仮面ファイター火引 (酔いどれ狼)
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タイガーショットを破らぬ限り、親父に勝ち目は無いかも!

悩んで筆を止めているより、常に何か書いていた方がいいんじゃないか。
そう思って書いてみました。


 夕焼けも消え、夜の帳が落ち始めようとしていた。

 昼間の蒸すような暑さも幾分和らぎ、横たわる涅槃仏も心なしか快適そうに思える。

 

 その巨躯の足元辺り。

 

「あなたがサガットか……」

 

 袖を省いた空手着を纏う、伸ばした髪を首の後で括った男が、背嚢を地に落としつつそう声を掛けたのは。

 格闘技……ムエタイの鍛錬をしていた、2メートルを超す長躯を誇る隻眼の男だった。

 

「いかにも、俺の名はサガットだが……何者だ? いや、その顔……どこかで……」

 

 言いながら、首を傾げる偉丈夫……サガットに。

 

「俺の名は、火引 弾。ムエタイチャンプ・サガット。俺と手合わせ願おう」

 

 そう言って腰を落とし、握った右拳を体に寄せ、開いた左手をサガットに向ける男に、サガットは眼帯に覆われた右目を押さえる。

 

「ヒビキだと……貴様、ヒビキ・ゴウの……」

 

「父の名を覚えていたか。いかにも……俺は、火引 強の息子だ」

 

 空手着の男……弾が静かに答えると、サガットは喉を鳴らして笑った。

 

「……敵討ちのつもりか? 俺とてこの目の恨み、忘れてはおらんぞ」

 

 両手を握り、顔の前に掲げて構えを取るサガットの言葉に、弾の表情は変わらない。

 

「そうではないと言えば嘘になるが……挑戦を受けてもらえて感謝する」

 

 言いながら、弾は目前に立つ男の挙動に全神経を集中する。

 

―――デカいな。とても同じアジア人の体格とは思えん。もうこれムエタイ関係無いな。同じ生き物なら、デカくて重いだけで強い。

―――つまりは「元々強いからよ」ってか、虎だけに。笑えねぇ……ゲームじゃないんだ、連続技が入りやすいなんてデメリットは無いだろう。

―――あっちはリーチが長い上に遠当て持ち。なのにこっちは、全部負けてて遠当て無しか……最初から分かっていたが、厳しいな……だが。

 

―――今日、この日の為に……俺は今まで技を磨いてきたんだ!

 

 そう、内心で吠えると、両手を引き絞ったサガットに向け、弾は姿勢を低くして地を蹴った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 物心ついた頃、火引 弾は己が場違いな存在だと思っていた。

 言葉を覚え、思考が自己の認識に向かうにつれ、呼び水のように意識の奥底から「知るはずのない」記憶が蘇る。

 自分の名は、■■■■■……うだつの上がらない高校生で、部活動にはそれほど身を入れておらず、なんとなく格闘ゲームに凝っていただけのつまらない男だったのだが。

 

 何がどうなって、このような事になったものか。

 

 父の名は、火引 強。自分の名が、弾。後日、生まれた妹が百合子と名付けらるに至るや、半ば確信に至る。

 

 記憶に引っかかる、その名前。

 

 ストリートファイターZEROですか。

 いや待て、百合子がいるって事は、X-MENとかアベンジャーズとかいるのか!?

 

 そんな疑問は、後日図書館で新聞のバックナンバー等を漁った結果、スーパーヒーローに関する報道が無かったため、コズミックビーイングとの遭遇はとりあえず気にしなくてもよさそうである……という結論に至っている。

 

 ちなみに、母はイギリス系香港人であるロゼット。栗色の髪が特徴の美人である。

 弾の母親が外国人だという設定は聞いたことが無かったが、元ネタとされるリョウ・サカザキの母の名がロネットであったことを思えばまぁ、名前も何だか似ているし。ゲームでも弾の髪が地色からして黒くないこともあり、辻褄は合う。

 

 何にせよ、弾は「自分がゲームのキャラクターになってしまったのではないのか」と悩んだ。

 だが、程なく考えても仕方がない事だと割り切った。加えて、ヤムチャより孫悟空的な「もっと強いキャラならよかった」と嘆く事もなかった。

 

