 

 ただ否定されるのは当然の前提だったのだろうが、計画の推進こそ本意であるというハイネマンの態度に、ターニャは珍しくも虚飾ではなく驚いて見せる。JASRAの二人は、ハイネマンがXFJ計画に対して意図的に遅延を図っていたと想定していたようだ。後ろに控えていたウォーケンも、僅かではあるものの怪訝そうに眉を顰めていた。

 

 

 

「ふむ、とすれば……篁中尉殿。ひとつ確認させていただきますが、XFJ計画の進捗に関して、帝国ではどのようにお考えですかな?」

 だがハイネマンの意思がどうであれ誤差の範疇だとでも割り切ったのか、ターニャは話の相手を唯依へと切り替えた。

 

「開発に携わる身といたしましてはこういう言葉は使いたくはありませんが、計画の遅延は技術廠の想定範囲内に留まっておりました」

 

 ターニャの問いに、唯依は内心は心苦しく思っているのだろうが、表情には出さず遅延は当然の物と想定されていたと言い切る。

 すでに実戦運用されてる機体、その改修のみとはいえ二国間での共同開発だ。予定通りに進むと夢見ているような関係者は、現場レベルにおいては存在しない。スケジュール自体、それなりに余裕をもって立てられてはいた。

 

 

 

「遅くとも2001年内に試作機の完成さえすれば、来年度予算で低率初期生産を認めてもらい2002年内を通して実戦運用試験を執り行える、という予定でありました」

 

 唯依が語るのは、先にジョンより聞いていたボーニングよりも、帝国技術廠の猶予した想定だ。ボーニングには戦術機部門の経営立て直しという逼迫した要因があるが、帝国にとっては撃震の代替機導入はそれほど喫緊の課題ではなかったようだ。

 

「大陸に派遣された撃震の損耗は激しかったとはいえ、帝国本土防衛に必要と目される員数が不足するほどではありません。なによりも本土での防衛戦は早くとも年明けの2002年冬と目されておりました」

 

 この場にいる者は皆判っていることだろうが、計画に余裕があった前提を唯依は告げる。

 武が経験してきた世界線と比べれば、ユーロにおいても1年以上、極東では3年程は長く防衛線を大陸側で維持できていたのだ。なによりもBETAの本土進攻で国土の大半が破壊つくされた状況ではない。当然、帝国軍の損耗は少なく、撃震の代替を急ぐ必要性は薄い。

 

 また唯依は言葉にはしないが、先の九州防衛において実施されているように、本土防衛となったならば、耐用年数の限界が近い機体から前線で使い潰すことも計画されていたであろうことは明らかだ。

 

 

 

「ですが計画を取り巻く状況は、10月末から大きく変わりました。本州侵攻は防げたものの、本土防衛のために戦術機の質的向上が急がれております」

 今現在、XFJ計画には当初よりも時間的余裕がない、と唯依は言う。

 

 朝鮮半島からの撤退がこれほどまでに急になり、2001年内での九州を含む本土防衛は帝国参謀本部でもほとんど想定されていなかったのだ。大陸派遣軍を吸収する形での本土防衛軍の再編も、満足に進んでいるとは言い難い状況だった。

 

「半島撤退が帝国参謀本部の想定以上に早かった、ということですな」

 唯依が口にしなかった要因を、苦々しげにターニャが補足する。

 

 バンクーバー協定により対BETA戦争は国連主導によるとはされているが、各国の交戦権は自衛においては認められており、防衛においては当該国が主体となって行うのが当然である。だが朝鮮半島においては、南北朝鮮両国の政治的対立が解消され切っておらず、本来ならば防衛戦力の主体となるはずの両国軍が連携を取れず、むしろ国連太平洋方面第11軍が防衛線の主軸となるような事態だった。

 

 10月に行われた間引きで、合衆国軍が事前告知なしにG弾の試験運用に踏み切ったのも、中国本土側以上に半島での防衛に統一した意思決定機関がなかったことにも起因する。G弾の使用は結果的に防衛線の破綻をもたらし、半島からの撤退を加速させる要因となってしまったが、南北朝鮮両国軍が連携していれば混乱も最小限に抑えられたはずだという意見もある。

 

「加えて、先日発表されたXM3です。さすがに今すぐに、とまでは申しませんが、年内に何らかの完成形が無ければ、撃震の代替はXM3に最適化された陽炎で行われることになる可能性が高いと予想されております」

 

 武も想定していたことだが、唯依の口から伝えられると、やはりそうなるかとあたらめて実感する。もちろん他の機体が選ばれる可能性もあるが、生産性や将来性を加味すると他国での採用数も多いF-15C系列の陽炎が選ばれるのが順当ともいえる。

 

 

 

 

 

 

「つまりは帝国としては本来の想定された予定通りにXFJ計画が進展していれば、問題なく弐型の採用が決定されていた、ということですな」

 XFJ計画に時間的余裕が失われたという唯依の話を、ターニャは意図的に曲解し、逆に捉えて見せる。

 

「さて。話が前後いたしますが、なるほど今のXFJ計画に残された時間は限られている、と。その上であらためて篁中尉殿にお聞きしたいのですが、計画の遅延は、何が問題だったのでしょうかな?」

 

 続けて答えの判っている問いを、はっきりとターニャは唯依に投げつける。

 計画の進捗に関して、帝国技術廠などに送られている情報はすでにターニャは知っている。その上で帝国側開発主任たる唯依から原因を明示されることに意味がある。

 

「……計画の遅延に関しては、いくつかの要因があったと考えておりますが」

 もちろん、求められている答えは唯依にもよく理解できている。ただそれが今となってはあまり口にしたくないものだというだけだ。

 

 だが開発主任という立場が、逃げることは許さない。

 静かに呼吸を整えたうえで、一瞬だけハイネマンに視線を流し、そしてターニャに正対し応える。

 

「開発当初のユウヤ・ブリッジス少尉の帝国式戦術機への理解不足……いえ日本人への人種的偏見からくる侮蔑的感情、それによる理解の拒絶こそが、初期の進展を著しく阻害していたかと」

 

 今となっては信じられないほどではあるが、唯依とユウヤとはまともな対話が不可能なほどに対立していたのだ。そしてそのことは隠すことなく報告している。もちろん唯依のみならず、帝国から派遣されている整備班からも似たような報告は上がっているはずだ。

 ここで現在までのユウヤの実績を盾に庇ったとしても、初期の頃の失態が無くなるわけではない。

 

 

 

「計画の進捗状況をこちらでも見させていただいたのですが、たしかにブリッジス少尉の計画への非協力的態度で、少なくとも2週間、おそらくは1ヶ月ほどは計画の遂行に支障をきたしておりますな」

 唯依から求める答えを引き出して、ターニャは心底嬉しそうに嗤ってみせる。

 

「さてさて。このような問題を起こしていたユウヤ・ブリッジス少尉でありますが、他の有力候補者を押しのけ、彼を主席開発衛士として強く推しておられたのは、ハイネマン氏でありましたな?」

 

 そのターニャの言葉を聞いて、武はようやく話しの方向性が掴めた。ハイネマンがユウヤを推し、それ故に計画に遅れが生じていたのならば、確かにハイネマンには顧問としても問題がある。

 加えてハイネマンは無理な実戦運用試験を押し通そうとして時間を費やしているのだ。たしかに第三者的な視点からすれば計画に対するサボタージュと捉えることもできる。

 

 

 

「失礼。ユウヤ・ブリッジス少尉は、御父上に関しては本当にご存じないのですか?」

「知っていてあの態度が取れるなら、むしろ我らがカンパニーに欲しい人材ですな」

 

 傍観者を装っていた鎧衣だったが、なにやらどうしても確認せねばならぬ案件だったようで、断りを入れて問うてきた。そしてジョンが遠回しに肯定するものの、どちらも父親に関しての情報は漏らさない。

 

(ユウヤの父親って、何か帝国の方で問題になるような人物なのか……?)

 

 武が見たユウヤの履歴では、父親に関する記述は空白だった。この世界の合衆国の世情に詳しいわけでもなく、母子家庭が珍しいかどうかの判断もできず、そういうものかと流していたが何やら事情があるようだ。

 鎧衣が口を挟むことからして、斯衛か城内省に関わるつまるところは武家の者なのだろうが、どういった人物がアメリカ人女性と関係を持ったうえで名を隠しているのか、武には想像が難しい。

 

 ただユウヤの父親の話には、ハイネマンは先ほどまでの薄い笑みを浮かべ冷静さを取り戻しているところを見るに、具体的に誰であるか判っているようだ。

 

(ハイネマンは知っているみたいだが、篁中尉は知らない、といった感じだな。んでユウヤ本人も知らない、と。秘匿のレベルがいまいち掴めねぇ……)

 

 唯依は一瞬興味深げな色を瞳に浮かべたが、今は平静を装っている。

 父親に対して複雑な感情を持っているであろうユウヤ本人が自身の出自に関して調べずに、相手を知らないということは不思議ではない。

 ただ斯衛の黄、その次期当主である唯依が知らされていないにも関わらず、ハイネマンが知っているという点に疑問は出てくる。とはいえここで明かされないということは武や冥夜にも知る必要が無い情報なのだろう。武も、気にならないと言えばウソになるが、秘されていることをわざわざ問うほどでもないと割り切っておく。

 

 

 

「ブリッジス少尉の出自に関しては、今はさほど問題とすることでもありますまい」

 ターニャもユウヤの父親については知っているようだが、現時点においては重要視していないようで、あっさりと流す。

 

「先ほどハイネマン氏は遅延など意図しておらぬとおっしゃっておられましたが、帝国側からはブリッジス少尉を推したと一点においてだけで、十分に計画の妨害とも取れますな」

「ですが、ブリッジス少尉の戦術機開発における才能、そして何よりその熱意は得難いものです。彼が居なければ今のType94 Secondが無かったと言っても過言ではありますまい」

「ふむ……ブリッジス少尉でなければ為しえなかった、と。なるほど確かな実績として彼とマナンダル少尉とは弐型を仕上げておりますな」

 

 ハイネマンは今の完成間近である弐型をもって、ユウヤの実績とその選出の正しさを誇って見せる。そしてターニャもユウヤ一人の実績ではないと、タリサの名を絡めながらも、一応はハイネマンに同意した。

 現時点での結果だけを見れば、ユウヤが弐型の主席開発衛士であったことは、たしかに正しかったとは言えるのだ。

 

「ですが弐型の完成という点において、はたしてそれはブリッジス少尉でなければ為しえなかったかのでしょうか? 正直に言わせていただければ、政治的判断での合衆国衛士選出という条件が無ければ、篁中尉殿こそが主任開発衛士に相応しいとこちらでは判断しておりました」

 ユウヤの実績は認めたうえで、他の衛士でも可能ではなかったかとターニャは問うてみせる。

 

 唯依が例に挙げられたが、武から見て彼女が衛士としてユウヤに並ぶかと言われれば、判断が難しい。だが弐型の開発衛士にはユウヤよりも相応しいとは思う。

 短い時間ではあったが、唯依にはXM3の開発にも協力してもらい、その技量は知っている。なによりも斯衛の出身であり、帝国製戦術機の運用に精通しているのだ。わざわざドクトリンの異なる合衆国の衛士に任せる意味は、本来ならばない。

 

 

 

「そして政治的要因で合衆国衛士を主席開発衛士に選出せねばならなかったとはいえ、むしろレオン・クゼ少尉に任せていた方が計画は滞りなく進んでいたのではないか、とも考えてしまうのですよ」

 

(レオン・クゼ少尉……って誰だそれ?)

 ここにきて知らぬ名を出されて、武が疑問の表情を浮かべてしまう。聞き役に徹している冥夜には変化が無いが、唯依も知らぬようで武と似たような様子だ。

 

「おや? 篁中尉殿はクゼ少尉の件をご存じないのですか? 首席開発衛士の候補者データが、帝国側開発主任である篁中尉には知らさせていない、と?」

 促されるままに頷いてしまう唯依に、ターニャは大げさに驚いて見せる。

 

 ただターニャの言葉通りであれば、たしかに唯依に伝えられていないというのは、少しばかり奇妙な話だ。曲がりなりにも共同開発なのだ。合衆国側の意向で捩じ込んだにも等しい主席開発衛士の選定に関し、候補者さえ秘して結果だけを伝えるというのは後ろ暗い点があると喧伝しているだけにも見える。

 

 

 

「ああ、すまないがウォーケン少佐、篁中尉殿に……いやついでだな、白銀少尉と御剣少尉にもレオン・クゼ合衆国陸軍少尉のデータを」

 もはやどこまでティクレティウス少尉としての偽装を取り繕う意志があるのかと疑問に思えるほどに、ターニャは背後に控えるウォーケンを文字通りに使ってみせる。

 

 ウォーケンが手早く武と冥夜そして唯依に資料を手渡す。事前に用意されていたことも、そしてウォーケンが探す素振りさえ見せずに出してきたことからも、これがターニャたちにとっては最初から想定していた流れのようだ。

 

(この集まりがハイネマンへの攻撃だとして、なにかもう一押し……なんだろうが、開発衛士の選出って繋がるようなことなのか?)

 

 弐型の実戦運用試験の拒絶に、ハイネマンからの強化案の否定。これだけでも十分にXFJ計画からハイネマンを切り離すには十分だろうと、武には思える。

 実戦運用試験をソビエト領内で行うことに固執していたところから、明白な証拠はないにしても、ハイネマンが東側と密接な関係にあることはほぼ確実だろう。開発計画の東側へのリークを防ぐだけなら、ハイネマンに技術顧問という立場から引いてもらうだけでも達成できそうだ。

 

 ただターニャがその程度で納めるわけも無かろうとも、予想できてしまう。

 

 

 

(まあ俺からの発言が必要となれば、事務次官補のことだから、気が付いたら言質を取られてそうなんだけどなぁ)

 とはいえそれがユウヤと、そしてレオン・クゼという少尉にどう関係するのかがまだ判らない。まずは眼前の問題に対処しようと、レオンに関する書類に武はざっと目を通す。

 

「なんというか……これは生粋の合衆国軍人、としか言えませんね」

 そして書類を流し読むだけで、レオンの驚くほどの経歴に驚き、問われたわけではないのに言葉が溢れ出てしまう。

 合衆国の教育機関などに詳しいわけではないため、どれほどのエリートコースに乗っているのかは判断しきれない部分があるが、レオンは血統だけでも間違いなくトップエリートだ。

 

「御祖父様は第442連隊戦闘団に所属されておられたのか……」

 冥夜も、尊崇に満ちた声を漏らす。

 

 第442連隊戦闘団は第二次大戦において、士官を除きほぼ日系アメリカ人で構成された部隊だ。彼らは合衆国への忠誠を証明するため、名誉戦傷戦闘団とまで呼ばれるほどに負傷者を出しながらも欧州戦線を果敢に戦いぬいた。

 掲げる旗は違えど、国に殉じる想いに、感じ入るものがあるのだろう。

 

 そして祖父だけでなく、父親は米国海軍太平洋艦隊所属する現職の提督だ。

 

 また血筋を無視したとしても、本人の来歴から間違いなく優秀な軍人、そして戦術機衛士だと判る。今現在、第65戦闘教導団『インフィニティーズ』所属しているというだけでも、その衛士としての技量が合衆国内で最上位に位置することは明白だ。

 

 いまの計画にその身を捧げているユウヤしか武は知らないが、それでもデータを見る限りはレオンを押しのけてまでユウヤを選ぶ要因が思い浮かばない。ユウヤも母方は名家らしいが、父親が不明な点でどうしても弱い。

 

 衛士としての技量は、ユウヤとレオンとが以前に同じ隊に所属していたこともあり、両者がほぼ拮抗していたことが、記録からも読み取れる。

 

 武だけでなく、冥夜も唯依もはっきりとは言葉にはしないが、レオンが選ばれなかった意味が分からない。

 

 

 

「計画に対し本人の意欲は高く、またその技量にも疑問の余地はない。加えて代々が合衆国軍人でありながら、彼らは皆日本と日本人への敬意も併せ持っている。それもあって、クゼ少尉本人も合衆国と帝国どちらのドクトリンにも精通している」

 

 ターニャが纏めてみせるが、XFJ計画にとって否の打ちどころの無い人材だ。政治的要因で、開発衛士に帝国軍人を送り込めなかった日本帝国に対しての、合衆国からの詫びとも受け取れる人選でもある。

 もちろん、ユウヤ自身の能力も経歴も、レオンに並びさえすれ劣るところが無いというのは確かだ。それ故にユウヤを推した者も居ないわけではない。だがそれらの者たちも絶対にユウヤでなければならないと言うほどには、推挙はしていない。

 ただハイネマンだけが、戦術機部門の重役にして技術顧問であるという立場で、主席開発衛士にユウヤを押し切ったのだ。

 

 その結果、開発当初、短くはない遅延を招いた。

 

 

 

「しかし驚きました、帝国側の開発主任たる篁中尉殿にもお話が伝わっていなかったとは。これはボーニングの背任行為と見做しますかな?」

 ターニャは嗤って言い放つが、ユウヤを選ぶために、ハイネマンが開発衛士の選出を帝国に伝えなかったのだろうと、嘯いて見せる。

 

「元より開発衛士の選出に、帝国は関与しないという取り決めでありました」

 ターニャの促すような問いに、唯依は事実をもって否定する。

 

 だが帝国側に決定権とは言わずとも、わずかでも発言権があったならば、ユウヤではなくレオンが選出されていたと思われる。

 書類だけでもレオンが選ばれるだろう。加えてもし事前に二人に面接でもしたならば、間違いなく当時のユウヤであれば、その反日的態度から、計画には不適切と見なされる。むしろ帝国軍人が面接官であったならば、ユウヤ本人から暴力行為などを起こして、計画参与を潰していたかもしれない。

 

「ですがブリッジス少尉の衛士としての技量と、なによりも弐型開発にかける熱意とを知った今では、XFJ計画の主席開発衛士には彼以外はありえないと断言いたします」

「なるほど、ハイネマン氏の選択は正しかった、と篁中尉殿はお考えですか」

「はい、いいえ。クゼ少尉であれば開発当初の遅延もなく、またその技量から推測されるように、弐型Phase2がすでに完成に至っていたかもしれない、という可能性は否定できません」

 

 ユウヤとは少なくない対立を経て、その上で信頼し、共に不知火・弐型を今の形に仕上げてきたのだ。唯依のユウヤに対する信頼は間違いなく厚いものがある。されど帝国の開発主任として唯依は、レオンであればより早い計画実現の可能性があったことを認めなければならなかった。

 そしてそれは、あくまで可能性の話ではあるが、ユウヤを推したことで計画の遅延を招いたと、帝国側開発主任としてハイネマンを叱責ことでもあった。

 

 

 

 

 

 

 唯依の発言は、帝国がXFJ計画の遅延の責はハイネマンにあると捉えている、そう見なされて当然の言葉だった。ターニャが唯依から取りたかった言質は、言葉は間違いなくそれだろう。

 ジョンや鎧衣などとは事前に取り決めていたのだろう、まさにシナリオ通りに進む舞台を見ているように、落ち着いたものだ。が、武や冥夜にしてみれば、この場に呼ばれている意味が今なお分からず、無表情を取り繕うのも難しくなってきた。

 

「そういえば私もいくつか戦術機開発の第一人者たるハイネマン氏にお聞きしたい話がありました。Su-27、でしたか? アレはどういう経路で開発されたと、お考えですかな?」

「はは、ご存知でありましょうが、アレはF-14の系統と言ってもいい。当時はまだグラナンでしたが、そちらとの契約でスフォーニ設計局にいくつか技術提供を行いましたからな」

 武の内心での動揺など考慮されるはずもなく、ターニャはさらに話題を飛ばす。

 ハイネマンもことここに至っては東側への関与を疑われているのは判っているはずだ。公開されている事実を肯定しながらも、確定的なことは漏らさない。

 

「こちらにある契約書ですな。それにしてもSu-27は、あの労働意欲と創造性に欠くコミー共が作り上げたにしては、よくできている」

 ハイネマンがはぐらかすことなど当然ターニャは想定済みだ。その程度は調べていると知らしめるように、歳月を経て少しばかり変色を始めている書類をウォーケンから受け取るものの、ターニャは内容を確認する素振りさえ見せない。

 

 

 

「F-5を基にしながら、Su-11にSu-15などといった劣化コピーとも言い難い機体を設計していたとは思えぬような躍進ぶり。Su-27はまるでF-14を設計した者たちが、改めて作り直したかのように、驚くほどによくできている」

 

 共産主義関係を褒めることなどめったにないターニャではあるが、それでもSu-27系列の優秀さは認めている。中国共産党の採用したものなども含め、Su-27の派生型が東側の標準機となっているのは事実だ。

 

「スフォーニ設計局には、ハイネマン氏に並ぶほどの天才技師でも存在しておりましたかな。寡聞にしてその名を聞いたことがございませんが」

「ははは、当時の契約に携わった者たちには、話を聞きなおしてみたいところです。驚かさせる名が出てきそうで楽しみですな」

 

 ターニャに続き、ジョンも嗤って見せる。

 まともな開発実績さえ持たないスフォーニ設計局に、F-14を基にしたとはいえあれほどの短期間で再設計できるとは考えにくい。しかもソビエトのみならず東ドイツも中国共産党もユーラシアの撤退により、亡命先での劣悪ともいえる工業生産能力しか持たない。そのような状況下でさえ生産・運用できるように各部の精度を下げたにも関わらず、それなりの性能を満たしているのだ。

 グラナンからの限定的な技術提供を受けたとはいえ、スフォーニ設計局が単独で成し遂げたなどと、楽天的な思考を持つ者はこの場には居ない。

 

「ああ。Su-27とF-14で思い出しました。F-14の設計にはブリッジス少尉の御母上のミラ・ブリッジス女史も深く関わっておられましたな。戦術機に関わる者として、機会があれば女史からもお話を伺ってみたいものだ」

 

 そしてターニャは、わざとらしいまでに記憶を探るかのように首を傾げたうえで「ミラ・ブリッジス」が生きている、と取れる言葉ともにハイネマンを見据えた。

 

 

 

 

 

 

「さてさて。私からもブリッジス女史のみならず、ハイネマン氏にはいくつかお聞きしたいことがありますが……他の皆様方にこれ以上お時間を取らせるわけにもいきますまい」

 ミラの名前が出され、ハイネマンの作り笑いが剥がれたと見て、ここでの話は終わったとジョンが軽く手を叩きつつ腰を上げる。

 

「私個人としても、ハイネマン氏からは、退職後の身の振り方をご教授していただきたいところですからな」

 ジョンは獲物を見据えたように大きく笑う。その言葉が終わらぬうちに、外で警護していた黒服の二人が入室し、靴音を高く響かせつつハイネマンの背後に立った。

 

「私を抜きにして、弐型の完成はありえません。その先にある新たな戦術機もッ」

 死亡したと伝えられていたミラ・ブリッジスが生きている可能性があり、そして退室を促されるに至って、ようやくハイネマンは今現在の自分の立場というものを理解できたようだった。さすがに余裕の態度も崩れ、慌てて言い募る。

 

 

 

 フランク・ハイネマン。

 XFJ計画の技術顧問にして、ボーニング社・戦術機開発部門重役。「戦術機開発においてフランクのみで全てをなしうることができる」とまで言われるほどの人物だ。

 ハイネマン自身も普段は態度には表さないが、自己への評価は理解している。僅かなりでも戦術機に携わる者であれば、けっして無下に扱うはずはない、とどこかで楽観視していたようだ。

 

「残念ですが、あなたは費用対効果が悪いのですよ、ハイネマン氏」

 だがターニャはそんな評価など一切考慮せずに斬り捨てる。

 

 たしかにハイネマンはボーニングの開発部門の重役ではあるが、結局のところは合併先のグラナンの人間であり、経営の主流に位置するわけではない。またあくまで戦術機開発すべてに精通しているというだけで、ハイネマンが居なければ進まない研究開発というのも、ないのだ。

 間違いなく天才ではあるのだろうが、ボーニングにしても合衆国としても代替可能な一個人でしかなかった。

 

「懲戒解雇ではなく、自主都合退職といういう形を取るのは、ボーニングにしてみれば最大限の譲歩でしょうな」

 

 なによりもこのまま放置し、不祥事が第三国から告発されたならば、ボーニングの社会的信頼まで落とされる。そしてそれは合衆国の威光をも陰らせかねない。国連職員である前に、善良なる合衆国国民であると自認するターニャとしては見過ごせる事態ではないのだ。

 もちろん自主都合退職とはいえ、退職後の自由などありえないことは、当然誰もが理解していることだ。

 

 

 

「そして先ほどの話にあったように、帝国においては弐型が完成せずとも問題はありますまい。加えてJSF計画にて選定されるのはF-35……ああ、まだX-35でしたな。ボーニングのX-32ではありませんよ」

 続けて軽く手を振ってハイネマンの自信の拠り所ともいえる新機体を不要と断じる。お前は無用だと告げるターニャは、退屈気で不機嫌そうないつもの表情だった。

 

「なるほど……カッサンドラの予言、ですか」

「予言などと大それた話ではありませんよ。至極当然の帰結ですな」

 原作知識という、外から見れば予言としか取れぬターニャの物言い。

 

「F-4、いえそれ以前、NCAF-X計画の時点から貴女は第3世代機を想定されておられた。いや、今もその先が見えておられるに違いない」

 自身の設計、そして予言という言葉も否定されてながら、しかしハイネマンはこれまでとうって変わり啓示を待つかのようにターニャを見つめる。

 ハイネマンは当初から疑ってはいたのだろうが、眼前の幼女をフェアリー小隊付きのCP将校たるターシャ・ティクレティウス国連軍少尉ではなく、JASRA局長ターニャ・デグレチャフ本人だと間違いなく認識したようだ。

 

 武の経験してきた世界線と異なり、この世界においては1974年6月のJASRAの第一次報告書によって、戦術機開発はその開始時点からはっきりと方向性が形作られている。

 新兵器開発には必ず伴う試行錯誤はあれど、要求仕様と言う意味ではこの四半世紀ぶれることが無かったのだ。ターニャの「原作知識」という未来知識による裏付けだ。そこからズレた機体が対BETA戦という極限環境下で淘汰されていくのも、当然と言えた。

 

 それは天才と呼ばれたハイネマンであればこそ、戦術機開発においては疑問の余地なくターニャの提言が「絶対的な正解」であると当初よりも理解していた。だからこそ自身が否定されている今この時点においてさえ、戦術機の先を正しく示す言葉を縋りつくように求める。

 

 

 

「YF-23、そしてType94 Sceondに私が目指したものは、JASRAが、いえ貴女が求めていたより高い機動性と近接戦能力を併せ持つ戦術機。それであってもまだ足りぬとおっしゃられるのですか?」

「機動性に近接格闘能力、ですか。そうだな……少佐、貴様が陸軍にいたままであれば大隊指揮官あたりだろう。その立場で求める、最良の戦術機の概念を言ってみるがいい」

 

 いまやハイネマンは、ターニャを文字通りに預言者、信仰の対象を崇め奉るかのように熱の籠った視線を投げかけている。その縋るように問いかけられた言葉をターニャは軽くあしらい、自身で告げることすらせずにウォーケンに答えを促す。

 

「武人が求める物など古来より変わりません。より強く、より硬く、そしてより速く。戦術機衛士であってもそれは変わらんでしょう」

 問われたウォーケンは苦笑気味に答える。それは間違いなく、ハイネマンがYF-23に、そして弐型に与えようとした能力だ。

 

「ですが部隊運用という面を加えるならば、なによりも数です。それも一時のものではなく、常に揃えられる数。補給と整備、そして欠員が即座に補充される環境こそを、求めますな」

 

 大隊指揮官としてと、ターニャにわざわざ付け加えられたのだ。ならば答えは変わってくる。

 性能どころか、万全の状態などともウォーケンは贅沢は言わない。求めるのは一定の水準、突出した個ではなく均質な集団と、それを支えられる兵站。完成されたシステムとして運用できる組織だ。そのために戦術機に求められる性能というのは、生産性と整備性、何よりもコスト管理である。

 

 帝国斯衛とは大きく異なる、超大国たる合衆国のドクトリンだった。

 

 

 

「と、このようにハイネマン氏。あなたが作ろうとされてきた物は、個々の能力はともかくも、主なカスタマーたる合衆国の要求を総体としてはまったく満たしていなかった。帝国の斯衛であればもしや合致したかもしれませぬが、あなたの先ほどまでのカスタマーは帝国陸軍だ」

 

 結局のところ、XFJ計画は撃震代替機を手早く安価に用意するために、合衆国との合同開発を認められたのだ。それが性能は高くとも時間も金もかかるとなれば、根底から条件が変わってしまう。

 つまるところ、客の要望を聞きもせずしかも相手の金で好き勝手に物を作るよう人材など不要なばかりか害悪だと、ターニャは纏めて見せる。

 

「私が作り続けてきた物は、間違っていた、と?」

「採用され、運用され続けているかどうかこそ、客観的な評価でありましょう」

 

 ターニャは明言することさえ無駄だと言わんばかりに、突き放す。それはハイネマンが才能はあれど、無能な働き者でしかないと告げたに等しい。

 

「ははっ……結局、私はこの数十年の間、貴女の掌で踊っていただけでしたか。いや踊ることさえも出来ていなかったようだ」

 ターニャから直接に不要と断じられたハイネマンは力なく項垂れる。その姿は一瞬に年を取ったかのように覇気を失っていた。

 

「流石に時間をいただき過ぎましたな。では、我らはこれで」

 ジョンに促されるままに腰を上げ、そのまま黒服二人に連れて行かれるハイネマンのその姿は、ただの無力な老人でしかなくなっていた。

 

「私が駅のホームから突き落とされることの無いよう、監視はしっかりとお願いいたします」

「ははは、ティクレティウス少尉殿を突き落とそうなどと、そのような恐れ多いことを画策するような愚か者は、先日来この基地周辺から引っ越しされたようですよ」

 

 別れの挨拶代わりなのだろう、どこまで冗談のつもりなのかわからぬターニャの発言だが、ジョンは軽く笑って受け入れる。

 鎧衣も軽く頭を下げ、共に退出した。

 

 

 

 

 

 

「いやはや、貴様らを臨席させておいてよかった。やはり現場の声というのは強力だな。もう少しばかり『説得』に手間がかかるかと思っていたが、あの様子であればジョン・ドゥ氏の手を煩わせることも少なかろう」

 必要な情報はすぐさまに揃いそうだと言いながら、ターニャは新しく注がれたコーヒーを味わう。

 

 現場からの声という形で武と冥夜にハイネマンを否定させ、それで抵抗の意思を失わせるとつもりだったが、奇麗に嵌ったとターニャは屈託なく笑う。

 

(いや、どう見ても事務次官補だけで話済んだ、よな……?)

 

 横の冥夜もこちらに視線を送ってくるが、どうやら思いは同じようだ。唯依も似たような思いなのか、流石に口には出さないが、居心地が悪そうだ。

 

 ハイネマンの心が折れたのは、ターニャに否定されたからに違いない。

 確かに冥夜の立場や、XM3開発に携わってきた武の言葉なども要因の一つではあるだろうが、それだけであればあの笑顔を被ったまま頑なに抵抗を続けていただろう。

 

「ご覧のように少々自己評価が低くていらっしゃってな。JASRAの局員一同が悩まされ続けている問題の一つでもある」

 ウォーケンに至っては、珍しいことに冗談じみたことを口にして、諦めたかのように肩をすくめてみせる。

 

 それはターニャ以外の誰からも、心から同意できる言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 




ハイネマン編(?)ようやく終了~今回分が何やら長くなったので半分で切ろうかとも思いましたが、切りどころが無くてそのままに。レオン関連は早めに出しておこうと思ったら、こうなってしまいました。
で、原作のTEやオルタと違ってこのお話は"Lunatic Lunarian"基準なので、戦術機開発の基本方針は最初のNCAF-X計画からすでにデグさんによって明確に方向性が告げられています。それでも武御雷なんかが出てきてしまうのが、世界の修正力?

しかし予定ではもうちょっと早く書き上がるはずでしたが、なんとかぎりぎり9月中に間に合わせました。そもそも夏合わせの同人誌の作業が9月にまでズレ込んだり、とやはり明確にイベントなどが無いとメリハリなくなるなぁ、と。同人誌の方も先日から販売始まっているので結果的には問題なし、ということで。

まあ遅くなったのは、404じゃないUMP45が45姉に出会ってしまう話とか、聖杯戦線で再現する冬木の聖杯戦争とか、わりとどーでもいいネタプロットを横で書いていたのが問題な気もします……それが形にできるかどうかはまた別の問題ですけど。


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等位の窺知 01/12/11

 昨日、武たちがハイネマンとの会談に費やしていた間、アルゴスの整備班はその一日だけで不知火・弐型へのXM3搭載を二機ともに完了させていた。F-15 ACTVもXM3へと換装させる予定だというが、それは弐型の調整がある程度目途が立ってからになるという。

 朝のブリーフィングで武と冥夜に指示されたのは、そのXM3に換装された弐型の試験運用だ。本来の開発衛士であるユウヤとタリサがシミュレータでのXM3慣熟訓練のため、急遽二人に依頼された形だ。

 

 昨日に引き続きまりもと純夏とは、合同演習を持ちかけるため他の開発小隊へと出向いている。ターニャも今回はそちらに同行していた。

 

 

 

「しっかし噂以上に優秀だよな、アルゴスの整備班は」

「と言ってもなCPUをそっちから預かったものに変えただけだぜ、タケル。あとは肩に懸架用のウインチを設置したくらいだな」

 

 アルゴスに用意されたハンガーに入り、ざっくりと外観だけのチェックを済ましたが、外から見る限りは弐型の状況は良好だった。人型の機械である戦術機はハンガーに固定されている状態であっても、航空機などに比べれば外見から好不調は見分けやすい。調子の悪い機体は素人目に見ても、姿勢が悪いものだ。

 予定されていた開発試験計画に加えての、XM3関連の換装だ。少しはどこか粗が見えてしまうかと思ってもいたが、追加の装備に関しても万全に見える。

 

 弐型が採用されるかどうかはまだ不透明だが、それでもいま日本帝国で配備が進んでいる突撃砲のウインチ・スリングの搭載は最優先で実施された。不知火などで採用されているXM3用コンボの内いくつかが、このスリングがあることを前提とした挙動のため、無ければテストにもならないためだ。

 

 昨日の今日で準備が完了していることに感嘆の声を漏らした武だったが、整備担当のヴィンセントとしては満足していないようだった。ヴィンセントはハード的にはほぼ何も変わらず作業は楽だったというものの、納得のいく仕上がりではないのだろう。

 

 

 

「ハードはともかくも、調整って面で言えば元々そっちで使っていたXM3搭載型Type94のデータを元に、原型機とSecondとの差に合わせていくつかパラメータをいじっただけだ。おそらくは最適値からは程遠い」

 普段のポーズとしてのおちゃらけた雰囲気を消し、ヴィンセントは武に忠告する。余裕の無いスケジュールからくる調整不足、完調では無い機体を衛士に任せることへの不満が、その苦々しい口調からも伺える。

 

「もともとがこの二機はユウヤとタリサに合わせたってのもあるけど、試験機として限界値を出しやすいようにかなりピーキーに詰めてたんだ。それを変更せずにXM3に換装した事でどれほど挙動が不安定になってるか。はっきり言えば、いまのこのType94 Secondがどんな機動特性なのか整備の人間からは説明できない」

 

 何かと不安があるのだろう、ヴィンセントはデータを武に見せながらも、幾分早口に説明できる限りは機体の状態を伝えてくる。

 

 

 

「ぶっちゃけて貰っていいぜ、ヴィンセント」

「武たちの技量が高いことも判ってる。その上でいまこの機体を任せること、いやそもそも動かすことには賛成できない」

 

 階級差や、それ以上に組織の違いを無視して話せと促した武に、ヴィンセントは武の目を正面から見て答える。

 技量を疑うという衛士のプライドを汚すような言葉だが、武はその正直な言葉にむしろ好感を抱いた。これが武の立場などを考慮して言葉を濁すような人間ならば、信用などできようもない。

 

 そしていくら整備の腕が立つとはいえ、ヴィンセントは軍曹だ。意見具申はできたとしても、開発計画に関わる試験の実行を左右できるような立場ではない。

 

「心配するなよ。流石に朝からいきなり全力で飛ばすってとこはねぇよ。まずは軽く動かして、機体の癖を見るくらいだ」

「悪いな。信用してないみたいでさ」

「昨日今日会っただけの若造に、秘蔵の開発機をポンっと任せるような奴が整備担当してる方が怖いさ。信用ってのは、実績を重ねてこそ、だろ?」

 

 

 

「そういう意味では、俺の方こそ信用がないってことになるぜ、タケル?」

「ヴィンセントの腕は昨日の吹雪の調整で見せて貰ってるからな。今日は俺の番だろ?」

 

 一応短い期間ではあったがアルゴス小隊で運用していたとはいえ、他国の戦術機である吹雪を会ったこともない衛士相手にあれほどの調整ができているのだ。ヴィンセントたち整備の人間の技量は、武には文句の付けようがない。

 

「その演習だけでもタケルたちの腕は十分に理解してるつもりなんだがな。悪い、やっぱり開発に携わってる者として、どうしても心配でな」

「だいたいが無茶な話だからなぁ……」

 

 開発試験中の機体に、採用予定国の衛士とはいえ無関係の者が乗り込むのだ。評価試験程度ならまだ無理に納得もできる範疇だが、OSを換装しての文字通りに試験運用だ。いくらか事情に精通している唯依はともかくも、隊と開発機を預かるイブラヒムが許可を出したことが驚きだ。

 朝のブリーフィングの際にターニャからいきなり告げられたが、武でさえありえないと思ったのだ。ヴィンセントたちアルゴス小隊の現場の人間がどれほど混乱しているかは想像に容易い。

 

(いや、驚くほどでもないか。昨日も篁中尉が言ってたもんな、余裕は失われたって)

 

 ハイネマンの進退やその後のXFJ計画の動向などは武には知らされていないが、昨日の唯依の言葉通りにXFJ計画には時間が無くなったはずだ。ユウヤやタリサのXM3への慣熟を待ってから開発を再開するようでは、帝国の求める期限に間に合わないのだろう。

 

 

 

 ただ試験に参加するのが武だけならばまだしも、冥夜が気がかりだった。

 

 冥夜も訓練兵時代にテストケースとしてXM3の開発に携わっていた事になっているが、弐型は当然不知火の実機に乗った経験さえない。衛士としての技量は否定しにくいものの、経歴だけで見れば任官して一ヶ月程度の、文字通りのルーキーなのだ。

 普段ならタリサの乗る二番機を前に、武同様整備の者からこと細かく注意を受けているが、遠めに見てもその横顔からは普段以上の緊張が伺えた。

 

「はは、しかし武は余裕だな。機体よりも同僚の方が気になるってか? ってか、もしかしなくてもそういう関係?」

「な訳ねぇし、間違ってもその手の話を篁中尉の前では止めてくれよ。帰国すると同時に俺の首が物理的に斬り離されそうだ」

「ジャパンの武家ってのは怖いねぇ……」

 

 冥夜を伺う武の緊張を感じたようで、笑って送り出せるようにとのヴィンセントからの気遣いなのだろう。あらためて軽い話題に切り替えてくれた。だが冥夜の身辺周辺の噂話など、唯依あたりに聞かれたら冗談事ではなく進退に関わる。

 

「ま、俺自身については偉そうなことは言えねぇが、御剣は武具に関しての扱いは無茶苦茶丁寧だぞ? 汚さずにってのは無理だが、傷付けてくるようなことはしねぇさ」

 

 以前、武は真那に武御雷を万全の状態で斯衛に返すなどと嘯いておきながら、先の九州防衛戦で中破に等しい損傷を受けているのだ。さすがに演習で弐型を壊すことはないだろうと思いつつも、安請け合いするのだけは避けておいた。

 

 

 

 

 

 

 その後もヴィンセントから不知火との差異を中心にいくつか細かな注意点を聞いた上で、コクピットに入り着座調整を進める。

 流石に新造の開発機というだけあってシートの動きなども滑らかだが、普段から細かく調整をしているのか、所々に新しい擦り傷もある。搭乗ごとに確認しているのだろう、ユウヤの几帳面さが伺えた。

 

 機体を起動さえ、網膜投影に浮かび上がる機体状況も、外観通りにすべて順調だ。

 

「フェアリー02からアルゴスCPへ。一番機の状況には問題なし」

『フェアリー04からアルゴスCPへ。二番機も同じく問題なし』

 

 武に続き、冥夜も起動を完了させ、続けて報告する。僚機として設定されている関係で、冥夜の二番機の状態も簡易的ではあるが、武からも確認できる。当然、報告通りに何一つ異常は検知されていない。

 弐型の一番機と二番機はカラーリングだけではなく、試験のために跳躍ユニットの主機そのものが違う。そのため確認項目にいくつか差異があるが、それらも両機ともに正常だった。

 

 

 

『アルゴスCPよりフェアリー02、04へ。まずはガントリーの上半身、肩のみを解放します。動作確認よろしく』

 対応してくれるのは、ターニャに代わりアルゴス小隊のオペレーターであるニイラム・ラワヌナンドだった。ヴィンセント同様に開発に関わっていない武や冥夜に対し不安などもあろうが、通信機越しに聞こえる声は落ち着いていた。

 

「フェアリー02了解。借り物の機体です。いつもよりも丁寧に扱って見せますよ」

 機体挙動の確認ということで、雑談じみた通信はむしろ推奨されてはいたが、冥夜には難しい話だ。武は二人分くらいは話すべきだろうかと一瞬考えたものの、XM3の開発や教導の際にも結構しゃべっていたと思い返し、むしろ普段通りを心がける。

 

 その上で、ニイラムは軍曹で武や冥夜からすれば階級は下だが、アルゴスのCPにはイブラヒムなども同席しているはずなので、口調は崩さずに対応する。

 

 

 

 ニイラムからの連絡の直後、両肩のロックが外れる音が伝わったがコクピット内にはさほど振動がない。下半身が固定されたままということもあるが、不知火よりも安定性が増していると思われた。

 先に告げたように無理はしない。ガントリーに腰・脚の三点で固定されたままに、下手に重心を崩さないよう、右肩からゆっくりと腕を前に伸ばしてみる。

 

「フェアリー02から04。そっちの調子はどうだ? 不知火よりもしっかりしている感じなんだが」

『フェアリー04、こちらも特に異常は感じられない。よく鍛え上げられている、といった印象だ』

 

 モニタで冥夜の二番機の状態を確認しつつ、声を掛ける。冥夜にとっては、武御雷以外に初めて実際に乗ることになった戦術機だ。自身の機体というわけではないが、目新しい装具に対する感動か、冥夜にしては珍しく少しばかり声が昂っているように感じられた。

 

 

 

 だが新しい機体に興奮しているのは、武も同じだ。動きが見たくて気が急くが、まずは上半身だけで可能な挙動から始める。ガントリーに干渉しないことを確認し、腕にあるナイフシースから65式短刀を振り抜く。

 

「お? やっぱ早くなってるな」

 抜刀から手に握るまで、わずかコンマ以下の違いではあるが、XM3搭載型の不知火よりも早くなっていた。納刀も早く、順手、逆手と切り替えて試していくが、このところは武御雷にのみ乗っていた武をして、驚くほどにスムーズだった。

 

『む? そうなのか? すまんな私にはよく判らんな、これは』

「ははっ、たしかに以前の不知火を知らなきゃ、比較しようも無いからな」

 

 冥夜の言葉を受け、動作確認の意味もありわざと頭部ユニットを動かして隣の機体を見てみるが、冥夜も一度抜いては腕のシースに戻してまた引き抜くという動作を繰り返している。

 

 ただ冥夜場合は自身の経験から比較できる対象が、紫の武御雷になってしまうのだ。さすがに武御雷の前腕から手の甲の上に、文字通り瞬時に展開できる00式短刀と比べれば遅いのは仕方がなかった。

 

 

 

 武が操作する不知火・弐型のナイフ・トリックじみた動きに、ハンガー内の空気がどこか柔らかくなる。外から直接見ている彼らが緊張を緩める程度には、武と冥夜とは弐型を扱えているようではあった。

 

 そして不安げだった整備の面々から少しずつ緊張が解けると、驚きのどよめきが広がっていく。

 

『って、繋ぎが早すぎないか、アレ……いやそもそもどうやって動かしてんだよ』

 ヴィンセントの声を集音マイクで拾ってみるが、他の整備兵同様に弐型の動きに驚愕していた。

 

 機体そのものにはまったく手を入れていないにも拘わらず、すべての動きが早くなっているのだ。整備していた者たちからすればトリックのある手品を見せられているようなものだ。

 そしてXM3の付随機能としての反応速度向上もあるが、何よりもキャンセルでの抜刀途中からの納刀など、従来型OSでは不可能な挙動だ。XM3の概略を知らされていても、目の当たりにすれば驚くしかない、

 

 

 

「フェアリー02からアルゴスCP。上半身の可動に問題なし。歩行試験への移行のため、ガントリーの開放をお願いいたします」

『アルゴスCP、了解。まずは02、貴官の機体のみ先行してください』

 

 CPの方でも整備と似たような反応はあるかもしれないが、ニイラムの落ち着いた声からは伝わってこない。とはいえXM3の対応試験としてはこれからが本番だ。許可を受け、武はハンガーからゆっくりと脚を踏み出す。

 

 武としては不知火には慣れ親しんでいるが、弐型はその改良型というよりは新規設計に等しく、挙動は大きく変わっている。むしろ初めて乗ると言っていい機体だ。いきなり走り出したりして、ハンガー前で転倒など流石に武と言えど避けたい。

 

 最悪即座に膝を付けるようにと注意しながら、まずはゆっくりと右脚を一歩だけ踏み出す。その一歩は、原型機たる不知火よりも大型化しているとは思えぬほどに、スムーズなものだった。

 続けて左、そして再び右と脚を運ぶが滑らかなものだった。動的安定性を重視する第三世代機とXM3の特性もあり、むしろ動き続ける方が安定しているようにも感じられてしまう。

 

「歩行時に異常は一切感じられず。すべて正常値の範疇です」

『アルゴスCPからフェアリー02、04へ。ハンガー外への移動を許可します』

 

 体感としても、投影されている各種のパラメータにしても、すべて正常だった。試験のため、通常よりも多岐に渡る情報が表示されているが、警告のレッドは一つとして見受けられない。

 

 武の歩行を見て、アルゴス側も問題なしと判断したようで、冥夜共々に移動の許可が下りた。

 

 

 

 最初の一歩は緊張したものの、あとは普段と同じような機体の状況確認だ。

 まずは重心移動の大きい走行移動などは避け、左右に構えた二門の突撃砲による複数目標ロックオンや、突撃砲のマガジン交換など比較的無理のない機動を繰り返す。

 

 だが武がそう言った基本機動を確認している横で、冥夜はなぜか片脚立ちになり浮いた膝から下を回すような挙動を始めていた。

 

「フェアリー04、どうした? この弐型には脚にブレードエッジは付いてないぞ?」

 いつかのターニャのようにいきなり踵落としをするとは思わないが、似たような機動を取ってもおかしくはない。武もそうだが、その動きを間近で見ていた冥夜もまた武御雷では脚部、特に爪先のブレードエッジは戦車級に対する際に多用していたからだ。

 

『む? いや、そうではなくてだな……シミュレーターでしか知らぬが、不知火と比べてもどこか脚運びが重い気がしてな。少し試しておった』

 冥夜は悪戯を見とがめられたかのように一瞬目を逸らし口を濁したが、試験運用の任を思い出したのか、漠然とした違和感を伝えてきた。

 

 

 

「あ~っと、ちょっと待て、よっと」

 歩行程度に止めて、脚を大きくは動かしていなかったから武は気が付かなかった。機体になじむ意味合いもあり、冥夜の所感を詳しく聞く前に、とりあえず自分でも試してみる。

 

 冥夜に言われて武も左脚を上げてみる。

 このところ武御雷に乗り続けていたこともあり、四肢の挙動が軽く鋭い機体に慣れ過ぎていた。その武御雷は当然、不知火に比べてもと確かに重く感じる。

 

「ってこれ、脚に推進剤タンクがこれほどまでにあるってことは、戦闘中に末端の重量比率が大きく変わっていくのか……気を付けてないとどこかでミスるな」

 

 弐型は原型たる不知火から比較して、脚部が延長・大型化されている。そして余剰スペースを推進剤タンクとして活用している。それによって壱型丙の問題であった連続稼働時間の延長を図っているのだが、これはこれでまた新たな問題となりそうだった。

 

 とくに今は試験ということもあり、推進剤は満載されている。不知火との重量バランスはかなり違うものになっているようだ。

 

 

 

『アルゴスCPから02および04へ。脚部推進剤タンクによる機体バランス変動は、問題視する必要は薄い、と予測されています。原則的に最優先で消費される部分であり、戦闘域までの巡航移動時に消費されることが前提となっている、と。またある程度までは機体側で自動補正もされるため、満載状態での近接格闘戦などの特殊状況を除けば、左程の違和感はないと、アルゴスの開発衛士からも報告されております』

 

 武と冥夜の疑念に、アルゴスのCP将校から補足が入る。さすがに開発小隊としては想定されていた状況だったらしい。

 

「フェアリー01了解。ま、出てすぐに脚振り回すほうがおかしいってことらしいぞ、04?」

『ふむ。侵攻であれば消費してしまうであろうし、防衛任務ではあればそもそもが燃料は満載できぬ。ということか』

 

 先日の模擬対人戦においてタリサなどはこの機体で存分に短刀二刀の近接戦闘を繰り広げていた。その速度は原型機の不知火を軽く凌いでいたことから、脚部の大型化による機動性の低下などはないはずだ。

 そもそもが戦術機の筋肉ともいえる炭素帯関連も不知火に比較して強化されており、満載状態であっても動きに不満が出るほどではない。

 

 武御雷にのみ乗っていた冥夜だからこそ気が付いたとも言えた。

 

 

 

 

 

 

 ハンガー近隣でできる程度の稼働確認も終わり、試験用にあたりあらためて装備を加えて、アルゴス小隊に割り当てられた演習エリアへと移動を始めた。

 

 各種装備を持ち込むために、右主腕に突撃砲、左主腕には追加装甲、右兵装担架に支援突撃砲、左兵装担架には長刀を搭載する。結果として突撃前衛と迎撃後衛の中間ともでも言えなくもない重装備だ。

 その上に燃料も弾倉も満載した状態でさえ巡航速度も不知火よりも速く、予定された演習エリアまで10分と掛からずに到着する。

 

「巡航もまったく安定したものだったな」

『ユーコン基地のこの立地だぞ。普段のそなたのように飛び跳ねるわけでもなければ、問題も起こりようが無かろう」

 

 実のところ演習エリア外でも規定最低高度ギリギリを飛んでいたのだが、それでも光線級警報が出ている戦場に比べればはるかに高い。NOE飛行で地を這うように飛んでいるわけでもないので、主機トラブルでもなければ問題の起こりようもなかった。

 

「ま、さすがに演習エリアまでの移動で異常が出るようなら、すでに解消もされてるか」

 

 

 

「さて。フェアリー02からアルゴスCPへ。これより不知火・弐型のXM3への適応状況を試験する」

『アルゴスCP了解。あまりご無理はなさらぬように』

「ははっ、繰り返しにはなるが、できる限り丁寧に扱いますよ」

 

 不知火のデータを乗せただけの弐型がXM3でどれだけ動けるか、そしてあとどれくらい最適化していくべきかの最初の指標取りだ。機体性能の上限を図るような一般的な意味での試験運用とは目的が違うため、それほど極端な機動などはさせるつもりは武にはなかった。

 

 キャンセルや先行入力での想定外の各部干渉はどうしても機種ごとに異なる。不知火でできた挙動が撃震では難しかったり、逆に陽炎や撃震では問題の無かったコンボが第三世代機の吹雪や不知火では無理だったこともある。

 このあたりは調整に時間をかければかけただけ動きが良くなるのだが、その時間が有限なのだ。

 帝国においても満足に調整できているのはA-01が保有していた不知火と撃震くらいだ。あとは斯衛から借り受けることができた武御雷と、不知火の同型機ともいえる吹雪は問題がない程度までに仕上げられてはいるが、F-15系の陽炎に関しては帝国陸軍に、そしてF-4系の瑞鶴は斯衛に最終調整は任せている。

 

 帝国陸軍で試験運用されている壱型丙の場合は、ほぼ問題なくそのままに移行できたと報告を受けている。が同じ改修機といえど弐型は壱型丙と異なり、各部のサイズやレイアウトが大きく変更されている。

 

 武が急遽異例としか言いようがない形で抜擢されたのも、XFJ計画に時間が残されていないこともあるが、開発当初からXM3に関わってきた経験を買われているからだ。パラメータなどは当然異なるが、不知火から武御雷へと対応を進めた時と、必要な工程自体はほぼ同様と予測されていた。

 

 

 

(まあ無理はしないとはいえ、それなりには動かしてみないと判るものも判らねぇんだよな)

 

 武は口には出さなかったが、おそらくは唯依以外のアルゴスの皆が想定しているよりも無茶な機動と見られるはずだ。それでも許可が下りているということは唯依が止めなかったということであり、弐型が武と冥夜の操作に応えられるという自信でもあるのだろう。

 

 長刀抜刀直後などのキャンセルしてはならない動作の再確認や、先行入力として不適切な動作が登録されしまわないかといった、定例的ともいえる項目から始める。リロード動作中にウインチスリングの解除などが先行で入力されてしまえば、下手をすれば突撃砲を取り落としかねない。

 逆に弐型の向上した反応速度をもってすれば可能となるであろう挙動に関しては、修正はアルゴス小隊に任せる。今回の武たちの任務は今日今すぐにXM3側の細部パラメータ補正を始めることではなく、その前段階の下準備程度である。

 

 

 

 JIVESどころかターゲットドローンも使用せず、仮想目標も固定物に限定するのも、プリセットとして登録されている基本的なコンボの実行とその過程を観測するためだった。冥夜と交互に特定の機動を繰り返し、内外からの問題点を洗い出していく。

 

『……えっ? あの、それは……』

 最初の頃はアルゴスCPからもとくに反応はなかったが、徐々に機体各部に高Gのかかる機動を組み込み始めると、ニイラムの悲鳴とも嗚咽とも取れる声が漏れ聞こえ始めた。それでも特に中止の命は出されない。

 時折いくつか関節強度限界近くまで負荷がかかっていたのか、投影された情報にもいくつかアラートが浮かぶが、それもすぐに消える。

 

「篁中尉がユーコンに戻ってから進言してたっていう各部の強化と余剰設定が効いてる感じだな。割と無理しても問題なさそうだ」

『フェアリー04から02。いまここで倒立対地制圧など始めるなよ?』

「いや、アレってそれほど機体に負荷はかかってないから、試験するほどでもないだろ」

 

 どこか浮かれ始めていると冥夜に見られたのか、釘を刺すかのような言葉を掛けられた。

 だが対要撃級を想定した右回り左撃ちの旋回射撃中から緊急離脱の最大出力でのバックブーストや、アフターバーナー全開でのNOE飛行中の戦車級相手の対地掃討とその後の着地などと言った機体全体に高負荷をかける機動にも弐型は粘り強く対応してくる。武御雷と同程度までに無茶なことはできそうだと、武は思ってしまった。

 

 

 

「でもなぁ、一番マズいのはこれかぁ……」

『これはやはり問題になるのか?』

「部隊が十全であれば問題ない。が、劣勢になればなるほどに顕著になってくるっていう、嫌な種類の問題だな」

 

 脚の大型化での機動性向上でコンボのタイミングが変わることなどは武も予想はしていたが、予想外の問題が一つ出てきていた。それが予備弾倉の位置変更に伴うリロード時の挙動変化だった。

 

 不知火と変わって、腰ではなくF-15同様に膝にマガジンラックが変更されていることで、いくつかのコンボやキャンセル関連の再設定に近しいレベルでの修正が必要に思える。

 不知火であれば兵装担架システムから展開する補助腕が機体背部から腰部装甲内の予備弾倉を引き出し、主腕は突撃砲を前方に向けたままにマガジンを交換できた。これが弐型の場合、膝に予備弾倉が収納される形のため、機体の姿勢によっては補助腕が届かないことが多い。

 

 確実にリロードを図るならば、逆の主腕で交換することが前提ともいえる配置だった。

 

 

 

「近距離戦になればなるほど長刀やブレードエッジを多用し始めるフェアリー04には感じにくいかもしれねぇけど、まあ普通は困るなこれ」

『合衆国式の発想というわけか? 密集近接戦闘時での緊急リロードなど、そもそも想定してないのでは?」

 

 遠回しに近付いていても可能な限り射撃を多用しろという武の忠告を、判ってはいるのだろうが笑って別の指摘であるかのように冥夜は答える。ただその推論はおそらく正解だろうと武も考えた。

 

 中~遠距離での砲撃戦を基本とするならば、マガジン内の弾薬を撃ち尽くす前に距離あるいは時間を取ることも可能だ。ただこれが中隊が損耗し、戦車級に全方位から集られているような状態では、悠長にリロードする余裕などありはしない。

 

 

 

「フェアリー02からアルゴスCP。少しばかり機体を振り回す。問題があれば即座に停止を求めます」

『……アルゴスCPよりフェアリー02へ。重ね重ねご無理はなさらぬように』

『フェアリー02、あまり無茶はするなよ。アルゴスの皆様方に無用な心労はお掛けするな』

 

 イブラヒムの確認を取ったためか少しばかり返答が遅れたが、ニイラムはどこか諦めたかのような口調で許可を伝えてきた。むしろ先ほどまでの機動は、機体を振り回していなかったのかとでも言いたげだ。

 武かがわざわざ断りを入れるくらいだから無茶なことをするのだろうと、冥夜も判っているようで重ねて注意を促してくる。

 

「留意はする。が、まあ機動中のリロードだけだ。それも固定目標相手だからヘマはしねぇ……と思う」

 答えたものの問題ないと断言できないため、冥夜はともかくもアルゴスCPには余計に不安を与えたかもしれない。

 

 

 

「さて。ではちょっと試しますか」

 右主腕は突撃砲をそのままに、左主腕の追加装甲は地面に置き支援突撃砲に持ち替える。

 

 左右の膝にまだ予備弾倉があることを確認した後に、最高速度ではないが脚部走行を始める。この状態ではあたりまえだが膝が大きく動くため、動作距離的にも補助腕でのリロードは無理だ。

 

「まあ当然、リロードは受付ねぇわな」

 仮想目標に対し反時計回りで廻りながら、左右の突撃砲を右に向けているような形だ。主腕はどちらも塞がっており、右兵装担架の補助腕では動き続ける膝に届かない。結果的にリロード動作は受付不可能となる。

 

 ならばと武は上半身のみを右に90度回し、目標に正対させる。これで右兵装担架の補助腕が跳ね上がってくる膝にならば届く。砲口は目標に固定したままに、即座に右突撃砲のリロードを完了させる。

 

 問題は左の支援突撃砲だ。左兵装担架には長刀がマウントされており、こちらには補助腕がない。

 

「ってことで、こうだぁッ!!」

 

 届かなければ届く位置に腕を回せばいいとばかりに、武はさらに上半身を右に90度回す。当然、上半身は完全に後ろを向く。固定目標に対して同心円走行中なので、コクピット内の武には左前方に向かっての加速がかかり続けるが、気にはしていられない。

 また左の支援突撃砲は目標に砲口を向け続けるために、左腕を首筋後ろに回すような形になってしまう。これもあって補助碗と突撃砲自体は近付き、リロードが完了した。

 

 

 

 途中の命中率は下がっているものの攻撃をほぼ途切れさせずに、左右の突撃砲のリロードが完了したことを確認し、武は機体を止めた。

 

「で、フェアリー04? 無茶な機動なしでリロードはできるんじゃないか、これで」

 コクピットからは自機の状態が確認しにくいので、横で観測していた冥夜に尋ねる。

 

『まったく……フェアリー02、今の機動を無茶ではないというのは、そなた……とあとお一人くらいなものではないか?』

「え? そんなに無理か?」

 

 武自身としては咄嗟に思いついて実行した動きとしては完璧だと信じていたので、あっさりと冥夜に否定されて驚く。

 

『歩行時ならばまだしも、脚部走行中に上半身を一回転などさせてみろ。並の衛士ならば急な加速方向の変動で方向感覚を失って転倒させるのが関の山だ』

「あ~そこはコンボに設定しておいて、何とか……」

『密集戦闘時での緊急リロードという初期想定を見失っていないか、そなた? 周囲への警戒が疎かになりそうな機動は、避けるべきであろう。リロードに関してはアルゴス小隊に任せよ』

「あ~フェアリー02了解。たしかに今解決しなけりゃならん話じゃないな」

 

 

 

『しかしフェアリー02? 今日はどこかしら愉しそうだな』

 一応はコンボとしてこちらでも試してみる、と冥夜が装備を整えながら言う。

 

「このところ慣れない仕事ばっかり回ってきてたからなぁ。試験とはいえ、戦術機だけに向き合うってのは、やっぱり楽って言うと語弊はあるか。それでも気が楽だ」

 

 以前のAL世界線で発言力を持つためには出世しなければと足掻いていたこともあったが、将官どころか佐官としての自分さえ具体的には思い描けない。昨日のハイネマンとのやり取りや、それ以前の出雲での会食、斯衛とのやり取りなどへ経て、経験の足りなさが身に染みてくる。

 今の武自身に見合っているのは戦術機衛士かと、あらためて思ってしまう。

 

 

 

『ロボットに乗ってみたくて衛士を目指した、であったか』

 

 訓練兵時代、白陵基地のPXで207Bの皆に武が告げた言葉を、冥夜が繰り返す。

 

『しかし私から見てみれば、そなたにはやはり教え導く役回りが似合っているのではないか、白銀武教官補佐殿?』

 

 静かに笑いながらそう口にする冥夜に、今の武には答える言葉が無かった。

 

 

 

 

 

 

 




祝マブラヴオルタTVアニメ化!!

というには投稿が遅いですが、なんとか10月中に更新達成。そしてなにやら久しぶりに動いている戦術機の描写をした気がします。
XM3がどれくらい機種ごとに修正が必要なのかとかは設定なかったと思いますが、突撃砲もマッチングが良い悪いのネタがあったので、それぞれの機種にXM3用デバイスドライバ用意するくらいはしないと満足に機能しないんじゃないかな……といった感じです。

で11月はリアルで引越があるのでもしかしたら投稿できないかもしれませんが、エタらないように何とかします。


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別懇の懸隔

 午前中から始めた弐型のXM3対応試験は、昼食の時間さえも惜しみ日没まで続けられた。

 この季節、ユーコンの日没は早く、16時を回れば日が落ちる。気力体力共に余裕のある武としてはもう少し時間を掛けたかったが、慣れぬ機体での夜間行動には危険が付きまとう。借り物の試験機に万が一でも傷をつけることがあってはならず、予定通りの時刻にはハンガーに戻ってきた。

 

 初搭乗の衛士二人に新型のOSということで、基本動作の繰り返しと固定目標相手に終始したが、武も冥夜にも納得のいく演習だった。半日程度の短い時間とはいえ密度も高く、弐型の機動特性を理解するだけならば十分だ。これ以上はユウヤたち専属の開発衛士が担う領域であり、武たちの任はXM3開発関係者としての助言に留めることになるだろう。

 

 とはいえ尋ねたいことも答えたいことも多岐に渡り、デブリーフィングは予定よりも少しばかり長引くこととなってしまった。

 

 

 

「悪いな、ヘンに付き合わせちまって。本来なら報告書に纏めて後日って形でもよかったんだぞ」

「気にするでない。私も書面ではなく、拙いながらも直に伝えたい事も多くあった」

 

 一般の事務報告だけであれば武だけが残ればよかったのだが、冥夜も開発衛士に準ずる形での搭乗だったのだ。書面でも良いとは言われたものの、やはり演習直後に対面で述べることでしか伝わらない部分もある。

 とはいえ武共々に慣れぬ英語での技術説明は難しく、同席していた唯依に任すところも多く、その辺りはこの後にあらためて報告書の形に纏めることになる。

 

「そう言ってもらえると助かるが、無理はするなよ?」

「ふふっ、その言葉はそのままそなたに返すべきだな。我らの倍は働いているのではないか?」

「それを言い出したら、神宮司隊長とか三倍以上動いて貰ってるよなぁ……どう考えても中隊長の仕事量じゃないぞ、アレは」

 

 冥夜も武の仕事量はある程度予測しているのだろう。207Bの教導補佐以来、武が無理を重ねていることは見透かされているようだった。軽く冗談に紛らせてはいるものの、武の体調を慮る。

 だが冥夜の心遣いをそのままに受け取るには、武が自身を疚しく感じすぎており、どうしても誤魔化すような物言いで答えてしまった。

 

「ああ、いや。気遣ってくれることはホント嬉しいんだが、御剣は御剣自身のことをもっと気遣え」

 憂慮さえ受け入れようとしない武に対し、冥夜は微かに目を伏せる。それにまた気まずさを感じてしまい、武は無駄に言葉を重ねる。

 

「まったくそなたは……以前に言ったことを繰り返すべきか? 鑑が傍にいない分くらいは、私に気を遣わせろ」

「あ~鑑にも無理させてる気はしないでもないが、アレの英語教育はまあアレで置いといて、だ。とりあえず、ここの合衆国サイズの飯を食って体力維持だな」

 

 食って寝ることは兵士としての最重要課題だと、武は一般論で笑って誤魔化す。

 

 

 

「俺の書類仕事はともかく、第一中隊の人材不足は問題だろ」

「中隊でありながら、独立大隊本部のようにも扱われておるからな。神宮司大尉への負担も大きかろう」

 

 わざとらしいまでに武は話題を変えるが、冥夜もそちらは問題と捉えていたようで話に乗ってきた。

 

 まりもと純夏とはまたしても別行動で、朝は顔を合わせたものの、先のデブリーフィングにも不在だった。斯衛での教導の際も武と冥夜、まりもと純夏とで別れて動くことが多かったので気にかけていなかったが、中隊指揮官たるまりもも相当に無理を重ねているはずだ。

 ユーコンにおいて、国連軍とはいえ各開発小隊は出向であり、まとまった窓口などない。XM3を公示するにしても、まずはその準備段階として一個ずつ個別に訪問し、対応していくしかなかった。

 

 ただある程度はターニャが根回しはしていたようで、いまのところは無理なく予定が組めてはいるようだ。

 

 

 

「戦術機開発のために切磋琢磨ってお題目だけど、プロミネンス計画としての報告会とかもないんだよなぁ……事務次官補殿でなくても、無駄に思えてくるぜ」

「個々の小隊がそれぞれ別個に開発を進めておる所以であろう。計画主導としていくつかの小隊が共同で行った訓練などもあったようだが、大半が広報目的だったぞ」

「あ~なんか撮影会? そんなこともしてたみたいだな」

 

 対BETAに国連主導で取り組んでいる、人類は団結している、といったプロパガンダとしては意味があろう。だがそれで戦術機開発が進むとはまったく思えない。いくつか行われていた共同での訓練にしても、デブリーフィングなどは纏まって行われることもなく、合同訓練としての意味はないに等しい。

 

「他国の情報は知りたいけど、自国の開発状況は見せたくないっ、てことだな」

「仕方あるまい、とは口にはすべきではないが、自国産業の育成と保護を鑑みれば、納得するしかない対応ではあるな」

「俺たちがXM3の公示に向けて動いてるのも、帝国の産業維持のためとも言えるしなぁ」

 

 苦々しげに冥夜は笑って見せるが、武とて同意するしかない。

 現時点においてXM3対応型CPUを生産できるのは帝国内の企業だけだ。それは何も技術面や生産設備の要因だけではない。第四計画と帝国との政治的取引の結果だ。それを棚に上げて、他国の開発小隊の対応だけを貶すことも難しい。

 

 

 

「プロミネンス計画の問題はまあ追々ってことになるが、俺たち第一中隊の問題も、また追々……ってどんどん先送りだよなぁ」

「そなたは後に回せる問題は、先送りにするのであろう?」

「そろそろその先で積み上がり過ぎてる気もするがな」

 

 以前に武が話していたことを冥夜が揶揄うように口にする。

 

 しかし中隊編成の問題は、想定よりも早くに深刻化しそうではあった。

 第一中隊の編成は小隊規模で派遣される事態を予測しての変則的なものだが、中隊長たるまりもは当然、小隊長の三人どころか分隊長にも相応以上の負担がかかってきている。

 

 特に今は中隊長と実質的な副官と言える武が海外に出てしまったことで、残る小隊長の孝之と慎二に一気に責任が圧し掛かった形だ。斯衛への教導の時は、必要最低限の連絡は日々取れていたが、今は時差などもあり帝国内のことに関しては二人に完全に任せてしまっていた。

 

「今更な話だけどな。榊や鎧衣にもかなり無理させてんじゃないか?」

 

 武自身は他世界線での経験もあり、中隊程度までならば事務処理も一応ならばこなせなくはない。分隊長として動くくらいなら、さほど意識する程のこともない日常業務の範疇として対処できていた。

 だが任官直後から小隊副長に抜擢された千鶴と尊人とは、そんな経験もなく実務に就いているのだ。

 

「あの二人であれば、上手く先任の方々から手ほどきを受けていたぞ。彩峰や玉瀬らも何かしらと気を配っておった。そなた一人が気に病むことでもあるまい」

「俺はそんな話もできてねぇな。時間が無かったってのは、やっぱりただの言訳だよ」

 

 帝国に残っている第二小隊と第三小隊とは、北海道方面でのXM3教導の準備に入っている頃合いだろうが、まったくその辺りの話もできずにユーコンに飛ばされてきたことを少しばかり後悔もする。

 

「隊内の問題であれば、隊の皆で解決するのものであろう?」

「ま、たしかに鳴海中尉や平中尉を引き抜いたのは、そういう教育面も含めてってところもある」

「皆を信じて任せるがよい。そなたは一人で背負いこみ過ぎではないか?」

「はははっ、さすがにそれを御剣に言われたくはないな」

「ならば私を他山の石とでもするか? 私はそなたを見て皆に任せるところは任せるように努力しておるぞ?」

「……とりあえず飯にするか」

 

 揶揄ったつもりの武だったが、あっさとり冥夜い言い負かされる形となった。軽く流された武としては、自分だけが成長できていないのではと、そんな不安も頭を過ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 そんな風に冥夜と語りながらPXに向かったが、ちょうど都合よくアルゴスの衛士四人と、そして純夏の姿が見えた。彼らはすでに食事を終えた後のようで、テーブルの上にはコーヒーのカップだけが残っていた。

 

「あ、二人ともお疲れ様。なにか遅かったね?」

 ちょうど立ち上がった純夏がこちらを見つけてほにゃらと笑いかけてくるが、横に並ぶタリサに腕を引かれる。

 

「タイミング悪ぃな、タケル。ちょっとスミカ借りてくぞ。XM3に関して聞きたいことが山ほどあるんだ」

「お、おぅ? 鑑でいいのか?」

「ウルセーッ、お前に聞けるほどまだこっちが理解できてねぇんだよ、察しろよッ!!」

 

 XM3の技術的な面では武が答えられる範疇もさほどは広くないが、さすがに純夏よりは詳しいと思ってはいる。まして戦闘機動などならば、間違いなく第一人者と言える。だがタリサは八つ当たりのように言い捨てて純夏を連れて行った。

 

「ごめんなさい、タリサじゃないけど今あなたからレクチャーされるほどには、私たちの方がXM3を把握しきれてないのよ。まあ話題はXM3になるだろうけど、ちょっとした食後のお茶会ね。御剣少尉もお誘いしたいけど、そちらは今から食事よね?」

 先に行ってしまったタリサと純夏に変わりステラが軽く頭を下げつつ、タリサの説明不足を補ってくれた。

 

「む? 申し訳ない」

「悪いな。俺らは昼を簡単に済ませちまってるから、流石にがっつりと食べたい。でまあXM3に関してはこっちの二人とでも話とくさ」

「ありがとう。次の機会を楽しみにしてるわ」

 

 ステラの誘いを少しばかり気まずそうに冥夜は断る。昼食時にハンガーに戻る手間を省くため、試験の合間に武と冥夜とは戦闘糧食で済ませてしまっていた。栄養摂取という意味では問題はないはずだが、食べられる限りはしっかりとしてものを食べておきたい。

 

 奥のテーブルではなにやら考え込んでいるユウヤの横で、VGが手を振ってきているのだ。タリサとステラは純夏に任せ、武と冥夜とはそちらの二人の相手となりそうだ。

 

 

 

 とりあえずはまずは食事だということで、冥夜共々トレーに夕食を乗せ、とVGとユウヤが待つテーブルに着く。

 

「ワリぃな。飯食いながらになって」

「気にするなよ、タケル。ゆっくり食え……っていっても、無理っぽいな」

「ははっ、これだけはいつの間にか身に付いちまってるよ」

 

 話しながらではあるが、武の前に置かれた食事はみるみるとその量を減らしていく。

 冥夜も武ほどではないが、奇麗な姿勢は崩さずにいながら、食べる速度は速い。ただ食べながら話すことはやはりマナーに反するということなのか、あるいは話の主導は武に任すという意思表示なのか、冥夜は静かに食事を進めていた。

 

「しかし飯が思っていた以上に美味くて助かるよ」

「ま、おそらく世界で最も多国籍な基地の一つだろうからな、ここは。下手にマズければそれだけで戦争だぜ?」

「はは、違いねぇ」

 

 VGの言うとおり、ユーコンは合衆国にあるが国連軍へと貸し出されていることに加え、またプロミネンス計画の関係で世界各国から様々な民族・人種が集まってきている。おかげで料理の幅も広く、味も良い。

 宗教面なども可能な限り配慮されてようだが、このあたり武も冥夜も日本人ということで、特に避けるべき料理などはなく好きに選んでいた。

 

「飯なんて食えればいいだろう? そんなところに拘るようじゃ、お前は間違いなくマカロニだ」

「トップガン様はアメリカ舌か? 飯の旨さは軍の最重要課題だぞ」

「だよな。マズいと士気に関わって最悪は戦線崩壊だ」

 

 食事の良さにVGと武とは意気投合していたが、合衆国育ちのユウヤには今一つ実感が無いようだった。むしろ冥夜が食べ終わる頃合いを見計らっていたようで、ユウヤは新しいコーヒーをポットで取りに行った。

 

 

 

「飯の話はどうでもいいだろ。それよりもだ。いろいろ言いたい事とか聞きたい事とかもあるんだが……」

 コーヒーを皆に注ぎ、ユウヤは話を始めようとはするが、まだ本人の中で纏まっていないようだ。切り出しから戸惑っていた。

 

「正規の報告会じゃねぇんだ、なんでもいいぜ?」

「ってなるとアレだな。光線級からの対地掃討を含めた回避コンボ、アレはキツイ」

「あ~皆通る道……らしい?」

「ふふ、我らも同じことを洩らしておった故な」

 

 VGが話に乗ってきてくれるが、武からすればすでに幾度も聞かされた話題だった。冥夜も訓練兵時代を思い出してか、笑いを零す。

 

 光線級警報下を想定した、主脚走行からの跳躍、直後に上昇ブーストをキャンセルし、降下ブースト。合わせて突撃砲で着地目標地点の掃討をこなし、脚を付ける。作った本人としてはさほど気にもしていない挙動なのだが、加速方向が急激に上下反転する回避モーションは、やはり熟練の衛士であっても辛いという。

 

 

 

「しかしそう言うわりには、タリサたちもだけど、元気そうだぞ?」

 

 もともと戦術機特性が極めて高い武には縁のない話だったが、207Bの訓練開始当初、冥夜たちは食事すら満足に取れなかったという。まりもでさえフルスペックのXM3に換装した機体に搭乗した当初は、蒼い顔をしながら戦闘糧食を齧るだけ程度だったのだ。

 207Bの面々は白紙の状態からXM3に対応した機動を教え込んできたこともあり、耐G訓練としては既存の教程よりも厳しい面もあった。開発に協力していたヴァルキリーズはキャンセルのみのXM1から順次適応したとはいえ、やはり衛士の身体的な負担は大きかったと聞いている。

 

 アルゴスの四人が平然としているのは実戦経験者ゆえの耐性かとも考えたが、初陣前のユウヤが平気そうな顔をしていたので疑問は残る。

 

「種を明かせば、シミュレータには二時間程度しか乗ってないってだけだ」

「闇雲に乗ってどうこうなるもんじゃねぇだろ、XM3は。今まで培ってきた戦術機の機動概念を根底から書き直さなきゃならねぇ」

 あっさりとVGが理由を明かし、ユウヤが付け加えた。

 

「で、午後は唯依姫を含めてひたすらに机上演習と、そっちから提出されてる実働データの読み直しだったな」

 むしろ身体よりも頭が疲れてる、とVGがぼやいて見せた。

 

 

 

「そういや実働データと言えば、メイヤだったっけ? 初日の演習の時、なんか手を抜かれてるって思ったんだが、そういうわけじゃねぇよな?」

「ああ、たしかに。最初の方、何か動きがぎこちなかったよな」

 

 初日の武たちフェアリー小隊との対人演習の経緯も精査しなおしたようで、いくつか気にかかった機動があるようだ。ユウヤの問いに、VGも思い出したかのように頷く。

 

「む……時間を稼げとは命じられておったが、手を抜いたわけではない。ただ、な」

 ターニャからの命令もあったが、それよりも自身の動きにも反省があるようで、冥夜の歯切れが悪い。

 

「短刀二刀を見て、我らが隊にいる者、彩峰の動きがどうしても頭に浮かんで、な。下手に踏み込むと態勢ごと崩されるやもしれぬと思ってしまい、押しきれぬところが幾度かあった」

 

 207Bでの教練では対人演習は一切行ってはいないが、皆それぞれに他の者の動きは参考にしていた。

 特に近接格闘に限れば、慧は第一小隊の中で最もXM3の機能を十全に使いこなしていると言える。慧が短刀二刀を持った時は、武でさえもまずは距離を取ることを意識するくらいだ。対人経験が無いに等しい冥夜にしてみれば、不知火での短刀二刀を構えられれば、どうしても慧の動きを想定してしまったのだろう。

 

「ああ、やっぱりそういうことか。あれ以上に間を詰めたりあるいは二撃目に入ったりすれば、XM3換装型の不知火ならその間に短刀が差し込めるってことか」

「既存OSの機体の動き、というものに疎くてな。最初はマナンダル少尉がこちらの動きを伺っているのかとも思っておった」

「まあXM3に慣れてりゃ、そう見えちまうか」

 

 冥夜の説明を受け、ユウヤは納得する。演習直後なら理解できなかったかもしれないが、わずかなりとはいえXM3のシミュレータを試し、その反応の速さを実体験したのだ。たしかに長刀で斬り込むならば一撃で決めねば、次の間に刻まれるのは我が身と言えた。

 

 

 

「ってか、本当にお前らって、対人演習やってなかったんだな。帝国だと基本だと思ってたんだが」

「対人演習で身に付く技術はあることは否定はしねぇけどな。それより先にやらなきゃならねぇことが山積みだったんだよ」

 

 他国の構成にも詳しいようでVGが武に聞いてくるが、たしかに一般の帝国陸軍や在日国連軍であれば、以前の世界線で武が受けたように対人演習も含まれる。

 だが当時の207Bにそんな余裕は無かった。そもそもがトライアルまでに一通りの機動をこなせるようにと、あの時期はひたすらに詰め込んでいたのだ。冥夜にはさらに無理を押して、唯依との演武まで身に付けて貰ったが、正直なところ時間的にはぎりぎりだった。

 

 それに加え207Bの面々であれば遠からず必要になると、各種指揮官教育にも似た要素を組み込んでいたのだ。武が対人戦闘技術を見せたくないという要因もあったが、それ以上にどうしても優先度が低くなっていた。

 

 

 

「先にって、戦術機の基本操作に加えてってことか?」

「対BETA戦における中隊規模での戦術機部隊運用とかまでは、一応押し込んだ。本当は大隊規模までは卓上演習くらいはやっておきたかったんだが、さすがに時間がなぁ……」

「いや、それって衛士訓練中にやることなのか? 佐官教育とかだろ」

 

 新任少尉に必要ではない知識まで詰め込んだのかと、ユウヤが呆れたような顔をしていた。大隊副官としても普通ならば中尉になってからだ。

 

「中尉昇進の際か小隊長に就いた時にあらためて教習を受ける、ってのはまあ当たり前の話だよな」

 ユウヤの疑問も当然なので、武も軽く笑って肯定する。ただそれは、軍だけでなくすべてに余裕のある合衆国だからこそ言える話だ。

 

「BETAの九州上陸がほぼ確定的で時間が無かったってのもあるが、教えられるときに教え込んでおこうってのも理由として大きかったな。ただ、衛士ならば新任少尉であっても中隊指揮官の意図くらい掴めないと、なにかと出遅れるだろう?」

「ま、命令通り動けるのと、命令の意味が判って動けるのじゃぁまったく違うわな」

 

 武の言葉の意図を、まさにその今告げた言葉通りに、VGは読み取る。このあたり実戦を経ているVGと、いまだ初陣前のユウヤとの違いとも言えた。

 

 

 

「そんなものか……あ、いや。先行入力やキャンセルの使いどころ、ってのも同じって訳か、タケル?」

 ただユウヤの理解も早い。上官の意図を読めという話から、周辺状況や戦況の把握などの重要性、そしてそれに対する一衛士としての対応能力、さらにその先にあるXM3を用いた機動選択などにも思考を進めていく。

 

「先を見据えろっていうか、流れを作れとか、そういうあやふやな話になっちまうんだよなぁ」

 ユウヤが一気に理解したことに驚きつつも嬉しくなるが、武はその先をどう説明していくかと悩む。結果的に頭に浮かんだのは、以前の自分の実体験によるものだ。

 

「判りやすいから、CASE:47みたいな分隊同士じゃなくて1on1を例にするか」

「そなたが言う判りやすいは、多分に伝わりにくいと思うぞ」

「いや、ほら? けっこうみんな理解してくれてた……よな?」

 

 武が何を言い出すのか、冥夜は何となく察知したようで、少しばかり呆れたような表情になる。たが武からすれば、207Bの戦術機訓練の際に告げたことは皆がそれぞれに身に付けてくれているので、おそらくは大丈夫だろうと思い込む。

 

 

 

「で、戦術機で1on1ってことは、障害物の少ない平原部、近接武装のみで正対しての対人戦か?」

 武の話を促すようにユウヤが条件を提示していく。武は知らないことだが、それは以前に唯依がユウヤに仕掛けた状況だった。

 

「あ~そんな感じだが、残り30sで双方体力ゲージが二割弱、一撃で削り切れるかどうかが微妙、ウェポンゲージはすべてチャージ中、中距離で射線は通ってないが相手位置は把握してる、みたいな感じで考えてくれ」

「……まったく意味が判らねぇ」

「悪いなタケル。俺もだ」

 

 初期状況をつらつらと説明し始めたが、考えながら喋っていたせいでゲーム用語のままに口にしていた。当然ユウヤどころかVGさえも理解できない。

 

「すまん、あ~何というか……」

「双方、脚部腕部左右共に中破、ただし機動に影響は無し。右腕突撃砲は36mm、120mm共に残弾ゼロ、ただし予備マガジンは十全に有り。長刀は背部兵装担架に1本。短刀もナイフシースに収納したまま。相対距離は750m前後、周囲に崩壊したビルなどがあるため直接視認は不可能。敵機撃破、あるいは撤収までに許容されるのは30秒、と言ったところか?」

「助かった御剣、だいたいそんなモンだ」

 

 武が言葉を探している間に、冥夜が想定状況を衛士が理解できるものに置き換えていく。それでようやくアルゴスの二人は理解できた。

 

「すげぇな、今ので判るんだ」

「帝国の教導で使ってる特殊用語か?」

「いや。おそらくはこの者……とあと御一人だけが話している言葉だ。在日国連軍でも帝国斯衛でも耳にしたことはない」

 

 冥夜の理解力に二人して驚いているが、冥夜からすれば戦術機の訓練が始まってから幾度か耳にした言い回しだ。そらに第一中隊に着任してからは、武だけでなくターニャも時折似たような言葉を使うため、理解できるように意識していたからだ。

 

 

 

「想定状況は今ので理解した。けどよ、そんな状況なら長刀の一撃を警戒して、36mmだけリロード、牽制射をしつつ時間を稼ぐのが確実か?」

「相手側も同等条件なら、下手に引くよりかはむしろ距離を詰めるべきじゃないか?」

「その場合、相手が下がると押しきれなくなる可能性が高いな」

 仮想の対人演習の状況設定が理解できたユウヤとVGとは、双方が思い描く理想の機動を口にし始めた。

 

「って、そういうことかよ、タケル?」

 コーヒーを一杯飲み干すほどの時間、いくつかのパターンを二人して言い合っていたが、VGが何かに気が付いたのか武を見た。

 

「何がそういうことなんだよ、マカロニ?」

「何がって、キャンセルや先行入力の使い方って奴だ。いやタケル、お前ホントに教導補佐やってたんだな」

「ん? ああ、そういうことか。機体状況なんかを極限まで限定することで、細かな挙動まで想定していくって感じか?」

 

 感心したかのように言うVGに比べて、最初ユウヤは理解が追いついていなかったようだったが、話がXM3の機能に戻ってきたところで気が付いた。

 

 

 

「実機で演習するのは当然重要なんだが、どうしても戦術機の演習ってのは大規模になっちまうからな」

 

 武が以前のAL世界線でXM3を開発してもらった直後から思うように機体を動かせたのは、先のUL世界線での経験というよりかは、それ以前のEX世界線での知識とゲーム経験によるところが大きい。それこそ卒業が近い時期であっても、対戦で勝つために相手の動きを読みそれに対応するパターンをいくつも考えてきた。

 なによりも流石にゲーセンで無尽蔵に金を使うことも、筐体を占拠し続けることも難しかった。となればプレイしていない時間であっても、勝ち方を模索することくらいはは怠らなかったのだ。

 

 この世界での衛士も、当然実施した演習内容などは見直し、問題点は指摘し合い、次の糧とはしている。ただ90秒や120秒で勝敗が決する対戦ゲームに慣れ親しんだ武からすれば、想定状況が広すぎて細かな挙動一つ一つを精査していないように思えたこともあった。

 先行入力やキャンセルなどは長期的な視野ではなく、瞬時の判断を繰り返し蓄積することで身に付けるのではないかと、武は考えたこともあったのだ。

 

「ふむ? 今更ながらではあるが、そなたの教導の方法は、むしろ剣の鍛錬に近しいものもあったな」

「あ~そっちからも無意識で影響受けてるな」

 

 冥夜からの指摘を受け、武自身自覚していなかったところに気が付いた。いまアルゴスの二人に提示した条件などは、たしかに真剣での鍛錬に近いとも言えた。

 

 

 

「正直、最初は何言ってるのか判らなかったが……てか、そっちの冥夜に翻訳してもらわなきゃまったく理解できなかったけどな」

「翻訳か……なるほどな。確かにそういった感覚かもしれぬ。この者の言葉は……そうだな、今私が日本語を頭の中で英語に置き換えながら話しているようなものではないかと思う」

「使ってる言語が違うって感じか。言われてみればそうだな」

 

 生まれも育ちも英語圏のユウヤは実感しにくいようだが、VGだけでなく言われた武も納得した。たしかにEX世界線での経験は、基本は同じ日本語とはいえ、こちらの言葉のままには直接伝えることができていなかった。

 

「何やら白銀本人の頭の中では一つの筋道が立っているのだが、それを我らに伝わる言葉に翻訳する事が困難なようでな。神宮司大尉殿はご本人の衛士としての才覚に加え、教育者としての経験であろうか、それを読み取ることに長けておられたようだ」

 

「いやでも、アンタも言ってる意味は掴んでるようだが?」

「短い時間ではあったが、この者からも教えを受けたのだ。教えを受ける身であるならば、判らぬままでいることなど出来ようも無かろう?」

「ふーん、そんなものか? 教え方が悪いってのは、そっちの方がマズいだろ」

 

 合衆国的な合理主義なのか、ユウヤは武の説明能力不足は問題だと指摘する。冥夜もそれには反論しなかった。

 

 

 

「ってことは、武が自分の機動をちゃんと言葉で伝えられるようになれば、いっぱしの教官ってことか?」

「我らは神宮司大尉に並ぶとも劣らぬ恩義を感じておる。この者が居らねば『死の八分』を超えるどころか、任官さえも不可能であったであろう」

「いやだから、俺がどうこうじゃなくて、お前らがすごかったんだよ」

 

 冥夜は静かに笑って武を持ち上げているように見せるが、それが本心からの言葉だというくらいは武にも感じ取れた。それゆえに面映ゆく、まっすぐには受け入れられない。

 

「タケル、実はお前優秀なのか?」

「んな訳ねぇだろ、御剣の過大評価だよ。さっきも説明しきれてねぇんだから」

「まったく、日本人ってのはみんな自己評価低過ぎじゃねぇか」

 

 謙遜などではなく、本心から武は自分の能力不足を嘆く。自分に今少しでも物を教える能力があったならば、まりもを筆頭に他の中隊員に掛ける負担を軽減できるはずなのだ。

 

 

 

「いや、私は自身を客観視できている方だと思っているのだが……」

 ユウヤが一纏めにするのを聞いて、冥夜が心持ち不満げに告げる。

 

 んなわけねぇだろとは誰も口にしなかったが、男三人の思いはおそらく同じく一つだった。

 

 

 

 武から見れば、御剣冥夜こそが最も自己評価が低い。

 そのことが、どうしても甚く心苦しく思えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 




もうギリギリでしたが何とか11月中に更新です。タケルちゃん、原作だとリーダーというよりかはラクロスとかも何気に教える立場に就くシーンがあったなぁ、ということでこんな感じです。まあXM3関連での教導シーンはこの作品だとわりとすっ飛ばし気味なので後付けに近いのですけど……

で、わりと今更ながらにtwitter始めました(というか作り直しました)
https://twitter.com/HondaTT2

ほぼ模型用であまり呟くことはないかもですけど、よろしくです。


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剴切の示教

 

「いやもう、お前らの自己評価に関してはどうでもいい。XM3の話だ」

 

 呆れたようにユウヤが話を切り上げる。VGも同意見らしく笑って肯いている。武としては冥夜には一言くらい注意したくもあったが、それはまた別の機会でも良い。ユウヤの言うとおり、今はXM3に集中すべきだった。軽くカップを掲げて同意しユウヤを促す。

 

「さっきの仮想模擬戦を踏まえるとなると、どうなるんだか……」

 ただ話を戻すとは言ったものの、ユウヤもまだ頭の中で疑問点や問題点を纏めきれてはいないようで、少しばかり口籠る。

 

「んじゃまずは俺からかな? ちょっとした確認なんだが、XM3の売りの一つにもなってる回避コンボなんだが、いいか?」

「おう、何でも、とは言い切れねぇが、聞いてくれ」

「……いや、そこはなんでも答えて見せろよ、タケル」

「お前らと違って正規の開発衛士じゃないんだ。操縦面ならともかく、OSの技術面とかはまったく判ってねぇぞ?」

 

 考え込み始めたユウヤに代わり、VGがとりあえずといった風を装って話を繋ぐ。

 流れを戻してくれて助かったと思いつつも、武は言い訳じみたことを口にした。夕呼に開発を依頼したとはいえ、武にはXM3のソフト的な部分など説明できようもない。

 

 

 

「ま、そりゃ俺らでも判ってるとは言わねぇよ。で、だ。光線級からの回避コンボなんだが、アレは機動だけならXM1だけでも実現できるんだよな? だがアレに限らず、ある程度の動きはXM3でコンボ化してれば、中隊規模くらいまでなら指揮官が機動を統制できるんだろ?」

「思わぬ副産物ってヤツだけどな」

 

 以前、XM3の開発を夕呼に頼む際にいくつか説明した挙動だが、低空飛行中に地表へ向かっての緊急ブーストからの周辺制圧射撃などはコンボとして定型化してある。これらは先行入力があれば繋ぎやすいが、キャンセルだけでも再現は不可能ではない。つまるところ動きだけであればXM1でも実施できる。ある程度先が読める状況なら、XM2の先行入力があれば無理なく使える。

 

 ただVGが口にしたように、XM3であればいくつかの回避パターンは定型コンボとして登録されている。そして自動学習によるコンボとは別に、定型化したコンボの利点は、中隊規模までであれば部隊全体を指揮官やCP将校が管理できるようになったことだ。

 

 先の九州防衛戦において、武たちを加えたヴァルキリーズが光線級吶喊を誰一人失わずに成し遂げたられたのは、ターニャの事前選定の確かさもあるがなによりもみちるの指揮通りに中隊各員が動けたというのが大きい。

 第三世代機である不知火は対レーザー装甲が強化されているとはいえ、それでも耐えられるのは10秒に満たない。秒単位で管理された機動によって、部隊内で被攻撃目標を切り替えていくことで、ようやく耐えきったというのが実情だ。

 

「ってことはやっぱり戦術機個々の機動じゃなくて、部隊行動まで変わってきてるんじゃねぇかよ……本気で訓練兵から出直しだぜ、これは」

「この前の小隊戦の敗因がまさにそれだったからな」

 

 武の簡単な肯定を聞いて、VGだけでなくユウヤもうめくように漏らす。先のフェアリーとアルゴスの対人演習においては、純夏の機動をまりもが管理下に置いていたのも勝因の一つだったのだ。

 

 

 

「その訓練兵から出直しって話だ、タケル。この前XM2で良いって言ったのな、アレ忘れてくれ。XM3は早急に要るぜ」

「合衆国やユーロ、少なくとも第三世代機を運用している国家には可能な限り早く、だな」

 

 VGに続き、ユウヤも賛成する。

 

「戦術機適性の高い、XM3に対応できる衛士の再教育には時間がかかる。なら新兵には、下手に既存の概念が染みつく前、衛士訓練兵時代からXM3でのみ訓練したほうが良い」

「まあ、そうなるよな」

 

 二人が衛士育成へのXM3早期導入を望むのは、207Bの教育課程を知っているからだろう。

 

 冥夜たち元207Bの面々の技量において、先の世界線と今とで大きく異なるのは、最初からXM3で訓練していたかどうかによる。教導補佐をこなしたという贔屓目を無しにしても、また九州での御膳立てされた初陣を経たことを差し引いても、間違いなく今の彼女たちの方が衛士としては上だ。

 

 XM3の存在しないUL世界線においては当然皆の技術は既存OSのものであり、AL世界線であってもXM3に換装したのは訓練が進んでからだ。今と比べるとOSの完成度もそうだが、なによりも習得にかけた時間が短い。

 

 

 

「問題は……だ」

「教えられる教官が居ないってことか」

 武の言い渋った答えを、ユウヤはあっさりと言い当てる。

 

 現実的な問題として、XM3による三次元機動を自然とイメージできるのは武を除けば、それこそターニャだけだ。そして当然ながら、いくらターシャ・ティクレティウスとしての偽装経歴を作りつつあるとはいえ、ターニャには教官をこなせるほどの時間的余裕などありはしない。

 

「結局、タケルの言ってることが判りにくいって、さっきの話に戻ってるな」

「そういう意味では、お前らの教官ってタケルと、小隊指揮官のあの人だよな、え~と、ジングウジ?だったか?」

「おいおい、いくら戦術機バカでも、女性の名前くらいはちゃんと覚えようぜ、トップガン?」

 

 揶揄うVGに、ユウヤはうるせぇと呟くように言い返すが、さすがにその声には力が無い。相手が女性かどうかなど関係なく、合同演習相手の小隊指揮官の名を覚えていないというのは、軍人としては確かに問題だった。

 とはいえ初日の顔合わせ以外、会ってもいない相手だ。仕方のない面もあった。

 

「ま、ユウヤの偏りっぷりは置いといて、だ。いくつか資料でも見せてもらったが、たしかにXM3の教導に関しては、タケルの力もあったんだろうが、何よりも神宮司大尉だ」

 VGが自分で逸らした話を、元の流れに戻す。

 

 207BがXM3の習得に成功したといえるのは、発案者たる武が教練に直接参加していたこと以上に、まりもの功績が大きい。

 先ほどの冥夜の言葉ではないが、武の説明と行動とをこの世界における一般的な衛士にも理解できるように噛み砕いき、そしてそれらを冥夜たち207Bに教えたのは、まりもだ。

 

 

 

「大尉殿は、少しばかり例外だぞ?」

「部隊指揮に新兵教育、ついでに新概念のOSに精通した人間がゴロゴロいるなら苦労はないな」

 武の言葉を笑いながらあっさりとVGは受け入れる。衛士として、そして指揮官としては演習で直に感じたことでもあるが、まりもの優秀さはXM3関連の書類に目を通せば嫌でも判る。そしてその希少性も、だ。それぞれの能力を持った者は探せばいるだろうが、兼ね備えた者など居るはずもなかった。

 

「できるなら大尉にはユーコンに来るよりは帝国に残ってもらいたかったが……そうなると俺が過労で死ぬな」

 

 第二と第三小隊は今頃北海道あたりで教導任務に就いているだろうが、まりもと純夏にもそちらに向かっていて欲しかったと、武は思う。

 夕呼の意向は確認していないが、武自身は冥夜を除く第一中隊の面々は喀什攻略には参加させないように動いているつもりだ。勝手なまでの個人的な感傷だとは判っているが、XM3教導という第一中隊の任務を代替できる部隊がまだ育っていないという実務面も大きい。

 

 ただ冗談めかしたものの、まりもがこのユーコンに来ていなければ、その任と責がほぼそのまま武に圧し掛かっていたことは予測できる。そして武に処理しきれる作業量でないこともまた、明らかだった。

 

 

 

「ま、新装備どころが実質的には新兵器だ。教官が居ないってのは仕方がないが、ついでにまともな教材もできてねぇんだろ?」

「ご明察の通りだ、ワリぃな」

 加えてVGが両手を天井に向けて肩をすくめる。

 釣られて武も同じく手を挙げてしまう。

 

「新兵を鍛えるにはXM3に精通した教官が必要だが、その教官を育成するテキストすらも無い」

「鶏と卵かよ……」

 

 帝国においては一応のところ、まりもと武とが207Bの教練に使用したものがテキストとしては存在する。だがこれらはあくまで新人衛士の訓練過程に合わせたものだ。また、みちる達の第九中隊ヴァルキリーズにてOS変更過程は、開発進捗に合わせた特例的な習熟であり、一般化は難しい。

 

 斯衛や富士教導隊で独自に進められていた教練では、旧来の最適とされた機動を模すことに注力されて、三次元機動などXM3の根本的概念と言える部分がまったく考慮されていなかった。先に話題になった中隊規模でのコンボ利用による部隊機動の効率化など、気付いてもいない可能性すらある。

 

 既存OSに習熟した者たちへの、OS変更教習に用いるテキストと、それを教える者の数が絶対的に足りていない。第四計画においてまりもやみちるの理解が早かったのは、開発最初期段階から機動と解説とを武から直接に伝えられていたからだ。

 

 

 

「一応は、ウチの中隊の他小隊長二人への教導を基本として、テキストとかも作る予定……だったんだけどな」

 

 第一中隊に孝之と慎二が配属されたのは彼らの能力と経歴とを評価しての部分も当然あるが、それだけであればヴァルキリーズから人員を割り振っても良かったのだ。彼らが選ばれたのは、大陸からの撤退の最後発であり、XM3に関して未経験であったという要因も大きい。

 ただその二人にしても、武が直接指導したことを除いたとしても、周囲の中隊員全員がXM3に慣熟していたこともあって、他衛士への育成サンプルとするには少々特例に過ぎる。

 なによりも部隊設立以降ほとんど余裕の無いスケジュールであり、個々の報告書は当然上げてはいるが、それらを俯瞰した上での教導テキストの作成などは、また手付かずと言っても良かった。

 

「教材や教官の不足だけではなかろう? 帝国であっても、教導の方針どころか導入さえも今だ確定しておらぬのではないか?」

「一応、斯衛の方では完全にXM3へ移行するとは決定してるけど、陸軍の方はなぁ……」

 

 冥夜が付け加えるが、問題の根幹は訓練用の教材どころか、来年度の導入規模さえも帝国では決まっていない。予算審議以前に、BETAの帝国本土進攻が始まったことで、防衛戦力の早期向上が急務であり、帝国陸軍では全面的なXM3導入に踏み切ることが難しいようだった。

 

「何もかも手探り状態、って訳か」

「聞いてる限りじゃ、下手すると戦術機開発の黎明期に匹敵するぞ」

 

 アルゴスの二人も武たちが抱えている事案の巨大さを思い図り、同情するかのようにカップを掲げて見せた。

 

 

 

 

 

 

「まあそういう意味じゃあ、XM3の国際的なお披露目の場には、このユーコンは最適ともいえるな」

「開発衛士がダース単位で集まってるんだからな。個々人の技量もだが、なによりも各国の部隊運用が一気に確認できるのは大きい」

 

 同じ戦術機を運用するとはいえ、各地域でその方向性は様々だ。

 機甲師団を喪失したユーロではオール・TSF・ドクトリンに基づいた運用だが、合衆国ではG弾ドクトリンが基本である。そして機甲戦力がどちらも残っているとはいえ日本帝国と北アフリカ方面では、気候も地形も大きく異なるため、戦術機に求められる役割は同一ではない。

 

 XM3の頒布のため、各国・各地域ごとの差異を解消する必要はあるが、帝国から送り込むにしろ逆に帝国に招くにしろ、一々派遣できるほどにはどこも人材の余裕があるわけでもない。

 このユーコンに戦術機開発の関係者が公民問わず一ヵ所に集まっているというのは、奇跡的とも言える幸運だった。

 

 

 

「ふむ? となれば、そなたたちアルゴス小隊は、ユーコンの縮小版といったところか?」

 男三人の話を興味深げに聞いていた冥夜だったが、気が付いたように言葉を挟む。

 

「ん? ああ、ユーロ系が二人とはいえ、唯依姫とイブラヒムの旦那も入れりゃあ、結構な範囲はカバーできてるな」

「スウェーデンにネパール、イタリアにアメリカ、トルコ。そして日本帝国、か。たしかに、アルゴス小隊はバリエーションには富んでる」

「ウチらは他と違って企業主体だから、こういう編成にもなるってワケだ」

 

 指摘されたことで自分たちアルゴス小隊の特異性をあらためて認識したようで二人は考え込むように、言葉を続けた。VGが纏めたように、アルゴスは国家主導ではなく一企業であるボーニング主導だったために、開発衛士を自由に選べたという面があるのだろう。

 

「第一世代機がいまだ主力のアフリカ系が弱いけど、そっちはそもそもがXM1の導入こそ急務だろうし、中ソを筆頭に東側は政治面の方が問題だろうから除外できなくもないか」

 VGとユウヤの言葉を受け、武も考える。アフリカ方面への配備は予算的にもXM1が先行するだろうが、そもそもが植民地時代の宗主国との結びつきがいまだに強い地域でもある。独仏の人間が居ないとはいえユーロに合わせておけば、さほど大きくは外れることはないだろう。

 そして中ソを筆頭とした共産圏へのXM3提示は、夕呼よりもターニャの意向に左右されることは武にも判る。が、近接密集戦を基本とする運用方針が比較的帝国に近いこともあって、むしろ他地域などよりも変更点は少ないかもしれない。

 

 

 

「おいおい、じゃあ何か? タケルが俺らの教官殿って訳か?」

「おう、ビシビシしごいてやるから覚悟しとけよ? とりあえずユウヤ、お前ちょっと走ってパン買ってこい」

「タケル、お前まだ食うつもりか?」

「……ワリぃ、ジャパニーズ・ジョークは通じないんだったな」

 武はVGの言葉を冗談と流すためユウヤに振るが、真顔で呆れられた。

 

「ジョークなのかよ……まあタケルが教官役かどうかはさておいてだ。フェアリーがアルゴスの教導を担ってくれるなら、俺個人としては助かる」

「個々のコンボなんかはまだ解析しようもあるが、根幹の三次元機動の概念がさっぱりわかんねぇからな」

 

 ユウヤが素直に教えを請おうとするの聞いて、なぜかVGが成長した弟を見るかのような目線を向ける。その上で理由も加えてくる。

 

「それであれば、結局教官は白銀になるぞ。先にも申したが、あれらの機動概念を理解しているのはこの白銀とあともうお一人だけであろうからな」

「そこは仕方ねぇ、と諦めてくれ」

 

 冥夜に言われずとも、教えるなら武しかいないことは自覚している。

 階級的には同等とはいえ相手は先任の上に、ユウヤを除けば皆武の公式な搭乗時間の数倍に上るベテラン衛士なのだ。さすがに武といえど配慮もするし、拒絶されるかもしれないとも思ってしまう。

 

「ははっ、お前の腕を疑ってる奴はいねぇから安心しろ」

「というかチョビなんてもうすでに頭下げて教えを請いに行ってるんだぜ?」

 

 そんな武の緊張をアルゴスの二人は笑って打ち払う。なによりもすでにタリサという例があるのだ。フェアリーで技量としては一番下だと判明している純夏をわざわざ指名した上で、XM3に関して話を聞いているだった。

 

 

 

「だけどよ。これが形になったら、プロミネンス計画は全世界の衛士教導のための合同部隊、とかに変わりそうだな」

「まさにトップガンだぜ?」

「だから、アレは海軍だってんだろ。まあしかし、ホントにそうなったら近しいものはある、か」

 

 武の心配など大した問題ではないと笑い飛ばし、ユウヤはさらに先の話を始めた。

 

 トップガンと通称されるのは海軍戦術機兵器学校での戦術機戦術教育を行うアグレッサー部隊だ。ここを卒業した衛士は元の部隊に戻ることもあるが、機種転換部隊へ配属され、トップガンで学んだ技術を教導することも多い。

 たしかにユーコンにXM3専用の訓練学校が設立され、そこを卒業した衛士が各国の教導部隊に配属することになれば、国連規模でのトップガンとも言えるかもしれない。

 

「あ~そういう風に、なる……のか?」

 ユウヤ言うのトップガンという例を聞いて、以前にターニャがXM3の公開にはユーコンが都合が良いと言っていたことが、武にもようやく想像できるようになってきた。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと短めですが次の部分を足すと妙な長さになったので、とりあえず上げておきます。冥夜&タケルちゃん誕生日に合わせて上げるか~と毎年思いながら達成できず。と言いますか、誕生日話を間に合わせたかったのですが、当分先になりそうです……

で今更ですが、XM3のコンボ機能を応用した僚機への機動指示出しなどは本作品における捏造設定の一つです、たぶん。そのあたりの記述が原作関連にはなかったなぁと思いながらも、コンボで一定の機動が取れるならタイミングだけを指示することで、部隊全体を統一して動かせるんじゃないかなぁ、と。

あと、マブラヴ時空ではベトナム戦争どうなってたかなぁと確認し損ねつつ、トップガンがあることは確定しているので、ちょっとこういう感じで。


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提題の礎石

「プロミネンス計画が戦術教育機関へと移行するのは、まあ先の話だろうけどよ。計画を潰すってお前さんらの話。XM3を触ってみたら、これはできるっていうか、自然とそうなるって実感しちまったよ」

 

 VGはユーコン基地が今後の戦術機兵器学校となるのはもはや確定した未来かのように語る。以前XM3での演習に参加した直後の唯依のように、プロミネンス計画が目指すもののほぼすべてがXM3によって解決可能だと理解できているのだろう。

 

「だいたい、だ。ハイネマンのおっさんが飛ばされたのは、お前らの活躍なんだろ?」

「健康上の理由での自主退職、って聞いたけど違うのか?」

「退職金どころかここ数年分の役員報酬もすべて返上、それどころか個人名義のパテントもボーニングに差し出したって噂もあるんだぜ?」

「はいはい、俺らってか、ウチのボスの一人の活躍だよ」

 

 一応は惚けて見せる。とはいえアルゴスの二人がそれを信じるはずもない。それどころか武も知らない噂を付け加えても来た。そうなるとハイネマンの排除がフェアリー小隊の成果の一つだと認めるしかなかった。

 

 

 

「そもそもXM3の導入に関しても、ほぼあの人の……」

 さすがに名前は出さないが、いまのところフェアリー小隊の実績は大半がターニャによるものだと言いかけて、武はあらためてターニャの影響力を思い返す。

 

 武だけではXM3のOSとしての開発は当然、それを全世界どころか帝国の衛士に広げることさえもできようもなかった。

 事実、先のAL世界線においてもXM3は完成したものの、『桜花作戦』において搭載していた機体はごく僅かだ。あの世界線から武が消失した後、第四計画の政治的カードの一枚として利用されることになったであろうとは予測できるが、どこまでどれほどの速さで広められたかは想像するしかない。

 

 対して現状は、帝国においてXM1に限ればほぼ全戦術機への導入が確定しており、斯衛では来年度以降の予算で順次XM3に換装が進むこととなっている。陸軍の方でも不知火への換装は決まっているも同然だ。

 先ほどまで話していたように教育面や、なによりも予算面などでの問題は残ってはいるものの、導入への流れは確定されていると言ってよい。

 

 

 

「いや、導入だけじゃねぇ……」

「どうした白銀?」

 不自然に言葉を濁している武に、冥夜が訝しげに問いかけてきた。

 

「XM3自体、あの人が居りゃあ作り上げられたはずだ」

 いまさらながらに武はその事実に気が付き、言葉にする。

 

 先のAL世界線でXM3が作られたのは武の進言からであり、たしかに「白銀武」が存在しなければXM3が完成するはずもなかった。

 

 だがこの世界線では状況がまったく違う。「原作知識」どころか、武と似たような世界での人生経験を持つターニャが存在する。「ロボットゲーム」あるいは「ロボットアニメ」などで空を飛びレーザーやビームを回避する機動など、当然見知っているのだ。

 ターニャならばXM3の概念を夕呼に伝えることも、そのJASRA局長という立場から開発を依頼することも容易い。ターニャが朝鮮半島の後に、白陵基地すなわち第四計画の視察に訪れる予定だったというのは、武が居なくともXM3の開発を夕呼に依頼するつもりだったとも考えられる。

 

「まったく。俺が居ようが居まいが、ここまでどころかこの先も既定路線なんだろうなぁ」

 武が僅かなりとも自分自身で為してきたと思っていたことすら、ターニャであればもっと簡単に成し遂げていただろうと思い至り、自身の無力さを痛感する。そして武と違い、先の展望が明確に作れているのだろうことくらいは、普段の物言いからも判ってしまう。

 

「またそなたは何を言い出すのだ。先の言葉を繰り返すべきか? あの方は間違いなく優れておられるが、そなたが積み上げてきたもの、それ自体は確固として別にあるのだぞ」

「悪い。たしかに、それもそうだな」

 

 慰めではなく、事実として武の実績があると、冥夜は告げる。そして口にしないが、武の成したことをたとえ武自身と言えど否定することは、元207Bと今の第一中隊のありようを否定することだと、その眼がなによりも雄弁に語りかけてくる。

 

 

 

「しかし、噂のカッサンドラ様は、そんなにすごいのか?」

 VGは武が落ち込みかけていたことなど見なかった振りをしてくれるようで、軽い口調で話を戻してくれた。

 

「すごいっていうかだな、XM3どころじゃねぇな。たぶん第五世代かその辺り、重力制御で稼働する戦術機の機動運用さえ頭の中にあるな」

「は? いや、そりゃ流石に飛躍し過ぎじゃねぇのか?」

「フィクションとしても、無理があるだろう」

 

 武も意識を切り替えて、信じてもらえないとは思いつつも先の話をする。当然ながらVGもユウヤも、その言葉を呆れたように受け止めていた。

 

「いやいや。言ってて思い出したが、アレは絶対に慣性制御とかなんかそういったすげぇ技術で飛び回るところまで予定してるはずだ」

 

 今思い返せばXM3のテスト運用の際、ターニャは「空中に止まっていた」こともあった。

 もちろん不知火のデータを用いてのシミュレータだったため、跳躍ユニットの推力にものを言わせただけの空中停止でしかなかったが、人型機械が空に浮かぶことを当然として認識しているからこそ為しえる機動だ。

 

「JASRAにおいては、ML機関の安定制御とその先の小型化はたぶん予定の範疇なんだと思う。そうなりゃ戦術機がラザフォード場を展開しながら空中を自在に飛び回ることも、浮かんで停止することも可能だ。ついでに言えば主兵装も大きく変わるな。レーザーか荷電粒子砲あたりを携帯火器として使うんじゃないか」

 

 武が脳内に描くのは、球体上のシールドを展開しつつ、ビームを撃ち、サーベルで斬り合うロボットだ。そんなものは白銀武にとっては、生まれてから何度でも見てきたことがあるイメージだった。そして21世紀日本での人生経験を持つターニャも、当然ながら見慣れた映像のはずだ。

 

 だがこの世界においてはそのようなアニメもゲームも存在しない。文字媒体のSF小説ならばあるかもしれないが、空を飛び交うロボット物などを明確にイメージできる者は極少数だろう。

 現実に戦術機を駆るユウヤたち衛士にしても、空中近接戦闘などは一種の曲芸に等しい。現時点のXM3で可能な武の機動でさえも完全には理解しきれていないのに、その先など想像できなくても当然だろう。

 

 

 

(いやなんか違うな。事務次官補の場合、もしかしたらどこか別の世界線でそういう「実戦経験」があるんじゃねぇか?)

