バカと乙女と戦車道! (日立インスパイアザネクス人@妄想厨)
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ホームルーム

ぴぴぴっという電子音が私の意識を急浮上させた。

 跳ね起きるようにベッドから転がって時計を停止させて、すぐさま寝間着を脱いで制服に着替えなきゃいけない。そして寝間着の上を肌けた所で目が覚めた。

 

「……」

 

 寝ぼけた頭で考える。

 確か自分の部屋はこんなアパートのようなフレッシュな様式じゃなくて、日本家屋の匂いのする落ち着いた部屋だった。けど見覚えはある。ここも自分の部屋なんだ。

 そうだ。思い出した。ここは昨日引っ越してきた私の新居なんだ。

「そっか……もうウチじゃないんだ!」

 

 

 新しく引っ越してきた大洗の街は今まで住んでいた所と違って目新しいものばかり。

 アンコウが街のイメージキャラクターになってるみたいで、ブサかわいいデフォルメアンコウを所々に見かけて頬が緩んだ。地元じゃサンクスが少なかったけど、大洗ではサンクスが主らしくってそんな違いにも喜びを感じた。

 けど同じ学校の制服の人を見かけた時つい隠れてしまった。……まだ自分から話しかけて行くのは緊張してしまう。こんなんじゃ転校してきても友達なんかできないよね……。

「――っ!」

 ぺちん、と頬を張って気合を入れなおす!

 大丈夫、クラスの皆の名前と誕生日もしっかり覚えてきたし、友達をつくる準備は万端なんだから!

 ……受動的なポジティブってどうなんだろう?

 

 新しい発見の数々に胸を躍らせながら歩を進めて、ようやく目指す学校に辿り着いた。

 

 『県立大洗学園』。

 何かしらの部活で優勝! みたいな目立った業績は聞いたことがないけど、歴史深くてのんびりした校風の学校。そんな所もいいなと思って転校先にこの学校を選んだ。白地に緑のラインの入ったセーラー服も可愛いしね。

多くの生徒が校門をくぐる中で私は感慨深く立ち尽くして居た。

新しい環境。華々しい新生活。この先に待ってる女子高校生らしい青春に胸をときめかせた。

 

「新しい教室に向かって……パンツァー・フォー!」

 なんて、そう小さく呟いて一歩踏み出した――

 

 

『あっ! 西村先生、吉井君を発見しました! ウサギ小屋の近くです!』

『こちらも捉えたぞ園。これから追いかける。お前達はネットを持ってそこの道を封鎖しろ。待たんか吉井ィィィ――――――――っ!!』

『げぇ鉄人?! そんな、雄二を追ってたハズなのに!』

『坂本は既に指導室に居る。さぁ、大人しく補修を受けるつかまるがいい!!』

『諦めるかぁ!!』

 

 絶叫。騒音。怒号。悲鳴。

 それらが私の足を止めさせた。

 止まったままの私に関わらず、学校の何処かで起きてる騒動の協奏曲は響き続ける。もう新生活の期待とか心構えとか無くなって、私の心にこれから起きる騒動の予感に不安が募ってきた……。

「私の青春のっけから台無しだよぉ‼︎」

 



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1時間目 友達と戦車道と転校生、です その1

 問 以下の戦車道の用語を日本語に訳し、またその使用例を書きなさい。
『パンツァー・フォー』

西住みほの答え
『訳:戦車前進
 使用例:戦車を一斉に進ませるときの掛け声』
教師のコメント
正解です。Panzer=戦車、vor=前進する、というドイツ語の掛け声です。英語ではないので正解者は少ないと思っていましたが、流石は戦車道を履修していることはありますね。

土屋康太の答え
『訳:パンツ大好き
使用例:一言で女性用下着の素晴らしさを讃える魔法の言葉』
教師のコメント
ネットスラングで『パンツァー』→『下着好き』。意味としては合っていても決してテストの問題にしません。

吉井明久の答え
『訳:パンツだ、ふぉー!
 使用例:盗られたパンツを取り返した時に出る歓喜の声』
教師のコメント
男子がパンツを盗られる場面はそうそう無いと思います。


 お昼の休憩時間を報せるチャイムが鳴った。

 今日も何事も無く半日を過ごしてしまってついため息を吐いた。まともにクラスの人とも話したりできなかったし、これといったイベントも無かったからね。

 ……朝からの騒動が頭の中でリフレインされて集中できなかったのもあるかも……。

 机に残った文具をなおしているうちに教室からは人が居なくなっていた。自分のどんくささにまたため息を吐いた。

 

 と、

「へい、かーのじょ」

 陽気な声に振り向くと、2人の女生徒が居た。

1人は茶髪のセミロング、ちょっと眉毛が印象的な人当たりの良さそうな人。もう1人は黒髪長髪というヤマトナデシコの見本みたい。あとくせ毛なのか前髪の一部が跳ねている凛とした人でだった。

「私達今から食堂に行くんだけど、一緒に行かない?」

 願っても無い申し出に一瞬頭が回らず、かけられた言葉の意味を理解して内心喜びの声を上げた!

 転校してきてろくに目も合わせきれなかった私に声を掛けてくれるなんて……! 緊張のあまり返す言葉が纏まらない。

 落ち着いて。ただ『自分も行きたいです』的な言葉を返すだけ。そう、素数を数えるんだよ。素数、素数……。

「あ、そ、す、ょろこんで!」

 噛んだ。素数って言いかけた。穴があったら入りたい……。

膝から崩れ落ちそうになる私に2人はくすりと笑って、

「もー慌て過ぎだよぉ~。思ってた以上に緊張しぃだったんだね西住さん」

「ふふ。落ち着いてくださいね西住さん。……転校してきてあまり話されてこなかったから、1人を愛してる孤高な方と思ってましたけど」

「え、いや、そういう人じゃないです……」

「『私の残された時間を君に捧げよう……』でしたっけ?」

「それ前に私に声かけてきたなんか痛い人じゃん! 放課後帰ろうとしたら急にそんなこと言われて訳分かんなかったし人も残ってたからすっごく恥ずかしかったんだからね!! 思い出させないでよもー」

「――沙織さん、いつも言ってるじゃないですか。花言葉のような言葉を言う方ほど情熱的な方なんですよ。情熱的な恋がしたいと公言してる沙織さんは何処へ行ったのですか?」

「聞いたことないんだけど!? 私にも好みはあるんですぅー!」

 にこにことたおやかに微笑む表情を崩さない撫子さんに眉を寄せプぅ、と頬を膨らませてツッコむ眉毛さんの流れるような会話劇に私はただ戦慄してしまう。

「こ、これが、女子高生のコミュニケーション……!」

「わお、この子結構拗らせてるよ華」

「どの口が言ってるのですか沙織さん?」

 二人の呆れた視線が痛い。

 

 でも二人を見ていて阿吽の呼吸ってこういうことなんだろうな、と思った。長い付き合いだからこんな軽口を叩き合えて、それでいて楽しそうな感じ。すっごく羨ましい。

「――ああ、いきなりごめんね。こっちから話しかけたのに勝手に変な方向に行っちゃって」

「ごめんなさい西住さん。からかいに来たわけじゃないんです。私達は本当に西住さんと一緒にお昼に行きたいと思って」

「そうそう! それでどうかな?」

 断る理由なんかない!

 2人の申し出に私はぶんぶんと首を縦に振った。

 

      ◆

 

「ねっ、名前で呼んで良い?」

「え?」

「みほ、って」

 それからはとんとん拍子で楽しくて嬉しいことが続いた。

「も、もちろんです!」

「あ~、あと敬語もやめない? 無理してる感満載だしさ」

「えっと、そう、かな?」

「ええ、自然体の方が私達としても接しやすいです」

 名前で呼び合ったり、一緒にご飯を食べたり。

 どんなことが好きで、どんなことが嫌いか、近くにできたカフェの店員がかっこいいとか、モテるモテないで茶化し合ったりとか。

 そんな他愛のない事ばかりだけど、私にとっては新鮮な事ばっかりで、

「なんだか高校生みたい~!」

 薔薇色の青春! 華の学園生活!

 そうこれだよ! 私が憧れてたのはこういう青春なの!

『よぉ沙織。お前も昼食か……って何だそいつ? 頭かきむしって悶えてるが大丈夫か?』

『あ、ごめんね雄二。さっき言ってた転校生の子、想像以上にナイーブだったから今日一緒に食べれないわ。あとこれ嬉しさあまっての行動だから大丈夫だと思う。たぶん』

『そうか……だったら今日はやめとくか。そんじゃあ俺は明久から昼飯をちょろまかしにいくか』

『ほどほどにしときなさいよー』

 そんな会話も気にならないほど私は浮かれていた。

 武部さんは明るくて親しみやすい人で、こんな私でも友達になってくれた。ちょくちょく挟む恋愛話は私にはちょっとハードルが高いけど、聞き手を飽きさせないトーク力はすごいなと思った。

 五十鈴さんは落ち着いてて、芯が強そうで、大人っぽい。初見で感じた大和撫子のイメージはまさに正しく、華道をしているとか。女性らしくて羨ましい。だから場の空気を和ませる包容力を彼女から感じるんだ。

 2人とも私にはもったいないくらい素敵な人。転校初日でこんな人達と出会えたことが信じられないのに、友達にまでなってくれた! 

 本当に大洗に来て良かった!

 

 

     ◆

 

 

 

「必修選択科目なんだけどさぁ~、戦車道取ってね。よろしく~」

 

 大洗に来て良かった。

 でも今、ここに来たのは間違いなんじゃないか? そう思ってしまった。



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1時間目 友達と戦車道と転校生、です その2

この作品の華さんはフリーダム。
弍尉マルコ氏の同人時代の食虫華さんも好き。


「必修選択科目なんだけどさぁ~、戦車道取ってね」

 私より背の低いその人は、軽く歌うような声で私に一切の有無も言わさない圧力を伴いながらそう告げた。

 

      ◆

 

 武部さんと五十鈴さんと友達になったそのすぐ後のことだった。その3人がやってきたのは。

 2人と他愛のない話をしていてもうそろそろ先生が来る頃かなと思っていた時、

「失れっ」

 ガッ!と扉に何かがぶつかる音がした。

 直後、休み時間特有の騒がしさが途絶えて、シンと静まり返る。その扉の外からは『桃ちゃん桃ちゃんそれ引き戸』やら『桃ちゃん言うなッ!』やらなんやらと会話が聞こえてきた。

「失礼する」

 改めて、引き戸が開くと同時に聞こえた固い印象の声。

 初めはそういう先生なのかな? と思ってたけど、入ってきたのは私たちと同じ制服に身を包んだ3人組の女生徒。

 先生の代わりに教壇の前に出た3人のうち、一番背の低い干し芋を齧るその人は誰かを探すように教室を見渡した。

 武部さん五十鈴さんを含む教室に居る他の人達は『なになに?』『生徒会長?』『ぶつかったな』みたいな雰囲気だけど、私は事態に着いてこれなくって周りの空気を窮屈に感じてしまう。

 目のやり場に困って視線を彷徨わせていると、不意に、視線がかち合った。……教壇の前に立つ背の低いその人に。

 

 観察するような目をしたのは一瞬だけ。瞬きした時には女の子の顔はニッと悪戯っ子の笑みを浮かべた。

「やぁ! 西住ちゃんっ」

 彼女の口から自分の名前が飛び出してびっくりした。フレンドリーに手を振る彼女に見覚えは無いのだけれど……。

「(……生徒会長。それに副会長と広報の人)」

「(……えっ? えっ? なんでそんな人たちが……?)」

 武部さんが耳打ちをして教えてくれた。

 私が戸惑っているうちに生徒会の3人は私を囲むように近づいてきた。クラス中の視線が私に集まる。どうしようもない不安に駆られて逃げ出したい気持ちがむくむくと膨れていくのを感じたけど、囲まれているのを思い出して力が抜けていった。3人に見下ろされる格好になった私はすっかり委縮してしまう。

 片眼鏡の目つきが鋭い人が口を開いた。

「少々話がある」

 口調も表情も硬くって、言われるがままに廊下へ連れ出された。

 

 

 廊下に連れ出されて生徒会長に開口一番で言われたのがそれだった。

 

         ◆

 

「あの!」

 喉から絞り出した声は上ずっていた。

 それでもこれだけは確認しておかないといけない。だってこの学校は――

「この学校には戦車道の授業が無かったはずじゃ……」

「今年から復活することになった」

 片眼鏡の人が鋭く答えた。

「私っ、この学校は戦車道が無いと思ってわざわざ転校してきたんですけど……」

 言葉尻が小さくなっていくのが自分でもわかった。

 そんな私を気にしないように、生徒会長は私の肩を組んで快活に笑う。

「いや~運命だねぇ! この学校戦車道の経験者あと1人居っからさ、その子と協力してうまくやってってくんない?」

「……もう1人?」

 私はここぞとばかりに口を開く。

「他にも戦車道をしてる人が居るんですか? だったら、転校生の私が居なくても大丈夫なんじゃ……」

「居るには居るんだけどね……」

 と生徒会のもう1人、すごくおおきい優しそうな人が困ったように呟いた。

「ま~性格に難がありっていうか、言葉の壁を痛感させられたっていうかさ。戦車取ってくれるよう頼みに行ったら『黙りなさい、ブタ』だもんなぁ~。そんなわけでその子の他に経験者が居ないか探してたんだ。で、丁度いい感じに西住ちゃんが転校してきたワケ」

 どうしよう、どんどん退路を塞がれちゃってる……っ!

「そんな、必修選択科目は自由に選べるんじゃ」

「とにかくよろしく~」

 最後は私の抵抗を遮るように背中に平手を打って、何事も無かったように傍に控えていた二人を伴って去っていった。

 

 教室前の廊下で一人取り残された私は茫然とその場で立ち尽くすしかなかった。

 何でこうなっちゃったんだろう? 私はただ、戦車道に関わりたくないだけなのに。関わりたくないから熊本から遠い大洗まで転校してきたのに……どうして……?

 そんな負の思考が頭の中でぐるぐる回る。

 ()()()()に飲み込まれた。流れに逆らえないで、捕まるものも無くって、もがいてももがいても最悪の方向へ流されて。今の気持ちはそんな感じだった。

 ……あの時感じた不安が的中しちゃったかなぁ……。今日は快晴で太陽も真上にあるけど、辺りがどんどん薄暗く見えてくる。

 

 ――その後のことはよく覚えていない。

 

     ◆

 

『――ほ、みほっ』

「ほえ?」

 遠い何処かから私を呼ぶ声が聞こえる。

 教室ってそんなに広かったっけ? と呆けた頭で辺りを見回すけど、そこは見慣れ始めた教室。数学の先生が黒板に難しい数列を板書して、生徒がその内容を書き写してる。それがいつもの光景だけど、いつもと違うのは教室中の人達の視線が私に集まっていること。

「え……ぁ……」

「(……みほっ、大丈夫?)」

 クラス中の目に尻込みする私に斜め後ろの武部さんが声を掛けた。けど今の私には武部さんに返事を返す余裕も無かった。

『どうしましたか? 気分でも悪いのですか? 具合が悪いのなら保健室へ行きなさい』

 何処となく存在感が薄い先生の言葉に誘導されるように私は席を立ち、重い足取りのまま教室を後にした。

 ……私の席は武部さんと五十鈴さんの席の前にある。……だけど二人の傍を通る時、一度も二人を見ることは出来なかった……。

 そういえば、2人が心配して何度も声を掛けてくれたのをおぼろげに覚えている。迷惑をかけちゃったかなぁ。後で謝っておかないと。

 

『先生っ! 私もちょっとお腹が!』 

『わたくしもお腹が。沙織さんたら……昨日はあんなにも……』

『何!? 女子力高い女子生徒ランキングクラス一位のあの武部さんがザ・大和撫子の五十鈴さんと!?』

『昨日の夜に一体何があったんだ……っ!』

『この前隣のクラスの男子をこっぴどくフってたけど、そういうことだったのね……』

『はっ!? ちょっ、昨日は華のうちで鍋してただけ、もう華ぁぁぁあああああああああああああっ!?』

 

       ◆

 

 相変わらず頭の中はぐるぐるしてた。

 リノリウムの廊下しか目に入んなくて、授業中で静かなハズなのに頭の中から音が聞こえてくるようだった。

 

 どうして……何度もそう考える。

 黒森峰は正直言って窮屈だった。

 お姉ちゃんの妹。西住流の第次席。黒森峰学園戦車道の副隊長。……十連覇の汚点。

 あそこにいるだけでそれらの重圧は私を苦しめた。

 ……ウチの中でさえ私は逃げられなかった。

 だから遠い大洗に来たのに、戦車道は私を追いかけてくる。

 もう私は戦車道に関わりたくないのに……っ。

 

 

 ふと、歩く人の足が視界に入った。

 

 フラフラフラ~、と。同じ方向に向かって歩いているけど、その足は右往左往して一応真っ直ぐ歩いている私の方が追い抜いてしまいそう。

 顔を上げてみた。

 後姿しか映らないけど、ボリュームのあるふんわりとしたピンク色のロングヘアーが印象的な女子生徒。

 その人の足取りは覚束なくって、足取りに合わせて上半身も揺れていて、今にも倒れそうなぐらい廊下をフラフラと歩き続けている。……ただ、その先は廊下の突き当りなんだけど……。

 さすがに見ていられなくなった私はその人に声を掛けることにした。

「あの、大丈夫で」

 

 でっかい。

 横に並んでようやく気づいた。

 私じゃ比べものにならないきょういてきなでかさ。いや、でかいだけじゃない、歩く振動が身体に伝わって揺れているから大きさに合わない柔軟性を秘めてると見た。荒くなったその人の息遣いはさらに自分の体を揺れさせていくからその柔軟さは強調させて余計に目が離せなくなるつい手が出そうになっていや手を出したら犯罪だよ?でも相手はなんかフラフラしてるし意識ももうろうとしてるんじゃここで触らなかったらもう柔らかさを味わうことは無いんじゃないかな――――っ!?

 

「――ぁれ? 誰でしょうか……?」

 はっ!? あ、危ない、今私の中の悪魔が身体を乗っ取る所だった……。

 声の主はやっぱりピンクのロングヘアーの女子生徒。

 冷静に考えると私は一体何をしようとしていたんだろう? これじゃあ変態じゃない……!。

「ご、ごめんなさい! 出来心というかっ、見たことも無い迫力に圧倒されたというかっ! とにかく不仕付けな目で見てしまってごめんなさいっ!!」

 慌てて頭を下げた。同性とはいえそんな目で見られるのは嫌なことだしね。

 もう平手打ちされても良い、ていうか一発お願いしますなんか顔を合わせづらいです……!

「……今授業中……」

「あ、えっと保健室に行くところで」

「……ああそうでしたね。実は私も頭が痛くって……」

 と、女子生徒が納得したように言った。女子生徒の方も保健室に向かうところだったみた――

 

 

 

「――音楽室で料理の本を借りに行くところです」

 

 頭痛を抑える方法として関係性が全くないんじゃないかな。

 ていうかやっぱりこの人熱に浮かされてるんじゃ!?

「あの~、もしよければ保健室まで一緒に行きませんか。私もそっち方面に用事がありますから」

「病気は気から、と言いますが体もしっかり整えないと駄目です……普段の食生活から見直さないと禁に負ける体質になっちゃいます……」

「もう菌に負けたからそんなに千鳥足になってるんですっ。手遅れです」

「……鋼の肉体を手に入れるには鉄分が必要じゃないでしょうか……? 鉄……金属……柔らかい、金属……鉛……はっ!」

「頭がボーっとしてるから正常に判断できてないだけですよね? その発想は風邪特有のものですよねっ?」

「あ、自己紹介がまだでしたね……私普通二科C組のひみゃみゃみゃ……」

「自己紹介今!? もう呂律も頭も回ってないし早く保健室に行きましょう! ほら早く、って(かった)い!? 風邪ひいてるのにピクリとも動かない!?」

 この人、私の知ってる病人とは一線を画している……っ!?

 どういうわけかその場から動かない女子生徒。早く保健室に向かわせないと廊下で倒れてしまうかも。そしたら明日の校内新聞の一面を飾り、私はこの女子生徒を見捨てた罪な女として学校に広く知れ渡っちゃう。そうしたら私の学園生活は……!

 こうなったら実家で鍛えられた西住流の技を使わざるを得ない……!

