人類最速の俺が逝く緋弾のアリア (じょーく泣虫)
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プロローグ

――初めまして。

 

いきなりこんな話をするのは私自身もどうかと思うんだが、聞いてほしい。聞いてくれると嬉しい。

 

 

 

――子どもの頃に、クラスメイトや友達と駆けっこをしたり――鬼ごっこをしたり、したことはないだろうか。

 

 

 

 

その時に、もっと早かったら、もっともっと速く走れていたら...と思ったことはないだろうか。

 

 

 

彼はそう感じた。

 

 

だから、誰よりも速くなることを決めた。そう強く意識してから、彼は変わった。本当に人なのかと言われるくらい速くなった。余りにも速くて、彼の両親が研究機関に連れ出すくらいに速くなった。

 

 

――研究機関で超能力保持者であることが判明しても、彼は驚かなかった。

 

 

――インチキでも、ズルくても、イカサマでも。

 

それが彼の力だったし、彼がそう望んだモノだったから...後悔はなかった。

 

 

 

力の使い方を知ってからはもっと速くなりたくて、色々なことをした。

 

特訓、訓練、修行。思いつく限りの事はした。誰よりも速くあろうとした。

 

 

 

そうして、彼の速さは一般人という壁を打ち壊した。僅か小学6年生。12歳の時である。

 

 

彼の速さは一般社会では確実に浮いてしまう。それを危惧した大人たちは彼の能力を強化させつつ、制御させることを覚えさせ、アメリカの研究機関へ引き渡した。

 

 

研究所で3年の時を過ごし、更に能力を成長させた彼は、東京の武偵高校へ進学させられた。武偵高校の超能力捜査研究所に放り込まれるのは当然の帰結であった。

 

彼の能力は彼自身に制御できないのではないかと思わせるほどの成長性があった。

 

まるで竹のような速度で伸びていくその能力は恐ろしく、何時しか彼自身も彼の能力に置いて行かれるのではないかと思ったほどだ。

 

 

そんな彼も高校1年生として粛々と...活動はせず、目立ちに目立ち、教師たちの忠告や注意を気にも留めず、自身の速さを見せつけるように動き続けた。

 

 

依頼を受けたかと思えば最速で現場へ駆けつけ、やることをやって最速で引き揚げていく。

 

スコールのような突然さと苛烈さを持ち合わせ、突風のように駆け抜けていく姿はまさしく台風。

 

 

 

 

だが、彼が過ごしていた世界は、突如として大きく廻り始めることとなる。

 

高校生活の数年間で彼の名と能力は世界に大きく飛躍していく。

 

彼も予想のつかなかった程の速度で。予想だにしない世界へ彼は飛び立っていった。

 

 

世界を大きく震撼させた彼はまさしく、風雲児と呼ぶに相応しい少年だった。

 

 

 

                ―監察員の日記より。一部添削、修正済【検閲済】

 

 

 

 

 

 

 

・オリ主スペック

 

 

名前:冴島 隼人 (サエジマ ハヤト)

 

年齢:16 性別:男

 

身長:182cm 体重:74kg

 

所属:超能力捜査研究所 ランク:A 超能力ランク:G14

 

 

研究所で色々とナニカサレタ系オリ主。

 

速さに執着を持ち、誰よりも速くあろうとする。

 

語彙力が低かったり言葉遣いが雑だったりする。



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武偵殺し編
キンジがやべー幻覚見たと思ったらマジだった


投稿の仕方が分からずに四苦八苦しました(´・ω・`)


極々フツーの、当たり前の日。高校2年生になったっていうだけの、いつもと同じ当たり前の朝だと思ってた。

 

少なくとも、俺は。そーいう当たり前の話だと思ってたんだ。

 

だが―

 

俺の前にいるこの男、遠山キンジ。コイツにとって今日はいつもより随分とハードラックな朝だったみたいだ。

 

なにせ登校してきて、席について、俺が椅子ごと後ろに向いて駄弁ろうかとした矢先に、コイツはすげー変なことを言いだした。

 

「なぁ、空から女の子が降ってくると思うか?」と。

 

――春の素敵な陽気にやられて頭おかしくなったか?と思案したが、ああ、そういえばコイツ頭おかしかったわ(主にラッキースケベした時とか)、と考えを巡らせたところで。

 

キンジの隣にいる武藤と武藤の傍にいた不知火もキンジの話に興味を持ったのか会話に加わってきた。

 

「なんだキンジ、お前にも春が来たのか?にしては随分とアニメみたいな話だな!」と武藤が冗談交じりに喋る。

 

「おはよう、遠山くん。それに、冴島くんも。それで、空から女の子が?遠山くんはそんな事言わないと思ってたんだけどな」と不知火が揶揄うようにイケメンスマイルで混じってくる。

 

俺は不知火の挨拶に短く「おー」とだけ答えてキンジに話の続きを話すように目で訴える。

 

するとキンジはため息を尽きながら頭をガクリと項垂れさせ「お前ら、これは冗談でもなんでもない、マジな話なんだぞ...ピンク髪の小学生くらいの女の子が、空から降ってきて―」と、キンジの話の途中でホームルームが始まってしまったのですぐさま話を切り上げて椅子ごと前に向ける。

 

キンジに「その話はホームルーム終わったら聞くわ」と返して顔を前に向ける。

 

ホームルームが始まって、やれ教師の話だの、2年生になったからあーだのこーだのという業務的な話の後に、転入生が紹介されることになった。

 

そうして入ってきたのは、ピンク色の髪で、緋色の双眸をもつ、小学生くらいの身長の女の子。

 

あれ?これ、キンジの奴が言ってた奴じゃね?

 

「神崎・H・アリア」とだけ話し、口を紡ぐとその緋色の双眸でぐるりと見まわし、そして俺―いや、キンジだな、キンジを見てその目が止まった。

 

そして、アリアはとんでもねー事を言いだした。

 

「先生、あたしはアイツの隣に座りたい」

 

クラス中がキンジを見て、大声を上げる。武藤が気を遣って席を変わる。

 

そんな中、峰理子...金髪ってすげーな。染めてんのかな?まぁいいか。理子がキンジとアリアの仲を不純な行為があっただのどーだのという推理を大声で言うと更に教室中が白熱した空気になった。

 

そんな中俺もようやく、ぐるりと体ごとキンジの方を向いて、絶望したような表情をしてるキンジに一声かける。

 

「わりーなキンジ、俺お前の話マジだと思ってなかったわ。疑ってすまんな」

 

キンジはその言葉でまたガクリと項垂れるのであった。

 

 



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キンジとアリアがやべープレイを始めた

まだ熱の引き切ってない教室に、ずぎゅぎゅんと2発立て続けに音が響く。

 

その音で途端に静かになる教室、集まる視線。その先にガバメントを構えたアリアがいた。

 

視線を集めたアリアは「れ、恋愛なんて......くっだらない!全員覚えていなさい!そういうバカなコト言うやつには―風穴あけるわよ!」とすごい物騒な事を言いだした。

 

あー、あの子ああいうノリなんだ。強襲科なんだろうな、と一人思案していると、ホームルームが終わった。

 

 

 

 

午前の授業も終わって昼休みが始まると、キンジが席を立ち何処かへ行ってしまった。

 

たぶんアリアに関わりたくないんだろう、俺だってそーだ、いきなり発砲するやべーやつとはあまり仲良くしたくない。見た感じジョークも通じ無さそうだ。

 

「さて、俺らも飯食うとするか。武藤、不知火、いこーぜ」と言い立ち上がった所でアリア

が俺の進路にずいっと出てくる。

 

「アンタ、SSRのサエジマ ハヤトよね?キンジと1年の時に一緒に依頼してた事はもう知ってるわ」などと言いだしてきた。確かに依頼をやったことはあるが2回くらいだったと思う。その2回ぽっちで因縁つけられたらやってられない。

 

「あー?ああ、確かに2回くらいはコンビでやった事もある。でもそれだけだ、それ以上も、それ以下もない」と答える。

 

2回、という部分を疑問に思ったのか一瞬何かを思うような顔をするアリアだったが次には此方を向いて「それで十分よ、キンジについて何か教えて」と、言ってきた。

 

「悪いがそりゃナシだ、武偵なら自分で探しな」と冷たく返すがこっちも昼飯を摂りたいのだ、悪く思わないでほしい。

 

その言葉に満足したか納得したかは知らないが、アリアは踵を返すと教室を出ていった。

 

「遠山くん、随分と神崎さんに好かれてるみたいだね」

 

「アイツにも春が来たんだな...」

 

と、不知火と武藤は言う。なるほど、確かにあのキンジを気になると言っているのだ。

 

これは好意的に見ればそういう関係になるのかもしれない。

 

だが忘れてないだろうか。

 

「オメーらよー、キンジには星伽がいるだろーが」と言うと完全に失念してたのか武藤はあ、と声を漏らしていた。お前1年の時星伽に結構固執してなかったっけ?

 

そんなこんなで昼食をとり、午後の授業を終え―放課後。

 

 

 

 

SSRに足を向けた俺はそこで知り合いを見つける―星伽白雪だった。

 

「あ、冴島くん、こんにちは」と人当たりの良さそうな笑顔でにこやかに挨拶をしてくる。

 

「おっすぅー、今日生徒会は大丈夫なのかー?」

 

「うん、今日はこっちなんだ」

 

「へぇ、ま、なんにせよ頑張ってな」

 

「ありがとう、じゃあ私こっちだから」

 

なんて、当たり障りのない会話をしながら星伽と別れ、中へ入っていく。

 

 

 

 

 

「さて、今日はどれだけ速くなるかな」

 

ニヤリと口が吊り上がるのが分かる。専用の計測所で行うのは、シャトルランのようなもの。

 

やることは単純。両側の壁に付いたボタンを走りきって押して、反対側のボタンまで走って押す。これをタイマーが鳴るまで繰り返すだけ。

 

「それじゃあ開始します。開始5秒前―...3、2、1、スタート!」

 

スタートの合図と共にグンッと世界が加速していく。走り始めて体感で3秒も経たない内に反対側の壁に到達した。ボタンを叩くように押して、すぐさま反対側へ向けて走る。

 

さっきよりも感覚が短いのが分かる。走っていく中で加速していくのが分かる。もっとだ、もっと速くなれるはず。まだだ、まだ足りない―もっと速く!

 

 

 

 

 

 

 

「で、結果...は?」

 

ぜい、ぜい、と肩で息をする俺に記録担当者が近づいてくる。

 

「すごいですよ、冴島さん!前回の測定、3月の頃より結構速くなってます」

 

記録表を見せてもらうと25m間の移動に使用した時間が最も短いのが、1秒09。

 

前回の測定では2秒34だったことを考えるとかなり速くなった。速いのはいいことだ。

 

測定が終わって、自己ベストも更新できて、うっきうきで男子寮に戻り、自室に入る。

 

のんびりしようかと考えていたが、キンジの所でゲームでもしようかと携帯ゲーム機を持ってキンジの部屋の扉に手をかけ、ガチャリと開けた。

 

「よーキンジ。ゲームでもしないか?」と言いたかったが、実際に言えたのはゲ、までである。理由?そりゃ―目の前のピンク髪のやべー奴がすんごい事を言いだしたからだ。

 

「キンジ、アンタ―あたしのドレイになりなさい!」

 

キンジ、絶句。俺も絶句。キンジがアリアから視線を外して後ろにいる俺を見る。

 

アリアを見る。俺を見る。アリア、後ろを見て、俺に気づく。

 

「―....えーと...うん?うん、うーん?皆には内緒にしとくからな」

 

バタンと扉を閉めて急いで自室に戻る。キンジが何か言ってたようだが時すでに遅し。

 

圧倒的速度を以てして俺は既に自室に入り、鍵を掛けてソファで寛いでいるのだ。

 

 

 

 

――キンジとアリアがやべープレイを始めた。誰かに言うわけでもなく、独り言ちるように呟いて、友人の趣味について行けるか不安になった。



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バスジャックはやべーって!

今風の高校生の喋り方にしたいけど未知の言語が多すぎてちょっと口調に躓いております(´・ω・`)


あのやべープレイから一夜明け、登校してきたキンジの顔を見るがかなり参っているようだった。どんまいキンジ、いいこときっとあるよ。

 

キンジもアリアが隣にいるため愚痴も言えず、一人精神をすり減らしているようにも見えた。

 

午後の授業は各科毎に行うのだが、SSRの場合、超能力を使った犯罪捜査や超心理学を用いた犯罪捜査など、とんでもなく胡散臭いものだ。

 

所属している人数もそう多くなく、サイコメトリーやダウジング系の超能力による捜査が主だっている。

 

そんな中で移動もできる、攻撃にも転用できる、そんな自分自身を加速させる超能力を持つ俺は意外と珍しいタイプだったりする。

 

それはさておき、俺の午後の過ごし方は能力をチビチビと解放しつつ、ジョギングをし続けること。これでスタミナを鍛えて、能力もレベルアップ!できる...はず...!

 

事実周りから見ればジョギングじゃなくて短距離走でもしてるように見えるんだろう。

 

それよりも、まだ時速82km程でしか走れない。しかも全力でそれだ。そんなんじゃあダメだ。もっとだ、もっと速く、もっと、もっと!

 

そんな事を思いながら走っていたら、すぐに授業が終わってしまった。

 

帰り際にキンジと遭遇したが、随分とズブ濡れだった。どうやら猫を探してたらしい。

 

また明日な、なんて話をしつつ寮に戻って、夕飯食って、筋トレをする。

 

至って普通だ、キンジの周りが喧しくなっただけで、何も変わらない。平凡な日常だ。

 

 

 

 

それからしばらく日が経って。

 

台風がここら一体に上陸して大雨を降らし続けている今日。

 

教室でホームルームが終わり、今日は自棄に人が少ないな、休校にでもなったか?と思案しているところにアリアがやってきて、挨拶もなく一言。かなり焦っているようだった。

 

「サエジマ...Aランク...!アンタもきなさいっ!」

 

よく分からんが急いでいるみたいだ、後を追いかけよう。急ぎ足のアリアの後を付いて歩いているとアリアが何処かへ電話をかけ始めた。

 

「キンジ。今どこ」

 

どうやら相手はキンジのようだ。その間も足取りは緩まることなく、強襲科へ向かっている。

 

「ちょうどいいわ、C装備に武装して女子寮の屋上まできなさい」

 

C装備?なんでそんな物騒なモノを―

 

「授業じゃない!事件よっ!あたしがすぐと言ったらすぐ来る!」

 

そんな、アリアの張り上げるような声で―

 

俺は何とも間抜けな声を出してしまった。

 

 

 

 

 

 

「よーキンジ。ひでぇツラだな」

 

「うるせー、お前も似たようなモンだ」

 

女子寮の屋上でガッチリと武装を施した俺とキンジは互いの顔を見て笑い合う。

 

こうでもして気を解さないとやってられない気がするのだ。

 

そこに、階段をゆっくりと上がってくる音が聞こえ、顔を向けると、レキがいた。

 

「レキ、お前もアリアに?」

 

キンジも気付いたようでレキに声を掛けてる。

 

「はい」

 

「そのヘッドホンで何聞いてんだ?」

 

「音楽ではありません」

 

「じゃあ何聞いてんの?」

 

「風の音です」

 

...へー、すっごい趣味の子もいたもんだ。あーでもなんだっけα波だったか?そーいう音を聞くと、ストレスの解消に役立つらしい。

 

髪の色が奇抜だし、そういう事を弄ってくる奴らが居たんだろう。それでああいう風にリラックスするのが基本になったんじゃねぇかな...?

 

こんな非常時にこんな日常みたいな会話をするのはどーかと思ってるが、こういう事をしてないと気が落ち着かない。

 

そうやってそわそわしていると黙っていたアリアが口を開いた。

 

「...時間切れね。もう少しSランクが欲しかったけどこれ以上は無理。4人で追跡を開始するわ」

 

気軽にSランクを欲しがる辺りやべー感じがする。あれ?でもアリアとレキは現行Sランクだしキンジは元Sランクだし...あれ?俺だけじゃん!俺だけなんかちょっとレベル低いパーティメンバーみたいじゃん!

 

ガクリと人知れず事実に気づいて気分を落ち込ませるも、すぐに切り替える。

 

「追跡って、何をだ?」

 

「バスよ、バスジャックが起きたわ。男子寮の前に停車する、7時58分発のバスよ」

 

バスジャック、しかも武偵が乗るバスを―

 

―待て、なんだ、そりゃ。 それじゃあ...それじゃ、まるで...!!

 

 

 

武偵を狙ってるみたいじゃないか!

 

 

 

 

「...武偵、殺し...か?」

 

 

自分でも驚くくらいに抑揚のない声が出たと思う。

 

「そうよ、でもこれ以上説明している時間はない―」

 

アリアの声をかき消すように、ヘリが屋上へ着陸しようとしていた。

 

キンジとアリアが何か話し合ってるが、ローターの音がうるさくて聞こえない。

 

「ああっクソッ!やりゃあいいんだろ!」

 

そのヤケクソ染みた叫ぶ声だけが、辛うじて聴きとれた。

 

 

 

 

 

「サエジマ、アンタはヘリの中で待機よ。幾ら速くても、走るバスには追いつけないわ」

 

「ん...!―あいよ」

 

追いつけない、と言われたことに一瞬マジにキレそうになったが、全力を出せても晴天時で時速82kmが限界なのだ。こんな暴風雨が吹き荒れる中で、そんな速度が出せるとは思わない。従っておくべきだ。

 

「だが、だがもし...お前たちのどっちかが負傷したら、そん時は動くぜ」

 

俺たちはパーティを組んだ瞬間から仲間だ。互いを信じ、互いを助け合う。それが仲間だ。

 

だからこそ、仲間を放ってはおけない。

 

 

 

 

キンジとアリアが飛び乗って、爆弾探しが始まった。無線越しに2人の会話が聞こえる。

 

こんな状況になっても、揉めてるなんて大丈夫か、なんて思いつつも警戒を続けた。

 

そんな時にスポーツカーにUZIが取り付けられたものがやってきて、バスを撃ち続ける。随分と派手にやってるようだ。

 

そんな中で、あの2人は無事かと少し探して、見つけた。バスの屋根、そこにいた。

 

キンジは、あろうことか防弾ヘルメットを脱いでいた。アリアも、さっきの攻撃でヘルメットを割られたらしい。

 

そんな頭のガードが薄い状態の2人が、屋根に到達し、揉め合っていた。

 

「おめーらっ!今そんな事してる場合じゃないだろ!」

 

無線を使って叫ぶが熱くなりすぎた2人の耳には届かないらしい。

 

そうして、キンジの後ろに、あのスポーツカーが見えた。

 

「キンジッ!後ろだぁアアアッ!」

 

叫んだが、キンジの反応は鈍い。

 

だが、そこにアリアが飛び込んだ。キンジを庇って。

 

アリアが撃たれ、ゴロゴロと側面に転がっていくのが見えた。

 

 

――それを見て、何が仲間を撃ったのかを理解して。

 

 

 

俺はヘリから飛び降りた。パラシュートがひらく。グンッと体を引っ張って、減速していくのが分かる。

 

 

着地して、パラシュートを脱ぎ、立ち上がる。

 

 

―瞬間。

 

 

 

――世界が  加速した。

 

 

 

 

視界に映る豪雨は大量の水滴へと姿を変え、地面に叩きつけられた水滴が弾ける瞬間まで見える。

 

 

自分の体からあり得ないほどの熱気が溢れてくるのが伝わる。

 

 

バスの排気口から出る熱の陽炎がスローモーションのように映る。

 

 

自分の足を一歩前に、また一歩、前に。

 

 

速く。もっと速く。キンジが撃たれる前に。もっと速くなれ!

 

 

 

「う、ア、オ、オオ、アあ、あああああああッッ!!!!」

 

一歩踏み出す度に体にぶつかった雨の水滴が弾けていく。その水滴の動きさえ、さっきよりも遅く見えた。

 

一歩踏み込む度にバスに近づく。スポーツカーとの距離が縮まる。

 

そして、何度目かの前進で―

 

スポーツカーの横に並び、追いついた。その速度のまま、体を捻らせ回転を加え蹴り飛ばす。

 

簡単に追いつけたことを考えると俺の速さはもう時速80kmなんて目じゃないんだろう

 

そんな蹴りを、打ったならどうなるのか。

 

スポーツカーは大きく蹴り上げられ、グシャリと反転して潰れた。

 

それを横目で見つつ、バランスを失い、地面に転がり込む。

 

それを期に世界は加速を終えて、水滴はまた豪雨へと姿を戻していた。

 

雨に叩きつけられ、頭が冷えていく。左足は逆にどんどん痛くなる。

 

無線を見ると結構ズタボロだったけど、まだ使えるかな?

 

雑にとって、まだ動けるはずのキンジと、ピンピンのレキに繋ぐ。

 

「後、よろしく」

 

 

 

そのまま痛みで気を失うわけでもなく、体全体が痛くて動かせないので応援が来るまで、一人橋の上で、ずっと雨模様の空を眺めていた。

 

足いてー...アリアは、無事だろうか。キンジは大丈夫だろうか。そんな事を考えてしまう。落ち着け、大丈夫だ。

 

それから少しして、響き渡る轟音で少し背筋が寒くなった。たぶん、レキがやったんだ。無線越しにあの呪文みたいな、あの言葉が聞こえた。勝ち確ってやつだ。

 

どうせあの狙撃お化けのことだ、ピンポイントで金具でも撃ち抜いて外したんだろう。

 

 

 

しばらくしてから、回収班に拾われ、すぐに武偵病院へ搬送された俺は、キンジ、レキの無事を確認し、アリアと同じ部屋に押し込まれた。

 

アリアも無事で何よりだ。額の傷は、どうにもならないけど命あっての物種だろう。

 

 

 

そうしてバスジャック騒動は終わり。一息ついて、独り言ちる。

 

 

 

やっぱり高校生でバスジャックの対処はやべーって。



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俺の能力がやべー!

矢常呂イリンってすごいエーリンぽい気がするのは自分だけでしょうか(´・ω・`)


バスジャックの一件から一夜明け、俺はベッドの上でギプスを装着して暇を持て余していた。アリアもまだ寝てるみたいだし、起こすの悪いよなぁ。

 

そんな時に病室の扉がガラリと開き、矢常呂先生が入ってくる。

 

30分くらい前に撮ったレントゲンを矢常呂先生から渡され、非常に困惑する。

 

これで2度目。昨日運ばれてきた時に撮った奴と、今朝起きてから撮った奴。

 

「レントゲンなんてよ、昨日に撮ったものと比較してもそう変わるわけねーじゃんか、そーだろ先生?」

 

そう言いながらジロリ、と白衣を纏った救護科主任、矢常呂先生を見据え渡されたレントゲンを返却する。

 

俺の問を受けて、矢常呂先生は溜息を一つ吐いて、レントゲンを持ち運び式の電光掲示板に張り付け言った。

 

「確かに、その質問は全く以てその通り。だけど、アンタの左足...完全に折れた部分のが、コレ」

 

そう言って昨日撮ったものをピッと指す。

 

なるほど、綺麗に逝ってる。骨が肉を抉らなかっただけ奇跡的なくらいにポッキリ逝ってる。

 

「それで、今朝撮ったのがこれ」

 

そうして、矢常呂先生は2枚目を指す。

 

流されるように、視線を横に向けると―

 

「お、おお?」

 

折れてるはずの骨が、昨日あれほど綺麗にポッキリ逝ってたはずの骨が、ほぼ治ってる。

 

僅かなヒビが目立つが、そんなことは気にならないくらいに綺麗に治ってる。

 

「どういうコトっスか!?」

 

気持ちわるっ!なんでこんなすぐ治るの!?やだ、こわい!

 

「こっちが聞きたいくらいだけど、恐らくは...」

 

矢常呂先生はそこで一度口を噤み、キッと俺の目を見て、何か重要なことを話すかのような神妙な面持ちで、続きを話した。

 

「アンタの、その速くなる能力の影響よ」

 

と、言った。

 

 

 

 

 

 

...え?速くなるとなんで骨折が治るんだ?

 

 

しばらく思案して首を捻ったりしてると、見かねたのか矢常呂先生がまた口を開いた。

 

「はぁ、アンタのその速くなる能力が、アンタの体組織に影響を与えて、時速80kmで走っても傷一つ付かないような頑強さに変えているとしたら、アンタの深層心理が影響して、スポーツカーに追いつく程の速さに体を作り替えたのなら」

 

話しながら此方のベッドの端にやってきて、面会者用の椅子に腰を落として、続きを話す矢常呂先生をジッと見つめる。

 

()()()()()()()()と思ったのなら、説明がつく」

 

そうでしょう?と、目で問いかけてくる。

 

 

そういう事か、俺の能力は速くなること。だったら、傷の治りが速くなるのも、当然。

 

スポーツカーの速度に追いつくほどの肉体なら、スポーツカーを蹴り飛ばすことも、その反動が骨折程度で済む事も、説明がつく...つく?

 

「あのよ、先生。俺バカだからよー」

 

後頭部に手を持っていき、ワシャワシャと髪を掻き立てながら、疑問を口にする。

 

「そんな体になってるはずなのに、なんで骨が折れるんだ?」

 

これだ、追いつくほどの脚力を持っていて、空気抵抗に耐えられる体感を作りだせたと仮定して、どうして骨が折れるのか。疑問はきっと、矢常呂先生が答えてくれるはず。

 

「それこそ知らないわ、私はアンタの主治医じゃないもの」

 

えー、期待させて落とすのか。でも、仕方ないよな。俺も知らねーんだもん。他人が知る訳もない。

 

そんな風にウンウンと一人納得してると、矢常呂先生はそれにイラッとしたのか、一言付け加えてきた。

 

「でも、そうね...スポーツカーを蹴り飛ばせるわけがないとどっかでビビってたんじゃない?」

 

ビビってた。スポーツカーを、蹴り飛ばせるわけがないと。

 

成程。やっぱ先生なだけはある。俺の知らないことを教えてくれる。ビビってたというフレーズが、ストンと嵌る感じがする。

 

「そっか、俺ビビってたんだ」

 

ようやく納得できた。理解できた。受け止めることができた。

 

なら、やることは単純。

 

―もっと速くなる。自分の能力を信じる。出来ない事はないと、信じる。

 

「なら、もっと速く、信じてやらないと。速くなればなるだけ、信じれば信じるだけ体が頑丈になるんだろうし」

 

そうやって次の目標を大雑把に定めて、起こしていた上半身をまた倒してベッドに預ける。

 

そんな俺のことを、さっきまでとは違い、心配そうな、同情したような顔で見つめながら矢常呂先生は俺に静かに話しかけてきた。

 

「アンタのその能力は凄まじいわ。本当に人なのか疑うくらいに」

 

「人ですよ、俺は」

 

「分かってるわよ、それよりアンタ」

 

「はい」

 

「他人と同じ、歩くような速さで死ねるとは思わない方がいいわ」

 

「―どういうコトっスか」

 

「単純な話、それほど治るのが速いなら、速く走れるなら、それほどの速度で体を作り替えていくのなら、本来使われるべき時に使われるものが予想よりも速く消費されているのなら」

 

 

俺は無意識に生唾を呑んでいた。何となく、矢常呂先生の言いたいことが解る。

 

 

わかってる。なんとなくだけど理解してる。だから、言わな―

 

 

 

 

 

 

 

「―アンタの寿命も速くなっている可能性がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バサリ、と紙袋が落ちるような音がして、続けて、アリアの掠れるような「ウソ...」という声が聞こえて、俺はハッとして矢常呂先生を見た。矢常呂先生はしまった、みたいな顔をしていた。

 

「...話はそれだけよ」

 

それじゃ、と言い残してそそくさと機材を回収して矢常呂先生は出て行ってしまった。

 

矢常呂先生を視線で追いかけて、病室の扉のところに紙袋を落としたキンジを見つけた。

 

「よーキンジ。お前はケガしなかったみたいだな。報告やらせてすまんな」

 

なんて、いつも通りの挨拶をする。

 

だが、キンジに反応はない。少し目線を下げ、そのまま落とした紙袋を拾いもせずにズカズカと俺の所までやってきて、目線があう。

 

「お前、さっきの話はマジなのか?」

 

どうやらキンジはいつも通りをしたくないらしい。

 

もしもの話しかされてないから俺もよく分かってない、そんな感じで伝えておくか。

 

「ああ、いや、マジ...なのか?いや分からねぇんだ」

 

「...は?」

 

「いやそう呆けた顔されてもよー、矢常呂先生にはもしもの話しかされてねーんだ」

 

「じゃあ、寿命も速くなっている、っていうのは」

 

「それこそもしもの話だ」

 

そこまで話すとキンジは腰が抜けたように床にベタリと腰を沈め、顔を思いっきり上まで上げて深いため息を吐いた。

 

「お前なぁ!心配かけんなよ!」

 

と、大声を出して怒り始めるキンジ。

 

「いや早とちりしたのはオメーだろ!?」

 

ぎゃーぎゃーと騒ぎ、アリアに注意されるまでそれは続いた。

 

てかアリア、お前何時から起きてたんだコノヤロー。

 

 

 

 

 

 

 

多分、寿命の加速はマジなんだろう。なんとなくわかる。

 

 

 

でも、だからどうした。

 

たかが命一つだ。それに俺は武偵だ。死ぬときは死ぬ。

 

それくらいの覚悟はあるし、できてる。

 

 

 

 

 

命1つでどこまででも速くなれるなら、俺はやる。

 

 

――もっと速さを(Need for Speed)

 

 

 

 

 

俺の能力が教えてもらった物よりやべーやつだった。




オリ主はストイックに速さを求めます。速さに固執します。

遅いと言われると即ブチギレるくらいにはスピード中毒です。


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懲役年数のやべー人

先日、Indy500優勝を果たした佐藤琢磨選手のハイライトを見て、これは歴史に残る素晴らしい出来事を見る事が出来たと只々、歓心しておりました。

速いということは良い事です。


アリアに止められた後、キンジはアリアの方に用事があったのか床に落とした紙袋を持ち上げ、そのままアリアのベッドがある方へカーテンを分けて入っていく。

 

聞き耳を立てるのもあれだしなぁ、ちょっと自販機に飲み物でも買いに行くか。

 

 

 

 

 

飲み物を買って戻ってくるとキンジは既に病室には居らず、少し憂鬱めいたアリアがカーテンを開けっぱなしにした状態で佇んでいた。

 

「キンジとよぉー、まーたなんか、やらかしたのかぁ?」

 

キンジの分も買ってきたのにな、と言いながらアリアの近くまで行って、紅茶のペットボトルを置く。

 

「ほれ、飲んどけ飲んどけ」

 

俺も微糖のコーヒーを開け、チビリと飲む。うーん甘苦ッ!ブラックってどーにも好きになれないんだよなぁ、微糖ならちょっと苦いだけで飲めるんだが。

 

「何も、聞かないの?」

 

なんて、しみったれた顔して、落ち込んだトーンで聞いてくるアリア。

 

「そりゃオメーとキンジの問題だろー?俺が首突っ込んでいいのか?」

 

と言うと、何か言いだそうとして言いだせずに、喉になにか詰まらせたみたいに黙ってしまったアリアを一瞥して、飲み干したコーヒーをゴミ箱に入れる。

 

そのままベッドに腰を下ろし、ギプスをまた宙吊りにして上半身を沈め、のんびり天井を見上げることにした。

 

 

 

それからは、アリアが自分から喋ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁからよー先生!俺ぁもう大丈夫なんだって!」

 

「ダメよ、あと1日は大人しくしてなさい」

 

あれから、日を跨いで。

 

俺はレントゲンを指しながら、ヒビさえ見えなくなった部分をビシビシと叩いて、自分の快復をアピールするも、矢常呂先生は経過観察であと1日は絶対にここから出してくれないらしい。

 

「退院したら自室で大人しくしてっからさー、頼むよぉ」

 

両手をパシッと合わせ、頭を下げる。

 

「...アンタが大人しくできるわけないでしょう、どれだけ頼まれてもダメよ」

 

ダメかー!

 

これ以上粘っても無理そうだし、素直に諦めるか。

 

アリアの退院は明日だし、一緒に出る形になるか。にしてもキンジの奴、一度こっちに来ただけかよ。

 

アリアとなんかあったのは分かるけどよぉー、そのままにしとくのはマズいだろ。

 

あれからアリアの機嫌も悪くなる一方だし。正直居心地悪くてたまんねーぜ。

 

時間が解決してくれるのか、キンジかアリアかのどっちかが近づくか。

 

そうしなきゃ溝が深まるばかりだと思うんだがなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夜明け、今度こそ。

 

「完ッ全!」

 

グイッと体を伸ばし、あちこち捻って、腕を回して、ギプスのとれた左足をブラブラさせて、屈伸を数回して、また伸びをする。

 

「ふっかぁああああつ!!!」

 

「うるさい」

 

「はい」

 

機嫌の悪いアリアに一喝されて、せっかくの復活の喜びが表現しきれなかった。

 

「俺はこのまま寮に戻るぜ、お前はどーすんだ」

 

気を取り直して、アリアにこの後の予定を聞いてみる。

 

「あたしは...少し、出かけるわ」

 

「そーかい、じゃ、また明日ぁあん?」

 

アリアに服の袖をグイッと引っ張られ、別れることに失敗した。すっげー変な声が出た。

 

何事かと思ってアリアの方をジロリと睨むと、重い雰囲気のまま、静かに話し出した。

 

「アンタもあたしが巻き込んだにせよ、武偵殺しの一件に関わった、そうよね?」

 

「ああ、そーだ」

 

「...行きたい所があるの、ついてきて」

 

詳しい話はそこでするから、と言い残して進んでいくアリアを見て、何か言いたくなったが、とりあえず付いていくことにした。

 

 

 

 

 

 

「で、オメーは何してんだ」

 

俺の前にアリアがいて、先へ進んでいく。俺の隣には...キンジがいた。

 

「お前こそなんでアリアと一緒に」

 

「退院した瞬間からついてこいだ、ワンワン、ワンワン」

 

ちょっとチャラけながらも薄っぺらい経緯を話す。

 

「犬かお前は。俺は、その、ほら、アレだ」

 

キンジの語彙力がやべーくらいに下がったのを不審に思いキンジを見ると、観念したのか溜息を一つ吐いて話し出した。

 

「アリアが居なくなってなんか調子狂ってな。色々やって忘れようとしてクリーニングに来たら、美容院からアリアが出てきて、なんとなく尾行してた」

 

「んでバレたと」

 

「そうだよ」

 

ほーん、意識してんだー、ほぉおおおん。

 

「な、なんだそのニヤついた顔は!」

 

キンジが顔を少し赤くしながら怒ってくるが全く覇気がない。

 

「いやー別にぃー?思ったより険悪じゃなくてホッとしただけだぜ」

 

これはマジだ。病室でアリアと二人きりの時のあの居心地の悪さを思い出すと今の状況は非常に良い。

 

そんな話で移動時間の暇を潰しながら黙々と進むアリアに付いて行くと、そこは警察署だった。

 

「アリア...オメー...」

 

俺は声を震わせて、アリアの肩をガシリと掴んで、ちょっと声のトーンを抑えてアリアに話しかけた。

 

「なんかやらかしたのか!?なにやったんだ!警察の世話になるなんて!」

 

「あたしじゃないわよこのバカッ!風穴あけるわよ!?」

 

アリアは肩に置かれた俺の腕をバシッと払うと今にも噛みつかんばかりの勢いでがるるる、と唸りだした。

 

「じゃあキンジか」

 

そんなアリアをスルーしてキンジの方を見る。

 

「ちげーよバカ」

 

「あれぇ?」

 

じゃあもしかして俺か!?なんかやらかしたかな...。

 

と、思案して。あっ、と声が出た。

 

あのスポーツカー...もしかしたら盗難車だった?

 

や、やべー!あんな高そうなの思いっきりぶち壊しちまった!

 

幾ら取られるんだ!てか行きたいところってもしかして嘘で俺を自首させるための罠!?さすがSランク武偵...やべーな...

 

一人で頭を抱えて悶絶していると、アリアが呆れたような顔をして俺の勘違いを正してくれた。

 

「ここにいる人に会いに来たのよ。持ち時間は3分しかないからサエジマ、アンタはなるべく喋らないように」

 

「あ、俺じゃないんだ。よかったァー!」

 

そんな風に喜んでた俺をスルーしてアリアとキンジは中へ入っていく。

 

置いて行かれるのは困るので急いで後を追いかけた。

 

 

 

 

 

「紹介するわママ、遠山キンジと、冴島隼人よ」

 

留置人面会所で会ったのは、アリアの母親だった。

 

「あらあら、アリアがお友達を連れてくるなんて」

 

ふふふ、と目を優しげに細めた母親にアリアは少し顔を赤くして言った。

 

「い、今はそういうのはいいのっ!」

 

その反応を見て、アリアの母親はまたにこりと笑って、そのままアリアから、キンジと俺の方へ視線を移した。

 

「...はじめまして、キンジさん、ハヤトさん。私、アリアの母親で神崎かなえと申します。娘がお世話になっているようで」

 

「あ、いえ」

 

とキンジが返事をする。俺もとりあえず頭だけ下げる。

 

にしても、こんな所にいるのに、随分とノンビリとした人だな。

 

...何やらキンジの対応がかたい。滑舌もいつもより悪い感じがする。

 

女の人が苦手だからって対面しただけでコレだよ。

 

そんなキンジにイラッとしたのか、アリアがキンジを押しのけて前に出る。アクリル板スレスレだ。

 

「ママ、キンジは武偵殺しの被害者よ。自転車に爆弾を仕掛けられたの。それに、一昨日はバスジャック事件が起こったわ。武偵殺しは、ここ最近活発になってきてる。なら、必ず尻尾を見せるはず。だからあたしは武偵殺しを捕まえて、ママの無罪を証明してみせる。そうすれば懲役864年を742年まで減刑できる。最高裁までの間に、他のやつも含めてなんとかしてみせるから」

 

そして、と続けて。

 

「ママをスケープゴートにしたイ・ウーの連中を全員ここにぶち込んでやるわ」

 

と、覇気を感じさせる物言いをした。その言葉が本気だと伝えるかのように緋色の相貌がギラリと光ったような気がした。

 

「アリア、そう急いではダメよ。パートナーは見つかったの?」

 

「うっ、それは...まだ、見つかってない」

 

「ダメよ、アリア。あなたの才能も、短所も、一族の遺伝性のもの。パートナーを見つけなさい。あなたを理解し、世間とあなたを繋げる橋のような人を。あなたの能力を何倍にも引き出してくれる優秀なパートナーを見つけなさい」

 

「で、でも!」

 

「人生は、ゆっくりと歩みなさい。早く走る子は転ぶものよ」

 

 

 

 

―その言葉が、深く胸に刺さる。早く走る子は、転ぶ...か。

 

その言葉は、予想以上に深く、深く。俺の脳裏に焼きつくものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「神崎、時間だ」

 

管理人が時計を見ながらそう言い放つ。

 

「焦ってはダメよ、アリア。一人で先走らないで」

 

「やだ!あたしはすぐにでもママを助けたい!」

 

管理人がかなえさんを羽交い絞めにして、2人がかりで引きずり込んでいく。

 

「やめろっ!ママに乱暴するな!」

 

アクリル板に張り付いて、必死に叫ぶアリア。その目に怒りを灯して管理人たちを睨みつける。

 

 

 

引き摺られていくかなえさんは、アリアが見えなくなるその瞬間まで―アリアを心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、アリアは帰り道で大いに泣いた。キンジの胸を借りて、大声で――泣いていた。どうにもいかない不条理な世の中を恨んでるのかもしれない。自分の力が足りなくて救えない事に嘆いているのかもしれない。

 

俺も、キンジも。何もしてやれない無力さを噛みしめて、ただ、ただ、無言のまま。

 

傍にいることしかできなかった。

 

追い打ちをかけるかのように降り注ぐ雨。

 

 

 

俺たちは静かに、立ち尽くしていた。

 



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ハイジャックってやべーよな

アリアはあの後「一人にして」とだけ告げて、何処かに行ってしまった。

 

それを見届けてから、キンジと一緒に帰ってきた形になる。

 

帰り際に何か話すこともなく、寮まできて俺の口からやっと出てきた言葉はいつも通りのものでしかなかった。

 

「また、明日な」

 

「...ああ、またな」

 

キンジも表情一つ変えることなく、暗い顔でその言葉だけ紡ぐと、フラフラと部屋に消えていった。

 

俺も、なかなか酷いツラをしてるんだろう。洗面台の鏡には、随分と青くなった自分の顔が嘲笑うかのように俺を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、夜が明けた。

 

 

 

ホームルームが終わっても、アリアは来なかった。後ろにグルリと体を向けて、キンジを見ると随分とアリアの席を気にしてるようだった。

 

その日のキンジは、授業中ずっと上の空で、きっと午後の授業も午前と同じ感じだったんだろう。

 

そうやって放課後に入ると、装備科の平賀さんからメールが届いた。

 

どうやら俺の銃の修理と改造を頼んでいたが終わったみたいで、いつでもいいから取りに来てくれ、という内容だった。

 

放課後は予定もないし、行くとしよう。そう思い、すぐさま平賀さんの所へ足を運んだ。

 

 

 

 

「やー、やー、よく来てくれたのだ、冴島くん!」

 

平賀さんに話しかける前に、平賀さんが俺に気づいて作業を中断し話しかけてきた。

 

「おっす、頼んでたモン出来たんだったな?」

 

「モチロン!バッチリなのだ!」

 

平賀さんはそう言うと作業テーブルの端に置かれたガンケースを引っ張り出して、俺の足元にそれを置く。

 

俺は中身を確認するために、腰を床に据えて、ガンケースをじっと見つめる。

 

平賀さんがガチャリとロックを解除して、ガンケースの上部を開けていく。

 

「―おお」

 

中に入っていたのは一丁のリボルバー。

 

鈍い銀色の銃身に、丁寧にニスが施されているウッドストックの重厚な雰囲気が堪らない。

 

「依頼されていたフレームの歪み補正、照準のズレ修正、トリガーの異常な軽さ、シリンダーの傷の修理。そして、割れたストックの交換でウッドストックへ変更、マズルブレ―キが破損したのでより大型の物へ変更。全部合ってるのだ?」

 

そう言って、顔を上げ、平賀さんはガンケースから俺へと視線を移す。

 

「ああ、確かに」

 

代金を平賀さんに渡し、ガンケースを受け取る。

 

「はい、丁度なのだ!それでは、依頼されていたXVRの修理、改造!これにて満了なのだ!」

 

平賀さんは笑顔でそう言って、今後とも御贔屓にと続けた。

 

「また何かあったらくるわ、ありがとさん!」

 

ようやく俺の銃が帰ってきた。

 

S&W Model460XVR(8.38in)。46口径マグナム弾を使用する、5発装填可能なリボルバー。

 

Model500は象殺しの異名で余りにも有名な世界最強のリボルバーだが、この銃にもそれと似た特徴がある。

 

それは、世界最速の拳銃ということである。このXVRから放たれる弾丸の弾速は700m/s。それ故にModel500以上の貫通力と、遠距離での威力を誇る。

 

全長381mm、重量2055gの化け物リボルバーだ。反動がエグいんじゃないかと思うかもしれないが、この銃、なんとマズルブレーキが装着されていて、予想より反動は少ない。

 

まぁ反動が強すぎてマズルブレーキが装備されたわけなんだが。

 

そうして寮の自室に戻って、ガンケースからXVRを取り出し、弾丸を装填して、ホルスターにしまう。予備の弾丸もスピードローダーに詰めて、ポーチに忍ばせる。

 

全部仕舞いきって、さぁ風呂にでも入るかとホルスターとポーチを外そうとしたところで、携帯電話が音を鳴らした。

 

キンジからの着信だ。なにかあったのか?

 

「もしもし、キンジ?どったの」

 

『急いで、羽田空港まで来てくれ!理由は後で話す!時間がないんだ!』

 

と、随分と切羽詰まったような様子で早口で言うキンジ。

 

マジになんかあったみてーだな...

 

時間がないなら急ぐべきだ。足はバッチリだし、運がいいことに銃も手元にある。

 

「ああ、分かった。羽田空港だな?」

 

『そうだ!頼むぞっ!』

 

ピッと通話を切って、携帯を仕舞う。

 

ガチャリと扉を開けて、寮の外へ出る。シューズの紐をギッチギチに縛って、軽く屈伸をして、手足をブラブラと遊ばせ、グルグルと回して慣らす。

 

つま先で地面を数回蹴って、腰を静かに落とし、クラウチングスタートの姿勢に入る。

 

グイッと踵を浮かせ、左足に、力を溜める。

 

「へへへ、走るのはなんやかんやで久しぶりだな!」

 

走ろうとしても予定が詰まってて走れなかったりして、結構鬱憤が溜まってたのだ。

 

ここで全部出し切って、パーッとしてーなぁ!

 

「よぉーい...ドンッ!」

 

 

 

 

 

自分の掛け声で、スタートを切った。

 

 

 

 

 

――瞬間  

 

 

 

 

   世界が  加速した。

 

 

 

 

道路を走る自動車なんかよりもずっと速く、道行く人々は俺の速度に驚き、F1でも見ているかのような勢いで首を振り目線を俺に追いつかせようとしていた。

 

 

 

予想はしてた。予感はあった。バスジャックの一件から、格段に速くなっている。

 

ギュンッ!ギュン!

 

腕を振る度にグングン速度が上がっていく。楽しい、楽しい!

 

そうやって走っている中で、あっという間に羽田空港にたどり着いてしまった。

 

キンジは、見渡すが何処にもいない。

 

もしかして俺のほうが速かった?キンジは急いでるんだったよな、じゃあ探しにいくか。

 

そう思い、踵を返し、また走る。

 

キンジはすぐに見つかった。真っ直ぐ羽田空港を目指して走っていた。

 

キンジの前方、10mまでいって、跳躍しながら空中で体を捻り、後転を加え、五点着陸を決める。

 

「うぉおお!?」

 

キンジはかなり驚いていた。そりゃそーだ、まさか俺が羽田空港から出てくるとは思わなかっただろう。

 

「よォーキンジ!あんまりにも遅いから迎えにきたぜ」

 

そう言いながら有無も言わさずに、キンジを背負う。

 

「えっちょ」

 

「さぁ、俺の速度にご招待!」

 

キンジを背負ったまま、全力で走る。キンジが何か叫んでるけど聞こえない。

 

そのまま羽田空港のチェックインに到達。急ブレーキを掛けて武偵手帳を見せてチェックをパス。そのまま金属探知機を横からすり抜けて、すり抜けて...

 

「なぁキンジ」

 

「な、んっだ!」

 

「で、これどこいくの」

 

「はああああああ!?」

 

だって話は後でするって言ったじゃんかよぉ...

 

「あぁ、もういいっ!そっちの、ボーディングブリッジだ!いい、か!?今度は、ゆっくりだぞ!頼むぞ!」

 

「任せろ!最速だな!」

 

「ちがっあっ」

 

指示された方へ全力で走っていく。

 

まだハッチが締まる気配もないANA600便、ボーイング737-350 ロンドン・ヒースロー空港行きに突っ込んだ。

 

急ブレーキを掛けて、跳躍。グルリと回って慣性を完全に殺し、着地。

 

「―ああ、また世界を縮めてしまったぁ...」

 

ウットリ。

 

両手を広げ、くるくると独楽のように回転し自分の可能性を最大限に褒め称えていた。

 

「もう二度と、お前の背中には乗らん。これなら1930年代の自動車のほうがマシだ」

 

キンジは顔を青くしながら、俺を睨んでくる。何が不満だったのだろう、速さが足りなかったのかもしれない。俺もまだまだってことだな。

 

「で、キンジ。こっからどーすんだ。てかなんで空港?」

 

「アリアが武偵殺しに狙われてる。武偵殺しが次にジャックするのは、俺たちがいる、コイツだ」

 

キンジはコツコツ、と床を叩く。成程、このボーイングが次の標的な訳だな。

 

「じゃあ、アリアを探すか」

 

床に座ってるキンジに手を差し伸べ、キンジがそれを受け取る。引っ張り上げて、キンジを起こしアリアを探すことにした。

 

「いや、その前に」

 

キンジがフライトアテンダントを1人捕まえて、武偵手帳を突きつけつつ、叫んだ。後ろでハッチが完全に閉まる音が聞こえた。

 

「武偵だ、離陸を中止してくれ!」

 

「お、お客様!?どういうことか、説明を...」

 

「説明をしているヒマはないっ!はやく!」

 

キンジに気圧されたのかちょっと涙目になっているフライトアテンダントは、おぼつかない足取りで二階へと駆け上がっていった。

 

「これで、一安心だな」

 

キンジがふぅ、と一息つく。

 

俺ものんびりと、伸びをして、息を整える。

 

「ん?んん!?」

 

グラリ、と足元が揺らいだ気がした。いや、動いてる!

 

「おい、キンジ!止めたんじゃあないのかっ!」

 

「どういうことだ!?」

 

そこに、さっきのフライトアテンダントが帰ってきて、申し訳なさそうな顔で俺たちに話しかけてきた。

 

「あ、あのぅ。すいません、ダメでしたぁ...規則で、離陸は中止できないし、そんな命令どこからも来てないって...」

 

「こ、コノヤロウ..!」

 

キンジが怒りでブルブル震えている。それを見てフライトアテンダントは更に顔を青くした。

 

「まーキンジ、ちょっと落ち着け。もうなっちなったモンはしゃーねーだろ?こうなったらこうなったで、どうにかするしかねー」

 

そうやってキンジの肩に手を置いて、グイグイと揉んでほぐす。

 

「―ああ、そうだな。この機体は、セレブ御用達の新型機。アリアも何処かにいるだろう」

 

フライトアテンダントと別れ、キンジが適当にスイートルームの扉を開ける。

 

「キ、キンジ!?」

 

「俺もいるぜェー」

 

「なんで!?」

 

 

そこには紅い目を丸く見開いて、驚いているアリアがいた。

 

 

 

 

 

ハイジャックってやべーよな




オリ主の拳銃は勿論世界最速の拳銃弾が撃てる拳銃です。

速いのはいいことです。


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高度数千メートルでやべーバトル

戦闘シーンの描写が苦手です(´・ω・`)


ひとまず合流はできたわけだ。良かった。

 

「...さすが、貴族サマだな?片道20万くらいするんだろ、これ」

 

キンジが部屋に備え付けられたダブルベッドを見ながらアリアに話しかけると、アリアは座席から立ち上がり、俺らを睨んできた。

 

俺なんかした?

 

「断りもなく人の部屋に押しかけるなんて、失礼よ!」

 

「お前が言うな」

 

「うぐっ」

 

キンジはアリアにそう言うと、アリアは経験があるのか、睨んではいるが何も言ってこない。

 

少しの沈黙の後、アリアが静々と口を開いた。

 

「...なんで、ついてきたのよ」

 

「太陽はなんで昇る?月はなぜ輝く?」

 

キンジが変な例えを持ち出して、アリアに食いついた。

 

「うるさいっ!答えないと風穴よ!」

 

そう言うとアリアはすぐさまスカートの裾に手を持って行った。

 

ちょっとここでも喧嘩とかオメーら勘弁してくれよー。

 

そうやってキンジとアリアがぎゃーぎゃー騒ぎあっているのを尻目に、ベッドに腰かけて机の上に置かれていたパンフレットを手に取って読み始める。

 

へー、一階はバーになってんのか、セレブ御用達、ね。

 

ペラペラと斜め読みしながらパンフレットを捲っていると、元々薄いものだったせいか、すぐに読み終えてしまった。

 

まだ、キンジとアリアは口論を続けている。

 

「おい、オメーらよー。少しは...」

 

落ち着いたらどーだ、と言いたかったが機内のアナウンスがそれを遮った。

 

「お客様にお詫び申し上げます。当機は台風による乱気流を迂回するため、到着が30分ほど遅れることが予測されます」

 

それを証明するかのように、足場がグラリグラリと、気になるほどではないが確かに揺れているのが分かる。

 

そして、ガガン!と雷の音が聞こえた。

 

その音が響くと同時、アリアは俺を突き飛ばして、ベッドに潜りこんでしまった。

 

立て続けに鳴り続ける、雷の音にすっかり参ってしまったのか、アリアは弱弱しい声でキンジを呼び、キンジはそれにやれやれといった様子で応じ、アリアの近くへ来て、手を握っていた。

 

...ブワッ

 

「うぉお!?どうした、ハヤトッ!どっか痛むのか!?無茶させちまったか!?」

 

キンジは顔を此方に向け心配そうな表情で俺を見て、気遣ってくれる。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫?急に泣き出して、どうしたのよ?」

 

アリアも布団から顔を少し覗かせて俺を心配そうに見つめる。

 

「俺の前でイチャつくんじゃねーぜッ!キンジィ、オメー!俺がモテないのを知って、見せつけてんのか!?」

 

おろろーん、おろろーん。

 

しょっぱい水が目から溢れてくる。

 

グシグシと袖で涙を拭って、キリリとするも、すぐにふにゃりと垂れて、またブワッと涙が出てきた。

 

 

 

 

 

キンジとアリア、両名に慰められること数分。その慰めが予想以上に温かいものでまた泣いてしまったことは割愛して、今は3人でテレビをつけて時代劇を見ていた。

 

「―この桜吹雪、見覚えがねぇとは言わせねぇぜ」

 

たしか、遠山の金さん、だったかな。キンジの家のご先祖サマの話だと聞いている。

 

そんな事を思っていると、全く反省してないのか、キンジとアリアがまた熱くなってる。

 

俺の目の前で、手を握り合って―。

 

「また泣くぞ」

 

「すまん」

 

「やめなさい」

 

みっともねーと思うかもしれないが、こうでもしないとこいつらイチャついて止まないと思うんだ。

 

そうして落ち着きかけたとき、バン、バァン、と音が響いた。

 

――銃声。

 

キンジと目配せをして、コクリと頷く。

 

俺が先に廊下にでると、狭い通路は人で溢れ返っていた。

 

キンジが俺に続いて廊下に出てきて、音の方向へ目を向ける。

 

そこには、さっきのビビってたフライトアテンダントがいた。

 

フライトアテンダントの手には、2人のパイロットと思しき人物らが引き摺られていた。

 

――穏やかじゃあ、ねぇなぁ?

 

キンジは呆けているのか、まだ拳銃を抜いてない。

 

俺が肘をトッと当てると、慌てたように銃を引き抜いて構えた。

 

「動くな!」

 

キンジがそう言いながら俺の前に出てくる。もう一歩、前に出ようとしたところで。

 

フライトアテンダントがニヤリ、と笑い。

 

「Attention please でやがります」

 

何処からともなく、カンを投げつけてきた。

 

ブシュウッ!

 

勢いよく、カンからガスが噴き出す。キンジはそれを見て血相を変え、大声で叫んだ。

 

「全員室内に戻れ!扉をしっかりと閉めるんだ!」

 

通路に溢れていた人たちは、すぐに部屋の中に引っ込んだ。

 

俺もキンジも、急いで部屋に飛び込む。

 

「キンジ!無事!?」

 

ガスを少し吸ってしまったが、俺にも、キンジにも異常は見られない。

 

無害なガスだったみたいだ。

 

で、頭の悪い俺にもなんとなく話が見えてきた。

 

「なぁ、キンジよー...あのフライトアテンダントが、武偵殺しでいいんだな?」

 

「ああ、違いない。やっぱりだ、やっぱり来やがった」

 

「キンジ!どういうこと?」

 

「武偵殺しは、バイク、カーと始めて、シージャックである武偵を仕留めた。そして、それは直接対決だったはずだ」

 

「どうして?」

 

「お前は聞いてなかったんだろうが、知らなかったんだ。それは、電波を出す必要がなかったから。武偵殺しが現場にいたからだ」

 

そして、と一息置いてキンジは続きを話す。

 

「シージャックから一転。自転車・バスとジャックする乗り物はまた小さくなっていった」

 

「―!」

 

「分かるか、アリア。俺たちはずっと踊らされていた。シージャックの時の武偵と同じように、3件目で仕留めるために直接対決をしようとしている。この、ハイジャックで!」

 

ギリ、とアリアが苦い顔をする。キンジも似たような表情だ。

 

どうしたもんか、と思案していると、機内放送のポーン、という音が連続して聞こえる。

 

「オイデ オイデ イ・ウー ハ テンゴク ダヨ オイデ オイデ イッカイ ノ バー ニ イルヨ ...か、何処まででもふざけてやがる」

 

キンジは忌々しそうに愚痴を垂れる。

 

「どうする?誘ってるが」

 

キンジがアリアに尋ねるとアリアは拳銃を2丁取り出して一言。

 

「上等。風穴開けてやるわ」

 

「俺たちも行くぜ、一人よりはいいはずだ」

 

「来なくていい」

 

ガガーン!と雷の音が響く。

 

「...どーすんだよ、アリア?」

 

俺が聞くと、さっきとは一転。

 

「く、来れば」

 

と、随分弱気な声で言ってきた。

 

 

 

 

 

ぽつりぽつりと灯されている誘導灯に従って、慎重に1階へ降りていく。

 

1階は、バーになってたな。

 

そのバーに、着いた。シャンデリアの下、バーカウンターに足を組んで座っているさっきのフライトアテンダントがいた。

 

だが、服装が可笑しい。その服は、かなり改造されているものの、元は武偵高校の制服だったはず。

 

しかも、その独特なフリフリは、理子が着ていたそれだった。

 

「今回も、キレイに引っかかってくれやがりましたねぇ」

 

そう言いながらフライトアテンダントはベリベリと音を立てて、マスクを剥ぎ始めた。

 

その素顔は。

 

「理子!?」

 

「Bon soir」

 

見間違えるはずもない。あの、峰理子だ。

 

理子はパチリ、とウィンクをして微笑んでいた。

 

沈黙が広がる。構えた拳銃をそのままに、独特の緊張感が滲み出ている。

 

理子が、静かに口を開いた。

 

「アタマとカラダで人と闘う才能ってさ、ケッコー遺伝するんだよね。武偵高校にも、そういう遺伝的天才が少なからずいる。でも、お前の一族は別だよ、オルメス」

 

オルメス?誰それ。神崎、遠山、冴島、峰。

 

ここに、オルメスなんて名前の奴はいねーはずだ。

 

アリアが息を呑むのが分かった。

 

「アンタ...一体、何者なの」

 

問うアリアに理子はニヤリと笑い、両手を広げ、高らかに名乗り上げた。

 

「理子・峰・リュパン4世」

 

それが本当の名前、と続けた。

 

リュパン...アルセーヌ・リュパン。フランスの大怪盗。それくらい知ってる。

 

理子はその、リュパンの曾孫なのか...

 

「理子はね、家の人間たちからずっと、4世、4世、4世様って呼ばれてたの。どいつもこいつも、4世様って。ひっどいよねぇ」

 

「4世の何が悪いのよ」

 

「悪いに決まってるだろォ!あたしは数字じゃない!ただのDNAなんかじゃないんだ!」

 

さっきまでと比べて、苛烈に。怒りを露わにしてアリアを睨みつける。

 

アリアを睨みつけるが、アリアに言ってるわけではない。もっと別の、誰かに言っているようだ。

 

「イ・ウーに入って手に入れたこの力で、あたしは曾お爺さまを超えるんだ!」

 

理子はそう言いながら、アリアに歩み寄っていく。

 

「待て、理子。お前が、本当にお前が、武偵殺しなのか?」

 

キンジが恐る恐る尋ねると、まるで気にも留めていなかったことを質問されたかのように、呆け気味に理子はへらへらと笑いながら、話した。

 

「あぁ?ああ、あんなの、プロローグを兼ねたお遊びさ」

 

「な―」

 

「そして本命は、お前だ。オルメス。オルメス4世」

 

理子は獣の様にギラギラと眼光を光らせ、獲物を狙うかのように間合いを詰めていく。

 

「100年前の戦いは引き分けだった。だから今度こそ、決着をつける。オルメス4世を斃せば私は曾お爺さまを超えたという証明になる」

 

だから。

 

「お前も役割を果たせよ、キンジ」

 

と続けた。

 

...俺、完全に蚊帳の外!なんかもう眼中にない感じがする!

 

少し憂鬱になりながら、一応の警戒をする。

 

「―お前が、兄さんを....――お前が!」

 

ちょっと落ち込んでたら、キンジがキレかけている。

 

恐らく、理子がキンジの兄貴の話でもしたんだろう。理子がやった、とでも言ったんじゃないだろうか。

 

キレたキンジが、がむしゃらになって突っ込んでいく。

 

「ノン、ノン。だめだよキンジ。オルメスのパートナーは戦う役目じゃないの。パンピーから情報を引き出して、オルメスの能力を増長させる。そういう事してくれないと」

 

グラリと機体が揺れ、バランスを崩したキンジから理子はベレッタを掠め取り、それを素早く解体してしまうと、床に放り投げた。

 

そこでアリアが突っ込んでいった。チラリ、とアリアが俺に目を向ける。

 

キンジのことを見てろと言われた気がする。

 

アリアに任せて、キンジのクールダウンを優先させよう。

 

「おい、落ち着けよキンジ」

 

静かに、語り掛けるようにゆっくりと伝える。

 

「これが、これが落ち着いていられるか!」

 

キンジは吠えるように、怒りの感情を向ける。

 

「いいから、落ち着け」

 

キンジの両肩に手を置き、グイッと力を籠める。

 

「離せ」

 

「いーや、無理だ」

 

「離せって、言ってんだろ!」

 

キンジが俺の両腕を力尽くで振り払う。

 

「ダメだよキンジ、仲間割れなんて」

 

理子がそう言いながら、側頭部を斬られ、血塗れになったアリアをキンジめがけて投げ込んでくる。

 

「―アリアっ!」

 

キンジはなるべく優しく、アリアを抱きとめると、何度もアリアの名前を呼び始める。

 

――やっちゃあ、いけねーコトがあるよな?

 

今、コイツは。理子は、俺の仲間を傷つけた。

 

よくわかんねー話をされて、一人だけ除け者みたいに扱われて、かーなーりー、キテたんだが、今のでもう限界だぜ、この野郎。

 

「―おい、キンジよぅ。アリア連れて、応急処置してきな」

 

キンジとアリアを庇うように、ズイッと前に出る。

 

「で、でもお前...」

 

「いいから、行けよ」

 

キンジは、しばらく黙った後。

 

「すまん、無茶はしないでくれよ」

 

それだけ言って、バーから撤退した。

 

「どこに行くのォキンジー、この狭い機内に逃げ場はないのにィッ!」

 

理子が俺を無視してキンジの背中にナイフを刺そうとする。

 

「おっと、悪ィがそりゃナシだ」

 

理子の顔面めがけて蹴りを放つ。バックステップで避けられる。

 

「...ちょっとさー、脇役が、舞台に上がってきちゃダメでしょ?ハヤト」

 

ガッカリとした声で、諭すように俺に語り掛けてくる理子。随分と気に入らないみたいだ。

 

「...」

 

理子の話を無視して、蹴りを放つ。避けられる。パンチを打つ。受け止められる。

 

「無駄だって。レベル差がありすぎー、序盤に出てくるスライムが99Lvの勇者に挑むようなモンだって」

 

「知るか」

 

「―あ?」

 

「テメーの御託なんて、どうだっていいんだ」

 

血筋がどうとか、超えるとか、超えないとか。

 

「俺にはどうでもいい話でしかねーんだよ!」

 

巻き込まれたことはもういい、済んだ話だ。血筋の話は関係ない。

 

だが、だが!

 

「峰理子!テメーはやっちゃあいけねーコトを1つ仕出かした」

 

「―へぇ、何をしちゃったのかな、理子は」

 

「俺の前で仲間を傷つけた」

 

一瞬の沈黙。

 

そして。

 

「プ、ハ、アハ、アハハハハハハハッ!!!」

 

理子はげたげたと笑い始めた。

 

「おかしー、サイコーにおかしーよ!アンタ!仲間を傷つけただなんて――最っ高にくっだらない!」

 

叫ぶと同時、理子は姿勢を低くして突っ込んでくる。

 

髪にはナイフが巻き付けられていて、ウネウネと髪が動いている。

 

「アンタに銃は必要ない!ナイフだけで遊んであげる!」

 

髪に巻かれていたナイフが離れ、理子の手に収まる。理子は速度を上げて、此方に迫ってくる。

 

「シィッ!」

 

理子の顔面めがけて、鋭い蹴りを何発も打つ。だが、当たらない。

 

「そんなノロマじゃあ、理子に追いつくのはツライだろっ!能力を使えよ!」

 

理子は挑発するように、俺の懐に潜り込み、ナイフを使う事なくパンチで腹を叩いてきた。

 

「―っんのぉっ!」

 

ズビシィ、とパンチを打つもひょい、ひょいと避けられて、今度は顔面に一発。

 

「あはっ!」

 

そのまま体を捻り、すぐさま引き戻してくる。

 

ゴスゥッ!

 

「―ぐ、が」

 

理子の強烈な、肘フックを顎に貰い、視界が大きく揺れる。

 

その衝撃で、フラフラと後ずさり、バランスを崩して背中から倒れていく。

 

それを好機と見たのか、理子は間合いを詰め、今度こそ止めだと言わんばかりにナイフを逆手に持ち、頭上高くに振り上げたまま襲い掛かってきた。

 

「シャァッ!」

 

倒れた状態から、ブリッジ。そのまま両足をそろえて持ち上げ、振り切る。

 

ガスリと何かを捉えた感触が伝わり、そのまま回転。着地しようとして、足場がグラリと揺れる。

 

バランスを崩して着地に失敗し、体を床に叩きつけてしまう。

 

「がっ!」

 

「ぐぇ!」

 

吹き飛んだ理子と、床に倒れた俺。ほぼ同タイミング。

 

距離はとれた。

 

―能力を、使うべきか。

 

理子が立ち上がろうとしている。迷っているヒマはない!やれ!

 

 

 

 

 

――瞬間。

 

 

 

世界が 加速し―

 

 

「ぐぶぇ!?」

 

 

 

理子めがけて飛び掛かろうかと、能力を発動させ全力で飛び掛かった瞬間。

 

眼の前に壁が現れた。避けられるはずもなく、衝突した。

 

「な、にが――」

 

「お前、バカにしてんのか」

 

顔を打った痛みに耐えながら、声の方向へ体を向ける。

 

振り返った瞬間、ナイフが迫り目を突き刺そうとしていた。

 

「―!」

 

ナイフを避けようと、能力を使った瞬間。避けた方向の、壁に衝突した。

 

「がぁ!?」

 

―どうなってやがる!思い通りに動けねぇ!

 

そんなこと、今までなかったのに。

 

理子はそんな俺の焦りを知ってか知らずか、ニヤリと笑い。

 

「あんた、制御できてないんだ、その能力」

 

これなら楽勝かなぁ、なんて言いながら、ナイフを持った手首をグリグリと回して余裕そうな表情を見せていた。

 

「へっ、言ってろ...すぐに苦虫を噛み潰したような表情にしてやる」

 

いざ強気な発言こそしてみたものの、どういうことだ。能力が思った通りに使えない。

 

考えてみるが、纏まるはずがなく理子は苛烈さを増して襲い続けてきた。

 

防戦一方。しかも、かろうじて避ける。そんな闘い、闘いとは呼べない。

 

どうにかして、勝たなければ・・・。

 

勝つために、能力を使って加速しなければ、決定打は与えられない。

 

事実、理子の攻撃の合間にカウンターを打ち込んではみるものの、全て防がれ、或いは避けられ、お返しのカウンターでダメージを蓄積させるばかりだった。

 

―くそったれ!自分の能力に振り回されるなんて、冗談じゃあねぇ!

 

「う、オオオッ!」

 

何度目かの能力使用。加速し、ガシャン! 壁にぶつかった。

 

理子は、音のした方向へ顔を向ける。そして俺を見つけ、嗜虐的な笑みを見せる。

 

けらけらと笑いながら、理子は

 

「もう、諦めたら?」

 

なんて、言うものだから。

 

「―ぜってーに諦めねぇ、意地でもテメーをぶっ飛ばす」

 

俺の反骨心に火が付いた。

 

矢常呂先生に言われただろう。ビビってるから体がヘタるんだ。信じきれてないから能力がブレるんだ。

 

 

――信じろよ、俺を。俺が俺を信じないでどうする!やれる、やれる!やれる!!

 

俺ならできるんだ!この程度の速さ、扱いきってみせる!

 

体が内側から熱くなるのを感じる。心臓の音が聞こえる。周りの音が消えていく。

 

機内に取り付けられた窓から、一筋の雷が見えた。

 

「やってやらぁ、理子。後悔すんなよ」

 

 

 

―瞬間。

 

 

世界は加速した。

 

 

 

一瞬だった。

 

足場が揺れ、狙いが理子からずれた。目の前は壁。またぶつかってたまるか。

 

―ビビるな、ビビるな!いけっ!いけぇ!

 

「オ、オオ、アアアアッ!」

 

勢いを殺さず、むしろ一歩踏み出した。

 

その勢いのまま。

 

 

壁を蹴り上げて、水泳のように、壁際でクルリと反転する。

 

 

そのまま壁を蹴って、更に加速する。

 

 

理子は、追いきれてない。俺の速度についてこれない。

 

 

狭い室内を、何度も何度も壁を蹴っては反転、加速して理子を狙い続ける。

 

 

 

 

何度も、何度も。何度も何度も――加速して。隙が出来るまで。

 

 

 

 

――理子が、背中の方へ目を向けた。今しかない。やるしかない。

 

 

 

 

「ッッッしゃアアアアアッ!!!」

 

 

 

特撮ヒーローの必殺のキックのように。

 

 

ほぼ水平に、理子の正面から。渾身の蹴りが突き刺さった。

 

 

 

そして、加速は終了した。世界に音が戻ってくる。体から熱気が排出される。

 

雷の光と音が、一瞬バー全体を包む。

 

 

 

「―え?げっぶっぁ!!?」

 

 

 

理子は何が起こったのか、理解できずに吹き飛ばされる。

 

 

俺は着地を取ることもできず、背中から盛大に叩きつけられ、ゴロゴロと床を転がり、壁に衝突した。

 

 

 

全身が痛い。筋肉がビクビクと変な痙攣をしている。汗が止まらない。骨が軋む感じがする。涙が出そうだ。

 

 

「理子...は」

 

 

動かない体を必死に起こして、這いずるようにして顔を向け蹴り飛ばした先を見るが、理子はそこにはいなかった。

 

次の瞬間。

 

ズシリ、と俺の体に何かが乗った重みを感じる。首を向ける暇もなく、声が聞こえた。

 

 

 

「―死ね」

 

 

 

首筋に、何かが刺さった感触を最後に、俺は意識を失った。

 

 

 

 



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やべー日常は続く!

少し薄暗くなった、バーが映る。

 

――ああ、これは。

 

眼前に黒いモヤに包まれた人型のシルエットが現れる。

 

力が入らないが、なんとかファイティングポーズをとる。

 

目が霞む。視界がぼやけている。姿勢が安定しない。ゆらりゆらり、と揺れてしまう。

 

足場の影響もあるのだろうか。揺れは、さっきよりも大きい気がした。

 

モヤが襲い掛かってきた。

 

―この動きは。

 

モヤが何度も攻撃を仕掛けてくる。

 

回避しようと、後ろに下がるが足から崩れ落ちる。

 

――ッ

 

立とうと足に力を籠めるが、膝がわらうばかりで立ち上がれない。

 

黒いモヤは、近くにきていた。

 

――せめて、一発。

 

そう思いながら、全く力の乗っていないパンチを打つ。

 

モヤはそれを最低限の動きで避けて、俺の手首を掴んだ。

 

「―!~~!!」

 

モヤが、何か言っている。

 

――また、変な話か。

 

「―い!」

 

モヤが、少し薄れていく。何か喋っている。聞く気はない。

 

まだ、油断できない。この状態から、上半身を丸めて、頭突きをする。

 

全く速度の乗ってない、軽くて、遅い頭突きは。

 

ぽすり、と音をたてて、当たった。

 

――やった。

 

少し喜んだが、次の瞬間にそれは霧散する。

 

モヤが上半身をホールドしてきた。これでは、動けない。

 

――詰んだ、か。

 

いや、まだだ、まだ、体を揺すれる。抵抗できる。

 

――理子。

 

ヒュウ、と掠れた息をする。

 

――理子ォ...!

 

「―ぃ゛...こ゛ぉ゛...ヒュゥ...ヒュゥ...ゴボッグブゥ」

 

声が掠れる。口の中が切れているからか、血が出る。それでも、なお。

 

「り゛ぃ゛こ゛ぉ゛ぉ゛お゛!!!!」

 

叫ぶ。体を揺すって、抵抗する。

 

「―もう、いいんだ。終わったんだ、ハヤト」

 

聞こえたのはキンジの声。

 

――終わってない、理子はそこにいるんだ。キンジ、アリアはどうした。キンジ、早く逃げろ。

 

だが、意思とは別に、体は鉛のように重くなっていき、瞼が静かに降りていく。

 

――ああ、クソ。

 

意識もとうとう沈んでいく。

 

――俺は、無力だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、そこは武偵病院のベッドの上だった。

 

「知ってる天井だぁ...」

 

誰かに話すわけでもなく、ポツリと漏らす。

 

目が覚めてから、どれだけ時間が経ったのかは分からない。

 

だが、扉が開く音が聞こえた。

 

「あら、もう起きたの。やはりアンタのその能力、随分と発達したみたいね」

 

そんなことを言いながら入ってきたのは、矢常呂先生だった。

 

「どーも、先生」

 

とりあえず挨拶をして、事の顛末を聞き出す。

 

「あれから、どーなった?キンジは、アリアは、大丈夫か」

 

「落ち着きなさい、先にアンタの状態を言うわ」

 

矢常呂先生は落ち着いた様子で、俺の隣にきて、喉に手を触れた。

 

「まず、アンタは首に注射針のような物で軽く刺され、何かを注射された痕があった」

 

注射?ナイフじゃなくて?

 

「それが、遠山から聞いた話。こっちに来て検査をしてみたけど、ただの強力な麻酔でしかなかったわ」

 

麻酔?  麻酔!?

 

「俺麻酔にやられたんスか!?」

 

「ええ、事実よ」

 

クス、と矢常呂先生は嗤う。

 

ああそれと、と矢常呂先生は次の話をする。

 

「全身に打撲、一部に強い衝撃を受けた痕、左腕の骨折、肋骨のヒビ、顎にもヒビ、顔面左頬に切り傷、胸部にガラス片が数個侵入、一部筋肉の損傷、血管の損傷」

 

他の病状をズラリと挙げていく。多い...多くない?

 

「私が処置しておいたわ、まぁほとんどアンタが治したみたいだけど」

 

「生きてるってすげーなぁ」

 

それより、と言いながら顔をぐっと俺の近くまで持ってきて矢常呂先生は興味深そうに俺を見つめる。

 

「アンタのその速くなる能力で自然治癒速度を上げた状態。どれだけ速く傷が治せるかみてみたいわ、バラバラにしていい?」

 

「良いワケねーだろ!このサイコパス!」

 

「あら、残念」

 

なんで病院で殺されかけなきゃいけねーんだ。

 

「まぁいいわ、残念なのは本当だけど...アンタのその顔の傷、肉が少し盛り上がってるから、結構目立つと思うわ」

 

左頬に触れる。すこし、肉が盛り上がった部分が一直線に伸びているのが分かる。

 

「―これくらいなら、大丈夫っスよ。俺武偵だし」

 

「そう。じゃあ次の話、アンタが一番気にしてた、遠山と神崎の話をしてあげる」

 

そうだ、キンジたちはどうなった、大丈夫だったのか?

 

「ハイジャックされた機体を奪還した遠山たちは、羽田に引き返すことが出来なかった」

 

「なんで?」

 

「空港側が拒否したのよ」

 

「えぇ...」

 

「で、羽田に降りられなくなったから、代わりに空き地島を使った。風車に羽をぶつけてピタリと止めたわ」

 

「すごいなぁ」

 

驚愕だ、そんなムチャをするなんて。

 

「で」

 

「へ?」

 

「目が覚めたのならもう帰っていいわ」

 

話は以上よ、と打ち切って矢常呂先生は部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

制服に着替え、ぼさっとした髪を整える。

 

「―復活!」

 

何度目かの、快復。

 

治療費もバカにできないのでお世話になることは避けたいなぁ。

 

あ、そういえば...理子の話を、聞き出せなかったな。

 

キンジたちにでも尋ねるか。

 

もう学校だろーな、行けば会えるだろ。

 

そんな事を思いながらブラブラと男子寮まで歩いていると、バラバラとヘリのローター音が微かにだが聞こえてくる。

 

女子寮にヘリでも来てんのかな、と思いつつ自室に戻り、鞄を担ぐ。

 

そして、ゆっくりと武偵高校へ向かって歩いている途中で、キンジと遭遇する。

 

アリアを、お姫様だっこした状態で。

 

「あっ」

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 

 

 

ブワッ

 

「わー!泣くな!泣くな!」

 

「ちょっとキンジ!速く逃げないと!」

 

「おろろーん!人が退院して帰ってきたら開幕それかよ!おろろーん!」

 

「ちょ、も、ほんと、頼むから!後で話すから!逃げるぞハヤト!乗せてくれ!」

 

「テメー俺の背中は嫌だって言ってただろーが!」

 

「ケースバイケースだろうが!時間がないんだ!」

 

「どーすんのよコレ!カオスよ!カオス以外の何物でもないわ!」

 

アリアがきてから、キンジは元気になった気がする。何処となく無気力だったキンジと違って、なんやかんやで楽しそうだったり、忙しそうだったり、動き回っている。

 

「グスッ、しゃーねーな、ぐすんぐすん、乗れよ」

 

アリアがキンジに背負われ、俺がキンジを背負う。

 

行先は何方まで?と尋ねる。

 

「とりあえず、全速前進!」

 

「ヨーソロー!」

 

ゆっくり、ゆっくり加速していく。

 

急激に加速することなく、思い通りに動ける。俺もまた、成長できたってことだ。

 

 

 

 

台風一過。文字通り台風が通り過ぎた後の青空は、何処まででも透き通っていて。太陽は何処まででも俺たちを照らしていた。

 

 

 

 

やべー日常は続く!

 

 

                            武偵殺し編おわり




これにて武偵殺し編は終了です。

次回からは魔剣編に行きます。


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魔剣編
チビでピンクのやべーやつ


「あ~!終わったぁ!不知火、武藤!飯、飯いこーぜ!」

 

「うん、行こうか」

 

「おうよ、席空いてるといいな」

 

あれからキンジとアリアの仲が良くなって、星伽とキンジがやや疎遠になった。

 

それ以外に変わったことはなく、その日常は平和そのものだった。

 

不知火、武藤と共に食堂に入りハンバーグ定食を注文する。

 

「はい、お待ち。ご飯とサラダ、大盛にしといたからね」

 

「おばちゃんありがと!」

 

おばちゃんはニカッと笑うと次の注文を受けて奥へ消えていった。

 

「おし、行くか。相変わらず混んでんなぁ」

 

辺りをグルリと見るが席はだいたい埋まっている。

 

「あ、遠山くんと神崎さんじゃない?」

 

不知火がキンジたちを見つけたみたいだ。

 

「ちょうどいいや、相席させてもらおーぜ」

 

「うん、でも聞いてみないとね」

 

そう言いながら不知火はキンジたちの方へ真っ直ぐ向かっていく。

 

俺と武藤もそのあとに続く。

 

「やぁ、遠山くん、神崎さん。ここ、いいかな?」

 

「おう、スペースあけるから待ってろ」

 

キンジがテーブルの上にあった物をどかし、スペースを作る。

 

武藤がキンジのトレイを押しのけるようにして割り込む。不知火と俺が空いたスペースにトレイを置いて、昼飯を食い始める。

 

「おう、聞いたぜキンジ。お前白雪さんと喧嘩したんだって?」

 

「うげ、もう広まってんのか」

 

キンジは心底嫌そうな顔をしながら溜息を吐く。

 

「まー別になんだっていいだろうよ、んぐ、んぐ。キンジと星伽だ、どうせ何時の間にか仲直りしてらぁ」

 

痴話喧嘩に興味はないので話もそこそこにハンバーグ定食にがっつく。

 

「なんだそりゃ。そういや不知火、お前アドシアードはどうすんだ。代表かなんかに選ばれてるんじゃないのか?」

 

アドシアード――簡単に言えば武偵高校のインターハイ。年に一度開催される競技会で、武偵たちが自身の技を掛けて競い合う祭典。と言えば聞こえはいいがやってることはおっかないの一言に尽きる。

 

「うーん、補欠だから競技には出ないと思うよ」

 

「じゃあヘルプか、何か1つはやらなきゃダメなんだろうし、何にするんだ?」

 

「それがまだでね、何しようかってところなんだ」

 

不知火はあはは、と笑った後に溜息を吐く。

 

「アリアはどうすんだ、アドシアード」

 

武藤が焼きそばパンを食いながらアリアに話しかける。

 

「あたしはチアだけやるわ」

 

「チア...ああ、アル=カタの」

 

アル=カタ。ナイフと拳銃を組み合わせた近接格闘。その動きの演武をチアと呼ぶ。

 

「キンジ、男子はバックでバンドでしょ。アンタも出なさい」

 

パートナーなんだから、と言いながらキンジを見るアリア。

 

「あ、ああ...音楽か。それにするか」

 

「音楽かぁ、それもよさそうだね、僕もやろうかな。冴島君も武藤君も、一緒にやろうよ」

 

「バンドかぁ、カッコよさそうだし俺もやるか!」

 

「お、いいねぇ」

 

ギターは得意だぜ、任しとけ。

 

そんなこんなでアドシアードの方向性が決まったところで、アリアがやべーことを言いだした。

 

「キンジ、アンタの調教をするわ」

 

それとハヤトの面倒も見るわ、と。

 

顔がサッと青くなる。バッと武藤と不知火の顔を見ると若干引いている。

 

「そ、そういう遊びしてんのか?やべーなお前ら...」

 

「あ、あはは...」

 

キンジは気にしてないのか、調教ってどういうことだ?なんて聞いてやがる。

 

「とりあえず訓練よ、キンジは明日から毎日一緒に朝練よ」

 

「アリア、俺ぁどーすんだ」

 

「ハヤトはまず基本を覚える必要があるわ」

 

「基本だぁ?なんのだよ」

 

「格闘の基本よ。アンタ、理子相手に一方的に殴られたって言ってたわね」

 

「おう」

 

「ふーん。そうね、まずはあたしと直接組み合う。それでアンタの動きがどれくらいかを見て適切な訓練をさせるわ」

 

うへぁ、アリアとバトるのか、ヤバそうだな。

 

そんな話をしながら、解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

 

「で、マジにやるのか、アリア」

 

「当たり前じゃない。アンタの腕前を見せてもらわなきゃ、指示することもできないわ」

 

場所は強襲科のアリーナ。

 

強襲科主任の蘭豹が自前のModel500をチラつかせながら強襲科の生徒たちを脅している。

 

周りには見物人が少なからず集まっており、その数は時間が経つに連れて増すばかりだ。

 

「はぁー、マジかぁ...」

 

「いい加減シャキッとしなさい。情けないわよ」

 

「ああ、へいへい」

 

スッとファイティングポーズを取り、足を開き、片足を後ろに下げる。

 

それを確認してアリアも構えを取る。

 

「それじゃあ、いくわよ」

 

アリアが空の薬莢を上に放り投げる。くるくると回りながら落下を開始する。

 

カツン、と薬莢が地面に落ちた。

 

次の瞬間。

 

「―ッ!」

 

アリアが素早く距離を詰めてくる。

 

「シィッ!」

 

バッと軽く横薙ぎの蹴りを放つ。

 

アリアは腕でそれを受け止めた。と、思ったら

 

「お、おお!?」

 

もう片方の腕で、下から打ち上げるように掌底をしてきた。

 

足が大きく浮く。

 

「たあっ!」

 

そして、スライディングをするようにして、足元に滑り込み、俺の軸足を払ってきた。

 

「フッ!」

 

わざと足を払われ、宙に浮く。そのままアリアに打ち上げられた方の足を、体を回転させて、叩きつけるように振り込む。

 

アリアが横に転がってそれを避ける。そしてすぐさま飛び掛かってくる。

 

地面に体を横にしたような状態になっている俺は、すぐにブリッジをしてそのまま勢いをつけて足をグアッと持ち上げる。

 

理子との闘いでその場しのぎに使った仕切り直しの動き。

 

アリアはそれにいち早く対応すると、両腕をクロスさせて顎を守っていた。

 

このままだとアリアの腕に拘束されるので、足を折りたたみ、屈伸の体勢になってグルリと後転。

 

更に畳んだ足を延ばし、バック転。

 

ズダン、と着地して顔を上げるとアリアが目の前に迫っていた。

 

「うっそだろ!」

 

「ていっ!」

 

アリアは何度か左右に体を大きく動かし接近してくる。

 

その動きに対応できずにいると、あっという間に懐に入られ―

 

「っやあ!」

 

視界が反転した。

 

投げられた!?冗談だろ!

 

急いで受け身を取る。衝撃が強く、反射的に目を閉じてしまう。

 

目を開けて状況を確認しようとしたら、目の前に足があった。

 

「―お」

 

グルっと横に転がり、踵落としを回避する。が。

 

ガスッ!

 

「ぐぇっぶ!」

 

アリアは転がった俺の顔をサッカーボールを蹴るように思いっきり蹴りつけた。

 

いってぇ、鼻が...

 

そして、二度目。今度はやられないように、顔に両腕をクロスさせ防ぐ。

 

ドグボッ

 

蹴られたのは、腹。

 

「―う、ぐぇ」

 

息が漏れる。苦しい―、痛い。

 

そのまま、3度目の蹴りがくる。

 

「オラぁ!」

 

アリアが振り抜こうとした足に合わせて、脛にパンチを叩き込む。

 

ガッ!

 

「いっ」

 

「シャアッ!」

 

出来た隙を無駄にせず、上半身を起こしてアリアの両足を掴み、一気に引いて、持ち上げる。

 

そのまま地面に叩きつけようとしたところで、アリアの両腕が腰をホールドする。

 

「はなせぇッ!」

 

「いやよっ!」

 

アリアが足に力を籠め、思いっきり振るう。拘束が外れてアリアの足が自由になった。

 

そのまま振った勢いで顔に2度蹴りをして、そのまま首に足を絡め、腰をホールドしていた腕を放して上半身を俺の頭の上に持ってくる。

 

ギチギチと首を締めあげられる。ヘッドロックってやつか...!

 

ご褒美とか言うやつがいるがこれのどこがご褒美だ。

 

「ぐっヒュッ...」

 

息ができずに苦しい。

 

両腕で、アリアの顔を掴もうとしたが、それもアリアの両腕で防がれる。

 

クソッ。

 

力任せに両腕を振り払ったはいいが、変に力んだせいで更に呼吸がし辛くなる。

 

「え゛、あ゛」

 

アリアの片足を何とか掴み、そのまま前転する。

 

「!?」

 

アリアは上半身を丸くして、俺の前転に合わせて転がり込んだ。

 

―ここで、やってやらぁ!

 

前転が終わる前にアリアの腹に頭をめり込ませる形で倒立をする。

 

「ぐ!?」

 

アリアの足の拘束が、若干甘くなる。

 

そして、倒立をしたことで、下半身には勢いがついており、その勢いにつれられて上半身も持ち上がる。

 

拘束が緩くなったことと合わさって、なんとかヘッドロックから逃れる。

 

倒立したまま、体を横に振って側転をする。側転を2回ほどして、最後に捻りを加え体の正面をアリアの方へ向ける。

 

アリアはすぐに立ち上がり、また此方へ走ってくる。

 

構えて、パンチを数発。

 

ビュンッ!ビシュッ!と、風切り音が鳴るばかりでアリアに当たらない。

 

「―シィッ!」

 

アリアがまた懐に潜り込もうとしてきたので、真っ直ぐの蹴りを放つ。

 

だがアリアは、俺の伸びきった足に飛び乗って、また跳躍して俺の顔面に狙いを定めている。

 

―オメーは猿か!?

 

そのまま膝蹴りを貰い、ぶっ飛ばされた。

 

「まぁ、こんなもんか」

 

と、何処か納得したようなアリアの声が聞こえた。

 

 

 

 

チビでピンクのやべーやつはマジでやべー。




なんとなく分かってた人もいるかもしれませんがオリ主は格闘能力が低いです。

身体能力はいいんですけどね。


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やべーコトが始まりそうでやべー

アリアにボコされた後、若干腫れた顔を撫でつつ胡坐をかいてアリアを見る。

 

アリアは腕を組んで俺を見下ろしてる。

 

「アンタ、驚くほど弱いわね...」

 

「そう言わんでくれ、あまり戦いは得意じゃねーのさ。殴る蹴るなんて武偵高に来てから必要程度でしかやったことなくてな」

 

「ふーん」

 

アリアはとりあえず問題点を挙げる。

 

「まず、動きはいいけど攻撃が直線的。フェイントもない。とりあえず当たればいいやって感じで振ってるのが丸分かりよ」

 

「つってもよォー、俺そもそも肉薄して攻撃なんてしねーし...」

 

「じゃあ依頼の時、どうしてたの?」

 

「そりゃ能力使って轢き逃げみてーに」

 

「...その能力を使って格闘をしようと思ったことは?」

 

「いや無理無理。体が振り回されて独楽になるのがオチだ」

 

確かに何度か考えて、実行してみたが結局はダメで、結局全速力で掛けて飛び蹴りをするのが一番効果があると判断して終わった。

 

「最近は能力を使って戦ったことは?」

 

「理子とだな」

 

「それ以外は?」

 

「ない」

 

「じゃあ、もう一度あたしとやること。今度は能力使っていいわよ」

 

えー、まだやんのかよ。

 

「...明日じゃダメか?」

 

「時間はあるのよ、やらない理由はないわ」

 

ダメかー!

 

 

 

 

 

 

「さて、能力は使ってもいいレギュだったな」

 

「ええ、好きに掛かってきなさい」

 

俺とアリアは互いに向き合い、構える。

 

さっきと同じように、アリアが薬莢を放り投げて...落ちた。

 

キン、と音が鳴る。

 

瞬間、世界は加速した。

 

 

 

 

―アリア視点―

 

薬莢が地面に落ちる。さぁ、今度のハヤトはどれくらい動けるのか。

 

さっきと同じように、駆けようとした所で、目を見開いた。

 

―ハヤトがいない。

 

吹き抜ける風を感じて、下に目線を持っていく。

 

「お、おおおっ!?」

 

そこにはハヤトがいた。両足でブレーキを掛けて、蹴り込むタイミングをうかがっている。もしかしたらもう蹴る体制に入っているのかもしれない。この勢いのまま蹴られでもしたら。

 

―反応できない!

 

だが、そんな予想とは裏腹に。

 

ハヤトはそのままザリザリと慣性に引っ張られる形ですぐ近くまで来て、顔を上げた。

 

目があった。ギラギラしている。

 

―やられる

 

そう思ったが、次の瞬間にはハヤトは目の前からいなくなっていた。

 

―どこに、いったの?

 

困惑しているとズパァン!うっぶぇ!という音が聞こえた。

 

音の方向に顔を向けると、壁に体をぶつけて、へにゃへにゃと足から崩れ落ちていくハヤトの姿を見た。

 

「えぇ...」

 

 

 

 

 

―隼人視点―

 

―よし、一丁やってやるか。

 

グンッと加速していく。初速はやっぱり速くなっている。3歩踏み込んだ所で、蹴りの射程内に入る。

 

このまま、バック転からの蹴りをあてて、逃げる。それが俺の作戦。まともに遣り合わない。

 

そんな事を思いながら、しゃがみ込む。が、ザリザリと音を立てるばかりで体が止まってくれない。

 

「お、おおおっ!?」

 

―やっぱ無理か!

 

アリアの方に顔を向けると、アリアが此方を捉えているのが見えた。加えて今はしゃがんでる状態。

 

「っ!」

 

とりあえず、攻撃を諦めて離脱することにする。

 

左側に、全力で移動して。壁にぶつかった。

 

ズパァン!

 

「うっぶぇ!」

 

―なんで、また...壁なんだぁ。

 

壁にへばり付いたまま、未だ能力に振り回されている事に予想以上のショックを受けてヘニャリと足元から崩れ落ちた。

 

「えぇ...」

 

後ろの方でアリアの呆れる声が聞こえた。俺だって好きで壁にぶつかってる訳じゃねーんだぞ。

 

 

 

 

 

射撃の腕も見せて、能力単体での暴走っぷりを見せて。

 

すっかりと日が暮れてしまったので、寮に帰ってきてキンジの部屋にいる。

 

「とりあえず方向性を決めるわ」

 

「はい」

 

「自分の能力でしょ、自分で制御できるようにしなさい」

 

「はい」

 

「それと、自分に見合った格闘のスタイルを覚えること。これが出来ないと理子のようなイ・ウーの連中と渡り合うのは不可能よ」

 

「はい」

 

「最後に、自分の能力を使いながら、格闘戦が出来るようにしておきない」

 

銃の扱いは巧いんだから自信を持っていいわ、と最後に褒めて、アリアはソファに座り込んだ。

 

「話は以上よ。はいコレ」

 

「なんだこれ」

 

「DVDよ、格闘技の大まかな特徴と解説がされている特集みたいなやつ」

 

「これでどーしろと」

 

「アンタがこれだと思うモノを見つけなさい。見つけたら後は覚えて、磨いていく。アンタの戦い方は身体能力に助けられてばかりよ、技術を身につけなさい」

 

「ういっす」

 

その言葉を最後にキンジの部屋から帰っていく。

 

自室に帰ってからは、DVDを見ることにした。

 

 

 

「これといって、これだって感じのは...ないなぁ」

 

全部見てはみたが、何個かいいのがあるなと思った奴がある。だが、その格闘技がいいって話じゃない。技が良かっただけ。軍隊式のCQCやらシステマやらも見たがいまいちピンと来ない。

 

―気まぐれに動画でも見るか。

 

巨大動画投稿サイトの新しく投稿された動画を見ていると、珍しい動画が目に映る。

 

なんとなく、これから見始めてみるかと思い動画を再生した。

 

 

 

「これ、使えるんじゃねーか...?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

コレならなかなかいい戦い方ができるんじゃないだろうか。そんなことを思いながらアリアに相談すると。

 

「随分面白いこと考えるわね?」

 

「だろ?」

 

「...一見馬鹿っぽいけど、そういう戦い方のほうが不意をつけるのかも」

 

「バカってひでーな、俺ぁいたってマジメちゃんだぜ」

 

「その返しが馬鹿なのよ」

 

クスクスとアリアが笑う。

 

「まぁ、でも。やるからには、真剣にやりなさい」

 

それがアンタの命を救うことになるかもしれないから、とアリアが言った。

 

「ああ、やってやんぜ」

 

「じゃあ早速、特訓ね」

 

「え゛」

 

「実戦経験は多い方がいいでしょ?」

 

そうして、朝は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かったるい午前の授業も終わって昼休みになる。

 

教室から人が溢れるように出ていく。その流れに乗る形で教室から出ていき、食堂へいく。

 

「おばちゃん、からあげ定食ね!」

 

「はいよ!ご飯とサラダ、大盛ね?」

 

「よろしくぅ!」

 

やっぱりおばちゃんはよく分かってる!

 

「はいお待ち!からあげ、一個サービスね」

 

バッとトレイを見ると、確かにからあげが一つ多い。しかも結構大きいぞ!

 

「ありがとーおばちゃん!」

 

「男の子はいっぱい食べないとね!」

 

先に座っていた不知火と武藤と合流して話をしながら、からあげ定食を頬張る。

 

「そういえば、今日は遠山くんと神崎さんはいないみたいだね」

 

「ああ、あいつらなら...調教?特訓?をするとか言って屋上にいるはずだ」

 

「え、マジでやってんの?」

 

「特訓をな」

 

「調教は?」

 

「いや知らねーよ。俺キンジと相部屋じゃねーし」

 

昼飯を食い終え、教室に戻る途中でキンジとアリアを見つける。

 

2人はどうやら掲示板を見てるようだった。

 

「おーす、何してんだ」

 

「あ、ハヤトか」

 

「ハヤト、アンタも来なさい」

 

「へいへい、行先は何方で」

 

「教務科よ。あの凶暴女が呼びだされたから弱みを握りにいくわ」

 

...えっ

 

ダッガシッヒシッ。

 

踵を返して何も見なかったし聞かなかった、俺は関係ないと思いつつ走り始めた1歩目でアリアに服を掴まれる。速い...!そのあとキンジが腕に抱き着いてきた。

 

「やめろぉ離せぇ!誰があんなトコいくか!」

 

「潜入するだけよ、真正面からいくわけじゃないわ」

 

「頼む!俺を1人にしないでくれ!」

 

「離せ!離せコラキンジ!オメーは一人じゃない、アリアがいんだろ!?」

 

「男は俺1人だろうが!」

 

「それこそ知らねーよ!」

 

「時間がないから行くわよ」

 

 

 

―たく、なんでこんな事に...。

 

アリアとキンジと、ダクトの中を現在進行形で進んでいる。どうでもいいけど一番後ろにいるのが俺だ。

 

目の前にいるキンジとアリアはダクト内だろうとイチャつき始めるからもうほんと辛い。しょっぱい水が出てくる。

 

そうしてしばらく進んでいると、アリアが星伽を見つけたらしい。

 

キンジとアリアが見るだけで、俺のスペースはない。まぁいいんだけどよ。

 

それからしばらく話を聞いていたアリアが、突然ダクトの通風口のカバーを開けて、飛び降りた。

 

キンジも少し遅れて出ていく。俺は、ここで待ってるとするか...

 

「ハヤト、アンタもきなさい」

 

「はい」

 

言うが早いか、すぐに通風口から飛び降りて着地する。

 

目の前には、たばこを吸ったちょっとラリってる感じの女―綴先生がいた。

 

2-Bの担任で、尋問科の教諭。ちょっとどころかけっこーやべーやつ。

 

「あー?こないだのハイジャックのトリオかぁ」

 

「センセー、違うぜ」

 

「んー?」

 

「カップルと1人だ」

 

「そっかぁ」

 

「いやちげーよ?」

 

そんな風に少し空気を和ませつつ、そそくさと退散しようとしたが。

 

「んん、改めて言うわ。星伽白雪の護衛、あたしが受け持つわ」

 

「ふーん...神崎・ホームズ・アリア。二つ名は『双剣双銃(カドラ)』。欧州で活躍したSランク武偵。書類上では功績は全部ロンドン武偵局が持って行ってる、協調性がないからだマヌケェ」

 

アリアの情報を喋り始める綴先生。さっきまでダウナー系だったのに結構すらすら喋ってる。最初からそうすりゃいいのにとか思うのはダメだろうか。

 

「欠点は、およ「わあああああ」あーうっさい」

 

「浮輪があれば大丈夫よ!」

 

―そっかぁ、泳げないのかぁ

 

自爆したアリアを尻目に綴先生はキンジを目で捉える。

 

「こっちは遠山キンジくん...性格は非社交的で、他人から距離を置く傾向有り。しかし、強襲科の生徒には遠山に一目置いてる者も多く、潜在的に一種のカリスマ性を持ち合わせているものと思われる。解決した事件は猫探し、ANA600便のハイジャック...なんでやることがこう極端なのか」

 

そして、キンジの違法改造された銃を注意して、視線は俺にとまる。

 

「えー...冴島隼人。S研の問題児。依頼の迅速な達成は褒めるべき点ではあるが、問題点の方が多い。射撃能力は高く、評価する者も多いが本人は使うのを嫌っている。理由は自分より拳銃弾の方が速いから。格闘能力が滅法低いが、その身体能力の高さを活かしある程度のカバーは行える。銃はS&W Moedl460XVR 8.38インチモデル。社交性はそこそこ。欠点は遅いと言われるとキレる」

 

そう言い終わると。アリア、キンジ、俺を頭の先から足までじっくりと見て、星伽に振り向く。

 

「だってさぁー星伽ぃ。なんか知らないけどSランク武偵が無料でやってくれるって」

 

「嫌です」

 

星伽がすごい勢いで切り捨てる。

 

「やらせないと、コイツを撃つわ」

 

と言いながらアリアはガバメントを引き抜いて、キンジに突きつける。

 

綴先生はヒュウ、と口笛を吹いて面白がっている。

 

「き、キンちゃん...!」

 

ニヤリとアリアが邪悪な笑みを浮かべる。それでいいのか貴族。

 

「まぁ、待てよぃアリア」

 

「何よ」

 

「星伽...この依頼を受ければ、アリアと一緒にいるキンジも付いてくるぞ」

 

「おいちょっとまて」

 

「いいか星伽...メインディッシュはキンジで、アリアがおまけなんだ」

 

「キンちゃんが...本命!?」

 

「え?あ、ああそーだ...しかも、護衛となれば24時間...いつでも、キンジと一緒だぜ」

 

「―!」

 

「誰もやるなんて言ってないぞ」

 

「お願いします!私も、私もキンちゃんと一緒に暮らすぅうううう!!!」

 

軽くトリップしたような声を上げて星伽が依頼を出した。

 

 

 

 

キンジは、ちょっと白くなってた。

 

 

 

 

 

 

自分でやらかしておいてなんだが、やべーコトが始まりそう。



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魔剣がやべー美人だった

ボディーガードの話から一夜明けて、アリアと早朝練習をしていたがどうもアリアの機嫌が悪い。キンジもいないし。

 

―何かあったんだろーなぁ、でも聞くとキレそうだしなぁ。

 

居心地の悪い空間の中で、昨日よりも厳しい組手をさせられてちょっとつらい。

 

「今日はこれくらいでいいわね」

 

「お、おう」

 

「ちゃんと自己鍛錬もしときなさいよ」

 

「押忍」

 

 

 

 

 

結局キンジの奴は、今日一日風邪で休んでたみたいだった。

 

 

 

翌日。

 

強襲科のアリーナで閉会式の下稽古ということで、音合わせを軽くしていた。

 

ボーカル&ギターの不知火。ギターのキンジ。ドラムの武藤。そしてベースは俺。

 

2分ちょっとの短い曲なのでそこまで覚えるのに苦労はしない。

 

「はい、じゃあ今日はここまでにします。お疲れ様でした!」

 

星伽がそういうと皆片付けに入り始める。

 

「なぁ冴島、久しぶりにアレやってくれよ!」

 

「なんだ武藤、俺も帰りてーんだけど」

 

「いいだろ?な!」

 

「しゃーねーな...一回だけな」

 

「え?何やるの?」

 

「何やらかすつもりだ」

 

帰ろうとしていた不知火とキンジも寄ってくる。

 

「驚くなよ、キンジ、亮。冴島は高速スラップが出来るんだ」

 

「そう自慢するほどの物でもないと思うんだがな」

 

弦に触れながら、ロータリー奏法で弦を弾く。サムダウン、ハンマリング、サムダウンアップ、中指プル、それらを混ぜながらフレットの場所で弦を抑えて音を変えながらどんどん早くしていく。

 

さっき引いてた曲のベース部分を、アレンジを加えながらどんどんと速くしていく。

 

なんか楽しくなってきたぞ。もっと速く弾けるかもしれない!

 

少し汗が出てくるがそれも気にせずに弾いて、弾いて、弾き終えた。

 

――ウットリ。

 

「また、速くなったかもしれない...」

 

「くぅー!やっぱ感動モンだなぁ」

 

「すごい巧いんだねぇ、聞き入っちゃったよ」

 

「変な所で器用な奴だ」

 

そして今度こそ解散する。

 

 

 

 

しばらくして、屋上へいくとアリアの姿はなく、キンジと、『バカキンジ』という弾痕で彫られた文字が見えた。

 

オメーらまた喧嘩したのか。

 

「よっキンジ。ほれ」

 

「...おう」

 

キンジに無糖のコーヒーを渡し、俺は微糖のコーヒーを飲む。

 

―うーん、甘苦ッ!

 

「まーた、アリアと喧嘩したんか?」

 

「...俺は悪くねぇ」

 

「おう、そうか...で、何言ったんだよアリアによ」

 

「...魔剣なんて、いない。それは妄想だって言った」

 

「他にもなんかあんだろー」

 

「なんで分かんだよ...俺一人で白雪の護衛くらいできる、お前はズレてるって言っちまった。敵なんて居るわけないとも言っちまった」

 

「そりゃ、一概にオメーが悪ぃとは言えねーけどよォ?パートナーなんだろ、信じてみろって」

 

「...」

 

キンジは黙ったまま俯いている。そして、顔をゆっくりとあげて一言。

 

「...なんとか、してみる」

 

キンジは缶コーヒーを飲み干して、戻っていった。

 

―俺も、戻るか

 

その日の放課後はアリアもキンジも見なかった。

 

 

 

 

 

 

それから数日。ゴールデンウィークに入った俺はアリアに訓練をつけてもらっていた。

 

アリアはキンジと遭遇しないように俺との朝練はSSRの講義室で、夕練の組手もそこでやっていた。

 

「ふぅ、いい感じね。やっぱりもともとの身体能力が高いから覚えればそこそこできるじゃない」

 

「俺もまさかこんな風に戦うなんて思わなかったけどなんとかしてみるもんだな」

 

アリアとの特訓もそこそこにして切り上げ、汗を拭きながらアリアに質問をする。

 

「なぁ、キンジと喧嘩したんだろ?」

 

「...アレはキンジが悪いのよ」

 

「まぁ、そう言うなって。キンジもさ、頭冷えてるだろうしオメーも十分堪えただろォー?」

 

「で、でも...」

 

「大丈夫だって、連休明けにでも話してみろよ」

 

「...うん、そうする」

 

「おうおう、じゃあまた明日、学校でな」

 

「ええ、また明日」

 

自室に戻り、風呂に入って夕飯を食う。

 

明日はアドシアードだし早めに寝ようかな、と思ったところで携帯にメールが入る。

 

キンジからだった。

 

『アリア、怒ってないかな』

 

と書かれた物を見て、少し苦笑する。

 

『大丈夫だって、とりあえず一回会ってみろ。明日なら閉会式前に会えるかもしれないだろ』

 

メールを送信して、しばらく待っていると返信がきた。

 

『わかった。ありがとう。おやすみ』

 

それを見て、携帯を閉じる。そのまま布団に飛び込んで、瞼を閉じる。

 

眠気はすぐにやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アドシアード当日。

 

キンジ、武藤と共に講堂の報道陣用のゲートでモギリをしていると、あまりに暇だったからか、キンジが船を漕ぎ出した。

 

色々あって疲れてるみたいだし、寝かせておくか。

 

そうしてボケーっと武藤と映画やバイクの話を小声でしていると、武藤が面白いことを言い出した。

 

「なぁ、隼人...お前バイク欲しくないか?」

 

「あ?なんだよイキナリ」

 

「いいから...欲しいか?」

 

「あー...俺ぁ能力あるから、いらねーや...」

 

「後ろに女を乗せようとは思わないのか、お前は」

 

「いや乗せるような女いねーし」

 

「泣いた」

 

「うるせーやい...でも、バイクかぁなんでそんな事聞くんだよ」

 

いきなりバイクの話なんてされたら流石に困惑する。

 

「いやお前、ケッコー金持ってるだろ?」

 

「ああ、まぁ、そりゃあ、それなりに依頼で稼いでるしな」

 

「それで、お前の金でバイク買ってくれたら、俺にも触らせてほしいなぁって」

 

「オメーもAランク武偵だろォ、自分で買えよー」

 

「で、でもよー!たまには自分の足以外で走りたいとは思わないか?」

 

武藤は必至に食い下がる。なんでこんなに必死なんだ。

 

「わかった、わかったよ」

 

「買うのか!?」

 

「なるべく安いやつな」

 

「任せとけ!ほら、これなんてどうだ」

 

そういって武藤が見せてきたのは、4月に発売されたばかりのニューモデル、VMAXだった。しかも海外仕様。

 

「オメーこんなの買ったって日本じゃ乗り回せないだろ」

 

「いやいや、良いもんだぜコレは」

 

「全く、オメーが乗りたいだけだろーに。で、幾らだ」

 

「230万...いや、もっと安く買い叩いてみせるぜ」

 

「たけーなオイ」

 

「とりあえず231万が絶対ラインだが、それ以下で買うことだけは約束しよう」

 

「確約できたらまた教えてくれ、そん時に金払うわ」

 

「まかせとけ!」

 

そんな話をしていると武藤と俺のシフトが終わったので外に行くことにした。

 

キンジを起こすか起こさないか悩んだが、そのままにしておくことにした。

 

外に出てからは武藤と一緒に動いて、途中で不知火と合流した。

 

いつもの3人で集まったのはいいけど何するよ、と悩んでいたところで携帯が鳴る。

 

教務科からのメールで、開いてみると『ケースD7発生』とだけ書かれていた。

 

「どうした、ハヤト」

 

武藤が何かあったか、と聞いてくるので画面を閉じて、小声で話す。

 

「D7発生」

 

「...キンジに電話掛けてみるわ、起きてるといいが」

 

「僕は白雪さんの所に行ってみるよ、たしか生徒会にいるよね?」

 

「ああ、じゃあ、また後でな」

 

「うん。アドシアード、楽しんでね」

 

何気ない会話で俺たちは別れ、電話にでなかったキンジを起こしに武藤が向かい、不知火は星伽を探しに行った。

 

俺はレキに電話を掛けていた。

 

『はい』

 

すぐにレキが出てくれた。ありがたい。

 

「もしもし、冴島だ。ケースD7が起きた」

 

『今確認しました』

 

「そうか、誰が居なくなったかは分からない...よな?」

 

『流石に難しいですね』

 

「冴島くん、どうやら星伽さんみたいだ」

 

そこに、少し汗をかいた不知火が戻ってくる。

 

―だが、なんて言った?

 

「星伽、だと?」

 

「うん、生徒会の子に聞いてみたんだけど昼過ぎから連絡が取れないみたいなんだ」

 

「...聞いたか、レキ」

 

『ええ、ですが星伽さんは見当たりません』

 

「なんか、ねーか。他に、いつもと違う感じのやつは」

 

『...第9排水溝の辺り、海水の流れに違和感があります』

 

「第9排水溝...あっちか。さんきゅ、レキ」

 

『いえ』

 

「俺ぁ走って探す、レキはキンジに連絡を...って競技中だったか?」

 

『大丈夫です。今はインターバルですので』

 

「そうか、競技頑張ってくれよな」

 

『はい』

 

レキとの通話を終了して、不知火に話しかける。

 

「聞いた通りだ。このまま第9排水溝を見に行くぜ。不知火、オメーはアリアにこの事を伝えてくれ」

 

「分かった、気を付けてね冴島くん」

 

「応」

 

 

 

 

第9排水溝に到着し、フタを見る。無理矢理外され、繋ぎ直された跡を見つけた。

 

「ビンゴ!大当たりだぜ!」

 

第9排水溝が繋がっている場所を武偵手帳で見ると

 

「...貧乏くじの大当たりだったみたいだな」

 

示された場所は地下倉庫。簡単に言えば火薬庫。強襲科や教務科と同じ、やべートコとしてカウントされてる危険地帯。

 

そこに自分から入っていくことになるなんて、考えたくもなかった。

 

第9排水溝のフタを無理やり外して、中に入る。

 

排水溝の中をさくさく進んでいき、地下倉庫に着いた。

 

非常に暗く、非常灯がぽつりぽつりと点灯しているだけのそこは、狭く、機動力は活かしにくい。

 

そうして進んでいると、話し声のようなものが聞こえた。

 

俺より速いのが気に食わんが仕方ない。

 

銃を抜いて、壁に張り付き聞き耳をたてようとしたところで壁の文字に気付く。

 

『KEEP OUT』 『DANGER』

 

そうだ、ここは火薬庫。銃でも使ってやべーモンに当たったらそれこそ学園島が吹き飛んで消える。

 

急いで銃から弾を抜いて、ホルスターに仕舞う。

 

そしてそのまま聞き耳を立てることにした。

 

「待っていたぞ、星伽白雪」

 

「...私が行く代わりに武偵高の生徒、何よりもキンちゃんには...手を、出さないで」

 

「そう慌てるな、ゆっくりと能力者同士の話合いでもしようじゃないか」

 

...見つけた。星伽と誰かが話しているが、内容的に魔剣だろう。

 

連絡をしようと携帯を開いたが、電波が届いてない。

 

とりあえず、時間稼ぎでもしようかと壁から背中を離し、わざと足音を立てながら星伽たちの前に姿を見せる。

 

「誰だ!......ああ、冴島隼人か。よくここが分かったものだ」

 

魔剣らしき女は、俺の方に体を向け、少しだけ警戒を緩める。

 

赤い非常灯に灯されて、その姿が少しだけ見える。

 

銀色の髪に、碧眼。白人の顔。

 

 

 

――え、めっちゃ美人じゃん。可愛い。

 

 

 

 

とんでもねー美人がそこにいた。



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やべーやつが宗教みたいな勧誘をしてきた

「よー、魔剣。アンタが女だとは思わなかったぜ」

 

「魔剣とはあまり呼ばないでほしいものだ、私の名はジャンヌ。ジャンヌ・ダルク30世だ」

 

ジャンヌ・ダルク?あのフランスの...農民の出だったっけか。でもたしか...

 

「あ?ジャンヌ・ダルクだと?そいつは焼かれて死んだんじゃねーのかよ、子孫がいるなんて聞いたことねぇぞ」

 

「死んだのは影武者。だが実際に火刑に処されかけたのも事実」

 

そう言いながらジャンヌは腕に何か、白いモヤのようなものを纏い始める。

 

―なんだ?

 

「だからこそ、この力を探求してきたのだ」

 

ジャンヌは腕を振るってモヤを消す。何をしたんだ?

 

「しかし、まさか一番乗りがお前だとはな...いや、ある意味予想通りではあったが」

 

「ああ、能力者同士の話合いなんだろ?俺も仲間に入れてくれよぉ~」

 

ニヤリと笑いながらジャンヌを見る。

 

「白雪だけ手に入ればよかったが...これは思わぬ物も持ち帰れそうだな」

 

「ジャンヌ!冴島くんに手を出さないで!」

 

どうやらジャンヌは俺も含めて連れ去るつもりらしい。

 

「おい、ジャンヌよォ。オメー勘違いしてねーか?」

 

「ほう?何をだ」

 

「なんでオメーが既に勝ったかのような口ぶりで話してんだ、まだ何も始まってねーだろ」

 

俺がそう言うとジャンヌは口に笑みを浮かべ

 

「確かに、あまり関わらなかったお前には分からんだろうな、私が既に多くの策を巡らせこの状況に至ったことに」

 

「何?」

 

「遠山とアリアの不仲も私が仕込んだことだ。予想以上に上手くいって驚いたが...だがな、私が最も嫌うのは『誤算』だ」

 

ジャンヌが現代に不相応な剣を握り直して持ち上げる。

 

剣の切っ先を俺に突きつけて言った。

 

「お前がその『誤算』の権化だ。アリアと遠山の不仲を互い互いの所で咎め、復縁をするよう説得し、いざ白雪が消えれば迅速な行動で周囲にそれを知らせていく...そして、その速さを以て単身ここに乗り込んできたことも、予想通りではあったが誤算だった」

 

「...」

 

「だが、都合がいい。一番戦闘能力の低いお前なら、時間を掛けずに斃せる。気絶したお前を引き摺るのは少々骨が折れるが何とかなるだろう」

 

ジャンヌが、構える。

 

「言っとくけどよォジャンヌ、勝ちを確信して驕るのはよくねーぜ」

 

俺もナイフを抜き、構えてジャンヌと向き合う。

 

「忠告痛み入る。だが、どうあれ結果は変わらん」

 

「けっ。そーかよ!」

 

全力でジャンヌの元に駆ける。姿勢を低くして突っ込む。

 

「フッ!」

 

ジャンヌが下方向から切り上げるような攻撃を放つ。それをナイフで受け止め、流す。

 

ぎゃりりりり、と金属同士の擦れ合う音が響く。

 

手首をスナップさせて、ジャンヌの剣を撥ね上げる。キィン、と甲高い音が弾けた。

 

「せいっ!」

 

その隙にもう片方の手でジャンヌの腹目掛けてボディーブローを打ち込む。

 

が、バックステップで避けられる。

 

距離を取ったジャンヌは再び剣を構え直して接近、横薙ぎの攻撃を仕掛けてきた。

 

「はぁッ!」

 

ブォン!

 

剣が風を切る音と共に迫る。ナイフの腹でそれを受け止める。

 

ベギンッ。

 

――え?

 

嫌な音がしたので、ナイフを見ると

 

「―折れたァ!?」

 

ナイフの刀身が綺麗になくなっていた。安物使ってたせいか!くそったれ!

 

「これは嬉しい誤算だなッ!はぁッ!」

 

ジャンヌが上段から剣を振り下ろす。ナイフの柄を投げ捨てて、横にローリングして回避する。

 

「我が剣は鋼鉄をも両断する魔剣。止められると思わんことだ」

 

―アンタさっき予想外とか言ってなかった?

 

しかし武装が無くなってしまった。剣相手に素手となるとかなり不利だ。

 

能力を使うか。加速して、蹴りをいれて終わらせよう。

 

「―来るか」

 

ジャンヌは俺の何かが変わったことに気づいたのか、剣の切っ先を正面に向けたまま、腕を引いて行く。あのまま突きを打つつもりだろう。

 

俺の蹴りか、オメーの突きか。どっちが速いか...勝負と

 

「いこうぜぇッ!」

 

世界が加速する。一気にジャンヌの目の前まで来て、蹴りを打つ。打とうとして。

 

ジャンヌが少し体を横に傾けた。

 

次の瞬間。

 

ジャンヌの背後からギラリ、と何かが光った。

 

その正体は、光。

 

暗闇に慣れた目に、外の夕焼けの光が突き刺さる。

 

――眩しいッ!

 

あまりの輝きに、目を細める。視界が点滅する。明暗がよく分からなくなる。

 

蹴りを打てずに、着地する。

 

顔をバッとあげると、上段で剣を構えたジャンヌがいた。

 

「これで終わりだな」

 

ジャンヌの振った剣の切っ先が迫る。予想よりも早く、俺に襲い掛かってきている!

 

バシンッ!

 

「...何!?」

 

ジャンヌの少し慌てた声が聞こえる。目がチカチカする。

 

「真剣白刃取りだと...」

 

今、俺の両手はジャンヌの剣を止めている。アリアとの訓練の中でやらされた、白刃取り。

 

―マジで使う機会が来るとは。

 

「形勢、逆転だな?」

 

と、言って足払いでジャンヌの体勢を崩そうかと思案していたところで。

 

―なんだ?

 

ジャンヌの剣を掴んでいる俺の両手...正確には剣に触れている掌が、異常に冷たい。

 

「形勢逆転だと?バカを言うな。確かに白刃取りは予想外だったが、結果は変わらん。過程が少し、複雑になった程度だ!!」

 

ジャンヌが止められた剣に力を入れていく。

 

ググッ グ、ググ、グッ!

 

手から、剣が滑り始めている。なんで、急に。

 

少し焦って、手に更に力を籠めるが、剣は此方に近づくばかりだ。

 

そして気付いた。

 

「水...!?」

 

手から、水が垂れていた。この水が、潤滑剤になっていたのか!

 

「ああ、そうだ。だが元々は冷気、お前の手は熱いのだな。すぐに溶けてくれたよ」

 

もう、3割ほど剣が抜けきっている。不味い、不味い、不味い!

 

――どうにか、しねーと!

 

「もう遅い!」

 

ジャンヌが更に力を籠め、剣を――振り抜いた。

 

咄嗟に後ろに飛び退くが、既に遅く。

 

ザシュウッ、と音がしてドタッと倒れ込む。

 

―ぐ、う、が、ぁ!

 

「あ、があああああッッッ!!!!!」

 

右目の、上瞼と下瞼を斬られた。肉がやや削げたが、眼球に刃は到達していないし、瞼もしっかり閉じれるから筋肉に傷は付いてないんだろう。

 

だが、血が溢れてくるし、焼けるような痛みが伝わる。

 

脳が警鐘を鳴らしている。汗が噴き出てくる。

 

「冴島くん!」

 

「―来る、なぁ!」

 

星伽が近寄ろうとするが、叫んで止めさせる。まだジャンヌはいる。

 

俺はまだ負けてない。

 

無事な左目でジャンヌを睨む。

 

「ほう、まだそれほどの胆力があるか」

 

「すぐにでも、その余裕そうなツラを歪めてやるぜ」

 

「威勢はいいが、その状態でどうするつもりだ」

 

「こう、するのさ!」

 

立ち上がって蹴りをいれようとするが、足が上がらない。

 

―な、に!?

 

「ふふふ、どうするんだ?」

 

ジャンヌが笑みを深めて聞いてくる。

 

足を見ると、この時期に、こんな場所には有り得ない氷が出来ていた。

 

氷が、地面と俺の足を固定している。

 

――これが、ジャンヌの超能力...!

 

「気付いたか、そうだ、そうだとも。私の能力は氷を操る。今のお前の状況も、その前のお前も、私の能力で追い詰めたのだ」

 

あの、光も。白刃取りの時も、今のこの状況も。最初から、負けていた...?

 

「光を運ぶのは簡単だった。今はちょうど夕方で、最も太陽の光が入り込みやすい角度だったのでな。気泡を多く含んだ氷の板を張らせて反射に反射を重ね、私の背後からお前にぶつけたのさ」

 

ジャンヌは得意そうに笑う。

 

「白刃取りは少し焦ったが、何も問題はない。先ほど説明したが私の剣を一部凍らせた。あとはお前の手の熱で溶けて水になる。水になれば潤滑剤になる」

 

ジャンヌは勝ちを確信しているのか、剣を地面に立てて此方を見下ろしてくる。

 

「気絶させるつもりだったが、気が変わった。冴島、お前の能力は素晴らしいものだ」

 

「...勧誘、か、よ...!」

 

「お前の能力は未知数だ、限界が見えない。お前の速さには誰も追いつけない。今はまだ良い、お前が一人走っていってもお前の通った道を辿って誰かが追いついてくれる」

 

ジャンヌは目に同情の色を映しながら、優し気に語り掛けてくる。

 

「だがな?お前のその速さが将来、もっと進化したとしよう。お前はその速さを以て駆け抜け続けるだろう。だが、だが。そのお前に誰が付いてくる」

 

ジャンヌは腰を落とし、俺の肩に手を置いて真剣な眼差しで聞いてくる。

 

「今はまだ後ろを振り返ればお前を追いかけてくる者がいるだろう。だがもっと速くなった時、後ろを振り返ってみろ。誰もいない、お前一人しかいない」

 

「お前は孤独だ、お前の能力は世界すら置いて行く。お前は如何し様もなく一人になってしまう能力なのだ」

 

ジャンヌが、心を折りに来ている。考えないようにしていた事を言われ、ヒビが入っていく。

 

―やめろ。やめてくれ。

 

「お前は誰よりも速く駆け、誰よりも速くその命を燃やし、誰よりも速く散っていく。そして、それを知覚出来る者はその時、その場にいるのだろうか」

 

「お前の隣に立っている者は誰もいない。ああ、なんて―なんて孤独なのだろうか」

 

俺の表情を見て、ジャンヌは少し憂いを帯びた優しい笑顔を向けてくる。

 

「だが、大丈夫だ。イ・ウーなら、お前が孤独になることはない」

 

「...」

 

「イ・ウーには私や理子のような能力者もいる。お前の能力ならば間違いなくイ・ウーに来れる」

 

「...俺が、イ・ウー...に?」

 

「ああ、イ・ウーなら、お前の隣に並ぶ者どころかお前の先に立ち導いてくれる者もいるだろう」

 

だから、イ・ウーに来ないか。とジャンヌは言った。

 

どこまでも優し気な言葉で、俺に言った。

 

―俺は、俺は...俺は―――

 

 

「本当に、一人にならないのか...?」

 

「冴島くん!?ダメ!」

 

「フッ.....ああ、約束しよう。お前を一人にはしない」

 

「俺の隣に、誰かがいるのか?ついてきて、くれるのか...?」

 

「ああ、そうだ。だから、私についてこい」

 

ジャンヌは手を差し伸べてくる。

 

俺はその手を――

 

 

 

 

 

「―だが、断る」

 

 

 

パシッと振り払った。

 

 

 

 

「何!?」

 

ジャンヌはさっきの態度とは一転、慌てた表情になる。

 

―ようやくだ、ようやく。

 

「やっと、そのツラを拝めたぜ。マジに予想外、ってカンジのな」

 

血は止まったが、痛みはまだ続いてる右目を閉じたままジャンヌを睨む。

 

「なぜ、なぜだ...!?お前の心は、完全に折れたはずじゃ...」

 

「バカ言ってんじゃねぇ」

 

「なんだと!?」

 

「俺の隣に誰かが居る必要はねぇ、後ろに誰も居なくたって構わねぇ」

 

何処からか足音が聞こえてくる。

 

「俺は1秒前の俺よりも速くなる。俺の隣にいて、俺を追い越して先に行くのは」

 

足音が近づいてくる。複数人いるようだ。

 

「―未来の俺だけだ」

 

「白雪、隼人!無事か!?」

 

「見つけたわよ魔剣!ここで逮捕してやる!」

 

飛び込んできたのは、アリアとキンジだった。

 

それを見て、またジャンヌを見る。さっきよりも苦い顔をしている。

 

「それに、今は、今はまだこうやって、追いついてきてくれる人たちがいる」

 

――それだけで、俺は十分だよ

 

 

 

 

宗教みたいなやべー勧誘をされた。



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水没はやべーって

今しがた小説情報を見ていた所、お気に入り登録が100件を超えていて、UAが5000を超えていました。

評価してくれる人もいて、1人感嘆の声をあげておりました。

趣味の範疇を出ない駄文ばかりではありますが、 奮励努力して書き上げていきたいと思います。


ジャンヌはキンジ、アリア両名の合流に苦虫を噛み潰した表情をして、すぐさま剣を持ち距離を取って火薬棚の裏に隠れてしまう。

 

「ハヤトッ!アンタ斬られたの!?」

 

アリアが急いで駆け寄ってくる。キンジは星伽の方へ駆けようとして、ジャンヌにナイフを投げられ阻まれていた。

 

「ああ、でも大丈夫だ。俺なんかより、魔剣を...」

 

そう言いながらジャンヌとキンジの方へ目を向ける。アリアはすぐに刀で氷を砕いてくれた。

 

「キンジッ!気を付けろ!魔剣は、氷を操る!」

 

キンジに警告を入れて注意を促す。

 

「何!氷だっとぅぁ!」

 

だが、遅かったようでキンジが一歩後ろに下がり、距離を取ろうとした時には足と地面を氷で縫い付けられ転倒した。

 

「くっ、動けない...!これ、は...氷...!」

 

くそっ、とキンジの叫ぶ声が聞こえる。アリアはそれを見てすぐにキンジのフォローに入った。

 

俺も制服のネクタイを解いて斬られた部分に押し当てつつ端と端を交差させて縛る。

 

さっきアリアが氷を砕いてくれたおかげで、動ける。

 

立ち上がろうとしたその瞬間、非常灯の灯りが落ちる。

 

真っ暗な空間になり、シャッ!シャッ!と何かが空を切る音が2回聞こえた。

 

「ハヤトッ!ダウンッ!」

 

アリアが甲高いアニメ声で叫ぶと、言われるままに起こしかけていた体を横に転がして匍匐の体勢に入る。

 

そして数瞬後、俺の後ろに何かが落ちる音が聞こえた。

 

 

ちかり、と天井が光る。そして、ババババババッ!と次々に点灯していき、真っ暗な空間は眩しすぎるくらいの光量を得た。

 

「魔剣!出てきなさい!未成年者略取未遂の容疑、並び殺人未遂の現行犯で逮捕するわ!」

 

アリアが叫ぶ。ジャンヌは...姿を見せない。星伽も居ない所を見るに、火薬棚の裏に引きずり込まれたのだろう。

 

その火薬棚から、2本のナイフがアリア目掛けて飛んでいった。

 

アリアはそれを、風車のように日本刀を振り回してぎゃぎぃん!と弾く。

 

「何本でも投げて来ればいいわ、こんなものバッティングセンターと同じよ」

 

アリアはそう言いながら刀を構え直す。

 

直後、バタンと扉の閉まる音がした。

 

「......逃げたわね」

 

アリアはそのまま星伽の安否確認に向かい、途中でぴたりとその足を止め―

 

刀を持ち上げ、振るった。ぷつんと何かが切れる音がする。

 

そしてもう一度、刀を振った。またぷつんと音が聞こえる。

 

「...何をしたんだ?」

 

キンジは疑問に思ったのか、氷に縛られた状態でアリアに尋ねる。

 

「ピアノ線よ。私の首の高さに仕掛けてあった。今切ったのはキンジの分」

 

そして、と続けてアリアは少し跳躍して、ピアノ線を斬った。

 

「これはハヤトの首の高さに仕掛けられてたものよ。恐らく投げナイフで殺せなかったらこれを使うつもりだったんでしょう」

 

「なんて、用心深いやつなんだ...」

 

「いや、それだけじゃねぇ。あの一瞬の暗闇でそれを仕掛けた速さにも着目した方がいい」

 

「お前こんな時でも速さかよ」

 

「速さは大切」

 

キンジが呆れたように息を吐くと、白雪の安否確認に向かったアリアが戻ってくる。

 

俺もキンジも気を取り直して、真剣な表情になる。

 

「白雪は」

 

キンジが尋ねるとアリアがキンジを縫い付けてた氷をベキベキ砕きながら話してくる。

 

「無事よ、でも縛られてた。助けるわ、キンジ、ハヤト。協力して」

 

「分かった」

 

無事氷から解放されたキンジの近くまで来て、手を差し出す。キンジは少し視線を戸惑わせて、手を取った。

 

「さんきゅ」

 

「応。だが悪ィがキンジ、アリア。俺ぁ今右目がダメでな。あまり期待しないでくれ」

 

と言いながらネクタイを眼帯みたいにした部分を指差す。

 

「目は切られてないのね?」

 

「ああ、瞼も動く」

 

「そう、わかった」

 

アリアと短く会話を済ませながら星伽の方まで行く。

 

星伽は、壁際に鎖で縛られ、口を布で縛られて、んーんーと喉を鳴らしていた。

 

キンジが近づいて布を外す。

 

「キンちゃん大丈夫!?ケガしてない!?それに、冴島くんも!なんであんな無茶したの!」

 

星伽はキンジの容態を確認してから、すごい剣幕で俺を叱り始めた。

 

「俺は、大丈夫...だけど、隼人は...」

 

キンジは無事をアピールしつつ、やや目を伏せて俺の右目を見た。

 

「いやぁ、キンジたちが来るまでの時間稼ぎでもしてようかなぁって」

 

たはは、と笑いながら言う。

 

「だったら、陰で待ってれば良かったのに!私、冴島くんが傷ついてまで守るような人間じゃないよ!」

 

星伽が自分自身を乏しながら、俺を見る。

 

「俺がやりたくてやったことで、これはその代償だ。星伽が責任を感じることはない」

 

星伽にそう言って、一歩下がるがすぐにアリアに掴まれた。

 

「アンタ、そうやって単独行動をして傷を負うのは2回目よね」

 

「バスジャックの件もいれれば3回だな」

 

キンジが変な所でアシストを入れる。

 

「あ、お、おう...」

 

アリアの剣呑な雰囲気に押されややドモった返事になる。

 

キンジの方に目をやってヘルプを乞うがキンジも険しい表情をしていた。

 

「武偵憲章一条」

 

「はい?」

 

「武偵憲章一条を言いなさい」

 

アリアがドスの聞いた声で言う。

 

「な、仲間を信じ、仲間を助けよ」

 

答えると、アリアは覇気をそのままに、声を大きくして怒った。

 

「私たちが信じられないの!?どうして一人で行動するの!一緒に動けば、そんな傷負わなくて済んだかもしれないのに!」

 

「そうだぞ、隼人。俺も結構怒ってるんだからな」

 

キンジも怒気を見せつつ俺に叱りをいれる。

 

「い、いや...その...えっと......」

 

何かを言おうとするが、3人に詰め寄られ何も言えない。それに、正しいのはこの3人なんだ、謝らなきゃ。

 

「心配かけて、ごめん。でも星伽が心配で...ああっクソ。そう言うのは言い訳だよな...でも、その、えっと...」

 

3人は、黙って俺を見ている。顔にはまだ怒りの感情が強く見られる。

 

「...俺の、能力は速さなんだ。速さしかないんだ。だから、えっと、先に様子を見て一度退いて、オメーらが来るまで待とうかとも思ったんだ」

 

―だけど。

 

「だけど、オメーらなら、キンジとアリアならすぐに来てくれるって思ったんだ。その為の根回しもした。あわよくば、弱らせて、合流して。アイツを逮捕してやろうと思って突撃したんだ」

 

その結果がこれだけどな、と言う。アリアは掴んでいた手から力を抜いていき、俺は解放される。

 

「そう。でも、もう無茶はダメよ。必ず私たちと一緒に行動しなさい」

 

「ああ、そうだ。俺とアリアのコンビじゃない。お前も居て、チームなんだ」

 

キンジとアリアが顔を少し綻ばせて、キンジは若干恥ずかしそうに、ぽりぽりと頬を掻きながら俺に告げた。

 

「......ありがとう、な」

 

真正面から言われると意外と恥ずかしく、照れ顔を見られたくなくて、少し顔を背けて、でもすぐに真正面を向いて礼を言う。

 

アリアとキンジはそんな俺の言葉を聞いて、ニッ!と笑った。

 

 

 

 

 

「あの、良い雰囲気の所ごめんね?でも、あの、鎖を...」

 

『あっ』

 

星伽の一言で我に返り、俺たちは硬直する。そしてすぐに警戒態勢に入り、3人で武偵手帳に付いてる解除キーで解錠を試みるが中々上手くいかない。

 

解除をしながら、アリアが星伽に話しかける。

 

「魔剣の姿を見た?」

 

「ううん、私の方はフードで顔を隠していて、よく見えなかった。名前だけは教えてもらったけど」

 

「ああ、魔剣なら姿といい本名といい見たし聞いたぜ」

 

そこで俺が会話に加わる。

 

「魔剣の名はジャンヌ・ダルク30世。見た目は銀髪碧眼で美人だった」

 

「ジャンヌ・ダルク!?10世の頃に火刑で死んだはずでしょ!」

 

2人とも驚いている。

 

「どうやら影武者が死んだだけで、本物はずっと陰に隠れていたらしい。そして、隠れながら超能力を代々研究し続けていたようだ」

 

にしても全然解錠できねーぞコレ。どうなってんだ。

 

「でも、おかしいわね。魔剣は決して姿を見せないはずなのに」

 

「冴島くんはジャンヌに直接勧誘されてた。多分本気で引き抜くつもりだったと思うよ」

 

「あたしの仲間に手を出すなんて良い度胸してるわね...でも、仕方ない、ジャンヌはあたしが追いかけるわ、キンジとハヤトはそこで白雪の鎖を外してあげて。アイツはあたし一人で十分よ」

 

アリアが言うと同時、ズズンという音が響く。

 

嫌な予感がして全員でグルリと辺りを見渡すと、視点は一点に集中していた。

 

それは床の排水口で、そこから水が逆流していた。

 

潮の匂いがするあたり海水で、何処かの排水系統を壊したんだろう。

 

―不味い、バレてる!

 

「おいマズいぞ、アリア。バレてる」

 

「なんの話よ」

 

キンジがそう言うとアリアは少し顔を赤らめて、『言わないで』と目で訴えかけていたが、それは無慈悲にも裏切られる。

 

「お前泳げないだろ」

 

「う、浮輪さえあれば!」

 

「そんな便利なものここにはない」

 

話をしている間にも噴き上げる海水の勢いは増していくばかりで、この広い地下倉庫も水没するのは時間の問題だと思う。

 

「キンジ、ここが水に浸かるまでどれくらいかかる?」

 

「15...いや、10分だ」

 

俺とキンジは目配せをして、頷く。

 

「アリア、俺はここで白雪の解錠をする。隼人とお前で先に上に行ってくれ」

 

「ダメよ、見捨てろっていうの!?」

 

アリアがキンジの提案に反対する。

 

「違う、そうじゃない!これは、退避じゃなくて攻撃だ。2人がかりならジャンヌをさっさと倒して、鍵を持ってこれるはずだ。分かるだろ?」

 

キンジは真剣な表情で続ける。

 

「俺は、超偵との戦闘経験はない。だがアリア、お前ならできるはずだ。隼人もフォローしてくれる。頼む、行ってくれ!今は1秒でも時間が惜しい!」

 

キンジが語気を荒げ、アリアに伝える。

 

アリアは少し迷って、キンジに武偵手帳に付いてる解除キーを渡した。俺も同じようにキンジに解除キーを渡す。

 

それから、キンジに色々と伝えたアリアは足早に上にあがる為のエレベーターホールの方へ消えていった。

 

「キンジ、信じてるからな」

 

「俺もだよ」

 

キンジと短く言葉を交わして、俺もアリアの後を追う。

 

 

 

 

 

 

「...そんな」

 

先に行ったアリアを追いかけてエレベーターホール付近の所に行くと、上に上がる為の非常用の梯子の下半分が無くなっていた。

 

アリアの身長では、届かない。

 

「アリア、俺がいる。俺が持ち上げるから、お前は先に行くんだ」

 

俺がそう提案すると、すぐに梯子の前から退いてくれた。

 

両手をクロスさせ、腰を落とす。アリアが俺の肩に手を掛けて、足を手に乗せる。

 

そのまま勢いを付けて、グアッとアリアを上へ押し上げる。

 

俺の手が上がりきった所でアリアは跳躍し、梯子に手を掛けた。

 

そのまま上へと進み、地下6階に到達したアリアは、少し離れた後、戻ってきて周囲に敵影なしと合図をしてくる。

 

それを見て、一気に跳躍。残っている梯子の一番下の部分に手を掛けることができた。

 

そのまま懸垂の要領で2段目を掴み、地下6階の床へ手をついて、足を引き摺りだす。

 

周りを見渡すと、壁に『DANGER』やら『KEEPOUT』やらが書かれていない。ので、安堵しつつXVRを取り出す。ポーチから弾丸を取り出して、濡れた薬室に息を強く吹きかけて水気を飛ばし、弾を込める。

 

地下6階は、スーパーコンピュータ室で、大型コンピュータがズラリと並ぶそこは迷路と言ってもいい。

 

弾を装填し終え、アリアを前衛にして警戒しつつ哨戒行動に入る。

 

そのまま警戒をしつつ進んでいく。音の一つ一つを捉える為に、耳を澄ませる。

 

「―出てこないわね...やりあうつもりがないのかしら」

 

「...どう、する?」

 

しばらく進んだがジャンヌは一向に攻撃をしてこなければ、妨害もしてこなかった。

 

打つ手なし、かと焦っているとアリアが何か聞こえたのか、さっき俺たちが歩いてきたエレベーターホールの方を見ていた。

 

「キンジと、白雪の声よ。一旦戻りましょう」

 

「りょーかい」

 

アリアは前を、俺は後ろを警戒しつつ足音を立てないように、静かに、静かに移動した。

 

途中で、アリアからタップで停止の信号が送られてきたので、停止する。

 

アリアは警戒を緩めない。俺もアリアの方を気にしつつ、警戒を厳にする。

 

余りの静けさにどくん、どくんと自分の心臓の音が煩く聞こえてくる。

 

汗が出てきて、緊張で喉が干上がっていく。

 

そんな時に、大型コンピュータで出来た壁の向こう側から、微かに足音が聞こえた。

 

声を出さないように気を付けつつ、アリアが突入した。すぐさま壁際によりかかり、体を少し出して銃を構える。

 

そこにいたのは

 

「―キンジ?」

 

此方に銃を突きつけているキンジだった。

 

 

 

 

 

一応の合流はできた。星伽は―見つかってない。



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やべー応用

一先ず合流に成功した俺たちは、キンジとはぐれてしまった星伽の捜索に移ろうとしたところで、キンジとアリアが同じ方向を向いた。

 

―何してんだ?

 

「咳が聞こえたわ、白雪よ、あっちにいる」

 

「ああ、行こう」

 

咳なんて聞こえなかったが、キンジとアリアには聞こえたらしい。お前らどんな聴力してんだ。

 

「だけどアリア、ヤツがどこから襲ってくるか分からない。盾にならせてくれ」

 

キンジが普段絶対に言わないような事を言い出した。

 

「おいキンジどうした、普段のお前ならアリアを先に行かせて後ろからちょこちょこ付いてくるカンジだろーがよ」

 

キンジの隣に並ぶようにして、アリアの前に出てヒソヒソと小声で話しかけると、キンジはまたまた変な事を言いだした。

 

「男が女を守るのは、当然のことだろう」

 

背中がゾクゾクする。きもっ!何このキンジ!頭打ったか!?

 

――変な事もあるもんだなぁ

 

 

 

 

 

しばらく音のした方向に進んでいくと、星伽を見つけた。

 

エレベーターホール近くのコンピュータの傍に、座り込んで咳き込んでいた。

 

「けほっ...けほっ...て、敵は...?」

 

「姿が見えないわ。白雪、私たちから離れないで」

 

アリアが白雪の背中をさすりながら星伽に言う。星伽はそれを受けて、こくりと頷いた。

 

だが、キンジは何を言わず、じっと星伽を見ている。

 

「白雪、唇、大丈夫か、さっきの」

 

キンジが何を思ったのか星伽に質問を投げかけた。

 

「うん、大丈夫」

 

星伽はそれに返答をする。うん?なんでキンジはこんな時にそんな事を...?

 

唇くらい結構簡単に切れるだろ。あーでも今のキンジはなんか変だしなぁ...

 

そういう事もあるかと周囲の警戒を続ける。

 

「でも、血が出てただろう、見せてみろ」

 

「ううん。大したことなかったよ。口の中を切っただけ」

 

その返答の一瞬で、キンジの雰囲気が変わったのが分かった。

 

「アリア、逃げろ!」

 

言葉と同時、キンジがバギュン!と発砲した。

 

それに驚き、周囲を警戒していた俺は後ろを振り返る。

 

キンジが、星伽を撃った...?当たってはいないようだが、何をしてるんだ!

 

「おいキンジ!星伽を撃つなんてどうした!お前らしくねーぞ!」

 

―マジに頭おかしくなったんじゃねーか!?

 

そんな驚きを尻目に、星伽はまだ状況を呑み込めていないアリアに凄まじい速さで接近する。

 

それを見たキンジが星伽に向けて、ベレッタをフルオートで撃ち始めた。

 

バババババッ!!! マズルフラッシュが閃き、放たれた銃弾が星伽を狙う。

 

しかし、星伽には当たらず、裾に1発命中しただけだった。

 

裾を弾かれた星伽は、体勢を崩すかと思いきやその勢いを利用して這うような状態になり、更に加速。一瞬でアリアの背後をとった。

 

そしてすぐさま星伽はコンピュータラックの下にあった日本刀を抜いた。

 

キンジはアリアを盾にされ撃てずにいたが、アリアも何か察知したらしく、2丁のガバメントを引き抜く。

 

振り返ろうとしたところで星伽がアリアの首を掴み、日本刀をそえる。

 

日本刀の刃が当たっているのは、耳の下の首筋。そこは頸動脈が通っている場所で、数センチ斬り込めば失血死確実という人体の急所。

 

―今ので分かった。コイツはジャンヌだ。何らかの方法で変装したジャンヌだ。

 

星伽の姿をしたジャンヌは、アリアの両手に肩越しから息を吹きかけ、アリアのガバメントを手から離させた。アリアの手には氷が張り付いていた。

 

「ジャンヌ・ダルク!アンタがあたしのママに着せた冤罪、107年分を償わせてやる!」

 

アリアが凍り付いた手の痛みに耐えながらも吠える。

 

「この状況で言う事か?」

 

ジャンヌはふん、と鼻を鳴らし嘲笑う。

 

「...キンジっ...ハヤト、撃ちなさい...!」

 

今のキンジじゃ、撃てない。だから―俺がやる。

 

「口を動かしたな?喋ったな?悪い舌はいらないな」

 

そう言いながらジャンヌはアリアの口に顔を近づけ、冷気を直接吹き込もうとしている。

 

刹那、頭の中でゴールデンウィーク中にしたアリアとの特訓の一部が駆け巡った。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

『いい、ハヤト。アンタの能力は速くなること、これでいいわね』

 

『ああ、間違いない』

 

『そして、無意識下ではあるものの、傷の治りも速くなる。これも間違いないわね』

 

『ああ、脅威的な回復力だとお墨付きをもらったくらいだ』

 

『で、今のアンタの能力は進化し続けている』

 

『ああそうだ、今の速さは俺自身も知覚できない』

 

『...少し、人体の勉強をしましょう』

 

『え゛』

 

『必要なことよ』

 

『お、おう。わかった』

 

『目と脳の話よ、網膜に光があたると、網膜で感じた光の色や明るさなどの情報が視神経を通って脳へ伝わる。脳はその情報をもとに複雑な処理を行うわ』

 

『うへぇあ』

 

『ちゃんと聞きなさい。物体が見えるというのは、網膜が物体の色や形を光の情報として感じ、脳がその光の情報をもとに物体の色や形や動きを認識するということ』

 

『ふむ...』

 

『で、重要なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これをアンタの能力の応用で速く出来れば...』

 

『...あぁ、成程』

 

『『アンタ/俺 は アンタ/俺 の速度に追いつける』』

 

『でも、覚えておきなさい。それを出来たとしても、脳にとんでもない負荷がかかるし、目も傷つくかもしれない。制限時間は...10秒よ』

 

『9秒でいい』

 

『何謙虚になってるのよ、10秒でいいわ』

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

特訓で、手に入れた新しい可能性。

 

実戦で使うのは初めてだな、両目でやれないのが少し悔しい。

 

左目を閉じて、集中する。

 

息を少し吸って、吐き出す。

 

そして――息を止めて...

 

目を見開く。

 

瞬間。

 

 

 

世界は――――スローモーションのように、ゆっくりと動き出した。

 

9...

 

素早くホルスターに手を掛け、XVRを引き抜く。

 

8...

 

そのまま目線の高さまで持ち上げ、照準を覗いてジャンヌが持っている日本刀に向ける。

 

7...

 

ジャンヌがアリアに顔を寄せているため、少しアリアから離れたソレの、鍔を狙う。

 

6...

 

ガウンッ ガウンッ ガウンッ!

 

5...

 

トリガーを引く。シリンダーがゆっくりと回転して、カチリと止まる。

 

4...

 

3発の銃弾のうち、2発が鍔に命中する。残りの1発は外れて大型コンピュータに着弾した。

 

3...

 

2...1...

 

Time Up

 

スローモーションの世界が、速度を取り戻す。

 

ギャギギィン!と派手な音を立てて日本刀の鍔が割れ、ジャンヌの右手は大きく上に弾かれた。

 

「なっ」

 

「何ッ!」

 

「ハヤト!信じてたわ!」

 

キンジが驚く。ジャンヌも信じられない物を見たという表情になる。

 

その中でアリアだけは俺を信じていたのか、自由になるとすぐに前転、地面に落ちたガバメントを拾い、キンジの傍に行く。

 

「10...秒...ハッ...はぁっ...きっつ...」

 

汗が滲み出てくる。目がズキ、と痛む。脳が草臥れているような感じがする。

 

「隼人、今のお前の動き...辛うじて見えたがなんて速さでやるんだ...」

 

キンジがジャンヌに視線を固定したまま、俺を称賛してくる。

 

「へ...へへっ。これが俺の、本来の...速さだぜ」

 

俺もジャンヌに狙いを付けたままキンジに話しかける。

 

「おのれ...冴島隼人っ...!やはり貴様は、『誤算』の権化だ!」

 

ジャンヌは震える右手を左手で抑えようとするが、突如飛んできた鎖がジャンヌの持っていた日本刀に絡みつき、ジャンヌの手から離れてしまった。

 

刀が持っていかれた方向を見ると、星伽が大型コンピュータの上にいた。

 

そのまま刀を持ち、飛び降りてジャンヌ目掛けてて斬りかかった。

 

ジャンヌはそれを見てやや後退、星伽がアリアとジャンヌの間に入る形で着地する。

 

星伽が刀を振るうがジャンヌはそれを袖で掴もうと防御態勢をとる。

 

そこにアリアが割り込み、カンガルーキックを叩き込んだ。

 

ジャンヌは姿勢を大きく崩し、後退を余儀なくされる。

 

アリアはカンガルーキックの反動でゴロゴロと床を転がり、またキンジの近くへと戻る。

 

そのアリアを庇うようにして星伽が構える。俺もアリアの隣へ立ち、XVRを構える。

 

ジャンヌはそれを見て表情をやや苦々しくし、裾からカンを落とした。

 

ブシュウウウウウウウッ、と音を立て煙が立ち込める。

 

――発煙筒...!

 

煙を感知してスプリンクラーが水を撒き始める。

 

煙が一気に引いていき、視界がクリアになる。

 

――だが、発煙筒...?体勢を立て直すためか?

 

床が水に濡れる。俺たちも発煙筒の近くにいた為に水を被っている。

 

足もさっきの地下倉庫でズブ濡れだった。

 

「魔剣!出てきなさい!卑怯者!何処までも似合わない御先祖さまね!」

 

アリアが挑発をする。

 

「それはお前もだろう、ホームズ」

 

何処からか声が聞こえる。どこだ...キンジとアリアがエレベーターホールの方を向く。

 

俺もやや遅れてそれに追従する。

 

少し、寒い...いや少しじゃない...!

 

――スプリンクラーは、この為の布石!

 

スプリンクラーから撒かれる水は、途中で凍りついて結晶となり、宙を舞っている。

 

ダイヤモンドダスト...だったか。濡れた体がどんどん冷えていく。

 

体力が冷気によって奪われていく。

 

「...キンちゃん、アリアを守ってあげて。アリアはしばらく戦えない」

 

星伽はそう言いながらしゃがみ、アリアの両手を包んで、何かを呟いた。

 

突如アリアがビクッと跳ねて痛々しい声を漏らす。

 

「これが治るまで、5分くらいかかると思う。だからそれまでは、私が1人で戦う」

 

星伽が立ち上がり、紙を取り出した。それを周囲の大型コンピュータに張り付けると、

周りが一気に温かくなった。

 

星伽の体から、溢れんばかりの力の波が伝わってくる。

 

ふと気が付くと、服は乾いていた。

 

XVRのシリンダーを開けて空になった薬莢を3発抜いて、新しく弾を込める。

 

そしてそのまま一歩、前にでて星伽の隣に立つ。

 

「俺も仲間にいれてくれよ」

 

星伽が、キンジが、アリアが俺を見る。

 

「無茶はしない、それに、1人でやるよりずっといい」

 

眼帯代わりにしていたネクタイを解く。血は止まり、傷は少しだが塞がり始めていた。

 

右目を開く。明るさに馴染めず少しチカリとするが、それもすぐに収まった。

 

「見ての通り、右目も無事だ」

 

そう言いながらニヤリと笑う。

 

「冴島くん...うん、分かった。一緒に戦ってくれる?」

 

「応とも」

 

 

 

 

 

 

星伽と俺とジャンヌ...超能力者3人の戦いが幕を開ける。

 



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地下深くでやべーバトル!

UAが7000を超えていました。見てくださっている皆さんに日々感謝です。

ありがとうございます!


星伽の隣に立つ。星伽を中心に、波打つ様に暖かい空気が流れてくる。

 

キンジとアリアが、一歩下がる。それを見て星伽が一歩前に出る。

 

「ジャンヌ、もうやめよう。私は誰も傷つけたくないの。たとえそれが、あなたであっても」

 

星伽の発言を、何処かに潜んでいるジャンヌが笑う。

 

「笑わせるな。原石に過ぎないお前がイ・ウーで研磨された私に敵うものか」

 

「私は、G17の超能力者なんだよ」

 

星伽は少し溜めてから言った。

 

そうか、星伽はG17なのか...え?...G17ァ!?

 

「おいおいおいおい、星伽!オメーマジにG17なのかよ!」

 

余りの驚きについ聞き返してしまう。

 

「え、う、うん」

 

星伽は少し引きつつも頷いてくる。

 

―マジかよぉ...

 

「俺ぁ、G14でな。最高クラスじゃんって喜んでたらご近所さんにもっとスゲーやべーのが居たのかぁ...世界は狭いなぁ」

 

―俺もまだまだ研鑽が足りないんだなぁ

 

「...ブラフだ、G17など...世界に数人しか」

 

ジャンヌは笑うことなく、真剣な声色で否定してくる。

 

「あなたも感じるはずだよ、この力の波を」

 

星伽がそう言うと、星伽から流れ出る波がより一層強くなる。

 

「この波が、その証明か」

 

「え、波?」

 

「見えないのか?星伽、お前から波打ってるコレだよ」

 

と、説明するが星伽は困ったような表情をするばかり。

 

「俺にしか見えてないのか?」

 

「そんなことはどうでもいい、たとえそれが真実であったとしても、お前は星伽を裏切れない。それがどういう事を意味するか分かっているならな」

 

ジャンヌが俺の話を打ち切って、星伽に話をする。

 

裏切れないって、どういうことだ?

 

「ジャンヌ。策士策に溺れたね」

 

星伽はジャンヌの発言を聞いて少し口元に笑みを浮かべ、すぐに凛々しい表情に戻る。

 

「それは今までの私。でも、今ここにいる私は星伽のどんな制約だって破ってみせる...たった1つの存在の傍にいる」

 

――私の想いの強さまでは見抜けなかったみたいだね。

 

と、星伽は言った。

 

恐らく星伽が言ったのはキンジのことだろう。こんな告白みてーなセリフ言われやがって。

 

なんでキンジばっかり...

 

少し目が潤う。

 

泣くな、泣くんじゃない。隼人、お前は強い子なんだ!

 

グスンと鼻を少し鳴らしてキリっと表情を引き締める。

 

「――やってみろ、直接対決も、私が不利な状況も想定済みだ。お前たち2人はGが高い。消耗も速いだろう。特に冴島隼人、お前は私の戦いとアリアの援護でかなり消耗したはずだ。精神力がすり減るのを待てば、私の勝ちだ」

 

部屋の隅に残っていた発煙筒の煙も次第に薄れ、スプリンクラーが完全に停止する。

 

ダイヤモンドダストは消えていた。

 

目の前に、ジャンヌが現れる。今度ははっきりと見える。

 

部分的に体を覆う西洋の甲冑に、2本の三つ編みをつむじ辺りで結んだ銀髪に、鋭さを感じる蒼い瞳。とんでもない美人が立っていた。

 

「...キンちゃん、ここからは私を見ないで」

 

星伽がやや震える声でキンジに話しかけた。

 

「これから私は、星伽に禁じられた技を使います。でも、それを見たらきっとキンちゃんは私のことを嫌いになっちゃう...ありえないって思うっちゃう」

 

星伽の声は震えを増していく。

 

「白雪、大丈夫だ...ありえない事は1つしかない」

 

キンジが星伽に語り掛ける。

 

星伽の震えが少し収まる。

 

「俺がお前を嫌いになること...それだけは、絶対にありえない」

 

星伽の震えが、完全に止まった。

 

―いいコト言うじゃねーかよキンジ

 

星伽が顔だけ後ろに向けて、キンジに言う。

 

「すぐ、戻ってくるからね」

 

とだけ言うとすぐに顔をジャンヌに向ける。

 

「ごめんね、冴島くん。待たせちゃって」

 

「気にすんな、やってやろうぜ」

 

「...うん」

 

星伽がいつも付けている白いリボンを解く。

 

星伽が刀を片手で持ち、刀身を横にして上段で構える。

 

「ジャンヌ。これであなたを逃がす訳にはいかなくなった」

 

「――何?」

 

「星伽の巫女が、その身に秘める禁制鬼道...それを見る事になるから。貴方たちは600年、アリアは150年、その能力と名を伝え続けてきた」

 

星伽の頭上に掲げる刀が、紅くなっていく。

 

「そして、私たちは――――2000年もの、時を――」

 

刀身がグアッ!と一気に燃え上がる。眩い程の輝きと熱を放つ。

 

あれが、星伽の超能力!

 

「『白雪』っていうのは、伏せ名。私の本名は――『緋巫女』」

 

言い終わると同時、星伽は床をカツリと蹴ってジャンヌに接近する。

 

ジャンヌは少し遅れて、星伽の動きに対応する。背後に忍ばせていた西洋剣を使い、がぎん!と受け止めた。

 

そしてそのまま星伽の一撃を流す。ジャンヌの横にあった大型コンピュータが斬られる。ジャンヌはその隙を突き、攻撃...ではなく、後退した。

 

――なんで、下がった?

 

答えはすぐに出た。

 

「炎...!」

 

ジャンヌは忌々し気に、星伽の生み出した炎を睨みつける。

 

そうか、ジャンヌの先祖は火で殺されかけた。だから、氷を操る能力を手に入れた。

 

「炎が、怖いのか」

 

「っ!」

 

俺の発言に明らかに動揺するジャンヌ。

 

ジャンヌは更に後ろに下がり、少し開けた場所へ出る。

 

「冴島くん!」

 

開けた場所に、出てしまった。

 

星伽が俺を呼ぶ。

 

――情報と、身体能力の同時加速。

 

新たな応用。

 

瞬間、世界はスローモーションのようにゆっくりと流れ始めた。

 

9...

 

そのままジャンヌ目掛けて一直線に走る。

 

8...

 

距離を詰める。

 

7...

 

ジャンヌはその淡麗な顔を驚愕の表情に少しずつ変化させている。

 

6...

 

ジャンヌは左手をゆっくりと腰のポーチに手を伸ばそうとしている。

 

5...

 

ジャンヌが表情をそのままに首を少し上げ始める。

 

4...

 

「いくぜ」

 

ジャンヌの腹に体重を乗せたボディーブローを叩き込む。殴り込んだ瞬間に、捻りを加え更に押し込む。

 

3...

 

ジャンヌは殴られたまま、少しずつその衝撃が伝わってきたのか体勢が変わり始める。

 

そのまま脚を振り上げ、横薙ぎに3度振るう。

 

2...

 

ジャンヌの体が完全に吹き飛ばされた体勢に変わる。

 

そのままジャンヌの右肩を蹴り上げて回転の力を加えて、吹き飛ばされた時の被害を大きくさせる。

 

1...

 

最後に、無防備な顎目掛け、その場でしゃがみ、グルグルと2度3度回ってから、飛び上がって蹴りをいれる。

 

Time Up

 

 

世界に、音が戻る。

 

「ぐっ、ぎぼぐぁ!!!」

 

ジャンヌがほぼ同時に叩き込まれた複数の攻撃を受けてグルリと回転しながら吹き飛ばされる。

 

「一矢、報いたぜ」

 

ふぅ、ふぅ、と肩で息をしつつ吹き飛ばされたジャンヌを睨みつける。

 

――ズキン、ズキン

 

加速の反動が、体に伝わる。神経が磨り減る感じがする。目の奥が握り潰されるような痛みを訴え始める。頭が痛い。

 

「――ぐっ...」

 

視界がゆらゆらと揺れ動く。ピントが合わない。視界の端が暗くなっていく。

 

目を伏せて、手を置く。

 

「はっ...はっ...ふ...は...」

 

息を整える。目の痛みが、少し収まったので目を開ける。

 

「大丈夫!?」

 

星伽が、心配そうに駆け寄ってくる。

 

「問題ねーぜ...」

 

――それより、ジャンヌだ。

 

星伽と共にジャンヌを見ると、西洋剣を杖にして立ち上がろうとしていたが、上手く立ち上がれず膝をガクガクと震わせ、口から涎を垂らし、腕をブルブルと震わせていた。

 

「――ぐ、ク...クソ...!やはり、き、キサマは...『誤算』の権化...!」

 

ジャンヌは何度も立ち上がろうとするが、その度に足から崩れ落ち、床に体を沈めている。

 

「こんな...たかが、数度の格闘攻撃で...!この、私がぁ!」

 

ジャンヌの目が血走り、充血し始め涙を零し始める。

 

痛覚の訴えが酷いのだろう。

 

ジャンヌは床を這ったまま壁の方へ行き、剣と壁を支えにして震える膝を震える腕で何度も叩いて立ち上がった。

 

立ち上がったが、もう戦える状態ではない。

 

だが、それでも。壁を支えに震える足で剣を此方に向ける。

 

その剣を持つ両手はブルブルと震え、剣の切っ先はユラユラと動いている。

 

「――ジャンヌ、オメーの負けだぜ。諦めな」

 

「負け...?負けだと!バカを言うな!私は、負けてない!」

 

ジャンヌに降参を諭すが、ジャンヌは吠える。

 

「この、聖剣デュランダルが折れない限り...私は、負けない...!」

 

ジャンヌの目は、まだ輝いている。

 

「もう、無理なのは分かってんだろ...?壁を支えにしなきゃ立てないし、剣だって重心が安定してない」

 

「うるさい...だまれぇっ!こんなことで、私が負けていいはずがない...!」

 

ジャンヌはボロボロと大粒の涙を流しながら、時折激痛に苛まれているのか、苦悶の声を漏らしている。

 

「冴島くん、退いて。私が、ジャンヌを打ち負かす」

 

星伽が一歩前に出る。

 

「...ああ、頼む」

 

一歩後ろに下がり、星伽と位置を入れ替える。

 

星伽は刀を鞘に納める。

 

そのままジャンヌにダッと駆け寄る。

 

「ぐ、くぅ――!」

 

ジャンヌが焦ったような声を出すが、きっともう遅い。

 

「終わりだよ、ジャンヌ。――緋緋星伽神(ヒヒホトギカミ)――」

 

星伽はジャンヌを間合いに捉えると同時、居合のように刀を抜く。

 

鞘から眩いほどの光と熱を放ち、燦爛と輝く刀身を下から上へと振り上げた。

 

紅蓮の炎を纏った刃は、デュランダルをスッと透過したかのようにすり抜けた。

 

紅蓮の炎は渦となって、天井にぶつかる。

 

ドガアアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!!

 

と、派手な音を立てて、凍り付いた天井ごと炎の渦は吹き飛ばしてしまった。

 

ジャンヌを見ると、壁を背にぺたりと座り込んでいた。

 

ジャンヌの視線は、一点に固定されている。その視線の先には――

 

「あ...あ....」

 

断ち切られたデュランダルと、斬られて折れたデュランダルの先端があった。

 

完全に戦意を消失させたジャンヌは虚ろな瞳をそのままに、動かない。

 

がらがらと瓦礫が崩れてくる中、ぴくりとも動きはしない。

 

だがその時、ジャンヌの頭上の天井が崩れて。

 

――落ちる!

 

刹那、世界がスローモーションのようにゆっくりと動き出す。

 

9...

 

急いで、飛び出す。

 

8...

 

床に落下しきっていない瓦礫が宙に留まっている。

 

7...

 

宙に留まっている瓦礫を避けて、前に出る。

 

6...

 

床に転がった瓦礫を乗り越えて、更に接近する。

 

5...

 

最短距離は既に瓦礫が地面にも、宙にもあるため使用できない。

 

4...

 

少し回り道をして、ジャンヌの元にたどり着く。

 

3...

 

ジャンヌを掴み、ついでにデュランダルも折れた方と剣の柄がある方と回収する。

 

2...

 

ジャンヌをお姫様抱っこするようにして急いで走る。

 

1...

 

地面に落ちた瓦礫を飛び越えて、星伽の居る場所まで飛ぶ。

 

――間に合うか!?いや、無理か...!

 

...0

 

......Time Up

 

 

 

だんっ!ごっしゃああああああっ!!

 

 

世界が元の速度に戻る。

 

ジャンヌがさっきいた場所に瓦礫が落ちる。

 

「うっ...ぐ...へっ...間、一髪...!」

 

星伽の隣に、ジャンヌを降ろして自分も座り込む。

 

「あ゛ー!もう、もう無理っ...!体力、持たねー!」

 

胡坐をかいて上半身を反らして後ろに手をついて大きく呼吸をしながら愚痴をこぼす。

 

ジャンヌは、突然の事態の変化に少し固まったが、俺が助けたことに気付いたのか、顔を伏せたまま質問をしてきた。

 

「――なぜ、助けた」

 

―なんで、ってそりゃ

 

「別に、特別なコトなんて1つもねーぜ。何も死ぬことは無い。そう、思っただけだ。それに、オメーが生きてなきゃ、アリアのカーチャンの無罪を証明できない、それだけだ」

 

ズキンズキンと目の奥が痛む。悲鳴を上げたい。脳も疲労を訴えてくる。

 

――あ、でも。

 

「1つだけ...特別があったかもしんねー」

 

「...?」

 

ジャンヌが、顔をこっちに向ける。

 

「綺麗な人だなって思ったから、こんな所で死んでほしくないって思った」

 

へへ、と最低な理由だったが笑いながら言った。

 

「...変わった、奴だ」

 

ジャンヌはその返答に満足したのか、フッと笑って上半身を床に預ける。

 

キンジとアリアが近寄ってきて、ジャンヌに手錠をかけた。

 

「魔剣、逮捕よ」

 

「...ああ、もう、抗う力もない。私の、負けだ」

 

ジャンヌは負けを認め、逮捕された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんでアイツらがイチャついて俺がオメーを背負って上まで行かなきゃならんのだ」

 

ジャンヌを捕らえてからすぐ、星伽とキンジがイチャつき始め、アリアはジャンヌを持ち上げようとしたが出来ず、俺を呼んでジャンヌを地上まで運ばせるよう命令してきた。

 

「うん?...元の原因は、お前が私を吹き飛ばしたからだろう。手加減をしたらどうだ」

 

「悪ィがそりゃ無理だ。まだ俺にも手加減が効かない状態でな」

 

これは本当だ。あのスローモーは、まだON/OFFしか出来ない。アリアには段階別に出来る様にしろと言われたがまだそのラインに辿りつけていない。

 

「...お前は強い」

 

「いや、まだまだだ」

 

―そう、まだ俺は速くなれるはず。

 

「...お前を誘おうとはもう思わない。だが、お前のその速さ...いずれは本当に」

 

「分かってるよ。分かってるけど、俺にはこれしかないんだ。だから、これ一筋で行く」

 

「その先にあるのが、孤独で、茨の道でも、か?」

 

「ああそうだ」

 

「...やはり、お前は強いな」

 

俺の決意が揺らぎないモノだと知ると、ジャンヌは言った。

 

「何だと?」

 

「決めたぞ、冴島」

 

「何をだよ」

 

「司法取引で、この武偵高に来る」

 

「は?」

 

「そうしたら、お前を手伝おう」

 

「手伝う、って何を」

 

ジャンヌの意図が読めない。何を言いたいんだ。

 

「私がイ・ウーで磨いたものの一部、お前に使えそうな理論などを教える」

 

「いいのかよ?」

 

「構わん、敗者は勝者に従う。世の常だ」

 

これは、予期せぬ所でいい教師が手に入った。

 

「そりゃぁ、いい話だ。期待してんぜ」

 

「気の早い奴だ」

 

そんな事を話しながら、地上に付く。

 

既にパトカーが一台止まっていて、俺が近づくと敬礼をして、ジャンヌを連れて行く。

 

「待ってるぜ」

 

ジャンヌが乗り込む前に一言告げて、立ち去る。

 

 

 

 

 

こうして魔剣の引き起こした事件は未遂に終わり、俺は傷を増やして能力の応用を手に入れた。

 

だが、これで満足できるわけじゃない。段階別に出来る様にして、もっと体力をつける。ジャンヌを助けだしたあの一瞬、僅かにだが時間を伸ばせた。もっと訓練を積めば、15秒でも、20秒でも痛みを抑えて時間だけを伸ばせるはずだ。

 

痛みに耐えられるようにならないと、長期戦ができない。

 

課題の多くは、積まれたままである。

 

 

 

 

 

 

地下深くでやべーバトルをした後の夕日は、何時になく綺麗だった。




ヒロインはジャンヌで行きたいなぁと思っております。


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やべー事件はこれにて終わり

UAが8000を超えていて手が震えております。

初めての作品ということで読んでくれるといいなぁ、読んでくれなくても自己満足で投稿すればいいかな、という気持ちで連載を始めたのですが予想以上に閲覧して頂いてるみたいで私の乏しい語彙力では表現しきれないくらいには喜んでいます。

本当にありがとうごいます!


 

ジャンヌを警察に引き渡した後、俺たちはアドシアードの閉会式でバンドとチアをやっていた。

 

キンジたちとテンポを合わせて弾き続ける。チラリとキンジの方を見ると、いつものキンジに戻ったのか目つきはやや悪く、不機嫌そうにギターを弾いていた。

 

せっかくの軽音なんだし、楽しんでやらなきゃダメだろう。

 

そう思って、ベースを弾いたままキンジの方に歩いて行く。

 

キンジは此方に気付くと、面倒臭そうな顔をするが、いい笑顔で笑いかけると苦笑を漏らして俺の方を向いた。

 

そのままキンジと俺で互いに向き合い、ギターとベースを弾き続ける。音がハモっているのが視覚的に観客に伝わり、より盛り上がった空気が生まれる。

 

それを受けて、キンジの笑みは深まっていく。それでいいんだよ、こういうのは楽しむもんだ!

 

――そう、楽しんだ者勝ちだ。

 

曲調が更にアップテンポになると、主役は俺たちではなくなる。キンジと俺は観客の方へ体を向けて、BGMに徹する。

 

舞台袖から、アリアと星伽を含むチアたちが出てくる。

 

星伽がチアやってる...ああ、アリアか。

 

キンジに目で問いかけると、キンジは顎を引いて正解だ、と教えてくれた。

 

ジャンヌ...。警察に引き渡され、綴先生に色々喋らされることになるんだろう。

 

そんな事を考えながら演奏を続ける。チアたちが、ポンポンを空高く放り投げ、空砲で撃ち始めた。

 

歌詞の通り、BANG BABANG BANBANG...って感じで。

 

観客はそれを見て、ボルテージは最高潮。

 

熱狂した空気が伝わってくる。

 

チアたちが一斉にポーズを決め、紙吹雪が舞う。

 

その紙吹雪が、地下で見たダイヤモンドダストのように輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんでファミレスで打ち上げなんだ」

 

キンジがムスーっとした顔でアリアを睨んでいた。

 

コイツ、チアたちが台場のクラブ・エステーラで打ち上げしたことを根に持ってるな。

 

「まーそう怒ンなよォキンジ。俺たち地下組の打ち上げってことでいいじゃあねぇかよ」

 

「俺は地下でほとんど何もしてないぞ」

 

「そういう事もあるだろォ?俺だってハイジャックの時は途中から寝てただけだし」

 

俺とキンジが適当な会話をするが、星伽とアリアが会話に入ってくることがない。

 

2人してチラリと見ると、星伽とアリアは互いを見合ったまま、動かない。

 

「おい、キンジ。ありゃなんだ...」

 

キンジの肩に手を回して引き寄せて、ひそひそと喋る。

 

「知るか、さっきからずっとあんな感じだ」

 

キンジは少しビクビクしながら、水を飲んでいる。

 

「「あの」」

 

と、星伽とアリアの声が被った。

 

「あ、アンタが先でいいわ」

 

「アリアが先でいいよ」

 

これグダグダになるやつだ!

 

「...俺と、キンジ...席外してるわ」

 

そう言ってキンジと共に立ち上がろうとするが、星伽に止められた。

 

「大丈夫。というか、キンちゃんにも聞いてほしいの。冴島くんは......えっと、ごめんね?あっでも、居ていいからね!」

 

...星伽の優しさが辛い。

 

視界がなぜか潤っているので、脱力しつつ天井を見上げる。

 

――照明が明るいなぁ。

 

「私、どうしてもアリアに言っておかなきゃいけないことがあるの」

 

星伽はそう言うと流石のキンジも少し姿勢を直して、真面目に聞き始める。

 

「私、キンちゃんに嘘ついてました」

 

「うん、この間風邪をひいた時に、薬を買ってきたのは私じゃなくて......アリアでしょ?」

 

「アリア...だったのか?」

 

「な、なーんだ、そんなこと。もっと大事な話かと思ったわ」

 

アリアは少し頬を赤らめてチラッチラッとキンジを見ている。

 

「ごめんねアリア。私、イヤな女だよね...でも、イヤな女のままで居たくなかったから、謝らせて。ごめんなさい!」

 

「別に気にしてないからいいわよ。この話はそれでお仕舞い。じゃあ次あたしの番ね!」

 

「う、うん」

 

アリアはおほん、と一つ咳払いをして、とんでもーことを言いだした。

 

「白雪、アンタも私のドレイになりなさい。そこで呆けてるハヤト、アンタもよ」

 

空気が固まる。

 

ギチギチと首を下げて、アリアを見る。

 

天井の照明を眺め続け、潤いの消えた目が濁っていくのが分かる。

 

――ここファミレスなんですけど。

 

キンジが視線をバッバッと素早く回し、絶望した表情になる。

 

――聞かれてたかぁ。

 

頭が一気にガクリと垂れる。TPOを弁えてほしいものだ。

 

「ありがとう、白雪」

 

あれ星伽の返事無くね?コイツ一人で決定しやがった!

 

――暴君だ、ここに暴君がいる。

 

「魔剣を逮捕できたのは...3割がアンタのおかげよ。ハヤトも...ありがとう。アンタが4割、レキが1割、あたしが2割」

 

キンジが割合計算に自分が含まれてないことに一瞬声を漏らしたが、すぐに

 

「そういや俺何もしてないわ...」

 

と首を垂れた。いやいや、キンジ。お前は星伽を助けただろ。

 

「今回の一件で痛感したわ、これからは1人1人の能力で奴らと渡り合うのは無理よ。だから、力を合わせるの」

 

アリアは真剣な表情で話し始める。

 

「チームを組んで、朝から晩まで一緒に行動して、チームワークを養うわ。と言うわけでハヤト、白雪。コレキンジの部屋の鍵ね。いつでも来ていいわ」

 

「ありがとうアリア!」

 

「ほいキンジパース」

 

星伽は速攻でカードキーをポケットに仕舞い、俺はキンジにカードキーを投げる。

 

「ちょっと!なんで受け取らないのよ!」

 

アリアがガルルと唸るが、俺は制服の内ポケットからカードキーが2つ入ったケースを取り出した。

 

「俺もう持ってるし」

 

1年の頃にキンジの部屋に遊びに行ったときに貰ったものだ。

 

ちなみにもう1枚は武藤の部屋のカードキーだ。

 

俺のは右側の内ポケットに入っている。

 

「隼人はともかく、アリアと白雪はダメだ!」

 

「なんでよ」

 

「ええ!?」

 

アリアと星伽が不服そうに声を上げる。

 

「だって男子寮じゃないか」

 

と言いかけた所でアリアがチラリとガバメントをキンジに突きつけていた。

 

「文句は?」

 

「ありま...せん」

 

キンジは今度こそ放心したようで、ちょっと青白くなっている。

 

「よし、それじゃあ新しいドレイを歓迎して、乾杯!」

 

「かんぱーい!」

 

アリアと星伽がグラスを持ち上げる。

 

「あれ俺ら返事してないんだけど。まぁいいや!かんぱーい!キンジも、速くしろ!」

 

キンジに声を掛けると、ヤケクソ気味にグラスを掴み、俺たちのグラスにガチンとあてた。

 

「ええい、どうにでもなれ!乾杯だ!」

 

打ち上げは賑やかに進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

打ち上げが終わって、解散して今は自室にいる。

 

風呂から出たばかりで喉が渇いてるし何か飲もうかなと冷蔵庫を開けた所で部屋のインターホンが鳴った。

 

「へーい、今出まーす」

 

覗き穴からドアの前にいる人物を見ると、草臥れた顔のキンジがいた。

 

ドアを開けて前に出る。

 

「どしたぁキンジ。こんな時間に」

 

「......泊めてくれ」

 

「あ?」

 

擦り切れるような声で、キンジが呟く。

 

次の瞬間、ガシッと両肩を掴まれて、キンジが切実な叫びを上げた。

 

「アリアと白雪が俺の部屋でドンパチやってんだ!あんな所で寝られるか!頼む隼人!一晩だけでいい、泊めてくれ!頼む!」

 

キンジが掴んだ肩をガクガクと揺らす。

 

「わ、分かったよ。上がれ」

 

キンジを部屋に迎え、2人で携帯ゲーム機を使って協力プレイをしたり、飲み物を飲んだりして時間を潰し、眠くなってきたのでキンジにソファを貸して眠りについた。

 

 

 

 

 

アリアと白雪はまだ暴れているのだろうか。部屋が遠いから物音1つ聞こえない。

 

キンジは既に寝息を立てている。

 

昼から夕方はあれほど忙しかったのに、夜は耳が痛くなる程の静寂が支配している。

 

瞼が重くなっていき、ゆっくりと意識を手放し始める。

 

 

 

 

夜は静かで、何事もなく、ただただ静かに過ぎていった。

 

 

 

 

 

                                 魔剣編おわり



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ブラド編
速くもやべー気配がする


 

アドシアードの事件からほぼ一か月が経過した。

 

その間はアリアに戦闘訓練と、持久力増加の為のプランを組んでもらい、それをひたすら熟した。

 

星伽も星伽で、超能力の使い方や自己流ではあるが制御方法などを、星伽の規制に触れない範囲で教えてくれた。

 

そんなこんなで一か月を過ごしていた俺は、いつものようにアリアと星伽に指導を受けようと放課後の廊下を歩いていた。

 

だが、そこで携帯が震える。

 

取り出して確認してみると、アリアと星伽が急用が出来て俺に割く時間が無くなったという旨のメールが着ていた。

 

「気にすんな、今日はゆっくり体を休めるっと。送信」

 

携帯をカチカチ鳴らして、文章を作り返信する。

 

携帯をパタンと閉じて、俺はSSRに向かおうとした足を何処に向けるかで悩み始めた。

 

―装備科?

 

いや、用事が無い...用もないのに邪魔しに行くのはちょっとな...。

 

―キンジを探すか?

 

アイツもアイツで忙しいんじゃないかと思いそれも却下。

 

―車両科に行くか。

 

そう決めた所で、携帯が着信を伝える。

 

携帯を取り出して番号を確認すると、武藤からの連絡だった。丁度いいタイミングだ。

 

「もしもし、冴島です」

 

『おう隼人!この前のVMAX!手に入れたぜ!』

 

武藤からの要件は、先月アドシアードの時に仕入れてくれと言ったVMAXが届いたという話だった。

 

「マジか。代金払うよ、今からそっち行くわ」

 

『おう!待ってるぜ』

 

通話を終了して、ちょっと浮き足だった足取りで車両科へ向かう。

 

「お、冴島!お前いい買い物したなぁ~」

 

「武藤に感謝しろよ?アイツ、相当値切ってたぜ」

 

「くぅ~、俺も何時かあんな化け物バイクが欲しいぜ!」

 

等と車両科の生徒たちに声を掛けられながら武藤がいる格納庫に案内された。

 

ドアを開けて、階段を降りて、しばらく辺りを見回すと、武藤がそわそわと黒いカバーの掛けられた物体の近くをうろついていた。隣に業者らしき人物が見える。

 

階段の付近で声を掛ける。

 

「おい、武藤。待たせたか?」

 

武藤は俺の声を聞いてこっちにグルンッ!と凄い勢いで向き直ると、手をブンブンと振ってこっちに来いと伝えていた。

 

苦笑を漏らして駆け足で近寄る。

 

「コイツが、引き取り人です」

 

「毎度ありがとうございます、武藤さん。えーと、VMAXの海外仕様という事で輸入費用を含めお値段が197万9800円です」

 

「カード、一括で」

 

カードをみせると業者の人がカードリーダーを取り出して、端末に繋ぐ。

 

「ここにお願いします」

 

といって、読み取り口を指してくれる。

 

カードを挿入して、端末に表示された暗証番号を入力する。

 

業者の人も、武藤も顔を反らしたり目を瞑ったりして暗証番号を見ないように配慮してくれている。

 

入力が終わると、一括か分割か選択する画面に移ったので、一括を選択する。

 

ピッ、と無機質な電子音が決済完了を報せ、端末からレシートが出てきた。

 

「領収書お願いします」

 

業者の人にそれを伝えると、領収書を取り出して、金額を書き始める。

 

「名前は、どのように」

 

「冴島で。冴えるに島で、冴島です」

 

「畏まりました」

 

ビッと書き終えた領収書を渡して、業者の人は帽子を取って深々と礼をして、ありがとうございました、またご利用くださいませ。と言って帰っていった。

 

それを見届けた俺と武藤は、カバーの掛かった物体に目を向ける。

 

「へ、へへへ~お待ちかねの、VMAXだ!」

 

武藤が気持ち悪い声を出しながらカバーを恐る恐る引いて行き、完全にカバーが外される。

 

「――おお」

 

新車特有の、汚れのない、真っ黒なボディがその姿を現した。

 

「VMAXの2代目、初代VMAXをフルモデルチェンジして、完全な新型として作成。車体やエンジンの構造はYZF-R1の技術を応用して設計されてる」

 

武藤が目を輝かせてVMAXの情報を話し始める。

 

―すーぐこれだよ。

 

「隼人、コイツは海外仕様だが半年先くらいに国内でも販売される予定だ。だからそこを突いてやって3年間の盗難補償は付けてやった。ロードサービスや点検に関しては俺たち車両科のAランク以上の奴らで面倒を見る」

 

「そりゃ、至れり、尽くせりってやつだな」

 

「俺らもVMAXが触りたくて仕方ねーんだよ」

 

へへへ、と武藤が笑う。

 

「コレ、VMAXの鍵な。どうする?今日乗るか?」

 

武藤がVMAXの鍵を渡してくる。

 

「ああ、一発吹かしてみるか」

 

「よしきた!」

 

武藤が格納庫前のシャッターを開けて、車体の調子を確かめるためのサーキット場へとレーンを繋げた。

 

「何時でも出ていいぜ!あ、でもちょっと待っててくれ!」

 

そう言って武藤はシャッターの方から離れ、階段を駆け上がって格納庫から飛び出した。

 

しばらく待っていると、武藤がヘルメットと車両科の生徒を複数名連れて戻ってきた。

 

「これ付けとけよ!」

 

武藤がヘルメットを投げ渡してきたので、受け取って被る。

 

VMAXに跨り、キーを挿入する。

 

エンジンを掛けると、ヴォオオンッ!と唸る声が轟く。

 

ドッドッドッドッドッドッと重低音のアイドリングが、呼吸をする様に続く。

 

「くぅ~いい音!良い響き!流石最高級車両!」

 

武藤が感動に浸り、体をブルブルと震わせている。他の生徒たちも同じようだった。

 

車体を真っ直ぐにして、スタンドを蹴り上げる。

 

両足でバイクを支え、重さを確かめる。

 

「――重いな!!」

 

「ああ!!いいバイクだろ!!」

 

エンジン音に負けないように声を張り上げる。

 

クラッチレバーを操作して、足のつま先でギアを降ろす。

 

インジケーターのニュートラルランプが消えたのを確認して、アクセルを回す。

 

ヴォン!ヴォン!と音を鳴らしながら、ゆっくりと格納庫から出て、レーンへと入ってく。レーンに完全に入ったのを確認して、ニュートラルに戻す。

 

「いいか隼人!!コイツはABS装備だ!ブレーキは前後気にする必要はない!踏むときはしっかりと踏め!!いいな!!」

 

「おう!!」

 

「それと、コイツがシフトインジケーターだ!!今、ギアが何速なのかを教えてくれる!!エンジン音の感覚で分かるようになるまではコイツを頼れ!!」

 

武藤が、俺の正面やや下方にある電子板を指して教えてくれる。

 

「ギアをニュートラルに戻すときは、二速に落としてから軽くギアを降ろしていけ!!途中でこつって感じがする!!そこで止めればニュートラルだ!!」

 

「わかった!!」

 

その説明の間に、他の車両科の生徒が靴にガードを装着し、肘や膝にサポーターを装備してくれた。

 

そして、武藤達が離れる。

 

武藤達の方を見て左手を上にあげると、武藤は腕を上げたままグルグルと回し始めた。

 

それを見てからクラッチレバーを操作して、ギアダウンさせ1速へ。

 

そのままアクセルを入れて、加速していく。

 

ヴォォオオンッ!

 

ギアアップ。2速へ。 ヴヴァオオオオン!ヴァアアアアアッ!

 

3速、4速、5速と上げていく。

 

怒号のようなエンジン音が轟轟と鳴り響き、凄まじい速度で走っていく。

 

体を傾け、コーナーを曲がる。

 

――重い...!流石、直線番長と呼ばれるだけのことはある!

 

VMAXはコーナリングを苦手とする重量級バイクで、直線では負け知らずの車体である。

 

コーナーを抜け、立ち上がりに加速する。

 

――良い速さだ!

 

そうしてサーキットを何周か走って、レーンに戻っていった。

 

ギアを2速に戻して、ニュートラルへ入れる。

 

エンジンを切ってスタンドを立て、VMAXから降りる。

 

「いい、バイクだった」

 

ありがとう、と言って武藤と握手する。

 

鍵を武藤に渡すと、武藤は少し驚いたような表情になる。

 

「乗りたいんだろ?お前に融通してもらったモンだし、乗ってくれよ」

 

「い、いいのかよ!」

 

「あたりめーだろ!水臭いこと言うなよ」

 

「隼人...ありがとよ!」

 

武藤はすぐにVMAXに跨る。

 

「あ、そーだ、武藤。そいつ車両科に置かせてくれねーか。寮はチャリ置き場しか無くてよォ」

 

「任せとけ。しっかり管理しといてやる」

 

「助かる」

 

 

 

 

 

武藤らと別れ、寮へ戻ってくる。

 

風呂に入って、テレビを付けてのんびりしていると携帯に着信が入る。

 

「アリア...?こんな時間に、なんだよ...」

 

番号はアリアを示していた。携帯を取って通話を開始し、耳にあてる。

 

「へーい冴島です」

 

『ハヤト!今すぐ女子寮屋上に来なさい!』

 

「はぁ!?なんで!」

 

『理子が出たわ!』

 

「――!」

 

―理子が、出た?

 

それを聞いてすぐに通話を終了し、携帯を閉じずにソファに投げつけ、部屋着のまま飛び出す。

 

アリアと白雪の熱心な指導で身体的加速の制御を一応の成功へと漕ぎ着けた俺は、その制御を確認するが如く加速を始めた。

 

男子寮の階段を下りずに、踊り場まで一気に跳躍し、着地と同時にローリングをして反動を殺しまた同じように飛び降りる。

 

全速力で駆け抜け、女子寮に到達し、階段の壁と手すりを交互に蹴って上へ上へと昇っていく。

 

屋上へ通じるドアは既に開けられており、開けられたドアへと飛び込む。

 

そこには、満月を背に、理子が立っていて。

 

キンジとアリアはそれを見ていた。

 

俺が入ってきた事に気付いたのか、理子は俺の方をチラリとみて、笑った。

 

――ヤロウ!

 

瞬間的に加速して、あのニヤついた顔面をぶっ飛ばしてやろうかと詰め寄った時。

 

「ドロボーやろうよ!」

 

と、理子が声高らかに提案してきた。

 

それを聞いて思わず急停止してしまい、声を漏らす。

 

「はぁ!?」

 

キンジとアリアの方を見ると、どちらも呆けたツラをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

速くもやべー気配がする!