 

 管制機の真似事をしていたという本人の言葉もあったが、ターニャの軍歴の範疇では合衆国空軍がそこまで大規模な戦闘行為を実施したことはない。夕呼の権限を使わせてもらって、一般には秘匿されているレベルまで閲覧もしたことがあるが、それに類した事例はなかった。

 つまりはターニャはこことは別の世界線で、重力制御に似た技術を用いて戦っていた可能性もありえる。

 

(ってか、飛びながら戦うって魔法少女モノもあったなー)

 

 飛び散ったカードか何かを集めるために、小学生が魔法少女に変身する作品があったはずだ。さすがに武の好みと外れていたために詳しくはないが、そういうマンガやアニメも流行ってはいた。

 

「あ~うん。言っててなんだが、俺も想像したくねぇ……じゃない想像しにくい」

 

 ひらひらした衣装に身を包み背中から羽をはやしたターニャが、霞と並んでくるくると飛び回る姿が一瞬脳内に浮かんだが、二人ともにあまりに無表情なのでまったく似つかわしくないと苦笑してしまう。

 

 

 

「ははっ、たしかに俺らにしたら第五世代ってのは想像もできねぇが、そもそも戦術機の世代分類も、JASRAが言い出したことだったような気もするな」

「ってそこまでやってるのか? いや、NCAF-X計画にも絡んでたって話だから、ありうるのか……」

 

 先日ハイネマンが洩らしたように、ターニャは月面戦争時のハーディマンから始まり、戦術機開発には文字通りに当初から深く関わっている。JASRA設立後に世代分類を含めた戦術機運用の進化を提言していたとしてもおかしくはない。

 

「フランク・ハイネマンは戦術機開発に関して、間違いなく天才だったと思う。だが、それでもJASRAが提示した概念をなぞっていただけとも言えなくはない」

「は、はは……」

 

(そりゃ「原作知識」って本人が言うとおり、だよな)

 感心したかのように言うVGには、あやふやに笑って返すしかなかった。

 

 2000年代初頭までしか記憶がない武であっても、地球上で使われる戦術機としては第三世代機が最後だろうぐらいには想像できる。月および火星進攻を想定した、大気圏外活動が可能な機体あたりで第四世代になるのではないかとも予想はできる。

 対してターニャは文字通りに「先」を知っていたのだ。予言どころではない。先ほど武は適当に第五世代などと言ったが、ターニャならばそれこそBETA本星侵攻に用いられるであろう機体に関してまで知識を持っていても驚かない。

 

「まあカッサンドラ様の予言の信憑性はともかく、このアルゴスでの実績をもってすれば、各国のXM3導入への圧力にはちょうどいいんじゃないか?」

 

 天才と謳われたハイネマンが居なくても、XM3があれば不知火・弐型は要求仕様を満たせる、と他の開発小隊やプロミネンス計画関係者に知らしめる形にはなっただろうとVGは言う。

 

 

 

 

 

「となるとやっぱり問題になるのは習得時間か。お前らでXM1とXM2の慣熟にどれくらい時間がかかる?」

 ハイネマン、そしてターニャに関してはどこまで話してもが問題が無いのか判断が難しいので、武は無理矢理気味に話を変える。だがこれらに関しても聞いておきたいことの一つではあった。

 

「俺個人に限定すると、XM1なら5日、いや3日で形にはして見せる。XM2は予測も難しいな。ユウヤはどうだ?」

「俺は……そうだな、XM1はキャンセルを必要とするタイミングの見極めも含めて、1週間は欲しい。XM2も少なくても2週間は要るな」

 

 既存OSに慣れた衛士にしてみれば、XM1はとももかくXM2やXM3への移行は機種転換にも等しい。驕ることなく2週間でどうにかできると言えるユウヤは、間違いなく優秀な衛士だ。

 

「ボーニングから開発衛士に選ばれるくらいの二人がそういうなら、一般衛士だとどうだ?」

「今まで通りの運用でいいなら、XM1で1週間。XM2なら切り詰めて1ヶ月だろうな」

 

 重ねて問う武に、VGがあっさりと答える。それは武たち第一小隊が以前より想定していた時間に等しい。

 

 

 

「だけどよ。お前らが求めてるのは、そういうレベルじゃねぇんだろ?」

「XM1に関してはそれくらいで良いんだよ。あれはあくまで既存OSのアップデート程度だ」

 

 衛士としての自分を鍛え上げることに疑問など持たないユウヤにしてみれば、機体能力の上限を引き出せない、出そうとしないというのは怠惰にも見えるのかもしれない。このあたり冥夜や唯依などの武家関係者に通じるところがあるようにも見える。

 

 とはいえ武はXM1の導入に関しては、それほどの技量を衛士に求めてはいない。

 キャンセルを多用することで可能となる機動は多いが、それができるような衛士ならばXM2やXM3であっても乗りこなしていくだろう。それよりも新兵に多いパニックや連戦による疲労などで引き起こす挙動選択ミスを、キャンセルで防げることが重要だと武は考える。

 

 衛士に限らず、生き残って戦い続けることこそが軍人の、いや今の時代を生きる人としてなによりも目指すべきところではないかとも思う。

 

 

 

「しかしXM2でやっぱり1ヶ月か……」

「XM2の先行入力は、アレは一気に機動性を変えてしまえるからな」

「問題は、変えようと考えて動かさなきゃ変わらねぇってことだろ。新兵ならともかく、下手に既存の部隊運用が身に着いちまってると、それも難しいか」

 

 帝国において、XM3のみならずXM2の導入も大陸派遣軍の衛士から躊躇われたのは、この点だ。機動性能の向上が図れるのは確実だと判っていたが、九州防衛が眼前に迫っていたあの時の状況では、それを身に付けるための時間が無かったのだ。

 

 既存の戦術機運用は何よりもその場その場での最適な対応を積み重ねていくようなものだった。いきなりに一歩も二歩も先の挙動を常に想定しろと言われても、武道を通じて先を見据えることに慣れている斯衛であればともかく、一般の衛士に求めるには少々敷居が高い。

 

「部隊全体とまでは贅沢言わねぇが、少なくとも小隊内くらいは見渡せてないと連携を崩すだけにもなりそうだからな」

「足引っ張るのが一人程度なら周りがフォローできるが、逆に一人で突出しちまうと余計に混乱させるだけか。ははっ、嗤うしかねぇ……」

 

 先を見据えるとは、今すぐにすべきことと、先に延ばすべきことの選別だ。そして先に延ばしたことの意味を周囲が理解できていなければ、そこからただひたすらに無駄を重ねることにもなりかねない。

 VGの言葉を踏まえ、過去の自身の失態を思い出したようで、噛み締めるようにユウヤが自嘲する。

 

「結局、部隊規模での練度向上、習熟に時間がかかるってワケだ」

 ユウヤの態度から、以前の部隊での事故を思い返しているのだろうと武も思い至り、気付かぬ振りで軽く笑って流してみせる。

 

 

 

「でよ、XM3はどうなんだ、お二人さん?」

「XM3は……正直判らん。概略だけ見た時にも1ヶ月は欲しいとは思っていたんだ。いたんだが、シミュレーターで触ってみただけだでも1ヶ月だと本当に今まで通りに動かす程度だ。使いこなすとなると予測は難しいな」

 

 VGにしては珍しく、歯切れの悪い言葉で濁す。それくらいにXM3の全貌が掴めていないようだ。

 

「ユウヤは?」

「XM1からXM2、そしてXM3と段階を踏まえてのアップデートでも、最短で2ヶ月は欲しい」

 

 このあたりの時間見積もりも、斯衛や富士教導隊と似たようなものだ。

 

 そして残念ながら、第四計画にはそれほどの時間は残されていない。

 喀什攻略はいまだ未確定ながら2002年の2月中には実施される方向なのだ。アルゴスの面々がXM3に習熟した後、さらにそこから弐型とF-15ACTVの再調整を待っているような余裕は無い。

 

 

 

(A-01に弐型、在日国連軍の参戦部隊にF-15ACTVが導入されるなら、調整はこっちでやるしかないか)

 

 口にはしないが、武はそう考える。

 A-01はすでにXM3搭載機での実戦を経ているため、弐型が導入されたとしてもOS換装に伴う訓練は不要だ。弐型への機種転換訓練だけで済む。

 

 問題はF-15ACTVだ。在日とはいえ、まだ国連軍にはXM3は提供されていない。当然訓練なども実施しようがない。公開トライアルでその存在は周知はされているが、予算などの問題でXM1さえまだ導入は始まってもいない。F-15C系列向けのXM3調整はF-15J 89式陽炎にて進められてはいるが、当然ACTVに改修されるならばまたあらためての調整が必要だ。

 

 喀什攻略に在日国連軍から提供される戦術機戦力はおそらく一個連隊規模だ。彼らにXM3慣熟訓練の横で、ACTVに合わせたXM3調整を並列して行う余裕などあるはずもない。アルゴス小隊にも頼れないならば、第四計画側で仕上げておく必要がある。

 

 

 

 

 

 

「結局時間が足りねぇ……いや戦力も足りねぇ。となると、どうするかねぇ」

 

 喀什攻略の問題は、何も喀什へ迎え正面戦力の不足だけではない。武やおそらくターニャの知る「桜花作戦」において、ユーラシア全域で歩調を整えた大規模陽動作戦が展開された。

 あれは夕呼の政治的手腕の成果というだけでなく、まさに奇跡とでも称するしかない結果だ。第四主導ともいえる佐渡の攻略と横浜の防衛の成功、そしてBETAの学習能力が明確に確認されたといったカードが奇麗に揃ったことで、ようやく成し遂げられたことだ。

 

 いまの第四計画やJASRAでは、現状それらを命じれる立場でもなければ権限もない。なによりもユーラシア全域での一斉陽動を行うにあたっての口実さえない。

 

 だかXM1あるいはXM2が各前線国家に導入されれば、少し話が変わる。ターニャが狙っているのはこれではないかと、と武は予測しながら話を続ける。

 

 

 

「あくまで仮定の話なんだが……本来の間引き時期よりも早く、ハイヴ周辺のBETAが飽和していない時になるが、各戦線でタイミングを合わせればXM1とかの比較的危険度の低い実戦運用試験や実地訓練、になるか?」

 考えながら言葉を紡ぐ。そのうえで実戦経験のないユウヤは答えられないだろうと、武はVGに聞いた。

 

「難しいな。飽和していないって言ってもハイヴ周辺、つまるところ光線級警報下での戦闘だ」

「慣れない機材で戦いたくはない、か」

「衛士に限定すればそれもあるが、全体としては補給の問題だな」

 

 聞いては見たものの、VGの反応は鈍い。そして武がユウヤと同様に戦術機に限定された思考になっていると指摘する。

 

 

 

「支援砲撃の弾薬も燃料もタダじゃない。下手に時季外れの時に手を出して、使いたいときに充足してません、じゃシャレにならねぇ」

「ついでに下手に正面戦力も減らしたくはない、ってことか」

 

 間引きという言葉から誤解されがちだが、実質的にはハイヴ攻略の第二段階における制圧攻撃のみを実施するようなものだ。戦術機甲部隊のみならず、それを支援する砲兵力も十全な準備が必要だった。

 

 なによりも間引きで対処できるのは、誘引されて突出してくるBETA前衛集団だけだ。叩けるのは突撃級や戦車級にほぼ限られる。光線級の数を満足に減らせられないままの撤退行動は、非常な困難を伴う。

 とくにハイヴ周辺から移動することの少ない重光線級へは、AL弾頭で重金属雲を作り出すことしか対処法がない。

 

 

 

「ただし、だ」

 措定しながらもVGは、続ける。

 

「お前らのXM3プレゼン次第では話が変わってくる。XM3の導入優先度をチラつかせれば、乗ってくる国も間違いなくある」

 

 まさに政治と経済の範疇だがな、と唆すようにVGは笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます。

これまた今更な話ですが、デグさんも転生知識持ちオリーシュ(ただし『お金で苦労しないと立派なオリーシュに慣れない』系)の一角ですので、XM3の概念はタケルちゃんなくとも提示できるんですよ~なお話。ただ前世さんたるインテリヤクザさん没年である2013年に第八世代機というかF-47イシュクル発表されてたかどうか記憶がアヤシクてその辺りはあやふやに。

で、なにか毎年言ってそうですが、何とか今年中とは言いませんがアニメ完結くらいまでには、こちらも完結させたいなぁというくらいのテンポですがよろしければ今しばらくお付き合いください。


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連鎖の乱雲 01/12/14

「ったく、キリがねぇ」

 

 意味のない言葉を漏らしつつも、武の身体は染み着いた動作を正確に続ける。

 接近してくる三体の戦車級を背部兵装担架の二門の突撃砲で薙ぎ払うように蹴散らし、その先を見据える。狙うはこちらへと突進してくる要撃級だ。距離にして500m未満。武御雷には劣るとはいえ、弐型へと改修された不知火の加速力からすれば至近といえた。

 

 ただそれは対峙する要撃級にしても同じだ。

 全高12m全長19m全幅28mと戦術機を大きく上回るサイズはそれ自体が巨大な質量武器であり、また足の速さをも意味する。

 

 接近して斬り伏せるべきか、このまま射撃で制圧すべきか。武が単機で突出して近付けば小隊のフォーメーションを崩すことに繋がるが、かといってこの位置を護ると後衛の二人への負担も高まる。

 

 判断能力が落ちてると頭の片隅で自覚しながらも、下手に前に出るよりかは、とトリガに掛けた指に力を加える。

 

 

 

『フェアリー02、戦闘中だというのに考え事か?』

『タケルちゃん? もしかして寝てた?』

 

 だが武がトリガを引く直前に、眼前の要撃級は「タコ助」と綽名される要因でもある感覚器が初弾で弾け飛ばされ、続けて撃ち込まれていく36mmでその巨体も崩れ落ちた。

 後方に位置する純夏からの砲撃に加え、横に並ぶ冥夜が止めを刺してくれた形だった。

 

「うるせぇ03、けど04も助かった」

 寝てたと言われても強く否定できぬほどに疲れてはいる。それは武だけではなく、今声を掛けてきた純夏も、また冥夜も同じだ。顔に出ていないのは小隊長たるまりもだけだが、彼女にしても疲労は溜まっているはずだ。

 

「そろそろこの弐型に慣れてきたせいで、ちょっと寝ボケてた」

『なるほど、02はまだまだ余裕があるようだな。この戦線は貴様一人に任せるべきか?』

「ははっ、それは流石に弾薬も燃料も持ちませんね」

 

 まりもも小隊内の軽口を叱責はせず、むしろ武に乗ってくる。たとえカラ元気だと見破られたとしても上に立つ二人がまだ戦えると見せねば、新任の二人が耐えられないとの判断だ。

 つまるところ、まりもにもさほど余裕が無いのだった。

 

 

 

 いま武たちフェアリー小隊は満足な戦略目標さえ伝えられずに、いつ終わるともわからぬ持久戦を強いられていた。

 

 周辺に展開している戦術機部隊はほぼそのすべてが小隊規模でしかなく、支援砲撃も十分とは言えない。当然重金属雲もまともに形成されておらず、下手に跳べば即座に光線級からの照射を受ける。

 希望的要因は、重金属雲による電波障害がほほなく、CPとの連絡が明確なことくらいだ。

 

 加えて武たちが駆る機体は訓練兵時代から先の九州戦までで使っていた、馴染んだ物ではない。武と冥夜は不知火・弐型。まりもと純夏とはACTV仕様に換装した陽炎に搭乗している。

 不慣れな機体、それが疲労の蓄積の原因の一つでもあった。機体と衛士装備双方の蓄積データの少なさは短期間ならば無視できるが、長期の搭乗になればなるほどに衛士への負担となって返ってくる。

 

 

 

 

 

 

(無理を通してくれた整備の皆に報いるためにも、疲れてるからって手は抜けねぇ……採用はしてもらいたいよな)

 

 XM3に換装された94式不知火と89式陽炎とが帝国から二機ずつユーコンに送り込まれ、アルゴスの整備班はそれらを弐型Phase2とACTV仕様への換装を徹夜でこなした。ターニャが言い出したそれは無茶ともいえる要求だったが、換装にかかる工程とマンアワーを今一度確認するためにも必要な作業ではあった。

 

 弐型もACTTVも一応は新規製造も視野には入れられてはいるだろうが、基本的には既存機体を改修する計画だ。ここでかかる労力を基準として、メーカーに戻すのか現地の整備班が換装するかの判断が下される。

 

 XFJ計画自体がXM3によって先行きが不透明となったとはいえ、喀什攻略においてA-01には弐型が欲しい。ACTVも問題はあれどXM3との相性も良く、既存の陽炎よりは戦力の向上に繋がる。

 

 第四計画直轄のA-01に限れば、元々が連隊規模な上に損耗もあり現存機は80にも満たない。喀什攻略に在日国連軍から提供される部隊もさほど多くはない。

 弐型にせよACTVにせよ、メーカーに戻さず現地整備部隊で改修ができるのであれば、既存装備の修理・補修という名目も立てやすい。第四計画の権限内で採用を進めても、大きな軋轢は生まないはずだ。

 とくにA-01に限れば、部隊すべてが九州防衛戦から撤収している今ならば、改修とその後の機種転換に等しい訓練も、どちらも時間は取りやすい。

 

 

 

 右翼を担っていた小隊の一つが後退を始めたようで、再び中隊規模のBETA群と正対する形になりつつあった。武は突撃前衛としてそれを正面から受け止めねばならないのだが、不思議と不可能だとは思えない。

 集中力が欠けてはいるが、まだ戦える。

 

(ってか、俺の疲れがマシなのは機体に助けられてるよなぁ)

 

 新人二人に疲れを見せるわけにもいかずに誤魔化したものの、疲労はある。乗り始めてすでにどれほどの時間が経過したのかさえ、視界の片隅に浮かぶタイマーを確認しても咄嗟には把握することさえ難しいほどだ。

 

 だが冥夜や純夏に比べれば、武自身はそれでもまだ余裕がある。それは他世界線での経験からくるペース配分の成果でもあるが、機体の調子の良さも大きい。

 

 

 

 いま武が乗る不知火・弐型は、元々は孝之の機体だと聞いた。冥夜のほうは慎二のものだったはずだ。まさかこのような事態を想定してわけではないだろうが、夕呼が動かせる余剰の不知火は、この二機だけだったらしい。

 

 大陸に送られ幾度も実戦を経て、非公式ながら先日の朝鮮半島での撤退戦にも参加していたはずの機体だ。当然ながら、先に乗ったユウヤが調整していた一番機ほどに真新しく、また整備が徹底されているわけではない。

 それでも先のAL世界線で武が乗っていた不知火よりも、むしろ調子が良いのではないかとまで思ってしまう。

 

 ヴィンセントの調整が素晴らしいことは間違いないが、そもそもがこの機体が実戦で数年を経たとは思えないほどに素直なのだ。

 

(鳴海中尉も、要領が良いんだか悪いんだか。ヘンなことろで生真面目だよな)

 

 武から見た孝之は、どこか掴み辛い、茫洋とした青年だった。

 

 小隊も階級さえも違うとはいえ、孝之や慎二とは同じ中隊である。加えて武は実質的には中隊副官として動いているため、役職的には似たような立ち位置だ。それもあってむしろ茜や晴子以上に話はしていた。

 それであっても、慎二ほどには掴み切れていなかった。

 

 たが今、孝之が乗っていた機体を借り受けるような形になって、ようやく彼の人柄の一片が理解できたように思えた。

 

 

 

 

 

 

 衛士の体調としての気力的にも体力的にもまだ戦えるが、それは別として継戦能力には限界が来る。

 

「フェアリー02から01。こちら残弾3割」

『フェアリー04から01へ。こちらも02と同じく残弾が3割を切ります』

 

 先ほどは冗談に紛らわしたが、事実として弾薬も燃料も心もとない。

 押し寄せる戦車級へとの圧がわずかに緩んだ隙にリロードを挟みつつ、まりもに報告する。もちろんまりももこちらの状況などは把握しているだろうが、口頭で伝えることで双方が意識することは重要だ。

 

 出撃時の装備はもう記憶に怪しいが、幾度かの補給を経て今はどこかで慣れ親しんだ組み合わせに変わっていた。長刀二刀を左右に逆手で掲げ、突撃砲二門を背部兵装担架から下げている。射撃精度は下がるが、それでも近接時の殲滅力が欲しい。

 

 武は突撃前衛長として先陣を切り部隊の先頭に立ち続けなければならない。なによりも疲労が溜まるにつれて、突撃砲ではなく長刀に頼ろうとする冥夜よりも前に出なければならないのだ。彼女よりもたとえ一歩でも前に立つためには、追加装甲を持つ突撃前衛装備では速度が足りない。

 だがそれが結果的に弾薬をバラ撒くことと推進剤を浪費することに繋がっていた。

 

 その冥夜の装備は、出撃時から突撃前衛ではなく、右の腕と背部兵装担架に長刀、左には突撃砲といった強襲前衛じみた様相だった。武御雷でもそうだったが、やはり盾としての追加装甲の使い方が身に付いていないと、冥夜本人は言っていた。

 ただ冥夜はすでに突撃砲を一門のみとなっている。最初に手にしていた一門は、無理な銃剣使用が祟って損失している。

 

 どちらにせよ、補給は必要だった。

 

 

 

『アルゴスCPからフェアリー各機へ。暴風小隊が右翼に展開を始めています。今でしたら3km後方の補給地点へと下がる余裕があります』

 

 弾薬類の消耗を報告した武たちに、CPから補給ポイントと周辺状況の補足が入った。フェアリー小隊としてのCP将校はターニャではあるが、今はそのターニャに代わりアルゴス小隊のオペレーターであるニイラム・ラワヌナンドが主に担当してくれている。

 

『フェアリー01から、02、04へ。匍匐飛行にて先行し、補給を急げ。こちらは牽制しつつ後退する』

「02了解、すぐに戻ります」

 

 まりもは一時的な前衛後衛のスイッチを指示し、消耗の激しい武と冥夜との補給を優先する。弐型の方がACTVよりも足が速いというのもある。

 3km程なら跳躍すればかかる時間は数十秒程度だ。跳んだ直後から光線級警報は鳴り始めるが、後退する機体は脅威度が低いとでも判断されるのか照射されることもなく目標地点に着く。

 

 

 

「02、補給ポイントに到着。これより補給に移り……ああ、ったくッ!!」

 意味は無いと判っているものの、悔恨とも叱責ともとれる声を、報告の最中に武は漏らしてしまう。

 

 コンテナはあった。

 指定されたポイントに確かに補給コンテナはあったが、中身が違った。

 

『フェアリー02、正確に報告しろ』

「こちら02。申し訳ありません。直接・支援砲撃関連のコンテナではありますが、87式ではありません。WS-16C突撃砲とその予備弾倉です」

 

 まりもと純夏とが前方に残っていてくれていることもあり、今この時だけであろうが、周囲3kmほどにはBETAの反応はない。疲労と眠気とを討ち払うためにも、武はあえてゆっくりとまりもに報告した。

 

『こちら04。訂正いたします。WS-16Cではありません。おそらくは中国共産党の82式かと思われます』

 だがざっくりと見ただけで報告した武の言葉を、冥夜が改める。

 

『……申し訳ありません、確認しました。04の言うとおりに82式です』

 指摘されて、ようやく気が付いた。

 取り出してマッチングしたわけではなく外見だけでの判断だったため、武は見間違えていた。冥夜の言葉通り、コンテナの中身はWS-16Cを中国共産党が改修した82式だった。

 

 

 

「あ~マズいな、これは」

 無線が入ったままだが、どうしても愚痴めいた声が出る。まりもが叱責しないところを見るに、彼女も似たような判断に到達しているはずだ。

 

 WS-16C以上に、使えなくはないが、使いたい装備ではない。

 

 武たちが装備する87式突撃砲とは違い、銃剣が付いている訳ではないし、肩部の増設ウインチに対応したワイヤーがあるわけでもない。なによりも87式に合わせた弐型の膝のマガジンラックには、WS-16系列の予備弾倉が満足に収納できるわけでもなかった。

 加えて82式は近接戦闘時の取り回しを優先してストック部分を切り詰めたことで、バランスが悪く命中精度が低いと言われている。

 

 そしていま武たちフェアリー小隊がこのコンテナを回収地点としたということは、逆に中国共産党の部隊が補給ポイントを見失っているという可能性も高い。戦域全体での補給が破綻し始めていると見なすべきだった。

 

『……60秒待て。こちらも向かう。その間に予備弾倉を87式の後部に付けておけ』

「02了解」

 

 わずかに間を開けて、まりもが決断を下した。

 

 使いたいわけではないが、他に手段がない。そしてこのような状況を想定して、87式突撃砲はWS-16系列の弾倉も装着できる。

 

 

 

『アルゴスCPからフェアリー01へ。申し訳ありません、こちらの確認不足でした』

 補給ポイントを指示したニイラムが、まりもへと詫びを入れる。致命的とは言えないものの、補給のミスでこれからの部隊の作戦行動の自由度が下がったことは確かだ。

 CP将校としては、許されざる失態とも言えた。

 

 ただ、戦術機に乗り続けている武たちほどではないが、ニイラムも疲れが溜まっているはずだ。フェアリー小隊の補佐を睡眠は当然、満足な休息さえなしに続けているのだ。ミスはどうしても起こしてしまう。

 

『フェアリー01からアルゴスCP。補給を急かしたこちらの責でもある。それに移動前に確認して置くべきだった。変わりと言っては何だが、暴風への報告は任せる』

 

 まりもの言うとおり、ニイラムだけのミスではない。

 暴風小隊が戦線を上げてきていると報告された後だったのだ。焦らずに周辺の部隊展開を再度見直しておけば、ニイラムが指示した補給ポイントが暴風小隊のためのものだったと推測できた可能性もある。

 

 

 

 ある程度共有化されているとはいえ、補給物資は前線の部隊が勝手に判断して利用していいものではない。同じ大隊内であればまだ融通も効くだろうが、師団どころか国家を超えてとなるとその後の補給計画にも影響が出る。

 

 とはいえ前線においては、眼前に補給コンテナがあればその所属などいちいち気にかける余裕などない。先ほどまりもがニイラムに依頼したように、事後承諾となるが消費を通達するだけまだましと言えた。

 

 そして今武たちはここで補給せねば、安全に後退することも難しい。そもそもは中隊規模に合わせた補給ポイントだ。暴風小隊だけであれば余剰にもなるはずだ。

 

 ただ、武は杓子定規に従うつもりはなかった。

 まりもの指示から逸脱する形になるが、マガジン数個だけでは心もとない。数少ない燃料補給用ドロップタンクからの推進剤の補充は難しいとしても、使いにくいとしても突撃砲くらいは補充もしたい。

 

 

 

 

 

 

(さて、と。神宮司隊長にはリロードだけしておけと言われたものの……)

 時間的な余裕は無いが、武自身と冥夜の機体をあらためて確認し、使えそうなものを考える。本来なら冥夜の兵装担架にある長刀以外、携帯兵装をすべて入れ替えたいくらいだが、それは難しい。

 

「暴風への詫び入れはアルゴスCPに任せたから、好きにさせてもらうか」

 なかば冥夜に聞かせるべく、わざと声に出してからコンテナを再確認していく。

 

 だが82式の突撃砲のみならず、長刀も当然ではあるが中国共産党軍が使用するトップヘビー型の77式だ。正直こちらは使いようがない。重すぎて第三世代機の機動性を殺しかねず、加えて運用理念が違い過ぎて、74式に合わせて調整してある各種のコンボも流用不可能だ。

 

 結局のところ、何とか使えそうなのはまりもの指示通り、36mmとそして120mmの予備マガジンくらいだ。

 

 

 

 武がコンテナ軍を確認している間に、冥夜はすでに突撃砲へのマガジン装填を完了させていた。

 

「04、こっちに背部を向けてくれ」

 長刀をコンテナに立てかけ、背部兵装担架から87式突撃砲を一門下ろす。ついでにマガジンも増設しておく。

 

『なにをする、02?』

「ま、任せとけって」

 

 指示通りに背部を向けた冥夜の弐型、その空いていた左の背部兵装担架に手に持つ突撃砲を搭載する。

 

「ご覧の通り俺は二刀なんで、銃剣を使いそうにないからな、背中の一門は82式にしておく」

『そなたに感謝を』

「適材適所、ってのとは少し違うが、気にするな。次の補給を間違えなければ換装できるだろうしな。応急の処置ってところだ」

 

 

 

(問題は、次まともに補給させてもらえるのがいつになるかってところだけどな)

 さすがに口にして悲観主義を隊内に広めるような真似はしない。だが状況が予断を許さぬことは冥夜にも判っているだろう。

 

 まりもの無理のない小隊指揮で、奇跡的と言えるほどに武たちの機体は損害を免れてはいる。各機共に関節部への負担はあれど、小破と認定されるのは純夏の乗る陽炎の左脚部程度だ。

 推進剤も消耗しているが、戦域を大きく移動することがなかったため、まだ余裕はある。

 

『先の神宮司隊長のお言葉ではないが、我らが注意しておれば避けられた問題ではあるか……』

「まったくだ、自分が嫌になるのはこういう時だ」

 

 武は突撃前衛長として分隊長ではあるが、小隊副官のみならず発言力的には中隊副官に等しい。先任の孝之や慎二が不在の今、このような状況確認に気を回す役回りでもある。

 ただその武のミスをフォローできなかったとでも言わんばかりに、冥夜は疲労の見える表情をさらに引き締めていた。

 

 

 

「ま、大陸で実戦を経てきた突撃砲だぜ? 87式よりも経験豊富な先達へは敬意を示さなきゃな」

 気を張り過ぎな冥夜に、わざとらしいまでに軽く声を掛け、手前の82式を手にする。

 

『……そなたに重ねて感謝を』

「いやいや、せっかくの機会だ。試し撃ちにはちょうどいいさ」

 

 自分でもまったく信じていないが、重く悩みこんでいても事態は好転しない。くわえて気を使ったことまで察せられていては、誤魔化すしかない。

 

(ただまあ、言うほど問題はなさそうだな)

 

 たしかにしっかり見ればWS-16Cとはストック周りの形状が違う。近接戦闘時の取り回し向上のためと言われているが、これほどストックを縮めてしまえば逆に保持しにくくなっているだけではないかとも思える。

 だが武は、背部兵装担架からの射撃に限定するつもりなので、さほど悪影響は出ないのではないかと、あえて楽観視しておく。

 

 銃剣もスリングユニットの有無も背部兵装担架で使用するなら問題ではない。82式の命中精度の低さというのは気になるが、それも兵装担架からであればそもそもが長距離での使用は想定していない。

 

 互換性があるとはいえ、普段使っていない機材だ。マッチングを進める間も、マガジンの着脱なども試しておく。先と同じ失敗を繰り返さぬように、機材に問題がないか入念に確認した上で、装備を完了する。

 

 

 

 

 

 

「それにしても、想定状況酷すぎるだろ、コレは……」

『過酷でなければ試験にも訓練にもならぬと、あの方であればそうおっしゃられるのではないか?』

「はははっ、違いねぇ」

 

 聞かれていることは判っていながらも、武はぼやいてしまう。不満を溜め込んでいても、それはそれで不健康だ。軽く愚痴を零すことで、務めて意識を軽く持つ。冥夜も気持ちを切り替えたようで、付き合ってくれる。

 

 そして82式のマッチングを進めつつ、ようやくタイマーを確認する。

 JIVESを用いた長時間演習。その演習開始から、すでに36時間以上が経過していた。

 

 この演習を指揮しているターニャに愚痴など聞かれれば、先の補給ミスと同じく回避可能ではあろうが、より一層困難で巧妙な問題を織り込んでくるはずだ。

 

 楽観視できないほぼ確定した未来予測とともに、ニヤリと嗤うターニャの顔が脳裏に浮かんでしまった。

 

 

 

 

 

 




一話で演習終わらせようかと考えてましたが、ヘンな長さになったのでとりあえずここまで。XM3教本とかACTVの問題点とか、いろいろ次回に先送りモードです。

あと暴風小隊はたぶんゲスト枠で、ほとんど絡めない予定。崔亦菲さん好きですけどまともに出すとユウヤパートが歯止めなく長くなりそうなので。あと統一中華戦線を無くしてしまったので、殲撃10型の近接能力強化試験機がどう変わってくるかとかひたすら脱線する未来しか見えないです……


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擬態の脱略

 訓練が始まってすでに36時間以上。

 歩兵訓練ならばさほど珍しくもない時間だが、JIVESをこれほど長時間にわたって利用することは、きわめて稀だ。

 

 このJIVESを用いた長時間演習が、プロミネンス計画が実戦運用試験に拘ることに対するターニャが示した回答の一つだった。

 JIVESの利用にはシミュレータや通常の運用試験に比べ、多大なコストがかかるとはいえ、ユーコンからペトロパブロフスク・カムチャツキー基地まで開発小隊を移動することにからすれば安いものだ。

 

 なによりも状況の設定が可能という点が、実戦運用試験に比べれば意味が大きい。

 カムチャツキー基地では、実戦とはいえどこまでいっても御膳立てされた限定的な戦域でしか試験はできない。JIVESならば地形的な制約こそあれ、状況想定にはほぼ限界が無い。

 

 加えてJIVESであれば、周辺状況のみならず試験機そのものの状態も任意に設定できる。

 あたりまえだが実戦運用試験においては中破状態で試験を続行することなどは通常ならばありえない。しかし、こと実戦においてはそのような状況下であっても戦闘を継続しなければならない局面は多い。

 JIVESなら機体パラメータ側で各部の損傷状態なども設定可能であり、機体異常を前提とした訓練のみならず、損傷個所による影響拡大などもシミュレートできる。

 

 また実戦であれば衛士や整備兵の状態も十全であることなど、このBETA対戦においては極めて稀だ。人的にも機材的にも過度のストレス状況下で、どれほどまでに運用できるかを試験することもJIVESは可能だった。

 

 

 

 ただターニャの狙いはそれだけではなかった。

 演習開始前のブリーフィングの際、一石二鳥どころか四鳥くらいは狙いたいな、とターニャが嗤っていたのが思い出される。

 

 まず単純に、武たち、とくに冥夜と純夏に対する長時間演習だ。即席というのも烏滸がましいほどに、元207Bの衛士訓練期間は短い。本人たちの素質のおかげで形にはなっているものの、付け焼刃と言っても良い。

 

 なによりも長時間にわたる戦闘経験は、訓練兵時代を含めても皆無だった。先の九州防衛戦に際しても、戦域の移動も多く搭乗時間は長くとも、個々の戦闘時間は極めて短かった。

 歩兵としてであれば戦技評価演習などもあったが、衛士としての連続戦闘経験はない。

 

 

 

 さらに弐型とACTVへのXM3最適化も、目的の一つだ。

 アルゴス小隊の衛士四人がまずはXM3の習熟に専念することとなったため、弐型とACTVとはXM3へと換装されたものの試験運用は中断された。もちろんユウヤたちのXM3慣熟が完了次第再開されるが、二週間ほどの遅延は発生する。

 

 それを待てる余裕は日本帝国陸軍はともかくも、第四計画にはない。

 加えて、早期の採用実績を必要とするボーニングの意向もあり、XM3最適化に関してのみアルゴスだけでなくフェアリー小隊でも試験運用が認められた。

 

 もともとXFJ計画の開発衛士から日本人が排除されたのは、経済的・政治的要因でしかない。国連軍とはいえ採用予定国家たる帝国の衛士が試験することは、ボーニングが強く反対でもしなければ、とくに問題にもならず許諾された。

 

 

 

 そして最期の目的がXM3の提示という、武たちフェアリー小隊本来の任務に関わるものだ。

 

 まりもがこのユーコンに来てから連日他開発小隊へと折衝に出ていたため、アルゴス小隊と行ったようにそれぞれ個別に日程を調整したうえで演習をこなし、合わせてXM3の概念説明をするものだと武は思い込んでいた。

 ただ10に近い開発小隊を相手に個別での教導及び演習を行うにはどうしても時間が足りないという問題が、武であっても思いついてしまう。

 

 その問題に対しターニャが提示した解法は、もっと大規模でありながら大雑把だった。

 

 フェアリー小隊がJIVESを使用し、ひたすらに実戦に近しい状況設定で演習を続けているので参加したいのならば参加しろ。XM3の概念に関しては最低限の簡単な教本を用意したので、勝手に理解しろと言い放っていた。

 もちろん言葉はそれになりに飾ってはいたものの、尊大かつ傲慢としか言いようのない提示だ。

 

 

 

(神宮司大尉殿が、あれだけ疲れ果てるのも仕方ねぇよな)

 

 先日、いくつかの開発小隊との最終折衝にターニャと共に赴いたまりもが、部下である自分たちに対し疲れ果てた表情を隠しきれなかったのも、ターニャの言動を知れば当然だと納得できた。

 

 ウォーケンがちらりと漏らしてたところから聞くに、先のハイネマンに対する対応に近い程度には、他の開発小隊でも煽りまくっていたらしい。

 彼らが積み重ねてきた開発実績を無駄と浪費だと貶しあげられたうえに、新概念に基づく改良型OSなどという胡乱な物で目標が達成できると豪語された相手側開発小隊の面々の心情は、想像もしたくない。

 

 そのような対応でXM3採用国が増えるとは、武には考えにくかった。が、ターニャ曰く、XM3を提示することは目的の一つではあるが、それは売り急ぐことと同義ではない、らしい。

 

 

 

(実際のところ喀什攻略に限定すれば、合衆国陸軍が採用してくれなきゃなんの意味もねぇ……か)

 

 一衛士と言わず一人の人類としても、早期のXM3普及で衛士の生存率が上がることは悦ばしい。

 

 だが第四計画に従事する者として考えれば、なによりも優先すべきは喀什攻略だ。そこに参加する部隊がXM3を採用してくれなければ意味は薄く、なによりも現状のままでは突入戦力に疑問が残る。

 

 帝国の方では、陸軍だけでなく斯衛も在日国連軍でも、作戦参加予定部隊のXM3への転換訓練がすでに始められているはずだ。

 問題は、いまだ戦力の提供さえ確約されてはいない合衆国陸軍の方だった。

 

 直接戦力として参加するのは数的な主力は帝国各軍の連合となるが、武だけでなくターニャでさえも合衆国陸軍から一個師団を想定していた。

 それが現状で合衆国陸軍から提示された提供戦力は、一個連隊規模だ。これではあまりに少なすぎる。第四の喀什攻略失敗に備え、代替計画たる「フラガラッハ作戦」として戦力はすでに準備されているというので、それらを何としても提供させなければならない。

 

 

 

『……02? 02ッ!? こちらの補給は完了したぞ?』

「あ、……ワリぃ、ちょっと意識跳びかけてた」

『ふふ、そなたでも戦場で呆けることもあるのだな。いや、気を抜くべき頃合いの選択が上手いのか?』

「そこは笑ってくれよ? だいたい俺はいつでもボケてるぞ」

 

 分隊内通信での冥夜の呼びかけで、武は気を取り戻す。眼前の戦場から、完全に意識が離れていた。

 冥夜なぜか感嘆しているようだが、間違いなく武の不注意だ。演習の目的やその背後にあるターニャの思惑など、たしかに重要な要件ではあるが、今この場で考えるべきことではない。

 

「さて。補給は十分とは言えないものの、まあ……我慢するしかねぇな」

 

 今の状況をあえて口にすることで、戦場に意識を戻す。

 

 この長時間演習の意図も重要性も理解はできている。訓練の意味を思い返すことで気力をかき集めてもみる。

 ただそれで疲労が解消されるわけではない。

 

 

 

 中国共産党軍の補給コンテナから取り出した82式突撃砲だが、諦め気味にマッチングしたものの、エラーもなく運用には支障はなさそうだった。

 

 取り回しの向上を意図したストック部分の短縮で、たしかに噂になるようにWS-16Cに比べるならば命中精度の低下はあるだろう。とはいえ武は背部兵装担架からの砲撃が基本だ。確実な命中を期待するならば、至近と言っても過言ではない距離まで近づくことに変わりはない。

 一瞬、二門ともに82式に代えるべきかとも考えたが、思いとどまる。余剰があるとはいえ他小隊ための物資だ。

 

 冥夜の方はマガジンのみの補充だったため、先の言葉通りにすでに準備はできているようだ。

 

「フェアリー02から01へ。02および04の補充完了。コンテナ群前方500の位置へ移動します」

『フェアリー01了解、こちらもすぐに着く。しばらく周辺警戒に専念しろ』

「フェアリー02了解」

 

 報告と同時に、まりもと純夏の陽炎がこちらに近付いてくるのを確認し、冥夜共々位置を交代するように前に出た。

 

 

 

 

 

 

(神宮司隊長はともかく、鑑が陽炎に乗れてるのは、嬉しい誤算ってヤツか)

 

 純夏はF-15系列への十分な機種転換訓練など経てはいない。慣れていないはずだが、危なげなく機体を操っている。

 

 元207Bの面々は冥夜を除けば撃震に搭乗しているが、他の機種に乗れないというわけではない。207Bの訓練時代、ありえないほど無理な予定で、実機においては撃震と吹雪を、シミュレーターでは陽炎と不知火とを並列していたのだ。

 

 とはいえどうしても得手不得手のみならず、好みの機体というものはあったようだ。不知火が性能面では抜きんでているとはいえ、狙撃を主体とする壬姫などはむしろ軽装の吹雪を好んでいたようにも見える。

 そして咄嗟の反応速度に自信がないのか、純夏は古い設計思想ながら装甲のある撃震が気に入っていたようだ。

 

 

 

 陽炎がバックブーストで下がりながら、2km以上先の戦車級集団に的確に牽制射を加えている。その動きは、当然まりもからの指示によるものだろうが、陽炎にというよりはXM3に慣れ親しんできたからできる滑らかさがあった。

 

(鑑も動きが良くなってきたけど、やっぱあのテキストのおかげ、って事だろうな)

 

 先日、VGたちと駄弁っていた時にも話題に出ていたが、武がXM3の提示で問題視していた教導用テキストだった。しかしこれに関しても、すでにターニャが解決していた。

 武たちが教導資料をどう作っていくかと悩んでいた内に、ターニャはすでに作り上げていたのだ。

 

「事務次官補殿がご用意されていた」

 ブリーフィングの際、そう言いながら武たち第一小隊の衛士四人に冊子を差し出したウォーケンの何とも言えない微妙な表情から、副官たる彼にも知らされていなかったようだ。

 このユーコン基地にいるすべての開発小隊にも配布が完了しているという。

 

 テキスト量もさほどなく、ページは薄いと言ってもよいくらいだ。判りやすさを重視したのだろう、イラストが多かった。読み流すだけであれば10分もあれば読める程度だ。

 

 

 

(アレってよくよく考えたら、ゲーム攻略本とかの最初にある操作説明みたいなもんだったよな)

 

 ターニャが提示したのは、パッケージに付いてくる取扱説明書だけでは理解しにくい細かな操作を、イラストやスクリーンショットを多用して説明しているようなものだった。

 

 渡されたテキストを見て武が感じたのは、自分が自覚できないほどにこの世界に慣れてしまっていたという寂寥にも思いだった。戦術機の新OSということで、必要とされるテキストがこの世界における既存の物と同じように考えてしまっていた。

 なぜ自分で思いつけなかったのかと、ブリーフィングの最中だというのに、頭を抱えてしゃがみ込んでしまいかけたくらいだ。

 

 もちろん書かれている内容のほとんどは、武からすれば当然と言っても良い話だ。目新しい要素は少なかった。冥夜や純夏も、今まで行っていた機動を、あらためて絵として説明されたといった感じだった。

 ただそれだけであっても、理解は深まる。言葉にされ図解されたことで今までの行動を俯瞰する事ができた。そこで初めて判ることもある。

 

 

 

 テキスト内容としては、前提として戦術機は航空機とは違うと断りながらも、1962年に提唱されたエネルギー機動性理論を基本としていた。

 元々のそれは戦闘機の機動性に関する理論であり、空戦理論だ。航空機の機動は当然ながらエネルギー保存則に縛られる。そして位置エネルギーと運動エネルギーとは相互に転換できる、というのがその理論の骨子だった。

 

 そしてXM3環境下における戦術機の戦闘機動概念は、これまでの陸戦兵器としての二次元的運用ではなく、航空機以上に自由度の高い三次元機動が根幹となると定めていた。

 

 移動中の機体を止めることなく動き続けることでむしろエネルギーの損失を控え、回避行動と攻撃のための位置取りとを両立させる。たとえ光線級警戒下であったとしても、高度があるということは機動回避のための運動エネルギーを保有していることであり、それはまた回避のみならず攻撃に最適な位置取りを選べる自由でもある。

 

 

 

(事務次官補殿からすれば、時間はあったんだろうからな)

 

 元々からXM3に限らずとも、空間機動戦闘の概念はターニャの頭の中にはあったはずだ。「原作知識」などと限定する必要さえない。武同様にゲームやアニメなどの動き、それらの中から、対BETA戦に応用できると思えるものを選んでいけば良いのだ。

 

 それに加え、ターニャには時間もあった。なにもXM3がこの世界線で開発されるのを持っている必要もない。テキストだけならば事前に書き上げておくこともできる。あるいは武とは違うであろう先の世界線において、すでに一度は作り上げていたという事も考えられる。

 

 

 

 

 

 

 周辺を掃討した後に下がっていたとはいえ、BETAの数は無尽蔵だ。すでにフェアリー小隊が抜けた箇所からは戦車級を主体とした群れの浸透が始まっている。それでもすぐに接敵するほどの距離ではない。加えて撃ち漏らしで少数が浸透してきている可能性もあるため、まりもたちの補給完了までは突出もできない。

 

(Mk57とは言わねぇが、さっきのところで支援突撃砲の一本でも持ってくればよかったか。いや俺が使っても当てられない上に、周辺警戒を疎かにするだけか)

 

 緊張を切らすわけにはいかず、近辺の警戒はしなければならないが、どうしても目に入る遠方の敵影が気にかかる。

 

 確かにこういう場面ではMk57などでの支援砲撃ができるならば、戦術機だけでも取れる戦術も広がる。広大な大地での防衛撤退戦を主軸とするユーロで"オール・TSF・ドクトリン"が生まれ、中隊支援砲が採用されたのもよく判る。

 

 とはいえ今は無いもの強請りでしかなく、また武自身の技量では使いこなせないだろうことも確かだった。

 

 

 

『って何コレ、どこの砲よッ!? こんなの使える訳ないじゃないッ!!』

 

 補給完了後にどう動くかと思い悩みながらも周辺の警戒に徹していた武の耳元に、オープン回線で暴風小隊の隊長らしき声が響き渡る。

 

『どうやら暴風小隊の方がこちらのコンテナを発見してくれたようですな』

 

 ニイラムではなく、ターニャが告げる。淡々としているはずの声に、嗤いが含まれていると感じてしまうのは、武の邪推だけではないはずだ。

 

 当然と言えば当然なのだろう。こちらに暴風小隊の補給コンテナがあるならば、どこか他のポイントに日本帝国仕様のコンテナが投下されているはずだ。どうやら今回は、帝国と中国共産党の設置場所が入れ違っていたようである。

 

(120㎜滑腔砲を105mmに替えるってのは、帝国全軍だけじゃなくて、参加部隊全部一気にやっちまうくらいじゃないと絶対混乱するな、これは)

 

 自分でも自覚していたつもりだが、やはり疲労のために意識が散漫になっている。戦闘中、それも前線に戻るというタイミングでありながら、脳裏に浮かぶのは先のことばかりだ。

 だが補給のミスからくる混乱は準備をして避けられるならば、その準備をするべきだ。

 

 忘れないうちに記録するべきかとどうでもいいような思考に流れるが、そもそもがメモ帳自体、どこのポケットに押し込んだかさえあやふやだった。

 

 

 

「フェアリー02から、01。こちらのコンテナを持って暴風に合流しますか?」

『ふむ……』

 

 自分の目を覚ますためにも、武は一応形だけではあるが進言はしてみる。

 

 フェアリー小隊が抜けた穴は、徐々に押し込まれつつある。本来ならばそちらを埋めるために先の場所に戻るべきではあるが、暴風小隊が補給のためにここまで下がってくるるようならば、今度はそちらの防衛線に穴が開く。

 最低限のコンテナを持って暴風に合流、そちらであらためてフェアリー小隊も補給し、、加えて帝国軍仕様のコンテナを持って元の位置に戻れるならば、一見無駄は少なく思える。

 

 戦術機での補給コンテナの移送となると、分隊でのペアで一個を抱えることになる。中隊規模でならばともかくも、手持ちの戦力が小隊で四機のみの現状では、移動時の防衛も考慮すれば二機が声で二機が搬送となり、一個しか動かせない。

 それでも小隊ごとに補給に下がることのリスクに比べれば、マシだと思える。

 

 

 

 しかし、まりもが即決しないように、問題はある。

 弾薬類の補充はできても、推進剤に関しては解決されるかどうかが怪しい。最低でも小隊各機に行き渡る四基のドロップタンクが無ければ、継続した機動防衛戦闘は難しい。コンテナの搬送などで推進剤を消耗することも合わせて考慮すれば、次の補給まで脚部走行機動に限定しなければならない可能性さえある。

 

 不知火弐型もそうではあるが、ACTV仕様となった陽炎も推進剤を多量に使う。燃費自体は改善されてはいるが、それでも必要とされる総量は原型機より多い。とくにACTV仕様となった陽炎は、推進剤の消費が激しい。

 

 ACTVの特徴ともいえる、第二世代機のF-15を第三世代機に準ずる機動性を与えるために増設されていた背部の追加スラスターではあったが、この長時間演習が始まってすぐにいくつかの問題が露になった。

 

 背部兵装担架の代わりに設置されたその追加スラスターは、当然ながら二基の兵装の搭載が不可能となり、長時間に渡る防衛戦などにおいては制圧能力と継戦能力に欠ける。

 この演習においては初期の段階で問題があると判断され、すでに通常の兵装担架に戻されてはいるが、機体重量の増加などの要因もあり推進剤の消費量に関しては左程の改善はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『暴風小隊だけでなく、イーダル小隊もその付近に展開を始めております。ちょうど良いタイミングです。その場では最小限の弾薬補給だけで、一度基地に戻られては?』

 

 まりもが判断を下すよりも早く、CPからターニャが告げる。CP将校としての発言ゆえに、ターニャは疑問の体で提案するが、実質的には命令だ。東側のイーダルや暴風には、至近でXM3の演習を見せる機会さえ、与えるつもりは無いようだった。

 

『フェアリー01、了解。これより一時帰投する。推進剤と弾薬類の補給を最優先とし、再度の出撃を予定する』

『ソビエトの御自慢の「機体」です。我らが抜けた穴など、すぐさまに補ってくれましょう』

 

 まりももターニャの思惑は理解しているようだが、それでも遠回しに破損個所の修復は無視してでも急ぎ演習に戻ると告げた。

 が、ターニャは嗤って流す。

 

『フェアリー01から、フェアリー各機へ。聞いての通りだ。帰投する』

 

 

 

 

 

「って、あれがイーダルか」

 

 武たちフェアリー小隊と入れ替わるように前線へと上がる二機の戦術機がレーダーに映り、すぐさまに目視でも確認できた。概略だけは事前に目を通していたが、見るのは初めてだった。Su-37UB、チェルミナートルと呼ばれる機体は、遠目にもかなりの大型機に見える。

 

『む? 小隊と聞いたが、もしやすでに堕ちたのか』

「いや撃墜報告は上がってないから、最初から分隊だけみたいだな。って実際は一機だけか」

『たしか、スカーレット・ツイン、であったか?』

「ああ、だろうな」

 

 冥夜も見ていたようで、分隊内通信で話す。イーダル小隊の戦術機はたったの二機だ。しかも内一機は前線に向かってはいるがかなり後方であり、突撃砲の有効射程にも入ろうとしていない。

 対して、前方を進む一機は、勢いの乗ったままに要撃級を含む中隊規模の群れへと突入した。

 

 そしてスカーレット・ツインと思しき機体が進むに従い、レーダー上からBETAほを示す赤のグリッドが目に見えて減っていく。

 

 

 

(さすがにそりゃルール違反だろう)

 

 口にはしないが、武も呆れるしかない。現場を見ず、上がってくる報告だけを鵜呑みにするならば、なるほどイーダルの開発しているチェルミナートルが近接密集戦闘において優秀な戦術機だと思えるのだろう。

 イーダルが戦術機開発ではなく、衛士開発だとターニャが揶揄していたが、その意味がよく判る配置だ。

 

『ふむ? どこかそなたの動きに似ておらぬか、02?』

「おいおい……俺はあんなに当てられねぇよ。ほとんど外してねえんじゃないか?」

『まったく、言葉がないな』

 

 XM3の機動に慣れた身からすれば、粗削りというよりは推力に任せた無茶な動きに見える部分もあるが、位置取りが上手いのか突撃砲の命中精度も異様だった。どこか未来予知じみた芸当にも思える。射撃を苦手とする冥夜が苦笑じみた言葉を漏らすのも当然だった。

 

 それほどまでにスカーレット・ツインの殲滅速度は速く、そしてまた正確であった。

 

 

 

(未来予知とか幸運選択だったら夕呼先生が放っておくとは思えないから、共感能力を拡張した上での予測能力、ってところなのか?)

 

 チェルミナートル自体の機体能力は確かに高いものの、よく言って2.5世代機だろうと思える。複座仕様だという大型の機体を高推力で無理に振り回しているようにも見える。

 足りない機体能力を補うために、間違いなくESP発現体を無理やりに近い形で運用しているであろうことは武にでも予想できた。霞の様子を思い返すに、搭乗している衛士にはかなりの負担が掛かっているに違いない。

 

「あ~あんな一発芸は、認めるわけにもいかねぇか。補給が終わり次第、即座に戻らなきゃ、だな」

『ふふっ、XM3の優位性を示す、であったか?』

「ま、そんなところだな」

 

 少しばかり冥夜がズレた予想をしてくるが、訂正するほどでもない。また説明するのも難しい。

 

 

 

 長く続く演習は、まだ終われそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 




よーやくイーダル出てきましたが、どうやって落とそうかはまだ未定だったりします。あちらはユウヤに頑張ってもらうのが本筋なので、あまり介入しない感じでは考えていますどーしましょう?状態。

んで暴風はホントにちょい役です。むしろガルム小隊とか名前だけでも出したかった……とはいえ出すとなるとタケルちゃんでも勝てない感じのネタ元の方になるのでちょっと我慢。

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禍根の逕庭 01/12/16

(久しぶりの休日だってのに、二人とも律義に時間守ってるんだよなぁ……)

 

 普段よりもわずかに遅く武が朝食のためにPXに向かうと、いつも通りにすでに冥夜と純夏とが朝食を終えていた。

 

「タケルちゃん、おはよう」

「おはよう、白銀」

「おう、おはよう。二人とも休みなんだからゆっくりしろよ?」

 

 48時間を超えるJIVESでの演習の後、昨日は仮眠だけは取ってデブリーフィングと今後の方針に関しての打ち合わせだった。身体は使ってはいないとはいえ、二人とも疲労が抜け切れているとは言い難いはずだ。

 

「そういうそなたも、十分に早いのではないか?」

「タケルちゃんには言われたくないなぁ……ぜったい昼過ぎまで寝てるって思ってたんだけど」

「いやいや、これでもいつもよりゆっくり起きてる方だろ? 二人よりも飯が遅いってのがその証拠だ」

 

 休日ということで朝のブリーフィングなどがないため、武は普段よりも遅めに動いている。さすがに純夏が言うほどにはだらけてはいないが、これでも余裕をもって動いている。

 

 

 

「ま、遅くなったが頂きます。ってか二人と一緒に朝を食べるってのも久しぶりか?」

 お茶をしている二人に軽く断って、武は自分の朝食に手を付ける。

 

 ユーコンでの生活もそろそろ一週間。多大な量の食事など、アメリカ特有の習慣にも慣れて来たとは言える。ただ身に着いた早食いとは別に、武は小隊副官という立場もあり、なかなか朝食時には冥夜や純夏とは顔を合わせるタイミングが無かった。

 

「神宮司隊長同様、そなたも何かと多忙であろう? 我らへの気遣いはありがたいが、まずは自身の身を鑑みるべきだぞ」

「これでも小隊副官だからな。隊の皆と良好な関係を保つのは、任務の一環ってヤツだ」

 

 冥夜の気遣いを軽く笑って受け入れてみせる。

 

 

 

「でも、せっかくのお休みに朝早くから起きて来たってことは、タケルちゃんはリルフォートにでも出かける予定なの?」

「ははっ、んなワケあるかよ」

 

 純夏はなにか期待するかのような目で武を見てくるが、武にはそんな予定も余裕もない。「シロガネタケル」ならば「カガミスミカ」の頭にチョップでも下すところだろうが、食後のコーヒー片手に笑って流すにとどめる。

 

「いろいろと先送りにしてることがあるから、アルゴスの方に顔出して、その横で書類整理……といったところだな」

 

 先の連続演習を経て、XM3の不知火・弐型への修正項目などは大部分が当りが付いた。概略はすでにアルゴス小隊の方に送られているが、もう少し見直しておきたい部分もある。またACTVに関してもいくつか問題点が指摘されており、こちらも纏めたい。

 

 帝国に向けてのいくつか報告や連絡もある。

 ターニャが作り上げていたXM3のテキストに付随する形になるが、第一中隊の教導関連で孝之や慎二にも伝えたいこともできた。あちらからの報告書なども概略だけを見ただけなので、余裕のある内に読み直すことも必要だ。

 

 また突撃砲の改修などで、技術廠の巌谷にもあらためて報告しておきたいこともある。

 

 

 

「タケルちゃん~休むのも兵士の仕事って言ってたのは、誰だっけ?」

「え~……俺だ、な」

 

 武が今日は書類整理だと宣言したことに、純夏はいたく不満なようで詰るように問いかけてくる。

 

「今日はフェアリー小隊全員が休日って言ってたのは?」

「それは……神宮司隊長だったっけか?」

 

 伝えたのはまりもだが、決定したのはターニャだろうとは、誰しもが判っている。フェアリー小隊としてのブリーフィングなどには、ターニャのみならずウォーケンまでもが当然のように参加しているが、あくまで対外的にも形式的にも、まりもが小隊指揮官であることに違いはない。

 

 

 

「まあタケルちゃんがタケルちゃんなのはもう仕方ないとわたしは諦めたよ」

「いや俺の名前を何か罵倒語のように使うのは止めようぜ、鑑さん?」

「で、御剣さんは何か予定立ててる?」

 

 純夏は武の物言いは完全に流し、冥夜に尋ねる。

 

「ふむ。久方ぶりに時間が取れそうなので、しっかりと剣を振るおうかと考えていたが……なにかおかしいか?」

「ああ……うん、やっぱり今日はうば~っとするか」

 

 冥夜の言葉を聞いて、武も純夏と揃って呆れたような顔をしてしまう。

 他者を見て問題を自覚したというわけで、たしかにこれは武自らが率先して休まねば、純夏はともかく冥夜が休もうとしないだろう。

 

 

 

「というかタケルちゃん、今日が何の日が忘れてない?」

「ん? 久しぶりの休日だってのは、いま十分に実感してるところだぞ」

 

 食後にゆっくりとお茶を飲む余裕など、このところはまったくなかったのだ。

 訓練兵の時は、一応は規則通りに休日があった。だが任官し、第一中隊として再結成されてからは休日と言えど書類仕事に追われており、九州防衛戦が始まってからはそもそも休日さえなかった。

 

 ユーコンに来てこのPXでユウヤたちアルゴス小隊の衛士たちと話している時などは、たしかに気を遣うようなことはなかったが、それでも開発衛士との会話だ。どうしても職務の一環としての面が大きかった。

 

 

 

「タケルちゃん? 今日は、何月の、何日?」

 純夏は武の答えに納得できていないようで、ジトっと眼を据えて重ねて聞いてきた。

 

「え~っと? 12月の16日、だよ、な……って」

 日付を答えて、ようやく純夏が何を言いたいのか気が付いた。

 

 今日は12月16日だ。

 武の誕生日であり、何よりも冥夜と悠陽の誕生日でもあった。

 

(まずい、演習とその後の報告とかで完全に頭から消えてた……まったく何も用意してねぇッ!?)

 

 自身のことはどうでもいいが、冥夜のことを忘れていた自分に呆れ返る。なにか今からどうにかせねばと焦るが、さすがにすぐには解決策など思い浮かばない。

 

 

 

「ふむ? もしや鑑は私の誕生日のことを言ってくれているのか? 気にせずとも良いぞ? その心意気だけで十分に悦ばしい」

「御剣さんにそう言ってもらえるのは、それはそれで嬉しいけど、そうじゃなくて。あ~もう二人ッ!!」

 

 冥夜の方はその気持ちだけで十分だと、平然としたものだった。むしろ純夏の方が納得できないのか、声を荒げ始めた。

 

「アルゴスの皆が夕方からポーラースターの予約してくれてるから、タケルちゃんと御剣さんは今からリルフォートに出かけて、それまで向こうでゆっくりしてることッ!!」

 

 

 

 

 

 

 純夏にPXから追い立てるように送り出され、武と冥夜とは連れ立ってリルフォートに向かうことになった。

 

「なんか祝われる身なのに、追い出されたような気がするぜ」

「ふふ、そなたにも判っておろう? あれは鑑なりの気遣いであろう」

「ま、たしかに兵舎にいたら仕事か鍛錬でも始めちまいそうだからな」

 

 冥夜共々に気を使われているというのは、武にも判る。なので強くは抵抗せずに出ては来たものの、特に目的があるわけでもない。とりあえずは冥夜を休ませることを第一に、言われたとおりにリルフォートへと向かうつもりになっていた。

 

(まあちょうどいいか。送る相手の前で選ぶってのも変な話だが、プレゼントを選ぶくらいの時間はあるな)

 

 とはいえ、今の時間であればリルフォートならば各種の店舗が開いているはずであり、冥夜へのプレゼントを悩むにはちょうど良い。おそらくは純夏もそのつもりで送り出したのだろう。

 

 

 

「で、鑑の奴は今から映画三昧かよ……」

「我らに休めと言い切ったにも拘わらず、鑑は休むつもりはなさそうであったな」

 

 娯楽室のほうでなにやら大作映画の連作が三本立てで上映されるらしく、純夏はパーティまではそちらを見てくると言っていた。このユーコン基地で上映される映画なので当然だが、もちろん音声は英語で字幕があったとしてもフランス語かドイツ語だ。

 映画自体を楽しみにしている面はあるのだろうが、英語の聞き取り向上のために見に行くつもりなのは明らかだった。

 

「神宮司隊長に付き従って、鑑は他の開発小隊にあいさつ回りしてたから、だろうけど」

「自身の英語力を高めておきたい、といったところか。我らも見習わねばならんな」

 

 それが冥夜も武も理解できてしまうから、苦笑するしかない。

 

 

 

「しかし、私の生まれがそなたと同じと聞いたときは、少しばかり驚かされたものだ」

「まあ、クラスで誕生日が被るってのは、実のところさほど珍しくないらしいし。榊あたりに聞けば、確率まで出してくれるんじゃねぇか?」

「違いない。ただ、それはそれとしてこういうのは嬉しいものだぞ?」

 

 冥夜の生まれからして、大々的にその生誕の日を祝われるということはなかったはずだ。もちろん御剣の家での、内々の席などはあったのだろうが、それでもどこか秘すべきものだったのだろうというくらいは武にも予想が付く。

 それもあってか、他者とともに祝って貰えるということに、冥夜はどこか浮かれているようだった。

 

「おいおい、『絶対運命』とかは言い出さないでくれよ」

 以前EX世界線で、武の意識としては初めて「御剣冥夜」に会った時に言われた言葉が思い出され、苦笑してしまう。出会いも、その後の関係も、絶対的な運命として結ばれていると豪語した、眼前の少女と同一でありながら、やはり別のもう一人の「冥夜」を久しぶりに思い浮かべた。

 

「ふむ? 『絶対運命』か。なにゆら重々しいが、良き言葉ではないか」

「イヤ、そこは『運命に抗おう』とかのほうが良い感じじゃねぇのか?」

 

 

 

「あ~でだ。先に正直に言っておくぞ?」

「む? あらたまってなんだ?」

「このところ何かと忙しくて、だな……その、プレゼントなんかは用意できてないんだ。これから一緒に店回りつつ選ぶっていうので、良いか?」

 

 自分のことならばまあ良いかと流せるが、さすがに冥夜へのプレゼントを忘れていたのは、気まずく何よりも自身を赦しにくい。だが黙っているのもそれはそれで誠意に欠くように思えて、言葉を選びながらも伝えておく。

 

「ふふ、そなたが我らとは比べられぬほどに任に追われていたことは承知しておる。なによりも、だ」

 何かを思い出したようで、冥夜は笑う。

 

「もしそなたが『白銀武一日自由券』などを差し出してきたら、それを使って連れまわせと鑑からは言われておったのだぞ?」

「ははっ、流石にそれは……ない、とは言い切れなくてスマン」

 

 以前の世界線でプレゼントに悩んだ末に、そのようなものを作ってしまった身としては笑ってごまかすしかない。

 

 

 

 

 

 

 そんなどうでもいい話をしながら、どこまでも蒼く澄み渡るユーコンの空の下を二人で歩く。

 

 ユーコン基地は、内部に演習区画だけでなく宇宙港なども含む広大な施設である。各種の施設はある程度密集しているとはいえ、移動の基本は車だ。

 

 リルフォートは隣接ブロックであり歩けない距離ではないが、それだと移動だけでかなり時間が取られてしまう。ただ今日に限ればそれはそれで良かった。特にリルフォートに予定があるわけでもなく、予定されている夕方のパーティまで時間を潰すのにもちょうど良いと言えた。

 

 

 

「む? このような場所で、子供か?」

「職員の子供ってわけじゃなさそう……ってああ、あの子がそうか」

 

 二人ともに急ぐ理由もなくゆっくりと歩いていると、クマらしきぬいぐるみを抱えた少女を冥夜が見つけた。

 

(たしか名前は……イーニァ・シェスチナ、だったけか?)

 

 遠目でも目立つ蒼く輝く銀髪を見て、相手が誰だか武は予想できた。直接会うのは初めてだが、資料では確認していたのだ。

 西側ブロックであるこんなところをなんで歩いてるんだと思いかけたが、霞と同じく第6世代のESP発現体であるならば、一般的な意味での基地の警備機構など意味はないと思い至った。

 

 不思議そうにこちらを眺める目には、どこか興味深そうな色が見える。その様子から、霞のようにいきなりふらっと消えられることは無いようで、少し安心する。

 

 

 

「あ~っと、イーニァ、で、あってるよな? 俺は白銀武、日本のフェアリー小隊の所属だ」

 相手からすれば武は不審者一歩手前だろう。驚かさないように気を付けながら、普段よりも気を付けてゆっくりと近付く。そして所属はともかくも、階級は伝える意味がないかと名前だけ名乗っておく。

 

 この世界線で目覚めてからは、普段は意識して他者を名字で呼ぶように心がけていたが、さすがに「第6世代」などと言う形式番号そのままの意味でしかない「シェスチナ」とは呼びかけにくい。

 霞に至っては、名も姓も第6世代300番という番号でしかない「トリースタ・シェスチナ」だが、「イーニァ」にはそんな意味は無いことを期待して、名で呼んでみた。

 

 

 

「すぃろがねぇ? たける?」

 ただ武の内心の葛藤を読み取ってか知らぬままなのか、イーニァは武の名を難しそうに口にする。

 

「言いにくいなら、タケルで良いぞ?」

 名前だとは判ってくれたようだが、口にしにくそうに頭を傾げる様子を見て、そう伝えた。ソビエトで満足に語学教育など受けてはいないはずの霞が、自然なまでに日本語で話していることの方が、本来ならば異質なのだ。

 

 とはいえ、目に入ったから声を掛けてみたものの、何か話すことがあってのことではない。

 以前ターニャが話していたイーダル小隊に属するESP発現体の確保は、継続して画策しているのかもしれないが、武にはとくに何かを指示されたわけでもない。ならばただの初対面の衛士として付き合えばよいかと、あっさりと武は割り切っておく。

 

 

 

「迷子って……訳じゃなさそうだが、どうしたんだこんなところで?」

 散歩というにはソビエト区画から離れすぎている。遊びに来たというには、周りに何もなさすぎる。

 

「ここにいたらユウヤに会えるかなって気がしたんだけど、タケルだったんだね」

「悪い。ユウヤの奴は、ここしばらくは忙しいだろうからなぁ……」

 

 やはりイーニァの能力は未来予知なのかとも感じたが、出会う相手を間違えるくらいの程度に収まっているものなのかと、どこか安心したように思える。それよりもユウヤの自由時間を潰してしまっているのは武たちが持ち込んだXM3による要因が大きいので、待ち合わせの約束でもしていたのかと申し訳なさが先に立った。

 

 

 

「白銀? そなたはこの子を存じておるのか?」

 

 普通に話し出した武とイーニァの様子を伺って、少し小声で冥夜が聞いてくる。

 イーニァは服装からすれば軍関係者には見えるが、言動からして年相応でしかなく、どう相手すればよいのか判断ができないのだろう。なによりも一見した程度であれば、霞やターニャとどこか似た印象もある。

 

「ん? ああ、御剣は知らなかったっけ? こっちはイーダル小隊のイーニァだ。ほら『紅の姉妹』の一人」

「ふむ? では私も挨拶せねばならぬな。白銀と同じく、フェアリー小隊の御剣冥夜だ。よろしく頼む」

 

 幼いと言っても良い年頃の少女相手に、冥夜は目線を合わせるために少しかがんで、それでいながら律義に名乗る。

 

「うん、メイヤもよろしく。この子はミーシャ」

「なかなかに勇敢そうだ。さしずめ守護騎士といったところか?」

 

 そのことで一人の人間として対等に相手をされているとイーニァにも判ったのか、うれしそうに笑いながら、抱きかかえていたぬいぐるみを紹介してきた。冥夜も楽しげに笑う。

 

 

 

「って、そうか。イーニァはユウヤのことは知ってるのか? ん? アレ?」

 

 なにげなく流してしまったが、ユウヤとイーニァの関係が読み取れない。

 

 タリサなどアルゴスの面々がターニャを見た時の拒絶的な反応は、イーニァというか「紅の姉妹」を知っていたからだと今更に思い至る。それは対立する開発小隊に属する者同士、それも東西の違いがあれば警戒して当然だ。

 

 イーニァがこれほどうれしげにユウヤのことを話す背景が判らない。

 

「うん。ユウヤは優しいよ。クリスカももっとちゃんと話したらいいのにね」

「クリスカってのは、あ~もう一人の『紅の姉妹』か?」

「いつもは一緒なんだよ。でも、あまりユウヤとは会いたがらないの、なんでかな?」

 

 年相応、と言っていいのだろう。イーニァの話はわりと脈絡が無い。といっても武にしても特に何かを聞き出したいわけでもないので、イーニァだけがユウヤに懐いているのかと、簡単に納得しておく。

 

 

 

(同じ第六世代って話だが、社とはかなり印象が違うな)

 

 ぬいぐるみを抱きかかえているの様子だけは似ているが、そのぬいぐるみにしてもやはり違う。こちらのクマはちょっと眉毛が太く力強いだけだ。あのどこか不気味な巨大ウサギと比べればまだしも可愛げがある。

 

 ころころと変わる表情とユウヤのことを楽し気に語る様子だけ見ていれば、ESP発現体どころか、このユーコンでも最強と噂される「紅の姉妹」の一人などとは誰も考えないだろう。

 冥夜とイーニァが語り合う姿を横で眺めていると、そんなどうでもいいことが頭を過っていた。

 

「あ、そろそろ戻らなきゃ、クリスカに心配されちゃう」

「お、おうっ、大丈夫だとは思うが、警備には見つかるなよ」

「うん、またね、タケル、メイヤ」

「うむ、またな。次はゆっくりと話すとしよう」

 

 話したいだけ話せたのか、別れの挨拶ととともに軽く手を振り、イーニァはどこかへ走り出した。

 

 

 

 

 

 

「またね……か」

 

 走り去っていくイーニァを見送るも、残された挨拶にすこしばかり気が沈む。その言葉を聞かされて、次の機会がどういう形で実現されるのか、どうしてもあまり良い想像ができなかった。

 

「ソビエト所属とはいえ、開発衛士であれば今後も顔を合わせる機会はあろう?」

 声だけでなく表情にも出てしまっていたのだろう、怪訝そうに冥夜が問うてきた。

 

「どこまで本気か判らねえが……」

 

 一瞬伝えて良いことかどうか判断に迷うが、ターニャ自身隠すつもりもなさそうな様子だったので、いい機会かとも思う。

 イーニァが去った方向とは逆、当初の目的たるリルフォートへ向けて再び歩き出しながら、話はじめた。

 

「事務次官補殿の計画の一つに、イーダル小隊に対するものがある……らしい」

「ふむ? ならば余計に今後も顔を合わせるのではないか?」

 

 フェアリー小隊として直接的に関与するかどうかはともかくも、ターニャがユーコンで何らかの行動を起こすのならば武が巻き込まれることになるだろうと、当然のように冥夜は言う。

 先日のハイネマンの例などもあり、ある種の見せ札的に呼び出されることも想定される。

 

 

 

「第四が計画中の大規模作戦のために、正面戦力として接収するって感じだけどな。正直なところ、流石に関与できる話じゃない気がする」

「それは……イーダル小隊を白陵基地に招く、という事ではなさそうだな」

「Su-37UBにも、その発展形にも興味なさそうだし、下手に持ってくると変な問題になるだろうからなぁ。とりあえず要るのは衛士の頭数だけって事だと思う。まあそれもどうしても実行しなければならないってことでもない」

 

 以前にこの話が出たのは、夕呼が自由にできる兵力が少なく、喀什に投入できる戦力に疑問が残るということからだ。

 

 喀什攻略が合衆国からも認可され、戦力の最大の問題が合衆国陸軍の参加可否に関わってくるようになってきており、イーダル小隊の重要性は低くなっている。

 なによりイーダルが保有するESP発現体の数は、その名の通りに小隊規模であるはずもないだろうが、どれほどの数かは判らない。それでも多く見積もっても大隊規模もいないことは確かだ。

 

 そして夕呼が自由にできる戦術機自体の数も限られているが、かといって国連軍とはいえ在日のそれに、ソビエト機を導入することのほうが将来的にも問題となる。

 

 結局のところ、喀什攻略のための戦力確保という意味で言えば、合衆国陸軍から提供される戦力を増強するのが本筋なのだ。イーダルからのESP発現体ら接収は、もしろ第五が第四を接収する際、夕呼に下手な抜け道を作らさないための事前工作にも思える。

 

(あ~そう考えると第五派を懐柔するためには、ちゃんと全員こっちに引き入れたってポーズは重要……なのか?)

 

 夕呼自身にそんな思惑はない、とは言い切れない。他世界線のこととはいえ、すでに薄らぎつつある記憶だが、大海崩を予測した「香月レポート」などを秘匿したこともあるのだ。ターニャがそう言った夕呼の行動を警戒しているとしてもおかしくはない。

 

 

 

「なるほど。ならばたしかにそなたとは再び会うことも難しい、か」

「いやまあ、白陵に戻ったらそっちで会うんだろうけど……」

 

 イーニァたちESP発現体は、第三計画による被害者とも言える。それを本人の意思確認もなく、全滅必死の作戦に投入するのだ。どうしても巻き込んだという自責から、口籠るようになってしまう。

 

「む? そなたはこのユーコンに残るのではなかったのか?」

 冥夜は武の言葉を聞きとがめ、詰問するかのような声音を洩らす。歩みを止め、武を鋭く見据えてくる。

 

「おいおい、話のネタを本気で受け取ってたのか? XM3の教導部隊はこの基地に作られるかもしれないが、そこに俺が呼ばれるってのはまあ可能性は低くはないが、ここ残るつもりねぇよ」

 だが問われた武にしてみれば、先の言葉のどこに冥夜が怒りを覚えたのか、一瞬判らず、どうしてもはぐらかすような形になってしまった。

 

 

 

「それは……そなたも戦地に赴く心積もりなのか? そなた自らが行かねばならぬことか? いや、そなたが為すべきことは他にあるのではないのか?」

 冥夜は重ねて問うてくる。そしてどこか縋るかのように、他の可能性を並べて見せた。

 

「XM3を用いた機動概念の確立、か? それはそれで俺ができることではあるが、あの人ならむしろ俺よりもうまくやってくれるさ」

 

 AL世界線においてはXM3の作成は、たしかに武が最重要だったと言える。ただそれは以前の世界線に限定した場合だ。いまここにはターニャが居る。

 この世界線では、武に近しい文化素養を持ちその上おそらくは多岐に渡る戦闘技術に精通しているだけでなく、社会的地位をも確立しているターニャの方が、XM3による機動概念を各国衛士に知らしめるには相応しいのだ。

 

 先のテキスト作成にしても、武では為しえなかった。今後各国、各地域ごとの細かな修正などに関しても、武が関わらなければ進まないわけでもない。

 

 

 

「たしかに俺が一人加わったところで、直接的な戦力としては何の違いもないってのも判ってる」

 

 ただの一衛士としてみれば、武が喀什攻略に直接参加する意味は薄い。それなり程度の技量を持つとは自認しているものの、所詮は一人の衛士。戦力として考えるならば変わりとなる人材は居る。

 

「ただ、俺ができること、その中でもこれが多分一番大きいんだ」

 

 自分にはなにかができる、などとは今の武では嘯けない。しかしそれでも「あ号標的」を狙うという本来の目的に限れば、武が現地に、それも最終突撃部隊に参加するのは大きな意味を持つはずだ。

 

 霞によるリーディングなどで手伝ってもらったうえで、喀什の地下茎マッピングの書き起こしなどはもちろんすでに終わらせてある。とはいえ現地に行けばまた思い出し、修正可能な情報もあるとは思う。

 そして、これだけはターニャでさえ持っていない、いまこの世界にいる武だけが持つ知識だ。

 

(いや違うか……俺が、俺自身のために行きたいだけだ、な。自己満足の、自傷行為みたいなものだな)

 なんとか喀什へと行く理由を思い描くも、結局は言い訳だと嘲笑いそうになる。もはや贖罪にもならない、破滅願望に近いと自覚だけはできる。

 

 

 

「なによりも、今のプランだと作戦の成功率も帰還率も、一応はそれなりに上がってきてる。死にに行くつもりはねぇよ」

 自虐に沈み込みそうになるが、それでもなんとか笑みを作って建前じみた言葉を並べていく。

 

 冥夜だけは何としても生きて返す、などとは言い切れない。ただ事実としても、以前悠陽と冥夜に告げた時よりかは、具体的な帰還計画までも盛り込まれ作戦全体としての成功率なども少しばかりは改善され始めている。

 

 いまだ周辺ハイヴへの大規模陽動などは確定していないが、XMシリーズの優先的提供を条件に参加の確約は取れそうな気配もある。

 加えて参加戦術機をXM3仕様とすることによる戦力補強のみならず、やはりXG-70をそれも複数使えるとなったことがかなり大きい。

 

 そして合衆国がXG-70cを先陣として投入することがほぼ確定したために、喀什現地からの往復機による離脱の計画が俄然現実味を帯びてきたのだ。

 

 作戦に参加する合衆国の有力議員子息なども、機動降下によって現地には行くにしても、第一次離脱に名を連ねることになると予測されている。

 作戦に参加したという実績を得るためだけに現地入りすると邪推もできるが、喀什周辺状況や機動降下の経過などの第一次情報を持ち帰ることは極めて重要でもある。下手に攻略の中枢戦力となって撤収の時期を見誤るくらいならば、二次降下と入れ替わるようなタイミングで帰還してもらうことは、むしろ望ましい。

 

 できうればそこに冥夜も組み込みたいが、それは難しいかと武も考えている。

 

 

 

「まったく、先の発言を取り消したいとこれほどまでに思ったことはないぞ? 今日そなたから受ける誕生日祝いは、一日自由券とやらにしておけばよかったと心底思う」

「おいおい、まさか喀什攻略作戦当日に使うつもりかよ……勘弁してくれ」

 

 虚勢だとしても笑って受け入れてくれる冥夜を見て、武もまたわざとらしいまでにおどけた風に答えて見せた。

 

 

 

 

 

 




誕生日デート回のつもりでしたが、この話でこの二人だとイチャイチャする様子がいまいち思いつかず、こんな感じです。マブラヴ本編の遊園地デートとか好きなんですけど、ああはならないねぇ、と。

んでイーニァはA-01に合流したら「ただいま就任!みんなこれからは家族だ!」とか言い出させようとかヘンなネタは降ってきましたが、実現はしません。

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軋轢の闕遺

 イーニァと話していたとはいえパーティの開始時間にはまだまだ余裕はあった。武と冥夜、二人ともにどこか蟠りを残したままだが、先ほどまでと同じ態度を装いながら、リルフォートへと歩いて向かう。

 

「さて。まだ時間はあるけど、どうする?」

 どこかでお茶でもとも思ったが、歩いてきたとはいえ疲れているというほどでもない。

 

「ならば見てみたいものもあるので、いくつか店を回らせてもらっても良いか?」

「そうするか。俺もさっき言ったとおり、今からプレゼントを探すから、適当に覗いてみるか」

 

 先日、アルゴスの皆に歓迎会で連れられてきた時は営業時間外でいくつかの店は閉まっていたが、今はもちろん大半が営業中だ。何を贈るべきかはまだ決めていないが、悩める程度には店の種類も多い。

 

 

 

(しかし……言われてみれば確かに、ソレっぽいのは居るな)

 

 いくつか小物などを扱っている店を冷かしながら周囲を観察していると、先日「ジョン・ドゥ」を名乗る人物から言われたように、冥夜の警護のためであろう者たちの姿が伺えた。

 

「白銀、あまり注意を向けるものではないぞ。彼の者たちの職務の妨げにしかならぬ」

「っと、そういうものなのか? ってそりゃそうか」

「おそらくはそなたの考え通りだ。警護される者が無暗にそちらに気を配っていては、相手に気取らせるだけであるからな」

 

 一般的な警護であるならば、襲撃の意思を挫くためにも、見るからに屈強なボディガードを並べておくことにも意味がある。

 

 だがいまの冥夜の立場はむしろ囮役だ。日米関係や第四計画に対し悪意ある者たちを炙り出すため、無防備であるかのように振舞うことが求められている。もちろん遠距離からの狙撃などは防げるよう、そのような場所はすでに監視下にあるはずだ。あとは市民を装った形などでの不用意な接近を、極力身を隠して警戒しているのだろう。

 

 そういう意味では、たしかに護衛される側が警護の者たちを意識しているようでは、囮としての役目を妨げかねない。

 

「つまりは、気にしないのが一番ってことか」

 そう割り切ってしまえば、警護側もプロである。武が少し注意を逸らすだけで、周囲の雑踏の中に溶け込んでしまう。

 

 

 

 そうしていくつかの店を回り、冥夜共々に相手へのプレゼントを直前に買うという、どこかズレたことを済ましている内に、本当に警護のことなど意識から外れてしまっていた。ついでの形になってしまったが、霞や他の中隊員の皆への土産なども探しておく。さすがに荷物になるので今日のところは、目星を付けた程度だ。

 

「っと、買い物は、まあこんなところか。とはいえ微妙な時間だな」

「む? そういえばすっかり昼を逃しておったな。だが今からとなると……」

「だよなぁ。せっかくパーティだって準備してくれてるってのに、メシ食ってから行くのもなぁ」

 

 訓練のおかげもおり、武も冥夜もかなりの量を食べれるようになっているが、逆に言えば食べずに済ますこともできなくはない。店を冷やかしつつただブラブラと歩いていただけということもあって、それほど腹も減ったという感覚ではない。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、少し座るか」

 

 基地の街という性格上、リルフォートの飲食店はその多くが主に酒を提供している。かといってダイナーやカフェが無いわけでもない。またアメリカらしく、軽食を提供しているキッチンカーも多い。

 ただ季節柄、オープンテラスや公園でというには寒過ぎるため、手ごろなカフェに入った。

 

「ふぅ……」

 コーヒーを二人して頼み、しばらくはその香りと温かさを静かに楽しむ。

 

「こうしておると、今が戦時だということを忘れてしまいそうになるな」

「ははっ、御剣に限ってそりゃないだろ? というか、だ。そんな言葉が出てくる時点で、休みきれてねぇってことだぞ」

「なるほど。傾聴すべき意見ではあるな」

 

 武の言葉に、口元は軽く笑いながらも、冥夜は重々しく頷いて見せる。

 

「ただ、な。以前話していた『戦後』だが、なるほどこうした日常を目の当たりにすると、鑑の言葉が最も頷ける」

「温泉で鍋だったっけか? アイツの場合は、実のところ何も考えてねぇんじゃないか?」

「ふふっ、そなたは彼の者には手厳しいな」

「いやホント。民間の気持ちが判るって意味では貴重なのかもしれねぇけど、国連軍衛士としての自覚は必要だろ?」

 

 以前、白陵基地のグラウンドで話していたことを思い出しながら、冥夜共々に軽く笑う。狭い意味での「戦後」。その幸福なイメージを描けているのは第一中隊内どころか、今の時代においては希少な人材とも言えた。

 

 

 

「幸福……個人としての幸せ、か」

「今の時代、前線国家ではなかなか思い描くのは難しいってのは判ってるんだけどな。逆に後方国家だと、BETAとの戦いそのものが朧気で、自分たちがどれほど幸運かが判らねぇと来てる」

 

 この合衆国は間違いなく現在の地球上でもっとも豊かな国ではあるが、南米諸国やオーストラリアもまた、BETA大戦前とは比較にならぬほどの好景気を迎えている。おそらくはそこに暮らす人々にとって、BETAとの戦いは遠い異国の地で起こっている、他人事でしかないのかもしれない。

 

「今の帝国や大陸の現状をもってしても、だ。他の後方国家の方々を悪し様に申すかのような振舞は戒めるべきではないか?」

「む……そう、だな。今のは俺が悪ぃな」

 

 冥夜に指摘され、意図していなかったとはいえ後方国家の人々を妬みつつ蔑むような物言いになってしまったと、武は素直に訂正する。

 

 

 

「しかし師には、剣のみならず、もう少しばかり日々のことも尋ねておけばよかったやもしれぬな」

「師って、ああ……紅蓮大将閣下か? たしかにあの方たちの世代なら、戦災から復興してきた帝国を直接知ってるんだろうけと、なぁ……」

 

 武が豊かさや幸福などを想像できるのは、EX世界線で生まれ育った知識と経験があるからだ。そこに加え今の帝国の現状と、それ以上に過酷だったUL及びAL世界線とを実体験として記憶している。

 だからこそ両者を比較して見渡せるが、そのような経験はあくまで特例的なものというわけでもない。その意識の持ちようは、先のWWIIでの敗戦とその後の復興を経験してきた年配世代に近しいともいえる。

 

 だが紅蓮醍三郎に人としての幸せなどを尋ねたとしても、一般的な意味での答えなど帰ってきそうにない。武は言葉を濁しつつ苦笑してしまう。

 

「む? 確かに、剣を極めることこそ唯一の幸福、などとおっしゃられるかも知れぬな」

「だよな? やっぱりそういう感じだよな」

 

 武だけでなく、彼の人の為人を知る冥夜も、やはり醍三郎に幸福を尋ねることは間違っていると思い至ったようだ。武と似たような苦笑をを浮かべた。

 

 

 

「なるほど。私は今の己が身を不幸だとは考えぬが、たしかに幸福の形を思い描くのは難しい。ただ、な。それとは別にして、だ」

 醍三郎の話を切り上げ、冥夜には珍しく、どこか自嘲するかのような笑みを浮かる。そして言葉を探すよう少しずつ口にしはじめた。

 

「そなたがこのユーコンに残ることはない、さすればまだ共に戦える……とそう思い至ると、そなたの身を案じるべきであるはずが、どうしても悦ばしく思えてしまってな」

 

 喀什に征けば死ぬ。それを冥夜は、前提としては受け入れてしまっていた。

 とはいえ攻略作戦の概略を知る武も、自身の生還は想定していない。どちらも似たようなものだった。

 

「死にに逝くつもりじゃねぇぞ?」

「それは無論だ。そしてそなたがそこまで拘るのだ。為さねばならぬことがあるのだろうとも、理解は……しよう」

 

 やはり武が喀什攻略に参加することには、冥夜は受け入れにくいのだろう。自らを諭すように、理解するとだけ口にした。

 

 

 

「いや、ホントに。ただ死ぬつもりじゃねぇって。一応それなりに計画自体を煮詰める手伝いはしてるし」

 納得してなさそうな冥夜の表情を見て、武は言葉を重ねる。ただ冥夜だけでなく、武自身でさえ説き伏せられるほどの材料はない。

 

 XG-70の複数機投入が可能となったとはいえ、作戦の成功率そのものもまだまだ低い。作戦が成功したならばともかく、失敗時の帰還手段はそのXG-70に軌道離脱か、それらに搭載された装甲連絡艇による以外は想定もされていない。

 そして三機のXG-70の内、少なくとも一機は「あ号標的」を目標とする突入部隊の中核であり、作戦の成功以外での離脱など考慮外だ。加えて武も冥夜もここに配属されることは確定している。

 

 合衆国が運用する一機もG元素集積箇所たる「い号標的」への侵攻を想定していることは明らかであり、作戦失敗時の離脱用に数えるのは難しい。ただこちらに限れば、ハイヴ侵入前に上院議員子息の士官を乗せて装甲連絡艇を離脱させる可能性は高いと、ターニャと夕呼は予測していた。

 

 問題は、武が『桜花作戦』を下敷きとした計画では「あ号標的」を目標とする部隊は第三陣であり、第二陣たる合衆国の作戦途中離脱組に冥夜を押し込めることはタイムスケジュール的に不可能となる。

 逆にウォーケンから提示されたというプランであれば、侵攻順が逆になっており帝国の第二陣が「あ号標的」に、合衆国の第三陣が「い号標的」へと向かう形になっている。こちらならば冥夜を作戦途中で離脱させることは不可能ではないが、そもそもの作戦成功率が覚束ない。

 

 

 

「問題もまだまだ山積みだけどな」

 そういった武の思惑とは別に、計画全体の問題も残っている。

 帝国の方では準備も進んでいるが、なによりも合衆国陸軍からの戦力提供が少なすぎる。ターニャが何やら画策しているようだが、その詳細は武には知らされていない。

 

「ただ、さっきも歩きながら言ったけど、一応成功率も帰還率も、計画上では上がっては来てるんだ」

 武から提示できる情報は、すべて夕呼とターニャに出している。それを元に立案されてくる計画に対し、もちろん非公式ではあるがある程度は武も意見を加えられる立場にいた。

 

「そなたが参加将兵の皆様方のことを深く考えておることは、私もよく知っている。その点に関しては、疑問の余地はない」

 冥夜は武が、喀什攻略で失われる者たちを少なくしようと努力しているのだと、思い込んでいるようだった。

 

「あ、いや、そのあたりあまり考えてねぇ、ぞ?」

 だがそれはまったくの見当違いだ。言葉にされてあらためて気が付く。

 

 武は、冥夜のことはどうしても助けたい思ってしまってはいるが、実のところ他の兵に関しては意識が回せていない。冥夜のことを除けば、「あ号標的」の撃破こそが達成すべき唯一の目標であり、自身の生還のすら一顧だにしていなかった。

 

(ははっ、結局のところ罰も与えて貰えねぇから、目の前の御剣を代替にして、罪を償うつもりになってるだけじゃねぇかよ)

 

 その冥夜を救いたいというのも、代償行為としか思えない。

 AL世界線でまりもの死を受け入れられずに逃げ出した時から、何も成長できていないと、武は我がことながら呆れ果てた。

 

 

 

「白銀? どうした、なにか顔色が悪いぞ?」

「あ、ああ……いや、自分の至らなさにあらためて気付かされたってだけだ」

「至らぬ点、か。そういう意味では、私の方こそ己がこれほどに欲深かったのかと思い至ったところだぞ?」

「御剣が、欲深い? 何の話だ?」

 

 武の様子を窺うようにしながらも、冥夜は珍しく自嘲じみた物言いをする。その様子にどこか危うさを感じてながらも、話が繋がっていないと武は訝しむ。

 

「以前にも申したことだが、私はそなたと並んで戦いたいのだ。それが叶うと思えると、これは一つの幸福なのではないかと、そんな風に考えてしまったのだ」

 

 己が事とはいえ、浅ましいことだ、冥夜は小さく呟いた。

 

 

 

「いや、それは……浅ましいってのとは違うだろ」

 その言葉と冥夜の態度にどう返せばいいのかと一瞬悩んでしまったが、カップを弄びつつ否定はしておく。冥夜の言葉を、共に居てほしい、そういう意味と捉えかけてしまったのだ。それは流石に誤解し過ぎだと自身を叱責する。

 

 そして空気を換えるべく、わざとらしいまでに軽く言葉を投げた。

 

「まあアレだ。そうまで言ってくれると、こちらとしても護り甲斐があるってところだ。で、それに合わせてって訳じゃねぇが、誕生日おめでとう」

 

 武にしろ冥夜にしろ、相手が自分へのプレゼントを買ってくれたところは見ているが、何を選んだのかはまではさすがに見ていない。それもあって渡すタイミングが難しく、先ほどから雑談で時間を潰していたが、ちょうどいいかと武が先に差し出した。

 

 

 

「ありがとう。しかし、先に出されてしまったか」

「いや、勝負じゃねぇんだから、後も先もねぇだろ」

「そうは言うが、な。では、受け取るのは先にさせてもらおう。良いか?」

 

 ただ、冥夜としてはやはり先に渡したかったのか、それともただ先を取られたのが悔しいのだけなのか、柔らかく笑いながら差し出された包みへと手を伸ばす。

 

「もちろん。っていうか、こっちの包装って、ほんとに雑だよなぁ……」

「それこそ文化の違い、というものであろう? そういう意味では、この場で開けるべきなのか?」

「あ~郷に入らば郷に従え?的な? たしかにこっちだと受け取ったらすぐに開けるんだったよな」

「では、失礼する」

 

 武の許可を得て冥夜は薄く笑いつつ、雑に包まれた包装紙をその包み方とは裏腹に静かに丁寧に開いていく。

 

 

 

「ほう? 美しいものだな」

 出てきたのは、バンダナよりは少しばかり大きめの蒼を主体とした複雑な文様のスカーフと、紐で簡単に編み上げられたターコイズの護り石のペンダント。

 

「誕生日プレゼントっていうよりかは、なんか土産物っぽくて申し訳ねぇんだが、スカーフっぽいのは、なんかこのあたりの部族に伝わってる護りの文様……らしい。石の方はブローチもあったんだが、留めるところが無さそうなんで、ネックレスにしてみた」

「ありがとう。大切に……本当に大切にさせてもらう」

 

 嬉しそうに一度胸元に抱き寄せ、そしてネックレスの方はすぐに身に付け、スカーフは内ポケットへと仕舞った。

 

「スカーフの方はどう結ぶか後で考えさせてもらう。が、石の方は、こうして肌身離さず身に付けさせていただこう」

「喜んでもらえたようで良かったよ。こちらのネイティブの人らは、民族的には元を質せば帝国の方と繋がるとか何とかいうから、祖霊の皆からしても遠縁だろう? 御利益の方はちゃんとあると思うぜ?」

 

 心から嬉しそうな冥夜の表情を見てしまい、武は少し慌てる。EX世界線での社会の授業か何かで聞いたようなうろ覚えの知識で誤魔化してしまった。

 

 

 

「では、お返しというわけではないが……白銀、誕生日おめでとう」

「おいおい、なんかヘンに高いもんじゃねぇだろうな?」

 

 冥夜から差し出されのは、アメリカらしからぬしっかりした梱包で差し出された小さな箱だ。装丁からして、あきらかに先ほど武が送ったものとは桁が違いそうである。

 かつてEX世界線で経験した、世間知らずのお嬢様としての「御剣冥夜」の暴走を思い出して、少し慌ててしまう。

 

「気にするな。開けてみてくれ」

「お、おう……」

 

 こちらの冥夜もたしかに御剣家次期当主ではあるが、なによりも悠陽の影として自身を律しており、常識からズレたところを感じたことはない。そう思い至って、少しは落ち着いて箱に手を伸ばす。

 

 

 

「って、万年筆か? いやちょっと待て、高すぎねぇか、コレ?」

 包装を出来る限り丁寧に解き、シンプルなロゴだけのケースを開けた。出てきたのは、黒に金で縁取られた一本のペンだった。

 

 ブランドなど武は詳しくないので正確な価格などは推測もできないが、どう見ても一介の少尉風情が使うようなものではない。このリルフォートならば間違いなく高級将校に向けたものだ。

 

「ふふ、心配するな。あくまで私の給与から出せる範疇のものだ」

「いや……新任少尉の給与で買えるものなのか、コレ?」

「給与はそなたと同じであろうが、少尉として必要な物の大半を御剣の家から出して貰っていてな。正直、給与の使いどころが今までなかったのだ」

 

 苦笑しつつ冥夜が話す。

 本来であれば、新任少尉というのは何かと金がかかる。軍から貸与されるもので賄える下士官と違い、士官は自費で賄わねばならぬ物も多い。

 

 武の場合は、正式に任官する前から少尉待遇で動く必要があったために、諸々を夕呼に用意してもらっていた。それに似たような形なのであろう、冥夜の場合は、実家たる御剣家、おそらくは真那がすべて事前に用意していたのだろう。

 

 

 

「それにしても、だなぁ……いや嬉しいのは嬉しいんだが、新任少尉には釣り合わねぇにもほどがあるぞ」

「返すと言っても受け取らぬし、代わりに返せと言われても、コレは返さぬぞ?」

 

 そういって笑いながら、大切そうに胸元に右手を当てる。仕舞われているため直接は見えないが、そこには先に身に付けたターコイズの護り石とスカーフがあるはずだ。

 

「ただ。そうだな、ならば一つ約束をしてくれぬか?」

「俺にできることなら、って限ればだけどな

 

 贈られた物を高価だからと否定し遠慮するのも、それはそれで何かが違うと武は思い、追加の願いくらいならと答えてしまう。

 

 

 

「その万年筆に見合う地位に至れ、などとは言わぬ。ただそれが壊れるまでには生きていてくれぬか?」

 冥夜は笑いを消し、武の目を一心に見つめつつ、そう言葉にする。

 

「……ったく。自分が出来ないことを人に求めるなよ、御剣?」

「ふふっ、自分一人では出来ぬことを、皆で担いあうことが、人類の強みではないか」

「わかった。約束はできねぇが、そうなるように努力はする。万年はどうやっても無理だから、な?」

 

 できるなどと簡単に言える約束ではない。だからこそ武は冗談に紛らせて、受け入れる。

 

「ははっ、そういって貰えただけで、それを贈った甲斐があったというものだ」

 

 

 

 大切にしてくれ、と冥夜はもう一度、武に告げた。

 

 

 

 

 

 

 




誕生日デートのつもり第二弾。プレゼントとかどーしましょうと思いつつ、流石にこのタケルちゃんと冥夜だと原作ほど無茶なものを持ってこないだろうと無難なところに。

で、アニメ版オルタのPVやキャスト変更等も発表されましたが、本作の場合"Lunatic Lunarian"ベースだったりするので、たぶんタケルちゃんはCV相庭剛志のイメージです。

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品等の縄墨

「「「「ハッピーバースディ、タケル&メイヤッ!!」」」」

 

 武と冥夜とは互いにプレゼントを交換し合った後は、さすがにそのままお茶を続けるというには少々気恥ずかしく、早々にポーラースターへと向かった。が、すでに純夏とアルゴスの面々は到着しており準備もほぼ終わりかけていた。待つほどでもないということで予定よりも早く、二人が席に着き次第に乾杯となった。

 

「おめでとー二人とも。でもタケルちゃん、早すぎだよ~もっと二人でゆっくりしてくるべきだったよ」

「いや、そうは言ってもだな。こっちの時間も気になったしな」

「そうだな。せっかく皆が準備してくださっているのだ。遅れるわけにもいくまい」

 

 武としては言い訳になるが、そもそも予定を立てての行動ではなかったのだ。このリルフォートに詳しいわけでもなく、また日本よりも寒いこの地であまり散策するというのも問題かと思ってしまっていた。

 また冥夜からすれば武へのプレゼントを贈った時点で、外出の目的は果たされた、というところなのだろう。加えて生来の几帳面さから、遅れて現れることなどできようもない。

 

 

 

「でも小隊内で二人同じってのはちょっと驚きね」

「なんにせよ、めでたいよなっ」

「日本式ってのが判らねぇから、アメリカ式で我慢してくれ」

「いや~タケルに二人で時間を潰させるってのは、まだまだ難易度が高かったか? せっかくの祝いの日なのにな」

 

 乾杯の掛け声の後、純夏の愚痴じみた言葉を皮切りにアルゴスの衛士四人が口々に祝いの言葉を投げてくれた。

 先ほどの事から、武と冥夜の間に少しばかりぎこちなさが残っていたが、武はともかくも冥夜がその様子を悟らせることはない。柔和に笑みを作って律義に謝意を受け入れている。

 

 

 

 ユウヤがアメリカ式といったように、そんな無礼講に近しい雰囲気の中で唯一人、唯依が普段以上に姿勢を正し、武と冥夜の前に立つ。

 

「お二方共に、御誕生の日、お祝い申し上げます。ご活躍とご健勝を心より願っております」

 

 帝国の方では悠陽の誕生が、九州防衛の成功に合わせて祝われたのは、唯依も当然知っている。その上で、冥夜の誕生日が悠陽と同じであることから、冥夜の立ち位置をそれなりには推測しているのだろう。

 冥夜への挨拶につられてか武へも敬語となってしまっている。御剣としての家の格への対応もあるが、むしろ煌武院の中枢に近しい者として武も含められてしまっている気配もあった。

 

 

 

「篁中尉殿、ご丁寧なお言葉、誠にありがとう存じます。この身が今この場にあるのは、中尉殿のユーコン基地でのご活躍があってこそであります。重ねての感謝を」

「過分なお言葉を賜り、身に余る光栄でございます」

 

 以前に冥夜は、ウォーケンからは軍の立場だけで押し進めろと助言されてはいたが、あの時とは状況も変化している。なによりも誕生を祝う席とはいえ、半ば私的な場だ。

 冥夜にしろ唯依にしろ、軍の立場と武家の立ち位置、そして冥夜の偽装とが重なり合って苦慮しているのが武にさえ伝わってくる。気付いてなさそうなのはテーブルの奥ですでに食べ始めている純夏とタリサくらいのものだろう。

 

(言われて気にしてみりゃ、この店の中にも二人、いや三人か? それっぽいのが居るな)

 

 先ほど冥夜から気に掛けるなと告げられたものの、武自身も冥夜を警護すべき人員の一人とも言える。緊急時には連携することもあるはずだと、配置されている警護の者たちをごく僅かに意識だけはしておく。

 そして武が気が付くくらいであれば唯依が察していないはずもなく、この「御剣冥夜」が合衆国でさえ影ながら警護を用意する立ち位置にいる、と理解してしまっているのだろう。

 

 VGやステラも、おそらくはそれなりに事情を推測しているはずだ。それを表に出さず、武たちを一衛士として扱ってくれているのが、今は何よりもうれしい。

 

 

 

「申し訳、あ……いや、自分、と、私はこれから戻らねばならない。挨拶だけとなってしまい、済まない」

 

 唯依は、冥夜への礼に続き、武へと断りを入れてくる。だが唯依は冥夜への対応に加えて、武への態度も図りかねている部分があるようだ。

 

 冥夜との関係性だけでなく、XM3の開発経過をごく僅かでも聞かされてしまえば、武自身の立ち位置が斯衛内で秘匿されていた、と考えるのが当然だ。それも戦術機開発に携わる篁の家であっても一切耳にしなかったともなれば、間違いなく五摂家に関わる者だと思い込まれても仕方がない。

 

 以前そのあたりをターニャなどから伝えられ、唯依の態度を訂正することは、武としては諦めていた。

 

 

 

「神宮司大尉殿もご挨拶だけでもとおっしゃられておられたのですが、やはりお忙しいご様子で」

「いえ、大尉殿にはこれ以上のご無理を申し上げることは……」

 

 重ねて自身の離席とまりもの欠席とを申し訳なさそうに唯依は伝えてくるが、まりもには呑まさないための口実としてだけではなく、こちらに顔を出す余裕があるくらいなら素直に休む時間を取って貰いたい。

 

 実質的な総指揮官としてはターニャが居るとはいえ、対外的にも実務的にもまりもはフェアリー小隊のトップだ。そしてアルゴス小隊の隊長はイブラヒムではあるが、XFJ計画に限れば唯依がユーコンにおける事実上の責任者である。その二人が部下の私的な祝いの席のために、揃って抜けることなどできようもない。

 

 

 

「あと、そちらフェアリー小隊のティクレティウス少尉からでありますが……」

 さらに言い出しにくそうに唯依は言葉を続ける。ターニャ本来の身分などは知らないはずだが、さすがに先のハイネマンとの対応を直に見ているだけあって、さらに口調が怪しくなる。

 

「お二方へ合わせてで申し訳ないとおっしゃられながら、お祝いの品とのことであります」

 そう言って先ほどからしっかりと抱えていたカバンから取り出し、恭しく差し出されたのは、軽くリボンを掛けられた一本のワインボトルだ。

 

「少尉曰く『牛丼は残念ながら用意できなかったので、代わりと申し上げては何ですが、』とのことです」

「は? ……牛丼?」

 

 上官の言葉を繰り返すという無礼を働いてしまうが、牛丼と言われて武は戸惑う。ターニャとはそんな話をしたことなど一切なかったはずで、当然のように隣の冥夜にも思い当たる節はなさそうだ。

 唯依の態度からしても「牛丼」が何かの符丁だと考えているようだが、武にもすぐさま答えは浮かんでこない。

 

(牛丼、牛丼……ねぇ? どっかで頼んだっけか?)

 白陵基地のPXでは時折似たようなメニューは並んではいた。武自身は好きな料理の一つではあるが、時間の余裕があるならば定食を頼む方が多い。武だけでなく、冥夜もそしてターニャも食べていたという記憶はない。

 

 

 

「ってああっ、アレかっ!?」

 ただ、ごく僅かに眉を寄せた冥夜を見て、そしてパーティということで長らく忘れていた記憶が呼び起こされた。それはかつてのEX世界線で、冥夜から武と純夏とに贈られたクルーズ船か何かのレストランでのことだ。コース料理など判るはずもない武と純夏の二人。判らぬならばと、勢いだけで牛丼をオーダーしたことがあったのだ。

 

(あ~言われてみれば、アレって誕生日のことか? いや違うよな、何かのお礼で冥夜から俺らに贈られたんだったっけか? ったく、世界線が違うせいか、記憶の漂泊のせいか、いまいち思い出せねぇ)

 

 とはいえ、符丁でもなんでもなく、ただのターニャからの気配りの一環だ。部下への労いとして、天然物の牛肉での牛丼を用意できるなら用意するつもりだったという程度のことだろう。

 

「いえ、それはまったく、どうでも良いことですので、牛丼に関してはまったくお気遣いなくっ!!」

 

 大声を上げた武を、冥夜と唯依は怪訝そうに見つめてくるが、本当にどうでも良いことだ。とはいえあのターニャがわざわざ用意しようとしていた、などと言うことで唯依は何やら裏を読もうとしているようではあるし、冥夜も何やらまた勝手なカバーストーリーを思い描いてそうではある。

 

 

 

「中尉殿には、我らが小隊内のことでお手数をおかけいたしまして申し訳ございませんでした。ティクレティウス少尉にはこちらからもまた直接にお礼はお伝えいたします」

「ええ。篁中尉殿、重ねてありがとう存じます」

 

 唯依の心労を減らせることはないだろうと思いつつも、詫びの言葉を武は付け加える。それに合わせるように冥夜がボトルを受け取りつつ、礼をあらためて告げる。

 

「この店への持ち込みなども、すでに許可を取られたというお話でしたので、この場で開けてしまっても構わぬ、と」

「いやカントメルルの1983年物なんて、なんで残ってんだよ?」

 

 冥夜は極わずか、横にいた武くらいしか気が付かなかった程度に目を見開いただけだが、目敏く伺っていたVGの顔はボトルのラベルを見て強張り、思わずといった体で言葉を漏らしてしまう。

 

「開ける機会を失っていたので気にせず呑んでくれ、とのことです」

 VGの呟きに応える形ではなく、あくまで冥夜に対して唯依は言葉を付け加えた。

 

 

 

「え……っと、ワインの銘柄とか、まったく判らねぇんだが。もしかして、というかもしかしなくても高いのか?」

「む? 格付けとしては、そうだなたしか……5級であったか?」

 

 武は価値の判っていそうな冥夜に尋ねたが、さすがにそこまで深くは知らぬようで、冥夜はVGに確認する。

 

「あ、ああ、そうだったとは思う」

「とはいえもはや値など付けようも無かろう」

 

 ガクガクと頷くVGとは対象的に、冥夜は落ち着いた素振りのまま、それでいて丁寧にボトルをテーブルに立てる。

 

「これ呑んだら、その分働かなきゃマズいんだろうなぁ……いや働くけどさ」

 

 カントメルルの場所など武は知らないが、言葉の響きと冥夜たちの反応を見て欧州のどこかというくらいは想像が付く。つまるところ、もはや二度と作り出せない、失われてしまった物の一つ、ということだ。

 心付けなどと言ってよいレベルのものではなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

「さて。本日は目出度き日だ。神宮寺大尉殿とドーゥル中尉殿がこの席での支払いは受け持ってくださる。もちろんわずかではあるが私も賄わせてもらう。羽目を外さぬ程度に、日頃の疲れを癒してほしい。では、失礼する」

 

 冥夜への祝いの言葉と、ターニャから託されていたワインの贈呈という、唯依にとっては大役を果たし終わったことで、ようやくいつもの開発主任としての立場に戻れたようだ。居並ぶ少尉六人へ上官としての言葉遣いで、当たり前の注意を促す。その硬い体を維持したままに、辞去の挨拶を簡潔に残し、唯依はポーラースターを出ていった。

 

(篁中尉もだが、やっぱり御剣にも無理させてるよなぁ……)

 

 唯依を見送った冥夜も、ほんの微か、普段よりも深く息を吐いていた。

 「煌武院悠陽」であるかもしれない「御剣冥夜」という立ち位置を知らしめるため、言ってしまえば極論それだけのために、冥夜は国連軍衛士たることを許されている。崇拝する悠陽を演じるだけでも多大な心労であることは間違いなく、加えて帝国の皆々を騙るような立ち位置に就いているのだ。常に正しくあらんとする冥夜にとっては、大きな負担になっていることは、武にも判ってしまう。

 

 ある意味では仕方なかったとも言える措置だったが、それでもその疲労の要因を作り上げた武には、言葉にして労わることさえも赦されないように思えてしまう。

 

 

 

「はぁ~武家だったか? 帝国の階級制度はホント判んねぇな」

 ユウヤも唯依の立ち居振る舞いに違和感を感じていたのだろう。その姿が見えなくなると、大きく溜息とともに言葉を漏らした。

 

「おいおい……それに関しちゃあユーロの方は国を超えて入り乱れてるから、もっと酷いぜ? この合衆国がシンプル過ぎるんだよ」

「たしかになー、噂に聞くツェルベルス部隊なんかも隊内大変そうだもんな」

「あそこは東プロイセンのユンカー主体だから、むしろまだ纏まってて判りやすいほうかもな」

 ユウヤのぼやくような物言いに、VGが笑って指摘する。タリサも欧州の有名部隊を上げた。だかそれさえもユーロ出身者からすればマシな部類らしい。口にはしないが、ステラも笑って同意していた。

 

「んで、なんかタケルにまで遜ってたように見えたけど、なんかあるのか?」

「いやだから俺は、そっちの鑑と並んで一般人枠だっての。XM3の開発に関係して、斯衛の赤の方とかと面識があるとはいえ、ただの新任少尉だよ」

 

 タリサも純夏と並んで食べているだけに見せかけて、やはりよく周囲を観察している。確認するかのように問うてきた。単純に唯依の誤解なのだが、このままでは冥夜の中の武のカバーストーリーがますます補強されそうなので、苦笑しつつ否定する。

 加えて斯衛との関係は、あくまでXM3開発に携わったことで生まれたことだと、冥夜にも伝える意味で加えておく。

 

 

 

「ん? 月詠中尉殿が赤なんだよな。赤と黄ってそんなに違いがあったっけか?」

 ただ武家の関係性を考えていると以前の唯依の振る舞いを思い出して、武も疑問が浮かんだ。武家の中、そこで黄の篁家の扱いがどの程度なのかまったく見当が付かずに、横に座る冥夜にそのまま尋ねてしまう。

 

「そなた……時折常識に欠けるところがあるのは知っておったが、篁中尉殿の前でそのような物言いはするなよ」

「あ、いや。ほら、鑑だって判ってないぞ?」

「む? たしかに武家の者であっても、仔細は知らぬ者もいるにはいるのであろう……が」

 

 他家の話だということでか、冥夜は少しばかり口籠る。とはいえ秘することでもないようで、言葉を続けた。

 

 

 

「篁中尉殿の御父君、篁祐唯中佐殿に関しては、この面々の前であらためて語ることは無かろうが……」

「あ~鑑? 座学はさすがにかなり省略したとはいえ、帝国の戦術機に関する知識くらいは自習しとけって、俺は言ったよな?」

「え、あはは~そう、だったっかな?」

 

 冥夜は、武だけでなく皆を見渡して前提としての確認をするが、アルゴスの四人は当然という顔をしている。純夏だけが判ってないようだった。

 

 唯依の父親である篁祐唯は、74式長刀の設計開発だけでなく、F-4改良機たる82式瑞鶴にも携わっている。

 限定された条件下だったとはいえ、トライアルにおいて当時は大尉だった巌谷榮二がF-4J改で合衆国陸軍のF-15Cを下したことは、戦術機開発に携わる者の間ではちょっとした逸話だ。特に既存機の改修を主とする「プロミネンス計画」に関係する者であれば、知っていてもおかしくない人物であると言える。

 

 

 

「ふふ、鑑はまた時間の余裕があるときにでもテキストを読み直すがよかろう。今ならばあらためて理解できる点も多いぞ?」

 慌てる純夏を庇うように、冥夜は話しを続ける。

 

「さて。ご実家である篁家は元々は白であったが、とはいえ嵩宰家に連なる譜代武家だ。それに加え、中尉殿ご自身も御母上の血で見れば嵩宰家の直系と言えなくはない」

「え? ってことは、もしかして……」

「今の崇宰家は恭子様がご当主であられるが、場合によっては篁中尉殿が崇宰当主の名を継いでいてもおかしくないのだぞ?」

 

 もちろん崇宰の中で後継者などは選定されているであろうが、なくはない程度には唯依は崇宰の血を継いでいる。

 

「え~……ということは、詰まるところ?」

「あの方ご自身ではなくとも、そのご子息などが次代の将軍職に就くこともあり得る、といえる方ではあるな」

 

 ニヤリと、いたずらに成功したかのように、冥夜は笑って見せる。対して純夏はまったく分かっていないようで、目の前のケーキを食べることに集中していた。

 

「というよりは、だ。そなたが知る家で言えば、煌武院家に付く月詠家や、斑鳩家に付く真壁家などと同じく、本来であれば篁家も赤にまで上げられてもおかしくないのだがな。黄のまま留まっておられる」

 

 冥夜は何やら思うところがあるようで、珍しくはっきりと眉を寄せているが、武家の家格調節に関しては武には推測もできない。ただ、そんな人間がなぜに斯衛から陸軍を経て国連軍に出向してまで戦術機開発などに携わっているのだ、とは思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

「そう聞くと、ホントに御姫様だったってことか……」

 ユウヤも冥夜の話を深く考えていたようで、噛み砕くように呟いた。

 

「そんな篁家の御令嬢の経歴に泥を塗ったにしては、余裕だな」

「……レオン、テメェなんでここに居やがる」

「お前の失敗、その尻ぬぐいのためにやってきたって、笑ってやろうか?」

 

 振り返り、ユウヤが睨み上げたその先には、レオンと呼ばれた合衆国陸軍の制服に身を包んだ青年が、苦々しげな表情で立っていた。

 

 

 

 

 

 

 




いつもの飲み会と言いつつ、デグざんからの誕生日プレゼントの配達人とか、心労でそろそろ胃がおかしくなりそうな唯依姫の状況説明その一? ちなみに最初は牛丼パーティにしようとかアホなことを考えましたが、日本からコメをそれだけのために届けてもらうのもアレなので、妥当(?)なラインに。

で、レオン・クゼさんひょこっと登場~でここの絡みまで入れ始めたらみょ~な長さになっていたので中途半端な気もしますがとりあえずここまで。

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逸脱の荒誕

「ユウヤ、知り合いか?」

 

 合衆国陸軍の制服、そしてレオンと呼んだことから知人ではあるのだろうが、ユウヤも相手の男にしても、どちらも態度が刺々しい。

 同じ小隊員たるVG達も知らぬようで、とりあえずは静観の姿勢を示している。結局は、一番の部外者とも言える武が取りなすように尋ねる形となった。なによりも二人の関係性が判らぬままでは、仲を取り持つにしろ追い返すにしろ、対応のしようがない。

 

「失礼いたしました、合衆国陸軍第65戦闘教導団所属、レオン・クゼ少尉であります」

「同じく、シャロン・エイム少尉であります」

 

 武の疑問にユウヤが答えるよりも早くに、名乗る。ユウヤに向けていた侮蔑の視線など一切なかったかのように、奇麗な敬礼だ。後ろにいた女性士官もシャロンと名乗るが、こちらは面白がっている様子をまったく隠す気が無さそうで、ニヤケたままだ。

 

「失礼。在日国連軍所属、フェアリー小隊の副長を務める、白銀武少尉であります」

「同じく、フェアリー小隊の御剣冥夜少尉であります」

 

 武と冥夜も立ち上がり答礼するが、アルゴスの面々は座ったままだ。合衆国軍の二人も意図的にアルゴス小隊の四名を排除したような形であったが、VGやタリサの様子からして、どちらもわざと喧嘩を売ろうとしていないことは明らかだった。

 どこか緊迫した雰囲気に気が付いていないのは、純夏くらいのものだ。

 

 

 

「フェアリー小隊の皆さまにご挨拶をと、こちらを紹介されたのですが、合衆国陸軍衛士の恥晒しとも言える者を見て、差し出口を挟んでしまいました。ご容赦を」

 

 レオン・クゼと名乗った少尉は、冥夜の顔をあらためて見て、その上で目線を下げ非礼を詫びる。

 

「ん? って、レオン・クゼって、ああ、たしかXFJ計画、開発衛士候補の……」

「ええ。残念ながら選抜からは漏れてしまいましたが」

 

 武が洩らした言葉を、レオンは苦笑気味に肯定する。どこかで見たと思えば、先日見せられた資料にあった顔だった。

 

(しかし冥夜、というか殿下を知ってるようだけど、父親のクゼ提督あたりから情報は得てる、のか?)

 

 先ほどレオンが冥夜の顔を見て、一瞬強張ったのを武は見逃してはいなかった。それは「煌武院悠陽」を見知っている者の反応だ。将官ならば、同盟国の軍事最高責任者とも言える相手の顔を知っていても不思議ではないが、ユウヤなどからはそういった反応はなかった。

 レオンが、といよりもクゼ家が帝国の内情に詳しい、と見たほうが良さそうだ。

 

 

 

「あ~立ち話もなんだ。二人位なら、同席して、も問題ねぇ、よな?」

「大丈夫だろ、イブラヒムのおっさんもそこまでケチなことは言わねぇ」

 

 苛立っている様子を隠す気もないユウヤに聞く話ではないと武は思い、VGに振るが上官の名を出されて一瞬悩む。この場の払いは上官三人が持つということになっているのを失念していた。

 

「ま、そこのボトルに合わせるくらいまでは出してもらわなきゃ、アルゴスの名が廃るってもんだ」

「……おい、VG。中尉殿にご迷惑かけるなよ」

 

 だがこのまま立たせたままだと、レオンはともかくもユウヤが手を出しそうな気配だ。VGもそれが判ってるようで、気楽に誘う。むしろイブラヒムへの負担を慮ってタリサが止めようとするくらいだ。

 

「え? いや、良い、のか?」

「ご覧の通り、パーティと言いつつ、いつもの飲み会だ。そっちが気にしねぇんなら、こっちからも聞きたい話があるからゆっくりしてくれ」

 

 席を勧める武やVGに、レオンはどこか戸惑ったように答えを濁す。アルゴス小隊というよりかはユウヤを警戒しているだけでなく、やはり冥夜の様子を窺っているようにも見えてしまう。

 

 

 

「噂のインフィニティーズから、話が聞ける機会なんてそうそうないからな」

 武の提案に、VGがそれらしい理由を付けてくれる。

 

「拗ねるユウヤが見れるんだ、どんどん嫌がらせしてくれ」

「それは篁中尉にも見せたかったわね」

 タリサやステラも賛成のようで、笑って場所を用意していく。

 

「せっかくのお誘いだし、お邪魔していこうよ」

「ってお前なぁ……」

 

 レオンはどこかまだ躊躇いを残していたが、シャロンと名乗った女性士官の方は、タリサの横に素早く座る。どうやらレオンやユウヤの反応を面白がっているのはアルゴス女性陣と同じようだ。

 

「ああ、ちなみに私たちは以前そっちのユウヤと同じ隊に居たって関係」

 

 シャロンはさらりと関係の説明を済ますが、ユウヤにしろレオンにしろ、その表情からしてそれだけではない対立があるようだった。

 

 

 

(てかユウヤこそ恋愛原子核って奴じゃねえのか、コレ?)

 

 タリサやステラなどは小隊メンバーとしての関係だけだろうが、ユウヤの周りには何気に女性が多い。最初は対立していたそうだが、それを聞いても信じられないほどに、唯依とは固い信頼関係で結ばれているように見える。

 それに暴風小隊の隊長からも、よく声を掛けられているらしい。

 

 シャロンとも、何やら因縁がありそうだ。話しぶりからして、いまは恋愛感情などは無いようだが、ユウヤのことを気に入っているのが伝わってくる。それに昼間に出会ったイーニァの様子からしても、イーダル試験小隊のスカーレットツインとも何やら曰く有り気ではあった。

 

 タリサやステラあたりの傍観者的な立場から見れば、ユウヤの周りはたしかに面白そうな関係性なのだろうと、武にしても思えてしまった。

 

 

 

 

 

 

「で、泥塗ったって何の話だ?」

 適当に新しいグラスが皆に渡ったところだが、それに口も付けずユウヤは喧嘩腰のままに、レオンを詰問する。

 

「お前、本当に判ってないのか?」

 武たちへの柔らかな対応とは異なり、ユウヤには嘲るようにレオンは応える。

 

「お前が一ヶ月近く計画をサボタージュしてたらしいってのは、こっちの耳に入るくらいには噂になってる」

「そりゃー耳に入るくらいまで調べてたからねー」

「ってシャロン、今はそんな話はしていない」

 

 クスクスと笑いながら、シャロンがレオンを揶揄う。その言葉を聞く限りは、喧嘩別れになっていたユウヤのことを、積極的に調べてはいたのだろう。

 

 

 

「中尉御自身だけじゃない。篁の名にも傷が付いたことだろう」

「だから、何のことだよ?」

 

 レオンはシャロンの揶揄いを流しつつも苦々しく頭を振る。だがユウヤはまだ何を責められているのか、判っていないようだった。

 

「今回のXFJ計画に、篁唯依中尉殿が斯衛からわざわざ帝国陸軍への出向などを経た上に国連軍という形で参加していることくらいは、お前でも知ってるよな?」

「ああ……そんなことは話してたな」

「まさかと思うが、帝国斯衛をただの特別編成部隊程度に捕らえてるんじゃないだろうな?」

「ロイヤル・ガードだろ? だから、それがなにか関係あるのかよ」

 

 心底呆れたかのようなレオンの態度に、ユウヤは本気で苛立ちをみせる。今にも席を蹴って立ち上がりそうな勢いだった。

 

 

 

「あ~斯衛は、日本帝国の軍じゃないんだ」

 仕方なく、ユウヤを落ち着かせるためもあって、武は口を挟んだ。このあたり冥夜の方が詳しいだろうが立場的に聞き役に徹しており、説明は任された形だ。

 

「は? なんだそれ?」

「帝国参謀本部からも完全に切り離された、独立した組織だ。城内省直轄で、命令系統どころか予算なんかもまったく別だ」

 

 意味が判らない、といった顔でユウヤが武を見るが、帝国斯衛とはそういう組織なのだ。

 

 独立していると言えば在日国連軍もそうではあるが、こちらはあくまで他国の国連軍同様に、帝国軍から国連へと戦力を提供している形である。もちろん命令系統などは別個ではあるものの、対BETA戦においては原則として防衛作戦であればその国家が、間引きなどを含め侵攻作戦であれば国連軍が主導すると、バンクーバー協定で規定されたからの措置でもある。

 

 対して帝国斯衛は一見武家の私有戦力でありながら、しかも帝国参謀本部からも独立しているにも関わらず、軍として成立している。

 

「イギリスの近衛師団などとは、役職的に近しいとはいえ組織背景はまったくの別だ」

 その程度知っておけと言わんばかりにレオンが言葉を足すが、むしろ同盟国のこととはいえそこまで理解している方が珍しいとも言える。

 

 ユウヤへの叱責のために唯依のことまで調べたのかと武は一瞬考えたが、クゼ家が日本帝国への理解が深いのと、レオン自身がXFJ計画に参加するつもりだったことも思えば左程不思議でもない。

 

 

 

「それで、インペリアル・ロイヤル・ガードが変わった組織だってのは判った。それがタカムラの家ってのまで関わってくるってどういうことだ?」

「……XFJ計画は失敗する要素がなかった。いや成功して当然と言える計画だった」

 

 レオンはユウヤの問いには直接答えず、それでもはぐらかすように言葉を続ける。

 

「篁唯依中尉殿が変則的な転属の下、XFJ計画に参画されておられたのは、個人として開発者としての実績を積むためであろうことは当然、篁の名を補強する意味もあったはずだ」

 

 レオンが先ほどの武たちの話をどこまで耳にしていたかは判らないが、唯依の父親であり篁家当主たる祐唯の経歴を知っていることは明らかだ。その上で、唯依がXFJ計画の日本側開発主任に選ばれた政治的状況なども推察している。

 

(五摂家間の力関係とか、俺より詳しいんじゃないか?)

 

 先の話で出ていたように、篁家は嵩宰家に連なる譜代武家でありながら、新興ということもあり家格としては黄に収まっている。

 そして当代の政威大将軍は煌武院悠陽ではあるが、斑鳩崇継が選ばれてもおかしくなかったと言われている。しかしながら同じく同年代の崇宰恭子の名が挙がることは比較的に少ない。それは崇宰家を取り巻く家臣団の弱さ故、とも言える。

 そのような情勢下、改修とは言え実質的に次期主力戦術機の開発に成功すれば、篁家の名は盤石となり、ひいては崇宰家の安定ももたらす。

 

「それが計画の遅延のみならず、ここに至っては要求仕様の下方修正だ。技術顧問であられたハイネマン博士は、それらの責を取って辞任された。開発主任衛士にお前を強く推したことも、理由の一つだろう」

 

 部外者にしては詳しいが、やはりレオンの情報は少々偏っている。流石に東側への情報提供疑惑は、秘匿されているのだろう。

 

 

 

「って事に世間ではなってるそうだぜ、タケル?」

 ユウヤを叱責するレオンの言葉を、VGが軽く笑って武に押し付けてくる。ハイネマンのことも含め、レオンとは異なりVGにはどうやらそれなりに裏の事情まで知られているようだ。

 

「あ~悪い。ユウヤのってかXFJ計画の遅延に関しては、割と俺らの責でもある」

「俺らって、フェアリー小隊が、か? ああ……いやそもそもの改良型OS、XM3か」

 

 武の発言の意図を測りかねたのか、レオンは一瞬言葉に詰まったが、すぐにその意味を悟ったようだ。ただユウヤにも伝えるためにも、武はそのままに説明を続けた。

 

「弐型に搭載するのは、帝国技術廠の方ではほぼ確定していたんだろうが、こっちの提示やら何やらで時間取らせちまってな。どうせならXM3がある程度形になるまで、弐型の開発を遅らせとけっと感じだった……ってところだったんじゃねぇかなぁ、とか?」

 

 以前の様子から推察するにターニャがハイネマンを排斥するため、実戦運用試験などに妨害を入れつつ遅らせていたはずだ。そしてそれによる唯依の経歴への影響など、ターニャはさほど考慮もしていないのだろう。

 加えて武には断定はできないが、テロ予防やイーダル小隊への介入などのタイミングも含め、ターニャは今までユーコンでのXM3提示を遅らせてきた節もある。

 

 

 

 

 

 

「……俺の問題は理解した。それはこれからの結果で、タカムラには、いや帝国に対しても返すつもりだ」

 

 ユウヤは誓うかのように、そう言葉にする。

 今、ユウヤだけでなく、アルゴス小隊の任はF-15ACVTと弐型Phase1のXM3に合わせた最終調整だ。それは間違いなく、帝国陸軍の戦力増強に繋がっていくものだった。

 

「ってそうだ、お前ら何しにこのユーコンに来たんだよ? ブルーフラッグに参加するかもって噂があったが、あれは延期と言うか中止になってんだぜ」

 ただその誓いとは別に、やはりレオンには思うところがあるようで、用がないなら帰れと言わんばかりに言葉を投げる。

 

「XM3の見極め、ってのが任務ではあるんだが……」

「今またF-22の調達が、議会の方で問題になってるのよ」

 

 レオンは言いにくそうだったが、秘するほどでもないようでシャロンはあっさりと口にする。

 

「F-22の調達価格か?」

「調達だけじゃなくて、コスト全般ね」

 

 脚の再塗装だけでF-4が調達できるとまで噂されるF-22だ。武御雷ほどではないにしてもその配備計画は遅れており、追加導入にも否定的な意見があるとは聞いている。なによりもG弾をそのドクトリンの中核としはじめている合衆国陸軍、そして議会からしてみれば、機体価格の高騰から量産の進みが遅いF-22に対し懐疑的な声が上がるのもおかしくはない。

 

「ボーニングがF-15EのXM3対応化を提案してきてて、それもあってF-22の運用が議会でも改めて問題になりつつある」

「そんなことになってんのかよ……」

 

 弐型の開発と生産に関して、帝国とボーニングとでどのようなやり取りがあったのかなど、流石にタケルには知らされていない。あくまでA-01にPhase2仕様のパーツを導入して貰うこと、在日国連軍の喀什攻略部隊にはF-15ACTV仕様とすることくらいだった。

 

 帝国の方でF-15JなどもXM3に対応した改修計画があるらしいとは聞いていたが、まさか合衆国の、それもボーニングが直々に参画してくるとは思っていなかった。

 

 

 

「まだ現物を触ってはいないが、俺個人としてはXM3は素晴らしいものだと思う。だが陸軍の総意はまた別だ」

「そっちのドクトリンには、あまり合致しねぇように見えるだろうからな」

 

 武は仕方がないと苦笑気味に口にはするが、判ってはいたとはいえ直接の関係者から言われるとやはりショックではある。

 なによりも喀什攻略には、合衆国陸軍からの戦力提供が必須なのだ。そして既存OSのF-15Eだけでは、ハイヴ内戦闘において多大な損耗が予想されてしまう。贅沢を言えばXM3に換装したF-22が一個師団参戦して欲しい。

 

「ただ合衆国海軍側ではXM3の導入は推進するようだ。具体的には誰にとは言われなかったが、そちらには伝えておけって暗に指示されたよ」

 レオンは諦めたように笑って流すが、誰から誰へとは流石に口にはしない。

 

(XM3のお披露目にはたしか第七艦隊からもかなりの高官が来てたって話だったけど、クゼ提督もか? しまったな、今更だけどその辺り確認もしてねぇぞ、俺)

 

 陸軍士官であるレオンに伝えるように指示できる海軍の者など、その父親であるクゼ提督くらいであろう。

 

 武とって悩むべきは、誰に伝えるかということだ。

 一瞬冥夜に目を向けた様子からして、レオン自身はXM3の外向けの開発概要から将軍家へと伝えるものだと考えているようだ。だが内実を知る武からすれば、むしろ将軍家を含む城内省への連絡など事後報告でも問題ないものだと判っている。

 

 端的に言って、夕呼に伝える話なのか、ターニャに伝える話なのか、ということだ。合衆国海軍がルナリアンに組しているという意味なのか、あるいは第五ではなく第四に協力することに意思表明なのか、今の武では判断できない。

 

 

 

(いや、海軍は積極的には第五を推進してるわけじゃなかったよな)

 

 合衆国のG弾ドクトリンなどど言われているが、あくまで陸軍主体だ。海兵隊や宇宙軍なども関与するが、海軍はまた独自の立場がある。合衆国海軍は、核のオプションも含むが、あくまで既存戦力をもって対BETA戦を遂行している。

 陸軍と海軍とが表立って対立してるわけでもないだろうが、かといって密接な協力体制というわけでもないらしい。その面で言えば、海軍主流派すべてがルナリアン派閥というわけでもないだろうが、「月の後継者」などと噂が立ち始めている夕呼の第四計画に対して協力的であったとしてもおかしくはない。

 

 レオンの様子から何か判らないかと、その顔色を伺ってみるものの、それすらも武には読み取れない。むしろレオン自身慣れぬメッセンジャー役を果たしたという体で、疲れ果てているようにも見えた。

 

「了解だ。とりあえず、それっぽいところには話をしておくよ」

 

 武にしても、苦笑して受け入れるしかない。

 ターニャと夕呼、二人ともに報告することとはいえ、このままでは相手の意図が判らないままのただのメッセンジャーになってしまいそうだ。とはいえ武が知る必要があることなら、どちらかから説明もあるだろうと、いまはそう流しておく。

 

 

 

 

 

 

「しかし既存OSのF-22とXM3換装機との比較くらいなら、わざわざこのユーコンまで来ることねぇだろ?」

 

 レオンの、というよりかクゼ家からのメッセージの意図はともかくも、合衆国側というよりもボーニングとLMとの問題は武にも何となくではあるが理解はできた。

 それはそれとして、ならばわざわざ運用コストの大きいF-22を国内とはいえ、国連軍に貸し出している形のユーコンに持ち込む意図が判らない。ここにはソ連を筆頭に東側の眼も多いのだ。F-22は可能な限り秘匿されるべきだというくらいは、武にも判っている。

 

「タケル、さっきから何他人事みたいに言ってんだ。相手するのはお前らだぜ?」

「ぅえっ?」

 

 VGから言われたが、何をどう相手にするのか思い至らず、純夏共々にヘンな声を上げてしまう。

 

「いや白銀。我らと直接見えねばならぬのであろう」

「直接って……ああ、そういうことかよ」

 

 冥夜が先に理由に思い至ったようで、レオンが言葉にするよりも先に告げる。

 

「小隊規模の対人類戦演習、か」

「白黒はっきり付けろって話だな。判りやすくていいじゃねーか」

「いや、お前ら他人事だと思って、気楽に言うなよ」

 

 VGとタリサが面白そうに笑っているが、当事者となるとそう簡単には考えられない。相手がたとえ最強と言われているF-22であってもXM3の提示という前提があり、そしてまた間違いなくターニャの思惑が絡んでいるとなれば、そうそう簡単に負けていい話ではないはずだ。

 

「当然そっちが使う機体はF-22だよな」

 話の流れからしても判り切ったことではあるが、確認だけはしておく。

 

「そうだ。厳密にはF-22A EMD Phase2。先行量産型ではあるが、合衆国のみならず世界最強の戦術機だと誇りに思える。そして俺たちインフィニティーズの技量も合衆国最高だと自負している」

 疑うべくもない事実であると、レオンは断言する。驕りや武たちへの嘲りなどは一切ない。

 

「は、たいそうな自信だな。その大口を俺の手で叩き潰せないのが残念だぜ」

 レオンを睨みつけながらユウヤがそう口にするが、やはり主席開発衛士としては自らの手で弐型を駆り、F-22と雌雄を決したいのだろう。そこには弐型に対する確とした信頼があった。

 

 武も言葉としては表さないが、XM3、そして今の小隊の面々に対する信頼はある。たとえ相手が合衆国陸軍最強と言っても過言ではないインフィニティーズであろうと、負けるつもりなどない。

 それは横に座る冥夜も同じようだ。相手の思惑がはっきりしたことで、どこか逆に余裕も出たのか、うっすらとほほ笑んでいた。

 

 

 

「フェアリーには勝って貰いたい、というかどうせタケルたちが勝つんだろうが、それはそれとして……だ」

 武たちの様子を見て、またユウヤと同じように、どこか名残惜し気にVGが混ぜ返す。

 

「そうだな、それは横において、だ」

「コイツだけは撃ち落としてくれ」

 タリサもVGに調子を合わせて武を指さした。

 

「え?いや、なんでこの流れでそうなるんだ?」

 ここは自分たちフェアリー小隊を叱咤激励するところじゃないかと、武は口にはしないがそう思う。

 

「お前が組んだ演習プログラムのせいで、こっちは連日死にかけてんだよッ!!」

「ああ、飯も満足に喉に通らなかったこの数日の恨みは、俺らの代わりに晴らしてもらわなきゃ、な」

 

 言葉にしたのはVGとタリサだが、ステラも思いは似たような物らしい。笑顔ではあるが眼が笑っていなかった。

 

「ふむ? そなたの演習計画は、やはり無茶が過ぎたようだぞ?」

「いや、時間もないし、ほら皆プロミネンス計画に選ばれるくらいの凄腕衛士だから、な?」

「以前にもそう言って篁中尉殿にも無茶な要求を通しておったであろう? 少しは自重すべきであったな」

 

 冥夜も笑ってはいるが、かつての演習内容を思い出しているのか、アルゴスの皆に同情的に見える。

 

 

 

「俺たちが負ける前提で話しているのはそれはそれで気になるが、こちらの白銀はそれほどなのか?」

「あの演習内容を作ったのがタケルだってのでムカつくからやり返したい……ってのはあるが、コイツが墜とせなきゃ、それだけで負けは確定だな」

 

 レオンは訝し気に周りを見渡しながら尋ねたが、それに答えたのはユウヤだ。レオンの疑問に素直に答える程に、武に対して意識するものがあるらしい。

 

「フェアリーの場合、こっちのスミカが一見穴に思えるが、それさえも罠だからなー」

「あ~その話は蒸し返すなよ」

「個々人の技量は水準以上。その上でそれぞれに尖ってるわよ、彼らは」

 

 他のアルゴスの面々からも、形はどうあれ小隊として褒められてはいる。そしてそれほどまでに警戒される程度には、小隊としての技量も認められているのだ。

 

「あのCP将校は直接潰せねぇから、ジングウジをどうにかしても指揮に乱れはないだろうし……」

「そもそもまともに戦闘に持ち込むつもりがないだろう、こいつらの場合」

「今なら1on1をなんとか作り上げれば、互角にまでは持ち込めなくはねぇか」

「だから、それが無理だってんだろッ!!」

 

 XM3の演習を経てそしてその性能を理解した上であっても、やはり初日の負けは開発衛士としての彼らにとってはただ性能差故だったと認めて流してしまうわけにはいかないのだろう。アルゴスの四人がそれぞれに武たち対フェアリー小隊戦を相談し始めてしまう。

 

 

 

「なにか散々な評価だな、白銀?」

「あ~うん。俺は悪くねぇ……全部あの人が悪いに違いない、よな?」

 

 アルゴス小隊との対人演習においては、まりもの指揮が的確だったというのも大きい。ただほぼすべてを決定付けたのは、事前に準備されていたターニャの策だというのは間違いなかった。

 

「ま、俺たちから言えることは、F-22の性能に奢ってるようじゃあ戦いにもならねえ、ってところだ」

 

 纏めるようにVGが笑って見せたが、それは武たちではなく、むしろレオンとシャロンへの激励にも見えた。

 

 

 

 

 

 

 




インフィニティーズ顔見世、といいますか対人戦で白黒つけようぜ~の前段階です。それよりもクゼ提督の立ち位置をどうしようかと思いながらも、はっきりと明言できないけどターニャ寄りと言いますか、海軍は比較的にルナリアン寄りなんじゃないかなぁ、と。
といいますかG弾ドクトリンって陸軍とは相性良さそうですが、海軍とかとはビミョーに噛み合わない気がしたり、そもそも海兵隊のモットーなどからはかけ離れてるなぁ、と。

で次回は対F-22予定ですけど、たぶんさっくり終わらせる……予定です。

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填補の譎詐 01/12/17

 休暇明けではあったが、朝のミーティングでは特筆すべき伝達もなかった。武と冥夜とは弐型Phase2が整備のため使えないこともあり、午前中は書類仕事になりそうだった。

 

 弐型の整備は昨日の内に完了する予定だったが、先の長時間演習の影響が予想以上に大きく、時間が許すならば一度分解整備まで認めて欲しいとの報告が整備班からあり、それを了承した形だ。

 原型機たる不知火ではなく、より高機動の武御雷を基準に考えられていたが、機体サイズの大型化とそれに伴う重量の増大とで事前想定を大きく超えたらしい。特に下半身の関節周りの負担が大きく、股関節部や足首などは場合によっては配備後の整備スケジュール自体までもを見直すほどに損耗しているという。

 ただ不知火と弐型Phase1、Phase2それぞれの差異を修正し最適化していけば、将来的には関節部の損耗も予定範囲内に収まる可能性が高い。

 

 しかしながら今は武たちが弐型へのXM3対応をすすめているが、これは本来ならばアルゴス小隊の任務だ。フェアリー小隊としてはXM3の提示こそが主任務であり、個々の修正対応などはそれぞれの開発小隊ひいては運用国が対処する範疇だった。たとえ帝国陸軍機たる不知火・弐型であっても、その開発主体はアルゴス小隊であるべきだった。

 そして他の開発小隊とは異なり、XM3自体は一応のところは完成している。先日の演習のように実機でのデモンストレーションも重要ではあるが、それを文章として評価し対外的に明確な利点として説明することも、開発衛士であれば業務の一環とも言えた。

 

 

 

(さて、と。片付けなきゃなねぇ書類は溜まってはいるものの、半日あればそれなりに何とかなるか?)