 弾薬庫から砲弾を引き抜くように腰に力を込めて、滑り落ちないように手をしっかり握って――

「えいっ!」

「ふにゃん」

「ええっ!?」

 気の抜ける声と一緒に女子生徒の全身の力がへにゃと抜けた。

 引っ張る方向に逆らわない所為で女子生徒は私の後方へ。けど私はさらに体制を立て直させようとして腕を掴んだまま彼女を引き寄せようとした。

 それでもなお、女子生徒の足元は覚束ないままだ。

 こっちに引き寄せても反対に体が傾いてしまい、結果女子生徒は社交ダンスのように私の周りをぐるぐる回る。未だに意識がはっきりしていない彼女は為されるがままに振り回されていて、その勢いもあって私もまた彼女に振り回されていた。

「あーもう!」

 

 と、

「(ガッ)あっ」

 回り過ぎた所為か足が引っ掛かってしまい、私は女子生徒と一緒に倒れ込んだ。

「(いけないっ、この状態じゃこの人受け身も取れないんじゃ……!)」

 私は咄嗟に体を入れ替えて、すぐに来る衝撃に備えた!

 そして、

 

 

 ドスッ。 ←背中から落ちた。

 むにゅんっ。 ←顔に柔らかいものが押し付けられた。

 

(ほ、ほああああああ!?)

 母性が! 母性の塊が顔に!?

 視界全面が柔らかいもので覆われてそれが何なのかわからないけど状況的に考えてあの時の見ただけで衝撃を受けた柔らかそうででっかいアレなモノですよね!?

 ヤバい……実際触ってわかるけどすっごい柔らかい……! 私の見立ては間違いじゃなかった……なんかもうこうしてるだけでダメになる……人をダメにする柔らかさだ……ずっと埋もれていたいな……。

 ……けどなんだろう……? なんか頭痛を感じるような……難しいことが考えられないというか……息苦しい、のかな? ちょっと危険を感じて這い出ようとするけど女子生徒さんは完全に気を失ったようで全体重がかかって身動き一つ取れなかった。……それ以前に私も動く気力を失ってしまってる。もうこのままでいいかなー、って。

 

 そっか……これが人のぬくもり(おっぱい)……。

 

『――あれ? 誰か倒れてる。まぁウチじゃよく見る光景だけど……って潰れてんのみほじゃない!?』

『その上に居るのは姫路さんですね。また熱が出しても登校してしまったんでしょうか彼女』

『あらら、完全に潰れてるわ……取りあえず起こさなきゃ』

『! 待ってください沙織さん。みほさんの指が!』

『床に書いてる……そんなことより起こしてみほ助けるのが先じゃない?』

『解読しますね。ええと……『べりーびっぐあんどぐっどそふと』?』

『みほ!? 何で今その事を伝えたかったのかわからないよ!?』

 




なに、フミカネ作品のヒロインは全員おっぱい星人じゃないのか?


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1時間目 友達と戦車道と転校生、です その3

半年ぶりの投稿ですごめんなさい!
でも内容はそんなに進んでないよ!
正直文章を書くのへたくそで遅いから前書きとか書くのも結構つらいんだ!
ともかく読んでってください。


 季節外れのインフルエンザなんだそうだ。

「ん゛んっ、とりあえず親御さんには連絡しておくわ。全く、熱に浮かされても学校に来るなんてマジメ過ぎない? チッ、やっとバカ共を叩き出したのに……」

 倒れた女子生徒を3人で保健室へ連れて行き、昼休みに忙しかったらしく遅い昼食を取っていた保険医に事情を説明すると、保険医は呆れた文句を呟いた。たしかさっき五十鈴さんが言っていたようにこの女子生徒が倒れたのは一度や二度じゃないみたい。

「ん゛っ、後はこっちでやっておくから、貴方達は戻って良いわよ。わざわざありがとうね」

 面倒臭げにひらひらと手を振ってカレーを一口、そして軽く咳払いをする保険医。辛いのかな?

 

 一方、私は返事を返す前にそういえば、と思う。

 ボーっとして流されるまま保健室まで来たけど、さっきの出来事でだいぶ気持ちが落ち着いた。だからもうここには用は無くて教室に戻るべきなんだろうけど、今さら戻っていくのも気まずいっていうか……。

 そう考えていると、武部さんが保険医に言った。

「あの、私達ちょっと気分が悪くて」

「保健室で仮病……沙織さん! これはもしや不良への第一歩、SA・BO・RI……っ!」

「昨日お鍋を食べ過ぎて頭の中まで雑炊が詰まってるので華の言うことは気にしないでください」

 武部さんの言い分を聞いた保険医は胡乱気な目で見つめ、やがてため息を一つ吐いた。

 プラスチック容器を持ち上げて勢いよく掻っこんだ。

「~~~~っ! それじゃあそっちのベッドを使ってね。彼女、一応隔離状態だからあまり近づかないように。あと職員室に行ってくるから。安静にねけほっ」

「! ありがとうございますっ!」

 保険医が廊下へ出て行った後、私達は顔を見合わせて笑った。

 

       ◆

 

 カレーくさい……。

「カレーの匂いが……」

「今日はカレー鍋ですね沙織さん」

「昨日あんなに食べたのに!?」

『――テスト……途中退席……Fクラス……? ……う~ん、頭が………』

 そんなこんなで4人揃って(1人はカーテンを隔てて隔離状態)ベッドで寝込んでいるわけだけど、私は武部さんと五十鈴さんの頓珍漢な会話に加わらないで何となく天井を仰いでいた。

 2人の会話をBGMに、私は昼間のことを考える。

 いつどこで私と戦車道の関わりを知ったのかは知らないけど、生徒会長の要請は断ろうと思っている。

 だってもう私は戦車道を諦めたんだ。これ以上、家にも学校にも迷惑をかけたくないから。

 次、会うことがあったらはっきりと言おう。自分の口で、自分の想いを伝えないと。

「大体華は食い意地が――みほ?」

「みほさん……?」

「え? ああ、大丈夫だよ……あ、本当に大丈夫。色々ありすぎてなんかもうフッ飛んじゃって」

「……あ~そうだねー……」

「……あの、みほさん。差し支えないようでしたら、その、生徒会長と話していたことをお聞きしてもよろしいでしょうか? みほさんが言いたくないのなら無理には聞きませんが……」

 五十鈴さんから反対へ顔を向ければ武部さんも同じような表情をしていた。

 西住流でのことはあまり触れてほしくないけど、大洗で戦車道を復活させるということになったらいつかは私の素性が割れてしまうだろう。当然、そのことは2人の耳にも入るはず。その時に2人がどう思うかは私は想像したいと思わなかった。

 

 なら、いっそここで告白するのもいいかもしれない、と思い言葉を紡ぐ。

「今年度から戦車道が復活するって、それで私に戦車道を選択するようにって言われて……」

「戦車道?」

「戦車道とは、乙女のたしなむ伝統的な武芸の?」

「それとみほに何の関係があるのよ? あ、わかった。生徒会の誰かと三角関係とかっ? 恋愛のもつれでみほを戦車に乗せて後ろからバンッ! みたいな?」

「えっ、今の戦車は装甲に特殊加工されてあるからそうなる危険は無い、はずなんだけど」

「ぜひ戦車道を選択するよう乞われるなんて、もしかしてみほさん、数々の歴戦を潜り抜けてきた戦の達人なんでしょうか? タイマンはったり暴走したりカツアゲしたり。生徒会の方々は中学の頃の因縁の相手で、転校してきたみほさんを学校ぐるみでフクロにしようと画策を?」

「絶対にそんなことはないから、だからそんなキラキラした目で見ないで五十鈴さん……」

 2人とも色めきあった表情なのに発想が怖いよ……。

「そういう暴力沙汰な事じゃなくてね、単に私の実家が、戦車乗りの家系なだけなの」

「「へぇ~」」

「でも、あまり良い思い出が無くて……この学校に転校したのも、戦車を避けてのことだから……」

 結局は逃げたんだ。

 西住流(おかあさん)からも。黒森峰(おねえちゃん)からも。戦車道からも。

 戦車に関わるもの全部から逃げてきた私が他の人に戦車を教えるなんて、私が捨ててきた全部に申し訳が立たない。

「「……」」

 黙り込む2人。その静寂の時間が重苦しい。

 ……こういう話をするタイミングを間違えちゃったのかな? まだ会って間もないのに、こんな重い話をする人なんて対応に困るだけ。2人の反応を見る限り、こういった家のイザコザなんて無縁の世界で生きてきたようだし、こんな相談は返答し辛いよねぇ……。

 はぁ、とまたため息をついて保健室の天井を仰いだ。とりあえずはこの空気を変えたいと思った。勝手に立ち直ったり落ち込んだりで纏まらない頭を回転させて言葉を探していると、不意に武部さんが口を開いた。

 

「う~ん……無理に続けなくてもいいんじゃない?」

「……え?」

「今時戦車道なんてさ~、女子高生がやることじゃないよぉ」

「沙織さん……伝統を古臭いと言われると私の立つ瀬が……」

「あっごめんそういう意味で言ったんじゃ」

 慌てた様子で手を振る武部さん。およよと顔を伏せていた五十鈴さんの肩が小刻みに震える。

「冗談ですよ、ふふっ。でも私もみほさんの気持ちはわかります。家元となると今まで教わったことや周囲の期待に縛られて自分のやりたいことができなくなることがありますし。けれどやっぱり自分の意思で決めたことが良いと私は思います」

「そうそう、そういうこと! 生徒会の言うことなんて無視しちゃえば?」

「生徒会にお断りになるなら、私たちも付き添いますから」

「――っ」

 ……どう返せばいいか、すぐには思いつかなかった。

 戦車道に関わりの無い2人だから言えること。だからこそ私の心に染み渡っていく。鼻の奥がツンとしてきて、私は掛け布団に顔をうずめた。

「――ありがとう」

 そんな二人の言葉が、私には心強かった。

 

 

 

『――ダメです……っ。それは大切な……燃えちゃう……アキ……の写真集ぅ……! ……まだアップしてないのにぃ……』

 隣から聞こえるうめき声に私たちは顔を見合わせて、また同時に噴き出した。いったいどんな夢を見ているんだろう?

 ひとしきり笑った所で授業を終えるチャイムが鳴った。

「授業終わってしまいましたね。これで立派な不良さんですやりましたっ」

「立派な不良って何よ……。それよりもさ、帰りどっか寄ってかない? みほもまだ商店街とか行ったこと無いでしょ?」

「うん。買い物も近くのスーパーで済ませてたし、まだ商店街の辺りは見てないんだ」

 今日は色々あって疲れちゃったけど、2人のおかげで気分が楽になった。

 まだ問題は解決したわけじゃない。生徒会の人達に断りに行かないといけないし……今年から復活するっていう戦車道も何となく気がかり。でももう今日はそういった心配事を考えるのはやめたい。せっかくスッキリした気持ちになってるんだから、今日の残りの時間は思いっきり楽しんでいきたいな。

 グッと背伸びをして帰る支度をしていると、また放送用スピーカーから音が流れた。

『全校生徒に告ぐ。体育館に集合せよ』

 

      ◆

 

 私達が体育館に着いた頃にはすでに大勢の生徒が集まってクラス別に並んでいた。

『ホームルームとか聞いてないんだけど~』

『またなんか生徒会の思い付き?』

『生徒会のやることだしね~仕方ないよ~』

『ちくしょうっ! ホームルーム(これ)がなけりゃ吉井の息の根を止めれたものを……っ!』

『磔にしてたが、とっくに抜け出してるだろうな。鉄人に邪魔されてなければ……!』

『………携帯のGPSから位置を割り出せられる』

『『『吉井死なす!!』』』

 

 周囲の様子を見る限り、この集会は本当に突然の出来事らしく困惑の声がちらほら。中には集まりに不満を持ってる人も居るようで、ここからじゃ見えないけど少し離れた所では怨嗟の空気が漂ってきているような……?

 体育館前方のステージに立つ生徒会の人達は集まった生徒の戸惑いの声に動じずにいた。その佇まいを見てるとふと私のお姉ちゃんを思い出して身が強張った。

「静かに!」

 生徒会の片眼鏡の人が声を上げる。

 マイクを使っていないのに大きくよく通る声で、それだけで体育館の騒音が静まった。

「――ではこれから、必修選択科目のオリエンテーションを行なう」

 と言って、ステージに立っていた3人は袖の方へ掃けていく。

 体育館のライトが消されていき、壇上のスクリーンに『戦車道入門』の文字が浮かび上がった。

 

       ◆

 

 ――脚色満載の紹介VTRは終わった。

「実は、数年後に戦車道の世界大会が日本で開催されることになった。そのため文科省から全国の高校・大学に戦車道に力を入れるように要請があったのだ」

「でっ、ウチの学校も戦車道を復活させることになったってワケ。選択すると色々特典を与えちゃおうと思うんだ~。副会長」

「成績優秀者には食堂の食券100枚、遅刻見逃し200日、さらに通常授業の3倍の単位を与えますっ!」

「というわけでぇ! だからみんな戦車取ってね♪」

「かといって中途半端な気持ちで履修してもらうのは困る。いいか、我々が目指すのは優勝だ!それも全国の強豪校が集まる中で成し遂げなければならない!……そう。なんとしてでも勝ち抜かねば我が校は「小山ぁーちょっと黙らせて」む、何だゆずっえっそれスタンガンちょっゆずちゃぁぁぁぁん?!

「……とにかくみんなよぉろしくぅ~!」

 




感想批評募集中……なんて催促するのはずうずうしいかなぁ、と思う作者なのであった。


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1時間目 友達と戦車道と転校生、です その4

うちのみぽりんはかなりめんどうくさい。


「私戦車取る!」

「それでは(わたくし)も」

「ええ!?」

 30分前に古臭いって言ってたのに……!

「最近の男子は強くて頼れる女の子が好きなんだって、雑誌に書いてあったし」

 黒森峰に居た男子の好みとか知らないけど、みんな禁欲的だったような気がする。

「それに、戦車道やればモテモテなんでしょ?」

 それについてはノーコメントで。ウチの門下生が、出会いが少ないとかロクな男がいないとか愚痴ってたことは言えない。

「いざやるとなると、必要な道具は揃えないといけませんよね? 華道でもそうですし。……一家に戦車一台……とてもいいと思います!」

 戦車を自前で持ってる女子高生は居ないと思うよ五十鈴さん? ウチは家元だからあったけど。

 あと戦車の数え方は輌なんだ〜、と脳内で補足を入れていると、武部さんがそうだ! と手を叩く。

「みほ戦車道の家元なんでしょ? だったら戦車のこと教えて!」

「武部さん?」

 言ってることが、さっきと、違うような?

「実は私、華道よりもアクティブなことをやってみたくって。西住さんがご指導なさってくだされば鬼に金棒会長に干し芋沙織さんに肉じゃがです」

「五十鈴さん?」

 どうしよう、会話の移り変わりが目まぐるしすぎて私のペースじゃ着いていけない……! ハッ、これが女子高生の十八番、会話の手のひら返し(スピンターン)!?

「みほから教わればぶっちぎりでトップの成績を取れるって! だから、ね?」

「え、えっと」

 2人の期待のこもった目が向けられた。

 2人の目は本気だ。何となくのノリでそういうことを言ってるんじゃなくて、心からやってみたいっていう気持ちが伝わってくる目だ。

 

 ここで私がヤダって言ったらどうするんだろう。……せっかく友達になってくれた2人は離れていくのかな?

 ……そのことを聞くのが、怖い。

「……少し考えてみる」

「そっかぁ」

「そうですね。まだ時間がありますし」

 たぶん私は今ひどく曖昧な笑みを浮かべてると思う。

 

 ごめんね。もう少し時間が欲しいんだ。

 これは私にとって簡単に決められないことだから。

 

 

 

「ところで、さ」

「ん? 何?」

「さっき壇上で生徒会の片眼鏡の人が……スタンガンで気絶させられてたけど、なんで皆何も言わないの? というよりなんでスタンガン持ってるの?」

「「…………………………………………………………………………………………………………」」

「……何で2人とも黙り込むの? やっぱりわたしの幻覚とかじゃないんだよね!?」

「…………みほ」

「?」

「見なかったことにしておくがこの学校で生き抜くコツなんだ」

「生き抜くって何!? ここ普通の学校だよね!? SFとかファンタジーとか絡んでこない普通の学校なんだよね!? ねぇ答えてよ2人ともぉーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 

     ☆

 

『……』

『あ〜またムッツリ先輩が木に登ってる〜』

『落とそ落とそ!』

『あいあいあーい!』

『ちょっとみんな、石は上に投げたら危ないって!』

『スポーツ用の頑丈なメガネだから大丈夫でーす』

『そういうことじゃなくて! あ痛っ! ほらぁ~こっちまで被害来てるじゃん』

 

 一年生の集団が一本の木を囲んで蹴ったり石を投げたりしてる光景を横目に帰路につく。

 武部さん達と商店街を見て回る話は私が行く気になれず、結局お流れになってしまった。武部さん達は気にしないでって言ってくれたけど……すごく残念だ。

 

「……また大変なことになっちゃったなぁ……」

 ふと今日一日の出来事を振り返る。

 戦車から離れたいのに、ここまで戦車道が付いて回るなんて思いもしなかった。

 特に生徒会のあの熱の入れよう……何年もやってなかった戦車道を復活させるなんて、戦車にすごく思い入れがあるのかな?

 でも今回のオリエンテーションで風向きが変わりつつある。戦車道に興味がなかった人が戦車道に興味を持ち始めるきっかけになったのは間違いない。そうでなくても破格な特典でやりたいと思う人が出るハズ。

 それは武部さんと五十鈴さんも影響を受けてる。

 どんどん外堀を埋められて、これじゃあ生徒会の人達に断りにくいじゃないか。

「……早く帰ってDVD見よ」

 気持ちの切り替えは大事。

 今日はゆっくり休んで、落ち着いた頭でこれからのことを考えよう。

 

      ☆

 

「……」

 既視感のある沈黙が漂う。

 昨日の夜は寝れなくて、気付けば朝になってて、計らずも私は早く登校した。

 まだ誰も居ない教室はとても閑散――のハズなのに教壇にはプリントの束が男女別に置いてあって、黒板には『今年度履修届 各自1枚ずつ取ること 特に西住ちゃんは戦車道を取ること 追記、横流しされた履修届は無効とします』と大きく書かれていた。

 私は西住うんぬんの所を消し、女子用の用紙を1枚取って机に突っ伏した。

 

 頭の中が空っぽのまましばらくそうしていると、人が教室に入ってくる気配を感じた。まだ早い時間だけど、この時間に学校に来る人も居るみたい。

「だからタンパク質と炭水化物が摂れる肉じゃがなの。雑誌にもがっつり系を極めれば良いって――あれみほ?」

「あらみほさん。今日はお早いんですね」

「……たけべさん……いすずさん」

 聞き覚えのある声に、ガンガンする頭痛に耐えて顔を上げると、驚いた表情をした武部さんと沙織さんが居た。

 2人はそれぞれの席に荷物を置き、私の元にやってくる。

「どうしたの? 私たちもだけどいくらなんでも早すぎじゃない?」

「……なんとなく眠れなくって、気づいたら朝になっちゃって……。2人はどうして?」

 その質問に武部さんは『あー』と気まずそうに目を逸らした。どうしたんだろう? と思っていると、五十鈴さんが口を開いた。

「何と言いますかその、みほさんが心配で」

 え? 私?