 何しろ、弾が「弾」をやろうがやらなかろうが、ゲームの流れを鑑みても特に影響は無い。しかもZEROでのバストアップのデザインコンセプトはスティーブン・セガール。

 将来十分にイケメンになるであろうし、ICPOや米軍に所属を強いられる事も無く、へっぽこキャラという立ち位置から殺意の波動に蝕まれる心配も無い。

 

 好きに生きてもいいのだ。

 

 だから、弾は父親に、日本での生活を強請った。

 強は特に文句を言うことなく頷いた。やはり治安や生活環境は、香港よりも日本の方がいい。

 母親も「物価が上がり続けているから」と賛同し、一家は日本の強の家……ちょっとボロい道場がついた一軒家に引っ越すこととなった。

 収入が安定しているわけではないが、強は格闘技の大会賞金や要人護衛などで、それなりにカネを持っており、生活には困らなかった。

 それで、それほど気兼ねなく弾は、ポータブルラジオを買って貰えた。

 

 日本での生活を希望したのは、語学習得のためだ。

 流石は弾の語学センスと言うべきか。香港での生活で、香港で使われている言語……英語と広東語、それに普通語はそれなりに分かるようになったが、それだけでは原作で描写されていた言語能力が惜しいと思った。

 日本は、ラジオをつければ教育番組が垂れ流されている。図書館に行けば、学術書も読み放題。

 出来るだけ多くの言語を習得すれば、食いっぱぐれがないだろうと、弾は語学を学びまくった。その過程で、自分がやはり「火引 弾」であると実感した。

 ■■■■■は、決して語学が得意ではなかったが故に。ここでいう「得意」とは、興味を持てる持てないも含まれる。

 

 同時に……一つの懸念がいや増していく。

 

 ゲームでは強が、ムエタイチャンプであるサガットと戦い、命を落とす。

 今までは他人事に思っていたが、自意識の変化と共に、家族……特に、存外いい父親をやってくれる強に対する情が強まったのだ。

 だが、天狗を思わせる、日本人離れした高い鼻は関係なくとも、強とて格闘家としてのプライドがある。

 自分が「サガットには敵わないから戦うな」なんて言っても、空気が悪くなるだけだろう。

 

 そこで弾は、対戦相手を求めて海外を飛び回り、常には共に在れない強に代わり自分を鍛えてくれる存在、それも「遠当て」を使える格闘家……「剛拳」に師事したいと強請った。

 

 世に「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」と言う。

 ムエタイはタイの国技とあって、格闘を生業とする強にとり決して未知の格闘技ではない。

 だが、サガットの特徴といえば「タイガーショット」……遠当てである。

 ゲームに置いては、遠当て……いわゆる「飛び道具」はジャンプして躱すか、防御するしかない……タイガーショットの場合は、姿勢を下げる状況もあるが。

 だが、現実は2Dではない。右に左にズレてやれば普通に避けられるはずだが……ストリートファイターではプレイヤーであるリュウ・ケン以外に、ラスボスたるサガットにだけ許された遠当てがそんな役立たずだとは、あまり思えなかった。

 強の死を避ける第一歩として、強に「遠当て」への対処をさせようと考えたのである。

 

「どこでその名を……」

 

 虚を突かれたように強が問うと、弾は用意しておいた答えを述べる。

 

「香港にいた頃、髭生やした黒目が無いじいさんに、遠当て使い知らないかって聞いたら教えてくれた」

 

 それを聞いて、強の顔が真っ青になる。

 

「……よく無事で……だがまぁ、確かにあの御仁なら……」

 

 気を取り直した強は翌日、弾を連れ出した。

 

 バスや電車を乗り継ぎ、人の済まぬ場所に来たかと思えば。

 そのままどんどん山の中へと入っていく。

 

「なぁ、親父と剛拳さん、どっちが強いんだ?」

 

 そんな問いに、強は「そうだな」と暫し言葉を切る。

 

「何とも言えないな。何しろ私が知る限り、大会にはまるで興味が無い御仁でな。一度も試合った事が無い。知り合ったのも、山籠もりでケガをしていたところを助けられた縁だ。まぁ勝てないとは言わないが、やってみねば分からん」

 

 何しろカネにもならんのに、戦ってケガしてもな……という強の言葉に、弾は頷いた。

 家族がいる以上、仕事のために余計なケガを避けるのは当たり前だと思ったのだ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「ふむ、ワシに師事したいとな」

