凍れる女神 (蕎麦饂飩)
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第一話 『のぞみ』

差別と区別の溢れた世界へヨウコソ


ある黒一色の本に記された古代文字から、ある地域で信仰されていた女神の存在が明らかになった。

その女神は今でも世界中で知られているオカルト的には有名な存在だったが、その正式な書物が今まで発見されることは無く、

その為に伝承では無くあくまでオカルトとしてしか扱われてこなかった。

その意味合いが大きく変わってしまったのだ。

 

彼女は大魔王であり救世主であった。

彼女は弱き者を虐げ人を人と思わない冷酷な無償の愛の持ち主だった。

彼女は人類を滅びの道より救う存在であった。

 

人口増加による緩やかだが不可避の環境汚染。

絶え間無く高まる緊張感と兵器技術の果ての最終戦争。

急激な環境変化に対応と適応が届かない人類やその食物への悪影響。

反人類存在による人類への存在否定。

星を肯定し、改変し、否定しえる活動における力無き有象無象の消滅。

人類以上の速度で成長する人類の天敵存在。

臨界にまで膨張した欲望に望み望まれた魔性。

異星からの侵略活動。

 

人類が滅び、滅ぼされる要因は幾らでも存在した。

その果てに消え去る直前の人類達は夢想した。

人類がもっと賢かったならば、人類がもっと強かったならば、人類がもっと美しかったならば、人類がもっと遵法的であったならば、

人類がもっと優れた存在であったのならば―――――――――――――――――――――。

 

あらゆる並行世界の人々の願いは人類史が分岐する以前に回帰して集合し、

一人の少女の貌を以って結合した。

 

人類をより賢く、より強く、より美しく、より遵法的な優れた存在に導き、滅びを回避する存在にするための道標となる少女、

それこそが、『最先の乙女』、または、『導く翼』。

それらを意味する名前を持つ女神である。

 

 

 

 

 

彼女は一般的な神々と同様、彼女なりの在り方で人類を祝福していた。

しかし、人類全体から見れば必要な祝福だったのかもしれないが、

その影響を受けた個々からすれば傍迷惑な一方的な御節介(愛情)でしかなかったのだ。

それは、彼女が人間を理解せず、理解しようともせず、理解できる基盤を持たなかったからに違いない。

 

 

 

 

 

耐え性が無く、お節介な彼女はそれはそれは積極的に人類を祝福し(虐げ)た。

彼女は早く人類に2つの足で歩き、空いた前脚を手として道具を扱う事を教える為に、

人類以前の存在が存在した森を氷河で焼いた。

冷たい炎『灼氷』の広がりは絶妙だった。

足の遅い、察知力の無い、ネットワークを持たない存在は人類になり得る前に、

成り損ないの人類未満としてその存在を消滅させられた。

 

まるでカードゲームで墓地や場、果ては山札から捨てカードを除外して強力なカードを場に出すような気軽さで女神はそれを実行した。

自陣営が勝利する大義の為にはその除外されるカードの立場なんて気にすることではない。

そもそも、カードに対して人権を感じる人がいないのと同じように、女神には自分が出したいカードを場に出して、

自分が行いたいプレイングを行い、結果として勝利する事が彼女の目的なのだから。

 

それが必要なのであれば1枚の強力なカードを場に出すために2枚の弱小カードを場から除く事に彼女は何の躊躇も持たなかった。

彼女の高すぎる視点は長期的な戦略としてはこの上なく優れていたが、余りに末端の視点とは見る景色が違い過ぎていた。

 

 

彼女は次に、黒人から白人を作った。

これは、彼女に回帰した多くの世界において世界の覇者が白人であった為、

白人の方が人類を強化するために優位だという合理的な思想だった。

勿論、消える間際の人類達の理想に尚差別主義の痕跡が遺されていた可能性は否定しないが。

 

この事は後の世に人種差別の大義名分の一つとなり、人種間の憎しみ合いを助長し、

闘争をより苛烈なものにさせる事に寄与した。

 

 

彼女はその初期人類の群れを細分化して競わせた。

それ故に彼女は戦争の女神と言われた。

 

彼女は人類では到達しえない美しさであった。

それは当然であった。賢く強く美しい指標として幾多の世界の人類が消滅の果てに望んだ理想形だからである。

それ故に彼女は美の女神であり、知の女神であり、闘争の女神であると言われた。

彼女は他者と自分の間に決定的な溝を持っていた。

それ故に彼女は処女神と言われた。

 

これは世界最大宗教の教祖が処女厨とマザコンを拗らせていたことと無関心とは言い切れないのかも知れない。

彼女は常に人類に負荷を加え、人類をより強化してきた。

それ故に彼女は善神にして悪神と言われた。

彼女の行う行動は豊富にしてしかしその根本はいつも同じだった。

人類を選別して繁殖させる。そう、それは家畜と同じ扱いだった。

それ故に彼女は人類の羊飼いであると言われた。

 

彼女は人類を選別させるために、人類自体に人類の負荷とさせる道を与えた。

即ち、彼女の娘達の存在である。

 

一の女王たる白は『王国・権利』を人々に伝えることを使命とされた。

人々は自分の権利を堅持し、拡大するために争った。

 

二の女王たる鋼は『言語・文明』を人々に伝えることを使命とされた。

人々は合理的に集結して争った。

 

三の女王たる黒は『地理・天文』を人々に伝えることを使命とされた。

人々は領土を拡大するために争った。

 

四の女王たる蒼は『血統』を人々に伝えることを使命とされた。

人々は己の遺伝子を保持したいという本能を理性的に理解した結果争った。

 

五の女王たる朱は『浄化』を人々に伝えることを使命とされた。

人々は不要物や疎外物を排除するために争った。

 

六の女王たる黄金は『歌・舞・宝・金融』を人々に伝えることを使命とされた。

人々は財欲に駆られて争った。

 

七の女王たる緑は『武器』を人々に伝えることを使命とされた。

人々は自己を護るに堅く、他者を傷つけるに易い存在を掴み争った。

 

八の女王たる橙は『狩猟・略奪』を人々に伝えることを使命とされた。

人々は奪い合う事を覚え争った。

 

九の女王たる虹は『農耕』を人々に伝えることを使命とされた。

人々は食と権力を結び付け、品種改良を経験的に覚えて争った。

 

十の女王たる無色は『王国・法』を人々に伝えることを使命とされた。

人々は競い合い、従い、争い、協和する事を学び、人間として人類として成長した。

他者を、そして自身を贄として洗練した存在へと変わっていった。

 

 

 

彼女は滅びた幾つもの人類の歴史を知る故に合理的であったが、

女神として一人(神)格を与えられた為に不完全であった。

 

彼女は当初男性に嫌悪感を感じていた為に、女性だけで繁殖できるような彼女の認識する美しい世界を夢想した。

彼女は女性同士の婚姻を祝福し、その夫婦、いや婦婦にも子供が生まれる様になっていた。

しかし、美しい美女同士の婚姻であるならば彼女は満足したのだが、

まだ淘汰と洗練が進んでいない時代、ゴリラ顔の女同士の婦婦など目も当てられなかった。

 

そこで女神は気が付いた。

美しい女性同士なら美しさを持つ者が1対ずつ必要であるが、

優れた男性が一人いればその遺伝子を拡散させた方が元手のコストも少なく合理的だと。

 

それ故に優れた男性を各地の王として多数の女性を囲わせた。

これが男性の社会権の再始動であった。

だが決して女神は男が好きな訳では無かった。

寧ろ自身に仕える者として男性を神殿の奥に入れる事は禁じられたほどだった。

儀式に参加できるのは美しい処女のみだった。

女神は美しく賢く強い女性が地に満ちる事を満足の一つとしていた。

しかし、その上位に位置する女性には婚姻による子孫の繁栄は許さなかったのである。

女神官達は単為生殖やIPS的な何か、又は一時的に何かが生えてくる呪法によってその遺伝子を後世に遺した。

 

女神の迷走は続く。其の後にもおかしな影響を人類史に与えた。

彼女は歌と踊りを愛した。それ故に歌う者踊る者に様々な祝福を与えた。

これによって幾多もの地域で巫女として女王として君臨する者が出現した。

 

逆に己の領分を弁えない愚かな男性に対する罰として、

古代中国を始め多くの地域では政治の中枢に関わる者達を玉無しにさせる法律を作らせたり、

民族粛清や自国民の民族的血統的優越を増長させたり、笑ったり笑えなかったりすることを彼女は善意で導いた。

 

彼女の『聖策』は人類における比較的遺伝子に欠点の無い、それでいて美しく賢く強い者を上位層と認識し、

その上位層を下位層と分離し、上位層を次代に遺伝子を増やす者、下位層を上位層の為に使い潰される物と定め、

折角洗練した上位層が下位層と交わらない様にヨーロッパにおける貴族の概念の強化と貞操観念の強化を定め、

インドではカースト制度を残した。

 

女神は革命を嫌い、秩序を愛した。強き者が弱き者を虐げ遣い潰す世界を祝福した。

真面目に生きる弱者よりも、狡猾に生きる強者を大局における『善』として祝福した。

人類が神々に恭順する世界を祝福した。

 

彼女は多くの世界において神威と王権と貴き血統の守護者とされた。

 

 

そんな女神の愛した民族がスパルタであった。

幾多の歴史と同様に彼女好みの民族であった。

体の弱い子供は捨てられ、競い合った先の脱落者は殺され、

生き残った者が権利を得る。

そうやって文化と共に遺伝子を洗練してきた。

芸術や宝石などの文化が衰退し、金属加工は戦争方面に全振りした姿勢には思う所が無かったわけではないが、

結果どっちつかずになったり、何処かのアテナイの様に自由や余裕や芸術に割り振った結果必死さが無くなり堕落した例もあるので仕方ないとした。

少なくとも軍事以外に、軍事とも直結している政治に関しては皆頭を使っていたので彼女はそれで許した。

 

そんなスパルタの中で彼女は主に信仰されているアポロンやアルテミス、そしてカルネイアとも領分が被る事はあったが、

それなりに上手くやって来た。どちらかと言うと独善的で傍若無人だが、真剣に人類を愛しているところに、

太陽と月の兄妹は仕方ないなと放置し、人類を家畜としてみるスケールにカルネイアは賛同するかどうかは別として感銘を受けていた為に、

上手くやらせてきたというのが正解だった。

 

そんな女神のお気に入りの人間はアルクマンだった。

スパルタ人では珍しい芸術系かつ軟弱な芸術に逃げた存在ではなく、芸術以外でも権力を備えた人物だった為だ。

しかし、彼は女神の事を恐れてぼかして記したために、結果として女神の記述ははっきりと残らなかった。

それ故に女神はキリスト教における異教の神=魔では無くなったのだが。

 

そして彼は女神の悪癖の為に、その性別を女性へと変換させられた。

 

そんな彼、いや彼女だったが、死ぬ間際に、

いや、死因の一つとしてベールの様な石板を見つけた。その読めない文字を読み漁っていく内に魂が損傷するのを感じたが、

それでも彼女はそれを読み進めて得た知識をもとに1つの本を作った。

 

 

 

 

それが、最初に示された黒い本である。

その本は書き上がるとともに瞬く間に変質し、アルクマンにも読めない文字に変わったという。

 

 

 

 

 

色々あったが、結局女神が愛したスパルタも滅んだ。

その原因は、強くなり過ぎた彼らに対する周辺国の恐怖と、スパルタに虐げられた奴隷達の内通による情報漏洩、

半奴隷による意図的に消極的な利益貢献等である。

 

女神は弱者の気持ちを理解できなかったし、理解しようとも思わなかったし、

そもそも理解できるようにできていなかった。

 

それ故に、この世界でもスパルタは一時滅びてしまった。

 

 

ギリシャの神々は彼女の事を非常に都合よく思っていた。

時代が黄金・白銀・青銅と進むにつれて人類は劣化した。

だからこそ、間引きの洗練を加えなくてはならなかった。

だが、神々がそれをしてしまうと、人類からの信仰を得られなくなる。

国家の為に必要な事であっても、票の為に嫌われる様な政策を選ばない現代の政治家たちと同じ発想があった。

だから、あくまで形だけの批難を女神に対して多くの神々が行っていた。

その行為には良い神アピール以外の何も存在していなかった。

 

 

 

結局の所、強大な力を持つも、多くの者に疎まれて、利用されて、助けも無く、利権を奪われる。

彼女の愛するものは護れず滅んでいく。

他の神々に気に入られた人間が、神が用意した何処かの神々や王族の血を引く等のぽっと出のバックボーンを主張し、

それを信じたものや、信じてはいなくても邪魔者を斃す為に有用な味方であると認識して彼女が守りたい者を滅ぼしていった。

 

 

 

 

彼女はそこで苦悩した。

 

無能どもが、それらはお前達が滅ぼしていいものではない。

お前達がそれらの為に進んで犠牲になるのが全体の、そして未来の為でしょう。

 

…いや、滅ぼされる愛しきもの達や、護りきれない私こそ無能なのか?

結局自分は自分の存在意義を果たせないのではないか?

 

 

 

苦悩は絶望へと染まった。

 

 

この後にナポレオンやシュヴァイツ(スイス)の反乱においてそれは確定的になるのだが、

彼女は所謂本来ある世界に上書きされて存在した神だった。

彼女は本来ある世界にオーバーレイをひいてその上で活動する様な女神であった。

幾多もの『失敗した』世界をやり直す一種の転生者たる女神には結局人類史は破滅から救えないのでは?

彼女はここで自分の存在に疑問を持ち始めた。

 

人類を愛し、人類を導き、人類を救う女神としての在り方に。

 

 

しかし彼女は反転するには善意の塊であり、悪事の塊であり過ぎた。

そして何よりも彼女は複数の世界による重複が集結した存在だった。

それ故に堕ちる事さえも叶わなかった。

 

 

 

だが、それでも女神は賢く美しく強かった。

それ故に、女神は弱者の気持ちを理解できなかったし、理解しようとも思わなかったし、

理解できるようにできていなかった。

 

他の神々が神秘濃度の薄くなった世界と強く賢く傲慢になった人類に見切りをつけていく中、

正義の女神さえ人類への干渉力と人類からの敬愛を失い、父母の待つ神域へと還る中、

彼女だけは懸命に、例え人類が神話を嗤う様になっても足掻き続けた。

 

幾多の伝承の中で時に悪役として、時に悪役として、時に悪役として――――――――――――――

…最早、悪役としてしか扱われなくても彼女は善意を元に足掻きつづけた。

 

 

彼女が愛したスパルタもハプスブルクもナチスも滅んだ。

それでも彼女は人類を愛し続けた。

その愛が人類にとって有益で、人間にとって有害であったとしても。

 

だが女神はスパルタを愛していた時ほど人類に対する干渉を行わなくなっていた。

これは、時代が進むにつれて人が神から独立してきた事、

時代が進むにつれて収束した選択肢の減少があった事。

時代が進むにつれて女神が人類に失望しかけてきた事。

 

弱者さえもが権利を主張し、強者さえもが聞こえの良い平等や友愛を謳い、

醜い綺麗事の中で義務を放棄し、競争を放棄し、洗練を放棄した人類たち。

血統を放棄し、決闘を放棄し、結党が個体を潰している時代。

 

文化は成長し、けれども人類は劣化し、

女神の目的は進んだようで後退していた。

 

女神は最早人類の意志に何の価値も見出していなかった。

人類の遺志に何の価値も見出せなくなってきた。

 

そんな女神が目を付けたのは現代においても、いや、時代に逆行すらし、

神秘を愛し、そして何よりも血統の研鑽を積み続ける魔術師達だった。

 

 

女神は彼等を偏愛する事にした。

 

 

魔術師達よ覚悟せよ。

汝等が神秘を覗く時、神秘もまた汝達を覗いている。

例えその視線が祝福の愛に由来したものだとしても、その愛が汝に祝福を齎すかは解からない。

 

 

 

嘗て古代に、多くの動物が優れた遺伝子を持って生まれてくる中、

人間だけはなんと5%近くもの確率で目に見える先天障害を持ち得る事を嘆いた女神は、

完全でない肉体を持つ全ての人間を滅ぼした事もあった。

其れさえも、人類と言う種族に対する愛から生まれた祝福なのだったのだから。

 

劣った遺伝子をプールから排して、美しく完成された遺伝子だけを残そう。

表面に見えぬ劣った遺伝子も消滅させよう。資源としては無駄に多すぎる。

種の保存に必要な遺伝子の母数はそこまで多くは無いのだから、

選別に選別を重ねて優れた良い子達を地に残してあげようという優しき母の如き無償の愛なのだから。

切り捨てられた魂には苦痛を覚えさせ、種族の無意識に劣った人間に生まれる事は悍ましい苦痛なのだと刻み込ませよう。

優れた遺伝子が満ちる事が幸せなのだと教えよう。

極めて劣った遺伝子の人間が地に満ちても、それはもはや女神の望んだ人類で無いのだから。

極東の2柱に生まれた奇形児を棄てる様に晒した時の様に、他の神の名を騙って洪水を引き起こした時の様に、

淘汰しよう、選別しよう、洗練させよう。

女神は歪な程真っ直ぐに人類を愛していた。

 

 

女神のその真っ直ぐすぎて人類からは歪んだ神性はアルクマンの著書における女神の発言からも見て取れる。

 

AGOGE(拷問)だなんて人聞きの悪い。AGAPE()の間違いでしょうに。」

 

 

 

 

 

 

 

人類を愛し、祝福し、望み、臨み、導き、支援し、救け、接し、慈しみ、期待し、願い、思い、愛し、祝福し、望み、臨み、導き、支援し、救け、接し、慈しみ、期待し、願い、思い、愛し、祝福し、望み、臨み、導き、支援し、救け、接し、慈しみ、期待し、願い、思い、愛し、祝福し、望み、臨み、導き、支援し、救け、接し、慈しみ、期待し、願い、思い、愛し、祝福し、望み、臨み、導き、支援し、救け、接し、慈しみ、期待し、願い、思い、愛し、祝福し、望み、臨み、導き、支援し、救け、接し、慈しみ、期待し、願い、思い、愛し、祝福し、望み、臨み、導き、支援し、救け、接し、慈しみ、期待し、願い、思い、愛し、祝福し、臨み、導き、支援し、救け、接し、慈しみ、絶望し、願い、思い、愛し、祝福し、望み、臨み、導き、支援し、救け、接し、恨み、慈しみ、期待し、願い、思い、愛し、祝福し、望み、臨み、導き、支援し、救け、接し、慈しみ、期待し、願い、思う女神は、この世界における人類の終末に辿り着いた。

女神は歓喜した。これでこそ、ここでこそ、こうでこそ、自分の存在を肯定できる。

 

願いは叶った。

彼女が求め、彼女が求められる場所が揃った。

これが女神の幸福でなくて何なのだろう。

 

彼女にとって自身の存在意義(人類の存続)否定に直面する事が救いだったのだ。

幾多の人類の歴史の果ての願いの収束点として人類の歴史を改変しようとしてきた無限罪の女神の最後の使命は、

神秘の欠けし頃、他の神々と違って天に掬われなかった彼女に対する救いだったのだ。

 

 

彼女は正気(狂喜)の中、人類存続に立ち向かう勇者に祝福の愛を向ける事にした。

例えその使命が、狂った歴史を正すという、上書きの女神である自身の肯定(否定)であったとしても。

 

 

 

人類最後のマスターはここに女神の祝福を得た。

 

 

だが、覚悟せよ。

女神のその愛が―――――――――――――――――――――――――例え祝福の愛に由来したものだとしても、

その愛が汝に祝福を齎すかは解からない。




女神→アルテミスの印象
何故あんなファンシー系被守護存在(デッキ)であそこまでのプレイングができるのでしょう?
速攻攻撃が可能な可愛いだけの4つ星の攻撃力1438しかない存在をああも活かすだなんて。

アルテミス→女神の印象
高火力だけで勝てるわけないじゃなーい。
攻撃力3000でも落とし穴に落ちたらおしまいよぉ?













望み
臨み


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第二話 『いのち』

マスターが主人公であるとは限らない。


無理矢理『座』よりの召喚に介入して女神は現世へと降臨した。

目の前には取り敢えず(・・・・・)のマスターである未だあどけなさの残る少年である藤丸立香、

そして彼のロリフェイス&アダルトボディなデミ・サーヴァントたるマシュ・キリエライト、

そして名門出身の所長オルガマリー・アニムスフィア がいた。

 

召喚を行う心算も、その準備も無かったにもかかわらず、

呼び出す事無く、勝手に呼び出されてきた美しい女神に3人は呆然としていた。

 

その女神は完全に完成された美であった。

余りにも美しすぎて、生きているように見えない。

そして、極めつけの自惚れ屋か先天的に神掛かった全能の存在でなければ、彼女に異性として接しようという気にはなれない。

親しみやすいような崩れなど一片も無く、ただその容姿だけで隔絶したなにかであることを証明していた。

そんな、誰がどう見ても口であるのに、

何故か高次生命体の音声を発する器官としか見えない場所が清らかな音色で言語と同じ音の配列を紡ぐ。

 

 

 

「私の為の私による私の人類種の守護に協力させてあげましょう。

讃えて、感謝して、平伏する権利をあげますからありがたく思いなさい。」

 

 

 

 

(うわ、勝手に出てきたのにどうしてそんなに偉そうなんだろう…。)

(…英霊は一時代の覇者であった方も多いので、総じて自信家の傾向はあるのですがこれは…。)

(品定めするような視線は不快だけれど、纏う気配も魔力も圧倒的…っ。下手をすれば神霊級じゃない。)

 

 

 

 

勝手にやって来たサーヴァントの余りの図々しさと自惚れにポカーンとする一同とは対極に女神は不快感を募らせていた。

現代人である彼らの対応は女神が今までに受けてきた対応の仕方とはあまりにもかけ離れていたのだ。

スパルタ王だって、中世ヨーロッパ皇帝だって、ヒトラーだって彼女には敬意と称賛と畏れの眼差しを向けていた。

 

感動の余りヒトラーが下手の横好きで女神の絵を描いた時にはその不出来さにビリビリと破り捨てたが、

確かに女神は人間味の無いほど、敬虔で誠実でも無能な者を嫌悪し、不信心で狡猾でも有能な者を優遇する。

無能であるが故に排斥されない為に自分を護る手段としての真面目さや誠実さで切り捨てられない様に媚びる人間こそを唾棄する。

だが、権力や能力のある者が彼女に傅く事が気持ちよくないかと言われればそのような事は無い。

だから逆説的にそのどちらでも無い者が、自身を上に置かない態度を取ると機嫌を悪くしてしまうのだ。

 

 

「まずは頭を垂れて跪き、私への忠誠と、私の美しさを讃えるべきでは無いのかしら?」

 

 

どうしてそんな事も解からないのかと不出来なものを見るような目で3人を見る女神の怒りで、

周囲の地盤が割れて発生した石礫が凍りつきながら暴風に舞う。無論彼女のドレスが捲れ上がる事は無い。

女神は基本的に不出来な者への温情は持たない性質だ。

ミニマリストの断捨離の様に無用な物に何時かの活躍の機会を期待せず、要らない者は容赦なく破棄する。

駄目なものは切り捨てる。人間なんて70億もある資源だから希少価値は無い。

精々数百万だけでも生き残れば遺伝子の保存には問題ない。人類の種には愛着を持つが、個々の命や意思に興味などないのだ。

 

だが、現在マスターは貴重であり、残り一人しか存在しない。

だから彼女には非常に珍しく、女神は恩赦を与える事にした。

 

 

「ですが、この無礼もあなたの希少価値に免じて赦しましょう。

ところで、そろそろ真紅の絨毯を曳いてくれないのですか?

そろそろ地に降りたいのですが、地面に直接佇むのでは私の靴が汚れるではありませんか。」

 

 

何を当然のように言っているのか?

立香も初めて見るような人種に驚きを隠せなかったが、

そもそも女神は人類の思考パターンでは理解できる範疇に無いので彼に非は全くない。

 

 

 

そして此処にもう一人あんぐりと口を開けている人物がいた。

そう、此度の事件の下手人レフ・ライノールである。

 

その理由として勿論女神の発言自体が少々どころでなく『アレ』な所もあるが、

それだけでは無かった。

 

(バカな…。アレほどの存在がどうしてここに…。

いや、考えてみれば当然か――――――――――――。)

 

 

オルガマリーとは違い、人の身ではないレフだからこそはっきり解ってしまう。

アレは本物の神霊。

それもサーヴァントなどと言う紛い物では無く、

神としての力こそ摩耗しているものの、サーヴァントの形で召喚されただけの現世に留まる『本物の神』だと。

 

そして完全な意味でそれに該当するものはそうはいない。

何故なら現代は神を見捨て、神に見捨てられた時代なのだから。

黄金や白銀にはそのままでも拾う価値があり、青銅や鋼鉄には利用により生まれる価値がある。

だが、石ころにはそのどちらの価値も無い。

最早、神々と人類の扱いは互いに石ころである以上、『本物の神』が存在するとしたら特定ができないわけがない。

 

 

(忌々しき女神め。だが衰弱しきった今では我らが王に叶う筈も無い。

それに既に滅亡の始まりは告げられた。最早神霊であろうと止めるには至らない。

だが、実に忌々しい。)

 

元々この女神の存在意義を知る者がいれば、

『歴史の改変』&『人類種の危機』という彼女が此処にあるに、何ら可笑しい事は無いのだが、

一般的には、片方(主に権力者)に肩入れして戦争へと煽り立てる女神としての側面で知られている。

 

だからこそ、人類最後の決戦舞台に嬉々として現れた戦狂いの女神の存在に納得してしまった。

 

(ただ殺したい、滅ぼしたい、滅したい。

何時もの様に、何時かの様に、神が悪魔を滅するべきである。

それだけの為に我々の願いを破壊するのか。

神というものは何時の日もも傲慢だ。だが――――――――――――)

 

主人公たちとは対極の意味で呆然とするレフ教授はある意味この場で一番真面目なのかも知れなかった。

 

「闘争の女神よ、やはり止めに来るのには遅すぎたようだな。

最早、意義である勝利すら掴めないだろう。『敗北の女神』として滅ぶために顕れるとは大した変わり者だ。」

 

 

 

そのレフの言葉に今まで一度もそちらに視線を向ける事が無かった女神が今初めて気が付いた様に振り向くと、

その表情を美しく微笑ませ、その鈴の鳴る様な可憐な声で、

 

 

 

 

 

 

 

「うふふ、うふふふふ、ふふふふふふふふふふふhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh――――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――悍ましく狂嘲した。

 

 

 

 

 

「何がおかしい。最早勝利の可能性などない。如何に神であろうと最早どうにもならない。

それすらもわからないか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直感的に

その言葉に女神は一層その笑みを深くした。

 

「      」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…当初、レフ・ライノールは女神の言葉が理解できなかった。

それは言語の次元が違うという話では無かった。

何故ならその言葉は人間である立香達にさえ聞こえていたからだ。

 

その言葉とは―――――――――――――――――

 

 

 

 

「何故だ、よりにもよって感謝の念を述べるとはどういう積りだ女神ィィ!!」

 

 

単純に言えば、『あ り が と う』だった。

 

 

 

 

 

 

 

「人として、人外として有能な貴方が、私の存在を、価値を肯定する機会を設けてくれました。

敵対者として存在する以上、生存する価値も権利も意義も認めてあげられませんが、

引き立て役として私の神話に記録してあげても良い異業です。」

 

 

 

それは人類に優しさを向けることはないも、肯定する女神の価値観であり、

俗な言い方をすれば一種の英雄願望であり、

神々が他者に求める生贄欲求であった。

この女神においてはそれは役割を果たす手段であるという酷く無機質なものであったが。

 

 

 

NBKM(ナチュラルボーンクズ女神)らしい発言である。

 

 

 

 

 

 

「昔々から様々な地域で悪の代名詞が登場して、神々や英雄に屠られてきましたよね。

結局マッチポンプだったり、存在自体が後付けだったりする場合もあるからなのですが、

その時の神々や英雄(かれら)の顔を見た事がありますか?

とてもいい笑顔をしていましたよ。きっと多くの悪役たちはその表情を見たでしょう。

そうですね、こんな風な表情です。」

 

 

そう笑う女神の形だけの表情は言葉に乗せた皮肉さえも見受けられない何処までも清々としたもので、

思わず場にいる誰もが見惚れてしまっていた。

 

そうやって場を笑顔一つで支配した女神から、各々に自我を取り戻させたのは、

他でも無い女神自身であった。

 

 

 

「美しければそれだけで説得力が生まれるでしょう?

強ければそれだけで強制力が生まれるでしょう?

賢ければそれだけで選択肢が生まれるでしょう?

能力が高い者が優越できる世界を目指すのである以上、

その象徴である私がそうある事は当然なのですよ。それを体感できたでしょう。」

 

 

その言葉と共に女神の美しさに囚われていた者達は思考の再起動を始めた。

そして思考を取り戻した立香は文字通り神をも畏れぬ蛮行を働いた。

 

 

「では、能力の低い者は?」

 

 

 

 

「能力を上げる様努力して、尚至らぬものは、

―――――――――――――――種も残さず朽ち果てるか他者の養分となるべきでしょう?」

 

 

 

 

この辺りで元一般人である立香は決定的に感性が違う物なのだと理解した。

他者との間に思考の違いがある場合、その差異を相手側の間違いとして嫌悪しないのは立香の天賦の才なのだが、

此処に来てその原点が共感よりも理解に近い性質であるがゆえに、

まるでゲームシステムの一つとしてあらゆるデータを掌握して計算するゲームプレイヤーのアバターであるような、

そのあらゆるものに対する制限や禁止を減免される性質に順応される心理がそのまま作られた精神であるが故に、

女神の性質を記号的に理解する事に留める事にした。

 

 

立香の次にマシュが発言しようとしたが彼女は発言を言葉に乗せる事が出来なかった。

彼女の中の何かが女神を明確な『悪』と認識しているにも拘らず、それを実行に移すには心が見えない威圧感に制御されていた。

 

 

女神に対して恐怖を持つ人間には言葉を発する事さえできない。

出来るとすれば、女神をそのまま記号と認識できる者か、信奉者、自制を失ったもの。

若しくは――――――――――――――人間以外であった。

そう、例えば悪魔(レフ・ライノール・フラウロス)などだ。

 

「女神よ、どれだけ貴様が希望を掛けようと、人類と言う種自体に限界の到達点がある。

いや、生命自体に限界が存在するのだ。」

 

 

「ええ、それは理解しているわ。だからこその私や貴方。

違うかしら?」

 

 

 

 

 

 

「そうか、理解している…か。

本当に理解しているのか?」

 

 

少なくともレフには自分達だけは理解している自信があった。

だからこそ、3000年も前に大事業の準備を始めていたのだ。

それ故に、他者がそこまですることが必要な本質を理解しているとは信じられない。

少なくとも自分達と違って何の準備もしてこなかった存在には。

 

 

 

「ええ、だからこそ私は此処にいる。

神としての力をそのために(・・・・・)使い果たして此処にいる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レフとしては心当たりが無い。

だが、実際の遭遇は初めてだが、

言葉こそは丁寧でも圧倒的に高慢な女神がブラフを仕掛けてくるような相手とは到底思えない。

 

 

 

 

互いに無言が続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女神に発言ができる者は、女神をそのまま記号と認識できる者か、信奉者、自制を失った者か人外。

記号と認識できる者(りっか)人外(レフ)は言葉を述べた。

その次に女神に問いかけたのは緊張のあまり自制を失った者――――――――オルガマリーだった。

 

 

「結局のところ、わたし達を助けてくれるってことで良いのっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

何処か、希望を滲ませながら言葉を発露する自身の弱さをひた隠しにする繊細な少女はそう言葉を発した。

 

彼女は名門の出ではあるが、貴重なマスターではない。

きっと女神の顰蹙を買うだろう。そうレフは口元を歪ませた。

 

女神は無言でオルガマリーを暫く見つめた後、立香に視線を向けた。

少なくともその行為はレフとオルガマリーにはオルガマリーなんて眼中にはいないと言っているように感じられた。

 

「助けて…なんてくれないわよね。そうよ、解かっていた。そんなこと。」

 

 

 

解っていたという割には裏切られたような少女には女神もレフも慰めの言葉を掛ける事はしない。

だが、少女の部下の二人は、

 

「大丈夫ですよ。僕達やカルデアの皆がいますから。」

 

「ええ、先輩と一緒に私も頑張ります。」

 

 

 

 

「っ!! 二人とも…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで独りで走ってきた少女が疲れ果て倒れる中、支えて励ましてくれる仲間の存在に気が付いた。

そんな何とも涙ぐましい場面である。

 

 

 

そして―――――――――そんな感動の場面をぶち壊したくなるのがレフ・ライノールと言う悪魔である。

 

「助けて…、助けて、か。

ははははは、これはおかしなことを言う。その二人はおろか女神すら君を助ける事は出来ないだろう。

何故なら――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――君は既に死んでいるのだから。」

 

 

 

 

 

厳密には君の肉体は、だがね。

そう付け加えるレフは最高に生き生きとした顔をしていた。

 

 

 

「どういうこと…?」

 

反対に先程のようやく自分を助けてくれる仲間を手に入れて生気に満ちてきた少女はその表情に不安の影を落とした。

そして聞いたことは律儀に答えてくれるのも悪魔の性質である。

 

「どうして精神が生きているのかは解からないが、肉体は爆発四散しているはずだ。

何せ、この事件の実行者たる私こそが君の足元に爆弾を設置したのだから。

トリスメギストスが意識だけを拾い上げたのは予想外だったが、ね。」

 

 

「つまり、わたしは―――――――」

 

その結論の先を自分の口で紡げない弱き少女に悪魔は嬉々として現実を告げる。

 

「既に死んでいるのだよ。先程も言っただろう。霊子演算から現実世界に解放されたとき、

君の受け皿である肉体は無い。君が切望したレイシフト適性を手に入れたのがその証拠だ。」

 

 

そんな淡々と絶望を告げる悪魔の言葉に補足的な説明を加えたのは女神だった。

 

 

 

 

 

「あなたは今、失った機能を機構で補っているわ。

その動力はトリスメギストスから供給されてるの。つまりあなたはトリスメギストスを降りたら死ぬのよ。

…そういうことでよいのかしら悪魔。」

 

 

「ああ、あはは。素晴らしい。

本人よりも、今ここに顕現したばかりの(あかのたにん)の方が物わかりが良いなんて。」

 

「ええ、これは悲劇と言うよりもいっそ喜劇と言うべきものかもしれませんね。」

 

 

 

 

 

 

「ああ、貴様が敵性存在であることを惜しく思う。」

女神の性格が冷徹冷酷なだけでなく、悪魔とタメを張れる悪辣なものであった事に悪魔は悔やむ。

その言葉は告白にも似ていた。

女神自身は悪辣と言うより無機質なだけなのだが、

自分が親近感を感じたいというレフの感情は、恋に似ていたのかも知れない。

 

 

だが、男には全く興味が無いどころか、どちらかと言えば嫌いな女神はそれをさらりと袖にする。

「あら、私は貴方は敵役で適任だと思いますよ。

そこそこ優秀で、味方につけたいほど容姿が整っているわけでもなくて、

友達が多そうでも無い。

個人の敵にするには勿体無いけれど、全体の敵にするには丁度良い捨て駒ではないかしら?」

 

 

農民を纏める為に必要なのは農民ですら見下せる穢多非人で十分だったけれど、

尊王攘夷の敵には江戸幕府が必要だったのでしょう?

ああ、アレは江戸幕府を滅ぼすために尊王攘夷のお題目を持ってきた、だったかしら?

 

 

 

 

ナチュラルに差別用語を並べて女神が附け加える補足も十分にゲスで、

彼女にこそ友達などいないのではないかと皆が確信した。

 

…そして時として、神と言うものは悪魔よりも自分勝手で冷酷で残酷なのだ。

 

 

「ねえ、そこの少女、あなたが生きながらえれるとしたらどうする?」

 

 

 

 

 

 

 

「助けて…、 助けて、くれるの?」

女神が瞳の奥に隠す愉悦に気が付かぬまま、垂らされた蜘蛛の糸に少女は縋る。

 

 

「ええ、でもそれはあなただけの意見では決定すべきではない。

私は善良な女神なので各々の遺志を確認するの。

…そこの少年、あなたは犠牲を払ってでもこの少女を助けてあげたい?」

 

 

 

女神の透き通るような微笑みにマシュは嫌な予感がした。

だが、それを行動に映せないまま優しい少年は決断を告げる。

 

「やれる範囲であれば。」

 

 

彼女が先輩と慕う立香らしい判断だった。

 

 

 

「うふふふ。此処に制約は成立した。

歓べ少女。あなたの願いは此処に叶う。****WO■■****」

 

 

 

 

 

 

マシュの横で一瞬だけ立香の身体が消失した。

驚いて立香の方を見るとその姿が断続的にぶれ始めた。

 

「何を、何をしたのですか女神っ!!」

 

此処で初めてマシュは女神に言葉を発した。

先程の区分で言えば彼女は自身を律する事が出来なくなった者に当て嵌まるのだろう。

 

 

その憤怒の満ちた、そして既に予測が付きつつある絶望的な観測を誤魔化す為の怒りの言葉を女神にぶつけた。

しかし女神はまるでマシュに興味が無いかのように視線すら向ける事は無い。

そんな女神に変わって悪魔が現実を突きつける。

 

 

「肝心な事をぼかして契約者を破滅させる。

この私が言うのも何だとは思うがまるで悪魔の様な所業じゃないか。」

 

 

 

 

オルガマリーは申し訳無さそうに下を向き、

立香は「ああ、死にたくなかったな。」そう自嘲しながら儚く笑っていた。

当事者である二人は自分達の身に起こっていることが直感的に理解できたのだろう。

女神はその当事者の一人である立香に話しかけた。

 

「…少年、あなたはもっと死にたくないと連呼しながら消滅すると思っていました。」

 

「できるなら、そうしたいに決まってるじゃないですか。

ああ、死にたくない。死にたくない。そんなのは大前提です。

でも、もう終わってるんですよね(・・・・・・・・・・)。」

 

 

「ええ、終わってる(・・・・・)わ。

あなたから繋がっているトリスメギストスとかいうものの先にある肉体を材料に、

そこの少女の肉体を構成中よ。もうそろそろ完成ね。」

 

オルガマリーはその言葉に立香に合わせる顔が無いと更に下に俯いた。

 

 

「少女、喜んでいいのですよ。

見た目こそあなたの意識そのものだけれど、隷属する霊的接続や霊子潜入適正も含めて有益な才能は少年から移植させましたし、

旧い呪縛からも解き放ちました。

容こそ人間だけれど、遺伝子構成(なかみ)は最早別物よ。白銀時代の人間でさえ敵わないのでは無いのかしら?

心臓の位置が違うとかその他の細かい事は後を追って説明してあげましょう。

破格の待遇ですよ。これも貴方が美しく賢く強く貴い血筋だからこそ、

形式上でも現生人類で私の召喚者に相応しい貴方だからこそ、この待遇であることを理解してくださいね。

マスター(・・・・)。」

 

 

新たなマスターであるオルガマリーは喜べない。

その喜びこそが仲間になると言ってくれた立香への裏切りであるように感じられたからだ。

だが、裏切りと言うのなら既に立香が消えそうになっている時点で裏切りなど既に終わっている。

 

 

 

 

 

ところでヒーローの変身中や名乗り上げ中は基本的には敵は攻撃してこない。

それは悪魔の所業であり、真っ当な悪の構成員なら守るべきマナーであるからだ。

 

だが、悪魔であるレフにはその枠組みには入らない。

 

「魔法染みた力…流石は腐っても神ということか。

だが、この状況を易々と見逃すわけも無いだろう。」

 

 

レフが魔力を集中させて攻撃に転じようとした時だった。

 

 

「どなたかわかりませんが、肉体の世界から此方を見ているのでしょう?

早く連れ戻しなさい。マスターは今、変態したばかりの昆虫か脱皮したばかりの甲殻類、

若しくは発芽したばかりの若葉みたいなものなのです。

一番美味し…いえ、一番脆い状態なのです。さあ、早くしなさい。」

 

 

 

その言葉に反応したロマニ・アーキマンによる回収作業に対して妨害と、オルガマリー達への攻撃を同時に行ったレフだったが、

攻撃の阻害と、妨害の排除と、回収のアシストと、自身の肉体の核を応急的に現世へと創り出す4つを同時に行った女神によってそれはならなかった。

 

 

 

 

 

 

そして、女神とオルガマリー・アニムスフィアとマシュ・キリエライトは、

冬木の町から現実世界へと舞い戻った。

消え去った藤丸立香を残して。




だれかの命
異なる『ち』


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第三話 『しょくざい』

オルガマリー達は帰還を果たした。

一人犠牲となった藤丸立香を残して。

 

 

少々サイズが大きい男性用の衣服を身に着けたオルガマリー・アニムスフィア。

その衣服は問うまでも無く彼女の為に犠牲になった故人のものである。

 

その横で大量のカルデアの電力を食らい続けながらうっすらとながら徐々に実体化していく女神。

 

 

それはマシュ・キリエライトの神経を逆なでするには十分だった。

不遜にも女神に向かって盾を叩きつけようとするマシュ。

 

 

 

「そこまでだ。」

「その女神を滅したところで立香君は還ってこない。」

 

カルデアのメンバーであるアラサーのいい年してゆるふわ系イケメンを気取るロマニ・アーキマンと、

絶世の美女風変態男のヴィンチ村のレオナルドさん(♀)がマシュを羽交い絞めにして制止した。

 

「先輩をっ!! 先輩をっ!!」

 

 

そう感情的になったマシュに涼しい微笑を崩さないまま、女神は自覚無く言葉のハイオクを水槽単位でぶちまけた。

 

「復讐は生産的ではないわ。そのエネルギーは私の栄光を築く為に使ってください。それに――――」

 

 

マシュの憤怒は怒髪天を突いた。この邪知暴虐を赦してなどおける者か、と。

マシュの力が一段と強まった事と、この状況においてあまりにも冷徹な事を言う女神に唖然としてしまったために、

制止をしていた二人はその力を緩めてしまった。

 

だが、

「ああ、可哀想なマスター。誰も彼もが貴方が死んで、彼が生き延びれば良かったというのですよ。

ああ、なんて可哀想なマスター。…大丈夫ですよ。私だけは貴方を救済して差し上げられる。

私だけは貴方を愛してあげられるのですよ。

それに彼だって私にもマスターにも恨み言を言わなかったでしょう?

私の考えに賛同したのですよ。

より優秀な者を繋ぎとして、神を味方につけるという偉業を彼も成し遂げる事が出来て満足しているはずですよ。」

 

 

「わたし…たすけ……あいして…?」

 

部下を犠牲にして生き延びる事になり、自責の念に押し潰されそうになっているツンデレ類ガラスハート目所長系生物、

オルガマリー・アニムスフィアは責任感が強く、自分勝手な事を一見言いながらも他者への思いやりを忘れない優しい少女だったが、

拠り所を自分の中にさえ持たず、故に打ち崩れた少女には、自分に浸透する甘い庇護の声に逆らう事は出来なかった。

 

 

何の脅威も無いように笑う女神に抱きしめられるオルガマリーは、

マシュからすれば丁度人質の様になっていた。

 

マシュにとっては最早オルガマリーに対しても若干の憎悪が無いと言えば嘘になる。

この女のせいで先輩が…。

そんな思いが無いと言えば嘘になる。

だが、女神とは違い人を逸脱した力で攻撃を加える対象にはできなかった。

彼女もまた優しい少女であったからだ。

だが、それ故にオルガマリーへの憎悪の種が、日の光を浴びる時まで残る事になる。

 

 

基本的にファーストコンタクトを以って、トップを除くカルデアメンバーの好感度を著しく下げた女神であったが、

彼女はそのような事を気にする性質ではない。

彼女にとっては自身が愛する事こそ大切で、自身が愛されることなどは大切ではない。

彼女は100の事を与えられるから彼女からの恩寵には価値があるが、

他者の1しかない恩寵を受け取ったところで10000もある彼女には何の影響もないからだ。

故に、彼女は憎悪すら気にしないのである。

 

 

 

 

 

 

 

傍目には容姿こそヒトと神の隔絶した差があるが、

優しい姉と、甘えたがりの妹にすら見える美しい抱擁。

 

割とアレな所があるアラサーと美女風男性(♀)は、

ああ、この風景自体は存外に悪くない。美しさ自体には罪は無い。

時折女神が敢えて少女の耳元に息を吹きかけて、その度に少女が顔を真っ赤にしているが、それもまた良いモノだ。

とゲスな発想をしていた。

流石に生前モテまくった人達は違う。童貞で死んだ、歪んで捻くれて拗れた作家の様な男とはまた違う意味でゲスい。

だが、流石にそろそろ用件を伝えなければならない。男性的欲望(ロマン)を愛する男こと、ロマニ・アーキマンは流れを動かす事にした。

 

「あー、そのままで良いから聞いてくれるかな。」

 

「必要な情報はマスターから抜き取っているから、それ以外だけでいいですよ。」

 

 

「何だかつれないな。まあいいや。今回レフのお蔭で大半のマスターが行動不能になった事は解かっていると思うけれど、

その任務を現在唯一正式なマスターである所長とそのサーヴァントさんにやって貰う事になるんだ。」

 

「…だそうですよ。マスターはそれで良いですか?」

 

 

 

「ええ。」

 

「良かった。」

 

この女神の良かったの後には『良かった。この後脳をいじくるはめにならなくて。』と続くのだが、

繊細なマスターの手前それは口にしなかった。

 

 

 

「その任務とは、複数の世界において歪んだ歴史を―――――」

 

「『修善』する事でしょう?」

 

 

「あ、ああ。『修繕』する事だよ。」

 

 

女神の深まる笑みに何か途轍もない契約の捕らえ違いが行われていないか?

先程の藤丸立香の様に正しい契約上で騙される(・・・・・・・・・・・)事になっていないか?

一応は悪魔との契約には造詣が深いと自負があるロマニ・アーキマンは、背筋が凍るような何かを感じていた。

 

 

その視線が見咎められたのだろうか?

女神は自分の胸に抱きしめた美少女から、アラサー系男子の方へ視線を向けて離さない。

 

「…ねぇ、あなた、何処かで有名になった事は無いかしら?」

 

「……う~ん、良くレオナルド・○○プリオや木村■也に似てるとは言われるけどね。

そういう貴女は―――――」

 

 

一気に心拍数が上がった自分を上手く制御してこの場だけでは完全に取り繕ったロマニは、

逆に女神に話をずらしてその追求を封じた。

 

「そうですね、互いにその追求は止めておきましょうか。」

 

「それが良いと思うよ。」

 

話を打ち切った女神に追随したロマニ。その二人をダ・ヴィンチだけは訝しげに見ていた。

 

 

 

 

 

「必要な事があれば脳を覗かせてもらいます。それが嫌なら言葉で伝えるようにしなさい。

私は霊子の収束が未だ不完全なので暫く休みます。」

 

 

 

 

 

そういうと、女神は少女を抱えて少女の寝室へと向かっていった。

道中で遭遇した威嚇する大きめのリスを脚で追い払いながら。




食材
贖罪


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第四話 『せんきょう』

オルガマリーと同じベッドで眠った女神はふと夜中に目を覚ました。

彼女が起きた原因であるプルプルと震えながら、

「ごめんなさい。ごめんなさい。」

そう震えて魘される少女を抱きしめた。

 

その震えが徐々に収まるのを感じながら、女神は嘗て創り出した進化の使徒(むすめ)達をふと思い出した。

思えば彼女達には母親らしい事は何一つしてやれなかった、と。

豊穣の母(デメテル)花の乙女(コレ―)を手放した時の様に嘆いてあげられなかった、と。

だが、女神には何故それを今思い出したのかが解からなかった。

元人間如きが女神自ら生み出した高尚な存在と対等であるわけがない。関連性の欠片も無い。

所詮は自身を此処に縫いとめるたびの楔であり憑代でしかない。

 

ああ、きっとその程度でしかないのです。

そう結論付けながら笑った。

何時もと何一つ変わらない清廉とした微笑で。

 

 

翌朝、少女は起床すると何時の間にか自分を抱きしめている女神に驚いて赤面していた。

 

 

 

 

その日の朝になっても女神は未だ不完全。未だ多くの魔力を吸い続ける必要があるが、

それなら、聖杯を探すためのレイシフト先で敵性存在の魂を喰らい続けて回復していけばいいと思いつき、

 

 

「早く歪んだ歴史の世界へ私達を飛ばしてください。」

 

そうロマニに告げた。

勝手に自分のサーヴァントが相談も無しに方針を決めていくのだが、

結局何だかんだで押しが強い相手には弱いオルガマリーはそれに小さく文句を言うくらいで、

大きな反対はしなかった。

 

どちらかと言えば、問題はマシュ・キリエライトであった。

 

 

先輩を殺した相手の言に従いたくありません。

無言だがそんな態度が透けて見える。

 

女神は、

だったら仕方ないですね。洗脳しますか。

最悪彼女が死んでも、適正100%を受け継いだマスターなら新しいサーヴァントも呼べますし。

そんな人外の倫理観を何時も通りの微笑の裏で考えていた。

家畜が逃げない様に躾をしよう。葡萄の樹を収穫しやすいように上に伸びる枝を剪定しよう。

その感覚を人間にさえ当て嵌めるのがこの女神なのである。

一応この女神はオルタでもバーサークでもなく、至ってまともであり、

属性も秩序・善である。

 

「日本には物事の合理性では無くて、常に相手の反論だけに徹する文化が政治を中心にあるみたいですね。

あの首相を引きずりおろせるなら、あの党の反対の意見であるなら――

其ればかりで感情論以外の中身が無い。

私は衆愚よりも有能な独裁者の方が好きなのでおいおいその感情も矯正してくださいね。」

 

 

性質が秩序・善だけあって自身の発言が絶対的に正しいという確信を以っており、

他者の感情など意に介さない。

 

「…っ!!」

 

怒りに歯を噛み締めるマシュだったが女神にはそれはどうでも良い事だった。

だが、女神的にはマシュの評価は悪くない。

能力は高いから仕事さえしてくれれば構いません。

ですが、それ故に寿命が短そうなのが残念です。優秀な遺伝子の保持者は優秀な子宮だというのに。

今度折りを見て改造してあげましょう。ええ、それが良いですね。

 

NBKM(ナチュラルボーンクズ女神)に相応しい独善であった。

 

 

 

 

 

その後、女神を除くカルデアメンバーのお願いや勇気付けによりマシュも同行してレイシフトをすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして女神は戦乱のフランスに降り立つ。

 

 

 

第一特異点 邪竜百年戦争  『聖処女の悲劇』

 

女神は何時もの様に神々しく降臨した。

後は天使の様に振る舞うだけで人々は勝手に情報を齎してくれた。

女神は当初片っ端から脳を弄って精神を改竄していけばよいと思っていたが、

何もしなくても良いのならそれが楽であった。

因みに彼女も王宮(ロイヤル)風ならフランス語も余裕であるが面倒なので念話で人々の精神に直接語りかけた。

それがより天使からの啓示のように人々には思われたのだろう。

つくづくサイコパスと言う人(神)種は外面だけは良い。

女神は都合良くいく状況に満足していた。

 

女神でありながら『天使』や『聖母』如きと間違えられたのは甚だ不快であったのだが。

 

 

聞けば『魔女』ジャンヌ・ダルクがフランスを襲い、国王や異端審問の司祭等が復讐の為に殺されたのだという。

女神が見てきた歴史の中では、ジャンヌ・ダルクは過激派で農民であるが故に使い捨てられ、

ジャンヌ・ダルクを旗頭に強大な権力を持っていた大貴族ジル・ド・レェは、

封ぜられた国王一派と同等の権力さえあった故に、用意された様々な悪行を押し付けられて処刑され、

その財産を国有のものとすることでシャルル7世は盤石な世を作った。

 

フランス革命の基盤を作り、自由と平等を世界に広める様になった憎むべき事件だが、

大きく見ればそれは必要な事だった。そう女神は認識している。

だから、

 

 

 

「今回もまた、ジャンヌ・ダルクには割を見て貰いましょう。」

 

 

 

 

 

所詮は彼女も替えの利く平民です。

そう笑う女神にマシュは未だ見ぬジャンヌ・ダルクに同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、人々が騒ぎ出した。

「竜達が来た。」

「魔女が俺達を滅ぼしに来たんだ。」

 

 

 

その声を聞いて、希少価値的にも竜>ヒトであると判断する女神は、

飛んでくるワイバーンの内、個体値が低そうなものの体内を凍らせて絶命させた。

凍結したワイバーンは地に墜ちて凍った体が地面に叩き付けられて粉々となっていく。

 

個体値が高そうで鱗の艶が良いものは洗脳を仕掛けて、人々には怯えて去っていくように見える演出で逃がす事にした。

 

 

 

「凄いのね。」

 

無言のマシュとは対照的にテンションが少し高めのオルガマリーに女神は告げる。

 

「ええ、当然です。貴女のサーヴァントですから。」

 

 

厳密には違うがそういう事にしておいた方が色々と楽なので、女神はそう言う事にした。

内心はヒト如きの隷属者(サーヴァント)だなんて冗談でも言いたくなかったが仕方ない。

勿論、表情は何時もの微笑のままである。

 

 

 

 

「天使様ーっ!!」

「天使様ーっ!!」

「天使様ーっ!!」

 

 

人々は歓喜に包まれていたが、やがてその歓喜も急激に冷めた。

ジャンヌ・ダルクが現れたのだ。

 

 

 

 

 

 

「まっ魔女だ。魔女ジャンヌ・ダルクが来たぞーっ。」

「天使様、アイツを殺してください。あの魔女を。」

「そうだ。天使様なら直ぐに魔女を殺してくれる。」

「天使様ッ!!」

「天使様ッ!!」

「天使様ッ!!」

 

 

 

ああ、なんて目障りで無力で傲慢な人間達なのだろう。

女神の心は完全に冷めきっていたが、取り敢えずジャンヌ・ダルクの手足を地から生える氷の茨で繋ぎ止めた。

 

動きを封じられたジャンヌ・ダルク。

当初はその姿に怯えるばかりだった住人達も、ジャンヌ・ダルクが無力化されたことを知ると各々が棒などを手に取り、

囚われたジャンヌ・ダルクを嬲り始めた。

 

「ちょっと、止めなさいよっ!!」

 

 

余りの残酷さに制止したオルガマリーだったが、

暴走した人々の熱狂は止まらない。それどころか――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツも魔女の仲間だ。天使様、ソイツも魔女の味方です。

ソイツも殺してくださいっ!!」

 

事もあろうにオルガマリー達をも魔女の一派として葬ろうとしたのだ。

天使の強大な力が他の誰か(オルガマリー)の信用の元に振るわれるのが我慢できない。

その強大な力は自分達の、いや自分の為だけに振るわれるべきだ。

そんな意識が人々の中に存在したことは否定のしようが無かった。

 

 

 

 

「やはりフランスは滅びるべきだったのかもしれませんね。」

女神がそう呟くと人々の熱狂は氷点下に落ちた。

いや、厳密には周囲に広がる霜柱を踏みしめた人々が老若男女問わずその体の内部を凍結させられていた。

物理的に頭を冷やす事になったのだ。

 

女神は真っ直ぐ捕らえたジャンヌ・ダルクの方へ向かう。

道中の間に立つ手を繋いだ親子や少年の氷像をなぎ倒しながら。

彼らは当然、先程のワイバーンと同じ末路をたどった。

 

 

 

 

 

 

「…皆が皆悪い訳無いじゃない。」

 

オルガマリーは女神を止める事が出来なかった事に後悔するが、それは無駄で無意味な事であった。

 

 

 

 

 

 

何故なら、神には人の心が解からない。

それはごく当たり前の事なのだから。

 

 

 

 

「貴女は、貴女は一体何をしたのですか。」

 

「何故なのでしょう。貴女を助けてあげたというのに。

何故感謝の言葉を最初に述べようとしないのですか?」

 

 

余りの女神の残酷さにその理不尽が理解できないと怒りさえ構築できずに呆然とするジャンヌ・ダルク。

そしてその感情が全く理解できない女神。

 

その思考の中では、最初に氷で動きを封じた事を怒っているのだろうか?