「昨日の様子を見たらみほさんが思い悩んでいそうなことはわかりますよ。そのことが少し気がかりで、何となく早めに出たら沙織さんとお会いしまして」

「私もそんな感じ! 知らないうちに地雷踏み抜いちゃったみたいだし、ずっとモヤモヤしちゃって早く来ちゃった」

「わりとそういうとこありますよね沙織さん。そのうちしっぺ返しされる日が来るんじゃないでしょうか」

「しっぺ返しって何よもー」

「……ごめんね2人とも」

 ボソッと私はそう呟いた。

 私の都合で2人が気を遣ってくれることを申し訳なく思う。

 武部さんも五十鈴さんもとても優しくって、私は2人の優しさに付け込んでいつまでもうじうじしてしまう。つい楽な方に傾いてしまう。

 2人はきっとそういう私の甘えを笑って許してくれるんだと思う。……けどその心遣いが、ちょっと苦しくて……。

 幸いというか、私の呟きは2人に聞こえてなかったみたいで、黒板のお知らせに気づいた沙織さんが履修用紙に手を伸ばした。 

「履修届もう置いてあるの? どれどれ……うわっ戦車道推し強くないっ?」

「生徒会の方々、余程戦車道に思い入れがあるのでしょうか?」

「なんか理由とかなさそうだよね。生徒会長だし」

「きっとそうでしょうね。生徒会長ですし」

「あ、皆そういう認識なんだ……」

 なんの前触れも無く周囲を巻き込んでいく竜巻みたいな? うん。あの人を表すのにピッタリだと思う。

 納得して1人で頷いていると、戻ってきた武部さんが一言。

 

「ところでみほは必修選択科目決めた?」

 

 ――一連の話の流れからして来るだろうなと思っていた質問に対し、私は躊躇いがちに記入したプリントを見せつける。

 必修選択科目の用紙を。戦車道ではなく、香道にマルを書きこんだそれを。

「「……」」

「……ごめんね」

 開口一番に出た言葉はやっぱり謝罪だった。

「……私、やっぱりどうしても戦車道をしたくなくて……ここまで来たの」

 戦車に関わりたくない。その一心で、()()()()()ここまで来た。

 2人が戦車道をするのは構わないけど、私はどうしても戦車道ができない。

 自然と声が震えてきた。昨日の武部さんと五十鈴さんは戦車道に前向きだったから、私が水を差す形になってしまって心苦しかった。でも2人には戦車道を楽しんでもらいたいから、嫌な気持ちでやって欲しくないからと、私はまた2人に謝ってしまう。

「ごめんね……2人が戦車道をするなら私は応援するから、だから――」

 

「そっかぁー」

「仕方ないですね」

 

 え? と声が漏れる前に、2人はペンを取り出して用紙の香道の欄にマルを書き込んだ。

「私達もみほのと一緒にする!」

「そんな! 私のことは気にしないで、2人は戦車道を選んでもいいんだよ!?」

「だって一緒が良いじゃん! みほだけ他の科目なんて私ヤダからね!」

「それに私達が戦車道をやると、西住さん思い出したくないことを思い出してしまうかもしれないでしょう?」

 あ、と一瞬口ごもってしまう。でも2人に迷惑かけれないから言葉を出した。

「わ、私は平気だから」

 

「『お友達』に辛い思いはさせたくないです」

 きっぱりとした五十鈴さんの言葉はガツンと衝撃を受けた気がした。

「私好きになった彼氏の趣味に合わせる方だから大丈夫~♪」

 おちゃらけた感じの武部さんの言葉を聞いて私は気が楽になっていくのを感じた。

 五十鈴さんはくすりと笑って、

「沙織さんの言い方はアレですが、西住さんの方こそ気になさらないでくださいね」

「そーそー。みほは気を遣い過ぎなんだよ。私達はみほと一緒がいいの。だから戦車道だって香道だってなんだっていいの! 『友達』ってそういうもんでしょ?」

 と言って微笑む武部さん。

 2人は私のことを友達って言ってくれた。

 友達だから、気を遣わなくていいって。

 ――黒森峰に居た頃はお姉ちゃんに迷惑が掛からないように振舞ってきた。

 中学に上がってから人との付き合い方が難しくなって、小学生の頃みたいな友達が中々出来なくて、戦車道の家元として頑張らなくちゃならなくて。もちろん気の置ける友達も出来たけど、もしかしたらあの子達との間に壁を造りだしていたのかもしれない。

 普通の高校生活をすれば今までと変わると思っていたけど私自身あの頃と変わっていない。勝手に壁を築いてしまっていたんだ。

 今さらその事に気づくなんて……私、馬鹿だ。

「本当に、ごめ」

「もー謝るの禁止! みほは悪いことしてないんだし、謝る必要は無いの! 私が思うに、みほはそうやってペコペコしちゃうからお互い気まずくなっちゃうんだよ」

「そうですね。みほさん風に言うなら、こういう時は深く考えずありがとうって言うのが高校生っぽい? でしょうか」

 何それ超似てる! と武部さんが噴き出して、私も釣られて笑い声が漏れた。五十鈴さんは相変わらずたおやかに微笑むだけ。

 そうだ。私はまだ転校したばかりで、2人と友達になったばかり。

 何が好きとか嫌いとかわからないし、知らず知らずに琴線に触れるなんてこともあるかもしれない。謝るのはその時でいいんだ。

「……あ」

 けど、今は、

 

「ありがとう」

 

 多分これでいいんだと思う。

 

       ◆

 

『つまりこの主人公はだらしなく、スケベで、ギャンブル中毒の小さなモンスターであり――』

 学校の様子は昨日と変わらなかった、というわけにはならなかった。

 私の予想してた通り、昨日のオリエンテーションの影響で周囲の声から『戦車道』の単語が耳に入ってくるようになった。

 ……もう関係ない、と思っててもちょっと気になってしまうなぁ。

「(……授業も頭に入らない。というか内容がよくわからない)」

 時たまに聞こえる小声すら戦車道の話題で、教室中の浮かれた雰囲気に圧され気味になる。視線のやり場を教室内から外へ移す。春らしいからっとした気持ちのいい天気だ。

「(そういえば昨日のおっぱ――姫路さんどうなったのかな? 今日は休んでるよね……?)」

 ふと。

 奇妙な光景が目に映る。

 ここ大洗学園はマッチ箱を横に立てたような直方体の校舎がずらっと6棟並んで建っていて、それぞれにAからFの教室に振り分けられている。1棟に3学年と普通科など計8学科の生徒が収容されている……なんで学年ごととか学科ごととかに分けなかったんだろう?

 まぁそれは置いといて。

「え?」

 隣の校舎の中で大人数が動き回っている影が見えた。授業中なのに。

 どうしたんだろう? 何となくその集団を観察してみる。

 右往左往。時には上下の階に移動してたりして、それでも走る速度が変わらない辺り体力に自信がある運動部の集団なのかな?

 それと彼らの目的が少しわかった。

 その集団の先に誰かいる。誰かを追いかけ回している。

 いじめ? あんなに大規模な?

 この学校の教育方針を本気で心配していると、追いかけ回されている人に動き、が――

「えっ」

 校舎の端の方に辿り着き、迫りくる集団を前にその人は――新たな逃走ルートを見つけた。

 窓を開け、窓を乗り越えてそこから逃げた。

 

 ……3階の。

 

「え、えっ? えぇぇぇえええええええええええええええええええええええええ!!??」

「きゃっ!?」

「ふわっ!? ど、ど、ど、どうしたのみほ!?」

 衝撃の光景に思わず大声を上げて椅子ごと倒れてしまった。

 大きく背中を打ち付けたけどそんなの気にしていられない! 慌てて窓の方へ向かって行き、向かいの校舎の様子を窺った!

 最悪の光景……は広がってなかった。

 飛び降りた人の姿は無くって、向かいの校舎に居た集団が下に向かって行く姿しかない。さっきのが嘘みたいに。

「に、西住さん。どうしましたか?」

 心臓がバクバクして茫然と立っていた私に、おずおずといったように授業を進めていた女性教師が声を掛けてきた。振り返ると教室中の視線が私に集まっていた。怪訝なものを見るような、でも心配そうに様子を窺うような。

「あの、あの向かいで、じさ、窓に! 窓から飛び降りて――!」

 上手く頭が回らなくて言葉が出てこない。落ち着かせるように女性教師が背中をさすってくれたことでやっと言葉が出るようになった。

 

「大丈夫ですか? 一体何があったんですか?」

「向かいの校舎で誰かが飛び降りたんです!!」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あー」

 ……何だろうこの温度差。

 冷や水を浴びせられたように冷静になって辺りを見回すと、周囲の反応はこうだった。

『あーなんだーそんなことかー』

『寝てたからあの声は超びっくりだわー。そういや西住さん転校して来たばっかだっけ』

『だよなぁ。それより男子は戦車道出来るの? 出来ないの? どっちなの?』

 ……というように拍子抜けした感じで元の席に戻ったりこの隙にと雑談を繰り広げるあり様。

 先生も先生で何かを察したように『大丈夫だから席に戻ってなさい』と言ってそのまま授業に戻ろうしていた……。

「西住さん」

「みほ」

 もう混乱の極みに居る私に声を掛けた武部さんと五十鈴さん。

 心配と同情と諦めの入り混じった顔の二人は私をあやすように、

「「この学校では日常茶飯事」」




一方その頃バカ達は

「コラ――――! 待ちなさ――――い!!」
「だぁぁぁ――――! やっぱり正面突破は無茶じゃないかちくしょ――――!」
「アンタらみたいなのに対応するために西村先生と日々対策と訓練を怠らないのよ!!
風紀委員ナメないでよね!!」
「通りで最近動きを先読みされてると思ったら……! あーもう全部れーせんさんの罠なんだ!!」
「冷泉さんだろうが諸葛亮だろうが遅刻は遅刻よ! 大人しくお縄に着きなさーい!!」
「ついてたまるか!!」

「行ったか。全くソド子の奴、日に日に警備の範囲を広げているな…吉井の尊い犠牲によってなんとか切り抜けられたが、いつかは鉄人みたく学校中のロッカーの中から出てくるようになるんじゃ……」
「流石に俺でも学園全体は見回れん。精々校舎5棟ほどだ。まだまだ精進が足らんよ俺は」
「いやいや充分だろウチの校舎は6棟だぞ。それにこれ以上神出鬼没になるとかばけもの……」
「……」
「……ごきげんよう」
「おはようございますだ冷泉。それはそれとして校門から登校しろ」
「今日は早めに着いたぞ。遅刻ではないはずだ」
「後2分以内に教室に入らなければ遅刻と変わらん」
「……」
「さて冷泉。補習室で話し合う前に言い残すことはないか?」
「……痛くするなあぎゃ!?」


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1時間目 友達と戦車道と転校生、です その5

「絶対この学校おかしいよ!!」

「大丈夫みほ?」

「そんなに大声を出されると余計にお腹が空いてきますよ。あ、その納豆いただいてもよろしいですか?」

「もうダメ。私のプレートの4割ぐらい華の胃に入ってるじゃん」

「ねぇ無視しないで。私の話聞いて」

 時間は流れて今はお昼休み。

 教室より大きな食堂には大勢の生徒が集まってる中で……私は周囲の目もはばからずテーブルを額を付けて叫んだ。2人とも目の前のお昼ご飯に夢中で叫びなんて聞いちゃいなかったけど。さっきの衝撃映像のことを後でクラスメイトに聞きに回ったけど、皆が皆気にするなの一言で話を打ち切ってしまう。まさかアレがこの学園の日常とでもいうのだろうか?

「だから気にしちゃダメだって。そんなこと一々気にしてちゃこの学校やってけないよ?」

「そうですよみほさん。転校して日も浅いですし、慣れないことが多いかもしれません。けどきっと朱も交わるように西住さんもこの学校に染まっていけますよ。はい、きんぴら食べます?」

「だから私のプレートから盗らないでよ華」

 テーブルに伏せたまま目線を2人に向ける。

「いいよ……赤くなりたくないよぉ……」

 この学校で習う赤色はきっと血生臭い……なんかそんな気がする。

 

 ――と、

 

『ねぇねぇ選択どうした?』

『迷ったんだけど私戦車にしちゃったっ』

『ウソ、私も!』

『どうなんだろうね~戦車って』

『乙女の嗜みなんだって』

『男子戦車道って確かに聞いたことないよね』

 

 項垂れた私の耳がそんな会話を拾ってきた。

 昨日のオリエンテーションの効果は絶大みたいだ。学校中が戦車道の話題ばっかりで、逆にそれ以外の会話が聞こえてこない――。

 

『おい! 吉井は見つかったかっ?』

『ダメだ、完全に見失っちまった』

『くそぅ……あの履修届さえ手に入れば俺も女子に囲まれる薔薇色の青春を……!』

『おいまさか貴様抜け駆けしようってんじゃないだろうな?』

 

 ……戦車道の話題ばかりだ。学校の何処かしらで発生する怨嗟の声なんか聞こえない。現にほら、武部さんも五十鈴さんもドロドロとした声のする方へ目も向けないで黙々とご飯食べてるし。

 

 ……うん。私も気にしないでおこう。戦車道のこともあのジェラシー空間も私には関係ないことだ。

 もう何があっても関わらない。何度もそう考えるけど、今一度心に刻んでおこう。

「ねぇ、放課後商店街に行かない? 今日こそさつまいもアイス食べよ」

「あ、それ知ってる! こっちに来た時から気になってたんだ!」

「大洗の名産ですからね。西住さんにはぜひ食べてもらいたいです」

「取りあえずそのスイートポテトを放そうか華。あ、今日23日だっけ。途中で書店に寄っても良い? ちょっと買わなきゃといけない雑誌があるの」

 なんて、放課後の予定を組んだりして。寄り道なんて規律が厳しい黒森峰や実家じゃできなかったんだよね。周りのみんなも校則を守る真面目な人ばかりだったから、そんなことをするどころか考えもしてなかったなぁ。黒森峰のみんなが今の私を見たらどう思うんだろう? 普通の女子高生らしいことはよくわからないけど、今の私って高校生活を謳歌しているように見えるんじゃないかな!

 

 そんなことを考えながら2人との会話を楽しんでいた時だった。

 

『にね(キィィィ―――――――ン!!)』

 

 食堂中……いや、多分校内に居る全員が耳を塞いだと思う。

 その後スピーカーからガチャガチャした音や『桃ちゃん最初にミュートだよー? 前にも言ったよねー?』『わかってるから! ちょ、ゆずちゃんスタンガンはやめるんだ!』『いー加減最新式にしたいけどなぁ……でも予算がなぁ……』などの小声が聞こえてきたけど、スピーカーの向こうでは一体何が……?

 しばらくして、気を取り直すように咳払いで一拍し、

『2年A組西住みほ、至急生徒会室まで来るように。繰り返す――』

 

 びくり、と肩が震えた。瞬間的に目線をスピーカーの方へ向ける。

 生徒会の人達、まだ諦めてないの……!?

「ど、どうしよう……っ」

 そう不安を口にすると、武部さんのプレート侵略攻防戦を繰り広げていた2人はすぐに行動に移していた。

「ちょっと待っててみほ。死体の処理のの仕方を知ってそうな知り合い何人か心当たりあるから安心して!」

「武部さんこそちょっと待って! 安心できる要素が全く無いよ!?」

「もしもし新三郎? 一時間以内に学園まで車を回せます? トランクに人を詰められそうな車種で。……ええ、手筈通りに」

「早まらないで! とにかくそのケータイから手を放して!」

 友達が逮捕される姿なんて見たくないよ!? あと武部さんまでこの学校の暗黒面に落ちてしまったら私どうしたらいいかわからないんだけど!

 

「――ぷっ、冗談だよみほ」

 と、私のうろたえように武部さんが噴いた。五十鈴さんもたおやかに微笑んでいる。……単純に私をからかっただけなのかな?

「まだこの学校に慣れてない所為か、みほさんの挙動一つ一つが面白くってつい。……新三郎? とりあえずいつでも動かせるよう待機していただけます?」

 もう続けなくていいのにまだやってるよ五十鈴さん。……冗談だよね?

 なんだか2人のペースに振り回されっぱなしですごく疲れた。ほっと一息ついた時、そんな2人が不意に私の手に握る。

「大丈夫♪ 私たちも着いていくから!」

「安心してくださいね」

 2人とも……。その言葉を聞いて私はすごく心強い気持ちになった。

 私は2人の手を握り返した。生徒会室に行く足取りは重いけど、うん。大丈夫。2人と一緒なら生徒会の人達とちゃんと話し合えそうな気がする。

 頑張ろう! そう自分を奮起して、私たちは席を立った。

 

 

 

『あ、男子と戦車っていえばさ、知ってる?』

『それ私知ってる~。午前中F棟で騒いでるのでしょ?』

『何それ? そんなのいつものことじゃない?』

『先輩から聞いた話によると、生徒会から発行された履修届を取り合ってるんだとか』

『……?』

 

 

『なんかね、その履修届は生徒会が特別に作った奴で、男子でも戦車道を履修できるんだって』

 

 

「いやー、プリント配布したその日に返ってくるなんて意外だったけどさぁ~。……何で戦車取ってくれないんだろうねぇ……」

 今は春先の気候なのに、私達が居るこの生徒会室だけは妙に冷え切っていた。

 ドラマとかでよく見るような偉い人が座るデスクに剣呑な雰囲気を醸し出している本人がいる。一言で言えば不機嫌だ。やっと固めた決意が一瞬で崩れそうになる。それぐらい生徒会長は失望しているのを感じとれた。

 生徒会長の重圧から口火を切ったのは武部さんだった。

「みほから聞きましたけど、この学校にはもう1人戦車道が出来る人が居るんですよね!? だったら無理にみほにやらせることは無いんじゃないですかっ!」

「もちろんその子も受けさせるつもりなんだけど、優勝するには一人でも多くの経験者が必要なんだよね。それに1人に全部任せっきりも悪いしねー。……チーム内の不和とか絶対に避けなくちゃね

「戦車道の経験者といっても腕前で言えば西住の方が上だろう。やはり隊長として率いることができる西住ナシでは強豪校には相手にすらされないだろうな」

「それほど優勝にこだわっていらっしゃるのなら、みほさんに頼る方法以外にもあるのではないですか? 例えば外部から選手やコーチを招いたりだとか」

「それもしてるんだけど、コーチはともかく選手の方はめぼしい人が居なくて……。と、とにかく無い当てを期待するより近くの人を登用した方が手っ取り早いから、ね」

 2人が必死になって弁護してくれてるけど、生徒会の人達も折れそうもなかった。事前に生徒会の誘いをどう断るかを2人と相談して、この前言っていたこの学校に居るというもう1人の経験者に押し付けるって案を思いついたんだけどあまり効果は無いみたい。また五十鈴さんが言ったように他の学校から選手を引き抜いたりするのも考えたけど、これも良いとは思ってなかった。高校戦車道の全国大会が行われるのは夏休み前。普通の部活動のインターハイよりも早く開催されるから、選手を引き抜かれた学校側としてはたまったもんじゃない。

 その後も2人は生徒会の言い分に反論を繰り返してくれた。私も何度か自分の気持ちを訴えてみようとしたけど、自分の意見をまくしたてる広報の人の勢いに押されて結局声も出せずにいた。

 自然と隣に立つ友人の手を握る。情けない話、私が生徒会の人とこうやって話し合いの場に立っていることと自分が戦車道をしたくないことを言えるのは2人が居るからだ。そもそも生徒会に反論しているのは2人で、私は何も言えてないんだけど……。

 

 激しい議論が交わされる中、私はどう説得すればいいかを考えるしかなかった。

 戦車道の副隊長をしていた経験は無駄じゃなく、あれこれアイデアが浮かんでくるものの最善の案はなかなか出てこない。どれも生徒会長を頷かせられるような案じゃなさそうで内心首を横に振った。

 

 話を聞く限り、どうも生徒会の人達は戦車道大会での優勝を本気で狙いに来てるみたい。

 ……無茶な話だと思う。全国大会ともなれば日本中の高校から強豪選手が集まってくる。それを経験者2人が率いる素人チームで渡り合って、かつ優勝しようなんて戦車道はそこまで甘くない。それに戦車道をするには人だけじゃない。戦車道ってとにかくお金がかかるスポーツなんだ。戦車は勿論、燃料や弾頭とか戦車が走れる土地とかも必要で、その他諸々をひっくるめて管理しないと大会に出る前に破産する可能性もある。……そうだ。この辺りを攻めてみたらどうだろう。さっきの放送で予算とかなんとか言ってたし、生徒会には金銭的な余裕はあまりないかもしれないし。

 瞬時に私は頭の中で反対意見をまとめていざ口を開こうとした時、白熱した舌戦が繰り広げられているこの部屋で唯一静かにしていた生徒会長がポツリと、

 

 

「そんなこと言ってるとさぁー、……あんた達、学校にいられなくしちゃうよ?」

 

 一瞬にして、生徒会室に漂っていた熱気が消えるのを感じた。

 生徒会長の前に控えていた副会長と広報の人ですら声を出せずにいた中、五十鈴さんが憤慨した。

「お、脅すなんて卑怯ですっ」

「脅しなんかじゃない。会長はいつだって本気だ」

 広報の人がそう断言する。

「今のうちに謝った方が良いと思うよ?」

 ねっ? ねっ? と詰め寄る副会長に武部さんと五十鈴さんが反発の声を上げる。けど、生徒会長は少しも動揺した様子もなく冷淡な態度でこちらをねめつけていた。

 

 先ほどまでの激しい言い合いの空気から一転し、絶対零度まで冷え切った生徒会室。予想外の展開に私はただ後悔に溺れるだけだった。

 まさかここまで話がこじれるなんて思いもしなかった。

 この学校の権限を自由に使えるなら退学もあり得ない話じゃないかもしれない。私一人なら、口惜しいけど、自ら退学を願い出てた。

 けどこの2人まで巻き込むことじゃないでしょ!? 私に戦車道を強要しても首を振らないだろうからって、2人を盾にするなんて……。転校してきた私と違って二人にはここでの生活があるのに、こんな仕打ちは酷すぎるっ! 