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やべーくらいにウブなんです

理子にドロボーしようぜと言われてから一夜明け、俺とキンジとアリアは席について非常にイライラしていた。特に俺が。

 

「ぐぬぬぎぎぎ...」

 

と唸ってしまうくらいには。

 

そのイラつきの元凶は、このクラスの中にいて、男女構わずクラスメイトに囲まれている。

 

囲まれている中心にいるのは、峰理子。

 

1限目が終わったと思ったら、理子が

 

「たっだいまー!みんなー!りこりんがかえってきたよー!」

 

なんて言いながら壇上でポーズを決めた。

 

キンジが仕入れた情報によると、理子は4月から極秘の犯罪調査で1人アメリカに行ったことになっている、らしい。

 

理子が帰ってきたことだけが俺のイラつきの原因ではなく、理子が仕込んでくれやがった依頼の事でも大いにイラついていた。

 

今朝からSSRは合宿に行くはずだったのが、荷物を持ってバスに乗ろうとしたところ、主任から言われた。

 

「おい、冴島。お前昨日依頼を受けただろう。しかもかなり長期のやつ。忘れてたのか?おっちょこちょいな奴め、と言うわけで教務科はお前の依頼受諾を知っているから、合宿は来なくてもいいぞ。あ、でも単位はしっかりと取れよ」

 

身に覚えのない話だった。長期の依頼なんて受けた記憶もないし、昨日は依頼を見に行ってすらいない。

 

絶対に理子の奴が何かした。

 

星伽と合宿中に能力の調整をするつもりだったが計画が崩れてしまった。

 

アリアにその旨を伝えると、アリアもアリアの方でしっかりとプランが組まれているため急な変更はできず、1人空いた放課後の時間を過ごすことになってしまった。

 

結構楽しみにしてたんだぞ、合宿。今回は出雲大社に行くって事でスピリチュアルパワーが手に入るかもしれないと思ってたのに。

 

理子はそんな俺の気持ちなど一切知らず、クラスメイトに愛想を振りまいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、放課後。

 

キンジの部屋に集まって、理子の振舞いに文句を垂れながら理子の泥棒の片棒担ぎをすることになった時の話を聞いていた。

 

「へぇ、ブラドねぇ」

 

「ええ、奴はイ・ウーのナンバー2。『無限罪』の2つ名を持ってるわ。だけど、それ以上は教えられないわ」

 

「...相棒である、俺にもか?」

 

アリアがキッパリと言い切ったことに、キンジが少し噛みつく。

 

「相棒だから教えられないの」

 

「何?」

 

「知ったら...存在を抹消されるわ。アンタたちがそこにいた証明になるもの、全てが消される」

 

戸籍からレンタルショップの会員証に至るまで、全部ね と、アリアが言う。

 

「おいおい、そりゃマジにやべーやつじゃねーか」

 

「言ったでしょ、危険だって。下手に知って公安0課や武装検事に狙われたくないでしょ」

 

「殺しのライセンス持ちじゃないか」

 

キンジがアリアの発言に驚く。

 

「で、キンジもハヤトもどうするの。理子の手伝いをするの?」

 

「あ、ああ...」

 

「ふぅん、なんで理子を助けるの?」

 

「そりゃ...別に、お前には関係ないだろ」

 

「可愛い子に泣きつかれたから、助けるってわけ?」

 

―また始まった。いつもの痴話喧嘩だ。

 

「そうは言ってないだろ。それにそれは、どちらかと言うとお前の方じゃないか。泣いて済むなら武偵はいらない」

 

「じゃあ、なんでよ」

 

話が熱くなり始めかけた所で、2人を宥める。

 

「どう、どう。お前らその辺にしとけ、俺の前で痴話喧嘩するたぁ、俺を泣かせてーのか?」

 

「正直すまんかった」

 

「やめなさいみっともない」

 

目から一滴、涙が零れる。

 

俺も一度でいいから痴話喧嘩とかしてみたいものだ。

 

グスン、と鼻を鳴らしてアリアの質問に答える。

 

「俺ぁパスだ、ドロボーの片棒担ぐつもりはねーよ、見返りもなさそーだし」

 

理子は詳細は追って説明するからしばらく待て、と言って何も言ってこない。

 

もともとやる気もない。

 

「でもアンタ、既に理子に何らかの依頼をやらされてるんでしょう?」

 

「ああ、そのとーりだぜクソッタレ」

 

「何やらされてるのよ」

 

「依頼者からの電話番号で俺の携帯に電話がかかってくるまで普通に過ごすこと。電話がかかってきたらその依頼を受けて、満了すること。依頼の満了を確認して、この依頼も満了となる、ってやつだ。質わりーぜ、おかげで他の依頼も受けられねぇ」

 

ソファに体を沈めてぐでぁ、と脱力する。

 

ふと外を見ると、ざぁざぁと雨が降っていた。

 

雨を見て、先月の地下倉庫での一件、スプリンクラーから撒かれた水が途中で凍りダイヤモンドダストになるあのシーンを思い出した。

 

――ジャンヌは、元気してっかな...

 

今でも脳裏に鮮明に浮かぶ。銀髪に蒼いサファイアの切れ長の瞳。日本人離れした顔立ちに白い雪のような肌。

 

綺麗だったなぁ、なんて窓の先の光景を見つめて呆けているとキンジに肩を叩かれる。

 

「んあ、どうしたキンジ」

 

「どうした、じゃねーよ。飯、買いに行こうぜ」

 

「おー、いくかぁ」

 

キンジと共に傘を差して近所のコンビニまでブラブラと歩く。

 

傘に雨粒の当たるバチバチという音が心地良い。

 

「正直、理子とアリアのダブル『双剣双銃(カドラ)』を俺1人で御し切れるとは思えん」

 

「頑張れよキンジ、どうせ俺もお前らの依頼に加担させられるんだろ、理子のヤロー、回りくどいことしやがって」

 

「完全に先を読まれてるな」

 

コンビ二に入り、適当な弁当を、明日の朝の分まで買う。

 

「お前ずっとコンビニ弁当だよな。自炊はしないのか?」

 

「俺ぁ料理が苦手でな、オメーみてーに作りに来てくれる奴もいないんだよ」

 

レジに並びながらキンジと話をする。

 

会計を済ませて、寮に入り別れる。

 

「じゃあ俺ぁこっからは自分の部屋にいくわ」

 

「おう、また明日な」

 

「おー」

 

自室に戻り、レジで温めてもらった弁当を食べて、風呂から上がってしばらくテレビを見た後に外を見つめる。

 

雨は止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3日ほど経って。

 

俺たちは中間テストが午前中行われ、それが終わったあとの午後はスポーツテストをしていた。

 

幸いにも曇り空で、苦しいなんて思いもせずに済んでいる。

 

「次ィー、冴島...能力有と無しの二回計るからなァ」

 

50m走担当の綴先生が記録係に指示を出してハイスピードカメラをゴール地点に設置し始める。

 

「うぃーす」

 

「じゃ、能力有からやるぞー」

 

そのまま綴先生は、空砲――ではなく実銃を空に向けてぶっ放した。

 

バギュン!と音がした瞬間に今制御し切れる限界まで加速していく。

 

一歩踏み込む度に景色が変わっていく。ゴールラインが近づいて行く。

 

そして、ゴールを踏み切って、少しずつ減速していき、能力を切る。

 

そのままジャンプして、空中でローリング。

 

ダンッ!と着地して勢いを完全に殺す。

 

「ただいまの記録...0秒80」

 

えーとつまり、0.8秒...あれからSSRで計測してなかったがそんなに速くなったのか。

 

てことは毎秒62.5mを進み、時速225kmで走ることが出来る。

 

「――ああ、また世界を縮めてしまった...!」

 

―ウットリ。

 

「...気持ち悪いなァ...ほら、次は能力無しだ、早くつけよォ...」

 

綴先生が心底気持ち悪そうな顔をして俺を急かす。

 

またバギュン!と音が鳴り、走る。

 

グングンと加速していく。さっきよりは断然遅いがそれでも風を感じるのも悪くはない。

 

ゴールラインを踏んで、ゆっくりと減速して止まる。

 

「ただいまの記録...5秒35」

 

辺りからスゲー、だの素でもはえーのかよ、チートじゃねーか、だの流石スピード狂だの聞こえてくる。

 

これでスポーツテストの記入は全て終わった。最後に50m走を持ってきてよかったと本当に思う。

 

 

 

 

スポーツテストが終わって、放課後。

 

特にやることもなく依頼も受けられないのでなんとなく帰ろうかと思い、校舎外に出る。

 

その時、何処かから、ピアノの音が聞こえた。

 

耳を澄ませて聞いていると、なんとなくだが曲名を思い出してきた。

 

そう、たしか――

 

『火刑台上のジャンヌ・ダルク』

 

もしかして、と思い。

 

すぐに能力を使って音楽室まで走る。

 

階段を駆け上がって、廊下を駆けて、音楽室の扉に手を掛け、バァン!と思いっきり開ける。

 

奏者は演奏を中断して、此方を見る。

 

そこに居たのは

 

「誰かと思ったが、お前か。久しいな、冴島」

 

――武偵高校の制服に身を包んだ、ジャンヌ・ダルク30世だった。

 

「あ、ああ...久しぶりだな。その制服...司法取引を終わらせたのか?」

 

「ん、ああそうだ。今の私はパリ武偵高校から来た留学生、情報科2年のジャンヌという設定だ」

 

「そっか、コッチにきたのか...」

 

何か、話そうとするが何故か言葉が出ない。

 

「...目の傷は、塞がったのか」

 

ジャンヌは椅子から立ち上がって、俺に近づいてくる。

 

「お、おう...あれから1カ月は経ってる。どんな奴でも傷は塞がるさ」

 

傷は塞がったが、斬られた痕は残り続けている。

 

矢常呂先生にはまた傷を増やして、と怒られた。

 

「ふむ...だが、癒えることのない傷を負ったわけだ。辛くはないのか?」

 

ジャンヌが、更に近づいてくる。

 

「別に、俺は武偵で、超偵だ。傷を負うことくらい覚悟してる」

 

何度目かの覚悟の話を、ジャンヌにほぼテンプレと化した文章で返す。

 

「そうか...この眼の傷、触ってもいいか?」

 

ジャンヌはそんな事を言いながら俺の目の前に来ていた。

 

「う、ぉ...」

 

明るい場所で、敵意ナシで、ジャンヌを間近で見る。髪は照明の光を受けてキラキラと輝き、澄んだ蒼いサファイアの瞳は何処まででも深く、俺を見ている。

 

やっぱり、すごい美人だ。

 

「...流石に触れるのはマズいか?」

 

ジャンヌは俺が何も言わないことを不安に思ったのか、質問をしてくる。

 

「あ、いや、別に、構わない。ただ、オメーが...ジャンヌが、あまりにも綺麗だったモンだから...」

 

と、口を滑らせてしまい、急いで口に手を当てるが時すでに遅し。

 

「...ふふふ、私が、綺麗だと?お世辞が上手いな」

 

ジャンヌが少し頬を朱に染めて、手を少し上げて、俺の右目の傷に指を這わせる。

 

眼球に指が当たらないように目を閉じて、ジャンヌが触りやすいように配慮する。

 

細くて白い、可憐な指が――スッ、と傷を撫でていく。

 

銀氷などと言われているらしいが、その手は人並みの温もりを持っていた。

 

「...ああ、私がつけた傷だ。お前に、癒え様のない傷をつけた」

 

ジャンヌが、何度も傷に指を這わせて斬った場所をなぞる。

 

左目で、ジャンヌを見る。その顔は少し、憂鬱気味だった。

 

「別に、オメーが気にする必要なんかねーよ」

 

なんて言ってみるが、ジャンヌは顔色をよくすることはなく、ずっと、傷を撫でていた。

 

流石にちょっとくすぐったい。

 

「ジャンヌ、お前は司法取引の条件以外で、なんで武偵高(ここ)に?」

 

「む...それは、だな...」

 

ジャンヌが傷を撫でる手を止め、顔が再び朱に染まる。

 

そっと腕をさげて胸のあたりに置く。

 

「...面と向かって言うのもあれだが、お前に会いに来たのだ」

 

ジャンヌは少し顔を上げて、告げる。

 

「へ?お、俺に...?」

 

「そ、そうだ...お前に、お前の生き方に、在り方に心惹かれた」

 

ジャンヌがそんな事を言うもんだから、顔が熱くなる。耳が赤く染まっていくのが、感覚的に分かる。

 

「なぜ、お前がそんなに一つのものに執着できるか知りたい」

 

ジャンヌは顔を朱に染めたまま、じっと俺を覗きこんでくる。

 

ジャンヌの、蒼い瞳に反射した俺が見える。

 

「どう、も、こう、もない...。俺には、それしかないから...だ」

 

ドモりながらも答える。ジャンヌはまだ、俺を視界から捉えて離さない。

 

「私は、お前に言ったな」

 

「何を...?」

 

「お前は最後、独りになり、誰にも気付かれずに、散っていくと」

 

「あ、ああ...」

 

「私は勝手に同情をしてしまった。哀れだと思ってしまった。赦してほしい」

 

ジャンヌは目を伏せ、頭を下げて謝罪してくる。

 

「別に、構わねーよ...俺は」

 

俺は俺の生き方を肯定してるだけだ、と言おうとしたが、顔を上げたジャンヌに阻害される。

 

「だから、私が隣に立って...お前を見ていたい、そう思う」

 

その目は真剣で、顔こそ銀氷なんて言葉がウソッパチなんじゃないかってくらいに真っ赤で、告白みたいなことを言われて。

 

すごい変な、甘酸っぱい空気が音楽室を支配していた。

 

――なんか、熱い

 

汗が出てくる。

 

ジャンヌが何も言わない俺を不審に思ったのか、焦ったように言ってくる。

 

「お、お前も男だろう!乙女がここまで言っているのだ!何か...言え、言ったら...どうだ」

 

最初は勢いよく、次第にぽしょぽしょとか細い声になっていった。

 

――なんだこの魔女!めっちゃ可愛いぞ!

 

「い、いや...突然すぎてな...嬉しいんだけどよ...脳がね?追いつかないの」

 

キャラが崩れる。

 

そして変な空気に充てられたのか、変な事を口走ってしまった。

 

ガシッとジャンヌの肩を掴んで、言ってしまった。

 

「ジャ、ジャンヌゥ!」

 

「は、はい」

 

ジャンヌは突然肩を掴まれビクリとする。

 

「幸せに!!!して!!!!みせるから!!!!」

 

馬鹿みたいに大声で、叫んでしまった。

 

――やっち、まった。

 

発言から少しして、ひゅうと魂が抜けていくのを感じた。

 

 

 

 

 

やべーくらいにウブなんです。




ジャンヌは乙女プラグをインストールさせて頂きました。

流れが速すぎるかと思いますが速いのは良い事なのでご了承ください。


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やべーくらいに本気なんだ

ジャンヌに狂ったような発言をしてから数十分が経過し、とりあえず互いが互いを落ち着かせる形でなんとかいつも通り...とは行かないまでも、落ち着くことができた。

 

場所は音楽室のまま変わらず、2人で壁に背を預け座っている。

 

まだ熱い頬をぽりぽりと掻いて隣で同じように顔を赤くして少し俯いているジャンヌを横目で見る。

 

「その...あの...さっきは、急に変な事言って悪かったな...」

 

ポツリと独り言を漏らすように、ジャンヌに謝罪する。

 

「気に、しないでいい...その...嬉しかったから」

 

ジャンヌはそう言ってくる。また顔が熱くなるのを感じる。

 

「お、俺たち...全然、互いのことを知らないよな...」

 

「あ、ああ...そうだ、な...うん」

 

「だから、自己紹介を、しよう」

 

「...今更か?こんな、タイミングで?ふふっ」

 

ジャンヌは俺の発言にツッコミを入れてクスクスと笑う。

 

「わ、笑うんじゃねーやい。でも、必要なことだろ?」

 

「ああ、ふふふ...自己紹介とは、ふふ、はははっ!」

 

少しツボに入ったのか、ジャンヌは笑い続ける。

 

あの事件の時とは違う、朗らかな笑顔。

 

それを見て、俺も少し笑う。

 

「じゃあ、俺からな。名前は冴島隼人。年齢は17で...ランクは...ああ、クソ。そういう事を言いたいんじゃないんだが...」

 

上手く言葉が出てこずに、頭を掻く。ジャンヌの方を見ると俺をじっと見つめ、俺の言葉の続きを待っていた。口元には薄く笑みを浮かべて、目は慈愛に満ちている。

 

「...趣味は、走ること。自分の足でも、バイクでも、チャリでも、なんでもいい。勉強は...まぁ、そこそこ出来る。でも基本的には体を動かす方が得意だ。欠点は遅いと言われるとすぐにキレること...かな。」

 

そう言ってジャンヌを見る。

 

「私はジャンヌ・ダルク30世。年齢は17。趣味は...その...笑わないか?」

 

ジャンヌが少々恥ずかしそうに俺を見る。

 

「俺ら趣味以上に恥ずかしい事ぶっちゃけあっただろーがよォ」

 

「う...そ、それもそうか、趣味は、その...理子が着ているような、フリフリの付いたロリータ系の服を着るのが、好きだ...勉学は得意だと自負しているし、体もそれなりに動かせる。欠点は、自身の描いたものに大きな『誤算』が生じることにどうしようもなく怒りを感じること、だ」

 

「なんだ、思った以上に普通じゃねーかよ、魔女なんて言われてるから俺ぁもっと変なヤツかと思ってたのによ」

 

「それは私のセリフだ。スピード狂なんて言われてるくらいだから日常生活の全てを速さに費やしているものだとばかり思っていたぞ」

 

俺とジャンヌは互いを見て、少し呆けて笑った。

 

予想以上に普通で、互いの事を知り合った俺たちはやや距離が縮まったように思えた。

 

で、これ以上遠回りできないくらいの所まで話し合って、すっかり日が沈み始めた頃にようやく校舎から出る事にした。

 

ジャンヌを女子寮まで送り、その間も話が絶える事は無かった。

 

そして、ジャンヌとの別れ際。

 

「それじゃあ、また明日。会えるか分からないが、一応な」

 

と、言ってジャンヌは俺に背を向ける。

 

俺の思い込みかもしれないが、その背中が妙に寂しそうに見えてつい、声を掛けてしまった。

 

「ジャンヌ!」

 

呼び止められたジャンヌは、ゆっくりと振り返る。

 

曇り空が一瞬晴れて雲の隙間から月明りが差し込む。月の静かな光が俺たちを照らし始める。

 

ジャンヌは、俺の言葉を待っていた。

 

「あ、その...携帯!電話番号...交換、しようぜ」

 

そう言って、ジャンヌに近づく。

 

「お前は、また明日なんて言うけどよ...俺は、まだお前と話したい」

 

自分の携帯の電話番号を表示させて、ジャンヌに見せる。

 

ジャンヌは、それを見て深い笑みを浮かべる。

 

「――ああ、私もそう思っていた」

 

ジャンヌが手を見せてくる。

 

ジャンヌの手には、携帯が握られていてその画面にはジャンヌの携帯の電話番号が表示されていた。

 

―なんだよ、考えてる事一緒じゃねーか。

 

2人して、声を抑えて笑い合う。

 

電話番号を交換し合って、今度こそ別れる。

 

「夜、電話かけるよ」

 

「ああ、待っている」

 

そう告げて、男子寮に帰ってくる。そのまま自室の扉の前に行き、左胸の内ポケットに入ったケースからカードキーを取り出し、認識させるがエラーを吐く。

 

「お?」

 

そこで気付いた。左胸じゃなくて、右胸の内ポケットに入っているカードキーが、俺の部屋の鍵だったという事に。

 

―頭呆けちまってるな...。

 

自分の行動に苦笑しながら鍵を開ける。

 

「ただいま」

 

帰宅を告げる挨拶をするが、部屋には誰も居ない。明りを点けて、鞄をソファに投げて風呂に入る。

 

 

 

 

風呂に浸かっている間に考える。きっと俺はどうしようもなく、あの人に惚れているのだろう。

 

一目惚れだ。出会いがどうであれ、過程や時間なんて関係ない。愛は出会った瞬間から生まれるもの...らしい。

 

―こんなにグズグズ悩むなんて俺らしくねーぜ...。

 

なんて言ってみたが、これまでの人生でモテた経験は一度もないし、告白されたこともない。キンジとアリア、キンジと星伽のイチャつきを見て涙を流すくらいには一人だった。

 

詰まる所、俺は恋愛の経験値が絶望的に低い。女性を喜ばせる言葉なんて一つも言えないしデートの誘い方も、プランの組み方も、楽しませ方も知らない。

 

どうすれば会話が盛り上がるなんて事も分からない。だけど、だけど。

 

この胸の鼓動は、高鳴りは。ジャンヌを見る度に、声を聞く度に高まるこの想いは、間違いなく本物だと証明している。

 

 

 

俺はどうしようもなく、ジャンヌ・ダルクという女性に惚れてしまったのだ。

 

 

 

風呂から上がり、電話で気持ちを伝えよう、そう思いすぐさま風呂から上がり濡れる髪なんて気にも留めずにパンツを履きシャツを着てすぐに携帯をひったくるように掴み、登録されたばかりのジャンヌの番号を選択して、通話開始を――押した。

 

Prrrr...Prr

 

『冴島...か?』

 

ジャンヌの声が聞こえる。どくん、どくんと心臓の鼓動が聞こえ始める。

 

「あ、ああ」

 

緊張で喉が渇いていく。

 

『本当に、掛けてくるんだな。要件は、何かあるのか?』

 

「ああ、放課後の音楽室の、あの返答...やり直させてほしい...んだ」

 

ジャンヌが息を呑む音が聞こえる。

 

『そ、そうか...』

 

「ああ、だから聞いてほしい」

 

『いや、少し待ってくれ』

 

「どうした」

 

電話の向こうで、ジャンヌが誰かを風呂場の方へ誘導する声が微かに聞こえる。

 

 

 

『待たせたか?』

 

「いや...大丈夫だ」

 

―落ち着け、落ち着け。

 

風呂上がりという事もあわせて、汗が出てくる。

 

 

『では...こほん。私は...お前に、あの時一目惚れをした...お前の生き方に、在り方を知って、恋をした...お前が、好きだ』

 

 

 

ジャンヌが、好きだと言ってくれる。胸の内側から溢れてくるこの熱い思いは嘘じゃないと教えてくれる。我ながらチョロいものだと思う。

 

 

 

「ああ...俺も、俺も...一目惚れだったと思う。ダイヤモンドダスト舞う地下倉庫で、お前を見て...惚れた...こういう時なんて言えばいいか分からない、けど」

 

 

続きを言おうとして、ジャンヌに遮られる。

 

 

『大衆文学から引っ張ってきたような月並みな言葉は、要らない。お前の言葉で、お前の想いを、私に伝えてほしい』

 

 

ジャンヌにそうフォローされる。

 

 

―情けねぇ、それでも男かよ...!

 

息を吸い込んで、ゆっくりと吐く。そして、俺は静かに言葉を紡ぎ出した。

 

 

 

「お前の声が好きだ、髪が、瞳が...好きだ。お前を見る度に、お前の声を聞く度に高鳴る俺の心は、お前に惚れていることが嘘じゃないと教えてくれる。愛に、時間は関係ない。出会った瞬間から、育まれるものだ...俺は、お前のことがどうしようもなく...好きだ」

 

 

 

―好きだよ、ジャンヌ。

 

 

 

 

そう、はっきりと告げる。

 

 

ジャンヌから返答はない。少し、気になって耳を澄ませると、携帯の向こうで啜り泣く声が聞こえた。

 

 

「ジャンヌ?泣いてるのか...?」

 

 

『ぐ、大丈夫...まさか、想いを伝えられただけで、涙が溢れてくるなどと思わなくてな、少し...戸惑っていただけだ。私も、自分で思っている以上に重い女だったようだ』

 

 

「ジャンヌ」

 

 

『クスン、どうした』

 

 

「大好きだ」

 

 

『私も、大好きだ』

 

 

そうして想いを伝え合う。

 

 

「そ、それで話は...終わりだ」

 

『そうか、夜も更けてきた...そろそろ寝るとしよう』

 

「ああ、そう、だな...おやすみ、ジャンヌ」

 

『...うん。おやすみ、隼人』

 

そうして、通話を終了する。

 

携帯の画面をしばらく見つめ、布団に飛び込む。

 

そして、すぐに布団を引っ被って、ゴロゴロと転がり始めた。

 

「ぬあああああああああああ!!!!!!ああ、ああああああああっ!!!!!ああああああああああっ!!!!」

 

―恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!!!キャラもなんかちげーしいいいいいい!!!

 

ゴロゴロと転がって、色々と言ってしまった過去の自分の発言に顔を真っ赤にする。

 

その日は寝れるわけもなく、朝を迎えるまでずっと悶絶していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の、午前授業が終わり昼に入るタイミングでキンジが俺の前にきて、ギョッとしている。

 

「ど、どうした隼人。すごい隈だぞ」

 

理子に何かされたのか?とキンジが小声で問いかけてくる。

 

「なぁ、キンジ...」

 

「ど、どうした」

 

「愛って...なんだろうな」

 

「本当にどうした!大丈夫か!?」

 

キンジに肩を掴まれガクガクと揺すられる。そこにアリアがやってきた。

 

「ハヤトってば朝からずっとその調子なのよ。何かあったのかしら」

 

―マジに、一睡もできなかった。

 

武藤と不知火たちに心配されながら昼食を食べる。

 

あれ、今日の昼...何にしたんだっけ...。

 

そのまま時間が流れ、午後の授業に入るが同学年のSSRは全員合宿で出払っているので途轍もなく暇である。

 

屋上で寝ようかとも考えたが、生憎の雨模様でそんな天気の中野外で寝るなんてことはしたくない。

 

無難に保健室に入り、体調が悪い旨を伝えてベッドを借りる。

 

布団を被ってしばらくすると、睡魔が一気に襲い掛かってくる。

 

それに抗うことなく、受け入れると眠りはすぐにやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、夕方だった。

 

ベッドから起き上がり、制服を羽織る。先生に礼を告げて保健室から出る。

 

特にすることもなく、フラフラと校内を歩く。

 

足が自然と向かったのは、音楽室。

 

『火刑台上のジャンヌ・ダルク』は聞こえてこないが、直感めいたものでジャンヌがここにいる気がした。

 

ガチャリ、とドアを開けるとそこには、こちらに背を向け、外の景色を見つめているジャンヌがいた。

 

ジャンヌは扉の空いた音に気付き、こちらにゆっくりと顔を向けて俺と目が合う。

 

少し、驚いたような顔をしてすぐに深い笑みを浮かべる。

 

「なんとなく、ここにいる気がして...な」

 

そう告げながらジャンヌに近づく。ジャンヌはそんな俺の発言に少し驚いて、俺も驚く発言をしてきた。

 

「隼人も...?奇遇だな、私も...ここにいれば、会える気がしたんだ」

 

思ったよりも、緊張せずに普通に話せることに驚いているが、きっと向こうも同じだろう。

 

ジャンヌも窓から離れ俺に近づいてくる。

 

2人の距離が、縮まる。

 

ほんの少し腕を前に伸ばせば、ジャンヌの肩に手が届く距離。

 

なんとなく、悪戯心が差し、少しの勇気を振り絞って手を伸ばし、ジャンヌの肩―その後ろ、背中に手を回してこちらに引き寄せた。

 

びっくりするほど軽くて、簡単にジャンヌは俺の胸に収まる。

 

「な、なんのつもりだ...!?」

 

ジャンヌは胸の中に収まったまま少し顔を上げ、俺を見ている。

 

「こうしてみてーと、思ったから」

 

―嫌だったか?

 

そう尋ねるとジャンヌは少し拗ねたような顔をして

 

「そういう聞き方は卑怯だ...私は何も言えなくなる。というか、昨日ドモっていた奴とは思えないほど積極的だな?まぁ、構わないが」

 

と言って挑発的な態度を見せて、顔を沈め胸に押し付けてくる。

 

俺は苦笑を漏らして、もう片方の手でジャンヌの頭に手を乗せて撫でる。

 

そんなことを暫く続けてから、ジャンヌにピアノを弾いてくれと頼んでみた。

 

ジャンヌは快く引き受け、演奏を始めた。

 

俺はジャンヌの後ろの、窓際の壁にもたれ掛かって聞き入る。

 

静かな時間が、ピアノの音色と共に過ぎていく。

 

この時間を邪魔をするモノは何もない。2人の時間は、2人の速度で過ぎていく。

 

今だけは、この空間が世界から区切られて俺たちだけの時間が流れているような気がした。

 

突如、ジャンヌが演奏を止める。

 

ん、と思って顔を上げると、ジャンヌは扉の方をじっと見つめている。

 

扉を開けて入ってきたのは、キンジだった。

 

「キンジ?」

 

「隼人!なんでここに?」

 

キンジは俺を見つけ少し安堵した表情になるが、ジャンヌを見てまた表情を険しくする。

 

恐らく、ジャンヌを警戒しているんだろう。

 

「大丈夫だぜ、キンジ。ジャンヌはもう争う気はねーよ」

 

「隼人の言う通りだが、そう簡単には信じられないだろう」

 

ジャンヌは話しながら椅子から立ち上がり、すぐ後ろにいる俺に体を預けてきた。

 

キンジがそれを見て酷く狼狽する。

 

「私は、司法取引を済ませて――隼人に会いに来た。それだけだ」

 

そう言って、ジャンヌは俺の腕をとって自分の腕を絡ませてくる。

 

「あ、キンジ。お前に言うのが最初だけどよ」

 

「な、なんだ!今混乱してるんだ、なるべくショックの軽い物で頼むぞ」

 

「俺たち、付き合うことになりました」

 

「へふん!」

 

俺がジャンヌと交際することになった旨を伝えるとキンジが変な声を上げて床に倒れ込んでしまった。

 

だがジャンヌにとってはどうでもいいことなのか、俺の発言を気にしていた。

 

「むぅ、昨日はあれほど恥ずかしかった隼人との逢瀬は恥ずかしく無くなったが、この関係を他人に伝えるのは中々に恥ずかしいな」

 

「逢瀬って...いや間違ってねーのか?」

 

とりあえずジャンヌに退いてもらい、床に倒れこんだキンジを介助する。

 

「おーい、大丈夫かぁキンジィー?」

 

ペチペチ、と顔を数度叩くとキンジが意識を取り戻す。

 

「ハッ!」

 

「起きたか」

 

キンジは起き上がって、一つ一つ起きたことを呑み込んでいるようだった。

 

「お前ら、何時から付き合いだしたんだ」

 

キンジが額に手を当てて溜息を吐いている。

 

「昨日の夜だ」

 

ジャンヌが俺の指を両手で弄りながら答える。ちょっとくすぐったい。

 

「そ、そうか...争う気は、本当にないんだな?」

 

「くどい。私は元より隼人に会いに来ただけだ。私の感情を確認するために、な。そしてそれは間違っていなかった。それだけだ」

 

ジャンヌは一切キンジの方を見ないで告げる。

 

そうしてしばらく疑心に捕らわれているキンジと一切興味を示さないジャンヌの問答が続いたところで、キンジが質問を変えた。

 

「イ・ウーについて教えてほしい」

 

ジャンヌの雰囲気が鋭くなり、すぐに霧散した。

 

「出来る事なら教えてやりたいが、それは無理だ」

 

「無理?」

 

「どういうことだ?」

 

「おそらくアリアから何も聞き出せなかったから私の所に来たのだろう。だがな、私も喋るに喋れんのだ」

 

「話すことを禁じられているのか?」

 

「違う、問題はイ・ウーが私闘を禁じていないことだ。私が話せば、内容次第で私が狙われる。だが、差し障りのない範囲で教えよう」

 

「お前なら、お前ほどの戦闘力があれば、狙われてもどうにかなるだろ?」

 

キンジが、皮肉交じりにジャンヌに問いかける。

 

ジャンヌは苦々しい顔をして、はっきりと言った。

 

「無理だ。私は、戦闘能力に関してはイ・ウーの中で最も弱いのでな」

 

ジャンヌはそう言いながら、俺の指を弄ぶのをやめて、今度は腕を引っ張って、肩にかけるように誘導し始める。あすなろ抱きのような体制をとると、満足そうに頷く。可愛い。

 

――ジャンヌで、最弱なのか...。

 

サラリと出てきたとんでもない事実に、途轍もない衝撃を受けた。

 

キンジも同じようで、驚愕の表情を浮かべている。

 

「なら、もっと強くならねーとな」

 

―立ち止まっている時間はないわけだ。

 

「それもいいが、まずは私の話を聞いてほしい」

 

「ああ、悪い」

 

「構わん。ではまず基本的な事を話すとしよう。イ・ウーとは学校のようなものだ、ただし、全員が教師で、全員が生徒だ。天賦の才を神より授かった者たちが集い、技術を伝え合い、何処まででも強くなる――いずれは、神の領域まで。それがイ・ウーだ」

 

ごくり、とキンジが唾を呑む。

 

「何が、目的なんだ」

 

「目的は個々が持つものだ。組織としての目的は、ない」

 

天才同士が、互いに互いを教え合い、互いの能力をコピーしあって、強くなる。

 

―つまり

 

「理子が変声術を教え、ジャンヌが理子に作戦立案術を教えたのか」

 

キンジが尋ねる。

 

「そうだ」

 

「随分と仲がいいんだな」

 

「たしかに、仲は良かった。理子は努力家だったし、私は好きだ」

 

「え?理子が努力家だって?」

 

キンジが聞き返す。

 

「イ・ウーで最も貪欲に力を求め、最も勤勉に学んでいたのが、理子だ。理子は一途なまでに自分を変えたがっていた。悲痛なまでにな」

 

ジャンヌの顔に少し影が差す。あすなろ抱きっぽいことをしている俺の腕にそっと手を添えてくる。

 

そんな時に、音楽室の扉がノックされ、中等部の連中が入ってくる。

 

「すいません、部活でここを使いたい...ので...」

 

女子生徒たちが俺とジャンヌの体勢を見て赤面させる。

 

「あー悪ィな。すぐに出てくわ」

 

キンジとジャンヌに声を掛けて、音楽室を出ていく。

 

外は雨が降っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やべーくらいに恥ずかしくて、でも本気で、この熱さは嘘じゃなかった。



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ブラドとかいうやべーやつ

UAが1万を超えていまして狂喜乱舞しております。

ジャンヌは可愛い。異論は認めたくありません。

私のような文才の欠片もない人間ではジャンヌの魅力を表現し切れず、煮え湯を飲まされた気分です。

ですが、精一杯伝える努力は致しますのでどうか、お付き合いくださいませ。


ジャンヌとキンジと共に校舎を出て、近くのファミレスに入る。

 

キンジはあまり目立ちたくないのか、ドリンクバーを3人分注文すると俺たちをドリンクバーのコーナーに連れ立った。

 

ジャンヌはドリンクバーを見たことがないのか、興味深そうにじろじろと見つめている。

 

「隼人、これはなんだ」

 

ジャンヌはコップを取って眉を寄せている。

 

「こいつはドリンクバーって言ってよ、まーメーカーにも寄るがここに付いてる絵柄のお茶とか、ジュースとかがボタンを押せば出てくる」

 

「ほう...私は、どれを押せばいい?」

 

「好きなのでいいぞ、飲み放題だ」

 

キンジがジャンヌの質問に面倒臭そうに答える。

 

「飲み放題?どういう意味だ」

 

「幾らでも飲んでいいってコトだぜ、ジャンヌ」

 

「ふむ?つまり...100リットル飲んでもいいという事か?」

 

「...いいんじゃないのか」

 

キンジが呆れたような目でジャンヌを見て心底怠そうに答える。

 

「飲めるわけないだろう。お前はバカか」

 

「そうだぜジャンヌ、キンジはバカなんだ」

 

「今の会話だとお前らもバカだよこのバカ野郎共」

 

ドリンクを注ぎ終えて、席に戻る。

 

「さっきの話の続きをしよう」

 

「100リットルも飲めるわけないだろう。お前はバカか」

 

「そうだぜジャンヌ、キンジはバカなんだ」

 

「それじゃねーよ!」

 

何なんだお前らは!とキンジは少し声を荒げる。

 

「...で、理子は何の為に強くなろうとしてたんだ」

 

キンジが真剣な表情で尋ねる。ジャンヌはそれを受けて、少し目を伏せる。

 

「――自由の為だ」

 

気の毒そうな声で、ジャンヌは話す。

 

「自由?何の?」

 

「理子は少女の頃...監禁されて育った」

 

――おいおい、そりゃマジかよ。やべー話じゃねーか。

 

「な――」

 

キンジも言葉を失っている。

 

「理子が未だに小柄なのは、ロクに物を食べさせてもらえなかったから。衣服に強い拘りがあるのは、ボロ布のような物しか着ていなかったからだ」

 

「冗談だろ?リュパン家は怪盗とはいえ、元は高名な一族だったはずだ」

 

「リュパン家は理子の両親の死後、没落している。使用人たちは散り散りになり、財宝は盗まれた。最近、理子は母親の形見の銃を取り返したようだがな」

 

一区切りつけて、ジャンヌはレモンティーを口にする。

 

「んで、没落した後の理子はよォー、どーなったんだ」

 

「親戚を名乗る者に養子に取ると騙されフランスからルーマニアへ渡った。そこで監禁された」

 

あのブリっ子の理子にそんな暗い過去があったなんて。

 

何時も明るくて、元気で、お調子者みたいな所があって、ネガティブな事なんて一切知らないような理子の過去は、予想以上に黒かった。

 

「誰に――監禁されたんだ」

 

「お前たちも知っているだろう。『無限罪』のブラドだ」

 

――イ・ウーのナンバー2。

 

「ブラド...」

 

キンジは、少し黙ってしまう。

 

「とはいえ、隼人も行くのだろう?」

 

「あー、まー、割と強制的に、な」

 

「ならばブラドの事を少しでも知っておいた方がいい」

 

キンジはそれを聞いて、ちょっと待ったと言ってくる。

 

「アリアに教えなくていいのか?」

 

「アリアに教えれば猪突猛進にブラドに突っ込んで、返り討ちにあって私にも被害がくる可能性がある。それは避けたい」

 

「一理ある」

 

「まずは1つ。奴の下僕に気を付けろ。世界中に奴の下僕がいて、それぞれが直感に似たもので行動をする」

 

「ブラドの指示じゃなく、直感だと?」

 

「そうだ」

 

―つまりなんとなくコイツは危険だって思われたら、襲われるのか。やってられねー

 

「随分と詳しいがイ・ウー時代に交流でもあったのか?」

 

キンジがまた少し皮肉を込めてジャンヌに話しかける。

 

「悪い冗談はよせ。我が一族とブラドは仇敵でな、3代前...双子のジャンヌ・ダルクが初代アルセーヌ・リュパンと組んで戦い、引き分けている」

 

「ブラドの先祖か?」

 

「ブラド本人だ」

 

それを聞いたキンジはまたファンタジーから飛び出してきたような奴かよ、と呟いて顔を顰めている。

 

「日本語で、なんといえばいいのか...オニ?でいいのか?」

 

「鬼...だぁ?」

 

「うむ、オニだ」

 

ジャンヌに鬼という事が間違いじゃないか、と聞いてみるが間違いじゃないらしい。

 

ルーマニア出身の鬼なんて、居たか?

 

――ルーマニアの鬼?

 

待て、待て、待て。ルーマニアには、一人、歴史上に名を残すくらいに有名な、鬼がいたじゃないか。

 

「――ツェペシュ」

 

「!」

 

「ブラドの、名前だ。ブラド・ツェペシュ。違ぇか?」

 

ジャンヌが驚く。キンジも驚いている。

 

「ルーマニア出身の鬼...は知らないが、鬼と恐れられた歴史上の人物は知っている」

 

「...そうか、ワラキアの串刺し公...!」

 

『―ドラキュラ!!』

 

「そうだ、ドラキュラだ。そこに辿りつくとは流石だな、隼人」

 

「ゲームで見たんだ、カズィクル・ベイ...なんて言われてたな」

 

「それはトルコ語で串刺し公を意味しているものだ」

 

「カズィクル・ベイのルーマニア語訳は?」

 

「勿論ツェペシュだ」

 

ジャンヌと少し無駄話をしていると、キンジが話を戻せと目で訴えてきた。

 

「ブラドは理子を拘束することに異常に執着していてな、檻から自力で逃亡した理子を追ってイ・ウーにきて、理子と直接対決をして理子は負けた。ブラドは檻に戻すつもりだったが、成長著しかった理子に免じて、ある約束をした」

 

「約束、だと?」

 

「ああ、理子が初代リュパンを超えるほど成長し、それを証明できればもう手出しはしない。と」

 

「初代リュパンを超える...というと」

 

キンジが、その発言を思い出す。俺も、脳裏に浮かぶ先々月――四月のハイジャック事件を思い出していた。

 

「あの時の理子は...たしか初代リュパンを超えるって言ってたな」

 

「成程、そーいうことかよ」

 

俺たちは予期せぬ所で理子の行動の原因を突き止めることに成功した。

 

だが、それは余り喜ばしいモノではなく、胸糞悪いものだった。

 

「ブラドに、弱点はあるのか?」

 

ジャンヌは少し考えて、チラリと俺を見て、眼鏡を制服から取り出した。

 

すちゃりと、縁なしの眼鏡をかける。可愛い。

 

「...お前、目が悪いのか」

 

「少し乱視気味なだけだ。普段は問題ない」

 

ジャンヌは鞄からノートとペンを取り出して、何かを描き始める。

 

描かれていくのは...なんだこれ。

 

ジャンヌは手を止めることなくきゅっきゅっと迷いなく描き続けていく。

 

1つ1つ線が増える度に名状しがたい姿になっていくのは決して気のせい等ではないだろう。

 

――ああ、ジャンヌって絵下手なんだ...

 

「イ・ウーで聞いた話と、双子のジャンヌ・ダルクの記録を少し話す。ブラドは銀の弾丸で撃たれても死なず、デュランダルを刺されても死なず。イ・ウーのリーダーと戦った時の話だが、奴は全身の何処かにある、4か所の弱点を同時に破壊しなければならない、らしい」

 

キンジをチラリと見る、同じように絶句している。

 

ジャンヌ画伯のペンを動かす手に迷いはない。それ以上何を書き加えようというのか。

 

「奴の弱点のうち、3つは把握している、この3カ所だ。昔、ヴァチカンから送り込まれた聖騎士の秘術によって、弱点に一生消えない『目』の文様をつけられている」

 

よし、出来たぞ と言ってジャンヌが俺たちにソレを見せる。

 

――よく、わかんねぇや。

 

それは、本当によく分からなかった。耳のあたりから腕が生えてるのか、それとも前傾姿勢だからその様に見えるのか。それすら分からない。

 

頭と思しき部位には髪ではなく、触手か翼の為りそこないのような物が生えていて、体は丸い。

 

「ごめん、ごめんなジャンヌ。オメーから身体的特徴を聞いて俺が描けばよかった...」

 

ジャンヌの手を握って、その絵を誰にも見られないように絵を内側にして折り畳んでキンジに渡す。キンジはいらねーよという顔をするが、アリアに見せる日が来るかもしれない、と話すと渋々といった様子で受け取った。

 

「な、なぜ泣きそうな声で私の手を握るのだ!会心の出来だぞ!隼人たちは見てないから知らないだけで、本当にそういう姿をしている!」

 

「分かってる、分かってるぜジャンヌ」

 

「分かってないではないか!」

 

うんうん、と頷いてジャンヌの手を両手で握るとジャンヌは少し顔を赤くして怒る。

 

「弱点が把握できりゃあいい、そうすりゃいざ戦いになっても情報のアドバンテージは俺らが上だ」

 

「だな」

 

「いや、弱点を教えておいてなんだが、ブラドが帰ってきたら逃げろ」

 

ジャンヌは俺に両手を握られたまま、真剣な表情で諭してくる。

 

あまりにも真剣な言葉だったので、キンジに目配せをして頷く。

 

あのよく分からん絵みたいな奴が出てきたら、逃げる。

 

その共通認識をもって、キンジと別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンヌを女子寮の目の前まで送って、別れようとしたときにジャンヌから声を掛けられる。

 

「隼人、さっきは遠山や、他人の目があったから渡せなかったが、ここなら大丈夫だろう」

 

ジャンヌはそう言いながら鞄から、少し大きめのケースを取り出してくる。

 

「なんだ、そりゃ」

 

興味深そうにジロリと見ると、ジャンヌは近づいて来て、俺の目の前でケースのロックを解除して開けた。

 

「これを、お前に渡そうと思ってな」

 

ケースの中には、一振りのナイフが入っていた。

 

そしてそのナイフは、柄こそタクティカルアドバンテージのある構造だったが、刀身は何処となく、ジャンヌが振るっていたデュランダルを彷彿とさせた。

 

「まさか...」

 

顔を上げて、ジャンヌを見ると顔がやや赤い。

 

「お前のナイフを、折ってしまったのでな。代わりと言っては何だがお前に回収されたデュランダルの先端をナイフとして再利用した」

 

あの、デュランダルの一部を...ナイフに。

 

「いい、のか?貰っても」

 

ジャンヌに恐る恐る尋ねると、ジャンヌは笑って言った。

 

「元よりお前以外の者に振るって貰うつもりはない」

 

ジャンヌは言葉を続ける。

 

「白雪に斬られこそしたが、本来デュランダルは途轍もなく硬い剣。どんなことがあっても、折れることも、砕ける事も、欠けることもないだろう。加工に手間が掛かったがな」

 

「―綺麗だな」

 

「だろう?如何なる物をも切り裂くデュランダルの、一部だ。それを持って、お前の前に立つ困難を切り裂いてみせろ」

 

「ありがとう、ジャンヌ」

 

ジャンヌにお礼を言うと、少し恥ずかしそうにしてから、笑ってくれた。

 

「それに、そのナイフは所謂姉妹剣のような物でな...私の持っている物も、デュランダルを再利用した物だ」

 

ジャンヌは愛らしそうにケースに入っているナイフを見つめる。

 

「無茶は、しないでほしい」

 

ゆっくりとジャンヌは顔を上げて、真剣な表情で俺に話す。

 

「ああ、俺に出来る、精一杯をするが無茶だけはしねー」

 

「...そうか」

 

「ああ、そーだ」

 

雨の勢いが強くなってくる。

 

「さぁ、受け取れ」

 

ジャンヌが今一度ケースを俺の眼前に押し出してくる。

 

ナイフを手に取る。少し冷えているのは、雨のせいだろうか。

 

しかし貰ってばかりというのもなんだか気がひける。

 

しかし、自分に渡せる物なんて、何かあっただろうか...。

 

――渡しても喜ぶか分からんが、渡しておくか。

 

「ジャンヌ、俺からのお返し」

 

右胸の内ポケットに手を突っ込んで、ケースを開く。その中に入っている、俺の部屋の予備のカードキーを渡した。

 

「こ、これは?」

 

ジャンヌが受け取って、じっくりと眺めている。

 

「俺の部屋の鍵。今はそれくらいしか渡せねーけど、いつか、もっといい物を渡してみせっから!」

 

そう言い切る。

 

「...ありがとう」

 

ジャンヌは嬉しそうに笑ってくれた。

 

そうして俺たちは別れ、それぞれの部屋に帰っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんで居るんだ」

 

「鍵を渡されたのだ。何時でも来ていいと言う事だろう?」

 

風呂から上がって、着替えて出てくると部屋着姿のジャンヌが居た。

 

部屋には俺しかいないと思っていたから、部屋に俺以外の人が居ることに驚いて叫んでしまったことは割愛する。

 

俺はソファに座ってテレビを眺めている。ジャンヌは俺の隣に座って、同じようにテレビを見て、俺を見てというのを繰り返している。

 

「確かに鍵は渡したけど、いきなり来んのかよ」

 

「ダメだったか?」

 

ジャンヌは、挑発的な笑みを浮かべている。

 

「...いいけどよぉー...何もないだろ、俺の部屋」

 

辺りをグルリと見渡すが、面白そうな物の一切は置いてない。

 

「隼人がいるだけで十分だろう、他に何を目的に此処に上がり込めばいいのか、私は知らん」

 

ジャンヌはさらっとそんな事を言ってのける。

 

―たまにすげー事言うよな、コイツ。

 

 

 

 

 

テレビから流れてくるバラエティー番組の音声と、窓に遮られ微かに聞こえる雨の音が聞こえる。

 

ゆっくりと、ジャンヌの手に、自分の手を重ねる。

 

ジャンヌは一瞬ビクリとしたが、すぐに手を重ねやすいように位置を変えてくれたので、握る。ジャンヌも握り返してくれる。

 

所謂、恋人繋ぎというヤツだ。

 

手を繋ぎ合ったまま、テレビを見る。何も話さずに、手の感触を確かめ続ける。

 

居心地のいい空間だと思っていると、ふとジャンヌの方からコロンか何かだと思うが若草の香りに似た匂いが漂ってきた。

 

「蒼い...香りだな」

 

ふと声を漏らすと、ジャンヌは俺の方に顔を向けて笑う。

 

「分かるか。私の気に入ってる香りでな、何時もつけているんだ」

 

ジャンヌがふふん、と少し胸を張って教えてくれる。

 

梅雨時のジメジメした雰囲気を打ち破ってくれる香り。もう少し近くで嗅いでみたいと思いジャンヌと距離を詰める。

 

「な、なぜ距離をつめる...」

 

ジャンヌが少し動揺して白い顔を朱に染めていく。

 

「オメーの匂いを、もっと近くで嗅いでみたい」

 

「ええい、犬か貴様は!」

 

そんなことを言いながらもジャンヌが抵抗する気配は微塵もなく、ズイズイと距離が縮まっていく。

 

夜は次第に更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラドとかいうやべーやつには遭いたくねーな...



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やべーくらいに幸せでやべー

ジャンヌの早期登場により、原作の時間がやや前後しております。

原作では、中間テスト&スポーツテスト→秋葉原で作戦会議→女子の再検査→ジャンヌと遭遇、ブラドの秘密を知る となっております。



本作品では、中間テスト&スポーツテスト、ジャンヌと遭遇→キンジ、ジャンヌと遭遇、ブラドの秘密を知る→秋葉原で作戦会議→女子の再検査 となります。



また小説情報ですが、感想がユーザー登録者しか付けられない状態になっていたので修正しました。


微睡みの中で、夢を見ている。

 

目の前に広がるのは、青々とした草原。少し小高い丘の上で、俺は立っていた。

 

暖かい風が優しく吹き抜けると、草の青い香りが鼻を抜けていく。

 

空を見上げると、雲一つない青空と燦燦と輝いている太陽。

 

あまりにも居心地がいいので腰を降ろして横になる。

 

風が肌を撫でて、吹き抜けていく。太陽がやさしく照らしてくれる。

 

目を閉じて、眠ろうとするがその時、誰かに呼ばれる声が聞こえた。

 

体を起こして辺りを見回すが誰もいない。

 

気のせいかと思って再び寝ようとするが今度は後ろから声がかかる。

 

後ろを向くと、白いワンピースを着た人がいた。顔を見ようと、ゆっくりと顔を上げた所で、目が覚めた。

 

「――ト。―ヤト...隼人、朝だぞ。起きろ」

 

俺を呼ぶ声に惹かれてうっすらと目を開けると、部屋着姿のジャンヌが俺の体を揺すっていた。

 

あれ、なんでここにジャンヌが...と思うが昨日のことを思い出す。

 

そう言えばあのまま色々やってたら、夜も更けてきたから部屋に泊めたんだった。

 

「ん...おはよう、ジャンヌ」

 

寝ぼけ目を擦り、体を起こして腕を真上に伸ばす。

 

「ああ、おはよう。顔を洗ってこい、食事を摂ろう」

 

と、言われて意識を集中させると、鼻がコーヒーの匂いを感じとる。

 

「作ってくれたのか...?悪ィな、冷蔵庫に何もなかっただろ」

 

「別に構わない。私の部屋から色々と持ってきて勝手に作らせてもらった」

 

ジャンヌはそう言ってキッチンへと戻っていく。

 

俺も毛布をどけて、洗面台へ向かい顔を洗う。

 

ぼさぼさになった髪をざっと櫛で梳いてワックスで少し固める。

 

ワックスの付いた手を洗ってタオルで拭き、洗面台から出る。

 

制服に着替え、ジャケットを羽織れば何時でも出ていける状態にする。

 

キッチンを見に行くと、髪を後ろで纏めてポニーテイルにしたジャンヌがコーヒーをカップに注いでいた。コーヒーを注ぎ終わると、ミルクを混ぜてカフェオレにする。

 

そこでカップを持ってテーブルに置こうと振り返ったところで、俺と目が合う。

 

「ん?随分と凛々しくなったじゃないか、さぁ席につけ」

 

ジャンヌはそう言いながら微笑んで、椅子を引いた。

 

俺は言われるがままに席につく。

 

ジャンヌはそれを見て満足そうに頷き、俺の対面に座る。

 

「クロワッサンは私の部屋で私が作ったもので、コーヒーとミルクも私が持ってきたものだ。お前の部屋の冷蔵庫はなぜ水しかないのだ、普段何を食べてるんだ」

 

微笑みながら話してきて、説教をされた。切れ長の瞳が俺をじっと見ている。

 

「普段はコンビニ弁当やカップ麺でな。昼くらいだよ、誰かが作ったのを食うなんて事」

 

俺はそう言って、テレビを点ける。ニュースでは今日は晴れるそうで、傘の心配はないという天気予報が流れていた。

 

ジャンヌを見ると何か考え込んでいるようで、手を顎にあてて少し唸っている。

 

しばらくその様子を見つめつつ、腹が減ったので「頂きます」と言ってクロワッサンを頬張った。

 

「よし、決めたぞ」

 

ジャンヌが顎に当てていた手を降ろしてカフェオレを口にする。

 

「決めたって、何をだよ」

 

「朝食と夕食をこれから毎日作ってやろう」

 

ジャンヌがそんな事を言いだして、少し驚く。

 

「そりゃ...マジかよ!うれしーけどよォ、オメーの負担にならねーのか?」

 

大変有り難い申し出なのだが、ジャンヌの負担も大きそうに思えてならない。

 

だから気軽に頼むワケにもいかない。

 

「構わん。いつも朝食と夕食は自分で作っているのでな、一人分量を増やすだけだ」

 

ジャンヌはそう言いながらナプキンを取り出し、クロワッサンの片方をナプキンで包み、包まっていない方を一口食べた。

 

「いや、でもよォ...やっぱ、気が引けるぜ」

 

「ならば交換条件だ」

 

ニヤリ、とジャンヌが何か企んでいる時に、それが首尾よく行った時のような笑みを浮かべる。

 

――何か企んでやがるな...

 

とは思ったものの、ここで聞き返す以外のカードは持ち合わせてないので素直に聞き返す。

 

「何を、交換するんだよ」

 

その俺の発言を聞いてジャンヌは嬉しそうにソワソワし始める。

 

「私を此処に住ませる、代わりに私が食事と掃除を受け持つ」

 

Win-Winの関係だろう?とジャンヌが目を少し伏せてニヤニヤしながら言う。

 

「成程ね、場所を提供する代わりに、食事と掃除を行う...か」

 

「どうだ、悪い条件でもないだろう」

 

「ああ、確かに良い条件だ。毎日お前と過ごせるし、美味い飯も食える。文句なしだぜ」

 

これほどの良条件、飲まずにはいられない。

 

ジャンヌが勝った!という顔をして、勝利宣言をしようとするが、それよりも速く、俺の言葉がジャンヌを穿った。

 

「だが、断る」

 

「――何...だと...」

 

ジャンヌのウキウキとした表情が一転、絶望的な表情になる。

 

その表情のまま「やはりお前は『誤算』の権化だ...私の想像する可能性とは違う答えをいつも突きつけてくる...少々急ぎ過ぎたか?」なんて言いだし始めたので、誤解を解くことにした。

 

「条件が足りねぇ」

 

その言葉に、絶望的な表情をしたジャンヌは今度は探るような顔に切り替わる。

 

――忙しい奴だ。

 

苦笑をしつつ、しっかりとジャンヌに言う。

 

「飯の材料費は、俺持ちだ」

 

予想していなかった答えだったのか、ジャンヌは少し固まる。

 

そのあと、肩を震わせて笑い始めた。

 

「く、くくく...そんな単純な事、そんなにも真剣に、言うことでもないじゃないか...くく、ふ、ははは!!」

 

「うるせー、これだけは言っておきたかったんだよ。そこまでヒモになる気はねーからな」

 

「く、くく...ふぅ。...で、ヒモ?ヒモとは何だ」

 

「一方的に養ってもらいながら生活する男のこと」

 

「―ああ、それは確かに世間体的にもよろしく無いな」

 

ジャンヌは俺の説明を受けて「確かにこの条件で行くと間違いなくヒモ男になるな...」と呟いている。

 

「だろ?それが、俺の出す条件だ。ここで初めて俺が3、オメーが7の割合になる。ここが最低ラインだ」

 

「真面目な奴だな、お前は...ふむ、しかし同棲する事には賛成なのか?」

 

「そりゃ断る理由がねーぜ」

 

「そ、そうか...よしっよしっ」

 

ジャンヌが小声で囁きながら、小さくガッツポーズをしている。可愛い。

 

「さぁ、俺はこの条件なら受けるぞ!」

 

堂々と胸を張って宣言し、手を机の上に持っていく。

 

「なぜそう偉そうなんだお前は...まぁいい」

 

ジャンヌがフッと笑って俺の手を掴む。

 

こうしてジャンヌに食費と場所を提供する代わりに、ジャンヌは飯と掃除を担当してくれることになった。

 

 

 

 

 

 

「なぜ、遅刻ギリギリになるまで気付かんのだお前は!」

 

「うるせー!ちょっとノンビリできるかなって思ってたら予想以上に遅かったんだ!」

 

俺はジャンヌを後ろに背負って少し能力を発動させて走っている。

 

そう、テレビを点けたものの時間を見てなかった俺たちは、散々時間を食いつぶして朝食を摂りながら喋って、今何時だと時計を見て大慌てで寮を飛び出した。

 

ジャンヌに至っては制服も着ておらず、髪も結ってなかった為ポニーテイルのまま制服を着て出てきて、走っていても間に合わないと判断したので能力を使ってタクシーをすることにした。

 

「これが、お前の感じている速さなのか!」

 

背中に乗っているジャンヌが少し声を張り上げて、尋ねてくる。

 

風に靡く銀色のポニーテールが視界に映り、太陽の光を浴びて輝いている。

 

「ああ、そうだ!これが、いつも俺が感じてる速さと風だよ!気持ちいいだろ!」

 

負けじと声を張り上げて答える。

 

「ああ!心地の良いものだな!」

 

ジャンヌは楽しそうに笑っている。俺ら遅刻しかけてるんだけどね?

 

 

 

 

 

 

 

 

午前の授業が終わって、昼休みに入る。

 

SSRの連中は昨日の夕方に合宿から帰ってきて、星伽も帰ってきたかと思ったがどうやらすぐに青森の星伽神社に出発したらしい。

 

流石に休みが長すぎて体が鈍ってきてる気がする。

 

「今日の夕方...アリア、暇なら訓練つけてくれよ」

 

体を後ろに向けて、キンジの隣にいるアリアに話しかける。

 

「アンタ...今日は秋葉原行く予定でしょ」

 

と、アリアに言われて思い出す。

 

「あー...アキバか...めんどくせー」

 

うあーと唸りながら思い出したくなかった事を思い出してやや憂鬱になる。

 

キンジの方をチラリと見ると、キンジの顔も悲痛に満ち溢れていた。

 

「やいキンジよう」

 

「なんだねハヤさんや」

 

「嫌だな秋葉原」

 

「ああ、今から想像するだけで嫌になる」

 

秋葉原...『武偵封じの街』。人が多すぎて銃は抜けない、路地が入り組みすぎてて犯人や容疑者の追跡が非常に困難。

 

そして――

 

 

 

 

「色違いのミクだ、ミクがいる」「ツインテールだ」「アホ毛だ」「可愛いなぁ」

 

秋葉原の街を進む度に、周りの連中がアリアを見て囁き合っている。

 

そう、ここは秋葉原。よく分からんが萌えとやらが溢れる場所らしい。

 

アリアはチビで、現実離れしたピンク髪で、ツインテールで、アホ毛で...理子がいう『属性』なるものを多く持っているせいか人の目がすごい。

 

とにかく人が多い。それにここはアリアを除いて俺たちの土地勘がない場所だ。

 

迷いに迷って、ようやく指定された場所へ着く。

 

キンジと俺が扉の両端に待機して、アリアが扉を蹴ってぶち開けた。

 

完全に強行突入のやり方じゃねーかと思ったがここを指定したのは理子だ。警戒しない選択肢はなかった。

 

ぶち開けられた扉にキンジと俺がアリアをフォローするように飛び出すと

 

『おかえりなさいませ!ご主人様!お嬢様!』

 

と、大量のメイドたちが待ち構えていた。

 

なんやかんやでボックス席に通され、アリアがメイドたちの格好に文句を言ったり、キンジが帰りたそうな顔をして天井を見上げ続けている。

 

俺は携帯のメールでジャンヌに、『今日の夕飯はどうする』と打ち込んで送信すると、1分も経たない内に返信が来た。

 

画面には『既に買い物は済ませた、楽しみにしているといい』と書いてあった。

 

それを見て『楽しみにしてる。なるべく早く帰る』と打って送信する。

 

携帯を閉じて、水を口にする。

 

そのタイミングで、理子がやってきた。

 

「ごっめぇーん!遅刻しちゃったー!急ぐぞブンブゥーン!」

 

なんて言いながら両手を広げて、飛行機のウィングを真似てるのかそのまま走ってきた。

 

その手には、パンパンに膨らんだ買い物袋ばかりでこれを買ってきたので遅れましたとでも言いたげだった。

 

キンジをチラリと見るとぶっ殺すと言わんばかりの目つきで理子を睨んでいた。

 

アリアに目を向けると風穴開けてやるという目で既にガバメントを抜いていた。

 

そして俺は、そんな2人を見たせいか萎えてしまって水を大人しく飲んでいるだけで済んだ。

 

「理子はいつものパフェといちごオレ!ダーリンには春摘みダージリン!そこのピンクにはももまんでも投げつけておいて!えーと...ワンコには...」

 

流れ的に俺がワンコだろう。だが、何かする気力もなく、速く話を終わらせて帰りたい気分で一杯な俺は特に歯向かいもしない。理子が何か注文する前に手早く打ち切る。

 

「俺ぁ帰ったら喰うモンあるから、水だけでいい」

 

「ん、そう。じゃあワンコくんにはキンッキンに冷えた水を持ってきたげて!」

 

そう言うとメイドは去っていく。

 

成程ね、ここは手前のホームグラウンド...話し合いで主導権を取りやすくするために呼んだのか...狡猾な奴だ。

 

すぐに飲み物やパフェやももまんが運ばれてきた。

 

「俺たちは茶を飲みにきたわけじゃない。まず確かめておくが、俺たちにした約束は守れるんだろうな」

 

キンジがジロリと理子を睨む。

 

アリアにはアリアのカーチャンの裁判で証言をすること。

 

キンジにはシージャックの事件で仕留めた武偵の話をすること。

 

だったか。

 

「もっちろんだよダーリン!」

 

「誰がダーリンか」

 

そんなどうでもいい話に脱線仕掛けたので、机を殴る。

 

ダンッ!と音が鳴り、理子とキンジが黙る。ガバメントを構えようとしていたアリアも動きを止める。

 

「俺ぁそんなどうでもいい話を聞きにきたわけじゃねぇ。元々ノリ気でもねーんだ、さっさと話せ」

 

――速く帰って、ジャンヌに逢いたい。

 

俺の心はそれ1つだった。

 

「黙れ、最弱。お前が命令するんじゃない」

 

理子が、あの時の理子になる。

 

ギロリと三白眼になり俺を鋭く睨みつける。

 

それを受けて、こっちは帰りてーのを我慢してんだ!さっさと帰らせろ!と思い、加速し始める。

 

スローモーションの様になった世界で、いつもと同じ速度で動いているのは俺だけ。

 

XVRを抜いて理子の真後ろに移動する。安全装置を外しハンマーを起こして、理子の後頭部に突きつけて加速を終える。

 

「...!?」

 

理子が少し驚いた後、頭部に突きつけられる銃の感触に気付き固まる。

 

「俺が一番弱ぇのは知ってる。さっさと話せ」

 

「...ちっ」

 

舌打ちこそすれど、理子の口元は半月のように裂け、笑っていた。

 

恐らく俺の能力が何処まで上がったか見るつもりだったんだろう。相変わらず食えない奴だ。

 

理子が鞄からノートPCを取り出したのを確認して、シリンダーを出してからトリガーを引く。ガチン、とハンマーが叩く音が聞こえるがシリンダーを出してあるので発砲は起きない。XVRをホルスターに仕舞って、自分の席まで戻る。

 

そのままゆっくりと席に腰を下ろす。

 

キンジとアリアは、ノートPCを見つつ瞬き信号で

 

『キョウ ノ ハヤト キゲン ワルイ ナニ シタ』

 

『ワカラナイ』

 

などとやり取りをしていた。機嫌が悪いわけじゃない、帰りたいだけなんだ。

 

理子の持ってきたノートPCを見る。

 

「横浜郊外にある屋敷、『紅鳴館』――ただの屋敷に見えて防御は硬くってねー」

 

キンジがノートPCを操作してタスクバーから計画表や起こりうる可能性、またそれが発生した場合のケースごとに対処法が書かれ、綿密なスケジュール表が記載されていたり、防犯装置についての資料が纏められていたりと内容はとても濃いものだった。

 

少し関心して、理子に続きを話すように催促する。

 

「理子のほしいものは、ここ。地下の金庫にあるの...理子1人じゃ破れない。でも、息のあった2人組と通信役が1人、いざという時の妨害役が1人いれば話は別。」

 

「ブラドはこの屋敷にいないんだろうな?居るようなら俺は行かんぞ」

 

「大丈夫だよハヤッチー。ブラドはここには何十年も帰ってきてない。ハウスキーパーと管理人だけ。管理人も不在で、正体が掴めてない」

 

「は、ハヤッチー...?」

 

「隼人のあだ名、ワンコよりはずっとマシでしょ?」

 

ニヤリと理子が嗤う。

 

「けっ...嫌なヤローだ」

 

ジャンヌは理子の事を結構好意的に捉えていたが俺には無理そうだ。

 

「で、俺たちは何を盗み出せばいい」

 

「――お母さまがくれた、十字架」

 

「アンタって奴は!どういう神経をしてるのかしら!」

 

アリアが一気に、ブチ切れる。ガタンと席から立ち上がり、ガバメントを抜く。

 

そりゃそーだ、ここまでやってきて盗み出すものは母親がくれたとかいう十字架。しかもアリアのカーチャンに罪を着せた奴の、だ。

 

だが、分かる。分かってしまう。ジャンヌに聞いた話では、理子の両親は既に亡くなっている。

 

だから、形見を求めるのだろう。

 

「おい、アリア。落ち着け」

 

ジャンヌの話を一緒に聞いていたキンジが止めにかかるが、そう簡単に止まってはくれないだろう。

 

「理子は、アリアが羨ましいよ」

 

「あたしのっ!なにが!」

 

アリアはガバメントを突きつけてブルブルと怒りで腕を震わせている。犬歯を剥き出しにして、唸り続けている。

 

「アリアのママは、生きてるから」

 

「......っ」

 

アリアから、怒気が霧散する。ガバメントを下して、理子を見つめている。

 

「理子のお父さまとお母さまは、理子が8つの時に亡くなったの。十字架は、5つの時にお母さまがお誕生日に下さったものなの」

 

アリアはそれを聞いて、ガバメントをホルスターにしまって着席する。

 

「で、結局どう攻略するんだ」

 

アリアが落ち着いたタイミングで話を戻す。俺の足は貧乏揺すりを始めている。

 

――帰りたい、帰りたい。ジャンヌに逢いたい。

 

「内部の様子が分からないしーそれに、しょっちゅうトラップや配置を変えてるみたいなんだよー!だから、潜入して捜査してもらいます!」

 

キンジとアリアが露骨に嫌そうな顔をする。俺は諦めて天井を見上げていた。

 

「つまり――キー君にアリア、ハヤッチーには紅鳴館で執事とメイドちゃんをやってもらいます!」

 

理子はそう、高らかに宣言するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

速足で、帰る。自分でもビックリするくらい速足で帰っている。

 

男子寮に着く。階段を昇って、昇って、廊下を歩く。自室の前に着いて、カードキーを取り出し認証させる。

 

一度、深呼吸をしてから扉をがちゃりと開けた。

 

「ただいま」

 

前までと違って、室内には電気が点いていて、料理をしているのか良い匂いがする。

 

キッチンの方からスリッパのぱたぱたと言う音が聞こえ、エプロン姿のジャンヌが顔を見せた。髪はポニーテイルのままだった。

 

そして、俺の姿を見つけると、顔に笑みを浮かべ、優しい表情で言った。

 

「――おかえりなさい」

 

その一言で、安堵する。

 

靴を脱いで、リビングに進みソファに腰かける。

 

「もうすぐ、出来るから――待ってて」

 

ジャンヌが男勝りな言葉を使わなかったことに少し驚くが、可愛いので良し。

 

俺はテレビを点けて夜のニュースを眺めることにした。

 

―とても、幸せだ。

 

その日の夜はいつものように静かなものではなく、キッチンは明るくて、良い匂いがして、俺以外の誰かが居る。

 

暖かい空間が、広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やべーくらいに幸せです



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やべー犬に襲われた

ジャンヌと共に夕食を楽しみ、それぞれの作業をしていると夜も更けてきたので眠りについた翌日。

 

俺はジャンヌと一緒に通学路を歩いていた。

 

隣にいるジャンヌは昨日と違い、しっかりと髪を結って両サイドの三つ編みをつむじの辺りで纏めている。

 

ふとクン、と鼻を鳴らすと、若草の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

ジャンヌはそれを見て、苦笑を漏らした。

 

「お前は犬か、まったく」

 

「いや、なんか落ち着くからよォー...それにほら!今梅雨時だし!こうジメジメしてっから若草の匂いが余計に際立つっていうカンジで!」

 

「ふふふ、何を言いたいのかサッパリ分からんぞ」

 

腕をバッと広げて宙に向け、ジャンヌに説明するがジャンヌは笑うばかりだ。

 

「えー、俺的にケッコー良い説明だと思ったんだけどなぁ」

 

「残念だったな」

 

「ちぇー、まぁ1つ言えることは...」

 

「ん?なんだ」

 

「俺はこの香り、好きだぜ」

 

「ふふん、いい趣味ではないか」

 

ジャンヌはお気に入りのコロンを褒められてご満悦だ。

 

そんなこんなでジャンヌと別れ、教室に入っていく。

 

「うぃーす」

 

武藤はまだ来てない、不知火もいない。アリアが居た。

 

「あらハヤト、今日は速いのね」

 

「昨日が異常だったんだよ...」

 

席について、席ごと後ろに向ける。

 

「んで、今日は訓練、やってくれるのか?」

 

アリアにそんなことを聞くと、少し考えてからアリアは俺に言ってきた。

 

「アンタ、ジャンヌと随分仲がいいみたいじゃない」

 

――あれ、俺アリアに話したっけ?

 

「キンジか?」

 

「違うわ。誰だって昨日の光景を見れば分かるわよ」

 

「あー...そんなに目立ってた?」

 

「ジャンヌがあんなにいい顔で笑うなんて思いもしなかったわ」

 

「ガッツリ見られてるぅううう!」

 

キンジの机に頭を打ちつけて顔を伏せる。

 

「うわーマジか。なんか昨日はヤケに女子から暖かい視線を送られてるなって思ったぜ」

 

それが原因だったかぁ...

 

「まぁそんなことはどうでもいいわ、重要なことじゃないもの」

 

アリアは恋愛に興味なんてないタイプだから、そんなことと割り切って話を戻してくる。

 

「白雪がいない今、アンタに超能力の扱い方を伝授するのはジャンヌよ。本人の了承も得ているわ」

 

「相変わらず手が速えーな」

 

「今日の放課後はジャンヌを連れてSSRのいつもの部屋に行きなさい。私は、放課後は少し忙しいから無理よ」

 

「ん、そっか。分かった」

 

それだけ聞くと椅子を自分の机の方に向け直す。

 

暫く待っていると、ホームルームが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

2限目が終わってすぐ、キンジが席を立って何処かに行ってしまった。

 

キンジの手には携帯が握られていて、それを見てすぐに移動したことから考えると恐らく理子の指示だろう。

 

そんなことを考えているとアリアも席を立った。

 

「ん?おいアリア、どこ行くんだよ?もうすぐ3限目だぜ」

 

「再検査よ」

 

「あー、今朝のホームルームで言ってたやつ」

 

「そういう事。じゃあ、行ってくるわ」

 

「おー」

 

まだ時間はあるし、トイレにでも行こうかな...。

 

席を立って、トイレに向かう。

 

用を足していると、2人組の男子生徒がトイレに入ってきた。

 

「いやーでも武藤の奴、覗きにいくなんて根性あるよな」

 

「流石にバレたらやべーんじゃね?」

 

「停学くらったりしてな!」

 

「やべーじゃん!」

 

武藤の奴、覗きをしに行ったのか...だからモテないんじゃねーのか?

 

しかし、そこでふと頭の中で嫌な予感がした。

 

――キンジ、アイツ今どこにいるんだろう。

 

もしかして、と思い急いで電話を掛けるが出ない。

 

――ああ、これは確実に...キンジは武藤と同じ場所にいる。

 

キンジの無事を祈りつつ、俺は教室に戻っていくが、その途中で白い何かが校庭を進んでいるのが窓から見えた。

 

だがよく分からなかったので、無視して教室に入ろうとしたところで先生に声を掛けられた。

 

「あー冴島くん。いいところに」

 

「ん、センセー?どうしたんです?」

 

「いや、この提出された課題の量が多くて、重くてね」

 

「成程、教務科でいいですか?」

 

「いやぁ、悪いね。うん、私の机の上に頼むよ」

 

そう言って先生は俺にプリントの山を渡してくる。

 

あまり近づきたくないが、頼まれたら仕方がない。

 

教務科に入って、用を告げる。

 

「失礼します、2年の冴島ですが課題プリントを回収してきたので提出しに来ました」

 

「ん?おお、冴島か」

 

「はい」

 

「いいぞ、入れ」

 

「失礼します」

 

先生の机の前までいって、邪魔にならないスペースに課題の山を置く。

 

そのまま帰っていき、特に目を付けられることもなく出る事ができた。

 

「失礼しましたー」

 

教室へ足を戻そうと1階の渡り廊下の付近でガラスが割れるような音を耳にする。

 

その直後、女子の悲鳴が聞こえたので音の方向に全力で駆けていくと、途中で白い物体が飛び出してきた。

 

「うぉおおっ!?」

 

思わず急停止して、白い物体の方に目をやる。

 

そこに居たのは、クソでかい犬だった。

 

グルルルル、と喉を鳴らして、威嚇してくる。

 

「オメーが、さっきの音の正体か!」

 

聞いても無駄だと思うが聞いてみると、犬は地を蹴って俺に突撃をかましてきた。

 

――いきなりかよ!受けるのはダメだ、避ける!

 

バックステップを1度踏んで、すぐさまサイドステップ、サイドステップからスウェーをしてジグザグに動いて避ける。

 

だが、犬はそんな俺の動きを予測して、スウェーをし終えた俺の目の前に来ていた。

 

犬は大きく口を開け、鋭く尖った犬歯が俺を狙っていた。

 

「まっじか、よっ!」

 

スウェーのモーションで上半身を引いた状態だったので、そのまま上半身を弓形に倒して、バック転を行う。そのまま両足を揃えて蹴りつける動き...仕切り直しを行う。

 

犬はその動きにも対応して、すぐさま停止、一気に飛び退いた。

 

仕切り直しの欠点...着地後の隙と、外した場合一瞬ではあるが背中を見せる事。

 

着地後の隙は、アリアの熱心な指導で改善できた。具体的には――

 

「っとぉ!」

 

バック転を終えて、地面に両足がついたタイミングで着地して、すぐさま横に転がる。

 

転がった時の勢いを利用してホルスターからXVRを取り出して、2発射撃する。

 

ガゥガゥン!!!

 

これなら流石に当たるだろうと思ったが、犬は銃弾―ではなく、銃口を見て着弾地点を予想し、避けていた。

 

「冗談じゃねぇ!あんなのやってられっか!」

 

犬はそのまま速度を上げて突っ込んでくる。

 

―いやいやいや!!!無理無理無理!!

 

銃弾避ける犬なんて居ていいワケねーだろ、この野郎!とか思いながら、更に2発撃つ。

 

だがそれも巧みなステップで避けられ、勢いを更に増した犬が襲い掛かる。

 

「テメーのステータス回避能力に極振りしてんのか!」

 

叫びながら側転を2回して途中で体を捻ってバック転、着地と同時にしゃがんで最後の1発を撃つ。犬はそれをバックステップで避ける。当たらねぇ!

 

これでシリンダーは空になった。急いでシリンダーを出して薬莢を排出して、スピードローダーで新しい弾丸を装填して、シリンダーを戻す。

 

ガチッ!キンッ...カラカラッカチャリ、ギュリリリガチンッ!

 

この間2秒。ドヤっていると犬がまた襲いかかってくる。

 

だが、途中で犬はピタリと動きを止め、校舎側の方を向く。

 

「...?」

 

少し警戒して、校舎側の方を向くが、何もない。

 

「ガォウ!」

 

「!」

 

―な、何ィー!?

 

この犬、あろうことか余所見をして俺の視線を誘導し、無防備になった所を襲い掛かってきやがった!

 

なんて頭のいいヤローなんだ...!恐ろしいやつ!

 

犬が前足を俺の肩に乗せてくる。

 

「ぐ...」

 

重い...!想像以上に重いぞコイツ!

 

「何、食ったら...こんなに重くなるんだよ!」

 

完全に犬にマウントをとられ、両肩は足で塞がれている。足をバタつかせて暴れるが、すぐに犬は後ろ足で俺の足を封じた。

 

犬の口がガパッと開き涎が垂れ落ちてくる。制服にべとべとと涎がつく。

 

「うわあああああああっきったねえええええ!!」

 

涎でギラついた犬歯が覗く。徐々に犬は顔を近づけて、俺の喉を狙っている。

 

――冗談じゃねぇ!ここでムシャムシャされて死ぬとか恥以外の何物でもねーぞ!

 

犬が、完全に食いつこうとするタイミングで、遠くから唸り声のようなものが聞こえた。

 

犬が食いつく動作を止めて、顔を上げる。そしてまた校舎の方を見て...

 

騙されないぞ、もう見ないからな。

 

だが、予想とは裏腹に犬が、飛び退いた。

 

「え?」

 

唸り声のようなモノはどんどん近くなってくる。

 

すぐに体を起こして、距離を取る。犬は接近してこない。

 

少し落ち着けたので、耳を澄ましてみる。

 

よくよく聞いてみれば、バイクのエンジン音のようなものが此方目掛けてやってくるのが分かる。

 

犬は更に距離を取った。

 

バイクのエンジン音が真後ろから鮮明に聞こえる。俺の後ろで、バイクが停車する。

 

「隼人、無事か!」

 

バイクに乗ってやってきたのはキンジ。と、それから。

 

「どうも、隼人さん」

 

下着姿のレキだった。

 

「どうも、じゃ、ねえええええっ!」

 

「何か?」

 

「ああ、クソッ俺のはあの犬っころの涎でべとべとだ、キンジ!テメーのジャケットくらい貸してやれ!」

 

「あ、ああ」

 

キンジがいそいそとジャケットを脱いでレキに渡す。

 

犬を見ると、警戒して一歩、また一歩と後ずさっていく。

 

「追うのか、キンジ」

 

「ああ、当然だ」

 

「ブラドの手下か?」

 

「かもしれん」

 

目線は犬に固定したまま、キンジと話をする。あの犬はブラドの手下かもしれない。そうとあっては放っておけない。

 

「犬と追いかけっこするのに、能力を使うハメになるたぁ...想いもしなかったぜ」

 

「悪いが隼人、ありゃ犬じゃない。狼だよ、コーカサスハクギンオオカミだ」

 

「え、犬じゃねーの?ソフト○ンクのCMに出てくる奴そっくりだぜ?」

 

「よく見ろ、目が違う。ありゃ何人も仕留めてる狩人の目だ」

 

「恐ろしいやつだ...CMではあんなに愛想を振りまいているのに」

 

「犬種がちげーよ、てか犬じゃねーって」

 

俺とキンジが顔を見合わせて喋りあう。

 

「犬か狼かなんてどうでもいいです、追いましょう」

 

レキが俺たちのトークを打ち切って、目の前を指さす。

 

犬は後ずさりを繰り返して、やや遠い場所にいた。

 

「野郎っ!逃げるつもりか!」

 

「隼人のバカ野郎!お前のせいで逃がすところだった!」

 

「なんだとコノヤロー!」

 

キンジが突然キレ始めたので俺もキレる。

 

「ええい!先に行くぞ!」

 

キンジが面倒臭そうに話をぶち切って、バイクを吹かして先に行ってしまう。

 

犬はそれを見て踵を返し、全速力で逃走を始めた。

 

一人ぽつん、と校庭に取り残され、わなわなと肩を震わせる。

 

俺より速そうに逃げていく犬...それを追いかけるキンジたち...。

 

――俺より速いなんて、許せねぇ!

 

「ふ、ふふふ...上等だ、犬っころ。テメーの足で俺から逃げきれると...」

 

クラウチングスタートの姿勢を取って、足に力を籠める。

 

「思うなよッ!!」

 

一気に溜めた力を爆発させて、走り出す。

 

世界はスローモーションの様に遅くなる。そのまま、俺の動きだけが加速していく。

 

「待ちやがれッ!絶対に捕まえてモフり倒してやる!」

 

犬VSキンジ&レキ+俺。

 

学園島を舞台に、鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

犬ってやべーよな



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やべー犬と鬼ごっこ

視界に映る物全てが減速していく。逆に、俺の体はグングン加速していく。

 

地を駆ける感触が足に伝わる。より速くなるために、足の裏に蓄積されたエネルギーを無駄なく一点に集中させて地を蹴る。

 

前傾姿勢になり風を切るような体制で走る。

 

横を見れば、キンジとレキが此方を見て驚いていた。

 

視認情報の加速を緩めて、キンジたちの方を見ずに話をはじめる。

 

「ようキンジ、数秒振りだな」

 

「相変わらず速いな!」

 

「ったりめーだろ!」

 

キンジと話をする中、目の前を走る犬が入り組んだ路地に入っていった。

 

「キンジ!俺が誘導する、先回りしてろ!」

 

「分かった!後でな!」

 

キンジはそのまま大通りを走り、俺は路地の中へと犬を追いかけて入っていく。

 

話し終えたので、また視認情報を加速させる。

 

犬は路地の、更に細いビルとビルの隙間へと駆け込んでいった。

 

それを見て更に加速。ビルとビルの隙間へ入ると、犬は室外機と壁を蹴って、連続三角飛びのような事をして障害物を無視して奥へと進んでいく。

 

「負けられねーぜ!」

 

俺も続き、壁を蹴って室外機へ乗り、室外機を蹴って跳躍、壁に足をつき、壁を蹴って更に跳躍。そのまま着地して前転、衝撃を体全体で受け流して、クラウチングスタートの体勢に入りすぐさま走り出す。

 

犬は隙間を抜けると、またしても路地の方へと逃げて行った。

 

「しつけーヤローだ!そんなに狭い場所が好きなのか!」

 

このままじゃ埒が明かない。犬を追っても路地を走り回されるだけだ。

 

そう思った俺は、今現在加速している状態から、更に()()()先へ加速した。

 

ようやく扱えるようになった速さの制御。イメージだけでは上手く行かず、困っていた俺を助けてくれたのはVMAXだった。

 

MT(ミッション)車のギアチェンジがヒントをくれた。

 

頭の中でギアを上げるイメージが鮮明に浮かぶ。足を下げてギアを1段階先へと進める。

 

その直後から、グングンと体が加速していく。視認情報の加速もそれに合わせて変化していく。

 

ジャンヌとの戦闘では常に100%で発動していたこの視認情報の加速も、俺の速さに合わせて自動的に切り替わっていく。

 

100%の力ではすぐにガタが来る。だからこそ、セーブする必要があった。

 

そうして俺自身の加速を俺自身が制御できるようになり始めて、初めて二流のラインに到達できた。一流には程遠いが、それでも大きな進歩だと俺は思う。

 

加速していく中で犬との距離が縮まっていく。

 

一歩、また一歩と犬に近づいていく。

 

そして――

 

「ちょっと遅いんじゃねーのかァ!」

 

犬のすぐ後ろに付き、手で犬のケツをバシリと叩く。

 

「ギャウン!」

 

犬は怒りを露わにして、少し加速して反転、突撃してきた。

 

「やっぱ速くても獣は獣ってことだな...」

 

犬が向かってくる事をお構いなしに停止して、足をブラブラと振る。手もブラブラさせて解す。

 

犬が口を開けて、飛び掛かってくる。が、それもスローモーションの様にしか見えない。

 

「さて、さっきのお返しだぜワンコ」

 

右足の靴のつま先で地面を二度蹴って、右手首をスナップさせる。

 

犬のギラついた歯が俺の首を狙っているのが見える。

 

左足を軸にしてその場で一回転、右足を大きく伸ばして、遠心力を与える。腕も大きく伸ばして、遠心力で大きく加速していく。

 

グルンと周って、再び俺の目の前に犬が映る。回転させていた左足にブレーキを掛ける。

 

遠心力の乗った右足を更に加速させて、犬の顎目掛けて振り抜いた。

 

ドゴグォ!!

 

振り抜いた右足は、綺麗に犬の顎を側面から捉えて歪な音を立てる。右足に伝わる犬の体重はかなりのものだが、それよりも俺の振り抜く足の方が、圧倒的に重いので犬は徐々に吹き飛ばされていく。

 

そのまま犬が完全に吹き飛ばされた状態になり、足を振り抜き終わる。

 

身体的加速をそのままに、視認情報の加速を一度緩めて犬の様子を確認する。

 

「グギャキン!」

 

ドガッシャアアアアア!!!

 

犬はかなりの速度で吹き飛んで廃材置き場に突っ込んでいった。

 

俺はそれを見て、犬が飛ばされたであろう場所まで来てみたが、犬は居ない。

 

「やっぱ蹴り飛ばすのはマズかったか?」

 

と、思っていたがふと下を見ると足跡があった。

 

その足跡は人のそれではなく、もっともっと小さい、獣の足跡だった。

 

それはまっすぐ大通りの方へ通じていた。

 

目線で足跡を追いかけて、大通りの方に出るとバイクのエンジン音がすぐ近くから聞こえた。

 

目を向けなくても分かる。キンジたちだ。

 

キンジたちはすぐに俺の目の前まで来て、通り過ぎて行った。

 

通り過ぎていく時にキンジがサムズアップをしていた。

 

「過程は思い描いてた物と違ぇーが、結果は同じかぁ」

 

身体的加速を切ってその場にしゃがむ。

 

 

 

 

 

 

30秒ほど休んでから立ち上がって、やや駆け足気味にキンジたちの足取りを追う。

 

建設中の新棟の方からバイクのエンジンが鳴ってるので恐らくそっちだろうと大雑把に当たりをつけて、向かっていた。

 

新棟へ向かって走っていると途中で発砲音が聞こえた。

 

その音を聞いて、すぐに加速を始める。

 

新棟まで来て、階段を3段飛ばしで駆けあがる。こんな時に壁が作られてないから不便で仕方がない。

 

階段と踊り場をグルングルンと視点が切り替わっていき、屋上へ到達する。

 

「キンジ!レキ!無事......か?」

 

流れる汗を気にも留めず、片手にXVRを持って駆けつけた俺の目の前には―――

 

「いい子ですね」

 

レキが犬をモフってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、最初から武偵犬として飼うつもりで追いかけてたってことか」

 

「はい」

 

「何だよソレー!俺完全に無駄足だったじゃん!」

 

俺とキンジは仕留めるつもりで、殺す勢いでマジにやってたのにレキだけ保護が目的だったとか...

 

犬はレキの足元に待機してたが、俺がガックリと頭を下げてしゃがみ込み、髪の毛をワシャワシャしているのを見て、俺の方にやってきた。

 

―何するつもりだ?また噛みつかれちゃかなわねーぞ。

 

少し警戒するが、犬はじっと俺を見つめている。犬と目が合う。

 

そのまま、少し時間が流れて。

 

「ガウッ」

 

「えっ」

 

犬が唐突に俺の両肩に前足を乗せて押し倒してきて、口をガパリと開ける。

 

涎がべとべとと制服に落ちてくる。

 

「うわああああああああきったねえええええ!!!!てかちょっ!まってっ!またこのパターン!?ムシャムシャは嫌ぁ!!レキ!お前のだろ!助けろよ!」

 

「やめなさい」

 

だが犬は動きを止めることなく、顔をグイッと近づける。

 

そしてそのまま――

 

ベロベロ、ベロベロ ペチャベロ

 

「うわっくっさ!やめ、やめっ!」

 

犬に顔を舐め回された。唾液がすごい。あと獣臭い。

 

口元までベロベロと舐め回されて非常に困惑する。とても臭い。

 

一通り舐め終わって満足したのか、犬が俺から退く。

 

起き上がって、涎やらなんやらでべとべとの顔をキンジのシャツで拭く。

 

「うぉおおい!?何してんだお前!」

 

「いや、ちょっとアレは無理」

 

キンジが暴れるが構うことなくシャツで顔を拭く。

 

一通り拭き終わったが早急に風呂に入りたいのでキンジたちに別れを告げて、一足先に寮に戻って風呂に入る。

 

完全に授業サボってるけど仕方ないか。

 

風呂から出て、制服が乾くまで待っていることにした。

 

丁度昼休みに入った辺りでジャンヌからメールが届いた。

 

内容はシンプルで、『どこにいる』とだけ書かれてた。

 

『制服がダメになったんで、洗濯してる。今は寮』と打って送信する。

 

携帯を閉じてポケットに仕舞おうとしたタイミングでまたメールが届く。

 

『すぐにいく』

 

ジャンヌは本当にすぐ来た。と言ってももう昼休みが終わる時間だけど。

 

「サボりとはいい度胸じゃないか、隼人」

 

「ジャンヌこそ抜けてきたクセに」

 

ジャンヌが俺の隣に座る。

 

「で、何があった」

 

ジャンヌが真剣な表情で聞いてくる。

 

「何って」

 

「惚けるな、襲撃があっただろう」

 

「ああ、あの犬っころの」

 

「...い、犬?」

 

ジャンヌは俺の話を聞いて、真剣な表情を崩して呆けていた。

 

「あー...えーと、正確には犬じゃなくて、えーと、コーカサスハクギンオオカミ?だ」

 

「絶滅危惧種の?」

 

「え、そうなん?俺知らんわ、その辺」

 

「ああそうだ。だがそれは置いておいて、どうなったんだ」

 

ジャンヌがズイッと顔を近づけてきて、俺の顔を見て、腕を見て、足を見る。

 

―何してんだろ。

 

「ふむ...ケガはしていないみたいだな、良かった」

 

ジャンヌはようやく厳しい表情を解いて、小さく笑った。

 

「あー、心配かけちまったか、その...悪ィな」

 

「気にするな、それより食事にしよう」

 

ジャンヌはそう言って2人分の弁当を取り出した。

 

「とうとう昼飯まで作り始めたか...」

 

「私の料理の腕を上げる為だ、手伝え」

 

「オメーの飯美味いからいいじゃんか...これ以上どこに向かうつもりだよ」

 

ジャンヌの飯は料理が出来ない俺からしたら、もう最高に美味い。

 

コンビニ弁当なんて食えたものじゃないくらいにジャンヌの飯は美味かった。

 

「胃袋を掴めと白雪に教えられたのでな」

 

「じゃあもうガッツリ掴まれてるよ」

 

そんな話をしながら弁当を摘む。美味い、美味い。

 

「放課後は、私が訓練をつけてやる」

 

「ああ、頼む」

 

「任せておけ」

 

弁当を食べ終えて、少し横になろうかとしたが隣にジャンヌが居るので頬杖をついて寝る事にしようとした。

 

「ん、寝るのか?」

 

ジャンヌが俺の変化に気付いて声を掛けてくる。

 

「んー、まぁ。少し眠いかなって」

 

「...よし、膝を貸してやろう」

 

なんて言いだすモンだから、顔を勢いよくジャンヌの方に向ける。

 

「ま、マジかよ?」

 

「別に減るものでもないだろう、ほら。来い、時間は有限だぞ」

 

ジャンヌが両足をピチリと揃え、スカートの皺を伸ばしてぽんぽん、と太ももを軽く叩いている。

 

「それに、こうしてやると喜ぶんだろう?」

 

「そりゃもう!」

 

「素直な奴だな」

 

ジャンヌは俺の即答にクスクスと笑う。

 

お言葉に甘えて、ジャンヌの膝を枕にする。

 

「お、おほぅ」

 

「気持ち悪い声を出すな、全く」

 

予想以上に感触が心地良くて、変な声が出る。

 

そしてその感触をしばらく楽しんで、目を閉じる。

 

ジャンヌが、俺の目の傷に手を添える感触がした。

 

そのまま、傷を撫で始める。

 

意識は、次第に薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、すぐに眠くなる気がする。



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やべー試作品を渡された

今回の話で現実離れした物が出てきますが、これくらいしないとキンジ君の背中が見えないのでご了承ください。


 

「隼人、起きて...もう、放課後だぞ」

 

ジャンヌに顔をペチペチと叩かれて、目が覚める。

 

「ん...おはよう、ジャンヌ」

 

「放課後だと言っているだろう、何時まで寝惚けているつもりだ?」

 

ジャンヌがクス、と微笑んでツッコミを入れてくる。

 

「悪ィな。足、痺れただろ?」

 

「いや、問題ない」

 

頭を上げて、体を起こす。ジャンヌには不便を掛けてしまっただろう。

 

ソファに体を預けて、隣にいるジャンヌを見る。ジャンヌは優し気に微笑むばかりで苦痛は感じていなかったと伝えてくる。

 

そんなジャンヌを見て、ふと思いついたことがある。

 

「なぁ、ジャンヌ」

 

「どうした?隼人」

 

「男勝りな時代がかった言葉遣いもいいけどよォー...たまには女らしい言葉遣いもしてほしい...」

 

ジャンヌの手を握りながら、お願いしてみる。

 

「な、ぁ...!そ、そんな真似できるか!」

 

ジャンヌは顔を赤らめて、俺から顔を反らす。

 

「頼むよ、な?」

 

「う...うぅ...隼人の、前...だけ...なら...やる、かも」

 

手を握ったまま、更に顔を近づけてお願いすると、ジャンヌは渋々と了承してくれた。

 

「よっしゃぁ!さっすがジャンヌ!」

 

「うぅ...理不尽だ、隼人が理不尽に私を辱めてくる...」

 

「フリフリのついた服とか着るならさ!それなりの言葉遣いをした方が箔が付くってもんだぜ!」

 

「それらしいことを言って捲し立てるのをやめろ...やめたら?」

 

ジャンヌは早速女言葉を実践してくれるが、まだぎこちない。

 

「く、くひひ...」

 

「わ、笑うな!私とて恥ずかしいのだ」

 

「ああ、でもいい感じじゃん」

 

「そ、そうか?」

 

「ああ。たまにでいーからさ、そういう喋り方してくれよな」

 

「き、気が向いたらな...」

 

そんなことを話しながら、乾ききった制服を羽織ってジャンヌと共に寮を出る。

 

「さて、行先はSSRか?」

 

「いや、その前に装備科に寄ってく」

 

平賀さんからメールが届いていて、内容は頼んでいた物の試作ができたということだったので取りに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁーやぁー、冴島くん!頼まれてた物の試作品、出来ているのだ!」

 

平賀さんの元に向かうと、すぐに出迎えてくれた。

 

ジャンヌと共に奥へ通される。

 

少し待ってほしいと言われ平賀さんが奥へ消えていき、数分後に戻ってきた。

 

「お待たせしましたのだ!今回冴島くんに依頼されたもの、それの試作ができましたのだ!」

 

平賀さんがでかいスーツケースのような物を机の上にドンッと置く。

 

「これは...何が入っている?」

 

「今開けるのだ!」

 

ガチャリとロックを解除をして、上側を持って開けていく。

 

中に入っていたものは、ガントレットのような物と、軍靴のような物。

 

「頼まれていた物の1つ目は、フックショットを装備したガントレットなのだ。これはフックがチタン合金で出来ていて、途轍もなく頑丈なのだ」

 

説明の途中で取り出して、持ち上げて見回す。

 

腕に取り付けるタイプのもので、フック部分が内側に取り付けられている。フック部分の隣には、小さなランプのようなものが2つと、その反対側にマガジンのような形状のものがある。

 

マガジンのような物を見ると、中にフックだけが大量に入っているのが見えた。

 

マガジン部分よりも、更に手首に近い方に目をやると、レーザーポインターが装備されている。

 

「このフックショットはモーターで加速させつつ、途中で火薬による発破を行って射出されるのだ。射出される時の初速は毎秒700m、XVRと同じ速度で進むのだ。そして、射出されたフックの先端が物体に当たって3cm以上の貫通をした際に計測装置が反応して、貫通するために閉じていた爪が開いて対象の内側で固定されるのだ」

 

平賀さんがPCを起動して、3Dモデルを使った説明をしてくれる。

 

「ワイヤーは肘側に用意されたリモコンで巻き上げ、引き伸ばしが自由に出来るのだ。巻き上げる時はモーターを使って高速で巻き上げることが出来るようにしてあるのだ」

 

PCの画面には3Dモデルでフックショットを使っているキャラクターが動いている。

 

「ワイヤーの素材はピアノ線で、直径1.1mmの物を使用しているのだ。ピアノ線の引張強度は250~350kg/mm^2なのだ。つまり、1mm^2(直径1.1mm)で250kg~350kgの耐荷重能力があるのだ」

 

「ふむ...」

 

「移動したあと、フック部分は抜けないから肘側にあるナイフマークのボタンを押して、ピアノ線をレーザーで焼き切って次のフックを装填するマガジンタイプにしたのだ。その手首側に付いてる2つのランプが射出準備OKランプなのだ。赤の内はダメ、緑に切り替わればOKなのだ」

 

「ほー、そりゃ便利だ」

 

「欠点は射出の際に腕に大きな負担がかかること、射出するときに手を外側に開いてないとフックで手が破壊されること、フックのお値段がとても高いこと、なのだ」

 

「...ちなみに幾ら?」

 

「フック1つで3000円、5つで13000円なのだ」

 

「たっけぇ!」

 

「いや十分安いのだ、振動探知から推進距離計測装置に、それを確認してから素早く爪が展開できる頑丈な機構。何よりもそれの小型化がとても大変だったのだ!」

 

そう技術屋に言われては黙るしかない。

 

「あと精密機械扱いだから、無茶な活用をすると壊れるのだ!決して雑に扱わないでほしいのだ!」

 

「分かった」

 

「次の物に説明を移すのだ。これはミリタリーブーツのつま先と踵に鉄を仕込んだ安全靴仕様で、靴底のゴムは3重構造になっているのだ」

 

靴を持ち上げて、側面から底を見る。確かにやや底が高い。

 

「一番足に近い部分には少しお値段の張る衝撃緩和剤をたっぷり仕込んで、2段目にギミックを仕込んで、3段階目に鉄とゴムを混ぜたグリップで仕上げてるのだ」

 

「そのギミックについて教えてほしい」

 

「空気圧縮装置をいくつも仕込んで空気圧で無理矢理スプリングを圧縮。圧縮されたスプリングを解除するときは強い衝撃を与えれば――靴底が伸びるのだ」

 

「む?意味が分からんぞ」

 

ジャンヌがそこでPCの画面を覗きこむ。

 

画面には丁度衝撃を与えた状態の3Dモデルが表示されていた。

 

――なるほどね。

 

簡単に言ってしまえば、ホッピングと呼ばれるオモチャ、あれをブーツ型に小型化、改良したものだ。

 

「これを使うことで最大4mまで跳躍が可能なのだ。飛ぶ高さを調節したいときは圧縮装置の圧縮比率をイジればいいのだ。圧縮装置をイジる時は、携帯からメールをすればブーツが受信、自動的に圧力を設定した数値に調整してくれるのだ」

 

「便利なモンだなぁ」

 

ブーツを持ち上げてグルグル回してみる。

 

「欠点は強い衝撃を与えないと反応しないこと、咄嗟の圧力変更が不可能なこと、室内での使用が難しいこと、飛んだ後の着地を上手くやらないと飛び続けることなのだ」

 

「癖が強ぇなぁ」

 

――でも、これで。

 

「これで、自由に動き回れるな。俺の速さに、三次元的移動が加わればもっと動き回れる」

 

「成程な...よく思いつくものだ」

 

「ゲームやってると、こーいうインスピレーションがよく降りてくるんだ」

 

「ほう、そういうものなのか...よし、私も今度やってみるか」

 

「そりゃいい!今度買いに行こうぜ」

 

「そうしよう」

 

「それはそれとして、お会計こちらになりますのだ」

 

俺とジャンヌの雑談を打ち切って、平賀さんが料金表をみせてくる。

 

「少し、見せてくれ...なぁっ!?おい隼人!額がおかしいぞ!」

 

ジャンヌが顔を青くして俺の肩を掴んで揺すってくる。

 

「えーどんなもんじゃい?」

 

―えーと百、千、万...ご、十万...

 

「ちょ、ちょっと高いねー」

 

声が震える。手が震える。

 

試作品でこの額ってことは、製品化したら一体どれほどの値段になるのだろうか。

 

震える手でカードを取り出して気付く。

 

―今月VMAX一括で払ったばっかじゃん。

 

あまりの高額の買い物が立て続けに起きて、ちょっとどころか結構胃がキリキリする。

 

平賀さんはそんな事知らんばかりにカードを掠め取って、読み込み始める。

 

もたつく手で暗証番号を入力する。

 

ピッと認識が終わると平賀さんは良い笑顔でカードを返してくる。

 

「毎度ありがとうございます、なのだ!これからも御贔屓にしてほしいのだ!」

 

ジャンヌは青い顔をして、少し口を震わせて此方を見つめている。

 

「まぁ...金は1年の間で死ぬほど貯めたし...大丈夫だろ...大丈夫だよね?」

 

「いや無理だ...これは無理だろう...」

 

2人で青い顔をしながら平賀さんの部屋を後にしてSSRに向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の財布と胃がやべー




今回登場したSFチックな有り得ない道具は、ゼ○ダの伝説の中に出てくる道具や、ソニ○クの高性能スプリングからインスピレーションを受けています。


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やべー進化・深化

 

「いいか、隼人。まずは落ち着いてゆっくりと深呼吸を繰り返せ...そうだ、それでいい。そうしたら次はイメージするんだ」

 

SSRの講義室で眼鏡をかけたジャンヌが俺の超能力の指導をしてくれている。

 

―イメージ...

 

「能力の発現はほぼ完全な形に収まっている。だが、そこからの派生が問題だ。お前の能力の()()()()()()()、加速の対象が多すぎるんだ。身体的加速は勿論、その身体的加速に脳を追いつかせる為の視認情報の加速、更に無意識下とは言え治癒速度の加速。あとお前も知らないだろうし予測だが、薬や毒といった物の効果が現れるまでの速度も速くなる可能性がある」

 

薬の効果や毒まで浸透が速くなるのか...それは盲点だった。

 

「さて、それでは話はここまでにしておこう。集中しろ隼人。お前には今から自分の速さの限界...と、言うよりは人間の限界に挑戦してもらう」

 

ジャンヌが不穏な事を言い出す。

 

「何?人間の限界だと?」

 

「ああそうだ、人間の...お前自身の限界に挑戦するんだ」

 

「俺自身だぁ?」

 

「カリキュラムというものは実現可能性を考慮した物ではなく、生徒たちの平均を取ったもので作られているし、それらを指導する教師たちも平均的な伸び率を基準に指導を行う。それが一番間違えなくて済むからな」

 

「ほー」

 

「だが今から行うのは有象無象の大群を抜粋して取った平均ではなく、お前の自身によるお前自身の為のお前自身の限界への挑戦だ」

 

「...」

 

そう言われて、集中する。俺の為だけの、俺の限界。それを見極めること。

 

「今日の目標は限界を肌で、感触で、感覚で掴めればいいと思っている。私もそれ以上は望んでいない」

 

「分かった、ならすぐにやろう。時間が惜しい」

 

「まずは自分の限界だと思っている所までやってみろ、経験則に基く限界だ」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...そして、その経験則に基く限界から、更にもう一歩先...自分のイメージで、自分の限界を超えた自分を想像しろ」

 

「限界を、超えたっ、て!どう、やってぇ!」

 

「お前の経験則がお前の常識になっている。まだ伸びる可能性に蓋をしている」

 

――何、言ってるか!わかんない!

 

「つまりぃ!どう、いうっことぉ!」

 

「最強の自分をイメージしていればいい」

 

「よく、わかんねぇ!」

 

全力で室内を走り回りながらジャンヌの話を聞いてるが結構キツい。

 

「思い込みを捨てろ、まだまだやれると貪欲になれ、強さを渇望しろ、もっと速くなりたいと切実に願って、何も見えない暗闇を我武者羅になって走り続けろ」

 

ジャンヌは簡単に言うが、それが簡単に出来れば苦労はしないだろう。

 

――イメージ、イメージ、イメージ!

 

ダメだ、全然分からねぇ!

 

「欲望を解放しろ、自分の願いを叫んでみろ。筋肉の切れる痛みや、骨が傷つく痛みを押し殺そうとせずに無様に声を上げてみろ。自分の不甲斐無さに、やりきれない思いを胸に仕舞わずに叫んでみろ」

 

「ぐ、く...う、お、あ、あああああ、ああああああああああああああっ!!!!」

 

言われるがままに叫んで、叫んで、走り続けている。

 

――こんなので、本当にはやく...

 

ふと、足が止まった。俺は今、ジャンヌを、ジャンヌの言葉を疑ってしまった。

 

苦々しい表情になるのが分かる。惨めだ。情けない。俺は自分が恋した人の言葉すら信じられないんだと自己嫌悪が駆け抜ける。

 

ジャンヌが怪訝な目で俺を見てくる。

 

――疑うなよ、ジャンヌは今...俺の教師だ。疑うな...信じろ、信じるんだ。

 

目を閉じて、顔を上げる。必要なのはイメージなんだ。

 

ギアチェンジのようなイメージか?いや、それだけじゃ限界を突破できない。

 

何かが足りない。イメージの決め手が足りない。

 

乱れた息を整えようともせずに、イメージを浮かべようとする。だが、纏まらない。

 

――どう、すれば。

 

いや、でもジャンヌも言っていた。1日で得ようとしなくていいと。そう、だから、仕方ないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうする?今日はこれまでにしておくか?」

 

ジャンヌが手に炭酸飲料水を持ってやってくる...シャカシャカと振りながら。

 

「ねぇ待ってジャンヌ」

 

「なんだ」

 

「なんでソレ振ってるの」

 

「炭酸を抜いて効率的にエネルギー補給させるためだ。ああ、冷やしてもいないからな」

 

「えぇ...温くて炭酸も抜けてるヤツなんて飲みたくねぇよ...」

 

「そう言うな、案外クセになるかもしれんぞ」

 

「ないない」

 

ジャンヌが炭酸を振り終えて渡してくる。

 

ジャンヌに掛からないように後ろを向いて、キャップを開ける。

 

ブシャアアッ!!と、勢いよく炭酸が噴き出す。

 

「うへぇ」

 

服の一部にもついて、やや変色している。とりあえず上を脱いで、床に置く。

 

――これだけ溢れるなんて、どんだけ振ったんだよ...

 

溢れる......容器に、収まりきらなかった...?

 

突如、天啓がきた。頭の中に、さっきの炭酸の溢れ出るビジョンが鮮明に映る。

 

ペットボトルという限界に、強い衝撃を与えて自分の本来の力...炭酸を爆発的に増幅させる。

 

そうすると、自分の常識が揺れる。自分の常識という蓋...!キャップ!

 

それが外れれば!限界の突破が、出来る!

 

「――ふぅ...」

 

「どうした、炭酸に濡れて、服を脱ぎ捨てて...なぜ、そんなに真剣な顔をしている」

 

ジャンヌが回り込んできて、少し顔を朱に染めて話しかけてくる。

 

「いや、イメージが出来た」

 

「何?どうやって」

 

「コイツが答えだった」

 

そう言って炭酸を持ち上げて、ジャンヌに見せる。ジャンヌはよく分かってないみたいだったが気にしているヒマはない。今はそれよりも、このイメージを1秒でも早く確かめたかった。

 

何時もと同じように、能力を使う。視認情報の加速も、身体的加速も、一気に100%まで引き上げる。

 

そこから、先。

 

――未知の領域への到達...

 

自分の体の内側が、熱くなってくる。まだだ、まだ、耐えるんだ。

 

目が悲鳴を上げる。痛みを訴え続けてくる。

 

―力の、爆発

 

内側に溢れる力の渦のような物を、思いっきり乱回転させるイメージを作る。

 

痛みが酷くなってくる。だが、痛いからって止めていいワケにはならない。

 

――筋トレだってそうだったろ、痛いから止めてたら、筋肉なんて...

 

「つかねぇええん...だよぉおおおおおっ!!!!!」

 

体の内側に渦巻いていた力が、全身に広がっていく。

 

焼けると錯覚するほどの熱が全てを支配していく。

 

そして、その熱全てが体を覆い尽くした時。

 

 

「...?」

 

特に、変化を感じない。

 

――不発、か?

 

いや、そんなハズはない。確かに一線を越えた感覚があった。

 

XVRを抜いて、一発撃とうとして、壁に掛かっている的に狙いをつける。

 

照準がピタリと合ったので、トリガーを引く。

 

「...あれ?」

 

だが、トリガーを引いてもハンマーが下りない。

 

故障かと思いつつも、何やら嫌な予感がしたので決してそのまま腕を動かさない。

 

俺の能力を一番信じているのは俺だ。だから、何となく分かる。

 

そう、本当に何となく。でも、確信に似たナニカがあった。

 

目を凝らしてハンマーを見ていると、ゆっくりと、ゆっくりとハンマーが下りているのが見える。

 

――ああ、俺は...

 

ハンマーが完全に叩きつけられ、刹那――火薬が点火して衝撃がゆっくりと伝わってくる。

 

銃弾がバレルを通っていくのが伝わる。そのまま、弾丸がスローモーションのようにバレルから完全に吐き出され的目掛けて飛んでいく。

 

その動きはとても緩慢で、XVRを仕舞ってから歩いて弾丸を追いかけることが出来る。

 

――これが、限界の先。

 

これこそが、俺の能力の限界の先。銃弾に歩いて追いつくことが出来る。

 

「これが、俺の新しい到達点...!」

 

銃弾が、的に着弾する。それを確認して――世界は急激に加速を始めた。

 

――いや、この場合は俺が元の速度に戻ったとでも言えばいいのか...わかんねーな!

 

「!?隼人、どこに!」

 

ジャンヌが銃声を聞いて少し驚き、すぐに俺を探し始める。

 

「ここだ、ジャンヌ」

 

「なぜそんなところに...というか、何時の間に」

 

ジャンヌが駆け寄ってくる。目がズキズキと痛むし、体中もガタガタだ。

 

――だけど、光明が見えた。

 

今ので確信した。俺の限界はまだ見えないことを。

 

そうして気を緩めた所で、強い吐き気に襲われる。

 

「...ぐっ...う、おぇ...!」

 

体全部をガッシリと掴まれ、強く何度も上下に振られるような感覚。

 

――ああ、イメージって、そういう事も体が覚えるのか...!

 

俺の体はペットボトルで、俺の力が炭酸だとすれば、体を強く振るのは当然。

 

その途轍もない揺らぎに平衡感覚が狂い、倒れ込む。

 

――気持ち悪い、何もかもが揺れてみえる...

 

顔を青くして近寄ってくるジャンヌを見て、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンヌは俺の、この限界を超えた状態を簡単に出せるようにするためと言って名前を付けてくれた。その名も、限界突破(リミテッド・ワンオーオー・オーバー)

 

L・0・0と略されたソレは、呼び辛いので『エルゼロ』と呼称することにした。




ワンオーオーとは100のことを示しております。


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やべー潜入作戦

 

あの『エルゼロ』の一件から更に数日が経過して、今日は6月13日。

 

忌々しいが潜入作戦開始当日である。

 

俺の目の前にはキンジ、アリアと...誰だ?見たことの無い奴がいる。

 

キンジたちに近づいて声を掛ける。

 

「よォー、俺が最後か?」

 

「ハヤッチーおっそーい!」

 

見たことのない女が、理子のような喋り方で注意してくる。

 

「オメー、理子か」

 

「理子は顔バレしちゃってるのでー、顔を変えさせて頂きましたー!」

 

「ほぉーん...」

 

ふと、理子が携帯を取り出して何か入力して耳に携帯を当てる。

 

すぐに俺の携帯が鳴り始めて、取り出す。

 

「...もしもし」

 

「依頼者です、目の前にいる女の子の依頼を手伝ってください」

 

目の前の理子がいい笑顔で電話してくる。

 

頬をピクピクさせながら携帯を閉じる。こんな茶番の為だけに俺の行動を制限されたと思うと若干の怒りが募る。

 

キンジ、アリアを見るとまた何処かギスギスしている。

 

見るからにこの理子の顔のことで揉めたのだろう。

 

キンジの方に近づいて小声で話しかける。

 

「おいキンジやい、オメー何したんだ」

 

「...お前には、関係...いや、お前には言っておこう。理子のあの顔は...俺の肉親でな...少し、困惑してた」

 

キンジが一瞬顔を怒りに歪ませるが、すぐに息をひとつ吐いて、静かに話し始める。

 

「そーか...それを、アリアには言ったのかよ?」

 

「......いや。言って、ない」

 

「そっか。言い辛いことなのか?」

 

「...ああ」

 

「ん、分かった。秘密も大事だけどよォー、お前の相棒なんだろ?」

 

「...」

 

「話せる時に、話しとけよ」

 

「...ああ、わかった」

 

次にキンジと離れて、アリアに話をしに行く。

 

「よっアリア」

 

「ハヤト?どうしたのよ」

 

「ちょっとな、キンジと喧嘩でもしたのか?」

 

「...キンジが、理子の変装で顔色を変えてたわ」

 

「ああ、あの女の」

 

「そう、それよ。...ハヤトは分かる?あの、女のこと」

 

アリアが不安気に聞いてくる。きっとキンジが取られないか心配してるんだろう。

 

アリアは妙に子供っぽい。だからきっと、子供みたいな感情を抱いて不安になっているんだろう。

 

「さぁ...だが、キンジはアリアに話したいけど、話せないカンジだったぜ」

 

「どういう...こと?」

 

「よく知らんが、きっとキンジの中でも折り合いがついてねーんだろーな」

 

「何ソレ、元恋人とか...そ、そういう感じの話?」

 

「そういうのじゃないって言ってたな。きっとアリアや、俺にも話してくれる日が来るさ」

 

「...ほんと?」

 

「ああ、マジだって。キンジは大事なパートナーなんだろ、信じてやればいいのさ」

 

「――わかった。信じる」

 

「へっへっ、それでいーんだよ。さっ、いこーぜ」

 

そう言いながらキンジの方を指さして、アリアの背中を軽く押す。

 

アリアは少し戸惑いながらも駆け寄っていって、キンジの隣に並ぶ。

 

それを見届けて、理子に話し掛ける。

 

「おい、どういうつもりだ理子?」

 

「んー?なんのことかにゃー」

 

「惚けるんじゃねぇ、俺らのチームワークを乱そうだなんて、これから先仲良くやりましょうってカンジじゃねーよなぁ?」

 

「だからさぁー、顔がコレしか無かったの!キーくんも喜ぶかなって思って持ってきたのー」

 

理子がキャピキャピしながら答えてくる。

 

「...ああ、そうかよ」

 

「そうだ」

 

理子を睨みつけると、理子も変装した顔のまま乱暴な言葉遣いに切り替わる。

 

暫く睨みあい、互いに前を向いて歩き始める。

 

――やっぱり理子とは、仲良くなれそうにねーぜ。

 

 

 

横浜へ向かう京浜東北線の車内ではキンジ、アリア、俺、理子の順に並び理子がキンジに接触しないように俺が壁役をしてアリアとキンジは口数が少ないながらも喋りあっていた。

 

そこに理子がたまに話題を振って、ぶっきらぼうにキンジが答えるとアリアは負けじと別の話を持ち込んでキンジが苦笑しながら答えたりすると、笑顔を見せていた。

 

これで、少しは関係の改善をしてくれると嬉しい。

 

タクシーに乗って、郊外にある紅鳴館へ降り立つ。

 

――こりゃあ、マジに悪魔の館だな...

 

昼なのに薄暗くて、鬱蒼とした森の奥にあったのは、まるでホラーゲームの舞台に出てきそうな気味の悪い館だった。

 

「趣味が悪ィぜ」

 

周囲を囲む鉄柵は、防犯の為なのか、はたまた館の持ち主の由来を強く示しているのか――ドス黒く分厚い雲に目掛けて真っ直ぐ伸びる鉄串を突き上げている。

 

鉄柵の奥には、茨がビッシリと茂っていて出ていく者を逃がさないと言った様子だ。

 

それを見てアリアは一歩後ずさる。

 

理子が正門の前でハウスキーパーを3名連れてきた話をして中へ上がる。

 

そこで話をしたのは、非常勤イケメン講師の小夜鳴先生だった。

 

小夜鳴先生は腕にギプスを付けたまま苦笑いをしている。

 

俺たちもそこそこに苦い顔をしていて、作戦の前提がダメだったんじゃないかと思ったが小夜鳴先生は武偵高の生徒がハウスキーパーなら安心だと言って快く雇ってくれた。

 

この館のルールなのか燕尾服にメイド服の着用が絶対という事でそれを着用することと、前のハウスキーパーたちが作った手順表があるのでそれを見て適当にやること、小夜鳴先生は多忙なので食事の時だけ声を掛けること、暇なときは遊技場で遊んでいてもいい、という事を言って小夜鳴先生は地下室へ行ってしまった。

 

「...そんじゃま、働くか」

 

「ええ、そうね」

 

「おー、やるかぁ」

 

アリアと別れてキンジと共に男子更衣室に入る。

 

燕尾服を手に取ってささっと着替える。

 

チラリとキンジを見ると、やる気のない執事が出来上がっていた。

 

――俺もとっとと仕上げねーとな。

 

ワックスを髪につけて、髪をざっと纏める。

 

手をおしぼりで入念に拭いて、襟を正す。これで執事が2名出来上がった。

 

「よし、いくか」

 

「あーキンジィ」

 

「どうした?」

 

「お前...燕尾服似合ってんなぁ!」

 

「はっ倒すぞ」

 

キンジは意外と執事が天職だったりするのかもしれない。

 

キンジはアリアの到着が遅いから、見に行くと言って女子更衣室の方へ走っていった。

 

仲睦まじいのはいいことだ。

 

と思ったら帰ってきたキンジが首を痛そうに押さえて帰ってきた。

 

アリアの顔はやや赤い。

 

オメーら今度は何したんだよ...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日が経過した。

 

キンジは意外と執事がマジで天職なんじゃないかと思うくらいに上手くやっていた。

 

俺は門番をしたり、館の外を掃除したりして日々を過ごしていた。

 

キンジは探偵科で学んだ技術と理子が手に入れてきた情報を組み合わせて小夜鳴先生の行動パターン等を研究していた。

 

俺はと言うと、なぜか知らないがよく小夜鳴先生の少しの休憩時間の間の話相手に選ばれ食堂やガーデンで紅茶でも飲みながら話をしていた。

 

「冴島くんは、いい生徒で私は安心ですよ」

 

「いい...生徒...スかぁ?」

 

小夜鳴先生がニッコリと女受けしそうな笑顔で話し掛けてくる。面と向かってそんな事を言われると少しむず痒い。

 

「えぇ、少し言葉遣いは荒く授業への出席も疎らではありますがテストの点数は良いですし課題もやっています」

 

課題をやるのは当たり前の話じゃないのか。

 

「出来ないなら出来るようになるまでやるだけですよ、俺ぁそうやってきました。体を動かすのは楽だし、すぐに見様見真似で色んなことが出来るんですけどね」

 

「その出来るようになるまで何度もやるというのが凄いことなんです。ほとんどの人は出来ないことを無理だと言って諦めてしまいます。だから、出来るという可能性を諦めないでやれるようになるまで繰り返すというのは誇って良い事なんですよ」

 

なんだかすごいむず痒いぞ。こんなに褒められることがあっただろうか。

 

――なんか、落ち着かねぇなぁ...

 

少しソワソワして、頬をポリポリと掻く。

 

「そ、そーっスかぁ?」

 

「ええ」

 

――なんか、照れるなぁ

 

「それに冴島くんは、自分の短所を理解し克服しようとしてるだけで無く、長所をより深く理解して伸ばそうともしている。誰かに頼むことを恥と捉えず、自身を理解してより広い視野の人物や、自分よりも知識のある人の協力を仰ぐという行為も素晴らしい事なんですよ」

 

そんな感じで小夜鳴先生は俺をベタ褒めして去っていくことが多い。

 

ただ、あの目が少し怖い。獲物を狙う動物のような目で、ずっと吟味しているかのように目を鋭くして見てくるのだ。

 

そんなこともキンジたちに話して、行動を浮き彫りにしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

潜入作戦10日目。

 

大人数で食事が出来そうな場所で小夜鳴先生がキンジが焼いた串焼きを食べながらレコードでノクターンを聞いている。

 

小夜鳴先生が月光に照らされたバラ園を見てどこの国の言葉か分からないものを呟いた。

 

「フィー・ブッコロス...」

 

え、ぶっ殺す?やけに物騒だな、と思ったがアリアはそれを聞いてよく分からん言葉を話している。小夜鳴先生はそれを聞いて驚き、アリアと話をし始める。

 

「これは驚きましたね...語学が得意なんですか、神崎さんは」

 

「昔ヨーロッパで武偵をやっていましたから...それより小夜鳴先生こそどうしてルーマニア語をご存知なんです?」

 

「この館の主人が、ルーマニアのご出身なんですよ。私たちはルーマニア語でやり取りをするんです」

 

ルーマニア語...それを聞いて、キンジと目が合う。

 

そしてそのまま暫くアリアと小夜鳴先生が話を続けている。

 

話を聞いているとアリアの喋れる言語が17か国で、どうやらバラ園に生えているバラの品種と同じ数らしい。それを聞いて喜んで酒も入って大らかになっているのか小夜鳴先生が少しハイになっている。

 

それを見てキンジがイラついている。苦笑を少し漏らして、キンジの肩を軽く叩いて、何度か揉む。

 

キンジはそれを受けて、同じように苦笑を漏らした。

 

 

 

 

その日の夜中、回収作戦はプランC21で行くことを伝えられ、俺とアリアが小夜鳴先生を引きつけることになった。

 

作戦の説明が終わった後、理子が回線を切る。それからしばらくして、アリアとキンジが話し始める。

 

『キンジ...今のうちに聞いておきたいんだけど...』

 

『...何だよ』

 

『カナって誰?』

 

キンジが息を呑むのが分かる。

 

俺が口を出そうかとも思ったが、もう少し黙っておくことにした。

 

『...俺の、家族だ』

 

『え、でもアンタの家族って...お母さま?』

 

『いや、違う...それ以上は、まだ言えない...ごめんな』

 

『そう、そうね...秘密にしておきたいこともあるわよね』

 

『...悪いな』

 

『いいのよ、そこまで喋ってくれただけでも...嬉しいわ』

 

『...そうか?』

 

『ええ』

 

『じゃあ、切るぞ』

 

『ええ、お休みなさい』

 

それを聞いてから俺も通信を終了する。仲良くやってくれてるようで良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、最終日。

 

『こちらキンジ、モグラが畑に入った。繰り返す、モグラが畑に入った』

 

キンジが作戦開始を通達してくる。

 

アリアがそれを聞いて、小夜鳴先生の足止めに行く。

 

キンジと理子の作戦が進んでいく中、アリアが小夜鳴先生の足止め中に雨が降ってきて会話を中断して屋敷の中に戻って来ようとする。

 

『隼人、聞こえてるでしょ。小夜鳴の足止めをお願い』

 

「あいよ」

 

急ぎ足の中で屋敷に戻ってくる小夜鳴先生とアリアを偶然通りかかって見つけた風を装う。

 

「ありゃ、小夜鳴先生。濡れてるじゃないですか、どうぞ、使ってください」

 

そう言ってハンカチを取り出して小夜鳴先生に渡す。

 

「ああ、冴島くんですか。ありがとうございます。神崎さんと話していたら雨が降ってきましてね」

 

「あー、梅雨時ですもんね。速く終わってくれるといいんですけど」

 

「ですねぇ...」

 

「あ、そうだ。小夜鳴先生、聞きたいことが一つあるんですけど、大丈夫ですか?」

 

「今日は依頼の最終日でしたね...分かりました、教師として生徒の質問にはお答えしますよ」

 

「忙しい中、ありがとうございます。...どうしたら、女の子を喜ばせることが出来ますか!」

 

「え、ええ!?」

 

小夜鳴先生が予想外の質問だったのか、少し驚いて硬直する。

 

「お願いします...俺、マジに本気なんです!」

 

「え、えぇと...とにかく、まずは相手の話をしっかりと聞いてあげたり、肯定してあげたりすると喜ぶかと思いますけど...私もそこまで得意ではないので...」

 

困惑しながらも、教えてくれるあたり小夜鳴先生はやっぱり大人だ。

 

『隼人、時間稼ぎありがと。終わったよ』

 

理子からの通信が入って、回収の成功を知らせてくれる。

 

「先生、ありがとうございました!」

 

ビッと頭を下げて、小夜鳴先生に礼を言う。

 

「いえいえ、では私はもう行きますね」

 

「はい」

 

そう言って小夜鳴先生は地下へと引き上げていく。俺も着替える為に更衣室へ戻る。

 

制服を着て、右腕にアームフックショットを装備して、スプリングブーツを履く。

 

小夜鳴先生に挨拶を済ませて、紅鳴館を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジ、アリアと共にタクシーでやってきたのは横浜ランドマークタワー。

 

そこの、屋上。

 

理子は既に待機しており、キンジが十字架を渡す。

 

理子はそれを受け取って嬉しそうに狂喜乱舞している。

 

「理子、約束を守れ」

 

キンジがそう言うと、理子はニィと口を歪めて――突然キンジにキスをした。

 

「...理子、悪い子だ」

 

「りりりりりりり、理子ぉ!?アンタ一体、何してんのよ!」

 

理子はアリアの動揺にまたニヤリと口元を歪め、側転を数度決めて俺たちの背後へと回った。

 

「ごめんねぇーキーくぅーん。理子、悪い子だからぁ...もうこの十字架さえ手に入っちゃえば、理子的にはこれでもう欲しいカードは全部揃っちゃったの」

 

「...もう一度言うよ理子、悪い子だ。約束は全部、嘘だったってことだね。でも、俺は理子のことを許すよ。女性の嘘は罪にならないからね」

 

なんかキンジがキモい。あの地下倉庫の時と同じ感じだ。

 

「とは言え、俺のご主人様は――理子を許してくれないんじゃないかな?」

 

キンジが指パッチンをすると、固まっていたアリアが再起動する。

 

「まぁ、なんとなくこうなるって予感はあったわ。キンジ、ハヤト。闘うわよ」

 

「仰せのままに」

 

「あいよ!」

 

「ククク、それでいいんだよ。理子のシナリオに無駄はないの...。キンジもしっかり闘ってね?理子がファーストキスまで使ってお膳立てまでしてあげたんだから」

 

マジかよキンジ、役得だな。

 

「先に抜いてあげる。そっちの方がやりやすいでしょ?」

 

理子はそう言いながら腰から2丁、ワルサーP99を抜く。

 

「へぇ、気が利くじゃない。これで正当防衛になるわ」

 

アリアも腰から2丁ガバメントを引き抜いて、構える。

 

「でも、闘り合う前に1つ教えなさい。なんでそんなモノ欲しがったのよ。ママの形見ってだけの理由じゃないわよね?」

 

アリアの質問に、理子はやや虚空を見つめて静かに話し始めた。

 

「アリアはさぁー...繁殖用牝犬って知ってる?」

 

「繁殖用牝犬...?」

 

「泥水と腐った肉だけ与えて、狭い檻に繋ぎっ放しにしてる奴...ほら、よく悪質ブリーダーがやってるじゃん。人気の犬種を増やしたいからっていう理由でさ...あれの、人間版。想像してみなよ」

 

「な、何の話よ」

 

理子の話にアリアが一歩下がる。理子はケタケタと笑いだして、上を向きながら更に笑う。

 

そして、その動きを突如止めて、グルンッ!と勢いよく目線を俺たちに合わせる。

 

そのまま表情が変わって、怒号のような声が木霊する。

 

「ふざけんな!あたしはただの遺伝子かよ!あたしは数字か!違う、違う、違うッ!!!あたしは峰理子だ!5世を産むための機械なんかじゃない!」

 

理子が叫び、空が一瞬光り遠くの方で雷の鳴る音が聞こえる。

 

アリアが遠雷の音に一瞬怯える。

 

「『そんなモノ』ってアリアは訊いたよね...。これは、お母さまがリュパン家の全財産を引き換えにしても釣り合いが取れる宝物だって言って――ご生前にくださった一族の秘宝なんだ。だから監禁されてからも口の中に隠し続けた」

 

理子は続ける。

 

「そしてある夜気付いたんだ。この十字架、いや金属は理子にこの力をくれる...それで檻から逃げ出せたんだ、この力で!!」

 

理子はワルサーを構える。

 

俺たちもそれぞれ獲物を構えて、理子と対峙する。

 

「さぁ...決着をつけよう。オルメス、遠山...そして、私に一撃当てた冴島...お前たちを打ち倒して、私は曾お爺さまを超える!」

 

そして...

 

「お前たちは...あたしの踏み台になれ!」

 

理子が叫んだ瞬間。

 

バチッッッッ!!!!!

 

と静電気がもっと強くなったような音がして、理子が苦悶の声を上げる。

 

理子は顔を強張らせ、ゆっくりと顔を反対側に向け――硬直する。

 

「なん――でお前が...!?」

 

理子が、前のめりに倒れる。

 

背後にいたモノが、明確に見える。

 

そこにいたのは―――

 

「小夜鳴...先生?」

 

アリアの声に、小夜鳴先生は、いつも通りの表情でニコリ、と女受けする笑顔で静かに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やべー潜入作戦は、失敗した...?



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やべーやつと対峙する

小夜鳴先生は手に持っていた大型のスタンガンを地面に捨て、すぐに胸元から拳銃を引き抜き理子の後頭部に突きつける。

 

腕に包帯も、ギプスもなくケガなんてしてないような感じだ。

 

「冴島くん、遠山くん、神崎さん...ちょっとの間でいいです、動かないでくださいね?」

 

そう小夜鳴先生が言うと、後ろから学園島で鬼ごっこをした...犬が2体出てきた。

 

「前には出ない方がいいですよ。皆さんが今の位置より少しでも私に近づくと襲いかかるように仕込んでます」

 

キンジが言葉の真偽を確かめるかのようにつま先を少し前に出すと、2体の犬は口を少し開けてキンジの方をギロリと睨んで、頭を低くした。

 

それを見たキンジはフン、と鼻を鳴らして小夜鳴先生に顔を向ける。

 

「よく飼いならしてるじゃあないか。腕のケガも、オオカミと打った芝居だった――てことかよ」

 

「あなたたちが紅鳴館でやっていた学芸会よりはマシだと思いますけどね」

 

小夜鳴先生は笑いながら理子のワルサーやナイフを回収すると、縁まで運んで捨ててしまった。

 

「皆さんどうかそのままでお願いしますね?この銃、30年前のものでして...トリガーが甘いんですよ。ついリュパン4世を殺してしまったら勿体ないですからねぇ」

 

「なんで、アンタが理子の本名を知ってるのよ...!?まさか、アンタが...アンタがブラドなの!?」

 

アリアが吠えるように問う。

 

「彼はもうすぐ此処に来ます。狼たちもそれを感じて昂っている」

 

小夜鳴先生は静かにアリアの問に答えを返している。

 

「なァ、小夜鳴先生よォー...アンタは俺たちを騙してたのか?」

 

「それはお互いさまですよ、冴島くん。たしかに私は多くの演技をしてましたが安心してください。教師として、冴島くんに接していた私は決してウソなど一つも吐いていませんので」

 

そして、と少し間をおいて小夜鳴先生は俺の目を見て話し始める。

 

「私の足元にいる『無能』と違って...冴島くん、君の遺伝子は『有能』だ。必要がないから進化をしないだけで、その本質はどこまででも貪欲に進化を求め変質していく...素晴らしい遺伝子なんですよ。ご両親に感謝しないといけませんよ」

 

「何の...話だ?遺伝子?」

 

「遠山くんには補講を、冴島くんには講義を聞いてもらいましょう」

 

キンジと俺が、静かに小夜鳴先生を見る。それを受けて満足そうに笑い、小夜鳴先生は話し始めた。

 

「遺伝子とは気まぐれで...両親の長所が遺伝し合えば『有能』になり、短所が遺伝し合えば『無能』になる。そして...このリュパン4世は遺伝子的に失敗ケースでしてね」

 

小夜鳴先生がゴミを見るような目で理子の頭を踏みつける。そのままグリグリと靴底を擦りつけ始めた。

 

「10年前...ブラドに依頼されてリュパン4世の遺伝子を調べたことがありましたが...リュパン家の血を引きながら――」

 

「やめ、ろ...そ、れ、を...言う......な――オルメスたちには...関係な...い」

 

「先ほども言いましたが...優秀な能力の一切が遺伝しなかった『無能』なんです。非常に珍しいですが、そういう事もあるのが遺伝子なんですよ」

 

理子はそう言われて、俺たちから顔を反らして...地面に擦りつけた。

 

「自分が無能なことは自分が一番良く分かっているでしょう4世さん。私はそれを科学的に証明しただけに過ぎない。初代のように精鋭を率いても...結果は御覧の有様です。無能とは悲しいですねぇ、4世さん」

 

理子は小夜鳴先生に頭を踏まれ、小さく嗚咽を漏らし閉じた目からは涙を零していた。

 

「教育してあげましょう、4世さん。優秀な遺伝子を持たない人間はどれだけ努力をしようとすぐに限界を迎えるのです。今の、4世さんのようにね」

 

小夜鳴先生は手元から理子の持っている十字架と同じような十字架を取り出して、理子の持っていたものと入れ替えて、口の中にそれを放り込んだ。

 

「そのガラクタを昔していたように、しっかり口に含んでおきなさい」

 

「いい加減にしなさいよ!理子をイジめて何の意味があるの!」

 

アリアは怒りに声を震わせて、小夜鳴先生を見ていた。

 

「『絶望』が必要なんですよ...深い、絶望が...ね。彼は、絶望の唄を聞いてやってくる。一度本物を盗ませたのも、小娘を喜ばせてからより深い絶望に叩き落とす為です。おかげで、いいカンジになりました」

 

小夜鳴先生は靴底で理子の感触を確かめるかのように踏みつける。

 

「遠山くん、しっかりと見て下さいね...私は人に見られている方が掛かりがいいので」

 

「ウソ...だろ...?」

 

キンジが小夜鳴先生の発言に驚愕している。

 

「そう。これはヒステリア・サヴァン・シンドローム...」

 

ヒステリア...サヴァン?なんだ、そりゃ。

 

「しばしの別れです。これで、彼を呼べる...ですがその前に一つ。イ・ウーについて講義をしておきましょう」

 

「イ・ウーの...」

 

「講義...?」

 

「4世かジャンヌから聞いているでしょう?イ・ウーは能力を教え合う場所だと。しかしそれは階級の低い者たちのおままごとに過ぎない。現代のイ・ウーには私とブラドが革命を起こしたんです。このヒステリア・サヴァン・シンドロームのように...『能力』を写す業をもたらしたのです」

 

「聞いたことがあるわ。イ・ウーの連中は何か新しい方法で能力をコピーしている」

 

「いえいえ、方法自体は新しいワケではないです。『吸血』によって600年前からブラドは他人の遺伝子を吸収して進化してきました」

 

なるほど。そういうコトかよ...

 

「つまり、俺が優秀な遺伝子っていうのは...」

 

「ああ、その話もしておきましょうか。非常に残念ですが冴島くんの『能力』はデメリットが多すぎる...ですが、冴島くんはただの人間にしては有り得ない程の速さで進化する遺伝子を持っているんですよ」

 

小夜鳴先生が、俺を見て嬉しそうに笑う。

 

「遠山くんの覗き行為で優秀な遺伝子は集められませんでしたが...それを補って余りあるほど価値のあるもの...冴島くん、君の血液を、遺伝子を手に入れることができた」

 

「スポーツテストの時に、一緒にやらされた奴か...!」

 

「ええ、そうです。皆さんをここで始末してから、冴島くんの血はイ・ウーに送ります。そうすれば、我々はもっと貪欲に、進化できるようになる」

 

小夜鳴先生が心の底から嬉しそうに笑う。

 

「そして、他人の能力から自分自身の能力へと...派生して深化していく...進化ではなく、能力を理解し、考え、自分の欲しいものへと、深めていく。冴島くんには感謝してもしきれないですねぇ、冴島くんのオカゲで我々は更なる高みへ昇ることが出来る」

 

俺の血が、イ・ウーに渡る...?

 

渡ると、どうなる。バケモノ共が、また強くなるのか?俺の血で?

 

――ふざけるなよ。

 

「そりゃ冗談キツいぜ、小夜鳴先生よォー。やらせるワケには...いかねぇよなぁ」

 

「おや、やる気ですか?ブラドは君を見逃すどころか、イ・ウーに招待したいくらいだと申しているのに」

 

「ジャンヌにも誘われたが、答えはノーだ」

 

「残念ですねぇ...。なら、せめて殺さずに持ち帰りますので安心してください。少し痛むかもしれませんが問題ないですよね」

 

小夜鳴先生の雰囲気が変わる。

 

「待て...なぜ、兄さんの能力を持っているのなら...なぜ理子をそうも傷つけられる」

 

「良い質問ですねぇ遠山くん。昔、吸血鬼は多く居ましたが...その吸血鬼の中で人間の血を好む偏食性の吸血鬼が居たんです。無計画だった吸血鬼の多くは滅されましたが、人間の血を好む吸血鬼は人間の知性を得て計画的に吸血活動を行い、屈強な個体となって生き残り続けました。それが、ブラドです」

 

「それが、何の関係がある!」

 

「落ち着いてください、話はこれからですよ...ブラドは知性を保つ為に人間の吸血を継続する必要がありました。結果、遺伝子は上書きされ続け私という人間の殻を作り上げ、隠れることが出来るようになった」

 

キンジの顔が強張っていく。理解しているのか、キンジは。これから、何が起きようとしているのか!

 

「隠れたブラドは、私が興奮したときに出現するようになりました。しかし私はあらゆる刺激に慣れてしまい、興奮しなくなってしまったんです」

 

小夜鳴先生が理子を蹴りつける。

 

「ですが、ヒステリア・サヴァン・シンドロームのオカゲで...私は興奮できるようになった。そしてそれは、ブラドを呼ぶには十分なものだったんです」

 

小夜鳴先生が、手を空へ上げて、キンジの方を見る。

 

「私にとって人間の雌なんていうのは、守るべきものではなく...人間から見たモンキーのようなものでしてね...動物に過ぎないんですよ。ですが私は幸いにも動物虐待で興奮できる質でしてね」

 

遠雷がまた1つ響く。海に稲妻が落ちるのが見える。

 

「さあ    かれ   が きたぞ」

 

ウットリとした表情で、小夜鳴先生の雰囲気がまた一段と鋭くなる。

 

――何が、何が起きる!何をしようとしてやがる!

 

小夜鳴先生を見る。ビリビリと音を立ててスーツが割けていく。皮膚は人間のそれではなく、赤褐色の肌に染まっていく。体中の筋肉が膨れ上がり、歪な音を立てて肥大化していく。

 

露出した足には獣のように体毛が生えており、体の数カ所に目玉模様が見える。

 

――ああ、ああ...ああ。

 

理解した。今、この場においてようやく理解できた。理解するのが遅すぎた。

 

下手な絵ではあったが、ジャンヌの描いた絵の通りの――怪物が、そこにいた。

 

見上げるほどの巨体は、ゆっくりとその身を起こす。暗雲立ち込める空、ゴロゴロと鳴り響き、光を放つ雷が化け物の赤褐色の肌を照らしている。

 

脳が警鐘を鳴らしている。本能が訴えかけてくる。

 

――逃げろ、逃げろ。逃げろ逃げろ!ニゲロ、ニゲロ、ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ!!!!!

 

ジャンヌも言っていたじゃないか。出会ったら逃げろと。逃げるんだ。

 

足が恐怖で震える。見たことのない異形をこの目が捉えて離さない。

 

雷が落ちる度に光で照らされるその体を前に身が凍える。

 

「はっ...ハッ...はぁっ...」

 

言い様のないプレッシャーのような、対峙しても勝てないと思わせる何かが俺の体を蝕んでいく。

 

「ハヤト!しっかりしなさい!」

 

アリアに喝を入れられハッとする。深呼吸を何度かして、向き合う。

 

「初めまして、だな。話は小夜鳴から聞いてる...俺たちは、頭の中でやり取りをするんでな。分かるだろう?今のオレは、ブラドだよ」

 

黄金の輝きを放つ獰猛な瞳が俺たちを一瞥し、俺に止まる。

 

その目を見た瞬間。

 

ガクリ、と膝から崩れ落ちてブラドに頭を垂れるかのような体勢になる。

 

「ほう...お前が、小夜鳴の言ってた冴島か。なるほど、殊勝な心掛けだな...本能が理解したか」

 

ブラドが嬉しそうに、幾人のも声が混ざり合ったような音で話しかけてくる。

 

音の1つ1つを聞くたびに体が震える。恐怖に支配されていく。

 

「気に入った、お前は連れて帰る。ああ、だが安心しろ。4世のような酷い扱いはしない...むしろ、オレたちと対等に扱ってやる。お前にはそれだけの価値がある」

 

――なん、で...俺はこういうのにばっか好まれるんだ...!

 

「俺は、人間の...可愛い女の子にモテるだけで十分だぜ...!」

 

「ゲバババババ!!!面白いことを言うな、お前は!」

 

ブラドは笑いながら、足元に居た理子を鎌のような腕で掴みあげる。

 

「おう4世、久しぶりだなぁ...イ・ウー以来か?」

 

理子がブラドに持ち上げられたその瞬間。

 

ババッバ!!!

 

キンジが射撃を行う。ほぼ3発同時に発射された銃弾は全て命中した。

 

だが、着弾した場所から赤い煙のようなものが噴き出して傷を治してしまった。

 

そして、銃弾が二の腕あたりから排出され、カチンと地面に落ちる。

 

「ぶ...ブラドォ...!だましたな!オルメスの末裔を斃せば...あたしを解放するって...イ・ウーで!約束...した...のに!」

 

「お前は犬とした約束を守るのか?」

 

ゲゥアバババババババババババッッ!!!!!!!!!!

 

醜い音の嗤いが木霊する。奴の音に合わせて遠雷が海に落ちる。

 

「檻に戻れ犬。これがお前の、人生の最後の光景だ。しっかりと目に焼き付けとけよ」

 

ブラドは理子の頭を3つの指で掴んで持ち上げ、手首を少し回して景色を見せている。

 

「あ、アリアァ...キンジ...隼人...」

 

理子は絞り出したような、か細い声で俺たちの名前を呼ぶ。

 

顔を、理子に向ける。理子の顔は大粒の涙でぐしょぐしょになっている。

 

理子の口が、音を紡いだ。

 

「た、す...けて―――」

 

吹き抜ける潮風の音で消えてしまうかと思うほどのか細い声で、助けを求めた。

 

――――ああ、そうかよ

 

体の震えが止まる。恐怖に呑まれていた俺の体から熱が溢れてくる。

 

奴のプレッシャーに屈していた足は、力を入れるとスッと立ち上がる。

 

感情が爆発する。体の内側で力が渦巻いていくのが分かる。

 

――マジに、きたぜ...

 

「理子...オメーに足りない物は多くある...だが!」

 

――その『助けて』って言葉...

 

「妬けるほどの情熱、カーチャンの形見を取り返そうとする思想、リュパン家の理念、形見を取り返す為に組んだ作戦―その頭脳、気高くあろうとする気品、優雅さ...そして誰よりも努力を積み重ねる勤勉さ!」

 

内側の力の渦が大きくなっていく。目に闘志が宿る。潮風で崩れた髪をビシっと整える。

 

「それらは褒めるべきものだ。だが、何よりも!何よりも!!!!足りないものがある!」

 

理子を指さして、ハッキリと大声で伝える。

 

「その助けてという言葉を言うのが遅い!お前には速さが足りない!」

 

キンジとアリアが俺の両サイドに来る。

 

「キンジ、アリア。力を貸してほしい」

 

「当然だ」

 

「ええ、行くわよ」

 

悪いな、ジャンヌ。約束破っちまったよ...。

 

でも、この胸に確かにある「助けたい」って想いを嘘にしたくないから、否定したくないから。俺は、やるよ。

 

「ブラド...お前を倒す」

 

「オレを斃す...?ゲゥババババババッ!!!面白い、やはりお前は面白い!やってみろ、人間!」

 

暗雲立ち込める空の下...ビルの屋上で伝説の怪物との闘いが、幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やべーやつと対峙する。



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ブラドとやべーバトル!

理子が、助けを求めた。だから助ける。

 

一時的にとは言え...俺たちは信用しあって、助け合った仲間なんだから。

 

助けたいって想ってるこの気持ちは間違いなんかじゃない。独善的でも、偽善でも、たとえ悪であったとしても。

 

俺がこの場において、抱いた感情は全て俺が感じた物なんだ。

 

だから、その気持ちを嘘にしたくない。

 

だから、伝説の怪物でも。

 

だから、ジャンヌに逃げろって言われていても。

 

俺は、俺たちは立ち向かう。

 

体の内側から溢れてくる熱は、その濃さと熱量を増し続けている。

 

「まずは理子の救出が最優先よ。キンジ!狼は任せるわっ!ハヤト!一緒に来なさい!」

 

アリアが甲高いアニメ声で叫び、突っ込む。

 

それを見たブラドの忠犬2匹がアリアを食い殺そうと牙を剥き出しにして飛び掛かろうとした。

 

「ゴメンよ」

 

ガン!ガン!

 

キンジが犬に謝りながら1発ずつ撃つ。外れたかと思ったが犬たちはその場にずしゃあ、と崩れ落ちる。

 

俺はアリアを追いかけながら自分の後方――1mあたりの地面にフックショットを射出して突き刺す。

 

キュバシュッッ!

 

モーターで一瞬加速した音がした後、すぐに点火して勢いよくフックが吐き出され、地面にガキャンッ!と派手な音を立ててめり込む。

 

それを確認してから顔を前へ向けてアリアの先、ブラドを睨む。

 

アリアの真後ろへ着き、アリアは一瞬手で右側を示した。

 

そのサインを見て、アリアと同じ右側へ飛び込む。

 

視線をこっちに集中させて、理子のことはキンジに任せるのだろう。

 

ガガガガガガガン!! ガゥン!!ガガゥン!!

 

アリアが2丁のガバメントからマズルフラッシュを切らすことなく光らせ、俺もXVRで射撃する。

 

「――そんな豆じゃあ、鬼退治はできねぇぞ」

 

ブラドはその銃弾の雨を浴びて、ニヤリと笑う。

 

――やっぱ目玉模様をやらなきゃ...ダメか。

 

45口径に46口径だぞ、可笑しいだろうと思いながらも頭は冷えていくばかりだ。

 

ブラドが銃弾を受けた場所からは赤い煙が上がり、傷口が塞がっていく。

 

その時、キンジが左側面へ回り込みバタフライナイフを使ってブラドの左手...理子を掴んでいる手の手首をザキシュ!と突き刺した。

 

「小夜鳴先生は色々教えてくれたが――俺も教えてやるよ、ブラド」

 

ザクッ!ザシュッ!と2度、刺して抉るように斬りつける。

 

ブラドの手から力が抜けていき、理子が落ちた。

 

「正しい女性の抱き方は、こうだ」

 

「...お!?」

 

キンジが理子を抱き寄せて、お姫様抱っこの体勢でブラドから離れる。

 

それを見た俺は、アリアを呼ぶ。

 

「来い!アリア!」

 

アリアは目線と銃口をブラドに向けたまま、器用に俺の膝に両足を乗せる。

 

それを確認して、左手でアームフックショットの肘側のボタンを操作してワイヤーを巻き上げる。

 

モーターの力で、グングンと巻かれていく。だが、フック部分は刺さったまま抜けず、ピンと糸を張っている。それを確認して、体を浮かせる。

 

アリアは器用にバランスをとっており、落ちる心配もなさそうだ。

 

ギャリリリリリリィィィ!!!!

 

と、耳障りの音を立てながら浮いた体が引き寄せられる。

 

そのまますぐに、フックを突き刺した場所まで戻ってくる。

 

アリアはキンジの傍まで来たことを確認して俺から飛び降りた。

 

俺は地面に右手が着いた感触を受けてワイヤーを切るボタンを押す。

 

ピッと簡易的な電子音が鳴り、ワイヤーは切れた。

 

そのまま右手を軸に、後転して体勢を立て直し立ち上がる。

 

その間にマガジンから次のフックが装填され、ワイヤーに接続される。

 

レッドランプからグリーンランプへ点滅が切り替わり、次の射出が可能になる。

 

「さっきの話、よくわかんなかったけどね!理子!あたしを騙したいなら騙す、使いたいなら使うで...コソドロなんかじゃなくて!こういう戦闘に使いなさいよ!」

 

――あ、怒る所そこなんだ。

 

「それとブラド!アンタはあたしのコトをガキって言ったわ。あたしはもう16歳よ!その言葉は侮辱と受け取るわ!」

 

「人間なんざどれもこれもガキだろう。800年生きてるオレからしたらな」

 

「またガキって言った!もう許さない!アンタもルーマニアの貴族だったなら分かるでしょう!これからどうなるか!」

 

アリアが犬歯を剥き出しにして怒りの感情を迸らせている。

 

「どうしようってんだ。これからオレを、このオレを!どうしようってんだぁ!」

 

「決まってるでしょ、逮捕よ。アンタの冤罪99年分はしっかり証言してもらうんだから」

 

「タイホ?タイホだと?ゲゥバババババババ!!!オレをタイホと来たかホームズ家の娘よ!」

 

「アンタが一番正体不明でやり辛かった。けど、警戒もせずにあたしの前に姿を見せた。覚悟しなさい!」

 

ブラドは笑いに笑い、少々呆れた表情と声色でアリアを見て話し始める。

 

その金の双眸を前に、アリアは一歩も退かない。

 

――やっぱアリアって、強ぇんだなぁ...

 

「吸血鬼と人間は、捕食者と餌の関係だ。狼が鼠を警戒するワケないだろう」

 

「無駄に長生きしてる癖に知識はないのね。鼠にも毒を持ったものがいるわ」

 

アリアはブラドと会話しつつ、キンジに指信号を送る。

 

それを見たキンジは理子をヘリポートの陰――階段の下に隠しに行った。

 

「生意気なガキほど......串刺しにすると、いいツラになるんだよなァ」

 

アリアはそれを聞くまでもなく、キンジたちからブラドを遠ざけるように突っ込んでいく。

 

俺はそれを見てフォローに入る。

 

アリアが周囲を回りつつ、ブラドに射撃を加える。俺は一カ所に留まってXVRを構え2発撃つ。

 

ガガゥン!!

 

シリンダー内の残弾0。すぐにリロードをして、位置を変える。

 

アリアがブラドに掴まれそうになる度に掴まれないだろうと分かってはいるが伸ばした腕を撃ち抜いて妨害する。

 

「おいおい冴島ァ、あまり邪魔はしないでほしい...お前をうっかり殺したら俺たちは一生悔やみ続けるハメになりそうだ」

 

ブラドが動きを止めて金の目で俺を睨む。

 

「大人しく逮捕されるなら、血液くらいやるよ」

 

「なら奪った方が速いな」

 

「そうか、よ!」

 

ブラドは悩む素振りさえ見せずに俺に手を伸ばしてくる。それを回避する。

 

バックステップ、バックステップ、バック転、スウェー、側転、バックステップ。

 

距離と位置を調整して、アリアの反対側に回る。

 

ヘリポートの上、縁のギリギリで止まってブラドに銃口を向ける。

 

そこにキンジが合流した。

 

ブラドは3人揃ったのを見てニヤリと笑い、電波塔の方へと歩いて行く。

 

その隙にキンジたちと距離を詰めて、リロードをして目玉模様の話をアリアにすることにした。

 

「アリア、ブラドには弱点が4か所ある。あの目玉模様だ。4か所を同時に攻撃すれば奴を斃せる。イ・ウーのナンバー1はそうやって奴を従えたらしい」

 

「ど、どこで聞いたのよ...そんな話」

 

ジャンヌの事を話そうかとも思ったがそれよりも速くキンジがアリアの両肩を掴んで向き合う形にする。

 

「武偵憲章1条。仲間を信じ、仲間を助けよ」

 

「わ、分かってるわよ。そ、そんなに近くから見ないで」

 

アリアは赤面しながらもコクコクと頷く。

 

――以前の俺ならここで涙を流していたんだろうが、今の俺は違う。

 

「ハヤト、なんで泣いてるのよ!」

 

「え、まだダメなのか!?」

 

――ダメだったみたいです。

 

両の目から零れたのは、涙。くぅ...

 

「グス、しかし3つしか見えんな...グスン。4か所目は、どこだ?」

 

「戦いながら探すしかないな...全く、俺も悪いとは思うが締まらないな」

 

「うるせー、俺だってビックリしてんだ」

 

「キンジ、残念だけどあたしはあと1発しかないわ」

 

アリアが苦々しい表情でそう言う。

 

「隼人は、どうだ」

 

「ラスト1発」

 

「3丁...足りない、か」

 

「どうする、キンジ」

 

「俺が脇腹と第4の目をなんとかする...それでいこう」

 

「分かったわ。『撃て』って合図をして。それで撃つわ」

 

アリアはそう言いながら二本の刀を抜く。

 

そのタイミングでバキン!と音がした。

 

音の方向を見ると、ブラドが通信用のアンテナをむしり取っていた。

 

ブラドはそのアンテナを地面に降ろす。

 

ゴズン、と音がして振動がこっちにまで伝わってくる。

 

5mはありそうな長さに、重さは数トンはあるだろうアンテナ。

 

正しく鬼に金棒。

 

「串刺しは久しぶりだな...作戦はたったか?なんでもいいぞ、好きな物を持って来い」

 

オレには銀もニンニクも効かねぇからよ、とブラドは続けた。

 

「ホームズ家の人間はパートナーが居ると厄介だと聞いたんでな...まずは遠山キンジ、お前からだ」

 

ブラドの金色の瞳がキンジを捉える。

 

「ワラキアの魔笛に酔え」

 

ブラドが体を反らして息を吸い始める。胸部が膨らんでいく。

 

風船みたいに、どんどん膨れ上がっていく。

 

そして―――

 

 

ビャアアアアアアアアアアウヴィイイイイイイイイイイイッッッ!!!!!!

 

化け物の咆哮が、空間を揺らす。

 

太陽を覆い隠していた雲の一部が、音によって弾け、掻き消される。

 

目を必死に閉じて、鼓膜を覆う。制服がバタバタと音で揺れているのが分かる。

 

音の攻撃が、防弾ジャケットをすり抜けて内側から攻撃してくる。

 

内臓に直接響き、血管が揺れ、脳がグラグラと震える。

 

必死に耐えて、耐えて。

 

嵐のような咆哮が、終わった。

 

「ド、ドラキュラが吠えるなんて――聞いてないわよ!」

 

アリアは尻餅をついていたがすぐに体を起こす。

 

キンジは、少し呆けている。

 

ブラドはそんなキンジを見てニヤリと笑っている。

 

――キンジに、何かしたのか!

 

急いでキンジをカバーしようとするが、XVRの残弾は1発。どうにもならない。

 

「キンジ!逃げろ!」

 

声を上げて叫ぶがキンジの耳には届いていない。

 

ブラドはその巨体を迷うことなく前へ、キンジの方へと進めている。

 

そして、アンテナを持ち上げて――振るう直前。

 

揺れる視界でそれを捉える。脳はさっきの咆哮で完全に草臥れ、体は悲鳴を上げているが、それを無視して能力を使って加速する。

 

視界に映るものは全て遅くなり俺だけが何時もの様に動ける空間になる。

 

素早くフックショットを真下、ヘリポートの床へ向けて射出し突き刺さった事を確認して――そのままワイヤーを伸ばしながら移動する。

 

ブラドの前まで全力で走り、跳躍してブラドの腕に乗る。

 

そのままアンテナの方へ向けて走り、再び跳躍をしてアンテナを飛び越える。

 

五点着地をしてすぐに立ち上がり、アンテナの下を潜ってまたブラドの方へ走っていく。

 

そして、再び跳躍、アンテナを飛び越えてさっき張ったワイヤーの隙間に体をねじ込んで抜ける。

 

抜けきった瞬間、ワイヤーを全力で巻き上げて締める。

 

弛んでいたワイヤーは急激に巻かれてピンと張る。巻き上げ切ったのを確認して、ワイヤーを焼き切る。

 

ヘリポートの床で固定されたフックから伸びるワイヤーはアンテナを独楽結びにしてきつく締め上げられている。

 

もう1つ手を打とうとしたがこんな所で完全に消耗するわけにもいかず、加速を終了する。

 

 

 

キャリキリリリ!!!!!!!

 

「む...お、お?」

 

ブラドが降り下そうと力を籠めるが逆にやや後ろに引かれ困惑する。

 

今のうちにキンジが逃げてくれているといいんだが!

 

だが、アンテナの拘束...それも一瞬のことで。

 

「は、小細工ばかりでは勝てんぞ」

 

ブラドは両腕でアンテナを持ち、思いっきり力を籠め始めた。

 

 

キャリリ...ギチッ......ブ、チィッ!

 

音を立てて、ワイヤーが引き千切れた。

 

そのまま、ブラドは野球選手のようにアンテナを振るう。

 

キンジは、まだ逃げていない。

 

「もう殺傷圏内よバカ!何やってるの!」

 

アリアがキンジに足払いをしかけ、自身は二本の刀でアンテナを受け止めている。

 

ギィイイイイインッ!!!と金属同士のぶつかる音がして、アリアが吹き飛ばされた。

 

ヘリポートからアリアが転がって落ちていく。

 

なんとか助けようと足を運ばせるが、上手く走れずに転倒する。

 

――ぐ、くぅ...

 

視界がぐにゃりと歪む。

 

しっかりしろ、立て。立ち上がれ!ブラドはいるんだ、まだいるんだ!と言い聞かせて立ち上がる。

 

足元が覚束ない。

 

キンジの方を見ると、キンジもアンテナが掠ったのか吹き飛ばされていた。

 

 

 

グルングルンと回転して、屋上の縁から飛び出た。飛び出てしまった。

 

 

 

「キンジ、ワイヤーを!」

 

張れ、と言う間もなくキンジの姿が見えなくなる。落ちた。あっという間もなく、落ちていった。

 

 

 

それを目の当たりにした俺は、絶望する。

 

 

 

 

 

 

きっとあれじゃ、間に合わない。キンジが――死んだ。

 

 

 

 

 

アリアも、無事じゃ済まないはずだ。

 

 

 

 

 

この場に残っているのは、俺だけ。

 

 

 

 

残弾数1発、奴に打撃は通用しない。

 

勝てない。

 

勝てない。

 

無理だ。

 

―――ああ、無理だ。

 

心が折れる。ようやく立ち上がった体から力が抜けて、膝から崩れ落ちる。

 

 

 

 

燃え上がっていた闘志の炎は誰にも消せない大火事なんかじゃなくて...ロウソク1本が静かに燃えている程度のモノでしかなかったんだろう。

 

まだ持ち直しきれていない、歪んだ視界が俺の方に歩いてくるブラドを捉える。

 

――逃げろ。逃げるんだ。

 

体が動かない。拘束されたかのようにピクリともしない。

 

「...いいなァ、良い...良いツラだ。その絶望したツラが、堪らなく、イイ...!」

 

ブラドが俺を見て嗤う。

 

「お前を傷付けることなく持ち帰れるのは、幸運だなァ」

 

ブラドが再び、ゲタゲタと大声で...気持ちの悪い声で笑う。

 

 

 

 

 

 

 

その時。本当に一瞬だった。

 

 

 

 

ブラドが突き破った暗雲から、太陽の光が俺とブラドを照らす。

 

ブラドは太陽光も克服しているのか焼けるような気配はない。

 

だが、そんなことよりも、もっと重要な物が見えた。

 

 

 

ブラドが笑って顔を上にあげた一瞬。

 

口の中に、それはあった。

 

 

 

――目玉、模様...

 

 

 

4か所目の目玉模様が、見つかった。

 

でも、もう遅い。

 

俺しかいない。その絶望感だけが、ほんの僅かな希望すら蝕んでいく。

 

俺の絶望とは裏腹に、どんどんと空は晴れていく。太陽が俺を照らしている。

 

 

 

太陽の光が見える。でも、もう...無理だ。

 

 

 

顔を下げて、あきらめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハヤト!武偵憲章10条!」

 

 

 

甲高いアニメ声が、響いた。

 

 

 

ハッと顔を上げると、ヘリポートへ体を乗り上げて刀を持ってブラドの足目掛けて駆け抜けているアリアが映った。

 

 

 

――武偵憲章10条...諦めるな、武偵は決して諦めるな。

 

何度目かの折れた心に再び火を灯す。

 

アリアが、ブラドを引きつけて俺から遠ざかっていく。

 

足に力を入れて立ち上がる。

 

ブラドがアリアに引きつけられ、ビルの縁へ誘い込まれた。

 

「どうした、冴島はもう折れているようだが...ホームズはまだ続けるのかァ?ゲゥバババババババッ!!!!」

 

ブラドはそんなことを言ってくる。確かに、さっきまでの俺ならダメだった。

 

――アリアが、いる。

 

1人じゃない。まだ、立ち上がって戦ってくれる仲間がいる。

 

――闘志が沸いてきた。

 

体から再び、この身を焼かんばかりの熱と力の奔流が駆け抜ける。

 

ブラドの笑い声が響き渡る。

 

そんな時に、声が聞こえた。

 

 

 

「撃て!」

 

 

 

その声は、屋上から落ちたキンジの声だった。

 

 

キンジは理子と一緒に着陸して、狙いをつけている。

 

 

―キンジ!生きてるなら、生きてるって言えよコノヤロー!

 

更に熱が溢れ出てくる。これだけの力なら...やれる!

 

 

「キンジ!理子!4か所目は俺がやる!」

 

キンジと理子はそれに素早く対応して、狙いを変更した。

 

アリアが叫びながら、ブラドの右肩を狙う。が、ピカリと稲妻が走った。

 

アリアは稲妻の光と音に驚いて、腕の角度が―――ズレた。

 

もう、修正する時間はない。信じろ、信じて俺のやるべき事をやるんだ。

 

キンジはベレッタを1発撃った。それを音で聞いて走り始める。

 

体が加速を始める。目に見える物全てが減速していく。

 

理子が左肩を正確に撃ち抜くラインに弾丸を乗せている。

 

後は、俺だけ。俺が動くだけ。

 

やるんだ、行くぞ。

 

 

イメージするのは炭酸を振る感覚。イメージした...

 

 

辿り着くべき加速は――――『エルゼロ』。そこに、到達した。

 

 

 

 

銃を撃っても遅すぎる。だから、俺はナイフを抜いた。

 

銃弾さえも遅くなった世界で、キンジが撃った弾丸はアリアが外した弾丸にぶつかり、機動を変えて――右肩と脇腹に刺さる機動へと変わっていく。

 

俺は勢いを更に増してブラドの方へ全力で駆け寄る。

 

3人の撃った弾丸が全て目玉模様の位置に置かれる。

 

ブラドは今の今まで高笑いをしていた...つまり、口が閉じていない。

 

ブラドの眼前まできて、体を思いっきり跳躍させ、両足に全体重を乗せて着地する。

 

 

 

ダン!と衝撃が伝わる。

 

 

 

その衝撃は...スプリングブーツに伝わり、空気圧が解除される。

 

 

 

靴底が上がっていく。グングンと、上がっていく。

 

 

 

そして地面から吹き飛ばされて――思いっきり体が宙に浮きあがった。

 

 

 

――最後の目玉模様。

 

 

 

ブラドよりも高くなった視点から、ブラドの口を見る。

 

そこには、しっかりと目玉模様が描かれていた。

 

 

 

右手に持ったナイフは、ジャンヌから貰った物。

 

 

 

――150年前の因縁...リュパンだけじゃない。

 

そう、リュパンとチームを組んでいた人物たちが居た。

 

 

 

吹き飛ばされた体を空中で立て直して、狙いを一点に定める。

 

――双子のジャンヌ・ダルクも共に戦っていた!

 

 

 

これは、今は形こそ違えど元はジャンヌが持っていた、デュランダルのソレ。

 

その、先端が使われている。

 

 

 

つまり、何が言いたいかというと――

 

 

 

この一撃は、150年前からやってきた刺客。双子のジャンヌ・ダルクから続く悲願を乗せてやってくる。

 

 

 

――ジャンヌ・ダルクの仇は俺が討つ。

 

 

 

 

「デュランダルだああああああああああ!!!」

 

渾身の力を込めて自由落下しながらナイフを突き立てる。

 

ナイフは真っ直ぐに目玉模様に突き刺さり、それと同じタイミングで3つの弾丸が3つの目玉模様に着弾した。

 

 

『エルゼロ』が、終わる。何もかもが戻ってくる。

 

体中をシェイクされる不愉快さと痛みだけが体を覆う。

 

だが、ここで倒れるわけにはいかない。歯を食いしばって耐える。

 

 

 

完全に加速が終わり、元に戻った。

 

 

 

 

「ぐぅ、えあああああっ!!!?」

 

ブラドが驚きの声を上げて、アンテナを振り回し俺を攻撃しようとして失敗した。

 

その期を逃すワケもなく、ナイフを引き抜いて、フックショットを使って10m後方まで撤退する。

 

ブラドは力が抜けたのか、アンテナを地面にガツンと落とす。

 

そのアンテナは斜めに傾いて、ブラドの体に圧し掛かるように倒れていく。

 

ブラドはそれを押し返そうとするが、全く力が籠っておらず押し潰される。

 

「う、ァァアヴ...」

 

ブラドは苦しそうに呻き声をあげて、暴れる。だが、もうどうにもならないだろう。

 

弱点に当たった場所から、血が溢れ出てくる。

 

「哀れだな、ブラド...オメーが何百年も掛けて、手に入れたものがそれか...」

 

全身が痛むが、ブラドに声を掛ける。

 

「サ、冴島ァ゛ア゛...恐怖に...震えて、いた...お前が...なぜ...なぜェ゛...!」

 

「恐怖とは...克服するためにある、なんて立派なことは言えねーけどよォ」

 

「ぐヴ...ヒュー...ヒュー...」

 

「俺は、皆がいたから立ち上がれた」

 

そう言ってキンジたちを見る。そして、再びブラドに視線を戻した。

 

「ブラド...オメーは多すぎる弱点に恐怖して、その恐怖を乗り越える為に生きてきた筈だ」

 

「...!」

 

「1つ、また1つと弱点を...恐怖を克服していくソレは...敵であろうと尊敬に値するものだ」

 

「ヒュー...ヒュー...グ」

 

「えーと、何が言いたいかって言うと...つまりだな...」

 

「い゛や゛...もう、いい...十分......分かった...ァ゛」

 

ブラドは少し笑い、ピィピィと歯を鳴らした。

 

キンジに撃たれた2匹の犬が震える足でブラドに寄り添って、陰を作っている。

 

ブラドを見ると、太陽に焼かれていた。

 

弱点を全てやられたから、ダメになったんだ。

 

「グ、ゲバハハバババ...冴島、お前は...不思議な...ヤツだな...」

 

ブラドが掠れた、か細い声で俺に話しかけてくる。

 

「ん?どーいうことだよ」

 

「敵を...褒めるとは...ましてや、この...オレを褒めるとは...不思議な奴だ...グゲブハハハ...ああ、確かに...そうだった」

 

ブラドは何か懐かしむかのような目で、虚空を見ている。

 

「最初は...恐怖だった。人間が、できる...当たり前が、許されず...勇気を...出して、行えば体に...痛みとして...帰って、きた...」

 

「...」

 

キンジ、アリア、理子が集まってくる。

 

「オレは、自身を傷つけるモノ全てに、恐怖した。そして、その恐怖を前に平然としている人間を見て...『尊敬』したんだ」

 

ブラドの声だけが響く。

 

「だから、オレは尊敬したモノ...人間になろうと、人間の血を吸い始めた。全ては、恐怖を克服するために...始まったものが、何処かで変わった...」

 

「アンタのした行為は、許されることではないわ」

 

アリアがブラドに近付く。

 

「ホームズか...分かっている、オレは...お前たちに敗北した...オレの罪を受け入れよう...。誇るがいい、4世...いや...峰理子...お前は、初代を...超えた」

 

ブラドが敗北を、罪を認めて理子に静かに話をする。

 

ブラドは、理子を認めた。あのブラドの口から初代リュパンを超えたと言われた。

 

理子の表情は、俺からじゃよく分からない。

 

でも、きっと。色々な感情が渦巻いているんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

遠くの方からバラバラとヘリの音が聞こえる。

 

 

 

これにて一件落着かと思っていたが、何やらキンジたちの様子が可笑しい。

 

「さて、理子...アンタこれからどうするの。逃げようっていうなら捕まえるし、ママのこと全部証言させてやる。観念しなさい、双剣双銃をやろうにも武器がない。得意なモノが一切ないと人間、何もできないものよ」

 

アリアはキンジに目配せして、キンジは苦笑しながら唯一の出入り口の前に立った。

 

「神崎・ホームズ・アリア...ホームズ家とリュパン家は宿敵の関係だ...あたしはそれを変えるつもりはない...だが、約束は果たそう」

 

理子はそう言いながらビルの縁まで歩いて行く。

 

「これからは対等なライバルとして見よう。騙しもしないし、利用もしない」

 

理子の髪が歪に蠢いている。風じゃない、何か、もっと別の力で。

 

「バイバイ、ライバルたち。アリア、キンジ、ハヤト...あたし以外の人間にやられたら、許さないよ」

 

――え、俺なんか理子にしたっけ。

 

勝手にライバル認定されたんですけど!!

 

「いやちょっとそういうのはいいかなァーって」

 

「...締まらないなー」

 

俺の発言に、理子が苦笑する。そして、その笑顔のまま――ビルから飛び降りた。

 

「えっちょおおおおお!!?」

 

――何してんだあのバカ!

 

そう思って駆け寄ろうとしたところで、理子が再びビルの縁より高い所に現れる。

 

背中に、パラグライダーを装備して。

 

目線でその動きを追っていくと、凄まじい速度で降下していき港の倉庫街へと消えていった。

 

「やられたな...これで2度目だ」

 

キンジが肩を竦めながらそう言う。それを横目で見て、俺も少し肩の力を抜く。

 

――あ、そうだった。

 

「おいキンジ」

 

「ん?どうした、隼人」

 

キンジが俺の方に振り向くと同時、キンジの顔を殴りつける。

 

「いっでぇ!」

 

「オメーが落ちた時はマジで死んだかと思ったんだぞ!生きてるなら生きてるって言えよ!」

 

「言えるワケないだろうがこのバカ!こっちだって必死だったんだ!」

 

キンジが殴り返してくる。

 

――うぶぇ!へへ、いいの持ってんじゃねぇか!

 

キンジとそのまま殴りあい、掴みあい、ヘリポートの上でゴロゴロと組み合いながらお互いなんて無茶をしたんだ、こんなの二度とやりたくねぇ、などと愚痴をぶつけ合う。

 

アリアが「なんでこんなにも締まらない終わり方になるのよ!」なんて言ってくる。だが「オメーも危ねーコトばっかしやがって」と言って巻き込んでやった。

 

 

その下らない喧嘩は、レスキュー隊員が到着するまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

生きてるって、すごい事だと思う。



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帰ってきたやべー日常

 

ブラドを逮捕してからすぐ、俺たちは教務科で窃盗を働いたことをメールで報告した。

 

これで俺たちも前科一犯かと思ったが黙認された。

 

 

 

 

 

 

 

 

特にケガらしいケガもしてなかった俺は矢常呂先生の所で一応見てもらい、問題なしと言われたので寮に帰ってきた。

 

もう辺りは薄暗く、帰る足取りは疲労と相まって重たいものであった。

 

自室の前まで行って、カードキーで鍵を開ける。

 

2週間だ。2週間ぶりに我が家に帰ってこれた。

 

ガチャンとドアを開けて、中に入る。

 

室内は明るく、キッチンでは料理をしているのか包丁がまな板を叩く音が聞こえ、食欲を煽る良い匂いが鼻を抜ける。

 

「ただいま」

 

そう言って靴を脱いで上がる。

 

キッチンの方で音が止まり、代わりにパタパタとスリッパで駆けてくる音が聞こえる。

 

ひょこりと顔を出したのはエプロン姿のジャンヌだった。

 

2週間ぶりにジャンヌを見た。いつもと変わらなかった。

 

「おかえりなさい」

 

ジャンヌはそう言って笑いかけてくる。帰ってきた。帰ってきたんだ...。

 

「すぐに食事を用意するから、待っていろ」

 

「いや...」

 

「む?」

 

ジャンヌがキッチンの方へ戻ろうとするが、手を掴んで止める。

 

「少しの、間でいい...」

 

「...なるほど。わかった」

 

俺が全部を言い終える前に、ジャンヌは何かを悟ったようで、俺に膝をつくように言った。

 

言われたままリビングで膝をつくとジャンヌが頭を抱きしめてくれた。

 

少し困惑するが、言葉を話そうとする前にジャンヌが――

 

「ブラドに、遭ったな?」

 

話したかった事を一番最初に言われてドキリとする。

 

心を読まれているみたいで、少し焦る。

 

ジャンヌはそのまま俺を抱きしめ続けてくれる。暖かい...。

 

そのまま暫く無言の時間が続いて、俺が話をしようかなと思ったタイミングでまたジャンヌに先手を取られた。

 

 

 

「――頑張ったのだな」

 

 

――――ああ。

 

ジャンヌが優しい声で抱きしめる力を強めて、労ってくれた。

 

目から涙がジワリと滲み始める。

 

ああ、ああ、ああ...そうだ、大変だったんだよ。あんな...出会ったら逃げろって言われたような化け物に向き合って、対等なフリして戦って。

 

キンジやアリアを尊敬したくらいだ。あの恐怖によく向き合っていられると。よく喧嘩腰になれるなと。

 

涙は次第に大粒になっていき、とめどなく流れ出てくる。

 

「あ、ああ...頑張った、グス...頑張ったんだ...!俺一人じゃなかったから、頑張れたんだ!ヒッグ...でも、でも...アリアがやられて、キンジも吹き飛ばされて!マジで死んだかと思った時!グス、俺は、俺は動けなかった!」

 

ただ、ただ、叫ぶ。

 

「俺は...動けなかったんだ...!俺は、自分が情けない!キンジたちが生きてたと分かるとまた強気になって!意地を張って!...俺は...俺は、無力だった...」

 

あの土壇場において俺は何もできなかった。

 

下らないくらいに見栄と意地だけで切り抜けたんだ。

 

「キンジが生きてるって、アリアが生きてるって知りたくて、下らない事で喧嘩をふっかけた...終わった後の恐怖を打ち消すために利用した...」

 

ジャンヌは静かに聞いてくれる。懺悔にもならない、獣のような慟哭を聞いてくれる。

 

「俺は...最低だ」

 

流れる涙を拭うことすらせず、ただただ自己否定をし続ける。

 

そんな俺をジャンヌは優しく抱き続けてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「...ああ」

 

感情の吐露が終わり、しばらくした後。

 

ソファに座った俺たちは静かな時間を過ごしていた。ジャンヌは隣で手を握り続けてくれている。

 

「隼人はさっき、自分を最低だと、恐怖で動けなかったと言ったが...」

 

少し俯いたまま話を聞く。

 

「私は、それでいいと思う」

 

その言葉に、顔を少し上げてジャンヌの方を見る。

 

蒼いサファイアの瞳の中に俺が映る。

 

「人間なんて、そんなモノだ。アリアや遠山とは違う...隼人は、隼人だろう?」

 

ジャンヌが微笑む。俺の手に両手を添えて包み込むようにしている。

 

「だから、その時に抱いた感情を嘘にするんじゃなくて...次に活かすことが、大切だ」

 

次に、活かす。

 

「そんなんで...いいのかな」

 

「大丈夫」

 

「また、動けなく...なるかもしれない」

 

「隼人なら出来る」

 

「俺は強い人間じゃない...身体的に、とかじゃなくて、精神的に弱い...んだと、思う...」

 

「分かってる。隼人はどうしようもなく独りが怖くて、孤独が嫌いで、平気なフリをしていつも誰かと居ようとする事も、心の底で色々と押さえながら頑張ってるのを私が知ってる」

 

「...次は...頑張れるかな」

 

ジャンヌが理解してくれている。それが、分かった。

 

それだけで、少しだけ立ち上がれる。後ろから背中を押された感覚になる。

 

――あとは、俺が、俺の意思で――進むだけ。

 

「出来るさ」

 

俺の一番近い所にいる大切な人が、俺を認めてくれる。俺を理解してくれている。

 

だったら何も、憂うことはない。

 

――落ち込むのは、終わり。

 

「...そっか、そうだな...うっし!落ち込むの終わり!飯にしようぜ!」

 

「そうしよう」

 

俺がニッと笑うとジャンヌも笑う。先に立ち上がって、ジャンヌの手を引く。

 

「ありがとう、ジャンヌ」

 

「私は何もしていないさ」

 

2人の時間は、終わらない。

 

夜は次第に更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだジャンヌ」

 

「うん?どうした」

 

「双子のジャンヌ・ダルクの仇、とったんだ」

 

ジャンヌにその話をするのを忘れていて、寝る前に思い出したように告げる。

 

「...何?」

 

「ジャンヌがくれた、ナイフでさ...ブラドの弱点を、ぶち抜いたんだ」

 

「...本当か?」

 

「ああ、口の中にあった最後の目玉模様を見つけて...あのデュランダルで突き刺した」

 

「そう、か...そうか。......ありがとう。我が宿敵を打ち倒してくれて」

 

ジャンヌが万感の思いを込めたような声で、静かに礼を言う。

 

「ご先祖さま...終わりました...この、極東の地で...150年続いた因縁が...終わり、ました...」

 

ジャンヌが声を震わせながら、話している。

 

「ジャンヌ?泣いてるのか...?」

 

「...今日だけ、借りる」

 

そう言ってジャンヌは二段ベッドの上から降りてきて、目を潤ませながら俺の布団に入り込んでくる。

 

「は、ちょ!おい!」

 

ジャンヌを静止させようとするが時すでに遅く、俺の隣に入り込んだジャンヌはそのまま俺の胸に顔を埋めて寝てしまった。

 

どうしようもないので、このまま寝ることにする。

 

それにほら、こういうのって役得じゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。教室にて。

 

「うぼぁー...」

 

「どうした隼人、ゾンビみたいな声だしうぉわぁ!?」

 

キンジが俺の顔を見て驚く。

 

「全っ然...寝れなかった」

 

「何か...あったのか?」

 

キンジが心配そうにこっちを見つめている。

 

「キンジ...」

 

「ど、どうした」

 

「女の子って、良い匂いなんだな...シャンプーとかさ...すげぇなって」

 

「どうした大丈夫か!ハニートラップにでもやられたのか!」

 

キンジがガックガクと肩を掴んで揺らし始める。

 

あ、まって。今それやられると意識が...

 

「キンジ...気を、付けろ...ジャンヌの...寝顔...かわい、い...ガクッ」

 

そこで目を瞑る。

 

「隼人ぉおおおおおおお!!!!」

 

「何漫才してんのよアンタたちは」

 

キンジが俺の名を叫ぶ。アリアがそれをちょっと離れた所から見ていて、呆れたような声でツッコミを入れてくる。

 

それからすぐに理子が教室に入ってきて俺たちの顔色は赤くなったり苦い表情になったり目まぐるしく変わることになる。

 

 

 

 

 

いつも通り?の日常が帰ってきて、ようやく落ち着ける。

 

梅雨の時期も終わって夏がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちのやべー日常は始まったばかりだ。

 

 

                                ブラド編おわり



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夏休み編
胃がやべー


梅雨も終わり、初夏へと向かっていく今日この頃。

 

なぜか最近一緒のベッドで寝る事になった俺とジャンヌは、だいたいジャンヌが先に起きて俺を起こすのだが――夏に向かっているだけあってジャンヌの部屋着も厚みの薄いものになっていく。

 

それを見て今日も一日頑張ろうとか思いながら、アリア、ジャンヌと訓練を熟していた。それがここ数日間の話。

 

訓練の帰り道にジャンヌと一緒になって歩いていると、夏に近づいてきたせいか虫が凄く多い。コガネムシのような虫がジャンヌの膝に着こうとしたところを見つけて、全力で踏み潰した、なんて事もあった。

 

ジャンヌは大袈裟だな、と苦笑を漏らしていたが白い雪のような肌が傷つくのは見たくない。たとえそれが蚊に血を吸われただけであったとしても。

 

まぁその話はこの辺で止めておく。最近はキンジの意識も変わり始めたのか、俺と一緒に放課後の訓練に参加するようになった。と言ってもまだ参加率は高くなくて、気まぐれで来る程度だとは思う。

 

ジャンヌと俺は朝食を食い終えて、夏服に着替える。

 

「しかし、冬服もそうだったが...なぜ武偵高の制服はこう、スカートが短いのだ」

 

ジャンヌが夏服を着て、その場でクルリと軽く回る。

 

「いいじゃねーか、可愛いし似合ってるし」

 

「むぅ...あまりみだりに足を見せるモノではないと思うのだがな...?」

 

2人揃って寮から出て、徒歩で通学する。

 

初夏の日差しは朝だと言うのに激しいくらいの自己主張をしていて、やや暑い。

 

街路樹の方からは蝉の鳴き声が聞こえる。まだそこまで喧しいモノでもないので、そう苛立ちもしない。

 

2人揃って歩いていると、後ろから声を掛けられた。

 

「ハヤト、ジャンヌ」

 

立ち止まって、後ろを振り返るとマウンテンバイクに乗ったキンジとその後ろにアリアが居た。

 

「よォーキンジ、アリア。おはよーさん」

 

「ええ、おはよう。ジャンヌ...分かってるんでしょうね?」

 

「くどいぞ、アリア。神崎かなえの裁判には出席するし、証言もする」

 

ジャンヌがアリアを鬱陶しがるような態度で俺の前まで来て、アリアの視界から外れる。

 

そんな態度に苦笑を漏らして、4人で登校する。

 

キンジとアリアがチャリを置いて戻ってきたのでまた歩き始めると、連絡掲示板に人だかりが出来ているのが見えた。

 

「なんだありゃ」

 

「見に行くか」

 

人だかりを掻き分けるようにして掲示板の前に辿り着く。

 

貼られているお知らせは至ってシンプルなもので、一学期の単位不足者の一覧表だった。

 

じろじろと見ていると、キンジの名前を見つける。...俺の名前もみつけちまったよ...

 

『2年A組 冴島隼人 専門科目(SSR) 0.1単位不足』

 

『2年A組 遠山金次 専門科目(探偵科) 1.9単位不足』

 

0.1単位...ああ、合宿のあれか...そういや清算してなかったなぁ。

 

そのまま下の方へ目を向けていくが、知り合いの名前は見られなかった。

 

不知火はこの辺しっかりしてそうだし、武藤も普段はバカだけどこういう所だけはちゃんとやってる。

 

キンジが単位不足をバカにするアリアを少し押しのけて、単位稼ぎ用の依頼一覧表を覗きこんでいる。

 

俺もそれを見に行く。

 

「隼人、単位はしっかりと確認しておけと言っただろう」

 

「合宿一回分がパーになったことを忘れてたんだよ」

 

港区では砂関係の盗難が相次いでいるが、こういう時にSSRは不便だ。

 

超能力者を依頼に派遣させますなんて言ったら二度とやらせてもらえないかもしれないからなぁ。

 

そして、キンジと同じ依頼が目に留まる。学科は応相談で、カジノの警備。

 

「これだ!」

 

「キンジ!一緒にやるぞ!」

 

「ああ!」

 

と、意気込んだはいいが、必要生徒数は6と書かれている。

 

「ジャンヌ、一緒にやろーぜ!」

 

「カジノ警備か...それもいいな」

 

「アリア、一緒にこれをやるぞ」

 

「ふーん、カジノの警備?いいんじゃない?」

 

お互いのパートナーの了承も得られた。これで4人の確保に成功する。あと2人...誰か居たかな。

 

 

 

 

 

結局人は見つからず、3限目の授業...体育の水泳をやっているが蘭豹先生は拳銃使いながら水球をやれといって出ていってしまった。

 

ほとんどの生徒がフケて、携帯をイジったりしている。それでいいのか高校!

 

俺もボケー、とプールの端で呆けているとキンジがやってきた。

 

「隼人、そっちで人数の確保はできたか?」

 

「無理無理、皆やりたくねーって」

 

「薄情な奴らめ...」

 

キンジが俺の隣に腰を下ろして同じ様に呆け始める。

 

そこに武藤が車両科の生徒を、平賀さんが装備科の生徒を引き連れてやってきた。

 

何やらでかい物を担ぎ上げている。

 

「おーい不知火!プールから上がってくれ!」

 

武藤が大声で不知火を呼んで、プールから退けと言う。

 

不知火は笑顔で俺たちの方へ来ると、体を引き上げて俺たちの隣に座る。

 

「あはは、追い出されちゃったよ」

 

武藤たちが水の上に何かを浮かべ始めた。

 

潜水艦かなんかのラジコンかな、なんて思ってると潜水艦の背中がパカパカとハッチが開いていき、パシュッパシュパシュシュと音を立ててロケット花火が上がった。

 

『おー!』

 

それを見ていた生徒たちが武藤と平賀さんに拍手を送っている。

 

平賀さんなぁ...マジでスゲーレベルで仕事はしてくれるんだが、いかんせん不具合が多いんだ。

 

アームフックショットもブラドの事件の後に整備して貰うために持って行ったらモーターの基盤の一部が溶けていた。今は改良して貰っている所だ。

 

スプリングブーツは問題なく、今も使っている。

 

「おぅキンジ!隼人!見ろよコレ!超アクラ級原子力潜水艦『ボストーク』だ!コイツは空前絶後の超巨大原潜だったんだが、進水直後に事故で行方不明になっちまったんだ...。それを、模型とは言えオレと平賀が現代に蘇らせたんだ!」

 

「外でやれ外で」

 

「原潜かぁ...なぁ武藤、大和は作れねーのか?」

 

キンジは呆れていて、俺は他に作れるのがないか聞いてみるが、武藤は「大和はダメだ、誰だってやってるよそんなの」なんて言って相手にしてくれなかった。

 

俺はトイレに行く、と言って立ちあがってその場を離れる。

 

トイレから帰ってくると、武藤がキンジの携帯を持っていて、何かをやっている。

 

不知火はキンジを羽交い絞めにしている。武藤がキンジに画面を見せて、敬礼をした後にキンジに携帯を返した。

 

キンジはキレて武藤と不知火をボストークに叩きつけて真っ二つに圧し折った。

 

それを見終えてから近づく。

 

「何してたんだ」

 

「武藤がアリアに変なメール送りやがってな」

 

「お、おう」

 

「やってらんねーよ...」

 

キンジは頭を抱えて蹲っている。

 

そんなキンジの肩をポンポンと叩いて慰める。

 

「たまには流されるのもいいんじゃねーの?」

 

「何時も流されてるんだよ...」

 

「そういやそうか...」

 

――ドンマイキンジ、いいこときっとあるよ

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、キンジが俺の部屋にやってきた。

 

ジャンヌには悪いと思ったが、何やら深刻そうな顔をしていたので部屋から出てもらった。

 

「...ジャンヌは、女子寮の知り合いの部屋に行ってくれた。さぁキンジ、今度は何をやらかした?」

 

「...カナって知ってるよな...?」

 

「あ、ああ?あー...家族だっけ」

 

「ああ」

 

「それがどうしたんだよ」

 

「カナが今日...コッチに来てな。アリアを一方的にやりやがった。そのあと、俺の部屋に来たのがバレてな...」

 

「あー」

 

「自分なんかより家族の方がいいんだろう、なんて言って...カナを、悪魔だなんて言いやがったから...つい、プツンときて――――撃っちまった」

 

「...はぁー、なんで...お前はそう喧嘩ばっかするんだ...」

 

「...家族の事となると...抑えがきかないんだよ」

 

「アリアは、どうした」

 

「......」

 

「キンジ」

 

キンジの肩を掴んで、顔を覗きこむ。

 

「...おしまいだって言って...何もかもなくしたって言って...出ていったよ」

 

「カナは?」

 

「帰ったよ...」

 

「そうか...」

 

話を大まかに聞いて、俺もソファに座り直してカフェオレを飲んでふぅ、と一息吐く。

 

――胃が、痛ぇ...!