 

 可能な限りは即日処理しているために、武の机の上乗っている書類は実のところ少ない。武自身に回される書類自体が減らされているのもあるが、むしろ下手にデスクワークを溜め込めるような、物理的に余裕がある環境ではなかった。

 

 プロミネンス計画において、フェアリー小隊は独立した開発小隊として一応は扱われているが、実質的にはアルゴス小隊の補佐と受け取られている。

 欧州連合から計画に参加しているスレイヴニル小隊とガルム小隊との関係にも近いが、あちらがまったく別の機体を開発しているのとは違い、アルゴスとフェアリーとは試験運用している機体はほぼ共通である。

 

 それらの要因と、なによりも時間的な余裕の無さ、そもそもの人員の不足などもあって、フェアリー小隊が小隊独自に使える施設は少ない。小隊指揮官たるまりもであっても、大尉ということもあり独立した執務室は用意されておらず、他の小隊員と共用の部屋にデスクがあるだけだ。

 

 

 

 対してJASRAからもXM3開発の協力という名目で若干名の局員が臨時でユーコン基地に配属されており、各種の連絡業務などを担当しているらしい。ウォーケンはそちらの方でも実務を担っているとは言うが、当然ながら武たちには詳しいことは知らされていない。

 

 他開発小隊に留まらず戦術機を運用する諸外国軍や開発関連企業などへの対応など、小隊で対処せねばならぬ案件は多岐に渡る。武自身に回ってくる書類が少ないとはいえ、実のところフェアリー小隊単体で処理しきれる分量ではなかった。

 それらを本来の業務外であることは承知しながらも、開発協力の名の下にJASRA局員に投げている形だった。

 

 ただJASRA内部であっても、ターニャと「ティクレティウス少尉」の関係は対外的に公開されている情報に限定されており、ターニャがそちらで執務に就くわけにもいかない。

 結果的にターニャの執務室などは用意しようもなく、フェアリー小隊においては小隊付きCP将校でしかないため、ターニャ個人が使えるスペースは机一つだけだ。ただ階級的には異常な措置だが、JASRAとの連絡員を兼ねるウォーケンにも場所は用意されていた。

 

 とはいえスペース的には狭いながらも、かの「ジョンおじさん」を筆頭にカンパニーなども協力しているようで、防諜面でも安全対策の面でもユーコン基地内では突出したレベルとなっている。冗談ながらに、機械化歩兵装甲も室内に配備しておくかとまで言われていたらしい。

 

 ターニャ自身は時折ふらりと消えてはいるが、冥夜が戦術機演習時以外はこの場にいることが多いのも、二人の警護の面から見て当然の処置とも言えた。

 

 

 

 

 

 

「ティクレティウス少尉、少しお時間をいただけませんでしょうか?」

 

 朝のブリーフィングが終わり、小隊の各々が業務を始める時を見計らって、武はターニャに声を掛けた。

 

 まりもは他の開発小隊からXM3の所感を直接聞き取りに行くために、すでに退室している。純夏もそれに付き従っていた。いまこの部屋に居るのは武に冥夜、ターニャとそしてウォーケンだった。武からする話は聞かれていても問題の無い事だが、その後のターニャの返答次第では秘匿すべき事項に関わってくる可能性は高い。まりもたち二人がこの場に居ないことはむしろ好ましかった。

 

「なにかね、白銀少尉?」

「まずはお礼を。昨日、過分なまでの贈り物を頂きありがとうございました」

「少尉殿のお心遣い、心より感謝いたします」

 武の様子を見て、静かに横に並び立った冥夜共々に、頭を下げる。昨日二人の誕生祝として渡されたワインの礼は、伝えておかねばならない。

 

「ああ、気にするな。そもそもが貰いものなのだ。ご覧の通りのこの身体だ。もうしばらくは飾っておくのも一興かとも思っていたが、そこまで寝かせることも無かろうと思ってな」

 

 ターニャは簡単に笑って見せるが、もはや失われてしまった物の一つだ。南米などで代替品は作れるだろうが、同じものは不可能だ。そしてたとえフランスが奪還できたとしても、人々の努力次第ではあるが、かつての品質を蘇らせれる可能性は極めて低い。

 

 だが、あくまでワインの礼は個人的な範疇の話だ。職務中に告げることでもなく、本題に入る。

 

 

 

「その席で、インフィニティーズのレオン・クゼ少尉とお会いする機会が偶然ありまして、伝言を賜りました」

 

 状況から公式の話ではないと判断したようで、ターニャは訝しんだようでいつもの無表情に戻った。ワインの件は横で聞き流していたウォーケンも、レオンの名には興味を引かれたようで身体をこちらに向けてきた。

 

「少尉曰く、合衆国海軍はXM3導入を推進する、とのことです」

「ふむ? クゼ提督らの意見としてではなく、海軍の方針としてそうなりつつある、ということとか」

「そこまでは何とも。ですが少尉自身も詳細は聞かされていなかった模様です」

 

 ターニャの推測を補強できるような情報は武は持っておらず、否定も肯定もできない。そもそもが伝えてきたレオン自身も詳しい話を知らない様子だったが、それ自体は一つの情報ではある。

 

 

 

「陸軍の動きが遅いうちに先に手を出しておこうという腹積もり、だけではないでしょうが……」

 

 ソフトとしてのXM3はコピー可能だが、それを動かすCPU関連は今のところ帝国が一手に生産している。合衆国の生産能力であれば将来的には当然国産に切り替えるだろうが、いましばらくは特許や権利の関係で第四の管理の下、帝国内だけに限定される予定だ。合衆国海軍が数を揃えようとするならば、陸軍が大量採用を決定する前に必要数を確保したいという思惑は間違いなくあるだろう。

 

「教導団衛士という息子の立場を使っての陸軍への牽制、とも考えられなくはないな」

「ああ……こちらへの手向けの意図もありそうですな」

 

 ウォーケンの予想は、作戦指揮を担う軍人として至極妥当だ。配下の戦力の拡充を考えるのは士官の義務とも言える。しかしターニャはその当然の推測も否定はしないものの、それ以外意味合いも可能性として挙げた。

 

「手向け、でありますか?」

 ターニャとの付き合いの長いウォーケンは即座に悟ったようだが、武は意図するところが読み切れない。

 

 

 

「海軍が数を揃えようとしているから、陸軍も急げ……と思わせて、というだけではない、と」

「白銀。我ら帝国とは異なり、合衆国海軍は大規模作戦の予定もなく、現時点では装備の刷新を急ぐようなことはあるまい?」

 

 ターニャの言葉の意味を考える武に、冥夜は海軍側に急ぐ理由がないと指摘してきた。

 武たちがXM3の開発を急いだのは、九州へのBETA上陸が眼前の危機としてあり、また喀什攻略に向けての時間的余裕がなかったからである。そういった意味では、合衆国海軍は、今すぐにXM3導入へ向けて動き出さねばならぬような切迫した事態に直面しているわけではない。

 

「合衆国陸軍内部その戦術機運用に携わる方々へ非公式ながらに海軍としての意思を示し、XM3導入へと踏み切るように動いてくださっている、ということではないか?」

 

 武の疑問に一応の回答はできたものの、冥夜自身も完全には理解できていないようで、考えながら言葉を紡ぐ。ただその推測は、おおよそのところでターニャやウォーケンのものと等しいようで、無言の肯定を受けていた。

 

 

 

(ああ、そうか。俺に話が来てるってことは、当然インフィニティーズの中、ってかその周辺では噂にしてても当然だよな)

 

 教導部隊であるインフィニティーズの隊員がXM3に対して好意的であり、海軍も導入に前向きな意向を示している。そういった公式声明以前の情報を陸軍内に知らしめることがクゼ提督らの意向だと、ようやく思い至った

 

「海軍ではなく、陸軍側にXM3の導入を急がせて、結果として喀什攻略に参加する部隊を強化させる。で第四、いえ、それと協力関係にあるJASRAへと恩を売っておく、ということでしょうか?」

「海軍側からの好感触は、白陵基地における先の公開トライアルの時点で伝えられている。いまあらためて非公式な形でそのような言伝があるということは、何らかの思惑があると見て間違いない」

 

 武の出した推測を、ウォーケンは否定することなく補強してみせる。

 

「海軍には先の九州防衛では世話になったとはいえ、次の攻略作戦に直接参加する手立てがありませんからな」

「機動降下に空母乗りを参加させるとなれば陸軍が煩すぎる。彼らにできる協力となれば、このような形にしかならぬのも仕方あるまい」

 

 ターニャは明言はしないが、クゼ提督だけでなく海軍においてはそれなりの数の者たちがJASRAには好意的なようだ。あるいはルナリアン派閥である可能性も高いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「しかし今更ですが、中国もそうですが、ソビエトからも喀什攻略を反対するような声は上がってきてないんですよね」

 

 対BETA戦においては攻勢の軍事行動は原則として国連軍が主体となり、安保理の承認を必要とする。だが武たちが企図した喀什攻略は第四計画の準備的作戦行動ということで、承認を得ずに作戦は立案され実行に移されようとしている。

 妨害工作とまではいかなくとも、東側からのなんらかの形で反発はあっても当然だと武は思っていた。しかしターニャや夕呼から愚痴一つとして聞かされていないことからも、大きな動きは無いように感じる。

 

「彼らは合衆国に負けてほしいのだよ」

 そんな武の疑問に、ウォーケンが苦笑しつつ簡潔に答えた。

 

「……は?」

「新装備で増長した帝国と、それに乗せられた合衆国とがハイヴ攻略に失敗することで、安保理における発言力が低下することを期待しておるのだろう。非生産的な連中が考えそうなことだ」

 

 理解が進んでいない武に、ターニャが不機嫌な表情を隠そうともせずに言葉を重ねる。

 

 

 

「つまり、喀什攻略は成功する見込みがないと思われている、と?」

「自分たちが失敗したのだから我らも失敗するはずだと、自らの無能を棚に上げて願望に縋っているようだな」

 

 概略の立案に関与した武が言える話ではないが、たしかに作戦の成功率は低く、参加将兵の帰還の目途さえも怪しい。ただそれであって失敗を期待されているとまでは思っていなかった。

 

「あとはユーロの方では、第四計画が主導している形で失敗すれば第五への移行が早まり、国土奪還の眼が見えてくる、と考えている連中も多い」

 中ソだけでなく常任理事国たるフランスが中立的立場でいる理由を、ウォーケンが補足する。ドイツやイタリアなどの他ヨーロッパの亡命政府も、声にはしていないが似たような思惑らしい。

 

「結局、俺たちが失敗すれば、ハイヴ攻略にG弾を使う口実が作りやすいって事ですか」

 武も知見を積み、人類が簡単に一致団結できるとは流石に思わなくなっては来ていたが、各方面から失敗を望まれていると言われてしまえば大概にうんざりもしてしまう。

 

「忌々しいことに、我らが成功をわずかでも望んでいるのは、ここユーコンのプロミネンス計画総責任者たるハルトウィック大佐くらいのものかもしれんぞ?」

「戦術機を主体とした形でのハイヴ攻略、ですか。たしかにここの計画にしてみれば、我らが戦術機のみで成功すれば、計画の正当性は高められそうですね」

 

 プロミネンス計画を壮大な無駄と断じるターニャにしてみれば業腹だろうが、武もその苦々しげな口調にも同調してしまいそうだった。

 

 

 

「そういえば伝えていなかったな。攻略作戦は11案を基本骨子として進めることとなった。XG-70やG弾も使えるものはすべて使うぞ」

「え~と、11案というと……たしか?」

「貴様が当初提案したものを基本として、XG-70を三機投入可能となった時点で修正を加えた形だな」

「え? いや、ですがアレは、合衆国陸軍がF-22を連隊規模で投入してくれればッて」

 

 武が最初期に出した案を基本としたと言われたが、嬉しさよりも何よりも困惑が先に来る。概略はともかく細かな想定は覚えていないが、合衆国から投入される戦力を最大限に見積もった上で、予定戦力などを含め多分に願望の入り混じった案だったはずだ。

 

 そして第四主導の喀什攻略の失敗を想定した上で、『フラガラッハ作戦』として合衆国が独自に代替作戦案を進めていることは以前にターニャから伝えられていた。そちらに予定されている戦力を攻略の第一陣に回して貰うように、合衆国陸軍を説得することは一つも目的だった。

 

 

 

「XM3の能力が評価された結果ではあるな。こちらの希望通りにF-22 108機の投入はほぼ確定した」

「評価、ですか?」

 

 ターニャは皮肉気に嗤いながら告げるが、武はすぐにはその言葉を飲み込めない。以前にも武はターニャからXM3の評価がF-22の投入に繋がる可能性があるとは聞いてはいたが、それが具体的にどのような形なのかが判っていなかった。

 

「白銀少尉、合衆国陸軍の決定に何やら納得できぬ……いや実感がわかぬという顔だな?」

 考え込みながら言葉を漏らす武に、ウォーケンが言う。彼には珍しく、どこか揶揄うような楽しむような響きがあった。

 

「初期想定数よりも低かった合衆国陸軍から、XM3の効果によって想定以上の戦力をあらためて引き出したのだ。その成果は誇るがいい」

「はっ、ありがとうございます」

 

 褒められてはいるのだが、やはり先のウォーケンの言葉通り自身らの成果だという実感がない。形式的に謝意は表すが、それを「成果」だとは考えにくい。

 

 

 

「ふむ? 小隊指揮官程度ならば、敵の殲滅や目標地点までの到達など、明確な目標が設定される。いや設定できる。この程度は学んでおろう?」

「はい。それが可能となるよう、日々努力しております」

 

 公的な身分としては武は小隊副官でしかないが、実のところは中隊副官だ。突撃前衛長ということもあり、場合によっては前衛小隊の指揮を執ることもある。もちろん完全にできているなどと嘯けるはずはないが、為すための努力を続けていることだけは確かだ。

 

「目標の想定と達成あるいは失敗の評価というのは、士官にとっては重要な任務だ。だがそれらは地位が上がるにしたがって具体性を描くのがより困難となっていく。大隊指揮官ともなれば、長期的な状況までも含めて判断せねばならぬこともあろう」

 ウォーケンは武だけでなく冥夜にも何かを教えるかのように話を続ける。

 

「そのためにはただ最終的な目標だけではなく、工程を細かく細分化し、それぞれに最低限達成すべき目標とを設定する必要がある」

 

 もちろんそのすべてを一人で賄うことなどできようもない。だからこそ指揮官は決定はすれど、その前提として副官や参謀だけでなく上官からも意見を聞くことが重要だ。ウォーケンはそこまでは言葉にしないが、武も冥夜もその程度は推測できる。

 

「そして今、諸君らだけの力ではないが、喀什攻略に合衆国陸軍を大規模に参画させるという目標を達成した。それを理解しにくいというのであれば、過程が想定できていなかったということに尽きる。違うかね、白銀少尉?」

「……はっ、少佐殿のおっしゃる通りであります」

 

 そこまで言われて、ようやく武は自分がターニャや夕呼からの指示に従っていれば良いと、心のどこかで依存していたことに気付かされた。喀什攻略に関しては以前から常に考えはすると言いながら、実のところXM3が一応の完成を見た後は、ただ状況に流されていただけと言ってもよい。

 もちろん新任少尉、それも戦術機衛士一人に出来ることなど高が知れてはいるだろうが、それでも可能なことを模索していたかと言われると答えに窮する。

 

 

 

 

 

 

「しかし最新鋭のF-22、それも連隊規模となりますと、それほどまでに評価されているすれば……」

 自省に陥りそうな武の横で、冥夜はXM3のもつ意味を考えていたようで、言葉を探しながらもターニャに告げる。

 

「帝国がXM3によって強化された戦術機戦力をもって、『あ号標的』への到達ではなく、『い号標的』の制圧及び資源奪取を優先する、と合衆国ではお考えであると?」

「その通りだ、御剣少尉。もちろんそのように考える者は合衆国においては極一部である……ということにしておけ」

「失言、失礼いたしました」

 

 先ほどと同じくターニャの言葉を推測し、その「評価」の意味を悟ったのは、冥夜の方が早かった。ターニャは両国間の疑惑は多数派の意見ではないと形だけは否定したものの、冥夜の言葉自体は肯定する。

 

 

 

「加えて、合衆国陸軍が運用予定のXG-70はC型が一機のみ。対して帝国はB及びDの二機を投入する。予備戦力はもちろん合衆国の方が大きいが、最前線へ投入する戦力としては帝国寄りの部隊が多い」

 

 在日国連軍を帝国軍と判断するかどうかは微妙なところではあるが、その構成員の大半の帝国臣民からなる。指揮系統は独立したものではあるが、前線においては合衆国陸軍よりも帝国陸軍へ慮った判断が下される可能性が高い。

 下手に日米共同で『い号標的』へ向かえば、合衆国が満足な戦果を積めない可能性ある。

 

「BETA由来物質は国連管理下に置くという前提はあれど、その奪取に貢献した国家へ配慮されることは当然考えられる」

「実績としてアトリエには合衆国陸軍がまず最初に到達せねばならず、加えて制圧から撤収までを帝国のみならず国連軍にも頼らずに、独力でそれを為さねばならない、ということですか」

「合衆国陸軍精鋭が、自ら大規模に囮任務を務めてくださるのだ。喜ばしいことではないかね、白銀少尉?」」

「はっ、合衆国陸軍、いえ合衆国政府の思惑はどうあれ、これで作戦の成功率は間違いなく高まることでしょう」

 

 武が出した攻略計画には、『い号標的』への進行部隊すべてを陽動として運用するという面もある。むしろ相手側から望んでその任を担ってくれるのであれば、説得の手間もかけずに済む。

 結局のところ、ターニャの思惑はどうであれ、武が狙うのは『あ号標的』たる重頭脳級だけだ。

 

 

 

「私個人としても、BETA由来物質の管理は国連の名の下、合衆国で一元管理するのが現状では最も安寧に繋がると信じている」

 ターニャは、帝国を信頼しないわけではないがね、と嘯いて見せた。

 

「帝国内において、親ソ、親中派が一定数存在することは明らかです。少尉殿の御懸念は当然のことかと」

 答えにくい話に口籠る武に対し、冥夜は事実としてターニャの懸念を受け入れた。

 

 陸軍内部であっても、合衆国寄りのXFJ計画を進めるくらいならば、ソビエトからSu系列の機体を購入すべき、などと言う声があるくらいだ。政界においては与野党を問わず、東側に諂う者も間違いなく存在する。

 もちろん合衆国においても同様の懸念はあるが、現在に至るまでBETA由来物質の流出は確認されていないという明白な実績がある。

 

「下手に帝国が管理して、それが万が一ソビエトに流れて、あちらでG弾など生産されてしまえば取り返しがつきませんからね……」

 

 実現してしまえば、核兵器下での冷戦とは比較にならない形での緊張が発生する。国土を失ったソビエトに相互確証破壊など意味をなさない。ましてそもそもその意味を理解しているかどうかすら怪しい中国共産党に流れてしまえば、どう使われるものか予想もしたくない。

 

 

 

「となれば、後日予定されてるインフィニティーズとの対人演習ですが、我々は負けたほうがよろしいのですか?」

 

 八百長をしろとはっきりと言われたわけではないが、これでもし武たちフェアリー小隊が勝ってでもしてしまえば、合衆国からさらに要らぬ警戒を受けることになりそうだ。XM3の優位性は提示できたとしても、日米間の緊張をもたらすようでは意味が薄い。

 

「白銀少尉……貴様何を言っている? 当然、完膚なきまでに叩き潰すに決まっておろう?」

 

 そんな武の気遣いとも言えぬ配慮の言葉を、ターニャは愉しげに嗤いながら斬り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 




タケルちゃん視点だと判りにくいけど事態はビミョ~に進んでいるのだよーという感じで、状況説明だけで終わってしまいました。対F-22はやはりさらに次回に……
実のところ『い号標的』が早いモノ順というほど簡単なものではないでしょうが、下手に先に帝国軍にアトリエ周辺が占拠でもされていたら、作戦成功後の合衆国の発言力減るんじゃね?という感じです。

ちなみにウォーケンさんの出番が多いのは、コトブキヤのF-22A再販とはあまり関係ないです。

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附随の憮然 01/12/20

 武たちフェアリー小隊にとってインフィニティーズとの対人演習は予定外だったが、彼らにしても普段の任務との兼ね合いなどもあってか左程の余裕は無いようで、演習の日取りは話を受けたほぼ直後に押し込まれた。

 

 ユーコン基地という恵まれた環境のため機体の調子は良好だ。問題は、急な変更に伴う小隊員への影響だった。

 フェアリー小隊はXM3の提示が任務であり、他開発小隊との合同演習や講習会などが常に予定されているが、押し込まれた形での日程の変更や再調整のためまりもなどは各方面に頭を下げて回ることになった。冥夜や純夏にしても慣れぬ対人戦を前にしての緊張する余力など残せぬほど、急遽舞い込み積み重なり続ける書類を処理することとなった。

 

 元々が人員の少ないフェアリー小隊、つまりところはA-01第一中隊の問題が再発した形ではあるが、秘匿計画である第四直轄ということもあり事務処理のために人員を増やすことは難しい。今いる人材に負担がかかっているとは認識されながらも、抜本的な解決は先送りのままだ。

 

 さすがに演習前日まで徹夜での作業が続くというほどではなかったが、小隊員の体調は万全とは言い難い。最強の戦術機と謳われるF-22 ラプターを相手取るには不安が残るが、それを言訳に無様を見せることは許されるはずもない。

 

 

 

(疲れてましたから負けました、って言えるわけもねぇからなぁ)

 

 演習直前に小隊各員は覚醒効果のある薬剤は投与されたとはいえ、過剰摂取で判断能力を失うわけにもいかず、疲労を誤魔化す程度だ。武であっても吹雪のコクピットに乗り込み、演習エリアに入ってからでさえ、集中できていない。

 接敵までに左程の猶予はない。意識を切り替えるためにも、武はフェイスウィンドウ越しに他三人の顔色を窺った。

 

 純夏は緊張ではなく、慣れぬ書類仕事の疲れが残っているようだ。投薬の影響で血は巡っているが、その効果もあってか視線は落ち着かない。九州での実戦を経たとはいえ、まだまだ任官後一年にも満たない新兵である。むしろ演習ということもあって、意識が散漫になっているようにも見えた。

 

 逆に冥夜の方は、事前の指示通りに武のすぐ後ろに立ち、任務へと集中しているように見える。バイタルデータの方も安定し、このあたりはやはり幼少からの鍛錬の成果と言えるのだろう。

 

 まりもも、小隊長という立場とその責任感からか、一見は普段通りだ。対BETA戦において機体や衛士の体調が本調子ではないことなどむしろ日常であり、少々の疲労などあって当然という風に落ち着いている。

 

 

 

 

 

 

 演習エリアに入ってすぐに、武と冥夜は左腕に装備した追加装甲を地に下す。

 

 続けて右にも持っていた追加装甲で地面を掘り始める。追加装甲はもともとドーザーブレードとしても使えるように設計されていたが、このあたりXM3の各種機能によって掘り起こしなどはかなり高速化されていた。戦術機2機が屈みこめる程度の面積ならば、然程の時間を要しない。

 まりもと純夏の撃震2機が到着する頃には、簡易壕はほぼ完成していた。掘り下げその分を横に積み上げてしまえばそれなりの深さとなる。ここに武たちが持ち込んだ4枚とまりもたちの2枚の追加装甲も加われば、壕としては十二分の強度を持つ。

 

 戦術機は全高だけなら20m近いが、人型を模していることもあり、屈んでしまえば10m弱。それが深さわずか数メートルの簡易壕とはいえ、そこに入ってしまえば追加装甲1枚だけであっても一方向からならばほぼ全身を隠しきれる。

 それが二機並び、さらに六枚の追加装甲を用いれば装甲の死角はほぽ無くすことができた。

 

 無論このような簡易壕など、光線属種以外に遠距離攻撃手段を持たないBETAに対してはまったくの無駄だ。地面に立てた程度の追加装甲程度ならば戦車級であっても即座に乗り越えてくる上に、突撃級は当然、要撃級であっても簡単に押し倒してくる。

 

 

 

 もちろん対人類戦であっても十全な効果は認められないだろう。陸戦兵器としてみれば薄い装甲の戦術機がその機動力を捨てて一ヵ所に留まってしまえば、敵支援砲撃の格好の目標でしかない。155mm迫撃砲など戦術機の機動性をもってすれば回避は可能だが、一ヵ所に留まってしまえば致命的とも言える破壊力だ。

 

 だが、これが対戦術機に限定すれば、また意味も変わってくる。

 戦術機の主兵装たる突撃砲の36mmでは、追加装甲を撃ち貫くことは困難であり、装甲と機体本体との空間的距離を鑑みればたとえ120mmAPFSDSであっても満足な効果を発揮するにはかなりの接近を強要される。

 

「F-22の単純な機動性は、 第一世代機たる撃震は当然、おなじ第三世代機の吹雪をも大きく上回る。とはいえ、わざわざ相手の得意なステージに上がってやる必要もあるまい」

 ブリーフィングにおいて、ターニャはそう言って嗤って見せた。

 

 戦術機の概念が固まる前、陸戦兵器として開発されたF-4系列である撃震は、装甲と耐久性などに限ればF-22に匹敵するどころか一部であれば凌駕する面もある。ラプターからの突撃砲での砲撃では、追加装甲を加えた簡易壕に引きこもった撃震へは満足なダメージを与えるのは難しい。

 

 事前の予想では、正面切っての単純な撃ち合いとなれば、撃震の命中精度は大きく劣ろうとも、ラプター側が有効な砲戦距離まで近付こうとすればそれなりの損耗を与えられると考えられていた。

 

 

 

 

 

 

「フェアリー02から00。所定の位置に到着。索敵に移ります」

 

 壕に潜り込み、主兵装たるMk-57中隊支援砲を構える撃震二機を残し、武と冥夜の吹雪は1km程先行した。

 

 演習エリアに入るまでは左右両碗で二枚の多目的追加装甲を持っていたが、今はそれを簡易壕に構築に使ってしまった。代わりにまりもと純夏の撃震から、冥夜は長刀を、武はもう一門の突撃砲を受け取っている。

 共に背部兵装担架には突撃砲が二門だ。突撃前衛としてはおかしな装備だが、このところは二人ともにほぼこの形になってしまっていた。

 

 後方の撃震の2機は短刀を除けば、Mk-57と突撃砲が1門ずつしか残されていない形だが、壕に籠っての自衛砲撃ならばそれで十分だ。

 

 

 

 隊員に疲労はある。推定戦力比が劣悪なのも明らかだ。さらに演習の単純な勝敗ではなく、任務として設定されている目標が困難すぎる。

 

 小隊の任としてXM3の提示が必要ともなれば、誰もが再現できる戦術とあたりまえの操縦技術によってラプターに勝利する必要がある。逆に例え勝ったとしても、それが機体性能や衛士個人の技量に寄るものと見なされれば、フェアリー小隊にとっては任務失敗である。

 それを判りやすく見せるために、武たちが使用している機体は吹雪と撃震だった。下手にボーニング側の機体と見なされる不知火・弐型にF-15 ACTVを用いて勝ってしまえば、LM側に要らぬ不信を抱かせかねないという政治的配慮もあった。

 

 次期主力機たるF-35はLMが中心とはいえ、欧州連合にアフリカ連合も関わる国際共同開発として進められている。これらの国家群がXM3の採用をほぼ確定しつつある現状、顧客として最大手なのは合衆国陸軍ではあるはいえ、海軍でさえXM3導入に意欲的ともなれば、F-35を既存OSのままに開発を続けることは不可能と言える。

 今後F-35がXM3に最適化されて再設計されなければ、既存機のXM3化改修だけ良しと判断されて開発計画自体の中断さえありうる状況だった。

 

 ターニャは徹底的に叩けというものの、XM3の利点を示すのは当然、ラプターの優位性を見せつつLMの立場を守る必要もあった。

 

 

 

(勝つのは当然、だけど圧勝は禁止、さらには敵の利点も見せろって、どんだけプロレスなんだよ。とはいえまずはこっちも見付けなきゃ話も始まらねぇんだが……)

 

 JIVESで再現された投影視覚では、武たちの吹雪はビル屋上に着座しているよう見えるが、実際はその仮想化されたビルとほぼ同等の高さを持つ岩の上に立っているだけだ。

 そこからコクピットブロックを解放すれば、どこか寝ぼけていた意識が、12月のアラスカの厳しい寒さに叩き起こされる。用意していた双眼鏡を手に、その場に立ち上がる。

 

 当初は掌に乗ってさらに高く掲げ、視界を確保するべきかとも考えられたが、再搭乗にかかる時間が問題視され、コクピットを解放するだけにとどまった。

 

 

 

「うわ……ホントに見えたぜ。って2機? いや4機いるな」

 

 対人演習において負けなしとまで言われるF-22だが、ターニャに言わせるとステルス機としては欠陥機らしい。そもそもレーダーに映らずとも目視ならば見えると、当たり前のように告げられた。

 さらに極静穏モードで音も無く歩行でき、戦術機の振動音センサーであっても捕捉されにくいとまで言われているが、巡航速度とはいえNOEで跳躍ユニットを吹かしていればそのエンジン音だけでも向きが判ってしまう。

 

 見えるはず、見えて当然とは言われていたが、さすがに自分の眼でラプターを目視してしまうと驚きで声も漏れる。しかも一見は2機だけかとも思ったが、あらためて注視すると分隊機同士であろう2機ごとに、ほぼ密着するような形でNOEにて巡航している。

 

 たとえステルス機でなく、レーダーで発見できたとしても、これならば4機一個小隊ではなく、2機一個分隊だと誤認してもおかしくない。戦闘開始前、接敵以前からアクロバットじみた機動を見せてくるほどには、インフィニティーズはフェアリー小隊を高く評価しているということだろう。

 

「02よりフェアリー各機へ。目視にて目標を発見」

『同じく04。こちらも目標を視認。追加の情報を送ります』

 

 武が報告するとほぼ同時、冥夜の方も発見したようで、観測手としての任をはじめる。レーダーでは追尾できないので、二人は機体側の光学センサやレーザー測距器などをなかば手動で操作だ。手間取りながらではあるが、予想速度などの緒元を伝えていく。

 

 

 

 そもそもが偶発的な同規模遭遇戦、という状況設定はF-22にとっては大いなるハンデなのだ。ステルス機ならば、敵戦力の分析そのものが不可能とは言い切れずとも、困難である。機数と侵入経路が不透明なだけであっても、対立側の選択肢は大きくそがれる。

 それがこの演習であれば、両チームともに機数どころか、初期侵入方向も確定しているのだ。索敵の方向が限定できるだけでも大きい。

 

 そもそもこちら側のレーダーには映っていないが、相手たるインフィニティーズからはすでに補足されているはずだ。

 演習エリア外苑ギリギリの後方に残してきた2機と、前方に展開する2機。機種までは特定できては居ないだろうが、その位置関係があれば側方に回り込む余裕などもなく、接敵してくる方向はほぼ絞り込める。

 

 さらに戦術機の大きさが仇となった形だ。

 10km先の人影など手持ちの双眼鏡どころか100倍のスポッティングスコープを使ったとしても満足に見えるものではない。しかし全高20mほどの戦術機、それが抑えているとはいえ雪煙を上げて飛んでいれば発見可能だった。

 

 脚部走行ではなく、跳躍ユニットを使っての戦術機の巡航速度はおよそ300km/h前後だ。F-22は他に比較して高速巡行性能を持つとはいえ、光線級警戒下という想定状況であり、NOEを強いられているためにその能力を十全に発揮できているとは言い難い。

 単純な速度で言えば、ヘリよりも速いとはいえレシプロの戦闘機にも劣る。

 

 冬季迷彩に塗り替えていればまだしも、インフィニティーズのEMD Phase2の先行量産型のラプターは濃紺色だ。むしろこの環境下では目立つ。これが夜間侵攻、あるいは曇天下などであればまた話も変わっていたかもしれないが、加えての晴天、しかも地面には先日までに降り積もった雪が残っている。

 一度見つけてしまえば、裸眼でも追いかけられるほどだ。

 

 

 

『こちらフェアリーCP。レーダー上では確認できない』

 

 武たちがラプターを発見したとはいえ、それはあくまで目視によるものだ。事前想定通りではあるが、確認の意味を込めてかCPからニイラムが報告を付け加える。

 

 このところフェアリー担当とでも言えるようになってしまっているが、CPにはターニャと共にアルゴス小隊のオペレーターであるニイラム・ラワヌナンドも入ってもらっている。

 小隊管理程度ならばターニャであれば片手仕事に片付けてしまいそうだが、貴重な対人演習、それも最新鋭のラプター相手という絶好の条件であるために、ニイラムにも手伝ってもらっている形だ。

 

『ふん。ステルスとはいえ所詮は戦術機。それもNOEでの接敵でしょう。大戦時の爆撃機程度のモノが見つけられぬようであれば、訓練兵からやり直していただくところでした』

 

 ステルス機を接敵前に発見できたという報に、むしろできて当然と嘯いていたターニャが口を挟む。ターニャの言葉通り、巡航程度であれば機体サイズなども含め戦術機はB-25爆撃機などと似たようなものだ。

 

「そう言われると昔のパイロットってのはスゲぇよな」

『我らも先達の皆様方に恥じぬ行いをせねばな』

 

 大戦開幕当初は、戦術機よりも小さい機体をレーダーなどの補助もなく裸眼で索敵していたのだ。戦争の意味やその是非などはともかくも、その技量と彼らが賭けた想いには武であっても自然と頭が下がる。

 

 

 

 そんな武たちフェアリー小隊の対応に気付くはずもなく、インフィニティーズの4機はいまだ巡航速度のままに、前方に位置する武たち2機へと接近して来る。

 こちらから発見される可能性自体は考慮していても、それが実現しているとは考えていないのか、ラプターならば初撃は取れて当然とでも言わんばかりの落ち付きとも言えた。

 

『フェアリー00から01、03へ。各自の判断の下に攻撃を開始せよ』

『……01了解、砲撃を開始する』

『0ッ、03了解、撃ちますッ!?』

 

 緒元を確認しながら、最大射程に入るまで間を取ったまりもに続き、純夏も撃ち始める。初弾が着弾するまでの10秒にも満たぬ間だが、二人ともに全力投射であった。

 

 ブルーフラッグなど同規模小隊遭遇戦を模した演習においては、誘導兵器と共に支援砲撃は無いものとして扱われている。

 

 歩兵の分隊戦と、航空機でのDACTとを混ぜ合わせたような想定条件ともいえる。歩兵の演習であれば攻守の交代などもあるが、その辺りはDACTに合わせたのか双方同条件での殲滅戦だ、

 支援砲撃はないが、装備兵装での間接射撃は認められている。このあたり、歩兵の投擲兵器やグレネードランチャーなどと同じだ。これらを禁じてしまえば突撃砲の120mmモジュールでのHE弾にも制限が出てしまうためだ。

 

 Mk-57による間接砲撃は正直なところかなり目に黒に近いグレーゾーンではあるが、欧州連合軍の影響力がそれなりに強いこのユーコン基地においては、その運用を否定されることはないとの判断だった。

 

 

 

 着弾までのわずかの間に武と冥夜とはコクピットを閉じ、いつでも動けるように軽く緊張を整える。

 

 砲撃を避けるために遮蔽物に隠れるか、あるいはそのままより勢いを乗せての突破か、はたまた光線級警告下で許される高度を取って散会するのか。ここからはインフィニティーズの対応次第となる。

 いくつものパターンが想定され対策も話し合ってはいたが、基本的には敵を引き付けつつ、まりもたちが待つ簡易壕まで下がる形になるはずだ。

 

「……は?」

『あ、いや……これは』

 

 動くタイミングを見計らって、レーダーではなく、光学センサから投影された映像を注視していた武と冥夜、それぞれの口から声が漏れる。即座に動くべきだと訓練された意識は判断するが、感情の方が理解を拒否してしまい、他の者の動きを探り合うかのように止まってしまった。

 そもそも10秒弱で想定されていたMk-57の間接砲撃も、止めるタイミングを失っているかのように、いまだ撃ち続けられている。

 

 

 

『……インフィニティ01、頭部小破及び胸部コクピットブロック大破、撃墜。続いてインフィニティ03、頭部および胸部大破、撃墜。インフィニティ04左腕小破』

 引きつった表情で、それでも務めて冷静にニイラムが報告する。

 

 その報告を受けてようやく砲撃が止む。

 当初の10秒に満たぬ程度の間接砲撃では2機を合わせても40発ほどだ。巡航飛行中でランダム回避など行っていないとはいえ、あくまで初撃を取るための砲撃でしかなく、誰もが当たるはずがないと思っていた。

 命中弾を与えた純夏自身が、一番状況を理解していないように見える。

 

 むしろ初弾の着弾から瞬時に散会し、いま大型ビルの陰に身を掲げているレオンとシャロンの残された二人の方が冷静かもしれない。

 

 

 

(まさか初撃で命中どころか二機撃破って、おかしすぎるだろうッ!?)

 

 以前にターニャが、純夏の間接射撃精度が異常なまでに高いと言っていたが、それを目の当たりにして、武も驚きよりも先に呆れ果ててしまった。可能性としては一応は想定されていたものの、眼前に見せつけられれば判ってはいても対応に困る。

 

(誰であっても再現できる戦術って意味ではまあアリかもしれねぇが、XM3の提示って面ではまったく何の意味もねぇってのが、ホントに「より良い未来」を選び取ったて事なのかね?)

 

 機動戦は武たちの吹雪で見せる予定だったが、防衛線構築におけるコンボ機能での砲戦能力の向上などは、簡易壕に籠ってからの撃震の担当だったのだ。機動を捨てた撃震二機を囮かつ砲台として使い、武と冥夜の吹雪二機で誘いこみながら敵戦力の漸減を図るのが、これからの予定だった。

 

 

 

『高度なファストルック・ファストキル能力……なるほど確かにその二点は重要だが、最重要の一点が欠けているために、高価な鉄屑と化しましたな』

 

 フェアリーもインフィニティーズも満足に動き出せない中、予定通りだと言わんばかりにターニャが嘲るように言葉を紡ぐ。

 

 事前のブリーフィングでターニャが話していたことを武は思い出した。ステルス機動兵器に必要な能力はファストルック・ファストキルだけではない、と。その間を繋ぐ「ファストシュート」能力が無ければ機能しないのだという。

 たとえ先に見つけたとしても先に撃てないようでは、ステルスの利点を放棄しているようなものらしい。BVR(視界外射程)戦闘能力が無ければ意味をなさない。長距離誘導弾の使用を制限、あるいはそもそも標準装備されていない戦術機でしかないF-22 ラプターなどステルス機動兵器としては、明らかな欠陥兵器だというのがターニャの弁だ。

 

 まさに今、目視にて発見されていただけでなく、ルール違反ギリギリではあるが支援砲にて先制射撃を受けたことで、戦術機としてのラプターにはステルス機として欠損があるというターニャの言葉を証明してしまった。

 

『まあ斯様な結果であろうと、彼らも合衆国陸軍の誇る教導部隊だ。よもやノーカウントだと騒ぎ立てることは無かろう』

 

 ターニャ一人が冷静なまま、どこか心からの笑いを含んだ声で言う。たしかに禁止されている支援砲撃とも取られかねないMk-57での撃墜だ。相手側からの物言いがあれば、演習の即時中止も考えられた。

 

 偶然発生したタイムアウトと言えなくもない空白だが、インフィニティーズが中止の判断ができるのはこのタイミングくらいだ。しかし彼ら自身の威信と尊厳に賭けて、この場での中止は選択できようもなかった。

 

 

 

 初撃でのラプター2機撃墜という衝撃に演習とはいえ戦場にあるまじき空白ができてしまったが、一気に戦力を半減されたインフィニティーズの二人は行動に移れない。いまだ両者の距離は5km程はあり、ラプターが持つAMWS-21の有効射程に入るまでにもう一射は受ける可能性が高いのだ。

 しかもシャロンの機体は左腕が使えない。支援突撃砲は片腕でも運用はできるが、通常の突撃砲に比して、長射程での命中精度という利点は失われてしまった。

 

 どうやって命中されられたのか? そもそもなぜ見つかったのか? それらの疑問は棚上げしたとしても、対処方法を考えなければ動きようもない。JIVESで再現された廃墟となった市街地。メインストリートの奥に位置する2機の撃震、その前方を護衛する吹雪へと、無策での突撃をためらうほどには二人ともが優秀過ぎた。

 

 実のところ、ラプターの機体性能によるごり押しで接敵される方が、フェアリー側としては対応が難しかった。レーダー補助の見込めない状況で、ラプターの最高速度で接敵されれば、満足な有効射を与えられたかどうか疑わしい。

 いままで積み重ねてきたDACTなどでは、ラプターはそうやって勝ってきたはずなのだ。だが実質的に初の被撃墜、加えて初撃でのありえざる命中精度、小隊長の脱落などで動きが取れなくなっていた。

 

 

 

『フェアリー00から、フェアリー各機へ。第二段階は省略、第三段階へ移行せよ。01及び03は予定通りに』

『フェアリー01了解。02、04へ。以降は任せた』

 

 ターニャの指示に、まりもが了承し、短く告げる。純夏も言葉にはしないが、ほにゃりと笑って見せた。

 

『フェアリー04、了解』

「あ~02了解、任されました」

 

 冥夜と武の応答を受けた瞬間、投影されていたフェイスウィンドウがノイズだけに変わる。まりもと純夏はIFFを切り、背部兵装担架に下げた突撃砲で、自らコクピットを撃ち抜いた形のはずだ。

 

『フェアリー01、胸部コクピットブロック大破、撃墜。続いてフェアリー03、胸部コクピットブロック大破、撃墜』

 ようやく落ち着いたのか、あるいは予定の行動なので冷静になれたのか、ニイラムも普段通りに冷静に報告する。

 

 

 

「さて。これで戦力比はともかく機数的には同等、判りやすい2on2だ。行けるか、04?」

『無論。惜しい気もするが、先陣はそなたに譲ろう』

「ははっ、そこは分隊長の特権だな。先頭は譲るつもりはねぇ」

 

 インフィニティーズの2機は、先ほどまではMk-57を警戒して動かなかったのだろうが、今はこちらの自殺じみた行動の意味が判らず固まったままだ。だがすぐに意図を掴むだろう。

 

 勝つだけであれば機動力の勝るラプターに先手を取られることは避けたいが、不意を突いて勝利だけを掴んでも意味はない。

 冥夜と共に真っ向勝負へと向かうべく、武は笑いあって見せた。

 

 

 

 

 

 

 




ブルーフラッグと言いますか、対人戦演習としてはルール違反ギリギリだなーと思いながらもこんな感じで。
ちなみに初期案では、対インフィニティーズは、戦術機戦前のデモンストレーションとしてデグさんが古巣の合衆国空軍に掛け合ってE-3Aに支援されたF-111あたりを引っ張ってきて、文字通りにFirst Look・First Shoot・First Killされるというどうしようもないネタでした。

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制勝の矯飾

 フェアリー小隊とインフィニティーズとの小隊模擬演習、ともに二機の損失を経たとはいえ、いまの状況を制しているのは間違いなくフェアリー側だった。

 

 もし演習開始直後からラプターが脚部のみで移動して市街地に侵入していたならば、そもそもが発見できなかった可能性も高く、たとえ発見できたとしても音響センサであっても探知し追尾するのは困難だったと思われる。

 目視距離で飛行中に見つかり、間接砲撃を警戒して遮蔽物に入ってしまったのが、ある意味ではレオンたちの判断ミスだ。

 

 こちらが近接密集戦闘に重点を置いた帝国製第三世代戦術機であっても、無理を推して接近していれば後方の二機からの支援砲撃は誤射を警戒して止んだ可能性が高い。普段であれば取れたはずの先制を奪われただけでなく、瞬時に戦力を半減させられたことで、レオンもシャロンも状況確認のために脚を止めてしまったのだろう。

 

 それは武たちへと接触する機会を失い、イニシアチブさえも奪われた形だ。

 

 

 

 撃震二機の自爆を受けても、インフィニティーズの残る二機は、いまだビルの陰に潜んだままだった。

 自壊によるフェアリー小隊の意図的な戦力半減。その意味が瞬時に伝わるとは思ってもいなかったが、教導部隊に属するような優秀な人材であれば、然程の時を掛けずともこちらからのメッセージを理解するはずだ。

 

「しかし……ユウヤならこれで飛び出してくるんだろうが、結構冷静だな」

 

 いくつかの想定プランがあったが、こうなると瞬時には動き辛い。一見は初手を取ったフェアリー小隊が優位にも見えるが、機体自体の地力に差があり過ぎるため無理な攻めは自滅を招きかねない。かといって相手側に冷静になる時間を与えるのも面白くはない。

 

 

 

『04、エイム少尉が残ったのが懸念か?』

「ああ。鎧衣や柏木ってか、平中尉とかに近い。一人でも脅威だが……」

『補佐に回られると崩せぬ、連携されれば相乗的に高まる、といったところか』

 

 言葉にはしなかったが、武の逡巡は冥夜には見透かされていたようで、あらためて問うてきた。

 

 インフィニティーズで残って居るのはレオンとシャロンだ。

 小隊長であるキースが墜ちてくれたのは望外とも言える結果だが、事前の考察ではキースの次に注意されていたのがシャロンだった。

 

 小隊四人ともに優秀などといった言葉では言い尽くせない、間違いなく合衆国最強に位置する衛士たちではあるが、それでもどうしても向き不向きや優劣はある。当然ではながら小隊長たるキースがやはり頭一つ抜けて高い。

 なによりも指揮官が抜けた穴はそうそう埋められない。他の三人も指揮は取れるのだろうが、どうしても経験という壁がある。

 

 

 

『我ら……いや、私の技量ではそなたとは満足に連携できぬからな』

「ははっ、どちらかと言えば、それは俺の問題でもあるな。どうしても前に出ちまう」

『許すがよい。今後さらに精進しよう』

 

 微かに悔いるように告げる冥夜に、武は気楽さを装って答える。だか口にはできないが、根幹としては武の責でもある。

 

 結局のところは、冥夜に限らず元207B訓練分隊の教練不足だ。急遽捩じ込まれた任官時期のため元々時間に余裕がなかったうえ、無理に詰め込んだカリキュラムなどもあり、小隊単位どころか分隊での連携も実のところ満足に執り行えていない。いまのところ各小隊長が無理矢理にまとめ上げているような形であった。

 加えて冥夜には戦術機訓練当初から武御雷への搭乗を決定付けていたため、武以外には満足に連携訓練を行える相手もいなかった。

 

 先の九州防衛戦においてその問題が露呈しなかったのは、真那たち第19独立警護小隊があってこそだ。武たちが前衛小隊として纏められたのは武御雷は武御雷だけで編成しなければ満足に追随できないということもあったが、日頃から冥夜を見ている真那たちで無ければ合わすことも難しいという要因もあった。

 そして対BETA戦であれば、二人ともに突撃前衛という役割からむしろ周囲に合わせてもらう形になることが多く、分隊内でのズレも許容できなくはなかった。

 

 結局のところ、喫緊の問題ではないと後回しにしていたツケが、いまになって圧し掛かってきただけであった。

 

 

 

『フェアリー00から02、04。おしゃべりには飽きたかね? そろそろ仕事の時間だ』

 自責の念に駆られそうな武たち二人に気を回したわけではなかろうが、ターニャから急かすかのような命が下る。

 

「02了解。もう一押しして、それでも動きが無ければ、こちらから仕掛けます」

『同じく04、了解いたしました。しかし02、任せても良いのか?』

「気にするな。こういう状況には俺の方が慣れてるからな」

 

 武たちが軽く話している間にも、インフィニティーズの二機に動きが無かった。ターニャに限って焦れたわけでもないだろうが、たしかにこれ以上時間を与える意味もない。

 

「さて、と」

 武はIFFだけでなく、いくつかの保護プログラムを一時的に停止させていく。そして相手側の光学センサからも見えるように、高々と左腕を掲げ、それを背部兵装担架に懸架された突撃砲で自ら撃ち砕いた。

 

『フェアリー02、左腕部損壊。小破』

 ニイラムがどこか諦めたかのように淡々と被害状況の報告を告げた。

 

 その声を聴きながら、肘から先が動かなくなった左腕を、肩の駆動だけでわざとらしいまでに大きく振る。オープンチャンネルでの通話は禁止されているとはいえ、判りやすいパフォーマンスだ。

 これならばイコールコンディションだろう、とあからさまに煽って見せる。

 

「征くぞ、04」

『了解した、02』

 

 あらためて先手を取るべく、レオンたちが動きを決める前に、二機の吹雪は空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

「っと、まあ普通はそうするよな……」

 

 武たちが動き出したのを受け、レオンたちも隠れていたビルの陰から飛び出し、距離を維持するべくほぼ全速でバックブーストを掛けて飛び去る。距離を取っての砲撃戦こそが、合衆国陸軍戦術機の根幹的挙動だ。

 それは対BETA戦に限らず、建国以来積み重ねてきた対人類戦からの戦訓から導き出された解なのだろう。

 

 陸軍と限定すれば少々異なるが、合衆国がその全軍をもって対人類戦を企図するならば、当然ながら過剰とも言える航空支援をもって行われる。BETA大戦勃発以降、公的には対人類戦は発生していないが、ドクトリンの根幹が変わったわけではない。むしろG弾を主軸とした陸軍の対BETA戦略は、その延長とも言える。

 

 対BETA戦で疲弊した欧州亡命国家群であろうが、アフリカや中南米の国家では、単純にして強力な合衆国の軍事力に対抗できようもない。

 そして光線級警報下、BETA支配地域での対人類戦。そのような極めて限定された条件だろうが、合衆国陸軍だけであっても通常の機甲戦力で対応可能なのだ。これがBETA支配地域という条件が無ければ、それこそ空軍の協力の下に航空戦力による支援が加わる。

 

 また十全たる航空支援がなくとも、巡航ミサイルの投射だけでもBETA支配地域においては、合衆国以外の国家群にとっては脅威だ。ハイヴあるいは散逸するBETA群に対してでなければ、ただ飛翔している巡航ミサイルを光線属種が一々迎撃してくれるわけはなく、それらへの防衛は当然合衆国に敵対した国家が担うこととなる。

 対空迎撃システムなど構築する余裕の無い前線では、数発の通常弾頭ミサイルであっても甚大な損害が発生しかねない。それらが核弾頭であればなおさらだ。

 

 そのような現状において、育成に多大なコストのかかる熟練衛士と、陸戦兵器としては桁外れに高額な戦術機その中でも最も高額なラプターを投入するような危機的状況などなかなかに想定しようがない。

 

 

 

 ならば何故に無駄とも言えるステルス機能、加えてJRSSなどという兵站を重要視する合衆国らしからぬ装備が必要とされたのか。「原作知識」を持つターニャならば、ネタ元となった戦闘機としてのラプターのイメージを残すためとメタ的な解釈もしていたが、この世界においては合衆国議会が承認した機体である。いまだ公にはされていないが、確たる運用方針はあったのだ。

 

 ターニャと、その意向を受けたJASRAによってある程度方向付けられたこの世界において、ハイヴ攻略は第三世代機以降の戦術機を中核として達成されるというのが各国軍部の共通認識だ。

 これはG弾を主軸とする合衆国であっても変わらない。複雑な立体構造を持つハイヴ内部への侵攻は、三次元的機動能力を有する戦術機、それも機動性に優れた第三代機が必要だというのは理解されている。第一世代機を主軸としたパレオロゴス作戦だけでなく、それ以降のスワラージ作戦なども含め、多大な損失から引き出された貴重な戦訓だ。

 

 

 

 そしてそのハイヴ攻略において、合衆国の一部勢力が重視するのは最深部の反応炉破壊よりも、G元素集積庫たる「アトリエ」の確保とG元素の入手である。それを良しとしない人類側勢力が存在することは、当然彼らは理解している。

 ならばハイヴ内戦闘においてはBETAのみならず、実力をもって合衆国を妨害しようとする武装勢力も現実的な可能性としては存在する。JASRAは国連の組織であるから公的には明示されていないが、BETAに国土を奪われたとはいえ自国内にハイヴを有しながらBETA由来物質を確保できていない「いくつかの国家群」が作戦行動を無視して暴走する可能性は示唆されていた。

 

 結果的に、補給計画は当然、作戦終了時間でさえ設定困難な「アトリエ」の防衛あるいは奪還という任務、そしてそれらを達成できる能力が、ATSF(先進戦術歩行戦闘機)計画には求められ、ラプターとして結実した。

 

 G弾ドクトリンにおいて地上でのBETA掃討は当然優先すべき任であるが、それらは他戦術機戦力であっても達成可能で、なにもラプターほどの能力を必要とはしない。

 単なるステルス性に留まらずアクティヴジャマーに、補給面での不足を補うJRSS、加えて合衆国機としては異例に近い近接格闘戦闘能力。それらをもって達成すべきは、たとえ敵対勢力が存在しても可能な限り迅速に「アトリエ」を確保することである。

 

 ターニャや武たちが最初期に想定していた喀什攻略において、合衆国陸軍がラプターの戦力提供を当然視していたことは、これらを踏まえてだった。たとえ参戦するのが同盟国たる帝国であったとしても、合衆国の立場では先行して「アトリエ」を占拠し、搬出を急がねばならぬはずだ、とごく当たり前に考えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「とはいえ、二機揃って牽制射を加えながらのバックブーストでの後退か」

 

 いまのところは有効射程外だ。だがこのままの勢いで距離を詰めていけば、当然の如くに相手が張る弾幕の中に突っ込んでいく形となる。突撃砲の性能面でも各種センサ類の精度でもラプターの方が吹雪に勝る。そんな状況下に無策で挑めば考えるまでもなく敗北が確定する。

 

『ふむ……しかしこれはむしろ我らに有利、か?』

「そうだな。XM3の提示にもちょうどいい条件ってところだしな」

 

 ただ実のところ、二機揃って下がってくれたのは、武たちからすればまだ対応がしやすい状況だ。

 

 想定された状況の中、もっとも危惧されたのは二機ともに一気に市街エリアからの離脱を図っての全力後退だった。それを選択されてしまえば、速度に劣る吹雪では追尾も難しく完全に仕切り直されてしまう可能性もあった。そうなってしまえばラプターの優位な距離からの一方的な砲戦となり、文字通りに手が届かない。

 

 また分隊を分け、レオンがこちらに突貫し、シャロンが後方に下がられた場合も対処が難しい。支援に長けたシャロンを自由にしてしまえば、たとえ二機がかりだとしてもレオンを墜としきるまでに、こちらも相応以上の被害を受けるだろう。

 

 

 

「04、しばらくはこのまま追う。できる限りこちらの機動をなぞれ」

『04了解。機動コンボのタイミングも任せる』

 

 先に動き出していた武たちは光線級警報下を想定した制限高度ギリギリまで跳び上がり、即座に37mmをバラ撒いていた。射程外であり、たとえ命中弾があったとしても有効とは判定されないが、それでもレオンたちがビルの合間から空中に飛び出すことを牽制する意味はある。

 初動で詰めたとはいえ、いまだ吹雪とラプターとの相対距離は4km近い。突撃砲の有効射程とは言い難く、弾頭自体は届いてはいるが、周辺のビル外壁を砕く程度だ。

 

 ビルの上に飛び出ることができず、街路に沿った形での後退を強制することこそが、最大の目的だ。加えて武も、ちょっとしたパフォーマンスの意味もあって、けしてビル上部を飛び越すような軌跡は取らない。

 

 

 

(ゲームじゃねぇが、やられて嫌なことを押し付けていけば、相手の選択肢は消していけるし、こっちの勝ち筋は立てやすくなる、か)

 

 いま、演習の想定状況としては破棄された市街地が舞台であり、光線級警戒下という仮定で上は閉ざされ、左右は原型の残るビルが立ち並ぶ。

 武は事前のターニャの説明を受け、意図して街路に沿った経路を選びビルの上を飛ばないようにしているが、レオンたちはそもそもが上に上がる機会を先ほどから潰されている。戦闘機ほどではないが、戦術機もまた上方を抑えられるとその軌道には大きく制限がかかってしまう。

 

 XM3の開発初期にシミュレータでターニャ相手に惨敗した経験が、武の頭を過る。あの時は光線級警戒下という状況設定はなかったが、それ以上にターニャの技量によって武は地面に押し付けられていたようなものだった。

 

 

 

 脚部走行ならまだしも、跳躍ユニットによる飛行であれば巡航速度であれ最高速度であれ、単純な直線ならば間違いなく吹雪はラプターに劣る。吹雪は練習機ということで肩部装甲などが省略され機体重量が軽減されているとはいえ、そもそもの主機推力に大きな隔たりがあるのだ。

 

 それが今、ラプターはバックブーストを強要される形で、速度に劣る吹雪を引き剥がせないどころかじわりじわりと距離を詰められていく。それだけでなく損害判定まではいっていないが間違いなく僅かながらも命中弾を与えられていた。

 

 たしかに戦術機は跳躍ユニットの推力に頼って強引に飛んでいるだけで、空力的に浮いているわけではない。それでもはやり機体前面のほうが空気抵抗は少なく、背部兵装担架などがある背面などは空力的には無理があり、バックブーストはどうしても加速が劣る。

 

 もちろん先頭を行く武もいくらかは当てられてはいたものの、こちらも最初に自損した左腕以外には目立った被害は出ていない。後ろに続く冥夜に至っては一切の被害が無かった。

 

 

 

(次、いやもう二回は角を曲がらせて、その後が勝負だな)

 

 事前に周辺の地形データはおおよそではあるものの記憶している。

 ビルの陰に入ってしまえばラプターからのレーダーロックは途切れる。いまだ距離のある状況ではこちらからもレーダーでの射撃管制補助が期待できないが、命中ではなく制圧を意図した射撃ならば、周辺のビルを目標に撃ち込むだけであり問題とはならない。

 そうして進行方向を誘導していけば、相手から射撃の機会を奪いつつ、距離を詰められるような場所はいくつもあった。

 

 飛び出してくる武たちを待ってからの砲撃になるレオンたちに比べ、武は砲撃のタイミングを計ってから角を曲がれるのだ。加えてXM3のコンボ設定で、冥夜とのズレも最小限に抑えられる。

 上に逃げる余裕は常に潰され、左右もまた片側三車線程度では戦術機のサイズからすれば回避できる余地は残されていない。レーダーでは捉えられないとはいえ、相手の位置は特定できているのだから、このまま続けていればいずれは小破判定くらいは取れる。

 

 そしてラプターが比較的水平方向に飛行しているのに対し、武たちの吹雪は曲がる前には緩やかに上昇し速度を高度に変え、逆に曲がり切った後はその高度を速度へと変換し、速やかに距離を詰める。

 またJIVESで投影されただけの架空のビルとはいえ、場所によっては元となる岩山などもある。それらの場所では脚を壁面に付ける形で、武は横方向への跳躍なども加えていく。

 

 曲がるたびにその過剰とも言える推力で自機の動きを殺し、あらためて急加速していくラプターに比べれば、一見吹雪の動きは遅い。しかしその動きは、運動エネルギーを可能な限り減少させないことで無駄を排し、ラプターを着実に追い詰めていく。

 

 戦闘機であれば当然のように行うマニューバを、戦術機でしかも市街地という極めて狭い場所で再現できるのは、間違いなくXM3の恩恵であった。さすがに戦術機特性に優れた武であっても、このような機動を連続して従来型OS搭載機で再現するのは負担が大きい。

 そして同じコンボは冥夜の吹雪にも当然インストールされており、地図情報を共有することで、ほぼ完全に武の動きをトレースしていた。

 

 

 

(しかし、合衆国が租借地との境とはいえこれほどの基地を貸し出してまで、対人類戦の演習を唆すわけだ……)

 

 全速に近いバックブーストで引き撃ちを続ける二機のラプターを追いながら、武はようやくブルーフラッグに代表される対人戦演習の意図に思い至る。だが流石に口には出せず、苦笑未満に口を歪めるに留めた。

 

 誘導兵器無し支援砲撃無しの放棄された都市内での小隊規模遭遇戦など、一見すればふざけた想定状況だ。しかしながらこのビル群によって限定された空間をハイヴ地下茎だと見做してみれば、合衆国が探ろうとしていたものも見えてくる。

 

 ユーロと違い、合衆国において戦術機は主戦力ではない。とはいえ諸外国が戦術機を主戦力としている現状、それらを相手取ることは考慮しなければならない。そして何よりもハイヴ内では、戦術機同士での戦闘が発生する可能性が最も高い。

 

 仮想敵国の戦力評価は必須だ。これが冷戦時代ならばむしろ簡単だった。世界のどこかで小規模の紛争があれば、そこから判断できる。それが現状では、一応のところ人類は対BETAで団結していることになっている。難民解放戦線などの一部テロ活動はあるが、さすがに戦術機を用いてまでの破壊工作は珍しい。

 

 それが基地を貸し出すだけで、眼前で各国の機体運用が見られる。物によっては次期主力機となる可能性の高い機体をそれぞれのトップエリートが操るのだ。戦力評価としては申し分がない。

 

 プロミネンス計画には反対していたとはいえ、阻止できなかった際の代替案として、幾分かはJASRAというよりかはターニャの意向も入っているのかもしれない。国連の金で戦術機を作るというのなら、我らの庭先でそのすべてを曝け出せ、というところなのだろう。

 

 

 

『ふむ? 02、何やら笑える程度には余裕がありそうだな?』

「ははっ、相手もそろそろこっちの考えに気が付いて、相手をしてくれそうだからな」

『それは助かるな。正直に申せば、このままそなたの動きに付き従うのは、我が身が持たぬ』

「そこはアレだな、衛士は体力こそ第一ってヤツだ」

 

 冥夜に笑いを見られたが、思い至った内容は無線で話せるものではなく、少しばかり話を誤魔化す。

 眼前の演習ではなく、その背後の意味関係に意識を逸らせる程度には武に余裕があったが、冥夜もまた余力は残している。ただ本人の言うとおりに、慣れぬ対人演習でかつ追撃とはいえかなりかなり無茶な変則機動が続いているのだ。これ以上の時間をかけると集中力に欠け、どこかでミスを起こしかねない。

 

 

 

「まあ、そろそろ向こうも仕掛けてくる頃だろ」

『02、少しばかり試したいことがあるが、良いか?』

「ん? ああ……前に言ってたことか」

 

 ブリーフィングの際、冥夜から相談されたことを思い出す。

 以前より問題視されていたが、キャンセルのみのXM1、そこに先行入力が加わったXM2までならば、既存OSに慣れた衛士だろうがまったくの新人たる訓練兵であろうが、少しばかり余剰の時間があれば身に付けられる。

 

 対してフルスペックのXM3のコンボ機能は、その優秀さに比例するように習得と熟練に時間がかかる。

 元々、間接思考制御などのデータは衛士強化装備と機体側制御系とで記録が蓄積されていく。それらの中でよく繰り返される挙動を一連コンボとして登録し、簡易入力だけで再現するという本来の機能だけならば、むしろ習得するという意識さえ必要ない。

 

 対して優秀な衛士の挙動を登録しておけば、自身では再現できない機動であっても、それをコンボとして呼び出して実行するといった使い方もある。XM3のコンボとして期待されているのは、こちらの使い方だった。

 たしかにコンボを使えば、誰もが同じ行動を取れる。以前にまりもが純夏に対して指示したように、部隊長が配下の機体を疑似的に制御することさえも可能となっている。

 

 問題となっているのは、最適なコンボを最適なタイミングで選択できる能力だ。結局これらは訓練や実戦などで搭乗時間を費やして身に付けるしかないと、どこか諦められていた。

 

 ただXM3の実用データが増えていくに従い有効と思われるコンボの数も増大しており、誰もが簡単に熟練の技を扱えるなどとは言いだしにくい状況になっている事は確かだった。

 それを問題視した上で冥夜が為そうとしていることは、新任衛士であっても判断できる程度にコンボの数をより厳選し、簡略化するという話だ。

 

 

 

「簡単なコンボ、それも誰でもできるヤツ……か」

 

 近接戦闘距離にまで入れば、たとえ駆るのが吹雪であれラプターを相手取ったとしても、冥夜ならば慣れ親しんだ動きでシャロンを圧倒できる。そのことを武は疑いもしない。

 しかし、これが一般的な衛士であれば、冥夜と同じコンボを使ったとしても、その選択に迷い攻防のタイミングを失い結果として打ち負ける可能性は高い。

 

 冥夜が今から試そうとしているのは、幼少より磨き上げてきた自身の技量に頼るものではなく、あくまで一般的な衛士が取るであろう、あるいは取りやすいと思われる挙動に限定した、誰もができる戦い方の構築だ。

 

 要撃級が繰り出す前肢を長刀でいなし、さらに一歩前に踏み込んでその付け根を斬り落とす、などたとえコンボ化されていたとしても誰しもが選択できる動きではない。もちろん武は当然、まりもも冥夜も捌けるがそういう話ではなかった。

 いなすまでは同じとしても、恐怖や焦りで判断を誤らせぬよう、その後にすかさず距離を取り、周辺の掃討を自動制御しつつ、眼前の要撃級を突撃砲によって制するように動くべきなのだ。

 

 そのためには、選択肢は少なく、そして判断基準は単純であることが望ましい。

 

 

 

「なにも今この状況下でやらなきゃならねぇって、そういうわけでもないだろ?」

『これほど切迫した状況を想定していただいているのだ。むしろ好機と考えるが?』

「普段の対BETA戦を想定した演習の時にやりゃあいいんじゃないかって話のつもりなんだが」

『それはそれとして、だ。機会を逃すこともあるまい』

 

 二人ともに眼前の戦闘から意識が逸れているのは自覚しつつ、言葉を投げ合う。

 

 このところ冥夜がどこか焦っているような気配を纏っているのは、鈍い武にも感じられてはいた。ただそれに対して、武は自分がどう向き合えばいいのか決めあぐねていただけだ。

 

 すでに予定していた地点は過ぎ去り、仕掛けるタイミングを失い、今は惰性に近い動きで先行する二機のラプターを追っているに過ぎない。

 冥夜が求める意図も重要性も武には判るが、今は対人戦、それも最強と名高いラプターを駆るインフィニティーズが相手だ。序盤の奇襲とその後心理的な隙を突くような形で優位を保ってはいるものの、いつ覆されてもおかしくはない。

 

 

 

『フェアリー00より04。繰り返しになるやもしれぬが、兵器使用自由、だ』

 武が判断しかねたのを見て取ったのか、ターニャが許可を出すかのように告げる。

 

『04より00へ。了解いたしました、皆様方へ感謝を』

『なに、気にするほどのことでもあるまい。我らが目的はすでに果たされたと言っても良い。あとは余技に過ぎんよ』

 

 冥夜の謝意をターニャが投げ捨てるように答えるが、フェアリー側からすれば事実すでに演習の勝敗には意味が薄い。

 

 インフィニティーズ、そしてその背後のラプター推進派にしてみれば圧勝して当然なのだろうが、第四計画とJASRAにとっては対人類戦におけるXM3の優位性を見せることこそが目的だ。限定空間下での戦闘においてラプターをこれほどまでに追い詰めた時点で、それは達していると言える。

 もちろん勝てればいいが、なによりも重要なのは喀什攻略にラプターの連隊規模での投入、そしてあわよくばそれらがXM3に換装されていることだ。

 

 そして第三世代とは言え練習機如きにこれほどまで劣勢に立たされたという結果は、実戦において圧倒的に勝利することで拭い去るしかない。それは予定されている大規模作戦、つまりは喀什攻略において先陣を切って明確な実績を打ち立てて見せなければ、採用した陸軍や開発元のLMのみならず導入に賛成した諸勢力にも影響が出てしまう。

 

 代替作戦のために温存しておくようでは商品価値を疑われ、議会などにおいて他勢力に攻撃の材料を提供するだけだ。

 

 

 

『さて。フェアリー00から02、04へ。そろそろ仕上げにしたまえ』

『04了解』

 

 これはユーコンで通常行われている試験運用演習ではないのだ。

 ラプターと、XM3。商品としての性能を互いに提示する、プレゼンテーションの一環だ。

 

 それが、ラプターの不敗神話はすでに崩れ落ちてしまった。

 初手を砲撃戦、それも旧式機に取られただけでなく、部隊半減という損害まで出してしまったのだ。ならば相手の有利と言われている近接密集戦闘において圧倒しなければならぬところを、小隊指揮官を失った衝撃からか、レオンたちは自身の優位な中距離砲撃戦に持ち込もうとした。

 勝ちに拘り、勝ち方を選ばなかった時点で、インフィニティーズは失敗してしまったのだ。

 

 対してフェアリーは現状展開されているように、機動性に勝るはずのラプターを練習機でありながら追撃できると、限定空間下などでの機動性向上をはっきりと提示している。

 この時点で、フェアリーの政治的目的は達成されたようなものだ。

 

 

 

「……02了解。できる限りの努力を払って勝って見せますよ」

 

 終わったと言わんばかりのターニャに対し、武は返答が遅れてしまう。それでも冥夜の意気込みを無駄にしないため少々の無茶は承知の上で、勝利を掴もうとスロットルを押し開いた。

 

 

 

 

 

 

 




戦術機のラプターに関して捏造、独自設定が入ります……と冒頭に入れようかと思ったくらいには、かなり適当なことを書いております。ただラプターって性能的にはアトリエの襲撃とかなら最適だよなぁ~とは思っていたので形にしてこれはこれですっきりしたところです、戦闘描写無くなってしまってますけど。

でアニメ版オルタの放送が始まっていますが、駒木中尉(というか98年当時少尉)がまさかの登場で、これは今後どこかで捩じ込まねば~っとか思ってしまいましたがどこでどうしましょう状態です。

そしてコトブキヤ様から吹雪のプラモ化で嬉しいことばかりですが、ノンスケールということでちょっと予約を躊躇ってしまっていたり。


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過怠の弁疏 01/12/22

 先日行われた武たちフェアリー小隊と合衆国教導隊たるインフィニティーズとの対人演習は、インフィニティーズの全機撃破に対し、フェアリー小隊の大破2中破2という形で終了した。

 衝撃的ともいえる演習結果は瞬時にユーコン基地内に知れ渡り、当然の如くに各国軍指導部にも伝わった。フェアリー小隊の大破2機が自損ということもあり、ラプターの最強という幻想はここに終焉を見たとも言える。

 

 その流れを受け、フェアリー小隊にはユーコンのほぼすべての開発小隊からあらためて各種XM-OSの詳細データ提示と、合同訓練などが提案された。もちろん帝国の方にも打診されてはいるだろうが、ある程度は直接フェアリー小隊で対処せねばならず、人員の乏しさがここでも問題となった。

 それらの対応こそがXM3提示というフェアリー小隊の任務目標ではあったが、弐型とF-15ACTVへのXM3適応調整という直近の課題はある程度延期せざるを得ず、また今後の訓練予定なども大きく変更することになりそうだった。

 

 

 

 そんな最中にプロミネンス計画最高責任者たるクラウス・ハルトウィック大佐から会談の誘いが届けられたが、さすがに二つ返事で受け入れられるはずもない。命令であれば直ちに出頭するが、誘いとなれば逆に難しい。

 だがインフィニティーズと合同の懇談という形と伝えられたため、半ば無理やりな形で小隊の予定を開けることになった。それでもまりもと純夏とは他小隊との折衝もあり、結局参加するのは武と冥夜そしてターニャの三人に限定された。

 

 出席が確定したことでかすかに笑って見せたターニャの様子に、武だけでなく冥夜も不穏な空気を感じたようだが、さすがに表立って問い詰めることなどできようもない。そもそもがプロミネンス計画を潰すと断言したターニャだ。計画最高責任者たるハルトウィックは、当初から排除すべき障害なのだろう。

 

 

 

 会談予定の日時となり、日本人的気質からかどうしても早めの行動を取ろうとする冥夜と武だったが、急ぐ必要もあるまいとのターニャの言葉に従い指定された時間通りに執務室へと赴く。さすがに今回はウォーケンも付き従うことはなく、武たち三人だ。

 

「ハルトウィック大佐殿、ご招待ありがとうございます。ブレイザー中尉殿もご同席ありがとうございます。ですが神宮司大尉の欠席、誠に申し訳ございません」

 

 招待したハルトウィックに対してだけではなくインフィニティーズ側へも謝罪すべきかとも考えていたが、そちらも予定が開けられなかったのかあるいはフェアリーに合わせてくれたのか、執務室に来ていたのは小隊長のキースとそしてレオンの二人だった。

 それでも小隊長たるまりもの欠席は流石に不味かろうと、二人には言葉を飾らずに敬礼しつつ詫びる。

 

「楽にしたまえ。なに気にすることはない、白銀少尉。緊急事態でもあるまいに、我々が招集一つで即座に全員集まれるなどと、そのように考える無能は合衆国軍にはおらぬよ」

 だが即座に応えたのは、ハルトウィックではなく、軽く返礼したキースだった。

 

「ご覧の通りに、こちらは衛士全員どころか、CP将校を連れてくる余裕さえない。ただカイロスは口にはしなかったが、君らから直接話を聞けないことを残念がっていたよ」

 

 キースの態度は軍人としてありえない。所属が違うとはいえ、上位の者の言葉を、それもホストを差し置いてだ。武の挨拶にハルトウィックはどこか余裕を見せようとしたのか、軽く笑って何かを口にしようしていたが、それを遮るような形で、だ。

 口調は穏やかだが、キースの態度は間違いなくハルトウィックを同盟国軍人どころか、対等の相手として扱ってはいない。

 

 だが元々合衆国はプロミネンス計画には消極的だ。加えてハルトウィックは第四だけでなく第五にも反対の意向らしい。友好的な関係など望むべくもないのはある意味当然と言えた。

 

 

 

「ブレイザー中尉殿、ご無礼が過ぎませんか?」

 だがあまりにも敵対的なキースの言動にハルトウィックの秘書官らしき女性将校が眉を顰め、我慢ならぬと口を挟む。

 

「ああ失礼。無理矢理に近い形で演習日程を組んでもらった我らが言うことではなかったようだ。なに、こちらも急がねばならぬ理由というのがあっただが……それはむしろフェアリーの皆には朗報と言える話のはずだ」

 軽く自虐めいた言葉でキースは詫びを口にするが、あくまでそれはフェアリー小隊に向けてだ。そこにハルトウィックへの敬意などは欠片も存在しない。

 

「ッ!!」

「ブレイザー中尉、急ぎとはいえ立ち話も無かろう。みな座り給え」

 わざとらしいまでのキースの態度に、秘書官はさすがに耐えきれないようで叱責の声を上げようとでもしたのただろうが、それをハルトウィックは遮り、着席を促した。

 

「ハッ、了解いたしました、大佐殿。たしかにコーヒーの一杯くらいは頂いて帰りたいところですな」

「ブレイザー中尉殿。こちらもそれなりの時間は空けておりますゆえ、お気になさらず」

 

 ハルトウィックの誘いをあっさりとターニャは受け入れ、さっさとテーブルに着く。

 武がターニャの様子を軽く伺うと、一見いつもの無表情だが僅かながらに口元が歪んでいる。判りにくいが上機嫌である様子に、キースのこの態度は予定通りの流れなのだろうと受け入れた。

 

 

 

 

 

 

「まずは先日の演習、付き合ってもらい、本当に助かった。こちらでは上の方が大喜びだ」

 

 レベッカ・リント少尉と紹介された秘書官が全員分のコーヒーを用意したが、その程度の時間で空気が緩むはずもない。なによりキース自身、ハルトウィックへの敵意に等しいまでの隔意を隠すつもりもないようで、まるで自らがホストであるかのように振舞って見せていた。

 

「ありがとうございます。我らフェアリー小隊としても、合衆国陸軍最強とお噂されるインフィニティーズとの演習は得る物が大でありました」

 

 キースの振舞いに関しては背景を推測できるものの、言葉の意味が武には判らず、ありきたりの返答しか返せない。

 最強と謳われるラプターが負けて良かったと、その機体を駆り、小隊長とはいえ教導部隊に属する者からの言葉に、武だけでなく冥夜でさえ怪訝な顔を隠せてなかった。当然というべき態度で受け入れているのはターニャだけだ。

 対応はできたものの、武は続ける言葉が選べなかった。

 

 

 

「ブレイザー中尉殿。我らが小隊の衛士二人、どうやら理解できておらぬ様子です。不勉強で申し訳なくおもいます。またお手数ですが彼らにご説明頂けますかな」

「はははっ、いやお構いなく。こちらのレオンだけでなく、我が隊の残り二人も似たようなものでしたからな」

 

 ターニャが無表情なままに、それでいて声には呆れ果てたかのような色合いを乗せて、説明を求めるが、キースは笑って受け入れる。

 

(って、ブレイザー中尉、事務次官補のこと知ってるのか、この様子だと。クゼ少尉の方は……って、判んねぇなあ)

 

 武はあやうく流しそうになってしまったが、先ほどからキースはターニャには上官に対するように向き合っている。どこまで知っているのかはともかくも、第四とJASRAの関係性だけでなく、ターニャとその周辺の事情を判っている態度だ。

 ただ日系らしいと言えば良いのか、レオンも冥夜に似た無表情を貫いているので、武程度の観察眼では判断できない。

 

 

 

「私自身を含め、衛士に限らずパイロットというものは、どうしても近視眼的な勝敗や、性能に拘ってしまうものなのです。強い戦術機こそがなによりも重要である、などと言いだすように、ね」

 ターニャに促された形ではあるが、キースにしてみればその説明は既定路線なのだろう。むしろハルトウィックを揶揄するかのように言葉を加えて語りだした。

 

「今回の演習結果はラプターの被撃墜という事例において、最高ではないがおそらくは想定される中では最良に近しい形だと判断されている」

 

 あらためて繰り返されたキースの言葉に、横に座るレオンは無表情を取り繕おうと努力はしているようだが、少しばかり顔を顰めてしまう。事前に説明され、政治的には理解できてもやはり一衛士としては納得できていないようだ。

 

「大きく言えば、今回の敗北でラプターの戦略的価値いや政治的価値は格段に引き上げられた」

 ラプターの最大の問題は、「最強の戦術機」という幻想だと。キースは続ける。

 

 防衛戦闘においては、相手側から手を出すことを躊躇させるという意味で、その幻想は有効である。対して攻勢に出ようとした場合、いままでは相手側がどれほどの防衛戦力を用意するかが事前に判断しにくく、戦術面の純粋な攻撃力としては使い勝手が悪かった。

 それが今回の演習でラプターが撃墜されたことで、防衛側の戦力構築想定が可能になったとキースは言う。

 

 

 

「えっと、それは……対空監視を強化すれば発見できる、そして発見してしまえば間接支援砲撃であっても破壊できると、そう考えるということでしょうか?」

 言葉の意味自体は捉えられても背景が理解しきれず、武は同じ言葉を繰り返すようにキースに問うた。

 

 当たり前だが、今回武たちフェアリー小隊が成し遂げたラプター全機撃墜という結果は、例外的結果だ。戦術機衛士ならば当然、それらを指揮・管理するものであれば、同じ想定状況であったとしても再現可能かどうかと問われれば否と答えるだろう。

 

 最初期に目視にてラプターを発見できたとしても、二機分隊程度では間接砲撃での撃破どころか、命中弾を期待することすら難しい。

 そもそもがフェアリー小隊であっても、あれは長距離誘導兵装を使用しないという特殊条件下であれば、ファースト・シュートが可能であることを示すためだけの、文字通りにデモンストレーションのはずだったのだ。

 

 あのような特殊事例をもって防衛計画を立てるような軍関係者など居るのかと、武は怪訝に思う。

 

 

 

「衛士ならば、無理だと判ろう。大隊指揮官であっても微妙なところだ。だが参謀本部に、その上の議会や党の背広組はどうとらえるか、だ」

 だが武の疑惑を、キースは笑って肯定する。前線で戦う者と後方の者、そして軍と政府とでは、どうしても認識に大きなズレができてしまう。

 

「我らが合衆国に対立する軍事組織が、ラプターを警戒して日々対空監視に着いてくれるのであれば、前線で敵対戦術機を中隊規模で撃破するよりも戦略的意味は大きい」

 

 ラプターの進攻が予測されてしまえば、対立組織はその進行を警戒せねばならない。以前のように迎撃不可能だとまで割り切れていれば、それを下に作戦を立案していただろう。だが今後はフェアリー小隊の実績をもって「既存戦力の組み合わせ如何では迎撃できる可能性が高い」と判断する場合も増えてくる。

 いつどこから攻撃があるか判らないと相手側に思わせ、防衛の為に戦力を温存させる事ができれば、直接的に相手戦力をそぐことよりも意味は大きい。ステルスや長射程兵器の利点とは、突き詰めれば敵戦力を後方に押し留めるための見せ札だ。

 

 そして警戒していれば発見できるとなれば、それに賭けてみようとする指揮官は少なくはないだろう。結果、来るかどうかも定かではない敵戦力発見のため、有視界哨戒を末端の兵士に強いることができる。

 非効率な防衛線構築を敵が取ってくれるのであれば、それだけで十二分の成果を上げていると言える。

 

 

 

「加えて、だ。ステルス第三世代戦術機相手だとしてもXM3搭載型第三世代機であれば十分に対等に戦闘が可能だと、実現して見せたことにも意味がある」

 

 ソビエトを筆頭に、東側諸国の首脳部にステルス戦術機はさほど対人類戦においては脅威ではない、と誤った情報を与えた事がなによりも大きいのだ。

 もちろん先のキースの言葉通り、末端の衛士や戦術機大隊指揮官クラスまでならばそのような幻想は抱かないだろう。だが党本部の人間が、戦術機での対人類戦に精通しているはずもない。既存戦力の改修程度で対応できるならば、と各種リソースの振り分けが減る可能性は少なからず存在する。

 

 十分な機動性能を持つ第三世代機にXM3を搭載すれば、ステルス機にも対等以上に戦えるとなれば、中ソがステルス技術開発に割くリソースは減るかもしれない。無駄な機能だったと思わせる事で、有効な対策を講じることもなくなるかもしれない。

 相手戦力の過小評価は戒められるべきだが、敵対者がそれを行ってくれるならば歓迎すべき事態だ。

 

 正対した武の印象としては、既存OSのラプターに対してでさえ、たとえXM3があったとしても吹雪では苦しかった。先の演習でも最終的にはレオン機を墜としたとはいえ、左腕は最初に自損したとはいえ最終的には中破、他には軽微な被害は受けている。

 

 

 

 

 

「ところで白銀少尉? どうやれば我々が勝てたと考えるかね? いや君たちならばどう戦ったかね?」

 武と冥夜とが、合衆国陸運が今回の敗北を喜ぶ背景を理解したと見て取ったようで、キースは話を変えるように問うてきた。

 

「そう……ですね。さほど独創的な案が出せるなどとは言えませんが……」

 武は問われて一応は考える素振りするものの、キースにすれば当然すでに考慮され尽くした答えしか選びようがない。そしてその答え自体が話の結論でもある。

 

「相手よりも先に発見できるという利点を生かすには、相手よりも先に撃てる必要があります。とすれば支援突撃砲を主兵装とするか、Mk-57などの大口径砲を携帯するか、でしょう」

 求められている言葉では無いとは判りつつも、無理のない範疇で武は答える。

 

 とりあえずはハイヴ内での対人類戦というあまりにデリケートな仮想的な想定条件は気付きもしなかったという体で、武は単純に射程の延長を提示しておく。

 実際のところ、帝国が採用している87式突撃砲に比べ、合衆国のAMWS-21の方が僅かなりとはいえカタログスペック上は有効射程が長い。長砲身化した支援突撃砲であればその差はさらに広がる。

 射程だけでなく、加速においても単純な最高速度でも、ラプターは間違いなく最高峰の戦術機だ。中遠距離の砲撃戦に徹すれば、負けるはずがなかったのだ。

 

 

 

「ふむ。面白味はないが、妥当な提案だな。他にはないかね? なに、あの無意味に等しい演習想定条件は無視して貰ってかまわん」

「演習条件に拘らないとなれば……そうですね、より実戦に近しい状況を想定したものであれば……となりますか?」

「実戦、か。そうだな、貴官ならラプターをどう使うのかには、興味がある」

 

 言葉を濁すような武に、キースは口元だけ笑って見せて先を促す。

 話が対人類戦に傾きつつあることは武にも判っている。いまのところ武自身そして帝国が対人類戦に意欲的であるかのような言質は取られていないだろうが、どうしてもハルトウィックの視線は気になる。

 

(いや? そもそも気に掛ける必要もないのか? 今はともかく合衆国陸軍がXM3を採用してくれる方が、俺たちにとっては利点が大きいんじゃないのか?)

 

 XM3開発において、斯衛に協力を取り付ける際には、それが対人類戦を想定したものだと疑われるのはリスクが大きかった。先の世界線ほどではないが、それでも在日国連軍や特に第四計画に対しては、帝国内からの反発は少なからずある。第四が対人類戦の可能性を考慮しているなどと少しでも疑われれば、どれほどの妨害があったか想像もしたくない。

 

 だが、いま対峙しているのは合衆国陸軍の戦闘教導団と、西ドイツ陸軍の者たちだ。

 

 資料を読んだ限りではあるが、プロミネンス計画を進めるハルトウィックは対BETA戦にのみ注力している。武としてはその態度には共感したいが、かといって西ドイツ軍が喀什攻略に際し、直接的に貢献ができるわけではない。西ヨーロッパ方面での陽動作戦においても、その主力となるのは英国の予定だ。

 対してキースを始め、合衆国軍には帝国に並ぶ程度に戦力の提供を求めている。

 

 どちらを重視して話を進めるかは、悩むまでも無いことなのかもしれない。

 

 

 

「ステルス機としての利点を生かすのであればBVR(視界外射程)攻撃力の確保であると愚考いたします」

 

 演習での想定条件は無視していいと、演習結果に関しての会談というこの場の前提を否定するかのような問いかけだったが、そうなれば答えは簡単なのだ。

 それを口にするかどうかが問題だと悩んでしまったが、そもそもラプターが対人類戦を想定して設計されていることなど、戦術機に少しでも関わる者からすれば常識的事実だ。他国の武が気に病むことでもなかった。

 

 そして対BETA戦を完全に無視する形での答えだが、ターニャの様子を窺っても止めようとする気配はない。以前の、ハイネマンとの会談の時もそうであったように、XM3開発に携わる者から直接の言質を与えておきたいということだろうと武は想定し、話をつ 告げる。

 

「我々がやって見せた間接砲撃での命中弾など、あれは曲芸に等しいものです。当たり前に考えるのであれば、視界外射程を持つ誘導弾頭の搭載でしょう」

「そのとおりだ。そして今回の結果を議会に上げれば、BVRAAM(視界外射程空対空ミサイル)開発への無駄な横槍も減るだろう」

 

 武の答えに、今回の演習の敗北のもっとも大きな利点だとキースは大きく笑って見せた。

 

 

 

 しかし空対地ミサイルならばまだしも、空対空ミサイルは対BETA戦においてはまったく無用の長物である。戦闘教導団の小隊長による対BETAではなく対人類戦に注力しているかのような発言に、西ドイツ軍に属する二人は緊張は間違いなく高まった。

 ハルトウィックは流石に顔には出していないが、その秘書官は明らかに敵意をもってキースを睨みつけていた。

 

 招待した他国の軍人を叱責するようなことはないだろうが、武も返答には詰まってしまう。

 

「流石は合衆国最強と噂される戦闘教導団の方々ですな。見事な現状認識に感服いたしました」

 だが緊張した室内の空気などまったく歯牙にもかけぬように、それまで沈黙を守っていたターニャによって言葉は紡がれた。

 

「なに、ミサイル自体は戦術機での使用に限定せねばならぬものでもありますまい。今から開発しても遅すぎるということはあっても、早すぎることはないでしょうな」

 

 それは使う時期とそして場所がすでに決まっていると、まるで判っているかのような物言いだった。

 

 コーヒーカップで隠してはいるものの、横に座る武からは、悦びで歪むターニャの口元が良く見えた。

 

 

 

 

 

 

 




試合には負けたけど勝負には勝ったぜっと言訳する回と言いますか、そもそもがフェアリー側もインフィニティーズ側も、分隊遭遇戦の演習結果でどうこうなるようなモノを目的とした部隊じゃないよねぇ……と。

でキースさんにハルトウィックさんどんなキャラだったかなーっと小説とか読み直したりもしましたが、そもそもが登場シーンが少ないです。ゲームまではやり直す時間はなかったので、もし気になる箇所が目についたらこっそりと修正するかもです。

でで、次回は「ハルトウィック暁に死す」とかカッコよい話ではなく、たぶんコーヒー飲みながらグチグチと腹の探り合い予定、です。


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蹉跌の創出

 先のフェアリー小隊とインフィニティーズとの対人戦演習。その結末はインフィニティーズ側のラプター全機撃墜という間違いようのない敗北だったが、合衆国陸軍側としてもむしろ望ましい結果だったという。

 墜とされたと言ってもラプター本体の能力が不足していたわけではない。もともとの演習設定があまりにもステルス機にそぐわぬ形であり、また限定的でもあった。それらを踏まえずに結果だけが広まるならば、合衆国内の議会工作材料と潜在的敵国への欺瞞情報という面で、理想的とも言える敗北だったと言われれば納得はできる。

 

(いや……でもなんで今ここで話したんだ?)

 

 キースによって語られた話の意味自体は武も理解できた。が、話された意図が読み取れない。

 このような内容であれば、表向きはOS開発に携わるだけの衛士ならば知る必要もなく、また知らされるはずもない。たとえ武や冥夜の立場を考慮したとしても、ターニャから小隊内で伝えられればそれで済む。

 プロミネンス計画責任者たるハルトウィックに招かれたこの場、それも彼の存在に一切配慮しないかのような態度で語られた要因が、武には思い浮かばなかった。

 

 

 

(ハルトウィック大佐個人対してに思うところは何かありそうだけど、よく判んねぇ。だいたいプロミネンス計画に対して合衆国が否定的だってのは今更だしなぁ……)

 

 時間に余裕の無い中、無理を通してきたハルトウィックへの意趣返しなどといった稚気じみた嫌がらせの面がまったく無いとは言えないだろうが、さすがにそれが主たる目的のはずもない。

 合衆国がプロミネンス計画から距離を取っていることは、この場にいる者ならば知っていて当然だ。とはいえ、たとえ戦闘教導団所属といえど一尉官程度の立場で計画総責任者たる大佐を揶揄したところで意味があるとは思えない。

 

 プロミネンス計画への合衆国の対立姿勢は、多分にターニャの意向も入ってはいるだろうが、合衆国から見ればなにもおかしなところはない。とくにG弾を基軸としたドクトリンへと移行している合衆国陸軍からすれば、戦術機の改良を進めるプロミネンス計画にさほどの価値を見出せないのは当然だ。

 それにG弾を考慮せずとも、パレオロゴス作戦以後機甲戦力の多くを失ったヨーロッパ諸国と異なり、合衆国陸軍は今なお十全の砲戦力を有している。オール・TSF・ドクトリンを採用するユーロ諸国が戦術機戦力に傾倒する必要があるのに対し、合衆国においてその比重は低い。

 

 だがプロミネンス計画はあくまで国連の計画であり、その予算や人員なども国連内で処理されている。出資国として合衆国が思うところはあろうが、軍の尉官程度が反対表明をしたところで何かが変えられるはずもない。

 

 

 

 つまりはキースの話は、あくまで武たちフェアリー小隊に向けてのものであるはずだ。

 

(ハルトウィック大佐へのメッセージじゃねぇッて事は、俺ら向けの説明……であることは間違いない。意味が判りませんでしたなんて考えてる場合じゃねぇ。よく見て良く聞かねぇとマズいな)

 

 鎧衣課長やジョン・ドゥを名乗った情報機関関係者の姿が無いことで、戦術機に関する話だけで済むだろうとどこかで気を抜いていた自分自身を叱責する。

 

 ただレオンが同席していることからして、キース自身がこちらの事情をそれなりには知りえているだろうとは思える。武に関しての情報はなくとも、冥夜の立場はそれなりに予測しているはずだ。

 非公式で迂遠ではあるが、フェアリー小隊が帝国へのメッセンジャーとして期待されているとは考えられた。

 

 

 

「深く考えすぎるな、白銀少尉。ブレイザー中尉殿が最初におっしゃっておられたであろう? 我らにとっては朗報だと」

「は? いえ、たしかにそうではありますが……」

 

 ターニャが無表情なままに、話の流れを掴めずに考え込んでいた武を嗤って見せる。

 たしかにキースは最初に朗報だと言ったが、だかそれでも先ほどまでの話では何がフェアリー小隊にとって益があるのかはやはり判らない。

 

 しかし横の冥夜はターニャの言葉を受けて、ごく微かに眉を寄せた。加えてハルトウィックやその秘書官もその表情を強張らせている。周囲の反応の変化を見てとると、やはり気が付いていないのは武だけのようで、また考え込んでしまいそうになる。

 

 

 

 

 

 

「ははっ、すまんな白銀少尉。たしかに話が回りくどかったやもしれん。これでは年を取った証拠だと、部下どもから笑われるな」

 そんな武へ、キースが笑って言葉を掛けてくれる。このあたりどこか教師じみた印象があるのは、教導という任に着いているからかもしれない。

 

「なに、簡単な話だ。要点は二つ」

 そしてあらためての説明のために、キースは指を立てて見せる。

 

「一つは、ラプター一個連隊を含む三個連隊324機、つまりは一個師団規模の戦術機戦力の提供が確定された」

「……は? あ、いや、まさか……」

 

 キースが一つ目、と言って指を折りながら語った数字、その意味に思い至り武はまともに言葉が紡げない。

 

「いやいや白銀少尉、何を驚いている? そちらからの提案であっただろう? 次の作戦において、そちらからの要求を陸軍はほぼ丸ごと受け入れた、という事になるな。先に伝えられていた部隊とは別に、予備戦力からも追加で一部を回す形だ。さすがに全機ラプターでなどというのは無理だが、残る二個連隊もF-15Eで、部隊の練度も水準以上であることは間違いない」

「それは……本当に、ありがとうございます」

 

 どちらからのとか何の作戦に関しては、さすがにキースも明言はしないが、それが喀什攻略を意味することは明らかだ。そして提示された戦力は、武たちが当初予定していたものを超えるほどだ。

 

 

 

(えっと、合衆国から最初に言われたのが一個連隊規模だったから、ここに三個連隊加わって、ラプター108機にイーグル324機、か? 帝国が陸軍と斯衛、あと在日国連軍で各一個連隊ずつで、俺らA-01は連隊……って言うには数が減ってるがそれでも二個大隊ほど。あとはNATOってかイギリスからたしか一個連隊は確定してた、よな?)

 

 この場で指折り数えてというのは無理だが、頭の中で正面戦力となる予定の戦術機の数を並べていく。単純に総計であれば九個連隊三個師団、1000機に届く軍団規模となってはいる。

 国連軍主導という形のために師団規模できれいに別れるわけではなく、雑多な寄り合い所帯ではあるが、そもそも戦術機は一気に投入するとしても連隊規模までだ。指揮系統などで大きな混乱を招くほどではないだろうと楽観視しておく。

 

 予備作戦として合衆国が提示してきた『フラガラッハ作戦』、そこに投入する戦術機戦力をこちらに回したとキースは言ったが、そちらが減少しても武としては憂慮することもない。G弾の大量連続投射による喀什ハイヴの完全破壊など、ユーラシア大陸の崩壊の可能性すらあるのだ。

 そちらに計画が移行した段階で、人類存続といった目的は潰えたと考えるしかない。恒星間移民計画発動の時間が無い分、第五よりも望みが無いとも言える。

 

 

 

(これで、何とかなる……か、いやこれ以上は望みようもねぇくらいに揃ったんじゃねぇのか?)

 

 師団規模を超える戦術機が合衆国から提供されるのであれば、むしろ初期の想定以上の戦力だ。少なくとも戦術機戦力に限って言えば、武の知る『桜花作戦』よりも充実しているかもしれない。

 加えていまだ試験中らしいとはいえ、XG-70も3機投入の可能性も高い。そして使用には賛成しにくいが、作戦各段階にはG弾の限定投入も予定されている。

 

 勝てるとは断言しにくいが、可能な限りの戦力は集まってきたことは間違いない。

 

 

 

「先ほど話した通りだな。議会からのミサイル開発承認を取り付ける代わりとも言えるが、それだけの予算を使うのならば実証して見せろ、という話だ」

 頭の中で数を数えていたのを見透かしたかのように、そんな無礼とも無様とも言える武の様子を叱責もせず、キースは苦笑紛れに言葉を加えた。

 

「と言いますと、やはりラプターの性能に疑問が持たれましたか……」

 申し訳ございません、と続けるのも何かおかしな気がして、武は言葉を濁してしまう。

 

「白銀少尉……いやフェアリーの諸君が気に病むような話ではない。それに疑われたのならば、実力を持って証明すればいいだけの話だ」

 武の戸惑いを、キースは笑って一蹴する。隣に座るレオンも、言葉にはしないが思いは同じようだ。二人ともに、ラプターの能力を微塵も疑ってはいない。

 

 対人類戦における戦力としてのみ見るならばラプターの実力は伏せておくべきという考え方はできなくもない。だが議会からすれば高額な備品の一つでしかない。それがどれほどの能力を持つものなのか、コストに見合うものなのか証明しろというのも、ある意味において当然だ。

 そしてラプターは対人類戦を念頭に置かれているとはいえ、戦術機だ。ならば対BETAにおいて、その能力を実戦にて明らかにせよという話が出てきてもおかしくはない。

 

(ラプターとの模擬演習にどの程度意味があるのかよく判ってなかったが、事務次官補殿はこれが狙いだったってことか?)

 

 横に座るターニャの様子を盗み見るが、当然のようにその表情から内面などは伺い知りようもない。だが、演習の結果が伝わってからの決定が早すぎる。事前に何らかの取引と根回しが行われていたことはたしかなようだ。

 

 

 

 

 

 

「残る一つは、先の話にも関係するが、合衆国陸軍でもXM3の導入が正式に決定された」

「そっ、それは、ありがとうございますッ!!」

 

 あっさりと告げられた言葉が理解できた瞬間、武は大きく声を上げてしまった。

 XM3の提示はフェアリー小隊としての主目的であるが、対BETA戦力として疑いもなく最大である合衆国陸軍に採用されるという意味は大きい。なによりも喀什攻略にどれほど間に合うかはともかくも、投入戦力増強の一助になる可能性は極めて高い。

 

「先の帝国国内でのトライアルを受けて、すでに海兵隊や海軍が導入へと動き始めていたからな。メーカーの方ではそれに合わせての改修計画も上がってきている。そうなれば陸軍でも試験的にでも採用を、という話は以前からあった」

 

 中遠距離での砲戦を主体とする合衆国陸軍では、機動性向上を第一義とするXM-OSに対する反応は薄く、それもまた当然だった。現状の運用であれば、たとえXM3に換装したとしてもその機能を十全に発揮できるとは言い難い。

 だが、同じ合衆国軍でも陸軍と、海軍や海兵隊とでは、戦術機の運用方針は大きく異なる。大規模投入が難しい海兵隊などはどうしても近接格闘戦の頻度が高くなり、むしろそのドクトリンは帝国斯衛などに近しい部分さえある。

 

 そして運用している機種は違うとはいえ、海の連中が使うのであればむしろ陸に回せ、という話になるのは、ある意味で仕方のない流れだ。CPU換装を伴わないXM1ならばともかく、少なくともXM2にしろXM3であれ換装して性能が下がることはないのだ。あとはコスト面と訓練期間の問題だ。

 

 

 

「XM1は試験採用に限定されるが、こちらも中隊分程度のライセンスは確保する。XM2に関しては、まだ様子見といったところだ」

 

 XM1の導入は簡単だが、CPUの負担は上がりハードの更新が無ければ僅かとはいえ反応速度が落ちる。近接戦闘主体であればキャンセルの意味は大きいが、砲撃戦では単純な処理速度が優先される。なによりもただOSを換装するだけであって、ライセンス料を帝国に払うことになるが、合衆国企業に金が回るわけではない。合衆国陸軍がXM1の採用を渋るのも判らなくはない。

 XM2もコスト的にはは優秀だが、合衆国が採用するには弱い。やはりXM2は亡命国家群に向けた装備になりそうだった。

 

「XM3に関しては年内に一個連隊分に大隊規規模のシミュレーター用と、あとは予備を含めて160セットは帝国に打診済みだ」

「それは……けっこうな数ですね」

 

 キースの提示した数を聞いて単純には喜べないと、武の頭が冷えてくる。戦力化という意味では理解もできる要求数だが、XM3用CPUの生産力という面ではかなり厳しいものになりそうだ。

 

 A-01と斯衛に続き帝国陸軍での採用も始まり、細かな生産能力など武にし知らされていないが、需要のすべてを満たせているとは言い難いはずだった。

 夕呼直属のA-01は当然ながらすでに全機XM3仕様だ。斯衛の方でも武御雷への換装は11月中に完了しており、いまは瑞鶴への導入が進められている。帝国陸軍では九州防衛に際しXM1の導入を急いだこともあり、こちらは遅れ気味と聞いていた。

 

 合衆国向けに先ほど言われた数を用意するならば、他の打診を受けている国々は当然、帝国陸軍へ回す予定も変わってくるだろう。

 

 

 

「帝国の生産能力に期待する、という話ではないぞ? それが用意できないならば、合衆国で作るので情報を開示しろ、ということだ」

 武が生産数に悩みかけるのを、ターニャの言葉が遮った。

 

「あ~つまりできると答えたとしたら……」

「当然、それ以上の数を追加してくるであろうな」

 

 ターニャはわざとらしいまでに愉しげに嗤ってみせる。

 

 XM3用CPUの根幹技術の流出を避けるために合衆国への提供を優先すれば、他国どころか帝国自身へも満足に供給できなくなる。そしてもし合衆国の初期オーダーを満たせるならば、さらに発注を重ねてくるという。

 極論、合衆国企業の資産をもってすれば、帝国で生産可能な程度の数であればXM3用CPUを買い占めることさえ可能である。

 

 現時点において、XM3用CPUに関しては帝国はたしかに独占的な供給者ではあるが、帝国のみで各国軍部の需要を満たすことは短期間的には難しい。今現在運用されている戦術機に行き渡るほどに生産されればその需要も一定数へと収まるだろうが、それを今すぐ一気に賄えるほどには帝国の生産力は豊かではない。

 

 

 

(第五関係からの妨害か? 第四から帝国企業への利益供給って面があったけど、それを潰しておくってことか? あ~いや、企業というか国家としては当たり前の対応か)

 

 なにも合衆国に限った話ではない。

 生産基盤という面においては、国土とともにその工業力をもを失ったユーロ諸国は除かれるが、合衆国やイギリス、オーストラリアや台湾などであれば、基幹技術の提示さえなされれば、時間はかかるだろうが自国生産は可能だろう。

 

 対BETA戦の中核戦力たる戦術機、XM3はそれをかなりの低コストで強化できる革新的な技術だ。

 前線国家たるイギリスや台湾は当然自給自足を目指すであろうし、合衆国が戦術機生産から一歩引きつつある現状、その後の市場を狙うオーストラリアとしても是非ともにも押さえておきたいというのは、他開発小隊との少なくないやり取りからも感じられている。

 

 

 

「加えて年明けには、さらに一個師団分、こちらも予備やシミュレータの分まで含めれば400セットほどは欲しいところ、と言われている」

「なるほど……先の話と繋がるというのはそれです、か」

 

 冥夜もその数字を聞いて、さすがに驚きに目が開かれる。無茶過ぎるだろッと武も一瞬声に出しかけたが、先の数字を聞いていたので理解できてしまう。

 合衆国陸軍は喀什攻略に際し、参加衛士の生存性を可能な限り高めようとしている。合計で四個連隊分を早急に、というのはそういう意味だ。

 

「はははっ、ビジネスの話には疎くて申し訳ないが、商売が繁盛しそうでうらやましい限りだよ」

 

 そう言ってキースは笑うが、武としてはつられて笑うのも難しい。

 

(いや、コレのどこが俺たちにとって朗報なんだよ。いやたしかに戦力が揃うって意味じゃあ朗報なんだけどさ)

 

 顔には出していないと思いたいが、演習に勝ったはずなのに第四計画にダメージを与えてしまったのではないかとさえ思えてくる。

 

 

 

 ハルトウィックも苦々しげな様子を隠しきれなくなっている。

 つまるところは、XM3の供給を帝国ではなく合衆国が握ることになりそうだ。それは今まで以上に対BETA戦略の中核を、合衆国が握ることに他ならない。

 

(プロミネンス計画への妨害って意味じゃあ、ある意味最強のカードだよな、コレは。嫌がらせとしちゃあ、大きすぎる気もするけどな)

 

 すでにここユーコンに集まっている開発小隊の大半が、XM-OS環境下での機体調整に切り替えつつある。

 

 CPU技術を提示しても、それを独自に作れるのは半数に満たない。とくに共産圏はすべてが亡命国家であり、作れてもXM2用のCPUだ。ソビエトにしてもXM3用CPUは難しいだろう。

 

 ユーロ諸国にしても、イギリスとそしてオーストラリアでの生産は可能かもしれないが、それに頼り切ってしまえばNATO内部での英連邦の発言力が高まり過ぎる。そもそもが前線国家たるイギリスや台湾では、帝国同様に自国分の供給がどうしても優先され、余剰生産が見込めるほどではないだろう。

 オーストラリアだけでは生産基盤が合衆国との間に差があり過ぎ、競合相手にもならない。

 

 

 

 

 

 

(帝国の利益を無視していいってわけじゃねぇが、それさえも眼は瞑れる。むしろXM3の頒布って意味じゃ、合衆国主導ってのは生産能力の面から見ても現実的には最良って言ってもいい。俺は何を見落としてる?)

 

 頭の中で言葉を作りながらも、どこかに違和感が残る。

 隣に座る冥夜が、表情は一切変えていないにもかかわらず、先ほどから何かに耐えるように手を握りしめているのが、どうしても気にかかってしまう。武が気付いていない、あるいは判っていても無視している要因が、何かあるはずなのだ

 

 オルタネイティブ計画の誘致は、国益のためという面が多大にある。第三ではESP発現体の育成に関与した技術が、合成食材生産などへと移転されたとも聞く。

 夕呼が人類内部での足の引っ張り合いを嫌うこともあり、そのような利益誘導を重視してこなかった結果でもあるが、第四計画は今のところ特に何かを帝国へともたらしたわけではない。XM3に関する技術とその関連機材の生産は、ようやく第四が帝国内部で認められる成果とは言えた。

 

 だが喀什攻略に参加する全戦術機にXM3を搭載するため、そしてその後の世界的規模での需要に応えるためならば、帝国だけの国益は諦めて人類への貢献を第一としてほしいところではある

 

(ってことくらいは御剣が判らねぇはずはない。だいたい殿下御自身のお言葉にあったように『もしあの時に準備していれば』ってのは今まさにその時だってのは、コイツが一番感じてそうでしなぁ……)

 

 

 

「詳細な説明ありがとう存じます、キース中尉殿」

 その胸の内を武が推測しきれぬうちに、武の位置からしか見えぬ小さな手を振るえるほどに握りしめながら、冥夜は静かにキースへと礼の言葉を述べる。

 

「お恥ずかしい話ではありますが、たしかに我らが帝国の生産能力では諸外国のみならず貴国一国の需要でさえ満たすことができぬのは厳然たる事実であります」

 

 武同様、冥夜もただの一少尉とは扱われない。どうしてもその身から発せられる言葉は、周囲からは偽装としての「御剣冥夜」であると取られてしまう。

 

 そして今、キースへと向けての言葉という形を取ってはいるが、合衆国陸軍そして合衆国そのものへの帝国からのメッセージだとと受け取られることを冥夜自身が誰よりも深く自覚しながらも、告げる。

 言葉の先はキースだけではない。おそらくは臨席しているハルトウィックへの意味もある。

 

 

 

「国際社会における貴国のお立場を鑑みれば、ミサイル開発なども含めたうえでの戦術機の質的向上はたしかに重要でありましょう。XM3がその一助となることは誉れでもあります」

 

 だが他の誰に対してよりも、今まさに同じ側へとは座っているが、ターニャ・デグレチャフへと向けての言葉を「御剣冥夜」は紡いでいく。

 

 戦術機は対BETA兵器ではあるが、ラプターが顕著ではあるがそれだけに留まるわけではない。そしてXM3は先の演習結果が表すように、対人類戦においても優位性をもたらす。

 このBETA大戦下においてでさえ、合衆国の敵はBETAだけではない。そして同じく日本帝国の敵も、またそうである。それは否定しようのない事実だ。

 

 武が見逃しながらも、ハルトウィックが警戒し、冥夜が恐れていたのは、この可能性だ。

 戦場に立つ兵士だけでなく場合によっては後方の人々を傷付けることを、ただ必要であるからと受け入れるのは、たとえ武家に連なる身であっても難しい。それがまだ自身の手を汚すだけならば折り合いの付けようもある。だが武が望み悠陽が後ろ盾したXM3が、護るべき者たちへと刃を振り下ろすようなことは認めがたい。

 

 そしてターニャであれば、それが必要と判断すれば躊躇うことなく運用することを、冥夜は確証している。そして今の冥夜では、意味は薄いとも判りながらも、言葉を重ねることしかできない。

 

 

 

「ですがXM3はBETAを駆逐するため、その機体を駆る衛士を護り、ひいては共に戦う輩を、そして何よりも我らの背後ある民草の平穏を護るためのものであると。そのことだけはお忘れなきようにとだけお願いいたしたい所存です」

 

 戦術機の矛先を無辜の民に向けることだけは無きように、そう冥夜は祈るように告げた。

 

 

 

 

 

 

 




腹の探り合いになるはずがそこまでたどり着かず……

現実の方では半導体の供給不足が続いておりますが、XM3用CPUの生産率とか原作では触れられてないけどどれくらいの作れるのかまったく謎です。もしかすると帝国の脅威の技術力で一気に生産できる程度なのかもしれませんが、この話においてはびみょーに生産性が悪いので合衆国が絡まないとXM3を普及させるのは難しい、とさせていただきました。

とりあえず21年内の更新はこれで最後になりますが、さすがに22年中には完結までもっていきたいなぁ……と毎年書いてる気がしないでもありませんが、4章はあと2~3回で、最終章は10回くらいの10万字以内になる、はずです。よろしければいましばらくお付き合いください。


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疑惧の切開

 合衆国陸軍がXM3の採用を決定した。

 それに留まらずに年内には一個大隊強、年明けにはさらに一個師団強のXM3用CPUが帝国へ発注されるという。

 

 たしかにそれだけ聞けば、XM3の提示及び頒布を企図した武たちフェアリー小隊にとっては朗報だ。

 

 問題は、それだけの数量を短期間に用意できる生産基盤が帝国国内に存在するかどうか、ということだ。そしてキースとターニャの言葉からするに、たとえもし用意できたとすれば、合衆国はさらに追加の供給を要求してくるであろうという。

 そして不可能だと帝国が返答するならば、合衆国内部での生産の許可と、XM3用CPUの根幹技術の提示を求めてくることになる。

 

 実際のところ、合衆国陸軍がG弾ドクトリンに拘らずとも、彼らが用いる戦術であればXM2で十分な戦力向上が見込めるはずだ。そしてその場合ならば、無茶な交渉などなくとも、OSライセンスの提供は帝国も簡単に認める。くわえてXM2ならば現行第三世代機同等のCPUに換装すれば問題なく稼働する。それならばなにも帝国の許可を得ずとも、合衆国ならばもとより自由に生産可能だ。

 

 

 

 つまるところ、合衆国は場合によっては自身への脅威となりかねない、XM3の生産と供給とを管理しておきたい、ということなのだろう。国家として国益を追求するのはある種当然であり、そこは武とて理解はできる。

 

 ただ、XM3によって向上化された第三世代ステルス戦術機と、そしてXM3の提供能力とを合衆国が合わせ持てば、政治・経済・軍事すべての面において今現在以上に影響力を拡大する。合衆国は今でさえソビエトの凋落によって唯一の超大国であるが、場合によっては並び立つどころか諫められる国家も組織も存在しなくなる可能性すらある。

 

(対BETA戦に限れば大した問題じゃねぇ。問題はXM3搭載機が対人類戦に用いられる可能性と、その供給なんかを政治利用されるってこと、か。こうなるとホントに俺は無力だな……)

 さきほどから冥夜が悲痛な想いを何とか隠そうとしていたのはこれか、とようやく武も悟るが話は合衆国内部のことになってしまう。武には具体的な対応策もなく、また言葉だけの慰めでは、冥夜の助けにもならない。

 

 自身の考えを纏めようかと武は用意されたコーヒーに手を伸ばしたものの、すでに冷め始めたそれは苦いだけでどこか濁った味だけが舌に残る。

 

 

 

「ご理解いただけたようで何よりです、御剣少尉殿。もちろんXM-OSの開発国である貴国の方が、その運用方針をご懸念されることは当然のことであると、我らも理解しております」

 憂虞を表した冥夜に、キースではなくレオンが応える。このあたり、教導部隊と言えどインフィニティーズの中でも政治的な立ち位置というのはどうしても存在するようだ。

 

「貴国における剣術の流派の一つ、その真髄には『刀は抜くべからざるもの』という教えがあると伺っております」

 そして、理解しているというだけでは冥夜の懸念を取り除けないということは、武だけでなく言葉を発したレオン自ら判っている。なので帝国の、それもあえて戦う術である剣術の教えをもって、理解の深さを伝えようとする。

 

「ああ……示現流の教えですね。私はまた別の流派ですが、その教えは聞き及んでおります」

 続けられたレオンの言葉、そしてその意味を汲んだのか、冥夜は少しばかり緊張を解いた。

 

「白銀……よもやそなた、知らぬとでも申すつもりか?」

「え……っと、ワリぃ、どんな意味だったっけ?」

 そしてようやく冥夜は合衆国軍人の二人以外に意識が割けるようになったようだ。レオンが出した言葉の意味が判らず、あいまいな表情を浮かべた武に、どこか呆れたかのように問いかけてきた。

 だが武とて、さすがにこの場で知ったかぶりなどできないし、するつもりもない。この世界の日本についてはいまだ真に理解できているとは言い難く、歴史などについても不勉強なのは自覚している。

 

 

 

「示現流は帝国において一、二を争う、とまではいわぬが、著名な流派だぞ? それに篁中尉殿が修めておられる」

「あ~いや、名前くらいはさすがに知ってはいるが、その教えの意味が判んねぇ……」

「……ふむ」

 

 武が知らぬとはっきり言ったことと、あらためて周囲の者たちの反応を見て、冥夜は意味が伝わっていないところがあると悟った。すくなくとも、本来のホスト役であるはずのハルトウィックとその秘書官は知らぬ言葉のようだ。

 もちろん、レオンが冥夜に告げただけで、周囲が理解する必要はない。だが、プロミネンス計画総責任者の前での話し合いだ。合衆国の意向を帝国が理解したとは知らしめておく必要があると冥夜は判断し、言葉の説明を始める。

 

「私とて剣はそれなりに修めているとはいえ、示現流とは異なる。あくまで部外者の聞きかじり、という程度の話と受け取ってくれ」

 さすがに少尉という立場で、大佐たるハルトウィックに教えるということは避けたいようで、あくまで質問した武に対して答えるという形で、冥夜は教えの意味を語り始めた。そしてそれは、キース達を通して合衆国に、帝国の少なくとも将軍家に連なる者がそう理解したという意思表示である。

 

 

 

「そうだな……『刀は抜くべからざるもの』とは、武に優れた人物ならば、そも争わずに済ませよ、とでも言うべきか」

「って、剣術の教えなのに言葉通りの意味で、戦うなってこと……か?」

 冥夜の答えが完結に過ぎて、逆に武は混乱してしまう。

 

「深く考えるほどではあるまい、白銀少尉。つまりは抑止力としての武力ということだ」

「……なるほど」

 

 ターニャからも付け加えられた説明に、合衆国の意向が纏められてはいる。先のラプターの能力の話でもあったが、見せ札としての戦力だ。張り子のトラではもちろん問題であるが、その能力に裏付けがあるならば、十二分に軍事的抑止力となる。

 

「まあ、『一生刀を抜かぬものである』などと話されているが、それは逆に『危急の際迷わず無念無想に打つ』には繋がる、とも言われているがな」

 ターニャがさらに解説を加えつつも、クツクツと哂う。そこまで言われるとキースも苦笑しているが、否定はしない。

 

 

 

(現時点では先制攻撃は想定してはいない。が、必要であればBETA支配地域でも、それこそハイヴ内だろうが、人類に対しての武力行使を躊躇わないってことか。いやそれはそもそも戦術機がどうこうってレベルの話じゃなくなるな)

 

 そもそもラプターは、BETA大戦後の対人類戦争を想定して開発されたことはその性能から見ても明白だが、あくまで戦術機である。そしてXM3もその能力を向上させるとは言え戦術機に限定されたものだ。

 もし合衆国が自身の対立国家に対して明確な軍事力行使をなすならば、それらの能力は全体の極僅かな比率でしかない。戦術機でなければ選択しえない軍事的オプションなどハイヴ内戦闘、それこそアトリエ奪還などの状況に限定される。

 

(ただ、抑止力としてはむしろ判りやすいな。かつての機甲戦力や航空戦力を失った国家群からすれば、今の主戦力は戦術機だ。それを数だけじゃなく性能面でも明確に優劣が見えれば、バカをする連中も減らせるな)

 自覚は薄いが、武とて国連軍とはいえ帝国に属する軍人だ。レオンの例え話とその後の抑止力という言葉を聞いて、同盟国たる合衆国のそういう方針は理解もできなくはない。

 

 ハルトウィックも一応は受け入れたかのように鷹揚な態度を取ってはいる。しかしその横に立つ秘書官の眼は鋭く、キース達を敵視したままだ。西ドイツからすれば、抑止としての戦力増強という言葉は、受け入れがたいのかもしれない。

 このあたり、帝国と西ドイツ、どちらも先の大戦の敗戦国であるが、感情的な相違は大きいのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

「……少し話が変わりますが、御剣少尉に一つお聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ、私がお答えできる範囲であれば」

 

 ハルトウィックの緊張を見て取って、緊張した空気を払うためか、レオンがあらためて冥夜に問いかける。冥夜もそれが判っているようで、軽く受け入れた。

 

「ありがとうございます。お聞きしたいのは、先の演習時、御剣少尉の機体には何か損傷でもあったのでしょうか? 事前の調査よりも動きが鈍いように感じられたのですが」

「私が駆った吹雪には一切の不調はございません。ですが……」

 

 レオンの疑惑に、世話になっている整備班の名誉のためにも、まずは冥夜は否定する。

 とはいえ冥夜とシャロンの戦いは確かにどこか精彩を欠いたものだったことは、戦術機に携わってている者たちだけが集まっているこの場では誤魔化しようももないほどに明白だった。

 

 その理由を説明してよいものかと、冥夜は武に目線だけで問いかけてきた。

 だが冥夜の機動の意図は隠すものではなく、むしろ明確に提示していくべきものだと武は考えている。軽く、促すように武は頷き、それを受けて冥夜は話し出した。

 

 

 

「正直に申し上げるならば己が非才の身であれども、インフィニティ04、エイム少尉に相対距離200まで接近した時点で、一切の被害を受けずに撃破できたであろうと申し上げます」

「ふむ。その点は我らとて疑問は無い」

 

 驕るわけではなく、彼我の技量差を客観視した上で、冥夜は断言する。

 問うたレオンだけでなく、キースも演習の最後の戦闘に関しては思うところがあったようだが、冥夜の言葉には素直に納得した。総合的な技量であれば冥夜はシャロンに及ばないが、こと刀剣が届く近接格闘距離においては間違いなく冥夜が勝る。

 

 もちろん単独ではその状況を作り出せないことは、対峙したキースたち同様に、冥夜も自覚している。逆に言えばそこまで御膳立てされれば、いかなる彼我の戦力差であろうと覆せると、自身の技量とそしてXM3での機動性能とを自負しているのだ。

 

「だが、事実として少尉の機体は少なからぬ損傷を受けた。それでも機体側の問題ではなかったと?」

 レオンが問うた話だが、キースがさらに踏み込んでくる。

 

 冥夜の吹雪の損傷は、シャロンとの1on1において受けたものだ。一応は相手を撃破判定まで持ち込んでいるとはいえ、自機も胸部及び左腕小破に右脚部の中破と、痛み分けと言われても仕方がない被害ではあった。

 事前に試してみたいと告げそしてターニャから許可を受けた上であったので、フェアリーにおけるデブリーフィングの際には、損傷の高さ故の叱責などはなかったが、近接戦闘時の長刀利用における問題はあらためて浮き彫りとなった形だ。

 

 

 

「はい、いいえ。先の言葉通り、機体に一切の問題はありません。あの損傷は、XM3にいまだ慣熟できていない我が身の未熟さゆえであります」

「ふむ?」

 

 冥夜の一見矛盾した答えにもキースが考え込む。対して聞き役に徹しているハルトウィックは気が付いたようでどこか面白げに俯瞰していた。

 

「繰り返しとなりますが、あの距離であれば私は、XM3搭載型の吹雪でシャロン少尉の駆るラプターを損害を受けずに斬り墜とすことはできます。ですが、それは私個人の技量による機動、言ってしまえば個人芸に過ぎません」

 

 可能か不可能かで言えば間違いなくできると、冥夜はあらためて断言する。

 そして先に受け入れたように、キースにしてもそこは疑っていないのだ。ならば機体の整備不良でなければ、インフィニティーズは最低限の成果を譲られた、ということになってしまう。

 

 

 

「我らが任は、XM3を提示することに加え、その能力を高めることにあります。我らが担うは次代の剣を鍛え上げることであり、XM3に慣熟できていないと申しはしましたが、私個人のみが再現できる職人技を披露することではありません」

 キースの疑惑を読み取ってはいるのだろうが、それを感じさせぬ態度で、冥夜は原則を打ち出す。

 

 XM3はすでに先のAL世界線においての武が望んだ程度には完成はしている。だがそれは発案者たる武がEX世界線におけるロボットのゲームやアニメなどを見て得た経験から可能な挙動の再現でしかない。

 また第一中隊であれば近接格闘戦に優れた慧や冥夜などであれば、自身のセンスや鍛錬の積み重ねからなる挙動の積み重ねの選択で、今ならばラプターを圧倒することもできる。

 だがそれらの機動選択は、経験を積み重ねた上でなされた判断となる。

 

 いまのXM3に求められているのは、衛士個人の技量に依存した属人的な戦力強化ではなく、定形的なコンボによって可能となる全戦術機の平均水準の向上だ。

 

 

 

「はははっ、我らは在日とはいえ国連軍ですからな。その求めるものは全人類の安寧、まずはなによりもBETAの駆逐であります。そのために必要なものは、長き修練の先に身に付く個人技ではなく、規格化された訓練で習得可能な誰もが使える単純化された選択かと愚考した結果であります」

 

 告げるべき言葉を告げた後、静かに目を閉じた冥夜に代わり、声だけは嗤いながらターニャが引き継ぐ。

 

 武も実働データを見たから判っているが、冥夜の機体に損傷が多いのは、より近付いて斬りかかるのではなく、長刀を牽制にのみ用いて本人は苦手な近距離砲戦を主体としたからだ。

 取り回しが困難とされる長刀で、要撃級からの回避機動を想定した動きと、その後の掃討射撃との数少ないパターンの組み合わせだけで対処したために、テンポを読まれて被害が増えた形だった。

 

 その程度の機動選択に限定しておけば、たとえ新兵と言えど、コンボの組み合わせに悩むことなく要撃級などの大型種の接近からも回避行動が取れると、冥夜が考えた結果だ。

 

 

 

「帝国内でのXM-OS、とくにXM3の習得で課題に挙がったのが、選択範囲の拡大に伴う衛士訓練の長期化の予測、でありました。慣れればより自在に動かせるとは言えど、慣れるのに時間がかかるようでは本末転倒だと。ですので、アルゴス小隊の篁中尉殿の協力も得て、こちらの御剣が近接戦闘時のパターン単純化を進めている次第であります」

 

 日本人的奥ゆかしさからか、冥夜本人が自身の功績を述べようとしないので、ターニャの説明を引き継ぐ形で、武が答えていく。

 

 XM3のコンボはパターン分析とその蓄積によって無限に増大していき、それをOS側が最適な形で反映するとはいえ、それはあくまで強化装備と機体側の蓄積データによる個々の最適化である。そしてこれらにはどうしても搭乗時間がそれなりに必要となってしまう。

 

 最初に身に付けるべきコンボを限定し、選択肢を減らすことで習得にかかる時間を短縮し、また戦闘中の衛士の負担を減らすこともできる。部隊として運用する際にも、個々の水準に差が少なければ、指揮する側も判断に迷わない。

 このあたりの取捨選択は、言われればどのような機動でも再現できてしまう武には、実のところ難しい。幼少時より剣に親しんできた冥夜だからこそ、必要となる基礎の構築と単純化が可能であった。

 

「はは、つまりは衛士の均質化、ということか。帝国の職人気質ではなく、それはむしろ合衆国の大量生産の概念だな。なるほど上がXM3採用を決定したわけがよく判った」

 キースは笑いながら武の説明を受け入れる。

 人口的にも、国内に複数の軍事組織を抱える構造的にもどうしても少数精鋭となりがちな帝国よりむしろ、多種多様な人材を教育せねばならない合衆国軍に、XM3の概念は適しているとも言えた。

 

 

 

 

 

 

(しかし事務次官補殿からの反応がなんなんだ? いつものことだが、まったく判んねぇ。思ってたよりもコーヒーが良くなかったから……とか言われたほうがまだ納得できるぜ)

 

 喀什攻略に、ターニャや武が想定していた戦力が、合衆国陸軍から提供されると聞いても、横に座るターニャが喜色を浮かべることなどなく、むしろ普段以上に憮然とした雰囲気さえ醸し出していた。もちろん事前に知らされていたということであろうが、それにしても反応が薄い。

 XM3に関するキースらの対応にも、さほど動きを見せない。

 

(あ~いや。帝国の方のことを考えると、XM3の生産と供給が合衆国主導になると、煩くなる連中も出てくる、のか?)