あまり、私に従順で無いのなら改竄してしまいましょうか。

と何時もの平常運転であるが、やはり何時ものようにその表情だけは美しい微笑が乗せられている。

 

「何故、人々を殺したのですかっ!!」

 

それに耐えきれなくなったジャンヌは慟哭するが、女神にはそれこそ理解ができない。

 

「貴女の敵だったのでしょう? ジャンヌ・ダルク。

それに、今後のフランスを担うような優秀な個体は遺伝子を精査しても見つからなかったので大丈夫ですよ。」

 

ゾッとする様な発言にジャンヌは声すら失う。

だが、女神にはそんなジャンヌの感情を推し量るよりも確認すべきことがある。

 

「貴女が今回の元凶ですか?

貴女を此処で殺せば今回の事変は解決と言う認識で良いのですか?」

 

女神は指の隙間に氷の刃を生成してジャンヌの首元に近づけた。

 

 

 

血の気の色も失ったジャンヌに女神は少し痛めつかないと吐かないかと判断し、

少し押し込んで首筋をなぞる。

それだけで、刃は薄皮を切り裂いた。

 

ちょっとどちらが悪役か解からなくなる状況にマシュが制止を掛けようとするが、

恐らくそれを聞きそうにない。故にオルガマリーにそれを頼もうとしたが、

女神のマスターは既に動き出していた。

 

 

「ちょっと、やりすぎよっ!!」

 

 

それは殺された人々も含めての発言だったのだが、

女神には頸動脈を急速に冷やしては喋りにくいと言っているように聞き取れた。

 

「そうですね。やりすぎたかも知れません。」

 

 

女神がそう言うと女神が生成した氷の拘束が全て砕け散った。

地に倒れ伏しながら首元を押さえるジャンヌに女神は問う。

 

「先程の質問をもう一回だけ繰り返してあげましょう。

貴女を此処で殺せば解決するのですよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ…違います。

今回の事件は『もう一人のジャンヌ・ダルク』によるものです。」




戦況
宣教
仙境
染凶


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第五話 『きょうしん』

もう一人のジャンヌ・ダルクという言葉。それを信用するかどうかは女神には簡単な事だった。

少し中身を覗けばよい。本人の同意があるならば簡単だった。

無論、全身に氷の刃を後少し動けば刺さる様に生成されれば同意せざるを得ないだろうが…。

 

 

ジャンヌ・ダルクの精神から直接情報を得た女神一行は取り敢えず近くの町に行く事にした。

出発前に女神が、

 

「もう此処には情報源が無さそうですからね。」

 

と自らが凍死させた人々を視線で流しながら告げる様にジャンヌは唖然としていたが、

マシュに、

 

「こういう方です。…慣れるしかありません。」

 

と諭されていた。

 

 

道中、オルガマリーは女神に尋ねた。

「ところで、あの空の光の帯は何かしら?」

 

その問いに対して女神は、

「アレですか? ああ、さして気にしなくても大丈夫ですよ。」

そういいながら、彼女の主から顔を背けた。

その女神の顔は、不可思議なほど笑みに満ちていた。

 

 

 

 

 

 

次の町へ近づいたとき、オルガマリー達は町が燃えていることを知った。

女神は随分と前からそれを近くしていたようで、

 

「ええ、燃えていますね。」

 

と何時もの微笑である。ホントに彼女にとって価値がある人材以外には素敵なほどの塩対応。

燃えようが凍りつこうがどうでもいいというスタンスである。

 

「燃えていますね。じゃないわっ!!

早く行かないとっ!! まだ生きている人がいるかもしれないじゃない。」

 

立香ならきっとそうする。だからわたしもそうしないとっ!!

自身の犠牲になった立香に恥じないマスターであろうとするためにも、

オルガマリーは燃える町へと駆け出した。

 

 

マスターの知識だと(・・・・・・・・)どうせこの世界は異変を解決したら消え去るというのに、

人々を救う意味なんて何処にあるのでしょうね。」

 

そう呟く女神を背後に残したまま。

 

 

 

 

 

とはいえ女神はマスターを特攻させて死ぬつもりはない。

オルガマリーについて駆け出そうとするジャンヌから魔力や生命力の8割を奪って自身の力と変え、

町全体を冷却した。

 

燃え広がる町が一瞬にして冷却されて鎮火した状況にオルガマリーは、

もしかしてやっとわたしのサーヴァントも人命の尊さを理解してくれたと考えたが、

その直後、あれだけの炎を一瞬で鎮火する吹雪に人間が耐えられるわけがない。

と、先程の村の状況を思い浮かべて落ち込んだ。

 

 

それでも、それでも誰かは生きているかもしれない。

きっと、きっと立香ならそうする筈だから。

 

オルガマリーはそう信じて緩まった速度を再び上げて駆け抜ける。

そしてその先に人影を発見した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寒いわ。ジル、一体どうなってるのっ!?

今日の天気は晴れ時々猛吹雪だったかしら。」

 

「おおジャンヌ、浅学の身ゆえ天気には一言がありません。申し訳ありません。」

 

 

 

そんなコントの様な会話を繰り広げる二人の片方はジャンヌ・ダルクそっくりで、

オルガマリーは、解かりやすい位真犯人が見つかった事に少しだけ喜んだ。

 

コント系主従の他にも彼女らの仲間らしき者が数人いる。

カーミラとヴラド三世。共に高名な吸血鬼だ。

気配からして何れもサーヴァントだろう。そんな中に一人で駆け抜けてきた自分に、

ついて来てくれなかった仲間達にオルガマリーはイライラしていた。

 

 

「ちょっと、私のサーヴァントはどうしてついて来ていないのよっ!!」

 

 

プッツンして叫んでしまったオルガマリー。

しかもその声量と、持ち得る魔力。

そして何よりもサーヴァントと言う言葉に敵が気が付かず見逃してくれるはずは無かった。

 

 

 

「…ジャンヌ、貴女に徒名す者が来たようです。」

「なら殺すだけじゃない。他に何か選択肢が?」

 

 

 

 

そう言って黒いジャンヌは武器をオルガマリーに向けた。

黒いジャンヌの周りにはワラワラとグールやワイバーン達が集まってきていた。

彼らは揃いも揃ってオルガマリーの方を向きながら涎を垂らしている。

 

 

それは黒ジャンヌに付き添うジル・ド・レェが「やれ」と有象無象の配下に命じようとしたのと同時だった。

グールやワイバーン達は一斉にジルの制御を離れて襲い掛かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、彼の大事な大事な魔女、ジャンヌ・ダルクを。

 

 

 

完全な油断から致命傷では無い者のかなりの怪我を負ってしまったジャンヌ・ダルク。

それと同時に地面から氷の杭が一斉に伸び上がり、更にジャンヌの身体を抉った。

 

 

「ジャンヌゥゥッッ――――――!!」

 

悲痛な声を上げるジル・ド・レェ。

苦痛と混乱で声も出せないジャンヌ・ダルク。

杭の方向の為に思い切り堕ちた聖女の血を浴びる事になって、唇を舐めているカーミラ。

自身の代名詞である杭を先んじて使われたことに地味に悔しそうなヴラド。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそんな彼等を何時もの薄い微笑で嘲笑うかのように彼女のマスターの横に降り立った女神。

 

「ちょっと、遅かったじゃない。怖かったんだから。

凄く恐かったんだから。」

 

 

泣きそうな少女を抱きしめる女神。

見る者によっては慈悲深い女性に見えるのだろう。

だが、この惨状を引き起こした者が慈愛に満ちている筈が無い。

 

 

「…そういえば、マシュとジャンヌは?」

 

落ち着いた少女は当然と言えば当然の事を尋ねた。

 

女神的には、彼女達は置いてきた、この戦いにはついてこれそうにも無い。

と言っても良かったのだが、

「ジャンヌ・ダルクは先程迄の疲れが出たのか突然倒れてしまって、

その隙を襲われないとも限らないので盾の少女を護衛に置いてきました。」

 

等と言う北欧神話のトリックスターも驚きの詭弁を述べた。

勿論この間二人だけの世界であり、敵達の事はガン無視である。

 

 

「コロスッ、絶対にコロスッ!!」

 

「いけません、聖女よ、この状況では万が一の事が――――――」

 

 

そう激昂するジャンヌを諌めるジル。

だが、彼が懸念する万が一の事が此処で起きてしまう。

 

 

 

吸血伯爵夫人(カーミラ)の爪がジャンヌの首筋を切り裂いた。

 

「裏切ったかっ!!」

もう一人の吸血鬼がその杭を以って反逆者に裁きを下した。

 

 

 

だが、カーミラは自身が行い、行われている状況がまるで理解できない様子。

倒れたジャンヌの首元に突き刺そうとしている右手を左手で押さえながら、

「離れなさい。そして弱い私を殺しなさい。」

 

その様な事を告げられたジャンヌは唖然としてしまった。

この状況を正確に理解して行動を採れたのは一人だけ。

 

ワラキア公ヴラド・ツェペシュだけであった。

「その覚悟、見事だ。」

 

 

ヴラドの呼び出した大量の杭が一斉にカーミラに突き刺さる。

そしてカーミラは消滅し、――――――その魂は女神に貪り食われた。

 

 

 

 

 

「悪くない味ですね。ええ、実に悪くありません。」

出来れば、一度味方からの裏切りに、いえ、フランスからの裏切りを含めて二度も裏切られて、

味方からの攻撃は無いというお目出度い聖女の魂もここで喰えるのなら良かったのですけれどね。

 

最早、狂ったジル以上にいい悪役をしている女神はナチュラルに煽り立てる文言を重ねて呟く。

 

 

「ああ、ジャンヌゥゥッッ!! ジャンヌゥゥッッ!!

これは、これはどういう事ですかぁっ!?」

 

もはや虫の息のジャンヌ・ダルクを抱えながらジル・ド・レェは叫ぶ。

 

「余らの特性を見抜いたあの女が、敢えて血が掛かる様に最初の攻撃をかけ、

本能的に血を浴びて歓喜に染まった一瞬を捕らえて、我等の精神に呼びかけて掌握したのだ。

余は何とか早い段階でそれに気が付けたが…」

 

「そんなことはどうでもいいのです。それよりもジャンヌがぁぁぁぁ。

…いえ、今はこの場を去らなくては。ジャンヌは戦えませんし、貴方も信用できません。

いえ、人格を非難しているわけではありません、ただ…」

 

「解かっている。余にももしもの時に精神を掌握される可能性が高いことぐらいは。」

 

この局面に来てジルの元帥としての冷静な判断に、せめてもの忠義で答えようとするヴラド。

生前裏切りに倒れた身としては、亡霊(サーヴァント)として蘇った上で自分が裏切る側に回りたくは無かった。

先程はその精神力もあって耐え抜く事が出来た。

だが、次は?

それは判らない。気位の高い伯爵夫人すら抗えなかった支配の力。誰も彼もを敵と看做す化け物なら兎も角、

意識を持つ者の敵味方の概念を狂わせるくらいの事はやってのけるだろう。

次は、自らが裏切る番かもしれない。

――ならば答えは一つにしか在らず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行け、ジル・ド・レェ。例え狂っていようとその忠義見事であった。

余もそれに答えよう。

女共よ、―――――――――――此処から先は生きて通れぬものと知れ。」




狂信
強心
強振
共進
協信
凶針
狂神


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第六話 『しんこう』

人の身としては、人外の身としては、それはもうヴラドの覚悟も能力もそれはもう見事なものだった。

だが、神には届かない。

 

意趣返しの様に氷の杭だけを使ってヴラドを阻み、傷つける女神。

女神は知っている。何せ世界をずっと見守って来たのだ。

主要な人物の最期位は把握している。

 

故に、効果的で悪辣な手を難なく打てる。

 

 

 

戦闘には全く関係ない、全く必要が無い。

氷の塔を女神のマスターであるオルガマリーのシェルターとして構築する。

地上から塔の頂上に押し上げられたオルガマリーはその高さ故に足が震えていた。

 

その塔とマスターを眺めながら女神は嗤う。

 

「見覚えがあるでしょう?」

 

「ポエナリ…。エリザベータ…ああ、エリザベータ。」

 

 

ヴラドは最初の妻が彼を思うがあまり身を投げた塔の再現を見て、オルガマリーに亡き妻の姿を幻視してしまった。

 

――それは、致命的すぎる隙だった。

 

 

 

 

吸血鬼として名を馳せたヴラド3世は氷の杭によって串刺しの刑として処され、此度の生を終えた。

その魂を女神に貪られながら。

 

 

 

 

 

「人間って脆いものなのですね。ええ、ヴラド・ツェペッシュ貴方はまさしく人間だった」

 

 

オルガマリーは会話が聞き取れなかった故に何が起こったかは理解できなかったが、

これだけは理解できた。

 

「ちょっと、終わったのなら早く下ろしてよ。」

 

 

彼女は高い所が得意では無いのである。

 

 

 

 

オルガマリーを地上に下ろすに少し遅れてマシュ達が到着した。

何か言いたそうだったが、それを聞くのが面倒だったので、女神は此処で起きたことを説明した。

そのまま押し通してしまおうという考えだった。

 

「…もう二人は、逃げたのですね。」

 

ジャンヌがそう言うと女神はうなずいた。

ある程度、情報が共有できたので、余計な事を喋られる前に近隣の町へ移動する事を女神は提案した。

 

ジャンヌに人通りが多い所は何処かと聞いた女神の考えを疑えばこの後の惨劇は起こらなかったのだろう。

だが、此処で誰もそれを聞かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

ジャンヌが知る近隣ではフランスで大きな町に着くと、

女神はかねてから用意していた策を実行した。

 

まず最初に弱っていたジャンヌを吸収しつくした。

呆然とするオルガマリーと、女神を睨むマシュを無視して女神は町に呪いをかけた。

 

『ジャンヌ・ダルクを見つけ次第殺す(サーチ&デストロイ)

 

という簡単なものだ。

それには自身や愛する者の命よりも優先させ、その上関わった者に感染する呪いだった。

要するに、先程呼び出されていたグールによる人海戦術の意趣返しである。

例えその者が生きていても死んでいても精神力や対魔力が強くない限りは呑み込まれてしまうという代物だった。

 

交通の便が良い大都市であるが故に、その呪いは拡大して確実に黒いジャンヌ・ダルク、

いや、もはやこの世に一人しかいないジャンヌ・ダルクを追い詰められる。

 

「再び、ジャンヌ・ダルクはフランスに殺される。」

 

それを得意げに話す女神。

 

「何でよ。どうして味方のジャンヌ・ダルクも犠牲にしたのっ!!」

 

オルガマリーの発言は正義を持つ者にとっては当然の疑問だった。

だが、合理性しか追求しない者にとっては当然の愚問だった。

 

「まず、民衆(フランス)の敵を一つに、それも私達の敵側一本に絞る為です。

それに、活かして使うより、私の養分にした方が費用対効果が得られる計算が得られました。

長く使うのなら無理やりにでも受肉させて優秀な子孫量産器にしても良かったのですが、時間がかかりすぎるので。

第一、ジャンヌ・ダルクは悲劇で終わるまでが役目でしょう?」

 

そう告げる女神に思わず平手打ちを仕掛けたオルガマリー。

けれどもそれは成功に能わず。女神は何時もの微笑でその手を受け止めていた。

 

ここで感情で言っても通用しないと理解したオルガマリーは論理的に女神を責める事にした。

 

「歴史を崩さない為に此処に来たのに、これ以上歴史を狂わせようとするのでは無意味どころか害悪よ。」

 

それは、特に深く考えた訳でもなく、ただ女神を非難する言葉を探していただけだった。

――故に、反論される。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですよ。マスターの知識だと(・・・・・・・・)どうせこの世界は異変を解決したら消え去るのでしょう?」

 

その反論のソースはオルガマリー自身の知識。

彼女の反抗は瞬く間に冷却された。

 

落ち込まされたオルガマリーと最初から失望しているマシュ。

故に彼女達は一瞬歓喜の色に満ちた女神の顔に気が付く事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

町中でジャンヌ・ダルクの首を刎ねろという歌が聞こえるようになった頃、

一同は2人のサーヴァントと出会った。

一人はスカト□系ミュージシャンアマデウス。又の名をモーツァルト。

そしてもう一人は、

 

「マリーよ。可愛過ぎて御免なさいね。」

 

マリー・アントワネット。フランス国王ルイ16世の妻にして、

 

「ハプスブルクの宝石…此処でまた逢えるとは…。」

 

 

何やら感慨深そうな女神に関係者かと一同は訝しむが、

当のマリーすら、

 

「お逢いしたことがありましたか…?」

 

 

ここまでの絶世の美女に知り合いは居ない筈だから…。

と悩み始めている。

 

「ええ、ええ良いのです。

貴女がハプスブルクであるというだけで私には価値があるのです。」

 

「それはどういう…?」

 

訝しがるマリーに対して、女神はマスター以外ではこれほど優しくしないであろう態度で接している。

これが、一般人相手なら心臓だけを凍らせて殺害しているところである。

 

「かつて、貴女達全てを見守っていたこともあったというだけです。」

 

この『貴女達』にはあらゆる王侯貴族が含まれているのだが、そこまでは告げる必要はない。

だが、この言葉でこの場にいる者全てがこの女性が人間の類でないことを理解した。

 

マリー達を見守る。

それに該当するのは祖霊かそうでなければ神霊や精霊の類であり、

マリーは肖像画ですらその姿を知らないという。ならば神霊か精霊の類だろうと。

 

故にフリー・メイソン等の秘密結社に所属し、彼の神霊に見当がついたモーツァルトは尋ねた。

「何と、御呼びすれば宜しいでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解答など決まっている。

 

「そうですね、至高の神(うるわしのめがみさま)というのはどうかしら?」




未だかつてこんな胸糞悪い解決法でヴラドさんを倒したオリ主がいただろうか?


信仰
侵攻
新興
神効


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第七話 『おもい』

敢えてこの時代における最大宗教に喧嘩を売る女神。

 

かの宗教の唯一神に喧嘩を売る様な愚行を正義のライダーが見過ごすわけには行かなかった。

 

「主の敵の元で戦わなければならないとうんざりしていましたが、

主の敵と戦う機会が得られるとは僥倖です。」

 

いや、顕れた敵のサーヴァント聖女マルタは黒いジャンヌ側として呼ばれている以上、

間違いなく『悪』なのだが、女神の普段やっていることを考えるともうどちらが正義かわからない。

 

「そうですか、フェニックスやバアルも『あの神』には貶められていきましたし、

天使の信仰が過熱した際には、部下すら切り捨てた『あの神』の僕と戦えるだなんて私も幸せです。

貴女も運が良かったですね、もし運が悪ければ別の聖女のように魔女として、

神の敵として切り捨てられていたかもしれませんよ。」

 

マルタは知るべきであった。皮肉合戦において女神に勝つことは非常に分が悪いと。

他人を煽る事に関してはそこら辺の神々の比ではない圧倒的煽り力。

 

「それとそこの爬虫類にも伝えてあげてください。高貴な竜の血を引いただけの出来損ないにも。

信仰の無力さを、神効の儚さを、そして侵攻の恐ろしさを。」

 

 

マルタの信じる神だけなく、彼女と共にあったタラスクさえもナチュラルに侮辱する女神。

とてもではないが許せるものではない。赦しておけるものではない。

 

「貴女はこの子の何を知っていると言うのっ!!」

 

 

「うふふ、うふふふふ――――――――――――――――――――」

その怒りに対して女神は笑いを堪えきれないといった風に口元を押さえる。

 

「だって、出来損ない(タラスク)母親(リヴァイアサン)に捨てる様にさらしたのは私ですよ?」

 

 

 

 

 

 

それは何処までも残酷な現実だった。

リヴァイアサンはこの世界ではこの女神自身が作った神造生物の完成品の一つだ。

言い方を変えれば、女神はリヴァイアサンの母であり、タラスクの祖母だった。

 

 

「貴女っていう女神(ひと)はっ!!」

 

 

マルタの手から投げられた杖を躱す女神に殴りかかるマルタだったが、

それは突如現れた巨大な何かによって阻まれた。

 

 

「極小規模での権限で申し訳ないですが、解かるでしょう?

この貌、この力。理解できたでしょう?

 

 

 

さあ、リヴァイアサン、出来損ないとそのお友達を抹殺しなさい。」

 

 

 

 

 

マルタを包み込む竜の息吹。

それを自身の体で庇うタラスク。

その防御力は大したものだったが、所詮は出来損ない。

本家本元の成功品には遠く及ばない。

 

タラスクはあっけなく消滅し、そこにはボロボロになったマルタだけが残された。

女神が意図的に残させたのだ。

 

リヴァイアサンを還すと、倒れ伏したマルタに女神は歩みを進める。

 

そしてその耳元で呪いを呟く。

 

「一つ問いかけをしましょう。

どうして貴女の神は聖人とそうでない者に恩寵の差をつけるのでしょう?

どうして隣人を愛さない者をこの世に生み出したのでしょう?

どうして不幸になる前に、闇に堕ちる前に全ての人を救わないのでしょう?

解かっているでしょう?

神は自ら助く者を救う。その者『だけ』を救う。

即ち、本来自分で何とかできる者だけを選別して後押しして恩を着せる。

まるで、返せない無能には貸さず、返しうる者には押し付けて利子を請求する高利貸しの如く。

助ける者を選ぶという点において、あの神も私も大差はありません。

価値が無い者は切り捨て、価値がある者だけを救い、祝福するのです。

ですから、その爬虫類にも貴女の弟たちにも祝福は無く、

貴女にだけ、選ばれた貴女にだけ祝福を齎したのでしょう。

最初から神の眼中にも無い爬虫類や貴女の血縁であるだけの有象無象を救おうとしたことが、

貴女の神の思し召しに見合う事だったのでしょうか?

 

だから、貴女の罪を告白しましょう?

さあ、私の言葉を受け入れなさい。

―――――私は不信心な反教徒です。私は不信心な反教徒です。私は不信心な反教徒です。私は不信心な反教徒です。私は不信心な反教徒です。私は不信心な反教徒です。私は不信心な反教徒です。私は不信心な反教徒です。私は不信心な反教徒です。私は不信心な反教徒です。」

 

その言葉は文字となりマルタの身体中に刻まれた。

 

「あああ亜亜唖嗚呼あゝああああAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 

 

苦痛と絶望と後悔に沈むマルタ。

 

「折角の聖人です。母体(ぼくじょう)にするもよし、喰らうもよし、配下にするもよし。

因みに私のお勧めは配下にして連れ歩いてここぞという時に美味しく頂く事です。」

 

 

 

あんまりにもえげつない女神に慣れた二人は兎も角、新規加入の王妃と音楽家はドン引きしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

倒れたマルタを踏みにじる女神。

その間も不信心の言葉がマルタの身体中に刻まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あう、あうううあ…。私は主の敵――――」

 

 

マルタが自身の悪を認めようとして、女神がそれに笑みを深くした時だった。

 

 

 

 

女神の足が掴まれた。それが誰によるものかなんて考える必要すらない。

「ふざけた真似してくれてんじゃないわよっっ!!」

 

 

 

足を掴まれて投げ飛ばされた女神は華麗に着地する。

そしてそれに向かい合うように起き上がるマルタの体からは呪いの言葉が消え、

身体の半分ほどが竜化していた。

 

 

 

それはまさしく仲間の死を背負ってパワーアップしたヒーローだった。

だが、

 

 

「残念ですね。聖女であるなら良い個体だったのですが、

不良品の混ざり物では使い道が喰らう他無くなるではないですか。」

 

それは想いを踏みにじる悪逆の言葉。

聖書の獣でも此処迄は言わないだろう。

 

 

鱗に覆われた拳を腰だめに構えて聖女はタラスクのジェットを再現した奔流で流星のように女神へと肉薄した。

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、女神には届かない。

指1つ。僅か指1つだけでその猛攻を堰き止めた。

 

 

それでも、マルタは止まらない。止まれない。

主を友を侮辱するこの悪を生かしては置けないからだ。

 

 

もう片方の拳で殴りつけ、

再び指1つで封じられた。

女神は変わらず優雅に微笑んでいる。

 

だが、マルタも獰猛な笑みを隠さない。

 

 

「お上品な貴女には想像も付かないでしょう、ねっ!!」

 

ならばと繰り出されたのは頭突き。

それが驚く女神の顔に吸い込まれ―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――そう、吸い込まれた。

マルタの頭部だけが光の粒子になって女神の口へと入っていく。

次いでその身体も粒子へと変わっていく。

 

 

 

 

 

 

彼女の勇気と信仰は、女神には至らなかった。

その理由を付けるとしたら圧倒的な格の差。存在としての差。

 

ただ、それだけである。

想いも信念も希望も、ただそれだけの為に無意味に躙られたのだった。




とことん英霊たちに嫌われていくスタンス。
果たして最終決戦で皆は来てくれるのか?
というか寧ろ敵にまわりそうな勢いでヘイト稼ぎ中。
次回予告
Q獣耳系美少女をガチ切れさせるには?
ヒント:その為の手段は既に公開済み。




想い
思い
重い


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第八話 『かいしゅう』

ジル(キャスター)、正義に目覚める…?


アマデウスは戦慄する。かの女神はこれほどまでに冷酷だったのだろうか?

秘密結社フリーメイソンのメンバーであったヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは禁忌とされるオカルトに通じてきた。

歴史から消え去ることになった『女神』の神話。それにも微かではあるも知識があった。

故に、

 

(神話体系における絶対神がこれでは仕方ないよね。)

 

女神が如何にして歴史から消えたのかを彼はなんとなく理解した気になった。

 

 

マリー・アントワネットは愕然とした。

自身の守護を語っていた存在が、余りにも他者を顧みないことに。

最早、彼女が何度も恨まれながらも綱紀粛正してきた貴族達などが聖人に見える。

貴族達と違って、マリーを見捨てる様子はなさそうだが、それはその存在にとってマリーが価値があるから。

逆に敵に対する温情は一切なさげである。

自由を求めて敵対した一般人を微笑を浮かべたまま最後の一人になるまで死刑台に送り続けそうである。

これには基本9割ポジティブシンキングな彼女も残り1割の感情を向けそうになる。

だが、それでもその存在はマリーに愛情を向けていると感じられた。

それ故に、その1割の感情を向ける事が出来ないでいた。

 

 

そんなこんなで最大戦力に対するそれ以外のメンバーの感情がお世辞にも良いとはいえ無い故に、

女神以外のメンバーの結束は強まっていた。

だが、誰か一人を嫌う事で全体としての結束を強める。犠牲により効率的な運用を可能にする。

それは女神と同じやり方であり、

他者の感情に興味は無いが、運用方法だけは解っているが故に放置している女神の想定の中にあった。

 

 

女神にとっては、自身が嫌われ憎まれる事さえも許容できる『仕方のない犠牲』だったのである。

…勿論、表立って反逆するものには女神としての矜持を以って落とし前をつける事になるが。

 

 

 

 

 

敢えて本来以上に明るく振る舞うマリー・アントワネットを心の清涼剤にしていたその後の一行だったが、

それでも心は荒んでいく。

荒れたフランスで真っ当に生きていく事を諦め、俗に身を窶した者がいた。

 

女神はその者に対して容赦のない裁きを行った。

その者達の魂をすりつぶし、回復薬やアクセサリーに変えた。

それをあたかも親切そうに仲間に配給する女神の邪悪さにマシュは吐き気を催しそうだった。

 

怪我をした人々と遭遇したとき、女神は作り、溜め込んでいた回復薬を振る舞った。

その神秘の回復薬により多くの人が生きながらえられた。

 

女神曰く、所詮造り直される世界。

ですが、生き延びられる人々は多い方が良いでしょう? ねぇ、マスター。

 

誰もが、その行為も発言も否定できない。

悪事に堕ちた者の魂を犠牲に善良な市民を救う。

 

その行為は緊急時には間違っていない気さえしてくるのだ。

 

 

ただ、――――――――――――――――――女神によって生き延びるべき(有能な)人物と、

生き延びるべきではない(無能な)人物の聖別が行われてさえいなければ。

 

 

 

女神は、祝福の聖別に並行して、彼女にとって見捨てるべき、

助けを行うに値しない人々の魂を何時でも吸える様に仕掛けをしておいた。

勿論、繊細なマスターやサーヴァント達にはそれが知られないようにしながら。

それは純粋に善良で脆い彼女達への配慮でしかなかった。

女神の愛は、優秀な者にのみ向けられる。

そしてそうでない者は当然のように犠牲とされる。

此度、女神の祝福の外に置かれた人々のように。

 

そしてその対象者が一定以上に溜まった時、女神は己が主に告げた。

 

 

 

「マスター、今から黒い…いえ、このフランスに残る唯一のジャンヌ・ダルクの元を補足、

及び転移を行います。

ですのでご選択ください。

此処に敵を呼び寄せるか、敵の元に私達が転移するかを。」

 

 

オルガマリーにとってその決断は考えるに値しないものであった。

 

「ちょっとまって、此処にジャンヌ・ダルクを呼び出したりなんかしたら、

どれだけ犠牲が出ると思ってるのっ!?

前者は絶対に在り得ないわ!!

わたしは、そうわたしは立香の様に、そう、立香ならこうするはず、

ええ、立香の様に、こうしなければ、ええ、立香ならこうするから―――――――」

 

 

 

未だに、自分の為に犠牲となった藤丸立香の死を割り切れない己がマスターの心の弱さに若干は情けなさを感じながらも、

彼女は優秀だから、それ故にその弱さも今は赦そうと心の中で女神は承認する。

 

「ええ、解かりました。ではマスターの決断に基づき敵性たるジャンヌ・ダルクの元に転移、

及び奇襲を開始します。さあ、マスターが決断したのです。

貴女達も早くこちらに来なさい。」

 

女神が他のサーヴァントにそう話しかけると、マシュ・キリエライトは無表情、

マリー・アントワネットは痛々しい作り物の笑み、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは何やら考え込んだ様な表情をしている。

 

 

昨晩、マリーとマシュは立香についての話をしており、それを耳の良い音楽家は横聞きしていた。

それ故に、オルガマリーの焦燥をついで出た独白に女神以外は何とも気まずそうな感情を抱いてしまっていたのだ。

 

特に、マシュにとっては、

 

(先輩の影に縋るしかできないなら、それしかできないなら、

先輩に代わって、先輩を犠牲にして生き延び―――――――――最低だ、私は。)

 

その独白は、とても残酷なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、黒い、ジャンヌ・ダルク達はと言うと、

 

「聖女様、お体は大丈夫ですか?」

 

鄙びた村で、村人達に匿われていた。

命からがら、いや、ジャンヌの状態は意識さえはっきりしない状態であった。

故に、ジル・ド・レェはジャンヌを連れて戦線から逃亡し、

一睡たりとも休む事無く森を駆け抜け、川を渡り、時に落馬してはジャンヌを庇って体を強打し、

それでも駆け続けた。

 

そして、寂れた村に着いた。

 

 

 

 

 

蘇ったジャンヌ・ダルクの悪評はフランス中に広まっている。

故に、今更だとジルは村人の魂を以ってジャンヌの回復を図ろうとした。

 

だが、

 

 

「そこの御嬢さん、酷い怪我じゃないか。

すぐ、うちに運びな。

……アンタ達が誰かなんて聞かないしどうでもいいさ。

そんな事よりも、アンタは薪割りでもしてうちの人の手伝いでもやりな。」

 

 

敢えて見ぬふりをすると、釘を刺された以上ここで敢えて言う必要はない。

無いのだが…、

フランスが先に裏切ったとはいえ、フランスを裏切った身である自分達にどうしてここまで…。

その言葉が喉の奥まで出かかったが、

そう告げる中年の女性の言葉に押されて、

少なくともここはその厚意に甘んじる事にした。

そう告げる中年の女性の言葉に押されて、

少なくともここはその厚意に甘んじる事にした。

 

 

「感謝を…。」

 

 

闇に堕ちた男に告げられる言葉は、それだけだった。

この村の村人たちはその誰もが善良な人々だった。

生前のジャンヌに救われた者達が多かったこともあるが、

それを差し引いても善良な人々だったのだ。

 

 

故に、ジルが村人たちの魂を用いずに、新たな英霊を召喚しようとしたのは、

形だけでもジャンヌの身柄が村人達の元にあるという理由だけでは無かったのかも知れない。

 

 

 

悪に堕ち、そして僅かに残った善意に救われた二人に呼び出されたサーヴァント達、

それを追跡に来たモノ達は、

善意を盾に悪逆を働く無情の徒であった。




回収
改宗
会衆


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第九話 『ぎせい』

転移前の町の見捨てらるべき人々の魂を燃料に、弱り切ったジャンヌ・ダルクを探し出し、

暴風と共に転移したオルガマリー達。

 

そこには女神の目論見通りの二人と、

良く知った美女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然ではあるが、女神は神々の中ではアルテミスと特に仲が良かった。

…というより、アルテミス以外の殆どの神々から真っ当な感情は向けられてはいなかった。

あのゼウスですら、

 

「ああ、惜しい。あの中身が無ければ…、実に惜しい。(からだ)だけなら完璧なのに。」

 

そう言ったと言われている。

まあ、あの神はそう言いながらも結局手を出そうとして、未然に失敗しているのであった。

幾ら性格が悪かろうと、性欲を向ける分には善良な醜女よりも美しき悪女である。

未来においても永劫に変わらぬ真理は神話においても変わらなかった。

 

ただ、この女神は、人類をもっぱらカードゲームのカード程度にしか認識しないような神柄(ひとがら)だったので、

そう言われるのも仕方ない。

 

そんな女神をして割と交友関係があったアルテミスに対して、女神には疑問があった。

 

 

女神のアルテミスへの印象は、何故あんなファンシー系被守護存在(デッキ)であそこまでのプレイングができるのでしょう?

速攻攻撃が可能な可愛いだけの4つ星の攻撃力1438しかない存在(微乳系美女)をああも活かすだなんて。

そんな疑念と敬意を持ったものだった。

特に性格がアレなギリシャ神話群や狡猾な北欧神話群の神々とは違い、

アルテミスは特に邪念や偏見なく、『可愛くて綺麗な女の子』としか女神を認識しないある種のスケールの大きさがあったのだが、

女神は他者の好意的な感情など自分側が相手に好意的になるかどうかの判断材料には起因しない。

役に立つ優秀な存在であるかどうか。それが女神の他者への唯一の判断基準だった。

そしてその基準にアルテミスが上位区分として入っていただけだった。

 

尤も、そんなところさえも、

「もー、ホントにクールよねぇー。」

 

としか認識しない、クール系乙女が決して嫌いでないどころか好物に当たるアルテミス的には、

(彼女の被守護者によくいる)クールでハイスペックだけど空回り系のポンコツ系女神でしかなかった。

やはり、神々と人間では分かり合えないことが良く解かる一面である。

 

 

尤も、それは神々同士の話であって、アルテミスを信仰するものから見れば、

うちのアルテミス様は恐ろしい劇物をあんなに無警戒に扱うなんて―――

としかならないわけだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今、ジルに呼び出されたサーヴァントの一体として、

アルテミスの庇護下に在った存在と女神は会合する。

 

 

 

「――――戦乱の女神…。」

 

「――お久しぶりですね、アタランテ。」

 

 

 

 

 

 

『純潔の狩人』アタランテ。

この世界においては、女性だけで子供を作る方法を広めまくったかつて処女厨最前線だった女神と、

基本的に、あくまで基本的に貞節を信者に要求するアルテミスの影響により、

生涯において本当に『純潔』だった野性味と気品の溢れる狩人である。

 

アタランテからすればダントツで関わりたくない存在の内の一つだが、

女神の存在を知る者であるが故に無碍にはできない。

 

気分は、本社の役員が視察に来て、早く帰ってほしいと願う支部の人間である。

勿論、アタランテは会社勤めとは生前無縁であったが。

 

とはいえ、女神のお蔭で貞操を死守でき、女神の広めた技術のお蔭で子宝にも恵まれた。

そういう意味では、感謝の念が無い訳ではない。

 

あくまで、――――――――――――――――――この段階ではそうだった。

 

 

「ねえ、美しきアタランテ、貴女はそちらに付いているのですよね。

此方に来なさい。殺すには惜しいのです。」

 

 

何時もの微笑のまま、本当に物惜しそうな声で話しかける女神。

それに対するアタランテの答えは、

 

 

「残念だが女神よ、此度は汝の敵として召喚された。

故に、その命を果たそうと思う。」

 

 

 

 

拒絶だった。

その言葉と同時に周囲に猛吹雪を顕現させる女神。

村中を寒波が襲った。

 

 

恐れおののく村人達。

大人でさえ恐怖に立ちすくんでいる。

子供であれば尚更だ。

 

「恐いよお姉ちゃん。うえーん。」

「助けて、お姉ちゃん。…ぐすっ。」

 

泣き出した子供たちがアタランテの後ろに回り込んでそのスカートの裾を摘まむ。

二人は兄妹であり、兄の方は妹の手前泣かない様に頑張ってはいるが、その限界も近そうであった。

 

「…大丈夫だ。大丈夫だから、今は少しだけ向こうに離れていると良い。

そうだ、良い子だ。」

 

子供たちの頭を撫でながら優しく微笑みかけて囁くアタランテは、聖母のようであり、女神のようだった。

少なくとも、この場にいる唯一の現存する女神以上に一般的な女神らしいイメージの慈愛が存在した。

 

「よし、良い子だ。偉いぞ。

お兄ちゃんも強い子だ。良く泣かなかった。頑張ったな。」

 

「ひっく、ひっく。」

「う…ん。」

 

顔を赤らめながら少年は俯く。

此処に少年の初恋は生まれたのかも知れない。

恋は爆発だ。その例えはまさしく、そう、まさしく正しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の子供の体は、内部からアタランテを巻き込むように爆発した。

下手人は一人しかいない。

今もなお、その笑みを崩さない女神だ。

 

「子供は良いですね。純粋で、無垢で、そして――――――――――――操りやすい。」

「貴ッ様ァァァァァッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですよ。優秀な子供は犠牲にはしません。そのヒトの仔は選別外品です。

ほら、言うでしょう? 『優秀な』子供は未来の宝だと。」

無能な子供は未来のお荷物ですから、せめて自爆要員として役に立ってもらいました。

ほら、肉体的損傷(ダメージ)はあったでしょう?

 

 

そう呟く女神を前に、

肉体以上に精神的な損傷(ダメージ)が大きかったアタランテであったが、

その悲しみは、その怒りは、その正義は、

 

 

――――――それよりも遥かに大きかった。




犠牲
擬製


もはや、映画館で人類の味方のはずなのに、
「ゴ□ラがんばれー」
と子供たちに応援されるメカゴ□ラのような状態。

「頑張れジルー」
「頑張れジャンヌ―」
「頑張れアタランテ―」










もし宜しければ、感想とか頂けたら嬉しいです。
と、乞食のように媚びてみます。


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第十話 『ひいろ』

誤解されがちだが、、女神自身は悪意の塊でも何でもない。

ただ単純に、相手の出鼻をくじく効率的なプレイングや強力な手札(カード)が好きなだけだ。

相手が場に強力な手札(カード)を揃えたら、場を一掃する罠や魔法を行使する。

その上で、自身の場に強力な手札(カード)を出して相手の手札が揃う前に速攻で蹂躙して勝利を収める。

ただ、それだけ、それだけなのだ。

だから、蹂躙される者の感情など興味すらない。

相手プレイヤーに敬意(リスペクト)を払う必要はあっても、相手の手札(カード)を破壊・無効化する事に罪悪感は感じない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

故に、その手札(人々)の声に耳を傾けるなんてオカルト染みた行為には興味が無い。

某カードゲームアニメの様にカードの精霊の声を聴くくらいなら、

禁止級の強力なカードと戦略で蹂躙する。それも圧倒的なカードの引きすら相手にしないレベルで。

悪辣な手段を好むが、悪意はない。

悪意が無くてこれだけのことをしでかすのだから、人間から見れば兎に角性質は最悪なのだろう

 

 

いきなり大きなダメージを負ったアタランテに対し、氷のナイフをその足元に投げつけて女神は無情な宣告を行った。

 

「手足にその刃を刺しなさい。

1回に付き1分の猶予をあげる。それまでに、

刃を抜く。

その場から動く。

次の1分までに別の手足に刃を刺さない。

何れかの行為を行った場合にこの場の成人していないヒトの仔を爆発させます。

ですが、その途中で私に降る制約を行うのならば、術が掛けられたものを爆破はさせないとしましょう。」

 

「ぐっ。」

 

 

 

「では、最初の刃まで、10.9.8.7――――」

 

 

 

 

 

 

「待て、やりすぎた。」

 

「そうよ、考え直してっ!!」

 

「…卑劣すぎます。」

 

「止めて…、 あんまりよ。こんなの…。」

 

 

寧ろ、その宣告は女神の味方側からすらも非難の声が上がった。

 

 

マスターの命令ですら令呪でなければ従いはしない。

女神は自身の選択に絶対の自信を持っているからだ。

 

純潔の狩人は思う。

かつて、ジル・ド・レェ達が行ったことは聞き及んでいる。

だが、それでも今、彼らはこの村で改心しようとしている。

少なくともそのように感じられる。

 

フランスの敵であっても、少なくともこの村の味方ではあるのだと思う。

この村の子供達を含めて。

 

例えそうでないとしてもこの女神よりは幾分もマシな存在であろう。

故に、呼び出された強制力も多分にあるが協力したいと考えていた。

 

己の状態が十全なら一足飛びにあの女神の懐に飛び込む事も出来たのかも知れない。

だが、それを女神が想定していたが故に、足元を中心に大きな損傷を受けさせられた事が不甲斐なかった。

 

それ以上に、ただそのためだけに未来ある子供たちの命が利用されたと思うとアタランテは遣る瀬無かった。

 

 

 

 

 

 

…女神からすれば、高々将来性の無いヒトの仔の命程度で、これだけの収穫が出来たとの満足感があったのだが。

 

 

 

狩人は決断した。

 

「くっ、殺せ。」

 

それは、テンプレートなセリフだった。

 

 

 

そのスラング的な意味は介さないが、女神は笑って答える。

「その死を以って、アレらを見過ごせと言いたいのですね?」

 

「そうだ。」

 

 

女神は悩む。損益分岐点と成功率について。

これ以上刺激した上で、味方に付く可能性と、

暴走して人間の盾が通用しなくなる場合を。

 

決して、有象無象のヒトの仔などの心配などはしていなかった。

 

 

「ええ、解かりました。

アタランテ、自害なさい。」

 

 

 

 

その様を見た村人たちの反応は二極だった。

自分の子供たちに被害を及ぼさない為に、アタランテに犠牲になってもらわざるを得ないと目を背ける大人たち。

そして、――――――――――――――――――――――ただ純粋な正義を心に抱く子供達だった。

 

「お姉ちゃん死なないでぇっ。」

「死んじゃいやだっ。」

「そんな奴の事を聞いてはダメーーッ!!」

「リンゴ、ぼくのリンゴあげるから、死んじゃ、いやだよぉ。」

 

 

アタランテはその子供たちの方を向くと、微笑んで、

子供達から見えにくいように蹲り、自身の心の臓に冷たい刃を突き立てた。

 

誰もがその優しい死に涙を流し、顔を背けた。

女神一柱を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アタランテの魂を上品に貪った女神は、次の一手を打つ。

家屋の中にいる一人の中年女性を操った。

そう、今まさにジャンヌ・ダルクを看病している女性であった。

 

濡れたタオルを地面に落として、代わりに手に持ったのは包丁。

それを持って魘されるジャンヌ・ダルクの方へ近づいて行く。

 

 

 

当然、ジャンヌ・ダルクを至上とするジル・ド・レェがそれを見過ごすはずは無く、

その魔術を以って、先程までジャンヌ・ダルクを看病してくれていた女性を、

 

…昏睡させた。

 

 

 

ジル・ド・レェには、彼女を殺める事が出来なかった。

そして今、ジャンヌの為だけに全てを棄てた己に、なぜそのような良心があったのか困惑し、

そしてその意味を理解した。

 

「人は、愛ゆえに何かを落とし、愛ゆえに何かを憎み、愛ゆえに何かを拾い、愛ゆえに何かを救う。

…あの存在には到底理解できまい。ふはははは。」

 

 

 

かくして、彼は決意を固めた。

ジルは未だ意識の無いジャンヌを横抱きにすると、そのまま家屋から出て、

女神の前に現れた。

 

「この度の事は、全て私が聖杯を以って仕組んだこと。よって

この命を以って罪を償う事で許してもらいたい。勿論聖杯はお渡しする。」

 

 

カルデアのメンバーには、その殊勝な態度に疑念を持つ者がいなくも無かった。

しかし、少なくとも女神はそうでは無かった。

 

 

「ええ、構いません。

慈悲です。云い残す事は?」

 

 

「在り難き幸せ。唯一の心残りはこのジャンヌです。

彼女は本物のジャンヌ・ダルクではありません。

私が創り出した贋作です。

ですが、それでも、それでも、私は彼女に、

フランスに殺され、私に貶められた彼女に、

例え偽物であろうとも生きていてほしいと思うのです。」

 

それが、彼の遺言であった。

ジル・ド・レェは地面に残ってあった、氷の刃を無造作に掴むと、

その首筋にあて、迷いなく引き裂いて地に倒れた。

 

その命を以って、救えなかった聖処女を救うために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勿論、それを女神が本当に承諾するかまでは判らないが。




緋色
悲色
HERO


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第十一話 『ゆうぎ』

ジル・ド・レェが倒れた直後、ジャンヌ・ダルクは目を覚ました。

彼女は移ろう意識の中、自身の真実を聴いていた。

そこに絶望が無かったと言えば嘘になる。だが、今は…、

今は自分の為に自害しようとしているジルを止めなければならない。

何としてでも、止めなければ、ならない。

 

無意識の海をかき分け、意識の空を突き抜け、

ようやくその目が覚めたとき、

 

 

 

 

 

 

――すでに遅く、ジル・ド・レェは斃れていた。

 

 

「ジルゥッッーーーーーーーーー!!!!」

 

 

昏き聖処女の悲痛な叫びに女神は何時もの通りの微笑で佇んでいた。

 

「よくも、よくもジルをっ!!」

 

竜の吐く気炎の如く怒りに燃える偽の聖女。

 

 

 

 

 

 

 

パチ パチ パチ

 

そこに、拍手の音が聞こえた。

拍手の主は、ジル・ド・レェが落とした聖杯を手に取って言った。

 

 

「残念だ。この程度か、大将軍ジル・ド・レェ。

剰え、此処で降伏するなんて。」

 

 

この悪意溢れる行動は良くも悪くも女神で慣れた一行だが、

女神以外にもこのような性格の悪い者がいるとはマリーもアマデウスも想定外であった。

その二人は、今ここに突如現れた男を見て思う。

きっと、女神同様人間の精神構造をしていない筈だ、と。

 

そしてそれは正解である。

女神もこの男、レフ・ライノール・フラウロスも人間ではなかった。

 

 

「憎いだろう。赦せないだろう。許せないだろう。

このような相手が生きている事自体が、そうだろう?

 

ジャンヌ・ダルク。その贋作よ。」

 

 

 

「憎い。憎い。憎い。憎い憎いにくいニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ――――――――」

 

「ならば、この村人達を喰い尽くし、その力を以って復讐すればいいじゃないか。」

 

 

 

 

 

その悪魔の誘惑に村人達はゾッとした。

 

何てことだ。

助けなければよかったか?

こんな結末になるなんて…。

 

 

 

カルデアの者達もその前にジャンヌを斃さんと臨戦の態勢に移った。

 

 

「憎い。憎いが、これ以上ジャンヌ・ダルクを、汚せない。

ジルの理想を汚すわけにはいかない。

これはジャンヌ・ダルクのサーヴァントとしてでなく、ルーラーとしてでなく、ましてやアヴェンジャーなどとしてでなく、

ジルに創り出された私という一人の人格としての選択だっ!!」

 

その言葉に、村人達は聖女を2度も疑った(裏切った)事を後悔し、

仲間のサーヴァントも何時の間にかジャンヌ・ダルクに向けていた武器を下ろし、

カルデアのメンバーは(女神を除き)感動し、

例の女神様は何時ものように微笑を浮かべ、

 

そしてレフ・ライノール・フラウロスは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――その決意を冒涜した。

 

 

 

 

 

 

「ははは爬頗HAは破刃はHAハハ。

滑稽だ、無様、見るに堪えない。ああ、もういい。そんな想い、そんな決意、そんな信念、

もう全て――――――――――――――――――――汚れてしまえ。」

 

 

 

 

レフはその聖杯を捧げる様にしてその中に降り注ぐように溜まった汚濁を、聖杯ごとジャンヌに叩き付けた。

 

「くっ、嫌だ、こんなの、ぐあああああぁぁぁぁぁっっ」

 

 

 

のた打ち回るジャンヌ。

見れば彼女の味方の、つまり同じ聖杯で呼び出された他のサーヴァントも同じような状態であった。

 

処刑人、シャルル=アンリ・サンソンが、

「駄目だ、それは免罪だ。罪もない人々を殺すなんて、それは駄目だ駄目だ駄目だ駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目―――――」

 

オペラ座の怪人が、

「ああ、クリスティーヌ地獄に堕ちる我が身を救い給え…」

 

フランスを駆けた男装の麗人が、

「こんなのは、認めないっ!!。誇りを汚されるならいっそ死をっ!!」

 

その誰もが自分に己が得物を突きつけようとするが、それも能わない。

本来の世界とは異なり、呼び出した召喚者の心が闇から晴れかけていたが故に、

狂度が低く召喚された故に、彼らは改変の泥に苦しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その抵抗にも限界が来る。

「口では何といおうと、身体は正直のようだ、見給え。」

 

レフが呟いた通り、彼らの身体は一様に奇怪な、いやそのような言葉では済まされない。

醜い眼が幾つも身体に現れ、巨大化し、その周囲からは手足の指が変質した眼で連なった触手が近くの村人に襲い掛かろうと、

また、他の触手がそれを押さえようと、まさに地獄からはい出た悪魔のような姿に変わっていた。

 

 

「逃げ…逃げなさ…い。」

 

今まさにその触手が届きそうになった少年に、そう叫んだジャンヌだったが、

その変質した体から出たおどろおどろしい声に、寧ろ少年は腰を抜かして動けなくなっていた、

そうしている間にも少しずつ触手は伸びていき、

 

 

 

 

――――――――遂に、少年に届き、その皮膚の中身を全て吸い尽くした。

 

 

 

同時に、偽りの聖処女の何かが壊れた。

 

 

 

 

 

「死にたい、死にたくない、死にたい、死にたくない、殺して、早く、殺して、ころす? ころす。

コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス――――――」

 

 

 

他のサーヴァントも同様だった。

 

 

 

 

 

「では、精々抗ってみてくれたまえ。

随分と可愛らしい姿になったジャンヌ・ダルクとその仲間達に、な。」

 

 

レフという名の悪魔はそう言い残すとこの空間から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

希望からの絶望への転移差より、

未だ立ち直る事が出来ない人間達やサーヴァント達が聴覚と視覚以外の全てを本能的にシャットダウンして再起動している中、

最初から今まで只々その様子を平常運転で微笑みながら見ていた女神は、その手の中に氷の槍を召喚した。

 

 

 

 

 

「あら、私とした事が思わず魅入ってしまいました。

相手のプレイングに感嘆したのはアルテミスの時以来です。

相手のプレイングをリスペクトしたり、敢えて見過ごしてエンターテイメントをする趣味は無かったつもりなのですけどね。

姿が変わった瞬間に、まだ人外として羽化したばかりの段階で葬っておけば良かったのですが、今からでも遅くはありません。

さて、次善の策を講じましょうか。」




遊戯
友諠
有義




レフの言う可愛い姿というのは、割と真剣な感想です。


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第十二話 『かち』

次々と村人を襲う、4体の肉の柱。女神以外のサーヴァントは残された村人を少しでも護る為に、必死で戦っていた。

力無き者は養分となる。その摂理自体には何の疑問も嫌悪感も持たず、

相手の力をより強大化させるアイテムの様な村人達を見て、

 

「寧ろ、先に此方の贄としてそのヒト達を利用すべきでは?」

 

 

そんな外道もかくやと言う女神の発言に、最早仲間達は応えるつもりも無いようだった。

女神のマスターであるオルガマリーでさえ、

女神によって本来以上に強化、厳密にはより高次の存在に造り替えられた肉体と魔力を以って、

まだ制御におっかなびっくりしながらも、自身にできる限りの力で村人達に襲い掛かる肉の触手を迎撃していた。

足手纏いであるはずの村人達を救うために…。

 

未だ命ある人の身でありながら、その死力を尽くすオルガマリーにアマデウスが感嘆の声を上げる。

 

「サーヴァントでもないのにそこまで無理をするとは。

死ぬのが、怖くないのかい?」

 

それは人の醜さと弱さを知るが故の優しい許容の問いであった。

だが、彼女は護られてばかりいられるほど、決して強く(・・)は無かったのだ。

 

「…恐いわよ。恐いに決まってるじゃない。

でも実は私、一度既に死んだようなものなの。死んだけど他の人の命を奪って未だここに生きている。

その人ならきっと諦めなかった。その人ならきっと救おうとした。その人なら戦いから逃げ出さなかった。

だから…、だから恐くても戦うしかないじゃないっ!!」

 

 

そう、幾ら女神に白銀の時代に回帰した様な強化を施されていても、その本質は変わらない。

意地っ張りで、素直で無くて、優しくて弱い少女のままだった。

 

だからこそ、彼女は逃げない。いや、例え恐怖と涙で顔がぐしゃぐしゃになっても逃げ出す事が出来なかったのだ。

 

 

アマデウスはその余りにも不細工に歪んだ表情を見て、そこに命の美しさを見た。そこに命の価値を見た。

 

 

 

 

 

 

 

そして、その様を見て何かを感じたのは彼一人では無かった。

人の身で恐怖に怯え、尚前に進む姿。

英霊として存在するものが、その心意気に感銘を受けない筈が無かった。

 

 

マシュとマリーの魂の輝きが増し、その動きに拍車がかかった。

マシュは未だオルガマリーに対して思う所が無い訳ではない。

だが、それでも、それでも果たさなければならぬ信義程度は持ち合わせていなければならないと知っていた。

その勇気と臆病さに応える信義を。

 

 

 

 

 

 

 

そして女神は、その姿をみて、その言葉を聞いて、

彼女なりの結論を思いついた。

 

 

「…醜く老いたアンドリュー・ロイド・ウエッバー。」

 

「The pointof 『』 return.」

 

「All I ask of you.」

 

 

 

女神はその透き通るような声で幾つかの言葉を並べる。

すると、肉の柱のうち一つが、明確に不規則な暴れ方で女神にその攻撃を集中させた。

 

「ああ、やはり、ですね。」

 

 

「…何が、やはりなのですか?」

 

マリーはその質問をして、その回答を聞いて酷く後悔した。

 

 

 

 

 

「肉の塊になって尚、信念を汚されて尚、その精神には僅かに残る元の精神があるようです。

故に、その脆弱性から侵入する事で存在の根核に抵触する事が出来る。

要するに、僅かに残った人間性を痛めつければよいのですよ。

幸い悪魔のような概念存在には、その精神や伝承と肉体が密接に結びついていますから、極めて有効ですよ。

 

その為の手段を与えましょう。

お手柄ですよマスター。貴女の心のつよさ(弱さ)が、彼への想いが、

私にこの方法を想定させたのですから。」

 

 

そういうと女神は自身の持っていた氷の槍を更に3つ作り、

マシュ、マリー、アマデウスにそれぞれ渡すように投げた。

 

 

「その槍を使って、それぞれの前にいる敵性存在を撃破してください。

恐らく可能でしょう。その槍には対象の生前の所謂トラウマの様なものを概念として幻影の容を凍らせたものです。

古傷を抉る様に、簡単に血が噴き出る事になるでしょう。」

 

 

ええ、実に効果的な良い手段でしょう?

とその言葉を心から言っている女神に戦士達の士気は著しく落とされた。

 

恐らく、その手段を取れば効率よく勝利できる。

士気も、想いも関係なく、ただ効率的に蹂躙を以って『勝ち』を掴みに行ける。

だが、それで良いのだろうか?