 

これまでの喧嘩とは、規模も亀裂も段違いだった。

 

なんで1日...というよりは半日で、そこまで関係が悪化できるのか凄く知りたい。でも知ったら知ったでもっと胃が痛くなると思うから嫌だ。

 

アリアに電話を掛けたとしても出ないだろう。凄い胃がキリキリする。

 

リビングのテーブルの上に置かれている胃薬を数錠取り出して口に含み、カフェオレで流し込む。

 

「とにかく、何度も言うが時間が解決してくれると思うな。キンジ...オメーが何とかするんだ。ヘルプが必要なら何時でも言ってくれ...可能な限り手伝うよ」

 

「...いつも、すまんな」

 

「気にすんなよ」

 

背中をバシバシ叩いてニカッと笑う。胃がギリギリと音を立てている気がする。

 

キンジの表情はやや暗いが、それでもさっきよりはマシになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何時ものようにいかないだろうとは思っていたが、今回の亀裂はマジで深かった。

 

1週間以上もキンジの部屋には帰ってこないし、一般科目の授業中は話しかけるなオーラを俺にもぶつけてきた。胃が悲鳴を上げる。

 

キンジが話題を振っても急いで逃げていくし...正直もうお手上げだと言いたい。

 

そうして期末試験まであっという間に行ってしまい...

 

 

 

 

 

 

夏休みに入った。

 

こんなに嬉しくない夏休みの入り方は初めてだ。問題を多く残したままだ。これからどうにかしなければいけない。

 

だが、一先ず休みに入ったんだから――ジャンヌと作り上げた計画表を実行していくことが最優先事項だ。

 

とにかくジャンヌと触れ合いたい。静かな時間を過ごしたい。

 

キンジとアリアに関わることなく、胃を少しでも休めたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏は始まったばかりだ。



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やべー夏休みは始まった

 

7月7日...夏休み初日。

 

俺とジャンヌは朝から部屋に籠ってひたすら一般科目の課題をやっていた。

 

ここが分からんだの、これが無理だのとジャンヌを頼ると、分かりやすい説明を付けて解き方を教えてくれた。

 

答えじゃなくて解き方を教えてくれる辺りがジャンヌらしいと思う。

 

そして、夕方――16時30分くらいまで課題をやって、続きを明日に回すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

そして少し暇になった辺りで、俺はジャンヌに声を掛けた。

 

「なぁ、ジャンヌ。祭りに行かないか」

 

「何?祭りだと」

 

「ああ、今日は七夕でな...上野の方で祭りがあるらしいから、行こうぜ」

 

「なら、すぐに着替えてくる」

 

「おー俺ぁアシを引っ張ってくるぜ」

 

「アシ?」

 

「見てのお楽しみだ」

 

そう言って寮から飛び出して、加速しながら車両科の格納庫へ向かう。

 

ギュンギュン加速していき、すぐに車両科へ着いた。

 

格納庫の方へ入っていくと、何名かの生徒が作業着を着込んで整備をしたり改造を施したりしているのが見える。

 

入ってきた俺に気付いたのか、1人の女子生徒が近付いてきた。

 

「あ、冴島くん、こんにちは」

 

「ああ、どうも...VMAX取りに来たんだけど、大丈夫か?」

 

「大丈夫だよ、夜中も空けておくから...あ、これシャッターの鍵ね。帰ってきたら仕舞って、閉めておいて」

 

「悪ィな」

 

「ううん、夏休みだもん。走りたいよねー暑いし」

 

「だな...じゃ、急いでるから」

 

ヘルメットを2つ引っ張って、片方を被ってもう片方をケースに放り込む。

 

車両科の女子生徒がシャッターを開けてくれる。

 

エンジンを掛けて、女子生徒にお礼を言って出ていく。

 

男子寮の前まで来ると、着替え終わったジャンヌが待っていた。

 

「それが、アシか」

 

「ああ。いいだろ?」

 

「ふむ...デニムを履いてきて正解だったな」

 

ジャンヌは白いシャツの上に黒いジャケットを羽織り、濃い藍色のデニムを明るい茶色系のベルトで留めている。靴はヒールのやや高い物を履いていた。

 

小物入れはベルトに似た色のポーチを持っていて、それがいい具合に映える。

 

髪をポニーテイルのように一カ所で結って、ビジュー付きのバレッタで華やかさを演出している。

 

「似合うなぁ」

 

「当然だろう」

 

フフン、とジャンヌが胸を張る。かわいい。

 

「じゃ、乗れよ」

 

ジャンヌにヘルメットを渡して、着けさせる。

 

乗ったことを確認してからアクセルを吹かして走り出す。

 

風を切る感触を味わいながら、上野駅に着く。公園近くの二輪駐輪場にバイクを止めて、降りる。

 

そのまま緋川神社までジャンヌを連れて歩く。

 

神社に近付くに連れて人が多くなっていくので、手を繋いで逸れないようにする。

 

ベタだけど、やってみたかったんだよな。

 

道行く人々がジャンヌを見て、通りすぎて振り返る。

 

ジャンヌが「何故見られているのか分からない」と言うが「銀髪は目立つだろ、白人だし」と言うと納得してくれた。

 

ジャンヌと一緒にわたあめの屋台へ行き、わたあめを買う。

 

「理子から話には聞いていたが...こんな物があるとはな」

 

ジャンヌは甘い、甘いと言いながらわたあめを少しずつ確実に処理している。

 

俺はタコ焼きや焼きそばも買おうかと考えたがジャンヌが夕飯を作ると言ったので買わず、鈴焼を買った。

 

ジャンヌはクレープを買ってご満悦だ。

 

ジャンヌと鈴焼やクレープを摘みながら歩いていると、御輿が通るという話を聞いたのでジャンヌと一緒に端へ寄る。

 

「何が始まるんだ?」

 

「ま、見てろって」

 

ほんの少し待っていると、遠くからせいや!そいや!と大声を上げながら御輿がやってくる。

 

大勢に囲まれた御輿がかなりの速度で通り過ぎていく。観衆はそれを見て大いに盛り上がっていた。

 

「な、なんだアレは...チャリオットか!?それとも、形は違えど戦象のような何かか!?」

 

ジャンヌがアワワと顔を青くして持っていたクレープを落としかけながら俺の肩を揺すっている。

 

チャリオットとか戦象って何時代だよと思い、苦笑を漏らしてジャンヌの疑問に答える。

 

「違う違う。ありゃ御輿だよ、ジャンヌ。昔は、神様が乗る物として作られたんだ。神様はアレに乗って風を感じてたのさ」

 

「日本の神は多いと聞くが、こうアクティブな神もいるのだな...」

 

「そりゃ米粒1つにも神様が宿る国だからな」

 

「さすが黄金郷だな」

 

「それ今関係あるか?」

 

そんな話をしながらブラリと辺りを散歩して、ふと腕時計を見ると針は18時30分を指していた。

 

「そろそろ、帰るか?」

 

「ああ、楽しかった。異国の祭りをこうして肌で感じる日が来るとは思いもしなかった」

 

「そりゃ、良かった」

 

ジャンヌの手を引いて、駐車場まで戻ってくる。

 

駐車料金を払ってロックを解除する。エンジンを掛けて、ジャンヌがしっかりと乗ってヘルメットを被ったのを確認してから出発する。

 

学園島にはすぐに帰ってこれた。やっぱりこっち行きの道は空いてるな。

 

ジャンヌを降ろして、バイクを車両科の格納庫へ仕舞って、カバーを被せてシャッターを閉めて、鍵を掛ける。

 

「あ、もう帰ってきたんだ」

 

「ああ、意外と早く着いたんでな」

 

「ふーん、どうだった?」

 

「え?」

 

「しっかり走ってこれた?」

 

「ああ、勿論だぜ。はい鍵」

 

「良かったね。また、乗りたくなったら誰かに声掛けてね」

 

「あいよ」

 

そうして、VMAXを取り出す時に出会った車両科の女子生徒と会話をして適当な所で打ち切って帰る。

 

 

 

 

 

 

 

寮に帰るとジャンヌが夕食を作り始めていた。

 

「ただいま」

 

と言うとジャンヌがスリッパの音をパタパタを鳴らしながらひょっこりと顔を出して、言った。

 

「おかえりなさい」

 

もはやいつも通り。お約束の流れになった挨拶をして、ジャンヌは再びキッチンへと戻っていく。

 

俺はリビングに向かい、テーブルの上にある夕刊を拾ってからソファに座り、テレビを点けた。

 

テレビでは夜のニュース番組が淡々と今日起きた出来事を纏めて流し続けている。

 

夕刊をパラパラと捲って世間の注目しているものが何かを読む。

 

ゆっくりとした時間が流れていく。

 

素晴らしい。誰にも邪魔されない、居心地の良い空間だ。

 

それからだいたい1時間ほど経っただろうか。夜のニュースは終わり、バラエティ番組で芸人たちがあれやこれやとネタを振っているのを見て笑っているとキッチンの方から声が掛かった。

 

「隼人、夕食が出来たぞ」

 

「ああ、今いくよ」

 

そう言ってソファから立ち上がって、ダイニングの方へ向かう。

 

席に着いて、ジャンヌが料理を運んでくる。

 

鶏もも肉のグリルやキッシュが運ばれて、付け合わせで茹でたブロッコリーとニンジン

、ほうれん草のソテーが置かれる。

 

そこにバゲットとオニオンスープがやってくる。

 

「簡単に作ってみたが、合うだろうか」

 

「簡単?これが?冗談キツいぜ」

 

「いや...茹でて、焼いただけだぞ?」

 

「それでも美味そうだからいいんだよ!ほら、頂きます!」

 

「ふふ、そう慌てるな...頂きます。この日本の、頂きますというのは...良い文化だな」

 

「ああ...俺たち日本人にとっちゃ、当たり前のことだけどな」

 

そこからは口数も少なくなり、料理を頬張り続ける。

 

食い方が汚いとジャンヌに苦笑されたが美味い物は美味いんだから仕方ないと思う。

 

ゆったりとした時間が流れていく。

 

 

 

 

 

 

 

夕食にたっぷりと時間を使い、食事を終えてソファに戻る。

 

ジャンヌはキッチンで洗い物をしている。

 

またテレビを見ていると、携帯が震えた。

 

携帯を開けて確認すると、メールが届いている。

 

送信者の名前を確認すると、キンジからだった。

 

メールを開けて中を見る。

 

『アリアと、一応仲直りできた。カナの話も、ちゃんとした。もう大丈夫だと思う』

 

その文面を見て、胃が解放される感覚を味わった。

 

しばらく胃薬に頼る必要は無さそうでホッとする。

 

返信用の画面を開き、文章を入力し始める。

 

『そうか、よかったな!これからはもっと仲良くやってくれよな?』

 

と打って送信する。

 

携帯を閉じて、天井を見上げて息を吐く。

 

「隼人。はい、どうぞ」

 

ジャンヌがいつの間にか洗い物を終えて、近くまで来ていたのかカフェオレの入ったカップを渡してくる。

 

「ありがとう、ジャンヌ」

 

「気にするな」

 

ジャンヌは俺の隣に座って、カフェオレを飲みながらテレビを見ている。

 

グッとカップを傾けて、カフェオレを飲む。

 

やっぱり甘い。俺の好きな、優しい甘さがある。

 

「何時飲んでも、美味いな」

 

「たかがカフェオレ1つで、大袈裟だな」

 

そう言いながらもジャンヌの口元は誇らしげに笑っている。

 

俺はそれを横目で見ながら薄く笑う。あ、そうだ...明日って何するんだっけか。

 

「明日の予定は、なんだっけか」

 

「ん...午前中に課題をやって、午後はゲーム機を買いに行く。私に色々と買ってくれるのだろう?」

 

そうだった。何時ぞやの時、ジャンヌにゲーム機を買う話をしていたのを思い出した。

 

「あー、そうだったな。よし...明日のことも分かったし、寝るか」

 

2人してカフェオレを飲み干して流し台に置いて、水を張る。

 

そのまま2人で洗面台へ向かい、歯を磨いて寝る。

 

今日のジャンヌは...やっぱり、俺の布団か。

 

「なぁジャンヌ、なんで最近ずっと俺の布団で寝るんだよ...暑くねーのか?」

 

「ん...人肌が恋しくなることもある。今の季節は有り得ないがな。簡単に言えば私はお前と寝たいのだ」

 

「...オメーそれ、誤解されるぞ」

 

「私は...別に、どちらの意味でもいいんだぞ?」

 

「なっ...あ...っ!?」

 

ジャンヌがサラリと言った発言に、赤面する。

 

「ふふふ...さぁ来い。一緒に、寝よう?」

 

ジャンヌが挑発的な笑みを浮かべて、布団に入り込んでいる。

 

そのままぽん、ぽん、と空いているスペースを手で叩く。

 

俺は顔を赤くしたまま、空いたスペースへと体を押し込んで、ジャンヌと布団を共有する。

 

「むぅ...まだ、耐えるか」

 

と、ジャンヌが小声で何か言っているがそれも無視して目を閉じる。

 

「俺ぁもう寝る...おやすみ、ジャンヌ」

 

「ああ。おやすみ、隼人」

 

ゆっくり、ゆっくりと睡魔がやってくる。

 

そして、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もどかしくて、やべー...



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ゲームに熱くなるとやべーことになる

12時に投稿しようかと思ったら遅れてました...( ˘ω˘)


7月8日...水曜日  夏休み二日目。

 

「こ、これが全部...ゲームなのか?」

 

「ああ、そうだ。さ、行こーぜ」

 

「ま、待て!置いて行くな!」

 

現在時刻は14時38分。ジャンヌと共にゲームショップへ行き、中に入ったところ。

 

ジャンヌは店内を埋め尽くすゲームやゲーム機に驚き、CMを垂れ流し続けているテレビに見入っている。

 

店の壁はポスターや来月販売予定と書かれた物や予約受付表のカードケースが掛けられていて本来の壁紙が見えなくなっている。

 

ジャンヌは初めて見た光景なのか先ほどから口が半開きになっている。

 

そんなジャンヌに声を掛けて目的の携帯ゲーム機コーナーに歩いて行くとジャンヌは置いて行かれるのが嫌なのか少し駆け足気味で俺の後ろを付いてくる。

 

「ここだ」

 

そう言ってジャンヌに携帯ゲーム機コーナーを指す。

 

「ほれ、選べ」

 

「選べ!?な、何を選べばいいんだ!」

 

「ハード」

 

「ハードとは何のことだ!こういうのはサッパリなんだ!」

 

「あー...ゲーム機本体のことだよ。ほら、ここ」

 

「う...どれだ、どれを選べばいい?」

 

「オススメは3000シリーズだな。出てからだいたい1年くらい経ってるが、最新モデルだ」

 

「3000シリーズとはどれだ、どこにある?」

 

ジャンヌはこういうのは初めてなのか、非常に慌てている。

 

「この列だよ、色を選んでくれ」

 

「い、色...?多いな...ど、どれにすればいいんだ」

 

「気に入った色でいいぜ。性能は一緒だしな」

 

「そうか...なら、銀にしよう」

 

「よし」

 

ジャンヌの選んだ色のカードを手に持って、少し歩く。

 

「さぁ、次はソフトだ」

 

「ま、また選ぶのか...?多すぎて見れないぞ...」

 

「いや、こっちは俺が選ぶよ」

 

「そうか...」

 

ジャンヌは草臥れた顔をしていたがソフトは俺が選ぶと言うと息を大きく吐いて少し表情を和らげた。

 

「まぁ、初めてだしコレでいいだろ。キンジとも一緒にやれるしな」

 

手に取ったのはモンスターみたいなハンターが頑張る奴。

 

「何だ、ソレは」

 

「簡単に説明するとだな...えーと、ファンタジーから出てきた様なモンスターを、神話から出てきた英雄みたいなプレイヤーがぶちのめして行く奴だ」

 

「面白いのか?」

 

「コレの最大の醍醐味はマルチプレイだぜ、ジャンヌ」

 

「マルチプレイ?」

 

「ああ、そうだ。1人で倒せない化け物がいるから、皆で力を合わせて倒す」

 

「なるほど...そうして絆を深めていくのだな?」

 

「絆が深まるかは知らんが...まぁ、楽しいよ。最初は難しいかもしれねーけど、俺も手伝うからよ」

 

「ふむ、分かった」

 

「よし、じゃあ...あとは小物でも買うか」

 

「小物?」

 

「ああ、本体だけを持ち歩くと落として壊れる可能性があるからな。ケース、保護フィルム、ストラップくらいは買っておこう」

 

俺はそう言ってテキパキと銀のケース、保護フィルム、青色の落下防止ストラップを手に取る。

 

「じゃ、会計いくぞ」

 

「あ、ああ」

 

会計を済ませて店内を出る。冷房の効いた店内から出ると外は熱かった。

 

「ちょっと暑いな...早めに帰るか」

 

「そうしよう」

 

買った物をVMAXのケースに入れて、ジャンヌが乗ったのを確認して出発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、何だコイツは!さっきから私の邪魔ばかりして!って、あー!」

 

今、俺の目の前には面白い光景が広がっている。

 

ジャンヌがゲームをやり始めた。

 

だが、目的のモンスターを攻撃しようと突っ込んでいって周りの取り巻きに妨害を受け続けて思うように行っていないみたいだ。

 

そしてさっきの絶叫。思うにこれは1乙したんだろう。一応聞いてみるか。

 

「ククク、突然叫んでどーした?」

 

「さっきから邪魔をされて、動きが止まった所に討伐対象のモンスターたちが突っ込んできたのだ!あんなの、避けられるワケないだろう!」

 

ウガー、とジャンヌが吠えている。珍しいなぁ。

 

「ジャンヌ、そういう時は先に取り巻きを処理しておくモンだぜ」

 

「そうは言うが、あまり上手く行かんのだ」

 

「始めたばっかだしなァー...それに村クエは手伝えねーし」

 

あ、でも。始めたばっかの頃に買った攻略本やらモンスターの弱点属性や弱点部位が事細かに書かれた解体新書なる物を持ってたな。

 

本棚の方に行ってしばらく目線を動かしてタイトルを確認する。

 

「あったあった。ジャンヌ、コレ見て頑張ってみろ」

 

「なんだ、これは」

 

「相手のスペックがだいたい分かるデータ表」

 

「...いいだろう、私はジャンヌ・ダルクだ。知謀を巡らせて勝利を掴んで見せよう。相手の事が理解できれば手札は増えていく。これで、あの化け物共を打ち倒してやる」

 

「頑張れよ」

 

「隼人も、見ていてほしい。私の勝利する瞬間を」

 

――いやコレゲームなんだけどね?

 

ジャンヌはすっかり熱くなっている。だがここで何か言うのも野暮だろう。

 

それにコッチのほうが面白そうだしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし!よし!やったぞ隼人!どうだ、私はあの、白い猿共に勝ったぞ!」

 

それから30分後くらいに、ジャンヌが突然叫んで、満面の笑みで画面を俺の方に見せながら四つん這いで近付いてくる。

 

「お、良かったじゃん......って、白い猿?」

 

ジャンヌの発言に疑問を抱き画面を見ると、白い猿を3匹倒せという、めちゃくちゃ簡単なクエストだった。

 

ジャンヌはやり遂げたような顔をしているが、これだけは言った方がいいだろう。

 

「ジャンヌ」

 

「なんだ、隼人」

 

「これ、一番最初の方にやるクエストだぞ」

 

「...?」

 

ジャンヌは意味を理解してないのか、そのまま首を傾けている。

 

「まだ始まったばかりだ。これからどんどん強いモンスターが出てくるぞ」

 

「何...!?奴らが、村を苦しめていたんじゃないのか!」

 

「こんなので苦しむ村ならやっていけねーよ...」

 

ジャンヌが絶望したような顔で画面を凝視している。

 

「まぁ、しばらくやってみろよ。ある程度装備揃ったら一緒にやろーぜ」

 

「...お前は私の先にいるのだな」

 

「そりゃやってる時間が違うからな」

 

「すぐに、追いついてやる」

 

「楽しみだ」

 

ジャンヌが気を引き締めて再びゲームを再開する。

 

真剣な表情でやり続けているジャンヌに声を掛けるのは悪いかと思いソファで横になって携帯をイジっていると、メールが届いた。

 

キンジからで、少しうげっとするが昨日問題は解決したばかりだし問題は起きないだろうと思いメールを読むことにした。

 

『2人確保成功。レキと白雪だ...これで提出してくる』

 

2人確保...カジノ警備の事だろうか。

 

なるほど、これで6人揃ったことになる。

 

返信用の画面を開いて文章を入力する。

 

『サンキュー!あ、そうだ。ジャンヌがゲーム買ったんだ。今度一緒にマルチしようぜ』

 

送信っと。

 

返信はすぐに帰ってきた。

 

『あの堅物そうな奴がゲームだと?以外だな』

 

確かに、普通なら買わないと思うだろう。

 

『ジャンヌも人の子ってことさ。今めっちゃやる気出してるぞ(笑)』

 

キンジから電話が掛かってくる。すぐに通話開始を押して、耳に携帯を当てる。

 

「へーいもしもし」

 

『メール怠いからコッチでやろう』

 

「それなー」

 

『で、ジャンヌがマジでやってんのか?』

 

「マジマジ、ジャンヌー、今大丈夫ー?」

 

キンジに証明するために耳から携帯をどけて、ジャンヌの方向にマイクを向ける。

 

「なんだ、隼人!今、忙しいんだ!ああ、この!何故そこで吠える!あ、ああーっ!」

 

ジャンヌがまた叫んで、床に上半身を倒していく。

 

それを見て携帯を耳元に戻す。

 

「クヒヒ、聞こえたか?」

 

『...マジみたいだな。とてもじゃないが、信じられないぞ...』

 

「これが現実だぜキンジ」

 

後ろの方で、ジャンヌは「もう一度だ!もう一度挑んでやる!」と言って体を起こしていた。

 

『ま、いいか...まぁ今度やる時になったら誘ってくれ。時間があったらやるからさ』

 

「おう、じゃーな」

 

『ああ』

 

通話終了を押して、携帯を閉じる。

 

ベッドに体を押し込んで、寝る事なく支柱に寄り掛かって胡坐をかいて小説を読む。

 

そのまま暫く小説を読んでいると、ジャンヌがベッドの方に入ってきた。

 

そのまま、ソロソロと移動して、俺の胡坐の上に座った。

 

何処となく落ち込んでいる様子だが十中八九ゲームのことだろう。

 

俺はちょっと笑って、小説に栞を挟んで枕元に置く。

 

そして、自由になった両手でジャンヌを抱きしめる。

 

「元気ねーなァジャンヌ。どーした?」

 

「...上手くいかんモノだな」

 

「たかがゲームだぜ、そう熱くなるなよ」

 

「ゲームであったとしても、隼人に置いて行かれるのは嫌なんだ」

 

「さっきも言っただろ...?やってる時間が違うんだ。経験の差はどうしようもないさ」

 

「むぅ...」

 

ジャンヌは不満そうに体を擦りつけてくる。若草の香りがする。

 

「まぁ、ちょっと休もうか。疲れちまった」

 

「寝るのか?」

 

「あー...そうする」

 

「分かった。私も一緒に寝る」

 

「へいへい」

 

ジャンヌが俺から降りて、先に布団を被る。俺も足を伸ばして体を滑り込ませる。

 

布団を被り、昼寝を始める前にジャンヌを抱きしめて引き寄せる。

 

「うー...」

 

「そうイジけんなよ...起きたら、飯にして...そしたら、俺もアドバイスするからよ」

 

「...本当か?」

 

「マジマジ」

 

苦笑を漏らしながら約束すると、ジャンヌは顔を俺の胸に押し付けて寝てしまった。

 

抱きしめている手の片方で、髪を梳く。指に髪が引っかかることはなく、サラサラと流れていく。とても、綺麗だ。

 

そんなことをしていると、眠くなってきたので目を閉じて昼寝を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲームに苦戦するジャンヌは、とても可愛かった。



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ジャンヌはやっぱりやべー

今回の話はやや官能的な表現があります。


「隼人、起きて」

 

ジャンヌに囁かれて、目が覚める。が、思った以上に抱き心地のいいジャンヌを離したくなくて顔を近付ける。

 

いつもと同じ若草の香りと共にシャンプーの匂いがする。

 

それが良い匂いで、心が安らいでいく。

 

「隼人...起きないと、夕食が...作れない...」

 

ジャンヌが身を捩っているのが伝わる。

 

このままでいい気もするが、食事も欲しい。

 

仕方がなくジャンヌを抱きしめたまま、体を左へ捻ってジャンヌを上に向けて腕の力を緩める。

 

「おはよう、という時間ではないが...目が覚めたか」

 

ジャンヌは俺に跨る形で上半身を起こす。その顔はやや赤く、口元には深い笑みを作っている。

 

「ああ...おはよう、ジャンヌ」

 

「さぁ、食事の準備をしよう。今日は隼人にも手伝ってもらうぞ。そして、夕食が終わったらアレの続きだ。フォロー・ミー」

 

「へいへい」

 

ジャンヌが先にベッドから出ていき、俺も体を起こす。

 

トイレに行ってからジャンヌの居るキッチンへと向かう。

 

ジャンヌはいつも通りポニーテイルにエプロンを付けて、パタパタとスリッパを鳴らして冷蔵庫へいったり、食器棚へ行ったりしている。

 

「で、俺は何をやりゃいいんだ?」

 

「野菜を切ってくれ。料理が下手でもそれくらいならできるだろう?」

 

「ああ、まぁな」

 

包丁とまな板を持って、そこにトマトやレタスやキュウリを持ってくる。

 

洗ったトマトを十字に切って四等分してヘタを切って捨てる。

 

レタスは食べやすい大きさに千切って、水で洗い流す。

 

洗ったキュウリを半分ほど使い、薄く切ってスライスする。

 

「出来たぞ」

 

「どれ...うん、よく出来てるじゃないか。偉いぞ」

 

「ただ切るだけだろーがよ」

 

――俺が苦手なのは味付けなんだ。どうしても濃くて、塩辛い味になる。

 

「ふむ、後は私がやろう」

 

「任せた」

 

ジャンヌはごま油、酢、砂糖、コチュジャン、中華スープの素を使ってドレッシングを作り、皿に盛りつけた野菜にそれをかけ始めた。

 

それと、パンと昼の残りのスープを食卓に並べる。

 

「さぁ、食べるぞ」

 

「ああ、美味そうだ」

 

『頂きます』

 

食事の際はほとんど喋らない。静かに食事をして、片付けのタイミングになってから喋る。

 

――このオニオンスープ美味いよなぁ...

 

サラダを食べて、オニオンスープを口に含んで思うのは、やっぱりジャンヌの飯は美味いということ。

 

今はまだフランスの家庭料理や簡単に出来る物で済ませていると言っていたが、本人は絶賛日本料理や中華料理を勉強中らしい。

 

何時この口に入ることになるのか楽しみで仕方がない。

 

「御馳走様でした」

 

「お粗末様でした」

 

片付けも今日は口数少なく、いつもより手際良く終わった。

 

先に俺が風呂に入り、後でジャンヌが入る。

 

風呂から上がり、髪をポニーテイルで纏めたジャンヌがやってくる。

 

「よし、やるぞ」

 

ジャンヌが、胡坐をかいて座っていた俺の上に乗る。

 

「ここに座る理由は?」

 

「画面が隼人にも見えた方がいいだろう?それに、ここはお前の匂いがする。気に入った」

 

「犬かよ」

 

「隼人も随分と熱心に私の匂いを嗅いでいるじゃないか」

 

「だってジャンヌは良い匂いがするじゃないか」

 

「私もそう感じているということだ」

 

ジャンヌとの会話で少し顔が熱くなるが1か月前程ではない。

 

ジャンヌがそのままゲームをやり始める。自分で言ったことなので、ジャンヌのアドバイスをすることに決めてしばらく見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこ、ガードできるだろ?ほら、今」

 

「こうか?おお、防げた!」

 

ジャンヌが盾を構えてモンスターの咆哮をガードする。それが出来たことが嬉しいのか、ジャンヌは喜んでいる。

 

「いいぞ、中々上達してきたな...奴が飛んだぞ、頭の方向はそっちで、閃光玉を投げるんだ」

 

「何?閃光玉だと...まぁいい。おお!落ちてきた!」

 

 

 

 

「そこだ、回避するんだ」

 

「避けられるのか!?ええい、やるしかあるまい!」

 

「そうすると...」

 

「岩に...!歯が刺さっているのか!」

 

「罠を仕掛けるんだ、捕獲するぞ」

 

「よし!」

 

 

 

 

 

 

 

「なんだこのでかい蟹は!」

 

「ソイツのゲロ当たると痛いから注意しろよ」

 

「胃液を吐くのか!?」

 

「ああ、皆ゲロって呼んでるだけで...なんて言えばいいんだろ。酸性の粘液?」

 

「悍ましいな...」

 

 

 

 

 

「あ、ジャンヌ。そこは不味い」

 

「え?あ、ああー!押し潰された!?」

 

「教えてなかったな、すまん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が空の王者だ...ずっと地上に居るではないか」

 

「でもアイツがずっと上にいたら面倒だろうからなぁ」

 

「何!もう一体だと!だが、緑色...?」

 

「あいつらは番なんだ。赤い方が雄で、緑の方が雌」

 

「夫婦でやってくるとは......隼人は来てくれないのか?」

 

「これ村クエだろ」

 

「むぅ...」

 

「此処にいるから、な?」

 

「しょうがない、今だけは許してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだコイツは、蟹よりもでかいぞ...!?あの頭の形...まさか、あの蟹の背負っていたものはコイツの頭だったのか!」

 

「ご名答。まさに山のような、怪物だぜ」

 

 

 

 

「砦を守らなければ街の人々が危険に晒される...やるしかない!」

 

「ここのBGMいいよなぁ」

 

 

 

 

 

「食らえ、この砦の槍を!...ダメか!? いや!やった、やったぞ!奴が退いて行く!」

 

「おめでとさん、守り切ったな」

 

 

 

 

ジャンヌに色々とテクを教えたり立ち回りを教えたりすると、スポンジみたいに吸収して上達していった。

 

まだ粗は目立つがフレーム回避を要求するワケでもないし、これくらいでいいだろう。

 

「さて、これで村クエなるものは制覇した。これで私も一人前だな?」

 

「ああ、下位クエストはこれで全部だ」

 

「...何?下位?」

 

「これからは、上位クエストだ」

 

「まだ、終わらないというワケか...!」

 

「ああ、だけどなジャンヌ」

 

「む?」

 

ジャンヌの顔を両手で掴んで壁の時計を見せる。

 

時計の針は23時50分を指していた。

 

「もう良い時間だぜ」

 

「おお...本当だ。よし、今日はこの辺にしておくとしよう」

 

「今度やる時は上位に行く前に集会所で俺と下位クエをやるか」

 

「ああ、そうしよう」

 

ジャンヌがセーブをしてゲーム機の電源を切る。

 

そのまま俺の足から退いて歯を磨きに行った。俺もその後を追う。

 

歯を磨きながら、ポニーテイルを揺らすジャンヌを見る。

 

――最近あの三つ編み見てないなぁ。

 

口を濯いで、ベッドに行くとジャンヌは相変わらず俺のベッドに入り込んでいる。

 

「明日の予定は、遠山とアリア、それに私が着いて訓練だ」

 

「おー、やるかぁ」

 

「やる気だな?」

 

「キンジが理論だけだが面白いモノを見せてくれるって言ったからなァ。ちょっと期待してんだ」

 

「そうか、私もお前に何か教えてやろうか?」

 

「例えば?」

 

ジャンヌは俺の質問に答えず、代わりに体を起こして俺の体の上に跨り、しな垂れかかってくる。

 

そのまま、顔を俺に向ける。目が合う。深くて蒼いサファイアの瞳に俺が映る。掠れるような声でジャンヌは顔を朱に染めて静かに言った。

 

「......私の味を、教えてやろう」

 

その言葉にドキリとする。心臓がドクンと一際強く唸る。顔が熱くなる。

 

静かな夜の雰囲気が、ジャンヌの色気をより強くしている様に思えてならない。

 

さっきまでゲームに一喜一憂していた少女のものとは思えない程の、色香にあてられる。

 

能力を使った覚えなど無いのに、音が消えていく。

 

視界に映るのは、銀の髪と蒼い瞳。そして、瑞々しい唇。そこから吐息が漏れるのを感じて、血潮が熱く滾るのを感じる。

 

目を反らすことが出来ない。まるで魔法でも掛けられたみたいに、首を、目線を。動かすことが出来ない。

 

世界が止まったみたいに、風の音も、感覚もしない。音は空気を揺らすことを忘却してしまったんじゃないかとさえ思う。

 

息を継ぐことさえ忘れて、彼女を見ていた。

 

白い雪の様な、華奢な造りの手は俺の顔をホールドして離さない。

 

蒼い瞳を持つジャンヌが、ゆっくりと顔を近づけてくる。

 

そのまま、顔はゆっくりと近づいて、少し傾いて――――

 

 

 

 

「ん...」

 

「――――」

 

 

 

 

俺の唇と、重なった。

 

 

静かに、重なった。

 

その事実を、脳が受け止め始める。理解していく。

 

半開きになった口から、ジャンヌの息が流れ込んでくる。

 

ミントの香りがする。脳がビリビリと電気でも受けたかのように震える。

 

人工呼吸のようなキス。

 

ゆっくりと、ジャンヌの息が流れ込んできて、体が痺れ熱を持ち始める。

 

そこにあるという事を確かめたくて、自由になった両腕をぎこちなく動かして...何度か宙を切って、ようやくジャンヌを抱きしめることが出来た。銀の髪を撫でると、スッと抵抗なく梳くことが出来る。

 

さわれる。ジャンヌは、此処にいる。確かめるように、強く抱きしめる。

 

少し息苦しくなってくるが互いが互いの唇の感触を確かめ合うようにして、決して離れない。

 

 

 

 

数十秒、1分...時間が分からなくなる程の、キス。

 

 

 

 

 

舌を絡めることもない、触れ合うようなキス。

 

 

 

それだけで、俺の体、その血潮は溶けた鉄でも流れているんじゃないかと思うような高熱を発し始めた。

 

 

どちらからというわけでも無く、自然と唇が離れる。

 

 

「...はぁ...っ...ん...」

 

 

 

ジャンヌの顔は赤く、浅い呼吸を何度も繰り返している。

 

 

 

月の明りが、ジャンヌの潤んだ蒼い瞳を見せてくれる。

 

それを見て...今度は俺から、ジャンヌを引き寄せた。

 

ジャンヌもこれから何をするのか理解した様で抗うことなく、身を委ねて目を閉じる。

 

2人の距離が近付き、ゼロになる。

 

 

 

 

そのまま、俺たちはもう一度――――キスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

月の静かな光が、部屋を照らしている。

 

 

 

 

 

夜は、まだ明けない。

 

 

静かに、過ぎていく。

 

 

 

時折響く、粘着質な音だけがこの部屋を包んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてのキスは、ミントの香りだった。




ジャンヌの魅力が、表現し切れない...

これほど悔しいことはありません...!


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キンジのやべー理論と俺の新技!

なんだか日が経つに連れてUAが増えていったり、お気に入り登録が増えていったり評価が付けられていたりするのが嬉しくて飛び回っております。感想が付くとチラチラ見に行ったり、ニヤニヤしております。(きもい)

駄文ばかりではありますが、よろしければ今後ともお付き合いくださいませ。


あれから一夜明けた朝。

 

俺たちは何事も無かったかのように接している。

 

ジャンヌが俺より先に起きて、俺を起こす。

 

俺はそうやって起こされて、朝食の匂いを嗅ぎながら顔を洗いに行く。

 

顔を洗って、ワックスで髪をざっと纏めて手を洗い洗面所を出るとジャンヌが席に座って待っている。

 

俺も席に着いて朝食を共にする。

 

いつも通りの朝だ。

 

そう、本当に――いつも通りの朝だ。

 

「今日は...キンジたちと訓練だったな」

 

「ああ...そうだ」

 

「なら、急ごうぜ。俺も試したいものがある」

 

朝食を手早く処理して、強襲科のトレーニングルームに行く。

 

そこには既に汗を滝のように流しているキンジと、額に汗を滲ませたアリアがいた。

 

「うーっす、やってるな」

 

「ハヤト!遅いわよ」

 

「悪ィな、最近暑くて寝付きがな」

 

「だったらもっと早く寝なさいよ」

 

「昨日はゲームに夢中になっててな...」

 

「ふぅん、武偵たるもの、自己管理はしっかりやりなさいよ」

 

「分かってるよ」

 

アリアの忠告を聞いて、キンジの方に近寄る。

 

「よっキンジ」

 

「...隼人か」

 

「さて、時間は有限だぜキンジ。喋ってもらおうか」

 

――お前の提唱した、一瞬だけ音速に至る()()()とやらを。

 

「...ここは、アリアとジャンヌが居る。ダメだ」

 

「...分かった。アリア、ジャンヌ!俺とキンジは組手をやるから向こうにいく!」

 

「そう、頑張りなさいよ」

 

「ふむ、まぁそれもいいな」

 

キンジの肩を掴んで、トレーニングルームからアリーナへ移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みの早朝ということもあって、人がいない。

 

「ここなら、貸し切りだな?」

 

キンジにそう言って笑いかけると、キンジは真剣な表情で辺りを見回して、盗聴されていないか念入りに確認し、互いにボディーチェックまでやるぞと提案して、やってきた。

 

こっちも一応キンジのボディーチェックを済ませて盗聴の心配がない事を確認するとキンジが小声で話し始めた。

 

「いいか、隼人。これは俺が本気になった時でも、限られた時間でしか出来ない――俺が『風魔』の技をヒントに作り上げたオリジナルの...自損技だ」

 

「反動が強すぎて、自分もダメージを受けるのか」

 

「ああ、そうだ」

 

「で、それは音速を超えるのか...?」

 

「ああ」

 

「よし...教えてくれ」

 

「...いいか?お前にだけだ。お前にだけ教える」

 

キンジは念を押して、俺にだけと強調する。俺はそれに頷きで答える。

 

「そして、出来る事なら一度も使わないでほしい」

 

「...わかった」

 

「まず、俺の全力で――時速36kmで駆ける。そのあと、つま先で100km、膝で200km、背中と腰で300km、肩と肘で500km、手首で100kmの加速を俺は生み出せる。それらを一瞬だけでいい、全く同じタイミングで...同時に動かせれば...ほんの一瞬だけ音速に到達する」

 

キンジの理論はぶっ飛んでいる。人間の体でそんな加速をすれば、きっと体にガタが来るだろう。

 

確かに、その理論なら一瞬だけ時速1236㎞に到達するはずだ。そして、円錐水蒸気が生まれて腕が傷つくだろう。

 

「だが、お前の場合は前提が違う...だからこそ、俺以上にこの技を危険な物に昇華させられる」

 

「あー...そうだな。俺は時速280kmオーバーで走れる。それこそ本気になれば秒速700m以上の速度だって出せる」

 

「そこまで、進化したのか...?」

 

「ああ」

 

「だったら、きっとこの技はお前が使うと、円錐水蒸気じゃ済まないだろう。反動も、えげつないことになるかもしれない」

 

「分かってる。だが、速くなれるならいい。それに俺には明確な攻撃技が足りないんだ」

 

「...本当にいいのか?」

 

キンジはしつこく聞いてくる。それだけ、危険な技なんだろう。

 

だが、望んでも手に入らなかったものが、目の前にあるんだ。

 

是が非でも取るだろう。

 

「ああ。覚悟の上だ」

 

「分かった。お前の場合...もっと速度を乗せる為に腕によるナイフ攻撃よりも、その超速度から生み出される蹴りのほうが致命傷を与えられるはずだ」

 

「...そうだな」

 

キンジが俺の戦闘スタイルを分析して、パンチよりもキックの方がいいという意見を出してくる。これに関しては同意する、パンチはあまり得意じゃない。

 

「恐らく使うタイミングとしては相手が、お前の背後にいる場合だ。お前はそれを確認してから左足、右足...どっちかを軸に回す。その勢いを殺さず同時に腰、背中、腕、肩、手首の力を同時に使った遠心力によって加速し――軸足にしなかった、攻撃するための足を振って更に加速する。その加速が乗り切った一撃を当てれば...当り所が悪ければザクロの出来上がりだな」

 

キンジはヒソヒソと俺に理論を説明する。そして、そのまま警告をする。

 

「例え親しい人であろうと、コレを見せるな。この技は隠しておくから意味があるんだ」

 

「分かった、分かったよ。で、キンジ...この技に名前はあるのか」

 

「...『桜花』 俺の場合は腕から撒き上がる鮮血が桜の花びらのように見えることから名付けた」

 

「ふむ...俺も、その名前にした方がいいか?」

 

「いや...もし俺たちのどちらかが使って、同じものだと悟られるのを避けたい」

 

「つまり名前を変えるってことだな?」

 

「まぁな。だが今じゃなくてもいいだろう」

 

「それもそうだ」

 

そうして一旦会話を打ち切って、軽くストレッチをしてから組手を行う。

 

キンジから秘伝技...『仮称桜花』を教わった。自損技だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息が上がるくらいに組手をして、キンジに俺の新技の開発に協力してもらう。

 

「何?新技だと?」

 

キンジが怪訝そうな顔をして聞いてくる。

 

「そう怪しむなって、オメーの奴よかよっぽど良心的だ」

 

「お前が言ってもなぁ?」

 

「ぐぬぬ...」

 

キンジに挑発され言葉を失う。

 

「まぁいい。今から『エルゼロ』まで一気に上げる」

 

「『エルゼロ』?なんだそりゃ」

 

「さっき話しただろ?銃弾に歩いて追いつける状態のことだ、それをそう呼ぶことにした」

 

「お前、マジでその『エルゼロ』とやらに成った状態で『桜花』を使うなよ!?当たった相手がどうなるか分かったもんじゃない!」

 

「まぁ状況次第だな」

 

「早速教えたことを後悔してきたぞ...」

 

「まぁそんなことは置いて、俺の新技の話をするぞ」

 

「ああ、もう何を言われても驚かんぞ」

 

キンジが呆れた顔をして俺を見てくる。その顔を絶対驚愕の表情に変えてやる。

 

「俺がやるのは『エルゼロ』に到達してから、相手が放った銃弾を掴んで、ベクトルが消滅する勢いで振ってやる。それだけだ」

 

「それ相当頭おかしいからな?」

 

「銃弾をナイフで真っ直ぐに斬るキンジ君に言われても説得力ないなぁ」

 

「ぐぬぬ...」

 

キンジの顔を驚愕に染めてやることはできなかったが、悔しげな表情には出来たので良しとしよう。

 

「で、これからその実験をする」

 

「は?」

 

「やってみなきゃわかんねーだろ!ほら、とっとと撃て」

 

「マジで言ってんのかお前!バカじゃねぇの!?」

 

「いいから、早くやれ!」

 

「ええい、信じてるぞ!...行くぞ!」

 

 

 

 

キンジがベレッタを抜いて発砲したその瞬間、一気に『エルゼロ』へ到達する。

 

射出されたばかりのベレッタの9mm弾が銃口から螺旋回転をしながら出てくる。

 

それを目で確認して、歩いて近寄る。

 

そして、射出されたばかりの弾丸を手で掴んで、思いっきり振る。

 

そのまま握っていると熱いので、すぐに手を放して地面に向けて弾丸を落とす。

 

『エルゼロ』を終えて元の速度に戻ると、排出された薬莢が落ちるよりも速く勢いを失った弾丸が落ちていく。

 

 

 

 

「マジかよ...」

 

キンジがその光景を見て驚愕している。

 

「これが俺の、瞬間絶対防御術...その名も『イージス』だ」

 

「そりゃイージスシステムから持ってきたのか?」

 

「何で分かったんだよ!?」

 

「そんなに分かりやすい名前もないと思うぞ...?」

 

――あれぇ、おかしいな...結構必死に頭捻って付けたんだがなぁ。

 

「まぁ弱点としては『エルゼロ』の状態じゃないと使えないこと。長時間の使用が不可能なことだな」

 

「だがそれを接近戦で、任意のタイミングで使えれば最強の防御になる...まさしくイージスだな」

 

「キンジも使っていいんだぜ?」

 

「出来るかバカ」

 

「いやいや!オメーなら出来るって!いつかやるって信じてるぜ!」

 

「そんな状況だけはゴメンだ」

 

キンジと話をしながら、組手へと戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強襲科の頃の勘が戻ってきているのか、次第に攻撃を防がれていきカウンターを貰うことが多くなってくる。

 

キンジはやっぱり、強襲科の人間だなと思う。たまにフェイントも混ぜるがキンジは引っかからない。むしろそのフェイントを逆手に一方的なカウンターを叩き込んでくる。

 

「クソッ!ちょっとくらい手加減しろや!」

 

「こっちも、必死なんだよ!」

 

キンジに攻撃を防がれ、流され、カウンターを貰って少し動きが大雑把になっていた俺は、渾身の右ストレートを打つもキンジに掴まれ、勢いを利用されて投げ飛ばされた。

 

アリーナの床にビターン!と落ちる。疲れた...。

 

「あー...床冷てぇ...」

 

「何を言ってるんだお前は...丁度いいし休憩するか...」

 

床に叩きつけられたまま床の冷たさを味わっていると、隣にキンジが腰を下ろしてくる。

 

そのタイミングでアリアとジャンヌが入ってきて、時間もいいし昼食を摂ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『仮称桜花』に、『イージス』。新しいモノは手に入れたが、まだだ。

 

まだ速さが足りない。

 

 

そう。もっと速さを(Need For Speed)!!



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カジノを襲撃するやべー奴ら

UA25,000って何ですか...(驚愕に手が震えています)


キンジたちとの訓練から3日ほど経った日の昼頃。

 

昼食を食い終えてテレビを見ているとインターホンの鳴る音が聞こえ、ジャンヌが見に行った。

 

「む?隼人、遠山だ」

 

「あー、上げてくれ」

 

ジャンヌは覗き穴で誰が鳴らしたか確認すると、来訪した人物を知らせてくれる。

 

「遠山、何の用だ」

 

「カジノ警備にあたって、『来場者の気分を害さないように一般客・店員に変装の上で警備して頂きますようお願いします』って言われてな。その小道具を持ってきた」

 

「なるほどね」

 

「ふむ...私は店員...ディーラーか。隼人はなんだ?」

 

「えーと...なんだこりゃ、青年IT社長のボディーガード...?」

 

なんで警備しに行くのに誰かを警護しなきゃならんのだ。

 

「あー、ボンボンの設定にしたいのか...」

 

キンジが忌々し気に呟く。

 

あ、もしかして...笑いが浮かんでくる。

 

「青年IT社長ってキンジのことかよ!似合わねー!ハハハハハ!!!」

 

「うるせー!俺だってこんなやる気の無さそうな社長は居ないだろとか思ってたよ!」

 

「隼人、着替えよう。サイズが違ったら大変だからな」

 

「クヒヒ、ああ、ヒヒッ...そうしよう」

 

「隼人、お前今度組手するとき覚悟しとけよ」

 

キンジの発言を無視してキンジを一旦部屋から追い出して、俺は風呂場で着替え始める。

 

入っていた服は青いシャツに黒い上下のスーツ、濃い茶色のネクタイにサングラス。靴はスプリングブーツで誤魔化せるな。

 

髪型の指定まである。ワックスでオールバックにしてほしいとあった。

 

――こんな絵に描いたようなボディーガード、今時いないと思う。

 

髪型に関しては今はやらず、普通に服だけ着て風呂場から出る。

 

「ジャンヌ、終わったか?」

 

「ああ、問題ない」

 

聞いてから、部屋の扉を開ける。

 

目の前には金のボタンが留められたチョッキを着ているジャンヌ。下は勿論ズボン。

 

「バニーガールよりはいいな。隼人も随分とスーツが似合ってるじゃないか」

 

ジャンヌが自分の格好を見てクルっと回る。そのあとに俺の服装を褒めてくる。

 

「警備をしに行くのにボディーガード...まぁツーマンセルで動きやすくなるから有り難いけどな」

 

「理子と私に付けられた傷が、いい味を出しているじゃないか。日焼けもして少し黒くなった肌もそれっぽく見えるぞ」

 

「嬉しくねー...」

 

2人とも着替え終わったのでキンジを呼びに行く。

 

キンジはジャンヌの格好を見てホッと息を漏らし俺の格好を見て挑発的な顔をする。

 

「おーおー、ボディーガードっぽいじゃん。じゃあ当日はしっかり頼むぜ?ボディーガードくん?」

 

「めっちゃ腹立つ!」

 

キンジに掴みかかろうとするがキンジはニヤけた面のまま玄関の扉を閉めて退散していった。

 

なんか、不安だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからかなり時間が飛んで、7月24日。

 

警備当日。

 

台場のカジノにやってきた俺たちは既に着替え終えている。

 

防弾仕様のベンツをスーツを着た武藤に運転させ、俺は武藤の隣に、キンジは後部席に座っている。

 

キンジは落ち着かないのか何度もネクタイを整えたり髪をイジったりとそわそわしている。

 

「落ち着けキンジ、ただの警備だ」

 

「分かってるんだが、予想以上にお前の格好が似合ってて落ち着かないんだよ」

 

今の俺はオールバックに、サングラスを掛けている状態。

 

威圧感がやばいらしい。

 

「頬の傷とかマジで俺を庇って受けたっぽく見えるんじゃないか?」

 

「知らんがな」

 

「着いたぜ2人とも。俺は一旦帰るぞ」

 

「ああ、サンキューな」

 

「アシ代わりに使ってすまんな」

 

「気にすんな!単位獲得、がんばれよ」

 

「ああ」

 

話を終えて顔から表情を消す。

 

そのままドアを開けて降りて、しばらく辺りを見回してから後部席のドアを開ける。

 

狙われそうなポジションに立ってキンジが安全に降りれるように配慮する。

 

降りたのを確認してからドアを閉めてキンジの右隣、1歩後ろに立って後を追う。

 

カジノ『ピラミディオン台場』はその名前の通り巨大なピラミッド型に作られていて、全面がガラス張りになっている。

 

キンジが視線を色々な物に映すのとは対照的に、俺は人や襲撃してきそうなポイントに目線を動かして警戒する。

 

キンジが受付の前に行き、合言葉を伝える。

 

「両替を頼みたい。今日は青いカナリヤが窓から入ってきたんだ。きっとツイてる」

 

そんな合言葉だったのか。知らなかったから、ちょっとびっくりしたが俺の顔の筋肉は一切動かない。

 

受付から離れて中へ入っていくと、ドリンクを配給しているバニーガールたちに会う。

 

キンジがバニーガールの方を見ていると、バニーガールに装ったアリアが近付いてくる。暫く様子を見て、キンジの耳を引っ張ろうとしたので伸ばした腕を掴んで止める。

 

「な、何?」

 

「依頼中だ、アリア。しっかりやってくれ」

 

小声でアリアにそう話すと分かってくれた様であっさりと下がって戻っていった。

 

暫く警戒という体でカジノをぶらつき...星伽がスタッフルームに逃げていくのを目撃した。

 

キンジはそれをみてまた少し見て回って、それからスタッフルームへ移動を開始した。

 

俺もそれを追って一歩後ろを歩きながら入っていく。

 

キンジと星伽がスタッフルームの中でイチャつき始めたので心を無にする。

 

――帰ったらジャンヌとイチャつきたいなぁ...

 

――かえりてー...もう単位とかいいから、かえりてー...!

 

「おい、隼人?大丈夫か?泣いてないな?よし」

 

「何がよしだ」

 

「こういうの見るとお前何時も泣くじゃん」

 

「今の俺は、ボディーガードだ。心を無にしてやることをやるだけだ...グスッ」

 

「ダメだったかー」

 

心の汗は正直だ。

 

「グスン、星伽は?」

 

「気絶したよ」

 

「そうか...」

 

星伽を寝かせたキンジは、2階の特等ルーレット・フロアに向かった。

 

俺もそれに追従する。

 

 

 

 

 

 

 

そのフロアの一角には、大勢の見物客が居る。

 

キンジも興味が沸いたのか様子を窺っている。

 

俺もサングラスの中の視線をそちらへ向けると、ディーラーの格好をしたレキがいた。

 

ジャンヌを探すと、別の席で普通にディーラーをしていた。

 

あれなら問題無さそうだ。

 

レキの方に視線を戻すと青年が大金をスったけどまた賭けるよ、勝ったらレキを貰うよみたいな話をしている。

 

レキは表情1つ変えないので、周囲に怒り心頭だと思われているらしくかなり険悪な雰囲気が広がっていた。

 

それを見兼ねたキンジが自分もゲームに参加すると言って飛び込んでいった。

 

何してんだアイツ。

 

キンジと青年が口論のようになるがキンジは一切相手にしていない。

 

キンジは黒に賭けた青年とは真逆...赤の23に100万のチップを1枚置いた。

 

それを見たレキがゲームをスタートさせる。

 

白球を、機械のような精密動作で...ん!?

 

――アイツ、指先で弾いて...回転を加えた!

 

レキが意図的に回転を加えた白球はルーレットの縁を不規則な回転を起こしながら滑っていき、カツン、カツンと仕切り板の上を跳ねていく。

 

跳ねる度に減速、方向が修正されていき...赤の23に落ちる。

 

――狙いやがったな...

 

顔には出さないが、ニヤリとする。こんな神業、目の前で見せられたら笑ってしまう。

 

青年はボロ負けして、レキを手に入れることは諦めたのか携帯の電話番号かメールアドレスだけでもと食い下がっている。

 

レキはそれを受け流して発言をしている。

 

「お集まりの皆さんも、本日はお帰り下さい」

 

レキが一瞬、俺の方を見て、すぐに視線をフロアの片隅に向ける。

 

それを受けてフロアの片隅を見ると、上半身裸で、腰に茶色の布を巻いた、黒いペンキを塗ったような、少年探偵漫画に出てくる犯人みたいな奴が走ってきていた。

 

だが、最も歪なのはその頭部。

 

頭が、犬...いや、ジャッカル...?みたいになっている。

 

そして――その手には斧を持っている。

 

危険人物?半分以上人間の体だし人物でいいか!

 

懐からXVRを抜き取って、ジャッカル人間に銃口を向けて叫ぶ。

 

Freeze(止まれ)!」

 

銃を見た青年や、一般客が怯えて蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。

 

同じフロアにいたジャンヌが警戒して、拳銃を抜く。

 

ジャッカル人間は止まらず、むしろその勢いを増して突っ込んでくる。

 

撃とうかとしたその時、ぐるぅぉん!という大きな唸り声が聞こえ、白いでかい犬がジャッカル人間に突進してスロットマシンまで吹き飛ばした。

 

「白い犬...オメーあの時の!」

 

「ガァウ!」

 

「ハイマキです」

 

「そんなことは良い、全員銃を抜け。殺人未遂、威力業務妨害で奴を逮捕する」

 

キンジがベレッタを抜きながらジャッカル人間を見据える。

 

「キンちゃん!ダメ!その黒い人型の中身に触れると呪われちゃう!触らないで!冴島くんも、レキさんも!」

 

「呪いって...ありゃ超能力で出来た奴か?」

 

「うん、蟲人形っていうの」

 

「ふん、厄介な物を...奴か」

 

星伽がやってきて、簡単に説明をしてくれる。そこに、ジャンヌが合流する。

 

星伽は刀を抜こうとするが、そこに刀はない。

 

刀は実家に没収された後に盗まれたらしい。

 

だが、すぐに札を取り出すと何かを唱え、札が燃え始め炎の塊となってジャッカル人間に命中する追尾弾に変わった。

 

バシバシバシュウウウウッ!!

 

炎がジャッカル人間を包むが、効果は今一つみたいだ。

 

「ダメです。アレはおそらく火に強い」

 

「私の氷も、ダメそうだな」

 

レキがドラグノフをテーブルの下から取り出しながら喋る。

 

ここで『属性』と『相性』の話をしたい所だが、非常に面倒なので割愛する。

 

ゲームだと4~5種類に纏められてるものが、本当なら80種類くらいあるよってだけの話なのであまり気にしなくてもいい。

 

「来なさい傀儡!キンちゃんには指一本触れさせない!」

 

星伽はそう言って突進していく。

 

――あれじゃ銃での援護は出来ねーな...

 

星伽が、丁度いい感じに射線に動くのだ。

 

星伽はジャッカル男の斧を避けて、貫手を二本放つがジャッカル人間はそれを避けて、カウンターを打とうとしている。

 

それを見た俺は加速していき、星伽の首元、襟を掴んで後ろに引く。

 

そのまま投げ飛ばす形で地面に転がして、射線を確保する。

 

ジャッカル人間のカウンター...掌底が飛んでくるが今の俺からしたら止まって見えるレベルのものだ。

 

「...っと」

 

カウンターにはカウンターで蹴ろうとしたが、横に飛ぶ。

 

そのままXVRを3発――腕、肩、つま先に向けて撃つ。

 

そのまま加速を終えると、キンジとレキとジャンヌが援護射撃をしてくれていたのか、複数の銃弾がジャッカル人間に突き刺さる。

 

着弾の衝撃で身を捩りながら倒れたジャッカル人間の喉元にハイマキが噛みつく。

 

それを何度か繰り返すと、ジャッカル人間はサラサラと形を崩していき砂鉄になった。

 

そして、砂の中からコガネムシが出てきた。

 

「隼人さん、キンジさん。あの虫は危険です」

 

レキが緊張感を強めた声で言ってくる。

 

「分かってるよ、ありゃジャンヌの膝に着こうとした奴と一緒だ」

 

「何?あれはスカラベ...なるほど。隼人、ありがとう」

 

「あ?何だよイキナリ」

 

「あれは憑いたものに不幸を運ぶ呪物の類だ。以前私の足に着こうとしていたのも、アレだろう...お前はそれを未然に防いでくれたということだ」

 

「ほーん...じゃ」

 

ジャンヌの話を聞いて加速していき、扉から逃げようとしていた虫を扉とブーツの底でサンドイッチにする。

 

グシャリと潰れた感触が伝わるが、そのまま扉に足を擦りつけて下し、床をグリグリと踏んで虫の痕を消す。

 

そこで加速を終える。

 

「こうすりゃあ...いいワケだな?」

 

「お前という奴は...」

 

ジャンヌが溜息を吐く。

 

レキが着剣する。ジャンヌがエストックに改良したデュランダルを抜き、Cz100を構え直す。星伽も立ち上がって、札を取り出す。俺もサングラスを外してネクタイを捨てる。

 

キンジだけが、呆けている。

 

「おい、キンジやい、ボサっとすんな」

 

「は?何言ってるんだ...?」

 

「まずは白兵戦で数を減らしつつ、場所を移動しましょう。ここは狙撃には向きません」

 

「だな...俺とキンジが前衛をやる。ジャンヌと星伽は中衛、フォローしてくれ。レキは暫く撃たない方がいい」

 

「それで行くか」

 

「待て、何の話だ!敵はもういないじゃないか!」

 

キンジが状況を呑み込めていないのか、ハッピーな事を言ってくれる。

 

「おいキンジ、シャンデリアの方を見ろよ。あれが敵に見えないなら...お前のお友達か?」

 

キンジは俺に言われたように顔を上に向け、ぎょっと目を見開いた。

 

そう、びっしりと天井にジャッカル人間たちが張りついている。

 

数が多すぎて正直キモい。

 

「いや...あんな物騒な友達はいないな」

 

「オメー普通の友達もいないもんな」

 

「はっ倒すぞ」

 

キンジもようやく警戒してくれたようで、ベレッタを構え直す。

 

とりあえず天井に張り付いた奴に向かって、弾を吐き出せるだけ吐き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが...

 

「キリが、ねぇな!」

 

「ああ、全くだ!」

 

このままじゃ弾丸だけを一方的に消耗して終わるだろう。

 

何体か天井に張り付いてたのは落として始末できたが、数が多すぎる。

 

その時、ジャンヌが何か思いついたのか俺に声を掛けてくる。

 

「隼人!アレ、使えるとは思わんか?」

 

ジャンヌがビッと指したのは、最初のジャッカル人間がハイマキにぶち込まれたスロットマシン。

 

そこからジャラジャラと光を反射させるコインが溢れ出て、山のように積み上がっていた。

 

「なるほどね!」

 

加速しながらスロットマシンに駆け寄り、落ちていたコインを両手で掴み宙に放り投げる。

 

そこから更に『エルゼロ』へ突入し...宙に舞ったコインはその場で固まったかのように動かなくなる。

 

「ジャック・ポットってな...持ってきなァ!ツイてる野郎共!」

 

体を捻って、サッカーボールのようにコインを蹴り飛ばす。蹴られた衝撃でコインがグシャリと形を変えていく。

 

勢いがついて、少しだけ進むコインの機動は、ジャッカル人間の頭部に向かっていく。

 

それを確認して、次々にコインを蹴りつける。

 

最後の一発を蹴り終えて、『エルゼロ』を終了する。

 

元の世界に戻った瞬間、コインは銃弾のような速度で飛んでいき――

 

ビシビシビシビシビシビシビシィイ!!!!!!!!

 

と天井に張りついてたジャッカル人間たちに命中する。

 

頭部を破壊されたジャッカル人間たちは地面に向かって落ちていき、途中で体を砂鉄に変えて消滅する。

 

だがまだ数が多い。

 

そこに、アリアが合流した。2丁のガバメントをバスバス撃ちながらやってくる。

 

「アンタたち!ボサっとしない!ハヤトを見習いなさい!」

 

アリアが片手で俺を呼ぶ。そして、すぐにその手をシャンデリアに向ける。

 

「サーカスでもやンのか?」

 

「冗談言ってないで、早くしなさい!」

 

「アイ、アイ、マム!」

 

俺が全速力で掛け寄ってアリアの元まで行く。

 

そのまま足を後ろに引くと、アリアが両足を綺麗に揃えて跳躍した。

 

アリアが跳躍したのを見て引いた足を前に出して、蹴り上げた。

 

その蹴り上げる動作の途中でアリアが俺の足に足を乗せる。

 

「行くぜ!」

 

そのまま、足を振り抜けてシャンデリア目掛けてアリアを押し上げる。

 

アリアは俺の足がギリギリまで伸びたあと俺の足を床代わりにして跳躍し、シャンデリアに飛び乗った。

 

「レキ!」

 

アリアがそのままレキの名前を呼び、レキがドラグノフでシャンデリアの金具を射撃した。

 

ダン! キィン!!!

 

シャンデリアはその勢いでグルグルと回りだす。

 

アリアは回るシャンデリアの上に乗って、天井に張りついたジャッカル人間たちにガバメントの雨を撃ち始めた。

 

薬莢がバラバラと排出されていく。

 

そしてジャッカル人間たちも一緒になって落ちてくる。

 

キンジ、ジャンヌ、レキ、俺で床に落ちた奴の中で立ちあがろうとする奴を仕留める。

 

そして最後の2体も床に落ちてきた。

 

そのままレキが、シャンデリアの金具を撃ち抜いた。

 

支える金具が無くなったシャンデリアが、グアッと落ちてくる。

 

アリアごと落下してくるシャンデリアに一体が押し潰されて、砂鉄に変わる。

 

最後の一体が、遠吠えを上げて窓の方へ走っていく。

 

それを見て加速し始め、窓の前に移動する。

 

「悪ィけど、ここは通行止めだ」

 

そのままXVRでジャッカル男の両膝を撃ち抜く。ジャッカル人間は勢いを殺しきれず、膝でスライディングをしながら俺の前まで滑ってくる。

 

「そぉっら!よっ!」

 

近くに置いてあった観葉植物を掴んで持ち上げ、植木鉢の方を上に向けてフルスイングでジャッカル人間の顔面をぶん殴って吹き飛ばす。

 

殴られたソイツは体をピクピクと震わせて砂鉄に変わった。

 

逃げようとする虫を踏み潰して、周りを見る。

 

「大量の弾痕に、スロットマシンの破損、ドア数枚の破損にシャンデリアの破壊...おまけに観葉植物の破壊と来たもんだ。依頼失敗かもな?」

 

「観葉植物に関してはやらなくても良かっただろ」

 

「ナイスよハヤト。ゴレムが外に漏れるのは防げたわ」

 

だが、これで終わりじゃない。

 

下を見ると、1階に落ちていったジャッカル人間が走ってどこかへ逃げてしまった。

 

「アリア、下にもう一体いたぜ?」

 

「結局逃げられるのね...」

 

アリアがリロードしつつ愚痴を零す。

 

「ゴレム...?ムシヒトガタじゃないのか?」

 

「キンジ、簡単に説明するとありゃラジコンだよ...魔力で動いてるラジコンだ」

 

「成程、分かりやすい」

 

「あらキンジ、やけに落ち着いてるじゃない」

 

「慣れちまったことに悲しんでるのさ」

 

「そう、いいことよ。こういう時に冷静になれるのは、とても良い事よ」

 

アリアがニヤリと笑う。キンジは溜息混じりに笑っている。それを見て、俺も口元がニィと裂けていくのが分かる。

 

「そんじゃ――」

 

アリアが余裕のある表情で俺とキンジを見ながら言う。

 

「一丁」

 

俺が言いながらXVRのリロードを終えてキンジの方を見る。ガチャン、とシリンダーを閉じる。

 

「――やりますか」

 

キンジが苦笑しながらベレッタのリロードをしてスライドをコッキングして、言う。

 

 

これより、追撃戦を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カジノ襲撃のやべーやつを追いかけて1階へと駆け抜けていく。



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東京湾でやべーバトル!

レキ、星伽、ジャンヌに現場説明を任せて俺たち3人は逃げたジャッカル人間を追いかけて1階へ行く。

 

ここのプールは海と繋がっている。それを知っていたのだろう、ジャッカル人間はプールから脱出し、海へと水面を走って逃げ出した。

 

それを見たキンジが絶句しているがアレは超能力者が作ったオモチャだ。何でも有りの体現みたいなモンじゃないだろうか。

 

キンジとアリアがプールの縁に停まっていた水上バイクに乗り込む。

 

俺は1人でもう片方の水上バイクに乗る。

 

エンジンを掛けて、キンジたちの準備が終わるのを待つ。

 

アリアは泳げないことから、かなり水に対して恐怖心があるようでキンジとアリア、どっちが操縦するかで揉めていた。

 

キンジが運転する事にしたようでアリアを後部席に移動させようとするがアリアがかなりビビっていて操縦席に座った状態で反対側を向いてキンジにコアラみたいにしがみ付いている。

 

キンジはかなり困惑していたが、突如として雰囲気が大きく変わる。

 

そしてアリアの耳元に顔を近付けて何かを囁いている。

 

――キンジもたまに変になるよなぁ

 

その間にキンジはアリアの向きを正面に向かせて、ハンドルを握らせる。

 

キンジたちの水上バイクはようやくエンジンが掛かり、アイドリングが始まった。

 

その直後、アリアが唐突に叫ぶ。

 

「いつものキンジも!今のキンジも!どっちもバカキンジだわ!ハヤト、行くわよ!」

 

アリアはそう言ってすぐにアクセルを全開にしてすっ飛ばしていった。

 

「あいよ!」

 

俺もアクセルを全開にしてアリアたちに追いつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

プールから海に流れていく水路を2台の水上バイクがほとんどウィリーのような姿勢で水面を跳ねながら進んでいく。

 

狭い水路を抜けると、海へ飛び出した。

 

4足歩行で獣のように水面を駆けていくジャッカル人間は気持ち悪いくらいに速いが俺たちの水上バイクでも十分に追いつけている。

 

キンジがベレッタを取り出し、ジャッカル人間に向けて射撃する。

 

ガン!と音がしてジャッカル人間が体勢を崩して沈んでいく。

 

――こんなに揺れる水上バイクの上から、よくやるぜ...!

 

キンジの射撃は称賛に値するものだった。それくらいに凄い一撃だった。

 

だが仕留めたのはいいが、このままじゃ普通のブレーキだけじゃ対岸の波止場にぶつかるだろう。

 

その時にアリアが水上バイクをターンさせ始めたので、俺もそれに倣って逆側から、外側を抜けるように大きくターンをして止める。

 

俺の水上バイクの方はエンジンが動いていたが、キンジたちが乗っていた方はツイてなかった様でエンストを起こしていた。

 

夕陽が煌めいている東京湾を横目に、アリアとキンジのイチャつきをバックミュージックに携帯でジャンヌに連絡を取ることにした。

 

「もしもし、ジャンヌか?俺だ」

 

『隼人か。そっちはどうだ』

 

「問題ねー、ついさっきキンジが仕留めた」

 

『これから戻ってくるのか?』

 

「そのつもりだぜ」

 

『ん、分かった』

 

「じゃあな」

 

『ああ』

 

通話を終了して、携帯を仕舞う。

 

キンジたちの方を見ると、アリアと操縦を交代したキンジがエンジンを掛け直している。

 

帰りは俺が先行して帰ることになり、キンジたちの少し前を走っている形になる。

 

「しかし、今回の騒動...誰がやったんだろうな」

 

「さぁな...大方エジプトのやべー奴らだろ」

 

「そうね...国粋主義者が超能力者でも雇ったんじゃないかしら。彼らは昔から遺産は略奪されるわシンボルを持っていかれるわで愛国者たちが怒ってるのよ」

 

――なるほどねぇ...。

 

「確かにな...彼らからしたら、ピラミッドをカジノにするなんて冒涜もいい所、ということか」

 

「ええ、そうよ...でも、暴力はいけないわ」

 

強襲科の人が言っても説得力ないと思うんですけど。

 

その時、遠くの方から銃声のような雷のような音が波の音に掻き消されながらも、微かに聞こえた。

 

「キンジ、ハヤト――――第2射に、気をつけなさい」

 

「...アリア?」

 

「どうした...第2射?」

 

俺が、アリアの方を見るとアリアの手がキンジから離れ、ゆっくりと海に落ちていくところだった。

 

「撃たれた...らしい――わ」

 

アリアが海面に落ちて、消えていく。

 

迂闊だった。誘き出された。狙撃手なら何処からでも狙える東京湾へ、引き摺りだされた。

 

キンジも俺も苦い顔をする。アリアを助けなければ。

 

急いで水上バイクをUターンさせて止めて...驚く。

 

先ほどまで波止場になかった...古めかしいデザインの船が浮かんでいた。

 

金や銀で飾られた船体は細長く、L字に湾曲した船首と船尾は柱のように天を指している。

 

途轍もなく長い櫂を整然に構えるのは、6人のジャッカル人間たちだった。

 

甲板には立方体の船室があり飾りつけられた宝石が夕陽を浴びて輝いている。

 

そして、その船室の屋上に...人を見た。

 

裸同然のペラペラな衣装に、おかっぱ頭の女。

 

鼻は高く、面倒くさそうな雰囲気がする切れ目。金のイヤリングはクソデカい輪の形をしていて、額にはコブラを象った金の冠を身に着けている。

 

胸当てには装飾がジャラジャラくっついていて途轍もなく邪魔臭そうだ。腰回りには布の垂れ掛けが金の鎖で止められている。

 

――あれ全部本物の金ならいい値段になりそうだなぁ

 

だが、そんなことよりももっと重要な問題だ。

 

その女が砂漠迷彩のWA2000を構えて、キンジに照準を合わせている。

 

キンジを助けようと、加速を始めた瞬間。

 

後方から発砲音が聞こえ、加速を中止する。

 

俺たちの後ろ...『ピラミディオン台場』から飛んできた弾丸は女の眉間に直撃した。

 

――武偵法違反だぞ、レキ...!

 

俺たちの中で狙撃銃を持っているのは、レキだけ。

 

レキは、武偵法9条を破った。

 

キンジは後ろを見てレキを探しているが、俺は警戒を緩めずにずっと女の方を見ていた。

 

すると、女の体が砂のように崩れていき、完全に消えてしまった。

 

「キンジ!アレもオモチャだ!」

 

「何!」

 

キンジに伝えるとすぐに振り返って確認し始める。

 

2人揃って船室の屋上を見ていると、船室の扉がゆっくりと開いていくのが見えた。

 

中から出てきたのは、人。

 

――奴が、今回の元凶か?

 

ソイツは全身を黒系の服で統一し、首元に白い毛皮を巻きつけている。

 

端正な顔立ちのそいつは、男か女か分からない中性的な感じだった。

 

キンジにチラリと目をやると、信じられないと言った様子でずっとその黒いコートを羽織った奴を凝視していた。

 

「夢を――見た」

 

そいつが、低い男の声で喋り始めた。

 

「永い夢の中で『第二の可能性』が実現される夢...を...な」

 

男は恐ろしい程に冷徹で、殺気立った目をキンジに投げ掛けている。

 

「キンジ。残念だ―――パトラ如きに不覚を取るようでは、『第二の可能性』は無い。夢は、ただ夏の夜の夢でしかなかった...ということか」

 

何の話だ、なんで奴はキンジを知っている。誰だ...?

 

「...兄さんッ! 分からねぇよ!『第二の可能性』ってなんだ!パトラって誰だ!なんで、なんで...!そんな、アリアを撃った奴の船に乗ってるんだよォ!」

 

――何?

 

あの、黒いコートを着た野郎が...キンジの、兄貴?

 

でもキンジの兄貴は...死んだって聞いたはずだが...。

 

「これは『太陽の船』。王のミイラを当時海辺にあったピラミッドまで運ぶのに用いた船を模したものだ。それでアリアを迎える。――そういう計らいだろう、パトラ?」

 

キンジの兄貴は海に向かって語り掛ける。

 

すると海から棺が飛び出して、海水が抜けていく。中に入っていたのはアリアで、その下から、棺と蓋を持ったさっきの女が浮上してくる。

 

「気安く妾の名を呼ぶでない――トオヤマ キンイチ」

 

そう言いながら女は、棺と蓋をパン!と合わせて船に放り投げた。

 

ジャッカル人間たちがそれを受け止めるが何体かが押し潰されてしまう。

 

女はキンジに視線を合わせて、妖艶に笑った。

 

「1.9タンイだったか?欲しかったものの代償、高くついたのう。小僧」

 

コイツが、あのジャッカル人間たちを使ってた親玉か...。

 

「そして、そこの小僧...妾のスカラベを幾つもすり潰しおって...許さんぞ」

 

女が俺の方を見て、怒気を滾らせている。

 

――俺なんかしたっけ。

 

「まぁ良い...しかし簡単な話ぢゃったのう...金か地位に関わるタンイとやらを餌にすれば、ほれ。簡単にここまで来よった。妾の力が無限大になるピラミッドの近くに、アリアという手土産を持ってな。アリアも不幸よのう。こんな所で小舟が故障とは。おかげで妾はきっちり、心臓を狙えたわ...しっかり呪っておいた甲斐があったのう」

 

何時の時代の人間だよと思うような喋り方に、ほほ、ほほほ...なんて笑い方。

 

間違いなくコイツは、イ・ウー関係の奴だ。もう何となくわかる。喋り方がバカっぽいし人間だし、ブラドよりは戦い易いはずだ。

 

「――妾が呪った相手は必ず滅ぶ。イ・ウーの玉座を狙っておった目障りなブラドも妾が呪っておいた故...このような小娘にあっさりとやられた訳ぢゃ。くくく...」

 

呪った相手が必ず滅ぶ...厄介なタイプだな。

 

その女はしばらく高笑いをしていたが突然笑いを止めると、俺の方を見て、親の仇を見るような目で睨まれた。

 

「ぢゃが...そこの小僧だけは別ぢゃ...どれほど呪いを送ろうと全て踏み潰してしまうとは...挙句の果てには下僕共に仕込んでいた物まで潰す...小僧はダメかと思いジャンヌに対象を変えれば必ずお前がやってきて邪魔をしよる。一番不愉快なタイプぢゃ」

 

スカラベ...ああ、コガネムシのことか。

 

「そんなもん知るかよ、目の前に虫が飛んでたら叩くなり潰すなりして追い払うモンだろ」

 

「...やはり、気に入らん」

 

おかっぱ女は俺の事が大嫌いなようだ。別にどうでもいいんだけどさ。

 

「しかし、一人も殺しておらぬな...贄がないのはちと寂しいのう...ついでぢゃ、お前。――――死ね」

 

女は両手をキンジの方に真っ直ぐと突き出して、死ねと言っている。

 

同じのを先月のメイド喫茶で見た気がする。セリフが「萌え萌えキュン」と「死ね」で大きく違うがポーズだけはだいたい一緒だ。ハートマークは作ってないが。

 

「妾が直々にミイラにしてやろう。ほほ。名誉ぢゃの、光栄ぢゃの。嬉しいのう――――」

 

女が指を動かすと、キンジの体から蒸気が上がり始める。

 

――何をした?

 

「――パトラ。それはルール違反だ」

 

キンジの兄貴が女を止める。

 

それと同時に、キンジの体から上がっていた湯気も収まる。

 

「なんぢゃ。妾を『退学』にしておいて、今更るーるなどを持ち出すか」

 

「戻りたいなら、守れ」

 

「気に入らんのう」

 

女の言葉で、ジャッカル人間たちが持っていた櫂をキンジの兄貴に向ける。

 

キンジの兄貴は眉をピクリとも動かすことなく静かに話し始めた。

 

「『アリアに仕掛けてもいいが、無用な殺しはするな』。俺が伝えた『教授(プロフェシオン)』の言葉、忘れたワケじゃないだろうな」

 

女は口をへの字に曲げている。

 

「お前が頂点に立ちたいことは知っている。だが、今はまだ『教授』に従う必要がある。リーダーを継承したいのなら、『教授』に従え」

 

「――いやぢゃ。妾は殺したい時に殺す。贄がのうては、面白うない」

 

「それだから『退学』になったのだ。学べ、パトラ」

 

「妾を侮辱するか――今のお前なぞ、一捻りにできるのぢゃぞ?」

 

「...そうだな、ピラミッドの近くでお前と闘うのは賢明とは言えない」

 

「そうぢゃ!あの神殿型の建造物が傍にある限り、妾の力は無限大!故に殺させろ!そうでなければ、お...お前を棺送りにするぞ!それでも云いというか!」

 

じゃあさっさとやれよ、数が減ってくれるなら俺としては有り難い。

 

だが女は仕掛けずに、キンジの兄貴が女に近づいて行く。

 

そして、そのまま人指し指と親指で女の顎をクイッと上げて―――

 

静かにキスをした。女は抵抗する素振りを見せてはいたが、次第に力が抜けていき目を閉じてしまった。

 

――――は?

 

キンジの兄貴は腰が抜けてしまった女の腰を左腕で抱き留め、支えている。

 

それを見ていたキンジの雰囲気がより一層剣呑なものになる。

 

「――これで許せ。アレは俺の弟だ」

 

女は顔を赤くして数歩後退する。

 

「トオヤマ キンイチ...妾を使ったな!?好いてもおらぬクセに...!」

 

「――哀しい事を言うな。打算でこんな事が出来るほど、俺は器用じゃない」

 

キンジの兄貴のムードが若干変わる。キモいキンジの時によく似ているような気がする。

 

女は数度息を整えてからまた話し始める。

 

「な、なんにせよ...今のお前とは戦いとうない。勝てるには勝てるが、妾も無傷では済まんぢゃろうからな。今は『教授』になる大事な時ぢゃ。手傷は負いとうない」

 

――どっちだよ。

 

簡単にやれるとか戦いたくないとか、よくわかんねぇな。

 

そうして女はキンジの兄貴に何かを投げ渡して、逃げるように海に飛びこんでいった。

 

結局逃げるのかよ。

 

そしてすぐに、アリアの入った棺も海の中へ消えていこうとする。

 

キンジと同じタイミングでアリアを助けようとするが、激しい一喝で体の動きが止まる。

 

「止まれ!」

 

激しい殺気をぶつけられ、本能が体を停止させる。

 

その間に棺は海に溶けてしまったように消えた。

 

「――『緋弾のアリア』か。儚い夢だったな」

 

「緋弾の...」

 

「アリアだと...?」

 

キンジと俺の疑問が一致する。緋弾って何だ。何の事を言っているんだ。

 

「兄さん!俺を騙したな!あんた、アリアを殺すのはやめたって言ってただろうが!」

 

「殺してはいない。看過しただけだ」

 

「そんなの詭弁だ!あんたが助けてくれれば、アリアは!」

 

「まだだ」

 

キンジの兄貴が、腕を突き出して砂時計を見せてくる。

 

「まだ死んでない。アレはパトラの呪弾。撃ちこまれてから24時間後に死ぬ。つまり、まだ生きている」

 

「...!」

 

アリアは、まだ生きている。なら、とっとと助けにいかねーと。

 

「パトラはその間に、イ・ウーのリーダーと交渉するつもりだ。それまではアリアを生かしておく必要がある。だが、それまでだ。パトラがどうなろうと『第二の可能性』はない。アリアは死ぬべきだ」

 

「兄さんは、アリアを見捨てるのか!イ・ウーで無法者共に何をされたんだ!あんたは!」

 

キンジが激高して吠える。

 

「無法者か」

 

キンジの兄貴は激高するキンジとは真逆。何処までも静かだ。

 

「イ・ウーは真に無法。いかなる世界の法も無意味とし、内部にも一切の法規が無い。メンバーである限り、自由なのだ。イ・ウーのメンバーは好きなだけ強くなり、好きなだけ好きな事をする。そして、他者がその目的の障壁や材料になるのなら...殺しても構わない」

 

その言葉に、息を呑む。キンジは怒りで震えている。

 

そんな組織なら...きっと内部の抗争や、派閥もできるはずだ。どうやって、纏まっているんだ...?

 

「イ・ウーのリーダーがその無法者たちを束ね続けてきた。彼という絶対の存在が居たから纏まり続けていた。だが、それがもうすぐ終わろうとしている...寿命によってな」

 

寿命で、リーダーが死ぬ。それはつまり、暴れ出す奴らも出てくるということ...!

 

「イ・ウーは超人育成機関ではない。どの国も手出しできない。各々が超能力を備え、核武装した武装集団なのだ。その中には主戦派―世界への侵略行為を本気で目論む者たちもいる」

 

今時世界侵略だと...!それを、マジに出来る集団がいる...なんて、恐ろしい話だろう。

 

「だが、それを良しとしない者たちも居る。『教授』の気質を継ぎ、純粋に己の能力を高める事のみを求める者たち...研鑽派と呼ばれる一派だ。彼らは教授の死期を知ってから後継者を探し始めた...教授と同じ、絶対無敵になり無法者たちを束ねることができる者...それが、アリアだ」

 

アリアだと?なんで、アリアなんだ。アイツは超能力を持ってないぞ。

 

「アリアは『教授』に選ばれた、次期リーダーだ」

 

意味が、分からねぇ...!なんでアリアに固執するんだ!?

 

「アリアをイ・ウーへ導く。その代わり、弱ければ殺す。殺して、別の次期リーダーを探す...それが研鑽派の合言葉になった」

 

滅茶苦茶だ。勝手に拉致して、弱かったら殺すなんて...

 

キンジの兄貴は、まだ言葉を紡ぐ。

 

「キンジ、済まなかった。何も教えてやれなくて――俺は、奴らの眷属となりイ・ウーを殲滅するために活動していたのだ」

 

キンジの兄貴の死は、偽装工作で...本命は同士討ちを発生させるために、潜伏していたってことか。

 

話が、急に進んでいく。頭の中が混乱する。

 

「『第一の可能性』は『教授』が死ぬと同時にアリアを殺し、空白の期間を作ること。『第二の可能性』は今代の『教授』の暗殺...」

 

教授の、暗殺...!さっき、キンジの兄貴は『第二の可能性』は無くなったって言ってた。つまり、諦めたってことか?

 

――じゃあ、『第一の可能性』に戻るんじゃ...アリアが、死ぬ?

 

「俺は夢の中で『第二の可能性』に賭けたが、賭けは俺の負けのようだ」

 

「...」

 

「お前たちは未熟すぎた。パトラ如きに不覚をとるようでは『第二の可能性』はない。故に、『第一の可能性』に戻るまでだ」

 

――アリアの、抹殺。

 

「兄さん、アンタ武偵のクセに...人を殺して事を収めるつもりかよ」

 

「俺は武偵である以前に、遠山家の男だ。遠山一族は義の一族。巨悪を討つ為なら人の死を看過することを厭ってはならない。覚えておけ」

 

遠山家が義の一族で、悪を討つ為なら犠牲も必要だとキンジの兄貴は言う。

 

――ふざけんなよ

 

「帰れ、キンジ...そして、キンジの友よ。君を巻き込んでしまって済まないと思う。許してほしい...ここで全てを忘れて、帰ったほうが楽になれる。イ・ウーはお前たちの手に負える相手ではない」

 

何処までも優しい声が、俺に投げ掛けられる。

 

確かにそっちの方が楽だろう、不幸な事故だったと割り切ればそれで済むはずだ。

 

でも違うだろ。そんな事、していいワケがないだろう。俺の中に流れる血に遺伝的な物は何もない。歴史に名前も残ってない。義の一族なんて大層な肩書はない。

 

伝説の探偵の血も無ければ、怪盗の血も、救世主の血も微塵も流れてない。

 

 

 

だが!

 

 

 

この血潮は俺の物で、俺の心は俺だけの物だ。俺の熱が帰ることを拒絶する。

 

坂を下って、楽になる道を拒んでいる。

 

消えていく『太陽の船』に向かって水上バイクを走らせ、ぶつける。

 

隣には同じようにキンジがいて――先にバイクを足場に跳躍し、キンジの腕を掴む。

 

そのまま船体に放り投げて、自分も転がる様にして乗る。

 

この心が熱く燃えている。血潮が滾っている。目に闘志が宿るのが分かる。

 

砂煙の中で、キンジの兄貴の眼光が怒気に包まれたのがハッキリと理解できる。

 

「キンジの兄貴だったか?アンタ、分かってねーよ...全然分かってねー」

 

なんで、そんなにも。自分を騙すのだろう。

 

「そうだ...知ってるんだろう!自分が間違っていることを!自分を誤魔化してるだけじゃねぇか!『義』がそこにあるのなら!正義を謳うなら、誰も殺すな!誰も死なずに誰もが助かる道を見つけるべきだ!それが武偵だろ!」

 

「...それは、俺が100万回考え、100万回悩んだ事だ。だが、義の本質とは悪を殲滅すること。力無き民、無辜の世界を守るためには犠牲が伴われることもある」

 

 

そう。それだ。

 

 

 

 

「それだぜ、さっきから『正義』だ『悪』だと...くだらねー...助けたいから、助けるんだろうが。なんで損得勘定で誰かを殺して、誰かを助けなくちゃいけねーんだよ!自分の心を騙してどうすんだよ!俺の一族は名があるワケでもねーし大層な肩書も無い...だが、この血潮が、この体に流れる血の熱が!俺のすべき事を教えてくれる!俺の心は、こんなにも『俺の成すべきと思った事』で燃え上がっている!だから―――アンタを、止める!!」

 

――アリアは、殺させない。

 

「兄さん...あんたはもう、俺の兄さんなんかじゃない。...元武偵庁特命武偵 遠山金一!殺人未遂の容疑で逮捕する!」

 

キンジが一歩前に出て俺と横並びになる。2人だけのコンビ。

 

――半年振りのコンビだ。

 

「―いいだろう、キンジ、お前のHSSと、冴島隼人...お前の速度を見せてみろ」

 

「言われなくても、見せてやるよ」

 

「俺の速さに、付いてこれるか!」

 

「「行くぜ、金次/隼人!」」

 

「この船が沈むまで、20秒と言ったところか...お前たちの想いが本物かどうか、確かめさせてもらう」

 

そう言いきった瞬間、奴の腕がブレる。マズルフラッシュが光る。

 

それを見て即座に『エルゼロ』へ突入し、キンジの胸に飛来していた銃弾を握り、振るう。『イージス』は、無敵だ。

 

そのまま銃弾を地面に捨てて、『エルゼロ』を終了する。

 

「何...!?」

 

キンジの兄貴が驚いているのが分かる。そりゃそうだろう。銃弾を掴まれるなんて予想してなかったはずだ。

 

「アンタの射撃までの速度は速いが...銃弾がちと遅すぎるぜ」

 

「視えたぜ...『不可視の銃弾』。武器はピースメーカーだ。そしてそれは、途轍もない速さで発射される、早撃ち――!ピースメーカーは早撃ちに特化した銃だと聞いたぜ」

 

そしてキンジは、俺が止めた一発からキンジの兄貴の技を見破ったようだ。

 

「流石、俺の弟だな。それに隼人...お前もよく止めた」

 

キンジの兄貴は褒める事こそすれど、顔は剣呑なままで、脱力している。

 

「だが、キンジがそれを防げる訳ではない...1/36秒しかない銃弾は、隼人でない限り避けることなど出来はしない...俺でも不可能だ」

 

「隼人...下がっていてくれ、ここからは、俺がやる」

 

キンジが更に、一歩前へ出る。それを見て俺は一歩後ろへ下がった。

 

キンジが取ったのは、キンジの兄貴と同じ構え。

 

「――浅はかな。お前の銃はオートマチック。早撃ちには適さない」

 

キンジの兄貴が落胆したような声で静かに話す。

 

海風が強く吹きはじめ、船を形作っている砂が崩れる速度を増していく。

 

「眠れキンジ。兄より優れた弟など――居ない」

 

その言葉と共に、キンジの兄貴が動いた。

 

視認情報の加速を限界まで上げて、2人の動きを見る。

 

キンジの兄貴の腕の動きが、吹きつける砂によってハッキリと見える。

 

ピースメーカーを抜いた。キンジがやや遅れて、ベレッタを構える。

 

――ポァァウゥゥン!!

 

――グゴァァウゥン!!

 

スローモーションになった銃声が耳に響く。

 

キンジは3点バーストで撃っている。

 

吐き出された弾丸と弾丸が、ゆっくりと磁石のように惹かれ合っていき―――

 

 

 

―グゴワクィィイイイイイインッッ!

 

 

 

空中で衝突して、跳ね返っていく。

 

銃弾が跳ね返りあって、互いの銃口へと戻っていく。

 

キンジの銃口に戻りかけた弾丸が、バースト射撃の2発目で弾かれる。

 

弾かれた弾丸は機動を変えていく。

 

一方で、キンジの兄貴の方は銃弾が銃口へ入り込んでいった。

 

そこで、視認情報の加速を終える。

 

バガンッ!と大きな音を立ててピースメーカーが壊れる。

 

キンジの兄貴が、顔を歪める。

 

足元が水に沈んでいく。それを見て、急いで水上バイクの方へ戻る。

 

キンジは、戻ってこない。

 

「キンジ!?キンジ!」

 

「...冴島隼人くん」

 

キンジを呼んだら、代わりにキンジの兄貴が出てきた。

 

警戒を強めて、答える。

 

「...何だ」

 

「キンジの事を...頼む。きっと目標を失って...悩むだろうから、助けてやってほしい」

 

海水に濡れたキンジの兄貴は、水上バイクに乗った俺を見上げながらキンジの事を頼んできた。

 

「...ふざけんなよ、アンタに言われなくても...俺がやる。俺がやらなくても、キンジが自分で見つける」

 

「...そうか?」

 

「そうだ、キンジは強い」

 

――俺なんかよりもずっと、ずっと強い。

 

「そうか...信じてくれる人がいるなら、俺もそう信じてみよう」

 

そう言って、キンジの兄貴は水に濡れたキンジを引っ張って、俺の足元に寄せた。

 

「キンジ!」

 

呼んでも意識がないのか、ピクリともしない。

 

とりあえず引き揚げて、水上バイクの後部席に乗せる。

 

それから、向き直ってキンジの兄貴に話をする。

 

「アンタはこれからどうするんだ」

 

「イ・ウーに戻る。が、それより先に陸に上がる。幸い此処は波止場だ...陸は目の前さ」

 

キンジの兄貴はそう言いながら俺に背を向けて波止場へ向かい泳ごうとする。

 

「待ちな」

 

「...まだ、何か用か?」

 

「ああ、重要なことだ」

 

「...言ってみろ」

 

「――――水上バイクが2台あるが、これは借り物でな。操縦士が1人足りねーんだ...手伝ってほしい」

 

そう言うと、キンジの兄貴はポカンとした表情になり、少し時間が経った後に笑い始める。

 

「ククク...面白い奴だな君は。敵かもしれない俺に水上バイクの返却を手伝わせるだと?アハハハハッ!今まで見たことのないタイプだな君は!」

 

「こちとら単位獲得に必死なんだよ!しっかりやってもらうぞ」

 

「クク、良いだろう。それくらいお安い御用だ」

 

キンジの兄貴はそう言って空いてる方の水上バイクに上がり、エンジンを掛け始める。

 

「さぁ、戻ろうか隼人くん。君は面白いな...出会い方が違えば、仲良くなれたかもしれない」

 

「知るかよそんなの...それに、敵だから仲良くなれねーなんていうのは詭弁だぜ。本当に気が合う奴とは...敵、味方、人種、国境、言葉...どんな壁だって乗り越えて、仲良くなれるモンだ。例え命をやり取りしてた間柄であっても、な」

 

「...それはつまり、俺とも仲良くしてくれる、ということか?」

 

「...好きにすりゃいいだろ...それにキンジの兄貴だ...きっと、気が合うはずだ」

 

「...本当に君は、面白いな。それに俺は正直、君みたいなタイプは好みだぞ」

 

「俺ソッチの気はないんで」

 

「そういう意味じゃない、変な誤解はしないでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

さっきまで険悪だった雰囲気はなく、何年か交友関係を持ったような雰囲気でキンジの兄貴と話しながら、来た道を引き返していく。

 

「キンジには内緒だが...俺も、もう一度『第二の可能性』を信じてみようと思う。隼人くん...君も、キンジを助けてくれるか?」

 

「言うまでもねーぜ...俺は、俺の成すべきと思った事をする」

 

「...ありがとう。君とはカナの時にも会ってみたいものだ」

 

「カナ?カナだと?」

 

「あ、言ってなかったか?カナっていうのは、俺の女装したときの名前でな」

 

――はえ?

 

待て、じゃあキンジがカナって名前を異常なくらい隠したがっていたのは...!

 

「キンジが隠し続けてたのは...アンタの女装癖のことだったのか!?」

 

「ま、待て!言い方が悪い!何も間違ってないがその言い方はやめろ!」

 

家族が、女装癖を持っている...確かに隠し通したい事実だ。必死になるのも分かる。

 

「なんでアンタたち遠山家は急に気持ち悪くなったり、女装癖があったりするんだ!何が正義だよ!この変態!」

 

「うぐう!その言葉のナイフが、一番痛いぞ!」

 

キンジがキンジなら兄貴も兄貴かなって思ったらレベルが違った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで満足かい?隼人くん」

 

「ああ...カナとやらに会った事はないが、出来れば会いたくないな...」

 

「ハ、ハハハ...その話は止めよう、な?」

 

キンジを水上バイクから降ろして、プールの縁に置く。

 

そして、互いに向き合う。

 

「アリアを助けに向かうんだろう?」

 

「当然だ」

 

「...強い、良い目だ。やっぱりもっと速くに君に逢いたかった」

 

「アンタには速さが足らなかったみてーだな?」

 

「その通りだ」

 

小さく笑い合い、真剣な表情になる。

 

「キンジには黙っておく――だが君にだけ言おう。約束しよう...必ず、援護する」

 

「その言葉に、嘘はねーな?」

 

「遠山の名に懸けて」

 

キンジの兄貴とそうやり取りをして――互いが反対側を向く。

 

キンジを担ぎ上げて、立ちあがる。

 

そして互いに一歩踏み出した時に、ポツリと呟く。

 

「変態一族の名前出されてもなぁー」

 

後ろで、ズルッと滑るような音が聞こえた。

 

「君は本当に...締まらないなぁ」

 

振り返るとキンジの兄貴は笑いながら頬を掻いていた。

 

「じゃあ、また会おう隼人くん」

 

「ああ、今度は、同じ方向に銃を向けたいモンだ」

 

「その未来は近い、約束するよ」

 

そう言って今度こそ振り向かずに俺はプールを後にする。

 

キンジの兄貴も、何処かへ行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ジャンヌたちと合流して事の顛末を話し武藤に電話して、回収してもらった。

 

 

アリアが死ぬまで...あと23時間。



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自分を覇王だと思い込んでるやべーやつ

キンジが車両科の休憩室に運ばれて3時間が経った。

 

まだ、キンジは目を覚まさない。

 

俺は自分の部屋に戻って、風呂に入って、今は消費した銃弾を補給していた。

 

カチャリ...カチャリ...

 

ジャンヌは何かしに行くとか言って武藤と一緒に何処かへ行ってしまったので、部屋には久しぶりに俺一人しか居ない。

 

電気も点けず、暗い闇の中...月明りに照らされて銃弾をスピードローダーにセットしていく。

 

ポーチに入りきらなくなったので、2つ目のポーチを取り出して追加購入したスピードローダーたちに弾丸を装填していく。

 

あとはポーチの隙間に予備の弾丸をぎっちり詰めて、ポーチを閉じた。

 

ナイフを取り出して、布で軽く拭く。

 

月明りを受けて鈍色の光を放つデュランダル・ナイフは美しいとさえ思える。

 

そのままナイフを仕舞い、一息吐く。

 

丁寧な手つきでテーブルの上にベルトとXVR、ナイフを置いてソファで横になる。

 

少しは眠っておこうと思って目を瞑る。

 

眠りは思っていたものよりも遙かに早く俺の体と意識を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在時刻午前5時。

 

ソファの上で目が覚めた俺は静かに体を起こし、洗面所へ行き顔を洗っている。

 

鏡に映る俺の目は寝起きのせいもあってか鋭く見える。

 

或いは、一種の決意がそうさせているのかもしれない。

 

ワックスを手に取ってボサボサになった髪を整えていく。

 

カップラーメンを取り出してお湯を注ぎ、3分待ってから食べる。

 

――不味い。

 

ジャンヌに胃を鷲掴みにされたおかげか、カップラーメンが不味く感じる。

 

あれだけ美味い美味いと食っていたのに2カ月足らずでこの様だ。

 

麺を食いきって、スープを飲み干す。

 

その後歯を磨いて、制服を着る。

 

そして外に出て、グラウンドでストレッチをして体を解す。

 

軽く走って、調子を確かめるように動き出す。

 

少し息が上がるくらいまで走った所でジャンヌがやってきた。

 

「隼人」

 

ジャンヌは俺を呼ぶ。顔をそちらへ向けてみると、心配そうな顔をしている。

 

「どうした。そんなに不安そうな顔をして」

 

「その口調...気が抜け切れてないのか?」

 

ジャンヌにそう言われて、気付く。

 

いつもの軽い砕けたスタイルで話が出来ていなかった。

 

「...悪ィな。心配させちまった」

 

「目も、何時もよりも鋭い...声も怒気を孕んでいるぞ」

 

ジャンヌが肩をポンポンと叩いてくれる。

 

「リラックスしろ、隼人。そう焦っても仕方がないだろう?」

 

そう言われて、俺は深呼吸を繰り返し、ストレッチを行う事にした。

 

額に滲んだ汗を腕でグイッと拭って目を閉じて顔を上に向ける。

 

少し湿気った温い風が体を撫でて抜けていき、木々の葉を揺らしている。

 

ザァアア、と葉と葉がぶつかり合う音が聞こえる。

 

グラウンドからやや離れ、手洗い場...とでも言えばいいのだろうか。そこに行き、汗を流す為に水を出して手に溜める。

 

そして両手に溜まりきってやや溢れだした所でそれを顔にぶつける。

 

バシャッ!と温い水が汗を流していく。

 

もう一度溜めてぶつける。タオルで顔を拭いて、一息吐く。

 

「落ち着いたか?」

 

俺の一連の動きを黙って見ていたジャンヌが声を掛けてくる。

 

「...ああ、大丈夫だ」

 

「今は...6時47分か。車両科へ行こう、遠山が起きているかもしれない」

 

ジャンヌはそう言うと踵を返して歩いて行く。俺も後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在時刻6時55分。キンジが目を覚ました。

 

星伽がキンジに林檎を食わせている。

 

「俺は...どうして、ここに...」

 

「俺が運んだ。海に落ちたお前を引き摺り上げて撤退したんだ」

 

「隼人...アリアは、どこに」

 

「諜報科のダイバーがあの辺りを探ったが何も出てこなかったって言いやがった。恐らくアリアはあそこには居ない」

 

「...その口調、やる気だな?」

 

キンジが俺の口調について言ってくる。そんなに可笑しい物なのだろうか。

 

「...変、か?」

 

「いや、今だけはそっちの方が都合がいい。変に気が抜けても困る」

 

「なら、これでいいだろ」

 

「ああ」

 

星伽が退いて、理子が接近してくる。右目にはハートマークの眼帯を付けている。

 

なんでも眼疾を患ったらしい。それも全てあのスカラベとかいうコガネムシのせいだそうだ。

 

「北緯43度19分。東経155度03分。太平洋―ウルップ島沖の公海...そこにアリアがいるよ、キーくん」

 

理子を押しのけて、ジャンヌがキンジの前に立つ。

 

「カナから連絡があった...付いてこい隼人、遠山」

 

そう言ってジャンヌは部屋から出ていく。俺とキンジもその後を追う。

 

「カナはイ・ウーで私や理子の上役でな...私たちは彼女を敬愛している。だからどんなことでも協力すると言ったが、カナが話したのは3つのことだった」

 

歩きながらジャンヌが話し始める。キンジと俺は黙ってそれを聞いている。

 

「アリアがパトラに攫われた事。お前たちにイ・ウーの事を話したという事。そして、お前たちに敗れたことを話した...」

 

カツカツと急ぎ足気味に移動する俺たちの足音だけが響いている廊下をどんどん進んでいく。

 

「カジノでは話せなかったが今ならいいだろう。パトラの呪いについて話しておく。パトラが使う呪いはスカラベが運んでくる」

 

「あの、気持ち悪いコガネムシのことか」

 

「そうだ。隼人は触れられる前に踏み潰し呪いを霧散させていたが、何処かに一瞬着いただけで、呪いが憑く。そして理子のように、不幸がやってくる」

 

キンジは心当たりがあるのか、視線を遠くに向けていた。

 

「ジャンヌ。パトラと言うのは...あの、クレオパトラのことでいいのか」

 

「ああ、だが質の悪いことにパトラ本人は子孫ではなく、『生まれ変わり』だと称しているのだ」

 

俺の問にジャンヌが答える。

 

――生まれ変わり、か。先祖返りというワケでもないだろうに。

 

ジャンヌらと共にエレベーターに乗ると、地下2階を押してエレベーターが動きだした。

 

「パトラはイ・ウーの中でも厄介者でな...余りに乱暴な素行が多く『退学』になったのだ」

 

「パトラは誇大妄想の気が強くてね...自分は生まれながらのファラオだって思い込んでる。『教授』が死んだら、自分がリーダーになって自分の王国を作るつもりなんだよ。まずはエジプトを支配して、いずれは世界を征服しようと本気で思っている」

 

理子の言葉に俺とキンジが眉を寄せる。

 

――バカげた話だ。

 

世界を征服するなんて、笑い話にもなりゃしない。質の悪い話だ。

 

「私と理子は、奴を...パトラを次期リーダーに据えたくはない」

 

「でも、アリアが死んだらなっちゃう、かもしれない」

 

エレベーターが地下2階で停止して、ドアが開く。

 

エレベーターから降りると、レキが大きなアタッシュケースを持って座っていた。

 

俺たちに気が付くと立ち上がって、アタッシュケースを持ち上げる。

 

「キンジさんたちは...アリアさんを助けに行くんですね?」

 

「仲間がやられて、黙ってられるかよ」

 

「俺は俺の、成すべきと思ったことをする」

 

俺とキンジが頷く。

 

「では、これを」

 

キンジの方にやや大きめのアタッシュケースを、俺にもアタッシュケースを渡される。

 

中を確認してみると、強襲科のB装備が入っていた。

 

それを手早く着込んで、B装備の上にベルトを巻きつけてポーチを装着する。

 

スプリングブーツの紐をギッチギチになるまで締め上げてから縛る。

 

「キンジさんの上着に、これが」

 

キンジに渡されたのは砂時計。

 

半分以上砂が落ちた、砂時計。

 

フィンガーレスグローブを装着して手をグー、パー、グー、パーと開いて感触を確認する。

 

「レキは来ないのか?」

 

「行けるのは2人です。白雪さんが行きたがっていましたが、隼人さんに譲るそうです」

 

「2人?どういう意味だ」

 

「それは後で分かる。着替え終わったら来い」

 

「キーくん。コレ」

 

理子がキンジに渡したのは、女子用の防弾制服。

 

「アリアは理子の獲物なんだから...死なせちゃ。がおー!だぞ」

 

理子が指を2本たてて、鬼の真似をしている。

 

それを見て、キンジと俺は奥へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

第7ブリッジと書かれた書かれた所で油に塗れた武藤を見つけた。

 

「ようキンジ、隼人」

 

武藤が整備していた物を触るのを止めて、顔を上げてくる。

 

「これは『オルクス』。私が使っていた潜水艇だ...。元は3人乗りだったが今回の改造で装備品が増えて2人乗りになっている。武藤、何ノットまで出せそうだ」

 

ジャンヌが説明をした後に、武藤に質問を投げかける。武藤は少し計算するような顔でやや上を向き、顔をこちらに戻す。

 

「170...って所だ」

 

「素晴らしい。一晩でそこまで出来るとはな――お前は天才だな、武藤」

 

「オレが天才なのは当然のこととして、コレ造ったのはオレ以上の天才だぞ。これ、元は海水気化魚雷だったんじゃねぇのか?」

 

「なんだって?」

 

武藤の話にキンジが食いつく。

 

「高速魚雷が蒸発させた海水の気泡を自分の周囲に張って、抵抗をだな――」

 

武藤が長話を始める前に口の前に手を持っていく。

 

「長話は良い。今は時間がない」

 

「お、おう...隼人、お前その目どうした...?めちゃくちゃキレてる?」

 

「朝から全員に同じ事を言われるよ。そんなに変か?」

 

「何時ものお前ならここらで一つ茶化すモンだと思うが...」

 

「時間がない。出来るかよそんなの」

 

「口調も変だ!」

 

「別に話し方ひとつで死ぬわけでもないだろう。要は超スピードで進む魚雷から炸薬を降ろして人が乗れる様にしたものだ」

 

ジャンヌが話を打ち切って簡単にまとめる。

 

「......だがよぉ、2000kmを走らせるって言ったな?燃料は積めるだけ積んだがそれでも片道だぜ。何か調達してあとで迎えにいくが、自力じゃ帰ってこれねぇぞ」

 

武藤が俺たちの方を見て、何かを察したような顔をする。

 

「武藤、聞いたのか...俺たちの...」

 

「聞きゃあしねぇよそんなの。好奇心猫を殺す。お前たちは本当に鈍感だよなぁ」

 

呆れたような声で武藤は続ける。

 

「知らねぇとでも思ったのかよ。ここ数カ月、お前らが危ねぇ橋を渡ってたことなんて知ってんだよ。特に隼人!お前は左頬に傷作ったかと思ったら次の月には右目に傷作りやがって!分かるに決まってんだろ!このバカ野郎!...目が違ぇんだよ、数カ月前のお前たちと、ここ最近のお前たちの目はな」

 

その後ろ...ハッチの中から不知火が出てきた。

 

「みんな何となく分かってたよ、武偵だからね。でも...武偵憲章4条――武偵は自立せよ。要請無き手出しは無用のこと...だよね?だから、陰から心配してたんだよ。やっと手伝える時が来て、正直、ちょっと嬉しい」

 

武藤が俺たちの後ろに回って背中をバンバンと叩いて激をくれる。

 

不知火が俺たちの前に立っていつものイケメンスマイルを見せてくれる。

 

「...ありがとうな」

 

「助かる。ありがとう...武藤、不知火」

 

キンジと共に短く礼を告げて中に入る。

 

ジャンヌにあれやこれや言われながら紙一枚に纏められたマニュアル通りにチェックをしていく。計器類の最終確認を終える。

 

「隼人。その...頑張って。それから...武運を」

 

ジャンヌは静かに、それだけ言ってハッチから離れる。

 

手元のボタンを押すと、ハッチが静かに閉まりだした。

 

ハッチが完全に閉まり、計器が点灯する。

 

現在時刻7時15分。アリアが死ぬまで...あと10時間45分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時速300kmほどで海中を進んでいる『オルクス』の操縦桿を時折操作して、進路から外れない様に修正する。だがほとんどの操縦は自動化されていて非常に楽だ。

 

話すこともなく、ただただ静かに進んでいく。

 

「キンジ。ジャンヌから聞いた...パトラは推定G25の超能力者だ。本人が言っていたようにピラミッドが近くにあると無限に魔力を引き出せるチート野郎だよ」

 

「そりゃ...化け物だな」

 

「ああ...日本にも古墳を使った無限の魔力の検証をしていた時代があったそうだが、強力すぎて禁術扱いになったらしい」

 

「その...G25って、どれくらいなんだ」

 

「ジャンヌや俺が拳銃で星伽が狙撃銃。パトラが無限に砲弾を吐き出せる戦車」

 

「なんだ...そりゃ」

 

「だが、やるしかない。それに星伽からイロカネアヤメ...日本刀を取り戻してほしいと言われてな」

 

「白雪の刀が?」

 

「ああ」

 

キンジも、その言葉で表情がより一層険しいものになる。

 

アリアと俺たちの距離は、GPSで示されている通りなら確実に近くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10時間後――

 

「キンジ、着いたぞ」

 

ディスプレイにはクジラたちが潮を吹き、飛び跳ねている様子が映し出されている。

 

「アレは――」

 

クジラたちを避けて進んでいくと潮の霧の先に、薄らと陰が浮かび上がる。

 

「あそこに、アリアがいる」

 

「アンベリール号...!」

 

アンベリール号。去年の12月にシージャックされ、沈んだとされる船。

 

遠山金一が死んだとされた事件の、船。

 

喫水線は沈みそうなほど低く、忌々しいことに甲板には巨大なピラミッドが増設されていた。ピラミッドの頂点はガラス製で、太陽光を取り込んでギラギラと光っている。

 

更にピラミッド部分の前方には砂で出来た陸地があり、船とは呼べない造りになっていた。

 

アンベリール号の砂で出来た陸地に接舷して、共に乗り込む。

 

上陸した陸地には、高さ10mほどのパトラの像が左右に2体ずつ並んでいる。

 

――SSRの授業で見たことがある。かなりアレンジされてるが...これは神殿の模倣だろう。しかも、古代エジプトの物だ。

 

「キンジ、この造り...古代エジプトの神殿を真似てやがる。恐らくこれで相乗的に魔力を底上げしてるんだろう。クジラたちも魔力で引き寄せられている」

 

「魚雷の盾にでもする気か?」

 

「だろうな」

 

キンジが舌打ちをして、銃を抜く。俺も銃を抜いて警戒しながら進んでいく。

 

 

 

 

別れ道だらけの迷路には、上に向かう正しい道の方に篝火が灯されておりパトラが俺たちを迎えようとしているのが分かる。

 

そうして上に辿り着くと巨大な扉が目の前に現れた。

 

その奥から強い力の波を感じる。パトラだ。そしておそらく、アリアもいる。

 

「キンジ、ここだ。この扉の奥にパトラがいる」

 

キンジにそう言うと、触れてもいないのに巨大な扉がぎぎぎぎ、ぎぎっぎいいいい...と音を立てて開いていく。

 

 

 

 

そこは全てが黄金で出来た空間だった。天井も、床も、壁も、支柱もスフィンクスも。何もかもが黄金で出来ていた。

 

キンジが素早く視認すると、ある一点で動きが止まった。そこに目を向けると黄金櫃に入れられたアリアがいた。

 

それを確認してから、宝石を散りばめた黄金の玉座に座っているおかっぱ頭の女...パトラに目を向ける。

 

「――なにゆえ...この聖なる『王の間』に入れてやったか分かるか?極東の愚民ども」

 

手すりに置いてあるデカい水晶を持ち上げてパトラが静かに話し始める。

 

「ケチをつけられたくないのぢゃ...ブラドは妾が呪い倒したにも関わらず、イ・ウーの連中は妾の力を認めなんだ。ブラドはこのアリアが仲間と共に倒したものだと言い張る。群れるなど、弱い生き物の習性ぢゃと言うのにの...ともあれ、アリアを仲間ごと倒してやれば奴らの溜飲も下がろう」

 

パトラがそう言いながら、手に持っていた水晶を放り投げた。

 

その水晶はアリアの入っている黄金櫃にぶつかり、ガチャンと音を立てて割れた。

 

「イ・ウーの次の王はアリアではない...この妾ぢゃ。『教授』も妾がアリアの仲間を斃し、アリアの命を握って話せば――王の座を譲るに違いないぢゃろ」

 

パトラが立ちあがり、玉座から一歩、また一歩前へと進み階段の前にやってくる。

 

そして、階段を降りることなく俺たちを見下したまま口を開く。

 

「――妾は常に先を見て動く。今回も、イ・ウーの女王になった後の事を見て動いておる...妾はのう――」

 

と、パトラは言葉を続けようとする。

 

だが、もう我慢の限界だ。

 

 

 

体中から力が溢れ出てくる。パトラをぶっ飛ばしたくて怒気が沸き上がり続ける。

 

まるで間欠泉が噴き出すかのように止め処ない力が漏れてくる。

 

一気に『エルゼロ』まで加速した俺はそのまま全力で走り、跳躍してパトラの背後、玉座の前に降りる。

 

そのまま振り返り、パトラの背中を思いっきり蹴りつけた。

 

『エルゼロ』を終えて、足を戻す。

 

「な゛ぁ゛っぐぉぶぇ!?」

 

パトラは俺に蹴られた勢いで吹き飛ばされ、『王の間』の扉...その先に叩き出された。

 

「お前が王になるとか、ならないとか...どうでもいいんだよ...!」

 

パトラはゴロゴロと床を転がっていき、一度強く跳ねて止まった。

 

「テメーは1つやっちゃあならねぇ事をした...アリアを、俺の仲間を傷つけた。キンジを苦しめた。それだけで、俺はもう怒りに狂いそうだったぜ、パトラ」

 

床に転がって、まだ地面に顔を埋めているままの王様気取りの女を睨む。

 

玉座から前に歩いていき階段をゆっくりと降りる。

 

ガン!

 

一歩。

 

ガンッ!!

 

また一歩、降りていく。

 

ガァンッ!!!!

 

目にはこれ以上ない程の闘志で満ちている。

 

そして、さっき俺が立っていたキンジの隣まで歩いて行く。

 

「キンジ、パトラは俺がやる。お前は、アリアを」

 

「隼人......任せた」

 

「応」

 

キンジと拳と拳をくっつけて、キンジはアリアの方へ進み、俺はパトラの方へ歩いて行く。

 

「ぎゅ...ぐぉ...許さぬ...許さぬぞ...!覇王である、この妾に向かって、なんという...ことを!」

 

俺が目の前まで来た所でようやくパトラは体を起こし始めた。

 

腕はガクガクと震え、鼻から血を流し、無理矢理体を起こしているこの女は、覇王などではないだろう。

 

「パトラ...テメー言ったよな?先を見ているって、言ったよな?」

 

パトラが突然の質問に目を白黒させている。

 

「先ばかり見て――後ろを見ないからそうなる」

 

ようやく上半身を起こしたばかりのパトラの後ろに移動する。

 

ゆっくりとした足取りで、パトラにも分かるように大きく怒りを帯びた足音を鳴らし後ろへ行く。

 

パトラはそれを、目で追って後ろを見た。その目は殺気がこれでもかと言わんばかりに込められている。

 

「そうだ、それでいいんだぜ...後方注意は必要だ」

 

「...殺してやる、貴様はミイラにする価値すらない...!妾を侮辱した事、後悔するが良い!」

 

パトラが立ちあがり、震える足で『王の間』に戻ろうとする。

 

それを視認情報の加速、身体的加速の両方を使って正面に回り込み、腹に蹴りを叩き込む。

 

ドグゴォッッ!!

 

「ご、ぼぉ...!」

 

「後悔したくないから、ここに来たんだぜ...」

 

自分でも驚くくらいに冷徹な目で、腹を抑えて数歩下がるパトラを見る。

 

そして――パトラが崩れて砂になったのを見て、飛び退く。

 

ギィン!と、真上から何かがさっきまで俺のいた場所に刀を突き刺した...本物のパトラか。

 

「傀儡にやらせて正解ぢゃったのう...アレを食らえば妾とて無事では済まぬ」

 

パトラは刀を引き抜くと、数歩後退して『王の間』に戻る。

 

「さぁ、遊んでやるぞ小僧...後悔したくないから来たというなら、目の前で手から零れ落ちてゆく光景を見せてやろう...。ほほ。ほほほ。愉しいのう?」

 

パトラはそう言い終わると砂になって消えて―――

 

「―――!シィァッ!!」

 

俺の横に砂塵が集まり始めた瞬間に蹴りつける。

 

砂の塊は蹴飛ばされ霧散するも、すぐ別の場所に再度砂の塊を作っていく。

 

両サイドを砂に固められて、後ろに退くのは分が悪いと察した俺は前へ、『王の間』に戻っていく。戻らざるを得ない。

 

「トオヤマ キンイチの弟は後ぢゃ...まずはお前ぢゃ小僧。――死ね」

 

パトラが、俺の前に手を突き出してくる。

 

突如、体から蒸気が上がり始める。体が...焼けるように熱い...!

 

「が、あ...!?ぐ、おおおお!」

 

その焼ける痛みに耐え、加速しながらパトラへ突っ込み大きく蹴りを放つ。

 

だが当たった瞬間にソレはパトラから砂へ姿を変えて、風に靡いて消えていく。

 

「最初の威勢こそ良かったものの...結局は妾の前に頭を垂れる事になるのぢゃ。分かるか小僧?最初からお前は詰んでいたのぢゃ」

 

体から上がる蒸気は止まる気配がない。

 

「ぐ、ぅ...」

 

「しかしお前はミイラにする価値はない。妾の手で処刑されること...誇れ、誇りに思いながら死ね」

 

体から蒸気が上がるのが収まり、体...腹部に軽い衝撃が走った。

 

「......?」

 

ゆっくりと、視線を下げていくと、俺の腹から...日本刀が生えていた。

 

「っ...ぁが、ぐ...ぁ...!?」

 

「さて、先ほどの言葉...返させてもらおうかの。ほほ...妾は常に先を見ておる...この結果も、先を見ていたまでのこと。後ろばかり見ていては、先は見えんぞ?のう、小僧?もっとも、真にお前は後ろを見れておらんようぢゃったがの。ほほほ、愉しいのう」

 

膝が力を失って座り込んでしまう。グラリ、と体が前のめりに倒れていく。

 

パトラが、ゆっくりと日本刀を引き抜いて行く。

 

ズルリと刀が抜けきったタイミングで、俺は床に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パトラとの闘いは、続く。



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やべー一撃!『仮称桜花』!

防弾ベストに、防刃性能はほぼ無い。

 

遠距離から飛んでくる『破片』から身を守るのと、近距離から『斬られる、刺される』という動作から身を守るのは根本的に話が違ってくる。

 

故にこうして、いとも簡単に背後から刺され、刀の侵入を許してしまった。

 

「ぐ...う...」

 

地面に倒れ込み、持っていたXVRが手から放れる。

 

パトラはそれを見て、XVRを蹴り飛ばした。

 

「ほほ。小僧は床に倒れた妾の傀儡を攻撃しなかったのう...よし、妾は寛大ぢゃ。お前が立ち上がり構えるまで待ってやろう...ほれ、早う立ち上がれ」

 

パトラが、俺の近くで見下しながら俺が立ち上がるのを待っている。

 

腕に、足に力を込めて立ち上がろうとすると傷口からボタボタと血が流れ出ていく。

 

「っあ゛ぁ...!」

 

ハッ、ハッ、と小さい息遣いを何度かして、上半身を持ち上げるように起こす。

 

キンジを見ると、スフィンクスと戦っていた。

 

――ソレ、動くのかよ...!

 

パトラの方は見れないが、きっと笑っているだろう。絶対者として余裕の表情で俺を見下しているんだろう。

 

「ほれ...立て。立てぬのなら、妾が立たせてやろう」

 

パトラがそう言うと砂の腕が地面から生えてきて、俺を鷲掴みにしたまま持ち上げる。

 

「...ぎ、ぁ...あぁっ!」

 

腕は俺を掴んだままギリギリと締め上げるように力を強めていく。

 

体が、捻れてグシャリと潰れてしまいそうになる。

 

砂の腕に雑巾絞りをやられたみたいに少しずつ体が捻られて、砂の腕の握力が強くなっていくのが分かる。

 

「ほほ。そのままで良いのか?逃げぬと死ぬぞ?」

 

――言われなくても、分かってる...!

 

パトラは挑発するかのように欠伸を一つして、俺を見て嗤う。

 

「がぁ゛...!あ゛ぁ゛あ゛あ゛っっ!!!!」

 

力を振り絞って、身体的加速を使い無理矢理、腕を振る速度を上げて砂の腕を払う。

 

払われた腕は地面に砂となって消えていく。

 

それを見たパトラは刀を持って斬りかかってくる。

 

「ほれ、ほれ、ほれほれほれ!もっと動け、もっと避けろ。妾を愉しませろ。もっと苦悶の顔を見せい、もっと悲鳴にも似た慟哭を上げよ。――――ほほ。愉しいのう!」

 

パトラの振る刀を致命傷にならないギリギリで回避し続ける。

 

何度も、何度も、何度も――刀が振られる度に防弾ベストが斬られていく。

 

それだけに済まず、その内側。俺の体にも傷を付けていく。

 

「最初だけか!最初だけ妾に説教を垂れて終わりか!何ともあっけない無能ぢゃな!」

 

パトラが何度か刀を振り、それを避けきった所で回し蹴りを食らう。

 

「ぐ...ぁ゛!」

 

当たり所が、悪かった。腹を刺された場所を叩くような蹴り。ドッと刺さるような音がする。パトラの高いヒールが傷口にめり込む。

 

蹴りのあたった場所、刺された所がブシュッ、ブチィア、と音を立てる。

 

傷口が過度に圧迫されて血を吐き出す。

 

それを見たパトラは不快そうな表情をし、足を下げた。

 

そして―――

 

「小僧の血で妾の足が汚れた。拭え」

 

そう言って今度は、顔面に回し蹴りを叩き込んできた。

 

一度だけでなく、往復ビンタのように、蹴っては止め、逆サイドから蹴っては止め、というセットモーションを何度も浴びる。

 

ガスッガスッガスッガスッ...ドグァッ!

 

最後の一撃で強く蹴りつけられ、軽く飛ばされる。

 

「ふむ...ちと綺麗になったかのう?」

 

パトラはそんな事を言いながら自分のヒールを見て少々不満そうに呟く。

 

 

 

 

――今、分かった...

 

 

 

パトラの蹴りは...そう、重くない。だから、食らい続けると痛いが...理子や、ジャンヌほどじゃない。

 

 

 

問題は砂の分身だ...どいつが本物で、偽物か...分からないが...刀を持っているコイツが、本物なんだろう。

 

 

 

 

「ぐ...ふぅ...ふっ...は...!」

 

 

 

闘志は燃え続けている。体の内側から漏れ出す力の渦は「まだやれる」と言いたそうに体中を駆け巡って暴れている。

 

闘争心は、消えていない。むしろ侮辱され、バカにされ、見下され、より一層激しくなった。

 

 

 

 

――――先月...ブラドになる前。小夜鳴先生が言っていたことを思い出す。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

『冴島くんはただの人間にしては有り得ない程の速さで進化する遺伝子を持っているんですよ』

 

 

 

 

『我々はもっと貪欲に、進化できるようになる』

 

 

 

 

『派生して深化していく...進化ではなく、能力を理解し、考え、自分の欲しいものへと、深めていく』

 

 

 

 

『我々は更なる高みへ昇ることが出来る』

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その言葉が嘘じゃないのなら、本当だとしたら。

 

「パトラ...」

 

「気安く呼ぶでない。愚民」

 

「テメーは...はっ...ぁ゛...言った、よな...?はぁ゛...ぜぁ゛...ブラドを...呪い倒した...って...っ!」

 

腫れた顔で、吹き飛ばされた状態で、パトラを睨む。

 

「そうぢゃ!妾がブラドを呪い、倒した!それが何になる!」

 

パトラがニヤリと笑う。そして侮蔑の表情で俺を見下す。

 

当然のように。自分が王者だと疑わないから。

 

だからきっと。俺が倒れる間もルールとやらで攻撃してこないのだろう。

 

そういった慢心が、お前の欠点なんだろう。

 

「――いや、別に...つい、先月の話を思い出しただけだ」

 

急速にスタミナが回復していく。傷が血のような紅くて...赤い()()を上げて塞がっていく。あのブラドのように。

 

顔の腫れが途轍もない速度で治っていく。

 

 

体の中に渦巻く力が搾り取られ、血液に変わっていくのが分かる。

 

 

ボゴボゴと沸き立つような血液が血管に送られる。体の機能が異常な速度で正常に戻っていく。

 

 

「――何!!小僧、貴様一体何をしたのぢゃ!!こ、答えよ!」

 

 

パトラが信じられない物を見たかの様に震える。

 

 

恐怖を掻き消すように俺に問を投げかける...叫ぶような大声で。

 

「別に...言っただろ?先月の話を...『俺の遺伝子』の話を思い出しただけだ」

 

治癒速度を、意図的に速めた。ただ、それだけのこと。

 

「ずっと、不便だったんだ...」

 

体を本来の、いつものような調子で起こす。

 

「気まぐれに、俺が寝てたり、気絶したりする時だけとっとと治りやがって...」

 

体に着いた砂を手で払い、足を振って払う。

 

「俺から逃げるみたいに、俺の前を走っていく『治癒速度の加速』...ようやく、捕まえたぜ」

 

手足をブラブラと揺らして、ストレッチをする。

 

息を一つ吐いて、ようやく憑き物が落ちた気分になる。

 

 

 

「――俺の血でよォー...オメーらイ・ウーの連中が『深化』できるなら...その血の根源...張本人の俺が出来ねーっつぅのはよォ...」

 

首をゴキゴキと鳴らしてグルッと回して解す。

 

パトラは一歩後ろへ下がる。絶対有利な状態から、少しパトラが有利な状態になったことに怯えている。

 

「可笑しい話だよな?」

 

パトラが俺の独り言のような発言を聞いて、顔色を悪くする。

 

「ま、まさか...有り得ないのぢゃ!こんな、短時間で...能力を深めるなど!」

 

「時間なんて関係ねーんだよ」

 

『治癒速度の加速』...名付けるなら―――『リターン』。...安直すぎかなぁ?

 

だが、ようやく元に戻れた。傷は塞がったし、殴られた痛みも、疲労感もない。

 

体の中に渦巻いている力が、少し減ったような気がするが問題ない。

 

「パトラ、テメーのそのお喋りな口が、俺にヒントをくれた。ありがとよ...おかげでブラドの再生を『イメージ』出来た...思い出せた」

 

パトラが更に一歩下がる。そして、必死の表情で床一面に砂を撒き始めた。

 

そして、天井から降ってくる細かな砂の粒子がパトラと俺の開いた距離――その全てを埋め尽くし、パトラの周りをグルグルと高速で回る砂の盾が出来上がった。

 

「小僧!お前がどれほどの速度で動こうと関係ない処刑方法を思いついたのぢゃ!この床の砂と、宙に舞う砂でお前の位置を常に把握し、砂の腕で攻撃する!」

 

「...分かって、ねーなぁ」

 

体に着いた砂が、動きを鈍くしてくる。その砂を手で、適当に払う。

 

「そして妾は!ここで!この完全な砂の球に籠る!非常に不愉快ぢゃが、お前の一撃を今受けるワケには行かんからの...!」

 

「砂の分身でも出して、逃げればいいんじゃねーのか」

 

「分かってて言っておるだろう!アレは複雑な物でそう簡単に用意できる物ではないのぢゃ!」

 

――へぇ、そうなのか。助かったぜ...また分身でしたなんて言われたら、やってられないからな。

 

ゲームみたいにポンポン召喚してくるモンだと思ってたが、違ったようだ。

 

つまり、アイツはもう身代わりを用意できない。

 

だから亀みたいに閉じ籠って、俺の攻撃を受けないようにしている。

 

――分かってねぇなぁ...分かってねぇ。全然、分かってねぇ。

 

砂で俺の位置を感知する?それじゃ遅いんだ。そこに居ると分かっただけじゃダメなんだ。

 

「まぁ、砂だろうが腕だろうが何しようが関係ねぇよ。俺の速さに追いつけるのは――」

 

そのまま、右腕を少し持ち上げる。

 

「――俺だけだぜ」

 

手首を大きくスナップさせる。

 

「行くぜ」

 

 

その言葉と共に視認情報の加速と身体的加速を同時に行う...これにも名前を付けるか。『アクセル』でどうだ。うん、そのまんまだな。

 

『アクセル』を発動させる。天井から降ってくる砂の動きが遅くなっていく。

 

――分かりやすくするって、大切なんだなぁ。

 

今まで感覚的にやっていた物に名前を付けて、制御しやすくする。星伽やジャンヌやキンジが技に名前を付けていた気持ちが分かる気がする。

 

そのまま走り始める。一歩目を踏み出した瞬間、地面から砂の腕が飛び出して俺を捕まえようとする。

 

「遅ぇんだよ!」

 

その腕を蹴散らして、更に前に進む。

 

 

 

 

床一面から、大量の砂の腕が生えて俺を狙い腕を振り始める。

 

 

 

ドン!ドン!ドン!ドン!と俺が通った道を腕が押し潰していく。

 

 

 

空中に舞った砂が弾丸のような形状になり、密度の濃い弾幕射撃のような物までしてくる。

 

 

 

それを支柱に登り回避して、そのまま追撃を続ける砂の弾丸を転がって回避する。

 

 

 

転がった所から更に砂の腕が2本生えてくるが背中を床に着けたまま足を大きく開いて、腕を床について、腰の力と足の力で風車みたいに両足を回して砂の腕2本を吹き飛ばす。

 

 

 

パトラは更に砂の鳥を作り特攻させてくる。勿論砂の弾丸の雨も、大量の砂の腕も一緒に付けて。

 

 

 

それら全てを蹴散らして、スライディングをして、飛び退いて、勢いを付けたまま壁を走って回避する。

 

 

 

スライディングを使うとパトラは床から鰐の口を砂で作りだして俺を捕まえようとする。

 

 

 

「遅ぇ!」

 

 

 

だが、それもスライディングから両足を持ち上げてバック転を行う仕切り直しで霧散する。

 

 

そのまま体を起こして更にパトラに接近する。

 

 

遂には天井からも大量の砂の腕が生えてきて俺をすり潰そうと手を伸ばしてくる。

 

 

そして目の前、パトラの方から砂の津波が押し寄せてくる。

 

 

砂の波は高く6mはありそうだ。スプリングブーツを使ったジャンプでも回避は無理だと判断する。

 

 

横を見ると、回避に使った一本の支柱がボロボロになっていて、砕けて傾いているのが見えた。

 

 

あれで高さを稼げば、避けられるかもしれない。

 

 

そう判断した俺はすぐさま傾いた支柱に向けて走り出す。

 

 

大量の砂の弾丸と砂の腕と砂の鳥、砂の鰐の口を左右に飛び退けながら回避して支柱に乗る。鰐の口が支柱を飲み込んで粉々に砕きながら俺を目掛けて襲い掛かってくる。

 

 

そのまま支柱の頂点まで走る。進路を妨害するように砂の弾丸が一列に並んで襲い掛かってくる。それを走り高跳びの様に背中を向けて跳躍し、体を捻って足を上げて、頭から落ちていく形で回避する。背中と足のスレスレのラインで砂の弾丸が通過していく。

 

 

頭が支柱にぶつかる前に手をついて、そのままバック転を2度行い、支柱の頂点ギリギリに到達する。砂の津波は今にも襲い掛からんばかりだ。心なしか勢いを増している気がする。

 

 

支柱の頂点でスプリングブーツを使って、跳ぶ。

 

 

 

そこで初めて気付いた。

 

 

砂の津波は1枚ではなく、何枚にも張られた物で絶え間なく襲い続けている。

 

 

――降りたら、飲まれるな...

 

 

どうしようかと思案した所で天井から俺を捕まえる為の砂の腕が降りてきた。

 

 

「おっと」

 

 

空中で身を捻り、掴まれないように避ける。一本の腕ではなく、視線を動かさなくても分かるくらいにはギッチリと天井を敷き詰める砂の腕が見えた。

 

 

そこで気付いた。コイツを使ってやればいいんだ。

 

 

口元がニィッと裂ける。

 

 

「この腕、借りるぜ!」

 

 

砂の腕を掴んで、蹴飛ばして次の腕に移動する。掴んで、蹴って、掴んで、蹴って移動し続ける。移動している間にも砂の鳥と弾丸の雨が俺を狙い、襲い続けてくる。それを体を捻ったり、砂の腕を盾にしながら進む。

 

 

その時、掴んでる砂の腕の隣の腕が動き、俺を掴もうと動いてくる。

 

 

が、腕を掴んだまま足をブラブラと揺らし遠心力が生まれ始めた所で腰を使って足を上げ、思いっきり振るい掴もうとしてきた砂の腕を破壊する。その直後、遠心力を利用して手を放して先に進む。

 

 

ターザンみたいに天井から生えた砂の腕を掴んで進むことも終わり、とうとうパトラの真上に到着する。

 

 

パトラはゆっくりと顔を見上げ、砂の壁の隙間から俺を見つける。俺と目が合うとその表情を更に恐怖に歪めた。

 

 

反対に俺の口元は三日月のように裂けていく。

 

 

掴んでいた腕を放してパトラの真上から飛び掛かる。

 

 

パトラが砂の針を生やすがもう遅い。

 

 

固まりきっていない砂を足で薙ぎ払い、砂の壁を重力に引かれた踵落としでぶち壊して、パトラの目の前に着地する。

 

 

パトラの顔が、ゆっくりと下に下がっていく。

 

 

見やすいように立ちあがる。

 

 

完全に目があったパトラは真っ青な顔で日本刀をゆっくりと振り上げる。

 

 

それを、後ろに回り回避する。

 

 

「さっきの言葉、もう一度返すぜパトラ。やはり前しか見てなかった様だな」

 

 

顔を半分だけ後ろに向けて左目でパトラを見る。

 

 

パトラは急いで此方に振り返ろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も言うが、もう遅い。

 

 

――この間合いは

 

 

 

 

 

 

 

キンジから教えてもらった技を使う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左足を軸にして、つま先を180度捻って後ろを向きながら腰、背中、腕、肩、手首の力で同時に加速していく。

 

 

つま先に円錐水蒸気が発生しつつある。だが、まだ加速は終わらない。

 

 

蹴る為の右足の太ももを振って加速、脛を振って更に加速する。

 

 

つま先を超えて...足の土踏まず辺りに円錐水蒸気が発生していく。

 

 

まだだ、まだ残っている加速点がある...踵を振って、更に加速!

 

 

そしてついに、円錐水蒸気は俺のつま先、足、踵よりも後ろに消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

――俺の距離だ!

 

 

――ズパァァアアアアアアアアアアンッ!!!!!

 

 

銃声にも似た、衝撃波が聞こえる。

 

 

振り向いた状態で速度の乗った右足をパトラの側頭部目掛けて蹴りつけようとする。

 

 

パトラが急いで用意した分厚い砂の壁を、撫でる様に切り裂いていく。

 

 

 

そして、パトラの側頭部につま先が触れた瞬間、全力で足を引いて振り抜くのを止める。

 

 

足が地面に着いたのを確認して、『アクセル』を終了する。

 

 

 

 

 

 

 

 

途端に、右足よりも外側の床が砕けて抉られていく。

 

ゴッシャアアアアアアッ!!と凄まじい音がする。

 

 

「――――ぐ」

 

パトラがふらり、ふらりと揺れたかと思うと、膝を折って地面に座り込んだ。

 

 

 

「耳鳴りがうるさいのぢゃ...!この、吐き気は何ぢゃ...頭が、割れるように痛い...!目が、目が可笑しい...!」

 

パトラは立とうとするが手足はブルブルと震えるばかりだ。

 

 

「何を...した!妾の体に、何を!...ぐぅ、物が、ブレて見える!何ぢゃコレはぁああ!」

 

 

パトラが喚き散らしている。パトラの目を見ると、左右の瞳孔の大きさが違うのが分かった。

 

 

それを見て、全力で引いておいてよかったと正直内心ヒヤヒヤしている。

 

症状から考えられるのは...脳震盪だろう。しかも、極めて重度のものだと思う。

 

頭蓋骨の骨折もあるんじゃないだろうか。

 

「ぐ、くぅ...ぁ...!」

 

パトラは立ちあがろうとしてバランスを崩し、完全に床に倒れ込んでしまった。

 

それを機に砂の腕や天井から生えていた砂の腕、砂の鳥に砂の弾丸...砂の波なども崩れて消えてしまった。

 

「聞こえてるか、聞こえてねーかは分からんが...病院に行くことを強く勧めるぜ」

 

 

 

――『仮称桜花』。触れた瞬間蹴るのを止めて引いただけでも、これほどの威力とは...

 

目に見えた攻撃ではなく、内部にダメージを与えるというのが何とも恐ろしい。

 

――キンジの奴、なんて危険な技を考案するんだ...

 

「おのれ、おのれ、おのれ...!許さんぞ、妾を、覇王たる妾を...たったの一撃でぇ...!」

 

「...お前らイ・ウーってそういうやられた時のイベントボイスでもあるのか?」

 

そう思うくらいにはジャンヌやブラドと似たような事を言っている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

無力化できたし、超能力無効化用の手錠でも掛けようかとポーチに手を忍ばせた瞬間。

 

「っ!」

 

パトラの目がギラリと光り、砂の手が無防備だった俺を掴んで壁に押し付けて拘束してくる。

 

「は、はっ!掛かったのう...ざまぁみろ小僧...!お...前は!妾が...この手で!殺す!」

 

キンジの方に助けを求めようとするが、キンジはスフィンクスを相手に苦戦を強いられている。

 

パトラを見ると床の砂がナイフの形を作っていき、5本のナイフが完成する。

 

それが、投げられようかという瞬間。

 

がしゃああああああああんっ!!!

 

と、ガラスの割れた音が聞こえ、赤い色をした『オルクス』が、スフィンクスに突っ込んでいった。

 

「なっ」

 

「何ぢゃ!」

 

「まさか!」

 

スフィンクスは『オルクス』に突っ込まれて頭部を破壊され、砂になって消えていく。

 

赤い『オルクス』のハッチが開いていく。

 

パトラの作りだしたナイフの切っ先が、『オルクス』のハッチの方へ向かっていく。

 

そして、人影が見えた瞬間5本のナイフが人影に向けて発射された。

 

ガスガスガスッキィン!ガスッ!とナイフが飛んでいき、見当違いの所に1本が飛んでいき遅れて最後の1本が『オルクス』に刺さる。

 

「ぐぅ...まともに、狙う事も出来ぬかぁ...!」

 

忌々し気な表情で壁に張り付けられたままの俺を、パトラは睨む。

 

俺はその視線を無視して、『オルクス』の方を見ている。

 

正確には、『オルクス』の傍に立っている女を見ている。

 

武偵高校の制服に身を包んだその女は。

 

 

「兄さ...いや、カナ!?」

 

 

キンジの兄貴姉貴だった。どっちだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『仮称桜花』の技名は、未だ決まらず。



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もっとやべーやつが来た

ピラミッドの頂点...ガラス部分を『オルクス』でぶっ壊して入ってきた金一...カナだったか。カナはキンジの方を見る。

 

「キンジ。私があげた緋色のナイフは、まだ持っているわね?」

 

キンジはコクリと頷く。

 

「それを持ったまま、アリアに口づけなさい」

 

カナはそう言う。なんでいきなりキスなんだ、訳分からんぞ...という表情をキンジがしている。俺もしている。

 

「そして――隼人くん。1人でパトラを打ち倒すとは、成長したわね」

 

カナは振り返り、俺にそう告げる。

 

「へっ!ヒントを与える方が悪ィんだぜ?...今のアンタは、女か」

 

「?」

 

カナにそう尋ねるとよく分からないといった様子で首を傾げる。

 

その動作は実に女らしいソレで、元が男だとは思えない。

 

「...さて、パトラ。かなり消耗しているようだけど、やるというのなら――容赦しないわよ」

 

カナはパトラの方を向き、睨んでいる。

 

「...ぐ...ぎぃ゛...!ひぃ...カナ...トオヤマ キンイチィ゛...!寄るで、ない...!」

 

パトラは床を這う様にカナから遠ざかっていく。

 

逃げながら、砂の鳥を作ってカナを攻撃するが視界がブレているのか見当違いな方向に飛んでいく。数羽がカナに向かって飛んでいくが、それらは全て『不可視の銃弾』で迎撃された。

 

パパパパッ!!という音と、マズルフラッシュが光り、鳥が砕けて霧散する。

 

「無駄よパトラ。今のあなたでは私には敵わない」

 

カナは銃弾を宙に放り、右から左に払うように銃を動かして高速リロードを行う。

 

「だ、まれぇ...!妾は、妾は...ぁ!お前なんか大嫌いぢゃああああああ!!!」

 

パトラは叫びながら大量の鳥を生み出しカナ目掛けて突撃させる。

 

物もまともに見れていない筈なのに、精神もすり減っている筈なのに、宙を埋め尽くすほどの鳥を生成している。

 

さすが推定G25の能力者だと思う。胆力が段違いだ。

 

当たらないのであれば、数で補う。大量突撃を地で行くパトラの攻撃をカナは『不可視の銃弾』で迎撃したり、クルリと回って髪の中に仕込んである何かで切り裂いている。

 

パトラは刀を放り投げるが、それは玉座の傍に転がるだけでカナに当たりもしない。

 

それを見つつ、砂に掴まれた状態から脱出しようともがくが、かなり強固に固定されているのかビクともしない。

 

「くっそ...!金い...じゃねぇ、カナ!コレ斬れるか!?」

 

「今は、無理よ!」

 

カナは圧倒的物量で襲い掛かってくる砂の鳥を髪から取り出した大鎌で切り裂き続けている。その鎌の持ち方が変わっていき...バトンを持つかの様な動きで振り回し続けている。

 

そしてその鎌の回転速度はグングンと上がっていき、ひゅんひゅんという音がしてくる。

 

鎌の先端を見ると円錐水蒸気が断続的に発生しており、最初は鎌に斬られていた鳥たちは、次第に鎌に触れる前に衝撃波で消滅していく。

 

「――この桜吹雪、散らせるものなら―散らせてみなさい?」

 

カナがやっているソレも、『桜花』なのだろう。

 

円錐水蒸気を発生させている鎌はカナの全身を包み込むように動き回って、バリアのようになっている。

 

カナは迎撃こそ出来ているが、前に進むことが出来ていない。

 

その状態じゃ無理だと見切りをつけて、自力でどうにかしようとするがどうにも抜けられない。

 

一先ず脱出を諦めて、キンジの方を見ると、アリアの居る棺の蓋が閉まり始めている。

 

キンジはそのまま棺の中に転がり込んでいき、蓋が完全に閉じてしまった。

 

「きっ、キンジィイイイッ!!!」

 

キンジがアリアと同じ棺に閉じ込められて、そのまま流砂に飲まれていく。

 

「クソッ!クソォッ!千切れろ!放しやがれ!あぁっ!くそ!」

 

必死に砂の腕を千切ろうと体を動かし暴れるが、肩も、腕も、体も、腰も、膝も押さえられていて動けない。

 

このままじゃ、完全にあの棺が消えてしまう。

 

「どうしたの、パトラ。そんなに下僕を出して、私を攻撃するのかしら?」

 

パトラは階段側から4体のジャッカル人間を呼び寄せていた。それを見たカナは不敵に笑う。

 

カナは未だ鳥の迎撃に集中しており、動けない。

 

「ぎ...違う!これは、妾の...!逃走経路ぢゃ!」

 

パトラが叫ぶと同時、船の底でドゴォオオオオオン!という音が聞こえ、船が傾いていく。

 

「...!パトラ、あなた...船底を破壊したのね!」

 

「そうぢゃ、不愉快ぢゃし、悔しいが...ここは退かせてもらう!」

 

4体のジャッカル人間はパトラを担ぐと、全速力で逃げ出した。

 

カナは追いかけず、鎌を振るのを止めて、急いで俺の方に走ってくる。

 

「隼人くん!大丈夫?」

 

カナは手に持っていた鎌をブンと振ると砂の腕がざっくり斬れて形をなくしていく。

 

体の拘束が外れ、自由になった。体がどたりと落ちて、床に伏せる状態になる。

 

「サンキュー!...ちゃんと、来てくれたんだな」

 

「約束したもの」

 

ふふふ、とカナは小さく笑い、手を差し出してくる。

 

「やっぱ、仲良くできそうだ」

 

「嬉しい事を言ってくれるわね」

 

差し伸ばされた手を借りて、立ち上がる。

 

「私はパトラを追うわ。隼人くんは?」

 

カナはそのまま逃げたパトラを追いかける為に、その身を出口に向けている。

 

「俺も、追う...キンジたちの棺は...どこにいった?」

 

「分からない...けれど、あの子たちなら大丈夫よ。きっと、大丈夫」

 

「...俺はキンジたちを探してみる」

 

「そう...なら、一旦お別れね」

 

カナはそう言って『王の間』から出ていく。

 

船はどんどん傾いていく。

 

玉座に落ちていた星伽の刀を拾い、部屋の端に転がされたXVRを拾う。

 

そしてそのまま傾いている船の、底の方へ...キンジたちの入った棺を探すために飛びこみ、傾斜がきつくなった床を駆け抜けていく。

 

砕けた柱やスフィンクス、パトラの像や装飾品が天井から落ちてきたり、壁から傾いて倒れてくるものを走って回避しながら下っていく。

 

 

 

そして、かなり底の方まで来て、棺を見つけた。

 

その棺の蓋は、ガタガタと揺れていて、蓋を開けようとしている。

 

「キンジィイイイ!アリアァアアッ!!」

 

坂のように傾いた床を思いっきり蹴りつけて棺の横に追いつく。

 

滑り落ちていく棺を止めようと力を入れて踏ん張るが、棺は重く、止まらない。

 

棺の蓋が少し開いていて、蓋を開けたほうが早いと思い、ドロップキックの要領で蓋を横から蹴りつけて、少しだけずらした。

 

その少しの隙間から腕が出てきて、更に押し退けようとしている。

 

俺も協力して、滑りながらも蓋を押していく。かなり重いが、確実に動いている。

 

それからしばらくして棺の蓋が持ち上がり、蓋が重力に引かれるように落ちていく。

 

完全に開いた棺からキンジとアリアが出てきた。

 

アリアは目を覚ましていて、元気そうにしている。

 

それを見て目が潤むが、泣いているヒマはない。

 

「キンジ、アリア...かなり底の方まで来てる。早く逃げるぞ!」

 

キンジとアリアに注意を促して船から脱出しようと提案する。

 

キンジたちは頷き、逃げようと坂のようになった船の...上の方を見上げて、止まった。

 

 

 

 

俺もそれに釣られ目を向けると、ジャッカル人間に支えられたパトラがいた。

 

キンジがベレッタを抜いてフルオートで射撃するが、全て砂の盾で防がれてしまう。

 

ガキン!とベレッタが弾を全て吐き出したらしくスライド部分がオープンしている。

 

パトラはそれを見て、ニヤリと笑っている。

 

「今の妾にはコレが精いっぱいでの。サエジマ ハヤト...妾は、お前を一生許さぬ。末代まで、呪ってやる」

 

パトラは苦虫を噛み潰したような表情で俺を睨むが、すぐにそれを止めて武器を構える。

 

それは砂漠迷彩仕様のWA2000で、レーザーサイトが増設されていた。

 

「後ろからはしくじったのでな...今度は前から、確実に心臓を貰ってやるわ」

 

レーザーサイトの照準が、アリアをなぞっていく。そして、左胸でピタリと止まる。

 

そして、パトラがトリガーに指を掛けて、引いた。

 

その瞬間キンジがアリアの前に飛び出した。

 

俺も、『エルゼロ』を使って更にキンジの前に腕を伸ばす。

 

弾丸は既にキンジの眼前に迫っており、今も尚かなりの速度で進んでいる。

 

狙撃銃の弾速は速く、『イージス』で無力化する為に掴もうと伸ばした腕よりも速くキンジに向かって進んでいく。

 

 

 

何とか弾丸を掴むことに成功するが、掴めたのは小指だけで掴んだ部分は弾丸の尻。螺旋回転しながら進んでいく弾丸は指の肉を擦り切らしながら抜けていってしまう。

 

 

 

そして、そのままキンジの頭へ、進んでいく。

 

 

 

もう一度、手を伸ばして掴もうとするが『エルゼロ』が終わっていく。終わって、しまった。

 

 

 

 

元の速度に戻った世界は残酷に、当然の様に、キンジの頭を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

キンジは血を噴き上げながら、後ろに倒れていく。

 

 

 

 

 

 

 

「...あ、ああ...あああああ......」

 

 

 

 

「キンジ...?」

 

 

 

守れなかった。間に合わなかった。『イージス』は、無敵じゃなかった。

 

 

 

己の無力さに、心が慟哭を上げる。

 

 

 

目から涙が溢れてくる。

 

 

 

キンジの顔は血塗れで、ピクリともしない。

 

 

 

 

「キンジ...キンジ!キンジイイイイイッ!!!」

 

 

アリアが、叫ぶ。

 

 

俺は...膝から力が抜けて、座り込んでしまった。

 

 

目から止め処なく涙が流れていく。

 

 

 

「いや...いや、いやああああああああああ!!!」

 

 

 

アリアの叫びが、俺の無力さを掻き立てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジの目は開いたままで、あまりにも惨たらしかったので――せめて目だけでも、と思い...手でキンジの瞼を下そうと乗せた瞬間。

 

 

 

 

 

ピクリ

 

 

 

 

 

と、キンジが動いた。

 

 

 

 

 

「キンジ...?」

 

 

思わず口が動く。

 

 

 

キンジは、()()()()()

 

 

 

 

口を、動かしている。

 

 

 

 

そして、そのままキンジは...ペッと弾丸を吐き出した。

 

そのままゆっくりと、血に濡れた顔を腕で拭いて、キンジが上半身を起こした。

 

俺も、パトラも信じられない物を見た表情になる。

 

――キンジが、銃弾を噛んで止めた。

 

「キンジ...オメー...また、そういうパターンかよォ!」

 

涙は勢いを増して溢れ出てくる。

 

先月もそうだった。死んだかと思ったら、生きてた。助からないだろうと思った所から、必ず生きて帰ってくる。なんだこの不死身の根暗野郎は!生きてる!キンジが生きてる!

 

「生きてるなら、生きてるって返事しやがれ!このクソ野郎!」

 

ボロボロと涙を零し、笑いながらキンジの上半身を支える。

 

キンジは、そのままパトラを見続けている。

 

俺も涙を拭って、パトラを睨むがパトラは顔を青くして数歩下がった。

 

俺たちに怯えてるワケじゃないらしいが、数歩――下がった。

 

そこに、カナがやってきて、俺たちを見て驚愕の表情をしている。

 

いや、違う。俺たちじゃない。俺たちの、後ろ。

 

アリアを見て、驚いている。

 

アリアは何時の間にか立ちあがっていて、パトラに指を向けた。

 

アリアの指の先端が、緋色に...赤く、紅く、朱く輝き始める。

 

――何を、しようとしている!?

 

「緋弾...!」

 

カナが青ざめた表情で、呟いている。

 

緋弾...『緋弾のアリア』。その、緋弾が、コレなのか。

 

まるでチャージビームのように、人指し指に集まった光は輝きを増していく。

 

少なくてもコレは、『超能力』じゃない。

 

なんだ、これは。

 

そして、アリアの指先から光が放たれた瞬間。

 

「避けなさいパトラ!」

 

カナが吠えた。

 

パトラはその声でハッと我に返り、急いでジャッカル人間を消し、床にドタリと落ちる。

 

光の弾丸は砂の盾をあっさりと貫通していき、パトラがさっきまで居た場所を通過して――

 

 

室内を、眩い光の嵐が塗り潰していく。

 

 

腕を前に出して視界を守り、しばらくその状態のままで居ると、光が収まり、消えていった。

 

腕を下して、目の前の光景を見て、驚愕する。

 

青い。目に映ったのは薄暗い迷宮のような物でもなく、先ほどの緋色の光でもなく...青空だった。

 

俺の眼前には果てしなく広がる蒼穹が映っているだけだ。

 

つまり、さっきのビームが...この船の、ピラミッドを吹き飛ばしたんだ...!

 

 

パトラはピラミッドを破壊され、『無限の魔力』を失った。

 

身に着けていた装飾品は砂になって消えていく。

 

パトラはそのまま這いながら、その場から逃げようとしている。

 

「逃がすかよ...!」

 

キンジは意識を失ったアリアをお姫様抱っこで抱えた。

 

キンジと共にカナの方へ走っていき合流すると、カナは大鎌で俺たちに降りかかるピラミッドの破片を全て弾いてくれた。

 

パトラは震える足で立ち上がって...俺たちに背を向けて、逃げ出した。

 

そんな時に、カナが声を掛けてきた。

 

「隼人くん、合わせられる?」

 

そう言って、カナが棺を鎌で叩きつけ、ホッケーのように壁際を滑らせて...パトラの背を掠める。

 

パトラは声を上げて棺の中に落ちていく。

 

カナはチラリと俺を見て、すぐに棺の蓋を見た。

 

「なるほど、ね。やっぱりアンタとは気が合いそうだ」

 

ニヤリと笑い、『アクセル』を全開まで発動させる。

 

棺の蓋、その縁...少々カーブしている部分を踏みつけて、ガッ!と蓋を起こす。

 

そして、丁度真ん中あたりに回し蹴りを叩き込む。ミシリと足が嫌な音を立てるがすぐに『リターン』で治す。

 

 

 

ドガアアアアアアアッ!!!!!

 

 

派手な音を立てて、蓋が飛んでいき、パトラの入った棺に飛んでいく。

 

キッチリとは嵌りそうになかった...が。

 

「ピラミッドは、元々お墓なんだろう?」

 

ベレッタのリロードを終えたキンジが、棺の蓋を射撃する。

 

ガンッ!ガンッ!

 

落ちていく軌道が修正され...

 

ばくん、と蓋と棺が噛みあい、閉じた。

 

「――だったら、静かにしないとね...パトラ」

 

キンジが気持ち悪い発言をして、ニコリと笑う。

 

パトラは出せ出せと喚いているが、女の力一つで、あの棺はそう簡単に持ちあがらないだろう。

 

「パトラ。おやすみなさい...御先祖様と同じお墓の中で――ね」

 

カナがそう言うと、途端に静かになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやくピラミッドの外に出た俺たちは、傾いたアンベリール号の舳先でカナと向き合っている。

 

「その...助かったよ。ありがとう、カナ」

 

「約束したもの。約束は守るべきものよ」

 

「どの口が言うんだよ」

 

カナとのやり取りに、キンジが呆れた口調で突っ込んでくる。

 

「キンジ...強くなったわね」

 

「よしてくれ。俺はまだまだだ...アリアの涙を、止められなかったから」

 

「何臭い事言ってんだオメーは!...にしても、よく銃弾を口で止められたな?」

 

「ああ、俺の奥歯は...上下とも虫歯でダメになっててな。セラミックを被せてあるんだ。それが助けになったんだ」

 

「だからってやろうとするかよフツー」

 

「無意識にやってたんだよ」

 

――無意識か。そうだな、無意識にやってる事もあるだろう。

 

キンジがそう言えばと言ってアリアの女子制服をカナに渡して、着替えさせてくれと頼んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

カナは苦笑しながらぱぱっとやってしまい、俺たちの方に戻ってくる。

 

「カナ...今回は、助かった。次...会う時はどうなるか分かんねーけど...出来れば、こういうやり方で行きたいモンだ」

 

「あら、そんな事を言うなんて。隼人くんは意外と寂しがり屋だったりするのかしら?」

 

揶揄うようにカナが笑いながら言ってくる。

 

「...悪ィかよ。一度仲間、みてーなモンになったんだ。あんまし、敵対したくはねーぜ」

 

その俺の言葉に、少し驚くがカナはすぐに深い微笑みを浮かべる。

 

「...ええ、そうね。私も、あなたに銃口を向けたくはないわ」

 

キンジが俺たちのやり取りを見守っているが、何処となくソワソワしてる。

 

「俺からの話は、それだけだ...ほい」

 

スッと手を差し出す。

 

「...?ああ、握手ね!ふふ、はい」

 

カナは一瞬頭の上にハテナマークを浮かべるが、すぐに意図を理解して、握手を返してくる。

 

ガシッ!

 

固く結ばれた手と手は、一種の絆のような物だと思う。

 

出会いがどうであれ、過程がどうであれ...協力し合ったんだ...

 

「次も、こういう感じの方がいいな」

 

「それを、あなたが望むのであれば」

 

俺が言うと、カナも同意する。

 

互いに掴み合った手を放すと、俺の手に紙が一枚くっついてきた。

 

何かと思ってみると、電話番号のような物が書かれている。

 

バッと顔を上げると、小さくウィンクをするカナが映った。

 

 

 

 

 

 

 

苦笑を漏らして後ろを向き、キンジの肩を叩いて場所を交代する。

 

携帯を取りだして、電話番号を入力し、連絡先に『キンイチ/カナ』という名前で登録する。

 

そのあとに紙をビリビリに引き裂いて、海に捨てる。揺れる波を見つめて呆けていると、アリアが目を覚ました。

 

「ぅ――ハヤ、ト?」

 

「おう、目ェ覚めたか...おはようさん」

 

アリアの横にしゃがみ込んで、ニッと笑う。

 

キンジはカナとの話を切って、アリアの方に向かって歩いて行く。

 

「え!?き、キンジ!なんで生きてるの!?」

 

当然の疑問だとは思うが聞き方がすごい失礼だと思う。

 

キンジはそのままズンズン進んでいき、アリアを抱きしめた。

 

俺はそれを見て、立ち上がってカナの前まで移動する。

 

 

 

 

 

 

 

「キンジも...変わったわね」

 

カナが、嬉しそうに笑っている。

 

「あら、隼人くん...?泣いてるの?」

 

「――泣いて、ねぇ」

 

「...そう?その割には、結構ボロボロと...ちょっと、大丈夫!?」

 

カナがオロオロと慌て、ハンカチを取り出して俺の目に押し当ててくる。

 

「パトラにやられた傷が痛むの?泣いちゃダメよ。男の子なんだから」

 

「違う...キンジにやられた」

 

「へ?」

 

「俺の前で...見せつけやがって...あのヤロウ...!」

 

グスングスン。

 

カナは呆けたような顔で俺を見て、顔を綻ばせ笑い始めた。

 

「...ふ、ふふ!あはははは!隼人くんって、やっぱり面白いわね!」

 

「くぅ...!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙が出るほど笑ったカナは息を整えて、楽しそうな顔から一転、青ざめた表情になり海の彼方を見た。

 

「――逃げなさい」

 

「何?」

 

「いいから、早く!逃げて!」

 

「無理だ!船がない!」

 

「――!」

 

カナの顔はどんどん青ざめていく。

 

そして、ようやく俺にも伝わり始める...大気が揺れていると錯覚するほどのプレッシャーを感じる。

 

「なんだ、何が来るんだ!教えろ、カナ!」

 

クジラたちは消えている。いや、海鳥も、魚も、何もかもがこの辺り一帯から消えている。

 

驚くくらいに静かな空間が、広がっている。

 

「あ、ああ...ああ」

 

カナは俺の質問に答える事なく、口元に手を置いて、声が漏れるのを抑えた。

 

――――船が、海面が、海が振動している。

 

 

 

 

ずず、ずずずず――――――

 

 

 

「あそこよ、キンジ!」

 

 

アリアが、海の一部を指している。俺とキンジが駆け寄って、海面を見ると...

 

 

海面が、持ち上がっているのが見えた。

 

 

 

 

っざあああああああああああああっっ!!!!

 

 

その身に張りつく海水を滝のように流しながらクジラよりも巨大な、もっと巨大な――鉄の塊が、海深くより姿を現した。

 

その巨体の出現で発生した波浪が、アンベリール号をグラグラと揺らす。

 

舳先の鎖に3人で掴まり、落ちないように耐える。

 

 

 

黒く光るその壁のような巨体は、大きく、大きくターンをしていく。

 

そして、ターンしていくその黒い壁の一部...白い文字で書かれたソレを見つけ、震えた。

 

『伊・U』と書かれたソレ。

 

イ・ユー...違う、もっと似た言葉を知っている。アリアが、追いかけているもの...俺とキンジが遭遇した連中。

 

 

これは間違いなく、『イ・ウー』のことであると、理解した。

 

 

その巨体は、完全に横を向き...俺たちに横腹を見せている。

 

それが、潜水艦であると、そこまで来て理解できた。

 

 

――イ・ウーとは...『伊・U』であり...潜水艦を指していた...!

 

 

そして、この船体は...見たことがある。武藤たちが授業中に、プールに浮かべていた...模型!

 

「ボストーク号...!」

 

キンジが、掠れるような声で呟いた。

 

「見て、しまったのね...」

 

カナは、甲板に突っ伏してしまっている。

 

「これはボストーク号と呼ばれていた...戦略ミサイル搭載型・原子力潜水艦。それは沈んだのではなく、盗まれたのよ...史上最高の頭脳を持つ『教授』に!」

 

完全に停止した、原潜――その艦橋に一つの影が見えた。

 

突如、カナが立ちあがって叫ぶ。

 

「『教授』...止めて下さい!この子たちと、戦わないで!」

 

そう叫ぶ声が聞こえると同時、俺の体は無意識的に『エルゼロ』を発動させていた。

 

カナが、キンジたちの前に駆け出している。

 

カナの前方に、太陽の光を受けて輝く銃弾が見えた。

 

それは途轍もない速度で、カナ目掛けて突き進んでいる。

 

 

 

――キンジは、守れなかった。

 

 

 

だが、今なら間に合う。

 

 

 

体を起こし、カナの前に立つ。

 

狙撃銃から発射された弾丸の速度は『エルゼロ』を以てしても、走らなければ追いつけない。だが今回は違う。

 

向こうから、こっちに飛んできてくれているのだ。

 

 

――次は、守ってみせる。

 

 

軽いキャッチボールをするときのような速度で飛んでくる弾丸を、握り潰すように掴んで止める。

 

そのまま、ブン!ブン!と2度大きく腕を薙ぐように振って勢いを完全に打ち消す。

 

 

そこで、グァンと体中が悲鳴を上げ、内側から大きく揺れて『エルゼロ』が強制的に終わる。そして、元の速度に戻ってくる。

 

 

 

俺の体に、強い衝撃が2度走った。

 

「...え?」

 

カナが驚いている。目の前に、俺がいるから?

 

 

いや、違う。

 

 

 

 

「ぐ......ぁ!?」

 

 

 

3発の銃声が、遠雷のように聞こえてきた。一発だけじゃ、なかった!

 

 

 

右肩と、左のふとももを、撃たれた...!

 

 

 

 

――防弾ベストや、追加装備で守っていたのに、撃ち抜かれた...!

 

 

 

「嘘、嘘...!」

 

 

 

カナが、慌てているのが分かる。衝撃で、体が後ろに倒れていく。

 

 

それを、カナが支えてくれた。どく、どく、と血が流れて、血の池を作り始めているのが、分かる。

 

カナの手は、血で赤く染まっていた。

 

「なんて、声...出してんだ...カナァ...!コレ、見ろよ...止めたぜ。キンジのは、防げなかったが、アンタのは...防げた!」

 

ヘヘ、と笑いながら、グローブは摩擦で食い千切られた様になっていて、グローブの内側の掌と指は熱で焼けている。そこに、一発の銃弾が収まっているのを見せた。

 

「でも...でも...!」

 

カナの顔は青いままで、罪悪感に押し潰されそうな表情をしている。

 

 

 

 

キンジは俺とカナを庇う様に前に出て、艦橋にいる影を見ていた。

 

 

 

アリアも、その影を見て、声にならない声を、上げた。

 

 

 

 

「――――曾、お爺さま......!?」

 

 

 

 

アリアの、曾爺さん...だと?それはつまり、武偵の元祖。世界一有名な探偵。

 

 

 

――シャーロック・ホームズ!

 

 

 

 

 

 

 

シャーロック・ホームズ1世が伊・Uのリーダー...『教授』だった。

 



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やべー応急処置とやべーデメリット

「ああ、そんな...どうすれば...!止血、止血しないと!」

 

血がどく、どく、と脈打つ様に流れていく俺を抱えているカナは、顔を青くしたままオロオロとしていたが、すぐにハッとしてポケットに手を突っ込んでいる。

 

B装備の防弾ベストを貫通する弾丸...一発、掴んで...見たから間違いない。

 

AP弾...アーマーピアシング弾を、撃ちこんできやがった...!

 

弾芯に鉄ではなく鋼鉄やタングステンを使って重量を増し、先端を尖らせた弾芯を露出させることで貫通力を高めた弾丸。

 

だが、AP弾でよかった。俺は、ツイてる...!

 

通常の弾丸は、堅い物体等の目標に命中し、内部に潜り込んだ後殺傷力を高める為に『破片』として砕けていくものだ。

 

故に弾丸の被膜は銅などの柔らかい素材で出来ていることが多いが、このAP弾は貫通力を上げる為に弾芯をタングステン、つまり滅茶苦茶硬い金属で作っている。

 

そしてそれは胴の被膜の面積を減らしているということであり...『破片』が広がりにくいということだ。その代わり衝突した衝撃で、着弾した範囲の肉はグチャグチャになってるし、その近くを通っていた血管も、筋肉もズタズタに引き裂かれている。

 

血管を抉られたのか血は止まらないが、まだ大丈夫だ...死ぬような、レベルじゃない。

 

――滅茶苦茶痛いけど、生きてる...!

 

カナが取り出したハンカチで右肩の傷は押さえられ、圧迫止血して貰っている。

 

太ももの方も、キンジが武偵手帳に挟んでいた厚手のガーゼを押し付けて止血してくれている。

 

撃たれた場所...銃創の奥。丁度、骨がネットのようにAP弾を止めている。止めてしまっている。感覚で、理解できる。

 

放たれた弾丸から漏れる熱が、肉を、血を、骨を、筋肉を、血管を、細胞を焼き焦がしている。

 

あの野郎が、狙ってやったとしか思えない。

 

そんな時に、アンベリール号がズガンと大きく揺れる。

 

「何!?何が起こったの!?」

 

アリアが叫んでいる。

 

横倒しになった棺の蓋を開けて、パトラが飛び出してくる。

 

そして俺たちを一瞥して、船の後方へ消えていった。

 

「恐らくMk-60対艦魚雷だ!イ・ウーが撃ちやがった!」

 

キンジが一切目を向けずに、銃創の方から心臓に近い方をロープで縛り上げられる。

 

「ぐ...!ぅああああっ!!」

 

「我慢しろ!」

 

ロープでギチギチと締め上げられ、傷が痛む。

 

「病院には、送れない...!どう、すれば...」

 

キンジも、カナも止血で手一杯になっている。

 

パトラが顔を青くしてこちらに戻ってきていた。

 

「マズいのぢゃキンイチ!『教授』が、こちらへ来る!」

 

パトラの焦燥した声がカナを更に絶望へ追いやる。

 

空を見上げる事しか出来ず、状況がどうなっているのか把握できない。

 

ごすん、とアンベリール号が大きく揺れ...1人の男の声が聞こえた。俺の物ではないし、キンジの物でも、金一の物でもない、新しい人物の声だった。

 

「――もう逢える頃と、推理していたよ」

 

ただ、それだけの言葉なのに、俺は敗北を悟った。

 

勝てない。そう、理解した。

 

ブラドでも味わった絶望とは、正に格が違う。

 

姿さえまともに見れていないのに、声を聞いただけで『敵わない』事が理解できた。

 

「卓越した推理は――予知に近づいていく。僕はそれを『条理予知(コグニス)』と呼んでいるがね。つまり僕は、これを全て...予め知っていたのだ。だからカナ君...君の胸の内も――僕には推理出来ていたよ」

 

「――」

 

カナは、絶句している。顔を青くし、肩を震わせている。

 

「さて、遠山キンジ君、冴島隼人君。君たちも僕の事は知っているだろう。いや、こう思うことは決して傲慢ではないことを理解してほしい。なにせ、僕は嫌と言うほど映画や書籍で取り上げられているのだからね。でも、可笑しいことに僕は君たちに、こう言わなければならないのだ。なにせ、今ここには僕のことを紹介してくれる人が1人もいないのだからね」

 

回りくどい、長ったらしい喋り...それが終わり、一拍置いてからまた話し始めた。

 

「初めまして。僕はシャーロック・ホームズだ」

 

―知ってるよ、このクソッタレ...!

 

シャーロックは、カナを、パトラを、キンジを、俺を攻撃しようとする素振りは一切ない。

 

「アリア君」

 

シャーロックが静かに、曾孫の名前を呼んだ。

 

「時代は移ってゆくけれど、君は何時までも同じだ。ホームズ家に伝わる髪型を、君はきちんと守ってくれているんだね。それは初め、僕が君の曾お婆さんに命じたのだ。いつか君が現れることを、推理していたからね」

 

コツリと、足音を立ててシャーロックが移動する。恐らくアリアの前に、移動した。

 

「――用心しないといけないよ。鋭い刃物を弄んでいると、いつかその手に怪我をすることになるのだからね」

 

キンジか、カナか...何方か、あるいは2人が構えようとしたのを、シャーロックに注意されたのだろう。

 

「アリア君。君は美しい、そして強い。ホームズ一族の中で最も優れた才能を秘めた、天与の少女――それが君だ。なのに、ホームズ家の落ちこぼれ、欠陥品と呼ばれ――その才能を一族に認められない日々は、さぞかし辛いものだったろうね。だが、僕は君の名誉を回復させることが出来る。僕は――君を僕の後継者として、迎えに来たんだ」

 

「...ぁ...」

 

アリアの掠れるような声が聞こえる。

 

「さぁ、おいで――君の都合さえ良ければ、おいで。悪くても、おいで」

 

――どっちだよ...!

 

「おいで、そうすれば――君の母親は、助かる」

 

アリアの、息を呑む音がはっきりと聞こえる。

 

そのセリフは、卑怯だ。お前たちが着せた罪じゃないか。それを、利用するなんて...卑怯だ。だが、最も『確実』なカードの切り方だ。

 

「さぁ、アリア君。――とかく、好機は逸して後で悔やむことになりやすいものだからね。行こう、君のイ・ウーだ」

 

「...アリア!」

 

シャーロックの気配が、遠ざかっていくのが分かる。アリアも、連れて行かれたのだろう。

 

キンジが叫ぶ。

 

「アリアァアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

銃創を押さえたハンカチが、鮮血に染まり赤くなっている。

 

カナの顔色は、まだ悪い。

 

キンジはアリアを、シャーロックを追おうとしている。

 

――俺も、キンジを手伝わねーと...!

 

「...カナ、頼む...()()()()()

 

その言葉を聞いて、カナは顔を下に下げてくる。

 

「...正気?消毒液もそんなにあるワケじゃないし...ここは、揺れている船の上よ!?」

 

「...頼む」

 

「...!どうして...」

 

「キンジが、苦しんでる...アリアが連れてかれた...アンタ言っただろ、キンジを助けてくれって。それに俺はこう答えたはずだ...『俺は、俺の成すべきと思ったことをする』」

 

心は折られた。細胞単位で、勝てないと教えられた。

 

でも、教師のようなあの態度が気に入らない。

 

――だんだん、むかっ腹が立ってきた。

 

それはきっと、教師に対する『反骨心』のようなもので、一方的に上から物を言うような話し方...態度。それが、堪らなく気に入らない。

 

「アリアを、キンジを、助けるんだ。だから、早い所...銃弾(コレ)、抜いてくれ」

 

ここが船上であること、消毒液の数が無い事も、レントゲンも撮れないから銃弾の正確な位置も分からない。だがそんなこと百も承知だ。

 

「キンジ...悪ィな...早くアリアを助けに行きたいんだろーけどよォ...ちょっと、暴れちまうかもしれないから...押さえてて、くれねーか...?」

 

「隼人...お前...」

 

「頼むよォー......なっ?」

 

へへ...と、笑いキンジを見る。キンジの目尻には、涙が浮かんでいる。

 

「カナ...これを、使って...くれ」

 

武偵手帳のパッケージ部分を開いた状態でカナに渡す。

 

そこには応急処置用の、ライトとピンセットが入っていた。

 

「オメーのその、感覚を信じる。だから、俺を...信じて、やってくれ」

 

「...本気なのね?」

 

「......ああ」

 

銃創をライトで照らしながら、揺れる船上でピンセットを使い、傷口を掘り返しながら銃弾を摘出してくれ...と、カナに頼む。

 

「...失敗することは、考えないの?」

 

カナが準備をしながら不安気に尋ねてくる。

 

「俺の信じる、お前を信じろ」

 

「...分かった。あなたが私を信じてくれるなら、私はそれに応えるわ」

 

カナが俺のナイフを抜いて、銃創周辺の装備や衣服を剥いでいく。

 

露出した肌と、痛々しく裂けた銃創でも見えたのだろう。カナは顔を少し顰めている。

 

そして、消毒液でピンセットを消毒して俺を見る。

 

「...死ぬほど痛いわよ」

 

「覚悟は、出来てる」

 

そう言ってから左腕で自分のシャツを襟元から引っ張り出して、口元に持っていき思いっきり噛む。

 

「ふぅー...ふぅー...」

 

「...キンジ、しっかりと押さえて。いいわね?」

 

「ああ」

 

キンジは体重を掛けて、俺の体を押さえ込んでくれる。

 

「肩からいくわよ」

 

カナが、俺の目を見て聞いてくる。

 

コクリ、と頷いて目を閉じた。

 

 

 

 

次の瞬間。

 

 

 

 

 

グチャリ、と異物が体内の擦り切れて神経が剥き出しになった箇所を、神経や組織を掻き混ぜるようにして入ってくる。

 

 

 

「――――――ッッッッッ~~~~――――!!!!」

 

 

体が余りの激痛に跳ねようとするが、キンジがそれを押さえてくれる。

 

おかげで、ビクリとも動かない。

 

閉じかけていた肉が無理矢理開かれ、探るような手つきで進んでいく。

 

ブシュリ、ブチュッ...クチャ...と水のような音を立てながら異物は骨に近づいてくる。

 

 

「フーッ...~~~!!......フスー...―――――――ッ!!!!」

 

噛んだシャツだけは絶対に離さない。

 

きつく閉じた目からは、痛みを訴えて涙がボロボロと零れ落ちていく。

 

「我慢しろ隼人、頑張れ!もうすぐカナが取り出してくれる。きっと、大丈夫だ!」

 

キンジが声を掛けてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ時間が経ったか分からないが、慎重に...組織を傷つけないように進んでいくピンセットが、コツリと、骨に突き刺さった銃弾の尻に触れたのが分かった。

 

「...!見つけたわ。ここから、引き抜く。また、激痛が走るけど...大丈夫?」

 

首をガクンガクンと振りながら応える。

 

「...ごめんなさい」

 

ピンセットで銃弾をガチリと掴み、慎重に引き抜いて行く。

 

銃弾はまだ熱が籠っており、慎重に引き抜くということから、抉られて、斬り刻まれて、グチャグチャに圧縮されて、引き裂かれて、焼き切られて、こじ開けられた肉と神経と血管の『細胞の壁』を丁寧に、ウェルダンのようにじっくりと焼きながら銃弾が抜かれていく。

 

 

 

「ぐ...――――ぅ゛......ヴ...フーッ...が―――――――ッッ!!!!」

 

 

ピンセットが入ってきた時よりも痛みは強く、焼かれていく感覚が分かる。千切られた血管から滴り落ちていく血液は銃弾の熱で焼かれ、銃弾に触れている肉の断面もブスブスと焦げているのか途轍もない痛みが、表現のしようのない痛みが脳に警鐘を鳴らし続けている。

 

無限に続いていく灼熱地獄を味わっている。痛みが痛みを呼び、連鎖のように繋がっていく。

 

「頑張れ、隼人...頑張れ...!耐えるんだ...しっかりしろ、意識を保て...隼人、大丈夫だ、お前は絶対に、大丈夫だ!」

 

キンジが体を押さえたまま、絶えず励まし続けてくれる。

 

カナも、揺れる船上でこんなにも丁寧に、ブレる事無く処置をしてくれるものだと感心する。

 

 

 

 

 

 

そして―――

 

 

 

 

カキン、と甲高い金属音が聞こえた。

 

「はぁ...はぁ...まずは、一発目...摘出、完了...!」

 

カナが息を荒げ、右肩に刺さった銃弾の摘出が終わった事を告げる。

 

「破片は、刺さってないわ...運が、良かった」

 

傷口に消毒液を染み込ませたガーゼが当てられ、激痛が走る。そのままグルグルとテープを巻かれ、応急処置の一カ所目が終わった。

 

「次...ふともも...!」

 

そう、次がある。

 

 

二カ所目...左のふともも。

 

こちらも同じように消毒液を掛けたピンセットで銃創をこじ開けて、入ってくる。

 

あまりの激痛に声にならない声が上がる。

 

キンジは、涙を流して俺を押さえ、励ましの声を掛け続けてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ――――――ッッッ!!~~~~~~~~ァ゛ッッッ―――――!!!!」

 

 

 

「もう少し、もう少しで、骨に届く!だから辛抱して!」

 

 

カナは抉り込むようにピンセットの向きを変え、銃弾を探る様な動きをし始める。

 

その動作の全てが声にならない声をあげて激痛を訴え、脳がビリビリ痺れるほどの警鐘を訴え続けてくる。

 

「――嘘...そんな」

 

「どうした、カナ!隼人は、大丈夫なんだろうな!?」

 

「隼人くん、聞いて―――銃弾が、乱回転を起こして...中で、上向きに進んでいるの」

 

その言葉に、キンジが絶句する。

 

「ピンセットじゃ、届かない」

 

だから、とカナは言葉を続ける。

 

「今からナイフをメス代わりに入れて、銃弾のある位置までこじ開けるわ」

 

その言葉が本当だと証明するかのように、俺のナイフを持ち上げて見せてくる。

 

そのナイフの刀身に、消毒液をダバダバと掛けて、銃創よりも腰に近い位置の皮膚にも掛けてくる。

 

「...なるべく、傷つけないようにするわ。大丈夫?」

 

「―――ヴゥ゛!」

 

「そう...はっ...はぁっ......――いくわよ!」

 

 

ザグゥ!

 

 

 

体が、ズンと浮きかける。

 

 

「――――――――――ッッ――――――――!!!!!!!!!」

 

 

 

首だけが、グワングワンと動く。痛みを訴えて、体を動かそうと跳ねる。

 

 

 

それをキンジが押さえてくれる。

 

 

 

「大丈夫だ隼人、お前は男なんだ......だいじょう、ぶ...だいじょうぶ、だがら゛!!」

 

 

 

キンジの声は震え、時折啜るような音や、嗚咽まで聞こえてくる。

 

 

 

ナイフが、ザクリ、ザクリと深くまで入っていく。

 

 

 

痛い。痛いなんてモンじゃない。形容できない。神経の1本1本に針を突き刺されていくような痛み。

 

 

 

それが断続的に襲い続けてくる。

 

 

ザグ、グシュリ、とナイフは進んでいき、ピタリと止まった。

 

 

 

 

「......あった、予想よりも、かなり手前......よかった、これ以上、深く斬らなくて済む」

 

 

 

 

滝のような汗が流れる。痛みは尚も訴えてくる。

 

 

 

 

 

痛い。痛い。痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い―――――

 

 

 

 

 

カナが、ピンセットで銃弾の先端を掴み、そのすぐ近く―――取り出す為に、ナイフを少し差し込んでゆっくりと斬っていく。

 

 

 

 

 

 

声にならない声が上がり、脂汗が滲み出てくる。

 

 

 

 

「もう少し、もう少し...!」

 

 

 

 

言い聞かせるような声が聞こえ、肉がまた少し裂けていく。

 

 

 

 

もう、声すら上げられない。

 

 

 

 

「隼人......グスッ....も゛う゛...す く゛て゛、終 わ゛る゛か ら゛な゛...!」

 

 

 

 

キンジのすすり泣く声と、何て言っているか分からないような小さな励ましだけが聞こえる。

 

 

 

 

 

ピンセットで掴まれた銃弾の先端が、静かに引き抜かれていく。

 

 

そして、キン...という音が聞こえた。

 

 

「......は......はぁ......摘出、終了......!」

 

 

 

カナは言い終わると、切り口や銃創を消毒していく。

 

 

そこから、縫合までやろうとしていたが、それを手で止める。

 

 

「どう、したの?」

 

 

「ここまでで、いい」

 

 

「でも!傷が塞がってない!」

 

 

「今から......『治す』」

 

 

 

 

『リターン』を使って、傷を塞いでいく。

 

 

 

 

 

メギリ、と嫌な音を立てて砕けた骨が急速に治っていく。

 

 

 

 

千切れ、焼け焦げ、擦り切れた神経や血管が、橋を架けるようにして繋がっていく。

 

 

 

 

グシュリと音を立てて、抉られ、押し広げられ、切り刻まれた肉や筋肉が急速に付いていく。

 

 

 

ボゴボゴと血が沸き立つような感覚を感じとり、皮膚...銃創があった場所は赤い蒸気を上げて塞がった。

 

 

 

 

――寿命が、縮んだ気がする...!

 

 

 

 

上半身を起こして、右肩をグルリと回す。

 

 

痛みはなく、違和感もない。

 

 

汗で垂れた髪の毛を後ろに戻す。

 

 

 

 

 

キンジを見ると顔は涙や鼻水でグチャグチャになっていて、呆けたような表情をしている。

 

 

カナは、額に大粒の汗を貯めて、ぽたり、ぽたりと鼻や顎から、汗を流している。

 

 

カナも呆けたような表情をしている。

 

 

「どうした、2人して」

 

 

 

と、声を出して気付いた。

 

 

何時もより、声が低い。

 

 

 

叫ぶような声を、出したからとかそういうチャチな理由じゃない。

 

 

もっと、根本的な話だ。

 

 

「隼人...お前ェ...ソレ...!」

 

 

キンジは、それだけ言うと再び涙をボロボロと零して、嗚咽を抑えることなく泣き始めた。

 

 

「隼人くん...あなた、どれほど『速くした』の!?」

 

 

カナの表情は、強張っていて...俺に説教をし始める。

 

 

ワケが、分からない。何が、どうなったのかさえ...分からない。

 

 

震える手つきでカナは手鏡を取り出して、俺に向けた。

 

 

 

 

 

「なん、だ...こりゃあ...!」

 

 

 

驚きの声も、低い。

 

 

 

 

カナが見せてくれた鏡に映っていたものは―――――

 

 

 

 

 

髪が伸びて、顔つきが大人っぽくなっていた、俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、『リターン』のデメリット。『成長の加速』。



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やべー船内を駆け抜ける

手鏡に映る俺は、11時間前に洗面台の鏡で見た俺よりも僅かに成長していた。

 

髪は伸びて、汗でベタついている。

 

目つきは少し悪くなったように思える。

 

左頬と右目に付いた傷の痕は少し色褪せて、肉の膨らみがやや萎んで小さくなっていた。

 

これが、『リターン』のデメリット。自然治癒速度を上げた為に体がそれに伴い老化していく。

 

寿命が最も縮む『加速』だろう。

 

キンジは4月に病室で聞いた矢常呂先生の話でも思い出して、それが真実だと理解したのだろう。

 

カナは元々俺の能力をある程度理解していた。イ・ウーに所属していたから聞いていたはずだ。

 

だが、今は俺の事よりもアリアの救出が最優先だ。

 

「キンジ...泣くな。今はアリアを助けねーと...な?」

 

30分ほど前に話していた声とはかなり変わった、低い声。

 

自分の声だと思えないほど低くなった声が響く。

 

キンジの目から零れる涙を拭い、肩を数度軽く叩く。

 

「カナ...協力してくれ。俺とキンジだけじゃキツい」

 

「無理よ...『教授』には勝てない...!それに、あなたのその体では...」

 

「生きて帰れなければ寿命など意味がない。そうだろう」

 

真剣な表情でカナの目を見て話す。

 

「頼む...」

 

カナはじっと、俺の目を見つめ...頷いた。

 

カナは大鎌を後ろに捨て、キンジを立たせ話し始めた。

 

「キンジ...覚えておきなさい。あなたのその叫び声で確信したわ。今のあなたのヒステリアモードはノルマーレではない。女性を奪うためのもの...ヒステリア・ベルセに変化しつつあるわ」

 

「ベルセだと...?」

 

「気を付けなさい。ベルセは自分以外の男に対する憎悪や嫉妬といった悪感情が加わって発現する危険なモードでもあるの...女性に対しても荒々しく、時には力尽くでその全てを奪おうとさえする。戦闘能力はノルマーレの1.7倍にまで増幅するけど、思考は攻撃一辺倒になるわ。言ってしまえば諸刃の剣...制御は不可能ではないけれど...初めてなら難しいかもしれない」

 

船が、ゆっくりとだが沈み始めていく。

 

「これ以上話している時間も無さそうね...『教授』、いえ...シャーロックを逮捕する好機が来たわ...厳しい戦いになるけれど、未成年者略取の現行犯で逮捕できる唯一無二の機会よ...」

 

3人が、目の前の流氷――恐らく、シャーロックが作り出したもの――を見ている。

 

「隼人...無茶ばかり、しないでくれ...俺はお前も守りたい」

 

キンジが俺の方向を見て、肩を掴んで話しかけてくる。

 

なんかちょっと気持ち悪い。

 

「キンジ、そういう甘いセリフは女の子に言ってやるモンだぜぇ?男に言ったって意味ねーよ」

 

そう笑いながらキンジの肩に手を回して寄せる。

 

「俺は守られるだけじゃなくて、お前と一緒に戦いたい」

 

「...隼人...」

 

キンジの方を見て、キンジの目を見て話しかけるとキンジも俺の目を見た。

 

そして、強く頷いた。

 

 

 

 

 

沈んでいく船上で各々が装備を確認する。

 

シリンダーを開け、残弾を確認し、ポーチに忍ばせたスピードローダーをチェックし、ナイフを確認する。

 

「即席トリオの完成、だな」

 

「ああ...行こう」

 

「2人共...気を付けて行きましょう。出エジプト記14章21節――主は海を退かせ、海を陸地とされ、水は分かれた――」

 

聖書の一節をカナが読み上げて、一番近い流氷へ飛び移った。

 

キンジと俺も後に続き飛び移る。

 

「まずはアリアを救出して――」

 

「シャーロック・ホームズを!」

 

「――逮捕するわ!」

 

銀氷の魔力...その残滓が、流氷の雪原を作り出している。

 

流氷の上を駆け抜け、飛び越えていく中で霜が降りてきている。

 

「恐れる必要はないわ...!私たちには拳銃(コレ)がある!フルメタルジャケットの弾丸が、秒速300mの弾丸が!隼人くんの秒速700mで進む弾丸が目標を撃破するわ!だから――恐れる必要はないの!」

 

ダイヤモンドダストが吹き荒れる中で、カナが叫びながら俺たちの先頭に立って駆け抜けていく。

 

シャーロックの姿が、潜水艦の艦橋のような所でアリアを抱いたままゆっくりと歩いているのが見えた。

 

カナが『不可視の銃弾』で射撃するが、ギィン!と甲高い金属音が響くだけで奴に当たった気配はない。

 

銃弾撃ち(ビリヤード)を使えるのか...!?」

 

「本当にチート野郎だな!」

 

「キンジ!」

 

「――分かってる!」

 

「キンジ!使え!」

 

キンジにXVRとポーチに入っているスピードローダーを3つ放り投げる。

 

キンジはそれを受け取り、スピードローダーも回収する。

 

そのままカナとキンジの同時射撃が始まる。

 

カナは隠し持っていたもう一丁のピースメーカーを抜き、キンジはベレッタのマガジンをロングマガジンに交換して射撃し続けている。

 

甲高い金属と金属のぶつかり合う音が断続的に響いていく。

 

その音を奏でる銃弾の数は、時間がコンマ1秒経つ度に累乗的に増えていっている。

 

この光景を、俺は信じられない。『銃弾を弾き合う応酬戦』など、到底信じられる物ではない。

 

だがそれが現実で起こっている。

 

俺たちは真っ直ぐに銃弾の嵐の中を駆け抜けていく。

 

一瞬の油断が命取りになる。

 

吐き出される弾丸の数は増していき、銃弾が銃弾を弾く感覚も短くなっていく。

 

 

 

 

 

 

シャーロックにある程度近づいた所で、俺たちの方に体を向けた。

 

キンジとカナの射撃が止まった。

 

シャーロックは抱いたままのアリアの両手を動かして、耳を塞がせた。

 

――何を...している?