 

 荒れ果てた山寺の境内で。

 白くなった髭を扱きながら、巌のように鍛え上げた身体をした老人……剛拳は、強に連れられてきた弾を見下ろした。

 

「親の立場だとつい甘くなるし、試合で長く留守にする事もある。それと……どうも不味いのに目を付けられたかも知れん」

 

 黒目が無い老人に、貴方の名を教えられたらしい……という強の言葉に、剛拳はぎょっとした目を弾に向ける。

 

「剛拳殿なら信用できると見込んでどうか、頼む」

 

 頭を下げる強に「ふむ」と頷くと、剛拳は暫しじっと弾の顔を見つめていたが、やがて口を開く。

 

「坊主、何故強くなりたい」

 

 その問いに、弾は「強のため」という言葉を寸での所で呑み込む。

 語弊があり、強のプライドを傷つける恐れがあるその答えを避けるべく、刹那考え。

 

「家族を守るためです」

 

 その言葉に、強と剛拳は「ほう?」と弾を見据える。

 

「親父の仕事は格闘家。逆恨みやら、八百長のための人質やら、家族が狙われる可能性がある気がするから」

 

 有り得そうだ……と自分でも想いつつ捻り出した言葉に、剛拳は「ふーむ」と唸り、強は弾の頭を乱暴に撫でまわす。

 

「歳に見合わず、殊勝な事を言う。しかも、決して嘘ではないな。よかろう、成長に障らぬ程度に鍛えてやろう」

 

 剛拳の言葉に、親子そろって「ありがとうございます」と頭を下げる。

 顔を挙げると、弾は続けて剛拳に問う。

 

「それで、不躾を申し上げますが……私どもに、遠当ての技を見せて頂くわけにはいかないでしょうか」

 

 その言葉に、剛拳は眉を顰める。

 

「……あやつ、そんな事まで言ったのか……」

 

 少し考えたが、剛拳は頷いた。

 

「あそこの薪をよく見て置け」

 

 指さした先には、使いやすい大きさに割られた薪が積み上げられていた。

 

 剛拳は腰を落とし、薪に向かって右の掌を突き出す。

 

 瞬間。

 

 一瞬で薪の山は吹き飛び、あちこちに散らばった。

 

 それを見て、強と弾は驚愕の表情で固まる。

 

―――やべぇ、甘く見てた。これは銃と同じだ。モーション盗まないと避けられるもんじゃない。

 

 弾は強に、波動拳を見た経験をサガット戦に生かして欲しいと、心の底から祈るのだった。




飛び道具に関しては、元のゲームと大分仕様が違う模様。

ちなみに弾は、実際には元と遭遇していません。


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略してセミプロだ!

 閲覧者数の伸びないっぷりに草不可避であります。

 やはり「転生したらケンでした」とかにすべきだったか……。


 未だ小学生低学年である弾は、義務教育を放棄するわけにも行かず、土日泊りがけで剛拳の下で学ぶことになった。 

 平日は、剛拳より指示された事を心がけて生活する。

 

 歩くときは出来るだけ早足で。しかし、周囲の状況には気をつけること。

 階段や坂道の上りは、人が少なく危険が無ければ走る事。鍛錬としてちょうどいい負荷となる上に、子供が階段を走っても誰も気にしないため。

 逆に下りは、危険を避けるためを除き、走らないよう指示された。これは腰や膝に負担が掛かるためだ。

 意図しての走り込みは禁じられ、柔軟体操を推奨された。故に長距離走は、学校の授業くらいでしかやっていない。

 

 練習を許された武技に関しては、思いのほか少ない。正拳突きと前蹴り、そして受け身である。

 いずれも出来るだけゆっくりと、正しい動作で、筋繊維の一本一本まで意識して行うように指示されている。

 これは都合が合えば強が見てくれるし、道場にはモーションを確認するための鏡もある。

 

 土曜日になると、弾は謝礼替わりの米、味噌・醤油・塩・煮干し・昆布等の調味料を入れたリュック背負い、水筒を肩にかけて家を出る。

 朝早くから交通機関を乗り継いで、剛拳の住む山寺へと向かうのだ。

 