 

 そんなことはさせない! 絶対にしてはならない! ……けどこれ以上、私の持つ選択肢(カード)で戦車道履修の拒否することと2人の退学を取り下げる事を両立させるのは無理、だった。

 結局のところ、私に与えられた選択は一つしかなかったんだ。最初から、生徒会長の手のひらで踊り続けていただけ。私の我儘なんて生徒会長には大した障害じゃなかったんだ。

 ……もう、諦めちゃおうかな。

 これ以上何を言っても余計に私たちの立場が悪くなるだけ。それなら早いうちに負けを認めた方が良いに決まってる。私はすぅ、と息を吸った。

「あの、私――!」

 

 

 ♪~♪~、と、軽快で場違いな音楽が鳴り響いた。

 突然の出来事にこの場に居る皆の目が丸くなる。皆の視線はその曲の発信源となっている人物の方へ向き、

「…………会長」

「……ごめん、ちょっと待ってて」

 今までの険しさはどこへやら。まさに空気が死んだ中、ばかっほー、と空気を読まない曲が鳴るケータイを開く会長。活力の失った目でしばし画面を見た会長は、何故か私に目を向け……ニヤリと笑ったと思いきや、ためらいなく電話に出た。

「っ!? かいちょ――」

「もしも~し、どったん吉井? ……え? 男子共に追いかけられてる? どんどん増えてきてる? しかも現在進行形? ぶはははざまぁ」

 会長は気の置ける友達と話す口調で、私達のことを無視して会話を続けた。

 状況がわからない私達3人はともかく、電話の相手を知ってるだろう副会長と広報の人ですら茫然とこの場に立ち尽くす事しか出来なかった。

「――うんうんわかってたよーそうなることぐらい。でもさ、元々男子の募集なんてかけてなかったのに吉井がやりたいって言って無理やりねじ込んだんだからさぁー、こんぐらい頑張ってみなよ男子。あ、それはそうと」

 と、会長が一拍置いて、

 

 

「あんたさ、戦車道の隊長になってみない?」

 

 …………………………………………………………………………はい?

「「は?」」

「「会長!?」」

 思考が止まった。今、生徒会長が口走ったセリフが頭に沁みこむまで少し時間がかかった。

 ようやく正気に戻って、頭をフル回転させて会長の思惑を考えてみたけど、……ダメだ、全然話が見えてこない。

「履修生の方は順調に集まりそうなんだけどさ、隊長になってくれそうな人が見つかんないんだよねぇーちらり」

 と、当てつけのように悪戯な笑みを浮かべて私を見た。ちょっとイラっとした。

「隊長は良いよ~。隊員を顎で使えるし、特に特別な仕事とか無いし、なによりモテる」

「(ぴくっ!)」

 隊長に成ったからってそんな都合の良いことばかりじゃないです。あと武部さん、今『モテる』って聞いた時に反応した?

 

 でも甘いですよ生徒会長。

 いくら表面上のメリットが多くて裏口入学みたいに簡単になれると言われても、急にそんな話を振られても困るだけだ。特に多感な思春期の高校生が自ら人前に出ようなんて考えもしないはずだ。

 そんな甘言で引っかかるはずが、

 

「――おぉやるぅ? やっちゃうっ? よし言ったな、決定! 来週の昼休みまでに、名前を書いた履修届をあたしに直接提出したらあんたが隊長だ!」

「ウソでしょ!?」

「……まぁ暫定ってことだから、他に戦車道の隊長になりたい子が居なかったり、()()()履修出来たらの話だけどね。頑張れー」

 そんじゃまたー、と言って通話を切る会長。その顔はやたらと清々しい表情だった。

「……というわけで、西住ちゃんの代役が出来たからさっきの話は無しで。安心して帰って良いよーおつかれー」

 

     ☆

 

「「お前は誰だ!? 会長は何処!?」」

「あんたら酷くね?」

 摑みかかるように、私たちの前に陣取っていた2人が会長に食って掛かった。

「正気ですか!? 吉井を隊長に据えるなど札束をドブ川に突っ込むようなものです!」

「そうですよ会長! いくら吉井くんでも隊を率いることなんて、というか一緒に試合にすら出れませんよ!?」

「柚子の言う通りそもそも私達にはモロッコへ行くほどの旅費も無いじゃないですか!?」

「そうです! 手術をするほどの余裕なんて、待って桃ちゃん。吉井くんをどうする気なの!?」

 矢継ぎ早に繰り出される2人の質問を、会長は鼻歌をしそうなぐらい何処風吹くと聞き流していた。

 

 ……なにこれ?

 私達さっきまで最悪な雰囲気の中に居たんだよね?

 なんで私は生徒会の人達の漫才を見てるんだろう?

 生徒会の人達の話を聞く限り、その吉井って人は男子で、戦車道に興味を持ったからやってみたいって生徒会に掛け合ったらしい。多分っていうか絶対経験者じゃないだろうけど、その人が戦車道の隊長をすることになるの? 正直、そんな発想に至った生徒会長の正気を疑う。一緒の練習は出来るだろうけど試合には出れないからやっぱり素人チームで大会に挑まなきゃならない。練習だって素人の付け焼き刃で考えた練習法で行なわれるだろうからチームの底上げも期待できないよね。……うん。いくら考えても吉井という人を隊長に推すメリットが思いつかない。

 けどあの生徒会長自らが推薦しているんだ。もしかしたら私の考え付かない、生徒会長にとって多大なメリットを持ってる人物なのかもしれない。

 

 ……あれ、そうなると私に固執する理由も薄くなるんじゃないかな? もしかして私戦車道受けなくてもいい? 問題解決?

 

 だけど、そんな私の淡い期待は武部さんによって打ち砕かれた。

「……生徒会長」

「どしたのえっと……武部ちゃん?」

「あ、合ってます。……吉井って、あの吉井ですよね? 去年校舎壊した」

「何その不穏な会話」

 聞いていて戦慄する言葉が出てきた!? 少なくとも普通の高校生が校舎を壊すなんて状況を創り出すのは非常に稀なのでは!?

 

「……」

「別に質問があるからって手を上げる必要はないよ西住さん」

「……じゃあ正直に答えてください。吉井くん? は何かしら問題がある人ですか?」

『『『…………………………………………………』』』

 あ、間違いなく問題のある生徒だ。

 この部屋に居る皆の表情を見たらわかる。だって生徒会長を除いた皆が深刻な表情を浮かべてるんだもん!

「あのっ! 校舎を壊すとか、そんな不良みたいな人に戦車道をやらせるとか何考えてるんですか!? 戦車の破壊力ぐらいわかってますよね!?」

 経験者としてこれだけは言っておかなきゃならない。

 いくら特殊カーボンで安全を確保して、伝統あるスポーツとして発展させた戦車道といえど、戦車は強力な武器なんだ。

 武器は武器。使う人に寄らず危険物に変わりないんだ。

 だからこそ戦車道を行なう人は選ばないといけない。まして校舎を壊すとかいう人物に戦車を扱わせるわけにはいかない!

 そう強く主張すると副会長がポニーテールと胸を揺らした。

「ち、違うよ! 確かに吉井くんはちょっとあれだけど、人に暴力を振るうような子じゃなくて――」

 そういう風に訂正する辺りとても怪しい。私は誤魔化しを許さない構えで生徒会の人達を見つめ続け――片眼鏡の広報の人が溜息をついた。

「……柚子、変に誤魔化したら余計に警戒されてしまうじゃないか。それと西住、これ以上誤解を招かないように言っておくが、吉井はキサマが思っているような人物じゃない。去年のは様々な行き違いによって発生した事故だと言っておく。あれの厄介さはそれとは別物だ」

 そう言った広報の人は頭痛を抑えるように額に手を添える。横に視線を向けたら武部さんも五十鈴さんもうんうんと頷いている。ということは吉井くんという人物は私が考える不良じゃないということは本当のことらしい。

 ではなんだろう。とうとう生徒会の人達も吉井くんが問題児であることを認めた。じゃあ一体何だというのか?

 広報の人は複雑そうな顔で唸り、やがて、絞り出すように口を開いた。

 

「吉井は………………バカだ」

 ごめんなさい。何一つわかりません。

「すまん。言葉が足りなかったな。一言で云えばバカだ」

「言葉が何一つ変わってない!!」

 困り顔の副会長も捕捉する。

「その……言葉通りの意味なんだよね。ホントに」

「「あ~……」」

「え、それで納得しちゃうレベル?」

 今の所バカって事しかわからないんだけど。それ以外の情報が必要ないのその人?

「だってねー……成績が学年最下位、なんて当たり前……どころじゃないや。冷静に考えるとバカって言葉で表せないぐらいの奴だし」

「沙織さんの言い方はあんまりだと思うでしょうけど、まぁ、ちょっと頭が愉快な方なのは言い得て妙といいますか」

 2人の意見を聞いて私は確信する。

 要するにバカでは収まらないほどやばい奴ってことだね!

 

「――ってまぁ、吉井って皆が話してる感じの奴なんだけどさぁ西住ちゃん」

 今まで私たちの会話に加わらず静観していた生徒会長がニッと笑う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その質問にハッとする。

 この学校で戦車道を行ない、なおかつ全国大会に出場するってことは、日本戦車道連盟にこの学校の名前が挙がるってこと。

 それはつまり大洗学園が戦車道を始めたということがお母さんに伝わるということ。

 それ自体は問題ない。私が戦車道を履修してないとわかれば新たに戦車道を始める学校の一つとして認識される程度。

 けど……ここまでひどい風評を持つ人が戦車道の隊長として活動していて、私がそれを見逃したとお母さんに伝わったら――

 

『みほ、マウス10輌に囲まれた時に備えて練習しよう。さぁ早く1号戦車に乗れ』(イメージ図)

『あなたの学校と交渉して授業参観の許可を得ました。今から揚陸艦で向かいます』(イメージ図)

 

 ……どう考えても修羅場になる。家元の役目を果たしてないだとか、戦車道から縁を切ったのだから関わるなだとか色んな理由をつけて怒られてしまう。

 

 つまり。

 この悪魔のような生徒会長はこう言いたいのだ。

 あんたが履修しなきゃトンデモない奴に任せちゃうぞ☆。

 

 

「疲れた……」

「ねー……」

「はぁー……いつもよりアイスが待ち遠しいです……」

 放課後、約束通り商店街のスイーツパーラーで大洗名物のアイスを注文して……皆でテーブルに突っ伏した。

「ごめんね2人とも……」

「えっ?」

「一緒に生徒会室まで来てくれて、それなのに私、自分から何も言えなかった……ずっと2人の後ろに隠れてばっかでにぃ」

 左右から来た指がほっぺに突き刺さった。

「もー謝るの禁止だって言ったでしょ?」

「謝るのならみほさんが頼んだの一口くれませんか? それに私達も一緒ですよみほさん。私達も、みほさんの力になれなかった」

「ホント力及ばずっていうか、手のひらを転がってたっていうか。結局は生徒会の都合の良い方にいっちゃってさぁ。あ、チョコチップは私の」

「わたくしはミント入りです」

「わ、私は干し芋」

 店員が運んできたアイスを受け取って、皆で合わせた様に一口。干し芋特有の甘みと柔らかくもスッとした風味が口に広がる。うん、2人がおすすめした通りすごくおいしい。

 ふぅ、と一息ついて、様々な事が起きすぎて大変だった今日のことを思い返す。

 

 結局、私は生徒会長の要求に従うことになった。

 もともと少なかった手札(カード)を使い切った上に誰も予期してなかった会長の手札(ジョーカー)を前にして、私に出来ることは首を縦に振るしかなかった。

 広報の人と副会長の喜びようはまだいいけど、生徒会長のあのニヤケ顔は今思い出しても腹が立つ。

 

「でもよかったの? 無理すること無いと思うけど」

「いいの。引き受けた以上ちゃんとやらなきゃ」

「みほさん……」

「それに、これで良かったんだと思う」

 そう自分に言い聞かせてるわけじゃない。

 ……もちろん、家に迷惑が掛かって後が怖いって思いも嘘じゃないけど、その事だけだったら今頃気分転換にアイスを食べてるような気持ちにならない。

 朝、2人が私に言ってくれた。

 私と一緒がいいって。

 それは私も一緒。2人と一緒に何かをする方が良い。

 元々武部さんも五十鈴さんも戦車道をやりたがっていたし、私も色々教えられることがあると思う。

 

 ……思えば試合中以外でこんな大きな決断をしたのはいつ以来かな? 黒森峰に居た頃はお母さんとお姉ちゃんの言うことを聞けば良くて、2人よりダメな私の意見は大体間違ってるものだから。私が戦車をやりたくないって思いも家元の人間が抱いちゃダメな事なんだとずっと思ってた。

 けど、武部さんは合わせてくれるって言ってくれた。五十鈴さんは私を気遣ってくれた。私の決めたことを肯定してくれた。

 たしかに、生徒会長の切り札(よしいくん)の話を聞いて決断したのは事実だけど、それは戦車道の家元の娘としての責任を感じての行動だけじゃないと、自分でも言い切れる。

 

 2人は私の独白を静かに聞いてくれて、左右から今度はアイスが差し出された。うん。他のフレーバーもなかなか行ける。

 ふと、五十鈴さんがくすりと笑うのが見えた。

「五十鈴さん?」

「みほさん、戦車道が好きなんだなって」

 ? 私、戦車道がやりたくなくてこの学校に来たんだけど……?

 そんな考えを読んだのか、五十鈴さんは微笑んで言った。

 

「だって戦車道が好きじゃなかったら隊長を吉井くんがやろうと無視すれば良かったハズです。自分には関係ないって一蹴してしまえばそれで話は終わり。けど戦車道をやると決めたのは戦車道に強い思い入れがあるからでしょう?」

「あ……」

「……わたくしも華道の家元の生まれですから、華道とは縁切れない存在ということは理解してます。みほさんと同じように悩んで、遠ざかりたくなることもあります。けれどだからといって完全に嫌いになれるほどじゃないんですよね。だから戦車道を卑しめられないよう決断した今のみほさんを見てると同じ家元の人間として、なんだかホッとしてしまって」

 五十鈴さんの話は目から鱗だった。

 私の決断はそこまで考えてしたわけじゃない。

 でももし仮に、本当に吉井くんが戦車道をめちゃくちゃにするのを目の当たりにした時、私はどうするんだろう?

 それは実際に起きないとわからないけど……きっと五十鈴さんが言った通りになるんだろうね。

 

 これからどんなことが起こるかわからないけど、今は3人でアイスを食べることに集中しよう。

 

 

         ☆

 

 ――そして時は過ぎ、

 

「今日から戦車道……とうとう始まったね」

 武部さんが感慨深く呟いた。

 そう。今日から始まるんだ。

 大洗学園の、私の新しい戦車道が。

「うん……ちょっと不安」

「あら? どうしてですか?」

 五十鈴さんが首を傾げて聞いた。

「生徒会の人達、戦車道に凄い力を入れてきただろうから設備とかに不安は無いんだけど……どんな人達が履修してくるんだろうなぁーって……」

「「……」」

 正直設備が悪くても何とかなるけど、噂の吉井くんみたいな人が何十人も居たら無理。手に負えない。私泣いちゃう。

「……だ、大丈夫だって! さすがに吉井レベルの奴なんてこの学校に……大丈夫……」

「そうですよっ。他の方は世間の常識の範囲内ですっ! まだ!」

「居るんだね!? 問題のある人が居ることを認めるんだね!?」

 2人が目を合わせてくれない……。

「「……」」

 優し気に肩に手を置いてくれてる何故?

 2人の様子を見ればわかる。この学校には面倒な人が多いんだと……っ!

 ……ポジティブに考えよう。戦車道に履修する人数はこの前のオリエンテーションを考えて概算し、男子を含めて多分30人超えるか超えないかぐらいだと思う。8学科3学年6クラスの全校生徒の内のたった30人。その中で常識はずれな人がどれだけ履修してくるかと考えれば、そう多くないはず。大丈夫、吉井くんみたいにキャラが濃いメンツなんてそう簡単に集まらないはずだよね。頑張れ私ッ!

 

 

『風邪で休んでいた間に履修期間が終わってしまうなんて……しかも選ばなかったら勝手に決まっちゃうんですね……本当は香道をしてみたかったのに……』

 廊下からそんなか細い呟きが聞こえた。何処かで聞いた声だと思うけど、私は気のせいだと思ってスルーした。

 

『戦車道、ですか……私に出来るのかなぁ……?』

 

     ☆

 

 4月の後半に入って少し暑さを感じるようになった。

 1枚脱げばちょうどいいぐらいの気候の中、戦車道履修者(わたしたち)はいくつかあるグラウンドの一角に建てられた古びた赤レンガの倉庫の前に集まっていた。

『キャプテン、木下先輩はやはり――』

『まだ決めかねてるだって。明日くらいになったら来るんじゃない?』

『ねぇ梓。今日は居ないみたいだね』

『うん。気配が無いし遠くから様子を窺ってるかも……』

『梓暗殺者みた~い』

『まだ彼女は大洗に帰ってきてないのかエルヴィン?』

『ああ、何やら友人に合同演習の助っ人を頼まれたらしい。全く、私は戦車を触れなかったというのに羨ましい限りだ』

 今日は必修選択科目がスタートするためか授業が全体的に短くなっていたから割と日が高い。こんな天気のいい日に戦車を走らせるならとても気持ちいいんじゃないかな。

「わぁー、結構集まってるねー」

「1、2、……私達を入れて19人ぐらい、でしょうか。でも男子生徒は居ないようですね」

「あれ? ホントだ、彼氏候補(だんし)全然居ないじゃん!」

「その当て字は合っています?」

 2人の言う通りここに居る人は全員女子生徒だ。男子生徒が履修してくると事前に聞いていたけど、結局履修しなかったのかな? ちょっとホッとした。

 

 しばらくして生徒会の人達が赤レンガの倉庫から出てきた。

 彼女達の登場によって浮足立っていた履修者達の喧騒がピタリと静まった。

「これより戦車道の授業を開始する」

 後方の人がそう言い放った。

 いよいよ始まる。ここに居る全員が戦車を触ったことがない素人達。そんな人達に教えるのは――西住流で落ちこぼれなこの私なんだ。目標は途方もなく高い……不安は多いけど、気を引き締めていかないと……!

 

 小さく拳を握ると、誰かが声を上げた。

 

「あの! 男子が戦車道の授業を受けるって聞いたんですけど、本当ですかっ?」

 誰かの質問に片眼鏡の広報の人は簡単に、

「そうだ」

 と答えた。

 途端に周囲がざわめいた。

 

 ――そう、問題はそこ。

 戦車道は乙女の嗜み。昔から戦車道に使われる謳い文句だけど、何でそこに男子生徒が割り込んでくるのか? その疑問に答えたのは胸の大きい副会長さん。

「皆も知ってると思うけど、我が校で戦車道を復活させて、さらに履修に関して色々な特典をつけたんだけど、男子生徒の間で『女子ばかり得してずるいんじゃないか』って言う声が多数あってね」

「あ~やっぱり?」

「よくよく考えればそういうこともありますよね」

 冷静になるとあの特典は付き過ぎだと思う。だからそういう反発の声も多かったんだろう。

「それで私達で調べてみたら、数年後に行われる戦車道の世界大会にあやかって、文部科学省は男子戦車道の競技化を検討しているそうよ」

「そうなの!?」

「うん。私もうわさ程度に聞いただけだけど」

「まぁ」

 

 女性だけの武道として世に広まっている戦車道だけど、実は男性が行なうこともある。

 例えば戦車道の家元をしている所に生まれたのが男の子だった場合、通常なら優れた門下生や他の家元の子供と結婚させたり、養子などを貰ったりしてその家名を残し続ける。

 けど男の子がそのまま跡継ぎになって、男性が戦車道の家元をしているのを私は見たことがあった。その影響か、そういった家元の門下生には男の子が習っていたりしてたし、実を言うと西住流や黒森峰にも人数は戦車道を習う男子が少なからず居た。

 女児は礼節あり、淑やかで慎ましく、凛々しく。

 対して男児は忠節あり、誠実で勇ましく、逞しく。

 お母さん曰く、『私が子供の頃はありえなかったけど時代の流れかしら?』とのことで、戦車道男子は珍しいけど存在するんだ。

 

 するとまた誰かが質問した。

「その……履修するのが吉井くんっていうのは本当ですかッ?」

 その質問に副会長は目を泳がせて、

「えー、と……そうです……」

 困ったように答えた。なんか庇護欲が掻き立てられるなぁ。

 けどそんな副会長の答えによって、ざわめきがより一層大きくなった。

『吉井先輩が戦車道受けるってマジだったんだ……』

『あの人すっごい足速いもんね!』

『桂利奈それ戦車道関係あるの~?』

『確かに吉井くんのフィジカルは侮れない!』

『だからそれ関係ないですって!』

『吉井先輩が戦車道するって話が出た瞬間に皆他の科目に変えてたよね……』

『あ、だからこんなに少ないんだ!』

『あいつが戦車道に興味を持った、と聞いていたが、不安も大きいが何故か心強くもある』

『一喜一憂、まるで森長可のごとし』

『亀山社中の創設に携わりながら盟約違反した近藤長次郎ぜよ』

『いやいや奴はまさしくブルータス』

『それではお前背中を刺されるんじゃないか?』

『吉井くん、戦車が好きなんでしょうか?』

『……はぁ……』

 やいのやいのと大きくなり続ける喧騒。男子が入ることに否定的だと思ってたけど、意外にも肯定する声もあって驚いた。

「あの、ちょっと静かに――」

 副会長がなだめようとするけど次第に収拾がつかなくなってきた。

 あわあわとうろたえる副会長に代わるよう広報の人が前に出る。

「静まれ! 説明が出来ないだろう!」

 

 広報の人の一喝に履修者たちはやっと静まり返った。

 その様子を眺めた後咳払いをして、

「履修すると言ってもお前たちと一緒に試合に出るわけじゃないので安心しろ。副会長も言った通り、我々が出場するつもりの全国大会とは別に、男子競技専門の大会があるので、練習は一緒になるだろう。共に切磋琢磨し試合に向けて励む様に」

『『『はーい』』』

 履修者の皆は広報の人の言葉に納得はしているのか、渋々ながらといった感じで返事が戻っていた。

 

 ……けど、

「所で肝心の吉井は?」

「あれ? 会長が呼んできたんじゃ……」

「いんや、場所教えただけ。ね~、誰か吉井知らない?」

 会長は干し芋を齧りながら私達履修者に尋ねる。知るも知らないも私は吉井くんを見たこともないんだけど……。誰もが首を傾げる中、私の後ろかハツラツとしたら返事があった。

「吉井殿ならば昼休み以降教室に帰ってきませんでした!」

「そっか~。昼休みに入った瞬間こっち来たし、隠れたまま寝てんのかあいつ」

 小学生のかくれんぼ?