 

 先の世界線で経験したようなクーデターとまではいかなくとも、悠陽自らが企図した計画を帝国政府が合衆国に差し出したと捉える層が出てくる可能性は考えられる。もちろん帝国政府も無償で提供するはずもないが、実よりも名に拘る者たちが居ることも確かだ。

 そういった動きへの対応を考えれば単純に喜べないというのはあるかもしれないが、何かまた別の問題をターニャは察しているようにも思えてしまう。

 

 

 

「さて……少々長居し過ぎたましたな。他に何もなければ、我らは下がらせていただきたいと考えますが?」

 そんな武の思考を叩き壊すように、ターニャはいきなり退席の意を表す。形式を重んじるターニャらしからぬ振舞に、さすがに武もその言葉には驚かされ、ターニャを振り返って見つめてしまった。

 

 そもそもホストが挨拶以外何も話していないような状況で、ゲスト側それも下位の者から席を立とうとするのは、あまりにも礼を失する。

 ハルトウィックは現場主義的な合理主義的傾向があるとは、報告書でも見た。それでもこのターニャの対応は合理的どころか、権威への敬意も無く、相手を無視しているにも等しい。

 

「はは、たしかに諸君らの貴重な時間を、これ以上浪費するのはよくないな。私の諸君らの対談から多くのものを得た。名残惜しい気はするが、今日のところはこれまでとするか」

「は……ありがとうございました」

 

 傍若無人としか言いようのないターニャの振舞に、ハルトウィックは軽く笑って見せつつ、受け入れる。

 いくつか質問するべき事柄や、話しかけられたらどこまで答えるべきなのかなどと、それなりには事前に用意していた武は、少しばかり残念にも思うが忙しいことに違いはない。ここで話していても、積み上がっている作業が片付いていくわけではないのだ。

 

 

 

「なんだ白銀少尉、大佐殿に何か質問でもあったのか? 計画を離れる方に尉官如きが直接お聞きせねばならぬことなど無かろう?」

「……は? 計画を離れる?」

 

 わざとらしいまでに呆れたような声を作ったターニャへ、ハルトウィックに背を向ける形で武は再び振り返ってしまった。だが背後のハルトウィックも声にはしないが、そのターニャの言葉に少ながらず驚いている気配は感じられる。

 

「おや? 大佐殿はいまだ内示を受け取っておられませんでしたか? これは失礼を働いしてまったようですな。ブレイザー中尉殿もご存知のご様子でしたので、」

 ハルトウィックの反応を楽しむように、大げさに両手を広げて見せ、ターニャはキースを巻き込みつつも煽って見せる。

 

 

 

「申し訳ないな、少尉。そのような話は私は聞いていない」

「ああ……これは失礼いたしました、大佐殿。たしかに後任に引き継がねばならぬ業務も無ければ、続けなければならぬほどの成果もありませんでしたな」

「貴様、何をッ!? ……っ、失礼、致しまし、た」

 

 あからさまに無能だと嘲るターニャに対し、ハルトウィックの秘書官がついに激昂し声を荒げたが、直属の上官に制されて形だけは引き下がる。

 

「いやはや、後任の方も使途不明金とその送り先に、不正規組織との連絡手段など、もし説明されても困惑するばかりでありましょう」

 ターニャはそんな秘書官の反応を冷めたままに受け流し、それどころか非合法活動に関与していたと言わんばかりにあげつらっていく。

 

「後任人事は進んでいると耳にはしておりましたが、計画そのものの抜本的変更が為されますし、そうですな……プロミネンスの名をそのまま引き継ぐこともありますまい。『エクリプス計画』とでも呼称されるのではありませんかな?」

 

 

 

 慇懃なまでに丁寧な言葉とともに、クツクツと嗤いを作るそのターニャの姿は、しかしかながら武からはどこか苛立ちを抑えているかのようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます。年内には完結させたいなぁと、なにやらいつか書いたことを繰り返してしまいますが、今年もお付き合いいただければ幸いです。

で、実はすでに大佐殿のクビは決まっていたのだ~みたいなところです。ハルトウィックさんは立場は面白いのですが、あまり出てこないキャラなのでスルっと?というのは掛かり過ぎていますが、ここで退場してもらって、次回で事後処理の話、の予定です。

ちなみにコレ書いてる横でBit192 Labs様の小説自動生成AIの「AIのべりすと」をどうにか使えないかなぁ……と新作(R18注意)に手を出してしまいましたが、こっちに使うにはいろいろと難しそうなのでこちらは今まで通りに手書きです。


ご興味頂ければ、そちらもご覧ください。
▼R18注意
『爆乳ふたなりコスプレイヤー -オナニー実況限定配信中-』
https://syosetu.org/novel/275930/


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慢心の計策 01/12/23

 ユーコン基地の一角、プロミネンス計画の西側諸国の部隊に割り当てられている区画、そのなかでもアルゴス小隊やフェアリー小隊の近くに、JASRAの臨時事務室は宛がわれていた。

 このような場所に事務室を構えたのは、ターニャ個人の移動時間を最低限にしたいという思惑も少なからず影響はしているが、なによりも警護の関係からフェアリー小隊から大きく離れることは難しい。

 

 とはいえこのユーコンで処理せねばならぬ案件は、JASRAの全業務からすれば極一部だ。それもあってこの場で直接作業に当たるJASRA局員は、ターニャの現状を知る極僅かな者たちに限定されており、数も少ない。戦術機開発に携わる他部署に比較すれば、局長代理たるウォーケンの執務室といった程度の規模に収まっている。

 

 

 

 JASRAは「国連軍統合代替戦略研究機関」との名の通りに国連軍に関するとはいえ、軍組織ではなくあくまで調査・研究機関である。

 その一環として戦術機開発などにも関与する報告書などは上げてはいるが、それはあくまで戦略論に留まる。プロミネンス計画で求められているような、機種ごとの細かな要求仕様などを提示するようなことはない。

 

 つまり本来ならば、JASRAがこのユーコン基地に小なりと言えど事務スペースなど設置する必要などない。

 そもそもがJASRAからプロミネンス計画へと直接何かを提示することもあり得ない。JASRAから安保理に上げられた報告が、プロミネンス計画に関与すると判断された場合にのみ、あらためて何らかの通知が渡される程度の関係でしかなかった。

 

 それが今回に限っては、数は少ないとはいえ主要局員を連れてきてわざわざ事務室まで確保している。XM-OSの開発・運用にJASRAが第四計画に協力している、という形を取っていることもあるが、ターニャが直接ユーコンに来ることを望んだ結果であった。

 

 

 

「ふむ。一応は、片が付いた……と言えなくはないか」

 そのJASRA用の事務室、表向きにはウォーケンのために用意されたデスクで、ターニャは溜まっていた書類を処理していた。

 

 対外的には療養中という事で、ウォーケンを局長代理という形にはしているものの、ターニャ自身が直接処理しなければならない案件はやはりそれなりの数になる。常日頃からある程度はCP将校の任と並行して手を付けていたものの、それでもどうしても溜まっていくものはある。

 

「お疲れではありませんか、局長?」

「なに。貴様らが纏めてくれていた分、かなり楽ができていると言える程だ。これならばクリスマスには家に帰れる……というものだな」

 

 気遣ってくるウォーケンに対し、使い古された前線での冗談を口にできるほどには、執務も進んでいる。実際のところ、今日はフェアリー小隊の実働試験がないため丸一日書類整理に費やすつもりだったが、午後を少し過ぎたあたりで終わりが見えた。

 

 なによりも、プロミネンス計画はほぼ潰した。

 合衆国からの喀什攻略への戦力提供もほぼ通っている。

 いくつか些事は残っているとはいえ、このユーコンでなすべきことはもはや残り少ない。

 

 アラスカがソ連に租借され、このユーコン基地は国連軍に貸与されているとはいえ、ここは合衆国である。自身の執務室とは言い難いが、それでも南米産の好みの豆で一杯淹れるくらいの贅沢は許されるべきだった。

 

 

 

 

 

 

「ですがハルトウィック大佐の辞任は確実となったとはいえ、キリスト教恭順派どころか、RLFとの関連も見つけられなかったとか?」

「さすがにその辺りは痕跡も残しておらんだろう。が、もう少しばかり揺さぶって、暴発させてしまったも良かったやもしれんな」

 

 ターニャの知る「原作」においては、今年の秋口にはこのユーコン基地で大規模なテロが発生した。その際に、ハルトウィックは難民解放戦線やキリスト教恭順派と協力関係にあったはずだ。

 今のこの世界では状況が変わっているとはいえ、国土を失った軍人として、対BETA戦に全力を傾けない合衆国には思うところがあることは間違いない。

 

 ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地での実戦運用試験に対し、反対する姿勢も示していなかったところを見るに、西ドイツ軍人でありながらも東側とも通じていることは間違いない。

 

 テロリストとも、何らかの形で連絡を取り合っていたことは、ほぼ確実だ。

 

「ああ……いや、今のままに泳がせて、西ドイツ側で調査してもらうほうが、尻尾を掴みやすいか」

「そうでしょうな。ユーコンでのテロを画策していたとはいえ、ここで接触していたような者たちは末端でしょう」

「まあ我らの手は離れたな。終わった話ではある」

 

 ハルトウィック本人からは得られずとも、その副官を尋問できればなんらかの情報は得られたかもしれないが、無理をするほどないとターニャは考え直す。

 諜報戦は畑違いな上に、西ドイツの疎開地は遠い。やるならば相手の中枢に近しい場所で仕掛けるべきだろうし、いまターニャが直接介入しなければならない案件でもない。

 

 

 

「終わったといえばイーダル小隊もですが、接収のほうは楽だったとはいえ、少々残念でしたな」

 ウォーケンが言うとおり、イーダル小隊の設備は、戦術機を除きそのほぼすべてを、第四計画へと移譲することが決定された。ハルトウィックの辞任の噂を流し、その後に合衆国からのXM-OSの提供をチラつかしただけで、ソ連はイーダル小隊を斬り捨てたのだ。

 

「コミーらしからぬまともな判断に、迅速な対応だったな。いや、むしろもっともコミーどもらしい、と言えるな」

 ソ連内部でどのようなやり取りが行われたのかに思い至り、ターニャはクツクツと哂う。

 

 もともと価値を見出していなかったのか、いつまで経ってもまともな実績を上げてこずそして数が揃えられるかどうか怪しまれる計画など、新型OSの供給と比較できるものではないという真っ当な判断だ。

 それも、すでに第三で失敗したと判断されたESP発現体の流用計画だ。党首脳部どころか、導入を検討している者たちもどれほど真剣に捉えているかすら疑問がある。

 

 プロミネンス計画という形で国連から資金も場所も提供されたからこそ進められた開発プランでしかなく、より手軽でかつ実績を示した代案があるならばそちらを選ぶの正しい。

 

 

 

「フェアリー小隊がラプターを打ち破ったのが、よほど衝撃だったということか」

「元々連邦と帝国とは戦術機運用の理念が近しいですからな。あの動きを見せられれば導入しないという判断は不可能でしょう」

「フェアリー小隊のあ奴らにこそクリスマス休暇を与えるべきかね? 帝国軍人がクリスマスの習慣を知っているとは思えんが」

 

 対BETA戦での有用性だけでなく、非ステルス機であれステルス機に匹敵した対人類戦力となるとならば、ソ連が導入に意欲を示すのも当然だ。

 シベリアに展開している部隊ならばXM1どころか刷新せずに済ませる可能性もあるが、アラスカを守護する部隊にはXM3を早急に用意させようとするのは、ソ連としては自然な動きだ。

 そこを怠った場合、ソビエト軍人としては文字通りの意味で生死にかかわる。

 

 開発主任などは少しばかり騒いでいたようだが、あの国のことだ。静かにさせる方法などいくらでもあろう。

 

 

 

「ただ、たしかに数は少ないな。よくて中隊規模、か。少しばかり期待していたが、致し方あるまい」

 

 イーダルで「生産」されていたESP発現体の数はさほど多くなかった。一個大隊は無理にしても二個中隊くらいはと願望半分に期待していたが、横浜に送ってからの各種検査結果待ちだが、まともに使えるのは10体以下の可能性もある。

 

「計画継承上の手続きを徹底する以上の価値はなかったやも知れぬな」

「ですがこれで第五推進派もある程度は納得することでしょう」

 

 第三計画の物はすべからず第四が継続・接収しなければならないという「契約」を盾に、イーダル及びその関連設備を丸ごと接収した形だが、これをJASRAの介入で正しく履行されたという実績は大きい。

 

 第四計画が破棄された場合、継続たる第五計画に対し、秘密主義の夕呼がどれだけ正しく知りえた情報を提出するかどうかが怪しまれているのだ。

 かつてソ連が提出しなかった機材や情報などを、遅くなったとはいえ第四へと移行させたという今回の実例が、第五への説得材料にもなる。

 

 

 

 

 

 

「しかし疲れているという意味では、貴様の方が顔色が悪いぞ? クリスマス休暇も返上したというが、良かったのかね?」

「ははっ、ここから帰省しようとなると、少々時間がかかりすぎますから」

 

 まだ書類は残ってはいるが、あとは軽く目を通すだけの程度のものだ。休む余裕程度はあるとターニャはコーヒーを淹れるために立ち上がり、話を変える。

 

 ウォーケンも切り替えたのか軽く笑って答えるが、たしかにこのユーコン基地から東海岸へ向かおうとするとかなりの時間がかかる。一度アンカレッジに出る必要もあり、定期便に便乗できたとして、そしてたとえ乗り継ぎが良くても少なくとも半日程度は見ておかねばならない。

 

「それに妻や息子の顔は見たいとはいえ、今帰りますと休暇はいえ要らぬ付き合いに巻き込まれそうで……」

 笑いで誤魔化してはいるが、ウォーケンの立場も微妙なところがある。

 

 ウォーケンは軍人ではあるが、順調な出世を重ねており、すでに佐官だ。一般の将校であっても政治に関わってくる立場になる。

 

 それがJASRAへの出向の形で局長補佐官となり、加えて今はターニャが表向きは負傷療養中ということもあり、局長代行だ。ターニャの局長退任後、JASRAがどういう形になるかはいまだ不透明だが、場合によってはウォーケンの役職から代理の文字が無くなる可能性もある。

 またJASRAへの出向が終わった後にはターニャの影響下で軍政に進むのではないかとも目されているが、ウォーケン自身の意向はどうであれ父親が現職の上院議員という出自もあり早期退官後に政界へとという声もあるらしい。

 

 今もなお衛士としての訓練は続けてはいるが、残念ながら前線指揮官として大隊を率いる機会はもう無いものと、本人も自覚しているはずだ。

 

 

 

「貴様が先の申し出を素直に受け取っていれば、ある程度の問題は解消できたのではないか?」

「プロミネンス計画の次の責任者、その副官でありましたか……」

 

 ハルトウィックが計画責任者を辞任、あるいは更迭されることはもはや確定事項だ。その後任は、アフリカ連合軍から誰か大佐級の者を一人計画総責任者に飾り立てておく方向で話は進んでいる。おそらくはフランスの息がかかった形で、モロッコ軍から選ばれることになるはずだ。

 だがそれはあくまで形だけの責任者であり、帝国と合衆国から佐官をそれぞれ一人ずつ実務レベルのトップに据える。そして合衆国からはウォーケンを中佐に昇進させてという形で話は進みつつあった。

 

 ただ本人の意向を問いただしたところウォーケンが断ったので、合衆国側の人事は今は未定のままだ。

 

 

 

 「先進戦術機技術開発計画」としてのプロミネンス計画はほぼ解体されつつあり、ハルトウィックも実質的に更迭が確定したとはいえ、計画そのものはまだ残っている。

 なによりもXM3に合わせた衛士育成プログラムと、戦術機のセッティングなどにおいて、各国間の情報・技術交換を主目的とした国際共同計画たるプロミネンス計画の概略は、まだまだ使い道があるのだ。

 

 その上でソビエト他、東側諸国にはまずはXM2までの習熟という形で、機動データの提出を強要する。拒否するようであれば、そもそもOSや基地設備の提供をしない。

 

「国際協力というお題目は守るためにも、最高責任者とその下に付く者たちの国籍は分けておきたいところなのだがね。衛士育成を主目的とする方向に計画を変えるとすればなおさらだ」

「西ドイツ軍が計画中枢を占めている現状は、たしかにあまり褒められた形ではありませんな」

 

 現在も一応はジョージ・プレストン合衆国陸軍准将がユーコン基地司令としては、ハルトウィックの上にいるが、それでも計画とは切り離されおり、あくまでユーコン基地内での権限に留まる。いままでもある程度はハルトウィックの暴走を抑えていたようだが、それでも基地を出られるとどうしようもなかった。

 

 

 

「あとはその上で、計画への継続参加を問うというわけですか」

「強制すべきことではあるまい? 国際協力だぞ? あくまで参加するかどうかは各国の判断に委ねるべきであろう」

 

 参加しないならそれはそれで良いと、ターニャは愉しげに嗤う。

 

 今のプロミネンス計画も、当たり前ではあるが国連加盟国すべてが参加しているわけではない。門戸は開いているというポーズを取ることが重要なのであって、実質的に特定国家を排除する形になったとしても非難されこそすれ実害は薄い。

 

 前線国家において、今後XMシリーズのOS搭載を拒絶するという選択は困難だ。たとえ類似のコピーOSを組み上げて帝国製のXM-OSを使わないとしても、その運用方針を学ぶためには、実戦を繰り返すかあるいは他国に教えを乞う形になる。

 

 ユーコンを利用することが最もコスト面で優位に立つことが予想され、それに参加しないのであれば、ただ自国の衛士の質を相対的に下げていくだけだ。

 対人類戦を見据えて合衆国から距離を取ることは、あまりに失うものが大きすぎる。

 

 

 

「しかしながら、自分がプロミネンス計画へと移籍した場合、その時は自分の後任人事で、各方面に多大な影響が出るかと」

「む……たしかにそちらの問題もあるか」

 

 ターニャ自らが淹れたコーヒーを受け取り。ウォーケンが話を戻した。

 ウォーケンがあらためてプロミネンス計画に合衆国陸軍から参画すれば、たしかに彼自身のキャリアとしては、それなりに問題は解決される。逆に、ウォーケンが抜けた後のJASRAに関する人事が再燃する。

 

 ――『アレの副官は、長生きできないし心を病む。』

 

 JASRA局長副官とは、そのように評された役職だ。

 かつてのジョン・ウォーケン、そして今のアルフレッド・ウォーケンが例外的に対応できているだけであり、局内から希望者を募ったとしても、誰も手を上げないであろうことくらいはさすがにターニャも理解はしている。

 

 

 

 さらに現在は「ターシャ・ティクレティウス」としての偽装身分の関係で、ターニャ自身がJASRA局長を続けることは難しい。療養を言い訳に、ウォーケンを局長代行に据えて誤魔化しているのが現状だ。

 これでウォーケンが退任してしまえば、JASRAのトップに空きができてしまう。

 

「それにJASRA局長の席は、香月大佐にお譲りする意向では?」

「その可能性が一番高いが、それこれ次の作戦の成否次第だな」

 

 近い将来、JASRAの局長は誰かに譲らねばならない。

 ターニャ自身は権力そのものには執着はないが、その地位がもたらす権限は必要だ。今後も続く対BETA戦を鑑みれば、ある程度人類全体の戦略を左右できる地位には残っておきたい。

 外見と偽装身分の関係でいましばらくは表に出ることが難しいが、その間はこれまで築き上げてきた人脈を使うことだけでは乗り切れない可能性も高い。そのためにもある程度はターニャの意向で制御できる者を後任に据えておきたい。

 

 

 

「喀什攻略の成否に関わらず、来年度中には第四計画は解散される。いや、オルタネイティブ計画全体が解散の可能性が高い。場合によってはJASRAが第四を吸収する形になるやもしれん」

 

 対BETA諜報という第四の目的は、ターニャと武との他世界線の知識という形で達成されている。諜報員育成としての00ユニット作成自体は達成の見込みがないとはいえ、情報自体は入手出来ているので問題はない。

 

 情報に入手経路が問題ではあるが、それも喀什攻略に成功すれば偽装の方法はいくらでもある。ESP発現体を用いた第三もそうではあるが、BETAとのコミュニケーションを客観視できる方法が極めて限定されているからだ。

 

 そして喀什攻略の結果如何によっては、「あ号標的」以外に地球上には重頭脳級が存在しないので、調査手段に関わらずBETAとのコミュニケーションを模索するオルタネイティブ計画自体を月奪還あるいは火星侵攻以降へと延期する可能性もある。

 

 

 

(先の世界線では、なぜか最後の最後で『桜花作戦』は失敗した。今回は業腹ではあるが、代替計画も予定されている。喀什は間違いなく堕ちる)

 

 G弾頼りというのが気にくわないが、合衆国から提示された代替案たる『フラガラッハ作戦』は極めて成功率が高い。いや成功するまで現有するG弾を投射し続けるといった方が近しい計画だ。

 『バビロン作戦』のようなユーラシア全域への一斉同時攻撃などではない。喀什のみに集中した攻略作戦である。

 

 合衆国はこの際に、オリジナル・ハイヴを確実に排除する方向へと動き始めている。

 ターニャの意向もいくらかは影響を与えただろうが、第四の作戦をカバーにして、合衆国は確実に喀什と墜とし、そこに貯蔵されているG元素などを含む各種BETA由来技術を専有する心積もりだ。

 

 軌道降下以外で接近する手段がない現状、一度占拠してしまえば、調査も開発も妨害される要因がほぼ無い。ユーラシアに広がるハイヴがある限り、喀什は逆説的に合衆国以外の諸国から守られているのだ。

 

 

 

 喀什はどうあれ堕ちると考え、そこに思い至ると、ウォーケンがJASRAに残ろうとする意図も読めてくる。

 

(ああ……キャリア・プランという面では、成否はともかく、今JASRAから離れることは悪手か)

 

 ルナリアン派閥などと呼ばれてはいるが、それは各国に薄く広がるもので、合衆国内においては主流とは言い難い。将官にまで昇り詰めるつもりがあるならば、今までのJASRAへの出向は、むしろキャリアの邪魔であった。

 

 しかし第四とJASRAとか計画している年明けの喀什攻略以降は状況が変わる。

 

 対外的には探査機器の試験運用として受け入れられてはいるが、そもそもがハイヴ攻略どころか、大広間にまで到達できるとさえ考えられていない。失敗することが前提の作戦であり、これに関与していたからと言って、キャリアへのマイナス面は限りなく少ない。

 逆に成功した場合には、参画していなかったことで失う名声など計り知れない。

 

 喀什攻略が成功すれば、今後どのような道に進むにしろ、それに携わったことは何物にも代えがたい利点だ。たとえ代替案の方が成功したとなったとしても、どちらにせよいま攻略計画から距離を置くことは、大きな汚点になりかねない。

 なにしろこの世界線においては横浜ハイヴが無く、いまだ人類はハイヴ攻略を為せていないのだ。最初に成功した者と、それに続いただけの者とでは、大きく意味が異なってしまう。

 

 

 

 

 

 

「いやはや、たしかに貴様に今離れられるのは困るな。どうせなら代理と言わずそのままに局長に就任するかね?」

「はははっ、ご冗談を。そうなってしまえば、局長の淹れてくださるこのコーヒーを失ってしまいまいますからな」

 

 改編されるプロミネンス計画責任者の副官というのは堅実であり悪くはないが、ハイヴ攻略には比較しようがない。ターニャとてウォーケンの失脚や停滞を願っているわけではなく、むしろ早く出世してもらい、BETAとコミーを駆逐するべく一層の努力を期待したいところだ。

 

 ウォーケンがJASRA局長に就く可能性は低くはないが、それは後いくつかの実績を積んでからになる。むしろいまの副官の位置のままに、局長を夕呼に切り替えるというのも確かに妙案なのかもしれない。

 

 

 

 喀什攻略の目途が立った今、その先を見据えるべきだと、コーヒーカップの裏でターニャは愉快気に哂っていた。

 

 

 

 

 

 




ハルトウィックの首は飛ばせたし、ラプターも連隊規模で確保できると、これで喀什攻略は完璧に違いないとデグさん安心しております。というかこの2001~2002時点で準備できるのはこれくらいが限界かなぁと。
あと最悪なパターンですが、通常の攻略が失敗しそうならば、喀什だけ限定してのG弾釣瓶打ちで「あ号標的」だけは排除する方向ですのでご安心ください?

で、イーダル関連はあまり引っ張らずにさっくり確保。どこかの片隅で自称天才のロシア科学者あたりが叫んでるかもしれませんが、人民に等しく平等なソビエト式の恩賞が待っているはずです。


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惆悵の残渣

 

 先日のハルトウィックからの招待以降は特に予定外の任もなく、ここ数日は武にとってこの世界で目覚めて以来、もっとも落ち着いた日々とも言えるくらいだった。

 

 もちろん、弐型Phase2へのXM3最適化の任務が簡単という話ではない。

 だが不知火を基準として開発され、吹雪そして武御雷、それどころか第一世代の撃震にまで対応してきたXM3だ。機種ごとの違いを洗い出し、それを潰していく作業はこの短時間であったがそれなりにノウハウが蓄積されてきている。

 それに弐型は変更点が大きいとはいえ不知火の派生機であり、その変更点の多くもF-15ACTVで培われたものだ。採用されるかどうかは不透明だが帝国ではXM3は陽炎への対応も進んでおり、それらのデータを参考にできるたということも大きい。

 

 試験である限り細かな突発的な問題は発生はあるものの、それさえも想定の範囲内でのことだ。

 

 他小隊との合同訓練なども、それもこのところは午前には終わる程度のものに限られている。当初に行ったJIVESでの長時間に渡る訓練などは、さすがにあの時一回限りだ。あれはプレゼンテーションとしての意味合いが大きく、また演習機材が充実しているプロミネンス計画であっても、そう幾度も繰り返せ規模ではなかった。

 

 朝のブリーフィングで提示された通りに試験をこなし、決まった時間に昼食を取り、午後は各種の報告や細々とした事務処理とで一日は終わる。余裕があるためその後は自主的にトレーニングもできる。

 訓練プランをその都度変更し時間に追われていた207訓練分隊の教導補佐や、その後の第一中隊での変則的な任務に比べれば、驚くほどに規則正しい生活が出来ていた。

 

 

 

 加えて、アルゴス小隊との連携が進んだことも、また余裕を生む要因でもあった。

 アルゴス小隊の衛士四人がXM3の習得が進み実機での訓練が始まったこともあり、このところフェアリーとアルゴスとは小隊をなかば組み直すような形で、合同試験が進んでいる。

 ステラとVGとは、まりもと純夏共々にACTVの調整に携わり、ユウヤとタリサが弐型での試験で武と冥夜と組んでいた。

 

 整備はともかく、表向きは衛士四人とCP将校一人だけという異例の編成だったフェアリー小隊からすれば、細かな作業をアルゴス側が担ってくれるだけで大きく負担が軽減されていた。

 プロミネンス計画の他小隊との合同訓練の際も機種を揃えた形で行えるようになり、ある意味では開発小隊としては理想の形になったとも言える。

 

 ACTVに関わる者たちは背部の追加スラスターの有無で機動性が変わることもあり、少しばかり手こずってはいるようだが、それもさほど大きな問題ではないという。

 

 

 

 今日も、定形化してきた訓練とその後の各種報告を済ませれば、弐型に携わる武たちの手は空いてしまった。タリサだけはイブラヒムを手伝うということで残ったが、それも本当に手伝い程度のものだ。

 

「こうも毎日定時に終わると、なんか……落ち着かねぇよな」

「休むことも任務の内だと、何度も繰り返し申しておったのはそなたであろう」

 

 答える冥夜にしても、なにもしなくても良いという時間は戸惑うようで苦笑気味に言葉を漏らすだけだ。

 

 冥夜とユウヤの三人でPXにて夕食を取ったものの、この後の予定が何かあるわけではなかった。急ぐ必要はないにも関わらず身に付いてしまった早食いで夕食を片付けてしまうと、どうしても手持無沙汰になってしまう。

 

 食べた直後にトレーニングというわけにもいかず、コーヒーカップを片手に雑談となるが、この三人だと話題は戦術機に関わることくらいだ。それを数日繰り返せば、さすがに戦術機バカとまで言われたユウヤであっても話題が尽きる。

 そもそもが話し合う時間は勤務中に組み込まれているので、食事をしながらの雑談程度で済むようなことはすでに語りつくしていたとも言えた。

 

 

 

「今日は特に試験項目が少なかったからなー」

「とはいえ、オレらがバタバタしてたら、整備の連中が明後日から休めないから、仕方ねぇだろ」

 

 愚痴のように零す武に答えるユウヤもまだ動き足りないという風情ではあったが、言葉通りに仕方がないと割り切ってはいるようだ。

 

「ああ……そういやもう年末休暇か。こっちではクリスマス過ぎたら休みなんだったっけか?」

「合衆国ではな。国連軍だとどうかは知らねぇ」

 

 確認するようにユウヤに問うたが、あっさりと返される。

 たしかに国連軍がどうなっているかはむしろ武たちの方が本来なら詳しいはずだ。このあたり一応は国連軍でありながら、第四というよりは夕呼直轄ということで無茶が続けられてきた武では、事情が判らない。

 ただ以前の世界線の武は横浜基地で無理やりにクリスマスパーティを企図したが、このユーコンならば欧米諸国が集まっているために、すでに準備されているはずだ。

 

 

 

「ふむ? 帝国の方では年末と三箇日過ぎまでは休みとなっていたとは思うが……このユーコンではまた話が変わりそうではあるな」

 

 武の視線を受けて冥夜も答えようとするが、歯切れが悪い。

 帝国であれば、年始の三箇日の間は基本的には休みだ。将軍職などは逆に催事などの予定が詰まっているのだろうが、政府関係者でも休みを取る。軍も平時であればそれに倣っている。

 ただ国連軍の場合は参画している軍によってその辺りは微妙に異なる。在日帝国軍であれば帝国に習うが、このユーコンも所属的には非常に複雑化している。

 

 そしてこのユーコン基地は、本来は合衆国軍の基地ではあるが、いまはソ連に租借されたアラスカ州と合衆国との半ば境界線だ。

 合衆国は戦時下とはいえ、超大国かつ後方国家である。また戦時下であるからこそ、可能な限りの日常は続けられるように努力されている。逆にソ連は前線国家且つ亡命政府だ。さらに社会主義ゆえにクリスマスを祝って良いのかどうかさえ武は知らない。

 

「BETAにクリスマスも正月も関係ねぇ……とはいえ、休むのはたしかに重要だけどな」

 苦笑気味になってしまうが、人類の習慣などBETAに考慮されるはずはない。恒星間を移動可能な土木建築機材群たるBETAだ。クリスマス休戦など夢物語だった。

 

 

 

「しかし……クリスマスというのは、基督教における聖人の生誕を祝う日であったか? それが軍の休日にまでなるのか?」

「いまはもう宗教的な意味合いはほぼ無くて、親が子供にプレゼントを贈って家族みんなでターキーやケーキを食べる、くらいだな」

「ふむ? なるほどたしかにそれならば料理は違えど、我が国における正月に等しいというのも、判らなくはないな」

 

 欧米文化があまり浸透していないこの世界の帝国においては、クリスマスの習慣がない。育ちゆえにそれなりに諸外国の風習を教えられている冥夜と言えど、具体的なイメージは浮かんでいないようだ。

 ユウヤがざっくりと合衆国におけるクリスマスの様子を話すが、またなにか違った方向に理解している可能性も高い。

 

「てか、軍なら明日の夕食にターキーとケーキが付くくらいじゃねぇのか?」

「それくらいだな。あとは休みが取れるヤツは多いから、飲みに繰り出すのと……」

 

 冥夜を一瞬見てユウヤが言葉を濁すが、何を言いたいのかは武にも想像は付いた。

 

「VGが何かと張り切ってるって、くらいか」

「はは、そんなところだ」

 暇になった男女が出会いを求めることは珍しくもない。前線を知る者たちならばなおさらと言える。

 

 

 

 

 

 

「で休みはどうでも良いが、Phase2仕様のままで進めていいのか?」

「いや、どうでも良いのかよ……まあ、いまこのユーコンで調整するのはそれでいいらしいぜ。こっちの方も命令は変わってねぇよ」

「オレとしては、最高の状態で送り出せるならばそれはそれで嬉しいんだが……採用はPhase1仕様になりそうなんだろ?

 

 似たようなことは何度かユウヤから伝えられていたが、答えは変わらない。このあたり同じ弐型に乗っているとはいえ、タリサから問われることが無いのは、彼女が前線を知っているからだろう。XM3環境下において、帝国が必要としているのはPhase1仕様だと肌で感じているようだ。

 ユウヤはやはりどこか戦術機開発に理想主義的なところが残っており、機体性能を可能な限り上げようとする。そういう意味では、Phase2仕様のままに開発が進んでいることは喜んでいた。

 

「そもそもが何が採用されるかがホント不透明になっちまったからな。Phase1、というか壱型丙改っていうのかはまだ決まってねぇらしいが、XFJ計画としてもどの仕様で提示するかが技術廠の方でも決めかねてる……らしい」

 いくつかの報告書のやり取りの中で巌谷から武が知らされている話に限るが、それを本来ならば計画外部の人間である武にまで知らしめても問題ないという程度には纏まっていないようだ。

 

 唯依ならばもう少し詳しく聞かされているだろうが、今この場にいないだけでなく、彼女の性格からして公的に出せる範囲以外はユウヤや武に話すことはありえない。

 

 

 

 XFJ計画の現状は極めて不透明だ。

 耐用年数の近付いてきた撃震を代替する新機体が必要であることに変わりはないが、XM3の採用が前提となってしまったために、その候補が広がり過ぎている。

 

 当初の合衆国政府との契約では、不知火の生産にボーニングをはじめとする合衆国企業の関与が確定していたが、ハイネマンのXFJ計画の私的占有と情報漏洩疑惑もあり、場合によっては白紙撤回さえもありうるらしい。

 

 消費電力などの向上のために壱型丙を合衆国製パーツに置き換えたPhase1仕様であれどパーツレベルでの輸入は進められるだろうが、計画本来の仕様であったPhase2ほどにはボーニングの比重は大きくない。むしろ個々のパーツ単位でのライセンス提供だけで済んでしまう可能性さえある。

 

 

 

「結局のところ、XFJ計画としては初期想定仕様たるPhase2をXM3に完全対応した形で提示してくれってことなんだろう……とは思う」

 

 もともと陸軍に限らず、帝国はコストや生産性よりも個々の性能を重視するきらいがある。大戦後の合衆国との同盟関係などで薄まりつつはあるとはいえ、技術者のみならず運用側でさえ数よりも質を選ぶ傾向が強い。

 武御雷などはその行き過ぎた形ではあるが、やはり人口的にも国土地理的な要因などもあり、揃えきれない数を質で補おうとする。

 

 ただXFJ計画として、いまだPhase2仕様に拘ることも理解はできる。たしかにPhase1ならば比較的低コストで数が揃うとはいえ、それならばXM3仕様の陽炎が候補として挙げられてしまう。

 なによりも武の知る世界線と異なり、BETAの大国本土進攻が防がれているために戦術機の損耗が少なく、代替すべき激震の数もはるかに多い。次期主力機ではないがそれなりの数が必要とされるため、今後も長く使われるであろうから逆に性能が求められるという状況なのだ。

 

 そして武の、というよりも第四計画としては喀什攻略その中でも中核となる予定のA-01には弐型Phase2の完成形が望ましい。もちろんこれはいまだ公表できる話ではないので、ユウヤには伝えられない。

 

 

 

 

 

 

「ただ、Phase1仕様であれ、2であれ、最後まで責任をもって仕上げたかったってのは確かだな」

 冷めきったコーヒーカップに口を付け、ユウヤが心底惜しそうに言葉を漏らした。

 

「最後までって、主席開発衛士殿の言うセリフじゃないだろ? 何かあったのか?」

「ん? もしかしてそっちには伝わってないのか?」

「俺たちフェアリーの衛士には伝わってない情報はアレコレと多いはずで、正直ドレのことか判らんッ!!」

 

 当然知っているのだろうという風に問われたが、武には何の話か分からない。横に座る冥夜も思い至ることが無いようだ。

 

 軍としての機密保持という面は当然あるが、ターニャも夕呼も二人ともが揃って秘匿体質なために、比較的情報に接しているであろう武やそして局長代行となっているウォーケンであっても伝えられていないことは多い。

 A-01の担当任務など、そもそもが作戦目標さえ不透明なままに実行されることさえあるのだ。

 

 

 

「それほど隠さなきゃならんような話じゃねぇよ。配置転換の辞令が下ったってだけだ」

「……え?」

「それは任務地が変わるということだけでなく、か?」

 

 静かに聞いていた冥夜だったが、武の戸惑いを見てありえそうな仮定を上げる。戦術機開発環境としてこのユーコン基地はたしかに充実してはいるが、そもそもの帝国軍向けの戦術機が運用される環境とは少しばかり違いがある。

 開発拠点変更に伴う異動ならばおかしな話ではないと、冥夜は言いたいようだ。

 

「その可能性もなくはないが、詳しくは行ってから聞け、としか説明されてない。それに動くのはオレだけでチョビは残るらしい」

 

「となると、たしかに弐型の開発からは外される形か……で、どこに飛ばされるんだ?」

「ヨコハマ、とは聞いてる。扱いは今のままに国連軍への出向って形だな」

「あ~そりゃ、すまん……多分こっち関係の何かだ」

 

 場所を聞いて任務内容にはまったく予想も付かないか、誰の意向かだけは思い至ってしまう。

 

「とはいえ、弐型はほぼ仕上がってることは間違いねぇ。あとはそれこそチョビだけ……じゃあ難しいかもしれねぇが、イブラヒムのおっさんかユイが乗れば年明けには終わってるだろうしな」

 

 そう言ってユウヤは形だけは笑って見せるが、やはり心残りがあるのだろうとは、なにかと鈍い武であっても感じられた。

 

 

 

「って、そうだ。ユウヤ、ちょっと参考に聞いてみたいんだが、戦術機開発の達成感? てか実感はどういうトコなんだ?」

「え……そりゃ、機動試験とかで狙ってた以上の数値が出せた時とか、だろ? あとは……そうだな、超えられなかった壁を越えた時、とかか?」

 

 想定以上の結果を出してどうするつもりだ、と言いたくはなったがたしかにそれは達成感があるだろうとは理解できる。そしてその結果がより良い戦術機開発に繋がるであろうとも予測はできる。

 

(やっぱり血は繋がる……というか)

 ユウヤは合衆国で育ち、この国を出た経験などないはずだが、どこか日本人に似た職人気質なところがある。ミラ・ブリッジスがどのようにユウヤを育ててきたのかは直接は判らないが、父親の影をしっかりと伝えていたことは間違いなさそうだ。

 

 

 

「もちろん、最終的には正式採用された時ってことになると思う」

「それに関しては……ホントにスマン」

「気にするな、XFJ計画の迷走は、タケルがどうこうって話じゃねぇだろ? むしろオレが最初からもっとしっかりとユイ……じゃねぇな、帝国の戦術機、いや日本と向き合ってりゃすでに完成してたはずなんだ」

 

 先日、レオンから告げられた言葉がまだ胸に刺さっているのだろう。悔むようにユウヤは言うが、むしろ今の弐型の形は武たちからすれば理想的だった。

 いまだから予想もつくが、ターニャが何らかの形でXFJ計画の進捗を押し留めていたのだはないかとすら思えてしまうくらいだ。

 

「結果的に、今の方が理想以上に仕上がりつつはあるんだ。気にするな」

「塞翁が馬、というところだな。なにが良かったかは、先に進んでから見返さなければ見えぬものもあろう」

「……そう言ってもらえると、開発衛士冥利に尽きるな。ああ……達成感と言えば、今がそう言う感じだぜ?」

「あ~なんとなく判った」

 

 軽く笑ってユウヤに言われてみれば、たしかに腑に落ちる。自分が作ったモノが、使う側の人間から褒められれば、間違いなく満足できる。先の世界線でXM3のトライアルの後に国連軍衛士たちから声をかけられた武も、似たような思いを抱いたものだ。

 

 

 

 

 

 

「しかし……そなた、もしやいまだに実感が無いと申すつもりか?」

 ユウヤへの問いの意味を考えていたようで、冥夜が武を問いただしてきた。眦が普段以上にきついと見えてしまうのは、武の負い目からだけではないようだ。

 

「先日もウォーケン少佐から言われてはいるんだが、各工程が想定できてねぇってのは大きいんだが、それでもやっぱり実感が沸かねぇんだよ」

「実感って、お前らフェアリーの任務の進行が、か? いや……判りやすすぎるくらいに成功してるじゃねぇか。」

 

 冥夜だけでなくユウヤにまで呆れられたように言われる。

 

 XM3の提示は武が思っていたよりも成果があった。帝国での採用が、九州防衛のためもあって遅れていたことに比べれば、今のところ各国からの反応は予想以上である。

 そしてプロミネンス計画は、無駄の多い戦術機開発はほぼ凍結され、いまはXM3への対応とそれに合わせた衛士育成プログラムの研究へと移行しつつある。それもあって、計画の主目的たる各国間の情報・技術交換はむしろ今まで以上に進んでいた。

 だが「東西陣営の協調」などは完全に放置されている形だ。むしろXM3用CPUの提供割合で、東西の格差と対立とが大きくなったとも言える。

 

 たしかにターニャが目論み、武たちがユーコンに連れてこられた目的はほぼ達成されている。が、それでも武自身からすれば、それらはターニャの成した結果だと思えてしまう。

 これらの結果が今後にどう繋がっていくのか、そしてそこに自分がどれほど関与できたのかが、感じ取りにくいのだった。

 

「あとは……この後の工程が想像できねぇってか、これからやれることももう思いつかねぇしな」

「いや、そりゃ衛士が考える範疇なのか?」

 

 どこか呆れたかのようにユウヤは問うてくるが、冥夜に至ってはどこか睨むように無言のままに視線を向けてくるだけだ。

 

 

 

 ――オレには何かができたんじゃないか

 

 かつて幾度と繰り返したであろうあの一周目、そこで感じたことがどうしても頭の片隅にこびりついている。変えられたんじゃないか、今からでも変えられるんじゃないかと、どうしても考えてしまう。

 

 合衆国からの戦力提供も確定した。喀什攻略への準備は間違いなく進んでいるのだろう。

 だが、それはすなわち計画全体に対して武が関与できることは無くなったとも言える。

 

 そして作戦開始までの時間はもうさほど残されていない。このままターニャや夕呼の言うなりに流されていれば、望んでかの地へと赴く武自身はともかくも、冥夜までも巻き込んで死に追いやってしまうのだ。

 

 いまだそれを回避する術には思い至れていない。

 

 

 

「ワリぃ……ハラもこなれて来たから、少し走ってくるわ」

 

 冥夜は微かに瞳を閉じ何か言いたげではあったが、ユウヤの存在があるからか言葉にはしなかった。

 

 そう言い残し、武はPXから逃げるように立ち去った。

 

 

 

 

 

 




微妙なところで話も進んでいませんが、クリスマス回の直前。すべてエルデンリングが面白過ぎるのが悪いのです。

でナゾのクロスオーバーもの?で「痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。お前それヤーナムでも同じ事言えんの」とか前から考えていますが、タイトルだけで終わってしまっているので書きようがないです。

でで、次回くらいでユーコン編というか第四章終わらして最終章に入る、はずです。


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皆既の薄明

 走ってくると言い残しPXから逃げるように離れた武だが、行くところというと構内のトレーニングルームになってしまう。

 

 これが慣れ親しんだ白陵基地ならばグラウンドに出ればいいが、この季節のユーコン基地ではそれも少し躊躇ってしまう。歩兵訓練ならばともかくも、この季節のこの時間帯に衛士が一人外をランニングしているようならば、咎められずとも奇異な目で見られてもおかしくはない。

 加えて一応は武も開発衛士として扱われており、しかも今はXM3のこともあって何かと注目されている。考えを整理するためにも一人で身体を動かそうとしているのに、それでは集中もできない。

 

 とはいえ武たちに使用許可が下りているトレーニングルームでも、人目が気にならないというわけではない。

 このユーコン基地はその巨大さからも、なによりも合衆国軍基地であったということから、先ほどまで座っていたPXにしてもそうだが各種設備は充実している。

 

 それでも西側開発衛士に宛てがわられている設備はそれなりに重なっており、室内トレーニングルームもその一つだ。どうしても中に入れば顔を見知った各国の開発衛士に会うことになる。

 いま夕食後のこの時間でも、幾人かの衛士たちもそれぞれが機器などを使ってのトレーニングに励んでいるが、武は目線があった数名にだけ軽く手を上げる程度の挨拶で通り過ぎ、ランニングマシンの一番奥へと進んだ。

 

 

 

 ユウヤに限らず、プロミネンス計画に携わっている開発衛士の大半は、自身の技術の向上に貪欲だ。一見は軽く振舞っているVGにしても、XM3の習得には恐ろしいまでの集中力で取り組んでいる。

 そして現在のところこのユーコン基地においてもっともXM3に精通しているのは、フェアリー小隊隊長のまりもではなく武であると、先日来の合同訓練などを通じて知れ渡ってしまっている。しかしアルゴス以外の開発小隊とは時間の限られた合同訓練とでしか顔を合わせる機会も少なく、人によっては武の休憩時間を見計らってPXでの食事時間に押しかけてくるほどだった。

 

 普段ならばその意欲を好ましく思いできる限りは対応している武だが、さすがに今は静かに身体を動かしたい。

 

 そんな武の雰囲気を察したのか、誰も武に声を掛けてはこない。それぞれに強い拘りのある癖が強い人材が多いとはいえ、開発衛士というのはやはりトップエリートであり、コミュニケーションに関しても一流であるものが多い。

 周囲のそのような配慮に言葉にはしないままに感謝して、ランニングマシンの設定を済ませ、軽く走りはじめる

 

 

 

 

 

 

 だが考えるといっても、まさにいまランニングマシンの上にいるように、同じところをグルグルと廻っているだけだ。

 何かができたのではないかと思うものの、その何かが判らない。なにか考えつかねばならないと焦りはするものの、それで思い浮かぶようならば悩むはずもない。

 

 なによりも時間的な余裕はもはや然程残されていない。

 

 合衆国陸軍からの戦力提供が現実的になった以上、喀什攻略作戦は、近日中に実行に移される。準備に時間を掛け過ぎてしまえばハイヴの拡張が進んでしまい、武が持つ地下茎の構造データも有効に活用できなくなってしまう。

 早ければ年明けにすぐ、遅くとも春までには作戦は決行される。

 

 合衆国の参加が明確化し喀什攻略の目途は立ったとはいえ、いまだ成功率の低い賭けにも似た計画であり、また生還の可能性も著しく低い。

 

 

 

 たしかに投入戦力などを見れば、これが偵察用機材の試験運用のための作戦だなどというお題目を誰も信じていないのが判る程度には大きい。そして武自身の知識から見ても、十全に近しい兵力を整えているとは思う。

 

 先の世界線で武が直接体験した『桜花作戦』と異なり、今回の計画では通常の軌道爆撃に加え、軌道降下の各段階ごとにG弾での地表掃討が含まれている。それに参加するXG-70も三機に増えてはいる。

 さらには作戦参加戦術機の大多数はXM3仕様となるはずだ。間違いなく降下可能な戦術機戦力は増強されている。しかもさすがに『桜花作戦』よりも準備期間には余裕がある。

 

 細かな問題と言えば、横浜ハイヴが無く『明星作戦』が実施されなかったこの世界線ではG弾による各種の環境影響のデータが無いことだ。どれほどの時間、どれほどの規模で重力異常が残るのかさえ概算程度のものしか提示されていない。ましてBETAを停止させる効果などまったくの不明と言っても良い。

 おそらくはBETA個体間同士の何らかの通信手段を第五次元効果の影響で阻害し、それ故にBETAが活動を一時的に停止するのだろうとはターニャや夕呼が推測していたが、それも想像の範疇だ。起爆実験のデータでは流石にBETAへの影響までは収拾されていない。

 

 そして『明星作戦』が存在しなかった関係で、もしも作戦が成功裏に進み「あ号標的」たる重頭脳級を破壊できた場合であっても、残存BETAの行動も予測が付けにくい。こちらも夕呼も予想としては、おそらくは徹底抗戦などと言ったことはなくH2たるマシュハドハイヴへと帰還行動を起こすだろうとのことだが、それを裏付ける具体的な事例などは当然なく、それを攻略計画に織り込むことが難しい。

 

 

 

 実のところ武もターニャも「あ号標的」さえ破壊できれば、それで戦闘はほぼ終結するだろうという予測の下に計画を立案してきたが、あたりまえだがそのような考えは楽観的過ぎるとの見方が強い。

 武が提案してきた、全戦力をもって何よりもまずは「あ号標的」を攻略するというプランが通りにくいのは、G元素集積地たるアトリエ「い号標的」を優先したい合衆国の思惑もなくはないが、作戦の成否に関わらず撤収のための予備戦力を確保しておきたいという、極々当たり前の思惑が強いからだ。

 

 ターニャがどのような手段をもって作戦計画を押し通したのかは武には判らないが、おそらくは補給の目途が付きにくい侵攻作戦において、戦力の一点集中による短期決戦のみが作戦を成功に導くとでも言い切ったのだろう。それくらいしかあのような無茶な計画が通るはずもない。

 

 いくつもの作戦計画が討議され準備も重ねられ、武がこの世界で目覚めた時に描きだした計画に比すれば、間違いなく成功率は高まっている。すくなくとも東側が期待するほど分の悪い賭けではなくなりつつはある。

 

 それでも武が個人的に思い悩むのは、このような無茶としか言いようがない攻略計画が曲がりなりにも通ってしまったこと、そしてそれゆえの生還率の低さだ。

 自身が死ぬのはたしかに恐ろしいが、それよりも無為に散ってしまわぬようにと前を向くことくらいはできる。たとえ自分が死んでも誰かがその先へと進んでくれるならば、受け入れられなくもない。

 

 第一次降下に参加する合衆国陸軍の仕官達であれば、XG-70cに搭載される装甲連絡艇での早期撤収も可能だ。だが武たちは「あ号標的」を直接攻撃する最深部突入部隊に抜擢されるはずであり、当然ながらそれは作戦が成功しなければ撤退さえも覚束ない。

 

 

 

 正直、参加将兵の皆にも死んで欲しいわけではないが、なんとしても生きて帰って欲しいと思えるのはただ一人だけだ。

 冥夜を「御剣冥夜」として担ぎ出してしまい、そして喀什へと押しやることになったのは、間違いなく武の責だ。もしあの時に他の選択をしていればと、無駄な後悔に苛まれる。

 

 なにかと政治的問題の多い元207Bの面々の中でも、冥夜の立ち位置は格段に難しかった。夕呼どころか原作知識を持つなどと嘯くターニャにしてもその取扱いに苦慮していたが、それを武が確定してしまったのだ。

 

 武が何かをせずとも、207BはUL世界線同様に国連軍内部にて飼い殺しに近しい状況のままかもしれないが、任官はできたのではないかとも思う。あの時は状況が判っていなかったが、計画が破棄され第四への人質という意味合いが無くなったから任官したのだろうが、この世界線でもいつまでも訓練兵に留めておけるはずはない。

 任地などは選べるはずもなく、また衛士になれたかどうかは難しいが、それなりの責のある部署に就けられたのではないかと、どうしても考えてしまうのだ。

 

 喀什攻略どころか、前線に立つことさえないままに、その生を続けられた可能性はあったはずだ。たしかに幾分かは自由も制限されるとしても、それは今の冥夜とさほど変わることはない。

 

 結局、白銀武たる自分は何もしなかった方が良かったのではないかなどと思い至ってしまう。考えているつもりで何も考えていない以上に、無為な思考に陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 人類を護るなどと嘯きながら、護りたいと思ってしまうのはただ一人だ。

 望まれたとはいえ武自らがその命を絶った先の「御剣冥夜」の代わりにしているだけではないかと自嘲気味な思考にも囚われるが、それでも今この隣にいる冥夜の命を散らしたくはない。

 

「そなた、また我らの立場についての考え事か?」

「って……御剣、来てたのか」

 

 それでも無駄な思考に没頭していたせいか、声を掛けられるまで横のランニングマシンで冥夜が走っていることにさえ気が付いていなかった。

武のペースに合わせてか冥夜もまたウォーキング程度の速度だが、その視線は前を見据えたままだ。

 

「あ~正直に聞くぞ? お前、現地に行ってすぐに撤退するとか、そもそも軌道上には上がるが予備戦力として扱って、と……ワリぃ、聞くまでもなかったな」

「判っておるならば口にすべきではないぞ」

 

 言葉の途中だったが、間違いなく殺気までも滲ませながら、冥夜が睨みつけてくる。冥夜が自身の安全を考慮して、形だけの参戦などを受け入れるはずもなかったのだ。

 

 

 

「正直に申せば、御剣冥夜が消える舞台としては、次の作戦というのは望みうる最良であろう」

「消えるって、お前……」

 

 武が洩らした言葉を自身を慮ってのことだと判っているからこそ、怒りを一瞬で鎮め冥夜は再び前を向く。そして望まれている役割を、自身に言い聞かせるように言葉を紡いでいく。

 

「おそらくだが、私が衛士として戦場に立てる機会は、たとえ生きて帰れたとしても後幾度とは無かろう。たとえ乗機を不知火、いや撃震に変えたとしても、それこそ名前どころか顔形まで変えねば衛士としては生きていけまい」

「いや……それは、そうなる、のか?」

 

 悠陽個人ではなく、煌武院が家として冥夜の偽装を受け入れたのは、政治面でも軍事面でも実績を積み重ねている斑鳩崇継への警戒があったであろう程度には、武にも推測できる。

 そして衛士として訓練を受けているとはいえ、視察程度ならばともかく、悠陽自らが前線に立つことなどできようがない。それを「御剣冥夜」としての形で、先の九州防衛戦に先立ち前線に臨んだという「実績」を作りたかったのだろうとも思える。

 

 崇継と比肩できるほどではないが、あの九州における偽装だけで、お飾りに過ぎないと思われていた将軍職には十二分に意味があったはずだ。

 

 

 

「そなたらの尽力に助けられて望まれた程度には名を上げられたのではないかと、これでも己惚れてはおるのだ。そしてこれよりはかのお方の負担になるであろうとも判っておる」

 

 今は国外に出ているからもさほど問題視はされていないのかもしれないが、これ以上は「御剣冥夜」としての名が高まり過ぎる。

 今の程度ならば双子であることを知られたとしても、むしろ悠陽が「御剣冥夜」の名を借りて参戦していた、と捉える向きを大きくできる。だが今後も冥夜が前線で戦い続け戦果を積み重ねていってしまえば、当然ながら冥夜本人の実績として認識されることも増えてしまう。

 

 そうなってしまえば、煌武院の古い因習ではないが「双子は世を分ける」要因になりかねない。合衆国との関係が比較的良好なこの世界線では発生しなかったが、今後クーデターなどが画策された場合に神輿として担ぎ出される可能性もないとは言えなくなってしまう。

 

 今の冥夜の立ち位置は、各方面の微妙な思惑の上で成り立っている。たしかに喀什でその身を散らしてもらうのが収まりが良いと考える輩が居てもおかしくはない。なによりも悠陽の感情ではなく、その立場からすればそうなることがある意味では望ましいのだ。

 

 喀什攻略が失敗したとなればその参戦記録自体が秘匿されるであろうし、成功したとなれば人類初のハイヴ攻略が大々的に喧伝されること横で、冥夜の生死に関わらず「御剣冥夜」の奇跡の生還は静かに広げられるはずだ。

 

 

 

「いや、いまならまだその立場を下げてなんとかギリギリ……って、お前がそれを飲むはずはねぇ、か」

「そなたは私のことをよく判ってくれているようだな」

 

 武が零した言葉を、冥夜は笑って赦す。

 

 単純に国連軍を退役し斯衛からも距離を取り、外様武家でしかない御剣家当主としてのみであれば生きていける道はあるかもしれないが、それはまさに悠陽の予備としてのみ生かされるということで、幽閉に近しい。そしてそれでは悠陽の足枷にはなりこそすれ何ら手助けができる立ち位置でもなくなってしまう。

 

 冥夜がただ生かされ、悠陽の重荷になるような道を選ぶとは、武には考えられなかった。

 

 

 

 

 

 

「私のことを考えてくれることは嬉しいが、それほど悩むこともあるまい。望んで今の位置に就いたのだ」

「そうは言ってもだなぁ……」

「以前にも申したが、この身の使いどころとしては、望外の立場だぞ? 私だけではどうしようもなかった道筋を切り開いて貰ったのだ。そなたには感謝しかない。それとも私からの謝意は受け入れぬとでも申すつもりか?」

「んな訳ねぇだろ」

 

 冥夜を今の立場に追いやったという自責の念が武にはあるが、冥夜は軽く笑ってそれを否定する。

 

「しかし以前、私はそなたに一人一人が為せることを為すべきだと申したが、間違いであったやも知れぬな」

「いや、今の時代、できることをできるヤツがこなすのは当たり前だろ?」

 

 ――人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである。

 

 慧の父親である彩峰陸軍中将の言葉ではないが、個々人ができることをしていかなければ、人類に未来はない。小さくとも何かを積み重ねていかねば、BETAに押し流されて滅びの日を迎えるだけだ。

 

 

 

「そなたは為せることが大きすぎるのだ。それそえも自覚しておらぬのか?」

「そりゃあ買い被りすぎだろ。訓練教官補佐やってたから勘違いしてるだけじゃねぇか?」

「あの時点で、そなたが我らよりも先に進んでいたことはたしかであろう。それは別としての話だ」

 

 武の言葉を冥夜は静かに受け入れる。

 武は繰り返された世界線で、訓練兵など幾度も繰り返してきたのだ。訓練兵に期待される程度のことなど、完全にこなせて当然でしかない。

 

「一応、お前らよりも前に衛士訓練に入ってたからな。できて当たり前だ」

「ただそれだけで神宮司大尉が、何よりも香月副司令がそのような立場に据えるはずが無かろう?」

 

 偽装の経歴を思い出しながら武は言うが、冥夜はそれでは納得しなかった。過大評価だと武には思えるが、上官二人に認められていたと言われれば、返す言葉もなくなる。

 

「加えて、だ。人類を護る算段、それがXM3であり次に予定されている作戦なのであろう? そなたはそれらを作り上げ形としてきた」

「オレが出した案なんて作戦成功の可能性は限りなく低かったし、生還の目途なんてまったくなかったんだぜ? 計画を今の形に纏め上げたのは、他の将校の皆様方だよ」

 

 そもそも出した案というのも、先に経験した『桜花作戦』をなぞった程度のものだ。武が考え出したものではない。作戦立案に寄与したなどとは、さすがに考えられない。

 

「まったく……謙遜もほどほどにせねば嫌味と受け取られるぞ? 少しは自身が為してきたことを誇るがよい」

「とは言ってもだなぁ、XM3の方も形にしたのは社をはじめ、プログラムを書いてくれた人たちだからな」

 

 武がした思えるのは、別の世界線の知識を伝え、それで形になったモノに少しばかり寸評を加えた程度のことだ。むしろリーディングで身体に負担がかかることを受け入れ、それで武の意識を読みながらOSを仕上げた霞こそが、間違いなくXM3開発の最大の功労者だと考えている。

 

 

 

「XM3といえば、やはり私にはそなたはこの地にて次代の衛士育成に携わるべきだと思うのだがな」

「前にも言ったがオレには向いてねぇよ、それ。最近特にそう思うぜ」

 

 武はXM3の各種モーション作成などに、自分が向いているとは思えなくなっている。

 

 たしかにEX世界線でのゲームなどの経験から、この世界では思いつかないような機動はできるが、それは武ができるだけであって対BETA戦に有効なのかどうかはまた別問題だ。

 加えて武自身の高い戦術機適性から、割合とどのような無茶な機動でも可能としてしまうのだが、それがまた一般的な衛士にとってどれほどの負担になるかの判断が難しい。

 

 結局のところ、たしかに武は一戦術機衛士としては突出した存在ではあるが、それ故に汎用的に使われる機体の機動データ構築といった任には不適格だと言えてしまう。これがまりもほどに人に教えることに慣れていれば、一般的な基準にまで噛み砕くことができるようになるのだろうが、残念ながら武には教育者としての経験に乏しい。

 

 機体機動に関しても、どうしても自身の感覚と能力に頼ってしまうところがあり、動きの意図などを言葉にして説明するのは正直なところ苦手と言っても良い。

 

「むしろ御剣の方が向いてる気がしてきたぞ? 剣戟のモーションとか、よくあれだけ整理できたもんだよ」

「それに関しては、篁中尉殿のお力が大きいな。ただ……そうだな。私が幼少よりも磨き上げてきた剣の技が、形は変われど残るというのは嬉しいものだ」

「ははっ、そう思えるってことは、やっぱり指導者に向いてるってことだと思うぜ?」

「ふむ? 同門の他の者と並んで鍛え上げてきたわけでなければ、無論弟子を取っていたわけでもないからな。そなたではないが、私自身が人にものを教えることに向いているとは思えぬ」

 

 この程度で気が変わるとは思わないが、それでも冥夜には別の道を示しておきたいと、武は言葉にした。

 

 

 

 

 

 

「しかし、ならばそなたは自身では何に向いていると考えておるのだ?」

 二人ともに言葉が途切れ少し静かに歩いた後、アレもダメこれもダメと言い過ぎたのか、冥夜がどこか呆れたかのように問うてきた。

 

「まあ強いて言うなら戦術機の操縦なんだろうが……」

「強いて言うまでもなく、そなたの操縦技術は間違いなく秀でておろうに」

 なんとか考え出した答えも、冥夜には軽く笑って受け入れられてしまう。

 

「いやそうは言ってもだな。神宮司大尉には指揮能力は当然、単純な操縦技術でも追いつけそうにねぇし、近接戦闘とかならお前もそうだが彩峰には届かねぇし、射撃だと珠瀬の足元にも及ばないからなあ」

「ふふっ、あの二人は、本人たちの努力もあろうが、やはり天性の物であろうな」

 

 慧と壬姫とはそれぞれ得意分野は違えど、間違いなく新任衛士という範疇を超えた技能を持っている。そしてそれがただ天賦によるものだたけでなく、自らその技を磨き上げていることを武も冥夜もよく知っている。

 

「それもこの基地に来てからとは上には上がって見えちまうからなぁ。単純に今やりあったらユウヤに勝てる目が見えねぇ……」

「私も今ならばマナンダル少尉と打ち合うのは難しいな」

 

 ユーコン基地到着直後にアルゴス小隊との対人演習があり、あの時は文字道理に完勝したが、いま立ち合うとなればなかなかに勝ち筋が描けない。冥夜もタリサを翻弄していたが、XM3に換装された今の弐型とその運用に慣れたタリサが相手では1on1で凌ぎ合うことは困難なのだろう。

 

 

 

「それでもそなた自身、自らの技は自負しておるのだろう? それを磨き、伸ばし上げればよいのではないか?」

「あ~まあ、そう言っちまえばそうなんだが……あれ?」

 

 武自身の操縦技術を伸ばせば問題が解決するというような簡単なものではないだろうと反論しかけたが、ふとそれが一つの回答であるかのように思えてきた。

 

 先の『桜花作戦』では、武は戦術機ではなくXG-70dに砲手兼操縦士として搭乗していた。武御雷を駆る冥夜とは機体サイズの違いもあり並んで戦っていたとは言い難く、細かな援護などまで気が回せていたとも断言しずらい。

 

 今回の喀什攻略においてどのような部隊配置になるかはまだ伝えられてはいないが、XG-70は10名ほどの搭乗員による、小型艦艇に近い本来の運用になるであろうから、そこに武が選ばれる可能性は低い。

 むしろ戦術機衛士として参加する方が当然といえる。

 

 

 

「あ、いや? もしかして、それでいいのか?」

「む? なにかおかしな話であったか? 将官として大成するには時間が足りず、教育者には向かないと言う。ならば何が好みかと問えば衛士だというのならば、それを延ばすべきであろう?」

 

 何を当たり前のことをと言わんばかりに、冥夜は真顔で応えてくる。

 

「ああ、いや。そう、だよな。オレは良くも悪くも一衛士だよな。ならそれでできることをすべきか」

 

 先のAL世界線では、作戦等に関与できるまでに出世しようとまで考えたが、そんな時間的余裕は無い。それにそちらの才があるとも思えない。後進の教育というのも重要な任だとは判っているが、それが自分が為すべきことだとも考えられない。

 

 それになによりも、それでは冥夜を救えない。

 

 だが、たとえ遠く喀什の地、そのハイヴ最深部てあっても、ともに並んで戦うのであれば、手が届く範囲であるならばこの身を盾にしてでも護り抜くことができるやもしれない。

 

 

 

「ってことは、で。アレをどうにかして捌き続けなきゃならねぇってことだよな……」

 

 考えを纏めるために身体を動かすべくランニングマシンの設定を変更し、走りながら言葉にしながら、あの戦いを思い出す。

 

 重頭脳級たる「あ号標的」は移動こそしないが、自衛のためなのか複数の触手を有し、これで攻撃を行っていた。機械や生体に対しての浸食能力もあったようで、接触は極めて危険だ。

 実質的に冥夜を死に追いやったのも、あの触手による浸食攻撃だ。

 

 要塞級の後尾触手に匹敵する強度を持ちそれ以上の長さがあり、またその数も多い。36mmでは軌道を変えることも難しく、強度的にも突撃級の前面よりも硬く120mmで撃ち砕けるかどうかも怪しい。

 だが、長刀ならば受け流し、弾き続けられるかもしれない。

 

「あ号標的」を破壊するとなるとS-11の集中投下でも効果が疑問視される。荷電粒子砲か、あるいはそれこそ1200㎜超水平線砲の直撃を狙うくらいのことが必要だろう。

 それはXG-70が担うべき任だ。

 武たち戦術機部隊が担うのはXG-70を護衛し、その命中まで時間を稼ぐことになるはずだ。

 

 周辺の他BETAを殲滅しつつ、長刀をもってあの触手を迎撃し続ければよいのだ。それを冥夜の隣に並んで凌ぎきることができたならば、作戦も成功し、帰還さえも幻想ではなくなる。

 

 

 

「ははっ、なんだ単純な話だったんじゃねぇか。御剣、とりあえず要塞級を20体ずつ叩き斬る訓練でも始めるか?」

「なにやら無茶な事に思い至ったようだが……ふむ? 私が付き合えることであれば、喜んで付き従おう」

 

 可能か不可能かではない。

 それを実現できれば生かせると思えてしまったのだから、あとは為すべきことを為すだけだった。

 

 

 

 

 

 

 




びみょーなところですが、これで一応ユーコン編ラスト、なはずです。クリスマス回とかどうしようと考えてましたがスルーです。合衆国軍基準でPXでターキーとショートケーキがおまけに付いてくるくらいで、さらっと流れてしまうのです。

で周りに流され続けたせいで何やってるのか判らなくなってきているタケルちゃんですが、「あ号標的」さん相手ならパリィし続ければきっと勝てるよッ、という無茶な回答に。

次からは帝国に帰国して攻略作戦の下準備~になる予定です。


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第五章:終わりなき未来まで
論議の渦紋 01/12/27


 白陵基地の地下深く、夕呼の執務室の前に武は立っていた。

 それほど長く離れていてわけではないが、この部屋を訪れるのもずいぶんと久しぶりな気もする。

 

「……さて、と」

 いつものことながらこの部屋の扉を叩くときは緊張する。加えて今回は話の方向が想像できないのでなおさらだ。

 

 ユーコンからこの白陵基地への帰還命令がフェアリー小隊に下されたのが昨日。そして持ち返るようにと指示された二機の不知火とともに、大型輸送機で太平洋を越えてきたのがつい先ほどのことだ。

 行きもギリギリの日程だったが、今回も似たようなものだった。

 

 今のところ時差ボケなどは実感できないが、それ以前にこの後満足に眠れる時間を確保できるかどうかも怪しい。

 

 

 

 ドアの前には立ったものの、武は少しばかりノックを躊躇ってしまう。帰り次第、即座に顔を出せと夕呼から命じられていたため、自室に荷物を入れる間もなくここにやってきたが、これほど急に呼び出された理由が思い浮かばない。

 

 2001年年末のこの時期、先のAL世界線であれば佐渡島ハイヴの攻略からその後の横浜基地襲撃と、休む間どころか状況を整理する時間さえなかった。そして仲間の死を満足に悼む余裕さえなく『桜花作戦』が発動されたのだった。

 たしかに今も世界の各地ではBETAとの戦闘が続いてはいるが、言葉は悪いが最早それがこの世界での「日常」なのだ。ざっくりとしたニュースなどを確認している限りにおいては、大きな変化もなかったはずだ。

 

 何か逼迫した事態なのかもしれないとは思いながらも、そのような状況が想像できない。武には自分から急ぎで報告しなければならないような案件もない。

 

 ユーコンで武たちが行ってきたのは、当初の予定通りに各国の開発小隊へのXM3の売り込みだ。夕呼がそれほど興味を示していなかった分野でもある。そもそも各開発小隊の反応などは、すでにまりもから詳細な報告が上がっているはずだ。武独自の所感などもたしかにあるが、それが夕呼にとって重要度が高い案件で無いことは武にも断言できる。

 

 

 

(むしろ途中の、というか半ば放り出してきた書類仕事とかを先に片付けたいところなんだけど、そうも言ってられねぇか)

 

 帰還命令が下されたのが移動指定日のほぼ直前というまったく余裕のないままに、武たちフェアリー小隊はユーコンを後にしてきた。

 当然、その日以降に予定していた訓練計画などはすべて破棄された。最低限の引継ぎはしたものの、当然すべて片付けられたわけではなく、移動中の機内で可能な限り残りの書類などを仕上げていたような状態だ。

 

 フェアリー小隊としての任は一応は目途が付いていたとはいえ、弐型とACTVのXM3への最適化などに関しては、あとに残るアルゴス小隊の唯依にほぼすべてを押し付けてきた形だ。

 先ほど別れた冥夜や純夏も一応は自室には向かったが休める余裕は無く、おそらくは第一中隊の事務室で書類仕事を続けなければならないはずだ。

 

 ユーコンでそれらの業務を手伝ってもらっていたJASRAのスタッフは、今回の帰還には同行していない。ターニャやウォーケンらは合衆国で処理せねばならない案件が残っているらしく、いましばらくはユーコンに残るらしい。

 ターニャの以前の行いから、合衆国国内に留まることを好ましく思わない者も多いと聞くが、逆に言えば一度離れてしまえば戻ることも難しい立場らしい。入国できた今回の機会を最大限に利用するつもりなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、こうしてドアの前でアレコレと考えているのも時間の浪費でしかない。もう一度、深呼吸をして意識を覚まし、軽くドアをノックする。

 

「失礼しますッ」

 

 例など無用と言われるとは判ってはいながらも、形式は守って見せる。キーも渡されてはいるが、一応は中から解除されるのを待ち、ドアを開ける。セキュリティのためもあって人目もない区画ではあるが、武としては国連軍士官としての態は維持しているつもりだ。

 

「だからそういう堅っ苦しいのは要らないって言ってるでしょ」

「すいません。俺の場合、普段からいつも気を付けていないとここ以外でも崩してしまいそうで、訓練の一環だとでも思って諦めてください」

 

 夕呼のいつも通りの愚痴じみた注文に、どこか安堵して武は笑って返す。

 ただ笑いに誤魔化してみたものの、いまだ学生気分が残っていることに武はこのところ自覚するようになってきた。意識して軍人としての態度を維持しようとしているのも、それを無くすための一環だ。

 

 「一周目」たるUL世界線での経験をなかば並列したような形で記憶していた事から、この世界線で目覚めての頃は、一応は士官として行動できているつもりではあった。

 

 だがそのUL世界線での経験のうち明確に記憶できているのは2001年の末、第四計画が破棄される前後あたりまでだ。それ以降は横浜基地で任務に就いていたというおぼろげな印象は残ってはいるものの、細部が怪しい。

 そして先の「二周目」のAL世界線ではそもそもが2002年明けまでしか存在できていない。

 

 

 

 結局、連続した記憶の範疇においては、武の任官してからの経験は半年程度でしかない。下手をするとまだ訓練兵であった期間の方が長いようにも感じられてしまう。今の武は、普段意識する範疇では20前の新任少尉、それも衛士訓練だけを施された形ばかりの士官でしかなかった。

 加えて元になっているのはEX世界線での経験と記憶であり、常識判断や歴史認識などはそちらが大部分を占めていると、ようやく自分を分析できるようになってきた程度だ。

 

 喀什攻略までさほど時間の残されていない現在、甘えたような心持ではまたどこかで致命的な失敗を招きかねない。表面的ではあるが形だけでも整えることで、自分を律しておこうと考えてのことだ。

 冥夜や唯依のような生まれながらにして武家の者たちの域にまでは至れないだろうが、それでも常在戦場を念頭に置くだけでも少しは変われるのではないかとは思いたい。

 

 

 

「訓練分隊からまたやり直したいってワケ? まあ、そんなことはどうでも良いわ」

「俺の心持の問題だけですしね。それで、なにか急ぎの任務でも持ち上がりましたか?」

 

 武の心構えなど一顧だにしない素振りのまま、夕呼はそれでも否定することはせずに軽く流す。武にしてもあくまで個人的な気の持ちようの話だ。相談に乗ってもらうような重要な問題ではない。

 

 軽く手持ちのカップを振ってコーヒーを催促してきた夕呼のためにも、そして話がどれほど掛かるのかが判らないので、自分の分も含め少しばかり多めに代替コーヒーを準備する。いつの間にかこの執務室の設備にも慣れてしまっていることに、頭の片隅で苦笑しながらも手だけは動かしていく。

 

 

 

「何言ってんの。年内にこっちに戻ってくるのは、事前の予定通りでしょうが」

「そうでしたっけ?」

 

 予定通りと言われても、そもそもがその予定を聞いた覚えがない。

 ユーコン基地での任務予定など、有って無きが如しとしか言えないものだった。前日伝えられた内容が当日の朝のブリーフィングで変更されることなど、当たり前のように繰り返されていた。

 

 機材開発という任務の内容上、どうしても整備の都合などで遅れることもある。他開発小隊との合同演習などでは、当然ながら相手側の事情での延期や中断もあった。それでいて時間は限られていたため、少しでも空きができれば別の任務が割り当てられることなど当然だった。

 

 流動的な計画どころか、場当たり的と言っていいほどに無茶な状況だったことはたしかだ。

 

 

 

「さすがに計画が切り替わるまでとは言いませんが、年内くらいは向こうにいることになるかとは考えてたんですけどね」

 合衆国というよりかは欧州的な慣習での年末休暇に入れば、先送りしていた案件をフェアリー小隊内で片付けていけると、そういう程度には余裕を見ていたのだ。

 

「バカね。御剣を年末年始に人目があるところに出しておけるわけないじゃない」

「ああ、それがありましたね」

 

 だがそんな武の願望じみた予定を、夕呼はバッサリと切り捨てた。

 

 冥夜の立場は「煌武院悠陽」の仮の姿としての「御剣冥夜」だ。流石に将軍職として人前に出ることの多い年末年始のこの時期に、偽装身分として捉えられている「御剣冥夜」が合衆国にいる形は望ましくない。

 冥夜だけを帝国に戻せば、今度は小隊として動けなくなってしまうので、残りの三人がユーコンに留まる意味も薄い。ならば小隊ごと帰国させて、何らかの任務に充てる方がたしかに合理的ではある。

 

 

 

「ただ出国予定はもう少し早めに伝えて欲しくはありましたね。流石に急過ぎました」

 

 愚痴じみた言葉になってしまうが、余裕は本当になかった。

 世話になったアルゴスの面々には、簡単にしか挨拶できていない。整備の皆にも、二機の不知火を移動する際に何とか言葉を伝えただけだ。

 

 先の九州同様に、霞への土産などは出発直前に急いで買うことになってしまった。そちらに関しては一応は事前に目星をつけていたためにまだそれらしいものを用意できたが、別行動となっている第二第三小隊の面々への土産は文字通りに目に付いたものを買ってきただけであり、あとで何を言われるのか武であっても少々怖い。

 

 夕呼にも、というかこの執務室用にも土産として、合成ではない天然コーヒーの豆を用意はしていたが、それもまだ他の手荷物などと一緒に纏められたままだ。

 

 

 

 

 

 

「はいはい。で、どういう状況だったのよ、あっちは?」

「え~と、報告書なんかは逐次送ってましたよね、俺?」

 

 ちらりと夕呼の机の上を見るが、いつも通りというしかない程度には書類が積み重なっていた。武が出した報告書の重要性程度ならばこの執務室のデスクに積まれることはないだろうし、夕呼ならば一瞥した程度で読み取ってしまう程度のものだ。

 それでも問いただしてくるということは、報告書という形で記録されては困る話をしろということなのだろう。

 

「報告書はアンタなんかのよりも詳細なのが、まりもとあとJASRAから送られてはいるわよ。で、ワケ分からないものまで入ってるから説明しなさいってことよ」

 

 急ぎ顔を出せと言ってきたのはそのことか、とようやく武も思い至る。

 具体的に何がと言われないのが怖いが、夕呼が問うてることは何となくは推測できる。だが具体的には何を報告すべきかが浮かばず、それが顔に出てしまったようだ。

 

 

 

「XM3が売れそうだってのは、まあ良いわ。こっちの企業連中への貸しにはなりそうだし、他からも連絡はいろいろ来てるしね」

 

 XM-OS関連の諸外国軍部への提示が、ユーコン基地での武たちの正式な任務だった。第四計画の主軸とは言い切れないが、それでも計画誘致国への利益供給としても、成功した部類になるだろうとは予測もできる。

 またその結果として、開発責任者という形にはなる夕呼の下へと問い合わせがあっるのも当然だろう。

 

「F-15? 陽炎だったっけ? アレのACTVへの換装予算とか、予想は付くけど、意味判るわけないじゃない。アンタたち向こうで何やってきたのよ」

「あ~それ関係ですか……」

 

 売り込みに行ったはずが、相手先で物を買わされたような形だ。取引としてはおかしくないかもしれないが、想定外の話ではある。そしてその流れ自体、第四計画として夕呼が作ったのではなく、ターニャの誘導によるものだ。

 たしかに要望として上げられてきただけでは、裏で何かがあったとは推測できても、正確な理解は困難だろう。

 

 

 

「あの事務次官補が絡んでる限り、何か目的があってのことだろうとは予想できたから一応ここの国連軍用に二個連隊分確保はしたわ」

「あれ? ACTVって一個連隊分じゃなかったんですか?」

「国連軍側からも予算出すように仕向けたついでに決まってるじゃない。なんでこっちだけカネ使わなきゃならないのって話よ」

 

 武が以前に聞いた話では、喀什攻略に在日国連軍から提供される戦力は一個連隊規模だったはずだ。陽炎をACTV同等に改装するのは、作戦参加部隊だけだと思い込んでいた。

 

「それに、さすがに国連主導の作戦に提供戦力が他組織と同じ程度って訳にはいかないでしょ。A-01は原則的に非公開だし。だから無理やり倍にさせたわよ」

「それは……助かりますね、本当に」

 

 先日までの予定では帝国陸軍と斯衛そして在日国連軍がそれぞれ一個連隊ずつという形だった。ここにA-01が加わるとはいえ、それは秘匿部隊で公表できない。加えて最大戦力は合衆国陸軍から提供される四個連隊だ。

 たしかにこれでは日米の比率的にも、帝国内のそれにしても、少々国連軍としては弱い。比較的に旧式とされる陽炎であっても、二個連隊出せれば国連軍主導という形は保てなくはない。

 

 

 

 正面戦力の拡充は武としても歓迎できる。

 だがたしかに陽炎をACTVへと改装するしないの話は、ハイネマンとの会談の時に出た案件だった。当然ながら、あの時の会談の内容は、記録として残すのは問題があるだろうと思い、報告書という形では夕呼に伝えてはいない。

 

 あの場にいたのは、武たちだけではない。連絡員としてはむしろ最適と言えるはずの鎧衣がいたのだ。その線から夕呼には話は行っているものだと思い込んでいた。

 

「鎧衣課長から概略はお聞きでは?」

「概略は、ね。詳しくはアンタから聞けって感じよ」

 

 武の疑問に対し、夕呼の答えは単純だった。

 そこは仕事して伝えておいてくれよと武としては言いたくもなったが、鎧衣は日本帝国の者ではあるが夕呼の配下にあるわけではない。そういう意味では本来伝えるべき立場なのは武自身ということになりかねない。

 

「俺もあの場には居ましたが、前後の詳細とはか判ってませんよ?」

「ある程度はこっちで補完するわよ。アンタが見た限りを伝えなさい」

「了解です。少し長くなりますが……」

 

 そう夕呼に言われてしまえば、答えないわけにもいかないし、そもそも夕呼に対しては隠すようなことではない。思い出せる限り、ハイネマンとターニャとのやり取りを記伝えていく。

 

 

 

「……なるほど。単純化すれば、XFJ計画が場合によっては白紙化するから、在日国連軍へのACTV導入はその代わりってところね。で、逆に不知火の改装に関しては、帝国の企業の参画範囲が広がる可能性が高い、と」

「多分、そんな感じです」

 

 代替コーヒーを淹れなおすくらいの時間はかかってしまったが、あの場で聞いた限り、そしてその後に見知った範疇を夕呼には話した。

 正直なところ脈絡のない武の話を聞いた後に、夕呼は簡単に纏めるが、武にはおそらく、としか言いようがなかった。

 

 JASRAの、というよりかはターニャの戦術機開発に関与してきた経歴や実績を、武はさほど知っているわけではないのだ。それらがボーニングなどの企業、そしてハイネマンなどにどれほどの影響を与えて来たのかなど想像するのも難しい。

 

 結果的に、あの場では武はジョン・ドゥに誘導されるがままに、帝国側が喀什攻略に投入できる戦術機戦力すべての更新をボーニングに委託するかのような言質を取られる形になってしまったとも言える。

 もちろん、一介の戦術機衛士でしかない白銀武の言葉であれば、大きな意味はない。だが武は第四計画責任者たる夕呼の管理下にあり、またXM3開発に関わる関係で、帝国城内省そして将軍職のかなり近くまで影響力があると見なされていたはずだ。

 くわえて鎧衣課長と、そして何よりも御剣冥夜の存在がそれを補強してしまっていた。

 

 

 

「ボーニングが潰れそうだからって、帝国のカネを使って補填しようって腹積もりにムカつきはするけど、それはあの事務次官補の目論見とは関係なさそうね」

「そう、なんですか?」

「まあ、ボーニングの戦術機部門がかなり問題を抱えていることは間違いないし、それを合衆国政府がなんとか再建させたいってのも確実よ。ただ、そうね……」

 

 不用意な発言をしていたかと内省する武に、夕呼は軽く手を振って笑って見せる。だが口元は笑って見せているが、目はいつも以上に鋭い。

 

「あの事務次官補、保護政策みたいなのは嫌いそうだから、出所はまた別でしょう。おそらくだけど、自然淘汰とその後の適者生存とか、本気で信じてる類じゃないかしら?」

「あ~進化論、的な?なにかですか」

「生物じゃなくて、社会・経済的な範疇で、ね。外部からの援助が無ければ潰れるような企業、たとえボーニング相手とはいえわざわざ保護しようと働きかけたりはしそうにないでしょ?」

 

 夕呼の話が、いつかEX世界線で聞いていたかのようにいきなり別の内容に飛んだのかと、武は知っている言葉を振り絞ってみたものの普通に繋がっていたようだ。そしてそう言われてしまえば、ターニャが自ら失敗していそうな相手を助けに入る姿は、想像するのが難しい。

 

「まあついでにA-01用に、弐型だったかしら? 不知火改修用の予算は押し通しはしたわよ。足元見まくってやったしね」

「それは本当に助かります」

「こっちがそこまでやったせいか、陸軍の連中も慌てて補正予算をかき集めてるわよ。XM3用のCPUも発注されてたしね。戦力としてはまあ、それなりに補強されるんじゃない?」

 

 帝国陸軍が喀什に提供する戦術機が不知火・弐型仕様になるのかどうかは、この時期になってもまだ定かではらしいが、少なくともXM3には換装されるらしい。なによりも「あ号標的」への突入部隊となるであろうA-01の全機が弐型仕様となるのは心強い。

 

 

 

 

 

 

「あと、ソ連の何か開発小隊の機材も差し押さえたって話は来てたけど、それは年末ギリギリにこっちに送りつけてくるらしいわ」

「イーダル小隊ですね、それに関しては俺もほとんど何も聞かされてないので……」

 

 武がイーダル小隊と関わったのは、イーニァと少しばかり立ち話をした程度だ。ユウヤあたりは何かと話をしていたようだが、それも詳しくは聞いていない。

 そしてターニャがどうやってイーダルの設備をソ連から譲り受けたのかなど、判りようもなかった。

 

「XM3の提供をチラつかせながら、ほぼ恫喝みたいなことをしてたみたいよ」

「そういえば、イーダルは第三計画の機材とかを元にしてるって話でしたっけ? 本来なら第四が立ち上がったときに、全部こっちで引き取らなきゃならなかったんですよね?」

「使えるモノなんてほとんどないんでしょうし、不良在庫を押し付けられる気分よ」

 

 夕呼が第三計画から引き抜いたもので武が明確に知っているのは、霞くらいだ。もちろん他にも資料や機材などは引き継いではいるのだろうが、逆に言えば要る物はもう手に入れているのだろう。

 いまさらどれほどの人数になるかは判らないが、ソビエト系の衛士をA-01に送られてきても持て余すだけになりかねない。

 

 第五推進派への懐柔、その程度の意味合いでしょうねと、夕呼も苦笑気味に笑って流してしまう。

 

 

 

「しかし今更なんですけど、よく事務次官補の言葉を信じたものですね。俺は実体験として、同じ時間を繰り返したから理解はできるんですけど」

「何度か転生してるって話? たしかに普通なら単なる痴呆老人の与太話にしかならないんだけど、他の可能性よりかはまだ確率が高いって程度の話よ」

 

 ターニャが転生しているなどと言う話を武が信じられるのは、自身が似たような経験を経ているからだ。

 いくら夕呼が因果律量子論を研究しているとはいえ、転生や生まれ変わりなど追試もできなければそもそもが他サンプルさえ見当たらない。可能性としては否定できずとも、普通は信じるはずもないことだった。

 

 カッサンドラと自身でさえ嘯く程度には、ターニャの発言には信憑性と、何よりも裏付けが乏しい。

 

 

 

「最初にJASRA関連の資料を見た時は、よほど優秀なスタッフを大量に抱え込んでいるのか、状況分析に特化した天才でも居るのかとかも考えたわよ。あるいは合衆国による自作自演か何か、とかもね」

「まあ普通はそう思いますよね。先を知ってると聞いた今でも、おかしすぎるくらいに的確ですから」

 

 JASRAの提言が正しかったと考えるよりかは、その信憑性を高めるために合衆国が何らかの工作をしていたと疑うほうが自然なくらいなのだ。

 

「ソ連のESP発現体の中には未来予知じみた連中もいるって噂もあったけど、そんな精度じゃなかったしね。それにアンタの言った通りよ」

「俺……の、ですか?」

「あの事務次官補がユーロ方面からこの極東に飛ばされてきたのは、『未来を知っている』とかが原因じゃないわよ。それに対して『正解が何か』を提示できてしまうことが、脅威と見なされてるの」

「……ああ、ハイネマン博士も、何か似たようなことを言ってましたよ」

 

 ある程度の分析能力を持つ者であれば、結局ターニャの提言こそが最初から正しかったのだと理解できてしまうという。

 武自身もなるほどたしかに「未来は知っている」。だがだからといって「正しい解決への道筋」など提示できるはずがない。当たり前だが、武が見知っているのは、自分が経験した範疇でしかなく、何が失敗の原因でそれをどう解決すれば成功へと導けるかなど、俯瞰して考えることは非常に難しい。

 

 

 

「ホント……狂人であればどれほどよかったことか。00ユニットになった『カガミスミカ』が脅威だとかなんだとか本人言ってたけど、アレの方がよっぽどよ。これまでの流れをどう選び取ってきたのか、そしてこれから何を選択するのか、よく見ておきなさい」

 

 獰猛なまでに嗤って見せ、夕呼が告げる。

 それはターニャを脅威と認識しながらも、敵対ではなく利用しつくすという、挑戦じみた宣言でもあった。

 

 

 

 

 

 

 




第五部開始~ですが、だいたいいつも通りにコーヒー飲んでの語らいです。でも久しぶりに夕呼先生パート。

ユーコンからの情報が断片的過ぎて何やってるのか判らないから直接口頭で報告しろ~というだけの話のつもりでしたが、OOユニット脅威論ならぬデグさん脅威論という感じです。タケルちゃんとは視点のちがう未来知識持ちなので、横から見てたらこんな感じなのかなぁ、と。

で第五部は予定なら10話くらいできっと最終話まで持っていける……と思いたいなぁとプロット立ててますので、もうしばらくお付き合いいただければと思います。


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賛助の附帯 01/12/28

 

 白陵基地には戻ってきたものの、武たちの任務が大きく変わることはない。第四計画直轄の秘匿部隊であるA-01において唯一対外的な対応ができるようにと編成された第一中隊の任は変わらずXM-OSの運用実証試験であり、帝国軍や在日国連軍そして斯衛を問わず他部隊と協力しての活動でもある。

 

 夕呼のお膝元とも言えるこの白陵基地ではさすがにある程度の事務作業は分担できたとはいえ、小隊長たるまりもはやはり各方面への連絡のために休む間も与えられずに飛び回っている。

 そして残された形の武たち第一小隊の少尉三人が為すべきことは、途中で放り出したに等しいユーコンでの書類作業を可能な限り早急に仕上げることだった。

 

 以前にターニャから提供された合衆国軍用のチョコバーを小分けにしたものと、合成玉露をマグカップになみなみと注いだ後は、各自がそれぞれのデスクで書類を処理していく。黙々と、というほどではなく、時折は誰かが確認のために声を掛けるくらいだ。

 

 

 

「あ~ダメだ~終わりそうにないよ……」

 

 武と冥夜とは基本的に弐型に関するものだけで済むが、純夏の場合はACTVだけでなく、もともと使っていた撃震の分もある。純夏自身が書類仕事に慣れていない、ということもあってあまり捗ってはいないようだ。

 加えて分隊を組んでいたまりもも不在にために、細部の確認などが出来ずにいる。

 

「む。このあたりは……我らでは力になれぬな」

「こればっかりは手伝いたくても、なぁ……いや、そもそもが手伝う気もないけどな」

「タケルちゃん酷いよ~」

「しゃべってる間に手を動かした方が前向きだぞ、鑑」

 

 冥夜が純夏の作業を軽く見たが、即座に下がる。武にしても突き放したような言い方になってしまうが、機種ごとの差異に関する修正案が主な任務でもあったために、同じ弐型に乗っていた冥夜ならばまだしも、純夏の抱えている案件には手が出せない。

 

 それに武にしても、実のところ余裕はない。

 以前の世界線での経験から小隊指揮官程度の定型的な報告書であればそれなりには手慣れはいるのだが、いま仕上げねばならないのは機体開発にも等しいXM3関連の報告書だ。

 さらにユーコンの整備班から上がってきた報告書などにも目を通した上で返信せねばならないのだが、これが日本語の物だけでなく英文の物も混ざっているために、余計に時間がかかってしまう。

 

 

 

(喀什攻略ってか、対「あ号標的」用の想定シミュレーションとかも作っておきたいんだが、マジで時間がねぇな)

 

 積み上がってしまっている書類の処理は、たしかにやらねばならぬ作業ではあるが、武はどうしても集中しきれていない。攻略作戦までさほどの時間が残されていないこともあり、実機で訓練できずともシミュレーターで可能な限りはハイヴ侵攻の演習などは熟しておきたいところなのだ。

 それに単なる思い付きではあったが、複数体の要塞級との戦闘演習は、冥夜にも体験しておいてほしい。

 「あ号標的」の自衛的攻撃手段である触手は、要塞級の後尾触手よりも射程が長いが、用意できるシミュレーション用データとしてはあくまで武の記憶に基づいた仮の物だ。ならばデータ精度の高い要塞級の数を増やすことで、似たような想定状況を作る方が確実かもしれない。

 

 

 

 そんな風に意識を逸らしながらではあるが、午前一杯を使っていればある程度の目途が付く。今日明日中に終わるような分量ではないが、それでもなんとか年内には方が付くという程度には処理も進んだ。

 そして昼食をいつものような早食いで済まし、今日中には急ぎの分だけでも片付けておこうと思った矢先に、まりもから通話が入った。

 

「自分に面会、それも富士教導隊の方がですか?」

 

 上官からの指示を聞き返すような形になってしまったが、指名された理由が武には判らなかった。

 第二と第三小隊ならば、以前に教導隊とは合同で演習などを熟している。なのでどちらかの小隊がこの白陵基地に残っていたならば、孝之か慎二かが対応させられたかもしれないが、いまだは揃って北海道方面での合同訓練に赴いたままだ。

 

「神宮司隊長が対応なされた方がよろしいのでは?」

 

 なにも仕事がしたくないというわけではない。どう考えても、武に限らず他の二人よりも、まりもが相手をすべきではないかと思えてしまう。

 まりもは今でこそ国連軍所属となってはいるが、夕呼が引き抜く前は富士教導隊にいたのだ。面会に訪れた者と顔見知りかどうかは判らないが、新任の少尉でしかない武よりかは間違いなく適任なはずだ。

 

 

 

『先方は香月副司令への面会希望だったんだが、XM3関連ならばとこちらへと話が回ってきた。副司令からも、貴様が対応するように、とのことだ』

 

 それはつまり、夕呼が邪魔くさいことをこちらに放り出した、というだろう。

 それに、主不在のまりもの執務机の上を見ると、武たち以上に積み上がってしまっている書類がどうしても目に入る。これらの処理に加え、目的不明の面会人の相手まで押し付けるのは、少々心苦しい。

 

「了解しました。そういうことでしたら、お受けいたします」

『なに、相手は尉官が二人だ。政治的な背景はあっても薄かろう。ユーコンで用意された手引書を持っていけば、大方の話は片付くはずだ」

 

 まりももある程度は背景を疑っているのだろうが、この白陵基地にまでわざわざ出向いてくるような相手だ。それほど大きな問題にもならないだろうと、武に面会を一任した。

 

 

 

 

 

 

 A-01の中で唯一対外的な部署となってしまった第一中隊には、一応は専用の応接室も用意されていた。第一小隊は武と冥夜の武御雷を含むその編成から斯衛へと赴くことが多く、武がこの部屋を使ったことはなかったが、孝之たちは利用する機会は多かったらしい。

 

(これは……政治的な背景しかなくねぇか?)

 

 その用意された応接室で出迎えた形だが、入室してきた二人の帝国陸軍士官の顔を見て、安請け合いをした自分を叱責したくなる。少なくとも誰が来るかくらいは確認しておくべきだったと反省にもならない後悔が沸き立つ。

 合成ではないお茶を用意はしたが、その味と香りを楽しむような余裕はなさそうだ。

 

 いま眼前に座っているのは、沙霧尚哉。

 武が知る、クーデター時の所属は帝都守護の第1戦術機甲連隊だったはずだが、この世界線では富士教導隊に所属するらしい。

 

 尚哉の副官と名乗った駒木咲代子中尉を武は知らないが、おそらくはその立場であるならば、先の世界線ではクーデター軍に組していてもおかしくはない。尚哉と並んで座ってはいるが、一歩引いた姿勢からは、聞き役に徹するつもりにも見える。

 

 

 

(いやいや落ち着け。ここじゃ帝国軍と国連軍、というかアメリカとの関係はそんなに悪くないはずだ。クーデターの動きも聞いてないし……)

 

 BETAの帝国本土上陸からの、アメリカからの日米安保破棄やその後の「明星作戦」などが起こらなかったこの世界線では、日米関係は比較的良好だ。もちろん親ソ派や親中派などは帝国軍の中にも一定数いるらしく、そちらからはアメリカへの対立志向もあるとは聞いてはいる。

 

 ただこの眼前にいる尚哉がどちらに寄る思想を持つのかを武は知らない。もちろん派閥としては本土防衛軍に居るとは言え彩峰中将派に属しているのだろうが、その彩峰中将の政治信条が判らない。

 彩峰中将自身は悠陽の教育役を務めていたというし、先のクーデターなどでの発言だけを頼りにするならば、尚哉自身も将軍家や帝国臣民への忠誠が何よりも優先されるようには思える。

 

(ダメだ。他世界線での経験を下に判断するのはダメだ)

 

 いつか自戒したように、眼前の人物を他世界線の者と重ねて見るのは礼を失するということもあるが、判断を誤らせる危険性も高い。状況がこれほどに変わっているならば、それに対する反応も、たとえ同一人物であっても大きく変化する可能性もあるのだ。

 

 いまこの場で、沙霧尚哉という人物を見極め、そして対応しなければならないのだ。

 

 

 

「神宮司が手を離せず、申し訳ございません」

 双方、官姓名だけを名乗っただけの簡単な挨拶の後、席に着いたと同時に武は頭を下げる。顔が強張るのを武は自覚はするが、さすがにどうしようもない。

 

「あるいは彩峰がこちらに残っていれば対応させたのですが……」

「はははっ、それは流石に公私混同が過ぎる。というよりも、だ。私が勝手に会っていたとなれば、中将殿に申し訳が立たん」

 

 尚哉が彩峰中将から目を掛けられていることは、よく知られている。そして慧と尚哉とが幼少時よりの付き合いであることは、この世界線では特に秘されている話ではない。 慧本人は嫌がる素振りを見せるかもしれないがもしこの白陵基地に居たならば尚哉への対応は彼女に任せられたのだが、などと武は考えてしまう。

 

「ただ……そうだな、彼女は壮健か?」

「九州での戦闘、と言いますか初陣直後は少々暴走気味でしたが、こちらに帰る頃には、いっぱしの衛士の顔をしていたかと。ただ、このところは自分も直接顔を合わせる機会が無かったもので、北の寒さで参ってるかもしれません」

 

 自分から口に出した話題ではあったが、詳しく語れるほどには他小隊の直近の状況を把握してはいない。報告書などに目を通している限りでは特に問題はなさそうなので、そう答えるしかなかった。

 

 

 

「楽にしてくれたまえ、というのもおかしな話だが……年末のこの時期、時間の無い中で無理を言ったのは我らの方だ。それに月の後継者の懐刀たる君には一度会っておきたかったのは確かだ」

 共通の知人を話のネタにして相手の出方を伺うような形になってしまったが、警戒の解けない武に、尚哉はにこやかに笑って応える。所属が違うとはいえ、上官に当たる者から指名されたことからくる緊張だとでも、考えてくれているのだろう。

 その姿勢は、なるほど部下から慕われるというのもよく判る、落ち着いた余裕のある態度だった。

 

「そう言っていただけると恐縮であります、大尉殿。ですが懐刀、でありますか?」

 まずは話を聞こうと武も緊張を解すが、聞き慣れぬ言葉に引っ掛かりを覚えた。

 

 「月の後継者」が夕呼を指しており、この意味をこちらが知っていて当然と話してくる。

 

 ターニャは第一線を退き後任にその座を譲っていてもおかしくはない年齢でもあり、先の朝鮮半島視察の際での負傷による療養中というのが公的な発表でもある。このままその経歴に幕を下ろすと思われていてもおかしくはない。むしろそれを期待している者たちも一定以上に存在しそうだ。

 

 そして次期JASRA局長という地位だけであれば合衆国からそれなりの経歴を持つ人物を充てれば良いが、ルナリアン派閥のみならずその周辺においては、ターニャの人脈を取りまとめる事ができる者が待望されていることは間違いないだろう。

 ターニャの「幼女化」ともいえる現象を知っているのは極めて少数に限定される。養女としての「ターシャ・ティクレティウス」が一定の年齢に達しそれなりの経歴を作り上げた後には、ターシャとして自身の後を継ぐなどと考えられるのは事情を知る者の中でもさらに極一部だろう。

 

 そのためJASRAが第四計画へと接近している現状では、夕呼がターニャの後継と目される事は不思議ではない。ターニャ共々に第五に対して対立姿勢を貫いていることも、その推測を裏付けてしまう。

 夕呼本人にはルナリアン派閥を利用しこそすれ、その人脈を引き継ごうとする意図はないはずだ。「月の後継者」などという呼び名もかなり嫌がってはいたが、状況だけを見れば、たしかに最もターニャの後継の立場に近い。

 

 

 

 だがそれは夕呼に限っての話だ。流れからして「懐刀」が武を意味するようにしか取れないが、そのように噂されているとは思ったこともなかった。

 

「君はXM3の概念提唱者にして、最初期から開発衛士をも務めていたのだろう? 一衛士として、君には非常に感謝しているのだ。間違いなく、衛士の生存率は高まった。先の九州戦においても、XM-OSのお陰で命永らえた者は多い。本当にありがとうと、こうして直接伝えられる機会が欲しかったのだ」

「それは……光栄であります。ですが、お顔は上げてください。XM-OSは皆の手助けがあってこそのものです」

 

 腹芸などではない、尚哉の心からの謝意に武は慌ててしまう。尚哉も咲代子も揃って頭を下げており、そんな上官二人を前にしては、武も落ち着きようがない。

 

「それに感謝するのは我らの方です。先の九州戦の折、須野村での防衛に際し大尉殿の御助力が無ければ、我らが中隊はかの地を護り切れなかったと思われます」

「はは、それこそ君たちの成果だろう? あの時の光線級吶喊が無ければ、大規模なBETA上陸を許すところだった。君自身に限れば、中尉への特進があってもおかしくない働きではなったか?」

「さすがにそれはあり得ないかと。そもそも自分はまだ任官して三ヶ月と過ぎていない若輩者です」

 

 光線級吶喊はたしかに衛士としては特筆すべき実績ではあるが、それだけで昇進できるほどではない。大陸での最前線ならば部隊損耗が激しく戦時昇進などを経て臨時の中隊や大隊指揮官などに充てられることはあるが、ありがたいことにいまだ帝国陸軍も在日国連軍もそこまでは人材が逼迫してはいない。

 

 

 

「いや。なにも九州戦に限った話ではない。君のこれまでの実績、先のユーコンでのことなども踏まえれば、来年度には昇進していてもおかしくはなかろう」

「……過分な評価ありがとうございます」

 

 評価されること自体は嬉しいが、正直なところ今の武はそれほど階級には拘りがない。衛士として前線に立てるだけの地位、つまるところは今の少尉で十分と考えている。

 先のAL世界線では、階級というよりかは作戦に関与できるだけの地位を欲したこともあるが、自身のそれほどの能力があるとは思えなくなっている。それに今は昇進に伴う試験や講義に充てる時間が惜しい。

 

 まりもも似たような状況だろうとは思う。実績だけで見れば、最速で少佐にまで上がっていてもおかしくはないのだが、第一中隊の再設立などの任のために昇進を遅らせている向きがある。

 

(あ~いや、神宮司大尉の場合は、今後のA-01第一大隊の再編の際に大隊長に就けるために、夕呼先生が時間取らせそうだよな)

 

 今は第一大隊が実質的に武たちの属する第一中隊だけのため、大隊指揮官は夕呼が兼任しているか、不在のままだったはずだ。今後A-01への増員があるかどうかは怪しいが、喀什攻略が成功裏に終われば、部隊の再編などに伴ってのまりもの昇進はありえる話だ。

 

 

 

「いえ。そういうお話でしたら、沙霧大尉殿こそ、御昇進するのが当然かと」

 

 まりもの事を考えてはいたが、眼前のこの尚哉もいまだ大尉だ。大陸派遣軍に属していたから出世が遅れたとは考えられるが、それこそ実績を見れば少佐になっていてもおかしくはない。先の再編に伴って富士教導隊に移籍となるのならば、それに合わせて佐官教育を経てからというのが自然に思える。

 

「はははっ、負傷などもあって遅らせてはいたが、さっさと佐官になれとは言われているよ。ただ、それも年が明けて新しい任地が落ち着いてからだろうがね」

「新しい任地、ですか?」

 

 富士教導隊はその名が示すとおりに富士駐屯地に本部を駐屯している。アグレッサー部隊としての性格もあり、他基地への出向くことはあるだろうが、それは短期的なもののはずだ。

 

「ああ。我々にとっても急な話だったのでね。渡米前にXM3に関して、開発関係者からあらためて話を聞いておきたかったのだ」

「……は? 渡米、ですか? ッ、失礼いたしましたッ!」

 

 話の流れが掴めず武は疑問をそのまま口に出してしまったが、上官に対する態度ではなかったと慌てて詫びる。だが新しい任地というのも判らないが、それが合衆国に渡るとなればさらに理解が及ばない。

 

 

 

「そう畏まられても困る。それに我々も似たような反応をしてしまったことでもあるからな。簡単に言えば、君らフェアリー小隊の後任というわけではないが、私は年明け早々にユーコンに向かうこととなった。プロミネンス計画の再編人事の一環とのことだ。あたらしく赴任される計画総責任者の補佐として、帝国からは私が選ばれた」

「それは……おめでとうございます。しかし『帝国からは』ですか?」

 

 祝福の言葉は述べたが、ただ素直に歓迎できる人事とは言い難いはずだ。そして尚哉はどこか含みを持たせた言葉を残す。

 

「合衆国からも補佐官が派遣されるそうだ。プロミネンス計画の現状は、少々EUに偏りすぎだという見方があったようだからな」

「……なるほど」

 

 武は少しばかり冷えた茶に手を付け、考えを廻らす。

 

 帝国が推進する第四計画と、それにとって代わろうとする合衆国の第五。それらとは距離を置いた現実的な路線というのが、先進戦術機技術開発とされた「プロミネンス計画」だった。他のオルタネイティヴ計画のような秘匿されたものではないが、知る者の間では第4.5などと呼ばれる程度には期待されていたはずだ。

 しかし各国が情報交換や技術協力を行うという命題は達成されることはなく、満足な結果も出せずに今その計画は形を変えようとしている。

 

 計画総責任者だったハルトウィック西ドイツ陸軍大佐が、本当にテロ計画に関わっていたかどうかは武には判らない。ただハルトウィックは護るべき国土となによりも多くの国民を失った西ドイツの軍人だ。対BETA戦に全力を傾けない合衆国に対して思うところがあっても当然だ。

 尚哉はEU寄りに過ぎたというが、武がユーコンで見聞きした範疇ではむしろ東側諸国への援助が大きすぎると感じた。むしろ東側への技術漏洩に加担していると言っても良かった。

 

 

 

 それらを踏まえれば、どこまでがターニャの思惑かなどは推し量れないが、次の計画総責任者は亡命国家からは選ばれないはずだ。前線国家の士官に形だけの地位を与え、合衆国から派遣された補佐官が計画を統括することになるのだろう。

 

 帝国から送られるの尚哉にしても、変わらず国際協力を進めているという姿勢を示すためか、あるいはXM-OS開発国たる帝国を尊重するという形式だけかもしれない。

 

「その赴任のために、だ。XM3が何を目的としているのかを、直接聞いておきたかったのだ」

 そう言って射貫くように、尚哉は武の眼を見据える。

 

 

 

 これは簡単に終わる話ではないなと武は腹をくくった。

 

 

 

 

 

 

 




今年の汚れは今年のうちに、ではありませんがユーコンの後始末です。一話で納めるつもりがちょっと伸びそうなので分割してます。

で、年末なのにタケルちゃんたちは普通に勤務中と言いますか、この調子だと年始にチョロッと休暇が貰えるくらいというブラックっぷりですが、よくよく考えたら原作オルタ世界線だとそもそも「桜花作戦」直前なので休む間がない時期だったよなぁ、と。

あと沙霧大尉はどこかでちゃんと出そうと思ってましたが、いまいちキャラが掴めずでこんな感じになりつつあります。彩峰中将生存かつ反米感情が特に強いわけでもないこの作中世界線だと政治思想的な活動からは離れてしまうから、もう別人レベルになってしまいそうですが……。


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後顧の信憑

 

 

 XM3の目的。

 尚哉から直接に問われたその言葉への回答は、なかなかに答えづらい。

 

 もちろんそれを戦術機機動に限定するならば、話は簡単だ。

 キャンセル機能でのミスや無駄の低減に、先行入力やコンボによる制御の簡略化と最適化。武も開発して貰うため最初に夕呼に概念を伝えて以来、演習や教導で繰り返し言葉にはしている。

 当然ながらそれらは尚哉にも伝わっているはずで、今この場でわざわざ問われるべき問題ではない。

 

 夕呼にまで面会を求めそれを拒否されたとはいえ、武へとあらためて問うてきたのであれば、XM3が持つ政治的意味合いとそれによって第四計画が為そうとしていることを問いただすつもりなのだろう。

 

 

 

「その問に自分では満足に答えることができるかどうか、いささか自信がありませんが……」

 

 上官からの問いに対し、言訳するような形で口籠るという軍人としては叱責されてもおかしくない態度を取ってしまうが、流石に即答できる話でもない。どう返答すべきかというよりまず、武自身が今のXM3が持つ意味を十全には理解しきれていないことがなによりの問題だ。

 

 一応はXM3の戦略的・政略的な価値自体は理解しているつもりだ。

 衛士の損耗率の低下や、個々の戦闘力の強化などだけには留まらない。単純化すれば、XM3に対応すべく調整された第三世代戦術機が一定数揃えられるのであれば、ハイヴ攻略が可能となるのではないか、という予測だ。

 

 そしてそれ故にユーコンでも幾度か議論となったが、XM3対応型のCPUの生産及び供給が政治・外交的な問題にまで拡大しつつある。

 

 ただそれらを含め、帝国陸軍側がXM3をどのように捉えているのかまでは、武には知らされていない。夕呼やターニャであれば、帝国の陸軍や企業に限らず、諸外国のそれらの反応まで調査し、把握しているだろう。

 一衛士でしかない武が、その情報を知る立場に無いというだけだ。

 

 "Need To Know"の原則は理解しているとはいえ、このような場に推し出すならばそれなりの情報を開示しておいてくれよと、愚痴の一つも零したくはなる

 

 

 

「重ねての失礼申し上げます。ご質問に質問を返す形となりますが、沙霧大尉殿は、XM3の開発課程に関して、どのように理解されておられますか?」

「ふむ? 斯衛の方で改良型OSの基礎概念が持ち上がったが機体CPU側の処理能力不足で実装できず、こちらの香月大佐殿の御助力を賜ったと、そう噂程度に耳にはしているが?」

 

 非礼を叱責されることなく、また武の問いの意図が掴めぬようではあったが、尚哉は公的に発表されている話ではなく、一般に流布されている事を告げる。

 

 表向きには、XM3は悠陽からの提案でこの白陵基地において夕呼が開発したとなっている。実のところは第四としては悠陽の名を借りただけの形ではあるが、当然ながらそちらに関しては秘匿されている。

 

 また悠陽が戦術機衛士としての訓練を受けていることは周知されているとはいえ、だからと言って新概念と言えるようなXM3の開発に関わっているなどと信じる者は、流石に軍関係者には居ない。ただ陸軍以上に、その設立目的から防衛戦闘のために近接密集戦闘に重きを置く帝国斯衛であれば、XM3に求められた機動戦闘能力とその基礎概念が生まれてもおかしくないと、常識的には考えやすいのだ。

 

 結局のところXM3は、尚哉が言ったように斯衛内部では概念だけに留まっていた物を、第四からの技術協力によって完成に至ったと一般には目されている。

 

 

 

(いやまあ、たしかに俺みたいなループ経験者や、事務次官補みたいな転生者だっけ? そんな連中が実在するなんて、普通は考えねぇからなぁ)

 

 夕呼がターニャや武の存在をあっさりと受け入れているのが常識外なのだ。もちろん霞によるリーディングによる補強はあれど、それだけならばただの思い込みの激しすぎる狂人と斬り捨てられてもおかしくはない。

 あくまで夕呼の研究してきた因果律量子論であれば武の存在を説明でき、またターニャの積み重ねてきた実績からの推論でしかないはずだ。もちろん、二人が提供した情報に価値があると判断したからでもあるだろう。

 

 そもそもが武の知るEX世界線などに比べて娯楽作品の少ないこの世界だ。空想科学的な概念となる並行世界や未来知識なども、さほど知れ渡っている話ではないのだろう。

 まさか別世界の知識を持つ者がその思い付きを天才科学者に話しただけで、あっさりと作り上げられたなどと思い至る者が存在するならば、それこそ異常者だ。それに対し、XM3を斯衛が考えつき第四計画が作り上げたという「事実」は、当たり前に受け入れやすい話だ。

 

 

 

(そうなると問題になってるのは、やっぱり第四が斯衛やら帝国やら何よりも悠陽殿下が帝国へと齎した恩恵を、諸外国ってか合衆国に差し出したってところか?)