 

シャーロックはそのまま上半身を反らす。ヤツのネクタイがビリビリと裂けて、ボタンが弾け飛んでいく。

 

風船の様に胸部が膨らんでいく。

 

――あの技は!

 

「キンジ!カナ!魔笛がくるッ!耳を塞げッ!」

 

キンジは知っていたおかげか即座に対応するが、カナはやや対応が遅い。

 

加速してカナの両手を無理やり掴んで耳に押し付けて、それからすぐに俺も耳を塞ぐ。

 

 

 

――イ゛ェゥゥウアアアアアアアアアアアアアアアアアアヴィイイイイイイイイイイ!!!!!

 

 

 

シャーロックの咆哮で、海は沸騰した様に泡立ち、雲は千切れ消し飛ぶ。

 

途轍もない轟音に体が震える。全身の器官が掻き回される、

 

肺が潰れるような感覚を受けて、臓器が口から零れ出そうになる。

 

目を閉じて、耳を塞いで...姿勢を低くして耐える。

 

その音の攻撃が終わると同時、俺は目を見開いてシャーロックを睨む。

 

キンジたちは、まだ堪えているのか目を瞑っている。

 

その時、シャーロックの手元が2度光るのが見えた。

 

『エルゼロ』を発動させて、光――銃弾の軌道を見る。

 

2発の銃弾はそれぞれ、キンジとカナを狙っている。

 

その軌道を確認してから一歩――キンジとカナの前に出て、両腕を伸ばし銃弾を掴む。

 

両手を使った『イージス』は初めてだが出来た。

 

そしてここから、さっきの銃弾で銃弾を弾く応酬を見て、聞いて――閃いたもの。

 

シャーロックの手元が、また光る。銃弾が射出されて飛んでくる。

 

両手に持った銃弾2発を指でコインのように弾く。

 

2発の銃弾はゆっくりと落下していき、放物線がクロスする。その瞬間、そのまま体を捻り込み、足を上げて銃弾を蹴り飛ばす。

 

蹴りつけられた銃弾はグルグルと回転して、俺を狙って飛んでくる銃弾の軌道に重なる。

 

もう片方の銃弾は、そのままシャーロックを狙い進んでいく。

 

これが――『イージス』で手にした銃弾を相手に超スピードで蹴り返す反撃技...『シウス』!

 

そこで『エルゼロ』を終える。

 

 

 

――ギギィンッ!

 

 

 

俺に向かって飛んできた銃弾と蹴り返した銃弾がぶつかる。

 

 

 

そして、俺が蹴り飛ばした...シャーロックを狙った銃弾はシャーロックの撃った銃弾で弾かれた。

 

 

「俺ぁ失敗すると...学習するんでな!」

 

シャーロックに向かって指を指すがシャーロックは知っていた、と言う表情で俺を見た後、船内に消えていった。

 

「隼人...助かった」

 

「気にすんなよキンジ、俺はお前と一緒に戦う...戦いたいから...頑張るんだぜ」

 

「隼人...」

 

キンジと拳をぶつけ合って、ニッと笑い合う。

 

キンジはリロードを済ませたXVRを俺に返してきたので、それを受け取る。

 

 

 

 

 

 

艦橋の側面にあった梯子をよじ登り、開け放たれていた耐圧扉に飛びこむように入っていく。

 

キンジが先頭に立ち、螺旋階段を警戒しながら降りていく。

 

螺旋階段を駆け降りた俺たちは、イ・ウーの表玄関ともいえる、劇場のように広大なホールに辿り着いた。

 

そこに広がる光景が潜水艦の物とは思えなくて、目を奪われる。

 

最下層から最上層までのデッキをぶち抜いて作った天井から、磨き上げられた大理石の床を巨大で豪華なシャンデリアが照らしている。

 

顔をシャンデリアから外し床の方へ向けると、恐竜の全身骨格標本が幾つも聳え立っている。

 

周囲の壁には天井まで届く木製の棚に、人間よりも巨大な貝や海亀の甲殻、ジュゴンやイルカ、ライオン、虎、狼...それに絶滅した動物たちの剥製が何らかの法則性に基いて並べられている。

 

 

 

イ・ウーの本拠地だと言うのに、一切の攻撃が無く、むしろ耳が痛くなるほどの静けさが船内を包み込んでいる。

 

壁をグルグルと警戒するように見回すと、肩を叩かれたので其方を向く。

 

肩を叩いていたのはキンジのようで、俺が顔を向けるとキンジが一つの扉を指した。

 

扉は自動的に開いていく。

 

――来いってことか...!

 

カナとキンジに目配せをして、頷き合う。

 

 

 

 

 

 

 

扉の向こうにあった螺旋階段を下りて行き、生きたシーラカンスが入った水槽や色とりどりの魚を入れた水槽が並べられた暗い部屋を駆けていく。

 

次の部屋に入ると、太陽光で照らされた植物園だった。孔雀が歩き極彩色の鳥が飛び交うそこも駆け抜け、金・銀、宝石を含む世界中の鉱石を陳列した広大な標本庫も突っ切っていく。

 

長い布のタペストリーや革表紙の本が並ぶ広大な書庫、黄金のピアノと蓄音機の並んだ音楽ホール...中世の武器や甲冑やらが集められた小ホール、金の延べ棒や各国の紙幣が山積みにされた金庫...ありとあらゆる部屋を駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

全く違う部屋やホールを走り抜けている筈なのに、同じ部屋を走り続けているような錯覚を覚える。

 

キンジがついに、膝から崩れこんでしまう。

 

「キンジ!...立てる?」

 

「はぁ、はっ...あ、ああ...」

 

カナの手を借りてキンジが立ち上がる。

 

そこで、部屋をグルリと見回す。

 

正面の壁には巨大な油彩の肖像画が掛けられ、それぞれの絵の前に石碑、十字架、六芒星の碑などが一つずつ並べられている。

 

一番左に掛けられている肖像画はは古い軍服を着た凛々しい日本人で、『大日本帝海軍超秂師団長 初代伊U潜水艦長 昭和十玖年捌月』という添え書きが読み取れた。

 

右隣には逆卍の徽章を着けたドイツ軍人の肖像画が見える。

 

肖像画は右に行くに連れ、新しいものになっていく。

 

きっとここは、歴代伊・U艦長の墓地なのだろう。

 

そして、一番右...一番新しいものはシャーロックの肖像画が描き掛けのまま飾られていた。

 

 

 

 

キンジはシャーロックの肖像画の方まで歩いて行くと、突然シャーロックの顔が描かれたキャンバスをナイフで引き裂き始めた。

 

何してんだと思い覗きこむと、シャーロックのキャンバスの後ろ...そこに隠し通路とエレベーターがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

隠し通路を通り、下へ降りていく。

 

そこで、また開けた空間に出る。

 

開けた空間は...教会だった。大きな、大聖堂だった。

 

大聖堂唯一の光源であるステンドグラス。その下に...

 

アリアがいた。懺悔をするように、祈るように此方に背を向けて屈んでいた。

 

「......アリア!」

 

キンジが、叫ぶようにアリアを呼ぶ。

 

アリアは振り返って立ち上がる。

 

「キンジ!......ハヤトに、カナも...どうして、きたの?って隼人...アンタなんか、変わった?...傷は!?」

 

「ヘーキだよ、全然大丈夫。さ、帰ろーぜ!」

 

アリアは俺に質問を大量にぶつけてくるがそれを一言で済ませ、アリアに手を伸ばす。

 

「...ダメ。帰って」

 

「――何?」

 

「今なら、きっと...まだ逃げられるわ」

 

アリアは俺たちに帰れと言ってくる。

 

どういうことだ。なんで、どうして...そんな疑問ばかりが浮かんでくる。

 

「帰れってオメーはどうすんだよアリア!」

 

「......あたしはここに残る。ここで、曾お爺さまと暮らすの」

 

「なんで、だよ...なんで...そんな...」

 

キンジが一歩前に足を踏み出すと、アリアは一歩後退る。

 

「......アンタたちには、分からないでしょうね。今の、あたしの気持ちなんか...」

 

アリアの緋色の瞳には、拒絶の色がはっきりと浮かび上がっている。

 

「あたし...アンタたちに...全然話してなかったもんね......ホームズ家での、あたしのこと......いい?貴族には...一族が、果たすべき役割を正しく果たすことが求められるものなの。そうでなければ、存在することが許されない。いないものとして扱われるの――」

 

アリアの笑みは、今まで見たことのないもので...まるで、感情の欠落した...そう、言ってしまえば、壊れた笑い...それを浮かべながら静かに話している。

 

「あたしは卓越した推理力を誇るホームズ家で...たった一人、その能力を持っていなかった。だから欠陥品って呼ばれて――――バカに、されて...!ママ以外の皆から無視されてきたのよ。あたしは......ホームズ家から...いないものとして!扱われてきたのよ...!子どもの頃から!」

 

欠陥品。いないもの。バカにされて育ってきた...

 

あのアリアが。Sランク武偵で、格闘術が滅茶苦茶強くて、教え方が上手くて、射撃が得意で、剣術も出来る...スゲー奴が、欠陥品として扱われてきた。

 

その事実に、愕然とする。

 

「それでもあたしはずっと...曾お爺さまの存在を心の支えにしてきたの。世間では名探偵という一面だけ持ち上げられているけれど、彼は武偵の始祖でもあるわ。だからあたしは曾お爺さまの半分だけでも名誉を得ようと思って――武偵になった」

 

キリストの像に触れるほど下がったアリアが、制服の胸ポケットを押さえている。

 

「あたしにとって、曾お爺さまは神様みたいな人よ。信仰の対象と言っても構わないわ。その彼が、まだ生きていて......あたしの前に現れてくれた。その気持ちがわかる...?曾お爺さまがあたしを認めてくれた!ホームズ家の出来損ないって呼ばれたあたしを、後継者とまで呼んでくれた!アンタたちに、あたしのこの気持ちが分かる?――――わかるわけ、ないわ!」

 

そりゃあ、そうだ。分かるワケがない。

 

「アリア、冷静になって考えろ...かなえさんに無実の罪を着せたのはイ・ウーだぞ!シャーロックはそのリーダーだったんだ!」

 

「ママの事も、もう解決するわ。曾お爺さまはあたしにイ・ウーを譲ってくださると言ったわ。そうなれば、ママは助かるの。ここには、ママの冤罪を晴らす証拠の全てが揃っている。なぜ、イ・ウーがママを陥れたのか――その理由を知るためにも、あたしはここに残るわ。きっと一筋縄じゃいかない裏があるのよ、この事件には!」

 

「アリア!お前それじゃ本末転倒じゃないか!イ・ウーはお前の敵だぞ!その一員に、お前がなるなんて――――」

 

「じゃあ何!?」

 

金切声を上げたアリアは犬歯を剥き出しにして、腕を目一杯広げてイ・ウー全体を示すように腕を広げた。

 

「このイ・ウーを東京までしょっ引けると思ってるの!?無理よ、不可能なのよ!曾お爺さまがこの艦のリーダーだった時点で!」

 

「アリア......!」

 

「この際だからハッキリ言っておくけどね、シャーロック・ホームズを甘く見てはダメよ。曾お爺さまはただの天才じゃないの...強いのよ、とても強いの。歴史上――最も強い人間なのよ――キンジ、ハヤト、アンタたちじゃ勝てっこないの。敵わないのよ。ムリなのよ!」

 

無理か。そうか、無理か。勝てないか。そうか、そうか。アリアがそう言うならそうなんだろうな。

 

チラリとキンジの方を見ると、イライラしてるのか、かなりキてる。

 

カナを見ると、キンジの好きなようにやらせよう...と、目で訴えかけてきた。

 

それに頷きで答え、前を向く。

 

「『ムリ、疲れた、面倒くさい』...俺と会った日に、アリア...お前言ったよな」

 

「......?」

 

「『この3つは人間の持つ無限の可能性を自ら押し留める、良くない言葉』だって」

 

「......」

 

「いいか、アリア。それなら俺もハッキリ言ってやる!イ・ウーなんて、ただの海賊なんだよ!お前の曾爺さんは長生きしすぎて!ボケて!ここでお山の大将やってんだよ!」

 

キンジが、吠える。

 

「曾お爺さまを、侮辱してはダメっ...!」

 

「俺は、俺たちは見逃さないぞ...イ・ウーを、見逃しはしない!武偵として!」

 

「今更武偵ぶらないで!嫌がってた癖に!辞めたがってた癖に!とっとと帰って――武偵なんか、辞めちゃいなさいよ!アンタこの間、あたしの背中の傷跡見たでしょう!あれは撃たれたのよ、13歳の頃に!誰かに!その時の弾丸は手術でも摘出できない位置に埋まっていて、今でも体内に残ってる。そういう危険な目に、家族や子供までも巻き込んでしまう......もっとも危険な職業なのよ!...だから、帰った方がいい...あたしの事を忘れて...かえって...あたしはもう......これで、いいの」

 

アリアが、涙を零しながら...掠れる声で...諦めている。

 

「お前の言う通り...武偵なんか、辞めたいさ...だが、まだお前とは......パートナーなんだ。パートナーの失策は、自分の失策でもある。お前が敵に寝返って、ハイそうですかで終われないんだよ」

 

何時もの、女に甘くなった気持ち悪いキンジじゃない...。

 

女にも厳しいキンジだ!

 

「――――もう、パートナーなんかいらないわ」

 

聖堂にアニメ声が響く。

 

「――武偵と武偵がパートナーとして行動する際には、双方の合意が求められる。だが今の俺たちにはそれがない。だから、俺はお前の合意を取り付けるぞ...力尽くでもな」

 

「力尽く...ですって?力尽くで、どうするつもり?」

 

「奪う......お前のパートナーは俺だ。シャーロックじゃない。だから...奪い返す」

 

「キンジ...俺も、やるぜ」

 

「隼人...ああ、手伝ってくれ」

 

「ハヤト...アンタも、くるのね...!」

 

アリアは、ホルスターに手を突っ込んで2丁のガバメントを抜く。

 

「なぁ...アリアよォー...」

 

「なによ」

 

「オメー、自分勝手すぎんだよ...勝手にイ・ウー追いかけてって...勝手に、寝返ってよォー...たかが、尊敬して、信仰して、敬愛してる奴1人に...靡きやがって」

 

「......」

 

「アリア、オメーはバカにされないように、認められたくて、公平に扱ってほしくて頑張ったんだろ...!家族に、認められたくて!頑張ったんだろう!?」

 

「うるさい、うるさい、うるさい!!」

 

「オメーの努力の結果が、Sランク武偵なんだ!!射撃の腕も、剣術も、体術も、行動力も何もかもが、オメーの努力で手に入った物なんだ!!」

 

叫ぶ。溜め込んだ物、その全てを吐き出すように叫ぶ。

 

「俺が認めてるぞアリア!!オメーは努力の天才で、俺の教師だ!!」

 

「――!」

 

「そして...俺って『生徒』はよォー...今、この瞬間...『教師』の自分勝手な態度にむかっ腹が立ってるんだ...だから、一発ガツンと『説教』を入れてやる...俺たちで、止めてやる」

 

ゆっくりと歩いて、キンジの隣に立つ。

 

「『教師』だって人間だ...間違えることだってある。それを間違ってないと信じて疑わない奴こそが、本当の間違いなんだ...だから...俺たちが正す!」

 

「隼人...アリアを奪い返す。手伝え」

 

「応!」

 

キンジと、拳をぶつけ合う。

 

何度目かのタッグ。

 

『生徒』2人と『教師』1人の構図。

 

「いいわ...話し合いは、ムダね。かかってきなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちを振り回したあのピンク髪のチビを説教してやる。



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ピンク髪のやべーやつ

「行くぜアリア...覚悟はよォー...出来てんだろーなァ!!」

 

「先に抜けアリア」

 

キンジと拳をぶつけ合った後、即座に離れあって狙いを分散させる。

 

「アンタたちが先でいいわ。抜きなさい」

 

「レディーファーストだ。抜け」

 

キンジがアリアにそう言うと同時――

 

ガガンッ!!

 

アリアは目にも止まらぬ速度でガバメントを持ち上げ、射撃してきた。

 

黒いガバメントから撃ち出された銃弾は、キンジの方へ向かっていく。

 

白いガバメントから撃ち出された銃弾は、俺の方へ来る。

 

キンジはあの曲芸みたいな銃弾を銃弾で弾く技で対処しようとしているらしい。

 

マジによくやるぜ、と感心する。

 

――俺も大口叩いたんだから、やるコトやらねーと...

 

「格好がつかんよなァ!」

 

『エルゼロ』を発動させて...飛来した銃弾を握り込む。

 

そのまま『エルゼロ』を終えて元の速度に戻ると、ギィン!!とキンジの撃った銃弾がアリアの撃った銃弾とぶつかった音が聞こえた。

 

室内に置いてあった花瓶にぶつかり合った銃弾のどちらかが当たったのだろう、ガチャンという陶器の割れる音が聞こえ、飾られていた花が飛び散った。

 

飛び散った花が降る中、アリアが走り出した。

 

アリアはキンジの右側に全力で駆け抜け、そのまま跳躍し、身を捻りながらキンジに銃弾の雨を降らせている。

 

キンジはそれを跳躍して回避した。

 

だが、アリアがそれを見逃すはずもなく―――

 

「跳んだらいい的よ、キンジ」

 

先に着地したアリアが、スライディングをしながら滑り込んできて、まだ体が宙に浮いているキンジに照準を合わせている。

 

「ああ、そうだろうな」

 

確かにアリアの言う事は当然の話だ。

 

跳んだら、まともに動けない。

 

ただし、それは...

 

「俺が1人だったらの話だがな」

 

そう、その通りだ。キンジの言った通りこの場には俺が居る。

 

『アクセル』で加速した俺はキンジの服を掴み、横に放り投げるように振るう。

 

その動作の数瞬後に、ガバメントの銃弾が2発宙を切った。

 

キンジは放り投げられた後、回転受け身を取り、アリアにベレッタを向け数発撃った。

 

アリアはすぐに体を起こし、キンジの銃弾を流れるような動作で回避し、同時に攻撃をしてくる。

 

俺もXVRを構えて撃ってはいるが、アリアはその全てを見切っているようで当たらない。

 

 

 

 

 

 

キンジがアリアとの戦闘のコツを掴んだのか、次第に動き回るアリアのガバメントに銃弾を掠め始めている。

 

アリアはそれを受けて、ピタリと止まり射撃戦に持ち込んだ。

 

ステンドグラスを背にしたアリアに、キンジと俺の同時射撃を行うがアリアはヒラリヒラリと避けていく。

 

片手突きバック転をしたアリアは、撃たれた銃弾をスッと避けていく。

 

冗談じゃねぇ、なんて回避能力なんだ。

 

アリアに当たらなかった銃弾が、アリアの背後のステンドグラスにぶち当たり、高そうなガラス細工の一枚絵は見るも無残な状態になっていた。

 

動き回るアリアに射撃を加え、リロードをして、また射撃する。

 

しかしアリアは本当にちょこまかと動いて銃弾を回避する。

 

――ええい、オメーは赤い彗星か何かか!

 

当たらなければどうという事はないをマジに実行する当りやべーやつだと再認識する。

 

髪の色もピンクだし目の色は赤いし生まれ変わりなんじゃねぇのかとさえ思い始めてきた。

 

アリアはそのまま回避を続け、大理石の祭壇の裏に隠れてしまった。

 

そこで、気付く。

 

 

ステンドグラスが割れているのは気付いていた。

 

だが――

 

()()のステンドグラスだけが残っていた事には気付けなかった。

 

アリアは逃げながら、誘導していたんだ。

 

俺たちの銃弾が赤色以外のステンドグラスを割るように、誘導していた。

 

――これが、Sランク武偵か。

 

キンジも気付いたのか、舌打ちをしている。

 

その時、アリアが右側に飛び出した。

 

キンジは射撃しようとアリアを目で追うが予想進路が分かり辛くなっている。

 

その理由は、ステンドグラス。

 

赤い光しか差し込まなくなったこの大聖堂の中で、アリアの髪は保護色になっていて明瞭に見れない。

 

曲線的な動きをしていたアリアが、突如L字にターンして、キンジに飛び掛かっていった。

 

「キンジ」

 

「ああ」

 

それを見た俺たちは瞬時に判断する。アリアはきっと、アル=カタに持ち込むつもりだ。

 

接近戦なら、俺の方が相性がいい。

 

それをキンジに伝え、キンジも理解した様で一瞬で飛び退く。

 

そしてキンジの居た場所に俺が割り込む形で入っていき、アリアとかち合う。

 

アリアと俺が同時に射撃し、互いの銃弾が飛び交う。

 

それをほとんど同じ動きで身を捻り、回避し更に接近する。

 

――この動きは、アリア。オメーから教えてもらったモンだぜ!

 

互いの腕が交差し合う距離にまで接近した俺とアリアはそのまま、怒涛の攻防戦を繰り広げる。

 

アリアの腕を俺の肘で弾き、俺の手をアリアが掌底で払い、互いの銃口を反らしあう。

 

だが、俺の銃は一丁で、アリアは二丁持っている。

 

必然的に、俺が防ぐ手数の量は多くなる。

 

『アクセル』を使って、加速しながらアリアの挙動――その全てを見て、攻撃に繋がるモーションの全てを弾き、反撃に出ようとする。

 

だがそう簡単には行かず、俺の攻撃も全てアリアに防がれてしまう。

 

俺のXVRはリボルバー...弾数は5発まで。ガバメントに威力で勝っていても、装弾数で負けている。

 

使い所は慎重に決めなければならない。

 

片足バック宙をしたアリアが、その動きのまま俺の顎を蹴りつけようとしてくる。

 

それを体を反らしつつ、横に捻じり込んで回避する。

 

その体勢のまま体をドンドン反らしていき、片足バック転をし、アリアを蹴ろうとする。だが、バック転には至れず片手ブリッジの状態から片足を浮かせただけになっている。理由は、アリアだ。

 

アリアは片手で着地し、その手を軸に回転して勢いを付けた蹴りを叩き込んでくる。

 

アリアの足と、俺の足がぶつかり合う。

 

十字架を作るようにクロスした足と足が、そのまま鍔迫り合いの様にギチギチと攻め合い、突如として離れる。

 

片手ブリッジの体勢から、地面に手を突いている力を利用して、体を捻り...手だけで体を支え、その体勢のまま手を払い体全体に回転を加え、足の裏でアリアを蹴りつける。

 

アリアはその動きに驚き、距離を少し取って回避する。

 

さっきの攻撃の影響で地面にうつ伏せになっていた俺は、上半身を腕立て伏せの要領で持ち上げ、一気に膝を曲げて軽くジャンプ、そのまま腕の力で持ち上げた体を振る。

 

その力で膝を腹に近づける事が出来たので体を捻り、背中を向けていたアリアの方に足払いをしつつ振り返る。

 

アリアは足払いを回避するために跳躍した。してしまった。

 

口がニヤリと裂ける。

 

――跳ぶのはダメなんだよなぁ?

 

「キンジ」

 

「ああ」

 

跳躍して、回避する手段が圧倒的に不足した状況で俺は自分で撃つのではなく――キンジを呼んだ。

 

キンジがベレッタを構えて、アリアを撃つ。

 

ガガン!ガガン!

 

2点バーストで撃たれた銃弾は、アリアのガバメント1丁を手から弾き、もう2発は防弾制服を着たアリアの脇腹に命中した。

 

「きゃぅ!...アンタたち...卑怯よ!」

 

「何とでも言え」

 

「勝てば正義だ」

 

近付いてきたキンジと一緒に、アリアに銃口を突きつけてホールドアップさせる。

 

アリアは大変悔しそうな顔をしている。

 

「アリア...お前の負けで――」

 

「――俺たちの勝ちだ」

 

ゲスい笑いを2人して浮かべ、ハイタッチをする。

 

二対一とは言えアリアに勝てた。やっと、勝てた。

 

カナは呆れたような表情をして溜息を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジとアリアは積もる話もあるだろうと思い、キンジとアリアを祭壇の前に残して、俺はカナの方へ向かった。

 

「呆れた...コンビネーションは流石男の子って感じだったけれど...本当に手段を選ばないのね?」

 

カナはやや呆れたような表情を浮かべて苦笑していた。

 

「チャンスは掴める時に掴め。シャーロックも似たような事言ってただろ」

 

「隼人くんの将来が私は心配よ」

 

「俺の将来はない。あったとしても、やりたい事をやりたいだけやって...終わりだ」

 

「...そう。そうね...貴方は、そういう生き方をするもの」

 

カナの表情は憂いに満ちている。

 

キンジたちの方に目を向けると、アリアは大粒の涙を零してキンジに抱き着いていた。

 

「あの子...キンジも、成長したのね」

 

「ああ...キンジは、ずっと強くなり続けてる」

 

「アリアの為に?」

 

「アレ見せつけられて他になんて言うんだよ」

 

「はい、ハンカチ」

 

「...助かる」

 

ホロリと目から零れていった涙をカナから借りたハンカチで拭く。

 

「...2枚目?」

 

「予備は持っておくものよ」

 

「グスン、グスン」

 

「泣かないの、男の子でしょ」

 

「この涙は嫉妬の涙なんだが」

 

「それもそうね...じゃあ好きなだけ泣く?」

 

カナが俺の発言に少し考えるような表情をして、すぐに意味深な笑いを見せる。

 

「いや...もう涙は止まった」

 

「残念」

 

カナは残念そうな顔などしていないのに、そう言った。

 

「アンタ...これからどうすんだ」

 

「どうするって...何を?」

 

「シャーロックを、ぶっ飛ばして捕まえた...その先の事だ」

 

「...どうしようか、悩んでいる所よ」

 

「...ほーん、キンジの傍には居てやらねぇのか?」

 

「あの子は強いわ。私なんか、もう必要ないくらいには強くなった」

 

キンジを見つめるカナの目は優しいもので、愛を感じた。

 

「じゃあさ」

 

「?」

 

「俺んとこ来いよ」

 

「...え?」

 

「ジャンヌが言ってたぜ、アンタの事を敬愛してるって!だからアンタが居ればジャンヌも喜ぶだろ!」

 

「えっえっ」

 

「それにあの部屋ならキンジの所にも遊びに行けるしよ!それがいいだろ!」

 

「え、あの、いいって言ってない...」

 

「よし、決まり!意地でも連れて帰るぜ!」

 

「......はぁ......本当に、強引ね。女の子にそんな事言ったら嫌われちゃうわよ?」

 

「それこそ知らねーよ。俺は『俺の成すべきと思った事』をする」

 

決意はもう揺るがない。そんな顔つきでカナを見る。

 

ニィ、と笑うと...カナも苦笑交じりではあるが笑ってくれた。

 

「そうね、そういうのも良いのかも知れない。でも...先ずは――」

 

「ああ、シャーロックを」

 

「「ぶちのめす/逮捕する」」

 

 

アリアとキンジが、こっちに戻ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャーロックはすぐ近くに居る。絶対に、ぶん殴って―――逮捕してみせる。



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やべー対決!

アリアを先頭に、大聖堂の奥へと進んでいくと――先ほどまでの雰囲気をぶち壊す、鋼鉄の隔壁があった。

 

アリアがその鋼鉄の隔壁の前に立つと、それが自動ドアのように上下、左右、斜めに何枚も開いていく。

 

通路の床は排水溝に掛けられるような格子組の耐蝕鋼に変わっていき――左右の電子盤はアクセスランプをチカ、チカと点滅させている。

 

段々と近未来的な空間へ変貌していくその通路を進んでいくと、俺たちの目の前に途轍もなく嫌なものが描かれた障壁が映った。

 

ラジオハザードという放射性物質に対する注意喚起マーク...そう、あのマークが描かれた障壁がある。

 

その障壁を警戒する間もなく、自動ドアのようにゆっくりと開いて...向こう側の光景が見える。

 

その光景にアリアが、キンジが、カナが、俺が――絶句した。

 

まるでパルテノン神殿の柱のように並んだソレはICBMだった...

 

何処からでも発射できて何処にでも届く大陸間弾道ミサイル。

 

その上部分が見えていた。

 

下部分は鋼鉄の床に空けられた深穴に収まっている。

 

その数――実に8本。

 

弾頭が持つ性質次第ではあるが、これだけの数なら国1つぶっ壊すくらい楽にできるだろう。

 

この異様な光景に、全員の背筋が凍りついていた。

 

アリアは、部屋の光景を見回して驚いているが、どうやらICBMに驚いているのではないらしい。

 

「なんでなの...私、この部屋を見たことがある...!」

 

「それは無い。きっと、それは既視感ってやつだ」

 

「そんなのじゃない。あたしはこの部屋で、アンタと会った事がある...!」

 

「何?少なくとも俺はこんな所に来た事は無いぞ?」

 

キンジがアリアの話を片付けると、ブツ...ブツ...と雑音混じりの音楽が聞こえてきた。

 

それがはっきりと聞こえる様になるとモーツァルトの『魔笛』だと分かった。

 

「音楽の世界には、和やかな調和と甘美な陶酔がある」

 

落ち着いた声と共に、ICBMの影からシャーロックが姿を現した。

 

「それは僕らの繰り広げる戦いという混沌と、美しい対照を描くものもだよ。そして、このレコードが終わる頃には――戦いのほうも、終わっているのだろうね」

 

シャーロックはアンプに繋いだ蓄音機を床に置くと――コツ、コツ...

 

耐蝕鋼の床を鳴らして数歩だけ俺たちに歩み寄る。

 

いよいよだ、いよいよ――イ・ウーの親玉との戦闘...!

 

「――はは。いよいよ解決編、という顔をしているね。だがそれは余りにも早計というものだよ。僕は1つの記号――『序曲の終止線(プレリュード・フィーネ)』に過ぎないのだから」

 

「序曲だと...?」

 

「そう。この戦いは君たちが奏でる協奏曲の――序曲に過ぎない。僕のこの発言の意味は、じきに分かることだろう。さて、ところで――」

 

シャーロックは懐からパイプを取り出し、マッチで火を点けた。

 

「同士討ち...カナ君が我々イ・ウーに仕掛けようとしていた罠の味は、いかがだったかな」

 

残弾数を減らすのが目的ならしてやられた。

 

キンジもカナも...アリアも、俺も...残弾は残り後僅かだ。

 

「曾お爺さま...私は、曾お爺さまを尊敬しています。だから、この銃を向ける事はできません。あなたに、命じられでもしない限り」

 

アリアはそう言うと、二丁のガバメントを床に置く。

 

「私は恐らくあなたの思惑通り......あなたに立ち向かおうとするパートナーを...仲間を、この銃で追い返そうとしました。でも、止めることはできなかった」

 

アリアは胸に手を当てて、小さな声ではあるが、はっきりと告げる。

 

「彼は、彼らはやっと私が見つけ出した、世界に一人のパートナーであり...仲間なんです。曾お爺さま、どうかお許しください。私は彼らに協力しようと思います。それは――あなたに敵対する行動を取るという意味なんです。どうか、お許しください」

 

「いいんだよ、アリア君。――君は今、僕の存在を心の中で乗り越えた。そして一人の特別な男性と、アリア君を理解してくれる仲間たちの為に、僕と敵対することさえ決意した。それは、大変意味のある...とても、素晴らしいものなのだよ」

 

シャーロックはパイプを持って、ニコリと笑っている。

 

「同士討ちのように互いに銃を向け合うような事態になっても、君たちの結束は揺るぎはしないだろう。『雨降って地固まる』という諺の通り――君たちは戦いを経て、より強く結びついたことだろう」

 

シャーロックの同士討ちの目的は、単純に弾切れ狙い等ではなかった...ということか。

 

だが、一つだけ分かった事があるぜ。

 

「――つまりよォー...オメーの狙い通りに何もかも進んでるってことか?」

 

「ははは、こんなものは推理の初歩だよ、君」

 

シャーロックはニコリと笑った。人受けしそうな笑い方だ。

 

「――じゃあコレも、推理できたか?」

 

キンジはベレッタを引き抜いて、アリアの側頭部に当てる。

 

「それは、人質のつもりかい?」

 

キンジは銃を突きつけたまま、アリアの後ろに回り込んだ。

 

「アンタの目的はアリアなんだろう?それに、アリアが居なくなればイ・ウーは仲間割れを起こすと聞いてな」

 

「でも、君は撃たない」

 

「俺はもうヤケクソだぜ」

 

シャーロックは、アリアの奥...キンジを見ている。

 

「そういえば、アンタにプレゼントがあるんだった」

 

キンジはそのまま、銃弾を一発、コインのように弾いた。

 

「――カナからのなッ!」

 

俺とカナは、その発言を聞いてすぐに目を閉じる。

 

キンジが今投げた銃弾は、閃光弾。手投げでも発動する武偵弾の1つだ。

 

シャーロックと面と向かってやりあっても勝てない、ならば無力化してまえという事で実行することにした作戦が、閃光弾で目を使えなくして、制圧するという物だった。

 

「キンジ!急ぎなさい!曾お爺さまは、閃光弾を直視していた!やるなら、今しかないわ!」

 

アリアは目を瞑らなかったのだろう、閃光弾を正面から見て一時的に失明している。

 

俺とカナは注意されてなかったから、ギリギリで目を瞑れた...

 

キンジが超偵用の手錠を持って駆け出そうとして――足を止めていた。

 

理由は、シャーロックが平然と立っていたからだ。

 

「うん。今のは知恵を回した方だと思うよ。人質を取るフリをして、実際には閃光を使う作戦だったんだね。しかし、君たちは推理不足だったようだ...まぁ、これはカナ君にも説明していないから知る由も無かったと思うが――僕は盲目なのだよ。60年前に毒殺されかけた時からね」

 

――なん...だと...?

 

盲目?あの野郎は今盲目と言ったのか?冗談じゃない、目の見えない奴が狙撃なんか出来る訳ない、ましてやこの潜水艦に辿り着くまでの間に行われた『銃弾を銃弾で弾き合う銃撃戦』は目が見えててもできる物じゃないだろう。

 

「目が見えなくなった最初の方は推理力が助けてくれたものだが、今は音や気流で分かるんだよ。例えば、今――――君たちの心拍数が驚きで跳ね上がった事も、ね」

 

――...プランAは失敗、か。

 

「カナ、アリアを守ってくれ。これ、俺の銃だ...扱い切れるか?」

 

「ええ、任せて」

 

カナにXVRを渡して、後ろに下がらせる。

 

「さて、キンジ...めっちゃ怖ぇけど...プランBだ」

 

「だな...おい、シャーロック」

 

「何だい?」

 

「ここいらで決めるとしようか」

 

「何をだい」

 

「そりゃあ...決まってるだろ」

 

キンジがベレッタを正面に構える。

 

俺もナイフを抜いて、構える。

 

「「探偵と武偵...どっちが強いか、だよ」」

 

その言葉にシャーロックは少し、呆れた様な表情をして...諭す様に話しかけてきた。

 

「キンジ君、隼人君...勇敢であることは褒めるべき美徳だ。しかし...今の君たちは勇敢ではなく、無謀という道を選んでいる。――僕は150年以上、世界中で凶悪かつ強靭な怪人たちを数多仕留めてきた。一方君たちは、たかだか17年を平和な島で過ごしてきた子供だ。その未熟な君たちが、僕と決闘をしようと言うのかい。二対一でも足りないよ、カナ君やアリア君を加えても...君たちでは僕に勝てない」

 

シャーロックのその発言に、キンジが先に答える。

 

「ああ、そうだろうさ。偉人サマから見れば未熟者だろうさ...武偵としてもEランクの落ちこぼれだ。だけどな、自分のパートナーに手を出した奴を放っておけるほど...腐っちゃあいないぜ」

 

そして、俺も答える。

 

「アンタは俺よりも、俺たちよりもずっとずっと先に居る...道標みたいなヤツだ。だがな、道標は道を示すだけじゃなくて――いずれ、追い抜かれていく物だ。今はアンタが作った道を進まされているが、いずれ俺たちはアンタの作った道の先に辿り着き、進んでいき、新しい道を作る。年寄りはもう、寝る時間だぜ」

 

「アリア君がそれほどまでに大切で、僕はもう道を作り、座り込んで道標になったと言うか...面白いことを言うものだね」

 

シャーロックは揶揄うように笑い、コートを脱いだ。

 

「強者として警告したつもりだったが――逆に炊きつけてしまったか。君たちは、理解できているね?」

 

『魔笛』が鳴り響く中、シャーロックは手にしていたステッキを持ち上げた。

 

「いいのか?銃じゃなくて。俺たちは年寄りにも、女の子にも寄って集る...容赦のない奴らだぜ?」

 

「改めて聞くとすげぇゲスだな俺ら...まぁいい、マンモスに一人で挑まないように、自然災害に一人で対応しないように、人間は常に数を揃え、強大な存在に立ち向かって行ったんだ!卑怯とは言わせねぇぜシャーロック・ホームズ!アンタは自らを強者と呼んだんだ、だったら覚悟は出来てるだろうな!」

 

「当然だよ。驕りの一切は無い。むしろ、君たちこそたった二人で大丈夫なのかい?」

 

「俺たちは無敵のコンビだぜ」

 

「はは...無敵と来たか、誇張は悲劇を招く。あまり強い言葉は使わない方がいい、弱く見えるからね」

 

「ご忠告ありがとよ」

 

「いやいや、これも年長者のやるべきことだよ。さぁ、おいで...敬老精神なんか不要だよ。遠慮なく掛かってくるがいい」

 

「心配するなシャーロック。俺たちは武偵だ...武偵の任務は――無法者を狩ることだ」

 

「任務の遂行は――絶対だ」

 

キンジが装填を終えたベレッタを構え、射撃する。

 

ガン!

 

――ギィン!!

 

シャーロックは突き出したステッキでキンジの1発目の銃弾を弾いた。

 

そして、2発目。

 

ガンッ!

 

黒い銃弾が、シャーロックに向かって進んでいき――シャーロックはそれをステッキで受け、顔を顰めた。

 

 

次の瞬間...

 

 

 

 

 

 

ドォゥウウウウウウウウウンッ!!!!

 

 

 

黒い銃弾は、カナがキンジに渡した武偵弾の炸裂弾。

 

その炸裂弾が弾け、紅蓮の炎が舞い上がった。

 

なんて、威力だ...こんな威力だったなんて、聞いてねぇぞ...!

 

「おいキンジ...9条破っちまったな」

 

「ああ...」

 

煙の方からは一切目を離さず...むしろ、警戒を強めてキンジに話しかける。

 

キンジは少し油断している様だ。

 

「――――いや、問題ないよ。この程度で僕は死なないからね」

 

煙の中から、シャーロックの声が聞こえ...ビリッビリッと何か...衣服を裂くような音が聞こえる。

 

「ここまでが、『復習』だよ」

 

格納庫の奥から何かの発射音と共に、白く重たい煙が流れ込んできた。

 

炸裂弾の影響で生じた黒煙が、その煙に押し流されるようにして払われていく。

 

「ここからは――君たちがこれから闘うであろう難敵の技を『予習』させてあげよう。何しろ僕は...古い仇敵たちと同じ『教授』と呼ばれているのだからね」

 

煙が完全に晴れて、シャーロックの姿が映る。

 

ボロボロになったコートとシャツを脱ぎ捨てると、恐ろしいまでに筋肉質な体が姿を現した。

 

ブラドの様な歪さは無く、むしろその肉体はプロアスリート選手が成るような、理想的な筋肉の付き方をしていた。

 

そして、その肌には幾つもの古傷が残っている。

 

 

 

足元がズズズ...と揺れ、何事かと思い、その震動の正体を確認しようと見回して、見えた。

 

シャーロックの背後、ICBMの下部から、白煙が吹き上がっている。

 

今すぐに発射される訳ではないが、確実に発射までのフェイズは進んでいる事だけが漠然と理解できた。

 

床下から巻き上げられた熱風に、露出している肌が熱を感じ取る。

 

風で前髪はバサバサと暴れている。

 

その中で、俺たちは――――笑っている。

 

猟犬が獲物に見せるような獰猛な笑みを浮かべ、その瞳は眼光が尾を引きそうな程にギラギラと飢えた輝きを見せている。心はドクンドクンと高鳴っていき、次第にアップテンポになっていく。

 

自分の中から今までに感じたことのない程の闘争心を感じる。

 

内側から溢れ出る熱で火傷するんじゃないかというくらいに、体が熱を持ち始めている。

 

もう俺の心はオーバーヒート寸前だ。筋肉がまだか、まだかと急かしてくる。

 

キンジも、似たような状態なのだろう。

 

溢れ出てる野生の獣のような闘争心が、俺たちの心を奮い立たせている。

 

やれ!奴を食らって糧にしろ。踏み台にしてのし上がれ。奴という絶対者を食らえ、ジャイアントキリングを起こせ。勝ちあがれ、死を恐れずに突き進め。

 

心が、脳が、本能が...俺を作っている全てが「シャーロックを倒せ」と叫んでいる。

 

シャーロックは壊れかけたステッキを思いっきり床に叩きつけた。

 

あのステッキは仕込み杖で...粉々に砕けた柄から、一本の剣が姿を現した。

 

形状はスクラマ・サクスに近いものだという事だけが分かった。

 

「...いい、刀だな」

 

「――銘は、聞かない方がいい。これは女王陛下から借り受けた大英帝国の至宝――それに刃向かったとあっては、後々、君たちの一族が誹りを受けるおそれがあるからね」

 

「名前なんて興味ない。どうせエクスカリバーとかラグナロクとか、そんなんだろ」

 

「野菜は切り辛そうだなァー」

 

キンジはベレッタを仕舞い、バタフライ・ナイフを取り出す。

 

俺ももう一度ナイフを持ち直して、構える。

 

ICBMの噴射炎で下から照らされる室内が、次第に明るさを増していく。

 

「時間がない。一分で終わらせよう」

 

「気が合うな」

 

「俺たちも、そのつもりだぜ」

 

シャーロックが、足元に流れる白煙を乗り越えるようにして歩いてくる。

 

俺たちも、それに呼応するように歩いて行く。

 

互いの距離が5m程にまで迫った瞬間、シャーロックが駆け、キンジが駆けた。

 

少し遅れて俺も動く。

 

 

 

甲高い激突音が響き、斬り結んだ剣とナイフから火花が上がった。

 

そして、バチィイイッ!という音が聞こえキンジが後ろに転がった。

 

今の音から察するに、電撃か、なにかだろう。

 

後ろに転がっていくキンジを飛び越えて、俺が代わりに前に出る。

 

それと同時に、辺りが濃霧のような物に包み込まれていく。

 

「――ッシイャッ!!!」

 

ナイフを突き、振るい、引いて、二度突いて...という動作をするが全てを避けられ、防がれる。

 

――まだまだ、こんなものじゃねぇ!

 

「――フッ!」

 

ナイフを下げて、ミドルキックを数度放ち、またナイフ攻撃に移る。

 

大きく左右にナイフを振るが避けられる。膝蹴り―避けられる。膝蹴りの状態から、曲げていた膝を伸ばして攻撃―防がれる。

 

突き攻撃―防がれる、肘攻撃―防がれる、肘攻撃からの裏拳―防がれる。

 

ナイフを何度も振り、何度も蹴り技を混ぜるが全て避けられ、防がれる。

 

一度体勢を立て直そうと一歩下がった瞬間、左肩をピシッと何かに撃ち抜かれた。

 

「...ぐ!」

 

鋭い痛みを感じて、左肩を押さえると傷口が濡れていた。

 

恐らく超能力だ。超高圧の水の弾丸が、俺の肩を撃ち抜いたんだ。

 

そのままもう一歩下がり、立ちあがったキンジが代わりに突っ込んでいく。

 

キンジは飛びこみ、何度かシャーロックと攻防戦を繰り広げ、飛び退いた。

 

何度も何度もキンジはナイフを振るうが、シャーロックはそれを全て防いで、躱していく。

 

「ちっ...今度は風か!」

 

ここからじゃ分からないがどうやらキンジは風の攻撃でやられたらしい。

 

キンジがよろりと揺らめいた所に、シャーロックの剣がキンジの心臓目掛けて飛んでくる。

 

それを見て、急いでキンジの前に滑り込む様に飛び出て、ナイフで剣を受け止める。

 

――ギィイイインッ!!!!

 

激しい火花を上げながら、何とか防ぐ。

 

――滅茶苦茶重いぞこの剣!

 

「すまん、助かった!」

 

「礼はいい!はよしろ!」

 

「分かってる!」

 

キンジが姿勢を立て直すまでの時間を稼ぐが、そのまま剣の重さに押し切られてナイフを俺の胸に当たるくらいまで押し戻され、車に撥ねられた様に横へ吹き飛び、鋼鉄の壁に叩きつけられた。

 

「――コ...フゥッ...ヒュッ......」

 

喉まで上がってきた血を抑えようと堪えるが、堪らず咳き込んで吐血する。

 

グラリと揺れる視界の中に映るシャーロックは、狙いを俺に変えて左胸を狙い、また剣を平手で構え――突いてきた。

 

『エルゼロ』を発動して、極限まで遅くなった世界の中で体を捻り、上半身を床に押さえつけるように倒れて、足で剣を蹴り上げる。

 

『エルゼロ』を終えると、シャーロックの剣は俺から外れ、鋼鉄の壁にぶち当たり、めり込んだ。

 

そこに、キンジが突っ込んでくる。

 

「うぉおおおおおッ!!!らぁッッ!!」

 

キンジが拳を振り抜くが、シャーロックは剣を諦めてフワリと浮いて、キンジの腕に乗ってしまった。

 

――牛若丸かよ!

 

そして、そのままキンジの拳を足場にフワリと浮いて、バック宙をした。

 

 

 

 

そのタイミングで、モーツァルトの『魔笛』がソプラノ・パートに入った。

 

「――このオペラが、独唱曲に入る頃には...君たちを沈黙させているつもりだったのだがね。君たちは、僕の推理した時間よりも長く戦い抜いた」

 

シャーロックの顔からは、笑みが消えている。

 

「つまり君たちは初めて僕の推理を仕損じたのだ...君たちは称賛されるべきだ」

 

「俺たちは、そんなに褒められた人間じゃねぇ」

 

「そーそー。バカやらかして、怒られて、単位取り逃して...気付いたらこんな所で一番やべーことやらかしてる...ただの大バカ野郎共だよ」

 

キンジと共に、ナイフを仕舞う。

 

「なぜ、武器を収めるんだい」

 

シャーロックは疑問に思ったのか聞いてくる。

 

「なんでって、そりゃあ――」

 

「――アンタ、俺たちが倒れた時に、待っててくれたんだろ...これで、貸し借りなしだ。早く剣を抜きな」

 

当たり前だよな、みたいな感じでキンジと「なー」と言い合うと、シャーロックは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「否定されたが、繰り返し言おう。君たちは大した快男児だよ。僕がこんな気分になったのは、ライヘンバッハ以来だよ」

 

「バッハ?モーツァルトだろ、これは」

 

キンジが『魔笛』に耳を傾けて答えるとシャーロックは小さく吹き出した。

 

――いいねぇ、そのギャグ。かなり大爆笑。面白い、すごい面白いよ。

 

キンジはそんな俺たちを見て、「何か面白い事でも言ったか?」という顔をしている。

 

「キンジ君。戦いの最中にこんなことを言うのは不適切かもしれないが――僕は君が気に入った。君たちのフェアプレー精神に敬意を表して、ここから君たちと素手でボクシングでもしたい所だが......申し訳ない。この独唱曲は、最後の講義――『緋色の研究』について、講義を始める時報なのだよ。紳士たるもの、時間にルーズであってはいけないからね」

 

――緋色の、研究?

 

俺たちが眉を寄せているのとは真逆、シャーロックは瞼を閉じてしまった。

 

そして、シャーロックの体がぼんやりと光り始めた。

 

光は、みるみる内に光量を増していき、紅く、赤く...緋色に染まっていく。

 

「僕がイ・ウーを統率出来ていたのは、この力があったからだ。けれど、僕はこの力を不用意には使わなかった。『緋色の研究』――――緋弾の研究が、未完成だったからだね」

 

シャーロックはそう言って、拳銃を抜いた。

 

銃を出したことに警戒しつつ、キンジは質問を投げかけた。

 

「お前も...『緋弾』が撃てるのか」

 

「キンジ君が言っている事はおそらく違う現象のことだろう。アリア君が指先から撃ったはずの光は、古の倭詞で『緋天・緋陽門』という緋弾の力を用いた1つの現象に過ぎないのだ」

 

シャーロックはそう言いながら、銃弾が1発だけ入ったマガジンを俺たちに見せるようにして、その1発の銃弾を取り出した。

 

「これが、『緋弾』だ」

 

弾頭は血の様に赤く、炎の様に朱く、薔薇の様に紅い――緋色をしていた。

 

「これが、『緋弾』なのだよ。いやなに、形は問わない。これは緋々色金と呼ばれる金属なのさ。峰理子君が持っていた十字架を覚えているかい?あれにも極微量ではあるが色金を含んでいるものなのさ。イロカネとは、超能力がチッポケなおままごとに思えるくらいに、強大な物でね...言ってしまえば『超常世界の核物質』なのだよ」

 

アリアは、それを持っていないのに使えたぞ。どういうことだ...

 

「――世界は今、新たな戦いの中にある。イロカネの存在、その力が次第に明らかになり――極秘裏にその研究が進められているのだ。僕の『緋色の研究』のようにね。イロカネを保有しているのは、イ・ウーだけではない。アジア大陸の北方には『ウルス』、南方には香港の『藍幇』、僕の祖国イギリスでは世界一有名なあの結社も動いている。イタリアの非公式機関をサポート・監視するバチカンの様に国家がイロカネの研究を支援・監視するケースも枚挙に暇がない程だ。アメリカではホワイトハウスが、日本でも宮内庁が星伽に――いや、これは少々口が滑ったかな?...そして、僕のように高純度のイロカネを持つ者たちは、互いのイロカネを狙いつつも、余りにも甚大な超常の力に、手出しが出来ない状態にある」

 

そう言うとシャーロックは、緋弾を銃に装填する。

 

「恐らく君たちが見たのは――コレだろう?」

 

シャーロックの体を覆っていた光は、次第に指先に集まっていく。

 

間違いない。アリアがパトラに向けて使ったヤツだ。

 

「キンジ...?何が、起きてるの?」

 

アリアがカナに支えられながら、よたよたと歩いてきた。

 

そして、そのアリアの体から――シャーロックと同じ、緋色の光が漏れ始めた。

 

アリアは困惑しているが、シャーロックは優し気に、説くような口調で話し出す。

 

「アリア君、これは『共鳴現象』という物で...質量の多いイロカネ同士は、片方が覚醒すると共鳴する音叉の様に、もう片方も目を醒ます性質がある。その際は、イロカネを用いた現象も『共鳴』するのだよ。今、僕と君の指先が光っているようにね」

 

言いながらシャーロックは、俺たちに指先を向けた。

 

「アリア君。僕は君たちに『緋天』を撃つ。僕が知る限り、それを止める方法は、同じ『緋天』を衝突させることのみだ。実験したことはないが――日本の古文書には、『緋天』は静止し、その後に『暦鏡』なるものが発生するとある」

 

アリアは何を言っているのか分からないと言った表情でオロオロしている。

 

「アリア君。君は先ほど『命じられでもしない限り撃たない』と言ったね。ならば今、命じよう。その光で僕を撃ちなさい。キンジ君、君はアリア君の目になってあげてほしい」

 

カナがその話を聞きつつ、キンジにアリアを任せて此方へ来て、俺を担ぎ上げてくれた。そのまま肩を借りて、立ちあがる。

 

「また、無茶をして」

 

「...悪ィ」

 

そのまま少し離れた位置にカナが連れて行ってくれて、そこでシャーロックの話を聞きながらカナの応急処置を受ける。

 

「いい?あの無理な治療はしないこと。あばら骨が折れてるけど、この程度ならすぐ治るわ。アレは、使わないこと」

 

「...分かってる」

 

そう言って話を打ち切って、キンジたちの方を見る。

 

 

 

 

 

その瞬間。

 

 

 

 

 

光と光がぶつかり合い、一瞬強い光になったかと思うと、急速にその光は収まっていき...シャーロックの手元に光球が出来たかと思うと、それが急に何かの映像を映し始めた。

 

「これだ......!『暦鏡』...時空のレンズ!僕も、実物を目の前にするのは、初めてだよ!」

 

レンズのようなソレに映っていたのは...

 

「――アリア?」

 

ピンクの髪ではなく、金髪で――紅い瞳ではなく、碧い瞳だが――間違いなく、アリアがそこに居た。

 

「アリア君。君は13歳の時に、母親の誕生日パーティーの席で何者かに背中を撃たれたね?」

 

「う、撃たれました...で、ですがそれが一体、何の意味が」

 

「撃ったのは僕だ」

 

「!」

 

「いや...これから、撃つのだ。僕は今日、この日から――3年前の君に緋弾を継承する」

 

「や...やめろォーッ!」

 

キンジが、駆け出す。シャーロックを止めようと駆け出す。

 

俺も能力を使って止めようとしたが、それよりも先にカナに押さえ付けられた。

 

「動いちゃダメッ!内臓が傷付くかもしれないわ!」

 

「関係ねーだろそんなの!アリアを、守らないと!」

 

「自分の事も考えなさい!」

 

カナの拘束を振り解こうともがくが、上手くいかない。

 

「何、心配はいらないよ。僕はこう見えても射撃の名手でね...外しはしないさ」

 

「――アリア!...アリア!避けろ!」

 

そんなキンジの叫びも虚しく、一発の銃声が、静かに響き渡った。

 

「緋弾には延命作用があり、共に在る者の成長を遅らせる。それと文献によれば、成長期にイロカネを撃ちこむと、体の色が変わるんだ。皮膚まで変化はしないが、髪と瞳が美しい緋色になっていく。今の、君のようにね」

 

シャーロックの顔を睨みつけると、信じられない程の早さで老化していく一人の男が目に映った。

 

「緋弾と、緋色の研究は君たちに継承した。イロカネ保有者同士の争いは...今はまだ、膠着状態にある。が、これから本格的に戦いが始まり、君たちも巻き込まれることになるだろう。その時はどうか、悪意ある物たちから緋弾を守り続けてくれたまえ――世界の為に」

 

シャーロックは授業を終えた教師の様な話で、〆ようとした。

 

「ふざけんな...!シャーロック...お前は、血の繋がった――曾孫を、そんな危険な戦いに放り込むのか!?ふざけんな!」

 

「キンジ君。君は、世界におけるアリア君の重要性が分かっていない。1世紀前の世界に僕が必要だったように、アリア君は現代に必要な存在なのだよ」

 

「――違うッ!...コイツはただの高校生だ。俺はソレをよく知っている。体の中に何か抱えてても、ただの高校生だ!クレーンゲームに夢中になって、ももまん食い散らかして、テレビ見てバカ笑いしてる......ただの、高校生だ...分かってねぇのは、シャーロック!お前の方だろうがァ!」

 

キンジが、吠えた。アリアの様に犬歯を剥き出しにして、唸るように――叫んだ。

 

「認めたくない気持ちはよく分かるよ。だがキンジ君、この世に悪魔は居なくても、悪魔の手先のような人間は幾らでもいる。この広い世界には、君の想像も及ばぬような悪意を持つ者がイロカネを狙っているのだ」

 

「俺は世界なんてモノに興味はねぇ!悪意も、善意も知った事か!」

 

シャーロックはキンジの叫びを聞いて、目を静かに閉じた。

 

「それが、世界の選択か。それならば、せめて平穏に過ごすといい。君たちはそういう選択も出来るのだよ。その意思を貫く為にアリア君を守り続けて――平穏無事に、次の世代に緋弾を継承しなさい。全て君たちが決めていいんだ。そしてその決定は、通るだろう。なぜなら君たちは既に、十分強いのだから」

 

シャーロックは一呼吸して、また言葉を紡ぐ。

 

「いいかい、キンジ君。意志を通したいのなら、強くなければならない。力無き意志は、力有る意志に押し潰されるのだ。だから僕は、君たちの強さを急造するためにイ・ウーのメンバーを使ったのだよ。君たちがギリギリ死なないような相手をぶつけていく、パワーインフレと呼ばれる手段を使ってね」

 

成程。それでようやく理解できた。

 

何もかもが、お前の描いた絵の通りだったってことかよシャーロック。

 

まんまと一杯食わされたぜ。お手上げだ、俺はもうカナに押さえられて動けねーし...そこで怒り心頭の男に、任せるとしよう。

 

「おいキンジ、俺の分も頼むぜ」

 

「...任せとけ。武偵憲章3条。『強くあれ、但し、その前に正しくあれ』」

 

「...?」

 

「強くなければ意志が通らない。それは正しいさ。だが、正しくなければ意志を通してはならない。それが俺たち武偵のルールだ。お前はその逆をやってる!天才の頭脳と強大な力で、自分の...自己中にアリアを巻き込もうとしている!」

 

「――そうかもしれない。けれど、僕にはそれが出来た」

 

「そうはさせねぇって言ってんだよ。この俺が、させねぇ」

 

「それなら――さっきも言ったように、そうしなければいい」

 

シャーロックはそれだけ言うと、壁に突き刺さった剣を引き抜いて、白煙を吹き続けるICBMの1本に向かっていった。

 

天井のハッチはそれを待っていたかの様に、開いて行く。

 

ハッチからは空が見える。

 

「待て――それで終われるか。こっちを向け」

 

一層強まる噴射炎と流れ込んでくる外気で乱れていく気流の中、キンジはシャーロックを呼び止めた。

 

「何だい」

 

「俺は、キレたぜ」

 

キンジは掌の中でバタフライ・ナイフを開き、構えた。

 

「どんな理由であろうと、お前はアリアを撃った。自分の曾孫を、背後からな」

 

「そうだ。しかし、どうするというのだね。君の仲間はもうまともに動けず――君だけでは、僕に、勝てない」

 

「勝てないだろうな。だが、一発貰ったら一発返すのが礼儀だ。武偵は――義理堅いんでな。パートナーが一発貰ったら、一発返す」

 

「出来るつもりかね」

 

「――出来る。.....『桜花』。絶対に避けられない一撃を、叩き込んでやる」

 

「僕にも推理できないものがある。どうやら君の非論理的な行動は、それが原因なのかもしれないな」

 

「何だよ、ソレ」

 

「――若い男女の、恋心だよ」

 

シャーロックのその言葉を聞いて、キンジが駆け出した。

 

 

 

それは、一度理論だけ教えられたキンジの技。

 

 

体の関節全てを使って――同時に加速していく一撃。

 

時速36kmで加速して...つま先、膝、腰、背中、肩、肘、手首――――その全てで、時速1236kmを作り出している。

 

 

―――――パァアアアアアアアアアアンッ!!!!!!

 

 

ナイフの背から――円錐水蒸気が発生し...キンジの腕が衝撃で、裂けて――血が飛び散った。

 

美しい桜吹雪のような、出血だった。

 

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

キンジが吠えながら、人間が生み出せる限界速度の一撃を、シャーロックに叩きつけようとする。

 

シャーロックはそれを避けようともせず、代わりに左の拳を突き出している。

 

 

 

 

バチィイイイッ!!!

 

 

 

 

 

シャーロックが、突き出した左手で、キンジのナイフを受け止めた。

 

それはかつてアリアが、キンジや俺にやらせていた真剣白刃取り。

 

それの、指二本バージョン。

 

「――惜しかったね、キンジ君」

 

シャーロックはそのまま右手に持っていた剣を、キンジの左胸に突き刺そうとしている。

 

キンジはそれを、バチィッ!と受け止めた。

 

 

シャーロックと同じ、指二本による真剣白刃取りで。

 

 

「惜しくねぇよ」

 

 

キンジとシャーロックは互いに両腕が封じられた、千日手のような状態。

 

 

「――――そう来ることは」

 

 

 

キンジが頭を後ろに大きく引く。

 

 

――あれは...!

 

 

「分かってたんだからなッ!」

 

 

 

「――!」

 

 

 

シャーロックの顔が驚愕に染まる。

 

 

 

――ゴッッッ!!!!!!!

 

 

 

キンジの頭突きが、シャーロックに当たった。

 

そうだ、キンジの頭はバカみたいに硬いんだ。アイツと頭突き勝負をしたことがあるが、俺が一方的に額を腫らして負けたことを覚えている。

 

キンジの頭は、マジに石頭なんだ。

 

――それをモロに食らった!

 

 

 

 

「......ぐ、ぅ...!!」

 

 

シャーロックが苦悶の声を漏らして、倒れていく。

 

 

右手の剣と、左手で止めていたナイフを...手から放して――倒れていく。

 

 

シャーロックが、鋼鉄の床に倒れたと同時に、『魔笛』のレコードが鳴り終わった。

 

 

床に倒れたシャーロックは――動く気配がない。

 

 

 

「やった、キンジが...やりやがった」

 

「本当に...あのシャーロックを...」

 

俺とカナは顔を見合わせて、暫く驚愕の表情を浮かべていたが、次第に笑顔に変わっていき、ガシィッ!と腕を組みあって、喜びあった。

 

 

倒れているシャーロックに、アリアが超偵用の手錠を掛けようとする。

 

 

「シャーロック・ホームズ...貴方を、逮捕します」

 

 

ガチャリ、と音がして手錠が掛かったのが分かる。

 

終わった...

 

 

 

 

 

 

 

「素敵なプレゼントをありがとう。それは曾孫が僕を超えた証に、頂戴しよう」

 

 

 

 

――――頭上から掛けられた言葉に、笑いが消えて、警戒の色が強くなる。

 

 

バッ!と顔を上げて確認してみると、ICBMの一基、開け放たれた扉に掴まっている初老の男が見えた。

 

 

男は額から血を流している...間違いない、キンジから頭突きを貰ったシャーロックだ。

 

 

シャーロックは微笑んだまま、手を振っている。別れを告げるように、手を振っている。

 

「キンジ君。さっき君から貰った一撃は、僕にも推理できなかったよ。若い僕なら咄嗟に推理できていたのだろうけどね。まぁ、歳には勝てないということかな」

 

 

手錠を掛けられている方のシャーロックを見ると、手錠の掛かっている右腕が砂になって崩れていく。

 

 

これはパトラのオモチャと同じ...!

 

 

そして左手でその手錠を、ICBMに乗り込もうとしているシャーロックに投げ渡した。

 

 

「どこへ行くんだ!お前は今日までの命じゃないのか!」

 

キンジが、大声を出して尋ねる。

 

「どこにも行かないさ。昔から言うだろう?『老兵は死なず、ただ、消え去るのみ』とね。――さぁ、卒業式の時間だ...花火で、彩ろうじゃないか」

 

 

 

その発言で、嫌な予感がする。

 

 

超高速魚雷を移動用の乗物として改造していたなら...

 

 

 

――――この、ICBMも移動用に改造されているのではないか、と。

 

 

 

「いや...いや...!曾お爺さま、待って!いかないで!もっと話したいことがあるの!」

 

アリアは器用に二本の刀でICBMを突き刺し、ロッククライミングの様に登っていく。

 

「すまないね、アリア君。それは叶わない願いなのだよ。僕はもう、君に何もあげられない」

 

「そんなのいらない!曾お爺さまが、居てくれれば、それで!」

 

「――――君は本当に、優しい子だね。あげられる物は何もないから......代わりに、名前をあげよう。さようなら―――『緋弾のアリア』―――」

 

シャーロックはそう言って、ICBMに乗り込んでいき、ハッチが完全に閉じた。

 

ICBMはもう、浮き始めている。

 

アリアはまだ、降りてこない。

 

「――クソッ!」

 

キンジが走り出して、シャーロックの剣を拾いナイフを使って、アリアと同じ様にICBMを登り始めた。

 

「キンジ!バカ!戻れ!」

 

「アリアを連れ戻してからな!」

 

「キンジ!?」

 

キンジを止めようと、カナと共に走り出すがもう遅い。

 

次第に勢いを増していったICBMは、完全に射出されてしまった。

 

キンジとアリアを、連れて行ってしまった。

 

「あ......ああ......キンジ......」

 

掠れるような声だけが、零れる。

 

カナは顔を伏せたが、すぐに顔を上げる。

 

「隼人くん、ここから出ましょう――ここは、危険よ」

 

「...ああ...そうだな......」

 

カナに支えてもらいながら...俺たちはゆっくりと潜水艦の艦内から出ていく。

 

ICBMの表面に張りついてるんだ...普通は死ぬだろう。

 

何処かで握力が持たなくなって、手が離れて――――海面に叩きつけられて、死ぬだろう。

 

キンジとアリアが、死んでしまう。その事だけが、頭の中でグルグルと回り始める。

 

 

 

 

 

だが――キンジだぞ。殺しても死なないような奴だ。

 

 

 

 

死んだと思ったら、生きている。そんな化け物みたいなやつが、ICBMにくっ付いていったくらいで死ぬとは思えない。

 

 

 

 

 

キンジは生きてる、そうあって欲しいという小さな希望を灯して、鋼鉄の床を踏み締めて、脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このボート...本当に持ち出して良かったのか?」

 

「持ち主が居ないんだもの、遠慮せずに借りていきましょう」

 

カナと俺は救命ボートに乗り込み、海上を漂っている。

 

空を見上げると、太陽の光がギラギラと照りつけてくる。

 

もう、ICBMは見えない。

 

キンジたちはどこまで行ったのだろう...そう思いながら青い空を眺めていると―――

 

「―――はぁ!?」

 

異物が見えた。

 

「ど、どうしたの!?」

 

 

 

 

キンジが言っていた事を思い出す。

 

 

俺が、俺たちがイ・ウーに巻き込まれる事になった発端。

 

 

 

「―――『空から、女の子が降ってくると思うか?』...か」

 

 

「え?――あっ...!」

 

 

青い空、白い雲の中に、パラシュートみたいに広がったピンク色の髪が見えた。

 

「カナ!あそこまで、ボートを!」

 

「ええ!」

 

 

 

 

目から、ジワリと涙が出てくる。

 

生きてるって思いたくて、信じてた。

 

 

 

 

キンジたちは、生きて帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

救命ボートはゆっくりと漂着地点に向かって波を切って進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

キンジたちが、手を振っているのが見える。

 

 

それを見て、涙を腕で乱雑に拭い、笑う。

 

「キンジ!アリア!」

 

「隼人!」

 

「ハヤトー!」

 

キンジたちを引き上げて、信号弾を撃ち上げる。

 

赤色の煙と光が、糸を引いて上がっていく。

 

これで、武藤が来てくれるはずだ。一日が、酷く長く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちの騒動は一先ずの終わりを見せたが、これはまだ『序章』に過ぎない。

 

まだ、物語は続いていくんだ。

 

 

Go For NEXT!



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夏の終わりと、やべーサッカーしようぜ

あれから、一か月が過ぎて――今日は8月22日。

 

あの戦いの後、俺はカナと共に救命ボートに乗り込んでキンジとアリアを引き上げて...信号弾を見た武藤ら車両科の生徒たちが持ち込んだ水上飛行機に回収された。

 

気絶するように寝込んでいた俺とキンジが目を覚ました時には武偵病院にいた。

 

イ・ウーのことはどうなったか知る術がない。

 

 

 

それから黒服の、『政府関係者』と名乗る連中が俺とキンジからイ・ウーの事を根掘り葉掘り聞いてきた。

 

あの黒服共は政府関係者を名乗っていながら面会時間を知らなかったのだろうか。

 

寝てるときに叩き起こされて、質問攻めにされるのは気分が良くなかった。

 

話を聞けるだけ聞いたら、「事後処理は我々が行う、今回の事は永久に他言無用だ」と言い残して出ていった事は覚えてる。

 

パトラは何処かに行ってしまい、カナもその流れに便乗しようとしていたが、ジャンヌを呼んで、寮の自室に滞在させることに成功した。

 

ジャンヌはひどく嬉しそうだった。最高の手土産が出来たと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジはあれから、もうこんな生活嫌だ、俺は武偵を辞めて一般人に戻るんだとか言っていたが無理だと思う。

 

で、そのキンジは俺の隣で武偵高校の制服に身を包んでいる。

 

今日は退院日。矢常呂先生に色々と文句を言われたが生きてるから大丈夫だと思う。

 

ジャンヌや武藤らは少し成長した俺に驚いていたが深くは追及してこなかった。

 

「さぁキンジ、寮に戻ろーぜ」

 

「ああ...」

 

キンジと共に制服を着て、ネクタイの位置を調整する。

 

そして、荷物を纏めて病室から出て退院手続きを済ませた。

 

病院のロビーに行くと、星伽とやや疲れた表情をしたカナが居た。

 

「キンちゃん、冴島君。退院おめでとうございます」

 

「退院おめでとう」

 

星伽はキンジの方を向いて、深く頭を下げている。

 

カナはそれに少し苦笑して、俺の荷物を持ってくれた。

 

「さぁ、行きましょう...キンジ、隼人くん」

 

カナが率先して、進んでいく。

 

二学期の話や、カナから『不可視の銃弾』の撃ち方を教えてもらう約束を取り付けつつ校舎の間を歩いていると、キンジが教務科の掲示板の前で足を止めた。

 

「キンジ?」

 

「どうかしたの?」

 

キンジは、目を擦って見間違いじゃない事をハッキリと理解すると、顔を驚愕の表情に染めて膝から崩れ落ちた。

 

それを見た俺たちは急いで駆けつけ、何処かまだ痛むのか、と聞こうとして掲示板が目に映った。

 

そこに書かれていたのは――

 

『8/20現時点での単位不足者 2年A組 遠山 金次 専門科目(探偵科) 1単位不足』

 

ああ、カジノの警備が円滑に出来なかったから単位差し引かれたんだったな。

 

俺はまぁ0.1単位だけだったから、どうとでもなったが...キンジはダメだったみたいだな。

 

俺はドンマイと言ってキンジの肩を叩く。が、ソレを許してくれなかったのが、カナと星伽だった。

 

「キンジ...?私、言ったわよね?単位は足りてるのかって...あなたはやるって言ったじゃない。あれは、ウソだったの?」

 

「う、ウソじゃない!パトラがカジノを襲わなかったら無事に終わってたんだ!」

 

「キンちゃん!夏休みはまだ10日あるよ!なんとかしよう!」

 

「そうしねーとやベーだろーなァ」

 

キンジと星伽は情報科で民間の依頼を探しに行き、俺とカナはジャンヌが待っている寮へと帰宅することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カードキーを認証させて、扉を開ける。この扉を開けるのも――1カ月ぶりだ。

 

玄関に入り、靴を脱いで廊下を歩く。

 

「ただいま」

 

カナを見ると、きょろきょろと辺りを見回していた。

 

「おいカナ、何してんだ」

 

「ちょっと新鮮でね」

 

「別にいいけどよ、ほら、言えよ」

 

「言えって...何を?」

 

カナはきょとんと顔を傾けている。

 

「そりゃあ...決まってるだろ。帰ってきたなら...ただいま、だよなァ」

 

カナは目を丸くして驚いた後、少し微笑んで――

 

「ええ、そうね...ただいま」

 

これでいい?という感じで見てくるので、サムズアップで答える。

 

「おかえりなさい」

 

ジャンヌがリビングから顔を出して、返事をすると、すぐに戻っていった。

 

カナと一緒にリビングに入ると、ジャンヌはゲームをやっているのが分かった。

 

「ふふふ、隼人。お前のいない1カ月で私は随分と成長したぞ...私の力、見せてやろう」

 

「そりゃあ楽しみだぜ...だが、今日は辞めとくよ」

 

「む...そうか」

 

「ジャンヌは何をやっているの?」

 

カナが、ジャンヌの手元を覗きこむ。

 

「これか?これはゲームという物でな...これが中々に面白いのだ」

 

「ああ、ゲームね。キンジもよくやってたわ」

 

カナはソファから、ジャンヌの方を覗きこむようにしてゲーム画面を見ている。

 

それを横目に、布団に入り込む。

 

「隼人?寝るのか?」

 

「ああ...ちょっと、疲れたよ」

 

「...そうか、おやすみ」

 

「......おやすみなさい、隼人くん」

 

その言葉を聞きながら、瞼を閉じた。

 

眠りはすぐに、やってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

「さぁ、来い隼人。近接格闘は苦手だが、何とか手伝ってみよう」

 

俺は強襲科のアリーナでジャンヌと向き合っていた。

 

1か月間ベッドの上で休んでいたせいで、体が怠けきっているのだ。

 

俺たちが向き合っている場所から少し離れた所で、カナは薄らと笑いながら俺たちを見ている。

 

「遠慮はしねぇ、いくぜ」

 

「来い!」

 

ジャンヌが構え直した瞬間―――

 

「――ズェア!!」

 

ブゥォンッ!!と風を押し退けるように右足が空を切っていき、ジャンヌ目掛けて突き刺さろうとする。

 

ジャンヌはそれを左腕で防ぎ、右手の掌底で俺の右足を跳ね上げた。

 

すぐに右足の膝を曲げて、即座に伸ばす。

 

ジャンヌは右腕でガードする。そして足を掴まれる前に、また膝を曲げ、構え直す。

 

ジャンヌは追撃されることを警戒して、一歩下がった。

 

「体は、怠けていないようだな?」

 

「いや、ダメだ。こんなモンじゃあねぇ...こんなのじゃ、足りねぇ」

 

腕をグルリと回し、息を深く吐く。

 

それを見て、今度はジャンヌが突っ込んできた。

 

右腕でパンチを数発打ち込んでくるが、手首のすぐ傍で受け、手首のスナップを使い、腕を体の外側へと持っていき、軌道を反らす。

 

「その動きは、見たことがないな!」

 

「まだ構想途中の、技にもならない技だ」

 

「技に...昇華させるのか?」

 

「いや、これを当たり前にしたい」

 

煙が物体に当たり、揺れ動き――流れを変えるような受け流す為の技。

 

『アクセル』を使った状態でも使えるようにしたいと思っている。

 

相手の動きが乗り切る前に、後手に回った俺が先手を取るような妨害技。シャーロックとの闘いで、俺に圧倒的に欠けていた物はそれだと気付いた。

 

だから、学ぶ必要があり、考える必要があり、何時でも使える必要がある。

 

ジャンヌは、蹴りを放とうと足を振るが、それを見た俺は、それよりも先にジャンヌの足にカウンターの蹴りを当てることで、動きを止める。

 

「...む!」

 

ジャンヌは足を引いて次の攻撃に移行しようとしている。だが、俺はそれよりも早く一歩詰めて、ジャンヌの腕を取って捻る。

 

そのまま力を加え、ジャンヌの足を押さえていた足で、ジャンヌを払い腕を引き寄せていく。

 

ジャンヌはそのまま、踏ん張ろうとしていたが俺の力と、自身の体勢が悪かったのか、投げられた。

 

 

ダンッ!と音が響く。

 

「ぐ...!」

 

「...ふぅ。まずは、一本だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな組手を何度か繰り返して、息が上がってきたので休憩していると...キンジと星伽と...星伽の親族か、関係者みたいな奴が入ってきた。そして、その後ろからゾロゾロと見たことのない連中が入ってきた。

 

「...お?キンジじゃん」

 

「ひっ」

 

汗でグショグショに濡れたTシャツを脱ぎ捨て、カナが持ってきたタオルで体を拭きながらキンジたちの方に体を向けると、気の強そうな小さい星伽が肩をビクリと震わせて、怯えた。

 

「おい隼人、粉雪や中学生にその体と顔は毒だろ。とっとと隠せ」

 

「あぁ!?何だキンジ!やろうってか!」

 

「そうじゃねぇ、生々しい傷が多すぎるんだ!隠せ!中学生がいるんだぞ!」

 

「ああ、そういう...見苦しいモノ見せて悪かったな」

 

右肩に銃創が治り、ブヨブヨと肉が付いた傷跡や、シックスパックに割れた腹筋に付いたばかりの青痣、体中に薄らと残る打撲痕、小さな火傷の痕、割れた筋肉やガッツリとついたムキムキの腕に残る切り傷の名残や青痣。そして極め付けに左頬に残っている切り傷と、右目の切り傷...中学生が見るには、少しショックが強いと思う。

 

見学にきた中学生たちに一言謝って、新しいTシャツを羽織る。

 

「その傷は武偵高校に入ってから負ったものなんですか?」

 

男子中学生が、キラキラとした目で俺を見て、質問をしてきた。

 

「...ああ、そうだ。凶悪な犯罪者たちを捕まえる為に、武偵は体を張るんだ。薬莢で火傷して、刃物で斬りつけられて、時には撃たれることもある...」

 

そう言うと、何人かの見学者たちは、おおー!と歓声を上げていた。

 

そこで歓声を上げるのか...

 

ジャンヌも額に溜まった汗を拭き、俺の方に寄ってくる。

 

「隼人、そろそろ昼食の時間だ。帰ろう」

 

「ああ、分かった。カナ、行くぞ」

 

「ん、分かったわ。キンジ、また後で会いましょう」

 

「あ、ああ...」

 

ジャンヌとカナを連れて、アリーナから出ようとしたときに、また質問が飛んでくる。

 

「すいません!そうやって、傷付いた方が、モテるんですか!」

 

その質問に、ズコッと滑りそうになる。

 

「......はぁ、俺よりそこの案内人の根暗野郎の方がよくモテるぞ。俺はむしろモテない部類の人間だよ...じゃあな、キンジ」

 

キンジにそういう類の質問を全部押し付けて、アリーナから出ていく。

 

キンジは忌々しそうに俺を見ていたがそれをニッと笑って無視して、アリーナの扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな校内見学の話から更に数日経過したある日の事...キンジから電話が入った。

 

「どーしたキンジィ。単位は大丈夫なんかぁ?」

 

『足りないからこうして電話したんだろ...サッカーやるから、来てほしい』

 

「サッカー?なんで、サッカー?」

 

『サッカー部の連中が全員停学になったから代理のメンバーがいるんだよ』

 

「ほーん...じゃあジャンヌとカナにも声掛けてみるか...」

 

『いや、カナは無理だろう。武偵高の生徒じゃないしな』

 

「あー...じゃあ応援に連れてくか」

 

『早めに来てくれよ、明日から練習だ』

 

「あいよ」

 

電話を切って、ジャンヌにサッカーやろうぜと言って誘い、カナを応援に誘った。

 

カナは快諾し、ジャンヌも少し考えてから頷いた。

 

 

 

 

そして、準備を進めていた時に、ジャンヌがとんでもない事を言い出した。

 

「隼人、日本の女子生徒はスポーツをするときの正装は、このブルマを履いた格好なのだろう?少し恥ずかしいが――まぁ仕方ないか」

 

「待て待て待て、まって、まってジャンヌ」

 

「落ち着きなさいジャンヌ、ソレはダメよ」

 

俺とカナが立ちあがってジャンヌを必死に止める。

 

「な、なんだ?コレじゃないのか?」

 

「今時そんなの履いてる奴いねーよ!普通のでいい、普通の体操着で良い!」

 

「そうよジャンヌ」

 

「そ...そうか...」

 

ジャンヌは俺たちに押し切られて、ブルマを持っていくのを中止した。

 

良かった、これで日本が勘違いされなくて済む。

 

カナとほぼ同じタイミングで息を吐く。

 

俺は明日のサッカー練習が、すごく不安になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。練習。

 

蝉の声が常に鳴り響く第2グラウンドに、俺たち3人はやってきた。

 

グラウンドに入って、暫く歩いているとキンジがイライラしながら待っていた。

 

「よォ...遅れたか?」

 

「...1分の遅刻だ」

 

「1分なら誤差だろーが...」

 

「まぁ良い...隼人、お前は俺と同じFWだ。俺がキャプテンを務める」

 

「げぇ...俺も攻めんのかよ」

 

「お前一人でイナズマ○レブンできるだろ」

 

「超能力使うのはダメなんじゃね?」

 

「ばれなきゃヘーキヘーキ」

 

「コイツ本当にシャーロック相手に正義だなんだ言ってた武偵かよ...」

 

そう言いながら軽く体を動かしてウォーミングアップをしていると、段々と人が集まってきた。

 

キンジ、アリア、理子、星伽、レキ、ジャンヌ、武藤、不知火、平賀さん、風魔、俺。

 

ギリギリ11人かぁ。

 

そこで練習を始める事になったんだが、ほとんどサッカーのルールを知らない奴ばかりで滅茶苦茶不安になった。

 

キンジと一緒にひたすらルールを説明して、ボール回しのやり方や役割について説明して――動き方の解説をして――実際に動いて―――という事をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――試合当日。

 

 

 

「おい、なんだコイツら...可愛い奴らばっかじゃ...ひっ」

 

「どうしたぁ?へへ、上玉ばかりじゃねぇ...ひっ」

 

「たっぷり可愛がってやろうぜぇ...ひえ」

 

相手チームの連中は、舐め回す様に右のキンジから左の方へ視線を送り、俺を見て怯えた声を上げる。

 

「......」

 

「...なんで一人だけヤクザがいるんだよ...」

 

「...俺は武偵だ」

 

「ひっ」

 

相手チームの連中は俺を見ないように顔を上げたり、地面を見たり、チームメイトと話して顔を向けなかったりしている。

 

まぁそりゃ顔に切り傷2つも付いてりゃビビるよなぁとか思いながら、なるべく話はしない。

 

身長の揃わない凸凹の円陣を組んだ俺たちは、キンジの指示を待つ。

 

「いいか、俺たちは...」

 

「俺たちはまだオモチャに飽きてねぇ!一緒に進級させるぞ!」

 

と、武藤がキンジよりも先に宣言してしまい、それに呼応するように皆が叫んでしまった。

 

本当に大丈夫かこのチーム。

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始直後、身体的に劣っている平賀さんや風魔が体当たりでぶっ飛ばされた。

 

敵は女子の胸とか太もも目掛けて体当たりをしに行くゲス共だったが...反則じゃないので何も言えない。

 

まぁ女子にはそこまで期待してなかったので、キンジ、不知火、俺でボールを奪いに行く。

 

 

 

相手のチームは不知火の動きが一人だけ良かったことに気付いたのか、2人のマークを寄越して不知火を封じた。

 

 

 

その上、服を掴んだり足を蹴ったりして邪魔をしてくるのでもうストレスが半端ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな時に、相手チームの一人がジャンヌに足払いをして、転倒させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを見て――

 

 

 

「あ゛?」

 

 

 

プツンと何かがキレる感じがした。

 

 

 

もうキンジの単位だとか、進級だとか、超能力は使わねーとか、そんなのはどうでもいい。

 

 

 

やっちゃあいけねーことをしたぜお前ら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「キンジィ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

大声でキンジに叫び、パスを出させる。キンジは服を掴まれ上手くボールが蹴れなかったのか、俺の位置よりもかなり前にボールが飛んでいった。

 

 

 

 

相手選手が俺の服を掴み前に出ようとするが、『アクセル』を使って掴んだ相手を引き摺りながら、走っていき――次第に、相手の体が浮き始める。

 

 

「しっかり掴まっとけよ。俺の速度にご招待だ」

 

 

一瞬で加速した俺はそのまま宙に浮くボールまで走り、ジャンプして、胸でボールを受け取り、文字通りの高速ドリブルをする。途中で服を掴んだ奴が落ちた気がするが気のせいだろう。

 

 

ボールを常に足で遊ばせながら、相手のDFをぶち抜いて前に進んでいき、ゴール目掛けて思いっきり蹴り飛ばす。

 

 

 

『アクセル』を使ったまま蹴り飛ばされたボールは―――

 

 

 

キュボッッッッッ!!!!

 

 

 

 

と不可解な音を立てて、燃えながらゴールネットに突き刺さった。

 

ゴリラみたいな顔をしたドイツ人GKが口を開けて震えている。

 

たかがボールが炭になっただけだろう。驚く必要はない。

 

 

 

「さぁ、サッカーやろうぜ!」

 

 

 

良い笑顔で、俺はそう宣言するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手選手が、武藤を押し退けゴールの近くまで入り込んでしまい、シュートを撃とうとするが、『アクセル』を使って瞬間的に相手選手の目の前まで移動し、蹴りつけようとしたボールを、こっち側からも蹴りつける。

 

ドゴンッ!と異様な音がして...

 

 

相手選手は電車に衝突してふっ飛ばされたようにグルグルと回転しながら宙を舞い――ボールは相手選手よりも宙高くに浮いている。

 

それを、ジャンプしながら反転し、オーバーヘッドキックを、相手ゴール目掛け蹴りつける。

 

 

 

 

ドゴッシャアアアアアアアアアッ!!!!!

 

 

 

 

なんかサッカーボールが燃えてるような気がするが問題ないだろう。

 

 

ゴリラ顔のGKは受け止めるかと思いきや、逃げ出してしまった。

 

 

誰もいなくなったゴールネットにボールのような物が突き刺さる。

 

ホイッスルが無情に鳴り響き、得点が入る。

 

 

ハットトリックまであと1点だ!

 

「サッカーって、楽しいな!」

 

「こんなの...こんなのサッカーじゃねぇ...っ!イナズマ○レブンだ!!」

 

吹き飛ばされた相手選手が嘆いているが、まぁこれも実力というやつだ。

 

何の問題もない。

 

審判が時折サッカーボールに細工がしてないか確認したり、俺の体から薬物反応が出ないか調べようとしたり、靴を調べたり...忙しかったが、俺は何の問題もない、極めて健全なスポーツ精神を持った高校生だと証明されたので、そのまま試合を続行する。

 

相手選手からブーイングが凄かったがそんなモノ知ったことじゃない。

 

生まれてから与えられた才能なのだ。使わないでどうする。

 

「最終的にィ!!」

 

服を掴んでいた奴が振り落とされる。

 

「ぐああああっ!」

 

ボールを奪おうと突っ込んできた奴がボールに吹き飛ばされる。

 

「勝てばァッ!!」

 

相手のDFが道を譲る。

 

「ひぃ、ひぃいい!!」

 

MFがビビって動かない。

 

「良かろうなのだァアアアアッ!!」

 

ボールを軽く宙に蹴り上げてシュートする。

 

「うわあああああッ!!」

 

ゴリラ顔のGKは土下座するような体勢で頭を抱え、悲鳴を上げている。

 

ネットにボールが突き刺さり本日初のハットトリックを決める。

 

「戦車だ、サッカーコートに戦車がいる」

 

「いやぁアレはどう考えてもジャガーノートだろ」

 

「俺は人間だぞ」

 

『どの口が言うか』

 

皆に一斉に突っ込まれた。

 

俺が一般社会に混じって部活なんかをすると、こうなるよっていう事か。世知辛いな。

 

「サッカーって、本当にいいスポーツだな!」

 

「今それを言えるのはお前だけだと思う」

 

キンジの冷静なツッコミに相手選手も、武偵高の連中も頷いていた。

 

 

 

 

 

結局後半は俺は能力を使って暴れるけど、お前らは好きにやらないのかと武偵高メンバーを炊きつけた結果――――悲惨なことになった。

 

ジャンヌや理子は演技力で相手のファウルを誘発するし、星伽は能力でサッカーボールを火の玉に変えるし、風魔も忍法使い始めるしで、すごい事になっていた。

 

マジでイナズマ○レブンだった。

 

 

もう本当にコイツらは一般社会に解き放つことが出来ない連中だと改めて痛感した。

 

...俺も含めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局ボロクソに叩きのめして勝ちを拾った俺たちは、そのまま単位を貰う事に成功する。

 

キンジの留年の危機は、これで去ったわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忙しかった夏休みが終わって、9月がやってくる。

 

 

新しい戦いもまた、静かにやってくるのだ。

 

 

 

                                 夏休み編おわり



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修学旅行・Ⅰ編
新学期早々にやべーやつに会った


9月1日。

 

武偵高の2学期が始まるこの日は、世界初の武偵高...ローマ武偵高校の制服を模した『防弾制服・黒』と呼ばれる黒尽くめの制服を着るのが国際的な慣例だ。

 

講堂には方陣状に並べられたパイプ椅子には武偵高の生徒たちが黒服を着てズラリと並んでいる。

 

中央の演台には我が高の校長先生...緑松校長先生が立ち、話をしている。

 

――校長先生って...なぁんか頭に顔が残らねーよなぁ...

 

ついさっき会ったばかりなのに、すぐに顔を忘れてしまう。そんな感じだ。

 

そんな事を思っていると、校長先生の話は少し熱の籠った口調に変わっていき、ある話へと移った。

 

「我が東京武偵高校は、当然の事ながら日本にある武偵高校です。日本も、近年の治安悪化を受けて危険な人物等多くが見受けられますが...国際的に見ればまだ安全な国です。全校生徒の諸君、貴方たちは武偵です。もっと緊張感を持たなければならない。昨今は国際協調、国際協力、という言葉が投げ掛けられるのが現状です。日本も、その世界の流れに乗らなければならない。そこで此処、東京武偵高校では...緊張感のある環境で育った、海外の武偵高の留学生を積極的に受け入れることにしました。留学生と諸君らと、互いに切磋琢磨し世界に雄飛し、立派な武偵になって貰いたい...武偵憲章第9条!世界に雄飛せよ。人種、国籍の別なく共闘すべし。これを思い、頭の片隅にでもいいので留めて置いてほしい。以上で、話を終わります」

 

成程、確かに校長先生の言っている事は御尤もだ。

 

俺も、アリアやジャンヌが来るまでは自分の実力がそこで終わりだと思い込んでいた。

 

違う場所で生きてきた人たちとの交流は、自分の限界が限界でない事を教えてくれる。

 

海外からの留学生の受け入れ積極化は、俺は大変素晴らしい物だと思う。

 

その交流で、何か得られる物があるかもしれない。

 

隣にいるキンジを見ると、勘弁してくれって顔をしていた。

 

「よう隼人。隣座らせて貰うぜ」

 

「おー、いいぞ」

 

「おはよう遠山くん、隣いいかな?」

 

「勝手にしろ」

 

そこに武藤と不知火がやってきて、それぞれ俺の隣と、キンジの隣に座った。

 

いつもの男4人組の出来上がりだ。

 

「聞いてくれよ隼人、キンジ。昨日乱射があったみてぇでよぉ...俺のサファリの窓ぶち抜かれてたんだ...まぁーた保険会社に連絡しなきゃいけねぇよ」

 

「何?乱射だぁ?そりゃぁ...ドンマイだな」

 

「だろぉ!?」

 

武藤は俺に肩を組んでガクガクと揺らしてくる。暑苦しい。

 

キンジの方を見ると目線を少し泳がせてソワソワしていた。

 

――昨日の乱射...やったのオメーか、キンジ。

 

目でそう訴えかけると視線に気付き、キンジは俺の方に顔を向けて、手をブンブンと振ってやってないアピールをしてきた。

 

「まぁまぁ、それよりも遠山君。また女性関係でスキャンダルを起こした?」

 

不知火がその場を軽く流して、新しい話題を持ち込んできた。

 

女性関係スキャンダルって...コイツいつも起こしてんな。

 

「またかよキンジ」

 

「なんでキンジばっかりぃいいい!!」

 

「大声出すなよ武藤。まだ始業式中だぞ。ていうか不知火、何でそんな事知ってるんだ」

 

「知ってる...っていうか、予想?さっき強襲科で剣道の朝練があったんだけど、神崎さんが大荒れだったからね。多分これ、遠山君関連じゃないかなって」

 

「なんだキンジ...オメーまたアリアと喧嘩したのか?オメーらは月に1回は喧嘩しないとダメな呪いでも掛かってんのか?ん?ん?」

 

「お、落ち着け隼人。目がマジだし、笑いながら近付くな。怖えーよ」

 

「とりあえず謝れる内に謝れるだけ謝って早期の解決をしてくれ。『修学旅行・Ⅰ(キャラバン・ワン)』も近ぇのになんで喧嘩なんかするんだ」

 

「なんで俺が悪い前提なんだよ!」

 

「だいたいそーだろ...これまでの流れから行くと」

 

「うぐっ」

 

「あはは...それに、一部ではポピュラーな話題だよ。今朝遠山君が、レキさんと一緒に女子寮から登校してきたって」

 

「今度はレキか!...ああでも。根暗と無口で案外相性いいんじゃあねぇのか?」

 

「こっちの方もポピュラーな話題なんだけど...神崎さん、レキさんと仲良かったからね。暴れ回った後、軽く鬱入ってたよ。友達と恋人、両方失ったワケだからね...」

 

不知火がそう言うと、キンジが俺の肩を掴んで綴ってきた。

 

「隼人助けてくれ!俺にはもう解決法が分からん!」

 

「えぇ...俺も三角関係なんて相手した事ねぇから知らねーよこのバカ」

 

「そこを何とか!何時もお前に頼ってからやり方が分からないんだ!助けてくれ!」

 

「オメー本当にキンジか!?あんな啖呵切った奴とは思えねーぞ!」

 

キンジは今にも泣き出しそうな顔で俺に迫ってくる。ちょっと怖い。

 

「レキからは求婚されて『狙撃拘禁』されるし!気付いたらアリアは怒り心頭だし!どうすればいいんだよ俺ェー!」

 

キンジは顔色をコロコロ変えながら俺の肩を揺すり続けて情けない事ばかりを小声で叫んでいる。

 

てかちょっと待て。今とんでもない単語が聞こえたぞ。

 

「......え?何?キンジ、オメー...レキからプロポーズされたの?」

 

「ああっ!そうだよ!半径2km以上レキから逃れられないんだ!逃げたら殺すって言われてるしどうすればいい!」

 

キンジの目はグルグル回っていて、あうあう言っている。混乱しているのが見て取れた。

 

武藤も不知火も俺もドン引きである。

 

――今回は、三角関係かぁ....

 

昼ドラみたいな事ばかり起こしやがってと思いつつも、頭の中では真剣に対処法を考える。

 

やはり『修学旅行・Ⅰ』で関係の修復、強化をするしかない。

 

それでダメならまた別の手段を考える。

 

携帯している胃薬を取り出して口に含み、飲みこむ。

 

「っふぅ...いいか、キンジ」

 

「お、おう」

 

「『修学旅行・Ⅰ』で上手い事やれ。俺もサポートするからよォ。だがな、今回はオメーの言動で全部決まると思え」

 

「わ、分かった。やれるだけ、やってみる」

 

キンジは覚悟完了したのか、あうあう言ってた口をしっかり閉じて、目にはやる気が満ちていた。

 

「そう言えば、冴島君に遠山君は...どういったチーム編成をするの?やっぱり強襲科系?」

 

不知火が一段落ついた所で別の話題を振ってくる。

 

「俺ァジャンヌとどっか行こうかなって考えてるが...多分上手くいかねーだろーなぁ」

 

出来ればジャンヌも誘ってキンジを頭にチームでも組みたいが、ジャンヌはジャンヌで既に纏めているらしい。

 

故にジャンヌを引き抜いて同じチームに行く、という俺の計画は上手くいかないだろう。

 

「単位取得に必死でソッチの話は全くしてなかったな」

 

「あーあー...それは大変だ。次にコレ着る時は、どうなってるのかなぁ」

 

不知火はキンジの発言に同情の色を示して、黒服を指で指して不安気な表情をしている。

 

講堂から出ると、キンジの近くに白いモフモフが移動しているのが視界の端に映り、気になったので目で追っていくと...

 

「ガァウ」

 

レキの相棒、ハイマキがキンジにくっ付いて移動していた。

 

「お、ハイマキじゃん。おっすー」

 

「ガウ!バウ!」

 

俺がハイマキの名前を呼ぶと、ハイマキはキンジについて行くのをピタリと止め、その場で数秒留まって、躊躇ってから俺の方に突っ込んできた。

 

そのまま突っ込んでくるかと思ったが、ハイマキが俺の近くに来ると座り込んで転がり、腹を見せた。

 

「よしよし、よーしよしよしよーし」

 

ハイマキは気持ち良さそうに喉を鳴らしている。

 

「へへへ、アォオオオオオオオゥーン!」

 

と、遠吠えを真似してみると――

 

「ガァウォオオオオオオオオオオゥゥーン!!!」

 

ハイマキが遠吠えをしてくれた。レキも意外と芸を仕込んでるんだなぁ。

 

「よーしよし、賢いなぁ」

 

撫でれるだけ撫でていると、キンジが呆れた様子でそれを見て溜息を一つ吐いてから俺に声を掛けてきた。

 

「隼人...俺は頭痛がしてきたし、薬局に行ってくるぞ...」

 

キンジはフラフラとパレードの方へ進んでいく。それを見て、キンジを呼び止めた。

 

今日は始業式であるのと同時に、『水投げ』の日でもある。

 

『水投げ』とは――校長先生の母校で行われていた、始業式の日には誰が誰に水を掛けてもいい、という一風変わった喧嘩祭りだったそうだが...それが武偵高校風にアレンジされていき、始業式の日に、徒手でなら誰が誰に喧嘩を吹っかけてもいい......という大変恐ろしい物に改変されてしまったのだ。

 

で、なんでこんな説明をしたかと言うと、キンジの奴は悪目立ちしている。

 

アリアはどうか知らんが...星伽、理子に加えてレキまで誑かしたとあっては、それこそ撃ち殺されるんじゃないかと思うくらいに敵を増やしているワケで...

 

そんな中マジにパレードの中に入っていったら、リンチされて終わりだと思う。

 

だからキンジを呼び止めた。

 

「何だ隼人」

 

「キンジ、オメーなぁ...行くなら、コッチからいこーぜ」

 

キンジの肩を掴んで、裏路地を指した。

 

「......ああ、ありがとう。隼人は本当に良い奴だな」

 

「急に何だよ気持ち悪ィな」

 

「お前だけだよ、俺の身を案じてくれる奴は」

 

キンジが感慨深そうに、呟いている。

 

「オメーが知らねーだけだぞ、キンジ。星伽も、アリアも、理子も、カナも、ジャンヌや武藤、不知火だって心配してるさ」

 

「...そうか?」

 

「そーだよ!ほら、早い所行こうぜ!」

 

軽く滅入っているキンジの肩をバシバシ叩いて、背中を押して前へ進ませる。

 

「はは、分かった、分かった。だから押すなって」

 

キンジは少し笑いながら、俺の方を向く。

 

その時、キンジの目の前にキラリと光る何かが見えた。

 

「キンジ、あぶねぇ!」

 

背中を押していた手を一瞬で持ち上げて、襟を掴んでグイッと引っ張り、後ろに転がす。

 

そしてそのまま、俺も屈む。

 

キッ、と光る物体の正体を見ようと睨む。

 

 

 

 

ふよ。ふよ。ふよ。

 

 

 

そこにあったのは、3つのシャボン玉だった。シャボン玉は俺たちの頭上を通過していく。

 

 

「しゃ、シャボン玉ァ~?」

 

「隼人、なんでお前シャボン玉なんか...気張りすぎなんじゃねぇのか?」

 

「バカ野郎。校長先生も言ってただろ、俺たちは緊張感が足りねぇって」

 

俺とキンジが呆れた表情で立ちあがり、パンパン、と服に着いた汚れを払って先に進む。

 

「リーベンの武偵高、大したことないネ。けど、お前たちの警戒は見事ヨ」

 

そんな時に、頭上からいかにもって感じの中国訛りの日本語が聞こえてきた。

 

二人して見上げると、中国の民族衣装に身を包んだ女の子がいた。

 

...ああ、海外留学生の人か。

 

「...何か、用か」

 

キンジは機嫌が悪そうに、ぶっきらぼうに話しかけた。

 

「キヒッ」

 

女の子は手に持っていた瓢箪から、何かを器用に飲み――笑ってから、くるんっ!すたっ。という感じにサーカスみたいに身軽な動きで、着地した。

 

ひゅらり、と黒髪のツインテールが舞う。

 

「ウオ、名前、ココ言うネ。お前たちも名乗るがヨロシ」

 

髪型といい...身長といい...アリアそっくりだな。

 

女の子...ココの目尻には赤い塗料で化粧をしていて、キツめの目付きをパリッとさせている。

 

「...遠山キンジだ」

 

「冴島隼人だ」

 

キンジは渋々と言った感じで名乗り、俺もそれに続く。

 

「アイヤー!アイヤヤヤヤー!」

 

ココは、オーバーリアクションで天を仰いだ。

 

キンジはそんなココの態度が気に入らないのか、1秒毎に機嫌が悪くなっていく。

 

「......お前、さっきから酒臭いぞ。ガキが、そんなモノ飲むな」

 

「――ガキ違うネ!ココはもう14歳ヨ!」

 

あ、そこで怒るのもなんかアリアっぽい。

 

「しょうがないネ。ちょっとお試しするヨ。姫から離れたら、すぐ、イタイことあるネ」

 

ココはふらふら、ふらふら、と千鳥足で、倒れるような動作から、側転に入り、キンジに飛び掛かっていった。

 

――『水投げ』の挑戦者かよ!

 

キンジはそれに対応しようと、反射的に手を突き出していた。

 

「キンジ!そりゃ悪手だ!」

 

急いでキンジの後ろから足払いを仕掛け、キンジを転倒させる。

 

そして、転倒したときに上がったキンジの足が予期せぬ勢いで、ココの顎を蹴りつけた。

 

「――ぐ...!」

 

ココはそれに驚き、飛び退く。

 

「た、助かったのか?」

 

「知るか、とっとと体を起こせ!」

 

地面に寝たままのキンジの襟を掴んで、引き起こす。

 

あの動き、アリアと組手をしてる時に何度もやられた裸絞めだ。あれをやられると、身動きが一切出来ず、ギブアップをするしか手段が無くなる。

 

キンジと俺が再び構え直すと、ココはバック転で路地の奥へ退いていく。

 

「ウオ、『ワンウー』のココ――――『万能の武人』ネ。キンチ45点...だけどハヤトと組むと80点。ハヤトは80点、キンチと組めば85点ヨ」

 

点数を点けてきやがった。

 

「『万能の武人』ってワリに...不意打ちには弱いのな」

 

「キヒッ。アレは予想外ヨ、いい動きするネ...ココは大変満足ヨ。ツァイツェン」

 

すまん中国語はサッパリなんだ。

 

ココは路地の奥へと消えていってしまった。

 

俺とキンジは暫く警戒していたが、問題も無さそうだったので構えを解いて、歩き出した。

 

「たく、何だったんだ、一体」

 

キンジは愚痴を吐くように言う。

 

「さぁなァ...でも一つ言える事はある」

 

「なんだ」

 

「絶ッッッ対、また面倒な事の前兆だって事だよ」

 

「あー...」

 

キンジは確かになぁと頭を掻きながら呟いている。

 

『はぁー...』

 

キンジと同じタイミングで、溜息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期早々、やべーやつに会った。



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バージョンアップしたやべー装備!

キンジと一緒に裏路地から抜け出し、救護科の薬局で頭痛薬を買ってから外に出ると、レキとハイマキに遭遇した。

 

話を聞くところに寄ると、マジにキンジに婚約を申し込んだレキは四六時中キンジと一緒にいるつもりのようだった。

 

なるほど、俺が居ても話も出来ずに辛いだろう。特にキンジがやろうとしている事は、細心の注意が必要だろう。

 

「おいキンジ」

 

「なんだ隼人」

 

「ほれ」

 

「ん?げぇっ!?おま、おま、お前、何だよこれ!」

 

呆けてるキンジを呼んで、財布から諭吉さんを1枚出して渡すと、キンジはすごい変な声を上げて諭吉さんと俺を交互に見てくる。

 

「ご祝儀」

 

「ぶっ殺す!」

 

キンジが掴みかかってくるので掴まれて、耳元に顔を寄せて話をする。

 

「...どうせレキの信者共が学園島の飯屋を監視してる。台場に行って美味いモンでも食って来い。オメー金ないだろ、色々修理とかしてるし」

 

キンジにそう言うと、キンジはすごく驚いた顔をして、俺を見ている。

 

「言っとくが俺ぁオメーの財布やってるワケじゃねぇぞ。どうせ『リマ症候群』でもやるつもりなんだろ?しっかりやって、しっかり仲直りしとけよ」

 

「...すまん。恩に着る」

 

「別にいいよ。いつも通りオメーと、バカやれれば俺ぁそれで満足だ」

 

「......隼人、ありがとな」

 

「おうよ」

 

俺が拳を突き出すと、キンジも申し訳なさそうな顔で拳を突き出した。

 

 

コツッ...と、静かに拳と拳がぶつかり合う。

 

 

「頑張れよ、キンジ」

 

「ああ...何時か、必ず返すよ」

 

「期待せずに待ってるぜ」

 

「...この野郎」

 

キンジに茶化した様な返事をすると、ようやくキンジが小さく笑った。

 

「じゃ、俺ぁこのまま帰るから......レキ、ハイマキ、またな」

 

「はい」

 

「がう!」

 

最後に軽くハイマキの頭を撫でてから、足を男子寮へ向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

玄関の扉を開けて、靴を脱ぎながら帰宅を知らせる。

 

キッチンからスリッパを鳴らしながら、エプロン姿のジャンヌ...では無く、カナが出てきた。

 

「おかえりなさい」

 

「おろ...珍しい。ジャンヌは?」

 

「チームメンバーにする子たちと外食ですって」

 

「へぇ。やっぱりジャンヌは来ないか」

 

「ええ。隼人くんや理子と一緒に居られるのは魅力的だけど、アリアやキンジが居るだろうし行きたくないって」

 

「理子?理子も入るのか?」

 

「だと思うわよ、キンジたちの事だし」

 

カナがそう言うと、なんとなくそうなんだろうな、と思えてくる。

 

「それより隼人くん、何か...言う事ない?」

 

「へ?」

 

「いーうーこーと...なーい?」

 

カナはいい笑顔で、詰め寄ってくる。

 

何かしたっけ。記憶にないぞ。

 

「え、えーと...悪ィ、わかんね」

 

俺はそう言うと、カナは少し目を見開いてから、溜息を零した。

 

「黒い髪のツインテールの子に会わなかった?」

 

カナが言う人物には、一人だけ心当たりがあった。

 

「...ああ、『万能の武人』、ココって名乗ってた」

 

「やっぱり、ココか」

 

「知り合いか?」

 

そう尋ねると、カナは真剣な表情で俺を見てハッキリと告げた。

 

「イ・ウーに関わってる組織の一人よ」

 

「!」

 

イ・ウー。聞くのも嫌だったあの組織の名前が、再び耳に入る。

 

脳内に1か月前のシャーロックとの闘いがフラッシュバックしていく。

 

――激闘、だった。

 

だが、ここにきてまたイ・ウーか。

 

「ココは『藍幇』に所属している幹部の一人で、射撃、格闘から、爆弾に、乗物の操縦...なんでもできる、正しく『万能の武人』よ」

 

成程、大したチート野郎だ。

 

「狙いは、俺たちか?」

 

「かもしれないわ。いい?『修学旅行・Ⅰ』では十分に警戒すること。私はこれから寝るわ。家を出て、ホテルで休むの」

 

「...帰ってくるだろーな?」

 

「心配しなくても大丈夫よ」

 

カナはクスクスと笑って、料理を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カナが作ってくれた和食はかなり美味く、特に、肉じゃがやサバの味噌煮は絶品で...俺好みのいい味だった。

 

それから片付けをして、カナは荷物をバッグに纏め終わったのか声を掛けてきた。

 

「じゃあ、行ってくるわ」

 

「ああ、いってらっしゃい」

 

「...こんな会話をするのも、久しぶりね」

 

「これから飽きるくらいには、やるだろーよ」

 

「それもそうね」

 

カナは微笑んで、玄関へ向けて歩いて行く。

 

俺も見送りをしようと玄関まで行く。

 

「それじゃ...暫く離れるわ」

 

「ああ...次に、()()に会う時は...『修学旅行・Ⅰ』の後か?」

 

「それは分からないわね」

 

「まぁそうだろうな...じゃ、気を付けてな」

 

「ええ」

 

手をヒラヒラと振って、カナに暫しの別れを告げる。

 

ドアがガチャンと閉まり、静かな空間が戻ってきた。

 

リビングまで引き返して、久々に独占できたソファに寝っ転がって、本屋で見つけて衝動的に買ってしまった雑誌を読む。

 

表紙に『光の速さとは!時間とは!様々な学者たちの見解をこの一冊に纏めました!』と書かれていたのでつい...本当に衝動買いだったと思う。

 

パラパラと捲って、面白そうな部分だけを見る。

 

「おぉ?『速度を上げたとして、結局他の人物や物体の時間を早くしたり、遅くしたりする事はできない。何故なら、自分が早いだけであり、現在が止まっている...ようには見えても、決して過去を見る事はできないし、自分がどれだけ急いでも未来に行くことは不可能である』...か。どうなんだろォなぁ...実際」

 

それからまた更にページを捲っていくと、『光速を超えると計算上動いてる奴の時間はマイナスに進んでいることになる』、『光速など、と考えなくても、観測者より早く動けば、それは観測者よりも未来にいる、ということになる。時間とは個人個人が曖昧に捉えている、存在の証明に過ぎない』、『現在我々が光より早い存在の確認が出来ないのは、ヒッグス場によって発生したヒッグス粒子が生み出す壁に衝突し、速度が質量に変換される為である』等と言った頭の痛くなる物の数々がそこに載っていた。

 

「えーと...『...我々のような一介の、何の力も持たない存在では肉体が高速に到達する事は不可能である。だが、我々だけが持ち得る、光よりも早く動く事が可能な存在が一つ在る。それは、思考だ。我々には光に劣らぬ速度で脳を駆け巡る思考がある。目には見えぬが確かに存在する思考速度で我々は常に考えているのだ。考えるという事は時間が進むという事である。つまり、どれだけの速さで過ごそうと、明日は確実にやってくるのだ』...良く分かんねぇや」

 

雑誌を最後まで読み、机の上に放り投げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま天井のシミを数えるのにも飽きて、携帯をイジろうかな、と取り出した所で着信が入る。

 

電話を掛けてきた相手は――――アリアだった。

 

胃がギチギチと音を立てて締め上げられていく気分になる。

 

やや震える手で、携帯を開けようとするが、上手く開いてくれない。

 

何度目かのミスの後、爪を隙間に食い込ませて無理矢理携帯を開け、通話開始ボタンを押す。

 

「はい、冴島です」

 

『......ハヤト?』

 

「アリアか。どうした」

 

もう胃が痛い。嫌な予感がする。

 

『......』

 

「黙ってちゃあ...何も、伝わらんぜ」

 

『......怒らない?』

 

アリアは本当に、怯えるような、泣きそうな声で話しかけてくる。

 

「ああ、怒らねーって...ほら、何かあったんだろ?キンジの事か?」

 

『...うん。キンジがね...レキと、一緒に居たの』

 

「それなら、俺も見たな」

 

『それだけじゃないの。レキが...教務科に...勝手に、キンジと2人だけのチームを申請をしてたの』

 

――何?そりゃ初耳だ。

 

レキがやったソレは、チームとして組み上がろうとしていた生徒たちの輪をぶち壊す、タブー中のタブーだ。

 

「何だと?そりゃあマジか?」

 

『うん...その事を、キンジに強く当たりながら...聞いたらね?あたしには、関係ないん...だって...』

 

携帯越しに泣きながら話すアリアの声だけが聞こえてきて、どうしたもんかと頭を抱える。

 

キンジもキンジだ。幾らストレスが溜まっているとは言え...何も、そんな最悪な、地雷原のど真ん中でタップダンスをしなくても良いだろうに。

 

『キンジはね...国際武偵連盟にチーム名を登録して、互いを助け合って...チームを解散した後でもそれが残り続けるっていう話を、あたしがしたら...』

 

「...したら?」

 

『――そんなもの、残さなくていいって......』

 

あー...

 

『それにね?...来年になれば、武偵高から出ていくから、関係ないって...チームなんて、どうでもいいんだって...』

 

「そっか...そりゃ、辛かったよな...」

 

『うん...うん...』

 

確かにキンジは、武偵を辞めたがってた。色々あって、金一が生きてるって分かってもそれは変わらなかった。

 

キンジは武偵を辞める為に、アリアとコンビを組んだ。

 

だからきっと、『思い出』を残したくなかったんだろう。

 

未練が増えるから。

 

だが、言い方が余りにも酷い。

 

キンジの話し方から察するに、伝えたい気持ちの方を全部仕舞いこんで話してる。

 

これじゃ、こうなるのも当然だ。

 

『それでね...レキと、喧嘩になって――あの子、銃剣を突きつけて来たの。明確な、殺意を持って』

 

「何?そりゃ...ルール違反だろ」

 

『うん...それでね、レキに...二度と、許さない...絶交だって...言っちゃったの』

 

「そう、か...そっか...」

 

胃が、ギリギリと...痛む。

 

『どうしたら、いいと思う?教えて...助けて、ハヤト』

 

――そんな、の!俺がッ!聞きてぇえええええええ!!!!!

 

心の中で、全力で叫ぶ。

 

もうキンジお前マジでいい加減にしろよ、とか...どうしてこう地雷を踏み抜くのが上手いんだ、とか...胃が痛い痛い痛い、ぽんぽんぺいんだよぉ...とか思いながら、頭の中はどんどんクリアになっていく。

 

『修学旅行・Ⅰ』で...いや、アリアは途中で裁判があるから離れて...最終日くらいには戻るはずだ...と、なれば裁判前に畳みかけるしか...出来るのか?

 

く...手が、見つからない!

 

「......俺が、キンジを説得する...だから、アリアも...熱くならずに...キンジに、接してやってほしい。アイツは...恥ずかしがり屋なんだ...」

 

苦肉の策が...延命措置にも似た、無情な時間稼ぎ...!

 

時間が解決してくれるワケではないと散々言っておきながら...!

 

思い付いた手段が、時間を稼いで、双方の頭を冷やした状態でもう一度話すという...古典的!余りにも古典的な手段...ッ!

 

『それで...仲直り、できる?』

 

「わからん...だが、アリア。旅にトラブルは付き物だ。トラブルを利用して――キンジと、レキと...仲直りできるかもしれん。だが、3日目は帰る日だ。どうにか、そっちで頑張ってくれ」

 

『...分かった。頑張る』

 

「よし...じゃあ、切るぞ?おやすみ」

 

『...ありがとうね、ハヤト。おやすみ』

 

ピッ、と無機質な音が鳴って、通話が終了する。

 

携帯の画面を見て溜息を吐くと、携帯がまたブルブルと震え、恐る恐る画面を見るとメールが着た。

 

差出人はアリアからで、短く『ありがとう』とだけ書かれていた。

 

リビングのテーブルにある胃薬が入った瓶を掴み、乱暴に蓋を開けて2錠取り出し、飲み込む。

 

――やってられねぇ!

 

泣きたくなったが、泣いても何も解決しないことは分かってる。

 

深く息を吐いて、天井を見上げると、少しずつ眠気がやってきて―――

 

何時の間にか、寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日の間に、キンジにも色々と相談され、それに応えてたり、ハイマキに魚肉ソーセージを食わせたりしていた。

 

そして、今日は平賀さんからメールが届いたので、装備科に『改修』が終わったフックショットを取りに来ている。あと、7月の終わりから平賀さんに頼んでいた物も出来たらしいのでそれも取りに来た感じだ。

 

平賀さんの作業室をノックすると、中から声が帰ってきた。

 

「開いてるのだー!」

 

その声を聞いてから、扉を開けて入る。

 

「おっすー...頼んでた物、出来たか?」

 

「出来てるのだ!」

 

平賀さんはそう言いながら少し奥へ入っていき、作業台の下から金属のケースを取り出し――黒色のプラスチックケースも持ってきた。

 

「まずコッチから見せるのだ」

 

平賀さんが黒色のケースのロックを解除して、開ける。

 

中に入っていた物はアームフックショット...その改修型。

 

それを目の前に1つ置く。

 

「ワイヤーの延長機能を失くした代わりに、巻き上げ能力を強化してあるのだ!それに、フック部分を改善して、フックを1つから、2つに増設したのだ!これで高速移動も可能なのだ!それと、前回使い辛いと言われたボタン操作の部分を全部...グローブと一体型にして、人指し指の第一関節あたりに集めたのだ。ワイヤーの切断ボタンは、延長機能の廃止と一緒に廃止して、ある程度巻き上げた所で自動的に切断されるようになったのだ」

 

平賀さんはそう説明しながら、()()1()()のアームフックショットを取り出す。

 

「これが、左腕用のフックショットなのだ。両腕にコレを付ければ、縦横無尽、何処でも好きな様に移動できるのだ!」

 

「...ああ、ありがとう」

 

平賀さんにお礼を言いつつ、両腕にアームフックショットを装備していく。

 

腕に通すと、センサーが作動して空気圧で腕をある程度締め付けてくる。

 

そのままベルトで締めて、最後にペラペラと浮いているグローブに指を通し、完全に装着する。

 

もう片方の腕も似たような事をして、装備を終える。

 

「似合ってるのだ!かっこいいのだ!」

 

「中々に、ゴツくて...そこそこ重いな」

 

「それでもかなり軽量化できた方なのだ!それはさておき、冴島君の本命は...こっちなのだ?」

 

平賀さんが金属で出来たケースを、IDカードを通して第1ロックを解除して、指紋認証で第2ロックを解除して、声帯認証で第3ロックを解除して、最後にパスワードを入力すると――ガチャリ、とロックの外れる音が聞こえた。

 

平賀さんがそっとケースの上部を持ち上げて、中を見せてくる。

 

中に入っていたのは、スプリングブーツ。但し、俺の履いてる物よりもずっとゴツい。

 

「これは、今冴島君が履いてる物よりもずっと危険なのだ。その理由がコレ...」

 

そう言って、平賀さんは腕時計を見せてきた。

 

「この腕時計はこのスプリングブーツVer2.0.1で追加された機能を解放する鍵なのだ。そして、追加された機能こそ最もこのスプリングブーツを厳重に保管する意味でもあるのだ」

 

平賀さんはそう言いつつ、腕時計をテーブルの上において、ブーツを取り出す。

 

「まずは通常の機能から説明するのだ。スプリングブーツの跳躍力を、最大4mから15mに強化したのだ。かなり強力な圧縮の仕方をしていて、そのせいでかなり高温になるのだ」

 

「と言うと...どのくらい?」

 

「通常の限界値で90度くらいなのだ。まぁこれは常時放熱しているから、そこまで問題じゃないのだ」

 

「ふむ」

 

平賀さんは話し終えると、一旦顔を上げ、きょろきょろと回りを見渡してから、再び顔を寄せてきた。

 

「...でも、跳躍能力の向上は副産物的な物で、冴島君に渡したいのはコッチなのだ」

 

平賀さんは、テーブルの上に置いた腕時計を持ち上げる。

 

「それは?その腕時計が...何かあるのか?」

 

「これはさっきも説明したけど、鍵なのだ」

 

「鍵?」

 

「そう、鍵。これ、この腕時計に付いてるボタンを押すと――」

 

平賀さんが腕時計のボタンをカチ、と一回押し込む。

 

『Are You Ready ?』

 

と、無機質な男の声が聞こえた。

 

「ここで、3秒以内にボタンをもう一度押すのだ。けど、今は止めておくのだ」

 

「何だそりゃ」

 

俺が平賀さんに頼んだのは、ジャンプ力の向上だけだったはずだが...

 

「簡単に説明すると、足回りに分厚い断熱材と、外側に放熱板を仕込んだのだ」

 

「なんでそんな...熱で足が焼けるのか?」

 

「そうなのだ。でも、もっと恐ろしい攻撃に使うために昇華させたから、という理由もあるのだ」

 

――もっと、恐ろしい?

 

「どういうことだ」

 

「――さっき、腕時計のボタンを一度押したのだ。あれを、あと2回繰り返せば...このブーツの真価が発揮されるのだ」

 

「真価?」

 

「跳躍するためのスプリングの圧縮をより強めて...跳躍機能をロックするのだ。そして、普段は開いている放熱部分を閉じて――熱を閉じ込めるのだ」

 

「そんな事していいのかよ」

 

「勿論ダメなのだ。でも、これでブーツの外側に位置するつま先、踵、裏の温度は、120度を超える高熱になるのだ」

 

「120...!?」

 

120度。触れたら熱いじゃ済まない温度だ。

 

「その状態で、1分は平気だって結果が出たけど、安全性を考慮して30秒間に限定したのだ。その為の、腕時計型制御装置なのだ」

 

そう言いながら、平賀さんはスプリングブーツと腕時計を手渡してくる。

 

「この強制的に熱を溜めて、攻撃に転換させるシステムを...『O-V-E-R.H-E-A-T(オーバー・ヒート)』システムと名付けたのだ」

 

「オーバー...ヒート...」

 

ブーツを、じっと見つめる。

 

「くれぐれも、扱いには気を付けてほしいのだ」

 

「...ああ、分かった。代金って幾らくらい?」

 

「ブーツに関してはサービスなのだ。お会計はアームフックショット1本分でいいのだ」

 

平賀さんは笑いながら言ってくる。

 

「ヤケに気前がいいじゃねぇか...何か良い事でもあったかァ?」

 

「元々アレは試作品を渡しただけで、これとか、それとかもまだ完成してないのだ。だから、最初の料金だけで元は取れてるのだ」

 

「成程ね」

 

カードを取り出して、会計を済ませる。

 

「ご利用ありがとうございましたなのだ!」

 

「また来るよー」

 

そう言って、平賀さんの作業室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新型ブーツに、アームフックショットが2本。

 

装備は充実してきた。

 

イ・ウーに関わってるココがいる以上、警戒はしないとダメだ。

 

波乱の9月は、始まったばかりだ。



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やべー修学旅行 1日目前半

9月14日。

 

『修学旅行・Ⅰ』初日。

 

修学旅行と言う名のチーム編成の調整旅行が始まった。

 

実際修学旅行じゃないので『旅のしおり』に書かれている旅程表も、超大雑把だった。

 

『場所・京阪神(現地集合・現地解散)

 

1日目:京都にて社寺見学(最低3ヶ所見学し、後程レポート提出) 

 

2日目・3日目:自由行動(大坂か神戸の都市部を見学しておく事)』

 

と、だけ書かれたものが旅程表だ。

 

チーム的にも、アリアとの復縁的にも、俺はその事でキンジに泣いて頼まれて、レキに同行の許可を貰う為に交渉をした。レキは同性なら問題が起こらないだろうと言って承諾してくれた。

 

問題が何か尋ねたかったが、聞いてもセクハラになるかと思ってやめておいた。

 

 

 

 

 

で、今いるのが京都駅。

 

つい先ほど東海道新幹線のぞみ101号から降り立ったばかりだ。

 

キンジは俺の隣に荷物を持って降りてきて、伸びをしている。

 

レキはその後ろからトコトコ、とハイマキと一緒に付いてきた。

 

それにしてもキンジの奴、車内で寝るのは構わんが俺の肩に顔を乗せて寝ないでほしかったな。

 

それのせいで女子から凄い、なんかもう、すごい...肉食獣みたいな目で見られたんだ。

 

ちなみに今も、同じ車両に乗っていた女子たちがヒソヒソと俺たちを見て禁断の三角形がどうだのレキのライバルは俺だの言っている。

 

何の話か知りたくなかった。

 

キンジはそんな女子たちの会話でイライラしてきてるのか、苦い顔をしている。

 

これ以上キンジに負担を掛けるのもアレなので、移動することにしよう。

 

「キンジ、人目が多くて疲れただろ?ちょっと移動しよーぜ!」

 

「...隼人。お前だけだよ、俺の事を理解してくれるのは」

 

「お、おう...そんな感慨深そうに言う事でもねーだろ...?可笑しなヤツだな」

 

キンジは俺を見て目を潤ませている。キンジも最近涙脆くなったなぁ。

 

「さ、キンジ!レキ!いこーぜ!京都には美味い飯もいっぱいあるんだ!」

 

そう言いながら俺は、京都のガイドブックを取り出した。

 

「お前は女子か!」

 

キンジに突っ込まれた。何故だ。

 

「バカ野郎キンジ!コレは旅行だぞ!しかも関西!滅多に来ないだろーが!だったら楽しまねーと!」

 

「いや純粋に旅行が目的なワケじゃないぞ?」

 

「分かってるって、これで適当にブラブラと寺とか見て、美味いモン食べ歩きして...それでいいだろ」

 

「お前は本当に...まぁ、いいか。隼人、早速だが案内してくれ」

 

キンジは溜息を1つ吐いて、俺に道案内をしろと言ってきた。

 

「あいよ...じゃあまず寺だが...何処から行くよ」

 

「レキ、お前は行きたい場所とかあるか?」

 

キンジの質問に、レキは首をふるふる、と横に振る。

 

「じゃあ清水寺に金閣寺...あと1つは何処にするか」

 

キンジは超王道な所ばかりを選択している。

 

「そこまで王道ならもう後は三十三間堂にしよーぜ。ちと金はかかるが...まぁ大丈夫だろ」

 

俺の足をテシテシと前足で叩いているハイマキに構おうと屈むと、グルン!と、すごい勢いで腹を見せてきた。

 

――モフモフするぞー...よーしよしよーし。

 

「そうするか...タクシー使うか?」

 

「金があるなら呼べばいいんじゃねーの?」

 

俺の答えにキンジは考える間も無く、レキの方に向き直って、言った。

 

「レキ、結構歩くぞ。大丈夫か?」

 

こくこく、とレキは首を縦に振って頷いている。

 

「キンジって何時も貧乏だよな...」

 

京都駅を出て、街を歩きながらそんな事を話すとキンジは怪訝そうな顔で聞いてきた。

 

「むしろお前は何処からそんなに大金を補充してくるんだ」

 

「え、依頼なんだが」

 

「...俺はお前が依頼をやっている所を、今年度に入ってから見てないんだが」

 

「やってるんだなー、それが」

 

キンジとそんな話をしながら、レキを連れて京都の街を歩く。

 

レキに話題を振ったりもしたが、レキの反応は薄かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清水寺と金閣寺を回っている間、レキは終始無言だった。

 

ただ人混みの多い道を歩く時はキンジの袖を摘んで、一緒に歩いていた。

 

キンジはよほど運が無いのか、腕を組んだりしてた時に限ってクラスメイトにバッタリ会って揶揄われていた。

 

三十三間堂に歩いて向かう筈だったのだが、キンジはクラスメイトに見られたくないのかバスも使わずに、タクシーを呼んだ。

 

「そんなに目に付きたくないのか」

 

「余計な噂を流されちゃ敵わん」

 

キンジのイライラは京都でも解消されず、むしろ蓄積しているのか...目付きが悪い。

 

――いや俺も目付きに関しては人の事言えないんだがな?

 

そんなイライラしてるキンジの肩を軽く叩いて数回揉んでやると、キンジは少し戸惑って、目を数秒閉じた後...苦笑いをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

三十三間堂にやってきた俺たちは拝観券を買い、入場しようとしたところで壁の注意書きに気付いた。

 

『武偵育成学校からの修学旅行生の方は、銃器・刀剣類を此方にお預けください』

 

と、書かれているのを見つけ――キンジはベレッタ、デザートイーグル、シャーロックが使ってた剣、バタフライ・ナイフを取り出した。

 

俺もそれに習って両腕に着けてるアームフックショットを外し、続けてデュランダル・ナイフ、XVRを預けた。

 

「レキ、お前も預けろ」

 

キンジがそう言うと、レキはドラグノフと銃剣を預けた。

 

「よし、じゃあ行くぞ...ハイマキ、お前はそこで待機だ」

 

ハイマキはその場でお座りをして、ピクリとも動かなくなった。

 

それを見てから、俺たちは今度こそ入場した。

 

 

 

 

 

 

 

廊下を渡っていると、キンジが千手観音を見て、少し笑っていた。

 

千手観音が何か面白かったのだろうか...

 

レキをチラリと見ると、本当に極僅かにだが不愉快そうな顔をしていた。

 

それを見て胃がキリキリと痛みを訴え始めたので、急いでキンジを軽く突く。

 

「い゛っ!...なんだよ隼人」

 

『レキ 不愉快 なった 他 の 女 の 話 まだ 危険』

 

キンジが振り返ると同時に肩を組んで、レキに見えない位置から指のタップ信号でキンジにそう伝えると、キンジの顔が若干青くなった。

 

俺はそれを見て、そのまま離れ、何事も無かったかの様に歩き出す。

 

キンジは若干緊張しているのか、汗をかいていた。

 

――頑張れキンジ...お前も胃が痛むんだろ...!俺もだ!

 

キリキリと確実に、少しずつ痛んでいく胃を撫でながら、三十三間堂を回り終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...見終わっちまったなぁ」

 

「ああ、ノルマの3ヶ所見終えたな...まだ午前だぞ...」

 

赤い布が掛けられた休憩所があったので、キンジとレキを同じ方向へ座らせて、俺はキンジの背中を背もたれ代わりに使って休んでいる。

 

顔を半分だけキンジたちの方に向けて、キンジと見学のノルマを達成してしまった話をしていると、レキがキンジの方を向いた。嫌な予感がする。

 

「キンジさん、私と歩きながら――他の女子のことを考えていましたね」

 

――来たよ...

 

キンジはぎく、と肩を少し揺らしている。分かりやすいなぁ。

 

「アリアさんの事ですね?」

 

「...な、なんで分かるんだ、そんなこと」

 

キンジは若干上擦った声でレキに聞き返している。

 

「さっきそこの廊下で含み笑いをしていた顔が......アリアさんに見せる笑い方と一緒でしたから」

 

俺の方からじゃレキの顔が見えないけど大丈夫かな、目のハイライトとか消えてない?

 

――ここが非武装地帯で良かった...いやマジで。

 

「そっ、それは、まぁ?1学期はぁ...あいつと、く、組んでたからぁ...ちょちょちょっと?ちょっと思い出し笑いをしただけだしぃ?」

 

しっかりしろキンジ、ドモってて、上擦って変な声になってるし、キャラまでブレてるぞ!

 

本当にコイツがシャーロックにあんな啖呵切った奴かと内心すごい不安になる。

 

「アリアさんには近づかないでください」

 

――ひえ...

 

絶対今のレキはハイライトが消えてると思う。見えないから分からないけど。

 

――しかしレキが怒ってるなんて、珍しいなぁ...まぁかなり理不尽な怒り方だけど...

 

キンジ拉致って勝手にチーム登録までして、それでアリアに近づくな、とは結構どころかかなりやべーやつの部類に入るだろう。

 

「レキは、怒ってるのか?」

 

やっと本調子に戻ったキンジは、イラついているのかレキに強めの口調で言った。

 

それに対してレキは...ふる、ふる...と力無さげに否定を示した。

 

「私は、怒ることはありません」

 

レキは静かに言った。怒らないんじゃなくて表現が苦手なだけだと思うんだがな。

 

「ホントかよ」

 

「キンジさんも、隼人さんも私のあだ名はご存知かと思いますが」

 

レキのあだ名...ああ。

 

――ロボット・レキ。

 

感情表現の下手なレキを嗤った最低なあだ名だ。

 

「人に陰で言われている通り、私は――人並みの感情を抱くことは、ありません。風は、人の『感情』を好みませんから」

 

キンジは、絶句している。

 

――風は、感情を好まない...か。

 

「いいや、それは違うぜレキ」

 

「何が、ですか?」

 

「俺に語り掛けてくる風は『もっと熱くなれよ』とか、『熱い血燃やしていけよ』とか言ってくるぜ」

 

俺の方を見たレキを見て、ニィ、と笑う。

 

「隼人さんにも、風の声が聞こえるんですか?」

 

「ああ、だがきっと...お前の知ってる『風』とは、違うだろーぜ」

 

「そうですか」

 

「ああ、だから――今度聞かせてやるよ」

 

「分かりました」

 

レキは、楽しみにしています...と全く抑揚のない声でそう言った。

 

本当に感情がないんじゃないか、と思うくらいに変化がない。

 

こりゃあ...『リマ症候群』をやるのは一筋縄じゃ行かねぇなぁ...と思いながらキンジを見ると、キンジも似たような顔をしていた。

 

今更だが『リマ症候群』について説明すると...監禁者が被監禁者に親近感を持って攻撃的態度が和らぐ現象のことだ。

 

1996年~1997年にかけて発生した、在ペルー日本大使公邸占拠事件を基にこの名前が付けられた。

 

事件当時、教育も十分に受けずに育った若いゲリラ達は、人質と生活を共にするにつれ、室内にあった本などを通じ、異国の文化や環境に興味を示すようになり、日本語の勉強を始めた人が出てきた。ペルー軍特殊部隊が強行突入をするなか、人質部屋で管理を任されていた1人の若いゲリラ兵は短機関銃の引き金に指をかけていたが、人質への親近感から、引き金を引くことができずに部屋を飛び出し、直後にペルー軍特殊部隊に射殺された...という、ものだ。

 

要するにキンジはレキと生活する中で、レキに人間味を植え付けようとしているワケだ。

 

ただしこの『リマ症候群』が発生するのは、監禁者が被監禁者よりも、人数が極端に少なく、かつ被監禁者に比して監禁者の生活や学識・教養のレベルが極端に低い場合に限る。

 

キンジという被監禁者は1名、レキという監禁者が1名の、この状況...監禁者であるレキの教育レベルについては分からないが結構ハードルが高い。

 

また、どうでもいい話だが『リマ症候群』とは真逆の現象で、『ストックホルム症候群』というものがある。

 

こちらは、監禁者に対して被監禁者が、監禁者に協力的になったり、警察に敵対した状態になるケースである。

 

人は、いきなり事件に巻き込まれ、人質にされ...死ぬかもしれないと覚悟する。犯人の許可が無ければ、飲食も、トイレも、会話もできない状態になる。犯人から食べ物をもらったり、トイレに行く許可をもらったりする。そして、犯人の小さな親切に対して、感謝の念が生じる。犯人に対して、好意的な印象を持つようになる。そして、犯人も、人質に対する見方を変える...という、ものだ。

 

難しく説明したが、簡単に言ってしまえば『人質になったが、死にたくないので生き延びる戦略を実行した』だけだ。

 

そんな難しい話を頭の中で説明していると、キンジが何かを思いついたのか、俺たちに向き直ってきた。

 

「隼人、レキ...大坂に行くぞ。修学旅行の目的の一部でもあるし、買いたい物もある」

 

「はい」

 

「あいよ」

 

レキはキンジの発言に機嫌を良くした様だ。

 

――やるじゃねぇかキンジ、見直したぜ。

 

レキは自分の事をキンジの所有物だと言っていたらしい。

 

つまり、命令されるのが嬉しい...とか、そんな感じなんだろう。

 

――やっぱりレキ、オメーには『感情』があるぜ...

 

一人でニヤリと笑っていると、キンジがちょっと引き気味な態度で俺に言ってきた。

 

「きも」

 

「は?」

 

キンジに掴み掛ろうとしたが、レキの前でそんな事をしたら絶対殺される。

 

そう思った俺はキンジにデコピンをする。

 

ベチッ!

 

「あでっ」

 

「行くぞ、キンジ。いざ鎌倉」

 

「大阪だバカ」

 

「いや流石に分かるって...ネタだろーがよォー」

 

「マジに言ってるのかと思ったぞ」

 

キンジとそんな話をしながら、京都駅へと向かっていく。

 

――大坂でも、きっとハプニングが起きるんだろうなぁ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レキにはやべーヤンデレの素質がある気がする。



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やべー修学旅行 1日目後半

京都駅から、大坂・心斎橋駅まで電車で小一時間ほど揺られ、到着した。

 

地下鉄の駅から階段を昇り、心斎橋をその目に映す。

 

街を見てみると若者が大勢歩いている。いや俺たちも若いんだがな?

 

東京でいう渋谷とか、原宿みたいな雰囲気に近い。

 

ほんの少し首を回しただけで、うんざりするくらい目に止まる服屋にアクセサリーショップ。

 

こんなに店があったってしょうがないだろ、と...原宿に買い物に行ったときにジャンヌに話した事があるが、その時反論してきたジャンヌの目が普通じゃなかったので、ジャンヌの前でその手の話はしない事にした。

 

まぁそんな事は置いておき...防弾制服に身を包んだ根暗と無口とヤクザ顔の3人が降り立ったこの心斎橋は若者の街だ。

 

何が言いたいかと言うと、派手な服に身を包んだ連中ばかりで、俺たちが凄い浮いてる。

 

特に俺なんか顔に傷があるからすごい目立つ。サングラスでも買っておくべきだったかな。

 

「来たのは、いいが...流行とか、分からないな」

 

キンジは此処まで来てそんな事を言い出す。

 

「私もです」

 

レキは何となく知ってた。

 

キンジとレキはそのまま黙ってしまい、キンジは目で俺に助けを求めてくる。

 

少しは自分で何とかしようとは思わないのかキンジ君。

 

「はぁ...レキ、オメー普段どんな服着てんだ?」

 

「私服はありません」

 

「はぁ!?」

 

「マジかよ...」

 

レキから帰ってきた予想外すぎる答えに驚愕する。

 

私服がないって何、え、普段何着るの?

 

「え、私服ないって...制服でも着てんのか?」

 

「はい」

 

「えぇ...」

 

参ったな、予想の斜め上を行く回答だ。コレじゃ普段着てる物から何かヒントを得る作戦はダメだな。

 

「よし、じゃあレキが気に入りそうな服でも探すか...こんだけ服屋がありゃあよォー、1つくらいは見つかるぜ?」

 

と、言いながら、キンジに目配せして移動を提案する。

 

「だな...駅前で待っててもどうにもならないし、移動するぞレキ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

「げ」

 

心斎橋の街をあてもなくブラブラと歩いていると、途中でキンジが声を漏らした。

 

「どしたァキンジ」

 

「東京武偵高の生徒だ、見られたくない......あそこだ。隼人、レキ...あの店に入ろう」

 

キンジはこれ以上誰かに見られるのは嫌なのか、適当に店を探して...ある一店を指した。

 

その方向に目を向けると、そこに構えていた店に肝が冷える。

 

店の名前は『シャトンb』。女性向けのセレクトショップで、意外と人気のある店舗らしい。ジャンヌがそう言ってた。

 

ただ、かなり値段が張るらしく、キンジの財布がワンパンで粉々にされてもおかしくない。

 

そう思った俺はキンジを呼び止める事にした。

 

「おい、キンジ」

 

「なんだ」

 

キンジを呼び止めつつ、財布から諭吉さんを5枚ほど引き抜いてキンジの手に握らせる。

 

「ほれ...ここ...かなり高いぞ、使っとけ」

 

「げぇ!?5枚!?」

 

「それくらい持っとかねーと、オメー宿代も払えなくなるぞ!」

 

「え、お、お、おう」

 

ドモっているキンジを無視して、店に貼り付けられた『シャトンb』の張り紙やら、オススメの一品やらが描かれた公告を見る。

 

あった。

 

「キンジ、いいか?オメーとレキ...2人で入店して、店員さんにレキの服を選んでもらえ。その後、カフェに入って半額キャッシュバックキャンペーンのチャレンジに参加しろ」

 

キンジは諭吉さんを両手で持ってコクコクと頷いている。

 

「俺が一緒に居ても邪魔だろーし、その辺のベンチかカフェで休んでるからよォー...じっくり買い物を楽しんできな」

 

「え?お前も一緒に来るんじゃないのか?」

 

キンジは可笑しなことを聞いてくるモンだから、呆れて口が少し開いてしまった。

 

「バカヤロー...カップル限定だろーがありゃあ」

 

「あ...」

 

「ほれ、さっさと行って来いキンジ!」

 

レキとキンジの背中を押して、一歩『シャトンb』に近づけてやる。

 

キンジはスマン、と瞬き信号を送ってきた。

 

俺は、それにサムズアップをして、カフェを探すために歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シャトンb』から徒歩5分程の所にあったカフェで、カフェラテを注文した俺はオープンテラスに座り、街を行き交う人を眺めながらカフェラテを飲んでいた。

 

――カフェオレより苦いけど、こういうちょっとした甘さも美味いなぁ...

 

以前ジャンヌにカフェオレとカフェラテって、何が違うのか...と聞いたことがある。

 

ジャンヌは...基本は一緒だ、コーヒーとミルクで作っている――――ただし、コーヒーが違う。カフェラテはその名の通り、イタリアから来た物だ。だからドリップコーヒーではなくエスプレッソを使う。エスプレッソコーヒーは酸味の少なく、苦みの多い深煎り豆を使って作るものだ。従って味が濃い。エスプレッソとは本来小さなカップに少量を注いで楽しむものだからな...だからカフェオレと違ってミルクの量も多くなる。カフェオレは通常、コーヒーとミルクの割合は5:5だが...カフェラテは2:8の割合だ...。

 

と、話していたな。

 

そんな事を考えながらカフェラテを飲んでいると、ふとピンク色の髪が見えて、そのピンク髪は『シャトンb』の方へ向かっている。ここでキンジとレキに鉢合わせたら面倒な事になる。そう思った俺は急いで携帯で電話を掛けた。

 

アリア、を選択して、発信!

 

Prrr...Prr

 

『ハヤト?どうしたの?』

 

「いやな、今お前が俺の目の前を通っていったもんだからよォー...頑張ってるみてーじゃねぇか」

 

『当然よ、ママの裁判だもの』

 

「まぁやる気を出すのは大切だが、少し話でもしねぇか?奢るよ」

 

『誘ってくれるのは嬉しいわ。でも急いでるの』

 

「ンなこたぁ百も承知だよ。だがアリア、カーチャンだって言ってただろ?『走る子は転ぶ』ってな」

 

『......そう、ね。少し、休憩しましょうか。アンタは何処にいるのよ』

 

よし、食いついた!

 

「今さっきアリアが通り過ぎた、カフェのオープンテラスに居るよ」

 

『そう。すぐ行くわ』

 

「あいよ」

 

ピッ、と通話終了のボタンを押して携帯を仕舞い、ホッと息を吐く。

 

――キンジ、頑張れよ。アリアの足止めはしたからな。

 

それから数分後に、コーヒーを持ってアリアがオープンテラスに入ってきた。

 

「おっ...アリア、こっちだ」

 

片手を上げながら声を出すと、アリアはこっちまで来て、席に座った。

 

「待たせたわね」

 

「いやァ、別にいいさ。俺が急に呼んだんだ、待つのは当然だろ」

 

「ふぅん...ハヤトはキンジと違って優しいのね」

 

アリアの表情はやや暗い。

 

「アイツだって、別に悪気があってそういう態度を取ってるんじゃねぇんだ」

 

「そうなの?」

 

アリアの瞳に、俺が映る。

 

「ああ...キンジは、女の子が苦手でなァ...たぶん、過去にトラウマか何かがあるんじゃあねーかと俺ぁ疑ってる」

 

「トラウマ...」

 

「それと...単純にアリア、オメーのタイミングが悪い」

 

「へっ?え、あ、あたし?」

 

ビシィッ!とアリアを人指し指で指すと、アリアは若干呆けた後、左右を見て自分の人指し指で自分を指した。

 

「ああ、そうだぜ。キンジが色々とストレス溜めてる時に限って、オメーが爆弾発言をしたりするからキンジもそれに釣られて爆発しちまうんだ」

 

ま、キンジの野郎にも問題はあるけどなー、と続けてカフェラテを一口飲む。

 

「...どうすれば、いいかしら」

 

アリアもコーヒーを一口飲んで、顔をコーヒーに向ける。

 

「別に、簡単な話だろ...キンジと遭遇したときに、その場で判断せずに一回キンジの話をしっかり聞いてやりゃあいいんだ。オメーがキンジに向かって『喋るな』とか言うから、キンジの奴もブチギレるんだぜ?」

 

「......分かってはいるんだけど、口が先に動いちゃうのよ」

 

「だったら、そこから先だ。一回口から零れかけた言葉を呑み込んで...冷静になるまで耐えて...そこから、話をすればいい」

 

口調を真面目モードに切り替えつつ...極々当たり前の事を言う。

 

「お前が怒りっぽいのは知ってる。キンジも知ってる。だから...もし、アリアが...キンジがそういう状況になってる時に遭遇した時――冷静にキンジから話を聞けるアリアになっていたら?」

 

アリアがハッと顔を上げる。

 

「誤解はなくなる。キンジも話を聞いて貰えてホッとする。互いを、理解し合える」

 

「そ、それは...上手くいくの?」

 

「それこそ正しく神のみぞ知る...いや、お前にしか出来ない事だ」

 

「私にしか...できない?」

 

「ああ。当たり前の話だろ...キンジの中でアリアは『特別』らしいからな」

 

「ふぇ!?」

 

カフェラテを飲み干して、アリアに千円札を渡して席を立つ。

 

「じゃあ、俺は行くぜ?これ、コーヒー代な」

 

「え...あ...とく、とく...とくべ....うぁ...?」

 

「...大丈夫か?」

 

真っ赤な顔をしてクラクラと揺れるアリアに声を掛ける。

 

「ハッ!だ、ダイジョブ!あたしは大丈夫!」

 

「お、おう...気張りすぎんなよ」

 

「え、ええ...ありがとうね、ハヤト。少し...楽になったわ」

 

「気にすんな」

 

ニィ、と笑ってからアリアに背を向けて、手をヒラヒラ振りながらカフェを後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジたちと合流した俺は、キンジが予め予約をしていた民宿に来ていた。

 

場所は、比叡山の森の方。

 

鄙びた民宿、『はちのこ』はレトロな外見で、なんというか...気に入った。

 

キンジは玄関の戸をガラガラと開けて、入っていく。

 

俺たちもそれに続き玄関に入っていくと、民宿の奥から若い女将が出てきた。

 

「あらあら、おいでやすぅ」

 

「あ、えっと...ネットで予約してた遠山です」

 

「はいはい、2部屋予約してた遠山様ですね」

 

「はい......はい?」

 

「あら、違うとりました?」

 

「え...あ」

 

キンジはその時何かに気付いたかの様に体を俺の方にギチギチと回し、苦笑いをしていた。

 

「ごめん隼人...お前の同行を取り付ける前に宿取ってたんだった」

 

「あ、女将さん間違ってないっスよ。コイツと、この子が同じ部屋で...俺が1室取ってますんで」

 

「あらあら!うふふ、まぁ!」

 

「おい隼人てめぇ!」

 

「ソッチの方が何かと都合がいいだろ」

 

「ぐ...く、ぅ...そ、そうだ!俺と隼人で1室、レキで1室でどうだ!?」

 

「諦めろ」

 

「...理不尽だ」

 

「部屋取り忘れたオメーのミスだろうが」

 

「正論だから辛いなぁ」

 

キンジも諦めたのか、レキと同室になることを受け入れたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に案内され、それから5分後くらいに運ばれてきた食事を食った。

 

天ぷらに、刺身に、味噌汁...それに白米が美味い。

 

ガツガツと食って、食事を済ませてから携帯を充電器に繋げて放り投げる。

 

それからシャツ1枚と短パンに着替えて、室内にタオルケットを3枚ほど重ねてマットにした物の上に乗り、筋トレを始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ...ふっ...!」

 

片腕立て伏せ200回4セット、背筋トレーニング100回5セット、腹筋200回5セット、懸垂は...できないな。

 

汗がボタボタと落ちてくるのも構わずに、ペースを上げ続ける。

 

『アクセル』を使いながらやれば、時間も掛からずにハイペースでやり続けることが出来る。

 

能力の細かい制御が出来るようにもなるし、持久力を養うこともできる。

 

それが終わり、ストレッチを20分ほど掛けて行う。

 

そして、最後にインナーマッスルを鍛える為に『プランク』を行う。

 

うつ伏せの状態で寝っ転がり、肘とつま先を肩幅に開いて身体を支える。

 

この体勢の時、かかとから首筋まで一直線になるように意識して整える。

 

そのままの状態を2分ほどキープ...意外と、キツイんだ、コレが。

 

2分経ち、30秒休憩をする。

 

後4回、コレを繰り返す。

 

この時の効果的なやり方として、腹筋に力を入れて身体を引き締めること、腰や腹を絶対に下げないこと、カウントを口で数えながら行うこと、慣れてきたら顔を前に向けること、腕に力を入れないことが挙げられる。

 

「――...52、53...54、55、56、57、58、59...2分!」

 

力をゆっくり抜いて、タオルケットに体を沈める。

 

その時、部屋の扉がノックされた。

 

「開いてます」

 

俺がそう言うと、ガチャリと扉が開いた。

 

「失礼します。お食事の方、如何でしたか」

 

「そりゃあ、もう最ッッ高に!美味かったです!」

 

「ありがとうございます」

 

女将さんはウフフ、と笑っている。

 

「お連れのお方がお湯から上がられましたので、どうぞ。お入りください。本日は貸し切りですよ」

 

へぇ、そりゃあ良い事を聞いた。

 

服やら何やらを洗濯籠に放り込んで、裸になってからガラガラと戸を開けて、中へ入る。

 

岩と竹垣に囲まれたスノコを渡り、洗体所で体を洗い、髪もシャンプーでワシャワシャと汚れを浮かせた後にぬるま湯で流す。

 

石鹸やシャンプーの泡を丁寧に洗い流してから、スノコを渡り、掛け湯をしてから温泉に浸かる。

 

「...気持ちいいなぁ」

 

温めのお湯が、堪らなく心地良い。

 

色々と肝を冷やした1日目だったが、それももうすぐ終わる。

 

これ以上の厄介事はないだろうと思うと、本当に気が楽になる。

 

それから暫く浸かっていたが、のぼせそうになったので湯から上がることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女将さんが洗濯・乾燥をしてくれたおかげで乾いていた制服を着込む。

 

部屋に戻ると、布団が敷かれていた。

 

携帯を開けてバッテリー残量をみると、満タンになっていた。

 

充電器から携帯を引っこ抜いて、ポケットに仕舞う。

 

さて、寝ようかな、と制服のジャケットのボタンに手を掛けた瞬間。

 

 

 

 

ガシャャァアッ!!

 

 

と、窓ガラスの割れる音が聞こえた。

 

 

 

それを聞いた俺は、即座にXVRを抜き、窓から転がるように駆けて、離れる。

 

 

――タァァァン

 

 

遅れて、銃声が聞こえる。

 

キンジとレキはツーマンセルで動いている。それにレキは狙撃手だ、なんとか対応できるだろうと思い、俺は女将さんのセーブに動くことにした。

 

匍匐前進をして、頭を上げないように低く、低く進む。

 

部屋のドアを開け、廊下に這って出る。

 

体を少し起こして、屈んだ状態になって移動する。

 

廊下に出た所で、電話を握っている女将さんを発見した。

 

「女将さん...無事ですか?」

 

「え、あ!武偵さん!」

 

「頭を上げないで!低くしてください!」

 

「は、はい!」

 

「女将さんは、警察に連絡を。それまでは俺が周辺の警戒をします」

 

「隼人」

 

「キンジか。コッチは対応しておく。ソッチは任せた」

 

「...ああ」

 

キンジとレキは、狙撃手の追跡・逮捕に向かった。

 

女将さんは警察に連絡が取れたのか、一安心して外に出ようとするが止める。

 

「ストップ。まだ狙撃手が居る...それに、相手が一人とは限らない」

 

「え、え?」

 

女将さんは困惑しているが、あまり悠長に説明もできない。

 

視界に映ったソレを見て、俺は息が詰まりそうになる。

 

機関拳銃を搭載したラジコンヘリという、ふざけた物を見た。

 

「女将さん!伏せて!耳塞いで!」

 

女将さんに叫ぶが、ぼうっとしていたので、足払いをして転倒させ、女将さんの体を跨いで盾になるように前に出て、XVRでラジコンヘリを射撃する。

 

ガゥン!ガゥン!

 

――ガシャッ バギャァッ!!

 

夜の暗闇に蠢く小さな歪みの正体、ラジコンヘリに正確に銃弾が命中し、粉々に砕け散る。

 

「ひぃ...!」

 

女将さんが怯えているが、今はこうするしかない。

 

武偵高のジャケットを脱いで、女将さんに着せる。

 

「俺が、今から警察署まで女将さんを連れてくから!わかった!?」

 

女将さんに叫ぶように言うと、女将さんはコク、コクと涙を流しながら必死に首を縦に振っている。

 

女将さんを背中に乗せて、しっかりと首に手を回させる。

 

「行くよ!?口しっかり閉じて!目も閉じて!」

 

「は、はい!」

 

『アクセル』を使い、急激に加速しながら表口の玄関を突進でぶち破って脱出する。

 

そのまま全力で走り、止まらないようにする。

 

ジグザグに走り、狙撃されないように細かく位置を調整して走り続ける。

 

走っている最中に目の前に3機のラジコンヘリが姿を現し、弾幕射撃を撃ち始めた。

 

咄嗟に『エルゼロ』を発動させ、急激に減速していく世界を走る。

 

 

――ズガガガガガガガガガガガガッッ!!!!!

 

 

轟音の合唱と、バチバチと光るマズルフラッシュを見ながら、体を限界まで反らしながら斜め前に滑り込むように避けていく。

 

銃弾の雨を回避して『エルゼロ』を終了し、即座にXVRの残弾3発をラジコンヘリに吐き出す。

 

ガゥン! ガゥン! ガゥン!

 

命中した銃弾が、プラスチックで出来たラジコンヘリを圧潰していく。

 

それを横目で見つつ、また全速力で走る。

 

その時。

 

「――――!」

 

体に...いや、脳...とにかく、眉間のかなり奥の方にピキリ、と不快な感覚が走り、『エルゼロ』を発動しながら、横に飛び退きつつ、後ろを向いた。

 

 

 

ギュンギュンと回転しながら、さっきまで俺たちが居た場所を通っていったのは、銃弾だった。

 

正確に女将さんの頭部を狙って撃たれた物だ。

 

相手は相当、凄腕の狙撃手らしい。

 

『イージス』で銃弾を掴み、放って、『シウス』で蹴り返す。

 

銃弾は正確に、とは言わないが狙撃手の方に帰っていくだろう。

 

それを見て、すぐに『エルゼロ』を終えて走る。

 

バスで移動する最中に覚えた山の地形と、地図と、道を思い出しながらとにかく高低差の大きい場所や、障害物の多い山の中を駆け抜ける。

 

そんな時に、またピキリと不快な感覚が脳裏を駆け抜けた。

 

体を真横に飛ばして、木を盾にする。が、まだ不快な感覚が抜けない。

 

嫌な予感がして、『エルゼロ』を発動させてもう1つ先の木に体を潜り込ませる。

 

そこで『エルゼロ』が終わる。

 

 

 

―チュゥン! バギャアッ!

 

 

俺たちを狙った銃弾が、木の根で跳弾して、俺たちが隠れようとしていた場所を、正確に抉り抜いた。

 

――あのまま残ってたら、死んでたな...

 

そんな事を考えるがすぐに止めて、とにかく走る。

 

 

 

 

 

 

 

走って走って――ようやく人気の多い場所に到達できた。

 

そして、警察署に駆け込む。

 

「な、なんだ君は!」

 

少し歳を食った警官が俺にライトを突きつけてくる。

 

「ぶ、武偵...だ!この人を、保護、してほしい!」

 

泥で汚れているのは知っている。

 

顔の汗を拭うと、木の枝で擦りむいたのかちょっと血が出ていた。

 

だが、そんなことよりも、と後ろに背負った女将さんを預ける。

 

「いいか!狙撃手が、その人を狙ってる!複数班の可能性があるから注意してくれ!ラジコンヘリに機関拳銃を搭載したバカみたいなオモチャも使ってくる!」

 

「あ、ああ!分かった!君は、どうする!」

 

「俺は武偵です...仲間が、まだ現場に残ってるし...犯人の逮捕は、絶対です」

 

俺がそう言うと、警官は応援を寄越すから待っていろと言って、女将さんを署内に連れて行った。

 

だが、応援なんか待っていられない。

 

軽く息を吐いて、両腕をブラブラと動かす。

 

XVRのリロードを終えて、つま先を地面にとん、とん...と、2度ぶつける。

 

『アクセル』を発動させて、来た道を女将さんが居なくなった分、軽くなったその体で駆け、戻っていく。

 

 

 

 

 

 

――待ってろ、キンジ...レキ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜は、まだ明けない。



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やべー持久戦...必死の隠密行動

山の中を駆け上がっていく。息が上がるのも、大粒の汗が零れ落ちるのも構わずに進んでいく。

 

痕跡を残すように、音を立てて、辺りに生えている木の細い枝をバキバキと割りながら...泥濘に足を取られて、もたつきながら進んでいく。

 

俺は、隠密行動をしながら『アクセル』を使うなんて、そんな器用な事はまだ出来ない。

 

――キンジ、レキ...無事で、いてくれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い森の中を、明りになるような物を何一つ持たずに走り抜けて...途中で止まる。風で木の葉がざぁざぁと音を立てて、揺れる。

 

おそらく、既に狙撃手のキリング・レンジに入っているだろう。注意しなければならない...なにせ、今の俺はジャケットを羽織っていない...上半身にあるのは、あまりにも頼りない、女将さんが洗濯してくれたばかりの、真っ白な武偵高のカッターシャツ。

 

雪の積もった銀の森というワケでもないのだから、白は目立つ。

 

そう判断した俺は一度近くの木の幹に体を預けてから、カッターシャツを捨てて、下に着ていた黒色のアンダーシャツになる。

 

目の前にあった泥濘に匍匐の体勢で突っ込み、顔に泥を被って、髪にも泥を掛ける。

 

そして、XVRを抜いて...気付いた。

 

XVRの美しさを際立たせる銀色のコーティングがこの夜の森という場所では、かなり目立つ。

 

――クソ、これじゃXVRが使えないな...

 

XVRをホルスターに戻して、体を地面に付けたまま、匍匐状態で移動することにした。

 

第五匍匐前進の体勢になり、辺りと一体化する。その時に、一緒に目も閉じる。

 

ずり.........ずり.........ずり.........と、左手で地面から隆起している木の根や、乱雑に生えている草を掴み、両肘を支点に力を籠め、右足を伸ばして体を木の根や草の方へ寄せていく。

 

第五匍匐前進とは...伏せた状態から、両腕を前に出すと同時に右足を前方に出して、曲げ、両肘を支点として、右足を伸ばして前進する。その際には、左手で地面の草などを掴んで体を引きつける行為のことを指す。

 

ゆっくり、ゆっくりと慎重に、確実に近づいて行く。

 

相手がスターライトスコープ...所謂暗視装置を付けてるなら、目も開けられない。

 

目に映る光の反射だけは、押さえられないからな。

 

土に埋まるように、その体を引き摺って行く。民宿辺りまで、辿り着ければ...と、思いながら進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月とはいえ...山の中はかなり冷える。

 

体を泥濘に沈めたり、土に触れながら体を引き摺ってきた俺の体も体温を奪われ、体力の消耗が激しくなってきた。

 

息が少し上がるが、呼吸音一つで居場所がバレるかもしれない恐怖からか、息が上がっていても呼吸は逆にか細く、押し殺すような物になっていった。

 

呼吸で肩が上下しないように、肺が膨らまない様に、声が漏れないように...見えない敵が、これほどまでに怖い物だとは思わなかった。

 

『アクセル』を使って駆け抜けても良かったが、今回は短期決戦でもなければ、相手が眼前に居るワケでもない。

 

狙撃手との戦いは長期戦なのだ。この森の、どこかに居る相手を探しながら、撃たれた瞬間に『イージス』で掴む...なんて事をしていたら正直......持たない。

 

だから、いざという時の体力だけはどうしても残しておきたかった。

 

この匍匐の体勢になって移動を始めてから、どれだけの時間が経っただろうか。

 

たまに薄く目を開けながら、進路方向を確認しつつ移動を繰り返す。

 

時間感覚が、曖昧になっていく。

 

それでも、民宿のある筈の方向へ、体を向けて進んでいく。

 

静けさの中に、微かな呼吸音と、風が吹く度に擦れ合う木の葉の音、フクロウの声などが聞こえる。

 

俺はまだ、少し硬い地面の上を這いずるようにして、移動していた。

 

どれくらい移動できたか確認しようと、薄く目を開けた瞬間...

 

 

――――タァァァン...

 

と、銃声が響いた。俺の方には着弾の痕跡はない。

 

という事は...撃たれたのは俺じゃなくて、キンジたちか。

 

あまりモタモタしていられない、という事を再認識して、再び動き出す。

 

それに、発砲音が聞こえる距離に来たということだ...確実に、差は縮まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く匍匐を続けると、指に地面とは違う感覚の物が当たった。

 

それに違和感を覚え、目をほんの少しだけ開き、手に触れたソレを確認する。

 

――ガラスだ...

 

顔を本当に少しだけ上げて確認すると、破壊された扉と、粉々に砕け散ったガラス片が辺りに散乱していた。

 

そのまま更に、もう少しだけ顔を上げると、ポッカリと開いた民宿の玄関口が見えた。

 

――やっと、スタート地点に戻れた。

 

少し体を起こして、しゃがんだ状態で民宿の中へ入っていく。

 

XVRを抜き、体を壁に押し付けて警戒しつつ、クリアリングをして...匍匐をしながら俺がいた部屋へ入っていく。

 

幸いにも扉は出ていくときに開けっ放しにしていたので、扉の開閉をしなくても済んだ。

 

敷かれた布団の横に置いたアームフックショットを掴み、両腕に装着する。

 

時計を見ると、時刻は0時数分前を指していた。かなり長い時間を、森で過ごしたらしい。

 

警察の応援は、未だに来た痕跡がない。

 

俺は少し息を整えて...匍匐で部屋を出て、廊下を移動し、民宿の勝手口から脱出した。

 

勝手口から出た所はアスファルトで、駐車場の様だった。

 

泥に塗れた俺はアスファルトの上では良い的だろう。そう考え、体を起こしてしゃがんだ状態になり、そのまま素早く駐車場を抜けて、木々の陰に身を潜める。

 

そして、そのまま...また、匍匐の体勢になり、ずり........ずり.........ずり.........と、ゆっくり、ゆっくりと移動を始める。

 

林を抜け、深い森へ...凹凸の激しい地面の一部を掴んで、両肘を支点に体を引きつける。

 

濡れた落ち葉や土の匂いが、立ち込めている鬱蒼とした森の中を、慎重に進み続けた。

 

暫く移動を続け、凹凸を掴もうと腕を伸ばした時に、変な凹みに触れた。

 

今までの形とあまりにも違う、外部からの侵入で出来たようなソレを見てみようと、目を開けると...男性のものと...大型犬のような足跡が確認できた。

 

きっと、キンジたちだ。

 

足跡を追跡しながら、移動を開始する。少しずつ、少しずつ...ゆっくりと、距離を詰めていく。

 

まだ、夜は明けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フクロウの声に、木々の擦れ合う音...その森の世界に、僅かだが水の流れる音が聞こえてきた。

 

木の陰から顔を上げると...目の前に浅い川があり、その奥に――巨木が見えた。

 

そして、その巨木の根元に...キンジと、レキと...ハイマキが居た。

 

巨木を盾に隠れていることを考えると、もう狙われている状態であるということ...そして、俺が飛び出した瞬間に、撃たれる可能性もあるってことか...

 

どうやって近付こうか迷っていると、レキが体を乗り出し、ドラグノフを1発撃って体を隠した。

 

顔を上げて、様子を確認しようとした瞬間――――

 

ぱぁ...と森の奥が明るくなった。

 

――閃光弾か...!

 

そして、そのままレキがさっき同じような体勢になり、2発目を撃った。

 

ギィイイイイインッ!!!

 

「...ぐ...!」

 

ここまで届く甲高い音...間違いない、武偵弾の一種...音響弾だ。

 

レキが、多分狙撃手を無力化したんだろう...と、思ったがレキがまたドラグノフを構えて――撃った。

 

その直後。

 

バチバチッ!バチッ!

 

と、レキの周囲で小さな光が弾け...そのまま、突き飛ばされたかの様に浮いた。

 

その場で、踊る様に半回転したレキのスカートが揺れ......よろり、と2歩...3歩、後退した。

 

レキはドラグノフを構えていたが、それを止め地面に立て、杖の様にしつつ――――ずり、と滑るように落ちていき、座り込んでしまった。

 

キンジが、レキの体を支えようとして、止めた――代わりに、太ももと、腕を押さえている。

 

どうやら、レキが負傷したらしい。

 

俺もいよいよこんな所で伏せてはいられないと思い体を浮かせたが、すぐにその動きも止まってしまう。

 

――ォォオオオオオオオオン!!! アォオオオオオオゥーン!!!

 

と、かなりの数の犬の遠吠えが、キンジたちを囲む様に聞こえる。

 

いよいよ逃げさなきゃ不味い状況になってきた。

 

狙撃手の無力化には成功した様なので、すぐに体を起こし、川を飛び越えてキンジたちの元へ合流する。

 

「キンジ!」

 

「隼人!?お前その恰好は...」

 

キンジに声を掛けつつ、更に接近する。

 

月明りに微かに照らされた俺の体は泥に塗れていて、無事なのは背中くらいだ。

 

キンジはそんな俺の格好を見て口を開けているが、今はそんなことよりもレキの傷の具合を確かめたかった。

 

「話は後で出来る!レキは!」

 

キンジの隣に回り込むと、左の太ももと...右腕を負傷し、ポタポタと血が流れ落ちているレキを見つける。レキの前髪は血で濡れていて、真っ赤だ。

 

「...流血が、酷い」

 

急いで治療しなければ...と思うが、道具がない。

 

俺の武偵手帳は女将さんに渡したジャケットの中だし、シャツも捨ててしまった。携帯もジャケットの中だ...クソッ。しっかり確認しておけばよかった。

 

だからキンジのシャツを使う。

 

「キンジ、ジャケット脱いでシャツをナイフで切れ」

 

「――!ああっ!」

 

キンジはジャケットを脱ぎ捨てると、シャツのボタンを千切りながら脱いで――ナイフでビイイイイイ...と、繊維を切っていき包帯にしている。

 

そのシャツで作った包帯で、レキの傷口を押さえて...応急処置は終わる。

 

応急処置を終えたキンジは、レキを見つめ――言葉を吐きだした。

 

「いいかレキ...2人死ぬより1人生き延びた方が良いのは確かだ...だが、それは最適解じゃない」

 

「...?」

 

血に濡れた眉間から、レキの目がキンジを見ているのが見える。

 

キンジはそんなレキの腕を掴んで...持ち上げた。

 

「2人生き延びるがいいに決まってんだろ」

 

キンジはそう言って、レキを支える。

 

「いいか、レキ――ダメだ。死ぬな。俺は見たぞ。お前は今――笑ったんだ。笑えたんだ、お前は」

 

レキは、その言葉を聞きつつ...気絶仕掛けていた。

 

キンジが、ドラグノフを背負い、レキをお姫様抱っこの体勢で抱える。

 

さっき吠えていた犬たちが、すぐ傍に来ている気配を感じる。

 

ハイマキもそれを感じ取ったのか、グルルルルル......と低い唸り声を上げ、所々が血に濡れた毛を逆立たせていた。牙と爪は剥き出しになっていて、月光を浴びて淡く輝いている。

 

きっと此処で、囮でもやるんだろう。カッコいい犬だ...。漢だな、ハイマキ。

 

「ハイマキ」

 

俺が小さく名前を呼ぶと、ハイマキは尻尾をブンブンと振った。

 

「ここから帰って来れたら――腹いっぱい魚肉ソーセージを食わせてやる。それに、いっぱいモフってやるぞ」

 

「俺も...魚肉ソーセージを箱で買ってやるぜ!」

 

ハイマキの目が、俺たちを映す。

 

「この場はお前に任せる...だから、レキは――」

 

「――俺たちに任しとけ」

 

ハイマキの左前足に、キンジと俺の拳をコツッとぶつける。

 

そして、手をどけて、ハイマキに背を向け、キンジの背中を俺の背中にくっ付けた状態で担いだ俺は、そのまま全力で走りだす。

 

泥水の小川を何本も渡り、茂みに手足を擦り付けつつ、崖みたいな坂道を滑るように降りていく。

 

だが、かなり疲弊している事もあってか、何時もの速度で走れない。

 

何とか逃げる手伝いだけはしようと意気込んで頑張ってはみたが、もう体力が持たない。

 

3時間以上に渡る匍匐が、俺の体力を予想以上に奪っていた。

 

秋桜が群生した広い野原に出る。足を一歩前に出そうとするが、踏み出せず...顔から地面に向かって落ちた。

 

「ぐぇ...」

 

「隼人!大丈夫か!」

 

俺が倒れ、すぐにキンジが飛び退いて、俺を心配そうに見つめる。

 

「キンジ...先に行け...俺も、すぐに体を起こして...追いつく」

 

うつ伏せになった状態から、腕に力を籠めて立ち上がる。

 

「分かった...!」

 

キンジはレキを抱えたまま、アゲハチョウのような虫に導かれるように...沢を超えて、雑木林へ入っていく。

 

俺もその後を、ゆっくりとついて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雑木林の奥へ抜けていくと、小さな灯りがチラチラと見える。

 

きっと、車道の灯りだ。

 

キンジは既に車道に出ているのか――もう背中が見えない。

 

覚束ない足で、木に肩をぶつけながら、進んでいく。

 

息は上がりきっていて、絶え間なく俺の呼吸音が響き続けている。

 

必死に足を動かして、前に進む。

 

車道の灯りは、確実に近付いている。

 

そして――――とうとう車道へ転がり出る事に成功した。

 

だが、そこには――この状況で会いたくない奴...ココが、バイクに乗ったまま、キンジにサプレッサー付きのUZIを押し付けて立っていた。

 

「きひっ...ハヤト。やっと来たカ。テッポウ、捨てるネ」

 

キンジの頭部にサプレッサーの付いたUZIを押し付けるようにして、ココはニタニタと笑っている。

 

俺はそのまま、XVRを抜いて林へ投げた。

 

「レキ――90点。いい駒だから貰うネ。キンチは0点。だけど、戦績のいい駒。好きネ、貰って帰るヨ。ハヤトは80点。まさか銃弾を受け止めて、蹴り返してくるなんて予想外ネ。でも、ハヤトは超能力者だから、いらないヨ」

 

俺はココを睨みつける。

 

「どういう意味だ?」

 

「きひっ。超能力者、これから皆、滅びる。だから、『普通の、強い人間』が欲しいネ」

 

―――超能力者が、滅びる?

 

「おい、どういうことだ!超能力者が滅びるって、なんだ!」

 

「それを教える理由は、ウオにはないヨ」

 

ココはニタニタと、笑い続けている。

 

「それに...レキはベイディ、キンチはトンイー。中華の姫、ココの駒に相応しいネ」

 

何を言ってるんだ、コイツは...さっぱり分からんぞ...!

 

それに、超能力者が滅びるという言葉が頭の中を駆けまわっている。

 

どういう意味なんだ...!それに、中華の姫って...何だ。

 

キンジも混乱した表情で、ココを見ている。

 

それに気付いたココは、ふふんと鼻を鳴らす仕草を見せた。

 

「ココ、メンデ。知ってるカ?ココは、その血統ネ」

 

ココ...メンデ?

 

「知らん」

 

キンジがぶっきらぼうに答える。俺も知らん。

 

「曹操孟徳」

 

ココが今度は日本語で答え、俺はその発言に、心底ビビる。

 

曹操孟徳...三国志で、魏国を背負い、三国統一を果たそうとした文化人にして、最優とも言える武将。

 

日本では人気が高く、中国では忌み嫌われている存在。

 

あの毛沢東が評価したから、中国でも人気があるんだろうと思って調べてみたら、意外と人気が無く、むしろディスりの方が多かった。中国の方で出版してる三国志も、日本の様に『魅力的な悪』ではなく、ただの『頭の切れる悪』でしかないらしい。

 

一度『悪』だと決まったら『悪』のまま...というのが、中国の思想だと言う話も、ネットで見かけた。ネットの情報だから全く信じてないが。

 

そしてこのココは、その曹操の血統だと言う。

 

「...中国じゃ滅茶苦茶評価低いじゃねぇかよ、その血統」

 

と、冷やかす様に言うと事実だったのか、牙を剥き出しにして、ココは吠えた。

 

「そ、そんなコトはないネ!テキトーな事言うと、その顔に銃弾をぶち込むヨ!?」

 

パシュッ!とサプレッサーが取り付けられたUZIを1発、威嚇射撃して...俺に向けようとしたその時――――

 

「......!」

 

ここは何かに気付き、バイクをグリン!と回して、何かを避けた。

 

しゃん!と鈴のような何かが鳴る音が聞こえたが、何だ、何が飛んできた?

 

何かが飛んできた方向を見ると、ワインレッドのオープンカー...ボンネットの部分に和弓を番えた巫女が立っていた。距離にして、150m程。

 

巫女は2mはあろうかという和弓を構え――キリキリと引き絞り...ヒュッ!と矢を放つ。

 

放たれた矢は鈴の音を鳴らしながら、飛んでいき、ココの跨るバイク...その燃料タンクに突き刺さった。

 

ゴボ...ゴポッ...と、燃料が漏れ始めたのを見て、ココはバイクを翻した。

 

「ココ、代々逃げるときは逃げるヨ。最後に笑えればそれでいいネ。ツァイチェン」

 

ココはアクセルを回し、けたたましい高音をかき鳴らして藪から木々の隙間へと消えていった。

 

引き際の見極めが出来る奴ほど、厄介な存在は居ない。

 

合理的に行動し、ヒット・アンド・アウェイを最大効率で行うようなタイプは...本当に面倒くさい。

 

キンジはレキのドラグノフで狙おうとしていたが、バイクのエンジン音は遙か彼方で聞こえるし、キンジの腕で狙撃は無理だろう。

 

キンジもそれを悟ったのか、スコープから顔を退けて、舌打ちをする。

 

俺は藪の中に入って、キンジが投げ捨てたと思われるベレッタとデザートイーグルを回収して、XVRも拾う。

 

「ほれ、キンジ」

 

キンジに回収したベレッタとデザートイーグルを渡して、近づいてきたワインレッドの車を見る。

 

ボンネットに座った巫女は、警戒するように山を見続けている。

 

助手席には、星伽が座っていた。

 

「......キンちゃん!冴島君!何があったの!」

 

「白雪...助かった。良く気付いてくれたな」

 

「山の方で音響弾か何かの音がしたから、悪い胸騒ぎがして......蠱術で様子を調べてたの。それと、キンちゃんに電話したら繋がらなかったから......私、私......ふぇぇ...」

 

涙目で自動車から降りた星伽はそのままキンジに抱きつき、近くに倒れているレキを見つけて顔を青くした。

 

「レキは――さっきの奴にやれたんだ。すぐに、病院へ――」

 

と、キンジが言い切る前に、ボンネットから降り立った巫女が、眉を寄せて発言した。

 

「――レキ?」

 

無表情な巫女が、星伽に何かを耳打ちすると――――星伽の顔色が、更に変わった。

 

「そ、そんな...間違い、ないのですか?」

 

星伽が慌てて振り返り、尋ねる。

 

無表情な巫女はコクリ、と頷き――少し間をあけて、衝撃の事実を口にした。

 

「この御方は源義経様――――チンギス・ハン様の末裔。大陸の姫君です」

 

――――今日は偉人の名前とその子孫がポンポン出てくるなぁ...

 

まるで偉人のバーゲンセールだ、と笑う。

 

偉人の末裔に、超能力者は滅びるという言葉の意味。

 

謎は深まるばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリアとの関係修復も果たせそうにないまま、俺たちの修学旅行・Ⅰは怒涛の2日目を迎えることになる。



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やべー修学旅行 2日目前半

星の僅かな明りと、街灯に照らされたレキは――車道に倒れている。

 

無表情な巫女は、レキの傍らに膝をついてレキの傷口に縛った包帯を解き、傷を見ている。

 

「――この傷、銃創ではありませんね」

 

レキの血統に驚いているが...今はそれどころじゃない。

 

「レキは...見えない爆弾のような物で負傷させられた。ここへ来るまでにも...かなり出血した。白雪、レキを治す術か何か...使えないか?」

 

キンジは縋るように星伽に尋ねる。

 

星伽はキンジの言葉に、悲しそうな顔をして首を横に振った。

 

「普段なら少しは出来るんだけど――今、私の力は不安定なの」

 

「......不安定?」

 

キンジが眉を寄せていると、無表情な巫女が説明をしてくれる。

 

「最近、日本中......いえ、世界中であらゆる超能力が弱まり、成功率が下がる原因不明の現象が起きているのです。星伽でも、特に人の傷を癒す巫術は使わないようにしています。あれは失敗すると、人を殺める事もありますから......――ところで、失礼を招致でお尋ねしたいのですが...泥に塗れたそちらの殿方は...冴島隼人様でしょうか」

 

「え?あ、ああ......俺が、冴島隼人だ」

 

世界中で超能力者の弱体化が始まっているという話を終え、俺の方に体を向けた無表情な巫女はその目に強い何かを宿しながら話しかけてくる。

 

それに面食らって、少し呆けてしまうが返答をした。

 

「...やった......コホン、申し遅れました、私は星伽風雪と申します。以後、お見知りおきを」

 

無表情な巫女――風雪は、小さくガッツポーズのような物を取った。が、俺の視線に気付くと咳払いを一つして、名を名乗った。

 

「風雪...いい、名前だな...」

 

「ありがとうございます」

 

風雪と適当な言葉を交わして、レキを看る星伽に目を向ける。

 

「どうだ、星伽...レキは大丈夫そうか」

 

「...大変、体温が下がってきてる!すぐにでも病院に連れて行かないと......!」

 

その言葉の後に、オープンカーの後ろに堅牢そうなセダンが止まる。

 

このセダン...防弾仕様か。

 

これにレキを乗せれば一先ずは安心だとは思うが、病院には行けない。

 

何時またココが襲ってくるか、分かったモンじゃないしな。

 

「病院はダメだ。さっきの敵――ココは、狙撃銃が使える」

 

街にある病院で狙撃銃を使われたら、森以上に厄介だろう。潜伏場所は多いし、逃げやすい。

 

「では、星伽分社にレキ様をお連れしましょう。そこに医師を呼びます」

 

と言った風雪は、巫女服に血が付くことも厭わずにレキを抱きかかえる。

 

レキはセダンの後部席に寝かされ、それを支えるようにキンジが隣に乗る。星伽もキンジの隣に乗り込んでいる。

 

俺は泥に塗れているので走って追いかけようかとしたが――

 

「隼人様も、御同乗ください」

 

「いや、泥で汚れるだろ、悪ィよ」

 

「構いませんので、是非とも」

 

風雪に強く推され、こんな所でグダグダしてても仕方がないと思い...同乗させてもらった。

 

運転手は周囲を警戒しながら、自動車を発進させ...山道を下り始めた。

 

「キンちゃん、繋がったよ。教務科の宿直室。南郷先生がいるの」

 

キンジは星伽から携帯を借りて、南郷先生に報告を始める。

 

修学旅行中に、京都郊外で襲撃を受けたこと、比叡山で戦闘になり、レキが負傷したこと。犯人は香港からの留学生――ココと名乗っていることを、キンジは報告した。

 

キンジは暫く南郷先生の話を聞いて、眉を寄せ...ギリギリと歯を鳴らしながら、一礼して電話を切った。

 

俺はそれを確認してから、キンジに話し掛ける。

 

「キンジ、どうだった」

 

「ケースE8だ」

 

ケースE8...『内部犯の可能性が高いので、周知は出さない。信用出来る者にのみ連絡を取り、当事者たちの手で解決せよ』という意味の符丁だ。

 

信用出来る者...とりあえず、ジャンヌに連絡をしよう。

 

「キンジ、ジャンヌを呼んでくれ...アイツは信用できる。それにアイツはイ・ウー出身だ...きっと、何か知ってる筈だ」

 

俺がそう言うと、キンジはジャンヌの電話番号を探して――電話を掛け始めた。

 

何度目かのコールで、ジャンヌが電話に出たらしい。キンジが口を開けた。

 

「違う、俺だ。遠山キンジだ。白雪の携帯から電話してる。隼人も一緒だ。ジャンヌ、イ・ウーにレキ並の狙撃が出来る奴は居たか?...格闘も、拳銃も出来る――化け物みたいな奴だ。名前は――ココ」

 

そうキンジは問いかけているが、思った答えが帰ってこなかったらしく、歯軋りをしていた。

 

星伽の分社に着いた頃――白みつつある明け方の空から、生暖かい雨がパラパラと降り始めた。

 

濡れたアスファルトの匂いがする道から、その場に待機していたのであろう――幼い巫女たちが、レキを担架に乗せて運んでいった。

 

そのタイミングで、タクシーがやってきて、中からジャンヌが飛び出てきた。

 

「隼人!無事か!?...随分と、激しい戦闘だった様だな?」

 

ジャンヌがタクシーから出てきて一言目が俺の身を案じる発言で、少し嬉しくなる。

 

「いや、狙撃は2回くらいしかされなかったんだが――油断はできなかったんでな」

 

降り注ぐ雨で、固まって土になりかけた泥が洗い流されていく。

 

「隼人、制服はどうした」

 

ジャンヌが俺の格好を見てそう言えば、と聞いてくる。

 

「ジャケットは民宿の女将さんに着せた。携帯も、手帳も財布もジャケットの中だ......シャツは森の中だと目立つから途中で捨てた」

 

「そうか......無事で、良かった」

 

ジャンヌは一先ず大きな負傷がない事を確認すると、ホッと息を吐いた。

 

「えぇと、お取込み中ごめんね?冴島君。非常事態だと分かってるんだけど......ごめんなさい、星伽の規則で、社は女性しか入れなくて――星伽の社に入れる男性は、遠山家の方だけななの...だから、冴島君はここで待機して貰うことになるんだけど...嫌だよね。体とか洗いたいだろうし...星伽の方で、ホテルを取るから...そこで――」

 

「いや、大丈夫だ...石段で待機するさ。それに、ココがもう来ないと決まったワケじゃない...警戒は、必要だ」

 

勢いが強くなり始めた雨で髪をガシガシと掻き、泥を落とす。

 

顔にも雨粒を浴びて、同じ様にする。

 

体中にへばり付いた泥を叩き落とし、雨で少しずつ洗い、ジャンヌに声を掛けた。

 

「ジャンヌ...オメーたしか...汎欧州医療免許・看護助手資格を持ってただろ。レキを、頼む」

 

「......ああ、分かった。と、言っても...元より、そのつもりだったがな」

 

ジャンヌは持っていた手提げ鞄から医療用のエプロンとナースキャップをチラリと見せてくれた。

 

キンジ、星伽、ジャンヌは幼い巫女たちの後を追いかけ、社の中へ入っていく。

 

俺は一人――石段の前に立ち、雨を浴び続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからどれくらい時間が経ったか分からないが、髪や顔、服に付いていた泥の全てを雨が洗い流し...足元に溜まった土色の水溜まりも雨で流れていった程の時間が過ぎていた。

 

その時、一台のパトカーが俺の前に止まり――昨日警察署で俺が女将さんを預けた、歳を食った警察官がパトカーか降りてきた。

 

「東京武偵高校の、冴島隼人君だね?」

 

「はい」

 

「これを、君に返しに来た。それと......女将さんが、助けてくれてありがとう、と言っていたよ」

 

警察官は俺の制服のジャケットと、武偵手帳、財布(中身までしっかり見せてくれた)を返してくる。

 

「いえ......武偵として、当然の事をしたまで...です。むしろ、巻き込んでしまって、申し訳ないと伝えてください」

 

俺はそれだけ言って、引っ手繰るようにジャケットと武偵手帳と財布を持つ。

 

「そうか...我々警察も捜査しているが、そう大々的に行う事が出来ず、夜間警邏を強化する位のことしかしてやれない...本当に、すまない」

 

警察官は、そう言って頭を下げてくる。

 

「大丈夫ですよ...次に会ったら、必ず捕まえます」

 

「君みたいな子供も...銃を持つ社会か。嫌な時代になったもんだな...」

 

警察官は俺の言動に何か思う所があったのか、顔を顰めて空を見上げた。

 

「......さて、そろそろ行くかな。我々警察も、全力を尽くす。では!」

 

深い溜息を吐いた後、警察官はビシッと敬礼して、パトカーに乗り込んで――走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木の下で雨宿りをしながら、なるべく濡れていない木の枝や、落ち葉や枯草をかき集め

......一カ所に纏めてマグネシウムで出来たファイヤスターターをナイフで擦り、火花を起こして枯草を燃やす。

 

息を少しづつ吹きながら、起こした火が消えない様に慎重に燃やす。そして、火の勢いが安定した所で木の枝を放り込み、炎を大きくしていく。

 

濡れた木の枝などをたき火の周りに突き刺して、乾燥させる。

 

パチ、パチ...と木が燃えていく音と、雨がバラバラと木の葉に当たる音を聞き――濡れた土の匂いが鼻を抜けていく。

 

メラメラと勢い良く燃える炎を、ボケー、と何も考えていない虚ろな瞳で見続けている。

 

片膝を立てた状態でたき火を眺め......ある程度乾いた木の枝を引っこ抜いて、たき火に放り込む。空いたスペースに、積み上げた木の枝の1つを刺す。その動作を繰り返して、火が消えない様にする。

 

炎の熱が、服を乾かしてくれる。揺れ動く炎の明るさが、今はとにかく心地が良かった。

 

その熱の暖かさに、しばし警戒することも忘れて――微睡んでしまった。

 

 

ガクンッ、と頬杖を突いていた手から顔が滑り落ちて――ハッと目を覚ます。

 

――やべぇ、寝てた...!

 

勢いの弱まっているたき火に、薪とも呼べない不格好な木の枝を少しずつ放り込んで、火の勢いを戻す。

 

夜は明けて、朝になったのだろうが――まだ気は抜けなかった。

 

そんな眠気と格闘をしていた時に、グルルルルル...と小さく唸る声が聞こえて、顔を声の方向に向ける。

 

そこには――傷だらけのハイマキが、立っていた。

 

「ハイ、マキ......ハイマキ!」

 

ハイマキの名前を呼んで、立ち上がり...駆け寄る。

 

猟犬に噛まれ、爪で引き裂かれ、純白の毛並みは血と泥で汚れ...ボロボロになっていた。

 

あの数の猟犬を相手に立ち回り――生き残ったのか。

 

「よく、やったなハイマキ...お前の活躍で...俺たちは逃げ切れた。ありがとな...」

 

ハイマキの背中に軽く手を当てて、ぽん、ぽんと撫でる。

 

その言動に、ハイマキは喉を低く鳴らした。

 

「キンジ!星伽!ジャンヌ!誰でもいい!居るか!」

 

石段の上の方に向かって叫ぶと、和弓を持った風雪が姿を見せた。

 

「隼人様、私が居ります。如何しましたか」

 

「レキの、相棒が来た......だが、傷が酷い。手当してやってほしい」

 

「畏まりました。おいでなさい」

 

風雪は、ハイマキにそう告げて奥へ消えていき――ハイマキは、俺と風雪の背中を何度か見て...迷っている様だ。

 

俺はそれに苦笑を漏らして――

 

「ハイマキ...お前のご主人様は、あっちだ」

 

ハイマキに示す様に、指を真っ直ぐ石段の上へ指す。それをみたハイマキは、ガウッ!と吠えて石段を登っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

火の管理をしながら、また微睡と戦っていると――何時の間にか隣にいたらしい、風雪が声を掛けてきた。

 

「隼人様、お休み中の所失礼致します。お食事をお持ちしました......このような場所で申し訳ありませんが、ご了承ください」

 

風雪はそう言って、膳と、丸湯桶を掲げて見せた。

 

膳に並んでいるのは――ヒラメ、サザエ、イカ素麺の造り、ハモの落とし、イクラの寿司、湯葉の八幡巻き、京野菜のあんかけ、松茸の炭火焼、炊き込み飯、黒豆。

 

随分と豪勢な食事に、涎が垂れかける。

 

「おいおい、随分といい飯じゃあねぇか」

 

「あり合わせの物で申し訳なく思いますが、栄養は摂れると思いますので...どうか、御勘弁を」

 

これであり合わせだと?冗談じゃねぇ...これがあり合わせなら、並の料亭のコース料理もあり合わせ扱いになるぜ。

 

「いやいや...上等だ。食ってもいいのか?」

 

「是非」

 

「じゃあ、頂きまぁす!」

 

パンッ!と手を勢いよく合わせ、食事を始める。行儀の良さなんて知らない。腹が減っていたんだ、がっつく様に食ってやる!