 弾が剛拳が住まう荒れ寺に着き、荷物を降ろすと、早速柔軟体操をじっくりとさせられる。

 続いて、普段やっている正拳突きと前蹴り、そして受け身をみてもらう。普段の練習を確認し、不備を修正されるまで続ける。

 意識できていない部分について、剛拳は見逃さない。骨格や筋肉を意識し、きちんとした動きが出来るまで続けさせる。

 

 それらが終わると、剛拳の後をついて山林に踏み入り、よく見なければ道と分からぬような場所を踏破する。

 

「戦いの場が、いつも平らな場所ばかりとは限らぬ。山歩きに慣れていれば、いかなる場所でも戦えよう」

 

 つまりは、体が出来上がるまでは適度な体力づくりと、思考の柔軟さを養うことを優先しているわけである。

 同時に、棘があったりかぶれたりする危険な植物や、蛇や蜂、熊や猪といった危険な生き物に対する対処。

 茸や野草、果実等……食べられたり、負傷や不調を改善する薬効のあるもの。

 ぬかるみやすい場所や崩れやすい場所の見積もりなど、実地で説明する。

 

 体が温まれば、渓流に入り魚を獲る練習をする。

 ただし、素手で。

 もちろん、弾は一度も獲れたことが無い。

 

「最初はそんなものだ。まぁ、取れそうな場所まで魚が来るにはどうすればいいか考えてみよ」

 

 言いながら剛拳は、難なく捕らえた5匹のニジマスに串を打って塩を振り、組み上げた芝に指先から小さな灼熱波動拳を打ち込んで手早く焚火を起こすと、焼き始める。

 

「何回見ても、仙人か何かみたいだ」

 

 弾の言葉に、剛拳は苦笑を漏らす。

 

「確かに、波動を用いる(すべ)は道術じみて見えるかも知れんな。それは兎も角」

 

 気を散らすな……と促され、弾は膝まで浸かる水面を凝視する。

 剛拳を真似て摺り足で移動するが、当然の如く魚は逃げ散る。

 かといってじっとしていても、剛拳のように魚が寄ってくる様子も無い。

 

「無心と言うのは、何も考えないということではない。逆に、世の全ての事について注意を巡らせるのだ。だが、感情を乱してはならぬ」

 

 言いながら、強めに握り味噌を塗った握り飯を串に刺し、焦げ目をつける。

 

 魚の油の焼ける匂いに味噌の焦げる香りが加わり、弾はごくりと喉を鳴らす。

 

「はは、無心。無心じゃ、坊主」

「そんな無茶な……」

 

 情けなさそうな表情で腹の虫を鳴かす弾にひとしきり笑い、剛拳は魚が焼けると弾を呼び寄せる。

 

「ほれ、お前の分じゃ……飯の匂いが邪魔なら、食い終わった後なら多少は違うか?」

「そりゃまぁ、少しは……でもあんまり自信は」

「冗談じゃ。そう簡単にやられてはワシの立場が無いわい」

 

 そんなことを話しながら昼飯を終えると、再び山野を踏破し荒れ寺へと戻り、念入りに柔軟を済ませ。

 寺の裏で剛拳がやっている田畑に水をやったり、虫を取ったり、雑草を抜いたりする。

 

 そして暗くなる前に二人で飯の支度を整え、米が炊け汁が煮えるまで、再び正拳突きと前蹴り、そして受け身の動作を確認する。

 その後、汁をおかずに飯を食べる。

 

 洗い物を終え、暗くなったら就寝である。弾は粗末だが清潔な夜具を使うが、剛拳はそのまま板の間にごろりと横になる。

 曲げた右手を枕にした横向きの寝姿は、暗闇の中では単なる岩のようで、全く人の気配がしない。

 

 日が昇ると起床だ。

 昨夜の残りを温めなおす間に柔軟を済ませ、飯を腹に入れる。

 それから田畑の様子を見て世話をしたら、動作の確認をし、再び山野へと入る。

 昼飯を食べたら、弾は剛拳に礼を言い、下山して帰宅の徒につく。

 

 そして宿題を済ませ(流石に瞬殺である)、語学を勉強し、山での生活について話し合いながら家族で晩御飯を食べるのだった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「セミ取り、ですか?」

 