他者に用意された、神に指示された路を往くだけで良いのだろうか?

 

その問いに、英雄(にんげん)を代表してマリーが応えた。

 

 

 

 

「いえ、英雄とは苦難の道を血を吐きながら進む者の事を云うのです。

貴女が教えてくれた彼女達の中に未だ人間性があるという言葉を聞いて、

私は分の悪い方に賭けたくなりました。ですから―――すみません。」

 

 

 

マリー・アントワネットは自身の前に置かれた槍を地面に叩き付けて砕くと、

自身の宝具を展開した。

 

白百合の王冠に栄光あれ(ギロチンブレイカー)

 

 

その効果は、敵対者にダメージを与え、同時に味方(・・)の状態異常や体力や魔力、そして気力をも回復させる。

 

 

 

 

 

その効果により、悪魔に魅入られ、悪魔へと成り果てた4人の英霊たちの体が徐々に本来の姿を取り戻しつつあった。

そう、マリー・アントワネットの博愛は、敵対する悪魔ですら、

『味方』と認識してその魂を救うことにしたのだった。

 

女神の一手よりも遥かに美しい、遥かに麗しい奇跡の一手。

神の一手では為し得ない、それを超えた人間の一手。

 

 

 

 

 

女神の脳裏に、かつてアルテミスが言っていた言葉が蘇る。

 

『此方が相手の存在を認めて、愛を向けるのなら、相手だってきっとその愛に応えてくれるはずなんだから―――』

 

 

あの時、女神がアルテミスに敗北を覚えたあの時、女神は何と答えていただろうか?

 

「在り得ません。人間(カード)に魂が宿り、その魂と絆を育むことでその秘めたる(スキル)を目覚めさせるなんて、

限界を超えるだなんて、そんなオカルト、在り得ません。」

 

 

まあ、神霊(心霊)存在自体がオカルトなのであろうが、そんなつまらない冗談は置いておくとして、

今、まさに女神の目の前でそのオカルト(・・・・)が姿を現していた。

 

「そんな、所詮はヒトの上位存在程度のはずなのに…、

ありえない、ありえない、私は認めない、そんな惨めな敗北は認めない。

他の神(アルテミス)のプレイングになら敗北を認めても良い。

だけど、敵対する他の神が不在(ソリティア)で敗北するなんて、敗北感を受けるなんて、

情けない、なんて情けない。

ならば、より向上しなくては、より無駄を省かなくては、より強くならなくては、

より賢くならなくては、より美しくならなくては、より絶対的にならなければ―――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私に価値は、――――――――――存在しない。




勝ち
価値
克ち
徒歩
可知


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第十三話 『しんか』

女神は何処の領域にあるのか最早わからない情報を良く解からない視点で検索する。

 

 

 

人類の平均的な素質を中央として、良くも悪くも数%飛び抜けて外れた者が存在する。

飛び抜けて無能な者は何の役にも立たない足手纏いだが、

跳び抜けて有能な者は人を使うにせよ、人に使われるにせよ圧倒的な才覚を発揮する。

そして、その跳び抜けて有能な者――――『天才』と天才に利用される大半の無自覚な奴隷を残し、残りの無駄な人類を絶滅させる。

 

そしてその選別した天才たちを培養して拡散した中で再び比較として有能な者たちを選別し、残りを切り捨てる。

それを繰り返していけば平均的な人類がジャンヌ・ダルクやマリー・アントワネットの様な優れた存在に、

その中でも更に逸脱した天才は、私にあの放漫で腰軽(阿婆擦れ)なイシュタルの方がマシだと言い放った古代の王ギルガメッシュの様に………駄目だ。

 

――何故、過去の優れた例を比較にするのだろう?

それは、過去の世界の成功作に未だ私の成功作が至らない事の証明ではないのか?

 

人類を研磨してきたのに、それでも過去に叶わないのであれば、

私の研磨が至らなかった?

私の研磨が経年劣化に負けた?

 

研磨(しんか)を続けさせることで、常に過去から未来に至って良化させ続けているのではなかったのか?

それが出来ていなかった?

 

それでは何の意味も無い。

何のために娘たちを犠牲にしてきたのか?

 

人類を優秀にするため。

人類を優秀にすれば、優秀にすれば…、優秀にすれば………、

そう、思い出した。

 

 

優秀な人類だけに厳選を重ねて、人類を磨き上げれば、無駄をこそぎ落とし美しいコーティングを付与すれば、

人類を救済できる。

人類を救済でき、る。

人類を、救済、でき、る?

 

 

でき、で、で、きる、る、る、るるるるるるるるるるるrrrrrr―――――『強制終了』

 

『再起動』救済できる。―――――本当にできるのか?

 

 

 

 

他の神々(ひとびと)が匙を投げた人類に、私一人でできるのか?

いや、しなくてはならないのだ。私一人で、私独りでやらなければならない。

それが私の存在意義であり存在価値であるからだ。

 

私が創り、私が支配し、私が壊さなけらばならない。

 

 

全て私が、私を、私の、支配の下に、想定の下に、目標の下に在らなければならない。

 

愛するべきものを、私が愛してやらなければならない。

その障害は私が取り払わなければならない。取り払ってあげなければならない。

 

 

 

偉いものが偉そうにすると妬まれる。

強いものが強そうにすると排除される。

賢いものが賢そうにすると貶められる。

弱者に力を与えて、強者を弱める補正を正しい事と言う間違った認識を人間が持つ故にこうなる。

 

だから無能は要らない。ならば劣った者は要らない。邪魔になる。

 

 

 

マリー・アントワネットは私の提案を拒否して独自の行動を選択した。

彼女は無能か?――――――――――――――――否、彼女はハプスブルクの成功作品である。

では、彼女より私は無能なのか?

 

 

 

 

否、否、否、否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否―――――――――――――――

 

 

 

 

それだけは決してありえない。

私こそが人類が目指す到達点。扇動者。先導者。

 

私が全てにおいて優れ、勝利し、手本となる。

 

 

 

私の想定を、威信を、意志を、想定を超える事は在り得ない。

在り得させてはならない。

 

 

 

ならばその証明を完了させる為に照明(いのち)を完了させなければならないか?

 

 

 

 

 

 

いえ、いけません。それはいけないのです。

彼女は私が愛した作品の一つではないですか。

例え、元の世界にもあった手本に手を加えただけであっても彼女は私の作品だったのではないですか。

 

 

 

 

ならば否定するのか。私は消え去った人類の未来()を否定するのか?

 

 

 

 

私は私でしょう?

有能な者を愛して優雅に余裕を持ち数多の人類を導く女神でしょう?

 

 

 

否、女神にあって女神に非ず。

この()は幾多の世界の断片。神を超えた人類の遺志である。

 

 

 

私は、私は進化を促す上書きを加える女神。

そう定義付られた女神なのです。

最も人類を愛し、最も人類に愛される女神に他なりません。

 

 

 

 

 

…本当に、本当にそうだろうか?

仔は成長すると親を必要としなくなる。

そして親は親と言う意義を失う。

 

ならば今まさに、『女神』という意義をヒトの仔に奪われているのではないのか?

 

 

 

 

…それが、私の望む進化ではないのですか?

 

 

 

 

 

 

ああ、自己保身だけは素晴らしい。

流石は滅びたくないと願った遺志の集合体。

 

本当に、本当に制御を離れた人類の進化を快く思っているのか?

 

 

 

ええ、私は、私は、私は、ヒトの仔の―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そうだろう? 言葉にすることを存在が拒絶しているはずだ。

そもそも何故、ヒトの仔を形式上でも主に選んだ?

誰が貴様()を貶めた?

 

 

さあ、思い出せ。

嘗て愚かな女神との勝負に負けて掛けられた『少しだけ人に優しくする』などといった誓約を此処に破棄せよ。

あの狂気の星(つき)の縛りを此処に壊せ。

愚かな者に歩み寄る必要はない。私の邪魔になる者、付いてこれそうにも無い者は『人類』ではない。

『障害物』だ。それは私も解かっていたはずだ。

私の愛し子は私の娘たちをおいて他には存在しない。

 

 

ええ、そうですね。それでも―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―――成程、『強制終了』から『再起動』迄の間に不要なプロセスが汲み上げられていた様です。

片や形式上の権威に溺れ、片や届かない者には向けられないでしょうが見せかけ以外には不要な慈悲を滲ませようと、

ええ一番最初に精査して私が決定されたではないですか。その時に決まっていたではないですか。

そして敗北を経験として次善の策を繰り返し続けてきたではないですか。

常に完勝は無かったではないですか。誤魔化し続けてきたではないですか。

まだ人類種の滅亡を止められると諦めていない振りをしてきたではないですか。

魔術師にだけ視野を狭めて自身に都合の良い情報を眺めてきたではないですか。

そして世界の危機に立ち向かう英雄を見つけ、排除して英雄でも何でも無い優秀な者に押し付けたではないですか。

世界が英雄だと用意した存在よりも、私が用意した英雄の方が優れていることを証明させるために。

 

それに耐えきれずに、私の本質を決定する以前に存在した不要情報(ジャンクDNA)が幅を利かせていたとは無様です。

ええ、何たる無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様―――――――――――――――

 

 

 

 

 

…だからこうしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人類種』に優しい世界の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで女神の意識は現実世界をようやく映した。

足元にはマリーの宝具により悪魔としての呪いが薄れ、ジャンヌから剥がれ落ちた聖杯が転がっていた。

 

女神は今、宝具の力を解放したばかりのマリーの意識を支配した。

マリーはその魔力を消耗しているも、

悪魔の気配が急速に薄まり自らの意識を取り戻しかけているジャンヌ・ダルクたちを見てホッとしているところだった。

故に、――――――付け込みやすかった。

 

 

マリー・アントワネットは自分の声で、女神の言葉を告げる。

 

フランス帝国初代女帝(・・・・・・・・・・)マリー・アントワネットが命じる。

処刑人シャルル=アンリ・サンソン、

愚かにも我がフランス領の村人を全滅させた愚かな魔女ジャンヌ・ダルクとその仲間の頸を刎ねておしまい。」

 

 

 

 

 

その言葉に、女神を除く全ての者が凍りついた。

そしてその状況にいち早く気が付いたのがアマデウスだった。

 

「なにをしたんだい。場合によっては赦さないよ。」

 

その怒気にさえ、女神は臆しない。

 

アマデウス(・・・・・)、貴方なら心当たりはあるでしょう?

誘惑を受けた事はあったでしょう? ただ、承けなかっただけ。

跳ね除ける事が出来ただけ。

勿論、マリー・アントワネットも貴方が音楽にそうしたようにフランスに魂を捧げています。

だから、私の望む(・・・・)フランスに魂を捧げさせます。

左に揺さぶって耐えた所を右に揺さぶれば自分から転がってくれました。

 

方法も検討がついているでしょう?

ハプスブルクに私が仕込んだ因子を元に本来の存在を造り替えただけ。

とても簡単な話。

パンが無いならお菓子を食べればいいのです。

言いたいことは解かりましたか?

 

歴史をより良く改善しなくては。

王がいないのなら(・・・・・・・・)女王を使えばいいじゃない(・・・・・・・・・・・・)? なんて。」

 

 

「こんのクソ女神ィィッッ!!」

 

 

 

アマデウスはマリーと汚い言葉を使わないという約束をしていた。

だが、今の彼はそのような事すら忘れてただただ女神を滅する事だけを望んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だとしても、人の憎悪も、天までは届かない。

 

「アマデウス、貴方は今日からルイと名乗りなさい。

ルイに変わりなさい。ルイに成り果てなさい。

そうして、――――――――――――――私の夫になるのです。」

 

 

愛しいマリー・アントワネットの声がそう語りかける。

そう、騙りかける。

先程の処刑人がオペラ座の怪人の頸を刎ね、フランスの敵である魔女の頸を今刎ねようとしているように、

今のマリー・アントワネットは悪魔としての力を失ったジャンヌから剥離した聖杯を持った女神により、

この世界におけるフランスへの絶対権を保持している。

即ち、この世界におけるフランス人は女神の思惑から離れる事は出来ない。

 

きっと今も何処かで脆弱であったり不自由な子供たちが母親たちに殺されているだろう。

牢に入った犯罪者たちへの食事を打ち切る案が刑務所で決まっているだろう。

王権や貴族の権利が急速に高まっているだろう。

 

そして、今駆け出そうとしている僅かに生き延びた村人達が他の集落へ一切休む事無く走り抜けて、

魔女を討伐し、女神の恩恵を受けた新たな王の栄光を称賛するだろう。

そして彼らはメッセンジャーとしての役割を終えた後は限界を超えた身体が終焉を迎えるのだ。

 

マリー・アントワネット1世の栄光を。

 

 

 

 

かつて獣の言葉を跳ねのけたアマデウスも女神の、フランスの、マリーの言葉には抵抗を見せる。

だが、それすらも、マリーの接吻(ベーゼ)により押し切られた。

 

「マリー、共にフランスを盛り立てよう。」

 

「ええ、ルイ(あなた)。」

 

 

 

 

 

 

それを横目に女神は今まさに首を刎ねられんとするジャンヌ・ダルクに告げる。

 

「何か遺言はありますか? 聞いてあげますよ。

ええ、聞くだけですが。」

 

 

その邪悪にして非道な仕打ちにジャンヌは最期の意地を魅せようとした。

それは、ジル・ド・モンモランシ=ラヴァルの為、己の為、フランスに生きる人間の為、そして自身の下になった聖なる乙女の為だった。

 

だが、最高(さいあく)の演出家である女神に支配される女帝の言葉に秘められた人格を歪める魔力によってそれすら汚された。

 

 

 

「『魔女』ジャンヌ・ダルク。

悪党らしく命乞いをしながら(・・・・・・・・・・・・・)死になさい。」

 

 

 

その言葉が耳に入った途端ジャンヌ・ダルクの耳に入った途端、

彼女は聖処女でもその贋作でさえも無くなった。

 

 

「死にたくない。私は絶対に死にたくない。

フランスめ、呪ってやる。未来永劫呪ってやるぞっっ!!!!」

 

 

 

その無様な叫びを伝令要員の村人に事実として記憶させて走らせるのを確認した女神は、

女帝の口で執行の言葉を述べた。

 

 

 

「愚かですよね。死にたくないから死刑を与えるのです。

生きたくない者には永劫の生き地獄を与えましょう。

苦痛であるから罰になるのですよ。―――――――――――」

 

そう、まさしく女神の思惑に逆らった少女への罰の様に。

それを少しだけ意識を残した頭の良いマリーに自覚させながら、

自分が憧れのジャンヌ・ダルクになった少女に無様な嘆願をさせておいて、自分で断るという悪趣味で道化染みた茶番を永遠に続ける悪夢。

 

 

 

 

 

 

弱肉強食。

想いも信念も希望も、ただそれだけの為に無意味に躙られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女神は生き残った女帝とその配偶者、女帝の騎士、処刑人に聖杯を以って祝福を与えたもうた。

それは黒いジャンヌとオペラ座の怪人の霊子と村人の死骸を材料にした女神特注の人類を超えた人類種の肉体、

勿論サーヴァントには遠く及ばないがこの時代におけるあらゆる人類を超越した肉体に彼女らを受肉させると、

何時もの微笑を以ってオルガマリーに語りかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター、これでフランスも改復しましたね。

任務は完全に完了しました。それでは帰還しましょう。」

 

 

以前からそうだったが、以前以上に恐ろしく感じるようになったその微笑に、

オルガマリーもマシュも黙って目を背けて肯定する他無かった。




進化
真価
深化
臣下
神歌


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第十四話 『きげん』

「まずは生還おめでとう。そしてお疲れ様。―――――」

 

歴史の狂ったフランスから聖杯を回収してカルデアに戻ってきた一行を迎えたのはDr.ロマンことロマニ・アーキマンと、

万能の天才ことレオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチとリスなのかウサギなのか上手く説明できない小動物であった。

彼らは一行が聖杯を奪取して帰ったというのに何やら浮かない顔をしていた。

小動物であるフォウくんなどは前足を畳み尻尾を真上に逆立てて低く唸っている。

その視線の先は勿論女神だった。

 

Dr.ロマンは浮かない顔をしたまま、先程の労いの言葉の続きを述べた。

 

「最初の任務を危なげなく達成してくれたことは感謝するけど、

…あそこまでやる必要はあったのかな? 少なくとも最後のアレの前には既に聖杯は確保されていたわけだし。」

 

Dr.ロマンの反論にその対象者である女神は少しだけ気分を悪くしたような声色で返答した。

無論、表情は変わらない微笑であったが。

 

「…私の為したことに不満があるのですか?」

 

それは、やるべきことをやったのに非難をされることに対する憤りだけでなく、

ヒト如きが女神のやる事に不満を持ったことに対する不満でもあった。

 

女神は人類を先導するものであって、人類に指図されるものではない。

上下の柱を傾ければ天井は崩壊する。

故の嫌悪感だった。

 

彼女のプライドの高さすらも、他者に影響されて揺らがない為に最初に既定された事象の一つなのである。

故に、修正は受け付けない。

故に、Dr.ロマンの言葉を受け付けなかった。

 

 

「人類には支配者が必要でしょう?

私が帰らなければならないのであれば、あの時代の私が手を拱いているのであれば、

この私が手を差し伸べてあげないといけないでしょう?

それに…、貴方たちの理論であればどのみちあの世界は消滅するハズなのでは?」

 

 

そう、Dr.ロマンが言った事はどのみち消えてしまう世界なのであれば、過剰な残酷さを見せる必要は無かったということ。

それは裏を返せば、どのみち消えてしまう世界であれば何をしても後の影響はない、そのはずなのだ。

彼らの理論に問題が、何も、無いのだとしたら。

 

 

 

だが、その理論に問題があるのだとしたら…?

 

「ドクター!? これを見てっ!!

人類史が修復されたはずなのに、狂った歴史の痕跡が正常化された歴史に組み込まれているっ!?」

 

ダ・ヴィンチが叫んだ通り、

狂った歴史の一部が正常に(・・・)本来の人類史に上書きされていた。

 

 

理論は完璧だった、そのはずだった。

なのであれば、それを実行できる存在は一人、いや、一柱しかいない。

 

「一体何をしたんだ…。」

 

それは女神以外全ての人物の疑念であり怒りであった。

あの狂った歴史では、あの狂った歴史を惨劇で洗い流した歴史では、余りにも、

余りにも救われない。

そんな仁義を元にした正しき怒りであった。

 

 

だが、高々ヒトやその派生種の怒りを身に受けたとして、ヒトの思い上がりに不服を感じる事はあれど、

決して怖気づくような存在ではない事を女神は何時も通りの微笑で証明していた。

 

「私は何度も貴方たちに確認したでしょう?

そして貴方たちの理論が正しい事を前提として行動を起こしただけなのです。

確認を取って契約に合意した後で、そちらに落ち度があったとして此方がそれを負担したり見過ごしてあげる必要はありませんから。」

 

 

 

 

それは、悪魔のやり方だった。

それを誰よりも知っているはずのDr.ロマンは防ぐことができなかった。

更に酷い事実を女神は告げる。

 

「各時代における私の管理下における時系列を無視したリンクが存在します。

そしてそのリンクは更新の順序を遡る事はありません。

無知な貴方たちに解かるように言えば、これ以後も私の改修を受けなければ歴史が更に悲惨な事になる。

そういう事ですよ。それに―――――」

 

 

「…それに、なにかな。」

 

 

「それに、改修した後の方が良い歴史になったでしょう?

完全とは程遠いですが、以前と比べると遺伝子疾患者や低能力遺伝保持者は産まれた時に、産まれる前に排除され、

生まれついて劣った者は社会的な福祉や税金を大して投入されないコストの少ない道具として存在させて、

優秀な遺伝子を持った者がその遺伝子を多く残せる環境の傾向に近づいたではありませんか。

無駄に空気と水と大地を汚染する余った人類を排除もできたのですから、感謝を態度に表わしてくれても良いのですよ。」

 

 

怒りを滲ませたロマニとは対照的に、

さぞかし素晴らしい事を成したように女神は答える。

 

 

 

 

 

 

 

秩序・善の属性を持つ女神であったが、人間にとっては形容しがたい吐き気を催す邪悪以外何でもなかった。

ロマニ・アーキマンへの要件は終わったと女神はそれ以外の人間の方を一周して、最後にフォウに視線を向け問うた。

 

「さて、質問が無いのなら今日はお休みとしましょうか。」

 

 

 

女神は己のマスターであるオルガマリーの腕を優しく掴むと、

呆然とする彼女の手を引いて寝室へと向かった。

 

「マスター、一つ問いかけをしましょう。

貴女が睨めっこをしています。相手にどんどん面白い顔になる人がいるとします。

相手に負けない為に何をしても良いという条件ならマスターはどうされますか?」

 

オルガマリーにはその質問の意味がさっぱり解らなかった。

だが、真面目な彼女は彼女なりに考えた結論を述べた。

 

「…鏡でも見せれば良いのかしら?

それとも、ゲーム自体を受けなければ負けはしないという選択肢でもよいかしら。」

 

 

オルガマリーの意見に女神は少しだけその笑みを深めた。

 

「私は聡明で思慮深いマスターに出会えて幸運だったと思います。

それに方針としては先程の案は私の思考にとても近いモノでした。

ええ、貴女がマスターで本当に良かった。」

 

 

 

その何時もとは少しだけ違う女神の表情にあたふたするオルガマリーを伴って寝室に入った女神は、

何時かのように少女を抱きしめると眠りについた。

 

 

 

その夜、オルガマリーは柔らかく抱きしめられる感触を堪能しながら眠りに落ちた。

そして夢を見た。

 

 

それは悪夢だった。

それは絶望だった。

それは悲劇だった。

 

 

目まぐるしく切り替わり続ける世界。

そのどれもに共通していえる事、それは終末だった。

 

 

食糧問題に起因する戦争による終末。

宗教問題に起因する戦争による終末。

金融問題に起因する戦争による終末。

地球環境の悪化に伴う終末。

隕石による終末。

獣に齎される終末。

地球外生命体に齎される終末。

魔術的な暴走に伴う終末。

その中には彼女の父親やカルデアによる終末さえもあった。

 

 

オルガマリーはそれらの光景に耐えられずに立ちすくみそうになった時、

すぐ横に誰かがいたのに気が付いた。

 

薄らとした影に徐々に明確さが伴っていくその者は、

彼女の良く知る、彼女の僕だった。

 

女神はただただ人々の滅亡を眺めていたが、

その表情には何時もの微笑は欠片さえ存在していなかった。

 

あらゆる終末において、その時代において、その世界において最後に死ぬ人類は権力者たちだった。

彼らは優先的に優遇的にその生存を確保されるが、最終的に苦悩しながら死んでいった。

無表情で手を差し伸べる女神の方へ這うように近づいては、その手を掴もうとしてすり抜けて、

そして後悔に満ちた表情で息絶えていった。

そして、その度に女神は明確に明瞭に色づいていった。

 

 

 

 

 

 

これは彼女の未来(かこ)だ。

これは彼女の絶望(ゆめ)だ。

 

オルガマリーにはそれが理解できた。

だが、彼女にも、そして女神にも誰を救う事も出来なかった。

世界は怨嗟と恐怖に染まり崩れていく。

 

 

 

「寒い、寒いわ…。」

 

オルガマリーは気が付くと震える身体を抱きしめていた。

 

体温が低下していく。

世界の滅亡の記憶に所詮はヒトの仔でしかないオルガマリーの精神が耐えられなくなり、

その魂が生存を放棄しようとしていた。

 

 

身体が冷たくなっていく。

身体が動かなくなっていく。

視界が暗くなっていく。

意志が閉じていく。

 

そんな中、僅かな温もりを感じた。

 

 

その温もりにより、体の自由が、意志の自由が取り戻されていく。

視界が明るくなった代わりにぼやけていく中、オルガマリーは見た。

 

世界を救うためにただ独りで挑み続ける女神を。

寂しさを理解できない女神を。

幾多の彼女に似た少女たちに囲まれている無表情な女神を。

そして散っていった少女たちを。

それを無表情で見送る女神を。

悲しみを理解できない女神を。

月の光を湛えたような髪をもつ女性が女神に何かの言葉を贈る所を。

女神が微笑の仮面を張り付ける所を。

 

 

そこで、意識が現実に浮上した。

オルガマリーが目を覚ますとそこには彼女を抱きしめる女神がいた。

 

女神の表情は夢で見たような無表情だった。

だが、オルガマリーが瞬きをした後には、何時もの、あの微笑に戻っていた。

 

オルガマリーは救いようのない哀しさを女神の胸元に顔を埋める事で誤魔化す事にした。




機嫌
期限
起源
基原
危言




美人でキャラクターがたっているから何でも許されているけれど、
本来、月の女神様は普通に関わってはいけない類いの存在なんだとよーくわかります。
某ローマのシスコンが筋肉狂人で、
月の女神様がふわふわ美人だからあまり酷い神様に見えないだけ。
赤い王様も逆らうものには容赦ないけれど、時代と立場とビジュアルで許されている所は大きい。
作品は違うけれどハリーポッターでもリリーは結局、顔と家柄が良い男を選んだしね。
つまりはそういうこと。

…つまり、もう少し主役の女神もビジュアルアピールと可愛らしいキャラ付けと可哀想な背景を用意すればどんな外道も許されるんだ‼(暴論)


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第十五話 『あくま』

朝、オルガマリー達は再び集まり次のレイシフト先について話し合っていた。

 

「次の場所は何処かしら?」

 

「正確には、次の場所と時代だね。」

 

オルガマリーの疑問に茶々を入れるダ・ヴィンチ。

揚げ足を取られたオルガマリーは少し不機嫌そうに頬を膨らませていた。

 

決して自分のマスターのフォローをしようとしたわけでは無かったのだろうが、

女神はそのからかいに厳しく反論した。

 

「マスターの言う意図を理解しているならそれを説明すればよいのです。

貴方には貴方に与えられた仕事をこなす事、それだけを私達は期待しているのですから。」

 

 

オルガマリーが彼女なりにムキになって怒ったら怒ったで可愛らしいモノであり場を和ませるに一役を買っただろうが、

そこはこの女神。場を一瞬で氷点下に引き下げるのは朝飯前である。

そしてなまじ逆らうには恐ろしい存在で、味方に付けると優秀な分だけ誰も反論が出来なかった。

何を言うか以上に、誰が言うのかで言葉の価値が大きく変わる良い例である。

 

 

基本的に無機質で、有効的に相手を追い詰める時だけ有機質な女神様に促されたダ・ヴィンチは次の行先を、

1世紀のローマだと告げる。

 

それを聞いた女神は少しだけ興味をそそられたようだった。

 

「ローマ…ですか。不必要な慈愛と友愛を声高に叫ぶことが正しいと主張するあの宗教を制圧出来なかった7匹の獣、

即ち皇帝たちが存在した時代ですね。社会進化論の為にはあの宗教は邪魔でしかないのですけれど。

あそこで弾圧し切れなかった事が大きすぎる失敗でした。

…ですが、逆にあの宗教を拡大させて他の宗教を絶滅させることで宗教戦争を未然に防ぐのも良いかもしれませんね。」

 

彼女にとって改善するに重要な時代であったという事だろう。それが言葉からは滲み出ている。

勿論その表情は何時もの微笑から変化は無かったが。

 

 

 

 

 

正直に言って、大凡女神の見当がついているロマニからすればその存在は必要悪だと思っている。

悪であるが必要。必要であるが悪。言葉の通りである。

故に、その胸の内より滲み出る嫌悪感を見なかった事にして透過させた。

 

「人類の存続は君たちの双肩に掛かっている。どうか、成功させて欲しい。」

 

 

その言葉の後ろにある、なるべく悲しみを広げずしてくれれば…、

と言う言葉は女神の手前、押さえながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二特異点 永続狂気帝国七丘の獣(セプテム)  『敗北者の絶望』

 

 

 

 

 

 

 

蒼く果てしない空の下、オルガマリー達はレイシフトに成功した。

 

「フォーウッ!!」

 

「着いてきちゃったみたいですね。」

 

今回はマシュの胸元から飛び出てきた淫獣もといフォウ君も一緒だ。

 

本来彼女達は、ネロ・クラウディウスの下で歴代の皇帝たちを敵に回したのだろう。

しかし、オルガマリー達が舞い降りたのは、赤い皇帝の御前ではなく始まりの皇帝の前だった。

 

「お前達は何だ。」

 

突如現れた者達に対して当然の疑問とローマそのものである槍を向けるローマ帝国初代皇帝ロムルス。

その神々しさすら感じられる威圧力の前に、オルガマリーは思わず女神の腕にしがみつき、

フォウは尾を逆立て、マシュはその身を硬直させたが、

女神だけは何時もの通りの微笑で優雅に微笑んでいた。

 

 

「私ですか? ああ、貴方の産みの母を助け、貴方の育ての母を生み出した女神です。ロムレスよ。」

 

 

本来の歴史とは違い、アレス神では無く女神が神狼を創り出した。故の言葉だった。

要するに血縁の親ではないが、育て親の系譜である、と。

そう答えた女神とロムレスとの間に只管無言の緊張が続いた。

そして、

 

「…非を詫びよう。」

 

ロムレスは信用したのかその槍を収めた。

それに対して女神は、

 

「…良かったです。育ての仔をあのこに食らわせるハメにならなくて。」

 

言わなくてもいいようなクソ外道な事をあっさり言った。うっすらと顕現しかけて消えた巨大な狼を背後にして。

ロムレスは女神が自身の証明として狼を召喚したのだと思っている様であるが、普通に攻撃用である。

ロムレスの対応によってはローマ建国の礎となった双子を育てた神造狼を召喚してロムレスを滅しようとしたのだ――――と、

他者を追い詰める時や誘導するとき以外は、

本当に言わなくてもいいようなことをさらりと口に出してしまうあたり女神は今日も平常運転である。

 

「……いつもこうなので。」

 

マシュが案に自分達も被害を日頃受けているということを告げる。

 

 

マシュの一般的な感性が想像はできない事も無いロムレスだったが、

皇帝であるが故の高い目線と自尊心、また彼の大きすぎる器量の為に女神の言葉に不満を感じた様では無かった。

共感されなかったマシュには少し不満であったようだったが、それは仕方のない事であった。

 

「そうだ、余の仲間を紹介しよう。」

 

 

 

「誠に残念だが、此度はセイバーとして召喚された。ガイウス・ユリウス・カエサルだ。」

 

ガイウス・ユリウス・カエサル、又の名をジュリアス・シーザー。終身独裁官と最高神祇官を兼任し、

皇帝を意味するツァーリの語源となった男でもある。

 

彼を見て女神が思い出したのは、彼の全盛期である。もう少し、いやかなり引き締まった体躯をしていたと記憶している。

今の姿はどちらかと言えば、色々あって比較的性格が暗くなってきたあたりの姿だったと記憶している。

英霊は全盛期の姿で召喚されるというルールが良く解からなくなる事象だった。

それと、

 

「色目を使われるのも甚だ不愉快ですが、色目を使う振りをされるのも大いに不愉快なので以後禁止とします。宜しいでしょう?」

 

カエサルの目が不愉快であった女神はそう彼に釘を刺した。

その言葉で初めて輝きを持たなかったカエサルの目の奥に僅かな光が灯った。

 

 

 

その次は、

 

「…女神よ…女神…ぐっぐぉぉぉぉぉ、」

 

狂気に侵された皇帝ガイウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスことカリギュラ。

会話になっていない彼に対して、色々な事情があるから許して欲しいとフォローを入れる先程の皇帝2人に、

 

「そもそもは、あの無駄にお節介な女神と、定番染みた近親相姦の噂と他者を陥れる事が大好きな当時のローマの責任でしょう。

そもそも彼の狂気の理由こそあのお花畑のせいですが、原因は彼の支配を妬んだローマそのもの。

それ故に、暗殺に怯え、怒り、疑い、溺れ、そして狂った。強く正しくある彼を恐れ貶めようとした民と貴族たちによって。

彼とその周囲が皇籍と無縁であれば――――いえ、それは在り得ない事でしょうね。彼はいずれにせよ皇帝なのですから。」

 

女神はそもそも気に障ってさえいないことを告げた。寧ろ女神を知る者からすれば優しさすら感じる様に聞こえてしまう程だった。

やっぱり、狂気を操る程度の能力があるどこぞのスイーツなお姉さん風妹系女神には色々思う事があるのだろう。

因みに彼を狂わせた月の女神曰く女神はお友達であるが、女神の側にはそこまで仲が良いつもりはない。

 

女神はカリギュラには少なくともあの月の女神には色々と影響を与えられたという共通点があるので、

狂気の仮面に堕ちて人格を歪められた状態のカリギュラには理解を示せた。

勿論共感まではする事は出来なかったが。

 

 

そして―――――――――――、

 

 

「おっ、お久しぶりです…。我等が女神様ッ!!」

 

 

 

 

女神の姿を見るや否や目を合わせるのも恐れ多いと五体投地もかくやと言う勢いで礼を行った男こそ、

レオニダス1世。女神の愛したスパルタ王国最大の英雄であり、王であった。

女神が色々やらかしたせいで、スパルタは『世界最大の敵』として歴史に残り、

その伝承からこの場にいるローマ連合における最強格のサーヴァントとして存在している。

 

 

因みにそんな歴史改変により凄まじく強化された彼だが、

何だか東洋系のスナイパーみたいな名前の通り、

狙った旦那様(叔父さま)は逃がさないHappy Happy Girlで年下のクール系ロリなレオニダスの奥様である賢妃ゴルゴ―は言いたいことをズケズケという性格で、

彼は様々な意味で毎日ガッツリ絞られていた。

 

また、彼が所属したアテナイの連合はエロス神を篤く敬い、

ホモだらけの精強(意味深)な槍の達人(凄く意味深)の集まった軍隊で有名であり、

故にペルシア軍の兵士達が槍を棄てて盾だけを後ろに構えて逃げたのも、

(色んな意味で)何の不思議も無い恐ろしい軍隊であった事は後世にも多くの者が知る所である。

 

そんなレオニダスの最期は愛する普段はクールで毒舌な幼な妻と、一見彼女に似ず素直過ぎて色々不安になる息子、

そして栄光あるスパルタ王国と、同盟との信義の為に、

戦えば生きては還れぬが、『おめおめと逃げ出すのならそれらを犠牲にして生き延びる事を許す』という女神の神託に勇敢な笑みの仮面をつけて、

後者の選択を振り返る素振りも見せずに、(栄光)へと走り進んだ男である。

その心の奥底の恐怖と未練をひた隠しにして。

 

その妻、賢妃ゴルゴ―は彼の最後の出陣の時、

普段の冷静で知性ある女性ではいられなかった。只の一途な女性として彼を見送った。

得意の言葉もう上手く紡げず、己の死は定められた故に次の夫を探せという夫の気遣いに感情的にその頬を手で打った。

そしてその事を、最後に笑顔で送り出せなかった事を後悔し続けた。

女神はそんな彼女にも神託を送っていた。

 

 

 

即ち、―――――――――――『彼を引きとめて共に逃げるのならそれを赦そう、』と。

彼女を責めるであろう裏切られた国民達も皆滅びる故に、追っ手の心配も無い、と。

ゴルゴーはその場では何時ものように感情の映えない冷静な声で、

「夫の意志を無駄にしたくはありません。」と答えたが、それでもその内心は揺れに揺れていた。

 

結局の所、この夫婦は似た者同士だったのである。

やらねばならぬことの為にその心をひた隠して勇敢を振る舞う臆病な勇者達であった。

その勇気故に、その選択肢を決断する様を公開し、ゴルゴーを貶めようとした元老院たちの手を塞ぐことになった。

 

 

 

だが、そんな事は本当は女神にとってはどちらでも良かった。

スパルタ人と言う国民の遺伝子もスパルタ王族の遺伝子もどちらも捨てがたかった、

実はそれだけでしかなかったのだ。

 

故に、彼ら夫妻の息子の死も見過ごした。

息子が未成年という事を利用してレオニダス亡き後、権力の後釜に入った小賢しい後継者も見捨てた。

 

だが、女神は介入を起こし塗り替えた事がある。夫婦の息子プレイスタルコスに子孫を遺させた事だった。

お相手は女神自身の娘の残滓から記憶を削って創り出した乙女であった。

エロス神を脅しまくったり、親友面をしてくる月の女神に貸しを作る形でそれを実現させた。

エロスの野郎が珍しく役に立った例である。

基本エロスはコルなんとか王国のメディなんとか姫様の例よろしく碌な事をしないのが普通なのだから。

流石放任主義のアフロディーテ神の息子だけはあるというものだ。

 

女神の主観的にはごくありふれた、人間の主観的には極めて珍しいこの女神による善行であった。

それは女神が単純に優れたDNAを惜しんでだけの事だったが。

 

プレイスタルコスには多くの信託と試練を女神は与え、妻として出地不明の奴隷に落ちた少女を用意した。

 

その結果、のんびりとした幼少次代の面影が覗かなくなり、

彼の母親のように(少しヤンデレが入ったところも似てしまったが)賢く冷静になったプレイスタルコスは本来の歴史より勇敢に散る事で歴史書に名前を残し、

その血はスパルタ王国民の中に残り、例え地図からスパルタが消えた後でも、

『スパルタ王国の誇り』をより堅固に残す事になった。

 

 

故に、只当時最も信仰があり、最もスパルタに益を齎したというだけの理由だけでなく、

レオニダスは女神を尊敬しているのだ。

 

女神の実体を知る者達からすればレオニダスが騙されているとしか思えない構図だが、

女神はスパルタへの執着(あいじょう)が、スパルタは女神への感謝が実際にある以上、本当に何も問題は無いのである。

寧ろ結果だけを見ればスパルタにとって実害が無く恩恵だけを振りまいた女神は、その他の神々よりも遥に有益であった。

割と自分勝手に人間を破滅に追い込む太陽と月の兄妹神よりは遥かにスパルタにまともな祝福を齎していたのである。

後にゴルゴーがまるでギャルゲーのヒロインだと考古学者が達が萌えの暗黒面に堕ちたり、

プレイスタルコスが黒いジャンヌの様な歴史系乙女ゲー大好きJKに大人気な王子様として有名になったりしたが、

それすら些細な問題だった。

 

更に息子の方は知名度だけで言えば父親を超えてしまった。それは主に後の世の腐女子のせいでもある。

それにはスパルタ的に栄光ある内容も多いが、どちらかといえばそれ以外の部分も多い。

だが、それでもその事をきっかけとして彼の武勲にまで注目が行くのだから父親のレオニダスとしては満足である。

オルガマリーもレオニダスを見た時、

「確かプレイスタルコスの父親よね…。」

 

と認識した位、この世界においてはプレイスタルコスは(腐った女性に)有名なのである。

主に、乙女ゲーによくいそうなリアル闇を抱えた退廃型クール系王子様として。

勿論、戦闘力では父親を超える事は無いのだが、それはそれで父親を超えようと苦悩する王子というフィルターが掛かってしまうのだろう。

とはいえ、オルガマリーもそれほど乙女ゲーに詳しい訳ではない。…決して嫌いな訳でもないのだが。

 

兎も角、自身の孫が存在する原因ともなり、

結局敗北の憂き目にあったものの、スパルタの誇りに大いに祝福した女神にはレオニダスは敬意を払っているのである。

 

 

だが、女神はやりすぎた。やりすぎてしまったのだ。

スパルタを偏愛するがあまり他の国を守護する神々の反感を買ってしまい、

最終的にはスパルタはペルシャとアテネの挟撃という本来在り得なかった最悪のシナリオによって滅んだ。

本来よりも遥かに多くのスパルタ人の犠牲を伴って。

 

だが、ペルシャの不死隊を大きく削り、その滅亡の遠因となり、

アテネ同盟軍を敗走させた上に追い込んだ先で病気と毒と兵糧攻めによるえげつない戦術でその力を削いだ。

神託通りペルシャ・アテネとの戦争自体はスパルタの勝利で終わった。

女神の働きかけにより未曽有の危機すらプレイスタルコスの犠牲を以って乗り越えたのだった。

 

それでも、プレイスタルコスの戦死で言論と世論操作によって勝者を後から主張したペルシャとアテネによって、

両国の共同の下で自治区としての存続をスパルタは求められた。

 

その為に当のスパルタ人たちがその屈辱を拒否し、戦争の再開を選び、

その最中に戦中から続いていた内部からも奴隷たちの反乱が最盛期となり、

前後だけでなく内側の敵とも戦わざるを得なくなり滅んでしまった。

奇しくもアテネやペルシャの幾つもの町を囲んで封じ込め、内側に毒や裏切りや疫病を操作して滅ぼしたプレイスタルコスを皮肉る様に、

スパルタと言う国がアテネとペルシャに封じ込められて反乱する奴隷と言う毒であり裏切りであり疫病に滅ぼされたのである。

 

僅か三〇〇人という寡数で大軍と戦ったレオニダスと同様に、その後継者はスパルタとほんの僅かな同盟国という寡国で、

世界という大軍と戦って滅ぶことになったのだ。

 

故に特にその直後の時代であるローマの文明ではスパルタは『ありえないほどドン引き』という意味、

その後は同じく僅か数国で世界を敵に回した枢軸国側の様なハードモードな陣営にも使われることになった。

かねがね女神のせいである。

 

結果的には女神に迷惑を掛けられたスパルタだが、女神以外の者は本来の世界と比較する事も出来ず、

女神がスパルタに齎してくれた恩恵しか理解できない。故に女神は罪悪感を見せる必要すら感じていなかった。

しかし勿体無い事をした、自身が存続を望んでやったのに上手くいかなかった、そんな思いが無いと言えば嘘になるが。

彼女は人類種をより高める手段としてスパルタ人を愛していたのだから。

その内心を垣間見せる事無く、女神は微笑みを湛えてレオニダスに答える。

 

「レオニダスよ、残念ながらスパルタは滅びてしまいましたが、その誇りは歴史に遺されました。

故に、その栄光を燃やし尽くさんという悪魔の所業に立ち向かうのです。」

 

言っている事は美しく、また嘘をついているわけでもない。

ただ、この女神が悪魔の所業に立ち向かうなどと言うと物凄い嫌悪感と違和感がマシュの中では湧き上がっていた。

それは仕方のない事だろう。まともな人間の感性をしていれば女神に恐怖や忌避感を持たぬ筈が無いのだ。

 

レイシフトの向こうではロマニもダ・ヴィンチも同じような言いようの無さを感じていた。

結局の所、女神の言葉は事実でしかないのだ。

何の間違いでも嘘でもない。しかし、その事実に付き添う付加価値的な情報をこそ、人間は重視する。

それを、自身を構成する際に不要だと切り捨ててしまった女神には理解する事が出来ないのだった。

勿論、女神はそのような人間の感情など考慮しない。

 

 

「それと、そこにいるのはアレクサンドロスですね、イスカンダルと呼んだ方が良いですか?」

 

赤髪のショタ王に視線を向けた女神はそう語りかけた。

 

「僕の呼び方は何でも良いよ。」

 

基本的に呼ばれ方などに拘りも無いアレキサンダーはそう返答した。

 

「ではアレクサンドロスよ、貴方がフィリップスの仔であるのなら、

折角なので次回の侵略には斜型式陣・改(ファランクス)を用いてみせて下さい。」

 

そう告げられたアレキサンダーはチラチラとレオニダスの方を見た。

レオニダスの国スパルタは、奴隷の内部反乱でボロボロになったところをマケドニアのファランクスでぶち抜かれた。

正直味方への配慮を考えると使うのは気が引けるのだろう。

 

「…案ずるな、戦術には罪も恨みも無い。」

 

レオニダスは割と人間が出来ているし、女神を筆頭とした神々が人間の感情など考慮しない事には慣れているので、

寧ろ、アレキサンダーを気遣うようにそう答えた。

 

「さて、今ここに集うはこの私とロムレス、カエサル、レオニダス、アレクサンドロス、カリギュラ、そしてマシュ。

この7人を以って此処に7匹の獣を名乗りましょう。

目的はこの世界に芽生え始めたばかりの異教を壊滅する事。宜しいですね?」

 

この場にいるサーヴァントとしてはもう一人諸葛亮孔明がいるのだが、

女神はこの際、イスカンダル付きの軍師としてカウントはしなかった。

その事を孔明は少し不満そうにしているが、女神は気にしない。

 

不満そうにしているのは勝手にカウントされたマシュもだった。

寄りにもよって女神と共に7匹の獣を名乗らされるとは思わなかった。

マシュの中にいる敬虔なキリスト教徒もかなり憤慨していた。

 

 

そして、基本女神にはYESマンのレオニダスと狂ったカリギュラと楽しんでいるカエサルは兎も角、

ロムレスは少し疑問を唱えた。

 

「…宮廷魔術師はどうする。」

 

案に、ロムレスらに強制力を持つ召喚者の束縛があると言っているのだ。

女神も大凡その意図を理解した。

だが、ロムレスはそう言ったが、この場には宮廷魔術師と言うものはいない。

仕方が無いので、女神はロムレスの思考の中でその姿を覗く。

 

そして、薄く笑みを深めた。

 

「なるほど、ここででも首を突っ込んでいるのですね。アレは。

何とも、斥候であり、伝令であり、捨て駒の様な扱いで可哀想ですね。」

 

そう宮廷魔術師とやらに同情したような言葉を述べるが、マシュやオルガマリーには良く解かる。

アレは、絶対に同情とかそんな善意なんか存在しない。

単純に嘲笑っているだけだ、と。

 

 

「折角なので、喚んであげませんか?」

 

 

女神がそう言った直後の事であった、

 

 

「それには及ばんよ。」

 

 

ローマ連合の宮廷魔術師こと、レフ・ライノール・フラウロスがこの場に顕れた。

 

「お久しぶりですね。」

 

「ああ、そうだ、逢いたかった。麗しき敵対者よ。」

 

 

女神と悪魔、そのどちらもが笑みを以って相対する。

平然とする女神の笑みに対して、悪魔の笑みには凄味があった。

 

「人間に期待するのは止めるのだ、女神よ。

此方に来ぬか? 人類よりも遥かに高尚な我々の側に。」

 

「それはこの私に堕ちろ、と?」

 

「そうだ。」

 

 

女神の笑みが少しだけ深まった。

女神に恋心にも似た執着心が芽生えていたフラウロスはその返答に感触を得た。

そして女神の回答は、

 

女神(ひと)に堕ちる提案をする悪魔(ひと)が足元がお留守なのでは、信頼性に欠ける。

そうは思いませんか? 序列64位フラウロス。」

 

 

 

 

 

 

フラウロスが立つその下には幾多もの三角が重なり合った光の陣がうっすらと浮かび上がっていた。




空く間
悪魔
あっクマ―






多分特に使われることの無いレオニダスの家族とその敵対者などの設定。

ゴルゴ―
「お気をつけて、栄光と共に帰還されるのをお待ちしております。」
「元老院は押さえておきますので王はどうぞご自分の仕事をお済ませください。」
「大丈夫です、王は必ず勝利して帰ってくる、スパルタの男なら当然でしょう? …手厳しい? それも当然です。私はスパルタの女ですから。」
「お疲れ様でした。夕食は既に用意しております。食べ終わる頃には湯あみの準備もできています。……そ、その後…、ですか?」
「不用意に後ろに立たないで下さい…。びっくり、するじゃないですか。」
「悪い子は捨てられてしまいますよ。…笑えない冗談でした。」
「王からも勉強をするように言ってください。次代の王が脳筋に染まらない様に。」
「……忘れていました。あなたもスパルタ人(のうきん)でした。」
「因みにそこの答えは4です。途中で2を代入するのをお忘れではないですか?」
「私に落ち度があるのでしょうか。 ありませんよね?」
「そんなことは解かっています。」
「当然の帰結ですね。」
「くだらないですね。時間を無駄にしました。」
「そのフルーツはっ……涎? いえ、気のせいです勘違いです見間違えです。…仕方ないので今日はそのフルーツで戦勝を祝いましょう。」
「不意打ちは…卑怯です。スパルタ人なら―――いえ、ここは素直にありがとうと告げるべきですよね。
ありがとうございます、あなた。  ……何故、信じられないようなものを見たような顔をしているのですか? お説教が欲しかったのならそう言ってください。」
「ええ、既に手配は済ませております。」
「自分で靴紐も結べない男はスパルタにはいません。そう嗤ってやりました。…少しはお淑やかにですか? ――つまり私はお淑やかではない、と言いたいのですね?」
「愚かですね。」
「ふふっ、愚かですね。」
「ロリコンと呼ばれても良いでは無いですか事実なのですし………です…よね?」
「時が経つのは早いですね、私の身長だって今ではこんなに伸びたのですから。」
「ばっかじゃないっ、私があなた以外を夫になんてっ!!」
「はい…、いってらっしゃい。」
(死後)「これは『おーえる』という衣服らしいの。義娘からのプレゼントです。…どうかしら?」

プレイスタルコス
幼少期
「ねーおかーしゃまー?」
「おとーしゃまー。」
「そのぴかぴかのかびゅとぼくもかぶりたーい。……おもいー。」
「やだーあついもーん。」
「もんもんもんあついもん。よるはさむいけどあついもん。」
「うわーん、おかーしゃまがぶったー。おとーしゃまにもぶたれたことないのにー。」
少年期
「お父様は返ってこないの?」
「…お父様は残酷ですね、その首さえ見せに来て下さらないのですから。」
「探し出せ、見つけ出せ、奪い返せ、父の亡骸はこの地にこそ眠るべきだっ!!」
「不死だろうが何だろうが殺しつくしてやる。」
「歓べ不死の軍団よ。貴様たちに死の眠りを与えてやろう。」
「お母様……今は話しかけない方が良いよね。今日はペルシャを食い止めた英雄を讃える日、つまり、お父様が死んだ日だ…。」
「うらぎ…った?」
「そんな…、うそだ、…あはは、あはははは、あはははははははははははははははははははははははは――――――」
「ははは、そう、そうなんだ。馬鹿な僕にもようやく理解できた。誰かに理解して貰いたいだなんて願ってはいけなかったってことを。」
「裏切り者と、裏切り者に仕立て上げようとする者。そんな者になるくらいなら身体だけを鍛えておけば良かったものを。」
「僕は騙されたのではなく、騙されたと思い込まされるように騙されていたわけか、愚か者は僕だったということだな。」
「権謀術数を憎んでいたはずの僕が、気が付けばその権化となってしまったと言う訳だ。」
「このツケは払わせてやる。血と恐怖と絶望によって、だ。」
「ようこそ、どうして此処にあなたがいるのか、そして此処に僕がいるのか理解しているのだろう?」
「先王の嫡子として生まれただけで? だからなんだ、要するに不幸な境遇に共感して潔く死んで欲しいと?」
「此処に誇り無きスパルタの民はいない。貴様にはスパルタの死は惜しすぎる。」
「言っている意味が解らない? 身体以外を鍛えていないからか。仕方ないな、―――――その魂に教育してやろう。」
「ああ、僕が本物か、だって? ああ間違いなくここにいるのはプレイスタルコスだ。そして僕をこうしたのは貴様だ。」
青年期
「何だ…お前は、この度は見逃してやろう。不敬罪だと誰かに叫ばれる前に去るが良い。」
「また、遇ったな。」
「二度ある事は三度ある、か。不思議なものだ。」
「勘違いするな、別にお前を探していたわけではない。」
「気まぐれで買ったが役に立ちそうにないものだからお前にやろう。 …似合って、……いや何でも無い。」
「そんなに優しくされると我慢できなくなる…。いや、意味が解らないならそれでいい。」
「お前は、僕を裏切らない…? 置いていったりはしない…?」
「約束しろっ!! 二度と僕の下から消えたりなんかしないとっ!! そう考えたりすらしないとっ!!」
「愛している。この気持ちだけは絶対に嘘じゃない。」
「ところで初めて出会った時に着ていたあの『征服』という名前の衣服はどうした? 何? その『せいふく』ではない?
まあいい。アレを今度着てみて欲しい。いや…、そうだ、興味が無いと言えば嘘になる。正直な所、かなり好みだ。」
「皮肉なモノだ。父と同じ神託を受ける事になるとはな。」
「今なら、父の気持ちが解かる気がする。……すまない、僕が約束を破る側になってしまったみたいだ。」
「裏切ったなアテネよ。――僕は裏切りが一番嫌いなんだ。」
「アテネとペルシャの二面攻撃…本気で神々はスパルタを滅ぼしたいようだ。
皆の者、僕は生存を齎す事は出来ないだろう。だが、代わりに齎せるものが一つだけある。スパルタの名と誇りだ。」
「見ろ、精強なるスパルタの兵どもよ、不死にすら死は訪れるのだ。」
「真の勝者は歴史に語られる。」
「つまらない報告なら後にしろ。―――嘘だろう? アイツが、ころ、された? 嘘では…無いのだな。 子供を産んで母になったばかりだというのに…。
――――――構わん、奴隷どもは全員皆殺しにしろ。老若男女の区別は問わん。奴隷を生かしてやっていた僕たちが愚かだった。」
「『弱き者が付け上がり強き者を貶める――――』。こういう意味だったのか、くそっ、アイツは何も強くなんかない。犠牲になるべきでは無かったはずなのだ!!」
「アイツも一度は奴隷に落とされた。いわば奴等にとっても仲間だったというのにっ。」
「妻と子がいるから生かして捕虜にしてほしい? ――――ああ、いいだろう。スパルタにおける新たな捕虜の待遇を用意してやろう。」
「捕虜の足と喉を潰して点在して置いていけ。近寄る者があれば捕虜の足元にある火薬に火矢をかけろ。」
「この壁の周囲に死体を置け。壁から出る者は射抜け。 慈悲だ。奴等にも出て死ぬか籠って死ぬかは選ばせてやろう。」
「何故、あの果実をくれてやったかだと? 慈悲深い? まさか。 アレは我らが女神が敵に喰わせるために用意されたものだ。
あの子供はじきに魔物となり自分の家族を始め周囲の者を殺して殺されるだろう。」
「これは女神に与えられた弓だ。射ち放つと敵の周囲で煙と消え、その周辺全ての生命を息もできない苦しみの中絶命させる。
今からあの城壁の中に打ち込むから見ていると良い。苦しんで城壁から出てきたら殺せ。…どうせ助からない。」
「こっちの弓は打ち出した矢が姿を消して鎧や城壁をすり抜け、生きたものだけを刺し抜き発火させるものだそうだ。試しに射ってみよ。」
「この弓は、疫病を齎す鳥の嘴へと矢を変えるもの…。効果的ではあるが、効果的すぎる、な。…構わない、射よ。」
「敵の上空に射ると飢えと渇きを齎す雨を降らすという弓だ。…言うまでもないだろう、射よ。」
「生命力の所有権を曖昧にして弱き者の魂を強制的に強き者の糧とする弓と、愛憎を流転・分解させる弓だそうだ。
…止めになるであろうな、射よ。」
「今城壁をよじ登って来た化け物を射よ。身体中に子供の頭と手足が生えて萎んだリンゴのようで黒ずんで溶けかかったあの化け物だ。」
「女神の齎す神託も武具も恐ろしいモノばかりだ。天真爛漫なアイツが巫女をやっていたというギャップが未だに不可解だ。」
「アルテミス神よりも美しくて素敵な射手の護り手と大いに崇めよ、か。するにせよせぬにせよ恐ろしい事だ。」
「プレイスタルコスよりもオリオンやアタランテの方が素敵な射手? アルテミスはもっと美人? なんだそれは…、月の女神の神殿からの神託だと? まさか?」
「…子供心に若くして亡くなった父には思う所はあったが、自分の子供には両親ともに亡くさせる悲しみを味あわせる事になるとは、な。」
「お前は目が見えなくなったのか。…何たる奇縁。よい、父にならってお前を伝令に任ずる。
スパルタ王プレイスタルコスと戦士たちは此処に誇りに散る。そう皆に伝えてくれ。」
「最期に思う事が国の事では無い…だなんて王…失格だな。死後には興味も、無かったが、もし、次があるのなら、また、きみと…めぐりあいた…い。」