「何をしているのだ吉井はっ。我々があいつ1人にどれだけ骨を折っていると……!」

「まぁまぁ桃ちゃん。吉井くんのことなんていつものことだし」

 キラン! と片眼鏡が輝く。

「いいやダメだ! 大体会長も柚子も吉井の奴に甘すぎるんです! 今からは友達感覚の先輩後輩ではなく同じ武道を習う先輩後輩だ。その辺りをキッチリわきまえなくてはならない! だからこそ、ここはガツンと言っておかなければな!」

 そう気炎を上げる広報の人に他の生徒会メンバーはやれやれと言った雰囲気だ。何というかあの3人の関係が一目で理解できる光景だなぁ。

 

 と、感心していた時、

 

『すいません! 遅れましたぁ!!』

 

 何処かから男子の焦った声が聞こえた。

 声だけを聴くと好青年な印象を受けるけど、前知識とのイメージからかけ離れすぎてすごく違和感を感じる。

「来たか……」

 小さく広報の人が呟く。

 深呼吸して声がした方へ向いた。

 

「遅いぞこのウジ虫野郎ぁあああ!?」

 突然の悲鳴!? 広報の人は青ざめた表情を浮かべて固まっていた。 

 広報の人の悲鳴にビクついた私も一体何事かと思い広報の人と同じ方を向く。

 普通に考えれば、男子の声がした方に(くだん)の吉井くんがいるはず。広報の人もそれがわかっていて吉井くんに罵倒を浴びせようとしたんだろうし。

 けど、私が顔を向けた方に居たのは――、

 

 

 男子生徒を片手に掴む、怒髪天を衝く筋骨隆々な男の人だった。

 

       ☆

 

 これが私、西住みほと吉井明久の出会い。

 私達はこの学園で復活した戦車道の女子の部、男子の部のそれぞれのリーダーとなり、夏に行われる全国大会を勝ち抜いていくことになるんだけど。

 吉井くんとの初遭遇は、私の中の大洗学園に対する印象をさらにカオスに彩る結果となったのでした……。

 




次回、桃ちゃん死す!


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1時間目 僕と学校と履修届! その1

問 調理の為に火にかける鍋を制作する際、重量が軽いのでマグネシウムを材料に選んだのだが、調理を始めると問題が発生した。

この時の問題点とマグネシウムの代わりに用いられるべき金属合金の例を一つ上げなさい。


姫路瑞希の答え
『問題点:マグネシウムは火にかけると激しく反応する為危険であるという点。
合金の例:ジュラルミン 』
教師のコメント
正解です。合金なので『鉄』では駄目というひっかけ問題なのですが、姫路さんは引っ掛かりませんでしたね。

武部沙織の答え
『問題点:マグネシウムの鍋では煮込むときにマグネシウムが溶け出して料理がおいしく作れないという点。
合金の例:なんか火に強そうな金属』
教師のコメント
答えが全体的にふわっとしていますね。料理が得意な武部さんらしいとも言えます。ちなみに普通の鉄鍋でも鉄鍋から鉄分が溶け出しているそうです。

秋山優花里の答え
『問題点:鍋が火によって光ってしまい偵察任務に支障をきたす点』
教師のコメント
答えとして合ってますが、あなたは普段誰と戦っているのですか?

五十鈴華の答え
『合金の例:リチウム』
教師のコメント
水に反応すると有毒なガスが発生するため危険ですので絶対に料理に使わないでください。


 僕の1日は朝食から始まり夜ふかしで終わる。

 そんな何気無い日常が続いてくはずなのに。

 

「何でこうなってんだぁぁぁ―――――――――――――っ!?」

 

 いつもの教室はそこに無い。

 部屋の中なのにキャンプファイヤー。

 それを取り囲む覆面集団。

 ―――磔にされる僕。

 

「静粛に!」

 

 カァン! と、法壇に居座る三角の頭巾をかぶった男が木槌を叩いた。

 

「これより――異端者審問会を始める」

 

 そして理由を聞く間もなく始まる異端者審問(こうかいしょけい)

 僕の疑問に答える奴なんてこの場には居ない。ここに居るのは嫉妬を原動力とする最低最悪の暴力集団であり、相手を労わるなんて思考は存在しないのだ。

 そんな奴らに囚われ、断罪の刃が刻一刻と迫る中で――きっとこれは走馬灯というやつだろう――僕は今朝の出来事を思い返していた。

 

 

     ☆

 

 今日も今日とて遅刻した。

 

「ヤバい、今日こそそど子に殺される……!」

 

 春も終盤に差し掛かったこの頃、雨期前のカラッとした天気に心地よさを感じていたいところだけど、今はそんな余裕は無い。

 入学して1年間、ほぼ毎日遅刻した僕に対して風紀委員長である園みどり子さんは鉄拳制裁を辞さない構えになってしまってる。しかも生活指導の先生公認だ。教育委員会は仕事してるんだろうか?

 ともかく超法規的措置が許されたこの学園で遅刻なんて真似はマズい。最悪留年なんてこともありえなくも無いし、遅刻が理由で留年したと家族に知られたら全身の関節が2倍に増えるほど叱られそうだ。

 

 遅刻回避のため、普段は使わない近道を抜けて見慣れた通りに出た。歩行者に注意しながら前を見ると、見覚えのある後ろ姿が見えた。よくよく考えると、僕が遅刻しているってことは彼女がここにいるのは当然だよね。

 いつものようにふらふらとした足取りのせいで揺れる黒いロングヘアを髪留めで止めた少女に声をかける。

 

「おはようれーせんさん! 走らないと遅しちゃうよ?」

「れいせんじゃない冷泉(れいぜい)だ。何度訂正したら覚えるんだお前は? あと私は今頭痛と目眩で辛いんだ走れるかでかい声で話しかけるなバカ」

 

 そう言って振り向く彼女。スネ蹴るぞと言わんばかりに非難する低音ボイスとジロリと睨む伏せ目がちな視線、いつものれえせんさんだ。

 れえせんさんは僕と同じ学校に通う女子だ。クラスは違うけど遅刻常連者同士でこうやって一緒に登校することが多い。まぁれえせんさんはいつも低血圧で頭がぼーっとしてるらしくって、学校までの道のりを僕がする世間話をれえせんさんが投げやりに返す程度の関係かな?

 

「……だるい……なんで朝が来る……なんで私と同じく夜更かししてるお前は朝から騒げる……?」

「? 学校で寝ればよくない?」

「……………その手があった、か……? む?」

 

 んー? と難しい表情をして首をひねるれえせんさん。そんな難しいことじゃないと思うけどな。授業中は机を前にしただけで眠くなってくるのは仕方のないことだし、僕の周りの連中は先生に寝てるのを悟らせないために目を開けたまま居眠りする術を編み出してるしね。

 そんな他愛のない話をしていた時、遠くからチャイムのが響いた。

 ………………そういえば僕たちって遅刻してたんだ!?

 

「やっば、急ごうよれえせんさん! そど子のおまけに鉄人の鉄拳が飛んでくる!」

「授業中の居眠りによる学力低下はすなわち私の睡眠時間の持続につながるということ問題は教師による保護者面談(チクり)だが要はバレなければいいバレなければ坂本は不良だったからなこの手のサボりスキルは熟知してるだろそういうわけで吉井いつも通り私を背負ってくれ」

「ちょっと何言ってるかわかんない」

 

 まだ寝ぼけてない?

 それに朝っぱらかられえせんさんをおんぶして全力疾走とか普通にイヤなんだけど。そりゃまあれえせんさん軽いからおんぶして走っても体力的には問題ないし、今からなら校門は閉まっても授業前に教室に入れるだろう。でも全力疾走してメリットがあるのはれえせんさんだけで僕は単純に疲れ損じゃないか。

 でもここで文句を言ってもれえせんさんのことだ。得意の口八丁で僕を言いくるめてしまうだろう。今日はそうはさせないぞ。

 

「僕日直だから先に行くね!」

 

 僕はそう言い残して走り出した。

 れえせんさんが何か言う前にこの場から離脱する! それが僕の導き出したモストな判断!

 

「……数の最上級(most)形容詞の最上級(best)を間違えてそうな顔をしやがって……。まあいい。どの道この私を見捨てたのだからそれ相応の報いを受けてもらおうか」

「何をわけのわからないことを。れえせんさんがどうなったって僕に関係ないじゃないか!」

 

 するとれえせんさんはポケットからケータイを取り出して、声を張り上げた。

 ケータイの画面には2人の人物が映った写真が。

 それがなんだ。そう思っていたけどその人物に何処か見覚えがある……。

 

「春休みの宿題を写させてた時の写真を土屋が撮ってたらしい。何かの時に使えないかと思ってデータをもらった。――これをFFF団の奴らに見せる」

「チクショウ!」

 

 ずしゃぁっ! と急ブレーキをかけて走ってきた道を急いで戻る。

 女子と二人きりの時の写真をFFF団に告発する!? こっちの事情なんてゴミ箱に捨てる連中なんだぞ!? そんなことしたら処刑(ひもなしバンジー)されて僕は放課後まで茨城港をさまようことになるじゃないか!!

 ――ところでどうして僕はれえせんさんの元に引き返しているのか?

 れえせんさんからケータイをひったくってデータを処分するため? いやそんな暴挙をするつもりはない。去年のテスト前にれえせんさんにノートを写させてもらうように交渉したけどこっぴどく拒否されて、情けなくも縋り付いた結果どういう風に勘違いされたのかれえせんさんの友達の武部沙織さんに『男子に追いかけられて嬉しいなんて幻想! ストーカー滅ぶべし!!』ってワンパンされたんだよね。

 そんな経験を踏まえて僕は力づくでひったくったりはしない。僕は同じ失敗をしない男だからね。

 だから僕がすることは決まってる。

 れえせんさんの前まで走った僕は息を弾ませて地面に膝をつく。その姿勢のままれえせんさんへ自分の感情をぶちまけた!

 

「なんでもするからそのデータ消してくださいお願いします!!」

「なんでもすると言ったな? 要求は一つだ学校まで背負っていけ」

 

 FFF団を刺激するような爆弾を手にしたれえせんさんに逆らえるわけがない。ここはれえせんさんの言うことを素直に聞いて、その手に持った爆弾自体を手放させることが重要。プライド? そんなものより自分の命が大切なんだ!

 

(……まぁ元のデータは相変わらず土屋が持ってるからまた焼き増ししてもらえばいいが、こいつは気づかないだろうな)

 

 

     ☆

 

「どうした? 今日はやたらと遅いじゃないか」

「誰かさんの所為で余計な体力を消費したからね!」

 

 燦燦と晴れた通学路を女子を背負って全力疾走する僕。

 大洗において時折見かける僕らの姿を町の人たちが生暖かい目ね見てくる辺り町の風物詩になっているらしい。

 それはそうとして1限目まで本格的に教室に入るには間に合いそうにない。さっきのケータイの下りで余計な時間を食った所為だ。こんなことなら近道とかしなかったほうが良かったかも。

 と、いろいろ考えているうちに大洗学園のブロック塀の横を走り抜けていることに気づく。次のコーナーを曲がれば校門に着くんだ。ここはまでで予鈴が聞こえたのは1回だけ。まだホームルームが始まったばかりというところかな? ということは校門で風紀活動してるそど子は僕たちが遅刻してるのを見計らってギリギリまで門を開けているはずだ。

 ならば好都合だ。このまま校門を滑り込んでそど子の前でれえせんさんを下ろす。そのまま教室まで逃げ切ればそど子と鉄人に説教を受けるのはれえせんさんだけだ。

筋肉が悲鳴を上げる中、ラストスパートを切ろうと足に力を籠める――。

 

「‼ 吉井ステイ!」

「ぐえっ!?」

「マズい。今、塀を覗いてみたが校門が閉まってる上に今日はそど子が居ない、なぜか鉄人が校門に居座ってるぞ。恐らくだが、そど子は塀の低い乗り越えられる箇所を見回ってるんだろう」

「お、教えてくれてありがとう。けど首を絞めたことに一言申したい」

 

 背後から密着された状態からの締め落としとか防ぎようがない……。

 でも困った。鉄人が校門を張ってるとなると僕が建てた作戦は破綻してしまう。鉄人なられえせんさんを囮に使っても僕を捕まえることなんて朝飯前だ。

 どうするべきか……、そう考えていた所、れえせんさんから一つの提案があった。

 校門から反対を指さして、

 

「逆に塀の高い箇所にはそど子はきっと見回らない。お前の身体能力なら大丈夫だろう」

「なるほど。相手の盲点を突くんだね。でもねれえせんさん。僕も一回試したことがあるんだけど、その時は駄目だったんだ」

「れえせんじゃない冷泉だ。問題ない。私にいい考えがある」

 

 そうして目的の高い塀の前に着いた。

 目測で3mくらいかな。僕の身長より倍近く高い。

 

「よし、やるぞ」

 

 れえせんさんの号令に従ってれえせんさんを背負ったまま塀に張り付いた。れえせんさんは僕の手を足掛かりにして僕の体をよじ登る。足が肩に乗ったあたりでれえせんさんの足首を掴んで、僕の手のひらとれえせんさんの足裏を合わせて持ち上げた。チアリーディングでこんな技があったような気がする。

 

「ちょ、揺らすな! 落ちたらシャレにならんし超怖い!」

「ごめんね! ちょっとバランスを保つのがムズイ……! ちゃんと手が届いてるれえせんさん?」

「冷泉だ……ッ、もう少し――よし、届いた! 踏ん張れよ吉井……!」

 

 せーの、と掛け声に合わせてれえせんさんの全体重が僕の腕にかかる。この塀は僕とれえせんさんの背丈じゃ届かない。チアリーディングの技をして目一杯背伸びしてやっと塀の上に手がかかるんだ、とれえせんさんが冷静に分析したんだ。

 ――とは言ったものの、壁で支えてるけどつま先立ちで腕を真上に伸ばすこの体勢はツラい。雄二(ゴリラ)みたいな腕力なんて僕には無いから、上手くバランスを取らないとすぐに崩れ落ちそうだ。正直腕が()りそうで楽な姿勢に変えたい……。

 ……待てよ。このチアリーディングの大技は両者の信頼関係で成り立つものだ。僕は手の上でれえせんさんを支えてるから身動きが取れないけど、支えられてるれえせんさんもまた不安定な足場でバランスを取るために下手に動けないはずだ。加えて彼女は塀に手をかけているから、手も自由に動かせない。

 

 

 

 

 これは、僕の頭上で展開されている光景をひそかに見るチャンスなんじゃ……!?

 

「うお! どうした!? 今のはちょっと危なかったぞ!?」

「あ、ごめん」

 

 あ、危なかった。動揺して危うくれえせんさんを落としそうだった。

 そうだ、今はれえせんさんと協力して危険な作業をしている真っ最中。余計なことを考えればれえせんさんが怪我を負う可能性が増すんだ。

 ――雑念を振り払おうとしたその時、僕の頭の中で悪魔がささやいた。

 

『いいから見ちまえよ~。チラッと見る程度ならバレないし、もし咎められても言い訳もできるぜ? それにいつもいいように使われてるんだろう? ほら、目を限界まで見開いてみ?』

 

 やめるんだ悪魔め! 確かに見たいという欲望はあるけど、それは風でスカートがめくれるとかの偶然の出来事で見るからこそ幸せを感じるんだ。それ以外の方法じゃ僕はただのゲスじゃないか!

 悪魔の意見を正論で叩きのめすと今度は、天使が僕に助言した。

 

 

『――先ほど動揺で揺れたのがれえせんさん(かのじょ)に伝わったように、腕を固定したまま首を仰ぐのでは彼女にバレる可能性がある。したがってその姿勢のまま上を向くには最低限の動作かつ慎重にしなければならない。時間は約13秒程度だ。ぐずぐずしてる場合じゃない、一瞬で勝負をかけよう!』

 

 お前は誰だ。僕の脳内に住んでる存在ならばそんな頭のよさそうな単語を羅列できるはずがない! というかこっちも覗くのを推奨してない!?

 でもこいつの言う通りだ。れえせんさんが壁を登り切ってしまうのも時間の問題だ。こんな機会は滅多にない。逃したらもったいないって気持ちが僕の背中を押している。

 もし覗いたのがバレてしまったら僕らの友情は消えてしまうかもしれないけど、うん、悪魔の言う通りバレなければいい。れえせんさんの心配をする感じで上を向いて、一瞬だけ見て網膜に焼き付けてしまえばこっちのもんだ!

 

「おおっと急に強い風が!」

「うわっ!?」

 

 わざと揺れたフリをしてれえせんさんを塀に掴ませて下に意識を向ける余裕をなくさせる。そうして油断してる間に覗き見る算段だ。

 ぐらりと、けどれえせんさんが落ちないように気をつけながら体を傾けた。

 

「大丈夫かいれえせゴべッ!?」

 

 さも無事を確認するように顔を上に向けた瞬間、顔面全体が踏みつぶされた。バランスを崩したれえせんさんの足が僕の顔面にのしかかったようだ。

 

「吉井すまん」

「くぉっちこぞごべん。ふぁあくどいておしい(こっちこそごめん。早くどいてほしい)」

 

 首が! 首にれえせんさんの全体重がかかってメキメキ言ってる!

 そんなぼくの心の悲鳴は当然れえせんさんには聞こえておらず、れえせんさんは手に足をかけるためにぐりっとさらに踏み込む。

 

「……まぁ、ツラい体勢を維持させてるからな。少し申し訳なさを感じてる」

 

 と、れえせんさんは神妙な声色で謝る。

 珍しい。この前なんかゲームを持ってきたことを鉄人に告げ口した時は鼻で笑っていたのに。

 なんだかんだ言ってもこの一年、連日遅刻者同士の情が芽生えたようなものじゃないかな。親しき仲にも礼儀ありとはよく言ったものだ。

 ――そんな仲で僕はかなりゲスいことしようとしていたんだけど。ちょっと反省しよう。

 

「ううん。別に気にしてな――」

「それとだ。最初に伝えておくべきだった。――今上向いたら、殺す」

「れえせんさんの支えになれるよう全力尽くしていく所存です!!」

 

 雑念を振り払ってただれえせんさんを持ち上げることだけに集中する。それが今の僕に課せられた使命なんだ。

 決して女の子の口から出そうにないぐらい低い声にビビったわけじゃない。

 その後も執拗に頭をぐりぐり踏みつけられつつも、れえせんさんは塀を乗り越えることができた。

 

「……長かった。時間もないのに」

「ホントにね。さて――」

 

 次は僕の番だ。

 きっとれえせんさんはあらかじめロープを用意しているのだろう。それをこっちに降ろしてくれれば自力で登ることができる。FFF団を撒く時によく上の階に上がるために使う手だしね。

 

「ロープをこっちに降ろしてくれないかなれえせんさん」

「……ロープ?」

 

 

 僕の言葉に、何故かれえせんさんは考える仕草をし、

 

「吉井。この塀の裏には何があると思う?」

「? 何かあるの?」

「今は使われてない物置だ。ちょうどこの塀より低い高さで、ほら」

 

 れえせんさんは塀の上から姿を消すとトタンの板がへこむような音が聞こえた。ひょっこりと塀の上かられえせんさんの顔が覗いた。

 

「まぁ、この通りだ。あらかじめ物置の横にブロックで階段を作ったから私の身長でも降りることはできる」

「へ~、やっぱり用意が良いね。……ん?」

 

 ふと違和感……? というか肝心なことが抜けてる? れえせんさんに疑問をぶつけてみる。

 

「ところでロープは?」

「用意してるわけないだろうバカめ。私の膂力でお前を引き上げれるわけないだろう」

「いや自力で登れるから問題ないけど……。ぼくはどうやってこの塀を乗り越えればいいの?」

 

 

「さらばだ!」

 

 そう言い残してれえせんさんの顔はあっという間に消えた!