 

 喀什攻略に合衆国陸軍からの戦力供給を受けるにあたって、XM3用CPUの技術情報の提供を合衆国からは求められている。帝国側がその話を受けたかどうかまでは知らされていないが、帝国の生産能力では、一気に諸外国の需要を満たすことは難しい。どこかの段階で技術情報は提供しなければならない。

 

 そしてその技術提供先を合衆国に限ってしまえば「殿下に綽名す売国奴」と見られてもおかしくはない。夕呼自身にそのような思惑はなくとも、そう捉える輩は出てくるだろう。

 

 

 

「さて、ご質問のXM3の目的ですが……実のところ、ただオレが戦術機をもうちょっとばかり簡単に動かしたかっただけなんですよね」

 

 惚けたような武の答えに、今まで尚哉の隣で静かに座っているだけだった咲代子が敵意に似た緊張を現す。だが尚哉は一瞬は顔を強張らせたものの、それはすぐに苦笑に変わる。

 今言った言葉こそが、先のAL世界線で武が夕呼に望んだ、そもそものXM3に対する要望だ。ロボットゲームに近しい単純化された入力システムがXM3の根幹であり、反応速度の向上はCPU換装に伴う副産物でしかない。

 

 そしてトライアル以降、「戦術機をより動かしやすく」というのは、XM-OS関連の説明においては幾度も伝えてきた話だ。

 

「XM3は訓練を経た衛士の方々ならば換装前同様に、いえむしろより動かしやすくなっているはずです。それこそがXM3の狙いです」

「たしかに。コンボの優先選択などは、衛士強化装備と機体側とに蓄積されたデータから自動的に構築される形であり、使い続けていれば自然と最適化される、だったな」

「はい、そうです。ただ全般的に動きの無駄を廃することで、できることが増えてしまった。それ故に機種転換に近しい再訓練が必要とされたり、新しい戦闘機動の研究などが始まっておりますが、今まで通りに運用するならばそれらは不要であります」

 

 問われていることとそれに対する答えとしてはかなりズレているとは武も自覚していながら話していく。が、XM3の武が求めたことは「動かしやすさ」だ。そしてそれが衛士の生存性の向上に繋がると悠陽の同意が得られたから、XM3の配布が進んでいるのだ。

 尚哉が聞きたい事とは違うとは判りつつも、この前提部分を共有できていなければ、ここからの先の話が成立しない。

 

 

 

「だが今現在、XM3によってもたらされた環境は、ただ動かしやすい、それだけには留まってはいない」

「はい。向上した機動性と反応速度とで、従来型OSでは困難だった三次元的な機動戦闘や高速での近接格闘さえもが容易となりました」

 

 可能にした、ではなく容易となったと武が答えるのは詭弁ではない。

 

 XM3による処理能力向上により、機体全体、何よりも前腕や膝下などの末端部分を従来よりも精密に制御できるようになったため、空力特性とともに機動性は向上している。

 ただ基本的にはXM3に対応できるように換装するのはCPU関連に留まる。一部の第二世代機までは、電装式のOBWから第三世代機準拠の光ファイバー式OBLへの換装なども想定されているが、それで極端に反応速度が上がるわけではない。

 主機の交換などは考慮されていないので、単純な加速度や最高速度などは変わらないのだ。

 

 まして突撃砲のマガジンの二重化や銃剣装備などでの継戦能力の向上は、XM3と同時に改良された上に一気に帝国内部では広まっために同一視されやすいが、さほど関係はない。

 

 

 

(このあたり混ざっちまってるから、逆に説明しにくいんだよな。似たような戦闘機動は東ドイツの方でやってた部隊があるって事務次官補は話してたけど……って対人類戦に特化した部隊で東ドイツってことは、そういう話なんだろうな)

 

 XM3の提示と、それを求めた武やターニャによるロボットアニメ的な機動概念とが同時に公開されたからこそ混同されているが、この二つはあくまで別のものだ。

 実のところ武が思い描く三次元機動や近接格闘戦闘程度ならば、従来型OSの第三世代機でも不可能ではなかった。そして事実、準第二世代機で空間近接戦闘をこなしていた部隊も存在はしていたらしい。

 

 それに武が直接対峙した経験はないが、AL世界線においての尚哉や咲代子はXM3に換装したA-01ヴァルキリーズの不知火相手に、互角に等しい戦闘を繰り広げたとは聞いている。世界線が違うために戦闘経験などが異なり、いま眼前に座るこの二人がそれができるかどうかは判らないが、XM3換装で向上する能力というのはその程度に収まってしまっているとも考えられる。

 何よりも無自覚的ではあるが、武の武御雷での戦闘機動の根幹は、UL世界線でのバビロン災害後、XM3の無い従来型OSでのType-00Cでの経験に基づいている。

 

 XM3の革新的な部分は、それら熟練の衛士でしか為しえなかった機動を、広く一般的に運用可能としたことだ。

 

 

 

「たしかにあらためての訓練期間は必要となったが、今では衛士の誰しもが以前の近衛精鋭のような近接格闘戦闘も可能となった。なによりもその三次元機動だ。先の君の言葉ではないが、新たな戦闘機動や部隊運用の研究が進めば、ハイヴ攻略への一条の光が見えてくる。違うかね?」

「はい。こちらの研究結果でも、フェイズ3までであればハイヴ攻略は戦術機のみでも可能かと予測はされています」

 

 武が言葉にしなかった部分さえ尚哉はしっかりと受け取り、戦術機でのハイヴ攻略へと話を向ける。

 答える武はこちらのとは言ったが、ほぼJASRAからの報告だ。以前からシミュレータなどで良く用いられている、パレオロゴス作戦におけるミンクスハイヴでの「ヴォールク・データ」に加え、スワラージ作戦でのボパールハイヴなどの情報を加味した上の結果らしい。

 

 あとはこの世界線では確認されていないが、ターニャが追加した想定として、頭脳級排除後には残存BETAが近隣のハイヴへと撤退するというものがある。作戦が成功さえしてしまえば撤収時の安全を考慮するしないという条件下であれば、作戦の難易度は間違いなく下がる。

 

 それらを踏まえ、XM3に換装した第三世代機をある程度一気にハイヴ地下茎へと投入できるのであれば、G弾やXG-70などを用いずとも既存の通常戦力だけで頭脳級の排除が可能だと報告を受けていた。

 

 

 

「XM3搭載型第三世代機の集中運用、加えて極めて短期間での強襲的な侵攻計画、といったところか……いや、生還を想定しない決死行まで想定しているのか?」

「御推察の通りです。ただお言葉を返すようで恐縮でありますが、作戦成功時であればとの条件が付きますが、突入部隊の一定数の生還も可能であると目されております」

 

 ハイヴ攻略が困難な主な要因は、ハイヴ地下茎特有の通信障害での指揮能力欠如というものもあるが、なによりも侵攻可能兵力が現実的に戦術機に限られる点だ。そのために補給面での問題や、継戦的支援能力に不安がある。

 パレオロゴスでは機械化歩兵を含む通常戦力も投入されたが、それらは文字通りの全滅という結果となっている。

 

 ただこれらは既存の陸軍的なドクトリンの、それも第一次大戦期の塹壕戦のように、支配領域を着実に拡大しながらの侵攻を想定していたからの問題であった。

 JASRA、というよりも「原作知識」を持つターニャからの進言であろうが、ハイヴ攻略とはBETA群全体の排除ではなく、頭脳級のみの排除であると作戦目標の根幹部分から考え方を変えているからこその、攻略可能という研究結果でもある。

 

 この世界線には00ユニットが存在せず、ハイヴ地下茎の詳細な地形データなども当然人類側にはない。それ故に侵攻ルートは確定できないが、目標方向は明確なのだ。モニュメントの直下に大広間があり、そこに頭脳級が存在することは明らかだった。

 ならばBETA群と遭遇ごとに戦闘し続けるのではなく、最低限の排除だけで頭脳級まで突き進むことだけを考えれば、補給面の問題はある程度は無視できる。むしろ補給のための時間さえも惜しい。

 

 フェイズ3のハイヴならば水平距離にして4km、最大深度も700mほどだ。ソビエト東部に多い比較的新しいフェイズ2のハイヴならばさらに狭く浅い。脚部走行ではなく跳躍推進を主に移動し、地下茎壁面さえも足場として文字通りに跳び続けるのであれば、大広間までの侵攻は可能であると判断された。

 

 そしてそのような機動を取るためには、XM3対応化した第三世代機が必要なのだった。

 

 

 

 

 

 

「お二方が問題視されているのは……ハイヴ攻略が可能となった上で、XM3の生産を合衆国に委ねること。その危険性、ですか?」

 

 結局話はここになるかと、溜息の一つも付きたくなる。が、さすがに上官の前ではあまりに礼を失すると、温くなってしまった天然物の緑茶に手を伸ばして、武は誤魔化すかのように無理やりに一息つく。

 

 今この世界線においては、陸軍主導によるクーデター計画などは進んでいないはずだ。クーデターの主体となった「戦略研究会」たる将校の集まりも、結成されていないとは夕呼からは伝えられてはいる。

 だからといって帝国陸軍内部に内閣や軍上層部に反感を抱く将兵が存在しないとまでは楽観できない。

 

 XM3の開発が国連軍が主導していたことに対して、帝国陸軍内にいまだ反発が残っているとは武も知っている。富士教導隊との合同演習においても、様々な軋轢があったと慎二や孝之からも直接聞いていた。

 斯衛の中にもそのように考える者はいるだろうが、そちらはXM3トライアルの際、悠陽からの声明に加えて、五摂家の頭首たる崇継や恭子までもが率先してXM3の導入に動いているのだ。表立って不満を漏らすような者は黒であっても存在しない。

 

 だが各種のライセンスも含めて、XM3用CPUの生産さえも合衆国企業に委ねるとならば、武家の中でも反意は燻る。もちろん生産に関わる企業に関係する者達であれば、それ以上だ。

 なによりも悠陽の意向を無下にしたかのような振舞にも見える。開発に無関係だった陸軍将校からすれば、なおさらに反発してもおかしくはない。

 

 

 

「国連軍軍人としての立場からお答えさせていただくならば、そこに一切の問題は無いと申し上げます。いやむしろ、帝国陸軍のお二方が何を問題視しようとお考えなのか、お聞かせいただきたいところです」

「ッ!?」

 

 ターニャの影響を受けてるなと武自身も思うが、所属が違うとはいえ上官に対する態度ではなく、煽るかのような口調で言葉を続けた。ついでとばかりに軽く嗤いを浮かべても見せる。

 

 そんな武の態度に、直接の叱責などはしないが、咲代子の顔が怒りに歪む。ただ尚哉は興味を引かれたのか表情は消したものの、咲代子へは控えるように指示しながらも、静かに武の様子を窺ってきた。

 

 

 

(良い警官と悪い警官、だったっけか? まあさすがに沙霧大尉がこの場で声を荒げて見せるって訳にはいかないだろうしな)

 

 どこまでが演技かまでは武には判断できないが、こちらの出方を窺っているのは間違いない。それに今この会話が記録されていることくらいは、当然のように理解しているはずだ。簡単に言質を取れるようなことはないだろう。

 

「我らこそが問題である、と?」

「問題が存在しないところに、無理矢理に因縁を作ろうとしている、こちらからはそう見えるというお話ですな」

 

 武に合わせたたように尚哉ははじめて湯飲みに手を伸ばし、静かに問いただしてくる。武ももう一度茶を口にして答える。

 

 

 

「米国への依存が大きすぎる、という懸念はないのかね?」

「帝国の生産能力ではXM3用CPUの需要を満たせないことは事実であります」

「合衆国以外、オーストラリアやカナダなど英連邦諸国へのライセンス供与は?」

「そちらもなども順次行われることとは思われますが、まだしばらくは先の話でしょう」

 

 矢継ぎ早に言葉が投げかけられるが、ある程度はユーコンでも話されていたことだ。建前程度であれば即答できる。

 

「供給能力に限界があるとしながら、なぜに情報の公開を制限するのか? 米国へのライセンス供与は認めるが、そうでありながらそれ以外の国々へは先延ばしにする、禁ずるというのはおかしな話ではないかね?」

「それでなし崩し的に、ソビエトや中国にまでライセンスを解放しろ、と?」

 

 かつて経験したAL世界線でのクーデターにおいて、彼らが合衆国の工作の下に蜂起したのは間違いないだろうが、むしろ思想的には反米一色だった。そして当時も詳細を知らされることはなかったが、政府のみならず陸軍将校の中にさえ親ソ派が存在し、彼らの影響もあったはずだ。

 いまこの世界線でも親ソ派将校はそれなりの勢力を持つらしい。XFJ計画もそのような派閥からの妨害工作があったとは聞いている。

 

 今の尚哉個人の政治的スタンスに関しての情報は知らされていないが、少しばかり話した程度とはいえ、やはり帝国を最優先しているかのような印象ではある。帝国軍人としては至極当然なその基準であれば、武たちが何を危惧しているかは簡単に推測できるはずだ。

 

 

 

「まあ、許諾を与えるのはオレ個人ではありませんし、新任少尉でしかない自分はそんな権限も持ち合わせておりませんから、あくまで推測の範疇ですけど」

 

 一瞬考えこむような言葉の止まったタイミングで、武はわざとらしいまでに態度を崩してみせる。武のみならず、咲代子にしろ尚哉にしろ、尉官程度が知る必要のない話だと、話を斬り捨てた。

 

「はははっ、今までJASRAがハイヴ攻略になぜこれほどまでに否定的だったのが、ようやく理解できたよ」

「御推察の通りです。従来型OS搭載の第二世代機ではハイヴ攻略戦力としてはまったく足りません。ですが逆にXM3搭載型の第三世代機であれば戦略次第ですが、一定の成功は見込めてしまいます」

「反応炉破壊は無理としても、『アトリエ』の一時的確保などは不可能ではない、か?」

「我々としては、ソビエトを筆頭とした東側諸国へのBETA由来物質の流出を、なによりも恐れています」

 

 そしてその予想が間違いでなかったようで、尚哉は緊張を解きながら軽く笑って見せ、武の言葉に付き合ってくれる。

 G元素貯蔵庫たる『アトリエ』の場所は各ハイヴ共に不明確だが、大広間のように最深部に位置するわけではなく、比較的侵攻が容易いと考えられてしまう。衛士や戦術機の損耗を度外視するならば、侵攻作戦を実行に移す国家が存在する可能性はどうしてもある。

 BETAへの攻撃的軍事行動は国連主導によるというバンクーバー協定など、ソビエトも中国も簡単に無視するだろうというとは、武でも簡単に思い至る。

 

 

 

 東側の亡命国家群がそのような作戦を成功に導けるかどうかは疑わしいが、それでも可能性の芽は摘んでおきたい。厳密に言えばターニャがもっとも警戒しているが、武にもその懸念は理解できる。

 もはやわずかに残る程度のおぼろげな記憶ではあるが「バビロン災害」後の対人類戦を思い起こせば、下手にG元素が東側へと流出すればどのような惨禍が巻き起こされるかは想像に容易い。

 

 現状の、G元素などのBETA由来物質は国連の名の下に合衆国が一括管理する形が、ベストではないがベターだとは言える。

 

 

 

 

 

 

「あらためまして、最初のご質問への回答となりますが、香月大佐はXM3で何かを得ようとはしていないと考えております。大佐にとってはあくまで副産物。いえ大佐のみならず、XM3はBETA駆逐のための道具、その一つでしかありません」

 

 こちらが警戒していることを理解してもらえたと踏んで、帝国陸軍などへ対立の意向は無いことを、ここでようやく説明できる。だがそれでも相手が第四計画に関してどれだけの情報を持っているのか武には判らないので、どうしても言葉を選んでしまう。

 

 以前にターニャに指摘されたように、ディグニファイド12以来、オルタネイティヴ計画の根本的目的はBETAを知ること、情報収集につきる。その点では武とターニャとの存在ゆえに第四計画は完遂目前とも言える。

 今の第四計画そしてJASRAの目的は喀什攻略。重頭脳級『あ号標的』の排除だ。

 

 XM3はあくまでも、戦術機戦力をそこまで進攻させるための技術的改良でしかない。

 

 

 

「ふむ。なるほど道具の一つ、それもBETA駆逐のための、か。たしかに我らがその切れ味に眼を眩ませられていたやもしれん。その光故に大きくなった影を、ありもしない問題と見誤っていただけ、ということか」

 

 尚哉が静かに頷き、武の言葉を受け入れた。武がわざと主語を抜いたことも、納得の上のようだ。

 

 たしかに対BETAのみならず対人類戦においてもXM3の有無は戦術機戦力の差異に繋がるが、戦術機は対人類戦においては使い勝手の悪い兵種だ。ユーロ諸国のように機甲戦力をほぼ失っているような特殊な事例を除けば、無理に持ち出すものでもない。また例え投入されたとしても、BETA支配地域でなければ航空戦力によって比較的速やかに排除可能な程度の脅威だ。

 

 それでありながら、わざわざXM3をもって他国へと仇なすというのならば、それはもう道具を使う者たちの責であって、それらを産みだした者が負うべき咎ではない。

 

 

 

「ですが開発に携わった一衛士としては、XM3での戦術機戦力の向上と、衛士の損耗抑制……そしてなによりも人類の勝利を願っております」

「ふむ。その心意気は我らが受け継ごう。我らがユーコンに赴いて為すべきことは、XM3、いや戦術機を駆る者たちを、人類守護の剣として研ぎ澄ますことと心得た。なるほどたしかにそれこそが殿下の御心に従う道でもあろう」

「……ありがとう、ございます」

 

 静かに席を立ち言葉を続けた尚哉に、武は敬礼ではなく、深く頭を下げた。

 

 

 

 その姿のままに二人の帝国陸軍士官を見送り、今完全にXM3が自分の手を離れたことを、武は実感した。

 

 

 

 

 

 




気が付くと100回目ですが、とくに何ということなくお茶会。日米安保が継続している世界線なので、とくに尚哉さん大きく対立することもなく、XM3に関しては後はお任せという感じです。

んでXM3、アニメなどではそもそも従来型の戦術機(それも準第二世代あたり)が結構ぐるんぐるん飛び回っているので、きっとたぶんできる人にはXM3などなくても機動戦闘はできるということで。
柴犬のベアトリクスさんとか、割と普通(?)に空中近接格闘とかこなしてますし。


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謬錯の反覆 01/12/29

 

 左右に持つ87式突撃砲だけでなく、背部兵装担架にも下げた合計4門からの砲撃で、武は纏わりつくように集まってくる戦車級を的確に撃ち壊していく。

 脅威となる要撃級は接触直後から隊の皆が優先して撃破しており、いまも動いているのは感覚器たる「タコ頭」を潰された個体だけで、それはむしろ武たちにとっては最も頼るべき「生きた防壁」となっていた。

 

 減り続ける弾薬と、周辺に展開する他小隊人の位置、なによりも横に並ぶ冥夜の挙動を視界の片隅で意識しながら、務めて冷静にBETAを排除していく。

 

 真那を筆頭とした斯衛のブラッド小隊の四人は、九州防衛戦の時などとは違い、いまは少し冥夜の紫紺の機体からは距離を取っている。自身に近付いてくる戦車級への対処しながらではあるが、なによりも冥夜の死角から接近する敵を排除することに注力していた。

 その位置取りは、突撃前衛として冥夜と並ぶ武をも、自身らと同じ護衛だと認識してくれているからの距離感だと、武は理解している。

 

 だからこそ武は突撃前衛でありながら、制圧火力を求めて強襲掃討に等しい突撃砲4門という選択を取っていた。もちろんこれは65式近接戦闘短刀と87式突撃砲が改修され銃剣として使えるようになったから可能となったことでもある。

 

 

 

(時間がかかりすぎてるな。いや、根本的に戦力不足か)

 

 群がっていた戦車級、その最後の一体を武は左腕の87式突撃砲、その前部に取り付けた短刀で両断し、もう一度あたらめて周囲を確認する。

 

 大きく広い主要通路と思しき経路を可能な限り選択してきたとはいえ、所々では狭い箇所もある。いまも脚を止めてしまったのは、そのような箇所で「偽装横坑」に潜んでいた大隊規模のBETA群に隊の横腹を抉られるような形で遭遇戦に持ち込まれた結果だ。

 

 「門」突入からすでに1時間は過ぎたが、いまだ到達深度は1000mに届かない。

 過去の事例から見れば驚異的とも言える進行速度だが、目標たる「あ号標的」は最深部に位置し、想定深度は4000mだ。単純に見ても今のままではあと3時間はかかってしまう。

 

 途中、広めの「横坑」においては連隊規模にもなるBETA群とも遭遇したが、これらは撃破は目指さずに、敵戦車級に習うかのように壁面さえも足場として突破してきた。加えて「横坑」の大半は噴出跳躍で突き進み、「縦坑」に至っては落下に等しい機動で文字通りに跳び続けて来たが、それでも目指すべきところはいまだ遠い。

 

 今回の遭遇戦は小型種を含む大隊規模。ハイヴ地下茎においては小規模とも言える敵勢力だったため、隊に被害はほぼ無い。時間を考えれば対処せずに押し切るという選択肢もあったはずだが、その場合むしろ白の三人の負担が大きすぎると真那は判断したのか、この場での対処が命じられた。

 武もその命令には何ら異存はなかった。中隊の他小隊とはすでに分断されており、これ以上の戦力の損耗は許容しがたい。たとえ全機が武御雷とはいえ、いまこの場にある戦力は一個小隊半、六機でしかない。

 

 排除せずに無理に突破を試みたならば、最後尾に位置していた神代機が大きく損傷した可能性も高い。他の侵攻部隊どころか中隊内でさえ連絡が満足に取れず、補給の目途も立たない状況では、必要最低限の戦闘は許容すべきだった。

 

 

 

 冥夜共々に突撃前衛という役割上、文字通りに隊の最前衛ではあるが、戦闘を可能な限り回避してきたことで消耗は低い。むしろ部隊後方に位置し、追い縋ってくる敵BETA群の対処をしていたブラッド小隊の四機の方が、目立った損傷は無いとはいえ弾薬などは消費している。

 

「フェアリー02からブラッド01へ。弾薬及び推進剤ともにいまだ余裕があります。105mmの損耗は無し」

『フェアリー04からブラッド01へ。同じくこちらにも余裕があります。また機体状況にも問題ありません。105mmも損耗無し』

 

 武たちが持つ87式突撃砲に付く滑腔砲は120mmのGG-120ではなく、105mmの改修型GG-105にすべて切り替えられていた。現在採用されている120mmに対して105mmでは貫通能力に劣るが、弾頭や装薬の向上と改良により開発当初の70年代末とは異なり105mmであってもかつての80年代までの120mm程度の性能は確保できている。

 口径が小型化されることで同型マガジンでも装弾数に優れ10発。いまはすべてAPFSDS弾であり、突撃級か要塞級への対処に限定しての使用に止められている。くわえてのハイヴ侵攻であれば120mmに比しての有効射程の減少はさほど問題視されず、携帯可能弾数の増加の方が望ましい。さらに36mm同様にダブルマガジン仕様に置き換えられていた。

 

 結果的に各員がそれぞれに105mmを100発近く携行していることになり、いまだ遭遇はしていないが、要塞級と接触してもそれなりに余裕を持って対処できるはずだった。

 

 

 

『ふむ……ブラッド01から中隊各位へ。弾薬交換を兼ねてこの場で120秒の小休止とする。分隊内で交互に警戒に当たれ』

 

 ただ機体に損傷は無く、弾薬の消耗も抑えられているとはいえ、それを駆る衛士に負担が無いわけではない。

 真那が各員の状況を確認したのか、僅かに視線を彷徨わせ、そのままに指示を下した。確かに「偽装横坑」からの攻撃を排除したこの場であれば、続けて襲撃の可能性は低い。「門」突入からの緊張を解し、軽く水分補給等をするにはいいタイミングでもある。

 

 それに交戦中でない今ならば、余裕をもってマガジンの交換も行える。

 戦闘を可能な限り回避してきたために弾薬類の消耗は確かに抑えられてはいたが、ハイヴ最深部への侵攻ともなれば補給の目途など当然なく、無駄に使える余裕などない。僅かな弾薬を残したままにマガジンを交換し、捨てていくといった運用は贅沢に過ぎる。

 マガジンへの再度のローディングが可能な設備などもないので、100発未満しか残っていないマガジンであっても、破棄することなく予備ラックへと戻していく。

 

 もちろん近接戦闘中に誤って満載していないマガジンを交換しないように、今まで使っていたものの優先度はその残量に合わせて下げてはいく。歩兵であれば咄嗟の行動で間違える可能性もなくはないが、戦術機ならば残弾数の記録共々、ほぼ自動化して処理できる程度のことだ。

 

 

 

『フェアリー04から02。こちらは完了した』

「02了解、もうちょっとゆっくりしても良いんだぞ?」

『ふふ、そなたに感謝を。だが、今はこれで十分だ』

「分かった、少し任せる」

 

 割り当てられた60秒を使い切ることなく冥夜から連絡が入ったが、こちらから確認できる程度では補充も完了しているようだ。時間に然程の余裕もないために、二人ともに言葉少なく周辺警備を交代する。

 

 武も左右に持つ突撃砲のみならず、背部兵装担架に懸架している二門までマガジン交換を進める。合わせて自分自身のために、ドリンク剤を口にする。あとは狭いコクピット内ではあるが、軽く背を伸ばし硬くなりつつあった身体を意識して解していく。

 

「ふぅ……ッ」

 わざと声を出すように深呼吸もする。

 

 焦りはある。

 いまだ行程の三割弱ほどしか侵攻できておらず、先行きは不透明だ。戦力の補充が見込めないハイヴ攻略である。時間を掛ければかけるほどに事態は悪化するだけで、なによりも速度が必要だ。

 

 それでも、これから先を考えれば、今は休むべきだった。「大広間」まではまだ遠い。どこかで休まねば、肝心の時に緊張を保てない。

 

 

 

 

 

 

 しかしその余裕は与えられなかった。

 

『フェ……、前……、…大規……ッ』

 

 CPからの通信はノイズが交じり過ぎで、ほとんど聞き取れない。だがいまCP将校を務めているはずの霞にしては、普段の落ち着いた姿とは異なり、どこか切迫したような声が聞こえてきた。

 

 咥えていたドリンク剤を一気に飲み切り放り出す。全域警戒に割り振っていたセンサーを右前方に集中させる。武の機体単体では索敵に穴はできるが、それは小隊の他の誰かが埋めてくれるはずだ。中途半端に周辺を漫然と警戒するよりかは、自身に宛がわれた範囲を精査する方が隊の安全を確保できる。

 

『二時方向下方に大規模な振動を感知……何ですかこれッ!?』

 小隊の他の面々も休息を止め、索敵を開始しているのだろう。最初に見つけたのは、武の後ろに位置していた戎だ。

 

 ありえない反応の巨大さに、通常ならば真那に叱責されるであろうが、あいまいな報告を、驚愕と共に告げる。

 

『ブラッド01へ、大規模な振動が接近中ッ!!』

『……何なんですかこれッ!?』

『今までの観測データにありませんッ!?』

 

 戎が大雑把に示した方位へと、隊の皆もセンサーを向けたのだろう。普段、武家の者として毅然としている白の三人だが、未知の状況に冷静さを欠いた声を響き渡たらせる。

 

 

 

「クソ、マジかよッ!?」

 告げられた方位に武もセンサーを向けたが、僅かに間を開けて反応が返ってきた。その反応そしてその意味が判ってしまい、白の三人同様に意味のない罵声だけを口にしてしまった。

 

 それでも、いまこの部隊で状況を理解しているのは、おそらく武だけだ。即座にできうる限りの対応を取ろうと、めったに使うことの無い機材の起動に入る。

 

「ブラッド01ッ、S-11の使用許可をッ!、04、そっちのヤツもだッ!!」

 

 作戦開始から兵器使用自由が命じられていたとはいえ、戦術核にも匹敵するS-11の運用は別だ。さすがに現場指揮官並びに周辺の部隊員にも周知せねば、いらぬ被害を与えかねない。

 

『フェアリー02ッ!? 何が……いや、適当に事を為せッ!!』

「了解ッ!!」

 

 真那も説明は分析は欲しいのだろうが、まずは対処を優先し武への自由采配を与えた。

 

 

 

 ただ武にも説明する時間などなかった。S-11の起動準備が完了する間さえなく、通常兵器では満足に削る事さえ困難な強度を誇るハイヴの壁面が、大きく割れた。

 

『え?』

『……なに、あれ?』

 

 呆けたような声が漏れ聞こえるが、判らなくはない。

 異形揃いのBETA群においては、その形はむしろ理解しやすい方かもしれない。ただあまりに巨大なだけだ。細かな数値はまだ図り切れていないが、直径が200m弱の巨大な管、それがハイヴの壁面から突き出している。

 

 壁面に穴が開いたとしか言いようのない状態だが、その巨大な存在に真那でさえ反応が遅れる。

 

「全機下がれッ!! ああ、いや、04はオレに続けッ、まだそっちの方がマシだッ!!」

 

 小隊すべての状況を確認する余裕は武にもないが、冥夜はすぐ横にいる。この位置から無理に下がらせるよりかは、武とともに前に出るほうが対処しやすい。

 

 まだ現れたのは極一部。食い破るようにハイヴ壁面から出てきたのは、母艦級の先端部分だけだ。全長1.8kmと推定されるそのすべてをこの空間に押し出すことなどは不可能だろうが、なによりの脅威はその巨体ではなく、中に詰め込まれ運ばれているBETA群だ。

 

 

 

「母艦級確認ッ、アレが開ききる直前にハラん中にS-11を投げ込むッ!!」

『ッ!? ブラッド01より、フェアリー02、04へ。繰り返す。S-11の使用を許可する。ブラッド各機はその援護に当たれ』

『『『ッ! ……了解ッ!!』』』

 

 半ば呆けていた白の三人も真那からの指示で、一応の落ち着きを取り戻したのか回避を兼ねつつ、援護のための陣形を取る。

 

(クソッ、位置がマズいッ!?)

 

 S-11使用は自分から言い出したことだが、できれば母艦級など無視しての突破を狙いたかった。

 

 これがもう少しばかり後方からの出現であれば、たとえ母艦級から吐き出される勢力も無視して、先に進めた。進んだ先で大規模なBETA集団と遭遇し、その対処に手間取れば挟撃される可能性もあるが、そうであっても先ほどまでと同様に大型種のみを最低限排除していくことで突破も可能だろう。

 

 しかしいまは隊の進行方向を半ば以上に塞ぐような形で、母艦級がその巨体の先端を押し込んできているのだ。大型種を吐き出すための空間的な余裕があるために、一機ずつならばその眼前を通り抜けられるかもしれないが、母艦級内部の状況が視認できない現状では、リスクが大きすぎる。

 真那が迎撃の指示を出したのも仕方が無いと、武は思う。

 

 

 

 母艦級の先端、採掘用と思しき牙のような突起が並んだ外皮が巨大な花弁のように開いていく。見た目ではゆっくりと、だがその巨大さからすればかなりの速度だ。内部の注入口はまだ露になっていないが、すでに戦車級などは零れるかのように外に出てきていた

 

『敵BETA群、規模不明。振動センサーに異常はありませんが、正確な測定反応が返ってきません。なお現在のところ大型種は視認できず』

 

 おそらく誰の機体でも同じ結果だろうが、最初に発見したということもあるのか、戎が判明している限りの事実を列挙していく。当然その報告の間も、彼女たちは突撃砲の砲撃を止めず、戦車級の排除に当たっている。

 

 

 

「フェアリー02、S-11の投射に入ります」

『同じく04。S-11を使用します』

 

 後方からの支援を受け、武は務めて冷静さを装いつつS-11投射の準備を進める。不思議と横の冥夜も落ち着いたものだ。

 右の突撃砲をスリングしていた肩部のウインチで巻き上げ、腋で無理やりに固定しながら、武は股間ブロックからS-11を取り出す。それを見てか、わずかに遅れて冥夜も同じく左手で抱えた。

 

 S-11は反応炉破壊を名目として戦術機に搭載されてはいるが、その本質は"SELF-DESTRUCTION-SYSTEM"と呼称されるように自決兵器だ。

 自決兵器としては、跳躍ユニットや脚部を損壊した状態でBETA群に取り囲まれ、離脱が不可能と判断された場合に用いられることがある。その際に、周囲の味方を極力巻き込まぬように、爆発には指向性を持たしている。

 

 火力としては戦術核に匹敵し、1200㎜超水平線砲などの特殊な兵装を除けば、戦術機で運用できる兵装の中では最大の火力を誇るが、通常では股間前部に一発だけしか装備していない。それなりに高価な兵器であり、あくまで爆弾でしかないために使いどころは極めて限定される。

 また合衆国陸軍などではドクトリンの違いから搭載されておらず、ソビエト軍に至っては衛士の反乱などを警戒する関係で、ロシア人衛士以外には使用や搭載が許可されていないともいう。

 

 武たちの部隊は反応炉破壊が主目的であるために、本来ならば温存すべきではあるが、母艦級を破壊しきれる火力となると、これ以外の選択肢がなかった。

 

 

 

「フェアリー02より意見具申。まずは自分が投擲します。それで中身が出てくるのが止まるようならば、この場を離れることを強く進言いたします」

 

 まだ外皮は開ききっていないが、それでも溢れ出てくる戦車級の数は次第に増えている。それらを右腕以外の3門の突撃砲で掃討しながらも、武は真那へと助言する。今のところは他小隊員の砲撃もあり、戦車級の接近は防げてはいるがそれも開口部が完全に開くまでの僅かな余裕でしかないはずだ。

 

『ふむ? 無理にフェアリーの2機で同時起爆は狙わねということか?』

「設置しての使用でないために、タイマーと方向の設定が困難でしょう。あとは使わずに済めば、と」

 

 S-11は自決用ではあるが、反応炉破壊などでは、複数個を設置しての時限爆破で使用される。また一応は歩兵がグレネードを投げるように投擲も出来なくはない。

 そして母艦級との遭遇時に使用することをターニャと武とが想定していたために、そのための投擲モーションと起爆時間や爆破方向なども含めコンボとして組み込んではいる。

 

『なるほど、な。確かに貴様の言うとおりだ。この場で戦い続けることは我らが任ではない』

『こちら04、了解した。たしかに温存できるならばせねばならんな』

 

 真那が納得するのに続いて、冥夜も受け入れる。白の三人からの反応はないが、小さなフェイス・ウィンドウから視れる限りは、武の言葉に異論はないようだ。ハイヴ壁面を突き破っての出現した瞬間の衝撃はあれど、今は皆冷静に対処している。局所的な防衛戦とだけ考えるならば、むしろ優位に展開しているようにも見えてしまう。

 

 

 

(あ~なんかヘンだと思ったら、全体像を知らねぇからか? ここから見えるだけじゃ、そもそもの大きさなんて想像できねぇからなぁ……いや「偽装横坑」の一形態とか、門級の一種だと勘違いしてるのかもな。まあ慌てふためかれても困るだけだから良いか)

 

 他の面々の落ち着きが武には理解しきれていなかったが、少しばかり考えてみれば当然のことだ。事前の情報なしに母艦級の全貌など思いつけるはずもなく、その脅威を眼前にしながらも把握しきれていないだけだ。

 確かに開口部だけでも巨大ではあるが、見えている部分としては直系200m弱の肉の管、長さも突出した先端だけなので100m程度しか「横抗」には突き出されていない。まさかこれが全長1.8kmにも渡る巨大な個体だとは想像もできないだろう。

 

 母艦級の本当の姿と、その中に収容されているであろうBETAの物量を知っている武だけが焦っている。が、いまはむしろ知らないが故の、彼女らの知識と経験からくる落ち着いた対応に助けられているところがある。このまま全体規模が判らぬほどの大規模攻勢が続くなどと、そう知ってしまえば例え斯衛といえど恐慌に陥ってもおかしくはない。

 

(ならオレがしなきゃならねぇのは、この場で一当てだけして、離脱の機会を作ること、だな)

 

 あくまで目指すは「あ号標的」の破壊だ。そこに至るまでのBETA群の排除は手段であって目的ではない。もちろんこの母艦級は脅威ではあるが、これの排除は必須とは言えない。

 むしろこの場で下手に戦闘を続けることで、さらなるBETA群の接近を許すほうが危険だ。

 

 

 

『ブラッド01より小隊各機へ。フェアリー02のS-11投射は、02のカウントに合わせる。周辺の掃討に集中せよ』

「フェアリー02了解。……カウント10よりスタート、9……8……」

 

 採掘用外皮が大きく下がり、外径よりも二回りは細い、その内に隠されていた注入用の「口」が明らかになってくる。要塞級でさえ入り込めるその口内の高さは軽く100mを超え、それ自体がハイヴ地下茎のようにも見える。

 

「7……6……」

 タイマーは各自網膜投影で表示されているはずだが、それでも武は自分を落ち着かせる意味もあって口頭でカウントしていく。

 

 跳躍ユニットを細かく制御し、天井への接触を避けつつ、戦車級の跳躍を躱していく。壁面までも使って跳びかかってくる個体もあるが、それらは後方からの支援で排除されている。

 

 いまだ大型種、とくに機敏なうえに前腕の攻撃範囲の広い要撃級は現れていない。しかし開口部が完全に開けば、内部に当然収納されているであろう各種の大型種が吐き出される。

 地下茎水平面を突進してくるだけの突撃級は、地上で戦うよりかは危険度が下がるが、やはりその巨体は脅威である。そしてなによりも数が多く俊敏な要撃級が雪崩出てくると、一個半小隊でしかない武たちでは対応不可能となる。

 

 

 

「5……4……」

 

 瞬間的な最大戦速での接近では、空中での投射ともなるために姿勢を制御しきれない。逸る気持ちは抑えて、スロットルを押し込み過ぎぬように意識する。

 

 焦りも緊張もある。

 武が失敗すれば、隊の皆は当然、次の投射を担う冥夜が大きく危険に晒される。それはなによりも避けたい。

 

 それにS-11投射の最良のタイミングは、開ききる直後だと推測されている。それ以降の攻撃には、周辺に展開してしまう大型種の妨害などもあり、接近することさえ困難を極める。

 

(落ち着けよ、白銀武。大丈夫だ。威力的には、おそらくは失敗しない限りは一発で済む)

 

 S-11の爆破指向方向が正確であれば、母艦級の内部を砲身のように見立てて、その体内に収納されているBETA群を一気に排除できると予測はされている。

 そしてそれだけの被害を与えてしまえば、この場からの離脱は容易だ。

 

 

 

(3……2……)

 距離と速度を計りつつ、最期は集中するために脳内だけで静かにカウントを進める。

 

 母艦級の体内へとS-11を投射しようとすれば、少なくとも高度にして150m程、距離にすればほぼ密着するあたりまでは接近したい。いまだ大型種が視認されていないからこそできる無茶なまでの接近だ。

 

(あと、1……)

 それでも開口部正面からのアプローチは、母艦級のさらなる移動も予想されるため危険すぎると判断し、向かって右側、左側面から可能な限りの速度で近づいた。

 

「S-11投……ッ!?」

 

 ゼロカウントとともに投射モーションを完了した瞬間、要塞級の尾節から延ばされた衝角が、武の視界を埋める。母艦級の内部、そこに並ぶ二体の要塞級が、まるで武の出現を予測していたかのような正確さで、尾部触手を限界まで伸ばしてきたのだ。

 直後、音を消し去るような衝撃が武の身体を叩く。

 

 母艦級の開口部直前、むしろ中にわずかに入り込んだようなところで、武の駆る黒の武御雷は胸部コクピットブロックを完全に貫かれ、空中に刺し留められた。

 

 

 

 

 

 

「……は? え、いや……なに、今の?」

『フェアリー02、胸部コクピットブロック損壊。致命的損傷と見なし大破と認定』

 

 ブラックアウトしたコクピット内で、いまだ状況が理解できない武の耳元に、CP将校としての霞の声だけが淡々と静かに流れてきた。

 

 

 

 

 

 




夏コミ新刊入稿の勢いで、と思いましたが割とギリギリでした。

なにやら久しぶりの戦闘な上に、「タケルちゃん死すッ!?」みたいな感じですが、とりあえずは演習です。

で、ハイヴ地下茎での侵攻速度ってどれくらいかいまいちわかりませんが、TE1巻で門通過後4316秒(約72分)で地下300mまでとなっていたので、それよりかは早いだろうとこれくらいに。まあその速度のままだと喀什とか素直に進んだとしても「大広間」まで12時間以上とかとなってしまい、どう考えても攻略計画が成り立たないなぁ、と。


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緩怠の苛辣

 

「う~~ばぁ~~~~ぁッ」

 

 慣れてしまった早食いの後、トレーを横に退けるくらいの配慮だけは払いつつ、武は身体一杯を伸ばしPXのテーブルに突っ伏した。先ほどの失敗だけでなく、考えなければならないことは多いが、そのためにも一度は意識して身体から力を抜いてみせる。

 

 先のシミュレーターでのハイヴ侵攻演習は、文字通りに部隊の全滅という形で終わってしまった。

 

 通常の訓練ならばすぐさまに繰り返すのだが、全滅の内容がいまだ未発見の母艦級によるものであったために、対処方法を考える必要がある。

 隊長たる真那も、無策ですぐに繰り返しても意味が薄いと判断し、まずは先の演習内容を分析するためにも時間を取りたかったようだ。そして情報の無い状況への対処訓練には格好の「教材」だということで、白の三人共々に、早々にデブリーフィングに入っている。

 

 母艦級の情報をそれなりに知っている武が居れば、その訓練に逆に支障が出るということで、分析は第19独立警護小隊の四人のみで行うという。そのため冥夜やCP将校を務めていた霞共々に、少しばかり早めの休息が命じられた。

 

 

 

 今回の演習はハイヴ侵攻、それも喀什攻略を想定した形でのシミュレーションということで休息などは挟まない形で長時間に渡る予定だったが、それさえも変更された。

 

 この白陵基地内、それもA-01の第一中隊に限定してではあるが、武御雷のシミュレーター用データまでを提供された上での演習だったが、対応策の無いまま闇雲に訓練を重ねる意味は薄い。とくに真那達第19独立警護小隊の四人は今更に戦術機搭乗時間を延ばすよりも、その部隊名通りに警護のため個々の状況対応を突き詰めるために協議を重ねる方が有意義だろう。

 

 もちろん警護される対象たる冥夜自身の訓練は必要で、それは午後から武との連携に特化しての演習に切り替えられていた。

 

 

 

「う~ば~?」

「……イーニァが真似するから、ワケの判らねぇことはやめろ」

 

 武の奇矯ともいえる行動に慣れてしまっているのか、横に座っていた冥夜と霞とはちらりと視線を送ってきただけだったが、前にイーニァと並んでいた座っていたユウヤは呆れたかのように声を上げた。

 

「あ~わりぃ。ちょっと気合い入れるためにも、まずはリラックスしなきゃってところだ」

「そういうものなのか?」

「そういうものだと思っておいてくれ」

 

 身を起こし、淹れ直した合成玉露に手を伸ばして苦笑気味に武は応える。

 

 

 

 実戦経験はなくとも、ユウヤは間違いなく優秀な衛士である。当然のように食事は早く、すでに武や冥夜同様に食べ終わっている。

 日系とはいえユウヤは合衆国、それも由緒のある家で育っていたという。文化交流の薄いこの世界線においては、箸が使えるわけもない。選んだのはスパゲティを主体とした合衆国風のランチであり、使っていたのは基本的にフォークとナイフだ。

 

「スパゲッティはおいしいよね、ユウヤ?」

「ん……ああ、思ってた以上に、旨いなこの基地は」

 

 横に並ぶイーニァも、ユウヤに合わせたのか同じ物を食べているが、味には満足しているようで始終ニコニコと笑顔のままに、口を動かしている。

 食べ終わって、今は代替コーヒーの苦味に眉を顰めているユウヤとは、対称的だった。

 

 そんなイーニァ達の様子を見て、武はふと気になって横の霞を見る。イーニァと霞とは同じ第六世代ESP発現体として髪の色などは似通ってはいるが、身に纏う雰囲気はかなり違う。

 なによりも、まだ食事を続けている霞はしっかりと背を伸ばした奇麗な姿勢で、少しずつではあるが丁寧な仕草でサバの塩焼き定食を食べている。その姿だけを見れば、生粋の日本人にしか見えない。

 

 

 

(もしかしなくても夕呼先生の教育の賜物か?)

 

 幼いころから徹底して武家のそれも次期当主としての教育を受けてきた冥夜ほどではないが、霞の立ち居振る舞いは見た目の幼さとは裏腹にしっかりとしたところがある。

 

 霞に一般的な日本での生活習慣を教えることができるような立場にいる者は、夕呼くらいだ。私生活ではだらけ切ったところがあるが、夕呼とて食事に限らず各種のマナーには当然精通している。そして教えるとなったならば、手を抜くようなこともしないだろうと、武は思い至る。

 

「……サバの塩焼きは、おいしいですよ?」

「京塚曹長のお陰だな」

 

 武の視線に気が付いたのかあるいは意識を見てしまったのか、霞は少し顔を傾けてこちらに向けてくるが、なんでもないという風に軽く手を上げるだけに留めて、武はもう一口合成玉露を口に含む。

 

 

 

 

 

 

「まあアレだ。せっかくユウヤとイーニァにも見て貰ってたのに、不甲斐ない有様で気まずかったってのは確かだ」

 

 身体を伸ばし一瞬だらけたこと、なによりも周囲の面々を見渡して、武は意識を切り替えることができた。休める時には休むという鉄則を護るべく緊張を解し、午後から再開される演習を頭の片隅に置きながらも、雑談に戻る。

 

「気にするな。今のところオレには明確な任務が無いからな」

「ご苦労様です、第二中隊中隊長殿ッ、て言ったほうが良いか?」

「うるせぇ……隊員の顔さえ満足に見たこともねぇんだぞ」

 

 自嘲気味なユウヤを武は軽く揶揄うが、ユウヤはあからさまにイヤそうに顔を顰める。

 

 戦術機バカとまで言われていたユウヤであり、搭乗機会がない現状にはかなり不満が高まっているようだった。

 なによりもいまのユウヤの立場は非常に不透明だ。出世には興味がなさそうなユウヤだが、それでも士官学校以来優秀な実績は残している。軍人としても今の状況に不満があって当然だ。

 

 ユーコンで聞いていたように、ユウヤはただ一人、国連太平洋方面第11軍横浜基地に転属となった。しかも配属先は武たちと同じくA-01の、それも再び再編された第二中隊の隊長に階級は少尉のままに就けられている。合衆国陸軍内ではどのように処理されているのかは判らないが、まっとうな扱いではない。

 

 ユウヤの国連軍への出向は、XFJ計画へ参加するための一時的なものだと武は聞いていたが、現状ではかなり変化があったようだ。

 XFJ計画にユウヤを推したハイネマンとの関係、つまるところは東側への情報漏洩をを疑われているのは間違い。また母親がハイネマンの愛弟子であったという点も、疑惑を深めている要因の一つだろう。

 ターニャ曰く、XFJ計画の完了後にはユウヤはF-35のテストパイロットへという声もあったというが、そちらにそちらに戻れる可能性は限りなく低い。

 

 

 

「クリスカたち、モトコはまだかかるって言ってたよ?」

「モトコって……ああ、香月先生?」

 

 話の内容が自分たちに関わることだと気が付いてか、いまだゆっくりとスパゲッティを食べながらではあるが、イーニァが口を挟む。

 

 その言葉通りに、ユウヤが指揮する形になっている第二中隊の面々は元々のA-01の隊員ではなく、元イーダル小隊に所属していたESP発現体だ。

 イーニァとクリスカの二人を含め、彼女たちは全員がソ連から第四計画へと引き渡された。ただイーダル小隊は、プロミネンス計画での開発小隊とは思えぬ程度には衛士が多く、A-01の第一大隊第二中隊として編入された。

 

 彼女たちはもちろん衛士としての訓練は受けているが、イーダル小隊で実施されていたのは人体実験としか言いようのない処置だ。身体に多大な負担がかかっていたようで、診断した香月モトコは入院措置を進言し、夕呼もそれを受け入れた形だ。

 

 

 

「健康面は香月先生に任せておけばしっかり面倒見てくれるだろ?」

「其方こそ、幾度か呼び出しがかかっていたのではないのか?」

「あ~オレに関してはまた後日、日を改めて……ということで」

 

 どこか呆れたかのような口調で冥夜が言うが、たしかに武自身もモトコに呼び出されていた。

 

 一応、モトコは武の主治医という立場でもある。武自身が記憶を取り戻すまで、この身体は二年近く意識混濁状態であったというから、今は問題が無いように見えても医者としてはさすがに気にかかっているようだ。

 九州防衛に赴く前に簡単な検診は受けていたが、その直後にユーコンに渡ったこともあり、一度ちゃんと診断を受けろとは伝えられている。

 

「ま、まあ、オレのことは置いといて、だ」

 

 ジトリと睨まれるような冥夜からの視線を感じるが、武自身は身体の不調はない。時間的な余裕がさほど残されていない今、検査とはいえ半日以上拘束されることは避けたかった。

 

 

 

「まだかかるってことは、オレが急いで日本に来る必要ってなかったんじゃねぇのかよ」

「ホント、中隊長殿ご苦労様ですって感じだよな」

 

 クリスカたちの健康面での懸念は時間が解消するだろうが、部隊編成ではさらに別の問題もあった。衛士としてはクリスカを筆頭に一定以上の水準を持つようだったが、彼女たちの誰一人として指揮官教育どころか満足な士官教育を受けておらず、中隊指揮官に任命できる者が不在だったらしい。

 

 まりもを第一大隊隊長に配するだけならばともかくも、第一と第二中隊の中隊長を兼任させることなどは不可能ということで、扱いの定まっていないユウヤに押し付けるような形で中隊長に選ばれた。

 

「だから、それは止せって言ってるだろ……」

 

 代替コーヒーを飲みながら、ユウヤが諦めたかのように不満を零す。

 第二中隊の隊長に就いたとはいえ、ユウヤは昇進するようなこともなく、これまでの経歴を評価されたうえでの人事でないことはユウヤ自身も理解している。

 

 また詳しい内容は武も理解しきれていないが、イーニァたちにとってユウヤは「すりこみ」の対象ということで、その指揮下にあることが最も精神的には安定するらしい。将来的に投薬の影響が薄れていけば、それらの問題も解消できるとは聞いてはいるが、やはり時間がかかるはずだ。

 

 

 

「しかし中隊員の健康面の問題が解消されたとしても、機体はどうするのだ?」

「そっちは一応目途が付いてる、らしい」

「ふむ?」

 

 詳しい事情は知らされていないのだろうが、冥夜が当然の疑問を投げた。冥夜たち元207B訓練分隊の面々には、A-01の他中隊の情報はほぼ知らされていないが、予備戦力が乏しいことくらいはどうしても感じ取れる。

 

「大破はしても記録上は抹消されてない機体を、臨時予算で調達した補修資材で復旧させるって流れのはずだ」

「おい、タケル? まさか、弐型のそれもPhase2仕様のパーツを補修部品扱いで搬入して組み立てるってことか?」

「機種までは聞いてはいねぇが、そういう形なんじゃないかな? さすがに追加で新規機体を導入するのは無理だからな」

 

 今のところはまだ、不知火が国連軍には配備されていないということにはなっている。とはいえXM3教導部隊としての特殊編成たる第一中隊とは異なり、第二中隊はさすがに普通に単一機種で編成されるはずだ。

 そしてA-01に割り当てられている戦術機の補修部品は当然ながらほぼすべてが不知火のものだ。それに加えボーニングから急ぎ提供される弐型Phase2用のパーツで、書類上は修理待ちとなっていた機体を再生させた形で配備するはずだ。

 

 

 

「在日国連軍にSu-37UB、いや原型機のSu-37系であっても持ち込むわけにもいかぬか」

「秘匿するとは言っても、帝国内の新ソ派に利するような隙は与えたくねぇってのはあるだろうしな」

 

 書類の偽装に近しい行為だが、冥夜はそこは目を瞑るように納得する。ソ連のSu-37を少数、それがたとえ在日国連軍と言えど、導入した実績などを残してしまえば帝国陸軍内の政治的分裂の要因にもなりえる。

 また夕呼自体は合衆国にもソ連にも良い思いは無いのかもしれないが、ターニャの意向を無視するわけにはいかない。

 

「ってことはなんだ。中隊員が揃ったら、機種転換訓練か?」

「だろうなぁ……密集近接戦闘に主軸を置いてるドクトリン自体は、帝国とソ連は近いんだが、機体特性はかなり違うだろ」

「そこはまあ、オレも経験したことだから、よく判る」

「政治的問題でもあるからな。部隊育成に時間は掛けてくれても構わねぇぜ、中隊長殿?」

 

 第二中隊が喀什攻略には間に合うことはないだろうと思いつつ、武は気楽に笑って見せる。ユウヤが彼女たちの所属する中隊の隊長という、言ってしまえば中途半端な地位に就けられているのも、ある意味では政治だ。

 

 さすがに合衆国においてそれなりに有力な家系であるブリッジス家の者を、懲罰人事に等しい形であるとはいえ、そのまま生還の見込みのない作戦へと投入するほどには、夕呼の政治感覚は狂ってはいないはずだ。以前のターニャの口振りでは、AI自立型よりはまだマシな弾避け程度に使い潰すつもりだったかもしれないが、ユウヤが指揮官ともなればそういう風には使えない。

 

 それに喀什攻略にクリスカたちを投入し、仮に何らかの目立った成果でも上げられてしまえば、ソ連側への配慮も必要となりかねない。ならば最初から参加させず、予備戦力として残しておく方が望ましい。

 

 

 

 

 

 

「ふむ……ブリッジス少尉の立ち位置や第二中隊、それらに関しては今は良かろう」

 

 軽く目を瞑って、冥夜が話を切り替えようとする。それらは問題ではあるが、解決には時間がかかる類のものだ。なによりも今ここで少尉5人が話し合った程度で明確な指針ができるわけでもない。

 

「先の演習の失敗、其方はどう対処するつもりなのだ、白銀?」

 先ほどのわざとらしいまでの武の態度から、何に悩んでいるかは冥夜には見通されていたらしい。誤魔化しのきかない鋭さで斬り込まれる。

「ある程度は考えも纏まってはいるんだが……横で見てて、どうだったよ、ユウヤ?」

 

 母艦級への対応を含めた分析は、真那たちが行うと言われて武と冥夜とは外されている。武が母艦級の情報を持っている様子だったから外された形ではあるが、実のところ武もさほど詳しく知っているわけでもない。

 

 ただ、先の演習に関してであれば、ユウヤをネタにした雑談の横で、武も一応の答えは出せそうだ。

 

 

 

「部隊全滅までの侵攻速度には目を見張るものがあった。オレがやったことのある状況設定以上のBETA群の密度だったが、それでも間違いなく最速に近い結果だったと思う。アレだけのBETA群が実際に存在するかどうかは判らねぇが、速度を優先するため交戦を可能な限り回避することを目指すってことは理解できる。そのためにも反応速度の上昇ってのが重視されて、XM3が導入されたってのも頷ける」

 

 代替コーヒーを弄びつつ、おそらくは管制室から演習を見ていた時から考えていたであろう言葉をユウヤは語る。それはざっくりとした感想にも等しかったが、武たちがXM3に求めてきた根幹の部分は抑えていた。

 ただBETAの数が多すぎると言いたげな部分には、武は諦めにも似た想いと共に苦く笑うしかない。

 

 喀什にはあの程度の数が存在する、と言っても証明しようがない。

 

 

 

「ユウヤがシミュレーターで使ったパラメータはヴォールク・データに準拠した物だろ? 俺たちが使ってるのは、ヴォールクを元にはしているがアップデートした奴だからな」

 

 今現在シミュレーターなどに広く利用されているハイヴ地下茎内データは、パレオロゴス作戦においてミンスクハイヴへと侵入を果たし、その情報を持ち帰ったソビエト陸軍第43戦術機甲師団ヴォールク連隊に敬意を表して「ヴォールク・データ」と呼ばれている。

 ただこれは1978年当時、フェイズ3でしかなかったミンスクハイヴ、それも4時間弱しか侵攻できなかった程度の物だ。

 

 もちろんそれ以降も各国の軍は間引きなどの際にハイヴ地下茎へは幾度か侵攻を試み、一定の情報を入手し更新し続けてはいるが、ハイヴ最深部の情報が明確にあるわけではない。

 

 とくにこの世界線においては、帝国はBETAに侵攻されておらず、横浜にも佐渡にもハイヴは無く、その攻略データなど存在しない。結局のところ、武とターニャとが持つ他世界線での記憶だけが頼りとも言えた。

 

 

 

「想定してるBETAの総数が少ないってことか? それはまああり得るんだろうが、最期の奴は何なんだよ?」

「あ~一応は仮称『母艦級』ってヤツだ。大深度地下を侵攻ってか掘削しながら移動してるんじゃねぇかッて予想はされてる。で、あの腹ン中ってか、管だな、そこに各種取り揃えて運んでるらしいんで、『空母級』とか『列車級』って話もあったが、JASRAの方じゃ『母艦級』で通すらしい」

 

 母艦級は、武やターニャの未来知識からだけでなく、BETAの侵攻状況からの推測からしてもほぼ存在が確定してはいる。しかしながらいまだ目撃情報も無く、JASRAからは推定情報程度しか安保理に上げることが出来ず、明確な対処戦略は立てられていない。

 

「あんなものに対する対処方法なんであるのか? タケルが選んだ方法くらいしかすぐには思いつかねぇが……」

「だろうな。一応、S-11なら外殻にもダメージは入るだろうが、意味は薄い」

 

 武の記憶では怪しいが、ターニャ曰く外殻は大和級戦艦の46cm砲にさえ耐えるらしい。

 荷電粒子砲とまではいわないが電磁投射砲などが無ければ、戦術機によるゼロ距離に等しい位置からの口内へのS-11投射くらいしか対処方がない。つまるところは自決覚悟の、文字通りの特攻以外では現状では破壊不可能とも言える。

 

 

 

「それで、白銀? あらためて聞くぞ、我らはどうすべきであった?」

「いや、どうしようもねぇって、そういう話じゃないのか?」

 

 重ねられた冥夜の問いに、武が答えるよりも先にユウヤが呆れたかのように口を挟む。

 

「母艦級の撃破を目的として、細かいことを言うんなら、まあ無くはないな。口内での、それも指向性爆破に拘る必要はなかった、とかな」

 

 ユウヤが呆れるのも判るが、修正案くらいならば思い浮かぶ。

 核に匹敵するとまで言われるS-11の爆発力だ。体内奥へと指向させずに、無指向爆破であってもそれなりの損害を与えられた可能性もある。

 

 しかし無指向爆破であれば、母艦級の内壁に受け止められその巨大な胎内へと吹き荒れていくとしても、開かれた口からその爆風の残り半分以上が吐き出されてしまう。それさえも起爆タイミングが隊内で共有しておき、全速に近いバックブーストで2kmほども後退できれば、たとえ狭いハイヴ地下茎内とはいえ爆風の影響を最小限に抑えられる。

 

「あ~いや、やっぱダメか。2kmも下がるとなると、後続の部隊と接触するし、放置して突破してきたBETA群に追いつかれるか」

 図上に描き出さず頭の中で考えていただけの拙い計画だったが、自分で即座に否定する。不可能ではないが、周辺の状況次第では選択そのものが無理な場合もある。

 

「戦術機での対処となると、二個中隊程度で牽制と吶喊じみたS-11投射とを別れてこなすくらいしか方法が浮かばねぇな」

「無いモノ強請りになるが、それこそ電磁投射砲とか、そういったモノに縋る必要があるだろうな」

 

 ユウヤが実行できそうな案を提示するが、それさえも理想論だ。希望的に見積もっても、その場合は部隊が半壊するだろう。電磁投射砲やあるいは粒子加速砲など、現時点では試験運用かペーパープランでしかない存在に期待したくなる。

 

 

 

「それで、だ。話戻って御剣への答えとなると、母艦級の相手は棚上げだな。さっさと逃げ出すのが最適だった」

「で、あろうな。我らが脚を止めたのが間違いであったか」

「……んだよ、それは。二人とも、それで納得できるのかよ」

 

 武の答えに冥夜はあっさりと納得するが、ユウヤが不満そうだ。

 

「この者から幾度も、想定状況を読み取れと教わったのだ。つまるところ、あの母艦級、であったか? あれは半壊した中隊、いや増強小隊程度の戦力で対応すべきなのか? そもそもの我らの目標達成において、母艦級の撃破が必須なのか、といったところか?」

 

 武が答えるよりも先に、冥夜がユウヤへと言葉を重ねる。それはユウヤを相手にしていながら、自身へと問いかけているようだった。

 

 

 

「御剣の言うとおりだ。アレの相手を増強小隊程度の戦力でどうこうするってのが、まず無理だ。二次目標に設定されてたとしても無視する方がマシだ。あとシミュレーターで演習するにしても逃げ方くらいになっちまう」

 

 もちろんそれの訓練は必要だがな、と付け加えてはおく。母艦級の出現位置によっては大隊規模であれば部隊を分断される可能性が高い。離脱と再集結のパターンなどは構築しておく必要はある。

 

「あ~つまりなんだ。反応炉への侵攻が目的であって、進攻経路上の障害排除は最低限で済ませるべきだったってことか?」

「眼前の敵をすべて排除せよって命じられても、無理ゲーってヤツだろ?」

「ムリゲーが何かは判らねぇが、最優先目標を取り違えるようなことはしねぇよ」

 

 冥夜と武の言葉を踏まえ、ようやくユウヤは自身を納得させるように言う。どこか完璧主義的な部分があるユウヤにすれば、障害を無視しての侵攻計画などは受け入れがたいのかもしれないが、そこは士官教育を受けた軍人として割り切れないわけでもないようだった。

 

 

 

「で、オレらがすべきことは、だ、御剣。母艦級が出現しなかったという想定状況に書き換えて、リスタートすべきだった、ってところだな」

「ふむ? 最初からではなく、その場からで良いのか?」

「ハイヴ最深部までの侵攻演習だ。一々最初からやり直してたらいくら時間があっても終わらねぇよ」

 

 シミュレーター演習の良いところは、即座に状況をリセットしてやり直せるという点だ。失敗した部分を繰り返し演習することもできれば、逆にその失敗が無かったものとして、先へ進めることもできる。

 

(主広間での対「あ号標的」戦闘とか考える前に、そこまで辿り着けるようにしなけりゃ、意味がねぇ)

 

 ペースの配分や時間感覚など、まずは通しで作戦全体の流れを身に付ける必要がある。細かなミスの減少などは、その後でも良い。

 

 

 

「為すべきことが見えた、という顔だな、白銀」

「ああ、ちょっとボケ過ぎてたよ。時差が悪いってことにしといてくれ」

 

 湯呑に少しばかり残る合成玉露を一気に飲み干し、ようやく武は意識を本当の意味で切り替える。

 いまから為すべきは、ユーコンで繰り返してきた機体開発としての演習ではない。

 

「ふふっ、其方が腑抜けていたとは申さぬが、どこか俯瞰しているかのように意識が広がり過ぎておったようではあったな」

「いや、そこは気が付いていたなら言葉にしてくれよ、フェアリー04」

「了解した、突撃前衛長殿」

 

 武と同じく、冥夜も合成玉露を飲み干し、笑ってみせる。

 

 結局のところ武が先ほど「戦死」したのは、シミュレーターでの訓練を、ただ漫然と「訓練」としてこなしていたからだ。もちろん集中はしていたし、意図して手を抜いていたわけではない。

 それでも戦場に立つ時と同じほどには、研ぎ澄ませていなかったことは確かだ。

 

(結局、オレの経験不足ってことなんだろうな)

 

 明確に記憶できている戦術機での実戦経験というのが、今の武には少ない。

 先のUL世界線における佐渡島ハイヴへ攻略と、横浜基地での防衛戦、この世界で目覚めてからは九州での「初陣」だけである。『桜花作戦』には確かに参加しているがXG-70dに搭乗しての戦いであり、ハイヴ地下茎での戦術機での戦闘経験は、薄れつつある幾多の平行世界線での物だけだ。

 

 それゆえに、日々の訓練にそれら実戦での経験をうまく反映できていないのかもしれない。

 

 

 

「あとは、たぶん……だがな。それにアレの対処はオレらの担当にはならねぇ、はずだ」

 

 どこまでの情報をユウヤに伝えて良いのかどうかが判断できずに、武はどこかはぐらかしたような言い方になるが、喀什攻略においては武たちが母艦級の対処に当たる状況は想定できない。

 

 いまだ喀什攻略の部隊編成などは確定していないが、武とそして冥夜とが配置されるのは、ほぼ間違いなく第三次降下部隊、その中核たるXG-70dの直掩になるはずだ。そしてその場合であれば、侵攻途上で母艦級に遭遇した場合は、他の随伴部隊に対処を任せ、「あ号標的」への侵攻こそが最優先とされる。

 

(ある意味では一番キツイんだが、それでも生還の可能性は……あるよな?)

 

 「門」を潜り、ハイヴ地下茎へと侵攻した場合、その侵入ルートから逆走する形での脱出が基本となる。

 だが武たちが挑むのは喀什であり、当然ながらたとえハイヴ地下茎から出れたとしても、撤退の道など切り開くことは不可能だ。

 

 むしろ今回の攻略作戦ならば、G弾によるモニュメント破壊も予定されているため、「大広間」まで進攻し、そこから直上の「主縦坑」をXG-70dに搭載される装甲連絡艇で軌道上まで退避する方が、生還の可能性は高い。

 

 

 

「ってことで、午後からは失敗してもその場リスタートってヤツだ。休みなくいくぞ、御剣?」

「了解した。月詠中尉殿たちが戻って来られるまでは、其方を独占させてもらおう」

 

 放置していていいのかとどこか揶揄うような口調で冥夜が問うてくるが、答えは判っているようだ。

 

「ああ……ここからは中尉殿が呆れるくらいには、無茶をさせてもらうさ」

 

 努力している、頑張っている、足掻いていると言っても、どこかで何かが足りない。その不足が積み重なれば、待っているのは、武だけではない、冥夜の「死」だ。

 与えられた偶然とも言える今回こそ、それだけは何としても武は覆したかった。

 

 

 

 

 

 

 




イーニァとユウヤが白陵基地にいますよ~くらいの話で考えてましたが、なぜかこんな感じに。クリスカ他第五世代組は療養中で部隊編成はなされたものの、間に合うはずないねぇ、と。
で、イーニァと霞とを絡めようと考えつつも、この二人の間で会話が成り立つのか悩んでしまって今回はさらっと流してます。


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康寧の終尾 01/12/31

 

 気が付くともう年の瀬、2001年もあと僅かとなっていた。

 

(前回は、年越しどころの話じゃなかったからなぁ……)

 

 武の記憶としてはまだ3ヶ月ほど前の話、AL世界線において2001年の12月31日は「桜花作戦」が発動した日だ。しかもその12月は月初めにはクーデター、そこからすぐにXM3のトライアルがあり、武自身世界から逃げ出すような無様を晒した。そして佐渡島ハイヴの攻略と、そこから溢れたBETA群の横浜基地襲撃。直後に「桜花作戦」だ。

 それに比べれば、九州防衛戦から休む間もなくユーコンに渡ったとはいえ、今の状況には余裕があると言えなくもない。

 

 

 

 たしかにこの世界線でも九州へのBETA上陸という事態もあったが、気候条件などの影響も少なく比較的に軽微な被害のままBETAの排除は完了し、防衛線も再構築できている。それもあって帝国軍のみならず、在日国連軍でも、これまでの後方国家時代と同様に年末にはまとまった休暇を取る余裕があった。

 

 そういう事情もあり、もともと優先的にシミュレーターの利用割り当てを受けていた武たちだったが、この三日間はほぼ完全に占有するかのような状況で訓練ができた。おかげでシミュレーターを半日近くは占有する形になるハイヴ侵攻演習も、本日分を含め三回はこなした。途中幾度かの「リトライ」を含みながらも、最深部、主広間までの行程を達成していた。

 

 もちろんシミュレーターでの演習ということもあり、周辺部隊の展開状況などが完全に再現できているわけではないが、それでも主広間に至る行程すべてをそれなりには把握できたはずだ。

 

 

 

(あとはXG-70の仕上がり次第か? いやそれ以前に、アレを護衛しながらのシミュレーション・データって作れるものなのか? さすがにそろそろ作戦計画通りの訓練を始めたいところなんだが……)

 

 訓練後のデブリーフィングは、真那たち第19独立警護小隊の四人を交えながらであり、最低限に必要なことは伝えあってはいる。だが冥夜を含め彼女たちにはいまだXG-70に関しては秘されており、通常の戦術機戦力での最深部突入計画だと疑いもしていないだろう。

 

「白銀? 先の訓練で、何か気掛かりでもあったのか?」

「ん? ああ、いや、気掛かりっていうか、年明け以降の予定の方だな。もうちょっと実戦に近しい形でって思ってたんだが、ちょっとまだ難しいかもなっと」

「済まぬな。私の不手際で要らぬ無理をさせているとは判ってはいるのだが、精進が足りぬか」

「あ~そっちじゃねえよ。てか、月詠中尉はともかく、他の少尉三人の被撃墜が多いのは、無理にカバーに入ってくるからってのもあるからな。気にするなと言っても気にするだろうけど、まあ気にするな」

「ふふっ、了解した」

 

 冥夜自体の被撃墜回数は、実のところ最も少ない。ただそれは真那たち第19独立警護小隊の四人に庇われているからだと、冥夜自身が誰よりも強く実感している。ただ武は先のデブリーフィングでも話していたのだが、中衛のはずの戎までもが冥夜を庇おうと前に出てくることで、逆に隊全体を危険に晒している場合も幾度かあった。

 

 

 

「それにだ。考え込んでたのは、予定している装備のシミュレーション用のデータが出来上がってるのかどうかまだ聞いてねぇだけだ。それが無いままに、進攻途中で失敗しまくるのは……想定の範疇、だと思う」

 

 演習だから死んで良いとはけっして言えないが、それでもXG-70の支援無しで、いくら戦力想定を調整しているとはいえ半個中隊で喀什の最深部を目指すというのが無理な話なのだ。

 訓練自体開始してようやく三度目ということもあり、あと数回はルートの確認とそれらを覚えることに費やしても良いくらいだ。

 

「なるほど。部隊編成なども、その新装備とやらが揃ってから、というわけか?」

「そうなるはずだ。基本的には俺たちは今の半個中隊のままになるだろうけどな」

「鑑や神宮司中尉殿とは別行動となる、ということだな」

「まあ、いまだ未定だけど、な」

 

 このところ続けている長時間のシミュレーション演習に参加しているのは、第一小隊としては武と冥夜だけだ。まりもと純夏とはユーコンから持ち帰えらざるをえなかった各種の報告書の処理に手一杯であり、いまはようやくの休暇で自宅に戻っていた。年が明けて以降も、参加の予定はない。

 そもそも第一中隊はXM3の教導こそが主任務であり、武と冥夜を除く他の10名はそれにあたっている。喀什攻略は確かに重要だが、失敗した場合の保険は必要だ。XM3対応型の第三世代戦術機の数が揃い、衛士もそれに準じた訓練を経てくれば、ハイヴ攻略の可能性も高くなる。

 

 流石に言葉にはしないが、自らが立案したほぼ帰還見込みのない死地へと顔見知りを送り込むことにならずに済みそうで、武は少しばかり気を緩めてしまっていた。同じく口にはしないが、横を歩く冥夜も似たような心境のようで、どこか安堵したかのような表情だ。

 

 それに武たちが挑む喀什攻略作戦がたとえ失敗したとしても、ターニャが残っているのだ。武の知る世界線とは違い、ユーラシア全域に対するG弾の集中運用での一斉反撃などと言う無茶な「バビロン作戦」ではなく、喀什に限定した攻撃案を再度取り纏めてくれるはずだ。

 

 

 

「とまあ、そういった色々は、来年の話だな」

「ふむ? あとわずかとはいえ、鬼に哂われる、というやつか」

「鬼というか、我らが上官殿の面々に、だな」

「なるほど、それは確かに怖いな」

 

 冥夜と共に軽く笑いながらかなり遅くなった夕食を二人で取ろうとPXに入り、適当に定食を見繕う。

 年末の、それも食事時から外れた時間だったので誰も残っていないと思いながら歩いていたが、慣例的にA-01専用という形に割り当てられている区画に向かうと、夕呼が霞を連れてこちらも遅い夕食を取っていたようだった。

 

「とっ、失礼いたしましたッ」

 トレーをテーブルに置き、あらためて夕呼に敬礼する。

 

「そういうのは良いって言ってるでしょ。それにPXでの休息時間くらい、楽にしなさい」

「ははっは、一応このあたりは人目もあるので、あまりだらけた姿は見せられませんよ」

 

 いつもの夕呼の様子に武はすぐに態度を崩して見せるが、冥夜は深く目礼する。武とて流石に夕呼の執務室と違い、基地副司令相手に気安い対応はできない。最低限の礼儀は弁えつつ、冥夜と並んで席に着く。

 

 

 

「でも、夕呼先生がこちらに食べに出てくるのって、珍しくありませんか?」

「そうかしら? アンタとは時間がズレてるだけじゃない? それに今のこれは食事って程じゃないしね」

「ああ……年越し蕎麦、でしたか」

 

 トレーに残っていた丼から、なんとなく麺類だろうとは思っていたが、年末行事とも言える軽食だ。ちなみにいま武と冥夜とが持ってきた定食にも、おまけとして半玉ほどの蕎麦が付けられてはいた。

 EX世界線の夕呼ならば、何かと季節毎の行事では騒いでいたが、こちらでこういう姿を見るのは、もしかすると初めてかもしれない。

 

「こういう行事ごとは隙間がある限りは熟しておかないと、時間の感覚を無くすのよ」

「なるほど、参考にします」

 

 以前は半ば無理やりに開催したクリスマスも、今回はユーコンで任務に就いているうちに過ぎ去ってしまっていた。ユウヤが言っていたように、夕食にケーキが付いてこなければ下手をすれば忘れていたかもしれない。

 なによりも、自分のというよりは冥夜の誕生日を忘れていたことは、さすがに武とて気に病んでいる。純夏の計らいや、あるいはターニャも気を使ってくれたのかもしれないが、あの日が休暇でなければ今も思い悩むことになっていたに違いない。

 

 ただそう言われても、定食にも付けてくれてもいるのだ。日付が変わるころになら、蕎麦の一杯くらいなら腹には入るが、無理に食べようとするほどでもない。

 

 

 

「そういえば、アンタ帰ってないってことは、明日も暇でしょ?」

 

 季節行事と言えばあとは雑煮と御節、初詣。あとは親も親戚もいないからお年玉には期待できない。そもそもすでに働いているのだ、親戚の子供がいればむしろ渡すほうだろうとし、そうなると霞やイーニァには渡すべきなのかと、そんなどうでも良いことに意識が割かれていると、夕呼から唐突な質問が来た。

 

「暇とは違いますが、何かありましたか?」

「つまりは暇ってことでしょ」

 

 休暇申請を出しているわけでもなく、一応は通常業務のつもりで予定は入れている。なによりもユーコンからの帰国があまりに急すぎて、いまだすべての報告関連が完了しているとは言い難い状態なのだ。シミュレーター演習に参加してなかったまりもと純夏とはほぼ片付けていたようだが、二人に比べて量が少ないとはいえ冥夜と武とはまだ終わりも見えてこない。

 むしろ新規の案件が舞い込んでこないこの年末年始の間に、片を付けておこうという心積もりでもあった。

 

 それでも夕呼からの依頼となれば、他の何を差し置いてでも処理しなければならない案件のはずだ。

 

「ちょっと出る予定があるから、そうね……御剣も付き合いなさい。時間は、まあ出る時にまた連絡するわ」

「了解いたしました」

「おなじく、了解です。おそらく明日は机にかじり付いているはずです」

 

 即答出来た冥夜と違い、武は少し考えこんでから答えた。元旦の間に終わらせなければならないほどではないが、他部隊が通常業務に入る前には片を付けておかねばならない案件は、いくつか残ってしまっていたのだ。

 

 

 

 だが武の躊躇いなど夕呼が気にするはずもなく、言いたい事を言いきったようで残っていた合成玉露を飲み切り、素早く席を立つ。霞も連られてか、普段よりも急いだ様子で立ち上がり、ぺこりと耳を動かして頭を下げてくる。

 

「はいはい。じゃ、良いお年を」

「ははっ、明日の予定もありますが、夕呼先生も良いお年を。社も、いろいろとありがとうな。来年もよろしく」

「……はい。良い……お年を?」

 

 ありきたりの挨拶を交わし、霞は慣れていないのか、言葉の意味を考えての反応のようだったが、言われたとおりに繰り返してもう一度頭を下げてから、ほてほてと夕呼の後を追いかけて行った。

 

 

 

 

 

 

 夕呼と霞が去り、武たちも食事は終わってはいたが、特にこの後に急ぎの予定があるわけでもないので、冥夜共々に合成玉露を淹れなおした。

 

「香月副司令にはああは申したが、そなた実家には戻らなくても良かったのか? 鑑は其方と共に帰るつもりであったようだが?」

「戻っても家には誰もいねぇからなぁ」

 

 結局ちゃんとは調べられてはいないが、この世界での武の両親は東亜アジア方面で将来的な疎開計画の何かに従事しているらしい。年末にも帰ってくるという話は聞いていないため、武が家に帰ったとしても一人過ごすだけだ。

 

「あ~それに下手に戻って一人でいると、鑑のところのおばさんに余計に手間かけさせることになりそうで、な」

 

 毎日ではないが、それなりに家の換気や、それこそ掃除までこなしてくれているらしい。機会を作って礼に行かねばならないとは考えてはいるが、今行けば逆に世話を掛けるだけだとも判ってしまう。

 武が一人でいると知れば、それこそ御節だけでなく何かと気を使ってくれるのだろうという予想が付くのだ。せっかく一人娘の純夏が久しぶりに家に戻っているのだから、家族だけでゆっくりしてもらうべきだろう。

 

 

 

「ふむ? 家族水入らず、というやつか?」

「御剣の家だと違うのか?」

「む? そう、だな。どうしても私の場合は、御剣の屋敷であれば周りに誰かが控える形となるからな。余人を排してとなると……元服の際に祖父からお言葉を頂いたとき、くらいか」

「それはそれで大変そうだが……」

「なに。私にとってはそういう生活が日常であったというだけだ。それに御剣に連なる者は少なく、皆気心の知れた者たちであるからな」

 

 冥夜は名は告げなかったが、傍に控えていた、というのは間違いなく真那のことだろう。

 

「そう言われると、悪い生活じゃなさそうに聞こえるな」

 

 もうはっきりとは思い出せないが、EX世界線では真那が用意してくれた食事を白銀の家で食べていたこともあるのだ。こまかな料理の味などは忘れつつあるが、香り高いコーヒーだけは鮮明に思い出せた。

 

 

 

「良いか悪いかなど他と比べるものではないとは思うが、ふむ、私はあの生活に馴染んでいたのであろう」

「なら、御剣こそ帰っても良かったんじゃねぇのか?」

 

 なにか思い出すことでもあったのか、冥夜が柔らかく笑う。その表情を見ると、素直に年始の休暇を取って帰宅したほうが良かったのではと言いたくもなる。

 

「なに、国連軍に入隊する際、御剣の屋敷には戻れぬと、そういう心積もりで出てきたからな。挨拶なども済ませてはある」

「いや、普通に国連軍軍人でも実家があれば休暇には戻ったりしてるぞ? まあ自宅があるって段階で限定はされるだろうけど、さ」

 

 在日国連軍は帝国臣民からの志願兵が主体であるが、大陸からの撤収に伴い、他の亡命国家から参加している者も少なくはない。当然ながらそのような者たちは兵舎での生活が基本で、帝国内に自宅を持つ者など極めて稀だ。

 

 

 

「それに今の私の状況であれば、御剣家には近付かぬ方が良かろう? 御剣はさほど名の知られた家ではないが、かといってその血縁を隠しているわけでもない。武家ならば当然、一部の財閥関係者などでも事情は察していよう。下手に動いて不測の事態を招きたくはない」

「あ~いまお前が御剣の家の近くで顔を見られると何かとややこしい話になるのか? 年始の挨拶とかもあるだろうに、本当に済まない」

「気にするでない。幾度も申したが、選んだのは私だ。それに、正直なところ戻ったとしても訓練の内容が気になって、ゆっくり気を休めるのも難しそうだからな」

「いや、だからなぁ……」

「休むのも任務のうち、であろう?」

 

 ニヤリと笑って冥夜の方から言いたい事を言われてしまう。このままでは、元旦くらいは仕事をするなと言い返されてしまいそうだった。

 

 

 

「というか武家の正月って何かと忙しいんじゃないのか?」

「ふむ……他の家に関しては詳しくは知らぬが、そもそもが御剣家は広く交友があるとは言い難く、また親族も少ないからな。元旦だからといって然程特別なことはないぞ。集まった一族での挨拶の後は、邸内の社に詣でるくらいであったな」

「一市民からすると家ん中に社があるってのが、もう想像できねぇ」

「珍しいものでもなかろう? たしかにこのあたりは大戦後に開発された住宅地であるから少ないであろうが、地蔵菩薩などはいくつもあろう? それに少し郊外に出れば田畑の守護と豊穣を願う祠などであれば、元庄屋などの屋敷にはあってもおかしくなかろう」

「そう言われれば、家の中じゃねぇけど道の端、敷地との境とかには地蔵様や稲荷様っぽいのはちょくちょく見かけるな」

 

 無意識的に外に出ることを避けていたせいで、武はいまのこの街並みに詳しいわけではないが、かつてのEX世界線での通学路途上には、地蔵を祀っているのだろう小さな祠はいくつかあった。確かに手入れはされていたし、何某かの供え物もあったはずだ。なるほどそういうものであれば、確かに年末年始であっても参ることもおかしくない。

 

 

 

「それに一々と意識はせずとも、祖霊への敬意というものは日々の暮らしの中にあろう」

「そういう意味じゃあ、この白陵基地内にも神社とかあってもおかしくねぇのか」

「いや何を言っている? 社はあろう。白銀、そなた知らなんだのか?」

「え、マジ?」

 

 思ってもいなかったことを言われて、久しぶりにその言葉が出てしまう。だが武が記憶する限り、かつての白陵大付属柊学園には社などなかったはずだし、基地となった今の世界でも見かけた覚えがない。

 

「私も何を祀っておられるかは詳しくは知らぬが、グラウンドから少しばかり奥に入ったところにあるぞ」

「ああ、そっちの方はあまり行くことが無いから知らなかったのかもしれねぇ……」

 

 場所を言われても思い浮かばない。

 基地としての記憶と、学園としての記憶が混ざっていることもあるが、訓練兵から秘匿部隊であるA-01へと配属されたという経緯から、実のところ武はこの白陵基地内をそれほど詳しくは知らないのだ。

 むしろ夕呼の執務室のように隔離された区域の方が、一般区域よりも詳しいと言えてしまう程度には、武の行動範囲は偏っている。

 

 

 

「ならばちょうど良い機会かもしれぬな。今から参ってみるか」

「は? 今からって、今か?」

「先の副司令のお言葉にもあったであろう? こういう事は折を見て熟しておくべきだ、と」

「なるほど、ちょうど初詣ってところか。基地内なら、許可もいらねぇか」

 

 なにか悪戯を仕掛けるかのように、冥夜が目を細めて語る。ただ言われてみれば夕呼の先の話ではないが、行けるならば行っておいても良い。それに冥夜の言うとおり基地内部にあるのなら、外出届などを用意する必要もない。

 

 あとは警護のために隠れて着いてくるであろう真那たちへの負担だが、それも基地内部なら通常警備の範疇で済みそうだ。これがどこか他の神社に参るとでもなれば、大騒ぎになってしまう。

 

 

 

 

 

 

 冥夜に案内されて、グラウンドを抜けるとすぐに目的地に着いた。年末の深夜ではあるが、基地施設内だ。少々暗がりではあるがそれなりに明かりはあり、また武たち同様に初詣代わりに訪れている兵士の姿も見える。

 

「たしかに社だな」

「そなた、私の言葉を信じていなかったのか? このようなことで嘘を述べるはずも無かろう」

「いや、そうじゃねぇけどさ。基地内に神社ってか社があるってのが想像できてなかっただけだよ」

「む? 帝国内の基地であれば、それこそ珍しくも無かろう? 近くでは、空軍ではあるが百里神社など名が知れておるはずだぞ?」

「あ~そういうもんかもしれねぇ……ユーコンとかでも教会とかあったみたいだしな」

 

 EX世界線で生まれ育ったせいで、武は軍に対する距離感がやはりどうしてもこの世界線の帝国臣民とはズレている。加えて宗教関係と縁遠いというか、一般的日本人感覚の、神道仏教キリスト教纏めてのイベントごとくらいでしか関わってきていなかったことで、軍と神社とが頭の中で結び付きにくい。

 

 

 

「さて、と」

 とはいえ初詣くらいは、年の数くらいは熟している。堅苦しく考えるほどでもないだろうと気楽に参列に並ぶ。正式な参拝、拝礼の作法など武は知らないため、なんとなくの記憶と横に並ぶ冥夜の所作を伺いながら、礼をして柏手を打ち、それらしい形で祈りを捧げる。

 

(とは言っても何を願うべきだ? 来年も良い年になんて言えるはずもねぇ。BETA殲滅を願掛けするってのも神頼みみたいでなんか違うし、心身健康でありますようにくらいか?)

 

 年末の空気に当てられたかのように、冥夜と二人で参りに来たものの、そもそも願うような希望が今の武にはない。為すべきこととそれに付随する悩みはあれど、流石に神頼みで解決できるようなものではない。

 

 ちらりと薄目で隣の冥夜の様子を窺ってみるが、冥夜は何やら深く目を瞑り、静かに祈りを捧げている。

 

(夕呼先生や事務次官補殿もそうだけど、御剣も神頼みとか願掛けとかからはほど遠い感じだったんだが、そこまで真剣に祈るようなことがあるのか)

 

 眼は閉じてはいるが、どこか剣の鍛錬の時のように、冥夜は意識を集中させているように思える。邪魔をするものでは無いので、武は静かにその場で立ち尽くしていた。

 

 

 

「済まぬな。思ったよりも、時間を取らせてしまったようだ。雪もなく、まだ然程冷え込んでいないとはいえ、冬の夜だ。宿舎に戻るとしよう」

「ん、そうだな」

 

 今着ている国連軍の冬季用BDUは、防寒具としても優秀だ。それでも本来冬場であれば、上からコートを羽織る物だ。

 

「何かすげぇ真剣に祈ってたみたいだけど、聞いても良いものか?

「願い事など話すものでもなかろう、というほどの物でもないぞ。日々の健やかに過ごせたことや、あとは様々な出会いの機会を得られたことへの感謝。あとはこれからのこと事への誓い、というか戒めだな。あとは……これはそなたに告げるのは憚られるな」

 

 いくつか武が思いつかなかった願い事というよりかは、なるほど神仏への祈りとしては真っ当なものを冥夜が並べていく。ただ、なにやら言いにくいこともあるようで、最後は少し口籠ってしまっていた。

 

「あ~いや言えない願いってまでは聞き出すつもりはねぇが、言われてみればそういうの感謝とかで良かったんだよな。なんか普通に健康でありますように、くらいしか思いもしなかった」

「そなたは二年ほど療養していたのであろう? ならば健康を祈るのはおかしくも無かろう」

「いや、ホントにうぱーっと寝ぼけてただけなんだけどよ」

 

 冥夜は笑いながらおかしくは無いというが、いまだ冥夜の中では207訓練分隊に来る前の武はなにやら極秘任務に就いていてことにされていそうだ。

 

 

 

「そういえば、市井では初詣というのはこれで良いものなのか?」

「良いっていうか、そうだなぁ……神社とかならおみくじとか引くか、あとは祭りみたいに出店が出たりするから屋台で食い歩くくらい、だと思うぞ」

「ふむ? さすがにそれは基地内では無理であるな。食べ歩きというのはユーコンでできたから良しとして、他は何かあるのか?」

「ユーコンのはちゃんとした店だっだろ? 新年の神社に並ぶようなのは、本当にその日だけの屋台だぜ? まあそれはともかく、他というとあとは除夜の鐘を突くくらいか?」

「ああ、あれは僧職の者でなくとも突いて良いものなのか」

「よほど格式高いところじゃなけりゃあ、大丈夫だろ?」

 

 こちらの慣習に詳しくはないために、武としても詳しくは説明できない。あとはそもそもEX世界線の経験になってしまうが、純夏や尊人たちと初詣に行った時の目的の大半は屋台での買い食いであり、あとは当たった記憶の一切無い各種のクジ引きや射的くらいのものだ。

 

 

 

「しかし、除夜の鐘か」

「まだ時間的には早いからな。鳴りはじめるとしても消灯時間が過ぎてからだろうな」

 

 秘匿部隊のA-01に所属しているからと言って、消灯時間を無視できるわけでもない。

 

「ならば仕方あるまい。これで戻るとしよう」

「冷えるから早く戻ろうって言ったのは、御剣の方だったはずだぞ?」

「ふむ。なるほど、次の機会には外套を用意しておくべきだな」

「はははっ、違いねぇ、あまり使う機会が無くて袖を通したのもサイズ合わせの時くらいだったからな」

 

 思った以上にゆっくりと時間をかけて二人は歩いていたのだ。

 軍や戦術機、あるいは国、ましてやBETAなどとは何の関係もないただのどうでも良いようなやり取りが、武には楽しかったことは間違いない。

 

 だが、そんな時間は長くは続かない。

 

 

 

 士官用の、自分たちの部屋の近付くにつれて、二人ともに言葉は少なくなる。

 そして冥夜は自室の前で立ち止まり、扉に手をかけたままに、武へと振り向いた。

 

「白銀。今年は本当にそなたには世話になった」

「俺の方こそいろいろ迷惑かけて来ただろ、気にすんな」

「ふむ。では、ありきたりではあるが、そなたには心からの感謝を。そして来年も良き年を過ごされるよう願う」

「ああ、こっちこそ、いろいろと助けられてきて、感謝してる。だから……良いお年を」

 

 二人ともに、残された時間が長くないことは判りつつも、ありきたりな年末の言葉を取り交わして、静かに別れた。

 

 

 

 

 

 

 




作中日時ではすでに2001年の瀬ですが、謎の日常回でした。原作だとどうしても年末年始イベントすなわち「桜花作戦」となってしまうので、無理やり押し込んでみました。

で色々と設定捏造ですが、在日国連軍とはいえ帝国軍からの租借なら基地内に神社の一つくらいはあってもおかしくないよなぁ、と。大日本帝国陸軍には従軍神職制度もありましたし、海軍なら神職は居なかったようですが艦内神社とかの形もありますし。合衆国軍とかだとチャペルを各宗教で共同で利用している形のようですけど、このあたりちゃんと調べ始めると終わらないのでスルーしています。

あとマブラヴ世界の年末年始休暇の制度は本当に判らないので完全捏造状態です。たぶんいまだ本土進攻が無いこの作中だと、今の自衛隊とかに近い形かなぁ、と。


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痛哭の残渣 02/01/01

 

 どこか遠くから響く除夜の鐘を聞きながら眠りに付き、いつも通りに起きれば、年は明けていた。

 元旦ということもあり基地職員は普段より多めに休暇に入ってはいるが、BETAという地球外の存在を相手にしている戦時下だ。かつての対人類戦の時ほどには休めるはずもなく、武が考えていたよりかは残っている者も多いようだ。武が日課となってしまっている早朝のランニングを熟している際にも、たしかに普段よりかは少ないかもしれないが、それなりの兵の姿を見た。

 

 それでもPXで出された朝食は京塚曹長らが準備してくれていたそうで、しっかりと雑煮までも含めた御節料理だった。

 食堂のスタッフからは御節と言えるほどじゃないと笑いながら言われたが、黒豆、栗金団、エビに紅白蒲鉾とそれらしいものは取り揃えられていた。なによりも武の記憶するEX世界線とは異なり、この世界はBETA大戦の影響もあって海外文化の流入も少ない。それの影響なのか、記憶の以上に「和食」らしかった。

 

 

 

 そんな僅かながらに新年の気配を感じながらも、戦術機衛士としての日常はすぐに始まってしまう。基地に残っている冥夜共々、人気のない第一中隊の事務室でいまだに積み上がっていく書類を処理していけば、新しい年を迎えることができたという気持ちも吹き飛んでしまっていた。

 

「書類仕事が捗ると言えばいいんだが、せっかくシミュレーターが空いてそうだから訓練を捩じ込みたかったんだがなぁ」

「香月副司令からは、本日の予定時間を伝えられておらぬのだろう? 下手にこの部屋を離れる訳にもいくまい」

「いや、まあ、そうなんだけどさぁ……」

「ふふっ、そなたとて新年から書類に向き合うのは、さすがに気が重い、というところか?」

「あ~ぶっちゃけてしまえば、そういうことだ」

 

 隣で作業を進めている冥夜に笑われてしまうが、そういう冥夜も普段よりかは進みが遅いようにも見えてしまう。とはいえそれは呼び出しがかかることを踏まえ上で、処理しやすい物を選んで片付けているからだろう。

 

 

 

 そんな話をしながらも事務作業を続けていると、一時間とせぬうちに夕呼から指示が来た。指定された場所に向かうと、夕呼だけでなく霞も珍しくコートを纏った姿で並んで立っていた。

 

「新年明けましておめでとうございます、香月副司令」

「明けましておめでとうございます、夕呼先生、それに社も。今年もよろしくおねがいします」

「はいはい、おめでとう」

 

 冥夜と並び、敬礼しながらの挨拶という珍しい形になるが、夕呼はいつも通りに簡単に流す。

 

「あけまして、おめでとう……ございます?」

「おう、ちゃんとそれであってるぞ」

 

 あっさりと流してる夕呼とは違い、霞はぺこりと頭を下げながら慣れないであろう新年の挨拶をちゃんとに返してくれる。耳飾りが大きく揺れていたのは、いつもよりも深く頭を下げてしまったせいだけでなく、挨拶を褒められて動揺しているのかもしれなかった。

 

 

 

「さっさと乗り込みなさい。あまり時間はないわよ。社も早くなさい」

「って、社も一緒に行くんですかッ!?」

 

 さらりと加えられた夕呼の言葉に、周囲への配慮も忘れて、武は声を上げてしまった。

 何の気なしに挨拶を交わしてしいたが、霞がそもそも基地施設の外に出ていること自体が珍しい。

 

 武の記憶では霞が横浜基地から外に出れたのは「桜花作戦」の際だけだったが、アレは極めて例外的な状況だったと考えていた。00ユニットとしての鑑純夏をリーディングで補佐するという役目があったからこそXG-70dに同乗したが、それでなければ佐渡島攻略の時のように基地に残されていたはずだ。

 

 

 

「護衛は御剣のオマケも居るし、十分よ。そもそもアタシが外に出るんだから、それなりに引き連れてくわよ」

「あ、ああ……言われてみれば、そりゃそうですよね」

「それに移動の時間も1時間とは掛からないわ。元旦だし30分程度で着くんじゃない?」

 

 夕呼の階級は国連軍においては技術大佐相当官であるが、これはあくまで将として迎えることが組織としては難しかっただけで、それなりの対応を取られている。武が知る限りにおいても、横浜基地司令たるラダビノッド准将などは夕呼を格下として扱うようなことはなく、むしろオブザーバーとして准将たる自身よりも上に見ていたようにも思える。

 

 当然そのような地位の者が近くとはいえ移動するのだ。夕呼本人には相応の護衛は付くであろうし、予定外の行動であれば襲撃の可能性も極めて低い。霞自身も夕呼から離れるようなことはまずありえないと考えれば、安全の確保は計られているのだろう。

 

(小隊規模……はさすがに大げさすぎるにしても、前後で二個分隊くらいは用意されてるか。これはたしかに十分だろうな)

 

 そう言われて周囲を見れば、武たちが乗るように指示された82式指揮通信車だけでなく、警護の者が乗っているのであろう兵員輸送車も少し遠くに用意されていた。加えて真那たち第19独立警護小隊が別個に護衛に就くのだ。行先は聞かされていないが、それでもこの白陵基地から一時間以内の移動ならば、過剰とも言えた。

 なるほどVIP待遇とはこういうものかと感心さえしてしまう。

 

 

 

(あれ? 指揮通信車の中ってこんな感じだったか? さすがにもうちょっと広い気がしてたんだが)

 

 指示されたままに82式指揮通信車に乗り込んだものの、夕呼以外には武と冥夜、そして霞だけだ。それなのに狭い。内部に武の記憶にない正体不明の機材が幾つも積み込まれているせいだろう。

 

 指揮通信車は6輪駆動の装輪式装甲車だが、その名の通り前部の操縦室とは別に、後部が指揮通信系の機材と要員のために割り当てられている。長期間の停車中であれば車体両側面と後部のドアを開け放し広くスペースを展開することもあるが、基本的には車内で完結できるように設計されている。

 それが今は、小さな霞を含めても四人が入れてギリギリの余裕しかない。

 

「足元とかのケーブルには気を付けなさい。一応は固定したけど、応急の処置だから引っ張らないでね」

「了解です」

 

 夕呼から指示されるが、見るからに無理矢理に這わしたケーブルには近寄りたいとは思えない。冥夜とともに荷物の置かれていないシートの着くが、これはたしかに下手には動けない。振動で外れるほどではないだろうが、車両が移動している際に立ち歩ける余裕はなさそうだ。

 

「目的地に着くまでは寝てても良いわよ」

「はは、それは助かります。では、失礼させていただきます」

 

 この面子で話が弾むというのはそもそもが難しいだろうが、何よりもこの雑多な車内だ。下手に会話のネタを探すよりかは、到着まで静かに目を瞑っておく方が賢明だろう。なによりも行先どころかその目的さえも伝えられていないのだ。

 夕呼の無茶振りに付き合えるようにと、武はしばしの間、眠りに付くことにした。

 

 

 

 

 

 

「白銀、着いたようだぞ」

「お、おう。ホントに寝てたな、オレ」

「疲れているのだろう。休める時に休むのが、一流の衛士、なのだろう?」

 

 軽く身体を解す武を見て、冥夜は揶揄うように声を掛けてくるが、そういう本人もしっかりと休めてはいたようだ。

 指揮通信車は止まってはいるが、エンジンはかかったままだ。夕呼は一人で先に降りたようだが、武にも冥夜にも降車指示は下されていない。

 

「海の匂いってことは、横須賀か?」

「であろうな。どこかのドックのようではあるが……」

 

 油の匂いがきついが、かすかに潮の香りも混ざっている。つまるところは港の空気だ。

 時計を確認したところ、予定通りに白陵基地を出てから30分程度だ。時間的にも横須賀で間違いなさそうではある。だが確定できるほどの情報もなく、また視認できるようなものもないので、冥夜が口を濁すのも仕方がなかった。

 

 立ち上がってペリスコープからでも周囲を確認すればある程度は状況も読めるだろうが、増設された資材のせいでそれさえも難しい。

 

 

 

 しばらくはこのまま待機かとも思われたが、さほど待つこともなかった。

 

「さっさと降りなさい。ああ、社はそのままで良いわ」

 閉じられていた後部ドアが夕呼の手で乱雑に開かれて、即座に命じられる。静かに座ったままの霞を残し、先ほど注意されたように足元を這いまわるケーブルにだけは注意して、武と冥夜はできる限り早く降車する。

 

 降りた先は、予想通りに、乾ドックを改装したかのような場所だった。

 だが場所などは問題ではなかった。眼前に聳え立つかのような巨大な物体に、目が奪われる。

 

 施設のスタッフなどもおらず、夕呼とあとは先に着いていたらしき真那たち四人だけだ。ただ真那はともかく、白の三人は冥夜の警護という任を忘れてしまったかのように、意識が奥にある巨大な物体に引き寄せられている。となりの冥夜も同様だ。

 

 そして武も「ソレ」から目が離せない。

 

 

 

 戦略航空機動要塞XG-70d 凄乃皇・四型。

 全高180mもの巨大な兵器、50階建のビルに匹敵するようなその巨大さは、その名の通りに「要塞」としか形容できない。艤装作業の足場のためなのか、乾ドックの周辺に仮設の壁が作られてはいるが、それさえも覆えているのは全体の三分の一ほどだ。

 

「戦略航空機動要塞XG-70、その試作四号機。通称は凄乃皇・四型。ML型抗重力機関を主動力とし、自力での重力圏突破も可能。装甲材は重光線級の単照射であっても2分弱、光線級なら7分は耐えられる。なによりもML機関の重力制御、その応用として重力偏重障壁たるラザフォード場を展開し、それをもって防壁とする」

 

 冥夜や真那たちへXG-70dの説明を夕呼が淡々と続けているが、理解させるつもりはなさそうなほどに、あっさりと流していく。真那たちも疑問はあれど、何よりもその巨大さに対する驚愕からか、質問の声さえ上がらない。

 

「副砲として冷却機構を改良したOTT 62口径76mm砲が4門、近接防衛のために戦術機と同様の36mmチェーンガンが12門。そして……」

 

 続けて夕呼は、ただカタログを読み上げるように、搭載兵装を列挙していく。どこか武の知る四型とは仕様が違うようだが、そんなことは武にはさほど意味のあることではない。

 

 運用の目途は付いているとは聞いていた。

 作戦に使われるとは判っていた。

 自分でも喀什攻略には必要だと理解していた。理解していた、つもりだった。

 

 撃つはずがないと何の根拠もなく考えて、けっして撃たないと勝手に決め込みんでいた。二度とけっして自らの手で「御剣冥夜」の命を絶つことなどないと、ただ単純に思い込んでいただけだった。

 

 

 

 

「ッ、がねッ!? 白銀ッ!!」

「あ……え? め、あ……み、御剣、か?」

 

 耳元で呼ばれ、覗き込んでくる瞳の色の深さに、意識が少しずつ戻ってくる。

 

「そなた大事ないのかッ!?」

 重ねて声を掛けられ、横に並んで立っていたはずの冥夜に、抱きかかえられるように支えられていることに、ようやく気が付く。

 

「あ? ああ、ワリぃ……まだ寝ぼけてたみたいだ」

 

 歯を食いしばり過ぎたのか、あるいは内頬でも噛んでしまったのか、口内に血の味がするが、些細なことだ。硬く目を瞑り直して平衡感覚を呼び覚まし、冥夜から離れる。

 

 

 

「まったく、新年で浮かれすぎてたわけじゃないでしょうね、白銀?」

「は、ははっ、ちょっと除夜の鐘に聞き惚れすぎていたようです」

 

 夕呼は気遣う素振りさえ見せずに武を揶揄するが、むしろ今は変に気を使われるよりか、平素の通りのその態度に救われる。無様を晒したのは、自身の自覚が足りなかったからだと、武は背を伸ばして見せる。

 

「まあ良いわ。御剣、アンタたちの任務はこれの護衛。明日にはシミュレーション用のデータも形になるから、今後の訓練の際には有効に活用しなさい」

「……はっ、了解いたしました」

 

 冥夜にしては珍しいことに、了承の言葉が遅れた。視線はともかくも、意識は武の方に向けていたようだ。

 武もこれ以上冥夜の負担となるつもりはなく、彼女の横であらためて姿勢を正す。

 

「細かな仕様なんかは纏めてあるから、目を通しておきたければ、この場で済ませなさい。あと内部は見れないけど、問題はないでしょ。はいはい、後は勝手に近付いて見てきなさい。で、白銀はここに待機ね」

 

 冥夜を含め、真那たちを見学の名の下に追い払うように夕呼は手を振る。そこまでされてしまえばこの場に留まることは難しく、また誰しもがXG-70には興味はあるようだ。

 ただ冥夜だけが心配げに武へと視線を送ってきてくれるが、気にするなという風に頷いて見せるにとどめる。

 

 

 

 そして彼女たちが離れた頃を見計らって、夕呼が話を始めた。

 

「で、聞いてたかどうか知らないけど、あれにはというか、弐型の方にも荷電粒子砲は積んでないわ」

「え? 無いんですか」

「アンタの提言でしょ、忘れたの? 一発ごとに数分のチャージが必要な兵器なんて使えないって言ってたでしょ」

「あ、ああ。そういえばそうでしたっけ?」

「それに、ハイヴ内侵攻兵器よ? 撃ったらラザフォード場まで消えるなんて、使いようがないでしょ」

 

 細かな数字は武も忘れているが、弐型にしろ四型にしろ、荷電粒子砲を撃つには事前のチャージが必要であり、撃った後はラザフォード場の再展開には時間がかかる。

 

 荷電粒子砲であればいかなるBETAであれ一撃で吹き飛ばせるとはいえ、それはあくまで射線上にいる相手に限ってのことだ。ハイヴ内の、文字通りに全周囲から押し寄せられてくるような状況下でラザフォード場が消え去れば、XG-70といえどただの大きな的になりかねない。

 

 

 

「だから主砲って扱いではないけど、1200㎜超水平線砲が『あ号標的』用の兵装とはなってるわ」

「ありがとうございます。たしかにあれなら主広間に入ってすぐに照準すれば、比較的早く撃てるかと」

「まあ、左右で二門。全部で6発しか撃てないけど、あの事務次官補でさえ、それで十分だって言ってたわよ。全弾撃ち尽くせるほどの余裕は無いって事でしょうけど」

 

 呆れたかのように夕呼は言うが、ターニャがそう言ったというだけでなく、攻撃の機会が少ないということは理解しているようだ。

 

「でしょうね。荷電粒子砲に至っては二射目はほぼ不可能でしょうし、そうであればまだ1200mmの方が期待が持てます」

 

 『あ号標的』の前でラザフォード場を無くし、その上での再度のチャージなど二度と成功するなどとは想像もできない。火力は落ち、照準補正にはそれなりに時間がかかるかもしれないが、最悪ならば無修正で撃てる1200mmの方がまだしも有効だろう。

 

 

 

 

 

 

「で、オレだけ残されたってことは、何かあるんですか?」

「ちょっとした実験体になってもらうだけよ」

「……は?」

 

 あっさりと返された言葉に、夕呼の言動に慣れている武であっても返答が遅れる。さすがに実験体と聞いては冷静でいられない。

 

「アンタが、アンタの言う『元の世界』、事務次官補の言うEX世界線へと飛べるかどうか試すのよ」

「え、……っと、確率の霧?に戻して、とかでしたっけ?」

「そうよ。一応話は知ってるのね。詳しい話は……理解してないようね」

 

 武の顔を一瞥して、理論などは一切理解していないことを夕呼は察したようだ。そもそも物理学上の理論などは詳しく聞いてはいないし、たとえ話されていたとしても武には理解できるだけの知識基盤がない。

 そしていま眼前にいる夕呼も、説明する気はなさそうだった。

 

 

 

「でもアレって社には負担が大きいし、それに無茶苦茶電気を食うって話じゃなかったんですか?」

「だからここでやるのよ。ちょうど発電施設としては最高の性能を持つ機関が横にあるしね」

「って、まさかML機関を動かして、それの電力を使うってことですか?」

「まさかもなにもその通りよ。起動試験で電気垂れ流すだけなんて、もったいないく仕方ないでしょう?」

「まあ、なるほど確かにもったいなくはありますが……そもそもの話ですけど、実験する必要ってあるんですか?」

 

 電力不足で実験装置が起動できないのであれば、霞に無理をさせなくて済むとも思ったが、夕呼がそんな不手際をするはずもない。ただそれでも今この時点で試す意味が武には思い浮かばなかった。

 

「00ユニットの開発に関わる理論を貰ってきても、こっちには、その……」

「脳だけで生きている、それも自意識を失っていない存在なんてこの世界にはないってことは判ってるし、第一そんな理論くらいはアタシ自身が見つけて見せるわよ。たとえそれが他の世界の『香月夕呼』であろうが、他人の力を借りなきゃできないようじゃ、天才なんて名乗る資格なんてないわ」

「ここは、さすがは夕呼先生、というところなんでしょうね」

 

 なにか夕呼の逆鱗に触れたようで、一気に武の考えは否定された。だが、その自信の持ちようで、武は逆に安心できる。

 

 

 

「まあそういうことよ。それに別に世界間転移を成功させたいわけでもないしね。あくまで追試、確認しておくべき要素っていうだけよ」

 

 重要度がそれほど高くないのであれば、霞に無理をさせる必要はないのではと言いたくもなる。だが夕呼が実験を進めると決めて、武だけでなく霞までもここに連れてきた以上、説明された要因以外にも実験をやらねばならない理由があるのだろう。

 

「じゃあ、無理をさせるけど、社もよろしくな」

 

 もし実験が成功し、武が別の世界線へと移行してしまえば、この世界線における白銀武の存在は消失し、人々の記憶からも消え失せていく。それを防ぐため、また白銀武という存在をこちらに戻すためには、リーディング能力を持つ霞が武を観測し続ける必要があるらしかった。

 つまるところは、霞が実験中は常時リーディングを発動し続けなければならず、それは霞の幼い身体に大きな負担を掛けることにもなる。

 

「心配しなくても社が無理そうならその場で止めるわよ。アンタの安全よりも社の健康優先に決まってるでしょ。ほら、さっさとそこに座りなさい」

「了解です」

 

 

 

 あとは夕呼に言われるがままに実験装置だったらしい謎の機材の横に座り、目を瞑る。ここから先は、武の意識の持ちようだけが問題となるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 




ついに2002年突入~ですけど、ちょっと長さが中途半端になってしまいそうだったので、実験内容&結果は次回に。

あとXG-70の細かな仕様変更とかは、たぶんそのうちに出せるといいなぁ……くらいです。で、この回を書く時にあらためてXG-70dのサイズとかを調べ直しましたが、とりあえずデカい、というか縦にデカすぎです。
こんなもの横浜ハイヴとかの巨大地下構造が無ければ、建造どころか整備さえ困難なのではなかろうかという感じで、無理矢理に乾ドックに半ば埋め込んだ形で整備中ということに。


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濫立の双連

 

 EX世界線へ飛べと言われて指定されたのは、指揮通信車の後部、先ほどまで武たちが乗り込んでいた場所だ。その一番前の、増設された機材の横に無理矢理に作られた椅子に、指示されるままに座る。

 

「どうすればいいかは、知ってるわよね?」

「たしか……一心に跳べるように祈れ、でしたっけ?」

「まあ、そんな感じよ。できる限り鮮明に思い出しながら、アンタがアッチの世界に居て当然だというくらいに思い込みなさい」

「了解」

 

 夕呼にしては歯切れが悪いが、理論ではなく最早根性論の範疇だ。ただEX世界線で、白陵大学の原子力研究機関か何かから最後にこちらへと飛んだ時、あちらの夕呼から言われたこともそんな感じだったはずだ。

 純夏への思いが強ければ、世界の壁を越えられるとでも言わんばかりの無茶な話だった。

 

 

 

(あれからまだ三ヶ月も過ぎてないのか? それにしちゃあ記憶とか曖昧だけど、このあたりが意識操作されてたってことなのか?)

 

 純夏を愛していると叫んだ時、そのシロガネタケルの心に偽りはなかったはずだ。だがそれよりも前、UL世界線において遺書に残した、何に代えても護りたい愛する者が居るというのも、また幾多の「白銀武」にとっては間違いなく真実の言葉だ。

 

「なに? アンタ雑念が混ざってない?」

「あ、ああ、いえ。少しばかりいろいろと思い出していると混乱しそうになってまして」

「まったくそこのヘルメットでも被って眼も瞑ってしまいなさい。こっちの監視は社がしっかりやってくれるわ」

「あ、とそうだな。社。大変だとは思うが頼む」

「……はい」

 

 世界から存在確率が消え去ろうとする白銀武を観測する。そのことがどれほどに霞の幼いままの身体に負担となるかは、武には想像することしかできない。しかしそれでも夕呼が実験をするという限りは、必要な行程なのだろうとも理解できてしまう。

 だからこそ、無理はするなと言いたいところをあえて、頑張ってくれとの思いを込めて頭を下げる。

 

 

 

「電力来たわね。始めるわよ」

「了解です」

 

 XG-70bのML機関が素直に立ち上がっていることに意識の片隅で驚きながらも、あたらめてしっかりと目を瞑り、転送のためにかつての自分の生活を思い出していく。

 この時のためというわけでもないが、この世界の柊町へと出歩いたことはほとんどない。いまでも脳裏に浮かぶ町並みは、かつて武が生まれ育ったターニャが言うところのEX世界線でのものだ。

 

(あれ? オレ、というか「白銀武」達はいつの時点でコッチに来たんだ?)

 

 以前のEX世界線での生活を思い浮かべようとすると、ふとそんな疑問が浮かんでしまった。

 

 冥夜が隣に引っ越してきたことは、はっきりと記憶している。

 少なくともその後、冥夜が白陵大付属柊学園に編入し、クラスメイトたちとのどこかズレた学園生活を始めたことも間違いなく覚えている。ラクロスの試合があったことも、なにか料理対決じみたことがあったこともたしかだ。年末あたりで皆と温泉旅行に行った記憶もある。

 

(だいたい今転移したら、オレはアッチの世界の「いつ」に出るんだ? 2002年の元旦か? 元旦にオレは何をしていた?)

 

 いくつかのイベントじみたことは覚えていても、最後と言える部分がはっきりしない。それどころか、年を越したかどうかすら怪しい。以前の転移の時のことも細かくは覚えきれていないが、時間にズレがあったかどうかでさえ明確ではなかった。

 

 

 

 

 

 

「もういいわ、眼を開けなさい。社もお疲れ様」

 

 そんな風にいろいろと元の世界とでもいうべきEX世界線のことを武が考えていたら、夕呼から停止の指示が出た。体感ではほとんど時間が過ぎた気がしないが、時計を見る限りは30分程度は目を瞑っていたようだ。

 

「はい、で、どうだったかしら?」

「あ~申し訳ありません。アッチのことはつらつらと思い出してはいましたが、跳べたって感じじゃないです」

「でしょうね。こちらの観測でもそんな感じよ」

 

 夕呼は気にするでもなくあっさりと流してはいるが、武の体感としては間違いなく失敗だ。以前にあった知覚だけが乗り移れたというレベルでさえない。ただ、少しばかり昔のことを思い返していただけだった。

 

「社もごめんな。頑張って、くれてたみたい……だけど」

「……(へにゃり)」

 

 霞はリーディングしながら、武らしき人物を描いていたのだろう。スケッチブックが狭い作業台の上に広げられていた。ただ残念ながら描かれた姿は、幼稚園児が描いたモノといえる程度の精密さだった。

 武の視線と、そしておそらくは意識を見たのか、霞は隠すようにスケッチブックを閉じつつ、頭の耳がいつも以上に垂れ下がる。

 

 

 

「失敗して助かったわ。これでもし下手にアンタが世界線、だったかしら? それを超えて他の確率事象分布世界へと移動可能とかだったら、抜本的に対策を考え直さなきゃならないところだったわ」

「は? 対策……ですか?」

「まさかアンタ、自分が選ばれた主人公だと勘違いしてないわよね?」

「あ~事務次官補殿の言う、ゲーム世界、ですか?」

「って、そうね。そっちだと本当にアンタが物語における主人公だったって訳よね。それは確かに……いや、むしろそういう可能性から……」

 

 武の言葉の何かがキーになったのか夕呼は少し考えこむが、わりとあっさりと思考を中断して顔を上げた。主人公という言葉で武が顔を顰めてしまったのを見咎められたようだ。

 

「まあそっちの考察はどうでも良いわ。なに? アンタ、英雄にでもなりたかったの?」

「それは勘弁してください。聞いてるかもしれませんが、オレはそれで手酷い失敗をしてしまってるんですから」

「後睡眠暗示と興奮剤のオーバードーズで、バカやったって話? 詳しくは聞いてないわよ」

「……ありがとうございます」

 

 子供じみた英雄願望で、武は取り返しのつかない失敗をしたのだ。誰からどのように慰められようとも、二つの世界でまりもを失うことになってしまったのは、間違いなく武の慢心と弱さとが招いてしまったことだ。

 たとえ今、この世界でまりもが生きているからと言って、あの時のことが無くなるわけではない。そしてターニャからどこまで聞いているかは、夕呼の態度からは武では読み取れない。それでも知らないという素振りをしてくれるだけで、今の武には十分だった。

 

 

 

「で、前提として、各種のG元素と反応炉のエネルギーを盗用できた『カガミスミカ』が、自分に都合の良い『シロガネタケル』を選び出したか作り出した。ここまでは良いわよね?」

「は? はあ……まあ自分のことですから、外部からは確認しようがないのですけど、そういう感じなんでしょうか?」

 

 夕呼の話があちこちに跳ぶのには慣れているとはいえ、凡人でしかない武には追い付くのが難しい。それでも以前に聞いた内容の延長だったので、まだなんとか理解が及ぶ。

 

「これもあくまであの事務次官補の言葉を基にした推論以前の妄想ではあるけどね。蓋然性は高いとは思える」

 

 元の世界に戻ろうとした武のために、世界そのものを『カガミスミカ』が作り変えたなどと言う話もあったが、さすがにそこまで行くと武の範疇を超えている。フィクションとしての設定ならば想像できるが、そこに自分が自立して生きているなどとは実感することは無理だった。

 

 ただ先のAL世界線での「シロガネタケル」と今この場にいる武の、純夏への感情のズレから、なるほど自分たちは似てはいるが別の存在なのだろうという程度のことは判っているつもりだった。

 

 

 

「当たり前だけど、G元素はBETAが加工して集めた物よ。アイツらがそれらを用いて恒星間航行を実現していることも、おそらくは超光速通信を可能としていることもほぼ間違いはない。ここまでは良いわね?」

「え、ええ。それは何となく分かります」

 

 まるで講義のように夕呼は言葉を続けているが、武へと伝えているというよりかは、自分の考えを口に出しながら纏めなおしているようだ。かつてのEX世界線で授業中に暴走を始めていた夕呼の姿が頭を過る。

 

「つまり、反応炉いえ頭脳級ね、その末端に接続された『カガミスミカ』が制御できる程度のことは、超頭脳級であれば可能であると予測できる」

「まさか……BETA、いえ『あ号標的』が他の並行世界、ですか? そっちから因果とか情報とかを持ち込んでいるってッ!?」

 

 夕呼が述べるのは、恐ろしいまでの予測だ。BETAの物量に加えて、未来予知どころか、未来知識まで含められてしまえば、人類に勝利の目は無い。

 

 

 

「そういう可能性も否定はできなかった……ってところね。ただアンタが移動できなかったってことは今のところこの世界線の、そうね他の世界との間には高くて硬い壁がある。そういう想像でも良いわ」

「ああ……そういえば、前の夕呼先生から、オレの、というか因果導体の存在は世界間の壁に空いたパイプみたいなものだって話を聞いたような」

「そうね。パイプというと判りやすいかもしれないわ。おそらくは一定以上の認識能力を持つ知性体は確率分布状態の世界を無意識にしろ意識的にしろ観測はしているのでしょうけど、細いパイプからしたたり落ちる程度でしか把握できていない。バカな男子生徒どもが更衣室の壁に穴を開けてるくらいね」

 

 武がいまいち判っていない顔をしているのを見て、夕呼はひどく卑近な例えを出す。

 

「と、そんな覗きはともかくとしてですね、オレが今回跳べなかったってことから逆に考えて、世界間の壁に穴が開いていないか、有ったとしても無視できる程度に小さいと?」

「この世界では他世界との干渉が顕著で、BETAが他確率分布世界の未来結果から学習してくるようだったら対処は困難だったし、なによりも『カガミスミカ』みたいに望まぬ結果になったら世界ごと壊してやり直すようならば、文字通りに盤面をひっくり返されるところだったわ。今のところはその可能性が低いと予測されるってところね」

 

 AL世界線において、「桜花作戦」において「あ号標的」を破壊できたのは、幾度も繰り返された結果と考えることもできるらしい。今後はこの可能性分布が広がっていくであろうから、人類側が勝てる世界の割合が増えるかもしれないともいう。

 

 

 

「それで対策を立てる前に、世界間移動の可能性を確かめるために、今回の実験を執り行った、と?」

「転生者なんてのが存在するのよ? できるところから検証していくのが当然。予算も時間も限られてるんだから、無駄な労力は掛けられないでしょ」

「ああ……そういえば事務次官補が転生で、しかもナゾの若年化でしたっけ」

 

 武自身は今のターニャ、横にいる霞と似たような年齢の姿しか知らないが、この世界での実年齢は70前後で、それ以前におそらくは一世紀以上の経験を積んでいるのではと夕呼が予測していた。

 

「そっちは本当に調べようがないわ。鉄原の間引きに参加していた将兵の内でただ一人の症例、それもサンプルがあの事務次官補よ? まさか人体実験のためだけにG弾を使用するわけにもいかないし、老化抑制なら別に研究が進められてるしね」

 

 ターニャの現状も異常な状況ではあるが、それを調べるのはまさに労力の無駄だ。転生者を自称する狂人を秘密裏に集めるような余裕など、国連にあるはずもない。

 

 

 

「それに今の実験が失敗したことで、アンタが因果導体でないって事もほぼ確定できた。これでいきなりコッチから消えてしまう可能性は低いし、なによりも逆に負け続けてきた世界からの因果導入も無視できると思われるわ」

「もしかして、オレがループしていたことで、他の世界線では人類側の敗北がより強まっていたかもしれないってことですか?」

「その可能性も無くはない、という本当に妄想の範疇ね。第三者的な客観視、いえこの場合アンタたちの言うゲーム? それであっても観客か読者からの視点は判明も確定もできない。そして文字通りの神の視点、制作者であっても無理ね」

「あ、いや……制作者、この場合は監督とかシナリオライターですか? その人たちなら理解してるんじゃないんですか?」

「だからそれでも無理よ。世界はおそらくは相互に認識・観測されることで確定していく。制作者が考えた範疇すべてを表現しきることは不可能だし、そしてその限定的に表現された物でさえ観客はありのままに受け止めることはできない。観客それぞれの認識で世界の有り様は変わっていく。クオリアの共有さえ不可能な人類では可能性分布世界群の統括的理解は無理よ」

「……なるほど?」

 

 BETAの創造主や、世界の選択をし続けた「カガミスミカ」の視点であれば複数の並列世界を認識できるのではないか、それにそもそも神というかゲーム制作者ならばすべてを知っているはずではないかと、武は考えてしまう。考えてしまうが、それがどういう状況かは想像を超えるし、夕呼の言葉では制作者であっても無理だという。

 

 

 

「すいません……ちょっとというか、かなり理解の範疇を超えてきました」

「でしょうね。アンタは簡潔に考えておきなさい。アンタは次の作戦で死ねばそこで終わり。作戦が失敗してしまえば、たとえ生きて帰ったとしても、人類はじり貧よ。第五が発動されてそれで終りね」

「はははっ、判りやすくなってありがとうございます」

 

 結局のところ、喀什で勝たねばならないのだ。

 先の「シロガネタケル」が関わった世界すべてと人々を救うなどと大言壮語していたが、そんなことを考える余裕など不要だ。シンプルに、ただ「あ号標的」を打ち砕けば、まずはそれでいい。

 

 

 

 

 

 

 実験は以上だと夕呼から言われて、武は指揮通信車両から追い出された。機材の片付けなどは、詳しくない武の手を借りるよりかは、詳しい夕呼と霞とで熟した方が安全かつ早いらしい。

 

「では、失礼しますッ!」

「はいはい、御剣たちの見学はまだ終わってないでしょうから、少しあっちに行ってなさい」

 

 文字通りに夕呼の追い払うような仕草に合わせて武は外に出た。時計を確認すれば一時間と経っておらず、資料を手にしながらXG-70dを眺めている冥夜たちもまだ読み込み切れていないようだ。

 

 そしてXG-70dを仰ぎ見て、武は大きく息を吐く。荷電粒子砲が無いという戦力的減少にも拘わらず、あの機体に自分で乗らなくて済むということで気を休めてしまうことに、自虐的な嗤いが込み上げてきそうになる。

 

 

 

(実際のところ、武装が荷電粒子砲しかなかった弐型はともかく、四型でそんなに撃った記憶はねぇんだよな)

 

 指揮通信車の後部ドアの開閉の音で、こちらに気が付いたようで冥夜が軽く手を上げてくる。それに武も手を上げるだけで応えながら、まだ少し意識が浮ついているのを自覚しつつ、ゆっくりと足を進める。

 

(いや、まあ記憶と言えば……UL世界線だったか? 一周目のオレの最後ってのも、はっきりと覚えてねぇってことは、「カガミスミカ」の都合が良いように、いくつかの可能性を束ねてるっていう話に繋がるのか?)

 

 先ほどの実験で元の世界を思い出そうとしたことで、普段は忘れていた疑問がいくつも浮かび上がってくる。

 さすがに普段は意識していないが、間違いなく武自身の記憶としては「死んだ経験」がある。ただそれらの最期は幾つものパターンがあり、明確な記憶としてははっきりしていない。EX世界線での生活の記憶も、同じように曖昧だ。明確にいつこちらの世界に飛ばされたのかと問われても、答えられない。

 

 

 

 ただ始まりは判る。2001年10月22日。

 武の部屋に、冥夜がやってきたときこそが始まりだ。

 

(そういえば、鑑のところじゃなくて反対側の……誰だったっけ? いやそれさえも記憶が消えてるのか? まあ喜んで立ち退いたみたいだったけど、それで良かったのか?)

 

 武の自宅の隣に、いきなり隣に屋敷を建ててしまっただけに留まらず、武の部屋の壁に専用のドアまで作ってしまうような勢いだった。もちろん屋敷の建設や用地買収などは冥夜ではなく真那が指揮したのであろうが、今思い返せば金持ちの故の暴走とは笑えないくらいに、ある面では悪質な振る舞いだ。

 

(記憶の抜け落ちがオレが思っている以上に広いのか? ああでも、あの立ち退きに、あっちの御剣冥夜はどう感じたんだ?)

 

 隣の家の苗字さえも思い出せない事態に他人事のように驚きながらも、武の思考は散漫に広がっていく。以前の柊町を思い出したせいか、時折感じていた世界線ごとの違いからくる違和感が明確になっていく。

 

 

 

 冥夜の、先のUL世界線で避難勧告を頑として受け入れなかった老婆への冥夜の対応と、EX世界線での白銀家周辺の住民に対する態度との差が、気になってしまう。

 

(あの小さな公園だけは残したんだよな? なら場所に対する思いの深さってのは有るんだろうけど、他人には気が配れていなかったのか?)