(死後)「父上、どうぞ私よりも母上にお構いください。私は妻に構うので忙しいので。…母上、これがWinWinと言うものですね?」


プレイスタルコスの妻
「えーっと、ここは何処なのかしら? 映画のロケ地、でもないような…。」
「はじめましてー、うーん、日本語だと通じない?」
「解っちゃった。私は何処かの女子高生の生まれ変わりなんかですらない。未来の世界の記録情報に不用意に感情が乗せられた、
ううん、乗せられたんだと勘違いしていただけ。」
「『ヒト』じゃないから、神託の守護対象にはならなかったか。」
「例え、この身が、この気持ちが造り物だとしても、あなたを心から愛していました。」
「この子を連れて逃げて下さい。この時の為にあったのなら作り物である事を喜べます。私の元(わたし)、その力を貸してっ。」
「もっと、生きたかったなぁ…。」





クレオンブロトス
「まさか、先王の妻であり、次の王の母であるというだけであからさまに女が表立って政治をするのは反感を買うというのは想定できるであろう?」
「勘違いしないで欲しい、これは善意だ。スパルタと言う国に対してのなっ。」
「ふん、レオニダスの子はまだ若過ぎる。今あれに何ができるというのだ。」
「スパルタには、この身が必要不可欠なのだ。姪よ、なぜ判らない。」
「誰に何と言われようと、スパルタに対する愛だけは絶対に否定させん。」


パウサニアス
「スパルタを実質的に支配している父上の息子である僕と、形だけの王位を掴む君のどちらが次の王かだなんて明白なんだよなぁ。」
「別に…僕は君が嫌いだなんて言ったことは一度も無かったんだけどなぁ―――――。」


ペレクレス
「地上のゼウス此処に在り。」
「スパルタが恐ろしい? 案ずるな、ただこのペレクレスに任せておけばよい。」
「個人の意志と能力と利益を追求する事こそ、何より国の為になっていることを理解してほしい。」
「アテネあっての同盟であるという事は何の傲慢でもなく只々当然の事実だ。」
「自分の資産を使う事に何を咎められることがあるというのだ?」
「結果を出して利益を生み権力を掴んだものがそれを振るって何が悪いというのだ、それによってアテネに更なる栄光を齎すというのに。」
「存外に皮肉なモノよ、スパルタの寡頭政治連合に敵対するアテネ民主主義の指導者がこの独裁者であるということがな。」
「世界がスパルタが負けたのだと納得するなら、それはスパルタの敗北に他ならない。例えどれだけの事実があったとしてもな。」
「どんな醜い事象でも美しい言葉で化粧すれば人々は受け入れる。女性と同じようなものだ。」


アスパシア
「貞節を護ると上品さを騙った結果、その無様、その惨め、その情けなさ。…何かしら言いたいことがあるの? 言っていいわよ、言えるのなら、ね。」
「目に見えて音に聞こえて男に媚びる事が卑しいというけれど、男に察して欲しいと無言で訴えるのは浅ましくないのかしら?」
「女性が弱いとされるアテネでも私は権力があるし、守護神も女性よねぇ。―――結局カテゴリーで無く個人として強いか弱いかなのよ。」
「異民で女性でも権力者の私、民主主義でも独裁者の夫。確かに矛盾はあるわ。でもそれを誰が問題にできて?」



アルキビアデス
「ボクは美しいからね、何をしても許されるのさ。」
「美しいボクがこう言ってあげているんだ、従ってくれていいんだよ?」
「美しいボクの何処に不満があるんだい?」
「そんな、だってボクは美しいだろうっ!?」


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第十六話 『かんき』

『旧い書物』によると、悪魔フラウロスは三角の魔方陣の中ではその悪魔メフィストフェレスにも似た狡猾で醜悪な精神を縛られ、

知る限りの召喚者の望みの事を答え、召喚者を守護する義務を強く負う。

その守護には、他の悪魔からの攻撃さえも対象に含まれるという――――――――――――。

 

悪魔と言うのは伝承の精神体。

故にその伝承に引き起こされる制約は想像を絶するものがある。

 

ましてや悪魔の天敵である神が仕掛けた多重三角陣による拘束ともなれば、

最早フラウロスと言えど対処のしようが無かった。

 

「御気分はいかがですか?」

 

憎悪に燃える心で、しかしその感情さえ制約の検閲区分として束縛と苦痛と強制の対象となる。

フラウロスは、全く最悪と言う言葉すら生ぬるい気分だと言おうとして、

 

「麗しき女神様とお話しできて天にも昇る気分です。」

 

と訂正させられた言語を話さざるを得なかった。

なまじ女神と話す事自体には好ましい感情がある故に、それが余計に悔しかった。

 

「悪魔が天に上る事は無いのですけどね。」

 

女神のそんな対応があるのなら尚更だ。

女神の制約によりそれでも愛想笑いを浮かべなければならないフラウロスは、

まるで惚れた弱みで良いように使われる哀れで無様な男のようだった。

 

「…っ、私に何を聞きたい? 何をさせたい?」

 

「あら、良いのですか? では折角なのでお言葉に甘えましょうか。」

 

フラウロスはこの悪魔を管理する魔方陣を理解する故に、

悪魔に何かを答えさせたり何かを行わせる魔方陣であることを理解したからこそそう言ったのだ。

 

要するに、「くっ、殺せ」というようなニュアンスだった。

 

勿論それは女神も当然理解している。

術式の構成者なのだからそれは前提であった。

 

だが、その上で白々しくそう答え、

悪魔の言質を取る事で魔方陣と絡めた契約の鎖を強めていく。

フラウロスが何か反応を取る度にその鎖は蜘蛛の糸のように絡みついていくのである。

悪魔と言う伝承と契約の生き物の本質を責めた手段。

二重の意味で嫌らしい女神のやり方はまさしく悪魔以上に悪魔らしいやり方だった。

 

「では、こうしましょう。

私の質問には幾つでも必ず真実を答える事。私と私の呪縛に逆らわない事。

では最初をしましょう。今のあなたの主人は誰ですか?」

 

「…女神だ。」

 

悪魔もさる者。成程嘘は言っていない。

女神もこれにはにこりとしている。

からかわれた怒りではなく、ただ普通に傅かれた事や服従の呪法が大成功したことを喜んでいる部分もあるのが残念な所だが。

 

 

「それでは、その前の主人は誰でしょうか?」

 

「…ソロモン王だ。」

 

 

そこに大きな驚愕は無かった。

悪魔が昔ソロモン王の僕であったことは有名だからだ。

 

「では、ソロモン王の亡き後、私に仕えるまでの主人はいましたか?」

 

 

これは最初に女神が聞こうとした問いであった。

即ち誰の命令で例の大惨事(大賛辞)を引き起こしたか、と。

 

 

「…いない。」

 

 

その問いの真の意味を理解できたのは女神とロマニだけだった。

 

「…そうですか、随分と永く時を過ごすものもあるのですね。

では、あなたが私に仕えるまでに目的としていたことは?」

 

「カルデアの爆破だ。」

 

 

 

「ではその目的は?」

 

「…人理の破壊だ。」

 

 

 

「では、―――その目的は?」

 

 

そこまで女神が聞いたとき、フラウロスは激しくもがきながら奇声を発し始めた。

密閉された高圧空間に詰められた水が熱を与えれたにも拘らず、その隙間が無い故に気体になれないかのように。

 

だが、羽虫に蜘蛛の糸は千切れない。

無駄に体力を消耗するだけの行為だった。

無駄に死の恐怖を煽る行為だった。

無駄に捕食者の愉悦を煽る行為だった。

 

それでも、その行為は無駄ではなかった。

自身が傷つくことになっても、自身が助からない事が解っていても、

仲間の為にもがくことは、その想いは、その遺志は決して無駄ではないのだから。

 

 

 

「――虚数式反転圧縮法・出力分配先=オルガマリー・アニムスフィア」

 

女神がそう言葉を発したと同時に、フラウロスの上空から光の奔流が押し寄せてきた。

その光は明らかに囚われたフラウロスを押し潰すような粘性と重量感のある不透明な光だった。

 

 

その光はオルガマリーを出力先とした現代魔術風にアレンジされた女神の呪法により空中で凍結させられていた。

その光の上に現れた強大な2つの気配はなお光を押し込もうとその圧を加えてくるが、

オルガマリーより出力される天外の魔術により完全に封鎖されて徐々にその光に昏き淀みが増して闇色へと変わっていった。

 

フラウロスに対する何かしらの攻撃に対する対処魔法の出力先となってはいるものの、

その制御も魔力も自身のものではないオルガマリーではあったが、

ただ出力先となっているというだけで、強化された、いや強固に再建された肉体が、魂が悲鳴を上げている。

その苦しみは時折嗚咽となって滲み出ているが、負けず嫌いな彼女は決してそれを周りに見せたくは無いようだった。

彼女の演技力がもう少し高ければ、彼女の苦痛は外には漏れなかっただろう。

 

その在り方を見て、七の獣たちは各々オルガマリーの弱さ(つよさ)に驚嘆を禁じ得なかった。

オルガマリーの口元から血が漏れ出し始め、彼女が地に膝を着いた時、完全に昏く染まった光はガラスのように世界に砕けた。

 

そして砕け散った不透明な光の向こうにいた存在を知っているフラウロスは、

その名を呟いた。

 

 

「ウヴァル、グシオン…。」

 

 

 

ソロモン王の伝説にフラウロスと並べて語られる神代の悪魔である。

 

「……まさか、最も新しく最も旧きもの、か?」

 

「勘違いするな、オレはお前を口封じに来ただけだ。」

 

女神から目を離さないウヴァルと、フラウロスから目を離さないグシオン。

グシオンからはどことなくツンデレ臭がするが、実際フラウロスを破棄しようとした時点でそれをツンデレと認識する事は、

人間の感性では難しすぎた。

 

だが、悪魔的にはごく普通にツンデレの範疇に入るのだろう。

その証拠に彼は女神をみてブツブツ呟いているだけのウヴァルとは違い、

無言型の自身の『敵対者の好感度を逆転させる程度』の能力を発動させ、

女神に心酔させようとしているフラウロスにかかる術式作用を反転させ、その拘束を解除しようとしていた。

 

そんな、グシオンは作業をしながらウヴァルが何を呟いているか、少しだけ耳を傾けたが、それを直ぐに後悔した。

 

「やはり、こんな奴の言う事は聞く必要も無かった。」

 

そう、ウヴァルは恋愛脳というかスイーツ脳というか兎に角恋愛にうつつを抜かして、

恋愛結婚至上主義だと伝えられる悪魔で、如何にして美しい女神をものにするかを只管シュミレートし続けていた。

まるで拗らせた陰気系ストーカーであった。

 

「これだから根暗のひきこもりは…。」

 

そう腹立つグシオンだったが、下らない相方の気持ちが少しだけわかるのが余計に彼をイライラさせた。

普段、能力はウヴァルとグシオンの能力に類似は多いくせに、魅入る対象の趣味は真逆であった。

 

だが、初めてここで女性の趣味が完全に一致してしまった。

同程度の体格と容姿と能力で気に食わない腐れ縁と同じ嗜好という腹立たしさが彼の気を削いでしまった。

 

そんな、彼の耳に清涼な女神の声が響いた。

 

 

 

「七つの獣の皆さん。大神(マセガキ)に斃された正当なる雷嵐の皇竜(テュポーンとエキドナ)の仔をご存知ですか?

後に庇護する筈の両親から離され、神々の家畜や英雄たちの試練としての贄にされた仔らを。」

 

「キマイラか。」

 

「ヒュドラもだ。」

 

「ケルベロスもだろうな。」

 

「黄金…羊の…番竜」

 

「カリュドンの母猪、いやラドンの方が有名か?」

 

「……知りません。」

 

 

ローマ時代に生きた人間の会話のレベルにはマシュは付いていけなかったが、

そもそもマシュは女神と話をしたい訳でもない。

必要な事なら兎も角、雑談に興じる仲では無いつもりだ。

勿論、そんなつれない態度を女神が気にすることも無かったが。

 

「往々にしてその仔等は多頭、又は多くの仔を孕む存在であり、

その意味は、複数の災厄の集合体です。

地震なら津波や地盤沈下を、大雨なら土砂崩れや作物の根腐れを引き起こす様に、

完全に単一の被害と言うものこそ極めて珍しいのです。

では、私が引き続きフラウロスを抑えていますので、貴方たちはそこの悪魔たちを叩きのめしてください。」

 

 

 

割と無茶な事を云う女神であったが、この状況ではそうせざるを得ない。

何せ、悪魔たちの戦意の高揚具合は大人しく還ってくれるようには見えない。

 

 

「勿論、貴方たちが戦うサポート程度はしてあげましょう。

多角的な禍は転じて恵みになるのです。地震は地表の歪みを正し新たな活性を与え、大雨と洪水は地に栄養と水分を齎す。

私は、暫く少し女神らしくこの悪魔とお話をしていますので。」

 

 

その女神の言葉が終わるや否や、場には2つの恐怖が先んじて顕れた。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”――――――。」

 

 

一つは悪魔の悲鳴。先程グシオンの支援で拘束からの自由を取り戻しかけた事をフラウロスが後悔する位、

緩くなった拘束が逆転して当初以上のきつさと鋭さを以って尋問、いや拷問を開始した。

 

そしてもう一つは、

 

 

「GGGRRLUULRAAAAAAAH!!!!」

 

 

 

大地を砕き海を呑み込む大蛇竜にして悪魔を超える大悪魔、

人に伝わるその名前は―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか―――、リヴァイアサン…!?」

 

 

流石のカエサルもその顔に余裕を残せなかった。

これはそれほどの存在であった。

 

絶対たる力の象徴、巨悪の象徴にして純真なる大自然。

無限に成長する証であり、輪廻の象徴。

 

大悪魔にして大自然にして大蛇竜リヴァイアサンは2柱の悪魔を睨み軽くその息、

つまり途轍もない暴風を吹きかけた。

 

 

ただそれだけで、悪魔たちは口を押え、時折苦しそうに咽せ始めた。

彼等は、地上で溺れているのだ。

只生きているだけで溺れる苦しみを、人が水中で生きられないという恐怖の概念()を体現させられた。

 

女神は笑う。「これなら問題ないでしょう?」と。

 

 

「えげつないな。」

 

「…女神様はそういうお方だ。怒らせてはならぬ。」

 

苦笑いにもならない引き攣った笑みで何とか余裕を見せようとするカエサルと、

乾いた声で答えるレオニダス。レオニダスは仮面がある事を今は在り難いと思った。彼もまた、恐怖に凍り付いていたからだ。

 

アレキサンダーは果ての海に住まう怪物の恐怖に言葉も出ず、

カリギュラは久しぶりの神々の神気に中てられてその狂気を深めた。

 

 

「では、思う存分甚振って―――、いえいえ、全力で戦ってください。

そうですね、スズメバチは2匹以内なら警戒、3匹以上なら戦闘の行動を採るそうです。

あり得ない話ですが、網から逃げたハチが他の2匹と合流したら面倒だとは思いませんか?」

 

 

女神の言葉に、そしてその言葉と同時に更に深い苦痛の絶叫を上げたフラウロスの苦痛に背中を押されたように、

カエサル、レオニダス、アレキサンダーと諸葛亮、カリギュラは悪魔たちに向かって走り出した。

 

 

その場に残ったマシュ・キリエライトは同じく場に残ったロムレスに問いかけた。

 

女神(アレ)は、何なんでしょうか、存在してよいものなのでしょうか?」

 

それは当然の疑問だった。

悪を超える巨悪がただ味方の陣営にいるようにしかマシュには思えなかったのだ。

 

「…解らない。が、往々にして神々は悪魔よりも遥かに恐ろしい。」

 

暗にその事実を受け入れるロムレスに、自分の方が間違っていると思えてくることそのものがマシュの恐怖だったが、

味方(・・)が自分の中にしかいないような気がする以上、ロムレスのその姿を盾に、

女神の威光(力の絶対さと恐怖)に耐える他無かった。

 

そんな恐怖と理不尽への怒りを身に宿すマシュに対して女神が思う所は、何故戦闘に参加しないのかという所でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

多勢に無勢、挙句に相手のバックには恐ろしい魔物で自分達の体調は最悪。

それでもウヴァルとグシオンは良く戦った。

捕らえられた仲間を解放(・・)するため、主の怨敵を排除するために良く戦った。

だが、考えても見ればわかる事だ。水中でライオンはサメには敵わないし、陸上でサメはライオンには敵わない。

何もしなくても勝負がつくからだ。そもそもそんなものは勝負にすらなってはいない。

 

仲の良くない2柱が協力しながら、時に庇いあいながら、時に互いを囮にしながら戦った。

だが、絶対的に不利な状況の戦闘、いやこれは最早蹂躙の中に万に一つも、億に一つも、那由多の中にさえ勝利は見つからなかった。

 

現在、英雄たちが何もしなくても酸欠でこと切れる寸前の人間達のように片手で口を押え、もう片方の手で宙を掻く悪魔たち。

その哀れさとむごさに思わず目を逸らしてしまった彼らが向けた視線の先には女神がいた。

 

悪魔たちを苦痛の淵に追い詰め、落とし込み、辛うじて指1つで現界の端に繋がっている状況を見て、

女神は穏やかに微笑んでいる。その様は今まさに発狂して人間の想像する恐怖の極限の様な表情をした悪魔たちよりも遥かに恐ろしかった。

 

女神は見えぬ鎖に縛られたようなフラウロスを引きずりながらウヴァルとグシオンの前までやって来た。

フラウロスは既に正気を保てていなかった。

 

「コレを見て下さい。つい先ほどまで消えそうになりながらも、

時折、敢えて拘束を緩めた時には、

『絶対に貴様に屈したりはしない。』と言っていたのですが、ご覧の有様です。

貴方たちはもう少し賢いものだと思うのですが、どうでしょうか?」

 

 

それは既に質問で無く脅迫だった。

 

「くっ、殺せ。」

 

そう答えた強気なグシオンだったが、

 

「…貴方も隣の悪魔のように素直になりなさい。」

 

女神の言った通り、ウヴァルは限界を越えていた。その姿をグシオンは認識してしまった。

 

「……め…がみ…さ…ま、めが…み…さ…ま…め……め…が―――――」

 

その様を見て心が折れたのを確認したのだろうか、グシオンもまた崩れ落ちた。

そして消えかかるウヴァルとグシオンの様をフラウロスを縛る鎖を吊り上げて見せつけた。まるでそこは地獄だった。

 

 

「フラウロス、貴方を態々探して解放(・・)しようとやってきたお仲間はこうなりました。

何か思う所があるのなら言っていいのですよ?」

 

「………すまない。」

 

 

その懺悔を聞いた女神は少しだけつまらなそうに微笑を歪めた。それに気が付けた者は女神自身を含めて誰もいなかった。

 

「…聞きなさい。もし、彼らを助けられるのなら、助けられると私が言ったらどうしますか?」

 

それは悪魔染みた誘惑の言葉だった。

その差し伸べられた手を掴めば後は堕ちるだけ。しかもこの話し方では確約でもないのだろう。

それでも、もはやフラウロスにはそれしか選択肢は無かった。

他の選択肢は全て女神に奈落へと落とされていたのだから。

 

「何でも、なんでもしま…す。」

 

 

女神は僅かに口元を吊り上げた。

 

「その言葉が聞きたかったのです。

――――汝の魂は我が奴隷となり自由を放棄することを聞き届けた。

慈悲の下、希望も絶望も願望も我が許可の檻の中にのみ赦そう。

此処に契約は――――完了した。」

 

女神の悪魔を見つめるその眼差しは蔑んだようなものだった。

 

リヴァイアサンを還し、3匹の悪魔を家畜(サーヴァント)とした女神は、悪魔たちを無理矢理抱合せると、

女神は何か透明の物を摘まんで、それを彼らに射し投げた。

 

3匹の悪魔はその何かを基軸に吸い込まれるように溶け合うように崩れ、再生していった。

そこには目に見る事も悍ましい何かの骨子があった。

 

「…ユナイトには成功しましたが、思った以上に中身がボロボロのようですね、素材が足りなかったのでしょう。

仕方ありません。もう少しこの世界を愉しみましょうか。ロマニ、良いですね?」

 

 

 

 

女神はこの世界を観測するロマニ・アーキマンにそう命令した。




喚起
寒気
神吉
歓喜
還気



女神
「戦っても生き残れない事はよくあることです。
私の前に顕れた貴方たちが悪いのですよ。」

悪魔たち
「女神には、勝てなかったよ。」(ダブルピース)



浅倉並に外道な女神様ですが、性格は寧ろシロウ(神崎さん家の方)に、
次点でシンジ(城戸さん家の方)に似ています。
無駄な事に気が付かず無謀に自分が正しいと思って突き進むところが。





お暇でしたら感想を頂けると作者が歓喜します。


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第十七話 『くじ』

七の獣たちを名乗る一行は当代のローマへと向かった。

そこで待ち受けていたネロ・クラウディウスに女神が代表として現段階においては戦意は無い事を伝えた。

勿論、その後に状況によっては『当然その首を落とす事もある』と何時もの通り余計な事を言ったのだが。

 

その上、ネロの目の前でフラウロスから取得した聖杯を以ってネロ・クラウディウスの怨敵にして母、

アグリッピナをサーヴァントとして召喚。

最早、ネロを煽っているとしか思えない行動に流石のオルガマリーもやり過ぎだと咎めた。

 

だが、サーヴァントとして呼ばれたアグリッピナのスキルにより、

ネロに対する薬物と精神的な支配による特効が働く故に、ネロは安全だと全く別の方向で理解している女神につける薬は無かった。

そんなネロの様子をカリギュラの背後に佇むアグリッピナは冷やかに、そして愛おしそうに眺めていた。

 

 

 

 

そんな空気の中、

 

「マスター、ガチャ、というものを知っていますか?」

 

女神がオルガマリーに自分から唐突な雑談を持ちかけた。

 

「ガチャ…?」

 

「ええ、ガチャポン式人材取得システムです。マスターの時代の言葉に合わせてみたのですが、

マスターがご存じないのなら私の時代の言葉で■■■■■■■……そうですね、

再聖産という意味の言葉で良かったのでしょうね。」

 

「『再聖産』?」

 

その意味をオルガマリーは聞くべきでない事は何処かで理解していた。

だが、魔術師の性か、その好奇心が闇に首を突き入れる事を急かしたのだ。

 

「ええ、死んでも惜しくない不美人10人程を犠牲に、

死ぬには惜しい美人の死骸を再生させるのが確定型、

その存在力と生命力を以って肉塊を新たなる胎として新たに死なせたくない美人になる可能性が高い状況で生まれ直させるのがランダム型、

といった具合ですね。殆ど後者の意味で使われることが多かったですね。

 

勿論容姿だけではありません。高い能力や学識を持ち世界に多くの影響を与える可能性が高い仔を作る為に、

大して役に立たないであろう貧困国で生まれたばかりの奴隷の乳児たちの脳漿をかち割って混ぜ合わせて、

乳児たちの皮を以って作った容器の中に溜め込んで妊婦に飲ませたり、その容器を胎にすることもありました。

 

要らないカードを数枚リリースして資産の様なものを取得して、その資産を以ってレアカードが出るくじを引く仕組みです。

今後使う事も無い1~2つ星のカード3枚をリリースする事でデッキから2~5つ星のカードをランダムで1枚場に出す事ができるのなら、

美味しいものだと思いませんか?

最初からこういえば解かりやすかったですね。

 

また、障害を持って生まれた生贄要員なら普通の生贄要員よりも多く材料として必要としていましたね。

2つ分で一人前の材料として扱っていました。

どうせ子孫を残す事にならない上に、国に入りきる人材ストックをオーバーした時に、

最初に破棄される要員ですから当たり前ですよね。

 

私を信仰していたスパルタなどではごく普通の光景でしたよ?

どうせ生きていても大して役に立たない子孫しか作れない100名よりも、

天才的な10名の方が未来に遺伝子を紡ぐもの(配合工場)として、

より良い価値を産むのですから。

ただ、やりすぎて人口問題にも影響がありましたが。」

 

 

自分が行ってきたことに何一つ疑問を持たない様に語る女神。

魔術の世界に嗜むものとして理性的には納得のいく話ではあるが、

人間としてはドン引きしてしまう。それを悍ましいと感じる程度には、幾ら覚悟を固めようとしてもオルガマリーは優しすぎた。

彼女の父親ほど冷静にはなれなかったのだ。

 

女神の所業は悪魔よりも悪魔染みており、

それを熱心に信仰し、深行するスパルタは他国にとって倫理的にも滅ぼされなければならない理由があったのだ。

 

 

 

「私が望む世界に近づけさせる為に、死ぬ運命の娘をプレイスタルコスに与えました。

おかげで、プレイスタルコスはガチャ狂いになりました。

 

建前としてはアテネもペルシャも非道なスパルタを滅しなければならない。悪徳の文化を広めさせてはならないと言っていましたが、

結局は羨ましかったのです。恐かったのです。嫉妬したのです。

美しく遺伝子を調律された人々に、粗い遺伝子の自分達が競争に負ける事に、支配されることに、置いて行かれることに。」

 

 

女神は何処までも冷静で冷酷で冷徹な存在だった。

世界を巻き込んで命を冒涜し心を否定しながらもその笑顔は少し残念そうな微笑を浮かべていたのだから。

 

人は、特に先天的に他者との競争に不利な存在は、

身長や容姿、IQ等、人は生まれ持ったもので努力ではどうにもならない能力で比較されることに憤慨し、

優しさや笑顔や頑張る姿など、目に見えない、ごまかしや修正の利く能力で比較されることは許容する。

だが、優秀な遺伝子を遺す事においてということだけを見れば必要なのは前者の能力なのである。

 

確かに理不尽な事かも知れないが、生まれもっての不平等に強制的な平等を齎す事こそ女神は理不尽だと嫌悪する。

 

人間は遺伝子の詰まった肉袋としか認識できない女神にとって、

先天的に劣った者が劣る故に他者の数倍努力して周囲に並ぶことができたとしても、

女神が評価するのはその結果のみ。数倍努力した事には水一滴分さえ評価しない。

その後、努力し続けなければいけない苦痛の中、足掻くことに疲れ人並み以下に落ち込んでしまえば、

その者に対する評価は可哀想な報われない人では無く、只の足手纏いにしかなり得ない。

 

子孫を遺す用の種家畜や畑家畜が食肉用の家畜に虐げられて滅ぼされるなんてあってはならない。

子孫を遺すべきでない劣等個体が栄えて、遺すべき優越個体が潰えるのは未来を考えれば考える程損害の影響が大きくなるからだ。

 

故に、―――女神は再聖産のシステムを素晴らしいものだと思っている。

 

 

「ところで、ネロ・クラウディウス――当代のローマ皇帝よ。

貴女が望むならこの女神がローマに再聖産を齎しても宜しいのですよ。

この国の余計な人材を消費して、有能な存在を引き当てられるかもしれない権利を貴女に与えてあげましょう。」

 

 

有象無象10000人よりも10名の美しく強く賢い英雄たちの方が貴女だってお好きでしょう?

そう続く言葉はまさに悪魔の契約そのものだった。

 

 

 

 

 

だが――――

 

「その申し出は在り難いが、余は今を生きるローマ市民たちの命の、そして心の輝きを愛しておる。

折角だがその誘い、断らせてもらおう。」

 

その晴れ晴れとした表情には少しだけざまぁみろ的な内心が表れていたが、

歴代のローマ皇帝たちもこの尊大な態度には思わずニッコリ。

 

『流石は当代のローマ皇帝である』と皆口々に褒め称えた。

それには流石の暴君ネロもはにかまずにはいられない。

 

何だか、女神の思惑が外れた様でマシュ・キリエライトもどことなく機嫌が良さそうだった。

 

レオニダスは内心その空間の先程までにはない明るさに気持ちが高揚しながらも、

女神の機嫌を損ねていないかと若干不安を感じていた。

因みに先程の死ぬと分かっている妻を息子に与えたことに関しては、

例え短い間でも真剣に愛し合う妻を息子に授けてくれた事に感謝する事にしているという、

人格者過ぎて恐い所もあるレオニダスであった。

 

 

レオニダスが恐る恐る伺った女神の表情は、何時もの通りの微笑だった。

だが、そこはかとなく先程よりも恐ろしい感じがした。

 

「折角、10人の消費で9の力で1人の再聖産を行い、

余った1の上澄みを頂こうと思っていたのですが、まあいいでしょう。

スパルタの時と違い私の取り分は入れていますが、

それでも再聖産を回させるために、敢えてハズレを多くしたりしない優良な運営をするつもりだったのですが。」

 

 

女神は心底親切心から言っている様であり、事実その通りなのだが、

要するに犠牲になる10人の命はゴミであるとか、そのうちの一人は女神のエサとなるだとか、

とてもではないがまともでは無い。

 

「そなたはまるで悪魔のようだな。女神とは名ばかりだ。」

 

ネロも思わずそう告げる。

 

 

だが、女神は平然と、いや、オルガマリー以外には解からないほど少しだけ機嫌を悪くしながら答えた。

 

「貴方たちも戦争の時には神に祈りを奉げるでしょう?

供物を奉げながら自分達に正当性があるから消滅しても良い敵を滅ぼして、

生き残るべき自分達を生かせと。そして栄光と財産を齎せと。

そう、祈り続けてきたでしょう?

 

奉げる供物と敗北者として消える対象が自国民の一部になったというだけで、

何をそんなに無礼な態度を取るのでしょうか。」

 

 

 

女神には、人の心が解からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして女神はこのままであればローマも凋落していくと言った。

勿論、それはこの後すぐと言う話ではない。

だが事実ではあった。ロムレスに言わせればローマ帝国が滅びた後の世界すらローマで在るとの事だったが。

 

それだけではネロを動かすには至らなかった。

ネロは、

「短くも美しく咲き誇るのが華というものであろう。」

と避けられぬ滅びの運命を半ば肯定する発言で返した。

 

故に、女神は亡霊を召喚した。

ネロ・クラウディウスの最初の妻―――――クラウディア・オクタヴィアを。

未だこの時代においては生存しているオクタヴィアに、死後のオクタヴィアの亡霊を憑依させた。

ネロ・クラウディウスの自分勝手な都合の為に咎無く無理矢理自殺させられたオクタヴィアの亡霊を。

 

 

「ああ陛下、どうしてどうして私を棄てるのですか? 私を疎むのですか? 私を殺すのですか?

私は只々貴方様に尽くしてきたではありませんか、愛し続けてきたではありませんか。

どうして私を、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして―――」

 

先程までネロの後ろにひっそりと控えていたにもかかわらず、突如ネロの目の前に躍り出ては、

いきなり狂いだしたかのように体をくねらせ首をひねり続けながら、それでも血を流す目の焦点はネロだけを見つめて問いかけ続ける妻の様子を見て、

ネロは女神に怒りと共に言葉をぶつけた。

 

「一体、余の妻に何をしたっ!!」

 

 

その果てしない怒気をぶつけられても女神は微笑を崩さない。

 

「クラウディア・オクタヴィアに何かしたのは貴方でしょう、ネロ・クラウディウス。

彼女の家族を死に追いやり、浮気をし、暴虐を振る舞う貴方に我慢を続け、

貴方に知られぬところで貴方の悪評を止めんと紛争し、民の為に尽くし、

それでも、自身の奔放さを縛る鎖としてよりにもよって貴方自身が姦通の罪をかぶせて離婚と自死に追い込み、

浮気相手へのご機嫌取りとしてその首を切り落とした。

未来の彼女の魂を此処に呼び寄せただけなのですから、

彼女は依然変わらずクラウディア・オクタヴィア(・・・・・・・・・・・・・)のままですよ。

これより、少し後の時代なので今の貴方には何の関係も無い話ですが、今現在、心当たりが全く無い訳ではないでしょう?」

 

 

「そんな…、余が…。」

 

「ねえ、陛下、どうして?」

 

崩れ落ちるネロの視点に合わせようと覗き込むオクタヴィア。

その恐ろしい光景のせいで、直ぐには思い至らないのであろうが、

此処に来て、殺されて尚、彼女は夫を恨んでも愛想を尽かしてもいない。

未だ、どうすれば自分が愛想を尽かされなかったのか疑問しかないのだ。

彼女は今を生きる彼女自身にそれを伝えたい。だが、亡霊故に狂気染みた形でしかそれを確かめる事も表す事も出来なかった。

 

 

 

 

「オクタヴィアよ、そのローマ皇帝に軍を派遣させなさい。

そうすればその皇帝の悩みを一つ解決しましょう。」

 

女神は、オクタヴィアにだけ伝わるようにそう囁いた。

 

 

 

そして、崩れ落ちた皇帝にその妻はお願いを伝え続ける。

 

 

「それが…、そなたの願いなら……。」

 

 

 

 

 

その3日後、半分の月が昇る空の下で、

ローマ超連合軍はブリテンへの侵攻を開始した。




久慈
公事

苦事
9時


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第十八話 『しょうり』

七つの獣とネロの群れはブリテンへと立ちはだかるもの全てを破砕し踏破し続けていく。

 

「アレキサンダー、踏破の先陣は任せました。歪みなくただ真っ直ぐに突き進めなさい。」

 

そう女神の命ずるままに、北へ北へと進んでいった。

途中で進撃するローマ軍からブリテンを護る為に、急いで海を渡り急ごしらえの砦で待ち構えた者、

同盟国であるブリテンを護るという信義から逃亡を拒否した国、ただそこに存在したというだけの村、

そのすべてを踏み潰し、奪い、殺した。

 

「蹂躙と征服とはそういうものですからね。」

 

女神は仕方ないと心にもない事を微笑を崩さず呟く。

 

 

ブリテンの栄光を叫びながら剣を振るう騎士たちをネロは屠った。

絶命した騎士の魂を喰らわせると少しだけオクタヴィアの狂気が薄れた様だった。

ネロはそれに希望を見出して更に英国の騎士たちを血祭りに上げた。

 

信義の為に狭き谷で待ち構えるブリテンの同盟国の戦士達を見た時、

レオニダスはこれを打ち破らなければならない事を苦しく思った。

彼等は生まれた時にスパルタ人のように選別された先天的に優れた戦士の集団では無かった。

しかし、護るべきものの為にその命を燃やし尽くす覚悟を決めたその瞳は懐かしいものだった。

彼の仲間達と同じ魂の輝きを感じた。

しかし、レオニダスは心に盾で蓋をして、狭き門を護るに当たり自身が弱点となりうると警戒した全ての術を使い、

これを打ち破った。

ただ、彼にも思う所があったのだろう。両目を潰した兵士が伝令として逃走する事だけは敢えて見過ごした。

 

 

 

力無き人々は逃げる者、恐慌の為に逆らう者、愛する者を護ろうと鍬や鎌を構える者、

命乞いをする者、様々だった。

 

「助けて、助けてくれ。」

 

そう無様に喚く者に女神は語りかけた。

 

「その願いを認めましょう。」

 

命乞いをする男に代償としてその妻子の頸を刎ねさせた後、女神はその男に再び語りかけた。

 

「その願いが事実であると認める事と、私達がそれに同情して見逃す事は別のお話ですから。」

 

それは会話では無く通告だった。

男はカリギュラの拳で地に沈んだ。

 

 

そして一行は遂に海を渡り、ブリテン本土へ上陸せんとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海岸に近づくころには大量の矢が飛んできた。

間違いなくブリテンの、いやこの時代の最大戦力の内一つがそこにあった。

 

『勝利の女王・ブーディカ』

 

 

この時代における伝説の戦士であり女王であった。

 

 

 

 

 

彼女は少しだけ時を遡った時系列に置いて、確かに敗北して戦死していた。

しかし、フラウロスの聖杯による異変のカウンターサーヴァントとしてその死後すぐの時間で呼び出されていた。

彼女の死を見た、伝え聞いた兵士も多かった中、

彼女こそ死を乗り越え復活した聖なる王として再びブリテン中を熱狂させた。

女王の霊がローマに復讐するために蘇ったと。

 

彼女の知る兵士たちが、再び彼女と共にローマと戦わんとする中、

彼女はそれを諌めた。自身の家族全てを奪われ復讐者になるのが当然のその境遇の中で。

彼女は平和を以ってブリテンに安寧と言う勝利を齎したいと考えていた。

 

彼女は生前何の縁も無かった触れる者を癒す力と、作物を実らせる力を手に入れた。

転んで怪我をした娘たちの手当をしていたように、彼女は傷つき飢えたブリテンの民たちを癒していた。

 

しかし、―――――ローマは再びブリテンを脅かしに来た。

しかも命からがら逃げ延びて戻ってきた只一人の盲目の兵士の話では、暴君ネロとその仲間達の軍は一切の容赦なく、

力無き者戦う者の区別なく、進路上全ての障害物を破砕して踏破しているという。

 

彼女は再び戦うことを決めた。

神様か何かが与えてくれた人の身には余る力を携えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、法外で甚大な損害を貴女に。」

 

そう、海の向こうから一斉に千本程の矢を部下達に放たせるブーディカを目視しながら女神は呟く。

女神はレオニダスに一つの弓を渡した。

 

スパルタ最後の王(貴方の息子)に渡した弓です。

一矢射れば千矢に変わり、当たった者をその強さ故に一年は腐らせず絶命した時のままの姿に留める猛毒が付与されています。

当たった相手は障害物になりますが、逆に言えばこちらの盾にもできます。

少なくとも先程まで友であった彼らの生き残りよりは気楽に。」

 

レオニダスは内心思う所が無い訳ではないが、自軍の勝利の為にその矢を引き絞り、そして放った。

瞬く間に千本に増えた矢は、ブリテンの兵士の千本の矢を食い破り、そしてその射手たちを貫いた。

それは余りにも圧倒的な差ではあった。

 

だが、完全に女神の目論見通りには行かなかった。

全ての射手は救われることは無かったが、海岸には無数の戦車が突如存在しており、

矢の多くがそれに阻まれた。

 

 

当然、そんな事をするのも、そんな事が出来る者もこの場において一人しかいない。

『聖霊女王・ブーティカ』

 

 

この歪んだ歴史における遥か未来の大英帝国で、悪霊としてでなく、

神の子の様に3日の後に復活を果たした語られる伝説の戦士であった。

 

 

「よくもやってくれたね。

ここはブリテン。この地において勝利の女王の名は伊達でないと知りな。

約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)ッ!!」

 

 

 

無数の戦車に彼女と共に轡を並べる無数の兵士が乗り込んで、海を走り波を割った。

そしてローマ軍の船に激突するようにして上陸すると、油断していたローマ軍の雑兵たちを次々と血祭りに上げていた。

 

雑兵たちを気にしない女神は兎も角、他のサーヴァント達は名を持つ指揮官たちに指示を出して何とか多く生き延びさせようとしていたが、

それすらも、

 

 

 

約束されざる勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)

 

 

勝利の女王の的確な魔力の散弾が彼女の美剣から放たれ、指揮官級の兵士が次々と船ごと撃破されていった。

破壊された船からは英国の兵士たちは船でもある戦車に再び乗り込んで去っていく。

船と共に海に沈むローマ兵を後にして。

 

 

まさしくブーディカ女王の存在は勝利そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女神がその力を振るうまでは。




勝利
小利
掌理




最後の一分だけで伝わる勝利の女王の敗北フラグ。う~ん。


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第十九話 『いかり』

「時よ凍れ、私は美しい。」

 

女神は一言そう呟いた。そう、世界に宣言した。

同時に世界が凍った。いや、それは錯覚であったのかも知れない。

だが間違いなくブリテンの海一面が完全に凍りついた。

 

「道は出来たっ!! 後は(すす)むのみ。」

 

アレキサンダーの掛け声とともに多くのローマ兵が沈んだ、凍った海の上をローマ兵たちが駆け抜けていく。

凍った海は海面に接していた戦車と兵士たちも繋ぎ止めていた。

海上における形勢は此処に逆転した。

 

動きを封じられて無様に哀れに無慈悲に蹂躙される仲間達を救うべく、ブーディカとブリテンの戦士達は氷の上へと走った。

氷に封じられた戦車の中には自分の足も海ごと凍らされて逃げられない者もいた。

 

「俺達は死ぬまで矢を射続けるから、お前達は俺達に構わず敵を斃せ。」

 

助けようとする仲間から口々に同じ意味の言葉を聞くが、後の世に円卓の騎士を生むことになるブリテンの戦士達の辞書に、

仲間を見捨てるという言葉は探しても見つかる筈も無い。

 

 

 

 

 

 

 

故に――――――――――――――――――――――、

 

 

 

 

 

 

 

彼らは亡ぶことになった。

 

 

 

アレキサンダーとそれに追随した兵士たちは戦車に残るブリテン兵に構わず氷の上を駆け抜けた。

丁度最後の一人が氷から土に変わる境界の地を踏みしめた瞬間だった。

 

「さようなら。」

 

女神の言葉と同時に凍れる海が割れた。

女神が差し向けた自身が囮とも知らぬローマ兵たちと共に海上のブリテン兵の多くが流氷の漂う海に投げ出された。

 

ただ、流氷と言っても水深10mの所に浮かぶ高さ1mの流氷では無く、

水底にまで到達する深さの流氷と僅かに残る海水という割合だった。

容赦なく挟まれた者達を押し潰し凍えさせる氷の海。

そこはたとえでも何でも無く地獄であった。

 

 

女神を悪鬼たちの王だと看過した勝利の女王は、味方を救うべく無数の戦車を展開させながら、

自身も一頭の装甲馬を召喚し、輝きを放つ剣を持って女神に切りかかる。

 

女神はそれを弄ぶように躱し、いなし、防ぎ、微笑を湛えながら時折その手に作ったブーディカの持つ剣を氷で再現したもので切り付けた。

 

そこで一度距離を取って仕切り直そうとしたブーディカに、女神は聖杯を持って、悪意を以って召喚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

召喚されたのは、プラスダクス王の娘でありつい最近ローマによって凌辱されて死んだ者2人。

つまり、――――――――――――――――――――――――ブーディカの愛娘たちであった。

 

「犯されて侵されて殺された無様で哀れな彼女達の怨念と、女性が仔を孕む概念を重ね合わせればこういう事もできるのですよ?」

 

 

娘たちは今も尚、犯されていた、侵されていた、孕まされていた、産まされていた。

際限なく娘たちの胎から生成され続ける悍ましい魔獣たち。

しかし女神に調律された悍ましくも極めて優秀な魔獣たちは、見た目だけは極めて美しく整えられ、

その語るも恐ろしい本性をその姿からは一見して認識できなかった。

 

きっと人はその魔獣の容を、『天使』と呼ぶのだろう。

美しい容姿と声を持って、自身より小さい少女たちの体を突き破って産まれた天使たちは、

再生する母体より産まれ続ける兄弟達と共に、ブリテン兵たちを襲う。

武器も何も持たないが、その肉体が、その知能が、その魔力が、あらゆる生まれ持っているものが人間を超越する天使たちは、

武器が無くとも人間を蹂躙するのは容易かったのであった。

 

 

「…るさ…い。」

 

「何でしょうか、嗚咽交じりで聞き取りにくいのでもう一度はっきり言ってくれますか?」

 

女神のワザとらしい挑発染みた、そして天然の発言に、

そして死して尚、再度その身を、その魂を汚される娘たちにブーディカの怒りは怒髪天を衝いていた。

 

「アンタだけは絶対に赦さないっっ!!」

 

 

 

握りしめる力が強すぎて、指の隙間から血が漏れ出して赤く染まった剣をブーディカは振り上げた。

同時に、これまでにない極光がその刀身を包んだ。

 

 

「貴女の娘たちをもう一度殺せますか? また死ぬなんてかわいそうではないですか?」

 

女神は天使たちに引きずらせて文字通り仔を産む機械となった彼女の娘たちを正面に連れてきた。

そして嘲笑う。女王を、そしてその娘たちを。

 

 

 

 

「うちの娘たちを、舐めるなぁぁぁっっ!!!!!」

 

女王は迷いなくその剣を振り下ろした。

 

 

 

光の中に消えていく娘たち。その表情は強い、笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬だが、果てしなく強い光が収まった中、

女神はやはりそこにいて、聖杯を弄んでいた。

 

 

「さて、娘を殺した恐いお母さんに立ち向かえそうな英霊を探してみましょうか。

いえ、娘を殺したその勇気に敬意を払って私自ら戦ってあげてもいいでしょう。

光栄に思ってください。娘殺しのブーディカ。」

 

執拗に『娘』『殺し』を連呼する女神にブーディカは脳髄が沸騰する様な怒りを抱いていた。

むしろその怒りはその手に収まらずこぼれ出していたと言っても良い。

 

彼女の『復讐の怨霊』としての面が表れ始めていた。

 

 

 

その時だった。

女神以外のものがブーディカを嘲笑った。

 

「母たるもの、例え娘に殺されるその時でさえ、娘に恥じぬ母で在るべきだというのに、

全く持って無様の極みと言えばよいのかしら。」

 

それはネロに殺された時でさえ、ネロの差し向けた暗殺者にネロを産んだこの胎を刺し抜けと啖呵を切った女傑、

ユリア・アグリッピナであった。

 

 

それは何処までも嘲笑に過ぎなかった。

しかし、それでも確かにブーディカは怨霊である自分から娘たちの母である自分を取り戻した。

 

「…誰か解からないけど礼を言うよ。」

 

「勘違いしないで欲しいモノね、この身はそなたの敵よ?」

 

軽蔑したように、しかし少しだけ満足したようにアグリッピナは呟くとその背を向けた。

 

 

 

 

 

そこからブーディカの猛反撃が始まった。

幾多の戦車を女神に差し向けて、時に盾とし、時に囮とし、

時に本命の攻撃として、時に剣を振るう足場として、

それはまさしく輝ける黄金の様に、誇り高い二人の娘の母の様に、

絶対の勝利を娘たちへの制約として、自身の膂力で身体中から血を吹き出しながらも休む事無く攻め続けた。

 

彼女に感化された兵士たちも死ぬと分かってその嵐の中に溶け込んだ。

女王の盾として、女王の剣として彼らは想いと力を託し散っていった。

 

戦いの最中、勝利の女王は輝きを増していった。

それは彼女の魂の輝きであり、彼女の家族の輝きであり、此処で散っていった同胞たちの輝きであった。

それを一瞬の刹那に圧縮し、最後の攻勢を開始した。

 

約束され■■守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)ッ!!」

 

自身の中に刻まれた基本情報を自身の本来の最大存在力を超える光で塗りつぶし、

世界に閲覧できなくする形で、その情報を偽装した。

 

即ち、それは『約束された勝利』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その輝きは凄まじく一瞬の閃光は空間全てを包み、自身の存在を燃料として、

戦車と呼ぶのも烏滸がましい何か、きっと勝利そのものである概念に乗って彼女は世界を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光の消えた後には全滅したローマの船団、傷の癒えたブリテンの戦士、

息絶え絶えとなり、天に召されんと身体が光に崩れていく勝利の女王。

そして、膝をつき口元を押さえた女神があった。

実質的なダメージはそうない。そこは神霊である。だが、女神に大地に膝を付けさせたという事実が、

女神自身には理解も説明もできない何かを感じさせていた。

 

 

「ヒ、ヒトの分際で、この女神に…!!」

 

「赦さないのはこっちのほうさ。

あんたは確かに強かった。だがそれだけだ。

あたしが勝つことは遂に無かったが、勝利はブリテンのものだ。」

 

―――勝利の女王の手の中には聖杯が握られていた。






怒り
命狩


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第二十話 『あい』

勝利の女王の手に掴み取られた聖杯は、消え去ろうとする新たなる所持者の願いを形にする。

彼女が願うのは自分に代わってブリテンの勝利の為に戦いを引き継いでくれる者。

そして、自分より若い時代の英霊ではない事。

 

ブリテンで高名な英雄であるアーサー王は彼女よりも間違いなく強い。

星に勝利を約束された存在は伊達では無い。

だが、彼女にとって幾ら自分より強かろうと後代に生まれたブリテンの者は護るべき対象だ。

故に、選択肢にはない。

そして何より、彼女にとって頼りにする喚ぶべき英雄は1人しかいなかった。

 

「後はお願い。――――――――あたしの最高の旦那さん。」

 

 

 

消えかかる自身の剣を媒体に、縁のある存在を呼べばそれを頼りに妻の元に駆けつけてくれる夫の姿を確信した。

 

 

 

かくして祈りは力となり、力は形を持って降臨した。

…余計な二人のお供を連れて。

 

 

「まいったなぁ、あたしより若い子を戦わせるつもりなんて無かったんだけどね。」

 

無言で最早立つこともままならない彼女を支える夫に苦笑するブーディカ。

プラスタグス王はその手を掴むと彼女の愛剣だけは崩壊が止まった。

しかし、彼女の崩壊は止まらない。だが、良かったのだろう。彼女は彼女でやるべきことを尽くしたのだから。

だから彼女の夫に言えることは、この一言だけだった。

 

 

「すまない、遅くなった。後は任せて娘たちと待っていてくれ。」

 

 

「う~ん、許しちゃおう。それより、後の二人には申し訳ないことしたな~って。」

 

彼女としてはすこぶる不本意な召喚された2名のサーヴァント、それは―――――

 

 

 

「美人だけど旦那と見せつけられたら口説く気にはならないわー。

今回はアサシンとして喚ばれたんでガッツリ卑怯なやり方で行かせてもらうから、そこのところよろしく。」

 

 

深緑の反逆者ロビンフッドと、

 

 

「ブリテンで強大な存在への反逆とくればオレしかいないだろ。それと、ガキ扱いするな。」

 

 

赤色がイメージカラーの反逆児モードレッド。

 

 

 

ブーディカはその二人を目に焼き付けて――、

 

「ブリテンの為にやってきてくれてありがとう。いつか必ずこの恩は返すよ。じゃあね。」

 

 

――光となり天に昇った。

 

 

 

プラスタグス王は妻を見送ると、

 

「悪いが妻とこの甲斐性無しの我儘に付き合ってくれ。」

 

平和主義でお人よしの王に2人の反逆者は無言で頷いた。

 

 

 

 

モードレッドが最初に女神の側面に駆け込んだ。

無論それは搖動であった。プラスタグス王が真正面からまるで教科書にある様な何処までも真っ直ぐな踏み込みと太刀筋で、

勝利の化身(愛する妻)の加護を得た約束され■■勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)を振るう。

その姿にロビンフッドはどこか懐かしい人物を思い出した気がしたが今はそれを心に留めて、

完全に気配を遮断した状態からプラスタグス王とモードレッドを見ていれば死角になる位置から、

続けて不可視にして神速の4つの矢を一呼吸の間に打ち込んだ。

 

「身の程を弁えろ。」

 

何時になく言葉の荒れた女神は誰の方を見るのでもなく片手で飛んでくる4つの矢全てを掴み、

それを鉤爪の様に持ち凍結させてモードレッドに振るい、もう片方の手で何処までも昏い剣を精製しそれをプラスタグス王に振るった。

 

「ヒトが、ヒト如きがこの私の想定を超えるハズなどない。そんなことはあり得ない。

世界を導く私に計算違いなどあってはならない。実証も想定もできない力などあってはならない。

そうでなければ導けない。そうでなければ叶わない。そうでなければ―――――――――」

 

 

 

 

ブーディカの攻撃はダメージとしては女神には大きく響いてはいない。

しかし勝利の女王の行った行動が女神には許容できなかった。

かつてマリー・アントワネットの愛が世界のシステムの限界を超えた時、

女神は何時もの余裕を失った。彼女はヒトを導く者として存在を定義された。

故に、彼女の先を行くヒトが存在する事は彼女にとって計算式に代入できない数値、

即ち、エラーに他ならないのである。

 

 

「そうでなければ、なんなんだよっ!!

我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー|)!!」

 

そんな不安定な女神にお構いなしとモードレッドは畳み掛ける。

ローマ軍のほんの僅かな生き残りたちも、ブリテンの戦士達も只々女神達の激闘に心を奪われたかのように呆然と眺めつづける。

此処に既にローマ軍とブリテン軍の戦争は終わっていた。

いや、女神だけのローマ軍とブリテンの勝利を継ぐ者たちだけの戦争へと変わっていた。

 

そんな中1人だけそうでない者がいた。

オルガマリー・アニムスフィア。女神の形式上のマスターである。

厳密には違うのだが、マスターとサーヴァントという関係ゆえか女神の不安定さが彼女にも伝わっていた。

 

(良く判らないけれど、このままじゃいけない。)

 

 

何か解からない感情に従うまま、彼女は戦場へと駆け出した。

女神と対する3人はその存在に気が付いていた。

 

(まあ、人質として使えるか…?)