 

「最初から僕を見捨てる気だったのか!? ひどいよ、騙したねれえせんさん!!」

「はっ! 私の遅刻記録も上限でな! お前に構ってる暇なんてない!」

「れえせんさんから絡んできたくせに……! なんで僕はこうなることを見抜けなかったんだっ!!」

というか前も似た方法で騙されてただろバカめ。それはそうともう黙っておけ。そう騒ぐとそど子に――遅かったな」

 

 

 ピリリーッ!! と、僕にとってはなじみのあるホイッスルの音が響き渡った。

 

「こらー吉井! そこで何してるの!?」

 

 ホイッスルの音が響いた方に居たのは予想通りの人物。昔ながらのおかっぱ頭と風紀委員の腕章をつけた女生徒はこの学校に一人……いやいっぱい居た。でも3年生の風紀委員といえば彼女だ。

 そんな彼女の手には漁師が使うような投げ網が掴まれてる。前になんでそんなものを持ってるのか聞いてみたら、この学校じゃ問題児が多いからまとめて捕縛するための必須アイテムなのだとか。

 

「げっそど子」

「今そど子って呼んだわね! 容赦なんか必要ないわよねぇ?」

「あだ名を言っただけなのに!? 沸点が異様に低すぎない!?」

 

 投げ網を振り回し、とてつもない勢いで迫ってくるソド子。

 れえせんさんに助けを求めようとしたけど、もう辺りにれえせんさんの気配はなかった。

 完全に見捨てられた……!

「おのれぇっ、れえせんさーん!!この借りはいつか返して――」

 

 

 背筋からぞわりとした感触を感じて前転した。

 僕が居たところにはそど子の投げ網が覆いかぶさった。……ぐずぐずしてる場合じゃなかった! 早く逃げないと!

 

「前回は正面突破。今回はこんなとこで何をしようとしてたのかしら? ……まさか塀を壊して入ろうとか考えていないわよね」

 

 そど子そどのふとした一言に少しの間硬直した

 ……しまった。その手があったか……!

 

「ねぇ、今その手があったかって思った?」

「そそそそんなことないよ!?」

「目が泳ぎまくってるわよ! ていうかあなたの場合前科があるから全く信用できない! こうなったら意地でも捕まえて西村先生の前まで引っ張り出してやるわ! さぁ、おとなしく特別授業を受けなさい!」

「イヤだよ! なんで自分から宗教勧誘会に行かなきゃならないのさ!」

 

 鉄人の補修授業といえば超過酷と呼び声名高いものだ。ただそれだけでなく、この鉄人の特別補修をうけた生徒の多くが趣味が勉強、尊敬する人物は二宮金次郎に性格を捻じ曲げられてしまうという噂が流れてるから絶対に受けたくない。

 

「何が宗教勧誘よ失礼じゃない! 西村先生の授業はとてもためになるものよ! 放課後毎週6回通ってる私が行ってるんだから間違いないわっ!」

 

 この人ダメだ。すでに鉄人に染まってる……!!

 

「そうだわ、どうせ放課後は予定スカスカでしょうし一緒に授業を受ければ――ってこら逃げるな! 待ちなさい吉井ぃぃぃーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 校則違反。脅迫。裏切り。逃走劇。

 これがここ、大洗学園の日常だ。

 こういったことは、この学園艦のどこかで毎日起きているんだ。

 いつも通りだからこそ、僕は忘れていた。

 逃げたれえせんさんのこと。

 そして遅刻のこと。

 全部頭から抜け落ちていたんだ……。




最後に言っておくと、ガルパン勢の性格はバカテス寄りにキャラ崩壊させております。


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1時間目 僕と学校と履修届! その2

近頃クラスメイトの奇行で遠い目になりがちなFクラス女子生徒A「……なんで一年間小説書かなかったんですか?」
37回目のうまぴょい伝説を聞く作者「…………一日一文字ペースで書いてたって言ったら許してくれる?」


 今日最後の授業が終わった時点で力尽きた。

 今朝の追走劇の末の報酬は結局脳へのダメージのみ。その所為で今日一日中頭が回らず授業は上の空だった。

 

「いつもと何が違うんだよ」

 

 逆立った赤い髪がトレードマークのゴリラの名前は坂本雄二。今朝の出来事のせいで今日一日先生に目をつけられている様子を眺めては爆笑してやがった外道である。

 そうだ。そんな雄二の友情へ報いるように消しゴムやら不幸の手紙飛行機やらを投げ合っていたら須川(すがわ)君らが参戦してきて、クラスの男子全員の女子関係暴露合戦になってしまい、何故か女子に対して精錬潔癖な僕にカッターが集中してきて大変だった。

 

「……ワシだけ標的にされなかったのは何故じゃ……」

 

 そううなだれている超絶怒涛の美少女は木下秀吉。このクラストップレベルのかわいさを誇る彼女だが、かわいそうに。このクラスに染まってしまったばかりに自分のことを男だと思い込んでしまっている。そんな彼女だから今日の騒動で男子の輪に入れないことに落ち込んでしまっている。かわいい。

 そして誰が言ったか、僕が時々生徒会の人たちと遊んでるという噂を声高(こわだか)に言いふらしてクラスのざわめきが大きくなった。もちろんそんな噂は間違いだ。鉄人に捕まった後に罰として(強制的に)行動を共にすることが多いだけだ。

 でも『女子生徒会長と遊んでる』という言葉に惑わされたクラスメイトは僕の言い分に聞く耳を持たず、FFF団が授業中にも関わらず異端審問会を開廷しようとし、何故かテンションの上がったクラスの女子が裁判長を務めて、雄二に右腕、須川君に左腕を持たせて綱引きをさせようとか言いだした所為でFFF団の全員が僕の手足で綱引きだとか殺気立ったりして、僕は他の生贄……注意をそらせるものを探そうと必死になったりと……1時間は意外と短いはずなのにすごく濃密な時間を過ごす羽目になった。あと担当の先生が涙目になってしまったのは申し訳ないと思う。

 

「………最近、撮影場所が少なくなってしまった……」

 

 そうカメラをいじりながら学園の地図とにらめっこしている小柄な男は土屋康太ことムッツリーニ。趣味は女子生徒のふとした最高の瞬間を盗撮すること。女子たちの撮影に熱意を傾けていて、その成果を布教して回るその姿はまさに性職者といえる。ただ、最近は女子研究が捗ってないみたいでムッツリーニ商会は閉店状態。残念。

 そんなこんなでクラスが騒がしくなった時、生徒指導の鉄人がロッカーから出現。その直後にクラスは静まり返った。僕も当然黙ったんだけど、鉄人は僕が原因で大騒ぎになったと決めつけられて生徒指導室送りにしようとしてきたから、教育者としてそんな理不尽な体罰を行なっていいのかと猛抗議してみたんだけど、体罰の許可を得ているから構わんと一蹴されたのだった。『……誰から?』って聞くと僕の保護者からだって。理不尽だ。

 で、鉄人からの体罰ぐらいなら僕は慣れっこだからこうやって文句は言わない。せいぜいどう指導室から脱出するかを考えるぐらいだ。

 じゃあなんで僕はぶーたれてるかというと……。

 

 

「クラス全員から裏切られるなんて思わなかったよ……」

「「「このクラスの人間を信じた明久が悪い」」」

 

 鉄拳制裁を加えようとする鉄人に僕は現代の教育に優しさが必要であることを説いたのだけど、あろうことか早く鉄人に退散して欲しがったクラスメイトは、先ほどFFF団が用意していた法壇や手錠やよくわからない鉄の棒などを僕の席の周りに寄せ集めて鉄人に見せつけた。後のことは……僕の頭にできた二つ目のたんこぶを見ればわかるよね。

 きっと学園側は素行の悪い人物をこのクラスに集めさせたに違いない。どこかのおまじないと一緒だ。

 

           ☆

 

 とはいえだ。

 今日は一段とせわしない一日を送ったけど、僕は乗り切ることができた。あとはHR(ホームルーム)を終えて()()に学校から出ることができれば学生の本分である雄二達とのゲーセン巡りに行けるんだ。今日こそ僕の相棒の包帯クマで雄二似のキャラをボコボコにしてやるんだ!

 そのためにも――

 

「ねえ雄二。須川君達は?」

「廊下で磔台を組み立ててるよ。みんなHRが終わらないかと目を血走らせてやがる。人気者だな明久」

 

 見てみろよ、と顎で廊下を指す先を見れば、黒服面と黒マントを着込んだ怪しい集団が各々武器を手に待ち構えている。

 

『あの野郎……あれだけ我々を裏切るとどうなるかを思い知らしめたのに、まだ罪を重ね続けるのか……!』

『いい度胸だ。船舶科の先輩とティータイムとはな!』

『ちくしょう! 不良たちの邪魔がなければ……!』

 

 どうしよう。誤解が大きくなってる。

 船舶科の件だって鉄人から罰として昼休みの間に艦底の落書きやゴミの掃除をすることになっただけだし。

 まぁ、掃除があらかた片付いた後『どん底』で休憩したけどさ。カトラスの新作ノンアルコールカクテル(辛い)の試飲も大変だったんだから。

 

「……むしろなんであんなに殺気立ってるのに律儀に廊下で待ってるんだか」

「ああ、少しばかり女子たちに叱られたんだよ。『焚火後の汚れとか落ちにくいから廊下でやれ』ってな」

「相変わらずこのクラスは命が軽いのう……」

 

 呆れる秀吉に全くだと思う。

 けど彼らFFF団の気持ちも理解できないこともないんだよね。

 仮に雄二にすごく美人の幼馴染みの婚約者が居たら、僕は真っ先に奴を潰す。もしムッツリーニがエロかわいい女の子と一緒に話してたりしたら、奴は血の池に沈むことになる。まぁ、そういうこと。

 それに言い訳じみたことを言うけど、それぐらいしか楽しみが無いんだよね、この学校。

 

「あいつらもさ、僕に構ってる暇があったら部活なりなんなりすれば役に立つだろうに」

「……どうした明久? お前にしちゃかなりまともなこと言ってるじゃねぇか」

「僕にしちゃってなんだよ」

「そうじゃな。明久の口からそのような殊勝な意見が出るのは珍しいからのう」

「…………日頃の行ない」

 

 ぐうの音も出ないことを……!

 

「昼休みの時に桃ちゃん先輩が愚痴ってたんだよ。年々新入生がへりつつあるのは大洗学園には注目されるものがすくないからだー。予算が減らされる前にこそ部活で日本一になったりこの学園ならではの行事をして、世間のちゅうもくどのこうじょうを目指さないといけないんだー、って僕の頭掴んで揺らしてくるからすっかり覚えちゃってさ」

「…………随分と切羽詰まってる」

「こやつに当たった所で何ともならんぞ河島先輩」

「それはそうなんだけどね。だから僕なりに考えたんだけど、FFF団のみんなを部活に入れておけばなんかの大会で優勝出来るんじゃないかな、って。あいつら無駄に身体能力高いし、元手がタダだから使い放題じゃん」

 

 それに溢れてるリビドーを発散させておけば僕を襲うこともなくなるんじゃないかっていう魂胆もある。

 

「明久の妄想にしちゃ悪くない案だ。あいつらが素面でリア充を襲うほど狂暴じゃなきゃな。特に団体競技の部活とかは自分がモテようとして周りを蹴落としにかかるだろ」

「…………やらないという可能性がほぼ無い」

「逆に個人競技では部活外の者が妨害しにかねんのでは?」

「つっても文系は論外だしな。なんにせよ、この学園でやってる部活じゃあいつらの暴走は抑えきれねぇし、あいつらが学園に貢献するような部活は無いだろ」

「FFF団が学園に貢献……学園艦の底でスクリューを回す部活とか?」

「そんな部活があったらどれだけ治安が良くなんだろうなこの学園」

 

 良い案が浮かんだと思ったんだけどなぁ。きっと人権費が浮くだろうし、その分食堂のレパートリーも増えたら嬉しい。

厄介な奴らの使い道(それ)はそうと早く帰りたいな。昼休みも掃除ばっかでご飯食べてないし。ゲーセンに行く前にどっか寄ってかない?」

 

 空腹時の刺激物コンボで胃にダメージを負ったから位にやさしいものが好ましいな。僕がそう聞くと秀吉とムッツリーニが申し訳なさそうに口を開く。

 

「すまんのう。ワシはパスじゃ」

「…………同じく」

 

 ありゃ? これは想定外だ。

 

「二人とも用事?」

「ワシは部活じゃ。今日は体育館を使う部活が早く終わるそうでの。部活生が全員帰るまで図書室で台本を作るかグラウンドで走り込みでもしようと思っておる」

「相変わらず演劇に関してはマジメだよなお前」

「それがワシのやりがいじゃからの」

「そうは言ったって、演劇部お前ひとりだろ?」

 

 秀吉は演劇部に所属してる……というか所属していたでいいのかな?

 元々人数が少ない部活だったらしいんだけど、去年までは3年生の先輩が活動していた。そんな時期に秀吉ひとりが入部して、3年生が卒業した今年は新入生も入部することもなく廃部が決定してしまった。

 同好会という形で演劇部の活動をしているけど、もう部活じゃないから体育館は借りれないし、学園から何らかのサポートも受けられないし、文化祭でステージをすることもできないんだ。

 そうなった状況でも秀吉はたったひとりで演劇の練習をしている。

 どうして演劇を続けているかを聞くと、秀吉は決まって同じことを言う。

 

「ワシが卒業するまでまだ時間があるからのう。もしかしたらワシの演劇をどこかで観た者が演劇に興味を持ち、ワシと演劇をしたいと言うかもしれぬ。……とは言っておるが、そうならんでもワシは良いのじゃ。単にワシが好きでしてることじゃからな」

 

 そんな風に雄二にかわいい笑顔を向ける秀吉。

 演劇に夢中になった所為で成績が悪くなったりしても気にせず前向きに行動する彼女は、間違いなくこのクラスに来るべき生粋の演劇バカだ。

 秀吉が演じるシンデレラとか白雪姫とか観てみたいな。きっとすごくきれいだろう。

 それはそうとして後で雄二をボコろう。美少女の笑顔を独り占めした罪は血によって洗われるものなのだ。

 

「っていうかムッツリーニも用事?」

「どうせあれだ。一年に見つかった隠しカメラを奪い返すつもりだろ。あれな、鉄人と(その)先輩が管理する金庫に厳重に保管されてるって話だぞ」

「…………場所は把握済み」

「おお……情報が早いねムッツリーニ。さすがは学校中に盗聴器を仕掛けてることはある」

「…………そんなことしない(フルフル)」

 

 そうムッツリーニは首を横に振るけど少し前に生徒会室にいた杏ちゃんと電話で話していた時、僕をからかってるつもりなのか杏ちゃんは小山先輩の下着の色クイズをするぞーって言ってきたんだよね。Fクラスにいた僕が必死に頭を回転させていたら少し離れた席でムッツリーニが鼻血を噴き出して倒れていたから生徒会室に盗聴器が仕掛けられていたことが発覚したんだ。ここまでネタが上がってるんだから認めなよムッツリーニ。あと雄二はどこから仕入れた情報なんだろう?

 それはともかく、ムッツリーニの用事って?

 

「…………生徒会の調査」

「生徒会の?」

「またイベントを始める気か? 明久、角谷会長からなんか話聞いてないか?」

「ううん」

 

 昼に会った時にそういった話を聞いてないから首を横に振る。

 そういえば桃ちゃん先輩がHRは全校集会するって言ってたけど、それは生徒会のイベントとは関係ないよね。

 

「全然心当たり無いんだけど、何かあったのムッツリーニ?」

 

 そう聞くと相変わらず表情の乏しい彼は確信めいた口調で答えた。

 

「…………外部から美人コーチが来る」

「――ほう? そのことについてもっと詳しく」

「何故急に居住(いず)まいを直したのじゃ?」

 

 新しくこの学園の一員になる人についての話は襟を正して聞かないと不作法というものだよ秀吉。

 

「…………会長の電話を盗ちょ――何でもない」

「その辺りは理解してるから話を進めて」

「…………電話の相手は声質が20代前半の女性、強気で英語交じりの口調から国際的な体育会系、背後から機械の駆動音が聞こえた」

「お主は電話一本でそこまでの情報を引き出せるのか……!?」

「割と高い頻度でコイツが恐ろしく思えるんだよなぁ……」

「つまりモータースポーツ担当……!?」

「こういう場面にしか使われないコイツの脳が本当に哀れだよなぁ……」

「なんだとー?」

 

 それだけ情報をもらってたらそのくらいの推理はできるんだぞ、失礼な奴め。

 けどこの学園にそんな部活なんてあったかな? たしか自動車部なんてのがあった気がするけど、あの部活がやってることってほとんど機械修理とかそういうことだったような……? そんな部活にコーチがつくなんてことはないよね?

 

「…………新しく選択科目を作るらしい」

「あーなるほどね」

 

 選択科目を創るにしても顧問の先生が必要になるけど、学園の先生にも限りがあるからね。外部の人を呼び寄せて新しい選択科目の指導をするのが学園にとって一番なんだろう。

 

「……外部から顧問呼び寄せるにしても予算が無いんじゃねぇのか? 明久も言ってたことだ」

「?」

 

 そう僕が納得してる横で雄二が何か言っていたけど聞き取れなかった。

 

「…………そういったわけで行けない」

「すまんのう明久」

「そっか。残念」

 

 2人とも無理ってなると雄二と2人で行くワケで。

 うーん、雄二と2人だけだと、コイツをボコっても盛り上がりに欠ける……。

 そう考えてると今度は雄二が口を開いた。

 

「なら俺も遠慮しとく」

「遠慮するって何さ?」

「用事だよ用事。俺はお前と違ってヒマじゃねぇからな」

 

 相変わらず人をムッとさせる言い方をする。しょうがないじゃないか鉄人に呼び出される時以外は基本的に帰宅部なんだから。

 けど雄二まで用事かー……。1人でゲーセンに行くのもためらってしまうし、いよいよもってやることが無くなったぞ。雄二の言う通り暇人になってしまった。

 まぁこういう日もあるか。今日は大人しく家に帰ってこの前買ったゲームでもしようか。なんてタイトルだったっけ……『みんなでスゴルフ』? スゴルフってなんだろう? ス……素……酢……? ゴルフで酢? 酸味を求めるスポーツって何? あ、罰ゲーム的なものなのかな。ミスショットしたら酢を飲まなきゃいけないとか。けど現実にいるプレイヤーは何の影響も受けないのにどうやって酢を飲ませるんだろう……?

 ぼくが現在の科学技術に疑問を持っていた時に、ムッツリーニが一言。

 

 

 

「…………女の気配」

 

 

 ムッツリーニの呟いた直後に雄二は教室から出ようとした。

 廊下の外に待機していた須川君達に捕まった。

 

「チクショウ窓から逃げるべきだった!」

「キサマどこへ行くつもりだ?」

「詳しく聞こうじゃないか」

 

 

 嫉妬に駆られた集団を前に、中学時代は喧嘩に明け暮れていたという雄二もなすすべもなく、あっという間に十字架に磔にされてしまった。……あの十字架、教壇の所から出てきたけど何処に隠されていたんだ……?

 

「坂本ォ! キサマは我らの定めた協定を破り、そして女子とのデートという許されざる大罪を犯し! 羨ましい光景を見せつけることで我々を愚弄する気なのだろう!!」

『おお……何という悪逆』

『許すまじ坂本雄二……!』

「キサマの罪は浄化の炎によって(そそ)がれる……。さぁ、覚悟はいいか!!」

「罪も何も全部ムッツリーニと須川の想像だろうが!! 俺は一言もデートなんて言ってねぇ!」

「言い訳無用! 皆の者、薪をくべよ!」

 

 須川君の号令に従ってFFF団員が十字架に括りつけられた雄二に殺到する。

 そんな光景を見つめてると雄二の目がこちらに向いた。

 

「(脱出するの手伝え明久! 後ろで音を立てて注目を集めるだけでいい!)」

「(えーヤダよ。FFF団の奴らに仲間だって思われるじゃないか)」

「(数分前に遊びに行こうとか言った相手を見捨てるつもりかテメェ!?)」

「(だって雄二僕を差し置いて女の子と遊びに行くしさー、ちょっと羨ましいなーって気持ちもあるけど……雄二の不幸って見ていて飽きないんだよね)」

「(何面倒くさいメンヘラ化してんだこのクズ野郎が!!)」

 

 裏切りには鉄槌を。それが男子高校生の掟であり、雄二は処罰されてしかるべき行ないをしたんだ。

 そんなわけで携帯端末に雄二の晴れ姿を収めていると、

 

 

「明久テメェ『どん底』連中から卒業旅行に誘われてんじゃねえか!!」

「キサマこのタイミングでなんてことをッ!!」 

 

 いったい何処からそんな情報が漏れた!?