 

「このたき火...隼人様が、お点けに?」

 

風雪が、たき火を眺めながら俺に尋ねてくる。

 

「ああ......適当に、落ちてた木とか...葉っぱとか。かき集めて、火を点けたんだ」

 

「随分と、活動的なのですね...」

 

「いや、それくらいしかやるコトが無くてな」

 

「そう、ですか」

 

「ああ、そうだ......ん!このイクラの寿司、美味いなぁ」

 

「......隼人様に、お願いしたいことがあります」

 

「なんだ」

 

風雪は、何処からともなく真っ白な色紙と、ペンを取り出して、俺に突きつけてくる。

 

「サインをください」

 

「.........―――は?」

 

「サインをください」

 

「い、いいけどよォー...俺のサインなんて、価値ないぜ?」

 

風雪から色紙とペンを受け取り、サラサラと名前を書いていく。

 

「私は――隼人様のファンなのです」

 

「ファンだぁ?...俺ってそんな活躍してねーだろ」

 

「いいえ――超能力者の世界において、隼人様の名前は恐ろしい速度で広まっています。超能力者の中で実力を持つ者たちが挙って、隼人様の武勲を称えていることも、今となっては珍しい話ではありません」

 

「なんだそりゃ...」

 

「隼人様の知らぬ場所で、隼人様の御力は畏怖されているのです」

 

サインを書き終えて、色紙とペンを風雪に返す。

 

「ありがとうございます。宝物にします」

 

こころなしかキラキラとした目で、風雪はサインを見つめている。

 

食い終わった膳を、風雪が持って去っていく。

 

満腹感を得た俺は、雨の上がった空を見つつ息を吐く。

 

――俺が、超能力業界で有名に、ねぇ...

 

実感など全くなかったが、風雪は言っていた。

 

もう誰も、俺をただの『ちょっとだけ速くなる男』とは見ないと。

 

超能力者たちや、対超能力者たちの間では『目にも止まらぬ速度で接近し、至近距離で放たれた銃弾を無効化し、たった一撃で敵を倒す...最も恐るべき存在』として、見られていると。

 

その事で、二つ名が決まりかけているらしい...とも言ってたな。

 

また、面倒な事になってきたな、と溜息を吐くが、自分で決めて進んだ道だ。愚痴を言っても仕方がない。

 

空を呆けた様に見つめていると、石段から転がり落ちるような勢いでキンジがやってきた。

 

「隼人ぉおおお!!」

 

「うっせーよキンジ...叫ばなくても、聞こえるだろォー?」

 

「いいから、白雪が取ってくれたホテルに行くぞ!着替えはジャンヌと白雪が持ってきてくれる!」

 

「は?なんで?」

 

キンジに腕を引かれ、石段の前から離れていく。

 

なんでそこまでキンジが急ぐのか、分からなかった。

 

「お前...今日は弁護士との打ち合わせだろ!だから風呂に入ってシャキッとしろ!」

 

ああ、そうだ...もう、日を跨いでたんだった。

 

もうすぐ、アリアのカーチャンの裁判が始まる...それに備えて、イ・ウーと戦った俺たちは弁護士との事前打ち合わせを予定していたんだった。

 

キンジに腕を引かれ、坂道を駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も解決しないまま、時間だけが無慈悲に過ぎていった。



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修学旅行 2日目 やべー事件が発生!

キンジに連れられ、ホテルに入り――そこでシャワーを浴びて僅かに残った泥の汚れを落とし、ジャンヌが用意してくれた着替えを身に纏う。

 

ジャケットを羽織り、ボタンを掛ける。

 

裾を引っ張ってから、襟元を正す。

 

クイ、クイとネクタイの位置を整えて――ホルスターにポーチ、ナイフをベルトに装着する。

 

「隼人、準備はできたか」

 

その時、キンジが奥の方から声を掛けてきた。

 

「あー...問題無ェ、何時でも行けるぜ」

 

「よし、移動しながらレキの事を説明するぞ」

 

キンジと一緒に部屋を出て、廊下を歩きエレベーターに乗り込む。1階を選択して、エレベーターの扉の閉ボタンを押す。

 

「簡単に説明するとだな...レキは源義経の末裔で、イロカネ関係者だ」

 

「イロカネ...か。て、事は...あの髪の色や瞳の色もイロカネの性質か」

 

エレベーターの扉が閉まり、ゆっくりと降下していく。

 

「ああ、そうだ。レキ自体がイロカネを持っているワケじゃないらしいが――イロカネの傍で長い間過ごしていた影響だそうだ。で、イロカネの名前は――璃璃色金」

 

「リリ...イロカネ...ねぇ」

 

キンジの顔を見ると、やや滅入った表情をしていた。

 

そんなキンジの肩に手を置いて、ポン、ポンと数度、軽く叩く。

 

「オメーが病んでも仕方ねぇだろ」

 

俺はそう言うが、キンジは暗い表情のままだ。

 

エレベーターが止まり、扉が開いたのでエレベーターを出てフロントに鍵を返しに行く。

 

1時間ほど滞在しただけで鍵を返しに来た俺たちにフロントの受付嬢は困惑した表情をしていたが、それを無視してホテルを後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東海道新幹線のぞみ246号、東京行きに乗る為にホームを歩いていると、キンジがポツリと言葉を漏らした。

 

「なぁ...隼人」

 

「どした?」

 

「レキは、自分の事を銃弾だって言うんだ...お前も、知ってるだろ?」

 

「...あぁ、そんな事をよく言ってたな...」

 

キンジの方を見る事無く、歩く速度を緩めずに会話に応じる。

 

「でもレキは、笑えたんだ。感情がないんじゃなくて、感情表現が下手なだけだったんだ」

 

「......」

 

「だからアイツは...銃弾なんかじゃない。一人の、人間なんだ」

 

その言葉にピタリと足を止め、グルリとキンジの方を向く。

 

「キンジ」

 

「なんだ隼人」

 

「そりゃレキに直接言ってやれ、きっと喜ぶ」

 

ニヤリ、と笑いながらキンジに言う。

 

俺はそのまま、キンジの肩をバシッと強く叩き、また前を向いて歩き始めた。

 

そのまま少し歩いて...俺たちは、のぞみ246号東京行きに乗り込む。

 

16号車の通路を歩き――俺たちの席を見つける。既に星伽が窓側に座っていた。

 

「よォ星伽、ホテルのこと、サンキューな。あったぜキンジ。16号車15列D...オメーの席だ」

 

「ああ、ありがとう」

 

俺はキンジたちの対面...窓際に座る。

 

キンジと星伽が何か話をしていたが、それに参加する気力も無く――正直眠気が予想以上のもので、俺は動き始めた新幹線に揺られ、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かなり深く眠ってしまったが――俺は星伽に肩を揺らされ、目を覚ました。

 

耳を澄ますまでもなく、車内では、あちこちで喧噪が聞こえ、困惑の声と怒号が跋扈していた。

 

「冴島君、起きた!?」

 

星伽の顔を見ると不安そうな表情で俺を覗きこんでいる。

 

「...何だ、この喧しさは...」

 

「わからない...けど、キンちゃんなら何か知ってるかも」

 

星伽はそう言うと騒がしい車内の廊下に出て、キンジが居る方へ歩き始めた。

 

俺もそれに付いていく。

 

星伽がキンジに声を掛けようとしたタイミングで――アナウンスが聞こえた。

 

『お客様に、お伝えしやがります』

 

――――!

 

『この列車は、どの駅にも停まりません。東京駅まで、ノン・ストップで 参りやがります。アハハ、アハハハハハハハ!』

 

――ボーカロイドの、人工音声。

 

『列車は、3分おきに10キロずつ...加速しないと、いけません。さもないと、ドカァーーーン!大爆発!!しやがります。アハ、アハハ、アハハハハハ!!!』

 

そう言った人工音声の笑い声に、のぞみ246号の車内から悲鳴が上がる。

 

バッと車内の通路の端――その上を見ると、電光掲示板が現在速度を知らせてくれていた。

 

【只今の時速 140km】

 

――新幹線のジャックか...

 

「隼人!お前もこっちに来い!」

 

同じ車両に乗り込んでいた武藤が、俺の名前を呼んで手招きしている事に気付く。

 

通路で騒ぎ、嘆き、喧嘩をしている人たちを星伽に任せて武藤の元に辿り着いた。

 

「今計算したんだが――19時22分が、タイムリミットだ」

 

武藤の発言を聞いて、腕時計を見る。

 

現在時刻18時1...いや、たった今2分になった。

 

「19時22分は東京駅に着くって事か」

 

「なら、リミットは80分ってところか」

 

「いや違うぜキンジ、もっと速い。この車両は加速し続けなきゃならねぇ...この車両はN700系で、東海道区間の営業最高速度は時速270kmだ。40分後にはそいつを超える」

 

「超えたら、どうなる?」

 

「安全運転は無理だ。レールに負担がかかるし、カーブで脱線の可能性もある」

 

「危険運転なら、何キロまで出せる?」

 

「設計限界速度は350か60って言われてるが――本当の限界はJRも公開してねぇから分からねぇ」

 

そう話す俺たちの隣で、不知火は携帯の電卓を使って速度と時間を計算していた。

 

「――ダメだ。速度不足だよ...19時過ぎには時速350km。最後には410km必要になる...」

 

「噂じゃ、試験車両で397kmまで出したって聞いたが...それ以上出せるかは誰にも分からねぇ。それに、410kmなんてそれこそ未知の領域だぜ」

 

40分後からは危険運転...1時間後には設計限界速度突破で――最後は未知の領域。

 

東京には帰れずに、ドカンの可能性も大いに考えられる。

 

「武藤、不知火、隼人...武偵高の生徒をかき集められるだけかき集めて、減速無しで爆弾を探すぞ」

 

キンジの発言に相槌を打って、武藤と不知火は1号車の方へ走っていった。

 

キンジはそのまま16号車の最後尾へ歩いて行ったので、俺も続く。

 

最後尾には、アリアと理子が座っていて...アリアとキンジは何か言いたそうにしていたが、互いにそんな状況じゃないと分かっている様で何も喋らなかった。

 

「理子、俺が言いたい事は分かるな。これはお前と同じ手口だぞ」

 

キンジは他の乗客には聞こえない声量で、理子を問い詰める。

 

「やられた」

 

鋭い目つきで、理子は呟いた。

 

「ツァオ・ツァオ...もう、動いたのか。あの守銭奴め...!」

 

歯軋りをした理子は、両膝の間に手を突っ込んで、シートを探る様に動かしている。

 

「ツァオ...?」

 

アリアは眉を寄せて、理子の発言を聞き返す。

 

「ツァオ・ツァオは...子供の癖に悪魔染みた発想力を持った――イ・ウーの天才技師だ。莫大な金と引き替えに、魚雷やICBMを乗物に改造したり......キンジ、お前のチャリに仕掛けた『減速爆弾』の作り方を教えたのもツァオ・ツァオだ。これはその改良版――『加速爆弾』!」

 

ぽた、と額から汗を落とした理子に――

 

「イ・ウーの...爆弾戦術の講師ってところね。理子、アンタ...生徒ならこの爆弾の基本構造は分かってるんでしょ、すぐに起爆装置を探し出して解除しなさいよ」

 

アリアがそう言いながら、理子を手を引き立たせようとする。

 

が。

 

「ダメだ、あたしは動けない」

 

「なんでよっ!」

 

「この座席が感圧スイッチになってる。迂闊だった、気が付かなかった。あたしが立つと、どこかに仕掛けられた爆弾が爆発するぞ」

 

「...――!」

 

その言葉に、アリア、キンジ、俺が同時に息を呑む。

 

減速禁止、強制加速、人間スイッチと来たか。

 

余りに、無警戒だった。襲われない時間が長くあって――警戒を、緩めていた。

 

注意しておくべきだった。

 

「――因果応報だな、『武偵殺し』さんよ」

 

キンジは理子の肩を叩く。

 

「理子...ツァオ・ツァオは中国人の女で、お前より年下だな?徒手格闘技を教えたのもソイツだろ」

 

「なんで知ってるんだ、キンジ」

 

「俺たちも襲われたんだよ、このボーカロイドを使う奴にな」

 

ああ...ココか。名前が違うのが気になるが――偽名か何かだと思えば問題ないか。

 

格闘、狙撃、銃撃...更に技師か...もう本当に何でも屋だな...

 

キンジはアリアの頭に手を置いて、キンジの方向に無理矢理顔を向かせる。

 

「アリア、落ち着いて聞いてほしい。この新幹線ジャックの犯人は、お前をアル=カタで襲った奴だ。名前はココ。レキは狙撃戦でソイツと戦って――重症を負った」

 

「レキが!?」

 

アリアは目を見開いて驚いている。

 

「心配するな、一命は取り留めた。一時は危なかったが...」

 

「なんで早く言わなかったのよ!」

 

「あー...キンジとレキの携帯はオシャカになって、俺の携帯はジャケットごと非武装市民に着せててな。使えるようになった時はお前らが圏外に居たんだ」

 

「いや――その前から情報は寸断されていた。アリアお前、アル=カタで引き分けた相手の外見とか、特徴とか――理子に話してないだろ」

 

アリアはその発言にうぐっ、と喉の奥を鳴らして黙ってしまう。

 

――あー...『下分け』、『下負け』の話か。

 

武偵高は封建主義社会で...年上が年下に決闘で負けたり、引き分けた話を、決して話そうとせず、むしろ隠す。ココはそれを上手く使ってきた、ってことか。

 

随分と計画性の高い犯行だ。ジャンヌもココに作戦立案術を教えたんだろうか。

 

「いいか、キンジ、アリア、隼人...よく聞け」

 

緊迫した理子の声に、耳を傾ける。

 

「『減速爆弾』や『加速爆弾』――メーターボムは、無線でスタートさせる。たいてい、もう手で触れられない場所に爆弾を仕掛けるからな。でも、混線や輻輳、セル圏外、弱電界、H/O失敗......無線ってヤツは、確実性に乏しい。特に新幹線みたいに、高速で、無線機が山盛りに積んである移動体ではな。あたしはヤツに習った......そういう時は、退路を確保した上で、自分も乗り込め、って。そして、ターゲットが乗車したのを見定めて、車内で確実に仕掛けを起動するんだ。つまり――」

 

理子の眼が、何かを確信したようにギラつく。

 

「――乗ってるぞ、奴は」

 

その言葉に警戒をより一層強めた俺たちは―――――

 

 

 

 

――ガンガン!ガキィン!

 

 

何回かの金属音が響いた後、先頭車両の方に居た乗客たちが悲鳴を上げながら通路を駆けてきた。

 

星伽を見ると、乗客に押され、空座席に突き飛ばされていた。

 

サラリーマンの男たち、金切り声を上げて逃げていく派手な女...座席に着いていた乗客が立ちあがって、15号車の方へ逃げていく。

 

人払いをするための威嚇か、運転室の内側から扉を叩き割って出て来たのは――

 

「ニーハオ、キンチ、ハヤト。ここでリーチ、ネ」

 

「――ココ!」

 

清の民族衣装を身に纏ったココは、ウィンクをしてくる。

 

そして、ブゥン!と、身の丈に合わない鉈のような物を振り回し始めた。

 

「この列車、お前たちの棺桶なるネ!きひっ!」

 

ザンッッッ!!と、先頭の座席を簡単に叩き割る。

 

あれは、多分青龍刀だ......幅広で、重い中国刀。

 

日本刀が鋭く切る為の刀なら、青龍刀はその重さを以て、肉と骨を砕き割る、鈍器のような刀だ。

 

「10分だけ遊んでヤルヨ。ココはデートの約束あるネ」

 

と、言うココの後ろ...二重扉の先にある、運転席には女性運転士が半ベソで振り返っており、助手席には誰も居なかった。

 

どうやらココは、助手席に乗り込んでいたらしい。

 

その時、うえええええん...とすすり泣く子供の声が聞こえ、顔を向けると、16号車中央付近で、まだ避難出来ていない妊婦さんに子供が抱き着いていた。

 

この16号車に残っている一般人は、彼女らだけだった。

 

見れば妊婦さんは大きなお腹を抱え、苦しそうに脂汗をかいている。

 

このパニックの中で、ストレスによる体調不良を引き起こしたらしい。

 

拳銃を抜いてココに威嚇射撃をしようとしたが、これ以上妊婦さんにストレスを掛けられない、それに跳弾が怖い。そう判断した俺はすぐにアリアを見ると、アリアは既に動き始めていたので、急いで一歩後ろに下がり、道を空ける。

 

「――白雪!彼女と子供をセーブして!」

 

アリアも銃は抜けないと悟ったのか、日本の刀を抜いて下段でクロスさせ、突っ込んでいく。

 

身を屈めて走ってきた星伽はアリアと目配せをすると、両手を重ね、踏み台にしてアリアを斜め前にジャンプさせた。

 

アリアは減速することなくシートの背もたれ部分に飛び上がり、人並み外れた運動神経で飛び石の様に座席を蹴って前へと進んでいく。

 

それに対し、ココは青龍刀を片手で振るい一回しして......

 

「ライライ、シャーロック4世」

 

空いた手でアリアをクイ、クイと挑発していた。

 

――俺もボサっとしてられないな...!

 

「キンジ!セーブ・フォロー!」

 

「お、おうっ!」

 

星伽が妊婦さんを支え、俺が子供を抱き上げて15号車へ走り、背後をキンジに守ってもらいながら移動する。

 

その背後で――がきんっ!と金属同士のぶつかり合う音が聞こえた。

 

「図ったわねツァオ・ツァオ!初対面の時にはココと名乗っておきながら――偽名だったとはね!」

 

「それは欧州人の間違った呼び名ネ。イ・ウーではシャーロック様がそう呼んだヨ、だからココは皆にそう呼ばせてたネ。ココ、これ、魏の正しい発音アルッ!」

 

そういう事か、オルメスとホームズみたいに......言語が変わると発音が変わるのか。

 

子供たちを誘導した俺たちは――

 

「星伽、この人たちを頼む」

 

「乗客の中に医者がいないか探すんだ。俺たちは3人で――アイツを逮捕する」

 

妊婦さんを支える星伽にそう告げる。

 

「は、はい!でも気を付けて、キンちゃん、冴島君。あの犯人、普通じゃない感じがするの」

 

俺はデュランダル・ナイフを抜き...キンジはバタフライナイフを開く。

 

「普通じゃない?」

 

「そんなのよォー...いつも通りだろ?」

 

「だから、普通だ」

 

星伽にそう言いつつ...キンジと拳をコツッとぶつけて、互いを見てニヤリと笑う。

 

 

 

 

 

16号車に戻ると、アリアとココがほぼ同時に膝蹴りを繰り出し――互いの腰を蹴る形になって、飛び退く場面に出会った。

 

次の瞬間、ココは青龍刀を放り、たん、たたたっ!と床を蹴り、アリアの膝、腰、胸を垂直に駆け上がる様にあがり、ビシィッ!と絹布の靴でアリアの顎につま先蹴りを叩き込んだ。

 

「アリアッ!」

 

キンジがバタフライナイフを構え、通路を駆ける。

 

「――ッ!」

 

よろめいたアリアが数歩後退してくる。

 

その向こうで、運転室を背にしたココは――バック宙を切りながら、バタバタと両袖の長い袂をヒレのように羽搏かせた。

 

そして、その袖の中から、香水の容器のような物を取り出し――

 

「――パオパオチュウッ!」

 

シュッ...と霧吹きみたいな音がした。

 

「アリア避けろっ!パオパオは気体爆弾だ!あたしはイ・ウーで見た!シャボン玉が弾けて中身が酸素と混じると――爆発するぞッ!」

 

「!?」

 

それを聞いたアリアは、キュッ!と足元を鳴らす。

 

 

 

――バチィィッ!!!

 

 

アリアの眼前で弾けたシャボン玉から、激しい衝撃と閃光が上がる。

 

前方のシートが、何席か薙ぎ倒され――

 

「きゃぅ...!」

 

アリアが車に撥ね飛ばされた様に、ふっ飛ばされた。

 

この光は――レキが、攻撃を受けた時の光と同じ...!

 

レキは、この光にやられたんだ!

 

その時、席に落ちているトランプの束と、チェスの駒を見つけ、拾い上げる。

 

「――アリアッ!」

 

キンジが、吹き飛ばされたアリアを抱き留める。

 

「もう一度食らうといいヨ!パオパオチュウ!」

 

シュッ!と、また悪魔の吐息のような霧吹きの音が聞こえる。

 

俺はそれを聞いて、キンジたちの前にトランプを数枚放り投げた。

 

トランプはヒラリヒラリ、とキンジたちの前方...数メートルの所で舞う。

 

その舞い散るトランプが、見えないソレに当たった瞬間。

 

バチィィィッッッ!!

 

と音がして、トランプの一枚が弾け飛んだ。

 

「...――!」

 

「その気体爆弾は...もう、使えねーな?」

 

「ハヤト...!その小細工、鬱陶しいネ!」

 

ココは忌々しそうに俺を見たあと、アリアを見て、ニヤリと笑う。

 

俺もそれに釣られアリアを見ると、アリアは立ちあがれず、膝をガクガクと震わせて...刀を手放してしまっている。

 

ココはそれに満足そうに笑い...袖からヌンチャクのような物を2本取り出した。

 

が、それを良く見ると...小型ロケットだった!

 

ロケットの先端同士をかちんと合わせ、ココが左右にソレを離すと、先端同士の間にビィ...とワイヤーが1本張られて伸びた。

 

正しくヌンチャクの様な形に。

 

「――シャンホートンフージン!」

 

鋭い噴射音を上げて、平行に飛んだ二発のロケットが、キンジとアリアの左右を通過し―――その間に張られたワイヤーがアリアに押し付けられ......アリアの体でワイヤーを固定されたロケットは、ぐりいん、ぐりんっ、とキンジたちの周囲を回りながら飛び始めた。

 

「あッ......あ...!」

 

「う...ぉ......ッ!」

 

キンジとアリアは見る見る内にワイヤーで束ねられ、腕、胴、脚をグルグル巻きにしたロケットは、カキンッ!と甲高い音を立ててワイヤーを切り離し、燃料を使い果たしたのか、床に転がった。

 

「きゃあっ!」

 

その転がったロケットをアリアが踏んで、キンジと一緒に転倒する。

 

キンジは転倒の衝撃で、バラフライナイフを手から放してしまっていた。

 

バタフライナイフは座席の下に潜り込む前に、俺が急いで拾い上げ、二本のナイフでワイヤーを切り裂こうとするが、斬れない。

 

「きひっ。無駄ヨ...そのワイヤーはちょっとやそっとじゃ切れないアル」

 

――チィ...ダメか

 

キンジとアリアの前に立ち...2本のナイフを両手に持ち、構える。

 

ココもそれを見て放り投げた青龍刀を拾おうとする。

 

「う......ふぇ......ツァオ・ツァオ......!」

 

その言葉に、ココが動きを止めて顔を向ける。

 

どうやら声の主は理子の様で――――

 

「......びええええええええええええ!!!!理子はイ・ウーの仲間だったじゃああああああん!!!!同期の桜じゃああああああああん!!!!理子は助けてぇえ!!理子だけは助けてぇええええええええええ!!!!びええええええええええええ!!!!」

 

と、大声で喚き始めた。

 

――う、うるせぇー...

 

耳にキンキン響く声にウンザリする。もっとジャンヌの様に静かに居られないのか...

 

それにコイツ、『自分だけは助けて』って言いやがったぞ、まるで鼠男みたいに立場をコロコロ変える奴だ。

 

「峰理子!ウソ泣きやめるネッ!ウソ泣き通用するの、男だけヨ!」

 

――いやぁそうでもないと思うぜ?

 

「チッ」

 

理子は鳴き真似をやめて、舌打ちをした。

 

ココは理子から目線を外し、俺――その、後ろにいるアリアを睨む。

 

「『緋弾のアリア』」

 

シャーロックから継承した名前を、口に出した。

 

「何もかも、お前のせいネ。イ・ウー崩壊した、世界中の結社、組織、機関、パワーバランス崩れたネ。乱世、これから始まるヨ」

 

ココが、罪人を見るような目で俺の後ろにいるアリアを睨む。

 

「お前、緋緋色金喜ばせた。これも乱の始まりアル。緋緋色金と璃璃色金、仲悪いネ。

緋緋が調子づいた事感付いて、璃璃。百年振りに怒ったヨ。怒って見えない粒子撒いて、世界中の超能力者、力、不安定になった」

 

イロカネが、超能力を狂わせてる...?

 

――別に俺は全然...そんな事はないんだがなぁ。

 

「これから超能力者、役立たずになるヨ。その時、銃使いの価値増すネ」

 

ココが、キンジを指差す。

 

「キンチ、超能力者じゃない。でも、高い戦闘能力持ってる良い駒ネ。主戦派、研鑽派、ウルス、みんなキンチ欲しがってる」

 

そして、その指をゆっくりスライドさせ――俺を指した。

 

「ウオ、超能力者滅びる言った。けど、ハヤトは違うネ。璃璃の粒子を、弾いて――むしろ逆に、強くなったネ。主戦派、日本政府、アメリカ――隼人の事、欲しがってるヨ」

 

どうやら...キンジや俺たちは――ソッチの業界で随分と人気らしい。

 

「一番キンチに手出すの早かったの、ウルス、ヨ。璃璃色金、姫に直接指令を送って、キンチを取りにかかったネ。でもキンチは、ココが横から貰うアル」

 

ココは実に嬉しそうに、ピョンピョンとその場で跳ねる。

 

「それに、ハヤトも気に入ったネ。ウルスのレキも、ハヤトも、アリアも、ココが貰うヨ。優れた狙撃手、暗殺に使うも良し、売るも良し、緋緋色金は高く売れるヨ。ハヤトは研究機関に放り込めば生きてる間だけ、金を吐き出せる金脈アル」

 

ココはニヤリと笑い、俺たちの値踏みを始める。

 

キンジやアリアや理子は動けないが...俺は、まだ動ける。

 

「おいココ...値踏みするのもいいが――『捕らぬ狸の皮算用』って言葉がある事を、覚えておきな」

 

バタフライナイフとデュランダル・ナイフを構え直し、ココを睨む。

 

ココはそんな俺を見て、きょとんとした後に、笑う。

 

「ハハハ...隼人、ウオに勝てないヨ。ケド、痛めつけて縛ってあげるネ」

 

ココが、青龍刀を構える。

 

じりじりと、足を前に近付け――ココとの距離を縮めていく。

 

「遊んであげるヨ...おいで、ハヤト!」

 

「――言われなくても、オメーを逮捕してやるぜ!」

 

ダッ!と駆け出す。

 

ココが青龍刀を突き出し、俺を突き飛ばそうとする。俺はそれを左手で持ったバタフライナイフで受け流しながら進む。

 

ガギィィ...ギャリリリィ!!!

 

と、甲高い音を立て、火花を散らしながら距離を詰める。

 

「きひっ!」

 

ココは俺の動きに対応して――数歩下がり、青龍刀を引いて、また突き刺そうとしてくる。

 

それをスライディングする様にして、通路を背中で滑る。

 

するとココは突き刺す動作を止め、青龍刀を振り下ろす。

 

それを持ち上げた足の裏で受け止める。

 

ガギィイッ!と足の裏に仕込んでいた鉄板が刃を受け止める。

 

さっきも説明したが――――青龍刀は、重い。

 

そしてそれを、靴の底で受け止めた。

 

つまり、強い衝撃が走るワケで...

 

改修されたこのスプリングブーツは、跳躍能力を大幅に上げた代わりに、熱を放つ。

 

 

 

バシュウウウッ!!!!

 

 

 

 

と、熱気を放出しながら底が持ち上がり、ココの青龍刀が思いっきり上に弾かれ、ザグン!と天井に突き刺さり――

 

「う、あぁっ!?」

 

ココは熱気を顔に浴びて、ババッと飛び退いて、距離をとった。

 

そのまま体を起こして、ココを睨む。

 

「...――もう、許さないアル...!」

 

ココも、俺を睨みつけている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、互いが再び駆けだした。



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修学旅行 2日目 やべー事件が発生!②

互いが駆け、距離が縮まる。

 

ココは途中でヘッドスライディングをするかの様に飛び込み、フワリと浮いたその体を宙で捻り――側転の体勢に入る。

 

だったったた!

 

側転を何度も行い、ココに向かって接近していた俺の眼の前に来ると、側転で振っていた足のつま先を俺の肩に引っ掛け、グイッと引き寄せられた。

 

引き寄せられた俺は上半身を捻じり肩に掛けられた足を払おうとする。

 

が、その直後に――

 

――ガッ!

 

側転で振り上げていたココのもう片方を足が、少し前傾姿勢になった俺の後頭部に踵落としを叩き込んできた。

 

「――ぐ...ぅ」

 

グラリと視界が揺れる。

 

「きひひ、やっぱりハヤト、大したことないネ」

 

ココは側転を終えず、逆立ちの状態になり、俺の肩に掛けていた足を少し持ち上げ――

 

ゴッゴッガッゴスッッ!!

 

フラフラと揺れる俺の顔、胸、肩にバタ足をする様に足をバタつかせて連続蹴りを放った。

 

それをガードする事も出来ず、頬を蹴られ、額を蹴られ、眉間を蹴りつけられ、心臓の位置に強い蹴りを貰い、鳩尾にも何度か蹴りを貰う。そして――せめて、閉じなかった右目に蹴りが当たった。

 

「が...っ!!」

 

「右目、しばらくダメになったネ」

 

ココはそう言った直後、下半身を捻り...ブゥンと振るい、勢いのついた蹴りが俺の顎を的確に捉える。

 

その蹴りの一撃に耐えきれず、フラフラと横によろめき、倒れ込んでしまった。

 

「ハヤト、そこにある物使う闘い得意、ケド実力はイマイチネ」

 

グラグラと揺れる視界で、ココを見る。

 

「口は達者だけど、弱いからダメヨ。もっと強くなれば...ココみたいに、強い事言えるネ」

 

ココはニヤニヤと笑いながら俺の額を人指し指で突いてきた。

 

「きひ...さっきココ、乱世になった言ったヨ。乱世、ビジネスの好機ネ......この列車ジャックも、サイドビジネスの一種ネ。ココ、日本政府に身代金として300億人民元要求したヨ。払えば良し、払わないなら――――どっかぁああん!」

 

ツインテールが跳ねる程の勢いで、上を向いて甲高く叫ぶ。

 

「列車粉々にして、パオパオのデモンストレーションにするネ!」

 

「......金、金......金、か。確かに...必要だよな...」

 

「そうネ、金、あればあるほど裕福ヨ。どれだけあっても困らないネ」

 

「――強、欲なんだよ...オメーは......その、欲は――身を亡ぼすぜ」

 

ココを睨みながらそう言うが、ココの笑みは消えない。

 

「欲を持つことは...――悪い事じゃない。むしろ......良い事だ。ただ......その欲を叶える為に...『暴走』することが悪いんだ」

 

「どういう事ネ」

 

「その、ままの意味だ...!お前はビジネスの為の金や...自分の欲しい人材の為に...『暴走』している!」

 

「それの、何が悪いカ?」

 

ココは欠伸をしてから、俺に聞いてくる。

 

「全部が全部――――自分の思い通りになると思うなよ......世の中努力したって、望んだって、足掻いたって、叫んだって......どうにもならない事があるんだ」

 

「フゥン...まぁ、ハヤトの言ってる事も分からなくはないヨ。でも、ココは中華の姫ネ。叶わない事なんてないヨ」

 

ココは俺との話に飽きたのか、ワイヤーで縛られてるアリアたちの方へ歩いて行く。

 

「きひひ...さっきのパオパオ、ほんの1ccネ。この列車には1㎡積んだアル」

 

「ちょっ!多すぎだってば!」

 

サラっと言ったココに、理子が喚いた。

 

アリア、キンジ、俺は......ココの発言に言葉が出なかった。

 

 

1㎡。そんな量の気体を詰め込んだ袋にせよ風船にせよ...隠せるわけがない。だが、もし――マジに積んでるとしたら、馬鹿げた表記になるが......威力は百万倍ってことになる。

 

新幹線も、線路も、その周辺にある建物も巻き込んで、ぶっ飛ばす事になる。

 

「パオパオ、目に見えない爆弾アル。何処にでも隠せる、誰にも気付かれない名品ネ。派手にふっ飛ばせば、注文、世界中から来るヨ。ココ大儲けで、藍幇の女帝の地位買うヨ」

 

――藍幇。シャーロックが言ってた組織の名前。香港を中心に活動してるんだったか...

 

藍幇は非合法取引で金稼ぎをする闇商人のグループみたいなものだという事か。

 

「キンチ、レキ、香港の藍幇城へ連れて行くネ。アリア、ハヤト、買い手付くまで幽閉するヨ。きひ、きひひひひひひひひひ!!いい金蔓アル!緋緋色金高く売れる!ハヤトは金脈!きひひひ!!」

 

頭の中でソロバンを弾いて笑っているココに――

 

「ツァオ・ツァオっ!り、理子は!?ご一緒に理子もいかがですか!可愛くて強いよ!雇って損はないよっ!」

 

――セットメニューかな?

 

理子は一人だけ省かれた現状を打破したいのか、自分を売る営業をし始めた。

 

「峰理子、お前能力はともかく、人格に難あるネ。今から心入れ替えるカ?」

 

呆れたような声でココが理子に問うと、うんうんうんうん!と、必死の相槌が聞こえた。

 

「――藍幇に忠誠誓うなら、考慮してやるネ」

 

「藍幇大好き!藍幇万歳!アリア!キンジ!隼人!今から理子と一緒に藍幇のメンバーになろう!藍幇城は酒池肉林!超ッマジッ!良い所だよ!本場のももまん食べ放題だよ!」

 

「......本場の...もッ............ハッ!...こ、こら、理子!なに速攻で寝返ってるのよ!」

 

ももまんに支配されかけたアリアは強靭な精神力で、本場のももまんの呪縛から逃れ、理子に吠えた。

 

「話の腰を折るようだがな、ココ。俺は――お前の手下なんかにはならないぞ。こう見えても、一応、武偵ってことになってるからな」

 

と、キンジが話し始める。

 

たしかに、そういう組織に入ったら最後...武偵高のOBや鬼教官に狙われて裁判所に引き摺りだされ――武偵三倍刑に基いて即死刑だろう。

 

だったらここで潔く死んだ方がマシだ。

 

「――――良将、皆最初はそう言うヨ。でも人の子には『欲』あるネ。中国は地大博物人多。何でもある国ネ。魏の兵法書によれば、敵将が若い男の時、女責めにすれば自分の部下になる。お前の好みの女、百人集めてやるネ。美人、美少女、大きいの小さいの与える。よりどりみどりにしてやるネ。うふーん」

 

そのココの発言に、眉間の奥がピキリと不快感を訴え始める。

 

この感覚は、アリアだろう。物凄い威圧感を感じる。

 

「あ、生憎だが......それは俺には逆効果だと思うぞ。それにレキにも言ったが、俺は将軍でも何でもない。ただの平凡な男子高校生だ」

 

――平凡な男子高校生は拳銃やナイフをぶら下げないんだよなぁ...

 

「――キンチも、ハヤトも己を知る必要あるネ。お前たち、特別な人間ヨ。特別な人間、ただの人間から疎外される。表の世界には合わないネ。それより裏の世界で派手に生きた方がいいヨ」

 

視界の揺れが収まり、ようやく立ち上がれそうになったその瞬間、ココの言葉が俺の胸に突き刺さる。

 

脳裏に、色褪せた記憶が蘇る。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

『ハヤトくん、インチキいけないんだー!』

 

 

 

 

 

『ハヤトくんだけズルいよぉ!』

 

 

 

 

 

『うわ!ゴキブリハヤトだ!ゴキブリ菌が移るぞ!にげろ!』

 

 

 

『ハヤトは足が早いだけだな!』

 

 

 

『ハヤトくん『ハヤト『ゴキブリ

 

『ハエみたいに『足だけ『コイツいらなくね『死ね

 

『じゃーま!『じゃーま!『かえれ!『かえれ!

 

『しーね!『死ね『死ね

 

 

 

 

『死ね』

 

 

 

 

消えろ』死ね』失せろ』なんで学校きてんの』かえれ』

 

 

 

 

『隼人君なんですけど...正直不気味で......』

 

 

 

 

『怖いですよねぇ』

 

 

 

『こら!うちの子に近寄らないで!この化け物!』

 

 

『不気味よねぇ...人と同じ見た目なのに...エイリアンみたい』

 

『いい?あの化け物はエイリアンで悪いヤツだから、石を投げても許されるのよ』

 

 

 

 

 

 

『お前の星に帰れ!地球から出てけ!』

 

『死ね!死ね!死ね!!』

 

『化け物め!うちの子を殴るなんて信じられない!』

 

『うちの子が石なんて投げるはずありません!こいつがでっち上げた嘘です!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『隼人...隼人は、賢い子なんだから...暴力は、ダメでしょう?』

 

『お前は自慢の息子なんだ...さ、一緒に謝りにいこう。お父さんも一緒に行くから』

 

 

 

 

 

『どんな教育をしてるんだアンタ達は!それでも親か!』

 

『私たちはどれだけ謝罪されても許しませんからね!』

 

 

 

 

 

 

 

『なんでお前まだ生きてるの?』

 

 

 

 

 

 

 

『死ねよ、化け物』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『隼人...ごめんな。お父さん、もう疲れちゃったよ......』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アンタのせいで、アンタのせいで!!アンタのせいでお父さんが!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アンタなんか、産まなければ良かった!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『このクソガキが!ワシの娘を、殺したのか!』

 

『落ち着いてくださいあなた!』

 

 

 

 

 

『ここが、お前の家だ...屋根があるだけ有り難く思え、気持ちの悪い忌み子め』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『君が、冴島隼人君だね?』

 

 

 

 

 

『私と一緒にアメリカに来なさい。アメリカは自由の国だ。君が抑え続けてきた『欲望』をどれだけ望んでも...誰にも邪魔はされないし、怒られもしない』

 

 

 

 

 

 

『見返りは、君の細胞と、血液を1カ月に数回...ほんの少し、分けてくれればいいんだよ』

 

 

 

 

『そうか、そうか......ようこそ、アメリカへ。――――自由の国へようこそ。君は、ようやく自由になれる』

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

...ほんの少しの特別が、『異端』として捉えられる表の社会。

 

全てが平等でなければ許されない社会。間違っていると何度も思った社会。

 

たしかに、息苦しかった。辛かった。何度も、心を折られかけた。

 

『個性』が認められない社会が、とても辛かった、壊したかった。

 

意思を持つことを許してくれなかった『平等』が、堪らなく憎かった。

 

「そ、そうはならねぇっつってんだよ!俺は――至極一般的な人生を歩むんだ!」

 

キンジはココの言葉に少々声を荒げて言い返す。

 

キンジの行く道は、きっと将来的にキンジを苦しめるだろう。

 

「存在自体が一般的じゃない男が何を言うカ」

 

その通りだと思う。が...それも、キンジの『意思』だから、尊重すべき物だろう。

 

「キンチ、お前ココの同類ヨ。優れた潜在能力持つ人間、必ず引っ張り出されるネ」

 

その時、新幹線が少し揺れ――――クンッと速度が上がる。

 

体を起こして、電光掲示板を見ると...

 

【只今の時速 180km】

 

「うぅ......主よ――――みもとに―――――ぐす......ふぇ...近、づかん――」

 

泣き声混じりの讃美歌が聞こえてくる。

 

開け放たれた二重扉の向こうの、女性操縦士が歌っているらしい。

 

彼女の声は精神的にもういっぱいいっぱいって感じの声で...時間がない事を、間接的に示していた。

 

「アイヤヤヤヤヤッ!喋ってたらこんな時間ヨ!ココ、デートの準備あるネ」

 

ココは瞬時に立ちあがった俺に近づき、俺の両腕を一瞬で掴む。

 

そして、顎に一撃膝蹴りを一発打ち込んでくるが、両腕を塞がれてガードが出来ない。

 

ゴッ...と重い感触が伝わり―――揺れの収まった視界が、また揺らされる。

 

「ハヤトはそのまま寝てるがヨロシ。後でまたウオが取りに来るヨ」

 

ココが膝の裏を蹴り、そのまま両腕で俺の肩を押す。

 

「お、おお...!?」

 

抗おうと力を籠めるが力が入らず、結局床に叩き伏せられた。

 

その後キンジとアリアをずり...ずりり......と引き摺っていき――――

 

16号車の前方......先頭座席の更に先、自動ドアを潜った向こうまで引き摺られていった。

 

「あ......あたしたちをどうするつもりよ!」

 

アリアが叫ぶ。

 

必死に体を引っ張って、通路に顔を出す。

 

アリアたちから手を放したココは、袖からカラビナ・フックを取り出し、キンジたちを縛っているワイヤーに繋げた。

 

そしてもう一本、リード線のようなワイヤーをきりきりと伸ばしつつ......

 

「お前たち、もう何も出来ない。知る必要もないネ」

 

前もって開いてたらしい天井の扉―――人がギリギリ潜れるような、恐らく整備用の出入り口―――に続く簡易梯子を昇っていき、車外に出ていった。

 

アリアは伸びていくフック付きのワイヤーを見て、呟く。

 

「アイツ、あたしたちをヨーヨー釣りみたいに釣り上げて――どこかに運ぶつもりよ」

 

「中国だろ。俺、パスポート持ってないけどな...隼人、無事か?」

 

キンジが茶化しながら、俺に話し掛けてくる。

 

「......あ、ぁ......なんとか、な......」

 

グラグラと再び揺らされた視界の中で、キンジたちを見る。

 

「キンジ!ふざけてる場合じゃないでしょ!とにかく、なんとか、脱出を......うーん......んっ!んんー!!」

 

アリアは身を捻り、よじり、なんとか抜け出そうと足掻く。

 

そのタイミングで、新幹線が加速する。

 

「うあっ!?」

 

アリアがその新幹線の挙動に弄ばれ、キンジに抱き着くような体勢になった。

 

「わ、わっ......!」

 

キンジを見上げたアリアの顔は、キンジの顔ギリギリの所に位置している。

 

キンジの後頭部にワイヤーが当たっているので、キンジは必然的にアリアの顔を直視せざるを得ない。

 

アリアの方も顔を下げられないらしく、キンジを見続けてる。

 

「う! う!うっ、うー!」

 

と、突然語彙力が急激に低下したアリアは顔を物凄い勢いで赤面させた。

 

「う! う! う...う、う、後ろ向きなさい!か、顔近い!近い、近いぃぃぃー!」

 

アリアは額を使ってキンジの首を180度曲げようと必死にキンジの顔を押す。

 

――アリア、人間の首って180度も曲がらないんだよ...

 

「お、おい!に、人間が首だけ後ろに向けるワケねぇだろ!やめろって!落ち着け!隼人ォ!助けてぇ!アリアに殺される!エクソシストの女の子みたいになっちゃう!」

 

キンジのキャラがブレ始めたのでいよいよマズいかと思って起き上がろうと力を籠めた所で事態は急変する。

 

キンジは首を折られたくないので必死にアリアの方に顔を戻そうとしていて、その時にアリアが額をつかってグイ、と押そうとしたタイミングが重なり、キンジの頬にアリアの唇がぶつかった。

 

だが、アリアはきっと『キスをした』と認識しているだろう。

 

その証拠に...

 

「~~~~~~~~!!」

 

きゃー、と声を上げてるようだが...悲鳴が甲高すぎたせいか人の可聴域を超えた様だ。

 

アリアが人の言葉ではない何かを叫びながら、バタバタと暴れ出し、ワイヤーから抜け出していく。

 

キンジは脱出出来る事に喜んでいたが――これからキンジはアリアのフルコースを味わうハメになる。

 

南無三、と心の中で合掌をして、まだグラついている頭を軽く左右に振って視界を安定させる。

 

体を起こそうとしたところで、アリアの甲高い悲鳴が再度聞こえた。

 

「みっきゃあああああああ!!」

 

大方キンジの顔がアリアの胸に収まったのだろうと適当な当たりをつけて立ち上がる。

 

「あー...痛ってェ...」

 

パン、パンとジャケットを手で叩き、襟を正す。

 

キンジたちの方はどんなモンかと思って見てみると――――

 

 

 

「ちょっ!キンジ!そ、それっ!そこは......こらっ!バカっ! あっ、あっああっ! か、風穴! 開く、あっ!風っ穴っ、やめっ、やめなさいっ!」

 

――――キンジがアリアの股間に顔を押し付けていた。

 

そしてそのまま、スポッとキンジがアリアの太ももの間から顔を出した。

 

両腕が自由になったキンジの目付きは鋭く...雰囲気が違っていた。

 

「......アリア、もう少しだけ我慢してくれ。すぐ終わるから」

 

その言葉は嘘ではなく、マジだったようで――キンジはワイヤーから抜け出した。

 

キンジはスッと立ち上がり、洗面室の扉を開けようとしている。

 

扉は開かない様だった。が、それはそれで納得した様な顔をしていた。

 

「隼人、見つけたぞ」

 

「何をだよ...」

 

「1㎡のパオパオだ」

 

「何?」

 

「この洗面室に満たされてるんだ」

 

「ほー...てことはシリコンかなんかで密閉されてるワケか」

 

「流石隼人...そういう事は頭が回るな」

 

キンジと言葉を交わすが――何か様子が可笑しい。

 

さっきまでのキンジと違う。

 

この感じは、シャーロックとやり合ってた時の...もうちょっと、柔らかめ版みたいな感じだ。

 

「キンジ、オメーもカナと同じである条件で人が変わる感じか」

 

「......隼人になら言ってもいいか。...まぁ、そんな所だ...耳貸せ」

 

「あぁん?」

 

キンジの近くまで歩いて行って、耳をキンジの顔にグイッと近づける。

 

「...誰にも言うなよ?」

 

「言わねぇよ」

 

キンジは声を更に潜めて、俺にボソボソと吐息を漏らすように話してくる。

 

「俺は、女性に性的興奮を覚えると――カナみたいに、なるんだ」

 

その言葉を聞いた俺は、ちょっと考えて、納得した。

 

「あー...成程ね」

 

――キンジは、アリアに興奮して...ちょっとした賢者状態になってるワケか。

 

「分かってくれたか」

 

こんなことが知られでもしたら本当にやっていけなくなるだろうし、何よりキンジを利用しようとする奴が出てくるかもしれない。迂闊に喋るワケにはいかないな。

 

「よし分かった。この事は俺が墓場まで持ってく」

 

「スマン、恩に着る。いやぁ、結構恥ずかしいな」

 

キンジの頬はやや赤く、照れてるのか後頭部をポリポリと掻いていた。

 

その後、キンジとアリアのイチャつきをこれ以上見ない様に、俺は一足先に15号車へ乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「隼人!ダメだ、武偵はオレたちを合わせて10人だけだった」

 

15号車に戻ると、高齢の女医が冷静に妊婦さんの診察・手当をしていて――武藤が、話しかけてきた。

 

「そうか...犯人と、爆弾を見つけた」

 

「何だと!」

 

その言葉に武偵たちが俺の周りに寄ってくる。

 

「だが落ち着け、犯人の戦闘能力は非常に高い。そこで、キンジに指揮を執ってもらうことにした」

 

「キンジに、指揮?」

 

「アイツはああ見えて土壇場には強い。それに元とは言え強襲科だ...こういった時の対処法も知ってるだろうよ」

 

「...ああ、やってやるよ。全員、コッチに来てくれ」

 

そのタイミングで、キンジが戻ってきた。

 

15号車と16号車の間を作戦会議室にした俺たちは、キンジがざっと状況説明をして――それぞれを配置につかせる。

 

「犯人が車内に戻ってきた場合の事を考えて――鷹根、早川、安根崎の3人は1号車、4号車と5号車の間、11号車と12号車の間、白雪は此処を守ってくれ。不知火は対テロリスト訓練の経験が豊富だから、7号車と8号車の間...中央を守ってほしい」

 

キンジは素早く配置を決めていく。

 

「それと、待機中の間に鷹根たちは武偵高・警視庁・鉄道公安本部に連絡して爆弾の解除方法を模索してくれ」

 

「――キンジ、オレはどうするよ」

 

「もう新幹線の運転士がグロッキーなんだ。運転を変わってやってほしい。3分に10キロずつ加速する繊細な操作だ。できるか?」

 

「出来るに決まってんだろ。車両科なら1年だって出来るぜ」

 

「爆弾は運転席の真後ろだ。逃げ場はないぞ」

 

「お前なら逃げるか?」

 

武藤は自信たっぷりに言った。

 

「よし――――始めよう。アリア、隼人、行くぞ。銃刀法違反と監禁の容疑で、ココを逮捕する。あの子に、もう子供は家に帰る時間だって事を教育してやろう」

 

その言葉に腕時計を確認すると、時刻は18時22分を指していた。

 

東京まで、あと一時間。

 

ここからは危険運転扱いになる。

 

「う、うん!」

 

アリアはコクコクと素直に首を振っている。

 

「ああ、現在時刻18時22分34...35...36秒...作戦準備、開始」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それぞれの武偵が、それぞれの成すべき事をやりに行く。

 

 

東京まで、あと1時間。



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修学旅行 2日目 やべー事件が発生!③

通信科の3人から片耳に挿すタイプの骨伝導式インカムを複数持っており、それを受け取った俺たちは互いに連絡を取れるように、と周波数を合わせた。

 

その後、全員が配置についたのを確認していると、不知火から通信が入った。

 

『7号車にどこかのTVスタッフが数人乗ってて、カメラ機材も持ってる。これが事件だと分かってからは、ずっと車両の無線LANを使って放送してたらしいよ』

 

『放送...この状況でか?』

 

『うん、嬉しそうにしてる。スクープ現場に居合わせることができて』

 

全員の命が掛かってる状況なのに、実に楽観的な連中だ。

 

『......放っておこう。報道は、自由だ』

 

そう言うキンジにバタフライナイフを返して車両の先頭へと進んでいく。

 

――キンジはマスコミが大嫌いだからなぁ...

 

何か思い出したのか、苦々しい顔のキンジはナイフを受け取って俺と同じ様に車両の先頭へと歩いて行く。

 

車両の先頭では――

 

「キンジ、ハヤト。アンタたちもヒールフックを使いなさい」

 

と言うアリアが白いスニーカーを履き直していた。

 

不安定な足場に出る場合に備えて、武偵は常にチタン合金の鈎爪を携帯している。

 

ベルトのバックルやホルスターの奥に秘匿されるその金具は、変形ロボットみたいに形状を何種類かに組み替える事が出来るものだ。

 

アリアはそれを靴底にセットして、新幹線の上から転落しない為のスパイクにしていた。

 

「バスジャックの時はルーフに打ちこんでワイヤーの支点にしたけど、今回は白兵戦よ。ワイヤーを切断される恐れがあるわ」

 

「――正しい判断だ」

 

「だな。俺らもやっとくか」

 

アリアの意見に従い、靴底に鈎爪を付け始める。

 

先に準備を終えたアリアは俺たちに背を向けて、屈伸運動をしていた。

 

俺は隣で鈎爪を装備しているキンジの肩を突いて、キンジを呼ぶ。

 

「どうした隼人、バカだから鈎爪の付け方が分からないのか?」

 

「はっ倒すぞ。ちげーよ、アリアにレキの話、しとけよな...チャンスだろ?」

 

「......そうだな、そうしておくか」

 

キンジのボケにツッコミを入れつつ、狙撃拘禁の話をしておけとキンジに告げると、キンジはすぐさまそれを実行に移した。

 

「アリア。誤解を与えてしまっている様だが――俺はレキに狙撃拘禁されていたんだ。だから、『リマ症候群』を発生させようと色々やっていただけなんだ」

 

「ふーん......」

 

疑い半分、信用半分といった感じのアリアは、体の向きをグルリと変えて、キンジを見た。

 

「――まぁいいわ。その辺の事は、ちょっと待つ事にしたから。待ちの一手よ」

 

「待つ?何をだい?」

 

「どうでもいいでしょ、そんな事。はい、この話はこれでお終い!あー、それにしてもツイてないわ。誕生日が近いのに、こんな事件に巻き込まれるなんて」

 

チラッとキンジを見てから、アリアはスパイクを試す様に軽く足踏みする。

 

「ホント、ツイてないわ。来週、誕生日なのに」

 

――っ!いいぞアリア!誕生日アピールでキンジとの復縁を狙うんだな!?

 

これは援護射撃をしないといけないな、と思い即座にキンジの肩を掴んで顔を寄せる。

 

「おい、キンジ」

 

「な、なんだ隼人......か、顔が近いぞ」

 

ヒソヒソとアリアにバレないレベルの声でキンジに声を掛けると、キンジはやや顔を赤くしながらも俺の話を聞き始めた。

 

頬染めるな気持ち悪い、と言いたかったが時間も無さそうだったのでやめた。

 

「来週はアリアの誕生日だ。機嫌を直すなら......この機会を逃がすワケにはいかないぞ」

 

「――でかした、隼人!それでいこう!」

 

キンジとYEAHHHHピシガシグッグと喜びを表現をしていると、アリアがわざとらしく新しい話題を振ってきた。

 

「そう言えばキンジ、ハヤト......アンタたちの実家って何処よ」

 

「俺ぁ実家はないぞ」

 

「はぁ!?実家がないってどういう事だよ?」

 

キンジが驚愕の表情で聞いてくる。

 

「いや、俺の両親自殺してるから帰る家もねーし...祖父たちの家に厄介になってた時期もあるけど、あそこも実家とは言えねーしよォー......まぁ俺の話はどーでもいいだろ、キンジの実家は何処なんだよ」

 

「......え!?あ、ああ......俺の実家は巣鴨だよ」

 

「スガモ......?この新幹線で寄ってく予定とかあった?だったら残念だったわね」

 

と言うアリアは、あまり日本の地理に詳しくないようだ。

 

「都内だよ、巣鴨は」

 

「都内って......じゃあなんで寮生やってるのよ。通学すればいいじゃない」

 

「まぁ......色々とね」

 

と、鈎爪の装着が終わったキンジは、多くを語らずにアリアに向き直る。

 

俺も鈎爪の装着が終わり、立ちあがって、通路をしばらく歩き――天井に突き刺さったココの青龍刀を掴んで引き抜く。

 

軽く振り回すと、ブォンッ!と空気を裂くいい音がする。

 

重さは本当に少しだけ軽い...長さはちょっと短い。だけどかなり使いやすそうだ。

 

――使えそうだなぁ...借りてくか。

 

そして『準備完了』という空気が流れ――

 

アリアは自分の両頬を両手でばしばし叩いて気合いを入れている。

 

さぁ――ここからが勝負だと言わんばかりだ。

 

チームで動くときは呼吸を合わせる為に雑談などをするのがセオリーだが、それも図らずに今の会話で出来た。

 

「行くわよ」

 

さっそく梯子に飛びこんだアリアの手を、キンジが包み込むようにして止める。

 

「なっ何っいきなりっ。手、手っ手っ」

 

赤面したアリアのスカートを、キンジは小指でピン、と弾いた。

 

「梯子や階段を上る時だけは、レディー・ファーストの例外だよ」

 

と、言いながらキンジはアリアよりも先に梯子を上っていく。

 

アリアはキンジに指摘された事に気付き、顔を徐々に赤面させていき、スカートの裾を掴んでしまった。

 

それを尻目に、キンジの後を追って梯子に手を掛ける。

 

キンジが上に行き、即座に俺も体を押し上げる。

 

足を上げて、青龍刀を構え後ろを振り向くと―――――

 

「きひっ!」

 

キンジの目の前と同じ様に、俺の目の前にもココが居た。

 

キンジと背中を預け合ってる状態だが、キンジの方にも俺の方にもココが居る。

 

――双子、だったとはな!

 

俺の方に向かって走ってくるココは、予備の青龍刀を持っていて、姿勢を低くして突っ込んできた。

 

「――シィヤッ!」

 

手にしていた青龍刀を即座に上段に構え、叩きつける様に振り抜く。

 

―ブゥォオウンッ!!!

 

「きひっ!」

 

俺の方に走ってきたココは、振り下しの攻撃を青龍刀で受け止める。

 

――ガギャィイイイイインッッッッ!!

 

甲高い金属の衝突音が響き、ビリビリと衝撃が腕に伝わってくる。

 

「よォ......さっき振りだなァ......!」

 

「それウオのリュウエイダオヨ!返すネ!」

 

―ギャリ.....ギィ...リ...ガギギャ...!

 

薄暗くなった世界に、青龍刀の刃と刃が擦れあい火花が飛び散る。

 

飛び散った火花が、俺とココの顔を一瞬だけ明るく照らし出す。

 

「キンジィ!ソッチのココは任せたぜ!」

 

「ああ!」

 

俺はそう叫んだ直後、XVRを引き抜いてココの腕目掛けて引き金を引いた。

 

ガゥン!

 

一発だけ撃った銃弾は、ココが銃を見た瞬間に飛び退いたせいで命中することなく、闇に消えていく。

 

『キンジ、隼人。俺だ!武藤だ!あと10秒で加速する。落っこちるなよ』

 

運転席の武藤から連絡が入る。

 

『キンジ!隼人!どうなってるのよ!出入り口が開かないわ!』

 

被せるようにして、アリアからの連絡もきた。

 

「こっちは交戦中だよ」

 

「アリアのそっくりさんが2人...ココは双子だった」

 

背中合わせに立ったまま、互いの正面にいるココを睨み――アリアに状況を簡単に説明する。

 

片手にXVR、片手に青龍刀を持ったままXVRの銃口をココに向ける。

 

「手加減不要ヨ、メイメイ!殺すもやむなしネ」

 

「シー!殺すもやむなしネ――!」

 

そう言って青龍刀を構えたココが、一直線に突っ込んできた。

 

時速250kmの追い風を受けてアホみたいな速度で突っ込でくるココに対し、『アクセル』を発動して初撃に対応しようと試みる。

 

ユラリ、と鈍くなった世界で――ココは既に青龍刀を俺の首から15㎝くらいの所にまで振り抜こうとしていた。

 

「――!」

 

慌てて手にしていたXVRを2発撃ち、ココの青龍刀の腹に命中させる。

 

――ガ ガ ゥ ン !

 

途轍もない衝撃を青龍刀に受けたココは、衝撃の強さに顔を顰めていき、腕が震えていく。

 

そして、ついに持っていられなくなったのか震える手から青龍刀が零れ落ちていく。

 

『アクセル』を終え、追撃を加えようと手にしている刀を左右に小さく振り、大きく一度突く動きをすると、ココはすぐその動きに対応して避けていく。

 

ココは最小限の動きで避けたあと、震えていない方の腕で落ちた青龍刀を拾い上げ――俺に斬りかかってきた。

 

ココの斬撃に合わせ、俺も受けるモーションで刀を振るい続ける。

 

――ガギャィンッ! ギャギギッ ギャィ! ギィリャィィィイッッ!

 

 ギャギンッ! ガガガゥン! ギィインッッッ!!

 

幾度も切り結び、互いの刀が互いを弾き合い、その度に火花を散らしていく。

 

カウンターアタックにXVRによる3連射も織り交ぜてみたが、避けられてしまった。

 

それでもなお斬り合いは続き、どちらかが攻めて、どちらかが受ける。

 

時には鍔迫り合いの様に互いの刃を押し付け合いながら、自分に有利な刀の位置を作り出そうとして動き、それを阻止するために相手も動く......という攻防を繰り返している。その間にも『アクセル』を使い、XVRのリロードをし続け、射撃していく。

 

次第に夕陽が沈んでいき、夜が世界を支配始める中...金属同士が激しく打ち合って散る火花と、拳銃のマズルフラッシュによる一瞬の明るさだけが自分の現状と相手の現状を確認できる唯一の手段となっていた。

 

そして、武藤の言っていた10秒後が、あと少しでやってくる。

 

俺が一歩前へ踏み出すと、ココが一歩後ろに下がろうとして――

 

ガクンッ。

 

新幹線が加速し――ココがバランスを崩した。

 

振り落とされない様にするためか青龍刀を背後に突き刺し、杖のようにしてバランスを取っている。

 

「ヤイヤイヤッ!」

 

青龍刀を失ったココ...メイメイとか言ったか。

 

メイメイは背後に突き刺して使い物にならなくなった青龍刀の代わりに、両袖から扇を取り出した。

 

その扇を撃ち抜こうと思いXVRの引き金を一度引く。

 

ガゥン! ヂィバギャァッッ!

 

マズルフラッシュと着弾時の火花と、音で確認できた。

 

あれはただの扇ではなく――鉄扇と呼ばれる鉄で出来た扇で、縁が刃になっている近接格闘武器の1つだ。

 

最も、流石にXVRの破壊力には耐えられなかったのか、ヒビ割れてボロボロの2枚の鉄扇と、破壊の著しい部位には銃弾がめり込んでいるのが見えた。

 

新幹線は凄まじい勢いで浜松駅を駆け抜けていく。

 

浜松駅の光が、無数の曳光弾のように過ぎて行き、俺たちを一瞬照らし出す。

 

ちらりと見えたメイメイの顔は、苦々しいものだった。

 

キンジは後ろでデザートイーグルとベレッタの双銃で、もう片方のココとやり合っている。

 

ガンガン響くベレッタの音に、ドゥン!と重たいデザートイーグルの音が木霊する。

 

銃弾を銃弾で弾いているのか、甲高い衝突音が幾度となく、途切れる事なく続いている。

 

――――シャァアアアアアアアア―――

 

緩いカーブに差し掛かった新幹線が、バンク角を取って左に傾く。

 

高速列車は脱線しないようにするため、カーブなどでは車体を航空機などと同じ様に、斜めに傾むかせてカーブを曲がっていく。

 

つまり俺たちは斜めになった車体の上に立っている状態になる。

 

消えかかった夕陽が辛うじて見せてくれる傾いた地平線を背に、壊れた鉄扇を捨てた捨てたメイメイは半身になって――バッ。

 

手のひらをピンと立て、両腕を水平に広げ、開いた両膝を直角まで曲げて腰を落とした。

 

そして、だんっ!と右足を踏み締める。

 

「予想外ヨ、ハヤト。こんな短期間でウオに追いついて来るとは思わなかったネ――――これ以上ハヤト強くするの、危険ヨ。ここで――――殺す」

 

真っ直ぐ俺に右手を向けたメイメイは、ばたばたばたっ!と袖を振り――じゃきんっ。

 

スリープガンの要領で袂から小さな何かを取り出し、手に握り込んだ。

 

――見えない。何を、取り出した?

 

眉間の奥が、ピキリと強い不快感を訴え始める。

 

おそらく、アレは決め技の類。

 

メイメイを警戒していると、突如足を払われてガクリと後ろに倒れていく。

 

グラリと体がキンジの方へ倒れ込んでいき、俺の頭上を高速の物体が通り抜けていく感じがした。

 

途中でキンジが俺を支えてくれたオカゲで、転倒はしなくても済んだ...。

 

――だが、頭上を通過したのはなんだ。

 

「隼人、UZIだ!後ろにも気を付けろ!」

 

どうやら飛んできたのはUZIの弾の様で、キンジも警戒を強めていた。

 

キンジの方を見るワケにも行かず、体を屈んだ状態にまで戻して、メイメイを見ようとすると、頭を思い切り踏まれた。

 

「――ってぇ!」

 

何事かと思って宙を見ると、キンジと銃撃戦をし続けていたココが――どうやら俺の頭を踏み台代わりに蹴ったらしい――メイメイの方へ駆け抜けて行き、ヘッドスライディングの様にして滑り込み、頭を抱えた。

 

何かから、身を守る様に。

 

「花火の時間ネ」

 

――――!

 

その言葉に、室内での一件を思い出す。間違いなくメイメイはパオパオを使うつもりだ。

 

トランプをばら撒いて防ぐか、否――外では使えない。

 

青龍刀を盾にするか、否――防ぐには厚みも、リーチも足りない。

 

――――どうする、どうする。

 

防ぐ手段はない。伏せれば、ココのUZIでやられる。

 

逃げられない。車体の幅は広いが、飛びこめる程ではない。

 

それに奴らは風上に居る。パオパオの速度がどれほどの物か、想像さえ難しい。

 

星の明りなのか......僅かに光るネオンの明りなのか分からないが、俺の手元がキラリと光を放った。

 

次の瞬間。

 

「――パオパオシャオロンソ!」

 

メイメイが叫びながら、腕を細かく左右に振り、龍がその体を捩る様にして進んでいくシャボン玉の集合体を作り上げた。

 

泡の龍は、良く見えないがきっと恐ろしい速度でコッチに進んで来ている。

 

車幅が狭い。逃げられない。

 

ジグザグに射出された泡の龍は、車幅をいっぱいに埋め尽くし――爆発するだろう。

 

コレは避けられない。食らうしか、ない。

 

ダメージを覚悟しなければならない。

 

 

 

 

――――だが、せめてキンジだけでも。

 

『アクセル』で加速していき、後ろにいるキンジの足を払い抱き込む様に庇う。

 

キンジを完全に庇える体勢に入った所で、ズキリと脳が痛みを訴え始め――『アクセル』が強制的に解除される。

 

来るぞ。さぁ、耐えろ。痛みがやってくる。

 

――――ドッドドドドドドドドッッッッ―――――!!

 

爆発が爆発を呼び、シャボン玉が爆発し、その爆発で次のシャボン玉が爆発する......

 

背中を見せているからよく見えないがきっと、中国の巻物とか昔話に出てくるような龍が、炎の中から姿を見せるように襲い掛かって来ているんだろう。

 

爆発の衝撃で体が容赦なく揺すられ、爆発の距離が近付いて来ている事が理解できる。

 

この距離じゃ、キンジを巻き込んでしまう...そう判断した俺は、キンジを咄嗟に突き飛ばした。

 

時速260kmの追い風に煽られ、キンジはあっという間に転がっていく。

 

「はや―――」

 

キンジの驚愕する顔が、スローモーションで映し出される。

 

俺はその顔を見てニヤリと笑い―――

 

「落っこちるなよ、キンジ」

 

背後で、シャボン玉の弾ける音がして、一瞬のラグも無く発生した爆発が俺の背中を熱風と爆炎が焼き焦がしていく。

 

続いて、音と衝撃が伝わり――体は耐える事も出来ずにフワリと吹き飛ばされ――屋根にしがみ付いているキンジを簡単に飛び越えていく。

 

爆風に流されグルリと回る視界の中で、背中が焼ける音だけが内部から聞こえてくる。

 

熱い、熱い、熱い。

 

痛い、苦しい。息が出来ない。

 

強烈な衝撃に臓器の全てが揺らされ、意識が刈り取られ掛けるが、皮肉な事に焼ける背中の痛みが俺の意識をギリギリ押し留めていた。

 

このまま宙を舞っていてはいずれ線路に放り出されると思い、急いでアームフックショットを構え、震える腕で16号車の後部ギリギリに狙いをつけて射出する。

 

―――ビッバシュゥッ!   ガギィンッ!

 

アームフックショットのフック部分が突き刺さり、体が勢いよく引き寄せられ――一定の距離まで近付いた所でワイヤーがカキンッと切り離されて、後は慣性で動き、ずだんっ!と着地する。

 

この場合、着地などという事は出来ず――屋根になんとか張りつけた、と言うのが正しい。

 

顔を上げると、目の前に同じ様に床に張りついているキンジが居た。

 

「よ、キンジ......さっき振り...」

 

キンジに声を掛けると、キンジは張りついている状態から体を起こし、しゃがんだ状態にまで立て直すと俺の背中を見て、表情を凍らせた。

 

「お前、背中が......!」

 

「焼けてんだろ...知ってる。さっきからよォー...痛くて涙が出そうなんだ......」

 

「再生は、するなよ!」

 

「分かってるよ......オメーに、ジャンヌに、カナにダメって言われてるからな」

 

痛む背中に震えながらも、なんとか体を起こして、しゃがんだ状態になる。

 

キンジは俺を庇う様に数歩踏み出し、俺の目の前に仁王立ちするように立ち塞がった。

 

そして、目の前にいる双子を睨みつけている。

 

「メイメイ!早くキンチとハヤト落とすネ!ジュジュの支援ある!予定より早くきたヨ!」

 

そのココの発言に、顔を上げ空を仰ぐと、遠くの方からバラバラとヘリの音が聞こえ、音の方に目を向けると――雲間の星を掠めるようにヘリがこちらへやって来ていた。

 

――マジ、かよ......このタイミングで、増援か。

 

先ほどココが言っていた『デートの約束』。

 

それはつまり、あのヘリに乗っている仲間と合流・脱出することを意味していた。

 

俺たちが眉を寄せる暇もなく、メイメイは袖から瓢箪を取り出し、ぐぃぃいいいいーっと煽るように中身を飲み、ぱっと瓢箪を捨てた。

 

「――――バーガーズィウージャン――――」

 

ゆらり...... 一瞬バランスを崩したかのように見えたメイメイが――

 

 

てんったんったんっ!と、ツインテールをリボンの様にヒラヒラさせつつ、側転やら宙返り前転やらで不規則な挙動をしながらキンジに迫っていく。

 

「―――!?」

 

キンジはその動きをなんとか目で追い、照準を付けようとするが、追い切れていない。

 

瓢箪を踏んで転ぶような動作まで交じり始め、いよいよキンジは翻弄された。

 

俺も援護しようと思ったが、キンジが完全に射線を切ってしまっているので、撃てない。

 

メイメイの動きは酔拳のような物だと思うが、実際相手にすると――ここまで厄介だとは思わなかった。

 

「じゃおーッ!」

 

メイメイの不規則な動きを読みきる事は出来ず、あっという間に距離を詰められ、なんとか立っていたキンジにメイメイは両脚をがばっと広げてしがみ付いた。

 

「くっ......!」

 

いや、よく見れば足だけでは無く――しゃっ、とその長いツインテールをキンジの首に巻き付けていた。

 

「シャンシケイケイパー!」

 

間髪入れず、メイメイは自分の髪を掴んだまま、ぐいーっ!

 

自分の体を後ろに倒し、キンジを締め上げている。

 

キンジは気道と頸動脈が締め上げられる中、メイメイの髪を掴み、綱引きのように対抗しようとするが力負けしている。

 

それもその筈、ココは両腕の力に加えて背筋を使い、左右にグイグイと体を揺らしながらツインテールを引き寄せている。

 

「きひひっ!お前たち、初めから中華の姫に勝てるワケなかったネ!平和ボケのリーベンレン!」

 

やられた、俺たちが何時もイ・ウーに対してやっていたチームワークを活かした戦闘。

 

それを今回は相手が使ってきたのだ。

 

しかも、双子というこれ以上ない程に息の合う奴らが、だ。

 

 

 

 

だが、忘れないでほしい。

 

ココとメイメイだけがチームなワケじゃない。

 

俺とキンジも、チームなんだ。

 

 

『アクセル』を発動しつつ、立ちあがり――手にしていた青龍刀を振るい、メイメイの髪の毛をざぐん、と切り落とす。

 

「うあっ!?」

 

メイメイは引っ張っていた物が断ち切られ、体勢を崩しかける。

 

そのまま青龍刀の腹でメイメイを叩きつけようしたが、メイメイはキンジに絡めていた脚を解き、キンジに蹴りをいれつつその勢いを利用してバック転をして距離を取り、俺の攻撃を回避した。

 

「く...か、は......っ...助か、った!」

 

「気にすんなキンジ...俺らもチームだろーがよ」

 

キンジの横に並び、髪に手を当てて何かを喚き散らしているメイメイを睨む。

 

中国語で叫んでいるせいで、なんて言っているのか全く聞こえないが......

 

どうせ、私の自慢の髪がーとかその辺だろう。

 

「随分とスッキリしたじゃねぇかメイメイ。俺がもっといい感じにカットしてやろうか?」

 

かなり短くなったツインテールを見てニヤリと笑うと、メイメイは顔を赤くして、肩をわなわなと震わせて突っ込んできた。

 

「――殺す!!!!」

 

「やってみろよ文化人!日本人は戦闘民族なんだぜ!」

 

『アクセル』を発動したまま、メイメイと打ち合う。

 

顔面......両目を潰すために素早く突き出されたメイメイの両手を、俺の視界が捉えた。

 

 

――ぶっつけ本番、やってみるか!

 

 

『桜花』とは関節を使い、速度を得て......全く同時に動く事で超音速へ到達する自損技だ。

 

だが、別に音速に到達しなくても――攻撃ではなく、防御手段として使うのであれば背中、腰、肩、肘、手首......

 

この辺りを同時に動かして、払ってやればいいのではないだろうか。

 

そう考えた俺はジャンヌを付き合わせて何通りか試してみたり、イメージトレーニングをしたりもした。

 

だが、明確な答えは手に入らなかった......この、『修学旅行・Ⅰ』までは。

 

 

 

 

山の中を匍匐で移動する中で、浅い川を流れる水の動きが、答えだった。

 

岩にぶつかり、流れを変える。

 

木の葉が落ちれば一瞬の波紋が浮かび、流されていく。

 

水の僅かな勢いが土を削り、川を広げる。

 

 

 

 

この技は――相手が放つ激流のような攻撃を、弾き、流し――勢いを霧散させる。

 

 

突き出されたメイメイの両手に対し、手首を内側ギリギリまで曲げた状態で、肘を突き出し、腹から持ち上げるように両腕を上げていく。

 

ゴリラのドラミングのようなポーズから、ゆっくりと上がっていき手首の関節をメイメイの腕に押し当てる。

 

 

 

―――その瞬間。

 

 

 

 

腰、背中、肩、肘、手首――その全てを同時に動かし、内側にしていた手の平を外側に見せるように、蕾が花に変わるように振るい、開く。

 

 

 

 

 

メイメイの顔が、驚愕に染まる。

 

 

 

メイメイの両腕は外側へ押し出され、万歳をするように真上へ弾かれた。

 

 

 

 

2つの円を描くように腕を振り、相手の攻撃を無力化――更に、大きな隙を作り出す逆転技。

 

 

 

名付けるなら、『(インフィニティ)』。

 

 

 

 

『桜花』の俺流アレンジ。

 

 

 

 

そして――がら空きになったメイメイの無防備な胴体に、狙いを定める。

 

「いくぜ」

 

右腕を少し持ち上げ、手首をスナップさせる。

 

腰を落とし、上半身を捻じり込んで......一気に前へ拳を突き出す。

 

――ドッッ!!

 

と、重い一撃がメイメイの鳩尾にめり込む。

 

めり込んだのを確認して、そのまま手首を捻り、更に押し込む。

 

ぐっぐぐぐ......!

 

「―――あ......ぇ......!!」

 

メイメイが顔を歪め、目から涙を零し、口から涎なのか胃液なのか分からない物を垂れ流している。

 

腕を引っ込めると、フワリと一瞬浮いたメイメイの体が、屋根に落ちる。

 

ビクッ......ビクン、と僅かに痙攣を起こしながら、必死に呼吸をしているようだ。

 

「――――か...こ、ひゅっ...ぁ......ひっ......ぎゅ...~~!――――」

 

俺たちの目の前だと言うのに、うつ伏せの状態から仰向けに姿勢を変え、必死に空気を吸っている。

 

「欲張り過ぎたな――あのパオパオだけで済ませておけば良かったものを......」

 

キンジが同情の色を示し、メイメイの手に手錠を掛けようとした。

 

「き、ひゅ――その、通りネ!」

 

バッ!とメイメイは上半身を起こし、キンジの腕を掴む。

 

「――!」

 

キンジは振り払おうとするが、それより先にメイメイが香水の容器を、キンジの顔面に持っていく。

 

「ハ――ヤト......動い...たら、キ、ンチ......殺す」

 

――くそっ!

 

その距離なら俺よりもメイメイの方が早い。

 

「欲がある、ない、関係ないヨ......欲しい物は、全部、手に入れる」

 

メイメイの目はギラギラと飢えた輝きを見せている。

 

欲しい物は全部手に入れる。きっと、昔からそういう人生だったんだろう。

 

目標の為に努力して、ソレを手に入れる為に色々と必要なものを用意して――確実に手に入れたんだろう。

 

だが――

 

「そうやって――あれも欲しい、これも欲しい、じゃあ......何時か、その手から零れ落ちるモノだって出てくるぜ」

 

「そんなモノは、ないヨ。ココ、中華の姫アル......」

 

「人間ってな、意外と小さいんだ。親父の背中が大きく見えても、権力を持った超えたオッサンたちも、俺らと同じ人間なんだよ......だから、姫になったとしても――――零れていくものは、必ず存在する」

 

「ないヨッ!分かり切った口調で!何様のつもりカッッッ!!!」

 

フーッ、フーッと犬歯を剥き、怒気を放ち、大声で怒鳴り込むメイメイを見る。

 

「決まってんだろ......お姫様(テメー)と同じ――人間様だよ」

 

「――――――!!!!」

 

怒りに呑まれ、我を忘れて狂うメイメイは、香水の容器をキンジから俺に向けた。

 

 

 

――ビシュッ!

 

 

 

「あっ!?」

 

メイメイが仰け反って、香水の容器を落とした。

 

短い悲鳴を上げて、手首を押さえている。

 

 

―タァン......

 

遠い、発砲音が聞こえた。

 

この音は、狙撃音。

 

チラリとメイメイの近くの屋根を見ると、さっきまで付いていなかった部分に弾痕が生じている。

 

こんな神業が出来て、メイメイたちに敵対している人物を――俺は一人しか知らない。

 

「違うッ!あのヘリ、ジュジュのと違う!誰ネ!」

 

キンジも、確信した表情をしている。

 

 

新幹線を追尾してきたヘリは川崎重工製の高速ヘリ、OH-1。愛称は『ニンジャ』。

 

その開け放たれたハッチから、身を乗り出したのは――

 

体中のあちこちに包帯を巻いたままの――緑の髪、金色の瞳を持つ、ドラグノフを持っている少女。

 

狙撃科所属の、Sランク武偵。

 

狙撃の腕は天才的で、キリング・レンジは2051mを誇る――無口な少女。

 

俺たちはそいつの名前を知っている。そう、そいつは――

 

 

「「――レキ!」」

 

 

キンジと、言葉が重なる。

 

 

 

 

レキは狙撃銃を構えて、何時でもココたちを撃てる様にスコープを覗きこんでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

形勢、逆転――だな。



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修学旅行 2日目 やべー事件が発生!➃

UA48000、お気に入り登録600件突破しました!

ありがとうございます!

評価してくださった方々もありがとうございました!

これからも稚拙な文章ばかりではありますが書き続けていこうと思いますので、よろしくお願いします!


OH-1のハッチから、体のあちこちに包帯を巻いたレキが身を乗り出し、ドラグノフを構え――

 

――ビシュッ!

 

超音速の7.62mm×54Rが、手首を押さえているメイメイの右足を掠めるように弾く。

 

「うあッ!」

 

短い悲鳴を上げたメイメイは、踵を押さえて――べちゃり、とその場に転倒した。

 

出血こそしてないが、アキレス腱をやられた様で、どうやらメイメイは暫く立ちあがる事は出来なさそうだ。

 

――レキ、恐ろしい奴!

 

あの負傷で、正確に射貫くとは......。

 

「――!」

 

踏み留まることのできなくなったメイメイが、風に煽られ――

 

車両の後方へズルズルと滑っていく。

 

はしっ......と、なんとかパンタグラフの根本の信号装置にしがみ付いたメイメイは、そのまま装置の陰に身を隠す。

 

どうやら、レキの狙撃から身を守ろうとしている様だ。

 

その時、キンジのインカムに通信が入ったようだ。

 

「白雪か、どうした」

 

どうやら、星伽が話しかけている様だ。

 

キンジは少し呆けた顔をした後、少し顔が緊張の色に染まる。

 

「ど、どうして――」

 

キンジはそう言いつつ車両後方を見ている。

 

通話相手は星伽かと思ったが......ヘリのパイロットにでも変わったのだろうか。

 

俺もヘリを見る。

 

ヘリはもう新幹線に接触しそうな距離まで降下してきている。

 

OH-1の副座、そのハッチから半身を出したレキは――

 

ショートカットの髪を風で暴れさせながら、新幹線の最後尾を見下ろしている。

 

そしてヘリの操縦席に何かを命令した。

 

それに対してヘリの操縦士が抗議か何かした様だが、レキはドラグノフを突きつけて脅している。

 

ヘリは――バラバラバラバラバラ......!!

 

と、加速しながら更に降下してくる。

 

――オイオイオイオイ、冗談じゃあねぇ!もうすぐトンネルだぞ!

 

レキは乗り移ろうとしているのだろう、ヘリを新幹線の最後尾、スレスレまで下げる。

 

『キンジ!ハヤト!ヘリを上げさせなさい!――前にトンネルが!』

 

ヘリの方から、進行方向へ体ごと、ばっ!と振り向くと、新幹線は緩いカーブを描きながら、先ほどよりも近くなったトンネルへ向かっていた。

 

トンネルの上は山だ。

 

このままだと――ヘリが、斜面に激突する。

 

『おい!あと10秒で加速するぞッ!300を超えるぞ!』

 

「薪江田さん、上昇するんだ!」

 

キンジがOH-1の操縦士に向かって上昇するように叫ぶが、ヘリは上昇しない。

 

「レキッ!鳥を撃つしか能のない――――ベイデイの分際でッ!」

 

車両前方から、ココが腰だめに構えたUZIで――バララタタタタタタタッ!!!!

 

銃の射程圏外からではあるが、ヘリを遠ざけようと弾幕を張る。

 

レキはそれを意に介さず、ヘリのハッチの取っ手につま先を掛けて逆さ吊りの姿勢になり、ドラグノフを構えた。

 

パッ!と、その銃口が一閃したかと思うと――――ビシッ!

 

「きゅっ!」

 

ココのUZIが弾き飛ばされて、線路へ落ちていく。

 

次の瞬間、流石に耐えられなくなったのか、ヘリが急激に機首を上げていく。

 

機首が上がっていくのを感じたレキが、ひらりと空中でヘリから飛び降りた。

 

――ざぐんっ!

 

レキは新幹線の最後尾、その屋根に銃剣を突き立ててしがみ付いている。

 

その金色に輝く瞳は、真っ直ぐにココたちを見ている。

 

――ゴォォッ!――

 

新幹線が時速300kmを保ったまま、トンネルの中を突き抜けていく。

 

――ばんっ!

 

闇の中、周囲を流れる気流が一気に強まった。

 

――うぐぇ!

 

気圧が一瞬で代わり、肺が潰れそうになる。

 

俺は渦を巻く風に押し潰され、新幹線の背に伏せざるを得ない。

 

歯を食いしばって、必死に耐える。

 

トンネル内に木霊するのぞみ246号の駆動音に混じって爆発音がしないか、耳を澄ませる。

 

爆発音は――しないな。

 

OH-1の機動力はかなり高い。きっとその機動性を活かして、避けたのだろう。

 

頭上では、トンネル内に等間隔で設置された電灯が灯り、流星のように次々と流れていく。

 

映画のようなその光景の中、400mほど離れた新幹線の最後尾にレキがいる。

 

レキはなんとか立ち上がり、一歩、また一歩とキンジの方へ歩み寄っていく。

 

――無茶すんなよォ~レキィ...オメーは重症なんだぞ...!

 

「レ、キ――――!」

 

がしゃッ!という音に振り返ると、ココが袖から新しいUZIを取り出して手に握りつつ、流線型の斜面を描く新幹線の先端側へズリズリと這っていくのが見えた。

 

一旦あの斜面に身を隠して――レキが射程圏内に来たら、銃で迎撃するつもりだろう。

 

「しら......ゆき......ッ!」

 

『キンちゃん!?大丈夫!?』

 

呼吸さえまともにできない風圧の中で、キンジはインカムを押さえて叫ぶ。

 

星伽が焦った声で、俺にも通信が入った状態でキンジの身を案じる声を掛けた。

 

「俺は......大丈夫だ!それより、レキが......ヘリから、飛び移ってきた!アイツは、瀕死の重傷だ!戦わせちゃ、ダメだ......!」

 

『レ、レキさんが......こっちに!?』

 

バッ――!

 

という音に続いて、トンネルから飛び出す。

 

レキはスカートをもぎ取られそうなくらいにはためかせながら、新幹線の最後尾車両から次の車両へ移ってきている。

 

「おいキンジ!レキがこっちに来てる!オメーの言う事なら犬みてーに従順になるんじゃあねぇのかよッ!?」

 

「アイツがこの状況で止まるワケないだろ!」

 

「じゃあどーすんだッ!何か良いアイデアでもあるのかよォー!」

 

「......ある!」

 

トンネルから飛び出し、そこそこ呼吸が出来るようになった俺たちはレキを如何にして止めるかという話をし始めたが、どうやらキンジが秘策を持っているらしい。

 

「白雪、レキを止める為にも、乗客を助ける為にも――――お前に頼みがある」

 

キンジはインカムに手を当て、星伽の助けを求め始めた。

 

『私に、頼み?』

 

「新幹線の先頭車両、16号車を切り離してくれ」

 

『......え......!』

 

キンジの秘策は、星伽の能力で16号車と後部車両を切り離すことが目的のようだ。

 

「実はその為に、お前に立ってもらったんだ。気体爆弾は先頭車両――16号車にある。乗客は15号車以降に集めているから、切り離せば被害を最小限に食い止められる」

 

『でも、キンちゃん......敵と爆弾と、車両に残るなんて......』

 

星伽はキンジを心配している。

 

それは当然だろう。誰だってそんな危険な事、普通は止める。

 

だが俺たちは武偵だ。

 

武偵ならば非武装市民の安全確保は何よりも優先すべきもの。

 

それに、もう時間がない。

 

避難指示が掛かったのであろう、静岡駅には乗客どころか駅員さえ居らず、がらんどうになった無人のホームを時速300kmで駆け抜けていくこの新幹線が通るだけだ。

 

「白雪」

 

『は、はい』

 

「白雪は俺のことを昔から知ってる。誰よりも俺を深く知る白雪が――この戦い、俺には荷が重いって言うのかい?だとしたら、心外だよ」

 

『そ、そんなこと......っ』

 

「白雪は、俺のことを理解してくれていると思ってたんだけど――違ったかな?白雪」

 

『ううん、そんな......』

 

なんかキンジの声が何時もと違う、ホストみたいな感じになってる。

 

銀座のホストクラブとかで指名1位になってそうな甘い声だ。

 

正直普段のキンジを知ってると気持ち悪くて仕方がない。

 

まぁでも、これがえーと...興奮状態のキンジの口調か。

 

キンジは星伽の名前を何度も呼び、新幹線の結合部を切り離す様に話をしている。

 

「白雪。列車の切り離し――やってくれるね?これは、白雪にしか出来ない事なんだ」

 

『キンちゃん......か、勝てそう......ですか?』

 

「ああ。敵と爆弾は俺たちに任せてくれ。白雪たちには乗客を任せる。最近――鬼道術が不安定だと言っていたけど...斬れそうかい?」

 

『は、はいっ。全力でやれば、きっと!』

 

キンジの説得もあって、星伽は切断をしてくれるらしい。

 

『キンちゃん、私、斬るよ。絶対上手く切り離すからねっ!』

 

――......あれ?

 

星伽の声がやる気に満ち溢れている。決意したら緩まないタイプなんだろうか。

 

「あ、ああ」

 

『斬るよ!斬る!斬る!キンちゃん様の為に一刀両断するぅ!』

 

――あれ?ちょっと待って何か星伽が怖いんだけど。

 

キンジをジロリと睨むと、苦笑いをしていた。

 

が、すぐにキンジはまたインカムに手を当て――

 

「――アリア。アリアは、15号車に退避してくれ。お前には、かなえさんの裁判がある。もうこんなバカ騒ぎに付き合う必要はない」

 

「そーだぜぇアリア、此処は俺らに任せてよォー......オメーは裁判の方に集中しな」

 

『そっ、そんな!あたしは......』

 

『キンジぃ、隼人ぉ!聞こえたぜ!どうやら俺は、居残り組らしいな』

 

「武藤、済まないな。こんなことになっちまって」

 

『へっ!構わねェよ。新幹線を運転するのはガキの頃からの夢だったんだ。それが叶って、死んでもいい気分だぜ』

 

武藤の声は頼もしささえ感じるが、なかばヤケクソ染みた物なんだろう。

 

「――武藤。パンタグラフは先頭車両後部にもある。ここから電力を受けて、切り離した状態でも走れるか」

 

『今、そうした所だ』

 

「仕事はえーな」

 

『天才、だからな!』

 

「そりゃすげーや。で、切り離した後――後部車両はどうなる?」

 

『心配すんな。新幹線は各車両が駆動して走る構造になってる。自動列車制御装置は切ったから、手動で止めれる。さっき泣いてた運転士がやってくれるだろ』

 

武藤の話を聞きながらレキの方を見ると、レキは半分ほど車両を渡り終えていた。

 

「白雪、やってくれ」

 

『はい、キンちゃん......ご武運を!』

 

どぐん、と星伽の能力の波を感じ取る。

 

随分と能力を溜めこんでいたようで――5月の地下倉庫の時よりも強い力を感じることが出来た。

 

『――星伽候天流――緋緋星伽神・斬環――――!」

 

という声に続いて――シャンッ!

 

鈴の音のような抜刀音が聞こえ――16号車の後端、接続部の上下左右に光が迸る。

 

まるで何本ものガスバーナーを一斉に使ったかのような、緋色の光。

 

「キャッ......!」

 

突然の発光に、メイメイが首を竦めた、次の瞬間――

 

バグン、と重い音がして......15号車が後退し始めた。

 

――お見事!

 

たった一太刀で、車両接続部が――斬り離された。

 

それを見たレキが風を切るように駆け抜けてくる。

 

「レキ!止まれ!」

 

キンジが叫ぶ間に斬り離された後ろの車両は遠ざかっていく。

 

1m、3m、5m――

 

もう、レキが風に逆らって跳べる距離じゃない。

 

1両だけになった先頭車は――空力的に不安定になったのか、揺れが激しくなる。

 

震動する視界の中、星伽を見ると『見返り美人』のように此方に背を向けて、残心を取っていた。

 

「キン、ちゃん......!」

 

星伽は、刀を手に、がくんとその場に膝をついた。

 

荒く息を吐き、疲労困憊した表情で切なげにキンジを見ている。

 

星伽のおかげで乗客は助かるし、アリアも戦線を離脱できる。

 

レキは――と思って見てみると、レキは15号車の屋根を駆けていた。

 

胸ポケットに手を突っ込んで、何かを取り出した。

 

が、その何かが見えない。

 

「おいキンジ!レキが何か持ってんぞ!」

 

「何?――――な...ぁ!?炸裂弾!?」

 

「はぁ!?そんなヤベーのを16号車に撃ち込む気か!?」

 

「いや、違う!もっと、別の――」

 

「ゲンギスケン――八艘跳び......!」

 

倒れたままのメイメイが、青ざめて口走ったその言葉に眉を寄せる。

 

八艘跳びというのは......壇ノ浦の戦いで源義経が使ったとされるもので、平家の敵である平教経は、鬼神の如く戦い坂東武者を討ち取りまくるが、時既に遅く、平知盛が既に勝敗は決したから罪作りなことはするなと伝えた。教経は、ならば敵の大将の源義経を道連れにせんと欲し、義経の船を見つけてこれに乗り移った。教経は小長刀を持って組みかからんと挑むが、義経はゆらりと跳び上がると船から船へと跳び移り八艘彼方へ跳び去ってしまった......という話から生まれた物である。

 

艘とは小型の船を数えるときに使う言葉で、八艘となると、おおよそ6mほどになる。

 

それを、レキがやろうとしているのか。

 

レキはくるっ、とその場で一回転しながら、自分の背後に炸裂弾を放り投げる動作をして――再び、全力疾走をしながらこっちへ向かってくる。

 

――おいおいおい、マジでやんのかよォー!

 

――――ドウウウウウウゥゥゥッッッッッ!!!!

 

手動で起爆された炸裂弾が、レキの背後で紅蓮の炎を巻き上げる。

 

その爆風は、前方からの風に逆らって嵐のように吹き荒れた。

 

レキはその爆発に吹き飛ばされつつ――ドラグノフを抱え、スカートを爆風で引き千切られそうになりながら......車両と車両の隙間を飛び越えた。

 

が――

 

――距離が、足りねぇ!

 

僅かに、距離が足りない。

 

『アクセル』を発動して荒れ狂う風を掻き分けるようにして、スローモーションの様にゆっくりと、しかし確実に暗闇に消えていくレキの元へ駆ける。

 

後端ギリギリに辿り着き、飛ぶ。

 

ゆっくり、ゆっくりとレキが顔を俺の方に向けていく。

 

「心配すんなって......跳んだならよォー......俺がしっかり、キンジの元に届けてやるからよォー!」

 

レキの胴体に腕を通し、抱き寄せる様にして固定し、もう片方の腕――そこに装備されたアームフックショットを構え、16号車の後端、俺が跳躍した場所に狙いを定めて射出する。

 

ビッバシュゥッ!――――ガギィンッ!

 

フックが突き刺さり――フックの内部がガシャリと開いて、フックが固定される。

 

そのまま伸びたワイヤーが、ギャリリリリリリリリ!!!と音を当ててワイヤーが巻き上げられていく。

 

巻き上げが終わりワイヤーが自動的に切断され、慣性で体が流されて縁にしがみ付けた。

 

『アクセル』を終えて、レキを担いだ腕をギリギリまで上げ――先に屋根に昇らせる。

 

「ありがとうございます、隼人さん」

 

レキは俺にお礼を言って、車両中央部にいるキンジの元へ駆けていった。

 

それに少し呆けるが、空いたもう片方の手も使って縁を掴み、懸垂の要領で体を持ち上げ、膝を屋根に乗せ、足を掛け......立ち上がる。

 

レキを改めてみると、さっきの炸裂弾の衝撃のせいか、傷が開いたのだろう、包帯が血で滲んでいる。

 

包帯や靴からは、白煙が上がっている。

 

――ホントーに無茶苦茶やりやがる...

 

「どうして、どうして......駆けつけたんだ!こんな所へ!」

 

キンジは怒気を孕ませながら、レキに向かって叫んだ。

 

「駆けた理由ですか」

 

焦げた靴と靴下を脱ぎ捨てたレキは裸足で新幹線の屋根に立ち――

 

「キンジさんも、駆けてくれましたから。夜、山から、私を抱えて」

 

抑揚のない声で、そう言った。

 

――俺も多少なりとも貢献したんだが、それを今言うのは無粋だろう。

 

「...っ、レキ......!」

 

キンジは何かを言おうとしたが、気恥ずかしそうにして口籠ってしまった。

 

レキはそんな事気にも留めず、車両前方で隠れて様子を窺っているココを睨んでいた。

 

「それに私は誓いました。『主人に仇為す者には一発の銃弾となり、必ずや滅びを与えん事を誓います』――――と」

 

ガチャリ、とドラグノフをココに向ける。

 

「藍幇のココ。あなたたちに一度だけ、投降の機会を与えます。戦える人数は3対1です。あなたたちに勝ち目はない。爆弾を解除して、車両を止めなさい」

 

そう言ったレキの後ろから――

 

「4対1よ」

 

んしょ、とアリアが切り離された部分から這い上がってきた。

 

「――アリア......!」

 

黒と銀のガバメントを抜き放ったアリアに、キンジは頬を引き攣らせている。

 

キンジがとっとと脱出しろと言ったのに、残っていたようだ。

 

レキはアリアに背中を見せたまま――

 

「アリアさん。車内に戻ってください。キンジさんには近づかないようにと言ったはずです」

 

少し解けた包帯とショートカットの髪を風で暴れさせながら、警告するように言う。

 

「っ!怪我人こそ、病院に帰りなさいよ」

 

ツインテールを吹き流しの様に靡かせつつ、アリアも喧嘩腰で返す。

 

「アリアさんが下がるべきです」

 

「あんたでしょ」

 

「アリアさんです」

 

「あんたよ!」

 

ここに来てケンカとは、余裕があるのか周りが見れていないのか。

 

共闘をするのであれば、連携は必須だ。

 

連携が出来なければ互いが互いの足を引っ張り合うことになる。

 

一度だけ組んだ事があるバスジャック事件の時のフォーマンセル。

 

だがアレはレキがヘリにいて――俺がサポートで、キンジとアリアが突入だった。

 

今回は事情が違う。

 

全員同じ場所に、集まって――闘わなければならない。

 

レキは敵が一人増えたと言わんばかりの殺気を背中越しに放っている。

 

アリアもアリアでガバメントでレキをぶっ飛ばしかねない勢いだ。

 

――マジにヤりあわねぇだろーなぁ...この2人......

 

胃がギチギチと痛みを訴え始め、顔に脂汗が少し浮かぶ。

 

敵が目の前に居るのに、なんでこんなに呑気なんだ。

 

キンジの奴も、残弾あと僅かだったはずだ。

 

キンジがベレッタとデザートイーグルを握り直した時――

 

――ばっ!

 

新幹線が再びトンネルの中に入り、轟音と暗闇、頭上を照らす僅かな灯りだけが俺たちの周囲を包む。

 

だが、今度のトンネルは短かったようで、数秒後には外に出た。

 

トンネルを抜けた先では――眩い光が、車両に降り注いでいる。

 

――なんだァ、この光!?

 

目を細めながら、空を見上げると――

 

......バラバラバラバラバラ......

 

という音を立てる報道ヘリが、かなり高い上空を舞っていた。

 

一機ではなく、何機も居る。どうやらこの――のぞみ246号を、ここで待っていたらしい。

 

この明るさは、報道ヘリのサーチライトが集中して生まれたものだった。

 

「ココ。もうお終いだ、武器を捨てて手を上げろ」

 

サーチライトが、闇に敷かれた光の道を作り出している。

 

キンジはデザートイーグルとベレッタをそれぞれのココに突きつけ、投降するように促している。

 

だが、ココたちはそれでもなお闘志を失わない。

 

キンジが何かに気付き、再び報道ヘリ群が集う空に目を向ける。

 

俺も釣られて空を見ると、報道ヘリの一機が車両後方から接近してきている。

 

――命知らずは何処にもいるモンだなァ...

 

少し呆けてしまい、はぁ、と溜息を零した次の瞬間。

 

「――敵機だ!」

 

キンジがそう叫び、やや霧散しかけていた注意力が再び戻ってくる。

 

「双子どころか、三つ子だったってワケかよ......!」

 

「なんかよォー、四つ子や五つ子、おそ松さんみてーに六つ子でも有り得ねー話じゃあねぇって思えてきたぜ...」

 

「洒落にならない事を言わないでくれ、隼人」

 

俺の零れるような愚痴に、キンジが心底嫌そうな顔で反応を示した。

 

「...っ」

 

「あっ......!」

 

ヘリの作る下降気流に押されるように、アリアとレキが俺たちの傍まで後退してくる。

 

アリアは威嚇するように両手のガバメントをヘリに向けるが、発砲はしない。

 

ヘリが落ちれば周辺にも、この車両にも被害が及ぶ。

 

レキもドラグノフを構えてはいるが撃てずにいる。

 

そんな2人を嘲笑うかのように、ヘリは後方から前方へと、舐めるように飛んだ。

 

「うぁ!」

 

風にツインテールを引っ張られたアリアはキンジの背後、進行方向側まで後退させられる。

 

ヘリは―――

 

『うっ!うぉお!?』

 

インカムに驚く声を響かせた武藤の真上――操縦室の上空で滞空...いや、正確には時速350kmで併走していると言った方がいいだろう。

 

本来は救出係だったらしいそのヘリから、ハッチを開けて――だんっ!

 

足に鈎爪を付けたココが、新幹線の先端に飛び降りた。

 

三人目のココが握るのは、レミントンM700だった。

 

コイツが――比叡山で、俺たちを襲ったココか。

 

――泥まみれになって、呼吸を押し殺して......思い出したら、急に怒りが沸いてきたぜ...ぜってー許さねぇ!

 

「パオニャン。待たせたネ、メイメイの所へ行くよい」

 

「シィ、ジュジュ」

 

なるほど...この狙撃銃を持ったココ――ジュジュが長女か。

 

それであっちのUZIとか使ってたのがパオニャンね。

 

パオニャンはジュジュに一言返すと、民族衣装の紐を解きながら――バッ!と車両右側面にダイブしていった。

 

「はぁ!?」

 

自殺行為に見えたその動きにキンジが息を呑み、俺が驚愕の声を上げた。

 

虚空を舞ったパオニャンの服が、開かれていく折り紙の様に、一枚の大きな布に広がっていき、あっという間にパラシュートになった。

 

ココはそのパラシュートを滑空に使い、新幹線の横をC字に移動していく。

 

そして、車両の後端ギリギリに倒れているメイメイと抱き合う様にして着地した。

 

パラシュートを切り離したパオニャンはパンタグラフの根本、装置の裏に身を隠した。

 

更にその一瞬で、突き刺した青龍刀も回収していた。

 

――挟まれた、か。

 

俺はキンジの隣で――アリアとレキはキンジを挟むようにして背を向け合っている。

 

成程、レキにはアル=カタを、アリアには狙撃をぶつける算段か。

 

「パオニャン!ビジネスここまでヨ、人質無くなた、日本政府、金払わない!」

 

「シィ、ジュジュ!撤退して爆破する。コイツらも持って帰れないネ」

 

この期に及んでもビジネスの話をする欲深いココ姉妹の上空では、無人になったヘリが何mか上昇して待機している。

 

おそらく探査衛星なんかと同じで、カメラで新幹線と自機の距離を確かめて、正確に距離を保つシステムだろう。

 

それをヘリに積む辺り技術力が可笑しい気がする。

 

――さて、この状況......どうしたものか。

 

チラリとキンジを見ると、キンジは何か閃いたかのような顔をしていた。

 

「隼人」

 

「なんだ」

 

「メイメイが、また攻撃を仕掛けてくるかもしれない...」

 

「――そっちは、任せろ」

 

「任せた」

 

キンジと拳をコツッとぶつけ合う。

 

キンジが、アリアとレキをどうにかするんだろう。

 

アリアとレキがパオニャンとジュジュをどうにかするんだろう。

 

だったら俺は、メイメイをどうにかして見せよう。

 

左手首に取り付けられた、腕時計型の制御装置のボタンを押す。

 

カチリ。

 

『Are You Ready ?』

 

無機質な、男の声が響く。

 

カチリ。

 

『Are You Ready !?』

 

「ハヤト!何してるカ!」

 

パオニャンが、焦った様に駆け出す。

 

背後を見せているから見えないのだろうが、きっとジュジュも俺を狙おうとしているのだろう。

 

「何って...そりゃあ――」

 

カチリ、もう一度ボタンを押す。

 

『――O-V-E-R . H-E-A-T ON!!!』

 

ガシュゥン、とブーツがやや重くなり――キュィイイイイイイイイイイイ!!!!

 

と異常な音を立て――蒸気が上がり始めた。

 

ユラリ、と熱気が足元から上がってくる。

 

ファイティングポーズを取り、左手の青龍刀を遊ばせ、右手のXVRをパオニャンの奥、メイメイに突きつける。

 

「――テメーらを逮捕する準備だろォが。動けるんだろ?メイメイ」

 

闘志が沸き上がってくる。ドクン、ドクンと、体の奥から溢れて出てくる力を感じる。

 

何時もより強く、もう、誰にも止められないという言葉が最も正しいと思える程の熱を持っている。

 

「......っ!メイメイ!気付かれてるネ!やるしかないヨ!」

 

「シィ!殺すもやむなしネー!」

 

メイメイが立ち上がり、片足跳びの要領で飛び跳ねつつ、青龍刀を構え――パオニャンの後ろを通過して、俺目掛けて駆けてくる。

 

「アリア、レキ。俺は信じる......2人が、心の奥では...お互いを信じてる事を信じる」

 

パオニャンは既に飛び出し――俺に狙いを定めた所でキンジたちの違和感を感じて、何方に銃口を向けるか...一瞬、迷った。

 

「――さぁ、仲直りの握手だ」

 

キンジが、ベレッタとデザートイーグルを上空へ軽く投げたのを視界の端で捉える。

 

キンジは空になった両手で、アリアとレキの腕をそれぞれの背後から強引に掴み、無理矢理アリアとレキの腕をガッチリと掴み合わせた。

 

そして、ざっと屈み――右腕と左腕をアリアたちの腕から腰へと移す。

 

そのままキンジを軸に、片膝を使いグルンッ!とその場で半回転した。

 

チェスで使う、特殊手...『キャスリング』の様に。

 

これで、狙撃対狙撃、銃撃対銃撃になったワケだ。

 

――これで、キンジたちは大丈夫そうだな...。

 

安堵したその瞬間。

 

『アクセル』を使い――世界は急激に減速を始める。

 

真っ直ぐ俺目掛けて片足跳びでやってくるメイメイに合わせて全力で走る。

 

瞬く間に接近した俺にメイメイは驚いて青龍刀を振り上げる――が、もう遅い。

 

「オメーは格闘戦が得意らしいが――時速280kmで動ける人間相手に格闘戦を挑んだことは無かっただろ......慢心したな、メイメイ」

 

振り下されかけたメイメイの青龍刀を無視して、体を少し屈め――振り下そうとしている腕...その、手首に右手の甲を乗せ――『桜花』の要領で弾いた。

 

片手版『(インフィニティ)』。

 

まぁ、元々片手でやる事を目的にしたものだから、出来て当然だ。

 

同じ技にやられるのは屈辱的だろう、と思いながらも――決して容赦はしない。

 

「すげー個人的な理由だろうけどなぁ......秋の夜の山は――寒かったぜ?」

 

腕を弾かれて苦い顔をするメイメイの前で、右足のつま先をトントンと屋根にぶつける。

 

「それに今は夜だしよォー......時速350km以上出てる新幹線の上だ。よく、冷えるだろ?」

 

右腕を少し持ち上げる。

 

「俺を山で冷やしてくれたお返しに――冷えるといけねーからよォ...温めてやるぜ」

 

持ち上げた右腕、その手首を、スナップさせる。

 

「いくぜ」

 

体勢を立て直そうとバック転をしようとしているメイメイの背中に全力で回り、互いに背を合わせた様にする。そのまま、少し顔を90度横に向け、後ろに目をやると、無防備に弓状に反った背中が見えた。その、背中に――

 

 

 

ドグォオオオッ!!!

 

 

 

体を半回転させ、捻りを加えた蹴り上げを叩き込み――体を槍で下から突き上げるように蹴り込む。

 

ジュアァッ、と...民族衣装の焼ける音が聞こえる。

 

そのままゆっくりと足を下し、また走り、弓形に浮いたままのメイメイの前方に立つ。

 

メイメイの横目掛けて走り、メイメイを右前方に捉えた状態で跳躍。

 

そのまま空中で体を捻じり――縦回転の回し蹴りを、反り上げている腹に叩き込む。

 

――ドッグォオオッッ!――ジュッシュウウ...!

 

120度の高温に到達したブーツにメイメイの体、民族衣装が触れる度に焼けるような音が微かに響く。

 

最も反っていた部分を蹴られたメイメイはゆっくりとその体をくの字に折り曲げて、屋根へと落ちていく。

 

メイメイよりも早く着地した俺は、メイメイの下に回り、今度は肩を蹴り上げた。

 

――メキィ、ジュゥッ

 

メイメイは肩を蹴られ、ゆっくりと反転していき、くの字のまま、落ちてくる。

 

そして再び――体を捻り、蹴り上げを叩き込んだ。

 

――ドグォオオッ!!

 

今回のは、比叡山でやられた分の仕返しも込めたスペシャル版だったが――本来なら、最初の蹴り上げで終わる技。

 

かつてブラドがやっていた串刺しの様に――O-V-E-R.H-E-A-T中でのみ行う、串刺しに見立てた技。

 

相手を蹴り上げ――その体勢を維持すると、120度の熱でゆっくりゆっくり、地味な火傷を負う対人技。

 

言うなれば『ツェペシュ』。

 

そのまま、『アクセル』を終えて――世界が元の速度に戻る。

 

――ぐっ...

 

ズグン、と目の奥が万力に挟まれ、締め上げられるような痛みを訴え始め、視界がグラグラと揺れる。

 

頭を少し振って、メイメイを串刺すように空に持ち上げ続ける。

 

「――ッ!」

 

パァン!

 

俺から狙いを変えたのであろうジュジュの放った銃弾は、キンジが宙に手を伸ばして取ったデザートイーグルで――

 

ドゥン! ――ギィン!

 

弾いた。

 

そこにレキが反撃でドラグノフを撃つ。

 

タァン!

 

ドラグノフの銃弾はジュジュの足元を掠めるようにして弾いた。

 

「――うぁっ!」

 

足元を撃たれ、転倒したジュジュは、先頭部分へ滑り落ちていく。

 

「ココ!」

 

――ガガンガンッ!ガンガガガンッ!!ガンガン!ガガンガガン!ガン!!!

 

車両後方ではアリアが、両手のガバメントをばら撒きつつ、パオニャン目掛けて駆け寄っている。

 

キンジはそれを見てベレッタを弾切れになるまでフルオートで銃弾を吐き出し続け、アリアをサポートして――足元や自分を掠めて飛んでいく銃弾にビビったパオニャンが尻もちをついた。

 

「――きゅっ!」

 

その隙を見逃すアリアではなく、パオニャンが手にしていたUZIをガバメントによって弾き飛ばした。

 

とうとう丸腰になったパオニャンに、アリアが飛び掛かった。

 

「逮捕よ!」

 

それを確認して――今蹴り上げたままのメイメイに視線を戻す。

 

「――――う゛......あ゛?......は、早い...見えない......!――――あ゛っ!?あ゛ぁ゛!あ゛、づ ぃ゛ぃ゛ィ゛!!!!あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っー!!」

 

メイメイは徐々に状況の把握が追いついていき、蹴り上げられた状態でバタバタと暴れ出し――体の軸をずらして、屋根に落ちた。

 

屋根に落ちたメイメイは、腹や背中を押さえて金切声をあげながら、体をグネグネさせながら転がったり、腕を振って風を送り、蹴られた場所を冷やそうとしている。

 

「俺が速すぎて――付いてこれなかったみてーだな......」

 

倒れて暴れ回っているメイメイに手錠を掛けた後、ビシィッと、人差し指を向けてメイメイには速さが足りなかったと伝える。

 

メイメイは、それはそれは悔しそうな声を、上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メイメイ、パオニャンを縛り、手錠を掛けて無力化し――ジュジュは先頭に必死にしがみ付いている状態か。

 

先頭の方へ寄っていくと、レキが斜面に続く縁のギリギリに、無言でしゃがみ込んでいた。

 

そこにはジュジュがへばり付いていて、何やら喚き散らしている。

 

意味的には助けて!滑る!落ちる!とか、その辺だろう。

 

「少し、うるさいですよ。あなたも姫なら、辨えなさい」

 

ちゃきっ、とレキが銃口をヘリへと向ける。

 

それを破壊されては困ると思ったのか、それっきりジュジュは黙ってしまった。

 

これで、ようやく3人とも無力化出来たな。

 

「...もういないだろうな?」

 

キンジが疑うような視線で辺りを見回している。

 

「アンタたち!もういないでしょうね!」

 

アリアも同じ意見のようだ。

 

――いやぁ、まだ居る気がするなぁ...10人姉妹です、なんて言われても驚かねーぜ、俺。

 

アリアはメイメイとパオニャンをぎゅむっと片足ずつ丁寧に踏みつけて、ゲスい笑いを浮かべている。

 

それでいいのか貴族。

 

クルクルとガバメントを手元で回転させて遊ばせたアリアは、ホルスターに仕舞い、顔を上げた。

 

レキも顔を上げ――アリアとレキが、同時に振り返った。

 

目と目が合う。

 

「かっ、勘違い、しないでよね」

 

少し赤くなったアリアがアヒル口を作っている。

 

「さっきのは――体が勝手に動いただけよ!」

 

「私も――体が勝手に動いただけです」

 

互いにまだ少し意地を張り合ってる様な事を言ってはいるが、もう俺にも理解できる。

 

キンジだって理解してるだろう。

 

あの目は、互いを認め合う武偵の目だ。

 

きっとアイツらは、もうちょっと時間を掛けて今まで以上に仲良くなるだろう。

 

その時――車両の先端から、ジュジュの叫ぶような声が聞こえたかと思うと、ピンク色のスモークが吹き上がった。

 

スモークの中、パラシュートで減速しつつ車両から脱出したジュジュは畑へと着地した。

 

「――冷たいお姉ちゃんね。アンタたちを置き去りにしたわよ」

 

アリアは一人取り逃がした悔しさからから、踏みつけているメイメイとパオニャンにそう言った。

 

「「きひっ、きひひひひひひっ!」」

 

ココたちは不気味な笑い声を返す。

 

「龍虎相博――お前たち、道連れネ」

 

「ココたちの負け違うヨ。パオパオで皆吹っ飛べ!バーカバーカバーカ!」

 

くん、と新幹線が更に加速する。

 

これで、時速370km。

 

上空に待機していたヘリが、この速度に付いてこれなくなったのか、減速していき道路へ着陸していく。

 

「お前たち闘うしか能ない。ココたち違うネ」

 

「キンチお前、ドジでグズでノロマな亀ネ」

 

「ハヤトお前、闘う度に強くなるバケモノウサギヨ、ココ、もう二度と見たくないネ。すり減った寿命で惨めに死ぬヨロシ」

 

「ひでぇ言われ様だな...」

 

新幹線は都市部へ入っていく。もう、退路は無い。

 

「――そうだな。隼人は化け物だ」

 

「おい」

 

「俺はアリアや理子みたいに、身軽じゃない。白雪みたいな術も使えない。隼人みたいに速くない。レキみたいに2000m以上の距離を狙撃する事も出来ない。武藤みたいに何でも乗りこなせないし、一人じゃ何も出来ない」

 

「そうネ!お前一人じゃ何も出来ない!」

 

この辺の話は――シャーロックの時にも、したな。

 

キンジは、俺を見て......ニヤリ、と笑う。

 

そのまま近づいて来て、俺の肩に腕を回して俺を引き寄せた。

 

それをメイメイ、パオニャンに見せつけるようにして、一言。

 

「――でも、俺たちなら何だって出来る」

 

キンジが使ってない方を腕を突き出してくるので、苦笑しながら、俺も腕を突き出してコツッとぶつけ合う。

 

キンジがそう返し、拳をぶつけ合った直後――背後から、警笛を鳴らして......

 

もう一本の新幹線が接近してくる。

 

「「......っ!?」」

 

メイメイ、パオパオは迫ってくるもう一本の新幹線を見て、唖然としていた。

 

「―――この『修学旅行・Ⅰ』は、そういう事も学ぶものらしいんでね」

 

キンジは笑みを崩すことなく、そう宣言するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジュジュ――逃走。

 

パオニャン、メイメイ――捕縛。

 

―――――決着。



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やべー新幹線ジャック解決!&結成!『チーム・バスカービル』

7月に入ってから仕事に忙殺されてます(´・ω・`)


あれから俺たちはワイヤーを使って車両の後端から、車内に戻った。

 

ココたちも一応、アリアとキンジが協力して車内に連れ込んだ。

 

車両のドアは武藤の操作で開け放たれており、真横の線路を全く同じ速度で走る救援新幹線のドアからは――

 

直径1m程のチューブがこっちに既に延び、フックで自動的に固定されるところだった。

 

「あや、あやややっ!」

 

そのチューブの中を滑り台の様に滑り降りて来たのは――

 

こてん、と床に尻もちをつきながらの、装備科・平賀さんだ。

 

「......悪いな、平賀さん。こんな事に巻き込んで」

 

「なんのなんの!お得意様のピンチなら、あややは何処にでも駆けつけるのだ!とーやま君、冴島くん、レキさん、理子ちゃん、みんな大口顧客様ですのだ!」

 

平賀さんはチューブにロープを通して様々な工具や消火器を此方の車両に引き込みつつ、キンジを見て両目をバチリ、と閉じてみせる。

 

――...ウィンクでもしたかったのか?

 

器用なんだか不器用なんだか分からない人だな、と思う。

 

機材の類を運び終えると、新幹線同士の間に渡されたチューブは外された。

 

線路と線路の間には標識や信号、柱があるのでそれにチューブが激突しない為だ。

 

退路が無くなったというのに平賀さんは何時もに増して上機嫌で、ノリノリで機材を組み立てていく。

 

平賀さんの声を聞きつけたのか......

 

「あ、あややー!も、も、漏れちゃうー!」

 

という理子の声が後部席の方から聞こえた。

 

「もう少し我慢するのだ!漏れたら座席のスイッチが漏電しちゃうのだ!」

 

「理子も漏電しちゃう!はやくはやくぅ!たすけてー!」

 

理子はどうやら尿意を催したらしく、平賀さんにヘルプコールを叫び続けている。

 

「解除できんのか、平賀よー!」

 

グンッ―――と新幹線を更に加速させながら、武藤が言う。

 

車内の電光板は、【只今の時速 390km】と表示されている。

 

「――――Nothing is impossible !!!」

 

――不可能はない、か...良い言葉だ。

 

平賀さんは無邪気な笑顔で作業しながら、元気に返した。

 

そして、このタイミングで新横浜駅を越えた。

 

東京まで、あと7分弱という所だ。

 

――いや、制動距離を含めるともっと短けーぞ...

 

消火器みたいな機材から伸びる管を2本、丁寧な作業で洗面室の窓に固定した平賀さんは――

 

「気体爆弾は酸素と混ざると爆発するって、さっき理子ちゃんから無線で聞いたのだ」

 

と言い、機材を慎重にかつ手際よく動かし始めた。

 

どうやらチューブの先端に据えられたカッターで、小さな穴を二つ開けたらしい。

 

その穴の内側に片側のチューブから風船のような物が広がり始める。

 

「これは......?」

 

窓を覗くアリアに、平賀さんは胸を張る。

 

「窒素で膨らませるシリコンの風船なのだ!隅々まで広げて、気体をこっちの真空ボンベに押し出すのだ」

 

ゴゴゴゴゴゴ......と、コンプレッサーの稼働する音が響く。

 

あと、3分。もう品川駅に入ろうとしている。

 

風船がパオパオをボンベに押しやりながら洗面室の隅々まで広がっていく。

 

平賀さんがボンベの気圧をチェックする。

 

顔を上げ、窓を見てみると東京の夜景が窓から流れていくのが見えた。

 

もう、東京駅にかなり近い。

 

「いくぜ!最後の加速――410kmだ!」

 

新幹線が更に加速し、車内の振動が強まり、平賀さんが少しよろける。

 

俺たち全員が、祈る様に見守る中――ピー、と機材が無機質な電子音を立てた。

 

「いよっし!完了なのだ!」

 

「――ブレーキだ、武藤!」

 

叫んだキンジはアリア、レキ、平賀さんを抱え新幹線の壁に背を付けた。

 

俺もそれを見て、体の正面を新幹線の壁に押し付ける。

 

――ィィィィィィィィィ――――ギィイイイイイイイイイイイッッッッッ!!!!

 

一瞬、車輪が空転するような音に続いて、耳を劈くブレーキ音が鳴り響く。

 

がぐんっっっ!!

 

今までで最も激しい衝撃が、新幹線を襲った。

 

確実に、減速している。

 

ばすんっ!という爆発音に顔だけ90度振り向かせ、音の方向に目を向けた。

 

見れば、洗面室の窓が吹き飛んでいる。

 

しかし、気体爆弾は爆発しない。完全に平賀さんが吸いきった事が見て取れる。

 

そのボンベがごろんごろん、と壁際まで転がっていくことに内心ヒヤヒヤしながら―――

 

「ッ――ぐ......」

 

強烈なGに耐えていた。

 

窓の外では、車両の下からオレンジ色の光が弾けている。

 

車輪とレールから上がる火花がバチバチと散っていた。

 

ブレーキを掛けてからかなりの距離を走ったと思うが、まだ止まる気配はない。

 

新幹線はそのまま、東京駅のホームに入り――

 

 

 

ギィィィィィィィィィ......ギィ......

 

 

 

という重厚な音と共に――窓の外に、JRの駅名表示板が見えた。

 

 

 

 

 

――東京――

 

 

 

 

車体の下から濛々と上がる煙の向こうに見える、その表示板は......止まっている。

 

――停車、できた。

 

額に溜まった汗を腕で拭い、キンジたちの方を見ると――キンジがアリアの背中をぽんぽん、と叩いていた。

 

アリアはそれを受けて、キンジを見上げた。

 

「アリア、俺の実家が都内なのに、どうして寮生をしているか教えてあげるよ」

 

「......?」

 

「――あまり好きじゃないんだよ、電車が」

 

「......そうね、同感だわ」

 

キンジのその答えに、アリアは苦笑しつつそう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京駅の新幹線ホームには、前もって人払いがされて、無人だった。

 

爆発した際の盾にするつもりだったのか、駅には無人の山手線、京浜東北線、中央本線、東海道本線の車両が密集して停められていた。

 

さらに停止標識の周囲には土嚢が山ほど積まれており、駅の壁という壁には補強用のシャッターが設置され、駅のいたる所にバリケードが展開している。

 

――ガチガチに固めたなぁ...

 

アリアとキンジが出ていった後、俺もホームに降り立つ。

 

首の後ろに手を当てて、揉み解しながら首を回すと、ゴキゴキと音が鳴る。

 

「あはっ!作業料としてこれはもらっていくのだー♪あややがイタダキなのだ!」

 

後ろから平賀さんが、パオパオの詰まったボンベを無邪気そうに抱きかかえて出てくる。

 

――あ、パオパオが欲しかったのか...

 

ノリノリだったワケはそれか。

 

「......火遊びは程々にな」

 

キンジが苦笑いしながら、ぽん、と商魂逞しい平賀さんの頭に手を置いた。

 

「......」

 

次にドラグノフを肩に担ぎ直した、裸足のレキが降り立ってくる。

 

「あ、おいレキ」

 

「...?なんでしょう」

 

「これ、サイズ違うかもしれねーけど...靴下。履いとけって」

 

鞄から予備の靴下を取り出して、レキに手渡す。

 

「大丈夫です」

 

「いいから、女の子が裸足でアスファルト歩くなって...爪割れたり、足傷つくのもダメだろ」

 

レキの正面に回り込んでしゃがみ、片足を持ち上げて足の裏を軽く手で払い、靴下を履かせる。

 

もう片方も同じようにして、少し大きめの靴下をレキは装備した。

 

「......ありがとうございます」

 

レキは軽く頭を下げて、お礼を言った。

 

「俺のお節介だ......気にしなくていい。 あいってて...」

 

俺は、レキにそう告げて背伸びをする。背中がヒリヒリと痛むが...まぁ問題ないだろう。

 

「東京~...東京ゥ~。お降りのお客様はお忘れ物のないようお気を付け下さい、ッとぉ!」

 

最後に調子外れのアナウンスをしながら、武藤がココ2人をズルズルと引き摺りながら、豪快に降りてくる。

 

×型に重ねられてホームに転がったココ姉妹は、近づいたら噛みついてきそうな表情で俺たちを見回している。

 

まだ闘志を失わない辺り、最高にやべー感じがすると思う。

 

「アンタたち。お姉ちゃんに投降を促すって言うんなら――電話を貸すわよ」

 

アリアは2人の上に座って、腕組をして澄ました表情をしている。

 

「コイツらのヘリは神奈川県警が抑えたらしいぜ。車両科だから言うワケじゃねぇけど、人間...アシが無きゃ何も出来ねぇさ。いずれ捕まるだろうよ」

 

武藤がインカムを外しながら、肩をグリグリと回す。

 

「武藤、お疲れ様。ありがとう」

 

「礼には及ばねぇよ。武偵憲章第一条。仲間をナントカって言うだろ?......ってオイオイ、この駅から出られるのか?俺、ジェット焼売食いたかったんだが...売ってっかなぁ」

 

「武藤くん!こっちから出られるのだ!」

 

「キンジ、後は任せたぜ。そいつらは尋問科にでも引き渡してこってり搾ってもらえ」

 

一刻も早くパオパオを分析したい平賀さんと、駅弁マニアの武藤がホームから小走りで出ていく。

 

キンジは、多分店全部閉まってるぞ、みたいな顔をして、ココたちの元に片膝をついた。

 

アリアもアリアで、メイメイの袖から鈎爪やら、ナイフやら、スモークやら――様々な武器を取り出して回収している。

 

キンジがその中の一つ、萎んだゴム風船みたいな物を手に取って――そこから出ていたヒモを引っ張った。

 

すると......ぽんっ。

 

1秒ちょっとで広がったソレは、膝を抱えたココの形になった。

 

「......っ......!」

 

キンジの肩が少し強張る。

 

「――妹たち。撤退ヨ。一旦香港戻るネ」

 

ホームの端からココの声が聞こえ、キンジ、アリア、レキ、俺が一斉に振り返る。

 

そこには、足を引き摺りながらM700を構えるジュジュの姿があった。

 

――落下したワケじゃあなく......側面に、張り付いていた...ってことかよぉ~!

 

俺たちとジュジュの距離は、ざっと90mから100mくらい離れている。

 

拳銃じゃ厳しすぎる。

 

『アクセル』で駆け抜ける――キンジ、アリア、レキ。誰がその間に狙われるか分からない、厳しい。

 

『エルゼロ』で対処するか?アリアとキンジは近いがレキは若干遠い、やれない事もないがリスクの方が大きい。それに最近『エルゼロ』の負荷がきつくなってきてる...連発は厳しいだろう。

 

「レキ動くダメネ!」

 

ドラグノフを持ち上げようとしたレキに、ジュジュが叫ぶ。

 

レキはピタリと動きを止め――じっとジュジュを見ている。

 

「......痛っ!」

 

顔を少し向けると、アリアはココ姉妹に足だけでしがみ付かれていた。

 

ココたちは死に物狂いで、アリアの髪やスカートに絡みついている。

 

アリアもあの状態だと身動きはとれないだろう。

 

「風、レキをよく躾けた。人間の心、失わせてる。この戦いでよぉーく分かったヨ。お前、使えない女ネ。だから、もうお前、いらない」

 

「......」

 

――また、それか。また、そうやって誰かの『価値』を、テメーが決めつけるのか。

 

「レキ――お前、まだ弾を持ってるはずネ。 それで死ね 今、ここで」

 

ジュジュはレキに撃たれて痛むらしい足を震わせながら――そう、命じる。

 

ジュジュを見ると、構えているその狙撃銃は、キンジを狙っていた。

 

M700は連射が出来る物ではなく、ボルトアクション式な為、レキを自殺させてキンジを撃った後の隙を無くす算段らしい。

 

「お前死ねば、キンチは殺さないネ。キンチは使える駒ヨ、ココも殺したくない」

 

「ココ。あなたが言う通り、私はあと1発だけ銃弾を持っています。私が自分を撃てば、キンジさんを殺さないのですか」

 

――オイオイ、マジでやんのかレキよォ~!こりゃ、どう見ても罠だろ!?

 

そう思い、急いでレキの方を見る。キンジも焦って振り返っており、その表情はやや焦っている。

 

「よせレキ!どうせアイツは俺を――」

 

「キンチ喋るな!レキ、今の話は曹操の名にかけて誓ってやるネ」

 

キンジの声に、ジュジュが声を被せてくる。

 

「待つ、ココに不利ネ。レキ、今すぐ自分を撃つネ。待たされたら、ココ、キンチを撃つ。レキ、その後でココを撃てばいいネ。他にキンチ取られるより、ココは相討ちを選ぶヨ」

 

「ココ、藍幇の姫」

 

そう言ったレキは――

 

すっ、と自分の足元にドラグノフのストックを置いた。

 

「ウルスのレキが問います。今の誓い――――キンジさんを殺さない事を、守れますか」

 

「バカにする良くないネ。ココ、誇り高き魏の姫ヨ」

 

「――誓いを破ればウルスの46女が全員であなたを滅ぼす。かつて世界を席巻したその総身を以て、あなたの命を確実に貰います。分かりましたね」

 

背を伸ばしたレキが銃口を自らの顎の下につける。

 

「よせ......レキ!」

 

「キンジさん。ウルスの女は銃弾に等しい。しかし私は......失敗作の、不発弾だったようです。不発弾は、無意味な屑鉄なんです」

 

「止めなさいレキ!アンタ騙されてるわよ!」

 

「そうだぜレキ!撃つな!」

 

アリアが金切声を上げ、俺も吠える。

 

「キンジさん。あなたは人を殺すなと私に命じましたが、私は今、主人を守るために――私自身を撃ちます」

 

「......!」

 

「ですが、コレは造反には当たらないことを理解して下さい。なぜなら――」

 

レキが、俺の履かせた靴下の片方を脱いだ。

 

「......よせ......」

 

「やめろレキッ!」

 

「――私は、一発の銃弾――」

 

素足になった足の指を、ドラグノフの引き金に掛ける。

 

「「お前は銃弾なんかじゃない!」」

 

キンジと同時に叫ぶが、その叫びも虚しく――

 

レキは肩を震わせる恐怖心も無く、ドラグノフの引き金を――

 

 

 

 

 

――――引いた――――

 

 

 

 

 

 

――ガチン。

 

 

「......!」

 

レキの目が、再び見開かれた。

 

その瞳は――ハッキリと、驚きに見開かれていた。

 

銃弾は、出なかった。

 

「不発弾......」

 

アリアは信じられないという表情をしている。

 

俺も開いた口が塞がらない。

 

現代の銃弾において、不発弾が発生する可能性はほぼ無いと言っても良い――どこが作ったのか分からない怪しすぎる銃弾とかで無ければの話だが――それにキンジから聞いたが、レキは不発弾防止の為に偏執的なまでの対策を取り、自分で銃弾を作成していたはずだ。

 

そんなレキの銃弾が不発する確率は1兆回撃って1発引けるか引けないかというレベルなんじゃないだろうか。

 

しかし、その1兆分の1が出た。

 

現にこうして、不発弾が出たのだ。

 

レキはそれに――驚いていた。

 

「......キンチ!」

 

ジュジュは一瞬で、この状況の変化を把握した。

 

レキは自殺できなかった。しかし、弾は不発弾しかない。

 

ならば殺すのは組み付かれているアリアを除いて、俺か、キンジかの二択になるだろう。

 

俺を撃っても避けられる、もしくは銃弾を掴まれ返されることを知っているのか狙いは俺ではなく、キンジだった。

 

だが、その照準は僅かに俺の方に向きかけたり、アリアに向いたり、レキを見たりしようとしている。

 

迷っている。奴は今、迷っている。

 

誰か一人でも仕留めて逃走するか、殺さず逃走して体勢を立て直すか、悩んでいる。

 

その逡巡の間に、キンジが呆然としていたレキのドラグノフからマガジンを掠め取った。

 

「――レキ。二度と自分を撃つな」

 

キンジはそう言いながら、レキの目の前でマガジンから不発弾を取り出して――

 

両手でぎゅっと握りしめた。

 

そして、そのまま、レキを睨む。キンジの目には怒りが宿っている。

 

まぁ当然だろう。

 

「これは命令だ。お前、俺の命令を聞くって言ったろ」

 

「......」

 

レキはキンジを見つめ返して――コクリ。

 

無言で頷いた。

 

それを確かめたキンジは銃弾をレキに見せるようにして、再びマガジンに装填する。

 

「――さぁ、生まれ変わるぞ」

 

そう告げて、マガジンをドラグノフに挿す。

 

「――レキ。撃つべき相手は、あの敵だ。もう一度、俺を信じろ」

 

キンジはレキにそう告げて、バッと振り返ってレキを庇う様にジュジュを睨む。

 

「キンチ!」

 

ジュジュは迷わず、キンジ目掛けてトリガーを引いた。

 

――パァン!

 

銃声と共に、7.62mmNATO弾を放った。そして、俺も刹那の中で咄嗟に『エルゼロ』を発動させる。キンジを、守らなければ。

 

キンジの前に飛び出そうとして、ふとキンジを見ると――キンジは、両手を前に押し出して、人差し指と中指だけを重ね、『#記号』のようにしている。

 

――何するつもりだ!?

 

銃弾はキンジに迫っていく。

 

キンジが作り出した、指の四角形の中に吸い込まれるように入っていく。

 

「―――ッ!」

 

 

―バシュッ!―

 

 

キンジは右手の二本の指で銃弾を挟んだ。

 

しかし弾丸は静止せず、僅かに軌道がズレながらもキンジに迫っていく。

 

キンジはそれに動じることなく――右手よりも顔面寄りに構えていた左手の二本指でもう一度銃弾を挟む。

 

更に軌道が逸れ――キンジの頬を掠めるような軌道に変わった。

 

――ビシッ

 

銃弾はキンジの頬を掠め――ガシャンッ!と後ろの花束の自販機に着弾した。

 

上から見れば『/記号』のように弾道が変わっていったのだ。

 

キンジ流に言うのであれば、『銃弾逸らし(スラッシュ)』って所だろう。

 

銃弾を掴んで止める日も近いんじゃないだろうか。

 

一通りの事象の観測を終えて、『エルゼロ』を終了する。

 

「き、キンジ......あんた、今......」

 

アリアは唖然としているが、俺も銃弾くらい防げるから何を今更という感じである。

 

「――ここは暗闇の中――」

 

その声の方向に顔を向ければ、レキがドラグノフをジュジュに向かって構えていた。

 

キンジの言葉を信じて――不発弾が、使えるようになったと思っているのだ。

 

「一筋の、光の道がある――光の外には何も見えず、何も無い。私は――」

 

レキの、狙撃の際の詩が、変わっている。

 

「――光の中を駆ける者」

 

レキは――引き金を、引いた。

 

 

 

――タァンッ!

 

 

 

 

「――!」

 

今度は発砲された、ドラグノフの7.62mm×54Rの銃弾が――

 

―チッッッ

 

銃弾を再装填していたジュジュの頭部を掠めた。

 

――外した...ワケじゃねぇ...!

 

「きひっ!」

 

少し肝を冷やしたであろうジュジュはM700を持ち上げる。

 

アリアが息を呑む。百発百中のレキが外した、痛恨のミスだ、とか思ってそうだが違う。

 

俺とキンジはあれを見たことがある。

 

ハイマキと鬼ごっこをしたときの、アレだ。

 

「――!?」

 

パァン!

 

ジュジュはM700を発砲した。

 

斜め上、全く、あさっての方向へ。

 

「......?  ?   !?」

 

そして、よろっ、よたたっ...とふらついて――

 

自分に何が起こったのか分からないといった表情で、ころんと倒れた。

 

あの時はハイマキにやったが――人間にも出来たのか、とレキの狙撃技術に感心するばかりである。

 

脳震盪を起こしたジュジュは、M700を杖の様に使い、立ち上がろうとした。

 

が。

 

――だっ!

 

ホーム下、線路に隠れていたのであろう、理子が飛び出し、ジュジュの背中に張りついた。

 

「みっ、峰理子ッ!」

 

「ツァオ・ツァオ!あれもツァオ、これもツァオ。くふふ、3人もいたんだねぇー!」

 

理子は両足でジュジュの胴体にしがみ付き、両手で両腕を羽交い絞めにし――ツーサイドアップのテールでジュジュの首を絞めている。

 

たしか、シャンシケイケイホー...だか、ケイケイパーだか...そんな名前だったと思う。

 

理子も、使えたのか。

 

「あたしにこの技を教えたのが仇になったな。自分の技で眠りな」

 

「っ......っ!」

 

ジュジュはそれでも理子に反撃しようと、羽交い絞めにされた両腕をなんとか動かし、理子の顔面に手を伸ばそうとしている。

 

チラリとアリアの方を見ると、メイメイとパオニャンの拘束が緩んでいたので――

 

アリアの方に軽く近づいて、アリアにしがみ付いてるココたちの足を掴み、乱雑に振る。

 

足の拘束は緩んでいたこともあってか、思いの外簡単に外れた。

 

「ハヤト!助かったわ!」

 

アリアは俺に礼を告げるとすぐに、ジュジュに向かって走り始める。

 

「ココ――往生際が悪いわよ!」

 

「ちょっ!アリア!タンマタンマ!」

 

アリアは慌てる理子の声をガン無視して、どごっ!

 

全力疾走からのドロップキックをジュジュに叩き込んだ。

 

理子ごと、ばたーんっ!と真後ろに吹っ飛んだジュジュは――

 

「~~~~~っ......」

 

とうとうノビてしまった。理子ごと。

 

 

 

 

 

 

 

そのまま理子からジュジュを引き剥がして――グルグルと縛り上げていくアリアに苦笑するキンジは、これにて一見落着と言った表情で背を向け、俺の方に歩いてきた。

 

「隼人、今度こそ本当にお疲れ様」

 

「おう」

 

キンジはいてて、と言いながら両手をブラブラさせている。

 

「どしたん?」

 

「いや、銃弾逸らしをやったら突き指してな」

 

「ああ」

 

しかし、俺に話し掛けるよりも先にやるべきことがあるだろうに。

 

「キンジ」

 

「なんだ」

 

「俺じゃなくて、レキに話し掛けてやれよ。多分、待ってるぞ」

 

「......ああ、そうだな。そうさせてもらうよ」

 

「おう、行ってこい」

 

キンジがレキの方に向かっていく。

 

レキは、力尽きたのかホームの床に崩れた正座をする様に座り込んでしまった。

 

自分を撃たせてくれなかったドラグノフから――

 

何かのメッセージを感じ取ったのか、その銃身をきつく、きつく抱きしめている。

 

キンジが傍らに跪くと、レキの目から涙が零れるのが見えた。

 

「......レキ......」

 

「もう......聞こえないのです」

 

肩が、小さく震えている。

 

「何がだ」

 

「風の声が、もう、聞こえない。風はもう、何も言いません」

 

風...強いショックを受けた影響で、マインドコントロールが解けた、という事でいいんだろうか。

 

「風はもう何も言わない――か。それはつまり、『自分で考えろ』ってことじゃないのか」

 

キンジはレキの肩に手を置いた。

 

レキは、顔を上げ、キンジを見る。

 

「私には、分かりません。これから、どうすればいいのか、が......一人で――」

 

「分からなくていい」

 

「......?」

 

「レキにも、ココたちにも言っておきたい事があってな」

 

「「......?」」

 

ココ姉妹は俺の発言を聞いて、顔だけを俺に向ける。

 

キンジも、レキも俺を見ている。

 

「キンジや、レキや、俺を...『価値がある』と、評価した。風はレキを『銃弾』だと言って、レキはそれを受け入れた」

 

息を吸って、キッと目を鋭くしてレキを見て、視線を移し――ココ姉妹を睨む。

 

「誰かに自分の『価値』を決められて堪るかよ。自分の『価値』は自分で決めるモンだろーが」

 

その言葉に、キンジは目を閉じて頷き、レキは困惑し――ココ姉妹は歯軋りをしていた。

 

「レキ。オメーも人間なんだ......まだ、分からない事ばかりだろ...?それでいいんだよ、少しずつ、少しずつ、自分を理解していけばいい」

 

困惑した表情のレキに近づいて、頭をポンポンと軽く撫でる。

 

「そうだぞ、レキ。それに風は気ままに吹くものだ......それに、一人じゃない。俺が一緒だ。なんたってチーム登録を、提出しちまったからな。この間、勝手に」

 

キンジはそう言って微笑むと立ち上がり――背伸びをした。

 

レキは――暫く黙りこみ、ドラグノフのストックとグリップを右手で支え、固まってから――

 

ホームに吹き込んできた一陣の風に、顔を上げた。

 

「――anu urus wenuia... 永遠」

 

レキが、歌い始めた。

 

何処の言葉か分からないそれは、部分的に日本語が聞こえた。

 

「――Celare claia ol... tu plute ire, urus claia 天空――」

 

不思議な、歌だ。

 

美しいと思うし、どこか懐かしさも感じる。

 

レキの声は、声量こそ慎ましいが、音階はピタリと一致しているのであろう、美しい歌声は一切の不快感を与える事無く、耳にすっと入っていく。

 

「――Raios Zalo Ado... Ясни,яснинанебезвёды――」

 

一瞬聞こえたロシア語の部分。

 

そこだけが、なんとか理解できた。

 

晴れろ、晴れろ、天の星々。

 

ロシアの童話、『狐と狼』にそんな文章があったことを思い出す。

 

立ち上がったレキが歌う、巣から旅立つ鳥を思わせる、美しく瑞々しい歌――

 

その旋律が続くと共にホームに流れ込む風が強まっていく。

 

まるで風も、歌っているようだ。

 

――ああ、そうか......これは、別れの歌か。

 

「――Celare claia ol... tu plute ire, urus claia 天空――」

 

歌がリフレインするパートで、突風の様に強まった風が――

 

キンジが銃弾逸らしで壊した自販機から、見送り人が送り人に贈る花束を吹き流して、宙に解く。

 

バラバラになった花は更に風に揉まれ、無数の花びらを空中に散らした。

 

その色とりどりの花霞の中――レキはホームを歩いていった。

 

誰も居ない、端の方へと。

 

風は次第に強まっていき、最後には目を開けていられない程のものになった。

 

俺たちが、目を閉じる瞬間。最後に見えたものは――

 

「――anu urus wenuia... 永遠」

 

初めの歌詞に戻って、歌が終わる刹那、振り返ったレキの――

 

生まれ変わったような、清々しい、端正な顔だった。

 

ぎこちない物で、分かりにくかったが――確かに、笑っていたと思う。

 

 

 

 

風が止み、目を開くと、そこにはもうレキの姿は無かった。

 

レキが忽然と消えたことにアリアは驚いていたが、キンジはそうでもなかった。

 

「......いいじゃないか」

 

「お?」

 

キンジが、優し気に微笑んでいる。

 

「レキは――初めて、自分の意思で歩き始めたんだ」

 

キンジは未だ宙を舞う花を見て静かに言った。

 

「......へへ、そーだな!」

 

誰かに命じられることを止めて、自分で動くことを決めたんだ。

 

これからはきっと、自由にやるんだろう。

 

俺も、笑って花を眺めていた。

 

 

 

 

 

それから数分もしない内に、武藤に連れられて恐る恐るやってきた爆発物処理班と、警視庁のお偉方、武偵高の蘭豹先生や綴先生たち、そして事後処理班――武偵高の生徒が数名やってきた。

 

狙撃科3年の志波ヰ子先輩は、レキが失踪したと聞いて探そうとしていたが多分無理だと思う。

 

「さ、行こーぜキンジ」

 

「――ああ」

 

生徒ら数名と蘭瓢先生と共に迷路のような東京駅をゆっくりとした足取りで出て行く。

 

丸の内中央出口に出ると、そこには黒塗りの武偵車が何台か待機していた。

 

アリアは別口扱いなのか、蘭豹先生と2人きりで車に乗せられ......キンジと理子、武藤と平賀さん、余った俺はそれぞれ車両科の1年が運転する別々の武偵車の後部座席に分乗した。

 

 

 

 

夜、武偵高に帰るのかと思ったら俺はそのまま武偵病院に緊急入院させられた。

 

ああ...そう言えば背中がいい感じに焼けてたんだったか。

 

火傷の治療・処置に関しては矢常呂先生が俺の背中を見てドン引きしながらやってくれた。

 

「............ねぇ、やっぱり細胞単位で分解してみてもいいかしら?とても興味深いわ。どんな風に治るのか見てみたいわ」

 

「良いワケねーだろこのサイコパス!」

 

「残念...でも、本当に治りが早いわね......この辺り、結構深い傷だったんじゃない?」

 

そう言いながら矢常呂先生は背中の一部に軟膏を塗っている。

 

「いや傷が見えないんスけど」

 

「......すごい勢いで治ってるわよ」

 

「どれくらい?」

 

「目に見えるレベルで」

 

「えぇ...」

 

「この調子ならあと1週間...くらいで退院できるんじゃない?」

 

「ほっ...」

 

「まぁ、流石に傷痕や瘢痕拘縮が残るかもしれないけど、我慢しなさいよ」

 

「背中なんか見えないから気にしないっスよォー」

 

そんな話をしながら、処置が終わり――俺は久しぶり、というワケでもなく一か月振りにこの病室に帰ってきたのだった。

 

そして、処置が終わると同時に、黒服のオッサン連中が入ってきて――武偵高の教師もいた――調書を取り、軽食を摘み、SSRの先生と話をした。

 

後で教師陣が警視庁・マスコミ・JRへの連絡をするとのことだった。

 

新幹線をぶった切った事を咎められるかと思ったがそれはお咎めなしで......むしろ俺たちは事件を解決に導いた功労者として、流されるらしい。公的には。

 

ココたちが新幹線を乗っ取ったのは、日本政府に金を要求するためだった――という事で、武偵高の引責問題にはされてなかった。

 

「冴島、お前自分が狙われていたなんてこと、言うんじゃないぞ?偉い人達に怒られたくなきゃ、秘密にしてな」

 

そう言われて黒服の1人を見ると、徽章が目に入る。

 

――このオッサン、外務省の官僚か。

 

成程、何となく裏が読めた。

 

きっとアリアのおかげだろう。留学生が事件に巻き込まれましたなんて堂々と報道したら、日英間の関係にこじれが出るかもしれない。そうならないように必死なんだろう。

 

所謂『大人の事情』という奴なのかもしれない。

 

その辺りは素直に従い、オッサンは「君には見舞金を政府から出す」と言ったので有り難く頂戴しておくことにした。

 

 

 

 

 

個室の静けさに包まれて――外を見る。

 

風が窓を叩く音だけが微かに聞こえ続ける病室で、一息吐く。

 

街の外はぽつぽつと光が灯っており何時もと変わらない時間が流れている様に感じる。

 

アリアは、キンジは――ジャンヌは、どうしているだろうか。

 

あれほどの慌ただしさも、今となっては恐ろしい程に鳴りを潜めている。

 

このまま何事も無く終わってくれれば良い、と思うばかりだ。

 

キンジも何時だったか、一件落着という言葉は二件、三件と続く恐れがあるのでは...と危惧していた気がする。

 

物騒な事を言うなと今も思っているが、マジで二件、三件と続きそうで怖い。

 

そんな事を思いながら、今日は考えるのを止めて――寝る事にした。

 

 

 

 

六日間を振り返る。

 

ジャンヌや金一は毎日夕方から夜くらいにかけて病室を訪れ、世間話をしたり休んでいた間の事の報告をしてくれた。あと、ゲームの進捗の報告もしてきた。

 

金一も病室に来るとキンジに会えるので、それはもう嬉しそうにキンジと話をしていた。

 

キンジやアリアも病室に来て話をして、チーム編成に関してはアリアが『待った』を掛けた為、何も話はしなかった。

 

キンジは金一と話す時に何処かぎこちなかったが、数日会って話し続けていると流石に慣れたのか自然体で話せるようになっていた。

 

そして、退院1日前の面会時間が終わり、全員が帰っていった後...アリアがこっそりと戻ってきて、チーム編成の話をした。

 

「いい、ハヤト。キンジには内緒よ」

 

「お、おう」

 

「キンジをリーダーにして、チームを組むわ」

 

そう言って渡された紙を見る。

 

そこには――

 

 

 

 

 

チーム名『Baskerville(バスカービル)

 

 

メンバー

 

 

○神崎アリア(強襲科)

 

◎遠山キンジ(探偵科)

 

・峰理子(探偵科)

 

・星伽白雪(超能力捜査研究所科)

 

・レキ(狙撃科)

 

・冴島隼人(超能力捜査研究科)

 

 

 

 

と、6人の名前が書かれていた。

 

リーダーを示す◎がキンジに、副リーダーを示す○がアリアについている。

 

これが、アリアの描くチームの構想か。

 

「問題は――レキが、来るかだな」

 

「来るわ――――レキは、きっと来る」

 

俺の言葉に間髪入れずにアリアが返してくる。顔を紙から上げ、アリアの顔を見ると丸く紅い瞳が、キラキラと輝いているように見えた。

 

「...そーだな、来るよ、レキは」

 

チームを組むときは、メンバー全員がその場に居る状態で写真を撮ることが条件だ。

 

そうやって、メンバー全員の合意を示す。

 

俺の退院を待つこともあって、アリアのチームは直前申請まで待つ必要があった。

 

「キンジには、伝えたのか?」

 

「まだよ。レキの了承が得られていないわ」

 

「最悪、レキを外しても――」

 

「それはダメよ。レキも居なきゃ、キンジの意思に反したチームになるもの」

 

「成程ね...相分かった」

 

そう言うとアリアは病室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

で。

 

退院した俺は『防弾制服・黒』をジャンヌから受け取って、それを着てチーム編成・撮影会場である探偵科の屋上にやってきた。

 

が、多い。20人から30人は居るぞ。

 

武偵高のチームは結成してから一生残るものになるし、何より命を預け合うものだ。

 

故にかなりの生徒が悩み、こうして直前申請まで縺れこむ事が多い。

 

曇り空の下で生徒たちの顔を見ていると、黒い髪の塊の中に、ピンク髪がチラリと見える。

 

そこまで足を運ぶと、やはりアリアが居た。

 

「アリア」

 

俺の呼ぶ声に、アリアはツインテールをぶん、と振って振り返り――顔を少し上げる。

 

「ハヤト!アンタは、私の提案したチームに来てくれるのね?」

 

「ああ、俺ぁお前らにくっついてくよ...それ以外に考えられねーや」

 

へへっ、と笑いながら言うと、アリアは嬉しそうに微笑んだ。

 

それから30秒ほど待っていると――キンジと星伽と理子の姿が見えた。

 

アリアにそれを告げてキンジたちの方を指すと、アリアは嬉しそうに駆けていく。

 

そして数十程呆けて空を見て――視線を少し下げて、空調設備を見る。

 

その陰に、尻尾のようなものが見えた、気がした。

 

バッ!とキンジの方を見ると、キンジも見えたようで空調設備の方へ駆け寄っていく。

 

俺もその後に続くと、アリアもキンジに付いて行っている様だった。

 

角を曲がるように空調設備の横に出ると、そこに居たのは、真っ白な体毛に包まれた――ハイマキだった。

 

そして、その飼い主も居た。

 

男子っぽいスーツ型の防弾制服・黒が似合う、ショートカットの小柄な女の子。

 

設備の壁に背を付けて、無表情に斜め下を見て、無言で立っていたのは――

 

「......レキ!」

 

キンジを追いかけて付いてきたアリアが、レキの名前を呼ぶ。

 

「......」

 

視線を下げたままのレキは、頭に包帯などは巻いておらず、立っている様子から察するに問題は無さそうだった。

 

4kgくらいあるドラグノフも普通に肩に掛けているし問題ないだろう。

 

「レキさん!良かった、間に合ったんだね......!みんな、すっごく探してたんだよ?何処に行って何してたの、もう......」

 

理子と共に駆けつけた星伽は年下を問い質すようなムードでレキに尋ねる。

 

「――ハイマキと合流しに、京都へ行ってました」

 

「えっ」

 

星伽が驚いている所を見るに、分社には顔を出してないんだろう。

 

それで、ハイマキは近くに飼い主が来た事を理解して脱走した様だった。

 

「――それから、先日襲撃を受けた民宿で、湯治をしてました」

 

――湯治で、治るのか...

 

と言っても俺自身が化け物みたいな治癒力だから何を言ってもブーメランになるか。

 

「それにしても――よく、俺たちがここにいるって......分かったな」

 

「携帯電話を買い直した時に、アリアさんからすぐにメールが入りましたから」

 

つまりレキはメールを見て、自分の意思でここまで来た、という事だ。

 

自分の意思で、来たんだ。

 

――ようこそ、レキ。

 

アリアを見てみると、何か言いたそうにしていたが、もじもじして言い出せずにいた。

 

キンジがそれを解消させようと話題を振ろうとしていたが、それよりも早く、アリアが動いた。

 

「......レキ。――レキ、レキ......!」

 

アリアは手を震わせながらレキに一歩、また一歩と近づいて行く。

 

「レキ!」

 

そのまま、きゅっ――

 

抱き着いた。

 

「心配したのよ!急に居なくなっちゃうから......!」

 

涙ぐむアリアと、無表情のまま抱かれるレキ。

 

理子はそれをニヤニヤと見て、星伽は2人のお姉さんと言った様子で優しい目を向け――キンジも少し微笑んでいた。

 

俺も薄らとだが、笑っている。

 

「アリアさん、新幹線の上で、あの時――手を繋いで下さって、ありがとうございました」

 

レキは目の前にいるアリアの顔を覗きこむ様に、感謝の言葉を告げた。

 

「レキ......あたしも、ありがとう。あの時のこと。それと、来てくれてありがとう。もう絶交は取り消しよ。また、復交?再交?......また交じわりましょ」

 

その変な絶交取り消し宣言にキンジは苦笑いしている。

 

その時。

 

「ホラホラ、私ノ可愛イ生徒タチ!締切マデ15秒ヨ、武偵ハ時間厳守デショ!」

 

このオカマ声は、諜報科のチャン・ウー先生だ。声だけ聞こえるが、姿は一切見えない。

 

そして、屋上の片隅では――カメラを振り回している蘭豹先生が見える。

 

「くぉらガキ共!イチャイチャしとらんと、こっち来いや!あと10秒やぞ!早よそのワクに入れ!撮影するで!」

 

そう言いながら黒いビニールテープで囲んだ所定位置を指して、叫んだ。

 

「いこっ!」

 

アリアがレキの手を取って、走り出す。

 

「俺たちも、行くか」

 

キンジの声に頷いて、走る。

 

「あと5秒や!もっと走れ!」

 

腕時計を見る蘭豹は急かすように叫ぶ。

 

時間も時間だったので、他のチームみたいに行儀よく横一列に並ぶ事は出来ず、俺たち6人はバラバラと枠の中に入っていく。

 

普通の写真撮影は、カメラの真正面を向いて少し笑うのが基本だが――

 

「良し、笑うな!斜向け!」

 

これは武偵の集合写真。真正面を向かず、正体を微妙に暈かすのが習わしだ。

 

黒一色で統一するのも、制服がどこの物か分からなくする為である。

 

「チーム・バスカービル!神崎・H・アリアが直前申請します!」

 

まず所定位置の中央に立ったアリアが、片手を腰に当てつつ蘭豹先生の方を振り向いて叫ぶ。

 

アリアの右後ろに立ったレキは、自分の銃――ドラグノフを鮮明に撮らせないためか、バンドをやや引いて、背で隠した。

 

アリアの左後ろでは理子が腕組をして横を向き、目だけでカメラの方を向く。

 

キンジは髪を少し頬に流し、銃弾逸らしの傷を隠して――テーピングが施された両手をポケットに突っ込んで枠内右端、若干中央寄りに立つ。

 

俺はそのキンジと背中合わせに立ち、切り傷で片目が潰れていると思わせる為に右目をピタリと閉じて、髪を少し下に寄せて、カメラの方に顔を少し向けた。

 

最後に指定位置の左側に入った星伽は、蘭豹先生の持つカメラを見る横顔が、若干笑顔になっている。

 

「9月23日 11時29分、チーム・バスカービル承認・登録!」

 

腕時計を見ていた蘭豹先生は、ギリギリでカメラを振り上げてシャッターを押す。

 

そして、パシャッ!とストロボの閃光が弾けた。

 

 

 

 

 

 

決まらないことに、この時急いで振り上げて撮った写真は斜めになっており――一応6人全員は写っていたが、滅茶苦茶斜めだった。

 

キンジは「何時も俺たちはギリギリを潜り抜けてきたら、俺たちらしい一枚だ」とか言って笑ってた。

 

たしかにその通りなのかもしれない。

 

そして、この時はそんな事思いもしなかったのだが――

 

――この一枚が、俺たち6人で撮った『チーム・バスカービル』の、最初で最後の一枚になるなんて――



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開催!やべー宣戦会議

UA53000、お気に入り登録650件超など、多くの人に見て頂いて本当に嬉しいです。

これからも私のペースではありますが投稿を続けていきます!



7月5日13時頃の日間ランキングに35位でランクインしていました!

とても嬉しいです!(語彙力不足)


軽い夕立があってから、空は晴れ......薔薇色の夕焼けが、東京を覆った頃――

 

学園島の西端、海を望む転落防止柵の外に、キンジと俺はレキとハイマキを連れ込んだ。

 

あの山での狙撃戦で約束した、魚肉ソーセージ箱買いの約束を果たす為に呼んだ訳である。

 

「――ほら、食えよ。これ全部ビニール剥くの面倒だったんだからな」

 

「ハイマキ、オメーは勇敢な漢だぜ!よくやってくれた!」

 

キンジと俺で、魚肉ソーセージ60本入りのを1箱ずつ買って合計120本。

 

それをドン、とハイマキの前に置く。

 

その魚肉ソーセージで出来た山を見たハイマキは――

 

「ウォオンッ!」

 

と、一吠えして、頭を魚肉ソーセージの山に突っ込んで、ムシャムシャと食い始めた。

 

白い尻尾はプロペラみたいにブンブン振り回されている。

 

「......」

 

レキはハイマキの傍らに膝を揃えてしゃがみ、その背中を撫でてやっている。

 

相変わらず無表情だが――キンジは何処となくレキの事が分かっている様で、口元が少し笑っているのが見て取れた。

 

俺は夕焼けで金色に光る海を眺め、潮風を胸に吸い込む。

 

この時間帯になると、風が涼しい。

 

夏ももう――終わるな。

 

「そう言えばアリアの奴、ポジションまで勝手に申請してやがったぞ。知ってたか?」

 

キンジの言葉にレキはしゃがんだまま顔を上げ、ふるふると首を横に振った。

 

「俺もそりゃあ初耳だなァー...で、どんな感じなんだ!」

 

前衛(フロント)が俺とアリア、そして隼人――アリアが先駆け(PM)で、俺が隊長(UL)。隼人も先駆けだな......で、白雪とレキが支援(サポート)後方(テール)が理子。突入時には俺とアリアが拳銃弾で圧すか――奇襲で隼人を単独でぶつける。もしくは三人で弾幕射撃をする。その際に支援が中・遠距離で援護。理子はバックアタック警戒に備えたり、撤退時の殿をしてもらう。それと、隼人には偵察も任せる可能性があるな」

 

キンジは足元に転がった小石を適当に並べて、役割の説明をする。

 

――偵察に、ポイントマンに、奇襲役か。選り取り見取りだな。

 

レキも無言でキンジを見続けてる辺り、特に異存はない様だ。

 

キンジとアリアのコンビもいい、3人で組んでも問題ない、アリアと俺、キンジと俺でもコンビネーションは良好だ。星伽は攻防両方をこなせるオールマイティユニット。刀に鬼道術で前進も良し、下がって狙撃の観測手や負傷者の治療も可能。後方は麒麟児レキの狙撃、背面には危険の感知に敏感な理子。

 

 

 

アリア―Sランク

 

キンジ―Eランク(元Sランク)

 

星伽―Aランク

 

理子―Aランク

 

レキ―Sランク

 

俺―Aランク

 

成程、キンジをSランクとしてカウントすればSランク3名、最低ランクがAというランク平均の極めて高いチームのワケだ。

 

一人一人の癖の強さもアレだが、キンジが何とかしてくれるだろうし、俺も出来る限りのフォローはしたいと思ってる。

 

そんな事を思いながらレキを見ると、何か話したそうにキンジを見て、俺を見た。

 

――把握した!

 

きっと俺が居ると話し辛いやつなのだろう。ならば邪魔者は退散すべきだ。

 

「ん、じゃ!俺ぁそろそろ帰ってジャンヌの飯でも食うとするよ......じゃあな、ハイマキ」

 

ムシャムシャと魚肉ソーセージを頬張り続けてるハイマキの背中を軽く撫でて立ち上がる。

 

「じゃー、レキ、キンジ...また明日な」

 

「おう」

 

「はい」

 

俺は手を上げて、振り向き、沈んでいく太陽を背に受けて男子寮へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関に入り、靴を揃えてリビングの方へ歩いていく。

 

「ただいまーっと」

 

「お帰り、隼人」

 

「遅かったじゃないか」

 

俺の帰宅を告げる声に反応して、キッチンからジャンヌが、リビングのソファから金一が顔を覗かせる。

 

鞄をベッドに置いて、ジャケットを脱ぎネクタイを緩めて捨てるようにベッドに放る。

 

シャツのボタンを外して、脱ぐ。

 

少し冷えた外気に肌が晒されて、寒気を感じる。

 

「夕飯はもうすぐで出来るみたいだし、どうだ、隼人...俺と話でもしないか」

 

リビングのソファを占領して夕刊を読んでいる金一は、顔を新聞から逸らして俺を見ながらそう言う。

 

ズボンを脱ぎ捨て、部屋着に着替える。

 

そして、金一の方に向き直って、近づいて行く。

 

「そろそろ『不可視の銃弾』を教えてくれてもいいんじゃねーの?」

 

金一が姿勢を変え、ソファのスペースを開けてくれたのでそこに腰を落とし、金一に『不可視の銃弾』のやり方を教えてくれ、と強請ってみる。

 

「隼人ならもう出来るんじゃないか?」

 

「へ?」

 

「『不可視の銃弾』はホルスターに収まった拳銃を可能な限りの高速で抜いて、高速で狙いを定め、高速で射撃して、また高速でホルスターに仕舞うだけだからな」

 

金一はそれだけ言うと、夕刊をぱらり、と捲って次の紙面を読み始めた。

 

「つまり......超スピードってことでいいのか?」

 

「そういう事だ。まぁ......XVRはバレルが長い。ちょっと速射には不向きなんじゃないか?」

 

「まぁその辺も何とかするさ......俺流にイジってみるのもアリかもなァー」

 

そんな話をしてから、夕食を終えて――

 

 

 

 

 

 

 

「隼人、少し......いいか?」

 

ソファに深く腰掛け、ニュースを見ていた俺の隣にジャンヌがやって来た。

 

その表情は真剣で、凛としている。切れ長のサファイアの瞳が微かに揺れていることから、若干の迷いがあるのが見て取れた。

 

「――ああ、いいぜ」

 

ジャンヌは俺の了承を聞くと、くる、とその場で反転して背を向け、ダイニングの方へ歩いて行く。

 

その後を付いて行くと、既に金一が椅子に座っていて、金一の隣にジャンヌが腰を掛けた。

 

俺は空いている対面の席に座り――金一とジャンヌの剣呑な雰囲気に、若干気圧されてしまった。

 

「そんな真剣な顔して......どうしたんだよ、2人共」

 

そう尋ねてみるが、金一も、ジャンヌも何も言わない。

 

やや重い空気が場を支配し、肌がピリピリと張り詰めた感覚を痛いくらいに訴えてくる。

 

時計の針が進むカチ、カチ、という音だけがハッキリと聞こえる。こんなにも時計の針の音は大きかったのか、と疑問に思う程に音がない。

 

その時計の針が進む音を何十回か聞いて――ジャンヌが、息を微かに吸った為か肩が少し上がるのが見えた。

 

「冴島隼人。我々イ・ウーは遠山金次率いるお前たちの影響によって、『崩壊』した。この事実を以て、我々イ・ウーに所属していた組織・団体・機関・結社は――次に進まなければならない」

 

ジャンヌの口から、イ・ウーの話が上がった瞬間――

 

ズゥッ――――――

 

と、体中から殺気が溢れ――体の奥が灼熱に支配されていく。

 

目は俺自身でもどうかと思う程据わりジャンヌを見つめて、離さない。それに――ビリビリと空気が震えているのが伝わる。

 

「落ち着け、隼人......ここに、敵はいない」

 

金一が殺気溢れる俺を落ち着かせ、イ・ウーのメンバーによる襲撃はないと知らせてくれる。

 

そうは言っても武偵高にココたちが居たことを考えると、警戒しない方が可笑しい。

 

――何時襲われるか、分からないからな。

 

「......警戒は、しておくべきだろう」

 

ジャンヌはそんな俺を見て、赤い蝋で封がされた純白の封筒を差し出してきた。

 

「これを、読め」

 

封筒を受け取り、丁寧に封を剥がして――中に入っている紙に目を落とした。

 

 

『 冴島隼人殿

 

  10月1日 夜10時

 

空き地島南端 曲がり風車の下にて待つ

 

  武装の上、一人で来るように

 

           ジャンヌ・ダルクより  』

 

 

と、書かれていた。

 

「......これは?」

 

「我々が――次に進む為の、集会みたいな物だ」

 

「次に、ね......相、分かった」

 

随分物騒な集会もあったもんだ。

 

色々と思う事はあるが、ここで何か話してもあまり本質的な解決は望め無さそうだったので、手紙を仕舞い、席を立つ。

 

疲れたのでもう寝る、とだけ告げて返事も聞かずベッドにダイブして目を閉じた。

 

10月1日まであと1週間。

 

一体、そこで何があるのか――俺には、全然理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間後。

 

9月30日――23時40分。

 

どうやって空き地島に行こうか悩んでいると、キンジがモーターボートを動かそうとしているのが見えたので、近付いて声を掛けることにした。

 

「キンジ」

 

「......隼人!お前も、呼ばれたのか」

 

「ああ、ジャンヌと金一...いや、今はカナか。まぁ2人は先に行っちまったよ」

 

「兄さんも?......嫌な予感がするな」

 

キンジの操作するモーターボートに乗り込んで、真夜中に学園島から空き地島の南端へと渡る。

 

錆びた梯子を伝って上った人口浮島の上は――

 

暗く、濃霧に包まれていた。

 

不明瞭な視界の左右には、東西に整然と並ぶ風車の柱が続いている。

 

その濃霧を掻き分ける様にして、俺たちは曲がり風車と武偵高であだ名されている、4月にキンジがANA600便を停める為にぶつけて曲げてしまった風力発電機の下までやってきた。

 

それにしても、この空き地島を覆う濃霧――自然発生した、というワケではなく......超能力のような、違うような...そんな力の残滓を感じる。

 

シャーロックが『予習』と称して発生させた霧に似ている、ような気がした。

 

「隼人、遠山――こっち、だ」

 

掛けられた声に振り向くと――

 

少し離れた所に、白銀の鎧を着たジャンヌが立っていた。

 

デュランダルの切っ先を真っ直ぐ地面に突き、杖の様に立て、柄頭には手甲を填めた両手を重ねて乗せている。

 

「なんだ、こんな所に、夜遅くに呼び出して」

 

キンジがそう言いながらジャンヌに近づいて行くので、俺も後を付いていくと――

 

ジャンヌの西洋甲冑は、かつて地下倉庫で戦った時よりも重厚になっていた。

 

あの時着けていた胸当てや脛当てに加え、スカート型の草摺り、曲線的な肩当てまで装備していた。

 

その淡麗な顔も、一週間前に話した時と遜色がなく――むしろ、更に表情は強張っていた。

 

「――間もなく零時です」

 

頭上から、レキの声がする。上を見上げれば、動かない風車のプロペラに、制服姿のレキが腰かけていた。

 

こちらも何時もは肩に掛けているドラグノフを体の前に抱えている。

 

臨戦態勢と言うワケではないが、かなり警戒を強めている。

 

かく言う俺も、何時でもXVRを撃てるように安全装置を外し、右手を自然とホルスターから銃を最速で抜ける位置に固定していた。

 

キンジは、ただただ困惑している。

 

「キンジ......ベレッタにデザートイーグルを、何時でも撃てるようにしとけ」

 

「――分かった」

 

キンジは俺の言葉を聞いて、ホルスターに手を突っ込み安全装置を解除した。

 

俺たちが警戒を強めたその時――

 

――――バッ――――

 

曲がり風車を大きく円形を囲むように、複数の強力なライトが灯った。

 

眩しさに腕で目を覆った俺たちが......再び、周囲を見ると。

 

光に晒された霧に、俺たち以外にも幾つかの――人影がある。

 

その姿形が、どれもこれも普通じゃない。

 

―――異形の、集団。

 

そうとしか言い様がない不気味な連中が、半径50mくらいの周囲に集っている。

 

その装いは皆バラバラで、まるで仮装大会の会場にでも迷い込んだ気分だが――そういう、お遊びじゃないってことは分かる。

 

――動けない。

 

銃を抜こうとするが、全体から鋭く、剣呑な殺気を受けて......動く事を許されない。動けば、先に俺がやられる――それだけがはっきりと理解できた。

 

シャーロック...には、及ばないが――それに近い物を感じる。

 

「――先日はうちのココ姉妹が、とんだご迷惑をお掛けした様で。陳謝致します」

 

恭しく俺たちの方にお辞儀してきたのは、糸みたいに目の細い男。

 

張り付いたような笑顔に、丸眼鏡を掛け、色鮮やかな中国の民族衣装を着ている。

 

その男から離れた地面では――ゾゾゾゾ......と、黒い影だけが、地面を這う様に蠢いている。

 

上に物がないのに、影だけが動いて......集まり、人型になって起き上がったかと思うと――

 

「お前たちがリュパン4世と共に、お父様を斃した者たちか。信じがたいわね」

 

白と黒を基調にした、不吉なゴシック&ロリータの衣装に身を包んだ金髪のツインテールの少女になった。

 

その雪のように白い手には、真夜中だというのに黒いフリル付きの日傘を持っており、背にはコウモリのような大きな翼が生えている。

 

その翼が飾りじゃない事を示す為か、それを大きく、バサッと、一つ羽搏いた後ろでは......

 

「――ヴンッ――」

 

と、別の人影が異様な音を上げた。

 

そいつはかなりの巨体で、ざっと3m程はある。全身を現代的な装甲で覆い、ガトリングガンを携え、肩には連装型のロケットランチャーを搭載している。

 

言うなれば、人型の二足歩行戦車(メタルギア)。その姿は正しく鋼鉄の王と呼ぶに相応しい。

 

その傍らには、白い法衣に身体を包み、十字架のような大剣を背負ったシスターと――黒いフード、大きなとんがり帽子、肩にはカラスという絵に描いたようなチビの魔女がそれぞれ垂れ目とツリ目で睨みあっている。

 

「仕掛けるでないぞ、遠山の、足の早い坊。今宵はまだじゃ。儂も大戦は86年ぶりで気が立つがの」

 

キンジの事を知っているような口ぶりで話し掛けてきたのは、梵字が描かれた藍色の和服を着た、アリアより小さい、小柄な女の子だった。

 

切れ長の目は日本人っぽいが、長いその髪はキツネ色だ。そして最も特徴的なのが、頭部に狐耳が生えている。ピクリ、と動いた事を見るからに飾りじゃないらしい。

 

周囲には他にも、トレンチコートを着て長剣を背負った美形の白人男、トラジマ模様のネコ科動物のお頭付き毛皮をワンピースにした原始人みたいな女の子、イヤホンから聴く音楽にノッて、コキコキ体を揺する姿勢の悪いピエロ......奇人、変人、大集合って感じだ。

 

視界の端にキラキラと砂が舞うのが見え――霧の向こうから肌も露わな衣装を着た女......

 

「ほほ、久しぶりぢゃの。トオヤマキンジ、そして憎き小僧......サエジマハヤト」

 

砂礫の魔女、パトラがその姿を現した。

 

そして、背後に人気を感じて振り向こうとするが、それより先に肩に手を置かれる。

 

「大丈夫よ、隼人。私だから」

 

そう言って声を掛け、俺の隣に歩を進めたのはカナだった。

 

濃紺に着色された大鎌を担ぎ、ロングコートを羽織り、編み上げブーツを履いたカナはキンジの方を見ると手を軽く振って挨拶をした。

 

キンジはそれを見て更に表情を苦々しくて、汗でじっとりと濡れた額を手の甲で拭った。

 

すっ――、とそのサファイアの瞳で一同を見回したジャンヌが......

 

どうやら司会者らしく、凛とした声で語りだした。

 

「では――始めようか。各地の機関・結社・組織の大使たちよ。宣戦会議(バンディーレ)――イ・ウー崩壊後、求める者を巡り、戦い、奪いあう我々の世が――次へ進む為に(Go For Next)

 

――Go For Next――

 

バラバラに唱和したその異形の存在たちを、キンジはヤケクソ気味に、俺は警戒しながら睨みつける。

 

キンジが望む、平凡な高校生が遠のいていくのが分かる。

 

――ドンマイだな、キンジ......オメーにはまだ、やらなきゃいけねぇ事があるみたいだぜ?

 

 

 

 

 

 

 

Go For NEXT...




番外編で本編と関わらない話(パロディとか)でもしようかなぁって思ってます。


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番外編
【番外編】やっと見つけた青い鳥


このお話は、番外編です。

胸糞悪い気分になるかもしれません。


 

こんなのじゃダメだ。こんなのじゃ満足できない。違う、違う、チガウチガウチガウチガウ。

 

「我々は、一番で無ければならない――『国民』全員が、一番にならなければ、意味がない」

 

我々には国としての歴史が足りない。厚みが足りない。土地は有る。資源もある。金も、人材も、軍事力も、影響力もある。

 

だが――『幸福』が足りない。

 

 

 

誰もが、満足できない。何処かで飢えを感じている。

 

そんな事、許されない。決してあってはならない。

 

 

これほどまでに強請って、戦って、血を流して勝ち取った大地に住む我々は――『満足』しなければ意味がない。

 

「この程度では、満足できない――」

 

世界中から同意の上で連れ込んできた超能力者、偉人の血筋を持つ者たち、特異体質者から手に入れた細胞・血液・DNA......あらゆる者の情報を手に入れた。

 

そして我々はその情報を集めていく中で、究極の兵士を作ろうとした。

 

我々は戦争によって歴史を成してきた国家だ。我々の歴史の一頁、一項目の全てが血塗られ、迫害と弾劾によって積み上げられてきたものだ。

 

故に戦争で、貴重な――『次の世代』を失ってしまうことも、多々あった。

 

経験豊富な『今の世代』を失うことも、多くあった。

 

その痛みは、想像以上に我々の社会を蝕んでいた。

 

戦争反対、などと平和ボケした連中が兵士たちを労い、この国の歴史に影を落とそうとしている。

 

ふざけるな、そんなことがあってたまるか。

 

我々は常に、最も先を征く者たちでなければならない。

 

食事会の時、円形のテーブルに座った主催者が一番最初に『ナプキン』を取ることで、後に続く者たちの『ナプキン』の取り方を決めるように、我々が『一番』でなければならないのだ。

 

今までは、兵士、軍、企業が『一番』であれば良かった。

 

 

 

だが、時代は変わりつつある。

 

もはや一国民にも、強烈な『愛国心』が必要で、一人一人の国民が、『一番』を目指し、競い合わなければならない時代が近付いて来ている。

 

 

 

 

故に私は、私の信じる事を――『成すべきと思った事を、成す』のだ。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

最初は、Gの遺伝子を使った、偉人の子孫を人工的に作り出そうとしているプランが、ロスアラモスの方で実行に移されたという話を聞いただけだった。

 

私はソレを鼻で笑った。

 

なぜなら、それで生み出されるのはたった数名の、『偉人の遺伝子から生まれた者』たちでしかないわけで、私が求めている者には遠く及ばなかったからだ。

 

私が掲げた計画は『アメリカ全土に住む、愛国心を持った国民たちの幸福の実現』である。

 

本当に些細なもので良い――他人より速くなりたい、他人より頭の良い学校へ行きたい、他人よりも時間を有効的に使いたい、他人よりもスポーツが上手くなりたい。

 

その些細な『欲』が生まれる原因を、作りたかった。

 

私はその計画遂行の為に、まずは世界各地のスポーツ選手のDNAを手に入れ、特殊な変化ケースがないかの確認にあたった。

 

5年を費やしたが、どれも似たような物ばかりで――人種による違いこそあれど、結局スポーツ選手たちは、長い時間をかけ、食事をコントロールし、自らの限界に挑み続けた者たちしかいない、ということが解った。

 

 

 

 

 

 

次に、Gの遺伝子を使った奴らに倣い、偉人の子孫のDNAを手に入れ調べたが、これもまた、普通だった。

 

偉人たちのDNAは思考が与えられ、生まれ育ってから親による教育を受けて、正しく偉人の子孫になっていくのだ。

 

故に、特異体質で強くなれようが、技を知らなければ――知性が無ければ、意味がないのだ。

 

それに3年を費やした。

 

 

 

 

 

 

そして、私は超能力者たちの遺伝子に手を出した。

 

遺伝子は、何処となく違った。

 

スポーツ選手とも、偉人とも異なる、そんなDNAが、グレードの高い物ほど、違和感が顕著に出ることが解った。

 

しかし、そこで私は喜べなかった。

 

その遺伝子を手に入れ、私の計画の為に使おうとしても――砂を操れるだけで幸福にはなれない。氷を生み出せても幸福には至れない。思考が読めても幸福にはならない。

 

違う、私の欲しいものはそんなものじゃないんだ。

 

 

4年を、費やした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――遂に私は出会った。

 

優秀な部下が、全世界に配信される動画投稿サイトで、動画投稿タイトルが日本語で書かれたソレを、見せてきた。

 

日本語がある程度理解できる私は、その動画の情報を一通り見てから、再生した。

 

画面に映っているのは、ジュニアスクールに通ってそうな年齢の、日本人の子供たちだった。

 

タイトルは日本語で『化け物、現れるw』と書かれてあった。

 

タイトルの最後についている『w』の意味は分からないが、動画の内容的には、スポーツ大会か何かの、50m走の様子が録画されているだけの短いものだった。

 

これのどこに、化け物が居るのか、私には理解できず――

 

動画では、教師の合図で子供たちが一斉にスタートした所で。

 

「―――――」

 

言葉が、出なかった。

 

一人の子供が、同年代の子たちを引き離し、独走してゴールしてしまった。

 

一人だけオリンピックに出場する短距離走選手が子供たちに混じっているようなレベルとは言わないが――――それでも、異常な速度だった。

 

有り得ないと言うに相応しいその早さは、私の心を、掴んでいた。

 

 

 

 

 

急いでその動画に映っていた『子供』に関する情報を、部下、CIA、私兵を使い調べ上げさせた。

 

彼らは私の指示に従い、早急に資料を作り、情報を纏め――私に提出してくれた。

 

名前は冴島隼人。性別は男。年齢は12。日本人。現在イジメをクラスメイト、クラスメイトの親から受けており、心がやや摩耗した状態。両親との仲は良く、それが心の支えになっている様子。調査の過程で、『加速』という非常に珍しい超能力を持っていることが判明。両親は共に普通の人間で、何の特異性もない。

 

父方の両親は既に2人共死去。母方の両親は2名とも存命。

 

父の職業はサラリーマンで、特に大きくもない普通の会社で働いている。母は働かず、家にいる。

 

――どうすれば、『彼』だけを手に入れられるだろう。

 

私は考えて、考えて、余りに余っている金を使うことにした。

 

研究施設で管理している子供たちを部下と共に日本に送り、子供たちは日本の子供たちに接触しイジメを促し、子供たちの両親には『彼』を非難し、侮辱し、否定すれば金をやると言って、実行に移した大人たちには金をばら撒いた。

 

初動の火付けが上手く行けば、後は鼠算式に増えていく。

 

イジメは良くない、などと言う正義感を持った立派な大人もいたが、最終的には金に屈した。

 

 

 

 

 

 

『彼』が両親に縋る時間が長くなったと報告を受けた。

 

そのタイミングで、『彼』の父親を、辞職に追い込んでやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やったぞ、『彼』の父親が自殺した。ははは、やった。

 

遺書を残していたが、すり替え、『彼』が原因だと言う旨の物に変えさせた。

 

『彼』は確実に心が折れるだろう、心を閉ざすだろう。

 

もう少しだ。

 

 

 

 

 

 

 

ははは!こうも上手く行くと笑いが出てしまう。『彼』の母親が父親の後を追って自殺した。あれも遺書を残していたそうだが、すり替えるまでもなく『彼』に対する呪言が書き連ねてあったそうだ。

 

『彼』は母親の両親に引き取られるそうだが、どうせ上手くいかないだろう。

 

もう少しで、助けてあげるからね。待っててね。

 

 

 

 

 

 

 

『彼』は物置に閉じ込められるような生活をしているらしい。酷い事をする奴もいたものだ。

 

そろそろ、よく熟れた立派な果実になっているはずだ。

 

取りに行かなければ。

 

誰かに奪われる前に、私が育てた、私の理想を。――――『青い鳥』を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ...誰?」

 

私の目の前に居た少年は――泥と土に塗れ、元々は白かったTシャツは裂け、土色に汚れ、顔や髪にも所々に泥が付き、爪はひび割れている。

 

濡れた泥が乾き、白っぽくなった腕の部分を払うと、その土の下には打撲痕があるのが見えた。

 

腰を落とし、白衣の裾が泥に濡れることも気にせずに、少年の目をじっと見つめた。

 

程よく絶望に支配され、濁りきったその目は実に私好みで、私の計算通りに心が折れていた。

 

「初めまして、少年。―――君が、冴島隼人君だね?」

 

口が半月状に裂けそうになるのを必死に堪える。

 

喜びの感情が爆発して、愛が生まれて――抱きしめたい気分に包まれる。二度と離したくない程の独占欲が生まれる。

 

濁りきった瞳が、私だけを見ている。

 

「......そう、冴島。冴島隼人」

 

その鈴のようにか細い、擦り切れてしまいそうな声が、私の耳を駆け抜け、脳を直接叩く衝撃を受ける。

 

ああ、愛おしい。愛おしい。愛おしい。

 

「君は――ほんの少しの『特別』が許されない社会を、どう思う?」

 

揺れる心を、感情を、必死に支配して、言葉を紡ぐ。

 

「......苦しいよ」

 

「――――そうだね」

 

ああ、待っててね、もう大丈夫、助けてあげる。私が、私だけが――アナタを、『特別』から、『当たり前』にしてあげる。

 

国民の為の『彼』なのではない。

 

 

―――――私は、ずっと間違えていた。

 

 

『彼の為の国民』なのだ。

 

 

 

「私と一緒に、アメリカに来なさい。アメリカは自由の国だ。君が抑え続けてきた『欲望』をどれだけ望んでも...誰にも邪魔はされないし、怒られもしない」

 

――勿論、石を投げられることも、否定されることもない、と、続けた。

 

彼の瞳は、アメリカという言葉に揺れたのが見えた。

 

「......僕は、何をすればいいの?」

 

ああ――ああ、嗚呼。

 

賢い子だ、聡い子だ、頭の回転の早い子だ。

 

この時点で対価を聞くなんて。

 

口元が、堪えきれなくなって――少し、歪む。

 

「君のやりたい事を、やりたいようにやればいい。」

 

「そういうのじゃない。僕は、アメリカに行く代わりに、アンタに、何を支払えばいいですか」

 

「見返りかい?......そうだね、見返りは、君の細胞と、血液を一カ月に数回...ほんの少し、分けてくれればいいんだよ」

 

「それだけでいいの?」

 

「貰いすぎなくらいだよ」

 

「――僕は、それだけで、我慢しなくて済むの?」

 

目の前の、泥に塗れた少年の、底の見えない暗い瞳が揺れている。

 

もう少しだ。焦るな、落ち着け。

 

私はそのまま少年を抱きしめて――

 

「もう、我慢しなくていいんだよ。泣いてもいいし、怒ってもいい」

 

「.....泣か、ない......ぜっだいに゛......な゛か゛な゛い゛!」

 

――ようやく、私の手に止まってくれた。

 

「辛かっただろう...苦しかっただろう?」

 

「うん、うん...」

 

背中を撫でて、愛おしい存在を逃がさない様にきつく抱きしめる。

 

「世界中の誰もが『君は要らない』と言っても、私は、世界の中心で、『君が必要だ』と、叫び続けるよ」

 

「僕が、いいの?」

 

「君じゃなきゃ、ダメなんだ」

 

泣き腫らしたその瞳に、微かな光が宿っているのが、見えた。

 

これで、どうだ。

 

「――僕、アンタに、付いてくよ」

 

――――堕ちた。

 

その言葉を聞いて、私はもう一度深く、私の手に収まった『青い鳥』を愛おしく抱き、顔を見られないように少年の顔を体に押し付けさせた。

 

こんなにも喜色満面の笑みを見られれば怪しまれそうだったからだ。

 

「そうか、そうか......ようこそ、アメリカへ。――――自由の国へようこそ。君は、ようやく自由になれる」

 

――私の、手のひらの上でだけ、自由になれる。

 

君には途轍もない広さの籠を与えよう。飛んでも、飛んでも、終わりがない、変わり映えのない世界をあげよう。

 

君の血と、遺伝子で――世界は変わる。

 

きっと君の『加速』は身体能力は勿論、思考能力だって『加速』するはずだ。

 

曖昧な能力は、分岐が多く、奥が深い。

 

だから、君の能力の全ては私が理解してあげる。

 

私だけが理解者になってあげる。

 

そうすれば何年後かには――私の目的の2つが、同時に達成される。

 

ある御方に言われた『愛国心のある国民を一番にしろ』という目的と――私自身の目的、『彼を当たり前』にするという2つが叶う。

 

彼の遺伝子を打ちこんでやればいい。加速が始まれば――皆平等になる。

 

彼も、苦しまなくて済む。

 

ようやく見つけた『青い鳥』。私の『幸福』への道。

 

 

 

 

 

 

そうか、これが――満たされる、という事。

 

 

 

みんなにも、教えてあげなくちゃ。

 

 

 

 

 

ねぇ、そうでしょう?と、私の腕の中にいる......希望に満ち溢れた顔をした『青い鳥』を見て――私は静かに、笑った。

 



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【番外編】[IF]隼人とレキ【お気に入り1000件記念】

特にイチャつきも無く、隼人メインですが(´・ω・`)


「......」

 

頬杖をついて、安っぽいテーブルに置かれた、プラスチック製のコップに入った温い水を飲みながら、俺は目の前にいる少女を何時も通り呆れ半分、驚愕半分で見つめていた。

 

目の前の少女――緑色の髪に、瑠璃色の目をした少女......狙撃科2年の、Sランク武偵......レキは、俺が見ている事に気付き、顔を上げ、首を傾げた後何事も無かったかのように顔を下に向けて、手と口を動かす作業に戻った。

 

レキの目の前に置かれているのは、超大盛?特盛?メガ?......まぁ、とにかくアホみたいに具が乗せられたラーメンで、それを無心で、一定のペースで食べ続けている。

 

――いつも思うが、ちっせぇ体に、よく入るモンだ。

 

この店は度々、レキと食事をする為に訪れるラーメン屋で、初めの1回は完食出来たら無料、という物を適用させてもらったが2度目、3度目となると申し訳なくなり代金を支払うに至った。

 

もっと別の店に行かないか、と提案したときもあったが、レキは頑なにこの店を推し続けた。

 

なぜそこまでこの店に拘るのか、と聞けばレキは感情のないその顔で、「隼人さんと初めて行った場所ですので」、などと返す物だから、俺も強引に誘う事は出来なかった。

 

そんな感じで、俺は食べ終えた炒飯の器をテーブルの端に退けて、レキが黙々とラーメンを食べ続ける様を眺めている。

 

何時頃から、レキとこんな関係を持つに至ったのだろうか。

 

水を少し飲んで、記憶を辿っていく。

 

――たしか、あれは1年の11月下旬あたり......だっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そこで寝ると、風邪をひきますよ。今夜の風は、冷えますので」

 

「――あ?......ああ、そうだろうなァー」

 

放課後、既に日が沈み、月が顔を覗かせた時間帯に、一人屋上に佇んでいた時に、すぐ傍で声を掛けられ、顔を見る事無く適当に返事をする。

 

クソみたいな内容だったが金払いは良かった依頼を終えたばかりの俺は、内心荒れていた。

 

――金払いはいい、サービスも良し。だがやってる事はつまんねぇ。

 

最近の依頼はどれもそんな物ばかりだった。

 

高校生なんだしオシャレでもしろ、と依頼主に言われ金一封を理髪代として渡されたり、アクセサリに気を遣え、と言われ使いもしねぇ高級腕時計やネックレス、指輪やイヤリングを渡され、一流のビジネスマンは足先まで整える、と言われ高い革靴を渡されたりもした。

 

どいつもこいつも、武偵を舐め腐ってやがる。

 

そんなバカみてぇにお茶羅けたアイテムなんか持ってたって意味はない。

 

当然全部売り払った。質屋に二束三文で買い叩かせた。

 

金は腐るほど手に入れた。満足感は欠片さえ手に入らなかった。

 

だが依頼を熟せば熟すほど、そういう依頼をやればやるほど。

 

教師達は「あの人がお前の事を褒めていたぞ、俺の評価も上がった」、「お前はよくやっているよ、この調子で頑張れ」、「私の恩師から、内密の話が......」と、自分達の都合の話ばかり持ちかけてくるようになった。

 

終いには、つい昨日の出来事だが――とうとう俺の超能力を便利な宅配便と勘違いしたのか機密性の極めて高い文書の輸送という、鼻で笑ってしまう様な依頼まで押し付けられた。

 

速くなれればいい。俺はその一心で簡単に終わる、金払いの良い依頼をやってきた。

 

だがその先にあったのは、歯車として扱き使われる俺だけだった。

 

そして今日も、重要な会議に使うデータの速達をやってほしい......そんな依頼だった。

 

正直、武偵という物に嫌気がさした。

 

俺は便利屋じゃねぇ、と叫びたかったが――教師たちも俺が依頼をやればやるほど武偵高全体の評価が上がっていくからか、俺に雑用みてぇな依頼を押し付けていく。

 

――こんなことをする為に、武偵になったワケじゃない。

 

誰にも相談できず、物に当たる事も出来ず。俺は一人、日の落ちた校舎の屋上で、行き場のない思いを夜風に乗せて呆けていた。

 

そんなタイミングで、声を掛けられた。

 

顔を見なかったが、声で分かる。

 

夏に、遠山キンジ、不知火亮、中空知美咲、武藤剛気らと共に共同依頼をした内の一人......狙撃科の麒麟児、ロボット・レキ。

 

つい最近まで、ロボットが名前だと思っていた......が、実際は侮蔑の意味で付けられたあだ名だったらしく、本名はレキだけらしい。

 

依頼以外では会話もする事の無かった俺たちだが、なぜか今日、このタイミングでこのレキは運悪く、俺と同じ場所にやって来てしまった。

 

「こんな所で、何をしていたのですか」

 

「何って――別に......つまんねぇって思ってただけさ」

 

「つまらない?何が、でしょうか」

 

隣に腰を下ろしたレキに、パーソナルスペースを軽々と侵略された事に対する抗議の目を向けるが、如何せん反応が無く、暖簾に腕押しだと思い溜息を一つ吐いて諦めることにした。

 

だが――折角だし、校内でもそう会う事も無く、依頼でも共同する可能性は限りなく低いレキに――俺は、相談のような物を持ちかけてみよう。そう思った。

 

「――......面白くもない依頼を、テキトーにやって......それで金貰って、帰ってきたら誰も居なくて、何にも楽しい事が無くて――金だけは余っていってな。気付けば夜も更ける様な時間だ」

 

隣にドラグノフを抱えながら座る少女の方に視線を向ける事無く、夜空に煌々と輝く月を見てそう愚痴を零した。

 

「俺はもっと満足できる依頼を熟したかった。楽しいと思えるような依頼をな。だが、結局はこんなことばかりだ。つまんねぇ。面白くねぇよ」

 

「――依頼に楽しさを見出す方が、難しいのでは」

 

レキは酷く冷めた様な様子で、俺にそう言う。

 

「分かってるさ......だが、依頼が終わって、帰ってきて......誰も居ないっていうのが辛いのさ」

 

「隼人さんは、孤独に苦しんでいるのですか?」

 

「......どぉだろーなァー」

 

「私には、よく分かりません」

 

レキは、トーン1つ変える事無く、そう言った。

 

俺だってよく分からないんだ。それを、ましてやロボットなどと称される少女に理解できるはずがない。

 

次に繋ぐ話を見つける事が出来ず、暫くの間、無言が屋上を支配したが――レキの方からガサガサと音が聞こえ、俺の視界に小さな手が何かを握りしめて差し出されたのが映る。

 

「どうぞ」

 

月明りに照らされたソレは、栄養補給食で――お世辞にも、旨い飯とは言えない。

 

少女は片手を俺に突き出しながら、もう片方の手で栄養補給食をモソモソと食っている。

 

......少し腹も空いていたし、差し出された物を無碍にするワケにもいかず。

 

俺は引っ手繰る様にレキの小さな手からソレを奪いとって、乱暴に袋を開けて口に放り込んだ。

 

ボソボソとした触感のそれは、口に入った瞬間に口の中の水分を吸い上げていく。

 

噛めば噛むほどに出る筈の唾液は滴すら出ず、飲み込めば喉まで干上がっていく感覚を感じる。

 

栄養はあるかもしれないし、手早く食えるかもしれないが――

 

「......お前、こんなのを何時も食ってるのか?」

 

俺は、そう質問せずにはいられなかった。

 

「......?はい、食事は迅速に、栄養の多い物を。何か――問題でも?」

 

初めてレキの方を向いて、質問を投げかければ、レキはそれに呼応するかの様に俺を見て、返事をした後、首を僅かに傾けた。

 

――これが飯?これを、毎日?冗談じゃねぇ。

 

居ても立ってもいられずに、俺はレキの手を掴んで立ち上がり、有無を言わさずに屋上から校内へ行き、狙撃科へ連れて行った。

 

「......」

 

レキは無表情で、俺の奇行を眺めている。

 

「ドラグノフ、仕舞えよ」

 

「何故でしょうか」

 

「飯」

 

「はい?」

 

「飯。食いに行くぞ」

 

レキの瑠璃色の瞳が、僅かに開いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一件を皮切りに、このラーメン屋にはお世話になり続けている。

 

最初の頃は、俺が依頼を終える度にレキを無理矢理誘って連れてきたが、回数を重ねる内にレキから俺を誘う様になっていった。

 

今思えば、あの頃はかなり心中穏やかじゃなかった、と思う。

 

今でもやらされる依頼はクソみたいな物が多いが、依頼の後にはこうして心落ち着けて、誰かと食事が出来る。

 

それで全部流してしまえばいい。美味い飯を食って、嫌な事全部飲み干して、クリーンな気持ちでまた明日を迎える。

 

言ってしまえば、救いだ。

 

大袈裟なんだろうけど、この小さな行為が、荒れていた俺を宥めてくれた、救いだったんだ。

 

それが例え、余り物言わぬ少女との食事であったとしても。

 

誰かが傍に居てくれるだけで、助かる事だってあるんだ。

 

「レキ」

 

「――?はい、何でしょう」

 

「ありがとうな」

 

「......私は何か、隼人さんに感謝されるような事をしましたか?」

 

レキはあの時と同じように、瑠璃色の瞳で俺を見て、首を僅かに傾けた。

 

記憶の中のソレと寸分違わぬ動きに苦笑して、

 

「ばーか、そういうのは、素直に受け取っておけばいいんだよ」

 

俺はそう言い、水を飲み干した。

 

「そうなんですか?」

 

「そうなんだよ」

 

今日も俺は、目の前の小さな少女に感謝する。

 

 

 

 

――ありがとう、レキ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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極東戦役編
やべー『極東戦役』開幕


お気に入り登録700件を超えてました!(∩´∀`)∩バンザーイ

皆さま、読んでいただいてありがとうございます!