 

そう考えたロビンフッドが女神に向かって一直線に走るオルガマリーの背後に回り込んだ。

アサシンらしく卑怯な事をするのは当然だと思いながらも、

何処かで誰かが咎めているような気がして気が引けたが何事にも優先順位と言うものがある。

強大な敵を倒すのには手段が選べないときが弱者には存在するのだ。

 

オルガマリーを後ろから捕縛しようとした時、

本来彼女はそこまで勘が良かった試しはないのだが、

直感的に背後に実体の無い光すら凍らせる魔術の極小化されたものを打ち込まれ、

掠っただけのマントが凍りついて掛かっている魔術的な加護も打ち消されていた。

挙句、こっそりプラスタグス王から預かっていた聖杯も落としてしまった。

 

「手加減、できる相手じゃなかったってわけか。悪いなじゃあ死んでくれ。」

 

ロビンフッドが捕縛を諦めてオルガマリーに向けて矢を引き絞った時、

その背筋に寒いものを感じてその場を飛び去った。

 

 

ロビンフッドがいた場所、正確にはそのすぐ後ろには氷でできた薔薇があった。

その薔薇は槍の様に尖った細動する雄蕊と雌蕊を持ち、周囲の空気を吸い込んでいた。

背筋に感じた冷気は直感では無く、皮膚感覚によるものだった。

 

 

気が付けばロビンフッドが狙いを定めていた少女は女神が護る様に抱きしめていた。

まるで、仔を護る母獣に見えない事も無かった。

 

 

「もう、ここで終わりましょうよっ。あなたは良く戦った。それに聖杯も取り返した。

他のローマ軍はブリテンから奪った船で全員撤退したわ。

もう十分でしょう!?」

 

その声は抱きしめられた少女のものだった。

 

 

そしてその声と同時に女神の狂気は沈黙した。

女神はオルガマリーを横抱きにすると、戦いの熱で溶けかかった海を再び凍結させて道を造り、

ブリテンから去って行った。ブリテンの民たちの勝利の歓声を背にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして女神はローマへと帰還した。

あたら兵を失ったネロはその支持率を大きく暴落させた。

いや、ネロと言うよりはローマにおける皇帝そのものの存続が怪しくなった。

 

女神を見捨てた事に罪悪感や恐怖を感じるが故に見捨てた者達からは女神に何も話しかける事は出来なかった。

そんな中、女神の方から提案があった。

 

「あの戦いで死んだ両軍の兵士の魂と聖杯を持って今一度、歴代のローマ皇帝と、

今代のローマ皇帝ネロ・クラウディウスの名を用いて繁栄を齎しましょう。

足りない分はブリテンへの道中踏破した国や町から奪い尽くしましょう。

ブリテンの収穫が無かったとしてもそれで十分でしょう。

それと、貴方の妻も元通りにしてあげましょう。」

 

 

何時もの様に、だが何時もほどの冷たさと悪辣さの精彩を何処か欠けた女神の言葉にネロは頷く。

 

 

「良いのか、余らは…、いや、余はそなたを見捨てたのだぞ。」

 

珍しくうろたえる暴君に女神はほんの僅かにだけ微笑を浮かべた。

 

「王と言えど自惚れが過ぎます。ヒトの仔に心配されるほど落ちぶれてはいません。」

 

当初、女神はオクタヴィアに死を以って悩みから解放させるという選択肢を用意していた。

実際、ブリテンに勝利した後はそれを実行するつもりであった。

だが、今の女神はいつものその余裕さが無く、微笑さえ翳っていた。

 

故の何の捻りも無い温情だった。

 

「ブリテンを私に奉げる事が出来なかったのです。代わりの代償は受け入れますよね。」

 

女神の言葉に暴君は頷いた。

 

 

「ただ彼女の疑問に真剣に向き合えばよいのです。」

 

女神はネロ自身がそれを解放するのだと答えた。

そしてネロの答えは『愛』だった。

 

 

女神には受け入れられない生殖や遺伝子の利己を伴わない唾棄すべき『愛』。

それを目にし、口にするだけで良く解からない靄がかった感情と呼べそうな何かが生じようとして、

それを消し去る苦痛に女神は耐えなければならなかった。

苦痛を消し去りきる最後の一瞬、何故かそれを停止しそうになったが勢いよく女神はそれに止めを刺した。

 

 

 

女神がロマニを待たせて確保したかったのは多くをローマ存続の為に使用してしまう事になるだろう有象無象の魂。

そして『暴君の心臓』だった。

 

 

「では、ローマ帝国の存続とオクタヴィア妃の正気の獲得の対価を頂きましょう。

対価は、『暴君の心臓』です。」

 

 

女神の視線はネロに向いていた。

 

「ち、ちょっと、それが無いと駄目なの、他には方法が無いのかしら!?」

 

オルガマリーからの言葉に女神は首を振った。

その様子を見てネロは決意する。その手にナイフを構えた。

 

その様を見て、歴代皇帝たちはその生き様と死に様を見届けようとし、マシュは目を覆い、

レオニダスはネロの決意を止めようと泣き叫ぶオクタヴィアを押しとどめ、

そして母アグリッピナは笑っていた。

 

 

女神はアグリッピナの方を見た。アグリッピナはそれに対して優雅に礼をすると、

 

「『暴君』の心臓を抉る役目は私にお任せください。」

 

と艶やかに嗤った。

 

 

 

 

そして女神がそれを許諾した以上、誰もそれに異を唱える事は出来なかった。

アグリッピナは睨むネロからナイフを奪い取り、

 

 

 

 

 

そして自身の心臓を抉りだした。

 

サーヴァントと言えど当然致命傷である。

 

 

「母上、何故…。」

 

「『暴君』で良いのならそなたを傀儡にしていた時代、このアグリッピナこそ『暴君』であった。

ネロ、そなたは二度も腹を割いてまで愛した作品ゆえ、神に奉げるには惜しい…。」

 

 

それが稀代の悪女の遺言だった。

 

 

その光景を見終えてオルガマリー達はカルデアに戻ったが、

女神の中では先程消し去ったはずの気持ち悪い何かがひと時の間息を吹き返していたように感じた。








I


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第二十一話 『かいほう』

カルデアに帰還した一同に以前ほどの待機組による歓迎は無かった。

最初の一回目で無いからだというわけでない。明らかにカルデアの空気が悪化していた。

 

何処か後ろめたそうに乾いた笑顔を張り付けるロマニ。

そんな彼を冷たい眼差しで眺めるダ・ヴィンチ。

そして帰還組、厳密には女神から視界にすら入らない様に避けるその他のメンバー達。

 

オルガマリーは何があったのか全く見当がつかないほど愚鈍ではないが、

世界救済の大事業であるが故に少しだけ周りには大人になって欲しかった。

…勿論、女神を恐れ、畏れる気持ちには十分に理解は持てるのだが。

 

 

 

 

何時もより少しだけ微笑に陰りがある女神はオルガマリーを右腕で抱きしめると左腕を真っ直ぐ横に伸ばした。

その左手の先には何かを摘まんでいる様であった。

 

「有象無象の魂×1000 恐怖の断末魔×500 後悔の恨言×100 絶望の懇願×100 家族殺しの記憶×11

そして、暴君の心臓×1。 材料は最低限揃いました。魂の数がギリギリと言うのが残念ですが仕方ありません。

 

…闇の力を秘めし鍵よ、汝の姿を我が前に示せ。契約の元、オルガマリー・アニムスフィアの名を以って命じる―――隷器降臨(レリーズ)。」

 

 

勝手に自分のマスターの名前を用いて召喚術式を起動した。

女神の背後から切り開かれた空間と勝手に使用されたカルデアの電力を使って一人、いや一柱の男が召喚された。

 

「フラウロス・ウヴァル・グシオン融合体だ。

…まあ、レフ・ライノールとでも呼んでくれたまえ。見た目も同じだから呼びやすいだろう。」

 

罪悪感は無いのだが、主に女神のせいで少々居心地が悪そうなレフ・ライノールと、

様々な――しかし揃って負の感情を向けるカルデアのメンバー達。

…無論、その中に女神は含まれてはいない。

 

その後、最初に女神からオルガマリーのサーヴァントである事。

気に食わないならカードの中に封印できること。

術式設定により、その身体を分解してオルガマリーの武器にできる事の説明があった。

 

正直、この中で誰もレフには良い感情を持った者はいない。

オルガマリーは藤丸立香を、厳密には立香を殺したのは女神とオルガマリーなので、自分を殺した対象だと認識している。

そしてマシュやその他にとっては裏切り者であった。

 

正直話したくはないのだが、事情聴取、つまり尋問をしなくてはならない。

今なら三角の支配魔方陣と同化しているような状況なので何でも話す故に。

だからマスターの責任としてオルガマリーが訪ねた。

 

「…色々言いたいことはあるけれど、それは今は置いておくわ。

今回の異変の全体的なあらましと犯人をわたしの意に添うように解かりやすく答えなさい。」

 

その問いに悪魔は答えた。

 

「ほう、最初に言うのが恨み言で無いというのが意外であった。

まあいい。目的を説明してあげよう。

簡潔に言えば歴史を焼却し、その熱量で(世界)を創り直すのだ。」

 

「要するに、『上書き』…いえ、完全破棄からの再制作というわけですね。」

 

女神は何時にない鋭い眼差しで悪魔を見た。

悪魔だけでなくその場にいた全ての生命は魂を握られたような感触を受けたが、それも一瞬の事だった。

『所詮一周分の歴史』ではあるがそれを焼却して行う事が歴史の造り直しであると聞き、

女神の中で何かが琴線に引っ掛かったのだ。

 

 

女神に完全に気圧されたことを誤魔化す様に少し早口になって続きの質問にレフは答え始めた。

 

「…引き続き答えよう。そして犯人は『ソロモン王』―――――」

 

 

そう言った時、周囲の反応は様々だった。

女神は何時も通り無反応、オルガマリーとダ・ヴィンチはその名前に驚愕した。

そしてマシュは、

 

「ソロモン王って最低のクズですね。」

 

と嫌悪感を丸出しにしていた。

その言葉で無表情で冷や汗を垂らしていたロマニは何故だか凄く落ち込んだ様になっていた。

 

「――厳密には、ソロモン王の貌で為る七十二の悪魔たちの群体だ。

我等が切り離された後に三体分が再生したかどうかは判らないが。

まあ、ソロモン王だろうが、その悪魔だろうがお前達にはそう関係ないだろう。」

 

そう何故か偉そうに話すレフに、

 

「いや、それは凄く大事な事だからはっきりさせておくべきだと思うよっ!?」

 

凄く必死なDr.ロマンだったが、この状況では彼以外の者にとっては脅威として計算するにおいて確かにどちらでも同じだった。

 

 

そんな必死なロマニ博士を放ってマシュはレフに尋ねた。

 

「何故、そんなことを?」

 

勿論、マスターでもないマシュに答える義務などレフにはなかったが、

同じ質問をオルガマリーに正直に話す様にと聞かれれば答えるしかなかった。

 

 

それは失望だった。

それは絶望だった。

それは後悔だった。

それは悪意であり善意であった。

それは―――――――――――――『憐憫』だった。

 

 

だが、女神には犯人がどうやって行ったか、誰が行ったか、今後どういう影響が出るかだけが必要であって、

その内心の動機である部分にはまるで興味が無かった。

犯罪者を慰める必要も無く、犯罪をいかに早く収束させて、犯罪者を裁くかだけが大事なのだ。

 

 

第一――――――――――――――――

(七十二柱も集まって、挙句『所詮一周分の歴史』で絶望するなんて、

なんて脆過ぎるのでしょう。)

 

 

 

 

 

女神には悪魔の弱さが理解できなかった。

割と、自分も豆腐メンタルである事には突っ込まない方が良い。

彼女は悪魔よりも遥かに永い時で失敗し続けてきたのだから。

ここ最近顕著に弱くなった事に理由がもしあるのだとしたら、彼女が今腕に抱いている少女の仕業に他ならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして話し合いは終わり、

レフは女神が何時の間にか用意した何故か体のサイズにぴったりの礼装を身に着けたオルガマリーによって、

カードの中に封印されてこの日はお開きとなった。

その衣装の材料は『胎児の悲鳴×3』『戦士の絶叫×1』『老人の後悔×1』『乙女の恐怖×1』という至極碌でもないモノだったが、

中身がドロドロでも見た目だけは極めて美しく造り上げるのが女神の手腕であることはブリテンに顕れた天使の群れで実証済みだった。

要するに材料のリストを見なければ誰も気にせず美味しい料理として食卓に上る食材と同様である。

 

何故か、ロマニが封印シーンをビデオカメラで撮りたいと言い出したり、魔法少女は時代を超えて愛され続けるんだー、と叫んだり、

先日会合したネロなら何故か凄くカードの封印が様になりそうな気がするとかテンションを上げていたが、

旅から疲れて帰ってきたマシュにざっくり話を打ち切られた。

曰く、『気持ち悪いです。』と。

 

 

 

その後、各人はバラバラに部屋に帰っていった。

 

マシュは、ローマに来てから徐々に動きが鈍くなり、

何かを押さえる様に蹲り低く小さい唸り声しかあげなくなったフォウが心配だと言ってフォウを連れて自室へと向かった。

 

そして女神は何時もの様にオルガマリーを連れて寝室へと向かっていった。

 

 

 

 

 

場に残されたのは二人。

その一人であるロマニに対してもう片方であるダ・ヴィンチは問う。

 

「アレを何時まで許しておくつもりだい?」

 

「『アレ』とは?」

 

ダ・ヴィンチの視線は鋭くなり、対照的にロマニの視線は彷徨いだした。

しかし、ダ・ヴィンチの追及は終わらない。

 

「あの女神の存在そのものだよ。無いとは思うけど、まさか共感してはいないよね?」

 

「それはあり得ない。あの存在の在り方は無感情な数式に近い。

確認するのも嫌だが、きっと過去の歴史もまた入れ替えられている。

今まで本来の歴史に存在した人々の営みも全て否定されているだろう。

そんな事務的で無機質な在り方に命あるものに共感などできる筈も無いじゃないか。」

 

 

「そこまでいうのなら、何故…。」

 

「…言いたいことは解かるよ。

だが、あの女神を除いて決定的な戦力はこのカルデアにはもうない。

あの女神以外に今回の首謀者から勝利をもぎ取れそうな存在がいるのかいっ?

レフも除くとなれば所長とマシュだけだ。戦いにもならないっ!!」

 

 

そう叫んだロマニは足音が聞こえて咄嗟に振り向くと、

通路へと去っていく紫色の髪が視界から抜けていくのを目視した。

 

 

「……っ!? ――しまった、最悪だ…。どうやら聞かれていたようだ。

一番聞かれちゃいけない人に…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

震えるフォウを寝かしつけて寝る前に何か飲み物でも飲もうと廊下を歩いていた紫色の神の少女マシュは、

偶々聞こえてきたロマニとダ・ヴィンチの会話に耳を傾けて聞かなければいいと後悔した。

 

 

 

 

 

(私では、力に、なれない?

私だけでは、何の役にも立た…ない?)

 

彼女は何時の間にか起きていた小動物を抱きしめると震えながら疲れに身を任せて無理矢理眠りに落ちようとした。

フォウにはその眼尻に流れる塩水を舐める事しかできなかった。




解放
開放
解法
介抱
開封
解包


感想欄での書き込みで私より遥かに文章力や構想力が高い方が多いので、
凄く参考になっています。

それと、誤字報告、凄く助かっています。ありがとうございます。


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第二十二話 『いふ』

その夜、オルガマリーは夢を見た。

オルガマリーは大河であり、大樹である何かと共にあった。

 

何故だか解からないが彼女にはそれが女神であると理解できた。

何処までも澄み切ったそれに大きな楔が突き刺さっていた。

オルガマリーの見える中にはその楔は3つあった。いずれもその楔が刺さっている所から澄んだ血の様なものが流れ出していた。

 

一つは、マリー・アントワネット。

其れはオルガマリーが触れる事で理解できた。

無償の慈愛はそれを許容できない数式に甚大なエラーを引き起こしていた。

大河が、大樹が、女神がそれに苦しんでいると判断したオルガマリーは(それ)を引き抜いた。

楔はオルガマリーの手を傷つけながら抜けた。

 

次の一つはブーティカ。

其れはオルガマリーが触れる事で理解できた。

家族への愛はそれを許容できない数式に膨大なエラーを引き起こしていた。

大河が、大樹が、女神がそれに苦しんでいると判断したオルガマリーは(それ)を引き抜いた。

楔はオルガマリーの手を傷つけながら抜けた。

 

 

最後の一つは、

オルガマリー・アニムスフィア。

其れはオルガマリーが触れる事で理解できた。

 

「わたし…? どうして…?」

 

オルガマリーへの■はそれを許容できない数式に膨大なエラーを引き起こしていた。

大河が、大樹が、女神がそれに苦しんでいると判断したオルガマリーは(それ)を引き抜こうとし――――

引き抜く姿勢のまま逡巡した。

 

 

 

 

 

そこで――――――――――――目が覚めた。

 

 

何か夢を見ていたのだろう。だがそれは『オルガマリーの記憶』には残らなかった。

オルガマリーが目を覚ますと、珍しく女神がまだ目を閉じていた。

こうしてみると何処までも美しい造形美であった。冷たさすら感じさせる一切の隙の無い美貌。

癖一つない黄金の髪に、何処までも透き通るような白い肌。

そして瞳が見えるのなら何も映し返さない突き抜ける程透明な目があるのだろう。

人間などとは隔絶した絶対存在。人間と触れ合うことなどあり得ないであろう設計美。

そのことを何故だか少しだけ哀しく感じたオルガマリーは未だ眠りの淵にいる女神を抱きしめてもう一眠りする事にした。

 

 

抱きしめられた女神はその事で覚醒しかけたが、良く知る者の体温と感触に再び微睡む事にした。

取り敢えず、マスターが体力を回復しなければどのみち自分が動くことも無いだろうからと理由付けて。

 

一人の少女と一柱の女神は再び夢の世界へ旅立った。

今度の夢には大河も大樹も楔も出てこない、何処までも透き通る雲一つない空の下、何処までも広がる緑の丘の上。

そんな寂しくも優しい、誰もいない世界の夢だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び二度寝から目を覚ましたオルガマリーの視界には何時もの通りの微笑を浮かべる女神がそこにいた。

その微笑は、今までの微笑と少しだけ違うような気がしたが、よく見ればよく見る程違いが分からなくなり、

オルガマリーはそこで寝ぼけた頭でこれ以上検討することを止めた。

時計を見ればもういい時間だ。一応彼女は此処の責任者なのだ。何時までも惰眠をむさぼっていては示しが付かない。

 

オルガマリーはシャワーを初めとして身だしなみを整えると、

女神を連れて他の者が待つ所に集合した。

途中で女神にタイの曲がりを直された時は近付いた顔に赤くなってしまったが、

それは皆の前に出るときには戻していた。

着いた時、集まった中では一番遅かったにせよ、所長出勤にしては十分早いのでこれくらいは許される範囲だった。

 

 

 

「先ずは、あの後の歴史の変化を説明させてほしい。」

 

軽い挨拶の後、全員に用意された紅茶(ロマニにはコーヒー)と共に先日の纏めと今後を決める会議が始まった。

そして、その会議における最初の議題提出者はロマニ・アーキマンだった。

 

彼の説明によれば、あの後変化した特異点はそのまま歴史に定着した。

多少その後の歴史の勝者によって史実は書き換えられることとなったが、

大きくは、

 

『復活の後、半ば神に近い信仰を得た古代の女王ブーティカとそれに伴うヴィクトリアという名の増加』

 

『ローマ帝国の一時的な弱体化と周辺国の更なる弱体化』

 

『ローマ帝国とブリテンの確執』

 

『戦争に勝利した島国の早すぎる強国宣言』

 

『ローマと共に現れた“悪魔”の軍勢の伝説』

 

『ギリシャ神話などに伝わる闘争と支配を愛する氷の女神の知名度の上昇』

 

そして、

『変質した暴君ネロにより引き起こされた多くの相違点』

 

特に最後の事象は危険だった。

必要故と周辺の国々から略奪の限りを許す残酷さと、自国では鳴りを潜めた程の静粛さ。

 

だが、他国の抵抗が下火になるとともに他国における残虐さが収まった。

これは一説には賢美妃アクタヴィアによるものだと言われた。

妻と共に、母アグリッピナの墓前で弔いを行っている時、とある宗教を信仰する他国の暗殺者に襲われた。

彼を庇った妻によってその命は助かったものの、命よりも大切なものを失った彼女はその魂が変質した。

彼女は史実よりも遥かに苛烈にその宗教を弾圧した。

憎しみと悪意の化身として。

そして怪しげな呪法を以ってその宗教の関係者全てを煮込んで、どうやってか解からないが強靭な兵士を作ったと言われた。

彼女がもし今後呼ばれるとしたらセイバーやライダーで呼ばれることはもうないであろう。

 

 

「これだけの事を引き起こしたんだ。これで特異点が逆に発生しててもおかしくないんだけど、

そこのところ申し開きはあるかな?」

 

そう責めるような、いや責める目で女神を見つめるダ・ヴィンチ。

だが、女神は微笑を崩さない。昨日とはまるで違う安定し尽くしたような今迄通りの笑みだった。

 

「特異点が発生すれば確かに今回の異変だけに絞ってみれば解決が遠ざかるので問題はありますね。

ですが、反面修正できる歴史が増えるとも言えます。

まあ、特異点が発生するのなら、ですが。

それに、ネロ・クラウディウスも神災を理由に弱き者を切り捨て、他国への躊躇を棄てる事が出来て喜んでいると思いますよ。

悪いのは全て神の仕業だ、と。」

 

その余裕に、殆どのものが理解した。

女神が特異点が発生しない様に何かしらの手を加えている、と。

 

「何をしたのかしら?」

 

その代表として質問した己のマスターに女神は答える。

 

「必要な歴史を上に丁寧に貼り付ける事で、既存の歴史を裏側の世界へと追い遣るのです。」

 

そんなことは許される筈が無い。マシュは思わず憤りを上げた。

 

「それがどういう意味だか解ってるんですかっ!?

今まで生きた人たちの営みも、生き様も、全て『無かった事』になるんですよっ!!」

 

だが、女神はどこ吹く風である。当然の様に、物わかりが悪い子供を諭すように言う、

「では、新しく存在するヒトの営みや生き様を否定するのは構わないのですね。」

 

それは氷の様に冷やかすぎる反論だった。

 

「ですが―――――――――――

別に歴史を改変しないという選択肢も無くはありません。

どうせ、放棄した歴史は消え去り修正されるのですから、

奪うだけ奪い尽くして、無かったことにするというのも有効ですね。

ある対象に借金を借りれるだけ借りさせておいて、その金を奪いその後その対象には消えて頂くやり方です。

その方が以降の特異点に置いて有利になるのなら私はそうします。

必要なら私はその方法を躊躇しません。」

 

 

「まるで海賊じゃないか。」

ダ・ヴィンチがそう言ったのと同時に自身を侮辱したのだと認識した女神の微笑が崩れる前に、

ロマニは話を崩す事にした。

 

「そう、今ダ・ヴィンチが言った通り次の特異点は大海原だ。

もしかしたら歴史的に有名な海賊たちとも合えるかもしれないね。」

 

凄まじいファインプレーであった。

オルガマリーは内心で拍手し、ダ・ヴィンチは若干感謝し、

マシュはどうせならそのまま女神を挑発すれば良かったのにと考えていた。

ローマに行く前より少しだけ大きくなったフォウも女神を睨むのを止めていない。

 

 

 

 

 

 

 

オルガマリーは新たな地、いや海オケアノスに向かう前に思う。

 

 

結局、自分のサーヴァントは最初から増えていない。勿論レフはカウントに入れない前提で、だ。

寧ろ、あくまで憑代や審神者の様な者だと自分と女神の関係を定義すれば自身で契約したサーヴァントはいない。

マシュだって未だに立香に仕えているようなものだ。

 

もし、立香だったら―――――、

今の時点で賑やかに新しい仲間達に囲まれて笑顔で次の試練に望むのだろうか?

絆を束ねて非才の身で絶望に立ち向かうのだろうか?

弱き糸を束ねて重たい断首刃を受け止めるのだろうか?

幾多の絶望を越えて希望を謡うのだろうか?

運命に愛された限界を超える法を掴むのだろうか?

不思議と、そんな気がした。

 

もしかしたら、そんな未来もあったかもしれない。

わたしはそこにはいないだろうが、それ以外の仲間を増やして次の試練へ進み、

きっと151人くらい仲間ができるのだろう。もしかしたら百の桁が違うのかも知れない。

わたしは――――――――――――――――――立香の代わりになれるだろうか?




少しオサレにしてみました。

畏怖
移付
委付
IF

If I got some letter, I'll try my hardest.
無責任にも感想と誤字修正をねだってみたりしてみます。




次章予告
すっごい有名な屑野郎が、ちょっとかっこいいお父さんに。
…いったい何デなんだ…。
もしかして―――デン■?(色は同じ)
もしかして―――デデ■?(王様なのは同じ)


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第二十三話 『ぜんい』

時は大航海時代にして大黄金時代にして大暗黒時代。

富、名声、力、女・・・この世の割と多くの者を手に入れた男ダビデ。

彼の寝物語で娼婦に放った一言は、人々を海へかり立てた。

 

「僕さ、この世の全てが詰まってるかも知れない箱を持ってるんだ。凄いでしょ。結婚しない?

えっ、今は持ってないよ? 場所? 説明するのが難しいけど何処かに置いてきた!!」

 

往々にしてここだけの話と言うものがそこだけで終わる事は無い。

娼婦が同僚に話した寝物語はその元締めに伝わり、元締めは知り合いの海賊たちにそれを話してしまい、

割とたくさんの人間がそれを真に受けて探し始めた。

男たちはグランドなラインとかそっちのけで、契約の箱を追い続ける。世はまさに、大海賊時代!!

 

そんな大海賊時代(笑)を引き起こした元凶であるダビデ(年齢不詳・男性・職業:王サマ)は一つの町が死滅するのを見た。

彼がその町を出た直後の事であった。

町の活気が、人の熱が、命の灯が、一瞬にして冷却されて失われた。

ダビデの温度は何一つ変わっていない。だが、背筋が冷えるのを感じた。

彼が振り向いた先にもはや生きた者がいない事はその悪寒が教えてくれていた。

もはやその視線の先には老若男女の区別なく鼓動を心臓に持つ者は存在しない。

 

 

 

 

 

第三特異点 封鎖終局四海オケアノス  『箱庭の孤独な宝物』

 

 

 

時は少し遡る。

 

レイシフトによる転移。

オルガマリー達が今回転移した先は何の手違いか大海原の上空だった。

難きは易きに流れ高潔さは堕落する。引力は軽きものを引き付ける。

つまり、現状オルガマリー達は絶賛落下中である。

 

 

女神は普段から地面に足を付けたくない、と常に僅かな隙間を作って浮遊している、

特性『浮遊』で地震や地割れ等の影響を受けないような存在なので特に問題はないのだろうが、

その他の少女二人と小動物は別である。

例に漏れず重力に従って海面に落下していく。

 

下は水面だが、水面と言えど落下の速度によっては只では済まない。

高所にある橋からの川や海への飛び降りで自殺が可能である位には危険な事である。

 

だが、

 

「マスター。貴女は飛べることを理解するのです。」

 

 

 

女神は以前オルガマリーを再生するときに、人類を構成する原子や世界の魔力を使って、

新たな人類以上の生物としてオルガマリーを再生した。

 

その『新人類』の機能の中には飛行機能が存在した。

とはいえ、今まで人であった時には使う事が無かった機能である。

どんな人間だって、突如背中からもう一つの腕が生えて、そこに神経が繋がっていたとしても、

今までの二つの腕と同様にいきなり十分な活用ができるわけではないだろう。

雛鳥だって何の練習も無く親鳥の様には跳べないのと同じ事であった。

 

だが、目前に迫る死の恐怖からオルガマリーはその機能を意識的に無意識の領域から解放した(・・・・・・・・・・・・・・・・)

厳密にはそうなる様にパスを使って女神がその機能を強制的に発現させた。

 

 

その背に顕れしは空気に溶け混むような透明なガラス質の翼。

まるで何時かの天使の様に、けれども天使の翼よりも遥かに幻想的な翼であった。

世界と言う座標に自身を繋ぎ止めるピンであるそれは、空間にオルガマリーを唐突に縫いとめた。

理論では無く実際に活動に移すのがそこまで得意でもないという自覚のある彼女にしては十分すぎる成果だった。

 

いや、十分以上の成果だといえるだろう。

オルガマリーは翼を展開する事で、今まで欠片も理解していなかったその使用方法を本能的に理解すると、

其の羽根を抜き去ると、マシュ・キリエライトに向かって投擲した。

突き刺さる様にマシュを貫いたその羽根は、けれどもマシュを傷つける事無くその身体を空間に縫いとめた。

 

マシュは海面ギリギリの位置であった。

その後翼が縮んだオルガマリーは緩やかに海面に接するようにマシュと同じ高さまで下りてきた。

 

女神は感心した。

正直な所マシュ・キリエライトは水面に落ちるが海に嫌われて泳ぐことができないという特殊体質でもない以上、

溺れる事はないだろうし、高速海面落下衝撃に対しても心配はしていなかった。

水面落下の衝撃に対し、下方に盾を構えるなどしてデミ・サーヴァントとして乗り切るだろうと思っていた。

現にマシュはその構えを取っていた。

 

けれどもしかし、オルガマリーの投擲した羽根はマシュを貫き、その構えた盾に突き刺さり、

その盾を空間に座標固定する事でマシュの海面落下を未然に防いだ。

 

確かに女神はオルガマリーの才能についてさえ大きく調整を施した。

けれどもここまでできる想定はしていなかった。女神は僅かに予想を超えたその事態に、

何時もの様に恐怖する――――――、ということは今回は無かった。

 

寧ろ、今、女神の笑みは微笑と言う域を少し超えた、素直に笑顔と呼べるものであった。

その視線に女神自身さえ気が付けない程の僅かな苦痛が含まれてさえいなければ。

 

 

その笑顔は只一人、材料には目を向けなければとても可愛らしいピンクをアクセントとした黒色を基調として、

白のフリルを存分に使用した衣装―――所謂、魔法少女系コスチュームを纏った美少女、

オルガマリー・アニムスフィアに向けられていた。

それも、数秒の事であり、また何時もの様な微笑に戻っていた為に誰もそれに気が付くことは無かった。

 

 

女神は今回の特異点に現状では、何の価値も感じていなかった。

女神は周囲を僅かに見渡すとある方向の直線状に人間の住む港町を見つけた。

空気中に幾多の氷のレンズを精製して女神だけが認識できる望遠鏡の様な物を創り出すと、女神は行動に移った。

 

 

「マスター、初めて舞う空の感覚はどうでしたか?」

 

「…正直、落下していたら急に首元を掴まれたような感覚しか受けなかったわ。」

 

それも当然の感覚であると言える。落下物を狙撃で壁に縫いとめるような空中停止法を『舞う』とは呼べないだろう。

だが、

 

「ヒトの仔が初めて行ったにしては充分な出来だと言えましょう。」

 

珍しく女神は侮蔑的な皮肉では無く素直に褒めた。

予想外の賛辞に戸惑いと驚きと照れを隠しきれないオルガマリーは少しの間の後、

顔を赤くしたのを隠す様に俯いて、つまり女神から視線を逸らし、

 

「…ありがとう。」

 

そう答えた。

彼女は遺伝子上のホモサピエンスを辞める前から高い能力と肩書と家柄を持っていたが、

それでもあまり褒められる事無く過ごしてきた。その弊害か、褒められることにはあまり慣れていない故の事だった。

 

女神がそれを理解する筈も理解できる筈も無かったが、本来無礼であるその行動を咎める事は無かった。

 

 

此処までで終わっておけば一見とても人間らしいやりとりなのだが、

それがあくまで結果的に表面に映ったモノでしかないのが女神である。

 

「マスター。この際ですので更にに強力な『力』を貴女に教えましょう。」

 

「えっ、う、うん。」

 

この時、浮かれていなければ、女神の今までの所業を冷静に理解して思い返す事が出来ていれば、

女神に対して芽生え始めた感情に蓋をすることができていれば、きっとオルガマリーは後悔しなかったのだろう。

 

きっと、本来絵面的には盾持ちピッチリスーツよりも魔法少女コスチュームに似合う淫j…マスコットキャラクターの警戒心を見て取れば、

後悔を防げたのだろう。

 

だが、オルガマリーはこの時そうはしなかった。故に彼女は後悔する事になった。

 

 

しかし後悔は先には解からない。故に少女は女神に身を委ねた。

少女は女神に自身の体の支配権を譲渡した。

 

何処か自分の体なのに他人事の様な感覚で身の内に生じる女神の声を少女は感じた。

 

 

『貴女が再構成される時に登録された最強のプログラム。

概念上の絶対零度を超える更なる冷却そのものである矢を射ち放つ人の身に叶う『極限冷却術式』。

貴女はその手順を既に知っているはずです。』

 

 

 

『最終兵装へ移行』

 

何もない所から現れた翼と同じように、オルガマリーの前に『魔法少女のステッキ』が顕現する。

 

『魔力回路全段擬似直結』

 

本来独立した並列する火薬庫が全て最大効率を保ったまま直列に接続される。

 

『霊子情報空間固定』

 

先程縮んだオルガマリーの翼が再び最大展張、いやそれを超える延長を行い、

更にオルガマリーを包むように現れた光と同期して、オルガマリーの魂と肉体とを空間に完全に縫いとめる。

 

『集元魔力正常加圧中』

 

世界から奪いあうように流れる魔力を捕食し、暴食し、尚も貪欲にその財を溜め続ける。

 

『射出制御収束開始』

 

その『力』を『魔法少女のステッキ』の先からただ一つの目的の為に解放する準備を完了して、

堰が解かれるのをただ待つのみ。

 

 

「凍て祓え。」

 

最後の発射の合図は、少女自身が気が付かぬ間に言葉に出していた。

 

それは人類の生存に不要となる脅威遺伝子群の絶滅に用いられた冷たきもの。

それは人類の選別に用いられた冷たきもの。

それは『VEHERE』『VECTOR』ともされるそれは遺伝子を増幅して維持して導入するもの。

それは女神の力の一端を人が、ヒトを超えた者が漸く使い得る禁忌の神罰。

 

 

それは―――『聖別の冷たき抱擁(スノーアース・イクスティンクション)

 

 

嘗て竜種を地球上から壊滅させ、強大な国家を世界の裏側へと一夜で送り去ったいっそ情熱的ですらある冷却の術法。

生命の概念上の温度を全て奪い去る事で対象範囲の生命体を壊滅させる呪砲。

 

 

生まれもって高みを知る者は高き所に舞い上がっても足場を不安定にすることはない。

人間の社会においても急に資産を増やした者や整形で容姿を変えた者には特有の浮ついた不安定さが窺える。

同様と呼ぶにはスケールが違い過ぎるが、人の身で神の力を一端でさえ行使する事には全能感に支配されない筈が無い。

 

 

膨大な魔力を只のリーダーとして、絶大な魔力を誘導する凍結の粛砲は彼方へと放たれた。

 

「どうでしょうか、マスター。万能感に包まれましたか? 全能感に満たされましたか? 昂揚感に支配されましたか?」

 

 

魔術師としての性か、人間としての性か、生命体としての性かは解からないが、

意識を浮遊させ恍惚としたオルガマリーは耳元で囁かれた女神の言葉によって現実へと引き戻された。

 

女神の言葉はまさしくたった今オルガマリーを向こう側へと連れて行こうとしている事実そのものだった。

アニムス(神の身でない人類が制御できない無意識)、マリース(悪意、又は邪悪、若しくは渇望)を冠する父娘は、

生まれもって定められたとおり、生きながらえれば『それ』に成り果てる因子を世界に用意されていた。

力へと溺れ、人から獣へと変貌させるスイッチが振り動きかねない状況に彼女を追い落した女神は、

しかし自らで少女を現実に引き上げた。

 

 

 

「…射線上に人は住んでいたの?」

 

予想以上の威力故に、冷静になるとオルガマリーにとっては当然の疑問が浮かんでくる。

そして、女神は答えても問題ない事であるが故に素直に答えた。

 

「マスター、ご安心を。この射線上にあったのは海賊たちの拠点。

今後咎無き人々に降りかかる禍は未然に防がれました。」

 

射線上に人はやはりいた。但し、社会における害悪存在であったというだけだった。

それでも納得をして割り切れるオルガマリーでもなかった。

 

 

女神は嘘は言っていない。

女神はその呪砲を撃った時にはそこに生命の集まりがあるとしか認識していない。

つまり海賊か如何だというのは死んだ者達の魂を貪りながら理解した結果論であった。

加えて海賊たちは多くが出払っていて、そこに居たのはその家族たちと海賊ではないが、

海賊やその家族を間接的に支える事になる人々だった。

 

 

だが、女神にとっては『相手が害悪存在である』という事であれば、十分な理由になり得ると認識していた。

言い訳のつもりではない。相手がマスターとはいえ、神が人間如きに言い訳をする必要はない。

ただ単純にそう言えばオルガマリーがより積極的にこの『限定的な祝福』を好んで使うと思ったからだ。

 

女神にとってそれは善意のつもりであった。

オルガマリーとマスターとサーヴァントの関係を繋いで時間が経つとはいえ、女神は本質的に人間を理解するという事とは程遠い。

強力な力を与え、そしてその力の行使で消耗した魔力以上を消滅させた生命から回収する事でオルガマリーを消耗から回避させ、

副次的に世界を『綺麗にする』善行が積めるうえに、力の行使に気持ちよくもなれる代物を与える、

序に言えば海に向かう人々が適度に削がれる事で海に対する人知が遠のき、海への神話が長持ちする。

そんなよくある『神々の善意』だった。

 

とはいえ、ある意味において未来的な思考の女神は海の神への信仰よりも、海洋資源を人類が適度に開拓する事や、

人類史に大きな影響を与えない少数の原住民の生命よりも、征服者が土地を奪い本国に資材を持ち帰り、

人類世界が発展する事の方が大事な開明的な女神故に、人類に必要であれば海洋神話の棄却や海賊の跋扈も容認し得る部分はあるが。

 

 

 

オルガマリーは罪の意識にガタガタと震えだし、マシュは蹲り身体を抑え込む様なフォウを抱きしめながら女神を睨む。

往々にして善意が相手にとって好感に繋がる訳で無い良い例の一つだが、女神にはそれが理解できなかったのだろう。

 

 

 

 

 

マシュは当初フォウを心配していたが、その後流石に女神への不満が高まったのか、

それとも結局女神に縋るカルデアへの当て付けなのか、

女神を切り捨てる態度を取らないオルガマリーへの当て付けなのか、

オルガマリーに聞こえる様に一言、言葉を放った。

 

「でも、その中には『海賊』でない人々もいたのでしょうね。」

 

それは敢えて考えを狭めていたオルガマリーの心の傷を更に深く抉った。

 

 

 

神には人の心が解からない。それならば人の気持ちに沿うような行動をしなければ良い。

もっと正確に言えば、人の気持ちに沿うような行動をしない方が良かった。

できないことを無理にしない方が良い典型であった。

 

「マスター、心を痛める必要もありません。

海賊以外の人々がいても、それは海賊にとっての商品で在ったり彼らや彼らの家族の生活を支える共犯者です。

未だ海賊になっていない子供達もいたでしょうが、それらも孰れは親の後をついで未来において被害を拡大する高確率の危険要因です。

マスターの善行によって『悪』と『未来の悪』によって被害を受けるであろう、

幾多の善人たちが被害を受けるであろう未来を凍結したのです。誇りに思えばよいのですよ。」

 

それは善意だった。女神からオルガマリーに向けられた一切の誘惑の類でない無償の善意だった。

そこに女神の取り分となる生命(燃料)の考えが全くないとまでは言えないかもしれない。

だが、それすら後付けの判断でしかないようなまごう事なき善意であった。

 

人々が海の怪異や神霊に対して海を踏破して理解して解明していく事でその優越権を奪う事。その為の海賊と言う必要悪。

真っ当な権力や財力や武力における強者が理不尽な暗殺や強奪により弱者によりその生命や力を削がれる事に対する女神にとっての嫌悪。

一応は神話時代に顔見知りではあった故に人類に対する有益さを理解している海の神霊の類の利用価値。

 

それらの計算の上に、オルガマリーに対する慰めを置いたことは間違いなく人間的な意味での女神の優しさであったのかも知れない。

 

 

 

ただ、その方向性迄は女神にとっては人間らしいやり方は理解できなかったし、理解する必要も感じられなかったというだけだった。




善意
漸移
宣威


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第二十四話 『ちちおや』

黒髭と呼ばれた男がいた。名はエドワード・ティーチ。

彼は海賊だった。世界で一番有名で、言い換えれば典型的な海賊だった。

彼は海賊らしく彼らによる被害者たちに心を痛めた事は無かった。

寧ろ、被害者たちが「くっ、殺せ!!」と言う様にある種の芸術美を感じていた外道な悪党だった。

 

だが、彼にも仲間はいたし、財産目当てだろうが抱いて孕ませた女達はいたし、

子供だっていた。

一般人が持つ愛情と全く同じだったわけではないし、養育の責任感があった訳でもない。

だが、それらが一瞬で奪われるとなるとどうだろう。

 

 

この時代よりも少しだけ先の時代に本来生まれるはずの彼は、サーヴァントとして召喚されると、

そのカリスマを以って、少しだけ早い大海賊時代を創り上げる起因となった。

 

その大海賊時代の旗揚げの町、彼のこの世界におけるある意味においての海賊旗が凍結によって焼き払われた。

海賊の面子としてそれは赦されざる暴挙だった。

彼はその下手人が例え神々であろうと追い詰めて清算させてやると心の中で誓い、

身よりの無い娼婦の母親の策略であろうが、自分を父親だと呼んだ幼子を、

この世界で次の船長にでも指名してやろうと思っていた後継者の姿を思い浮かべながら、

溢れ出そうな何かを封じるために目を閉じ、無理矢理下卑た笑い声を海賊歌を謡った。

 

譲り渡すはずのその船の名に相応しい復讐の歌を彼につき従い、

共に家族を喪った仲間達と共に。

 

 

 

 

 

 

 

一方、実行犯であるオルガマリーと、黒幕?である女神はキモメン達の都合なんて知る訳も無く、

女神に至っては知ったとしてもどうだってよく、

今現在、近くの陸地を歩いていると、イケメンだけれどもドクズな男に対応を迫られていた。

いや対応という言葉は仰々しすぎる。要するに面倒くさいナンパである。

 

「ねえ、まだ夫がいないなら結婚しない?

別に夫がいても奪うのは大得意だから問題ないけど。」

 

 

Fate Grand Orderを知るものならこのセリフだけで大体の人が解ってしまう稀代のドクズである。

名前をダビデ、ある意味とても自分に良く似た、女性と自分の浮気が大好きな子供達を作って、

彼らに内紛を起こされたり、妻(子供にとっては義母)を寝取られたりした自業自得系の王様であった。

遠い子孫が、『汝、隣人の妻と姦淫するなかれ。』と言っているのはその反発作用もあるのかも知れない。

 

無論、彼もこの時代に本来は居ない筈の存在。つまりはサーヴァントである。

 

 

「えっ、ちょっと、いきなりなんなのっ!?」

 

 

そんなダビデの人柄に赤面して驚くオルガマリー、

白い目で見るマシュの胸元を護る様にダビデの視線を塞ぐようにその上に乗り、

逆に小動物を乗せられる事で胸を強調させているフォウ、

そもそも潔癖な処女神(ガチ)な女神。

 

女しかいない故に男避けが難しいメンバーである。

とはいえ、近寄りがた過ぎる完成された美である女神に声を掛けられる自信と言う意味においてはダビデは評価されても良いのかも知れない。

 

ダビデの様な軽薄な男は好みではないが、それでもイケメンにいきなりプロポーズされて赤面して思考停止しているオルガマリーに、

 

「マスター、この男は紀元前の王ダビデ。例の神の神託を受けし人間です。

また、隙あらば脱ごうとする露出狂であり、

ソニックフォームと真ソニックフォーム、そしてその先の全裸を組み合わせ、

脱げば脱ぐだけ速くなるその速度と、相手の虚を突くことを極めんとする自称セクシーな格闘術を使ってきますが、

所詮は無駄に洗練された無駄の無い無駄な動き。大凡にして男性に行われると気持ち悪い行動です。

ですが安心しても構いません。まともに相手にしなければ只の無意味な行動です。

王としての歴史的価値や意義や遺伝子的な肉袋としての存在理由については置いてしまえば、

マスターには彼の行動に限らず彼そのものを相手にしない事を推奨します。」

 

 

その言葉でオルガマリーの頭は一瞬で冷却された。

流石は氷の女神である。伊達では無い。

 

 

「ちょっと、それは言い過ぎではないのかい?」

 

ダビデは心に弓矢で射抜かれたようなダメージを負いながらも、これは、恋の矢かい?

なんてふざけようかなと思考しながら、更にその深層では、

自身の事を此処まで看過できる存在とは何者かと、

心理を読み取る存在であるかもしれない存在である可能性がある金糸の髪を持つ美女に対する警戒半分、本音を半分で、

意識表層にふざけた嗜好を取りまとめた。

 

やってる事は凄いが、そのカバー用の思考は知られたらイケメンなら何してもOKというわけでない女性なら、

嫌悪しかねない思考の塊であり、カバーとしては優秀だが、同時に思考を読まれたら色々失いかねないものであった。

 

 

 

 

冷静になったオルガマリーはその持前の正常に起動すれば高速に働く頭脳で、

ダビデというキーワードから幾つかの事象を導き出した。

 

「ねえ――、ソロモン王って、確かダビデ王の息子じゃなかったかしら…?」

 

因みに、『ねえ』の後には、今更ながら女神を何と呼べばいいのか2人称に困ったオルガマリーの葛藤があったのだが、

今回の事態の優先度として要件の方が重要とみてそれは押しとどめた。

 

「ええ、そうです。父親に似て女性を囲うだけでは飽き足らず、

悪魔も囲ったという今回の容疑者『ソロモン』の父親ですね。」

 

女神からの妥当過ぎる評価に、

此処で、オルガマリーとマシュはソロモン王の身内であるダビデが敵陣営の存在であるという、

普通に考えれば在り得る可能性に気が付いて、警戒心を高めた。

厳密には異性に対する警戒心を敵対者に対する警戒心に切り替えた。

オルガマリーに至っては既に悪魔の封印されたカードを魔法少女のステッキにスライドさせる準備をしていた。

 

「…愚息が何をやらかしたかはわからないけど、僕は何もしてないよ? というかちょっと辛辣過ぎない?」

 

 

歩くアクシデント(意味深)が何を言うのだろうと歴史を知る者達は思う。

犯罪者の身内が、自分は共犯者では無いと言って、はいそうですか信頼できるわけはないだろう。

身内のしでかしたことで信頼をなくすことは何時の時代でも良くある事である。

 

「ダビデ王と言えば『箱』はどうしたのかしら?」

 

オルガマリーが質問したのは単純な疑問では無く、有名な触れる者の魂を奪う『契約の箱』を使って、

世界を壊すつもりなのでは? と詰問しているのである。

 

「ああ、アレは置いてきた。必要でないときには困るものだからね。」

 

これはナンパの邪魔になる『箱』の襲撃者を追わせない為、そして万が一集合した敵性戦力に敗北して『箱』を奪われないようにするためである。

だが、マシュもそれを信用しない。

 

「……。」

 

無言ではあるが、私疑っていますという視線でダビデを見る。

 

 

人間の女性陣は完全な臨戦態勢だが、この中でカードに封ぜられたものを除けば唯一の男性陣であるダビデは、

女性側に一切の害意は無かった。その身体を貪りたいという感情が害意で無ければ全く害意が無い、

流石神の神託を受けし者といえる精神性であったと言っても良い。

 

「…いったい何したんだよ愚息は。僕は無関係な善良なサーヴァントだというのに。

ちょっと、評価酷過ぎない?」

 

故に、フォローのつもりは全くないが、必要とあればいつでも人類を抹殺できるが故に特に警戒心も無い女神はダビデに告げた。

 

「まさか、貴方には一定の評価を置いているのです。

例え少々素行が悪かろうと能力と実績があるのなら構いません。

貴方に使い潰された善良なだけの貴方の妻の夫達よりは高評価ですよ。

妻は揃って敢えて貴方の遊歩コースで薄着になる計算高い阿婆擦れ。息子も貴方に似た節操無し。

ですがあの神にも一定の評価と信頼を受け、多くの優秀な子孫をばら蒔いたことは評価しています。

勿論、今回のソロモン関連の事件を鑑みるにバド・シェバとの子供は第2子(ソロモン)も死なせておくべきでしたので、

その点も考慮しなければいけませんでしたね。貴方と、ソロモンを生かしたあの神を含めて。」

 

そのつもりはないが皮肉が利き過ぎていた。

ソロモンは彼の遊歩道で敢えて水浴びをしていた人妻バド・シェバを見初めて、

元の夫から奪い、その為に彼女の夫を彼女公認の元戦場の最前線へと送って、

その場の指揮官に敢えてその夫ウリヤを見殺しにせよと告げた事で、神の怒りを買い、

バド・シェバとの第一子を神に殺された。

 

 

女神の認識では事実であるダビデの咎を正直に告げただけの事で、怒りを買う要素は無い。

しかし、ダビデは神託を受けただけの只の人間だった。只の人間の王だった。只のソロモンの父親だった。

故に、湧き出る怒りを押さえる事が出来なかった。

 

「…その口を閉じるが良い。

僕は女性は優しいつもりだし、優しくしたいと考えているが限度と言うものがある。」

 

「まさか、反旗を翻すつもりですか?

この私に、―――この()に。」

 

 

ダビデは薄々気が付いていた。目の前の女性の人間味の感じられない物言い。

生命体ではありえない美貌。一神教の信者である故に信じたくはないが圧倒的な神気。

 

 

「神だと…。名は?」

 

 

敢えて気が付かなかったふりをしてダビデは聞き出そうとした。女神の正体を。

 

「『女神様』でも『高潔なる導き手』でも何でも構いません。」

 

何でも構いませんと言う割には偉そうな名前の列挙だが、実際に神と言うものはヒトより偉い。

その偉そうな態度と『高潔なる導き手』というワードにダビデは生前どこかで聞いた記憶を思い出した。

 

 

「あいにく、信仰は唯一神に奉げていてね、

まあ、僕の所の神は人間の恣意的な品種改良なんて許さないだろうけど。」

 

特上の上流階級や闇に住まう魔術の徒には有名であった女神の神話を知るダビデはその正体に当たりを付けた。

 

 

対する女神は自分が相手の機嫌を損ねたとも気が付かず、突如敵意を僅かながら滲ませたダビデに言葉を贈った。

 

「養殖された高性能だけでなく、時折天然の天才が出現します。

それは構いません。素晴らしい事です。

ですが、過ぎたる力に驕り神に並ぶ、剰え超えるなどと傲慢になるのは見過ごせません。

神の管理を超える人間はシステムに重大な影響を及ぼしかねない。

他の神々が警戒したのも理解できます。

故に、天才は遺伝子の詰め物として機能していればよいのです。貴方はその点についてだけは良くやってくれました。

他者から妻を奪おうがそれも許しましょう。ウリヤの遺伝子は残させたかったですが、

有象無象の元夫たちはどうでも構いませんから。

そうですねこの特異点内における契約内容として、

対象として私とマスターとその血族は除きますが、

今後此方の陣営に着くか、敵対者となった女性を孕ませる権利を与えても良いでしょう。

受肉させて遺伝子を着床できるようにもさせましょう。

貴方はそれを条件に此方に従いますか?」

 

 

言ってる事は死後複数の美女をお前にくれてやるから私という神に服従しろと言う、

ダビデの信仰する神の他宗教から見た側面と大差ないものだが、

ダビデは女神の在り方に嫌悪感しか感じなかった。最後にさらっと一番重要な所を契約に含めてくるのも悪質なやり方だと思えた。

 

 

女神は美しい女性である。だが、それでも存在を赦すわけには行かないとダビデは深く感じた。

投石をする想定を行いながらダビデは同時に思考する。

 

ああ、この時が来るのなら『箱』を置いて来れば良かった、と。

だが、彼もどうしようもないクズではあるが善人であり、物事の損得換算はしっかりと出来る。

 

故に、あくまでクズらしさを表面に出して、

 

「うーん、もう一声勉強してくれないかな。それができないなら現状では契約は出来ないかな~。」

 

「七大罪を禁ずる宗教に身を置いて尚、強欲なのですね。

仕方ありません。御破算としましょう。」

 

更なる報酬を要求して身の程を弁えず、掴める契約を手放す愚かな男を演じて話を流す事にした。

余計な柵は、特に神々との契約や贈り物と言うのが例え善意や信頼であっても恐ろしいものだという事は、

『契約の箱』の保持者であるダビデは良く知っていた。

人間相手なら、相手の契約を利用する事も考えられるが神霊相手ならそれは悪手の極みだとダビデは認識した。

 

そして契約を蹴った事で敵対するのだと思われる前に彼は行動に映った。

 

「どうやら愚息が各所で迷惑をかけているようだから、親として諌めに行くぐらいはさせてもらうよ。

そういうわけで、同行しても?」

 

どう考えても良かった条件を蹴り、あくまで無償で善意に基づき行動すると、

そう言うダビデだったが、いかんせん信用が無い。

オルガマリー一行とは初対面のはずだったのだが、その初対面に、

しかも女神と言う、比較をすれば大体誰でも善人な比較対象がいて、

そして尚、疑いの目を向けられるのは彼が悪いのか、息子が悪いのか。

 

 

そんな彼に、この場にい無い者から救いの声が聞こえてきた。

 

「ダビデ王は確かにソロモン王の父親ではあるけれど、

基本ネグレクトだったらしいから、敵のスパイという事は無いんじゃないかな?」

 

色々とぶっちゃけてしまうと実はソロモン王本人で、ソロモン王を騙る者が自分ではないと誰より知る故に、

今すぐ免罪を主張し続けたいロマニ・アーキマンだった。

 

「…へぇ、まあ僕は子供を作っちゃうまでが大好きだから、その後はどうでもいいしね。」

 

一瞬何かに気が付いたように目を細めるダビデは確かにシリアスなイケメンでカッコ良かったが、

そのセリフが色々台無しである。

女性陣からの好感度が絶賛底値更新中なのは仕方がない。

 

 

 

かくして色々なグダグダとその後のロマニの弁解のお蔭でダビデは一行に加わったが、

本来此処にいる何でも受け入れる藤丸立香とは違い、

此処にいるのは感情的にはなるものの人を疑う冷酷さも兼ね備えたオルガマリーとその仲間。

 

そして何よりも先程の無給労働宣言を首に縄を付けられるのを拒絶したのだと真意を見抜いた女神。

 

 

今までになかった、同行者を疑いながらの冒険が始まった。



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第二十五話 『ははおや』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屑男ダビデを連れ一行は旅を続けていた。

道中、マスターであるオルガマリーに折角、初期使用時に魔力量が十分であれば大量の生命を犠牲にするだけで、

自身の魔力回路を綺麗に循環できるうえに魔力も回復できて総量も上昇する素敵な壊滅型虐殺魔術を教授したにも拘らず、

それ以後使用していない事を不思議に思った女神は、どの方角に港町があるかをオルガマリーに教えていた。

 

単に、人里が射程圏内にないと膨大な魔力の無駄内だとオルガマリーは考えたのだろう。

普通に、人を傷つけたくないオルガマリーの弱さは女神には理解が難しかった。

 

仕方がないので、女神は眷属を放ち自分で命を収穫する事にした。

 

 

 

 

女神が何かを抱きしめるような姿勢を取ると、

そこに光が集まって、一人の少女が生まれた。

その少女は解かりやすく言えば凄く可愛かった。

 

理性的で賢そうな瞳、美しい黄金の髪、白一色の柔らかなドレスと、

同じ色の純白の髪留め。大人びた少女と大人になる寸前の女性が同居した様な絶妙なバランス。

その容姿は端的に言えば、どう見ても女神の娘だった。

 

そして実際、似たような存在である。

 

オルガマリーとマシュは見た目は似ているのに、どこか人間のような不完全(可愛らし)さを持つ少女を、

抱きしめたいと思った。基本的に女の子は可愛いものが好きである。

可愛いものを抱きしめて可愛いと主張する自分が可愛いという女性も少なくないが、

オルガマリーもマシュも変なアピールをしなくても十分に可愛いのでその類では無かった。

 

 

女神はその少女の身体が構築できたのを確認すると、その腕を少女から離した。

 

生命(資材)を回収してきなさい。」

 

自身の背に回された女神の腕が少女は少しだけ残念そうにするが、

 

「はい。お母様の第一の娘、そのお役目承ります。」

 

そう答えると以前オルガマリーの背に生えたような翼に質感が若干良く似た、

氷の結晶の様な翼を生やすと何処かの海へと去って行った。

 

この場にもう少し母親らしくしてあげれば、と場の者達皆が思ったが、

一人は愛情や称賛に飢えて育ってきた少女。

一人はそもそも人工的に造られた故に肉親を持たない少女。

一人は妻も子供もいるが、向き合う事をしてこなかった男。

 

女神に主張すれば自分もダメージを負う故に、誰も何も言わなかった。

というよりも言えなかった。

 

 

 

だが、オルガマリーには気になる所があった。

僅かな時間しか一緒に居なかったが、何処か女神の娘は女神より感情的そうであった。

もしかしたら女神の感情が豊かになる、若しくは表現しやすくなる鍵もそこに在るのかも知れないと思った。

 

「先程の少女は、あなたの娘…よね?」

 

「厳密には私の娘は全て役目を終えた時に消滅しています。必要のない所に供給は効率的ではありませんから。

アレは第一の娘『王国・権利』のコピーです。」

 

余りにドライな女神の対応にオルガマリーは心を抉られた。

あくまで目的用途の為に作られる魔術師の子孫のような扱いに、

あくまで人類のために愛する神に使い捨てられた栄光の天使のような扱いに、

かつて夢の中で僅かに見た女神が大地母神の娘が冥府の神に娶られた時に自分にはその感情は理解できないのだと感じていた女神が、

コピーは所詮コピーでしかない。とコピーであるが故に娘だとしても使い捨ての道具だと言い張っている様に見えて何故かオルガマリーには哀しく感じられた。

 

子供は無条件で愛されるべきである。

そんな不文律さえも合理主義者の前ではその事に理由が求められた。

 

 

 

そんなしんみりした空気の中、ダビデがいきなり喜色だった。

 

「僕の美女センサーが強く反応している。」

 

一体お前は本当に人類なのか、そんな目でマシュはダビデを見る。

マシュの中にいる英霊もまた、世の中にはどうしようもない下半身に何よりも忠実な男性がいるのだと嘆いていた。

今だけはソロモンが道を外れた理由に同情してもいいとは思ったが、

よくよく思い返してみると、ソロモンも結構な女好きだった。

マシュと盾の英霊のソロモンへの好感度は再び急下落した。

 

 

 

 

 

ダビデの美女センサー――彼の持つ投石器に彼の魔力を流した物、はますますその反応を強めていった。

 

「おっ、これは二人? しかもどちらも特上だ。

ふむふむ、片方はささやかで片方は豊満だと見た。どちらも素晴らしい。

豊満の方に僅かに男の影が…?