 

 思い出の場所を護りたいという思いは、あちらの冥夜にもあったはずだ。それでいながらも、周辺住民を冥夜一人の保安上の観点だけから強制退去させたことに対しては、一切の反応が無かった。

 

 どちらが人として正しいのかという話ではない。ただ、世界線が違えば育ちは違い、当然意識も変わる。

 そして他の世界線での振る舞いを知っているからと、勝手に相手を推し量ってしまうのは、先のAL世界線で一時的に逃げ出した先で学園生活を謳歌する皆に感じた身勝手な不満と似たようなものになってしまう。

 

 

 

「副司令からの任は済んだのか? 顔色は戻っているようだが……」

「ああ、あっさりと終わったし、座ってただけだからな。お陰でゆっくりできた」

 

 歩く武と違い、小走りに近い速度で冥夜が近寄ってきて、声を掛けてくる。

 先ほどの武の反応を踏まえてか、冥夜はXG-70dに関しては欠片の注意さえ払っていないような素振りだ。それは間違いなく武への配慮があっての振舞いだった。

 

 そんな冥夜の様子を見て、どうせならば直接聞くべきだと、武は割り切った。

 

「なあ御剣。あまり関係のない質問、それも個人的なものだが良いか?」

「ふむ? 私が答えられる範疇ならば、と断りはあるが、何だ?」

「ああ、機密とかそういうんじゃねぇよ。気の持ちよう? みたいな話だ」

「ならば聞かせてもらおう」

 

 一応は任務中であるのに、雑談に興じることに冥夜が乗ってくる。それくらいには先ほどの武の変調を気に掛けられているのかもしれない。

 

 

 

「例えばなんだが……理由も説明されずに、カネだけ積まれて自分が住んでいた家をいきなり立ち退けって言われたら、どうする?」

「御剣の屋敷がある土地が必要とされるのであれば、無論提供するぞ。ただ近隣に住む他の方々の手前、無償は当然、大きな値下げなどには応じれぬ」

「あ~そっちか……」

「当たり前だ。我らが土地を差し出すのは問題ないが、それを先例として他の方々に強要するのは受け入れがたい」

 

 なにを問われるのかと冥夜は少し構えていたようだが、武の問いを聞いて悩む素振りなど一片も見せずに即答した。それは武が聞きたい答えではなかったが、質問の仕方が悪かった。

 帝国の今の時世であれば、防衛のための用地買収としか考えられない問いだった。そしてその答えも、この冥夜であればそう考えるだろうと、武も納得してしまいそうになる。

 

 武家が率先して土地を国に差し出してしまえば、なるほどその近辺に住まう一般市民が反対することも、金銭交渉にて強く出ることさえ難しくなってしまう。札束でゴリ押したようなEX世界線の話ではないが、無ければ疎開先での生活も覚束ない。

 

 

 

「だが東京の屋敷の方はともかくも、京の本邸ならば交渉などせずに即座に畳むぞ」

 ただ武がどう話を続けようかと悩んでいるのを見て、思い違いをしたのか、冥夜はさらに言葉を続けた。

 

「は? いや、逆じゃないのか?」

「琵琶湖運河があるとはいえ、京都の防衛は地形的に困難を極めるであろう? ならば京都周辺から一般の方々には疎開してもらう外は無い。なに小なりと言えど将軍家に連なる武家が、屋敷を捨てて逃げ出すのだ。臣民の方々も緊急性と危険性を理解してくれよう。後ろ指も、帝国軍ではなく我らに向けられるであろうしな」

 

 京都の防衛を担うはずの武家の者たち、それも知名度は低いとはいえ将軍家に近しい御剣家が我先に逃げ出したとなれば、なるほど確かに非難の矛先はそちらに向かうだろう。

 

「お前がそこまで背負うことはねぇだろ」

「なに。武家のすべてがそうであるとは言わぬが、そのような時のための御剣家だ。立場はそれぞれに少しばかりは違うが月詠家や、そして篁殿や真壁殿も似たようなものだぞ」

「ったく。そういう話を聞きたかったんじゃなくて、だな……」

 

 

 

 どう聞けばいいのかと一瞬は悩んだが、やはりここは直接的な方が良いかをあらためて割り切る。

 

「慣れ親しんだ土地や家から、カネだけ積まれて追い出されて、それでいいのかって話だよ」

「ふむ……それは事務次官補殿のギリシアでの振舞か?」

「あ~そういえばそれはそれであったな……」

 

 また武が聞きたい所からはズレてしまったが、この流れであればそういう風にも取られる。ただ話の例としては適しているのかもしれない。

 

 ユーコンでチラリとVGから話が出た時にも調べ直したが、ターニャがJASRA局長でありながら国連軍の指揮を執ることとなったギリシアでの防衛戦は、非公開情報も多いがそれでも軍事筋では有名だ。

 

 JASRAが勧告し、実質的に合衆国の意向として安保理で押し通したギリシアの防衛案。

 地形的に防衛に適していないからと、ギリシアの国土の大半を放棄、それでいてギリシア半島の火山性山岳地帯をつかった防衛線構築を構築。その上でアテネを要塞化し兵站線は確保、さらにクレタやキプロスを後方することで地中海方面の防衛にも余裕を作る。

 これで黒海方面へのアクセス・地中海の防護、ひいてはスエズ・ジブラルタル航路の安全も確保できるはずだったのだ。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 

 

 合衆国基準でさえ手厚いと言えるほどの立ち退き補償額やギリシアのインフレ事情を踏まえた上での予算策定であったにも拘らず、ギリシアは内輪揉めで予算と資源そして何よりも時間を食いつぶした。

 アテネでの立ち退きとその後の要塞化は遅々として進まず、結果としてアテネはあっさりと陥落した。

 

 駐アテネ国連軍司令部付准将相当官。

 たしか当時のターニャの肩書はそんなもののはずであった。それでいてアテネ陥落の結果、国連軍司令の上級指揮官が根こそぎ失われ、海軍との連絡のために地中海艦隊へと赴いていたターニャが最上位となってしまった。

 

 合衆国での危険視とは裏腹に、ターニャはバンクーバー協定に基づく初の強制避難勧告措置で、人的被害を最小限に抑えたとも言われている。だがBETA群から戦術機甲部隊の最後尾集団を逃すため面制圧が不可欠であると、バンクーバー協定規定外の避難民キャンプを含めて砲撃を加えたという事実も残っている。

 どこまで正確かは判らないが、その際にターニャは「土地を捨てない代わりに命を捨てる自決権は尊重する」と嘯いたとまで言われている。

 

 

 

「住み慣れた家や土地、そこに根付いた人々の思いは大切だ。我らはたしかに父祖の地を護らねばならぬが、それでも何よりも尊ぶべきは土地ではなく、人々の意思であろう。ただ、それも生きてこそ皆と分かち合えるものではないか、とも思えてしまう。難しいものだな」

「……じゃあ、さっきの話に戻るが、移転先での生活が保証されていれば良いって考えか?」

 

 白銀家周辺、柊町から引っ越した近隣の住人たちのその後の生活は、間違いなく御剣財閥が手厚く保証したはずだ。そのあたりの真那の手腕には武も疑いはない。

 

「ただ生かされるだけでは意味はなかろうが……絶対の正解などない問いではあろう。ただ……そうだな」

 繰り返す武の問いに、冥夜は少し考えこんだ後で言葉を続ける。

 

 

 

「たとえ家も土地も失ったとしても、生き永らえて欲しいというのが、今の私の想いだ。人が残る限りは、その記憶を次代に伝え、そしてまた築き直せるものもあるはずだ」

 

 冥夜は武へと話しながらも、こちらの声が聞こえぬ程度の距離を開けてくれている第19独立警護小隊の四人へと、視線を送る。

 武たちが整え、冥夜自身が選び取った今の立場ゆえに、真那たちは本人の選択権はなく、喀什へと赴くことが確定している。文字通りに巻き込むこととなったことを冥夜がは悔いていることは判る。

 

「我らが次の作戦から帰れぬとしても、中隊の皆が残ってくれれば、笑いながら語り継いでくれるであろう。それが衛士の流儀というものであろう?」

「ああ……そう、だ。そうだったな」

 

 武自身の想いはいまだ言葉としては形作れていないが、残していけるものは確かにあるのだ。

 

 

 

「たしかに鎧衣や鑑あたりがあることないこと付け足したり差し引いたりして、俺たちの話は次の神宮司教官殿の教え子に伝わるんだろうな」

「そう考えれば、榊や涼宮が残ってくれるのは心強いな。彼の者達であれば、些細な間違いも修正してくれそうだ」

「はははっ、違いねぇ」

 

 武も冥夜も、ただの空元気ではあるとは判っている。

 それでもいまは二人して形だけでも笑えることに、満足していた。

 

 

 

 

 

 




いまさらに独自解釈で冥夜がナゾな状態ですが、この作品においては冥夜に限らず同名キャラであっても各世界線ごとに独立した別人格であるとしています。まあ原作でもULとALは開始時点の2001/10/22までは武以外は極めて近似で、EXとは違うという解釈っぽい?

で、そーいえば説明していなかったということで"Lunatic Lunarian"でのギリシア撤退もさらっと。このあたりデグさん輝いているのでとても好きです。


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参集の徴証 02/01/02

 

 帝国軍のみならず在日国連軍であっても正月の三箇日は多くの将兵に休暇が与えられている。A-01第一中隊の結成以来、激務が続いていた中隊長であるまりもにも半ば強制的に休暇が言い渡されており、まりもとペアを組む純夏も同じく休暇に入っていた。

 

「御剣冥夜」という立場から、人目に付きやすいこの時期に下手に御剣家へと帰ることも難しい冥夜と、そして近いとはいえこの世界の実家に帰る気持ちがいまだに持てない武の二人は、白陵基地に残る形で勤務に就いていた。

 そして結果として夕呼に連れ去られるような形ではあったが、年末の大晦日どころか年明け元旦から、特殊任務とも言える形で仕事始めとなった。

 

 ただ中隊長とそして実質的には大隊長をも兼任しているまりもが不在、それも休暇自体いきなり言い渡された形だったようでここ数日の詳細な予定が組まれているわけでもない。第一中隊で残っているのが武と冥夜の二人だけために一応は武が指揮を執る形とはいえ、真那たち斯衛の第19独立警護小隊との連携が主となることもあって、武の一存で決定できることは少ない。

 

 

 

 基地の多くの職員が休暇に入っていることもあり、シミュレーターに空きが多い時期でもあるのでそちらでの訓練予定を入れてはいたが、昨日XG-70dを直接見たことで真那からは少し陣形などを含めた戦術を練り直したいという申し出もあって、今日の連携訓練は中止となっていた。

 

 あの後にも簡単な打ち合わせなどはしたものの、その場で決められることなど僅かなものだ。なによりも空中機動要塞という新機軸の戦力と同調するには、本来ならばそれ相応の時間を必要とする。

 

 空中機動要塞というカテゴリー分類は伊達ではなく、あの巨体でありながら、火力と機動性とを両立しているのだ。戦術機中隊程度での防衛陣形であれば海上での艦艇護衛に準じることもできなくはないが、いま求められているのはXG-70dに随伴してのハイヴ侵攻、それも最深部の主広間、そこの超頭脳級への到達と撃破だ。

 随伴する戦力も大隊規模が想定しており、密集陣系を組んだとしても前後数百メートル、高速侵攻を想定するならば数キロに分散することにもなる。

 

 真那たち第19独立警護小隊はその名の通りに小隊の4機、ここに武と冥夜とが加わるとはいえ半個中隊6機。どのような形で指揮系統に組み込まれるかはいまだ不明だが、武の持つ『桜花作戦』時の記憶を利用するならば、XG-70dの直掩という位置付けで「水先案内人」として扱われることになりそうだった。

 

 かなりの独立権をもって行動できると予測されるからこそ、隊を預かる真那の責は重い。今までのシミュレーション結果を参照しつつ陣形などを考え直したいと、真那から申し出があったのも当然と言えた。

 

 

 

 

 

 

 そんなこともあって武はいつも通りに起床し軽く走り込んだ後、冥夜共々にPXで朝食を取りはしたが、すぐさまに行動に移るには計画が無い。

 

「どうやら、本日の予定は定まっておらぬようだな?」

「溜まっている書類を片付けるってのはあるが、急ぎのはさすがにもうケリを付けたからなぁ」

 

 二杯目の合成玉露に手を伸ばしている武を見て、悟ったかのように冥夜が話す。武とて聞かれるだろうとは判っていたので、さっくりと返す。

 

「年明けの仕事始めの際に、我らからの書類が無くて進められぬ、とは言われたくは無かったからな」

「まあ、シミュレーションで訓練しておきたいことはまだまだあるから良いんだが……」

「あの要塞級、か? 其方が手ずから組んだ状況設定であるからには、意味が大きいのではあろうが……」

 

 武が口にした訓練計画に思い至ったようで、冥夜は僅かに眉を顰める。冥夜をして拒否感から口籠るくらいには、無茶な内容の想定状況の訓練だ。

 

 『あ号標的』自体のシミュレーションデータなど存在するはずもなく、また作るとしても元になるのは武の持つあやふやな記憶だけだ。そんなものでは訓練目標とすることも難しくまた意味も薄い。

 だが事前の情報もなく初見で重頭脳級を相手取るなど自殺行為にも等しいので、疑似的ではあるがおそらくは最も近しいだろうと武は考えて、要塞級を複数体配置することで、重頭脳級の触手攻撃に似た状況を作り出してみた。

 

 

 

「オレが書いたのが下手な絵だってのは判ってるけど、説明はしただろ」

「重頭脳級であったか? たしかにあの説明では具体的には思い描くのが難しいが、なによりも成功条件が困難であるからな」

「ああ……何度か言ったかはずだが、接触されたら躊躇わずに斬り落とせ」

 

 『あ号標的』の触手接触によるハッキングを警戒し、小破判定であっても即座にその部位を切り離せとは指示している。そしてそれに失敗して一定時間が過ぎてしまえば、撃破判定としていた。

 

「そちらはまだよいのだが、破壊も不可能で、ただひたすらに受け流すというのは……ああ、いや。詰まらぬ戯言であったな。忘れるがよい」

「オレらの任は、昨日見たアレ、XG-70dが砲撃を完了するまでの時間稼ぎだ。戦術機が携帯可能な火力で完全破壊ができるとは思えねぇからな」

「なるほど。そのための空中機動要塞、か」

 

 珍しく冥夜が愚痴を零すが、武もその気持ちは判らなくはない。自分で組み上げた状況設定だったが、いつ終わるとも知れぬままに防御行動を強いられるというのは、やはり厳しい。

 ただそれでも冥夜はXG-70dを直接見たからこそ納得もできたようで、少し目を伏せて考え込み始める。おそらくはXG-70dを護衛しながらの立ち回りを構築しようとしているのだろう。

 

「まあ御剣はよくやれてるとは思う。彩峰あたりだったら最初の30秒でキレて、突っ込んじまってそこで終わりだぜ?」

「はははっ、そこは榊が上手く止めるであろう」

「あ~いや、それだと二人して自滅するだけじゃねぇか?」

 

 

 

「ん? おはよう社。朝飯じゃないのか?」

 

 二人して軽く笑いあい、お茶を呑んでいても何も進まないと席を立ちかけた。その時にちょうど霞がこちらを見つけたようで、二人で占拠していたテーブルへと向かってくる。

 頭の耳飾りを揺らしながら、ほてほてと霞が武たちの席に近付いてきた。だが、この朝の時間帯にも拘らずトレーも持たずだった。

 

「……おはよう、ございます?」

 武の疑問には答えず、霞はぎこちなく挨拶をしたうえで、さらに言葉を探すように口を開いた。

 

「白銀少尉、御剣少尉両名は、衛士強化装備着用の上で0900にブリーフィングルームに集合……です」

「ああ、夕呼先生からの伝言か、ありがとう。すぐに向かうよ」

 

 命令の伝達が間違っていないか正しくできたかと問いかけるように、武と冥夜とを霞は交互に見渡す。

 懸念はあるが、それは霞の態度ではなく、夕呼からの指示に関してだ。安心させるように笑って見せる。その武の態度に、霞は納得できたのか、すぐに立ち去ろうとする。

 

「だが、社。時間はまだあるから其方も何か食べておいた方が良いのではないか?」

「……(ふるふる)」

 

 冥夜の言葉には首を振ることで応えて、そのままにぺこりと頭を下げ、またほてほてとゆっくりと歩きながらPXを出ていった。

 

「さて。中隊長代行殿。どうやら今日の予定に頭を悩ます必要はなくなったようだぞ」

「どうやらその通りだな。お茶のおかわりって時間はなさそうだ」

 

 揶揄うように軽く笑いながら冥夜が言うが、すでに立ち上がる用意を始めている。

 慣れてはいるとはいえ、衛士強化装備の着用にはそれなりに時間がかかる。それなりに急がなければ、叱責を受けかねない時間だった。

 

 

 

 

 

 

「あれ? 二人ともなんでコッチにいるんだ?」

「ああ、タケルと御剣少尉か」

 

 指示通りに強化装備を身に纏い、第一中隊に割り当てられているブリーフィングルームに冥夜共々に向かえば、非常に珍しいことに先客がいた。

 

「あけましておめでとう。ブリッジス少尉、イーニァ」

「ああ、そういえば、あけましておめでとう、だな。今年もまたよろしく頼む」

 

 年を開けてから会うのは初めてだったかと、新年の挨拶を二人に告げる。こちらの二人も強化装備を身に着けているところを見ると、どうやら合同の訓練になりそうだった。

 

「あーけしてぇ、あめ、でとう?」

「ん? 言いにくいか、ハッピーニューイヤーってヤツだ。ってロシア語だと何だったっけ……?」

「はは、新年おめでとうってのは、どこでも似たような感じか。二人とも、今年もよろしく頼む」

 

 ユウヤもロシア語での挨拶は知らないのか、簡単に流している。

 

 

「よろしく頼むのはこっちこそだが、機体の方はもう動くのか?」

「少し重くなった程度で大した違いはねぇよ。XM3用のデータ変更も基本的な項目はだいたい流用できたし、ほぼ完了してる」

 

 一応はA-01所属として扱われているために居てもおかしくはないが、ユウヤとイーニァとが所属する形となっている第二中隊は、その構成員のほとんどがソ連のイーダル小隊から回収されたESP発現体であり、いまだ薬物依存治療の最中だったはずだ。

 今の武たちも似たようなものとはいえ、第二中隊の場合は本当に衛士として動けるのはユウヤ一人。不知火・弐型が一機だけだ。

 

 しかもイーニァが持つ能力の特性上、搭乗機は複座型でなければならない。そしてユウヤはこの白陵基地に赴任してからは、複座に改修された弐型のデータ取りが主な任務だったはずだ。

 もともとA-01が武とターニャの進言もあって、中隊付きCP将校を一人、複座型の戦術機で前線まで随伴させることになっていたため、隊に所属する不知火のいくつかは改修が済んでおり、そちらでXM3用の機動データも作られていた。

 

 弐型に合わせての修正などがユウヤの任であったが、それももともとユーコンで弐型の開発に携わっていたのだ。機体重量バランスの細かな修正程度で終わる程度だったらしい。

 

 

 

「気を付けッ! 副司令に対し敬礼ッ!」

「あ~はいはい、だからもうそういう堅っくるしいのは良いから、さっさと済ますわよ。白銀は知っているでしょうけど、こちらは巌谷中佐よ」

 

 弐型の調整に関してもう少し聞いておこうかと思ったがそれよりも先に、夕呼と霞、そして帝国陸軍の制服を身に着けた巌谷中佐がブリーフィングルームに現れた。

 

「帝国陸軍所属の巌谷中佐だ。技術廠・第壱開発局副部長を任されている。香月大佐殿のお言葉ではないが、衛士の皆を前に堅苦しい話や長々とした挨拶は不要とさせてもらうよ。とはいえ簡単に説明が終わる話でもないから、席について楽にしてくれたまえ」

 

 紹介としては簡単すぎる夕呼の言葉に苦笑しながらも、巌谷は以前に会った時のように、気さくな態度で武たちへと言葉を掛ける。

 

 

 

「さて。新年早々、それも本来ならば休暇中のこの時期に集まって貰ったのは、我々が開発中の戦術機用新装備、それの試用を急ぎお願いしたいということだ」

 

 衛士の四人が席に着いたのを確認してから、巌谷は簡潔に話し始めた。

 ただその言葉に、武だけで無くユウヤも怪訝な表情を浮かべてしまう。そして表には一切出してはいないが冥夜も疑問には思っているのだろう気配が、隣に座る武には感じられた。

 なにも気にしていない様子なのは、事情を知らないイーニァと聞き役に徹しているかのような夕呼に霞の三人だ。

 

 技術廠の開発局は以前にユウヤが参加していたXFJ計画の帝国側の中核とも言える部署だ。その内実はそれなりに知っている。そして当然ながら、開発局が自前のテスト用機体を所持していないはずもなく、わざわざ在日とはいえ別組織たる国連軍に持ち込む必要性が感じられない。

 

 

 

「はははっ、疑問に思うのも当然な話ではあるが、もちろん試験自体は開発局の方でほぼ済んでいる。ただ今回持ち込ませて貰った機材は、開発に関して基幹技術をこちらの香月大佐殿から提供していただいたこともあり、また運用においては帝国陸軍に限定せず、斯衛そして君たち国連軍にも担ってもらうことになると考えているからだ」

「中佐は適当に濁してるけど、殿下の肝入り企画よ。心しておきなさい」

 

 なるほどと納得しかけた武たちだったが、差し込まれた夕呼の言葉に、武とそして何よりも冥夜が緊張を高める。

 

「いえ、局の中でも慎重論があった際、開発に賛同していただくためにお目通りさせていただいただけですよ、香月大佐殿。貴女方のXM3に比べるように物ではありません」

 

 夕呼の言葉に身を固めた二人を解きほぐすかのように巌谷は言うが、それで冥夜の姿勢が緩むはずもない。もちろん帝国臣民ではないイーニャもユウヤも深い意味は理解していないようだが、それでも重要な案件であることは察したようだ。

 

(って、そうか巌谷中佐殿も今は帝国陸軍に所属しているけど、元は斯衛だったよな。たしか篁家にも縁があるって話だったから、そういう意味では殿下に繋がるような伝手ってのはある……のか?)

 

 以前、XM3のプレゼンのために斯衛の重鎮との会談が設定された時、巌谷もその場にいたが、彼の第壱開発局副部長という地位を考えれば臨席しているのがおかしな話だったのだ。

 あの時の武は、緊張でその意味を深く考えることも出来なかったが、今思い返せば納得はできる。元々の経歴などからすれば、参考人としてあの場にいるのは不思議ではなかったのだろう。

 

 

 

「まあ君たちに依頼するのは、さほど深い思惑があるわけではない。非公式ではあるが、いまのところ帝国本土に実働状態の不知火・弐型が配備されているのはこの基地だけだ。都合が良い、というには語弊もあるが武御雷もある。それに持ち込んだ機材は、聞いているかもしれないが、君たちも知る篁中尉が主任開発衛士として参加していたものだ。何かしらの縁があるかとも思ってね」

 

 巌谷が並べてみた理由は納得のしやすい物だ。発注元とも言える開発局と言えどいまだ弐型は納入されていない。A-01は部隊自体は非公開ではあるが、そこでの運用データを外部へと出していないわけでもなく、まして今はXM3教導部隊としての第一中隊がある。

 また唯依の名を出したのも、XFJ計画に関与するというだけでなく、武御雷のデータがあっても冥夜の存在に疑問視されることはないという意味合いもありそうだ。

 

「さて。早速だが試してもらいたいのは、こちらだ」

 政治的な思惑に関しては、細かく説明するつもりは巌谷にもないのだろう。素早く話を実務レベルに落とす。

 

 そして巌谷の言葉に合わせて、霞が操作してくれたのか、プロジェクタにその機材の図面と簡単な解説が映し出された。この面子を前にして当然とも言えるが、戦術機用の装備だった。その映像を見て、ユウヤが大きく身を乗り出した。政治的意味は分からずとも、戦術機の関わることとなれば、やはり強く興味が惹かれるようだ。

 

「試製99型電磁投射砲。ご覧の通りに戦術機用の砲兵装だがかなりの大型で、名前の通りに火薬式ではなく、電磁誘導式の速射機関砲だ」

 

 ユウヤの反応を見て、細かな説明よりはともかくも撃ってみるかねと、巌谷笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 白陵基地は在日国連軍横浜基地に付随するような形だが、武たちが以前から所属していたように訓練校としての意味合いも強い。それもあって基地の規模には不釣り合いとも言えるほどの射撃演習場なども確保されている。巌谷は特に言及はしなかったが、そういう面も踏まえて電磁投射砲の試験を持ちかけてきたのかもしれない。

 

 ただその射撃演習場もあくまで通常の突撃砲などを運用するための場でしかなく、長大な射程を有する電磁投射砲の試験としては少々手狭ではあった。

 

 用意された二機の電磁投射砲を、弐型のユウヤを主軸に、武と冥夜の武御雷とで代わる代わる撃ち、また弾薬等の補充作業も熟していった。細かな説明を排していたとはいえ、終わった時には昼食時を逃してしまっていた。

 

 

 

「済まなかったね。思った以上に時間をかけて貰ってしまった」

 

 細かな報告は後で書類にするが、とりあえずは雑談という形で所見が聞きたいという巌谷の言葉を受けて、朝に使ったブリーフィングルームに戻ってきた時には、すでに日が陰りはじめる頃合いだった。

 

 気楽にという巌谷からの提案もあったため、武たち衛士三人と、長テーブルを車座に囲むような形だ。楽にしろという言葉通りに、強化装備を脱いでユウヤも武もBDUを着崩してさえいる。

 ただイーニァには電磁投射砲には興味がないようで、霞に付きまとってどこかへ行ってしまっている。

 

「申し訳ありません。ご用意できるものがこの程度で」

「構わんよ。呼ばれた身の上でなんだが、本当に楽にしてくれたまえ」

 

 言葉通りに、用意できた代替コーヒーも合成玉露も、ポットでテーブルの上に置いただけだ。さらにお茶請けと軽食代わりにと用意したのも、ターニャが以前に大量に持ち込んだ合衆国製のレーションブロックを一口サイズに切り分けた物だ。

 だがこれで良いとまで言う巌谷の言葉は本心からとしか思えず、今はもう衛士からは身を引いているとはいえ、いまだパイロット気質のままなのだろう。

 

 

 

「さて。繰り返しになるが、雑感で良い。電磁投射砲はどうかね? そうだな……ブリッジス少尉?」

 各自がそれぞれに茶をカップに淹れ、一口付けたところで巌谷が切り出した。武と冥夜とが、どこか日本人めいた譲り合いの形で話し出すのを躊躇っていたのを察したようで、巌谷はユウヤを指名する。

 

「自分は帝国陸軍のドクトリンには詳しくありませんから、合衆国陸軍衛士としての所感となりますが、よろしいでしょうか?」

「構わんよ。むしろ貴重な意見だ」

 

 謙遜するかのようなユウヤの言葉に、巌谷は軽く頷いて先を促す。

 

「では、端的に。制圧能力を筆頭に、火力面では感服いたしました。不満どころか、現状で戦術機が携帯できる兵装としては、自分にはこれ以上を想像もできません。ですが……」

「続けたまえ。否定的な視点も重要だと、開発衛士ならばよく判っていることだろう?」

 

 否定意見を伝えるべきかと一瞬口籠ったユウヤへ、巌谷は軽く笑って見せながらあらためて再び先を促す。

 

「ありがとうございます。では、詳しくはない身ではありますが、電磁投射砲は帝国陸軍の戦術機運用ドクトリンから激しく逸脱するものと思われます。機動性能を高めた吹雪に不知火、そして弐型には運用理念と合致しないものと感じられました」

 

 楽にしろとは言われていたが、さすがに否定的な意見を、それも初対面の上官に述べるということで、ユウヤと言えどどこか緊張しているようだ。武から見ても珍しいくらいに、肩に力が入っていた。

 

 

 

「なるほど。よく判る話だ。白銀少尉も、そして御剣少尉もまた似たような意見だろう?」

 

 だが巌谷はそのユウヤの言葉を、どこか甥っ子でも見守るように暖かく笑いながら、あっさりと受け入れる。そして武たちが口籠っていた理由も察していたようだ。

 

「その通りであります」

「自分も二人と同じであります。そしてまた武御雷での運用もまた、機体特性からは外れるかと愚考いたします」

 

 簡単に同意する武に続き、冥夜は極僅かに目線を下げながら、武御雷には合わないと断言する。それは悠陽が受け入れた開発計画を否定してしまうことへの、躊躇いなのだろう。

 

「なに、気にする話ではないよ。その辺りを含めて局の方でも慎重論が大きかったのだ。その上で、だ。白銀少尉? 電磁投射砲を運用するとすれば、どのような戦闘状況を思いつくかね?」

 当たり前だが、軽く触っただけの武たちの意見などは、すでに幾度も議論されつくされた中にあったのだろう。巌谷は当然の話だと受け流し、その先を問うてくる。

 

 

 

「そう……ですね。まず運用における問題としては、一射ごとに分解整備が必要という点は将来的な量産化の際には解消されているとの仮定させていただいて、残るは機動性の阻害と、大量に消費する専用弾頭の補給となるかと」

「想定としては、問題ない。続けてくれまえ」

「兵站面と、なによりも射撃母機となる戦術機の機動性を阻害してしまうことを考えれば、使える面としては構築された防衛線の維持。それも侵攻ルートがほぼ固定されるような局面かと……ってああ、そうか、ッ、失礼しましたッ!?」

「構わんよ。気が付いたようだな、白銀少尉?」

 

 電磁投射砲はハイヴ突入戦の切り札、などと言われているらしいが、そういう面では恐ろしく使い勝手が悪い。ならばどこで使うかとなれば防衛となるが、使える場所を考えると事前の準備が十全に可能な場所にと、また限定される。

 それに武が気が付いたことを巌谷は悟ったようで、武の非礼を笑って受け入れる。

 

「って、ああ……御剣も判ったようだよな。ユウヤには……判りにくいか」

「なんだよ、オレが何か見落としてるっていうのか、タケル?」

「見落としっていうか、だなー、って、申し訳ありません。以前もでしたが、本当に楽にさせていただきます」

「ははっ、白銀少尉にはそちらの方が似合っているさ。ブリッジス少尉も、気にするな」

 

 完全に崩れてしまった武の態度を、巌谷は笑って流す。むしろ率直な意見が聞けると歓迎している節さえある。ただ流石に、冥夜の立ち位置まで理解しているようで、そちらには何も言わない。

 

 

 

「さて。ではXM3の立案者たる白銀少尉に、電磁投射砲だけで無く、あと幾つか今日持ち込んだ兵装に関して語って貰おうか?」

 

 そう言って本当に楽し気に笑う巌谷の姿は、帝国陸軍の将校服を着ていにも拘らず、根っからの戦術機衛士に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます。年内には完結させたいなぁと、この日になれば書いている気もしますが、今年もお付き合いいただければ幸いです。かつさすがにもう終わりが見えてるので何とか喀什攻略まで書き続けて完結させたいなぁと。

で、ネタとしては久しぶりの巌谷中佐とユーコンというかペトロパブロフスク・カムチャツキーに行っていないのでようやくの試製99型電磁投射砲です。とは言っても砲撃シーンはサクッと飛ばして後はいつものお茶飲み買いが続く……予定です。

でで、ラインの悪魔が加古川の魔女になってるナゾのクロスオーバーが頭を過りましたが、たぶん誰かが書いてくれると信じています


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渇求の過怠

 

 さてどう話していくか、と武は一瞬考えこんだが、それほど悩む話でもない。

 

 帝国において、そのドクトリンから大きく外れるように思える電磁投射砲、その開発と運用の方向性はなんとなくではあるが見えてきた。

 武を含め今この場にいる四人は皆衛士であり、電磁投射砲とそれを運用する帝国製戦術機に関しては深く理解している。それでいて合衆国軍人とはいえ帝国の戦術機にも精通したユウヤだけが気付いていないのは、あくまで彼がアメリカ人であり日本に然程詳しくないという単純な理由だ。

 

 電磁投射砲の問題点は、基礎概念は古くともそれを完成に至らしめた技術がいまだ拙いことによる生産・整備性に何があることと、なによりも戦術機が携帯する兵装としては規格外とも言える大型兵装であり、射撃母機への負担が大きいということだ。

 特にその巨大さは、機動力こそを至上とし近接密集戦闘における能力を追求してきた帝国製戦術機の運用ドクトリンとたしかに真っ向から反する。

 

 不知火・弐型の開発に携わることで帝国製戦術機への理解を深めてきたユウヤが疑問に思うのも当然と言える。

 

 

 

「で、だ。ユウヤが見落としてるっというよりかは、オレも現地を見たから気が付いたっていうだけで……ああ、ユウヤに実戦経験がないとかそういう話じゃねぇぜ? まあ帝国の地理的状況に詳しくないと判らねぇってことだ」

 

 ユウヤの戦術機衛士としての力量は、実戦経験の有無さえも無視できるほどだ。なによりも今回の派遣が初の海外勤務経験となるユウヤには仕方がないという面も大きい。ただユウヤ本人は、自身の経験の無さを気に病んでいるようではあった。

 

「一応は、帝国周辺の地形状況や主要な施設なんかは調べて来たつもりなんだがな」

「百聞は一見に如かず……というものだ、ブリッジス少尉。我らも直接見るまでは、理解していたつもりになっていた」

 

 武が巌谷に軽く断りを入れてホワイトボードを用意している間に、冥夜が慰めるようにユウヤへと声を掛ける。ただ、それはむしろ以前の自身の自覚の無さを戒めるような言葉でもあった。

 

 

 

「さて。北の方は詳しくねぇから今回は省かせてさせてもらってだ、あと絵が下手なのは聞き入れねぇぞ」

「いや……一応は士官だろ? 作戦概略図とかが汚ねぇのはマズいだろ」

「ちゃんとしたのが必要なときは、まあ……なんとかするさ」

 

 武がざっくりとホワイトボードに描いたのは九州と四国、そして本州の略図だ。帝国の周辺という意味で、朝鮮半島も書かれている。ただ本当に略図でしかなく、各地方の比率も、細かな地形もかなり怪しい図だった。

 

「図に関しては、必要となれば上手い者に任せるのが良かろう。話を進めるべきではないか、白銀?」

「おうっ、で。今の話で重要なのは、だ。BETAの侵攻ルートと、電磁投射砲の使いどころってヤツだから、注目するのは九州と本州との間、関門海峡だ」

 

 自分で描いた不出来な日本地図、その九州と本州の間らしき所に武は赤で丸を付ける

 

 

 

「BETAは単純に経済的最短ルートを侵攻してくるから、鉄原ハイヴからの侵攻ルートとしては巨済島と対馬、壱岐島を経由して福岡市の西部あたりに上陸するのが主力のはずだ」

「少しばかり白銀少尉の言葉を修正するが、昨年の侵攻では壱岐島への上陸は限定的で、大部分は海中侵攻のままに福岡の方に揚がった。より西の唐津市周辺への上陸数は初期の想定よりも少なかったよ」

「ご指摘、ありがとうございます」

 

 話しながら武はBETA侵攻ルートとして赤で矢印を加えていくのに合わせて、巌谷が簡単にだが先の防衛戦の状況を付け加えてくれた。

 

「むしろ福岡以東にBETA主力が揚がったことが、白銀少尉の話の根幹だろう?」

「ええ。福岡市から北九州市まではたしか直線距離では100kmと無い。下関市まで含めてもその程度でしょう」

「そう……だな。たしかそれくらいのはずだ」

 

 巌谷も頭の中で地図を思い返しているのだろう。少し考えた後に武の言葉を肯定する。

 

 

 

「あ~つまりはキュウシュウ、フクオカ、か? そこに上陸されたらすぐに本土にBETAが押し寄せてくるっていう話か?」

「まあ、簡単に言えばそうだ。もちろん帝国の陸海軍での防衛線が構築されていたから、今回は上陸即本州侵攻ってことはなかったんだがな」

「いや、さっきの話しぶりからして、お前らはその場にいたんだよな?」

「あ~一応は、俺ら第一中隊の作戦の詳細に関しては……」

 

 少し濁した武の口振りに、ユウヤが眉を顰め詳しく話せと言わんばかりに詰め寄ってくる。だが今は一応A-01に属するとはいえ合衆国軍人のユウヤにどこまで話して良いのか武では判断しづらく、どうしても口籠ってしまう。

 

 

 

「……Need To Knowってことか」

「いやまあ、たぶん大丈夫だとは思うんだが、今の話の本筋とは関係が薄いからな。で、問題は防衛で来たからそれでよしという話じゃなくてだ。防衛できなかった場合の事前の想定、というところで電磁投射砲の話だよ」

 

 武は無理矢理に流れを戻して、ホワイトボードの地図に向き直り、長崎と呉あたりに地名と共に青で丸を書きこむ。

 

「帝国海軍だけじゃねぇ。合衆国第七艦隊もこのどちらかで補給を受ける。もちろんこの隣の横須賀に第七艦隊主力は集まるが、前線の構築となればこのどちらかだ。舞鶴は山陰、日本海側に展開している艦艇を受け入れるので手一杯だろうし、大湊はそもそも北方方面のために残しておかなきゃならねぇだろうし」

 

 さすがに海軍の兵站や補給面は武は門外漢だ。ターニャや山口提督から話を聞いた後に軽くは資料に目を通した程度でしかない。それでも長崎と呉とが帝国の西部防衛における拠点であることくらいは判っている。

 

「下関を抜けられた場合、陸上での戦力移動は四国方面からの迂回もできなくはないが、非常に困難となる。長崎と呉との連携が封じられる形になり、九州と本州とで、それぞれが独自に防衛線を構築しなおす羽目になるってワケだ。その時の電磁投射砲……となるんじゃないかと思う」

「大筋ではそういう感じではあるな。続けてくれたまえ、白銀少尉」

「ありがとうございます。では……」

 

 それらしく話してはいるものの、海軍の補給に関しては門外漢も甚だしく、また電磁投射砲の運用方針も先ほどから推測を重ねているだけだ。どうしても正解を確認するかのように、巌谷を伺ってしまった。

 そんな武の意見を、巌谷は軽く笑いながら肯定し、さらに続きを促してきた。

 

 

 

「まあ今回は防衛できたんだが、そうだな……最悪の想定、ってヤツで考えてみるか」

「ふむ? 以前に話に出た、台風や雪の影響で帝国海軍の戦力が使えぬ、というものか?」

「ああ……アレ、だ。このあたりまで進攻されて、佐渡と横浜にハイヴが作られてようやく止まってくださるってヤツだ」

 

 ユウヤに判りやすいようにと考え、防衛の失敗を想定する。武が思い描いたのは、以前の世界線での1998年のBETA本州侵攻だ。ただ冥夜にすれば、ターニャや武が話していた、想定状況の一つという認識でしかない。

 

 そしてなによりも武も直接は経験していないとはいえ、廃墟となったこの白陵の街並みは鮮明に覚えているのだ。自分で口にした話だが、あの崩れ去った街並みを思い出してしまい、奥歯を噛み締めてしまう。

 

 

 

「って待てよ。海軍が動かねぇだけで、このトウキョウか? 首都近郊まで一気に侵攻されるっていうのか?」

「東京どころか、何で止まったかのさえはっきりとは解からねぇ……あ、いや、まあそういう想定もあるって話なんだが、可能性は高いんだよ」

 

 自身が見て来たもののこの世界線では回避された事象を口に仕掛けたことに気が付き、武は慌てて誤魔化す。

 

「話し戻せば、だ。例え海軍戦力が使えたとしても、下関への上陸を許してしまえば、防衛線を構築可能な土地は帝国には限られてる」

 

 このあたり冥夜も巌谷も当然理解しているが、今はユウヤへの説明とそして電磁投射砲の運用に関しての考察だ。前提となる事実はあらためて列挙していく。

 

「当たり前だが、核もG弾、っと新型爆弾も無しだ。なにも国土を自らの手で焼きたくねぇっていう精神論だけじゃねぇ。これは聞いた話でしかねぇが、どちらを使ったとしてもその後の兵站面での問題が大きい」

 

 ユーラシア大陸での防衛戦闘の実例をユウヤも知っているだろうから、核の利用には思い至るはずだ。だが、それは広大なユーラシアであるから可能な話だ。縦に細く移動可能な地形に乏しい帝国本土で核を使えば迂回ルートの構築も困難で、結局は自らの首を絞めることとなる。

 

 

 

「だがBETAの侵攻ルートが想定しやすいってのは、この狭い国土の利点でもある」

 

 本州を東進するであろうBETAの進攻予想ルートを、武はさらに赤の矢印で描き加えていく。

 基本的には下関から阪神間までは間違いなく国道二号線か山陽本線に沿ったところを通る。幾つものトンネルを通る山陽新幹線の沿線は無視できる程度のはずだ。武の知る他世界線においてもほぼ同様のルートが取られていた

 

「となれば、だ。本州上陸を許してしまった後は、広島の西、岩国の基地からの支援を受けて止めるか、そこを抜かれてしまえば姫路ですか?」

「そうだな。理想は岩国で止めたいが、あそこは海上からの支援砲撃は受けやすいが、山がちなために陸の砲戦力の展開が難しい。戦術機で電磁投射砲を使うには最適とも言える場所だ。南岩国から由宇のあたりまでを射線に捉えられれば、比較的少数の戦力で防衛線を構築できるのではないかとは考えられている」

 

 さすがに武の描いた地図では判りにくいため、冥夜がプロジェクターを使って広島周辺の地図を映し出してくれた。

 それを指さしながら武は確認するように巌谷に問うが、ユウヤ以外は皆判っていた答えだ。巌谷もあっさりと肯定しつつ、砲陣地を構築する予想地点も加えてくれる

 

 もちろん周辺への被害も甚大ではあろうが、呉を落とされることの影響とは比べようもない。

 

 

 

「あとは、呉を抜かれてしまえば姫路の西で押し止めるか……」

「最終防衛線となるのは、阪神間の武庫川以西、か?」

 

 武が濁した言葉を、冥夜がはっきりと口にする。

 

 武への問いという形ではあるが、冥夜はプロジェクタで映し出された日本地図を凝視したままだ。それは疑問の体を為していたが、実のところ事実確認だけであると判っているような声音だった。間違いなくそれは、初陣として九州の地に立って以来、考え続けていたことなのだろう。

 

「そうだ。大阪空港を接収した上で伊丹基地を中核として、帝国の総力を挙げての防衛となるだろう」

「……お答え、ありがとうございます。中佐殿」

 

 答えたのは、問われた武ではなく、巌谷だった。そしてそれが意味することは、この雑談じみた想定状況が、帝国の上層部に近いところでも同じように考えられているということに他ならない。

 その事実、そしてそれをただの一少尉でしかない自身に伝えてくれたことに対し、冥夜は巌谷へと深く頭を下げる。

 

 

 

「質問よろしいでしょうか? その東、ビワコ?でしょうか? そこに水上戦力を集め、もう少し東に防衛線を構築する案は無いのでしょうか?」

 

 冥夜と巌谷との間の緊張をユウヤは気にもせずに、疑問を投げる。

 ユウヤは優秀な衛士であるだけでなく、合衆国陸軍士官として当然のことながら、戦略・戦術関連の教育も受けている。そして士官学校で特筆されるほどに優秀な成績を修めてきたのだ。

 その士官としての視点で地図を見る限りは、阪神間での防衛はどこか無理がある。もう少し東側、大阪と京都との間に防衛戦を引けば、大阪湾だけでなく琵琶湖にも水上戦力を集める事ができ、水上火力の支援を大きく受けられるように思える。

 

 琵琶湖を中心として、南西に大阪湾へ南東は伊勢湾そして北は敦賀湾へと抜ける琵琶湖運河は、先の大戦中に帝都・京都防衛と日本海-太平洋間の迅速な兵力移動を可能とすために建築が開始されれた。だが大戦も終結し、物流の中心が海運から陸・空へと切り替わったことで半ば無用の長物となっていたが、BETA大戦の勃発で再び脚光が浴びせられた。

 この琵琶湖運河を用いれば、空母や戦艦であっても、琵琶湖湖上に展開できる。

 

 

 

「ああ、そうか……それは、だなぁ」

「京を戦場には出来ぬ。ただそれだけのことだ」

 

 ユウヤの、軍人として当たり前の指摘に、冥夜だけでなく巌谷でさえも一瞬言葉に詰まった。武もどうにか口を挟もうとするが、合理的な説明などできる話でもない。

 結局、冥夜があっさりと、精神論でしかない結論を述べた。

 

「可能な限り京都での戦闘は避けたい。これは帝国参謀本部だけで無く斯衛……いや、城内省の思惑も入っていないとは言い難いが、帝国全軍の意向と言える。たしかに精神論的な話ではあるが、無視できるものではないのだよ、ブリッジス少尉」

「帝国において政治・経済の中心はこちらの東京となってはいるが、それでも帝国臣民の心の持ちようとして、都は京であるという思いも強い」

「合衆国では例えるのが難しいが、ワシントンとニューヨーク……いやフィラデルフィアといった方が近いか。京が墜ちた場合の士気の喪失は計り知れん」

 

 育ちの違う武にはいまだはっきりとは感じられないが、武家出身の巌谷と冥夜とが言葉を重ね、京の持つ意味を伝える。政治・経済的には首都ではないとはいえ、その陥落は間違いなく帝国臣民の意思を砕くことになるだろうと、二人は断言した。

 

「なるほど。そうお聞きすると、納得できる部分ではあります」

 ユウヤも、フィラデルフィアを例に出されて何となくは理解できたようだ。防衛戦争は何も前線の勝敗だけで決するわけではない。国民感情とその意志というものは無視できる要因でないことは、少尉と言えど軍に属するユウヤも判っている。

 

 

 

「で、話は戻って電磁投射砲だ。こういう国土というか地形特性のお国柄だからな。後方からの補給などの十全な支援を受けられるなら、脚の速い戦術機に高火力を持たせての機動防衛ってのは防衛線を構築する場合には、ある意味で最適解なんだろう」

「白銀少尉が纏めてくれた通りだな。たしかに電磁投射砲はこれまでの帝国における戦術機運用ドクトリンからは外れるが、完成すれば間違いなく戦術の幅が広がる。ただ、まあ、開発はさほど急ぐことはなくなったがね」

 

 違いますか?と武は話しを戻しながら巌谷に問うた。その言葉に、どこか悪戯気に、巌谷はそう言いながら笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

「……は? もしかして、夕呼先生、あッ、いえ香月副司令から何かありましたか?」

「はははっ、そういった問題ではないよ。試製99型電磁投射砲は先ほど君たちが試してくれたように、要求緒元は満たしつつあり、また量産が確定すれば整備性の問題も解消はできると目されてはいる」

 

 開発を止めるとでも聞こえた巌谷の言葉に、武は焦って問いただしてしまった。いくつか第四計画から技術供与があるという話だったため、夕呼が何らかの手を出したかとさえ疑ってしまう。

 だが巌谷は武の疑惑を軽く笑い飛ばしてみせる。

 

 

 

「ああ、話が少し外れるが、戦術機による砲火力という意味であれば、先日白銀少尉から伝えられていた件もあったな。海神、A-6の兵装モジュールの利用の話だ」

 

 どこか近所の悪ガキのような悪戯心に満ちた笑みを浮かべ、巌谷は話を変える。そのいきなりな飛躍に、武だけでなく冥夜もユウヤも怪訝な表情を浮かべてしまう。ただ武も流れに戸惑いはするが、それらの話を巌谷に伝えたのは武自身だ。出所はターニャだが、今まで半ば忘れていたとはいえ、すぐさまに思い至った。

 

「それで、使えましたか?」

「いや、やはり無理だったな。撃震はもちろん、不知火であっても満足な機動力を確保できない」

「それは……当たり前でしょう? 話を聞く限り、A-6の肩部装備をそのままF-4に積んだら、歩くだけでも難しい」

 

 冥夜は武と巌谷との話の内容がまだ掴めていないようだったが、ユウヤはその僅かな言葉だけで思い至った。このアタリはユーコンの皆から「戦術機バカ」と評されるほどに詳しいからだろう。

 

 

 

「A-6の改良機とも言えるA-10はたしかにそれなりの飛行性能と機動力は持ちますが、その分火力はかなり犠牲にしています」

 

 ユウヤが続けるように、同じ戦術歩行攻撃機とされるA-10はたしかに飛行能力を持つが、そのためにA-6ほどの火力は有しない。一応はA-6の改良後継機とも言えるが、運用方針などは全く異なる。

 

「まあこれは一応試してみただけだ。これをもって電磁投射砲の代替と見なすわけではないよ。本命はまた別だ。いや、こちらこそ白銀少尉たちA-01第一中隊の功績とも言えるかもしれんのだが、帝国においてもMk-57の採用がほぼ確定となった」

 

 笑いを苦笑に切り替えでではあるが、巌谷はユウヤの否定の言葉に否定も抗いもしない。むしろ当然と受け入れながら、話を続ける。

 

 

 

「Mk-57を、ですか? たしかに俺たちの第一中隊で使用したことはありますが、功績と言われるようなことはなかったかと」

 

 ユーコンでのラプターとの模擬戦闘が思い起こされるが、あれは間違いなく純夏の「最適な未来を選び取る」といった能力が齎したであろう結果だ。一般化するとすれば、極めて確率の低い、幸運と呼ぶのさえ難しい偶然に期待するしかない。

 そして九州では帝国陸軍が半ば放棄していた物を借用した形で運用したが、こちらは特筆すべきほどの成果があったとは武は考えていなかった。

 

「ああ、ユーコンの件ではないよ。九州の方だ。結局、本来使用するはずの部隊からはまともな報告がないままで、君たちの隊での運用データが採用の方向を決めたと言っても良い」

「過分なお言葉ありがとうございます」

 

 礼は述べたものの、直接自分で使った装備でもなければ、むしろ火事場泥棒と罵られてもおかしくない状況でのことだ。褒められているのだろうが武としてはどうも座りが悪い。横の冥夜も似たような様子だ。

 

 

 

「Mk-57の採用が進められているのは、これを装備させ戦術機を砲戦力化、機動力のある砲兵として運用するという案が出ているからだ。電磁投射砲ほどではないが射程もあり、運用実績もたしかだ」

 

 Mk-57は戦術機が携帯できる兵装としては間違いなく長射程だ。

 もちろんFH70などの155mm榴弾砲やMLRSから投射される227mmロケット弾に比べれば、はるかに短い射程ではあるが、それでも戦術機の機動力があれば相殺できる程度とも言える。

 

 なによりも戦術機から間接支援砲撃が可能という点が大きいと、巌谷が言う。

 Mk-57は歩兵に例えれば機関砲とでもいうべき位置付けであり直接砲撃が基本ではあるが、その射程を生かして榴弾を用いれば間接砲撃でも十分な効果を発揮できる。そして武たちの成果と言われたように、ユーコンでもそうであったが、基本的に第一中隊で運用された時は、Mk-57を間接支援砲撃に使用していた。

 

 

 

「陸軍では撃震の内、耐用年数に余裕ある機体をXM1に仕様変更し、攻撃機として扱うという流れだ。既存の中隊の中に組み込むのか、大隊の中から射撃中隊として一個中隊を独立させるのか、あるいはそもそも独立した隊として編成するかはまだ確定もしていないがね」

「たしかに、Mk-57を装備した機体と、既存の突撃砲装備の機体とを中隊の中に混在させるのは何かと混乱の下でしょうが……」

 

 そもそも武たち第一中隊がMk-57を使うことになったのも、補給のミスで投棄されていた物を回収したからだ。中隊内部弾薬やマガジンが共有できないのは部隊運用の面では悩ましい。

 だが、それでいてMk-57の火力支援能力は魅力ではある。

 

 単純に大隊の中、三つの中隊の一つを全機Mk-57にするれば、また部隊運用が硬直化しかねない。それに交換可能な携帯装備だからと言って、余剰に用意するなどとなれば衛士の訓練も増大し、補給も整備にも負担をかけるだけになる。

 おそらくは既存の特科連隊の中にあらためて戦術機大隊を増設するか、あるいは戦術特科連隊といった形で編成されることになるのかもしれない。

 

 

 

「また57mmか105mmか、あるいは他の口径をあらためて設計するかはも未定だが、57mmに関してはライセンスの獲得に動くことは確実だ。それに取り急ぎ100門程度は発注されており、陸軍だけでなく斯衛とそしてこちらの国連軍へと今月中には配備されることになった」

「それはまた……急な話ですね」

「これでも君たちの計画にはギリギリだろう?」

「確かに、ありがとうございます、というべきですね」

 

 巌谷は第四計画が喀什攻略を進めていることを知っている。そしてそれは砲兵による間接支援砲撃が無い場所へと赴くことになると判っているのだ。自らが開発を進めてきた電磁投射砲の数が揃えられず、むしろ代替としてより効果的な案としてMk-57の採用を進めてくれたのかもしれない。

 

 Mk-57であれば、電磁投射砲と違い、直接射撃においては取り回しには突撃砲とさほどの違いはない。

 携帯可能な弾数の問題で、突撃砲すべてを代替するわけにはいかないが、中隊内の砲撃支援二機の装備を支援突撃砲からMk-57に切り替える程度ならば、むしろ隊全体の制圧能力や対応力は向上するはずだ。

 

 そしてハイヴ侵攻となれば、長期的な補給の問題などは無視できる。携帯可能な弾薬が尽きるほどの状況となれば、そもそもが作戦の失敗が明白な時だろう。

 

 

 

「ちなみに、採用に一番乗り気なのは斯衛だな。あそこは独自に砲兵もあるが、それでも戦術機大隊に随伴できるようなものでも規模でもない。今回の防衛で山陰を飛び回っていた部隊からは、矢の催促だよ」

「はははっ、それはなんとなく想像がつきます」

 

 斯衛で山陰での防衛を担っていたのは、第16大隊を主力とする部隊だったはずだ。おそらくは斑鳩崇継が装備を強請り、真壁が胃を押さえている姿が武の脳裏にありありと浮かんでしまった。

 

 

 

 

 

 

「さて後は、最後になるが、今日持ってきた物の一つだ。そちらの整備の者に預けはしたが、こちらは以前に話を受けていた支援突撃砲用の銃剣の再設計だな」

「完成したのですか?」

「形にはなったが完成というには烏滸がましい物だよ。支援突撃砲の銃身の下に、半ば強引に刀身をマウントしたようなものだ。突撃砲としては重くなりすぎ、74式の代替としても取り回しのバランスが悪い」

 

 言葉通りに巌谷は出来に満足はしていないのだろう。先ほどまでの軽い笑いを消し去り、正直に苦虫を潰したような苦汁を見せた。

 言葉と共に巌谷から差し出された仕様書を、武たち三人は簡単に目を通す。言うとおりに短刀というにはかなり大ぶりな刀身が、銃身の下にマウントされている。

 

「まあそもそもロングバレル化した支援突撃仕様の87式はもともとが重くなってますし、今の銃剣仕様は斬るよりかは槍のように突きで使うくらいですし、これならば斬ることもできるのでは?」

「そう……ですね。白銀と同意見となりますが、74式に比べればなるほどたしかに刀身は短いですが、現状のマウントよりかは安定しているようにも見受けられます」

 

 納得できていない巌谷と違い、武と冥夜とはこのスペックであれば問題ないと判断した。もちろん試験は必要だが、現状の物よりかは使い勝手は良さそうだった。

 

 

 

 いますでに運用が始まっている銃剣仕様の87式支援突撃砲は、87式突撃砲同様に65式短刀をマウントした形だ。銃剣という性質上、どうしても砲前方のバレル先端に装着することもあり、支援突撃砲としてのバランスは悪化している。

 同時期に採用された肩部のウィンチ式スリングがあったから射撃時などの安定性にはさほど問題は出ていないと言うが、87式突撃砲への銃剣装着ほどに広まっているとは言い難いようだ。

 

「一応は今の銃剣仕様となった65式短刀同様に、取り外しは戦術機のみでも行える。交換する『試製02式近接戦闘中刀』として、ある程度の数は先行試作はした。君たちの部隊へだけであれば、十分に賄える数は用意はしたよ。だが65式用以上に支援突撃砲の銃身下部を変更する必要もあり、これが即正式に採用されることにはならないと思われる。」

 

 数にして200セットほどという。試作というには多いが、近接武器という性格上、実戦運用試験という形ならばおかしな数ではない。連隊規模はもう維持できていないとはいえ、A-01の中で配備するには十分な数だ。

 

 

 

「急かした身でなんですが、よくこの短時間で完成しましたね、ありがとうございます」

 

 提示された仕様書を軽く流し見したが、なるほどたしかに短刀と言うには大きなサイズだ。中刀というのも判らなくはない。グリップ部分が同じく突撃砲のグリップに重なるような形らになるため、刀身だけでも65式の倍近くあるようにも見える。またそのため単純な直刀ではなく、グリップと刀身とがくの字に折れたマチェットや鉈のような形状だった。

 これ単体で用いるならば、それなりに取り回しは良さそうだが、突撃砲に付けるには大きすぎる。だが武やターニャが半ば妄想気味に望んだ「ガンブレード」というならば、これでもまだ短いくらいだ。

 

「いやなに。頂いたデータを元に作り上げて、それに無理矢理にマウントを組み込んだだけだよ」

「……頂いた?」

「おや? 聞いていなかったのか? これはハイネマン博士が弐型Phase3用にと用意されていた新型の短刀を基本としている」

 

 そう言われてみれば、なるほどたしかに以前に見たYF-23用の大型近接戦短刀に似ているようにも思えてくる。

 

 

 

「あ~いやしかし、これを将来的に正式採用するとなると……既存の不知火の腕部ナイフシースは?」

「弐型Phase3仕様に既存の65式短刀は使えるが、その逆は当然無理だな。いや、帝国内において使える機体は一切ないよ」

 

 先ほどの支援突撃砲の出来に不満を漏らしていたのとはまた異なり、仕方がないと言わんばかりに巌谷は苦笑する。

 

 不出来だと言いたくなるのも理解できなくはない。74式長刀を完全に代替できるのであれば問題はなかったが、これではなるとぼ採用される可能性は極めて低い。今の65式短刀と74式長刀と並列して、この新型中刀とさらに支援突撃砲の改修パーツなどを用意するとなれば、直接運用する衛士もそうだが、各方面の負担が大きすぎる。

 

 

 

(いや、やっぱりハイネマン博士って、バカだろ?)

 

 元となったのが弐型Phase3の装備だと聞いて、答える巌谷も苦笑しながらだが、武としても呆れるしかない。

 一衛士としては、なるほど機体の攻撃能力向上は間違いなく嬉しいが、消耗品とも言える近接戦闘短刀を独自仕様になどされては、それこそ兵站に無駄な負担をかけるだけだ。

 

「これをもし将来的に正式採用するとなると……既存の不知火の腕部ナイフシースは?」

「もちろん交換することになるが、なによりも機体全体のバランスからして、再考しなければならんな」

「ですよね」

 

 上官に対する反応ではないが、目を覆いたくなる程度には酷い話だ。

 

 どう考えてもXFJ計画を建前に、帝国の予算でYF-23を再設計しようとしていたとしか思えない。こんな「専用装備」としか言いようのないものまで用意されていても、採用できるはずがないのだ。

 帝国斯衛であれば、武御雷の代替として可能性があったかもしれないが、それさえも極めて限定的な採用数になることは目に見えている。

 

 

 

 

 

 

「……タケルはすげぇな」

 

 乾いた笑いを交わす武と巌谷、その姿を見て思わずという風にユウヤが言葉を漏らした。

 

「ん? いきなりどうした?」

「いままで戦術機の開発に携わってきたつもりだったけどよ、それがどういう風に使われるかってのは、実のところ考えてなかったんだなって、思い知らされたよ」

「あ~そりゃさすがに領分が違うだろ?」

 

 自嘲するかのようにユウヤが言うが、さすがに武はそれを肯定することはできない。開発衛士に求められるのは、提示された設計要求を満たすように、開発側へと意見することであり、衛士自身が考える兵器を伝えることではない。

 

「はははっ、そこまで考えられるのは極めて一握りの者だけだよ。私自身も開発衛士だった頃には、そんなことには頭が回らず、ただただ機体の性能向上だけを追い求めていたこともある」

「それに、ほら? XM3もそうなんだけどさ。こうやって作ってくれる方々がいてこそだぜ? オレの話なんてロボット好きのガキが駄々捏ねてるようなもんだからな」

 

 巌谷も、かつての経験からそう笑って飛ばして見せた。

 続けて武も笑っても見せるが、こちらは照れ隠し以上に本心だった。

 

 

 

(だがこれで、準備は進みつつは、ある)

 

 Mk-57だけではない。数が揃わぬとはいえ電磁投射砲もある。どこまで74式長刀の代わりに使えるかは判らないが、支援突撃砲を近接格闘戦闘に用いることもできるようになった。

 もちろんXM3の弐型への調整はほぼ完了しつつあり、複座仕様に関してもユウヤが進めてくれている。

 

 そしてなによりも、この場にはないがXG-70の艤装も最終段階に入っているという。

 

 

 装備の刷新は順調であり、喀什攻略へ向けての準備は着実に進んでいるように思えていた。

 

 

 

 

 

 

 




装備の話続き~で、少し長くなってしまいましたが、新装備できてますよ、という感じです。といいますか、以前にどこかのあとがきで書いた破棄したプロットにあった九州防衛失敗ルートの供養と、帝国内にハイヴが無いこの世界線において電磁投射砲の開発が進められていた言訳の一環です。

あとナゾのオリジナル装備に、87式支援突撃砲のブレード付きを出してみましたが、フランスのフォルケイトソードくらいに機体に負担掛かりそうなダメ兵装かもしれません。


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閑却の桎梏 02/01/03

 

 巌谷の来訪から、開けて1月3日。三箇日ということでいまだ政府も軍も休みではあったが、武たちには関係が無かった。

 昨日、電磁投射砲とともに持ち込まれた87式支援突撃砲の銃剣用の『試製02式近接戦闘中刀』、その運用試験のために朝から訓練場で武御雷を駆っていた。

 

 午前中に二時間、昼食時も近付いてきたためにほど軽く試した程度であったが、大まかな実感は得た。

 二機の武御雷を整備班に預け、また02式中刀を装備した87式支援突撃砲は武と冥夜とが使用した物をそれぞれ一門ずつ、分解整備に近い検査整備を依頼はしておいた。A-01全隊を賄える程度には数を用意して貰っているので、午後からはまた別の物を使っての試験となる。

 

「これは確かに、巌谷中佐殿が渋い顔をなさるわけだ」

「あまり否定的には捉えたくはないが、私も同意見と言わねばならんな」

 

 昼食を取るためにPXへと向かう二人だったが、武だけでなく冥夜も表情は暗い。

 

 細かな報告書などの作成は、午後にもう少しばかり使ってからになりそうだが、昨日の巌谷の言葉通りに、使い勝手の良い兵装でなくなっていることは間違いなかった。

 軍において数少ない娯楽とも言える食事に向かっているのに、その足取りもどうしても重くなってしまう。

 

 ガンブレードなどと言う創作物での妄想じみた物、勝手な願望を並べ立てたということは武自身も自覚はしている。だがそれでも思っていた以上に使いにくのだ。

 

 

 

「肩部のウィンチが逆に邪魔になるとはなぁ」

「通常の87式突撃砲ならば、銃剣を付けたとしても基本は突くだけであったからな。ワイヤーの長さなど負担ともなっておらなんだか」

「斬り払うとしても機体に取り付いた戦車級相手だから……振り回すってことが無かったから気にしてなかったよ」

 

 ターニャの発案だったが、今の帝国軍では突撃砲の懸架補助としてほぼすべての戦術機には、肩部にウィンチが増設されている。

 

 歩兵用のスリング同様に、マガジンの交換時の安定性や、近接戦闘時に長刀を取り回しつつも突撃砲を手放さないための補助装置だったが、衛士からはかなりの好感触を得ているとは聞いている。

 僅かなりとはいえ機体重量の増大はあるが、それも無視できる程度だ。最大戦速での機動の際などは、風圧でかなりの負担がウィンチ基部にもかかるとは言うが、こちらも許容の範囲である。むしろワイヤーに風を当らないように突撃砲を構えた方が、以前の飛行時のポジションよりも機体全体での空力特性も向上するとあって、こちらもまた衛士には好評らしい。

 

 だが当然と言えば当然なのだが、これらは74式長刀には使用されない。

 長刀を肩部ウィンチからぶら下げる必要性がそもそも少ない上に、下手に繋いでしまえば取り回しを困難にするだけだった。歩行用のステッキなどのように手首周辺で軽く結わえるならば意味はあるかもしれないが、わざわざ増設するほどの利点も見いだせない。

 

 

 

 そして試製02式中刀を装着した支援突撃砲は、その全長から74式長刀の代替として、なかば妄想じみた願望から生み出されたものだった。

 問題は、支援突撃砲として利用するならば銃身バランスの悪化を少しでも軽減するためにワイヤーでの懸架が望ましいが、これを近接兵装として刀の如く振り回すのであれば、そのワイヤーが邪魔になるという点だ。

 一々着け外すようならば、そもそも射撃から近接格闘へのスムーズな移行を企図して装着する銃剣の意味がなくなる。

 

 歩兵であればスリングの少々のズレなどは直すことも容易く、長めのライフルであっても銃剣を振り回せたのであろうが、人型とはいえ戦術機ではそこまで細かな制御は困難を極める。

 

「中刀付けた支援突撃砲はウィンチを使わないってすりゃあ単純には解決できるんだが……」

「そうしたとしても、近接兵装としての重心の悪さは変わるまい」

「だよなぁ……そもそもが前に重すぎるんだよな」

 

 巌谷も問題視していたが、02式中刀と支援突撃砲との組み合わせは、何よりも重量バランスが悪い。中刀とはいえ短い刀身で斬撃性を高めるためなのか、かなりのフロントヘビーで突撃砲としての取り回しが非常に難しくなっている。

 中華製の77式長刀のようにその自重で敵を切断する設計思想なのだろうが、これが武御雷など既存の帝国製戦術機の近接機動とは大きく異なっているために挙動データが少ないのも問題だった。

 

 

 

「あとはあれだな。一緒に送ってもらってた滑腔砲の105mm仕様が、こっちは逆に使い勝手が良すぎる」

「GG-105であったか。其方ならば気に入るとは思ってはおったが、それほどのものか? 有効射程距離は8割程度まで下がっておるのだろう?」

「御剣も試してみたから判ってるだろうけど、元の120mmが6発しか装填できなかったことに比べりゃあ、射程のわずかな減少なんで誤差として受け入れるさ」

 

 以前、巌谷の元を訪れた際にあちら側から提案された改良案だった。

 

 元々、30年ほど前に開発された最初期の突撃砲であるWS-16Aは20㎜機関砲と105㎜滑腔砲の組み合わせだった。これらは威力不足で現行の36mm機関砲と120mm滑腔砲へと変更されたが、大口径化に伴って携帯可能弾数は当然の如くに減少した。

 20mm機関砲では戦術機の主目標たる要撃級などを相手取るには威力不足であるが、105mm滑腔砲に関しては使用弾頭の進化・改良の結果、十分な威力を持つに至った。

 

 戦術機に比べれば速度も装弾数も大きく劣る戦車などが使用するにはその有効射程の減少が問題となるが、平均すれば200mほど最大でも500m程度の射程減少ならば、第三世代戦術機それもMX3搭載機であれば然程の問題ではなかった。

 

 ただ小口径化する弊害として射程の減少以外にも、HESHでは炸薬量の問題で威力が劣り、散弾であるキャニスター弾は子弾の数が減少するために効果が薄い。実質的にはAPFSDS専用だった。

 ただキャニスターにしろHESHにしろ36mm機関砲の代替であり、滑腔砲で投射する意味は薄い。

 

 戦術機において120mmが必要とされる場面は対大型種、それも強靭な外殻を誇る突撃級や要塞級、そしてなによりも重光線級を相手取る時だ。当然ながらその際に使用されるのはAPFSDSしか無い。

 

 もちろんそのAPFSDSにしても120mmに比べて有効射程が減少するという問題もあったが、ハイヴ侵攻という面で見れば120mmであってもその最大射程で撃てるような状況などほぼありえない。

 

 

 

「こっちに関しては、次の作戦に参加する帝国の機体は全機この105mmになる……らしい。予備弾薬の備蓄も進めてくれてるって話だし」

「さすがに合衆国の方は無理か?」

 

 前線での補給面での混乱を憂慮してのことだろう。冥夜が伺うように疑問を漏らす。ただ武としてもそれに対する明確な答えはない。

 

「話は通してるんだろうけど、どうだろうな。そもそもが十全の補給体制を整えてから作戦を進めるってのが合衆国の強みだから、方向性が合わねぇだろうし」

 

 あたりまえだが、交代可能な部隊が存在しかつ後方に予備の燃料や弾薬が備蓄できているならば、射程を犠牲にしての小口径化による携帯可能弾数の向上など考慮する必要性も低い。

 武たちが今想定しているハイヴ侵攻にしても、合衆国ではG弾ありきで立案されている。ハイヴ地下茎へと侵攻する戦術機部隊の役割はG弾で排除できなかった残敵の掃討であり、その際には携帯可能な装弾数など大きな問題とは見なされていないのだろう。

 

「まあ今回の侵攻に関してだけなら、弾だけ落ちてるってことは考えられねぇから、その時はWS-16Cごと借りりゃあいいだろ」

 

 実際のところは合衆国陸軍と帝国の各軍とでは担当地域がほぼ重ならないために、現地での補給面での混乱は少ないはずだとと武は考えている。なによりも死体漁りじみた形での弾薬補給が必要ともなれば、そもそもが作戦の失敗が明白だ。それでかき集められる程度の火力では「あ号標的」の撃破など不可能と断言できる。

 

 

 

「となれば我らが105mmを使うことに支障はない、ということだな」

「斯衛の方じゃ、かなりの割合で刷新が予定されてるって話だぜ? 予算とかどうなってんだよ……」

「XM3の導入と、それに伴う武御雷の生産計画の見直しなどもあって、臨時予算などを立てたのではないか?」

「あ~瑞鶴をもうちょっと使うとか、怪しい噂話程度だと不知火・弐型入れるとかもあるしなぁ」

 

 間違いなく武たちの影響だろうが、先の防衛線を経て斯衛の中でも正面装備の見直しが叫ばれているらしい。Mk-57の導入のなどもその一環だろうが、高価で整備性の悪い武御雷の数を無理に揃えるよりかは、既存の瑞鶴の改修や陸軍と合わせて不知火の導入なども意見としては上がっているとは聞く。

 

 

 

「105mmに話を戻せば、マガジンの装弾数が上がってるってことは、単純に数も撃てりゃあリロードの隙も減るってことだからな。中刀着けた支援突撃砲がもうちょっと取り回しやすかったら悩むところだろうが、今のままだと105mmに付け替えた突撃砲に65式の組み合わせってのが一番対処能力が高そうだ」

「それはそれではあるが……其方に限った話ではあるが、いっそのこと元の突撃砲に02式中刀を付けてしまえばよいまではないか?」

「……は? いや……そりゃ、ちょっと、あれ? もしかして行けるのか?」

 

 ふと思いついたと言わんばかりの冥夜の言葉だったが、そういう発想は武にはなかった。それゆえに即座に答えが出せずに、可能ではないかと考え込んでしまう。

 

「今の支援突撃砲に装着している場合、銃身周りの構造で如何ほどの衝撃を受け止めておるかなど私は知らぬからあくまで素人意見だぞ?」

 

 真剣に考え込んだ武を見てその場の思い付きだと、冥夜は押し留めるように言う。

 武自身も冥夜同様に、突撃砲の強度や構造など衛士としての基本知識しかないが、それでも無理のない話にも思えた。

 

「いや……基本的には65式短刀を装着してる時と、掛かる応力にはそれほど違いがあるとは考えにくい。めったにそういう使い方をしないってだけで、あっちでも斬りかかることはあったしな」

 

 冥夜自身は、一応は87式突撃砲に65式短刀を装着はしているが、近接戦闘時には主に74式長刀を用いている。それ以外に、戦車級を振り払うような時には、武御雷の特性を生かして機体各部のブレードエッジ装甲に頼るか、短刀を使うとしても前腕に収納されている00式短刀をそのまま使用することが大半だった。

 それ故に無理に銃剣で切り結ぶような経験は皆無と言ってよく、02式中刀に置き換えた場合の問題などは想像に留まってしまう。

 

 だが武は、九州防衛戦において、突撃前衛装備や74式長刀の二刀流では近接戦闘はともかくも砲火力の乏しさを実感していた。それ故に強襲掃討じみた突撃砲4門装備という形で試験運用をこなしたことも多い。

 その際、近接戦闘能力に優れる武御雷とはいえ、どうしてもリーチの問題で銃剣を主として使うことになっていたのだ。

 

 

 

「ふむ? そういえば其方は両の銃剣で斬り込むという無茶も試しておったな」

 

 試験中とはいえ、武のあまりに無茶な近接機動を思い出したようで、冥夜が目を細め冷ややかに告げる。

 

「あ、まあ、アレだ。その経験があって、できるかどうかの判断がつくかもしれない……ということだ」

「一応は納得しておこう。それで、午後からは其方の機体で試してみるのか?」

「整備の皆に話を通してからになるから、今日中に実機で試せるかどうかは微妙なところだけどな。それに今の形でももう少しは試してみたいこともある」

 

 02式中刀と65式短刀の銃剣仕様とはマウントの形式は共通だった。02式は支援突撃砲のロングバレル化した銃身にも固定しているとはいえ、もともとの87式突撃砲に取り付けられないわけではないはずだ。

 

 とりあえずはまずは飯だと、武は軽く笑いながら止まりつつあった足をPXへと進めていった。

 

 

 

 

 

 

 初期の想定とは異なっているが02式中刀の利用法が浮かんだこともあり、食べたらすぐにハンガーに戻ろうと冥夜と二人急ぎ昼食を済ますことにした。

 だがトレーを受け取り、休日のためにいつも以上に空いている定位置と言える席へと向かうと、そこには見知った者たちが集まっていた。

 

「って、お前らまだ休暇中じゃないのかよ?」

「白銀……まずは挨拶であろう? あけましておめでとう。皆、息災のようで何よりだ。今年もまた昨年同様によろしく頼む」

「ええ、あけましておめでとう、御剣。こちらこそ、いろいろとお願いする立場よ」

 

 第二と第三小隊の皆が、それぞれに新年の挨拶を返してくれるが、代表して話すのはやはり千鶴だった。207A訓練分隊の分隊長だったはずの茜などは一歩引いたところで軽く笑っているのが見えるが、彼女たちの間ではそれが自然な立ち位置なのだろう。

 

「っと、色々話したいとこも聞きたいこともあるだろうけど、とりあえずまずは食わせてもらうぞ?」

「ええ、もちろんよ。それほど急がなくても良いわよ」

 

 先に居たこともあり武と冥夜以外の皆はすでに食事は終わっているようで、軽く断りを入れて急いで食べ始める。

 

 

 

 がっつくわけではないが手慣れた早食いで武は定食を食べ終わり、テーブルに着いている皆を見渡す。まりもも含め孝之と慎二、各小隊長はいないが、純夏も含め第一中隊の少尉9名が揃った形だ。

 

 武と冥夜との新年の挨拶の後は、自然と第一小隊の三人が分かれ、ユーコンと北陸でのそれぞれの任務などの情報交換じみた雑談が始まっている。純夏の方へと向かった壬姫と尊人、冥夜へは茜と晴子。それぞれが久しぶりに会う「戦友」の活躍を、直接聞きたいのだろう。

 

 ただ武の前に座った千鶴と慧の顔付は、どこか詰問するかのようだった。

 

「え~、っと、ごちそうさまでした。お手柔らかに?」

「何言いだしてるのよ、白銀?」

「やはり白銀はヘンタイ?」

 

 叱責されるかのような雰囲気に押されて武は思わず謝ってしまったが、そもそも何が問題なのかが判ってもいない。

 

 

 

「そ、それでだな。北の方はどうだったんだ?」

 とりあえず何に怒られているのか判らなかったので、武は当たり障りのなさそうな話を聞いてみる。

 

「以前この基地で行った富士教導隊との合同教導に比べれば、楽になってたわ。あなたたちの活躍のお陰で、ね?」

「白銀、話、盛り過ぎ。お陰で楽だったけど仕事は増えた」

「いや、まったく判んねぇ……」

 

 なにやら武たち第一小隊の活動が漏れ伝わった影響の話なのだろうが、軽い報告書程度での意見交換しかしてこなかったこともあり、彼女たちが何を問題視しているのか思い至らない。

 

 

 

「ユーコンだったかしら? そちらで貴方たちが撃震でラプターを撃破したとか、とんでもない与太話が流れてきてね」

「あ~アレか。撃墜したのは間違いないが、アレは極めて特殊な状況というか、ラプターに不利過ぎた上に、政治的にもアレなんだよ……」

「って、本当に撃墜したのッ!?」

「ラプター4機と、こっちは吹雪と撃震とがそれぞれ2機。それでラプター全機撃破に対し、こっちは大破2中破2、とまあ結果としては一応撃破だったな」

「……尾ひれの付いた噂話だと思ってたわ」

 

 信じられないという顔の千鶴と慧だったが、それも当然だ。最強と謳われるF-22ラプターを改良されているとはいえ鈍重な第一世代機の撃震で撃破したなど、普通に聞けばただの与太話だ。

 純夏がMk-57の間接砲撃でラプターを撃破した時、武でさえ動きを止めてしまったのだ。話だけでは信じられなくて当然と言えた。何か考え込むような千鶴だったが、誇大化された噂と見なされてもおかしくはなかった。インフィニティーズとの対人演習の関しては詳細を含め秘匿されているわけではないが、わざわざに喧伝はしていない。

 

 なによりも演習それ自体の結果よりも、その後のハルトウィック大佐への詰問と辞任要求とがターニャらにしてみれば主目的であったようで、付き合わされた形の武にしてみればあまり思い返したい事でもなかった。

 

「まあ良いわ。それの関係で私たちが担当していた方々も一層奮起されてね」

「お陰で、話は進んだ」

 

 旧式機たる撃震を運用している部隊はどうしても二線級と見なされる。XM3への換装の可能性も低く、XM1での教導訓練であれば今までと大きな変化もないために、どうしても意欲に欠けていたらしい。

 それが真偽は不明の、おそらくは戦意高揚のプロパガンダでしかないと捉えたとしても、最新鋭機とも互角に渡り合えたという話を聞けばそれに乗ってくる者たちもいたのだろう。

 

 

 

「ああ、そうだ。そのユーコンに関してなんだが、彩峰、ちょっと聞いて良いか?」

「……答えられる範囲、なら、ね」

 

 ユーコンと、そして千鶴ではなく慧にだけ問いかけたことから、武が聞きたいことを予測したのだろう。慧は普段よりもさらに目を細め、まるでこれから前線へと立つかのような緊張を漂わせる。

 

「そんな大したことじゃねぇよ。沙霧大尉殿が昨年の暮れにこちらを訪ねてくださってな。その時は俺と御剣が対応することになったが、お前がこっちに居たら任せたのにって流れで、年末に年始に会えたのかどうかって程度だ」

「白銀、ヘンに気を廻し過ぎ」

「いや、俺たちと入れ替わるみたいに昇進の後にユーコンへと赴任されるって話だったから、彩峰中将殿の下には挨拶には行かれたんだろうな、くらいの話だよ」

 

 

 

 同じ第一中隊の中とはいえ、千鶴にも慧にもユーコンでの政治的問題にまで踏み込んで話せるはずもない。

 

 この世界線においては彩峰中将が存命な上に、帝国内の合衆国への反発も薄く、尚哉が政治的活動へと身を投じる危険性は薄い。武自身も先日直接会って話をした上で、尚哉の将軍家への敬意などは感じたが、今の内閣や政府への反発は然程も伺えなかった。

 だがそれも所詮は対人経験の少ない武自身の感覚でしかない。先のAL世界線でのクーデターを経験した身としては、やはり警戒はしてしまう。

 

「昨日……会ったよ。明日には帝国を発って、日付が変わる前にはユーコンに着くって」

「ああ、ならいいや。流石に知人、それも上官が訪ねてくださってたのに、そのまま放置ってのも気まずかったからな」

「ただ、白銀の話は出たよ」

「あ~それに関しては聞かないでおく」

「……そう。……そう?」

「いやオレ自身への評価とか、本当に気にしてねぇから、な?」

 

 武が口を濁しているように、慧もその場で何が話されたかは具体的には語らない。わざとらしいまでに武個人の話へと矮小化させて、笑い話にして流してしまうことになった。

 

 

 

 

 

 

「で、休暇中だろうに、なんでみんな集まってるんだ? こんな時間に集合して、まさか今から北に飛ぶのか?」

 

 空路の使える現状の帝国内であれば、移動だけならば今出れば今日中には着けるはずだ。たださすがに今行っても相手側も正月休暇だろうと、武は最初の疑問に立ち戻った。

 

「どうせ原因は白銀」

「彩峰に同意するのは嫌だけど、あなたの差し金でしょ? 私たち、いえ小隊長のお二人も含めて機種転換訓練を受けろっていきなり言われて先ほど非常呼集を受けたばかりよ」

「……は?」

 

 第二と第三小隊がいきなり集められた要因など武には思い浮かぶはずもなかった。また何よりも彼女たちが機種転換訓練を受けるという話も、寝耳に水なほどに急な話だ。

 

「貴方たちがユーコンで試験してた不知火の改良型、弐型だったかしら? それの機種転換訓練だそうよ」

 

 ほら貴方が原因でしょ、と千鶴は呆れたように笑って見せるが、聞かされた武はただ茫然と口を開けたままだ。

 横で話を聞いていたはずの冥夜と、意図せず目を合わせてしまう。冥夜の方は動揺はほとんど表には出していないが、その眼だけは縋るように武を見つめていた。

 

 この時期にいきなりの教導任務は切り上げ。加えての機種転換、それも不知火・弐型ともなれば、意図する所はただ一つしか思い至らない。

 

 

 

 武と冥夜だけではない。第一中隊の全員が、喀什攻略へと参加することが確定した。

 

 それは他世界線の結果を知る武からすれば、皆の死を決定付けたも同然だった。

 

 

 

 

 

 

 




ガンブレードみたいな支援突撃砲はたぶん取り廻しに負荷が大きいだろうなぁと半ば計画倒れ寸前です。ただかなり前に描いたはずの滑腔砲の105mm化は確定ということで。流石に開発当初の70年代後半の105mmライフル砲でのAPDSはともかくも、2000年前後の105mm滑腔砲でのAPFSDSなら当初の120mmくらいには侵徹力も上がってるんじゃないかなぁと。93式105mm装弾筒付翼安定徹甲弾のデータがぱっと見当たらないので妄想ですけど。

で久しぶりに第一中隊を集めましょう~でしたが人数わちゃわちゃし過ぎるので委員長メインです。あと当然ながら皆様方も喀什送りになるかと。


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羈束の謀略

 

 

 武と冥夜を除く、第一中隊10名の不知火・弐型への機種転換訓練。

 いまこの時期にそれが行われる意味は、武には明白だ。

 

(落ち着けよ白銀武。いまここでオレが慌てて飛び出したところで、何かを変えられるわけじゃねぇ。まずは状況を見定めてからだ)

 

 武は呆然と開いてしまった口を意識してゆっくりと噛み締める。何気ない風を装うためにも合成玉露を注ぎなおし、そして叫び出さないためにも口に含む。冥夜が気遣わしげにこちらへの視線を配ってくれるのを見て取れる程度には落ち着いている。そう自分を俯瞰できるくらいには、今の武は幾分か冷静な態度を装うことはできているはずだった。

 

 以前の武ならば、後先など考えることもせずにただ詰問するためだけに夕呼の執務室へと駆け出していたことだろう。それが成長なのか、あるいはこの世界線で意識が再構築されたことでの影響なのかなどは、武自身には判断できることではない。

 だが、すくなくとも今なすべきは千鶴たちから話を聞いておくことだった。ぐるぐると無駄な思考に捕らわれそうになるが、まずは自分が何を知らないのかを見極めなければならない。

 

 すぐに思いつくだけでも、そもそも弐型への機種転換は事前に予定されてはいたが、武には知らされていないという流れがある。Need To Knowの原則ではないが、喀什攻略に際して武御雷への搭乗が確定している武と冥夜に話が伝わっていなくとも当然と言えた。

 

 

 

「なあ……機種転換の話って、いつ決まったんだ?」

 ただ問題を見定めるためには、まずは前提となる情報が少なすぎる。簡単に確認できるところからと、何気ない風で聞いてみた。

 

「知らないわよ。私たちも今朝招集があるまでは、予定通りに明日から北に戻るつもりだったのよ」

「……むしろ白銀が、先に伝えておくべき」

 

 千鶴と慧とが揃って武を糾弾するかのように答える。その様子からすれば、彼女たちも知らされていなかったのは確かだ。

 

「鳴海中尉も顔色を失ってたわ。平中尉は、私たちを思ってでしょうが、普段通りに振舞ってくださってたけど」

「あ~小隊長のお二人にもいきなりの話だったってことか」

「いまも、昼食さえ取らずに神宮司大尉とこれからの日程調整だそうよ」

「ちなみに、機種転換と引継ぎを並列することになる……白銀手伝う?」

 

 

 

 第二と第三小隊での北部でのXM3教導任務は三ヶ月の期限で二月末までを予定していた。当たり前の話なのだろうが、どれほど順調に進んでいたとしても全体の半分も終わっているはずがない。

 

 他へ引き継ぐにしても、XM-OSの各バージョンごとと運用機体に合わせての教導が可能な部隊など帝国内どころか今の世界にはどこにも存在しない。幾分かは訓練が進んでいる富士の教導隊であっても第三世代機の不知火にXM3を搭載したものにほぼ限定されている。比較的XM-OSの実戦運用実績のある斯衛であっても主体はXM3に限定され、しかも機体は瑞鶴だ。どちらもまだ自身らが訓練期間中と言える。

 撃震のXM1仕様ならば想定している訓練期間が短いために各部隊でそれぞれに対処できるかもしれないが、XFJ計画の進捗によってはその撃震さえもXM3へと仕様変更される可能性もある。そんな流動的な状況下で満足に教導任務に当たれるのは、今現在のところは衛士訓練当初から武の挙動を見続けてきた元207Bの面子を含む、A-01第一中隊だけだった。

 

 彼女たちを帝国に残れるようにと、そういう性格の部隊となるようにと武は意図的に、まりもや夕呼へと話をしていたつもりだった。そしてその考えはおそらくは見透かされていたのだろうが、否定されることもなく先日までは上手く進んでいるように思えていたのだ。

 

 

 

「オレじゃあそっちの任は手伝えねぇし……なあ?」

「私もできんぞ?」

 

 暗に手伝えと言いたげな慧の言葉には、武も答えに窮する。横の冥夜に縋るように話を振ってしまうが、武も冥夜も乗機は武御雷だ。第一中隊の中では例外的なポジションである。

 

 XM3の概念を提唱したのは武だが、実のところ、武自身はXM3の撃震に乗っているわけでもなく、自分の戦闘機動を他者へと明確に伝えられているとは思えない。まりもを始め、他の第一中隊の面々がそれぞれに意味を咀嚼して、既存の戦術機機動へと落とし込んでくれているからこそ、教導という任に当たれているのだ。

 

「判ってるわよ、あなたたち二人にこちらの仕事は振らないわ」

「そうしてもらえると助かる……けど、実際どうするんだ?」

 

 千鶴にしても、言い出した慧にしても、本当に武や冥夜の助力を期待しているわけではない。あくまで食事後の軽い愚痴程度の話だ。

 

 

 

「今のところは不明。それも含めて隊長たちが話し合ってるんだとは思うわ」

 どうしようもないと千鶴は手を上げて、言い捨てる。武だけでなく、隊の末端に情報が伏せられていたということではなく、まりもも含めて誰も知らなかったようだ。

 

(ってことはなんだ、本当にいきなりの話か? たしかに夕呼先生の様子も変わったところはなかったようには思えたけど)

 

 夕呼の顔色を窺えるなどとは武は考えもしないが、それにしても元旦に会ったときは緊迫した様子はなかった。XG-70の艤装進捗が想定通りということも含め、むしろ計画は順調に進んでいるかのような態度だった。

 そうでなければ、失敗することを確認するためだけの「確率の霧」に関する実験など行うはずもない。

 

(いや。もしかして夕呼先生らしくもないが、藁にも縋る想いで……って、それこそそんな感じじゃなかったよな)

 

 むしろ失敗して喜んでいた言葉の方が真実だと思える。たしかに確率分布世界の中から、望むがままの結果を『あ号標的』が選び出せるようなほどに世界が不安定であったならば、人類の勝利など文字通りに夢物語となってしまう。

 

 

 

 ただ中隊の面々が誰一人現状を理解していないとなると、夕呼から直接聞くしか無くなってしまった。

 

 一応は、この世界でも武は夕呼の執務室へ入る許可と鍵とは貰っている。それでも以前の世界線のように、呼ばれてもいないのに押し掛けるようなことをしたことはない。

 会いに行くならば事前に面会の申し出を、とも思ったがそもそも誰に話を付ければいいのかも判らない。同じ部隊とはいえ相手となる夕呼は隊の最高司令官であり、大佐相当官と新任の少尉だ。普通ならば、当たり前の手続きで面会できる相手ではないのだ。

 

(社に頼むか? あ、いや。そもそも朝から社に会ってねぇな、今日は)

 

 霞は第一中隊付きのCP将校という立場はあるが、この基地において霞のもっとも重要な任務は夕呼の身辺警護だ。第六世代EPS発現体である彼女は、下手な警備システムなどよりも有用な警戒能力を持つ。

 それ故に夕呼に何か予定がある場合はそちらに付き添うことが当然で、武たちの演習などでの完成任務などは、霞の手が空いているときに限られていた。

 

 朝に会わなかったのも、別段珍しいことでもない。

 

 

 

「って、あれ? 社?」

 だが、そうやって霞のことを考えていると、当の本人がほてほてとPXの中を歩いてこちらに近付いてきた。トレーも何も持たず手ぶらな様子から、食事ではなさそうだ。

 

「(ぺこり)……おはようございます」

「もう昼だけと、おはよう。って疲れてるのか?」

「(ふるふる)」

 

 いつもの通りに無表情のまま頭を下げて、挨拶は交わすが、どこか焦燥しているようにも見える。武の問いには軽く頭を振って否定するが、精神的か肉体的かはともかくも疲れてそうなのはたしかだった。

 

「昼食べてないなら、何か食べやすい物でも要るか?」

「……いえ。お呼びです」

「お呼び? ああ、夕呼先生にオレが呼ばれてるってことか」

「……(ぺこり)」

 

 いつも通りに言葉の少ない霞の言いたいことを何となく推測してみたが、間違ってはいないがどこかズレていたようで、霞の行程の頷きは少し遅れた。

 

「ということらしい。ちょっと話を聞いてくる。話せそうなことが聞けたら、またあとで伝えるよ」

「期待しないで待ってるわ。こっちは片付けておくから早く行きなさい」

「そうだな、白銀。香月副司令をお待たせするわけにもいくまい。社の食事などはこちらで用意しておくから、急ぐがよい」

 

 それでも呼ばれていることに違いはなく、冥夜の言うとおり夕呼を待たせるわけにもいかない。千鶴たちに断りを入れれば、むしろ追い出されるように急かされた。

 

 

 

 

 

 

 無駄なことをするなと夕呼にはいつも通りに言われそうだが、一応はノックをして返答を待ってから執務室のドアを開ける。

 

「失礼いたしま、すッ!?」

 

 ここに来るまでに何をどう問うべきかと一応は考えていたものの、室内にいた人物を見て、そんな想いは一気に消え去った。

 夕呼が居るのは当然だったが、まるで自分の執務室かのように寛いだ態度でコーヒーカップを手にしているのは、合衆国に残っていると思い込んでいたターニャだった。

 

「あけましておめでとうございます、事務次官補殿。本年もよろしくお願いいたします」

「ああ……そうか、あけましておめでとうだな。またしばらくはこちらの基地で世話になることになった」

 

 入室直後の反応は間違いなく礼を失した態度だったが、それでも一応は取り繕って見せ、武は新年の挨拶を述べる。合衆国流の対応など武は知らないが、ターニャは元は日本人だったということなので、誠意は通じるだろうと思う。

 

 応えるターニャはいつも通りと言えてしまう、無表情に近いままのどこか憮然とした顔付だ。それでも新年の挨拶を返してくるあたりは、武の態度を受け入れてくれてはいるようだ。むしろ武の慌てふためきようなど、意に介してもいないようにも見える。

 

 

 

 ターニャと夕呼とが同席しているこの現状を、どこか見慣れた執務室の風景に武は思えてしまい、いつの間にか慣れ親しんだ流れで部屋の一角に設置されている給湯設備へと向かう。

 夕呼とターニャ、二人のカップを見てコーヒーが少なくなっているのを確認してから、軽く断りを入れて新しく淹れる。階級的には当然とも言えるが、この執務室においては武が居る際は武が給仕をするのが自然な流れとなってしまっていた。

 

「失礼ながら、事務次官補殿はあのまま合衆国に残られるのかと思ってましたが?」

「なに、私が合衆国にいると何かと煩い連中も多い。それに現状、療養という名目で監禁されてからの検体コースさえ考えられるからな」

「……ははは」

 

 ちょっとした疑問だったが、ターニャの悲観的過ぎる予測に、聞いた武でさえ乾いた笑いを返すしかなった。

 とはいえターニャの「若返り」としか言いようのない現状は、一般市民であれば保護という名目で研究対象となっていてもおかしくはない。加えてターニャの政治的立ち位置からすれば、それらを踏まえて対立する勢力が拉致じみた振る舞いに出る可能性も高い。

 

 

 

「しかし、呼ばれるまでここに飛び込んでこなかったというのは、貴様も少しは成長しているのか?」

 

 そんな武の思惑などターニャが気にするはずも無かろうが、落ち着いた風を装ってコーヒーを淹れる給仕姿を見て、どこか感心したかのように声を掛けてきた。見透かされているとは武も思うが、「原作知識」など関係なく、人生経験の差だろう。

 

「たしかにこの部屋のキーは与えていますが、それは無駄な儀礼を省くための物ですが」

「ああ、別の世界線でのことだ。私が直接見たわけではないが、そういうキャラクターだったという話だ」

「ははは、中隊の皆から機種転換の話を聞いたときは、飛び出しそうになりましたが、何とか自制いたしました」

 

 だがアポなしで飛び込んでくるという話に、夕呼でさえ呆れたかのように口を挟む。

 とはいえ飛び出しかけたことは事実であり、霞が呼びに来てくれなければ何らかの理由を付けて夕呼のところに押しかけたことだろう。

 ターニャからの第三者の視点は、ある意味では神の視座のような位置からの観測だ。笑って誤魔化すくらいしか武には対処しようがない。

 

 今更に自分の行動を振り返ってみても、「一周目」のUL世界線はともかくも、一応は軍人として教育を受けたままの記憶が継続していたAL世界線において、よくもあれだけ傍若無人に振舞えていたものだと呆れそうになる。

 

(やっぱ、あの当時は意識がどこか方向付けられてたのか? 大佐相当官の基地副司令に対して学校の物理教師と同じように接してたってのは、ちょっと異常だよな? あ、いや……そもそもオレの態度は上官の方々には失礼過ぎたよな)

 

 数えるほどした対面はしていないが、基地司令たるラダビノッド准将らに対しては、一士官として接することができていたはずだ。ただ、真那たちへの対応を思い出すに、頭を抱えそうになる。EX世界線で三バカなどと呼んでいた気分のままに、他軍とはいえ先任たる神代たちをあしらっていたところがある。

 

 

 

「さて。コーヒーの香りをいましばらくは愉しんでいたいところだが、白銀? 貴様も聞きたいことが多いだろうが、まずはこちらの問いに答えてもらおう」

「はッ、何でしょうか?」

「いや、簡単な問いだ。先に提出してもらったAL世界線での『桜花作戦』以外で、貴様には喀什攻略の記憶はあるか?」

「は? あ、いえ、失礼いたしましたッ!! はい、いいえ。自分には『桜花作戦』以外の喀什攻略の記憶はありません」

 

 いまさらなターニャの問いに、反応が遅れる。ターニャの言う「原作知識」に照らし合わせても武にそんな経験が無いことは判っているはずであろうと、どうしても疑問が顔に出てしまう。

 ハイヴ攻略に関してと大きく捕らえれば、バビロン災害いわゆる「大海崩」の後に、どこかで作戦に従事したという朧げな記憶はある。ただそれは喀什ではなく、また明確に説明できるほどでもない。

 

「やはりそうか」

 憮然としたままに、ターニャは武の答えを受け入れる。少し考えこむように目を細めるが、武が知る情報は可能な限りすでに伝えてある。いまさらに付け加えられることはない。

 

「こちらからの干渉の結果でしょう」

「嬉しくもあり、悩ましくもあり、と言わねばならんな」

 

 夕呼共々に、何か納得はしているようだが、二人ともに武にも感じられる程度には不機嫌だ。そしてそれを共に隠そうともしていない程度には、何らかの問題が起こっているようだ。

 ただ当然ながら、何に対して苛立ちを募らせているのかが武には判らず、またそれを問いただせるわけでもない。

 

 

 

「ああ、喜べ白銀。喀什への侵攻が正式に決定された。作戦決行日時は来月2月の14日だ」

「それは……判っていたとはいえ、時間の猶予はさほど残されていませんね」

 

 武の疑問を解消するためというよりかは、むしろいたぶる様に嗤ってターニャが告げる。

 ある意味では武への余命宣告じみた話であるが、それは作戦立案に関わった武にしてみれば最初から受け入れている。なによりもありえなかったはずの「やり直し」の機会だ。微塵の怖れも無いなどとは言い切れないが、むしろ冥夜を再び死地へと向かわせることの方が、悔まれてしまう。

 

 だが現実的な問題としては、想定の内でも早い方だとは考えてしまう。

 具体的な対応を詰めるためには、少しばかり時間が厳しい。資材の移動などを考えれば、演習などの準備に当てられるのは残り40日程度だ。最悪は今月末との想定で動いていたとはいえ、準備の時間はあればあるだけよかったのだ。

 

 とはいえ当初から作戦の日時は今年の3月あたりまで、どれほど遅らせても夏までには決行する予定だった。少し早いがその程度でターニャと夕呼の二人が慌てふためくはずがない。

 

 

 

「あと幾つか朗報がある。英連邦からの参加兵力が戦術機二個連隊に拡大された。合わせて英仏からMk-57が帝国と合衆国にそれぞれ100丁ずつ提供される」

「それはまた大きいですね。戦術機もそうですが、Mk-57がそれだけあれば、各隊の後衛小隊はほぼ装備可能になります」

 

 Mk-57に関しては帝国も採用を決定したと巌谷からは聞かされていたが、輸入にしろライセンス生産にしろ、十分に数が揃うとは思えていなかったのだ。帝国内で陸軍と斯衛そして国連軍へと振り分けることを考えれば、武たちA-01に回ってくる数は少なくなるだろうが、10丁程度は追加でもたらされるだろう。

 

「さらに合衆国海軍からはF-4が100機ほど提供される。こちらは無人機仕様だが、砲兵の真似事程度ならば使えなくもない。最悪でも囮にはなる」

 

 むしろ合衆国へ提供されるMk-57はこちらに配備させることになろうと、ターニャは続けた。第一世代、それも鈍重な撃震の無人機では最前衛に立てばただの的とも言えるが、後方からの支援砲撃用と割り切れば使えなくもないという。

 

 

 

「なるほど、たしかに朗報が続きますね。投入可能な戦術機戦力は、初期想定の10個連隊1000機程度から、12個連隊の1200ほどですか?」

「当然ながらこれに合わせて再突入型駆逐艦、HSSTの数も増える。こちらは仏が不足分を補うこととなった」

 

 こうまで聞くと何も問題がないどころか、むしろ想定以上の戦力が集まって悦ばしいところだ。たしかに武の周辺、極めて狭い範囲であればで言えば第一中隊の面々が作戦に参加することになりそうだという不安はあれど、間違いなく作戦の成功列は高まっているはずだ。

 

 合衆国海軍から提供されるという無人化されたF-4は単純に参加機数とは計上できないが、英連邦からの追加一個連隊は純然たる増強だ。単純に数だけで見れば一割近い強化と言える。

 おそらくは提供される機体はF-5E ADV トーネードだろうが、F-5系列とはいえ幾度もの改修を受けたADV型は実質的に第二世代だ。加えてXM3は難しいだろうが最低でもXM1に換装してくれていれば、十分な戦力と言える。

 

 

 

 武が頭の中で予定を組み立てているのを見越してか、ターニャが浮かべた嗤いさらに深める。

 

「投射戦力の増強はともかくも、時間的猶予に関しては想定の範囲内だ。貴様が聞きたいことは他にあろう?」

「それは……」

 

 第一中隊の面々を喀什攻略へ参加させるのか、否か。武が聞きたいことを単純化すればそれだけだ。ただそれを問うて肯定されたとすれば、その決定を覆せるほどの根拠を武は持ち合わせていない。

 

 先ほど考えていたXM-OSの教導部隊という第一中隊の持つ意味も、帝国からは尚哉がユーコンに赴きそちらで多国籍からなる専門の部隊が設立されようとしている現状では、極めて一時的なものだ。元207Bの面々の出自も、冥夜が作戦に参加することが確定していることを踏まえれば、むしろ不参加の方が後々に禍根を残すことにもなりかねない。

 

 

 

「簡単な話よ。第四計画はその持てる全戦力を喀什攻略へと投入することが決定された」

「は? 全、戦力……ですか?」

 

 武が明確に問うよりも早く、夕呼が断言した。そして武にはその言葉の表面的な意味は理解できるものの、背景には思い至れない。そもそもに全戦力と言っても、夕呼が直接動かせるのは二個戦術機大隊規模となっているA-01くらいだ

 

「文字通りの意味で全戦力だ、白銀少尉。第四計画、いや香月副司令直属のA-01、そのすべてが、今回の喀什攻略に投入されることになった。単純な理屈だ。他者に戦力の供給を願うならば、自らの手持ちはすべて吐き出してからにしろ、というのが参加各国からの意向だよ」

 

 武が思考を纏めるよりも早く、ターニャが淡々と告げる。カップからまだ立ち上る湯気、その香りを愉しむようにターニャは手を添えているが、中身はいまだ僅かなりとも減ってはいない。

 その口元には薄い嗤いを張り付けてはいるが、明らかに苛立ちが感じられる。

 

 

 

「当初は、香月副司令自らXG-70dに搭乗して、最前線で状況を判断すべきではないか、という話もあったぞ」

「いや、それは……失礼ですが、さすがに意味が無いでしょう?」

 

 以前のAL世界線において、佐渡島ハイヴ攻略の際は夕呼も前線と言えるほどの位置にまで出たこともあるが、あれは極めて例外的な話のはずだ。そもそも夕呼は、物理学に関しては間違いなく稀代の天才、政治的手腕においても特筆すべきものを持つが、前線指揮官としての軍事的な才能にまで恵まれているわけではない。

 もちろん作戦面において夕呼が無能だとは武は思いもしないし口にもしないが、かといってXG-70dに搭乗して最前線で指揮を執ることに然程の利点はないはずだ。

 

 そのような夕呼までも前線に出すという話を踏まえて考えれば、A-01全戦力の提出というのは一見正論には思えるが、意図するところは夕呼から実働戦力を奪うことが目的なのだろう。

 

「まあ半分ほどは間違いなく『善意』からの提案よ。アンタたちがユーコンとかで提示してきたXM-OSの評価もあって、英仏も作戦成功の目途があると判断したようね。ただ、まあ残る半分以上は……」

 

 夕呼にしては珍しく口を濁しつつ、ターニャを見た。

 

 

 

「なに。無能な輩からの理不尽な糾弾には経験がある。予測しておかなかった我らが失策だな」

 嗤いを深め、ようやくカップに口を付けたターニャが呪詛を漏らすかのように口にする。

 

「ああ、これは失礼いたしました、白銀少尉。いえ、フェアリー02。今回の喀什攻略に際し、自分、ターシャ・ティクレティウス少尉は社霞少尉共々にA-01第一中隊付きCP将校としてXG-70dに搭乗いたします」

 

 わざとらしいまでに口調を整え、ターニャが宣言する。

 

 

 

 その言葉を受けて武は「A-01の全戦力」という言葉がどこまでを指し、そして何を意味していたのかを、ようやく理解した。

 

 夕呼から実働戦力を奪うことなど余禄のようなものだ。具体的にはどこの誰だとは断言できないが、幾重にも絡んだ対立集団の狙いはルナリアン派閥の分解、何よりもその首魁たるターニャ・デグレチャフの抹殺だ。

 

 

 

 

 

 

 




着々と戦力が増えるよやったねタケルちゃんッ、ということでデグさんも喀什に同行します。ストライク・フロンティアのように夕呼先生もどーにかとも一瞬考えましたが、さすがに無理筋過ぎるしあまり意味が無いなぁとお留守番です。

で、元207Bの面々、冥夜が喀什攻略に参戦したのに、もし同じ部隊でありながら千鶴&慧の二人が不参加となってしまえば、間違いなく後々の政治的禍根になるよなぁと。一案としてはそれをネタに城代省(斯衛)と内閣&陸軍とが割れるというのも考えましたが、収まりつかなくなるので破棄プロット行きでした。

でで、一応次は久しぶりのデグさんパートで、そこを経て一気に喀什かなぁと思ってましたが、もしかしたらちょっと寄り道するかもしれません。


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連鎖の苦艱

 

 喀什攻略。

 地球においては最大規模を誇るフェイズ6に至ったH1:喀什ハイヴ、その最深部に位置する超頭脳級『あ号標的』の撃破を目的とする作戦。そこにターニャは、A-01に所属するCP将校の一人として直接前線に出ることとなった。

 

 どうしてこうなった、と人目が無ければ頭を抱えて机に突っ伏すところだ。

 だが残念ながらとでもいうべきか、いま眼前には副官というべきウォーケン少佐が立っている。組織人として無様な振る舞いを晒すわけにはいかなかった。

 

「申し訳ありません。こちらの調査と対応とが後手に回りました」

 そのウォーケンは悲痛な表情を浮かべ、ターニャへと謝罪の言葉を口にする。とはいえ今更どう言いつくろったところで事態が改善するわけでもない。

 

「貴官が謝罪することでもあるまい。ここまで露骨な手段を取るとは私も想定していなかったことだ」

 

 無能な会社人のようにただ感情に任せて怒鳴り散らかせば、今まで積み重ねてきた経歴と実績とを汚すだけで、何一つ状況を好転させるわけでもない。内心の怒りと焦燥は表に出さず、自身のミスでもあったとターニャは嘯いて見せるが、ウォーケンがいなければ暴れまわっていたところだ。

 

 ただその言葉がすべて嘘というわけではなく、各国の動きをターニャ自身が読み間違えていたことはたしかだ。

 

 

 

「XM3の能力実証が、少しばかり効き過ぎた、か」

「合衆国内でさえ、一部議会関係者の間で戦術機戦力の評価見直しが噂されております」

「まったく。機を見るに敏と評して、我らが選出した方々の才を褒めるべきところかね、これは」

 

 どうしても皮肉気に口元が歪むが、副官とはいえ見せれる表情ではないと思い、コーヒーカップで口元を隠す。

 

 先のユーコンでのフェアリー小隊とインフィニティーズとの対人演習、その結果は想定以上に大きな波紋を広げていた。元より機甲戦力を実質的に消失し、戦術機のみに偏重しているユーラシアの亡命国家群のみならず、合衆国内でさえXM3搭載型の第三世代戦術機を過剰に評価し始めている。

 

 それを受けて喀什攻略がまるで成功するかのように浮かれ騒ぎ出した国家が多い。

 

 

 

 喀什への攻略計画は「調査ユニットの事前運用試験」という名目をもって立案し、安保理の承認を不要とした形で進めてきた。

 当初は大半の国家が否定的な立場だったが、第四計画が合衆国以外に戦力の提供を求めなかったことから、大きな反対の声となることはなかった。

 

 バンクーバー協定を盾に難色を示したのは、今も地図の上では自領となる地域で他国に軍事行動を取られる中国共産党政府と、それを支持するソ連あたりだけだけだった。それもBETA大戦当初の着陸ユニットの排除に失敗したことや、第三計画のスワラージ作戦での失敗などの負い目を突けば静かになる程度だ。

 

 それがXM3の評価を受けて態度を変えつつある。

 

 国土を追われまともに抵抗できる戦力さえ持たぬというのに、対BETA戦の主導権を合衆国に握られたくないという宣う亡命国家は数多い。そのような国や軍において、G弾の運用を最小限に止め戦術機戦力によるハイヴ攻略を目指す第四計画主導の今回の喀什攻略作戦は、積極的な支持はされずともおおむねは好意に受け止められるようになってきたのだ。

 G弾の限定的投入ということも確定しているため、失敗すれば合衆国の無能を嘲り、成功すれば訳知り顔で勝ち馬に乗っていた振りをすれば良いだけだ。

 

 

 

 そして喀什攻略へ向けてA-01全戦力出撃要請。たしかにそれは第四計画、つまるところは香月夕呼に対する諸勢力からの攻撃的妨害の側面は強いが、それだけではない。そもそもがA-01がすべて消失したからと言ってすぐさまに第五へと移行するわけでもない。

 

(こうなってしまうと逃亡は選択不可能だ。積み上げてきたキャリアを捨て去るどころか、今後の進退に致命的なまでにダメージが残る)

 

 頭が痛いのは、A-01の全戦力提供という話は、むしろこれらの攻略を肯定的に捉えている国家からの物が大きい。あくまで作戦の主導を第四計画と日本帝国とすることで、合衆国の干渉を減らすようにとの「善意」からの勧告だった。

 喀什攻略に際してG弾の投射は確定されてはいるが、それでも第四計画の戦力たるA-01がその戦術機戦力の総力をもって『あ号標的』撃破を成し遂げれば、逆にG弾を主軸とする第五計画は白紙化される。

 

 第四計画への妨害や、JASRAの権限を制限するつまるところはターニャの排斥を企図しての動きであれば、むしろ対策は簡単だったのだ。あくまで今回の侵攻は建前通りに「事前運用試験」の範疇で、主戦力は次の機会に投入すると言い張れば通せたはずだ。

 

 

 

「ですが、流石は局長、と言わざるを得ません。局長が偽装身分とはいえ参戦なさるという噂を聞き付けた者たちがこぞって集りつつあります」

「まったく。戦争狂や賭博好きしかしかおらんかね?」

 

 ターニャの黙考をどう曲解したのか、ウォーケンが言葉を続けつつ、いくつかの人名が書かれた書類を差し出した。ざっと一瞥した後は、嗤いと共に即座に燃やす。

 

 1967年、月面のサクロボスコクレーターから始まった対BETA戦争。当時ターニャが率いた第203調査・観察中隊の面々は鬼籍に入った者も多いが、いまだ第一線で活躍している者もいれば、高官となって後方から手を廻せる立場の者もいる。

 当時の彼らは国連軍所属という形だったとはいえ、元々が各国から選抜された宇宙軍軍人だ。彼らが各方面へと手を廻すことで、英仏は戦術機戦力だけでなく半ば義勇軍じみた迂回路を通して装甲巡洋艦の追加提供まで申し出てきた。攻略成功の暁には作戦参加の実績を誇るためだろうとは判っているものの、これらを断れるほどに戦力に余裕があるわけでもない。

 

 

 

「とはいえ投射戦力の増強は単純に悦ばしい。作戦の成功率も間違いなく向上する」

 

 かつての部下たちの名が連なる書類が燃え尽きていくのを、ターニャはただ無感動に眺めながら、自らを偽るように言葉を漏らす。その程度の戦力の増強では、自身の安全が保障できないことなど判り切っているのだ。

 

(願望じみた理想を言えば、降下前にG弾の投射のみで主広間の『あ号標的』だけが取り残されるような状況だが……あり得んな)

 

 フェイズ2でしかなかった横浜ハイヴでさえ、G弾二発ではモニュメントを吹き消すだけに留まっている。喀什攻略に際しては、三段階に分けての降下前にそれぞれ複数発のG弾を投射予定だが、フェイズ6ともなればモニュメントさえ破壊しきれない可能性の方が高い。

 

 

 

(勝てれば良い。勝てれば良いが、下手に進んでしまった場合が最も困難か)

 

 地表に降下しハイヴ最深部へと突入したとしても、『あ号標的』を破壊できれば問題はない。いまだこの世界線においては実証されていないが、反応炉たる頭脳級が墜ちた後は、近隣のBETAはすべて最も近い別のハイヴへと撤退する。そうなれば侵攻部隊がどれほどに損耗していようとも、撤収は容易だろう。

 

 逆に第二次降下までの進捗が捗々しくなく、主攻たる第三次降下が実施されないというのも受け入れられる。しかもこの場合ならば、立案の粗を咎められこそすれ、先に降下している部隊と総指揮官に作戦失敗の責を負わすことも可能だ。

 

 対処しにくいのが、主広間まで侵攻しておきながらそこで突入部隊が文字通りに全滅した場合だ。

 

 XG-70dを主力とするA-01の深層部突入部隊が作戦予定完了時間を過ぎても任務を完了していないあるいは退避していない場合、第四が指導する作戦は中断され、合衆国主導による「フラガラッハ作戦」へと事態は移行する。

 

 その際はハイヴ地下茎内にどれほどの友軍戦力が残っていたとしても、G弾の逐次連続投射によるハイヴ構造物破壊とBETA群の排除が進めらる。この爆撃は、軌道上からの主広間視認が為されるまで続けられるという徹底した物であり、投射予定のG弾は10発以上だ。

 

 当然のことながらそのような状況下ともなれば、ハイヴ地下茎内に例え残存部隊があったとしても、消失は免れない。

 

 

 

(その際の撤収の方法は、最悪だがコレに頼ることになるか)

 

 エレニウム工廠製九五式試作演算宝珠。

 視界に入れるのも忌々しいが、今もターニャの首元からは、紅く輝く勲章のような宝珠がある。昨年、鉄原ハイヴへと投下されたG弾の影響か、あるいは存在Xの何らかの介入か、この姿になったと同時にそれまでは手元になかったはずのこの演算宝珠。

 

 これを十全に使えば、ターニャ唯一人であれば困難は伴うが、生還の可能性は高い。

 

 喀什からアラビア海沿岸のカラチまでならば直線距離で2000km程。ベンガル海方面に出てその後にスリランカを目指しても良い。かつての長距離浸透行軍に比べれば距離は長いが、偵察や交戦の任もなく僚機に配慮せずただ独りで飛ぶだけである。

 飛翔する航空魔導士を光線級がどの程度脅威と判断し狙ってくるかは不明だが、NOEで飛び続けられない距離ではない。

 

 いまだこの世界では長時間飛翔や爆裂術式の投射などは用いていない。意識を乗っ取られる可能性の高い四核同調起動などは試してもいないが、通常の範囲であれば術式は展開できている。防殻や脳内麻薬術式にも問題はなかった。

 魔導士としてならば当然とも言える身体操作にいたっては常時発動させている。

 

 

 

「しかしこうなると、私自身が用意できてぬ物が多いな」

 

 単独での飛翔を最悪の計画として予定すれば、するべき準備が頭を過る。

 つまらない話だが、ターニャが前線に出るには細々と足りない物がある。第一中隊付きCP将校としての立場など、あくまで偽装だ。あるのは普段身に着けている最低限の制服くらいのものだ。

 

 ターニャがいま身に着けているのは国連軍制服だが、当たり前だが今のターニャの身長に合うような物があったわけではない。

 今の外見年齢に戻った当初は夕呼から霞の予備制服を借りてはいたが、あのようなロングスカートは動きにくいだけであり、男性用に近いパンツスタイルの物を用意させいてた。実質的にオーダーメイドだ。

 

 そしてXG-70dに乗り込むとはいえ、最前線でこの制服では心許ない。

 

 

 

「衛士強化装備をご用意いたしましょうか?」

「XG-70の搭乗員の服装規定は、まだ定まっていなかったな。たしかに衛士強化装備が最適だろうが、私の物はオーダーするしかなさそうだな。まあ予算に関しては香月博士に付けるがね?」

 

 かつて使用していた航空魔導士専用の個人装備などこの世界では望むべくもないが、銃火器の進歩に加え、こちらにはこちらで優れたものもある。

 

 とくに衛士強化装備は耐Gスーツ機能、耐衝撃性能に優れ、防刃性から耐熱耐寒の機能だけでなく、各種の生命維持機能にも優れる。気密装甲兜を加えれば簡易宇宙服ともなる。ヘッドセットは戦域情報のデータリンク端末であり、戦術機と連動しておらずとも十分な航法能力を持つ。

 

 さすがに単機での長時間運用は想定されていないため、内蔵バッテリーだけでは連続フル稼働で約12時間、生命維持に限定したとしても72時間ほどだが、これは予備を携帯すれば解消できる。

 なによりもそれだけの時間飛べれば、喀什からも人類支配地域までは到達可能だ。

 

 

 

「あとは、小銃か」

「必要ですか?」

「使う機会には直面したくはないが、用意するに越したことは無かろう」

 

 CP将校とは言え一応は国連軍士官という形なので、普段からハンドガンだけは携帯してはいたが、さすがに前線に出るともなればサバイバルキットの一環として小銃の一丁くらいは欲しい。

 

「一応、陸軍からM4をご用意できますが?」

「いや、帝国陸軍が採用している物で良い。たしかブルパップではあるが銃剣も装着できたはずだ。マガジンは……M4系統と共通だったな?」

「はい。使用弾頭などは帝国内で生産されている物ですが、マガジンを含め共有可能です」

「ならば問題はあるまい。下手にM-14などを用意して、予備マガジンを探し回る羽目にはなりたくないものだ」

 

 帝国陸軍が採用している歩兵用小銃はこの基地でも使われているが、形番がすぐさまには思い浮かばない。とはいえ夕呼に伝えればすぐに用意されるはずだ。5.56mmでは戦車級相手には心許ないが、周りが7.62mmのライフルを使用していないのだ。ターニャ自身がライフルを抱える時など最悪の状況下だろうが、その際に弾丸の流用ができず弾切れを起こすなど考えたくもない。

 一応は手持ちにする5.56mmに関しては3マガジン100発ほどは式を封入しておき術弾としての処理をしておくつもりだが、試射に使える場所などあるはずもなく精度を確認する術が難しい。

 

 最悪、近接魔道刃を展開すれば、戦車級までならば斬り捨てられるだろう。

 

 

 

「ただ時間を作って、シューティングレンジに籠る必要はあるな」

「はははっ、局長でしたら、即座に習熟されることでしょう」

 

 国連の事務次官補とはいえ、軍事に携わる身として最低限の射撃技能を維持すべく、ターニャは以前より実弾訓練は続けていた。とはいえ最近はもっぱらハンドガンのみであり、この身体になってからはライフルなど撃っていない。

 勘が鈍っていることは間違いないだろう。

 

 本来ならば空間機動中の射撃演習を実施したいところだが、さすがに今のこの世界で人が生身で飛び回りなどすれば、間違いなく拘束される。

 身体強化環境での射撃演習に留めておくつもりだ。

 

 

 

 

 

 

「ああ……そういえば、演習と言えば我らがA-01の練度はどう見る?」

 

 結局のところ、気掛かりなのは自身を護る石垣たる、人だ。

 投射戦力が初期想定よりかは増強出来たとはいえ、BETA相手、それもフェイズ6という地球上最大規模を誇る喀什への侵攻だ。直掩戦力の主体が二個大隊程度に損耗しているA-01というのは心許ない。

 

「A-01の弐型Phase2への機種転換訓練は順調に進んではいるようです。XM3の最適化処理も並立して行われており、今月中には完了するかと」

「あとは衛士と、同行するCP将校の練度、か?」

「そちらも元々が帝国の選りすぐりと言える者たちです。CP将校とは言え元が衛士候補、あるいは衛士であった者も居り、基礎的な鍛錬はできている様子です」

 

 指揮通信機能を強化した複座型の機体にCP将校を乗せ、部隊に直接同行させるという案は生きている。XG-70が運用できるとなったとはいえ、ハイヴ内では電波状況には予断を許さない。中隊規模で直接現地から指示が出せるという点は大きい。

 

 不規則な加速がかかり続ける戦術機の中で指揮通信任務に就くのは困難を極めるだろうが、そこは各CP将校に自らの身体を鍛え上げ、慣れてもらうしかない。合衆国に限らず、帝国陸軍でも難しいかもしれないが、A-01のCP将校は文字通りに選りすぐりだ。ウォーケンの言葉が正しければ、すでに通常の職務程度は熟せるようだ。

 

 

 

「全隊としては優秀。追加の訓練も順調にこなしていると言ったところか。貴官がそれほどまでに褒めるほどかね?」

「一指揮官として申し上げるならば、ラプターで構成された中隊をもってしても、彼らを相手取っての同数近接密集戦闘は遠慮したいところですな」

 

 以前に武を評したのと似たような言で、ウォーケンはA-01の練度を称える。ウォーケンは軽く笑って見せてはいるが、原作を知るターニャとすればその推察にも頷けるところがあった。

 

「ですが、やはり特殊作戦にのみ従事していた弊害でしょう。中隊内での連携は、どの隊も高い水準を保っておりますが、大隊規模となるといくつか粗が見えます」

「連隊全体、いや少なくとも大隊での演習は必要か」

 

 A-01の過去の作戦履歴をターニャは夕呼からすべて提示されている。それらを見る限りは、秘匿部隊としての性格上、全隊が一ヵ所に同時投入されたことは少ないようだった。それ故に大規模な部隊運用ではわずかに痂疲がある。

 もちろんそれであっても並の部隊以上の練度だが、自らの盾とするにはやはり万全を期したい。

 

 だがシミュレーターでは大規模な部隊演習は難しい。実機でとなると、損耗しているとはいえ二個大隊規模。陸上兵器でありながら戦術機の編成はネタ元の航空機に準じる。ジェット戦闘機には劣るとはいえ速度にも優れ、作戦可能領域も相応に広い。

 70機前後を一気に展開できるような土地は、帝国本土内では限られる。そしてそのような場所は、喀什攻略に参加する他の正規部隊が演習に使用することになっている。

 

 

 

「可能ならば実機での侵攻演習を実施いたしたいところですが、時間的な猶予はともかくも、帝国内では場所が思いつきませんな。合衆国へと渡りますか?」

 

 帝国の状況に精通しているウォーケンも、使える演習場が思いつかないようだ。これが合衆国であれば広大な土地を持つ基地はいくつかあり、第四の権限を使えば演習区画を借りることも容易だ。

 だが合衆国に渡るとなれば、移動に掛る時間はともかくも、A-01が秘匿部隊であることや、ターニャの身辺警護に関してが問題となる。解消できない要因ではないが、無理を通すほどの利点もない。

 

「それも悪くはないが、むしろ適当な実戦の機会があれば、と埒も無いことを願ってしまうな」

「九州への侵攻はいましばらくはないでしょうし、鉄原方面の間引きもまだ先になります」

 

 実戦に勝る鍛錬無しというわけではないが、やはり演習では見えない問題点も洗い出せる。ただ訓練となるような戦場など、そう都合よく存在するわけではない。

 

 防衛戦闘ではそんな余裕があるはずもなく、間引きであったとしても舞台の損耗は間違いなく発生する。

 

 

 

「ああ、いや……そういえば一つ、最適な戦場があったな」

 思い至れば、自然と口元が緩んでしまう。

 ほどほどにBETAがあふれており、かつ各方面に恩を押し売ることができる戦域が、帝国の近くには一つあった。

 

「多少は手荒になるやもしれんが、なに、死なん程度には鍛え直せるぞ?」

 

 

 

 

 

 




第五部開始時は10話くらいで完結まで行けるなどと書いてましたが、当然無理でした。と言いますか初期予定では今回の話を挟んで次から喀什のつもりでしたが、やはりちょっと寄り道することになって+3話くらいは伸びそうです。それでも年内には完結したいなぁ、と。

で、デグさんの個人装備、2001年にモンドラゴンM1908はさすがに無いなぁと。で7.62mmのM-14系のMk14 EBRあたりかと考えてましたが、2002年からの配備で作中世界ではまだ試作段階ということで却下。ここは素直にM4かとも思いましたが、こちらも98年からの配備開始だし、帝国陸軍が使っているのかどうか怪しいので、スルー。結果として設定がいまいち見つかりませんが、原作のMPとか儀仗兵とかが抱えているブルパップライフルになりました。

でで、まったく関係なく水星の魔女、と言いますか、ラインの悪魔が加古川の魔女に再度転生するとかワケの判らないネタを思いついてしまいましたが、出オチなので心のネタ帳に押し込んでいます。


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締結の謀議 02/01/15

 冬の太平洋沿岸、雲はいくつか見えるものの青く晴れ渡っていた。武たち第一中隊のみならず、A-01のすべての機体が、いまその海原をNOEで飛び続ける。

 

 以前にユーコンでジョン・ドゥを名乗る人物から告げられたとおりに、昨年内にボーニングは弐型への換装用資材を一個大隊36機分用意し、年明けとほぼ同時に残りの一個大隊と余剰分をも白陵基地へと送り届けてきた。

 衛士たちの機種転換訓練と並列する形で、整備班の皆々は文字通りに寸暇を惜しんで既存の不知火を弐型へと換装作業を続けていた。その甲斐もあって一月初頭にはA-01全隊が弐型へと切り替えられた。

 

 そうして用意された在日国連軍の正規カラーに塗装された80機弱の不知火・弐型。連隊というには数を減らしているが、それなりの陣形を維持しながら巡航速度のままに洋上を北上していた。

 余剰はあれど六個中隊で二個大隊規模だが、編成上は三個大隊のまま、A-01が全戦力揃っての移動だ。各中隊が縦型陣系を組み、それがまた大きく縦型を構成するような形での飛行だ。中隊での運用が基本となるA-01においては間違いなく大編隊と言える。

 

 

 

 まだ明けきらぬ時分にハンガーから飛び出すかのような緊急出撃、早朝に白陵基地を出立してすでに二時間以上経つ。行く先も告げられておらず、いつまで続くか判らない長距離行軍に疲れを見せ始めている者もいる。

 ただ気象条件には恵まれており、なによりも日本列島の東側であり光線級の脅威はない。もとより戦術機特性の高い武にとっては、緊張を途切らせているわけではないが、まだまだ余裕があった。

 

 武はフェアリー02のコード通りに第一中隊第一小隊の副官とはいえ、他中隊の面々のバイタルを見れるわけではない。それでも編隊飛行の様子を見ればそれぞれの衛士の体調くらいは推測もできる。

 間違いなく熟練と言える第二第三大隊の面々に比べ、武たち第一大隊の者たちは疲労が明らかだった。

 

 中隊内での通信に制限はされていないが、このところはまったくと言っていいほどに会話はない。発信直後は慎二が気を使って話を続けようともしていたが、中隊員の緊張を見てむしろ今は静かにしている。

 

 

 

(弐型に慣れてねぇ……って事よりも目的不明ってのが神経に堪えてるって感じか? ウチの各小隊長殿たちはまだまだ余裕ありそうだしな)

 

 千鶴たち第一中隊の弐型への機種転換訓練は、二週間弱という極めて短い期間で完了とされた。ただこの訓練期間に関しては他のA-01の面々も同様だ。原型機たる不知火から左程操縦特性に違いが無いということで設定された期間だというが、実のところは喀什攻略に向けての時間的余裕が無いというのが実情だ。

 

 が、やはり元から不知火に乗っていた者たちと違い、武と冥夜とを除く千鶴たち元207B訓練分隊の五名は撃震からの機種転換ということで少しばかり手間取っていた。もしも撃震の代替として弐型が正式に採用された場合であれば、機種転換訓練に平時の航空機パイロットの如くに半年という余裕は取れないにしても、少なくとも二ヶ月はかけることになるだろう。

 

 ちなみに第一中隊の面々が機種転換に励む中、武と冥夜とはユーコンでも弐型に乗っていたこともあり連携訓練などには参加したものの、それ以外は別行動となっていた。その間は予定していた通りに、疑似的な「あ号標的」戦を想定した要塞級の尾節触手をひたすらに切り払うシミュレーションを繰り返し、それなりの数であれば必要な時間は耐え凌げるようにもなってきていた。

 

(しっかし第二中隊の連中はそれ以前に体力が戻ってねぇってのもありそうだな)

 

 ただ武たちの第一中隊も疲労を見せ始めているが、問題はいま前を進む第二中隊の方かも知れない。

 新たに再編された第二中隊は、ユウヤを中隊長としてクリスカたちイーダル小隊から接収された第五世代ESP発現体で構成されている。詳しくは聞かされていないが、衛士として最低限の程度には体力なども維持できているらしい。

 だがそもそもが各種の投薬などで不安定な体調の彼女たちだ。慣れぬ機体で、それも目的不明の長距離移動など、精神や肉体に変調をきたしてもおかしくはない。

 

 

 

 逆に後ろを見れば、こちらは機種転換を終えたばかりとは思えぬほどに、奇麗な陣系を組む小隊がいる。

 A-01としては員数外ではあるが、臨時に加えられた真那たち第19独立警護小隊の四名だ。彼女たちも今は不知火・弐型に搭乗して随伴している。こちらは斯衛への採用試験という名目で運用されている。

 

 名目だけでなく、斯衛の一部では弐型の採用がかなり有力視されているという。

 瑞鶴の耐用年数には初期に生産された撃震に比べれば余裕があり、XM3への換装も予定されている。なので陸軍とは違い、代替として考えられているのは武御雷の方だ。生産性の極めて悪い武御雷をこのままに導入していくのではなく、陸軍とある程度は共有できる弐型の採用が考えられているらしい。

 

 XM3環境下において、武御雷はある面では最もその性能を引き出せる機体ではあるが、斯衛の全戦術機戦力を武御雷で刷新できるほどの生産性はない。

 弐型であれば、斯衛の求める近接密集戦闘能力も満たし、その上で十分な砲戦能力をも持つ。原型機たる不知火の問題でもあった拡張性の乏しさも解消されており、今後の改良にも対応できると目されている。

 純国産に拘る向きもあるが、弐型はあくまで不知火であり、改修用パーツに限っての輸入だという名目も立つ。

 

 崇宰恭子が弐型の斯衛への導入に積極的に動いているという話だが、これは何も開発に関与した譜代の篁家への配慮だけではない。武御雷の大量導入が現実的には不可能な現状、次なる本土防衛に際して、瑞鶴はMk-57を主装備とする砲兵戦力に、希少な武御雷は指揮管制機に、今後の主力を弐型で編成したいようだ。

 

 

 

(こうして全機を見るのは初めてだけど、連隊としてはちょっとバラけてるって感じか? って一番バラけてるのはオレたちだよなぁ)

 

 だがその武も、余裕があるわけではない。周囲を観察する余裕があると言えば聞こえは良いかもしれないが、その実機体操作に集中しきれずに意識が散漫になっているだけだ。

 時折注意して修正しなければ、身に付いた癖で高度をギリギリまで下げてしまいそうになる。突撃前衛長として隊の最前列を任されている武がそのように無理な動きを行えば、後ろに続く機体だけでなく横を飛ぶ冥夜にも要らぬ負担をかけてしまう。

 

 機体自体にはなにも不満はない。乗り慣れたと言ってしまえるようになった黒く塗り替えられたF型武御雷ではないが、丁寧に調整された不知火・弐型。それも予備パーツから組上げられた、実質的には新品とも言える機体だ。

 ただ武が乗る機体は、以前にユーコンで試験に用いていたものではない。そちらは元々が孝之が使っていた機体だということもあって戻されている。同じく冥夜が使っていた機体も、いまは慎二が乗っている。

 

 緊張の原因と言えるのは、武に用意された機体が複座仕様だったことだ。

 

 

 

 ハイヴ攻略において、地下茎が無線妨害機能を持つのか、通信環境は劣悪と言える。当然既存のCPからでは通信が届くのは門突入後の極めて狭い範囲だけだ。地球上最大規模の喀什攻略を想定した場合、何らかの形で指揮通信系統を可能な限り前線に持ち込む必要があった。

 XG-70を投入するとはいえ、やはり大隊規模以上となると陣形が伸び、十全に通信を維持できるとは言い難い。そこで初期予定通りにA-01においては、以前に提唱されたように前線にCP将校を連れて行くため、各中隊毎に一機ずつ複座仕様へと変更されている。

 

 複座仕様には指揮系統の冗長性を高めるために、第三小隊副長の機体が選ばれた。第二中隊は例外的に中隊長であるユウヤの機体にイーニァがペアとして乗り込んでいるが、これはクリスカをはじめ第五世代ESP発現体の衛士たちが指揮教育をまったくと言っていいほどに受けていないためでもある。

 

 そしてもう一つの例外は武たち第一中隊だ。CP将校が霞とターニャということもあり、またXG-70dの直掩に就くことが確定していたため、複座型の編成は見送られるはずだった。

 

 

 

(機体の調整用と考えたら、オレが複座に乗るのもおかしくはない、のか? 鎧衣に無理はさせられねぇしなぁ)

 

 第一中隊第三小隊の副長は尊人だ。何かと器用な尊人ではあるが、やはり撃震からの機種転換直後に、さらに差異は少ないとはいえ複座型へと変更するのは負担が大きい。なにより慎二と並んで隊の潤滑剤のような立場だ。あまり雑多な任を負わせるのも気が引ける。

 

 やはり慣れぬ機体だ。意識が散漫になっていると自覚して、どこか身体に無駄な力が入っているに違いない、と武は思い込もうとする。

 

 出発直前にいきなり指定されたのがこの機体だ。

 当然機体側にはデータの蓄積などなく、一応は以前の武の運用情報をコピーしてくれてはいるが、完全に慣らされているわけではない。半ば新品と言える機体なので他者の癖がついていない事は利点ではある。

 

 

 

(あ~いや、問題にはちゃんと向き合わなきゃ、だな)

 

 緊張も、その原因も、実のところは判っている。

 たとえ慣れぬ機体とはいえ、二時間程度の巡航飛行で自身が疲労するはずはないと、武は経験から知っている。

 

 務めて意識しないようにしていたが、やはり無理だった。問題は、結局のところ唯一つ。複座型ゆえの同乗者の存在だ。以前のAL世界線、クーデターの際に悠陽を同乗させた時以上に、武は気を張り詰めていたのだ。

 

「失礼します。少しばかり水を飲もうかと」

 機内通話に限定して、武は後席に座る第一中隊付きCP将校、つまるところはターニャに断りを入れた。

 

 もちろん水を飲むからと言って機体操作から意識を外すわけではないが、それでも後席が居るのであれば一声かけておけば安全は高まる。

 何をどう切り出すべきかと悩みつつも、釣り合えずは落ち着くべきかと、軽く休息を取る体で声を掛ける。

 

『かまわんよ。まだ先は長い。ほどほどに休みたまえ』

 

 武の葛藤などまったく歯牙にもかけていないのか、普段通りの落ち着いた声で、了承される。

 同乗しているとはいえ、戦術機のコクピットの中だ。通話でなければ互いの声など聞き取れない。そして視界の片隅に映っているとはいえ、解像度の低いフェイスウィンドウ越しだ。もとより感情の読みにくいターニャだが、今は本当に何を考えているのかも想像がつかない。

 

 

 

『ああ……ついでだな。フェアリー00から、フェアリー各機へ。各自適当に水分補給および糧食の摂取に務められたし。ただし投薬に関してはこれを禁ず』

 

 ターニャの指示に対して、中隊の各機からそれぞれに了承の声が帰ってくる。

 ただどこかほっとしたような表情の元207Bの新人に対して、各小隊長は当然だが晴子もその意味に気が付いたように僅かに緊張を高める。

 つまるところ、興奮剤などの使用は現時点では禁じられているが、食事などが必要な程度にはまだ飛び続けることになると悟ったようだ。ついでにローテーションの指定もない。その程度は各小隊内で割り振れと言わんばかりだ。

 

(白陵基地を出てそろそろ二時間半、青森を超えてもうすぐ北海道か?)