これからも私のペースで地道に投稿させて頂きます。


「――『宣戦会議(バンディーレ)』に集いし組織、機関、結社の大使達よ」

 

夜の人口浮島・空き地島で――

 

霧の中に照らし出された異形の集団に、甲冑姿のジャンヌが語り掛けている。

 

「まずはイ・ウー研鑽派残党のジャンヌ・ダルクが、敬意を持って奉迎する」

 

その声は、奥歯に刃を秘めたような感じだった。

 

歓迎するような口調では到底ない。むしろ一触即発。此処に集う者たちのピリピリと伝わってくる痛い程の殺気に、俺も堪らずその殺気を押し返そうと殺気を零してしまう。

 

その気配の変化に何名かの肩が軽く、ピクリと動いて――俺の方に視線が集中するのが分かる。

 

――ああ、コイツら完全につぶし合う気だ。

 

僅かな気配のやり取りで、交錯する敵愾心を理解し――冷や汗が流れる。

 

正体不明の武装集団に遭遇した場合は敵の総戦力を把握する必要があるが、俺たちにはソレができない。

 

まず、誰が敵で、誰が味方か分からない。

 

ジャンヌ、レキ、カナ辺りは俺たちに敵意は無いと信じたい。この狐耳は知らん。パトラは敵だと思う。

 

あとの奴は、何をするか分からない。

 

逃げようにも――その行為自体が最も危険だ。

 

背中を見せた瞬間ズギュンじゃ洒落にもならない。

 

「初顔の者もいるので、序言しておこう。かつて我々は諸国の闇に自分達を秘しつつ、各々の武術・知略を伝承し――求める物を巡り、奪い合ってきた。イ・ウーの隆盛と共にその争いは休止されたが......イ・ウーの崩壊と共に、今また、砲火を開こうとしている」

 

イ・ウー。原子力潜水艦を根城とし、此処に居るジャンヌを初めとする無法者の超人たちを排出した組織の名だ。

 

2か月前に俺たちによって崩壊した筈の組織だが――今なぜか、ここで取り沙汰されている。

 

キンジがゴクリと生唾を飲み込んだ時。

 

奴らの一人が、全員に語り掛ける様に、一歩前に出た。

 

「――皆さん。あの戦乱の時代に戻らない道はないのですか」

 

柔和そうな、何処か艶のある、甘い声。

 

一同の中で、最も穏やかな、青く、潤んだ瞳。

 

マスカラが要らないくらいに長い睫毛と、泣きボクロが印象的な彼女は――その美しい顔と首くらいしか、白い素肌を晒していない。

 

大人っぽい身体は金糸の刺繍を施した純白のローブに包み、小さなロザリオを持つ手にも白い長手袋をし、徹底的に肌を隠す服装をしている。

 

ふわりとした長いブロンドの髪を隠すヴェールは無いが――多分シスターだろう。

 

なぜ多分かと言うと、背中にバカみたいにデカい剣を背負っているからだ。

 

このシスター女があれを振り回すなんて、有り得ないと思うが背負っている以上使うのだろう、信じられないがイ・ウーに居た奴だし何するか分からない、と警戒心を強める。

 

「バチカンはイ・ウーを必要悪として許容しておりました。高い戦力を有するイ・ウーが、どの勢力と同盟するか最後まで沈黙を守り続けた事で、誰もが『イ・ウーの加勢を得た敵』を恐れて、お互い手出しが出来ず......結果として、長きに渡る休戦を実現できたのです。その尊い平和を、保ちたいとは思いませんか」

 

シスターは手を合わせて、十字架を握りしめている。

 

誰だかよく分からんが、バチカンの大使で――平和の維持が最優先か。

 

キンジをチラリと見ればあのシスター女を『良い奴』認定し始めている。

 

「私は、バチカンが戦乱を望まぬ事を伝える為に今日、此処へ参ったのです。平和の体験に学び、皆さんの英知を以て平和を成し、無益な争いを避けることは――」

 

「――出来るワケねぇだろ、メーヤ。この偽善者が」

 

シスター...メーヤ、という名前の女の語りを途中で遮ったのは、最初から彼女を睨んでいた黒いローブに、トンガリ帽子をかぶったおかっぱ頭の魔女は、肩に大きなカラスまで乗せている。

 

そして、最もヤバいのが――その目に着けている眼帯。

 

あれは、欧州の歴史上、最も忌避されているもの。

 

旧ナチス・ドイツのシンボル。――ハーケンクロイツが、眼帯に描かれている。

 

眼帯魔女は、その赤い目をギロリとメーヤに向ける。

 

「おめぇら、ちっとも休戦してなかったろーが。デュッセドルフじゃアタシの使い魔を襲いやがったクセに。平和だァ?どの口でほざきやがる」

 

イラッとした口調で吐き捨てた眼帯魔女を――

 

「黙りなさい、カツェ=グラッセ。この汚らわしい不快害虫」

 

豹変した口調で、眉を吊り上げてメーヤは罵った。

 

キンジは少し困惑した表情でメーヤを見ている。

 

「お前たち魔性の者共は別です。存在そのものが地上の害悪。殲滅し、絶滅させるのに何の躊躇いもありません。生存させておく理由が旧約、新約、外典を含めて聖書のどこにも見当たりません。しかるべき祭日で聖火で黒焼きにし

屍を八つに折り、ソレを別々の川に流す予定を立ててやっているのですから――ありがとうと言いなさい。ありがとうと。ほら!言いなさい!ありがとう!ありがとうと!」

 

さっきとは打って変わって、眼帯魔女...カツェ?とかいう奴の首を締め上げながら、メーヤは叫んでいる。

 

「ぎゃははは!おゥよ戦争だ!待ちに待ったお前らとの戦争だぜー!こんな絶好のチャンス、逃せるかってんだ!なぁ、ヒルダ!」

 

眼帯魔女は首を絞められながらもゲラゲラ笑いながら別の女に話し掛けた。

 

話し掛けられたのは、背中から大きな翼を生やしたゴスロリ女。

 

「――そうねぇ、私も戦争、大好きよ。いい血が飲み放題になるし――」

 

そう言う女の口の中――犬歯は、緋色の金属でコーティングがされていて、かなり牙が突き出ていた。

 

「ヒルダ......一度首を落としてやったのに、あなたもしぶとい女ですね」

 

そういうメーヤの目は、深く、鋭く――魔女と、ゴスロリを睨みつけていた。

 

――話聞く限りだとこの平和希望のシスターが一番敵作ってる気がするんだが!

 

「――首を落とした位で、ドラキュリアが死ぬとでも?バチカンは相変わらず、おめでたいわね。お父様が話して下さった何百年も昔の様子と、何も変わらない」

 

ほほほっ、と赤いマニキュアをした指を口にあてがい、縦ロールの金髪ツインテールを揺らして笑うコウモリ女――ヒルダ、とか言ったな――は18世紀ヨーロッパのドレスを現代風にアレンジしたような、ゴシック&ロリータ調の衣装を着込んでいる。

 

そして、ミニスカートの下のパニエと蜘蛛の巣柄の二―ソックスの間――太ももの部分に、見辛いが目玉模様があるのが見えた。

 

あれは、吸血鬼であることを示す物。ブラドも、植え付けられていたソレ。

 

まだ、吸血鬼の生き残りが居た事に、強い恐怖を覚えるが――この女、ヒルダから感じるプレッシャーは、ヴラド程じゃない。

 

「和平、と仰りましたが――メーヤさん?」

 

呑気な感じの声を挟んできたのは、色鮮やかな中国の民族衣装を着たスマートな男だ。

 

丸眼鏡の奥に、糸みたいに細い目をニコニコさせている。

 

「それは、非現実的というものでしょう。元々我々にはチャンジャンのように長きに亙り、ホアンホーのように入り組んだ因縁や同盟の誼みがあったのですから。ねぇ?」

 

そう糸目の男は顔を上げて、動かない風車のプロペラに腰かけているレキを見た。

 

レキは黙って、狙撃銃を抱えたままだ。

 

「――私も、出来れば戦いたくはない」

 

ジャンヌが碧い瞳で一同を見回しつつ、言う。

 

「しかし、いつかこの時が来る事は前から分かっていた事だ。シャーロックの薨去と共にイ・ウーが崩壊し、我々が再び戦乱に落ちることはな。だからこの『宣戦会議』の開催も、彼の存命中から取り決めされていた。大使たちよ。我々は戦いを避けられない。我々は、そういう風に出来ているのだ」

 

成程――世界中の機関・結社・組織は大昔から存在していて、それぞれが互い互いに因縁を持ち、対立し、拮抗しあっていたが......イ・ウーの登場により、自分達の敵がイ・ウーと結託されたら堪らない、そんな理由から『休戦』していたのだろう。

 

だが......イ・ウーは崩壊した。俺たちの手によって、壊滅した。

 

「では、古の作法に則り、まず三つの協定を復唱する。86年前の宣戦会議ではフランス語だったそうだが、今回は私が日本語に翻訳したことを容赦頂きたい。――第一項。いつ何時、誰が誰に挑戦する事も許される。戦いは決闘に準ずるものとするが、不意打ち、闇討ち、密偵、奇術の使用、侮辱は許される。――第二項。際限無き殺戮を避けるため、決闘に値せぬ雑兵の戦用を禁ずる。これは、第一項よりも優先される」

 

組織同士での戦闘はするが、総力戦はしないという事か。

 

「大三項。戦いは主に『師団(ディーン)』と『眷属(グレナダ)』の双方の連盟に分かれて行う。この往古の盟名は、歴代の戦士たちを敬う故、永代、改めぬものとする。それぞれの組織がどちらかの連盟に属するかは、この場での宣言によって定めるが――黙秘・無所属も許される。宣言後の鞍替えは禁じないが、誇り高き各位によりそれに応じた扱いをされることを心得よ。続けて連盟の宣言を募るが......まず、私たちイ・ウー研鑽派残党は『師団』となることを宣言させてもらう。バチカンの聖女・メーヤは『師団』。魔女連隊のカツェ=グラッセ、それとドラキュリア・ヒルダは『眷属』。よもや鞍替えは無いな?」

 

ルールを語り終えたジャンヌが、さっきの3人を名指しする。

 

「――嗚呼。神様、再び剣を取る私をお赦しください......」

 

スッ、スッと十字を切ったメーヤは――

 

「はい。バチカンは元より、この汚らわしい眷属共を討つ『師団』。殲滅師団の始祖です」

 

白いレースの長手袋をした手で、魔女と吸血鬼を指差す。

 

「ああ。アタシも当然『眷属』だ。メーヤと仲間なんかになれるもんかよ」

 

「聞くまでもないでしょう、ジャンヌ。私は生まれながらにして闇の眷属――『眷属』よ。玉藻、あなたもそうでしょう?」

 

カツェに続き、ヒルダがそう答え、カツン、とハイヒールを鳴らして歩み出て――さっきまでジャンヌの方に向けていた狐耳をヒルダの方へ微修正した。

 

――狐の、尻尾?

 

小学生みたいに小さい狐耳の、スカートの下の方を見てみると、狐の尻尾のような物が飛び出している。

 

――玉藻、と言ったか。

 

「すまんのう、ヒルダ。儂は今回、『師団』じゃ。未だ仄聞のみじゃが、今日の星伽は基督教会と盟約があるそうじゃからの。パトラ、お前もこっちゃこい」

 

――星伽。星伽か!

 

この玉藻がキンジの事を知ってたのは玉藻が星伽と縁があったからだった。

 

玉藻に声を掛けられた霧の先、デカい水晶玉を指の上でクルクル回していたパトラは――

 

「タマモ。かつて先祖が教わった諸々の事、妾は感謝しておるがのぅ。イ・ウー研鑽派の優等生共には私怨もある。今回、イ・ウー主戦派は『眷属』ぢゃ」

 

アヒル口で、そう返している。

 

「あー......お前はどうするのぢゃ、カナ」

 

コブラを模した金冠を俺の右後ろ――キンジと俺の間に入り込めるような位置に居るカナに向けながら、パトラは尋ねる。

 

「創世記41章11――『同じ夜に私達はそれぞれ夢を見たが、そのどちらにも意味が隠されていた』――私は個人の意思でココに来たけれど......隼人には返しきれない恩があるし、キンジと隼人に負けちゃったような物だし、私は彼らに従うことにするわ」

 

冷や汗が垂れかけたが、カナが敵対的でなくて良かった。いや本当に。

 

「またしても......邪魔をするか、トオヤマキンジ、サエジマハヤト......!」

 

パトラはカナの返答に、怒りを滲ませている。

 

――気になる奴と一緒になれなかったからってそうキレるなよ、小学生じゃあるまいし。

 

「ジャンヌ。リバティー・メイソンは『無所属』だ。暫く様子を見させてもらう」

 

最も霧の深い所にいるトレンチコートの美男子は、それ以上何も言わない。

 

「――LOO――」

 

例の3mはあろうかという鋼鉄の二足歩行戦車のようなソイツは、ボディのあちこちから照準器、アンテナ、榴弾砲、発煙弾発射器、etc......をジャキジャキ突き出していた。

 

「LOO――LOO――......LOO――」

 

ソイツはルゥー、ルゥーとしか言わず、喋っている様だが、何を言っているか理解できない。

 

「......LOO(ルゥ)よ。お前がアメリカから来ることは知っていたが、私はお前をよく知らない。意思疎通の方法が分からないままであれば、どちらの連盟につくかは『黙秘』したものと見なすが――いいな?」

 

物怖じしないジャンヌにビシッと言われたルゥ?は、

 

「......LOO......」

 

と、頷くように少し姿勢を変えた。

 

それで何となく分かったが――あれは中に人が乗り込んでいる。

 

言うなれば人型白兵戦機。まるでボトムズのATみたいだな。

 

「――『眷属』――なる!」

 

いきなり、元気な声を張り上げたのはトラジマ模様の毛皮を着た10歳くらいの少女だった。

 

少女は叫んだあと、足元に置いていた大斧を持ち上げた......のだが、その大斧が、本人よりもデカい。

 

――なんだよ、そりゃあ!

 

フックショットのワイヤーであれを受け止めたら、確実に切断される。

 

それくらいに分厚く、無骨で――鉄塊のような見た目をしていた。

 

その斧の、派手な羽飾りをつけた石突きを地面に突くと、足元に微震が起きた。

 

「――ハビ――『眷属』!」

 

真上を向いて、ちょっと鼻に掛かったクセのある声で繰り返したその少女の生花を差したバサバサの前髪、そのちょっと跳ね上がった前髪の下に――2本のツノが見えた。

 

ウマや鹿の様な角ばった角ではなく、キリンなどの様に皮膚に覆われた角らしく、内側から円錐状に盛り上がっている。

 

「遠山。『バスカービル』はどちらに付くのだ」

 

ジャンヌに話を振られたキンジは――頭が真っ白になったのか、慌て始める。

 

「な、何だ。何で俺に振るんだよ、ジャンヌ」

 

「お前はシャーロックを倒した張本人だろう」

 

「そ、それなら隼人だって!」

 

キンジはアタフタと口早に色々と言っている。

 

「――キンジ!」

 

少し息を吸ってから、キンジの肩をバシッと強く叩いた。

 

「!――なんだ、隼人」

 

キンジの顔は、俺を見て――その瞳は困惑に揺れている。

 

「もう、ここまで来てるんだ。俺たちが、この状況を作っちまったんだ」

 

「......!」

 

「だったら――後始末。武偵憲章8条」

 

「任務は、その裏の裏まで完遂すべし。――ああ......そうかよ、クソッ!クソォッ!俺は、普通の高校生に、なりたいだけなのに――」

 

荒れるキンジの肩を軽く揉んで――

 

「キンジ、お前が、決めてくれ。俺は――お前の決定に従う。どんな決定にも、文句は言わない。全力でサポートする。お前に、付いていくって――決めたんだ」

 

キンジの目を見て、ゆっくりと話す。

 

――俺はもう、決意を抱いている。

 

「隼人......く、クソ......なんで、こんなことに」

 

キンジは決して膝こそ折らないが――やるせない感情に支配されているのだろう、何時もの感じがしない。

 

「......遠山キンジ。お前たちは『師団』。それしか有り得ないわ。お前たちは『眷属』の偉大なる古豪、ドラキュラ・ブラド――私のお父様の、仇なのだから」

 

ブラドと同じ種族だと思っていたが、まさか娘ときたか。

 

「――それでは、ウルスは『師団』に付く事を代理宣言させて貰います。私は既に『バスカービル』の一員ですが......同じ『師団』になるのですから問題ないでしょう。私が大使代理になる事は、既にウルスの許諾を受けています」

 

プロペラの位置から、微動だにしないレキを見上げて、糸目の男が、ニヤリと笑った。

 

「藍幇の大使、諸葛静幻が宣言しましょう。私たちは『眷属』。ウルスのレキには、先日ビジネスを阻害された借りがありますからね。さて――残りは貴方だけですが?」

 

と、糸目の男が目を向けた先では――ピエロのような恰好をした男が、聞いていた携帯音楽プレイヤーを地面にイヤホンごと捨てた。

 

「チッ。美しくねェ」

 

そう吐き捨てて顔を上げたそいつの顔は、どこかの戦闘民族がやる戦化粧のように、フェイスペインティングに彩られている。

 

「ケッ――バカバカしいぜ。強ぇヤツが集まるかと思って来てみりゃ、何だこりゃ。要は使いっ走りの集いってワケかよ。どいつもこいつも取るに――あ?」

 

そいつの顔は周囲をグルリ、と見回して、俺で止まった。

 

そして、数歩前に出て――

 

「おいおい、マジかよ!」

 

男は更に前へ、駆け出す様に俺の所へ走ってきた。

 

「ッ!?」

 

突然の奇行に驚き構えようとするが、それよりも早く、ピエロに肩を掴まれた。

 

「手前ェ、『N-E-X-T計画(ネクストプラン)』のファーストナンバーだろ?こんな所で会えるたァ...!前言撤回だ、来た意味はあったみてぇだ!」

 

ピエロは俺の肩を軽く揺すった後、手を叩いて喜んでいる。

 

「――は?」

 

――ネクストプラン?なんだソレ。

 

「だが――ちと美しくねェな、大丈夫か?あのクソッタレに何かされたのか?」

 

唐突に美しくないとか訳の分からない事を言い出したピエロは、再び俺の肩を掴み顔を覗きこんでくる。

 

「ま、待て、何の話だよ、さっぱり分からねぇぞ!クソッタレって何だ!」

 

俺は慌ててそう言うと、ピエロは眉を顰め――

 

「Hum?......ああ、そういうことか。いいぜ、今回は同胞――ってワケじゃあねぇが、似た境遇の誼みだ。サービスしてやる」

 

顎て手を当て、少し首を傾げた後、何かを納得した様にサービスすると呟いて、

 

 

 

―――ザグゥッ!!

 

 

 

「――な、ぁ......!?」

 

小さな針が付いた注射器を、首に突き刺さしやがった。

 

そして、注射器の中身が、押される圧力によって俺の体内に流れ込んでいく。

 

「イジられた脳が戻るワケじゃねェが、これで汚れは落ちる。綺麗な世界へようこそ、兄弟。礼も金もいらねェよ」

 

呆然とするキンジとカナ、玉藻――周りの者たちも差し置いて、一人。このピエロは俺に刺した注射器を引き抜いて、笑いかけている。

 

「何を......した!?」

 

そう睨みつけて尋ねるがピエロは笑みを崩す事なく、静かに言った。

 

「監視されて、自分の意思で制御出来ないのは辛いだろ?だから、解放してやったんだよ。――ああ、そうだ...死ぬかもしれないが、耐えろ」

 

――は?

 

死ぬかもしれないって俺はいったい、このピエロに何をされた?

 

 

 

ピエロは手を振りながらグルッと振り返って、俺に背中を見せ――ジジ、と壊れた蛍光灯の音がした後、姿が見えなくなった。透明人間になるように、姿が消えてしまった。

 

「俺の名前はGⅢ(ジーサード)――『無所属』に決めた。次はもっと強ぇ奴らを寄越してきな。そしたら全殺しにしてやる」

 

そのGⅢの声だけが、濃霧に包まれた空き地島に響いた。

 

その直後。

 

体が急に熱を持ち始める。汗が、顔だけでなく体からも流れ始め、筋肉が痙攣していく。

 

「――...こっ...ひゅ......っ......!?」

 

それに呼応するかのように呼吸が出来なくなり、視界がグワングワンと揺れる。

 

俺は、まるで筋肉弛緩剤を打ちこまれたかのように、足がガクガクと震え、立っていられなくなりガクンッと膝を折って地面に叩きつけられる様に倒れ込んでしまった。

 

息が出来ず、陸上で窒息していく魚みたいに口が開いていく。顎を閉じる事も出来ず、涎がダラダラと口からアスファルトへ、重力に引かれ落ちていく。

 

「――か......っ......くぁ......」

 

時折、体全体がビクンと震え地面の上を軽く跳ねるが何か変わるわけでも無く、只々体の中を駆け巡る熱の奔流が身体を内側から焼き焦がしていくだけだ。

 

身体の熱を冷まそうと流れ出る汗は、汗腺から沸き上がり、重力に引かれ肌を撫でていく間に蒸発し、塩になってしまう。

 

――どうなった、俺の体は、何があった。何をされた。

 

思考だけが冷静なのが、逆に不気味で――恐怖を感じている。

 

「隼人!しっかりしろ!......すごい熱だ...どうしたんだ!」

 

キンジに抱え上げられ起こされるが、首がすわらず、ガクガクと壊れた人形みたいに首がグラグラと動く。揺れる視界、二重にも三重にもブレる世界の中で、ジャンヌを捉えた。

 

ジャンヌは此方に駆け寄りたがっている様に見えたが、司会の役割がそれをさせなかったみたいだ。

 

「――色々と予想外の事態が起きたが、全員の表明を確認できた。最後に、この宣戦会議の地域名を元に名付ける慣習に従い、『極東戦役(Far East Warfare)』――FEWと呼ぶことを定める。各位の参加に感謝と、武運の祈りを」

 

「子犬が先走ったようだけど......もう、いいのね?」

 

「――......もう、か?」

 

「いいでしょう、別に。もう始まったんだもの」

 

気持ち早口になったジャンヌはこれで宣戦会議の役割を全て説明しきった。

 

そして、ヒルダが何やらやろうとして――それよりも早く、キンジが俺を、停泊させているモーターボートの方へ引き摺り始めた。

 

掠れるような、本当に死なないレベルでならば、と許された浅い呼吸を何度も繰り返す。

 

外の音は何一つ聞こえず、据わらない首がガクリと後ろに倒れていく瞬間に、カナが俺たちに背を向け、庇う様に立っているのが見えた。

 

だがそれも一瞬で、ある程度距離を稼げたのかキンジは俺の体を一度地面に降ろしてから――

 

うつ伏せになった俺の両脇に手を通し、正面から抱き着くようにして抱え、俺の右腕を掴んで持ち上げ、キンジの首の後ろに回していき、そのまま首で腹を、肩で腰を支えるように俺の体を滑るように乗せ、キンジの右腕が俺の股の間を通り、その右腕の肘で俺の右足の膝を、右手で俺の右手を握って固定して、立ち上がった。

 

この担ぎ方は、ファイヤーマンズキャリーと呼ばれる物で...火災現場で消防士が怪我人を運び出す為に使われる事から、その名が付いた。

 

全身の筋肉の中で、最も強い筋肉である、大腿四頭筋を使って担ぎ上げる為、比較的軽く持ち上げて、早く退避する事が出来る。

 

俺を担ぎ上げたキンジは全力でモーターボートまで走る。首がガクンガクンと揺れ舌を噛みそうになるが、途中でキンジがソレに気付いたのか口にハンカチを詰めてきた。

 

そして、ボートの席に、そっと降ろされた後――浅く苦しい呼吸に、狭まり...歪み...ブレる視界に、大量の汗が流れる状態のまま、何分かが過ぎた。もしかしたらもっと短いのかもしれないが、今の俺にはまともな時間感覚を持っているほどの余裕はなかった。

 

 

 

どれほどの時間が経ったのか分からないが――戻ってきた時には、キンジの他にカナ、玉藻、メーヤが居て、ジャンヌは居なかった。

 

そしてジャンヌの代わりに、キンジに担がれる様にやってきたのは、アリアだった。

 

何が起こったのか理解する事も叶わず、意識を刈り取られる事も無く。

 

意識だけはハッキリと残り続けている。それが何よりも、恐ろしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――俺の体は、どうなったんだ。何をされたんだ。



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やべーくじ引き

最近は暑い上に仕事も増えてきて効率がガタ落ちしてきてます(´・ω・`)

タイミングが悪い事にプロットも消費し切ってしまった......(´;ω;`)


カナに肩を借りて、浅く掠れる呼吸を繰り返しながら震える足を引き摺るように動かして男子寮へ戻る道すがら、アリアを背負ったキンジは『眷属』の連中がUターンして襲ってこないかと警戒していた。

 

玉藻はそんなキンジを見て、

 

「ヤツらは所詮、使者に過ぎぬ。はなっからこの一帯には式神を放って見張らせておる。この長四角の浮島のどちらかに『眷属』が入ったら、すぐ式神が報せてくるから安心しろ。それに儂の耳によれば、どいつもこいつも海や空を渡って去っておるわ。ふふん」

 

と、キンジの不安を一笑した。

 

「隼人、喋れる?」

 

カナはそんな玉藻とキンジを見た後に、肩を貸している俺の顔を不安気に覗きこんでくる。

 

GⅢに何か打ちこまれた時に比べれば、首も据わり筋肉の弛緩もかなり収まった。

 

が、まだ声は出せそうになかった。

 

涎を口の端から垂らしながら、フル...フル...と首をゆっくりと振って、否定する。

 

「何を打たれたのか、分かればいいんだけど......キンジ、私は隼人を連れてこのまま武偵病院まで行くわ」

 

「......そうか、分かった。隼人を、頼んだ」

 

メーヤは男子寮の住所とキンジの部屋番号を聞くと......買いたい物があると言ってコンビニへ消えて行き、キンジと玉藻と気絶したアリアは男子寮へ、俺はカナに連れられ武偵病院へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またアンタか」

 

緊急で運ばれてきた俺を診てくれる人は、やはり矢常呂先生だった。

 

「先生、隼人が首筋に――注射器のような物を打たれ、内容物を注射されたようなんですが......それから呼吸困難、筋肉の弛緩、発汗、発熱を引き起こしました。意識レベルは0。極めて清明ですが呼吸が出来ない為か、発声が出来ないようです」

 

カナが簡単に俺の状態を矢常呂先生に説明していく。

 

「首に注射?またなの?」

 

そう呆れた様に言って、矢常呂先生は採血を済ませ、血圧、脈拍を計った。それから数十分ほどで血液検査の結果が出て、点滴――維持輸液を打った。

 

維持輸液とは...生体が必要とする1日の水分量、ナトリウムやカリウムが補充できる輸液だ。

 

汗をかき、筋肉が弛緩していた原因はナトリウムとカリウムの欠乏にあったようで、かなりの速度で点滴が落下していき、管を通して体内へ流れ込んでくる。

 

「さて、簡単に説明だけすると――まず最初にこれ、アンタの血液から出てきた奴よ」

 

そう言って矢常呂先生が出してきたのは、顕微鏡だった。

 

「ここを、よく見てなさい」

 

そう言って爪でガラスの一部を指しながら、レンズを俺の目線に合わせて設置する。

 

一気に拡大した視界に映ったのは、ガラス――その中に、小さな黒点が見える。

 

「何か、分かる?」

 

矢常呂先生の表情は真剣で、鬼気迫ったような感じだ。

 

首を横に振り、知らないことを伝える。

 

いつもより顔を白くさせた矢常呂先生は、ゆっくりと口を開いて、声を出した。

 

「顕微鏡で拡大してみたら......私も信じられなかったけど...コレ、人工的に作られた微生物よ。どの微生物とも一致しなかった」

 

「――――!」

 

――微生物?人工の微生物!?

 

「これが、一体だけじゃなく、採取した血液から複数体見つかっているわ。きっと体中に居る筈よ。――――最も、ほぼ死滅したみたいだけどね」

 

「......?」

 

「あの、先生?どういうことですか、人工的に作られた微生物が、死んでるって?」

 

矢常呂先生は皺のついたよれよれの白衣を揺らしながら前に垂れた髪をかき上げつつ、

 

「誰に打ち込まれたのかは知らないけど、その注射――コレを殺す為のものだったのかもしれないわね」

 

ただ...この微生物を誰が何の目的で投与したのかが分からない、と矢常呂先生は笑みを浮かべる事無く、真面目な表情で話をした。

 

「微生物は死滅した...って言いましたけど......体内に残った物はどうなるんですか?」

 

「汗や尿、便などで外に排泄されるわ」

 

「――微生物が消滅した後の隼人の身体は、どうなるんですか」

 

「知らないわ、私がコレを作ったわけじゃあないし」

 

カナの質問に、矢常呂先生は素早く答える。

 

「まぁ――今日はもう休みなさい。嫌でも明日はやってくるわ......ゆっくり休んでおくことね」

 

病室に流れる重い雰囲気のまま、矢常呂先生は手をヒラヒラと振って出て行ってしまった。

 

「......ごめんなさい、隼人。守ってあげられなくて」

 

矢常呂先生が出て行き、少し時間が経って、カナがそう言いながらタオルで顔の汗を拭ってくれる。

 

――気にしてないのに......ありゃ俺のせいだって。

 

そう思うが声を出せず、もどかしさを感じながらカナの顔を見る。

 

カナは慈悲深そうな悲し気な顔をしたまま、タオルを畳んで俺の額に乗せた。

 

「さぁ、もう寝ましょう......大丈夫、私が守るから」

 

カナは俺の髪を軽く撫でてから――立ち上がって、スカートの皺を伸ばし背を向ける。

 

それを見て、話す事も、動く事も出来なかったので......瞼を閉じて睡魔の誘いに引かれるまま眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を、見た。

 

 

 

 

密閉された籠の中で、動いている人形が居る。

 

 

窮屈そうな籠の中で人形は満足そうに動いて、時には踊っている。

 

 

それは実に楽しそうで、見ているだけでも楽しくなる。

 

 

不思議な光景だが――どこか懐かしく、親近感を感じた。

 

 

それを暫く見ていたが、突如として大きな衝撃が走り、籠が砕けてしまった。

 

 

人形は、広がった世界に驚きながらも......自分の意思で籠の外へ出ていくのが見える。

 

 

外に出た人形は、その広さに感動し今まで以上にきびきびとした動きで走り回り、飛び跳ねて、喜びを全身で表現している様だ。

 

 

そして最後に万歳のようなポーズを取り、パタリと倒れ糸が切れたように動かなくなって、その光景は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

その不気味かつ幻想的だと思った光景をただ見続け――誰かに肩を揺らされる感覚を受けて意識が、引き戻されていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――隼人、起きて」

 

微睡のなか、静かに肩を揺らされて......目が覚めた。

 

目を開けると、俺の肩を揺らしたのはカナで、その姿は昨日のコートにブーツの格好とは違って、武偵高校の制服に身を包んでいた。

 

首を動かして、病室内を見回すとカナ以外に人は居らず――そのことを確認して再びカナに目をやる。カナは壁側に立っていて、その手の中には俺の制服と、XVR、デュランダル・ナイフが綺麗に積まれていた。

 

「......おはよう、カナ」

 

少しイガイガした喉を擦りながら、発音し――体を起こして肩をグルグルと回す。

 

「もう、すっかり元気になったみたいね?」

 

「......ああ、体は少し重いけどよォー......まぁ、大丈夫だろ」

 

カナの問いかけに答え、ギシギシと軋む音を立てながら皺が多くついたシーツの上を移動して、ベッドから足を出して床に降り立つ。

 

病室の窓から差し込む淡い朝焼けの光を全身に浴びながら、背伸びを一つする。

 

深く息を吸い込んで、吐き出す。

 

あれだけ苦しんでいたのが嘘のように、清々しい気分に包まれる。

 

しかし――かえってそれが、不気味だった。

 

打たれたものが何なのか、GⅢに問い詰めるしかないが、奴は今......何処に居るのか分からない。

 

それに、『眷属』が何時襲ってくるか分からないのだ。

 

自分自身が置かれた状況の把握が難しく、危険な状態であることに変わりは無かった。

 

そんな不安を抱きながら、受け取った制服、XVRとデュランダル・ナイフを装備してカナと共に病室を後にする。

 

廊下を歩きながら、昨日俺が注射を打たれてからの話を、カナから聞いた。

 

俺が注射を打たれた直後、アリアがSSRに網を張らせていた事でパトラ、カツェが放つ力を感知したらしく、単身空き地島に乗り込んできて『眷属』、『無所属』関係無しにガバメントを乱射――状況を理解したのか、俺をボートに乗せて戻ってきたキンジと合流し......

 

撤退する際に、ヒルダに襲われ『殻金』とやらを砕かれたらしい。

 

「カナ、殻金ってなんだ」

 

「緋緋色金を覆う、メッキのような物よ。本来、色金とは人に悪影響を及ぼすもので――それを人が扱っても問題がない様にする為に、殻を被せたの。それが殻金」

 

カナの説明に、俺はやや眉を寄せる。

 

「なァ......その殻金が、7枚に分かれて――えーと、2枚を玉藻とメーヤが戻したんならよォー足りねぇじゃあねーか」

 

その疑問にカナは真剣な表情のまま――

 

「そう。今のアリアは緩やかに緋緋色金に侵されている。一刻も早く残りの殻金を集めなければ――最悪の場合、緋緋神に成るわ」

 

廊下の先でピタリと止まり、長い三つ編みの髪を揺らし俺に向き直ってそう告げた。

 

「緋緋神になると、どうなる」

 

「緋緋神は恋心と闘争心を激しく荒ぶらせる祟り神よ。アリアが緋緋神になったら――――世界が戦火に包まれる前に殺すわ。隼人、あなたも覚悟しておきなさい」

 

――は?

 

殺す?アリアを、殺すって......!

 

「オイオイオイオイ!何も、そこまでしなくても――」

 

「――700年程前に緋緋神に成った者は、当時の帝を誑かし戦争を起こしたわ。その時は遠山と星伽で討ち取ったもの。隼人、あなたも武偵なら――世界を守る覚悟は必要よ」

 

カナは真剣な眼差しで俺を睨みつけて......そのままロビーへ抜けて行き、病院の外へと姿を消していった。

 

「世界...かぁ......大きく出るなー」

 

カナの言葉は重く、実感が沸かない。

 

アリアを殺さなければならない、その可能性が存在することがただ怖くて――そうなった時に、俺は本当にアリアを殺せるのかが、分からない。

 

恐怖心からか、それともまだ残っている昨日の影響からか......震える腕をもう片方の腕で押さえ付ける。

 

ぎちり、と音が鳴るほど固く握りしめた拳を見つめる。

 

――アリアが、緋緋神に成らない様にするのが一番だ。

 

カナの言う世界を守るなんて大それたこと、今はまだ考えられない。

 

だが、まずは――

 

「俺の手の届く範囲から、やるべきだろ」

 

誰に言うワケでもなく、独り言ちる様に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流石に授業中は襲ってこないだろうし、話を聞いた限りでは、『眷属』は殻金を取り返されない様に迂闊に出てこないはずだ。

 

だが万が一、という事があるかもしれない。警戒しなければならないだろう。

 

カナに聞いた話ではジャンヌは『眷属』の追跡に入っているらしく、盗聴を避けているのだろう、携帯が繋がらなかった。

 

少し心配だったがジャンヌなら大丈夫だろうと思いとりあえず授業に集中することにした。

 

教室に着くなりキンジに肩を掴まれグワングワンと凄い勢いで振られながら大丈夫だったか、もう具合は良いのか、とすごい剣幕で聞かれた。

 

それにドン引きしつつも若干の嬉しさを感じたことは秘密だ。なんか知られるのって恥ずかしいじゃん?

 

席に着いてからはアリアの容態の話をして、昨日の事を覚えていない、若干の記憶障害があるということと......もしもの時は、アリアを殺さなければならない事、そうさせない為にも早期の殻金回収が必要だ、という話をした。

 

そのまま話はどんどんと雑談へと移行していき――ホームルームが始まるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

英語、化学、漢文と一般科目の授業を受けていると、4限目、3クラス合同のロングホームルームが始まる直前、アリアは登校してきた。

 

キンジを見るなり赤くなったアリアは、ぽすん、とキンジの隣の席に座ると......あからさまにキンジの方を見ない様に努力していた。

 

時折チラチラと顔を赤くしたまま、キンジの方を見るアリアは恋する乙女といった感じで――非常にいい関係を築けているようだ。

 

俺としては是非ともその関係のまま過ごしていってほしい次第だ。

 

そんな事を考えつつ、ロングホームルームが行われる体育館へクラスの皆と移動していく。

 

体育館に着いたが......隣に立っているキンジは難しい顔をしたまま何やら考え事をしているようだった。

 

体育館に大勢の生徒が集まり、ザワつきが大きくなっていく。

 

―ドンッ!

 

「よォーし!ほんなら文化祭でやる『変装食堂』の衣装決めやるぞッ!」

 

天井へ威嚇射撃をして、生徒達を静まらせてから強襲科教諭、蘭豹先生が叫ぶ。

 

2年A・B・C組が集められているこの場所で、ジャンヌは居ないかとB組を探すが――見つからなかった。

 

「じゃあ、各チームで集まって待機ィー」

 

尋問科教諭、綴先生の言葉に従い、俺はそのままキンジの方を向く。

 

同じクラスの理子、B組の星伽、C組のレキがキンジの元へ集まってくる。

 

キンジはレキがヘッドホンを被っていることに不安を覚えたのか、レキからヘッドホンを取り上げて何を聞いているのか、探ろうとして――思いっきり顔を顰めてヘッドホンを外し、レキを睨んでいた。

 

レキはアリアの方を向いていて、此方からでは表情が理解できない。

 

「キンちゃん、くじ引きの箱が来たよ」

 

「あ、ああ」

 

星伽がキンジの真横に行きたそうにしていたので、場所を譲ってやると小さくお礼をしてから、キンジに話しかけていると、手伝いの一年が箱の上面に穴が開いたものを持ってきた。

 

この箱の中身は、文化祭でやる『変装食堂』、そこで各人が着る衣装を決めるくじが入っている。

 

まぁ所謂コスプレ喫茶なんだが――ここは武偵高校。着た衣装、職をしっかりと演じなければならない。

 

なんちゃっては許されない。

 

生徒の潜入捜査技術の高さを一般にアピールする機会なので、真面目にやらないと教務科の教師がオールスターでお仕置きするらしい。

 

「ささ師匠、引いて下され。こちらが男子の箱でござる」

 

――おっ。

 

箱を持ってきたのはキンジの徒友(アミカ)、風魔だった。

 

『桜花』の原型を作った立役者だ。俺と風魔は、そう親密というワケじゃあないがそこそこの間柄ではある。

 

「引き直しは一度だけ認められているでござる。ではご武運を」

 

ニコニコと笑う風魔はキンジに箱をずずい、と押し出す。

 

キンジはそれに眉を寄せながら手を突っ込み、祈るように弄ってからくじを引いた。

 

「ど......どうだッ!」

 

ちなみにこのくじ――ハズレは『女装』となっていて、それはもう戦慄しながらくじを引いて行くのだ。

 

キンジが引いたくじは見えなかったが、チェンジを宣言したのであまり良い物では無かったのだろう事が伺える。

 

「チェンジすると一枚目は無効。2枚目の衣装が強制になるでござる」

 

風魔の説明を聞き、キンジは恐る恐るくじを引いた。

 

「『警官(警視庁・巡査)』......ッ!いよぉおおッッし!」

 

キンジはくじを握りしめて天井を見上げてから、安堵したのか体育館の床に座り込んでしまった。

 

「ささ、冴島殿......ジャンヌ殿は欠席でござるが、前もって代理人に冴島殿の名前を挙げているでござる。故に其方もお願いしたく......よろしいか」

 

「ん、相分かった」

 

俺はそう言いながら男子用の箱に手を入れて、くじを一枚掴んで引き抜く。

 

4つ折りにされた紙をそっと開いて行くと――

 

そこには、『暴力団員・幹部』と書かれていた。

 

暴力団員......観察がほぼ出来ないが、まぁそう目立つような事はしなくていいだろう。

 

「俺ァコレでいい」

 

「では続いてジャンヌ殿の分を」

 

風魔がズイッと女子用の箱を突き出してくるので、同じ様に手を突っ込んでくじを一枚引く。

 

ピラリと開いて、中を見ると『ウェイトレス(アットホーム・カフェテリア)』と書かれたものだった。

 

――ジャンヌのウェイトレス姿......

 

恥じらいながらも、しっかりと着るジャンヌ。

 

フリルの付いたひらひら系の服が好きだと言っていたジャンヌが、ウェイトレス姿に。

 

―たらり。

 

「うぉ!?隼人、鼻血!鼻血!」

 

ウェイトレス姿のジャンヌを想像して、鼻血が溢れてきた。

 

それをキンジが見て、ぎょっとした様子で立ち上がり小声で話し掛けてくる。

 

制服のポケットから使い捨ての携帯ティッシュを取り出し、鼻に詰めて――落ち着く。

 

――落ち着け、まだジャンヌのウェイトレス姿を見たワケじゃあねぇんだ......!

 

想像力の乏しい俺でさえ、想像しただけでコレだ――実物を、早く見たい。

 

「何鼻にティッシュ詰めてキリッとした表情してるのよアンタ......」

 

アリアが呆れ顔で俺を見ている横で、理子が女子用の箱からくじを一枚引いた。

 

「『泥棒(漫画・キャッツアイ風)』......えーコレじゃつまんなーい!」

 

滅茶苦茶お似合いだと思うソレを捨てて、理子は新しく引き直す。

 

理子が引いた2枚目には――『ガンマン(西部開拓時代)』――

 

本人は「おーやるやる!」と楽しげだが、何で女子の箱に『マン』で終わるものが入っているのだろうか。

 

続いて星伽、一枚目の『チャイナドレス』を「体のラインが出て恥ずかしいから」とチェンジ申請。2枚目で『教諭(小学校~高校まで任意)』を引き当てた。

 

レキは黙って一枚くじを引く。出て来たものは『魔法使い』

 

バスカービルメンバー一同が無言になる中、レキは向こうで手伝いをしている一年女子を睨みつけ――2枚目を静かに引いた。

 

――あ、やっぱり気に入らなかったんだ。

 

出て来たのは『科学研究所職員』。これなら無口っぽくてもそう言う感じの人っぽくていいんじゃないだろうか。

 

そして、最後にアリア。

 

深呼吸を繰り返して、不発弾処理をするかのような緊張感で信管を抜くように、そっと紙を取り出した。

 

ゴクリ、と喉を鳴らして紙を開けると......そこには『アイドル』と書かれていた。

 

――ジュニアアイドルかな?

 

口に出して言おう物なら即座に風通しの良い身体になるので、笑いを我慢するために鼻血を詰めたティッシュの位置を調整するフリをして口元を両手で覆い隠す。

 

見れば星伽も口元に手を当てて軽く笑っているし、理子は口を猫みたいに閉じて笑いを堪えている。口の端から息が軽く漏れているあたり、相当我慢しているのだろう。

 

「くっ......エンッ!」

 

キンジが耐えきれなくなって軽く笑うが、すぐさま咳払いをして誤魔化す。

 

しかし、それで誤魔化せるアリアか、と思いチラッと横目でアリアを見る。

 

アリアは顔を真っ赤にしてワナワナと震えた後――

 

だらり、だら......だらだらだら......

 

まるで漫画の様な滝汗を額から流しつつ、追い詰められた軍人のような口調で、

 

「チェ、チェ......チェンジよ。――チェンジ!」

 

と叫ぶ様に言い、右手を鈎爪のようにグバッ!と構えて箱に狙いを定めている。

 

「か、神崎殿!......それでは、次でッ!確定で......ッ!確定で、ござる......ッ!」

 

目力だけで小動物を殺してしまえそうなアリアから、風魔が後退る。

 

ドギャアアッ!

 

風魔の肩関節と、箱を破壊するような勢いで手を突っ込んだアリアは2枚目をその手に掴み、ゆっくりと開いた。

 

その、紙には――『小学生』とあった。

 

――しょ、小学生......ッ!

 

『かんざきアリアちゃん 8さい』とか洒落にならないから止めてほしい。

 

「やったぁぁあああああっ!やったよアリア!ある意味ハマり役だよ!きゃはははは!!」

 

と、絶叫した理子は、『小学生』の三文字を見た瞬間のまま時間が止まったかのように動かなくなったアリアの足元を転げ回り、あひゃひゃひゃと腹を抱えて爆笑している。

 

星伽も耐えられなかったのか、土下座するみたいに伏せて、声にならない笑い声を漏らしながらぱし、ぱしと床を叩いている。

 

俺も流石にコレには耐えられず、顔を思いっきり天井に向けてなるべく声を漏らさないように静かに肩を揺らして笑う。

 

旗から見たらすごいカオスな状況になってるのだろうが、どうせ他のチームも似たような惨状だ。

 

「ぅぐ、くく......――ハッ!」

 

遂にキンジも笑ってしまったかと思ったが、キンジは即座に笑いを止めた。

 

――殺気!

 

眉間の奥に強烈な不快感がビキリと走って、肌に痛いほどの殺気が突き刺さる。

 

――『眷属』の奴ら、此処で仕掛けてくるのか!?

 

XVRのホルスターに手をかけて、警戒をしながら殺気の溢れる方向に目を向けると――

 

『眷属』でも、『無所属』でも無い......アリアが居た。

 

がばっ!

 

俺が目を向けると同時、アリアはスカートの側面に設置したホルスターからガバメントを抜き取った。

 

「今のは無し!無し無し無し無ぁあああああああしッ!!!!まずアンタは死刑!」

 

風魔目掛けて二丁拳銃を突きつけたアリアを、キンジと理子が左右から飛びついて押さえる。

 

「止めろアリアッ!撃つな!蘭豹もいるんだぞ!?」

 

「諦めなよアリアちゃん!理子が衣装作り手伝ってあげる!ふひふひひひ!」

 

「誰がアリアちゃんよ!風穴!風穴流星群!風穴ビッグ・バーンッッッ!」

 

ばたばた暴れながらも、確実にガバメントの銃口を風魔の方へ合わせていくアリアに驚愕しながら、俺は風魔の方を見て叫ぶ。

 

「ふ、風魔ッ!俺たちは終わったから、早く次行け!次!」

 

「しょ、承知ッ!しからばこれにて!御免!」

 

煙玉とまきびしをばら撒きつつ、涙目の風魔は一目散に逃げていく。

 

「死ね!死ね!死ね死ね死ね!みんな死ね!見たやつ全員が死ねば、誰も見なかったことになるんだわ!むぎぃあああー!!」

 

等と途轍もなく物騒なことを叫びながら、アリアは当初のターゲットを見失ったにも関わらず暴れ続けている。

 

そんなアリアを後ろから俺が羽交い絞めにし、星伽が両足を押さえる。

 

レキは何時の間にか体育館の外に居り、扉から顔を半分だけ出してこの惨状をジーッと見つめていた。

 

――この惨状が分かってたなら......警告してほしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ不安なことばかりだが――時間は、止まってくれない。

 

緩やかに、激流のような速度で流れていく。



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衣装作ってたらやべー事になりかけた

前回の投稿からかなり間が空いてしまいました(´・ω・`)



皆さん熱中症には注意してくださいね。


文化祭の準備の為、武偵高はしばらく短縮授業となった。

 

アリアは――あのあと、体育館で「小学生やります」と言うまで、30回ほど連続で蘭豹先生にジャーマン・スープレックスを食らい続けていた。さらっとやってたけどアリアを一方的にシバく蘭豹先生ってやっぱり強い。

 

それから、『眷属』の連中どころか『師団』の玉藻やメーヤ、ジャンヌも姿を見せない。

 

平穏なことは良い事ではあるが、こうも静かだと反動でやべーことになりそうで緊張感と警戒心が増していってしまう。

 

キンジは、アリアが大人しくなり余裕が生まれたような態度を見て......精神的にかなり楽になったのか、笑顔が増えた気がする。

 

それ相応に警戒心も薄くなっているのが問題だとは思うが、リラックス出来ているのも事実だから余りそれを害したくもない。

 

 

まぁ、今は......そんな事を考えているよりも、手を動かさないとヤバい!

 

――ウィィイイイイイイイイイン

 

―ズダダダダダダダダッ!

 

小型機械の駆動音が響き、連続で打ちつけられる音が発生する。

 

音の方向に目をやれば理子が凄まじい速度で布をミシンにあてがい、裁縫をしていた。

 

――はっ、速いッ!

 

理子は常人がドン引きするような速度で布を自分の身体の一部の様に動かし、有り得ない勢いで縫い続けている。

 

見ればその布はどんどんと形作られていき、装飾品の一部になった。

 

「どうよハヤッチー!これが理子りんのぉー、ミシン縫い!」

 

変なポーズを取ってドヤ顔をする理子に称賛の拍手を送りながら、改めて俺たちが居る2年A組の教室を見回す。

 

教室内には多くの生徒が居り、誰も彼もが必死になって衣装を着用し、細かい調整をしたり、理子の様に小物の製作をしている。

 

時計を見ると現在時刻が21時を少し回った辺りだと分かるが......なぜこんな夜遅くに教室にいるかと言うと、『変装食堂』で使う衣装は、自分で用意するというルールがあり、〆切までに完成させないと教務科の先生方によるお仕置きフルコースを受けるからである。

 

その為、お仕置きを受けたくないが故に〆切前日には教室に集まって徹夜で衣装を完成させる風習、『仕上げ会』が創られた。だからこうして夜中に学校にきて、皆で最後の仕上げをするワケだ。

 

そんな事を考えていると、教室の扉が静かに開き――キンジがやってきた。

 

キンジは衣装入りの紙袋をぶら下げて、俺たちが作業している場所に足を向けようとして衝立の中を覗こうとしている。

 

――あ、そこ女子の着替え...

 

と、言うより先にキンジはバッと飛び退いて、ホッと息を吐きながら俺たちの元にやってきた。

 

「あっキンちゃん。衣装、どのくらい出来ましたか?」

 

女教師――白いブラウスに濃紺の膝上タイトスカートを着た星伽が、いそいそ。

 

隣を片付け、キンジが座るスペースを作った。

 

「ほぼ完成してる。後で違和感がないか見てくれ」

 

「はい。ふふ......なんだか楽しみ。キンちゃんのお巡りさん姿」

 

黒メガネを掛けて微笑む星伽は本当の新米教師に見える。

 

教務科から言われた『入室後、最低1時間はその役職になりきって行動すること』と言う言いつけを守ってか...星伽の口調は何処となく教師に寄せている様だ。

 

――これでアリアが来たら......マジに小学校の一幕が完成するな。

 

アリア・星伽・理子。まぁ随分と面白そうな3人組になるだろう、と思いながら理子の居る方を見ると――完成した小物が置いてある代わりに、理子が居なくなっていた。

 

あれ、と思いもするが理子も理子で中々に自由な奴だ。急に居なくなる事もザラにある事だ。

 

キンジは星伽の隣に座りながら、警官の制服を揉んだりバッジで止める穴の部分を広げて使用感を出そうと奮闘している。

 

なぜ使用感が必要かと言うと、『汚し・ヨレ等のない、リアリティーに欠けるものは不十分と判断し許可はしない』と、教務科からプリントで通達されたからである。

 

俺は革靴――その、足の甲の部分の皺を出すために必死の工作をして皺を付けて、かかと部分の広がりや足全体を覆う革靴の草臥れの演出.......傷直しの意味合も兼ねて磨き直し等を何度もした。

 

靴底の擦り切れ具合もかなり本気を出して細工した気がする。

 

服装はこれくらいで十分だろうし、後は口調を直すだけだ。

 

――俺、チンピラみてぇな喋り方だって言われるし......どうにかしねぇとなァー。

 

頭の中でそう思いながら、喪服みたいな黒い上下スーツに、白いカッターシャツ、黒いネクタイ、黒い革靴、黒いベルト――そして、金に輝くバッジを身に着ける。

 

「これじゃあ......前にやったカジノ警備と一緒だ...」

 

と言いつつ、ピッと襟を正し、ネクタイをきつめに締めてスーツの第一ボタンを掛ける。

 

「おい隼人」

 

「どうした、キンジ」

 

キンジは俺の服装の何処かに異常を見つけたのか――3歩ほど歩いて距離を詰め、バッジを着けた部分を凝視して、俺の顔を睨みながら呟くように言った。

 

「なんでこの丸いバッジに『遠』なんて彫ってあるんだよ!しかも背景桜だし!」

 

ツンツン、と人さし指でバッジを突くキンジの肩を押し退けて、少し距離を作る。

 

「俺はバスカービルのメンバーだ......バスカービルが組なら、組長は――キンジ、お前になる......ってわけで、組長!俺に任せてください」

 

「誰が組長か」

 

やや股を大きく開き、膝に手を当ててキンジに頭を垂れると、キンジはツッコミを入れつつ俺の下がった頭にチョップをいれた。

 

「あだっ」

 

――つぅ......ぼた...ぽたっ

 

「......うぉ!?つ、強く叩きすぎちまったか!?悪い、隼人!」

 

鼻から伝わる違和感は、唇の方へ重力に従い垂れていきぽたりと床に落ちた。

 

下げたままの目線で、水音のした場所を確認してみれば赤い水玉が弾けているのが見える。

 

「あ、鼻血か......」

 

自分から垂れてきた鼻血を拭くために、携帯ティッシュをポケットから取り出して鼻に詰め込む。

 

「最近は妙に流血沙汰になるな......大丈夫か、隼人」

 

「鼻血ってだけで流血沙汰には...ならないだろ。平気だ」

 

床に落ちた血をティッシュでグシグシと拭い、頭を上げる。

 

近くに居る星伽を見れば「遠山くん......ダメよ。私たち、生徒と教師なのよ......?そんな、垣根を越えるなんて――で、でも......ナイショなら......い、いいよ?」と目を瞑りながら身体をクネクネと揺らして悶えていた。

 

見てられなくなったので視線をそのままレキに移すと、制服の上に白衣を羽織って、正座をして、萌葱色のブラウスをちくちくと縫っている。

 

作業を始めた時から少しも移動していない。レキは単純作業が得意なようで、ペースを一定に保って淡々と熟している。

 

キンジはレキが縫っているブラウスの袖を取って、縫い目を覗きこんだ。

 

俺も少し気になったので、キンジの後ろから頭を出してそれを見る。

 

――おぉ......

 

その縫い跡は工業用ミシンで縫ったみたいに精密だ。

 

その出来に感心しながら他の小物がないか見ると、レキの膝の前にはフチ無しの伊達眼鏡が置かれてある。

 

キンジもそれに気付いたのか、伊達眼鏡を持ち上げて――そーっとレキの顔に掛けた。

 

伊達眼鏡を装備したレキはゆっくりと顔を上げて、チラ、とメガネの上に開いた空間からキンジを上目遣いで見た。

 

キンジはそれを受けて――う、と声を漏らし、急いでレキから伊達眼鏡を外した。

 

何か来るモノでもあったのだろうか。

 

――そう言えばジャンヌも眼鏡を掛けていた......可愛かったなぁ。

 

キンジは「眼鏡は危険だ......」などと呟いて、天井を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうこうしている内に、「みんな、おっはよー!」とガンマン姿の理子がやってきた。

 

――さっき教室に居たのにまた挨拶すんのか......しかも今は22時なんだが?おはようって時間じゃあねーぞ。

 

理子の発言に疑問を持ち始めるとキリがないので深く考えないことにしよう。

 

改めて、理子の服装を見る。

 

テンガロンハットを被り、厚手の生成ブラウスを胸の前で結び、ヘソは丸出し。

 

革のチョッキとブーツを身に着けて、デニムのスカートの裾には短い革紐がビッシリ並んでひらひらと揺れている。

 

拳銃を見れば、かなり古い......骨董品みたいなリボルバーを装備している様だ。

 

さっきミシンで縫っていた物は、どうやらあのデニムスカートの革紐だったようだ。

 

――芸が細かいなぁ......。

 

という俺の感心はさておき、ニッコニコの理子は教室のドア前で、

 

「ほら早く!絶対ウケるって!可愛いは正義だよ!」

 

ドアの裏側に居る、俺たちからは見えない誰かの腕を引っ張っている。

 

「~~~~~~!」

 

人の可聴域を超えた高音で叫んでいるらしいその人物の、ズリズリ引き摺られつつ足が見えてきた。

 

真っ赤なストラップシューズに......ピンクと白のしましまソックスが視界に映り――ソックスの上縁には、ヒラヒラした白いフリルが付いてる。

 

――これは......この格好は!

 

「や、や、やっぱり!い~~~や~~~よ~~~ッ!」

 

左右の胸の上部にでかいボタンをあしらったキッズサイズのブラウスを着て、アホほどミニなスカートを履かされたアリアが、腕関節が外れるんじゃないかという勢いで理子に抗っている。

 

とうとう全身図が明らかになったアリアちゃんは、ちゃんとピンクがかった赤ランドセルも装備し、その左側面にはソプラノリコーダーのホルダーがぱかぱかしてる。

 

この芸の細かさは間違いなく理子だ......理子が作った。有言実行したワケだ。

 

「アリア、諦めろ。それより衣装の細部を作り込んでおかないと、後で市中引き回しの刑をやられるぞ。その服で。オフッ」

 

キンジが自爆気味の笑いを漏らしたが、すぐに咳き込むような手つきで誤魔化した。

 

俺の隣で自爆したキンジが真顔で言い放つと、アリアはぷしゅううぅ......と頭の上から電線がショートしたみたいな湯気を上げつつ真下を向いたまま......酔拳を使うメイメイのようにフラフラとやってきて――キンジの隣にあぐらをかいた。

 

キンジの隣に座ったアリアに対して、ギロッ。

 

星伽が一瞬、刃物のような目つきをしたような感覚がしたので、そっちをキンジと一緒にチラッと見ると......にこにこ、と、何時もの穏やかな星伽が居た。

 

キンジは目を逸らして何も見なかったことにして、俺は目を閉じて山根と山柱の間を軽く揉む。

 

目を軽く開いてアリアを見れば――ランドセルの右側に『4年2組 かんざきアリア』と書かれた名札を付けている。

 

小学生の設定がツボってしまったキンジはダミーの咳をして、

 

「ンッ......秋は、空気が乾燥し始めるシーズンだな。風邪気味らしい」

 

こみ上げる笑いに震える声で、風邪気味宣言をした。

 

俺もそれに釣られて笑いかけるが必死に耐え、スーツの調整をするフリをして後ろを向く。

 

赤面したアリアは『笑ったら風穴!』という顔でキンジを睨みあげている。

 

頬を膨らませて、まるで本物の小学生みたいだ。

 

「ヘイ!アリアちゃん!お裁縫箱はこっちでちゅよ!アリアちゃん!」

 

ぽーん!

 

ジャンプして崩れた星座をした理子が、星伽の裁縫箱を勝手にアリアの足の上に乗せる。

 

アリアは、ぐぬぬぬ......という顔をして、自分のスカートを、ぎゅうううううう、と思いっきり握って悔しさをガマンしている。

 

「アンタね......それ絶対、『アリアちゃん』って言いたいだけでしょうが......ッ!」

 

ドスの利いた声で言ったアリアの額を、人指し指で、つん。

 

穏やかな笑顔で星伽先生がつついた。

 

「ダメでしょアリアちゃん?小学生がそんな口調で喋っちゃ」

 

星伽は温かい微笑みを浮かべ、教務科の命令、入室後1時間の役作りの話をアリアにしている。

 

「......ぅぐう......!」

 

「はい、それじゃあ、道具を貸してもらったら御礼を言いましょうね?」

 

よく見ると星伽先生は、アリアの眉間に立てた人指し指......爪を立てている。

 

アリアがキンジから遠ざけられるようにジリジリとスライドしていくことに気付き、星伽先生がアリアの額を突いている指を見れば、かなり力が込められていることが見て取れた。

 

ルール上、いま服を着ているからには小学生として振る舞わなければならないアリアは、

 

「......あ、あ、後で覚えてなさいよ......!」

 

と...ノドの奥から唸るような声で言ったかと思うと、に、にぃぃ......

 

顔の筋肉を痙攣させながら、サーベルタイガーがムリヤリ笑うような表情を形作った。

 

そして体内で渦巻く羞恥心と怒りのマグマから立ち上がる煙を口から漏らしつつ、

 

「が、ぐ......は、はいッ!あいがとうございますッ!せん、せーッ!」

 

赤紫色の目をカッ!と見開いて星伽に叫ぶ。

 

ビキィッ!

 

と、アリアのこめかみに血管が――『D』の形に浮き出た。

 

俺にはそれが、『死ね(Die)』のDに見えて......身体のどこかにある、『I』と『E』の形の血管が浮き出て揃うと――多分俺たちは死ぬ。

 

――ちょっと怖すぎて洒落にならないッッッ!

 

「......!」

 

余りの殺気に、アリアをイジる怖い物知らずの武装巫女・星伽が引いているのが見えた。

 

ガンマン姿の理子も上半身を後ろに倒してズリズリ後退っている。

 

キンジは冷や汗をかきながら、D点灯モード・アリアのピンク色のスカートを軽く持ち上げて、帯銃してない事を確認していた。

 

「あ、アリア、演技はしなくていいッ!普通に作業をしよう。な?」

 

「そ、そうだぜアリア......普通でいいんだよ、普通で」

 

メルトダウン寸前の原子炉をキンジが決死の思いで宥め、俺もそれに便乗する。

 

レキは何時の間にかハイマキごと煙の様に消えていた。

 

危険察知スキルが高くて羨ましい。

 

キンジは居なくなったレキに気付いたのか、「後で逮捕してやるからな」と呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

夜11時を回る頃には、それぞれの衣装も完成してきて......帰る人は後ろに寄せていた机を1人3つずつ元に戻す決まりにしていたので、だんだん教室の光景は元に戻ってきている。

 

バスカービルの面子からも、レキが「就寝時間です」と帰り、星伽が生徒会の仕事で帰り、アリアもドナドナが聞こえてきそうな足つきでトボトボ帰っていく。

 

俺も装備科からレンタルしてきたグロック19を胸ポケットの内側に仕舞って、小物周りは完全に整った。

 

グロック19は......グロック17のコンパクトモデルで、『第二世代』と呼ばれる新型フレームで構成されたグロックシリーズの拳銃だ。装弾数こそグロック17の頃より減ってしまったが、新型フレームと手頃な大きさで、使用者たちに親しまれる銃になった。

 

発表された同年にスウェーデン陸軍で採用されたのを皮切りに、ニューヨーク市警に警官用として4万挺が導入、ドイツのGSG9にも採用され国連保安要員用の拳銃として使用されている。

 

日本人の手にも十分馴染む大きさであり、SATにも採用されている。最近ではSOCOMにも採用され陸軍、空軍の特殊部隊で使用が開始された。

 

XVRのようなゲテモノ銃を扱っている身からすると、銃が小さすぎて不安になってくるが......これはこれで、いい銃だ。

 

制服に着替え、小物類などをジュラルミンケースにスーツと一緒に放り込む。

 

教室で出来る事は無くなったので、まだ残っているキンジと理子に帰宅する旨を告げ、一人夜の学校を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

自室に帰り、既に寝ているカナを起こさない様にダイニングの灯りを点けてから椅子に座って鞄からノートと筆箱を取り出して、ノートを開いてボールペンをクリックして文字を書ける状態にした。

 

更に鞄から一冊の本を取り出す。本の内容は簡単に説明してしまえば、光と人間の目が追いきれる限界速度の話だ。

 

条件によってマッハの定義自体が変わるため、具体的な話は出来ないがまぁ普段通りの場合、光は30万km/sを進むという計算がでている。これをマッハに変換すれば、マッハ88万2352.94になる。

 

俺の『エルゼロ』で到達できるのが、XVRの初速よりも早いのは確実だ。

 

XVRの初速が、700m/s。つまりマッハ2.37程になる。

 

俺はそれもよりも早い...マッハ3程度と仮定しよう。だが、マッハ3なんてまだまだ遅い。

 

V2ロケットの速度はマッハ4。戦車が撃ち出す装弾筒付翼安定徹甲弾(Armor-Piercing Fin-Stabilized Discarding Sabot)、通称APFSDSはマッハ5。ICBMの速度はマッハ10で、終末速度に至ってはマッハ20~24にもなる。

 

俺はまだまだ最速には至れていないと言う事を痛感させられる。

 

速度の情報を書ききったページの反対側のページに、どうすればそれより早くなれるか、という題だけを書いて――筆が止まる。

 

――分からない。

 

『エルゼロ』......限界の到達点。自分自身の全力全開、100%の力を発揮した状態でマッハ3程度。

 

その先へ、どうやって辿り着けばいいのかが、分からない。

 

椅子の背もたれに思いっきり体重を預け、反りかえって天井を見る。

 

ギシッと椅子の軋む音が聞こえる。電灯がいつもと変わらない明るさを室内にまき散らしているのを眺め、溜息を一つ吐く。

 

――もっと早くなるためにはどうすればいい。

 

テレビを点けて、音量を絞った状態で夜のニュースを見る。

 

画面には建設途中のスカイツリーの情報が映し出されており......70%ほど完成した、という話が聞こえてきた。

 

あれが完成する頃...キンジはまだ、武偵高に居るのだろうか。アリアは......どうしているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

――......俺は――生きていられるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

何もしていないのに、鼻から流れてくる血液を手の甲で乱暴に拭ってティッシュを鼻に詰める。

 

――ここ最近、妙に血が出やすい。

 

自分の体に起きた僅かな異変に不安を覚え、震えるが――それを押し殺すように手を強く握る。

 

深く深呼吸を一度だけして、ボールペンを筆箱に放り込み、ノートを閉じて本と一緒に鞄に乱雑に突っ込んで、電灯を消す。

 

布団の中に飛びこんで、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ああ、そう言えば今思い出した。アリアのかーちゃんの裁判......もう、すぐだったな。



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裁判と襲撃とやべー発言

活動報告からコピペですがゆるして。

更新停滞の言い訳をさせてください。

皆さまお久しぶりです。最後の投稿から一カ月が経とうとしていますが、投稿が出来ずにいました。

というのも仕事が繁忙期に入りクッソ忙しくなった事(言い訳その①)や

連日の大雨により自宅がやや浸水してその処理に追われていた事(言い訳その②)

お気に入りだった家具や衣類、敷物や履物の一部がダメになった為に私の心がポキンと折れてしまった事(言い訳その③)

があったんです。

まず床の浸水によってカーペットや絨毯、フローリングがダメになったのは勿論、PCの水没や大多数のラノベ、家電製品、寝具一式などがダメになりました(´・ω・`)

その為、家具の買い直しや床の貼り直しなどの工事で忙しく、更にPCを買う暇もなかったのでこうなりました。

まだバタバタしていますので更新は亀速度になりますが失踪したわけではないので安心してください。

投稿が遅れてしまったこと、申し訳ありませんでした。



 

「被告人・神崎かなえを――懲役536年の刑に処す」

 

東京高等裁判所第八〇〇法廷に響いた判決に、弁護席についていた俺は――耳を疑った。

 

死刑や終身刑では後回しにされるという『主文』を裁判長が最初に言わなかったから、良くない予感はしていた。

 

だが、だが――まさか、アリアのかーちゃん......神崎かなえさんが有罪判決になるなんて。

 

しかも執行猶予無しのとんでもねーオマケ付だ。

 

余りにも重すぎる判決。

 

――どういう事だ。

 

「......」

 

隣に座るキンジは驚愕の表情を浮かべ、何かを怪しむ様に視線を鋭くしている。

 

キンジの隣に座るスーツ姿の理子は、鋭い目で検察側を見ていた。

 

宣戦会議から音信不通になったジャンヌ、長野のレベル5拘置所に拘置中の小夜鳴は不参加だったが、この裁判は勝てると踏んでいたのに。

 

――敗訴。大敗だ。

 

一審の時より減刑はされているが、どう見ても被告人側の負けだ。

 

なぜなら、アリアのかーちゃんの――事実上の終身刑に変わりはないのだから。

 

――おかしい。

 

この裁判......最初から、仕組まれていた気さえしてくる。

 

傍聴人は一人も居らず、マスコミだって誰一人来てない。

 

俺たちには分からない何かが、背後で蠢いている。

 

「不当判決よ!」

 

ガタンッ!と椅子を鳴らして立ち上がったアリアが、金切声を上げた。

 

「こんな――どうして!?こんなに証言、証拠が揃っているのに――――どうしてよ!ママは、ママは潔白だわ!どうして!?」

 

スーツ姿のアリアが、床を蹴って検察側に駆け出そうとするのを......

 

若い女性弁護士、連城黒江が抱き着くようにして押さえる。

 

「騒ぐなアリア!次の心証が悪くなる!即日上告はする、落ち着け!」

 

次。

 

つまり、最高裁。

 

そこで終身刑にされたら、もう覆せない。

 

――この、裁判......追い詰められたッ!

 

「放しなさいッ!放せ!アタシはアンタに怒ってるんじゃあないわッ!アンタは有能で、全力でやってくれた!おかしいのはコイツらだわ!」

 

検察官たち、更には裁判官まで指さしながら、アリアが泣き喚く。

 

「やり直しなさい!やり直せッ!アンタたち全員入れ替えて、やり直すのよ!こんなの――茶番だわ!アンタたち全員が結託して、ママをッ!......アタシのママを陥れてる!陰謀だわ!」

 

「やめろアリア!まだ最高裁がある!確定じゃない!」

 

キンジが暴れるアリアを押さえにかかるが――元武偵の連城弁護士との2人がかりでも、手に負えてない。

 

そこで、ハッとして周りを見れば......警備員たちが手錠を手に、アリアを囲むようにきている。

 

マズい、マズいな。ここでアリアがコイツらを殴って逮捕でもされたら......

 

「――アリア。落ち着きなさい」

 

被告人席から発せられた――静かな、一言で――

 

アリアが我を取り戻すのが分かった。

 

その視線は、自らの母――かなえさんへ向けられている。

 

暴れていたアリアの目は、怒りから悲しみに代わり......ただ、ただ、かなえさんの方を見ている。

 

行かないで、離れ離れにならないで......と、縋るような目だ。

 

グレーのスーツを着て、緩くウェーブした髪を揺らし、アリアの方を向いたかなえさんは......

 

「ありがとう、アリア。あなたの努力......本当に嬉しかったわ。まさかアリアがイ・ウーを相手に、ここまで成し遂げるなんて。あなたは、大きく成長したのね。それは親にとって何よりの喜びよ」

 

落ち着いていた。かなえさんは、この場の誰よりも――落ち着いていた。

 

「遠山キンジさん。貴方にも心から感謝しています。アリアは、とてもいいパートナーに恵まれた。直接それを見届けられて、幸せです。でも――」

 

そこまで言ったかなえさんは、すっ――

 

と、その表情を全て消し、けぶるような睫毛の美しい目を閉じた。

 

そしてまるで生贄にされた人が、自分に死を命じた支配者を......此処には居ない誰かの事を思うような表情になり、

 

「――こうなる事は、分かっていたわ」

 

そう、呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かなえさんのカメオが付いた銃を抱きしめて泣き続けるアリアを慰めようとしたのか、連城弁護士は自分のアウディにキンジ、アリア、理子を乗せ、俺はVMAXに跨り、駐車場で暫く時間を潰してから......

 

かなえさんを乗せた護送車が高裁から出るのを追うように、車を出した。

 

少しでもアリアをかなえさんの傍に居させてやろう、という計らいだろう。

 

護送車・アウディ・VMAXの順に通行止めを避けて六本木通りに出る。

 

きっとあのアウディの中ではアリアは泣き続けているのだろう。

 

当然だ、この裁判に勝つために俺たちは戦ってきたんだ。

 

勝つために、アリアは自分の青春を投げ打って、世界中を駆け回り、理子やジャンヌと戦い、ブラドを捕らえ、パトラやシャーロックを退けて、証拠をそろえた。

 

それなのに、減刑されたのは理子・ジャンヌ。ブラドの分だけだ。

 

他のメンバーの罪については、弁護側の証拠不十分。残されたまま。

 

――分からねぇ。アリアのかーちゃんの罪に関する検察側の主張は、バカの俺にさえ支離滅裂に思えたのに。

 

しかし、もう判決は下った。

 

どうすればいい?いっそのこと世界中に散ったイ・ウーの残党全員捕まえて、裁判所まで引き連れて罪を認めさせるか。

 

――いやいや、無理だろ......絵空事だ。

 

仮にやれたとしても、何年かかるか分からない。

 

連城弁護士は時間稼ぎをするだろうが、最高裁には間に合わない。

 

日本の裁判遅滞は、度重なる新法の施行で改善されている。どう頑張っても3年が限界。

 

......いや、2年以内に最高裁判決が下り、終身刑は確定するだろう。

 

護送車とアウディは溜池交差点を右折し――外堀通りに入り――山王下に近付く。

 

その時、前方を走るアウディが信号の停止線からかなり離れた所で止まった。

 

「......?」

 

少し気になり、アウディの左側へ抜けて行き、アウディの隣へ並ぶ。

 

目の前、護送車のその先――

 

前方の信号が......

 

消えている。

 

赤・黄・青、どれも点いていない。消えているのだ。

 

歩行者用の信号も消えていて、人々は横断歩道の前でキョロキョロ顔を見合わせている。

 

「......なんだ......?」

 

見れば、道路の左右の左右にビルから、サラリーマン達が困り顔で出てきている。昼間だから気付くのが遅れたが、ビルの一階にあるコンビニやカフェの中が、薄暗い。

 

看板の灯りも消えている。

 

「――停電、か?」

 

俺がそう疑問を口から吐き出した瞬間。

 

自分の目が、異常なものを捉えた。

 

前方、停車中の護送車の下から......アスファルトの地面に、黒い物が広がっている。

 

こちらに向かって。

 

燃料漏れかと思ったが、違う。

 

――何......!ありゃあ、影だッ!

 

バッ!と、顔を上にあげるが、ヘリや飛行船が通りかかっているワケでもない。

 

影はみるみる内に、アウディの下を覆っていく。

 

おかしい。

 

――上に物がねぇのに......影が出来ている!

 

この感じは――と、見覚えのある光景の記憶が脳内を過った瞬間、パッ――!バチチバチバチバチッッッ!

 

「――ッ!」

 

閃光に続いて、車を包むような激しい放電音が耳を劈いた。

 

右隣のアウディから、連城弁護士の驚く声と、アリアの悲鳴が車外に僅かに聞こえる。

 

炸薬かと思ったが違う。これは――電気。高圧電流が、車を駆け抜けた。

 

まるで、落雷が下から来たかのような衝撃だった。

 

電流は金属部分――車の外周を通り抜けたらしく、中は無事だった。

 

だがボンネットから煙と......バチバチッ、という音を上げながら炎が出ている。

 

自動車にはガソリンが何十リットルも積んである。

 

引火したら、アウディの中に居る奴全員――

 

アウディの左側にVMAXを置いているので――これじゃあドアが開かない。

 

そう判断した俺はすぐに2速にギアを入れて、アクセルを吹かし車体を前に進める。

 

その直後にドアが勢いよく蹴り開けられ、キンジたちが飛び出してきた。

 

キンジたちの安全確認が出来たので、視線を前に戻すと護送車からも煙が上がっているのが見える。

 

タイヤも全て潰れている様だ。

 

「かなえさん――ッ!」

 

護送車にキンジとアリアが駆け寄ろうとした時、バリィッ――――!

 

金色の放電が、今度は護送車側の後部周囲で弾けた。

 

「――ママ!」

 

「アリア待て!罠だ!」

 

キンジが叫び、今にも走り出しそうだったアリアの腕を掴んで止める。

 

見れば、護送車の中では、運転手がドアをガンガン叩いていた。

 

動かなくなった車から出ようとしているが、出られないらしい。

 

ドアが壊れたのか、それとも何か仕掛けられて閉じ込められたのか。

 

VMAXのギアをニュートラルに戻し、エンジンを切ってから、ゆっくりと降りる。

 

その際に足元を見れば、影は既に無くなっている事に気付く事が出来た。

 

一連の、不自然な影の動き。

 

――間違いねぇ......この、タイミングで...ッ!仕掛けてきやがった!!

 

「――ヒルダ......!」

 

キンジが、その名を呼んだのは――

 

見えたから。

 

何時の間にか護送車の上に立ち、くるるる、とフリフリの日傘を回す――

 

退廃的で、何処か不吉な印象の、ゴシック&ロリータ衣装の女。

 

宣戦会議で『眷属』に所属することを告げた......最も好戦的な奴!

 

「......ヒルダ!写真では見てたけど――会うのは初めてねッ......!」

 

反射的に拳銃を抜くアリアに、ヒルダは鼻を鳴らす。

 

――やべぇ、周りに非武装市民が大勢いるんだぞ...アリアの奴、何考えてやがる!

 

キンジの方をチラリと見れば、アリアと同じ様にヒルダを睨みつけているのが見えた。

 

ヒルダに夢中のアリアとキンジに代わり、腰のホルスターからXVRを抜いて、一発。宙へ目掛けて発砲する。

 

ガゥンッ!という大きな発砲音が人混みの喧噪を一気に沈静化させ――

 

「全員逃げろ!この女は犯罪者だ!」

 

と、俺の叫び声が響き渡った。

 

その直後、静まり返ったオフィス街に爆発のような悲鳴が木霊し、蜘蛛の子を散らす様に野次馬、停電に困っていた人たちが、我先にと逃げていく。

 

ヒルダはその様子を、瞼を半開きして欠伸をしながらじっくりと眺め――不敵に笑いながら俺の方を見た。

 

「武偵というのも大変ねぇ......あんな塵芥みたいな存在たちを一々気に掛けなきゃいけないなんて......」

 

「ハッ!だがこれで遠慮なくやれるってモンだぜ?」

 

俺がヒルダにそう声を掛ける。

 

ヒルダはそれに対して――

 

「イヤねぇ......粗野ねぇ......私、今はそんなに戦う気分じゃないのよ?日の光って、キライだし」

 

日傘の柄を抱くように頬へ寄せながら、俺たち1人1人の顔を舐め回す様に――キンジと俺はかなり早く、逆にアリアをじっくりと――見ている。

 

「でも、つい手が出ちゃった。だってぇ、タマモの結界からノコノコと出てくるんですもの。それに......」

 

カツン。黒いエナメルのピンヒールの踵を片方鳴らし、護送車の中を示す。

 

「こ、れ。あなたのママよね?お父様の仇は一族郎党、根絶やしにしてやるわ」

 

「――キンジィ!右翼から支援射撃!ハヤトはあたしのサポート!」

 

「っしゃあ!!」

 

アニメ声で叫んだアリアが即座に突っ込んでいき、俺はその後を追いかける形で進む。

 

キンジは若干遅れて、日傘の構え方のせいで視界の悪そうな右翼側へ駆けていく。

 

アリア、キンジ、俺の影が、護送車の影を踏んだ時。

 

「――んッ!」

 

ヒルダが小さく力むのが見え――バチィィイィイッィッ!!!

 

「きゃあああっ!」

 

「うッ――」

 

「――ぐ、ぅッ!」

 

俺たち3人が、同時に、転倒した。

 

この、強力なスタンガンを食らった時の衝撃に似てるものは......

 

――超、能力......ッ!

 

ヒルダの、超能力か。

 

「だからァ......そんな血の気の多い姿を見せないで。ガマン、できなくなっちゃうでしょ?......あぁ......もう、食べちゃおうかしら。お前たちなんか......プリモでもやっちゃえそうだし」

 

――プリモ?プリモってなんだ?

 

「唯一厄介なのは......お前よ、ゴキブリ。サエジマ......随分と飛び回るのが好きだったから......羽を、毟ってあげたわ」

 

「......は、羽?......羽、だと......?――ま、さか......!」

 

筋肉に力が上手く入らず、震える腕を持ち上げる。

 

混濁する意識の中で、嫌な予感が走り、その予感が当たっているかどうか確かめたくて、フックショットを射出しようとスイッチを押すがカチ、カチ...と虚しい音が響くばかりだ。

 

――野郎.....さっきの超能力で、フックショットをぶっ壊しやがった!

 

「......」

 

俺が何も言わずにワナワナと震えていると、それを見たヒルダは声高々に笑いを上げた。

 

「おーっほほほほほ!無様ね!ゴキブリに相応しい姿だわ!」

 

怒りに駆られ、立ち上がろうと歯を食いしばって全身に力を籠めるが......立ち上がれない。

 

ヒルダの能力......電流こそ凄まじいが――電圧は、そうでもないらしい。

 

「――ふぅ。久々に笑えたわ。ありがとう、サエジマ。そして......気分がノってきたから......予定にはなかったけれど――ここで、血を貰うわ」

 

護送車の上に居た筈のヒルダは、一瞬で俺の上に跨っており、口をかぱ、と開けていた。

 

「な――」

 

何をする、という間もなく......ヒルダの鋭く尖った犬歯が俺の首の皮膚を食い千切り――ブチブチ、と繊維の千切れる音、ジュル、ゾルルと響く水っぽい音が聞こえ......激痛が首に走った。

 

――この野郎......!俺の事をゴキブリだ、なんだと言いながら......血を!

 

「が、ぁ......あ、あっ......っ......ッ!!」

 

ズズ、ズゾゾォ......と啜るような音がしたあと、生暖かい......舌が傷口をベロリと丁寧に舐め上げ――ヒルダはゆっくりと俺から離れて、護送車の上へ戻っていった。

 

なんとか腕を首筋に当て、出血の状況を確認するが傷口はほぼ塞がっていて......食い千切られた面積もそう大きくなかった事が分かる。

 

だが、この状況が悪い。

 

――俺の血を、手に入れた、ということは......!

 

ギッ、とヒルダを睨みつけると、ヒルダはその表情が欲しかった、とでも言いたそうにニコリ、と小さく笑った。

 

「ふふふ......そう、そうよサエジマ。お前はただのゴキブリではなく、進化に長けたゴキブリ。お父様の欲しがっていた血。超能力の深化、進化。人の身でそれほどの影響を与えるお前の血を......崇高な吸血鬼の私が手にしたら――どう、進化すると思う?」

 

ヒルダは笑みを崩すことなく、まるで口紅でも塗ったかの様に真っ赤な唇に舌を這わせ、口元に残った俺の血を丁寧に舐めていく。

 

「お父様は......イ・ウーにお前の血を提供しようとしていた様だけれど......私は違うわ。私は、私だけ進化できれば、それでいいもの」

 

ヒルダはそう言うと日傘をくるるる.....と回し、あくびをした。

 

「ふぁ......――ふぅ。ダメね。やっぱりこんなに昼遅くになると眠たくなるわ」

 

俺たちを一切敵として認識していない行動が癪に障ったのか、アリアは銃を握りしめ、ガクガクと膝を震わせながらも影の中を這って、煙を上げる護送車のナンバープレートの辺りにしがみ付く。

 

アリアのことだ、歯を食いしばって気張ってはいるが......立てない。

 

「......ああ、私ったらダメね。アリア。あなたを見ていたら食欲が湧いてきちゃった。あなたの美味しい味、覚えちゃって――覚えちゃって......」

 

コツン、と階段を降りるように車のトランクの方へ降りてきたヒルダが――

 

アリアの拳銃なんかお構いなしに両膝を揃えてしゃがむ。

 

「また......つまみ食いしちゃおうかしら。そこの死にかけたゴキブリの血は、捨てた瓶に残ってる腐った酒の味がしそう。サエジマの血は......漢方薬といった所かしら。でもアリア、あなたの血は100年物のワインのようなの」

 

死にかけのゴキブリだの漢方薬だの何だの言われているが、これじゃあマジに死にかけのゴキブリだ。

 

足掻くことしか、出来ない。

 

このままじゃ――

 

アリアもやられる、そう思った時。

 

「――ヒルダ!」

 

叫び声は――

 

車から出てきた理子のものだった。

 

目だけでそっちを見れば、理子は両手でワルサーを、髪のテールでナイフを構えている。

 

「よせ......ヒルダ!」

 

双剣双銃を構えつつも、理子は――遠目に見ても分かるぐらい、震えていた。

 

恐怖を押し殺し、なんとか虚勢を張っている。そんな感じだ。

 

その態度に――きっと、キンジもアリアも覚えがあるだろう。

 

俺は6月頃に戦った、ブラドと理子の関係を思い出した。

 

理子は――幼い頃、監禁されていた。このヒルダの父、ドラキュラ・ブラドに。

 

顔見知りらしい所を見るに、幼い頃にヒルダと理子は会っていた様だ。

 

「――あぁん......4世。なんて、凶暴な目。かわいい」

 

きゅうん、と抱きしめる様な仕草をしつつ、くねくねと身を捩らせるヒルダは、

 

「だからぁ......好きよ、4世。私が最も高貴なバルキー犬なら、お前は狂犬病にかかった野良犬。でも......分かってるでしょう?あなたと私は、お友達」

 

アリアや俺たちの事なんて、もうどうでもいいかの様に、理子に語り掛けている。

 

「お父様がご不在の今は、私がドラキュラ家の主。お父様がしたように、檻に閉じ込めたりはしないわ。私の大理石のお部屋も、シルクの天蓋つきのベッドも、純金の浴槽も、みんな貸してあげる。ヨコハマの紅鳴館を任せてあげてもいいわ」

 

そう言うとヒルダは、ふわり、と車道に降りた。

 

「近付くなッ!あ、甘く見るな!そんな下らない嘘に、あたしが騙されるかよッ!」

 

クスリ。

 

叫ぶ理子に、ヒルダが自らの口元へ指を寄せて笑う。

 

「私の目を見なさい、理子。ウソをついている目じゃないでしょう?」

 

「......ッ!」

 

ヒルダの目――金色の輝きを僅かにたたえた紅い瞳を、つい直視した理子が――

 

しまった、という心の声が聞こえてきそうな感じで、小さく息を呑む。

 

「ほらぁ。銃と剣を下しなさい。私との、友情の為に。私の目を見ながら、そう。よく見ながら......ゆっくり、ゆーっくり......」

 

「――ッ......!」

 

見れば理子は、震える手で、ワルサーを下ろしていく。

 

髪で掴んでいるナイフも、同様に......

 

「そう。それでいいのよ、4世。偉いわ。私の言う事をよく聞く、良い子ね」

 

理子の体は、まるで理子自身の意思とは別に動いている様だ。

 

カツ、カツ、とヒールを鳴らして目の前まで迫るヒルダに――

 

理子は、発砲しない。

 

ただ呆然と、ヒルダを見ているだけだ。

 

――ちっくしょう......!催眠術か、なにかでも掛けられたのか!?

 

マズい......戦える奴が、いなくなった。

 

この場の全員、生かすも殺すも、ヒルダの思いのままだ......

 

ヒルダは自分の耳から、コウモリの翼の形をしたイヤリングを片方外し――

 

「友情の証に、あなたにあげる」

 

と、理子の片耳に付けた。

 

「......!」

 

委縮して震えながら、それでも目だけはヒルダを睨む理子に――

 

ヒルダは、にこにこと笑顔を向けている。

 

その隙に、キンジが何とかベレッタを握り直そうとしたが.....

 

バチィィイッ!!

 

「ぐあぁッ!!!」

 

キンジの手元を、再び高圧電流が襲う。

 

キンジはそのまま、弾かれるように吹き飛ばされ、仰向けの体勢のままビクビクと痙攣するばかりで動かなくなった。

 

「――お前が最も醜いヨロイモグラゴキブリなら、私は最も美しいヘレナ・モルフォ蝶。トオヤマ、お前は顔を此方に向ける事も禁じるわ」

 

眉を寄せたヒルダが――フン、と紅い瞳をキンジから背け、俺を見る。

 

「フム......フィー・ブッコロス。サエジマ。お前の血は中々に優秀な様ね。この短時間の間で......私の電撃を深化させている。素晴らしいわ。」

 

ヒルダはそう言いながら自分の片腕を少し宙へ伸ばし、伸ばした腕にバチバチと紫電を纏い――数秒の間、俺に見せつけるようにした後、腕を軽く振って電撃を霧散させた。

 

「喜びなさい、サエジマ。お前の血だけは価値があるわ。だから、私の為だけにずっと血を造りなさい。そうすれば助けてあげる。生かしてあげる」

 

嬉しいでしょう?と、ヒルダが俺に問いかけてくる。

 

「じょ、ジョーダンきついぜ......!俺ぁトマトジュースの代役かよ......!」

 

このままじゃマジに生きた輸血パックとしてこのスタンガン女に拉致されるんじゃないかと思えてきた。

 

俺たち全員、ここで終わり――なんていうのは、考えたくはないが、一番濃厚なルートだ......!

 

「面白い事を言うのね......――?」

 

ヒルダは俺の発言に少し笑った後、日傘を傾け、金色のツインテールを揺らし、眉を寄せて空を見た。

 

それに釣られて、空を見る。

 

――なんだ?

 

ビル群の奥――その向こうの空、遙か上空に、銀色の光が見える。

 

星じゃあない。昼の日中に見える星なんてない。

 

「......」

 

近づいて、来ている。

 

あれは――見覚えがある。

 

イ・ウーでシャーロックが逃亡したとき、同じくイ・ウーから逃亡した一味が乗っていた――ICBM。

 

それを改造して造られた乗物。

 

その事に気付いた瞬間――ガスンッッッ!

 

地面を震わすような勢いで、白銀のICBMが道路に突き刺さった。

 

爆発は、しない。

 

傾いた電話ボックスの様に静止している。

 

やはりこいつは乗り物だ。

 

その証拠に、白煙を上げながら側面のハッチが開いていくのが見える。

 

「......?」

 

倒れたままのアリアが、そのハッチの奥から姿を現した人物と――

 

視線を交わした様だ。

 

「......少し、手遅れだったか。申し訳ない......君がアリアで、貴方がサエジマさん、ですね?」

 

日の光を背に、『Polaris 05』と描かれた白銀のICBMから姿を現したソイツは――

 

どこか海外の武偵高の制服だと思われる、灰色のブレザーを着た美少年だった。

 

まるで御伽噺の世界からやってきた白馬の王子様みたく煌めいている。

 

清潔感溢れる艶のある黒髪をひらめかせ、ソイツがたっ、とハッチから地面へ降り立った。

 

そしてアリアと、俺を守る様に前に出ていき、ヒルダに向かって立ちはだかった。

 

「ヒルダ。君はこの世で最も傷つけてはならない人と、最も怒らせてはいけない人に手を出した」

 

声こそ高いものの、ヒステリアモードの時のキンジみたいな口調で話すソイツが紋章入りの銀鞘から細身のサーベルを右手で抜き放つ。

 

日光を受けて宝石の様に煌めくサーベルに、ヒルダは......

 

不愉快そうに、眉を寄せた。

 

「君にアンラッキーなお知らせが4つある。1つ、これはカンタベリー大聖堂より恩借したクルス・エッジ。芯はスウェーデン鋼だが――刀身を覆う銀は、架齢400年以上の十字架から削り取った十字架を箔したもの。2つ......」

 

チャキ――

 

と、左手で抜いた銃は......SIG SAUER P226R。

 

SAS、SWATが好んで使うエリート御用達のオートマチックだ。

 

値段はそこそこするが、信頼性の高い逸品だ。

 

「法化銀弾。それも君が慣れていない、プロテスタント教会で儀式済みの純銀弾だよ。君はお父上ほどには()()との戦いに慣れていないのだろう?」

 

銀の弾丸。購買で売ってる、やけに高いアレ。

 

それの――法化被覆。

 

有名な神社や教会で、祈りや呪言を掛けることによって通常の銀弾よりも効果を高めた......言ってしまえば、『対・超能力者』用の銃弾だ。

 

「3つ。ボクは怒っている。ヒルダ、君がアリアを傷つけたことに。そして最後は――我々の間で禁忌とされている、眠れる獅子に危害を加えたことだ」

 

眉を吊り上げている美少年の、一剣一銃の構えは――アサルトでいう、ガン・エッジ。

 

アル=カタの中でも難易度が高く、廃れた型だが......俺は好んで使っている。

 

使いこなせば中・近距離に対応できて隙がない、いい型だ。

 

「......イヤだわ」

 

ヒルダは黒い駝鳥の羽を使った小さな扇を開き、それで鼻と口元を隠した。

 

「とっても嫌な匂い。どうも銀臭いと思ったら――」

 

ギリ、という音が微かに聞こえたが――恐らく歯軋りの音だろう。

 

挑発は、効いている様だ。

 

「最後の......眠れる獅子に手を出した、ですって?フン、知らないわよ、そんなの。そんな取り決めは......お前たちの結社の中だけのモノでしょう?」

 

「確かにそうだが、これだけの事を仕出かした君を、野放しには出来ない。貴族が正しい決闘の手順を踏まず、奇襲する非礼は承知の上だが......ドラキュリア・ヒルダ。ここで君を、斃す」

 

マジメそうな深みのある、少し青みがかった黒い瞳をヒルダに向けた男は......

 

腰を落とし、両腕をクロスさせるような姿勢で構えた。

 

「アリア、目を閉じて。レディーに奴の血は見せたくないからね。サエジマさん、傷の手当てはもう少しお待ちください。すぐに――終わらせますので」

 

言われたアリアは赤紫色の瞳をきょとんとさせて黙っている。

 

俺にだけ敬語なのが凄く違和感を感じるが......ここで抗議の声を上げても意味はなさそうだし、黙っておく。

 

――てかキンジの名前が一切呼ばれない上に見向きもしないんだけど、意図的だろコレ?

 

「......」

 

ジリ、と距離を詰めた美少年の武器を明らかに嫌がる素振りを見せたヒルダは、快晴の空を扇で示す。

 

「淑女と遊びたいのなら、時と場合を考えなさい、無礼者。こんな天気の悪い日、昼遅くに遊ぼうだなんて――気高いドラキュリアの私が、受けると思って?」

 

妙な断り文句を言ったヒルダの――ハイヒールの足が、脛が、膝が......

 

解ける飴細工の様に、車の影の中に沈んでいく。

 

「じゃあね。今日はガマンしておいてあげるわ」

 

とうとう首と日傘だけになったヒルダは、アリアにそう言い残すと――

 

そのまま、姿を消してしまった。

 

ぺたん、という音に、首を音の方向に向けると理子がアスファルトの道にへたり込んでいた。

 

催眠術と一緒に、緊張の糸が解けた感じだろうか。

 

身体の痺れも抜けてきたので、なんとか自力で立ち上がり――

 

「大丈夫か、アリア」

 

と、言う美少年に肩を借りて立ち上がるアリアの方へ歩いていく。

 

キンジも、フラフラとした足取りではあるが、少し遅れてやってくる。

 

「......もう、動けるわ。肩、放して」

 

アリアが、まだ小さく震える膝で少年に向き合うと、少年はアリアの様子を確かめるように頭からつま先までを見た。

 

そして......大丈夫そうな事を悟ると、サッ、と肩の埃を落として、襟を正している。

 

「ママは......?」

 

と、アリアが護送車の方を見るので、俺たちもそちらを見ると......

 

やっと車から出られたらしいアリアのかーちゃんは、警護官に両脇を支えられ、こっちを安心した様な目で見ていた。

 

特に目立った外傷も無さそうだし、大丈夫そうだ。

 

隣にいるキンジが若干首を動かしたのが見えたので、すこし目線をキンジの方に向けると、キンジは美少年とICBMを交互に見ていた。

 

――そうだ、コイツ......ICBMから出てきたってことはイ・ウー絡みの奴か?

 

悪い奴じゃあ無さそうなんだがなぁ、と思うが......警戒するに越したことはない。

 

「助けてもらって言うのもなんだが......お前、イ・ウーの生き残りか?何をしに来たんだ」

 

キンジがICBMを指しながら言うと、少年は黒曜石のような鋭い瞳をキンジに向けた。

 

「――人に素性を聞く前に、まず自分が名乗れ」

 

「......遠山キンジだ」

 

「知っているよ。事前調査で君の写真を見たことがあるからね」

 

チラッとキンジの方を見ると、『じゃあ聞くなよ』といった表情をして、眉をヒクヒクさせている。かなりイラついている様だ。

 

――ちょっとフォローしておくか。

 

「助かったよ、俺は......」

 

「サエジマハヤト。冴えわたるの冴、日本列島の島、隼に、人......で、冴島隼人、ですよね?」

 

「お、おう。そうだけど......助けてくれて、ありがとな。えーと......」

 

「あっ、失礼しました、冴島さん。僕の名前は――エル。エル・ワトソンって言います」

 

その名前を聞いたアリアが、「えっ」と小さな声を上げて少年......もとい、ワトソンの方を見た。

 

――ワトソン?ワトソンと言うと......ホームズの相棒の、ワトソンか。

 

「えっ......!えっ、じゃ、じゃあ、あんた、まさか......」

 

さっきの電流の痺れとは別に、アリアが小さく声を震わせながら、ワトソンの顔を、見上げる。

 

アリアに小さく笑顔を向けたワトソンは、こくり、と1つ頷き――

 

「そう。僕はJ・H・ワトソン卿の曾孫だよ」

 

そう言ったワトソンは、今度はキンジの方に眉を寄せて振り向いた。

 

「トオヤマ。君は『何をしに来た』とボクに聞いたけど――理由が必要なのかい?」

 

何やら不機嫌そうなワトソンは、キンジを見上げている。

 

「それくらい言ってもいいだろ。俺はお前を知らないんだぞ」

 

キンジも少しイラついたのか、荒い返しをすると――

 

ワトソンはアリア、アリアのかーちゃん、最後に俺を見る。

 

そして

 

「僕は許嫁と、義理の母親と、規定事項に置かれた人を助けに来た。ただそれだけだよ」

 

と、言った。

 

意味を理解できなかったキンジはアリアを見ると、目をまんまるにしてワトソンを見てたアリアは......キンジを見て、驚いた表情のまま――慌てる様に――目を逸らした。

 

――許嫁の意味も気になるが......規定事項って何だ。

 

「......許嫁?」

 

なんだか分からない場の空気に、キンジは再びワトソンへ尋ねる。

 

「アリアのことだ」

 

当たり前だろう?と言わんばかりに、サラッとワトソンが言い放つ。

 

そしてキンジを見上げ、胸を張り――繰り返し言うのだった。

 

「アリアは僕の――婚約者だ」

 

 

 

 

 

 

 

またアリアとキンジの仲違いになりそうな火種が出てきた事に、胃が痛みを訴え始める。

 

アリアのかーちゃんのことに、ヒルダ。

 

ワトソンの爆弾発言......解決すべき問題が山積みになっていく。

 

 

 

 

なんとなく先の未来が予知できたので――俺は清々しいくらいに青い空を見上げて、溜息を吐くのであった。

 



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急に転校してきたやべーやつ

そういえば箪笥とかって高かったんだなぁって思いました(浸水の影響で腐食したので買い直した)




ワトソンの爆弾発言の後......

 

駆けつけた警察に状況を説明し、改めてやってきた護送車に乗せられ拘置所へ向かうかなえさんを見送り......ヒルダの追撃も無さそうだったので......

 

虎ノ門まで歩いて帰る弁護士と、話す事があるらしく、弁護士についていったワトソンと解散し――理子は、急用ができたと言い出して乃木坂方面へ向かい――

 

キンジとアリアは、電車で帰っていった。

 

俺はというと、VMAXに乗って寮へ戻ってきた所だ。

 

出来ればキンジたちと一緒に帰りたかったが――VMAXを置いておくワケにもいかなかったし、仕方ない。

 

きっとまた揉めてるんだろうなぁ、と思うが......キンジたちは未だ電車の中だろうし、電話を掛ける事が出来ずにいる。

 

――まぁ、フォローは明日でいいか。

 

そう思い、俺は......まだ、帰ってこないジャンヌをカナと一緒に待ち続けた。

 

結局、この日もジャンヌは帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

L・Watson

 

と、ワトソンが黒板に流暢な筆記体で書くと――

 

キャー!

 

と、それだけのクラスの女子が黄色い声を上げた。

 

あまりの歓声に、ビビりの担任、高天原ゆとりは教壇から足を踏み外している。

 

高天原先生が「それでは皆さーん、スペシャルゲストの転入生を紹介しまーす!マンチェスター武偵高から来た、とーってもカッコイイ留学生ですよー」と、ニコニコ顔で言うから......もしやと思ったが、その通りだった。

 

――来ちゃったかぁ、ワトソン君......来ちゃったかぁああああ......

 

後ろをちょっと......チラッと見てみると、眉を寄せる不機嫌そうなキンジと、そのキンジにどう話し掛けようか四苦八苦しているアリアが居た。

 

まぁキンジにも、キンジなりの矜持があるのかもしれない。多分嫉妬が大半だと思うがな。

 

「エル・ワトソンです。これからよろしくね」

 

男子にしては少し高めの、少年っぽい声でワトソンが言い、一番後ろの席に着いた時――

 

朝のホームルームの終了のチャイムが鳴った。

 

同時に、わー!きゃー!と、女子達がワトソンの席を取り囲んでいる。

 

まるでアイドルの囲み取材みたいだ。

 

「前の学校では、専門科はどこだったの!?ここではどこに入るの!?」

 

「ニューヨークでは強襲科、マンチェスターでは探偵科、東京では衛生科――僕は自分の武偵技術に、最後の磨きをかけに来た」

 

キャー!

 

また女子が盛り上がる。揃って、目がハートマークになってる感じだ。

 

「王子様みたい!」

 

「うちは王家じゃない。子爵家だよ」

 

キャーキャー!

 

更に盛り上がる。見れば何人か、今度は目が$マークになっている。

 

「肌綺麗!女子よりキレイ!」

 

「......ありがとう」

 

ニコッ。

 

白い歯を見せて笑顔になったワトソンに黄色い声を上げた女子達は、ついに何人かフラッと来たらしく、クラリとふらついて――衛生科や救護科の女子に支えられている。

 

理子が休みで良かった。理子はああいう祭りが大好きで......過剰に煽る癖がある。

 

失神者が増えるか、ワトソンが切れるか、のどっちかが発生する可能性があっただろう。

 

俺の後ろにいるキンジをチラリと見れば、呆れと尊敬が入り交じった複雑な表情をしていた。

 

確かにワトソンは女に対して一切の構えがない。慣れきってる感じがする。

 

友達と話してる時のような気軽さだ。

 

「ワトソン君は、何部に入るの!?」

 

「予定はないよ」

 

という返答に、女子達はみんな目の色を変えて「サッカー部に入ろうよ!あたし今からマネージャーになるし!」「え、演劇部いかがですかっ」「水泳部に来てよ!」などと勧誘合戦を始めた。

 

「ごめん。僕はどこの武偵高でもクラブ活動はしないんだ。特に水泳はNGで――」

 

と、苦笑いするワトソンだが、女子達はそう簡単に引き下がらない。

 

「ダメだよ帰宅部なんて!」

 

「そうよ!キンジや隼人と一緒に屋上でお昼寝するつもり?」

 

俺は......能力が能力だから、足を使うスポーツ系の部活は駄目だし、目を使う競技もダメだし......まぁ、そんな感じで部活に入ってないだけだ。文系?俺の柄じゃないからやらない。

 

キンジは転校予定だから、部活動はやってない。

 

確かに俺たちはよく屋上に集まって飲み物飲んだり、日影で寝てたりするんだが......あ、あとはキンジの部屋に住んでるアリアや星伽の機嫌が悪い時の避難所としてキンジが使ってるな――なんで知ってるんだ?

 

――見てたのかぁ...?

 

「でも、ワトソン君が遠山君や冴島君とつるんだら......たらしが移って......ちょっと大胆になって......私にもチャンスが!?」

 

演劇部所属の女子は独り言にしては大きな声で喋っている。

 

キンジのたらしに関しては......うん。

 

「たらしが移る?」

 

ワトソンが、女子に問いかける。

 

キンジは何が何だか分からないって顔で俺の方をチラリ、と見てきたのでそれに肩を竦めて目を少し伏せて首を振ってやった。

 

女子はキンジの方をチラリと見た後、手で口元を隠しごにょごにょとワトソンに何かを囁いている。

 

その態度を受けてキンジは、ますます何が何だか分からない、って表情をして首を傾げた。

 

――キンジは鈍感だからなぁ......あーでも、アリアに関しては、結構素直になってきた感じはする。まだ他の子たちには、鈍感だけどなァー......

 

あれ、でも少し待て、と自分の中で警鐘が鳴る。

 

――キンジって、女性関係で......禄な噂が、無かったよな?

 

「......な、ァ.....ッ!トオヤマは、そんな......こ、好色な......!」

 

もしかして、と思ってワトソンの方を振り向いてみれば、そこには眉を寄せて顔を赤くしたワトソンがキンジを睨んでいた。

 

ああ、キンジもワトソンとの関わりが酷い始まり方で災難だなぁ、とは思いこそすれど、アリア、星伽、理子、レキ、その他様々な人達との関わりをしっかり説明しようと思うとやっていられないし、俺もそこまで説明する意味はないと思うのでやめておく。

 

キンジの武勇伝を聞いたワトソンは――

 

「まさにレディーキラーだな、トオヤマは。そんなに毒牙にかけているなんて......ッ!」

 

更に赤面して、すごく慌てている。

 

――英国紳士っぽい所もあるし、そういう事に関しては人一倍敏感なのかもしれねーな。

 

キンジの女性たらし歴を聞くとだいたいの男子は見習いたいとか言うが、ワトソンは育ちが違うから反応も違うのだろう。

 

キンジはワトソンの反応に飽きたのか......フン、と鼻を鳴らしてワトソンの方から視線を外した。

 

俺もそれに倣って、ワトソンの方から視線を外す。

 

キンジはきっと、どう思うがワトソンの勝手だ。そんな下らない噂に踊らされている男を相手にすると、自分の中の男が下がるってもんだ――とか思ってる事だろうなぁ。そう思うと、ちょっと笑ってしまう。

 

もちろん顔には出さない。変に笑うとキンジが拗ねると思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、一般科目の授業で――

 

ワトソンはしっかりとついてきた。

 

――やるなぁワトソンの奴。俺ぁ分かんねー所ばっかなんだが!

 

先生に指されると、どんな問題だろうと正解する。

 

英語はまぁネイティブ・スピーカーだから当たり前として、数学、生物、そして最後に日本史まで完璧とは、流石に恐れ入った。

 

武偵高の偏差値が低いとは言え、これにはクラス中が驚嘆した。

 

――だって海外から来た奴が日本史完璧ってやべーじゃん、俺だって満点なんか無理だぜ!

 

「少し予習してきたからね」

 

休み時間になると自分を囲む女子たちに、そんなことを苦笑しながら言うワトソン。

 

これは予習云々もあるかもしれないが――それ以上に地が凄いんだろう。

 

数学なんて、俺の3倍くらいのデキだった。

 

美少年で、貴族で、頭がいい。成程、超優良物件だ。

 

俺がジャンヌと付き合ってなかったらきっと嫉妬で呪い殺せるくらいには呪詛を垂れ流していたことだろう。

 

 

 

 

 

 

その後、一般科目が終わり、昼休みを適当に過ごし――専門科目の授業へ移るが、今日は各自能力研究という名目の、自由時間に突入した。

 

することも無く、依頼がないか確認しに行ったが良さそうな物も無く、適当にブラブラと街を歩くことにした。

 

本当に当てもなく、ブラブラと街を歩き回っていると、ついジャンヌの事を考えてしまう。

 

――アイツ、今どこで何してんだろうなぁ......会いてぇなぁ。

 

せめて安否確認くらいは把握しておきたいなぁ......全然気にしてない風に振る舞っているが、正直気が気じゃない。

 

そんな風にちょっと複雑な感じで歩いていると、公園の方に来ていた様で......なんとなく昔が懐かしくなってついつい足を止めて公園内を見てしまった。

 

「おっ......公園かぁ、懐かしいなぁ!」

 

――昔は一人で、誰にも構ってもらえなくて一人で動きもしないシーソーに座ってたり、ブランコに乗ったり......石投げつけられたりしてたっけな。

 

嫌な記憶も一緒に出てきたが、それでもたしかに遊具で遊べていた時代だった。

 

現代の公園はまるで――何もない、空白の更地みたいな感じ。

 

子供を危ない目に遭わせたくないから、なんて理由で遊具がどんどん撤去されて、子供の遊ぶ場所が無くなってしまった虚しい世界。

 

俺は公園の遊具で危ない事を多少なりとも学んだワケだが、今の子供たちはどこで危ない事を学んでいるんだろうか。

 

と、ちょっと自分らしくない事を考え、公園をグルっと見回した。

 

目の前には公園の敷地を区切るように、申し訳程度の街路樹が等間隔で植えられたその奥には、小さな砂場と、座る為の長椅子が数個設置してあるだけで、面白みも何も無い。

 

そんな何もない公園の一角に、人影を見つけた。

 

よく見れば、車椅子に乗った女の子と――その車椅子を押している一人の男が居た。

 

仲良く、楽し気に談笑しながら散歩しているのだろうか。

 

2人共笑顔で、ニコニコとしながら公園内を動き回っている。

 

そんな時だった。

 

公園内に敷き詰められた細かい砂利、その中の大きな石の一つが車椅子の車輪を止めてしまい、前に進もうとしていた男は車椅子が進まなくなった事に驚く。

 

突然の事態に対処しきれず、慣性に従って車椅子に乗った女の子は前方へ放り出されてしまった。

 

「危ないッ!」

 

叫ぶが先か、体が動くのが先か。

 

どちらが先だったかは分からないが、気付いた時には加速していた。

 

女の子が重力に引かれて体が砂に着くより先に、俺は女の子を抱き上げることに成功する。

 

しっかりと抱えた事を確認して、加速を切ると女の子は呆けた顔を、男は驚愕の表情を浮かべたまま固まっていた。

 

 

 

 

 

「危ない所を、ありがとうございました」

 

男は深々と、俺に頭を下げてお礼をしてきた。

 

「いや、そんな。気にすることじゃあないですよ」

 

お礼を受けたくて助けたワケじゃないし、助けられたから助けただけだ。

 

「おにーちゃん、ありがとー!」

 

車椅子に深く腰を沈め、俺を見上げて笑う小さな女の子を見て、俺は小さく笑い頭をワシワシと撫でる。

 

目を閉じてわきゃぁ~!なんて言うもんだから、ついつい撫で過ぎてしまった。

 

それからなんとなく、放っておけなくて病院まで送ると言うと――

 

男の方は少し逡巡したみたいだったが、首を縦に振って俺の同行を許してくれた。

 

車椅子をゆっくり押しながら歩いていると、男は俺を見て話を始めた。

 

「――この子、しおりって言うんです。少し、重い病気でして」

 

「......そっか。その歳で、それは......辛いですね」

 

かける言葉が、見つからなかった。

 

それに、辛いですねなんて、何も考えずに、ただ単純に同情めいた言葉を漏らしてしまっただけだ。

 

――しまった。

 

そう思って口を噤むと、それに気付いた男は、しおりちゃんの頭を撫でながら笑って言った。

 

「いえ、いいんですよ。そういう言葉も、嬉しいですから」

 

「――何も考えずに、無神経な事を言ってしまってすいません」

 

「気にしないで下さい。それに、希望はもう見つかったんです」

 

俺の言葉を本当に気にかけていないのか、男の口から『希望』という言葉が零れてきた。

 

「希望......ですか」

 

「ええ。現代の最先端医療を行う事が、決まったんです。今まで無理だと言われていたことが、出来るようになったらしいんですよ。私たちは、それに賭けているんです」

 

男が見つめる視線の先には、車椅子に座っている小さな女の子。

 

「数日後、手術なんです。だから、ちょっとしおりが不安そうにしてたんで、散歩に連れてきたんですよ。もしかしたら、気分転換になるかなって思いまして」

 

そう言われて、俺はしおりちゃんの方を見ると、首を精一杯上に向けて、俺を見上げて笑っていた。

 

不安なんか、感じない程の笑顔だ。

 

「――しおりちゃんも、頑張ろうとしてるんですね」

 

「ええ。こんなに小さい子でも、頑張っているんだから。私も頑張らないといけないな、と考えさせられます」

 

車椅子を押しながら、話をして歩いていると――すぐに病院に辿り着いてしまった。

 

病院のロビーで、車椅子を男に引き渡す。

 

その際に、男は改まった様子で、

 

「ここまで、ありがとうございました」

 

と、深々と礼をした。

 

「いいんですよ、暇でしたし」

 

「暇――?そういえば、その恰好。学生さんですよね?」

 

「......ええ、武偵高の生徒です」

 

「武偵高の......勉強は学生の本分とは言いますが、武偵はそうは行かないのでしょうね。文武両道を目指して、頑張ってください」

 

男はそれだけ言うと、再度礼をして車椅子を持ち、踵を返して入院患者用のエレベーター方面へと進んでいった。

 

俺はそれを見て――

 

頑張ろう、と漠然とした気持ちを胸に抱えて武偵高に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「あっぶね!」

 

バシッ――!

 

という音に続いて、左腕に若干の痺れが伝わる。

 

左腕の後ろにはキンジの顔面があり――腕がヒリヒリする原因を見ると、バレーボールがコロコロと体育館の床を転がっていた。

 

「ご、ごめんなさい冴島さん!ケガ、しなかった......です、か?」

 

「なぁに、気にすんなよワトソン。体育はガチでやらねーと意味ねーだろ!」

 

若干赤みが残る腕をグルグルと回して健常アピールをして、再びバレーを再開させる。

 

それからしばらく、ポイントを取ったり取られたりして――再びキンジの顔面狙ってワトソンからのボールが飛んでくる。

 

「おっぶぇ!」

 

それをまた弾くが――ワトソン君は、ばれないように、ばれないようにキンジの顔面を狙い続けている。

 

――昨日のたらしの件でかなり嫌われたな、キンジの奴。

 

このゲーム、得点の半分はワトソンに取られた。器用な男だ。

 

体が柔軟で、小技も巧みだった。キンジの顔面を狙う技を含めて。

 

体育館の一角では、4限目が休講になったらしくさっきからワトソンを応援していた1年の女子達が、囲んでいる。

 

ワトソンは爽やかな笑顔で前髪をかき上げ、女子達と語りながら――

 

キンジの方を絶対に見ない様にしていた。

 

――どんだけキンジの事嫌いなんだよ......アリアの件があるにしたってもうちょいなんとかなんねーのかぁ?

 

正直俺にだけ敬語っぽいカンジで内心ビクビクだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

その後の昼休み、キンジはイライラを募らせながら俺と歩幅を合わせて食堂に入り、顔色が変わった。

 

「やっべ......」

 

「どったんキンジ」

 

「隼人」

 

「おう」

 

「金貸してくれ」

 

「サラダでも食ってろ」

 

「ガッデム!」

 

最近安い依頼ばかりしてたな、キンジの奴。

 

その割に戦闘数は多かったから弾代やら装備品やら買ってたらそりゃあ金も無くなるワケだ。

 

――あー、そう言えば......宣戦会議の時、キンジが借りたボートに相乗りしたしなぁ。ツケを返す時か。

 

「――しょうがねぇなぁ。サラダ代は自分で出せよー?おらっ、メインは何にするのか早く決めろよ」

 

やれやれ、といった感じで溜息を吐きつつニヤリと笑い、それとなく俺が貸しを付ける形で話を進ませる。

 

「っしゃあ!サンキュー隼人!おばちゃん、俺ステーキ・プレートセットね!それとサラダ!」

 

「おいちょっと待てふざけんなそれクッソ高ぇ奴じゃん!!!」

 

「はぁいステーキ・プレートセットとサラダね。そっちのお兄ちゃんは?」

 

おばちゃんは既に注文を受け取ってしまったようで、この段階で注文取消しをするのは申し訳ないと感じた。

 

キンジの方をチラッと見ると本当に満足気に笑ってやがる。

 

このヤロー......コイツだけ得するのはなんか気に入らない。

 

「......コイツと、同じ奴。サラダ抜きで」

 

財布のダメージが凄い事になるが、同じ物を食ってやることにした。

 

「はーい、ステーキ・プレートセット2つとサラダ1つね!」

 

おばちゃんは注文を受け、会計を済ませると忙しそうに奥へと消えて行き――代わりに、ステーキ・プレートセットが2つと、片方にサラダの乗ったトレーが出てきた。

 

その温かい料理の湯気にやられたのか、少し涙が出てきた。視界が滲む。

 

たった1枚、諭吉が消えただけだが――俺の財布はすごく軽くなったように感じた。

 

しかし既に俺の諭吉はステーキセットに変わっていて如何し様も無かったので――俺たちは4人掛けのテーブルを占領して食事を始める。

 

「うんめぇ~!!隼人、助かったよ!」

 

「そーかい、そーかい、腹いっぱい食っとけよ」

 

遠慮を知らない奴め、2倍にして返してもらうからな。

 

「本当にお前が居なきゃ今日はコッペパン1つと水だけだったぜ......げぇっ」

 

心底楽しそうに言うキンジが、向かい側の席に何か嫌な物を見たらしく声を上げた。

 

何に驚いたんだろうか、と思って顔を上げると、向かいにワトソンが立っていた。

 

奇しくも、俺たちと同じステーキ・プレートセットの乗ったトレーを持った状態で。

 

「あっ冴島さん!奇遇ですね、ここの席いいですか、空いてますよね?失礼します」

 

凄い。許可を出す間も無く座った。

 

「お、おう......俺ぁ、まぁ、うん。構わねぇけど......」

 

チラリ、とキンジを見るとあからさまに不機嫌になっており、さっきまで笑顔でステーキを頬張っていたのに今ではフォークでポテトを串刺しにしてグリグリとプレートに擦り付けている。

 

ワトソンはワトソンでキンジの態度を知っているからか一切キンジの方を見ずに俺を見てニコニコと笑っている。

 

――うわぁ空気がキツい!

 

こんなにも美味しい匂いに包まれて、財布も軽くなったけど美味い飯にありつけて幸せ!とか思ってたらこの空気だ。勘弁してほしい。

 

「あのーお支払いは、前払いなんですけど」

 

その声の方向に目を向けると、レジ打ちのお姉さんが来ている。

 

そのお姉さんを、長い睫毛の目できょとんと見上げている所を見ると......どうやらワトソンは、後払いだと思っていたらしい。

 

「そうか、日本では前払いなんだね。チップの風習がないからかな?」

 

などと言いながら、胸ポケットからワトソンが取り出した財布を開けると――

 

俺たちとお姉さんが引く。

 

ヴィトンの財布が破裂しそうなくらい、万札がぎっしり入ってる。

 

「ちょっと、まだ、円の通貨換算に慣れてないんだ。これで足りるかな」

 

「は、はい、すぐお釣りをお持ちします!」

 

万札を渡されたお姉さんが慌てて去っていくのを、苦笑いしながら見送ったワトソンは......くる、とこっちを振り向く。

 

そして、綺麗な仕草で十字架を切って、食前の祈りをして――ステーキを切り分け始めた。

 

そして......少し呆れたような目でキンジを捉え、

 

「トオヤマ、見ていたぞ。冴島さんに金を払わせるとは何事だ。武偵にとって、金は弾薬や装備に繋がる生命線だ。それが途切れると、どんな武偵も弱体化する」

 

「そんな事は分かってる」

 

ワトソンが言う事は事実だ。

 

俺たちは血税がコーヒーに変わるワケでもなければ、装備や弾薬に変わるワケでも無い。

 

自分が汗水......時には血を流して稼いだ金で、遣り繰りする。

 

「武藤兄妹や平賀文にだって、金がかかるだろう」

 

「――調べやがったな」

 

武偵は基本的に、金で動く。

 

キンジがやってるお手伝い依頼なんかは、基本的に金が出ない。

 

俺が受けてる通常の依頼は前払いや分割払い、金の代わりに弾薬や装備、高価なアクセサリーなどの相殺処理で武偵と依頼者の間でしっかりと決めておくものだ。

 

その際に、報酬を積むことは禁止されていない。逆に、支払いの滞る依頼はキャンセルすることだって可能だ。

 

そういうシビアな一面もあるのだが――それがルールだ。

 

自分を活かしていく為に、必要な物なんだ。それが例え、学生の身であっても。

 

「早くも、トオヤマの弱点を1つ見つけたな」

 

フッ、と笑うワトソンに――俺の隣にいるキンジは眉を寄せた。

 

そして俺も――

 

――なーんか、キナ臭ぇんだよなぁ。

 

何が、とは言えないが......ワトソンを危険視し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――まぁでもそんな事より、ジャンヌ......早く帰ってこないかなぁ。

 

俺は未だ帰らぬ恋人の安否を、気にしていた。




プロットの段階でミスが見つかったので3日後→数日後に修正しました。


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ワトソンもやべー奴だった

 

――なーんか、キナ臭ぇんだよなぁ。

 

なんて言っておきながら、あまりに漠然としすぎていた。

 

これじゃあダメだ、と思い自分が持ってるコネと武偵高特有の超封建主義を利用して1年の男子諸君に依頼を持ちかけた。

 

 

ワトソンに関する情報を探偵科、諜報科、情報科を使って調べ上げさせ、通信科の生徒を使ってワトソンの部屋の盗聴を......1日の間で何処まで把握できるか、という体でやらせた。

 

更に2年の強襲科の生徒達を炊きつけてワトソンにぶつけ、戦闘力を確認させてもらったが、コッチに関してはワトソンが一枚上手だったと言える。

 

ワトソンは、ヒルダを追い払った時のガン・エッジを使わずにごく普通のアル=カタで戦った。

 

その際の動きは把握できたが、何処となく手加減しているような感じがして......ワトソンの具体的な戦闘力を知ることはできなかった。

 

――ワトソンは、周囲を騙すのが上手い。

 

放課後になった今、僅かに手に入れた情報を纏めて報告しにきた1年の諜報科の生徒から資料を受け取り、それを読んでいるが――すごいな、依頼を出したのが昼休みで、今は放課後。

 

日付が変わっていないのにも関わらず、少量ではあるが情報を仕入れてくれた1年の連中には感謝しなければならない。

 

資料には、ワトソンは自分の本質を隠している......という漠然としたものから、体脂肪率は27%である、靴は上げ底、等......

 

――どこで手に入れたんだこんな情報。てか体脂肪率27%って......隠れ肥満か?

 

......全く意味のない情報ばかりが転がり込んできて、ちょっと頭が痛くなる。

 

もうちょっと、こう......家系の話とかそういう物が聞けるもんだとばかり思っていた。

 

しかしこれも大切な資料。しっかりと目を通しておかなければ。

 

ファイリングされた情報を鞄の中に押し込んで、

 

「御苦労さん、たった数時間でこれだけの仕事......すげーな」

 

1年、諜報科所属の男子生徒に向かってそう話し掛けると、

 

「いやぁ、そうでもないっすよ......盗聴趣味の奴とか、イケメンの弱みを握ってやるーっていう理由でやってただけですしー」

 

たははー、と笑いながら1年の生徒は俺に背を向けた。

 

「じゃあ俺はこの辺でさよならっす。また明日の放課後あたりに、ここで。失礼しまっす、パイセン!」

 

「おう、また頼むわ」

 

「うーっす!」

 

そう言うと、1年の男子生徒は軽快な足運びで下校していき、角を曲がるとその姿は見えなくなった。

 

その後暫くの間、10分くらい中庭で携帯を弄っていると――

 

視線のようなモノを感じて、携帯を仕舞い立ち上がる。そして、見られていると思う方向に身体ごと振り向いて目を向けた。

 

「――気付きましたか。随分と敏感なんですね」

 

聞き覚えのあるやや高い声。それではっきりと位置が分かり、そこに焦点を合わせると......木の影、そこから件の男がゆらりと現れた。

 

「......ワトソンか。男からそんなにネチっこい視線を浴びるのは初めてでなァー......けっこー、分かりやすかったぜ?」

 

出てきたのは、エル・ワトソン。

 

少し柔らかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと俺の方に近づいてきた。

 

俺もそれだけなら、何の警戒もしないんだが――

 

ワトソンの手にはSIGが握られている。

 

――警戒しないワケ、ないよなぁ?

 

「どーしたんだワトソン、そんなモン握りしめて。何か、問題でもあったかァ?」

 

俺の問にワトソンはぴた、と一瞬動きを止め――やれやれ、と言わんばかりに首を横に振った。

 

「問題ですか。ええ、そうですね......分かっているんでしょう?」

 

ワトソンはどこからともなくクルス・エッジを取り出し、構える。

 

「なんのこったよ、構えんなって」

 

こつ、こつ、とローファーの音を鳴らしながらゆっくりと近づいてくるワトソン。

 

「もう、知ってるんですよ。冴島さんが僕のことを知りたがっていることくらい。そんなに知りたいのなら――自分で確かめてみては?」

 

そう、呟くように囁いた直後。

 

ワトソンは上半身を、地面に叩きつけられるんじゃないかと思うくらいの勢いで沈め――先ほどの緩慢な動きとは打って変わって、俊敏な動きで俺との距離を一気に詰めて、

 

「――フッ!」

 

地面スレスレまで低くした上半身をやや右側に捻り、一気に跳躍してきた。

 

そのまま体の捻りを戻し、遠心力をつけたクルス・エッジの迅速な一撃が俺の首を狙って叩きつけられようとしている。

 

「っ!」

 

俺は素早く身を屈め、前方にローリングをすることでワトソンが作り出した隙間を潜り抜け、斬撃を回避した。

 

そのまま、勢いを殺す事なく立ち上がり――その際に左手でデュランダル・ナイフを抜き、XVRを右手で握り――振り向くと同時、目の前にあった黒光りする物体に焦点が合い、反射的に左に上半身を捻り込むようにして移動した。

 

直後――バンッ!

 

発砲音が耳元で爆ぜ、鼓膜を打ち震わせる。

 

――ィィィィィィ......と、甲高い音が響くだけで、周囲の音を何も拾ってくれなくなった耳に舌打ちをするが、それすら聞こえなくなったようだ。

 

目もチカチカと明滅を繰り返して異常を脳に訴え続けてくる。

 

今すぐ腰を下ろして休みたいが、そうも言っていられない。

 

まともに機能しなくなった目でワトソンを捉えようとして――迫り来る銀色の刃、らしきものを見つけた。

 

咄嗟にデュランダル・ナイフを持ち上げ、銀の軌道を変えるべく思いっきり下から掬い上げた。

 

ギャギリリリィィッ!!

 

と、音がしているのだろう。軽く火花のような物が散ったのが見える。

 

そのまま振り上げた左腕を捻り、ワトソン目掛けナイフの刺突を行う。

 

一度目。捉えた感触なし、回避された。

 

二度目。切り払い。ワトソンが距離を取ったのが見える。

 

三度目は行えず。ワトソンが牽制のつもりか、SIGから2発弾丸を吐き出す。

 

俺が意識的に加速するよりも先に、本能がそうさせた。

 

ゆっくりと動く銃弾をナイフの大振りで振り払い、獣の様に地面を駆けてワトソンに接近する。

 

再びナイフの距離に迫ったと同時、加速を終えるとワトソンは俺が銃弾を避けた上で接近してくることを見通していたのか、フェンシングの突きのような動きで俺を出迎えていた。

 

俺はそれに対してワトソンの剣......身体よりの方の刃を、ナイフを滑り込ませ、外に押し出す。

 

グググっ!

 

ワトソンの剣はかなり押し払われ、今ここで俺がナイフを戻せばすぐさまワトソンに対して有利を取れる位置まで来ている。

 

そこに来てワトソンは腕力に対して不利を悟ったのか、剣を自ら引き下げ、代わりにSIGを1発撃ってきた。

 

この至近距離からの射撃、かなり焦ったが――攻勢を一度中止し、身を翻し、右側へ跳び退く事で回避できた。

 

しかし、また距離が開いてしまった。

 

俺の回避の隙に、ワトソンはその場から更に数歩後退しておりSIGを構えている。

 

その顔は酷く焦っており、驚きを隠し切れていないのか、額から頬を伝って顎へと落ちていく汗がそれを物語っていた。

 

汗が顎に集まり、重力に引かれて地面へ落ちていく。

 

――ポタリ。

 

今までなら、動いていたであろうワトソンが動かない。

 

俺の行動を、待っているかのような構え。

 

チェスの様に1手......打ったから、次は俺が動く番だとでも言いたげに、堂々としている。

 

――成程。次は俺か。

 

ご丁寧に待っているワトソンは、明滅する視界の中で――何処となく、引き攣った笑いを俺に見せていた。

 

「――......ゥゥウッシャァアアア......」

 

どくっどくっ、と心臓が体内に血液を回らせていく。

 

張り詰めた空気と、鈍い光を放つ銃口が俺の緊張感を高め、口の中はカラカラに干上がっていく。

 

喉は渇き切っていて、体の内側から聞こえてくる音が、まだかと急かしてくる。

 

どうしようもない渇きに、唾を飲み込んでも満たされる事は無く――逆に吐き出した吐息が、身体の熱を冷ましてくれる気さえした。

 

「――行くぞ、ワトソン」

 

体中の筋肉がギチギチと膨れ上がり、力を蓄えていく。

 

それに気付いたワトソンは静かに、しかし確実に迎撃してみせようと言う気概が見えた。

 

小さく上下する肩、若干震える顎、僅かに揺れる腕。

 

ワトソンは明らかに、何かに怯えていた。

 

何に怯えているのかは知らないが、銃を撃ったという事は、撃たれる覚悟があったという事だ。

 

故に手加減は無く、俺は果たしたかった本来の目的の為に――動く。

 

俺は、大きく一歩......踏み出す。

 

飛び出す様に駆け、姿勢を低くし――ワトソンの剣の範囲に滑り込み、右手でワトソンの足を掴む。

 

滑り込む際に曲げた右足の膝を軸にして上半身を起こし、右手を後ろに払い退けてやると、驚くほど簡単にワトソンは倒れた。

 

その事に違和感を覚えるが、俺は止まらない。

 

勢いを殺す事無く、両膝を揃えて、軽く跳躍。

 

ワトソンの上に圧し掛かり、馬乗りのような状態になる。

 

そのまま、ナイフをワトソン目掛けて振り下ろそうとした時――

 

 

「やり過ぎだ、アホゥ」

 

ゴッッッ――!!

 

何者かの声――やる気の無さそうな女のものである事だけは分かった――が聞こえた直後、側頭部を堅い物で殴られた感触が伝わり、俺は吹き飛ばされた。

 

「――ぐ、ぅ!?」

 

ズシャアアアアッ、と地面を滑り、両手を地面に押し付けブレーキ代わりにすることでなんとか止まった。

 

そして、殴った犯人を補足しようと思い顔を上げるが――

 

「......え?」

 

きょろ。きょろ。

 

首を左右に大きく振って周りを見渡すも、倒れているワトソンしか居らず、俺の頭部を殴った奴の姿は何処にも見えない。

 

このまま地に伏しているのは危険だと判断し、立ち上がろうと力を籠める。

 

「だーかーらぁ、ちょっと落ち着けってぇ」

 

のし......

 

背中に、重みを感じて再び地面に押し付けられてしまった。

 

俺の背中に乗った物体の正体を知りたくて、顔をギリギリまで背中に向ける。

 

そこに居たのは、尋問科の教諭。

 

蘭豹先生の、親友で――やべー奴。

 

「綴......先、生?」

 

「せーかぁい」

 

名前を当てられた綴先生は気怠そうに返事をして、俺を椅子代わりにしたまま足を組んで煙草を吸い始めた。

 

「見てたぞー冴島ァ......ワトソンは途中で武装解除もしてただろー......なのに追撃......は、いいとしてぇー......馬乗りになってナイフはダメだぞぉ」

 

気付けば俺が手にしていたはずのデュランダル・ナイフは――

 

綴先生の手の中にあり、綴先生はそれを俺の目に映る様にユラユラと振っている。

 

――てか、途中から、武装解除してた?

 

綴先生に言われた事を思い出し、ワトソンを見れば......SIGは弾き飛ばされていたのか、雑木林の方へ転がっており、クルス・エッジはワトソンの後方、5m程の位置に無様に投げ出されていた。

 

「冴島ァ。お前ぇ、武偵だろぉー。模擬戦とか決闘とかでもさぁ、殺しはダメだよ殺しは」

 

ジュッ。

 

「あぁっっつ!!」

 

首筋に煙草を押し付けられ、焼ける音がした。

 

熱い、熱い。

 

鈍い痛みがジリジリと伝わってくる。

 

先に仕掛けてきたのはワトソンだ、俺はそれに対応しただけだと伝えようとする。

 

「お、俺!別に何にも!」

 

「言い訳は後で聞くからさぁ......とりあえず立てぇー、そんでぇー教務科前に行け」

 

そんな事はどうでもいいと言いたそうに、綴先生は立ち上がり、根性焼きされた首を思いっきり掴んで俺を引き起こした。

 

綴先生は面倒臭そうに俺の背中を叩いて教務科に行けと言う。

 

逆らうと何されるか......いや、もう死刑宣告を受けたような物だ。

 

俺は速やかにナイフを仕舞い、服装の乱れを直し――ワトソンを一瞥して、教務科へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ワトソン視点――

 

人の皮を被った化け物。

 

よく聞く言葉だが、その言葉通りの人物を――僕はフィクションの中でしか、見たことが無かった。

 

現実にそんな人間が居るとは到底思えなかったんだ。

 

だって、そうだろう?

 

超能力を持った人間だって、所詮人間だ。

 

超人的な能力を持っていたって、人間は、人間だ。

 

僕はそう思っていたんだよ。

 

でも僕は、今日この日――自分が今まで抱いていた思いが、間違いだった事に気付いたんだ。

 

というのも......1年生の女子達が教えてくれた情報の中に、我々が監視対象にしている男、冴島隼人が僕の情報を集めているという事を教えてくれた。

 

我々が警戒している男......僕にはなぜ、こんな極東の、島国に住むちょっと変わった超能力を手にした男がこれほど恐れられているのか理解できなかった。

 

そこで、僕は――僕らしからぬ考えを思いついた。

 

冴島隼人と直接戦って、戦闘データを収集する。

 

これだ。

 

あの人達も、僕が手に入れた冴島隼人の戦闘データを目にすれば、きっと考えを変えるはず。

 

冴島隼人は、恐れるべき存在ではない。眠れる獅子ではなく、寝呆けている猫に過ぎないということを証明してみせよう。

 

――なんて、やってみた結果がこれだ。

 

初動。警戒させてからの攻撃は、僕の予想よりもずっと早く対応された。

 

そこからの連撃、僕は無駄のない完全な動作で攻撃をしたはずだが――どうだ。

 

目の前に居る男は当然の様に至近距離で放たれる銃弾を避け、斬り弾く。

 

剣で突こうすれば内側に潜り込まれ、剛力と速度を持ってして破壊力に変えたエネルギーで僕の剣を吹き飛ばす。

 

拳銃にとっての必殺の距離。90㎝あるか、ないかというギリギリのラインで咄嗟に撃った銃弾を、この男はあろうことか目で銃弾を捉え――それから回避してみせた。

 

化け物め。

 

僕の左側に4足歩行の動物の様に姿勢を低くし地面に悠然と爪を立て、此方を睨みつけてくるその目は、ギラギラと飢えた様な輝きを放っている。

 

それを直視するだけで、闘争心は急激に鎮静化し、僅か――いや、明確な恐怖が僕の心と体を支配していった。

 

舐めるような視線ではなく、一歩、一挙、ワンアクション起こそうとした瞬間、野生と知性の入り交じった音速の化け物に首を掻き切られる未来がはっきりと見える。

 

恐怖心からか、自分の呼吸音が大きく聞こえ始める。心臓の鼓動が、伝わる。

 

肩が動き、それに連動するかのように腕がブレて――狙いが定まらない。

 

あの獣のような男を縛り付けておく鎖が、自分自身の恐怖心によって断ち切られると思うと、更に怖くなる。

 

恐怖を押し殺そうと必死に噛みしめていた口は、何時からか奥歯をガチガチと鳴らし、震えていた。

 

膝がわらい、立つことすら許されなくなっていく。

 

これほどまでに自分が崩れ去っていくのにも関わらず、目の前にいるソレは不動。

 

獲物を狙う狩人の様に微動だにしない。

 

しかし、その姿勢、その目――それら全ては獣の様だった。

 

「――――......ゥゥウッシャァアアア......」

 

その化け物は、吐息を零した。

 

体内に貯まりきった熱量でその身が焦げるのを危惧したのか、沸騰したヤカンから吹き出る蒸気が男の口から体外へ排出されていく。

 

その吐息は冬の朝方早いロンドン、霧に包まれた街の様に獣の体を覆い尽くし、輪郭を曖昧にした。

 

これは、僕が惑わされているのか、そういう物を魅せられているのか。

 

霧に溶け込む人間なんて、存在しない。

 

だが、現に彼はそうしている。

 

そう、なっているのだ。

 

「行くぞ、ワトソン」

 

瞬きをするのと同時――獣の喉から発せられた、掠れ気味の低い声が聞こえた瞬間。

 

目の前に奴がいた。

 

――ッ!

 

この距離で剣は振れないと判断し、剣を自分の後方へ滑るように捨てる。

 

亜音速の拳銃弾による迎撃を行おうとするが、既に冴島は、自らの足を掴んでいた。

 

しまった、と思うよりも早く、身体は宙へ浮き、倒れ込む。

 

その時だった。中庭の南、校舎の影に――尋問科の綴教諭の姿を確認できた。

 

良かった、助かった。自分の中に安堵の気持ちが広がっていく。

 

倒された瞬間に、自分の意思でSIGを腕で弾いて遠くへ捨てる。

 

これ以上、戦う意志はないという証明。

 

これで、この化け物も止まるだろう。

 

そう思った。

 

しかし、現実は違った。

 

冴島は僕を倒した直後、膝だけの跳躍で浮いて――そのまま僕の上に馬乗りになり、ナイフを振り上げた。

 

――本気か!?

 

彼の目を見れば、獲物をもう少しで仕留められる......その喜びと、若干の狂気を感じ取れた。

 

口元は三日月の様に鋭く裂けていて、ナイフを――この角度なら、首だろう――突き立てる事に何の躊躇も感じていなさそうだったのだ。

 

ナイフを持つ彼の腕が頂点に達して――数瞬止まった。

 

まるで今から、神聖な儀式を行う。これ(ナイフ)がその道具で、生贄は僕だ......と、言われている気分だ。

 

――参った。

 

そう言おうとするが、それよりも先に彼のナイフが振り下ろされた。

 

ああ、なるほど。

 

やはりこいつは。

 

「化け、物......め!」

 

――首輪を付けられない、支配不可能の怪物。

 

人の皮を被った化け物だった。

 

目を閉じて、軽率な自分を恥じ――化け物たる彼に畏怖した。

 

そして、笑みを零す。

 

「やり過ぎだ、アホゥ」

 

この戦いは僕の負けだろう。

 

だが、この場はこれでいい。

 

なにせ、これが最良の一手なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワトソンちゃん......ダメだよぉ大人を使おうなんてぇー」

 

冴島が中庭から出ていって数十秒ほど経った時、綴教諭が言葉を零した。

 

横目で見てみれば、新しい煙草を口に咥えている。

 

「――何のことですか」

 

「惚けなくてもいいぞぉ分かってるから」

 

やる気の無さそうな、気怠そうな綴教諭だが――全て、見抜かれていたか。

 

そして、その上で僕を助けてくれた。

 

「......ありがとうございました、先生」

 

「あーいいよ、そういう薄っぺらい感謝なんていらないから。今回だけね」

 

綴教諭はそれだけ言ってしまうと、教務科の方へと足を進めていく。

 

「今回だけで十分ですよ。それだけで僕は――トオヤマを、仕留める事が出来る」

 

ぽつりと漏らした言葉は、誰かに拾われることも無く、風に溶け込んで消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

外堀は、もうすぐ埋まる。

 

そうすればトオヤマ。次は君だ。



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やべー事は続く

「......で、なーんであんなことしてたんだぁ?ええ?なぁ、冴島ァ」

 

「いや、あの......すんませんっした」

 

ワトソンとの喧嘩から暫く経ち――今は教務科の前で、綴先生から御叱りを受けている。

 

――ワトソンの奴め、予め先生でも呼んでたのか?

 

だとすると、俺と戦う事自体はあまり重要視するものじゃないってことだろう。

 

「まぁそこまで怒る気もないけどさぁー......まぁ次から気をつけな。あのワトソンくん、随分とネチっこい事してるみたいだしー......ほら、拳銃出せ、謹慎代わりだ」

 

綴先生はそれだけ言うと、俺からXVRを引っ手繰った。

 

「へぇーガキの癖にいいモン持ってんじゃん......1週間後に取りに来な。それまではあたしがこの銃の面倒見ててやるよ」

 

くくく、と笑いながら綴先生は煙草に火を点けて、XVRをよく見えるように振りながら教務科職員室へと消えていった。

 

銃を取り上げられてしまった。並の武偵なら命を奪われたようなものだ。

 

――......ワトソンの奴、何を企んでる?

 

キンジを挑発するような行為に加え、俺の無力化。

 

アリアをキンジから引き剥がしたい?いや、それなら俺を警戒する意味が分からない。

 

「わっかんねぇなぁ......」

 

疑問は解消されることもなく――気付けば、自室に辿り着いてしまった。

 

今日ももはや日課になりつつあるジャンヌの帰宅待ちをして、夜が更けていく。

 

帰らないジャンヌを、俺はカナと一緒に待ち続けた。

 

......ジャンヌは、また......帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隼人、銃――どうしたの?」

 

「ちょっと、面倒な奴に絡まれてなぁ......謹慎代わりってことで持ってかれたんだ」

 

カナは俺の制服に装着されたホルスターが空だという事に気付いて、XVRをどうしたのかと言う事を質問してきた。

 

「ふぅん......謹慎代わりなら、銃を貸してあげてもダメね」

 

「あー、いいよ。元はといえば、俺が悪ィんだし」

 

どうせ持って行ったとしても、綴先生に奪われるだけだろう。

 

「ふぅん......それで、大丈夫なの?」

 

カナは心配そうに、俺を見上げた。

 

「あー......うん、心配すんなよ!銃が無くてもどーにかしてみせるぜ!」

 

心配かけまいと、サムズアップをして笑ってみる。

 

カナはそれを見ると、呆れたように溜息を一つ吐き――にこり、と小さく笑った。

 

「いってらっしゃい、隼人」

 

「応!いってきまーす!」

 

俺は見送ってくれるカナに挨拶を返して、学校へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武偵高では、2学期でも月1回は屋内プールで体育をやることに乗っている。

 

水泳の授業でワトソンが何か仕掛けてきたら、今度は反撃するとキンジは言っていた。

 

俺もまぁ、少しは関わろうかと思っていた――しかし意外にも、ワトソンは見学とのことだ。

 

――泳げねぇのかなぁ、ワトソン。まぁカンケーねーけどさ。

 

2年A組の男子一同と準備運動をしていると、黒い長袖長ズボンのスポーツウェアで現れたワトソンは、グラサンをかけ......パイプ椅子を取り、埃をポンポンと入念に払ってからテーブルの横に広げている。

 

そしてその椅子に膝を揃えて座ってから、何かにハッと気付いたような素振りで......慌てて、足を組んだ。

 

その妙な動きに首を傾げていると、ワトソンの横では蘭豹先生が――

 

「よーしガキ共!プールを20往復しろや!サボった奴は射殺やからな!」

 

ドンッ!

 

スターター代わりのM600を撃って、すぐいなくなってしまった。

 

蘭豹先生が居なくなってくれたのは非常にありがたい。

 

プールの縦か横か指定はされなかったので、横向きに20往復した。

 

他のクラスメイト達も同じ様に横向きでサッサと泳いでしまっている。

 

後は、時間が余ったので――俺は蘭豹先生の授業放棄を先読みしていた武藤がロッカーから持ってきた雑誌の束から映画雑誌を取り、ワトソンの傍にあるパイプ椅子を拝借しに行く。

 

「――......おん?」

 

見ればワトソンは、水着で戯れる男子達の方を向いたまま、固まっているみたいだ。

 

顔を覗きこんでやれば、この男、顔を真っ赤に染まっている。

 

もしかして風邪でも引いたのだろうか。

 

それならプールを欠席したのも頷ける。

 

昨日の今日で話し掛けるのも癪だったが――本当に体調が悪いのなら、保健室に連れて行く必要があるかもしれない。

 

「......おい、ワトソンやい。チョーシでも悪ィのかよォー?」

 

――俺らに移されても困るしな、もしマジだとしたらさっさと連れて行ってやろう。

 

声を掛けられたワトソンは、

 

「あ、あう......う!?さ、冴島ッ!!......さん......な、なんでそんな、あ、あわわっ」

 

と俺の方を見てから小声で驚いて、俺の腹筋、胸筋、鎖骨、上腕二頭筋、顔――を順番に見た。

 

その間にどんどんと赤面していき、最後に俺と目が合うと凄い勢いで顔を反らした。

 

「あれ、どうしたの?ワトソン君。調子悪い?」

 

そこに、律儀に縦20回に相当する横34回の往復を終えて上がってきた不知火がやってくる。

 

「う、あ......!」

 

ワトソンはそんな不知火を見て椅子ごと後退り――

 

「......おいワトソン。体調が悪いなら救護科にでもいけよ」

 

こっちに寄ってきたキンジに話し掛けられ、キンジの方を見たかと思えば少し肩を震わせてサッと俺の方に顔を逸らした。

 

そしてその直後、しまったー!みたいに口をあわ、わ......と震わせて、しばらく腹筋を眺めてから......俯いてしまう。

 

――マジにやべーのか?

 

「おいキンジ!隼人ォー!これAKB全員載ってるぞ!不知火も来いよ!総選挙やろうぜ!」

 

そんな時、プールサイドを歩きながら武藤が、堂々とグラビア雑誌を示してやってきた。

 

「4人じゃあ総選挙は無理じゃないかなぁ」

 

苦笑いする不知火は、付き合いの良い男だから......ノリ気みたいだ。

 

「お前らなぁ......そんな事して、何の得があるんだよ」

 

と、キンジが言いながら近づいてくる。

 

「ジャンヌ一択だろフツー。てかキンジ、オメーこういうのダメなんじゃねぇの?」

 

「流石に雑誌くらいならどうにでもなる。それに拒否った時の武藤が怖い」

 

「ああそういう......」

 

「ジャンヌは総選挙に居ねーだろ、ノロケやがって......ゴホン、じゃあ、一人につき5票な。おいワトソン、お前も選べよ」

 

缶コーラを開けて飲んだ武藤が、缶を俺に渡しつつプラスチックのテーブルの上に雑誌を広げると......

 

こっちを見ない様に俯いていたワトソンが、プイっとそっぽを向いた。

 

「断る。そ、そんな本!公共の場で広げるな!」

 

武藤から回してもらったコーラを口を付けないように一口飲み、不知火に渡す。

 

不知火はありがとう、と小さくお礼を言うとコーラを一口飲んでから、キンジに渡した。

 

「まぁまぁ、そう言うなって!こんだけ居りゃ、絶対一人は気に入る子がいるもんだぜ。騙されたと思って、全員ザッと見てみろよ」

 

と、言いながら武藤が無理矢理肩を組み、ぐい、と引き寄せる様にして写真を見せると......

 

「――キャッ!」

 

武藤の胸に顔を寄せる様になったワトソンは、短く悲鳴を上げた。

 

サングラスがズレて見えた目は、若干潤んでいる。

 

のぼせているのか、かなり重症みたいだ。

 

「な、なんだよ女みてーな声出して。じゃあやんなくていいよ。てか――ちと熱っぽいんじゃねぇのか?ほら、コレやるよ!熱あるときは気持ちいいぜ」

 

武藤はそう言いながらキンジが飲もうとしていたコーラを引っ手繰って、ワトソンに渡す。

 

ワトソンは手渡されたコーラを両手で受け取り、

 

「で、でもこれはさっき――キミたちが......」

 

「量が少ないってか」

 

「ち、違う!く、口をつけた物を――」

 

「男同士で何言ってんだ」

 

と言う武藤が抱き着いたせいか、ワトソンのスポーツウェアに水がついていたので――

 

「熱があるなら濡れたらマズいよ。拭かないと」

 

不知火がタオルを手に、ワトソンの体からポンポンと水滴を拭きにかかる。

 

それが物凄く嫌だったのか、ワトソンは体をビクッと震わせて飛び上がった。

 

そして不知火、キンジ、俺を突き飛ばし......

 

「僕は帰る!もう限界だッ!」

 

声変わりしていない様な甲高い声でそう言うと、ワトソンは慌てているのか微妙にジグザグ走行をしながら――プールから出ていってしまった。

 

――なんていうか......変な奴。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その放課後。

 

俺は平賀さんに電話を掛けていた。

 

「あ、平賀さん?冴島なんだけどさ、フックショットの修理......できてる?」

 

『冴島君、あれはそんな簡単に出来る物でもないし、只今絶賛改良中なのだ!』

 

「あ、そうなの?」

 

『ですのだ!もっともっと、改良して――長く使ってもらえるようにするのだ!』

 

「具体的に......何時くらいに出来そう?」

 

『んー、来月あたりには!』

 

「うい、了解」

 

そういった話をして、通話を終了する。

 

フックショットは当分お預け。

 

だから――新しくなるまで、当分使えない。

 

参ったなぁ、フックショットも......XVRも手元にないなんて。

 

「まぁ、なんとかするしかねーか......」

 

――元はと言えば、こんな状況に陥ったのも俺の警戒が足りなかったことが原因だしなぁ。

 

しかしそれでも溜息は出てしまう物だ。

 

どうしたものか、と思い携帯を仕舞おうとした時――着信を知らせる音楽が鳴り響いた。

 

誰からだ、と思い画面を見れば......先ほど通話を終了したばかりの平賀さんからの通話だった。

 

「もしもし、平賀さん?どったの」

 

『あ、もしもし冴島君?申し訳ないのだけれど、フックショットの改修の件が予定より遅れそうなのだ』

 

「え、そうなのか?ちなみに理由とかって聞いてもいい?」

 

『校舎の修繕を頼まれたのだ!』

 

「何だそりゃ、ボランティア?」

 

『ワトソン君がお金を出してくれたのだ!そして、あややを指名したのもワトソン君なのだ!なので、今月のあややは大忙しなのだー!』

 

――ワトソンの奴、面倒な立ち回り方をしてくれるじゃあねぇか......

 

「......うん、そっか。じゃあしょうがねぇな。完成したら電話して欲しい、よろしくな」

 

『うん、分かったのだ!それから、ごめんなのだー!今後とも、あややをよろしくお願いするのだ!』

 

通話を切り、大きく溜息を吐く。

 

ワトソンの奴が、本格的にキンジや俺の邪魔を始めた様だ。

 

外堀を埋められると本当にどうしようもないな、と痛感させられた。

 

――もっと自力で色々と頑張らないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

キンジがドヤ顔で「ワトソンの弱点、見つけたり」なんて言うから何かと思って聞いてみたら、クジ運の悪さだった。

 

――しょっぺー、しょっぺーよキンジ......

 

キンジはざまあみろ、と言わんばかりの表情でワトソンを見ている。

 

ここに至るまでの経緯は非常に短く――

 

この時期の転入生は『変装食堂』の衣装を決める際、期間も短いので自作はしなくてもいい。

 

その代わりに、クジは一度しか引けない。変更は認められない。

 

1年が休み時間に持ってきたクジ引きの箱には、現物をそのまま着られるタイプの衣装しか入っていない箱だったワケだが......

 

何人かのクラスメイトが見守る中、ワトソンがぺらりと広げたクジには、

 

『女子制服(武偵高)』

 

とあった。

 

一番のハズレ。言ってしまえば女装だしなぁ。

 

......それを引き終えた直後に、俺が教室に戻ってきた所で先ほどの会話に繋がる。

 

ワトソンはしばらく考えるような仕草をして――

 

「Strategy is trick. If you don't wanna be suspected, you should show it.」

 

――はぇ?えーと......『兵は詭道なり。疑われたくない事は、逆に見せる事で疑われなくなる』って感じか?イギリス訛りは慣れてないからよく分かんねぇや。

 

でも正直、兵は詭道なりを言いたいならガッチガチに堅苦しくはなるが、『Soldier becomes questionable means』の方が分かりやすいと思うんだがな。

 

まぁそんな英語の話なんてどうでもいい。

 

ワトソンは、かなり嫌そうだが――さっきの発言を聞く限り、やるつもりの様だ。

 

その証拠に――

 

「......イヤだなぁ。イヤだけど......まぁ、やらないと絞られるそうだし。クジを引いたからには、やるよ。すぐに着替えるのかい?」

 

と、言ってみせた。

 

それを聞いた女子達は大喜びで自分たちの制服をワトソンに押し付けようと我先にジャージ片手にトイレへと消えていく。

 

男子は男子で「ついに三次元で男の娘が見れる」等と意味不明な事を叫びつつカメラを構えている。

 

別にすぐ着替える必要はないのだが、誰もその事を指摘しない。

 

その後、女子から制服を借りたワトソンは......

 

それを手に、廊下から何処かへと居なくなった。

 

暫く待っていると、がたん......と、天井のパネルが1つ外れ、

 

「せっかくの変装だから、少しサプライズで登場するね」

 

と、ワトソンの声がして――すたっ。

 

天井の穴から教壇へ、制服姿の少女が降り立った。

 

チャキッ、とSIGを構え、ドヤ顔でウィンクしたワトソンに――

 

男子から不気味なほどに野太い歓声が上がった。

 

こんな歓声聞きたくない。

 

だが歓声を上げたくなるのも理解できる。

 

ワトソンの女装は結構似合っていて、可愛かった。

 

キャラが立ちすぎてる訳でも無く、どこか遠い世界の女優って感じでもない。

 

この一件以降――

 

ワトソンに快くない印象を持っていたらしい一部の男子たちも、急に優しくなった。

 

晴れてワトソンはクラス全員の寵児となり、どんどんと取り巻きを増やしている。

 

そのワトソンと険悪な関係のキンジや俺は......居場所を奪われ始めていた。

 

数日後には武藤がVMAXをワトソンに貸してもいいか、と聞いてくる始末で――

 

ワトソンの影響力のヤバさを実感しつつ、ワトソンは外車持ってただろとツッコミを頭の中で入れながら「オメーのモンでもあるから好きにしろ」と言った。ぶっちゃけヤケになってた。

 

武藤はホームパーティなんかにも誘われたらしく、ワトソンの外堀の埋め方がかなり本格的になって来ている。

 

聞けばキンジも、ワトソンにたまに借りていた防弾仕様のロードフォックスを長期契約で使えなくなったらしい。

 

お互いに足を潰された訳だ。まぁ俺は走った方が早いけど。

 

キンジはワトソンのやり方を小汚いと言っていた。

 

しかしそのやり方も立派な戦略だ、否定はできないだろう。

 

俺に残ってるのは、何かな――と考えながら、すっかり暗くなった帰り道を歩いていく。

 

パッ――と、歩いている途中で街頭が灯り、暗がりの道を光に染める。

 

秋の風がヒュウ、と吹き抜け体の芯を冷やしていく感覚が何処となく心地良い。

 

思考がクリアになるワケでもないが、冷静になれてる気はした。

 

道端に落ちていた小石を蹴って転がし、歩いて近づき、また蹴って転がす。

 

すぐに飽きてまた道端へ小石を蹴飛ばして、空を見上げた。

 

少し厚めの雲が夜空を覆ってはいるが、薄らと星の明りが雲間から覗いている。

 

特に見上げた事に意味は無かった。ただそうしたかった。

 

こんな、何時もと同じ様な光景を見て――ふと、寂しさを感じた。

 

――なんか、センチメンタルな気分になってる気がする。

 

なんでこんなにも寂しいんだろう。

 

答えはすぐに出た。

 

隣に、ジャンヌが居ない。もう、ずっと居ない。

 

「――どこ行ったんだよ、ジャンヌ......」

 

誰かに言う様な物でもないし、聞いてくれる人も居ないが、つい口から零れ出てしまった。

 

そしてその言葉は、秋の風に飲み込まれ、一陣の風となって夜に溶け込んだ。

 

街灯によって齎された光が作り出す俺の影は、次第に色を増している気さえした。

 

これほどまでに濃くなった影を見ると、先日のヒルダ襲撃を思い出してしまう。

 

傷の塞がった首に手をあてて、感触を確かめる。

 

労る様に親指で撫でつつ、ヒルダの言葉を思い返す。

 

――俺の血を吸った、吸血鬼。ブラドが果たせなかった事を、娘が果たす。

 

ここだけ聞けば感動的だろうけど、俺たちにとっては死活問題だ。

 

ただでさえやべー奴が強化されて登場とか止めてほしいぜ。

 

ジャンヌの事、ワトソンの事、ヒルダの事、学校での事、教務科から目を付けられている事。

 

それに――

 

つぅ――ポタッ。

 

「......」

 

ぐいっ。

 

鼻から少し粘り気のある、赤い液体が零れ出てきた事に――ソレが地面に落ちてから気付いた。

 

携帯ティッシュで鼻を拭き、栓をする。

 

......この、謎の出血現象。

 

抱える問題は多く、頭が痛くなった。

 

比喩的な話じゃなくて、マジな話で――ッ!

 

「ぐ、っう―――あ゛.....ッッ!?」

 

ズグン、ズグン、と刺すような痛みが脳を襲う。

 

脳に痛覚はない筈なのに、その痛みはまるで頭部を万力で締めつけているかのようだ。

 

マジに、頭が割れるほど痛い!

 

その強烈な頭痛に歩く事はおろか、立つことさえ困難になる。

 

思わず膝を折って、地面に蹲ってしまう。

 

.......――ぼたた、ぼた。

 

鼻に詰めていた筈のティッシュが抜け落ちて、両方の鼻の穴から血が流れ出ていく。

 

軋む様な痛みは視界へ伝播し、目が極度のストレスを受けて明滅を始めた。

 

グワングワンと視界のピントが合わなくなり、揺れ始める。

 

「......ふ.......う、ご......おごぇっ!」

 

胃が直接揉まれた感じがして、中の物が食道を逆流して口へと上がってきて、ついに吐き出してしまった。

 

目の前にある物さえまともに見れなくなった視界で吐き出した物を見ると――

 

「――は......いよいよ、げほっ、ぶ!......はぁ、はぁ――俺も潮時か......?」

 

色を僅かに伝えるだけになった目から伝わってくる、モザイクのソレの色は、黒く濁った赤色だった。

 

つまり吐瀉物ではなく、恐らく血。

 

もはや四つん這いで居る事すら辛くなり、街灯に背中を預ける形で座り込む。

 

誰かと戦っているわけでも無いのに体は摩耗していて、息は荒い。

 

関節が悲鳴を上げ、特に熱くもないのに、体は熱を吐き出したいのか滝のような汗を流し始める。

 

筋肉が弛緩を始め、地面に吸われ――抗えなくなった。

 

咳き込む度に街灯によって齎された光が、俺の口が血を吐き続けてくれる事を教えてくれる。

 

「――大丈夫ですか!?しっかり!」

 

ここから、どうやって帰ろうかな――と考えていると、少し低めの男性の声が聞こえた。

 

――よくある事です、大丈夫。

 

と言おうとしたが、それすらもこの体は許してくれない。

 

ただ荒く、呼吸を繰り返し時折血を吐くだけだ。

 

「きゅ、救急車!」

 

男の対応は迅速で――顔も、服装も良く見えないまま――瞼が、ゆっくりとモザイクの視界を覆い隠していく。

 

意識が遠ざかっていく中、聞こえたのは男が救急センターに連絡し、俺の容態や現在地を事細かに伝えている事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として目が覚めた。

 

はっきりと映る視界に映し出された物は――

 

「――......知ってる天井だぁ......」

 

俺はまた、武偵病院の、いつもの病室で、目を覚ましたのだった。

 

 

 

 



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俺の体もそろそろやべーらしい

 

白い天井に、白いベッド。

 

白い落下防止の手すりに白い照明。

 

痛々しい程の白に包まれた部屋に、乾いた赤黒のシャツが浮いて見える。

 

元は白かったシャツは、胸元の辺りに血がかかったのだろう。変色した挙句乾ききってしまっている。

 

辺りを忙しなく見回していると、ペチッ、と額を叩かれた。

 

それを受けて、俺の額を叩いた人物――ベッドの隣に立つ白衣の女、矢常呂先生を見る。

 

「――しっかりと話を聞きなさい。簡単に受け止められる物じゃないけれど、アンタの事よ」

 

矢常呂先生は片手に入れたばかりなのか、湯気の立つコーヒーを持っていて、もう片方の手に検査結果の紙を俺に見せるようにしている。

 

「......聞いてますよ、センセー」

 

少し掠れた声で、俺をじっと睨みつけるように見てくる矢常呂先生の目線に耐えきれず、顔を僅かに逸らしてそう言った。

 

「はぁ」

 

帰ってきたのは呆れた、と言いたげな溜息一つ。

 

「......まぁいいわ。話を戻すわよ、よく聞きなさい」

 

「はい」

 

「アンタはもって、あと半年」

 

――ああ、半年か。

 

目線を窓へと移し、外を見た。

 

青い空に、白い雲。そのキャンバスに描かれたような風景の主役――朝の日差しが煌々と輝いている。

 

「受け入れなさい。アンタが人として活動できるのは――長くて、あと半年よ」

 

痛いほど静かな白の部屋に、暖かい太陽の光がベッドを柔らかく温める。

 

「終活をしておきなさい。アンタという人間の終わりを、強く思い描いて。それを実現しなさい」

 

――......。

 

「能力は、極力使わないこと。1日でも長く人で在りたいのなら、使わないように」

 

話は以上、と話を打ち切って矢常呂先生は、部屋から出ていってしまった。

 

呆然としているワケでもなく、確たる何かを持っているワケでもない。

 

フワフワとした心境。残されたのは最長で半年というタイムリミット。

 

短くしようと思えば、今この瞬間に失う事すらできるもの。

 

それを如何使うかは――俺次第だ。

 

ある一つの決意を胸に、俺はベッドから起き上がった。

 

外へ出ると、俺の登場を待ちかねた様な態度の男が立っていた。

 

よく見れば、その男は――以前、公園で出会った人だった。

 

「ああ、もう立ち上がっていいんですか?」

 

「助けてくれて、ありがとうございました。はい、御親切にどうも。よく、俺を見つけましたね?」

 

男は俺がそう言うと、あはは、と苦笑してから――

 

「今日の夜からしおりが、手術を受けるんです」

 

「――そう、ですか」

 

「ええ、はい。実は昨日......緊張して、落ち着かなくて散歩でもしようかな、とブラブラしていた所で道端に血を吐いて倒れている貴方を見つけたんで、急いで連絡したんです」

 

無事でよかった、と男は心底安心したように息を吐いた。

 

「このお礼は、必ずします」

 

「いいんですよ、困った時はお互い様です。――おっと、時間だ。では、これで失礼します」

 

「あっ、ちょっと......」

 

名前を聞こうとしたのに、男は腕時計を見て顔色を変え、急ぎ足で廊下を奥へと進んでいき、此方からは見えなくなってしまった。

 

――仕方ないか。

 

俺は病院を出て男子寮へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――矢常呂視点――

 

この男は、もう長くない。

 

否、もっと具体的に言うなれば――人として、長くは生きれない。

 

この男の能力は速くなる事。

 

その速度はマッハ3にも及び、更に速くなろうとしているようだ。

 

そんな速度で動けば、常人の身体では数秒と持たないはず。

 

しかしこの男は、それに耐えている。

 

それから考えられる要因は一つ。

 

より速い速度にも耐えられる皮膚を、骨を、筋肉を作り替え――

 

痛みを感じる必要のない痛覚、神経を退化させ、より屈強にし......

 

体中にエネルギーを届ける為の血液の速度は遅く、非効率的だから、作り替えた。

 

新しい血液に。新しい臓器に。

 

この男の心臓は最早ただの肉ではない。鋼のような硬さを持ち、ゴムのような靭さで脈を打つエンジンのような機関に据え変わっていることだろう。

 

骨は途轍もない硬度を持つ塊で、筋肉は強靭なバネ。

 

神経はすり減り、痛覚は必要な程しか残っていないのかもしれない。

 

この男がそれを望めば望むほど、人外へと変わっていく。

 

能力を使えば使う程、変貌は速くなる。

 

故にこの男が『人として生きていられる』時間は、長く見積もっても半年。

 

だがその前に、身体の変化さえ追いつけず――死ぬ可能性だってある。

 

だからこそ終活は必要だ。来たるべき日の為に。

 

高校生が背負う重さではないと思うが、そうなってしまった事はしょうがない。

 

私に出来る事は、この男がせめて人として終われるように祈るだけだ。

 

どうか。

 

どうか、この冴島隼人という一人の高校生が、悔いなく人として生きれますように。

 

真っ白なシャツの一部が、血で赤黒く染まっていることが、まるでこの男の変貌を表しているかのようで、私は酷く嫌気がさした。

 

この男の、悟ったような表情が辛くて。

 

高校生がしていい表情では無くて。

 

私は、どうにもできない無力感を感じて――どうにもできない事実を突きつけられ、それの重さに耐えきれず、逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――隼人視点――

 

あれから着替えて登校し、いつも通りの時間を過ごし――

 

『戦略Ⅰ』の講義が終わったようで、強襲科からキンジが出てきた。

 

キンジは俺が居る事に気付いたらしく、此方に駆け寄ってくる。

 

「隼人、待ってたのか?」

 

「――ああ、暇だったしな」

 

「そっか、悪いな。待たせちまって」

 

「別に必要な事だろォー?気にすんなよォ......なぁ、帰ろうぜ」

 

2人で駄弁りながら、かさかさ、と街路樹の落ち葉を踏んでバス停に向かっていると......

 

隣の通信科、その裏口から数人の女子がキャッキャッと笑いながら出てきた。

 

その女子達は、ぽーい、とそれぞれ持っていた箒を通信科の校舎裏――鉄柵の向こう、人工の林に投げ込んだ。

 

――何やってんだァ?

 

「なっちー!後はよろしくねー!」

 

などと林の方に手で作ったメガホンで言った女子達は、商店区の方に行ってしまう。

 

――なっちー?......中空知?

 

「......あ、は、はい......」

 

誰も居ないと思っていた林の中から声が聞こえた。

 

がさごそと音だけがするのが不思議で、キンジと一緒にそっちを覗くと――

 

誰かが薄暗い林の中で落ち葉を掃除しているみたいだった。

 

あれは......やっぱりそうだ、中空知だ。

 

「......中空知?」

 

キンジが声を掛けると、びくうっ!

 

中空知は箒を抱きしめる様にして身震いした。

 

その動作で、落ち葉を入れていた大きなゴミ袋が箒に引っかかり......わしゃあ。

 

倒れて中身が零れてしまっている。

 

「ダメだろキンジィー。中空知は男が苦手なんだからよォー」

 

「そ、そその声は――と、おと、とおやま、おとこ、おとこやま君と、さ、さえ、えさじ、えさやりじま君!」

 

「誰だよそれ!知らねーよ!?」

 

このイイ感じにドモった喋り方、間違いなく中空知だ。

 

「まぁいいや。中空知、掃除一人でやってんの?」

 

「さっきの奴ら、当番だろ?」

 

俺らのせい......本当はキンジのせいだけど袋を倒してしまったので、片付けようと林の中に2人で入ると......

 

「は、はい、でも、その、私、他の当番の人たちに、頼まれちゃったので」

 

がさがさとひどい内股で俺たちから後退る中空知は、背中が木にあたり「ひっ」と一人でビビっている。

 

――こんな子が無線やらなにやら通せばあんだけ凛々しい声になるんだから不思議だよなぁ。

 

てかこれ頼まれたんじゃなくて押し付けられたって言うんじゃ......

 

林自体はそこまで広くもないが、落葉を始めている今の時期に一人で掃除をさせるのは中々に酷だと思う。

 

キンジを見ると、キンジも同じことを考えていたのか俺を見てくる。

 

お互いに見合わせた後、頷き――

 

「中空知、手伝うよ。箒借りるぜ」

 

「ふ、ふぇえ!?」

 

箒を拾い上げ、落ち葉集めを手伝うことにした。

 

それを見た中空知は、

 

「あ、あ!いいんです、別に、いいんで......ひっ、ひっく、ひくっ、ひっ、くぅ!」

 

慌て過ぎたのか、しゃっくりを起こしてしまった。

 

「いいよ、手伝うよ。武偵憲章1条だ」

 

ぶっきらぼうに言うキンジに苦笑しつつも、俺も便乗する。

 

「そーそー、武偵は助け合いだろ」

 

「はひっ......ひくうっ、あ、ありがとうこいしますっ!ありがと、うざいます!」

 

ぺこりー!

 

箒を抱きしめたまま、中空知は真っ黒な長い髪を揺らして深々と頭を下げる。

 

――声量は意外とあるんだなぁ。

 

結構大きい声が聞こえたので、ちょっとびっくりした。......ちょっとだけね。

 

ちょっと驚く俺たちの前で中空知はゴミ袋に飛びつき、思いっきりしゃがみ込んだ。

 

そして零れた木の葉をわしゃわしゃと袋に詰め込んでいる。

 

さっきまで緩慢だった動作が思いの外俊敏になった事に、口笛をヒュウ、と吹いた。

 

――ケッコー速ェじゃん。

 

膝をぴっちりと揃えて座らないから、中空知の下半身のガードはガバいなぁ、と思いつつもそっちを見ないようにして落ち葉を箒でかき集めていく。

 

その時に、キンジが息を詰まらせるような声を漏らした。

 

――さては見たな?分かってるのになんで覗くんだこのタラシ野郎。

 

「......?目、どうしたんだ」

 

キンジが中空知に話し掛け、内容が気になったので振り返って中空知の顔を見ると、成程、確かに眼鏡がない。

 

「あっメ、メガネっ!これはその、授業で、不調でして。顔にボールが、えっと、その。体育の授業で、バレーボールが、不調で、メガネが不調でして、その」

 

「ああ、体育の授業で調子悪くて顔面にバレーボール貰ったのか」

 

キンジが呆れた様に代弁すると、中空知はコクコク!と首を凄い勢いで上下に振って同意を示した。

 

「ていうか、それ......敬語だよな?同級生なんだから、タメ口でいいぞ」

 

「好きな口調で喋ってくれればいいからな」

 

「だ、男子、お、おとこっ。わ、私、その......男子と全然喋ったこと、全くないから......つい、けっ、敬語になっちゃうんです、すっ、すいません!」

 

がさぁ。

 

中空知は落ち葉の袋に入り込みそうな勢いで頭を下げた。

 

「そっそれに、わ、私、舞い上がっちゃって、と、遠山君や冴島君を、作戦中、カメラ映像で見ただけ、だったから、映画、ドラマの、中の人に、ああ、あ、会えた様なっ気分で......急に、喋りすぎちゃって、話し掛けられたら、舞い上がって、しまって、しま、しましま」

 

壊れたロボットみたいな喋り方になってきた中空知。

 

――映画やドラマの中の人みたい、かぁ。嬉しい事言ってくれるなぁ。

 

「わかった、わかった。もう敬語でいいから。ほら、落ち葉を集めるぞ」

 

作業を止めてしまった中空知をキンジが再起動させつつ......キンジと俺は箒で落ち葉を集めて――中空知がチリトリでそれを受け取って袋に放り込む。

 

指示さえすれば中空知はしっかりと動いてくれるので、掃除自体は予想より早く終わった。

 

「こんなモンじゃね?暗くてよく見えねーけど......まぁ、こんなモンだろ!」

 

「は、はい。草と落ち葉が、こす、こすれる、音も、しなくなりました」

 

と、中空知がゴミ袋の口を結んでいると......

 

パプァー!

 

通信科から出て車道を横断しようとした生徒に、自動車がクラクションを鳴らす音が響いた。

 

「ひぃっ!」

 

中空知はその音に怯えて飛び上がり、袋を投げ出して、近くにいたキンジの腕に飛びついた。

 

「おっと」

 

放り出されたゴミ袋をキャッチする。

 

キンジと目が合ったのか、中空知は――

 

「え、あ、い、ひぃ!」

 

ゴツゥ。

 

意外なパワーをもってしてキンジを突き飛ばした。

 

突き飛ばされたキンジは、後頭部を木の幹にぶつけて若干悶えている。

 

つよい。

 

「ち、ちが!違うんです!腕をつか、掴んだのは!目が合っちゃったのは、違うんです!妄想とかしてません!」

 

――えぇ......

 

「も、もも、妄想なんかしてません!いやらしい事なんて考えてません!そっ、そこの!林の奥とか、人目に付かない草陰とか!して、して、ません!」

 

「えぇ......」

 

「分かったから落ち着け、喋るな」

 

困惑する俺と、イライラした感じのキンジ。

 

キンジが喋るなと言うと、中空知は高圧電流でも食らったかのように身体を伸ばした。

 

「そ、そそそんな、強引なっ!でっ、でもでも、掃除も終わった事ですし、それならっ!さ、先に、草陰に敷物を敷きます!しばらく待っていてください」

 

「オメーは何を言ってんだ」

 

「とりあえず落ち着け」

 

頭を抱えて溜息を吐く俺と、中空知の腰をバシッと箒で叩くキンジ。

 

さっきからずっとこんな感じだな。

 

「ほら、さっさと片付けるぞ。終わるまでお喋り禁止。いいな?」

 

俺がゴミ袋を持ち上げ、キンジが中空知に言い聞かせて、中空知は口を片手で押さえてコクコクと頷き、わたわた箒を片付けに行く。

 

武偵でこんなにビビりなのも珍しいキャラだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バス停で、2人と一緒にバスを待っていると――

 

「と、遠山君、冴島君。ありがとう、ございました」

 

「いいよ別に。ちょっと掃除を手伝っただけだろ」

 

「そーそー、繰り返しになるけど武偵は助け合いだろォ?」

 

「わ、私、誰かに、こ、ここ、こういうの、手伝ってもらうの、初めてでしたから。私、友達とかジャ、ジャンヌさん、ぐらいしか、いないので」

 

「え?」

 

――ジャンヌと、友達?中空知が?

 

「中空知」

 

「は、はい?」

 

知らないかもしれないが、聞いておかなければいけない。

 

「――ジャンヌは、今どこにいる?」

 

ダメ元で、聞いてみると――

 

「え、え、あの、ジャンヌ、さんなら――私の、部屋に、相部屋という形で、居ます」

 

衝撃の展開が、やってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ジャンヌと再会&やべー奴と再会

「――ジャンヌが、中空知の部屋に?」

 

「あ、は、はい。先週一度、私に電話で依頼をしてきて......今朝、来たんです。学校は、ケガをしていたので、欠席してました。今は、部屋に、いま、います」

 

――俺たちに顔を出せないほどのケガなのか?

 

心配だ。

 

見に行かないと。

 

会いたい。

 

「......中空知。ジャンヌに、会わせてくれ」

 

俺は目の前で困惑する中空知の前髪で隠れた目をしっかりと見て、そう告げた。

 

 

 

 

 

 

X脚の膝をガクガク震わせている中空知に続いて、部屋に上がると――

 

「うわぁ」

 

「うぉっ......」

 

と、驚きの声が上がる程の光景が目の前に広がっていた。

 

目の前には音響機器がびっしりと集められており、ラックに積まれた無数のスピーカーやアンプが黒い机を半円形に囲んでいる。

 

黒塗りの防音壁には、色取り取りのヘッドホンが家電量販店の一角みたいにぶら下がっている。

 

ラジオ局のミキサー室のような光景に加えて、室内には古今東西の通信機が整然と並んでおり、更に処理用のPCや無線機だけじゃなく、携帯電話も50機種ほど揃えられてあった。

 

アクセスランプが至る所で目まぐるしく点滅を繰り返し、電子機器の匂いに包まれた室内は異様な雰囲気を醸し出している。

 

窓際に置かれた、小さな観葉植物だけが女の子らしさを感じさせる、気がした。

 

双葉の鉢には、トオヤマクンと書かれた小さなプラカードが立てかけられている。

 

――見なかったことにしよう。

 

「ジャ、ジャンヌさんは、そちらです」

 

中空知が指した方向を目で追うと、至って普通の木目調の扉がぽつんと存在していて、誰も使っていなかった事が分かる。

 

ぎい、とドアを開けると――

 

部屋は暗く、灯りが点いていなかった。

 

「......誰、だ?」

 

扉を開ける音に気付いたのか、部屋の主は苦し気な声で誰何してきた。

 

「俺だ、ジャンヌ」

 

「――!隼人、か」

 

部屋の奥へ進んでいくにつれ、暗闇に目が慣れていき――床に設置された味気ない簡易ベッドが見える。

 

更にもう一歩奥に進むと、少しツンとした、鉄臭さを鼻が嗅ぎ取った。

 

「は、ぁ......すま、ない。追いかけたはいいが......この、ザマだ」

 

更に暗闇に順応した目は――赤く染まったシーツ、血濡れの包帯、大小様々な切り傷に多数の痣、軽い火傷の痕を負った銀髪の少女、ジャンヌを捉えた。

 

呼吸は荒く、音のない部屋にジャンヌの辛そうな呼吸音と、時折痛みに喘ぐ悲痛な声が鼓膜を震わせる。

 

綺麗な銀髪は汗で前髪に張りつき、その顔は苦悶に歪みながらも俺に心配をかけさせまいとしてか、無理に笑顔を作ろうとする様が見て取れる。

 

「誰にやられたんだ?」

 

「『眷属』の、連中だ......ッ!奴ら、逃げたフリをしつつ私を襲ってきた。おそらく――お前を釣り出す為だ。隼人、絶対に報復をしようとは、考えるな」

 

「善処はするぜ......ヒルダにも、やられたのか?」

 

「......ああ、見た目では分から、ないだろうが......酷く、感電させられてな。腱にダメージが残っていて、半月ほどは戦えそうにない」

 

「そーか......で、なんで俺たちの所に帰ってこなかったんだよ?」

 

「む......言えるワケないだろう。戦果を挙げる事も出来ず、ただ傷つき――惨めに帰ってきた、等と」

 

ジャンヌは真剣な表情で、俺の目を見てそう言う。

 

やっぱり、何処となく中世さを感じる物言いだ。

 

「バカヤロー」

 

指で、ツンッとジャンヌの額を突いてから、

 

「無事なら無事で、いーんだよ!......おかえり、ジャンヌ」

 

呆けるジャンヌに、俺は口角をやや上げて、無事とは行かないまでも、ジャンヌが帰ってきた事を喜んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒルダは、一月もすれば......東京には、居られなくなる。玉藻が、不眠、不休で、鬼払結界を.....広げているからな。学園島、空き地島、台場、品川、豊洲あたりの湾岸地帯には、近付けない。即席故、一年しか持たないらしいが――それでも、玉藻の結界は強力だ」

 

「成程。東京は元々――ローマや香港に次ぐ退魔性の強い都市だからなァー......鬼を払うのに長けているってことかァ」

 

山手線と中央線が対極図を描き、その対極図に使われている線路の材質は鋼鉄。

 

古くから鍛えた鉄は魔を退ける物として信仰され続けてきた。刀が魔除けの道具として使われるのも、材質に玉鋼を使用し、刀鍛冶の念や精神力により丹念に鍛え上げられた物だからだ。

 

現代の技術者たちが鍛え上げた鋼鉄で描き上げた対極図は、古代の神秘性には及ばないモノの、それを補わせる為に――電車を筆に、乗車する人達が持つ魔力や霊力、気力を墨に見たてて、ひたすら走らせ続けている。

 

これにより衰えることのない半永久的な退魔の儀が成り立っているワケだ。

 

やや遅れて入ってきたキンジは、俺たちが何を話しているのか分からないといったような表情で、眉を寄せている。

 

――強襲科でも、探偵科でも、こんな胡散臭い事やらないしな。

 

「......あー、隼人、ジャンヌ。S研談義中に悪いが――どうする。『師団』と『眷属』の話、アリアに伝えるか?」

 

「そう、だな......アリアには、ギリギリまで黙っておこう。性格からして、知ったら攻撃に回りそうだ。この戦い、結界のことも考えて、防戦が有利だ」

 

「俺もそう思ってる。白雪はどうする」

 

「玉藻の判断を、待とう。お前のような超能力戦の素人が、不確かな情報を伝えて、混乱させるのは、良く、ない」

 

「そう、だな――専門家同士、よろしくやってもらおうか」

 

話が一息ついて、少しの沈黙が場を支配した後――

 

ジャンヌの携帯が鳴った。

 

「......中空知だ」

 

緩慢な動作で携帯を持ち上げ、ジャンヌは通話を始めた。

 

「遠山、変われ。中空知からだ......彼女がお前と直接話すと、本領を発揮できなくなるからな」

 

「中空知に依頼したことか?」

 

「そうだ、転入生の会話を盗聴させている」

 

「転入生?」

 

「エル・ワトソンのことだ。私は、奴を疑っているのでな」

 

ワトソン。

 

ジャンヌの口からその名前が出てきて俺たちは揃って目を見開いた。

 

「お前たちも気づいているようだが、奴の動きは不自然だ。経歴を洗ったが、あれは、曲者だ。二つ名は、『西欧忍者(ヴェーン)』。秘密結社リバティー・メイソンでは、有能な諜報員として勲章も授かっている様な男だ」

 

「......アイツ......」

 

「私は、そういう姑息な活動をする奴は嫌いだ。それに硬式テニス部で、私の支持者が随分ワトソンに鞍替えしたらしい。それも気に食わない」

 

――多分後者が7割くらいだと思う。

 

てか盗聴は姑息じゃねぇのかよと疑惑の眼差しを向けるもガン無視される。

 

「遠山。これを聞け。奴が動いた......アリアと一対一で話している」

 

キンジはジャンヌから引っ手繰るように携帯を取って耳に当て、ドアにもたれ掛かる様にして盗聴の内容に集中している。

 

俺はその間に――

 

ハンカチを取り出して、ジャンヌの額や顔、首筋の汗を拭う。

 

その後、数度髪を手で梳く。

 

優しく、丁寧に。

 

「なぁ、ジャンヌ」

 

ジャンヌに――話すべきか。

 

「どうした、隼人」

 

俺の中の、迷い。

 

「――答えは、出てんだ。でも......」

 

それを、少し違う形で口にした。

 

「......やっぱりよォー......ちょっぴり、怖いんだ」

 

「......」

 

ジャンヌは少し目を大きく開く。

 

「ダサいよなァ......カッコつけといて、ちょっとキツい事言われて、ビビって......」

 

半年の枷。

 

長くても半年という事実が、俺の心の奥底を恐怖に染め上げる。

 

俺のやりたい事は決まっているんだ。

 

でも、それをやらせてくれない。俺の中の俺が、それを拒む。

 

自分が、情けない。

 

ずっと隠しておくつもりだった。平然として当然の様に受け入れて進むつもりだった。

 

――でも、出来なかったんだ。

 

 

 

 

 

 

暫くの間、沈黙が続き、

 

「......私は、何もしてあげられない......でも、背中を押すことは出来るはず......」

 

ジャンヌは両手で俺の手を握って――目を閉じた。

 

「諦めないで、隼人。『成すべきと思った事を、成して』......迷っていても、立ち止まらなければ、それでいい」

 

優しい言葉で、俺が散々口にしてきた事を、囁く。

 

――嗚呼......