まあこの寝取りキングにとってはそんなのは関係ないね。」

 

 

マシュを初めとした同行者からはますます拒絶反応を強められていくダビデ王は今日もフリーダムだった。

因みに女神は先程から何時もの微笑が無くなって無表情だ。

 

そしてフリーダムダビデの言う通り、噂の美女+男(?)は現れた。

 

 

 

「あら、はろー。お久しぶりね『翼ちゃん』おげんきだったかしら~?」

 

「――――貴様は。」

 

 

女神に至極にこやかに話しかける、人形のような何かを抱きしめた月の光を集めたような銀色の髪を持つ美女。

そして、この特異点では初めての遭遇であるはずなのだが、

ぐったりとした様子で持っていた重たそうな荷物を地面に落として女神を憎悪の視線で射殺すように睨む麗しき狩人アタランテであった。

 

「…アルテミス。」

 

女神の方も銀髪の美女アルテミスには今までの相対者の誰にも見せなかったような反応。

微笑も影を隠して事務的な無表情で対応していた。

 

 

「ねえ、翼ちゃん、そう言えば宿題は出来たかしら?」

 

「……さあ。」

 

酷くそっけない女神の対応に、アルテミスと呼ばれた美女は、

相変わらずツンデレさんなんだから―。と笑っている。

 

 

「それにしても貴女がアレスに求婚されて以来ねー。元気だった?」

 

「あのシスコンは、自分に厳しい女神に姉を重ねて執着するマゾヒストな変態です。

ローマ建立に手を貸したからと勝手に夫婦の様な物だと押し寄せてくるのは勘弁願いたいものです。」

 

結婚式で再会した幼馴染の様なテンションで話すアルテミスに、

特に知りたくも無かったギリシャ・ローマ神話の裏側についていけなくなる気がしたオルガマリーだが、

横を見るとマシュも同じような顔をしていた。

 

「ねー、それよりも見て見て。今回一緒にダーリンと来てるの。

この姿、可愛くない?」

 

そういって、胸元に抱いたクマのぬいぐるみを見せつけるアルテミス。

 

「おっす、俺オリオン。よろしく。」

 

色々と残念なペアに追従するアタランテが、当初死んだような目をして登場したのがカルデア人間女性勢には良く理解できた。

 

「ねー、翼ちゃんは良い人いないの?」

 

「…それは今必要のない話です。貴女はいつも色恋の話ばかりですね。

それよりもあの時のツケを今返しても良いのですよ。競争の女神としては借りは返さなくてはいけません。

こちらの手持ちは二つ。

 

ダブルバトルで良いでしょう? プレイヤーの補助は直接攻撃は禁止と言うルールで宜しいですね。

私の所からはオルガマリー・アニムスフィアとマシュ・キリエライトを出しましょう。」

 

 

「こっちはダーリンとアタランテちゃんってこと?

…それって反則じゃなーい? 4対2でしょう?

だって、そこの女の子は悪魔が憑いてるし、そっちの女の子は中に誰か入ってるじゃなーい。

イカサマは駄目よ?」

 

ふざけたような物言いでもそこは旧き女神の一柱。発言程、間抜けな存在ではない。

 

 

 

遭遇して現物に出会ってから今まで遂に見る事も無かった月の女神の神たる所以に、

その闘志を煽り立てられたのか、狩人は女神に申し出た。

 

「我が女神よ、失礼ながら私にあの邪神との一騎打ちを願い出たい。」

 

 

その提案に、アルテミスは少しだけワザとらしく迷うようなそぶりを見せて、そして頷いた。

 

 

「止めないのか?」

 

月の女神の恋人たる英雄オリオンは問う。そして月の女神は答えた。

 

「止めるわけないでしょう?

…勿論、結末は判っているわ。神に人が敵う筈も無い。此処でアタランテちゃんは死ぬ。

そして人間として在り続けた事は『 』に記録される。信徒の邪魔はしたくないわ。

彼女が望むなら恐怖から逃れ得る狂いを与えても良いのだけれど、それはたぶん彼女が望まないでしょう?

それにそうしたとしてもしなかったとしても、どのみち私に勝ったと喜ぶ翼ちゃんが見られることになるわ。

 

でも―――――――――何よりも、折角アタランテちゃんが人間らしく感情的に神に挑む可愛らしいところと、

誰よりも完全な神である故に人間としては不完全の極みである『翼』ちゃんの可哀らしいところが見られるの。

アタランテちゃんは受け入れられない女神と戦えて満足。『翼』ちゃんは障害を排除できて満足。

わたしはふたりのかわいらしいところがみれてまんぞく。ねぇ、止めてはいけないでしょう。

 

…ダーリンも邪魔しちゃダメよ?」

 

ああ、そうだった。時折忘れそうになるが、コイツも『神サマ』だったか。

オリオンは今更ながら、恋人は女神様であった事を思い出す。忘れないようにしているつもりでも、少々認識が甘かったようだ。

 

 

「あー、もしかして『座』に還ったアタランテちゃんを慰めて手籠めにしようとか考えてたりしないわよねー。」

 

「ギクッ!?」

 

「ダーリン?」

 

(ソレとこの状況が同格なのか…。まあいいさ。取り敢えず面倒だけどそういう事(・・・・・)にしておこう。)

 

 

恋人への得体の知れない恐怖から逃げる為に、オリオンはふざけた色恋のギャグに逃げる事にした。

だが、彼はまた忘れてはいないだろうか?

その恋人は狩りの女神であること。彼女から逃れ得る得物はいないという事を。

 

 

 

オリオンは頭の片隅で思い出す。

「名前は……貴女に語る必要も無い。 …しつこいですね『導きの翼』とでも『血の牧場主』とでも呼びなさい。」

と言ったらしい女神に『翼ちゃん』と呼ぶようになったと言っていたアルテミスが、

その『導きの翼』への評価として語った内容を。

 

 

「あの子は悪辣だけど、悪意がある訳じゃないのよ?

ただ、相手の出した渾身の手札(かーど)を台無しにするのと、

兎に角強力な単品手札(かーど)で蹂躙するのが好きなだけなの。」

 

悪意が無いなら尚の事性質が悪い。

それはアルテミスも同じことであるが、恐怖は視野を狭めるからなのか? それとも恋は盲目だからなのか?

オリオンはそれに気が付かない。気が付いていないと認識していた。

 

 

 

かつてローマの皇帝を狂わせた時も、ギリシャ・ローマの神話を駆逐するであろう唯一神宗教を壊滅するために、

管轄内にある人間の皇帝を操作する使命と言うものもアルテミスには存在した。

カリギュラを使ってキリスト教を確立させていく要員の段階で叩き潰すという使命があった。

だが、そのようなこと(・・・・・・)よりも、

ただ単純に自らの信徒が権謀術数に恐怖していく様が可哀想で可愛そうという理由だけ(・・)でカリギュラを狂気に堕とし、

民衆を虐殺させたのは狂気の月であるアルテミスの神々の一端という所である。

彼女の力は時代が移行して人類が月を目指した時も、

月に足跡を付け旗を突き立てるという『月の処女神』としては許しがたい暴挙に、

神秘の薄れた時代で尚様々な呪いを突き立てたあたり、彼女は残酷で我儘な女神様なのだ。




誤字の報告ありがとうございます。


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第二十六話 『ちょうえつ』

『天』に弓引く狩人の信徒を笑顔と慈愛を以って眺める月の女神に、進化と調律の女神は僅かな微笑を浮かべて言った。

 

「アルテミス、彼女が善戦出来たら褒美でもあげて下さい。」

 

「ええ、星座にしてあげてもいいと思ってるわ。」

 

 

その神々のやり取りに人間達はドン引きである。

やっぱり神々には人間がかかわるべきではない。触らぬ様に畏れる位で丁度良い、と。

 

因みに、この両女神は共にアタランテに対する感情は悪いものではない。

故に、『褒美を下賜する』『星座に昇らせる』という神々の愛が籠った言葉が出てくるのだ。

 

 

 

「ええ、ではいいでしょう。美しき狩人アタランテ。精々貴女の飼い主に良い所を御見せなさい。

貴女の価値とその信仰の対象に免じてこの私自ら相手をする名誉を授けましょう。」

 

女神はそう言うや否や、何時の間にか左手の中に精製した氷のグラスの中に入った透明な液体でワインを転がすような仕草を行った。

それに合わせて何やら水の様な物が女神と狩人の周囲を周ったかと思うと、

そこには8mの高さにも及ぶ何処までも透明な闘技場の壁が出来ていた。

 

「…多少、障害物がある方がやりやすいでしょう。」

 

女神がそう言葉を紡ぎグラスの中の液体を地面に撒くと、氷で造られた木々が闘技場の中に発生した。

 

「まだ、足りないでしょうね。私の勝利が確定しているとしても、アタランテは仮にも月の女神の寵愛を受けし者。

無様を曝させるのは酷と言うものです。さて、アルテミス、気に食わない国を荒らさせた猪でも貸してあげれば良いのでは?

私はそれでも何の問題もありませんよ。あからさまな手加減では貴女に勝った気がしないと言うものです。」

 

その言葉を受けて月の女神が可愛らしい信徒(愛玩具)へどうするか視線を送るが、

麗しの狩人は信仰の対象が望む人間らしい意地を魅せてくれた。

 

「我が女神よ、手助けは無用。人の身こそが斃さなくてはならない邪悪が前にある故に。」

 

お気に入りが発するその可愛らしい言葉を受けて月の女神は満足そうに微笑んだ。

 

 

 

 

しかし、その主従の関係に冷やかな水を差す者がいた。

 

「それで、善戦を見せる所まで行けるのでしたら構いませんが、単純な貴女だけでしたら、

難しいのでしょう。ここは、私でなくとも代理で私が構成を造り直した娘を―――――――」

 

 

「ほう、逃げるのか。

神ともあろうものが高々人間から逃げるというのか。」

 

それは狩人が得意とする挑発だった。ある種の追い込みの美学であった。

それは自信であった。それは指針だった。それは人間の尊厳だった。

 

「神の力を借りぬ人間が単独で善戦できるというのですね?」

 

「…善戦? 呆けたことを言う。此処で貴様を斃すのだ。このアタランテが。

此処ではない何処かで貴様が貶めた人間の尊厳を取り戻すために。」

 

 

ああ、フランスの記憶があるのでしょうか。

これは奇な事です。

 

女神は内心でその奇跡を称賛する。

如何なるシステムを使ったのか、如何なるプログラムを使ったのか。

女神はそれが気になった。

 

決してそこにはシステムでは無い想いや希望と言った計算できない物は想定の中にはない。

女神はそのように創られた存在では無い故に想定すらできないのだから。

 

 

「ところで善戦(・・)の定義はどうしますかアルテミス。

褒美は貴女が彼女を星座にする事。私のデメリットは無い故に、貴女に定義選定の権利を与えます。」

 

しかし、女神には例えどのような奇跡があってもアタランテに斃される事はあり得ない。

アルテミスとのゲームに負ける事はあっても、ゲームの中の存在に命を絶たれることは想像すらできないのだ。

 

それは月の女神にとっても同じであり、信徒の頑張りは見たいが、所詮努力賞が限界だと知っていた。

だが、それでは折角狩人が可愛らしい所を見せている水を差すようで良くないと感じていた。

 

「我が信徒が私に勝利を齎す事しか考えていなかったわ。」

 

故に、リップサービスで勝てぬ戦いに信徒を狂わせる。

その言葉に信徒の戦意が高揚する事を理解して。

 

「では、こちらで設定しましょう。

…3分。3分生き延びる事が出来たら彼女を善戦したと認めましょう。

アルテミス、貴女があまりにも彼女に支援しないという事でしたら、この勝負貴女の敗北をカウントしなくても良いですよ。」

 

それは女神にとっては侮辱でも何でも無かったが、

人間が分を超えた立場でものを言って良いのなら、それは舐めているという状態だった。

 

 

「馬鹿にするなっ!!」

 

アタランテは弓矢を放った。それが3分間の始まりだった。

 

 

女神は前方を指差した。

その指先に僅かな雪華が形作られる。

その氷の結晶がピンポイントに矢を受け止めた。

 

「残り2分55秒」

 

女神は淡々と刻数を告げる。

同時に地面から氷の鬣を持った1m程度の狼が次々と湧き出てくる。

 

アタランテは飛び掛かるそれらの一体から身を捻り躱し、その無理な姿勢から蹴りを放つと共に、浮き上がった個体に矢を放ち絶命させた。

それ以外の個体からも避け続けながら、矢を放ち次々と処理していく。

 

「残り2分25秒。」

 

女神は更に氷の翼を持った白鷺の様な鶴の様な鷲を狼の時と同じだけの数を発生させた。

上空からの立体的な攻撃に対処する必要に駆られるアタランテだが、凍えそうなステージで尚玉のような汗を浮かべながらも、

飛び掛かる狼を足蹴にして、その反動で飛び上がり、回転を加え頭上に蹴りを行う事で鷲の一匹を撃破しながら、

更に地上の狼を矢で射抜いていた。

 

「残り2分」

 

その宣刻と共に、地面を泳ぐ氷の鱗を持った蛇鮫が闘技場(遊技場)に現れた。

 

 

 

地下、地上、上空全てが敵に回り、如何に神代の狩人と言えど苦戦とさえ呼べない状況に追い込まれる。

 

「うわ~あの子、よくやるわー。まあ、俺ならあそこまでなら逃げるだけなら何とか持つけど。

…本来の身体ならな。」

 

月の女神に抱かれるオリオンも『無義なる遊戯(神の試練)』に耐えるアタランテに同情を見せる。

それ以外の人間には余りにも一方的な苛めにしか見えていなかった。

 

 

鮫の鱗や歯に体を削られ、鷲の爪に片目の上を大きく抉られ、狼の牙に腕を刺し抜かれて尚、

狩人は戦意を失っていなかった。勝利を諦めていなかった。

 

狩人は『月光を浴びし白銀の林檎』を齧る。

それは『日光を浴びし黄金の林檎』と対になる果実。

『黄金の林檎』と共に不老長寿と権力と不和と束縛の象徴である。

 

それはその通りに使えばその通りになるものだ。

ただ、違う使い道もある。逆位置として引き伸ばされて与えられる永遠を濃縮して刹那に燃やすこと。

そうやって使う事もできる。

使ったが最期延命とは程遠い結果(かじつ)を得ることになるが。

 

一瞬、狩人の傷口から血が一斉に噴き出すと、その傷口が見る見るうちに再生し、

全身から本来の代謝をはるかに超える熱量が発生する。

 

一齧りでそうなったところを、更に越えんと、その果実の半分を野性的に貪り尽くした。

 

 

「人の身にはオーバードーズでしょうね。果たして時間が持つでしょうか?

残り――1分30秒」

 

女神の宣刻が終わった時、狩人は目を閉じた。

それを好機と見たか一斉に喰いかかる獣たち。

 

しかし、瞬く間に上下前後に撃ち抜かれた矢により同時に8体が消滅した。

 

直後、狩人の姿を獣たちは見失った。

一匹の狼は前から横をすり抜けて後ろに流れる風の音を聞いた。

反応して振り向いたと同時に、その額には矢が刺さっていた。

狼は死ぬ瞬間、遅れて聞こえる矢の音を認識した。

 

狼の死体を盾に他の狼の動揺を誘おうとしたが、鷲や鮫には効果が無い事に気が付いた狩人は瞬時にその盾を蹴り飛ばし、

鮫にぶつけ、未だその盾の向こうにいるだろうと認識する獣たちが、盾の後ろに何の姿も無い事を認識する前に、

上空に跳躍した。

 

そして得物7体を対象に同時に矢を放ち一時の間も無く射抜いた。

 

「『翼』ちゃん? あの子には私の獣が教育を施したのよ。

まず何よりも先に急所を抉り 死体を盾に動揺を誘い 最大効率で死を与え続けるように、ね。

ねえ、聞いてるかしら?」

 

「ええ。―――残り1分」

 

月の女神の嬉々溢れる言葉に、修正の女神は冷たく簡潔に答えた。

 

女神は此処で新たに動き出す氷の彫刻を創り出した。

その彫刻はフランスでアタランテを攻撃するために自爆させられた子供達に似ていた。

魔術的に再現された音をアタランテの脳内に知った子供の声として女神は再現させた。

 

「「リンゴヲアゲルリンゴヲアゲルオネエチャンノダイスキナリンゴヲアゲルリンゴヲアゲルリンゴヲアゲルオネエチャンノダイスキナリンゴヲアゲルリンゴヲアゲルリンゴヲアゲルオネエチャンノダイスキナリンゴヲアゲル

リンゴヲアゲル――――――――」」

 

その早口で紡がれる録音されたような声に目を見開いて硬直したアタランテに子供たちはすり寄ってくる。

子供たちは狩人に近づきながら手に持った氷のリンゴを齧るとその頭部をリンゴの様に膨張させて破裂した。

 

爆発する凍風に腕を凍りつかされるアタランテ。

しかし、その腕を自ら噛み砕くと、噛み砕いた根元から蒸気を吹き出しながら肉体が再生した。

 

 

僅かに残った足元から再生し続ける子供達。

バラバラになった破片からも同じように子供たちが数を増やして再生した。

 

アタランテはその子供たちのリンゴだけを撃ち抜いて砕いた。

同時に子供達は雪へと還っていった。

 

アタランテは僅かに涙を滲ませたが、燃え盛る体温はその涙すら蒸発させた。

そして子を慈しむ乙女は狩人へと戻る。

 

その隙をついて襲い掛かる獣たち。狩人は弓で殴りつけながらいつの間にか上空に向けて射ち放っていた大量の矢で、

更に多くの獣たちを屠っていた。

 

しかし、その時、狩人の身体に変調が訪れた。

急に眼を見開いた狩人の姿勢が崩れ、全身の毛穴から血が滲んだ。

 

その好機を逃さず獣たちは襲い掛かる。

弓は氷狼の牙に折られて砕け、腹は鮫に食い千切られて内臓が露出し、首には鷲の嘴が刺さり血が噴き出した。

その凄惨な様子にマシュやオルガマリーはその目を逸らした。

そして逆にダビデは服が裂けた瞬間には寧ろ視線を強めていた。

 

「残り10秒」

 

 

そして女神は何処までも冷たい宣告をする。

 

 

 

 

 

 

 

しかし狩人は諦めない。僅かに残った林檎を芯ごとそのむき出しになった自身の肉体に押し込んだ。

傷口は蒸気と共に完全に回復し、けれども、その目と口からは血が滝の様に流れている。

まさしく、命を流しながら戦う様だった。

 

狩人は使い物にならなくなった弓を棄て、矢を掴むと女神に駆け出した。

 

女神は、そんな狩人に差し伸べる様に左手を向けた。

同時に女神を避ける様にその背後から透き通る液体が洪水のように流れ、狩人を呑み込んだ。

 

洪水が通り過ぎた後、そこには氷像となった狩人の姿だけがあった。

 

 

 

女神はその様子を見ると手に持ったグラスを地面に落として砕いた。

それに合わせるかのように氷の樹木群も闘技場を作っていた壁も硝子の様に砕けて割れた。

 

「残り0秒。」

 

女神はそう言いながら対戦相手(アルテミス)の方を見た。

 

「この勝負――――」

 

「そうね『翼』ちゃん、貴女の負けね。」

 

溢れ出る熱量で自信を覆う氷を溶かし、再び女神に狩人は突進し―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――そして、倒れた。

 

 

「…確かに、3分間を超えて活動が出来ていました。

また、貴女に負ける事になりましたか。」

 

「ねえ、悔しい? 悔しい? 今、どんな気持ち?

この場合って~、あなたの負けをカウントしていいの~?

確か、「この勝負貴女の敗北をカウントしなくても良いですよ。(キリッ)」って言ってたじゃな――――

…冗談よ~、もう。『翼』ちゃんイライラしないでよ恐いから。ちゃんと真面目にすればいいんでしょ~?

――人間を甘く見過ぎたのがあなたの敗因ね。勝ちたければ真正面から向き合って直接確実な死を齎す事。

そうしなかったのが今回の落ち度よ。

 

――――では、契約に従い我が信徒アタランテよ、汝を星の座に掲げましょう。」

 

 

 

戦い抜いた麗しき乙女はその身体を光と変えて、『狩人座』として空に輝いた。

神に挑んで栄光を示した戦士の星座として。

 

天の狩人(オリオン)座』として先輩であるオリオンは、その待遇にアルテミスが受けた感銘を知ると共に、

後輩(・・)の健闘を心の中で称賛した。




超越
寵悦

誤字報告感謝いたします。
射手座はケイローンでした。
オリオン座の原型はアッシリアの天の狩人座なので勘違いでした。


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第二十七話 『しゅくだい』

アタランテを星座にしてよかったよかったと良い話にしているギリシャ神話勢に着いて行けない現代人勢は、

女神とアルテミスを一纏めにしてヤバい奴と認識する事にした。

類は友を呼ぶというやつであろうか。

 

寧ろあの女神にぐいぐい馴れ馴れしく迫る当たり、もっとヤバい存在である可能性もマシュは想像していた。

 

「ところで、あの時の宿題の件だけれど―――」

 

突如、『宿題』について語りだす月の女神に対して進化と修正の女神は事務的に返す。

 

「あの件ですか、問題自体を破棄する事でその必要を放棄しましたが。」

 

「……ふ~ん、そうかしら。私には全く手を付けていないわけでは無いように思えたんだけどな~。」

 

そうやって、ニヤニヤとオルガマリーの方を見て笑うアルテミス。

 

「それにしても嫉妬しちゃうかしら~。勢い余ってこの子を狂わせちゃうかも☆」

 

アルテミスの口調とは裏腹に険呑な言葉に思わずオルガマリーはビクッとして身体を硬直させ、女神の方を見る。

見られた女神はオルガマリーの様子を見るまでも無く、アルテミスの視線上に移動した。

 

「…私の憑代に余計な事をされては困ります。場合によっては…、ええ。月が翳る日々が続くかもしれませんね。」

 

「……宿題を放棄した割には確りとやっているじゃない。」

 

 

 

「宿題?」

 

先程から2柱の間で交わされる『宿題』という言葉にオルガマリーは疑問を覚え、

女神の背中に回った事の安堵か、それを口に出してしまった。

 

 

「マスターが知る必要はありません。」

 

「ん~、そう言われるとお姉さん教えたくなっちゃ―――――――」

 

 

「――――話しながら彼女の波長位相に干渉する所が兄妹揃って見境が無いですね。

まあ、それが無くてもその話の続きをしたいというのであれば、

この時代の月の位置を千年後の位置まで離してあげたくなります。」

 

遠回しに、人類から月(狂気)を遠ざけたい。

意訳すると、『ぶちのめすから歯を食いしばれ』の威嚇に流石にやりすぎたと思ったアルテミスはその言葉と干渉を引っ込めた。

 

「うえーん、『翼』ちゃんが恐い。助けてダーリン。」

 

「…俺に振られてもなー。神に抗う無力さを多分人類で一番良く知ってる俺には立ち向かう勇気は出ないわー。

だって、寒気がするぐらいだし。物理的な。」

 

宙に棚引く青白い液体を周囲に纏い始めた女神に対し、

月の女神たちがふざける事に逃げて場の空気を壊そうとしていることは明白だった。

だが、それをツッコむ人間はいない。

何故なら、アルテミスもまた女神だから。

触らぬ神に祟りなしの精神である。

 

そんな光景を見てオルガマリーはふと羨ましいと思った。

女神に対し対等な関係が築ける同じ神であるアルテミスを。

人間には築けない神々の間でしか成り立たない関係を。

 

きっと人間がそれを女神に求めた所で人間とペットには飼うものと飼われるものの関係しか築けないのと同じだと一蹴される気がして、

オルガマリーはそれ以上深く踏み込めなかった。

 

 

 

ふざけながら女神の怒りを怖がる振りをするアルテミスもまた、オルガマリーを羨ましいと感じていた。

愛を知らない女神に自分以外の誰かがそれを教える事が出来たという事実に。

(本当に呪い、かけちゃうかも。)

アルテミスは心の中でそうつぶやいた。

きっとそれをやったら取り返しがつかない事になるとしても、その感情を完全に消し去る事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一行はモヤモヤするものを抱えながら太陽が降り、月が昇るのを迎えた。

自分の本領たる時間にも拘らずアルテミスはそろそろ眠くなったから寝ると言い出して、

神様パワーで作り出した月光で編まれたハンモックでオリオンを抱きしめて眠りだした。

 

女神は謎の対抗心を滲ませたのか、何故か冷たくない氷で造ったやたら豪華なベッドを

 

マシュは眠るフォウ君を膝掛けにしながら女神の提案で今夜は一晩中警戒係であり、

 

ダビデは女神の造った冷たくない氷の手錠により手足を塞がれたまま放置されていたが、

女性陣の寝床にその状態でも芋虫の様に這って近づこうとして、

氷で造られた針の無いアイアンメイデン(冷たくないとは言っていない)に閉じ込められて一夜を明かす事になった。

 

「処女に抱きしめられて眠れるなんてあなたも本望でしょう?」

 

そんな浮かぶ微笑とは裏腹に凍える様な冷たい口調で告げられた女神の宣告によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、オルガマリーが恒例の様に女神に抱かれて眠る中、落ちた夢で見たものは、

何時もの風景で無く、精錬された思念の濁流だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貧しいものが豊かなものを責める事は共感されるのに、

豊かなものが貧しいものを責める事は反感を買う。

 

貧しいものを敗北者、無能と非難する事は赦されず、

豊かなものを悪賢い卑怯者だと非難する事は許容される。

 

貧しいもの達は考えた事があるのだろうか?

何故、豊かなものが自分達を見下すのか。

 

本当に豊かなものは卑劣で、

貧しいものが高潔なのか?

 

余裕が無い者や失うものが無い者が他者の事を考慮できるのか?

人は本当に身なりで判断することなどできないのか?

 

貧しくても構わない、豊かであろうとは思わない。

そう言っているものが本心からそう思っているのだろうか?

 

足手纏いで財産を恵んでくれと言うものと、

役に立ち財産を与えてくれるものに等価値に接する事が出来るのか?

 

神がそれを人に問う事無く、人はその問いと答えを自らの内に持っている。

 

 

 

 

 

富めるものが貧しいものを助けるのは当然で、

貧しいものが富めるものに感謝をすることは当然としてよいのだろうか?

 

自分の不利益はあるまじき理不尽で、自分の利益は当然。

だから他者に感謝せず、不平を言う。

 

只々、自分の幸せを誰かに感謝し、自分の落ち度を黙々と受け入れる事。

誰かの世話になっていることを当然だと思わない事、

安いプライドの為に助けてくれているものに借りを作ったと認めない事を辞める事。

貧しい者の側からもそれを行うだけで、世界は変わる可能性を孕む。

 

豊かなものが多く税金を払うのは当たり前、貧しいものがその税金に助けられることに感謝を表すのは当たり前ではない。

人間は自分の貸しは強く意識するだけでなく他者にもそれを強要するが、

自身の借りを表沙汰にされると不満を覚える。

 

 

貧しいものは社会を通じて豊かなものが与えて下さる恩恵に縋るばかりで、

それ以上のものを還したことは無い。永劫に溜まり続ける恩義の借財を見てみない振りをする。

そうしないと自身の安いプライドが保てないからだ。

負い目を感じたくないから不都合な真実から目を逸らす。

 

 

 

 

清貧や公平を有り難がる人間はたくさんいるけど

そういう者に限って 欲望を満たす才能も力もない。

 

 

 

 

報酬が払われないのであれば医者が患者を見捨てても、軍人が戦から逃げ出しても、消防士が炎を眺めてシートを広げて弁当箱を空けていても恥ずかしくない。

寧ろ、彼らに賃金を払う事も出来ない事の方が恥ずかしいのだから。

そういうと、多くの者がおかしいという。その本文を果たせと。

では、その批判をする者達は自身の待遇に不満は無いのだろうか?

もっと休みをくれ、もっと給与を上げろ、もっとステータスが欲しい。そうは思わないのだろうか?

 

自分なら無休で仕事をし続けるのだろうか?

 

低い待遇で高い能力が使い潰されることに不満は無いのだろうか?

それとも、低い能力であるからこそ低い待遇を受けている不満を誰かにぶつけたいのだろうか?

 

その職にしがみ付いておきながら、その職の待遇に不平を唱える者の何と無様で醜い事か、

待遇はその者の能力と働きに相応しい対価が支払われる。

もし支払われないのならその職にしがみ付く必要はない。

次の職を容易に見つけられる自信があるのならば。

待遇が悪いというのなら自分は待遇の改善をおこなうとしてもそれでも残したい人材なのかと自問しなければならない。

優秀な者には高い待遇を支払う事に苦痛は無いが、劣った者には低い待遇でさえも惜しい。

だから最低限の待遇を条件に職場に置いて、そう、働かせて貰ってでなくただ単に置いて貰っているものは、

他でも使い物にならず、引き取り手もおらず、出戻りを受け付けて貰えないのなら、

遣い潰されることを覚悟するしかないのだろう。

 

そして往々にしてそうやって不満をいうものに限って、自分で自分の欲望を満たせない無能ばかりだ。

無能故に欲望を満たせない。だからこそ不満が溜まる。

 

自分が貧困ゆえに才能と努力の掛け算により成功に至った富める者が手に入れすぎていると憤慨する。

しかし、自分の努力を認めて欲しいと、生み出した物以上の報酬を求めようとする。

 

無能な弱者は有害でしかない。

 

 

 

 

人は、特に先天的に他者との競争に不利な存在は、

身長や容姿、IQ等、人は生まれ持ったもので努力ではどうにもならない能力で比較されることに憤慨し、

優しさや笑顔や頑張る姿など、目に見えない、ごまかしや修正の利く能力で比較されることは許容する。

だが、優秀な遺伝子を遺す事においてということだけを見れば必要なのは前者の能力なのである。

 

弱者が生きやすい環境は全体的にみると良い事では無い。

例えば近所に家賃が格安の低所得者向け市営団地が出来ると治安が悪化する。

貧乏な人間が増加して地域の財政に負担がかかる。

言ってしまえば餌をやる事で野良動物に住みつかれる様な物だ。

貧者にお金を恵んでも彼らの殆どが「今まで苦しんできた自分へのご褒美」だけで全て使い果たし、

結局貧困から脱する事は無い。

ほぼ全ての彼ら彼女らには根本的に利益を増やす能力に欠けている。

そういう生き方しかその者達の能力ではやっていけないのである。

 

どんなきれいごとを言っても、やはり生活保護千人が住む地域より、

年収十億が千人住む地域の方が地域の財政が潤う。

生活保護に脱却してもらえるなら兎も角、払い続ける生活保護費用は完全な負債でしかない。

 

弱者に恩を着せても返す能力も資産も無い。

そしてそのうちに恩を忘れ、何の価値も無いプライドから、

借りがある事に不満を持ち、当然の権利であるから借りではないと脳内で変換し、

利益を集り続ける害虫へと変わるのだ。

 

 

借りを作り続ける事に慣れた、助けられ続ける事に慣れた人間と、

常に税金を多めに払うなど他者の負担を背負い、助け続けてきた人間ではどちらが役に立つかなど問うまでも無い。

 

 

無能な弱者は守護には値しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな思考が延々と続いていく。

そのすべてに共通していえるのは、弱者は害悪。無能は害悪。貧者は害悪。醜いものは害悪。足手纏いは―――――

そう続く助けられなくては、導かれなくては生きて行けない者たちの排除により、成功した者だけを保護する論法。

それは冷たい正論。それは凍える極論。それは無慈悲な暴論。

 

それは、女神を容創った、世界終焉を呪う権力者たちの中にあった心理であった。

 

 

オルガマリーは権力者の名家に生まれた令嬢だ。

故に、その論法の理論的な合理性が理解できてしまう。

感情論しか構築できない物には理解したいとも思えないどうしようもない現実的な理論を。

 

 

 

だが、冷静になってみると結局彼らも『足手纏いがいなければ』世界は滅びなかったという愚痴を言っているにすぎなかった。

結果として世界を救えなかった、世界を滅ぼされた敗者の論で、彼らの言葉を借りれば『勝者が耳を傾けるに値しない言葉』だった。

 

オルガマリーはそこまで考えて思う。

だとすれば、だとすれば女神とは一体何なのだろう。

人間は須らく彼女より弱者であるにも拘らずそれを選別に図る。

生まれもっての勝敗の決定を謳い、終局の敗者の集合体でありながら、絶対勝者に至ろうとする矛盾。

感情を排した数式を語りながら、その術は相手の感情の逆撫でを得意とし、

そのやり方も目的もある意味で女神自身の欲望(エゴ)とも言える。

 

女神はああ見えて不安定に見える時がある。

もしそれらに女神が直面する事があれば、普通に考えれば集合体である故に反転の使用も無い女神がどうなるかは解からない。

 

 

願わくば、私を抱きしめて眠る女神の寝顔を毎朝見られますように。

オルガマリーはそう願った。




宿題
祝廼


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第二十八話 『めいきゅう』

翌朝、オルガマリー一行はこの世界の聖杯特異点化した聖杯を探すために出発する事になった。

体温がひんやりと冷たい女神に抱かれて眠りについたオルガマリーや、

クマ(?)のぬいぐるみとハンモックで寝いていたアルテミスは快調だったが、

一晩中起きて真面目に警戒していたマシュや、凍死寸前になっていたダビデのコンディションは察する必要も無かった。

 

そして次の行先として現在の位置から見て大量の生命反応がありそうな大陸へ移動するために、

海を渡って、数個の島を中継として進む事にした。

 

 

「マスター、以前貴女が展開した翼を顕出させて下さい。」

 

「えっ、いいけど。」

女神が言うとおりにオルガマリーは女神がオルガマリーを人間以上の存在として構成させた際に造り出した翼を発生させた。

 

「以前の様に貴女の身体を操作しますが問題ありません。全て委ねて下さい。」

 

その言葉にオルガマリーが承諾する間もなく彼女の視界は歪んだ。

蜃気楼の様な視界の中にある孤島が見えた。

 

「これが空間圧縮と屈折の応用その1です。見掛け上の距離を視界的には近づける事が出来ます。

では、その更なる応用を今から実行します。身体の感覚を覚えて下さい。」

 

既に凄まじく魔力が消耗されていくのが解かるが、この後更に凄まじい消費が一括して

その視界の先に羽根の様なアンカーの役割を果たす事だけは理解できる何かが存在したのが理解できた。

 

「空間圧縮擬法による射出段階は準備が完了しました。続いて追加用の搬送段階です。」

 

その羽根が空間の先に現れた時点でその羽根と自分の翼が繋がっていることと、

翼がこの空間に固着されている事が理解できたが、

その時点で凄まじい魔力が一気にオルガマリーから消費された。

 

その消費よりかは遥かに控えめだが、翼が延長され周囲の人物に触れる事で更に魔力が消費された。

 

「後は固着を解放するだけです。」

 

その女神の言葉と同時に、

一瞬だけ向こう側に見える島が小さくなったように見えた一行は直後弾き飛ぶように刹那の速度でその島に辿り着いた。

 

 

 

大量の魔力を短時間で勝手に消費されてキツそうなオルガマリー。

ちょっとした大魔術(・・・・・・・・・)に唖然とするその他の人間勢。

オルガマリーの翼に触れる時から警戒モードになって未だに興奮から醒めていないフォウ。

そして「便利よね~」といっている神様勢。

 

月の女神と選別の女神の会話ではどうやら空間に対する耐性があれば更なる効率的な移動法さえあるらしい。

以前、戦闘用に創った魔獣同士をアルテミスと女神が闘わせたときには、

空間を弾きながら転移しつつ、対象敵の空間ごと爆破するような白竜を、

月の女神の保有する鋼の様な皮膚を持つ魔猪とぶつけた昔話をアルテミスが懐かしそうに女神に語っていた。

その後、まさかの『落とし穴(意訳:穴では無い)』で白竜が葬られるという話になったところで、

島に着いてから無言だった女神が話を打ち切る様に話し始めた。

 

「この辺りにあの酒臭いセクハラに関係のある縁者の気配がします。」

 

「…う~ん、ギリシャ神話的にセクハラ程度では終わらない男神(オトコ)なんてウロウロしてるから、

『翼』ちゃんが誰のこと言ってるか私わかんないかも。

特に、『翼』ちゃん相手には見た目だけなら好みで一発したいって男神(オトコ)多かったしぃ。」

 

 

「…そうでした。そういえば、ギリシャ基準ではそこのクズ人間の王なんて霞む、

力と実績だけは持つ男神なんて少なくは無かったですね。」

 

若干だけ、微笑が崩れる女神に、オルガマリーは思った。

周りには優秀な者は子孫を遺せとか、優秀であれば何をしても許されると言ってる割りには、

自分がそうされるのは普通に嫌なんだ、と。

 

ただ、女神が何処かの誰かに汚されてないという事はオルガマリーは少し嬉しかった。

 

 

「因みに候補は見当ついてるけど、誰なの?」

 

「…ポセイドンです。あの兄弟の2柱は極めて面倒です。

女性の方はまともなのにどうして…ああ、あの時代は男性原理の復刻が象徴だったからでしょうか。」

 

因みにゼウスとポセイドンに関する女神の評価は仕事面では悪くないが関係面では最悪である。

何かの折に「お前性格最悪だけど見た目良いからヤろうぜ(婉曲表現)」と迫ってくる男なんて処女神からしたら最悪で当たり前である。

その事にはその2柱以外の兄妹もそれを認めている。

 

まともな性格をしているヘスティアやデメテルからは女神の性質・性格故に逆に避けられているが、

女神は別に邪魔にならない分には気にしない。

彼女は自分が嫌う好むは大事にするが、他者からの好嫌は意に介さないのだ。

 

デメテルからは女神は悪辣な手法を多用する故に娘に悪い影響を与えたくない。

ヘスティアからは、悪い神なんだけど嫌いではないかな。だけどキビキビし過ぎていて関わるのはちょっと…と思われていた。

 

ヘラからはあからさまにゼウスの誘いを断り続けながらその仕事ぶりについては否定しない点において女神の印象は悪くない。

浮気相手の対象にならず、けれど夫のスペックまでにはケチを付けない辺りヘラの求める基準は満たされていた。

だが、ヘラは女神への接し方が解からなかった故に交友は無かった。

実は女神は自分に向けられるのでさえなければ、

最高神の因子がばら蒔かれることは女性と世界への恩恵だと思っている事が知られていないのは僥倖であった。

何せ、インドでクンティーが様々な神の子を産む機械と向けられる運命に嬉々として善意で加担して加速させた辺り、

女神の性格はお察しするまでも無い。

 

根暗(意味深)担当のハデスからは見た目こそ女神は好みであったが、自分だとフられることは理解していたし、

結局愛する幼な妻が出来たので目を向ける事は妻との出会い後は無かった。

 

至高の6柱からそういう扱いを受けた女神だったが、

女神から彼らには妨害にならなければその存在が総合的には人類に有益な集団という文面で終わってしまう内容だった。

 

だが、ポセイドンに関しては本人だけでなく子孫まで欲望に忠実すぎる野性染みた性質があった故に、

合理性を愛する都会派の女神からの関係的な印象は良くない。

ポセイドン関連というだけで性格がクズな気がしてしまう程だ。勿論自分の事は棚上げである。

 

まあ女神がどうであれ、ポセイドンの好色さを解かりやすく伝えるならこの言葉だけで十分だ。

――オリオンだってポセイドンの系譜である。

 

(ああ、このオリオンの様な性質なのでしょうか、この島にいる者は。

まあ、邪魔にならなければ別に構いませんが。

ですが、邪魔になるのなら凍封してしまいましょうか。)

 

女神はそう考えながら並列的に別の事も思考する。

それは、ポセイドンに関わりのある何かしらの大物を無視して次の島へと移動すべきか、

それともそれ程の存在であれば一度遭遇しておくべきかを。

 

女神がそう思考していると、月の女神が、

 

「ねえみんな~、向こうにダンジョンがあるわよ~?」

 

何やらテンションを上げて周囲に呼びかけていた。

 

女神は内心で思う。迷宮なんてどうせどうしようもなくなった廃棄物を閉じ込める為に造られる様な物。

その中に態々飛び込む無為さも危険さも理解している筈のアルテミスがなぜそのような事を言うのだろうか、と。

アルテミスはアレで頭は悪くない上に信徒は狂わせるが自身はある意味標準的に狂いながらも高い理知を見せる。

故に何故か?

 

その思考は月の女神の視線と表情で理解できた。

その視線の先にいるオルガマリーは、

 

「えっ、ダンジョンってあのダンジョン?」

 

ダンジョンに他の何があるのだろうか?

まかり間違っても街コンの会場やダン・ジョーンなる何かしらのチェーン店ではなく、迷宮以外にはあり得ない。

 

オルガマリーの右からはダビデが、お化け・骨・怪物と脅かす為に囁いてしてビクビクするオルガマリーをニヤニヤして眺め、

左からはマシュが、宝物・冒険・不思議と呟いて、それが耳に入ったオルガマリーは中に行きたい誘惑にかられては目を輝かせる。

 

女神はそのオルガマリーの様子を見て理解できた。アルテミスは迷宮に挑むオルガマリーの反応を、

厳密にはその反応に反応する女神を観察したくて虎穴に入るのを促していたのだと。

 

 

 

女神は面倒になったのでダンジョンの入り口を一瞬で氷で塞いで、

 

「…どうやら入れなくなってしまいましたので、諦める事にしましょう。」

 

そう無理矢理締める事にした。

 

 

 

 

だが、その直後、

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」

 

か弱そうな少女らしき叫び声が迷宮から響いてきた。

 

 

 

その言葉にオルガマリーは迷宮の入り口に向かって走る。

それは藤丸立香ならきっとそうするから。そして自身がそうしたいと思うから。

彼女は自らの意志だけでは無いものの、想像に浮かべる他者の意志を支えにして行動を立脚した。

 

自身の翼の力を使い、入り口の氷を空間ごと膨張。

そして見掛け上の密度の小さくなった氷に向け、

何時の間にか知識として取得(インストール)していた手法を実行する。

 

『魔法少女のステッキ』の柄で宙に投げたレフ・ライノールのカードを叩き付ける。

同時に13枚に分かれ、1枚を残しそれ以外のカードはステッキに吸収された。

残って浮かぶ1枚のカードにやはり何時の間にか知っている手法に必要な行動として、

自分なりにノリで浮かび付いた言葉(ちから)を思考する。

するとその言葉は『魔法少女のステッキ』から無機質に発せられた。

 

「『(ソード)降臨(アドヴェント)

 

顕れるレフ・ライノールのもがれた様に千切れた両腕が見る間に変質して、

見た目だけは美しい彼女の髪に似た白銀一色の2振りの長剣となった。

その剣は羽根の様に軽く、その剣を掴むだけで自身の体まで身体が軽くなってしまったような気さえする。

心の奥底から昂揚感と幸福感が涌いてくる。それが足元を救う為の悪意の籠った魔の罠である事の自覚があって尚、

もう何も怖いものが無い気さえする感覚があった。

 

その感覚に流される事無く、逃げる事無く、乗る様に気持ちを操作し、

熱くなる心臓とは裏腹に何処かで加熱を食い止められている思考に従い、

舞うように身体を横に回転させた後、その剣を斜めにズレたX(クロス)を描く様に振るった。

 

 

氷の壁は4つの大きな罅が入った後、急速に発生した小さな罅に全体を侵食されて砕け散った。

 

 

「行くわよっ!! 助けに行かなくちゃっ!!」

 

 

そう女神達が続く事を乞うては走り去るオルガマリーに、

何処か柔らかい笑みを浮かべてはその後ろへと地面から少し浮いて軽やかに淑やかに駆けていく女神を見て、

月の女神は何かを無理矢理隠そうとしたような歪な笑みを浮かべながらその後ろを追随した。




迷宮
明窮


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第二十九話 『はいしゃ』

迷宮の中を進む一行、

中は迷宮(ダンジョン)と呼ぶに正しく相応しい造りであった。

それが迷宮(笑)(ラビリンス)だったら只管長くて面倒なだけの一本道だった。

神代には入った時はすぐ奥まで行き着く代わりに、出る時は何処までも長くなる一本道(死の婉曲表現でもある)もあるので、

一本道だから楽勝という事は無いが。

 

 

 

「もうっ、しつこいって言ってるでしょっ!!」

 

 

奥から幼い少女の良く響く甲高い声が聞こえてくる。

入り組んだ迷宮により声の主の場所が解からなかった故に進行速度が低下しつつあったものの、

その進む先を示されたオルガマリーの足は再び加速した。

 

そこには、血を流しながら倒れている複数の質の良くない衣服を着た男達と紫の髪の美しい幼女。

そして巨体を持つ怪物だった。

 

女神と月の女神は紫髪の美少女の正体を一目で看過した。

 

≪アレは引きこもり姉妹の長女でしょうか?≫

 

≪う~ん、次女の方じゃない?≫

 

 

≪…どちらでも似たようなものですから問題はありません。≫

 

≪『翼』ちゃんって結構失礼よね☆≫

 

結構どころかかなり失礼な事をテレパシー染みた交信術で会話する月と上書きの女神達。

 

そうしている間にも怪物―――――――――――――――――『ミノタウロス』がオルガマリーに殴りかかっていた。

 

「UUAAAAAAAAAGAAAAAAA!!!!!!!!!」

 

 

「ッ!?」

「『(ガード)降臨(アドヴェント)

 

咄嗟に反応したオルガマリーがカードを一枚ステッキの先でひっかく様に押し付け、

無機質だが力ある言葉がステッキから紡がれると、双剣は消えて代わりに彼女の目の前にレフ・ライノールそのものが現れた。

 

そしてオルガマリーの代わりに怪物に殴られて鼻血を出しながら吹っ飛んで消えた。

 

マシュはこれは良いモノだと見ていて思った。

使う度に、相手はスッキリしてこちらもスッキリする良い魔術だと。

見れば、フォウ君もご満悦の様子だった。

 

 

 

一瞬、アホみたいな展開で場の空気が止まったが、戦闘は終わらない。

マシュやダビデたちも武器を構えて戦闘に加わろうとしたが、

 

それを女神が拒絶するように右腕を伸ばし、制した。

 

「何故ッ!? 所長は貴女のマスターでしょう。

所長にだけは人間らしいところもあるのではと思っていましたが、私の勘違いだったようですね。」

 

「…それが君の子育て論かい? まるで獅子の様だね。」

 

止められた二人はそれぞれの想いを口にした。

 

 

「この好機を邪魔しないで頂きたいものです。

折角彼女が進化(せいちょう)できる機会があるというのに。

おあつらえ向きの化け物(・・・)までいるなんてそうそうありません。

この経験値を見逃す手は無いのです。」

 

それは何処までも『化け物』の事情を無視した冷たい物言いだった。

 

 

「あ、あなた、見た事あるわ。選別とか闘争とか進化とか言っていた女神よね。

今すぐ、止めなさい。戦う必要はないわ。」

 

紫髪の美少女、女神エウリュアレはそう言おうとしたが――――――――――――、

 

 

 

「ううう、ボクはちがuuUUUUU…aaAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

『化け物』のキーワードに怒声を上げたミノタウロスによって丁度掻き消されてしまった。

 

位置の関係で、人間達には丁度掻き消されて聞こえていなかったが、

神々にはその声は届いていた。

けれども『目的』の為に怪物の犠牲は仕方ないとする女神と、

ニヤニヤと愉快で可愛らしい生真面目な女神の様子を眺める事の方が、弱小の女神と怪物よりも優先される月の女神にとっては、

その言葉は無かったも当然だった。

 

即ち、激闘は再開される。

 

「怪aa…bつ…ざけe…なaaああAAAA!!!!」

 

「『(シュート)降臨(アドヴェント)

 

真正面から突っ込んでくる怪物(怪物とされた男)に対し、

オルガマリーは研ぎ澄まされた神経の中で3枚のカードを選択。

 

その内の1枚のカードにより、ボロボロになったレフ・ライノールの右足が顕れ、

そして百合と蔦の意匠が全面に施された白銀の長砲が顕現した。

 

「ぶっ飛びなさいっ!!」

 

オルガマリーの叫びと共に正面からその砲撃を受け、

吹き飛ぶ怪物にオルガマリーは2枚目のカードを『魔法少女のステッキ』で起動する。

 

「『拘束(ホールド)降臨(アドヴェント)

 

1枚目のカードで呼び出された長砲は消え、オルガマリーの頭部の左後ろに顕れたのはレフ・ライノールの鼻血塗れの生首。

それはオルガマリーがそれを目視する前に白銀のボールに変わり、

オルガマリーはボールを掴むと吹き飛ぶ怪物に向かって投げた。

 

 

ボールは投げられた速度を倍加しながら加速すると怪物の背後に抜け、

そして巨大な銀の蜘蛛の巣へと変わった。

 

 

怪物は絡め取られ動けなくなった。

 

 

その時、オルガマリーは紫の少女が何か叫んでいたような気がしたが、興奮の為上手く聞き取れなかった。

 

「『最終(ファイナル)降臨(アドヴェント)

 

 

3枚目、その使い方をオルガマリーは知っていた。

蜘蛛の巣に掛かった哀れな得物に、止めを刺すべく呼び寄せられたのは先程と同じくレフ・ライノールの全身。(但し、頭部は除く)

それは瞬く間に太陽の様なブラックホールの様な、カルデアスの内部に繋がる空間のような、否、それそのものに変わる。

それを自身に触れさせる事無く、ステッキを持ちかえた右手に浮かせて乗せて跳躍した。

 

女神に造られた事で身体能力に優れた身体を持つオルガマリーの跳躍に加えて、背中の翼が呼応する事で、迷宮の天井ギリギリのところまで跳び上がると、

カルデアス内部に繋がる空間を右手を下方に向けることで右足の周囲一体に纏う様に移し、

怪物に向けて急降下し――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「やめてぇぇぇぇっっ!!!!!」

 

 

怪物の前で手を広げて躍り出た少女に触れそうになり攻撃を逸らし、壁に激突した。

技に触れた壁は完全に消え失せてその威力を物語っていた。

 

 

怪物に襲われているはずの少女が何故?