 

 海岸線からは離れ、陸地は目視できないが、それでも地図で確認する限りは襟裳岬が眼前にあるはずだ。おそらくは千歳に降りるのだろうとは考えているが、出立時に通達されなかったということは、今この場で任務地などを問いただしても答えが返ってくるはずはない。

 ならばむしろ外部に聞かれることはないと割り切って、いい機会だと今まで聞きにくかったことも尋ねようと意識を切り替える。

 

 

 

「このような場で申し訳ありませんが、いくつか質問よろしいでしょうか?」

『なにかね? 答えられる範囲であれば、答えよう』

 

 暗に作戦目的などは言わぬというように、ターニャが切り替えしてくる。それでも雑談には乗ってくれるようだ。もとより機内回線のために秘匿通話以上に隠密性は高い。そして本来ならば許されないが、通話記録も取らないように設定しておく。

 

「喀什攻略の作戦に関してです」

『ふむ? 続けたまえ』

 

 武が意を決して口にしたことに、ターニャは至極あっさりと続きを促す。

 

「想定シナリオの11番目と言えば、投入戦力ももっとも余裕を見ていましたが、なによりもG弾の多数投射を含めておりました。よろしかったのでしょうか?」

『それは作戦後の環境問題としてかね? それとも?』

 

 ターニャは言葉を濁し、わざとらしいまでに質問に質問で返してくる。武からはっきりと言葉に刺せる腹積もりのようだ。

 

「G弾の運用で攻略が為されたとなれば、オルタネイティヴ計画が第五へと移行するのではないかと愚考いたします」

『くははっ、作戦開始前から攻略後を考えるか。なかなかに皮算用ではあるが、なに……むしろ使わぬ方が問題を残す』

 

 作戦後の皮算用はそちらこそでしょうと言いたくもなるが、武とて流石にそれは口にしない。なによりもターニャや夕呼に今後の予定というものを考えて貰わないと、いまの武個人では大局的な行動など取りようが無い。そして今後も大局的判断など自分ができるようになるとは、なかなかに思えない。

 

 ただ先のことは別として、喀什攻略にG弾を使わない方が問題だと言われても、その答えも咄嗟には思い浮かばない。

 

 

 

「そういうものなのでしょうか?」

『考えてもみたまえ? もし我らが四個師団、軍団規模を超す1200機とはいえ、戦術機のみで喀什を陥としてしまえばどうなる?』

「なるほど……XM3対応済みの第三世代機の数が揃えば、安保理決議を経ずにハイヴ攻略を目論む国家が出てくる、ですか?」

 

 そこまで言われてようやく答えらしきものに思い至る。

 以前にも言われたことだが、JASRAと第四計画の研究において、XM3対応型第三世代機を一定数用意できれば、フェイズ3までのハイヴは攻略可能とは目された。いまだその研究結果は公表されてはいないが、戦術機のみで喀什を陥とせば、まちがいなくその可能性に賭けようとする国家は現れる。

 

『その可能性が極めて高い。そして頭脳級を潰せずとも、アトリエまで進攻することだけを目論めば、さらに成功率は高まる』

 

 そうなってしまえば、G元素の一元管理は破綻する。

 その先に待っているのは新たな東西の緊張どころではない。G弾の破壊力を背景としての国土割譲を強要する亡命国家や組織が絶対に出現する。

 

『現状のG元素と違い、XM3を完全に管理下に置くことは極めて困難だ。いましばらくはそういった暴走の要因は可能な限り排除しておきたい』

 

 

 

 ターニャの言うことは理解はできる。

 単一国家では1200機のXM3対応型戦術機自体が揃えられるものではないが、国土奪還を名目に旧東側諸国をソ連が纏め上げる可能性は低くはない。 しかしそこにXG-70に加えG弾までが合わされば、合衆国の協力なしでは実現不可能だと判断されるだろう。さらにいましばらくは唯一のXM3用CPUの供給元たる帝国の影響力もあれば、それなりの抑止にはなると思われる。

 

 喀什の攻略に成功したが、それが人類間の紛争の新たな火種となるというのは、武としても遠慮したい。

 

『なに、こちらからG弾の複数連続運用を持ちかけてみれば、むしろあちらの方が及び腰であったぞ? ユーラシアを割るつもりかと真顔でジョークを告げられた時は、さすがに私としても反応に困ったところだよ』

「は、ははは……」

 

 つまらん冗談だとターニャは軽く口元を歪め嗤う。いちおうは武も付き合って笑って見せるが、おそらく第五に関する者たちから返されたその言葉は、むしろ本心からなのだろう。

 

 G弾の投入は合衆国の中、第五推進派からどうせ言ってくるだろうと夕呼も武もターニャも諦めて受け入れたが、ターニャはさらにその投入数を上乗せするように要請した。

 いままで第五計画に対して反対の態度を示していたJASRAがG弾の使用、それもを半ば無制限と言える連続投射を提言したのだ。過去に積み重ねてきた実績からすれば、JASRAというよりかはターニャが喀什を陥とすためにユーラシアを割ってでも成し遂げようとしていると思われるのも当然だ。

 

 むしろ普段から反共産・社会主義的立場を隠そうともしないターニャだ。中ソの国土全域へ、再利用不可能なまでに重力汚染を拡げることこそその目的だとまで思われている可能性すらある。

 

 

 

『貴様が第五計画を否定する、いやG弾を忌避するのは、バビロン災害を齎すからか?』

「それもありますが、そう……ですね。この世界においては横浜にハイヴが無いから実感はしにくいですが、やはり人が住んでいた土地が重力汚染に晒されるというのは、あまり気持ちの良いものではありません」

 

 G弾を使用するとはいえ、バビロン災害が起きるほどには広範囲かつ多量に投射しない。この世界ではないが、佐渡島ハイヴ攻略の際に自壊したXG-70bの爆破規模から逆算して、20発までは安全範囲、その倍程度ならば許容範囲とはされている。

 それを踏まえて、喀什攻略に際しては各段階ごとに4発ずつ、計12発が投射予定だった。作戦が失敗した際の代替計画、合衆国主導の『フラガラッハ作戦』でも同数程度に抑えられているはずだ。

 

 もちろん第四主導の作戦、仮称『シナリオ11』が失敗すれば、投入した3機のXG-70がすべて自壊してML機関が臨界を迎える可能性も高い。そうまでなればおそらくは『あ号標的』は排除できであろうし、佐渡の三倍と考えてもユーラシアが割れるというのは過剰な表現だろうとは思える。

 そこまで至ってしまえば『フラガラッハ作戦』において追加のG弾投入の必要さえない可能性も高い。

 

 

 

 そうは言っても元々が人の住んでいた土地だ。奪還するためとはいえ、その地に恒久的な重力異常を残したいとは思えない。

 

『通常戦力で奪還できたとしても、喀什の再建など今後一世紀は難しかろう。少々の重力異常が残るとしても、誤差の範囲だ。なによりも元の住人など生きてはおらんだろう』

 

 だが武のそんな苦悩をターニャはあっさりと流す。

 BETAの侵攻からすでに30年ほど。ユーラシアの大部分は山脈も削り取られ、荒野というのも烏滸がましいただの平野だけが広がっている。河川すらも幾つも失われており、バイカル湖や黒海、カスピ海などの沿岸部分を除けば、水資源に乏しい。

 

 加えてターニャは喀什の住人など生存しているはずがないと切って捨てる。たしかにBETA大戦の始まりの地とも言える喀什だ。その後の中ソの潰走としか言えない戦線の後退からしても、喀什から生き延びた者が居るとはなかなかに考えづらい。

 

 だからと言って、大規模かつ恒常的な重力異常を撒き散らしても良いという話ではないと武には思えてしまうが、そもそもが代替案の無い話だ。G弾抜きでの喀什攻略は大きく作戦成功率が下がり、実質的に達成不可能と予測されている。

 

 

 

「しかし事務次官補殿は、第五計画……というよりかは、G弾の使用に懐疑的だとばかり思っておりました」

『ん? ああ、核以上に使いにくいというのもあるが、そうだな……『バビロン作戦』ではなく、本来の第五計画を私が否定するのはまた別の問題だ』

「お聞きしてもよろしいのでしょうか?」

 

 第五には否定的でありながらG弾の運用は受け入れているかのようなターニャの口振りに、武は単純に興味を引かれた。今を逃せば聞き出すタイミングもなさそうなので、危ないと思いつつも踏み入ってしまう。

 

『簡単な話だよ。補給、というよりかは生産面だな。G元素はいまだ人類が生成できない未知の元素だ。となればその補充の目途はどうする?』

「それは……ハイヴを攻略してアトリエを占拠する、ですか?」

『その通りだ。G弾を持ってハイヴを攻略し、そこから回収できたG元素でまた新たにG弾を生産する。自転車操業的な、略奪を前提とした計画であり、どこかで失敗とは言わずとも遅延でも起こせばたちまちに破綻する』

 

 蛮族じみた前時代的な、作戦とも言えぬ空論以前の我儘だとターニャは嗤う。

 もちろん作戦失敗を含めての余剰は計算しているだろうが、もとよりハイヴにどれほどのG元素が貯蔵されているかなど、推測というよりかは願望に近い予測なのだ。長期的な計画として採用できるようなものでしないと、切り捨てた。

 

 

 

 

 

 

「質問にお答えいただきありがとうございます。ちょうどそろそろ目的地でしょうか?」

 

 他にも聞きたいことはなくもないが、北海道が近い。このままに北上すれば襟裳岬が目視可能な距離にある。富良野ならばこのままでも良いかもしれないが、千歳に向かうのであれば進路を変更する必要があった。

 

『ああ、もうしばらくすれば修正指示を出す。ここまでは天候にも恵まれたが、ここからは荒れるはずだ。北東方面の気象状況には注意しておけ」

「はっ、02了解いたしました。あ、いえ……北東に、ですか?」

『なにか勝手な思い込みでもしていたようだな、白銀少尉? まあ中継地まではあと一時間程度だな』

 

 ターニャがニタリと嗤い、中隊全機へと進路変更と目的地の指示が出された。

 

 

 

 向かうは北海道の東端、根室分屯基地。

 ただしそこはあくまで中継地、燃料の補給のみですぐさまに飛び立つという。

 

 武は頭の中で地図をひねくり回していたが、どう考えても帝国を離れることになりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと時間を飛ばしまして、機種転換訓練とか弐型への再調整とか、あと中刀とかに関してはまたそのうち~の予定です。A-01全隊での演習の、その下準備的移動だけで終わってしまいました。

で、さらっと流してしまってますが原作だと2003年に弐型が帝国陸軍に正式採用ですが、本作では撃震代替と次期主力機選定とがさらに泥沼化しそうですけど、崇宰の恭子様が生きておられたりで、斯衛向きに城内省が02年度予算で低率初期生産を始めてしまいそうです。

でで、デグさんから「G弾使うぞ、数用意しておけよ」とか言われた第五推進派の皆様方は、たぶんいま必死になって逃亡先を選定中かもしれません。


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誅求の苛斂

 A-01連隊全機での移動は、武が想像していた以上に長時間かつ過酷なものとなった。

 

 北海道の東端、根室分屯基地で一度燃料補給に立ち寄った際は、機外に出る許可は下りず、携帯食を齧る程度の休息しか与えられなかった。そこから千島列島を左手に冬の北太平洋を北上し、再び連隊規模での編隊機動を熟しながら、さらに5時間近く費やして極東ソビエト軍のペトロパブロフスク・カムチャツキー基地へと着いた。

 

 BETA大戦においては一応は友軍ではあるものの、歴史的にも現実的にもロシアそしてソビエトは仮想敵国だ。帝国においては政治家のみならず軍内部にも社会主義思想に染まった新ソ派が一定数存在するが、A-01内にはそのような政治信条を持つ者はいないはずだ。ハンガーに着いたとしても緊張を解ける場所ではなかった。

 第一中隊の新任少尉たちは慣れぬ長距離移動で疲れ果てていたのだろう、そのような背景に思い至る余裕はなさそうだったが、さすがにまりもを始め孝之と慎二もそれまでとは違った意味で気を張り詰めていた。

 

 だがそのペトロパブロフスク・カムチャツキー基地でも、簡易整備を受けつつも武たち衛士は機内待機を命じられた。ターニャは一度降りたものの、各中隊隊長とCP将校との簡単な打合せの後に、即座に戻ってきた。

 そして再び補給の完了と共に出撃が命じられ、再び目的地も告げられずに今度はカムチャツカ半島を右手に見る形で、オホーツク海側を北上することになった。

 

 

 

「ようやく……到着、か?」

 

 結局、二度ほどは休息があったものの計12時間は飛び続けた形だ。しかも北海道までの安定した気象条件とは異なり、9時間以上は冬の荒れた北太平洋とオホーツク海の海上を、だ。

 航空機に比べれば劣悪な空力特性しか持たない戦術機は風の影響を強く受ける。光線級警報下ではないとはいえ高度を取ることも許されず、巡航速度での飛行とはいえ気力も体力も大きく削がれた。

 

 耐Gはともかくも戦術機適性の高い武であってもかなり疲労している。第一中隊の少尉面々は声も出せぬほどだ。もともと体力に欠ける壬姫などは、幾度かの投薬があっても蒼白な顔付で、眼だけが無理矢理に開かれているようなありさまだった。

 また小隊長であり隊のムードメーカーとも言える慎二にしても、この先があるのではと警戒しているのか視線が厳しい。孝之共々に少尉連中のバイタルには注意しているのだろうが、それ以上に緊張を緩めていない。

 

 武にしても、オホーツク海を挟み一応は人類支配地域といえど、ここが最前線だということは肌で感じている。これほどまとまった規模での戦術機戦力の移動だ。対岸でのBETA群集結の報告もないとはいえ、BETAの即応能力はいまだ不透明、今まさに地中進攻があったとしてもおかしくはない、

 

 

 

 中隊番号順に着陸したこともあり、武たち第一中隊はその番号通りに先陣を切る形だった。いまは後続を待つために待機、かつ周辺への警戒が指示されている。真那たちの第19独立警護小隊もなかば第一中隊の増強分と数えられているようで、共に警戒に当たっている。

 

 横浜を出立したのが早朝とはいえ移動に半日以上かけたのだ。加えてここカムチャツカと日本では3時間の時差がある。緯度も高く、周囲はすでに闇に包まれていた。光学系センサー類は然程役に立たない。設置式の耐震センサーが用意されているかもしれないが、まだデータリンクは為されていない。周辺警戒と言っても使えるものは機体のセンサー類だけだ。

 

 着陸の指示が出された土地は、海岸線からわずかに内陸に入った河口部分とはいえ、積雪もある。

 いま武たちが下りた場所はすでに先遣隊が入っていたようで、ある程度の除雪は行われており二個大隊72機以上の戦術機が並ぶ程度には整備されている。それでもその先は手付かずのままで、泥濘というほどではないが脚部走行の際はかなりの注意が必要そうだった。

 

(え~っと、オホーツク海の北の、ペンジナ湾。そこのペンジナ川河口、ってところか? マニリって街になるのか?)

 

 とりあえず最低限の周辺地形データだけでもと、集音センサーには気を配りつつも、武は地図データを読み込む。後ろに座るターニャに聞けば応えてくれるかもしれないが、各隊のCP将校とのやり取りに忙しいようで、キーボードを叩く音とともに細々と指示を伝えている。

 ただ機体に入っている地形情報はBETA大戦勃発前の物らしく、BETA侵攻後の地形変化などには対応していない。ここペンジナ湾の東側はともかくも、対岸の地形データは当てになりそうではなかった。

 

 

 

 

 

 

 周辺警戒を命じられて30分と経たずに、A-01の全機が揃った。

 さすがに整地されているとはいえ雪の降る野外、ハンガーも自走整備支援担架も無い現状、戦術機をそのままに長時間立てたままにはできない。片膝を付いた形で駐機し、用意されていた防水シート掛け、簡単にではあるが機体への直接の積雪を防ぐ。

 そんな80機近い不知火・弐型が並ぶ前、簡単にライトで照らされた場所に武たちも衛士強化装備の上からコートを羽織っただけの姿で、各中隊ごとに指揮台に向かって整列する。

 

「総員傾注ッ!!」

 

 この寒さにも関わらずターニャが大きく口を開く。その良く通る声に合わせ全隊員が敬礼する中、指揮台に上ってきたのはウォーケンだった。

 

「諸君、楽にしたまえ。香月副司令より連隊指揮官代行を賜ったアルフレッド・ウォーケン合衆国陸軍少佐だ。まずは何よりも長時間に渡る移動、ご苦労だった」

 

 労いの言葉と共に合衆国陸軍と名乗ったものの、ウォーケンも今は在日国連軍のBDUにコート姿だ。

 第四計画全体であれば日本帝国以外の者もいるが、A-01の衛士に限ればほぼすべてが帝国臣民だ。夕呼の命とはいえ、さすがに隊のトップに合衆国陸軍の人間が立つことに、やはり疑問があるのだろう。武の知る他世界線と異なり対米感情は悪くはないが、それでもわずかとはいえ、周囲の衛士たちに懐疑と緊張とが広まるのが感じられた。

 対して指揮台の後ろに並ぶターニャと、そして真那たち斯衛の四人は一切の感情を見せない。

 

 

 

「私の立場は少々複雑だが、合衆国陸軍所属のままにJASRAへ出向、そこで今は局長代理の立場にある。今回、香月副司令の計画にJASRAが全面的に協力する関係で、A-01の前線指揮官として諸君へと指示を出す立場となった。なに、さすがに香月副司令殿に前線にまで出張ってもらうのは、我らとしても阻止したいのでね」

「「「はははっ!」」」

 

 そんな衛士の反応は当然ウォーケンも予測していたようで、軽く冗談交じりに自身の立場を説明する。それを受けてA-01の面々もわざとらしい部分はあるが笑って見せて受け入れる。

 

「移動での疲労もあろうし、なによりもこの気候だ。ここでの諸君の任について長々と話しはしない。なに、簡単なことだ。今諸君が搭乗してきた不知火の改修、通称『弐型』の実戦運用試験と、そこで見いだされる問題点の解消。合わせて諸君らのXM3と弐型への慣熟だ。これらを大々的に帝国本土で行うことが難しいことは、諸君らの方が承知のことだと思う」

 

 A-01において書類上は、いまだ配備・運用されている機体は「94式戦術歩行戦闘機・不知火」である。すでに全機が弐型Phase2仕様へと改装されてはいるが、これはあくまで老朽化したパーツ類の交換という形で処理されている。弐型と称されているのは、あくまで衛士や整備兵の間での俗称という体を取っていた。

 政治的に、在日国連軍に非公開とはいえこれ以上最新鋭の機体を提供することは難しく、なによりも開発試験中の機体を帝国陸軍よりも先に配備することには反発が予想されたからだ。

 再編という形で実質的に新設された第二中隊の機体に関しても、実のところは予備パーツなどを使い新しく組み上げたものだが、あくまで書類上は中~大破していた機体を修復したとなっている。

 

 それらの要因もあって、帝国本土でのA-01による弐型の運用試験は難しかった。なるほど確かに極東ソ連軍が管理するこの地であれば、少々ならば帝国へと漏れることもないはずだ。

 

 

 

「では以降の詳細については、ティクレティウス少尉、任せる」

「はッ、総員ッ、連隊指揮官代行殿に、敬礼ッ!!」

 

 先の言葉通りにウォーケンは話を簡単に切り上げ、おそらくはわざと軽く崩した返礼を残して、ターニャに後を任せる形で指揮台を降りた。引き継ぐ形でターニャが指揮台の上に立つが、その小さな体格から表情は見えにくい。

 

「連隊指揮官代行副官の任を受けた、ターシャ・ティクレティウス少尉であります。連隊長代行殿の意を受けて、今後の予定を簡単に伝えます」

 

 サイズの関係でおそらくはオーダーメイドの衛士強化装備、その上にこちらは最小サイズのコートを羽織ったその姿だけであれば、無表情ではあるものの可愛らしくも見えなくはない。ターニャを直接知らない他中隊の面々はどこか興味深げに壇上の幼女の姿を見ているが、年齢も近く同じく表情の薄い霞の存在があるため違和感が少ないのだろう。

 ただ武は、一見いつも通りのどこか気だるげなターニャの様子だが、その様子に何か悪い予感を感じて気温からではない寒気に体を震わせてしまった。

 

「さて……先の連隊長代行殿のお言葉にもあったが、一応の目的は弐型の運用試験ではある。が、こちらは副次的なものだ。むしろ連隊としての連携練度が低い諸君らに、香月副司令官殿からの篤い恩情をもって、諸君らには手厚い再訓練の機会が与えられた。これに伴い、昨日より諸君らは訓練兵だ」

 

 階級は一律に訓練兵に落とすと、敬語を取り払った形でターニャが告げる。

 さすがにそれにはあちらこちらから疑惑の呟きがどうしても漏れてくる。夕呼の無茶振りには慣れているはずのA-01の面々であっても、何を告げられているのか一瞬では理解が及ばないのだろう。

 むしろ熟練の先達の方が、理解を拒むはずだ。

 

 

 

 実戦運用試験ならば、よく解る。

 プロミネンス計画でこの地が小隊規模の実戦運用試験場として使われていたことなどは知らずとも、エヴェンスク・ハイヴ周辺では光線属種が確認されていないことは、周知の事実だ。

 

 機体特性がかなり変化しているうえに、開発当初には想定されていなかったXM3へと換装されているのだ。どこに問題があるかを洗い出すには訓練場での試験だけでなく、ある程度の実戦を経ることは望ましい。

 光線属種がいないだけでなく、海という絶対の盾で守られているこのカムチャツカ地方は、間違いなく実戦運用試験に最適の場所と言える。

 

 連隊での連携練度が低いというのも、古参ならば理解しているはずだ。もちろんあくまで他の能力と比較してということではあるが、秘匿部隊としての性格上、どうしてもA-01は中隊規模での運用が主体だったことから大隊規模以上での戦闘経験は薄い。

 だがこちらはなにも前線で行わねばならないような話ではない。しかも訓練兵として扱われるなどとなれば、意味が判らないのも仕方がなかった。

 

 

 

「とはいえ帝国もそして国連軍も、これまた諸君らには格段の恩情もって対応している。喜びたまえ、今回の降格に伴う給与や賞与の棄損はない。むしろ国外への展開ということを鑑み、出向手当を付けていただける。感謝するしかないな」

 衛士たちの困惑などにターニャは一切配慮しない。むしろ降格人事じみたことに不満があるのかと、どこかズレた慰めを掛け始める。

 

 先達衛士の困惑にではなく、ターニャの対応に武は頭を抱えたくもなるが、階級の件だけならば理解できなくもない。一応は表向きにはウォーケンが指揮を執るという形になっているものの、実質的な指揮官はターニャなのだろう。

 いくら夕呼が無茶をすることがあるとはいえ、さすがに表向きは任官から3ヵ月程度の「ターシャ・ティクレティウス」をウォーケンより上の中佐待遇に置くわけにはいかない。指揮下に置くことになるA-01の面々の階級を下げて対応するしかなかったのだろう。

 

 冥夜やまりもが他の面々ほどに驚きが無いのは、良くも悪くも九州防衛やユーコンでの経験を経て、ターニャの無茶に慣れてしまっているからに違いない。

 

 

 

「ついでにこの先の破棄された町、マニリに残っている各種の建造物は好きに使っても良いと、コミーどもからも破格の申し出だ。嬉しいだろう? この雪の中で寝る必要はないぞ?」

 

 続けられた言葉に、ようやくわずかではあるが武も安堵する。ユーコンでのJIVESを用いた長時間演習などを思い出い限り、最悪は防水シートに包まれた自機の足元に、自分たちの手で簡易壕を掘り起こす可能性さえ考えていたのだ。

 住人がいつほどに退去したのかは判らないが、それでも家屋が残っているならば、この風雪を凌ぐ助けにはなる。

 

「では訓練兵諸君。睡眠導入剤を投薬の後、速やかに眠りに付き給え。ああ、現地時間に時計合わせをすることを忘れるなよ?」

 

 具体的な指示はあえてはぐらかしたまま、一切の質問などは受け付けぬと、ターニャは解散を命じた。

 

 

 

 

 

 

 解散と言われたものの、人工の明かりなどほとんどなく、加えて極寒とも言える気象状況だ。中隊ごとに整列したままに、足取りは重いがそれでも急ぎ移動を開始する。

 

「宿舎として指定されたのは1kmほど先、この街の政府関係のビルだ。先に整備の者たちが最低限の準備は整えているという。中隊各員、急げ」

 

 武たち第一中隊も、まりもの簡単な号令の後、各自ハンドライトを灯しつつ歩く。皆それぞれに疑問などもあるだろうが、何よりも疲労が激しいのか、会話を禁じられてはいないのに誰一人として口を開かない、

 しかし簡単に話ができる環境でないこともたしかだ。正確な数値は判らないが、間違いなく気温は氷点下を大きく下回っている。簡易宇宙服としても利用できるほどに気密と保温性にも優れた衛士強化装備にコートを羽織っているとはいえ、首から上は外気に晒したままだ。このまま長時間外にいるだけで体調を崩しかねない。

 

 結局、疲労はあるがこのままだらだらと歩く方が厳しく、誰が言い出したことでもないが、全隊が駆け足に近い速度で宿舎まで移動することとなった。

 

 

 

 

「ぬくい~暖房のありがたさが身に染みるよぉ~」

「本当に凄いわね」

「ねむい……」

「はははっ、流石はソ連の建築ってヤツだね」

 

 宿舎として宛がわれたビルは、想像以上に整備されていた。照明は少ないものの、館内の気温はしっかりと温められており、千鶴に至っては一気にメガネを曇らせるほどだった。

 簡単な館内案内を受けた後、各中隊ごとに割り当てられた部屋へと向かうとなると、慣れぬ長距離行軍での疲れが一機に押し寄せたのだろう。少尉連中が一気に緊張を失い、口々に感想を漏らす。

 

「ベッドも簡易なものだがちゃんとある。寝袋生活って訳じゃないのが安心だな」

「広さもあるし、一応は男女で分けてくれてるのか。ああ、なんなら鎧衣はあっちに行くか?」

「じょ、冗談でもやめてくださいよぉ~平隊長~」

 

 さすがに二人の小隊長はそれほど疲労を溜めていないようで、第一中隊の男子4人に宛がわれた室内に入ると、用意されていた補給品らしきものを手早く確認していく。

 

「で、これは何でしょうかね……?」

「訓練用、ってところか?」

「我らが神宮司教官だけでなく、CP将校たるあの少尉殿の指揮ですからね……これを担いでの雪中行軍くらいはありそうな気がしてきました」

「タケルもやめてよぅ~こんな季節に準備不足で歩くと、さすがに倒れるよ」

 

 部屋の片隅、着替えのBDUなどと一緒に置かれていたのは、旧式と言えるAK-47らしきアサルトライフルとその予備マガジンや弾薬類だった。さらに軽機関銃まで一丁ある。加えてグレネードらしきものも用意されていた。

 この場にいる男4人、訓練分隊時代は年代は違えどまりもに扱かれて衛士になっているのだ。わざわざに国外での再訓練という事態に、最悪を想定し始めていた。

 

 

 

 そんな話をしながらも、その訓練兵時代に叩き込まれた技術をもって、ベッドメイクを手早く進め、最低限の宿舎としての体裁は整えた。足元が衛士強化装備のままなので、ブーツを磨く手間が無いのも救いだ。

 

「就寝の準備はできているようだな?」

「はっ、鳴海以下四名、問題ありませんッ!」

 

 そうこうすると、まりもがドアの前に立ち、室内の確認にやってきた。形の上で全員が訓練兵に降格しているとはいえ、当たり前だが指揮はいつも通りにまりもが執り、孝之と慎二とが各小隊を纏める形だ。

 

「シャワーの数に限りがあるために、使用時間にも制限がある。予備の衛士強化装備もそちらに用意されているはずだ。順番は……そうだな、貴様らから先に済ませろ。疲労もあろうが、何よりも環境の変化が大きい。体調には万全の注意を払え」

「了解です。シャワーの後に投薬し、速やかに休みます」

 

 まりもも訓練兵時代のように細々として確認はせずに、最低限の指示だけを伝えて、すぐに離れる。

 

「さて、と。中隊長殿のご指示だ。さっさと済ませて御嬢様方にシャワーを譲るとしよう」

 

慎二の言うとおり、ここで時間を使ってしまうと女性陣から恨まれるだけだと、急ぎシャワーを浴びる。あとは時差の関係でまだ体としては早いはずだが、指示通りに睡眠導入剤を投与して、一気に眠りに付いた。

 

 

 

 

 

 

「ッ!? コード991ッ!?」

「白銀、鎧衣ッ、急げッ!!」

「了解ッ!!」

「状況はッ!?」

「判らんッ、隊内通話はともかくも、CPとは繋がっていないッ!」

 

 薬の効果か夢も見ずに眠っていたが、聞きたくもない警告音で叩き起こされる。無為法だけが鳴り響き、詳細を告げる放送などが続くことはなかった。

 

 仮設の宿舎のため衛士控室などは無く、強化装備を手元に持ってきていたのが功を奏した。できる限りに手早く装着していく。ヘッドセットに着いている通信機能は生きているが、何も受信していない。

 

 

 

「待て白銀、銃は持って行けよッ!」

 手ぶらで飛び出しかけた武を慎二が呼び止めた。たしかに戦術機を駐機した場所までBETAと遭遇しないという保証は何もない。徒手空拳では逃げることさえできないだろう。

 

「了解っ、て、しまった、マガジンが空ですよコレっ!?」

「クソッ、そういやそっちは確認してなかったか、いや、なんでもいい、弾薬箱ごと持っていけッ、移動用に車両を確保できれば、その中で詰めろッ!」

「了解ッ! 手榴弾もありったけ貰っていきますッ!!」

「任せた。こっちの機関銃は持って行ってやる」

「慌てるな、あちらには神宮司教官が居られたんだぞ? マガジンは用意してくださっている考えよう」

 

 だが昨日は投薬で無理矢理に眠りに付いたこともあり、まったくメンテナンスも何もしていない銃だ。撃てなくはないだろうが、そもそもマガジンを補充することさえ忘れていた。

 それでもグレネードであれば使える。そして中隊全員で合流すれば、孝之の言うとおりあちらがマガジンを準備してくれている可能性も高い。

 

 

 

「鳴海以下四名、揃っておりますッ!」

「よろしい。第一中隊、行くぞッ」

「「「「了解ッ!!」」」」

 

 衛士強化装備に身を包み、コートを羽織り持てるだけの弾薬を手にして廊下に出た。隣室のまりもたちの準備はすでに終わっていたようで、隊伍を組んでいた。皆緊張で顔を強張らせてはいるが、投薬と睡眠のお陰か、昨日よりかは顔色は良い。

 当然のように真那たち斯衛の4人も並んでいるが、こちらは流石に普段通りに振る舞いを保っていた。

 

「CP機能を戦術機に載せているのが仇となったな。通信状況も悪く、なによりも周辺の状況が掴めん。警戒に当たっていた第6中隊とも連絡が取れん。よって機体への移動を最優先とする。外に出て車両があればこれを確保、なければ徒歩にて走破する」

 

 移動を開始しながらもまりもは簡潔に指示を出す。戦術機までは1kmほどだ。無暗に車両を探して時間を浪費するよりかは、走ったほうが早い。しかしいまだ鳴り響く警告音の中に、先行する他中隊のものだろう銃撃らしき音が混じり始めた。徒歩での1kmが言うほどに簡単でないことがどうしても理解できてしまう。

 

 

 

「……御剣、行けるか?」

「無論だ。其方こそ、これが必要であろう?」

 

 警戒しながらも隣を進む冥夜に武が声を掛ければ、冥夜は意図して笑ってみせながら、マガジンを二本差しだしてくれた。

 

「助かる。ってかやっぱ、聞こえてたか?」

「扉を開けてあれほど騒いでいれば、嫌でも判る。ただ、こちらもさほど数は用意できていない。いま渡せるのはそれだけだ」

「十分だ、とここは虚勢を張るところだな」

 

 無理をしているのは武にも判る。戦術機に乗ってBETAに対峙したことはあれば、生身の、それも慣れぬライフル一丁で相対せねばならないのだ。恐怖で竦んでもおかしくはない。

 まりもや小隊長の二人は演技もあろうが、普段通りの態度を取ってはいる。しかしやはり少尉連中は動きが硬い。純夏もライフルを持ってはいるが抱え込んでいるだけであり、壬姫はなかば鎧衣に手を引かれて進んでいるような形だ。

 

 

 

「第三大隊の二個中隊は裏口へと回ると言っていたが、我らはこのままに正面へと向かう。他中隊もそちらへと進んでいるはずだ」

 

 何かが壊れるような音がしないことから、いまだこの宿舎内への侵入は無いようだが、安心できる状況ではない。気は逸るが警戒を怠らずに進んでいたため、入口ホールまで来るのにさえ時間をかけてしまっている。

 その入口ホール部分は食堂を兼ねていたが、今はテーブル類がすべて窓際へと押しやられ、最低限のバリケードとなっていた。正面出口は閉じられており、ここからでは外の様子も判らなかった。

 

「自分と……柏木で先行します」

「任せる。何かを察知すれば即座に戻れ」

「了解」

 

 全員で一気に突撃、などと言う無茶はできない。そして指揮官が先陣を切る危険を犯せる状況でもないために、孝之が随員の選択に一瞬迷った後に、それでも晴子を選び、、まりもはそれを受け入れた。

 

 BETAの感覚器が何なのかはいまだ不透明な部分が多いが、それでも音に反応することは知られている。外からは断続的にライフルの射撃音が続くが、それもどこか散発的だ。

 

 息を潜め極力気配を消す武たちのを残し、孝之と晴子が玄関ホールを先へと進む。警護に慣れた真那たちはともかくも、武たちは周囲警戒が必要だと理解はしつつも、どうしても先を進む孝之たち二人の姿を目で追ってしまう。

 

 

 

「あ~……」

 しかし緊張する武たちに反し、ドアを開けた孝之はどこか脱力したかのように声を漏らし、一気に警戒を解いた。

 

 疑問はあれど、手招きする孝之に釣られ、警戒は続けながらも中隊の残り全員が外へと向かった。だが外を見れば、孝之の反応もすぐに判ってしまった。

 

「遅かったな、第一中隊の諸君。中隊付きCP将校の私の顔に泥を塗りたかったのかね? 早く整列したまえ」

 

 宿舎とされた建物を出た眼前、いまだ積雪の多い道路の中央に、ターニャが嗤いながら左右の手にそれぞれAK-47を構えながら立っていたのだ。

 

 そのターニャの背後には他中隊が奇麗に整列させられている。

 衛士強化装備を纏っていない者はいないが、コートを身に着けていない者はそれなりにいた。ユウヤが率いる形の第二中隊に至っては、強化装備だけで飛び出して来ていたようで、ライフルの一丁も持ってきていない。

 

 

 

「さて訓練兵諸君。コード991を訓練のために鳴らすのはこれが最初で最後だ。だから今言っておく。ここが最前線だということをよく肝に銘じておけ。貴様らが今生きているのはただの偶然、あのクソッたれな土木機械どもの怠慢のお陰でしかないということを、よくその足りない頭に叩き込んでおけ」

 

 ターニャは喋りながらも、両手に持つAK-47を器用に構え、宿舎とは別の半ば倒壊した家屋の壁面に描かれた兵士級らしきBETAのターゲットへと、的確に銃弾を叩き込んでいく。

 その小さな体躯に、アサルトライフル二丁持ちというフィクションじみた構えでありながら、銃身はどちらもさほどのぶれも見せない。紡がれる言葉よりも異様な技量にA-01の衛士たちが圧倒されていた。

 

「第二中隊のその身形は論外であるが、なぜに貴様らは戦術機をこの場に持ってきていないのだ? わたしは間違いなく告げたはずだぞ? このマニリに残っている各種の建造物は好きに使っても良い、と」

 

 大仰に両手を広げ、そして銃口で街並を指し示す。朝日を受ける街並みを見渡せば、なるほど積雪で判りにくくはあるが、この街もBETAの進攻を受けていたのだろう。宿舎として利用している建物を除けば、多くが倒壊している。

 もともとが街路も広く、ある程度整地すれば、宿舎前を駐機エリアとすることもできるはずだ。

 

「それともなにかね? 一から十まですべて説明され、指示されねば訓練兵の足りぬ脳ミソしか持たぬ諸君らは、何も動けないというのかね」

 

 今すぐに動き出さねば撃つと、そのターニャは眼光だけで知らしめる

 

 

 

 どうやらA-01のカムチャツカでの弐型実戦運用試験、その初日は残された街並みを切り崩し、戦術機用の駐機エリアを作ること始まるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




みょーな長さですが特に何かが進んでいるわけでもないと言いますか、最前線と言えるはずのカムチャツカ到着です。で、ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地どころかミリコヴォ地区のц-04前線補給基地さえもあっさりと通り過ぎて文字通りの最前線の半島西海岸です。

このあたりどのくらいの頻度と規模とでエヴァンスクからBTEAが彷徨い出てくるのかいまいちよくわかっていませんが、さすがに毎日毎日大隊規模とか連隊規模で進攻してくるわけではないよなぁ……と誤魔化しておきます。

でジャール大隊の皆様、特に本家(?)の副官ターシャさんとか出したかったのですが、以下次号ッです。


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錬磨の矯飾 02/01/16

 

 カムチャツカ半島での二日目は戦術機での土木作業、むしろ除雪作業から始まった。とはいえXM3の即応性向上は何も高機動戦闘にのみ効果があるわけではなく、陣地構築においても下手な重機よりも小回りが利くようになっている。

 

 さらにドーザーブレードとしての使用も想定されている92式多目的追加装甲をもってすれば、専門の除雪車ほどではないが作業は早い。避けた雪の始末も、すぐそばのベンジナ川が河口付近ということもあり、そちらへ投棄するだけだ。連隊規模の戦術機を並べる程度の広さを処理するとはいえ、時間は思ったほどには取られなかった。

 

 もとよりこのマニリは河口部分に広がる平野部に位置するが、さほど大きな集落でもない。幾度かBETAの侵攻を受けたようだが、そもそもが建造物が少なかったようで目立つガレキなどもなく、なによりも整地された広場のようなエリアもあった。施設科が必要とされるほどの大規模な整備は不要だった。

 

 一応は整備班のため、簡易壕を兼ねた半地下式の作業区画も掘り起こしたものの、あくまで暫定的な処置だ。いまでこそ雪は止んでいるが、いつまた降り始めるとも限らない。たとえ防水シートを張ったとしても降雪の中での作業は厳しいものになるだろう。この実戦運用試験を兼ねた訓練がいつまで続くかはターニャとウォーケンしか知り得ないが、その間はすべての戦術機が露天駐機を強いられることになる。

 

 

 

 

 

 

 そんな陣地構築などとは言えぬ程度の作業が終われば即座に戦術機から降ろされ、ターニャから怒鳴り散らされる形で強化装備を脱ぎBDUに着替えさせられた。その流れのままに文字通り尻を蹴りあげられる形で急かされ、武たちの第一中隊を含む三個中隊は、最前線でありながら声を張り上げてランニングを強いられている。

 

 残る三個中隊のうち一つは警護に当たっている。緊急時以外は中隊持ち回りで警護に就く事になっていたようで、いまはみちるの指揮する第九中隊が担当している。夜警をこなしていた第四と第七中隊とは代わりに休息に入っていた。

 

「Up the hill!!」

「「「あっ、ひーッ!!」」」

「Down the hill!!」

「「「だぅっ、ひーッ!!」」」

 

 武たちは支給されたAk-47を抱え、声を張り上げながら走り続ける。さすがに背嚢は背負っていないが、それでもスリングを使わず腕の力だけでライフルを抱えて走っているのだ。ハイポートと呼ばれるこの訓練は、衛士としてそれなり以上には身体を鍛えているとはいえ厳しい。

 手袋をしているとはいえ指先は寒さで痛いほどで、ライフルを握ることさえも困難なのだ。

 

 そんな中でさえ、ターニャは怒鳴り散らし時には姿勢の悪い者へ蹴りを加えながら、隊列の横を走り続けている。ウォーケンの姿は最初の挨拶の時以外見かけていないが、この僅かな時間でA-01の指揮をターニャが取ることに疑問を覚えるほどに余裕ある者は少なくなっているはずだ。

 

 

 

 気温はマイナス10度近くまで下がっており、満足に呼吸することも難しく、それでいて走り続けている身体は汗ばむほどに熱い。

 極限と言っても間違いではない環境でありながら、声高に合衆国のケイデンスを歌い上げるターニャはやはりおかしい。なによりもその小さな身体でありながら、早朝同様に二丁のAk-47を掲げ、隊列の先頭から末尾まで動き回っている。間違いなく最も運動量が多いはずだ。

 

 A-01の衛士は訓練校時代にまりもから厳しく鍛え上げられているが、それに比べてもターニャの動きは異常だった。何らかの興奮剤などの薬物投与を武は疑ったが、一見する程度ではそのような兆候もなかった。

 

(いやマジで何モンなんだよ、この事務次官補殿はッ!?)

 

 流石に声には出さないが、ターニャの奇行とも言える行動に慣れたつもりの武であっても、脳内では久しぶりに白銀語を発してしまうくらいには混乱している。G弾の影響で肉体年齢が若返ったなどと夕呼からは聞いてはいたが、むしろ今のその幼い身体だけを鑑みれば、走ることはもちろんライフルを抱え上げることすら困難なはずなのだ。

 

 それが衛士となるべく厳しい訓練を、そしてまた幾多の実戦を経て鍛え上げられたA-01の面々以上に声を上げ、走り、そしてついでと言わんばかりに遅れた者を蹴りあげているのだ。

 

 

 

 ちなみに似たような体格のイーニァはもうすでに倒れ込んでいる。最初は中隊長の怠慢だということでユウヤに担がせて走り続けさせるようターニャは指示したが、随伴してきた香月モトコ医官からの提言を受け入れ、今は宿舎で休ませていた。

 さすがに可能な限りの無理を押し付けるターニャとはいえ、各種の投薬の影響もある元イーダル小隊の面々に対しては、医務官の判断を優先した形だ。

 

 モトコはESP発現体たる元イーダル小隊の担当医となっていたが、瞬発的な身体能力はともかくも長期的には不安定な彼女たちを前線に送ることには否定的だったそうだ。だが第四計画の全戦力投入が決定された以上、彼女たちだけを別扱いすることも不可能だった。そしてモトコは医者として担当した患者たちを放置することなど考えられず、整備班に同行してこの最前線まで赴いた。

 もちろんA-01付の医官として、他の衛士や整備班の面倒も見てくれることになっていた。

 

 

 

「Stand up, hook up, shuffle to the door!」

「てかッ、なんでッ、海兵隊のッ、それも空挺の真似事なんだよッ!?」

「はははッ、チキンダイバーズを見習って、って事じゃねぇかッ?」

 

 小声ではあるが吐き出すように、武の隣を走るユウヤが愚痴を零す。それに合わせ武も適当に投げ返した。

 連隊員間の交流を図るという名目の元に、中隊ごとに一列、全隊で三列となって走らされている。まりもが隊列の最後尾から隊を監視する形になっていたため、武は先頭だ。そしていま武の横を走っているのは普段並ぶことの多い冥夜ではなく、ユウヤだった。

 

(まあ何でって言えば、喀什攻略で空挺の真似事をするからなんだろうがなぁ……)

 

 酸素の足りなくなった頭ではどうでも良いことが思い浮かんでしまう。だが流石にここで、次に予定されている大規模作戦でA-01のみならず参加衛士全員が軌道降下で投入されるなどとは口にはできない。

 なによりも機動降下の恐ろしさはその成功率の低さだ。地表に無事に辿り着けるのは九割程度と言われている。戦うことなく死んでしまうというのは、さすがに割り切ることが難しく、今の時点で隊内に広げたい情報ではない。

 

 それに作戦の立案に関わった武も、喀什への機動降下には緊張もしている。

 先の世界線での『桜花作戦』において武はXG-70dに搭乗していたために、実際のところ軌道降下の明確な記憶がない。いつかどこかの戦場で降下部隊に配属されていたようにも思えるのだが、朧気だ。

 

 

 

「全隊止まれッ!!」

 

 動きの悪い頭で無駄な思考に捕らわれかけていたが、ターニャの声で一気に冷める。武の体感的にまだ然程走り込んでいないのに停止命令というのは、悪い予感しかしない。

 

「総員、整列ッ!!」

「どうやら宇宙から放り込まれた土木機械どもが、我らを歓迎しに来てくれるようだ。細かなことはこの後の伝える」

 

 状況は不明ながら、まりもの号令に合わせて整列したA-01の面々を見渡し、ターニャは無表情のままだがどこか愉し気に言葉を紡ぐ。

 

「1030、A-01全隊は衛士強化装備にてブリーフィングルームに集合せよ。なに、シャワーを浴びてモーニングのコーヒーを楽しむ、その程度の余裕は認めよう」

 

 どこまでが冗談か判らないが、最低限の指示だけを下し、ターニャは一時解散を命じた。

 

 

 

 

 

 

 結成時よりも数が減っているとはいえ、今でもA-01は二個大隊ほどの規模を誇る。そのためにブリーフィングルームとして宛がわれた部屋は広い。

 

 昨日の無理な移動に続き十分な休息もないままの緊急での招集だが、室内は程よい緊張感に包まれている。声高に話す者はさすがに居ないが、ユウヤたち第二中隊を除けば、そこかしこで雑談じみた作戦予測などが繰り広げられる。

 まりもも私語を禁ずることはなく、武たち第一中隊もその空気に馴染んでいた。たとえ短かったとはいえ、元207Bも九州防衛で実戦を経てきたのだ。大陸への出兵経験もある慎二や孝之が小隊長を務めていることと、元第九中隊の二人も居ることで、他中隊と同程度の気の張り様を見せていた。

 

 

 

「連隊長入室ッ、敬礼ッ!!」

「楽にしたまえ。連隊規模のBETA群がこのマニリに向かって東進中だ。諸君らの任はこれらの迎撃となる。諸君らの技量に関しては聞き及んでいる。疲れてはいるだろうが、任務の達成と諸君ら全員の無事の帰還を私は何一つ疑っていない。ではティクレティウス少尉、後は頼む」

 

 そんな空気も、ウォーケンの登場で一気に切り替わる。そして簡潔に、必要最低限の情報と挨拶だけで下がり、ターニャに説明などをすべて任せた。

 

(あ~偽装として必要とはいえ、少佐殿も大変だな。心中お察しします、とは口にできないけど……)

 

 ターニャの前で上官として振舞い続けるなど、心労で胃に穴が開きかねない。かつて『アレの副官は、長生きできないし心を病む。』と評されたと武は聞き及んでいるが、いまのウォーケンの様子を見るにあながち冗談とも思えない。

 国連事務次官補の、その副官が最前線で戦術機連隊の指揮を任されること自体が最初からおかしいのだ。ウォーケンが合衆国陸軍所属であるために不知火を用意できなかったために出撃は見合されたが、そこさえクリアできていれば少佐自らが陣頭指揮を執ることになったに違いない。

 

 

 

「さて諸君。早朝の不甲斐ない結果から、本日以降の訓練メニューをどう組み替えるべきかと頭を痛めていたが、朗報だ」

 

 そんな武の心中こそ考慮されるはずもなく、ウォーケンに代わって壇上に上がったターニャはいつもの如く無表情のままに声にだけ嗤いを含める。

 

「一時間ほど前、衛星での偵察で連隊規模のBETA群移動が確認された。こちらへの直線ルートを取っているために、海中侵攻ではなく海岸線に沿って移動を続けている」

 

 ターニャの背後、プロジェクタで映し出された周辺地図に、最低限の情報が重ねられた。連隊規模とターニャは言うが、その詳細に構成までは説明されない。

 説明されないというよりかは、判明していないというのが実際のところだろう。衛星での偵察で明らかになったと言うが、情報精度には信頼が置けない。数の揃わぬ現状ではどうしても観測精度に欠ける。いま映し出されている映像にしても、最新の情報と言えど一時間前の物で、しかも得られた映像は荒い。

 

 エヴェンスクからこのマニリまでは直接距離で300kmほど。BETA群の主軸たる戦車級を基準に考えれば四時間もあれば到達する。衛星の情報が一時間前だとすれば、彼我の距離はすでに200kmと考えても良いくらいだ。

 

 

 

「先の少佐殿のお言葉通り、我らに期待されているのはこの連隊規模3000体ほどのBETA群、その排除だ。少しばかり前進し、36mmをバラ撒いてあの狂った土木機械どもを掃討する。訓練兵諸君であっても昼食前に片付けられるような簡単な仕事、任務とも呼べぬようなただの作業だな」

 

 昨日強行された横浜からペトロパブロフスク・カムチャツキーまでの移動はともかくも、そこから最前線と言えるオホーツク海を挟みエヴェンスク・ハイヴと正対するような位置にある半島西側のパラナやレスナヤまでは700kmほどだ。戦術機でも二時間程度はかかってしまう。

 さらにパラナからこのマニリまでは500km程、ペトロパブロフスク・カムチャツキーからは直線距離で1100km以上。戦術機の巡航速度をもってしても、中央山脈を超えることも含めれば片道でも4時間は見ておきたい。

 

 エヴェンスクに近過ぎるということでこのマニリが放棄されているのは理解できる。

 単純に防衛的な観点だけから見れば、半島西のこちら側に乗じ部隊を展開しておけばとは言いたくなるが、もともとカムチャツカの開発は半島東側が主体であり、西側には小さな集落がいくつかあった程度だ。

 

 カムチャツカ半島では1月のこの時期が、年間を通して最も厳しい寒さだ。比較的温暖と言えなくもない海岸線付近であっても外気はマイナス10度近くまで下がっている。つまるところ急造の半地下式の仮設トーチカと最低限の整備部隊だけで、常時展開するには厳しすぎる環境だ。

 ソ連軍がいくつかの小規模な前線補給基地しか半島西側に設置できないのも仕方がないと言える。

 

 

 

 ただ、BETA進攻の兆しを受けてからその都度に移動することを考えれば、A-01が一時的にこの地に展開しているのは合理的と言えた。

 いくつかの前線補給基地からならばBETA群の海中侵攻の兆しを確認してからでも十分に部隊を進める時間的余裕はあるのだろうが、それでも迂遠ではある。A-01が今回目的とする弐型の実戦運用試験と、なによりも連隊各員の練度向上とを重視するならば、限られた時間を移動に費やすのは確かに無駄に過ぎる。

 

 そしてBETAを誘因するためにも、このカムチャツカ半島西側海岸線に大規模な戦術機戦力を展開させることも不思議ではない。下手にパラナあたりに展開していれば、海を防御に使えるとはいえ、背後は中央山脈が近い。

 戦術機二個大隊だけでは前に出て漸減するのも、下がりつつ遅滞戦闘を続けるにしても、空間的な余裕に欠ける。この位置からならば対岸の海岸線を含めて縦深陣形を形作ることもできる。

 

 そしてターニャは当然のように前に出ることを選択している。

 

「今より我らA-01出撃し、海岸線に沿って150km程西進、パレニ北西でこのBETA群を迎え撃つ。ペトロパブロフスク・カムチャツキーから支援のためという名目で、一個大隊がこちらへと急行しているというが……なに、コミー共のことだ。時間通りに来るはずもなく、またその任も我らが戦闘情報を盗み見ることなのは明白だ。わざわざ待ってやることもあるまい?」

 

 ターニャは薄く嗤いつつソ連軍を揶揄するが、言葉の棘はともかくもたしかに一個大隊程度の戦力だけであれば、待つ意味は薄い。

 このマニリに立てこもっての防衛線ならば、ちょうど接敵と同時くらいには支援部隊が到着することになるが、そうなれば支援部隊は四時間近い飛行移動の後休みなくそのまま戦闘へと突入することになる。衛士にも機体にも負担が大きい。

 

 

 

 

 

 

 ブリーフィングと言えるほどの詳細はなかったが、慣れぬ土地で事前の準備も少ない状況ゆえに仕方がない面が大きい。むしろ喀什攻略を想定した事前演習としては敵の物量となによりも光線属種の不在とがあるが、可能な限り理想に近しいと言えなくもない。

 

 相対するBETA群は連隊規模としては少なめの3000体ということだが、通常の比率ならば突撃級200、要撃級500、あとは戦車級が1500ほどに残りは他小型種のはずだ。移動開始から2時間程経過しているならば突撃級が先行しはじめ、戦車級を中核とする集団との間が広がりつつある頃合いだ。

 

 各自不安はあろうが口にすることもなく自機へと搭乗し、指定された地点へと進む。

 十分な日差しがあるわけではないが、幸運なことに雪が降り始めることもなく、気象条件としては望みうる最良とも言える。光線属種の出現が観測されていないこのエヴェンスク周辺ならばUAVによる事前偵察も可能な天候だが、残念ながら戦術機戦力のみで編成されているA-01に満足な偵察機器はない。

 

 

 

『フェアリー00よりフェアリー各機へ。我が隊は傘弐型にて先行、敵戦力への強攻偵察を敢行する。各自兵器使用自由』

『フェアリー01了解。フェアリー各機、聞いたな? あくまで我らが任は先行してのBETA群の偵察、何よりもその編成を確認することにある。無駄な戦闘は可能な限り避けろ』

 

 マニリを飛び立ち30分ほど、二個大隊六個中隊は奇麗な陣形を組んで進攻していたが、そろそろ接敵可能距離かと思われたあたりでターニャから第一中隊へと個別に指示が下る。淡々としたその声からは、今から文字通りに戦場へ飛び込むという緊張も高揚もまったく感じられない。

 それに返答するまりもも落ち着いている。そして応える第一中隊の面々にも、無駄な昂ぶりはない。真那たちブラッド小隊の四人も付いてきているが、そちらも静かなものだ

 

『ふむ……この距離においても光線級の存在は確認できず、か。これは演習にもならぬかもしれんな』

 

 BETA群の先頭、突撃級が大地を進み巻き上げる雪交じりの土煙さえも光学センサーが確認できる距離まで近付いたものの、ターニャの言葉通りに対光線級警報はまったく反応もしない。

 

 

 

『フェアリー01から00へ。進攻する突撃級への攻撃は必要か?』

『こちらフェアリー00。01以下フェアリー各機へ、突撃級への攻撃は不要だ。後続の中隊に任せる。我らはこのまま先行し、中核集団への偵察を優先する』

 

 光線属級の存在が無ければ、たとえ170km/hで突進してくる突撃級とはいえ、空を飛ぶ戦術機にとっては何ら脅威ではない。なんらなば旋回能力に欠ける突撃級相手に限れば、そのまま空中でやり過ごして柔らかい背後に36mmを空から叩き込むだけで解決できる。

 もちろん200体近い突撃級を処理しきるにはそれなりの時間と弾薬とが必要であり、一個中隊だけでは手に余る可能性もある。後ろに残してきた主力部隊に任せる方が確実だった。

 

『なんというか……これは逆に緊張するな』

『はははっ、09の言うとおり無視して先に進むというのは心臓に悪いですね』

 

 通信が制限されているわけでもなかったが、中隊内は言葉少なめだ。そんな様子を気遣ってか慎二がわざとらしいまでに軽く振舞ってくれるのに、武も乗って見せる。ただ軽く言ってはみたものの、このままに進攻すれば敵中に孤立する恐れがある。

 

 

 

『フェアリー00よりフェアリー各機へ。楽にしたまえ。我らが任は偵察だ。もう少しばかり進んで中央集団の位置と分布とを確認すれば、あとは予備戦力として下がるぞ』

 

 連隊内の連携を高めることが目的だと言いながらも、ブラッド小隊を含む第一中隊は普段通りに独立して動いている。

 結局のところ、喀什攻略において第一中隊はXG-70dの直掩に就くことが確定しており、他中隊とは足並みを揃える必要が無いということなのだろう。むしろ連携すべきはいつも通りと言えなくはないが、真那たちブラッド小隊の四人とだ。

 

 後方では残る四個中隊が突撃級と接触し、その掃討を始めている。原型機たる不知火よりも向上した砲撃戦闘能力を持つ弐型の性能も然ることながら、XM3に習熟し三次元機動に慣れ始めたA-01の衛士たちは、空という絶対の安全圏を与えられたならば速度はともかく機動性に欠ける突撃級など文字通りに射的の的だった。

 

 武の権限では他中隊の細かな情報は読み取れないが、レーダーを見るだけでもそれなりの状況は判る。たしかに中隊規模での連携は間違いなく熟練の域に達しているが、あくまでそれは中隊ごと。連隊どころか、大隊として十二分に連携できているかと問われれば、あくまでそれなり程度と判断されるのかもしれない。

 

 ある面ではそれも仕方がないとは言える。なによりもA-01には前線における戦闘指揮官が不在だったのだ。夕呼が大佐担当官としてその全権を握っているために、大隊長はいても連隊長はいない。

 いまようやく代行という形ではあれウォーケンがその任に着き、実質的にターニャが指揮を取ろうとしているからこそ部隊として纏められるようになったとも言える。

 

 いまも武の後ろで、ターニャは細々と他中隊CP将校に指示を飛ばしている。それでいて第一中隊付CP将校の任も兼ねている。衛士として機体を操っているわけではないとはいえ、高Gに晒されながらもその判断に狂いが見受けられないのは、やはり異様だった。

 

 

 

『フェアリー01よりフェアリー各機へ。敵中央集団を視認。要撃級が25%、戦車級が70%程度。その他は小型種は少ない。光線属種は見受けられず』

『編成は想定の範囲内、要撃級が多いくらいか? ただ少しばかり距離が近いな。ふむ……』

 

 突撃級をやり過ごせば、わずかな空白地帯を挟んで敵主力とも言える戦車級と要撃級とが集まった中央集団が見えてくる。まりもが代表して報告を上げるが、中隊全機が視認できているはずだ。

 適当に視線を流し、部分部分をズームしながら見渡すが、たしかに要撃級が目立つ。より足の遅い小型種はさらに後方に続いているのだろうが、この位置からでは確認できなかった。

 

 しかしターニャの言葉通りに、先ほどやり過ごした先方の突撃級からの思って位ほどには離れていない。予備として下がるとすれば、今すぐ反転しなければ巻き込まれる程度の距離だ。

 ただそれも光線級のいない現状、飛んでいればまったくの杞憂だ。

 

 

 

『フェアリー00からフェアリー各機へ。300秒現空域にて観測任務に当たる。射撃管制に関してはこちら……いや、そうだな第二中隊のピクシー00に任せるか』

 

 ユウヤが指揮する第二中隊、コールサインはピクシーが割り当てられた。そしてピクシー00としてユウヤと同乗しているイーニァはナビゲーター担当らしく、CP将校として部隊を把握できているのかどうか危うい。

 中隊に属する元イーダル小隊のESP発現体の彼女たちも体調が万全とは言い難く、加えて慣れぬ帝国製戦術機の不知火弐型だ。近接密集戦闘にいきなり投入するには不確定要素が多すぎるために、中隊全機がMk-57を装備した上で、砲戦力として今は最後尾に位置している。

 

『しかし……フェアリー諸君? これでは少しばかりピクニック過ぎんかね? 昼食の時間までに鴨撃ちを続けるだけのお遊びにしかならなんな?』

「は、ははは……」

 

 慎二のそれと違って、ターニャの軽口には気安く乗ることは難しい。武は一応笑って見せたものの、第一中隊の他の面々は、どれほどの無理難題が降りかかるかと身構えてしまっていた。

 

 

 

『00712、いえ00700反応消失ッ!?』

『00401、及び00406、信号ありませんッ!!』

 

 後方で突撃級を空中から安全に掃討していただけのはずの部隊、その機体が次々と消えていく。まだ数は十分と言える程度に残っているが、第七中隊はCP将校共々に第三小隊隊長が消え、第四中隊に至っては中隊指揮官が墜ちた。

 

『何を慌てているのかね? 00900は00700の任を引き継ぎたまえ。おなじく00405は01に代わり中隊を纏めよ』

 

 そんないきなりの報告を受けながら、顔はまったく見えないがターニャが愉しそうに嗤っているのが武の背後に感じられる。

 

『待ってくださいッ!? 00500より周辺の各機へッ!! こちら中隊全機の推進剤残量残り四割ッ!?』

『第九中隊、同じく残量五割ッ! これ以上の連続空中機動は帰投に影響が出ますッ!!』

 

 武もその声を聞いて自機の状況を再確認する。たしかに十分に残っていたはずの推進剤が急速に枯渇し始めていた。

 

『おやおや? 整備不良か、あるいは改修された機器の不具合か、あるいは出撃前の確認不足ですかな? さてA-01の諸君、楽しい愉しい「訓練」の始まりだ。死にたくなければ足掻き給えよ?』

 クツクツと、本当に愉しそうにターニャは嗤いながら告げる。

 

 

 

(クソッ、光線級がいないからって、最前線で実弾演習紛いかよッ!? 一応反応ロストっても本当に堕ちたわけじゃあなさそうだが……ここからは本当に堕ちかねねぇッ!!)

 

 反応消失と判定された機体も、先ほどまで後方で突撃級に砲撃を加えていた。視認できる範囲においては爆破した形跡は見受けられないので、あくまでデータ上で消失したように見せているだけだと思いたい。

 ただ指揮官機やCP将校が消えたことでの混乱は本物だ。推進剤の減収もどこまでが偽装かなどコクピットからでは判断しようがない、このまま混乱が続けば、間違いなく戦死者が出る。

 

『この程度で墜ちるようであれば次の作戦では足手纏いにしかならぬ。何よりも時間を掛ければコミーが来るぞ。無様を晒すようであれば、むしろ死ね』

 

 そんな武の焦りを煽るように、ターニャは静かに宣告を下した。

 

 

 

 

 

 




ジャール大隊登場まで行きませんでした。原作TEのイベント関連とかちょろっとは入れたいのですけど、カムチャッカパートがあと二回くらい必要かもしれません。

カムチャツカの地形とか、気候とかはネットでさらっと調べた程度なのでかなり怪しいので雰囲気だけで流していただければ~と言いますか、写真とかなかなか見つからないです、特に舞台にしている半島西側。

で、光線級がいない戦場とか、空飛べる戦術機からすれば実戦運用試験としてはともかくも、演習としては意味薄いよねっと無理矢理に危機的状況を作り上げてしまいます。デグさん的に、これで死ぬようなら喀什での弾除けにもならねーっと言ったところかもしれません。


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隔意の遊惰

 

 先ほどまでは、光線級が存在しない対BETA戦としては理想を超えて幻想ともいえるような状況だったが、あくまでそれは十全たる準備ができていればという前提があってこそだ。十分に余裕のあった推進剤と、なによりもCP将校が前線に出ているからこそできた的確な指示。それらが崩れると数という絶対的な暴力で押しつぶされる。

 

『訓練兵諸君、お優しい連隊長代行殿は言葉にしなかったが、貴様らの連携練度低さを嘆いておられた。実機の、それも実弾演習だ。加えて今回に限っては連隊内通信には制限を加えない。存分に励み、学びたまえ』

 その危機的状況を作り出したであろうターニャ本人は、表情こそ変えていないがどこか愉しげでさえあった。全域通信で煽るように意味のない言葉を投げて見せる。

 

 

 

『中隊、いや第二大隊の訓練兵共ッ! この程度で狼狽え騒ぎ立てるなッ!! これよりは大隊残存戦力を統括して行動する』

『00701より第三大隊各機へ。こちらも大隊規模での指揮へと切り替える。詰まらぬ泣き言を漏らす暇があるならば、わずかなりとも列機の抜けた穴を埋めよ』

 

 連携練度が低いとターニャは言うが、間違いなくA-01は精鋭であり、そして今この場にいる面々は幾多の難局を乗り越えてきたのだ。第二第三の各大隊長が指示を下せば、速やかに隊列を再編していく。

 推進剤残量の問題は留意しているのだろうが、慌てて脚を着けるようなこともない。無理な加減速は減らしつつも最低高度からの掃射でBETA先頭群を削り取る。

 

 

 

『フェアリー01からフェアリー各機へ。指示あるまで我が中隊はこのまま巡航速度にて高度を維持したままに観測任務を続ける。推進剤残量には注意しつつ、回避に関しては最低限の機動で済ませろ。また僚機や小隊、中隊のみならず、周辺友軍の動きにも留意せよ』

『『『了解ッ!』』』

 

 まりもがオープン回線ではなく中隊内に限定して指示を下す。

 武たち第一中隊の新任少尉たちも動揺はあったが、まりもから指示が与えられれば、即座に意識を切り替えられる。こちらも具体的な指示には乏しいが、急ぎ対応する局面ではないと言われれば落ち着けるものだ。

 

 武も推進剤残量は気にかかる。推進剤や弾薬に関しては出撃前に計器にて確認したが、マガジンやタンク内を目視で追認したわけではない。が、今はそれを確かめる術がない。

 

(いや……推進剤も予備弾薬も、機体挙動から推測できる限りは満載に近い。危機感を煽るための欺瞞情報ってところか?)

 

 弐型の搭乗時間は短いが、ユーコンにて開発衛士の真似事程度には乗り続けていたのだ。ある程度の機体挙動は身体で覚えている。とくに追加燃料タンクとしての役割を担っている大型化された脚部は、そこに燃料が入っているかどうか位は戦闘機動に入れば気が付ける。

 その感覚を信じる限り、今のところおかしいのは表示データのほうだろうと思える。このあたりの判断は武だけでなく、他大隊長の言葉からもそのように伺える。

 

 

 

『CP将校殿のお言葉通りだ。これほどまでに整えられた「演習」条件だ。他中隊の動きを見るだけでも意味はあるさ』

『それにマリニからここまでさほどの距離は飛んでないだろ? 周辺敵勢力の掃討さえ完了すれば、脚部走行でも帰りつける。なんなら機体は担いでやるから強化装備で歩いていってもいいぞ?』

 

 併せて孝之と信二とがわざとらしいまでに笑ってくれるならば、緊張も和らぐ。眼下にはBETA群中核ともいえる集団が見えるが、光線属種のいない現状、空を飛ぶ戦術機にとっては脅威足りえない。そして部隊中核たる第二第三大隊が再編され攻勢に転じた今となっては、戦力的予備ともいえる武たちの第一中隊が慌てて無理な機動を取るほうが連隊内の連携を崩す。

 

 加えて信二が言うように、マニリからこの戦域までは巡行飛行にて1時間弱。よほど極端なまでに推進剤を使っていないければ十分に余裕はあり、また走ったとしても3時間程度の距離だ。冗談に紛れさせてはいるが、本当に推進剤残量が少なければ脚部移動で戦線を維持しながらの段階的後退もできる。ある程度マリニまで近づけば、あとは中隊ごとに帰投して弾薬と燃料とを補給すれば良い。

 

 

 

『ふむ……フェアリー01、ちょっとした雑談だが、元訓練教官としては他大隊の動きをどう評価するかね?』

 

 今もなお第一中隊の任は後方の他中隊へ向けた観測であるが、通常の戦場ならば最前線のわずか後方で緊張を強いられる立場だ。だが今は光線級の存在しない状況下のために、一定高度を半ば自動的に周回するだけで十分以上に情報が集まる。本来なら偵察用UAVで対処するような任であり、こうなると機体を操作する衛士は一定航路を取るためにも無駄な機動をしないほうが良く、むしろ自動操縦のほうが望ましいくらいだ。

 結果としてこの時点で最も忙しいのは中隊付きCP将校たるターニャだ。その本人が雑談というのならば、まりもも付き合わなければならなくなる。

 

『はッ、不測の事態ではありましたが、少しばかり動揺が大きすぎます。XM3と改装された不知火、なによりも光線属種不在というあまりにも容易な状況に慢心していたと言われても反論の言葉を持ちません』

『なるほど慢心、か。そのあたりは貴官だけの責ではあるまい。まあ大隊規模での連携判断に欠けるのは、この連隊に担わされた任の特殊性を鑑みれば仕方がなかったとは言える。とはいえ仕方がないで放置するわけにもいかん。これから身に付けてもらわねば、な』

 

 そして答えるべきかを一瞬逡巡はしたのだろうが、まりもは他大隊長ではなく、中隊員を諫めるような言葉を選ぶ。はぐらかされた形ではあろうが、ターニャも特に追求せずに軽く流す。雑談という体を崩すつもりはなさそうだった。

 

 そして武からははっきりとは聞き取れないが、後席にてターニャはまりもとの会話の合間にもいくつか他にも指示を出しているようだった。あるいは「撃墜」と判定された各機へも、同様の問いを発しているのかもしれない。

 

 

 

 上空からの観測任務を続ける武たち第一中隊にとっては、最前線のそれも戦闘中とは思えないどこか緊張を欠く弛緩した時間だったが、他部隊も当初のように順調にBETA先頭集団を漸減しつつあった。

 たしかにいきなりの僚機消失の際には一瞬の混乱を表したが、バラバラに動いていた四個の中隊がいまはいくつか数を減らしたとはいえ二個の大隊として機能し始めている。接敵当初のように各中隊どころか小隊単位で各個に目標を想定するのではなく、簡易的ではあるが薄く防衛線を構築するような陣形を形作っていた。

 

(ああ……そうか。よくよく思い出せば「連携」ってのは、まあそういう意味だったよな……)

 

 三度目ともいえるこの世界線において、武自身は間違いなく今までの経験上最も恵まれた環境にいる。それはA-01のみならず、在日国連軍や帝国全軍にも言える話だ。

 

 対BETA戦においては、軍事的な「全滅」の意味が変わるほどに前線での損耗が激しい。その場において他部隊との「連携」と言えば、一般的な意味合いとは別に、抜けた穴をいかに埋めあうかという咄嗟の判断の積み重ねだ。

 ユーラシアの各戦線においては、BETA先頭集団と接触した瞬間に戦術機大隊が文字通りの意味で半壊することさえ日常なのだ。満足な支援砲撃がなければ僚機が一瞬で突撃級に引き潰されることは珍しくもなく、逆にAL弾頭による重金属雲が形成されるような恵まれた環境であれば今度は通信環境に支障が出る。

 

 

 

 A-01は隊員の選出基準が00ユニット候補ということもあり、実戦経験の有無などはさほど重視されていなかったはずだ。加えて投入される任務にしても夕呼が必要とする局面の限られてきたため、技量は高く極地的な戦闘には強いが、大規模防衛戦などの戦術機連隊としての当たり前の防衛ライン構築の経験が浅い。

 しかし喀什攻略に際してA-01に求められる能力と目的とは、侵攻作戦ではあるもののXG-70dの周辺に展開しつつ、それを防衛するというものだ。間違いなく激しい損耗が想定される状況であり、先の世界線における武の体験からしても、死に逝く戦友たちを置き去りにしながらの侵攻が確実視されてしまう。

 

 寸前まで隣で語らっていた者たちが消え失せたとしても、嘆く間も与えられずに先に進めなければ「あ号標的」にまで到達することすら困難だろう。場合によっては武の経験通りに部隊を分け、最低限を割り切った編成で文字通りに決死の殿軍を命じる必要さえあるだろう。

 

 その際、残る者も進む者もどれほど割り切って対応できるかは、やはり経験の差というものが出る。いま疑似的とはいえ、戦場でそれを体験させられているのは、意味があるはずだ。

 

 

 

 

 

 

『さて第一大隊の訓練兵諸君、そろそろ貴様らも仕事の時間だ。第二中隊全機、砲撃用意』

 

 武が戦場ではあってはならぬほどに意識を飛ばしていたが、後席のターニャはやはり状況の推移を十全に捉えていたようだ。

 

 第二第三大隊からなる本体が前線を構築し、突撃級を主体としたBETA先頭集団の足止めに成功している。その後方から移動速度が異なるために分断されていたBETA中核集団が押し寄せ、理想的なまでに敵が密集している。

 しかも光線属種の居ない戦場だ。いまならば突撃級は難しいがそれ以外であれば、間接砲撃でかなりの数を一掃できる。

 

『ッ!? 00201、了解ッ!!』

『ブリッジス訓練兵、いかに温いとはいえここは戦場だ。新兵だからとあの土木機械共は区別してくれんぞ』

 

 だが意識が逸れていたのは武だけではなかったのか、第二中隊を預かる立場であるはずのユウヤの反応が遅れた。ただそれも初陣の、しかも慣れぬ隊員を率いてのいきなりの中隊長抜擢だ。無理もないと言えなくはない。

 ターニャも余裕があるためか、ユウヤの反応の遅さを軽く叱責するだけに留めた。

 

 

 

『では、先の予定通りに、そちらの射撃管制はピクシー00に一任する』

『ピクシー00、りょうかい』

 

 射撃管制に限らず、第二中隊のCP将校としての任はコールサインをピクシー00とするイーニァに当てられている。普段のナビゲーターとしての立場との違いからか、いつものおっとりとした幼さではなく、どこか緊張した声で答えが返ってきた。

 

 しかしそんな声の危うさとは別に、中隊内への指示は的確だったのだろう。分隊ごとにわずかずつずらされた間接砲撃は、10秒ほどの連続投射とその後の効果確認、そこから目標地点を変更しての再度の投射。それを幾度となく繰り返し、無駄に重なることはなくBETA群を粉砕していく。

 陸海を問わず砲撃の効果とは、射爆理論まで厳密に考えずとも、突き詰めれば確率論だ。環境から受ける各種の変数ゆえにどうしても揺らぎが生じる。ただ今回に限れば観測データは今まで武たちが集めていたものだ。気象条件も電波状況も良好な中での観測だったために、その精度は高い。

 

 今まで他中隊が突撃砲で対処していた以上の数が、瞬く間にレーダー上から消えていく。砲兵が「戦場の女神」と崇められるのが、実感できる戦果だった。

 

 

 

 一般的な榴弾砲からすれば、Mk-57はその携番通りに57mmと小口径だ。たしかに口径長は長いが、HE弾での面制圧においては長砲身のメリットは無い。当然、155mmと比すれば制圧火力としては個々に見れば劣る。しかし飛行中の戦術機からの投射であり射程においては高度と機動性とで相殺でき、また総火力においてはその発射速度でカバーできてしまう。

 

 戦車級を主体とする中核集団であれば、中隊規模のMk-57からの間接砲撃であっても、十分以上にその数を減らしていける。さらに第二第三大隊がBETA先頭群を押し留めるどころか削り崩す勢いなのを見る限り、第二中隊の直掩として下がってきた武たち第一中隊の出番はなさそうだった。

 

「ああ、そうだ。フェアリー02からピクシー01へ。『死の八分』を無事乗り越えられたようでなによりだ」

『ッて、タケルッ、オレは何もっ!!』

「第二中隊長殿、ご自身の隊の成果を誇るべきでありますよっと。見てみろよ、初陣としちゃあ十二分に誇れる撃破数だぜ?」

 

 後方からの圧が減ったことで、前線の部隊も殲滅速度も上がっていく。

 それを見て余裕があると判断した上で、緊張しているであろうユウヤを気遣って、武は気楽に声をかけた。ただユウヤ自身が自分のもたらした結果に納得できていないのは、その顔を見ればわかる。

 

 当初は嫌っていたらしい帝国式の近接戦闘技術さえ習得して、弐型を万能の戦術機として作り上げたという矜持もあるのだろうし、自身の技術を試してみたいという欲があることは武であっても察することはできる。

 だが、それでも近接密集先頭など、避けることができるならば避けるに越したことはない。たとえいまこの戦場が想定以上に実戦運用試験や衛士の技能向上に向いた環境だと言っても、新兵と病み上がりで構築された中隊を前面に出すことなど、さすがにターニャでも選ばないはずだ。

 

 

 

 

 

 

『しかしこれは少々想定状況が簡単すぎたかね?』

「は、はははっ……A-01の練度が予想以上にこなれていたとお考えになられてはいかがでしょうか?」

 

 武がこっそりとユウヤを気遣っていた横で、戦域全体を見渡しているターニャはどこか不満げに機内通話に限定して言葉を漏らす。さすがにこれ以上に無茶な条件での出撃は避けたいので、武は笑ってごまかすしかなかった。

 

『たしかに香月大佐が選出した人員は優秀であるようだな。弐型の実戦運用という面でも、貴様が指摘していた予備マガジン交換のモーションなども改善はされ、問題は解消されている、か』

 

 続けてターニャが言うように、ユーコンで初めて乗った時以上に弐型の挙動は洗練されていた。不知火から大きく変わった突撃砲の予備マガジン収納位置による動作干渉なども、基本は軽く屈むことで交換時間を短縮する方向で調整されている。今のように跳躍中ならば少し膝を上げるくらいで解決する。

 

 

 

『あとは……この支援突撃砲用の中刀か?』

「こちらは巌谷中佐殿のお言葉通り、問題が山積みではあります。ですが……」

 

 ターニャが言い出したことだが65式近接戦闘短刀を銃剣として装着する案は、87式突撃砲であれば同時に追加されたウィンチワイヤーとの併用でほぼ問題もなく各部隊に広まった。ただ支援突撃砲の場合は長砲身化の関係でもともとが重く、そこに銃剣を装着することでのバランス悪化が問題視されており、ウィンチワイヤーがあっても衛士によっては装着していない場合もある。

 

 さらに74式長刀の代替として、支援突撃砲に中刀とも言えるほどの刀身を持つ新規設計の近接戦闘刀を装着した物を技術廠に依頼していた。そちらも先日試製02式中刀として提供された。一応は要望通りに支援突撃砲に装着することも可能だったが、近接兵装としてはトップヘビーに過ぎ、取り回しは悪かった。

 

『ふむ? 今もこうして持ち歩いているところを見るに、それなりには使えるものか?』

 

 言い淀んでいる武の言葉を促すように、ターニャが重ねて問うてくる。こうまで問われると、戦闘中とはいえ、機械的に周辺警戒を続けていたる身としては答えざるを得ない。

 

 

 

「74式長刀の代替として考えれば使えたものではありません。また突撃砲のオプションが105mm滑空砲ユニットに変更されたことでの携帯段数増加を考慮すれば、今後は増加装甲に突撃砲三門という形か、あるいは四門すべて銃剣装備の突撃砲が標準となるやもしれません」

『続けたままえ』

「はッ、ですが元より74式長刀を携帯するならば滑空砲ユニットは当然持ち込めず、支援突撃砲の砲撃精度を維持しつつ近接戦闘にも対応可能である点は、やはり優位であります。なによりも74式に比べ複雑な取り回しが困難なことは確かではありますが、むしろそれらはモーションの単純化、運用の簡易さを齎しております」

 

 74式長刀は元より戦術機そのものを一本の刀と見立てるような、示現流の考えを基礎としている。つまるところは剣術に精通していればその本質を導き出せるが、一般の衛士であれば使いこなすことが難しい。

 だがこの試製02式中刀はウィンチワイヤーに突撃砲本体を懸架して使うこともあり、複雑な挙動は取れない。単純に突き出すき斬り払うか、打ち下ろすかといった程度だ。

 

『ああ、なるほど。打撃支援や砲撃支援といった中・後衛が使うならばむしろ適しているとも言えるのか』

「まあ正直に言えば、その際でも87式の方が使い勝手は良いとは思われますが」

 

 苦笑気味に武は口にするが、結局のところ無理に使うほどではない、としか言いようがない。だが、機体すべてが近接戦闘用のブレードエッジとも言える武御雷であれば、使いどころはあると武は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 そんな風に武とターニャとが雑談に興じている間にも、第二中隊の砲撃を背景に、A-01は正対していた連隊規模のBETA群の殲滅を順調に進めている。もうしばらくすれば兵士級などの足の遅い小型種で構成された後続集団とも接敵するだろうが、それらは戦術機にとっては障害にもならない。戦車級と要撃級とが排除できれば、あとは単純な掃討戦に移るだけだ。

 

『さて、そろそろ観客の方々がお見えになられる。訓練兵各員は一層励みたまえ』

 そして後方から連絡でもあったのか、ターニャが増援の到着を口にする。同時に味方の識別信号を発する戦術機大隊の接近が感知できた。

 

『こちらソ連陸軍第211戦術機甲大隊、大隊長ラトロワ中佐だ。今より我が大隊は貴官らの支援に入る』

『こちら在日国連軍、ターシャ・ティクレティウス少尉であります。支援に感謝を。まあ……御覧の通り、土木機械どもの駆除を実弾演習を兼ねて実行している最中です。お願いするようなこともありませんが』

 

 しかしターニャはいつも通りの気怠さで、明確に所属を名乗ることもなく、支援そのものが不要であるかのように応える。

 

 

 

(いつもの社会主義嫌いというか、遅れてきたことへの当てつけか、それともXM3搭載機の動きを見られることへの拒否感か……まったく判らねぇな)

 

 ソ連軍から支援として来たのはSu-37系列とみられる機体で編成された戦術機大隊だ。A-01が先行して出撃してきたということもあるが、少しばかり遅い到着ともいえた。しかも支援の航空機などもない。

 ターニャでなくとも、ソ連軍の思惑を邪推したくもなるが、そもそも増援自体が不要だともいえる。むしろこの場に足の遅い機甲戦力などがあれば、それの護衛のために戦術機の機動性を損なわれる。A-01が戦術機のみで構成されているからこそ、ターニャが駆除と言い切るほどに安定した行動がとれていたとも言える。

 

『……なるほど、たしかに我らの出番はなさそうだな。後ろからゆっくりと観戦させてもらうとしよう』

 ターニャの悪意は相手にも伝わっているのは間違いない。ラトロワと名乗った中佐も、嗤って傍観を選択する。

 

 

 

『さて、訓練兵の諸君。歴戦にして万国の労働者様たるソビエト衛士の方々が貴様らの働きを評価してくださるようだ。無様を晒すことなく、早急に処理したまえ』

『『『了解ッ!!』』』

 

 あとは文字通りに排除だけといえる程度には数も減っている。具体性のないターニャの指示ではあったが、ここで遅れを見せるようではこの後どれほどの無理難題が積み上げられるか分かったものではない。

 連隊員全員の団結した返礼とともに、残敵の掃討はより激しく続けられた。

 

 

 

 

 

 




ルビコンでの仕事が何とか一区切りついたので更新できました。

え~光線級がいないと対BETA戦は緊張感がないっと言いますか、戦術機vsBETA(光線級抜き)だと本当に速度も射程も戦術機側が優位すぎて、これたとえ脚部走行限定でも引き撃ちで終わってしまうなぁ、と。
ちょろっと書いてますが、ここに戦車とか自走榴弾砲とかがいたほうが、それらの速度に足を引っ張られて危険なことになってしまいそうです。オールTSFドクトリンは、全軍の機動速度を高く保てるという面で十分に意味があのかもしれません。

で、ジャール大隊出てきただけで終わってしまいましたが、たぶんカムチャツカは次でサクッと流して終わらせる、予定です。


TwitterというかXやってます、あまり呟いてませんがよろしければフォローお願いします。と言いますかシャドウバンの禊の最中なので、避難所作ってます。でもなぜか模型系というかWarhmmer40のだらけです。
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悔恨の余燼

 

 ターニャは簡単に「連携」と言うが、定数割れしているとはいえ今のA-01は2個大隊規模だ。実のところこの規模ともなれば細かな対応など意味は薄い。隣で戦う中隊の作戦進行度が低いから少し肩代わりする、そんな程度の能力を求められているわけではないだろう。

 

 戦闘機に近しい運用をする戦術機において戦術的な意味での機動連携は、近接密集戦闘ならば2機での分隊、基本は4機の小隊、大きくとも12機中隊規模までが限度だ。大隊36機ともなれば対応戦域も広く、さらにこれが連隊の108機まで拡張してしまえば戦略単位であり、前線で即時対応していく範疇を超えている。

 

 それを踏まえて今回の実戦運用試験においては、元より技量に優れるA-01の衛士個々の熟練よりかは、欠員が出た際の対応能力向上に充てているといったことなのだろう。こうなってくると軍事的意味合いは薄れ、人員マネジメントの領域に近しい。

 ただこれが平時の企業ならば人材の再配置で済むかもしれないが、この場は戦場でそれも人類史に類を見ないほどに損耗の激しい対BETA戦だ。中隊指揮官やCP将校だけが対応できれば良いというわけにはいかいない。なんといってもその指揮担当者が失われる可能性も決して低くないからだ。

 

 結果的に、誰がいつ欠けたとしても即座にその穴を埋めることができるよう常日頃から対応能力を高めていくといった極めて当然のそれでいて困難な要求が突き付けられる。つまるところたとえ新任少尉でしかない一衛士であっても、場合によっては大隊規模での作新指示を下せるように準備しておけと言われるようなものだ。

 もちろん、それは一朝一夕で身に付くものではない。だがいきなりそんな事態に直面するよりかは、疑似的とはいえ一応は経験しておくことには意味があるはずだ。

 

 

 

『残敵の掃討は完了、と言ったところか。そこでだ、訓練兵諸君。せっかくの機会ではあったが、諸君らは満足に運動ができたかね?』

『『『はい、いいえッ!! 少しばかり動き足りませんッ!!』』』

 

 ターニャの問ともいえぬ言葉に、事前に予定していたかのように連隊全員の答えが重なる。ここでもう十分に戦ったなどど答えられる衛士は、いかに精鋭を集めたA-01といえど存在しない。

 

 中隊指揮官やCP将校などに疑似的に欠員が作られたとはいっても、もとより光線属種のいない戦場だ。くわえて長距離行軍の直後とはいえ弾薬を十分に持ち込んだジャール大隊からの支援もあった。

 安全な戦闘だったわけではないが、精も根も尽き果てたなどとは言えない。

 

 

 

『ならば訓練兵諸君、今しばらくは演習の時間だ。なに、どうやら燃料表示系のプログラム部分に少しばかり異常があったようで推進材はまだまだ残っているが、敵も減りすぎたことだ。ゆっくりと帰るとしよう』

『おや? エヴァンスクへと突入とおっしゃられるのかと、少しばかり期待してしまいました』

『私個人としては非常に残念で心惜しいが、国際協調を旗印とする国連所属の身としては、それに関しては万国の労働者様たるソビエト衛士の方々へとお譲りせねばならん』

『はははっ、それはたしかに我らとはいえ勝手はできませんな』

 

 もしやその可能性もあるのではと連隊員の多くが恐れていたことを誰かが軽く言い放つ。それを一欠けらも惜しいと思っていないようでターニャはあっさりと流して見せる。

 笑って受け入れた隊員も、実のところ本心から安堵しているようにも聞こえた。

 

『では連隊総員、残敵を掃討しつつ、脚部走行にて移動開始。せっかくだ、短距離跳躍を繰り返しながらスキップで軽やかに帰るとしよう。ああ……ついでだ。OSのモードをXM1へと切り替えたまえ』

『はッ! 了解いたしましたッ!!』

 

 言葉通りか予定通りだったのか、追加された命に合わせ武たちはコンボの使用を禁じられたうえで、対光線族種への軌道の基本ともいえる短距離跳躍と直後の推力降下とを手動で繰り返しながら移動することになった。

 

 マニリへと帰投したのは三時間後だった。

 

 

 

 

 

 

 ジャール大隊やブラッド小隊を含めてのデブリーフィングはあっさりとしたものだった。

 

 武は疲労を感じるほどではなかったが、やはり光線級の照射を切るための短距離跳躍機動は、A-01の熟練衛士たちといえど身体に負担が大きいようだった。またXM3でのコンボではなく、XM1のキャンセルのみで特定挙動を繰り返すという単純でありながら集中力を必要としたからかもしれない。

 だがその単純な繰り返しが戦術機の操作には必要なのだ。衛士の思考制御と、機体と強化装備の双方に蓄積されていくデータとが揃って初めて、機体を十全に動かすことができる。京都の帝国斯衛軍衛士養成学校では、訓練生の間から機体に乗って74式での素振りを繰り返しているとも聞く。

 

 

 

 そして武のみならず第一中隊はまだXM1にも慣れているため、帰路の途中からはジャール大隊への教導のような立場となっていた。

 

(いや……教導のようなってか、実際のところそれが事務次官補殿の目的か? ジャールの連中はそれなりの腕だが、やっぱ光線級に対して慣れてねぇ。Γ標的が本当に出てきたら今のままじゃ囮にもならねぇってことか?)

 

 ジャール大隊が使用するSu-27はハイネマンらが技術流出させたのみならず、グラナン社からも秘密裏に技術提供を受けた、F-14の実質的後継機といえる。近接密集戦闘を重視し、機体各所に設置された近接用固定装備は実戦においては非常に有効だと言われている。最新改修型であるSu-27SMはF-15にも匹敵すると噂されるが、それも真実だろうと武にも判った。

 

 そのSu-27を駆るジャール大隊衛士の技量も、十分に高い。むしろ武が想像していたよりも優れているようにも感じられた。導入からひと月ほどしか経っていない上に、満足な教導資料もない中で、それなりの形でXM1を使いこなしていたのだ。

 たしかにXM1は機能としてはキャンセルのみで、従来型OSとの差異は小さい。特に衛士が意識することなく使えるようにとは想定されていたが、意図してキャンセルを待ちいて運用しようとするならば、実のところコンボの自動学習があるXM3よりも煩雑な場合も多い。

 

 だがそれであっても、このエヴァンスク周辺での戦闘に慣れきっているのか、光線族種に対する警戒心が薄い。現状のままにもしΓ標的が出現それに対処するともなれば、大隊全滅の可能性が高い。

 

 

 

(本気で教導にあたるんならそれなりに準備はしておきたいが……資料なんて持ってきてねぇしなぁ)

 

 まともな教本はまだ出来上がっていないが、それでも一応の覚書程度のものは纏まりつつある。任務内容も知らされずに横浜からこの地へと飛び続けてきたため武は一切何も用意していないが、小隊長の慎二か孝之ならばメモなどを控えたものを持ち歩いているかもしれない。

 あるいはターニャやまりもならば用意もしているかと、今からでも訪ねてみるべきかとも思う。

 

 だが、そんな算段は不要だった。武がどう動くかと考えている間に、ターニャから呼び止められた。

 

「白銀訓練兵、貴様まだ体力に余りあるようだな?」

「はいッ、ご許可いただければ、これから室内ではありますが訓練を始めようかと考えておりますッ!!」

 

 この地の気候では日没後、白陵基地でやっていたような外での走り込みは厳しい。警備にあたる中隊以外は待機が命じられていたが、休息しろと言われたわけではない。自主的に室内でできるようなトレーニングをこなすつもりだったが、ターニャからの指示は当然ながらそれよりも優先される。

 

「ならば『親睦』を深めに行くぞ。そうだな……ブリッジスあたりも連れていくか。ついて来い」

「はッ、了解でありますッ!!」

 

 どこへとか、親睦とはなにかなどとは聞けるはずもなく、武はターニャに指示されるがままに動き出した。

 

 

 

 

 

 

 ここは文字通りに最前線の仮設の宿舎だ。持ち込めた嗜好品に余裕があるわけでもない。ターニャに親睦を深めに行くと言われて用意させられたのは、第一中隊ではおなじみとなった合衆国製レーションだった。それを同じく呼び止められたユウヤともに箱で抱えて、ジャール大隊に宛がわれた宿舎へと三人で向かう。

 

 前線であればレーションの交換は、少しでも日々に変化を付け、緊張を強いられる時間を和らげるため、他国と共同する際にはよく行われる儀式のようなものだ。

 とはいえ相手は実質的には敵国といってもいいソ連軍だ。親睦を名目しているとはいえ、ともに待機任務中に相手宿舎に押し掛ける形だ。事前に通達しているのだろうが、どう切り出すものかと箱を抱えたままに武は思案する。

 

 だがこの思索も、無駄に終わりそうだった。

 

 

 

「てぇめぇッ……舐めてんのかよ。なにが同じ祖国のために戦う同胞だぁ?」

 

 宿舎へと向かう途中、聞きなれぬ怒声を耳にして、そちらに目をやれば、ジャール大隊所属の衛士たち数人が、国連軍のBDUを着た二人を囲んでいる。囲まれているのは髪の色からして第二中隊所属の元イーダル小隊のESP発現体の彼女たちであることは間違いない。

 

 そして当然ながら、友好的な雰囲気でないことも確かだ。

 

「まったく。あるかもしれぬと思っていたが、これが『世界の修正力』というものかね」

「……少尉殿、止めずともよろしいのですか?」

 

 呆れたというよりかは、どこか諦めたかのようにターニャが言葉を漏らす。足を止めた所を見ると、即座に介入すべきかどうか、一応は考えているようだ。

 今にもユウヤが躍りだそうとするのを、武は箱を抱えたままに身体で進路を塞ぎ、まずはターニャへ確認を取る。相手はソ連軍の衛士であり少なくとも少尉だ。訓練兵へと降格された今も立場を思えば、ターニャの立ち位置はなくとも、ここでユウヤを暴走させるわけにはいかない。

 

「アレは第四の資材だ。ソ連軍に棄損されては面倒だな」

「ああ……イーニァとそっちはクリスカ、だったっけ?」

 

 近づいてようやく、武にも誰が絡まれているのかが分かった。髪の色から第二中隊の誰かだろうとは思っていたが、暗がりな上にクリスカが屈んでいたので、小さなイーニァと同じような背丈に見えてしまったのだ。

 

 これはますますユウヤを先に行かせると余計に拗れそうだと、ターニャの横に並んでユウヤの進路を防ぐ。

 

 

 

「親睦のつもりで来てみたが、どうやらすでにパーティを始めていたようだ。出遅れたな白銀?」

「はい。いいえ、少尉殿。丁度良い時間に到着したかと愚考いたしますッ」

 

 少しばかり残念そうな声音でターニャが言うが、武は後ろのユウヤにも聞かせる意味合いで、即座に否定する。イーニァもそしてクリスカもなぜか怯えているが、暴行の形跡はない。今ならばまだ少しばかり乱暴な「交流」の範疇で済ませられる。

 正直、今回に限っては冥夜と連れ立って歩いていなかったことを感謝している。もし冥夜が居ればその護衛のブラッド小隊四人も含め、文字通りに血の雨が降ることになりかねなかった。

 

「なんだぁ、ロシア人とその取り巻きが遊びに来てんのか?」

「はっ、団体様でお越しになられて観光気分で戦争ゴッコなんだろうよ」

 

 ターニャの顔を見てロシア人だと判断したのだろう。非難の声を吐き捨ててくる。先の実戦運用試験とは名ばかりの演習と、クリスカの「同胞」という言葉などで彼らの鬱憤もたまっていたのだろう。

 

 

 

「なるほど観光に、戦争ゴッコ……か。白銀、どうやらこの連中は自分たちの置かれている状況を深く理解しているようだぞ?」

「はッ、今後の参考にいたしますッ!!」

 

 今にも殴り掛からんとするソ連軍衛士の様子を見ても、ターニャは一切の動揺を示さない。むしろ普段以上に呆れ果てたかのような声音だ。たしかに光線属種の存在しない戦場など、ゴッコ遊びのようなものだとターニャは嗤ってみせる。

 そして彼らを煽るための材料に使われているとは判っていても、武には肯定以外の返答は許されていない。

 

「でめぇ、逃げたロシア人がなに偉そうにしてんだよッ!?」

「ああ……そういえば私はロシア系ということになっていたな。これは失礼した。極東国連軍所属ではあるが、私は歴とした合衆国国民だ」

 

 淡々とターニャは自身の身分を訂正する。それがさらに彼らを煽ることになると、よく判ったうえでの対応だろう。

 

 釣られるようにジャールの面々はクリスカから意識を外し、武たちを逃さぬように周囲を囲む。

 武とユウヤとがいるが、人数差では倍以上、それも相手はどこからか角材を手にした者もいれば、すでにナイフを抜いている者までもいる。普通に考えれば国連軍の士官に手出しなどしないはずだが、ここはソビエト領でかつ彼らは非ロシア系だ。軍としての規律がどこまで保たれているのかは、定かではない。

 

 

 

「はっ、結局逃げ出したエリート様じゃねぇかっ!?」

 

 ロシア系アメリカ人と名乗ったターニャの、その経歴に思い至ったのであろう、ジャールの一人がそれまでのどこか揶揄うような雰囲気をかなぐり捨て、激昂する。

 

 今現在、合衆国への移民許可を取ることは非常に困難だ。BETA対戦において難民は存在しないという立場を取るため、一時的な避難で北アメリカ大陸に入ることすら難しい。

 合衆国が移民として認めているのは、何らかの技術を持つ者か、ある程度以上の資本を持つ者くらいだ。つまりロシア系アメリカ人といえば、金で国籍を買ったと考えてもおかしくはない。

 

「そこは打倒すべき醜悪な独占的資本家階級というべきではないのかね? ああ、いや。正しいソビエト軍人ならば、むしろブルジョア的党幹部らを暴力的手段によって外科手術的に取り除くべく、S-11を目覚まし時計付きでアンカレジまで届けるくらいは成し遂げてみるべきであるな」

 

 自身への敵意をあっさりと受け流し、間違いなく本心からの言葉であろう、国家転覆どころか消失を唆すようなことを、ターニャは淡々と述べていく。

 

 

 

「遊戯じみた戦争ゴッコをこの地で続けさせられるくらいならば、ルールを守らぬ者たちに、ルール無用の暴力を振るいに行くほうが建設的ではないか、そういう話なのだがそれほど難しいかね?」

「は……? 何言ってんだよ、このガキ……」

「アタマおかしいんじゃねぇのか」

「は、ははっ、おおかたBETAを目の当たりにして、狂っちまったんだろう」

 

 イーニァにまで手を出そうとしていたジャールの衛士たちも、ターニャの雰囲気に飲まれたのか、腰が引けている。ターニャの異様さは感じつつも、それでもジャールの面々は虚勢だけは崩さぬようで、狂っていると哂っては見せる。

 

 たが、武には分かる。ターニャは半ば本気で反乱を唆しているのだ。

 この程度はただの意趣返しの範疇だろうが、ターニャにしてみれば社会主義国家内部で抑圧された少数民族や、旧東側周辺諸国がソ連に対して反抗的態度を取ることは望ましいのだろう。

 それは直近の対BETA戦への戦力集中を欠くこととなっても許容できる損失、あるいはある程度の先を見通せばむしろ合衆国主導の対BETA戦を想定した場合はプラスに働くという判断だ。

 

 

 

「あの、少尉殿? できれば穏便に済まされたほうが……」

 さすがに今すぐ武装蜂起を実行させはしないだろうが、この場での憤りを暴力的解決で発散しかねないと、武は恐る恐るではあったが口を挟む。訓練兵となった身で士官に意見するという状況以上に、ターニャの行動に修正を求めるというのは胃を痛める。

 

 もし乱闘騒ぎになったとしても、身の安全だけは確信している。注意を払うべきは、相手の被害だ。

 体格的には間違いなくただの幼女だが、ターニャの身体能力、何よりも徒手であってもその近接格闘能力を武は身を以って知っている。この人数差であっても、間違いなくターニャ一人で制圧してしまう。

 その際、不幸なことに死者が出てもおかしくはない。

 

「なるほど。どうやらパーティの予定はキャンセルされたようだ。第二中隊の二人は、指定された薬剤を摂取した後に、速やかに就寝したまえ。私は……ちょうどいい。あちらの大隊長殿と予定通り少し親睦を深めて来よう」

 

 武の言葉を受け入れたのではなく、ジャール大隊の指揮官がこちらに向かっているのを見て、ターニャは戦意を解く。

 騒ぎを聞きつけたのか、年配の女性衛士がこちらへとゆっくりと向かってきている。ジャールの面々の緊張した面持ちを見れば、どうやら大隊長あたりのようだ。

 

 これ以降は武やユウヤが対応するよりかは、ターニャに任せる方が適任だった。

 

 

 

 

 

 

 解散をターニャから命じられたが、さすがにそのまま宿舎に戻るような精神状態でもない。イーニァとクリスカは揃って戻らされたが、ユウヤも何か考え込んでいるようで、武はユウヤに付き合って少し時間を潰すつもりになっていた。

 外で立ち話ができる気候でもないが、かといって宿舎の談話室でするような気分でもない。なので道を挟んで仮宿舎とは反対側に作られた仮設ハンガーへと、ユウヤと連れ立って向かった。

 

「いやぁ良かった。あいつらが我らがCP将校殿をソビエト軍人呼ばわりしなくて、本当に良かった」

「ってロシア人なんだよな? ソ連の人間じゃなかったのか?」

「ユウヤ、それ絶対にあの人の前で言うなよ。下手すりゃ第三次世界大戦の勃発だ」

「なんだよそりゃ……」

 

 ロシア人と扱われるくらいは自ら作り上げた偽装身分だから受け入れるだろうが、共産・社会主義者などと思われればターニャが暴走するのではないかと、武は本気で危惧する。

 

 ターニャは着陸ユニットが喀什へと落ちた際、核攻撃を実行しようとクーデター紛いの行動にまで出ている。夕呼からは、もしそれが実施されていれば三次大戦の引き金となったとまで言われているが、それを織り込んでの行動だったとしても驚きはない。

 ターニャのBETAへの敵意は間違いなく本物だが、それと同程度以上に共産・社会主義への反発も強い。

 

 

 

「しかし、ジャールの連中、何にキレてたんだ?」

「ん? ああ……ソ連への反発やらロシア人への憎悪とか、そういったモンが溜まりに溜まってる……だろうってくらいだな」

 

 ユウヤが先ほどから悩んでいるのはそれかと思い至る。武も詳しく判っているわけではないが、推測だけは口にする。

 

「ソ連への反発って、自分の国だろ?」

「軍人は国家のために戦うって言えるのは、合衆国がそれだけ健全だって話だよ」

「違うってのかよ?」

「帝国は、まあ……護るに値する国だと俺でも思えるけど、ソ連はどうなんだろうな」

 

 護るべき祖国として日本帝国を考えることは、いまもって武には難しい。それでも帝国が惨禍に塗れて欲しいなどとは思わない。冥夜のように「御国の為」とは口にもできない。

 しかしジャールの者たちが、ソ連をそしてロシア人を憎む気持ちは、推測はできるのだ。

 

 

 

「ある人の言葉だか『人は国の為に出来ることをなすべきである。 国は人の為に出来ることをなすべきである。』ってのがあるんだ……」

「"One for all, All for one."か?」

「合衆国だとそっちのほうが判りやすいか。ただまあ、逆に言えば国が自分たちにのために何もしないどころかむしろ弾圧してくるようならば、その国を潰したいって考えるのはおかしくねぇんじゃないか」

 

 先ほどのジャール大隊の面々を見て、気付いたことがあった。

 こちらに喧嘩を吹っかけてはきたが、その怒りの根幹は隊の仲間たちへの積もり積もった悪意への反発だ。自分への害意だけならば耐えられたのかもしれないが、それが身近で大切な人たちへと降りかかってくるならば、力を以って抗おうとしても不思議ではない。

 

 

 

「まあオレ個人に限定すれば、別に国のために戦ってるわけじゃねぇし、な」

 ライトアップされ、整備を続けられる弐型を目にしながら、あまりそれには集中できない。自らの剣である戦術機を目にしながら、なんのために戦うのかと自身に問いかけてしまう。

 

「って、ああ……そう、だな。オレは愛国心とかがよく判ってねぇんだ。むしろBETAが攻めてきてるのに、なんで人種とか国籍とか宗教とかでいがみあってるのかが判らねぇって思ってた」

「それは、そうだろ? 人類未曽有の危機だ。人類が団結して戦うって考えるのが当然だろ?」

 

 初陣を、「死の八分」を超えたと言っても、やはりユウヤ・ブリッジスは合衆国軍人、それも士官だ。理性的に、合理的に判断ができてしまう。

 それはEX世界線での生活が基準となっていた武にとっても、ごく当然と思える考え方だ。

 

「そうなんだよなぁ……そう考えてたはずだったんだよなぁ」

 何かできたはずだと、遺書代わりの手紙には書いた記憶はある。

 

 だが、いつかの未来、斯衛の黒を纏いひたすらに戦術機を駆っていたが、あの時でさえ日本のため、帝国のためとは思えていなかったはずだ。ただ『殿下』であっても笑って欲しいと、ただ一人の為にBETAだけでなく人をも斬り続けた。

 そこには団結も、協力も無かった。

 

 

「結局オレは、人類のためとか、この星の未来とか、そんなものは実のところどうでもいいんだ」

 これは冥夜にだけではない。

 第一中隊の、というよりかは帝国で生まれ育った隊の皆には言いにくい話だ。日本人の血を引くとはいえ合衆国人であり、また日本に対して拒否感があったユウヤにだから零せる、ただの愚痴だ。

 

 いつかターニャか夕呼に言われた言葉が頭を過る。

 『カガミスミカ』が『シロガネタケル』には不要と判断した因子、捨て去られた澱のようなものだけで構築されたのが、いまこの場にいる武だ。

 

「は、はははっ、そうか。救世主とか、勇者とか、そんなのはどうだっていい。オレは横にいる連中だけを護れたら、あいつが……あいつらが笑っていられる時が来れば、それでいいんだ」

 

 結局は自己中心的な、傲慢なまでの願いだ。

 身近な人たちを護れれば、それ以外の被害は見て見ぬ振りを、気が付かなかった振りができる、ただな平凡な人間だと、武はようやく自分を定義付ける。

 

 彼女たちを生還させることができるのならば、喀什攻略に参加する将兵その大多数を生贄として捧げても悔いることはあれど、惜しくはない。

 

 

 

 

 

 

 




TE本篇と違ってユウヤさん、電磁投射砲がないので初陣は特に目立つとこもなく無事帰還。いろいろと燻ることになりそうですが、ちょっと本筋から外れすぎるのでさらっと。

でジャール大隊の面々をちゃんと書きたかったのですが、そんなことをしていると終わりが見えないので、こちらも咬ませ犬にもならずさらっと流してしまいました。というかジャール大隊組は副官のナスターシャ・イヴァノワ大尉とかちゃんと出したかったのですけど、デグさんの偽名と被るということに途中で気が付いてスルーすることに。

次回からさすがにそろそろ喀什攻略で終わりにするはずですが、今しばらくお付き合いいただければ、と。


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職掌の皆既 02/02/10

 

 カムチャツカでの前線任務は、結局三週間程におよんだ。

 最前線、それも極東ソ連軍が防衛線と設定しているラインを超えた地域だが、それでも日々BETAが進行してくるというわけではない。むしろBTEAとの接触は散発的ともいえる程度ではあったが、それが逆に緊張を緩めることを許さなかった。

 そんな中で可能な限りの実動訓練と、場合によっては単独侵攻じみた襲撃などを織り込みつつ、A-01は名目上の任務である弐型の「実戦運用試験」を繰り返した。

 

 さらに日々少なくとも一個小隊4機、多い場合は中隊規模の12機が、前線拠点として駐屯していたマニリからペトロパブロフスク・カムチャツキー基地へと送り返され、同数が戻ってくるということを織り込まれた。

 それによって意図的に隊内の欠員を作り出すだけでなく、直線距離にして1000km超、間に中央山脈と東山脈とが並列する地域を飛ぶことで長距離侵攻の演習を重ねた。さすがに標高4000mを超える半島最高峰のクリュチェフスカヤ山を通過することはなかったが、峻厳な山々の合間を可能な限り低空で通過させられるという、むしろ実戦よりも厳しい操作を求められるルートがいつも指定されていた。

 

 ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地に戻った際にはそれなりの時間の休息が与えられたが、日々更新される運用データを待ち構えている整備と開発の者たちからの質問からは逃れられなかった。なによりも帝国のみならず合衆国本土からボーニングの開発関係者までがペトロパブロフスク・カムチャツキー基地に訪れており、XFJ計画の開発拠点がユーコン基地から移籍したような状況となっていた。

 

 

 

 そのような無理を詰め込んだ日々だったが、それに応じた成果はあった。

 実質的な連隊指揮官となったターニャだけは時折浮かべる作り物の嘲笑以外は無表情のままに、それでいて嬉々とした様子で衛士たちを扱き上げ、足りぬと言われていた連隊規模での連携練度を可能な限り高めていった。

 

 ジャール大隊へのXM1関連の教導ともいえる合同作戦も、当初こそ細かな軋轢はあったものの、短い時間ではあったが必要最低限のことは伝授できたはずだ。実戦経験の豊富な部隊だ。あとは彼ら自身が、隊の運用に応じて最適化していくことになるだろう。

 

 A-01の個々の練度に関しては、もとより新人の多い第一大隊以外は卓越している。XM3のコンボを十二分に活用するならば搭乗時間を積み上げてデータを蓄積させていくしかないが、この短時間でできる限りは煮詰められたはずだ。

 

 なによりも幸いに事に、A-01には一切の人的損失がなかった。

 光線属種のいない戦場とはいえ不慮の事態は当然あり得たが、機体の損耗はともかくも、衛士に至っては軽傷者が数名出ただけだ。それも戦術機搭乗時ではなく、日々の鍛錬の際のほうが多いくらいだった。

 

 

 

 そしてそのカムチャツカの最前線から、白陵基地へと帰還してすでに数日。酷使した機体を整備に任せ、いくつのか報告書を各自が仕上げた後、A-01全体に72時間の休暇が与えられた。

 隊内に詳細な説明はいまだされていないが、それが大規模作戦前の最後の休暇だということくらいは、言われずとも誰もが気付いていた。実家が残っている者の多くは、今は基地を離れ帰郷している。

 

 同じA-01に属するとはいえ整備の者たちはいまが最も忙しいが、それは逆に言えば作戦開始後には休暇が予定されているということだ。今だけは寝食を忘れる勢いで、各機のオーバーホールを進めていた。

 

 他部隊においても喀什攻略に向けての準備は進んでいるのだろうが、末端から見れば参加予定部隊の訓練密度が上がった程度だ。この白陵基地においては実戦経験のある兵士や、一部の勘の良い者たちは何らかの大規模作戦が予定されていると警戒しているようだが、その数は少ない。九州の防衛がまがりなりにも成功したこともあり、基地内の緊張はどうしても解けてしまっている。

 

 

 

 そんな微妙な緊迫感の違いがある白陵基地の、第一中隊に宛がわれているハンガーの片隅で、武は先ほどからペンを走らせていた。

 

 一応はA-01の全衛士へ休暇が申し出されているために、普段の事務室が使いにくいというのもあるが、今書いているのは特に他の資料が必要となる物でもない。時折整備の者たちから質問が投げられることもあるが、榊たちが以前よりいくつか飲料などを用意していたために、この場所は何かと便利だった。

 

「前にも聞いたけど、さ。御剣の屋敷に帰らなくても良かったのか?」

「ふふ、前にも答えたが、別れは済ませてあるからな。いまはここで良い」

 

 武同様に基地に残っていた冥夜も軽く鍛錬を済ませた後に、この場に来ていた。もはや処理するような書類仕事など残ってはいるわけではないが、かといって他にせねばならなこともない。

 与えられた時間を慈しむように、冥夜は武の前に静かに座っていた。

 

 

 

「そういえば、使ってくれているのだな」

「ん? ああ、これか。普段の事務仕事には使うのがもったいないが、こういう時には、な」

「良い物ではあろうが、道具だぞ? 日々使ってくれるほうが嬉しいのだがな」

「さすがにそこまで図太くはなれねぇよ」

 

 軽く笑いながらも、何とか文字を書き連ねていく。

 いま武が使っているのは、昨年誕生日のプレゼントとして冥夜から贈られた万年筆だった。あまりにも高価な物なので仕事用に使うには気が引けていたが、今書いている物には最も適していると思って使っていたのだ。

 

「それで? 何を書いているのか尋ねても良いか?」

「あ~遺しておこうかと思ってる手紙の一つ、ってところだが……」

 

 その遺しておくべき相手である冥夜を前にして話すのもおかしく思うが、内容には触れず遺書の類だとだけは軽く伝える。

 

 

 

「聞くべきではなかったか。許すがよい」

「いやこんな場所で書いてる俺のほうがあまり良くねぇから、気にするな」

「だが遺書といえば、其方、大尉殿に提出していたのではないのか?」

「あっちは当たり障りのないヤツだな。こっちはちょっと内容が内容になりそうなので、この後夕呼先生に添削してもらう予定だ」

 

 そこまで言えば冥夜もある程度内容を察したのか、機密に属することかと目を伏せて冥夜は重ねて詫びる。とはいえさすがに他世界線や武の複数の経験など、遺書とはいえそのまま伝えても良いことかどうかなど武自身には決定できず、夕呼の判断を仰ぐ必要はある。

 

 だがやはり冥夜と純夏にはある程度事情を伝えておきたいとは思い筆を執った。もちろん、皆が生き残ることができれば秘したままにしておくつもりではあるが、自身が死んだ後くらいには巻き込んだ形になるのだから、説明くらいはしておこうという心積もりだった。

 

 武が死んでも、冥夜が生き残ってくれる可能性もなくはない。

 ターニャが直接作戦に参加することになったこともあり、場合によっては前線に出たという体を取るためだけに喀什には降りるが、直後に装甲連絡体で軌道上に戻るということもあり得る。あとはそこに同乗してくれれば、冥夜の生存の可能性は極めて高くなる。

 

 そこからはしばらく武は静かに筆を進める。むろん周囲は整備の喧騒に塗れているのだが、不思議と周辺だけは騒乱から離れていた。

 

 

 

 

 

 

「ああ、よかった。やっぱりこっちにいたか」

「ん、ユウヤか? ッ、失礼いたしましたッ!!」

 

 背後から声をかけられ聞きなれた慣れたその声に軽く応えたが、静かに立ち上がり敬礼する冥夜を見て振り返って驚きとともに立ち上がる。国連軍のBDUを着たユウヤの後ろには、黄色の斯衛制服に身を包んだ唯依と、白の女性士官がいた。

 

 衛士同士ならばさほど階級差は意識されないとはいえ他軍に属する上官、それも規律に厳しい斯衛の士官を前にしてだらしのない姿は見せられない。椅子を蹴倒すような勢いで起立し、できる限り背筋を伸ばして敬礼する。

 

「楽にしたまえ、少尉。休暇中だと聞いたぞ」

「はッ!! 失礼いたしますッ!!」

 

 唯依の言葉に従って敬礼を解こうとする武と冥夜だが、後ろにいる斯衛士官が敬礼ではなく膝を付き首を垂れていることから、どうしてもその動きに礼を崩さぬため動きが鈍い。

 

 

 

「と、……あの、そちらは?」

「ああ……わたしの副官に就いてもらった山城少尉なのだが……山城少尉、立ちたまえ」

「は、い、いえ、しかしながらっ!?」

「こちらはXM3や弐型の開発に協力いただいた国連軍衛士の白銀少尉と御剣少尉だ」

「ッ!? し、失礼いたしましたッ、帝国斯衛軍所属、山城上総少尉でありますッ!!」

 