 

ジャンヌは、やっぱり優しい。でも、ちょっと厳しい。

 

――迷いながら進めなんて、キツい事言ってくれるぜ。

 

でもそれだけで――

 

「――そうだな。まだ、どうしたいかは決まらないけど......頑張るよ」

 

俺はどうしようもなく、滾ってしまう。

 

単純な男だよ、本当に。

 

俺は自嘲するように、鼻を鳴らして軽く笑った。

 

 

 

 

 

「隼人」

 

俺の中の決意もそこそこに固まった所で、何時もと違う、鋭い声でキンジが話しかけてくる。

 

「――どうした」

 

その声で、俺もスイッチが入る。

 

キンジの声が変わった時は、だいたいやべー時だ。

 

「......少し外出したくなった。足になれ」

 

とても外出する様な空気ではないが――

 

「......外出、ねぇ.....よっしゃ、一走り付き合ってやる」

 

キンジがやりたいって言うなら、付き合う。

 

それが俺の、『やりたい事』でもあるんだからな。

 

 

 

 

 

キンジは寮の自室に戻り、予備弾倉と、新しく作ってもらった『オロチ』なるグローブを身に着け、転がるような勢いで階段を駆け降りて、俺のもとまでやってきた。

 

俺も、幸い無事だった『O-V-E-R.H-E-A-T』システム、その腕時計型の制御装置を左手首に取り付けている。

 

「待たせたか」

 

「ああ、身体が冷えて鈍っちまう所だったぜェー?」

 

「馬鹿を言え」

 

キンジはそう言いながら、俺の背中に飛び乗る。

 

「中空知、ナビを頼む......――ああ、分かった。墨田区、押上1-1-2。隼人、頼む」

 

中空知から無線インカムを通じて何か聞いているのか、キンジはあまり多くを話さず、俺に最低限の情報だけを伝えてきた。

 

「あいよ。ちゃんと説明してくれよなァー?」

 

「ああ......そうだな、端的に説明する。ワトソンがアリアに眠剤ブチ込んで拉致した。だから――奪い、返す......ッ!」

 

ああ、道理でブチ切れてると思った。

 

――HSSの、亜種だっけか。

 

かなり気性が荒くなっている様だ。

 

「......ナイスアシストだ、中空知。後でキスしてやるよ」

 

――まーたすぐにそうやって黒歴史増やすぅー。だからあとで恥ずかしくなるんだよ。

 

「待ってろよワトソン。アリアを起こしてお前を寝かしつけてやるぜ......病院の、ベッドの上でな!」

 

「キンジィー!カッコいい事言ってるけどよォー!お前今背負われてる状態だからな!?全然カッコよくねーぞ!」

 

自動車よりも早い速度で公道を駆け抜けていく。

 

バイクを追い越し、バスを抜き去り、右折する車を跳躍して飛び越えて、走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「墨田区、押上1-1-2......スカイ、ツリー......」

 

辿り着いたのは、スカイツリー。その、建設建設現場。

 

本当に此処で合ってるのかと思い、2人で辺りを見回すと、キンジがワトソンのポルシェを見つけたらしく駆け寄っていく。

 

俺もそれに続き、キンジが車内を調べている間にマフラーに手を当て温度を確認する。

 

停車してから5分くらいじゃないか、と大雑把に当たりをつけた。

 

金網越しに見える砂をライトで照らすと、一人分の足跡が残っている。

 

アリアを抱えて歩いたのだろう。

 

「しっかしよォー......なんで、あのヤローはここを選んだ?」

 

俺は7割方完成しているスカイツリーを仰ぎ見た。

 

見上げると首が痛くなるほどに高い。

 

遠目で見るとそうでもなかったが、こうして真下に来て、見ると――白い支柱の一本一本が途轍もなく太い。

 

更によく見ると、支柱は全て軽く螺旋状に並び立っている。

 

「知るかよ......行くぞ」

 

キンジは俺を尻目に、先に金網を乗り越え、足跡を追って塔内部の建設現場に侵入していた。

 

「あ、オイ!ちょっ待てよ!」

 

置いて行かれたことに気付いた俺は、急いで金網を乗り越え、ズンズン先へ行ってしまうキンジの背中を追いかける。

 

深夜かつ無人で、物がない空間に――俺たちの鉄板を踏む足音が響く。

 

看板や、重機の陰に警戒し、進む。

 

砂に覆われた鉄板の上に残された足跡が、ほとんど見えなくなり――

 

先を見ると、作業用の仮設エレベーターがあった。

 

動かせば、追ってきた事がバレるだろう......が、

 

キンジはそんな事お構いなしにエレベーターの操作盤に武偵手帳の解除キーを挿入する。

 

そして、エレベーターを稼働させようとしたとき――

 

ビキリ、と身体中を嫌な予感と殺気が駆け抜けた。

 

――上!

 

顔を上げると同時、飛び退いて回避。

 

「――ッシャァアアッ!」

 

ガツンッ!と小さく金属同士がぶつかる重い音が響き、エレベーターが揺れる。

 

エレベーターから身を放り出すようにして飛び出て、すぐに体勢を整えて立つ。

 

「よォ......こんなにも良い夜だ、俺に付き合えよ」

 

低い声が、静かに聞こえ――

 

良く見えないが――ラバースーツのような物に大量のコードが隙間なく繋がれているソレを着込んだ長身の男が、静かに立ち上がった。

 

真っ黒に塗りつぶした顔が上がり、俺と目が合う。その男は、バイクのシールドのような物をつけている。

 

目を合わせて――驚愕した。

 

「GⅢ......!」

 

襲撃者は――俺に変な注射を打ちこんだ、ピエロ野郎だった。

 

「遊ぼうぜ、ハヤト」

 

黒に塗れた男は――白い歯を見せて獰猛に笑う。

 

 

 

 



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ガチで強くてやべー奴

静寂が支配するスカイツリーの内部――重機が端に寄せられ、注意表示の看板が至る所に立てられている建設現場。

 

その、仮設エレベーターの中央に奴......GⅢは立っている。

 

「遊ぼうぜ、ハヤト」

 

夜に溶け込むために用意された服装が、輪郭を暈かしていく。

 

此方を睨んだまま、悠然と歩を進めてくる。

 

一歩、また一歩。

 

僅かに差し込む月明りが奴の顔を照らすが、真っ黒なフェイスペイントのせいで表情が余り読み取れないが――その口元には、張り付いたような笑みが見えた。

 

「キンジ、今のお前に興味は無ぇ......見逃してやるよ」

 

GⅢはふと歩みを止めたかと思うと、エレベーターに乗り込んでいたキンジにようやく声を掛けた。

 

――どうやら、俺と闘いたいらしい。

 

「キンジ、先に行け」

 

「――ああ、分かった」

 

突然の襲来に驚き、臨戦態勢を取っていたキンジは、俺の声で再びエレベーターの操作盤を弄った。

 

上手く作動したのか、扉代わりの金網が閉じて、エレベーターが不安になりそうな金属音を立てながら上昇していった。

 

――頑張れよ、キンジ。

 

俺はキンジの無事を祈りつつ、唯一残された生粋の戦闘武装であるデュランダル・ナイフに手を伸ばそうとして、

 

「あ?オイ、ハヤト。そりゃあ無しだ、白けるだろうが。今夜はステゴロと行こうぜ」

 

GⅢがそう言って――突如として目の前に現れ、ナイフの柄を掴み放り投げた。

 

放り投げられたナイフは強烈な速度で空を切り、闇へと消え――支柱に突き刺さったのか、鈍い音が聞こえた。

 

「――ボサッとしてんじゃねぇよ。もう始まってんぜ?」

 

その言葉の直後。しまった、と思うよりも先。

 

GⅢの挨拶代わりなのだろう、それほど重くない拳が俺の顎を打ち抜けた。

 

「......っ!」

 

お返しだ、と声にこそ出さなかった物の、顎を殴られ上半身の右側がやや後ろに下がった状態から、腰の捻りを加えて右ストレートを打ち返す。

 

「ほぉ、中々に良い」

 

GⅢは軽口を叩き、口笛を一つ吹いて――上半身を逸らし俺のパンチを回避する。

 

「だがダメだ、全然遅い」

 

俺が伸ばしきった腕を引き戻すよりも早く、GⅢの反撃が――

 

来たっ!

 

左足を半歩、滑らせる様に前に出し、上半身を捻りながら持ち上げ、その勢いを利用して放たれた強烈なボディーブローは、奴の見た目も相まって、周囲に溶け込んでおり――距離感が掴めなかった。

 

「......っ」

 

まるでそこに収まるのが必然の様に、綺麗に、鮮やかに、俺の鳩尾に吸い込まれたボディーブローは、手榴弾が目の前で爆発したんじゃないか......そう思える程の衝撃を全身に伝えた。

 

息が、出来ない。

 

肺に溜まっていた空気が全て放り出された。

 

しかし。

 

その程度で俺の闘志は潰えるわけは無い。

 

「――シィ!」

 

左腕を大きく振り、右腕でフェイントを掛けながらGⅢの顔面を狙ってフックを打ち出す。

 

「だから、遅ぇよ」

 

振った腕、その手首をGⅢは呆れ気味に掴んだ。

 

万力の様なパワーで締め上げられていく手首が、痛みを訴え始める。

 

「加速しろ、ハヤト。じゃなきゃあ――」

 

遊びで、死んじまうぜ?

 

GⅢは俺の手首を掴んだまま一歩前へ出て、顔を近づけてそう囁いた。

 

そう言われるのは癪だが、事実、まだ一撃も奴に攻撃を与えられていない。

 

――望み通りに、やってやるさ!

 

俺はこんな所で時間を潰す暇はない。一秒でも早くキンジと合流しなければ。

 

「......お、変わったな......フッ、これで――少しは楽しめるはずだ」

 

その言葉に、俺は少し憤りを感じた。

 

「その言葉、後で言わなきゃ良かったって後悔させてやるぜ」

 

「俺も、それを、望むとしよう」

 

僅かに言葉が交わされた次の瞬間、掴まれたままの腕が思いっきり下方に引き寄せられ――

 

「そぉらよ!」

 

少し焦り、抵抗するも虚しく、前傾姿勢になった所を、GⅢの左腕がハンマーのような重さと威力をもって背中を打ちつけた。

 

砂を僅かに被った鉄板にかなりの勢いで叩きつけられ、息を吐き出してしまう。

 

倒れている場合ではないと言い聞かせ立ち上がる。

 

が。

 

「遅ぇ!」

 

GⅢのストンプが俺の後頭部にぶち当たり、再び鉄板に打ち伏せられた。

 

「......はっ......!」

 

――痛ぇし、速ぇ......!

 

「寝てる場合じゃあねぇだろ!?」

 

脇腹を抉るような蹴り。

 

鋭く、確実に臓器にダメージを負わせる蹴りをモロに受けて、身体が浮く。

 

「もう一発オマケだ。とっときな」

 

武偵高のブレザー、その襟をGⅢは掴み、左足を軸に一回転しながら俺を持ち上げ......地面に向かって振り下ろした。

 

鉄板と、人間の衝突する音が夜の建設現場に響く。

 

顔は既に腫れ上がっていて、口や鼻からは出血が始まっている。

 

「オラァどぉした!寝るには早ぇだろ!」

 

GⅢがなぜか怒っており、顔を僅かに傾けて見れば、振り上げられた右の拳が見えた。

 

――そう、何度も、食らってやるかよ......!

 

『アクセル』、スタート。

 

加速が始まり――視界に映る情報の全てがスローモーションになる。

 

飛び散る砂、GⅢの拳、俺が吐いた血。

 

鈍い身体が徐々に情報処理の速度に追いついていく。

 

俺の望む速度にギアが上がっていく。

 

そして――

 

両手の力で身体を横にスライドさせつつ、GⅢの拳を左足で薙ぎ払う。

 

そのまま振り抜いた足の勢いを利用し、立ち上がった。

 

「――やっとか」

 

GⅢは弾かれた右拳を軽く振りながら、俺が加速した事を理解して笑う。

 

一歩。

 

GⅢが笑いながら踏み込んだその一歩に合わせるようにして――俺は懐に飛び込む様にして駆け、

 

「――な」

 

驚愕の表情で固まったGⅢの顔面に、今までとは威力もスピードも桁違いの右ストレートをぶち込んだ。

 

「――に?」

 

はずだった。

 

驚いたのは、俺の方。

 

俺の右ストレートは――あっけなく、何時の間にか、GⅢの左手で受け止められていた。

 

「――Hmm。まぁ、良好か」

 

未だに状況を呑み込めない俺に、GⅢはどこか不満そうに裏拳で俺の顔面に一撃入れる。

 

殴られた瞬間に突き飛ばされ、再び距離が開く。

 

「どうした、まだ始まったばかりだろ。ほら、来いよ」

 

暗闇に慣れ始めた俺の目が捉えたのは、腕を真っ直ぐ伸ばし、指4本で来い、と数度曲げて挑発をしているGⅢだった。

 

「......ッ!」

 

左足を半歩、前へ。

 

右足を半歩、後ろへ。

 

左腕を肩ごと突き出す様に前に。

 

腰を少し落として――左手の指で、GⅢに狙いを定める。

 

右腕を引いて、握り拳を作り......肩の位置で止めた。

 

両足を少し浮かせ、つま先立ちに。

 

数秒の、静けさ。

 

俺は構え、GⅢは気怠そうに立っている。

 

先に動いたのは、当然俺。

 

ほぼ完全な正拳突きのモーションのまま、つま先で地面を蹴り上げて、滑る様にGⅢの目の前まで移動。

 

踵を鉄板に着けて、固定。揃えていた左手の指を少し広げ、GⅢの視界を塞ぎ――

 

「ッセイヤアアアアッ!」

 

正拳突きを中断。

 

再度踵を上げ、前方へ跳躍しながら右足を前に持っていき、膝蹴りを放つ。

 

正拳突きのフェイントモーションから放たれる蹴り。

 

――受けようと思っても、腕を痛めるはず!

 

「――ハッハァー!」

 

GⅢは俺の右膝を視界に捉えて、笑い――

 

()()()()()()()()()()()()、俺の脚をプレスした。

 

――何......!なんで、俺の速度に、ついてこれる!?

 

少し前後にずらされた拳が少しずつ俺の筋肉を磨り潰す様に奥へ、奥へ進んでいき、骨をかち割らんばかりに締め上げていく。

 

「う......!?」

 

左足を地に足をつけることさえ出来ず、今の俺の体はGⅢが万力の如く挟み込んだこの一点のみで持ち上げられていた。

 

どうにかして脱出しなければ、俺の右足は圧し折られて使い物にならなくなるだろう。

 

その前に、逃げ出す。

 

「フッ!ハアアアッ!!」

 

幸運にも俺の両手は自由で、GⅢの両手は塞がっている。

 

これなら防御はできない、と確信し――両手の手刀をGⅢの首目掛けて、超スピードで叩きつけた。

 

――獲った!

 

「とか、思ってねぇよな?」

 

馬鹿な、有り得ない。

 

俺の手刀は確かに、GⅢの首を叩いたはず。

 

なのに、なんで――

 

――なんで両腕でガードしてやがる!

 

目の前の男はただ不敵に笑うばかりで、何を考えているかも読めない。

 

身体がゆっくりと重力に引かれ、落ちていく。

 

攻撃が通らなかった以上、しょうがない。

 

次を決める為に、また動くだけだ。

 

右足のつま先が、鉄板についた。

 

「オォラアアッ!!」

 

片足で屈伸をするように身体を縮め、限界まで縮めきったバネを開放するように、一気に跳躍。

 

今度は左の膝を使った膝蹴りを放つ。さっきよりも、速く――鋭く!

 

「ソレは見飽きたぜ」

 

そう言いながら、GⅢはある構えを作り出した。

 

その構えは――見覚えがある、なんて話じゃない。

 

――あの、構えは!

 

嘘だと叫びたくなった。なんでお前が使えるのかと聞きたくなった。

 

喉が詰まる。呼吸を、忘れてしまう。

 

GⅢがとった構えは......『(インフィニティ)』。

 

俺だけの、技。

 

それは――相手が放つ激流のような攻撃を、弾き、流し――勢いを霧散させる。

 

GⅢは手首を内側ギリギリまで曲げた状態で、肘を突き出し、腹から持ち上げるように右腕を上げていく。

 

あれは不味い。

 

俺が一番理解している技だ。知らないワケがない。

 

膝を引き戻そうとするが、もう遅い。

 

俺の膝の内側に肘を滑り込ませたGⅢは......

 

「テメーの技で、くたばっちまえ」

 

腰、背中、肩、肘、手首――その全てを同時に動かし、高速をもって外側へ弾く。

 

円を描く様にして振られたその腕は、俺の膝を叩き、虫を地面に落とすような動きだった。

 

勢いを一気に削がれ、鉄板の上に忠誠を使う騎士のようなポーズで着地して......余りの衝撃にほんの少し硬直してしまう。

 

その隙を、GⅢが逃がすワケは無く――

 

「ぶっ飛びなァ!」

 

顔を上げると同時、GⅢの脚が、真下から突きあがる鎗の様に打ち出された。

 

顎をとらえた蹴りはグングンと高度を上げて行き、伸びきった瞬間、慣性で身体が少しの間滞空する。

 

その後、身体は重力に従い、くの字に曲がって落ちて――

 

「オマケだ」

 

くれなかった。

 

GⅢはその体を捻り、宙に残った俺目掛けて、蹴り上げを叩き込んだ。

 

その蹴りが鋭く突き刺さったのは、腹部。

 

――ああ、そん、な......

 

「が......あ......っ......ぇ」

 

これも、俺の技。

 

その伸びきった脚を鎗に見たてて行う、串刺しのような技、『ツェペシュ』。

 

余りに深く、鋭く突き刺さったせいか、一瞬......意識が飛んだ。

 

酸素が一気に吐き出され、視界がブラックアウトする。

 

四肢は力を籠める事を許されず、重力にひかれるがままに垂れ下がってしまう。

 

――まだ、だ。

 

すぐに持ち直した俺は、歯を食いしばり、伸びきった脚を殴ろうとして拳を振り上げたが、それは叶わず、俺の動きよりも先にGⅢが伸ばした脚を振って俺を放り投げた。

 

「......はっ、はっ......ふ、ぅ゛!」

 

平静を保とうとするが、動揺が強く――あまり、まともに考えが纏まらない。

 

――なんで、俺の技を......!

 

「ああん?オイオイ、技をパクられただけだろ?萎えんなよ」

 

GⅢはどこか楽しそうに両手を広げ、悠然と歩いて距離を詰めてくる。

 

その顔は、どこかつまらなそうで、しかしどこか楽しそうだった。

 

「待つのは飽きたな。次は、俺から行くぜ」

 

俺が立ちあがるのを待ってから、GⅢはそう言った。

 

鉄板の上を駆ける音が聞こえ――すぐさま防御態勢を取る。

 

身体を丸め、片膝を上げて両腕を前に突き出して、耐えようとする。

 

「――ハッハッハァアアアッ!!セイヤアアアアアアアッ!!!」

 

GⅢは俺に接近すると、両腕の『∞』で俺の腕を払い――

 

開けた視界には、飛び膝蹴りの体勢のまま迫ってくるGⅢ。

 

「――っ!」

 

ブリッジをする様に身体を倒し、両足を揃えて蹴り上げる――『仕切り直し』を行い、距離を取ろうとするが、

 

「ソレも、知ってるぜぇ!」

 

膝蹴りを中断したGⅢは、鉄山靠で俺の身体を弾き飛ばした。

 

吹き飛ばされた勢いで鉄板の上を数度転がり、ブレーキ代わりに左手を砂を被った鉄板の上に置いた。

 

手のひらを砂に紛れた小石が、皮膚を傷つけていく。1秒か、2秒か。

 

滑って行き、少し勢いが収まった所でクラウチングを取って完全に勢いを殺し、此方目掛けてやってくるGⅢ目掛け、俺も走りだす。

 

互いに5歩ほど駆け――俺は跳躍し、右腕を引きながら振り上げる。

 

逆にGⅢはそこで止まり、回し蹴りをする為に脚を振り上げていた。

 

速度は互いに互角。

 

「――しゃあッ!」

 

「――ハァッ!」

 

俺の拳と、GⅢの膝が激突した。凄まじい音が鳴り、拳が痛みを訴えてくる。

 

拳も、脚も――互いに振り抜ける事なく、拮抗した。

 

飛び上がっていた体が地面に降りるより先に、殴りつけている拳を少し引いて、GⅢの脚を振らせ、その反動に乗る形で後ろへ下がる。

 

「逃げてんじゃあねーよッ!」

 

GⅢは目を輝かせながら、ダッキングで再接近をし、アッパーを繰り出してきた。

 

数瞬遅れて左肘を振り下ろすことでガード。

 

続けざまに蹴りを数度、素早く打つも、その全てを回避、ガードされ致命には至らず。

 

GⅢは俺の蹴りを全て避けた後、両腕を使ったジャブ、ストレート、ボディーブロー、フック、アッパー。

 

ボクシングの基本的な動作を連続で、休むことなく打ち続けてくる。

 

顔面に迫り来る左ストレートを最小限の動きで回避して、カウンターで左手でボディーブローを放つ。

 

それを右のジャブで弾かれ、その流れのままアッパーが顎目掛けて振るわれる。

 

左腕の肘打ちで防ぎ、右腕でレバーブローを狙う。

 

が、それもダメ。GⅢは俺がしたように肘打ちでそれを妨害した。

 

このままじゃ埒が明かないと互いに悟り、今度は蹴り技の応酬へと変わっていく。

 

同時に膝蹴りを打ち、衝突。

 

弾かれるように距離を取り――互いが駆け寄り、中段の足刀横蹴りを放つ。

 

これも、同じタイミングで、同じ技。

 

GⅢが先に、下段刈り蹴りを仕掛け、俺はそれに対応して片足バック宙を行った。

 

GⅢの攻撃は外れ、俺の攻撃はGⅢの腕に阻まれた。

 

あまりに激しい連戦に、忘れてしまいそうだったが――

 

この男......GⅢは、俺の速さについて来ている。

 

 

 

それが信じられず、何度も拳や蹴りを交えた乱打戦を繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

もう、何度目の殴りあいか数えることすら億劫になったタイミングで、

 

「――ああん?......ちっ!オイ、ハヤトォ!悪ィが時間切れだ」

 

「......なん......だと?」

 

GⅢが突如動きを止めて、時間切れと言い出した。

 

――どういう意味だ。

 

目の前の男を見ると、何か考えているのか――顔を傾げ、何かを思いついたらしく人指し指を一本、俺の目に突き出した。

 

「一回だ」

 

「何が、だ」

 

「お前の攻撃を、最後に1回だけ見てやる」

 

明らかに上から目線の挑発文句を受け、脳が煮え滾る。

 

「――やって、やんよ」

 

GⅢから全身の力を使って飛び退き、すぐさま背を向け走り出す。

 

狭い工事現場を、段々と、ギアが上がっていく様に加速しながらGⅢの周りを走り回る。

 

挑発されたからには――正面から突っ込んで、ぶち抜く。

 

俺が走り回る円の中心、そこにいるGⅢは俺の動きを目で追えているのか......顔の動きを合わせて追いかけてきている。

 

――こん、のぉ!

 

40週程走り回った所で。

 

正面から。

 

渾身の、飛び蹴り。

 

「ダァラッシャアアアアアア!!」

 

ほとんど水平移動の、飛び蹴りは――吸い込まれるようにGⅢの顔面へ迫っていく。

 

GⅢは眉一つ動かす事無く――俺を見据えている。

 

避ける気がないのか、動く気配がない。

 

これなら、直撃する。

 

そう確信した。

 

だが――

 

俺の期待は、またしても裏切られた。

 

「YEAH!!!」

 

GⅢは、当然の様に俺よりも速く――俺に背を向け、少し屈み......

 

顔面に当たるはずだった蹴りは何もない虚空を通り過ぎていく。

 

呆然とする中、俺の脚がGⅢの頭部の上を少し過ぎた所で、掴まれた。

 

そして、そのままGⅢは腕を全力で足元の方へ引いて行き、飛び蹴りの勢いを利用され加速したまま、鉄板に叩きつけられ――

 

「サエジマ ハヤト。存外に美しくねぇ奴だったな」

 

反動で浮いた状態で、顔を壊れかけのブリキ人形のような挙動で動かし、潰れかけた視界でソレを見た。

 

奴は、GⅢは左足を軸にして、つま先を180度捻って後ろを向きながら腰、背中、腕、肩、手首の力で同時に加速していく。

 

つま先に円錐水蒸気が発生しているが、まだ加速は終わらない。むしろ、これは始まりに過ぎない。

 

蹴る為の右足の太ももを振って加速、脛を振って更に加速する。まだ、終わらない。

 

つま先を超えて...足の土踏まず辺りに円錐水蒸気が発生。まだ、まだ加速していく......!

 

そして――踵を使い、更に加速。

 

円錐水蒸気は、徐々に奴のつま先から、足、踵よりも後ろへ消えていく。

 

 

――『桜花』、まで......!

 

 

 

「土産だ、受け取っておきな」

 

 

 

その声が聞こえたかと思えば――

 

 

 

俺は工事現場のフェンスを突き破って、道路を何度もボールの様に転がり、跳ねて――

 

 

 

隅田川の川底に、叩き込まれていた。

 

 

 

――――ズパァアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!!!!

 

 

 

銃声にも似た衝撃音が、遅れて聞こえてきた。

 

 

 

 

 



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二度目の『リターン』はやべーと思う

先ほど見たらUAが80000を越えてました(∩´∀`)∩

ありがとうございます!


意識が、混濁していく。

 

瞼が重く、俺を生かしている酸素は口から泡となって吐き出され続けていた。

 

身体は川の流れで揺れ動くが、流れない。

 

首を動かす事すら難しく感じるがなんとか動かして、川底を覗けば。

 

俺の左腕は川底に、深く――深く、肘よりも奥。

 

二の腕辺りまで突き刺さっていた。

 

体勢を少し変え、川底にうつ伏せになるように動き、右手を川底に押し付け、上半身を弓形に逸らして......

 

左腕を何度も半回転させ、引き抜く。

 

思ったよりも簡単に抜け、少し困惑したが――酸素が欲しい。

 

その一心で、川底を蹴りつけて、上を目指す。

 

真っ直ぐ上を伸ばしていた右腕が、水を突き抜け、風を感じ取った。

 

直後に頭が水面を破り、大量の酸素が俺を出迎える。

 

「――ブハッ!ハッ......はぁ、はぁ......」

 

死ぬかと、思った。

 

水が滴り、秋の夜風が体温を奪っていく。

 

絶え間なく痛みを知らせる左腕を極力動かさない様にして、整備された隅田川の川岸へ泳いで、辿り着いた。

 

落下防止のフェンスに手を掛け、身体を持ち上げる。

 

水を吸った防弾制服が、重い。

 

ただでさえ防弾仕様のせいで重いのに、水を吸って、余計に――重くなった。

 

片腕で懸垂をしてるような物で、体力を馬鹿みたいに浪費した後のコレは、堪える。

 

背に腹は代えられない。

 

俺は、左腕を持ち上げ、フェンスを掴み、今度は両腕で身体を持ち上げた。

 

左腕が軋んでいく音が、内側から聞こえる。

 

水なのか、汗なのか分からないが――滝の様に顔から流れ出ていく。

 

「う......お、おおおっ!!!」

 

思わず手を放しそうになるが、吠えて、耐えた。

 

あと、少し。

 

左腕がガクガクと震え、体重を支え切れていない。

 

その時、水のせいか、濡れた手がフェンスから滑り落ちた。

 

俺の体は、そのまま水の中へ吸い込まれるように落ちて、着水。

 

「はぁ......は......クソォッ!」

 

何やってんだ、俺は、と自分に問いかける。

 

キンジに追いつくんだろう、こんな所で水遊びしてる場合じゃないんだよ、と自分を鼓舞して、再びフェンスに食らいつく。

 

震える左腕の痛みなんて無視して、全力で体を持ち上げ、上半身がようやく、フェンスの頂点を越えた。

 

そのまま、上半身をフェンスの奥、街道の方へ倒していき、フェンスを掴んでいた腕を離す。

 

重力に引かれ、下半身がフェンスを乗り越えて、地面へ滑っていく。

 

やや重い衝撃が伝わり――俺はようやく隅田川から抜け出せた。

 

大の字になって転がり、荒い息を整える為に何度も深呼吸を行う。

 

アドレナリンが、頭が冷えてきたこともあってか、急速に沈静化していき、それに伴い身体中が痛みを訴えてくる。

 

上半身を、腹筋の力だけで起こして自分の身体がどうなっているのか見た。

 

左足は捻れ、踵が空を見ている。

 

右足は辛うじて無事、だった。比較的軽傷と言えばいいのか、肉が割けて血を垂れ流しているのだろう、制服のズボンが赤黒く染まり、地面を赤く濡らしている。ただ、それだけで済んでいる。

 

左腕は制服とシャツごと食い破られたのか、何もなく、素肌を晒している。所々が割け、その傷口から血液は留まる事なく流れ出し、夜風に晒されるだけで神経が痛みを訴える。

 

右腕は、打撲程度で済んでいるのか、痛みは感じず、動いてくれる。

 

そのまま右手だけで濡れた防弾制服を脱ぎ捨てる。

 

シャツも脱ぎ捨て、上半身だけ半裸になり――胴体の損傷を確認。

 

打撲痕や大小様々な擦り傷以外問題は無さそうで、一先ず安心した。

 

――皆、怒るんだろうなぁ。

 

力無く、夜の空を見上げて笑う。

 

ジャンヌやカナは本当に怒るだろう、キンジも、アリアも、きっとブチギレるんだろう。

 

でも――

 

「キンジに、追いつかないと」

 

――そう、決めたんだ。

 

俺は、自分の中で決めた事を、今一度思い出す。

 

 

 

 

 

キンジがこれ以上、戦わなくていい様に、俺が頑張るって。

 

キンジが普通の高校生になれるように、俺が助けるんだ。

 

――俺は普通でありたいなんて望まない。だから、普通を望んでる奴を、助けたい。

 

烏滸がましいかもしれない。キンジは頼んでないって言うかもしれない。

 

でも、俺は何時だってそうだった。

 

やりたい事を、やる。

 

成すべきと思った事を成す。

 

だから。

 

『リターン』。

 

二度と使うなと言われた、治癒の加速を――俺は躊躇いもなく使った。

 

 

 

傷が塞がり、骨は歪な形から徐々に正常な姿へ。

 

 

 

橋を架ける様にして筋肉や神経が紡がれ、治っていく。

 

 

 

だが、ただ治すだけじゃダメだ。

 

――もっと、強く。

 

たかがマッハの数倍程度の攻撃で傷つく肉体は必要ない。

 

――もっと、硬く、靭に。

 

肉体の変異を望みながら――

 

俺は、肉体の強度に愚痴を零している事を鼻で笑ってしまった。

 

本当は、心の奥底では。

 

あのピエロ野郎(GⅢ)が、俺の速度に追いついてきた事、それが只々不快だった。

 

――今までより、ずっと......速くッ!

 

その願いにも似た悲痛な叫びが、聞き届けられたのかどうかは分からない。

 

だが、治った俺の身体は――今までとは何処か、雰囲気が違った気がした。

 

数分前に比べ、かなり伸びた前髪をかき上げて、後ろへ持っていく。

 

後ろの髪は、背中を3分の1ほど覆う長さまで伸びている。触って理解できた。

 

立ち上がるべく、何の問題も無くなった左足を立て、右手を地面について力を籠める。

 

身体はすんなりと持ち上がり、起きられた。

 

ただ――

 

――......少し、重い?

 

俺はGⅢと闘った時よりも少し重くなった身体が、気になった。

 

水を吸って、制服のズボンが重くなっているだけかもしれない。

 

それに、今はそんな些細な事を、気にしているヒマはないだろう。

 

なぜなら――

 

「......あぁ?なんだ、思ったよりピンピンしてんじゃねぇか」

 

俺を『桜花』でぶっ飛ばした男......GⅢが目の前に居たからだ。

 

「じゃあ、俺は帰るぜ。ちと急用が出来たんでな」

 

「......逃がすとでも、思ったか」

 

「馬鹿。逆だ、逆。俺が、お前を、逃がしてやるんだよ」

 

そう笑いながら言って、GⅢはスカイツリーを指した。

 

「ヒルダが向かってる。キンジやアリアがやべーんじゃあねぇのか?」

 

「......嘘だ」

 

「いいや、マジだ。その証拠に――」

 

突如、街灯の灯りが消滅した。

 

いや――違う。街灯だけじゃない。

 

信号も、オフィスの電気も、家の明りさえも、消えていく。

 

――ただの停電......じゃない。

 

俺は、これを見たことがある。

 

アリアのかーちゃんを乗せた護送車を、追走していた時の、停電現象。

 

「......!」

 

間違いない。コレは――ヒルダの仕業だ。

 

「分かっただろ、さっさと行け」

 

GⅢはそれだけ言うと、身を翻し、闇に染まった街を歩き、消えた。

 

なぜ、見逃したのか。

 

それは分からないが......考えるのは後だ、今は一秒でも早く、キンジたちと合流するのが先だ。

 

駆け足でスカイツリーへ戻っていくと、工事のフェンスは道路に散乱し、内部の工事現場は血で汚れ、鉄板は凹んでいる。

 

うわぁ、やっちゃったなぁ、なんて思いながらも足を止める事は無く、ライトを照らしてデュランダル・ナイフが突き刺さった場所まで歩いていき、引き抜く。

 

仮設エレベーターに乗り込み操作盤のボタンを押すが、反応がない。

 

カチ、カチと押す音だけが虚しく響いて作動はしない。

 

「――停電のせいか」

 

外に出て、梯子を探そうとしたが――

 

突如、金網が閉まり、電力が戻って......操作をしていないのに、エレベーターは急上昇していく。

 

何が起こったのか見れば、エレベーターの至る所で、紫電が迸っている。

 

時折火花を散らしたそれを不安気に見つめるが、エレベーターは酷い揺れを起こしながら登っていく。

 

 

 

エレベーターが限界高度に到達し急停止すると、余りに強い勢いを受け姿勢を崩し、背中をエレベーターの床に叩きつけられた。

 

金網がバチバチと異音をたてて軋みながら開いていく。

 

身体を起こし、エレベーターから恐る恐る出ていくと――

 

「――久しぶりねぇ、サエジマ」

 

女の声が響き......強く、身を裂くような一陣の風が吹き抜ける。

 

赤銅色の工事現場に掛けられているカバーが裂け、そこから、黒い物体が入ってきて、翼のような物を羽搏かせ更に加速、俺目掛けて飛んでくる。

 

あれは――!

 

見間違えるワケもない。

 

「ヒルダ......!」

 

俺の目が見たモノは、傘こそ持っていないが、先日の襲撃者。

 

名前を呼ばれたことで不快そうにヒルダは眉を寄せて俺に急接近し、首を掴んだ。

 

避ける事すら儘ならず、その細腕からは信じられない程の力で絞め上げられていく。

 

そのまま身体が浮いて――ヒルダが突き破ってきた方向とは逆へジェットの噴射に似た勢いで突き進んだ。

 

カバーを突き破り、急停止。

 

そのまま螺旋を描きながら、スカイツリーの周りを回っていく。

 

徐々に、徐々に――高度を上げながら、建設途中の最上部を目指して飛翔。

 

ヒルダが羽のような翼を力強く振るう度に、身体を撫でる風が冷たく、鋭くなっていく。

 

高く、高く――竜巻に巻き込まれたかの様に上へ引き上げられる。

 

現在、完成している第二展望台付近まで連れて行かれた俺は......

 

首を絞められたまま、ヒルダを睨みつける。

 

ヒルダは俺の視線に気付き、此方を見ると「気持ち悪い」と言い俺を、上へ放り投げた。

 

無重力のように一瞬だけ体が浮き、すぐに落下を始める。

 

――落ち、る!

 

何の抵抗も出来ず、ただただ風を切って落下していく。

 

せめて受け身でも取ろうと、衝撃に備えようとするが、ヒルダはそれを許してはくれなかった。

 

「飛ぶことすら許されない存在......地に、伏せなさい」

 

落下していく俺の上に、羽を広げて滞空したヒルダは、指先を俺に向け、そこから小さな光の珠を作り出し――撃ち出した。

 

眩い光を放つ、この珠の正体は、電撃。

 

避けようにも動く事が出来ず、ガードを取れば受け身も出来ない。

 

しかし、攻撃を食らえば受け身を取る事すらできなくなる。

 

俺はただ、その電撃が俺に当たるまでの、猶予時間を過ごす事しかできなかった。

 

そして――

 

電撃が、身体に吸い込まれた。

 

全身が痙攣し、跳ねる。

 

ずぶ濡れになった身体が、更に電撃の威力を上げた。

 

岸に打ち上げられた魚の様に痙攣する俺は、第二展望台の地面に、頭から落ちていく。

 

地面は、すぐそこだ。

 

 

「――隼人!」

 

その声に、目を見開く。

 

痺れた身体が、ぐるりと向きを変えて数度回る。

 

勢いが削がれ、そのまま床へ投げ出された俺は、困惑しながらも地面を転がり、止まった。

 

なんとか顔を動かして、俺を助けてくれた――キンジの方を見る。

 

「助かったぜ、キンジ」

 

「気にするな、それよりお前......使ったな?」

 

「じゃなきゃ死んでた」

 

上空を見上げてヒルダの追撃が無いか警戒するが、追撃は来ない。

 

その間に痺れが収まり始めたので――まだ少しふらつくが――立ち上がり、首を鳴らし肩を回し、つま先で地面を数度叩く。

 

――よし、動ける。

 

自分の身体に動作不良がないか確認してから、周囲を見回す。

 

ここは、吹き曝しの450m――第二展望台の付近は、冬の雪山の様に寒かった。

 

気温というのは100m毎に0.6度ずつ下がっていくらしい。

 

吹き抜けていく風は次第に強さを増していき――

 

周囲に建物がないから、雪山に立っている気分になってくる。

 

上着は無く、濡れた身体を撫でる風は通常の何倍の速度で体温を奪っていく。

 

かなりきつめの寒さを感じて鳥肌が立ち始める。

 

それを受けて、俺の身体は体温を高める為に、シバリングを数度繰り返す。

 

その時、

 

「ハヤト」

 

後ろから甲高いアニメ声が聞こえ、振り返るとそこにはアリアが居た。

 

「アリア?無事だったのか」

 

「ええ」

 

「ワトソンの野郎は?」

 

俺の質問に、キンジが近付いてきて、

 

「ヒルダの奇襲を食らって、ダウンだ。俺が隠した場所で寝てる」

 

と、答えた。

 

「成程ね」

 

程よく身体が温まった所で、もう一度周囲を見渡すと――

 

機材は周辺に片付けられていて、丸くコンクリートの床が広がっている。

 

照明はあまり明るくはないモノが、あちこちにあって、床を不規則に照らしていた。

 

空を見上げてヒルダを警戒するが、姿は見えない。

 

その代わり、北側の一角に祭壇のようなものがある。

 

――いや、祭壇じゃない。

 

通常のもの、俺が知っているソレよりも遙かに大きいが、あれは......棺桶だ。

 

漆黒の棺が、鮮やかな深紅の薔薇で飾り付けられている。

 

その薔薇は――かつてブラドがアリアと名付けた新種の薔薇。

 

それが大量に集められて、棺桶を埋め尽くす様に添えられている。

 

その周囲には霞草代わりなのか、絡み合うツタ植物がこっちの足元近くにまで伝っていた。

 

「ハヤト。キンジには既に話したけど、ヒルダと話をするわ」

 

「何ィー?俺ァ、奴に殺されかけたんだが?正気かよ」

 

「あんなの超常的存在からしたらお遊びみたいなものでしょ?一々相手にしてたらキリがないわ」

 

「......だとしても、だぜ。そんなイキナリ、はいそーですか、で仲良く出来るのかよォー?」

 

「戦うだけが武偵じゃないわ。交渉できるならして、『師団』に寝返らせる......までは行かなくても、ヒルダとバスカービルの間で、不可侵協定ぐらいなら結べるかもしれない」

 

「......」

 

「ハヤト?」

 

「おい、キンジィー......」

 

「どうした、隼人」

 

キンジが答えながら振り返った瞬間。

 

俺は全力で――アリアを後ろ蹴りで蹴り飛ばそうとした。

 

だがそれは虚しく空を切り――俺の伸びきった右脚に乗ったアリアは、妖艶に笑い、飛び退いた。

 

「隼人!?何やってんだ!」

 

キンジが俺の胸倉を掴み、殴りつけようとする。

 

「何やってんだって言いたいのは俺の方だぜェ、キンジィー」

 

顔を寄せてきたキンジに目を合わせる事もなく、棺の方へ遠退いたアリアを睨み続けた。

 

「どういう事だ」

 

キンジは、HSSの亜種のせいか――いつもの女を口説くキンジとは違う様で、頭が上手く回らないらしい。

 

このアリアは、アリアじゃあない。

 

なぜなら――

 

「おいアリアよォー......どうしてオメーが――」

 

俺は胸倉を掴み続けているキンジの腕を振り解いて、ある一言を突きつけた。

 

「――『師団』と『眷属』の件を知っている?まだ、オメーには話してない筈だぜ」

 

その言葉に、アリアは......

 

「これだからお前は来てほしくなかったんだ、隼人」

 

棺の陰から取り出した鎖を伸ばし、キンジの首を縛って――真鍮の錠前を掛けようとしていた。

 

それを妨害するべくアリアに成りすました奴を蹴り飛ばそうとするが、その行動を妨害するかのように空中で電撃が弾けた。

 

バチバチィィイイッ!!!という放電音が聞こえ、即座に後退。

 

キンジを捕縛したアリアらしき者と、俺の間に影が出来て......フワリと上からヒルダが降りてきた。

 

「少しシナリオとは違ったけれど――上出来よ、理子」

 

ああ、畜生。

 

――連戦か!

 

 

高度450mの塔の上、暗雲立ち込める中。

 

俺たちの、今日の2度目の戦いが始まった。

 



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吸血鬼が強化されるとかやべーじゃん

捕まったキンジと、近くにいるアリアの格好をした理子。

 

そこからかなり離れた位置に俺。

 

キンジたちと俺の間に、ヒルダが俺の方を見て居座っている。

 

「――私は、ワトソンとは戦いたくなかったの。だからトオヤマ、お前がワトソンと闘うように仕向けた。お前は普段愚物でも、ここ一番の勝負に強い所があるから――予想通り、あの法化武装を持つワトソンを上手く露払いしてくれたわ。サエジマに関しては、まさか――GⅢが来るとは予想すらしてなかった。けれど、いい傾向ね」

 

ワトソンはキンジを騙し、ワトソンはヒルダに騙されていた、ってことか。

 

まるで化かし合いだ。

 

俺たちは今まで迫り来る敵をただ、倒して進んでいたが――これからはそうじゃないらしい。

 

騙して、化かして、襲わせる。

 

この『戦役』には、そういうやり方もあるのか。

 

「この塔の名前は『天空樹(スカイツリー)』とか。お前たちはその樹木を這い登るアブラムシの様だったわ。ほほほほほほっ......お前たちは一生、這い続けていなさい。私は――翔ぶ――」

 

ばさぁ!

 

ヒルダは1m程の、羽のような翼を広げた。

 

その人ならざる異形の影が、構えたままの俺を覆っていく。

 

何度も翼を羽搏かせると、奴の足下に下降気流が作り出されて――

 

その風が棺の周囲の薔薇を吹き飛ばし、その下に隠された物が晒し出される。

 

「......アリア......!」

 

キンジも見ていたのか、倒れたアリアを見て驚愕の声を漏らした。

 

薔薇で隠されていたアリアは、ツインテールごと体に鎖を巻かれ、口を布で縛られている。

 

そのアリアの足首を、取り出した鞭を巧みに捌き、絡めとったヒルダは――

 

翼でバランスを取りながら、鞭を振り回してアリアを放り投げた。

 

「!」

 

10m近く吹き飛ばされたアリアは棺に頭をぶつけて、目を回している。

 

「残念だったねぇキーくん、ハヤッチー。相手が悪すぎるよ」

 

倒れたアリアを見下した理子が、顎の下に手を這わせてベリベリとマスクを剥がしていく。

 

キンジはソレを見て息を呑み、

 

「......なんでだ、理子!なんで、お前が、ヒルダに!」

 

首に掛けられた鎖を派手に鳴らし、吠える。

 

「理子。お前には、私にはない技術と能力があるわ。私は、それを高く評価していてよ。だから私はお前を遺伝子としてではなく、ドラキュラ家の正式な一員......私に次ぐ次席として取り立てるわ」

 

「......」

 

理子は複雑な表情をしながらも、決して抗う様子を見せない。

 

――理子ォ......!テメェ、またそうやって、敵対すんのかよォ......!

 

こめかみに血管が浮き出て、怒りが込み上げてくる。

 

「それに......お前は、とても愛らしい。お前は昔から私を憎悪しつつ、憧れていたのでしょう?その色が隠し切れずに混じり合っていて、私の心を疼かせるの」

 

ヒルダは理子の近くまで歩き、白い指で理子の頬を撫でた。

 

お気に入りの人形を愛でる様に、何度も何度も......優しく。

 

「ごめんなさいね、理子。かつてはお父様の手前、お前を犬の様に扱ったけれど.......それは本心ではないのよ」

 

深紅のマニキュアをした指が、なされるがままの理子や頬を撫でる。

 

「トオヤマとの間にも色々とあったようだけど、全部忘れなさい。男なんて、下らないわ。それに私が殺さなくても、トオヤマはいずれ『眷属』に殺される運命もあった。サエジマも、そう。だから、あなたに罪はないのよ」

 

キンジを見そうになった理子を、ヒルダが胸に抱き寄せた。

 

「もう過去を振り返る事はやめなさい。お前も知っての通り、このイヤリングには――」

 

ヒルダが、理子の片耳に付いたコウモリの形をしたイヤリングに触れる。

 

「ドラキュラ家の、正式な臣下の証。お前が外そうとしたり、耳を削ぎ落そうとしたり、私が一つ念じたりすれば、弾け飛ぶ。そうなれば、中に封じられた毒蛇の腺液が傷口から入り――お前は10分で死ぬわ。コレは裏切り者を再度取り立てるとき、浄罪のために付ける決まりになっているものなのよ」

 

――ゲスめ。

 

「そんなモノを付けて......操っていたのか、理子を......!」

 

キンジは上体を押し上げようとするが、起き上がれない様だ。

 

鎖が重いのかもしれない。

 

「キーくん、ハヤッチー」

 

ヒルダの腕の中から出てきた理子が、俺たちに言う。

 

「理子も――いろいろ考えたよ、これを付けられてから」

 

考えた......か。

 

「理子は元々、怪盗の一族。キーくんたちとは違う、闇に生きる......ブラドやヒルダ側の人間だったんだよ。それがいつの間にか、キーくんやアリアたちの側についてた。理子は、人としてブレてたんだ」

 

理子はキンジを見下ろしている。

 

「ヒルダは闇の眷属。生まれながらの悪女だよ。でも......自分を貫いている。ブラドが捕まって、最後の吸血鬼になったのに......誰の庇護も無く、戦い続けてる。理子よりずっと、自分が何者なのか分かってる」

 

理子......お前。

 

「それにヒルダは、仲間には貴族精神をもって接してくれる。変装食堂の衣装を作った夜......ほんとはね、理子はヒルダに会って交渉してたの」

 

あの夜......呼び出されて出ていったが、そこで接触されていたのか。

 

「その時は物別れになったけど――理子は驚いたんだ。ヒルダの態度はとても丁寧だった。理子が『眷属』と同盟する条件を指定しても良い、とまで言ってきた。その後外堀通りで戦ってから、理子はヒルダとまた話したよ。その時はもうこのイヤリングがあったから従うしかなかったけど......理子は、『組むなら、あたしを4世と呼ぶな』って言ったんだ。そしたらヒルダは――それから一度も、理子を『4世』とは呼ばなくなった」

 

俺たちに語る理子の背後に降り立ったヒルダは、満足そうに目を細めた。

 

そして理子の頭を撫でながら、何かを言おうとした時――

 

「......一通り聞かせて貰ったわ」

 

その言葉に、全員が声のした方向を見る。

 

そこには――眠剤が抜けたのであろう、噛み切った布を吐き捨てたアリアはハッキリとした目つきで理子を見上げていた。

 

「理子。あたしは......アンタを責めはしない。誰だって命は惜しいものよ」

 

そうだ。命は、何にも代えられない。

 

「でもね理子。貴族として言わせてもらうけど、ヒルダの貴族精神は見せかけのものだわ。アンタには随分甘いらしいけど、それは言う事を聞かせるためにキャンディーをあげてるのと同じこと。アンタはソイツに見下されて、子供扱いされてるのよ!」

 

ヒルダの目が、図星を突かれたのか――鋭くなる。

 

――オイオイオイ、まともに動けないのに挑発とか死ぬ気かよ。

 

「誰も言わないなら、あたしが言ってあげるわ。ヒルダはアンタをその殺人イヤリングで奴隷にしてるだけなのよ!」

 

ヒートアップするアリアに、ヒルダは――

 

「人間の分際で......高等種族の吸血鬼に、偉そうな口を利くわね......」

 

怒り出した。

 

「アンタはちっとも高等じゃない!教えてあげるけどね――イギリスでは1833年に奴隷制度廃止法が成立してるわ。アンタは150年は遅れてるのよ!人間は、奴隷制度なんかとっくに卒業してるのっ!」

 

――1つツッコミを入れたいが雰囲気じゃないしな。

 

キンジはアリアを見て何かを言いたそうにしているがきっと俺と同じことだろう。

 

「それにね、理子」

 

アリアは理子の方を向き、縛られたままぴょんぴょんと跳ねて暴れ出した。

 

「あたしは、ママの裁判があったから、アンタと利害関係があった。別件で裏切られても、理不尽には思わない。でも、キンジは、ハヤトはどうなのッ!アイツらとアンタの間には、命を張るほどの貸し借りはなかったはずよ。それなのに、キンジは何度もアンタの命を救った!ハヤトは嫌ってるアンタの為に立ちあがった!アンタは、そんな奴なんかより!私たちを信頼すべきだわ!」

 

アリアは陸に揚げられた魚のように跳ねている。

 

「信じないで、罠に嵌めるっていうなら――キンジの相棒として、ハヤトの仲間として、あたしもアンタと闘う義理があるんだからね!覚悟しなさいよっ!」

 

アリアは何度も跳ねながら、少しずつ......鎖から抜け出ていく。

 

それに気付いたキンジが背中を使ってアリアの動作をヒルダから隠し――

 

「オシオキしてあげるわ、理子。そこのヒルダと二人並べて、ねッ!」

 

鎖から抜け出たアリアは、すかさずキンジの背からクルス・エッジを引き抜いた。

 

――ワトソンから、借り受けたのか?

 

それを見たヒルダは少し眉を寄せ......

 

アリアがキンジを飛び越え、その手に握られたクルス・エッジが、流星の如く突き出された時。

 

「――フン、無駄無駄。何時までも吸血鬼たる私が、そんな明確な弱点を残しておくワケないでしょう」

 

ヒルダは以前とは打って変わって、それに怯える事は無く......

 

突き出してきたアリアに電撃を浴びせ、アリアが怯み放してしまったそれを、手に取る事なく鉄扇で弾いた。

 

「下等な――人間の分際で」

 

感電のせいで痙攣するアリアをヒルダは引き寄せ、パニエをスカートを思い切り跳ね上げつつ、ハイヒールの足で蹴り飛ばした。

 

再び棺に衝突したアリアは、電流とキックの衝撃が相まってか、完全にノビてしまっていた。

 

空中に投げ出されたクルス・エッジを、ヒルダは一瞥して......

 

「こんなモノに、私は怯えていたのか」

 

と、苦々しい表情をして......腰に付けていた鞭を引き抜き、クルス・エッジの刀身、腹目掛け鞭を直撃させた。

 

クルス・エッジは途轍もない勢いで吹き飛ばされ、暗闇に光る刀身が飲み込まれていき、目視することが出来なくなる。

 

ここで、今の状況を改めて確認する。

 

キンジは動けず。

 

対超能力者戦闘豊富のアリアはダウン。

 

理子は裏切り。

 

ヒルダは恐らく、俺の血でパワーアップしてる。

 

動けるのは――俺だけ。

 

キンジを見ると、キンジは瞬き信号を俺に送ってきた。

 

『ジカン カセゲ』

 

『ドレ ダケ』

 

『カセゲル ダケ カセゲ』

 

手短に意思疎通を済ませ、俺は息を軽く吸い込み、理子に向けて話し始めた。

 

「おい理子ォー!」

 

その呼びかけに反応したのは、理子だけでなく。

 

俺から目を逸らしていたヒルダも、俺の方に顔を向けていた。

 

「オメーは本当に、ブレブレだな」

 

「――ああ、そうだろ?」

 

俺がそう言うと、自嘲した様に理子は俯いてしまう。

 

「ああ、そうだ。でも、しょうがねぇよ。死にたくねぇんだろ、普通だよ」

 

俺の言葉を妨げるものは何も無く、静かに声が通っていく。

 

「――俺もさ、長くもって半年らしいんだよ、寿命」

 

このタイミングで、俺は誰にも話さなかった事を話した。

 

その話を聞いたキンジやアリアは勿論、理子や――挙句の果てにはヒルダまで目を見開いているのが見える。

 

「能力を使えば、使うほど。俺は人間としての寿命は短くなっていくらしいんだ」

 

「は?......はぁ!?おい、隼人!お前、お前ぇ!治癒能力の加速を、使ったんだろ!そんな事すれば!」

 

キンジが、鎖を鳴らしながら吠える。

 

「ああ、長くは持たないだろうな。どれだけ縮んだか――分からない」

 

だが。

 

「でもよ、俺はさ、俺のやりたい事をやってんだよ、何時もよォー」

 

ニヘラ、と崩した笑みを浮かべてキンジを見る。

 

「だから、この選択に後悔はないぜ。何せ俺が自分で決めたことだからなァ。俺は、死ぬまで超偵、武偵として生きていく......そう決めたんだ」

 

そこまで言い切って、再び理子に視線を合わせる。

 

「俺が、そういう選択をした様に――理子、お前の選択も、お前が決めたなら間違いなんかじゃねぇんだよ」

 

だから、そんな顔すんなよ。

 

泣きそうな顔したって、何も変わらないんだから。

 

「そう。――そう、そう、そう!サエジマ、お前の寿命は残り少ないのね!?すぐに死んでしまいそうなほど儚い存在なのね!?」

 

ヒルダは俺の話を聞いて、テンションを上げていく。

 

「だから、何だよ」

 

俺がそう言うとヒルダは嬉しそうに笑い声をあげて、

 

「ほほほほほほっ!決まっているでしょう!お父様の仇ではあれど、利用価値は十全にあるお前を、死なせてたまるものですか。いい、サエジマ?私と理子に、味方なさい」

 

俺にキンジとアリアを裏切るよう、言ってきた。

 

「――断る」

 

「いいえ、断れない筈よ。此方から提示する条件は――吸血鬼の『不死性』。これさえ手に入れれば、後はお前の意志一つでどうとでも変わっていく。深まっていく。どう?欲しくは、ないかしら」

 

ヒルダが交渉に切り出したカードは、俺の心を、軽く......いや、強烈に揺さぶった。

 

――不死性。

 

それさえあれば、俺は永劫の時を生きていられる。

 

自分の能力に殺される事も無くなる。

 

――それでも、断る。

 

そう言おうとするが、言葉が出ない。

 

「迷う必要など無いでしょう。お前は生き続けられる。能力も使える。その代わり――『眷属』に身を染めるだけ。ただそれだけの話......」

 

 

 

迷う必要など、無いでしょう?と、ヒルダが訊いてきた。

 

 

 

「......本当に、本当に、『不死』になれるのか」

 

 

俺は口を開き、言葉を漏らす。

 

 

それを聞いたヒルダは、不敵に笑う。

 

 

「......ええ、勿論よ」

 

 

――そう、か。

 

 

 

 

「俺が『眷属』に付けば、お前はバスカービルを狙わないか」

 

 

「ドラキュラ家の名に誓うわ。お前が来るのなら、私はバスカービルを襲わないし、不利になるような行為の一切をしない」

 

 

「......随分と温いんだな」

 

 

「これでWin-Winの関係でしょう?お前は不死身になり、バスカービルは私に襲われない。私は幾らでもお前の血を吸える。迷う必要は無くなったと思うけれど......敢えて、お前の口から、答えを聞かせてもらおうかしら」

 

 

ヒルダは笑い、ヒールの音を鳴らしながら、俺の目の前までやってくる。

 

 

 

その手には、コウモリの形をしたイヤリングが握られていた。

 

 

 

「――ああ、そうだな」

 

 

――しっかりと、伝えてやらねぇと。

 

 

 

「隼人!考え直せ!」

 

 

 

ヒルダの後方で、床に伏したままキンジが叫ぶ。

 

 

 

俺はそれを聞きながら、ヒルダを見て、告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――だが、断る」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――な」

 

 

 

音を発すると同時、俺は――射程に入っていたヒルダの腹部を狙い、全力のコークスクリューをぶち込んだ。

 



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やべー限界突破!『スーパーチャージャー』

隼人の成長に伴って【成長系チート】タグを追加しました。


「――どういう事かしら、サエジマ」

 

腹部を殴りつけられ、吹き飛んだヒルダはその背中から生えている翼を使い、空中で姿勢を制御した。

 

空中に浮いたまま、俺を睨みつけている。

 

「決まってんだろこのヤロー......俺は人間で、武偵だぜ。一般市民の敵みたいな奴を野放しにするワケねーだろ」

 

それに、と言葉を続ける。

 

「今の俺はケッコーむかっ腹が立っててなァ......」

 

「一時の感情の渦に呑まれて、『不死』を捨てるとは。やはり人間は愚かね」

 

「......病院」

 

「......?」

 

俺がポツリと漏らした言葉に、ヒルダは真顔になる。

 

「テメーのせいでよォー......病院まで停電してるじゃあねぇか」

 

後ろ髪を掻きながら、眼下を見た。

 

そこには、暗闇に沈んだ東京の街並みが広がり――その中に、病院があった。

 

流石にこんな夜遅くだ、手術も終わっているだろう......それ以前に入院している病院が違うかもしれない。

 

だが、もし――もしもを考えると、俺の中に渦巻く怒りが収まることは無かった。

 

むしろ、逆。

 

怒りは激しく燃え上がり、俺の中の俺が轟き叫ぶ。

 

――奴をぶちのめせ。

 

頭の中を過るのは、ほんの数十分の交流。

 

車椅子に乗って、男に連れられていた少女、しおりちゃん。

 

重い病気を患いながらも、必死に生きようとしていた、あの子の、希望が。

 

今!目の前でッ!

 

このヒルダという理不尽に、奪い取られたッ!

 

もしも今、手術中だったとして......停電のせいで手術の続行が出来ず、万が一の事があったら......そう思うだけで、背筋が凍る。

 

あまり関わりがないと思うかもしれない。

 

だが、あんな小さな女の子が、足掻いているんだ。

 

恐怖に耐えて、前に進もうと決意したんだ。

 

男は手術を『希望』と言った。

 

それが、おそらく、最後に縋る物だったのだろう。

 

それを――こんな、事で......『師団』と『眷属』の小競り合い程度で、奪われていいワケがない!

 

決めたぞヒルダ。

 

俺は武偵だ。戦えない全ての人達の為に、立ち上がる存在。

 

異形を屠り、悪を斬り捨て、罪を犯した者を捕らえる。

 

俺は――その武偵の中でも極めて特別な超偵だ。

 

超能力と呼ばれるソレを使い、超常的な犯罪を起こす奴らを1人残らず捕まえる。

 

ヒルダは、超能力者かつ、大勢の非武装市民を脅かした巨悪だ。

 

「そんな事、私の知った事ではないわ」

 

――俺はお前をぶっ飛ばす。

 

真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす、右ストレートでぶっ飛ばす。

 

加減もクソもない。最初から全力全開で、ぶっ壊れたドラッグマシーンみたいに駆け抜けてやる。

 

「――......命を、燃やすぜッッッ!!!」

 

『アクセル』、スタート......!

 

 

そして、ここから――!

 

 

 

 

前に一度だけ使って、心臓が破裂するかと思って使うのを止めたソレ。

 

酸素中毒......意識喪失に加え呼吸困難と胸の痛みを受け、死にかけた技を、今一度使う。

 

今なら、GⅢとの戦いで負った傷を治す為に無理矢理やらかした今の俺なら。

 

多分、いけるはずだ。

 

『スーパーチャージャー』、スタート。

 

心臓が一気に縮み――急激に膨張する。

 

身体が軽く跳ねて――鼻、口、皮膚が大量の酸素を吸い始める。

 

体内に送られてきた酸素は高濃度に圧縮され、超スピードで動く俺の身体が......より速く動くために必要な燃料に変わっていく。

 

脳に一気に負荷がかかって意識を手放しそうになるが――耐えた。

 

鼻や口から一気に血を吐きだすが問題なし。

 

骨が軋み、筋肉が膨張し、皮膚が硬化し始めた。

 

神経は痛みを感じる事を煩わしく思ったのか――骨が軋む感覚も、筋肉が張っていく感覚も、夜風が肌を撫でる感触も消えていく。

 

心臓はポンプで、全身の血管は配線。筋肉は動力。

 

肺は圧縮装置で。血管は燃料供給管。

 

心臓が脈打つ速度が速くなっていく。

 

体温が上がっていく。

 

まるで灼熱の溶鉱炉の様になった俺の身体から吐き出されたモノが夜風に晒されて蒸気のようになり、溶け込む。

 

高濃度の酸素が目に負担を掛ける。

 

潰されるような痛みに耐えながら、真っ直ぐヒルダを睨んだ。

 

雰囲気の変わった俺を見て警戒したのか、ヒルダは顔色を変えて大きく、その翼を使って飛び退いた。

 

全身が燃え滾っている錯覚に陥る。文字通り、本当に命を燃やしているような感覚を受けた......が、知った事ではない。

 

「――待たせたな、ヒルダ。準備はいいか」

 

今はただ、目の前に居る人ならざる異形を打ち倒すのみ。

 

まだ未体験の衝撃、見せてやるよ。

 

例えるなら、そう。

 

きっと――突然現れた、魔法みたいに見えるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ヒルダ視点――

 

それは、元は人間だった。

 

いつも見下してきたはずのソレだったはずだったのだ。

 

だが......目の前にいるアレは、なんだ。

 

目の前にいた人間、サエジマは――全身から蒸気のような物を上げ、その身全てを覆い隠している。

 

そして、その蒸気で出来た霧の中に.....赤い双眸が、線を引く。

 

それが少々不気味で、距離を取れと第六感が囁いた。

 

この距離なら、奴も迂闊に近づいては来れない......だろう。

 

「――■■■■■、■■■......■■■■■■」

 

――何?

 

奴は、今何か、喋っ

 

 

 

 

 

 

 

気付けば、私の頭部は右半分を残して消滅していた。

 

音は無く、衝撃すら皆無。

 

無くなっていたのだ。

 

残された右目が、異常を捉える。

 

何も無かったはずの空間に、サエジマが蒸気を曳きながら現れ――私の左側の顔へ、拳を打ち払った。

 

それに疑問を抱く......

 

 

 

よりも先。

 

 

私は自分の下半身を置き去りにして、地面を何度も跳ね、何時の間にか空を舞っていた。

 

痛みを感じて右目で肩越しに背を見れば背中に私の翼は存在せず、遙か下方に『天空樹』の最上階に置かれてある棺桶が目についた。

 

私は、何時の間にこれ程の飛翔をしたのだろうか。

 

疑問を感じた時――顔に痛みを感じ、次いで、無くなった下半身と繋がっていた部分が悲鳴を上げた。

 

更に、背中と翼が生えていた場所が軋むように痛み始める。

 

ここまで来て、私はようやく――自身の異常性を正確に認識できた。

 

「――......あ、ああ......ああ、ああ、ああ!ああ!!あああああああああ!!!!」

 

顔が!脚が!翼が!

 

完全な私の、完全な造形が!

 

奪われた、破壊された!

 

――誰に、誰が、どうやって、サエジマが、どうやって、どうして、見えなかった、感じなかった、触れられなかった、なんで、なんで、なんで!

 

視えなかった事が、知覚すら出来ずに吹き飛ばされた私は恐怖にかられる。

 

私のおよその落下地点で在ろう場所に――ゆっくりと、蒸気を纏ったあの男が悠然と歩いてくる。

 

翼も無くなり、錐揉み回転をしながらただ落ちていく私を、あの男は......待ち侘びていた。

 

顔らしき部分を天を見るように見上げ、赤く染まった目のようなナニカが2つ、白く垂れ込むような霧の隙間から覗いている。

 

 

私は、

 

 

 

何か対抗しようとして――やめた。

 

 

違和感を感じて顎を引いていき、残った上半身を見れば。

 

 

そこには直径30㎝ほどの縦に長い楕円状の穴が開いていた。

 

信じる事が出来ず、呆然と、落下していく中で......

 

どうやったかは知らないが、私のいる高度まで跳躍したサエジマがやってきて。

 

 

私の身体をすり抜け、先ほどまで私が居た場所を蹴る動作をした。

 

そして、ゆっくりと重力に引かれて、落ちていく。

 

私を見下しながら、降りてくる。

 

 

 

 

 

 

そして――――ようやく気付いた。

 

 

 

 

 

今、私を見下ろしているこのサエジマは、

 

 

 

 

 

 

 

残像だと。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は短いです(´・ω・`)


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デメリットとやべー反撃

なんかすごいお気に入り登録増えてるんですけど何があったんですかね?



身体から噴き上がる蒸気を振り払い、全力でヒルダ目掛け、力強く地を蹴る。

 

踵を上げて、左脚を前へ。

 

左の足がしっかりと足場を踏み、次の一歩を踏み出す為の力が溜められていく。

 

そして、右脚が左の足を追い越して――身体がそれに引っ張られ、前に進む。

 

踵が浮いて、つま先で地面を蹴りつける。

 

その時、身体を動かす最高効率のパワーが、地面に向けて弾けた。

 

突如左脚がずん、と沈み――体幹が崩れる。

 

「!?」

 

何があったかと思い浮遊感を感じる左脚の方へ目を落として見れば、蹴りつけたはずの足場は砕けていた。

 

礫ほどの大きさに砕かれた足場の破片が空中で静止しており、代わりに削られた穴に、俺の脚が引き摺り込まれる様に嵌っている。

 

――ああ、蹴る力が強すぎたのか。

 

地面に叩きつけられるはずの上半身を両腕で受け止め、倒立をする様に下半身......左脚を丁寧に引き抜く。

 

持ち上げられた下半身が空を向いた所で、体の向きを変えて、側転。

 

なるべくゆっくりと、気を遣いながら着地して、今度は上手い具合に地面をしっかりと蹴る事ができた。

 

気を取り直して再びヒルダに接近すべく、地を駆けていく。

 

ほぼ3歩ほど走った所で、ヒルダの目の前へ。

 

そのまま止まる事なく、全力の右ストレート。

 

殴りつけた右腕がヒルダの左目へと突き刺さり――

 

「――ぐ、ぬぅ!?」

 

右手の人指し指と中指の中間が、裂けた。

 

殴りつけた時、ヒルダの皮膚はまるで厚さ20cm強の鉄の塊を殴りつけたかのように硬かった。

 

破損はそれだけに留まらず、伸ばしきった右腕は殴りつけた衝撃を逃がす事が出来ず右腕全てに伝達していく。

 

内側から伝わった衝撃が腕へと走り、骨が軋み、罅割れ――筋肉が膨張し弾けた。

 

まるで間欠泉から噴き上がる水蒸気の様に血管から零れた血液が霧状になり大気に霧散する。

 

肩が嫌な音を立て――右腕全体に力が入らなくなり、伸ばしきっていた腕はだらり、と重力に引かれて垂れさがった。

 

恐らく脱臼したのであろう、何時もより伸びたその右腕を一瞥して、俺は左腕を構えた。

 

かなり強烈な一撃を撃ちこんだ筈だが、何とも無さげに立つヒルダを睨みつける。

 

――次のは、どうだ!

 

これがダメなら、次の攻撃へ。

 

休む事のない連撃をやるしかない。

 

そう判断した俺は、姿勢を低くし斜め前方、ヒルダの右手側を抜けていく様にスライディングで移動。

 

右膝をブレーキ代わりに使い、即座に停止。

 

そのまま右膝を軸にして回転。左脚で地面を蹴って更に回転力を上げる。

 

独楽みたいに回転し、欲しい速度まで行った所で左腕を伸ばし、ヒルダの背中に狙いを定め手刀を放つ。

 

手刀がヒルダの背中に当たった瞬間、掌の骨が折れる。

 

被害はそれだけで無く、当然伸ばした腕にもそれは伝わった。

 

伸びきった腕は肘ごと右回転しながら上へ行き、肘が曲がらない方向へ曲がり、折れた。

 

「――う、ぐ......」

 

痛みとは別の、何とも言えない......このまま、この感覚を無視し続ければ死に至れるような気がする妙な何かが俺を襲った。

 

喉が真綿で締め上げられていくような、水中でずっと酸素を吐き続けていくような感覚。

 

簡単に言ってしまえば呼吸が出来ない、いや......難しいと言えばいいのか。

 

それに苦しめられつつも、目の前に、背中を見せて整然と立っているヒルダを見た。

 

眼前にはコウモリの羽のような翼。

 

これを使って逃げられても困る。

 

脱臼で使えなくなった右腕を恨めしく思いながら軽く流し見て、次に何とか肩は上がるが腕が曲がらない方向に曲がり切った左腕を見る。

 

両腕は使えなくなってしまったが、まだ両脚がある。

 

幸いにも俺の両脚は、腕に比べて頑丈らしく、その耐久性は地面をぶち壊してもピンピン動いてくれるのだ。使わない手はないだろう。

 

右脚を翼に向けて振るえば、つま先――足の甲の辺りがまるでバターに食い込むナイフの様に、翼へ刺さる。

 

そのまま脚を引き上げれば、何の抵抗も無く脚は上がりきり、翼はヒルダの背から生えている部分から綺麗に裂けて宙へ浮いた。

 

これは便利だ、と思い残ったもう片方の翼へ狙いを変えて振り上げた脚を、今度は薙ぐ様にして振り下ろした右足で翼を切り飛ばす。

 

踵が地面に当たりそうになった所で、先の一件を思い出し途中で止める。

 

――アブねー......また地面ぶっ壊すのはゴメンだぜ。

 

とにかく追撃をしようと、ヒルダ目掛け左脚を鋭く突き出そうとして――ヒルダの変化に気付き、動きを中断し、飛び退く。

 

かなり遠く離れた所から見れば、ヒルダの頭部左側は消滅しており、上半身は鋸で荒く切断された様な断面を晒しながら下半身から離れており、かなりの勢いで地面を数度転がった後、滞空していた礫に数度当り、上空へと吹き飛んでいく。

 

避けた、わけでは無く――俺の攻撃の影響がようやく現れたという感じだ。

 

高く、高く舞い上がったヒルダの落下地点を大凡で予測して、落下地点に歩いていく。

 

両腕が酷く痛むので走る事は出来ないし、出来たとしてもバランスが取れないだろう。

 

真っ直ぐ上を見上げ、丁度ヒルダの落下地点あたりに辿り着いたので、そのまま跳躍。

 

無様に風に煽られ、姿勢制御すら儘ならず墜ちていくヒルダの腹部へ右脚を振り抜く。

 

右脚はヒルダの腹部を蹴りつけ、少々の抵抗を受けるがそれは即座に消滅し、次第に脚はめり込んでいった。

 

最終的に肉を抉り飛ばし、膝辺りまで押し込まれた脚を引き抜き、ヒルダより一足先に落下していく。

 

身体を軽く捻り、両脚を地面に向けておきながら着地、と同時に前転。

 

両腕が使えない状態での前転は非常に難易度が高く、少し焦りこそしたが問題は無く、ほぼ理想的と言える着地に成功した。

 

だがそのタイミングで、本能か、身体か、どちらかが限界を悟った様で、『アクセル』と共に、『スーパーチャージャー』が切れた。

 

スイッチをOFFにする様に、突然消えてしまった。

 

副交感神経が狂ったのか、体郭に熱が溜まり、外郭温度が上がっていく。

 

身体は異常なまでの気怠さに覆われ、脱臼、骨折した部位は火が点いたかの様に熱い。

 

しかし、それの対処に余り長く時間は掛けられなかった。

 

 

 

 

 

上から墜ちてきたヒルダが原因だ。

 

奴は粘着質の、湿った着地音を立てながら、辺りに血液を撒き散らし何度も身体を痙攣させている。

 

この地球という星の重力が変動したのではないかと思う程に身体は重く、頭を起こすことさえ困難に感じる中、必死の思いで顔を上げれば、

 

「――た、かが、たかが、人間の、分、際......で......よくも、この......この、この、このこのこのぉおおおおおおおおおッ!!!」

 

肉と肉がぶつかり合うような水っぽい音を立てながら、小さな出来物のような球状の肉が端から端へと、膨らんでは分裂し、膨らんでは分裂し、という行為を何度も繰り返しながら本来の形へと、ヒルダが望むべき輪郭を創り上げる為に再生していく。

 

眼球も、骨も、歯も、筋肉も。

 

あらゆるモノが異形の風景となって、視覚を通じて送られてくる。

 

まるで破損した物体が逆再生して、元に戻っていく様に。

 

両腕をダメにした攻撃は数十秒ほど、ゆっくりと時間を掛けて帳消しにされた。

 

ヒルダは再生した頭部の調子を確かめるよりも先に表情を歪め、俺を見て目を見開き叫んだ。

 

消滅した身体こそ元に戻ったが、感覚が追いついていないのか、地を這う様にして奴は俺目掛けて這い寄ってくる。

 

その口から、

 

「殺す......惨たらしく、殺してやる......何があろうと、絶対に......殺すッ!ドラキュラ家の、名に懸けて!」

 

呪詛を吐きながら。

 

再生した翼をもってして身体を浮かせたヒルダは、右手を突き出し、俺の顔面を掴むと第二展望台へ連れてきた時と同じ様にスカイツリーを大きく旋回し始めた。

 

ただし、先ほどのまでの穏やかな物ではなく――スカイツリーを支えている支柱全てにヒルダは、俺の身体を、どの部位でもいいのだろう、叩きつけていく。

 

俺の身体が支柱に衝突していく度に発生する不気味なまでの異音が鳴り響いた。

 

一度空中で静止し、これほど叩きつけても死なない俺を見たヒルダは不快そうに顔を怒りで歪めた後、支柱に俺を叩きつけ......何かに気付いたのか――すぐに笑顔に変わる。

 

「こんな不細工な楽器があったとは、思いもしなかったわ」

 

――な、に?

 

ヒルダの放った言葉の意味は、考えるよりも先に、身体が理解してくれた。

 

何らかの規則性を持った旋回、叩きつける支柱の位置、叩きつける強度。

 

それらすべてが意図して行われ、金属が振動する事で発生する音が――1つの曲を作り上げた。

 

それは――『魔笛』。

 

お前らイ・ウー関係はそれしか聞かないのかと思うくらいに聞いたものは、嫌でも耳に残っている。

 

だが皮肉な事に、この曲を奏でているのは蓄音機でも無ければ歌手の美声でもない。

 

この俺自身が、スカイツリーに衝突した音で奏でられているってことだ。

 

どれほど殴られ続けただろう、キンジは理子を説得できただろうか。

 

不気味なほどに耐久力の上がった俺は、ヒルダに楽器代わりにされながら思考する。

 

時折、血を吐き、背中に伝わる鈍い痛みに苛まれつつキンジたちを思う。

 

この状況から逃げ出すには、キンジたちの手助け、もしくは俺だけでの脱出が必要だ、と大まかに当たりを付ける。

 

ヒルダを蹴り飛ばして脱出しようにも、地面は200~450mも下だ。

 

ここでヒルダに反撃するのは悪手以外の何物でもない。

 

――どうにか、しねぇとな!

 

第一展望台当たりに下がるタイミングが、2度あった。

 

その時にヒルダを蹴れば、第一展望台の屋根に落下できるのではないだろうか。

 

そう考えた俺は、そのチャンスを伏して待とうとした......

 

が。

 

ヒルダは空中でその翼を広げ、停止。

 

そして右手で握り続けた俺を見て、

 

「――お前ではこの程度の音しか出せないのね、でも――まぁ良いわ。怒りは結構収まったから。じゃあね、サエジマ」

 

そう言って、ヒルダは俺を......空へ放り投げた。

 

一瞬の浮遊感。直後、重力に引かれていく。

 

両腕は骨折、または脱臼で使用不能。

 

フックショットは修理中で手元に無し。

 

身体は重く、自由に動かない。

 

救援の見込みは皆無。

 

重力に引かれ、風を切りながら墜ちていく俺を――ヒルダだけが見下ろし、嘲笑っていた。

 

 

 

「――う、ぉ、あ、おおおおおおおああああああああああああああッ!」

 

暗闇の中、どれほどの速度で落ちていくかすら理解できない恐怖。

 

ただ、コンマ1秒経つ毎に、俺の死は必然となっていくことだけが理解できていた。

 

 

 

 

 



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やべー状況から助けてもらった!

友人から「オウムみたいに同じ語彙ばっか使いやがってよぉオォン?」と言われました。

あうあー(´・ω・`)






 

風を切りながら、まるで制御の利かなくなった航空機がフラットスピンを起こしたみたいに、回転しながら落下していく。

 

視界が闇に沈む世界を映す。

 

その中に真っ白な、辛うじて見える人工物――スカイツリーの支柱が目の端に垣間見える。

 

『アクセル』を使った覚えなど無いのに、重力に引かれて刻一刻と黒が支配する世界......その先にあるであろう地面に吸い込まれていく俺は、足掻く事さえ許されない。

 

両腕は申し訳程度にも動く事は無く、俺の自慢の両脚は風を浴びる感触を伝え続けるだけ。

 

ずっと墜ちていく中、強い横風に煽られて支柱に身体が衝突する。

 

その時、俺の意識が明確に死を捉えたのか――俺が意識するよりも先、無意識的に思考能力が加速していく。

 

首を動かして、先ほど叩きつけられた支柱がゆっくりと遠ざかっていくのが見えた。

 

それが理解できた刹那、横薙ぎに吹きつける風に身体を乗せ、上半身を捻って左脚を振り抜き、遠心力を生み出す。

 

そのまま本命の右足を、太い支柱と細い支柱との間、僅かな隙間に足の甲を引っ掛け――

 

「――」

 

否。

 

引っ掛ける事は出来ず、滑り落ちていく。

 

重力に導かれるままだった俺の身体は、突如動きが止まった事で慣性が働き......少し浮いた。

 

其れのせいだろう、俺が賭けた命綱はあっさりと離れていってしまった。

 

だが、まだだ。

 

――まだ、やれる!

 

スカイツリーをぶち壊すのは気が引けたが、命には代えられない。

 

身体が風に投げ出される中、再び、今度は意識してスイッチを入れた『アクセル』が肉体の加速も含めて反映された。

 

その状態で、もう一度支柱に足を引っ掛ける。

 

ただし、先ほどの様な隙間に挟み込む形じゃなく――

 

身体を回転させ、半回転や一回転ではなく、何度も何度も、回転して脚の振りを大きくしていく。

 

回る視界の中で薄らとだが、地面が見え始めた。

 

きっとこれがラストチャンスなのだろう。

 

失敗すれば地面に激突。その事実が次第に現実味を帯びてきたが――恐怖は無く、チャレンジ精神とでもいうべきソレが俺の脳内を満たしていた。

 

そして、再び――太い支柱と細い支柱、その両者が交わる地点に到達。

 

――!

 

「今ぁあああッ!!!」

 

全力の回転を加えた、『アクセル』状態での右脚のサマ―ソルト。

 

空を勢いよく切り裂き、支柱へ衝突したソレは、若干ではあるが――支柱の一部を強い圧力、蹴りによって圧し曲げ、割れた部分に滑り込み、ブーツは鉄片に刺さった。

 

身体が突如停止し、慣性が容赦なく身体、主に両腕にダメージを与えていくが、命が助かるのであれば些細な事だろう......そう思い耐える。

 

どんな状態で自分の体が止まっているのか確認して見れば、足の脛辺り――コンバットブーツの、靴紐をきつく締めた部分から足の甲辺りに掛けて、切り裂かれた支柱へその身を落としこんでいた。

 

一先ず、落下が停止した事に安堵して、大きく息を吐く。

 

だが、保護されていない上面、即ち甲や脛などは普通のブーツの素材で出来ている為、鉄片は自重で徐々にずり落ちていく身体を何とか支えようとするブーツを容赦なく引き裂いていく。

 

それは勿論、ブーツが脱げ落ちない様に縛り付けている靴紐も、当然の如く、繊維の一本一本が緩やかではあるが確実に切られていくワケで......

 

「オイオイオイ、嘘だろォ!?」

 

繊維が千切れていく、この状況では聞こえて欲しくない音が耳に入ってくる。

 

慌ててブーツ、具体的に言うなら支柱に刺さっているブーツの破損状況を見ようとして顎を引いた。

 

それがいけなかったのだろうか、突如上半身が揺れたせいか変な力が加わり――ブチン、と軽い音を立てて、靴紐が完全に千切れた。

 

ガッツリ開放された脚はブーツの束縛を受けなくなり、次第にブーツから脱げ落ちていく。

 

片方だけ靴下を履いた状態になった、歪な姿で落ちていく俺を迎えるのは、地面だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

こうなってしまっては、覚悟を決めるしかない。

 

これが噂に聞く走馬燈なのか、今まで過ごしてきた人生、楽しかった思い出も、辛かった思い出も、何もかもが一瞬の一枚絵として現れては消えていく。

 

心残りしかないし、キンジが無事に脱武偵が出来るかも見れないまま死んでいくのは、辛いし......何より、ジャンヌに、カナに......俺は何もしてやれなかった。

 

全部中途半端で、何も出来ずに散っていくこの身を呪いながら――俺は覚悟を決めて、歯を食いしばった。

 

――ああ、終わった。

 

漠然と、自分の生涯が幕引かれて終わっていくのを感じながら、俺は静かに目を閉じて、最後の時を静かに待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――!」

 

 

 

 

 

 

この身を包み込むような気さえする夜風に感謝しながら、俺を殺すのであろう地面へと向かっていく。

 

 

 

 

 

「――――ジマ!」

 

 

 

 

 

 

誰かの声が聞こえるが、誰のだろうか。ぼんやりとしていて、よく聞こえない。

 

 

 

 

だが、会った事のある人物なのは確かだ。

 

 

誰、だったかな。

 

 

 

 

「――冴島!」

 

 

はっきりと名前を呼ばれて、閉じていた目を開いた。

 

 

 

そこに居たのは、腰からワイヤーを伸ばして降りてくる、キンジと激戦を繰り広げたらしい男――ワトソンだった。

 

 

 

 

「手を伸ばせ、冴島ッ!まだ諦めるな!」

 

 

 

ワトソンは必至の形相で、俺に声を掛けてくる。

 

 

どうやら、何か策があるらしい。

 

 

策が、あるのなら。

 

「乗るっきゃ、ねぇよなぁ!」

 

脱臼していない左腕を、とにかく伸ばす。

 

上がるところまで、上げる。

 

――これで、良いのかよ!?ワトソン!

 

「少し痛いぞ!ガマンしろッ!」

 

ワトソンはそう言いながら、拳銃を引き抜き、俺の左腕――二の腕辺りに狙いを付けて、9mm弾を射出した。

 

銃口から飛び出てきたのは、弾丸ではなく、()

 

某アメコミの蜘蛛男が腕から出す糸みたいな物が、俺の二の腕に巻き付き――強力に締め上げられる。

 

それは、アンカー。

 

アンカーによって、地面に叩きつけられるはずだった俺の身体は急激に止まり、何度目かの強烈な慣性を受けて左腕を軋ませた。

 

「いってぇえええ!!!」

 

「ガマンしろ、男だろう!」

 

――いやだってコレ予想よりずっと痛ぇよ!?

 

銃口と俺の腕の間に張られたアンカーのような物が俺を繋ぎ止め、ワトソンが何処かに固定している腰のワイヤーがゆっくりと伸びていき、俺を地面に優しく降ろしてくれた。

 

 

 

 

 

 

ようやく腰を下せたところで、ワイヤーから身体を切り離して降りてきたワトソンに話を聞く事にした。

 

「助かったぜワトソン。色々と言いてぇ事ややりてぇ事はあるがもうナシだ」

 

「それは嬉しい誤算だ。僕は君に殴られるのを覚悟で助けたからね」

 

「こうして命を救われたんじゃ何も言えねーよ......ありがとな」

 

「僕も驚いたよ。ようやくヒルダの攻撃の後遺症から解放されて、如何しようか悩んでいたら上から君が落ちてくるんだからな」

 

「それだよ、それ。あの銃から発射されたアンカー、ありゃあ平賀さんのだろ」

 

あの絶体絶命の中で、印象に残ったのは銃口から伸びるアンカーだった。

 

「御名答。試作品だったが無理を言って使わせてもらうことにしたんだ」

 

ワトソンはSIGを持ち上げて、少し笑うと背中に背負ったバックパックから治療器具を取り出した。

 

「さて、荒治療になるが簡単に骨折と、破損部位の修復をするぞ。クスリ(麻酔)は要るかい?」

 

「――必要無し、やってくれ」

 

ワトソンの質問に短く返し、目を伏せてからワトソンが口に放り込んだハンカチを強く噛む。

 

「じゃあ、まずは左腕の向きを元に戻すとしよう」

 

それだけ言うとワトソンは、掛け声も無しに左腕を俺の胸の方へ曲げた。

 

表現不可能な痛みと、衝撃。変な音を立てて元の方向へ戻った腕を、ワトソンは工事現場に落ちている鉄パイプをテープで隙間無く巻いた後、上から包帯を巻き、その包帯を消毒してから添え木代わりにした。

 

腕と鉄パイプが包帯で巻かれ、その上から布で腕置きを作り、首を通して固定した上で乗せる。

 

「左腕はこれで良し。次は右腕の裂傷だな。簡単に繋ぐよ」

 

ワトソンは手に消毒液をダバダバと垂れ流し、清潔な布で拭き取ってから、真空パックされたゴム手袋と、医療用の縫合針を取り出した。

 

傷口にこれでもかと言うくらい消毒液が掛けられ、縫合糸の通された、彎曲した形の縫合針が傷口を縫い付けていく。

 

流れ出ていく脂汗を気にも留めず、少しずつではあるが確実に進んでいく針を黙って見つめている。

 

今の俺に出来る事は、ただ動かず、ワトソンが治療しやすいようにすること。

 

針が肉の一部を抉り、糸が肉を滑っていく痛みで顔は歪み、苦悶の声を漏らしてしまう。

 

「ガマンしろ、冴島。すぐに終わる」

 

すぐ、という言葉がどれほどの時間を指すのか俺には分からなかったが、少なくともこの苦痛が永遠に続く様にも思えたのは確かだった。

 

「良し。最後に、脱臼を治すとしよう。行くぞ」

 

日常生活ではあまり聞き慣れない、体内からの異音、鈍い痛み。

 

嫌な音を立てて、プラモデルのボールジョイントを填め直したような、そんな感じで元の位置に骨が戻った。

 

口には出してないけど、結構痛い。

 

勿論、顔にもだ。

 

「い、痛かったのか?泣くなよ、男の子だろう?」

 

ワトソンが狼狽えながら、ポケットティッシュでそっと俺の目を撫でた。

 

――......え?いや、別に?泣いてねーし?

 

これは心の汗だ、とワトソンに言いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

夏休みの、あの壮絶な弾丸の摘出に比べれば痛みも処置時間もずっとマシな応急処置が終わり、滅菌ガーゼや絆創膏、湿布などで傷口を覆ってもらった。

 

「組織からの命令でね......君を怒らせないこと、なるべく君に手を貸すこと、君の戦闘情報の入手をする事、この3つを命じられた僕は、矛盾した命令に憤りを感じながらも従事していたんだ。敬語で話せとも言われたね」

 

「なんだそりゃあ......俺とヤりあってもよォ―、大して何も手に入らなかっただろ」

 

医療用の糸で縫合された部分を見て、うへぇ、と息を漏らしながらそう言うと、

 

「君は自分の価値を正しく理解していない。あの戦闘での記録は予想以上の戦果だったよ」

 

ワトソンは俺に言い切った。

 

「へぇ......まぁ、悪用は勘弁願いたい所だなァ」

 

「僕からも伝えておくよ、聞き入れてもらえるかは不明だけどね」

 

そんな世間話もそこそこに、靴下で工事現場の砂利を踏み締めて立ち上がる。

 

「さて......治療、助かった。ここは危ねぇから、逃げときな」

 

骨にヒビが入った上、縫合箇所が数多く見受けられる右腕を、軽く振ってみたり握り拳を作っては開いてを数度繰り返す。

 

「......?冴島、君は何を言って――――――まさか」

 

ワトソンを置いて再び内部へ侵入し、エレベーターの方へ向かおうとすると、不意に背中をペチペチと叩かれて止まる。

 

振り返ると顔色を悪くしたワトソンが立っていて、

 

「無茶だ!君は重症なんだ......そんな状態でヒルダの前に立てば死ぬ!分からないのかい!?」

 

と、凄い剣幕で叫んできた。

 

「ん、ああ。キンジたちが心配だしな......――だが何より、殴られっぱなしっつーのはよォー......俺的によォー......かなり、むかっ腹が立つぜッ!殴り返してやらなきゃあ気が済まねぇッ!」

 

バァーンッ!

 

傷だらけの身体ではあるが、精一杯のポーズを決めて自分を奮い立たせる。

 

「な......ぁ......き、君はバカなのか!?」

 

「ああ、頭は悪ィぜ」

 

「そうじゃなくて、ええと、あー......」

 

ワトソンは言葉を選んでいるのか頭を抱えているが、ここで立ち止まってるワケにも行かずエレベーターへ乗り込む。

 

動いてくれれば嬉しいが多分ダメだろうな。

 

そんな考えでエレベーターの操作盤のボタンを押すと――低い駆動音が響き、シャッター代わりの金網が完全に閉じず、50cm程開いたまま上へ昇り始める。

 

「――ああ、もうッ!」

 

先ほどとは違い、かなり遅い速度で上に進んでいくエレベーターの隙間から、ワトソンが飛びこんできた。

 

「僕も行く。冴島だけに無茶をさせるワケにはいかない」

 

「――まぁ、いいんじゃあねぇの?」

 

右腕、両脚、それと頭にナイフ。武装は十分にある。

 

キンジたちもいるし、どうにかなるだろう。

 

エレベーターが動きを止め、先ほどヒルダに拉致されたばかりの場所へ戻ってきた。

 

開く事さえしなくなった金網の隙間から、警戒しながら出て行き、速やかに別のエレベーターに乗り込む。

 

安全確保が出来たのを確認してワトソンを呼んだ。

 

「これくらいは今の僕にもできるんだが」

 

ワトソンは俺が先陣をきることが不満だったのか、少し目を伏せて俺を睨んできた。

 

「そんな事で対抗意識燃やされてもよォ―......反応に困るなァ」

 

「別に、対抗意識なんてないさ。ああ、ないとも」

 

――じゃあなんでそんなに不満そうな顔してるんだよ......

 

「ああ、そうかい......まぁ、理由はどうあれ――今はパートナーみたいなモンだろ?よろしく頼むぜ」

 

俺はそう言ってワトソンの背中を数度軽く叩いた。

 

「......はは、不思議な人だな、君は」

 

ワトソンが漏らした声に少し眉を寄せるが、聞き返す前にエレベーターが止まった。

 

このエレベーターは最初の奴に比べてマシなのか、すんなり開いた金網を横目に、飛び出す。

 

そしてまた、別のエレベーターへ突進するように転がり込んで、上へ。

 

それを数度繰り返した所で、エレベーターが存在しなくなった。

 

柱に『435m』と書かれているだけで、エレベーターは無い。

 

代わりに――鉄パイプと鉄板で組んだだけの簡素な階段が上へと続いていた。

 

軽い金属音を鳴らしながら、素早く階段を駆け上がっていく。

 

剥き出しの鉄骨と、金網とワイヤーで適当に作られた安全策を見ながら進む。

 

強風が吹けば、塔全体が揺れている気さえする。いや、実際揺れているんだろう。

 

建材の継ぎ目から軋むような音が聞こえてくるが、それでも速度を緩めることは無い。

 

そして――

 

ワトソンと2人で、450m......再び、作りかけの第二展望台に辿り着いた時。

 

 

俺の視界は、分厚い雲と夜――暗い灰色と黒に支配された空から生み出された、真っ白な光に覆われた。

 

 

 

 

 



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やべー変身!

純白の光が視界の全てを塗り潰していく。

 

その正体不明の光源の余りの眩さに、堪らずに目を腕で覆って隠してしまった。

 

しかし、その光は一瞬のみ発現したもので、照明弾のような持続性のある物では無かったようだ。

 

その証拠に、きつく閉じた目を開いて見れば、白い光は何処にもなかった。

 

代わりに――曇天から大きな雨粒が大量に零れ落ちて、未完成の第二展望台に居る俺たちを濡らす。

 

「――生まれて、3度目だわ」

 

......目の前の、三叉槍を持ったヒルダを除いて。

 

ヒルダは呆然とする俺たちを一瞥すると、その反応が気に入ったのか鼻を鳴らして笑った。

 

周囲を見れば......水蒸気だろう、ヒルダに触れる事なく蒸発していく雨が蒸気を生み出しまるで異界のような空間を創り上げている。

 

闇を流れる白煙の奥に、心地良さそうに立っているヒルダが見える。

 

「この、第3態(テルツァ)になるのは......」

 

ヒルダは青みがかった雷を、バチバチと放電音を立てながら身体の内側から放ち――

 

「――いえ、正確にはもう私の知る第3態ではない。――サエジマの血で更に強く、気高く生まれ変わったこの姿は......第4態(クアルタ)、とでも名付けようかしら」

 

次第に青から紫、紫から白、白から純白へと変えていく。

 

その雷光は、触れるどころか近づいただけで炭化してしまいそうな勢いを感じる。

 

耐電性の物なのか、下着やハイヒール、蜘蛛柄のタイツを残してはいるがドレスやリボンは無くなり、長い巻き毛の金髪が強風に暴れ――大きく揺れ動く度に放電現象を引き起こしている。

 

この世の、生物とは思えない。

 

「お父様はパトラに呪われ――この第3態になる機会も無い間に、第2態(セコンディ)でお前達に討たれた。私は体が醜く膨れ上がる第2態はキライだから、それを飛ばし――進化して、第4態にならせてもらったわ。さぁ......遊びましょう?」

 

帯電したヒルダは、槍や体の彼方此方から白雷を迸らせている。

 

小さく、足下のコンクリートの床に鎗を石突きを突いただけで――

 

稲妻が走り、蜘蛛の巣のような亀裂が生まれ......

 

コンマ数秒遅れて灼熱の熱風が吹き荒れた。

 

「――っ!」

 

全身が火傷するような熱さに覆われた直後にヒルダを睨みつければ、ヒルダの足下――槍の石突きで突いたコンクリートの床は熱で溶け――槍を中心に真っ白な明りを生み出しているのが見える。

 

――信じられねぇ......マジかよコイツ!

 

第1態(プリモ)が人、第2態が鬼、第3態が神なら――この第4態は、鬼神。私が持っていた耐電能力と無限回復力......それに加え、体内発電能力と、サエジマの血で手に入れた――加速の力」

 

「な――」

 

言い終わると同時、コウモリのような翼で砲弾の様に飛び、目の前にやってきたヒルダは俺に槍を打ち出してきた。

 

「――にぃ!?」

 

上半身を左へ捻じり込み、屈む事で回避に成功。

 

元々当てる事が目的でなかったのか、目でヒルダの顔を覗けば口元に笑みを浮かべている。

 

「――何だと!?」

 

「っ!」

 

「さ、冴島っ!」

 

数秒、睨みあった後――キンジたちが驚愕の声を漏らした。

 

ヒルダはその反応を見て、楽しんだのか――追撃をする事も無く俺から飛び退く。

 

そして、コンマ数秒遅れ......

 

「......!」

 

キンジがアリアや理子より少し早く、先ほどの位置に戻ったヒルダを目で追った。

 

――今ので確信した。

 

キンジたちは、ヒルダを捉えきれていない。

 

「分かったでしょう、サエジマ。今の私と同等の速度で動けるのは、お前だけだと」

 

ヒルダは見下す様にキンジたちを見て、嗤う。

 

「まだ扱い慣れていないけれど......お前が完成形を私に見せてくれた挙句、随分と痛めつけてくれたオカゲで、イメージが掴めたわ」

 

槍を持っていない手を、数度握っては開き――割れやすい物を大切に手に取るかのように曇天へ伸ばしながらそう言った。

 

ヒルダは――俺の加速を手に入れた、と言った。

 

そのワードで、頭の中に一つの結論が出てくる。

 

――ああ、そうか。

 

思い出した。

 

そうだ。――イ・ウーでは......誰もが生徒であり、教師である。

 

様々な方法で自分の特技を伝え、一人一人がそれぞれの分野に長けた天才から、隙のないオールマイティな存在になれる。

 

事実ジャンヌは、理子に変装術を教えてもらう代わりに、戦略を教えていた。

 

ブラドはDNAを利用した超能力のコピーで他人の長所を自分の物にしていた。

 

そのブラドの娘、ヒルダは、俺の超能力を吸血によって奪い、学んだ。

 

ブラドと違い、わざわざ他の誰かの為に俺の力をばら撒く必要がないなら――

 

俺の血を取り込み――後は、俺を模倣するだけ。それだけで十分。

 

そうしてヒルダは、俺の加速能力を手に入れた。手に入れてしまった。

 

最初の接触――アリアのかーちゃんを護送している時――は自らの肉体の変化に使用した。二度目の接触――スカイツリー内部にて強襲――で、今度は加速能力を確かめる算段だったのだろう。

 

挑発して、俺から加速を盗み見る為に。

 

そして俺はそれに乗せられてしまった。

 

バカな俺と違い、ヒルダは狡猾だ。

 

肉体の加速は誰でも気付ける。だが――教えてもらわなければ気付けなかった情報処理の加速に、ヒルダは1人で至れるはず。

 

そして、奴は単独で『アクセル』を手に入れる。

 

......『アクセル』ならまだ対処は可能だが、問題はその先。

 

『桜花』は見せてないし、『∞』も『イージス』も見せてない。

 

だが、現状一番やべー技を、俺は見せてしまっている。

 

そう。

 

実戦で初めて使った技。

 

俺が今現在到達できる『アクセル』の限界。

 

身体に掛かる負荷は今までの技で最高クラスのソレ。

 

反動で骨が折れようが、皮膚が避けようが、脱臼しようが、目の前のこの吸血鬼女にとって大した問題にはならない。

 

傷ついた先から回復していけばいい。魔臓さえやられなければ無限再生が可能なのだから。

 

――マジかよ......!

 

......俺は、ヒルダに、『スーパーチャージャー』を見せてしまった。

 

「さて――確か、こう......だったかしら?」

 

たった一度で感覚が掴める筈が無い。

 

出来たとしてもまともに動く事さえ儘ならない......そうあってほしかった。

 

だが、現実は簡単に、残酷に真実を突きつける。

 

「――う、あ、ぁぁ......あぁっ!」

 

大量の雨がコンクリートの床を打ちつけ、流れ落ちていく雨粒により視界は悪化していく。

 

身体が灼熱の様に熱くなり、焼かれているかのような錯覚に陥ったのだろう。ヒルダは身体を何度も身を震わせ、海老反りをして天へ吠えた。

 

白光を宿すヒルダの付近に集う水分はその全てを当然の様に気化させ、濃い霧を孕み、周囲を浸食し始める。

 

ヒルダを中心に熱風が巻き起こり高温になった蒸気が俺たちの体を容赦なく襲い掛かった。

 

紛れもなく、『スーパーチャージャー』の始動。

 

ヒルダは至ってしまったのだ。

 

「二度目!」

 

――命を、燃やすぜ!

 

その事実を脳が受け止めると同時、俺も『スーパーチャージャー』へ至る。

 

吐血するが、無視。身体中が軋んで不快な音を立てるがそれも押し殺す。

 

――今最優先でやるべき事は!

 

眼球が押し潰されそうになる痛みと不快感を堪え、顔を上げて濃霧を覗けば――

 

「......!」

 

「――!」

 

槍を俺目掛け投擲したヒルダと、俺の顔面へ吸い込まれていく鎗が接近しているのが見えた。

 

俺はすぐにデュランダル・ナイフを引き抜き、刃の腹を親指、人指し指と中指で挟み、柄を空へ向ける。

 

そのまま腕を振り抜いて此方へ迫り来る鎗を叩き落とす為にデュランダル・ナイフを投げた。このままいけば直撃するだろう。

 

だが、ナイフと鎗の衝突をただ立ち尽くして見ているワケは無い。

 

その証拠にヒルダはコウモリの翼で風を切り、重力を無視した動きで俺の首をその長い爪で引き裂きに来た。

 

予想以上に速く、少しヒヤリとしたが、奴の攻撃に合わせる為に俺も攻撃を行う。

 

左脚を使い中段の蹴りを一度、穿つ。

 

余りの速度に蒸気は脚に振り払われ、脚が通ったラインがはっきりと映し出される。

 

俺と同じ速度で動くヒルダは身を捩って回避しつつ、空中に浮いたままゲイナーで反撃に出てくる。

 

それを見て即座に左脚での振り抜きを中断。勢いを利用し右膝蹴りを行い、ゲイナーに合わせる。あわよくば競り勝ちたい。

 

互いの攻撃が直撃し、しばらくの拮抗状態が発生。

 

据わった目でヒルダを睨めば、その端正な顔立ちを崩して唇を歪めて微笑むばかり。

 

完全に舐められている。その事に苛立ちを覚えるが頭は冷静だった。

 

互いのゲイナーと膝蹴りの衝突でしばらく拮抗するかと思いきや、予想に反してヒルダはあっさりと拮抗を諦めて下がっていく。

 

翼を何度も羽搏かせ、俺が持っていない物を見せてくる。

 

そのままヒルダは更に後退し、俺は追撃へ打って出た。

 

二歩踏み出し前方へ跳躍、前宙からの踵落としを叩き込む。

 

一瞬驚きの表情を浮かべたヒルダは両腕でそれを受け止めた。

 

ここで、もう一発!

 

ヒルダの両腕を台として使い、再び跳躍。

 

両脚をバタつかせた連脚撃。

 

残像を発生させながら蹴る速度を上げ、一撃一撃を重くしていく。

 

蹴りが命中する度にガードに使っているヒルダの両腕の肉が抉れ、即座に再生を始めるのが見えた。

 

蹴る事を止めず、肉や骨を圧し折り吹き飛ばしてヒルダの両腕を一時的に消し飛ばした。

 

それでもなお蹴り続けながら、徐々に高度を下げて地面に着地。

 

同時に身体を捻じり込んだ回転蹴りをヒルダへ叩き込む。

 

ヒルダは片脚を持ち上げ盾代わりに使い、脚が吹き飛ぶ代わりに鎗の柄近くまで下がる。

 

片脚だけになった影響か、衝撃を逃がしきれなかったのだろう、ヒルダはよろめいた。

 

俺はその隙に立ち上がり、デュランダル・ナイフの柄を掴んで再び接近する。

 

そこからの攻撃は速かった。

 

逆手にデュランダル・ナイフを持ち、トップアタック。

 

その動きを目で追っていたのか、両腕と脚を再生させたヒルダは急いで槍を掴み、その槍先で軌道を逸らした。

 

デュランダル・ナイフを順手に持ち替え、正面からの突きを5度、繰り返す様に顔から胴体までの広い範囲を突き、腕が伸びきった所で手首を捻って引き戻す。

 

この動作を行いヒルダを牽制するが、翼を使い後退、時には槍をポールの様にして素早い重心移動により巧みに回避していく。

 

俺の攻撃を回避したヒルダはすぐに槍を構え――短く鋭い連続突きを打ってきた。

 

素早く打ち出されるソレをギリギリのラインで躱すが、満足のいくような挙動が取れずに掠り傷を数カ所、受けてしまう。

 

自分の肉体の限界に舌打ちをして距離を開けようとするが、ヒルダはそれを許してはくれなかった。

 

俺がヒルダの槍を躱し切れない事を確信してからは、ただ鋭く的確に突き出されるその軌道は徐々に変化していき、フェイントやパリィが混ざって......デュランダル・ナイフを使った防御も間に合わなくなる。

 

悔しいが、武器の扱いはヒルダの方が上手い。

 

徐々に押され始めた俺は、後退りながら傷を増やしていく。

 

そして遂に、ヒルダが上半身を捻り、腰、背中、肩、腕を使って加速させた一撃を放った。

 

それを見た俺は回避を試みて――体勢を、崩した。

 

「――!?」

 

右の足の裏が、滑った。

 

靴を履いていなかったせいか、滑り止めの効果のない俺の脚は濡れたコンクリートによってその場で踏み留まる事が出来なかったのだ。

 

その隙をヒルダが見逃す筈も無く、槍の挙動を若干変化させ、振り抜こうとする。

 

咄嗟にデュランダル・ナイフを持ち上げ――掠めたのだろう、火花を散らしながら迫り来る槍は俺の右肩に深く突き刺さった。

 

「―――ぐ、ぅぁああ!!!」

 

「獲った」

 

ヒルダは自身の鎗が深く刺さった事を確認すると、舌をちろり、と出して嗤い――電流を流しこんできた。

 

途轍もない放電音が響き、視界は明滅する。

 

どれほどの威力なのかは知らないが、一瞬で身体が直立状態になり、跳ねた。

 

スタンガンなんて甘っちょろいモンじゃ断じてない。

 

この一撃は、もっとヘビーなモノだった。

 

もはや指一本動かす事すら叶わなくなった俺は、『スーパーチャージャー』、『アクセル』の両方が同時に解除される程に追い込まれてしまう。

 

途端に鋭くなった雨に身体が貫かれているんじゃないかと思う程に雨足は強く、俺を叩きつける。

 

目を動かしヒルダを見つけ出そうとするが周囲には濃霧と、大雨が入り交じるだけ。

 

――どこだ......ヒルダは、何処に!?

 

「――う、ぁぁぅ......随分と......はぁっ......あ......疲れる、わね」

 

壁のように分厚い霧の中から、ハイヒールを鳴らしながらヒルダが息を荒げながら現れた。

 

どうやら奴も、既に『スーパーチャージャー』の限界を迎えたようで、足元が覚束ないらしく槍を杖の様に使って俺の方に歩いてくる。

 

「――ふふふ、気に入った。これからは――私が『アクセル』を使わせてもらうわ」

 

息を整えたヒルダは再び『アクセル』を使い接近。

 

地に倒れ込んだ俺は首を掴まれ、上空へ放り投げられた。

 

「ぐ......」

 

「この一撃を以て、お前を終わらせてあげるわ」

 

浮いた身体でヒルダを見れば、目の前まで来ている事が分かる。

 

ヒルダは何処か嬉しそうに口を歪めている。鎗を踏み台にして放り投げられた俺の高度に到達したらしい。

 

翼を大きく振り抜いて加速したヒルダは爪を使い俺の脇腹を切り裂き、黒い空へ消えていく。

 

それから数秒後――見上げた曇天から光が降りてきた。

 

いや......光ではなく、雷。

 

落雷のような眩さもなければ、太陽のような光でもない。

 

ヒルダが内側から放つ白光とも違う。

 

電池の切れかけたライトよりもか細い光。

 

それが、ゆっくりと俺目掛けて墜ちてくる。

 

――なんだ、アレは。

 

その疑問は、ヒルダが解消してくれた。

 

「私を第4態にまで昇華させた事を称えて、褒美を与えるわ。ドラキュラ家の奥義――『雷星(ステルラ)』。触れるだけで全てを消し飛ばすこの小さな灯りは、一切の無駄無くエネルギーの全てを内包している。故に極端な発光もしなければ巨大になることもない......さぁ、消滅しなさい」

 

簡単に言ってしまえば、絶対殺す電気玉。

 

それを、痺れて動けない俺目掛けて落した。

 

――ああ、クソ。

 

結局、人頼みになるのか。

 

「ワ、ト......ソォオオオオオオンッッッ!!!」

 

「――ああ、任された!」

 

背中に、繊維弾を張られ、地面へ急激に引き寄せられる。

 

入れ替わる様に、デュランダル・ナイフが光球へ向けて投擲されたのが見えた。

 

――守ってくれ、ジャンヌ......!

 

デュランダル・ナイフが命中したのか、光球は一瞬強い光を放ったかと思うと、緩やかに消えていった。

 

キンジとワトソンに受け止められた俺は、地面に降ろされる。

 

「助かったぜキンジ、ワトソン......もうしばらく空はゴメンだ」

 

「ああ、俺もだ」

 

「2人共。軽口を叩く暇はないだろう、ヒルダは健在だ」

 

そう言いつつ、キンジだけが一歩前へ。

 

逆にワトソンは俺の胴体を掴んで下がっていく。

 

キンジに任せる、ということだろう。

 

今の俺は間違いなく役立たずだ。大人しく下がるしかない。

 

物陰に連れ込まれたタイミングで、ワトソンが回収したのか、電撃の熱で灼けたのか変形してしまったデュランダル・ナイフが手渡された。

 

「......守るためとは言え、貴重な物を潰してしまってすまない。謝って許されることじゃないけど、今の僕にはこれくらいしか出来ない。許してほしい」

 

「命あっての物種だぜ、ワトソン......ジャンヌに怒られるだろうけど、まぁ、なんとかするさ......」

 

右肩の傷を一瞥し、柱の陰から様子を窺う。

 

俺の目に映った光景は、丁度ヒルダがキンジたちの目の前に舞い降りたばかりだった。

 

 

 




誤字報告ありがとうございます、修正しました。


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やべーくらいに呆気ない決着

短くてすいません(´・ω・`)


 

「......あら、次は......そう。そうなのね、トオヤマ。お前が......相手と言うワケね?」

 

キンジはヒルダと対峙しながら――アリアを見て、次に理子を見た。

 

釣られる様に俺もアリアを見れば、まだ戦意こそ喪失してはいない物の、先の落雷で完全に委縮し切っている。

 

そのまま流れる様に理子へ目をやれば、ぐったりと棺に背をもたれさせたまま、ヒルダを睨む事しかできていない。

 

ヒルダは、第4態ではないが未だにその身に雷を身に纏っている。

 

だが初の試みだったせいか、ヒルダは疲弊している様だった。

 

この状況で、満身創痍の俺は完全にお荷物だろう。

 

――頼んだ、キンジ。

 

今の俺に出来る事はキンジがどうにかしてくれるように祈るだけだ。

 

 

 

 

 

 

「――理子、いや......アリア。貸してもらうぞ」

 

キンジは、理子が背に収めていたアリアの小太刀を片方抜く。

 

「ヒルダッ!」

 

展望台の縁辺りに立つその足目掛けて、キンジは小太刀をブーメランの様に投げた。

 

回転しながら飛んでいった刃は、ヒルダのアキレス腱を切断したが――

 

「!」

 

何事も無かったかのように治ってしまった。

 

真っ黒な空が数瞬光り、顔を上げたヒルダを照らす。

 

不敵な笑みを浮かべて見せたヒルダは壊れた棺にハイヒールの足で上がる。

 

「アリアは剥製にしようと思っていたけど――ごめんなさいね。もう、それは出来ないわ」

 

青白い稲妻が、振り上げられた三叉槍の先端を踊る様に行き来している。

 

「第3態の私は――触れるもの全てを、焦がしてしまうから――こっちの方が、雷の力を上手く引き出せるのよ。当然の話だけれど」

 

――雷球......!

 

三叉槍の先端に、球状の雷がまた形成されていく。

 

だが......違う。

 

色が違う。

 

先ほどまでの、第4態とはパワーが違う!

 

セルリアンブルーの光を放ち、有り余るエネルギーが不安定な光を漏らしている。

 

触れてもいないのに、傍にいるだけなのに、腕時計、携帯、ベルトのバックル......

 

俺たちが身に着けている金属製品から極小の雷電が放電音を幾度となく鳴らしながら空中へ走っていく。

 

「『極星(ステルラ)』。これで今一度お前達を黒焼きにし、並べてこの串に刺し、お父様への贈り物にしてあげる」

 

ヒルダはその体から槍へ電力を供給し続け、1秒経つにつれどんどんと雷球を成長させている。

 

キンジはそれを見て、最後の小太刀を手に取り――アリアと理子を守る様に、ヒルダの立つ棺へと上がった時......

 

「人生の角、角は、花で飾るのがいい......あたしのお母様の、言葉だ......」

 

理子の声が、薄らと聞こえた。

 

身体をもう少しずらして覗きこめば、理子は、棺の周囲を飾っていた大きな花束の1つを抱えていた。

 

ヒマワリの花束を。

 

「だから......ヒルダ。お前にやるよ。お別れの、花......」

 

キンジの背中越しに声を掛けた理子に、ヒルダが視線を向ける。

 

「ほほッ......4世にしては殊勝な心掛けね。でも、謹んでお断りするわ。私、ヒマワリってキライなの。太陽みたいで、憎たらしいんだもの。お前も知っているでしょう?私は暗い所が好きなのよ」

 

「くふっ......暗い所が好きなお前に、1つ......日本の諺を教えてやるよ。『灯台もと暗し』......自分のすぐ足元にには、何があっても......大抵、気付かない」

 

理子は――ヒマワリの花束を解いていく。

 

「コレは。近すぎても遠すぎてもダメだった。ベストな距離が必要だった......」

 

花束の中から出てきたのは、銃身を短く切り詰めた――

 

ウィンチェスター・M1887。

 

「ショットガン......!」

 

理子の横で、アリアが目を丸くしている。

 

「理子、お前は――天才だっ!」

 

キンジは叫びながら横っ飛びに棺から飛び降り、キンジの陰にいた理子の銃に――

 

ヒルダが、息を呑んだ。

 

「今、サイコーのアングルだよ。ヒルダ。フィー・ブッコロス......!」

 

震える理子の腕を、アリアが支え――

 

稲妻にも似た轟音が大展望台に響き渡った。

 

一発しか飛ばない通常の拳銃弾やライフル弾と異なる、その散弾は無数の弾子となって、空中で散開し――

 

大量の軟鉄弾が、ヒルダの全身に余すところ無く浴びせかかる。

 

ヒルダは、苦しそうにふらつき、声にならないような苦悶の音を漏らし、その場に片膝を突いた。

 

その時。

 

今にも暴発しそうなほどに膨れ上がった蒼い『極星』が制御を失い、溶ける様に槍に戻り......ヒルダの体を通過して、足元へ流れていった。

 

瞬時に、ヒルダの全身を炎が包み込んだ。

 

再生出来る筈のヒルダが、燃え上がっていく。

 

自分の操っていた高圧電流によって、焼かれていく。

 

――魔臓が、全滅したのか。

 

その身を包み込む炎で喉までやかれたせいか、ヒルダは必死に口を動かし言葉を発してはいたのだろうが、声にならない慟哭は俺たちの耳に終ぞ届くことは無かった。

 

翼も燃え落ち、影になることも叶わず、ヒルダは空になった眼で辺りを見回し――這って逃げようとしているが、右往左往するばかりだ。

 

ヒルダを捕縛しようと、手錠を取り出したアリアだが......すぐ、ヒルダにはもう手出しが出来ないことに気付く。

 

キンジも助けようと思っているみたいだが、燃えている体に近づけないのだ。

 

「ヒルダ!そっちじゃない!そっちにいくな!」

 

展望台の縁の方へ這って行くヒルダにキンジが叫び、ワトソンが飛び出すが――

 

時既に遅く、ヒルダはもがき、苦しみながら、とうとう縁から手を滑らせ......

 

落ちていった。

 

――450mからの落下だ。助かるワケがない。ヒルダ......俺にやったことを、その身で味わうなんてな......

 

第二展望台で起きた激戦は、こんなにもあっけない形で終わりを迎え――辺りは俺たちを打つ雨音だけが響くのみ。

 

キンジが理子やアリアと話している。

 

俺も本来なら参加するべなんだろうが――行くべき場所......確認しておきたいことがある。

 

「ワトソン......キンジたちを、頼む。理子がヤバそうだ」

 

「あ、ああ......君もかなり危険そうだが、何処へ行くつもりだい?」

 

「確かめたい事がある。幸いにも足腰は無事だ......自分で病院に駆け込むからよォー......頼んだぜ」

 

それだけ言い切ると、俺は急いで来た道を引き返していき――スカイツリーから飛び出して、停電した病院へ走っていく。

 

あの女の子が、あの病院に居なければいいのだが。

 

そうあってほしい、という願いを胸に抱いて駆ける。

 

裸足の右足が痛みを訴えるが気にする暇はない。むしろ全身が痛みを訴えてくるが知った事ではない。

 

病院のロビーへ入ると夜勤の巡回中だった看護師が全身ズブ濡れで、所々から出血し、骨折の応急処置が施された俺を見つけて顔を青くした。

 

騒ぎになる前に、しおりちゃんの知り合いだという旨を伝えると――ここにそのような名前の患者さんは居りません、と答えてほしかったがそんな事は無く――看護師は表情を一層険しくして、俺を案内してくれた。

 

案内された先は、ICU。

 

集中治療室。

 

未だに電力が復旧しておらず、夜も更けているというのに多くの看護師や医者が慌ただしく活動し、電力会社の社員たちもかなりの人数が動員され、ガソリンを使った発電機でなんとか必要最低限の電力を確保している状態だった。

 

ソファーに腰を落とし、虚空を見つめる男性......しおりちゃんの保護者のその人に、声を掛けようとしたが――それより先に案内してくれた看護師に捕まってしまう。

 

「貴方も、治療が必要です」

 

「――でも」

 

「今の貴方は、誰かを心配する余裕を持ってはいけません!」

 

自分は大丈夫だと言いたかったし、できればこの場でしおりちゃんの安否を確認したかったが――看護師は医者を呼び、数人がかりで俺を保護して、治療室へ引っ張っていった。

 

無事であってほしい。

 

それだけを願って、俺は引かれるままにICUの前から退散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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やべー自己嫌悪

 

未だに現実を受け入れる事の出来ない俺が、俺の為に放つ俺の言葉。

 

よく聞け。

 

しおりちゃんは、亡くなった。

 

手術に成功したがその後、長時間の停電により医療機器が満足に稼働せず容態が急変。

 

看護師14名、医者2名による全力の救命活動が4時間に渡り行われたが、時間が経つ毎にしおりちゃんの容態は悪化の一途を辿ったらしい。

 

ガソリンを使用した発電機でなんとか電力の確保は出来たらしいが既に遅かった。

 

全力の対応も虚しく、夜明けと共に息を引き取った......らしい。

 

雨は未だ止まず。

 

武偵病院に搬送された俺は、軋むベッドの上で、窓の外を眺めていた。

 

しおりちゃんの事は......割り切れないし、納得も出来ないが、理解はしている。

 

失われる必要の無かった命が、消えた。

 

ヒルダ。奴を初手で倒せていれば......こんなことにはならなかった筈だ。

 

だが、その元凶ももう死んだ。そう思っていた。そうあってほしかった。

 

行き場のない怒りを自分の小さな器の中で転がすだけで済ませたかった。

 

そんな淡い願いは、いとも容易く捨てられた。

 

ヒルダは生きていたのだ。

 

無限の回復力も無くなり、全身は炎に焼かれ、挙句の果てには高度450mからの落下だ。

 

助かるワケがないのだが......奴は、吸血鬼だ。

 

死ぬべき命が死なず、死ななくてもいい命が消える。

 

なんという理不尽だろうか。

 

俺は今――自分の無力さとヒルダへの殺意、憎悪、憤怒を滾らせている。

 

理子の容態が安定したと聞いて、劣悪な感情を内に仕舞い、キンジに肩を借りながら会いに行けば、病室にはアリアとワトソンが先に来ていた。

 

「......解毒できたのか、ワトソン」

 

「僕一人では無理だったけど、矢常呂先生の御力を借りてなんとかなったよ」

 

後から聞いた話だが、どうやら理子はヒルダと対峙する際に、自分からヒルダに付けられた猛毒のイヤリングを外したらしい。

 

毒に侵されながら、ヒルダと闘い続けていたようだ。

 

マスクを外したワトソンは、ふぅ、と徹夜疲れに大きく息を吐いた。

 

キンジがベッドに歩み寄り、理子の様子を窺おうとすると......

 

理子は、サッとキンジを避ける様に顔を伏せた。

 

「理子?」

 

生還を喜ぶと思っていたが......違ったようだ。

 

その様子に、俺たちが黙っていると――理子は、

 

「キンジ、アリア、ハヤト......あたしは、恥ずかしい」

 

呟くように、話し始めた。

 

「あたしはヒルダに命じられて、キンジとハヤトを騙した。アリアの事も見殺しにしようとした。なのに、お人好しのお前たちは......あたしを庇った。あたしはあの時、お前たちに借りが出来たんだ。だから、私は命がけでその借りを返そうと決心してた。本当に、死んで償う積りだったのに――こうやって、おめおめと生き延びて......」

 

理子の声は、悔しさに震えている。

 

「理子」

 

アリアが、理子に声を掛けた。

 

理子は、俯いたままだ。

 

「あんた、勇敢ね」

 

理子は、その言葉に恐る恐る顔を上げて、アリアを見た。

 

「あんたのことだから、てっきり『助かったよ、ありがとー』とか言って、ヒルダについてたのを有耶無耶にするモンだと思ってたわ。でも、あんたは自分の思いを正直に話した。それは――とても勇気がいる事よ」

 

赤紫色の色の瞳で、真っ直ぐ理子を見つめるアリアに――

 

理子は恥ずかしそうに視線を逸らした。

 

「アリア、キンジ、ハヤト......この恩は、必ず返す」

 

泣きそうな声で、理子は告げる。

 

それを聞いたアリアは、目線で俺たちも何か声を掛けるべきだ、と訴えかけてくる。

 

「あー......まぁ、昨日のは......俺は、流れで戦っただけだ。恩がどうのとか、考えなくていい」

 

「......ああ、そうだな。俺の場合は急に拉致られたからなァー......完全に流れだな、うん」

 

等と話してみたが、アリアが『それだけ!?』と小声で文句を言ってきた。

 

女子の扱いが上手いのはキンジの方だろう、俺に振られても困る。

 

「あー......念の為に聞くが、あいつらには......他に吸血鬼の仲間とかいないだろうな?」

 

「ブラドの妻は病死した。漫画みたく人を噛んで増える種族じゃないし、あいつらは二人だけだ」

 

「そうか。じゃあ、お前、肩の荷が下りた気分だろ。よかったな」

 

それを聞いた理子は、頷いて、少し俯いた。

 

「そうだね......今まではずっと、ブラドとヒルダの事が心のどこかに引っかかってた。逃れたかったから、戦い続けていた。でも、それが無くなって......自由になって、今は――少し、不安かな」

 

「不安だぁ?」

 

「これからどうすればいいのかなって」

 

「贅沢な悩みだな......理子らしく、気ままに、やりたいように生きりゃいいさ」

 

「そう、だね......理子らしく、か」

 

理子はキンジの意見を聞いて、小さく笑った。

 

「ああ。それが『理子が理子になる』って事なんだよ。きっと。本当の意味のな」

 

その言葉に、理子は顔を赤くする。

 

こんな、病院の一室で、こんなにも明るい話題に触れられるなんて。

 

暗い感情を忍ばせていた俺が、少し――いや、結構恥ずかしい。

 

俺も自分の病室に戻って、後は3人で和やかに会話を続けてもらおうかと思い、退室しようとしたところで......

 

「さて。仲直りが出来たところで、もう一つ話があるよ」

 

ぴ、と人差し指を立てたワトソンが、俺たちを見回した。

 

「話......?」

 

「ヒルダの事だ」

 

――ああ。

 

ワトソン、テメー。

 

人が折角......この空気をぶち壊したくないと思って――黙っていたのに。

 

暴れ出しそうになる怒りを、なんとか飲み込んで、耳を傾ける。

 

「......ふぅ。まず宣言しておくが、僕は武偵であり医者だ。敵でも、戦いが終わればノーサイド。過剰攻撃はしない。いかなる人格、国籍、人種であっても関係なく治す」

 

――......。

 

「だから、さっき――ヒルダの体からショットガンの珠を107発、全て摘出した。魔臓機能が不全にもかかわらず、彼女は脅威的な生命力で手術を乗り切ったよ。身動きも取れず、意識も無く、人工呼吸器を必要としながらも......彼女の命は、生きたいと願っている。これが失礼ながら撮影した、今の彼女の姿だ」

 

と、ワトソンはデジカメで撮影したヒルダの姿を俺たちに見せてくる。

 

自業自得とはいえ、全身大火傷のヒルダは包帯でミイラみたくなっており、手足にギプスが填められてある。

 

哀れな奴だ。

 

「これじゃあ生きることすら、辛いだろうなァー......介錯してやる。案内しろ、ワトソン」

 

「落ち着け隼人!」

 

「落ち着け?落ち着いてるさ。人の命を奪っておいて、自分だけ助かりたいだと?ふざけるなよ」

 

「武偵は、殺しは御法度だ」

 

「なら武偵を辞めるまでだ」

 

「......正気か?」

 

「正気で、本気だ」

 

「ハヤト。頭を冷やしなさい」

 

「無理だ」

 

「ハヤト!」

 

「頼む隼人。抑えてくれ」

 

アリアとキンジに掴まれ、揺すられる。

 

この感情を、嘘にしろと言うのか。

 

俺の激情を、憤怒の炎を飲み込んで抑えろというのか。

 

「......魔臓なる物を縫合したのは始めてでね。僕も完璧には手技が出来ず......その組織を若干、切除せざるを得なかった。だがボクは、転んでもただでは起きない。それを材料に、魔臓の動きを止める薬品――ヴァンパイア・ジャマーの開発を約束しよう」

 

「くどい。さっさと本題に入れ」

 

「......そう殺気立たれても困るんだけどね。分かった。簡単に説明するとヒルダの血液が足りない。B型のクラシーズ・リバー型。その血液を保存しているのが世界中を探してもシンガポールの血液センターくらいしか無くてね。取り寄せるのに2日は掛かる。ヒルダは今日の昼を越せそうにない」

 

――成程。

 

「はっ......俺が介錯をしなくても勝手に死んでくれるワケか。そりゃあ――いい」

 

「隼人!」

 

くつくつと笑いながら安心していると、キンジに胸倉を掴まれ扉に叩きつけられた。

 

「......放せキンジ」

 

「お前、どうしたんだ!冷静じゃないぞ!」

 

「冷静になれるワケねぇだろ!知り合いが一人、間接的にヒルダに殺されてんだ!」

 

怒気を孕ませるキンジに呼応するかのように、つい声を張り上げて叫んでしまった。

 

俺の叫びに、アリアは目を見開き、理子は俯き、ワトソンは目を伏せ、キンジは恐る恐る胸倉から手を放した。

 

「......まだ、小さい女の子だった。1日......いや、半日にも満たない時間を偶然過ごしただけだった。保護者はな......あの人は、手術を『希望』だと言ったんだ。それをヒルダは、俺たちは奪った。分かるかキンジ?生きたいと願って、希望だと縋って!託し、託されて全力で戦い続けた人達の思いが!」

 

右手でキンジの胸倉を掴み、壁に叩きつける。

 

――ああ、最低だ。

 

俺は、最低だ。

 

行き場のない感情を――仲間にぶつけるなんて、本当に最低だ。

 

でも、この憎たらしい口は未だに憎悪の念を漏らし続けている。

 

「俺たちが殺したんだ!俺が!あの子を!しおりちゃんを!なぁ!嗤えよ!蔑めよ!ヒルダを捕まえられなかった俺たちを!長時間戦い続けてしまった俺を!」

 

視界が歪んで、開いた瞳からボロボロと滴が零れ落ちてく。

 

「......あの時は、皆必死だった。アリアも......理子も。――俺も、お前も」

 

キンジに当たろうとする俺の言葉を、必死に喰い止める。

 

歯が欠けるんじゃないかと思うくらいに食いしばって、これ以上誰かを傷つけない様に耐える。

 

怒りに手が震え、情けなさで肩が震え、感情の暴力が絶え間無く涙を流させる。

 

今の俺じゃ、皆と話し合えない。

 

だから。

 

するり、とキンジの胸倉を掴んだ手を放して、病室の外へ逃げるように飛び出した。

 

スリッパと病衣を着たまま、俺は武偵病院から逃げた。

 

何の解決にもならない事は分かっていたが、今は少しでも皆から離れたかった。

 

能力まで使って。

 

何処か遠くへ、逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり上がりきった息を、ベンチに座りながら整えて――空を見た。

 

雨は止んでいて、青空が雲の切れ端から顔を覗かせている。

 

青い空を見て、自己嫌悪の気が強まった気がした。

 

走り回って落ち着いたのかもしれないが、落ち着いたら落ち着いたで今度は自己嫌悪の嵐だ。

 

皆に合わせる顔が見つからない。

 

ヒルダを許すことはできない......俺はそこまで、大人になれない。

 

キンジたちはお人好しだから、助けようとするんだろうな。

 

携帯を開けて見れば大量の着信とメールが着ていて、自分のした(逃げ出した)事が、どうしようもなく惨めに思えてしまう。

 

電話......は、掛ける勇気が出なかったので、メールで『お前達のやりたいようにしてくれ』とだけ打って送信。

 

返信を待たず携帯の電源を切って、自分の心を守る。

 

――俺って本当に、最低だな。

 

散々かっこつけておいて、結果何も救えなくて、むしろ失くしてしまって。

 

俺は武偵として向いてないんじゃないか。

 

嫌悪して、否定して。

 

何も守れずに、夜が明ける。

 

「――辞めちまおうかなぁ」

 

「おう、それがいい。悩むのなんて止めちまえ」

 

「え?」

 

隣から聞こえた声に顔を向ければ、見知らぬ爺さんが座っていた。

 

「ど、どちら様......ですか?いやてか別に悩んでたワケじゃ......」

 

――......まぁ悩んでた、みたいなモンか。

 

「人に名を訪ねるときは自分から、だろうが。ええ?若ェの」

 

「――......東京武偵高校所属、冴島隼人です......あなたはどちら様でしょうか」

 

「俺かぁ?俺はしがない、写真家さ」

 

老人はバックパックの中から、高そうなカメラとアルバムを取り出して、ニカッと笑った。

 

――......名乗らないのか?

 

 



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逃げたのはやべーと思った

 

「どれ、若ぇの。ここで出会ったのも数奇な運命な悪戯だろうからよぉ、1つ!俺に悩み相談でもしてみるってぇのも......乙なモンじゃあねぇか?」

 

白髪の多い髪に皺の深い顔、登山家のような恰好をした老人の男は、カメラを構え、フラッシュを焚かせながら何枚も俺の顔を撮ってくる。

 

――いや、あって間もない人に相談とか出来るワケないと思うんだが......?

 

「いいか若ぇの。世の中にはな?どーしても、1つや2つ、自分で理解出来ていても納得の出来ねぇ事があんのよ。俺もそんな時があったわけさ、そん時にどーしたかって言うとな、ひたっすら絵を描き続けた!大好きだったから、大好きだった絵を描き続けたんだ......納得できない事から逃げるようにな」

 

――いやあの、聞いてない......んです、けど。

 

老人は俺の事なんかお構いなしに、喋りたいだけ喋ってくる。

 

「で、俺もそんな風に悩んで、逃げてた時もあったが仕事を始める歳になっちまった。仕事は何をするかで当然悩んだ。そして俺は当然のように逃げ方を覚えてしまったから、俺は絵が好きだからって自分をテンプレで納得させて画家になったのさ」

 

「――え?さっき、写真家だって」

 

「話は最後まで聞け。好きな事を仕事にするとな?俺の場合は――描きたくない物を描かなきゃいけなくて、自分の好きじゃない物まで描けって言われてなぁ。俺は......それが面倒になって、辞めちまった。次に旅をしてみたかったから、全国どこにでも行ける運送業に勤めた。まぁ、結局飽きて辞めちまった。だが写真はいい!自分の撮りたい物の為に、自分の足で旅をする......俺にピッタリな仕事だ!......ちょっとばかし、稼ぎが少ねぇのが問題だがな」

 

ガハハ、と笑いながら老人はアルバムを広げて、俺に見せてくる。

 

「この写真は、俺が富士山を撮りたいと思って20日粘り続けて撮った傑作だ」

 

説明を聞きながら渋々覗けば、そのアルバムの中には世界各地の山や草原、動物に青空、海や夕陽......人工物まで写真に収めてあるのが分かった。

 

だが、こんな物俺に見せてどんな意味があるんだろうか。

 

「けど、きっと今のお前さんが見たいのはこんなモンじゃあねぇだろ。どっちかっつぅと――こっちだろうな」

 

老人はそう言いながら、アルバムの一番最後のページを開いてみせた。

 

そこにあった写真は――

 

「――雑草?」

 

アスファルトを突き破って伸びている雑草だった。

 

「おう、コイツはただの雑草だ。何の変哲もねぇただの草だよ」

 

老人は俺の肩を掴みながら、身を少し此方に乗り出して語りだす。

 

「だがコイツは根性がある!養分を吸い上げて成長して、挙句の果てにはあの硬ぇアスファルトを下から突き破って伸びている!すげぇだろコイツ!」

 

「それが、どうかしたんですか......?」

 

「え?ああ、どうかしたってワケじゃねぇ。あー、まぁ、つまりだな?若ぇの、お前も折れるなよ。この雑草みてぇに......成長し続けろ」

 

「......はぁ」

 

「――いいか、一度の失敗や挫折や悩みで、手前を腐らせちゃいけねぇ......だから、オレみたいに妥協し続けた人生を送るなや」

 

黙ったままの俺に、老人は続ける。

 

「本当にそれでいいのか、その答えでいいのか、辞めていいのか。諦めていいのか。全部、悩んでいい。なにせ大人なんていうのは、悩みに悩んで、悩み続けて納得して、妥協して大きくなっていった連中だからよ」

 

――悩み。

 

「悩めよ、若ぇの。悩みは全ての事柄において最も優先されるべきモノだ。自分が納得できるまで悩めばいい。お前さんが生き続けている限り、悩み続けていい。そして――自分が本当に納得できる答えを見つけろ。な?」

 

「――随分、難しい事を言うんですね」

 

「ガハハ!何、要は簡単な事よ。一本!筋を通して生きればいい。妥協はするな、納得する答えが出るまで悩む!それだけさ」

 

老人はそう告げると、荷物を纏めてベンチから立ち上がった。

 

そして、じゃあな、と告げるとそのまま歩き出し――振り返って、またシャッターを切られた。

 

ニカッと笑った老人は、再度振り返ると、次に振り返る事はなく俺の視界から消えていった。

 

「――悩み、続けろ......かぁ。難しい.....なァー」

 

――でも、そうだよな......

 

逃げてるだけじゃ、ダメだよな。

 

老人の言葉に、少しだけ元気を貰った俺は――まずは、キンジたちとしっかり意見をぶつけ合わせようと思い、携帯の電源を入れ直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっ......悩める若人、再び歩き出す......ってな!」

 

カメラを覗きこむ老人は、さきほどシャッターを切ったばかりの、病衣を着た青年の顔が写った写真を見て独り言をつぶやいた。

 

話し始める前に撮った写真と、話し終えた後の写真を見比べる老人は、その2つを比較して更に笑みを深める。

 

「かぁ~......良い顔してんなぁ」

 

その発言は、誰の耳にも入ることは無く。

 

もう2度と出会わないであろう数奇な運命ではあったが、何、人生とはそういう物だと老人は心の中で語る。

 

願わくば、この老い先短い老人の言葉が彼を動かす原動力になってほしい。

 

妥協しかしてこなかった自分の様になって欲しくはなく、悩み続けてほしい。

 

それが、特に大成する事も出来なかった挫折と妥協に塗れた男の、願いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

携帯でキンジに連絡を取り、最初に謝罪をした。

 

逃げ出して済まなかった、押し付けて悪かった――と。

 

キンジは、キンジたちは、気にしてない、と軽く流してくれた。

 

「で、どうするんだ......隼人」

 

目の前に居るキンジは、時計をしきりに気にしている。

 

時間は10時25分を指していて、ワトソンたちも準備を進めてはいるがまだ輸血に取り掛かれたワケでもない。

 

「理子がヒルダと同じ血液型だと言う事は既に分かっている。お前がヒルダの存命を認めてくれれば、すぐにでも輸血を行える......どうする、隼人」

 

「――......こっちに戻ってくるまでの間、散々悩んだ」

 

「おう」

 

「俺は、ヒルダを許さない」

 

「――そうか」

 

「ああ、そうだ」

 

「分かった......ワトソン達に、それを――」

 

「だから――ヒルダの命を助ける」

 

「――何だって?」

 

キンジの発言を中断して、俺が割り込んだ。

 

「アイツの命を助けるのは、可哀想だからとか、そういうモンじゃない。アイツが......ヒルダが手に入れるのは、命なんかじゃない。罪を償う機会だ」

 

「......隼人......」

 

「罪滅ぼしくらいは、してもらうぜ」

 

「――ああ、そうだな。そうと決まれば急ぐぞ!時間が余りないからな!」

 

俺たちは病室に着いてから、全員に改めて話し、了承させた。

 

それからはトントン拍子で事が進み、ヒルダは無事一命を取り留めた。

 

――これからは、人の為に働いてもらうぞ、ヒルダ。

 

そう〆て、ヒルダ襲撃の事件は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやァーしっかし、まさかワトソンが女子だったとはなァ」

 

あれから10日前後経ち、すっかり全快復した俺はキンジ、ワトソンと共に誰も居ない食堂で飲み物を飲んでいた。

 

「そ、それは言わない約束だろう......」

 

目の前で顔を赤くしてモジモジしているワトソンを見ると、確かにボーイッシュな女に見えなくもない。

 

砂糖を大量に放り込んだコーヒーを啜りながら、ふと頭の中を過った話をワトソン目掛け投げつけた。

 

「そういや......アリアとの婚約の話はどーなったんだ?」

 

「ああ、破棄させてもらった。ワトソン家の事情についてもほとんど話した」

 

「おいおい、怒らなかったのか?」

 

「『そんな事だろうと思ったわ』、だそうだよ。ちょっと安心した様な表情にも見えた」

 

「アリアらしい」

 

「ただ、その......ボクが......」

 

人はいないのに、赤くなって周囲を確認してから、小さく、じょし......と呟くワトソン。

 

「......で、あることは、言ってない。言えなかったんだ。あまりにも恥ずかしくて......」

 

「それで正解だと思うぜェー。状況を呑み込めず、呑み込めたとしても発砲されそうだ」

 

「ああ、そうだな......いや本当に」

 

キンジは俺の発言に何か思う事があったのか、肯定した後にブルリと身体を震え上がらせた。

 

そのまま何も無い所を見つめ始めたのを見て、俺は話題を強引に変更させる。

 

「あ、あー......理子は、大丈夫か?今朝フツーに登校してきてよォー......ケッコーびっくりしたぜ」

 

「救護科の先生も太鼓判をくれたよ。隅々までチェックしたが、すっかり健康だった。逆にちょっと心配なのは......ヒルダの方だね」

 

「容態でも悪化したのか?」

 

「どうせ暴れ回ってんだろーよ......」

 

「いや、うん......暴れ回っていた、が正しいかな」

 

「お?今は大人しいのかァー?」

 

「うん。確かに最初は這って逃げ出そうとするし、ナースに噛みつこうとするしで大変だったけど、理子のおかげで助かった事を聞いてからはとても静かになったよ。一言も喋らず、今は何か――考え事でもしてるみたいだ」

 

「まぁ、逃げたら教えろ。今度は戦車にでも乗って捕まえに行ってやる」

 

「戦車より俺の方がはえーよ」

 

「そういう意味じゃねーよ」

 

そう言った下らない事を言いながらも、話は徐々に雑談へシフトしていき――ワトソンが思い出したかのように俺に質問を投げかけた。

 

「ああ、そう言えば――サエジマ、君......あの、その......ナイフは、どうなった?」

 

気まずそうに聞いてくるワトソンの話で、一週間前の話を思い出す。

 

「あー......まず驚愕、安否確認からの説教のコンボだった」

 

ジャンヌが目に涙を溜めながら俺の体をベタベタ触って無事を確かめた後、たまにその綺麗な瞳から涙を零しつつ怒ってきたのは印象に残っている。

 

ジャンヌは溶けてしまったデュランダル・ナイフをまた鍛冶師に持っていくと言っていた。

 

「また、ナイフを作ってくれるのか」、と聞いてみたがどうやらナイフではなく、少し大振りの物に変わるそうだ。

 

......まぁ、あれだ。ジャンヌに散々怒られて、ナイフもダメにしてしまったけど、俺が生きてるならそれでいいって許してもらえた。

 

それくらいでいいだろう。夜の話なんてキンジや......ましてや女であるワトソンに聞かせるべき話じゃないだろうから。

 

ああ、そうだ。武装の話をすれば――平賀さんに預けていたフックショットだが、まだ改造案も納得のできる物が出来ておらず、ただ修理するだけでは面白くないと言われ、まだ預けたままだ。

 

XVRは綴先生から小言を言われつつも返してもらい、暫くの間何も無かった腰のホルスターに漸く収まった。

 

スプリングブーツは片方が破損して、もう片方は行方不明になったので、新しい装備の開発を平賀さんに頼んだ所、新作の試験を依頼された。

 

その新作はコンバットブーツと似た見た目だがほぼ全てが機械で作られているらしく、戦闘時に膝の辺りまで装甲が可動展開して脚を守り、敵に鋭い打撃を与える攻防一体の武器になる。

 

『O-V-E-R.H-E-A-T』システムも足だけで無く、展開した装甲部分全体に行き渡る様になった。

 

だが、この新型コンバットブーツの最大の特徴は、足の裏から瞬間的ではあるが展開した装甲に溜まった熱を一気に放出する排熱口が取り付けられているのだ。

 

これを攻撃目的で使えば、熱気弾を相手に近距離で叩き込む事も可能だろう。

 

ちょっと重いのが難点だが、まぁ慣れていけばどうにかなる、と思う。

 

 

 

 

まぁ、そんな感じで装備の更新と返却があった。

 

まとめると、

 

デュランダル・ナイフ→修繕の為離脱。

 

XVR→綴先生から返却。

 

コンバットブーツ→破損したので破棄。代わりに新作を供給される。

 

フックショット→修理に出すも、修復の目処が立たず。

 

こんな感じだ。

 

そうした話をキンジとワトソンに話した所でいよいよ話題も無くなったので食堂から立ち去り――キンジはワトソンに寮まで送ってもらうらしい――俺はジャンヌを迎えにテニス部へ向かうのだった。

 

久々に落ち着いた時間を過ごせて、結構リラックスできた気がする。

 

 

 



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修理に出したナイフがやべーことになってた

友人より支援絵を頂いたので、あらすじの方に掲載させて頂きました。

掲載許可は貰ってます。


日の出が遅くなってきた今日この頃、俺はキンジと強襲科のトレーニングルームに居た。

 

「――うぅっ、寒いな......で、こんな朝早くに俺を呼びだした理由はなんだ?――隼人」

 

キンジは自分の体を抱きしめる様にして軽く身震いした後、息を吐いて自分の手を温めながら俺に質問してきた。

 

「ああ、『桜花』の名前を決めた事と、これからについてだ」

 

俺がそう言いながら構えるとキンジも体を動かす事に賛同したのか、何も言わずに構えた。

 

一拍おいて、

 

「――やっとか。それと......これからの事?」

 

互いに駆け、右腕同士をぶつけ合い、「お前が真面目な口調の時はだいたい余裕がないときか真剣な時だけだろうししっかり聞くぜ」、とキンジは言った。

 

「ああッ、お前、もうじき武偵高(ここ)から出ていくだろ?だから――俺の戦う理由を見つけようと思ってな!」

 

半歩すり足で下がり、左腕を振り上げフェイント。

 

そのまま体を捻り、右脚の回転蹴りをキンジの顔目掛け繰り出す。

 

「ッ――あー!そう、かッ!お前、俺に付いてくとか言ってたな!」

 

キンジは左腕を上げ、回転蹴りを防御。そのまま左腕を外側へ弾く事で俺の脚を宙へ投げ出し、その隙に2歩半下がった。

 

「......ああ。でも、お前は居なくなる。でも、『極東戦役』は......まだ続く。だから――居なくなるお前の代わりに戦い続けようと思った」

 

「――!」

 

棒立ちになり、キンジをしっかりと見つめて思っていた事を告げる。

 

キンジはそれに少し驚いた様子で、何か言おうと口を開けるが、

 

「だが、それだけじゃあ――足りないと感じてな」

 

「......は?」

 

呆けた表情をするキンジを見て、少し苦笑しながらも言葉を続ける。

 

「お前の代わりに戦うのは――お前が少しでも早く、一般人になれるように祈ってるからだ。でも、それだけじゃ......俺が『極東戦役』に参加する理由にならないって気付いてな」

 

「それは......そう、だろうな」

 

キンジの表情が沈みかけた所で、走り出す。

 

距離を詰め、跳躍――直後に、両腕を使ったハンマーブローのような攻撃を行う。

 

狙いは勿論頭部。

 

「ぐっ!」

 

突然の奇襲に、キンジは慌てながらも的確に防ぐ。

 

「キンジ」

 

「なん、だ!」

 

両腕をクロスさせてハンマーブロー擬きを防いだキンジは、上体を反らしながら身体を捻じり俺を真横へ落とした。

 

勿論その隙を逃すキンジではなく、がら空きになった横腹へ容赦なく蹴りを放ってくる。

 

それを両手と両膝を使って更に横へ飛び退き、左手のみで着地、そのまま下半身を持ち上げ、片手側転を行い体勢を立て直す。

 

「――まだ、迷ってるし、悩んでる......何も決まってないが......それでも、戦う意味を探すよ。名前も知らない爺さんが言ってたんだ、『悩みは全てにおいて優先されるべき事柄だ』ってな」

 

「......そうか。なら、俺は何も言わないさ。お前が決める事だからな......好きなだけ悩んでくれ」

 

「言われなくても今も悩んでるっつーの」

 

そんな風に、話を一区切りつけて、再びキンジと組手を行い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の『桜花』は、なんて名前にしたんだ」

 

組手を終えた俺たちは、床に胡坐を掻いたままスポーツドリンクを飲んで一息吐いていた。

 

そんな時に、キンジから、そういえば、と言った切り口で質問が出てきた。

 

「『月華(げっか)』」

 

「『月華』......?」

 

「おう、月に華で月華だ」

 

「......いい名前だな。他には新しい技でも思いついたのか?」

 

「あー、まぁ、それなりに考えては見たが――そんな納得する物は出来てないなぁ」

 

「それでもいいから一応教えろよ、俺も気になってるんだ」

 

キンジは本気で気になっているのか、少し身を乗り出して詰め寄ってくる。

 

「分かった、分かった......まずは......」

 

トレーニングルームの端の方に置かれているホワイトボードの前まで移動し、マジックで棒人間でモーションを描いていく。

 

「と、まぁ第一案はこんな感じで、次のが――」

 

此方もまた、同じ様に描き加えていく。

 

とりあえず思い付いた分を全部描き切った所で、キンジがマジマジとそれらを眺め、体を動かしてモーションの再現をし始めた。

 

俺もそれに参加して、自分の中にあるイメージを形にしていく。

 

だいたい、こんな感じで毎朝を過ごしている感じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある程度時間が経ち、人が増えてきたので区切りを付けて早朝訓練を終え、各部屋へ帰っていく。

 

シャワーを浴びて汗を流して、着替えてダイニングへ行けば――

 

「おはよう、隼人」

 

「ん、おはよう」

 

エプロン姿のジャンヌが忙しそうに朝食の準備をしつつ、俺に気付いて挨拶をした。

 

新聞を読んでいた金一も、顔を上げて挨拶をしてくる。

 

「――おはよう、2人共」

 

それに挨拶を返して、席に座って、テレビを点ける。

 

そのまま暫くテレビで朝のニュースを眺めていると、朝食が食卓に並び切りジャンヌが席に座った。

 

「よし、揃ったな」

 

「ああ、それじゃ――頂きます」

 

一言告げて、飯を食い始める。

 

――やっぱり、ジャンヌの飯は美味いなぁ!

 

これだよ、この平和な時間。

 

何事も起こらないこの雰囲気が、堪らない。

 

「――ああ、そうだ。隼人」

 

「ん?」

 

ジャンヌが朝食を食べ終え、カフェオレを一口飲み、口元をナプキンで拭った所で俺を呼んだ。

 

「ナイフだが――修理・改造が終わったぞ」

 

「マジで?速くねぇか」

 

「そうか?普通だとは思うが――まぁいい。食事が終わったら書斎に来い」

 

「あいよ」

 

ジャンヌが一足先に書斎に行ったので、俺も急いで自分の分を平らげて、書斎へ早足で向かう。

 

やや乱暴に、書斎の扉を開けて中に入ると、ジャンヌが1mほどの長さの布に包まれた物を抱えて座っていた。

 

「来たか、速いな......流石に、あれだけ溶け切ったデュランダルを元のナイフにするには無理が過ぎた。神秘が薄れすぎてしまっていたのでな......故に、白雪――いや、星伽より祈祷を受け続け、神秘を籠められてきた玉鋼を譲ってもらった」

 

布の口を縛っている紐を、ジャンヌが解く。

 

「そして、溶けてしまったデュランダル・ナイフを星伽の巫女たちによる祈祷のもと、神秘を再び宿らせながら鍛冶師が叩き上げ、心金に使用した」

 

布で作られた袋からジャンヌは......少し長めの日本刀を取り出し、俺に渡してきた。

 

「この日本刀の作成には星伽の、刀匠、研師、鞘師、白銀師、柄巻師、塗師、蒔絵師、金工師が参加してくれた」

 

抜け、と目で言われ――鞘を握った左手を使い鯉口を親指で押し上げ、右手で柄を握って、慎重に引き抜く。

 

――重い。

 

鈍い光を放つ、重厚な重さを持つ日本刀は蛍光灯の光を浴びて、その輝きを俺に示していた。

 

「構造は四方詰め、刃文は虎徹帽子。茎は尻張り形で、鑢目は鷹ノ羽。切先は大切先で構成されている」

 

鍔を見れば、僅かに半月が描かれているのみで、余り誇張された装飾などは見当たらない。

 

柄巻は黒く、鞘はやや煤けた赤褐色の物だった。

 

刃渡りは目視で見て......85cm程。

 

だいたいの標準が75cm程だから、それよりもかなり長い。

 

何処を見ても美しさばかり感じてしまうこの刀を、実戦で振るうのは少し憚られてしまう。

 

芸術品として、飾っておきたい......そう思える一品だった。

 

身長に鞘に戻し、鯉口がしっかりと噛みあったの確認して、床に静かに下し――ジャンヌを見て、一言。

 

「――いい、刀だ」

 

「だろう?白雪や星伽には感謝しなくてはな」

 

「ああ、そうだな......ところでジャンヌ」

 

「どうした、隼人」

 

「俺、日本刀なんて振った事ねぇんだけど」

 

「えっ」

 

剣だとかは奪い取って勝手に振り回してたが、あれは青龍刀だったしなぁ......星伽の刀もそんなブンブンしてないし。

 

ジャンヌは俺が刀を使った事がないワケがないと思っていたのか、驚いた表情のまま少し固まっていた。

 

「ジャンヌー?おーい」

 

目の前で手を振ると、ジャンヌはハッと気を取り戻した。

 

「に、日本人は皆日本刀を振れるのではないのか!?」

 

「振れるワケねぇだろ」

 

「だがしかし!アニメではよく振っているではないか!」

 

「ここは現実だ目を覚ませ」

 

「――......なん、という......ことだ――日本人は皆NINJAではないのか......武偵だけか?武偵だけがNINJAなのか?」

 

ジャンヌの日本イメージが崩れ去っていくのが伝わる。なまじ近くに超スピード(俺)、忍者(風魔)、不死身(キンジ)、日本刀使い(星伽)、二刀流(アリア)などが居るから信憑性が高くなってしまったのだろう。

 

肩を落として落ち込むジャンヌを見て、ちょっと申し訳なくなる。

 

――まぁ、うん......振った事ないなら、練習すりゃいいだろ......うん。

 

「大丈夫だよ、ジャンヌ」

 

ジャンヌの頭に手を乗せて、撫でる。

 

「使えないなら、練習するだけだ」

 

ジャンヌはその言葉に、少しだけ気を良くしたのか小さく笑みを浮かべた。

 

――ナイフを主に使う戦い方だったからなぁ......戦闘方法変えねーと......

 

文化祭は目前まで迫っている。時間はどんどん短くなっていく。

 

悔いの無い様に、悩みを妥協させない為に。俺の戦う理由を見つける為に。

 

今日も一日、頑張っていこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Go For NEXT...

 

 




ヴぇぁああ;w;

ようやく9巻の途中辺りまでです。

欧州が遠い_(:3」∠)_


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再戦!ガチで強くてやべーやつ

『――Happy birthday to you』

 

CDから流れてくる流暢な英語の歌。

 

誰かの誕生日を祝ってくれる歌。

 

それが、ほんのり薄暗い、マンションの一部屋を支配していた。

 

私には妻と息子がいる。

 

今日は息子の誕生日だと言う事を二カ月前から伝え、午後は休みを頂き、無事息子の誕生日会までに帰ってこれた次第だ。

 

帰り道にプレゼントを買って、ケーキも買った。

 

一重に、息子の笑顔が見たかったからだ。

 

わざと照明を消して、薄暗くした部屋に、ケーキのロウソクに灯された火だけが明るさを伝える。

 

『――Happy birthday to you』

 

私の膝の上には3歳になる息子が。

 

隣には妻。

 

私は幸せ者だ。息子の成長を、こうして間近で見る事が出来るのだから。

 

『――Happy birthday Dear......』

 

さぁ、私たちで息子の名前を呼んであげよう。

 

誕生日、おめでとう――と。

 

私たちの幸せは、今ここに在る。

 

「さぁ、息を吹きかけて、ロウソクの火を消そう」

 

息子に諭す様に、優しく声を掛ける。

 

息子はそれに笑顔で答え、勢いよく息を吸って―――

 

吹き――

 

 

突如何かが、壁を突き破って、テーブルを砕きながら転がり、部屋をグチャグチャに荒らした後、更にもう1枚の壁を突き抜けて、止まった。

 

数瞬遅れて、窓ガラスが粉々になって飛来し、床を汚す。

 

息子に覆いかぶさる様にして、飛び散ってくるコンクリート片やガラス片から守る。

 

急に出来た巨大な穴から、外の景色が見え――暴風が吹き抜けた。

 

自身の目を守るために目を瞑り、息子の目を手で塞いだ。

 

何秒か経った後――妻と息子の無事を確認した後、部屋の角へ避難させ、私は破損したテーブルの足の1つを掴んで、ライト片手に飛来し、部屋を滅茶苦茶にした物体へと恐る恐る近づいた。

 

スリッパの底が、ガラス片やコンクリート片を踏んで違和感を伝える。

 

踏み心地の良かったフローリングなど今は見る影もない。

 

息子の大きな泣き声と、それを宥める妻の声を聞きながら、私は内心で怒りを燃やして、私たちの平和を奪ったソレを一目見ようと更に距離を詰めた。

 

そこで、スリッパは水音を立てる。

 

――ピチャ

 

妙に粘り気のある音が聞こえ、水道管でも破裂したかと思いライトを下に向け――

 

「なん、だ......これは」

 

真っ赤な液体に染まった床を見て、私はつい言葉を漏らし、

 

「――――――ぅ」

 

この一室を突き破って入ってきたソレの終着点から、声のような、音が聞こえ――情けない声を上げるのを堪え、震える手でライトを上げた。

 

そこに居たのは、人だった。

 

全身に切り傷を作り、所々に深い刺傷のような物まであり、体の至る所にコンクリートの破片やガラスの一部が突き刺さっている。

 

全身からは出血を起こし、今もなお我が家の床を血の川で汚していくソレは、呻き声を上げている。

 

私は、警察と救急車を即座に呼ぶべきだと思い、携帯を取りだした。

 

「――――......ろ」

 

ボタンをカチカチと鳴らし、ダイヤルを入力する中で、血に塗れた男が何か言おうとしている事に気付いた。

 

「大丈夫ですか!?意識は、ありますか!?」

 

「――にげ......」

 

息子の泣き声、異変に気付いた近隣住民がドアを叩く音、安否を問う声が響く中――

 

「――逃げ、ろォ!!!」

 

生気を取り戻し、怒気を孕ませたその男の声が、この混沌の惨状の中で、一際よく聞こえた気がした。

 

何から逃げろというのか。

 

そう聞こうとした所で、私は自身の背後に――人の気配を感じて振り返った。

 

『――Happy birthday......―― to you......』

 

頑丈さが取り柄のCDプレイヤーだけが、さっきまであった幸せな空間の余韻を残す。

 

既に、全て変わってしまった後だというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――隼人視点――

 

強く頭を叩きつけられたせいか......瞼が重い。

 

子供が居たんだろう。耳鳴りの止まないこの耳に、甲高い泣き声が木霊している。

 

CDプレイヤーから、『Happy birthday to you』が流れ続けている。

 

最悪の誕生日を迎えさせてしまった事を、俺は強く後悔した。

 

そして、激しい怒りを覚える。

 

やはり、この『極東戦役』は――何も知らない人達を苦しめるモノだと。

 

俺は憎悪した。

 

強い奴と闘いたい。そんな下らない、自分勝手な理由で――何も知らない人々の笑顔を奪うなど......許せなかった。

 

人として――武偵として。

 

だから、俺は立ち上がる。

 

身体がどれほどの傷をつくろうと。

 

心がどれほど悲しみに軋もうと。

 

立ち上がり、人々の笑顔の為に立ち上がる。

 

自分が速くなれればいい、そんな自己満足は投げ捨て、俺は俺の戦う理由を、ここに見出した。

 

「――逃げ、ろォ!!!」

 

――この身、この命は......誰かの笑顔の為に。

 

だから俺は――戦う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

ジャンヌやアリア、星伽に剣術を習いながら――色々な型を教えてもらったがどれも肌に合わず、結局我流でやっていく事にした――素人の俺が、最も効率良く敵にダメージを与えられるのは、刺突であると理解し、ただそれだけを一心に熟した。

 

突き。

 

一先ずはこの突きの動作のみを成熟させ、技として成立させることに課題を絞った。

 

早朝練習でひたすらに突きを練習していると、星伽の戦姉妹である佐々木、とやらが練習試合を申し込んできた。

 

「冴島先輩の胸を借りるつもりで、やらせて頂きます」

 

等と言っていたが俺は剣術初心者で、彼方は得物から判断するに相当の使い手であることが見て取れた。

 

あんなバカみたいに長い刀を振ってくるのだ、やり辛いと言うしかない。

 

相当な長さを持っていて、重さも相当な物だと予想はしたが、それを平然と振ってくるあたり、冗談だろ、と口角をやや吊り上げて冷や汗を流すばかりだった。

 

が、俺も流石に後輩の一撃をすんなり貰うワケにもいかず、先輩としての威厳を保つ為に全力で回避に勤しんだ。

 

佐々木はそれに気を良く......いや、悪くしたのか、勝負を急ごうと鞘を投げ捨てたのだ。

 

そして、佐々木は居合の構えを取り、俺に向けて言った。

 

「これより魅せるは、『厳流』・奥義――燕返し。鞘を使わぬ最速の一撃......見切れるのなら、どうぞ――避けてみてください」

 

それは挑戦状だった。

 

避けれる物なら避けてみろ、佐々木は俺にそう言ったのだ。

 

あまつさえ俺の前で『最速』を語るのだ、その技に相当の自信があると見た。

 

「――来い!」

 

本来、居合とは最速で刀を抜くための動作に過ぎず、居合切りとは最速で抜き出した刀を、勢いをそのままに斬りつける技である。

 

鞘本体が一種のカタパルトの役割を果たすのが通常の居合だが――『厳流』とやらは、自らの筋肉による瞬発力のみで刀を抜き、振るうらしい。

 

夜明けの日光が、僅かに佐々木の刀を照らし――ギラリと光ったソレを、瞬きもせず睨みつけていたというのに......ブレた。

 

驚愕に目を少し見開いて、警戒を強めれば。

 

既に首筋まであと10と数cmという距離にまで刃が迫っていた事に気付く。

 

手にした刀を滑り込ませるのには時間が足りない。

 

そう考えた俺は咄嗟に全力で横へ飛び込み、回避する。

 

背中を半分程まで覆う髪の毛が、俺の挙動に僅かに遅れついて来て――佐々木の刀によって断ち切られた。

 

首の皮は繋がっているが、髪の毛はそうもいかなかったようで、随分と見た目が変な形になってしまった。

 

「あっ」

 

「あっ」

 

それに気付いた時、俺たちは互いに動きを止め――佐々木は刀を静かに床に降ろし、謝罪してきた。

 

「も、申し訳ありませんでした!先輩の、髪を、その――」

 

真剣を使った勝負とはいえ、こうなるとは予想していなかったのだろうか。

 

――てか避けてなかったら首飛んでたと思うんだが?

 

「あー、別に、気にしなくていい。どーせ髪切るつもりだったしなァー......手間が一つ省けた」

 

佐々木の謝罪に、手を軽く振って答え、俺は近日中に散髪する積りだった旨を伝える。

 

「ですが」

 

「――いいって、いいって。それより、この勝負――オメーの勝ちでいいな」

 

「え......ですが、それでは!」

 

何か言い出す前に、背を向けて佐々木にヒラヒラと手を振りながらトレーニングルームを後にして――

 

 

 

 

 

 

「急いでジャンヌゥウウウ!!!キンジ達にバレたらぜってー笑われる!」

 

「動くな隼人!皮膚まで切れてしまっては散髪どころではないだろう!」

 

俺は寝ていたジャンヌを叩き起こして、髪をとにかく短く切り揃えてほしいと懇願した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふむ......しかし鞘を捨てた居合切りとは、また奇妙な」

 

随分とさっぱりした髪を数度撫で、シャワーを浴びて払い残した髪も洗剤と水流で流し終え、制服に着替えた俺はジャンヌと朝食を採っていた。

 

「だけどよォー、佐々木のアレ、クッソ速かったぜェー?燕返し、とかいうの」

 

「むぅ――どうすれば、己の筋肉だけでそのような最速の一撃に至れるのか......やはり、それを創り上げてきた歴史か」

 

「文化の厚みには勝てねぇなァ......」

 

「まぁそう嘆くな。隼人の突きは、多少は成長したか?」

 

「まだ振り始めて2日と経ってないんだが?」

 

「それでも、一応聞かねばならないだろう」

 

「うーん、成長、したっつーか......してねぇっつーか」

 

「随分と曖昧だな?」

 

「――こう、これだぁ!ってなるよーなモンが無くてな」

 

「......まぁ、そう焦る必要もない。いざとなれば実戦の中で技を見出せ」

 

「すっげぇ投槍になったなオイ」

 

アドバイスを諦めカフェオレに口をつけたジャンヌをじと目で睨むも、ジャンヌは目を伏せてカフェオレを楽しむばかりだ。

 

まぁ、これ以上の報告は出来そうもなく、俺もカフェオレを飲むことで朝の報告は自然と切り上げられた。

 

 

 

「隼人......だな、よし、合ってた。随分と短くしたじゃないか」

 

登校中にキンジに声を掛けられ、さっそく髪の話題になった。

 

「――ああ、前々から切ろうとは思ってたんだがな。中々時間が取れなくてよォー」

 

「しかし、長髪しか見てこなかったから、中々新鮮だな」

 

キンジは前から、後ろから、横から俺の単発姿を眺め――

 

「うん、似合ってるじゃないか」

 

ニヤリ、と笑った。

 

「ったりめーだろォー?ジャンヌがやってくれたんだよ」

 

 

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適当な話で盛り上がりながら、武偵高へ到着。

 

此処に来るまでの間に、歩行者天国と化した学園島の道路を歩いて登校してきたが、道端には出店が至る所に乱立しており、強襲科や尋問科でさえ一般人向けに開放されている。

 

何を隠そう、今日は10月30日。

 

そう、文化祭である。

 

――ヤべーやつは全部地下に仕舞ってるから、大丈夫、大丈夫、へーきへーき!

 

そのおかげで地下倉庫が更にやべー場所になっている事は言わずもがなだ。

 

武偵高では、文化祭の準備期間中に掃除をしたり、レイアウトを変えたり、色々な事をする。主に一年が。

 

武偵高へ進学を考えている連中や、親御さんの心証を良くするのが目的だ。

 

そう、本当に武偵高内外の掃除や施設内のレイアウト変更は大変だ。俺も去年やった。

 

隷属の1年、鬼の2年、閻魔の3年という言葉がある様に、武偵高は前にも話したがすげー封建主義なのだ。

 

――文化祭は今日と明日の2日間。今年は『変装食堂』だけだし、明日はゆっくりできるかもな......

 

俺は淡い期待を胸に、更衣室へ移動し、変装食堂で使う衣装に身を包んだ。

 

 

 

 

 

 

「――いらっしゃいませ、ようこそ『変装食堂』へ。ご注文はお決まりでしょうか、姐さん方」

 

「あの、これと、これ一つずつ。ドリンクはカプチーノ2つで」

 

「畏まりました。少々お待ちください」

 

変装食堂は、嵐のような騒がしさと忙しさだった。

 

食堂に収まりきらない客を少しでも捌けさせるために、庭にまでテーブルと椅子を展開し、そっちへ流すが未だに長蛇の列が続いている。

 

駆け足気味に厨房へ駆け込み、なるべく響く声で注文をコールする。

 

「BLTサンド1つ、カニグラコロッケサンド1つ、カプチーノ2つ!23番どォぞー!」

 

厨房から調理係の連中の了解の声が聞こえ、それを聞いてから踵を返し再び注文を取りに戻る。

 

――クッソ忙しいな、なんでこんなに流行ってんだ。

 

目線だけを素早く左から右へ流し、室内の様子を探れば男性客9割、女性客1割程の割合で占められたその空間の中に、コスプレした女子が注文を取りに奔走しているのが見える。

 

――ああ、なるほど。女子目当てか。

 

この繁盛の原因を何となく推察出来たので、歩く速度を上げて次の注文を取りに行く。

 

俺の担当は、ほぼ女性なので女子に比べればマシだろう。

 

「ねぇ、あの人カッコよくない?」

 

「えーちょっと怖いよ」

 

「それがいいんじゃん」

 

普段なら声を大にして喜ぶところだが、生憎声を大にして叫べるのは注文の内容だけである。

 

そのまま暫く注文を取り続けていたら、キンジが厨房から解放され、それに群がる様に理子やアリア、星伽がやってきて――

 

結果、更に忙しくなった。

 

キンジはキンジで女子とトラブルを起こすし、アリアは小学生たちに同年代の子だと思われて散々引っ張り回され、理子はソレを見て笑い、星伽は大量の客を連れてやってきた。

 

――なんなんだお前ら。仕事しろよ。

 

俺は切に願ったが大した効果は無く、一日中小走りで食堂内を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

そう言えば、午後の小休憩を貰った時に、ジャンヌが俺を個室同然の、第4控室に呼び出した話をしていなかった。

 

何かと思って駆けつければ、どうやらジャンヌは人前に、ウェイトレス姿で出ることに抵抗を感じている様で、俺に背中を押してほしかったらしい。

 

確かに男勝りな喋り方をするジャンヌだが、その実可愛い物には目が無く、人に隠れてフリフリの衣装を集めたりする乙女なのだ。

 

「大丈夫だって。ジャンヌは可愛いんだから......フツーに皆もビックリするさ」

 

「うぅー......隼人にそう言われるのは嬉しいが、身内贔屓が入っていなくもないだろう?」

 

「心配性だなァ」

 

「あ、あと15分しかない......どう、どうすればいい隼人!私は、後輩たちに、どんな顔をして会えば!?」

 

「いやフツーでいいだろ、似合ってんだし」

 

「その普通が分からんから呼んだのだ!」

 

ジャンヌは目をグルグルさせ、顔を朱に染めて俺の胸倉を掴んで揺すってくる。

 

「ぅあうー......どーすれば、どーすればぁ」

 

普段の凛とした表情の彼女はどこにも居らず、オーバーヒート寸前の少女は自分のキャラを崩してしまっていた。

 

なんとか宥め、ジャンヌを笑った奴を吊るし上げる約束を取り付ける事で、ようやく後輩たちに会う決心が着いたのか――俺の背に隠れながら、控室から出てきた。

 

「あれっ?冴島先輩?ジャンヌ先輩は?」

 

目の前にはジャンヌの所属するテニス部の後輩たちが押し寄せていたらしく、ドアを開けた瞬間に遭遇した。

 

俺は指で自分の背中を指し、横に退こうとするが、ジャンヌは俺の背中を強く掴んで一緒に移動してくる。

 

「オメーそれじゃあ意味ねーだろうがッ!」

 

「わ、私だって恥ずかしい物は恥ずかしいのだ!」

 

「ジャンヌ先輩!」

 

俺の背中に隠れるジャンヌを、後輩たちの助力もあって何とか引き剥がし、しっかりと立たせる。

 

後輩たちはジャンヌのウェイトレス姿を見るやいなやカワイイを連呼していく。

 

可愛いと言われる度にジャンヌは反論するが、その反論をも可愛いで上書きされていくせいか、次第に自分を否定する語録が尽きたのか、それとも羞恥に耐えられなくなったのかジャンヌはその場から逃げ出してしまった。

 

「あっ......」

 

「ジャンヌ先輩、怒っちゃったのかな......」

 

後輩たちは、自分達が何か気に障る事をしてしまった、と少し後悔している様だ。

 

「いやー、ありゃ照れてるだけだ。何も問題ねーよ」

 

首に手を当て、軽く揉みながらそう答えると、ジャンヌの後輩たちは目を輝かせて俺に詰め寄ってきた。

 

何か言われる前に、腕時計をチラリと見ると、ジャンヌがホール入りするまであと7分を切っていた。コレは不味い。

 

「あー、悪ィ!そろそろ時間だから、ジャンヌ連れてくな」

 

有無を言わさずその場を切り抜け、ジャンヌが隠れていた木造の小屋へ辿り着き――中へ静かに入れば......

 

「可愛い......ウェイトレスの、私は――可愛い......か!――ふふふ」

 

顔はまだ赤いが、だらしない笑顔を浮かべたジャンヌは椅子に座ったままパタパタと足を振っていた。

 

――何だこの可愛い生き物。

 

俺は声を掛けるのも忘れ、ジャンヌが俺に気付くまでずっとジャンヌを眺めていた。

 

――勿論、ちゃんと変装食堂のホール入りには間に合わせた。ギリギリだったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。ジャンヌと共に武偵高内の出し物を見て回り、武藤の妹がやってるたこ焼きを、半ば脅迫される形で購入。

 

人の居ない所で静かに2人で食べて――アーンは出来なかった。

 

お化け屋敷を真顔で踏破し――SSR所属の俺と、魔女のジャンヌに作り物は通用しない。

 

ジャンヌの後輩たちがやっている店へ同行し、そこでおもてなしされてを繰り返たら――いつの間にか夜になっていた。

 

「今日は楽しかったなァー......ジャンヌは、どうだった?」

 

「ああ、楽しかった......お化け屋敷、なるものは――もう少し、どうにかならなかったのか?」

 

少し冷え込む空を見上げながら、2人で今日回った店の感想を言い合い、苦笑を漏らす。

 

「――......ああ、もう打ち上げの時間か」

 

「む、その様だ......では、隼人。私は私のチームの所へ行ってくる」

 

「ああ、幸運を」

 

「?なぜ幸運を祈るのだ?」

 

ジャンヌは俺の言葉の意味を理解できなかったのか、歩みを止めて聞き返してくる。

 

「ああ、ジャンヌは初めてだったな......鍋をするとまでは聞いたんだろうが――」

 

「そう、それだ。日本のNABEを食べれると聞いてな。少し楽しみにしているのだ」

 

ジャンヌは何処となく浮足立っており、僅かだが顔に期待の感情が出ているのが見えた。

 

「ああ、鍋は鍋でも......闇鍋だけどな」

 

俺は去年の出来事を思い出して、身震いする。

 

――アレは酷かったなぁ......鍋にシュールストレミング入れるとか。

 

そう。武偵高は文化祭の打ち上げで、チームごとに集まって『武偵鍋』をやるのだ。

 

夜に体育館に集まって、ジャンヌはジャンヌのチームへ、俺は『バスカービル』の面子が居る場所へ向かっていた。

 

「YAMI-NABE?何なのだ、それは」

 

「食ってみりゃ分かるよ、じゃっ!俺コッチだから」

 

「――そう言われれば益々気になるな......分かった。ではな、隼人。また後で」

 

『武偵鍋』を作る時、各人がそれぞれ食材を持ってくるのだが――その際に、チーム内で『アタリ』と『ハズレ』、そして『調味料』の担当を決めるのが習わしだ。

 

アミダくじを引いた所、俺は『調味料』担当だった。

 

『アタリ』はキンジと星伽。『ハズレ』はアリア、レキ。

 

『調味料』は俺と理子。

 

キンジと星伽は至って真面な具材を用意してくれるだろう。だが理子だけやらかしそうで怖い。

 

レキはレキで何持ってくるか分からないし、アリアも何を持ってくるか分からない。

 

『ハズレ』担当は、鍋に使わない食材を持ってくるのが原則だ。日本の文化に疎そうなアリアとレキ......嫌な予感しかしない。

 

『調味料』を持って来いという事で......俺はなるべくオーソドックスな、醤油、味噌、塩、みりんをチョイスした。

 

俺が体育館入りすると、既に『バスカービル』の面子はキンジ以外揃っており、鍋を煮込んでいた。

 

『バスカービル』の面々に挨拶をして、星伽に調味料を渡す。

 

そのまま、ブルーシートの上に腰を下ろして、適当な話で場を繋ぐ。

 

暫く駄弁っていると、キンジが豚肉を持ってやってきた。

 

――おお、これは......ハズレさえ引かなければ、なかなか食える物になるんじゃないだろうか!

 

『武偵鍋』にしては良心溢れる鍋になりそうだ、と内心期待していた所、

 

「たーかーのーつーめー!」

 

理子が秘密道具を取り出す時の声を上げながら、鷹の爪を10本ほど鍋にぶち込みやがった。

 

「ひぁ!」

 

「きゃ!」

 

「......」

 

「マジ?」

 

その強行に、俺たち全員が恐怖した。いやレキはどうか知らないけど。

 

「お、お前!何入れてんだよっ!これじゃあ火鍋になるだろ!」

 

キンジが、更に鷹の爪を放り込もうとしている理子に怒鳴った。

 

「えー、だって理子、辛いの好きなんだもーん。たーかーのー、つーめー!」

 

理子はアヒル口で理由にならない理由を言って、また大量の鷹の爪を放り込んだ。

 

だいたいどれくらいだろう、一本でも十分なソレが、この鍋の中に30本くらいは入ったと見える。

 

「――調味料は、何を入れてもいい規則だったか......悪ィな星伽......俺の調味料じゃ覆せねーわ......」

 

「うん、大丈夫......ねぇ、キンちゃん、死ぬときは一緒だよ」

 

星伽が既にあきらめムードに入っている。

 

鍋が出来るまで、まだ少し時間もあるだろうし、全員分の飲み物を買いに行く為に一度体育館を後にする。

 

キンジが助けを求めていたが、飲み物がないとあんな鍋食えないだろう。

 

――誰かが買いに行かないとな!

 

 

 

 

 

 

 

 

随分と冷え込んだ風が肌を突き刺す。

 

息を吐けば、街灯に照らされて白いモヤを作り出す。

 

両手に抱え込んだ飲み物の山を零さない様に、早足で駆けていると――

 

「――よう、随分と飯事に熱心じゃねぇか」

 

道の先に、真っ黒な衣装に身を包んだ、聞き覚えのある声を発する男を見つけた。

 

「――G、Ⅲ......!」

 

「......」

 

俺が名前を呼ぶと、GⅢは一歩前へ出て、その顔を、体を、街灯に照らす。

 

口元が裂けたような笑みを浮かべ、奴は......

 

「――遊ぼうぜ、隼人」

 

スカイツリー内部で戦った時と同じセリフを、俺に向けて発した。

 

即座に飲み物を放り投げ、刀の鯉口を切り、引き抜く。

 

同時に空いた左手でXVRを抜き放ち、構える。

 

一剣一銃。

 

構えは未熟、技術も成熟していないが――やるしかない。

 

芸術品のような美しさを放つ刀が、GⅢの前に姿を現すと――

 

「――――――ああ、ソイツは、随分と......()()()な」

 

「......?」

 

何を言っている、コイツは。

 

「成るつもりはなかったが――テメェのせいだぜ?隼人」

 

「何の話だ!」

 

目の前に居たGⅢが、動く。

 

「テメェは俺を、滾らせた......その刀、貰うぜ」

 

近付いてきたGⅢ目掛け、刀を上段から振り下ろす。

 

GⅢはそれを、二本指による白刃取り......キンジがやっていた技で防いだ。

 

「誰が、やるかよ!」

 

GⅢの腹部を狙いXVRを構え、GⅢに弾かれる。

 

右膝による膝蹴りを打つがGⅢの右膝でブロックされ届かず。

 

XVRによる牽制を混ぜつつ、足技による攻防を繰り返す。

 

「おいおい、そんなモンじゃねぇだろ!」

 

「っ!」

 

GⅢのヘッドバットをまともに食らい、数歩後退る。

 

――かってぇ......!なんつー石頭だよ!

 

直後、刀を奪おうと近付いてきたGⅢに、XVRを2発撃ちこんだ。

 

――ガガゥン!!

 

一発は避けられ、一発は――俺の右手に帰ってきた。

 

「――は?」

 

GⅢがその場で回転したかと思えば、俺の右手にXVRの銃弾がめり込んでいるのだ。

 

何が起きたのか、理解する事すら敵わず、ズタズタに掻き乱れ、千切られた筋肉はこれ以上刀を握ることを許さず、取り零してしまう。

 

その隙をGⅢが見逃すワケは無く。

 

「テメェの武器で、テメェを殺す」

 

刀を手にしたGⅢは、俺の腹部......肝臓辺りを狙って刺突を放った。

 

身体を捻じる事で肝臓への直撃は避けたが、刀は俺の体を貫いてしまう。

 

「――ぐ......ぇ」

 

GⅢは俺の体に刀が深々と刺さり、貫通した事を確認すると、腕を捻じりながら刀を引き抜いた。

 

工作機械の、ドリルの様に回転させながら引き抜くことで傷口を抉りながら、ダメージを拡大させる。

 

肉を掻き回された感触を受け、痛みが全身を駆け巡った。

 

だが、その痛みを吠えるより先に、GⅢは連撃を穿つ。

 

脂汗が瀧の様に流れ落ちるが、それも気にせず、今はなるべくGⅢの攻撃を避ける事に専念した。

 

最初の数度は避ける事が出来た。しかし次第に紡がれる斬撃の数は増えて行き、一度振る度にその一撃は洗練され、回避行動を予測し、俺が避けた先へ斬撃を置くようになってきた。

 

――チートだろコイツ!

 

何日も掛けて慣らしていこうとしていた物を、この男――GⅢは振り続けるだけで最適化し続けている。

 

浅い斬撃で何度も服が切り刻まれ、ボロ布と化すのにそう大した時間はかからなかった。

 

服だけでなく、肌にも何度も深い切り傷を付けられる。

 

回避が、意味を為さない。

 

「――流石に今の俺と隼人じゃあ......話にならねぇか」

 

刺突で抉られた傷口に、GⅢの蹴りが当たる。

 

表現の仕様がない痛みに、声にならない声が口から漏れ出し、視界は激しく明滅を繰り返す。

 

意識を飛ばさない様、自ら切り傷に爪を押し込み、痛みを発生させ耐える。

 

『アクセル』......スタート。

 

「――しゃあっ!」

 

数歩、飛び退くように下がり加速を始める。

 

すり足で距離を詰め、右脚で上段蹴りを打つ。

 

GⅢはそれを半歩下がるだけで避け、カウンターとして右脚の中段蹴りを放った。

 

左側へスウェイを行い、右手による掌底でGⅢの右脚を浮かせようとするが、GⅢは軸足に使っている左足を回し、回し蹴りで対処してくる。

 

それに対応しきれず、両腕をクロスさせ受け――3mほど吹き飛ばされ、街灯の支柱に衝突する。

 

「こんなモンじゃねぇだろ!なぁ!」

 

GⅢは叫び、俺に詰め寄ってきた。

 

XVRを撃つ機会は幾らでもあったが、奴には銃撃が通用しない事だけが漠然と伝わったので、撃たなかったというより、撃てなかったというのが正しいだろう。

 

支柱を蹴り飛ばし、勢いを付けて右ストレートを放つ。

 

「ハッ!」

 

GⅢは同じ様に右ストレートを放ち、俺の腕の内側を通して――俺の拳より先にGⅢの拳が炸裂した。

 

――ク、クロス......カウンター......だと!

 

顎に深々とめり込んだ拳が、俺の脳を揺らす。

 

膝が笑い出し、折れそうになる。

 

そして――とうとう耐え切れず、膝を折った所で顎を蹴り上げられ......

 

重い瞼を必死に開きGⅢの挙動を追えば、街灯の支柱を蹴り飛ばし、浮いた俺の顎目掛け、更に蹴りを放ち、高度を稼いでくる。

 

俺を蹴り上げた反動を利用し、再び支柱に掴まり、今度はコンクリートのビルにある僅かな縁へ飛び移り、足をかけ、跳躍した。

 

狙いは再び顎。

 

何度も、何度も、何度も揺れた脳は最早情報処理等出来ずにいた。

 

そして、俺を蹴り上げる事に飽きたGⅢは――

 

「隼人に見せてやるよ。空中でやる『桜花』をな」

 

そう言って、さも当然の様に空中で音速を突破した一撃を、俺の、刺突で抉られた腹に叩き込んだ。

 

コンクリートの壁にぶち当たり、鉄筋で補強された部分すら容易く砕きながら、押し込まれる。

 

一瞬く続いた抵抗が、急に無くなり、何度も回転し、再び壁に叩きつけられた事で停止した。

 

 

そこからは――最初に言った通りだ。

 

 

 

俺が、『極東戦役』を戦う理由を、ここに見出した。

 

「こん、な......自分勝手な、テメーらの為に......これ以上、誰かの涙を見たくない......!」

 

俺の目の前に立つ、この一室に住んでいる住人を右腕で退かし、俺が突き破ってきたであろう大穴からやってきたGⅢを睨みつける。

 

「だから、俺は......戦う!」

 

「威勢だけは立派じゃねぇか......だが、力の無ぇ奴にそりゃ出来ねぇな」

 

GⅢは肩を竦めて笑い――俺の前に刀を放り、背中を見せた。

 

「興が醒めた......強くなれよ、隼人。そして――もっと、俺を笑わせてくれ」

 

顔だけ此方に向け、そう言うと――

 

「じゃあな」

 

大穴から飛び降りて、消えてしまった。

 

必死に意識を保っていたが、敵性反応が消えた事で緊張の糸が切れ――倒れる。

 

グチャグチャになった室内に、誕生日を祝う歌だけが虚しく響いている。

 

 

 

未だ、GⅢに勝てず。

 

 

 



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やべー奴らに対する対策会議

 

GⅢに散々やられた後――キンジからバスカービルの女性メンバー全員が戦闘不能になったという報告を受け、戦慄を覚えた。

 

4人は『ジーフォース』......GⅣ?......と名乗る――恐らく、GⅢの仲間だろう――女一人にやられたらしい。

 

それで、なぜか知らないがそのGⅣはキンジの妹を名乗っているらしく、4人を襲った理由も、キンジに近づく女を排除したかった......から、だとか。

 

――何言ってんだコイツ、とは思ったがキンジはあまりギャグを言うような奴ではないし、マジなんだろうな。

 

キンジは慌てた様子で、「とにかく隼人も武偵病院に来てくれ」、なんて言った。

 

俺も結構マジにぶちのめされてフラフラだし、どっちみち武偵病院には行かなきゃならない。

 

また、戦うのか。

 

俺はすっかり冷え切った夜の風が肌を撫でる感覚に身震いを起こし、覚束ない足取りを早めて武偵病院へ駆け込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――初めまして、でいいのかな?冴島隼人。私はジーフォース」

 

武偵病院のロビーで、治療を受け終えた俺は、例のキンジの妹なる女と面会した。

 

成程、確かにキンジの言う通り――何処となくカナの面影がある。

 

これならキンジの妹って言われても信じてしまいそうだ。

 

「――......ふぅん。随分と......お兄ちゃんと、仲がいいんだね......ここで、殺しておいた方が安泰かな?――男同士、っていうのもあるだろうしィー」

 

――なんてこったキンジ、お前の自称妹は病み気味で、初対面の俺をホモ扱いしやがったぞ。

 

「悪ィが、俺ァノーマルだぜ。彼女もいる」

 

「ならいいや」

 

ボケる気力も無く、素直に事実を述べるとGⅣは俺に向けていた殺気を霧散させる。

 

――......GⅢよりか、弱い......?