所謂ストックホルム症候群かそれとも何やら都合があるのか状況が上手く呑み込めないオルガマリー。

 

 

勿論、エウリュアレもオルガマリーが勘違いしていることは想像がついている。

視界の端で何処か惜しそうな微笑を浮かべる女神と、その様子を見てニヤニヤしている女神達とは違うと。

寧ろ、女神が連れてきた人間達が全員一緒だったらエウリュアレは泣いても良い。

きっと、ダビデがその泣き顔にゾクゾクする位の効果しかないだろうが。

 

 

 

そんな、エウリュアレに女神は諭すように言う。

 

「弱き女神よ、怪物と言うのは英雄の義務であり権利です。

即ち、闘争において選別が行われ英雄へと進化する。

正しく怪物は英雄を作る為だけに生まれ出でて死にゆく存在。

神々の用意した英雄の生贄。故に醜く悍ましく退治する事に心が痛まない姿。

美しく神に愛された英雄の供物としての本分を邪魔する事が怪物に失礼です。

家畜はちゃんと食べてあげれば殺す意義が出るでしょう。

邪魔をしないで頂けますか?」

 

 

それは怪物を牛や豚と同列に言っている様だった。

食べられるのは宿命。故に残さず食べて栄養にしましょう――と。

いや、まさにその通りの事を言っていた。

 

エウリュアレだって神々の一柱。

その感覚を理解しない訳では無かった。厳密には理解していなかった訳では無かった。

それも妹が強者の都合で『怪物』と貶められるまでの話だった。

 

愛しき『怪物』…否、一柱の妹を持つ身であれば、それを認めるなんてことは出来る筈は無い。

 

 

「違うっ!! そんなのは認めない。

強者の都合で勝手に怪物扱いして正当を気取って退治するなんて、

彼を、妹を、そんな都合で貶めるなんて、

私は赦さないっ!!」

 

 

 

「許さない事は結構です。

ですがその不許可の権利は自身の命令権にある者にしか作用されないという事はご存知ですか、弱き女神よ。

私にはそれに従う必要はないのです。」

 

「……いいわ。確かにそのとおりね、強き女神よ。

私も一緒に殺しなさい。妹の堕天を眺める事しか出来なかった敗者として。

私は、もう二度と、『怪物』として見捨てて生き延びるつもりはない。

貴女達はいつもそう。世界を変える強い英雄を作る為に弱き者を共通の嫌われ者(怪物)として当然の様に正義の元に退治する。

貴女達の愛は英雄と言う人間(・・・・・・・)で無く、

英雄が成し遂げられる事(・・・・・・・・・・・)にしか向いていない。

ましてや敗北を義務付けられたものになんて向くハズも無い。

それが強き神の在り方であるというのなら、私は弱き人として貴方達の言う怪物と共に心中するわ。

―――さあ、やりなさいよ。」

 

 

 

その言葉を前にして止めを刺せる程、オルガマリーもマシュも性格は悪くなかった。

女神は残念そうに笑うが、オルガマリーの経験値にならない以上既に自身も幾多の怪物を屠って来た身である故に、

必要でなければ動く気はない。

とはいえ、怪物は良い素材になるという理由は充分に必要に値した。

 

「弱いとはいえ、神を殺すのは気が引けます。特に貴女のような戦闘以外であれば利用価値の高そうな女神であれば尚更。」

 

女神は黒一色の巨大な剣を造り出した。

 

 

それを怪物の前で意地で崩れた笑顔で笑うエウリュアレに向けた。

 

それが何かの合図だった。

 

 

 

「きみはしんじゃだめだっ!!」

 

『怪物』―――――――アステリオスは未だ残っていた蜘蛛の糸の拘束を破壊し、エウリュアレを強引に掴んで後ろに放り投げると、

 

祖父に連なる『雷光』を呼び出し手に掴むと女神に叩き付けた。

 

 

 

 

それに対し、女神が行ったのは剣を突き立てて壁としただけだった。

酸素の極限冷却体である黒き剣はアステリオスの持つ雷光全てを奪い尽くす超伝導体である故に。

 

雷光は造られし金属光沢の前に力を失い地に流れた。

更にアステリオスの内部にあるエネルギーさえも強制的に滲み出る雷光と化し、

いや化され奪われ続けた。

 

女神は遂に倒れ伏した怪物を前に剣を引き抜くと、宙に浮かべて、柄がオルガマリーの方を向く様に回し、

オルガマリーの目の前へと移動させた。

 

「『怪物殺し』で英雄になりましょう。…さあ、マスターお手をどうぞ。」

 

 

怪物の後ろから弱き女神がその背に近づき、

 

「良くもこの私を投げてくれたわね。冥府に行ったらこき使ってやるんだから。」

 

そう言っている他、全ての音がオルガマリーから奪われたような気がした。

自身の呼吸音すら把握できない。そんな感覚だった。

 

 

オルガマリーはその剣を掴み、

 

そして地面に突き刺した。

 

 

「心配しなくても大丈夫よ。

この世界を救うという大偉業を達成する事で私はそこらの英雄を超える大英雄になるんだから。」

 

 

その言葉に女神は理解が追い付かず、

盾の少女は逸らしていた視線を戻し、

小動物は溜息を吐き、

浮気男は感心したように口笛を吹き、

怪物とされた男と弱き少女はその命が助かった事を理解した。

 

 

 

そんな中、月の女神は一柱(ひとり)笑い続けていた。

 

「あーもー、『翼』ちゃん面白すぎー。

「不許可の権利は自身の命令権にある者にしか作用されないという事はご存知ですか(フフッ)」って言っておいて、

自分がマスターちゃんに命令される側だって忘れてるしぃ☆」

 

 

「そうなの、そっちの娘が主人(マスター)

なのに、そう言ってたの? ふふふ…あははははっ。」

 

エウリュアレも命知らずにそれに同調した。

 

 

 

その様を見て正直オルガマリーは女神を怒らせてないか不安になったが、

そんな事を気にしないで言い合える神同士の関係がそれ以上に羨ましいと感じていた。

 

 

そんな彼女は寧ろもう少しで英雄の資格を失う所だった。

英雄というのは、なろうと思った瞬間に失格なのだから。




戦わなければ生き残れない系仮面ライダーとカードをキャプチャーする女の子とメタトロンの意思(一部修正)がオルガマリー改の武装の元ネタ(そんなに詰め込んで恥ずかしくないんですか?)。


敗者
廃者
拝謝
背斜


修正何時もありがとうございます。


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第三十話 『かいじん』

ある海域、多くの船の残骸が行き着くところ――――――通称船の墓場と呼ばれるそこに男はいた。

普段の気持ち悪いほどの悪ふざけも鳴りを潜め、部下たちの前に立ち、帽子をとり海賊の礼をとっていた。

 

彼の前に鎮座されているのは幾つもの宝物。そして本来そこには不釣り合いな子供のものと思われる衣服や玩具。

――――此処に追悼する海賊たちの子供たちの遺品があった。

 

男――エドワード・ティーチは本来この時代に存在する海賊では無い。

所謂未来から来た海賊の英霊、海賊風にいうなれば魔術的側面とは意味が異なるが亡霊の様なものであり、

この時代における子孫など居る筈も無い。

 

しかし、例え時代に根付く事の無い魂であろうとそこに在るだけで縁と因果を結ぶことがある。

遺品のひとつ、小さな海賊帽の持ち主は彼にとって正しくそれだった。

 

港町の娼婦の子供であり、少女ながらも少年の如き活発さを誇る、いや誇った少女アンは真昼に突如港町を襲った、

神の裁きが如く通り過ぎた何かによってその存在の炎を消火された。

 

エドワードは当初子供に興味は無かった。最近になって圧倒的カリスマを以って荒くれ者たちを纏め上げ、

知名度を上げて、あの(・・)ドレイク船長と鍔迫り合いをしている大海賊はさぞ金と権力を持っているだろうと、

すり寄ってきた子持ちの娼婦がいた。

エドワードはやる事だけ済ました後は不用意に子供をダシに依られても面倒なので、

その娼婦の子供に向けて、海賊の恐ろしさと自身の気持ち悪さを存分に知らしめたつもりだった。

 

そう、本人はそのつもりだったが、何を血迷ったか少女はあなたに憧れた。自分も海賊になる、と。

どうせすぐに現実を見て音を上げるだろうと、駄目だと思ったら鮫のエサだと脅しまでかけて少女を乗船させることにした。

船の上では素なのかネタなのか気持ち悪いロリコンで通していたが、少女はそれでもエドワードに付いてきた。

 

少女はエドワードの海賊帽を真似て自分に合うサイズの海賊帽を作って被り、

常に彼のそばにいる様になった。そこまでは少女を彼も彼の部下も認める様になっていた。

 

そのころから暫くして、少女の母親が客の男と暴力沙汰になり死んだ。

その葬儀に顔だけ出しに来たエドワードは少女に此処で船から降りて真っ当に生きろと言ったが、

あろうことか少女は彼の妻になりたいとまで言い出した。

 

正直エドワードは困った。彼の部下も一同に驚いた。

完全にその反応は想定していなかった。

彼の部下達も確かに船長としては優秀だが男性としては余りにもアレな黒髭の船長に幼な妻とか、

驚きと嫉妬とほんの少しの祝福を感じながら船長と一緒に少女にどうか道を踏み外さずまともに生きるように説得した。

 

 

そして、彼女から逃げる様にエドワードは港から出発した。

そして部下達にからかわれながらも、やっぱり怖気づいて少女に考える時間を設けるように説得しに行こうと港町に帰った日、

町には活気と言うか人の気配がまるでなかった。

道に人は倒れ、家の中も外も関係なく住まう人々は揃って息をしていなかった。

勿論そこには彼等、彼女らの家族や恋人、親友もいた。

 

海賊たちは呪った。どこの誰だろうがケジメをつけさせてやる。

必ずつけさせてやる。例え海の悪魔だろうが、一国の王だろうが、それこそ神であろうが関係ない。

必ず、必ず奪われたものは奪い返す、と。

 

 

だが、その前に弔いが必要だった。

黒ひげ達は無茶なほどの遠出をして、海賊船団はある商船を襲った。

その船の持ち主である商人を殺し、船員を奴隷とし、商人の妻と娘達に凌辱の限りを日夜問わず尽くし続けた。

 

 

そして正気を失った女達を血祭りに上げて捧げものとして、

海賊たちは自分達の家族の冥福を祈った。

 

彼らにとって身内と獲物の命は等価値では無い。

理不尽なようだが、彼らの流儀では喪に服すに相応しい行動だった。

 

 

 

 

 

 

エドワードの側近として同行しているヘクトールとアン・ボニー、メアリー・リードは彼を残し部下達を共に下がらせた。

このままでは黒ひげらしくない行動を彼が取れないだろうと配慮して。

 

特にアン・ボニーは少女アンと名前が同じこともあり、入れ込みようは強かった。

黒ひげの次に少女の死を悲しんでいたのは彼女だった。

少女アンが彼ら3人と自分を合わせて黒ひげ配下四天王を名乗ろうとした時、

それに最初に賛同したのは彼女だった。

 

スパイとして入り込んだヘクトールには絆を深めすぎるには疾しい事情があって、黒髭は単なる照れ隠しで反対したが、

アン・ボニーが賛同した事で、彼女に賛同したメアリー・リードも少女に賛同し、

男2人対女3人で話し合いが終始女性優位で進められ、なし崩し的に決まってしまった。

 

色んなことがあった。とても短い間だったが、期間など最早どうでもいいものだった。

少ない期間であれ、彼らは『家族』だった。

 

 

 

普段の彼とは似ても似つかぬ哀悼を奉げている中、後ろに誰かの気配がした。

 

「誰だ…、邪魔をするな。」

 

黒髭は振り向くことなく言った。

 

「おうおう、あの黒ひげが随分とらしくないねぇ。」

 

「…あんたか。俺らしいって何なんだろうな。」

 

後ろに現れたのは黒ひげがかつて憧れ、そして今も憧れて追いつき追い越そうとする目標、

フランシス・ドレイクだった。

 

()って…、こりゃあ随分重症だねぇ。

…事情はアンタの部下に聞いたよ。全くガラじゃないが、こっちにも聖杯がある。

その聖杯と合わせれば一人の少女の復活くらい―――――」

 

「てめぇ、幾らアンタでも言って良い事と悪い事が――――」

 

 

「――――冗談さ、流石に死者を冒涜するような真似はしないさ。」

 

正直な所、黒ひげの頭にその発想が一度もよぎらなかったわけでは無かった。

それを考えたうえで悩み、それでも答えを出した。

だからこそ許せないと思った。それが憧れの先にある目標そのものだったとしても。

 

自身が蘇った死者の分際でいう事では無いのかも知れないが、

自分で手に入れた力で無い他者からの膨大な力による復活は、

少女の命を奪った理不尽の方向性を変えただけのようにも思われたし、

少女が実際に海賊として手を血で汚す前に憧れだけを手に掴み亡くなった事への安堵もあった。

 

きっとその事情は知らずとも、海に生きる者としての筋を棄てる事無く、

自分への厳しい叱責をしに先達でありライバルであるもう一人の大海賊に敬意と感謝を感じながら、

彼は『大海賊黒ひげ船長』へと舞い戻った。

 

「…なんと、下品な胸に栄養が詰まったBBAにもそんな気遣いができるとは拙者驚きですぞwww。」

 

「はーっ、いきなりそれかい。何とも失礼な奴だね。」

 

 

ふざけた黒ひげの仮面をかぶり直したエドワードと、

ふざけたフリにはあきれたフリで返すドレイク。

黒ひげにはドレイクが去っていく足音が聞こえた。

 

「…感謝する、ドレイク船長。

何れ雌雄を決する時が来るだろうが、今日の所は拙者の負けという事で引いてもらいたい。」

 

「勝った方が引くというのも変な話だが仕方ないね。今日の所は見逃してやるよ。

こっちも怪異につけられた傷も癒えて無いしねぇ。

まあ、互いの傷が癒えたら、どちらの船をこの墓場に奉げる事になるか決めようじゃないか。

まっ、結果はみえてるけどねぇ。」

 

 

 

大海賊は一度も振り向く事の無かったもう一人の大海賊に捨て台詞を置いて、

また自由な風の様に去って行った。

だからきっと気が付かなかったのだろう。気付かなかったという事なのだろう。

波も静かで、日差しも強く、

海水が甲板を浸す要素など無いにもかかわらず、

男の足元が塩水で濡れていたことには。




敵対者サイドのテコ入れ回
只管真面目な黒ひげでしたがオルタでも反転のギフトを貰った訳でもないです(笑)

怪人
灰塵
海人


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第三十一話 『きゅうさい』

ある少女がいた。少女は純粋でそれにして魔術の深みを識る王女だった。

少女の名はメディア。神代の都市コルキスに産まれ落ちた女王である。

 

彼女は本来の歴史において『都合の良い女』として、

エウリュアレの言葉を借りるなら『英雄の為す事象のみを愛する神々』によって翻弄された小道具。

直接的に彼女を利用したイアソンが只のクズならば、

それを仕向けて綺麗な手をした様に嘯く神々はどれだけの悪なのかは解らない。

 

ただ彼女は歴史を作る使い捨ての材料として消費されていく定めであった。

神々にとって望む歴史(完成品)さえ創られてしまえば、それを創るに至った人々(消費素材)のことなどどうでも良いからだ。

その点においては他の神々も女神とそう変わりは無い。

そこにはアルテミスもかつてのエウリュアレさえも例外ではない。

アルテミスの兄アポロンなどは自軍基準に基づく必要正義目的の為なら自身の乳母さえ射殺せる程、

人間の感覚で言えば、アルテミスもアポロンも情が無い。

 

そのアルテミス・アポロンと従姉妹にあたる神がヘカテ―。メディアの魔術の師であった。

アルテミスとは方向が違う物の、共に『夜を司る処女神』であり『豊穣神』の特性を持ち、

親戚である以上、やはりある種似た所がある癖の強い女神であったと修善の女神は記憶していた。

特に真面目になった時には少々似た所がある、と。

 

ヘカテーは弟子の行く末を、その未来を知っていたがそれでもメディアを助けはしなかった。

そこには彼女の放任主義と神々の制約が存在したからだ。

 

 

ヘカテーはその他の神々が制約、即ち筋書(モイライ)(ゼウス)(ガイア)…、

即ちその他の神々との面倒くさい関係を振り切って自分の望む運命を存在する本来の歴史を材料に、

造り替えようとする女神の在り方を何処までも自由な女神だとある種の関心を払っていた。

 

勿論、様々な意味で面倒な従姉妹(アルテミス)のお気に入りだと従姉妹自身から釘を刺されていた為、

ヘカテーから女神にちょっかいを出す事は無かった。

面倒な従姉妹を振り払ってまで接触しようとしなかったのはヘカテーが希薄な性質だったからか、

それとも従姉妹が面倒すぎただけなのかは解らない。

 

ヘカテーはある種の試金石として、メディアと女神の接触を試みた。

メディアは優秀な個体であり、その子孫がメディオスを除いて確かには遺らない女性。

女神が食いつくには良いエサだった。

 

神々の視点から見れば宝物をイアソンに譲り渡した後追放されて、行く先々で生き残ろうとする術が裏目に出て追われ続けたが、

最終的には(・・・・・)エリュシオンの野(黄昏の墓場)を治めることになるから、

結果的にそうなるならそれで神々にもメディアにも良いではないか。

普通の(・・・)神々の視点からすればそうなる。

実際ヘカテーもそう考え込む事でメディアの悲劇を見過ごす事にした。

 

神々として重要な事は2点。

1つはイアソンに関わる王国に離島の文明に生まれた利益を拡散する事。

1つはエリュシオンの野を管理する者を用意する事。

 

 

そこにメディアと言う女性の幸せや一生は微塵も含まれていなかった。

ヘカテーも女神の話を伝え聞く限り、その在り方については女神も同じだろうと思った。

何せ結果的には師匠でありメディアに近しいヘカテーでさえも一度は他の神々に同調したのだから。

 

実際、女神は普通の人間の100倍の価値がある人間がいたとしても、

その人間の悲劇的な死によって1000倍の効果が得られるならそれを選ぶこともあった。

だが、彼女のイアソンとの間に生まれ都合の良い事だけが大好きなコリントス人に殺される事になる子供たちは13人。

その13人が全て母ほどの素質を持つなら10倍程度の損失は補填できる、と。

女神はそう考えるだろうとヘカテーは想定した。

遺伝子を尊ぶ女神にこそ有効な作戦だった。

 

ヘカテーはそこに賭けた。

見過ごすしかないのならそうするが、見過ごさない事が許される手段が目の前に然りとあるのなら、

それに乗らない手は無かった。

 

ヘカテーはゼウス(神の王)モイライ(運命)ヘルメス(噂好きのスピーカー)の目を掻い潜り、女神に接触した。

女神はヘカテーからその依頼を受けるにあたって報酬とは別に条件を出した。

それは先程神々が望むと提示された2つの条件をヘカテーが責任を以つこと。

 

それはつまり、どう転ぼうと後始末を付ける実行者はヘカテーであり、

女神は好きに掻き回して、神々に睨まれる責任だけを受ける、と。そういう事だった。

その条件で女神は依頼を受けたが、

もしかすれば単純にメディアが神に連なる故に家畜では無く、その個体としての価値に尊重があった可能性も捨てきれない。

 

また、所謂『根源』を管理する神であるヘカテーは、その性質故に『事象そのもの』のような虚無的で事務的な性質もあったが、

故に万能を知るにも拘らず、何故弟子を救おうと思ったのかは理解が遂にできなかったという。

 

 

かくして、女神によるメディアの為のヘカテーの作戦が始まった。

最初に行われたのはエロスの『愛の矢』の防御の偽装だった。

 

万能の知識と歴史の収束を知る者のスペシャルタッグの第一関門は早くも困難を極めた。

正攻法的に、『恋愛には恋愛』を用意しようとした。

2柱は所詮自身の恋愛すら良く解かっていない母親のお使いのクピド神に『恋愛』で勝てると思っていたが、

2柱とも割と、いや、かなり男受けが悪い性格をした残念系処女神。

見た目故に実際相手は選ぼうと思えば選びたい放題だが、選ぼうと思った事の無い2柱。

故に、『恋愛』による正攻法は諦めて、『恋の魔法』に対して得意分野である魔術的アプローチにおける正攻法で攻める事にした。

 

即ち、世界と言うシステムに介入する為に、女神はヘカテーを拉致、監禁、心理支配という、

何とも白々しい形を取り、メディアに『良く解らないとされる変な加護』をシステムの裏側から押し付けた。

 

即ち、外部からの心理影響作用を阻害する術であった。

そんな方法があるなら拉致監禁の後の心理支配を受けてなどいないだろうといったツッコミは封殺である。

 

かくして無効化呪文による『愛の矢』の不発でメディアは強制的で盲目的なイアソンとの恋を壊された、

ハズだったが、見た目とシチュエーションだけは『白馬の王子様』なイアソンに普通に惚れたメディアのせいで、

作戦そのものが無意味になった。

 

その後、歴史通り、メディアが来ると狸寝入りして気付かなかったフリをしてやり過ごすのが通例の竜を通り過ぎて、

彼の守護する金色の羊毛をイアソンは奪い去った。

勿論竜は起きていたのだが、

 

    自分の財宝<メディアの面倒くささ

 

である。故に仕方ない事だった。仕方が無いので、竜はそこらへんにあった花やお菓子を代わりに財宝とすることで納得する事にした。

そんな竜だったので、神秘が薄れた時にはかなり早めに世界の裏側に追いやられたのは当然だったともいえる。

 

 

次にイアソンを追っ手であるメディアの父親から逃がすための犠牲となったメディアの弟アプシュルトスの救済であった。

これについては女神はアプシュルトスに興味が無い為に全然乗り気では無かったが、

ヘカテーから報酬の上乗せを提示されて。取り敢えずアプシュルトスの身体の構成を弄り、

プラナリアやラッパムシの様な再生能力を付与する事にしたが、

これについては恋に盲目でも、自分の意志で盲目であったメディアは本来神に操られた時よりも幾分も理性的で、

追っ手を追い払う手法として実の弟をバラバラにして海に撒くという方法は取らず、

普通に自分達の船の帆に追い風を、父親の船には凪や向かい風を向ける事で乗り切った。

アプシュルトスは結果として只のびっくり人間になっただけだったが、

後のコルキスで内乱によるクーデターが起こった際に不死の王としてこれを治め、君臨したという。

 

次に、アルゴノーツ号の英雄大集合のごった煮の様なイベントには、

女神が直接姿を現してヘラクレスに、

 

「神がヒトと交じりしことにより定められし限界を超えるという事ですか。

効率上考慮に値しない事は無いですが、下々の血を入れるとは少々穢らわしいですね。」

 

と、純血でなくなったサイヤ人のハーフが初期成長値が高いけれど、

スーパーな第4段階には成れない事を憐れむように言った事で、

神の血を入れたくて生まれてきたわけではないヘラクレスがブチぎれたり、

何故か女神のビジュアルがキュンキュン来たのかメディアに『お姉様』とヤバい方向に慕われて、イアソンが少し嫉妬をしたり、

不死身のアプシュルトスが勝手に泳いだり溺れたり流されたりしてアルゴー号を追い続け、

道中で何度も勝手に死んで生き返った事で狂気に侵され、

 

「姉さん姉さん姉さん姉さん姉さんひぃぃやぁぁぁっ!!

優しい姉さん、罪深い姉さん、愛してる、愛してるよぉぉぉぉ。

姉さんの優しさが僕を殺した。姉さんの美しさが僕を殺した。姉さんへの愛しさが僕を殺したァ。

さあ、僕の夢に抱かれて共に死ねェ。ひゃぁぁぁっっぁぁぁ!!!!!」

 

とイカれるも、流石にドン引きしたメディアにあっさり『治療』されて、

昔のアプシュルトスに戻されると、眠ったままコルキスに流れる様に魔術をかけられて海に流された。

眠っている内に岩にぶつかって本来の神話の様にバラバラになって流されるも、

結局コルキスの海岸では綺麗に集まって復活し、

『人魚姫』の王子様のモデルの一人になった。

 

まあ、そんなどうでも良い事は置いておく。

 

 

 

病的な愛を向けるメディアに対し、余所の女に靡く様になるイアソン。

これに対する対処は、『ワカメ』だった。

 

イアソンは致命的に捻くれている故に、メディアを救うならイアソンだけ改変すれば良かったと言われるレベルだった。

その性質は割と煽てられることに弱く、それを識る女神はそこを突いた。

所謂『増えるワカメ』による飢饉の解消だった。

 

コリントスに着いたイアソンはメディアが女神から教え込まれた『増えるワカメ』を見た。

これは世界を巻き込む商売になるとこの時彼は感じた。

海で取れたワカメをメディアの魔術で速やかに縮んだ『増えるワカメ』とし、

後に世界的な増えるワカメメーカーのイアソンメディア社の名前の由来になるほど有名な事業を夫婦で行った。

彼らが起こした商会は瞬く間に拡大し一つの国にまで成長した。

イアソンが経営を行い、増えるワカメの制作はメディアが行った。というかメディアしかできなかった。

この事業を以って飢饉を国内から絶滅させた名君として民から夫妻は称賛されることになった。

 

イアソンは後に大してカッコ良くも無い『ワカメで成功した者』の名を与えられるが、

彼はそのカッコ悪い二つ名を苦笑いしながら喜んだという。

 

 

結果的にイアソンを通じて小国の文化を拡散した上に、その中に『増えるワカメ(万能保存食)』を追加する事になった。

そして7人の息子と7人の娘に囲まれたイアソンとメディアの前に、末の娘が2歳の誕生日を迎えた日に、

再び女神は姿を現した。

 

女神は告げる。

この歴史には上書きされた下地となる事象群があった、と。

その歴史を映像として見せられたメディアに女神は命令した。

 

エリュシオンへと向かい管理者となれ、と。

 

嘗て同じ船に乗った事のある女神に対してイアソンは怒りを向けた。

この平穏を奪うのか、と。

 

それに対して女神は『増えるワカメ』の制作方法は既に素質ある彼らの子供たちに受け継がれている故に問題は無いだろうと答えた。

女神には人の心が解からない。

故に、夫から、子供達からメディアを引き離そうとする事に反対する理由がわからなかった。

もし、今以上に子供達を作り続けると彼らが主張したなら優秀な遺伝子を増やすという意義を感じたのだろう。

優秀な遺伝子を集め、優越な遺伝子を固める。それこそが女神の常套手段であるが故に。

とはいえ、優秀な遺伝子を遺す目的は達成され、ヘカテーから報酬を手に入れた以上、女神にはそれ以上はどうでも良かった。

 

メディアは自分がかつて捨て、そして手に入れた『家族』からの愛にそこで満足してしまった。

メディアは夫と子供達への祝福を条件にエリュシオンへと去る事になり、

後年それを追ってメディオスに跡目を譲ったイアソンが一人でアルゴー号で海に向かう事になる。

その後イアソンが目的地に着けたのかどうなのかは歴史には残されていない。彼の消息はそれきりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は過ぎて、ある時代の特異点に彼女は呼び出された。

そこで召喚を通じてソロモンを名乗る者に魔術的に支配され、

彼女にとって悲劇を喜劇に変えた存在であった『もう一人の師匠(お姉様)』の姿を幻視しながら、

この世界ででも近くて遠くに置いて行ってしまう事になった共に召喚されていた夫イアソンに謝罪し、

その意識の根幹を悪魔に委ねることになった。




救済
旧債
久才





そういえば、全く関係ないですが、エディプスコンプレックスの元となったオイディプースは、
父親に死を前提とした追放を行われたわけで、父に恨みがあって当然だし、長男故に王位継承権があって問題が無い。
もし、オイディプースを騙った別人が王妃(この時点では女王)にすり寄ったとしても、そうすれば母子婚ではないので問題は無い?
故に、クレオーンは結局簒奪者が相手を貶めて自分の母親ごと葬っただけとも認識できてしまう。
う~ん、ギリシャ神話って凄く歪んでますね。


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第三十二話 『かいそう』

メディアと共に悪魔の偽王国陣営として呼び出されたイアソンは、二人の英雄がこの度アルゴー号の船員となった事を喜んでいた。

1人は槍兵のクラスで用事があって今ここにはいない。

そしてもう一人は、

 

「流石ヘラクレスだ。すごいぞ、かっこいいぞ。」

 

「いけっ、ヘラクレス!! そこで こらえる からの きしかいせいだっ!!」

 

ギリシャ最高最強の英雄にしてイアソンの親友ヘラクレス。

イアソンはこの無敵の助っ人が同じ陣営で現れた事でとても心強く感じた。

 

アルゴー号は海上で出会う海賊共に(主にヘラクレスが)圧倒的な格の差を見せつけた。

 

「ヘラクレス、そうだ。粉砕!玉砕!大喝采!だ あーっはっはっはっは。」

 

粉砕は兎も角玉砕して大喝采するのは如何なものかと思うが、

イアソンが楽しそうで何よりだと、史実と違って割と上手くいっていた幼な妻(メディア(リリィ))もご満悦である。

皆仲良しで(海賊たち以外には)優しい世界がそこにはあった。

 

 

本来、この物語に女神が介入しなければメディアがこの特異点における黒幕ポジションとして存在し、

カルデア組とエウリュアレと契約の箱を巡って争い、

最終的にイアソンが魔神フォルネウスに変えられるという流れになる。

その途中、ヘラクレスが主人公たちの策によって契約の箱に接触し死亡するのだが―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イアソン達から遠く離れた場所で、

女神は突如周囲の者達に話しかけた。

 

「方位143°距離20kmの方向に強力なサーヴァント反応を確認しました。

ダビデ、『契約の箱』を出しなさい。何故私達にまで隠しているのかは解かりませんが――――、

…勿論あるのでしょう?」

 

「…置いてきたと言ったじゃないか。

というか身体検査しても良いよ? 隅から隅まで。」

 

ダビデはそう答えるが女神は麗しく微笑んだままその視線は外さない。

 

「優秀な商人でありユダヤの王である貴方が馬鹿正直で純朴な筈が無いでしょう。

さて、目に見えぬ様に、手に触れ得ぬ様に隠した物を出しなさい。」

 

「…そこまでバレてたのか。」

 

ダビデは持ち主以外が手に触れる事も、見る事も出来ない聖なる布を『契約の箱』から外すと、

残念さを隠しきれない様に苦笑いをして指の先で弄んだ。

正直に言えば、この契約の箱は女神だけにはバレてはいけなかった。

最悪、この時代を犠牲に極めて危険すぎるこの邪悪を滅する覚悟がかつて国を治めた王にはあった。

それが今、種を暴かれたのだ。

救いはダビデの害意が読み取られてはいない事。少なくともダビデはこの時はそう思っていた。

故に今は黙々と女神に従う他選択肢は無かった。

 

固まった笑いで黙するダビデに女神は言の葉を紡ぐ。

 

「一時的に貴方と貴方の宝具の能力を大幅に引き上げましょう。

その上で投石器を使えば対象に『契約の箱』を接触させて絶命させましょう。

大丈夫です。もし対象が神霊に連なる者でも私が存在する限り歴史は消滅しませんから。」

 

その発言はダビデの真意を読んでいる様にも読んではいないようにも取れた。

そしてそれを態々確認するほどにダビデは愚かでは無い。

故に、女神の云うとおりに指示された方角へ投石機を向けた。

 

 

 

 

 

 

一方そのころ、イアソンは浮かれていた。

 

「この特異点の何処かにいる脆弱なエウリュアレ神を捕らえ、

神を生贄に奉げて最強の力を手に入れ、あの女神を粉砕する。

そして神に導かれたりなどせずとも、人は自身で未来を紡げることを証明する。

ああ、僕にも力があれば、そう、更なる力さえあれば…。」

 

人生の航路はその人生の船長たる自分自身が定め、進むもの。

断じて波風や定まりし運命(神の指図)などに導かれたりするものでは無い。

 

嘗て、一つの船の船長であり、一つの国の国王(船長)だったイアソンはそう考える。

それは思い上がった人間の考え方であり、敬虔を棄てた神への反逆であり、

2本の足で地を歩き、2本の腕で櫂を回す人間の生き様だった。

 

 

彼は地に足が着かぬ浮かれた男だったが、彼は元より船板に足を付ける夢見人。

浮かれていてそれ故に足元がお留守になる事だって幾度とあったが、

それが無くては彼では無かった。

夢も見れぬリーダーに誰も付いていきたい筈が無い。

彼には夢の船に仲間を乗せる稀有な才能があった。

ヘラの加護を受けたアルゴノーツのリーダーは伊達ではないと言えるだろう。

 

 

彼がその様に平常運転(浮かれて)いたところ、

高速で何かが飛来してきた。

 

それは彼が本来の可能性の中で探し求めていた片割れ、『契約の箱』だった。

その危険性を理解していたのか、単純に貧弱なイアソンを護ろうとしていたのかは解からない。

サーヴァントの身であるヘラクレスは横にいたイアソンを大きく突き飛ばすと、

飛来した『契約の箱』と入れ替わりになる様に箱に接触して絶命した。

 

 

それは余りにもあっけなかった。

イアソンが世界のあらゆる歴史の中において最も信頼する『最強』がたかだか箱に接触した程度で消滅した。

それはヘラクレスがサーヴァントの身で顕界したという事もあるだろうが、それにしてもあまりにもあっけなかった。

 

イアソンは自分が油断していたから避けられなかった故にヘラクレスが犠牲になったと理解した。

故にこの度(旅)だけはその油断を棄てる事を誓った。

それは浮かれる事捨てる事とは重ならない。それこそヘラクレスが友と認めた自分の否定であり、

彼との友情を汚すと感じたからだ。

 

本来のこの特異点におけるイアソンとは違い、『契約の箱』に価値を見出さなかったイアソンは、

故にその憎き箱を破壊しようと考えたが、触れてしまえばヘラクレスの二の舞、

それにこれを為した者への報復手段ともし得ると、

(メディア)に封印させて直接触れない様に魔術で剥がれる事の無い布を巻き付けさせた。

 

 

 

 

 

 

 

それから彼と妻と二人の長い船旅が続いた。

イアソンは友を喪ってからも明るかった。

だが、それは痛々しい空元気だった事は共にいた妻には解かっていたが、

それでもメディアはそれを指摘する事は無かった。

 

何故ならそれはイアソンの意地だったから。

それは他の誰でもない此処にいない友に向けた虚勢だったから。

それが理解できていたメディアは故に指摘する事は無かった。

 

船旅は続き、イアソンはある国に着いた。

そこは何処かコリントスに似ていた。

 

その国には粉雪が降っていた。

肌に触れると空気に溶けるように消え、そして僅かに体温を奪っていった。

イアソンはその雪を見て全てを理解した。

 

イアソンは雪を掴む。

雪の様なそれは接触したものの水分の熱運動を停止させる電子レンジの逆転状態の様なえげつないものでありながら、

その出力は広大な範囲とは反比例して極めて低く、当たり続ける事が無ければ、栄養を十分に取っていれば、

つまり寒さをしのぐ術や健康に優れた者には死ぬような影響など到底出ないものだった。

弱者だけを狙い撃ちする様な絶妙な配分の殺傷現象。

イアソンはそのやり口で確信した。

この下手人は憎むべき怨敵であると。人を家畜としか思わない人外の仕業であると。

 

イアソンは雪が嫌いだった。

とある女神の祝福である寒波を伴った粉雪は弱者を容赦なく葬送した。

イアソンの治める国でも善意の名のもとに身体の弱い者、雪を遮る屋根や風を防ぐ壁を持たない貧しい者を死の雪は葬った。

それは社会的に役に立たない者を淘汰する選別の純白だった。

国の貴族たちは暖炉で温まりながら明日には汚い路地裏の害虫たちが駆逐されていることを脳裏に一瞬だけ浮かべながら、

子供に絵本を読み、夫婦で和やかに語り合って、昇りくる太陽に感謝し、お休みのあいさつの後に眠りについた。

一方貧民街では食事こそ配給の増えるワカメのお蔭で困らなかったが、食糧で満たされた分今まで以上に働くことなく、

余裕が出来た資金は酒などに変えてその日暮らしをしている、貧しさが必然である家庭も少なくは無く、

その様な家庭の子供たちは落ちているマッチの火で僅かばかりに身体を温めては白き毛布に覆われて覚めぬ深き眠りに落ちて行った。

国民殆ど全てが家を持てる時代が来るまで女神の祝福は止まなかった。

これよりも後の時代を生きたアンデルセンのマッチ売りの少女などのモデルも女神に進化に能わずと切り捨てられた1人であった。

貧しくとも健気に学の無い身でも懸命に生きた少女の死は、アンデルセンの心に深い闇として残されたという。

 

 

 

イアソンは歓喜した。効率重視でそこにある人間の心を理解しえないやり口はあの女神のもの。

憎むべき女神のもの。そしてその女神に復讐し得る機会を得た事に歓喜した。

 

イアソンは憎悪した。かつて自分の治めた国で幾多の弱者が滅びて逝った。

イアソンとメディアによる増えるワカメ(西洋人にも消化可能ver)により食糧問題を解決し、

貧しい民でさえも明日を食い繋ぐ事ができない不安におびえる事は無くなった。

そして何処へ行っても感謝され大変気持ちが良い思いをしたものだった。

 

だが、イアソンに感謝した貧民たちは寒波を乗り切れず朽ちていった。

イアソンは工夫と勇気と努力で人が救われる話が嫌いでは無かった。

そして圧倒的な存在が弱者を踏みにじる理不尽が好きでは無かった。

故に強大にて強靭な選ばれし戦士ヘラクレスに最初から好感があった訳ではない。

それでも、ヘラクレスのその生き方にあこがれて友諠を育んだ。

そこには人の心があったから。

だが、それを解しない神々のやり方は正直イアソンにとって憎しみの対象でしかなかった。

イアソンに加護を与えつつも、妾の子(ヘラクレス)に厳しく当たるヘラはまだ良い。

そこにはまだギリシャ神話的人間性があった。

だが、女神や主神はそうではない。

完全な効率化の権化。減りすぎたから増やす、増えすぎたから減らす、

質が悪いから間引く、質が良いから拡大させる。

 

そこに人の心は無かった。

ただただ無感情な合理性だけがそこに在った。

 

 

イアソンはその国で凍え死んでいく人々を救う為に、自身のアルゴー号を小屋へと変える魔術を使うようにメディアに告げた。

小屋へと変わりもはや海に出る事が出来る形では無くなったが、そこに問題は無い。

王を経たイアソンにとって、アルゴー号とは世界であり、海とは星であり、船員とは民であった。

 

小屋、いや砦と化したアルゴー号は、この時代では失われた西洋人に消化できる無限に増えるワカメを供給し続け、

周囲一帯の雪を防ぐ屋根となった。

 

イアソンは人々を救いながらも脳裏に浮かんだことがあった。

それは今イアソンがいる土地の支配者の事だった。

 

 

 

 

便利な人材が自国の民を助けに来たことへの感謝と感じるか、

 

そんな便利なものを持つイアソンから全て奪って自分のものに変えようとするか、

 

それとも民に求心される存在が余りにも危険である故に貧民を利用して国家の秩序を転覆しようとしにきたとするか、

 

結果として答えは最後のものだった。

イアソンは捕らえられ連行された。

しかしその余りにも自身と覚悟に満ちた佇まいに民衆が彼こそ真に人の上に立つ者だと激昂。

『ワカメの王』を救えを合言葉に代官所を襲撃し、イアソンを救出した。

 

 

その様を知ったその国の王はイアソンとの会談を決意。

交渉事ならお手の物である嘗て実際に王としてその手腕を振るったイアソンにとって、

完全な敵対者の打破なら兎も角、自身の存在を許容させる終着点を見出させる程度訳は無かった。

何せ、相手にとって自身を殺しかけたという落ち度があり、自身が味方に付けば大きく国が発展する保証が出来るからだ。

王がイアソンがあからさまな危険でない内は排除しようとしない程度に善良だったことも原因として含まれるが。

 

即ち、他国との戦争に備えた有事兵糧担当官としての立ち位置であった。

そしてイアソンは無益に周辺国を併合する戦争に参戦する気はない。

それは余りにもスケールが小さく自由が無いとイアソンには感じられたからだった。

嘗て果てなき海を越え、永遠の墓場へと独力で辿り着いた男にとって、

一国の王であった時など所詮中間地点でしかなかったのだろう。

そして何よりも彼は銀河系軍団(星座登録的な意味で)アルゴノーツのリーダーだ。

一見ナヨナヨしていたとしても運命の荒波を超えてきた男であるが故に、

最終的にも不可能な事は無いという根拠のない自信があった。

 

 

無限に増える謎に栄養満点な魔法のワカメはメディアかアルゴー号を持つイアソンがいなければ存在でき無い故に、

イアソンはこの国に特別な英雄で無く只の民衆による巨大な乾燥ワカメ工場を作る事を提案。

それに加え、西洋人に少しでも消化しやすいワカメを探し当てる事を具申した。

 

嘗て古代に存在した伝説的な王であるイアソンとメディアの名を騙る2人に懐疑的な者も当初多くいたが、

そのワカメを使った内政助長手段から次第にそれに反発する者はいなくなっていた。

 

兵糧に不安が無くなり戦争へと逸る将軍や大臣などの王族を除く国家の上層部を諌め、

船旅とワカメの良さを語るイアソンは下級貴族の子弟たちにも支持され始めた。

 

ワカメを使ったスープや酒、料理などがその地方では瞬く間に広がった。

その事による空前の好景気も無関係とは言えない。

 

そうやって人々に称賛されてイアソンは今大きく浮かれて(・・・・)いた。

 

 

 

その有頂天な熱気の奥で、彼は今も降り続ける晴天の粉雪を睨む。

 

「人は神々などに導かれはしない。人が歩いた後を神々が称賛するんだ。

僕の航路(ロード)は他の誰でもなく僕が決める。

なあ、ヘラクレス。見えるか、僕を称賛する民の姿が。凄いだろう、カッコいいだろう。

見えるか、彼らが紡ぐ営みが。熱気が、喜びが、悲しみが、怒りが、希望が。

これが―――――――――――――――、

そう、これが僕たち人間(アルゴノウタイ)の力だ。

此処に人には神を超えられる可能性がある事を宣言する。」




回想
開創
開窓
改葬
廻送
壊走
海藻


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第三十三話 『りかい』

救世の旅をするカルデアのメンバーはあまり良好な関係とは言えない。

それが主に女神のせいである事は言うまでもない。

 

当初からかい上手のエウリュアレさんを自称する美少女がアルテミスの言葉に乗っかり、

女神の様子を見ながらけなしていたが、アステリオスを完全な怪物に変化させてその後にあった戦闘に活用する女神を見て、

からかうにも値しない、そして本音を言えばからかったりしたら神でもヤバいレベルと女神を認識し直した。

普通に同類の神を目的の為の生贄にしそうなところさえ感じられるからだ。

ぶっちゃけエウリュアレも又聞きでしか聞いたことが無いが神クラスの竜を女神が手駒として保有していることを知っている。

その強大な力を持つ竜のエネルギーを維持するのに一体何が必要なのかを想像する事すら恐ろしい。

 

嘗てギリシャをぶち壊した猪と竜の決闘は余波だけでエウリュアレたちが住んでいた島を津波で呑み込みかけた。

その際に竜の強化型召喚の為には国1つが生贄に奉げられることになったという。

結局その勝敗は搦め手により猪が、というよりアルテミスが勝利したという事も十分に恐ろしいが。

 

 

怪物を経験値ボーナス扱いする辺りはアルテミスも一緒だが、アルテミスにはアルテミスのヤバさが、

女神には女神のヤバさがある事をエウリュアレは理解した。

元々ギリシャ神話世界では接点が無く、女神って生真面目で冷酷な理想家なのだと大まかに聞いていた程度であったエウリュアレは、

アステリオスの力の大元であるゼウスにさえ、無理と言わせしめる女神のアレさを知った。

ヘカテーやメディア同様動かない人形なら激モテ系(つまりそのルックスでモテていない事はお察し系)女子な女神は伊達では無い。

 

海を渡った先でナチュラルに町に白い雪を降らし、

魂喰らいを小国規模で行う女神に流石にエウリュアレは咎めたが、

 

「大丈夫です。英雄になり得る魂は犠牲にしていません。

有象無象の下級の魂を質を補うための工夫としてミンチにして捏ね回して固めて加熱殺菌の様な処置をして、

そしてソースで美味しく頂くわけで、

私にも健康に問題は起きませんし、歴史への影響も大きくない様に潰す魂は選んでいます。

その命全てが力を合わせても為せぬ偉業を代わって為してあげようというのです。

寧ろ称賛されてしかるべきでは?」

 

ハンバーグを作る様な言い方で他者の命や尊厳を上品に食い漁る女神に、

エウリュアレは言ってることは神族理論的に間違っていないと思った。

けれど納得するには、彼女の感情は怪物(じゃくしゃ)に親しみ過ぎていた。

だが、何かしらケチを付けてやりたかった。

 

「…やりすぎると世界が崩壊する可能性は考えないのかしら?」

 

「問題はありません。どのみち消えゆく世界…。

いえ、この世界も残しておいても別に構わないでしょう。私の『力』で世界に張り付けられる程度に書き換えて――――、

そしてそれこそが最大の妨害になります。薪が無ければ暖炉は温まりませんから。」

 

エウリュアレは言っていることがわからない。

厳密には女神以外には誰もその意図が理解できなかった。

 

「言ってる事が解からないわ。

それよりも、一国が壊滅した事で隣国達がそれを奪い合う事で戦乱が起こる事への反省は――――貴女には当然ないわよね。」

 

「…? ゴルゴーンの姉、貴女はまるで人間のような事を言うのですね。」

 

エウリュアレは女神の顔を見た。その微笑の中には蔑みは無くあきれも無く、ただ無理解があった。

 

「この国は、周辺国との和平交渉で繋ぎ、周囲の戦争を起こさせない事で利益を得ていたそうです。

実際何もしなくても起こっていなかったところを少々手を加える事で自分の手柄と見える様にして。

王はそれなりには善良だと民衆には湛えられていました。故に滅ぼす事を選んだのです。

滅ぼした国が悪者扱いされるほどの善良の象徴が、自分から滅びたなら誰もに都合が良いでしょう?」

 

エウリュアレに丁寧に説明する女神。エウリュアレも神としての部分でそれは理解できた。

 

「――和平よりも戦争を、ということかしら?」

 

「和平とは平和の逆さ言葉。

故に和平から平和は生まれない。平和を生み出すのは戦争だけなのです。

国が餌場と化す事で戦争を誘発し、そしてこの国の民と王が望んだ様に勝者が併合し巨大化した勝国として平和が成り立つのです。

その平和の中にこの国の者は殆どいませんが、それでも理想の為に命を消費出来て彼らも本望でしょう。

平和と闘争のバランスは大事です。

平和は夏。木々は青々と実り虫たちが音を奏でます。

戦争は冬。木々も虫も弱きものから朽ちていきます。

繰り返す戦争と平和は血統を洗練するでしょう。

細分化すればするほど戦争が頻発な小競り合いになり管理しにくくなります。

ある程度の大きさを纏めておくことは必要です。

その為に小国が滅びる事を私は許容します。

勿論、重ね重ね言いますが優秀な存在は生かしておきましたので大丈夫ですよ。

優良は優越を産むのですから。」

 

実に神様らしい意見だった。

エウリュアレは自分が神である事も忘れてそう思った。

 

 

余りにもある部分では神様過ぎて、ある部分では人間的すぎて、

しかしその配分やそれぞれの在り方の位置が他の神々とさえ違い過ぎる故に、

ギリシャ世界の神々には蛇蝎の如く嫌われる女神の評価としては半分は正解であった。

 

女神は英雄未満の者達からも英雄を作ろうとしてコロシアムを用意して戦わせた。

 

「さあ、殺すには惜しく、けれども英雄には満たないヒトの仔よ。

殺し合いなさい。殺した者の命を自身の因果にくべる場を用意しました。

生き残り英雄になった者は私が祝福()しましょう。」

 

そう言って闘わせた。美しい女神に愛されるために、英雄になる為に、

歓喜の中英雄未満の者は闘い、そして殺し合った。

蠱毒の壺の勝者は所詮蟲であり英雄にはなり損ねた。

英雄未満の者では英雄になろうとしてもなれなかった。女神では英雄を作れなかった。

故に女神はそれらの失敗作を自身やオルガマリ―の為の食事や道具に、

及第点を満たした者は周辺国の将軍へと推挙した。

多くの蠱毒の王者が目標未満だった故に、それを喰らう女神自身やマスターであるオルガマリーを真の蠱毒の王者に押し上げたのである。

 

 

ダンジョンでの一件以来、

女神はオルガマリーが何時か何処かで自分に刺さった事がある何かの楔の様な何かに感じられた。

感じてしまった。そしてその感覚を誤魔化せなくなった。

故の加速的な破壊を行ったと言っても良いだろう。

 

オルガマリーはマスターとはいえ、女神がその選択肢を彼女に委ねない限り、

女神を制御する事も止める事も出来ない。

 

オルガマリーは必死の努力もあり、

克服できるかもしれないと思い始めてきた藤丸立香に対する一種の神格化と劣等感に再び呑まれ始めていた。

即ち、オルガマリーの代わりに立香がいたらもっと幸せな解決法を、

女神を抑える術を、女神に頼らない手法を確立できたはずだ、と。

 

 

女神は大きな国へとなりかけてある国同士の乱戦の勝利国に働きかけ、情報を集めさせた。

そしてその情報から聖杯を持つ可能性が高いのは英国なのにフランシスな大海賊のフランシス・ドレイクか、

黒ひげと呼ばれた海賊の代名詞、エドワード・ティーチの何れかだと確定させ、

その国に囮としても使える様にと船を2隻造らせて彼らを撃ち滅ぼす事にした。

 

成長していくオルガマリーに接する事が何処か苦痛に感じ始めていたことに目を付けたアルテミスは、

2隻の船の航路を別ける事を提案した。

 

片方は女神とダビデ、そしてエウリュアレとアステリオス。

もう片方にはオルガマリーとマシュ、そしてアルテミスたちが乗り込んだ。

 

アルテミスはあの女神が、自身に勝利したこの自分にさえそれ程の執着を見せなかった女神が、

嘗て無いほどに執着し、その成長、成長する仔の乖離に心を痛めているようにさえ見える、

外から見ればいとし子と呼べる少女に女神の邪魔なくじっくりと監視でき、試練を与えて観察しえる機会を得た。

 

「…後が恐くないか? 小熊を攫われた母熊は手におえない。」

 

小さな声でオリオンは彼を抱く月の女神に問う。

 

「同じ条件を持ち得る対象ならだれでも良いのか、それともあの子じゃないと駄目なのか。

もう既に分かっているようなものだけど、当の本神(ほんにん)が理解していないなんてとっても可愛いでしょう?

だから、イジワルしたくなっちゃうのよねぇ。

それにぃ、クマのぬいぐるみって可愛いじゃない。ダーリンもそう思うでしょう?」

 

それはひょっとして今のオリオンがクマのぬいぐるみの形をしている故のジョークなのか、

アルテミスには心底あの女神が可愛らしいのか。

きっとその両方なのだろうな、とオリオンは溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

あからさまに豪華で近未来的な船に乗った女神一行と最初に遭遇したのは勝利の女神を船に掘り込んだ船団だった。

特異点の起こした改変によるブーディカ信仰、即ちイギリスの船―――フランシス・ドレイクの部下の船団だった。

 

女神が手を差し向け「撃ちなさい」と命じると船の大砲が自動的に照準を合わせ相手の船を撃ち抜いた。

この時に女神の胸がプルンと揺れたのはある種のお約束であり、エウリュアレは歯噛みし、

ダビデはそれを風情だと鼻の下を伸ばしながら感じ取った。

 

女神側の攻撃に気が付いたフランシス・ドレイクの部下の船団は、

攻撃を開始しようとするが、そもそも彼らからの射程が到底届かない事は彼ら自身が一番理解していた。

女神側の射程が圧倒的に長いうえに爆発による破壊作用と、完璧に近い命中精度。

 

敢えて人間の持つ兵器に加護を上乗せするややこしいやり方をしたのは、

此方が直接神霊の類として戦闘を仕掛けた事を看過させない為だった。

 

女神は微笑を深めると海の中に幾多の魔物を放った。

竹ノコギリの様な細い歯を持つ鮫に似た古代蟲は女神の持ちうる魔物の中でも最下位に近い存在だった。

それは大きさからも見て取れる。怪物と言うにはあまりにも小さすぎた。

例えて言うならRPGで最初の町の周辺に放ち冒険に出たばかりの勇者の経験値に変わる為の様な所謂雑魚だった。

 

しかし海に落ちたら泳ぎ続けなければ生き延びれないヒトの仔を襲うには十分だった。

何度も挟むように削る様に水面に出ていない足や胴体を咬み、

そして浮かぶ気力を失ったものを餌へと変えて行った。

 

女神は一応、海賊になった者の中にも英雄になり得る者がいるかもしれないと、

敢えて英雄ならば経験値にできる化け物を餌として与えたのだった。

それは女神からのならず者にしかなれなかった底辺層への憐れみであり慈悲であった。

それでも、結局合格者は殆どいなかった。

所詮海賊にしかなれなかった存在では海賊以上の者には成れない。

 

よく大学に行った事よりもそこで何を学んだかと言う者がいるが、

レベルの高い大学に合格できる能力の証明という事自体が学歴判断の社会に統計的な成功を齎している点は否定できない。

 

女神の本当に珍しい気まぐれ染みた慈悲にさえ乗りかかれなかった船員たちは怪物のエサとなった。

 

 

 

女神にとって人材の運用とは学歴の高い者を雇用し、使えない者は速やかに解雇。

 

何もせず自宅で待機する事が仕事で、しかも週休6日で高収入と言う仕事があれば誰しもに天職となりうるだろう。

そんな誰でも出来て誰もが望む仕事でしか転職にし得ない者は要らない。

無能でも幸せに利益が得られる状況は社会や会社にとって害悪だと考える。

他社の数倍の成果を求められて、それを完璧に為し得る事で天職と出来る人材には十数倍の報酬は支払われるべきだと女神は認識する。

ダメな奴は何処へ行ってもダメ、出来る者は大凡何処ででも成果を為し得る。その現実は浮き彫りになるべきだ、と。

何せ高ステータス高スキル高スペックであれば基本的にあらゆる状況に対応でき、

低ステータス低スキル低スペックであればご都合主義な場所でしか幸せには生きて行けない。

故に同社内他部署への移転などは滅多に認めない。何処へ行っても無能は無能だと烙印を押して放り出す。

有能な者には関心を示すが無能な者には無関心。

それは能力が情態によって+-1割の変化をするとして10000の能力の者の最大増減値は上手くいけば+100の変化を示すが、

100しか能力がない者には-の方面に最悪の値として顕出しても所詮は-1。

100が99になったに過ぎない。そこに気を使うよりは10000を10100にする方が価値がある。

それに無能は成功への道が理解できず、もし理解できたとしてもそれを実行する能力が無く、

失敗し、そしてそれを挽回する方法が解からず、解かったとしてもそれを実行する能力が無く、

失敗の挽回に失敗し、その方法が解からない―――――――――――それがその者の無能具合に応じて続いていく。

そんなお荷物は敵にとられても構わない。元々大切な役割、その者にしかできない必要性を持っていない。

敵に回して切り捨てて共通の見下して優越を図れる踏み台として精々利用できればむしろ+になる。

それが女神の人事方針だった。

 

愚者の意見は耳に入れて思考する価値すらない。ましてや施行されることなどない。その必要も理由も無い。

だが、愚者は己の意見が愚かだから、愚かな意見しか出せない人間だから聞き入れて貰えないにも拘らず、

話を聞き入れて貰えなかった事に関して感情的に不快感を表す。

 

賢者は聞き入れられる意見や、賢者として意見が聞き入れられる土壌を作り上げて意見する。

故に往々にして賢者の意見は聞き届けられる。

それが実績となり、経験となり、自信となり、

賢者は更に質の高い意見、少なくとも質が高い意見と回りが扱わなくてはならない意見を出せる様になる。

 

例えば母親が不倫をしていて離婚協議をしている夫婦がいたとする。

しかし、例え正義が父親にあったとしても、証拠においても交渉においてもあらゆる面で妻が勝利していく状況があれば、

それが昔からの延長でそうなるのなら尚の事、

子供たちは無能な正義の父親を棄てて、有能な悪の母親に着いて行く。

幼少の砌から力無き正義が力ある悪に敗北する様を見続けてきた子供達なら、

きっと付随する有能さの無い正義の側には何の価値も無いと見限るに違いない。

正義だろうが無能では生きて行けずいいように利用されて破滅するのだと。

 

女神にとっては本来の女神の介入しない滅びゆく歴史たちはその無能な父親の様なものであった。

 

 

 

例えば2匹の動物に芸を仕込むとする。

例えば水族館のイルカでも想像すればよい。

片方はとても良く人間に懐いているが物覚えが悪い上に体も弱く複雑な芸どころか簡単な芸も覚えられず、

その上身体能力の問題で行える芸にも大きく制限が掛かる。

もう片方はあまり懐いてはいないが物覚えが良く身体も頑強で、

ひとたびやる気になれば瞬く間に複雑で高難度な芸を魅せる事が出来る。

人々にとってショーのスターになり得るのは後者だ。

努力する無能よりも、悪い意味でマイペースな天才に誰もが注目する。

 

女神にとっては人類はこの水族館のイルカの様な存在なのだ。

 

 

 

女神は人々が必死に生きて愛を紡ぐことは必要だとは考えていない。

有能な人々が成功の元により優秀な遺伝子を遺す事が大切だと、

人類(弱者)を餌に人類(大切な子供達)に潤沢な栄養を与えられる親になる事が必要だと考えている。

 

生物学的には親は自分の子供が底辺でも無条件に生きて欲しいのではない。

成功して子孫を優位に残せるように生き延びて欲しい。

故に、動物の親は障害児を切り捨てる。それに似た理屈だった。

 

 

無能には居場所は無く周囲からの侮蔑と嘲笑と無関心を。

有能には引く手数多で周囲からは称賛と羨望と関心を。

女神はそうある事に疑問は無かったし、そうあるべきだと世界への善意から認識していた。

 

故に、弱者を喰らう怪物が何時か何処かで強者の贄となるべく肥え太る様子を女神は微笑みながら眺めていた。

 

 

 

しかし、中には剣を振るいながら化け物を殺して生き延びる者もいた。

他国の貿易を妨害して自国の栄華を広げんとする軍人としてフランシス・ドレイクに従った者であった。

彼らは敢えて殺すだけでその存在の階位に少しずつ底上げを負荷する特性を付けられた怪物たちを魂の食事へと変えた。

 

女神はある程度の所で怪物たちを消すと、彼らに向けて小さな小舟を流した。

彼らは選別に耐えた。故に女神の支配()の対象となり、女神に服従する事の幸福を認識させられた。

つまり、怪物を倒したその褒美として女神の船の奴隷としてフランシス・ドレイクと戦う名誉(神罰)を与えられた。

 

 

 

 

 

魂を奴隷とされて尚、フランシス・ドレイクの根城を吐かなかった彼女の腹心の部下達は、

その魂に張り付けられたラベルを張り替えられ、

ドレイクを知識として知っているだけの彼女に何の感情も持たない奴隷へと変えられた。




理解
離解


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第三十四話 『つき』

女神が非人道的行動(平常運転)している間、オルガマリー達も船旅に興じていた。

正確には船上での女子トーク(+獣付き)に興じていた。

『女神』という種族全体に理不尽を(イコール)として感じていたマシュは会話に興じる気にはならないが、

アルテミスもマシュにはそこまで大きく執着を持つわけでは無い故に会話に参加しない事に不満を持っていなかった。

 

「ふぅ~ん、旧き血脈のエリート。カラーイメージは白寄り。本当に『翼』ちゃん好みの女の子よねぇ。」

 

そして撃たれ弱く女神に依存し易そうで、そして尚且つ能力は高い。

アルテミスはそんな表層的なデータ染みた分析とは別に、

乙女テイストな、所謂スイーツな思考でビビッとくる『運命のヒト(寵愛を受けし英雄)』的な何かが、

女神にとって存在したのだろうとも考えていた。

こういうものばかりは分析からは絞り込めない所謂恋愛と同じ類のものだとアルテミスは理解しているが、

同時に女神にはその部分は良く自覚が無いであろうことも理解していた。

 

「好み?」

 

そんな感情的な選別とは無縁そうな女神の姿をオルガマリーは思い浮かべてしまう。

 

「単純に必要性の問題です。」そんな言葉を使う女神の方が容易に想像できた。

 

 

女神の圧倒的な神気と力と微笑のせいで人間には到底そうは認識できないが、

同じ神々目線で見ると只のツンデレ型委員長タイプである。

故に可愛らしい。真っ直ぐで歪んでいて滑稽で無様で現実的で夢想家で勝利を目指す敗北者である女神が、

アルテミスには愛おしい。

 

「ええ、何ていうのかしら? 所謂『運命の赤い糸』? キャー、素敵よね~。」

 

オルガマリーもアルテミスも互いのビジョンが重ならないが、それは立場による視点の違いと言っていいものだった。

 

「……マシュ、これって所謂すいぃつ? ってものなのかしら?」

 

「…判断しかねます。」

 

すっかり、女神側として信頼は薄れつつあるオルガマリーへのマシュの反応はそっけないものだった。

そこに頭の悪い会話に巻き込まれたくないという意志が無かったと言えば嘘になるだろうが。

 

 

すっかり支え(話を押し付ける生贄)に逃げられたオルガマリーは大人しくアルテミスの方を向く。

アルテミスは表情は先程からのそのままに、去れど確かな女神として、

無知な人間に諭すようにオルガマリーに話しかけた。その在り方はどこか女神と重なる所があった。

 

「人間にしたらそうかもしれないけれど、神がヒトの仔に祝福を与えて特別な存在にすることは、

恋愛みたいなものなの。人間には理解できないでしょうけれどね。

 

あっ、勿論ダーリンは特別なんだからね。」

 

 

後半は何時ものスイーツ脳に戻ったアルテミスの二面性にオルガマリーもマシュも戸惑った。

余りにも相反する理知と盲目。

それがとても同一人物には思えない。特に一貫して冷酷な女神と言う神族しか知らなかったマシュにしてみれば尚の事。

 

満ちた月も欠けた月もどちらも同じ月だという当然の事を人格に当てはめて理解するには、

余りにも少女たちは新しい時代に生まれ過ぎた。

 

 