 いつかどこかで見たなぁと武が意識を飛ばしそうになるが、あらためて山城上総と名乗った白の女性士官に冥夜ともどもに答礼する。年齢的には武や唯依たちと同じくらいに見えるが、少尉ということであれば、まちがいなく彼女のほうが先任である。

 聞くべきか沈黙すべきかという逡巡を一瞬現したようだが、そこはやはり白とはいえ武家の者だ。一切の意識を切り替えて無表情を保つ。

 

 三人に席を勧めるが、上総は丁寧に礼を解き、一歩下がって立ったままに陰に徹する。すこしばかり離れた位置から護衛している真那たちのことにも気が付いているのだろうが、視線を飛ばすようなことはしない。

 

 

 

「中尉殿、斯衛にお戻りになられたのですか?」

「ん? ああ、そういえば少尉には伝えていなかったか。貴君らの働きもあって、弐型が斯衛に採用されることがほぼ確定した。それに合わせて少しばかり早いが、原隊に復帰した」

「それは、おめでとうございます」

「ふふ、XFJ計画としてはいまだ不透明ではあるが、ありがたく受け取っておこう」

 

 代替コーヒーではあるが唯依とユウヤとにカップを用意し、当たり障りのないところから武は話を聞き始める。そして褒めるところかどうか判断しにくいが、とりあえずPhase2仕様の弐型として採用されたということは、唯依たちが目指したものが評価されたことは間違いない。

 

「今現在試験採用されている108機の内、72機は次の作戦に投入される。残りの一個大隊分でしばらくは運用試験を進めるが、先日来よりそちらから提示されたデータもあり、まず採用が覆ることはないはずだ。正式に感謝を告げることは難しいが、関係した方々には言伝を頼みたい」

「承りました」

 

 A-01がカムチャツカで積み重ねたデータは、各衛士のデータこそ秘匿しているものの、機体側のものは各メーカーや帝国技術廠へと提出している。当然に、おなじく試験運用中の斯衛にも流れていたのだろう。

 そして斯衛といえど、いやむしろ帝国国内にしか原則展開しない斯衛であればこそ、あれほど短時間での集中的な機体運用は難しい。機体数の差はあれどデータとしては数倍するものが、A-01から斯衛に提供されたはずだ。

 

 

 

「それに合わせて、武御雷の追加生産は一時的に止める。白が拝領しているA型は全機予備機としC型を回し、いまC型に乗っている黒の者たちには弐型を優先的に受け渡す」

「……なるほど」

 

 弐型を採用するとなれば、立ち位置の近く、また生産性や整備性の低い武御雷はたしかに無理をして生産を続ける意味が薄い。A型はFやR型の予備パーツとして扱い、今後主力となる不知火・弐型を急ぎ配備していく形のようだ。

 

「加えて瑞鶴の一部にはMk-57を主兵装として、支援砲撃任務に充てることになりそうだ」

「ああ、そちらの噂は耳にしておりましたが、決定しましたか」

「第16大隊の、というよりは崇継様のご意向が大きいようだが、こちらもほぼ確定している。舞鶴を中心として日本海側から京を護ることを考えれば、既存の斯衛の砲戦力だけではやはり機動性に欠けるとのご判断らしい」

 

 巌谷から話は聞いていたが、崇継は本当に戦術機を砲兵化して運用するようだ。

 

 

 

 京都から南西を防衛するだけであれば機甲戦力を展開できる土地もなくはないが、これが日本海側となると十分な平地がない。そして斯衛はその名の通りに近衛軍ではあるが、今の帝都城だけではなく、もとより京都守護の意識が強い。散発的とはいえ丹後や豊岡への上陸を見逃せるはずもなく、なによりも若狭湾から舞鶴や小浜への侵攻など許すわけにはいかない。

 

「先の防衛線においては、散発的な上陸に際し飛び回っていたともお聞きいたします。たしかに射程は短く投射火力も低いとはいえ、Mk-57での支援があれば前線の衛士の負担は軽減できるかと」

「無論、その分正面戦力は欠くことになるのだがな」

 

 当たり前だが長砲身とは言え57mmでしかないMk-57では、速射性はともかくも155mmなどの迫撃砲に比するほどの射程もなければ制圧能力は欠ける。それでも戦術機が携帯できるということは、山岳部であっても砲戦力を展開できるのだ。山がちな日本海側の防衛という面では、取りうる選択肢として最良と言えなくもない。

 問題は苦笑気味に告げた唯依の言葉ではないが、それまで前線に上げていた機体のいくつかを後方に下げることになるのだが、単位時間当たりの投射火力は増加するはずだった。

 

 

 

 

 

 

「まあType Secondが斯衛にとはいえ採用されるのはうれしいんだが、その話は別としてだ、タケル……」

「っておい、ユウヤが戦術機の話を別にするって、どういうことだ? 悪いモンでも食ったか?」

「うるせぇよ。ともかくも、こっちのユイを止めてくれ」

「いやぁ、状況がまったく判らねぇ……」

 

 何か議論に疲れたのか、ユウヤが崩れるように椅子に座っていた。唯依との間で何かもめていたことだけは武にも判ったが、問題そのものはまったく見えてこない。

 

「次の作戦に於いて、ブリッジスにはこの『緋焔白霊』を持って戦陣に立ってくれと願い出たのだが、このように頑なに拒まれてな」

「……は? い、いえっ、失礼いたしましたッ!!」

 

 項垂れているユウヤに代わり唯依が説明するが、その意味が武の頭に染み渡るまで僅かの時間を要し、そして理解できた瞬間に礼を失して叫んでしまった。当然、声には出していないが隣に座る冥夜も驚きでかすかにだが目を開いている。

 呆れた様子を隠そうとしなくなっているのは、副官と紹介されてままに、後ろに立つ上総だけだった。

 

 

 

「失礼ながら、その刀は篁家のご当主の証では?」

「そうだが……こちらも伝わっていなかったか。先日我が父、篁祐唯は篁家当主を退き、いまは私が篁家当主だ」

「それ、は……おめでとうございます」

 

 篁祐唯は巌谷と一緒に帝国軍・民間企業合同の戦術機開発である『曙計画』に関与していた人物だ。年齢的には当主を退く理由などなく、また病に侵されているなどという話も聞いたことがない。それでいて当主が唯依に代わったということは、何らかの思惑が武にも透けて見えてしまう。

 

「なに、いろいろと武家の中での政治絡みだ」

「失礼ながら、XFJ計画における中尉殿の功績が認められたものだと推察いたします」

「なるほど……言われてみれば当然ですね。帝国陸軍ではなくとも、斯衛の次期主力としての採用であれば、実績としては計り知れぬほどに大きい」

 

 礼を失する形ではあるが、後ろから上総が口を挟む。上官があまりに自身を卑下するようであるから、思わずといった形だ。ただ述べられた言葉は納得のいくものではある。

 瑞鶴開発に関わったという祐唯の功績も大きいが、弐型の開発というのもそれに劣るものではない。

 

 

 

「ですが……そうであれば、なおさらその『緋焔白霊』をユウヤに預けると言うのは……」

「む……たしかに、一見ではおかしな話ではあるかもしれぬが……」

 

 武は武家とは縁も所縁もないが、武家においての当主の証たる刀の意味合いくらいは薄々感じている。当たり前だが容易く第三者に貸与するような物ではないはずなのだ。それを踏まえて諫めるような口調になってはしまうが、応える唯依もまた歯切れが悪い。

 

「いろいろと身内の恥もあるのだが、それは別としても、だ。次の作戦に於いて斑鳩様からは真壁介六郎殿が斯衛派遣軍の前線指揮官を拝命したとことは聞いているか?」

「え、ええ……そのようには伝え聞いております、が」

「煌武院様からは月詠真那殿が国連軍付きとして参加される。だが、崇宰は他三家同様に表向きには人員の直接的な参与は辞退している」

「は、あ……?」

 

 唯依の話がどう流れるのかが読めず、非礼な返答になってしまうが、ある意味で仕方がない。唯依自身もどう伝えれば良いのか、考えあぐねているようだ。

 

 

 

「公式には斯衛の派遣軍の大多数に弐型が配備されること、そして貴様ら在日国連軍においても一部で運用されることで、篁ひいては崇宰は此度の作戦に多大な関与を果たしているということにされた」

「実際、数名の衛士を送るよりも、大きな成果だとは思われますが……」

「たしかにな。だが、私が当主となった要因の一つは、作戦に直接参加することを思い留めるためであることもまた間違いない。五摂家のご当主方は当然、真壁殿にしても月詠殿にしても、あくまで次代の方々。篁家当主となった私が出るようでは、下々の活躍の場を奪うことになると遠回しに諫められたよ」

「ああ、弐型の採用実績が大きすぎた、と」

「そういうことだ」

 

 苦笑気味に吐き捨てるように唯依は言うが、なるほどたしかに武家の政治だ。

 帝国の、というよりも将軍守護を目的とする斯衛である。もとよりも防衛戦でしか戦場の機会に乏しく、それさえも帝国陸軍の後詰という形になることが予測されている。今予定されている喀什攻略ほどの大規模作戦などそうそう企図されるはずもなく、そこに加わるだけでも名誉なことと見做されるのだろう。たとえ作戦が失敗して喀什の現地で死ぬことになったとしても、むしろ誉として扱われる。ならば対立する他家からすれば、もとより参加させないというのは政略として正しく判りやすい。

 

 

 

「……失礼ながらブリッジス少尉。お聞きいたしたいのですが、よろしいですか?」

 静かにやり取りを聞いていた冥夜が、珍しいことに口を挟む。

 

「ん? 武家とかどうとか俺は本当に判らねぇんだけど、なんだ?」

「家と対立するという心持が私には理解しにくいのだがそれは別として、少尉はブリッジス家とは縁を切っているのか? いや本当に家を捨てたいと考えておられるのか?」

「そっ、それはだなッ、あ……いや。まだはっきりとは、決めかねてねぇ……母さんが実はまだ生きていて、隔離されてはいるが療養中だって話も耳にしたし、な」

 

 武としては冥夜の問うた言葉の意味が理解できないが、それはユウヤも同じらしい。辿々しくも応えてはいるが、言葉はおぼついていない。むしろ唯依のほうが納得する部分があるのか、今ははっきりと顔を上げている。

 

「ふむ……他家のことに口を出すものではないとは思いますが、まずはそこをはっきりとさせておくべきかと思われます。関係を改善する意思があるのか、あるいは断つつもりなのか。作戦参加まで時間がないとはいえ、御実家に対し明瞭な意思表示はしておくべきでしょう」

「どういうことだ?」

「次の作戦が成功するにせよ失敗に終わるにせよ、参加した将兵、特に現地に赴いた衛士には政治的価値が生まれてしまいます」

「まあ……そりゃあそうだろうな」

 

 なんといってもパレオロゴス作戦に続く、大反抗作戦だ。そしてパレオロゴスと違ってあくまで主力は戦術機、それも大規模な戦術機部隊の投射といえど1200機ほどのものであり、当然喀什に降りるのはその程度の人数だ。内合衆国は400人程度であり、当然ながらそこに含まれた者は作戦後にはまちがいなく英雄視される。

 唯依が作戦への参加を遠回しに拒否される理由でもあり、また冥夜が現地で死ぬかあるいは消息不明になることを期待されている要因でもある。

 

 

 

「ただ……そう、だな。どちらにせよ今決断しないのであれば、その『緋焔白霊』は預かったうえで作戦に参加するのが良かろう」

 口調を戻し、冥夜は断言する。

 

「何でそうなるんだよ?」

「それを持っていれば、ブリッジス少尉にとって、作戦後の身の振り用に幅ができるであろう、とそう予測するからだ。だが、これ以上はさすがに踏み込みすぎることゆえに、我らとではなく篁殿と今少しばかりは話し合うがよかろう」

「ご助言、誠にありがとう存じます。深く感謝を」

 

 理解が追い付いていないユウヤを横にも唯依は席を立ち、深々と頭を下げる。

 

「いえ中尉殿、失礼いたしました。差し出がましいことを口に乗せてしまいました。ご容赦を」

「身内の恥ともいえることにまで御配慮頂き、恐悦至極に存じます」

 

 冥夜も立ち上がり軽く頭を下げるが、唯依はそれでも頭を上げずに言葉を紡ぐ。後ろに控えていた上総もあらためて頭を下げていた。

 

 

 

「で、よ。タケル、お前何か判った?」

「いや、まったく判らねぇ……」

 

 どうやら武家の女子の間では理解が深まったようだが、男二人は取り残されたままだ。

 

「ふむ……どうやら白銀には、私から皆琉神威を渡しておくべきか?」

「それは本当にやめてくれ。そうなったら間違いなく作戦前に首と胴体が生き別れになる」

「なるほど。一考しておこう」

 

 空気を換えるように冥夜が笑いながらも、わざとらしいまでに軽く言ってくれる。が、本当に皆琉神威を手渡させるようなことにでもなれば、武の立場など文字通りに吹き飛ばされてしまいそうではあった。

 

 

 

 

 

 




MODEROIDから士魂号 単座型が出ますがやはり欲しいのは複座型だろうとか、ネタ元たるそれを踏まえて武御雷を複座化しての背中にミサイル大量に背負って長刀二本持ちでの強襲とか考えてしまいましたが、さすがにそっち方向ではいろいろ破綻するのでなかったことにしています。

で、一応今回でTE関連はだいたい片が付いたはず? はっきりとは書かない方向ですが、唯依パパの篁祐唯のヤラカシが各方面に発覚してユウヤの政治的価値が高まってしまいましたが、逆にミラ母さん(とハイネマン)のヤラカシが大きすぎて結局使えねぇんじゃないかとかいう流れが裏であるんだろうなぁと思いながらも、バッサリ切ってます。

次回からは喀什直前でさすがにそろそろ終わりが見えるはずです。


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空理の穽陥

 

 篁家当主の証たる「緋焔白霊」を、当主を襲名した直後の唯依が、部外者どころか帝国臣民ですらないユウヤに差し出すという間違いなく異常な事態。

 なによりもたとえ当主とはいえ、唯依の独断で進められていることではないはずだ。そうなると少なくとも篁の親族、場合によっては主家たる崇宰家も関与している可能性がある。先ほどの唯依の言葉ではないが「武家の政治」の一環ともなれば、背景情報に疎い武では意図を慮れない。

 

 ユウヤと唯依との間には何らかの問題があるは間違いない。ただそれが武には推測もできない内容であり、また市井の出身であり一衛士でしかない身の上では、関与できる範疇を超えているようにも思えてしまう。

 結果、頼られたとはいえ、何も解決案を出すこともできず撤退する形となる。

 

「あ~悪い、ちょっとこの後予定あるんで、あとはユウヤ、頑張ってくれ」

「おいッ!? 少しくらいは……」

「夕呼先生、っと香月副指令との面談を予定してるんだ。いやほんとに悪い。というか篁中尉殿は深く考えられた上での決断だろうし、あとはユウヤ、お前自身がどうしたいかくらいだろ?」

「まったく……ちょうどよかったってツラしやがって。わかったよ。ちゃんと話し合ってはみる」

 

 さすがに夕呼の名前を出すと、ユウヤもそれで引き下がる。言い訳ではなく本当に予定があるとなれば、上官たる夕呼を差し置いて私事に感けてもらうわけにもいかない。

 なによりもユウヤ自身、大規模作戦前に唯依と話し合う機会をどこか願っていたようにも見えた。

 

 

 

「で、だ。できれば……」

「判っておる。他家の問題であるが故に口は出せぬが、聞き役としては意味があろう」

 無理を言っているとは分かりつつも、武は横に座っていた冥夜へと一言残す。

 

 冥夜の立場としては、本来ならば一切関与するべきではないはずだ。

 篁家は煌武院家と並ぶ五摂家が一つ崇宰家の譜代である。悠陽の影という立場でなくとも、煌武院家に連なる御剣の者が耳にすべき話ではないし、口を挟めるような内容でもない。ただし、いまは「御剣冥夜」という立場だからこそ、半ば暴走ともいえる唯依の振る舞いを見ているだけでさえ、抑止の意味合いが出来上がってしまう。

 

「じゃあ、本当にワリィな。篁中尉殿にも、お話の途中でありながら席を外す御無礼、ご容赦いただきたく存じます」

「いや。こちらこそ私事で迷惑をかけ、申し訳なく思う。急がれよ」

「はッ! では、失礼いたしますッ!!」

 

 ユウヤと、そして冥夜とに問題を残したままなのは気がかりだが、解決するのは武ではなくユウヤ自身の判断によってだ。それにこれ以上は本当に時間がない。武は、唯依とその後ろに控えている上総へと敬礼し、その場を辞した。

 

 

 

 

 

 

 逃げ出すような形で残してきたユウヤと唯依の問題は気になるが、夕呼を待たすわけにいかないことも確かだ。いつも以上に急いで地下へと降りる。

 

「うおっ!?」

 以前に夕呼から与えられていたキーを用いてエレベータを使い、何の気なしに降りるといきなり銃を突きつけらた。咄嗟に身を守るべくエレベーターのドアに戻りかけるが、相手が見慣れた基地の警備兵の二人だと分かって、ゆっくりと意図しながら足を前に出す。

 

「失礼いたします、少尉殿。このフロアに何か御用がおありですか?」

「あ? あ~香月副指令への面会の予定なんだが……何かあったのか?」

 

 いつもは基地正門を警護が担当のはずの国連軍の兵士二人。それがいまはなぜか地下のエレベータフロアで、武へと手にするアサルトライフルを向けている。手慣れたもので、少しばかり声を大きくし、無理に近寄ってこない。

 確認するといった一人が無線でどこかへ連絡しているが、その際も銃口はブレず視線は武へと向けたままだ。もう一人に至っては、僅かに移動しながら武の死角へと回り込もうとしている。

 

 

 

「申し訳ありません、確認いたしますので……」

「あ、ああ。白銀武少尉だ。所属は……第一中隊のってだけじゃダメか?」

「第一中隊の白銀少尉殿、ですね。了解いたしました。少しそのままお待ちください」

 

 さすがに名乗らずに通れるような雰囲気でもなかったので氏名と階級とは告げるが、A-01の名を出していいのか判らず、中途半端な申告となってしまう。

 ただ警備の兵は慣れた様子で、それだけを復唱する。

 

「はい……はい。了解いたしました。お手数をおかけしました少尉殿。問題は無いようですので、お通り下さい」

「ありがとう。引き続き警戒を頼む」

「もちろんでありますッ!!」

 

 通話と、その先での確認が終わったようで、警備の二人はようやく銃を下げた。

 敬礼とともに先を促されたような形だが、武は構わず簡単に返礼だけしておく。

 

 

 

(随分と警戒されてるけど……社が離れるからか、やっぱり)

 

 いくつかの世界線における記憶を思い出しても、ここまで夕呼の身辺に警備が強化されたことはなかったように思う。

 

 原因として思い浮かぶのは、その類稀なるESP能力によってほぼ絶対の対防諜システムともいえる霞の存在だ。

 霞がどれほどの距離やあるいは他の条件で、不審な存在を感知できるのかどうかまで詳細を武は知らない。それでもその能力がただの警備兵どころか、機械化歩兵装甲を纏った兵士以上に有用だということくらいは理解している。

 

 その防諜の要ともいえる霞だが、数日後の喀什攻略に際しては武たち第一中隊付きCP将校としてXG-70dに搭乗することになってしまった。当然ながら作戦期間中は夕呼の傍を離れることになり、場合によっては戻ってくることも叶わないのだ。

 

 しばらくの間は夕呼にはなにかと不便を強いる形になってしまっているのだろうが、それを覆すためにも霞は何としても帰還させようと、改めて武は誓う。

 

 

 

(まあ、もともとそれなり以上というか下手すりゃ帝都城地下くらいには防衛設備も整ってるんだよな、ここって)

 

 そんなことを考える間にも足は止めない。エレベータホールから夕呼の執務室まではいつも通りに誰とも会わなかったが、あらためて周囲を意識すれば監視カメラの数は多く、しかもそれらには対人用の小口径ではあろうが機関銃ユニットも付随している。

 

「失礼しますッ! 白銀武でありますッ!!」

『煩いわね、さっさと入りなさい』

 

 執務室の前にも警備兵がいるかとも思ったが、そちらには人影がなかった。いらないと言われそうだったがノックとともに名乗り、反応待ってから扉を開ける。

 

 

 

 

 

 

 扉を開け中に入ったものの、夕呼の執務室はなにかモニタ類が増設され、普段以上に雑多な状況だ。一応は応接用のテーブル周辺だけは空間があるが、そちらに座るほどの度胸は武にはない。

 

「で、アンタの用事ってナニかしら?」

「あっと、これです。俺の遺書なんですけど、一応内容的に夕呼先生に見てもらっておいた方がいいんじゃないかと」

 

 話しながら、武は先ほど書き上げた二通の遺書を、執務用のデスクに座ったままの夕呼に渡す。さすがに遺書と聞いて夕呼といえどいつものように種類の山の上にそのまま置くことはなかったが、ひらひらと遊ぶように振ってみせた。

 

「遺書って、ロッカーに残して置いたり、まりもの方に出したりじゃななかったっけ?」

「そっちはそっちで用意してますけど、こっちには他世界線のこととか、本当は自分で伝えなきゃって思ったことまで書いちまったから、確認して貰おうかと思いまして」

 

 冥夜に話していたように、一般向けともいえる遺書はもう出来上がっている。遺しているのは両親に向けた物だけだが、内容的にはありきたりで凡庸になってしまった。この世界線では二人に会っていない上に、直接的な記憶が一切ないのだ。感謝の想いが無いとは言わないが、肉親というには今の武からは意識しにくい。

 そして当然ながら、そちらにはA-01のことは当然、軍務に関しては一切書き記していない。武の死後には形ばかりの検閲が入るだろうが、見られて困るような内容ではない。

 

 

 

「はいはい。ふ~ん? 鑑と、御剣宛、ね。渡す機会があればその時にでも目を通すわ」

「よろしくお願いします。他の連中には、二人から話して貰うようには書き記してます」

 

 武の言葉と記された宛名とで、おおよその内容は予測したのだろう。興味が失せたとばかりに、夕呼は書類の山の上に、わざとらしく積み上げて見せた。

 元207B訓練分隊そして第一小隊の面々に対しては、喀什攻略に巻き込んでしまったという自責の念がどうしてもある。軍人であるからには命令に従うのは道理とはいえ、ここまで無茶な侵攻計画に参加させる一因となってしまったことは、どうしても気がかりなのだ。

 

 本来ならば直接頭を下げつつ詳細を伝えたいが、第四計画どころか夕呼の因果律量子論の研究にも関わることであり、武の立場からは直接説明できないことがいまだ悔やまれてしまう。

 

 

 

「で、用事はこれだけ?」

「ですね。あとはもう作戦の開始を待つだけ、ですか」

 

 差し出した遺書に問題があれば書き直したいが、作戦を前に多忙なはずの夕呼にこれ以上の時間を使って内容を確認してくれとは言い難い。武の死後は、死者への礼として、伝えられない部分には適当に黒で消すくらいの手間は、夕呼にお願いしたい。

 

「ならコーヒーの準備でもして、少し待ちなさい」

「え? いま読んでいただけるんですか?」

 

 興味が無いように書類の上に放り出しているが、待てともとれる命を受けて、武は戸惑う。いまも夕呼は武に目を向けることなく、何やらキーボードを叩きながら書類を作成しているのだ。

 

「そんわけないでしょ。もう少ししたらあの事務次官補殿が来られるのよ。ついでだからアンタも最終確認に付き合いなさい」

「あ~了解しました」

 

 ターニャが来ると言われれば、なるほどコーヒーの用意は必要だ。

 荷物が増えたとはいえ慣れ親しんでしまったこの執務室の給湯エリアで、武は夕呼の邪魔にならぬように、お茶の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

「申し訳ない。少しばかり遅くなったか」

 コーヒーの準備などを整えていると、いつも通りといえる無表情、どこか疲労を感じさせる顔つきでターニャがやってきた。

 

「さて。あらためてというほどではないが我らの目標の最終確認だ。これは『あ号標的』の破壊、で問題はないかね、香月博士?」

 

 応接用のテーブルに着くや否やターニャは挨拶もほどほどに話を始める。

 礼を失すると言われてもおかしくない態度だが、夕呼にしろターニャにしろ時間がないのを双方が理解しているからこそだ。それでも敬礼する武に対してもきれいな返礼を返していたところは、やはりターニャの几帳面さを伺わせる。

 

 そして作戦開始までもはや100時間を切った今、計画の実質的なトップ二人といえど、実のところ変更できるような要素は皆無といってもよい。この会合もむしろ作戦成功後のための話し合いといった意味の方が強いのかもしれない。

 

 

 

 しかしターニャの問いはある意味で今まで確認されずに済まされていたことの一つだ。

 武などは『あ号標的』の破壊こそを目指していたが、なるほど確かに第四計画の本来の目的からすれば接触と情報収集とが優先されるはずだった。そうなれば主広間に入った瞬間に1200mm超水平線砲を撃つことなどは難しい。

 

「対話が可能かどうかは現地、それも『あ号標的』との眼前にまで行かねば不明ですし、現場判断でと申し上げたくはありますが、まずは排除を優先していただいて結構です」

 ただ問われた夕呼はあっさりと破壊を受け入れる。

 

「それは……やはり00ユニットがないから、でしょうか?」

「もちろんそれもあるが、そもそもが対話できたとしても必要な情報が入手できる可能性が低いのではないかと、そう予想している」

「そうですわね。現状、必要とする情報はすでにこちらにありますし」

 

 自然と漏れてしまった武の疑問に、二人して簡単に答えてくれる。

 淹れられたコーヒーのその香りを楽しむかのように、ターニャはカップで口元を隠しながらではあるが、説明を加えた。同じく夕呼も新しい情報には期待していないようで、軽く頷いていた。

 

 

 

「たしかに00ユニットがあったとしても、目新しい話は聞けそうにはありませんね」

 言われてみれば当然だと、武も納得する。

 

 本来の第四計画としては、炭素系生物を生物と見做していないBETAとの接触を図るべく、「生物根拠0生体反応0」たる非炭素系の疑似生命体としての00ユニットをBETAとのコミュニケーション・ツールとして運用しBETAの情報を得ることが目標だった。

 しかしこれは先の世界線で『あ号標的』と接触し曲がりなりにも会話を成立させた武の記憶と、何よりも「原作知識」と言い切るターニャからの情報とで、すでに完了しているといってよい。

 

 もちろん00ユニットをODLを介して反応炉、つまりは頭脳級へと接続して各ハイヴ地下茎の詳細な地形情報や、さらには各種BETA群の分布状況などが把握できるならば素晴らしいが、喀什さえ堕としてしまえばそれすらも必須の情報とは言えなくなる。

 重頭脳級たる『あ号標的』が消失すれば、ハイヴ間の情報連結は無くなる。もとより学習速度の遅いBETAだ。各ハイヴの頭脳級単体では新たな種や戦術の発生は無視できる程度だろう。

 そこにXG-70の量産と戦術機戦力の拡張とが重なれば、G弾抜きでのハイヴ攻略さえも現実味を増す。

 

 

 

「あとは……そうだな。予測というよりかは妄想の範疇ではあるが、どのように接触してもBETAからは奴らが『創造主』と呼ぶ存在、シリコニアンへと直接コンタクトを取ることは困難だと思われる。無論、奴らの本星と言えるべき場所を特定することは将来的には可能だろうがね」

 

 おそらくは原作知識なのだろう。ターニャは人類がシリコニアンの支配する恒星系の場所を把握できるとほぼ断言する。ただその上で、喀什の『あ号標的』からの情報には期待していないようにも見受けられた。

 

「白銀、貴様は珪素系生物であると予測されるBETAの『創造主』が知的生命体であると考えられるか?」

「え……はい、形状や生態などはまったく予測できませんが、知性を持つ生物であろうとは考えております」

 

 いきなりのターニャからの問いだったが、そこには疑問がない。岩の塊なのか機械の動物のようなものなのかさえ判らないし、もしかすれば惑星そのものが意識を持っているとしても驚かない。BETAのような土木機械を銀河系規模に展開しているらしいのだ。個体なのか群体なのかさえ判らないが、知的生命体であることは間違いない。

 

「つまりだ。貴様程度の知性であっても、珪素系知的生命体が存在することに疑問を挟まないのだ。どれほどの時を経ているのかわからぬが、『創造主』とやらが炭素系知的生命体、いや炭素系の生命体が存在しないなどと判断すること自体が異常だ。ここまでは良いか?」

「はい。問題ありません」

「ならばなぜ、BETAは炭素系生命体を否定するのか、ということこそが問題となる」

 

 そこまで告げられてターニャの言わんとすること、そして先が鈍い武にもようやく理解が追い付いた。

 

 

 

「え~、っと、つまりは『創造主』とやらは炭素系生命体の存在は予測、あるいは認識している、と。そしてそれを理解していながらも、BETAには炭素系は生命ではない、と命令しているということですか?」

「ただ自立機械のエラーを事前に予防するため、暴走の危険を排除するために、炭素系を基とするBETA群には自身を含めそれらを生命だと認識しないようにしている、という考えは妥当かと思われますわ」

「光速を超えて銀河全域へと広がるとなれば、やはり事故は発生する可能性はある。それらを予防する方策としては理解もできる。まあしかしAIの、ロボットの反乱など、ありふれたSFの題材ではあるが、ね?」

 

 どこか哂うようにターニャはコーヒーを含みながら、武の予測と夕呼の補足とを淡々と受け入れる。その言葉通りにロボットの反乱など陳腐な題材だ。それなりの自己判断能力を持つであろう重頭脳級に対して、創造主とやらがある程度のストッパーを仕込んでいてもおかしな話ではない。

 

「造物主への反乱など、それこそ神話以来の伝統とも言えます」

「はっ、神などすべからく滅び、忘れ去られてしまうべきだな。ならばあの土木機械たるBETAどもにも知性を持って『創造主』へと立ち向かってもらいたいところだ」

 

 創造主ではなく神という概念に思うところがあるのか、ターニャは一瞬で機嫌を損ね、吐き捨てるように言い放つ。

 

 

 

「まあ繰り返すが、妄想の類だ。ただそうであれば我らからすれば脅威であっても末端でしかない重頭脳級対手に対話を持ちかける意味は薄い。またBETA側から『創造主』への連絡というのは非常に限られていてもおかしくはない。むしろ業務報告を上げるだけの一方向や、そもそも連絡手段がない可能性もある」

 自身がらしくもなく怒りを露にしたことをどこか恥じるように、ターニャはふたたびゆっくりとコーヒーを含み、仮定の話だとした上で、さらに推測を重ねる。

 

「つまるところ、シリコニアン本星の情報を得るならば00ユニットに等しい程度のリーディング能力なども必要だろうが、今はまだその段階ではない。火星のマーズゼロか、あるいは土星圏攻略の際でも十分に間に合うだろう」

「XGシリーズの戦力化と量産……その先の航宙艦、いえ月軌道のその先、惑星間航行可能な要塞艦とでもいうべき物が出来上がってからの話ですわね」

 

 夕呼が先を予想したように言葉を挟む。

 それがどれほど先の話かは武には想像もできないが、ターニャの言いようからして他世界線ではそこまで達成したこともあるのだろう。

 

 そして当たり前だが、第五計画の一環であるバーナードへの移民計画と違って、急ぐ話ではない。シリコニアン本星へと恒星間を渡るよりも前に、太陽系内のBETAを排除し、安全を確保しておくことが優先されることは当然ともいえる。

 

 なによりもまずは喀什、そしてその後は地球上のハイヴを排除し、月から火星へと進むことになるのだろう。それに要する年月を考えれば、さすがにこの世界であっても各種の電算機器技術も発達し、夕呼が求めた性能を持つCPUも生産できるはずだ。その頃になれば別に人間を基にした00ユニットではなく、ゼロから構築した珪素系疑似知性体すらも開発できているかもしれない。

 

 

 

「ははは、想像はできなくはありませんが、まさに『夢の21世紀』といった感じですね」

 

 地球をバックに幾千もの宇宙戦艦がずらりと並ぶ。もはやそれは武にしてみればEX世界線で馴染んでいたSFアニメなどの様相だ。なんとなくは思い浮かべられるが、文字通りに「未来の世界」という物で、空想の範疇でしかない。

 やはり自分は一戦術機衛士なのだろうとあらためて意識する。XG-70の砲主兼操縦士ならば何とか務められたが、それを艦隊規模で運用する立場にいる自分など思い描けない。そしてなによりも、それほどの戦力を整えるに至る具体的な道筋などは考えようもない。

 その道筋が想像できないということから、自分には軍政や政治への適性がないことが判ってしまう。

 

「なに、先の話だ。今は喀什の攻略、あのクソったれな『あ号標的』の破壊だ。まあその後も楽観できるわけではないがね」

 

 ターニャのその言葉は武に向けての形ではあったが、どこか自身を戒めるようにも聞こえた。

 

 

 

 たしかに喀什を墜とせれば地球上のBETAの相互連絡能力は消失するかもしれない。だが、それが即座に前線国家の負担軽減となるわけではない。

 喀什の重頭脳級を失ったからといって、末端の各ハイヴにおけるBETAの生成能力が減少するわけではないだろう。そしていままさにハイヴから湧き出すように増え続けているBETAの物量に対して、人類は満足な対応が取れていない。

 XM3を搭載した第三世代戦術機に、戦略航空機動要塞と分類されるXG-70、そしてG弾とが揃ってようやくハイヴ攻略の目途が立っている程度だ。今回の喀什攻略に匹敵するほどの戦力を再度編成するには、人類側の生産能力の限界もあるが、政治的な困難さえも立ちふさがる。

 

「なによりも現状ではG元素の入手が安定しない。結局はあの土木機械共頼りの略奪戦略というのが問題だ」

 

 G弾ほどではないのだろうが、ML機関によって稼働しているXG-70シリーズもG元素を消費する。ある程度定期的に「アトリエ」を制圧して各種のG元素を入手しなければ、動くことさえできなくなる。

 

 

 

「場合によっては攻略しやすいハイヴ、その頭脳級を破壊せずにを管理することさえ視野には入れておくべきでしょう」

「そうだな。いくつかのハイヴは『鉱山』として維持する方向には進むだろう」

「は、ははは……ハイヴが鉱山、ですか」

 

 ターニャと夕呼にしてみれば既定の路線なのかもしれないが、武はその未来に対して乾いた笑いでしか対応できない。

 

 各種のG元素はいまだ人類の手では生成できない。将来的には可能になるかもしれないが、今のところ入手するにはハイヴを攻略し「アトリエ」から奪い取ってくるしかない。

 そして「鉱山の管理」とは言うが、誰が管理するのかという問題が当然沸き起こるはずだ。ハイヴ攻略が現実化してしまえば、あとは人類同士の資源獲得戦争となることも、二人にとってみれば想定の範疇なのだろう。

 

(まったく……F-22があんな性能と機能を持ってるってのは、そこまで見越してのことか)

 

 とくに合衆国はその国土を侵攻されていないということは、つまるところ領土内にハイヴを持たないという意味でもある。そして地球上のハイヴの多くは東側諸国の領土内だ。

 敵対国家の領土内に侵攻しBETA支配地域を踏破、さらにはハイヴ地下茎への侵入と「アトリエ」の制圧、そこからの撤退までを考慮するならば、それが実現可能かどうかはさておきF-22の仕様もなるほどと理解できる。

 

 

 

「だからだ、先の話だと言っている。頭脳級の『安全』な管理など予測も付かぬし、何よりもそこに至る戦力の再編には時間がかかろう」

 

 そんな武の、まさに妄想じみた考えを読み取ったのか、ターニャは薄く笑って先の話だとわざとらしく重ねて告げる。その言葉を夕呼も否定はしない。

 

 ただターニャと夕呼の二人は、すでに「BETA大戦後」を見越して動き始めていることは、武にも判ってしまった。

 

 

 

 

 

 




兵力的にはベリーイージーになるくらいには用意したはずという感じで、デグさん的にはもう勝ったつもりになりつつありますが、喀什攻略はそろそろ次回からです。なので最終ブリーフィングのはずが、いろいろと妄想戦後プランです。
まあマブラヴ二次でよくある(?)かんじに間引き作戦を拡大する形でのアトリエ強襲を定期的に繰り返すことでのG元素略奪計画はあるだろうなぁ、と。

あと基地正門警備のお二人は、ここで出さないともう機会がないのでちょろっと顔出しです。


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落魄の免訴 02/02/14

 喀什攻略作戦「シナリオ11」の発動まであと数時間。

 

 なお作戦名称は、ターニャも夕呼もどうでもいいとばかりに放置していたために、状況設定番号だったものが、結局そのままに使われることになってしまっていた。

 結局、武は最後の猶予とでもいうべき72時間の休暇を基地内でトレーニングなどに費やした。実家に戻っても誰もいないという理由もあったが、なによりも何かしていなければと無駄に焦りがあっただけとも言えた。

 

 そして時間はあったものの先送りにしていたことを、出撃を目前に控えた今になって片付けようと、この場に出てきた。

 

 

 

 かつてのEX世界線では心臓破りと言われていた桜並木の続く坂の上、白陵基地の正門を出たすぐの場に、武は一人佇む。わずかに東の空は明るみを帯びてはいるが、いまだ日の出までには時間がある。黒の零式衛士強化装備の上に国連軍のコートを羽織ってはいるが、少しばかり肌寒い。

 日々少しずつ暖かくなりつつあるとはいえ、まだ2月の半ば。梅ならばともかくも、桜はいまだ蕾のままだ。

 

(神宮司軍曹、伊隅大尉……それに隊のみんな、俺は征きます。勝てるとか人類に未来をとかは今の俺には口には出せませんが、供に行くこの世界の皆を見守っていてください)

 

 「あ号標的」を堕とした時になどと考えていたような記憶もあるが、あの時は周囲への影響が如何ほどになるのかなど考えもせず、ヴァルキリーズの面々を再び巻き込むようなつもりはなかったからだ。

 やはり考えなしの英雄願望だったかと自嘲したくもなる。

 

 かといって、皆とともに無事に帰還できるなどとも豪語できない。

 結局、願望じみた祈りの言葉を捧げることになってしまった。

 

 

 

「やはりここにいたか、白銀」

「おいおい……出てきて大丈夫なのか?」

「ふふ、副司令からはご許可いただいている。それに……」

「ああ、中尉達がいる、か」

 

 武の祈りが終わった頃合いを見計らってくれていたのか、普段は立てぬ靴音を響かせて、冥夜が近づいてきた。

 当たり前だが、正門前のこの場所は、基地の外側だ。武は先日の内に外出許可を貰っていたが、いまここにいる冥夜がそのような準備をしていたとは思えない。

 

 とはいえ夕呼ならばすぐに許可は出せるだろうし、警護に関してはいまは喀什攻略を控えて普段の数倍に至るほど厳重でもある。なによりもゲートからは出てきていないが、すぐ近くには真那たち第19独立警護小隊の4人が控えている。

 

 

 

「其方と初めて会った日も、ここに詣でておったな。先達の方々へのご挨拶か?」

「まあ……そういった感じだな。あとは、一応柊町は見ておこうかってくらいだ」

 

 街を見る、というのはほとんど言い訳だ。結局、まともに眼下の街へと降りたことはなかった。以前冥夜とともにターニャに連れられて整備の皆への付け届けを買い出しに行ったくらいでしかない。

 

「ふむ。機会があれば、と思っておったが、其方を鍛え上げた方々のお話を聞くことはかなわなんだか」

「ははっ、ワリィな」

「謝るでない。其方の立ち位置は詳しく判らずとも、口にできぬことが多いことくらいは察しておる」

「前にも言ったかもしれねぇが、どっちかっていうと俺の覚悟の無さってところだな」

 

 軽く笑って誤魔化すが、他世界線での出来事を口にしないのは武の覚悟の無さとも言えた。先日夕呼に提出した遺書に関しても修正の指示など与えられていない。誰にも話すなとも命じられてもいないのだ。

 

 

 

「っと、丁度いいな。この作戦が終わってこの基地、いや白陵に戻ってきたらちゃんと話すってのはどうだ? その時は聞いてもらいたいこともあるし」

「聞き入れたぞ、白銀。その言葉に偽りはないな? 鑑らにも伝えねばならんのであろう?」

「まあ、そうだな。約束する。みんなで無事に帰ってきたら、全部話すよ」

「了解した。ならば其方は生きて戻らねばならんな」

「いやいや、聞いてもらうにはそっちも帰ってこなきゃだぞ」

「ふむ……なるほど。たしかにそうではあるな」

 

 冥夜ともにそう言って笑ってみせる。その約束が果たされることがどれほどに困難かは二人ともに判ってはいるが、今からの作戦で命を捨てることをわずかでも躊躇うような切っ掛けになればと、ともに相手への制約として言葉を刻む。

 

 

「で、なにかあったのか? 出撃まではまだ少しばかり時間はあるはずなんだが」

「ああ、そうであった。少し予定が変わり、連隊各位は講堂に集合するようにとのことだ」

「了解だ。夕呼先生が演説ってことはないだろうから、我らがCP将校殿からのお言葉か?」

「どうであろう? 何にせよ急ぐぞ」

 

 まさかあの夕呼が大規模作戦の前だからと言って連隊員へと激励の演説をするとは思えない。何よりも霞が離れることになる今は、警護のためにも基地の作戦司令部に籠ることになっているはずだった。

 

 

 

 

 

 

 地球上最大規模のハイブである喀什は、フェイズ6。モニュメントの最大高度は1000mを超え、地下茎構造物に至っては半径100km深度4000mもの範囲にまで広がっていると予測されている。

 そしてその予測は、武の経験と、ターニャの原作知識によって確実視されていた。

 

 この世界には存在しない横浜ハイヴ、そのモニュメントは2発のG弾によって吹き飛ばすことができたが、喀什のそれは単純に高さにおいて20倍ほど。各降下段階の前に4発ずつのG弾投下が予定されてはいるが、合計12発では如何ほどの効果が見込めるかすら定かではない。

 最悪はモニュメント表層部を薄く剥ぎ取る程度でしかない可能性すらあった。

 

 投入する戦術機の総数は武の知る『桜花作戦』を超える12個連隊、1300機に近い数だ。ここに3機のXG-70が加わる。さらには通常の軌道爆撃だけではなくG弾も予定されている。現在投入できる戦力としては理想的とも言えた。

 

 

 

 冥夜とともに行動へと足早に向かうが、ふといまだ暗いままの空を見上げる。武たちは今少しばかり先、払暁の出撃となるが軌道に上がるのはさらに遅い。

 ただ降下第一陣となる合衆国軍はすでに低軌道上に展開している頃合いだ。XG-70cを前線作戦本部とし、F-15E 324機からなる1個戦術機師団だ。その戦術機を運ぶための再突入型駆逐艦も160隻以上。タイミング次第では地表からでも目視できるかもしれない。

 

 再突入殻を運ぶ再突入型駆逐艦は低軌道を飛び、およそ90分で地球を一周する。そのため一度突入タイミングを逃すと、その間はただ軌道上で待機することになってしまう。それもあって各フェイズごとの降下予定時刻は90分ずつずらされている。最悪もし何らかの要因で突入を延期した場合は、次に合わせる形だ。

 

 第一次降下は、現地時間で0800を予定されている。喀什との時差は1時間。日本時間にすれば0900だ。ほとんど無いと言ってもいい。武たちが降下するのは第三次降下、現地時間では1100になる。気温や風量といった問題は残るが、この二月であっても日差しには問題のない時間だ。

 

 

 

 それこそ真空であろうが高重力下であろうが活動できるらしいBETAと違って、人類側主力といえる戦術機はたとえ全天候型といえどやはり夜間での戦闘能力は、特に索敵面において低下する。

 相手が深夜だろうが早朝だろうが動きに変わりがないのであれば、自分たちに都合の良い日中を選んで当然だ。作戦失敗時の代替案たる「フラガラッハ作戦」が日没後の遂行となるが、そもそもがそちらはG弾の絨毯爆撃後に地上戦は最低限に、ハイヴ地下茎へと電撃的に進行するというプランなので、地表の環境はさほど考慮する必要がない。

 

 そのため、もっとも地表での戦闘が激化するであろう二次降下部隊が正午前に動けるようにと設定されたのが、いまの降下時間だった。

 

 

 

 この世界線においては横浜基地へのBETA襲撃など当然なく、電磁カタパルトも通常通りに運用できるため、軌道投入は余裕を持ったスケジュールで遂行されている。

 帝国軍は第二陣の主力となるために、今まさに戦術機が再突入殻へと搬入されていることだろうが、主力ともいえる武たちの第三次降下部隊は、まだしばらくは待機時間のはずだった。

 

 事前に全戦力を軌道上に投入しておき、逐次作戦遂行段階に合わせて降下シークエンスに入るという案もあったが、作戦に参加する衛士の体調を考慮して却下された。性能は高いとはいえ広くもない戦術機のコクピットの中、それも気密装甲兜までも身に着けたままに半日以上の時間を無為に過ごさせるのは、衛士のコンディションを著しく下げると当然のように予測されたからだ。

 

 そしてならばと選択されたのは、極限までに無駄を排して軌道周回はタイミング合わせのための一回のみで、ぎりぎりまで地表で準備を進めるというプランだった。ただ残念ながら喀什は日本の西に位置するため、実質的には離陸後からすれば二周するような形となる。

 打ち上げ予定時刻は0800あたり、第一次降下とほぼ同時になる予定だ。

 

 

 

 

 

 

 武たちが講堂へと着く頃には、すでに多くの衛士が集合していた。

 

「っ!?」

 横を歩く冥夜はほんのかすかに顔を強張らせただけだったが、武は違いなくはっきりと驚きを表してしまった。

 

 冥夜もその反応から知らされていなかったのは間違いなかろうが、その場に集まっていたのは武たちA-01の面々だけでなく、斯衛の衛士たちもだった。

 いまだ整列もせず、中隊ごとに適当に集まっているA-01と異なり、予定通りに連隊規模100余名が綺麗に並んでいる。多くは黒だったが白もそれなりにいた。そして幾人かは目立つ赤と黄の強化装備を身に纏っていた。

 

 そのような場に、先ほどまで着ていたコートを脱いだ形で歩みを進める武たち、いや紫の強化装備を身に纏い、特徴的な色蒼黒く艶やかな髪を靡かせる冥夜の姿は、間違いなく皆の注目を集めてしまう。

 横に黒の武、そして後ろには赤の真那と白の戎たち三人を率いた形だ。冥夜がどのような立ち位置なのか知らされていない黒や白の者たちであっても、何らかの意味を推し量ってしまうのは仕方がない。

 

 そして事情を知っているであろう赤の面々が号令を下さないため、敬礼するわけにも跪くわけにもいかず、斯衛衛士たちはいまだ誰もいない壇上へと視線を向けて、先ほどまで以上に背筋を伸ばし文字通りに直立不動の姿勢を堅持する。

 

 

 

 夕呼の影響か階級や社会的立場をさほど考慮しないA-01の面々といえど、そんな緊張した面持ちの斯衛衛士を横に、先ほどまで同様に作戦前のわざとらしいまでの談笑を続けるわけにもいかない様子で、少し遠巻きに武たちを眺める。

 さすがに普段ならば率先して雰囲気を和ませる役割を担ってくれる慎二にしても、どこか諦めたかのように苦笑しつつ、肩をすくめている。おなじく尊人にしても、めずらしく空気を読んでいるのか静かなものだ。

 

「連隊ッ! 傾注ッ!!」

 

 そんな大規模作戦を前にした緊張とは意味の違う空気を、一気に切り崩すかのようにどこか幼く高い声での号令が響く。

 その瞬間、いままでどこか意図して緩めていたA-01全隊の意識が、一気に塗り替えられる。 規律に厳しい斯衛に比してもなお遜色のないどころかそれ以上に姿勢を整え、続く言葉だけに集中している。

 

 壇上に上がることなく他衛士たちと同じ位置からの言葉なので、その身長から姿などは隊の後ろからは見えていないはずだが、その声だけで配下の兵を完璧なまでに律する。

 

「連隊諸君、楽にしたまえ。作戦前の団欒の時間を楽しんでいたようだが、そろそろに仕事の時間だ。今より横浜基地司令、本作戦の最高指揮官たるラダビノッド准将閣下からの訓示を賜る」

 

 連隊総員の反応など一切考慮していないかのように、軽くターニャは言い放つ。が、当然ながらにいまさらたとえ基地司令たるラダビノッド准将を前にしても、A-01の皆が普段よりも緊張するはずもない。

 一言も聞き逃すことないようと意識しているのは、この大作戦を前にターニャがどのような無茶ぶりを追加してくるか、そちらを恐れていると言っても良かった。

 

 

 

「その後には何事もなければ予定通りに各自機乗し、再突入殻へと進め。なに、出撃前の訓示など我らがA-01にはなかなかに与えられない貴重な機会だ。名誉とでも思いたまえ」

 

 ただやはりターニャは衛士の緊張などに気を配るようなことはなく、なによりも賜る訓示への敬意もさほど感じられない口調で簡単に済ましてしまう。

 とはいえ、その言葉も正しい。

 

 A-01は副司令たる夕呼直結の秘匿部隊という性格上、これまでには出撃前の訓示などというのは、よくあって大隊長、場合によっては中隊長からのものが大半だった。

 そもそも連隊指揮官たる夕呼がそう言った格式ばった行動を嫌っていることもあり、各衛士の気の持ちようはともかくも、たとえどれほど過酷な任務前であっても、普段通りに簡素なものとなることが多かった。

 

 それが喀什攻略、ほぼ帰還の見込みがない大規模作戦を前にして最高指揮官からの訓示を受けられるとなればたしかに名誉なことではあるが、古参の衛士であればあるほどにそれを重く感じることはないのだろう。

 

 

 

(結局、俺はこの世界でも、帝国臣民って感じにはなれてねぇってことか)

 武も准将からの訓示は栄誉ではあるが、この出撃直前ともいえるタイミングで衛士を集めてまで行うこととは思えない。

 

 投げ槍ともいえるターニャの言葉に武は斯衛の反応を横目に伺ってしまうが、やはり斯衛の面々は直接の訓示を栄誉と受け取ったようで、指揮系統が独立しているとはいえ一層の覚悟をもっていまだ誰もいない壇上へと意識を注いでいる。

 横に立つ冥夜も、やはり常よりもわずかに力が入ったように見える。

 

 彼女らと同じ感情を担うことは、やはりいまだEX世界線での意識が根幹に残っている身には難しい。そんな風に思えてしまう。

 

「基地司令入室、総員傾注ッ!!」

 

 武が埒もないことを考えていたわずかな間に準備は進んだのか、壇上へとその准将が現れた。

 号令に遅れることなく武も姿勢をあらためて正し、敬礼する。

 

 

 

「諸君、楽にしたまえ」

 ラダビノッドの返礼を受け、休めへと姿勢を変えるが、武はやはりどこか集中しきれていない。

 

 なによりも武自身の直接的な記憶としては四ヵ月ほど前、先のAL世界線においてすでに一度准将の訓示を聞いているのだ。

 あの時は横浜基地防衛の直後、A-01第9中隊ヴァルキリーズも実質的に半壊した状態での余裕も時間もないいきなりの大規模反抗作戦だ。武自身はXG-70dに乗り込みつつ、誰もが残された死力を振り絞っての準備の最中だった。

 

 深く力強い准将の声は、たしかに何かを奮い立たせてくれるものではあった。それをいま再び同じような言葉を受けてつつも、あの時同様の気力を沸き立たせることが難しい。

 

 

 

 ――そして今、若者達が旅立つ

 ――鬼籍に入った輩と、我等の悲願を一身に背負い、孤立無援の敵地に赴こうとしているのだ

 

 いまさらに喀什へと赴くという恐怖が、武自身だけではなく隊の皆を巻き込んで死地へ向かうことの圧が、重く圧し掛かってくる。別世界線の知識というものをもたらし、作戦立案の一端を担ってしまったことで、身近な人々を無為の死へと誘っているのではと詰まらぬことを考えこんでしまう。

 

 ――歴史が彼等に脚光を浴びせる事が無くとも

 ――我等は刻みつけよう

 ――名を明かす事すら許されぬ彼等の高潔を、我等の魂に刻み付けるのだ

 

 なるほど。たしかに魂に刻み付けられている。佐渡を堕とすために、あるいはここ横浜基地を護るために、そして喀什においては武を先へと進ませるために、皆その身を散らした。

 先ほど正門の桜へと誓ったことなど無かったこととして、この場で狂ったように暴れだせば、この世界であれば冥夜をはじめ第一中隊の皆くらいは助けられるのではないかと、埒もないことすら頭を過る。

 

 

 

 ――旅立つ若者たちよ

 ――諸君に戦う術しか教えられなかった我等を許すな

 ――諸君を戦場に送り出す我等の無能を許すな

 

(ははっ、たしかに俺は、この「俺」は「カガミスミカ」が不必要とされた要素の集合体だな。「シロガネタケル」ならここはちょっとくらいヘコんでも、笑って立ち上がるところだろう)

 

 顔には出さないようにだけは注意して自嘲しするが、許されざる無能はこの白銀武だ。

 中途半端な知識とちょっとばかりの戦術機機動だけしか取り柄がなく、人類の危機を救うどころか、身近な者たちを再び死へと追いやっている。

 

「願わくば、諸君の挺身が、若者を戦場に送る事無き世の礎とならん事を」

 

 先に聞いた言葉と似たような、あるいはまったく同じなのか、ラダビノッドが〆の言葉を残すが、それさえも武はどこか現実味を感じられずに、受け止められない。

 

(次は……、もう次は俺たち戦術機に乗って宇宙へと上げられちまうのか? そうなったらあとはもう、前みたいにみんな俺だけ残して……)

 

 本当に今ここで暴れてしまった何もなかったことにしてしまうかと、愚かなことを考え直してしまう。

 

 

 

 

 

 

 だがラダビノッドの演説が終わり、壇上から少し下がっても式は終わらず、解散の号令もない。

 

「続いて、日本帝国国務全権代行政威大将軍、煌武院悠陽殿下からのお言葉をいただきます……総員、傾注ッ!!」

「ッ!?」

 

 代読かよくて録音音声の再生の準備に手間取っていたかと考えていると、白の巫女装束にも似た正装を身に纏った悠陽本人が、こちらも礼装の真耶を着き従えて壇上へと姿を現した。

 

「楽にしてください。まずは本作戦に協力してくださっている方々に、日本帝国臣民を代表して深く御礼申し上げます。そしてなによりも今より戦地へと向かおうとする将兵の皆様に心よりの感謝をお伝えいたします」

 

 ありきたりではあるが心の籠った挨拶を耳にしながらも、武は自分を落ち着かせるために、思わず周囲の様子をうかがってしまう。

 斯衛の衛士は、紫の強化装備を身に纏う冥夜の存在と、壇上で普段同様に挨拶を続ける悠陽の存在に戸惑ってはいるのだろう。声ではなく、思わず吐いた乱れた呼吸音が幽かに響いた。ただそれだけの反応で収まっているのは、さすがは斯衛といえなくもない。

 

 横に立つの冥夜も話を聞いていたわけではないのだろう。悠陽の直接の登場に、表情を崩したわけではないが、やはり完全には驚きを隠せていない。ごくわずかに目が開いてしまっていた。

 

 

 

「最初にこの作戦の概要を聞いた際、成功確率は極めて低く、また成功した場合であっても参加将兵の帰還率は0%だと伝えられました。しかも準備期間は半年となく、それでいてどうしてもこの春までには実施しなければならないとも」

 

 居並ぶ衛士の反応に気を取られた様子はなく、悠陽は言葉を続けている。むしろ目線をこちらに、というよりかは冥夜へと向けてくるくらいの余裕さえあるように見える。

 

「しかし本作戦が第11状況想定案、シナリオ11とそのままに呼ばれるように、作戦立案においては時間が許す限りに熟考され、合わせて各国との連携も進められました。また正面兵装たる戦術機に関してもいくつかの改修が加えられ、困難ではありますが打ち勝てぬ戦いではないと言えるほどの準備は整えることができております」

 

 悠陽はXM3は自身の功績となっていることから名を出さずに、それでいて準備は十全に整っていると楽観できる要素を上げる。実際XG-70の複数投入と、G弾の連続投下をも含めた結果、武が見せられた最終案であれば『あ号標的』の破壊だけであればそれなりの成功確率となっていた。

 

 

 

「またこれより皆様が赴くのは孤立無援の地ではありますが、今まさにこの時であっても整備の方々は機材の最終点検に余念がなく、またこの横浜基地をはじめ後方での指揮担当の者も、可能な限りの補助を用意しようと奮進しております」

 

 付け加えられたように、機体の方は行くたびもの最終点検が続けられている。軌道降下での致死率を上げる要因ともいえ、「空飛ぶ棺桶」などと揶揄される再突入殻に至っては、通常なら見逃されるような誤差であってもパーツ交換を進めているともいう。

 

「本来ならば国を挙げて参加される将兵の皆様をお見送りすべきではありますが、本作戦はその目標の重要性から一般に対しては秘匿する必要があり、いわゆる間引き作戦の影でかような形での出撃となっております。先のラダビノッド准将の言ではありませんが、これらは皆様を戦地へと送り出すしかない我らが無能と罵っていただいてもかまいません」

 

 本来ミスを認めてはいけない立場でありながらも、それすらも受け入れると悠陽は言う。

 そして広く居並ぶ衛士を見渡していた悠陽だったが、視線をただ一人に据えて言葉を続ける。

 

「なによりもまずは、自身とそして横に並ぶ友と呼びあう方々を護ることを、そしてできうる限り多くの方々が無事な帰還を果たせるように戦っていただきたいのです」

 

 ――潔く散るのではなく、生き汚く抗い続けて下さい

 

 冥夜が九州防衛戦開始の際に告げた言葉を、悠陽は繰り返して見せる。

 今後を考慮して、おそらくは城内省だけでなく煌武院の中でさえ、冥夜はこの喀什攻略で死んでもらいたいと考えている者はいるのだろう。それを悠陽は100名程度の、黒が大半の斯衛衛士の前に冥夜とは別の形で姿を現すことで、明確に反対する意図を表した。

 

 そしてなによりも冥夜自身が自分が死んで消えることで後顧の憂いを断てると考えているが、それは無用だと、むしろ生きろと伝えてくる。

 

 

 

「もはや私個人には為せることはありませんが、作戦終了まではこの横浜基地にて皆様の無事なご帰還を祈らせていただきます」

 

 今までは冥夜の方を見ていたが、最後だけ武を間違いなく見て言葉を残す。

 

 それは悠陽の護衛としての用意されている戦力、斯衛の対人戦力を夕呼の護衛にも回すという意味だろう。

 霞の探知能力からも、またA-01という直接戦力とも切り離させる夕呼だが、悠陽とともにあれば、その身の安全はかなりの確度で保障される。

 

 

 

 そして武は、自身への自嘲をいつしか止めていたことに気が付き、ただ気楽に笑えていた。

 

 

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます。年内には完結させたいなぁと、毎年この日になれば書いている気もしますがさすがに今年中には終わるはずです。

で喀什攻略といえばラダビノッド准将の演説ですが、この作品だと横浜基地襲撃がないので前半部分はざっくりと無しです。あと悠陽殿下の演説を強引に押し込んでしまいましたが、これで本当に次回からは喀什に行けるかと。

うまくすれば残り5回、GWまでには完結できるといいなぁくらいです。あとしばらくお付き合いください。


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演練の宿存

 閲兵式とでも言うべきだったのか、ラダビノッドとそして悠陽からの言葉を受けて、衛士たちは自らの乗機へと向かう時が来た。

 

 ただ、機乗してしまえば直接顔を合わせる機会がないと分かっている彼らは、幾人かの塊のままに、最後となる可能の高い会話を続けていた。第三次降下部隊である彼らには、いましばらくの時間的な猶予もある。

 なによりも一部では中隊長や大隊長達が率先して声をかけて回っているのだ。他の隊長格の面々も急かすような無粋はしない。

 

 

 

「悪い……ってのは違うか。気を付けてくれよ社も。何かあったらあの人についていれば大丈夫だとは思うんだが……」

「(ふるふる)……そちらも、気を付けてください」

 

 ターニャの眼前でも第一中隊の面々が思い思いに語り合ってはいる。ターニャとしてもそれを邪魔しようとは思わないが、衛士たちと違ってこちらには少しばかり時間の余裕がない。武が霞への言葉を探しているのか、少し間が開いた頃合いを見て、口を挟む。

 

「失礼、白銀少尉殿。そろそろ社少尉は移動開始となります」

「はッ、お時間を取らせてしまい、申し訳ございませんッ!!」

「……同じ少尉といえど、白銀少尉殿は先任でありましょう。こちらへの敬語は不要かと愚考いたします」

「はッ、了解しま……いや了解した」

 

 いまこの場には第四計画直轄のA-01だけでなく、斯衛の関係者も多い。偽装たるターシャ・ティクレティウスの立ち位置を疑われるような言動は避けてもらいたいところだった。意図せずに、睨み上げるような形で武の顔を見据えてしまう。

 意図は伝わったのだろうが、武の言葉遣いや態度にはさほどの改善は見られず、思わず溜息が漏れそうになる。

 

 

 

 こうなればむしろ早くこの場を離れるべきかと、目線だけで最後の挨拶をしておけと促す。

 

「ばいばい?」

「はははっ、こういう時は、……またって言った方がいいな」

「はい……また、ね(ぺこり)」

「ああ、また後で」

 

 ただ別れの挨拶といっても一方はもともとコミュニケーション能力に欠けるところのある霞だ。言われた言葉を繰り返し頭を下げた霞に、武は軽く手を振って見せる。ターニャとしては今となっては遥か彼方の記憶だが、PCモニタの中で見たような簡単なやり取りだった。

 

 別れの挨拶というには軽く、それでいてある意味では兵士らしいそのやり取りを経て、ほてほてと霞がこちらに歩み寄ってきた。そして命令を待つかのように顔を上げる。

 

 

 

「では、我らは先に行くか」

「……はい」

 

 二月の早朝だ。

 ターニャ同様に、霞も今身に着けているのはサイズゆえに特注といえる衛士強化装備だ。その上に国連軍のコートを羽織ってはいるが、やはりまだ少しばかり肌寒い。いまさら体調不良を引き起こすことを配慮するような段階でないが、無駄に外にいる必要もない。移動用の足として準備された装甲兵員輸送車へと霞を伴って足早に進む。

 

(機動戦闘車があればこのような移動の際には使えたものを……いやこの世界ではあれは開発事業が承認されぬか)

 

 霞とは別の装甲兵員輸送車へと乗り込みつつ、防護力に不満を感じる。21世紀基準で考えるべきではないが、12.7mmに耐えられる装甲には見えない。機動戦闘車ならば歩兵による襲撃ならば耐えられるのではないかと埒もない空想に囚われてしまう。

 

 

 

 ただ空想に留まってしまうのは、ターニャの知る日本国の自衛隊であれば21世紀に入ったあたりで装輪装甲車の開発計画が進められるはずだが、対BETA戦の続くこの世界では日本に限らずあまり装輪式の装備化は進んでいないからだ。

 対BETA戦においても砲兵を筆頭に機甲戦力は有効だが、戦場となる地がBETA侵攻によってインフラを破壊されていることも多く、装軌式に対する装輪式の優位性が薄い。

 

 ユーロはオール・TSF・ドクトリンを掲げ、機甲戦力の再建は棚上げされており、装輪式に限らず装甲車両の新規開発などは停滞している。南アフリカやエジプトなどではいくつか開発計画はあるだろうが、ターニャの知る世界線とは異なり輸出の見込みが薄いことで生産されるかどうかさえ疑わしい。

 この世界における装輪式走行車両の開発進捗は、JASRAからいくらかは介入したがターニャの記憶する20世紀末と比較すれば少し遅いくらいだ。戦場の女神ともいうべき榴弾砲などの火砲に関しては、運用の柔軟性において牽引式をコストにおいては装機式よりも利点もあることなのでできれば開発は推し進めてもらいたいところだった。

 

 

 

(いやはや、先のことはともかくも今はこの移動の安全性だな)

 

 動き出した装甲兵員輸送車の中で、ターニャはそんなどうでもいいような思いに思考が割かる。喀什攻略という大作戦を前に、やはり緊張しているのかと自嘲したくもなる。

 

 今まさに開始されようとしているこの喀什侵攻。調査機器の試験運用といった名目など、帝国や合衆国は当然、中ソであってももはや信じていない。

 

 他世界線であったような横浜基地へのHSSTによる自爆特攻テロなどは、今ほどに軌道上に戦力が集中してしまえばシンパを潜り込ませることは可能でも、実行する前に他艦艇から容易く阻止されるだろう。

 そして喀什攻略における作戦司令部となった横浜基地、それも斯衛まで増強された現状では、そこからの香月夕呼の排除などは不可能といってもいい。

 

 となれば注意すべきは、横浜-横須賀間のこの移動時間だ。第四計画を中止に追い込むのならば、今のタイミングでターニャたちXG-70dのスタッフを排除するのがある意味では最も簡単だ。

 

 

 

 ここ数日の関東一円は、内閣や城内省と連携しつつ警察や消防などにも協力を要請して、半ば戒厳令下に等しいほどの警戒水準にまで引き上げてはいる。

 

 原作世界線のように横浜ハイヴが存在し、地下に巨大な空間があればそこで整備できたのだろうがこの世界線ではそれもなく、XG-70はその巨大さから艦艇同様に横須賀の乾ドックで最終調整を行うしかなかった。

 

 CP将校としての立場でXG-70dに乗り込むこととなったターニャと霞だが、いまは別々の車両に乗っているのも、それぞれの安全を考慮してのことだ。そして連隊指揮官代行としてXG-70dの指揮も兼ねることになったウォーケンもまた別、最後尾の車両に乗っている。またターニャ達三人以外のスタッフはすでに先日より横須賀に入っていた。

 警護されるかのように隊列の中に位置する指揮戦闘車両はダミーでしかなく、もし万が一本当に襲撃があった場合には、ウォーケンの乗る車両は残し、ターニャと霞は先行することになる。

 

 海からの移動も考えられたが、陸路でも30分程度だ。乗り換えることや海中からの襲撃なども考慮するならばと、今のルートが選ばれた。

 

 

 

 予定では今少し早く出るはずだったが、直前になって悠陽の来訪が入ったためにわずかではあるが遅れている。出撃までには今しばらく余裕があるとはいえ、それこそ襲撃などの不測の事態が発生すれば、攻略作戦全体の再調整さえ必要となってしまう。

 

(いやむしろ時間が切迫しているからこそ、テロの可能性は低くなったか?)

 

 教順派などよる組織的自爆テロこそを最も警戒していたが、その兆候もなかった。

 もとより「難民」の存在しないこの世界線だ。ほぼ単一民族国家、しかもターニャの生きてきた日本国以上に神道が今も生活に強く根付いている日本帝国内において、難民解放戦線は当然、キリスト教を主体と掲げる教順派の入り込める余地は少ない。

 もし襲撃を企図した者たちがいたとしても、長時間潜伏するのは困難だ。

 

 一方で、このところ第五推進派はさほど大きな動きはない。

 第五の中でもG弾ドクトリンを推し進める主流派といえる派閥にしてみれば、ターニャ達が提出したG弾ありきでの攻略はむしろ彼らの主張を強化することにもなるからだ。なによりも失敗した際に予定されている「フラガラッハ作戦」が彼らにとっては本命であり、事前のこの段階での中止は彼らにとっても望むべき展開ではないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 装甲兵員輸送車と、それに搭乗する小隊規模の機械化歩兵に警護されつつ、何事もなくターニャ達はXG-70dへと搭乗を果たした。ドッグ周辺の警備は厳重を極め、なによりもターニャ達が乗り込むのが最後だ。XG-70dへと搭乗してしまえば、外部からは完全に遮断される。

 

(杞憂、というべきだったか? いやこの警戒があったからこその安全な道行か)

 

 ウォーケンを先頭にターニャ、そして霞と並んだ形でコクピットブロックへと入る。すると最終チェック中であったであろう他のスタッフが出迎えるように起立し、敬礼する。

 

「出撃まではいましばらくの猶予はある。各員、楽にしたまえ」

 艦長なのか機長なのかあるいは運用主体たる陸軍に合わせての車長なのか、そのあたりさえ定まらぬままではあったが、最高指揮官としてウォーケンが返礼し、皆を着座させた。

 

 その言葉通りに、今次BETA大戦において最大規模と言えるほどの降下作戦だが、細部のタイムテーブルはむしろかなりの余裕をもって予定が立てられている。これほどまでに大規模な作戦ともなれば、作戦司令部など中枢はともかくも、末端ともいえる突入部隊には緊張はあれど時間的には切迫していない。

 

 

 

「……ティクレティウス少尉」

 ターニャも、霞ともどもに予定されていたCP将校用のシートへと向かおうとするが、躊躇いがちなウォーケンの声に止められる。

 

「何か、少佐殿?」

「できましたら、あちらに着いていただきたいところなのですが……」

「ふむ?」

 

 偽装身分など気にせぬ口ぶりで、ウォーケンが指し示すのは中央に位置するシート。言葉の意味は分かるが、いまは彼こそが最上位者だ。しかし周囲の反応を伺う限り、ターニャ以外誰もその申し出に異議を唱える様子もない。

 

 ウォーケンや霞は当然、この場にいる者たちは全員がターニャの素性を知っている。

 保安上の問題もあったが、このXG-70dで今から為すべき任務が第四計画とJASRAにとってなによりも重要であると判っているために、双方の組織の中核ともいえる面々から人員を選らんだ結果だ。

 

 そのような状況下、さすがにウォーケンといえどいくら形式上とはいえ、指揮官としてターニャの上に立つことは憚られたようだ。

 

 

 

「良いのかね?」

 それでも、真意を確認するためにターニャは問う。

 

 ウォーケンは中佐への昇進とユーコンでの安全な経歴を蹴っての作戦参加だ。

 一番槍ではないが、主力たる第三降下部隊、しかも主攻どころか文字通りの作戦の要たる突入部隊の最高指揮官だ。その席と、なによりもその功を譲ろうとすることに疑問はある。

 

 先の極東ソビエトにおける、A-01のみを指揮しての前線任務とは意味が違う。密閉されたコクピットで外からは見えないとはいえ、通話などが開かれればこちらの状況は伝わってしまう。

 喀什攻略の主力ともいえる機体だ。わざわざ映像回線を繋いでくるような相手ならば、こちらの事情は理解しているだろう。だからこそ形としてだけであってもウォーケンが指揮を執っていたとなれば、経歴としては間違いなく輝かしいものとなる。

 

 

 

「こちらのシートに集まる情報の方が、個々の精度はともかく範囲は広いかと愚考いたします」

 ターニャの問いに直接は答えず、ウォーケンは単純な利点を提示する。

 

 このXG-70dは三次降下部隊のCPとしての機能もあるとはいえ、なるほどたしかに第一中隊付きのCP将校用の端末には、それに応じた情報しか提示されない。

 対して指揮官用シートの方であれば、薄く広くとなるが全作戦地域のデータが集められる。無論、逆に一部戦域と限定するならば不要ともいえる情報も上げられては来るが、それらは逐次他のスタッフに精査させればよい。

 

 実際、喀什へと降下し、ハイヴ地下茎内へと侵攻してしまえば指揮を執るのはターニャなることは間違いない。一々指揮官席からウォーケンがターニャへと確認を取ることの方が煩雑ともいえる。

 

「では、指揮権を譲り受けるとしよう。社少尉には航法士としての任に集中してもらうためにも、第一中隊のCP将校としての任も兼任はする」

 ターニャにとって実務的には利点しかない。ここで偽装身分のために形式に拘ることはなかろうと、受け入れる。

 

 

 

「ありがとうございます、局長。正直に申し上げまして、これから向かう戦場にて局長に対して指示を下すという責は、自分には耐えられそうにありませんから」

 ターニャが指揮権移譲を受け入れたことに、冗談めかしてこれ以上胃に負担はかけたくありませんと、ウォーケンは笑って見せる。

 

「そういえば指揮を執るとはいっても、この機体は、艦なのかね? 航空機扱いなのかね?」

「分類は、戦略航空機動要塞……でしたか。規模としてはアーレイバーク級を超えてはおりますが、搭乗員がこの数ですから……」

 

 先ほども頭を過った疑問を、シートに座りつつターニャは口にする。ターニャとしては先のウォーケンの言葉同様に、出撃前のちょっとしたジョークのつもりであったが、聞かれたウォーケンは真剣に考えこんでしまう。

 

 ただ、ウォーケンが悩むのも当然だ。

 偵察用機器の試験運用という名目もあって、その主体たるXG-70シリーズはXナンバーを外すことなく投入されている。幾度かの実働試験を経てはいるものの、もとより実験兵器に等しい。その際にもコールサインなどは与えられていなかったはずだ。

 

 そして戦略航空機動要塞などという兵器カテゴリはこれまで存在せず、そも要塞であれば扱いは基地司令などと同様となってしまうが、それでは機動兵器としての運用にそぐわない。

 加えて機体サイズと搭乗員の比率が、既存兵器と大きく異なる。

 比較的小型のXG-70bであっても全高は130mを、そしてこのXG-70dは180mを超える。ウォーケンの言葉通りにフリゲート艦と似たようなサイズではあるが、体積としてはむしろ航空母艦に近しい。それでいて搭乗員は一割にも満たないほどなのだ。

 

 

 

「飛行船か、それに類したものと見たほうが良いか……」

 出撃前の最終確認段階ではあるが、指揮官としてはこの段階では急ぎ処理すべきことは少ない。ターニャもウォーケン同様に、半ば夢想じみた思考を弄ぶ。

 

 最も近しい兵器カテゴリとしては軍用飛行船かもしれない。合衆国において1930年前後に建造されたアクロン号や同形船のメイコン号といった航空機を搭載した空中空母とでもいうべき飛行船か、その後第二次大戦期において対潜哨戒任務のために作られたK級軟式飛行船などに範を求めてみるのも良いかもしれない。

 K級軟式飛行船ならばちょうど乗員もこちらと同じく10名だ。

 

「CPに留まらずHQと見做されることを考慮すれば、AWACSと扱うべきかね? それにしてみれば重武装ではあるが」

「陸軍といたしましては、ガンシップの系譜として見做すべきかもしれませんな」

 

 現時点では搭乗人員の関係でそこまでの指揮処理能力は持てないが、将来的には戦術機甲部隊の管制機としての任を重視され、空軍におけるAWACS同様の扱いとなるかもしれない。合衆国のXG-70cは余剰の指揮管制員を乗せておりそれに近しい立ち位置のようだが、国連軍や帝国軍においては各中隊機にCP将校を同乗させているためにそちらの任務は薄い。

 

 

 

 むしろウォーケンの言葉通り、荷電粒子砲とVLSの搭載を見送った代わりに元々搭載予定だった36mmチェーンガンを倍の24門に増設し、加えて艦砲の76mm砲を8門、そして試作1200㎜超水平線砲を2門搭載した様相は、ガンシップと捉えられてもおかしくない。

 

 地表での戦術機支援を想定している他2機と異なり、XG-70dはハイヴ地下茎侵攻とその後の「あ号標的」撃破を任としているためにこのような兵装となっていた。それもあって76mmは射程よりも速射性を求められ、毎分120発の速射性を誇るスーパーラピッド砲を、ML機関の過剰ともいえる発電能力をもって半ば無理やりに水冷化した物を搭載している。

 

 なお第一次降下に投入される合衆国陸軍が運用するXG-70cには、最大射程100km以上を誇る開発中のAGS 155mm砲を搭載するという計画もあったが、弾頭の量産や砲塔そのものの開発遅延もあって実現していない。

 代わりに同じく艦砲のMk 45 5インチ砲を4門。こちらであっても有効射程は35kmを超え、発射速度に関してはむしろ早い。

 

 投射可能火力だけでみればなるほどガンシップの系譜と考えるのも頷ける。

 

 

 

 

 

 

「さて。そろそろ良い時間のようだ。通信士、横浜基地司令部に繋いでくれ」

「はッ」

 

 機長と副操縦士というよりかは、艦長と副長というべきターニャとウォーケンとが雑談に興じている間に、機関士を始め他スタッフは最終チェックを終了させつつあった。ここからは少しばかりターニャの仕事となる。

 

「XG-70dから横浜HQへ。出撃の許可を乞う」

『こちら横浜HQ。準備完了次第、そちらのタイミングで出撃されたし』

 

 通話ウィンドウに出たのは、夕呼の秘書官ともいえるピアティフだ。さすがにこの辺りは秘匿回線を使うほどではなくとも、外部へと無駄な情報を漏らさぬためにも第四計画直属の人員を配している

 

 そして一切の遅延なく出撃が認められたが、本作戦の主力ゆえというだけでなく、XG-70シリーズだからこそだ。マスドライバーなどで打ち上げられる再突入型駆逐艦に比べて、ML型抗重力機関を主機関とするXG-70ははるかにその機動の自由度が高い。軌道投入のために地球の自転に合わせて東向きに打ち出される必要もなく、極論垂直に浮かび上がるだけでも良い。

 

「XG-70d、了解。120秒後に離床する。なお以降コールサインは……そうだなサラマンダー00とする」

『横浜HQからサラマンダー00へ、御武運をお祈りいたします』

「祈りは不要だ。私は神ではなく論理と知性の牙城を信ずる」

 

 コールサインに関しては一瞬原作に倣って『凄乃皇』も頭を過ったが、『存在X』に類するような神の名を語るなど吐き気を催す。なによりもスサノオは神仏習合では牛頭天王と同一視される。あんなウシ頭になりたくなどない。

 そして一般的な儀礼とはいえ、神頼みめいた祈りなども無用だった。

 

 

 

「さて……全艦に告ぐ。以降、第三種戦闘配備だ。なに、いましばらくは優雅に軌道遊覧とでも洒落込もうではないかね、諸君……全艦、発進」

 

 なにより、できうる限りの準備は整えた。

 気負いは見せず、ターニャは淡々と死地へと向かう指示を下す。

 

 

 

 

 

 




オルタ原作だと"Carry on"をバックにシャトルが打ち上げられるところですが、この作品だとデータ流出もないし作戦予定時間もなによりもマスドライバーが残ってるためにいろいろ余裕あります。あとXG-70dとかはぬるっと軌道投入できてしまいそうなのでこういう感じで。
ちなみにデグさん的にはもう勝ったも同然で、いろいろと慢心しきってます。

次回こそ喀什といいたいところですが、たぶん軌道上から第二次降下部隊の様子を窺うくらいまでかなぁ~くらい。


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解離の乱流

 

 ターニャが乗るXG-70dを中核とする第三次降下部隊がすべて軌道上に上がったのは、作戦開始からほぼ二時間が経過した、第二次降下が始まろうとする頃合いだった。

 

 今回の作戦に於いてはG弾の運用が織り込まれているため、対光線属種を目的とした重金属雲の形成は企図されておらず、通信状況は他戦線と比べて良好だ。そうであってもやはり作戦目的地の喀什と総司令部がある横浜基地との物理的な距離は依然として考慮されるべきで、三機のXG-70はそれぞれの降下段階における前線CPとしての役割を期待されていた。

 

 それゆえにいまだ降下前の、前線に出ているわけでもないXG-70dだが、横浜に集まる情報と同程度のものが転送されている。細かな分析などはこちらで行うにはさすがに手が足りないためある程度纏められたものだが、全体を把握しやすい。

 

 

 

「周辺ハイヴへの陽動は比較的順調に進んでいるようだな」

 軌道投入とその前後にはどうしても情報の断絶があったが、その間に進んだ状況をターニャは軽く目を通す程度で把握する。

 

 原作における『桜花作戦』ほどではないが、本作戦においてもユーラシア各地のハイヴに対して、喀什攻略と並行して一定規模の侵攻作戦が進められていた。あくまで間引き程度、ハイヴ地下茎への侵攻は予定されていないが、そうであっても参加各国の負担は大きい。

 XM-OSの早期提供を代償に、間引きのスケジュールさえ無視した形での大規模陽動作戦だった。

 

「軌道爆撃と沿岸部からの艦砲射撃がどの戦線でも主体ですからな。加えてXM1やXM2換装機の実戦運用試験という側面もあり、無理な侵攻は無いでしょう。こちらの作戦終了時刻までのどこも持ち応えてくれそうです」

 

 ターニャの隣で同様のデータを読んでいたウォーケンも、似たような解釈のようだ。損失が軽微とはけっして言えないが、間引きの一端としてみれば受け入れなければならない範疇だった。

 

 

 

「問題は、こちらか」

「第一次降下の戦力は、降下時点で92%。現時点では73%にまで低下しております」

「想定の範囲内……と言えなくはないが、少しばかり被害が大きいな」

 

 第一次降下は合衆国陸軍三個連隊、324機のF-15Eで編成された師団規模の部隊だ。ここにXG-70cが前線CPを兼ねて随伴している。第二次降下以降のための陽動任務に当たるだけにしては過剰ともいえる戦力だった。

 第一次降下の目標地点は陽動という意味もあり、第二次および三次降下の目指すハイヴ南西の『門』SW115ではなく、そこから東に50km程離れたS92だ。モニュメントにはSW115よりも近いが、事前の衛星による偵察からはBETA群の密度にはさほどの違いは見受けられなかった。

 

 『門』周辺を制圧し、その『門』自体を退避豪として使うならば、直線的な照射しかできない光線族種と違い、XG-70cに搭載された各種艦砲による間接砲撃の支援が十全に受けられるはずだった。

 初期の制圧に手間取ったにしても、大きな損害だ。

 

 

 

「はっ、正直に申しまして、通常の機動爆撃での誘引とその後のG弾による事前排除には一定の効果があったと目されております。その上で『門』周辺での戦闘でこれほどまでの被害が出たということは……」

 

 再突入殻を用いた戦術機の軌道降下成功率は91%、もとよりただ降りるだけで一割近くの損耗が出る。そこは織り込み済みだ。むしろ割合としては今回の場合、誤差程度だが損耗が低いとも言えた。

 

 だが最初期の機動爆撃によって別方向へと誘引されてい上に、G弾による掃討とその後の硬直期間を狙っての、加えてXG-70cのラザフォード場による絶対の「盾」を持っての降下だ。それだけの段階を踏んでもなおこれほどの被害ともなれば、ウォーケンが口を濁すのも仕方がない。

 ターニャや夕呼が想定した以上のBETA群が存在していたと考えてしまったのだろう。

 

 

 

「いや……あの土木機械共の数が予定よりも多い可能性はたしかにあるが、それよりも、だ」

 ターニャはあらためて状況を読み取りなおす。

 端末に映し出されている情報は、たしかに目立つものは作戦開始直後からの致命的と言えるような損耗率だが、問題の本質はそこではなかった。

 

 被害の状況以上に不正確な情報となってしまうが、それであっても敵BETA群に与えた損害の予測値が低い。作戦立案時の想定状況の最低値に近しいか、部分的にはそれさえも下回っている。

 捌けるであろう敵の物量を処理しきれず、結果として各所で損耗しているようにも見て取れた。

 

「たしかに……そうですな。あまりにも成果の方も低い」

「合衆国陸軍衛士の練度……そこを疑問視するつもりはないがね? となれば、だ。何らかの他の要因があると見るべきだろう」

 

 ターニャが言葉にせずとも、ウォーケンもまたその異常に気付き、そして要因にも思い至ってしまう。

 

 

 

「これほどの戦力を投入した上での意図的かつ組織的な妨害行為……というのはさすがに考えにくいのですが」

「作戦行動の明らかな放棄などはないだろうな。ただ消極的な対応で時間と資源とを浪費している。つまるところはこの段階での攻略成功は望んでいない、ということであろう」

「意図しての怠業、消極的ではあるがサボタージュ、といったところですか」

「軍の、それも上層部まで影響力があるのだろうな。なるほど、近頃第五推進派が静かだったわけだ」

 

 長らくG弾運用に対して反対の姿勢を示してきたJASRAと、なによりも対立している第四計画からその投入を依頼されたことで、第五推進派の多くは懐柔できたと考えてしまっていた。

 だがどれほどの規模かは不明確だが、間違いなく今なお積極的に第四計画を破棄させようと企図している勢力はいたようだ。このままの推移で喀什攻略が遅滞すれば、予備作戦たる『フラガラッハ作戦』へと移行させられることは明白だ。

 

 

 

(衛士の疲労を考慮して離床を遅らせたことが仇になったか。今からでは降下位置の変更することも追加投入することも不可能だ)

 

 ターニャ達の第三次降下は低軌道を周回している関係で、再突入可能位置へと至るのは一時間以上先になる。

 そしてすでに第二次降下部隊も地表へと降り立っている。第一次降下部隊の現状をもう少し早く把握していれば、一部の部隊の降下位置を変更するように上申することもできただろうが、今となっては打てる手が限られる。

 

 なによりも第一次降下部隊に対しての命令権がターニャにあるわけでもない。横浜の夕呼、そしてラダビノッドを経由すればある程度の方向性は指示できるが、その程度だ。

 

(第二次降下のうち英国軍の半数、一個連隊を支援に向かわせるよう上申するか。いや、それだと損害を拡大させるだけだな。なによりも我らが安全に侵攻できるよう整えてもらわねばならん)

 

 第二次降下は帝国陸軍が二個連隊を主力とし、英連邦からも二個連隊が下りている。ただ帝国陸軍がXM-3搭載型の不知火で編成されているのに対し、英国軍はさすがに数の少ないタイフーンを投入することはできずに、F-5E ADVだ。第二世代機相当に改修され、XM-2へと換装もされているというが、戦力としてはやはり劣る。

 またS92方面への支援を帝国陸軍に依頼した場合、本来の任務たるSW115の制圧に不安が残る。

 

 

 

(我らが降下する前にSW115周辺の制圧は絶対条件だが、陽動部隊たる第一次降下部隊が大きく損耗している状況は避けておきたい……さてどうすべきかだ)

 

 ターニャはいくつか脳内で計画を立てては破棄していく。作戦の立案から深く関わってきているが、ターニャの個人的な采配で動かせる戦力は実のところ存在しない。あくまでも今の立場はA-01第一中隊付きのCP将校なのだ。

 A-01連隊長代行という立場でハイヴ侵入部隊の現場指揮官となるウォーケンの計らいで、このXG-70dをはじめとするA-01に対する命令は可能となったが、それはあくまで隊内に限ってのことだ。

 

 もちろんいくつかの仕込みもあって使えるカードはなくもないが、今それを切るべきかどうか、判断が難しい。

 

 

 

 

 

 

「……は? 少尉殿ッ!! 喀什から離脱する装甲連絡艇がありますッ!!」

「なに……?」

 

 このまま手を拱いていては時間と兵力とを浪費すると思いつつも思考を巡らせるだけだったターニャに、オペレーターの一人が叫ぶように報告を上げる。

 一瞬意味が判らなかったが、表示された情報を見ても脳が理解を拒む。

 

「これはXG-70cからの装甲連絡艇、か?」

「そのようですな。いや……しかし」

 

 データの意味は明確だ。XG-70シリーズに収納されている離脱用の装甲連絡艇が喀什から離床して軌道へと上がってきている。

 なおターニャや武の知識からすればAL世界線において佐渡島で自爆したXG-70bの運用実績を踏まえ、XG-70dに搭載されることとなった装甲連絡艇だが、当然この世界では荷電粒子砲の撤廃などを含めた艤装の際に三機ともに組み込まれている。

 

 問題は、その意図が読み切れないということだ。

 ウォーケンも不可解といった表情を隠そうともしない。

 

 

 

(まさか……本当に降りたという実績だけを作るために参加した将官がいたのか?)

 

 ターニャ自身も一度は頭に過った。

 作戦に参加したという体裁を整えるために軌道上、あるいは地表までは降りるがすぐに帰投するというのは考えなかったわけではない。授けられる名声と自己保身とを比較すれば、一考には値した。

 

 ただ下手をすると悪評だけが残りかねない行動だ。

 現地での戦闘情報を正確に持ち帰る、あるいは負傷兵の数が多く離脱せざるを得ないなどと、何らかの言い訳は付けられるだろうが、多数の兵を残して逃げ出したと見られることも間違いない。

 

 だが第一次降下部隊だけで戦術機一個連隊規模。それを指揮するともなれば少将以上の将官だ。前線で消費して良い資源とは簡単には言えない。

 

 

 

「待て、下のXG-70cとは直接連絡が付けられるか?」

「はッ、お待ちください……」

 

 前線CP、むしろAWACSとしての機能を期待されて投入されているXG-70だ。そこからどれほどの人員が逃げ出したかまだ判らないが、現地の混乱は間違いなく大きいだろう。

 

『戦車級を近寄らせるな、喰われるぞッ!』

『クソったれッ!? 支援砲撃はどうしたッ!!』

『こちらコヨーテ03ッ、至急増援をッ!! タコが多すぎるッ!?』

『止まってたヤツにも撃ち込んでおけっ、動きはじめるぞッ!!』

 

 地表と通信を繋げたためか、オープンチャンネルの音声が一気に流れ込む。

 判るのはどこもが混乱しているということだけで、具体的な状況把握にはさほどの役に立たない。

 

 

 

『このクソ忙しいのに、何処の誰だッ!?』

 それでもしばらく後に直通回線を開けられたようで、音声のみだがXG-70cに繋がった。

 

「こちら第三次降下部隊、極東国連軍前線CP、サラマンダー00。そちらの指揮官に繋いでいただきたいのだが」

『……失礼した、サラマンダー00。こちらは第一次降下部隊前線CPの、コールサインはそういえばなくなったな。指揮官殿ともどもに先ほど軌道上へとお帰りになられた』

「なるほど……忙しい時にお邪魔して申し訳ない。指揮が迅速に継承されているかどうか確認したかっただけだ」

『今のところは……そうだな。防衛ラインを300mほど下げて、各大隊ごとの自主判断に委ねたところだ。本艦は『門』に籠っての支援砲撃に注力している』

 

 画像がないために判りにくいが、通信に出たのはまだ年若い将兵のようだ。師団規模の指揮をすべて担っているわけでもなく、うまく指揮権を分散しているようではある。ただ第二次降下部隊との連携指示などにまで意識が回せる状況ではなさそうだ。

 

 指揮官が撤退したとはいえ、総司令部との連絡も繋がっている。今すぐに瓦解するような状況でないことは確認できた。退避した将官の政治的背景なども知りたいところだが、それは作戦終了後でも問題ない。

 

 

 

「こちらはまだ軌道上のために手が空いている。必要ならば処理の一端を受け持つことも可能だが?」

『……サラマンダー00、申し出には感謝する。が、もとより臨時編成された部隊だ。これ以上の指揮系統の変更に伴う混乱は避けたい』

 

 合衆国陸軍が指揮系統に関わることを一部なりとも明け渡すとは思いもしないが、一応は聞いておく。もしこちらで指示か出せるならば、ある程度の無理が通せるのだ。

 そして当然のように断られたが、躊躇いがあったのは、それほどまでに状況が悪化しているからかもしれない。

 

(いや……臨時編成とはなんだ? 第一次降下部隊は昨年末には選出されていたはずでは?)

 相手側の返答に新たな疑問が湧くが、今の立場上問いただすことは難しい。

 

 

 

「失礼、こちらXG-70d、機長のウォーケン合衆国陸軍少佐だ。手短に確認したいが、臨時編成というのはどういうことだ?」

 ターニャが問いただすかどうかわずかに躊躇った瞬間に、ウォーケンが通信に割り込む。相手側に将官が不在という状況で、少佐という階級を盾に詰問するかのように言う。

 

『そちらに連絡は行ってなかったか……第一次降下として予定されていた部隊が予備作戦の方に編入されたため、いまこの場にいるのは急遽編成された混合部隊だ。必要ならば各連隊長との直接回線を開くが?』

「了解した。また連絡は不要だ。これ以上前線の手を煩わすことは避けたい」

 

 必要なことは聞けたかと、ウォーケンが目線だけでターニャに問うてくる。それに対し簡単に頷いて、話を切り上げさせる。

 

 

 

「さて……部隊編成のことをいまさら問いただしても仕方なさそうだ。ともかくも、そちらはあと四時間耐えられるかね?」

『……本艦の保持だけであれば、可能だ。が、正直なところ部隊としての組織だっての抵抗は厳しいと言わざるを得ん。第三砲塔を失ったことが悔やまれる』

 

 第三次降下が始まるまであと一時間以上、そこからハイヴ地下茎へと侵攻し、『あ号標的』の排除まで含めた全作戦完了までには、実のところ四時間でも厳しい。

 そして降下から一時間程度で三割近い損耗を出した第一次降下部隊だ。第二次降下部隊の展開もあって敵BETA群の抵抗が分散されるという甘い見込みを踏まえても、彼らがこのまま耐えられるとは考えられない。

 

 もちろん相手側の言葉通りラザフォード場という絶対の『盾』があれば、XG-70cだけであれば耐えることも不可能ではないかもしれない。ただ砲兵としての機能を維持するには、その分の砲塔が必要だ。

 弾頭に関しては無尽蔵ではないが、艦艇に等しい規模の機体に余裕をもって搭載している。むしろ5インチ砲を一門を失ったということならば、残り三門では砲身寿命の7000発に至るまで撃ち続けるにしても、時間の方が足りないだろう。

 

 

 

「こちらが今すぐに動かせるのは、合衆国海軍から提供されたF-4の無人機仕様のみだ。全機Mk-57を装備した状態で、砲兵の真似事しかできん。しかし連隊規模で今からならば15分以内には投入可能だ」

『むしろなによりの増援だ。そちらに指揮管制を任せられるならば、なおうれしい』

「残念だがここからでは詳細な指示出しなどできんよ。現地に展開する諸兄らの努力に期待する」

『了解した。我らが優秀なるブリッジクルーの働きに期待しよう』

 

 具体的な支援があると聞けて、相手側の声が軽くなる。

 

 ターニャとしては第三次降下まで温存しておきたかった文字通りの予備戦力だったが、今ここで切っておかねば第一次降下部隊は陽動としての用さえ果たせなくなる。もとより第二次降下と第三次降下そのそれぞれ30分後に投入予定だった兵力だ。半数ずつ運用するつもりだったが、こうなってしまえば全機をS92方面に投下するよりない。

 

「なに、海軍からとはいえ、もとより合衆国国民の税によって用意された戦力だ。所属が異なるとはいえ、存分に使い切ってこそだ。では我らが道行の整備をお願いする」

『はは、見渡す限りの荒野にいる身としては「青き清浄なる世界のために」とでも返しておこう』

 

 これ以上、軌道上からできることは少ない。なによりも最前線で処理を続ている指揮所の手を長らく煩わせるものでもない。簡単に言葉を残してターニャは通信を切った。

 

 

 

 

 

 

「さて少佐。部隊の臨時編成という話、貴様はどう見る?」

「本作戦に対する明確な妨害、と言い切ることは困難かと。数としては予定通りに投入されておりますし、なによりも本来予定していた部隊がこの後ろに控えている『フラガラッハ作戦』に編入されたというのであれば、あくまで編成上の問題として適正な処理が行われていることでしょう」

「まったく忌々しいことに、貴様の言葉通りだ。極東国連軍が作戦の総指揮を執っているとはいえ、部隊編成の権限は合衆国陸軍にあり、ましてその内実にまでは口を出せん」

 

 これで数が足りていなければ文句の言いようもあったが、そこは揃えてきた。なによりも合衆国陸軍は今降り立ったF-15Eの三個連隊に加えて、第三次降下にはF-22一個連隊を用意している。計画立案主体たる帝国、そして極東国連軍よりも投入戦力が大きいのだ。

 

 

 

「ですが、これで第一次部隊の損耗の高さと成果の低さ、その原因はほぼ確定できましたな」

「やはり従来型OSの、未改修の機体かね?」

「でしょうな。合衆国陸軍はXM-2の採用予定どころか、XM-1の導入もいまだ審議中です。XM-OSに対応し転換訓練を受けているのは、この後に控えているF-22と、編入されたというF-15E三個連隊だけのはずです」

「上手く言い逃れる準備だけは周到のようだな」

 

 ターニャ達が想定した状況設定は、XM-3搭載型F-15E三個連隊を投入した場合のものだ。従来型OSの機体とは戦力評価において大きな差がある。

 

 だがここで従来型OSの機体を投入したから第一次降下が所定の成果を上げられなかったと抗議しても意味は薄い。状況想定に瑕疵があったと言われるのが関の山だ。なによりも合衆国陸軍の主流からは、第一次降下が破綻しその後なし崩し的に作戦が失敗することが望まれている。彼らの目的は『フラガラッハ作戦』でのG弾主体かつ合衆国陸軍のみによる喀什攻略だからだ。

 

 

 

「なるほどこれは誰だか知らぬが将官が逃げ出すのも理解できる。下手に現地に居残っていれば、この後の失策すべての責を取らされるのだからな」

「今であれば作戦計画の事前予想と現地の状況が乖離していたと言い逃れつつ、現地の詳細情報を素早く持ち帰ったと言えますからな。なによりもこの後指揮を継続するかどうかにもよりますが、基本的にはラダビノッド准将閣下に責を負わせることも難しくありません」

 

 第一次降下は合衆国軍のみだからと無理を通した形かもしれないが、通常の編成通りに師団指揮官の将官を前線へと送り出したのも、政治的背景あってのことだろう。

 さすがに自身よりも下の階級の者に作戦失敗の全責任を取らせるのは問題もあろうが、そうはいっても大佐相当官の夕呼が計画立案の主体で、作戦総指揮は准将でしかないラダビノッドだ。

 

 異様だが、多国籍編成ゆえの事態だ。帝国陸軍は混乱を嫌ってXG-70bに登場した現地指揮官は大佐に、同じく英国軍も大佐だったはずだ。ラダビノッドに合わせる形で、指揮権限と階級とが釣り合っていない。

 なによりも第三次降下のターニャ達に至っては、名目上の指揮官がウォーケンの少佐だ。ハイヴ地下茎侵攻部隊のみの連隊規模とはいえ、本来ならば大佐が低くとも中佐、なによりも同道する国連軍や合衆国陸軍の規模を考えれば、大佐でも低い。

 

 ただJASRA局長としてのターニャが准将待遇という問題がある。結局はターニャが非公式とはいえ指揮を執ることになるだろうと、各方面が秘密裏に納得してしまったからの人事とも言えた。

 

 

 

「まあしかし、現状ではこれ以上手を打てぬことも確かだ」

 忌々し気にターニャは吐き出すように言うが、実際表立って動かせる戦力など先ほど降下を決定した無人機くらいだ。あとは部隊が降りなければ対処しようもない。

 

 こうなってしまえばむしろ今すぐにでも『フラガラッハ作戦』に移行させて、ユーラシアが割れる限界までG弾を投射してしまっても良いのではないかと、投げやりな思いにさえも浮かび上がる。

 無論そうなってしまえば解決不可能な政治的問題が積みあがるだけでなく、第五推進派を止めることも不可能となり、「大海崩」へと向かうだけなので受け入れることもできない。

 

 いまは降下まで耐えるしかないかと思いつつも、苛立つ心を抑えるため、無重力仕様のタンブラーへと手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 だがせっかくのコーヒーも、口を着ける余裕がなかった。

 

「少尉殿ッ、横浜の香月副司令より秘匿回線です」

「……回したまえ」

 

 これ以上、降下前になにがあるのかと溜息の一つも付きたくなったが、それを飲み込んで通話に出る。これでエヴェンスクハイヴに「Γ標的」たる超重光線級が出現したなどであれば、もはや「大海崩」さえ受け入れて『フラガラッハ作戦』へと移行させようかと嗤いそうになる。

 

「なにごとかね?」

『一部では朗報と受け入れる向きもありますが……』

 

 夕呼には珍しく、どころ口調が重く回りくどい。無言のままに先を促すと、溜息一つの後に淡々と報告される。

 

『エヴェンスク、および重慶への陽動作戦へと参加予定であったソビエトおよび中国共産党軍の一部が軌道を変更。喀什への降下を企図している模様です』

「は? ……はぁっ!?」

 

 夕呼の言葉が耳に届いた瞬間、ターニャは周囲の目線など気にせずに声を出したしまった。

 

『HSST50機強、戦術機戦力にして連隊規模と推測されます。総司令部としては退避を勧告していますが今のところ聞き入れる様子はなく、今後の対応は現地指揮官に一任する、とのことです』

「了解……した。報告に感謝する、香月副司令」

『詳細な情報は別途送信いたします』

 

 

 

 この段階での、まったく予想もしていなかった乱入だ。当然ながら連携など取れるはずもなく、また取りたくもない。

 降下地点はいまだ不透明だが、SW115周辺へと降りられてしまえば第一次降下部隊の誘因作戦がまったくの無駄になるほどのBETA群を引き寄せる可能性すらある。

 

 これはむしろ国連軍主体の作戦行動に対しての意図的な妨害として、降下前に排除すべきかとまで真剣に考えてしまう。問題はそのような軌道戦力など存在しないという点だ。

 

 どうして……どうしてこうなった、と頭を抱えなかった自分を誇るべきだと、ターニャは思考を放棄しかける。

 

 

 

 

 

 




原作でも国連軍だけで戦術機二個師団規模の降下だったはずですが、ラダビノッド准将が総指揮官だったのヨシッとしてしまったので、あっちこっちで階級がグチャグチャになってしまってます。
XG-70に限っても、フリゲート艦同等とかで考えると艦長扱いなら中佐、AWACSと見たら機長or正パイロットで同じく中佐くらい? 各降下部隊の前線指揮官ともなればともっと高級将校が居なければーっとなってしまいましたが、そのあたりの設定が見当たらないのでさらっとスルーしています。
テイラー大将はもしかしたら次回名前くらいは出したいなぁ……くらいです。


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混濁の準縄

 

 横浜基地、ここには国連太平洋方面第11軍の総司令部がおかれているが、今はほぼその指揮機能すべてを喀什攻略のために振り分けていた。

 

 作戦の第一段階である軌道爆撃の開始からはいまだ三時間程度だが、それ以前の準備期間を考慮すれば、満足に休息をとれた者は数少ないと言える。一部の人員に対しては非公式ながらも戦術機衛士同様の向精神薬物の投薬も許可されていた。

 前線と違い怒号が飛び交うわけではないが、オペレータの顔色はみな一様に悪く、報告される声にも疲労が滲み始めていた。

 

 そこまでの負担が基地スタッフ、その中枢ともいえる作戦司令部の面々に重く圧し掛かっているのは、単純に処理能力の不足からだ。

 

 

 

 作戦総司令官たるラダビノッド、彼の軍人としての資質に問題があるわけではない。問題は単純に、その准将という階級ゆえの物だ。

 

 准将という地位はたしかに軍組織内において上位ではある。だがその名称の通り、将官としては最下級でしかない。国連軍そしてBETA大戦という特殊な状況下であるからこの横浜基地において基地司令を担い、夕呼の上官という立場から今回の喀什攻略においては総司令官となってはいるものの、一般的な陸軍ならば副師団長あるいは旅団長である。

 

 それが今進められている喀什攻略においては、直接的な正面戦力は戦術機のみとはいえ1000機を超える1個軍団強、軌道戦力なども含めるならば本来ならば少なくとも大将、居るならば元帥が指揮を執るべき規模だ。

 

 軍における階級とは、組織運営という点においては民間企業の役職とさほどの違いはない。つまるところは権限や責任など、そして差配できる人員の規模の大小だ。当然ながら、その配下に置ける人員の数も同じ将官といえど、大将と准将とでは大きく異なる。

 

 結果としていま進行中の喀什攻略を万全に管理・運営するには、ラダビノッドの、なによりもこの横浜基地の能力では足りない。

 わずかなりとも幸いともいえるのは、一般の作戦行動とは異なり、支援砲戦力や後方での補給などは考慮する必要がないために、通常それらに割くべき人員さえも正面戦力の指揮・管理に回せていることくらいだった。

 

 

 

 無論、そのような問題は作戦立案当初より関係各位には理解されており、対策は用意されていた。

 

 いま進められている喀什攻略、その基本骨子は武がAL世界線で経験した『桜花作戦』だ。

 なによりも重要となるハイヴ地下茎の構造マップ、それが不完全とはいえ存在しているのは武が侵攻した記憶があるルートだけなので、それを基本とすることにはターニャも夕呼も異存はなかった。

 またターニャの持つ原作知識に関しても、ゲームなどにおいて描写された以外の詳細がないためほかの選択肢が存在しないとも言えた。

 

 武が提案した作戦案は、自身が参加した『桜花作戦』を下敷きとしたために、武本人はさして意図せず三段階に分割されていたが、部隊の編制内容は大きく異なる。

 作戦司令部の負担を減少させる方向で、ターニャが調整した結果だ。

 

 

 

 第一次降下部隊が合衆国陸軍主体で編成されていたのは、先陣を切ったという政治的実績を合衆国へと譲渡する意味合いももちろんあるが、それ以上に彼らであれば独立して作戦行動が可能だという面も大きい。

 

 実際、事前の軌道爆撃となによりもG弾の連続投射の後の降下だ。加えて前線作戦司令部の機能をも持つXG-70cをも投入している。支援砲兵力の不足はあれど、主力たる戦術機戦力も三個連隊。フェイズ3程度のハイヴであれば制圧可能というのが第五計画推進派の想定だった。

 場合によっては陽動のみならず、ハイヴ地下茎への侵攻と『い号標的』周辺までの制圧さえ目論んでいた節さえある。

 

 先ほど降下を完了した第二次降下部隊も帝国陸軍と英国からそれぞれに二個連隊。どちらも一応はこの横浜基地の指揮下にはあるが、前線の置ける直接的な戦術指揮はそれぞれに一任されている。

 戦略目標としてSW115周辺の制圧と、可能ならばそこから20kmほどのハイヴ地下茎の確保だけが横浜の作戦司令本部からは指示できただけで、細かな対応は現地に任されている。

 

 ただこちらに関しては合衆国とは違い、どちらも二個連隊で臨時の一個旅団とし、指揮官として大佐を任命することで、国連軍指揮下であることを示していた。

 

 実質、この横浜基地が直接指揮できるのは、いまだ軌道上に待機している第三次降下部隊、その中でも国連軍所属の部隊だけとも言えた。

 

 

 

 

 

 

 それらの事前準備を踏まえてなお、作戦が順調に推移していたと言えるのは第一次降下が始まるまでだった。

 

 合衆国陸軍で構成された第一次降下部隊、その降下時の損耗は通常の軌道爆撃のみならずG弾の投射もあって、想定よりもわずかとはいえ少ない損耗でS92の『門』周辺の制圧を開始できた。

 ただ、ここで主力たる戦術機戦力が大きく損耗することとなった。S92周辺の制圧は完了し、第二次降下部隊のための陽動という任は達成できているものの、現在の被害想定からの推測では三次降下を待たずして部隊は半壊、組織だった作戦行動は不可能となる見通しとなった。

 

 そして何を思ったのか、本来であれば前線指揮を執るべきXG-70cに搭乗していた将官が一部スタッフを引き連れて二次降下に合わせて装甲連絡艇で軌道へと離脱してきた。

 

 任務放棄とも言えなくもない行動だが、部隊の損耗を鑑み、詳細な現地情報の速やかな共有の為と言われれば否定も難しい。

 もとより第一次降下部隊は本来予定されていたXM-3換装済みのF-15Eではなく、既存OS搭載機、それも半ば臨時編成の部隊を投入していたとみられる。サボタージュと言い切るには難しいが、この時点での攻略成功を企図していなかったことは明らかだった。

 

 第五計画推進派の工作であろうが、いまはそれを追及する時間はなく、またそれで事態が好転するわけでもなかった。 場合によっては三次降下を取りやめ、第五推進派の思惑通りに、作戦自体を失敗と見做さなければならない規模にまで被害が広がりつつあった。

 

 

 

 しかし第一次降下部隊の残存戦力は残ったXG-70cのスタッフの采配も良かったのか、制圧範囲は縮小したものの、むしろ降下当初よりも頑強に抵抗を続けている。加えてターニャが独自判断ではあったが、三次降下に合わせて運用する予定だった合衆国海軍から提供されていた無人機仕様のF-4Eを砲兵戦力として全機投入したことで、一応の均衡を維持できた。

 

 そして第二次降下部隊の方は、帝国陸軍が運用するXG-70bを中核に、こちらも比較的順調にSW115周辺の制圧を進めている。

 XM-3搭載型の不知火で編成された帝国陸軍二個連隊の損耗は低いが、英国軍のF-5E ADVには少なからぬ損害が出た。とはいえ『門』周辺の制圧が進みつつある現状、英国軍が後詰、帝国陸軍が制圧エリアの拡張という形で分担が進み、被害も抑えられつつある。

 

 いまだハイヴ地下茎への侵攻はSW115の『門』から5kmほどだが、こちらは予備的作戦だ。第三次降下部隊が侵攻した段階で『門』内部での部隊の再編と補給が可能であれば十分、20kmほども制圧エリアが広がっていれば十二分に任を達成したと言える。

 

 

 

 このまま推移するならば、第一次降下部隊の被害は大きくとも作戦全体としてはかろうじて許容できる範囲で第三次降下を可能とできるのではないかと、言葉にはせずともどこか楽観的な気配さえ作戦司令部には広がりつつもあった。

 

 それが一転、先ほどまで以上の緊張に包まれたのは、まったくの予定外の要因からだ。

 

 ユーラシア各地での大規模陽動作戦を担うべく、各周辺ハイヴへの同時多発侵攻作戦、その一翼であるエヴェンスクおよび重慶へと降下するはずの、ソビエトおよび中国共産党軍の一部が喀什への降下コースへと軌道を変更した。

 明らかに事前予定のない行動であり、国連軍の行動に対する妨害行為と見做されてもおかしくはない。

 

 

 

 79年のバンクーバー協定において、対BETA戦争は国連主導にて行うと採択された。国連加盟各国の対BETA交戦権は自衛権及び集団的自衛権に限定されている。

 

 各ハイヴに対する間引き作戦であっても、各国が独自に実施するのではなく、あくまで主導は国連軍だ。

 今進められている喀什攻略にしても、探査機器の外部ユニットとなるXG-70シリーズが当初予定通りの機能を発揮できるかどうかの実戦運用試験の一環であるという体裁は保ち、作戦の全権は極東国連軍が一括している。

 

 喀什への降下コースを取っている中ソの再突入型駆逐艦、そこに搭載されている戦術機戦力は、自衛権を拡大解釈した形だる。CCP中国共産党が領有する中華人民共和国国内における「自国防衛に際しての戦闘行動」、そしてそれに協力する同盟国からの戦力提供、という名分で喀什への侵攻を正当化していた。

 

 

 

「一応は、安保理と総会を通して抗議はするが、意味はない、か」

「言葉遊びではありますが、あちらの言い分にも理が無いわけではありませんわ。各国の領土・領海はBETA大戦前から変更されてない、というのが国連の見解ですから」

 

 作戦司令部の最奥でラダビノッドと夕呼とは声を潜めつつも、状況を整理する。二人ともに疲れたような声音になるのは仕方がない。

 もちろん、正当な抗議はできる。帝国はもちろん合衆国も、公式に声明を発するだろう。他の常任理事国である英仏豪も足並みは揃えてくれるはずだ。

 

 だが、それで何かが変わるわけではない。亡命国家とはいえ、中ソもまた常任理事国である。安保理においては拒否権を持ち、凋落しつつあるとはいえ東側諸国への影響力は今なお強い。

 なによりも戦場外で進められるそれら政治的闘争がいかなる結果を齎そうが、今危機を迎えている前線の状況を改善するには遅すぎる。

 

 

 

「S92方面へと降りてくれるのであれば、歓迎いたしますわ?」

「本作戦へと参加し、成功の暁にはその功をもって権益の獲得に動く……それだけであってくれればよいが、そうではなかろう」

 

 攻略作戦に参加して、戦功があったので分け前を寄こせという半ば中世代じみた発想は、かの国々であればおかしな話でもない。ただそれであれば作戦計画が提示されて以来、公式に参加表明が無かったことと矛盾する。

 もちろん、たとえ参加を表明されていたとしても、間違いなく排除したはずだ。ターニャの共産・社会主義国家への反発という面もあるが、現実的な実績として東西両軍の合同作戦で満足な成果を上げたことがない。

 国連主導とはいえ満足に統合できず、指揮・補給面で混乱を招くだけだ。

 

 

 

「降下地点はSW115周辺……でしょうね」

「そこから動かずにいてくれるならば、作戦全体への影響は最小限ではあるが、望みは薄かろう」

 

 ラダビノッドも夕呼もはっきりとは言葉にはしないが、作戦計画の大部分は流出していることは明白だ。でなければ今このタイミングでの横槍など不可能だ。

 

 作戦開始前までの妨害工作に対する対策は徹底して行われてきたが、今の状況はほぼ想定の範囲外だった。作戦エリアが喀什という、軌道降下しか現実的な介入手段のない地域という特殊な状況から、現地へ無理矢理に押し入ってくるとまでは真剣には考慮されなかった。

 

「彼らの目的は『い号標的』……アトリエにあるG元素とみるべきかね?」

「ハイヴ地下茎への侵攻を進めるならば、それ以外はあり得ないでしょう。地形データと各種想定状況とは間違いなく流出している考えて対応すべきかと」

 

 事前に繰り返されたシミュレーションにおいては、武が描き出したハイヴ地下茎の概略マップが採用されている。これはA-01だけではなく、同道する国連軍及び合衆国陸軍でも採用されていた。

 国連軍は『桜花作戦』同様にハイヴ地下茎内で途中で分岐し、誘因にあたる。同じく合衆国陸軍もさらにその先で別れ『い号標的』へと向かう。

 

 

 

「帝国の親ソ派か、あるいはいつもの英国の良く回る舌でしょうか。合衆国のパンダハガーという線が一番濃厚でしょうけど」

「今それを暴き立てても……ああ、いや?」

「ええ……想像以上に詳細なデータが流出した可能性が高まりましたわ」

 

 シミュレーションデータだけであればまだしも、

 

 

 

「先ほど撤退してきた第一次降下部隊、その前線司令部が集めたデータさえも、すでにあちらに渡っている、と?」

「タイミングが良すぎますわ」

 

 合衆国は巨大な国家システムだ。特に今次BETA大戦勃発以降は、唯一の超大国として世界に君臨していると言える。

 そしてその巨大さゆえに、国内でさえ意識の統一は取れていない。二大政党のみならず、南北や西海岸側と東海岸側といった地域意識の差、陸軍内部だけであっても幾多の派閥が存在する。

 それらの中には帝国に対しての反感と、いまなおアジアへの幻想を抱いている者たちもいるのだろう。

 

 そして喀什攻略を、国連軍が主導したという体裁を整えつつも、帝国が推進する第四計画が完遂してしまえば、少なからぬ影響がある。今後のハイヴ攻略においても、帝国の意向が尊重されることになりかねない。

 ならば奪われているとはいえ国土内に数多くのハイヴを有する中ソへと配慮するという形を取りつつ、作戦地域へと招き入れることくらいは些事ではないと判断する高官が居てもおかしくはない。

 

 直接指揮を執る第四計画へと負担を強いることもでき、第五が主力である『フラガラッハ作戦』へと移行することも容易くなる。

 

 

 

「帝国をそれほどまでに警戒しているのか、あるいはいまだにチャイナ・ドリームを夢見ているのか……」

「ははッ……事務次官補殿にはお聞かせできぬ話だな。かの国には『並び立つ』などという概念は存在しないと、合衆国の方々の多くはなかなかに理解されないらしい」

 

 ラダビノッドには珍しく、皮肉じみた声で笑う。だがたしかにターニャが聞けば静かに激昂することは間違いない。

 

「しかし結局は、現地に任せるしかない、か」

 

 先ほどターニャには対応は一任するとは告げている。とはいえ単純に実力をもって排除するという手段は、取りがたい。

 

 衛士の対人類戦に対する忌避感というメンタル面もあるが、これはA-01や合衆国陸軍であってもラプターを駆る者たちであればほぼ問題はない。斯衛であっても同じだろう。そもそもが対人類戦をも前提とした訓練を日ごろから積み上げているのだ。

 難しいのは、無許可の武装集団と見做すには、自身の所属を明らかにしているために政治的に困難なことと、なによりも単純に戦力の点だ。

 

 XM-OS搭載機かどうかは現時点では不透明だが、わざわざ無理を通して投入するのだ。少なくともXM-1には換装していると見なすべきだ。亡命国家でも生産可能なレベルにまで落としたXM-2用CPUや、場合によっては何らかの工作でXM-3用CPUさえも入手して採用している可能性もある。

 それらが連隊規模で投入されたのだ。対BETA戦の横、片手間で排除できる要素ではない。

 

 しかしそれらも相手の出方次第だ。

 ただSW115周辺に居座るだけであれば無視することもできなくはない。逆に直接的な障害ともなれば、ターニャならば排除も厭わぬだろう。

 ただ願わくば、人類同士が火蓋を切ることは無きよう、とラダビノッドは無言で祈る。

 

 

 

 

 

 

「ッ!? S92に未確認の巨大振動波ッ!!」

 

 中ソ戦術機の動向に注目していたラダビノッドと夕呼だったが、その報告で意識を切り替える。

 

「まさか……母艦級かッ!?」

「は、はいっ、推定全高150mを超えて、全長は一切不明とのことですっ、仮称母艦級かと推測されますッ!」

「数は一体……というのかしらね?」

 

 夕呼専属のオペレーターを務めるピアティフからの報告も、普段の冷静な態度とは異なり、纏まりがない。現地からの報告が不透明なのこともあろうが、さすがにあの規模の存在は想像もしにくいのだろう。

 夕呼にしてもターニャと武からその存在を伝えられてはいたものの、あくまで数値データ、それも口伝の物でしかない。シミュレーション用データは作ってみたものの、実感できているとは言い切れなかった。

 

 ハイヴ地下茎侵攻中に出現する可能性は高いとは想定していたが、今この段階、地表付近に現れるとは考えていなかった。それゆえに、対応を提示するのに間ができてしまう。

 

 

 

『周辺に残存する戦術機にはS-11を主体とした高火力攻撃を、XG-70cは軌道上への退避をお勧めします。その後、第一次降下部隊は地表ではなく、ハイヴ地下茎を走破してSW112方面へと合流させるべきかと』

 

 内心対応を焦る夕呼に、淡々とした声でターニャから秘匿回線での通信が入る。

 こちらのデータは逐次整理してXG-70dに送ってはいるが、それとは別に現地の二機のXG-70からも情報は受け取っていたのだろう。

 

「S92は放棄する、と?」

『戦力をすり減らしつつの拠点確保であれば今しばらくは時間を稼げるでしょうが、我々第三次降下までの誘因としてはいささか弱いかと。ならばSW115の制圧を強化すべきかと愚考いたしました』

 

 横にいるラダビノッドもターニャからの具申は聞いている。現地の詳細は不透明だが取れる手段は限られている。死守か、あるいは第二次降下部隊から兵を抽出するか、ターニャの言うとおりに撤収するかの三択だろう。

 中ソの戦術機連隊がSW115付近へと降りると予想されている現状、第二次降下部隊の兵力を割るわけにもいかず、また戦略的に意味が薄まりつつあるS92の死守は無駄ともいえる。

 

「XG-70cを下げても良いのかね?」

『いまここで自壊されても、さほどの効果は見込めんでしょう。加えて地表を移動しての合流はさすがに撃沈の可能性が高い。ならば温存すべきかと』

 

 すり減りつつある戦術機戦力はともかくも、XG-70cの支援砲兵力は貴重だ。だが母艦級が移送してきたBETA群の物量を前に持ち応えることは難しい。そして小回りの利く戦術機と異なり、巨大なXG-70cはルートが構築できていないハイヴ地下茎を移動しての合流は非現実的だ。

 ならば地表を進むしかないが、その際は光線族種からの照射を受け続けることになる。耐えきれるかどうかは微妙なラインだった。

 

 

 

「了解した。XG-70cは軌道退避。合わせて第一次降下部隊はSW112へと向かわせる。ただ、第二次降下部隊からも英国軍一個連隊を東進させ、合流を急がせる」

『賢明なご判断かと』

 

 いま話している間にも、母艦級から吐き出されるBETA群に、第一次降下部隊は押されている。あまり判断に時間をかけるわけにもいかず、ラダビノッドはターニャの意見をほぼそのままに採用し、各方面へと指揮を下しはじめる。

 ここからラダビノッドは緊急時の対応で、先ほどまでの余裕などなくなるだろう。

 

「ですが、本当にXG-70cを下げてよろしかったのですか?」

『仕方あるまい。今あの場で自爆しても、巻き込めるのはせいぜいが母艦級一体と、周辺のいくばくか程度だ。ならば一度下げて再投入可能な時期を見計らうべきだろう』

 

 ターニャと夕呼、二人ともに明確に言葉にはしないが、XG-70cに限らずXG-70シリーズ、その使い道の一つは自爆攻撃だ。ML機関の暴走による自壊はG弾20発分にも匹敵すると言われている。ただそれを実行するならば『あ号標的』近辺でなければ、その破壊力をもってしてもさほどの意味を齎さない。

 

 

 

『まあ……コミー共の乱入に加え、この時点での母艦級出現ともなれば、いささか手札が足りぬのは確かだ。ただ時間的にはむしろちょうど良かったとも言えなくはない、か』

 

 なかば独り言じみた口調で、ターニャは溜息とともに言葉を漏らす。

 

 時間と言えば、そろそろ第二次降下から一時間が経過し、第三次降下前の軌道爆撃が開始される頃合いだ。

 先の二回同様に、誘引として通常爆撃で光線族種をモニュメント周辺表面に誘い出し、そこへG弾を投下する。通常の軌道爆撃や艦砲による支援砲撃とは異なり、ここにAL弾頭は使用されない。対光線族種用の重金属雲を形成したとしても、G弾を投入してしまえば文字道理に雲散する。

 

 

 

『ところで今、そちらは日が昇ったほどの時刻かね?』

「……は?」

 

 突然にターニャは秘匿回線を切り、一般の、それもオープン回線で問いかける。その切り替えだけでなく、おそらくは何らかの符丁なのだろうが、さすがに事前に知らされていない工作では夕呼も対応できない。

 ただ、ターニャが伝えるべきは夕呼ではなかったようだ。

 

「ッ!? 合衆国予備戦力の再突入型駆逐艦、軌道変遷を開始し始めましたッ、あ……いえ、全軍ではありません、一部、いえ……これは?」

 

 先の母艦級の出現を報告してきた以上に、ピアティフは狼狽えたように状況を羅列していく。データを見ている夕呼も声には出さないが、その挙動は理解できても意図が一瞬掴めなかった。

 

(これは……部隊ごとではないわね、何かそれぞれが勝手に動いているようだけど……まさか反乱?)

 動き出した艦艇の所属は統一されていない。大隊ごと移動を始めたものもあれば、連隊の中から一分隊だけのものまである。だがそれでも、目指す軌道は明白だった。このまま遷移すればG弾投下の直後に、喀什への降下コースを取ることができる。

 

 各艦への通信量が無秩序に増大しているところを見ると、『フラガラッハ作戦』を指揮する大気中の合衆国軍司令部も、この状況は想定していなかったようだ。一部が先走ったともいえるが、反乱と捉えられても仕方がない事態だった。

 

 

 

『降下時間が来たと動き始めましたが、どうやら我が艦の時計が狂っておったようですな』

『いやいや。こちらなど支給品の時計がズレておりましたよ。先の帝国訪問の際にSEKIOを求めておくべきでした』

『喀什と東京とは同じ時間でなかったとは……』

『なに、直近で部隊配備を変えるような状況だ。上も知らなかったのではないかね?』

 

 ただ夕呼が悩む間もなく、あからさまなまでに嘯いた声が、オープンチャンネルで響き始めた。わざとらしいまでに「時計が狂った」と言い出すのは、軌道遷移を始めた各駆逐艦の艦長たちだ。

 個別で対応指示が出ているはずだが、まったく気にする素振りさえ見せていない。

 

 

 

 そんな混乱した通信状況の中、どこか幼いがよく通る声が響き渡る。

 

『さて、諸君……待たせたな、戦争だ。戦争の時間だ』

 

 音声通話のみでその表情など見れるはずもないのだが、皮肉げに口角を歪め嗤い出しターニャの貌が、夕呼には目に浮かんでしまった。

 

 

 

 

 

 




Switch版の特盛パックが販売されましたが、そもそもがSwitch持ってねーということでスルーしてしまいました。むしろマブラヴDの86コラボの方が気になります。
で、それはともかくもテイラー大将出すタイミングを逃してしまいました。と言ってもこの時点だとまだ中将かなぁ……などと考えていたら、表向き代替作戦とはいえ喀什の攻略を成功させ熱森の合衆国なら、さすがに大将を据えるんじゃないかな、と。

次はそろそろタケルちゃんパートです。


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