 汗ばむ日も増えて来た、ある日の朝。

 朝飯を掻き混む手を止め、弾は首を傾げた。

 

「やったことはあるか?」

「いえ……」

 

 突然「セミが出てきたら、セミ取りをせよ」と言われた弾は、困惑していた。

 まぁ子供にとり、ありふれた遊びである。

 

「虫取り網を買わないと……」

 

 言いながら汁を吸った弾に、剛拳はしれっと言う。

 

「要らぬ。素手で獲れ」

 

 その言葉に、弾は思わず汁を吹きかけた。

 

「す、素手ですか?」

 

 バッタなどとは訳が違う。セミは木の高いところにいることがほとんどだ。

 しかも気づかれれば、更に高いところへ飛び去ってしまう。

 

「盛りになれば、低いところにいるやつも出るだろう。アブラゼミやクマゼミあたりなら、今年中にも取れるかも知れんな」

 

 ニイニイゼミあたりは難しいかもな……そう言って、剛拳は残った飯をかきこみ、空いた茶碗に茶を注ぐ。

 

「セミなら坊主の家の傍に、いくらでもいるだろう。まぁ、頑張ってみよ」

 

 ケガには気を付けてな……と言って茶を啜る剛拳に、弾はげんなりとした視線を向けた。

 

「なんじゃ、その目は。ゆくゆくは飛んでいるトンボや、蠅を箸で取ってもらうのだぞ。ほれ、このように」

 

 言いながら、傍を飛んでいた蠅を何気なく箸で捕らえてみせる剛拳に、弾は目を丸くした。

 

「宮本武蔵ですか」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 暑い最中。

 弾は外では常に、セミを求めて目を走らせるようになっていた。

 

 どの種類の蝉がいつ頃、どの時間帯に鳴くかを事前に調べてはいた。

 

 アブラゼミは蝉の中では鳴き始めるのが六月中旬辺りと比較的早い上に、昼前から夕方と鳴く時間が長く、「素手」という縛りが面倒ではあるが最も難易度は低い。

 鳴き声が面白いツクツクボウシは、八月から。時間帯は昼過ぎから日没までで、アブラゼミより短い上に数もやや少ない。

 クマゼミは七月上旬から。鳴くのは午前七時から10時頃までで、比較的短い。

 

 いついるかを知ってはいても、やはり素手縛りは厳しい。

 数が多ければ、確かに低いところにいるやつもいるかも知れない。

 学校の桜などに結構いるのだが、剛拳より折れやすい木の一つとして登ったりする事は禁じられていた。

 つまり、ジャンプして届くまでの高さにいなければ捕らえられない。

 多少の心得があったところで、所詮は小学生である。有効範囲は少々狭すぎた。

 

 また蝉は案外、音には鈍感で、複眼故に動くものに対し敏感である。

 故に、極めてゆっくりかつ小刻みにしか近づけない。ジャンプして取るなら、余程の手際でなければならないだろう。

 

「……」

 

 桜の幹の、目測で何とか手が届きそうなところで鳴き声を挙げるアブラゼミを見据え、弾はゆっくりと歩を進める。

 

 鳴き止んだら即停止。

 再び鳴き始めたら、接近再開。

 

 汗が目に入ろうが、余計な動きは慎む。

 

 そうして、ついに手が届くところまで移動し、そろそろとゆっくりと、小刻みに手を伸ばす。

 そして。

 

「!」

 

 意を決し、一気にセミを掴む。

 

「……獲れた……」

 

 自分の手の中でもがくセミを見ながら、弾は自分で驚いていた。

 

「すげぇ! まじか!」

 

 振り向くと、虫取り網を持った同級生が目を丸くしていた。

 

「火引って、セミ取りのプロだな!」

 

 そんな少年に、弾はセミを差し出した。

 

「いるか? 島田」

 

「えっ、いいのか?」

 

「ああ、取る練習してるだけで、セミは要らないし」

 

「さんきゅ!」

 

 嬉しそうに差し出してくる虫かごにセミを入れてやると、弾は次の獲物を探し始めた。

 

「俺も負けないぜ!」

 

 その背に、島田少年は声をかけ、網を構えて樹上を見上げた。




 個人的にケンには、それほど興味が持てないんですけれども。

 設定がバットマンとかアイアンマンと被ってる気がする。


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