 僕が弁明する前にFFF団のみんなの目がぎょろりと向いて、逃げる暇もなく僕はロープに縛られた。

 大鎌を持った須川君の前に引きずり出された僕は雄二と同じようにどこからか出してきた十字架に磔にされている!?

 

「何でこうなってんだぁぁぁ―――――――――――――っ!?」

 

 ちょって待って、1秒も経ってないのに処刑の準備が終わってるの!? いつの間にか僕はSF超能力の世界に来てしまったのか!?

 ……って僕と雄二を取り囲んでる連中の中にムッツリーニっぽい奴もいるんだけど、まさか目に止まらぬ速さで僕を縛ったのってムッツリーニ?

 ってそんなことはどうでもいいや! ここから抜け出さないと悲惨な目に遭う!

 

「――俺は悲しいぞ吉井」

 

 大鎌を持った須川君の声は格好に反して静かに教室を響かせる。

 普段の生活では自己主張が少なく、行事などで何かと助けになってくれるいぶし銀な須川君だけど、嫉妬に燃えたときの彼ほど恐ろしい者はいない。

 

「生徒会の件はキサマの立場を考えて仕方ないと思った。昼間に『どん底』に通ったと聞いたときは自分の耳を疑い、それでも吉井なら、と思った。ここまでは吉井の罪は軽いものだったんだ……だがッ!」

 

 僕の罪も何も事実無根だ。

 そう声高に主張しても須川君を納得させられる自信はない。

 

「あまつさえ『どん底』メンバーと卒業旅行だと……っ! 俺はいや! 我々はッ! キサマに裏切られた悲しみを決して許しはしない!! さぁ言え! いつ何処で『どん底』の女子たちとキャッキャウフフの旅行をすると約束した!?」

「ま、待ってすがわ」

「黙れ殺すぞ!! 薪に火をつけろ!!」

 

 ゴウッ! と、須川君の背後に炎が上がった。

 支離滅裂な言動を聞いた僕は、いつもの物静かな須川君はいなくなったと悟った。こうなったヤツは僕たちの言い分なんか一切聞いちゃくれないんだ!

 

「だ、誰か! 須川君を止めてくれ!」

「頼む! 鉄人かそど子を呼んできてくれ!」

 

 僕も雄二も教室にいる生徒に必死になって懇願した。

 ……今教室にいるのは僕たちとFFF団の連中だけじゃない。このクラスにはまじめに勉強している女子生徒やFFF団の奇行にうんざりしている女子生徒もいるんだ! そんな心優しい人たちがきっと何とかしてくれるはず!

 

『こ、こら~! 教室の中での火の取り扱いは禁止されてます! 床に燃え移ったらどうするんですか!』

『そうだぞFFF団! 毎回残った灰とかの掃除が面倒なんだ!』

『むっ、あの娘は風紀委員の……。床には焚き火シートを敷いたから大丈夫だ』

『炭は自然に帰らないから完全に灰して指定された場所に捨てる。そうだろうカエサルさん』

『あ、そうなんだ……ならいいかな?』

『何かそうじゃないような気もするが……まあFFF団にしては上出来だし良しとしよう』

 

『おっ、いよいよ火がつけられるな。厳寒(げんかん)な砂漠の夜を仲間と共に耐え忍んだのを思い出す……』

『か、カエサル! エルヴィンが役にのめり込み過ぎてありもしない記憶をっ!!』

『さて懐から取り出したるは薩摩の採れたてのサツマイモぜよ。これを新聞に(くる)み火元に放り込めば美味しい幕末焼き芋の出来上がりぜよ』

『幕末の薩摩は人を焼いた後で焼き芋をする修羅の国じゃないだろ?! 誤解する言い方をやめろ!!』

 

『……教室中央最前列。目の前には教壇アンドトチ狂ったキャンプファイヤー……。クラス替えまで残り310日ほど……自分、卒業まで生き延びられるのですか……?』

 

 ざっと見渡して確認できたのは、FFF団の口車に乗せられたヤツに見世物感覚で集まる野次馬になんだか人生に苦労してそうなクラスメイト。

 ……誰も助けてくれそうにないぞちくしょう!

 マズい! このままだと雄二の巻き添えで僕も灰になってしまう! 他に逃げ道は……!

 

 雄二に不利な証言をして僕だけを見逃してもらえないか考えていると、

 

『全校生徒に告ぐ。体育館に集合せよ』

 

 スピーカーからそんな放送が流れた。

 いったい何が……って、そういえば全校集会をするって桃ちゃん先輩が言ってたのを思い出した。僕は何をするのか聞いてないけど、毎度のごとく杏ちゃんの思い付きが始まったんだろうか?

 と、

 

「あ~あ、こんな時に生徒集会かよ。さっさと向かわねぇとまた鉄人にどやされちまうな」

 

 そう残念そうに言う雄二。何でここで雄二が生徒集会みたいな興味を持たなそうなものの話題を出した理由を察し、僕は雄二の話に乗った。

 

「そうだよ! 鉄人にこれ以上目をつけられるのはマズいって!」

「? どうした吉井も坂本も。まるで優等生みたいなことを言って?」

「そりゃ当然だろ。今まで何度鉄人が出動することになった? いい加減学園に良いとこ見せねぇと退学も視野に入れられるぞ?」

「ふむ……」

 

 黒い頭巾を被った須川君が考えるそぶりを見せる。

 雄二の言ってることは事実だし、いくら須川君がバカでも自分を自分で追い詰めるような真似はしないはずだ。

 しばし事の成り行きを見守ってると、須川君が雄二を鼻で笑うように、

 

「かつて神童と呼ばれた坂本の口から弱気な言葉が出るとは思わなかったが……キサマの言うことも一理ある」

「……神童言うな」

 

 そんな言葉が出たってことはつまり……!

 

 

 

 

「今回は大人しく体育館に向かうとしよう。――先に火をつけてからな!!」

 

 須川君はごうごうと燃える松明を十字架の根元に投げ入れた!

 

「ちょっ!? 何で!?」

「だってせっかく処刑台設置したし……みんな見に来てるし……一回取り壊してもう一度建てるのは面倒くさいからなぁと」

「クラスメイトを処刑するのを躊躇いがないのにそういうとこぐらつくんだ」

「HRの前と後で燃やすのも同じだ。よし、火が付いたし皆行くぞ! 遅れたら大変だ」

「え、ちょっと待ってっ、僕たちこのまま放置されるの!? 火傷する前に降ろしてくれたりしないの!?」

「……吉井たちが燃え尽きる瞬間に立ち会えないのは非常に残念だ」

「やべぇな。火の管理すらしなくなったら本格的に燃やされるぞ」

 

 冗談でしょ……!? こいつら本気で殺しに来てる……!? あ、いつものことか。

 それより火が磔刑台に燃え移る前に逃げないと!

 常日頃からこういうことに備えて縄抜けを練習してるし、火が僕に到達する前に脱出はできる。

 でも今はFFF団の連中の目があるから脱出したとしてもまた捕まったら意味がないんだよね。奴らが出て行った後に縄抜けした時には僕と雄二は燃え尽きてしまうかもしれないし、いったいどうすれば……ッ!

 

 教室中の目が火に焚かれる僕たちに集まっている時、

 

 

 教室の扉が吹っ飛んだ。

 

「貴様らなにをしているかぁぁぁーーーーーーーーーーーッ!!」

 

 

 教室に、ドスのきいた声を響かせながら入ってきたのはトライアスロンで鍛えられた筋肉と浅黒く日焼けした肌を持つゴリゴリのマッチョ。

 言い表せない怒気を発するその男の登場に教室に居る全員が(おのの)いた。

 

「て、鉄人――じゃなくて西村先生……!」

「……須川、後で生徒指導室に来るように」

「横暴だ!!」

「教室に火をつけるヤツを放っておけるわけなかろう!?」

 

 こちらの話を一切聞き入れなかった須川君。そんな彼に鉄拳制裁を持って言い聞かせることができるのはこの学園でただ一人。

 その男は生徒指導の鬼、西村教諭。

 大洗学園で唯一FFF団に鉄拳制裁を加えられる教師だ。

 

「そもそもだ、いま放送されたように全校集会が行われるため体育館に向かうよう言われていただろう? なのにクラス全員でバカなことをしおって……説教は集会の後だッ、さっさと体育館へ行け!」

「……話を聞いてください西村先生。俺達にはやらなければならないことがあるんです! 今ここで吉井を始末しなければ学園の風紀を守れない!」

「……では聞くが、肝心の吉井はどこにいる?」

『『『何ぃッッッ!!??』』』

 

 クラス全員が()()()()()()()()()()()()を向いた。

 ――ゴウゴウと火が焚かれた場所には折れた十字架があるだけ。

 さっき鉄人が扉をぶち破った時、飛んできた扉が僕と雄二を巻き込んだおかげで脱出できたから、みんなが鉄人に注目してる間に隠れることができたんだ。

 

「くそっ逃げられたか! 者ども!! 裏切り者を探せ!!」

「させぬわ愚か者!!」

「ごゅゎッ」

 

 よくわからない悲鳴と共に須川君の呼吸音が止まった。たぶん鉄人が拳骨を振り下ろしたんだろう。……拳が空段ボールを突き破る音に似た音が聞こえたんだけど……須川君大丈夫なの?

 

「……さっさと体育館へ行け。これ以上は言わせんでくれ(パキポキぺキッ)」

『『『サー、イエッサー!!』』』

 

 ドタバタと騒がしい足音が響き、最後に力強く閉められた扉がサッシから外れて倒れた音がして、教室から人の気配が消えた。

 ……そろそろ出てきてもいいころかな。

 

 そう思って僕は窓のへりをよじ登って教室に入った。

 飛んできた扉のおかげで十字架が折れた後、僕は素早く窓から外に出た。けど窓から飛び出した時点で僕らの教室は3階にあるのを思い出して、咄嗟に窓のへりに捕まってその場に留まっていたんだ。まったく、話が長かった所為で腕がパンパンだよ。

 雄二もうまく逃げられたみたいだ。一緒に窓から飛び出した瞬間までは見えてたけど、どこに隠れたのかわからない。けどあいつもFクラスの一員、野生の力を発揮して向かいの校舎までジャンプしたとしても不思議じゃない。

 

「とりあえず命は助かったけど……これからどうしよう?」

 

 みんなが体育館に向かったから教室に居るのは当然僕一人。生徒集会が終わるまで教室に残ってるのはヒマだし、勝手に帰ったら明日は鉄人そど子風紀委員に包囲されることは目に見えるし……。

 

「……そもそもみんなが戻ってきたら僕また処刑されるんじゃ?」

 

 FFF団会長の須川君が居なくなったところでFFF団全員の意思が僕の処刑で統一されているはずだ。ということは生徒集会が終わった瞬間に彼らは僕を捕らえに来る。HRも終わって後は帰るだけの放課後、僕はじっくりたっぷり異端者審問会のフルコースを味わうことになるだろう……。

 流石に今度はあいつらに捕まるようなへまはしたくない。生徒集会が終わる前に何処かに身を隠さないと。

 となるとFクラスの暗殺者(アサシン)ムッツリーニにすら見つからない隠れ場所と言えば……。

 

 

     ☆

 

『『『吉井死なす!!』』』

 

「(……死んでやるもんかっ)」

 

 FFF団の確固たる殺意の合唱を目の前で聴きながら、僕は小声でそう意気込んだ。

 僕が隠れ場所に選んだのは生徒集会が行われてる体育館。

 大洗学園の全生徒が集まっているここの、校長とかがスピーチを行なうステージの下で生徒たちの様子を伺っていた。

 まぁ日々FFF団や風紀委員との地獄の鬼ごっこで鍛えられた僕にかかれば、Fクラスのみんなより先に体育館へ先回りして人ごみに紛れて誰にも気づかれずステージの下に忍び込むなんて簡単なことだ。

 ここは元々イベントに使う器具とかをしまう物置みたいなとこだから人一人が入る分には広いし、電気の配線をするためにコンセントもあるし。あとはFFF団が飽きるまでケータイをいじくりながら待っとけばいいだけだ。僕って天才。

 

『静かに!』

 

 お、桃ちゃん先輩の声。やっと生徒集会が始まるんだね。

 そういえば今日の生徒集会のことは杏ちゃんから何も聞いてなかったなぁ。きっと生徒会主催のイベントの告知なんだろうけど、ちょっと気になる。

 

「会長、やっちゃいますよ」

「うん。引き返す気はないよ」

 

『――ではこれから、必修選択科目のオリエンテーションを行なう』

 

 桃ちゃん先輩がそう言って始まった、新たな必修選択科目『戦車道』のオリエンテーションを聞いた僕は、その内容に大いに胸が高鳴った。



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1時間目 僕と学校と履修届! その3

やっと……投稿できる……!


「雄二! 僕、戦車道とる!!」

 

 全校集会の次の日の朝、僕はいの一番に思いの丈を雄二にぶつけた。

 対して雄二は冷ややかな目で、

 

「朝からお前は何を言ってるんだ?」

「何って必修選択科目だよ。昨日の! ぼく、戦車道やる!」

「何度も言うなしつこい。……まぁあれだけの特典見せられたらそういう反応だろうよ」

 

 昨日の全校集会で発表された戦車道。

 正直僕は興味を持っていなかったスポーツだから戦車で何をするかよくわからないけど、昨日の説明を聞く限りすごく楽しそうに思えた。しかも生徒会が全面協力して必要経費とか負担してくれるみたいだから手ぶらで参加できるんだ。

 そして何より雄二が言った特典の存在。

 

「食堂の食券が100枚もあれば卒業までご飯に困らないぞ……!」

「そりゃ特典狙いの参加者を呼び込むためのモンなんだろうが、会長もまさか明久が釣られるなんて思ってないだろうな」

 

 待てよ?

 食券を節約すれば余った食券は卒業後に使えば今後の食事に困らないんじゃ……? 普通、一日一枚使うところを二日に一枚にすれば単純に考えて大学生になっても学食で食費を浮かせられる! いや、いっそ高校生の間一枚も使わなかったら今後の人生で昼ご飯を悩む必要は無くなる!

 

「あー明久? バカなこと想像してるとこ悪いが、大きな誤算があること忘れてないよな?」

「雄二は僕が留年すると思ってんの!?」

「戦車道と留年がどう結びついた?」

 

 雄二は大きくため息を吐いた。

 まったく失礼な奴だ。いくら僕がバカでも進級する程度には学力はありますようにと神様に願ってるんだから。

 

「あのな、食券どうのこうので騒ぐ以前に、お前には戦車道は無理なんだよ」

「どういうことだよ? 桃ちゃん先輩が言ってたみたいに大会に優勝することはできないだろうけど参加するだけでもいいでしょ?」

 

 

「そもそも戦車道は男子の参加募集自体が無いだろうが」

 

 ――雄二の呆れ果てた言葉に思わず動きが止まる。

 

「…………本当?」

「女子専門の武道だぞ。当然だ……まさか今まで知らなかったんじゃないだろうな……?」

 

 雄二の目に戦慄の色が浮かぶ。マズい。コイツ僕のことを常識の無いバカだと思い始めてる!

 

「で、でも生徒会主催で大々的に参加者を募ってたのに女子生徒だけしか募集かけないのはズルくないっ? 女子にしか特典がもらえないなんて」

「ズルも何も、男が戦車に乗ることこそおかしいだろ? 男が女性専用車両に入ろうとしてるようなもんだ。いくら特典で優遇されてるっつっても、特典に釣られて履修しようとすんのはこの学園でお前ぐらいだよ」

 

 諭すようでけなすニュアンスでそう告げた有事に僕は何も言えなかった。

 雄二の言うことは聞いていくうちに納得できた。

 確かに僕だって健全な男子高校生。女子が戦車道を頑張っている中で僕一人混ざるのはすごく精神力が削られてしまいそうだ。最悪、変態の称号を背負って残りの学園生活を送るかもしれない。

 結局、雄二の言う通り戦車道を諦めなければならないようだ……とても残念。

 内心打ちひしがれる僕に追い打ちをかけるように、雄二はニヤついて、

 

「そんなに特典が欲しいならお友達の生徒会長さんにでも聞いてみたらどうだ?」

 

    ☆

 

「いいってさ!!」

「…………は?」

 

 

 一時間目の休みに生徒会室から教室に戻って早々、机に足を乗っけてくつろいでいた雄二に結果を報告した。

 報告を聞いた瞬間の雄二の顔が見たことがないアホ面だったのが内心にやけそうになった。

 

「マジか……」

「うん! なんか今年から男子戦車道大会ができるとか話してるのを廊下で聞いたんだ!」

「そんな話があったのか? ……ん? 聞いただけか?」

「その後僕がやりたいって生徒会室に飛び込んだら杏ちゃんが『良んじゃね別に?』って言ってた」

「適当にあしらわれてるだけなんじゃねぇかそれ……」

 

 それは僕も思ったけど『男子生徒でも戦車道を履修できる』という言質を取った以上こっちのもんだ。

 

「それで! この履修届を来週提出すればOKしてくれるって!」

「……なるほどな。しかし生徒会に直談判するほどお前に情熱があったとは意外だ」

 

 僕の目的は戦車道をすることじゃなくてあくまで食券100枚。杏ちゃん達も女子の方に目を向けなきゃいけないし、僕に構っていられないだろうから適度に練習に参加しておけばいいよね。

 

「……適当に練習しときゃ何とかなるだろうって考えてないかお前?」

「(ギクッ!)そ、そんなことあるわけないじゃないか雄二ぃ何言ってんだ雄二ィ!」

 

 くそ! なんでバレたんだ!?

 

……まぁ俺には関係ねぇしどうでもいいが、お前が考えるほどそう簡単にことが運ぶワケねぇだろ」

「?」

「マジでわかってない顔をしてんじゃねぇよ。いいか? 戦車道を履修するには前提として戦車に乗らなきゃならない。だがお前には戦車に乗るための条件が揃ってないんだ」

「条件って?」

「まず戦車がなきゃ話にならない。戦車なんてそこら辺の自動車とは比べ物にならないくらい高ぇんだよ。そんなもんを……公式戦を目指すってんなら少なくとも4輌か? どこで調達するか知らんが、この学校で保有できるのはギリギリ4両までってとこだろ。そんでもって揃えた戦車は女子が優先的に使われるだろうから男子にまで戦車が回ってくることはまず無い。これが一つ目だ」

 

 ぶっきらぼうながら、雄二が丁寧に指を一つ立てた。

 う~ん。もしそうなったら僕が練習サボっても目を付けられやすくなっちゃうかも……。

 

「次に参加人数だ」

「人数? 僕だけじゃダメ?」

「お前ひとりで戦車を動かせると思ってんのか? 第二次大戦までの戦車ってのはな、大概2人から6人で操縦するんだぜ? だから最低でも一人二人増やさなきゃ男子の履修も無くなるぞ」

「だったら大丈夫だよ。僕が声をかければ一人や二人!」

「ハードル高すぎんだよ。たとえこの学校に本気で戦車道をしたいって思っても、女子に囲まれた環境に自分から入りたいって恥知らずなヤツはお前以外居ないだろ。……須川達の目がやばくなり始めてるしな

「なんて?」

 

 最後の方はよく聞こえなかったけど、言われてみればそうだ。ゲームのリモコンで操縦できるわけじゃないからね。

 あと恥知らずってなんだよっ! 僕だって電車の中でバスローブに着替えたり匍匐前進しながらカメラで女子の撮影したりなんて常識のないことはしないんだ!!