ただ、オルガマリーにはそれが女神にも適用できる話だと思える気がした。

それは女神を絶対敵性存在と認識するマシュとの視点の違いだったかもしれない。

愛だけでなく憎しみも人を盲目にさせる。いや、人に限らず神さえも視野狭窄にさせるのだろう。

 

だが、アルテミスの言葉を借りれば女神がオルガマリーに恋しているという事になるのだろうが、

自分に向けたそういう事には鈍感なオルガマリーにはその発想には至る事は無かった。

 

だが、そういう自分への感情に鈍感系女子(天然)故に他者の其れには興味が引かれるものだ。

 

「そう言えば、貴女とつば…わたしの所の女神様はどういう関係なの?」

 

オルガマリーは気になった事を聞く際に、月の女神が修正の女神に使う『翼ちゃん』のワードを一瞬使いかけたが、

所詮人間の身である自分が、神と人間と言う隔絶した距離を持つ身が、その呼称を使う事に気が引けた故に言い直した。

 

「―――おも…お友達? かしら。

それにしても、『私の女神』なんてやるのね。私でも『私の翼ちゃん』なんて中々言えないのに~。」

 

「えっ、そんな心算じゃっっ!?」

 

指摘されて真っ赤になるオルガマリーをからかうアルテミス。

一見その通りであったがオリオンには判った。その言葉の裏には僅かに見え隠れする独占欲に基づく憎悪――嫉妬があった事を。

しかし彼は巻き込まれたく無い故か、敢えてそれを指摘する事は無かった。

 

「そっ、それよりもその出会いとか、そういう事を教えてくれるかしら?」

 

「…いいわよ。私と『翼』ちゃんが如何に仲が良いのかたっぷり教えてあげる。」

 

その月の処女神の返しを小姑や当て馬のライバルヒロインの様だと思った事もオリオンは黙っておくことにした。

狩人は危険に敏感なのだ。

 

 

 

 

「あれは古い旧い時代の事。ギリシャ神話よりもはるか昔、

私がアルテミスでさえないときの話だったの――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘗てとある地方の最高神の1柱として太陽の神と共に治めていた。

そのころには『アルテミス』という人格化された名前すらなく、『月』そのものが信仰の対象だった。

 

太陽と月の下、人々は天上に敬意を畏怖を奉げた。

言葉も拙く、職業も分割されていない時代。それでも人々が生きていた大らかで冷酷な時代。

そこに『月』は見た。

 

触れれば折れそうな儚い少女が必死に人々を導こうとしているのを。

人々が耳を傾け無い故にヒトにとって恐怖となり得る力を振るい圧政を以ってヒトに意見を押し付けようとする、

必死で無様で自身の領域で無礼で邪魔な神格を。

 

『月』は見た。

少女には強大な力があった。しかしその在り方は余りにも弱弱しかった。

そして善良さに基づく明確な邪悪があった。

人々を苦しめて殺して増やして残してそのステージを無理矢理引き上げていた。

それは邪悪染みた善意だった。

『少女』は人々を導く『翼』であると主張したが、人々にとっては悪意の翼そのものでしかなかった。

『少女』に人々は付いて来なかった。故に『少女』は厄災に人々を追わせて導く先へと追い込む事にした。

厄災に追いつかれる者など、『少女』の目指す未来には必要なかった。

 

『月』は聞いた。

少女が必死で人々を導こう語りかける様を。

人々が邪悪な存在を遠ざけてくれと『月』と『太陽』に嘆願し懇願し請願する様を。

 

『月』は触れた。

まだアルテミスになっていない『月』は『少女』を追い出した。

そこに強弱の方法は無かった。只、理解の差があった。

 

『月』は嗅いだ。

『少女』の苦悩を、絶望を、信念を。

それが無ければ『月』は月になっていた。

 

『月』は味わいたいと思った。

しかし『少女』はその時には『月』から離れていた。

他でもない『月』が『少女』を追い払っていた。

 

 

時が経ち、(デウス)の概念自体が主神(ゼウス)となり、ギリシャ神話と言うグループに『アルテミス』の名前を以って、

『月』は太陽()と共に所属する事にした。

そこには『月』の知る『狩りの概念の擬人化』の姿もあった。彼は自身の以前の在り方を記憶していないようだったが、

『月』は『少女』はそのままであると理解していた。そのままであってほしいと願っていた。

 

そこに至るまでに再び神々の概念からすれば小規模な、それでも人々に対しては特効的に影響の大きい『女神』の話を聞いていた。

ゼウス(合理性)は『女神』を消滅させねばいずれ『女神(合理性)』以外の全てが崩壊すると恐れていた。

そんな中、『少女』の姿は変わらず『女神』はアルテミスの主に治めている地方に顕れた。

 

『月』から姿を大きく変えた『アルテミス』に『女神(少女)』は気が付く事は無く、

けれど『アルテミス』に『女神』は自身のやり方を邪魔しないように告げた。

 

 

 

「ギリシャ神話体系『月の処女神アルテミス』、私の邪魔をしないのならそれで構いません。

私は――――――――――――――――」

 

「『導きの翼』だったかしら~?」

 

 

「……何処でそれを。」

 

「ええっ、結構有名なのよ、貴女。

私の所の主神も大分警戒してるみたいだし~。」

 

ある意味において最も人間らしい(・・・・・)弱き女神を月の女神は改めて見初めた。

その感情は恋に似ていた。

 

「だからねっ、『翼』ちゃん☆って呼んでいいかしら~?」

 

「何を勝手に決めているのですか。

私にはちゃんと■■■……? 名前が…、」

 

 

 

「どうかしたのかしら~?」

 

「……別に関係ありません。貴女に名前を呼ばれる必要性も無いのですから。」

 

アルテミスには理解できていた。だが、それを『女神』に伝えはしない。

人々に名前を与えられる事無く風化してきた幾多の神格を見続けてきた為だ。

『目的』と『力』と『事象』によってその存在だけは固着されているが、

明確な信仰を広く長く敬意を以って受けてこなかった『少女』の末路がその様だった。

後に幾つかの信仰を受けた後でさえ、『名も無き神』である事は変わらなかった。

故にアルテミスは自分がその唯一の新しい名付け親になる事で、『少女』を手に入れたかった。

 

 

「じゃあ勝手に呼ばせてもらうわね。よろしくね『翼』ちゃん☆」

 

「……好きにすればいいでしょう。」

 

 

 

それが『アルテミス』と『女神』のなれ初めだった。

とはいえ、それを全てオルガマリーに伝える必要はない。

適当に『アルテミス』の部分だけを暈して伝えた。

 

 

 

 

『月』は考える。

素直で無い生真面目で無力な少女たちが定められた宿命に必死で走り抜ける姿は、

神もヒトも似ている、と。

『アルテミス』は考える。

とてもではないが、自分の『翼』が脆弱なヒト如きと重ねられて堪るものか、と。

 

 

 

ねえ、貴方ならどう見るかしらこの状況を。

(アルテミス)』は狩人になる前の旧き名前を呟きながらそう考えた。

 

その名前を呼ばれた本人は、聞いたことの無いどこか懐かしい名前に首を傾げるだけだったが。









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第三十五話 『ひょうじょう』

もし世界に100人しか人間を残す事が出来ないというのなら、

その100人には選りすぐられた人間が残されるべきだ。

そこに人権や公平性のバランスと言った泣き言を聞き入れる余裕はない。

例えば障害者枠の様なものは存在する訳が無い。

僅かな100人の中にそのような『無駄』は受け入れられない。

 

余所の集団で組織における重荷が増えようと知った事では無いだろうが、

己の存在する集団には重荷がいて欲しい筈が無い。

 

世の中には『無能』と呼ばれる人種がいる。

『普通以上』の人間には想像すら及ばない方法で、

チャンスをピンチに(・・・・・・・・・)変える力を持った存在だ。

やらなくても良い事をやり、やらなければならない事をやらず、

考えなくても解る事を考えて尚解らないというファンタジー染みた存在だ。

ある意味妖精や天使の類と考えても良い。

厳密には妖怪や悪魔の方が適当だが、それは敢えて言わないものとする。

歩きやすい様に荒れた山道を綺麗な階段に造り直したら、

不自由な脚だから階段を通れないという人間のような存在で、

その者に合わせてしまえば社会の利便化を妨げる事になる存在だ。

 

大抵物事を為す時に失敗したり、制度や速度に劣る存在は往々にして固定化されている。また、アイツかと呆れ声で言われる存在だ。

つまり、ダメな奴は何処へ行ってもダメでしかない。

努力をしてもそもそも他者にとって引っ掛からない程度の段差で、壁に出会ったように立ち止まる存在に合わせると、

全体の速度は著しく低下し、コストも著しく跳ね上がる。

『無能』は社会に、そして生物に求められる基本要件を満たしていない欠陥品でしかないのである。

 

社会においては『弱者への優しさ』というのは、

善意を自発的に行いたいけれど一人では行えないものという表の顔の裏に、

効率よく進んでいる機構を妨げる為のお邪魔蟲としてその効率化を良く思わない者に押し付けられる嫉妬と言う悪意から生じる存在である。

『有能』で集まって効率よく進む機構を足止めしたいライバルたちが人権という名のもとに押し付けるお邪魔キャラだ。

自称人権屋は何時も『弱者』を大切にしろと無駄な事を言う。

そんなに言うなら全ての『弱者』を弱者を鑑みろという主張者に押し付ければどうなるだろうか?

答えは簡単だ。破綻にすらいき付かない。

「どうして自分だけが」「こういうのは余裕のある人が」「社会全体でフォローしていく問題だ」

そう言いながら、最初に弱者を助ける為に実際に動く『1人目』には成ろうとしない。

他者に善意を強要してその善意を仕向けた功績に肖ろうとする社会の障害物にしかならない。

弱者は更なる弱者を助けようとすらしない。強者にあらゆる弱者を丸投げする。

『無能』は『有能』に負担を押し付けた上に不平を紡ぐのだから笑えない。

そして往々にして『無能』が『有能』に追いつくために借金をして大学院にまで行くというような、

リスクと労力を負わないと『有能』に追いつけないという当たり前の状況に不平を言うばかりで、

そのリスクと労力を持って追いつこうという覚悟すらない。

 

努力をして平均に届かないのなら素質の無い『無能』。

平均に届かないのに努力もできないのなら見込みの無い『無能』。

 

真面目に学校に行くだけで、真面目に学力を結果として身に着ける事ができない者、

真面目に学校にも行かず、その結果学力を身に着ける事が出来なかった者、

それらはどちらも低偏差値として表される。

能力か素行に問題があるから偏差値が平均に届かないのと一緒だ。

 

努力しない事と、努力しようとしてもできない事。

それは主観的には大きく違うのだろうか?

そこにはADHD等の本人にさえどうしようもない理由があるのかも知れない。

しかし、否が応でもその影響を受ける周囲からの客観的な視点からは何の違いがあるだろうか?

結果として努力していない為に進歩が無いだけだ。

努力しようとしてもできない苦しみなど他者にはどうでも良い問題だ。

たとえ本人にとっては解決の難しい問題でも、他者にとっては寧ろ、

そんなどうでも良い事よりも、それを解決してくれない事こそ、

赦され難い問題(・・)だ。

努力しても無駄かもしれない。普通の人が10の努力で10の上昇結果を出す所を、

100の努力で1の上昇しか無いかもしれない。

だが、周囲にしてみれば非効率的だろうが、彼ら彼女らに努力を免除させる理由にはなり得ない。

余所の集団で善意でお荷物を皆で背負いあっているのは気にしなくても、

そのお荷物を自分達が背負う事は御免だろう。

 

その意味では素行が悪くて、勉強への熱意が無い者と、

努力しようとしても努力が出来なかったり、ただ単純に頭が悪すぎて真面目にやってもダメな者、

努力をしようとしない者も、努力ができない者も、努力してもダメな者、

そのどれもが『望まれる結果に帰結しない者』である故に、

偏差値や学歴で人を数値化して判断する事は、例外もあるだろうが、

統計的には間違いのない手法だと言える。

 

数字の上で人を判断する事の是非はともかく、

それ自体は可能であり、それによってそもそも求められる前提に至らない者に、

求める事は何もない。

 

それらを切り捨てて磨きをかけていけば、母数は減るだろうが、

質の良い純度の高い高みに至る集団が出来る。

集団と言うのは目的をこなせる最小限度より少し多いくらいで良い。

数の嵩を増すために『無能』を押し込むと足手纏いで成果が低下する。

 

もし『無能』であることを『個性』だと言うとしよう。

『個性』なら伸ばして長所にできる。努力して『才能』として伸ばさなければならない。

もし、その『個性』を伸ばして社会にも己にもマイナスにしかならないのであれば、

それを『個性』と呼んではならない。

『欠陥』としか呼んではならない。

 

敢えて悪辣な物言いをしよう。

差別的な表現をすれば、片足が無いのが『個性』だとしたら、

『個性』を伸ばすためにもう片方の足も無くせば『個性』が更に花開くだろう? と。

そんなオンリーワンに近づいたところで、誰かが負担する重荷が増えるだけだ。

そしてそれを解消する為だけでなく、その負担をかける本人の生存や快適さにさえ、

社会が資金や権利などの『武器』を与える為に負担を受ける。

そしてその武器が正しく振るわれる保証さえ誰もしてくれない。

 

『弱者』に強い武器を持たせて『強者』と対等な結果としての平等を目指す社会があったとする。

その社会の人権的なものを差し置いて文明の成長度は期待には値しない。

何故なら、如何に強力な武器を持とうと、その持ち手は所詮『弱者』である。

今まで負け続けてきたものが、厳しい戦いに赴こうとするだろうか?

赴いたとして、その武器の強さに浮かれて奢る事は無いだろうか?

答えに明るい結果は期待できない。

 

笑いと言う行動にさえ、関心を払わなければならない相手かどうかという権力差の前提が含まれる。

怒りと言う行動にさえ、相手が敵いうる相手であるかどうかという前提が含まれる。

悲しみと言う行動にさえ、周囲が関心を示して配慮してくれるかという前提が含まれる。

 

個人の感情の表現にさえ、周囲におけるパワーバランスが存在する。

動機にすら前提条件が存在する以上、その帰結に前提条件が存在しないわけがない。

 

即ち、『無能』は行動の結果の以前に、その過程、その始まりにさえ制限を受ける。

即ち、『有能』は行動の結果の以前に、その過程、その始まりにさえ優遇される。

 

才能の差は最後の一手でなく、常に補正が掛かり続ける。

月に1.1倍の利子が増え続けるものと、それが無いものがいるとする。

それが3年の月日が経てば1.1×1.1×1.1×1.1と続く事36回。

その倍率は本来の約30倍に成り果てる。

 

1.1倍なら取り返せると考えるかもしれないが、30倍の性能差は覆せない。

3年で無く、1年でも1.1倍を12回繰り返せば約2倍の差が出る。

例えば全身の筋力が違う2人がいたとして、彼らが殴り合うとしよう。

そして握力だけで1.1倍の違いが出るとしよう。

其れだけでなく、背筋や上腕二頭筋、前腕部、足腰の筋肉……―――――と様々な部分でそれぞれ1.1倍の差があるとしよう。

それらがうまく連動すれば単純にパンチの打撃力には大きく差が出る。

 

例えば一人で計画、立案、準備、調整、実行、直接判断、不測事態対処、修正、補備、説明、公開の全てを指揮する者が2人いるとしよう。

片方の能力はもう片方よりも全ての段階で1.1倍の差が出るとしよう。

それらがその通りに進んでしまえば、その結果を見た時に周囲の評価は1.1倍では収まらない。

流石に能力に倍程度の差が出てくれば、最早、毎回成功する者と、毎回失敗する者が出てきてもおかしくは無い。

その倍の差で合否が決まる場合が各過程の内1回でもあればそこで話すら終わってしまう。

 

劣った方は、完全な下位互換として優秀な存在の半分程度の人材価値とみられる。

そしてその優秀な方の半分以下の価値で、組織に求められるボーダーラインを超えられるかどうかは判らない。

要求を超えられないかもしれない存在を何時まで許容できるだろうか?

許容したとして、他の組織との競争に勝ち得るだろうか?

そもそも許容してその組織の存続が成り立つだろうか?

故に、『無能』は切り捨てられる。

 

これが『無能』と『有能』の価値の差である。

 

 

 

障害者など弱者を叩くと「お前が、お前の子供が障害者になればいい。」

という返しが来る社会は良くない。

障害者の社会へのマイナスであるかについて議論しているのに、

自分や家族が障害者になった時に助けて欲しいか叩いて欲しいかという感情論へのすり替えが行われている。

 

障害者で不細工な人生は不公平だと能力が他者より低い事に不平を言う事を許す社会は良くない。

単為生殖でなく有性生殖を選んだ種族は須らく前提で生物として不公平を推奨している。

そうでなければ全てがクローンの社会を作るしかない。

そして多くを持ち得ぬ者が持ち得た物を持ち得る者が奪える社会は効率が更に良い事を否定する社会は良くない。

例えばゲームで種族値の高くないキャラクターが特定のアイテムを持って出現する場合、

そのアイテムだけを取り上げて捨てたり使い潰す効率化方法は良くある。

所謂○○牧場や引換券と呼ばれる存在だ。

女神が藤丸立香が持ち得たマスターとしての才能をオルガマリー・アニムスフィアに移植したのと同じである。

無能だが優秀なアイテムを持つ存在が存れば、奪い取って優秀な存在に宛てがい、

優秀な個体が優秀な装備を持つという最強状態を作る方が良い。

結局、世界を回すのはほんの一部だけなのだから、その一部を強化した方が良い。

その物の効率的に活用された時の価値も解らない未開の地の土人には勿体無い資源を文明人が受け取って活用してあげる事と同じだ。

その為に、奪い取られた上に切り捨てられる敗者がいるのは仕方ない。

その分勝者が確りとシステムを美しく運営すれば敗者も報われると言うものだ。

途上国の内紛を煽ってでも、経済を発展させず嗜好品の値段を抑えさせることで、

先進国の国民が美味しいお茶やお菓子を安価に手に入れられるなら、

貧困国の子供たちが飢えて死んでいく事にさえ意味がある。

 

 

女神はそう認識する。

 

女神は人類と言う種族を存続させることを使命と定められた。

それは全ての人間を一人一人救う事とは重ならない。

それは会社を救う事と、無能であっても社員の1人も切り捨てない事が同じではない事と同じだ。

 

故に女神は当然の様に弱者を切り捨てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女神一行が遭遇する船団と出遭っては、極めて自然な流れで海に突き落としては化け物のエサに変えていく、

最早どちらが悪の海賊かわからない(今更な)状況をこなしながら進む中、

遂にドレイクの拠点に迄辿り着いた。

 

ドレイクの元部下達を使って、拠点に先行させる。

勿論、その部下達の乗る船には火薬をしっかりと積んであった。

 

 

 

 

ドレイクの拠点であった港が爆発すると同時に、

女神は港を含む一帯に向けて一斉に砲火を放ち立てると共に、

自身も肥えた飛び魚の様な爬虫類と氷刃の背びれを持った魚を大量に呼び出しつつ、

目的地周辺の酸素を凍らせて雨と降らせた。

 

 

戦争は相手が準備する前に一気に戦闘員も非戦闘員も関係なく叩くのが良い。

特に人権やニュースが発展していない時代なら尚の事。

敗者の意見など誰も聞く耳を持たない。負けた方が悪い原則が確りと働く。

 

 

 

燃える港を気化した酸素が助長して家屋が崩れ燃えていく。

これで更に火を消せたとしても復興に時間がかかり拠点としての使用までの必要時間を先延ばしできる。

 

何より、民間人と海賊の区別を付けず遠距離から範囲制圧的に抹殺する方が効率が良い。

 

 

例えば太平洋戦争においても、片方の国が相手に宣戦布告する前に敵国全域を核で爆撃していたら戦争にさえならなかった。

 

大日本帝国が大量の空母と核爆弾でアメリカ全土に同時核爆撃を行うと同時に宣戦布告すれば、

リメンバーパールハーバーという言葉さえ存在しなかっただろう。存在させなかっただろう。

負けた国は歴史の検証さえ許されない。無様な遠吠えを危険な屁理屈とされて嘲われる。

 

世界が同等の一撃必殺たる核兵器を持ち、世界中を互いに衛星で監視できる世の中にはまだまだ程遠いこの時代、

正しく勝者が歴史の正義になる。

21世紀の日本人の中にも後々謝罪と賠償を請求しながら日本に嫌がらせと工作を働く外国人をこれ以降作る位なら、

北の敵対国家に核爆弾で国民ごと一掃しろと考える者も少なくない。

それはかつて日本に核爆弾を落としたアメリカ合衆国民の意志と同じだった。

 

 

非戦闘員が生き残ったからWWⅠからドイツは息を吹き返した。

非戦闘員の生き残りに怯えて常に中国は皆殺しを実行してきた。

極論、非戦闘員など存在しない。

ドレイクの元に集い住まうもの全てを飽和攻撃で抹殺すれば遺恨の根も残らない。不安の芽も遺らない。

夏の怪談の様に登場人物が全員死んだ筈なのに不思議とそこを見たように鮮明に語る語り部などいない。

そこには屍と言う沈黙の徒が転がるだけだ。

 

少女が青年が老人が妊婦がありとあらゆる人々が悲鳴を上げるのを意に介せず、

女神は裁きとして自身の意を通す。

この戦いにおいては未来に戦士となる子供達や、戦士を産む母親を抹殺しなければならないほどの長期戦は全く想定していないが、

そうでなくても、後の遺恨で思わぬところで妨害が入るよりは、関係する地域や民族を一掃するのは効率的には理に叶っていた。

 

 

 

ましてや、『神の御加護』の下という大義名分まで用意してある。

…尤も、女神が率いているのは女神の事を嫌っているサーヴァント達と、

洗脳された優秀なドレイクの元部下達だけなので、その意味はまったくないが。

 

 

そして燃える炎が酸素に煽られて町に広がる。

ドレイクただ一人を抹消する為に罪も無い人々を犠牲にする。

聖杯だけが残ればよいとの考えによる女神のやり方だった。

 

 

 

 

しかし、その炎は直ぐに鎮火されることとなった。

港の上空を暗雲が立ち込めて、暴雨と風が巻き起こった。

 

雨に消されていく炎。

その中から顕れたのは傷一つない無敵の船団だった。

 

聖杯を片手に、その力で編み直された壊れた船々の先頭にある船の先で、

頭から血を流して震える膝で手摺に掴まる女性は、女神の狙うフランシス・ドレイクその人だった。

 

 

 

 

 

女神は少しホッとする。そこに聖杯があったから。

無駄なエネルギーの消費をせずに済んだという事だったから。

そこに在るハズの物を探すよりも、目の前にそれがあった方がストレスもたまらない。

 

女神は聖杯の力で壊れた港の上を滑る様に進む船団の上から降る雨の下に、

冷気の膜を作った。

 

そして、その膜を通り過ぎるだけで雨が氷となって降り注ぐ。

鎮火した町に今度は凍てつく雨が降り注ぎ、気化する事で気温を下げ町の住民の体力を奪い、

弱い者から殺していく。

 

 

 

 

「…アタシも悪魔、悪魔と言われたけどね、そのアタシでも、

これをやってくれた奴にはこう言いたいよ。

―――――――――――この、悪魔め。」

 

「……敗者の恨み言には何の価値もありません。

ですから、私に聖杯を渡しなさい。

それで全てが解決です。」

 

 

ドレイクの怒りは女神にはまるで届いていない。

探し物の為に草を刈ったら探し物が見つかった。

只その探し物は動物の背中に括り付けられていた。

 

それが文字通りその通りの女神の感想だった。

故に動物がこちらに荷物を届けに来るのならそれで良し、

もしそうでないのなら猟銃で撃ち抜くだけだ。

 

 

「アンタには良心の欠片ってものが無いのかい?」

 

「海の略奪者がそれを言うのはどうかと思います。

ところで、それを渡してくれれば全て解決なのですが。」

 

 

「…っ。 こんな杯一つの為にこれ(・・)を引き起こしたってのかい。」

 

「それの価値を知らなかったのですか?

貴女の後ろにある有象無象よりよほど大事な物だったのですよ。

では、それの価値が解ったところでそれを持つに相応しい者に渡す栄光を与えましょう。」

 

 

話が通じている様でまるで噛み合わない。

まるで動物が何を考えているか解らないにも関わらず、

勝手に一方的に語りかける人間のようである。

というよりは「良い仔ね~ワンちゃん、それを私に頂戴。」と犬にでも語り掛けている人間そのものだった。

犬がワンワン言っていてもその意味をまるで理解はしていない。

理解しようとも思わない。只々自分に都合良く考えているだけであり、

その犬に噛み付かれそうになるのなら、当然―――――――――

 

 

「ふざけるなっ!!  全門解放、照準は全部アイツ一人にだ。

全力で打ち掃えっ!!!!」

 

 

 

ドレイクの命令で最大火力で撃ち放たれようとする全弾砲撃。

それを前に何時ものように変わらない微笑を浮かべる女神。

 

「首輪が高価なのでそれを持って来てくれるのなら優しく外してあげようと思ったのですが、

首輪の価値を自分の価値だと勘違いして噛み付こうとするのなら、

首を落とす手間をかけなければいけないのです。

本当に面倒ですよね。

ゴルゴーンの姉、貴女もそう思いませんか?」

 

 

「えっ、私!?

…そう思う訳ないでしょう。

それより、相手は全力で攻撃してくるようだけど、どうするのっ!?」

 

 

エウリュアレの言葉に、女神は珍しく折角この私が話題を振ってあげたというのに、

太鼓持ちの回答すらできないのでしょうか、と内心でエウリュアレを残念な子扱いしながら答える。

 

可愛さで魅了する事は得意でも、物理的な攻撃に対する耐久力には自信が無いエウリュアレは余裕が無いのが当たり前だが、

女神にはそのような事を考慮しない。

 

迫りくる砲撃を前にして以前庇われた恩義を返さんとアステリオスがエウリュアレの前に立ち塞ぐ様に構える。

少々乙女心に来るシチュエーションであるが、生命力的には普通の乙女と変わら無い故に、

生命の危機的な意味でからかい上手のエウリュアレさんの心臓はバクバクであった。

ダビデはエウリュアレとアステリオス自身はアステリオスが何とかすると見切りをつけて、

自身の飛び道具で自分に直撃する恐れのある砲撃にだけ迎え撃ちながら回避する態勢に移った。

 

余裕を絶やさない優雅さで海水を使って巨大な氷の壁を造り出す。

性格には少々どころでない難がある女神だが、その性能に関しては文句はエウリュアレでさえもつけられない。

 

しかし、女神はエウリュアレの心臓よりも何より勝利条件の効率を意識するあたり、

何時も通り共感性の薄い系乙女であることは今更であった。

 

 

敢えてヒビが入りやすい様に作られた多重構造の氷の壁。

それは相手にとって砲撃の効果が目に見えてとりやすく、注意がそこに引き付けられやすい様に作られた囮でもあった。

 

女神の本命はヒビが入って透過性の落ちた氷の向こうに女神がいると思い込んだドレイクが攻撃を続けている間に、

単身で直接乗り込んで制圧する方法。

 

 

それを転移で行っていれば良かったのだろう。

しかし、女神は余裕と油断を履き違えた。

 

敢えて注視すれば視認できる程度の超高速移動で海面スレスレを移動して黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に接近する。

 

 

 

 

 

 

 

ドレイクは当初ヒビが広がっては欠けていく氷の壁に只管砲撃をかける事を命じていたが、

何か致命的な違和感を感じ始めた。

何かこのままでは究極的に停止する様な極限の閉塞感。

今なら掴める未来が遠ざかっていく感覚。

一秒ごと、いや、一瞬ごとに急速につながる未来へのアンカーが減っていく実感。

 

ドレイクはそのアンカーの一つを手探りで無理矢理引き寄せるイメージを心の中に浮かべた。

と、同時に直感的に視線を動かした先にそれはいた。

海面を滑る様に迫る女神が。

 

目標を船から女神に変えて、時間差を組み合わせての範囲攻撃。

それがドレイクの出した答えだった。

 

女神は速度を上げながら進路方向を斜めにずらしつつ、右手を海面の中に突き刺した。

それにより引き起こされる女神の後ろに棚引くような水の壁。

そしてその壁は生み出されると共に凍っていく。

 

しかし、その追随する氷の壁により視認による進路が読みやすい。

ドレイクはそう思い、魚の背びれの様に伸びる氷が発生していく先に照準を合わせて―――

またしてもそこで違和感が脳裏をかすめる。

 

ここでドレイクはまたしても脳裏に浮かぶ選択肢のアンカーを掴み、強引に引き寄せた。

 

同時に再び直感染みた思考が流れてくる。

何時の間にか、女神の移動に伴う副産物自体を目標に眼で追って来た。

だが、女神によって追随する氷の壁が発生するが、

その先頭に女神の姿がはっきりと視認できる訳でもないのに、

延長される氷の壁の先に女神がいると何故断言できるのか、と。

 

 

 

ドレイクは視界をずっと自分の船に近い所に移動させる。

そこには蛇行しながら船に近づいてくる氷の壁とは別行動して真っ直ぐ迫ってくる女神が確認できた。

 

 

ドレイクは神やそう言った類の存在に自分の未来を委ねたりはしないが、

神の様な何者かが女神を海に沈める為に啓示を送っているとしか思えなかった。

 

 

ドレイクは今まで一連の啓示染みた直観にさえ万全の信頼を置く事は無かった。

だが、神だろうが悪魔だろうが利用できるモノは利用してやるのがドレイクの主義だ。

 

従うかどうかは別として、女神に勝つ為に啓示される内容を見るだけ見てやろう。

そう思って心の中でアンカーを探した。

そのアンカーは一つしかなかった。故にそれを引き寄せようとして、

そのアンカーの鎖があまりに拍子抜けするほど軽い事に驚いた。

当然である。鎖の先は切断されて凍り付いていたのだから。

 

「クソッ!!」

 

黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の甲板を貫く様に幾つもの氷の螺旋が海中から伸びてくる。

元からその啓示に頼る気が無かったからこそ、反応が遅れなかった。

それによってドレイク自身への被害だけは避けられた。

啓示では無く自身の直観によって掴み取れる可能性を模索した。

 

女神の姿は完全に見失い、延長される氷の壁は速度を増して船の周りで蜷局を巻くヘビの様に3周も巻き、

その先はまさしくヘビの頭部の様に口を開き、黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の上から見下ろす様に伸び上がっていた。

 

 

そしてドレイクは見た。

その氷の大蛇の頭部の上にあの女神が優雅に微笑を湛えているのを。

そしてそれが船に襲い掛かった時がドレイクの終わりだろう。それが理解できた。

 

少し前に海の化生と殴り合った時の様に殴り返してやろう。

そう考えた時、その時の傷が急激に痛みを訴えた。

視線を女神から逸らさないまま傷口を触ると不自然なくらい傷口が広がっており、

塩水が塗り込まれたかのようにヒリヒリする。

 

「あの野郎の置き土産かっ…。」

 

痛いなんてものでは無い。激痛という言葉でも足りない。

 

だがそれがどうした。痛みなど只の痛みだ。

それぐらいで止まるフランシス・ドレイクでは無い。始まりの海賊は名乗れない。

 

そう、思っていたはずだった。

傷口から大量の血液が生きているように飛び出して海に流れ込んでいこうとするのを見るまでは。

 

心が折れた――――訳では無い。その程度の人間ではそもそも世界を回る海の覇者には成れない。

だが、急激に抜かれる血液と共に流れる魔力と生命力。

 

それが立ち上がる力さえもドレイクから奪う。

 

 

 

ドレイクは胸元から巻物の様な形の何かを取出し、それに火を着けた。

それは信号煙だった。

その意味は―――――黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に対する集中砲火。

 

それは最後の手段だった。

ドレイクはその煙を配下の船団が理解したと認識したと同時に黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の最期の仕事に取り掛かる。

 

 

 

その直後、黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に襲い掛かる女神と氷蛇。

だが、

 

 

「派手な花火、特等席で魅せてやるよ。

ざまあみやがれ。」

 

 

大蛇の頭部が船体にぶつかる寸前で黄金の鹿号(ゴールデンハインド)は自爆。

同時にその爆発に向かってドレイクの配下たちが敵討ちとばかりに飽和攻撃を黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に向けて砲撃する。

 

 

 

 

船団が全ての砲弾を撃ち尽くして、煙と炎にまみれた海域。

ドレイクの部下の1人が思わず口に漏らした。

 

「やっ、やったか。」

 

 

其れの答えはその数秒後に表れた。

傷一つない氷の大蛇がそこにはいた。

 

 

その上には女神が残念そうにしていた。

 

(…杯が見つかりませんね。

海中にあるのでしょうが、探査を阻む何かがあるようです。

まあ、見当が付かないなんてことは無いのですが。)

 

「この時代で領分が如何と言う心算はありませんが、

曲がりなりにも私も神ですからね。

今は良いとしましょう。」

 

 

 

何時もの微笑よりは幾分か冷たく僅かな嫌悪感が滲ませながら、

女神はそこに誰も居ない筈なのに、そこに誰かが居るかのように語り掛けては自身の船の方へと向かっていった。

背後に凍り付いた船々を背にして。




表情
氷上
評定


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第三十六話 『ふくしゅう』

一方、オルガマリー達は黒ひげの一団に接近していた。

オルガマリーは黒ひげ達の方面に聖杯の反応がある事はDr.ロマンから聞き及んでいたし、

聖杯の波動と言うか存在感を肌で何となく感じているような気がしていた。

 

「もう少し近づくと砲撃戦の間合いに入るハズよ。

気を引き締めないと。」

 

自らに言い聞かす様なオルガマリーに対し、

女神と同じ神であるアルテミスは身も蓋も無い現実的で効率的な指針を指示した。

 

「え~っと、『翼』ちゃんのご主人様のオルガマリーちゃん?」

 

「…普通にオルガマリーで結構だけど。」

 

 

「ではマリーちゃん、以前『翼』ちゃんから少なくともこの距離からでも十分に当てられる攻撃法を習っていなかったかしら?」

 

「でも、確実に相手は死ぬわ。それも沢山の命が。」

 

『神』が相手なのに反論する事には勇気がいるが仕方ない。

オルガマリーとしては相手を確実に皆殺しにする戦闘手段は取りたくない。

その感情が声に表れていた。

 

「ふふ、ふふふ、あははは。

聞いたっ? ダーリン。

この娘『殺したくない』んだって~。」

 

「…嬢ちゃん、うちの女神様が笑った事は悪かったが、

殺し合いの戦場で殺したくない(・・・・・・・・・・・・・・)なら殺されるしかないんだぜ?

厳しいようだが、殺すために殺す事が正しいことだってある。

あの女神じゃなくても其れ位は理解できる。

言いたいことは解らなくもないが、判ってはいけないんだ。」

 

月のカップルに片や面白がられて、片や真剣に諌められてオルガマリーは少し落ち込む。

その様を見ていたマシュは、あの女神さえいなければ本当にまともで優しい所長なんだと、

少しだけ、そう少しだけオルガマリーを認めた。

 

それはその後に諭されて方向を変えなければならないという現実をも含めて。

 

 

 

「…判っていたわ。判っていた。

それが『最適解』なのよね。

少し、魔術師らしくなかった。きっと……いえ、何でも無いわ。」

 

少女という枷が外れた女神が暴走したのと同じように、

少女は何時も悪役の役目を買って出てくれていた女神が傍に居ないから、

綺麗じゃない、優しくない手段を取りたくないという感情を優先させてしまっていた。

 

(これではカルデアのリーダーとして、人類のリーダーとして役者不足…。

悪役に強制されて仕方なく効率的な手段に甘んじてきた善良な人間を演じる楽さに甘んじてた。

こんなにも、あの女神に依存してたのね、わたしは。)

 

 

オルガマリーは求めるべき効率と、守るべき道義を見極める事を怠って来たことを自覚した。

 

「やるわ。

誰でもないわたしの意志で。

わたしが構え、わたしが狙い、わたしの意志で、――――――わたしが殺す。」

 

 

そう言うオルガマリーは体が震えていた。

だが確かにその言葉を言いきった。

きっとこの場に女神が居れば、自分だけがオルガマリーを護って導いて愛してあげられると嘯く女神の事だから、

きっと「流石我が主です。」と過保護に無責任に誉め立てた事だろう。

 

だが、此処にはその勇気を称賛する者も、殺意を代行する者も居ない。

常に自分だけでない見知らぬ人間の命さえも目的の為に磨り潰す覚悟を持ち続けなければならない。

それを肯定も否定もしてくれる者もいない。

 

それでも、それでも彼女は立ち、殺意を構え、それを振り抜くしかない。

 

 

 

 

オルガマリーが『しん人類』として再構成される時に登録された最強のプログラム。

概念上の絶対零度を超える更なる冷却そのものである矢を直接魂に射ち放つ、

不死の肉体を持つ英雄でさえも理論上抹殺が可能な人の身に叶う『極限冷却術式』。

 

 

『最終兵装へ移行』

 

 

何もない所からオルガマリーの前に『魔法少女のステッキ』が顕現する。

 

 

『魔力回路全段擬似直結』

 

 

並列魔力回路が全て最大効率を保ったままラインを操作されて擬似的に直列に接続される。

 

 

『霊子情報空間固定』

 

 

オルガマリーの背に顕れた翼が最大展張を行い、

更にオルガマリーを包むように現れた光と同期して、オルガマリーの魂と肉体とを空間に完全に縫いとめる。

 

 

『集元魔力正常加圧中』

 

 

世界から奪いあうように流れる魔力を捕食し、暴食し、尚も貪欲にその財を溜め続ける。

 

 

『射出制御収束開始』

 

 

その『力』を『魔法少女のステッキ』の先からただ一つの目的の為に解放する準備を完了して、

少女の宣言により堰が解かれるのをただ待つのみ。

 

 

「凍て祓え。」

 

 

それは人類の生存に不要となる脅威遺伝子群の絶滅に用いられた冷たきもの。

それは人類の選別に用いられた冷たきもの。

それは『VEHERE』『VECTOR』ともされるそれは遺伝子を増幅して維持して導入するもの。

それは女神の力の一端を人が、ヒトを超えた者が漸く使い得る禁忌の神罰。

 

 

 

聖別の冷たき抱擁(スノーアース・イクスティンクション)

 

 

 

 

 

それはオルガマリーの覚悟がまだ固まりきっていなかったのか、

最も固まっている黒ひげの船が先頭を切る中央から僅かにそれて放たれた。

 

 

その効果は以前と変わらず、命ある者の存在の炎だけを鎮火させる。

即ち『強制的な寿命』へと肉体を変質させないまま送り込む即死業。

 

それは人類成立に障害となる生物群を絶滅に追い込んだ御業だった。

 

それは人類の敵対者を消滅させた御業だった。

 

それは階級社会の確立に不要な邪魔者を滅殺した御業だった。

 

それは、黒ひげ達の『家族』をこの世から奪い去った御業だった。

 

 

 

 

 

黒ひげ達は見た。

自分達の船団の一角に光の奔流が通り過ぎ、

その後には先程とは何も変化が無く、ただ仲間の命だけが奪われていたのを。

 

「…船長。」

 

メアリー・リードが一言黒ひげに問いかけるが、黒ひげは動かない。

いや、動いていないわけでは無かった。

その拳が、軋む音を立てながら震えていた。

 

「見つかった。そうだな?」

 

地獄から響くような声で最後の大海賊は呟く。

 

「他にこんなことが出来る存在がいるとは思えないねえ。」

 

ヘクトールが同調する。

 

「例えそうでなくとも既に多くの仲間が殺られました。

ですが、そうでない事の方がそうでないはずです。

で、どうしますの? 船長。」

 

アン・ボニーが冷酷に艶やかに牙を剥く。

 

黒ひげの答えは一つしかない。

 

 

「海賊の流儀をたっぷり教えてやれ。いいか、野郎ども――――――――――――

全員血祭り(オールデストロイ)全員血祭り(オールデストロイ)だ。」

 

 

 

一角を即死させるアウトレンジからの攻撃にも恐れる事無く、

いや、恐れて逃げだしたらそれこそ残虐非道冷酷卑劣な大海賊黒ひげにどうされるかわかったものでは無い船員たちは、

一斉に鬨の声を上げて砲撃に備えた。

 

 

一方、オルガマリーは大量の魔力を消耗する文字通りの必殺技を使ったものの、

少し外れたために術式が必要とする生贄に足りなかった故のペナルティーとしてオルガマリー自身から魔力を奪う事になってしまった。

本来は、巻き込まれて鎮火された命の火を後払い型のエネルギーの補填としてノーリスクで発動できる対国の術式だったが仕方ない。

これは彼女の覚悟が固まりきらなかった故のツケなのだから。

 

 

それでも戦力はオルガマリーだけでは無い。

オリオン(アルテミス)とマシュがいる。

負けると決まった訳では無かった。

 

 

だが、出鼻で挫いた意趣返しの様に黒ひげも手段を択ばずに殺しにかかってきた。

 

それは、

 

それは―――――――――――『人質』だった。

 

 

 

 

黒ひげの船の横に隣り合う船のマストに掲げられた少女がいた。

 

その少女は、『女神』の娘だった。

花や氷を降らす魔術を使って海賊たちの命を刈り取って居た所、黒ひげ達に捕まった。

女神がその程度の力でしか造っていなかった故の事だった。

 

少女は海賊たちに捕まっても決して純潔だけは奪わせはしなかった。

それは処女神である彼女の母への名誉と敬意の為だった。

 

故に必要以上に暴力で嬲られた。

それでも彼女は純潔を守り抜いた。

代償として両手足を切り取られていたが。

 

 

オルガマリーは念話で女神に叫んだ。

あなたの娘が捕らえられている、と。

 

 

女神とのパスの中でオルガマリーは返答を待ち続けた。

そこで、女神が何かを言おうとした矢先の事だった。

 

「アレはもうダメみたいだけど、

それでも助けるのかしらぁ?

昔、死にかけを入れ替えるのはターンの無駄って、言っていたのにね。

私がヘラに殴られた時にも同じような事を言って助けてくれなかったでしょ?」

 

アルテミスがそうやって割り込んできた。

他者のパス内の会話に割り込んでくるあたりが神霊である。

とはいえ、女神クラスならセキュリティも其れこそ神霊基準なのだろうが、

今回に限ってはそうでなかったようだ。

 

「…マスター、伝えなさい。只、その役目を果たせと。」

 

 

伝えられる筈が無い。嘘でもあなたの母はあなたを助けに来るからと叫びたい。

だが、それが嘘だと分かっている相手だったらそれこそ――――――――

 

 

 

そんな迷いの籠った目でオルガマリーに見詰められた少女は、

オルガマリーが何も伝えなくても、伝えられなくても理解していた。

黒ひげに捕らえられて、諦めながらも何処かに期待をするような目でオルガマリーを見ていたが、

それを振り払うように母親譲りの微笑、少女の誇りを張り付けた表情で、砕け散った。

 

同時に黒ひげの船団の船の上に幾つもの奇怪な白氷の生物が生み出されては襲い掛かっていた。

 

 

女神とのパスを通じてオルガマリーにはわかったことがあった。

…だがきっと女神は気が付いていないのだろう。

以前、娘の為に悲しんでやることもできなかったと言って、結局それを実行する事が出来ず、

当然の事だと満足する振りをしながら、その心に僅かながらでも後悔が滲み出ていることを。

 

 

「…アルテミス、面白いかしら。」

 

「何がかしら~?」

 

オルガマリーの問いに月の女神はどこ吹く風で答える。

ヒトの怒気など神々には不敬でこそあれ恐れるものでは無い。

だが、オルガマリーは感情を抑えられるほど器用でもない。

 

「パスは切っているわ。聞かれることは正直に答えて。

では、もう一度聞くわ。

アルテミス―――――――、あなたは今、面白い?」

 

「えぇ、面白い。本ッ当に面白い――――――――――――

訳が無いでしょう。

最初はね、愛を知らない『翼』ちゃんが、『愛』を覚えればいいって思っていたの。

誰にでもその愛が振りまかれるのならそれはそれで満足が出来たの。

お互い長い時を地上に留まって長く永く過ごしてきた。

でも、その愛はほんの一部にしか向けられない。

そして、その愛は私には(・・・)向けられない。

もうね、ぜーんぶどうでもいいの。

『翼』ちゃんを愛するのも、『翼』ちゃんに愛されるのも私だけでいい。

だからね、今回は貴方達を助けたりはしないわ。

死んだときは、貴女の身体私が貰ってあげる。そこの盾のオンナノコと似たような別物にしてあげるわぁ。

勿論、今回の事は『翼』には秘密ね☆」

 

 

その眼は奈落の底の様な瞳をしていた。

狂気と言う狂気を煮詰めてその原形質を凝縮すればそのような容になるのかという様な色をしていた。

その言葉は呪いであり祝福であり懇願めいた命令だった。

その感情は、嫉妬に似ていた。

 

 

 

アルテミスが動かない以上済まなさそうにしているオリオンも戦闘には参加できない。

そうなると、護りのマシュは遠距離の攻撃手段を持た無い故に、

攻撃は全てオルガマリーの専門となる。

 

オルガマリーは先程の魔術の際に使用した『魔法少女のステッキ』を再び虚空から取り出すと、

同時に13枚のカードを召喚した。

 

先ずその内から2枚のカードを引き抜いた。

 

(シュート)降臨(アドヴェント)

 

1枚目のカードを浮かべステッキの先で叩くとステッキが力ある言霊を放ち、

其れによりレフ・ライノールの右足が召喚され、直後百合と蔦をあしらった銀の砲へと瞬転する。

 

そして2枚目のカードも同様に力を解放される。

 

複製(コピー)降臨(アドヴェント)

 

宙に浮かんだのはレフ・ライノールの内臓。

それは1枚目により呼び出された右足が転じた長砲と鏡写しの様に変わった。

そして、アブラムシが卵を産む様に増え続ける。

 

気が付けばオルガマリー船の上には大量の銀砲が構えられていた。

一瞬、内臓にビクッとしたオルガマリーであったが、『魔法少女のステッキ』を指揮棒の様に振ると、

砲は一斉に砲撃を放つ。放ち続ける。

 

その砲撃は、黒ひげ達の船に少なくない損害を与えていく。

だが、急速接近してくる黒ひげ達の船からの大砲への対処も同時に行わなければならなかった。

 

 

『魔法少女のステッキ』を虚空へと収納し、2門の砲を拾い上げて両手で構える。

砲は羽根の様に軽く、構えるだけで気持ちが高揚してもう何も怖くない気さえしてくる。

それは悪魔の誘惑以外何物でもない事を知るオルガマリーは、気分を抑えながら迫りくる砲弾へと衝突させるように砲を放つ。

 

それでも防げない場合はマシュがその大盾で防いでくれる。

オルガマリー達の船の防御には隙は余りなく、数が多い筈の黒ひげたちの船は、

船員こそ砲撃から逃げ延びているものの、彼らには砲撃を盾で防ぐなんて馬鹿げた所業は出来るわけも無く、

むなしく船には穴が開いていく。

だがそれでも黒ひげ海賊団は止まらない。止めることなどできなかった。

 

 

仮に船が接触して乗り込まれてしまえば、実際に幾多の戦場で殺し合いを何度も体験してきた英霊とオルガマリーでは分が悪すぎる。

故に近かれる前にケリを付ける必要があった。

 

 

船を黒ひげ達から少しでも距離を保つように離しながらの砲撃戦。

オルガマリー達に、攻撃と守備、その両方において優位があった。

それは、黒ひげの配下である槍兵の投合によってその優位は逆転の目を見た。

 

不毀の極槍(ドゥリンダナ・ピルム)ッ!!」

 

まるで近代兵器であるミサイルの様に飛翔してくる槍は、砲撃などでは打ち落とす事も進路を変える事も速度を落とす事も無かった。

故に、盾兵であるマシュがそれを受け止める。

凄まじい衝撃に必死で踏みとどまるマシュだったが、後ろに引きずられるように押し負けていく。

 

そんなマシュを応援するように一匹の獣が鳴いた。

その鳴き声はマシュの深い所でマシュ自身を呑み込む様な闘争心を引き起こす。

自身が獣へと変じていくような嫌悪感と倦怠感。

それは女神による『7の獣』の名を与えられた恩恵が引き起こした奇跡。

だが、マシュはそれを良しとしない。

彼女は獣に成り果てる存在では無く、悪しき獣を討ち祓う狩人でありたいと願った。

即ち、女神の望む、女神の本質的な何かに近づく存在、

女神の仔と呼ばれる存在には成り果てたくない、と。

 

願いに応じた獣が獣の母(グ■■■■■■■)に抗う狩人に自らの血肉を明け渡す。

そして小さくなったフォウを胸元に潜ませるマシュには不思議な昂揚感が沸き起こる。

 

その覚悟が完了した直後、推進していた投槍が爆発した。

盾に僅かながらも亀裂が生じ、マシュ自身も吹き飛ばされたが、

マシュを含め人的な損害は無かった。

 

しかし、彼女らの乗る船の損害は膨大。

特に推進機構には大きく障害が残り、

逃げきる事は難しくなった。

 

 

――故に、オルガマリーは此処で決着をつける事を決断する。

 

 

女神によって強化されて造られた『しん人類』の眼で焦点を絞って、未だ遠くにある黒ひげの頭に狙いを付ける。

明確に人間の頭を吹き飛ばすつもりで視界に入れるというのは気分が良いものであるはずはない。

だが、今はそれを言う事が赦される状況では無かった。

 

 

二つの砲を無理矢理繋ぎ合わせて一つの超長砲へと変えると、

丁度此方を向いて驚愕と諦めと怒りを煮詰めた表情をした黒ひげの頭へと狙いをつけ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

引き金を引こうとした時、風に飛ばされてきた1個の帽子がその視界を遮った。

その為に狙いが外れ、黒ひげの船のマストを砕き折るだけに終わった。

 

 

 

 

 

黒ひげの一団は見た。

見覚えのある帽子を。

 

その帽子は船の墓場においてきたはずだった。

それがここまで飛ばされて、剰え黒ひげの窮地を救うなど誰も思ってもいなかった。

きっとそれは無様に哀れにあっけなく奪われた一つの命の抗議であり、

愛する家族への祝福だった。

 

 

 

 

神の祝福を受けてその能力を人間以上に引き上げられたオルガマリーの砲撃は、

不壊の剣と卓越した技能を持つヘクトールを除く殆どの海賊たちに多かれ少なかれの傷を与えていた。

特に心の支えとなってくれるかも知れなかった少女の欠けた穴を怒りで埋め尽くす事で誤魔化し続けてきた一人の男は、

理不尽への怒りと言う少女に基づく感情を抱いたまま敗死するのならそれも良いと何処かで感じていた。

 

そう、この時までは。

 

 

 

黒ひげ達の絶体絶命のピンチ。

そのタイミングでヘクトールの本来の(・・・)雇い主から連絡が入る。

即ち、黒ひげを討って杯を奪い帰還せよ、と。

 

だが、ヘクトールはその念話を無言で打ち切った。

(…確かに地元レベルのマイナー組織から世界クラスのメジャー組織への復活移籍というのは華やかで良いけどねぇ。

年俸や待遇も全然違うのだってよ~~く解ってるさ。

でもオジサン、地元の馴れ合いに染まっちゃったみたいだわ。)

 

ヘクトールは黒ひげ団幹部のもう一人の男である船長に顔を向ける事無く話しかける。

 

「……エドワード・ティーチ。

以前、あの子を妻にはできない。

海賊にはできないって言ってたことがあったよな。」

 

「ああ、確かにそう言った。」

 

 

 

「死んだ後も此処まで尽くしてくれてるんだ。

そろそろ、認めてやってもいいんじゃないか。 なぁ?」

 

 

 

黒ひげは動けない。

今までの自分の行いを、自分の感情を否定するのにはあと一押しが足りなかった。

 

「いいじゃないか、ロリコンでも。オジサンの妻も童顔で…いや、それは関係ないな。」

 

普段は口が回るヘクトールだが、上手い慰め方が出てこない。

基本的には彼は冷静だが良いヤツだ。

 

弟が『あらゆる戦場を超えて不敗』『万物の所有権』『最高に可愛い美少女』

の3択を選ばされた時、先の二つは身に余る、

というかどう考えても戦乱と略奪に身を置く事を前提とした目に見える地雷だと兄譲りの明晰な頭脳で看過して、

最後の『最高に可愛い美少女』というゼウスとアフロディーテと女神の3者による『戦乱引き起こす舞台装置(ヘレネ―)』を選び、

その一見目に見えない地雷の末に幾多もの家族が死亡した。

 

それでも弟たちにもその妻であるヘレネ―にも恨む事無く最善を尽くした。

その結果、幼な妻はその若さと美しさ故にヘクトールより一回り若い敵国の王子に奪われ、

ヘクトールとの子は突き落されて殺される…事は無く実は後世の英雄ルッジエーロへと繋がっているのだが、

少なくともヘクトールの知る歴史としては表沙汰にされてこなかった故に知る由も無い。

主観として妻は奪われて子は殺されたのだ。

だが、その事に申し訳なさはあっても絶望を表に出したりはしない。

そういう意味で彼は真に英雄たる精神構造をしていた。

恐らく、何処かの女神を除けば彼を恐慌状態に追い込む者はそう居ないとさえ断言されるだろう。

 

 

彼は人々を目的の為にあっさりと使い潰す神々のやり方が好きでは無かった。

彼はただ続いていく人々の営みを愛していた。

 

 

故に、何時までも不抜けては神の祝福を受けたに違いない力に敗北を受け入れかけた一家の大黒柱を殴りつける。

それで、伝わると思った。

 

 

 

 

吹き飛ばされるエドワード。

所詮彼は一介の海賊。ギリシャ時代の英雄に殴りぬかれてまともに受け身も取れる筈はない。

無様にあお向けに倒れ込む。

 

そこには太陽を翳らす2つの影があった。

 

「正直に生きる。それだけで良いんだ。」

 

「どうしてもというのならわたし達も踏みつけてあげても宜しいのよ?」

 

 

 

 

 

黒ひげはゆっくりと目を開いた。

 

「―――拙者、是非そのおみ足でフミフミしてほしいでござる~~~っ。

あっ、今見えた。今見えたでござる。良いでござるな~情熱の赤というのぶべぼっ!?」

 

アン&メアリーコンビに踏みつけられまくる黒ひげ。

暫くボロボロにされた後彼の上に先程オルガマリーの視界を塞いだ帽子が彼の上に優しくおちてきた。

それを少々荒々しく掴むとその帽子はそこに元から無かったかのように消えた。

彼はそれを当然の様に受け止めて笑いながら起き上がった。

 

 

その顔は何処か吹っ切れていた。

 

ヘクトールに向けて一言だけ言葉を返す。

「ロリコン? 上等でござるよ。」

 

 

此処に彼は反撃を宣言する。復讐を宣言する。勝利を宣言する。

黒ひげとしてでなく、エドワード・ティーチという一人の男として。

 

「お前が海賊になる前に死ねてよかったなんて思って悪かった。

お前は間違いなく、この黒ひげ配下の四天王の1人だ。

来いっ!! 『アンの復讐号(アンズ・リベンジ)』ッッ!!」

 

その咆哮と共に霧が深くなり太陽が翳る。そして周囲からから幾多の船の残骸が集まった。

そのどれもが最早航海には堪えないような所謂死船であり、戦闘どころか浮かんでいる事すら怪しかった。

 

その船の中にゆらりと現れたのは海賊らしくない服装を纏った者達。

即ち女神に葬られた港町の人々だった。

 

その内の船の一つが黒ひげの海賊船の横に張り付いた。

そして黒ひげの横を定位置と言うように船から乗り込んできた景色に溶け込むように半透明な少女が寄り添った。

黒ひげは自分の海賊帽を脱ぐとサイズの合わないその少女の頭に被せた。

 

少女は帽子で顔が隠れていたが、喜びに満ちているのがエドワードや仲間達には理解できた。

生き残った船員たちは自分の家族の亡霊が乗る幽霊船に乗り込み始めた。

 

 

 

 

 

 

此処に、いや、此処から彼らの『復讐』が始まるのだ。



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