 

この女がどれだけマジだったかは分からないが、それでもこの身に伝わる殺気はどう考えてもGⅢよりも弱かった。

 

いやまぁ、単純に俺がGⅢとの戦いに慣れすぎてるだけかもしれないが。

 

「じゃあ、そーゆーコトで。これからよろしくね、冴島セ・ン・パ・イ」

 

ここでやる事は全て終わったのか、GⅣは不吉な発言を残して静かにロビーから去っていった。

 

「――先輩って、まさか......」

 

――武偵高に来るワケじゃあ......ねぇ、よな......?

 

俺は、久々に軋み始めた胃の辺りを軽く撫で、上を向いて――どうか、来ないでくださいと神様に祈ってみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日......休む間も無く、傷だらけの体を必死に動かして、ジャンヌに伝えられた案件――『ジーサード・ジーフォースの一件について、師団のメンバーを招集し会議を行う』という物――に応じる為、移動していた。

 

......仮装をして、な。

 

なぜ仮装をしているかというと、今日はハロウィンの催しがあり――教務科から、それっぽい恰好をして動けと言われたからだ。

 

仮装する気分じゃなかったが、やらないと教務科の先生方から有り難いお説教を受けるハメになる。俺はそんな指導やお説教を受けたくはないので、適当にフランケン・シュタインの格好をして行動をしていた。

 

会議場として選ばれた場所は、ファミレス・ロキシー。

 

会議開始の指定時刻は15時からで、それよりも5分程早く来たが――楓並木の道に貼りだされたオープンテラスには、既に『師団』のメンバーのほとんどが集まっていた。

 

「悪ィ、遅れたか」

 

魔女の格好をしたジャンヌの隣に座り、丸テーブルを囲むメンバーを一瞥する。

 

ジャンヌ、玉藻、ワトソン......それに、PC画面に表示されたメーヤ。

 

少し深刻そうな雰囲気を醸し出してはいるが、この場所に居る全員は落ち着いていた。

 

カフェオレを一息で飲みきり、大きく息を零せば、ジャンヌが心配そうに蒼の双眸で俺を見ている事に気付いた。

 

その視線にサムズアップで自分は大丈夫だとアピールし、キンジの到着を待つ。

 

結局キンジが来たのは、それから7分も後の事だったが。

 

「では、少々性急ではあるが、師団会議を始める。先日『師団』のバスカービル――1名はウルスの兵も兼ねているが――その5人が、無所属であったはずのジーサードと、ジーフォースに討たれた」

 

隼人は以前襲われていた事を黙っていたようだったが、と、ジャンヌが一言付け加えて俺を横目で睨みつつ、先日の一件を報告した。

 

その視線に苦笑いで答えると、ジャンヌは呆れたような表情をして溜息を吐き、会議を進めた。

 

「昨日、同乗させたジーフォースから聞き出したんだが――ヤツらがジオ品川を拠点にしていたのは、単にレキをそこで発見したからだそうだ。サエジマを含め、アリアたちは皆奇襲でやられた、ということだ」

 

カボチャを被ったワトソンが補足する。

 

「いくら寡兵とはいえ、許し難いな。不意打ちとは」

 

碧眼を瞬かせたジャンヌが、脚を組み替えた。

 

「勝てればそれでいいンだろーよ。卑怯な手を使ってでも、な」

 

「......どうする?ジーサードとジーフォースは別々に動いている。戦うか?」

 

キンジが、結論に急ぐ。

 

それを聞いて、俺たちは目を逸らす。

 

「......?」

 

玉藻がメロンソーダを飲み、

 

「――仲間をやられて熱くなる気持ちは分かるがの。あまり失望させるでない、小童。戦う?では――遠山の。お主、勝てるのか?」

 

子供のようなくりくりの丸い目を鋭くさせ、人外特有の怪しい光を曳かせながら、キンジに聞いた。

 

「そ、それは......」

 

「先程、ワトソンから聞いたが......バスカービルの娘たちはジーフォースに、冴島のはジーサードに手も足も出なかったそうではないか。そいつに勝てるというのなら、どのような策があるか申してみよ」

 

「――......ぐ......――具体、的には――......その......まだ、何も――すぐ、思いつくものじゃないが――.......」

 

キンジは言葉を詰まらせながら、必死に紡いでいるが――今は時機じゃない。

 

「キンジ。オメーの気持ちは痛い程よく分かるしよォー......俺もGⅢをぶっ飛ばしてーとは考えてるんだ......だがよォ、今はダメだ......今は、ダメなんだ」

 

「なんでだ!隼人テメー!仲間がやられて、はいそうですかって納得出来るワケないだろッ!やり返したいとは思わないのか!」

 

「そうキレるなって......アリアもやられてムカッ腹が立ってるのは分かるがよォ-

......んー......理由は2つ、かな?1つ目は、俺たち『バスカービル』が満身創痍だってこと。2つ目は......交渉の余地があるってこと......かなァ?」

 

「うむ。今のヤツらはジーフォースの鎧を脱がせ、刀を棄てさせた上で『バスカービル』への使者にしているのじゃ......十分に交渉の余地はあるじゃろう」

 

「だが、アリアたちは不意打ちで......!」

 

「遠山の。掟を忘れるでない。『戦役』では、いつ何時、誰が誰に挑戦する事も許される。奴らの手口は汚いが、間違っておらんのじゃ」

 

「じゃあ、戦うなってか!不意打ちでやられたんだぞッ!」

 

「闇討ちがどうした......これは、『戦』ぞ?」

 

「何ッ......!」

 

「戦とはそういうモノじゃ。互いに名乗りを上げて、堅苦しい礼儀や作法を行った上で相対する事などせんよ。昔じゃあるまいし。フェアプレーを誉められるスポーツではない、喧嘩でもない、血で血を洗う闘いの末、和合せねばならん時も多々あった」

 

キンジは玉藻に言い返そうと言葉を練っていたようだが、何も言い返さなかった。

 

「奴らは『自分たちが強い』と示したうえで、武装解除させたジーフォースを残した。無所属であるが故に交渉の余地はある。それをみすみす此方から形無しにすることもあるまい」

 

「それは......まぁ、そうかも、しれないが」

 

「それに奴らは話に依れば、『科学』を御する。得体のしれない存在じゃ」

 

――極フツーの一般人から見たら玉藻の方がよっぽど得体のしれない存在だと思う。

 

「科学の使徒と儂等――魔女や化生は、相性が悪いのじゃ。加えて今は璃璃色金の粒子が濃いでの」

 

玉藻は頬を膨らませて、面白くなさそうに言う。

 

璃璃色金。レキの故郷にあったもので――藍幇のココたちが言うには見えない粒子を撒いて超能力者を弱らせた、らしいが......俺には一切その影響が現れない。

 

まぁ特に気にしてないからいいんだけどさ。

 

キンジは説明を求めてジャンヌを見た。

 

「――理解し辛い事かもしれないが、璃璃色金は超能力者の能力を弱らせる粒子を撒く事があるのだ。チャフを撒いてレーダーを使用不能にするような感じでな。だが困ったことに......それは、極めて広範囲に行われるのだ」

 

「広範囲?」

 

「地球の表面の1/3程度には影響する。丁度文化祭の頃か、あの時期からまたその濃度と強度が上がってな。今現在は日本全域も、その影響下にある」

 

ジャンヌがそう説明し終えたところで、

 

「加えて、どの様な現象で起こるかは不明だが――璃璃色金に影響を受けない超能力者が、急激に増加しているのじゃ。今まで全く素質さえ覗かせなかった者たちが、突如として超能力者になっておる......気をつけると良い、街中には玩具を手に入れて喜ぶ者たちが少数ではあるが居るだろうからの」

 

「地球規模の超能力妨害に加えて、最近になって増える超能力者......なんだそりゃ」

 

「白雪は鬼道術を間違えていた。私もあの様なミスをしてしまうかもしれない」

 

「つまり、今は時機が悪い」

 

「まずはよォー、傷を治す事優先だぜ」

 

「そう......だな。まずは、そうしよう。だが――奴らはどうするんだ、玉藻」

 

「取り込む」

 

「......何?」

 

「まずはジーフォース。いずれはジーサードを――『師団』に取り込むのじゃ」

 

「なん......だって......?」

 

「『戦役』では、中立や無所属を多く引き入れた方が良い。表の戦と同じことじゃよ」

 

「バカ言うなよ。あんな奴ら、一体どうやって仲間にするつもりだ」

 

「対話だけが取り込む方法ではない。金銀財宝、権力、異性――ありとあらゆる手が使われてきた。かつてはそれを目当てに中立を宣言する奴らも居たでの。ジーフォースの好みが分かれば、それをエサに師団の兵にできるやもしれん」

 

キンジが首を傾げた所で、キンジの正面に居たワトソンがカボチャ頭を持ち上げた。

 

「トオヤマ、その事なんだが」

 

「なんだよ」

 

「その、えっとだね......ジーフォースという女は......昨日の車でも、聞いてるこっちが恥ずかしくなるほどに......君に会えた事が嬉しくて仕方ないと語っていたんだ。つまり、どうも、君に気を許している雰囲気がある」

 

「だからなんだ......寝首でもかけってか」

 

「いや違う。ボクが言いたいのは――その、つまり......ロメオだ」

 

「ロメオ......ッ!?」

 

ワトソンの言葉に、俺とキンジは揃って飲み物を零しそうになる。

 

ロメオとは......武偵用語で、男性が女性に対して行うハニートラップの事だ。

 

それを提案してくるとは......キンジが受けてくれるかは分からないが.......。

 

――手段は、選んでられねーぜ、キンジ?

 

 

 

 

俺たちの目線を一心に集めたキンジは冷や汗を額に浮かばせて――苦々しく歪ませた口を、静かに開いた。

 

 



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なんでやべー銃ばっかなんだお前らは

年末に向けて超絶ブラック企業モードが発動したので投稿速度大幅ダウンです。

師走はどこの業界も忙しそうです(´・ω・`)


「冗談じゃない。ふざけんなカボチャ頭、頭にデカいネジぶち込んでるツギハギ野郎。バスカービルはジーフォースに襲われた直接の被害者だぞ。それでなくとも、あんな危なっかしいヤツ――」

 

「じゃあ他に手はあるのかい?ボクらには今、それくらいしか打ち手がないんだ。それに、キミはそういうのが得意だろう?女の子をたらしこむのが。アリアを始め、白雪とか、理子とか、レキとか、中空知とか、その他もろもろとか」

 

ワトソンのその言葉に、全員がキンジを見る。

 

『まぁ......そんなに。さすがはカナさんの弟さんですね。とても人気があるようで』

 

画面からメーヤの感心した声を出す。

 

キンジは四方八方から犯罪者を見つめるような目で見られ――助けてくれ、と俺に目線で縋りついてくるが実績がある故に庇護も難しく、目を伏せる事で諦めろと告げる。

 

少しだけ瞼を開けてキンジを見れば、ジャンヌを見ており、頑張れとでも言われたのか顔を青くして俯いていた。

 

「では遠山の。任せたぞ」

 

「ではって......何がではなんだ!俺に何しろって言うんだよ!」

 

「ジーフォースと仲睦まじくせよ。存分に可愛がり、仲間に取り込めるように努力するのじゃ。『師団』の興亡、この一戦にあり。奮励努力するのじゃぞ」

 

ずう、と玉藻がメロンジュースを飲みきり、その態度にイラついたキンジが卓袱台返しをしようとしているのが見えたので慌てて止めようと椅子に手を掛け立ち上がろうとしたところで、

 

『トオヤマさん。私も夕方――あっ、日本では昨日の深夜になりますが、ジーフォースによる襲撃の映像を拝見しました』

 

メーヤの声で、キンジがストップした。

 

『接近するにも大変危険な相手であると思います。そこで、聖騎士団に許可を頂き、まずはアリアさんとトオヤマさん、サエジマさん宛に支援物資の作成・送付の手配をしました』

 

「支援――」

 

「――物資ィ?」

 

『はい。倒すことは出来なくとも、身を護る程度のお役には立てるかと』

 

「良かったな遠山の」

 

「頑張れ遠山。後で経過を報告するのだぞ。報連相だ」

 

「トオヤマ、任せた。ボクはアリアたちの看病をする」

 

芝居がかったやり取りが即座に成され、俺たちは俺たちが来る前に話を済ませていた事を把握した。

 

「......あー、コーヒー、お代わりとかって......いるゥ?」

 

「――特別苦いのを頼む」

 

キンジの顔色は青いままだった。

 

 

 

 

 

 

狐に化かされた......というか、誑かされたその後。

 

俺たちは武偵病院に来ていた。

 

アリアたちのお見舞いと、当時の詳しい状況把握のために。

 

4人の相部屋があるという武偵病院のA棟、その3階へエレベーターで上がると......

 

ぞ...

 

ぞぞ......

 

――お?

 

ぞぞぞ......

 

廊下の床を、金属製のトレーが独りでに移動していた。

 

誰も居ないのに、動いている。

 

「......『眷属』の追撃か?」

 

「――かもしれない」

 

普通の人間ならビビって腰を抜かすか、トリックかなんかだと思うだろう。

 

だが俺たちは違う。

 

アリアたちが負傷し、弱っている情報を手に入れた『眷属』側からの追撃かもしれないと判断した。

 

臨戦態勢に移行すると、トレーがビクリと派手に揺れ――影が這い上がり、人の形を作った。

 

「あ、あらトオヤマ......それに、サエジマも」

 

奇遇ね、と言わんばかりに俺たちに向き合う、ヒルダがそこに居た。

 

なぜか、ナース服で。

 

知った顔であったからか、キンジは気を緩め――俺もXVRを懐に収める。

 

そこで暫く話をして――と言うより、向こうがしてきた――ヒルダは現在、理子の看病をしているらしく、トレーに載っている物のほとんどが理子の好物である事が分かった。

 

で、いつもの様に理子にお礼をしに行く最中に俺たちに見つかり、今に至るようだ。

 

「さ、私の話はこれくらいにして――ひどくやられたようね、バスカービルは」

 

ヒルダは、自分の話を打ち切って凛とした声で話題を変えてきた。

 

「相手が誰であろうと、お前たちは私を破ったのよ。お前たちが敗北するという事は、私の不名誉にも繋がるわ。トオヤマ、サエジマ......きっちりと下手人を処理するのよ?」

 

随分と自分勝手な事を言うなぁ、と、思い苦笑すると、キンジは不満げに眉を寄せていた。

 

「今日は璃璃色金のせいで不調だけれども、しばらくして体調が戻った暁には――理子が傷つけられそうになったら、私を呼びなさい。その敵を串刺しの剥製にしてやるから」

 

そう言って俺たちに背を向けたヒルダは、ヒールを鳴らして階段を降りていく。

 

「日没か日の出まで――夜は私に任せなさい。お前達も、気が向いたら助けてやらない事もないわ」

 

ヒルダのツンデレ発言のような物に、キンジは溜息を吐いて階段から廊下へ戻っていき......俺もそれに続いた。

 

すると、階段からは死角になっていた廊下の壁際に――

 

「......」

 

額と片腕、それと太ももに包帯を巻いた理子が寄り掛かっていた。

 

「......聞いて、いたのか」

 

「まあね」

 

背中をよく見れば、ソードオフショットガンのウィンチェスター・M1887を革ベルトで肩掛けしているのが分かった。

 

「じゃあ、これ。くれるんだとよ」

 

理子は、キンジから渡されたトレーの上に載ったイチゴ牛乳や菓子類を一瞥して、手でかき寄せるようにして反対の手でたくし上げた制服のスカートに移した。

 

「で、どうすんだ理子。ヒルダは仲直りしたいみたいだぞ」

 

「バカ言うな。アイツはいっぺんあたしを殺してるんだ。そう簡単に許せるかよ」

 

なんて言っているが、貰える物は貰っておく辺りが理子らしいというか、なんというか。

 

確かに、戦った直後に仲良くしましょう、なんてそう簡単に出来るワケが......ワケ、が......―ジャンヌ、カナとの戦闘を振り返って言葉に詰まる―うん、仲良くしようと思えば出来るな。

 

ただ相手を選ぶ必要があるってだけだ。うん。

 

そこから暫く、会話をして――理子の案内のもと、俺たちはアリアたちの病室に辿り着いた。

 

理子からの情報によると、平賀さんも来ている様だ。

 

なぜ、平賀さんが居るのかと聞けば、

 

「それは来てからのオタノシミ」

 

と、しか教えてもらえなかったので、それ以上の言及はしなかった。

 

――お楽しみ、オタノシミか......

 

嫌な予感を感じつつも、先に理子に手を引かれ303号室へ入っていったキンジの後を追って入室する。

 

「......!?」

 

「――......え?」

 

俺たちの目に飛び込んできたのは、狼コンビ。

 

オオカミのコスプレをしたレキと、ハイマキ。

 

レキの傷の具合はどんなものかと軽く見てみれば、包帯を巻いている箇所以外に目立った傷は無さそうで、一先ず安心することが出来た。

 

しかし、その......隣に置いてあるソレは......何?

 

――いや名前は分かってるよ?ただなんでそんなのが病室にあるのかってことだ。

 

あれか、杖か?杖にするつもりか?

 

キンジがレキのコスプレの話を逸らして、レキの横に鎮座しているソレの話題を持ち上げた。

 

「だいたいソレは何だ!なんでそんなモンが置いてある!?」

 

ソレとはつまり、バレットM82。

 

イラク戦争で使用された長距離狙撃ライフル。

 

「平賀さんから、購入しました」

 

「なんで!?」

 

「昨日の敵に対抗する為です」

 

抑揚のない声でサラッと言ったが、レキは対人目的でM82をぶっ放すつもりらしい。

 

――マジかよ。あれって12.7mmだろ?掠るだけでミンチになるぞ、オイ。

 

身内の武装を見て冷や汗をかく俺を尻目に、キンジはレキに説教を始める。

 

「そいつはアンチマテリアルライフル。つまり対物ライフルだぞ、対人への発砲は国際法で禁止されている」

 

「......」

 

レキはその言葉に、はい、も、頷きもしない。

 

殺意に満ち溢れている様だ。

 

「くふふふー。アレよく読むと、50口径禁止とは書かれてないんだよ、キーくん」

 

「それ以前の問題だろ。武偵法9条もある。理子、お前のショットガンだって武偵が持つのはダメなんだからな?人を殺さないように撃てない銃なんだ」

 

キンジがリーダーらしく説教をすると......

 

理子とレキは二人揃って俺たちにA4サイズの紙を突きつけた。

 

「なんだこれ......げぇっ!?」

 

「お?......ファッ!?」

 

顔を近付けて内容に目を通せば......

 

公安委員会が発行する、銃器検査登録制度――通称『銃検』の登録証であることが分かった。

 

――きょ、許可、されている......ッ!どちらとも、既にッ!

 

「こ、これ偽造だろ?」

 

「あややの仕事に抜かりはないのだ!不可能な事などない、ですのだ!」

 

カーテンを開けて登場したのは、装備科の平賀さん。

 

「今月より、あややは銃検の代理申請サービスを始めましたのだ!ふはふははっ!」

 

平賀さんは儲かって仕方がない時の笑い声を上げて、喜びを表現している。

 

きっと法の目を掻い潜るようなヤべー手段を使っているのだろう。

 

――勿論、高ぇんだろうなぁ。

 

「とーやまくんも、ちょーどよかったのだ!はい、『左手』用のオロチですのだ!」

 

キンジが爺さん婆さんに借金してまで金を払ったオロチが、両手分揃った。

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

それから、キンジと俺はワトソンがスカイツリーで使った、試作品の繊維弾を受け取り――キンジの声に反応して出てきた星伽と遭遇した。

 

天使のコスプレで、M60を使って胸を隠している星伽と遭遇した。

 

――疲れてるのか、俺。さっきからやべー銃しか目にしてないぞ。

 

本格的に幻覚でも見え始めたのかと思い目を軽くマッサージしてから再び星伽を見るが、その腕には相変わらずGPMG......汎用機関銃たるM60がしっかり握られていた。

 

M60。米軍が大好きな汎用機関銃でベトナム戦争では歩兵は勿論、ヘリにもドアガンとして装備されていたバラマキ銃である。

 

「白雪お前それ!使うなって言っただろうが!」

 

「だ、だって、だってぇ......平賀さんが銃検取ってくれたし......イロカネアヤメ、取られちゃったし......」

 

M60で顔の下半分を隠し、涙目でキンジを見上げる星伽に、キンジは一瞬たじろぐが.......

 

「――それに......あの、小娘ェ......ッ!」

 

それまで愛くるしい表情だった星伽の顔が一転、般若のような目つきになってしまった。

 

声はドスのきいた物に代わり、一瞬で背筋が凍った感覚に包まれる。

 

「こ、小娘?あ、ああ~......お、お前を襲ったジーフォースのこと......で、しょう、か?」

 

――キンジィーッ!声裏返ってる!しっかりー!キャラもブレてるぞ!

 

「――あの子、可笑しいんだもん。私と戦った時......自分こそがキンちゃんと一番近い存在だ、とか言ってたの。可笑しいね、可笑しいよね、キンちゃん。うふ、うふふ。うふふふふふふ......――可笑しいねェッ!」

 

――ヒエッ......

 

星伽はM60を抱きしめたまま、光を失った目で虚空を見つめカラカラと笑い続けている。

 

天使とは一体......。

 

「ねぇレキ、白雪、理子。これ見て見て、さっきの航空便、『パステル』だったわ」

 

壊れ掛けの星伽の対処をどうしようか悩んでいた所に、揚羽蝶っぽいシースルーに身を包んだアリアがももまんを食べながらやってきた。

 

「――って、キンジ?な、何よ、来るなら来るって事前に連絡しなさいよ」

 

「お前も元気そうだな、アリア。心配して損したとは言わんが、心配3割引きくらいにしとけば良かったぜ」

 

「なにそれ。アンタそんなに器用じゃあないでしょ?――ところでキンジ、ハヤト、『カクテル』って届いた?こっちは『パステル』ってセット名よ」

 

「カクテル?酒か?」

 

「いや......そんな名前の物、まだ見てねェな」

 

眉を寄せた俺たちに、アリアはクレヨンのケースのような物を見せてくる。

 

「武偵弾倉よ。さっきバチカンから、お見舞いの手紙付きで届いたの」

 

話しながら開けたケースの中には、本物のパステルみたいに色鮮やかに着色された.45ACP弾が敷き詰められていた。

 

思わず感嘆してしまう光景に、弾を見せてもらうと――徹甲弾、破砕弾、飛散弾、炸裂弾、閃光弾、音響弾、煙幕弾、焼夷弾などが見えた。

 

成程、この『パステル』とやらは武偵弾一式のことらしい。

 

メーヤが言っていた支援とは、コレの事だったのだ。

 

「イタリアの弾丸職人は、腕がいいのだー、一度でいーから留学したいのだー」

 

特殊な弾丸ばかりが揃う武偵弾だが、一発一発がアホみたいに高い。

 

それらを詰め合わせて3人に送り付けてくるなんて、教会って金持ちなんだろうな。

 

「ていうかお前ら、養生しろよ。なに病室で銃検取ったり武装強化したりしてんだ」

 

キンジが御尤もなことを言うと、

 

「これは強化合宿よ。やられっぱなしはダメでしょ」

 

「キンちゃんに一番近い存在は私なの!あんな女はダメ、ダメ、ダメッ!」

 

「くふふふ。こういう女子会、面白くてさぁー。理子ワクテカしちゃうっ」

 

「武偵は一発撃たれたら、一発撃ち返すものですから」

 

4人はそれぞれの意見を口にした。

 

――ああ、全員リベンジしようとしてるのか......

 

この状況、あまりよろしくない。

 

ジーフォースを仲間に引き込む必要のあるこの場面で、これはいけない。

 

「キンジ、ハヤト、アンタ達も手を貸しなさい。バスカービル総出で掛かるわよ。アタシはもう1つ、平賀さんにバックパック方式のロケットブースターを――」

 

「ああ、もう......アリア、ちょっとこっちに来い」

 

キンジはジーフォースの計画の話をアリアにする為か、アリアを近付けた後にカーテンを閉め切ってしまった。

 

それを機に、一斉に静かになる病室に、ようやく落ち着けるという意味で溜息を吐いてから――床に胡坐を掻いて、刀を鞘ごと抜き取り、抱きしめる様にして肩に掛けた。

 

そのまま目を閉じ、深い呼吸を何度も行う。

 

呼吸音を立てず、静かに、しかし深く。

 

暗く、何も見えない虚無の空間で、キンジたちの声が薄らと聞こえ――集中できてきたのか、聞こえなくなっていく。

 

その状態のまま、鯉口を切り、僅かに刀身を露出させ――戻す。

 

キィンッ......

 

音の波が広がっていく。

 

落ち着かせた心を波立たせる様に、風が吹き湖面を荒らす様に。

 

一瞬の静寂の後に吹き荒れる山嵐の様に。

 

イメージの波が、真っ暗な視界の中を突き進む。

 

――剣の腕は未熟。技術も御粗末なもの。振りさえまともに出来ず、構えすら危うい。

 

この刀を、どう扱うか。どのような戦い方にしていくのが最良なのか。

 

それを、自分に問う。

 

刀を投げる不意打ち?『アクセル』の状態で放つ、常人には視ることすら敵わない突き?もしくは、連撃。不格好ながらに上段、下段、突き、払いを織り交ぜた手数勝負か。

 

そして、それらの内のどれか1つ、もしくはその全てを使ったとして――

 

――もしもの時。俺は、あの男......ジーサードに勝てるのだろうか。

 

無の世界に、イメージが作り出したジーサードが現れる。

 

作り出した刀の波紋を、指一本で割って嗤うジーサードが近付いてくる。

 

『ハハハハハハハハハハッ!ハハハハハハハハハハッ!!!』

 

遠方から、目の前に。目の前から――真横に。

 

『もっと強くなって、俺を笑わせてくれ』

 

俺の作り出したイメージ。劣化に過ぎないソレの殺気に――

 

「――っ!」

 

気圧され、俺の精神統一は終わりを迎えた。

 

一人冷や汗を流している俺は、ざっと病室内の様子が変わった事を把握し、その原因を調べ......

 

「妹は最強なんだ!お兄ちゃんと妹の間には、誰も入れない!兄妹の繋がりは、絶対の繋がり。他の女とは違うんだッ!」

 

病室の入り口で、キンジを庇うように立つジーフォースが、妹最強宣言をしているのを見つけ、

 

――えーと。

 

「キンジ、良かったな?」

 

なんかもうキンジが軽く説得するだけで仲間に出来そうなジーフォースを見て、俺はキンジにそんな場違いな発言をしてしまった。

 

 

 

 



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タロット-魔術師

今回からオリジナル展開をちょっとずつ挟んでいきます。

香港行くまでには終わらせます。


アリアたちをなんとか、本当に決死の思いで説得したあと――キンジは酷く疲れた顔で、片腕をGⅣに組み付かれたまま病室を出ていった。

 

俺もこれ以上病室に居ても何もできないだろう、という考えからアリアたちに別れを告げ、病室を後にする。

 

眩しい程のオレンジの光を放つ夕陽が、1階のロビーに入り込む。

 

もうすぐ、夜が来る。

 

太い柱が、夕陽に照らされて影を生み出す。

 

その柱の横を、何ともなしに通った時、

 

「――失礼します。冴島......冴島隼人、さん......ですよね?」

 

聞き慣れない女の低い声に、俺は顔を強張らせて足を止め、声のした方向――柱の影に身体ごと振り向いた。

 

「ああ、どうか――そんなに警戒しないでください。驚かせて、申し訳ありません」

 

女は柱に身を預け、俺を怯える様に見ていた。

 

格好はいたって普通のリクルートスーツを着たOLって感じだ。

 

だが、目だ。目が違う。その辺りに居るOL達とは、目に宿す物が違う。

 

俺はこれを知っている。この目に秘めた思いを知っている。

 

――決意だ、決死の覚悟を持っている。この女は、俺に!会いに来るというだけで......こんな決意を秘めてやってくるのか!?

 

絶対何かトラブルを抱えている。俺は確信した。

 

――『眷属』からの逃亡者か?いや、囮かもしれない。もしかしたら、特攻なんて可能性もあるかもしれない。

 

「――テメェ。『眷属』か?」

 

もしくは――中立か?と、訪ねようとした所で、

 

「いえ、どちらでも、ありません......私は、『我々』は『師団』でも『眷属』でもありません......」

 

「なに?」

 

女はそう答えた。

 

それが、ますます俺の頭を混乱させた。

 

じゃあその目に秘めた、燃え盛るような意思は何だ。

 

並々ならぬ覚悟と、決意がある。この女にはそれがある。

 

「じゃあ、アンタは何だ。そんな目をして――俺に、何の用だ」

 

臨戦態勢を取りつつ、目的を無理矢理にでも聞き出そうと刀に手を掛け――

 

殺気を思いっきりぶつけてやった。

 

「――......お願いが、あるのです」

 

殺気をぶつけたのにも関わらず、この女は平然と会話を続けた。

 

――殺気を、感じ取れていない?もしくは――強い?

 

おいおい、まじかよ......最近こんなのばっかじゃねぇか、と一人思っていた所で、女の言葉を思い出した。

 

「――お願い、だァ?」

 

刀の柄に掛けた手を戻し――話だけでも聞いてみるか、と何となく思った。

 

本当に、何となく。聞かなきゃ良かったと思うが、この時の俺はそんな事微塵も考えちゃいなかった。

 

「......はい」

 

こんな小さい会話が、後々まで俺の運命を縛り付けるんだから。

 

「貴方にしか、できないのです」

 

これが、俺に最期まで過酷な運命を押し付けた、最初の出会い。

 

「どうか、どうか――お願い、します」

 

『魔術師』の女――木村七海との会合だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レストランに場所を移し、注文をしてから暫く。

 

俺は欠伸を手で覆い隠しつつ、目に溜まる涙を指で擦る。

 

無言が数分続いたが、俯いていた女は、ついに少し顔を上げ――口を開いた。

 

「――......最初は、本当に小さな集まりだったのです」

 

小さく、しかしハッキリと聞こえる声で、女――木村七海は言った。

 

「私自身が、生まれながらに所有していた規格外の能力が原因で――私は、生まれた町で嫌われていました」

 

木村はそう言って、スーツの上から二の腕の辺りをゆっくりと撫でる。

 

嫌われていた、等と浅い言い方をするが、きっと、もっと深く......痛々しい、疎外をされてきたのだろう。

 

「私は生まれながらの超能力者であり......自他共に認める『新世代』なのです」

 

「『新世代』?」

 

聞き慣れない言葉に、俺は砂糖をたっぷりぶち込んだコーヒーを飲む手を一瞬止め、つい聞き返してしまった。

 

「ええ、そうです。『新世代』......とある人物の出現を境に、超能力者界隈を賑わせ、裏の世界を震撼させ――通常の能力者たちとは違う......特別な超能力を持つ者たちを『新世代』と表現するようになりました」

 

とある、人物。

 

「世界各国は誰もが区別を付ける始まりとなった人物を欲しがった。血液、DNA、髪の毛、染色体、唾液、垢、体組織。それらを手にし、解明していけば全く新しい人類が誕生するかもしれない、と考えたからです」

 

木村は俺を見つめながら、やや早口でそう説明し、一度紅茶を口に含み、一息ついてから――再度、口を開いた。

 

「世界の誰もがその人物に夢中になったものの......巨大な国家には資金的にも、人材的にも劣る国家が出始めました。そこでその国々は、その人と類似する、『今までの超能力者とは違う能力を持った者たち』を探し始めました」

 

「......いたのか?」

 

「ええ、勿論」

 

俺の静かな問いに対し、はっきりと言葉にする木村。

 

「なら一つ聞くがよォー......アンタ......えぇと、キムラ、さん、だっけか......えー......アンタの『能力』はどんな能力で、アンタが俺に求めてきた『頼み』とは何だ? ああ、悪ィ。2つになっちまったな」

 

ズズッ......

 

わざと音を立ててコーヒーを啜り、不満気にカップを皿に戻す。

 

――回りくどい言い回しは、あまり好きじゃないぜ。勿論説明もなァー。

 

「急ぐ男性は嫌われますよ」

 

「やかましい。初対面のアンタに言われる筋合いじゃあないぜ」

 

「それも、そうですね」

 

嫌味を言われてしまい、それとなく不躾に返すが躱されてしまった。

 

――俺ってやっぱよォー、舌戦はムリっぽいぜ。

 

自分の弱点をまた一つ発見し、気落ちしていたがすぐに気分を切り替えて、目の前の女に集中する。

 

もしかしたら敵で、ずっと俺の隙を伺ってました......なんて展開になったら確実に不利だ。

 

まだGⅢから受けた傷が癒えてない。運動だって制限されてる。

 

「はぁー......まどろっこしい事は嫌いだ。速く本題に入ってくれ」

 

「いえ、冴島さん。これまでの話は、『本題』に至るための序章......つまり、プロローグの1頁にも満たないお話だったのです」

 

「は?」

 

「未来の為に、貴方には全てを伝えなければならない。だからこそ、申し訳ありませんがじっくりと聞いていただきます。――すいません、紅茶とコーヒーのお代わりを」

 

木村の話は、本当にまだまだ続きそうだったのか――彼女は店員を引き留め、飲み物のお代わりを注文し始めた。

 

「では、続きを。私は、その国々の一か国に拉致され――施設でひたすら能力について『教育』と解析を受けました。それはもう、語るにも恐ろしい手段で、容赦なく、昼夜も関係なく」

 

「――その話って、必要か?」

 

「ええ、ですのでよく聞いてください。当時の私は、自身の能力をハッキリと理解していませんでした。故に、訳の分からない拷問染みたやり方で能力を発現させようとした......そんな事が何日も続いたのです。何カ月も、何年も......」

 

「......そうか、俺の知らねー場所でそんな事が起きてたのか......」

 

慰める言葉も出てこない。

 

俺はこの女を何一つ知らない。住所も、年齢も、生き方も、性格も、好みも。

 

何もかもを知らないんだ。だから、迂闊な慰めは出来ない。

 

「――そして皮肉にも、私はその施設で『能力』の完全な把握が出来ました」

 

ウェイトレスが、お代わりの紅茶とコーヒーをテーブルの上に並べる。

 

湯気の立つコーヒーに、角砂糖を5つ程放り込んで掻き混ぜ、更に3つ放り込む。

 

木村は、周囲に人気がないことを確認し、これまでと違い......重苦しい雰囲気を漂わせながら口を開いた。

 

「――私の『能力』は、何かに対し強い恨みを持っている人物に、無理矢理能力を宿らせる能力です」

 

その一言は......余りにも重く――突拍子も無く――前例すら無かった。

 

だが、もしそれが事実であるとすれば――非常に厄介な能力である事だけは分かる。

 

「何処でもそうですが、人間には必ず、違いが出るものです......拉致された人の中には『価値無し』と判断された、能力を持たない一般人も少なからず居たのです。そこで、私は処分されようとしていた者たちを救出し、能力を与え、施設から共に脱出しました」

 

――なるほどね。価値無しと判断された連中に、能力を植え付けたってワケか。確かに恨みも山ほどありそうだ。

 

「そして、脱出に成功した私たちは、一つの組織を立ち上げました」

 

「何?組織だと......」

 

「はい。組織の名は『タロット』。あの、占いに使うタロットです」

 

タロット。トランプのモデルにもなったと言われるソレ。

 

――しかし、なぜそんな物を名前に......?

 

「冴島さん。貴方は――大いなる存在を信じますか?」

 

「オイオイオイ、宗教はお断りだぜ」

 

「――大アルカナの『愚者』と『世界』は、知っていますね?」

 

「無視かよこのアマ......ああ、勿論知っている」

 

ちょっとした茶目っ気を入れたのだが、スルーされてしまった為に軽く毒吐いてから質問に答えた。

 

「私は、幾度も似たような境遇に陥った人達を助けていく中で......とある、一人の少女に出会いました」

 

「ほー......そーかい」

 

そっけない返事をして、コーヒーを一口啜る。口の中に含んだコーヒーに溶けきれていない砂糖の感触を舌で味わいつつ、飲み込んだ。

 

「少女も、私と同じ様に、我々『タロット』と同じ様に、深い闇を抱えていました」

 

「ああ、そう......」

 

長話の割にはくだらねー事ばかりだったな、なんて考えながら手に出来たタコを数える。

 

「私は、私は――ちょっとした、好奇心だったのです。悪戯心でもあり、正しい事をしている、という正義の揺らめきを感じ、つい――彼女にも、能力を与えてしまったのです。ああ、それがいけなかった。それがダメだった。それが全ての終わりだった」

 

木村の声のトーンが、やや下がった事に気付く。

 

「彼女は『愚者』を発現させ、全てを手に入れてしまった。力で全てをねじ伏せて、あらゆる物を占領してしまいました。そう、『世界』の全てを......簡単に言うと、『タロット』は内部からのクーデターにより、過激派に乗っ取られてしまった、というワケです」

 

「過激派、ねぇ......」

 

「最初は、私も容認できるレベルの物でした。痛めつけてきた連中を、疎外してきた者たちを、能力という暴力で痛めつける」

 

「俺はその時点で容認できないね」

 

「ええ、そうでしょうね。ですが彼らは貴方とは違う。そうすることが正義だと思っているのです。除け者にされてきた者たちが、体の良いサンドバッグにされていた者たちが、圧倒的上位者だと思っていた存在を一方的に攻撃できる能力を手に入れたのなら......」

 

――ああ、言いたい事は分かった。

 

「「必然的に、歪んでいく」」

 

そーゆーことだろ、と顎を前に軽く突き出して尋ねると、木村は静かに首を縦に振った。

 

「巨大な力に流され、目的ばかりが肥大化していき――つい先日、とうとう、世界中を敵に戦う、と、過激派のリーダーである彼女はそう言ったのです」

 

「随分と大きく出るな」

 

「それだけの能力はありますから......ですが、彼らは世界を敵に回す前に、たった一人の存在に目を付けました」

 

「マジかよ。そんなヤベー奴らに目を付けられるなんて災難だな」

 

口の中をホットコーヒーと溶け切っていない砂糖で満たし、飲み込む。

 

「自分達と同じ『新世代』であるのに――なぜ彼はこれ程までに恵まれた人生を送っているのか。なぜ、そんなに笑顔で生きていられるのか。復讐したいとは思わないのか。許せない、許せない、許せない」

 

木村は、静かに告げていく。

 

目を伏せ、何もできなかった無力さを噛みしめるかの様に。

 

「ならば、我々が彼の腐りきった心を奮い立たせよう。断罪を。一人幸せになった彼の者に断罪を」

 

木村が、目をゆっくりと開き、その双眸に俺を映す。

 

「――我らが同胞、『先駆者』冴島隼人に、死を」

 

その言葉が、響いて聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く、無言の時間が流れ――

 

「俺はお前らの言う『タロット』に入った覚えはないんだが」

 

「ええ、ですが『新世代』からすれば、一番最初に現れ、今も尚進み続けているのは冴島さん、貴方だけなのです。故に彼らは貴方をリスペクトし、貴方を殺そうとしている。貴方を殺せれば、自分たちは次なる段階に進めると、そう信じている。恨みの声は、彼らの掲げる正義を振り翳す為の道具に過ぎません。本質は、自身の満足感を得る為。非常に下劣ですが――私に止められるだけの力はありません」

 

「だから、せめてもの助けに――前もって連絡はした、ってことか?」

 

俺と木村は、まともに話をしていた。

 

「はい。気を付けてください。これから貴方は、何時、どのような場所でも、どのような状況でも、『タロット』の過激派に狙われるかと。私に出来る事はありませんが――私は、彼らを止めたい。復讐は何も生まなかった、と伝えてあげたいのです」

 

だから、どうか――力を、貸してください。

 

木村の意思に、嘘偽りはない。今話した言葉の全てが事実である。

 

俺の直感がそう思っている。そう信じたがっている。

 

「そいつらをぶちのめしていけばよォー......」

 

「――はい?」

 

もし、それが本当なのだとしたら。

 

「そのリーダーには会えるのかよ、彼女とかいうのに」

 

「え、ええ......おそらく、きっと」

 

俺の態度の急変に、木村は少し怯えているのか、呆けているのかよく分からない表情をする。

 

「俺からケンカは売らねーが......」

 

短くなった髪を手櫛で雑に乱し、席を立つ。

 

「売られたケンカならよォ―......ボーナス付けて買ってやるぜ」

 

どんな奴らか知らないが、丁度良かった。

 

俺は俺の都合で強くなりたいと思っていたから、向こうから勝手に襲ってくるのなら好都合だ。

 

――GⅢを、倒せる足掛かりになるのなら。

 

イメージですら倒せない存在を倒す為に。

 

俺はそいつらを利用する。

 

「――相互利用の関係ってやつだぜ」

 

非戦闘員を傷つけようものなら、それこそ一切の容赦なく叩き伏せてやる。

 

木村に、手を差し出す。

 

「......貴方はまだ、強くなろうとしているのですか」

 

「まだ勝てない奴らが、大勢いるからな」

 

「――貴方はとても、強い人ですね」

 

木村は俺の手を握り返し――立ち上がった。

 

「もう一度、自己紹介を。私の名前は木村七海。『タロット』穏健派リーダーで、大アルカナ組の1番のカード、『魔術師』の暗示を持っています」

 

「冴島隼人。武偵で、超偵だ」

 

 

 

 

 

『魔術師』-物事を始める意思という意味がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冴島隼人、11月1日より『中立』GⅢ&GⅣ、『タロット』過激派を相手にする。

 

 

 

Go For NEXT!!!



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タロット-1-棒

翌朝。

 

「よーキンジ......って、あー......すげー酷ぇ面だな......」

 

教室にて、妙に艶のある顔と、寝癖のない髪をしていながら――目だけは腐りきっていたキンジに挨拶をした。

 

顔全体は活き活きとしているのに、目だけ死んでいるのだ。

 

「畜生、かなめの奴め......あいつのせいでバスでも散々な目にあった」

 

「そりゃあ急にオメーに妹がいましたー、なんて事になればなぁ」

 

存外に冷えた教室の中で、未開封の微糖の缶コーヒーを両手で遊ばせて暖を取りながら、昨夜メールで回ってきた内容を思い出す。

 

「隼人にも知られてるのか......」

 

「情報が流れてから12時間経過してるんだ。今朝はもっと知られてると思うぜ」

 

そう言うと、キンジは、マジかぁ~、と、大きく溜息を吐き、机に額をくっつけて項垂れてしまった。

 

「――これ飲む?」

 

「無糖にしてくれ」

 

「俺がどうしたってぇキンジ!」

 

「武藤じゃない!無糖のコーヒーが飲みたいんだ!」

 

「おはよう、冴島君、遠山君。僕ので良かったら飲むかい?まだ開けてないよ」

 

そこに何時もの面子が二人追加。武藤と不知火だ。

 

武藤と不知火が来てしまった以上、これ以上GⅣの話は続けられない。

 

「サンキュー不知火......100円でいいか?」

 

「オッケー」

 

「ところでよォ、隼人ォ!お前、オフロードバイクに興味あるか!?」

 

「VMAX買ったばっかだろーが」

 

「ありゃオフロードじゃあねーよ!」

 

「じゃあ要らね」

 

「クソォッ!」

 

なんて、話題を反らす必要もなく、バカ騒ぎにシフトしていく。

 

GⅢにGⅣ、『タロット』過激派とやるべき事は増えていくが、こういう束の間の休息があるのは嬉しいことだ。

 

――本当に、毎日こんな感じならいいんだがな。

 

 

 

 

 

「――いいや。それはできねーぜ。セ・ン・パ・イ」

 

 

 

 

 

突如、誰の物でもない声が聞こえ――瞬間、俺の座っていた机が急に熱くなった。

 

「――な」

 

 

「にぃ!」

 

 

机の足を蹴り飛ばして斜め前方に向かって前回り受け身を取って、すぐさま机の方を向く。

 

そこには――

 

「か、火事だッ!誰か、消火器持って来い!急げ!」

 

「先生に連絡するんだ!早く!」

 

「燃えそうなモンは全部教室の外に出せ!」

 

さっきまで俺が座っていた机は、炎に包まれて激しく燃えていた。

 

こんなことは、普通じゃあ有り得ない。

 

「『眷属』......いや、『タロット』か!」

 

「御名答ォ!」

 

俺が襲撃者を予想し終えた所で、教室の入り口から武偵高の制服の男が突っ込んできた。

 

「ぐっ!」

 

回避しようとしたところで、GⅢから受けた傷の痛みが走り、少し反応が遅れた所を、男は的確に突いてきた。

 

俺をぶっ飛ばす程のパワーで体当たりをかまし、そのまま俺を引き摺る様に窓まで突っ込んでいく。

 

「て、テメーはッ!?」

 

「ここじゃあちょいと狭いぜ!俺のフィールドに、ご招待!」

 

そう言って、男は俺を窓ガラスに押し付け――止まったかと思えば、急に窓ガラスが柔らかく、そして途轍もない熱を帯び......俺は押し込まれる様にして熱されたガラスを潜り抜けてしまった。

 

「ぬ、ぅ!あ、熱いッ!」

 

突き落されるような形になったが、空中で姿勢を整え、着地。

 

即座にガラスのこびり付いた制服の上着を脱ぎ捨て、地面に捨てる。

 

ワイシャツは熱で所々が焦げ、背中の皮膚の一部は軽い火傷をしていた。

 

「......制服買い替えたばっかなんだぞ、コノヤロー」

 

俺は買い替えて2日と持たなかった制服が、既にダメになってしまった事を、窓から追従してきた襲撃者に伝えた。

 

「そりゃあ些細な問題でしょうよー、センパァイ」

 

ある程度の距離が取れている為、今度は慎重に、じっくりと観察をする。

 

普通の武偵高の制服に、赤色の髪が前髪に一部混ざった黒髪。

 

――腕時計は......げぇ、GUCCIかよ。靴はBallyだと?

 

随分と高級ブランドばかり身に着けてるな、なんて思いながら銃を探す。

 

「――あー、俺、銃もってないからさー、探したってムダだぜ、センパイ」

 

その一言が、ブラフかどうかはさて置き――どうせ撃たれた所で対処は容易だと、探す事を一度止める。

 

「テメー、見ない顔だな。一つ名乗っておきな」

 

「――ひとつ、名乗っておきな?......クククケケケ!!!」

 

「あ?何が可笑しい」

 

突如笑い始めた男に、俺は不信感を強め、刀に手を掛けた。

 

「ああ、そりゃ可笑しいさ......」

 

男は口元を手で押さえ、体を弓形に逸らしながら笑い尽くした後......

 

静かに口元から手を放し、

 

「――これから死ぬ奴にィ!名乗るバカは居ねぇだろうからなァ!」

 

その言葉と共に、突如として俺の足元から、炎が噴き上がってきた。

 

「――っ!」

 

一瞬だけ『アクセル』を使い、その場から飛び退くが......

 

「――......っ......痛......ぇ!」

 

ボロボロの身体が、それに耐えられない。

 

普通に動く分には問題ないが、『アクセル』はダメだ。体が軋む。

 

だが、今の攻撃でなんとなく分かった。

 

――奴の能力は炎を操る、もしくは発生させる。星伽も炎を使っていたが......あれは受け継いできた物だ。あんな野郎が使えるワケもない。

 

と、いうことは。

 

――マジで『新世代』っつーヤツかよ!

 

何でも無い一般人が、超能力を自由に使えるようになる。

 

なんと恐ろしいことだろうか。

 

安全距離は確保できたし、これ以上『アクセル』で負担を掛ける必要もない。

 

そう判断した俺は即座に解除し、元の時間の流れへと帰ってきた。

 

「――チィ!なぁるほど......たしかに、予想以上に、速い......だが!」

 

男は右腕を薙ぐように振ると、俺の後方の地面から、扇状に炎が噴出した。

 

そしてそのまま、ドームを形成するかのように前へ、前へと広がっていく。

 

回避するためには――

 

「突っ込むしか、ねぇよなぁ!センパァイ!!」

 

顔を上げ、脱出口、その先を見て――焦る。

 

男は既に、第二波を用意していた。文字通り、炎の壁を作り、何時でも射出できるように待ち構えていた。

 

「――野郎......!」

 

「燻製にしてやるぜェッ!」

 

俺が、一歩踏み出すよりも早く。

 

炎の壁が、出口を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――タロット組――

 

「ヒィイハハハハハハハッ!そのまま炎で真っ黒になるまで焼かれろ!」

 

なぁんだ、強敵って聞いてた割には、随分とアッサリだったなぁ。

 

このままじゃあ、何か可哀想だしよォー......ぷくくけけけ!!!

 

ああ、そうだ......メイドのミヤゲ、ってぇ奴だぜ!

 

「死ぬ前に一つ教えておいてやるぜ、センパイ」

 

もう何の意味もねーだろうが、俺ってば優しいからナー!

 

「俺の名前は赤井雅人。歳は15。能力は炎を生み出し、操作すること!与えられたカードは『小アルカナ』の1-棒だぜ!」

 

さぁ、こんな役に立たない情報を最期に、焼死しな。

 

「くく、くけけけ!けけけけけー!!!」

 

俺が受けた、拷問の様に!焼かれて!死ね!

 

死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!

 

業火に包まれて、許しを乞いながら無様にもがいて死ね!

 

地面を掻きむしって爪を剥がしながら、必死に酸素を吸いなァ!

 

「ひぃははははははははー!!!」

 

 

 

 

 

「――随分と、楽しそうじゃあねぇか」

 

 

 

 

「ああ、そりゃ最ッ高さぁ!あの野郎を丸焼きにしてやれたんだ!笑いが止まらねぇよ!ひぃえへへへへへ!!!ああ、誰かッ!ヒヒッ!俺の笑いを止めておくれぇ~っ!あひへへはへあへへへへ!!」

 

可笑しくってしょうがないぜ!強敵だと思っていた奴がほんの数分で死んじまったんだ!

 

こりゃあ世界もラクショーだぜ!

 

「笑いを止めてほしい?いいぜ、止めてやるよ」

 

「ほひ?」

 

そういや、この声は誰の声だ?

 

「――まずは一発」

 

振り返った瞬間。

 

俺は、顔が歪んで、吹き飛んだ。

 

吹き飛ばされる瞬間、スローモーションみたいになって、俺の歯が、宙に浮くのが見えた。

 

血と唾液でテラテラと光る前歯が、俺から遠ざかっていく。

 

地面にぶつかったのか、酷く強い痛みを感じたが、体は止まってくれない。

 

地面を数度バウンドし、何か窪地のような場所にはまった所でようやく停止した。

 

「ぶ、うげぇぁああああーーーッ!!!」

 

歯が!俺の歯がぁー!

 

そうだ、さっきの声、冴島!冴島隼人だ!

 

「ば、ばかなぁ~!なぜだ、なぜ、生きているぅー!」

 

涙で滲んだ視界に、薄らと映る冴島隼人は、ゆっくりと此方へ歩み寄ってくる。

 

火傷した部位は一切見られず、その顔には僅かながらに煤が付いているだけだ。

 

あの炎の中で、生きていられるはずが無い!

 

「どーやって、どうして生きている!そんな!嘘だ!」

 

俺の能力は、絶対無敵!サイキョーの能力だって言ってたはずだ!

 

「――どうやって?そりゃあ単純な話だぜ」

 

目の前、およそ3mとちょっと辺りまで歩みを進めた冴島隼人は、そのまま歩きながら話をしてくる。

 

窪地にはまって、この俺を!見下すように、話しかけてくるッ!

 

と、止まらない!奴は近付いて来ている!

 

こ、攻撃しなくては!身を、守らなければ!

 

「......なるほど、実習がしたい、というワケか」

 

冴島隼人の正面から!

 

小細工無しの、全力を!

 

「燃え上がれ!マグマ・ブラストォ!」

 

「――炎っつーのは、燃える物が無ければ発生しない。つまり、だ」

 

地面を這う様に人一人を丸ごと包んで燃やせるだけの炎の壁ッ!これならどうだ!

 

窪地から這い上がり、後退る。

 

そこで、気付く。

 

「な、にゃんで窪地が――グラウンドにあるんだぁ!?」

 

そう、ここは校庭。グラウンド。

 

ほとんど整備されているはずのそこに、30㎝ほどの穴があるはずもない。

 

「ま、まさかぁっ!」

 

焦る。恐怖した。

 

さっきの話の内容を、理解したッ!

 

そして、次の瞬間。

 

途轍もない轟音と共に、大量の小石や砂、土の塊が炎を覆い、通過して!

 

「ぼご、げはぁ!」

 

俺の口の中にィ~!うごぇー!

 

見れば、冴島隼人の足下には、俺がはまった窪地のような物が出来ている。

 

蹴った!あいつは、地面を蹴り飛ばして作った土や砂で!炎を消したんだ!

 

「......と、まぁ、こんな風に、土や砂をぶちまけてやれば炎は簡単に消えるんだぜ。戦国時代から使われていたやり方だったようだが――知らなかったのか?」

 

し、知らなかった!

 

まさか、こんな何もないグラウンドが......俺の炎を消す道具になるなんて!

 

「知らなかったぁ......!」

 

「――ちと、勉強不足みてーだな......」

 

だ、だが!学習した!

 

ここは、一度、逃げて......ヒィッ!

 

何時の間にか、目の前に、冴島隼人がいた!

 

に......逃げられない、この距離は!

 

逃げられないぃい!

 

「テメーは自分の能力と、特性を理解できてなかった。それが、敗因だぜ」

 

こ、殺されるッ!確実にィ、殺されるぅ!

 

「――ゆ」

 

「――あ?」

 

「......ゆるしてくださぁ~い!ほんのっ!小さな出来心だったんですぅ!チョーシに乗ってたんです!ゆ、ゆるしてぇー!」

 

ヒシッと冴島隼人の足に縋りついて、ベロベロと靴を舐める。

 

何だこの靴ゥ!き、金属製だぁ!

 

で、でも背に腹は代えられない!やるっきゃない!

 

「......」

 

「もう悪いことはいたしません!反省しましたぁ!だから、どうか!」

 

テメー冴島隼人!

 

必ず隙を見つけて、ぶっ殺してやる!

 

「......本当に、誓うか」

 

き、きた......ッ!

 

バカがよォ~素直に信じやがってぇ。

 

へへ、ヘヘヘヘッ!

 

「はいぃ~誓います、誓います!私は改心しました!これからは真面目に、生きていきますぅ!決してチョーシになんか乗りません!能力で人を傷つけたりはしませぇん!」

 

ウソだよォ~!

 

毎日毎日、誰か焼き殺してやる!

 

幸せそうな連中の家でも焼いて、奪ってやる!

 

「――そうか。お前もまだ15だ......やり直すチャンスは幾らでもあるだろうからな。さっさと消えな」

 

そう言って、冴島隼人は後ろを向いて帰っていく。

 

4歩...5歩...6歩...今だァッ!

 

「――なぁんてなぁ!死ねぇ冴島ァッ!」

 

今度は消されないように!

 

左右から同時に炎の津波を叩き込んでやるっ!

 

更に、真上からも炎の滝を落としてー!

 

完成ッ!

 

「ファイア・トルネード!」

 

3方向から同時に襲い掛かる炎が、奴を包んだ!

 

完全にっ!

 

今度は自惚れない!確実に仕留めた瞬間を見た!

 

「勝った!」

 

うへへへへー!

 

もっと人を疑うべきだったなぁ~!

 

「――やれやれ、やっぱりテメー如何し様もねークズだぜ」

 

「はひぃっ!?」

 

う、後ろからぁ!

 

奴の声がする......どういう、ことだ!なんで、なんでぇ!?

 

「なんで、俺の後ろからぁ......!」

 

「テメー俺の能力を忘れたか」

 

の、能力......?

 

冴島の、能力は......

 

「あっ!き、キサマ......加速したな!炎がぶつかる瞬間、加速して逃げ出したな!」

 

「さて、約束を破った罰だ......俺の机を炭にしやがった礼もまだ済んでなかったなァー.......!」

 

冴島は、握り拳を作って俺の眼前にまで持ってきた!

 

こ、殺される!今度こそ!確実に!殺されるぅー!

 

「ゆ、ゆるして――」

 

「――いいや、ダメだね」

 

あ、ああ......

 

ああ、あああ、ああああああッ!!!!

 

「う、うわあああああああああッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――隼人視点――

 

――コイツ、マジにやりやがったな。

 

赤井......だったか、奴の目にはまだ闘志があった。

 

必ず俺を仕留める、という凄みが滲み出ていたから、気付けた。

 

反省はしていないようだし、机の礼もしなければいけない。

 

それに、もう許すつもりはない。

 

「――いいや、ダメだね」

 

殺しはしない。が、死んだ方がマシだと思えるくらいにはしてやるつもりだ。

 

「うわああああああああああああああッ!!!」

 

奴が目を瞑り、敗北の叫びをあげた所で。

 

「オォラァッ!!!」

 

顎を蹴り上げ、身体を宙に浮かし、そのまま空中で二度蹴り。

 

「オラァ!」

 

追撃の踵落とし。

 

「ハァッ!」

 

着地と同時、地面に叩きつけられた赤井の頭部をつま先で蹴り上げ、再び浮かせ――

 

「――セイヤァアアアアアアッ!!!」

 

がら空きになった胴体に、回し蹴りを叩き込んでフィニッシュ。

 

「――げぅばばばばぁああああああああ!!!」

 

赤井は軽く5mは吹っ飛び、地面を団子みたいに転がりながら、彼方此方を擦り付けてグラウンドに浅い轍を10と数m作って停止した。

 

 

 

 

「中々に面倒な能力だったが――もうちょいと使い方を勉強するべきだったな」

 

 

 

――まぁ、もう聞こえてないだろうが。

 

 

 

 

 

 

赤井雅人 『タロット』過激派 1-棒の暗示を持つ。

 

能力-炎を生み出し、自在に操る。

 

全身の骨にヒビ、一部骨折。前歯を4本失い、更に顎の骨を粉砕骨折し、再起不能!

 

 

 

 

 

 

 

『1-棒』-出発点。全ての始まりという意味がある。

 

 

 

 

 



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タロット-4-剣 & 9-硬貨 ①

赤井の襲撃から3時間と40分程が経過し――昼休みになった。

 

俺はキンジと共に食堂へ行こうとしたのだが、かなめことGⅣが教室にやってきて、キンジの妹宣言を堂々としつつキンジへ弁当を持ってきた。

 

それに沸き立ったのがクラスメイトたちで、キンジはこれ以上騒がれたくないと思ったのかかなめを引き連れて何処かへ行ってしまう。

 

多分昼休みはかなめの機嫌取りに時間を割くんだろうな、と思い、一人で食堂で昼食を摂った。

 

そして、人気の居ない場所に移動し――

 

「――......」

 

携帯を取り出し、電話帳に新しく登録した人物を選択し、発信した。

 

「......」

 

コール音が5回ほど鳴り、相手が通話に応じた。

 

『はい。木村です』

 

「冴島だ」

 

通話相手は、木村七海。

 

俺に依頼をしてきた人物。

 

『どうかしましたか?......まさか、もう?』

 

木村は俺からの電話の理由を考え、一つの答えに辿り着いたようで俺に質問をしてきた。

 

「ああ、えーと......『1-棒』、赤井だ。奴が襲ってきた」

 

手帳に書きこんだ赤井の頁を探し、開いてから木村の質問に答える。

 

『――そうですか......始まりを意味する彼が、来ましたか』

 

「ああ、いきなり炎だ。マジで体験した事のない能力を相手にしなきゃいけねぇのかもな」

 

『冴島さん、どうかお気を付けください。アルカナの暗示は、決して強い順に振られているワケではありません。その人物に、最も相応しいカードが与えられているだけなのです』

 

「――ああ、分かった」

 

『彼らは皆、強い。能力に対する理解が出来ているか、それを深めているかどうか。それらの条件によって変わっていきます。我々穏健派も極力支援します。どうか、ご武運を、それでは失礼します』

 

それだけ告げると、木村は忙しいのか、早口で通話を終了した。

 

「赤井みてーに......慢心してる奴なら楽に勝てるんだがなぁ......」

 

自販機で買った微糖のコーヒーをチビチビ飲みながら、青い空を見て息を吐く。

 

キンジはキンジで頑張ってるんだ。俺も頑張らないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

新しく買い直した制服で学校に行き、これまた新しくなった机で、分からないながらもマジメに授業を受けて、放課後を迎えた。

 

昼休みにワトソンからGⅢの正体がある程度判明した、というタイトルのメールが届いたので中を見たら、唖然とする他なかった。

 

奴の正体はロスアラモスで人工的に作られた天才で、世界に7人しかいないRランクの武偵だということだ。

 

Rランクというのは、Sランクの上にあるもので――Royalの頭文字から取っているランクだ。

 

Sランクが特殊部隊1中隊を相手に戦える存在なら、Rランクは1個大隊を相手に出来る、という感じ。

 

俺そんなバケモノを相手に啖呵切ってたのか、と戦慄する。

 

――そりゃあ勝てねぇよ。

 

しかも研究所から脱出した後、暗殺が始まったがGⅢに辿り着いた連中は皆GⅢに寝返ってしまったらしい。

 

ある種のカリスマを持っている様だ。

 

情報は、それくらい。

 

――俺はAランク。Sランクは無理だ......頭が悪いし、超能力だけでのし上がってるから、考査で大きく減点される。

 

Sランクになるなら、銃の腕も格闘の技術も必要だ。

 

Rランクとなると、どんな条件が必要かも分からない。

 

そんな奴を相手に――俺たちは戦うんだ。

 

......やってやる。

 

必ず、やられた分はやり返す。

 

「――笑っていられるのも、今のうちだぜ、GⅢ」

 

もっと、強くならないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――失礼、少し質問をしても......よろしいでしょうか」

 

武偵高の校門を出た所で、タキシード?執事服?を着た初老の男性が、声を掛けてきた。

 

チラリと全身を見るが、不審な点はない。

 

手袋は真っ白で......運転手も熟しているのだろうか、執事の後ろには黒塗りのクラウンがアイドリング状態で、運転席が空いた状態で待機しているのが見えた。

 

「――別に、大丈夫っすよ」

 

特に何の問題も無かったので――俺は質問に応じた。

 

後ろに乗っていた男......あの執事が仕えている家の人間か誰かが、俺を見ていたのが気になったが、それもクラウンのナンバーを確認すればすぐに分かった。

 

――長野から来てるのか、この人達。

 

長野と言えば、避暑地として軽井沢がある。あそこには金持ちの別荘が何件もあって、このクラウンに乗ってる奴の家も、その辺りに住んでる奴かもしれない。

 

迷ったのかな、なんて思いながら初老の男に近付いていく。

 

 

 

 

「ありがとう、ございます」

 

 

 

「いや、別に。それで、何か?」

 

 

初老の男は、軽く礼をしてから、小さな白い厚紙――写真を取り出し、俺にソレを見せた。

 

 

「――な」

 

 

 

 

 

そこに、映っていたのは。

 

 

 

 

 

「冴島  隼人 さん で――よろしいでしょうか」

 

 

 

......俺だった。

 

 

背筋が、凍りついた。

 

「テメー!『タロット』か!」

 

「はい。先日は――赤井がとんだ御無礼を致しました」

 

警戒を一気に強めて、距離を取ろうとしたが――それより先に、初老の男が背筋を伸ばし、90度の礼をしてきた。

 

「......は?――?」

 

何が起きたのか、理解できずに困惑する。

 

「此方......僅かばかりではありますが、謝罪の意です。お納めください」

 

初老の男が持ってきたのは、モスグリーンのハンカチだった。

 

「それで――これから流れる血を、お拭きください」

 

「――!」

 

初老の男の言葉は、明らかに挑戦状だった。

 

「自己紹介をさせていただきます。私の名前は、中島利三郎。小アルカナ『4-剣』の暗示を持っており――同じく、小アルカナ『9-硬貨』の暗示を持つ、遠藤満様に仕えています」

 

「――赤井とは、大違いじゃないか」

 

「......ええ、でしょう?」

 

間合いの読み合いが、静かに始まった。

 

互いの距離を把握し――

 

クラウンの窓が開いて――

 

「――やぁ、初めましてだね、冴島君。僕はさっき、爺やが話したと思うけど遠藤満。小アルカナ『9-硬貨』の暗示を持っている」

 

話し掛けてきた男も、タロットの一員だった。

 

「途中で話をぶった切って悪かったね。でも許してほしい。冴島君、賭けをしようじゃないか」

 

男......遠藤は、楽しそうに俺に賭け事をしよう、と持ち掛けた。

 

「賭けだと?」

 

怪訝そうな顔をして聞き返すと、遠藤は笑みを深めて答えた。

 

「――そう!賭けだよ、賭け!君が今から――日没までに爺やを倒した上で、午後8時までに僕を倒せれば君の勝ち」

 

「......」

 

「僕はこれから、都庁を爆破しに行く」

 

「はっ!冗談抜かせ」

 

「僕は本気さ――その証拠に」

 

激しい爆発音が、武偵高内......車両科のガレージ辺りから聞こえてきた。

 

「なんだ!?」

 

俺が振り返ると、ガレージの辺りから黒々とした煙と、オレンジ色の炎が空へ広がっていた。

 

「爆破したのさ。僕の『能力』を使ってね」

 

男は笑みを崩す事無く、何ともない様子で話した。

 

「僕はこれから都庁を爆破しに行く。既に爆破予告は出した。止められなかったら、武偵は、警察は――大失態だろうね。くくく」

 

――この、野郎......!

 

「狙うなら、俺だけ狙えば済む話だろーがよ!」

 

「勘違いしないでくれ、僕の標的は君じゃない。この世界だよ。無能な警察が標的なんだ。君はあくまでオマケさ。君が武偵じゃなかったら、僕たちは君を狙ったりしなかったさ」

 

「――お話はそれまでにしてください、お坊ちゃま。作戦開始時刻ですぞ」

 

「.....ああ、すまないね、爺や。また熱くなってしまった。じゃあね、冴島君。また会えたら、会おう」

 

遠藤は、後部座席から運転席へ移動しようとしている。

 

「行かせるワケ――」

 

一歩踏み出した瞬間、鋭利な刃物のような物で右肩を突かれ――飛ばされた。

 

「――ないでしょう?」

 

体勢を即座に立て直し、前を見れば初老の男――中島は、その真っ白な手袋をした手に、サーベルを持っていた。

 

その隙に――遠藤はクラウンを出して......俺の視界から消えていった。

 

「不意打ちのような事をして申し訳ありませんが――これから私は、もっと卑怯な事をしなくてはならない。故に――貴方に、予め私の『能力』を伝える事を許して頂きたい」

 

「タネを明かしてからの攻撃をする、ということか」

 

「その通りでございます。私の暗示は隠遁。能力は完全なる気配の遮断。つまり、どう足掻いても私の攻撃は、貴方に対して不意打ちになってしまう」

 

また、聞いたことも、見た事もない能力だ。

 

こういう能力を持った奴らが、『タロット』。

 

おそらく、Ⅳ種の能力者たち。

 

「私の剣は、4本。ナイフを5本所持しています。攻撃は、二刀流と投げナイフでやらせて頂きます」

 

執事服の背中から、もう一本サーベルを抜き出した中島は、刃と刃を擦り合わせて不快な金属音を上品に奏でながら、構えた。

 

いや、構えたと言っていいのだろうか。

 

中島はその剣を持った両の手を、だらりと地面に向けて脱力させているのだ。

 

「では、日が沈まぬ内に始めましょうか」

 

その言葉と同時に、中島の足が、腕が、体が、気配が――同化した。

 

何か、ヤバい。

 

そう思った瞬か――

 

「――ぅ......!」

 

背中......心臓の位置に、サーベルの切っ先が食い込んだ。

 

「......防弾制服は、防刃制服の役割もあるようだ。命拾いしましたな。」

 

突き飛ばされる様に、前のめりに転がって逃げる。

 

――気付けなかったッ!

 

「次は......その制服、ネクタイと制服の僅かな隙間――ワイシャツの部分を狙って攻撃すると、宣言しましょう」

 

僅かに、輪郭だけ見えていた中島が――また、消えた。

 

――どこから、来る!?

 

中島は俺を正面から襲うといったが――正面に来るまでのルートは無限に構築できる。

 

正面に来た瞬間に、カウンターを撃つか。いや、無理だ。

 

気配が確認できないのに、カウンターなんて出来ない。

 

「雑念に包まれていますぞ」

 

突如、左肩に途轍もない衝撃を感じた。

 

「――ぐ、オラァッ!」

 

僅かに揺らいで見えたソレは、中島のサーベルと、それを振るった中島。

 

反撃をする為に腕を思いっきり振るうが――既に中島の姿は完全に消えてしまっていた。

 

ファイティングポーズを取って警戒するが――

 

「甘い」

 

内側からサーベルを二本捻じ込まれ、外へ押し広げられた。

 

――まずいッ!

 

「ドラァ!」

 

無理矢理外へ弾かれた衝撃を利用して、脚によるカウンターを放つ。

 

しかし、それも無意味で――逆に、膝の裏に当てられたサーベルによって足を下す事が出来ず、固定されてしまった。

 

――く、おおおおおおッ!!!

 

太陽が、沈むまで後10分と少し。

 

日差しが、太平洋へ消えていく。

 

その輝きが――一瞬ではあったが......俺の正面に存在するモノを照らした。

 

「ーーッ!ここ!」

 

その一瞬を見逃す事無く、瞬時に両手を、自分の胸の前で合わせた。

 

甲高い破裂音が響き――

 

「――ぬぅ」

 

「――......ハッ......フ、はぁ......」

 

なんとか、出来た。

 

4月後半から5月に掛けてアリアにやらされ、ジャンヌにもやった白刃取り。

 

それが、また成功した。

 

そして今度は、しっかりと処理もする。

 

――ジャンヌのと違って、コレは簡単に折れそうだ!

 

「ハァアアアッ!!!」

 

両手に力を籠めて、思いっきり90度、腕を回して――圧し折ってやった。

 

「まずは一本!」

 

「――ぐ!」

 

甲高い金属音が響き、折られたサーベルが気配を戻していく。

 

それを確認し、地面に投げ捨て即座に二本目を折ろうと腕を伸ばすと、中島は急いでサーベルを戻した。

 

「成程、一瞬のチャンスすら逃さない――恐れ入りました」

 

中島の、本当に感心したような声が聞こえ、執事服の上着が空間から投げ捨てられ、出てきた。

 

「このまま戦えば、貴方は衣服の擦れる音で私の居る位置を判断しそうでしたので――先に脱ぐ事にしました」

 

そして、シャツの腕でも捲っているのだろうか。

 

ちょっとした衣擦れの音が聞こえ――止んだ。

 

「――ッ!」

 

風を切る音が聞こえ、瞬時に身体を捻って回避する。

 

何が飛んできても、其方に目をやるワケにはいかない。

 

ただでさえ、感知できないのだ。

 

――飛んできた物に目をやれば、次の瞬間別の場所から攻撃される。

 

「――と、思っているでしょう?」

 

避けたはずの場所。

 

後ろへやり過ごした筈の物体から声が聞こえ――背中に刃を突きたてられたが......また制服に助けられた。

 

「厄介な制服ですな......前のボタンを切り飛ばしてから、腸を抉りだすとしましょう」

 

「――やってみろ!」

 

肘打ちを繰り出すが、感触は無く――突き立てられた物を握れば、圧し折れたサーベルだった。

 

それに舌打ちをして、投げ捨て、刀を引き抜いた。

 

鏡の様にギラついた刀身が寒空の下で息を始める。

 

これなら、リーチもある。

 

腰を落とし、あらゆる位置からの攻撃を想定してこまめに体の向きを変えながら――警戒を強める。

 

「――......ふぅ、ふぅ......」

 

俺自身がする呼吸音すら耳障りな音に聞こえる。

 

中島が発生させているであろう音を、中島が動いたという証拠を探せ。

 

まだ、陽はある。

 

これだけ長い影を、作っているのなら、それを探せば......

 

影を、影を......影――?

 

――奴の影が、ない?

 

なぜ、だ。なぜ影が消える?

 

「――そうか、そういうことか」

 

奴のサーベルも、消えた。影も、消えている。

 

つまり、奴の能力は気配の遮断ではなく、認識の阻害ということ。

 

――奴は、それに気付いていない?

 

上着を投げ捨てた理由がそれだ。奴が不可能だと思った事が、出来なくなっている。

 

事実、奴がシャツの腕を捲っている時に衣擦れの音が聞こえ始めた。

 

そして、これでもう大丈夫だと安心した時......再び衣擦れの音は聞こえなくなった。

 

――なんて、厄介な能力なんだ!

 

だが、弱点はある......自分自身は消せるが、武器まで完璧に消せていない。

 

武器自体の認識は阻害出来ていても、その刀身に映る太陽の光までは消せていなかった。

 

勝てる......勝てるぞ。

 

焦るな。

 

――勝機は、やってくるはずだ!

 

刀を構え――反撃をする為に、耐える。

 

「......」

 

敢えて上段で構え――胴をがら空きにする。

 

これは、作戦だ。

 

奴が飛びこんできたら――即座に叩き切る。

 

その為の、策略。

 

――来い、正面から、来るんだったな。

 

認識が阻害されていようと――弱点はもう一つあった。

 

――奴は、攻撃の瞬間、必ず能力が緩む。きっと、派手な動きをすると能力で保護し切れないんだろう。

 

故にその一点だけを狙う。

 

その一瞬だけが俺の勝機になる。

 

一度しか使えない、博打。

 

――それを、狙うだけ。

 

「――......」

 

風が、吹き荒れ――

 

「ぅぐっ」

 

一瞬の輝きを見逃さない様に目を開いたのがまずかった。

 

――土煙が――目に!

 

片目を閉じてしまった。

 

その直後。

 

風切り音が聞こえ――

 

「...そこだあああああああッ!!!」

 

俺は片目を閉じたまま、上段から一気に刀を振り下ろした。

 

 

ギキィイイイイインッッ!!!

 

喧しい金属音が響き――

 

――金属、音?

 

「やはり、狙っていましたか」

 

直後、能力を解放した中島が、滑り込むように姿勢を低くして突っ込んできていた。

 

 

 

――ああ......

 

 

これでは、蹴りも、パンチも、回避も間に合わない。

 

 

「最後の一撃。中々に良い気迫でした」

 

 

中島が、勝利を確信した笑みを口元に薄らと浮かべた。

 

 

もう、これしか――間に合わない。

 

 

――奴にとっても、俺にとっても......

 

 

中島の腕が、俺目掛け軌道を修正し、サーベルを伸ばしてくる。

 

 

俺の刀は、振り下ろされ――反した刃は空を向いてる。

 

 

中島の顔が――刀のレンジに入った。

 

 

――これを、狙っていたんだ。

 

 

「ハアアアアッ!!!」

 

 

 

 

刃は上を向いたまま――俺は振り下ろした刀を、思いっきり真上に引き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「な!?にがぶぁあああっ!!!」

 

 

 

中島の顔――顎を割り裂き――鼻を開きながら刀の切っ先が顔から抜けて行き――まっすぐ、天を向いた。

 

 

 

「――く、ぐ、ひ―――あ......」

 

 

 

中島は、有り得ない物を見た、という顔をしながら――地面へ倒れた。

 

 

 

「は......はぁ......秘剣、『燕返し』......ッ!」

 

 

 

――ぎ、ギリギリ、だったぜ!陽が落ちていたら、勝てなかった......!

 

 

 

 

 

 

 

中島利三郎  『タロット』過激派 4-剣の暗示を持つ。

 

 

能力-完全な気配遮断、もとい認識の阻害。

 

 

鋭利な刃物で顎から鼻まで切り裂かれ、戦闘不能!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『4-剣』-隠遁、という意味がある。

 

 

 

 

 

 

 

 



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タロット-4-剣 & 9-硬貨 ②

短くてすいません 0:3~_(:3」∠)_




良いお年を!




「......これで良し、と」

 

俺は気絶した中島の頭をネクタイで縛り、切り裂かれた顎を圧迫してくっつけ、手錠をかけて木に縛ってから立ち上がる。

 

「次は、あのお坊ちゃま野郎だな......」

 

沈んでいく夕陽を一瞥し、早速追跡を開始しようと思った所で、不意に声を掛けられた。

 

「冴島ァ!此処に居ったか!」

 

その声に振り返ると、強襲科の蘭豹先生が額に汗を浮かべながら全力疾走で俺の方へとやってきたのが見えた。

 

「センセー、どうしたんスか」

 

「どーもこーもないわ!早よ来んかい!歩きながら話すで!」

 

そう言うと蘭豹先生は呼吸を整えることもせず、すぐに踵を返し校舎......通信科の設備棟の方へ歩いていく。

 

歩きながら、と言うが実質小走りの様な速度でズンズン進んでいく蘭豹に遅れないように、俺も歩幅を合わせ追従する。

 

――というか。

 

なぜか放課後なのに、やけに生徒の出入りが激しい。

 

服装や顔を見れば、1年から3年まで......通信科や情報科の生徒だけでなく、探偵科や諜報科、強襲科に車両科、更には狙撃科まで慌ただしく各所を走り回っているのが分かった。

 

「爆破予告や」

 

「はい?」

 

「都庁に爆破予告があった。予告犯と思しき人物を発見、警察が追跡するも迎撃され4名が重症、3名が軽傷。更に6人死亡の重大事件に発展した」

 

――!

 

「続けるで。死傷者を出したものの、必死こいてこさえたバリケードと機動隊の攻撃誘導、避難勧告の甲斐もあり完全封鎖、厳重警備の敷かれた首都高環状線に大井ジャンクションから犯人を追い込んだはいいがそこからが問題や」

 

――そんな事になってたのか。

 

既に死者が出ている、という話を聞いて知らず知らずのうちに拳を握る手に力が入っていく。

 

「犯人は時速250kmで首都高を逃走中。機動隊が追撃、車両の破壊を狙ったがRPGで迎撃され失敗。被害は拡大するばかりで犯人逮捕には至れない現状や」

 

武偵高強襲科の3年生が4名付いて警備している第3会議室の前に到着し、蘭豹先生が振り返る。

 

「警視庁は事態を重く受け止め、首都高に最も近い東京武偵高へ逮捕協力を依頼したんや」

 

蘭豹先生が、じっと俺を見る。

 

「この依頼に必要なチームは3つある......1、犯人の搭乗する逃走車両に確実に接近、無力化できる追跡機動隊。2、追跡機動隊をサポートする支援部隊。3、追跡機動隊を有利に動かす工作部隊や」

 

指を目の前に出して、1つずつ説明していく。

 

「既に支援部隊のメンバー選出、準備は終わっとる。工作部隊も配置完了、何時でも動ける状態にしてある......で、残るは追跡機動隊は――」

 

そのタイミングで、救護科の救急車両がサイレンを鳴らして武偵高を飛び出していったのが窓から見えた。

 

随伴車両には車両科の消防車やレスキュー車、更には衛生科の生徒達を乗せた支援車両も同行していく。

 

――どうやら、かなり大事になってるらしいな。

 

「――車両での追跡は不可能。接近された時点でRPGで廃車確定や。まだここの生徒が一人も死んでへんのが奇跡やな」

 

蘭豹先生は顔を窓の方へ向け、こめかみを軽く押さえて溜息を吐いた。

 

それからすぐに表情を切り替え、再度俺を見る。

 

「第一作戦は強襲科と車両科、狙撃科による連携攻撃。しかしこれは悉くが失敗。続く第二作戦で火器の無制限使用許可を出したが、これも成功には至らず。そこで我が武偵高は追跡機動隊は一人のみを選出し、車両もなるべく使わずに逃走する犯人を追跡、逮捕する作戦を提案した」

 

――なるほど。

 

「そんな人物居るワケないやろ、と思うが――幸い、ここ、東京武偵高には居る。誰よりも速く、自動車にすら追いつき、追い抜く超偵......お前や、冴島」

 

「......」

 

思わず、ニヤリとしてしまう。

 

身体はまだ痛むし、傷は突っ張るが――知った事ではない。

 

「受けてくれるか?危険な依頼やぞ」

 

「勿論です。犯人逮捕に全力を尽くします」

 

背筋を伸ばし、依頼の受諾を声を張って宣言する。

 

――絶対に捕まえて、後悔させてやる。

 

「よっしゃ!早速準備に取り掛かれ!秋吉、冴島用のC装備取りに行け!星野、ヘリ回せって車両科に声掛けに行け!」

 

「はい!」

 

「うっす!」

 

俺と蘭豹先生は会議室の中に入り、箱の中に用意されていたソレを、蘭豹先生が放り投げた。

 

「通信用のインカムや、着けとけ」

 

投げ渡されたインカムを、右耳に装着しマイクの確認をする。

 

「テスト、テスト」

 

『音声良好。通信異常なし。初めまして、冴島先輩。今作戦のオペレーターを担当させて頂きます、1年の長谷川美紅と申します。全力でサポートを致しますので、宜しくお願いします』

 

「此方も通信良好。ああ、よろしく頼む」

 

刀やXVRの点検を終え、異常は見受けられなかったのでそのまま装備を外して、秋吉先輩の持ってきたC装備に着替える。

 

着替え終わり、C装備の上から刀を背中にマウントさせ、ホルスターベルトをサイドポーチに連結させる。

 

そのまま、どのような体勢でも無理なく刀が抜けるか、銃を素早く取り出せるかの確認を行い――

 

「体勢変化に支障なし。モニター確認を行う、どうぞ」

 

『――.......――脈拍69、血圧91の67。呼吸数17。体温36.3度。バイタルサイン異常なし、クリア』

 

「C装備状態確認を行う、どうぞ」

 

「――前面異常なし、ほつれなし、挟まりなし、緩みなし、締め適切。問題なし!」

 

「......――背面異常なし、ほつれなし、挟まりなし、絡みなし、緩みなし、締め適切。問題なし!」

 

「C装備管理状態正常、適切に装備された事を確認」

 

装備の確認やバイタルサインの確認が終わったところで、蘭豹先生に身体を向ける。

 

完全な直立をして、告げる。

 

「冴島隼人、戦闘準備完了。問題なし、異常なし。バイタルサイン異常なし!出撃許可を!」

 

それを受けた蘭豹先生は目を伏せ、少し深呼吸をして――

 

「許可する!行ってこい!」

 

大声で宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

女子寮のヘリポートへ繋がる階段を駆け上がりながら、インカムから聞こえる情報を聞き逃さない為に集中する。

 

『作戦要項を説明します。まず高機動ヘリで可能な限り犯人に接近、危険と判断された時点で冴島先輩を投下、離脱します。ここで冴島先輩は単独による犯人の車両追跡、逮捕がタスクに追加されます。どのような妨害があるか分かりませんが、犯人が現段階で使用した武装はRPG-7、M60が挙げられます』

 

ヘリのメインローターが、出力を上げていくのが伝わる。

 

『過剰火力を所持しており、恐らくまだ何か武装を所持していると考えるのが妥当かと。気を付けてください』

 

「了解、これよりヘリに搭乗する」

 

『此方パイロット、了解』

 

『ヘリに搭乗後、再度通信をお願いします』

 

「了解」

 

メインローターから吹きつける強い風が顔を撫でる。

 

風に逆らいながら更に近付き、ヘリの取手に手を掛け腰をヘリ後部の座席に降ろす。

 

降着装置を足で踏み、完全に固定する。

 

身体を少し揺らし、問題がない事を確認した後にインカムのマイクを入れる。

 

「此方冴島。搭乗完了」

 

『了解しました。警視庁通信隊の回線接続がありますが、人名保護の為に以後追跡機動隊の識別コードをローンウルフと呼称します』

 

「ローンウルフ了解」

 

『ありがとうございます、回線接続まで5カウント...3、2、1、接続』

 

『接続を確認、通信良好。音声異常なし』

 

『目標は現在首都高を大井ジャンクションから大橋ジャンクション、渋谷方面に向けて逃走中。現在時速60km』

 

『偵察中のヘリパイロットからの報告、継続中』

 

『現在首都高全ジャンクションに機動隊、武偵高強襲科の生徒が展開、防衛ならびにバリケード構築中です。バリケード完成までおよそ4分』

 

『ローンウルフ、応答せよ。此方警視庁対策本部、此方警視庁対策本部。応答せよ、ローンウルフ』

 

「此方ローンウルフ、感度良好、問題なし」

 

『犯人は極めて凶暴で残忍な性格の持ち主だ、容赦なく頭部を撃ち抜いてくる。依頼続行が不可能だと君が判断した場合、即座に作戦を中止、撤退せよ』

 

「ローンウルフ了解」

 

『......一時的に全回線に接続......接続確認。作戦開始時刻の時計を合わせます』

 

その言葉に、アナログ時計とデジタル時計をくくり付けた左腕を持ち上げ、ライトで照らす。

 

『18時43分10秒前。――......7、6、5、4、3、2、1、今』

 

『現時刻を以て作戦を開始する!』

 

『了解。此方輸送班、ASM発信、羽田全便に現在地情報、高度、気象情報提供開始。』

 

『大橋ジャンクション待機車両から通信、目標バリケードを複数回射撃した後に西新宿ジャンクション方面へ逃走。時速76kmとのこと』

 

『DARP更新。目標位置への最適距離再計算終了。経路情報送信』

 

『輸送班了解。受信確認。FDMS異常なし、オールグリーン』

 

『FSCからの通信確認。作戦協力要請が受理されました』

 

『本部了解。ICAP確認。問題なし』

 

『作戦予想範囲内の航空交通管制区に存在する航空機なし。何時でもどうぞ』

 

『輸送班了解。テイクオフ』

 

メインローターの出力が更に上がり、機体が緩やかに持ち上がっていく。

 

『現在風速、北北西1.6kt』

 

『了解』

 

『必要高度到達。移動を開始』

 

『本部了解』

 

『現在目標は依然西新宿ジャンクションへ向けて逃走中』

 

ヘリが轟音を立てて、陽の沈んだ夜の東京を突き進んでいく。

 

やや離れた所に見えるレインボーブリッジが、一瞬にして視界から消えてしまった。

 

代わりに首都高が眼下に広がるが、普段は大量の自動車が駆け抜けているはずのその場所に一定間隔で設置された街灯以外の灯りはほぼ無く、警察車両の赤い警告灯が点滅を繰り返しているばかりだ。

 

『西ジャンクション付近まで、あと2分30秒』

 

下道には大量の自動車が詰めかけるが、もしもを想定して其方も規制されている。

 

信号は機能しておらず、警察が誘導灯等で交通整理を行っているのが見えた。

 

――大規模な作戦だ。必ず、成功させなければ。

 

『あと2分。ローンウルフ、降下準備を開始せよ』

 

「了解」

 

痛む身体を誤魔化す為に、救護科の生徒から渡された注射型の痛覚鈍化材、並びにドーピング薬。

 

脳内麻薬を垂れ流し、恐怖心を抑制、痛みに鈍くなり、闘争心が強くなる。

 

それを打ち込んだ。

 

カシュッ! カシュッ!

 

耳から聞こえてくる音が、一瞬で小さくなった様に感じる。

 

自分の心臓の鼓動が、より強く聞こえる。

 

――効いて、きた......ッ!

 

身体の痛みを、一時的に殺す。

 

更に、コンバットブーツの可動装甲を展開させる。

 

予想に反して派手な音はならず、静かに、かつ素早く膝までを完全に覆う鋼鉄の装甲ができた。

 

少し足を動かしてみるが、可動域が狭くなった感覚はない。

 

『西新宿ジャンクションまで、あと30秒』

 

『目標、現在位置から更に3km北上』

 

『了解』

 

「――ふぅ」

 

『ローンウルフ、目標を補足した!降下体勢に入れ!』

 

ヘリパイロットから、先ほどよりも大きな声が聞こえる。

 

「了解」

 

降着装置に乗せていた足を上げ、機体と降着装置の隙間に足の甲を差し込み、身体を機体の外へ投げ出す。

 

頭は真っ直ぐ地面を向き、この体を支えているのは降着装置に掛けている足の甲のみだ。

 

「降下準備完了。何時でも」

 

『更に接近する!』

 

『此方本部、輸送班!それ以上の接近は危険だ、止めなさい!』

 

『――しかし!』

 

『敵は対空兵装を所持している!』

 

『......!了、解』

 

『貴官の英断に感謝する。隙を見つけ降下せよ』

 

『輸送班了解、すまないローンウルフ』

 

「問題ない」

 

『目標、熊野町ジャンクションを通過!板橋ジャンクションへ移動中!』

 

『――此方輸送班!再度接近し、降下させる!』

 

その発言の直後、ヘリが高度を下げ更に速力を手に入れる。

 

高度不足によるアラートが鳴り始めるが、限界まで下がろうとしているのだろう。高度はまだ下がっていく。

 

『現在時速311km!ドロップアウト!』

 

「――了解!」

 

ドロップアウトの声を聞き、降着装置に掛けていた足の甲を真っ直ぐに、爪先立ちをする様に伸ばして滑り落ちる。

 

『上昇開始、離脱する!ローンウルフ、幸運を!』

 

 

 

風を切りながら、夜の首都高へ――

 

 

 

その身を、投げ出した。

 

 

 



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タロット-4-剣 & 9-硬貨 ③

明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願いします。


『――ドロップアウト!現在高度211ft!』

 

『ローンウルフの投下を偵察部隊が視認、降下位置正常。問題なし』

 

風を切って落下していく中、高度211フィートという言葉を即座にメートル換算する。

 

――約64m、切り離しで投下した俺はもっと下がっていることだろう。

 

だいたい50mないし45m程まで降下している、と予想した。

 

がらんどうの環状線を眺めながら......スピードを落として今にも停車しそうな、俺を待っているかのようなクラウンを、いや、そのクラウンの運転席に座っているであろう男を見据えた。

 

目的が分からないが、このまま落下して――――

 

そこで、よくよくクラウンを見た。

 

クラウンは、あんな形だったか。

 

エンジンが搭載されているであろうフロント部分は、やけに肥大化している。

 

ボンネットのカバーに収まりきっていないエンジンは、ボンネットの形を歪め半月状に膨れ上がっている。

 

一定間隔に配置されている街灯が、完全に停止したクラウンらしき物を鮮明に照らすが光量が足りない。

 

『此方輸送班、目標は完了した。だが目標が対空火器の使用が確認出来ない。このまま目標を照らす』

 

先程俺を送り届けたヘリコプターが高度を上げ、ある程度直進した所で反転し、此方に再接近している様だ。

 

そして、ストロボの様な強い光が上空から降り注いだ。

 

『目標をより鮮明に照らせる。どうだ、ローンウルフ』

 

ヘリのライトがクラウンを照らし始め、鮮明に細部を見る事が可能になった。

 

「ああ、よく見える!」

 

事実、目が潰れる程の光がクラウンに照射され、今まで見えなかった部分がはっきりと見えるようになっていた。

 

だが、今は見ている余裕はない。あと3m程で接地する。

 

身体を捻り、空中で前転を2回ほど行って勢いを緩和させつつ、来るであろう衝撃に備える。

 

残り1m。

 

踵から着地する為に、爪先を上向きへ。

 

肩幅ほどの足を広げ――着地。

 

踵だけで衝撃の全てを受け止めるが、余りの衝撃に思わず歯を食いしばって耐えてしまう程だった。

 

閉じかけた目を無理矢理開いて足元を見れば、道路を鋼鉄のブーツ、その踵が火花を散らしながらガリガリと音を立て、ブレーキを掛けている。

 

一瞬の出来事だ。まだ衝撃の完全吸収は出来ていない。

 

「――ぬ、ぐ、ぉ......!」

 

最初は踵だけで掛けていたブレーキを、爪先を接地させる事で足全体によるブレーキへ。

 

体勢が不安定になったのでそのまま、更に腰をかがめ、前傾姿勢になるように、踵を少し上げ、上半身を前方へ傾けていく。

 

気持ちに余裕が出てきたので、顔を上げ前を見れば――クラウンは俺の到着と同時に再び、緩やかにアクセルを踏み込んで進み――

 

「――は?」

 

クラウンらしき物のトランク部分が歪曲し、突如として変形した。

 

トランクのカバーが吹き飛び、いや......変形?否。作り変わったというべきだろうか。とにかくトランクのカバーが無くなって、積みこんである荷物が見えた。

 

そして、その荷物もまた異質だった。

 

絶対に普通自動車に積んである類のものではない。トランクから這い上がるように、液状化しているのか、まるで水が流れ落ちていくかのようにトランクから出てきた。

 

そして、およそ全てが車外に排出されきった所で、再び水のような何かが形を変え――クラウンの車幅を越える大きさの物が、トランク部分を完全に占拠し、車幅を越えた物体が車高を無視して現れた。

 

――コイツは......!

 

それは、今から60年以上前に登場した。

 

第二次世界大戦中、米海軍が構築した対空火網を知っているだろうか。

 

長射程の5インチ砲......中射程のボフォース40mm機関砲......短射程のエリコン20mm機関砲の3段構えからなる対空火網だ。

 

太平洋戦線における日本軍の航空攻撃は極めて苛烈であり、末期には特別攻撃も加わった事もあり、防空システムは良好であったものの飽和寸前だった。

 

事実米艦艇は大小様々な被害を受けていて、どれだけギリギリの状況で対処していたのかが分かる。そんな中、米海軍は複数の方策を実施した。

 

その中の、ひとつ。

 

それが今、眼前に形勢された。

 

「逃げろ!」

 

『何?』

 

米海軍は、個艦防空力の向上を図った。

 

40mm機関砲と20mm機関砲に代わり、高発射速度を有し、かつV()T()()()を使用できる中口径砲の開発を行った。

 

そいつの名前は――

 

「Mk33 3inch砲だ!マジックフューズが来るぞ!逃げろォ!」

 

Mk33 3inch砲。それは人力装填式だった砲を改良し、人力給弾・自動装填機構を備えた半自動砲である。

 

今では珍しい物でもないが、1945年当時となると驚くべき程に画期的だった。

 

そして、先ほどから俺が冷や汗を流し、叫んでいるVT信管とは。

 

日本語で言うなれば近接信管、という言い方でいいのだろうか。

 

目標物に命中しなくても、目標の一定近傍範囲内に達すれば起爆する信管を使った物の事を指す。

 

詳しい構造の説明は避けるが、要は直撃させなくても、近くに撃てば信管が作動、砲弾が炸裂し、その破片で目標物を撃墜する。

 

今は夜だが、目標を照らす為にライトを使用しているヘリは、さぞ狙いやすいだろう。

 

そして――驚くべきことに、人が操作してもいないのに砲塔が回転を始め、砲身が仰角の修正を行い始めた。

 

『――っ!輸送班、了解!至急離脱する!』

 

ヘリは照射を止め、即座に反転、引き上げていく。

 

が。

 

砲塔は完全にヘリを捉え、仰角はヘリの行く先を予測しているかのように仰角をミリ単位で修正して――終わった。

 

耳を塞ぐ暇も無く、叫ぶようにインカムへ告げる。

 

「来るぞォオオオッ!」

 

叫ぶと同時、射撃が始まった。

 

一瞬のマズルフラッシュと痛烈な発砲音が響き、初速820/sの弾丸が引き上げていくヘリを追尾する。

 

この対空砲から逃れる為には、高度を8200m以上に引き上げるか、もしくは直線距離で13.4km以上離れる必要がある。

 

だが何より恐ろしいのが――

 

ドグガァッ!ドグガァッ!ドグガァッ!

 

轟音とマズルフラッシュを絶え間なく垂れ流す、この発射レートだ。

 

毎分50発。それを連装砲から撃ち続ける。

 

しかも装填は自動化されていると来た。

 

ヘリのパイロットには申し訳なかったが、気にしている余裕はなかった。

 

『此方輸送班!被弾した!コントロール不能!テイルローターが吹き飛んだ!制御不能、繰り返す!制御不能!脱――』

 

通信が途絶えたかと思った直後、ヘリが逃げていった方角の上空で爆発が発生した。

 

それと同時にmk33 3inch砲の射撃が止まった。

 

――死んだ、のか。

 

武偵高の生徒が操縦していたヘリだったが......墜ちてしまった、か。

 

助けられなかった。

 

いや、どうしようもなかったが――どうしても、後悔が生まれてしまう。

 

だが、足を止めている場合ではない。

 

もう、勢いはかなり殺せた。

 

だから――そのまま展開装甲でガードした膝を使って、更にブレーキを掛けつつ、クラウチングスタートの体勢を取る。

 

まだ、手は付けない。

 

――もう少し、もう少しだ。

 

Mk33 3inch砲は、また歪み――姿を変えた。

 

今度は、何に変わる。

 

無形の水が完全に形作られる。

 

「――Pain、less」

 

口から零れ出た言葉。

 

ペインレス。無痛。

 

その名称を持つ物。

 

それは6本の銃身を持つ。それは電気の力で動く。それは機関銃だ。

 

そう、つまりガトリングガン。

 

7.62mm弾を毎秒100発ばら撒く、轟音の怪物。

 

生身の人間が被弾すれば痛みを感じる前に死ぬという意味で、『Painless gun』と呼ばれる。

 

別名を、『Minigun』とも呼ばれるソレ。

 

冷や汗が止まらない。銃口は既に此方に向けられていて、少し左右に揺れている。

 

もう言わなくても分かるだろう、その銃の名前は。

 

――M134!

 

「どんなチートだよ!クソッタレ!」

 

砲身が回転を始めるよりも少し早く――減速が完了した俺は、その場から飛び退く様に前へ走り出した。

 

全身の力を、脚に貯めて地を蹴る。地面を蹴り上げた衝撃が反発し、脹脛を抜け太ももへ伝わる。

 

後ろへ消えていく左足に連動するように、右足が前へ出て行き、軽い浮遊感は終わりを告げる。

 

右足の踵を落とし、小指球、指尖球、母指球を使って踏み締め、踵を持ち上げて爪先に力を加え、地面を蹴り、進む。

 

地面を蹴るタイミングで、肩を大きく揺らし、腕を使って風を切りながら突き進む。

 

2歩ほど進んだ所で、M134の銃口から、文字通り炎が上がった。

 

文字で表現する事すら億劫になるような絶え間無い絶叫。

 

点滅するマズルフラッシュは最早ライトの様に常に光を提供し続けている。

 

――『アクセル』、スタート!

 

『アクセル』を使うと、自分が今どれだけ別次元に存在しているかがよく分かる。

 

M134の射撃はこのスローモーションの中であっても、体感で毎秒1発ずつ弾丸を吐き出していた。

 

M134は僅かにその銃身を左右に揺らし、単独で疑似弾幕射撃を行っている。

 

その為M134から吐き出された弾丸の点は繋がって一本の線になっている、様に見えた。

 

――あの弾幕を掻い潜って、接近。目標を確保する!

 

首都高環状線は無人、スペースは広い。これを有効活用しない手はない。

 

右側の車線へ移動し、逃げるクラウンを追いかける。

 

それを追いかける様に、後部銃座の役割を果たすM134が俺を追尾しながら射撃を続けていて、たまに被弾しそうな奴は避けて進む。

 

今足を止めている暇はないし、一々握りつぶしていてもキリがない。

 

そう考えて、俺は避けて進む事を選択した。

 

ある程度追いつき始めた所で、ふとクラウンのエンジン部分が気になった。

 

――たしか、エンジンも形が変だったような......

 

だが、気に留めている場合ではない。クラウンに近付けば近づく程、M134の射撃は正確になっていくのだ。

 

幾ら速くても、ラッキーパンチを貰わないとは限らない。

 

だから、チャンスを見つけたら突っ込むべきだ。

 

思案しながら追いかけている最中にM134の銃口が俺に追いつき始めたので、それを避ける為に左車線......奴の後方に着く。

 

今なら、距離を詰められる。

 

「ここで、仕掛ける!」

 

左車線の更に左――壁へ飛び掛かり、手を着き勢いを殺してから両足を揃え、壁を蹴り飛ばす。

 

ロケットの様な勢いで接近、少し距離が足りない。

 

受け身を取りつつ着地。この距離なら、と思ったがダメだったようだ。

 

立ち上がって進もうとしたが、突如熱風が身体を覆い――クラウンが急加速して視界から消えてしまった。

 

「――!?」

 

何が起きたのか、分からない。確かにクラウンの後方1m辺りまで接近できたはずだ。

 

なのに、すぐに消えてしまった。熱風が吹き抜けた後に、消えてしまった。

 

――ニトロか?

 

いや、ロケットブースター?

 

アイツはもう、何でも有りだと思った方がいい。

 

二次大戦時の米海軍の対空機関砲から、現代のガトリングガンに、謎のエンジン。それに車両科の爆破。

 

絶対に何でも有りだ。

 

その証拠に――クラウンが突き進んでいった方向の上空から......

 

「――マジ、かよ......ッ!」

 

肉眼で視認出来る程の位置に、楕円形に魚の尾ヒレのような物が付いた物が降り注いできた。

 

落下地点は、恐らくこの辺り。

 

落下物は更に近付いてはっきりと見えるようになったから、分かる。

 

尾ヒレのような部分は、安定翼。楕円形の部分は、弾頭。

 

この形の砲弾を使う兵器は、迫撃砲しかない。

 

しかも、この楕円形の形は――恐らく、化学兵器の類でなければ榴弾か、炸裂弾のどちらかだ。

 

榴弾も炸裂弾も、どちらも対人目的に使える事を考えると、弾けるその瞬間まで分からない。

 

最悪の展開、化学兵器の場合はすぐに自分が死んでしまう。それくらいバカでも理解できる。

 

薬がまわる速度すら早いのだ。毒やガスが全身を侵す速度なんて言わなくても分かる。

 

だから、化学兵器じゃないことを祈りつつ、全力で前へ駆け出した。

 

「――っとぉ!」

 

迂闊だった。姿は見えなくてもM134は弾丸を吐き出し続けているのだろう。今、その弾丸の線が見えた。

 

急いでスライディングをして躱した後、立ち上がって......後ろで爆発が発生した。

 

――榴弾か。

 

化学兵器で無かったことに安堵の息を吐き、先程の失敗でなんとなく学習した。

 

奴は俺が追いつけば謎の超加速で逃げ、迎撃手段を増やしていく。

 

これ以上迎撃手段を増やされてしまうと対応が難しくなるが、追いつこうにも追いつく事すら厳しくなる可能性がある。

 

とにかく走って目標を視界に収めつつ、チャンスを確実に掴む。

 

今はそれだけを考えて、全力で走ることにした。

 



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タロット-4-剣 & 9-硬貨 ➃

本当に申し訳ない...更新停滞申し訳ない...

活動報告でしていた雪下ろし中に屋根から滑落して左足と背骨、右腕を骨折して入院してました。

注意勧告しておきながら自分がやらかすとはこの李白の目をもってしてもry

日常生活に支障がないレベルまで快復したので投稿です。




 

――微かにだが、見える。

 

この双眸が認識するギリギリの範囲に、首都高の壁に映るブレーキランプが見える。

 

今、俺はどれくらいの速度で走っているのだろうか。

 

視界の端に映る風景が背中へ抜けていく速度が上がっていく。

 

速すぎるのだろうか。僅かなカーブを曲がる度に遠心力で体が外側へ、外側へと膨らんでいってしまう。

 

かといって走る速度を緩めれば離される。

 

――もっと速度を上げるか?いや、上げた所で、大幅な減速を強いられる。

 

どうする、と悩み始めた所で......M134の狙いがブレた。

 

先程まで正確無比に俺を狙っていた筈のそれが、突如としてその軌道を変えた。

 

そして、その理由が理解できた。

 

――街灯か!

 

陽が沈みきった夜を照らす首都高の街灯が、M134が垂れ流す銃弾に抉られ、砕け、灯りを散らしていく。

 

次第に、次第に――夜に呑み込まれていく。

 

完全な暗闇になれば、それはつまり奴が吐き出すM134の弾丸も、迫撃砲弾も視界に捉えられなくなるだろう。

 

人間が本能的に感じる暗闇への恐怖心に、脚が一瞬硬直してしまった。

 

「っ!お、おおおおああああっ!!!」

 

それを誤魔化す様に、叫んで、自分を鼓舞して、如何にかしてあの無尽蔵・無慈悲な機関銃を黙らせなければ、と考え――走る。

 

視界外に消えてから、闇に紛れて追いかけるか。

 

それではだめだ。きっと逃げられる。

 

なら、どうするか。

 

――もっと速く。

 

もっと鋭く、正確に。

 

駆けるラインから無駄を省いて、最速のラインを駆けるしかない。

 

全力疾走を続けながら、暗闇に浮かぶ標識を見て現在地を読み取る。

 

今は――河北JCTか。

 

こっちはボロボロの身体を酷使して走っているのだが、一向に奴に追いつく気配がない。

 

それどころか、自分はあのクラウンに引き離され、緩いカーブを抜けられた。

 

テールランプの残光が尾を引いて、消えていく。

 

「此方、ローンウルフ!現在の目標と自分の速度を教えてほしい!」

 

アスファルトを蹴る勢いを強めながら、無線に向かって自分の現在速度を聞き出す為に叫ぶ。

 

『此方本部。目標は時速...220、いや...240...260kmを越えた!まだ上がっていく!ローンウルフは180km程だ!置いていかれるぞ!』

 

レース用のエンジンでも積んでいるのか、とインカムの奥から驚愕の声が聞こえる。

 

「分かってる!――すぐに、追いつく!」

 

腕の振りを大きく、一歩の感覚を広く、脚の回転数を上げていく。

 

姿勢は低く。地面を舐める様に、滑る様に。

 

2倍以上の速度だ。もっと飛ばさないと追いつけない。

 

それに、俺としてもこれ以上奴を逃がすつもりは無かった。

 

だからこそ。

 

――『エルゼロ』。

 

薬で痛覚が鈍っている今だからこそ、全力を。

 

あまり酷使したくはなかったが、逃げられるくらいならこのカードを切る。

 

――ああ、久々の、感覚だ。

 

炭酸水が、思いっきり上下に振られ――ギチギチとガス圧で膨れ上がっていくイメージ。

 

身体中の熱が、また新しい熱に上書きされていくイメージ。

 

マグマみたいに膨れ上がっては蒸気を吐き出す、沸騰する血液のイメージ。

 

視界が、上下に揺れる。目が圧力に耐えきれず軋む。

 

が、それもすぐに収まった。

 

痛みを感じないからこそ、デメリットを考慮しない動きが出来る。

 

最近、何となく感覚的にだが把握していたことがある。

 

確証こそ無かったが......抱いていた違和感が今、はっきりと分かった。

 

瞬間的に、世界のすべてが静止する。

 

砕け散った街灯の破片は空を舞い地へ降り注ぐことなく留まり続けている。

 

割れたライトから迸るスパークが、緩慢な動きで弾けて消えた。

 

少し重くなった身体を、前へ倒れ込む様に進む。

 

――『エルゼロ』で、知覚出来る速度が深化している。

 

身体が、この一瞬にも俺の欲する速度で活動できるレベルの強度に作り替えられているのだろう。

 

ということは.....制限時間が伸びたか、もしくは呼吸が続く間だけ可能になっているはず。

 

今、このスローモーションの世界で普段と変わらぬ動きが出来るのは俺だけだ。

 

だが、それで満足してはいけない。

 

更に、一歩踏み出す。

 

最も安全なライン、つまり絶対に攻撃されないライン。

 

想定していない移動経路を通って、接近する。

 

――もっと先へ。

 

地面を蹴りつける。僅かに砕けた地面を気にも留めず、壁へ張り付く。

 

――思い出せ、強敵たちを。

 

壁と壁の、僅かな隙間に指を指し込んで落下しないように固定しつつ、走り出す。

 

スピーディーに、テンポよく、移動するだけだ。

 

――何も出来ずに負けた時を。

 

焦りすぎたせいか、勢いが付きすぎた俺は緩やかなカーブを描く地点で壁を掴みきれず、道路の上空へその身を投げ出してしまった。

 

――嗤うGⅢを。

 

リカバリーはまだ可能だ、慌てなくても良い。視界内に入ってきた、着弾前の迫撃砲弾に冷や汗を浮かべつつ、慎重に掴んで、身体を捻りながら後方へ投げ捨てる。

 

――逃げる目標を追いかけるという意味でも、能力の先へ行きたい、という意味でも、俺はこの言葉を使いたい。

 

 

......もっと先へ......

 

 

――Go for the NEXT

 

 

こんな所で、止まってはいられない。

 

左脚のみで着地し、すぐさま右脚を前に出して走り出す。

 

僅かなカーブを、最小限の動きで抜けてその先の長いストレートへ出る。

 

顔を上げれば、ストレートの終わり、キツいカーブへ消えていくテールランプの灯りが見えた。

 

このままじゃ、引き離される。

 

 

――『スーパーチャージャー』

 

 

心臓が、一気に縮み上がる。

 

「......――っ」

 

呼吸が止まり、血液の奔流のみが勢いを大きく増していく。

 

急激に高まった血液の圧力が、眼球を肥大させ、破裂するのではないかと思う程に腫れ上がる。

 

見開かれた両目から見える景色が真っ白に染まる。

 

それに同調するかのように、身体の節々が、筋肉の全てが、血管が、細胞が、繊維が、骨が変質していく。

 

一瞬だけ膨れ上がった肉体が、拘束具でもない装備を、防護服を引き裂いて縮小する。

 

古い血液を口から、鼻から急激に溢れ出し、吐き出す。

 

新しい血液が、人間の物とはもはや天と地ほどの差があるであろうソレが新しい肉体に走る新しい血管に流れていく。

 

この肉体は古い血を流すだけに飽き足らず、効率の良い消費を求めた様で――身体から赤い、真っ赤な――ドロドロの液体が汗をかくみたいに出てきては、即座に蒸発していく。

 

速く、早く、はやく。

 

誰かを護る為に。一秒でも早く駆けつける為に。手遅れにならない様に。

 

この手で守れる物が限られるのなら。自分に限界許容量があるのなら。

 

もっと速く動いて、もっと多くの物を、守りたい。

 

だから――もっと速さを。

 

そう願って、手に入れたものだから、つかう。

 

 

追いつくための一歩――

 

 

 

を、踏みしめた瞬間、アスファルトが粉々に砕け散る。

 

 

だが、破片が浮くような事は無い。

 

応力が伝わるより、俺の方が早いから。

 

血で真っ赤に染まった視界は、夜と相まって最悪の見通しだ。

 

ばら撒かれているであろう弾丸は勿論、一番目立つ壁さえ分からない始末。

 

――それでも、この目は、身体は。

 

音の壁を突破し、自身の背後に円錐水蒸気を残しながら走り抜ける。

 

一歩。停止したと錯覚するほどスローになった世界に残る弾丸を横目に抜けていく。

 

二歩。爆ぜた榴弾と金属片、破壊されたアスファルトの破片を見て、斜め前方に飛びこみつつ右手で破片を払って道を作り、すぐさま転がり起きて再び脚を前に出す。

 

三歩。長いストレートで引き離された距離だったが.....

 

――逃がす訳ねぇんだよ!

 

......追いついた。

 

キツいカーブへ入っていくクラウンが発するテールランプの残光を視界に捉え、身体の方向を変える。

 

慣性に振られ、引き千切れそうになるがそれを無理矢理抑え込みながら、身体の向きをテールランプの方へ合わせる。

 

痛い。

 

ガンガンと響く頭痛が、本能の警告が肉体の全てに痛みという危険信号を送ってくる。

 

 

――まだ、足りない。

 

 

痛くない。

 

慣性に振られていた身体は突如としてその動きが消え、自分の望む挙動で動ける様に変わった。一番膨らんだ外側の壁へ押し付けられるような体勢から即座に壁を殴りつけ、その反動を利用して無理矢理にでも曲る。

 

喉の奥から込み上げてきた灼熱を、堪える事なく外へ放出する。

 

目標は、目の前......50mくらい先だろうか。

 

空中で静止した鉄錆の匂いを放つであろう、真っ赤でどす黒い、粘着質な液体の塊からピントを合わせるのを止め――代わりに再び、テールランプを光らせるクラウンに集中した。

 

一歩。踏み出して、飛び掛かるように跳躍。

 

視界がぶれ――空へ浮き、眼下にクラウンが居る事が分かった。

 

痛い。痛くない。

 

身体中から皮膚が火傷するんじゃないかと思う程、いやそんな事は無かったいたって普通のぬるま湯くらいの熱量の紅い粘着質な汗が浮き、蒸気が噴き上がる。

 

高濃度の酸素が脳を破壊していく。変わっていく。痛―痛くない。大丈夫。

 

身体が急激な位置変化を受け、風が、大気が身体を押し潰そうとしてくる。

 

血の奔流が、脳に予想以上の負荷を掛けてくる。

 

 

いた、いたく、いた

 

 

あ、

 

 

――ハヤく、『戻らない』と。

 

 

こ れ 以上は、まずい。

 

 

『スーパーチャージャー』を終わらせた瞬間、むせかえるほどの鉄錆の匂いに包まれた。

 

それと同時に、真下に見えるクラウンへ向け落下していく感覚を感じ取る。

 

身体を張った、限界ギリギリの接近。

 

失敗はしたくない。

 

身体を捻って、回転させて、遠心力を右脚へと溜めていく。

 

落下位置、車体左側、フロント。ボンネット、エンジンルーム周辺。

 

全力の、踵落としを。

 

「――ッハァアアアアアアアアアアッ!!!」

 

口内や喉に残る鉄の味を、脳の血管が切れそうな事も忘れ、叫ぶ。

 

伸びきった右脚が、ボンネットに触れた直後に車体が凹み、曲がり、浮いた。

 

フロントに、有り得ない荷重が掛かった所為だろう。

 

まるで倒立でもするかのように車体後部が浮いたクラウンは、火花を何度も散らし、フロントバンパーをアスファルトへ擦り付けながら滑っていき――粗い路面に反応したのか、少し跳ねて、転がって......車体下部を空へ向け、停止した。

 

俺はその間に五点着地を決め、勢いをかなり殺したものの、『スーパーチャージャー』で稼いだ速度が相当な物だったようで、未だ止まれずにいる。

 

フラフラするが、ここで顔面から道路にダイブすれば紅葉下ろしよろしく顔が大変な事になる。

 

そんな事態だけは避けたいので、展開装甲を用いて膝までガードしたブーツを目一杯利用させて貰う。

 

膝でブレーキを掛けつつ、股を少しずつ広げ、爪先もアスファルトに擦りつける。

 

金属と耐熱板で作られたブーツが、耳がざわつく接触音を鳴らしながら、ブレーキ痕をアスファルトへ刻みつけていく。

 

新調したばかりなのに早速消耗していく辺り、平賀さんに申し訳なく思うが仕方が無かったのだ。

 

言い訳を考えては、平賀さんに、装備ぶっ壊しちゃったー直してーと言うであろう自分を想像して申し訳なさが積もっていく。

 

平賀さんの装備を犠牲にして、速度を落とせてきた。

 

これ以上装備の摩耗を防ぐ為に、立てていた爪先を上げて――膝だけで軽く跳躍する。

 

身体が浮いた、その一瞬を逃さない。

 

脚を内側に......膝を腹へ押し付ける様に前へ持っていき、膝立ちの体勢からしゃがんだ状態になるように脚の位置を変える。

 

そして、そこから脚を下げて、アスファルトに接地――勢いを利用して跳躍。

 

空中で再び回転を行い、勢いをなるべく削ぐ。

 

二度、三度、四度と回転した後で、右手と右膝、左脚をやや曲げ、足全体を使って衝撃を吸収する態勢をとった後――着地。それと同時に上半身へ駆けあがる衝撃を左腕へ伝達させ、背中側へ腕を振って衝撃を逃がす。

 

「――っ~......」

 

ヒーロー着地なる物、詰る所三点着地をしたわけだが、想像以上に痛い。

 

着地に使った右手を振って痛みを紛らわせながら、立ち上がって振り返る。

 

眼前には何処に使われたか分からない金属片と散らばる細かなガラス片、塗装が剥げ、深く傷が付いたり黒焦げた車体。

 

タイヤは空を向いたまま空転。ボディはグシャグシャに潰れ、その巨体を道路のど真ん中へ投げ出していた。

 

ガソリンが漏れているのか、揮発した時の独特の匂いが蔓延している。

 

「......」

 

血の滲んだ目を涙で洗い、負荷が掛かり過ぎた重い身体を引き摺って近付く。

 

運転席側へ回り込むと、既に運転手はベルトを外し、車外へ脱出していたようで――

 

「く......ひ......あ、がぁ゛......っは、ひ、あ、あ、あ......」

 

痛みに苦しみながら、不規則な呼吸を繰り返し、満足に動かない身体を必死に動かしている男が目に留まった。

 

男は、俺に気付いたようで、苦悶に歪むその顔に恐怖と怒りの入り交じったような顔を見せる。

 

「――よォ......は...はぁ...っ、御対面......だな......」

 

此方の衰弱を悟られまいと、必死に下半身に力を籠めて立つつもりだったが、それは叶わなかった。

 

ガクガクと震える脚。肩で息をしてしまう身体。

 

ついに立つことも儘ならなくなり、膝を折って倒れ込んでしまった。

 

――デメリット、キツすぎんだろ......!

 

俺自身も満身創痍だと理解したのか、男の顔には喜色の表情が浮かぶ。

 

「――ぐ、ひは......僕に、追いついたのは――そ、う......予想外、だっ、た......ひゃひはひは......でも、君も、う、は、ぁっ――死に体、みたい、だね」

 

仰向けになった男は、時折苦しそうな表情を見せながらも、俺に話しかけてきた。

 

「き、み......サエジ、マ......っ、ぐ、なぜ、ぼくの、じゃ、ぁ、ま......邪魔、を――した......?」

 

掠れるような声。ガソリンの匂いがより一層きつくなった、車体のすぐ傍で――男は、そんな質問をしてきた。

 

「う――は、すぅ、はぁ、すぅ――――は、ぁ.......君は、この国が――憎く、ないのか?僕は、憎い。幼い頃、父が、冤罪で――この国の法律に――日本に、ころ、された」

 

「......」

 

辛うじて動かせる両腕を、必死に動かして、懸垂みたいに、両腕の力だけで身体全部を引き摺って。

 

クラウンに......クラウンの傍に倒れる男の元へ急いだ。

 

「――だん、まり......かい。いい、ぞ。は、はぁ――かなり、楽になって、きた、よ。は、はは――うぁ゛っ」

 

男は呼吸が楽になってきたのか、饒舌になっていく。

 

「く、くく――証言も、証拠も。アリバイだって、あったのに。この国は、司法は――自分達の間違いを、認めたくないから......再審を拒否して、殺したんだ。検察も、グルになってね」

 

男は、顔だけ此方に向け――歪な笑顔を見せる。

 

口元は笑っているのに、目が泣いている。

 

「僕たちの家庭は、それは、もう――近所の人達からボロクソに言われたよ。想像できるかい?半年前まで、作りすぎたおかずを分けてくれた、おばさんが、父が、逮捕された途端に――犯罪者一家呼ばわりしてくる、そんな光景をさ」

 

男の、身の上話は、強烈な、既視感があった。

 

「どこにいっても、死刑囚の息子、だの、なんだの言われて――母さんも死んでしまったよ。心労による、衰弱で、ね......家族のいなくなった僕は、養護施設に放り込まれたんだけど――そこが研究施設で......あとは、言わなくても分かるだろう?」

 

「――『魔術師』が来るまで、実験体か」

 

男の傍に近付けた。距離はもう、2mと離れていない。

 

「その、通りさ......僕は、遠藤満は、物質の複製が出来る......そんな、能力の持ち主なのさ」

 

物質の複製。それは、とても強力な能力だろう。

 

「仕組みを理解していなくても、見ただけで作れてしまう......恵まれた能力だろう?恵まれていたはずの人生が、終わった代わりに手に入った物だから、僕は、この能力を捨てたいと思っているがね......」

 

力無く笑う男......遠藤の服を掴み、更に近付く。

 

「僕は、日本に、復讐したかった。警察も、司法も、これほど杜撰なのに――なぜ、どうして人を裁くのか、と......でなければ、理不尽だろう?大小あれど、誤審で、誤逮捕で、その人の生活のすべてを終わらせてしまうなんて......あまりにも、あんまりだろう?」

 

遠藤が、問いかけてくる。

 

「――ああ、そうだな」

 

俺は、この男の問いに同調する。

 

「!分かって、くれるのかい?」

 

似たような経験があるから。

 

「――だが」

 

だが、それで復讐に走っていい理由にはならない。

 

「お前のしたことは、間違いだ」

 

遠藤の胸に手を置いて、膝立ちの状態に復帰する。

 

「ぐ、ぅ......!君は、君も、似たような経験があるんだろう!なぜ、そんな君が、司法の犬みたいな事を、している!なんで、武偵なんか!どうして!」

 

遠藤の、ボロボロになった高そうなスーツの襟を両腕で掴む。

 

首が窮屈になったせいか、息苦しそうな表情を浮かべる遠藤に、俺は返答をした。

 

「それが、俺のやりたいことだから、だッ!」

 

遠藤の頭に、思いっきりヘッドバットをかまし――手を放す。

 

「お前のその、親父さんや母さんを想う気持ちは大切だし、尊重すべき物だと思う。だが、それを理由に、復讐なんていうのはダメだ」

 

遠藤に投げた言葉は、帰ってくる事は無く――すすり泣く嗚咽が聞こえ始めた。

 

「――ちくしょう、これで、終わりかよォ......父さん、母さん......ゴメン、ごめんなさい......ダメな、息子で、役目を果たせない僕を......ゆるして......」

 

遠藤は、完全に戦意を喪失している様だった。

 

 

これで、長い放課後が――終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから遠藤には対能力者用の手錠を掛け、首都高へやってきた警察にその身柄を預けた。

 

その後、聞いた話によるとあの中島――爺さんも自分の嫁さんと、息子をこの国の司法によって誤審で殺されていたらしく、恨みの深さと、この国の闇が垣間見えた。

 

復讐なんて考えたこともないし、そこまで強烈な恨みを抱いたこともない俺が、どんな言葉を投げかけた所で奴らには一切刺さりはしなかっただろう。

 

事情聴取の最中でも、彼らは言葉の節々に恨みを籠めているらしい。

 

都庁に仕掛けられた爆弾は、全て回収されたそうだがその総量は一切教えてもらえなかった。

 

そういえば、引き渡しの際にも、警官から嫌味を言われた。

 

「これほどの被害を出して......何が武偵だ、我々警察組織に任せておけば、もっと安全に――」

 

とか

 

「へっ、成人もしてねぇ若造が......ほぉん?随分ボロボロだなぁ、ええ?オイ......なんだ、噛みつく体力もねぇってか」

 

とか

 

「やはり、武偵では信用性に欠ける」

 

等の罵倒を受けた。

 

何か言い返したワケでもないが、遠藤や中島はこういう類の輩に多く触れてしまったのだろう。

 

だが、世の中全てがそういうワケじゃない。

 

世界中の誰もがそんな人間じゃないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ただいま」

 

何時も通り、武偵病院で手当てを受けてから、いつもの様に寮の、自室のドアを開ける。

 

「おかえり、隼人」

 

廊下を通ってリビングに出ればカナが。

 

「おかえり、遅かったな隼人。話は聞いている......大変だったな、お疲れ様」

 

キッチンからはジャンヌがわざわざ此方にまで来て労いの言葉を掛けてくれる。

 

ケータイを取り出して待ち受けを確認すると、キンジやアリア、武藤や不知火から大量の不在着信とメールが届いている。

 

不在着信の方は後で確認するとして、先にメールの方から見ることにした。

 

全員が全員、似たような文章ばかりで思わず口元に笑みを浮かべてしまう。

 

それから、一人ずつ順番に電話を掛けて行き――事のあらましを簡単に話した。

 

『タロット』の話は、一切出さない様にして。

 

不知火、武藤、アリアの順番で電話を掛けて、最後にキンジと通話する。

 

「――ああ、キンジか?俺だ、隼人だ」

 

『隼人......蘭豹から聞いたぞ。かなり無茶苦茶やらかしたらしいじゃないか』

 

「ん?まぁ――いつも通りだよ。いつもの、お前らと無茶苦茶やってるときと同じ感じだったぜ?」

 

『口調、堅いままだぞ』

 

「――んだよ、昼行燈の癖にこーゆー所だけは鋭いんだな、オメー」

 

『まて、どういう意味だよ?』

 

「そーゆー意味だって。アリアも大変だなぁ」

 

『?なんでアリアが出てくるんだよ。今はお前の話だろ』

 

「......マジに大変そうだな、アリア。まっいーかー!じゃあなキンジ!こうして俺は元気一杯に帰宅したんで!」

 

『――あ、おい!肝心な所が全然聞けてねぇぞ!......ったく。ああ、また明日な。学校で詳しく聞かせろよ?じゃあな』

 

通話を終了して、ケータイを閉じて、一息つく。

 

「隼人、顔色良くなってる」

 

そんな俺を見て、横からカナが変な事を言ってきた。

 

「顔色?別に普通じゃねェ?」

 

「――ううん、帰ってきた時、暗い表情だったけど......今は、いつもの隼人になってるよ」

 

何か良い事でもあった?と、笑顔で聞いてくるカナに......

 

「別に何も......――いや」

 

別に何でもない、と言おうとして。

 

やめた。

 

「話を聞いてくれて、心配してくれて、待ってくれてる人がいるって――改めて思うとさ、やっぱ、なんか、いいなぁって.......なぁ、なんだよその顔!おいカナ、何笑ってんだよ!」

 

ちょっと恥ずかしいと思ったけど、言ったら途中からカナがニコニコし始め、全部いい終わる頃には満面の笑みを浮かべていた。

 

問い質そうと立ち上がったが、ジャンヌがそれを許してくれなかった。

 

「まぁ待て隼人。食事が出来たぞ。さぁ、腰を降ろせ」

 

「ねぇジャンヌ、なんでジャンヌもそんなに笑ってんの、ねぇなんで!?」

 

「隼人も可愛いところあるのね」

 

「どーゆー意味だカナァ!」

 

「何を言っているんだ、カナ。隼人はだいたい可愛いぞ」

 

「ジャンヌゥ!?」

 

 

 

 

 

自分でも恥ずかしいと思った発言が、今後暫くの間、この2人に弄られることは確定してしまった様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠藤満   『タロット』過激派 9-硬貨の暗示を持つ。

 

 

能力-物質の複製(仕組みを理解していなくても、見ただけで完全再現が可能)

 

 

夜の首都高にて、隼人の一撃を食らい廃車になったクラウンから出てきた所を捕縛され、戦意喪失し中島諸共逮捕。

 

 

 

 

 

 

 

 

『9-硬貨』-物質的な豊かさ、という意味がある。

 

 



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回収されたボイスレコーダー①/冴島隼人の独白

信じていた超大型新人が入社式直後にバックレして行方不明になり次の日から出勤してこなかったので初投稿です。

2か月先のスケジュールまで全部修正とかちょっと笑えないので上司様ゆるして(´;ω;`)

あ、ダメですか(ハイライト消失)



 

「......再生、開始」

 

ガチャリ、とやや重めのスイッチを押し込むと保管方法が雑だったのだろうか、ノイズと生活音や環境音が混じり合った雑音が暫く流れ始めた。

 

「彼は、何を想ってこれを残したのか。我々は――否、私は知らなければならない」

 

記憶にはない、番外の話を。

 

彼のみが知る、彼が果てた物語の裏側を。

 

現在は、西暦2011年。

 

私自身が最も長く感じた日々から、既に2年が経過した。

 

あの惨状を止められなかったのかと、日々そればかり考える毎日を過ごしている私が、このボイスレコーダーを回収できたのは紛れも無く僥倖だった。

 

今もなお雑音が流れ続けているボイスレコーダーに少し訝しみこそすれど、これは出所のはっきりとしている由緒ある遺留品だ。

 

焦る気持ちを抑えながら、私は深く腰を落ち着けていたはずの椅子から、やや腰を前に突き出し前のめりになって貧乏揺すりを始める自分の足に気付き苦笑を零した。

 

全く、感情を抑えられていない。

 

随分と冷めた人間になったと思っていたが、まだそうでもないらしい。

 

『――あー、あー.......これ本当に録れてるのか?』

 

若い男の声が、ボイスレコーダーから流れ始めた。

 

どうやらボイスレコーダーが起動しているかの確認をしているようで、本体を掴んだのだろう、やや耳に響くノイズが大きく、一瞬だけ鳴る。

 

その不快な音に一瞬目を細め眉を寄せるが、すぐにその雑音も収まった。

 

『また録り直す、なんていうのは面倒だからやりたくねーけど...まぁ、しゃーねぇか』

 

ああ、随分と懐かしい声だ。

 

聴くだけで、自然と頬が緩んでいく。

 

眉間に刻まれた皺もこの瞬間ばかりは緩み、力を込めた目尻も垂れてしまっていることだろう。

 

『さて、これは俺の独り言だ。えーと...そう、だな、うん。出来ればコレは、俺自身の手で処分しておきたい物だが――大掃除の時とか、万が一の時に、きっと俺以外の誰かが見つけるだろう。そして、聞いてしまうかもしれない』

 

若い男の声は、同居人でも居るのだろうか、まるで聞かれたくない事を話すかのように小声になっていった。

 

『まず、俺の名前と、今の西暦と記録日時をパッと伝えておこう。西暦2009年、11月中旬。時刻は夜の11時半ちょい過ぎくらい』

 

名前なんて、名乗らなくても分かっているのに。

 

ボイスレコーダーから聞こえてくる懐かしい声に、つい笑みを浮かべてしまう。

 

『んで、名前だが――そうだな、前振りとかいらねぇよな。処分するの俺だろうし』

 

男は可笑しそうに小さく笑ってから咳払いをし、また話し始める。

 

『俺の名前は――』

 

私はこの男を知っている。

 

このボイスレコーダーを遺した本人を知っている。

 

そう、彼の名は――

 

「『冴島隼人』」

 

――私が、最も惹かれ、最も興味を持ち、最も深く関わった人。

 

『さて、知ってる人間だったか?知らなかったらきっと、俺が今から話す内容はとてもじゃないが信じられない――ポエムみたいなモンだと思うだろう。だからとっととコイツを捨ててくれ』

 

『そうじゃなきゃ――俺を知っている奴が、これを聞いているなら.....そう、だな......まず、何から話したもんか』

 

これを録っている当時の彼は――どのような想いを秘めて、どんな顔で録っていたのだろうか。

 

私には、知る義務がある。

 

『ここからは――俺を、最期の俺を知っている奴にしか通じない話だと思う』

 

『まず、俺がなぜ誰にも相談しなかったのか。これは単純だ』

 

『抑止力、という物が存在する。有り得たかもしれない物事の否定、抑制、世界のストーリーを変更しかねない重大な物事に於いて悉く姿を現し、何事も無かったかのように消えていくソレのことだ』

 

『超能力齧ってる奴なら分かんだろ?あれだよ、IFの否定。俺はソレになぜか該当してしまったらしく――俺が話す内容は、誰かに話してはならないらしい』

 

彼の独白は、続く。

 

私は聴き続ける。

 

そうすることでしか、真実を知れないから。

 

『だからボイスレコーダーっていうのは安直かもしれないが......きっとこれが見つかるのは、全部終わって、何もかもが手遅れになった後だろう。だけどその時、きっと俺は居ないと思うから、こういう手段で、俺の声を遺すことにした』

 

『先ず、俺の今について話をしよう。最初は俺の中で、大きな変革があったと思った一件だ』

 

『それは――初めてGⅢと対面した、浮島での宣戦会議中の時になると思う。あの時、俺はGⅢから何かを打ち込まれた。それからだ。俺の中に、大きな変化が、知覚できる変化と知覚できなかった変化が起き始めた』

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2009年11月。

 

「一番でかい変化は、加速する度に、日常生活を過ごす度に起こしていた吐血症状。鼻血という形でも発生していた物だな」

 

俺は自分の腕を真っ直ぐに上に伸ばしながら、蛍光灯に掌を翳しつつボイスレコーダーに独り言を紡ぐ。

 

「ああやって身体の古いパーツを破棄しつつ、新しい肉体へ変性していく気分は、最初は悪くなかった。速くもなれるし、肉体強度も上がる。良い事ばかりだと思っていた」

 

――だが、それは違っていた。

 

俺の能力にはメリットがあるのなら、必ずデメリットが存在する。

 

慣れる、という繰り返しの中で生まれる学習能力が働き、痛みや能力過での時間経過の正確な把握等で多少は誤魔化せていたのかもしれないが、余りにも自然に馴染みすぎた物があった。

 

そして、改めてそれを思い返し――俺は自分の矛盾に行きあたった。

 

「肉体の変化。これを説明するには――思想の変化についても言及する必要がある」

 

これだ。思想の変化。

 

俺はGⅢと何度目かの交戦中にやられ――誰かの笑顔の為に闘うと誓った。

 

気分も変な方向にぶっ飛んでハイになっていたか、自分の残された時間を示され、焦っていたからか......俺は、そんなとんでもない結論に至った。

 

「前までの俺なら、せいぜい顔見知りを、手が届く範囲で守る......とか、そんなことしか言わなかったと思うが、なぜか俺は――全ての人の笑顔の為に、という思想に至った」

 

「可笑しいと思わなかったって?自分でもこうして、振り返って――自己矛盾に当たらなきゃ、ボイスレコーダーに向かって独り言を言ったりなんかしないさ」

 

次は、何だったか。

 

手元に置いてあるメモに、簡易的なチャートを書き記しておいたはずだ。

 

あった。

 

「次は、えーと、口調、そう――口調だ」

 

これも、気付いている奴は何人か居たが――俺自身がほとんど自己解決のような形で終わらせてしまっていたことだった。

 

「1学期の頃の俺は、なんというか、こういう口調じゃなくて――もっとこう、チャラけた感じというか、気だるげな感じだったと思う」

 

何時からだったか。

 

少しずつ、口調が変わってきたのは。

 

「肉体が無理矢理とはいえ成長したせいで、精神面も無理矢理引っ張られたが故に発生した口調の変化と、考えの変化。そういうモンだと自分で納得して、周りにもそういう説明をしたか、暈かしてたと思う」

 

だけど違った。

 

「しかし、俺は違った。誰かの笑顔の為、と言いながら敵対した者には容赦なく攻撃を加えた。俺は覚えているが――これを聞いてる奴が知ってる訳ないか。まぁ軽く説明すると、夏にカジノの警備をやることになって――色々あって、パトラという女と対決することになった」

 

「その時、俺は音速を超える蹴りを打ったが......あの時は、寸止めをしてから、戻した」

 

記憶が違っていなければ、そうだったはずだ。

 

「それは、宣戦会議より前の話だ」

 

だが、宣戦会議後は。

 

「しかし、つい最近は――」

 

ここ数カ月間の俺は。

 

「相手にする奴らが、格上だったり、人間じゃなかったりしたとしても」

 

致命的に。

 

「容赦を、しなかったはずだ」

 

異常だ。

 

「GⅢ......生身の人間に対しての、音速の蹴りを、寸止めではなく――更に加速させて当てようとする」

 

「ヒルダ......もはや音すら置き去りになった世界で、一方的に叩き潰そうとした」

 

「中島......『タロット』のメンバーで、ただの人間。しかも老人だったが――どう言い訳をしようと、顎から鼻辺りまでを刀で掻っ捌いたのは事実だ」

 

「遠藤......同じく『タロット』のメンバーで、人間。圧倒的物量に押し潰される前に、再起不能を狙って思いっきり自動車を粉々にしようとした。中に、人間が居る事を知っていたのに」

 

振り返って、改めて異常性に気付く。

 

「まるで、命の取捨選択をしている様な気分になった。大を救う為に、小を切り捨てる。変化した肉体は、より精密に、確実に、効率的に小を捨てる様になっていった」

 

小とは、俺と対峙する者。

 

「切り捨てられた小は、俺にとってどうでもいい存在にしかならない、んだろう、きっと」

 

病巣程度にしか考えていなかったのだろう。

 

自分の事なのに、だろう、等と――憶測でしか言えないのが、無性に腹立たしい。

 

あの時――

 

悲痛な心の叫びを上げる遠藤に、何も言わなかったのは。

 

――無駄だと思ったからじゃなく。

 

俺にとって、どうでもいい存在になったから、声を掛けなくてもいい対象になったのではないか。

 

「これに気付けたのは、つい、数日前だ。遠藤を引き渡した後――同居人、ジャンヌたちに、自分の変化を話そうとした時だ」

 

あの瞬間。

 

確かに、話そうと決意して、口を開けたはずだった。

 

「だが、俺の口から出た言葉は――俺の話したかった物ではなかった。当たり前になりつつある、以前の俺では手に入らなかった物への、僅かながらの感謝が、出てきただけだった」

 

そして重要なのはここから先。

 

「肝心な事は――俺自身も、話そうとした内容を今この瞬間に至るまで、思い出せなかった事だ。これがあったから、俺は確信した」

 

俺自身に起きている変化、変貌、変容。

 

「思想に影響を及ぼし、口調さえ変化しつつある俺が辿り付く最果ては、一体何なのだろうか」

 

誰かに相談は出来ない。話してはいけない。

 

語る事は、許されず。

 

騙る事のみが許される。

 

「世界が、俺に何かを望んでいる」

 

「この世界――いや、星の総意が......俺を突き動かしている」

 

もはや俺は、俺の意思で動けないのではないだろうか。

 

俺の意思で動いていたと思っていても、実際は何か大きな力が俺にそうさせていただけではないのだろうか。

 

「何が言いたいのか、分からないと思うが、聞いてほしい。俺にも、分からないんだ。だがきっと......きっと俺は――これから先、時間を重ねれば重ねる程に変わっていくだろう。それのせいで、仲間たちとの不和も生まれるかもしれない」

 

だが、この言葉は決して届かない。

 

抑止と言うものは、全てが終わってから、取り返しが付かなくなってからでしか、見逃してはくれないのだ。

 

「だから、先に謝っておく。後から聴く事になるであろう、俺の本心を、このレコーダーに託した。――すまない、皆。俺も、全力を尽くして抗おうとはするが、きっと無駄だ。俺を突き動かす元凶の排除、それが出来れば――俺も、元に戻れるのかもしれないが......あまり、現実的じゃないな」

 

自嘲気味に笑おうとするが、笑えるような話でもないからか、笑えない。

 

 

それに気付いて、口元が歪んでいく。

 

なんとなく、手で口元を覆い隠して。

 

誰かに見られているワケでもないのに、歪な部分を切り離す。

 

まだ正常だ、と信じたいから?

 

 

 

 

 

 

とりあえずは、これで終わり。

 

チャートはここで切れている。

 

「......今話せることは、これで全部だ。また、話すべき内容が生まれた時には、こうしてボイスレコーダーを遺す。何もかもが終わってしまった後に、聞いてくれ。終了」

 

ボイスレコーダーのスイッチを押して、録音を終える。

 

3秒間程、息を殺したままじっと待ち――何かが切れたような錯覚を受け、息を吐き出す。

 

――あの超加速、スーパーチャージャーの中で見た......あの光景は......

 

垣間見た、一枚絵の連続のような景色。

 

「あれは、間違いなく――」

 

トントン、と部屋のドアがノックされる音を聞いて、顔を上げつつ、身体をドアの方へ向ける。

 

『隼人?まだ起きているの?』

 

どうやらドアを叩いたのはカナだったらしく、ふと時計を見れば、そういえば11時半を回っていた事を思い出した。

 

「――ああ、悪い。すぐに寝るよ」

 

『そう、最近は冷えるから、暖かくして寝るのよ』

 

「ガキかよ俺は。ああ、分かった。おやすみ」

 

『うん、おやすみ』

 

ドアを開ける事なく、僅かに会話を広げ――カナがドアの前から離れ、廊下を歩いていく。

 

「さて――俺も、寝るか」

 

――ん?

 

あんな所に、あんな物なんて置いただろうか。

 

机の上に無造作に置かれた――見たところ新品の、ボイスレコーダーだろうか?――を手に取って眺め――

 

再生しようとしたところで、11時半を回っているのだし、布団に入って眠ろうとしていた事を思い出した。

 

俺は、そのボイスレコーダーから一切の興味を失くし、机の引き出しに放り込み、部屋の電気を消してから布団に飛び込んだ。

 

 

 

 

――何考えてたっけか。

 

 



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人間性のDestruction

書き溜め無くなると本当に更新遅い...申し訳ない...

毎日少しずつ書いてはいるんですが如何せん筆が遅いので......(´・ω・`)

エタらないように頑張ります。




 

 

高く蹴り上げた相手を追いかけ、街灯の僅かな段差に指を掛け、懸垂の要領で自らの肉体を持ち上げた後に街灯を蹴り飛ばし、更に高度を稼ぐ。

 

「――セイッハアアアアアアッ!!!!」

 

そのまま相手の頭上にまでやってきた俺は、重力に誘われるまま地面へ向かい落下していく中で少し体勢を変え――踵落としを力の限り叩き込んだ。

 

「うッ......く......ぁ......」

 

相手の鳩尾目掛けて叩き落とした踵落としは、思った以上に効果的だったようで......踵落としを受けた女――タロット過激派の一人で『7-聖杯』を担当する人物だ――は苦しいのか、息が詰まったのか。

 

理由は不明だが、顔を苦痛に歪め、口から胃液らしき物や唾液、血液がやや混じり合ったような吐瀉物を噴出させながら、自らが溢れさせた物で呼吸を阻害しないようにする動きを見せた。

 

女は落下中でありながら、反射神経。人間の生存本能が呼吸を行いたいが故に、顎を大きく上げ、背中を反らし......後頭部は最も地面に近い位置まで下がったのが見える。

 

苦悶、痛み、激痛。そんなモノを堪えようとする女の表情を見て――特に何とも思わなかった。

 

――とりあえず、追撃をしておくか。

 

そう考えた俺は、すぐに踵落としを中断し、膝を曲げながら空中で宙返りをする。

 

身体の回転が終わり――両足が揃う前に、突出した左足で女の顎を掠める様に蹴り飛ばす。

 

「――こッ」

 

狙い通りに放たれた蹴りは、女の顎先を掠め、脳を揺らした。

 

一瞬で焦点の合わなくなった目を見て、戦闘能力は奪っただろう、追撃は必要ないと俺は判断した。

 

だが、街灯の奥に、もう一人のタロット過激派の男が見えた。

 

丁度いい、戦闘力を奪ったこの女は最早動かないし追撃の必要も無い。

 

だがまだ動ける敵がいる。この女を使えば奴の動きを鈍らせるか、行動に制限を掛ける事が出来るはずだ。

 

そうと決まればすぐに行動へ移す。

 

宙返りを無理矢理筋肉を硬直させることで急停止させ、右腕で女の足を掴み、男目掛け振り投げる。

 

「――は!?」

 

男は俺のした行動に一瞬動きが止まり、避けるか受け止めるか逡巡したのだろう、少しの焦りと、目が俺と女を交互に見ているのが見えた。

 

が、それも一瞬。

 

 

男は腰をやや下げ、衝撃に備える体勢を取って女を受け止める準備をしたようだ。

 

――それが、決定的なミスだ。

 

「違う昭利(しょうり)!それは私の能力が造った幻!」

 

「え」

 

昭利と呼ばれた男の動揺を確認するよりも早く、瞬間的に能力を発動した俺は着地すると同時に駆け出しつつ抜刀し――背後に回り込み、背中合わせの状況を作った直後に刀を逆手に持ち替え男の腹へ突き刺した。

 

加速を解かず、そのまま声を上げた女の本体を目で探し、木箱が積まれて出来た物陰から焦った様子で男に警告を発した人物――先程空中で蹴り飛ばした女と瓜二つの存在を捉えた。

 

刀を男から引き抜かず、そのままにして女へ駆け寄る。

 

女はまだ、接近した俺に気付いていない。

 

声を張り上げる為に見せた本体の首を掴んで、反応を見るまでも無く木箱に叩きつけ、XVRを引き抜き太腿に押し付けて1発だけ速射。

 

微動だにせず弾丸がバレルを潜り、銃口から吐き出されるのを待つ。

 

足を撃っただけでは機動力を奪えない。

 

もう1つ拘束手段が必要だ。

 

そう考え、何かないかと周囲を見回し――女が腰に付けていたナイフに目が行った。

 

これを使おう。銃口から弾丸が飛び出していき、女の太腿へめり込んでいくのを尻目にナイフ引き抜き、手元で半回転させ逆手持ちに切り替え女の右手を抉り、止まらず更に進み、コンクリートの壁へ直接ナイフを突き立て、縫うように栓をした。

 

――抜かれるか?

 

これで十分だと思うが、念には念を入れておこう。

 

掌底をナイフの柄に当て、更にコンクリートへ食い込ませる。

 

女の制圧は終わった。

 

次は男だ、と頭の中で優先目標を切り替えながら刀を突き刺したまま放置していた男の元へ歩いていく。

 

男は、まだ自分がどういう状況に置かれているか理解できていないらしい。

 

それもそうだ。常人には理解できない加速の中で起きた出来事は、現実時間にしてみればコンマ1秒にも満たないだろうから。

 

刀を掴み、加速を解除する。

 

ガウン!

 

「ぁ......?」

 

「――! ...!?~~~ッ!!!ッあ゛ぁ゛、あ゛あ゛あ゛!!!」

 

男が、自らの体......背中側から生えている異物を認知したのだろう。

 

ゆっくりと、首だけで後ろを見ようとしているのが突き刺した刀から伝わる筋肉の振動で分かる。

 

「......はや、すぎる......」

 

男は膝を震わせ、今にも崩れ落ちそうになっているが、天を向いた刀の刃がそれを許さない。

 

否、このまま男が崩れ落ちれば骨に当たるまでは臓物や肉を引き裂くことだろう。

 

それが分かっているからこそ、男も楽に膝を折れない。

 

「昭利!」

 

宇津木(うづき)っち!」

 

「2人を助けろ!」

 

一瞬のうちに2名を無力化・拘束したことで相手側の作戦が根本的に瓦解したのか、隠れていたらしい他のメンバーが飛び出してきた。

 

......煩わしいが、彼らは1対1で戦いを挑む事を止め、代わりに数を揃えて襲い掛かる方針に切り替えたらしい。

 

確かに、これだけの能力者と同時に戦ったことはないし、足止めをされている間に何か小細工でもされれば俺は不利になる。

 

好きなだけ、俺を好きなように、自由に操れるだろう。

 

だが、その根本的な数の有利という物を崩してやればどうだ。

 

結果がこれだ。俺の眼前に広がる、俺の作りだした結果だ。

 

女は完全に戦力外。男は茫然自失、かつ腹部からの出血が目立つ。これでは戦えない。

 

奇襲を掛ける予定だった連中も余す事なく俺の前に出てしまっている。

 

街路樹だと思っていた木が大きく裂け、中から女が1人。

 

物陰に身を潜めていた男が1人。同じ場所から女がもう1人。

 

これで全部だろうか。

 

――存外に、少ないな。

 

「昭利を、離しなさいッ!」

 

怒りに満ちた声を張り上げ、木から飛び出てきた女が両の掌を俺に見せつける様にしつつ、首を絞めるコースを描きながら接近してくる。

 

刀を抜くか。そうして、安全マージンを確保......いや、違う。

 

刀を引き抜こうかとやや力を籠め、捻りを加えようとしたところで思考が待ったを掛けた。

 

コイツらは能力者だ。能力者である以上、自分の能力に......他人とは違う個性に、絶対の自信を持っているはずだ。

 

だというのにこの女は、なぜ両手を俺に向けたまま突っ込んでくる?

 

――身に纏っている?概念系?

 

違う。

 

――きっと、コイツは。

 

体感時間にして数秒間だけの加速を発動させる。

 

そして、その間に身の周りの情報を入手し――整理した。

 

女の能力は、触れることで発動するタイプ。

 

女が飛び出してきたあの木は、割れたのでも裂けたのでもない。

 

おそらく、本物の街路樹だったのだろう。

 

それを......無理矢理、腐食させ飛び出して来た。

 

スローモーションの視界が捉えた、木の幹から滴り落ちた粘性の高い物質。

 

割れたのではなくまるで風化し、侵され、削られ、抉られた様にも見える傷口。

 

女が、絶対の自信を持って突き出してくる両腕。

 

間違いなく、この両腕が、女の武器だ。

 

危険性が最も高いと判断出来る為、やや離れた位置にいる男女よりも先に無力化しておきたい。

 

――腕を掴んで止めるか?

 

否。何処までが有効範囲か判断不可能。腕に触れるのは危険である。

 

――ならば、身体を蹴り飛ばして距離を取るか?

 

否。相手の反応速度や能力の浸透・浸食時間が未知数である。肉体を駆使した対処は悪手である。

 

――XVR。

 

距離を取りつつ1発。撃て。

 

加速を終えた後、刀の柄から手を離し、バックステップを2歩踏みつつXVRを構え、狂乱する女の手に照準を合わせ一発撃つ。

 

肩まで響く衝撃を感じながら、様子を見た。

 

放たれた弾丸は、予想通りに女の掌に当たったように見える。

 

が――

 

銃口から溢れ出た硝煙が俺の眼前から完全に晴れ、結果が見えた。

 

そこにあったものは、女の掌で腐食し、液状化してずるりと落ちていく弾丸だった物だけ。

 

「――ふ、ふ、ふふふ。効かない、わ......そんなモノ......!」

 

ニタリ。

 

口元を謎の痙攣を引き起こしながら、大きく三日月を描くような笑みを浮かべる女の目は、癖の強い前髪に蔽い隠されていて見辛いが、ギラギラと輝いている様に見えた。

 

「オマエを殺してッ!昭利を!助けるゥッ!ぁああああああああう!!!」

 

笑みを掻き消し、暴れ回る子供の様に両手を振り回し、男と俺の距離を開けたがっている女の動きを見つつ、回避を続ける。

 

腐食能力を掌に集め、液状化させ散布させることは可能だろうか。出来るのならば脅威レベルはこの場に居る誰によりも高くなる。

 

運動エネルギーが発生する前に腐りきってしまうのだ。なんだそのチートは、と思う。

 

一人で勝手に思い込むのは危険だが、兎にも角にも有効範囲を確認したい。

 

ON/OFFが出来るかどうかも確認しなければ。

 

――試してみるか。

 

「――ッ!?」

 

わざと足を縺れさせ、体勢をギリギリ立て直しが出来る状態にまで崩し――焦った表情を見せる。

 

「!」

 

女はそれを好機と捉えたのだろう、姿勢を低くして、犬のように飛び込んできた。

 

「――」

 

縺れた足のまま、倒れ込む。その勢いを利用して脚を大きく振り上げ、伸ばしきれていない両腕のガードを無視して思い切り女の顎を蹴り上げる。

 

顎ばかり狙うのにも理由がある。意識を奪えさえすれば、それだけで相手は無力化出来るのだ。ならばそうするべきだろう。

 

それに、顎を狙う位置からほんの少し奥へ脚を突き出せば簡単に喉を潰せる。

 

非常に合理的な頭部への攻撃だと言える。

 

顎先を大きく蹴り上げられた女は、地に付けていた四肢が浮き――俺の上に乗りかかるような状態へ修正しながら落ちてくる。

 

蹴り上げた反動で、完全に地面に背中を預けてしまった俺を狙う両腕が近付いてくる。

 

「これでッ!終わりィイイッ!」

 

勝ち誇ったような笑みを浮かべ、落下してくる女。

 

確かに、これで終わりだ。

 

地面は溶けてなかった。と言う事はON/OFFは自由に出来るのだろう。

 

有効範囲は、掌のみ。

 

検証は終わった。

 

ならば後は。

 

「――何!?」

 

――対処するだけだ。

 

XVRを左手で構え、肘を地面に押し付けて1度だけ撃つ。

 

「効かないと――」

 

「知ってる」

 

言葉を返しながら身体を右回りで捻り、地面を転がって相手の着地地点から逃れ、転がったままの勢いを利用して飛び起きる。

 

すぐ傍に何か無いか、と探ってみる......と背中に刀を刺し込まれ、俺が柄から手を放した事で自由になった男が地面に膝をついて荒い呼吸を繰り返しているのが見えた。

 

「昭利ィ!後ろ!」

 

腐食女が、叫び声を上げながらバカの一つ覚えのように腕を前に突き出して迫ってくる。

 

それしか攻撃方法がないのだろうか。呆れてしまうな。

 

だが、丁度いい所に居てくれて助かった。

 

コイツを使うか。

 

昭利と呼ばれている男の服の襟を掴み、キンジが修学旅行・Ⅰでやったような――キャスリングターンを、俺個人で、相手の同意も無しに強制的に行う。

 

まぁそんな風に言えば聞こえはいいが――要は肉壁を、俺の前に突き出しただけだ。

 

女も勢いを止められていないようだし――いい具合に刺さってくれるだろう。

 

「――」

 

「あ――」

 

女も、男も。

 

能力を理解しあっているからだろう。

 

絶望からか、想像したからか。

 

一瞬、息を呑むような音と、ポツリと零れた吐息のような声が、やけに耳に残った。

 

次の瞬間。

 

――グジュリ。

 

と、瑞々しい、水分を多く含んだ個体か何かを抉るような音と、男の絶叫が木霊し、女の認識不良から起きる現実逃避が交差した。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!あ、ああ!!!!うわああああああぁあああああ!!!!!」

 

「――え?あ......?え、え......あぇ?.......しょー...り?」

 

これで呆然自失と、錯乱状態の敵が出来上がった。

 

対能力者用の手錠を取り出し、錯乱した男の両腕に掛けながら、腐食攻撃を受けた部分を見ようと傷口を視診する。

 

「――っ......」

 

臭い。

 

途轍もない、腐敗臭がする。

 

腐った豚肉の匂いを嗅いだことがあるだろうか。生暖かい空気から出てくる途轍もない酸っぱさと、言い表せないエグみが鼻腔を貫き、それらが一瞬にして不快感を生み出し、胃が吐き気を訴え胃液が逆流する感覚に襲われるのだ。

 

俺は今、その匂いを嗅いでいる。

 

人間からも、このたんぱく質が腐った匂いがするのだ。

 

貫かれた部位は、右肺の辺りだろうか。余り深くは貫通していないようだが、肌や筋肉の一部は溶け落ち、骨が見え隠れしている。

 

貫かれた中心部からやや離れた周囲の肉も同様に、少しずつではあるが腐食が進んでいるのが伺える。

 

重力に引かれ、腐り果てその場に留まる事のできなくなった死滅した肉の塊がボトリと地面に落ちていき――弾けては腐臭を一層周囲に撒き散らす。

 

あまり嗅いでいたくもない。

 

男をそのままに、刀を引き抜いて振り返り、呆然とした女に手錠を掛け、地面に組み伏せさせた。

 

女は一切抵抗せず――その顔を涙で濡らし続けていた。

 

これで、更に2人。

 

残った2人は、この場で起きた惨劇を目の当たりにし、完全に硬直してしまっていた。

 

「どうする?俺はこの4人を何とかしてやるべきだと思うんだが......戦うか?――それとも」

 

――お前達も、まだ戦うか?

 

敢えて口で語る事をせず、左手にXVRを握り、引き金に指を掛け――刀を構える。

 

残された男女のうち――男が、最初に両手を上げ降伏の意思を示し、女もそれに続いた。

 

「......いや、私たちは、直接的な攻撃は出来ない。これ以上は、戦えない。降伏します」

 

「――懸命な、判断だ」

 

俺はその一言で、刀を降ろした。

 

 

 

 

その後、車両科の後輩に連絡し護送車1台と救急車2台を手配してもらい――この戦闘は完全に終局を迎えた。

 

今回の襲撃者は、『6-棒』万丈昭利。能力は勝負が成立する場合、必ず辛勝するという概念系の能力者を筆頭に、合計5名がやってきた。昭利は今回最も被害を受けた人間だろう。

 

2人目の襲撃者は『7-聖杯』宇津木理恵。能力は実体のある幻影の作成。仲間との連携が取れず、かえって混乱を引き起こした。

 

3人目の襲撃者は『10-剣』佐々木実穂。能力は触れた物を急速に腐敗させる。最も危険度の高い相手だった。能力への慢心と認識不足が目立った。

 

4人目は『3-硬貨』大塚拓海。能力は洗脳。作戦として万丈、宇津木、佐々木の3名で俺を戦闘不能に追い込んだ後に情報を引き出し、情報を引き出し終わった後に手駒に加える積りだったようだ。

 

5人目『女王-聖杯』二ノ丸彩夏。能力は嘘を見抜く。大塚と共に俺を先頭不能に追い込んだ後に正確な情報を引き出す積りだったらしい。

 

 

 

全員を護送車や救急車に押し込んでいる時に、大塚からこのような言葉を投げかけられた。

 

「――君も同じ人間なら......なぜ、あんな真似ができる......?」

 

「あんな真似だと?」

 

「......いくら敵対していたとはいえ......あんな、簡単に、盾にするなんて......」

 

「――確かに、少し良心が痛んだ......」

 

「......そう、か」

 

「だが、敵対者に掛ける情けは持ち合わせていない」

 

「......は?」

 

「俺は、俺の成すべきと思った事をするだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大塚は、その発言をした男の顔を、目を見た。

 

やや陽が落ち、夜が訪れるまでの僅かな黄昏が、冴島という男の顔を照らしていた。

 

典型的な日本人らしい、真っ黒な髪と、黒い瞳。

 

光に照らされて、やや焦げた茶色気味に見えるその目の奥。

 

そこに、かつて大塚が『21-世界』を暗示するお方と会合した時に見た、深淵を感じた。

 

目的の為に手段を選ばず、自らが悪と定めた物を粛清する存在。

 

この冴島という男の生い立ちや、性格。

 

今まで成してきた事の全てを予め調べ、聞いていた大塚は耳を疑い、己が直に見た冴島隼人と書類上の冴島隼人という存在の乖離を強く実感した。

 

書類での冴島はたとえ、敵対者であれど争いが終われば許し、厚生を促し、ある種の満足感を得て、それで終わっていた筈の存在だ。

 

しかし、今目の前に居る冴島は違う。残虐性と暴力性が二重螺旋の渦を巻き起こした破壊の塊が人間に成りすましたような物。目的の為にあらゆる物を利用し、押し潰し、良心の呵責さえ目的の為に抑え込む。

 

「――お前は、誰だ」

 

恐怖心が、自らの平常心を食いつぶしてしまう前に、聞いておきたかった。

 

「――何?」

 

感情の起伏が極めて薄い、どうでもいいと謂わんばかりの平坦な声、いや、音が帰ってくる。

 

「お前は、何だと聞いている」

 

大塚の質問に、冴島は東京の夜空に見えだした星々を眺め――

 

「俺は、人間だ」

 

能面のような顔で、大塚を見て、静かな音を発した。

 

 

 

 

 

「違う、お前は――」

 

 

 

大塚は、冴島がそうであることを否定したかった。

 

 

「......お前は――――異形の化け物だ」

 

 

それは、大塚が苦し紛れに放った負け惜しみともとれる発言。

 

 

 

しかし、今の冴島隼人という存在を的確に表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイレンを鳴らして走り去っていく護送車を尻目に、隼人は一息吐いて、空を見上げる。

 

「――異形の化け物」

 

大塚という男に言われた言葉が、脳内で響く。

 

「それも、いいかもな」

 

自分の正義を成す為であれば、どのような姿でも構わない。為せるのであれば、成すだけなのだから。

 

東京でも滅多に見れない、満天の星々を見る隼人の目が、極彩色の輝きを僅かに放つ。

 

しかしその輝きは、誰の目にも留まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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襲撃~タロット総力戦~前篇

雨が悪いんだ...

短いです、すいません


 

絶対に冴島隼人を殺す。

 

そして、自分たちが優秀だと世間に知らしめるのだ。

 

その為なら、群れることさえ厭わない。

 

個の存在では勝てないと証明しているような物であれど、悔しさはない。

 

兎にも角にも、先ずはあの冴島隼人を殺しておきたかった。

 

殺さなければ、自分が否定されるような気がしたから。

 

だから我々タロットは、冴島隼人を殺す。

 

自己存在の確立の為に。敗者にならないように。

 

そう意気込んで、自身と相性の良い奴を2人ばかり連れてきた。

 

これは、一度きりの共闘だ。そして、タロット最後の総力戦だ。

 

冴島隼人さえ殺せれば、後は俺がコイツらを殺す。

 

そうすれば、タロットだって滅ぼして、俺は本当の意味で自由になれる。

 

こんな息苦しい場所に押し込められるのは好きじゃない。

 

だから、殺す。

 

俺がこんな場所に居るのも、こんな能力を与えられたのも、何もかもを奪われたのも、全部冴島隼人のせいだ。

 

全てを奪った奴が、何も奪われず、白日の下を笑いながら生きているのが気に入らない。

 

道連れだ。奪い取ってやる。引き摺り込んでやる。俺と同じ地獄に、堕としてやる。

 

俺は『悪魔』。

 

全てを奪い取る、悪魔の腕を持つ男。

 

俺の名前は――小沢京司郎。

 

宿命を意味する悪魔......冴島隼人と戦う事を義務付けられた人生を歩く、悪魔。

 

奴と戦う事で、ようやく本当の俺が始まるんだ。

 

これは、俺が俺の運命を終える為の戦い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小沢さんに、声を掛けられた。

 

癪だが、戦える人材を全部連れて殺しに行くと。冴島隼人を殺ったら、次は僕たちだって。

 

荒れていたなぁ、小沢さん。

 

そりゃあ、確かに戦う事を宿命だって言われれば、痛い人じゃない限り苦い顔をすると思う。

 

戦わなければ、本当の意味でその人の人生が始まらないなんて、最悪もいいところだ。

 

でも、そんな小沢さんからの共闘しようという話が持ち上がった時は、ひどく嬉しかった。

 

人間が持つ欠点を否定せず、受け入れた上で長所を束ねて戦おうと言うのだ。

 

僕は、決して強くない。特に目立った個性というものもない。

 

顔がいいから、なんて理由で男の人に、性的暴行を受けたくらいで、僕は強くない。

 

無様に犯され、泣き叫ぶ事しかできなかった。

 

でも、この能力を与えられてから僕は、チャンスを与えられる存在になれたんだ。

 

今までは、強制的な敗者にしかなれなかった。

 

でも、この能力でチャンスを掴み取れれば、僕は私に戻れる。

 

仮面を脱ぎ捨てて、強い女になれる。弱い女だからと嘲笑って、良い様に犯す屑共を薙ぎ倒せる。

 

しかし、冴島隼人がそんな僕の能力を、強がりを嘲笑う。

 

僕の努力をあっさりと追い抜いて、嗤う。

 

だから、僕は冴島隼人を倒さなくちゃいけない。

 

自信を取り戻す為に。僕が私に戻るために。

 

強い男を、ねじ伏せて、蹴散らして。僕が強くなったと証明するために。

 

僕は『正義』。

 

狂った天秤に自愛を掲げ、他の全てを吊り合わぬと切り捨て裁く偽善の化身。

 

僕の名前は――大久保詩織。

 

僕は強くなる。ならなきゃいけない。

 

例え、天秤に何を乗せようと。僕以上に価値のある物なんてない。

 

だから僕は、何を捨てても、強くならなきゃいけないんだ。

 

僕は戦う。自尊心を取り戻す為に。

 

そうして僕は、剣と槍を取る。

 

祈りはしない。お願いもしない。僕が、僕自身の手で掴み取るんだ。

 

誰かに祈ってなどやるものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は誰よりも速さを追求した男だと自負している。

 

その点で、俺は既に運命の女神に操られていたんだろう。

 

冴島隼人。ムカツク野郎だぜ。

 

俺と同じ速さを追求している。それだけで怒りで頭がフットーしそうになる。

 

何時かぶっ飛ばしてやろーかと虎視眈々と狙っていたがキョーシロ―の奴から声が掛かるなんて思っちゃあいなかった。

 

何せ奴は大アルカナ、哀しい事に俺は小アルカナだ。

 

基本的に混じり合う事は無ぇ。

 

だが、だがだがだが。

 

よほど冴島隼人がムカツクらしい。キョーシロ―は大も小も関係無しに、戦闘系能力者を集めたようだ。たったの数人だけみたいだがな。

 

これは、俺としては余り嬉しくないことだが仕方がない。

 

一対一の真剣な決闘で、どちらが上かを示したかったが、運命の女神様はそれを望まなかったようだ。

 

祈る様に、3度コイントスを行う。

 

俺が何かするときに、必ずやる行為。

 

自分の運命を、自分がやろうとしている事の成否を天に尋ねる作業。

 

コインを握った手で胸に十字を描き、コインの表に掘られた女性にキスをして、指で弾く。

 

表。表。表。

 

ああ、どうやら今回の俺は最高にツイてる。

 

運命を操る女神様は、俺の勝利が欲しいらしい。

 

磨き上げた特注の戦闘用ブーツを履いて、ヒモをきつく縛って立ち上がり、動きを確認する。

 

――よし、問題ねーな。

 

キョーシロ―やシオリみたいに、ガチでエグめの信念なんざ持ち合わせてねーが、俺が戦う理由はただ一つだぜ。

 

俺と同じ能力を持ってるから。それだけで十分だ。

 

冴島隼人か、俺か。どっちが早いか、目に物見せてやる。

 

俺は『8-棒』。

 

素早さを司る暗示を与えられたスピードスター。俺の前じゃジェット戦闘機でさえ陸に上がった亀と同じさ。

 

同じ能力なら、単純な強さが物を言う。だからこそ、俺が、俺たちが考えた闘いこそ冴島隼人に届く攻撃になる。

 

誰よりも速く、奴をぶっ飛ばしてやる。

 

俺の名前はウーサー。ウーサー・ハイボルト。

 

人類最速の男だ。

 

ただただ、最速で在り続けたいだけの、スピード狂さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3人の戦士が選出され、冴島隼人を襲いに行く。

 

いや、選び出されたという言い方は正しくない。

 

遺された3人、というべきだろう。彼らはタロットの中でも群を抜いて強力な能力を持つ。

 

『悪魔』『正義』『8-棒』。

 

テーブルの上に置かれたそれら全てのタロットを、手を使わずに回収し、そのままそよ風が頬を撫で、カードを粉微塵に切り刻む。

 

そう、確かに強い。でも、弱い。

 

目を閉じて、鼻歌を少しだけ歌う。

 

彼らには、支配出来ない。

 

この世を、手中に収めることは出来ない。

 

今まで敗れていった『1-棒』『3-硬貨』『4-剣』『6-棒』『9-硬貨』『10-剣』『女王-聖杯』も同様に、触れずに回収し、風が引き裂く。

 

まだ、大アルカナのほとんどと小アルカナの面子も多少残ってはいたが皆一様に臆病風に吹かれ――ボクに処された。

 

ソファの後ろで1cm四方のサイコロ状になるまで切り刻まれた肉塊が、力任せに引き千切られた人の四肢のような物の名残を微かに残すモノが散らばっている。

 

そしてソファの隣では、まだ生きていて、絶叫を上げながら許しを乞う女性の身体を風が捻り、雑巾を絞る様に磨り潰して、床に溢れ出る血が無機質なカーペットをこの世に2つとない物へと変えていくかの様に染めていく。

 

この風は何が楽しいのかは分からないが、楽しそうならいいか。

 

どんな形であれ、死んでしまった彼ら。しかし彼らの死が無駄になる事はない。

 

だけどボクは涙を流す。あれほどまでに慕ってくれた彼ら彼女らを殺してしまったのだ。

 

心が痛まない筈なんてない。でも大丈夫だよ。

 

ボクは強いから。皆の死を乗り越えて、ハヤトを斃してみせる。

 

だから、安心して、ボクに全てを委ねて。

 

絶叫を上げていた女の喉が潰れ、風が力加減を間違えたのか風船が破裂するように、一気に肉片や骨の欠片、血液の飛沫が薄暗い部屋を襲う。

 

恐ろしい程の速度で飛び散る肉と骨と血のワルツが、ボクに付着するなんてことは決してない。

 

今まで閉じていた目を開き、つぅ、と横目に見てやれば眼前に迫った、鋭い骨の棘は空中で静止している。

 

音すら発生しない静寂が支配する空間。

 

炎は燃え盛る行為を許されず、流れ出る微風は吹き抜ける事を許されない。

 

星々の輝きも今この瞬間だけは地上を照らす事を止め、地球はその自転をただ一人、ボクに委ねる。

 

思考というものに速度があるとすれば、それは光速を越えるそうだが――ボクの前ではその程度の速度、止まっているに等しい。

 

ありとあらゆる物が動く事を許可されない世界。

 

ありとあらゆる存在が生命反応の誇示を否定される世界。

 

静寂と停滞が支配する空間で風が吹き荒れる。

 

ボク自身を包み込むかの様に吹き荒れた風は、室内を穢す血飛沫を、骨の弾丸を、肉の嵐を纏め上げソファの後ろへ放り投げる。

 

返す刀で机の上に散らばるタロットカードを巻き上げ、空中へ浮かし、絵柄も確認せずに風は思うが儘に暴れ狂い、全てを切り刻んでいく。

 

風は暴風の轢殺を生み出し、たった1枚のカードを遺して、全てを斬り捨てた。

 

目を閉じて、そのカードを人指し指と中指の二本で挟み取る。

 

――瞬間。

 

全てが、動く事を、許された。

 

粘着質な水音が後方から聞こえ、切り刻まれたカードの残骸が紙吹雪となって室内を駆け巡る。

 

突如発生した旋風に、燭台の炎は大きく音を立てて揺らめき、影はそれをコンマ数秒のズレさえ起こさずに追尾する。

 

夜風に吹かれ千切れ飛んだ雲が動き、覆い隠していた月の光が窓から差し込み室内を照らす。

 

全ての物が、存在が、生きていると安堵の意味を籠めてボクに畏敬の念を送っている。

 

全能が、手中に収まっているような気さえする。素晴らしき全能感と、多幸感に満たされたボクの全身を風が覆っていく。

 

これこそが、ボクの能力。

 

世界を支配しているのは、神でも、悪魔でも、ましてや人間でも時間でもない。

 

――このボクだ。

 

手にしたタロットカードを裏返し、絵柄を確認する。

 

碧空がカード全体を覆い、左上には風を象徴する天使。右上には水を象徴する鷲。左下には大地を象徴する牛が、右下には火を象徴するライオン。

 

この世を構成する四大元素の中央には、月桂樹で形作られた輪を抱える性別不明の人型が、踊っているようなポーズをとっている。

 

男と女、どちらにも傾くことのない完璧。

 

月桂樹の輪は小さな∞を幾つも積み重ねた形で構成されている。

 

永遠の輪に囲まれた完璧な存在。

 

それが意味するカードはただ一つ。

 

刻まれた文字を見る。

 

 

 

ⅩⅩⅠ - THE WORLD

 

 

 

コレが、ボクの持つ『暗示』。完成を意味する、世界の暗示。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ああ、酷い頭痛がする。

 

風邪でもひいたか、と独り言ちてみるが誰も言葉を返さない。

 

言いきれない寒気と、何処かから感じる視線。

 

そして、この短期間で嫌という程味わった戦闘の経験が、俺の直感が、近々何かデカい動きがあると警告しているような気がした。

 

頑張れ俺、冴島隼人。まだ何も解決してないぞ、GⅢのことも、タロットも、アリアの緋々神も。

 

何も終わってないのに、一人息切れして、不調を訴えていたらキンジたちに笑われちまう。

 

だから、頑張れ。

 

頑張るんだよ、俺。

 

そうして眠れない夜、窓辺から差し込む月明りが分厚い雲に覆われて消えていくのとシンクロするように、俺の意識も雲が月を覆い隠す動きに合わせて薄れていった。

 

 

 




壮大に何も始まらない


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襲撃~タロット総力戦~中篇

豪雨被害で死を覚悟しましたが家財が軒並み消滅しただけで済んだので再投稿です。

いやぁ死んでなかっただけ僥倖ですよ本当に。


気がつけば、寮にいた。

 

俺はどんな一日を過ごしたのだろう。

 

分からない。

 

思い出そうとして記憶を探り返すが抜け落ちたかのように何も無い。

 

俺が今日、どんな朝食を摂って、どんな移動手段で、誰と、どんな様子で、誰と会いながら登校し、どんな授業を、どんな風に受けていたのか......その全てが無い。

 

まるで眠りから目覚めたのが、たった今かのように。

 

俺の記憶に、俺が過ごした筈の今日が無かった。

 

それは確かな異常事態ではあるが、俺はそんな奇妙な体験を――ああ、また、か......で済ませてしまえる程に経験した。

 

初めは酷く困惑し、狼狽え、怯え――少しでも何かを遺そうとしてたのだろう。大量の録音テープを見つけたときは少し引いたのを覚えている。

 

自分が遺した物さえ、聞かなければ分からないのだ。それは録っていても意味がない。

 

だから、誰かに聞いてもらえるように。語り掛けるような口調で録れ、と書かれたメモ用紙を仕舞って録音を開始する。

 

「――ああ、11月......何日、だったか。あー......もうすぐ、体育祭が始まる、らしい」

 

記憶がないから、どうしても録音も続かない。

 

だが、メモに書き残された事だけは残っているから、それを読み上げる。

 

「まずは、名前。武偵高校一年、冴島隼人。次に、何があったか。その一、アリアたちにランバージャックをかなめ......注釈、GⅣを指す、に仕掛けるから幇助者として手伝えと言われた。集合時刻は夜8時......第二グラウンドに、来いとのこと。その二、病院での検査報告の結果。放課後に武偵病院へ向かい矢常呂先生から手渡された茶封筒に結果表と類似した症例のまとめが同封されているので、読んでおくこと。その三、今日は璃璃粒子が無い。俺は関係ないが、他の能力者たちやおそらく『タロット』のメンバーも調子がいいだろうから、注意しておくこと。以上。これから、ランバージャックの幇助者をしに行く」

 

録音を停止させ、武偵高校の制服に着替えて部屋を出る。

 

ジャンヌに挨拶を、と思ったがジャンヌも幇助者として呼ばれていた事をメモの注釈を見て知った。

 

第二グラウンドに行く途中に、茶封筒の中身に目を通したが身体的に異常はあれど俺にとっては正常なものばかりで特に可笑しい箇所はない。脳に損傷は見られず、いたって健康的。

 

記憶障害に関する症例もあまり参考に出来る物が無く、ハズレだとメモに書き残した。

 

それを制服の内ポケットにしまい、第二グラウンドまであと400mと少しの地点で、俺の体が突如殺気に覆われた。

 

「――」

 

反射的だった。なんとなく、本能での行動だった。

 

身体に纏わりつく3つの殺気の内、一番濃い殺気を宛ててきた方向へ鋭いミドルキックを放っていた。

 

風を切る鋭い音が一瞬したかと思うと、伸ばしきった脚を覆う様に突風が吹き荒び地面に溜まった枯葉が舞い上がる。

 

殺気は払えず。むしろ3つの殺気全てがより強くなった事を理解した俺は戦闘態勢に入り、背筋が凍えるような寒さを感じてその場で右脚を軸に右回転し、右腕による裏拳を繰り出した。

 

先程の蹴りの様な空振りではなく、確かに当たった感触がした。防がれた感じがした。

 

顔が、僅かに遅れて腕と同じ方向を向く。

 

そこには――

 

「なかなかやるじゃあないか。温室育ちの養殖かと思っていたんだがな」

 

クツクツと、喉の奥を不気味に震わせて嗤う、ローブを被った男の声が聞こえ、その素顔が薄く街灯の光に照らされて闇から浮かび上がる。

 

その顔は、まるで骸骨のようだった。

 

「――!」

 

距離を取り、仕切り直そうと飛び退く。

 

が。

 

「おっと」

 

それを、目の前の骸は許さなかった。

 

ローブから抜き出た、骨と皮だけで構成された死人の様な腕が後ろへ下がる俺の制服に触れ――突きたった。

 

「ぁ......が、っ......?」

 

その細い腕の何処に、俺の身体を突き穿ち、肉を割き骨にまで到達させる力があるのだろう。

 

「くつくつ、思ったよりも、苦戦するかと思ったが――冴島隼人。その『硬さ』、奪わせて貰った」

 

何を、と吠える前に痩せた男が、胸を抉った腕を捻りそのまま地面目掛けて振るった。

 

たったそれだけで、まるで紙切れの様に俺の身体が右の肩甲骨の辺りからヘソ辺りまで引き裂かれる。

 

「ぐ、ぬぅぅ゛あ゛!」

 

飛び散る鮮血と、掻き分けられる肉の感触、千切れる神経や繊維の悲鳴が一丸となって脳に警鐘を鳴らし、脳はそれを正確に処理をして痛みを全身に響かせる。その当然の反応に堪らず俺は苦悶の声を漏らした。

 

「ソイツは、入場料、だ。さぁ、もっとだ。奪わせろ。『悪魔』は、まだ満たされていないぞ」

 

痛覚は鈍くなっているはずなのに、まるで夏頃に受けた痛みのような、懐かしさを伴ってやってくる人として当然の生理現象に酷く困惑しながらも俺は歯を食いしばって、呻き声を押し殺して目の前の男を睨みつける。

 

「いい、いいぞ......その目だ。――ああ、ダメだ。俺も昂ってきてしまう、な。いかん、いかん」

 

男はまるで自制するかのように、俺の身体を引き裂いた左腕を、子供を撫でるかのような手つきで労り始めた。

 

しゃくり上がるような声で、身体を細かく過敏に痙攣させる男が突然制止したかと思えば、今度は身体を小刻みに震わせて、フクロウの様に首を捻り始める。

 

「ウギヒヒヒ......ヒッ、ヒハッホヒヒヒハハハハ.......はっ、はっ...ぅ゛う゛う゛、ヴァウッ!ヴァウッバウッ!」

 

そのまま笑い、唸り、吠える。

 

――なんだ、こいつ。

 

気味が悪い。その一言に尽きる。

 

「ほっほひ......ぐ、ふぅ、ふぅ――ああ、いかん。スマンな、これから殺す奴を目の前にすると感情が暴れてな......制御が効かんのだ」

 

嗤いつかれたのか、吠え疲れたのか。突如として動きを止めた男は顎を擦りながら首を鳴らして先程までの痴態を謝罪してきた。

 

「俺を殺す?――『タロット』か」

 

「じゃなきゃあ誰がいるんだよ、このタコ」

 

中々傷の再生が始まらない事に微かな焦りを感じながら、もう少し待てば再生が始まるか、と時間を稼ごうとしたが――

 

「っ!」

 

本能が咄嗟にアクセルを発動して、街灯の方へ向けて飛び込んだ。

 

その直後、捲れ上がった制服の端が、斬り飛ばされる。

 

「あ...避けられちゃった、か」

 

「声なんか掛けるからだ、マヌケ」

 

街灯の柱に背を預け、やけに重い身体、乱れたままの息に疑問を覚えつつも深い呼吸をして体勢を立て直していく。

 

その作業の中で、俺を襲った人物と思わしき人影に目が留まった。

 

見た目は、中性的。

 

短く切り揃えれた黒髪と黒色のだぼっとしたスーツが、街灯と月明りに照らされている。

 

スーツが一回り、二回り大きいせいか性格な体系は分からないがその顔は世間一般で言う美形に分類されるものだろう。

 

両手に剣と槍を持っており、それを軽々と振り回している男は悔しそうに俺が避けた事を悔やんでいる。

 

それに対しローブの男は美男を罵倒していることから、同じ『タロット』のメンバーであることは確実だろう。

 

「じゃあ、不意打ちしてごめんなさいなんて言いません。それがボクにとっての正義ですから。自己紹介させて頂きますね。ボクの名前は大久保。こっちの怖い人は小沢さんって言うん、ですッ!」

 

言い終わるよりも先、声を発しながら突進してきた大久保は槍を自らの背に隠しながら、剣を突き出して此方へ向かってくる。

 

クイックターンで街灯の柱の裏に回ろうとした俺の動きを、大久保は許さなかった。

 

「我が天秤に掛ける!『我が攻撃』と『敵の回避』!どちらに、正義がある!」

 

その言葉の直後、俺の体はまるで操り人形の糸がぷつりと切れてしまったかのように動かなくなり、膝から崩れ落ちた。

 

「――な」

 

に、と言い切る前に、大久保は剣を振り払いその遠心力を活かして突き出された槍が、クイックターンの途中で止まってしまった俺の背を正確に突き刺した。

 

いや、正しく言えば背中ではなく、右肩。関節の隙間に綺麗に捻じ込まれた切先が、軟骨を押し広げていく。

 

そのまま、声を上げるよりも早く、刺さった槍の矛先が捻れていくのが分かり――焦るが、もう遅かった。

 

「セイッ!」

 

思いきり、開かれた。

 

肩関節が、バクリと割れて肩関節に至るまでの傷口が磨り潰し、押し広げる様に掻き混ぜられた。

 

右肩の脱臼、筋肉の切断、骨折。

 

まるで傷をつけられた部分に火が点いたかの如く熱を放つ。

 

熱い、痛い。苦しい、痛い、痛い痛い痛い熱い。

 

痛みを声に出して叫びたくなる、生理現象に駆られ顎を上げた途端。

 

「はぁっ!」

 

大久保の返す刀で振るわれた剣が左の側頭部に叩きつけれ――皮膚が抉り割かれ、血管が轢断し、頭蓋が割れ――脳が揺れた。

 

ぐじゅり、と血が溢れ出ながらも振り抜かれなかった剣が伝える震動が余す事無く脳を揺すり続ける。

 

腰で上半身を支える事が出来なくなり、咄嗟に右腕で身体を支えようとしたが、右腕は地面にだらりと垂れているばかり。

 

姿勢を止められなくなった俺は倒れ、大久保のさらなる追撃を許してしまった。

 

「でぁああっ!」

 

力の入らなくなった右腕、その肘を思いっきり踏みつけた大久保は、踏みつけた足に全体重を掛けてもう片方の足を全力で踏み下ろした。

 

「ハァッ!」

 

更にダメ押しと言わんばかりに、軽く握られたままの形で動かなくなった指さえも、踏み砕いた大久保はそのまま地面に倒れた俺の右目を、爪先で抉り抜くかの様に蹴り飛ばした。

 

地面を何度かバウンドし、その度に傷口から血を噴き上げながら転がっていき、ガードレールに衝突する。

 

「――ふぅ!あっけなかったですね!」

 

大久保は剣と槍に付着した血を手慣れた様子で振り払い、小沢に声を掛けた。

 

「――油断するなよ、ヤツがこの程度でくたばるものか」

 

小沢は警戒した様子で、焦点のあっていない俺の目を見ながら近寄って来る。

 

「このまま、喉を斬りましょうか?」

 

大久保は剣を逆手に持ち、何時でも振れる事を小沢にアピールしている。

 

そのまま、近付いてくる。

 

勝ち誇った薄い笑みを隠す事も無く、堂々と近付いて来る。

 

足元に俺を見据える所までやってきた大久保は、剣を高く振り上げた。

 

「じゃあ、これで――終わ」

 

その瞬間。

 

無傷の両脚と腰、左腕を使い、跳ねる様に飛び起きた俺はそのまま左腕だけで大きく身体を跳躍させ大久保の喉に右膝蹴りを入れ、重力に身を委ねて落下していく。

 

その際に大久保の足を左腕で押して、身体を大久保の背後に回り込ませる。

 

そこから更に、右足を90度に保つ事で鎌のようにし、大久保の首に掛け――左脚を大久保の背から回して右足に引っ掛けて、折り曲げる。

 

「――か......ぁ......っ!」

 

そのまま俺は胴体を持ち上げる――のではなく、その逆。

 

更に海老反りになって、大久保の開いた足の間に上半身を捻じ込み左腕を通し、脇を使って大久保の足を掴んでよりキツく上半身を反らす。

 

大久保は気道を塞がれながら、上半身を海老反りにせざるを得なくなる。

 

だがそれにより更に顔は天を向き、空いた首の隙間を容赦なく絞めた。

 

このまま脚を更に絞めれば頸髄損傷を起こせる。

 

それより先に、窒息してしまうかもしれないが。

 

大久保は必死に抵抗しようとするが剣と槍は地面に落ちており、必死に俺の脚の脛を掻き毟っている。

 

「チッ――だから油断するなと!」

 

小沢はようやく動き出すが一歩踏み込むよりも先に、俺の左腕が大久保の脚を放して腰のホルスターに収められたXVRを抜き、照準を小沢に合わせる動きの方が早かった。

 

小沢は、XVRの照準が自身を狙っている事を悟ると小さく固まる。

 

「――く......」

 

「......ケー、セー......ギャク、テン......だ、な......!」

 

呂律が回らず、はきはきと喋れないことのもどかしさを感じながらも、ニヤリと血濡れの頬を歪ませて笑う。

 

「――く、くくく.......」

 

小沢が、俺の言葉に反応し、小さく嗤う。

 

「ああ、そぉだな......形勢逆転、だな!」

 

その言葉と同時、風が髪を揺らし――左腕、左肘、左手首、左手の人差し指、小指、両膝が砕かれ、顎を鋭い一撃が抜けていった。

 

大久保を拘束するだけの力のほぼ全てを一瞬で奪われた俺は吹き飛び、アスファルトに押し戻される。

 

――何、が?

 

うつ伏せで倒れた俺は、顔を少し上げて大久保の傍に立つ人影に気付いた。

 

「―ガッ!ゲボッ!ゴフッ!ガヒュッ!ハ゛ァ゛ッ!あ゛ぁ!っ!は、は......あの野郎!ぶっ殺してやる!」

 

「頭冷やせよシオリ。此処まではシナリオ通りだってキョーシロ―と話したダロ」

 

身長は――2m近くある、色黒の男。

 

街灯に照らされたその姿は鼻が高く、彫りが深い事から、外国人である事が分かった。

 

特徴的なのは、ドレッドヘアとその服装。

 

上半身は裸で下半身は海パンのような物だけ。

 

装飾品は悪趣味な金のネックレスが幾つも付けられていて、一番目立つ物は『I AM NO.1』と象られた文字のネックレスだ。

 

ブレスレットにミサンガ、腰にも帯のように大量の装飾品をぶら下げている。

 

両耳にはその耳よりも巨大な金のイヤリング。

 

鼻ピアスも当然の様にしている。

 

この悪趣味な男が、俺を蹴り飛ばしたのだろうか。一瞬で、同時に、あれだけの攻撃を?

 

――不可能だ。

 

そう判断しようとしたところで、言葉に詰まる。

 

――まさか。

 

少し伏せた顔を、首を持ち上げる事でもう一度黒人の男を睨みつける。

 

 

「Hugh。たまげたぜ、その目。ナイスなガッツの持ち主と見タ。先程の不意打ちは失礼したな、許してほしい。遅ればせながらも自己紹介をしヨウ。我が名はウーサー。ウーサー・ハイボルトッ!」

 

大袈裟に腕を振ったり、身体を振ったりしながら、黒人の男は自分を照らす街灯を見上げて両手を広げながら高らかに名乗りを上げた。

 

――コイツも能力者なら。

 

「――ソウ。キミの考えているトーリだよ、ハヤト」

 

――ああ、畜生。

 

「最も......私は無駄な派生などしていない――純粋なモノだ」

 

コイツは。

 

「オレの――ウホン、失礼。我が能力は――」

 

コイツの能力は!

 

「キミと同じ――ああ、止めダ、止め。堅苦シィ!」

 

俺と、同じ――

 

「俺の能力は、テメーと同ジ」

 

「――加、速――能、力......?」

 

絶望したような声で、尋ねるように口にしてしまった一言が、ウーサーを喜ばせたのか、挑発的な笑みを浮かべた。

 

「――ケーセーギャクテン、だなァ?ハヤト?Hum?」

 

ウーサーの一歩奥に立つローブの男、小沢。

 

怒り狂った表情で、今にも飛び掛かってきそうな大久保。

 

そして、勝ち誇った笑みを浮かべるウーサー。

 

「――これが、俺たち3人が......タロットが出せる、最大戦力。冴島隼人に挑む、最後の攻撃だ」

 

小沢の言葉で、大久保とウーサーの二名が構えた。

 

「ここからは、決して慢心はしない」

 

「我が『正義』が、貴様を裁くッ!ぶっ殺してやるッ!磔にして、皮を剥いでッ!吊るし上げてやるゥウアアアアッ!!!」

 

「オレが一番だ、オレがナンバーワンなんダ。テメーはオレの背中見て泣いてりゃソレで良いのサ。――タイマンじゃねーのがザンネンだが、まっ諦めてクレ」

 

「我が『悪魔』の腕が、お前から絶望さえも奪い取るだろう」

 

 

第二ラウンドが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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