 ……あっ、そうだ! ムッツリーニを誘ってみたらどうだろう? あいつならこういうことに興味を持ちそうだしきっとオーケーしてくれるはずだ! これで一人は確保できたな。

 

「なんか考えが纏まったのか? まぁいいが、最後に重要なことがある」

「それは?」

「経験値だよ。戦車を操縦した経験だ」

「経験?」

「今回の生徒会は今までの生徒会長様思い付きのイベントよりも力を入れてるし、全国大会優勝っていう明確な目標を掲げた上で参加者を募ってる。……ここまでお膳立てされてるからな、一回戦敗退なんて成績は求められてない」

「……う~ん」

 

 そっか。杏ちゃん達も優勝って言ってたしかなり本気なんだ。

 女子の方が優勝しても僕ら男子戦車道(仮)が負けてしまったら特典も没収なんてこともあり得るかも……。

 

「うん、練習は大事。サボっちゃダメだよね」

「その練習自体できるかわからんぞ」

「え?」

「昔戦車道をしていたんだろうが、今の大洗の生徒はそんなこと知ってるやつがほぼ居ないぐらい印象が薄いんだから、生徒も教師たちも戦車と戦車道についての知識も経験もない。そんな状況で優勝を目標とするなら、最善なのは戦車道の経験者を捕まえてコーチをさせることだ」

「うん」

「女子の方なら大洗の何処かに戦車道経験がある奴が一人や二人は居るんだろうが、男子となりゃゼロだ。その女子の経験者とやらが男女まとめて指導するとしても手が回らないだろうし、自主練だけじゃ練習の質が落ちて優勝の見込みはない。生徒会として考えりゃ、女子を優先するからお前の面倒も見切れないだろうしな。つまり明久、戦車の操縦についてイチから勉強して、練習メニューも自分で考えて、それらを男子のチームに教え込むことを全部お前ひとりがやらなきゃなんないんだぜ。戦車道を履修したって、戦車を動かすこともできなくて泣きべそかくだけだ」

 

 そう締めくくると雄二は頬杖をついて鼻で笑い飛ばした。

 雄二の言い分は頭の悪い僕でも納得できる。戦車道未経験の僕がイチから男子戦車道を造るなんて、そもそも何から始めればいいかもわからない。

 でも特典は諦めきれないし、まだやってもないのに最初からやらないという選択をすることが納得できなかった。

 僕が戦車道をする上で必要なこと、雄二が言っていたことをもう一度頭の中で整理してみることにした。……戦車に乗った経験かぁ。

 

「ねぇ雄二」

「そもそも特典で参加者を募ろうなんてことしてること自体何か裏があるに違いないんだ。河島先輩も何か言う前に口封じ――ん? なんだよ明久」

「あるよ、僕」

「だから何が」

 

 

 

「僕、戦車に乗ったことあるよ?」

 

 僕はそういうと目が点になった雄二に目を合わせる。

 心なしか教室の音も消えた気がして、僕と雄二だけ切り取られたような感じがした

 僕の告白を雄二は受け入れ終わったんだろう。雄二はふぅ、とため息をついて、

 

「はっ」

「おいなんで今鼻で笑った?」

「どうせ何かのイベントで乗車体験しただけだろ? そんなの経験に入れるなよお前」

「ホントだって! 結構前のことだし途中何故か記憶が飛んでるけど」

「まぁ興味ねぇけどよ」

 

 そう言って雄二は立ち上がった。どうやら本当に僕の話に興味を失ったらしい。

 

「どこ行くの? もうすぐ二限目だよ?」

「飲みもん買いに行くだけだ。説明しまくったから喉乾いた」

 

 なんだか疲れてる雄二を見て、僕はふと思いついた言葉をそのまま口に出した。

 

「ねぇ雄二、一緒に戦車道やらない?」

「はぁ?」

「だってさ、雄二が一緒に履修してくれれば一人確保できるわけだし、それになんか戦車に詳しそうだしさ。雄二が一緒なら心強いしね」

 

 雄二が居れば練習とか作戦とか頭脳労働を丸投げできそうだしね! そんな下心ありだけど、悔しいが雄二が居てくれると助かるのは事実だし、雄二も雄二で日ごろから退屈そうにしてたから、戦車道みたいな日常じゃ体験できないスポーツは雄二にとっても興味のある話じゃないかと思った。

 きっと面倒くさがりながらもOKと言ってくれる。しかし雄二の返事を期待していた僕が見たのは、雄二の心底嫌そうな顔だった。

 

 

「やんねぇよ、戦車道なんか」

 

 静まり返った教室を出ていく雄二を見送る僕は雄二に何も言い返すことができなかった。

 残念に思う気持ちもあるけど、そんなに戦車道が嫌いだったことを初めて知った驚きの方が強かった。一体雄二に何があったんだろう?

 

「(……ま、いっか)」

 

 雄二が嫌って言うなら無理に誘う必要はないか。最悪誰も履修しなかったら杏ちゃんに頼んで書類を偽装してもらって無理やり履修させればいいし。

 ……他に誘う人となると、

 

「じゃあムッツリーニ」

「(さっ)……………なに」←振り下ろそうとしたスタンガンを背中に隠している。

「この際僕に何をしようとしたのかは問わないけど、その反応を見る限り僕たちの話を聞いてたってことだよね?」

「…………(コク)」

 

 同意するように頷いた。

 やっぱりムッツリーニも戦車道に興味を持ってるみたいだ。

 が、

 

「じゃあさ、ムッツリーニも戦車道やらない?」

「…………(フルフル)」

 

 ムッツリーニが僕の提案に首を横に振ることは予想していなかった。

 

「…………戦車に乗るより観てる方がいい」

「えー? 実際に乗ってみたら楽しくなるんじゃない?」

「…………戦車に乗ってたらシャッターチャンスを逃す」

 

 なるほどね……やっぱり下心が優先なのか。

 ブレないムッツリーニの姿に少し尊敬すると同時に、僕の描いた戦車道チームメイト候補が減っていくのがとても残念に思う。

 会話が終わりムッツリーニは自分の席に戻ってカメラを弄りだした。一方の僕はどうしようかと途方に暮れた。

 他に戦車道に誘える人が思いつかないからだ。雄二とムッツリーニが無理だと、このクラスの男子で戦車道をやってくれそうな奴は……、

 

 

「――あの~、吉井、殿?」

 

 考え込んでいると、背後から声を掛けられた。今日はよく背中を取られる日だなぁ。

 

「え~と、秋山さん? どうしたの? 何か用?」

 振り向くとそこには秋山優花里(あきやまゆかり)さんが居た。

 今年から同じクラスになった女子生徒だけど、全く接点がなかったから彼女の方から声をかけてきたのは意外だった。

 

「あ、その、そのですね」

 

 もごもごと言い淀む秋山さん。

 対して親しくない相手だと緊張してしまう性格なのかな? こういう人には気長に待ってあげることが肝心だ。

 何かを言いたげな秋山さんを眺めて待っていた時、

 

「えっと、もしかして吉井殿は戦車道にご興味が……ひっ!?」

「殺気!」

 

 背筋に氷を入れられた感覚に襲われる!

 びくりと身を竦ませる秋山さんを背にして禍々しい重圧を感じる方へ視線を向けた。

 

 

「どうした吉井? 敵を見るような眼をして」

「頭巾をかぶったまま話しかけてくる人への対応として適切だと思うよ須川くん」

 

 大洗の制服の上からFFF団の頭巾だけをかぶる彼の姿は不気味というよりシュールだ。けど笑えないぐらいの剣呑な雰囲気が出てるから秋山さんも怖がっちゃってる。いつものことだけどさ。

 秋山さんと話してるタイミングで割って入ってきたってことは、まぁいつものやっかみなんだろう。

 この後は毎度の様に僕と彼らの逃走劇が始まる展開なんだけど、今は僕の後ろには秋山さんが居るし、ちょっとナイーブそうな彼女を巻き込むのは申し訳ない。そう思って須川君たちに向けて両手を突き出して制止させる。

 

「須川君下がるんだ。ほかのみんなも」

「何を言ってるんだお前は? それより俺の話を聞いてほしい」

「話って?」

「物は相談なんだが吉井」

 

 にっこりと笑う須川君の目は笑っていない。背後の秋山さんが小さく悲鳴を上げているのが聞こえた。

 

「今、戦車道に参加したい男子を探してるんだろ? その話、俺も加わらせてくれ」

『『『須川ぁ!!』』』

 

 須川君の申し出にFFF団が吠えた……訂正、クラスの男子全員だ。

 

「まぁ待て! 坂本の話だと少なくとも最低4人は必要なんだろう? だったら人数制限に上限は無いはずだ。つまり俺たち(FFFだん)が全員履修してもあぶれることは無いということ!」

『『『!!!!』』』

 

 須川君の意見にFFF団の連中はハッとした表情になる。

 確かに須川君の目論見は雄二の話と合致してると思う。人手はあればあるほど良いワケだしクラス全員が履修しても構わないんだ。

 ……けどね須川君。

 

「そういうわけで吉井。俺たちにも履修届を分けてくれ」

「ごめん、須川君たちの分は無いんだ……」

『『『???』』』

「……それは一体どういうことだ?」

 

 怪訝そうに尋ねてくる須川君。

 不思議と申し訳なさを感じない彼の顔を見て生徒会室で履修届をもらった時のことを思い出す。

 

     ☆

 

『――てなわけでぇその履修届、来週の提出日までに提出しとけな~』

『は~い! って今日じゃなくて良いの? ここで記入しても大丈夫だけど』

『我々には他に業務があるからな。戦車道を推しているとはいえそればかり気を回すわけにいかん』

『一週間もあるから、履修するかしないかは焦らずしっかり考えてみてね。……これ以上余計な仕事増やされちゃうのはちょっと……

『アタシ的には吉井が参加してくれっと退屈しなさそうな気がするから大歓迎だけどさ~。あ、そうだ。それとFFF団の連中には戦車道の話はすすめんな? あいつらには戦車道させたくないしね』

『え、何で? 参加者を集めてるなら多いほうがいいんじゃない?』

『ため口を叩くんじゃない! ……理由は簡単だ。普段の素行の悪さだ』

『アタシたちは慣れてるけどさ、あいつらと同じクラスじゃない限りあいつらの行動って過激すぎんじゃん? もしあいつらが参加したら女子が怖がって参加者減るかもしれないからね~。だから履修したいって言われても断っといて』

『了解~』

『(……でも会長、そんなことをしたら吉井くんFFF団の人たちからまた反感を買うことになるんじゃ……?)』

『(ま~大丈夫っしょ。生徒会の指示だって言えばあいつらも何も言わないだろうし)』

『(会長、去年の文化祭をお忘れですか?)』

『(……もーなるようになれだ!)』

『? 3人ともどうかしたの?』

『ん~ん、何でもな~い。精々夜道に気をつけな~』

『え、それどういうこと? ねぇ杏ちゃんっ? こっち見てくれない!?』

 

   ☆

 

『『『何故だッ!?』』』

「うわうるさっ」

 

 FFF団の悲痛な叫びが教室に響く。

 戦車道を履修したかったって思いがすごく伝わるけど、杏ちゃんの言い出した方針だし奴らの自業自得でもある。

 

「何でキサマは良くて俺たちはダメなんだ!?」

「そうだ! 鉄人の世話になる頻度で言えば俺たちとそう変わらないハズだ!」

「僕に言われてもどうしようもないよ。どうしても履修したいって言うのなら生徒会に直接釈明する他ないんじゃない?」

『『『ぐぬっ……』』』

 

 その正論にぐうの音も出ないようでみんな口を噤んだ。

 僕は履修届を持ってるだけだし、一枚だけじゃFFF団の連中を履修させることなんか出来ないよね。……あれ? 雄二の話じゃ戦車を動かすには最低でも3人必要って話だけど、僕以外のメンバーはどうやって集めればよかったんだろう?

 あと2枚ぐらい生徒会からもらわないといけないかな? と首を捻ってると絶望に打ちひしがれていた須川君が顔を上げた。

 

 

「……わかった。諦めよう」

 

 ……ん?

 須川君のその反応は僕にとって意外だった。FFF団も予想してなかったようでポカンと口を開いている。

 

「どうせ俺が駄々をこねても生徒会長は聞く耳を持たんだろう。なら今のうちに戦車道のことはすっぱり諦めた方がダメージが少ないだろうしな」

 

 うんうん、と腕組して頷く須川君の表情は悔しさをにじませながらも晴れ晴れとしてる。自分なりに折り合いがついたのだろうか?

 須川君のその態度にぼくは内心ほっとする。

 やれやれ、むやみに嫉妬に駆られずにこれからを考えられるようになったってことは、須川君も精神的に成長できたってことかな。

 

「今回は仕方がないよ須川くん。ただでさえ君たちのイメージが悪いんだから、生徒会に認められるように印象よく過ごさなきゃダメだよ」

「……ああ」

 

 素直に頷く須川君。

 

「……秋山さん、ちょっと後ろに下がってくれないか?」

「え、はい」

 

 何故か須川君は秋山さんを僕から遠ざけ始めた。突然声をかけられた秋山さんは困惑した顔で言われるがままに後ろに下がっていく。

 

「――須川くん?」

 

 振り向くと、上履きの裏が目の前にあった。

 

「死ねぇぇぇえええええええええええええええええええええ!!!!」

「ごぺぇっ!?」

 

 ごしゃぁああ! と机を巻き込んで教室の後ろまで吹っ飛ぶ僕。

 な、何なんだ!? いったい何が起こった!?

 ぐるぐるする視界の中に入った須川君は、背後にどす黒いオーラを纏わせてゆらりと立ち上がった。

 

「いったぁ……」

 

 痛む頭をさすりながら机の瓦礫から這い上がる。これ以上頭が悪くなったらどうするんだっ。

 

「生徒会に魂を売り渡した背信者がよぉ……これ見よがしに挑発しやがって……!」

「挑発って!? 僕は印象の悪い君たちが一段上の人間になったことを心から嬉しく思って――」

「印象が悪いとか去年校舎の壁を壊したお前にだけは言われたくねぇ!!」

「――っ! ……。……!」

 

 ぐぅの音も出ないっ!!

 ずるいぞ! それを出されたら何の反論も出来ないじゃないか!

 

「大体キサマと生徒会長が仲良しなのが気に食わない!! 俺たちなんか声をかけたことすらないのに……!!」

『俺なんか小山先輩に視線を向けたらスタンガン取り出されたんだぞ!』

『うっ! 桃ちゃん先輩って呼ぼうとしたら首筋に電撃を受けた記憶が……ッ』

『この前のイベントで角谷会長とあんこう音頭踊りたかったのに衣装が足りなくてハブられた……』

 

 FFF団の連中が不満を口にするたびに伝播する嫉妬のオーラ。それは段々と殺気に変わっていき、教室にいる無関係な人たちを震え上がらせるほど膨れ上がる――。

 

『うひぃ……趣味が合いそうな人と喋ることも出来ないんですかこの学校は……?』

『えー、教室にいる皆さん。こちらは風紀委員です。机を前の方に移動させますのでご協力よろしくお願いしまーす』

『了解だ。さぁ者ども机でテストゥドの陣を敷け! 奴らの巻き添えを許すな!』

『い~やここは方円の陣で不意の一撃を耐え抜くべきだ』

『飛び道具に対する防御を優先するならトーチカが一番だが、机で再現出来うるものか……?』

『守りとか陣形とか幕末にはほとんど関係がないぜよ。ここは風紀委員の方の後藤に決めてもらうぜよ』

『え? じゃあエルヴィンさんで』

『『『それだ!』』』

『マジか。……どう作るか』

 

 ……いや、よく見たら震えてるのって先端に円柱の付いた棒を握りしめる秋山さんだけで、他のみんなは案外順応してる。というか歴女組すごいな。もう机で頑丈そうな要塞を作ってる……!

 

「っ!? な、何っ?」

 

 そんな彼女たちに目を奪われていた僕は不意に、殺気とも危険な気配とも言えないねばつくような嫌な気配に身構えた。

 ボゥッ! という音は怪しいオーラを纏った須川君から聞こえた。

 

「す、須川君? 何で松明を着けてるの?! まさか僕を処刑する気!?」

「い~や、キサマの言う通り俺たちの活動は生徒会の目から見たら道義に(もと)ることらしいからな。今回は血を流さない方法を取る」

 

 どうぎ? を考えるなら血を見ない方法を常に使って欲しいものだ。

 それに今感じたのは殺気とかそういったものじゃない、これは他人を貶めようとするクズの邪気ッ!

 

「要は履修届が無ければ貴様も俺たちと同じ立場になる! ヤツのカバンを燃やせ! あわよくばヤツごと燃やせ! 絶対戦車道を履修させないようにしてやるぞ吉井ィ!」

『『『おおッッッ!!!!』』』

「やめて! 明日からどうやってカッターの雨を防げばいいんだ!」

 

 カバンの頑丈さと軽さと持ちやすさは盾として一級品なんだぞ! 塀をよじ登る時も踏み台として使えるし、体操服を詰めれば枕に早変わりする便利なものなんだ!

 僕は履修届の入ったカバンを燃やされないように抱きかかえる。

 そんな僕の姿にどう感じたのか、須川君を始めとしたFFF団はさらにヒートアップする。

 

「ちょっと待って、まだ諦めるのは早いんじゃない? 杏ちゃんノリで生きてるし生徒会に嘆願書とか出したら何とかなるんじゃ……」

「やかましい! 生徒会から依怙贔屓されてるお前と違って俺たちゃマトモに話したこともないんだよ!」

 

 なんて悲しい叫びなんだ。

 マズいぞ、須川君の叫びに呼応してFFF団の連中が頭巾をかぶりだしている! それに気づけば僕が教室から逃げ出さないように包囲網も造られて行ってる!

 ダメだ。もう彼らとは話が通じない。

 じりじり迫る松明の火。

 殺気立つ彼らを観察して――僕は覚悟を決めた。

 

「……わかったよ須川君、FFF団のみんな」

「……ほう? 随分と潔いじゃないか」

「君たちがどうしても僕の(食生活の)輝かしい未来の邪魔をするなら、僕も本気を出すとするよ」

「(女子生徒とリア充する未来なんて)抜かしよる……ッ!!」

 

 少しでも身軽になるために上着を脱ぎ、掴まれて拘束されないようネクタイを外す。

 

 その時、パサリと一枚の写真を()()()落とした。

 

「? なんだそ」

「忘れろッッッ!!」

「ろばんっっっ!?」

『『『須川!?』』』

 

 がっしゃーん!! と。

 僕とFFF団と、二限目の準備をするメンツとを隔てていた机が崩壊し、倒れた机が須川君を巻き込んだ。

 

「待て待て待て待て何でその写真を持っている!?」

「それを聞くならムッツリーニに聞いてカエサル」

「ムッツリーニ!!」

「…………何のことか、わからない……!(さっ)」

 

 僕に詰め寄ってきたカエサルが今度はムッツリーニに非難の目を向ける。ごめんムッツリーニ、今回は君も巻き込ませてもらうよ。

 

『アレには鈴木さんの何が映ってたんだ……?』

『ムッツリ商会にカエサルさんの写真も出回るとは……もしや他にも……!』

 

『まさかまさかの私らにも飛び火するとはな』

『やってくれたな吉井……だが仕方なし! こちらも槍を取るとしよう!』

『示現流の錆にしてくれるぜよ!』

『……おりょうさぁ、時々コアな間違いを言うのはネタなのか? それともガチなのか? 正直笑いどころわからなくて困るぞ』

『ごめんぜよ』

 

 ざわざわと騒がしくなる教室。

 みんなの視線がまばらになった瞬間を狙って僕は教室から忍び出た!

 

『あっ! 吉井が逃げた!』

 

 チィッ! 気づくのが速い!

 誰かの声が聞こえた瞬間に僕は走り出す。結局こうなっちゃうのかチクショウ! 今思えば杏ちゃんのあの言動はこうなることを予期していたのかな?

 FFF団に追いかけられるのはいつものことだけど、今回は履修届っていう明確な狙いがあるからコレを死ぬ気で守らなきゃならないんだ。しかも提出日まで一週間、ずっと奴らから逃げないといけない!

 でも僕は諦めないぞっ。全ては学食無料券を手に入れるため……!

 

 僕のカロリーを巡る、命を懸けた逃走劇の幕開けだ!

 

      ☆

 

 ――その日の放課後。

 

「……明久の奴、何故ワシを誘わなかったのじゃ……。少し寂しいぞい」

 

 人知れず、木下秀吉は涙を流した。




ちょっとその後のおバカ達

「あれー秀吉君? 何で泣いてんのー?」
「キャプテンっ。秀吉さんだって泣きたいときがありますってっ」
「でも秀吉さんがあんなに落ち込むなんて……いったい何があったんでしょうか」
「並大抵のことじゃ動じないのに、ちょっと心配です」
「む……すまん、気にせんでほしいのじゃ。少し色々とな」
「いろいろ? あ、バッドエンドの映画とか観たんでしょ。確か昨日そんなの放送されてたもん。あたしも最初はワクワクして観てたんだけど、最後まで観てすごくへこんだ……」
「いや、そういうことでは……」
「でもあたしにはバレーがある! すっごく運動したらなんかどうでもよくなっちゃったんだ! そうだ! 秀吉君もバレーやらない? 体動かせばすっきりすると思うよ」
「……そうじゃのう、少し考えすぎておったかもしれんのう。ちぃとばかり汗を流してみようか……ありがとの、磯辺」
「? よぉし!! 秀吉君も練習に加わったことだし今日は特別メニューをやるよっ! まずは柔軟をやったら対角打ち100本かける人数分!」
「「「「おー!」」」」


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